●週刊チャオ サークル掲示板
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☆★☆週刊チャオ チャオ20周年記念号☆★☆ ホップスター 18/12/23(日) 0:00
☆★☆特別企画その1:過去の作品に感想を送ろう!... ホップスター 18/12/23(日) 0:00
☆★☆特別企画その2:近況報告をしよう!☆★☆ ホップスター 18/12/23(日) 0:01
近況報告:まず自分から! ホップスター 18/12/23(日) 0:53
いえーい!すまっしゅの近況報告だよ☆ スマッシュ 18/12/23(日) 16:22
☆★☆作品投稿コーナー☆★☆ ホップスター 18/12/23(日) 0:02
ライカ記念日 チャピル 18/12/23(日) 0:02
1. 半月 優花 18/12/23(日) 0:03
2. 夜の鳴き声 莉音 18/12/23(日) 0:04
3. 呼名 優花 18/12/23(日) 0:04
4. 君影草 優花 18/12/23(日) 0:05
5. カピバラと一木 莉音 18/12/23(日) 0:06
6. 蜻蛉 優花 18/12/23(日) 0:07
7. 祈祷 優花 18/12/23(日) 0:07
8. 罪が見ている 莉音 18/12/23(日) 0:07
9. どおん 優花 18/12/23(日) 0:08
10. 希望を求めて 莉音 18/12/23(日) 0:09
11. これからどうする? 莉音 18/12/23(日) 0:09
12. 鏡像 [no name] 18/12/23(日) 0:10
13. 私の大切な人 莉音 18/12/23(日) 0:10
ガーデン・ヒーロー スマッシュ 18/12/23(日) 0:06
1話 ステーションスクエアから吹いてくる風は冷たい スマッシュ 18/12/23(日) 0:06
2話 地球は繭 スマッシュ 18/12/23(日) 0:08
3話 熱く濡れる スマッシュ 18/12/23(日) 0:09
4話 ペンギン・ヒット スマッシュ 18/12/23(日) 0:12
5話 永遠の愛を誓いますか? スマッシュ 18/12/23(日) 0:13
6話 私の愛は絶対に死なない スマッシュ 18/12/23(日) 0:14
エピローグ あなたが愛したものは死なない スマッシュ 18/12/23(日) 0:14
「Children's Requiem」 ホップスター 18/12/23(日) 0:10
Scene:0 ホップスター 18/12/23(日) 0:11
Scene:1 ホップスター 18/12/23(日) 0:12
Scene:2 ホップスター 18/12/23(日) 0:13
Scene:3 ホップスター 18/12/23(日) 0:13
Scene:4 ホップスター 18/12/23(日) 0:14
Scene:5 ホップスター 18/12/23(日) 0:15
Scene:6 ホップスター 18/12/23(日) 0:16
Scene:7 ホップスター 18/12/23(日) 0:16
Scene:8 ホップスター 18/12/23(日) 0:17
Scene:9 ホップスター 18/12/23(日) 0:18
ホップとエルファのぐだぐだトーク2018・アンサー編 ホップスター 18/12/23(日) 0:19
チャオ生誕20周年記念アルバム umesan 18/12/23(日) 10:38
チャオスタグラムで遊ぶチャオ! 18/12/23(日) 16:57
20年目の聖誕祭 冬木野 18/12/23(日) 20:43
チャオと骨犬のボン ろっど 18/12/23(日) 21:16
1話 七回目の朝日が昇る頃 ろっど 18/12/23(日) 21:18
WALKIN' IN THE DARK. それがし 18/12/23(日) 23:05
シャドウの冒険 最終話 ダーク 18/12/31(月) 14:09
ダーク 18/12/31(月) 14:09
ダーク 18/12/31(月) 14:11
ダーク 18/12/31(月) 14:11
ダーク 18/12/31(月) 19:59
ダーク 19/1/4(金) 17:09
エピローグ ダーク 19/1/4(金) 18:57
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ ホップスター 18/12/23(日) 0:02

☆★☆週刊チャオ チャオ20周年記念号☆★☆
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:00 -
  
※ホップ…なかのひと。隠居してたのに担ぎ上げられました。
※エルファ…H・FFのメガネチャオ。オラクルから呼び戻されました。


【ホップ&エルファ】「「祝!チャオ20周年!!」」
(どんどんぱふぱふ〜)

【ホップ】「という訳で、週刊チャオ、10年振りに今日限り、特別に復活します!週チャオ20周年記念号のスタートです!!」
【エルファ】「まさかその表紙を私たちが担当することになるとは思いませんでしたけどね…」
【ホップ】「『折角20周年だし復活させたらどうだ』って言い出したのは私だからしゃーない…」

【ホップ】「しかし、フリートークはなんやかんやで突発的にやってたけど、週チャオの表紙は本当に久しぶりだなぁ」
【エルファ】「最後に私たちが表紙を担当したのが、2003年12月13日発行の第93号。実に15年振りの表紙担当となります」
【ホップ】「そんなに前か!」
【エルファ】「日数にすると…(計算中)…なんと5489日振りですね」
【ホップ】「ご、ごせんよんひゃく…」
【エルファ】「ちなみに中の人はこの間に」
【ホップ】「リアルな話題はやめろぉ!」

【エルファ】「…まぁこの人のリアルはどうでもいいとしても、読者の皆さんもこの10〜15年の間、色々な変化があったと思います」
【ホップ】「当時中学生だった人がもう20代後半だからねぇ…」
【エルファ】「この間、皆さんそれぞれのバックグラウンドを持って、それぞれの道へ進んでいったと思いますが、
       今日だけは週チャオに戻ってきてくれるととても嬉しいですね」
【ホップ】「旧チャオB時代から含めると20年、何千人ってチャオラーがチャオBに出入りしたけど、みんな元気でやってるかなぁ」
【エルファ】「元気だといいですねぇ。という訳で、気軽に参加できる特別企画も実施しますので、是非こちらにもご参加ください」
【ホップ】「それじゃ、5489日振りに…エルファ、週チャオの説明!」


【エルファ】「はい!週刊チャオ、略して『週チャオ』は、チャオに関する小説、詩、短歌や俳句、イラスト、動画など、チャオに関する作品を投稿するツリーです。
       作品を投稿したい方は、下の『作品投稿欄』への返信という形で、作品を投稿してください。
       また、別途『感想用ツリー』を設けますので、投稿が終わりましたらそちらに感想募集コーナーのご用意をお願いいたします」

【ホップ】「今回は1回限りの復活ということで、特別形式になっています。チャオB時代とは異なる箇所がありますので注意してください。
      なお、投稿・掲載された作品の著作権は原則として作者に帰属しますが、編集部に限って利用ができるものとします」

【エルファ】「なお、この掲示板はチャオBと異なり、1発言につきおよそ30kbほどのテキストの発言が可能となっています。
       また、簡単なタグを使うことにより文字の色・サイズ変更、太文字、斜文字、下線等の表現が可能になっていますので、応用して表現の幅を広げることも可能です。
       URLは直でリンクされますので、イラストや動画等を投稿したい場合はそちらを利用してください」


【ホップ】「…とりあえずこんなところかな?何か言い漏らしとかあったらごめんなさい!5489日振りだから許して!」
【エルファ】「それでは、これも5489日振りに、締めの言葉をお願いします」
【ホップ】「え、それもやるの!?私もう3X歳だよ!?」
【エルファ】「お約束みたいなものとして認識されていたらしいので、やってもらいます」
【ホップ】「うぅ…やるのか…」

【ホップ】「それでは、チャオ作品の世界へ、いざっ!」
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Geck...@st4615.nas811.p-tokyo.nttpc.ne.jp>

☆★☆特別企画その1:過去の作品に感想を送ろう...
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:00 -
  
【ホップ】「20周年記念特別企画第1弾!『過去の作品に感想を送ろう!』のコーナーです!エルファ、説明よろしく!」
【エルファ】「いきなり丸投げ!?前振りとかないんですか!?」
【ホップ】「表紙とかブログとかその他諸々でフリートークのネタがそろそろないんです…」
【エルファ】「確かにこの半年、相当なペースでこの手の文章投稿してましたからね…」
【ホップ】「正直こんなにテキスト書いたの10年振りだよ…もうチャオ小説はほとんど書けなくなっちゃったしなぁ」
【エルファ】「それについてはまた別件として問い詰めたいところではありますが、とりあえずこのコーナーの説明をしましょうか」

【エルファ】「…さて、第2期だけでも2002年3月の復活からおよそ16年。ライブラリの集計によると、この間におよそ1400もの作品が週チャオに投稿されました。
       中には、リアルタイムで連載・掲載されていた作品だけではなく、過去に掲載された作品をアーカイブ・過去ログ等で読んだ、という方もいらっしゃると思います」

【ホップ】「しかーし!リアルタイムで掲載された作品は感想をダイレクトに届けられても、過去の作品についてはいくら作者に伝えたいことがあっても伝える手段がない!そこでこの企画!過去の作品に感想を送っちゃおう!という訳です!」

【エルファ】「通常の感想コーナーは作者が感想コーナーを立てる方式ですが、こちらは作者さんが現在いるとは限りませんので、この発言にレスする形で直接感想の投稿をお願いいたします

【ホップ】「もちろん、今この週チャオを見ているであろう当時の作者はごく一部だから、作者が感想を読んでくれる確率、感想に対して返信が来る確率は非常に低いと思うけど、今だから伝えたいこと、当時伝えられなかったことを発信するいい機会になれば、と思う」

【エルファ】「逆に今でもいる作者さんの過去作を狙い撃ちして感想を送れば、作者は喜ぶと思いますよ。
       一部の作者は過去の黒歴史に悶絶する可能性もありますが…それもまた一興ということで」
【ホップ】「うるさい!」
【エルファ】「あ、自覚はあったんですね」
【ホップ】「黒歴史だらけです…」

※なお、第2期週チャオの過去の作品につきましては、下記URLにて現在も閲覧が可能です。適宜ご利用ください。
http://weekly.chaoler.net/library/
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Geck...@st4615.nas811.p-tokyo.nttpc.ne.jp>

☆★☆特別企画その2:近況報告をしよう!☆★☆
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:01 -
  
【ホップ】「20周年記念特別企画第2弾!『近況報告をしよう!』のコーナーです!」
【エルファ】「近況報告ですか…ホップスターは最近何かありましたか?」
【ホップ】「な、何か…あったかなぁ…ここ数ヵ月の文章連投でネタが本当にない…」
【エルファ】「近況報告コーナーで投稿主がこの体たらく…ブログ等で相当量の文章を投稿していたのは確かですが…えーと、最近ハマってるものはありますか?」
【ホップ】「あ、IDOLAやってます!フレンド募集中!」
【エルファ】「結局ファンタシースターじゃないですか!他に何かないんですか!?」
【ホップ】「大人になってお仕事はじめるとね…できることって少なくなっちゃうのよね…(遠い目)」
【エルファ】「折角の聖誕祭なのに読者を現実に引き戻すセリフはやめてください!!」

【ホップ】「これ以上こんな話するのもアレだし、とりあえず、このコーナーの説明に入ろうか…」
【エルファ】「そうですね…それでは説明します。
       あれから10〜15年、皆さん現在はそれぞれの場所で、それぞれの活動をなさっているかと存じます。中には週チャオとは別の場所で創作活動をなさっている方も少なくない、と聞いています。
       折角久しぶりにかつてのチャオラーが集まる機会ができたのですから、その報告や宣伝をしちゃいましょう、というコーナーです」

【ホップ】「Twitterはもちろん、各種SNS、ブログやHP、イラスト・動画・小説など各種投稿サイト、PSO2、各種ネトゲ・ソシャゲ、オフラインの活動まで…何でもOK!
      『今はこういうことをしています!』『最近〇〇に投稿しました!』などなど、どんどん宣伝しちゃいましょう!」

【エルファ】「そこでPSO2という固有名詞を普通に出してくるあたりがホップスターですね…
       それはともかく、この場を通じて元チャオラーによる新しい交流が生まれれば、と思っています」

【ホップ】「フォーマットも特に指定しないので、自由に書いちゃってください!
      できれば当時のハンドルネームをつけて投稿してくれると嬉しいけど、もうこの際なので恥ずかしかったら当時のハンドルネームは伏せてもOKにします!」

【エルファ】「もちろんシンプルに、『最近◎◎しました』『△△にハマってます』程度でも構いません。
       久しぶりにいらっしゃる方は、チャオはもちろんチャオB・週チャオの思い出を語っちゃうのも大歓迎です!
       それでは皆さん、たくさんの投稿お待ちしています!」
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Geck...@st4615.nas811.p-tokyo.nttpc.ne.jp>

☆★☆作品投稿コーナー☆★☆
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:02 -
  
【エルファ】「こちらが作品投稿欄です。作品を投稿したい人は、この発言への返信で作品を投稿してください」
【ホップ】「たくさんの投稿待ってます!」
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Geck...@st4615.nas811.p-tokyo.nttpc.ne.jp>

ライカ記念日
 チャピル WEB  - 18/12/23(日) 0:02 -
  
『変わらんのがよかね』と君が言ったから、四月十日はライカ記念日
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10.14; rv:63.0) Gecko/20100101 Firefox/...@softbank126023180176.bbtec.net>

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:02 -
  
【エルファ】「これで週チャオの本体は以上になりますね」
【ホップ】「まだ感想・伝言用ツリーがあるよ!」
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Geck...@st4615.nas811.p-tokyo.nttpc.ne.jp>

1. 半月
 優花 WEB  - 18/12/23(日) 0:03 -
  
 チャピルの身体を掴んで、ゆっくりと水槽の中に沈めます。口からぷかぷかと気泡がのぼります。チャオという生き物はのんきなもので、こうして水につけておけば、いくらでもゆったりと楽しんでいられるようです。
 不意に、チャピルの顔が苦しそうに歪みました。それと同時に、お尻から細長く茶色い塊が出てきます。塊がころんと水底に落ちると、チャピルはほっとしたような表情を浮かべました。
 初めてチャオのウンコを見た人は「イメージと違う」とか「アイドルはそんなことしない」とか、めちゃくちゃなことを私に言ってきます。でも、しかたないじゃないですか。生き物なんですから、そりゃするでしょう、ウンコ。
「しっとーと? ライトカオスってウンコせんらしい」
 リビングのソファに寝転がっていた一木が、胡散臭いことを言い出しました。
「どこで聞いたの?」
「蜻蛉さん」
「ホントかなあ」
 水槽に落ちたウンコを拾いながら、私は考えます。やっぱり、この世に排泄をしない動物がいるなんて、そう簡単に信じられません。
「よかろ? ウンコせんかったら、いちいち片付けをすることも、堆肥を切り返すこともないけん」
「その話題いつまで続けるの?」
「俺はお前の片付けが楽になりゃあよかねと思っていっとるとよ?」
「あれ、そうなの?」
 少し、意外でした。一木は牛には興味あっても、チャオのことはこれまでずっとほったらかしだったからです。そんな一木が今更ながら、私が楽できる方法を考えてくれていたなんて……私は水槽を見ながらほくそ笑みました。
「あれ、もしかして優花、もっとウンコ拾いたかったと?」
「そんなわけないでしょ……」
 こうして私たちは蜻蛉さんにライトカオスの育て方を聞きにいくことにしたのでした。

 ここで、話を簡単にするために、一木と蜻蛉さんについて不正確な紹介をさせてください。
 桐山一木は私と同居している高校三年生で、私の兄にあたります。私も高校三年だから、兄というより親しい同級生のような感じがします。
 蜻蛉さんは、私の父にあたる人で、いまは地元のホームセンターに務めています。
 蜻蛉さんの専門はペットコーナーです。なので、チャオのことに関しては、蜻蛉さんに聞けば大体教えてくれるのです。

 積み上げられたケージの中から、子犬や子猫がこちらを見ています。隣にあるサービスカウンターや、熱帯魚のコーナーにも蜻蛉さんの姿は見当たりません。どこにいるのだろうと思ったら、雑然と並んだペットフードの棚に、新たな飼料を詰もうとしている人影を見つけました。私はその背中をつつきました。
「また来たのか……」
「暇なんじゃないの?」
「そりゃそうだが……お前とは月一しか会わない約束なんだからな」
 言われて、私も周囲を見回します。休日のホームセンターには暇をもてあました老人が多く来ています。この誰がどこで知り合いと繋がっているかわかりません。田舎のコミュニティというのは狭いものなのです。私は声を潜めました。
「ねえ、ライトカオスの育て方って知ってる?」
「どうしたんだ、急に?」
「蜻蛉さんなら知ってるって一木が言うから」
「そりゃあ、俺だって昔はライトカオスに憧れたさ」
 手を動かし続けながら、蜻蛉さんは答えました。普段はやる気のない蜻蛉さんが、ライトカオスを育てようとしたことがあったなんて、なんだか意外でした。
「まあその時の経験から言うとだな、世の中に売ってるライトカオス育成本、あれは参考にならんぞ」
「そうなの?」
「ああ、自由な環境で育てた方がいいとか、いろんな木の実を食べさせるといいとか、いろいろ書いてある。全部試したが、それでも俺のチャオはライトカオスにはならなかった。ま、おかげでいろんなチャオの育て方はわかったけどな」
「今はライトカオスを育ててないの?」
「無理だ。俺には心がなかった」
 一木が横から口を挟みます。
「こないだテレビでライトカオスを何度も育てとる人を見たとよ。ありゃあどうしとっと?」
 その番組は、私もリビングで一緒に見ていました。その人はチャオ育成の専門家ではなく、ただの専業主婦なのですが、なぜかその人の育てるチャオは頻繁にライトカオスに成長するのです。
「俺が思うに、ライトカオスが育つのに必要なのは、いい環境だけじゃない」
 蜻蛉さんは言い切りました。
「チャオは心の動物だ。だから、飼い主が考えていることが、なんとなくチャオに反映されるんだ」
「心がきれいかどうかってこと?」
「いや、そんな単純なもんじゃない。とにかく俺には心がなかった」
 蜻蛉さんがそれを「心」と呼ぶ理由はよくわかりませんでした。だけどテレビで見たことを踏まえると、個人によって差があるということは、あながち間違ってなさそうでした。
「私も別に、心がきれいなわけじゃないよね」
「いや、お前らにはまだ可能性がある。お前は本当に良い子に育ってるよ、優花」
 蜻蛉さんは私の頭をくしゃくしゃと撫でました。単なるお世辞だとしても、私はその言葉に勇気づけられました。

 ホームセンターを出た後、一木は思い出したように口を開きました。
「やっぱライトカオスってよかね」
「どうしたの、急に」
「だって永遠に生きとるとよ」
 どこまでも続く田園風景の中を、私たちは歩いて行きます。色とりどりの屋根がぽつぽつと畑の中に建っています。
「永遠の命なんてないよ」
「まあ、実際はな。大概の人間よりも長生きで、過酷な状況を堪えられるっちゅうだけたい」
 それは、否定できません。ライトカオスの寿命は、200年とも300年とも言われています。
「そっで十分たい」
「どうして?」
「将来なんかあったとき、ライトカオスを見りゃあそっときの気持ちば取り戻せる。変わらんのがよかね」

 本当はすぐに帰りたかったのですが、田舎にはそんな都合のいい交通手段はありません。一木はバス停横のベンチに腰掛けました。私は近くの自販機でジュースを買って、口をつけて飲みました。
「一木も飲む?」
「んにゃ、大丈夫」
 一木は後ろの山をあおり見ました。
「もっぺん大観峰に登りたかね」
 なんの気なしにいいますが、一時間に一本しかないバスで家の逆方向に向かうのは正気ではありません。
「それ、ほんとにやりたいの?」
「最後の機会かも知れんけん」
「ふうん」
 私はかばんからおにぎりを二つ取り出しました。一木と散歩してて寄り道するのはこれが初めてではありません。だから、出かける前に作っておいたのでした。
「食べる?」
「ありがと」
 一木がもしゃもしゃとおにぎりをかじるその横顔を、私は目に焼き付けました

 ――三ヶ月ほど前のことだったでしょうか。一木が急に「大学に進学したい」と言い始めたのは。
 私たちの家は牧場を経営しています。だからずっと一木は家業を継ぐつもりだと、そういう風に思い込んでいました。けれども彼には違う目的があるようでした。
「いっぺん別の視点から酪農というものを見てみたか。だけん、俺に時間をくれんか」
 一木のその言葉が、リビングの空気を揺らがせました。私はこっそりとテレビの音量を下げました。
「お前の言うとる大学っちゅうんは、どこんこっば言っとると?」
 ヒツジさん、というのは一木のお父さんのことですが、一木の言葉に興味を持った様子でした。一木は中の上くらいの大学の名前を挙げました。
「あたしはいいと思うけど」
 私の母も口を挟みました。
「なんていうかねえ、あたしも一応短大を出たんだけど、まあ学校での勉強なんて大して意味は無いのよ。でも大学受験に一度全力で取り組むっていうのは、悪くないと思うんよねえ。自分に自信がつくっていうか、自分はこんなに頑張れるんだっていうことを証明できるっていうか」
「わら、勉強したことあったと?」
 ヒツジさんが一木に尋ねると、一木はまっすぐヒツジさんの目を見返しました。
「わからんけど、頑張るけん」
「わに勉強なんぞしきらんだろうが」
 そんな風にうそぶきつつも、ヒツジさんはなにかの希望を一木に抱いているようでした。

 バスは田んぼの合間を抜けて、山道を上り始めます。私たちのよく知る街並みが、ミニチュアのように小さくなっていきます。それに伴って、街の背景に溶け込むように存在していた黒く大きな塊が、ゆっくりとその全貌を現します。
 阿蘇山――
 その雄大な岩山は東西に連なり、阿蘇のカルデラを分断しています。こちら側は阿蘇市、向こう側は高森町と南阿蘇村です。山頂には大きな火口湖があって、今も水蒸気がかすかに噴出しています。
 田んぼや畑が、阿蘇山を取り囲むように広がっています。私たちの通う高校も、その中に紛れているはずでしたが、小さすぎて見つけることができません。
 街の外側には、外輪山と呼ばれるカルデラの淵が、深緑の壁となってそそり立っています。私たちのバスは、その斜面をぐんぐん登っていきました。バスの隣で、数匹の牛が草を食んでいます。まもなく到着のようです。

 私たちはバスから降りて、草原に立ちました。ここから見下ろすと、阿蘇市の全貌はいびつな半月のように見えます。
 なぜ古代の人たちはこの半月の中に暮らそうと思ったのでしょうか。なぜ私たちはこんな壁に囲まれた場所で暮らしているのでしょうか。ここに来るたびに、いつもそんな疑問が沸いてきます。
「本当に阿蘇から出て行くの?」
 一木は黙ってうなずきました。
「引き留めたって、聞かないよね」
 私には彼を引き留めることはできません。だって一木は私にとって、本当は兄ではありません。血縁でもありません。恋人でもありません。私は一体、彼のなんだっていうんでしょうか。
 それに私だってわかっていました。誰だって本当はこんな田舎に住みたくない。両親がこの街に来なければ、絶対にこんなところで暮らそうとは思わなかったでしょう。
 でも、私は残ることを決めました。一木がいなくなっても、私さえ残っていれば、きっといつか戻ってきてくれる。そんな気がしました。
「じゃあ、行く前に、ライトカオスだけは二人で育てようね」
 私はただ思い出が欲しかったのです。ライトカオスさえいれば、きっと私たちの関係は永遠になる。それなのに
「やっぱ、俺はライカを手伝えれん」
 一木の目には、私とは違う形でこの街が映っていました。
「答えのない問題を解いとれるほど、暇じゃあなか。俺の成績は、志望校には全然足りんけえな」
 ずっと一緒に過ごしてきたはずの彼が、私の知らない一面を見せ始めていました。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10.14; rv:63.0) Gecko/20100101 Firefox/...@softbank126023180176.bbtec.net>

2. 夜の鳴き声
 莉音 WEB  - 18/12/23(日) 0:04 -
  
 間違ってスマホの撮影ボタンを長押ししてしまったときのように、記憶はときどき断片的で不明瞭なゴミを残す。それは大きな背中だった。ワイシャツの背中を掴んで、短い髪の毛をよじ登って、顔を上げたときの世界が広がる感覚。ただそれだけが記憶の底にこびりついている。
 あとになって、それは私の父だったと知った。私は五歳の頃まで、時々父親と遊んでもらっていたのだ。
 父との思い出は、具体的な形を伴って私の部屋に残されていた。ずっと引き出しの奥に眠っている、秘密の思い出。

> りおんへ

> おとうさんは、らいげつから とおいところに ひっこすことに なります。
> くまもとけんの あそ というところです。
> もうあえないかも しれませんが、りおんとあそべて たのしかったよ。
> こんごは とおくから りおんのしあわせを ねがっているね。

> おとうさんより

 だから、母が横浜から阿蘇への引っ越しについて話し始めたときも、私はこの手紙のことを思い出していた。
「いいよ、ついてく」
 母は目を丸くした。
「ほんとに? ド田舎よ、あそこ」
「うん、別にいい」
 母が集めてきた寮の資料をゴミ箱に突っ込んだ。もちろん、友達と会えなくなるのは嫌だったし、新しい学校に溶け込むのは苦労するだろう。だけど、それ以上に、私をここまで育ててくれた母に、高校卒業までは寄り添ってあげたかった。それに、私は自分のルーツが辿れるチャンスが巡ってきたことに、わくわくしていた。

 今日一日で、本当にいろんな言葉を覚えた。クラスメイト達に話しかけられても言ってる意味がよくわからなくて、何度も聞き返してしまった。ぎゃんかわ、とか、あーね、とか、ばってんばってん、放課後になって、多くの生徒が部活でいなくなってくれて、ようやくほっと一息つけた。
 まあ、それなりにうまくやれたんじゃない?
 薄暗い田んぼが見渡す限り続いている。あぜ道を一人で歩いていると、小バエが私の腕に止まるので、振り払う。太陽はすでに西の山に隠れている。人も、街も、車もない。マジでなにもない。ヤバイ。
 アパートの戸を開けてかばんを降ろす。私の部屋には、未開封のダンボールがまだたくさん残っている。それらを隅に寄せて寝転がると、ひんやりとした畳の感触が私の背中を冷ました。引っ越し前はあんなにも膨らんでいた期待が、嘘のようにしぼんでいった。
 本当にここで良かった? まだわからない。

 テーブルの上に、500円玉が一つだけ置かれている。
 母はホテルに勤務しているので、夜遅くなることが多い。そんなときには、いつもこの500円で、私はコンビニのパンやおにぎりを買って食べた。冷たい母だと思われるかもしれないが、そうじゃない。料理、仕事、家事、全部を一人に求めるなんてどうかしてる。だから、私の方から、夜はコンビニで済ますことを提案したのだ。
 とはいえここは横浜じゃない。スマホの地図でコンビニを検索すると、かなり遠くの方に一つだけピンが立った。ショルダーバッグに筆記用具と財布を移して、外へ出る。しばらく歩くと、進むべき道も黄昏に溶けてなにも見えなくなる。スマホの灯りだけがアスファルトを照らす。
 キイキイという奇妙な音が、どこからともなく聞こえてくる。手の中の明かりがふらつく。本当にこんなところにコンビニがあるのだろうか。
 横浜の街でも、夜一人で歩くときは変質者に注意するように言われてきた。だけど、阿蘇の夜にはそれとは別種の怖さがあった。妖怪や物の怪の類が……いや、私はそんなこと信じないけど、ちょっと出てもおかしくないっていうか、なにか私の知らないものがこの闇に潜んでいてもおかしくないっていうか……そう思うと、私は自然と早足になった。
 しばらく歩き続けると大通りに出て、街灯が道を照らすようになった。横断歩道を渡った先にコンビニを見つける。店の周りを羽虫が飛び交っていたが、気にしてはいられなかった。

 パンとミルクティー、コンビニで買って、ふう、と一息つく。次の目的地は塾だ。昼間受付に行ったときはなんともなかったのに、夜は未知を恐怖に変える。意を決して、大通りへと出る。
 塾は交差点を通過した先の、雑居ビルの二階にあった。私が来たときにはニ、三人の生徒が着席していて、みな黙々と自習に励んでいた。私は隅の方に腰掛けて、さっき買ったパンを食べた。
 学校ではあんなにいろんな人に話しかけられたのに、塾生たちは不思議なくらい私に無関心だった。しばらくすると、部活帰りの生徒達が次々に入ってきて、私の隣にも二人の男子生徒がかばんを降ろした。どうやら席を詰めた方が良さそうだ。
 先生がホワイトボードの前に立つと、すぐに講義が始まった。生徒達のシャープペンシルがカリカリと音を立て始めた。

 ――これは後から聞いた話だが、阿蘇市から大学に進学するためには、まず下宿を取って熊本市内の高校に通うのが普通らしい。だから、この塾に通っているような人はみな下宿を取れない事情を抱えていて、勉強にも手を抜くことが許されない。
 なにも知らないこの時の私は、急にそんなガチめの空間に放り込まれていた。そして二時間の講義が終わる頃には、げっそりと疲れ果てていた。ほっぺたを机にひっつけて安らかに目を閉じた。

 ……ふと、視線に気が付く。隣の席の男子生徒が、じっと私を見つめている。
「なに?」
「お前ライオンじゃなかと?」
 パコンと音がして、その男の頭上に丸めたノートが落とされた。同じ制服を着た、眼鏡の男子生徒が側に立っていた。
「まずお前が名乗れや」
「はい」
 その男は一木と名乗った。眼鏡の方はカピバラというらしい。二人とも同じ高校の普通科に通っているらしい。私は福祉科だから、接点がないのは当然だった。
「カピバラって本名?」
「いや、本名は片原」
「カピバラでよかと。みんなそう呼んどるけん」
 一木が答える。カピバラは忌々しげに一木を横目で見る、その様子から察するに、事実だからなにも言い返せないらしい。
「そっで君はライオンだけん」
「なんで?」
 私の本名は莉音だ。なんとなく音は似ている気がするけど、それ以上の意味があるのか?
「こいつに名前のことを言っても無駄だぞ」
 まあなんでもいいか。カピバラよりはマシだし。
「マシってなんだよ」
 しまった、つい口が滑った。

「おーい、電気切るぞー」
 先生の声が教室に響いて、私たちは追い出されるように教室を出た。階段を降りたところでもう一度夜道を見据えると、息を大きく吸い込んだ。
「なんばしよると?」
 後から降りてきた一木が、私のことを不思議そうに見た。
「心の準備」
 一木はきょとんとした。
「夜道を歩くのに勇気が要るから」
「へえ、ライオンにも勇気が?」
 一木は目を見開いて大げさに驚いた。
「ライオンって、あんたが勝手に呼んでるだけだから」
「この近くに住んどると?」
「十分くらい歩く」
「一緒に行ったろうかい?」
「はあ?」
「んにゃ、俺らバス来るまで暇だけん」
 悪気はないらしいが、ちょっと警戒してしまう。とはいえ一人で行くのもそれはそれで怖い。
「いいけど」
 私はしぶしぶ了承した。

 薄暗い農道を縦一列に並んで歩く。やはりまた、甲高い鳴き声が聞こえてくる。
 ほら、闇の中に、得体の知れない生物がいる。そいつは私のことをじっと見ていて、私を脅かせようとしてる。
 この懸念を伝えると、一木はぶっと吹き出した。
「こりゃけりたい」
 一木は私からスマホを受け取って、周囲の田んぼを照らした。あぜ道を見つけるとずかずかと入っていく。
「勝手に入っていいの?」
「どうせばれんけん」
 一木は電灯を田んぼの中央に向けた。こんもりとした茶色い塊が水田の中に浮かんでいる。小枝を積み重ねて作られた巣の上に、鴨のような鳥が座り込んでいる。鳥は私たちを見て立ち上がる。奇妙なくらい長い脚だ。
「美脚の鴨か」
「だけん、けりだって言いよるのに」
「熊本にしかいない鳥?」
「全国にいると思うけどなあ」
 カピバラが苦笑しながら、けりに向かって石を投げる。けりはもう一度激しく鳴いて私たちを威嚇した。

 なぜだろう。私は父と遊んだ記憶を思い出していた。
 父も動物が好きだった。公園で犬を見かける度に、私の手を引いて近づいていった。
「おい、ポチ」
 父が犬に手を伸ばす。ポチと呼ばれた犬は、たぶんポチという名前じゃない。噛みつきそうな勢いで父に向かって吠えるその犬が怖くて、私は父の脚の裏側に隠れた。
「恐がりだなあ、莉音は」
 父は私を抱え上げた。そうすると、急にポチは足元の小さな生き物になって、私は安心した。

 暗闇から聞こえてくるキイキイ声も、正体がわかってしまえばどうということはない。
 この日以来、私は臆せずに塾に行けるようになった。そしてこの二人の男子生徒の隣の席に座るようになった。
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3. 呼名
 優花 WEB  - 18/12/23(日) 0:04 -
  
「もうすぐ出るばい!」
 ヒツジさんの呼ぶ声がして、私は糞尿を掃除する腕を止めました。出る、というのはウンコのことではありません。子牛が産まれそうなのです。
 本来三日前が出産予定日のはずでしたが、なかなか産まれなくてやきもきしていました。でも、今朝になってようやく産気づいて、ついにその時が来たようです。

 分娩房の中は奇妙な熱気で満たされていました。母牛が地面に横たわっています。そのお尻から、液体がぽたぽたとこぼれ落ちています。膣口から子牛の小さな蹄が見えています。
「自力で出られそう?」
「まだわからんばい」
 ヒツジさんは母牛のお腹をぽんぽんと叩いて、牛を励ましました。
「濃厚飼料をバケツ一杯持って来んか」
 牛舎を出てすぐ横に巨大な漏斗形のタンクが設置されています。私はその下にバケツを置いて、飼料をたっぷりと注ぎました。
 子牛の出産は、月に一度くらいの頻度でやってくる、よくある出来事です。私たちが牛を強制的に出産させているというと、抵抗を覚える人もいるかもしれません。でも、乳牛である以上は必要なことです。母牛は出産しないと母乳を出すようにはならないのです。
 子牛の後ろ足がずるりと産道を抜けて、胴体が吐き出されるように地面に転がりました。ぬるぬるとした羊水に覆われた、できたてほやほやの命です。
 子牛は懸命に立ち上がろうとして、すぐに転んでしまいます。そんな子牛の身体を母牛はぺろぺろと舐めました。子牛はまた立ち上がろうとして、転びます。母牛は子牛を舐める行動を何度も繰り返しました。
 ヒツジさんが母牛の側に飼料を置きます。やっぱりお腹がすいていたのでしょう。母牛は思い出したかのように、がつがつとエサを食べ始めました。

 この子牛の父親は、誰なのかわかりません。精液だけ買ってきて、人工授精で繁殖させているからです。
 だけど、ヒツジさんは――血のつながりを無視していえば――この子の父親と言えるのではないでしょうか。
 それは私にとっても同じでした。

 ……私の母、テンさんは私が七歳の時に蜻蛉さんと離婚し、十歳の時に再婚しました。再婚と言っても、婚姻届を出していない結婚……いわゆる事実婚です。事実婚すれば、名字を変える必要がない代わりに、デメリットもいくつかあるらしいですが、難しいことはよくわかりません。
 ヒツジさんはそんな母の再婚相手です。今更お父さんと呼ぶのもなんとなく違和感があって、私はいつもヒツジさんと呼んでいます。そしてそのヒツジさんの息子が一木です。
 そんなわけで、私たち二つの家族は同じ家に住んでいるのに、私は松風優花で、あいつは桐山一木なのです。

 リビングに戻ると、いつの間にか一木が帰ってきていました。机に向かって参考書を広げています。
 おかしな時代になったものです。あんなにいたずらっ子だった一木が、大人しく受験勉強しているなんて、まるで勉強好きな宇宙人に洗脳されたみたいでした。
 私は集中している人を邪魔しないように、そろりそろりと歩きました。

 チャピルの水槽を横から軽く叩きます。チャピルは賢いので、この合図だけで水面から上がってくれます。マットレスの上に着地して、とんとんとジャンプして水を切ります。
 私はチャピルの水槽に手をかけ、そのまま持ち上げようとしました。
「ちょっと待たんか」
「なあに、邪魔だった?」
「そぎゃん意味じゃなかと」
 一木は手をかざして私を制しました。
「あー、お前がライトカオスのことで怒りよるなら、俺が悪かったけん。すまんばい」
「え? 別に怒ってないよ?」
「そうっと?」
 私たちは顔を見合わせました。
「弁当にブロッコリーが五つも入っとったけん、てっきり、俺を殺す気かと思ったばい」
 私は単にブロッコリーを消費したかっただけなのですが、なにかとんでもない勘違いをさせてしまったようです。

「優花、ちょっとこっち来んか?」
「うん」
 私は一木の隣に座りました。
「言い方が悪かったばってん、ライトカオスを育てること自体はよかことと思っとるんよ」
 私にとってはほんの小さなすれ違いでも、一木はたいてい正直に謝りました。
「俺のせいで、優花を不安にさせてしまっとったもんな」
 一木は私の頭を撫でました。

 がちゃりと渡り廊下の扉が開きました。テンさんが私たちの方を見て、口元を手で覆いました。
「あらあ、お邪魔だったかしら」
「お母さんは引っ込んでて!」
「はあい」
 テンさんは扉を閉めました。一木は私の頭から手を離しながら、忌まわしそうに扉を見ました。
「変な邪魔が入ったけどな」
「うん」
「二人で名前を決めた日も、こぎゃんふうに座ったよな」
 頭の中でミンミンゼミがけたたましい声で鳴いていました。夏の日差しが地面を焼いて、暖められた空気のせいで遠くの景色が歪んでいました。
「あっつい」
 私が靴箱の前で嫌そうに立ち往生していると、一木が私の手を引きました。
「よかとこがあるばい」
 一木は私を校舎の裏に連れて行きました。そこは別に特別な場所ではありませんでした。ただ、ブロック塀の上からブナの葉が地面に向かって張りだして、気持ちよさそうな木陰を作っていました。私たちはその塀によじ登って座りました。
「なんか、今更新しいお父さんとか、変な感じせんと?」
 私はうなずきました。
「だけん、新しい名前をつけたか」
 一木は近くに落ちていた枝を拾って、砂の上に両親の名前を書きました。
「俺げのお父さんはヒツジさん、優花のお母さんはテンさん、よかとね?」
 たしかに、捻って読めば、そう読めなくもありません。それに、お母さんがテンと呼ばれることが、なんとなく腑に落ちている自分がいました。
「おもしろいね。私にも名前つけてよ」
「えー、優花は優花ばい。なんの動物にも似てなか」
「そうかなあ?」

 ――太ももから伝わるチャピルの冷たさが、私の意識を戻します。
「俺はあんとき、お前に名前をつけんかった。俺と優花の関係だけは、ちゃんと言葉にせんといけんと思っとった」
 そう。一木は誰かに私を説明するとき、絶対に一言では説明しませんでした。恋人とか、友達とか、兄妹とか、そう割り切ってくれたら楽だったのに……だけど、私にとっても、それらの言葉はどこか足らなくて、私の気持ちを完全には置き換えてくれないのでした。
「俺たちは不完全な家族だけん、自分らの関係を説明する言葉は、自分で作らんといけん」
「自分で作る?」
「それが特別ってことたい」
 特別な言葉……一木のような相手を表す言葉があるのでしょうか。こんなに近くにいるのに、手も握らないし、キスもしない。だけど大切な時には必ず側にいてくれる。
 私にはわかりません。都合のいいものを求めすぎているような気もします。

 チャピルは私たちのことを、不思議そうに見つめていました。
「相変わらずこいつはなに考えとるか、さっぱりわからんばい」
「そう?」
「頭の上にはてなとかぐるぐるとか、出してくれりゃいいぽよ」
「なにその語尾」
 私は笑いました。
「そういう球があったら便利ぽよ。人の気持ちだって、牛の気持ちだってわかるぽよ」
 一体どこでそんな言い回しを覚えてきたんでしょうか。
「ま、たしかに便利だけどね、さすがに現実味がないよ」
 現実を超えたところに、その言葉はあるのかもしれません。
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4. 君影草
 優花 WEB  - 18/12/23(日) 0:05 -
  
 毎年五月頃になると、山のふもとでスズランが小さな花を咲かせます。一面に広がった緑の上に、白い斑点がぽつぽつと浮かび上がります。スズランは牛に食べられることがないので、この花ばかりが生き残り、結果として牧場の名物となっているのでした。

 その日、私はいつものように斜面を登って、学校から帰っていました。坂道の途中、おばあさんが一人でいるのを見つけました。サファリハットを深く被って、ボンヤリとした様子でスズラン畑の中に立ちすくんでいます。
 私はなんとなく不安に思って、おばあさんに声をかけてみることにしました。
「どうかされましたか?」
 おばあさんの顔がこちらを向きました。サングラスをかけているため表情はよくわかりません。
「もしかして、優花ちゃん? 大きくなりましたねえ」
 はて、私はこの人に面識があるんでしょうか? 記憶を辿っても、こんな知り合いは思いつきません。
「私スズランを見たくて山を登ってきたんだけど、ちょっと疲れちゃって、どこか一休みできるとこない?」
「このあたりにはないですね。地べたに座るしか」
「そうですか、じゃあもう下りましょうかねえ」
 おばあさんは畑の中から出ようとしました。その時、強い風が吹いて、おばあさんが杖をつきました。
「アイタタタタ」
「大丈夫ですか?」
 私はあわてて駆け寄って、おばあさんの手を取りました。おばあさんはにっこりと微笑みました。
「最近腰が悪くなってしまってねえ、ここまで登ってくるのも一苦労だったんですよ」
「大変ですね」
 私はおばあさんの手を引いて、道路まで連れていきました。といっても、このあたりは牧草地の真ん中なので、めぼしい道しるべは見当たりません。
「ここまで来たらもう大丈夫」
 おばあさんはそう主張しましたが、私の心配は拭いきれませんでした。
「おうちはどこですか?」
 おばあさんはここからそう遠くない集落の名前を挙げました。そこなら、普通に歩いていけそうです。
 結局、私は集落まで手を繋いで歩くことにしました。おばあさんの家は立派な一軒家で、もしかしてこの人は地元の有名な人なのかな、と想像しました。

 帰り際、おばあさんは私に小さな紙きれをくれました。見れば、それは俳句でした。

> 子の顔に君影草のかほりたつ

「これをあんたのお母さんに預けといてね。ほんに、今日はありがとうね」
 おばあさんは私にしっかりと頭を下げて、家の中へ去っていきました。

 帰ってからテンさんに、その老婆のことを話しました。
「あんた、それ赤星先生じゃないの?」
「赤星先生?」
「そうそう。あんたが小学校四年生だったとき教頭だった人」
「そんな人、よく覚えてるね」
 自分の担任ならともかく、教頭の名前なんてそんなにはっきりと思い出せるものではありません。けれどもテンさんはうんうんとうなずいて
「優花は覚えとらんかもしれんけど、私はPTAでお世話になったんよ」
と言いました。ははーん、と、私は思いました。
「じゃあ、その人がテンさんとヒツジさんを引き合わせたの?」
「いや、それは全然」
「じゃあなんで?」
「うーん、なんて言ったらいいのかなあ……」
 テンさんは夕ご飯を作る手を止めて、思い出を語り始めました。それはこういう話でした。

 むかーしむかし、といっても八年前のことですが、ヒツジさんとテンさんは同じ家で暮らすことを決めました。長年雇っていたヘルパーが辞めることになって人手に困っていたヒツジさんと、ちょうど離婚が成立して自由を手に入れたテンさん、二人の利害が一致したことが決め手となりました。
 同居を始めても、二人はしばらくそのことを誰にも言ってはいませんでした。でも、PTAで同じ委員をやっていた佐々木さんという人は、二人の関係性の変化にめざとく気付いたみたいです。
「松風さん、最近桐山さんとなにかあったの?」
 そんな質問があったので、テンさんは彼女に、ヒツジさんと同居し始めたことを教えました。変な話ですが、テンさんはそれまで親族以外にそのことを教えてなかったらしいのです。
「だって、結婚って言っても、事実婚でしょう? だから名字も変わらないし、別に言わなくてもいいかなーって」
「なんか、ゆるいね……」
 佐々木さんに教えた後、噂はいつの間にかほかの保護者の間で広まって、やがて二人が事実婚していることは周知の事実となったそうです。
「まあ、最初の頃はそれでもいいかと思っとったんよ」
 テンさんはあっけらかんと言いました。

 でも、しばらくして、テンさんはこの判断が誤りだったことに気付きました。事実婚という言葉をよく知らない人たちが、噂に尾ひれを付け始めたからです。テンさんはヒツジさんの愛人なんじゃないか、あるいは、やましい過去があるから再婚できないんじゃないか。そんな噂が、保護者の間では広がっていたようです。他の保護者からこっそり事実を確認されたりしたことで、テンさんもうすうす事態に気付き始めました。
「で、噂の出所を辿ってみると、どうも最初に言ってた佐々木さんって人が、そういうことを言ってるらしいってことがわかったの。まー、キレちゃったよね」
 テンさんはPTAの全体会議で、名指しで佐々木さんを非難したそうです。すると、佐々木さんも「隠そうとする方が悪い」「あんたら夫婦がいると子供の教育に悪い」などと逆ギレして、会議を退室してしまいました。会議は一時中断となりました。佐々木さんはそれ以降、親子共々学校に来なくなってしまいました。
「そのときは私もプンプンしてたけど、あとになって、やっぱり佐々木さんをみんなの前で責めたのはよくなかったなあって思ったの。でも、仲直りしようにも本人が来ないからどうしようもなかったの。そんな時に、私たちを助けてくれたのが、赤星先生だったのよ」

 話を聞きながら、私は小学生の時のことを思い出していました。佐々木瞬という同級生が、たしかにいました。私たちのクラスには生徒が十人しかいなかったのですが、佐々木君はその中では一番小柄で、すばしっこく、運動神経がいいという評判の生徒でした。
 そんな彼が一度だけ、熱を出して休んだことがあります。
 ――蒸し暑い夏日でした。私は突然先生に呼び出されて
「佐々木君の家にプリントを持っていって欲しい」
とお願いされました。
「はい、先生」
とその時は素直に答えたものの、正直言ってあまり行きたくはありませんでした。ただでさえ暑いのに、自分の家から反対方向に向かわないといけなくて、うんざりしながら学校を出発しました。

 田んぼの向こうに背の高いススキの草むらが広がっていて、それを抜けた先に佐々木君の家はありました。
「ごめんください」
 私がチャイムを鳴らすと、品の良さそうな感じのおばさんが出てきました。
 そのとき、玄関の奥の部屋に奇妙な水槽があることに私は気付きました。中には青い生き物が泳いでいて、足拭きマットが敷いてありました。
「あ、チャオだ」
 青いチャオは私を一瞥し、ゆらゆらと漂いました。
「チャオを飼ってるんですか?」
と、私は聞きました。おばさんは困ったような表情をしながら、
「ええ、そう」
と答えました。
「あなたもチャオに興味があるの?」
「卵がうちにありますけど、どう育てたらいいかわからなくて」
 それはチャピルの卵のことでした。離婚のときに餞別として、蜻蛉さんが私にくれたものでした。
「しばらく見ていってもいいですか?」
 私のセリフに、佐々木君のお母さんは当惑した表情を見せました。だけど、私に帰る気が全然なかったので、断るのも面倒と思ったのでしょう。
「そんなにチャオが見たいなら、上がりなさい」
 そう言って私を部屋に上げてくれました。

 佐々木君のチャオは目の覚めるような青色で、頭には三本のトゲが生えていました。私がチャオを見ていると、佐々木君もいつの間にか部屋から出てきて、私にチャオのことをいろいろ教えてくれました。
「知ってる? チャオって両生類なんだぜ」
「両生類ってなに?」
「カエルとかと同じ仲間ってこと」
「へー、そんなこと知ってるなんて、すごいね!」
 私は空気の読める子供だったので、とりあえず佐々木君を褒めました。佐々木君は白い歯をニカッと出して笑いました。

 彼と話していて、私はうすうす気付いてきました。佐々木君の病気は、実は大したことがないらしいということに。でも、私はそのことを追求しませんでした。なぜなら、私にとっては、成体のチャオを見ることの方が、嘘を暴くことよりもずっと大切だったからです。
 私はプリントを受け取ると、連日ススキの草むらを抜けて佐々木君の家に行きました。そんな日々が一週間くらい続きました。

「それが、赤星先生の作戦だったんだ」
 テンさんは私の話に我が意を得たりといった表情でした。
「親というのは、結局の所、子供同士が仲良くされたら付き合わざるをえない。優花が佐々木君と友達になったから、向こうもみすみす無視できなくなったんでしょ?」
「そうなの?」
「そんなもんよ。それに子供がどういう振る舞いをするかによって、親の教育が行き届いているかどうかわかるもの。優花は、佐々木さんに認められたんだ」
「ふうん」
 親の心子知らず、とはよく言ったもので、子供の頃の私はそんないざこざに全く気付いておらず、ただチャオに夢中になっていました。まあ、それでことがうまく運んだなら、きっと赤星先生のやったことは正しかったのでしょう。
 佐々木君とは、その後中学校で別々のクラスになり、あまり連絡を取らなくなりました。今は一体どうしているのか、噂もほとんど聞きません。

 ガチャリ、と裏口の扉が開いて、ヒツジさんが汗を拭きながらリビングに戻ってきました。
「さあて、夕ご飯にしないとね」
 テンさんはもう一度腕まくりして、まな板に向かいます。動きを忘れかけていた時計の針が、また回り始めたようでした。
 テーブルに残されたメモに、ヒツジさんが足を止めます。
「これ、誰の句だ?」
「赤星先生」
 テンさんが答えます。
「そうか」
 ヒツジさんはそのメモを何度か読み返しました。それから、胸ポケットのボールペンを出し、メモの後ろに一言書き足しました。

>> 過ぎる風炎 私たちの師

「たしか、卒業文集に住所も書いてあったよな」
「大丈夫、さっき家までの道のりを確認しておいたから」
 私は胸を張って答えました。
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ガーデン・ヒーロー
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 0:06 -
  
 人生がどんなにクソな終わり方をしても
 私の愛は絶対に 死なない
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5. カピバラと一木
 莉音 WEB  - 18/12/23(日) 0:06 -
  
 田舎の人間は都会の人間よりも大人びているのかもしれない。そう思い始めたのは、とある学校でのやりとりがきっかけだった。
 横浜ではあんなに群れ合うのが好きだった女子達も、ここではそこまでベタベタしない。というか、一人一人が自立している感じがする。
 群れるほど人がいないからか? 自然の中で育ってきているからか?

