●週刊チャオ サークル掲示板
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2:移動部
 問題式部  - 13/8/29(木) 6:51 -
  
 要求を突っぱねようという気が起きなかったのは、一概に僕の意志の弱さだろう。
 行くも行かないもまずは理由を聞いてからだ、という言葉を引き出すのに何分かけたことか。それまで僕はひたすら「あー」とか「うー」とか言って場を濁しているだけだった。
 あれだけ人にぐいぐい詰め寄っていた少女も、今はベンチに座って呼吸を整えている。疲れたのはこっちなんだけどな。
「……チャオを置いてきてしまったんです」
 その一言だけ聞いて、僕はすぐに帰ろうと思った。どうせロクでもない話でしかなくて、どうせロクでもない事にしかならない。でも、すぐ後ろに黒スーツの女が立っていて、ここで帰ろうものなら足首から外しますよと笑顔で訴えていた。
「その日はちょうど出かけてて……だから無事だったんです」
「運が良かったね。チャオのことは諦めたら?」
「できません! あの子のこと諦めるなんて」
「君のチャオは何歳だったの?」
 遠慮のない質問をストレートで投げ込むと、少女の肩が萎縮した。
「……四歳でした」
「もう死んでるよ」
「どうしてそんな酷いことっ」
「どうしてそんなにこだわる? 君の周りの人間だって散々言ったんじゃないのか、もういい加減諦めろってさ」
 また食って掛かろうと腰を浮かせた少女を言葉で座らせる。その視線は蟻でも探すみたいに地面をさまよい始めた。
「そもそも二年前の話だ。どう考えても寿命で死んでるし、転生したところで生きてるわけがない」
「……わかってます」
「わかってないからあの街に行きたいとか言うんだ。もう立派な高校生なんだから現実から目を逸らすのはやめろ」
「あら、言うようになりましたね」
 すぐ後ろに立っていた邪魔者が、実に面白そうな顔を僕のすぐそばに寄せてきた。構うとキリがないので、遠慮なく手でぐいぐいと押し返す。
「そういうわけだ。君の頼みは聞けない。潔く」
「お願いです! 一日だけでもいいんです、あの街に連れて行ってください! なんでもしますから!」
「ん? 今なんでもするって」
 後ろでただ面白がってるだけの女を肘で小突いて黙らせる。目の前にはきっかり90度に体を曲げる文学少女がいる。幸い、足元の見えていない若者を追い払う為の言葉はなんとか浮かんだ。ここはボディガードとやらの嘘に乗っかるとしよう。
「……お前、自分の発言に責任は持てる歳だよな?」
 あくまで淡々とした調子で切り出す。空気が変わったのを感じてか、少女は少しずつ曲げた体を戻す。
「人に借りを作ることの意味がわかるな? 人様の時間を自分のために使わせることがどれだけ図々しいことか、ちゃんとわかるよな?」
 高圧的な語調にはしない。そういうのが似合わないのはわかってるから。それでも少女は、場の息苦しさを感じ取ったのか不安げな表情を見せる。
「お前の提示した条件は呑んでやる。文字通りこっちの言うことはなんでも聞いてもらう」
「……あの、お金ですか?」
「金なんていくら積まれてもいらない。指だって何本もらっても邪魔なだけだ。お前にはそれ以上のことをしてもらう。いいか、これはお前が提示した条件だぞ」
 僕からは見えないが、後ろの女がどこまでも痛快な笑顔をしてるのがよくわかる。とんだ嘘八百を並べたものですね、と。だが僕は嘘は言ってないつもりだ。金も指もいらないのは確かだし。
「約束を反故にできると思うなよ。お前の住所も親族もすぐに調べがつく。もしこっちの要求を突っぱねたら、どうなるかはわかるな」
「あ、あの……嘘、ですよね?」
「おい舐めてんのか?」
 トドメを刺すつもりで、僕は大股で詰め寄って遠慮なく少女の手首を掴んだ。少女はか細い悲鳴をあげて僕の手を振り解き、僕から離れる。
「いいか、あの街に行くのはここにいる三人だけだ。例外は認めない。この意味がわかるな?」
「意味……ですか?」
「お前の言った通り、期限は一日。その間に目的を果たしても果たせなくても要求は呑んでもらう。その日にな。それまで帰れないと思え」
 ――僕の人生の中で、こんなに女の子をいじめたことはない。文学少女はいよいよ力が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。
 我ながらどす黒い感情を吐き出したものだ。悪いことをしているという自覚がひたすらに少女と目を逸らせと訴えていたが、僕は精一杯の虚勢を張って少女の目を睨み続けた。心の中で何度も唱えた。帰れ。帰れ!