「お前んとこの牛舎、もう古くなってきてるだろ」
「まあな」
 塾に来ると、一木とカピバラはしばしば牧場の話をした。
「そろそろ建て増したいんじゃないのか?」
「そばってん、量を増やせば売れるっちゅう時代じゃないけん」
「じゃあどうするんだ? 高級路線か?」
「まだわからんばい」
 普段はアホっぽい二人だけど、実家の仕事のことになると真面目に考えているらしい。私はそれについていけないけど、適当に口を挟むことはできる。
「牛乳のおいしさって、育て方でそんな変わる?」
「変わるわ!」
「全然違う!」
 きびしいツッコミが飛んできた。
「うちの牛の方が健康的だからな、一木のとこよりもうまい」
「んにゃ、俺げの方がうまか」
 一木は露骨に嫌そうな顔をした。男達はそんなことで張り合うんだ。ふふんと笑ってしまった。
「あ、鼻で笑ったな」
「いいだろう。本物のミルクのうまさというものを思い知らせてやる」
 あれ? 一瞬でも大人びていると思ったことが、急に嘘くさくなってくる。こいつらただのガキなんじゃないのか?
「おいしさの指標ってなんかないの?」
「ねえな」
「うん、どうやったらこいつにミルクの違いを教えられるんだろうな」
「やっぱ実際に飲んでもらっきゃなかとね?」
「そうだな。そうすれば我が農場の素晴らしさがわかってもらえるだろう」
「俺げの方が、絶対に、うまか」
 ……くだらない張り合いの果てに、どちらのミルクがおいしいかを私がジャッジすることになってしまった。土曜日の午後にカピバラの家に行き、それから一木の家に行く。そういう段取りに、なぜかなってしまった。

 歩いても歩いても新しい草が押し寄せてくる。私は長い坂道を登っていた。入道雲が私をあざ笑うかのようにそびえ立っている。カピバラは自転車を押しながら、私の隣を歩いていた。
 カピバラは男子の中でも背が高い方で、私の頭はちょうど彼の胸あたりにあった。私は彼の顔を見上げた。
「カピバラの家族ってどんな感じ?」
 カピバラは腕を組んで、少し考える様子を見せた。
「うちは家族で牧場をやってるわけじゃないぞ」
「そうなの?」
 これまでの話から、私はてっきりカピバラは牧場の跡継ぎなのかと思っていた。
「うちは元々家族経営でやってた三つの家が合体して、一つの牧場になったんだ。だから俺の父は役員の一人であって、社長じゃない。創業者の名前の頭文字を取って、TKG牧場と呼ばれている」
「卵かけご飯牧場?」
「田中・片原・郷原牧場の略だよ!」
「狙ってつけたんじゃないの?」
「時代を先取りしちゃったんだなあ、これが」
 そんな話をしていると、草原の向こうから小さな銀色の屋根が見えてくる。牧場の風、としか形容できない、独特の臭いが鼻をつく。
「あれがTKGの牛舎のうちの一つだ」
と、カピバラは説明した。
「もしかして、もうこの辺にも牛がいるの?」
 私は周囲の牧草を見回した。いきなり牛に近寄ってこられたらびっくりしてしまうだろう。
「いや、昔は放牧もやってたんだが、今はみんな牛舎飼いだな。あの中を歩くだけで、牛にとっては十分な運動になるんだ」
「マジか」
 私はてっきり、牧場といえば牛が外で草を食べている場所かと思っていた。そのイメージは早々に覆された。
「中を覗いてみるか?」
「いいの?」
「少しだけらな」
 カピバラは自慢げに眼鏡をかけ直した。

 牛舎の中は体育館くらいの広さだった。土の上で数十匹の牛たちが思い思いの場所で寝そべっている。自由に歩き回っている牛や、餌を食べている牛もいる。
 建物の中心に一本、人間の通る通路が設けられている。柵が牛たちのいる場所と通路を隔てている。カピバラはその一画を開けた。
「来いよ」
 私はおそるおそる牛の区画に入った。
 自由気ままに生きているかに見えた牛たちだったが、共通しているところもあった。すべての牛には、頭の部分に縄がくくりつけてある。カピバラは歩いている一頭の牛に目を付けて、その縄を引いた。牛は嫌がるそぶりも見せずそれに従った。
 大きくて力があるのに、人間の意志に従順な生き物。それが長い年月をかけて家畜化された、牛という生き物の本能なのだった。

 さて、問題は牛そのものよりもミルクの味である。カピバラのお母さんが、私にパンケーキを焼いてくれた。
「いただきます」
 取れたてのミルクをふんだんに使ったパンケーキ。私がフォークの側面で切ろうとしても、フワフワの生地にずぶずぶと埋もれていってしまう。
 なんとか切り取って口に含むと、ミルクの香りがいっぱいに広がった。おいしい! 舌触りは滑らかで、口の中でとろけるように消えてゆく。甘すぎず、ヘルシーな感じさえするのに、しっかりとミルク感が伝わってくる! これなら無限に食べられそう!
 私がべた褒めしていると、カピバラのお母さんはとても喜んだ。喜び極まって、私におみやげをたくさん包んでくれた。パンケーキの他に、クリームチーズ、ミルクプリン、ムースもあるらしい。
 うちは二人暮らしなんだけど、断り切れなかった。なんてったって、無限に食べられるからな。

 私はカピバラの家を出発した。紙袋の紐が関節に食い込んで痛い。
 一木の家はここから、さらに十分程登ったところにあるらしい。近所って言ってたくせに、全然近くないじゃん。文句をたれながらも、脚を動かし続ける。
「よお」
 坂道を下って、一木が迎えに来てくれた。
「遠くない?」
「荷物持ったろうか?」
 私は黙って紙袋を一木に突き出した。一木はそれを引き取った。
「なあ、ライオン」
 歩きながら、一木は思い出したように口を開いた。
「今から優花に会うことになるけん、先に言っとくけど、優花は俺の彼女じゃあないけん」
「誰、優花って?」
「あれ、言わんかったと?」
「なるほど! その子が一木の彼女なのか!」
「違うって言いよるのに……」
 一木は私に、二人が付き合っているという噂があることを教えてくれた。
「通学はもちろん一緒だし、弁当も一緒に食べとるけん、誤解されるんもしょんなか。そばってん、ほんとはそぎゃんことなか」
 一木はなにが言いたいんだろう? 恋人扱いされることに照れてるのか? それとも変になじられるのが嫌なのか?
「じゃあ、聞かせてよ。どういう関係なのか」
 そう聞くと、一木は立ち止まって、荷物をさぐり始めた。
「小学四年の時たい。優花が俺げの隣に引っ越してきたんは」
 長財布から一枚の写真を取りだして、私に見せてくれる。女の子が大きな卵を抱えている。
「これ、自分で撮ったの?」
 一木はうなずいた。
「最初は引っ込み思案な子だと思っとった。そばってん、しばらくして、牧場の仕事がしたいと言いいだした。だけん、俺はそん言葉に応えて、いろんな仕事をそいつに教えた」
 一木は写真を長財布の中に戻す。
「優花は吸い込むように俺の仕事を吸収していきよった。で、俺は受験勉強をきっかけに、家の仕事をなんもせんくなった」
「ダメじゃん!」
「いやあ、そういうわけでもなかとよ」
 一木は後頭部を掻いた。
「優花は俺の能力を受け継ぐもんだけん。例えるなら、うーん、弟子みたいなもんたい」
「ほんとに弟子と思ってる?」
 私が一木の顔をのぞき込むと、彼は照れくさそうに視線を逸らした。
「あー、いや、少し違う」
 なんやねん、それ。

 しばらくして、草原の中にぽつりと白い二軒の家が現れる。大きい建物と小さい建物が、渡り廊下で繋がっている。一木によると、大きい方が桐山家で、小さい方が松風家らしい。

 家に上がると、最初に出迎えてくれたのが優花だった。なるほど、なんとなく先ほどの写真の面影を残している。愛嬌のある丸っこい顔。二重のぱっちりとした瞳。セミロングの髪を特に飾るわけでもなくまっすぐに伸ばしている。
「あら、おかえり」
 優花もまた、私のことを興味深そうに見つめた。
「はじめまして。小川莉音です」
「ライオン、だよね。話は聞いてるよ」
 どうやらそのあだ名はすでに広まっているようだ。まあとっくに学校でも使われてるから、気にしたってしょうがないけど。
 靴を脱いでリビングに上がる。さっそく、私はリビングの端に置かれている水槽に目を引かれた。中にタマネギみたいな形をした、水色の生き物が浮かんでいた。
「これなに?」
「チャオだよ」
 これがチャオ……名前は聞いたことがあったけど、実物を見るのは初めてだ。
「触ってみなよ」
 優花は屈託ない表情で私に勧めてくる。
「噛んだりしない?」
「大丈夫、チャピルは大人しいけん」
 一木もそう言うので、目を閉じて、指先を水槽の中に突っ込んだ。指の先端がチャピルに触れた。
「うわ、なにこれヤバイ!」
「手をぎゅっと握ってみて」
 指先でチャオの丸っこい手を探す。握ってみると、実は中にちゃんとした骨があることに気付く。丸い手は太い指と、その間についた水かきがまとまって、そういう風に見えているだけだ。ぷるぷる感がクセになりそうだ。
 急に、チャピルがバタつき始めたので、びっくりして手を離す。チャピルは水槽の淵を掴んでよじ登った。足拭きマットの上に立って、よたよたと歩いた。私は思わず後ずさりした。
「出てるけど、いいの?」
「いつもんことたい」
 チャピルはマットの上にボンヤリと座り込んだ。皮膚を潤していた液体が急に白みがかって、チャピルの全身を覆い尽くす。粘液は厚みを増しながらふくらんで、表面が少しずつ乾いていった。なにかとんでもないことが起きているのが、素人目にもわかった。
 優花が私の肩越しにつぶやいた。
「繭だ」
 実際、それはカイコなどの繭によく似ていた。
「なに? チョウチョになるとか?」
「そんなに劇的には変わんないけど、ちょっと変わる」
 優花は何度か見たことがあるのだろうか、あわてる様子もない。淡々とチャピルを見守っている。
「チャオの変態は二時間くらいかかるけど、このまま見ていく?」
「変態?」
 優花の口からそんな言葉が出たことに、思わず笑みが漏れてしまった。その笑いは優花にも伝染した。
「そう、チャピルは変態する」
引用なし
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1話 ステーションスクエアから吹いてくる風は冷...
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 0:06 -
  
 ステーションスクエアから吹いてくる風は冷たい。
 体感温度と世界の明るさは比例する。
 太陽が照りつける猛暑日だって、冷たい風が吹いた瞬間に熱は和らぐ。
 まるで太陽が遠くへ離れていってしまったように暑さは消えて、世界は急に薄暗くなる。
 死んだ町が僕たちに手招きしている。
 どれだけ太陽が再び酷暑を作り出そうとも、僕たちの体は冷えていて、世界は少し暗くなったままだった。
 今年は海水浴客が少なかったとニュースが言っていた。
 秋になれば、いよいよ冷たい風は深刻さを増す。
 風によって凍える日々がもうじき始まる。


 学校はサボる。
 チャオガーデンへ行く。
 この町に来てからというもの、僕、遠藤インクは学校に馴染めていなかった。
 一年前、僕の住んでいたステーションスクエアは凍り付いてしまった。
 僕の心もそうだった。
 嘘でも心の氷を溶かして振る舞うことはできなかった。
 心の氷に正直になりすぎた僕は、自身にとっても他人にとっても扱いにくい存在で、誰かが近寄るだけでも軋む音がした。

「おいっす、インクくん。学校サボり?」
 受付に座っているおばちゃんはノートパソコンの画面から目を離さずに言った。
 おばちゃんは柔和そうに丸々と太っている。
 悲しいことなんて何もない人に見える。
 そして悲しいことは脂肪の内側に隠してしまえる人だった。
「そうです」
「じゃあ代わりにきりきり働いてってね」
「なんでですか」
 と僕は返す。
 おばちゃんは、うふふ、と笑った。
 僕は唯一このチャオガーデンのスタッフだけとは心を通わすことができた。
 おばちゃんも、あの日ステーションスクエアにいた。

 一年前、ステーションスクエアは一瞬のうちに氷の町と化した。
 町を殺した化け物の正体は未だに不明だ。
 だけど事実として町は凍り、そこに暮らしていた人々もその凍結現象に巻き込まれた。
 僕とおばちゃんが助かったのは、外部と隔絶して室内環境を調節しているチャオガーデンの中にいたからだった。
 あの日凍ってしまった人は千万人にのぼる。
 おばちゃんの夫は出張に行っていたおかげで助かったが、二人いた子どもは凍り付いてしまった。
 おばちゃんの子どもは今も氷のままステーションスクエアにいる。
 凍った人たちを死者と扱うかどうか。
 これは微妙なところだ。
 法的な扱いも決められずにいる。
 しかし一つ絶望を感じさせる事例がある。
 氷を温めて溶かして救助しようという試みが行われたが、それで氷を解かされた凍結者の心臓は止まっていた。
 なので心の底ではみんな、凍った人は死んでいると思っている。
 ただ凍結現象は、なにが原因なのか全く掴めない、常識外の異常現象だった。
 それなら同じように常識外のなにかで氷が解けて、凍った人々が助かるんじゃないか。
 そんな奇跡をみんながみんな口にする。
 甘ったるい。
 だからこそすがりつくしかない流行病だった。
 そしてそんな奇跡が起きないから、このガーデンは存在している。
 ステーションスクエアの千万人の死者の中にはチャオを飼っていた人もいた。
 このガーデンにいるチャオは、飼い主を失ったチャオたちだった。
 僕がこのガーデンに来るのは、チャオたちやおばちゃんに仲間意識を抱いているからに違いない。

「今日もマユカちゃん、氷やるんだって」
 とおばちゃんはガーデンの二重の扉を開けた僕に言った。
 チャオガーデンの暖かい空気が開いた扉から抜けていく。
 流れる空気をそのままに、僕はおばちゃんに聞いた。
「今日はなに作るって?」
「聞いてない。秘密って言って、教えてくれないもの」
「やっぱりそうか」
「と言うか、早く入りなさい。温度下がっちゃうでしょ」
「はぁい」
 中に入り、扉を閉める。
 暖かな春の早朝みたいな空気に僕は包まれる。
 チャオの餌になる実の成る木の大きな葉が揺れていた。
 ガーデンに吹く微風はチャオと人を楽しませながら、密かに広大な室内の空気を循環させている。
 木は五メートルほどの高さがあるが、天井はその木よりも遥かに高い所にある。
 十メートルくらい、だろうか。
 その天井には空が描かれていて、まるで本物の青空のように見える。
 吸い込まれそうな青空なんて言われる時の、一体どこの青色なのか人の目には把握できない、あの果てしない遠さが再現されている。
 職人技だ。
 一体誰があんなものを天井に描くのだろう。
 チャオガーデンとは作り込まれた小世界だった。
 まるで異国に来たように感じさせる。
 ただいま。
 僕は誰にも届かない小声でチャオたちにつぶやいた。
 聞こえない声のはずなのに、僕がつぶやくと同時に一匹のチャオが僕に気付いた。
 ダークチカラチャオのホウカだった。
 放火という不名誉なネーミングは元の飼い主によるものではなく、このチャオガーデンのスタッフ、桃野マユカによるものだ。
 元の飼い主がなんて呼んでいたかは知らない。
 マユカはまだ二十代前半で、若いスタッフだ。
 若いからってわけじゃないだろうけれど、自由気ままな人間である。
 そのホウカは、木馬に乗って遊んでいた。
 このガーデンに置かれている木馬はちょっと高価な玩具で、揺らすと中に入っている鈴が鳴る仕組みになっている。
 ホウカは木馬から飛び降り、僕の方に駆け寄ってくる。
 彼女のせいで変な名前で呼ばれるようになったホウカだけど、
「よう、元気かホウカ」
「チャオ!」
 とホウカ自身はこれをちゃんと自分の名前と認識している。
 赤と黒のボーダー模様の手を振りながらホウカはにこにこと駆け寄ってくる。
 ホウカはガーデンの中でもとびきり人懐こいチャオだった。
 ダークチャオでクールっぽい見た目をしているのに、ホウカは人がいるといつもにこにこしてじゃれつくのである。
「学校サボって、会いに来ちまったぜ」
 僕がそう言うと、ホウカは挨拶代わりに火を噴いてみせた。
「おお、今日もすごいな」
「チャオ〜」
 ホウカは自分で自分の頭を撫でて、ねだってくる。
 僕は要求されたとおり、ホウカの頭を撫でてやった。
 頭の上に浮かぶトゲトゲのポヨがハートの形に膨らむ。
 火を噴けるようになるには、ドラゴンという珍しい小動物をキャプチャさせてやらないといけない。
「お前のご主人様はきっと金持ちだったんだろうなあ」
 かなり贅沢な生活をしていたんじゃないか?
 それでもチャオガーデンでの平凡な生活にも馴染んでいる様子だった。
 チャオに贅沢なんてわからないのかもしれない。
「今日、マユカがまた氷やるってさ」
「チャオ」
「なにやるか、お前知ってる?」
「チャオ〜?」
「もうメシ食ったか?」
「チャオ!」
 ホウカがなにを言っているかはさっぱりわからない。
 ホウカだって僕がなにを言っているのか理解していないんじゃないか。
 だけどこうやって話していると、頭の上のものがハート型に変わる。
 チャオは人と話をするのが楽しいようだ。
 僕はホウカを抱っこして、プールの傍に移動した。
 池を模したプールの中央には橋が架けられていて、その先には岩の洞窟がある。
 薄暗い洞窟は、暗い所でゆっくりしたいチャオのためのスペースだ。
 そしてさらに奥に、スタッフ以外が立ち入り禁止の部屋がある。
 マユカはそこから氷を運んでくる。
 氷の大きさは一メートル四方ほどだ。
 厚さニ十センチの氷の板を重ねてその大きさにしている。
 そのくらいの大きさになるとかなり重いだろうに、マユカは平然とした顔で氷の載った台車を押し、洞窟から出てくる。
 マユカは僕の姿を認めると、へらへらと笑う。
 そんなつもりがなくても、謎の自信に満ちた笑顔に見える。
 マユカの顔は強気そうな形に綺麗に整っている。
 彼女は見た目のとおりに意志の強い美人だった。
 そしてマユカは橋を渡り切ると、
「おやおや、不良がいるぞ」
 と僕に言った。
「ちぃーっす」
「チャオ!」
 ホウカはとても嬉しそうにマユカに手を振る。
 マユカの氷のショーはチャオたちにかなり気に入られているのだ。
 ガーデンのチャオたちがぞろぞろと氷に集まってくる。
「はぁい、危ないから離れてねー」
 マユカはチェーンソーを持って言った。
 ブィィ、とチェーンソーの電動モーターが大きな音を立てる。
 近付きすぎていたチャオを別のヒーローチャオが引っ張った。
 まるで氷ではなく雲を切るかのように、チェーンソーの刃は氷の中にするりと入る。
 本当に切っている証拠として、ものすごく細かい氷の粒が霧のように飛ぶ。
 チャオたちはそれを浴びて、きゃあ、と声を上げる。
 氷の左右が大きく切り取られる。
 頭と胴体、なにか立っている動物の形にしようとしているみたいだ。
 マユカは氷を使った彫刻をチャオによく披露しているのだ。
 彼女は両手でしっかりと持ったチェーンソーを数センチ単位で動かして、チェーンソーの刃に氷を撫でさせる。
 氷の粒が飛び、頭にくちばしが現れる。
 どうやら今回マユカが作っているのは、鳥らしい。
 鳥に見える形にまでなると、マユカは電動モーターを止めて道具を持ち替える。
 次に持ったのは平ノミだ。
 ヘラのように先端の刃が広くなっているノミである。
 それを使って鳥のシルエットを整えていく。
 動作だけはやすりがけをしているように見える。
 だけど一度に削れる氷の量は動作からするイメージよりもずっと多い。
 雪かきを連想させた。
 氷をかけばかくほど鳥の頭は綺麗に丸まり、胴体にも生き物らしい曲線が描かれる。
 平ノミを扱いながら、マユカは歌う。


 人生がどんなにクソな終わり方をしても
 私の愛は絶対に 死なない
 こぼれまくっても走り続ける血は
 元々はあなたからもらったもの

 歩けなくなっても
 駆け上がってやるぜ
 どうなっても行くんだこの先へ

 永遠なんてあり得ない?
 夢は夢でしかない?
 そうかもしれないけれど
 錯覚の永久機関を
 持って生まれてきたんだ
 あなたが愛したものは死なない


 マユカの歌はかなりうまかった。
 歌っている彼女の頬は段々と赤くなる。
 恥ずかしさじゃなくて、快感で彼女の体が火照っているのだ。
 サビの終わりに一瞬こちらを見る彼女の目はいつも、私って格好いいでしょう、と自慢げに問いかけている。
 マユカはさらに二番を歌い、間奏を口ずさみ、そして一曲を歌い終える頃には、氷の形も整っていた。
 どう見ても鳥以外の動物ではあり得ないとわかるくらい形ははっきりしている。
 翼を閉じて立っている鳥だ。
 だけど僕はまだなんの鳥かはわからなかった。
 今度は刃がV字になっているノミを持つ。
 また同じ曲を歌いながら、マユカはデティールを彫り入れていく。
 ノミによって作られた凹凸で、目が生まれ、塊だった翼が羽根に分かれていく。
 氷に刃を入れることで、マユカは命を彫り起こしていた。

 結局僕は最後までなんの鳥なのかわからなかった。
 鳥に詳しくないのもある。
 だけど一目でこれだとわかるような、特徴のある生き物にしなかったマユカのせいでもある。
「ふい〜。完成」
 マユカがノミを道具箱にしまってチェーンソーと共に氷から離れると、出来上がった彫刻にチャオが群がる。
 みんな手を伸ばして、キャプチャをするような仕草で氷の鳥に触れる。
「チャオッ!チャオ〜ッ!」
 熱狂し、興奮した声をそれぞれが上げる。
 僕は氷から数歩離れたマユカに寄り、
「あれ、なんの鳥なの?」
 と聞いた。
「ハト。平和の象徴」
 とマユカは答えた。
 答えを教えてもらった僕は、もう一度氷の彫刻を見た。
 ハトにしては、くちばしがちょっと長い。
 カラスにも見えそうだ。
「言われてみればハトだな。でも若干似てない」
「チャオが喜んでるからいいの」
「確かにめちゃくちゃ喜んでるよな。あんま大喜びするチャオ、今まで見たことなかったよ」
「でしょう。愛のなせるワザかな。あ、チョコバット食べる?」
 答える間もなく、道具箱に入れられていたチョコバットを一本僕に投げ渡す。
 手を伸ばせば渡せる近距離で不意に投げられたものだから、反応できなかった。
 受け取り損なって、チョコバットは落ちそうになる。
 だけど反射的に振った手でどうにか掴んだ。
「普通に渡せよ」
「でもナイスキャッチ」
「うるせえ」
 外れのチョコバットを食べる。
 コーティングされたチョコよりも、サクサクとした生地の食感がおいしいと感じる。
「仕事の後は格別にうまい」
 マユカはポッキーを食べるくらいの勢いで一本食べてしまうと、続いて二本目のパッケージを破った。
「でもなんで氷なわけ?不謹慎とか、思わないの?」
 僕がそう尋ねると、マユカは二本目のチョコバットを口に詰め込んだ。
 なにかを答えたそうに僕を見たまま、口の中のチョコバットを一定のペースで咀嚼する。
 氷で遊ぶなんて、今どきタブーだ。
 それなのに彼女はよく彫刻をチャオたちの前で披露している。
 よりによって氷の異常現象によって飼い主を失ったチャオたちの前でだ。
 チョコバットを全て飲み込むと、ようやくマユカは、
「氷の彫刻はね、そのうち溶けるんだよ。氷だからね。溶けて、水になる。それをまた凍らせて、別の彫刻を作るんだよ」
 と答えた。
「再利用できるってことか」
「そう、再利用。新しい命に生まれ変わる。転生するんだよ」
「へえ。それで、不謹慎だからやめようみたいなことは考えないの?」
 マユカはまたチョコバットを箱から取り出した。
 まだ食べる気なのか。
 そして何本入れているのか。
 マユカは持ったチョコバットのパッケージを破らずに、
「別に思わないね。私はあまり我慢をしないんだ。それにみんな喜んでるんだから、続ける理由しかない」
 と言った。
「だからさ、愛のなせるワザなんだよ。知ってるかい?愛は地球を救うんだぜ」
「いつの時代の人だよ、あんた」
「三十年ぐらい前の人かな?」
 マユカは首を傾げる。
「あんたまだ二十代だろ」
「わはは」
「って言うか、その喜ぶみんなって、もしかして僕も入っている?」
「そりゃそうでしょ」
「僕は喜んでいると言うより、こんな時代に氷を使って変なことしている変人を見て楽しんでるだけだよ」
「どうもありがとう」
「褒めてないよ」
 嘘だ。
 実は褒めている。
 僕がマユカに心を開いているのは、彼女が変人だからだ。
 変人で他の人とは色々と違っていることが、今の僕には無害な様に見えるのだった。
 学校の人たちは、近付くにしろ離れるにしろ妙な距離の取り方をして僕の心を軋ませる。
 変人の彼女は、そのようなことをしないだろうと期待させてくれるのだ。
 そして今のところ彼女と一緒にいて、不快にさせられたことはなかった。
 彼女の氷彫刻を不謹慎だと思ったことはない。
 平然と氷にチェーンソーの刃を入れる様を見ていると、むしろ反省をさせられる。
 僕もマユカのようにあれこれ気にしないで振る舞うべきなのかもしれない。
 そんなふうに思えてきて、彼女の氷彫刻を見た後は、少しだけ解放された気分になるのだった。
 マユカは、
「褒めてくれたお礼にもう一本あげよう」
 と言って、チョコバットをまた投げてきた。
 今度は受け取ることに成功する。
「だから褒めてないって」
 否定しながら、もらったチョコバットを食べる。
 そして開けたパッケージを見ると、文字が書いてあった。
「あ、ホームランだ」
「当たりか。それじゃあもう一本あげる」
 マユカはもう一本チョコバットを投げてきた。
「いらねえよ」
 と言いつつも僕は片手でチョコバットをしっかり受け取っていた。
引用なし
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6. 蜻蛉
 優花 WEB  - 18/12/23(日) 0:07 -
  
 変態とは、動物が成長する過程で体の形を変えることです。決して変な意味ではありません。
 例えばオタマジャクシがカエルになるとか、ヤゴがトンボになるとか、多くの生き物が水中から陸上に適した形に姿を変えていきます。
 チャオもその例に漏れず、変態することでより長い時間を陸上で生活できるようになります。ただし、長いと言ってもあくまで両生類ですから、ずっと水を与えないと死んでしまいます。
 本当に陸上で長時間生き続けるには、ライトカオスにするしかないのです。

 チャピルの変態にはまだ時間がかかりそうでした。私たちは先に牛舎の見学に向かうことにしました。
 お風呂場の脱衣所で作務衣に着替えます。私はライオンの容姿をまじまじと観察しました。軽くウェーブがかかった明るい髪に、鮮やかな桃色の唇。普段化粧なんてする機会のない私にとって、ライオンのファッションはすごく若者っぽく見えました。作務衣だけが野暮ったいのでなんだかちぐはぐでした。

 私がライオンを牛舎に招き入れると、すぐ、ライオンはなにかに気付いたようです。
「カピバラの所とはずいぶん違うんだね」
 私たちの牛舎はつなぎ飼い方式、すべての牛が柵で区切られているタイプです。TKG牧場のような大規模かつハイテクな牛舎を見た後だと、私たちの牧場はいかにも普通と思われるかもしれません。
「こっちの方が日本ではメジャーなんだよ。一頭一頭をちゃんと管理できるっていうメリットがあるんだよ」
「ふうん」
 私は必死でつなぎ飼いのいいところを説明しているのですが、この努力が伝わっているのでしょうか。

 次に、私たちは分娩房へと向かいました。昨日生まれたばかりの子牛が、いつの間にか自力で歩けるようになっていました。子牛は母牛の周りをぐるぐると回りました。
「かわいいじゃん」
 ライオンは子牛に興味を持ったようでした。
「触ってもいいよ」
 ライオンの人差し指が子牛の頭にちょこんと触れました。
「よし、お前は真っ黒だからダークだ」
「勝手に名前を付けないでよ」
 私は注意します。これから母牛と引き離さないといけないのに、不要な情が沸いてしまうじゃないですか。
 でも、ライオンはそんな注意は意に介さずといった感じで、
「ダークはこれからいいおっぱいをたくさん出すんだぞ」
と言いながら、子牛の鼻筋を何度も撫でました。子牛もそれに答えるように、ライオンの指先をぺろぺろと舐めました。

 リビングに戻ると、テンさんが降りてきていました。
「あら、あなたがライオンちゃん? かわいいわねえ。どこから引っ越してきたの?」
「横浜です」
「あらそうなの。懐かしい〜! 私の大学もそこらへんにあったから、私、一時期横浜に住んでいたのよ。今はもうこんなおばさんになってしまったけど、あの頃は私も若くてぴちぴちだったのよ。ねえねえ、横浜のどのあたりなの?」
「栄です」
「栄、じゃあ結構反対側ね。あたしは青葉区だったから。でもいきなりこんな田舎に引っ越してきて、牛だらけでびっくりしたでしょ? ねえ、どうしてこっちに引っ越してくることになったの?」
「母の仕事で」
「お母さんはなにやってる方なの?」
 ライオンはテンさんの質問の多さに、しばらく圧倒されていました。助け船を出そうにも、人の話に割り込むのは正直言って苦手です。私は一木の姿を探しました。でも、彼は二階に上がってしまったのでしょうか、どこにも見当たりません。
 テンさんはひとしきりライオンのプライベートを聞きまくったあと、「そろそろご飯にしようかしら」と言って台所に立ちました。ライオンは緊張がとけたのか、はあ、と足を投げ出しました。

「いいね、優花は」
「え、どうして」
「なんか、家族って感じがするじゃん」
「私たちは本物の家族じゃないよ」
「本物じゃなくても、寄り集まってちゃんと家族らしくなってる。それがいい」
 私にはライオンの感覚がよくわかりませんでした。
「ねえ、ライオンの家ってどんな感じ?」
「私の家? つまんないよ」
「どんな感じ?」
「1LDKに私と母が二人だけ。お父さんは昔近所に住んでたけど、不倫だったみたい」
 ライオンは感情を込めることなく説明しました。
「お父さん、今は阿蘇に住んでるかもしれない」
「どうしてわかるの?」
「引っ越したって手紙をもらった」
「会いたくないの?」
「まあ、会えたらでいいよ」
 ライオンはどこか遠くを見ながら答えました。その言い方はなんというか――あまり期待値を上げないようにしているみたいだったので、私は不安になりました。だって、私には二人もお父さんがいて、いつでも好きなときに会いに行けます。それと比べると、ライオンの境遇はあまりにも寂しくて、想像するだけで胸が痛くなります。

「できたわよ〜!」
 キッチンからテンさんの呼ぶ声がします。テーブルの上にはホットプレートが置かれていて、その上に肉と、たくさんの野菜が盛られていました。
「ミルクじゃないじゃん!」
「まあ細かいことは気にしないで! 食べて食べて!」
 テンさんはあっけらかんと言い放ちます。
「準備はいい?」
 私たちは箸を握りました。テンさんのトングが肉をがっしりと掴んで、鉄板の上に肉をぶちまけました。肉から脂がこぼれて、鉄板の上でジュワッとはじけ、香ばしい煙がリビングの中に充満します。
 テンさんはトングで大胆に肉と野菜を掴み取ると、ざっくばらんにライオンの皿に盛りました。続いて私の皿にも。この肉に塩だれをかけて食べるのが、桐山・松風家の作法です。ライオンは控えめに肉を一切れだけつまみ上げて、それからぱくりと口に含みました。
「おいしいかい?」
「ふふぁい」
 ライオンは本物の肉食獣になったかのように、ただひたすらに肉を食い続けました。私も負けじと食べました。あれだけ牛を見た後なのに、私たちが大切に育てている牛なのに、とても残念な事実があります。肉がうまい。
 香りに誘われたのでしょうか。一木も二階から降りてきました。私たちが無心で肉を喰らい続けているのを見て、すぐに自分の皿と箸を取り出しました。
 しかし、この戦場に情けはありません。一木の取ろうとした肉をライオンが次々にかっさらっていきます。
「ああ……」
 一木は野菜をむしゃむしゃと食べました。

 その間もチャピルはずっと繭に包まれたままでした。普通なら二時間が経過した頃から徐々に繭が薄くなっていって、成体になったチャピルが現れるはずです。だけど今回は、私たちがご飯を食べて、食器を洗い終わってもなお、同じ姿を維持し続けていました。
 ライオンが来てからゆうに三時間以上が経っていました。私は繭の表面に触れてみましたが、ざらざらした不気味な触感が指先に残っただけでした。
「まだ変態してる」
 ライオンもチャピルの様子を心配そうにのぞき込みました。
「変態、終わりそうにないね」
 これを見てからライオンを帰そうと思っていたのですが、どうしましょうか。
 窓の外を見ると、山の端に太陽が沈みかけていました。六月になって日が長くなったといえ、この盆地では太陽はすぐ隠れてしまうのです。
「泊まってく?」
「いや、明日学校あるし」
 ライオンは立ち上がりました。
「早いけど帰ろう」
 私はチャピルを見やりました。やっぱり、あまりにも長すぎる。こんな状態が長く続くなんて、なにかがおかしいとしか思えませんでした。
「私もついていく」
「わざわざいいって」
 ライオンはびっくりした様子で、私を引き留めました。
「気にしないで。ついでにチャピルをホームセンターに連れて行くから」
 私は繭を抱えたまま、玄関へ向かいました。

 街を目指して斜面を下っていきます。後ろの空は真っ赤なのに、前の空は群青色だから、まるで夜に向かって進んでいるみたいです。私たちの影は先が見えないくらいに長くなって、進行方向を針のように指していました。私たちは自分の影が指す先を追いかけました。
 ホームセンターの方がライオンの家より近かったので、先に寄っていくことにしました。
「ここに来るのは初めて?」
「うん」
 ライオンは特に迷うこともなく、一直線にペットコーナーに向かいました。客はまばらで、蜻蛉さんだけがレジの中で頬杖をついて暇そうにしていました。
 ライオンは蜻蛉さんを前にして足を止めました。
「えっと……」
 ライオンが私をうながしましたが、それより前に蜻蛉さんが立ち上がりました。
「待て。お前、莉音だろ」
 ライオンは、こっくりとうなずきました。
「どうしてここまで来た」
「こっちに引っ越したから」
「そうか」
 蜻蛉さんは天井に視線を移しました。
「仕事中だから手短に説明するけどな。なるべく話しかけないでくれないか。俺には今、別の家庭がある。昔のように遊んでやったり、食事に連れてってやることはできないんだ」
「なんで」
「お前も大きくなったからわかるだろう。妻子持ちのおっさんが女子高生と飯を食ってたら、どういう目で見られるか」
「でも」
「お前のことは、今の家族に説明してない。まさか会えるとは思ってなかったからな」
「どうして私だけが許されないの?」
 ライオンの手が、わなわなと震えていました。私はどう声をかけたらいいかわからなくて、繭を強く抱えました。
「莉音のせいじゃない。全部俺のせいだ。俺は二度も過ちを繰り返してきた。だからこそ、今度はちゃんと父親を全うしたいんだ。そのために、お前には俺と会わなかったことにして欲しい」
 蜻蛉さんは、深々と頭を下げました。
「すまん」
 ライオンはその頭を、見下すように眺めました。
「むかつく」
 ライオンは唇を真一文字に結びました。眼光が、蜻蛉さんを見透かすように鋭くなりました。
「あんただけがのうのうと幸せになろうとしてるのが、私には許せない。手紙に書いたことは全部嘘だったんだね」
「すまない」
 ライオンは怒りを抑えるかのように、大きく深呼吸しました。
「いいよ、もう金輪際この店には来ないし、私はあんたのことを恨み続ける」
 ライオンは蜻蛉さんに背中を向けると、足早に通路を引き返しました。私はどうするべきか、一瞬躊躇してしまいました。
「お前もだぞ、優花」
「え?」
「お前だって、今の家族からすれば疎ましく思われてるんだ。すまないが、これからは店員と客の関係だ」
 そんなこと急に言われたって、私にも、どうしたらいいかわかりません。振り返ると、去りゆくライオンの背中が見えました。
 少し悩んでから、私はライオンの方を追いかけました。その背中にまだ可能性が残っていると信じて。

 お店を出ると、あたりはすっかり暗くなっていました。かすかな太陽の残光が、山の端を刃のように浮かび上がらせていました。
「信じらんない」
 ライオンは私の方をちらりと一瞥しました。
「今日は、一人で帰りたい」
「ダメ」
 私はライオンの腕を掴みました。そうしないと、私とライオンとの関係が閉ざされてしまうような、そんな気がしたからでした。
「ねえ、良いように考えようよ。私たち、同じお父さんから生まれたんだよ」
「そうだね。私がお姉ちゃんで、優花は妹」
 莉音は苦々しげに答えました。
「じゃあ、私たちは家族だよね」
「ごめん。今はそんな気分になれない。すくなくともあの男の中では、優花だけが家族で、私は家族じゃない」
「それは……」
 言いかけたところで、莉音は私の手を振りほどきました。その拍子に、私の抱えていた繭がするりと落ちて、道路の淵で弾みました。繭はぽちゃんと水田に落ちました。野生のけりがキイキイとうるさく鳴きました。
 けりの巣の中に小さな卵が四つ並んでいます。あれを守るために、けりは夫婦で交替しながら卵を温めているのでしょう。ひるがえって、私たちはどうなのでしょうか。卵のように、共通して守らなければならないものがあるのでしょうか。
 繭を救出した頃には、莉音はどこかに行ってしまっていました。私は繭の表面についた泥を落とすため、軽く擦りました。繭は私になにも語ってはくれませんでした。

 家に帰ったら、繭を持ったまま布団に入りました。ライオンと蜻蛉さん、二人の姿が夢の中に浮かび上がります。二人とも、私から離れていって欲しくない。だけど、私が話しかけようと近づけば近づくほど、二人の顔は憎しみに染まりました。
 どうして、裏目に出てしまうのでしょうか。そこに大きな誤解があることはあまりにも明らかでした。だけど、私がそれを解こうともがけばもがくほど、ほつれはより激しく絡まっていきます。気がつくと、私は真っ黒な生糸でがんじがらめにされていました。手も足もでないまま、私は二人が去って行くのを見ていることしかできませんでした。
 私の胸の中で、チャオの繭だけがほのかに光を発していました。私にとって、唯一側にいてくれるのがこの繭でした。いいえ、チャオには決してそんなつもりはないでしょう。ただ私の方が、この行き場のない気持ちをぶつける対象を探していて、繭はそこから逃げも隠れもしないだけでした。
 私は繭を強く抱えました。繭は黒い糸と結びついて、カイコのように一体となりました。そして糸を飲み込みながら、次第に大きくなっていきます。私の意識は、次第に朦朧としてきました。
 気がつくと、繭の糸はもうほとんど残ってはいませんでした。糸のすき間から、神々しい光が漏れ出していました。その光はまるで灯籠のように、不思議な文様を私の部屋に浮かび上がらせました。繭はどんどん薄くなっていきました。それと共に、光も次第に強さを増して、私は思わず目を細めました。
 光の中に、ライトカオスがいました。テレビでしか見たことのないその生き物が、私の目の前にいました。
 透き通るように白い体と、青い瞳、頭上で輝く光。この世の物とは思えない美しい姿。私はライトカオスに手を伸ばしました。肌に触れるとぬくもりが指先から流れ込んできました。あらゆる悩みは私の頭から抜け落ちて、温かい水が私の心を満たしました。
 天井に浮かび上がる波模様を目にしながら、私は眠りへと落ちていきました。
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7. 祈祷
 優花 WEB  - 18/12/23(日) 0:07 -
  
 朝起きても、ライトカオスは私の部屋にいました。昨日ほどのまぶしさは感じられず、蛍火くらいの明るさになっています。その奇妙な存在を私はじっくりと観察しました。
 蜻蛉さんはチャオを心の動物と呼びました。もしそうなら、私の気持ちに呼応して、このチャオはライトカオスに育ったということになります。ライオンのこと、蜻蛉さんのこと、昨日はそんなことばかり考えていた気がします。
 だけど、本当にそれが理由なのでしょうか。それとも、潮の満ち引きのような、なにかもっと大きな流れがライトカオスを生み出したのでしょうか。
「なんなのかなあ、君は」
 私はライトカオスの頬をぷにぷにとつつきました。ライトカオスになっても、相変わらずこいつは一言も発することはなく、私に答えを教えてはくれないのでした。

 私はライトカオスをリビングに連れて行きました。リビングでは一木がテレビを見ていましたが、私が抱いたライトカオスを見るなり、驚いて近寄ってきました。
「すげえ。どぎゃんしたと?」
 一木はライトカオスの光を掴み取ろうとしました。光る球はすっと血潮を透かして、一木の手を赤く染めました。
「わかんない。それより、もっと大事なニュースがある」
「何?」
「ライオンが私のおねえちゃんになった」
「は?」
 私は昨日からの出来事を、事細かに一木に説明しました。ひとしきり聞き終わった後、一木はしばらく黙りました。
「どう思う?」
「突然言われたけんびっくりしとる。そばってん、ライオンも俺たちの家族なんじゃなかと? お前も俺の家族だろ?」
 突然聞かれて、私は戸惑いました。家族、という言葉は私に安心感を与えてくれると同時に、少し手垢の付いた感触もあります。だけど、そう、私たちは家族。その大筋には違いがないはずです。私はうなずきました。
「じゃあライオンも家族ばい。優花と家族になれたんだけん、ライオンとだって、家族になれんはずはなか」
「でも蜻蛉さんが……」
「そりゃあ向こうの都合たい。俺らが気にすることじゃなか」
 一木はきっぱりと言い切りました。一木にとっては蜻蛉さんなんて血のつながりのない他人だから、そういう風に割り切れるのかもしれません。だけど、今回に限っては、それが頼もしく思えました。
「俺の方から話してみりゃん。ライオンは俺たちの家族ばいっちゅうて」

 その日の夜、一木は塾に行っていたから、そこでライオンと会ったはずです。ライオンと一木との間でどういうやりとりがあったのか、詳しくは知りません。
 翌朝になっても一木は起きてきませんでした。私は一木のドアを何度か叩きました。反応がなくて諦めようかと思い始めた矢先に、ぼさぼさの髪をした一木が出てきました。
「もう、遅刻するよ」
 一木は大きなあくびをして、顔をしかめました。
「風邪っちゅうことにしとけ」
 堂々とずる休みを宣言しました。そんなことでいいのか、と思ったものの、一木はあまりにも眠そうだし、これ以上交渉していると私がバスに乗り遅れてしまいます。
 私はさっき作った弁当を一木に押しつけました。
「これ、お昼」
「ありがと」
 一木はそそくさと自分の部屋に引っ込みました。

 学校が終わった後も、なんとなくそのまま帰る気になれませんでした。私の足は牧場とは反対側の小道へと向かっていきました。そこには小さな石造りの鳥居があって、飛び石が森の中へと延びていました。不揃いな岩の上には苔がむしていて、お世辞にもきれいとは言えません。鳥居をくぐると、木の葉が風に揺れる音や、虫の鳴き声や、鳥のさえずりが一斉に私を取り囲みました。
 少し歩いたところに、ボロボロの本堂がありました。鈴緒を掴んで強く振ると、カランカランと乾いた音が鳴りました。
 お辞儀をし、手を叩いて目を閉じます。ここに来て、私はお願い事をなにも考えていなかったことに気付きました。少し悩んでから、私は心の中で唱えました。
「ライトカオスが未来永劫生き長らえますように」
 目を開けて一礼すると、木漏れ日が先ほどまでよりも強く降り注いでいるような気がしました。このお願いに意味があったのかは、私自身にもわかりませんでした。

 ライトカオスは単に寿命の長いだけのチャオです。しかし、ライトカオスをゆっくりと乾燥させると、乾眠と呼ばれる極めて防御力の高い状態になります。乾眠中のライトカオスは、水を与えると元のように活動を再開します。ライトカオスは無限の寿命を持つ、などと言われるのはこのためです。
 私は知りたかったのかもしれません。神というものがいるとして、どうして私の元にライトカオスを届けたのか。その目的を教えて欲しかった。
 私には、自分がどうやってライトカオスを育てたのかわかりませんでした。ライオンに家族になって欲しいという強い思いが、そうさせたのでしょうか。あるいは、自分ではどうしようもできないという悔しさや、やるせなさが、繭になんらかの影響を与えたのでしょうか。
 ライトカオス。それはあまりも自分の手に余る存在でした。この世界には、もっとライトカオスを受け取るのがふさわしい人がいるんじゃないだろうか。そんな風にも思えました。
 参道を抜けて家に帰ろうとしたとき、近くの建物から太鼓の音が聞こえてきました。この地区の小学生は、毎年夏になると太鼓の練習をして、それを花火大会の日に発表するのです。そのどこか原始的なリズムは、私を懐かしい気持ちにさせました。

 家に帰ると、一木とライオンがリビングでテレビを見ていました。
「ただいま」
 私がどう声をかけたものか迷っていると、先にライオンが立ち上がって頭を下げました。
「一昨日は、ごめん」
「ううん、気にしてないよ」
 そう言っても、ライオンは頭を下げたままでした。彼女はぽつりぽつりと、言葉を紡ぎました。
「蜻蛉のことは、私にはまだ許せてない。だけど、優花を傷つけたのは、八つ当たりだった」
「気にしてないから、顔を上げて」
 ライオンの顔が、ゆっくりとこちらを向きました。眉がなにかを堪えるように歪んでいました。
「一木に言われて、やっと気付いた。私は本物の家族も傷つけようとしてた」
「そんなことない」
「ううん。私は一つの悪い感情に流されて、優花のことが見えてなかった」
 ライオンの瞳は、私だけを見つめていました。
「だけど、それは昨日までの私。今日からの私は、不公平とか公平とかじゃない。明日の私がどうなるべきかでやることを決める。だから、そのことを優花に最初に伝えたかった」
「昨日の夜からずっと話しとったとよ。家族になるっちゅうんはどぎゃんことなんか」
 一木も立ち上がって、優しくライオンの肩を抱きました。
「俺は思った。家族っちゅうんは、見捨てんっちゅうことじゃなか? 俺は約束した。絶対にライオンを見捨てんって」
 私は笑いました。
「なにカッコつけてるの、一木のくせに」
 私もライオンの肩に手を伸ばします。ライオンのまつげと私のまつげが触れ合うくらいに、顔を近づけます。
「私も最初からそのつもりだよ」

 その日から、一木の行動はさらに変わっていきました。学校での昼休みに、私たちのグループではなく、どこか別のところで食べることが多くなりました。誰と食べているかはうすうす気付いていましたが、私は追求しませんでした。
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8. 罪が見ている
 莉音 WEB  - 18/12/23(日) 0:07 -
  
 私は光を求めていた。
 一度は起きようと思ったけど、朝の日差しはあまりにも儚いうえに、氷のように冷たい空気の中で私は衣一つ身に纏っていなかった。細い腕を伸ばして布団をかき集めると、陽に照らされた一木の背中が見えた。彼も寒くなって飛び起きるんだろうな、と思いつつも、布団をえい、と引っ張って、自分の体に巻き付けた。そうして再びまどろみの中へと落ちていった。
 まぶたの裏に焼き付いた光は暖かかった。でも、私がそれに手を伸ばすと、瞬く間に世界は暗闇に包まれた。私は怖くなった。

 不意に、赤い光の粒が、夜空に弾けた。
 花火が、ぼんやりとした残像を夜空に滲ませながら消えてゆく。
 続いて、二発、三発。色とりどりの打ち上げ花火が窓の外を埋め尽くす。
 隣には一木が座っていた。彼の顔が数え切れない光で照らされる。雑居ビルの二階と三階の間にある踊り場は、私たちだけが知る特等席。
「俺は、莉音のことが好きだ」
 血流は恐ろしい速さで私の身体の中を巡った。喜びと、困惑と、恥ずかしさが、数秒のうちにあぶくのように弾けて消えた。いつかは言われるだろう、という予感はあったのに、私はなんの答えも用意していなかった。
 あの日見つめ合った優花のまつげ。その感触をかろうじて思い出す。彼女の顔が、急に悲しみで歪むところを想像して、私はぞっとした。ああ、私のやっていることは父となにも変わらない。私の中の血がそうさせているのか、どうして他人のものを奪ってしまうのか。
 私はどうするべきかわからなくなって、しゃがみこんだ。私の口に、いつの間に流れ出ていたのだろう、涙の味が広がった。私は一木に釈明しようとしたけど、うってかわって出てきたのはしゃっくりだった。
 一木は私の肩をぽんぽんと叩いた。
「すぐに答えんでもいいけん」
 一木が許してくれたことが、今の私にとってはありがたかった。
「一人で帰らせて」
「危なくなかと?」
 私は黙って首を横に振った。これ以上、一木と言葉を交わしたくなかった。そんなことをしたら、本音が漏れ出してしまう気がした。一木の手を振り払って、雑居ビルを抜け出して、街道沿いを一人で歩いた。
 夜風が吹いて、涙が少し乾いたら、私の気持ちも固まっていた。
 アイツはバカだ。バカだから直球しか投げることしかできない。だから、私も全力で打ち返す。そうするのが唯一、バカに対する礼儀なのだ。
 私は二人にメールを送った。優花には「今すぐ会える?」と。一木には「ごめん、明日まで待って」と。

 優花は花火大会に行っていなかったから、私は再びあの長い坂道を登って桐山牧場に向かった。
 チャイムを鳴らすと、優花が玄関の戸を開けてくれる。エアコンの涼しい空気が流れ出る。私の酷い顔をみて、なにかを察してくれたんだろう、
「私の部屋に、来る?」
と尋ねた。私はうなずいた。
 優花は私の手を引いて隣の棟まで歩いた。そこはフローリングと白い壁紙に囲まれた、小さな部屋だった。私の部屋よりずっと整っている。整理整頓されているというよりも、そもそも必要なものしか置かれていないという感じだ。
 入り口の横には水槽に入ったライトカオスがいて、それだけが異様な存在感を放っていた。まるで自然のものではないみたいに美しい生き物だった。
「リビングにあるとピカピカしてうっとうしいから」
 優花はそんなふうにライトカオスを説明した。

「ねえ、優花はどうやってライトカオスを育てたの?」
「わかんない。気付いたら勝手になってたの」
 私たちは水槽の周りにしゃがみこむ。ライトカオスの光が、私たちの顔を明るく照らす。
 私は昔、お母さんが読んでくれた絵本のことを思い出していた。その中の最後のセリフが唇の先端からこぼれ落ちた。
「ライトカオスは、永遠の愛を願った人だけが手に入れられる」
「永遠の愛?」
「そう。そんな存在するかどうかわからないものを望んでしまった人の所にだけ、このチャオは現れる」
 それはどこまで本当かわからない話だった。でも、そんなファンタジーが本物だと思えるくらいに、ライトカオスは私の想像をはるかに超えていた。生命力があふれ出ているのに、どこか幻想的だった。
「ねえ、優花はさ、本当は一木のことが好きなんでしょ?」
「そんなことないよ」
 優花は首を横に振った。そのしぐさは妙にこなれているから、きっといつもその返答を繰り返してきたんだろう。そのうちに優花の本音も隠れてしまって、嘘から出た真なのか、真から出た嘘なのか、わかりにくくなってしまったんだろう。私はその建前を剥ぎ取りたかった。
「ねえ、もっと自分に正直になってよ。私、優花の気持ちを踏みにじりしたくないんだよ」
 優花はうつむいて、目線を泳がせた。
「私、さっき、一木に告白された」
 優花が顔を上げる。そのときの表情を、私は読み取ることができなかった。ライトカオスの光が風前の炎のように激しく揺らいで、優花の顔色を隠したからだ。
「私はずるい女。いつからか、一木のことが好きになっていた。なんでだろう。優花のことを傷つけたくはないはずなのに」
「別に、私は一木のことなんか好きじゃないよ。一木は私の隣に住んでる同級生。それ以上でも以下でもない」
「じゃあ、このライトカオスはなんなの?」
「私にもわかんないよ」
 優花は弱々しくつぶやいた。

「たぶん、ライトカオスって、そんなにいいものじゃないよ」
 優花はライトカオスを抱き上げる。白い身体は淡く光って、彼女を内側から照らしだす。
「私は知りたかったの。私と一木の関係を表す言葉を、ずっと探してた。テンさんとヒツジさんは、自分たちの関係を事実婚っていう形で周りに認めさせた。だから、私たちの関係も普通じゃなくていい。もっと、特別な言葉で語られるべきだと思った。周りのみんなは私が一木のことを好きだって言う。でも、それも私の本当の気持ちとは違っていた。なにが好きで、なにが愛なのかわからなかった」
 優花はライトカオスを目の前に掲げた。
「ライトカオスを育てられたら、それが私たちの関係を象徴してくれる。昔はそう信じてた。でも、本物のライトカオスを手に入れてみたら、それだけじゃなんにもならないってわかった。四つ葉のクローバーを探している人は、いずれ必ず四つ葉のクローバーを手にする。それと同じように、私は言葉を必要としてたから、ライトカオスを手に入れたんだ。だけど、ライオンは違うでしょ?」
 優花の視線が私を射る。
「私は知りたい。ライオンはどうして自分が一木を好きだって気付いたの?」
 氷のように、なにかひんやりとしたものに触れた心地がした。
 優花は、表向きは優しく、おおらかで、母性にあふれた女性に見える。だけど、本当は違うのかもしれない。人は誰しもどこかに足りない物を抱えている。優花の場合、それはある種の感情に対してのセンサーなのかもしれない。
 わからない。私の中の優花が湾曲して、急に遠のいていくように感じられた。それはライトカオスの無表情な外見と混じり合って、人間ではない生き物へと姿を変えていった。
「じゃあ、私が一木と付き合っても、いいの?」
「いいよ」
「本当?」
「……応援する。だって一木もライオンもお似合いだから」
 三角関係という言葉がある。ドラマとかでよくある、絶対に誰か一人が幸せを諦める関係だと、そう思い込んでいた。でも、その中の一人が壊れていたら、それは三角関係ではない。
 私はずるい女だ。

 一木と一つになったのは、それから結構経ってからのことだった。私は別に気にしなかったのに、彼が「受験が終わるまでは我慢する」と言い張ったからだ。
 三月、私たちは塾に集まって、二人で合否を確かめ合った。同じ大学に受かっていた。
 私たちは手を取り合って喜んだけど、周りの人たちの目もあったから、ちょっとだけ恥ずかしかった。先生に軽く報告して、すぐに私の家に向かった。開放的な気分だった。
 それから、彼と私はお互いに強く抱きしめあって、キスをした。私と彼の唇が触れ合うと、二人の温度が同じになる。
 彼は初めて「していい?」と尋ねた。
 私はうなずいた。そうして、彼の筋肉質な両手が、私の制服のボタンをぎこちなく外す様子を見守った。
「逆だと、難しいたい」
 顔をしかめる彼に「全然いい。むしろゆっくり外して」とねだる。
 彼は苦笑しながら、自分のシャツをゆっくりと脱いだ。そして、ズボンとパンツも。
 身体がベッドに倒される。私と彼の四肢がじかに触れる。彼のすべてが見える。首筋の血管や、そこに張り付いた髪の毛や、産毛の一つ一つまではっきりと感じられる。
 彼は私の全身を探るように撫でた。最初は男の人が好きそうなところから始まって、くすぐったいところ、あまり見られたくないところ、そうして最後にあそこへと辿り着いた。彼は私をためらい気味に刺激した。
 そのとき、私はあのライトカオスの青い目を目撃した。それはほんの数秒のことだった。びっくりして、私は思わず後ずさりした。
「痛かったと?」
「いや、そういうんじゃないけど……」
 私はあたりを見回したが、ライトカオスの姿はどこにもなかった。幻覚? 白昼夢? 一瞬頭を巡ったいろんな考えは、彼との行為を続けたいという欲によってかき消された。
「ごめん。もっと続けて」
 二回目は、なにも見えなかった。私は誰にも邪魔されることなく、彼のイニシエーションを堪能した。

 私たちの身体はどうしようもない欠陥だらけだ。私の身体は彼を受け入れる器ではあったけれど、どこか窮屈で、動物的だった。
 一木は、私の背中を抱きながら、私のことを初めて「莉音」と呼んだ。その変化に私はどきりとした。
 言葉は自由。だから、どんな関係だって定義できる。そこには必ず彼の意志が反映されている。たかが名前だけど、一木が私を呼ぶ、その音が私を人間だと教えてくれる。

 何度も交わったのは最初の一ヶ月くらいだった。新学期に入ってからは大学に溶け込むために慌ただしくしており、なかなかそんな余裕がなかった。
 私たちは別々のアパートに引っ越した。だけど週末は毎回会った。
 最初のうちはぎこちなかった彼のリードも、次第に手慣れたものへと変わっていった。そのたびにライトカオスが現れたが、私はそれを無視し続けた。

 私は光を求めていた。
 性的快感によって得られるそれは、ライトカオスの光とはなにかが異なるようだった。それでも私は、それを求め続けた。
 私は忘れようとしていたのかもしれない。時間が経つほど、優花に対する罪悪感は小さくなっていった。しかし、それは決して薄まることはなく、むしろ種子のように凝縮されていった。
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2話 地球は繭
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 0:08 -
  
 ステーションスクエアは体中が痛くなるほどに寒い。
 下着からなにまで防寒の服を着込んで、マフラーで口元を覆い、肌の露出をできる限り減らす。
 死ぬということ。
 それはこの身がステーションスクエアと同じ温度になって凍り付くということだ。
 氷になってしまえば、今感じている痛みを感じることなく、穏やかに冷気に身を任せられるのだろう。
 だけど僕の全身は必死に痛みを訴えて、まだ生きるべきだと抵抗している。
 僕は、どっちでもいい。
 少なくとも、べき、というふうには思っていない。
 だって生きることにも死ぬことにも希望はない。
 きっと世界はいずれ全てが凍って、そして永遠に氷のままなのだ。
 今日は家族に会いに来た。
 僕には両親と姉がいた。
 全員、氷になって、まだステーションスクエアにいる。

 ステーションスクエアは立ち入りが禁止されている。
 だけど見張る人がいるわけではない。
 張り巡らされた黄色いテープを抜けて、案外どこからでも侵入できてしまう。
 そうとわかってから僕は週に一度は家族に会いに来ている。
 最初に向かうのは、僕たち家族の家だ。
 父と母がいる。
 ステーションスクエアは建物も道路も凍っている。
 歩いていて滑るし、閉まっているドアは開かない。
 だからこの町を快適にうろつくには、コツや道具が少しいる。
 僕はスケートボードに乗って移動する。
 止まるのが難しい、時々こけたり建物にぶつかったりする。
 だけど恐る恐る歩くよりかはよっぽど楽だ。
 建物内に侵入する時は窓などのガラスを割る。
 そのためのトンカチはリュックの中に入れている。
 だけど僕の家の場合はもうリビングのガラス戸を壊してある。
 リビングには母さんがいる。
 座ったソファと一緒に固まっている。
 その隣に僕も座る。
 凍ったソファは沈まない。
「今日も来たよ」
 と僕はなにも映っていないテレビを母さんと一緒に見ながら言った。
 母さんの体重分のみ沈んだソファのせいで、母さんがやたら小さく感じられる。
「ステーションスクエアはなにも変わらないね。きっと僕以外、誰も来てないんだろうな」
 一方的に僕が喋るだけだ。
 それでも喋っているうちに、母さんと話せているような気になってくる。
「僕もいつかここで凍ろうと思ってるんだ。馬鹿なことを、とか思わないでよ。世界中がどんどん凍るようなことが起きたら、その時はやっぱり、ここで眠りたいじゃんか」
 知らない人ばかり、心を通わせられていないあの町で凍るのは嫌だ。
 僕はふとマユカやおばちゃんのことを思い出した。
「それともチャオガーデンだけは無事だったりするのかな。それで生き残った人類とチャオがガーデンで生活する……」
 あの日、都市全体が凍り付く中、僕のいたチャオガーデンは凍らなかった。
 チャオガーデンは外部がどんな環境であろうと、一定の環境を保てるように出来ている。
 しかもチャオガーデンには、人間の食糧もあった。
 おかげで救助が来るまでの一週間を乗り切れた。
 助かった人は、たまたま凍り付く前に町の外へ出たか、地下シェルターに避難したか、そしてチャオガーデンにいたかのいずれかだった。
 だからチャオガーデン内で生活すれば、人類は生き延びることができるのかもしれない。
「いいや、やっぱり家族が一緒っていう方がいいよな」
 きっとチャオガーデンに籠ったところで、暖房はいつか効かなくなり、食糧も尽きてしまうことだろう。
 僕はこの家のどこで凍ろうかなと考える。
 父さんは上の書斎にいる。
 僕と母さんが一緒の所にいて父さんだけ一人にするのは、なんだか申し訳ない。
 僕も自分の部屋にいようか。
 だとすると、ドアをなんとか壊すか、窓を割ってはしごかロープを使って入るかする必要がある。
 二階以上の部屋に侵入するのは骨が折れる。
「じゃあ父さんにも会ってくるよ」
 と僕は立ち上がった。
 手すりを掴んで、一歩一歩階段を上がる。
 父さんの書斎のドアは少しだけ開いている。
 腕までなら入る隙間だ。
 そのまま凍り付いて、動かない。
 ドアの前で僕は中にいる父さんに話しかける。
「父さん、来たよ」
 さて、なにを話そう。
 母さんと話し過ぎたろうか。
 でも別に話すことがないならないで、別にいいと僕は思った。
「そういえばさ、あなたが愛したものは死なない、って歌、知ってる?なんか昔に流行った歌らしいんだけど」
 チャオガーデンのおばちゃんが言うには、三十年くらい前にすごく人気のアイドルがいて、その子の歌らしい。
 それなら父さんや母さんも聞いたことがあるかもしれない。
 もちろん返答はない。
 だけど父さんはそのアイドルについて少しのことを知っていて、それを僕に話してくれているような気がした。
 僕はしばらくドアの隙間から見える、父さんを脚を眺めた。

 階段は降りる時が大変だ。
 手すりをつかみ、階段に座ってゆっくり降りてゆく。
 そして再びリビングのソファに座る。
 姉さんに会いに行く前に、暖を取ろうと思った。
 リュックの中に水筒がある。
 手こずりながら水筒の蓋を開け、コーヒーを飲む。
 味はあんまり感じない。
 ただ高温の液体が口の中、喉を通って、腹の辺りまで温めてくれるのを感じる。
 その熱がおいしいと感じる。
 一杯飲むだけで、僕は家から出る。
 今日は凍り付くつもりはない。
 姉さんの様子を見たら帰ろう。
 姉さんはショッピングモールの中にいる。
 友達と買い物に出かけていたのだ。
 スケートボードでモールに向かう。
 そこに着くまでは楽だけど、着くと凍った人たちが邪魔で動きにくい。
 道に余裕はあるけれど、蛇行して進んでいかないといけない。
 歩くのは面倒で、でもスケートボードでそのまま移動するのもきつい。
 なのでスケートボードに座って、カニ歩きをするように細かく動く。
 休日のお買い物。
 カップルや家族が多い。
 そして逃げようとした人よりも、困惑した様子で立って凍っている人が多い。
 凍った人間が多い所は、どういうわけか一層寒いように感じる。
 グループの脇をそっと通り抜けながら、姉さんのいる所へ向かう。
 姉さんは三人グループで凍っている。
 困惑しているタイプの凍り方をしている。
 周囲の情報を得ようと、首を伸ばして少し視線を上に向けている、という状態で姉さんは氷になっていた。
「久しぶり」
 スケートボードに座ったまま僕は姉さんと話す。
「今日もここは寒いね」
 ブィィ、という音がどこかの店からした。
 突然の音に驚く。
 なんの音だろうか。
 チェーンソーのモーターの音に似ている。
 誰かいるのだろうか。
 もしかして氷が溶けた人が?
 まさか。
 とりあえずで僕は音の方に向かってスケートボードを滑らした。
 音は服屋からしていた。
 やはり音はチェーンソーのものだった。
 チェーンソーを持った人が、凍った人の体をバラバラにしていた。
 上半身が落ちると、ガシャッ、と床にぶつかった部分が砕ける氷の音がする。
 チェーンソーで氷を切っているその人も、僕のように随分と厚着をしていた。
 重ね着具合を見るに、どうやら外から来た人のようだ。
 店の入り口に背を向けて作業をしていて、まだ僕には気付いていない様子だ。
 それにしても、まずいものを見てしまった。
 急いでこの場を離れなければ、と思ったらチェーンソーの音が止まった。
 体は五つくらいに分割されていた。
 ここで動いたら、気付かれてしまうのではないかと恐れて、僕は息を潜めた。
 チェーンソーから大型ハンマーに持ち替える。
 ハンマーを思い切り振り下ろして、分割した氷を砕く。
 そしてハンマーを振いながら、その人は歌い出す。
 声を聞いて、その人が女性だったことに気付いた。


 人生がどんなにクソな終わり方をしても
 私の愛は絶対に 死なない


 聞き慣れた歌だ。
 その女性の歌声も僕は知っている。
「マユカ?」
 と声をかける。
 女性の手が止まる。
 振り返って、
「おや、もしかしてインク?」
 と彼女は言った。
 本当にマユカだった。
 そういえばさっき持っていたチェーンソーを、チャオガーデンでも見たな、なんて思い出す。
「いやあ、今日は暑いね」
「寒いだろ。特にここは寒いだろ」
「体感温度の差だね」
 マユカの顔は、頬だけでなく全体的に赤くなっていた。
 相当な時間、歌っていたんじゃないかと思わせた。
 だとすると、さっきみたいなことを長時間やっていたということになる。
「なんでマユカがここに?いやそれよりもなんで」
 凍った人を砕いている?
 理由はわからないものの、だけどマユカならやりかねないという納得感はある。
「転生させるため」
 そう答えるとマユカはまたハンマーを振り下ろした。
 凍った頭は快音を立てて割れ、破片がそちこちに飛び散る。
 中まで完全に凍っていて、血が出るようなことはない。
 追い打ちのように、まだ大きな欠片にハンマーを振り下ろす。
 氷が粉々にされていく。
 水滴のような小さい氷が一つ、僕の足元まで転がってきた。
「凍っていたら転生できないからね。氷は繭じゃないから」
「人間は転生しないでしょ」
「するんだよねえ、それが」
 マユカはしつこくハンマーを振って、元々が人だったことがわからないくらいに氷を小さく潰していく。
 凍った床でよくも踏ん張れるものだ。
 そう思ってマユカの履いている靴に目を向けると、靴底にアイゼンを取り付けてあった。
「でも、それこそ人間は繭に包まれないじゃないか」
「地球が繭さ」
 なんでそんなふうに考えるのか。
 おかしな信仰か、それが彼女の芸術なのか。
 いずれにしても理解できない答えなんだろうと思うと、発想の発端を問いかける気にはならなかった。
 だけどマユカは語った。
 一人分の氷を全部粉々にしてから、マユカはそのまま床に座って話し出した。
「私、三十年ぐらい前にアイドルやってたんだよね。大人気で、歌とかめっちゃ売れたよ。あ、よく歌ってるのが、その歌ね。でさ、仕事で移動とかあるじゃん。飛行機乗ったの、その日。そしたらその飛行機が墜落しちゃってさ。乗ってた人、全員お亡くなりです。だけど私はみんなから愛されていたから。めちゃくちゃに愛されていたから。転生した。アイドルの時の記憶をばっちり持ったまま、私は生まれ変わった」
 前世がアイドルとは、なかなか図々しいなと僕は思った。
 歌はうまい。
 それに美人でもある。
 だけどアイドルとして人気が出そうっていう感じの歌や綺麗さではない。
 少なくとも可愛いって感じの人ではない。
 まじまじとマユカの顔を見上げる。
 防寒のせいで露出の少ない顔をそれでも怪訝そうに見ている僕に、マユカは制止するように手を出した。
「信じる信じないはどっちでもいいよ。とりあえず信じたって体で続きを聞いて」
「あ、はい」
「とにかくさ、愛されれば転生できるんだよ。だから氷を壊すんだ。これは解放だよ。この人たちが愛されていたのなら、生まれ変われる。命は続きを始められる」
 マユカは立ち上がると、またチェーンソーを持った。
 この話はここでおしまいということらしい。
 そして別の人間、今度は店員と思しき人のところへ行く。
 チェーンソーの電動モーターがけたたましい音を鳴らし、店員の首を落とした。
 氷人間の命が終わる。
 少しの儀式性も感じない。
 チェーンソーは日常的な滑らかさで硬いはずの氷を切っていく。
 少し手伝ってやろうと、僕はスケートボードに座ったまま動いて、さっきマユカが氷を割っていた所まで行く。
 そこに置いてあるハンマーを持っていってやろうと思ったのだ。
 当たり前だけど大型のハンマーは重かった。
「おおぅ」
 と声が漏れる。
 チェーンソーがうるさいおかげで声はかき消える。
 腕の力だけでなんとか持ち、脚をばたばたと動かしてどうにかスケートボードを動かす。
「お、ありがとー!」
 気付いたマユカが声を張り上げた。
 最後に下半身を二つに分けるとマユカはチェーンソーを止めた。
 数歩分離れていた僕のところまで来て、チェンソーとハンマーを持ち替える。
 マユカはハンマーを軽々と持ち上げた。
「パワー系だな。前世はアイドルだったのに」
 と僕は言った。
 まあね、とマユカは得意げに返す。
 そして切り倒した氷の塊に容赦ない一撃を見舞う。
 しかし躊躇なく力一杯振うのを間近で見て、パワーではなくて、大型ハンマーの扱いに随分と慣れていることを僕は感じた。
「マユカはいつからこんなことをしてるんだ?」
「半年くらい前からかな。休みの日にはここに来て、やってる」
 もう何百人分もこうしてるよ、とマユカは言った。
 どうりでハンマーやらチェーンソーやらを軽々と扱えるわけだ。
「ちょっと待った。何百人ってことは、もしや知り合いじゃないやつのもやっているのか?」
「そりゃそうだよ。と言うか、知り合いなんていないし。無差別、無差別」
 愛のなせるワザだね。
 マユカはまたそう言い、思い出したように再びいつもの歌を歌い出す。
 そしてかつては人だった氷をぐちゃぐちゃに砕いた。
 店員さんを砕き終えると、
「今日はここまでにしよう。インクがいるし。一緒に帰ろう」
 とマユカは言った。
 チェーンソーとハンマーは、登山用のリュックに入れてきていた。
 マユカは店の中に捨て置かれていたピンク色のリュックにそれらをしまう。
 さらに小さいポケットから、お菓子を取り出した。
「ほれ、あげるよ」
 と投げよこす。
 菓子は少し横に逸れて、手を伸ばしたらバランスを崩した。
 横になったまま僕はスケートボードを動かして、菓子を取った。
 源氏パイだった。
「ごめん、ごめん」
 笑っているし、先に源氏パイを食べているし、謝っているとは思えない。
「わざとか?」
「ではないよ。だけど、なんか今の面白かったから。あはは」
 いつも菓子をもらっているし、お礼にコーヒーを分けてやろうかと僕は考えた。
 だけどマユカは源氏パイを口の中に押し込むと、自前の水筒を出してごくごくと飲み始めてしまった。
 そして帰り道でもマユカはあの歌を歌った。
 口ずさむとかではなく、ショッピングモールにいる人たちみんなに聞かせようとしているみたいなボリュームだ。
 間奏の部分をふんふんと歌っている最中に僕は尋ねた。
「歌うの好きなのか?」
「うーん」
 マユカは首を傾げた。
 好きは好きだとマユカは答える。
 だけど、それだから歌っているのかというと、違う気がするらしい。
「アイドルだったから、かなあ。歌を聞いてもらうのが、一番適切な感じがするんだよね」
「適切って、なんの適切だよ?」
「私がやるべきこととして。歌わないと、やることやったって感じがしないんだよね」
 そう言うとマユカは最後のサビを思い切り大きな声で歌った。
 遠くまでよく通りそうな歌声だった。
 近くで聞いている僕には、やたらうるさく聞こえたけれども。
 でも歌い終わるとマユカは確かに満足そうな顔をしているのだった。
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9. どおん
 優花 WEB  - 18/12/23(日) 0:08 -
  
 私たちの小学校は、今年の三月に廃校となりました。もともと子供の数が少なかったからしかたがありません。でも、今後私たちの後輩が出てくることがないと思うと、なんとなく寂しい気持ちになります。
 校舎と体育館は取り壊されないまま残っているし、桜の木もそのままなので、一見すると以前と何も変わらないように見えます。でも、子供たちの声が聞こえてこない。停まっている車もない。そんな小さな違いを見つけるたびに、思い出の場所が失われてしまった実感が沸いてきます。

 だから、葉桜の側に人影を見つけたとき、私は自分の目を疑いました。スーツを着た男性が、私に向かって大きく手を振っていました。誰だかすぐにはわかりませんでした。
「ひさしぶり!」
「ああ、佐々木君」
 男友達の成長には、ときどきびっくりさせられることがあります。あの佐々木君がこんな好青年になるなんて。
 彼はニカッと白い歯を見せて笑いました。その顔だけは以前からなにも変わっていませんでした。
「今日はどうしたの?」
「いや、仕事で近くまで来ることになったから、寄ってみたんだ。廃校になったんだってな」
「仕事?」
「ああ、春から福岡県庁に勤めてんだ」
 佐々木君が仕事を始めていたことを、私はこのとき始めて知りました。そういえば成人式の時も、佐々木君の顔は見ていませんでした。
 彼が公務員になるなんて誰が想像したでしょうか。成長を感じられて嬉しい反面、私の中で彼について知らないことがあまりにも多くなっていて、なんだか別人に会っているみたいです。
「松風はどうしてるんだ?」
「私はまだここにいるよ。牧場の手伝いをしてる」
 こんな風に小学校の同級生と再会すること自体、すごく珍しいことでした。同じ地区で育ったはずなのに、まだ阿蘇に残っているのは私とカピバラくらいのものです。
「じゃあ、一木は?」
「一木は春から熊本市内の会社に勤めてるよ」
 私は有名な食品加工会社の名前を挙げました。
「へー、すげえな。じゃあさ、あのチャオ、チャピルだっけ? あいつは元気にしてるか?」
「ライトカオスになったよ」
「まじで?」
 佐々木君は目を丸くしました。私は数日前に、ライトカオスの写真を撮っていました。カメラロールからそれを探して、佐々木君に見せました。
「……やべえ」
 それはライトカオスを見た人が時々見せる反応でした。この様子を見ると、私は自分自身とのギャップをいつも感じて、なんとなく話題を逸らそうとしてしまいます。
「佐々木君のチャオはどうなった?」
「俺も中二くらいの頃にライカに育てようとした。でもうまくいかなかった」
 今回だけは、話題を逸らすことができませんでした。
「あるとき気付いたんだ。ライカを目指すのが絶対じゃないって。頑張って、試行錯誤しても、どうしてもうまくいかなくって、それで俺はチャオを育てることが全然楽しくなくなってたんだ。チャオなんて適当に可愛がっとくのが、俺にとっては本来の育て方なのかもしれないって、そう思ったとき、やっと俺はライカから解放されたんだ」
 私にはよくわからない感覚でした。私はライトカオスを育てるために、特別な努力をなにもしなかったから……もちろん育て方を調べたりはしましたが、結局よくわからなくて、それなのにいつの間にかチャピルはライトカオスになってしまったのです。
「優花はチャピルを可愛がっているか?」
「そのつもりだけど……」
「じゃあ、大事にしてやれよ」
 佐々木君の頬骨が影を落としました。
「大人になったら、もうライカに全力を出せる時間なんてないからな。だから、俺の分も頑張って欲しい」
 そう言い終えたところで、佐々木君はあわてて「あ、いや、松風が大人になってないっていう意味じゃないぞ」と付け足しました。
「わかってるよ」
 私は苦笑しました。佐々木君はスマホをちらりと見ました。
「そろそろ電車の時間だ」
「また来てね」
「ああ、いつになるかわかんないけどな」
 佐々木君が背中を向けます。葉桜が風に吹かれてざわめきました。不意に、私は彼ともう二度と会えなくなるんじゃないか、そんな不安に駆られました。
「ちょっと待って」
 呼び止めましたが、よく考えれば、佐々木君がここに残る理由はなにもありません。たった一人の私のために、たまにしか来ない電車を見逃す理由も。
「……ごめん。行っていいよ」
「あ、そうそう、てかLINE交換しようぜ」
 佐々木君はスマホを私に差し出します。
「今はさ、ネットとかあるんだから、別にどこに住んででも一緒じゃね?」
 本当にそうでしょうか? スマホをみんなが持つようになってから、私はむしろ人との距離がより遠くなったと感じることがあります。友達との写真とか、誰に宛てたかわからないつぶやきとか、必要じゃない情報まで目に入ってきて、そのたびに私の知り合いは、私じゃない誰かに染められているのです。
 だからこそ、こうして人と出会うということが本当に特別な意味を持っている。そのことに気付いているはずなのに、私は
「じゃあ、またね」
と手を振って、いつ会えるかもわからない人の連絡先を握りしめていました。

”『変わらんのがよかね』と君が言ったから、四月十日はライカ記念日”

 五年前、私はその日に名前を付けました。別に特別なことをするわけじゃありません。ただ、ライトカオスの写真を撮って、LINEで一木に送りつけてやるだけです。
 そこから毎年なにかしらのやりとりが生まれるのですが、今年はまだ、返事を受け取ってはいませんでした。

 その夜、牛舎の方から、牛たちの鳴き声が聞こえてきました。続いて蹄が地面を蹴る音も、まるでなにかに怯えているかのようでした。
 私はリビングのソファで、ヒツジさんはダイニングでテレビを見ていました。ちょうど夕ご飯の片付けを終えたテンさんが「私が見てくる」と言ってキッチンを出て行ったので、二人だけが部屋に取り残されました。

 それから五分ほど経った頃でしょうか。地面からどおんと轟音が聞こえて、私の身体は激しく左右に揺さぶられました。続いてなにかが割れるような音、瞬断する電気の音、スマホから鳴るけたたましいアラーム音、いくつかのことが同時に起きました。私は目の前のテーブルをしっかりと両手で掴みました。足元はぐわんぐわんと揺れました。私はテーブルの中に頭を入れるようにしてうずくまりました。とてもじゃないけど、それ以上のことはできませんでした。しばらくして、揺れは収まりました。私はゆっくりとテーブルから頭を出しました。
 ヒッと声をだしたのは自分でした。ダイニングでは、ヒツジさんが背中を押さえてうずくまっていました。食器棚の周囲に割れた皿が飛び散っています。近づいてみると、ヒツジさんの背中から、たらたらと血が流れ出ていました。破片の一つがヒツジさんに突き刺さっていました。
 たしか、リビングの棚に救急箱が入っていたはずです。あわてて包帯や絆創膏を取り出しました。ヒツジさんの側に近づいて、背中から慎重に食器の欠片を抜き取ります。シャツをまくり上げてみると、背中の傷は皮膚を突き破って奥深くに達していました。血はどんどん出てきました。どうすればいいかよくわからなくて、私はとにかく包帯をぐるぐると巻き付けました。
 また、地面が揺れました。先ほどに比べると小さな揺れですが、食器棚ががちゃがちゃと不穏な音を立てました。私は急に自分の身が心配になって、食器棚の扉を閉めました。ガムテープを持ってきて、棚の扉を固定しました。ひとまず、これで大丈夫でしょうか。

 ようやくあたりを見回す余裕が出てきました。食器棚以外にも、干してあったおたまや菜箸、冷蔵庫に貼り付けていたホワイトボード、エアコンのリモコンが落下しています。そして、また、緩やかな揺れ。テレビの画面にはいつの間にか大きなL字型のテロップが出ており、熊本県で震度七、そんな文字が目に飛び込んできました。
「ヒツジさん、大丈夫?」
「ああ」
 包帯を大量にぐるぐる巻きにしたおかげでしょうか、血液の染みはごく一部だけに留まっていて、特に広がっていく様子は見られません。ヒツジさんは背中を押さえたままダイニングテーブルの下に潜りました。ひとまず、そこにいれば安心できます。私の動転した心も、徐々に落ち着いてきていました。
 牛舎に行ったテンさんのことを思い出します。無事なのでしょうか。
「私ちょっと、牛舎の方を見てくる」

 先ほどまではあんなに騒がしかった牛たちが、不思議と静かになっていました。私はスマホの明かりを頼りに裏口を出ました。そしてはっと息を飲みました。
 牛舎の外でテンさんがうつぶせに倒れています。側には鉄パイプが転がっています。テンさんの頭のひしゃげた部分と、落ちた鉄パイプに残った血痕が同じ形でした。私はテンさんの脈をさぐりましたが、すでに息はありませんでした。
 どおん、とまた地鳴りがして、スマホがアラームを発しました。子供の頃からずっと過ごしてきた大地が、急に牙をむくのを感じました。どうしてこんなことに。
 私はテンさんを運ぼうとしましたが、私一人の力では無理そうでした。諦めて一人、桐山家へと引き返しました。ダイニングテーブルの下から、ヒツジさんがじろりと顔を覗かせました。
「テンさんはどぎゃんしたと?」
「死んでる」
 ヒツジさんはそれきり、言葉を失いました。

 私はどうしたらいいのでしょうか。母は死に、ヒツジさんは一応歩けるものの、怪我を負っています。私だけが無事だけど、それゆえに無力でした。また、地面が揺れました。私の日常というものが、もうほとんど壊れかかっていました。
 生き延びなければなりません。今、なにが使えるのか、一つずつ確認します。母屋の電気はひとまず付いているようです。水道は? 蛇口を捻ってみると、最初は透明だった水が、途中から鉄さびのような色へと変わりました。どうやら飲み水としては使えなさそうです。ガスは? 点きません。
 スマホの電波は? インターネットにはちゃんと繋がりました。ネットニュースのコメント欄で、みんな地震がすごかったというようなことを言っています。こんな風に投稿できるということは、逆に言うと、その人自身は無事なのかもしれません。私はとてもじゃないけれど、なにか投稿しようという気持ちになれませんでした。無事です、と言ったら嘘になるし、じゃあ不安を煽りたいかといったらそうでもないし……
 一木は? 無事なんでしょうか? 震源の位置からすると、一木も被災していたとして不思議ではありません。私は一木に電話しようとして、災害時の電話は御法度だったことを思い出し、LINEのメッセージに切り替えました。
> 大丈夫?
 数秒後、返事はすぐに来ました。
>> 大丈夫。そっちは?
> 私は無事、ヒツジさんは上半身に怪我、テンさんは死んだ
 今度は、返事がなかなか来ませんでした。一木の当惑が、目の前にいるように想像できました。
>> わかった。すぐ戻る
> あわてないで
>> こっちは無事だけん、自分の身の回りを心配せえ。なんか必要なものはあると?
 私はあたりを見回しました。取り急ぎ対処が必要そうなのはヒツジさんですが、一木に任せるよりも救急に送った方がよさそうです。となると、私にできることはなんでしょうか。
> 水が欲しい
 メッセージを打つ指先は乾いていました。
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10. 希望を求めて
 莉音 WEB  - 18/12/23(日) 0:09 -
  
 一木は今すぐにでも阿蘇に向けて出発したそうだったけど、私は反対した。
「だって、まだ余震が続いてる」
 私は3.11を思い出していた。揺れが収まって数時間後に津波がやってきて、私たちを恐怖のどん底に叩き落とした。だから、すぐに動いたってどうにもならないこともある。まずは情報を集めようよ。
 私の説得を受けて、一木はいったん落ち着いたようだった。腰を降ろして、しばらく無言でテレビを見続けた。
 熊本市内の状況をレポーターが懸命に状況を伝えていた。棚の倒れた商店、崩落した塀や看板、避難する人々。益城町の方が特に深刻らしく、複数の家屋が倒壊し、火災も発生している。九州電力は川内原発に異常なしと発表。だが、阿蘇市が画面に映ることはなかった。
「明日には行くばい。あそこにおるんは優花だけじゃないけん。ヒツジさんも、牛も、チャオもおる。全部を優花一人に任せられん」
 こういうまっすぐな目をしているときの一木は、決して止められないことを私は知っている。だから、うなずくしかなかった。
 私は職場に「明日は行けません」という旨のメールを送った。また、足元が少し揺れた。この余震が続く中、とても営業しているとは思えなかったが、念のためだ。一木も同じようなメールを送っていた。

 まだ太陽も昇りきらないころ、私たちはトランクにミネラルウォーターを積みこんだ。春とはいえ、朝は凍えるくらいに寒かった。一木がハンドルを握り、私は助手席のシートベルトを締めた。中古で買った黒塗りのSUV。車はアパートを出発した。
 市内から阿蘇へ向かうには俵峠を越えるのが一番の近道なのだが、万が一を考えトンネルを通るルートは避けることにした。そうなると外輪山の北側、県道三三九号を通るルートを行くしかない。
 車は緩やかな上り坂に入る。景色から次第に家が減り、電柱が減り、草原と空だけになる。大地の所々に、黒い筋のような亀裂が走っている。そのことが地震の大きさを物語っていた。
 バラバラというヘリの音。どこから聞こえるのだろうと空を見上げたけれど、薄膜のような雲が日光をぼんやりさせるばかりだった。車は赤信号で一時停止した。一木は車のハンドルをトントンと指先で叩いた。いらだちが私にも伝ってきた。
 再発進、車は山の中へと入っていく。道路は右へ左へ、激しく体が揺さぶられる。一木はアクセルを緩めない。私は窓際に強い力で押しつけられる。風景はものすごいスピードで流れていく。
 直線に戻る。内蔵がシートに貼り付けられるかのように重く感じられる。そしてまたカーブ。なんども繰り返される左右への揺さぶりに眩暈を覚える。風景は加速を続ける。緑と黒の線が視界の中でぐちゃぐちゃになる。
 そのとき、不意に木々が途切れた。車の右手が一気に開けた。牧草地が半月状に広がっている。その向こうには田んぼが並び、奥には黒い岩のような山が、阿蘇山が見える。
 みんな、無事なんだろうか。この狭い盆地の中に、なぜだろう、懐かしい風景がたくさんある。お母さんも、優花も、テンさんも、ヒツジさんも、そしてカピバラも、みんなこの中にいる。私にとってはたった一年を過ごした土地なのに、故郷ですらないのに、忘れられない思い出がある。
「また、この景色を見りゃんとはな」
 一木がぼそりと呟いた。

 車は少しずつ斜面を下っていく。田んぼを横切る農道に、車が停まっているのが見える。中を覗いてみると、人がタオルを被って眠っていた。どうやら街中にいたら危険だと判断した人たちが、車を使って避難しているらしい。
 小学校が見える。校庭には車や救急車が停まっており、テントが張られている。体育館の中にたくさんの人がいるようで、あふれた人間が入り口付近にたむろしている。絵に描いたような被災地だ。
 私たちの車は、そんな光景をよそに坂道を登っていく。
 そして緑の丘の上に白い二軒の家が現れる。桐山家と松風家、一木はその手前に車を停めた。
 松風家から見覚えのある女性が姿を現す。乱れた髪、飾り気のない服、化粧もしていないのに愛らしさを失わない顔。
「ほんとに来てくれたんだ」
 一木は車を降りて、優花を両腕で抱いた。
「無事でよかばい」
 私はその光景を目の前で見ながら、不思議と心は落ち着いていた。一木の行動を批判する気にはなれなかった。そういう批判ができる立場にないことは、自分が一番よくわかっていた。それに、そうすることによって優花の心が少しでも安らぐのなら、今は特別に許したかった。