 だが、少女の天秤は傾いてくれない。少女の目は僕と後ろに立つ女の間を行ったり来たりしている。見なくてもわかる、きっと後ろの女は僕の迷惑も顧みずに「大丈夫、怖いことはありませんよ」みたいな笑顔を見せているに違いない。少女の迷いはつまるところ、僕と女の間にあるギャップの正体がわからないことにあるのだろう。
「……その要求は、わたしが応えられる範囲のものですか?」
「それは、お前次第だ」
 ああこれはダメだなと悟った。せっかく与えた不安を払拭して、少女は元の気勢を取り戻してしまう。公園から飛び立った小鳥の声が「滑稽だな」と笑っている気がして、なんだか居た堪れなくなった。
「わかりました。その条件を呑みます」
「……本当にいいんだな」
 そうやって再確認する頃には、僕はもう彼女から視線を外していた。溜め息も吐いてないのに、体から空気が抜けていく感覚がする。
「大丈夫です。わたしを、ステーションスクエアに連れて行ってください」
 僕の肩を黒い手袋がぽんぽんと叩いた。振り返ると、忌々しい女が「滑稽ですね」とバカにした顔をしていた。もし勝てるようだったら今すぐぶん殴ってた。
 こうなったら仕方がない。こいつがいる限りドタキャンなんてできっこないし、一日だけ遠出するものと思ってやり過ごそう。どうせ何も起こりはしない。心からそう願う。


―――――――――――――――――――――――――


 当日の朝、キャンピングカーを転がしてやってきたレーシングウェアのバカを見たときは死ねばいいのにと思った。
「それでどこ攻めるつもりだコスプレ野郎」
「いえいえ、せっかくの遠出ですから楽しまなければ損かと思いまして」
 ちっとも楽しくねえよ。一緒に待っていた文学少女なんか混乱のあまり右に左に視線を振り回している。
 場違いなレーサーは放っておいて、僕は少女と一緒にキャンピングカーに乗り込んだ。ベッドの上には二人分の防寒具が用意されていた。手袋や耳当てにネックウォーマー、果てはゴーグルまで用意されていて、これからスキーにでも行くものと錯覚してしまう。
 もちろんこれは決して大袈裟な装備ではない。少女も用意された防寒具を見て少しだけ目を丸くしたが、すぐに得心が行ったような顔をした。同時に、自分がどれだけ無茶なお願いをしたのか今さら自覚したような顔をする。
「……おい、目的地までどれくらいかかる?」
 運転席に乗り込んでヘルメットを被った女に声をかける。
「おそらく四時間以上はかかると思います。飛ばしますか?」
「別にいい。カップ麺が作りづらくなる」
 そういえばまだ朝食を食べていなかったことを思い出し、冷蔵庫の中に入っていた選り取り見取りのカップラーメンから適当にしょうゆ味をチョイスする。やかんに水を注ぎながら、ちらと少女の顔を見た。
「朝食まだか?」
「は、はい。急いで来ましたから」
 それを聞いて、見ないまま冷蔵庫からもう一つカップラーメンを取り出した。
「火を使うなら気をつけてくださいね。出しますよ」
 エンジンの回る音を聞きながら、構わずコンロを点火した。


 カップラーメンを食べ終えたあと、特に暇を潰す方法が見つからなかったので、ベッドに寝転がって窓の外を見ていた。すでに車は高速を走っており、景色に面白みがない。このまま四時間以上は結構堪えるものがある。
 一応読書という選択肢はあった。結構な数の本がキャンピングカーに積み込まれていたのだが、そのラインナップが酷い。純文学の恋愛小説から、一般人が手を出しづらい雰囲気のライトノベルまで、あまりに糖分とカロリーの高い品揃えにゲップが出そうだった。絶対ヤツの趣味じゃねえ、ただの嫌がらせだこれは。
 できることなら一冊ずつ丁寧にコンロで焼いてやろうと思ったが、さすがに小火は起こせない。結局見ないふりをするしかないわけだ。
「……あの、読まないんですか?」
 読まねえよ、と睨みつけそうになってしまった。なんでよりによってそういう話の切り出し方するんだ。
「こういうの趣味じゃないし」
「あれー? 趣味じゃありませんでしたっけー?」
 うるせえ黙って運転しろ。お前この文学少女にいくつの誤解を植え付けてると思ってる。
「君は本、読まないの?」