 優花は私たちをリビングに招き入れて、今の状況を説明した。
「ヒツジさんを病院に連れて行きたいの。救急車を呼ぼうとしたけど、昨日の時点では受付できませんって言われて……」
 なんでも、昨晩は単に上半身に傷を負っただけかと思っていたのに、今朝になって下半身もうまく動かなくなっているらしい。おそらく病院は昨晩の時点での状況を聞いて判断してしまったんだろう。
「ヒツジさんとテンさんをいったん旧小学校に運ばんか。さっき、そこに救急車が停まっとった。ヒツジさんのことも、テンさんのこともどうしたらいいか、俺たちだけじゃわからん。一度避難所に行って情報を集めたいけん」
 そうして一木はダイニングにうずくまったヒツジさんに声をかけた。
「立てっと?」
 一木が肩を貸して立ち上がろうとしたが、思いのほか重かったのか、ずるりとヒツジさんの身体が崩れた。
「一人じゃ無理だよ」
 優花が反対側の肩を支えて、持ち上げる。腰がまっすぐになるにつれて、ヒツジさんがうめき声を上げる。慎重に、二人で歩を進めていく。
「ここを通って」
 私は行く手にあるドアを開けて、三人を外に連れ出す。なんとかして、車の後部座席にヒツジさんを座らせることができた。
 次は、テンさんだ。優花は死体を見るのを嫌がったので、私と一木が家の裏へ赴く。テンさんは地面に顔を伏せて転がったままだった。
 全身の関節は硬まってきていて、思うように動かなかった。一木が頭の方、私が足の方を持ち上げることになった。両足は靴下を履いているのに冷んやりとしていた。
「なんだろ、まるで死体みたい」
「ああ、俺もまだ実感が沸かん」
 私たちはテンさんをトランクに積んだ。足を折り曲げて、無理矢理トランクルームの蓋を閉めた。

 小学校の校庭に車を停めた。ヒツジさんをもう一度降ろす気力はなかった。三人で車を降りて、体育館へ向かった。
 体育館のそばに、サングラスをかけた女性が腰かけている。「赤星先生」と優花が呼んだ。一木も合わせてお辞儀をした。
「あの、母が……」
「大変なことになりましたねえ」
 赤星先生と呼ばれたお婆さんはのんびりとうなずいた。
「でも、ここに来られたということは、無事だということです。まずは一安心。ほらほら、体育館の中に入ってください」
「母が、死んだんです」
 優花の口から嗚咽が漏れた。
「あらまあ」
 赤星先生が驚いているのか悲しんでいるのか、サングラスのせいでよくわからなかった。亡霊のようにゆっくりと立ち上がって、優花の肩を強く掴んだ。
「優花ちゃん、今が正念場です」
 その言葉は優花だけではなく、私たち三人に言い聞かせているかのようだった。
「あなたがしゃきっとせんと、桐山農場は支えられません。失ったものは大きいけど、ここから立ち上がらんとなんにも始まりませんよ。今が、踏ん張りどきです」

 その後、赤星先生が救急救命士のおじさんを呼んでくれた。その人の診察によると、ヒツジさんは傷の位置によっては下半身不随になる可能性があるとのことだった。ともかく一度、病院に送って検査した方がいいらしい。テンさんの遺体も死後措置のため、いったん病院に運搬するべきだと言われた。
 まもなく救急車がやってきて、二人の体が担架に乗せられた。
「俺も同伴したか」
と一木は申し出たが、
「病院に行ったところで居場所はないぞ、自分の避難を優先しろ」
とおじさんに強く言われて、引き下がった。私たちは救急車が校庭を出て行くのを見送った。

 赤星先生が私たちにおにぎりとお茶を配ってくれる。どうやら近くのスーパーが無償で避難所に食料を提供してくれたらしい。
「気を落とすことはありません。あなたたちの無事が確認できただけで、本当に良かったと思ってるんです」
 よく考えると、朝からなにも食べていなかった。私たちはがむしゃらにおにぎりを頬張った。
 体育館の周りでたくさんの老人が談笑している。テンさんが死んで、ヒツジさんが怪我を負って、世界が終わるような気がしたけれど、そんなことはない。この土地では、まだたくさんの人たちが生きようとしている。
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3話 熱く濡れる
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 0:09 -
  
 今日も冷たい風が僕を氷漬けにしたがっている。
 ステーションスクエアの近くのこの町もじきに凍ってしまうのかもしれない。
 きっとこの世界は長持ちしない。
 生命の温度が奪われていく実感を、僕は味わっていた。
 ステーションスクエアでマユカと会ってから、三日が経った。
 氷を壊すことに意味はあるのだろうか。
 マユカの奇行は結局なんの意味もないのではないかと僕は思い始めていた。
 この町にステーションスクエアの風が吹くことに変わりはない。
 僕たちが彼らのように死ぬ日は近い。
 そんなふうに絶望感の膜に心身を巻かれているのは、僕だけではないようだ。
 学校に行ったら、クラスで六組目のカップルが出来ていた。
 この頃、よく男女がくっ付いている。
 六組目の男女が、教壇に立っていた。
 朝のホームルームの前だった。
 二人はクラスメイトの注目を集めて、囃し立てる声を嬉しそうに浴びていた。
「私たちは」
「俺たちは、たとえこの町が凍ってしまったとしても、永遠に二人一緒にいることを誓います」
 そして二人は誓いのキスをした。
 大きな拍手が起こる。
 ヒュウヒュウ、と誰かが口笛を吹く。
 まるで結婚式だと僕は思った。
 一応は拍手をしておいてやる。
「ねえねえ。インクくん」
 隣の席の羽島リコが顔を寄せて小声で話しかけてきた。
 すぐ近くで見るとリコの眼鏡はつるの部分だけ桃色で、長い髪の毛は彼女の動きにとても従順に付き従っていた。
「なに?」
「聞きにくいことを聞いてもいいかな?」
 教室が騒がしくなっているのにリコは声を小さくしていて、聞き取りにくい。
 僕は返事をする代わりに、耳をリコの口に近付けた。
「ステーションスクエアに、好きな人っていた?」
 だいぶ無神経な質問だった。
 僕のような人に普通、聞くか?
 だけど色恋の話をするにしては、あまりにも関心のなさそうな声色をしていた。
 正直リコの思惑とテンションが読めない。
「いないよ」
 と僕もリコのテンションに寄せて答えた。
「えっ、そうなんだ。意外」
「意外?」
「ん。だってなんか、その人に操を立てたりしてるのかと思ったんだもん」
「操って。妙なことを」
 それにしても、学校で会話をするのは久々だった。
 やっぱり良い感触はしない。
 どちらかと言うと不愉快だった。
「だってインクくんっていつも、魂をどこか別の場所に置いているような雰囲気してるじゃん」
「と言うか、普通そんなこと聞かないでしょ。無神経じゃないか?」
 桃色の眼鏡と従順な髪と共に、リコは僕からすっと十五センチ離れた。
「それはごめん。でも答えてくれてありがとうね」
「どういたしまして」
「ところでさ。今日、放課後一緒にチャオガーデン行かない?」
「は?」
 どうしてチャオガーデンと彼女は言ったのだろう。
 僕が学校をサボった時にはいつもチャオガーデンに行っていることを、まさか知っているのか。
 まるで急所を掴まれたような感じがして、僕の頭は白んだ。
 それともただのまぐれ当たりなのか。
「今日、マユカさんいるってさ」
「マユカって、なんでそいつのこと」
「私、チャオ飼ってるんだよね」

「この子が私のチャオ。ヘルメタルっていうんだ」
 ヘルメタルはヒーローハシリチャオだった。
 放課後僕たちは一度リコの家に寄って、ヘルメタルを回収してからチャオガーデンに向かうことになったのだった。
 リコはよくチャオガーデンに行っているらしい。
 家にはヘルメタルしかいないから、他のチャオと遊ばせるためにチャオガーデンに通っているのだと彼女は言った。
 そこでマユカとも知り合いになり、そしてマユカから同じ学校、同じ学年にインクって人がいるはずだと話を聞いていたのだそうだ。
 僕たちはマユカの話をしながらチャオガーデンに向かった。
「そんでマユカさんからインクくんのこと聞いたんだよ。学年どころかクラスも一緒じゃんって思って。しかも隣の席でしょ。話しかけるチャンス、狙ってたんだよね」
「なんでマユカは、僕には教えてくれなかったんだろう」
「さあ。たぶん、インクくんが知っても、私に話しかけそうになかったからじゃない?」
 リコはヘルメタルを抱っこしていた。
 そして僕はリコの通学鞄も持たされていた。
 両手にそれぞれ鞄を持ち、同時にぶらぶらと前後に振りながら歩く。
「確かにそうなんだけどさ」
「でしょ?」
 リコは急にスキップのような歩き方を一瞬だけしたかと思うと、楽しげに歌い出した。


 錯覚の永久機関を
 持って生まれてきたんだ
 あなたが愛したものは死なない


 ものすごく聞き覚えのあるサビだ。
「チャオチャオ〜♪」
 ヘルメタルの頭の上の輪が、ハートの形に変形する。
 けっこう喜んでいる様子だ。
「それ、マユカがいつも歌ってる歌だよな」
「うん。いい曲だなって思ったから、お母さんに曲のデータ、コピーさせてもらった」
「やっぱ有名な曲なんだな」
「お母さんの世代で知らない人はいないって、言ってたよ」
「へえ。そうなんだ」
 強風が吹いた。
 冷たい風が僕たちの真正面から吹いてきた。
 片目をつぶって、吹きつける風に耐える。
 ステーションスクエアからの冷風だった。
 ヘルメタルのハートも萎んで、天使の輪に戻る。
「暖かいところがいいなあ」
「チャオ〜」
 ヘルメタルを中心にして、リコは体を縮めていた。
 そしてヘルメタルもリコと語尾を同じ調子にして、寒さを訴える。
「インクくん、急ごう。チャオガーデン」
「チャオチャオ!」
 ヘルメタルも急げと言っているみたいだった。
 リコは小走りになる。
 それを追って、僕は両手の鞄を思い切り前に振る。
 鞄の重さに引っ張られるその勢いで僕も走り出した。

 チャオガーデンに着くまで、五分くらい、リコは走り続けた。
 まさか止まらないとは思わなかった。
 僕たちは息を切らし、汗をにじませて、チャオガーデンの建物に入る。
「いらっしゃい。どうしたの」
 おばちゃんがびっくりした顔をして、受付から出てこようとする。
「ちょっと、走ってきただけ」
 と僕は答える。
「走る、どうして走ったのよ」
「どうしてかな。強いて言うなら、風が吹いて、寒かったから?」
「もう、なにやってんのよ。二人して。って二人一緒なのね、今日。珍しいじゃない」
「チャオ〜♪」
 唯一走っていない、抱っこされていただけのヘルメタルが元気だ。
 おばちゃんに向かって両手を伸ばす。
 その手をおばちゃんは握る。
「はい、こんにちは。この子は今日も元気そうね。風邪とか大丈夫?ひいてない?」
「チャオ!」
「すごく、元気です」
 リコの顎から汗の大きな雫がヘルメタルの頭に落ちた。
「チャオ〜?」
 ヘルメタルは自分の頭に落ちた液体を触る。
 天使の輪はクエスチョンマークに変形している。
 クエスチョンマークの曲線がリコの頬を押すので、リコはボクシングのスウェーみたいな体勢をして頭を後ろに引く。
 ヘルメタルは手に取った無色透明な液体を舐めた。
「ン〜?」
 リコの汗だとわからなかったみたいだ。
 クエスチョンマークがなかなか元に戻らない。
 僕たちは息を切らしたまま、ガーデンの中に入った。
 走って熱を持った体はガーデンの温風に包まれて、追い打ちだった。
「暑いなあ」
 リコはうんざりとした声を出しながら、ヘルメタルをガーデンの芝生にそっと置いた。
 ヘルメタルは楽しげに走り出した。
「なんで走るかね」
 ぼやいて、リコは芝生の上に腰を下ろした。
「あ〜〜。死ぬほど暑い」
「同感」
 こんな時にマユカが氷を押して洞窟から出てきてくれないかと、僕は池の方を見た。
 というか、暑いなら池に行けばいいじゃないか。
 気付いた僕は、
「なあ、池行こうぜ」
 と座ったばかりのリコの腕を引っ張り立ち上がらせた。
「なるほど、池」
 するとリコはさっきまでとは段違いの全速力で池へと走った。
 また僕もリコを追って走ることになる。
 リコは止まらなかった。
 靴や靴下を脱がずに池に入った。
 それどころか、
「いやっふぅぅぅぅ!!」
 と前のめりに倒れて全身を濡らした。
「なにしてんだお前!?」
「超気持ちいい!」
 池の中で半回転して僕の方を向き、リコは叫んだ。
 制服がずぶ濡れになってしまっている。
 髪の毛の先やメガネの縁からぼたぼた水滴が落ちる。
「いや、なにしてんの」
「インクくんも来なよ。冷たくて気持ちいいよ」
「僕はそんな羽目の外し方はしないんだ」
 僕は靴下まできちんと脱いで、スラックスをたくし上げて、足だけ池に入れる。
「ってか、そんなびしょ濡れになって、どうするんだよ」
「ん〜。知らない。ま、どうにかなるでしょ。そっちこそ暑くないの?」
 リコはずれた眼鏡を直し、濡れた指でレンズを拭いた。
 もちろん指が濡れているのだから、レンズも濡れたままだ。
「暑くても、お前みたいなことはしないよ」
 と僕は呆れた気持ちを込めて言った。
 まさか彼女がこんなことをするとは思わなかった。
 眼鏡を掛けているし、クラスでは物静かなタイプだし、それに、次々と出来るカップルではなかった。
「ううわ、リコちゃんどうしたの」
 洞窟からマユカが出てきて、ずぶ濡れのリコに衝撃を受けていた。
「どうもどうも。全然大丈夫です」
 とリコは笑う。
 当人はわからないのだろうが、笑顔を見せられても、その顔にかかっている眼鏡が濡れていて表情に信ぴょう性がない。
「大丈夫そうには見えないけど」
「うん、大丈夫ではないよ」
 と僕は言った。
「こいつ、馬鹿なんだ。ここまで走ってきて暑いからって、飛び込んだ」
「だって暑かったんだもん」
 もはや濡れっぱなしになろうとしているようにしか思えない。
 リコは池の中に入れていた手で自分の髪を撫でた。
「我慢しろよ、暑いくらい。寒いよりはいいだろ」
「嫌だ。寒いのも暑いのも、どっちも我慢したくない」
 馬鹿でしょう、と同意を求めて僕はマユカを見た。
 だけどマユカは嬉しそうな顔をしていた。
「そういう気概は大事だよね」
 なんてマユカは言う。
「でも濡れたままじゃ家帰れないでしょう。着替えな。その服も、乾かそう」
「はあい」
 とリコは池から上がる。
 そしてマユカに連れられて、洞窟に入った。
 相手がいなくなって暇になった僕は、
「ヘルメタルー、ホウカー」
 とチャオたちを呼んでみた。
 すると僕の呼びかけに気付いたヘルメタルとホウカが並んで走ってきた。
 どうやら二匹で一緒にいたみたいだった。
「お前たち、仲良いんだな」
「チャオ!」
 と二匹の声が合った。
 二匹をそれぞれの手で同時に撫でてやる。
 二匹の頭の上に浮かんでいるものも同時にハート型に変わった。
 深く愛されたチャオは転生する。
 チャオがチャオを転生させることがあるのだろうか、と僕はふと疑問に思った。
 たとえば恋人同士、もしくは家族として愛し合うことで、転生するほどの愛を与えたり与えられたりすることが、人がどうこうしなくても起こり得るのだろうか。
「チャオだったら、凍った世界の中でもひっそり生きていけたりしないもんかな?」
「チャオ〜?」
 ヘルメタルは頭上のハートをクエスチョンマークに変えた。
 ホウカの頭の上はトゲトゲに戻り、ホウカは僕の真意をうかがうように僕を見ていた。
「いやさ、お前たちだけでも生き残ってくれれば、こんな世界にも何か意味が」
 この言葉はチャオには理解できないだろう。
 そんな安心が僕に独り言のようなことを言わせたのだが、自分の言っている言葉の意味することに気が付いて、僕の口は停止した。
「俺、お前たちにかなり勝手な期待をしてるな」
 とクエスチョンマークのままのヘルメタルを撫でてやる。
「自分たちが死んでも、お前たちが生き残って、それでこの地球は凍り付いてもそれでも平和な世界であり続ける。なんてことを僕は考えているんだ」
 勝手な期待をして。
 それをチャオに押し付けているというのは、本当の問題じゃない。
 本当の問題は、僕自身が抱えている。
「そんな都合の良い妄想をするなら、自分たちが生き残れる妄想をすればいいのに、それを素直にできないんだもんな」
 ホウカは、うんうんと頷いた。
「いやお前、わかってないだろ」
「チャオ〜」
 けらけらとホウカは笑う。
 僕も苦笑した。
引用なし
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11. これからどうする?
 莉音 WEB  - 18/12/23(日) 0:09 -
  
 その夜、私たちは熊本には戻らずに、そのまま桐山家に泊まることにした。病院からの連絡を待つ必要があったし、テンさんの訃報を関係者に知らせる必要もあった。やるべきことは、まだたくさん残っていた。
「ねえ」
 私は一木のシャツの裾を引いた。
「こういうとき、私はどの部屋に泊まったらいいんだろう?」
「俺の部屋に来んか?」
「はあ?」
 あらためて、こういうときの一木が何の役にも立たないことを思い知る。私は優花の手前、それができないから聞いてるのに。
「もうちょっと真面目に考えてよ」
「なんの話してるの?」
 渦中の優花が話に割り込んできた。
「こいつがどん部屋で寝るかって話ばい」
「うーん」
 優花は唇に指を当てて悩んだ。
「テンさんの部屋だったら、空いてると思うけど」
「そりゃあ空いてるだろうけど!」
「それか来客用の布団が階段の下にあるよ」
「それを先に言ってよ!」

 私は来客用布団をリビングに持ってきて敷いた。一木と優花におやすみを言って、リビングの電気を消すと、ほとんどなにも見えなくなった。枕の位置を足でまさぐった。
 この家に来たのは高校生の時以来だ。しかも、泊まるのは初めてだった。敷き布団の上に立つと、冷蔵庫のかすかな駆動音と、窓から見える星明かりが私を包み込む。いつもだったらセンチメンタルな気分に浸れたかもしれないが、今日ばかりは日中の疲れの方が勝っていた。布団を被って目を閉じる。まだ、明日がある。そのためにも今日は寝た方がいい。

 ドンッという地響きが、私の目を覚ます。激しい揺れと轟音。昨日の比じゃない、強烈な揺れだ。私は布団の端を強く掴んで、じっと堪えた。揺れが収まると、一木が二階から降りてきて部屋の電気を点けた。二人とも無事。だけど、優花は? 私たちは目配せして、ゆっくりと渡り廊下へのドアを開けた。ちょうど同じ時、反対側の扉が開いて、優花のほっとした表情が見えた。
「無事か?」
「無事じゃない気がする」
「どういう意味?」
 優花は私の質問に答えずに、家の裏へと向かった。一木がスマホのライトを点けて、目の前を照らした。そこはちょうどテンさんの遺体を見つけた場所だった。そしてその遺体の横には、漏斗型の巨大なタンクがあったはずだ。
 そのタンクが倒れている。巨大なタンクは牛舎の屋根を破壊し、大きな穴を開けている。牛舎の壁はぐしゃりと潰れ、もはや原形を留めていない。あまりの惨状に言葉を失った。
 一木がライトを動かして、崩れた部分を明るくする。タンクからこぼれた茶色い粉が、砂煙のようにあたりを漂っている。
 牛舎の裏手に回って中に入る。足を踏み入れると、牛たちはみな立っていた。まるで逃げさせてくれとでも言いたそうだった。この牛舎では、すべての牛は鉄柵に繋がれている。そのことが牛をこの場所から動けなくしていた。
 牛舎の奥では、瓦礫に足を挟まれて二頭の牛が倒れている。その目が弱々しくこちらを向く。脚を怪我しているが、死んだわけではなさそうだ。
 優花が牛の耳に付けられたタグを見て、瓦礫の山に視線を送った。
「あの下に、あと四頭いる」
 ドンッと、また地鳴りがして、牛舎全体ががたがたと揺れた。
「こっから出るばい」
「この子たちは?」
 優花は怪我をした牛の脚を見つめていた。
「手当てするんは無理ばい。いつまた崩れるかもわからん」
 優花は申し訳なさそうに、牛たちから目を背けた。私たちが生き延びるためには、彼らを見捨てなければならない。

 布団を頭まで被って、目を閉じても、揺れが身体の中に残っているように感じる。うつらうつらしていると、地面に倒れたテンさんや、足に怪我を負った牛が現れて、私の頭を掻き乱す。地面という、決して離れられないものが私たちの敵になったとき、私たちは一体どうすればいい?
 その思考は毒となって私の内蔵を巡った。今まで安定していると信じていたあらゆるものが、本当はなにも信じられないんじゃないだろうか。一木も優花を抱いて……いや、今そんなことを疑うべきじゃないのに、一木はこの家を守るために、精一杯自分ができることをしているのだから、私が信じないでどうするんだ。
 こんな気持ちになるのなら、一木の言葉に従って同じ部屋で寝れば良かった。そうしたら、こんなつまらない寂しさを抱かなくて済むんだろう。もっと素直にならんば、と彼によく言われる。自分でも気付いている。どうしてこんなずるい女を、あいつは好きでいてくれるんだろう。
 私はなかなか寝付けなかった。

 翌朝、私が目を覚ますと、ほのかな醤油の香りが私の食欲を掻き立てた。優花が朝ご飯を作っていた。
「食べる?」
 テーブルの上の料理、たぶん冷蔵庫にあった残り物だろう。肉じゃがとパンとスープというよくわからない取り合わせだったけれど、なんだか不思議とほっこりした。
「ありがとう」
「水道がいつの間にか直ってたから、作ってみた」
 そう優花は説明した。
 しばらく待っていると、寝癖まみれの一木も降りてきて、一緒に朝ご飯を食べた。テレビでは専門家が、一昨日の揺れが前震で、今日未明の揺れが本震であるというようなことを言っていた。と思ったら、別の専門家が両方とも本震だと主張して、スタジオで学術的な議論が始まってしまった。専門家の説明は難しくてよくわからない。要するに、私たちにとって重要なのは、今後も余震が続くということだけだ。
 ごくりと、スープを飲み込んだ一木が口を開く。
「今いる牛を、どぎゃんかして避難させたか」
「そうだね」
 優花もうなずいた。
「昨日死んどった分を差し引いても、あと54頭おる。どこに避難させりゃよかと? 優花、なんか知っとーと?」
「さすがにこの数になると……」
 優花は眉をひそめた。
「やっぱ、農協に連絡してみるっきゃなかと?」
 私の頭の中で、古い記憶が小刻みに震えた。54頭の牛が避難出来る場所……この近くに住んでいて、すぐに頼れる人……勢いで口を開いていた。
「カピバラの家に預けられるんじゃない?」
「TKG牧場か、あすこはたしかに大きいばってん、さすがに54頭は入りきらんばい」
「それに私たちの牛舎と全然違うから、いきなり入れても牛たちが馴染めないと思う」
 そうじゃない、と、私は首を横に振った。
「カピバラは前に言ってた。昔は放牧してたけど、今はしてないって。だから、あの牧草地帯には、そういう設備だけなら残ってるかもしれない」
「できるんか、そぎゃんことが?」
 一木は優花に目配せした。優花は目を閉じた。
「そりゃあ、牛舎よりは馴染みやすいかも知れないけど、いきなり放牧ってどうなんだろう……牛にも生存本能があるから、案外大丈夫なのかな。そんなことやったことないから、わかんないよ……」
「ま、可能性はあるばい」
 一木は私に悪ガキのような笑みを向けた。そうしてさっそく電話をかけ始めた。

 まもなくカピバラが大きなトラックを運転してきて、牛舎の裏口に停めた。五年ぶりに再会したカピバラは、なんだか以前よりも逞しく、制服よりも作務衣が似合う男になっていた。
「久しぶりだな、お二人さん」
「牛をよろしく頼む」
「もちろんだ。困ったときはお互い様だからな」
「それなら、値段ももうちっとまけてくれりゃあせんか?」
「いや、これがギリギリの値段だ。うちはビジネス経営だからな」
 カピバラは快活に笑った。

 牛の運び出しは難儀な作業だった。まず怪我をしている牛の傷口に包帯をまき、なんとか立たせる。
「よし、いい子だ」
 一木が背中をさすりながら、言い聞かせるように前に進ませる。私はその縄を受け取って、牛舎の外で待つ。二頭目の牛を一木が連れてきたところで、その二頭をトラックの荷台へ連れて行く。細かく指図しなくても、牛たちは自らの脚でトラックに乗り込んだ。トラックが出発したら、戻ってくるまでの間に私たちは次の二頭を準備する。その繰り返しだ。
 こうやってたくさんの牛を順番に見ていくと、それぞれの顔に違いがあることに気付く。真っ黒くて斑点の少ないその牛は、あのときのダークを思い出させた。ダークをトラックに連れて行こうとすると、脚を踏ん張って嫌がった。私は縄を強く引いて、無理矢理荷台に上がらせた。もうこれ以上は逆らえない。そのことを知ってか知らずか、ダークは名残惜しそうに牛舎を一瞥して鳴いた。
「こいつも桐山農場から離れたくないんだな」
 それが分かったところで、私にはどうすることもできなかった。トラックの発車音が鳴き声の余韻をかき消していた。

 生きた牛がすべて移動したら、今度は崩れた屋根を片付ける。しばらく手作業で黙々と瓦礫を除去していると、すき間から白黒の足が見えてきた。ある程度姿形が見えたところで、カピバラが大きな台車を運んでくる。二人がかりで転がして、牛の死体を台車に乗せた。
「これは食肉センター行きだな」
と、カピバラは言った。食肉センターというと聞こえはいいが、要するに牛を殺して、解体して、食べられる状態にする施設のことだ。
 昨日から死体ばかりを見てきたせいか、生き物を殺めることになにも感じなくなってきている。本当につらい出来事があったとき、心は無に傾く。自分にとってどうにかできる出来事だけを考えて、どうしようもないことはなるべく考えないようにする。
「死体も売れるんか?」
「一応、買値はつくらしい」
「そばってん、お前んちの言っとる金額には全然足りん」
「じゃあどうするんだ?」
「ヒツジさんに聞いてみるしかなかと」
 男達は淡々と金勘定のことを話していた。

 一木の車に乗せられて病院へ向かった。土曜日だというのに、病院の中は慌ただしかった。私たち以外にも被災した人がいるんだろうな、と想像するけれど、気にしてはいられない。
 私たちは病棟の五階に案内された。窓際のベッドにヒツジさんが横たわっている。別れてから一日しか経ってないにもかかわらず、ヒツジさんはずいぶんやつれたように見えた。
「昨晩もえれえ揺れたばってん、大丈夫だったと?」
 ヒツジさんは自分のことよりも、私たち三人のことを心配していた。ヒツジさんの細い手が、私たちの手を順番にぎゅっと掴んだ。がさついた皮膚を通して、血液がどくどくと流れてくるのを感じた。大丈夫、この人はまだ生きている。
「無事でなによりたい」
 看護師がやってきて、一木の名前を呼んだ。
「お二方は、ご家族ですか?」
 どちらが答えるべきか思案していると、一木が代表して答えた。
「いえ、桐山は私です」
「では、こちらに来てください。主治医から話があります」
 一木が出て行って、私たちは病室にぽつんと取り残された。優花がこちらをチラッと見て、はにかんだ。なにを話そうか、とでも言いたげに。
 私はヒツジさんに大学時代の一木の話を教えた。優花は牛を避難させたことを話した。だけど、しばらくしたら話題も尽きた。
 私たちはなんのためにここに連れてこられたんだろう。なんだか無性にイライラしてきた。桐山は私です。もっと他に言い方があったんじゃないの?

 30分くらい経った頃、一木が病室に戻ってきた。
「ヒツジさんと二人で話をさせてくれんか」
と一木は言った。もう、これ以上、蚊帳の外に置かれるのはごめんだった。
「私も聞きたい」
 そう口を挟むと、一木は少し迷うそぶりを見せたが、
「わかった」
と言って、椅子に腰を掛けた。私と優花、そしてヒツジさんの顔を順番に見た。
「ヒツジさんの足は直らん。最低でもあと二週間は入院、その後は車椅子生活が待っとる。元の生活には戻れん」
 ヒツジさんは、すべてを知っているかのようにうなずいた。
「俺はもう現役じゃないけん、わーが好きなようにせえ」
「ほんとによかと?」
「ああ、前からそんつもりだけん」
 一木とヒツジさんは、一体なんの話をしているのだろう。そこには家の違いによる確かな断絶があった。一木はきっと無自覚に、桐山家の当たり前を使って会話している。
 一木はきっぱりと言い放った。
「俺たちはもう、これ以上、この土地で牧場経営を続けることはできん」
 その目は優花だけを見据えていた。
「ヒツジさんはこんな身体だし、優花一人にも任せられん。元々三人でやっとった牧場を一人で支えるんは、無理がある」
「一木は、阿蘇に戻らないの?」
 優花は一木の手にすがった。
「俺は戻らん。莉音を幸せにするって決めたけえな。本当は、この週末、俺たちはお互いの両親と顔合わせする予定だったばい」
 一木は優花を振り払って、私の手を掴む。優花の顔がくしゃくしゃに歪んだ。私はこんな形で、優花に婚約の報告をしたくはなかった。
「優花、お前には選ぶ権利がある。このままここに残り続けたいんなら、方法はある。今後、俺げの土地はTKG協同組合の管理下に置かれることになる。そしたら、優花はヘルパーの一人として雇ってもらえばよか。もう一つの方法は、別の場所で新しい仕事を探すことたい。どっちかを選んでくれんか」
 選ぶこととは、なにかを捨てることだった。少なくとも優花にとっては。
 一木の言っていることは、きっと正しい。その正しさを込めた瞳で見つめられれば、きっと優花は断れないだろう。正論というものには、そういう暴力的な強さがあった。
 私はずるい女。五年前、自分が作った種子が実を結んで、このような形で優花に渡される様子を、ただ黙って見届けるだけなのだから。
「少し、考えさせて」
 優花はその言葉だけを、絞り出すように口から吐いた。

 私たちを乗せた車は、桐山牧場に戻る。いや、今朝まではかろうじて牧場だったが、今はもうそんな名前じゃない。
 優花は早々に後部座席を降りて、自室へと帰っていった。一木がエンジンキーを回して車を停める。二人きりになった。
「一木はさ、やり直せるならどこからやり直したいと思う?」
 一木はハンドルを左手で握ったまま、まっすぐに前を見つめた。
「俺は後悔なんぞせん」
 ああ、彼はいつもこうだった。私が間違いを犯しそうなときでも、いつだって前しか見ていなかった。結局そういう人のところに私は戻る。そして、同じ道を進むことになるのだ。
 結婚への高速道路。そこには誰が決めたか知らないが、数々のイベントが連なっている。私たちは何度も確認してきた、その道のりを。
「どぎゃん苦労があろうとも、二人で進んでいくってな。両親や優花の意見なんぞ最終的には関係なか。だけん、今更後悔なんぞせん」
 私は彼の二の腕に腕を絡める。そうは言うけどね、一木、ほんとに関係ないのかな。私、見ちゃったよ。一木のスマートフォンに、ライトカオスの写真が届いているところ。その優花の気持ちを無視して進んで、ほんとにいいのかな?
 一木の瞳孔が私を捉えた。
 私たちはずっと、優花に役割を押しつけてきた気がする。なにかが起きる幻想を抱かせて、ずっと待たせてしまっていた。
「そぎゃんこと、優花だって知っとったはずたい。俺らだけの罪じゃあなか」
 うん、私たち三人の罪だ。私たちはいつだって罪深い。正しい選択をしているようで、実はそうじゃない、正しいことをすることが罪なことだってあるのだ。
 だから、私は一瞬だけ、正しくない存在になるよ。
「ああ」
 それが償いになるかどうかは、よくわかんない。だけど、こういうことをやって初めて、私は過去とちゃんと向き合える気がする。
「なるほどな。毎年四月十日になるたびに、俺が感じとったあの感覚。あれが罪だったとね」
 一木はなにかに納得したようだった。
「そばってん、俺にはしきらん。今更正しくないことなんぞ」
 別にいいよ。私がやるから。
「じゃあ、よろしく頼む」
 うん、任せて。
 みんなが正しくないことをしなくてもいい。一木にはいつも、前だけを向いていて欲しい。運転席に座ったときの横顔が、私はずっと大好きだった。
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12. 鏡像
 [no name] WEB  - 18/12/23(日) 0:10 -
  
 どうして、私はこんなにも惨めな気分なんでしょうか。ずっと前からわかっていたことじゃないですか。一木が私のことを好きじゃないってことくらい。
 私は一木から一度も好きだなんて言われたことはなかったし、その点で裏切られたという気持ちは全くありませんでした。それなのに、私は一木を許すことができなくて、そのことが自分でも奇妙で、理不尽でした。
 服を脱いで風呂場に入ります。姿見に無垢な体が映し出されます。ライオンよりは多少肉付きは良いかもしれないけど、起伏がないってわけじゃない。身体も顔も、美醜でいえば、そう彼女と変わらないはずでした。

 そう、私たちはなにも変わらない。優花の像が映写機のように磨りガラスに投影されている。そのシルエットに自分自身を重ねる。
 長い間、私たちは違う場所で、違う道を歩んできた。それなのに、一木が私を家族として受け入れてくれたあの日、私は優花を自分の双子のように感じた。明らかに違うのに、どこかが私と同じ他人がいる。その喜びを感じていたのは、私だけだったのだろうか?
 優花のライトカオス。それを育てられたということは、優花の中にも愛する気持ちがちゃんとあるということだ。私はその力をまだ信じている。

 ライトカオスの青い瞳が、私をじっと見つめていました。ライオンはかつて、この子を永遠の愛と呼びました。だけど、このライトカオスを手に入れてから、それは私の側から離れていったような気がします。
 湯船にライトカオスを浮かべます。ライトカオスを中心に、乳白色の淀みがお湯の中に広がっていきます。それと同時に、薄汚れたライトカオスはその美しさを取り戻していきます。かすかに透けたしなやかな身体と、頭の上で燦然と輝く光。ぼうっと、見とれました。
 不意に、私の頭の中に鮮明なイメージが浮かび上がりました。あの阿蘇山の火口湖に、ライトカオスを突き落とす。それは考えれば考えるほど、素晴らしいアイディアのように思えました。エメラルドグリーンの火口湖からは、とどまることなく蒸気が噴出しています。その蒸気がライトカオスの白い肌を飲み込んでいきます。やがてぽしゃんと小さな水音がして、次の瞬間、ライトカオスは今までにない激しい光を発しながら、湖に溶けていくでしょう。ライトカオスとはいえ、所詮はただの生き物。本当に高い温度には無力です。
 ライトカオスを殺す。どうして今まで、こんな簡単なことに気付かなかったんでしょうか。それをやり遂げたあとのことを考えると、晴れ晴れとした気持ちになります。この家に残っている住人のうち、ヒツジさん、テンさん、牛たちはすでに他所へ行ってしまっています。あとはライトカオスと、私さえいなくなれば、全部すっきりするじゃないですか。

 やめてよ、優花。あなたの人生に、無駄なことなんて一つもない。ライトカオスはすでに優花の一部になっている。だから、それを殺すなんて絶対にダメ。
 私は風呂場の扉を開ける。浴槽の中の優花が目を見開く。彼女の戸惑いを気にせず、私も湯船に足を入れる。二人を抱えた海は、水かさがあふれ、床を一瞬で水浸しにする。水面の上に私と優花の髪の毛が垂れて、複雑に絡み合う。その黒い糸をすくい上げる。
 私のことを許さなくたっていい。永遠に呪い続けてくれたっていい。本音を言えば、私はずっと優花のことが羨ましかった。暖かい家庭も、可愛い顔も、彼氏みたいな男も、全部持ってた。でも、それを奪いたいとは思わなかった。一木が優花のことを口に出すたびに、ずっとそのままでいてほしいと思った。
 優花の脚。私の足元まで伸びている、きれいな脚だ。指先は彼女のくるぶしを伝って、ふくらはぎへ、それから太ももの側面を沿って、骨盤を越え、おへその周りを優しく撫でる。
 私たち、本当は一つになれたら良かったのに。こんなときに一番与えたい人にそれを与えることができない。

 ……私はライオンを憎んでなんかいません。ライオンにとっては、ずっと私のことが心残りだったんでしょう。一木と出会う度に、私の存在を思い出して、苦悩してきたのかもしれません。
 でも、私にとって、それはライトカオスだったんです。毎日、私が自分の部屋に帰ると、そこには決まってこの白い偶像がいました。いつまでも燃え続けるこの光を絶やさぬように、ずっと一木の帰りを待っていました。
 私は長い間、物語の中を生きていました。テンさんとヒツジさんが始めたこの牧場で、私は大切なことを教えられていたような気がします。巣のように共通して守るべきものがあるのなら、私たちは本物の家族のように繋がっていてもいい。テンさんは再婚することで、私に居場所を与えてくれました。
 だけど、私はそれだけじゃ満足できなくなりました。母の与えてくれた場所に住み着くのではなく、自分の居場所を自分で作りたくなりました。憧れ、と言い換えてもいいかもしれません。ライトカオスは、その象徴に過ぎないんです。
 でも、結局一木は別の人を選びました。この五年間、そんな予感がなかったと言ったら嘘になります。テンさんが死んで、牧場を守る人が誰もいなくなったことで、本当の意味で物語は終わりました。ライトカオスにとどめを刺したとき、私は夢から覚めて、ようやく現実の中を歩けるようになるんです。

 ……私たち、本当は違うライトカオスを見ていたのかもね。

 どういう意味?

 優花は誤解している。ライトカオスを表す言葉は一つじゃない。このチャオは鏡のように私たちの見たいものを写し出す。私はそこに永遠の愛を求めていた。だから、あの時の私はそれがあると信じることができた。
 さすがに今はもうそんなものないって分かってる。だけど、優花のライトカオスには、確かにその片鱗はあったんだ。それは私にとって、心の底から信じられる一つの真実だった。優花が見せてくれた光に、私は手を伸ばし続けることができた。
 だから、ライトカオスの光は、純粋に優花自身の内側から出た輝きなんだよ。優花はなにも諦めないでよ。自分のやりたいこと、全部やったっていいんだよ。ライトカオスを育てたとき、きっと強い意志が優花の中にあったはず。それを自分の憧れだなんて、簡単な言葉で片付けないでよ。

 わかりません。あのとき私がどんな気持ちだったかなんて、とっくの昔に忘れてしまいました。一度切れてしまった糸がもう元には戻らないように、私はこの先ライトカオスを二度と育てられないでしょう。
 だからいっそ、殺してしまった方がいいんです。ライトカオスというものに、なんの価値もないんです。もちろん、高校生の頃の私は、これ以上美しい生き物はこの世にいないと思っていました。だけど、大人になった今は、それがすべてじゃないことを知っています。蜻蛉さんも、佐々木君も、ライトカオスを諦めてなお幸せそうに暮らしています。むしろライトカオスを諦めたからこそ、幸せになれたのかもしれません。
 私だってそうです。この五年間は、私にとって、いろいろなものを諦めるのに十分な時間でした。
 私はお風呂に浮かんだライトカオスに目をやりました。薄く透けた肌が水面と混じり合って、独特な光沢を描き出しています。本当に、罪深いまでに美しい存在です。このチャオを殺したとき、私の未練もきっと死んでくれるはずです。

 私は優花にライトカオスを殺させるわけにはいかなかった。ライトカオスは優花の子。それは彼女にとって、最も大切なものだった。だからライトカオスの両脇を抱えて立ち上がった。派手な水しぶきが立って、水面に映った白い鏡像がかき消される。後ろを振り返らず風呂場を出る。

 お風呂場の電気が急に消えて、私の視界は奪われます。ライオンも、ライトカオスも、どこかずいぶん遠い所に行ってしまったみたいです。
 波は次第に弱くなります。湯船の壁で反射され、私の体でもみ消され、やがて凪のように静かな水面になります。
 私のたった一つの望みは、ついさっきまでライトカオスを殺すことでした。それを取り上げられた今、私は自分自身のために、何をしたらいいのでしょうか? どこを目指せばいいのでしょうか? よくわからなくなってしまいました。
 もし仮に、ライトカオスを殺せたとしても、私は同じ疑問に辿り着いていたのでしょう。現実はフィクションと違って、ちゃんとした結末があるわけじゃない。最初は両親をなぞるように始まった物語も、どこか違う波紋を残しながら、私たちの関係を揺らしていきます。
 だから、私はもう一度立ち上がります。肌の上を水が滴り落ちていきます。一歩ずつ、重力を感じながら、力強く足を踏み出します。母なる海を抜け出したら、そこには今までとは違う大地が広がっています。
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「Children's Requiem」
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:10 -
  
それは、子供たちによる鎮魂歌。
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13. 私の大切な人
 莉音 WEB  - 18/12/23(日) 0:10 -
  
 ヒツジさんは私の隣を見て、かすかな笑みを浮かべた。そこには私の母が立っていて、小さく会釈を返した。
 初めての顔合わせが病院で行われることになるなんて思いもよらなかったから、私たちはなんの準備もしていなかった。私はグレーのカットソー、一木は意味不明な英字のTシャツを着ている。唯一アザミ模様のワンピースを着た優花だけが、まともな格好をしているように見えた。
「この度はご愁傷様でした」
「こっちこそ、なんも用意できとらんくて、すまんな」
 二人はお互いの仕事や出身のことを話し始めた。別に両家の間に貴賤はないはずだ。シングルマザーで育てられた私と、今回の地震で多くのものを失い、結果的に片親になってしまった一木。私の目には、ほとんど同じような境遇に見えた。しかし、年配者からは、時折思いがけない理由で婚約を断られることもあると聞く。私は背筋をぴんと伸ばした。
「それでは、娘をよろしくお願いします」
 私の母が頭を下げた。私たちの視線は一木へと集中した。
「はい。一生大切にします」
 いざ口に出されると、急に照れくさくなる。二人きりのときは何度も耳にしてきたのに、人前で口にされるのは初めてかもしれない。私は嬉しさが顔に出すぎないように唇を噛んだ。
「ところで、わら、葬儀はどぎゃんすっと?」
 ヒツジさんは優花と一木を見比べた。
「どっちかが喪主をせなんばい。やらんかった方が、俺の車椅子をば押して歩け。院長先生の許可は取っとる」
 淡々とした口調だった。
 一木は優花を一瞥したが、優花は首を横に振った。
「私、たぶん泣いちゃうから」
「わかった」
 そうして一木が喪主をやることになった。これが、私たちが家族として行う最初の儀式となった。

 家に帰ってから、あらためてそのことについて話し合った。一木には荷の重い役割だったはずだ。テンさんが生前親しかった人が誰かなんて、想像でしかわからない。優花と一緒に訃報を送るべき人のリストを作った。一木は順番に電話をかけた。私はインターネットを見ながら、葬儀場、火葬場、クレジットカード会社、保険会社などに連絡を送った。

 通夜にはたくさんの人が参列した。初めて顔を見る親族や、近所の人たち、パート先の人たち、牧場の関係者が次々にやってきて、私の顔を興味深そうに観察した。誰も大きな声では喋らないけれど、本当はみんな私が誰なのか気にしている。私が桐山家にとって、何者なのか。
 葬儀会社の呼んだ僧侶によって、通夜は滞りなく進行した。焼香が一巡して、私たちはいよいよテンさんに別れを告げなければならなくなった。棺の蓋を閉める前に、一本だけ花を添えることを勧められた。一木も、優花も、私もスズランの花を棺に入れた。
 今、この人が生きていれば、きっと何の抵抗もなく知り合いと話し始めて、私のことも紹介してくれるのだろう。失って初めて、私はテンさんに支えられていたことに気付く。僧侶が棺の蓋を閉める。これからは、私は自分の問題を自分で解決しなければならないのだ。

「えー、みなさん、松風典子の葬儀にご参列頂きありがとうございます」
 一木は粛々と挨拶し始めた。
「遺族を代表致しまして、桐山一木が皆様に一言あいさつを申し上げます。母は生前まで至って元気で、こんなタイミングで亡くなるなんて――」
 一木は言いよどんだ。自分でも声が出なくて驚いたというような顔をしている。私の心配をよそに、一木は咳払いして、もう一度口を開いた。
「私にとっても、テンさん……あえてこの名前呼びますが、あの人は実の母親のような存在でした。生前、俺たちはある報告をテンさんに伝えようとして、それを伝えられぬまま今に至っています。……莉音、ちょっと来んか」
 一木に呼ばれて、私は遺族の前に立った。たくさんの目が一斉にこちらを向いた。大丈夫、二人で考えたとおりに喋ればいい。はち切れそうな心臓を必死に押さえ込む。
「はじめまして。小川莉音です。桐山一木の婚約者にあたります」
 思い切り息を吸い込む。
「生前、私も桐山家にお邪魔して、テンさんにも何度かお会いしています。まだ魂がこの世にあるのなら、ぜひ、婚約の報告を聞いて欲しいと思ってこの場所に立ちました。このような場をお借りして申し訳ありません。でも、ほんの数回しか会ってないにもかかわらず、私にとってテンさんは大切な、うまく言えませんが、私はあの家で、本当に大きな暖かさを感じたのです。遺族の皆様の中にも、同じ気持ちを持っている方が少なからずいると思います」
 参列者の顔を一人ずつ見る。その中に父、蜻蛉を見つける。彼に私の存在は届いたのだろうか。少しでも私の幸せを願ってくれただろうか。
「桐山家、松風家は二つで一つの家です。そこに私、莉音も加わります。今後とも皆様のご支援をよろしくお願い致します」
 参列者のうちの何人かが、静かにうなずいてくれる。全然関係ないことを語ってしまった。必要な段取りをすべてすっ飛ばしている気がする。本当にこれでよかったのだろうか。
 高速道路を降りて初めて見える景色がある。それは世界を再認識するためのプロセスだ。決まりきったやり方に代わって、本当に私たちがやるべきことはなにか、この大地は難しい問いを投げかけてくる。
 私たちは、二人で前に進み続けようとしている。その意志をみんなに示した。今日の所はそれで十分だ。
 しかし、実際にはまだ、これで終わりではなかった。ここ数日、ずっと考え続けていたもう一つの問題。どうやって優花の気持ちに応えるのか、その方法を私はついに見つけた。答えはあまりにも簡単だったが、解くべき人は私ではなかった。

 ヒツジさん一家は病院に戻ることを選んだので、翌日まで葬儀場に残ったのは私たちだけとなった。私たちは一木の車に乗って、近くの火葬場に移動した。
 棺が炉に入れられたら、もうなにもやることはない。私たちは控え室で、ぼんやりと遺体が焼かれるのを待った。
「ねえ」
 私は一木の手を握る。あの問題の答えを、どうしても彼に伝える必要があった。本当に優花が望んでいることをやるためには、私の意志だけでは足りない。一木の言葉が必要だった。
「私たちも、阿蘇に残ろうよ」
 ……それが優花の望みだった。正しい選択ではないと思う。でも、たとえそうだとしても、私は優花に報いてあげたかった。ずっとこの家を守ってきた、彼女への報いを。
 一木は首を横に振った。
「こぎゃんことは、気分で決めたらいけん。俺たちは市内で暮らすしかなか。職場も、アパートも、みんな向こうにある」
「でも、今阿蘇を離れたら、私たちは優花の恩に仇で返すことになる。それでもいいの?」
「……優花は不幸になるわけじゃなか。ただ、今までとはちょっと違う暮らしになるだけたい」
 一木の声色には迷いが感じられた。
「一木はそれで満足なの?」
「もちろん、牧場をば残せるならそうしたかったとよ」
 一木の手が強く私の手を握り返した。私の手の甲に爪が食い込んだ。
「そばってん、俺は優花のことを信じとるけん、こぎゃんことができるんかもしれん」
 壁にもたれた優花に目をやる。
「あいつのことなら、俺の方がよお知っとる。優花は、思ってるよりずっと強か」
 昔見た優花の写真が蘇る。一木の視点で撮られた少女の姿が、控え室の彼女と重なる。優花の抱えた卵から、ライトカオスが産まれ、そして今にも飛び立とうとしている。
「牧場があいつを育てた。だけん、大丈夫ばい」
 それが彼の答えだった。

 いつの間にか、窓の外では雨が降り始めていた。それはやがて優しさのない鋭い線となって、山間の景色を切り裂いた。火葬場から遺骨を受け取ったけれど、とても墓まで持っていくのは無理だった。
 車が火葬場を出発した直後、一瞬あたりがぴかっと光った。雷鳴が間近に轟いた。それを契機に、バケツをひっくり返したかのような雨が降り注いだ。無数の雨粒が窓に当たって弾ける。ワイパーをいくら動かしても、前を見ることさえままならない。私たちの車は水を切って進んだ。
 桐山家の前で車を停めて、急いで玄関まで走った。タオルで髪や服を拭いて、ようやく落ち着くことができた。
 テレビを点けると、ニュースでも大雨のことばかり報道していた。地震で受けた傷口をえぐるみたいに、雨がありとあらゆる被災地を襲っていた。

 ライトカオス。食料庫の奥から白い塊を取り出す。ここ数日、ずっとこの場所に放置されていたそれは干からびて、鰹節のように固くなっていた。
 白い肌や青い瞳、その痕跡はある程度判別できるが、神々しいまでの美しさは感じられない。頭頂部の光はいつの間にか消えていて、生きているか死んでいるかもわからなかった。
 私は優花に、ライトカオスを殺させたくなかった。だから、ライトカオスを乾燥させれば、無限に生き長らえることができる、それを信じてこの形にしたけれど、なにかが間違っていた。優花の望んだ幸せは、きっとこんな乾いた塊じゃない。

 私はテレビの電源を切った。雨音が私と一木を支配した。
「一木、会社を辞めよう」
 彼が怪訝な顔で振り返る。
「これが最後のチャンスだよ。一木、今、会社を辞めるんだ」
「辞めてどぎゃんすると?」
「決まってんだろ」
 私はライトカオスを机の上に叩きつけた。ゴツンと固い音がして、白い塊はうつろに揺れた。
「優花は私に、ライトカオスを殺したいと言った。だけど、私は本当はそんなことさせたくない。一木だって、ライトカオスがなんなのかくらい、わかってるんでしょ?」
 優花の愛情はあまりにも大きかったので、一匹のチャオではそれを写し取るのに小さすぎたのだ。

 私はライトカオスを抱えて外に出た。
 大粒の雨が、殴るように大地を降り荒ぶ。激しい風に煽られた牧草が、波のようにうねっている。分厚い雲を透かして、ほのかな日光が雲の淵に漏れ出している。牧草の緑はライトカオスの両目と溶け合って、白い家は肌の中へと吸い込まれていった。私たちの家はライトカオスの内側にあった。
 私は一木の額に手を伸ばす。
「私たちはずっと、逃げていたような気がする。本当の意味で結ばれるっていうのは、なんなのか。それは私と一木だけの関係じゃない。優花も、ヒツジさんも、私たち家族に関わったみんなを幸せにしたい。そのために私は一木を選んだんだ」
「俺に牧場を継げと?」
 一木はうろたえた。
「今んなっては、なんもない家たい。テンさんは死に、ヒツジさんも酪農を続けられん。牛舎は壊れとって、修理せんと満足に使えん。そぎゃん家……」
「だけど、優花が守ろうとした家」
「俺にとっては、お前が一番大事とよ。俺がこの家を継いだら、たくさんの負債をかかえた状態から出発することになる。お前はそっでもよか? ほんとにそっで幸せなんか?」
「ライトカオスがいれば」
 私は一木にライトカオスを抱かせる。
「こいつを殺すこと、それが優花の望みだった」
 一木の中で、ライトカオスはどのように見えているのだろうか。濁ったブルーの両椀が揺れ動いて、二棟の家へと姿を変える。桐山家と松風家。私たちはその存在から顔を背けていた。ずっと長い間。
「優花の願った永遠の命、だけど、本当は永遠なんてない。私たちが望んでそうしようとしない限り、ライトカオスは生き長らえない」
 白い肌にそっと指先を沿わす。その輪郭は今にも消えてしまいそうなくらい滲んで、かすれていた。靄が地面を這うように流れた。
「でも、それを優花にやらせちゃいけない。やるのは私と、一木だよ」
 私の右手の甲に、彼の汗がじわりと染みこんだ。私は不思議と落ち着いていた。
「お前が大黒柱になるんだ、一木」
 強い風が吹いて、私たちの服がはためく。ライトカオスの前では、私たちは風雨に踊らされる一枚の子葉なのかもしれない。それでも構わない。一木の右手が私の背中をがっしりと掴んだ。
「すまんかった」
 そのセリフは誰に言ったのだろうか。

 いつの間にか家から優花も出てきていた。優花は、今まで見たこともないような、満面の笑みを浮かべていた。好奇心と驚きが入り混じった、本物の笑顔だった。
「テンさんは自分で自分の幸せの形を決めた。だから、その娘である私もライトカオスがなんなのか、自分で決めないといけなかった」
 優花が私たちの方に歩み寄る。激しい雨が彼女の全身を濡らす。その手がライトカオスに触れる。少しずつ、乾いた物体に水が染みこんでゆく。
「私、決めたよ。阿蘇を出て、一人で暮らしてみる」
「どうして! これからはみんなで暮らしたらいいじゃない!」
 私は叫んだ。優花を諦めたくない、その一心で一木をここまで説得したのに、どうしてさよならを告げられるのか、理解できなかった。
「私はね、新婚さんと一緒に暮らせるほどお人好しじゃないんだよ」
 優花は雨に濡れながら、嬉しそうにくるりとひるがえった。よく見ると、大きなボストンバッグを肩に掛けている。私たちに背を向ける。
「ちょうど良い機会だから、いったん家を出てみるよ。私、本当はずっと、阿蘇の外に興味あったんだ」
 言い残して、牧場の斜面を下っていく。靄がみるみるうちに彼女の姿を隠していく。私は優花を追いかけようとしたが、できなかった。

 私たちの腕の中で、ライトカオスがじっとりと重さを増していた。美しい白と青の生命が、再び産まれようとしていた。愛ではないなにかが私たちを足止めさせていた。
 そうだった。ちょっと前までは、私たちも優花と同じだった。阿蘇から離れて、市内で暮らすことしか考えていなかった。こんな田舎に住み続ける理由なんて、本当は最初からなかったのだ。彼女は家を守りながら、たった一人でこの重みを感じていた。その地平に私も今更立つ。
 優花はいつか、この場所に戻ってくるのだろうか。わからない。空っぽになった松風家の前で、彼女の残した唯一の生き物を抱きながら、私たちは永遠に待ち続ける。いや、永遠なんてない。その事実を私たちは何度も確認した。それなのに、なぜだろう、この生き物はいつだって私たちを狂わせる。
 ライトカオスの頭上に再び光が灯る。私と一木、それぞれの手が小さな命を支えている。白い身体から小さな光の粒が飛び散って、万緑の大地へと吸い込まれていった。
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Scene:0
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:11 -
  
『努力すれば必ず成功するとは限らない―――が、成功した者は須らく努力している』
とはまぁよく言われる話であり、彼もまた、そんな格言を身をもって体感した人物の一人である。
推薦でサッカーの名門高校に入学し、ともすれば前時代的な、ネットに流れればブラック部活だと総叩きに遭いそうなほどの猛練習を重ね、苦労の果てにようやくレギュラーを掴んだ…が、3年生になって迎えた県予選は惜しくも決勝で敗退し、ついに全国大会には出れないまま3年間の高校生活を終えることになった。
「お前ぐらいなら、どっか推薦でいい大学入れるんじゃねぇの」
「いやー、掛け合ってみたけど『やっぱり全国出てるのと出てないのとでは向こうの印象が全然違う』ってさ」
「そんなもんかー。でもキャプテンの山本は2部とはいえプロ入りすんだろ?」
「あいつはオレらとは全然違うよ。オレもサッカー好きだけど、傍から見てて『コイツサッカー好きすぎて頭ヤベぇんじゃねぇのか』ってなるレベル。それぐらいじゃないと、プロにはなれないんだよ、やっぱり」
「お前が言うってことは相当だなぁ…今のうちにサインとか貰っといた方がいいのか?」
「貰っとけ貰っとけ。ちなみにオレは3枚貰った!」
「ちゃっかりしてんなおい!」

…もっとも、当然の話ではあるが、プロに入ったからといって活躍できるとは限らない。むしろ大半の選手が活躍できずにいつの間にかひっそりと消えていく厳しい世界である。彼の手元にある3枚のサインがお宝になるのか、それともただの紙切れになるのかは、まだ誰にも分からない。

「でも、推薦貰えないってなると、お前これからどうすんだ?就職?」
「そうだなぁ、いつまでも叔父さんに頼る訳にもいかねぇしなぁ…」

実は彼、両親がいない。
彼の両親は彼が1歳の時に、不慮の事故で帰らぬ人となった。それ以来、叔父夫婦の家に引き取られ、そこで育ってきた。
幸い叔父も叔母も悪い人ではなく、彼を我が子と変わらぬように大事に育て、おかげで彼はサッカーの名門高校でレギュラーになれるような立派な少年になったという訳だ。

「一応、中堅クラスの私立大学なら自己推薦でいけるんじゃないかって話だけど、奨学金もらったとしても学費がなぁ…でも就職する、つってもこんな田舎で高卒じゃ食っていけるかどうかレベルにしかならねぇし、かといって上京は…」
「って、おい、ちょっと待て!!!」

…友人が必死に叫んだが、彼は考えながら喋るのに夢中で、歩みを止めなかった。
彼がようやく気が付いた時には、目の前に、大きなトラックの姿があった。彼は一瞬、何が起こっているのか分からずに思考回路を巡らせたが、全てを理解した時には、既に―――
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4話 ペンギン・ヒット
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 0:12 -
  
 洞窟から出てきたリコは水色の作業着を着ていた。
 腕に沿って黄色いラインが入っている。
 産まれたばかりのピュアチャオをイメージした配色なのだ。
 チャオガーデンらしい作業着だった。
 そして髪にはタオルを巻いている。
「みんな普段着ていないんだけどね、これ一応制服というか、作業着というか、そんな感じで一応あるのよ」
 とマユカが僕に説明した。
 濡れた制服はマユカが持っていた。
 ホウカが制服を注視していたかと思うと、火を噴いた。
「うわっ」
 とマユカは体をよじって制服を守る。
「びっくりした。なに、乾かそうとした?」
「チャオ!」
「あ、そうなのね。それじゃあ、ね」
 マユカは数歩下がり、手を洗濯ばさみ代わりにしてブレザーとスカートを干すように広げた。
「お願いします」
「チャオ〜!」
 再びホウカが火を噴く。
 今度は充分に距離を取っているので、火が届く心配はない。
 制服と火の先端は二メートルは離れていた。
 これで乾かせるのだろうかと思って、僕は制服の前に手をかざしてみた。
「おお、あったかい」
「インクくんも持ちなさい」
「はあい」
「ブレザーお願い」
「はいはい」
 僕がブレザーを持ち、マユカはスカートとブラウスを持つ。
 ホウカは扇風機のように首を振り、制服にまんべんなく熱風を当てていく。
「すごい、この子。ドラゴンをキャプチャしたの?」
「そうなんだよ。やっぱり羨ましい?」
「めちゃくちゃ羨ましい。すごく高いよ、ドラゴンって。ヘルメタルが寿命迎えるまでに一度キャプチャさせてあげたいんだけど、無理かなって思ってるもん」
 リコはハイハイの姿勢になって、ホウカの横顔を観察していた。
 そんなリコの姿を見て僕は、そういえば眼鏡もきちんと拭いたんだな、と思った。
「セレブが道楽であげるって感じだもんな、ドラゴンなんて」
 と僕は言った。
 するとリコは、
「もしくは愛だよね」
 と言った。
「愛?」
「そう。高級な餌あげたりするじゃん。それと同じ。価値の高い物をあげることで、愛情を示すってわけ。そういう愛し方もあるでしょ?」
 リコはヘルメタルに向かって、火を噴く真似をした。
 大きな口を開け、ゴオオオ、と言う。
 だけど怖い顔をしていて、火を噴いているというより、ライオンが威嚇しているみたいに見える。
 ヘルメタルはビビッてしまい、泣き出した。
「ああ、ごめんごめん。怖くないよ、怖くない」
 リコは慌ててレスリングのタックルみたいにヘルメタルに飛びつき、頭を撫でまくる。
 その様子を見て僕は笑った。
「なにやってんのさ」
「いいの。愛は時々空回りするけど、空回ってもいいから回すのが大事なの」
「いいこと言うね」
 とマユカが言った。
「今の、いいこと言ってた?」
「言ってた言ってた」
「そうなのかなあ」
 必死にヘルメタルをなだめているのは、原始的な火起こしを思わせた。
 やっと付いた小さな火を消さないために息をふうふう吹き込む時の必死さだった。


 人生がどんなにクソな終わり方をしても
 私の愛は絶対に 死なない


 唐突にマユカは歌い始めた。
「急に歌い出したな」
 と僕が言うと、マユカはウインクをして、さらに続きを歌った。


 こぼれまくっても走り続ける血は
 元々はあなたからもらったもの

 歩けなくなっても
 駆け上がってやるぜ
 どうなっても行くんだこの先へ

 永遠なんてあり得ない?
 夢は夢でしかない?
 そうかもしれないけれど
 錯覚の永久機関を
 持って生まれてきたんだ
 あなたが愛したものは死なない


「やっぱマユカさん歌、上手いですよね」
 リコとヘルメタルが揃って拍手をする。
 マユカはそれに手を振って応える。
「ありがとう!熱くなれたかな?」
 一番熱くなっているのはお前だけどな。
 やっぱり頬が赤くなっているマユカを見て僕はそう思った。
「歌うの好きなんですか?いつも歌ってるし」
「うん、大好き。それに、私がこの歌を歌うと、みんな転生できるんじゃないかなって思ってるんだよね。おまじないみたいなもんかな」
「そうなんですか。やったね、ヘルメタル」
「チャオ!」
 リコはおまじないの対象がヘルメタルやホウカだけだと思ったみたいだ。
 マユカは自身が転生したという話をリコにはしていないのかもしれない。
 僕はマユカに耳打ちした。
「みんな転生できるって、もしかしなくても僕やリコも含まれてるんだよな」
「そうだよ」
 マユカは小さく頷いた。
「やっぱりみんなに転生してほしいからね。たくさん歌って愛情を届けるのさ」
 人間の命がチャオと同じようにいくものだろうか。
 僕はそう思うのだが、マユカの言い方には芯があった。
 信じる信じないの域を越えて、人間の転生についてそういうものだと受け止めている。
 そんな感じがマユカにはあるのだった。
 現実を直視している、みたいな。
 マユカが直視しているものが本当に現実かどうかはさておき、マユカはそれを直視している。
 彼女と比較すると僕はなんにも見ていない気がしてくる。
「そういえば歌で思い出したんですけれど、今日はマユカさん、氷やらないんですか?」
 とリコが聞いた。
 ああ、氷ね。
 とマユカは思い出したように言った。
「忘れてた。こんなことになってるし」
 乾かしている最中の制服を上下させる。
「あはは。ごめんなさい、ごめんなさい。私が持ちます。だからマユカさんの氷の彫刻、見たいなあ」
 ハイハイしていたリコは苦笑いしつつ立ち上がる。
 そしてマユカから制服を受け取り、マユカが立っていた所に立つ。
「じゃあちょっと待っててね」
 マユカは小走りで洞窟に向かった。
 せっかく交代したのにホウカは火を吐き続けるのに疲れたみたいで、マユカが洞窟に向かうとすぐに火を吐くのをやめてしまった。
 ホウカは仰向けに寝転がる。
「あらら」
 とリコは笑った。
 だけど僕たちはなんとなく制服を同じ場所で制服を持ち続けた。
 お互い、そうしているべきという気がしたのだ。
「マユカさんの氷彫刻、見たことある?」
 とリコは僕に言った。
「あるよ。あの人、いつもやってるし」
「素敵だよね」
「チャオを喜ばすためだけに、よく手の込んだことをするよな」
 たぶんステーションスクエアであんなことをする練習も兼ねているんだろうと思いながら言う。
「本当にチャオのこと、愛してるんだろうなあ」
 リコは羨ましそうに言った。
「私、自分のチャオのこと、本当に愛せているか自信ないもん」
「愛してるんだろ?ヘルメタルのこと」
「もちろん。でも私の『愛してる』ってみんなの『愛してる』とちゃんと同じレベルに達しているのかな。ヘルメタル、この前六歳になったんだ」
 チャオの寿命は五年から六年と言われている。
 つまりヘルメタルはもうすぐ寿命を迎えて、リコが充分に愛していたのならピンク色の繭に包まれて転生する。
「それならお前も氷彫刻やればいいんじゃないか?」
 それは真顔で言った冗談のつもりだった。
 転生とか愛とかいう曖昧な問題、冗談でないとなにも言いようがない。
 だけど言ってみると、案外いい手段なのではないかと僕は思った。
 確信というのとは違う。
 けれども、くよくよ悩んでいるくらいならチェーンソーを持ってみた方がいい、という気がするのだった。
「氷彫刻?マユカさんの真似して?」
 冗談の方で通じて、リコは笑った。
「とんでもないものが出来上がって、きっと不機嫌になるよ」
「マユカだって、そんなに上手いわけじゃないだろ」
 などと言っていると、マユカがいつものように氷を載せた台車を押して洞窟から出てきた。
「さあて、今日はなにを作ろうかな?」
 マユカは氷を手のひらで撫で、ううむと考える。
 そしてチャオや僕たちを見渡したかと思うと、
「そうだ。せっかくだからインクくん、今日は君がやろう」
「は?」
「私が教えるからさ。やってみな」
「いいね。面白そう」
 とリコが後押しをしてくる。
「いや、それならリコがやればいいじゃん」
 ちょうど、さっきそういう話になったのだし。
 しかしリコはなぜか頑なに僕にやらそうとするし、マユカは逃げるなみたいなことを言い始めるしで、結局僕がチェーンソーを持つ羽目になる。
「最初は大雑把な形を決めればいいよ。細かい所は後でノミを使って彫るからね。ゆっくりと刃を入れていってごらん」
 僕は作りやすそうな小動物をイメージしながら、チェーンソーの刃を慎重に入れる。
 チェーンソー自体は重いのだが、これまで見ていたとおり、刃は氷ではなく水の塊に沈んでゆくようにするりと通る。
 チェーンソーを操るというよりも、ミシンを使って裁縫するみたいに、勝手に切れていく感触だった。
 僕がやることといえば、自分の思い描く形に沿って、進路を調節するだけだ。
「そうそう。いい感じ。君が今やっているのは、氷を壊しているんじゃなくて、氷から命を取り出しているんだ」
 マユカがチェーンソーに負けない大声で僕に言う。
 間近で僕の作業を見てアドバイスを送るマユカは時折飛び散る氷の粒を顔面に受けるが、それでも立ち位置を変えないで僕の手の動きを見守っている。
 僕はステーションスクエアにいる家族のことを思った。
 ハンマーを振るって凍った人々を砕いていたマユカの姿を思い出した。
 マユカの言うように氷から命を取り出したい。
 目の前にある氷に、僕は家族や僕自身を重ねる。
 ステーションスクエアが凍った日から僕のなにかが動かなくなってしまった。
 この手で解放したいと望みながらチェーンソーを持っていると、マユカが込めているという愛の実体を感じられるような気がした。
 チェーンソーで大体のシルエットを作ると、
「なにこれ、お地蔵さん?」
 とリコはコメントした。
「違うよ。ここからちゃんと小動物になる」
 僕が作ろうとしているのはペンギンだった。
 チェーンソーを置き、ノミと金槌を持つ。
 マユカがいつもやっているみたいに、まずは平ノミを使って、シルエットをより明確に作っていく。
「そうそう。そんでもって、歌うんだよ」
 とアドバイスを受ける。
「なんで僕まで歌わなきゃいけないんだ」
 マユカは歌いたいから歌っているだけだろう。
「みんなそれを期待してるんだよ。これはそういうショーなんだから」
「あんたが勝手にそんなショーにしたんでしょうが」
「いいから、歌う」
 氷から目を離すと、クエスチョンマークを浮かべているチャオがいるのが見えた。
 本当に、チャオまでそれを期待しているらしかった。
 仕方なしに僕は歌った。
 いつもマユカが歌っているあの歌だ。
 だけど僕の歌は散々だった。
 それでも期待を受けて歌い切るしかなかった。
 酷い目に遭って、マユカの歌が上手いことを実感する。
 マユカは歌をちゃんと自分のものにしている。
 利き手でペンを持って文字を書くみたいに、日常の技能として身に着けている。
 そういうレベルで自分のものになっているのだ、ということを僕は歌わされたことで感じた。
 僕はただただ恥ずかしさで顔が赤くなっていく。
 体もほのかに熱くなってくる。
 だけどこれはマユカと同じ熱じゃない。
 本当に、彼女は自称していたとおり、アイドルの生まれ変わりなんじゃないか。
 と彼女の言っていることを本当に信じるつもりになった。
 そしてペンギンの像が出来上がる。
「やっぱりお地蔵さんじゃない?口が尖ってるお地蔵さん」
 とリコは言った。
「ペンギンだっての」
「見えないこともないね」
 とマユカに言われる。
 確かにこの前マユカが作ったハト以上に不細工だった。
 だけど一応ホウカやヘルメタルたちは氷のペンギンを触って楽しんでくれている。
「でも才能あるよ」
 優しくマユカは言った。
「お世辞はいいよ」
「本気で言ってる。氷を削る時、インクくんの目はすごく集中していて真剣だった。そういう状態で氷になにかを込めようとしていた。誰かを感動させるものを作る時にはね、その姿勢がまず大切なんだな。込めようと思わなきゃ、なにもこもらないわけでしょ」
「それは少しわかったよ」
 褒め言葉をそのまま受け取って喋るのって気恥ずかしいものがあったけれど、マユカの目が見ている世界と僕の目の前にある世界が近くなったことを僕は確認したくなった。
「水ならなにかを混ぜるのは簡単で、氷の中になにかを混ぜるのなんてできないと思ったけれど。凍っているからと言って手を突っ込もうとしないから混ざらないんだな。反対に、そこになにかを込めようという意思さえあれば、水か氷かは関係ないんだ。触れようはあるんだから」
「うん。やっぱり才能あるじゃん」
「まあね」
「ご褒美にこれをあげよう」
 と渡されたのはチョコバットだった。
「ご褒美なのか?いつももらってるけど」
 などと言い返しつつも僕はチョコバットの袋を開ける。
「あ、ヒットだ」
「すごいね、打率。この前ホームランだったよね」
「腕がいいのかもな」
 気分よく最初の一口かじりつく。
 マユカはそれを嬉しそうに見ていた。
「確かにね。熱くなれた?」
「恥ずかしさでな」
「あはは。最初はそんなもんだよ。インクくんさ、もしよかったら私の後継ぎになってくれない?」
「え?」
「私、来月あたりにこの町から出ていこうと思ってる」
 マユカは晴れやかな顔をして言った。
 気持ちのよさそうなその表情は冗談でもなんでもなく、そして予定ではなく決定事項だと告げていた。
引用なし
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Scene:1
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:12 -
  
「あー、あー、コホン!」
「…?」
薄い意識の中で、少女の声が聞こえる。
「お、起きたかな?」
「こ、ここは…」
彼は何とか目を開けると、真っ暗な部屋に1ヵ所だけスポットライトが照らされているように明るい場所があり、その中心にある椅子に少女が座っていた。

必死で思考を巡らせて、状況を整理する。
ついさっきまで、自分が何をやっていたのか。そうだ。友人と進路について話していたら、目の前にトラックが―――まさか。
「まさか、オレ…」
彼はそこで言葉に詰まったが、目の前の少女は全てを察したようにこう返した。
「その通り、大正解!大きなトラックが突っ込んできて…そりゃもう、言語では言い表せない…強いて表現するなら『グロ注意』ってやつかしら…見る?」
「いえ、結構です…」
そんな状態になった自分の姿など、余程の物好きでもない限りは見る気はしないだろう。

さらに彼女は続けた。
「でも貴方は運がいいわ!こうして異世界への扉を開いたんですもの」
「異世界って…そんなアニメみたいな」
少年はそう返す。彼はこれまでの人生をほぼサッカーだけで生きてきた人間であり、『そういう話題』にはあまり詳しくないのだが、今時必ずクラスに数人は熱心な奴がいる時代である。そんなアニメが流行ってるらしい、という程度の話なら聞いたことがある。
「あー、そっちの世界で流行ってるらしいわねー、そういうの。大半は設定が都合よすぎたりガバガバだったりするけど、たまーに『この作者体験者じゃね?』ってのがあるわよ」
「体験者って…オレ以外にも?」
「まぁね。でも超レアよ?細かい事は機密事項だから言えないけど、宝くじの1等に当たったようなものだし…っと、それはともかく!」
そこまで喋って、少女が脇に逸れた話題を戻す。

「さてさてー、そんな訳で、『お約束』通り貴方には現在の記憶・年齢・外見などを保持したまま、異世界へ行ってもらうことになります!何か質問はありますか?」
「あ、えーっと、その異世界ってどんな世界なんですか?」
少年が慌てて質問する。これは大事な質問だ。それが事前に分かるか分からないかで、また心構えも大きく違ってくる。
「あー、異世界転移者よくある質問第1位だねー。あたしらがマニュアルで最初に覚えさせられるやつ。大っ変申し訳ないんだけど、これはこっちじゃ決められないし分からないのよねー」
「そうなんですか…」
それを聞き、少年は落胆した。さすがにそこまで都合良くはいかないようだ。
「あ、でも、異世界に行く人間のパーソナリティや生い立ちをある程度反映した世界になる、ってことは聞いたことがあるわね。だから原始時代とか、逆に人類滅びちゃった的な世界には行かないから、そこは安心して。少なくとも、普通に食べて暮らしていくのには問題ない世界になるはずよ」
「なるほど…それならそこの心配はしなくて大丈夫そうですね」
それならば、サッカーが盛んな世界にでもなるのだろうか、と彼は少し考える。いや逆に、そんな世界だとプロレベルで上手い人が多すぎて自分なんかでは逆に大変なのでは?…など、異世界に行く前から余計な心配をしてしまうが、そんな心配は異世界に着いてからにしよう、と思い直した。

「他に質問はあるかしら?」
さらに少女は尋ねるが、少年は言葉に詰まった。
「…すいません、なにせ急な話なんですぐには…」
「だよねー。まぁ後は習うより慣れろってやつで、実際に行って体当たりで覚えた方が早いと思うわ」
そう言うと、少女は手元にある端末のようなものを操作し始める。準備が終わると、こう告げて、エンターキーのような一回り大きな部分をタップした。
「…それじゃ、異世界へ行ってらっしゃい。グッドラック!!」

そして次の瞬間、少年はその場から消えた。

それを確認した少女は、軽く伸びをして、こうつぶやく。
「…さてと、今日のお仕事終わりっと!…あれ、そういえば大事なことを伝え忘れてたような…なんだっけ…?」
少し首を傾げるが、「ま、いっか!」と言い残し、そのまま彼女もその場から消えた。真っ暗な空間に椅子だけがスポットライトのような明かりに照らされて残っていたが、その明かりもしばらくしてふっと消えた。
引用なし
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Scene:2
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:13 -
  
「うぅ…えっと確か、トラックに轢かれて、女の子に転生させられて…」
少年は眩暈が残る中、必死で記憶を辿る。そう、異世界。ここは異世界。自分は異世界に転生したのだ。
ようやく状況を把握したところで、まずは周囲を見回した。

「ここは…海岸…?」
自分は砂浜のような場所にいた。周囲に人気はない。ふと陸の側を見ると、近代的な高層ビルが並んでいる。リゾートビーチのような場所だろうか。とすれば、文明レベルは元々いた世界と大差ない。
彼は安堵すると共に、ちょっとガッカリもした。そこまで詳しい訳ではないが、この手の異世界と言えば中世風ファンタジー世界で、自らの知識や才能を利用して楽に暮らせるのがお約束なのではなかったのか、と。

高層ビルが並んでいるのに人気がないのが少し不思議だな、と思いつつ、彼は気を取り直して、高層ビルが並んでいる街の方へ向かおうとした、その時。

「…ん?」
彼の足元に、ぷにっ、と柔らかい感覚がした。
これが最近流行りのアニメであれば恐らく美少女ヒロインなのだろうが、残念ながら周囲に人がいないことはさっき確認したはずである。
クラゲか何かか、と思い、恐る恐る足元を覗く。

そこにいたのは、水色の、ぷるぷるぽよぽよとした、見たこともない生き物だった。

「!?」
思わず驚き、すっと一歩下がる。水色の生き物は、その場から動かない。
彼は少し離れて、その生き物を観察しながら考えを巡らせた。

そう、何度も繰り返すが、ここは異世界である。元いた世界にいない生き物がいても不思議ではないのだ。
落ち着いて考えれば至極当然のことに気が付き、ふぅ、と軽く息を吐いた。見る限り、敵意も無さそうである。

それを確認して安心した瞬間、彼はふとある言葉を呟いた。
「チャオ…」

彼は自分でも、何故その言葉を呟いたのか、よく分からなかった。
が、直感した。これは、この生き物の名前であると。
それを把握した瞬間、突如彼の記憶の一部分がもやが晴れるように澄み渡り、初めて見るはずの目の前の水色の生き物について、ずっと前から知っているような感覚が彼を覆った。

「俺は…この生き物を…知っている…?」
思わず呟く。元いた世界にはいないはずの生き物を知っている。不可思議な現象であり、彼もしばらく混乱した。
数十秒経ってようやく思考が落ち着いてきて、異世界に飛んできたのだからそういうこともあるのだろう、と無理矢理自分の中で納得することにした。

そこでふと、彼の注意がそのチャオから離れた時に、彼の耳にある音が響いてきた。
ザッ、ザッ、という、砂浜の上を人が歩く時の独特の足音。誰か、近づいている。音の感じからして、ほぼ間違いなく人間のそれだ。
果たして、初めて遭遇する異世界の人間とは―――彼は恐る恐る、そちらを振り向いた。

「…あら、驚かせたらごめんなさいね。敵意はないわ」
そこにいたのは、若い大人の女性だった。20代から30代ぐらいだろうか。彼女は目が合うと、そう話しかけた。
そして、次にいきなり、核心を突いてきた。
「貴方も『異世界からの漂流者』かしら?」

「何故、それを…」
思わず彼はそう返したが、彼女は落ち着いた表情を崩さずに話を続ける。
「この世界は『そういう世界』で、たまにいるのよ、君みたいな人が」
「そ、そうなんですか…」
彼はそう答えた。彼女の言った『そういう世界』がどういう世界なのか具体的には解らなかったが、直感的にはなんとなく理解した。

「…かわいいでしょう?『チャオ』っていうのよ」
彼女は続けてそう言い、彼の目の前にいたチャオを拾い上げる。ポヨがハートマークになった。
「この世界の、生き物ですか?」
彼はそれに対し、そう質問した。ただ、少なくとも、自分の頭の中では答えは既に出ている。
「ええ。…そういえば、漂流者の中には、この世界を『チャオの世界』って言う人もいるわね」
彼女はそう答えた。チャオの世界、というのは少しオーバーだな、と思ったが、ほぼ彼の予想通りの答えだった。

そこで彼は、さらにこう問いかけた。
「…少し変な質問をしてもいいですか?」
「何かしら?」
「なんというか…何かが、おかしいんです。俺の元いた世界にはチャオなんかいないはずなのに、俺はこの生き物をずっと前から知っていたような気がして…そういう現象って、ありますか?」
すると彼女は、首を傾げつつこう答える。
「うーん…私は比較的漂流者と話すことが多いけども、そういう話は聞いたことがないわね…」
「そうですか…ありがとうございます」
彼は残念そうにお礼を言った。

そこで彼女がフォローするようにこう続ける。
「そうね…でも、それなら、もしかしたら、あなたは何か運命みたいなものを背負って、この世界にやってきたのかも知れないわね」
運命。その言葉で、彼は異世界に転送された際の少女の言葉を思い出した。
―――貴方が行く異世界は、貴方のパーソナリティや生い立ちをある程度反映した世界になる―――つまり、「チャオの世界」に自分が転送されたのは、自らとチャオに何か関わりがあったからなのかもしれない。最も、異世界の生き物と自分がどう関わっていたのだろう、という謎は解けないが。

一通り話が終わったところで、彼女は話題を切り替えた。
「とりあえず、漂流者を支援している団体があるから、そこに案内してあげるわ。…といっても、実はあたしもそのメンバーなんだけどね。とにかく、この世界で暮らしていくのをサポートするから、安心して」
「そういうのがあるんですね…ありがとうございます」

彼女は抱っこしていたチャオを砂浜に返すと、彼を案内するように歩きだした。彼もそれについていく。
静かな砂浜に、2人の足音だけが響いていた。
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5話 永遠の愛を誓いますか?
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 0:13 -
  
「永遠の愛を誓いますか?」
 僕の問いに、クラスメイトの男女二人が頷く。
「はい。誓います」
「たとえこの町が凍り付いても、永遠に二人一緒にいることを誓います」
「では誓いのキスを」
「はい」
 僕の前に立つ二人はキスをした。
 別のクラスの野次馬含めて、教室にいる全員が拍手で祝福する。
 この日、八組目のカップルが誕生した。
 クラス内のみで八組。
 これでクラスの過半数がペアを作ったことになる。
 クラスの外に恋人を作った者も含めれば、かなりの生徒がパートナーを確保していた。
 そしてどういう気まぐれが起きたのか、僕は今日、牧師のような役割に任命されてしまっていた。
 そんな立場に立たされたら、あれやこれやと目の前の二人に言いたくなる。
 こんなムーブメントの勢いでくっ付いたけれども、本当に愛し合ってほしい。
 今誓ったとおりの永遠を果たしてみせてほしい。
 異様な交際の始まり方が流行ってしまったけれど、それに文句を言う気はなくなっていた。
 僕たちは将来のことが信じられなくなってしまったから、将来迎えるはずだった幸せな瞬間を先借りしているだけなのだ。
 だから代わりに、幸福な結末を強要したいという気持ちが芽生えていた。
 どうか不幸せにはならないでほしい。
 そんな説教臭い気分を、どうにか場を白けさせずに言えないものかと考えに考えた末に、
「おめでとう」
 と普通すぎる短いセリフを言うことしかできなかった。
 この教室において僕は誰かに触れる手段を持っていなかった。
 ここに氷とチェーンソーがあれば、なにかができたかもしれない。
 そう思うと、学校をサボってチャオガーデンに行きたいと強く思った。
 それまで逃げるようにサボタージュをしていた時には、サボりたいなんて意識はしなかった。
 意識する前に衝動的にチャオガーデンへ行っていたから。
 だけど真面目に毎日通うようになると、サボりたいと明瞭に頭の中で唱えるようになった。
 どうしてチャオガーデンに逃げ込まないかと言うと、それがマユカからの言いつけだったからだ。
 ちゃんと学校に行かないと氷彫刻のことを教えない。
 一方的に押し付けられた決まりを僕は律義に守っている。
 僕は後継ぎになるつもりなのだろうか?
 そこは判然としない。
 ただ僕は、マユカが本当にこの町から去ってしまうのであれば、マユカのやってきたことが全て消えてしまうのは寂しい気がして、それで氷彫刻を習う気になっているのだった。
「すごく良かったよ」
「最高だった」
 誓いの儀式が終わって自分の席に戻ると、リコと彼女の友達が僕に話しかけてきた。
「ありがとう」
「教会の息子なのかなって思った」
「違うけどね」
「そういうのできるんなら、私の時もやってもらいたかったな」
 リコの友達は、このクラス最初のカップルだった。
 彼女たちがふざけてやった結婚式の真似事が、後のカップルにも受け継がれているのだった。
「と言うかさ、インクくんは相手いるの?」
 とリコの友達は聞いてくる。
「いないよ」
「だったら早く作らないとヤバくない?この町、もうすぐ凍っちゃうらしいよ」
 この町が凍るというのは、ネットや学校内で流れている噂だった。
 根拠のある話じゃない。
 政府も、そのような予兆はないと発表している。
 それを胡散臭いと感じる人もいるのだけれども、予兆がないのが当然だろう。
 ステーションスクエアなど世界各地で凍結現象が起きた時、それを誰も予測できていなかったのだ。
「大丈夫。凍らないよ」
「え、そうなの?」
「だって僕はステーションスクエアにいたんだぞ?他の誰よりもよくわかるに決まってるじゃないか」
 もっともらしく言ってみると、リコの友達はなるほどと頷いた。
「確かにそうだわ」
「よくよく考えれば寒いだけだしね」
「なんだ。不安になって損した。別れようかな」
 僕はちょっと焦った。
 そんなつもりで言ったわけじゃない。
「なに言ってんの。せっかく付き合ったんだから、そのまま一緒にいた方がいいんじゃないか」
「それもそうか。まあ、いざ本当に凍るってことになった時、相手いなかったら嫌だしね。そうする」
「うん。それがいいよ」

 放課後になると僕はチャオガーデンに直行する。
 リコは一度家に戻ってヘルメタルを連れてチャオガーデンに来る。
 僕がマユカから氷の彫刻を習い始めてから、チャオたちは僕がチャオガーデンに入ってくると、それだけでちょっとテンションが上がるようになっていた。
「チャオ〜〜!」
 中でもホウカはかなり僕に懐いていた。
 元々マユカのことも気に入っていたみたいだし、人懐っこいだけでなく氷が好きなのかもしれない。
「よう、来たね」
「来るとも」
「じゃあ今日も練習頑張ろう」
 まずは氷の準備から始める。
 準備から片付けまで一連の作業全てをマユカは僕に覚えさせる気なのだ。
 氷を洞窟から運び、チェーンソーでの作業をしているうちに、リコとヘルメタルもガーデンにやって来る。
「慣れで手を抜いちゃいけないよ。慣れた分だけ、たくさんの愛を込められるんだと思って」 
 教わると言っても、マユカは彫刻がそう上手いわけではない。
 ただマユカはかなり真剣な目で僕の手つきを見てくる。
 技術的に教えることがなくても、自分の後継者として彼女なりに導くべきことはあるのだった。
 愛を込めるというのは、適切に集中することだと僕は感じていた。
 氷とチャオ以外のことに意識を向ければ、すぐにマユカは気付く。
 チェーンソーの重みを意識から手放さずにいれば、刃を当てている氷と僕自身が接続される。
 そしてチェーンソーを繰って氷に命を吹き込むことによって、それを見ている周囲の人やチャオたちともつながることができる。
 そういった一体化に全てを注ぎ込む。
 これはそんな時間なのだろう。
「そうそう。いい感じだよ」
 マユカがいいと言っているから、僕はなおさら一体化に集中するやり方を貫く。
「その調子。歌もそんな感じで歌うんだよ」
「歌も!?」
「氷に集中する!」
「いや、歌も!?」
「集中〜〜!!」
 まさか歌も一体化の手段なのだろうか?
 僕は氷彫刻だけで継げばいいことにならないものかと思うのだけれども、マユカもチャオたちもそれを許す感じではない。
 ノミでの作業に移ったら、僕は歌わなきゃいけない。
 これがなんとも恥ずかしくて、集中が乱される。
「仕方ない。今日は私がお手本として一緒に歌ってあげよう。ただしインクくんもちゃんと歌うこと。いいね?」
「へい」

 人生がどんなにクソな終わり方をしても
 私の愛は絶対に 死なない

 歌い出しからマユカの声には爽快さがあった。
 聞く者の気分を晴れ晴れとさせる。
 なによりもマユカ自身が晴れ晴れとした表情で歌っていて、僕たちは彼女に導かれてプラスの感情の方へと動かされるのだ。
 僕はそれに便乗する。
 どんなに大きな声を出そうとも、マユカの声量の方が圧倒的で、僕の粗だらけの歌は大して聞こえない。
 導かれるままに僕は歌う。
 歌っていると、不思議とさっきよりもチャオ一匹ずつの反応に敏感になる。
 リコが口パクかもしれないけれど、一緒に口ずさんでいるのも見えている。
 それでいながらノミで氷を削る感触も遠のくことはない。
 氷もチャオも自分自身も。
 この場にある全てに今の僕は触れられる。
 マユカの熱と僕の声帯が少しだけ重なる。
 触れられるのなら、どのように触れたいのか?
 問われているのはマユカ流に言えば愛情だった。
 前よりもリアルな形にできたペンギンを、チャオは喜んでキャプチャを真似て遊ぶ。
「いよいよ地蔵には見えなくなってきたね」
 リコからは、からかい交じりの褒め言葉をもらった。

 そしてチャオがひとしきり遊んで、関心が薄れてくると氷を洞窟内に運ぶ。
 洞窟内のスタッフ用の部屋に専用の冷凍庫を置き、そこで氷は作っている。
 だがまずは氷が溶けるのを待つ。
 彫刻をするために、氷の板を重ねて立方体を作っている。
 なので彫刻やチェーンソーで切った塊を、上から順に氷の板を作るためのガラスケースに戻していく。
 そして溶けるまで放置する。
 こうして氷を再利用するのだ。
 その後、ノミで削った分や作業中に溶けてしまった分だけ水を加えたら冷凍庫に入れるのである。
 氷をケースに入れる作業をしながら、
「歌っていうのはね、聞いた人のことを元気にさせる。時には人生を変える。だから歌を発信する方が神聖視されることもある。でもね、それはちょっと違う。少なくともアイドルは双方向性メディアなんだ」
 とマユカは語った。
「アイドルってね、スポットライトを浴びるんだよ。それとファンのみんなの声援も。大きな会場のライブだと、そりゃあすごいよ。たくさんの人の強い感情が私という一点に集中する。言ってみれば強烈な愛だよ」
 この氷を移す作業、氷はけっこう重くて苦労する。
 ここでもやはりマユカはその重さに慣れていて、動きがスムーズだ。
「すごく気持ちいいけど、ずっと浴びていたら体が崩壊しそうにも感じる。強くて濃い感情。無数の人のそれが集まった巨大な好意。それだって、神聖視された歌やアイドルと同じくらいのパワーを持っているんだよ」
 そのパワーが前世のマユカを変えた。
 あるいは記憶を持ったまま生まれ変わるなんてふうに、命の流れを普通の人とは別物に変えてしまった。
「アイドルの仕事というのはね、自分が浴びているその強烈なものと、同じだけのものを返すことなんだ」
「確かにマユカの歌にはパワーがあるよ」
「歌で、凍った町が元通りになったらよかったんだけどね。そこまでの力はなかったみたい。ちまちまやっていくしかないけれど、いつまでも同じ場所で氷を壊していると、見つかっちゃう危険性あるから。だから別の町に行くことにしたんだ」
「そういうことか」
 変人だと思っていたけれど、今はマユカのことが色々とわかる気がする。
 マユカの前世がアイドルだったという話を受け入れれば、マユカという人がすっきりと理解できる。
 氷は残り少しだった。
 もう一息だと気合を入れたが、
「大変!大変です!」
 とリコが僕たちを呼びに来た。
 律義に部屋の中には入らず、大声で僕たちを呼ぶ。
「どうした?」
「ヘルメタルが転生する!」

 ヘルメタルはピンク色の繭に包まれていた。
 僕たちが駆け付けた時にはすっかり中身が見えないくらい厚い繭が出来上がっていた。
「転生だね。よかったね」
 マユカはリコの頭を撫でた。
「リコちゃんがヘルメタルくんをめちゃくちゃ愛したから転生できたんだよ」
「よかった」
 リコはもう泣いていた。
 死んじゃったらどうしよう。
 愛せていなかったらどうしよう。
 ヘルメタルの寿命が近付いて、ずっとそんな不安でいっぱいだったとリコは告白した。
「よかったね。リコちゃんのその優しさはちゃんとヘルメタルにも通じていたよ」
 マユカはリコに寄り添いながらも、視線をピンク色の繭から外さずにいた。
 まるでリコの代わりに生まれ変わるヘルメタルのことを見守ってあげているみたいだった。
 リコはマユカから渡されたハンカチで涙を拭うために、眼鏡を外していた。
 僕もマユカにならって、ヘルメタルの繭をじっと見つめた。
 出来上がったピンクの繭は微動だにしない。
 音も立てない。
 だけどその中で命は変化して、卵に戻ろうとしている。
 その大きなうねりを僕たちはイメージしながら繭を見つめる。
 そのうねりが僕たちの命でも起こり得ることを想像して。
「チャオって可愛いよね。愛してもらえたことが嬉しかったから、その人のところに生まれ変わるためにわざわざこんな転生の仕方を選んだんだ」
 とマユカは言った。
 前世の記憶を持って生まれ変わったマユカからすれば、チャオのような転生の仕方はまさに「わざわざ」なのだろう。
 きっと生まれ変わる命たちは、新たな命で新たな景色へと旅をする役目があるのだろう。
 僕たちは長い歳月をかけて進化して、地球の環境がどんな変わり方をしようとも命をつないできた。
 だけどチャオたちはまたその人に愛されるために、同じ場所で同じチャオとして再び生まれる。
 それは摂理に反したことなのかもしれないけれど、とても愛おしいことに思えた。
 人類はチャオたちに愛されているのだと思うことができた。
 一時間も待つと、ピンク色の繭がひとりでにほどけ始めた。
 僕たちは一時間ずっと繭から目を離せなかったのだ。
 いよいよ繭に変化が生じた時、誰も声を上げなかった。
 だけど胸のときめく感じを無言のままに三人全員で共有していたと思う。
 泣き止んだリコも一緒に、繭がほどけていくのを見守った。
 ピンク色の繭はシャツを脱ぐように、二本の糸を左右対称にほどいていく。
 糸はほどけるうちから色を失って透明になる。
 さらにほどける前の繭も段々と色を薄めていった。
 透けて見えるようになった繭の中央に、チャオの卵がすくっと立っていた。
 絶妙なバランスを保っていて、転がることがない。
 まるで強い意志で立っているみたいだった。
 リコはその卵に近寄って、繭が完全に無くなるのを待ってから、恐る恐る抱き締めた。
「おめでとう。お祝いにかにぱん持ってくるね」
 とマユカは立ち上がり、スキップで洞窟の中に向かった。
 膝立ちになっているリコは抱き締めたまま卵ごと体を前後に揺らし、
「ありがとう。これもインクくんがお地蔵さんを作ってくれたおかげだよ」
 と僕に言った。
「地蔵じゃねえから、あれ」
「でも本当にありがとうね。インクくんとか、マユカさんがいたから、ヘルメタルは転生できたよ」
 本当に、ヘルメタルの転生に僕が役立ったのなら。
 これほど光栄なことはないだろう。
 ヘルメタルがリコだけじゃなくて、僕にも再会したいと思ってくれていたら嬉しい。
 それならまた思い切り可愛がってやろうと僕は思った。
 そして僕たちはマユカから渡されたかにぱんを食べた。
 かにぱんを食べている時でさえリコは卵を抱き締めていて、それだけならいいのだけれども、気が緩んだのか卵に体重を少し預けるような体勢になっていた。
「行儀悪い」
 と僕は言う。
「えー、でも。一緒にいたいんだもん」
 前後に揺れながらリコは答えた。
 卵はリコの振る舞いを黙って受け止め、生まれる瞬間を待っていた。
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Scene:3
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:13 -
  
少年が異世界に転移してから、およそ1ヵ月。
あの女性から、『漂流者』を支援している団体の紹介を受け、その支援のもと、新しい世界に慣れていった。

「ふぅ…」
軽く汗を拭う。
彼はこの世界で、チャオガーデンの清掃のアルバイトをしていた。
まずは、この世界での生活基盤を作ること。そのために彼が選んだのが、このアルバイトだった。

もちろん、この世界にも様々なアルバイトや仕事があるが、彼がこのアルバイトを選んだのは、自らのチャオに対する記憶の謎の解明に少しでも近づければ、という思いがあったからだ。
清掃中、チャオは別のガーデンに移動しているので、直接チャオと触れ合える機会がある訳ではないが、とりあえず何らかチャオに関わることがしたかったのだ。
それに、元々ずっとサッカーをしてきた身である。頭を使うよりは、体を動かす方が性に合っていたし、それに耐えうるだけの体力もあった。

「よし、池に水を入れなおして、あとは床を綺麗に拭けばおしまいだな」
先輩がこれからの作業の流れを説明する。最も、彼も既に慣れてきて頭に入っている手順ではある。
「あ、それじゃ水栓捻ってきます」
「おう、頼んだぞ」
彼はそう言い出し、ガーデンの隣にある管理室へと向かっていった。

そもそも、チャオは清潔な環境でしか住めない生物である。
そのため、特に人工の建物内にあるステーションスクエアのチャオガーデンは、細かいところまで管理が行き届いていないとチャオが暮らしていくのは難しい。
最も、チャオ自身がチャオガーデンを汚す、ということはほとんどないため、掃除自体はそこまで大変なものではないが、なにぶん広いチャオガーデンである。5人ぐらいでチームを組んで、手分けして掃除することになっている。

彼が水栓を捻ると、掃除のために水が抜かれていたチャオガーデンの池に水が流れ、貯まりだす。
それを確認してチャオガーデンに戻ると、モップを持って先輩達に混じって床掃除を始めた。

全員で床掃除をしている最中、先輩の1人が彼に声をかけた。
「新入り、悪いんだが…今日、鍵閉めお願いしていいか?ちょっと用事があってな」
「いいですよ。管理室の鍵は1階の事務室でしたよね?」
「あぁ、入ってちょっと右入ったとこにある。それじゃ、よろしく頼む」

要は、掃除を終わらせた後、最後にチャオガーデンに鍵をかけるのをお願いされたのである。
特に難しいことではないし、彼は特に用事がある訳でもなかったので、彼はあまり深く考えずに承諾した。


「それじゃ悪いが、後は頼むよ!」
「あ、はい、お疲れ様です!」
掃除を終わらせた先輩が、道具を片付けて先に帰る。残るは、彼一人。
彼は掃除のやり残しがないかチャオガーデンを回って確認し、自らの掃除道具を片付けた。

そして最後に、もう一度チャオガーデンに入り、何となくガーデンを見回す。
そのまま帰ってしまっても良かったのだが、ふと見回したくなったのだ。理由は、特にない。

…が、結果から言えば、それがまずかった。
ガサ、と何やら物音のような音がし、それに反応して(何だろう?)と彼が振り返った瞬間、全身を衝撃が走り、意識はそこで途絶えた。
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6話 私の愛は絶対に死なない
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 0:14 -
  
「明日、引っ越しなんだ」
「うん。知ってる」
 僕はマユカの運転する車に乗って、ステーションスクエアに向かっていた。
 マユカが引っ越す前日、最後にステーションスクエアに一緒に行くことになったのだ。
 荷台にはチェーンソーやハンマーが積まれている。
 そして僕の他にもう一匹、ホウカが一緒だった。
 ホウカは僕の膝の上に乗っている。
「ホウカとは時々、ステーションスクエア来てたんだよね」
「どうして?」
「ホウカを飼ってた人、見つかったらいいなって思って。ホウカの飼い主さんが見つかったら、他のチャオの飼い主さんも探すつもりだったんだけどね、そこまでいかなかった」
「そっか」
 マユカのことだから、見つけたらきっと氷を砕くのだろう。
 それで飼い主さんが生まれ変わって、その人はホウカと再会できるんだろうか。
 マユカは再会するところまで考えてはいないんだろうけれども、僕はといえば、そういう都合のいいロマンチックな出来事を夢見てしまう。
 でもそんな奇跡が起こる可能性はゼロじゃない。
 もしかしたら奇跡が氷を溶かすよりもずっとあり得るのかもしれない。
「ああ、でもね。ホウカの飼い主さんだけは、見つかったんだ」
 マユカは自慢げに言った。
「えっ。そうなのか」
「うん。普通の人だったよ」
「普通?」
「ほら、ドラゴンをキャプチャさせるってことは、お金持ちだったのかもって予想してたじゃん?だけど外から見た感じ、ごく普通の家だったよ」
「じゃあ愛だったんだな」
「愛?」
「愛情の表現方法の一つとして、ドラゴンをあげたってこと」
「ああ、そうだね。まさに」
 ステーションスクエアに着き、服を着込んでから車を降りる。
 ホウカも子供用のコートやニット帽を着けて防寒はばっちりだ。
 マユカとは別行動をして両親に会いに行くことも考えたけれど、ホウカの飼い主が見つかったという話を聞いたら、その人たちを見てみたいという気持ちが勝った。
 まだマユカはその人たちの氷を砕いていないらしかった。
 今日はマユカに借りたスパイクを靴に取り付けて、普通に歩いて移動する。
 スケボーで移動するよりもゆっくりだけど、スパイクのおかげでかなり安定感がある。
 転んだりどこかにぶつかったりすることはなさそうだ。
 凍った住宅街を歩く。
 僕が住んでいた所とは少し離れている道の住宅街だった。
 家の屋根も、庭に生える木も、手作りの郵便受けも凍り付いて全ての色が白っぽくなっていた。
 その中の一軒、薄っすらと赤い色が見える屋根の家がホウカの住んでいた家だった。
 リビングのガラス戸の向こうに、奥さんと思われる女性が立っていた。
「じゃあ入ろうか」
 マユカは躊躇なくハンマーで凍ったガラス戸を叩いた。
 カシャン、と音を立ててガラスは割れた。
 音が響いたのは一瞬だけで、すぐに時が止まったように静かな氷の世界に戻る。
 凍り付いた世界は物音をたちまちに吸収してしまう。
 パリパリと割れた氷を踏みつつ僕たちは家の中に侵入する。
 確かにマユカの言ったとおり、そう裕福な家庭でもないようだった。
 チャオの玩具であろう小さなマラカスが、床に置きっぱなしになっていた。
 マラカスはワンコインショップなんかでも売られている、ごくありふれた玩具だ。
 木製のテーブルに使われている木の色にも特別なものは感じない。
 そのテーブルの上には、手編みのマフラーがまだ編んでいる途中で凍っていた。
 手に持ってみれば固まっていて硬い。
 丸められた状態の毛糸もソファの傍で氷になって固まっていた。
「他に誰かいないかな」
 と僕は他の部屋も探そうとする。
 マユカはハンマーと大きなリュックをリビングのテーブルに置いて、
「たぶんいないと思うよ」
 と言った。
 マユカはチェーンソーをリュックから出して、飼い主の女性を砕く準備をする。
 一階の部屋には誰もいない。
「チャオガーデンにホウカを預けてたってことは、たぶん旦那さんとか子供は外に行ってたんだと思うよ。その人たちも見つけられたらよかったんだけどねえ」
 玄関をチェックすると、確かに靴は一足しかなかった。
「お父さんと子供が一緒に出かけて、途中でホウカをガーデンに預けてどっか行って、って感じか」
「そうそう。でお母さんはいつも家事で忙しいから、たまにはゆっくりリラックスみたいな。まあ、結局家族のためにマフラーなんて編んでたんだけど」
「なるほどね」
 僕がリビングに戻ると、マユカはチェーンソーの電源を入れた。
 するとチェーンソーの大きな音にかき消されないほどの声量で、
「チャオー!!」
 とホウカが叫んだ。
 それは氷を壊さないでほしいという叫びかと僕は一瞬思った。
 だけどそうじゃなかった。
 ホウカは精一杯に、氷に向けて火を噴いていた。
 ホウカが必死に氷を燃やそうとしているのを見たマユカは、ゆっくりと首から切断を始めた。
 チャオの噴く火の温度では、この怪現象の氷はなかなか溶かせないみたいだ。
 チェーンソーで分断していくスピードの方がよっぽど速い。
 だけどチェーンソーが止まるまで、ホウカは頑張って火を噴き続けた。
 そしてホウカがハンマーに持ち帰るとホウカも、
「チャオ、チャオ〜!」
 と分断された女性の氷を手や足で叩き始めた。
 氷を叩くホウカの掛け声にはメロディがあった。
 そのメロディに合わせてマユカも途中から歌に入り、ハンマーを振りかぶる。


 私の愛は絶対に 死なない
 こぼれまくっても走り続ける血は
 元々はあなたからもらったもの


 マユカのリュックの中には小振りのハンマーもあった。
 ホウカを手伝ってやりたいと思った僕はリュックをあさってそれを見つけた。
 僕はホウカとその小さいハンマーを握らせる。
 小さくてもチャオにとってハンマーは重いだろうから、僕も支えるように柄を持ち、一緒に氷を叩いた。
 マユカの振り下ろす大型ハンマーほどの威力はなくても、一回叩くごとに小さな氷の粒が二個か三個飛んだ。
 僕もマユカやホウカと一緒に歌った。
 そして僕は決心した。
 ホウカはチャオなのに、マユカのやっていることを理解して、それで自分でやろうとするのだから、すごく偉い。
 僕はチャオではなく人間だから、ホウカに先を越された代わりに、一人でやろうと思った。
「ねえマユカ、頼みがあるんだけど」
「なに?」
「チェーンソーとハンマー、貸してくれない?僕の家族の氷も壊そうと思う」
 マユカは、いいよ、と頷いた。

 まずはショッピングモールにいる姉さんの氷から壊した。
 チェーンソーの扱いは、氷の彫刻で慣れている。
 だけど首の高さまで持ち上げるのは大変だ。
 彫刻はそこまで高さがない。
 必死に腕を上げて、チェーンソーの刃を姉さんの首にぶつける。
 刃が入る瞬間に姉さんが叫び声でも上げはしないかと怯えるのだけど、耳を傾けたつもりでもチェーンソーの音以外には悲鳴も感謝の声も聞こえてこなかった。
 首が落ちると、こういうものか、という実感があった。
 供養とは、相手からなにかを受け取る行為ではない。
 ただ僕がそれをするだけなのだ。
 そのことがわかると緊張が消えて、あとはマユカがやっていたように姉さんの体を小さく切り分ける。
 そしてマユカからハンマーを渡された。
「やることは、いつもとなにも変わらないよ。ただ思いを込めて、振り下ろすんだよ」
「わかった」
 初めて振るうハンマーに体が付いていけない。
 だけど気持ちを込めるということだけは守って、ハンマーを姉さんの頭に叩き付ける。
 姉さんの氷は飛び散らず、薪のようにその場で割れた。
 そこにもう一撃を叩き込む。
 生まれ変われ。
 今度はこんな終わり方をしないで、幸せになってくれ。
 するとマユカが小さな声で歌い始めた。
 今までそんな歌い方をしたことがなかったけれど、それは僕を導くための歌声だとすぐにわかった。
 そうだ、僕がマユカに教わってきたのは、そういう触れ方だった。
 下地に僕の色を重ねるように、マユカの導く声よりも大きな声で僕は歌い出す。
 ホウカも一緒になって歌ってくれた。
 小さい氷の欠片も追って、僕はハンマーを叩き付ける。
 何度でも夢中で叩き付ける。
 間違っても姉さんがこの町に閉じ込められたままにならないよう、バラバラの粉微塵にして解放する。
 ハンマーの重みを無視して僕の腕は動き続けてくれた。
 そして姉さんの氷が跡形もなくなると、すっかり息の上がった僕に、
「お疲れ様。寒くない?」
 とマユカは聞いてきた。
 僕は首を横に振った。
 全然寒くなかった。
 動いたからだろうか。
「暖かい感じがする」
 と僕は答えた。
 急にチェーンソーとハンマーでぶん殴られて姉さんはびっくりしたかもしれない。
 とんでもないことをされたと思ったかもしれない。
 だけど僕自身はいい供養ができたと思った。
 息は上がっているけれど、まだまだ動ける感じがした。
 父さんと母さんも同じように砕くまでは休む必要がないと思えた。
 僕はマフラーを緩めて、白い息を吐いた。
 冷たい空気に晒しても僕の熱気は収まらなかった。
 そして僕の吐く息がステーションスクエアを僅かに温めていく。
 僕たちはもう凍っていない。


 放課後、僕とリコは一緒に歩いていた。
 ステーションスクエアからの風は相変わらずこの町に吹いてくる。
 クラスではついに十組目のカップルが生まれた。
「今の風めっちゃ寒かったね」
 とリコは全身を棒のように硬直させて歩く。
「チャオガーデン来るか?暖かいぞ」
「なにその、俺ん家来るか、みたいなノリ。俺の体で温めてやるよってか。エロ人間め」
「そんなに寒いんなら、お望みどおりに温めてやるよ」
「あー、いい。既にこの恥ずかしいやり取りのせいで体が温まってきた」
 とリコは体を硬直させたまま言う。
「いいことだ」
「全然いいことじゃないよね?」
「いや、いいことだろう」
「どこがよ。まあ、ヘルメタル連れて、行くよ」
「ああ。氷の準備して待ってるよ」
 僕は今、チャオガーデンにアルバイトとして雇われていた。
 マユカがやっていたことは、僕の仕事になっている。
 チャオガーデンで仕事をするようになって、おばちゃんとは前よりも仲良くなった。
「ああ、インクくん。おかえり」
「ただいま。みんな元気?」
「元気よ。相変わらず」
 親子の振りをするのが最近おばちゃんとのブームになっている。
 特にお客さんの前でやって、悪戯でお客さんを騙すのである。
 ただ今日はお客さんがいないようだ。
 チャオガーデンの中に入っても、人は見当たらない。
 最適な環境に整えられたチャオガーデンの空気はとても暖かい。
 誰にとっても優しい空間だ。
 ここでみんなの幸せを作るのが僕の仕事である。
 洞窟の中へ行き、作業着を着る。
 水色に黄色のラインの、チャオ風の作業着だ。
 そして氷を用意して、台車に載せて運ぶ。
「早かったじゃん」
 洞窟から出ると、リコがもう来ていた。
 コドモチャオに戻ったヘルメタルが抱きかかえられている。
「ちょっとだけ走った」
 とリコは照れたように笑った。
「チョコバットやるよ。食べな」
「ありがとう。いただきます」
 そしてチャオたちとリコは氷の周りに集まる。
 僕たちの暮らす世界の暖かさを僕は感じている。
「よっしゃ、始めるぞ」
 マユカから譲り受けたチェーンソーが大きな音を響かせる。
 みんなの目が期待に彩られる。
 なにもかも、まだマユカのようにはできない。
 それでもチャオたちはもう笑顔になっている。
 僕はホウカと目を合わす。
 ホウカも転生できるように、僕が精一杯愛してやる。
 ホウカは嬉しそうに頷いた。
 チェーンソーの刃が氷に触れる。
 細かい粒がチャオガーデンの人工の空へ飛ぶ。
 僕はチェーンソーの重みをしっかり感じながら、氷に命を吹き込んでいく。
 丁寧に、命を掘り起こす。
 今日はハトでも作ってみるか、と考える。
 そしてチェーンソーからノミに持ち替えれば、僕はやはりあの歌を歌う。
 僕の体、そしてチャオガーデンが、熱を帯びていく。
 マユカとの日々で受け取ったあの愛をみんなに伝えるために、僕は声を張り上げた。
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Scene:4
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:14 -
  
―――何か、見える。

おぼろげで、はっきりとはしないが、何かが見える。

真っ暗な視界の中央に、灯りが見える。

それがゆっくりと、だんだんと近づいてくる。

中央の灯りが、だんだん大きくなってくる。

灯りが大きくなり、だんだんとその灯りの中の様子が見えてくる。

その灯りが映し出しているのは、部屋のようだ。

部屋の中には、人が2人―――いや、3人。


彼は、そのうちの「2人」に、見覚えがあった。

(あれは…父さんと、母さん…?)

自分が1歳の頃に亡くなった、両親。
当然、直接の記憶はないが、写真で見たことがある。いや、写真でしか知らないと言うべきか。

(ということは…真ん中の赤ちゃんは、俺…?)

両親の間、中央に赤ちゃんがいる。彼に兄弟姉妹はいない。状況からして、ほぼ間違いなく「自分」であろう。

その「自分」の奥には、テレビが置いてあった。そちらに視点を移すと、そこに映っていたのは…

(チャオ…?)

チャオ。先日初めて知ったはずの、異世界の水色の生き物が、テレビ画面の中に間違いなく映し出されている。

(一体、どういうことなんだ…!?)

理由を知ろうと、さらに周囲を探ろうとした瞬間、


―――目が覚めた。


「…分かるかしら?」
自らの視界に飛び込んできたのは、女性。この世界に漂流してきた際に、自分を案内してくれた女性だ。
「え…あ…はい」
彼はまだ意識が朦朧とする中で、必死に状況を把握し、答える。

改めて状況を確認する。自分はベッドで寝ているようだ。自分のいる部屋を見回す。独特の雰囲気と臭い。
「…病室、ですか?」
彼の問いに、彼女はこう答えた。
「ええ。…確認するけども、自分の名前は言えるかしら?」
「あ、はい」
彼女からの問いに対して、彼は自分の名前を答える。その他にも、彼女はいくつか基本的な事柄について質問したが、彼は全て問題なく答えた。
「…どうやら、記憶は大丈夫のようね」
「はい。チャオガーデンの掃除のアルバイトを終わらせて、帰ろうとしていたところまでは覚えているんですけど…」
それを聞いて、彼女は「チャオガーデンで、何があったのか」について、こう答えた。

「何者かが、チャオガーデンを荒らしたのよ。ボコボコになったチャオガーデンで、貴方が倒れていたのよ」
「チャオガーデンを…荒らした?」
「ええ。鈍器のようなもので手あたり次第にチャオガーデンを叩き壊そうとしたらしいわ。犯人はまだ見つかってないとのことよ」
恐らく、犯人がチャオガーデンに侵入した際に彼がいたため、殴って気を失わせたのではないか、ということだった。

「そんな、酷い…」
「ええ。こっちの世界でも滅多にないニュースで、関係者は困惑してるわ。ただ…」
「ただ?」
「犯人は『漂流者』なんじゃないかって噂が流れてるのよ。なんでも、現場に白紙の漂流者カードが落ちてたって話よ」
漂流者カードとは、この世界で身分証明となるものがない漂流者たちの身分証明になる、カードのことである。漂流者の身分証明書、といったところか。
これにより、漂流者たちもこの世界で通常の住人と同じように行政サービスを受けることができるのだ。

こんな酷いことをする犯人が、自分と同じ漂流者かもしれない。そう考えると、彼は少し心が痛くなった。一体何が、犯人をそうさせたのだろうか。
それと同時に、ある思いが湧いてきた。

「その犯人…俺も、探したいです。何でわざわざこの世界に漂流してきて、こんなことをするのか…気になるんです」
彼がそう申し出ると、彼女はその言葉を待っていたかのように、こう告げた。
「それなら、話が早いわ。どちらにせよ、あなたは被害者であり、かつ犯行直前まで現場にいた重要参考人よ。検査で問題がないことが確認されて退院できたら、この事件を担当している刑事さんと引き合わせてあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
予想外に早い展開に、彼の思考は少し遅れ気味だったが、とりあえず礼をした。

「それと…1つ、気になることがあるんです」
「何かしら?」
彼はもう1つ、気になっていることを聞いた。意識を失っている間に見た、夢のようなものについてである。
彼はその内容について覚えている限りのことを話した。しかし彼女は、少し考えた後、首を横に振りながらこう言った。
「そうね…申し訳ないけど、似たような話を聞いたことはないわ。でも、その夢が真実だとしたら…貴方の世界にも、何らかの形でチャオは存在しているのかも知れないわね」
「そうですか…」
それを聞いた彼は残念そうにそう答えた。仮に元々いた世界でもチャオが存在していたとしても、今更戻って確かめることもできない以上、この謎が解けることはないだろう、と彼は思った。

彼の中でチャオについての謎は深まるばかりであったが、検査の方は順調に進み、後遺症もなく、数日後に彼は無事に退院することができた。
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エピローグ あなたが愛したものは死なない
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 0:14 -
  
 人生がどんなにクソな終わり方をしても
 私の愛は絶対に 死なない
 こぼれまくっても走り続ける血は
 元々はあなたからもらったもの

 歩けなくなっても
 駆け上がってやるぜ
 どうなっても行くんだこの先へ

 永遠なんてあり得ない?
 夢は夢でしかない?
 そうかもしれないけれど
 錯覚の永久機関を
 持って生まれてきたんだ
 あなたが愛したものは死なない


 人生がどんなにクソな終わり方をしても
 明日は誰か幸せになるだろう
 大切だったけど本当はいらないもの
 消えていく砕いていく生きていく

 涙が枯れても
 傷付き続けるぜ
 この道を進んでいくために

 一度しかない人生に
 八十個のハッピーエンド
 欲望のままに欲張って
 錯覚の永久機関を
 持って生まれてきたんだ
 青空の内側に私は生きて


 愛情が綺麗事でも
 永久機関が錯覚でも
 あなたが愛したものは死なない

 永遠なんてあり得ない?
 夢は夢でしかない?
 そうかもしれないけれど
 錯覚の永久機関を
 持って生まれてきたんだ
 あなたが愛したものは死なない
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Scene:5
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:15 -
  
彼が退院してから数日後。
彼は、女性が紹介してくれた刑事と共に、事件があったチャオガーデンにいた。
ステーションスクエアのチャオガーデンはあの事件以降閉鎖され、現在は修復工事中である。所々で壁が剥がされていたり、足場が組まれていたりと、まさに工事現場となっていて、かつてここでチャオが暮らしていたという面影は薄い。

「ふぅ…っと、いくら工事中といえどここでタバコはご法度か」
刑事がポケットに手を入れたが、すぐにこうつぶやき手を戻す。ここはチャオガーデン。勿論普段は禁煙であるし、工事中である今も喫煙はしないよう工事業者に通達が出ている。

さて、このまさに刑事ドラマに出てきそうな風貌の男が、この事件を担当している刑事である。
本人は「さすがに俺みたいなのは今時逆に珍しいよ」と笑っていたが、そんな話を聞きながら彼は、刑事というのはどの世界も似たようなものになるのだろうか、と思っていた。

ここ数日、刑事に彼はこの事件の重要参考人として、あの時の状況などを詳しく話していた。
最も、背後から突然何かで殴られて気を失ったので、語れることはほとんどない。どうしてチャオガーデンに1人で残っていたのか、という経緯の説明ぐらいである。

「さて、改めて話すが…犯人はお前さんと同じ漂流者の可能性がある。現場に落ちてた漂流者カードが白紙だった、というのが少々気になるが…」
と、刑事はチャオガーデンをぐるりと回るように歩きながら話す。
「そもそも、漂流者カードは印刷された状態で役所から渡されますから、白紙ってのはおかしいですよね」
「だよなぁ?俺は元からこの世界の人間だから、その辺の詳しい事情は分からんが…漂流者はこれがないと色々不便なんだろ?」
「はい、身分証明書みたいなものですから…仮に紛失したら、正直生活できなくなります。ですから…」
そこで彼は話を続け、こう彼自身の推測を話した。

「仮に犯人が漂流者だとしたら、犯人は、この場所に戻ってくるんじゃないかと思うんです」
「…こいつを拾いに、か」
と、刑事は証拠品である白紙の漂流者カードをポケットから取り出しつぶやいた。

そして彼は、さらにこう続けた。
「はい。そこで、1つ提案なんですけど…」


彼が提案した内容を聞いた刑事は、首を振りながらこう否定した。
「…おいおい、さすがにそれは危なすぎて認められねぇよ、現に似たような状況からお前さんは殴られたんだぞ?」
「でも、どうしても確かめたいんです!」
彼はそう言い食い下がる。
「気持ちは分かるが、それをするのは俺達の仕事だ。お前さんの元いた世界も似たようなもんだろ?」
「犯人がもし漂流者だとしたら…同じ漂流者にしか聞き出せないことも、あるはずです」

こうしてしばらく押し問答が続いたが、最終的には刑事が折れた。
「…分かった。その代わり、何かあったらすぐに俺が出るからな。それが条件だ」
「分かりました。それで構いません」
「そうなるとチャオガーデンを空けといてもらわなきゃいけねぇか…その辺は俺がやっておくが、今夜からいけるか?」
「はい、いけます」
刑事の問いかけに、彼ははっきりと答える。
「よし、それじゃ今夜もう一度玄関で集合だ。…当たり前の話だが、犯人が都合よく来るとは限らねぇ。長期戦を覚悟しとけよ」
「はい」
刑事の忠告に対し、彼はシンプルにそう返事をした。
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Scene:6
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:16 -
  
修復工事中のチャオガーデンは、深夜になると真っ暗になる。当然ながら人気も無い。
その中で彼は1人、チャオガーデンの中央付近で、何をするでもなく、ただ立ち続けていた。

『もし仮に犯人が漂流者だとしたら、犯人はチャオガーデンに戻ってくる可能性がある』
仮定と可能性を掛け合わせた、冷静に考えると確率の低い賭け。刑事が反対したのも無理はない。
だが、彼は心のどこかで、犯人は間違いなく漂流者で、間違いなく戻ってくるという、根拠のない確信があった。

(これで5日目か…正直すぐに音を上げると思ってたんだが、根性あるな)
刑事はチャオガーデンの隣にある、普段は清掃用具などがしまってあるロッカーで待機していた。
こちらはさすがに最低限の明かりはつけてあるが、怪しまれないように暗めにしてあり、また物音を出す訳にもいかない。状況としては彼とほぼ似たようなものである。
最も刑事にとっては、張り込みは日常業務。慣れたものである。彼にも予め少しコツなどを教えている。

(とはいえ、さすがにそろそろ潮時かも知れねぇな…)
そう刑事が心の中でつぶやいた、その時だった。

わずかな、ほんのわずかな足音のようなものを、その刑事は聞き分けた。
ほとんど勘に近いものだったが、刑事は足音だと確信した。

刑事はすぐにポケットの中に入れておいた、スイッチのようなものを取り出して押す。
これは簡単な通信機で、スイッチを押すとチャオガーデンで待機している少年の受信機が振動する、というごく単純なものである。

(後は…充分引きつけてから…上手くやれよ、少年!)
刑事は心の中で、そう少年に声をかけた。

(…!)
一方、少年も受信機の振動を感じ、静かに身を構えた。ついに来た。
もちろん、刑事の勘が本当なのかどうか、それが本当だったとして、今現れた人物が犯人なのかどうかは、まだ分からない。それは十分彼も理解している、つもりである。
それでも、この状況では、彼としては「犯人が来た」という可能性に賭ける以外の選択肢は、残されていなかった。

やがて、彼も暗闇の中で「気配」を感じた。間違いない。自分以外の人間が、近付いている。
彼はまだ、まだだと自分に言い聞かせながら、息を殺し、待ち構える。

そして、その気配が目前に迫ったところで、突然眼前が光に包まれた。チャオガーデンの照明が灯ったのだ。刑事が見計らった、まさにベストタイミングである。
彼自身も急に照明が灯ったことにより目が眩むが、そこは想定の範囲内。一気に目の前の人物を取り押さえようとした…が、照明に目が慣れ、目の前の人物に視線が向いたその瞬間、彼の動きが止まった。

「…!?」

彼は驚いた。
チャオガーデンに照明が灯り、眼前に現れた犯人と思しき人物は、自分と年齢があまり変わらない少女だったのである。まさか女性、それも少女だとは思っていなかった彼は、完全に動きが止まってしまった。
しかし、彼女はその身なりに合わぬ、凶器代わりとなる金属バットを持っている。凶行のための道具だろう。そう頭では理解したが、体の理解が追い付かない。
少女の方も突然周囲が明るくなったことにより目が眩んで動きが止まっている。本来の手はずであればそのスキに少年が犯人を捕まえる算段だったのだが、驚きで少年の方も動きが止まってしまったのだ。

そして、ようやく少年の体が状況を理解し、少女を捕まえようとした時には、少女の方も照明の明るさに目が慣れ、また状況を理解したことにより、逃げようと後ろを向いて走り出そうとしていた。

(まずい!)
このままだと捕まえられない。逃げられてしまう。何とかしなければ―――
…その瞬間、彼の視界にふと見えたのは、偶然ヤシの木から落ちて転がっていた、チャオが食べるためのヤシノミだった。


(これだ!)
彼はヤシノミが視界に入った瞬間、逃げようとする少女ではなくヤシノミの方に向かい走り出す。
そして、ヤシノミの左側に軸足となる左足を踏み込み、右足の甲で力強くヤシノミをインパクト。…つまり、思いっきり少女に向かって蹴ったのだ。

彼は今まで元いた世界で、ずっとサッカーをしてきた人間である。
プロ入りするほどの実力はないにしても、『物を狙った場所に向かって蹴る』という行為に対しては、少なくとも素人よりは遥かに上手くやれる自信があった。
とはいえ、当然のことながら、ヤシノミはサッカーボールのように綺麗な球状ではないので、真っ直ぐ飛ぶとは限らない。上手くいくかどうかは一か八かの賭けである。

また、ヤシノミの中はサッカーボールとは違い、空気ではなく実が詰まっているので右足が痺れるように痛くなったが、彼は痛みに耐えながらヤシノミの軌道を見守る。
果たして、見事にヤシノミは逃げる少女の背中に直撃。衝撃と痛みで、彼女はその場にうずくまるように倒れ込んだ。

…が、少年も右足の痛みが取れず、動けない。
このままではさすがに逃げられる、と思ったが、完璧なタイミングでチャオガーデンの出入口から刑事が現れ、うずくまる少女を難なく取り押さえた。

「っ…!」
痛みと捕まった悔しさで、少女は声にならない声をあげる。そんな少女に対して、刑事がこう尋ねた。
「…さて、聞かせてもらおうか。何を思ってこんなことをしたのか、ね」
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Scene:7
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:16 -
  
「…さて、聞かせてもらおうか。何を思ってこんなことをしたのか、ね」
刑事のその問いかけに対して、少女はこう切り出した。
「…私は、チャオが憎い。憎くて憎くてしょうがない…!」

「だから、こんなことを…?」
少年が不思議そうに、そう返した。そもそも、「チャオが憎い」という言葉を、概念では理解したが、現実味のある言葉としてあまり理解ができなかった。
元いた世界でも、ペットが嫌い、という人は確かに存在したが、だとしても憎むほどのものだったろうか。

そんな少年の疑問をよそに、彼女はこうまくし立てる。
「あたしの家族はチャオに壊された!母親はチャオ育てに夢中になって育児放棄、挙句の果てにはチャオを通じて知り合った男と浮気して蒸発、その上裁判沙汰の末に父親は借金背負ってその日暮らしの果てに親子心中…こんな環境で、チャオを憎まずにいろっていうの!?チャオさえいなかったら、あたしと家族は普通の家族で居られたのに!!」

「………」
彼女の勢いに、思わず黙ってしまう少年。さらに彼女はこう続ける。
「あなたもわざわざこの世界に漂流してきたのなら知ってるでしょう?チャオはただのゲームキャラクターでしかないってことを!たかがゲームの1キャラクターに、あたしの家族は滅茶苦茶にされたのよ!?」

「ゲームの…キャラクター…?」
少年が首を傾げる。
「まさか…そんなことも知らないのにこの世界に漂流してきたの!?」
その反応に対して、少女は逆に驚く表情を見せた。

そしてさらにこう続ける。
「あなた、この世界に漂流する前に神様に言われなかったの?『漂流者が向かう世界は、その人間のパーソナリティや生い立ちをある程度反映した世界になる』って。『チャオの世界』であるこの世界に、チャオを知らないで漂流してくるなんて、有り得ないわ!」

そういえば漂流する時に神様のような少女にそんなことを言われた気がする、と彼は何となく思い出した。しかし、チャオについては何も思い出せない、というかそもそも記憶にないままである。
今までこの世界で生きていくことに必死ですっかり忘れていたが、確かに一部の漂流者はこの世界を『チャオの世界』と呼んでいるらしい、というのは最初に出会った漂流者の支援をしている女性から聞いている。だとすれば、元々いた世界でも自分とチャオに何らかの関わりがあったのかも知れない。…しかし、チャオなんて生き物は、元の世界にはいなかったはずである。

「まぁいいわ。本当に知らないのか、知らないフリをしてるのか、忘れてしまったのか知らないけれど…それなら教えてあげるわ。ここはゲームの世界。元いた世界で20年ぐらい前に出た、古いゲームのね。チャオはそのゲームにいた、ただのキャラクターよ!そのゲームキャラ1匹で、あたしの人生は滅茶苦茶になった…!」

「20年ぐらい前のゲームの世界…」
そこで、彼はある光景がフラッシュバックした。
最初に彼女に殴られて気を失った際に見た、夢のようなビジョン。
両親らしき人物と、その中央にいる幼い自分、そしてモニター越しのチャオ。

『ひょっとして』、という推測ではあったが、この瞬間、彼の中で点と点が繋がった。

(あぁ、そうか)
(両親は、チャオが出てくるゲームをやっていたのか)
(幼い頃の自分と一緒に…)

果たして両親がどうしてそのゲームで遊んでいたのか、そしてそもそもチャオが出てくるゲームとはどういうゲームなのか、彼は知らない。知らなかったが、自分とチャオとの関わり、何より自分がこの世界に来た理由が分かった。胸のつかえが取れたような気がした。


そこで、今まで彼女を取り押さえたまま黙っていた刑事が口を開いた。
「…おいおい、どういう理由かと思って黙って聞いてりゃ…俺には細けぇ事情は分からねぇが、自分で不幸の上塗りをしてどうすんだって話だ」
「今更不幸なことを恨むつもりはないわ。でも、ここがチャオの世界だと知った時から、どうしてもこの憎しみはぶつけたかった…!」
それに対する彼女の独白に、少年は思わずこう反論した。
「確かにあなたはチャオによって人生を壊されたかもしれない。でもきっと、チャオによって救われた人、幸せになった人だっているはずだ!そんな人たちの幸せまで壊すのは、間違ってる!」
「そんなことは百も承知よ!だけど…それでも…私は…っ!!」
彼女はそう叫ぶが、そこから先の言葉が紡げずに、押し黙ってしまった。

「…ま、塀の中で頭を冷やすんだな。そして外に出たら、どんな形でもいい、幸せになる努力をしろ。それがお前さんの本来やるべき復讐だ。…いいな?」
「………」
刑事の問いかけに対し、少女は何も言わず黙ったままだった。刑事は彼女の答えを聞くまでもなく、彼女に立ち上がるように促し、ポケットから手錠を出して彼女の両腕にはめ、連れ出すようにチャオガーデンから出ていく。彼女は抵抗する様子もなく、刑事の横を歩いていった。

少年は、その様子をただ見守っていた。
(ゲームのキャラクター1つで、人生を壊された、か…)
何となく、少女の言葉を反芻していた。
彼は今まで元々いた世界でサッカーをしてきた人間だから、サッカーに人生を狂わされた、あるいは壊されてしまった人間があの世界にはたくさんいる、という事をよく知っている。だけど、ゲームキャラクターに人生を狂わせた人間がいるとは、まさか夢にも思っていなかった。
でも冷静に考えれば、逆の立場、つまりゲームが好きでサッカーに興味がない人間にしてみたら、サッカーで人生が壊される人間がいるなんて夢にも思わないだろうし、そもそも両親がチャオのいるゲームを遊んでいた自分も、チャオに人生を変えられた人間、なのかもしれない。

…そんなことを考えているうちに、だんだんと意識が遠のき、気が付いた時には、既に目の前が真っ暗になっていた。
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Scene:8
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:17 -
  
「もしもしー?もしもーし?」
女性の声が聞こえる。どこかで聞き覚えのある声。
どこで聞いた声だっただろうか…

彼がその声の主を思い出した瞬間、目が覚めた。

彼の目の前に立っていたのは、その『声の主』である少女。…即ち、自らがチャオの世界に転生する際に案内をしてくれた、あの神様のような少女である。
「あ、あれ?オレは確か、チャオガーデンで…」
そう言い辺りを見回すが、周囲は真っ暗。暗闇の中で、椅子に座った彼女の周囲だけスポットライトに照らされたように明かりが灯され、はっきりと姿が見える。

「はい、お疲れ様でしたー。どうでしたか?自分の生い立ちを探る異世界生活は」
少年の戸惑いを気にすることなく、そう彼女は話しかけた。

「え…?どうもこうも、オレは異世界転生して、チャオの世界で生きていくんじゃないんですか?」
「あーいや、たまーに勘違いする人いますけど、異世界で『答え』を見つけたら戻ってこれますからね?もちろん、その『答え』を見つけられずに異世界で寿命迎えちゃう人とか、俺TUEEEEのハーレム生活から戻りたくない!って駄々っ子のように全力抵抗する人とかいますけど」

彼女の話をそこまで聞いて、何やら、自分はとんでもない思い違いをしていたのかも知れない、と少年は思い始めた。
いや、そもそもこの異世界転生が生い立ちの『答え』を見つけるためのものだとは一言も聞いていない。それが彼女の単純な伝達ミスなのか、敢えてミスリードを狙って伝えていなかったのかは分からないが、その辺りをちゃんと最初に聞いてみるべきだったな、と少年は今にして思った。

そこで、彼は思い切ってこの質問をぶつけた。
「…そもそもですけど、オレ、元の世界でトラックに轢かれて死んだんじゃないんですか?」
「いや、死んでませんよ?そもそもあたし、『貴方は死にました』的なこと、言ってないですよね?」
その疑問に対する彼女の答えは、スッパリ単純明快だった。拍子抜けする少年。

「え、でも、あの時、オレの状況を『グロ注意』って…」
「確かにそんな感じの状況だったけど、だからって死ぬとは限らないじゃない?人間って意外としぶといしねー」
そうだ。この言葉で自分は勘違いしてしまったのだ、と少年は思い返す。少年は彼女のこの表現について、わざとミスリードを狙ったものではないかと疑ったが、この疑問には恐らく答えてはくれないだろう、と胸にしまうことにした。

そんな疑いを他所に、彼女はこう続けた。
「さて、改めて!貴方はトラックに轢かれながらも奇跡的に一命を取り留め、病院で1ヵ月ほど昏睡状態になっていたけど意識を回復する、というところから元の人生を再開します!準備はいいですかー?」
「え、あ、はい…」
急展開に頭がついていけず、とりあえず返事をしただけの少年。

「元の世界での生活で、異世界体験を活かすも殺すも貴方次第!それでは、良き人生を!」
そう彼女は締めて、何もない空間から現れた端末状のホログラムを操作しようとする。
「あ、あの…」
そこで、少年が話しかけた。
「何でしょう?」
「これからの人生、オレの異世界生活は無駄にならないと思います。ありがとう、ございました!」
そう告げて、深々と頭を下げる。
「いえいえ、どういたしまして!それでは、グッドラック!」
彼女はニコリと笑い、端末状のホログラムのエンターキーにあたる部分を押す。次の瞬間、彼の意識は再び暗闇へと消えていった。

「…そういえば、『彼女』は戻ってこれるんでしょうかねー。ま、戻ることが幸せかどうかは人それぞれですけどねー」
そして、そう独り言をつぶやいた後、彼女もまたその場から消えた。いつぞやと同じように、明かりに灯された椅子だけが暗闇の中に残っていたが、それもしばらくして消えて、再びその場は暗闇に戻った。
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Scene:9
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:18 -
  
「…ん…ここ…は…」
少年が目を覚ました。すぐに目が覚めたようにも、長い時間寝ていたようにも思える。不思議な感覚。
最初はぼんやりとしていた視界だが、やがてはっきりとしてくるにつれ、白い天井と明るい照明が目に入ってきた。

『知らない天井だ』
こういう時は、そう言うのがお約束らしい。以前、そんなことをクラスメートから冗談半分で聞いたことを思い出していた。まさか自分がそんな状況に陥るとは、と思ったが、ちょっと前にも似たようなことがあった気がしてきた。しかし、最近入院なんてしたことなかったはず―――しばしの混乱の後、彼は、自分で自分の記憶がかなり混乱していることを自覚した。

やがて、静かな時間が経つにつれ、状況が飲み込めて、かつ記憶も整理されてきた。
ここは病室。トラックに轢かれて1ヵ月ほど生死の境を彷徨い、その間に意識はチャオという生き物がいる昔のゲームの世界に飛んでいき、紆余曲折あった末にチャオガーデンでチャオを憎む少女を取り押さえたところで元の世界に戻ってきた―――と、こんなところだろうか。
最初はこの病室は個室だろうと思っていたが、広い上にカーテンで仕切られていただけで個室ではなかった。カーテンで遮られているので様子は分からないが、隣のベッドにもどうやら入院している人がいるようだ。

(こういう時は、誰かが横にいるのが相場だろうけど…ま、オレには誰もいないか)
ふと、そう思った。何せ両親は既にこの世にいないし、残念ながら彼女も幼馴染の美少女もいない。さすがに叔父夫婦や友人はお見舞いに来ていたようで、花や千羽鶴、それにメッセージの入った色紙なんかが飾られていた。
こういう時は、ナースコールでも押して人を呼んだ方がいいのだろうかとも思ったが、いざ手を動かしてみようとするが手が動かない。何とか首は動くので周囲を見回すこと程度はできるが、首から下はほとんど自分の意思では動かせなかった。
一瞬パニックになりかけたが、冷静に考えれば、トラックに轢かれる事故に遭ったのだから、何らかの後遺症があってもおかしくないのだ。その辺の詳細については、後で医者に聞いてみるしかないな、と思い、手を動かそうとするのを諦めた。

その時、病室の扉が開く音がした。
誰か来た、と少年は身構える―――といっても体は動かないので心の中でだが―――が、確かに人は2人入ってきたが、いずれも隣のカーテンに遮られているベッドの方へと向かい、自分の所には来なかった。

やがて、どうやら看護師の女性らしいその2人は、少し会話をしながら、隣のベッドにいる患者に対して何か処置を始めたようだが、カーテンで遮られている上に医療に関してはド素人である彼には、会話の内容すら意味不明で、何をしているのか全く見当がつかない。

そんな意味不明な会話を聞いていると、何だか眠くなってきたが、1人の看護師が話題を変えた途端、彼は思わず声が出そうになった。

「…でも可哀そうですよね、親子心中で娘だけ昏睡状態になってもう目覚めないかも知れないって」
「ここだけの話、母親は離婚してて行方知れずらしいわよ。父親が1人で頑張って育ててたけど、ついに借金苦で耐え切れなくなって…って話だとか」
「隣のトラックに轢かれた子も可哀そうだけど、それ以上ですね…」
「でもこの前、うわ言のように『チャオが憎い』ってつぶやいたのを聞いたわ。チャオ?ってのが意味不明だけど、夢のようなものは見ているんじゃないのかしら」
「そうなんですね…人間って不思議…」

少年は「まさか」と思った。どこかで見聞きした話と完全に一致する気がしたが、気のせいだと思うことにした。


そして、数ヶ月後―――


彼は苦しいリハビリの末、何とか上半身は動くようになり、まだ車椅子が必要ではあるが、退院できることになった。
退院時には叔父夫婦やクラスメート、サッカー部時代の仲間が出迎えてくれ、それなりに賑やかな雰囲気になった。

また、事故前は未定だった進路についても吉報があった。
「強豪高校サッカー部のレギュラーだった少年が事故で生死の境を彷徨う」というのはちょっとしたニュースになっており、そのニュースを聞いたとある大企業が「卒業・退院したら是非ウチでどうだ」という話を持ち掛けたのだ。
しかもその企業はアマチュアサッカー界で強豪として知られるサッカー部を持っており、もしサッカーができまで回復したら是非プレーしないか、というもの。
彼は二つ返事でその話を受けることにした。これで叔父夫婦に心配や迷惑をかけずに済む。なんだかんだで、自分は人に恵まれているんだな、とも思った。

…そしてふと、『彼女』のことが思い浮かんだ。
人に恵まれないと、人間はあぁなってしまうのか。そう考えると、少し可哀そうで、少し怖い気がした。
そして、せめて自分だけは、彼女のことを忘れないでいようと思った。それで彼女の気が晴れるのかどうか、そもそもゲームの世界に漂流した人間の気が晴れることがあるのかどうかは分からないが、報われない人生を送ってきたと思われる彼女の為にもそうすべきだと感じた。


春からは、叔父夫婦の家から独立し、一人暮らしを始める。
引っ越しのための荷物をまとめる最中、ふとあることを思い出し、叔父に話しかけた。

「父さんと母さんがやってたゲーム?…確かによく2人でゲームしてたけど、お前、どこでその話聞いたんだ?」
叔父は不思議そうにそう答えた。少年の両親がゲームをやっていたという話は、していないはずだったからだ。
「いやぁ、小さい頃に押し入れ探してたら奥にゲーム機があって、そうなのかなーって思ったことを思い出して…まだある?」
少年はそう誤魔化したが、これは全くの出任せである。だがこれが見事に当たったようで、叔父はこう答えた。
「いや、大事そうな遺品は奥にしまったままで処分とかしてないから、あるんじゃないのか?でも20年近く前のゲーム機なんて、動くかどうか分からんぞ?」
「分かった、探してみる。あったらラッキー、動いたらさらにラッキーぐらいの感覚だから大丈夫」

…そして、ほこりと古い荷物の山と格闘することおよそ30分。

「…あった!」
彼が積み重なった段ボール箱の奥から取り出したのは、白くて正方形のゲーム機と、青い針鼠がパッケージに描かれたゲームソフト。
「動くのかこれ?」
「ケーブルあるしちょっと繋いでみる」
そう言い、ゲーム機をテレビに繋ぐ少年。なんだかんだで叔父も興味があるようでその様子を見ている。
電源ケーブルをコンセントに繋ぎ、ディスクをゲーム機に入れて、いよいよスイッチを入れる。

「さて、動くかな…」
なんでもない一瞬だが、緊張の一瞬。少年の指が、左前方のPOWERボタンにかかる。

次の瞬間、テレビ画面が白くなり、独特の効果音と共にオレンジ色の渦巻きが表示される。
20年近く止まっていた時間が、動き出した。


                            おしまい。
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ホップとエルファのぐだぐだトーク2018・アンサー編
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:19 -
  
※ホップ…なかのひと。個人的にはかなりの厄年でした。
※エルファ…H・FFのメガネチャオ。毒入り(けいりんさん評)。


【エルファ】「さて、20周年の諸々は表紙に譲るとして…半年前に投稿したフリートークで、このフリートークのネタ募集をしました」
【ホップ】「応募、あったね…正直ないと思ってたよ!」
【エルファ】「『ホップスターの企画したネタは滑る』って格言もあったぐらいですし、どう誤魔化すか見物だったんですが…」
【ホップ】「酷いけど色々否定できない!」
【エルファ】「むしろ作者とキャラとの掛け合いや黒歴史ネタについて他の方から投稿があったのは驚きでしたね」
【ホップ】「今更こんなことやるの私だけだと思ってたんだけどね…今年本当に2018年なの!?」
【エルファ】「ほら、チャオ世界ではソニックもテイルスも歳を取ってないですし、きっとチャオ世界なんですよここは。ドラ〇もんとかサザ〇さんと一緒です」
【ホップ】「そういえば昔チャオ世界ではホップスターは16歳で固定、って設定していたのをこれ書いてて思い出したよ…という訳でけいりんさん!子持ちになる必要はないですよ!美少女設定で大丈夫です!」
【エルファ】「現実逃避はこの辺りにしておいて、ネタの回答にいきましょうか」
【ホップ】「ネタの回答をしなければいけない、それが現実…」


【エルファ】「まずはスマッシュさんからの投稿で、第二期のチャオBBSのチャオラーってどうだった?とのことです。
       具体的に、『絵本企画以降に参入したチャオラーたち』と指定がありますね」
【ホップ】「絵本!…確かあの絵本、2002年の12月発行だから…」
【エルファ】「具体的に2003年以降ということになりますね。実際、2004年〜2005年にかけてはこの人チャオBにいませんでしたから、交流があまりなかったのは確かです」
【ホップ】「交流どころかぶっちゃけ認識としてもあまり誰が誰だってしてなかった気がする!」
【エルファ】「はい20周年でさらっと爆弾発言出ました!」

【ホップ】「でもあれだ、魔術師狂想曲で復活する時にチャオBを久しぶりに見たら、知らない名前の人たちばかりでも週チャオが上手く回ってる、ってのはちょっと安心したなぁ」
【エルファ】「編集長時代はほぼ全て取り仕切ってたイメージでしたけど、突然抜けても意外と何とかなるものなんですよね」
【ホップ】「チャオBの勢い自体は落ちてたけど週チャオは盛り上がってたし、これなら安心して復活できるとは思ったね」
【エルファ】「確かに、復活しても誰もいないとかギャグにしかなりません…」
【ホップ】「しかも復活宣言したら知らない名前の人から『待ってました!』ってレスがついたのは感動したね!」
【エルファ】「なんか冷静に考えたらしょっぱい感動の仕方ですけど、まぁ20周年ですし大目に見ましょうか…」

【ホップ】「しかも復活してからしばらく見てたらコアメンバーはみんな小説上手いし有能ときた…実際復活してからは週チャオ運営にはほとんど関わっていないし」
【エルファ】「出しゃばってたらそれはそれは酷いことになっていたでしょうけどね…」


【ホップ】「…と、あんまり的を射た回答になってない気がするけど、こんな感じで!次!」
【エルファ】「ろっどさんからの投稿で、ぶっちゃけろっどさんウザかった? ならびに当時ウザかった人とか慣習とか!だそうです」

【ホップ】「大丈夫ですよー。ウザくないですよー!正直ウザかったらもっと冷淡な対応してますよー!」
【エルファ】「確かに、この人の性格的に、疎ましかったらそれ相応の対応しますからね…」
【ホップ】「質問の回答にもなるし今だからぶっちゃけるけど、ウザかった人はなるべく相手にしないようにしてたので!」
【エルファ】「ウザかった人、いたんですね…」
【ホップ】「正直いたね…これはもう人と人との相性だから、どうしようもない面はあると思う」

【エルファ】「さすがに色々とマズいのでこの話題はこれ以上は止めておきましょう…という訳で話題を切り替えて、ウザかった慣習ってありましたか?これもなかなか際どい話題ですけども…」
【ホップ】「うーん、慣習と言われてもすぐには思い浮かばないけども…」
【エルファ】「この際だから言いますけど、ぶっちゃけ慣習作る側でしたからね…」
【ホップ】「あー、1つあったなー。ほら第2期の週チャオの感想コーナーって、最初は感想を書く側が直接感想コーナーに書き込むシステムだったでしょ?」
【エルファ】「あぁ、そういえばいつの間にか作者が感想コーナーを立てる方式に変わってましたね。やはり第2期週チャオのシステムを作った人間としては、あれが違和感あったと?」
【ホップ】「うん、感想コーナーだけじゃないけど、第2期の週チャオをどういう仕組みにするか、っていうのは、当時のチャオBの状況とかを自分なりに色々考えて組み上げていったものだから、それが復活した時に変わってたってのはちょっと複雑だったなぁ」
【エルファ】「まぁ、それも当時のメンバーが当時の状況から考えた末のものでしょうから…」


【ホップ】「とりあえずこんなところかな…という訳で次!」
【エルファ】「ろっどさんからの投稿で、チャオBBSの1番の思い出についてですね」
【ホップ】「一番の思い出…うーん、色々ありすぎて1つに絞れない!!」
【エルファ】「回答放棄出ました!」
【ホップ】「待って待って!放棄しないから!必死に思い出すから!!」

【エルファ】「…で、結局何でしょう?」
【ホップ】「やっぱり12月23日の聖誕祭かなー。旧チャオB時代、1999年の第1回がすごく盛り上がって、それが色んな意味で自分の原点だったから」
【エルファ】「やはりそこになりますか…」
【ホップ】「今もこうやって12月23日にチャオネタを投稿してるのも、あの日があったから、みたいなもんだしねぇ」
【エルファ】「これも今だから言いますけど、12月23日が盛り上がるように新チャオBに引き継いだの、アナタですしね」
【ホップ】「今から考えると、SA2Bから入った人にとっては12月23日って何の関係もない日なのに、よくここまで馴染んだなーって思う」
【エルファ】「『チャオの誕生日』はそれだけ訴求力があった、ということでしょう。あと天皇誕生日で祝日固定なのも大きかったのでは?来年から譲位して平日になっちゃいますけど…」
【ホップ】「そういえば平成終わるんだったね…」

【エルファ】「新チャオBになってからだと、何かありますか?」
【ホップ】「色々あったけど、やっぱりチャオの森の絵本作りに関わったのはいい思い出だなぁ」
【エルファ】「絵本については以前週チャオ編集部のブログでガッツリ語りましたよね?」
【ホップ】「うん、だから詳細は割愛するけど、ついでにオフ会とかして楽しかったなぁ…」
【エルファ】「オフ会ってチャオBの思い出って言っていいのか微妙なところではありますけどね…」


【ホップ】「えーっと、次で最後かな?」
【エルファ】「ええ。ろっどさんからの投稿で、当時に戻ったら何をしたい?とのことです」
【ホップ】「そういえば似たようなお題を以前チャットで話したような…」
【エルファ】「改めて、ということでしょう。確かその時は『過去ログを保存しまくる』とか『後継者育成したい』とか言ってましたね」
【ホップ】「過去ログって大事だからね…本人にとっては黒歴史でも第三者からすれば貴重な資料だよ、本当に」
【エルファ】「黒歴史だらけの人が言うと説得力ありますね…」
【ホップ】「うるさい!…まぁ実際、当時ってのがいつか、ってのにもよるなぁ。第1期時代だったら、それこそログの保存もだけど、もっと当時の人と交流しておけばよかったって思ってる」
【エルファ】「当時中学生でしたから、限界はあったでしょうけどね」
【ホップ】「それはしゃーない。もし第2期の頃だったら…後継者育成というか、長く居てくれる人を増やしたいなぁ」
【エルファ】「正直なところ、当時は色んな意味でまさかこうなるとは思ってませんでしたからね…」

【エルファ】「他には何かありますか?」
【ホップ】「あ、そうだ!編集部ブログでも書いたけど、チャオの森の絵本を引き取りたい!」
【エルファ】「一番の未練って言ってましたしね…これも過去に戻らないとできませんし」


【エルファ】「こんなところでしょうか。届いたお題は以上になります」
【ホップ】「なんだかんだでそれなりの分量になったなー、これなら20周年感出るでしょ!」
【エルファ】「実際に『どう思ったか』『どう感じたか』っていう部分については、今回初めて言及する箇所が多いですからね」
【ホップ】「立場上、敢えてそういう考えは出さずにやってきた部分もあるからねぇ。もう時効だし喋っちゃうけども」

【エルファ】「一応聞いておきますけど、他に何か喋りたいネタとかありますか?」
【ホップ】「うーん…過去ログで思い出したけど、第1期週チャオの号数数え間違い疑惑とか、誰も興味ないよねぇ…」
【エルファ】「確実にないですね…第2期ならともかく、第1期ネタとかそれこそ誰も分からないでしょう」
【ホップ】「まぁ、別に今日限りでいなくなるって訳でもないし、何か喋って欲しいネタがあったら随時受付中、応募があったら不定期でフリートークやります、って感じでいいんじゃない?」
【エルファ】「そうですね。ホップスターの文章力がどこまで持つのかかなり不安ではありますが」
【ホップ】「それは言わない約束で…」

【エルファ】「という訳で、次回いつになるのか分かりませんが、またいずれ」
【ホップ】「感想だけでもお待ちしてまーす」
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近況報告:まず自分から!
 ホップスター  - 18/12/23(日) 0:53 -
  
Twitter:@hop_elpha
PSO2:Ship3 PlayerIDname:Elpha
IDOLA:396,075,954

すっかりファンタシースターの人となってますがこの辺でのんびり活動中です!
最近気が付いたらPSO2でチームマスターになってしまいました…

あとは近況らしいことは20周年記念ブログやら表紙やら何やらで大体書き尽くしちゃってネタがないけど、とりあえずチャオ20周年おめでとう!!


あ、この間久しぶりにSA2Bを起動したら育てた覚えのないダークカオスがいて「!?」となりました。
たぶんオフ会で誰かから貰ったんだと思うんだけどさすがに記憶がないです…


とりあえず、こんな感じでみんなも書いていってくれると元編集長としては嬉しいです!よろしく!
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チャオ生誕20周年記念アルバム
 umesan WEB  - 18/12/23(日) 10:38 -
  
ども、うめです。
小説じゃなくてすみません。
チャオ生誕20周年記念の動画です。
https://youtu.be/il_lv5nPmxA

動画っちゅーか静止画ばっか集めた写真集ですが。
(なにげにYOUTUBEにアップすんの初めてだったり。)
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いえーい!すまっしゅの近況報告だよ☆
 スマッシュ  - 18/12/23(日) 16:22 -
  
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


☆ついったー☆
@chikamichik


☆かくよむ☆
https://kakuyomu.jp/users/chikamichi


☆きんきょう☆

現在は小説投稿サイトで
小説を執筆しております。

また計量テキスト分析を用いた、
ウェブ小説の評価を行う試みを
ごく最近始めました。

まだノウハウを蓄積する段階では
ありますが、
分析によって得られる客観的データ
に基づき、小説の質を向上させる
アドバイスを提供できるようになる
ことを当面の目標としております。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
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チャオスタグラムで遊ぶチャオ!
   - 18/12/23(日) 16:57 -
  
【にゅーたん】「今日もチャオガーデンはあったかぽかぽかでいい天気チャオ。ひーちゃん。だーくん。おはようチャオ! 今日はなにして遊ぶチャオ?」
【ひーちゃん】「にゅーたん、おはようです! ワタシはレースがしたいです。誰が一番速いか決めるです!」
【だーくん】「にゅーたん、おはようだぜ! オレはカラテがしたいぜ。誰が一番強いか決めるぜ!」
【にゅーたん】「チャオはテレビが見たいチャオ。『ちびっこ戦隊チャオレンジャー』が見たいチャオ!」

 いつも平和なチャオガーデン。ここにはたくさんのチャオが住んでいます。
 レースで遊びたがっているのが、天使のような白い体のヒーローチャオ「ひーちゃん」です。
 カラテで遊びたがっているのが、悪魔のような黒い体のダークチャオ「だーくん」です。
 そしてテレビを見たがっているのが、ヒーローでもダークでもない、水色の体をしたコドモのチャオ「にゅーたん」です。
 三人はいつも仲良しこよし。今日はどんな一日になるのかな。

【ひーちゃん】「レースがしたいですー! 誰が一番速いか決めるです!」
【だーくん】「カラテがしたいぜー! 誰が一番強いか決めるぜ!」
【にゅーたん】「テレビが見たいチャオー! こうなったら『ポヨポヨジャンケン』で勝負だチャオ! 勝った人の言うとおりにするチャオ!」
【ひーちゃん】「のぞむところです!」
【だーくん】「やってやるぜ!」
【にゅーたん】「いくチャオ! せーの……」
【にゅーたん&ひーちゃん&だーくん】「ポヨポヨジャンケン、ジャンケンポン!」

【にゅーたん】「『!』」
【ひーちゃん】「『?』」
【だーくん】「『?』」

【にゅーたん】「えーと、びっくりポヨがはてなポヨに強くて、はてなポヨがぐるぐるポヨに強くて、ぐるぐるポヨがびっくりポヨに強いから……。やったチャオ! チャオの勝ちチャオ!」
【ひーちゃん】「負けちゃったです!」
【だーくん】「悔しいぜー!」
【にゅーたん】「じゃあさっそくテレビをつけるチャオ! ……あれ? チャオレンジャーが映ってないチャオ?」
【ひーちゃん】「にゅーたん、チャンネルが違うです。今映ってるのはワイドショーです」
【にゅーたん】「そうなのかチャオ。チャオはチャオレンジャーが見たいからチャンネルを変えるチャオ」
【だーくん】「ちょっと待つぜ!」
【にゅーたん】「びっくりしたチャオ! だーくん、どうしたチャオ?」
【だーくん】「今、ワイドショーで紹介されてる『チャオスタグラム』っていうやつ。オレ、知ってるぜ!」
【にゅーたん】「チャオスタグラム? それってなにチャオ?」
【だーくん】「チャオスタグラム、略してチャオスタだぜ! チャオスタを使えば『ヌマートフォン』っていう機械で撮った写真を、世界中の人に見てもらうことができるんだぜ!」
【にゅーたん】「すごいチャオ! だーくん、そんなことどこで知ったチャオ?」
【だーくん】「この間、ルージュがチャオガーデンに来た時『最近チャオスタにハマってる』って言ってたぜ! 宝石の写真をチャオスタに投稿したらみんなから『綺麗!』って褒められたらしいぜ!」
【ひーちゃん】「そういえばソニックさんも言ってたです。『チャオスタで世界中の写真を撮ってまわってる』って!」
【にゅーたん】「ソニックもチャオスタやってるチャオ?」
【ひーちゃん】「はいです! でも『何故かはわからないが、チャオスタを始めた頃からエミーにすぐ見つかるようになったんだ』って嘆いていたです」
【にゅーたん】「チャオスタをすると自分がどこに居るのかバレちゃうチャオ? なんだかよくわからないけど、チャオスタっていうのとっても楽しそうチャオ! チャオもそのチャオスタっていうのやってみたいチャオ!」
【ひーちゃん】「ワタシもやってみたいです!」
【だーくん】「オレもやるぜ!」
【にゅーたん】「じゃあみんなで一緒に、チャオスタグラムで遊ぶチャオ!」
【ひーちゃん】「遊ぶです!」
【だーくん】「遊ぶぜー!」
【にゅーたん】「そういえばさっき何かしようとしてた気がするチャオ? ……まあ、いっかチャオ」

【ひーちゃん】「にゅーたん! だーくん! テイルスさんからヌマートフォン借りてきたです!」
【にゅーたん】「よーし、早速写真を撮るチャオ! でも、いったい何を撮ればいいチャオ?」
【だーくん】「まずはオレたち三人の写真を投稿して自己紹介してみようぜ!」
【にゅーたん】「そうするチャオ! それじゃあ、まずはひーちゃんがチャオのことを撮ってチャオ! そのあとチャオがだーくんのことを撮って、最後はだーくんがひーちゃんのことを撮るチャオ!
【ひーちゃん】「わかったです! それじゃあ撮るですよ? はい、チーズ!」
【にゅーたん】「ありがとうチャオ! 次はだーくんを撮るチャオ。はい、チーズ!」
【だーくん】「ありがとうだぜ! 最後にひーちゃんを撮るぜ! はい、チーズ!」
【ひーちゃん】「ありがとうです! これでワタシたち三人の写真が撮れたです!」
【にゅーたん】「この後はどうすればいいチャオ?」
【ひーちゃん】「テイルスさんがワタシたち三人のアカウントっていうのを作っておいてくれたので、そこに投稿するです!」
【にゅーたん】「わかったチャオ! じゃあまずはチャオの写真を投稿するチャオ。自己紹介だからお名前書くチャオ。『にゅーたんだチャオ。よろしくチャオ!』って書くチャオ!」
【ひーちゃん】「次はワタシの写真を投稿するです! 『ひーちゃんです。よろしくです!』って書くです!」
【だーくん】「最後はオレの写真を投稿するぜ! 『だーくんだぜ。よろしくだぜ!』って書くぜ!」
【にゅーたん】「これでチャオ達の写真を世界中の人が見てくれるチャオ! 楽しみチャオ!」
【ひーちゃん】「楽しみです!」
【だーくん】「楽しみだぜ!」

【にゅーたん】「うーん。さっきからじっと待ってるけど何も起きないチャオ。これで本当にみんなに写真を見てもらえているチャオ?」
【ひーちゃん】「もしかしたら、ヌマートフォンが故障しちゃったです?」
【だーくん】「あっ、思い出したぜ!」
【にゅーたん】「びっくりしたチャオ! だーくん、どうしたチャオ?」
【だーくん】「撮った写真には『ハックションタグ』っていうのをつけるといいらしいぜ!」
【にゅーたん】「ハックションタグってなにチャオ?」
【だーくん】「オレ達が撮った写真をみんなに見てもらうためにつけるものだぜ! 例えば『花』っていうハックションタグをつければ、花の写真を探している人に見つけてもらいやすくなるぜ!」
【にゅーたん】「だーくん、物知りチャオ!」
【だーくん】「照れるぜ!」
【にゅーたん】「よーし、じゃあチャオ達の写真にもハックションタグをつけるチャオ! チャオ達はチャオだから『チャオ』ってつけるチャオ!」
【ひーちゃん】「チャオガーデンで撮った写真ですから『チャオガーデン』ってつけたらいいと思うです!」
【だーくん】「オレの写真には『ダークチャオ』、ひーちゃんの写真には『ヒーローチャオ』、にゅーたんの写真には『コドモチャオ』ってつけておいたぜ!」
【にゅーたん】「よーし、さっきの写真にハックションタグをつけたチャオ。これで完璧チャオ!」

【だーくん】「……おお! 見るんだぜ! オレ達の写真に『いいニャ』がついたんだぜ!」
【にゅーたん】「いいニャってなにチャオ?」
【だーくん】「写真を見た人が『この写真、いい写真だな』って思った時に押すボタンだぜ! オレたちの写真にいいニャがついてるってことは、誰かが写真を見てくれたってことだぜ!」
【にゅーたん】「そうなのかチャオ! 嬉しいチャオー!」
【ひーちゃん】「それだけじゃないです! ほら、ワタシたちの写真に感想を書いてくれた人がいるです!」
【にゅーたん】「本当だチャオ! なんて書いてあるチャオ?」
【ひーちゃん】「読んでみるです! えーっと……まあ! ワタシの写真に『カワイイ!』『天使みたい!』『マブい!』ってコメントがついてるです! 嬉しいです!」
【だーくん】「読んでみるぜ! えーっと……おおっ! オレの写真に『カッコイイ!』『悪魔みたい!』『イカす!』ってコメントがついてるぜ! 嬉しいぜ!」
【にゅーたん】「二人ともうらやましいチャオー! チャオの写真にはどんなコメントがついているチャオ?」
【だーくん】「にゅーたんの写真を見てみるです! えーっと……にゅーたんの写真だけコメントがついてないです!」
【にゅーたん】「そんなー! チャオの写真だけ褒められてないチャオー! どうしてチャオー?」
【だーくん】「わかったぜ! きっとにゅーたんは『チャオスタ映え』してなかったからだぜ!」
【にゅーたん】「チャオスタバエ? ハエのことチャオ? なんだかばっちいチャオ」
【だーくん】「ハエのことじゃないぜ! 写真に撮ったときの見栄えがいいもののことをチャオスタ映えっていうんだぜ!」
【にゅーたん】「チャオはチャオスタ映えしてなかったっていうことチャオ? 悔しいチャオー! チャオもみんなに褒められたいチャオー!」
【だーくん】「そうだぜ! きっとにゅーたんだけ進化してないからだぜ! 進化すればにゅーたんもチャオスタ映えできるようになるぜ!」
【にゅーたん】「なるほどチャオ! よーし、木の実をいっぱい食べて早く進化するチャオ! ぱくぱく、ぱくぱく……」
【だーくん】「どうなんだぜ? 進化出来そうなんだぜ?」
【にゅーたん】「うぅ〜……。いくら木の実を食べたからって、そんなにすぐに進化できるわけじゃなかったチャオ〜……。それより、木の実を食べすぎておなかが苦しいチャオ〜……」
【ひーちゃん】「すごいです! にゅーたんのお腹がパンパンに膨れ上がっているです!」
【だーくん】「そうだぜ! 今のにゅーたんを写真に撮ってチャオスタに投稿するんだぜ! 今のお腹パンパンなにゅーたんは絶対チャオスタ映えしてるぜ!」
【にゅーたん】「ほ、本当チャオ? じゃあだーくん、写真を撮ってほしいチャオ……。は、早くしないと食べた木の実が出てきちゃうチャオ……」
【だーくん】「まかせろだぜ! ……よし、バッチリ撮れたぜ! 早速この写真を投稿するぜ!」
【ひーちゃん】「……あっ! にゅーたんにゅーたん! にゅーたんの写真にコメントがついたです! えーっと『お腹デカすぎ!』『ウケる!』『草』って書いてあるです!」
【にゅーたん】「や、やったチャオ……。チャオの写真もみんなに褒められたチャオ〜……。うっ」
【ひーちゃん】「にゅーたん、どうしたです?」
【だーくん】「ま、まさかなんだぜ……」
【にゅーたん】「もう限界チャオ〜。げろげろ〜」
【ひーちゃん】「きゃあああ!」
【だーくん】「ぎゃあああ!」
【にゅーたん】「うう……。さっき食べた木の実、全部げろげろしちゃったチャオ……」
【ひーちゃん】「さ、さすがにこれは……」
【だーくん】「写真に撮るわけにはいかないぜ……」

【にゅーたん】「ふう。さっきはひどい目にあったチャオ」
【ひーちゃん】「にゅーたん、気分は良くなったです?」
【だーくん】「もう大丈夫チャオ! それよりだーくん、ヌマートフォンで何を見ているチャオ?」
【だーくん】「にゅーたん! チャオスタでみんながどんな写真を撮っているか見ていたら『チビッコ戦隊チャオレンジャー』のチャオスタを見つけたぜ!」
【にゅーたん】「えー! チャオレンジャーもチャオスタしてるチャオ? 見たいチャオー!」
【ひーちゃん】「ワタシも見たいです!」
【にゅーたん&ひーちゃん&だーくん】「じーっ……」
【ひーちゃん】「……なんだか、どの写真も赤レンジャーさんのどアップばかりです。ほかの皆さんは小っちゃく写ってるだけです」
【にゅーたん】「それに、赤レンジャー以外のみんなはあんまり楽しそうじゃないチャオ。黄レンジャーなんかどの写真でもぐっすり寝てるチャオ。これ、本当にチャオレンジャーチャオ?」
【だーくん】「わかったぜ! これはきっと『なりすまし』だぜ!」
【にゅーたん】「なりすましってなにチャオ?」
【だーくん】「誰かのふりをしてみんなを騙すことだぜ! つまり、こいつらはチャオレンジャーの偽物だぜ!」
【にゅーたん】「えー! そうなのかチャオ!」
【ひーちゃん】「そういえば、テレビに出てるチャオレンジャーさんは『ちびっこ戦隊チャオレンジャー』です。でもこのチャオスタには『チビッコ戦隊チャオレンジャー』って書いてあるです!」
【にゅーたん】「本当だチャオ! 全然気づかなかったチャオ! 騙されたチャオー!」
【ひーちゃん】「みんなを騙すなんて許せないです!」
【だーくん】「『不適切なアカウントを報告』っていうボタンがあったから、押しておいたぜ!」
【にゅーたん】「チャオレンジャーのふりをするなんて許せないチャオ! 怪しい集団チャオ! ヘンタイ集団チャオ! 近所迷惑チャオ! こんなのは放っておいて、他の人のチャオスタを見るチャオ!」

【ひーちゃん】「にゅーたん! この『チャクロン』さんのチャオスタを見るです!」
【にゅーたん】「どうしたチャオ? なにか面白い写真でもあったチャオ?」
【にゅーたん&ひーちゃん&だーくん】「じーっ……」
【にゅーたん】「このチャクロンっていうチャオ、あっちこっちで自分が寝そべっている写真ばっかり撮ってるチャオ。これのどこが面白いチャオ?」
【ひーちゃん】「ワタシもよくわからないです。でもみんなからいいニャとコメントをたくさん貰ってるです! 『寝そべりポーズ可愛い!』とか『やる気のなさそうな目がクール!』とか」
【だーくん】「それだけじゃないぜ! このチャクロンってやつは『フォロわん』がたくさんいるんだぜ!」
【にゅーたん】「フォロわんってなにチャオ?」
【だーくん】「そいつの撮る写真に惚れちまったやつの数……つまり、ファンの数だぜ!」
【にゅーたん】「だーくん、今の言い方かっこいいチャオ!」
【だーくん】「照れるぜ!」
【にゅーたん】「ということは、フォロわんの数が多ければ多いほどチャオスタグラムの人気者ということチャオ! ひーちゃん! チャオ達のフォロわんは何人いるチャオ?」
【ひーちゃん】「はいです! ワタシ達のフォロわんは……一人もいないです!」
【にゅーたん】「そんなー! 悔しいチャオ! チャオ達も人気者になりたいチャオー!」
【だーくん】「こうなったら、もっともっとチャオスタ映えする写真を撮るしかないぜ!」
【ひーちゃん】「ワタシもがんばるです!」
【にゅーたん】「よーし! みんなでチャオスタグラムの人気者を目指すチャオ!」
【ひーちゃん】「目指すです!」
【だーくん】「目指すぜー!」

【ひーちゃん】「まずはワタシがチャオスタ映えを目指すです! 幼稚園のおけいこで習ったお絵かきをするです! かきかき、かきかき……」
【にゅーたん】「すごいチャオ! ひーちゃん、お絵かき上手チャオ!」
【ひーちゃん】「かきかき、かきかき……。出来たです! チューリップの絵を描いたです! にゅーたん、この絵を写真に撮ってチャオスタに投稿してほしいです!」
【にゅーたん】「まかせるチャオ! 激写チャオ!」
【だーくん】「かわいいチューリップの絵だぜ! これはチャオスタ映え間違いなしだぜ!」
【ひーちゃん】「えへへ、照れるです!」
【にゅーたん】「……やったチャオ! ひーちゃんの写真にいいニャとコメントがついてるチャオ! 『上手!』『かわいい!』『あげぽよ』って書いてあるチャオ!」
【だーくん】「それだけじゃないぜ! 今の写真でオレたちにフォロわんがたくさんついたぜ!」
【ひーちゃん】「やったです! ワタシ達、人気者に近づいたです!」

【だーくん】「よーし! 次はオレがチャオスタ映えを目指すぜ! オレもひーちゃんみたくお絵かきするぜ! かきかき、かきかき……」
【にゅーたん】「すごいチャオ だーくんもお絵かき上手チャオ!」
【だーくん】「かきかき、かきかき……。出来たぜ! ドクロの絵を描いたぜ! にゅーたん、この絵を写真に撮ってチャオスタに投稿してほしいぜ!」
【にゅーたん】「まかせるチャオ! 激写チャオ!」
【ひーちゃん】「かっこいいドクロの絵です! これはチャオスタ映え間違いなしです!」
【だーくん】「えへへ、照れるぜ!」
【にゅーたん】「……やったチャオ! だーくんの写真にいいニャとコメントがついてるチャオ! 『上手!』『かっこいい!』『あげぽよ』って書いてあるチャオ!」
【ひーちゃん】「それだけじゃないです! 今の写真でワタシたちのフォロわんがたくさん増えたです!」
【だーくん】「やったぜ! オレ達、人気者に近づいたぜ!」

【にゅーたん】「二人のおかげでチャオ達にもたくさんフォロわんが出来たチャオー!」
【ひーちゃん】「でも、まだまだチャクロンさんにはかなわないです」
【だーくん】「もっともっとチャオスタ映えしてる写真を撮りまくるぜ!」
【にゅーたん】「よーし、今度はチャオが頑張る番チャオ! ひーちゃんとだーくんに続くチャオ! でも、チャオは何をしたらいいチャオ? うーん……」
【ひーちゃん】「うーん……」
【だーくん】「うーん……」
【にゅーたん】「……そうだチャオ! チャオはお歌を歌うチャオ! だーくん、チャオがお歌を歌っているところを撮ってほしいチャオ!」
【だーくん】「わかったぜ! まかせろだぜ!」
【にゅーたん】「それじゃあ歌うチャオ! 世界中にチャオの甘い歌声を響かせるチャオー! らんらんらん♪ らんらんらん♪」
【だーくん】「今だぜ! 激写だぜ!」
【にゅーたん】「らんらんらん♪ らんらんらん♪ ふう、気持ちよかったチャオ。だーくん、写真は撮れたチャオ?」
【だーくん】「バッチリ撮れたぜ! 早速チャオスタに投稿するぜ!」
【ひーちゃん】「にゅーたんのお歌、とっても上手だったです!」
【にゅーたん】「えへへ、照れるチャオ!」
【だーくん】「……あれ? おかしいぜ。ちっともフォロわんが増えないぜ?」
【ひーちゃん】「見てください! にゅーたんの写真にコメントがついてるです! えーっと『なに歌ってるの?』『聞こえない』『さげぽよ』って書いてあるです!」
【にゅーたん】「……し、しまったー! 写真じゃチャオの歌声がみんなに届くわけないチャオー!」
【だーくん】「大変だぜ! オレたちのフォロわんの数がどんどん減っていってるぜ!」
【にゅーたん】「そんなー! せっかくたくさんフォロわんが出来たのに、チャオのせいで台無しチャオー! どうすれば二人みたいにチャオスタ映え出来るチャオ? ……そうだ、いい方法を思いついたチャオ!」
【ひーちゃん】「あっ、にゅーたん! どこに行くです!」
【だーくん】「走ってチャオガーデンを出て行っちゃったぜ!」

【にゅーたん】「――二人とも、ただいまチャオ!」
【ひーちゃん】「あっ、にゅーたんが帰ってきたです! どこに行ってたです? ……あっ!」
【だーくん】「にゅーたん、その格好は!」
【にゅーたん】「ふっふっふ! チャオはクジャクをキャプチャーしてきたチャオ! 見るがいいチャオ、この美しき姿を!」
【ひーちゃん】「にゅーたん、とっても綺麗です!」
【だーくん】「これはチャオスタ映え間違いなしだぜ! にゅーたんすごいぜ!」
【にゅーたん】「さあ、どんどん撮ってほしいチャオ! そしてチャオスタグラムに投稿するチャオ!」
【ひーちゃん】「見てください! にゅーたんの写真にコメントがたくさんついてるです! えーっと『綺麗!』『美しい!』『チョベリグ!』って書いてあるです!」
【だーくん】「オレたちのフォロわんの数がものすごい勢いで増えていってるぜ!」
【にゅーたん】「やったチャオ! これならチャオスタグラム一番の人気者になれるチャオ! よーし、チャオのかわいいポーズでフォロわんをもっともっと増やすチャオ! だーくん、写真を撮ってほしいチャオ!」
【だーくん】「まかせろだぜ!」
【にゅーたん】「チャオのラブリーポーズでみんなを悩殺するチャオ! せーの……えいっ!」
【だーくん】「激写だぜ!」

【ひーちゃん】「……にゅーたん、それはいったい何のポーズです?」
【にゅーたん】「これはクジャクをキャプチャーすると出来るようになる『お高い』のポーズチャオ」
【だーくん】「……でもそのポーズ、どこかで見たことある気がするぜ?」

【にゅーたん】「し、しまったー! チャクロンの寝そべりポーズと思いっきり被ってるチャオー!」
【ひーちゃん】「見てください! にゅーたんの写真にコメントがたくさんついてるです! えーっと『見たことある』『チャクロンのパクリ』『チョベリバ!』って書いてあるです!」
【だーくん】「オレたちのフォロわんの数がものすごい勢いで減っていってるぜ!」
【にゅーたん】「そんなー! せっかくたくさんのフォロわんが出来たのに、またまたチャオのせいで台無しチャオー! うう、チャオにはチャオスタ映えは無理だったのかチャオ……。そうだ、もっといい方法を思いついたチャオ!」
【ひーちゃん】「あっ、にゅーたん! どこに行くです!」
【だーくん】「また走ってチャオガーデンを出て行っちゃったぜ!」

【にゅーたん】「――二人とも、ただいまチャオ!」
【ひーちゃん】「あっ、にゅーたんが帰ってきたです! 今度はどこに行ってたです? ……あっ!」
【だーくん】「にゅーたん、その格好は!」
【にゅーたん】「ふっふっふ! 今度はドラゴンをキャプチャーしてきたチャオ! 見るがいいチャオ、この雄々しき姿を!」
【ひーちゃん】「にゅーたん、とってもかっこいいです!」
【だーくん】「これはチャオスタ映え間違いなしだぜ! にゅーたんすごいぜ!」
【にゅーたん】「さあ、どんどん撮ってほしいチャオ! そしてチャオスタグラムに投稿するチャオ!」
【ひーちゃん】「見てください! にゅーたんの写真にコメントがたくさんついてるです! えーっと『かっこいい!』『強そう!』『ゴイスー!』って書いてあるです!」
【だーくん】「オレたちのフォロわんの数がものすごい勢いで増えていってるぜ!」
【にゅーたん】「やったチャオ! これなら今度こそチャオスタグラム一番の人気者になれるチャオ! よーし、チャオのドラゴンパワーでフォロワーをもっともっと増やすチャオ! だーくん、写真を撮ってほしいチャオ!」
【だーくん】「まかせろだぜ!」
【にゅーたん】「チャオの底力を見るがいいチャオ! せーの……ボボボだチャオー!」
【だーくん】「激写だぜ!」
【ひーちゃん】「すごいです! にゅーたんが口から火を吐いているです! 大迫力です!」
【にゅーたん】「ひーちゃん! だーくん! みんなからの反応はどうチャオ!」
【ひーちゃん】「コメントが次から次へと届いてきて読み切れないです!」
【だーくん】「フォロわんの数がうなぎのぼりだぜ! もうこの勢いは止められないぜ!」
【にゅーたん】「はっはっはー! チャオスタグラム一番の人気者はチャオ達だチャオ! それそれー! もっと火力を上げるチャオー!」
【ひーちゃん】「に、にゅーたん? ちょっと火の勢いが強すぎるです!」
【だーくん】「こ、これ以上強く吹いたら危険だぜ!」
【にゅーたん「はっはっはー! ボボボー! ボボボだチャオー!」
【ひーちゃん】「きゃあああ! チャオガーデンの木に引火したです!」
【だーくん】「ぎゃあああ! 逃げろだぜー!」
【にゅーたん】「はっはっはー、ってあれ? ひーちゃんとだーくんはどこに行ったチャオ? それになんだか焦げ臭いチャオ……って、うわー! いつの間にかチャオガーデンが火の海になっているチャオ! た、助けてチャオー!」

 ――次の日。

【ひーちゃん】「昨日は死ぬほど怒られたです……」
【だーくん】「昨日は死ぬほど怒られたぜ……」
【にゅーたん】「昨日は死ぬほど怒られたチャオ……。もうチャオスタグラムはこりごりチャオ……」
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20年目の聖誕祭
 冬木野  - 18/12/23(日) 20:43 -
  
この動画は幻想入りという東方Projectとのクロスオーバー作品です。
東方Project作品について、ある程度の事前知識が必要かもしれません。予めご了承ください。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm34362701
 
引用なし
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チャオと骨犬のボン
 ろっど  - 18/12/23(日) 21:16 -
  
 長い旅になる予感があって、けれどそんなのはいつものことで、
 短く終わってしまう時だって何度もあった
  
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1話 七回目の朝日が昇る頃
 ろっど  - 18/12/23(日) 21:18 -
  
 骨犬のボンが星を数えるのをやめた。それを知った時ぼくは山ほど驚いて、彼に問い詰めてみたのだ。
 すると彼はいつもの調子でひょろりと答えた。
「数えても仕方がないよ。キリがないもん」
「だけどあなた、七年も続けていたでしょう。どうして辞めちゃうのさ」
「キリがないからだよ。それに今は他のことに興味がある」
 ボンは小さな手足を大きく動かして円を描いた。それからぽかんとしているぼくを見て、彼は「この星のことさ」と言った。
「この星にはチャオがたくさんいるだろう?」
「いるね。ぼくのような善良なチャオがいっぱいいる」
「でも、どうやら昔は違ったようなんだ」
「昔って……君が子犬の頃の話かい?」
「いいやもっと昔さ。そうだな、きっと君のお母さんのお母さんの、そのお母さんくらいの頃の話だ」
 ボンがこういう遠い話をする時には必ず何かきっかけがある。
 彼が星を数え始めた日のことはよく憶えている。七年前のさんかくの木の実がなる頃だ。
 その日は綿の雨が降らなくて、いつもよりも暖かかったから、ボンが王さまの山へ行こうと言い出したのだ。
 王さまの山を登ったぼくたちはその頂きで星を近くに見て、そうしたらボンが突然「星がいくつあるのか数える」なんて言うものだから、ぼくは疲れと呆れで何も言えなくなってしまった。
 彼はそれから七年、毎晩欠かさず星を数え続けてきた。
「それで何があったのさ」
「これだよ」
 ボンが骨の隙間に挟んでいた紙切れをほいと寄越す。
 手足の長い生き物がいくつも映っていた。
「これは……生き物かな? これは何だい?」
「分からない」
 むむむと唸るボン。
「けれどその紙は湖の洞窟から見つかった」
「それで昔のってこと」
「そうさ」
 湖の洞窟は「掘り出し物」が見つかることが多い。村にある道具のほとんどはその洞窟から見つかったものだ。
 木の実を効率よく回収するはしごや、回収した木の実を美味しくするお鍋。どれもぼくらが生まれる前に見つかってから、ずっと使われているものらしい。
「その紙をよく見て欲しい」
「うん」
「何か気が付かないかい?」
「うーん」
「よく観察してみてくれ」
「そもそもこれは、生き物なんだろうか?」
「手足が長いんだ。君もそれに気づかないとは、まだまだだな」
 ええっ!
 ぼくが呆気にとられているうちに、ボンは続けてしまう。
「洞窟で見つかったものを改めて観察してみると、どれも大きいんだ。チャオが使うにしては、大きすぎるんだ」
「というと?」
「この生き物が使っていた可能性が高い。ボクはそう見ている」
 彼は稀に、こうやって誰にも思い付かないようなことを、けれど少し考えれば誰でも思い付くようなことを言ってみせるのだ。
「村のチャオに聞いてみたが、詳しいものはいなかった」
「そうだね。ぼくのひいお祖母ちゃんは、だいぶ前に旅立ってしまったし」
 そこだ、とボンは言った。
「お年を召している方ならきっと知っているはずなんだよ」
「お年を召している方?」
「竜のことさ」
「竜!?」
「川の先に大きな湖があって、そこに竜が住まうらしいんだ」
 話には聞いたことがあった。なんでもこの星には古くから住まう三つの聖なるケモノがいるのだという。
 うちひとつが、終わりのない湖に眠る竜。火を吹き、嵐を起こすと言い伝えられている。
「それで、いつ行くんだい?」
「今日から数えて七日の後、ボクは発つ」
 ボンはそれからぼくをじっと見た。
 王さまの山は村から近い。けれど川の果てまで行くとなると、それとは比べ物にならないくらいの長い旅になる。
「あなたはいつも唐突だ」
「そうかい?」
「でも、きっと行くよ」
「分かった」
 彼は骨をかたかたと笑わせた。
「じゃあ七回目の朝日が昇る頃、川の始まるところで待っているよ」


 林をくり抜いて作られた道には綿が敷き詰められていた。
 さっくさっくと音を立てて歩くと、まるい足跡がついて、ぼくはそれがとてもおもしろくてつい音を立てて歩いてしまう。
 少し先に進むとまだ新しい足跡が見えた。
 すぐ傍の木には看板が打ち付けてあって、これがこの村の証になる。
 村は岩場を中心に造られている。暖かい時期には美味しい水がたくさん湧き出るので、ぼくたちにとってはうってつけの場所だ。
 ボンは水が苦手なので、その時期になると村にはなかなか寄り付かなくなる。
 ぼくの家は岩の陰に藁と木で区切られたところにひっそりとある。
 お鍋の良い香りが漂って来た。木の実を煮込むと甘酸っぱい香りがする。この香りにはチャオのお腹を空かせる効能がある。
 藁作りの暖簾を潜って中に入ると、部屋の真ん中にお鍋があって、お祖母ちゃんが木の実を煮込んでいるのだった。
「お母さん」
 その隣に座って木の実を細く切っているお母さん。
「なあに?」
「川下の湖は危ないかな?」
「なんね急に。危ないさ」
「行くつもりならやめとき。湖にはこわーい生き物がたくさんいるっちゅう話よ」
 とお祖母ちゃん。
「ボンに一緒に行こうって誘われたんだ」
「またあの子かい!?」
「……なんだけれど、良い?」
 お母さんは木の実を切るのをやめて、キッ!とこちらを睨む。怒っている時の顔は少し怖い。
「何しに行くん?」
「竜に会いたいって。ボンが」
「それはダメ。いい加減、あの子と遊ぶのはよしなさい」
 険しい顔をしたままぼくから目を離さない。
「川の下は急流になっていて危ないかんねえ。それに竜さんも、チャオをとって食うって話さ」
 普段はぼくに甘いお祖母ちゃんも反対のようだ。
 それを聞いた父が木馬を組み立てる手を止めて、
「ボンくんは、星数えに夢中じゃなかったんか?」
 と尋ねて来た。
「星数えをやめたみたいなんだ」
「ええっ。またどうしてだい?」
「どうせ下んない理由に決まってん」
 とお母さん。
「キリがないからみたいなんだ」
「キリがないねえ。ボンくんが星数えを始めたのはいつ頃だったっけね?」
「七年くらい前さ」
「七年。お婆様がいなくなった年かね」
 そうだ。七年前はひいお祖母ちゃんが旅立った年だった。
 ぼくはひいお祖母ちゃんによく物を教えてもらっていたので、今の今まで忘れていたことに驚いた。
 父はそれからしばらく考え込む様子を見せた。
「良いんじゃない」
「お父さん! デイはまだ八つなのに、川下に向かわすなんて危ないでしょう!」
「お友達も一緒なんだろう? 大丈夫さ」
「お友達言うても、骨犬の子よ! 何やらかすか分からん!」
「そうかい? ぼくはボンくん、とてもしっかりしている子だと思うよ」
「デイが五つん時も、洞窟で怪我して来て……謝りもせんで、ほんと何考えてるか分からん子! 母さんは許さんからね」
「お母さん」
 父の声色が少し重くなる。いつも穏やかに話す父だが、時々その声に厳しさが混じる時がある。
 しばらくお母さんと父は無言で見つめ合って、やがてお母さんは家から出て行った。お祖母ちゃんはそれを見届けると、何も言わずに木の実の煮込みを再開する。
「すまんね、デイ。お母さんは……知らないものが怖いんよ」
「知らないもの?」
「そう。ぼくたちがまだ知らないものさ」
 父がうんと深く話す。
「ぼくたちはこの山の湧き水の出る場所と、木の実のなる場所しか知らないのさ」
「ぼくは、王さまの山に登ったこともあるよ」
「うん」
 にこっと笑う父。
「でも最初は怖かったろう? 知らない場所は怖い。お母さんは怖がりだからね」
「うん」
「だからデイにもできれば安全な場所で安全に育って欲しいんさ」
「うん」
「だけど、デイにはデイの生きる場所がある。それもちゃんと分かってくれている」
 父が微笑む。
「お友達を悪く言うのはよくないね。ただ、お母さんもそれは分かってる。時間はかかるけれど、ちゃんと受け入れてくれるはずさ」
「お父さん、大丈夫。分かってるよ」
「分かっているなら、好きにしなさい」
 それきり父は木馬を組み立てる作業に戻った。
「デイ、お鍋ができたよ」
「ありがとう、お祖母ちゃん」
 お祖母ちゃんなりの気遣いなのだろう、木の実のお鍋をぼくの目の前に出してくれる。そうしてまた新しいお鍋を出して、木の実を煮込み始める。
 お母さんが帰って来た時にも、きっとぼくと同じようにするのだ。
 そう思うとなんだか安心して、急に眠たくなってきたので、木を削って作られた寝袋に入る。
 あした起きたら、もう一度お母さんとお話してみよう。
 けれど、その日、お母さんは帰って来なかった。
 その次の日も、次の日も、帰って来なかった。
 ぼくたちは村のチャオにも声をかけて、総出で探してみたけれど、お母さんは見つからなかった。
 そうして、六回目の日が沈んだ。


「お母さん、帰って来ないね」
 父もお祖母ちゃんも、何も言ってはくれなかった。
 二人とも不安なのだ。
 チャオは時々いなくなって、帰って来なくなることがある。
「竜に食われたんさ」
 お祖母ちゃんが言った。
「竜に会いに行くなんて、罰当たりなこと言うから」
「母さん」
 父がお祖母ちゃんの弱音を咎める。
 そういえばひいお祖母ちゃんが旅立った時もこんな感じの日だった。寒くてたまらない日で、木の実の貯えも底を突こうかという頃に、ひいお祖母ちゃんはいなくなった。
 木の実がたんまり採れなかった年は、村のみんなで少しずつ分け合って暮らしていくことになる。
 でもその年、ひいお祖母ちゃんは木の実を食べなかった。村の子どもたちにたくさん食べさせてあげたがった。
 お腹が空いているのはみんな同じなのに……どうしてそんなことをするんだろう?
 ぼくはそんなふうに思ったけれど、美味しい木の実をいっぱい食べられるのは嬉しいので、何も言わずにいた。
「大丈夫さ。そのうち帰って来る」
 そう言う父の声は震えていた。
「それよりデイ、今日は約束の日だろう」
「うん」
 でも……と言い淀むぼくに、父は言う。
「ボンくんは良い子だ。ずうっと前からそうだった」
「うん」
「デイとボンは、友達だろう」
 そうだ。
 でも、お母さんが帰って来ないまま行くのはずるい気がした。
「お母さんは、きっとひいお祖母ちゃんのところに行ったんだ」
「ひいお祖母ちゃんのところに?」
「うん」
「だけど、まだお母さんとちゃんとお話してないよ」
「お行き!」
 お祖母ちゃんが声を張った。
「お祖母ちゃん……」
「あの子はやりたいことをやっただけさ」
 それに、とお祖母ちゃんは続ける。
「あの子が戻って来た時におまえがいたら、あの子、ずうっと後悔することになる」
 ぼくはそれを聞いて、ぶわっと頭が熱くなった気がした。
 走って家を出ようとして、何も準備をしていなかったことに気が付く。
 寝袋と枯れ葉、枯れ枝を布切れに包んで、太くて丈夫な枝の先に引っかける。それをぼくは釣り竿みたいに肩にかけた。
「デイ、これも持って行きなさい」
 父が木の実をくれたので、それも布切れの中にいれる。
 ぼくは家を飛び出した。


 川の始まるところは村から少し遠い。林の中をぐんぐんと進まなくちゃならないから大変だ。しかも道は暗い。
 ぼくが今よりもっと子どもだった頃は、ボンと一緒にいろいろなところへ行った。
 なのにいつの間にかどこへも行かなくなってしまった。
 その間も、ボンはひとりで湖の洞窟や王さまの山の裏側に行っていたみたいだけれど。
 草木をかき分けているうちに綿の雨が降ってきた。
 足を急かす。
 ひいお祖母ちゃんがいなくなって、お母さんもいなくなった。
 どうしていなくなってしまったんだろう。
 今日までずっと考えていた。でも答えは出なかった。
 きっとぼくたちにはまだ知らないことがいっぱいある。
 ボンが見つけて来た紙。それに映っていた手足の長い生き物のこと。川を下った先にある湖。そこに住む竜。
 それだけじゃない。
 お母さんが本当はどんな気持ちで、どういうふうに考えていたのかだって、ぼくは知らないままだ。
 そのうちに川が見えた。流れの強い水が岩場のあちこちにぶつかって、それでも大きく逸れずにまっすぐ進んでいる。
 川の勢いが強いということは、目的地は近いということだ。
 ぼくは川の流れが来る方へ走った。
 木の実のスープを零したみたいに、端からゆっくりと、空が白く塗りつぶされて行く。
 更に急ぐ。
 あの日から数えて七回目の日が昇る。
 その日の向こうからずかずかとやって来る骨犬の姿がうっすら見えた。
「遅いよ」
 ボンが言った。
「ごめん」
 ぼくも言った。
 ぼくらは少しの間、そうして朝日が昇るのを見ていた。長い旅になる予感があって、けれどそんなのはいつものことで、短く終わってしまう時だって何度もあった。
 やがてどちらともなく、川の流れ着く方へと歩き出した。 
引用なし
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WALKIN' IN THE DARK.
 それがし  - 18/12/23(日) 23:05 -
  
 夢にまで見たチャオをついに購入した。
 孵化器みたいなところでオレンジ色の光を浴びた卵には、それなりの値段が印刷された値札シールがべたっと貼ってあった。
 隣には、何も知らないような表情をした、あどけないチャオたちが狭い空間の中で、数匹、えいさほいさと、よちよち歩きをしていた。
 店員曰く、ああして生まれてしまうと、やや値崩れするらしい。

「新品と中古品みたいなものッスかね?」

 口の悪い店員の、口の過ぎた言葉に、内心顔を顰める。
 けれど僕も、何となくその"価値が落ちる感"に同調してしまう。
 そして、僕は新品派だ。

「じゃあ、こっちを」

 しばし財布と相談した挙句、彼らでは無く、値札付きの卵のままのチャオを購入した。
 ちなみに孵化後の卵の殻はある程度の値段で引き取ってくれるとのこと。
 あの素材を色々と加工すると、一種の甘味料として用いられるらしい。
 内容はともかく、キャッシュバックを使わない手はなく、翌週、殻は回収してもらった。
 きっと、あの殻は、僕が朝食のパンに塗る赤いジャムの原料にでもなるのかもしれない。

 さて、チャオの育て方は簡単だ。
 何せ、彼らは毛も落とさないし、エサも散らかさないし、糞尿を床にまき散らすことも無い。
 しかも、他の動物に比べて、感情表現が分かりやすい。
 頭に浮かぶ正体不明の何かがぐるぐるとしたら、エサの時間。
 それがハート形を浮かべるまで撫でてあげれば、しつけはオッケー。
 僕みたいなペット初心者でも何の問題も無い。
 だから、彼らは最近よく出荷される。
 本当によく、出荷されている。
 そして、僕も彼を、購入したのだ。

「よしよし、こっちにおいで、ハッポー」

 チャオは順調に育っていった。
 名前も付けた。
 昔、チャオを飼っていなかった頃、憂さ晴らしに描いたチャオの小説のタイトルが「八方チャオ」だったから、そう名付けた。
 なんでそんな小説タイトルにしたかは分からないが、昔から"8"という数字が好きだったのでその辺りの影響だとは思う。

 今のところ、このハッポーに与えられた特徴はそれくらいで、あとは特に何の特徴も無い、普通のチャオのままだ。
 人の趣味によっては、別売のカオスドライブと言う栄養ドリンクや、小動物と呼ばれる栄養素を混合させたチャオ用ドラッグを用いることで彼らを変幻自在な形態に弄ることも可能らしい。
 僕はしない。
 そう言う趣味に興味が有るわけではない。
 単純に、お金が足りない。
 ペットと言うのは、そもそも金持ちの道楽だ。

 ちょっとした努力をもってインターネットを調べれば、変わった形をしたチャオはいくらでもいる。
 やれツイッター。
 やれインスタ。
 SNSに公開されたチャオは、ネット環境がある限りいくらでも目にすることができる。
 何ならTikTokでチャオが躍っている映像すら最近のトレンドだ。
 一体誰が見るのだろうか?
 なんて思いつつも、僕は僕なりの愛情をもってハッポーを育てている。

 僕のチャオ、ハッポーは順調に、僕になついた。
 
 そして。
 順調に、次第に。
 彼の身体は黒くなっていった。

「――まー、大抵はみんな、チャオはダークになるんですよ」

 少し僕の好みの顔をした、"女の子"呼びがまだ通じるくらいの若い女性店員が、努めて営業スマイルでそんな説明をしてくれる。

 別に彼女の言葉で言う"ダーク"になったチャオに心配して店に訪れたわけではなく、これは只の世間話の一環だ。
 本当は僕に給料が入って、少しだけ、本当に少しだけ、チャオの変形に興味が湧いて、エサ売りコーナーを物色していたのだ。
 したらば、彼女はまるで衣料品店の店員のごとくこちらにすっ飛んできた。
 理由は何となくわかる。
 このコーナーで一度買えば、次も又来る客が多いのだろう。
 これを喩えるなら、何だろう。
 無課金ユーザが課金を始めてしまうか否かの瀬戸際に僕はいるのだろうか。
 彼女とすれば、僕を引きずり込めばしめたものに違いない。

「大抵は、ってことは、他にも?」

 僕は首を傾げる。
 と言うのも、先ほどやり玉に挙げたSNSにしても、ほとんどのチャオはダークに成長する。
 そのほかに成長するなんて考えもしなかった。
 僕の問いに、女性店員が頷く。
 彼女が言うには、ダーク以外にも、ヒーローなんていう成長もあるらしい。
 実際に、彼女のSNSを見せて貰うと、真っ白なチャオがそこにはいた。
 その両隣には、角度をしっかり調整した彼女と、彼女の息子らしい子供がふてぶてしい表情でピースをしていた。
 腕にはやけにばんそうこうやらが多い。
 育ち盛りの息子と言うのは、こんなものなのだろうか。
 独身族の僕には知る由も無いが……。

「ふうん……」

 特段彼女らの自己主張の強い画像に興味はなかったが、何となく唸るフリをする。

「私以外にも何人かヒーローに育てることができたんですよー。でも中々レアだと思いませんか?」

「あ、ええ、まあ」

 当初はエサの販促に来たのであろう彼女が、僕の頷きに段々とヒートアップして、すっかりヒーローチャオ自慢大会を開いてしまう。
 自慢げ、あるいは傲慢ともとれるような口調に、僕は思わず口ごもる。
 顔はタイプだが、中身は申し訳ないけど、がっかりだ。
 そう言う押しの強さが、こうして販売員ができる素養とも言えるのかもしれないが、あまり好きになれる相手では内容に思う。

「後ですねぇ――」

 苦い表情を浮かべているだろう僕にはお構いなしで、スッスッ、とスワイプする彼女の画像が僕の目に映り込んでくる。
 やがて、画像に頻繁に登場するようになった彼女の夫(?)と思われるガタイのいい男が、気弱なシステムエンジニアを決め込んでいる僕を大いに怯えさせる。
 なんたって腕に"動物"が彫ってあるのだ。
 最近はタトゥー容認なんて動きもあるらしいが、とんでもない。
 僕は思わず目を逸らし、腕時計を見るふりをして、また来ますと慌てるふりをして、そそくさと店を出ることにした。
 購入元なので、何度かお世話になるとは思うが、次からは、あのチャラそうな若い男の店員で妥協しようと、僕は心に決めた。

 と、そんなことが有ってから数か月。

 チャオ育成サイト曰く"進化"という過程を通して、僕のチャオもすっかり立派なダークチャオになった。
 特に何を強化しているという訳でもないので、どこにでもいる、フツーのチャオだ。
 少なくともインスタ映えはしない。
 ましてや、あの真っ白なヒーローチャオにもならなかった。
 別に、昔からヒーロー戦隊ものよりも、ハイジが好きな男の子だったので、そういう願望が強いことはない。
 ただ、やっぱり、僕も男の子なので、どうやったらあーいうチャオになるんだろう、なんていう妄想にし足ることは良くあった。

 ちなみに、チャオ育成サイトの統計によると、ヒーローチャオは貧乏な国、地域の方が発生しやすいらしい。
 なんだか意外な結果だ。彼らの、

「チャオは人々と共生する生き物なので、彼らには人を守ろうという気概に溢れているのかもしれません。
 弱者たる貧乏な人々を救うために、彼らはヒーローとなるのです!」

 との言葉は、にわかには信じがたい。
 イルカやクジラが人と心を通わせる何て言う動物愛護団体推奨の映画を大学時代に強制的に視聴させられたが、とても同意はし難い。
 一応、その時は単位が欲しかったので「彼らを保全するべきだ!」なんていう英作文を書いて提出はしたが……。

 が、そんな疑問がある日晴れる出来事があった。

 会社の昼休みの時間に公園でくつろいでいると、汚い身なりをしたチャオに石を投げている子供が数人いるのが目に付いた。
 このご時世、外で遊ぶ子供が減ったとか、塾通う子供が増えたとか、子供の生活スタイルは大きく変わったなんてよく言われるが、本質的にクソガキな部分は昔のままだ。

 一方、きっと、あのチャオは野良チャオなのだろう。
 そう、あんなに育てやすいチャオですら、誰かは捨てるのだ。
 そして、捨てられた彼らは野良になる。
 ……なったところで、彼らが人無しでできることは限られているから、ああして、どんくさく子供に虐められている。
 チャオ情報サイトでいる"死"の眉に包まれるまで、彼らはこの世の生き地獄を一心に背負うに違いない。

 そして、そんなチャオの些細な変化が、僕の目に留まった。

「白い……」

 遠目にいるチャオの身体の色が、明らかに白く変色したのだ。
 それはきっと、誰もがすぐに気づく変化ではなく、その姿をじっと見ていた人間だけが気づく、些細な変化。
 子供たちは何を言うでもなく石を投げ続けるし、チャオは何も言えず、石をぶつけられている。
 まだ幼いだろう子供の親と見られる姿はない。
 チャオを積極的に助けてやろうなんて言う、浦島太郎ばりのいい子が現れる気配もない。
 昼飯を食い終わり、弁当がらを詰め込んだコンビニの袋と寄り添いながら休憩していた傍観者の僕だけが、白い身体に変化しようとする彼の姿を捉えることができたに違いない。

 少しだけ喉が渇いて、僕は緑茶のペットボトルを開けて、口にづける。

 そして、緑茶を飲みながら、不意に気づく。

「……あ」

 不意に気が付いて、僕はふと、気が付いた。
 気が付いて、そして、いろいろなことに気が付いた。
 気が付いて、そして、これが僕が初めて発見した事象でないことに気が付いた。
 気が付いて、そして、これを誰も口にしようとしない理由に気が付いた。

 ダーク。

 ヒーロー。

 言い方がすべてだ。
 この世に生きる、面倒くさがりで、少しだけ小賢しい大人たちが大半で、彼らに愛情を受けたチャオが大半で、だから、ダークなんて言い方を皮肉っぽくされる。

 けれど、それの何がいけないのか。
 我々の大半は、いや、すべてがダークだ。
 ダークイズダークだ。
 それ以上でも以下でもない。
 だから、我々に倣って、チャオも、ダークになるのだ。

 ヒーローは理想でしかない。
 いや、理想であるべきだ。
 さもなくば、この世にいるヒーローは何かしら歪み、暴走し、そして、取り返しのつかない傷を誰かに与えることになるのだから。
 そう言う世の中だ。
 ヒーローはダークよりも良いということではないのだ。
 ダークイズノットヒーローという事象の一端でしかないのだ。

「――相変わらず、幸せな妄想をしているものだ」

 自分で自分を嘲るようにして、スーツを着た僕は足を組み替えて、もうしばらく昼寝をしようと画策する。
 
 今回の一連の出来事を通して、僕ができることは僅かしかない。
 僕が育てているダークチャオを何度でも"転生"させて、僕と共に長生きできることを目指すこと。
 そして、公園で見た内容を綺麗に忘れて、午後からの仕事のためにしっかりと休息をとること。
 後、強いて言うなら、恋愛や結婚の相手を顔で選ばないこと。

「うん……」 

 それ以上は何もしない。
 それ以上は何も知らない。
 だから、それ以上は、何もできない。

 目を閉じる。
 どこからか、チャオの楽しそうな声が聞こえてくる。
 だとすれば、彼はきっとダークチャオなのだろう。
 ダークな僕らの愛情をいっぱい胸に抱えた、幸せのダークチャオだ。

「……」

 眠りに落ちる。
 もう考えられることは少ない。
 何も考える気力も無いし、眠ってしまえば、もう何も考えられない。
 夢の中で、仮にチャオが出てきたとしても、それはハッポー、いわゆる只のダークチャオだ。
 また、夢の中で、仮に恋人が出てきたとしても、彼女のチャオもきっとダークチャオだ。
 今の僕には彼女がいないから想像しようも無いが。
 けど、そうであってほしい。

 ――ところで、ただ一つだけ、僕は意識と無意識の狭間で静かに祈る。

 それはまだ、ダークになる前の、小さい子供のこと。

 "あの子"が、どうか"あの子"が無事でありますように、と。

 ただ、僕は、そっと祈る。

 それ以上は何もしない。
 それ以上は何も知らない。
 だから、それ以上は、何もできない。

 きっとそれは、僕が、ダークだからなのだろう。

 けど、それが理由になるというのであれば――

 ――それでいいと、僕は、そっと、意識を手放した。
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シャドウの冒険 最終話
 ダーク  - 18/12/31(月) 14:09 -
  
冒険が、終わる。
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 ダーク  - 18/12/31(月) 14:09 -
  
 二つの世界の内、一つの世界が消えようとしていた。
 光の世界と影の世界、その境界がマッスル達にもはっきりと感じ取れる。視覚的には何も変わっていない。ただの草原。辺りには緑が広がっていて、マッスル達の後ろにはかつて避難所として使った建物があった。でも、そのどれもが輪郭を失ったように"収まっていない"、印象ではない実体を表現していた。
 マッスル達も例外ではなく、自分が自我を失った二人の自分になり、しかもその内の一人が消滅を迎えようとしていることの理解を迫られていた。そしてその中にあるシャドウの孤独を、初めて共有したのだった。
 影の世界を保つべく影の世界の神へと戻ろうとするシャドウは、自我を失いつつあった。それに抗うシャドウ・ザ・スピードの生きようとする意思が、シャドウの力を暴走させる。シャドウから大量のカオスレイが放たれ、辺りを破壊する。
 一瞬遅れて、マッスル達はカオスレイを迎撃する。暴走したシャドウのカオスレイの威力は凄まじく、そのほとんどが撃ち落とせない。撃ち落とすことができているのは、マッスルの気弾だけだった。
 撃ち落とせなかったカオスレイがマッスルを除いた仲間達に迫る。
「伏せろ!」
 マッスルが叫び、仲間達は地に伏せる。マッスルは気烈破滅弾を仲間達の頭上に放った。気烈破滅弾は仲間達の頭上で何かに挟まれたように平たくなり、仲間達を守る天井となった。カオスレイは気の天井に触れると勢いを失い、そのまま消滅した。
「守れ!」
 ラルドは叫び、仲間達を覆う気のバリアを張った。それに合わせて、ナイツ、エイリア、ナイリアも魔力をバリアに練り込む。そしてできた気と魔力の大きな繭の中から、マッスルの背中を見た。
「マッスル」
 自分たちが戦力にならないと悟った仲間達は、マッスルの背中を見ることしかできなかった。今まで力を合わせてきたマッスルのその背中も、今は押すことも支えることもできない。そして、その向こうには咆哮しながらカオスレイを放ち続ける未だかつて見たことがないシャドウの姿。繭の外に出たらその歪みの中に取り込まれ、自分が自分でいられなくなってしまう。これから世界は、変わる。新しい世界の中に生まれ変わらなくてはいけないときが、理不尽な唐突さをもって、しかし運命的に、やってきた。戦いが、始まった。


 シャドウのカオスレイが延々と降り注ぐ中、マッスルはそのすべてを掻い潜り、シャドウへ接近していく。満身創痍のシャドウに、この世界との繋がりはもはや本能だけであった。接近する脅威に、シャドウの魔力が解き放たれる。創造と破壊と運動がひしめく空間を空白にすべく存在する力。神のみぞ持つことが許された絶対的消滅の魔法。
 カオス・イレイザー。
 マッスルは膨張する光から距離を取り、地面に拳を打ち付ける。全面地衝撃。降り注ぐカオスレイは空中で勢いを失い、シャドウの足が地から浮く。
 その瞬間にシャドウに向かって拳を突き、衝撃波を放つ。マッスルの衝撃波はどの技よりも速く、もはや相手との間に存在する空間ごと相手を殴るに等しい。
 シャドウはその場に倒れ、膨張する光もふと消える。
 光が消えた瞬間、そこには一瞬の空白が存在した。その空白を埋めるべく周りの空間が収縮し、時空が歪む。視覚的にも分かる、明らかな歪みだ。


「どうすればいい」
 マッスルは呟いた。
 一度こぼれてしまった言葉は、取り返しのつかない響きを残した。
 マッスルは仲間達の元に迫り、繭を叩いた。
「どうすればいい!」
 この場にいる誰もがいずれこうなることはわかっていたし、どうすることもできないということもわかっていた。
 シャドウを影の世界の神に戻さなければ、この世界は今ある形を留めておくことができない。しかし世界はシャドウ・ザ・スピードを失う。
 戦うことを放棄すれば、シャドウ・ザ・スピードの力が世界を破壊する。
 やりきれなかった。マッスルはその選択に、仲間達は選択することさえできない無力さに。
「!」
 仲間達はマッスルの背後に迫る無数のカオスレイに気づき、繭の内側だというのに後ろに飛び退いた。
 マッスルは仲間たちが飛び退いたのを見て我に帰り、振り向く同時にカオスレイを腕で弾いた。
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 ダーク  - 18/12/31(月) 14:11 -
  
 再び、戦いの火蓋は切って落とされた。
 また雨のようにカオスレイが降り注ぎ、足場がどんどん悪くなっていく。マッスルは空に向かって気烈破滅弾を放ち、空中で拡散させた。拡散した気の波動にカオスレイは撃ち落とされるが、シャドウはカオスレイを放ち続ける。
 さっきと同じように、カオスレイが止んだ瞬間、マッスルがシャドウに衝撃波を放つ。しかし、結果は違う。衝撃波がシャドウに当たる刹那、シャドウは気を放出し、衝撃波をかき消した。シャドウ・ザ・スピードの"慣れ"が、衝撃波を破った。
 すかさずマッスルは、地面を殴る。幾度も抉られて複雑な形状になった地面から、衝撃波が飛び出す。まっすぐ飛び出ない衝撃波があちこちでぶつかり合い、掠り合い、波動と渦になってカオスレイを撃ち落とし、シャドウを襲う。
 シャドウは衝撃を受け、回転しながら宙を舞う。だが、暴走するシャドウの力はそんなことお構いなしに、カオスレイを放ち続ける。そのすべてがシャドウ・ザ・スピードを脅かすマッスルに向けられる。
 マッスルは渾身の気烈破滅弾を放つ。大きな気烈破滅弾はすべてのカオスレイを飲み込み、シャドウに向かっていく。マッスルは後悔した。この気烈破滅弾はシャドウを殺しかねない。
 一瞬頭をよぎった実感のない言葉は、遥かに説得力のある予感に飲み込まれた。何か来る。
 マッスルは横に飛び退いていた。その一瞬後に、気烈破滅弾をカオス・バーストが貫いた。カオス・バーストは先に飛んだはずのマッスルの足先を掠めた。気烈破滅弾は少し膨らんだあと、霧散した。
 遠距離の技はシャドウに利があることが証明された。マッスルにこれ以上の技はない。
 マッスルに残された選択肢は接近戦しかない。ただ、シャドウを倒すことが目的でない以上、接近戦という選択肢を選ぶことは憚られる。いや、そもそもこの戦いに目的はない。でも、戦いをやめるわけにはいかない。マッスルは気烈破滅弾を両手に生み出した。


 シャドウの力の暴走が止まった。だが、シャドウはまだ立っていた。その存在を、マッスル達は強く感じていた。
 影の世界の神。
 影の世界の神が、まだ玉座についていないだけで、目の前にいる。
 色々な疑問が浮かぶ。
 影の世界の神が現実世界に降りてきたらどうなる? 彼は味方か? 敵か? どのタイミングで玉座につく? シャドウは死んだ? 自分達は何をすればい?
 影の世界の神が、地べたに座る。マッスル達は身構える。
 影の世界の神がゆっくりとピンクの繭に包まれた。マッスル達は理解した。シャドウが本当に影の世界の神へと転生しようとしている。
「待て!」
 マッスルが衝撃波を放って、繭を殴る。衝撃波が繭にぶつかった音がする。繭が部分的に砕けて、破片が舞う。壊せる、とマッスルは思った。
 マッスルが次の衝撃波を放とうとしたとき、繭の生成が止まった。繭はシャドウへと吸収されていき、シャドウが立ち上がった。
 通常、進化や転生が中断されることは有り得ない。今目の前に立っているのは影の世界の神で間違いない。影の世界の神が、マッスルを見据える。
「シャドウを、返してくれ」
 マッスルの祈りが、神に伝えられる。
 神は答えるように右手を前に出す。
 カオスレイが、神の右手から放たれる。
 マッスルは、カオスレイを地面に叩きつける。
「クソが」
 マッスルは両手に溜まった気烈破滅弾を神に放つ。気烈破滅弾が触れる前に、神が消える。そして、時空が歪んだ場所に現れる。カオス・シャドウ。
 歪んだ時空の上に立つ神は、歪んでいなかった。その確かな存在を携えながら、マッスルを見ていた。
 神の周りにカオスレイが浮かぶ。カオスレイは歪んでいる。歪んだ時空がどういう危険を孕んでいるのか、マッスルにはわからなかった。だが、マッスルに選択肢はなかった。気烈破滅弾を両手に生み出す。
「俺は負ける。負ける気しかしない。でも、俺は強い」
 神が歪んだカオスレイを放つ。この戦いに終止符を打つ訳でもなく、相手を倒す訳でもなく、ただ目の前の攻撃を打ち落とすために、マッスルは気烈破滅弾を放つ。カオスレイと気烈破滅弾が相殺する。先ほどまで一方的にカオスレイを打ち消していた気烈破滅弾であったが、影の世界の神となったシャドウのカオスレイはさらに威力を増していた。
「俺は強い」
 マッスルはまた両手に気烈破滅弾を生み出す。神がまた、カオス・シャドウで歪みの外に出た。
 次の瞬間、マッスルの体に何かが突き刺さる。視覚的には何も刺さっていない。だが、それは確実にマッスルを削り取っていた。
 マッスルに突き刺さったのは、影の世界のカオスレイであった。歪んだ時空を介して放たれたカオスレイは、視覚的には歪んだカオスレイであったが、それは影のカオスレイと分離した光のカオスレイであった。分離したカオスレイは、時空の歪みにより軌道を違えていた。光のカオスレイは気烈破滅弾と相殺したが、影の世界ではカオスレイが影のマッスルを捉えていた。神が歪みの外に出たのは、影の世界で相殺しきれなかった気烈破滅弾を避けたのだった。
 影に大きなダメージを負ったマッスルは、もはや完全に光と影に分断された。自我を失ったマッスルは倒れた。
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 ダーク  - 18/12/31(月) 14:11 -
  
 静か。
 神が口から糸を吐いて、ゆっくりと繭に包まれていく。その糸と糸が擦れ合う音だけが、音であった。
 仲間達は繭の中から、神を包む繭が濃くなっていくのを眺めていた。濃くなる繭と倒れたマッスルが、仲間達のすべてだった。
 糸の擦れ合う音はカウントダウンの含みを持ちながらも、安心と許容を仲間達に与えていた。濃くなる繭と倒れたマッスルの周りに存在する、入り込むことができない隙間を埋めていた。
 しかし、その安心も許容も隙間を埋める音も、仲間達は許す訳にはいかなかった。
 決意を力に変え、ラルドは繭を叩き割った。
 繭を飛び出した仲間達は、神を包む繭に魔力をぶつけた。魔力は繭の表面で消滅する。先ほどマッスルが衝撃波を放ったときのように砕けることはなかった。
 ラルドが衝撃波を放つ。だがやはり繭の表面で消滅する。マッスルの衝撃波が仲間達の技を上回っているのか、繭がその力を増しているのか、仲間達にはわからない。
 だが、諦める訳にはいかなかった。
「海を作れ!」
 ラルドが叫び、エイリアがありったけの水を放つ。ナイツが空気圧で水を形作り、水は繭を包む大きな球となる。水の中でふわりと繭が浮く。
 その水の中にラルドとナイリアが飛び込み、超高速で泳ぎながら繭を殴る。水の中で本領を発揮する二人が、すべての力を繭にぶつけ続ける。外から見ているナイツとエイリアには、見えない力に弾かれ、水の中を跳ね返り続ける繭の姿しか見えなかった。共に戦い続けてきた仲間達の強さ、その集大成を二人は感じていた。しかし、繭がまだ繭であることだけが気がかりであった。
 ラルドとナイリアが水の中から飛び出した。ラルドはナイツとエイリアの手を引き、少し離れた。ナイリアが水の球の上に飛び上がり、魔力を解き放つ。
 ナイリアの魔力によって形作られたフェニックスが水の球の周りにある空気の層を掴み、地面に向けて突撃した。魔力は大爆発を起こし、水の球も破裂した。辺りに雨が降った。爆発の中からフェニックスが蘇り、もう一度爆発の中へ飛び込み、二度目の爆発を起こした。
 短い雨が止み、そこにある繭がまだ繭であることをラルド達は確認した。その絶望は、己の無力を思い出させるのに十分であった。
「どうすればいい」
 光が仲間達の中を横切った。仲間達には一瞬何が起こったのかわからなかった。
 次の瞬間、繭が砕け散って再び神がその姿を現した。神の後方まで過ぎ去ったその光は、再び神へと襲いかかる。
 仲間達に見えているのは、神の背中と神に襲いかかるオレンジ色の残像だった。さっきまで倒れていたマッスルがいなくなっていた。あれはマッスルだ、と仲間達は思った。
 

 マッスルは速かった。かつて仲間であったソニック、彼よりも遥かに速い。
 マッスルの拳が神の頬を捉える。神は吹き飛び、近くの雑木林の中に突っ込んでいった。木々が倒れ、砂や木屑が舞う。
 吹き飛んだ神を超える速さでマッスルが追い、神を地面に叩きつけるべく拳を振り下ろす。
 瞬間、神が消えて、マッスルの拳は地面を捉える。地面は崩れてその形を失うのと同時に衝撃波を吹き出し、雑木林を上空へと舞わせた。
 神は歪んだ時空に現れる。カオス・シャドウで移動したのだった。
 だがマッスルはそれにすら追いつく。マッスルは既に拳を振り上げていた。
 神はオーラ・バリアを張って拳を止める。オーラ・バリアは一瞬にしてその耐久性を失うが、神にとってはその一瞬があれば十分であった。
 カオス・バーストがマッスルを打ち抜き、マッスルは吹き飛び、倒れる。
 倒れたマッスルのもとに、仲間達が駆け寄る。
「マッスル!」
 腹に風穴の空いたマッスルが、なんとか意識を保とうと目を開こうとする。だがその瞼は重く、薄く開かれた目にもはや仲間達は映っていなかった。
 仲間達は必死にマッスルへ水の回復魔法をかける。傷口は徐々に塞がっていくが、ダメージは深刻だ。
 音はもはやマッスルの深い呼吸だけだ。その音は、先ほどの繭が濃くなっていくときの音よりも、運命の色を含んでいた。
 マッスルは、影の自身を失っていた。しかし、マッスルは確かに生きている。マッスルの呼吸はまだ世界と繋がっていて、仲間達と繋がっていた。
 仲間達は、マッスルにもう一度立ち上がって欲しい訳でもなく、目の前の傷を治したい訳でもなく、その繋がりを離したくなくて、回復魔法をかけ続けた。もはやこのあとにどんな未来が待ち受けているかなんて、考えるに値しなかった。
 だが、その繋がりを手放してしまったのは、皮肉なことにその回復魔法で、マッスルだった。
 体が動くようになった瞬間に、マッスルはもう飛び出していた。神を目掛けて、拳を振り上げて飛び掛かった。
 しかしマッスルの先にあったのは神の体ではなく、白い光であった。マッスルの光は、消滅した。
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 ダーク  - 18/12/31(月) 19:59 -
  
 何も繋がっていない。
 まるで、最初から何もなかったように、マッスルとこの世界の繋がりは絶たれてしまった。そしてそれは、仲間達とマッスルの繋がりが絶たれるのと同義であった。
 死体に縋ることもできない仲間達は、ただ泣きじゃくるしかなかった。
 マッスルを飲み込んだカオス・イレイザーが膨張し、仲間達に迫る。仲間達に、できることは何もなかった。
「スーマ、頼む」
「ええ」
 仲間達の後ろに、二つの影。仲間達が顔を上げて、声の方を見る。そこには、黒いマントに身を包んだカオスィヴと、対照的に青々としたスーマが立っていた。
 スーマが魔力を使う。スーマの魔法は目視で確認できない。時の神による、時の魔法。仲間達は、さっきまでマッスルが倒れていた場所から、何かが消えるのを感じた。
「カオス・イレイザーか」
 カオスィヴは膨張する光を見下すような目で見る。そして、カオス・イレイザーに魔力を注ぎ込む。すると、白い光の内側から、そこに元々あった空間が生まれていく。すぐに、白い光は空間で塗り潰された。その光景を見た神は、カオスィヴの顔を無表情に見る。
「元神にして元シャドウ。今のお前は何者でもない。そして、神の資格を持つものはお前だけではない」
 カオスィヴは手から、魔力を浮かばせる。神だけが使える創造の魔法、無限魔法。カオスィヴは無限魔法を空間の歪みに注ぎ込み、あるべき空間の形に戻した。
「何者だ」
 初めて神が口を開く。声はシャドウのものであるが、シャドウ・ザ・スピードが発した言葉ではない。
 仲間達に疑問が浮かぶ。神が把握していない存在? カオスィヴの伝説は聞いたことがあったし、実際にマッスルが会ったということも聞いていた。カオスィヴは500年も前から存在していて、その絶大な戦闘力が言い伝えられてきた。そんな圧倒的存在感を放つカオスィウが、神に認識されていなかった。
 カオスィヴが仲間達を見る。仲間達はその目から何かを汲み取ることはできなかった。
「奇しくも、光のマッスル・パワードがさっきまで倒れていたこの場所は、影のカオスレイによって影のマッスル・パワードが倒れた場所と同じであった」
 カオスィヴはそこで言葉を区切り、神を見た。神は次の言葉を待った。カオスィヴは語り続けた。
「カオス・バーストにより重傷を負った光のマッスル・パワードは、その仲間達の手によって回復が施された。そして、その回復魔法は同時に、影の世界で同じ場所に倒れている影のマッスル・パワードの傷口をも塞いだ……。回復した影のマッスル・パワードは時の神スーマによって500年前に飛ばされ、神を元に戻そうとする世界の脅威からシャドウ・ザ・スピードを守り続けた。もうわかるだろう、元神よ」
 カオスィヴは巻いていたマントを捨てた。カオスィヴの体には、かつて自らを貫いたカオスレイによる傷跡が未だ残っていた。神も、仲間達も、真実を理解した。
 神は考えていた。神の資格は、対となる世界に対となる存在を持たないこと。それ以外の者達はすべて神々によって作られ、対となる存在を持っている。そして必ず、光の存在は光の世界に、影の存在は影の世界にいる。だが、このカオスィヴは対となる光の存在を持たない上に、影の存在であるにも関わらず光の世界に存在している。対の世界に存在する単体は、ある種の完全性を持つのだ。私と同じように。
「影のマッスル・パワードが、私に何の用がある」
「お前を殺し、神の座を頂く」
「シャドウ・ザ・スピードを守り続けてきた貴様が、私を殺すのか」
「お前はシャドウではない。この世界に生きようとする生命の意思こそが、シャドウなのだ。今やお前は神の成り損ないだ」
「では、どちらが真の神に相応しいのか。証明して見せよう」
 カオスィヴは、もう一度仲間達を見た。
「ラルド、ナイツ、エイリア、ナイリア。すまなかった」
 仲間達は何も言えなかった。
「スーマ」
 スーマはカオスィヴに歩み寄った。
「私のわがままに付き合わせてしまってすまなかった。500年もそばにいてくれて、ありがとう」
 そして、長いキスをした。
 唇を離すと、カオスィヴは自らに棲まわす鬼のオーラを解放した。
「さて、元神よ」
 つづきから、だ。
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 ダーク  - 19/1/4(金) 17:09 -
  
 神が放ったカオス・バーストをカオスィヴは掌で受け止め、空いている手から気弾を放つ。
 神はそれを避けて、カオスィヴがいるところにカオス・イレイザーを放とうとする。だがカオスィヴはカオス・イレイザーの発生に合わせ無限魔法を置き、発生と同時に相殺した。
「わかっているだろう、元神」
 カオスィヴは神を殴り、吹っ飛ばす。
 地面スレスレを飛んでいく神を、その先に回り込んだカオスィヴが片手で受け止める。
「お前は私に勝てない」
 カオスィヴは神を地面に叩きつける。地面から衝撃波が飛び出し、神を挟み込む。地衝撃。
 その瞬間に、神はかつてと同じように、カオスィヴの腹にカオス・バーストを放つ。
 カオスィヴはもう片方の手で、カオス・バーストを掴む。そして、神を掴んでいた手を放し、カオス・バーストをぶつける。また、神は吹っ飛ぶ。
 神はすぐに起き上がるが、その目の前には白い光があった。カオスィヴのカオス・イレイザーだった。
 神はカオス・シャドウで移動を試みるが、ことごとく移動先の目の前にはカオス・イレイザーがあるのだった。
「神の資格を得た私は、その力である無限魔法と消滅魔法を含むすべての力を500年もの間磨き続けてきた」
 カオスィヴはカオス・イレイザーを変形させ、神を消滅魔法の檻で閉じ込める。
「この世界に生まれ落ちて、たかだが数年不完全な力を振りかざしていただけのお前とは訳が違う」
 カオス・シャドウでカオスィヴの背後に現れた神が、魔力でできた槍を突く。が、それもカオスィヴの背中を守るカオス・イレイザーによって消滅する。カオスィヴはカオス・イレイザーによって生まれた空間の歪みを、すべて無限魔法で直した。
「そして、お前は無限魔法を使えない」
「私は無限魔法を使えない」
 神はカオスィヴの言葉を繰り返した。
「シャドウ・ザ・スピードの生命こそが、私の無限魔法だからだ」
「……シャドウは孤独だった。神の座でただその役割を果たすだけの存在だった」
「あるとき、神の座に渦巻く混沌の中に一瞬の規則性が生まれ、自らが持つ無限魔法を生命に変えた」
「それと引換えに世界は神を失い、シャドウを手に入れた」
「生命とは制限だ。この体も、この意思も、実に不便だ。なぜシャドウ・ザ・スピードは自らを生み出した?」
「そこに目的はない。意思に始まり、意思に終わる。それだけだ」
「意思あるものは神に成りえない。貴様は私を越えるか?」
 無数のカオスレイが神の上に現れる。
 カオスィヴはマッスル・パワードであった頃を思っていた。当時の自分は、このカオスレイを見て何を感じていたのか?
 自信か、恐怖か。それとも、何を考える余裕もなかったのか。
 覚えていない。
 カオスィヴは右手に気を集中し、気の球を浮かばせる。
 カオスレイがカオスィヴに降り注ぐ。カオスィヴは球に気を送り続ける。気烈破滅弾。
 気烈破滅弾はその大きさを増していき、すべてのカオスレイを飲み込む。それでもまだ、気烈破滅弾は大きくなっていく。
 気烈破滅弾に照らされた仲間達の影が、長く伸びていく。カオスィヴと神の影が、光に飲まれていく。
「大丈夫だ」
 俺は強い。
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エピローグ
 ダーク  - 19/1/4(金) 18:57 -
  
 墓はないが、彼らはそこにいた。
 甚大なダメージを負った大地も、今や元の草原の姿を取り戻していた。近くにあった雑木林はなくなり、草原の一部となっていた。
 雲も風もない、穏やかな日だった。それはたまたまそうだったのではなく、エイリアが仲間達の予定と天気予報を照らし合わせて、今日という日を再会の日としたのだった。
 エイリアはマッチョに声を掛けなかった。それはマッチョを気遣っただとか、この場に呼ぶのには相応しくないだとか、そういうことではない。あの戦いが終わり、カオスィヴは桃色の繭に包まれて影の世界の神へと転生した。桃色の繭が解けると、誰もいなかったのだ。その後、シャドウはずっと眠っていたが、その間に他の仲間達でマッチョのもとを訪ね、事情を説明した。するとマッチョは、
「そうか。すると俺は神の親だな」
 と笑ったあと、
「心配するな。あいつは強いし、俺も強い」
 と真面目な顔をして言ったのだった。
 逆に慰められた気持ちになった仲間達は、二度とマッチョと会わないことを誓ったのだった。
 仲間達は何も持ってきていなかった。何を持ってこようとしても取ってつけたような違和感があったし、何もないことが何かがあることよりも大きい価値になる場合があるということもわかっていた。
 だから、集まったはいいものの、誰も何も喋らなかった。
 しばらくその場で、草原を眺めていた。その目にはあの戦いが蘇ることもなく、ただ目の前の草原を映していた。
「僕は」
 とシャドウが言った。
 シャドウだけは違った。厳密に言うと、仲間達も違った。本当はそこにあるものを、シャドウという蓋で塞いでいただけだった。シャドウが喋りだしたことによってその蓋は外れ、世界が動き出す。
「あれから自分の生命について考えてきた。影の世界の神は、生命は制限だと言った。確かにそうだ。僕には元々目的も役割もあった。だが、もうその目的も役割も果たせない。マッスルは意思に始まり、意思に終わると言った。そうなのかもしれない。だが結果を見てみれば、僕の意思はマッスルを犠牲にした。僕の意思とはマッスルを犠牲にすることだったのか?」
「違うよ」とラルドが言う。
「自信を持って言える」
 声が震えていた。自分に言い聞かせた言葉だった。
「マッスルは選べたんだよ。シャドウが神になることと、自分が神になること。それで、自分が神になることを選んだ。シャドウの意思もマッスルの意思もそこにはあったんだよ! 結果なんて、見方一つでどうにでもなるじゃない……? 生命とは冒険だよ。少なくとも私は、そう思って王女をやってる」
 ラルドは途中から泣き出していた。声は震えて、裏返って、弱々しいものだった。だが、シャドウはその意思を汲み取っていた。
「そうか……。すまなかった、酷な問いかけだった」
 ラルドは首を横に振った。
「ううん、みんなそう。シャドウも問いかけられてた。冒険だから。でもそれでいい」
「冒険だから、か。ありがとう。そんな言葉が欲しかったのかもしれない」
 シャドウは一度考え込んだ。仲間達はシャドウの次の言葉を待った。
「僕はこの言葉を言うのが怖かった。だが今なら言える。あの影の世界の神は、僕だった。生命が冒険だとするのなら、僕の冒険もマッスルの冒険も終わった。だが」
 マッスルは強い。だが、そのマッスルですらも、神の孤独に耐えかねてこの世界に降りてくるようなことがあるのなら。
「それすらも含んだ、大きな冒険がまだ続いている」
 僕が再び神になろう、とシャドウは思った。
引用なし
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