「えっと、わたしはこういうのはちょっと」
「そうじゃないよ。なんか、自分で本持ってきてそうだと思ってさ」
「いえ、あんまり……読書感想文書くのにハリーポッターを読んでたくらい」
 え、読まないの? 文学少女っぽいなと思ってた僕の認識否定されちゃった? どうしよう、あだ名を変えないといけないな。いや面と向かってそう呼んでるわけじゃないけど。
「じゃあ普段なにしてるの? 運動してるようには見えないし」
「漫画読んだり、ゲームしたり……それくらいです。友達もいないし」
 男っぽい日常の過ごし方だった。友達がいないっていうのは意外だ。知らない人間にずかずかと歩み寄ってくるくらい人には慣れてると思ったのだが。
「あれはその、必死だっただけで……そんなに、人と話すのはちょっと」
 こうやって話してみると、前に感じた印象とはだいぶ違った少女なのだなと再確認する。てっきり芯の強い少女かと思っていたが、たぶん落ち着きがないだけなのかもしれない。前のアレは後のことを考えずに勢いで退路を断っただけなのだろう。よく見てみると、今の少女はだいぶそわそわしているように見える。
「もう少し落ち着いたら? 変に気張ってると、現地に着いたときに疲れるよ」
「えっと、わかってるんですけど」
 そう言ってベッドの上で膝を抱える少女はどう見ても落ち着きがなかった。見ていてとても不安になる。視線は定まってないし、頭はふらふらしてるし。
「……なあ、昨日何時に寝た?」
「えっ? えーと、覚えてないです」
「深夜過ぎてた?」
「過ぎてました」
「寝ろ」
 どうやらさっきから舟を漕いでたらしい。遠足前日じゃあるまいし……いや、眠れないのも無理はないのかもしれない。よくよく考えたら、前はとんだ嘘八百を並べていたから、この少女にとっては今日が人生の分岐点になるやもしれないのだ。まだあの嘘信じてるのかな。
「あの。寝てもいいんですか?」
「寝ちゃダメとは言ってないよ。着いたら起こす」
「あ、ありがとうございます……」
 おずおずと仕切りのカーテンを閉めて、毛布を被る音が聞こえた。車のエンジン音以外なにも聞こえなくなる。
 それから五分くらいぼーっとしていたが、暇になってふと無造作に積まれていた小説のうち一冊を手に取ってみた。よりによってライトノベルだったが、気にせずパラパラと読み流してみる。最近深夜アニメにありふれているサービスシーンが三回もあった。寝ているヒロインを見てドキドキする主人公とか、寝ている主人公をヒロインがって全部夜這いじゃねえか。
「彼女、寝ちゃいました?」
「えっ? あ、ああ……たぶん」
 珍しく話に割り込もうとしなかったお邪魔虫が唐突に口を開いた。ちょうど眉間にしわを寄せていたタイミングで話しかけられたものだから少し驚いてしまう。
「そうですか。今なら寝込みを襲うチャンスですよ」
「お前さては用意した本に全部夜這いシーンあるだろ!?」
 今しれっと官能小説も混ざっていたことに気付いてめちゃくちゃ声を荒げてしまった。よくもまあ目的のシーンがある小説だけ……えらく難易度の高い本の選び方じゃないか、無駄に。
「あら、読んでいただけたのですね?」
「パラ読みでも目を通したことに後悔したわ! ふざけんな!」
「ダメですよ、そんなに大きな声を出したら起きちゃいます。せっかく邪魔しないようにするために声をかけなかったんですから」
「そういうお節介はいらねえんだよ黙って運転しろ」
 ポイと本を投げ捨ててベッドに座り直したが、どうも落ち着かない。別に今寝ている文学少女を意識しているわけではない。決して意識しているわけではないが、どうしても落ち着かない。落ち着かないので、渋々と助手席にやってきて腰を下ろした。
「ふふっ、意識しちゃってかーわいい」
 もう帰りたいんだけど。生憎の曇り空を前にして、なんだか無性に煙草が欲しくなった。吸ったことないけど。こいつの顔見てるとほんと落ち着かないんだよな……。
「ってあれ、お前ヘルメットどこにやったっていうか服は?」
 気付いたらこいつ、いつの間にか普段の黒スーツ姿になっていた。いつ着替えやがった。
「やっぱり私といったらこのスーツですからね。似合うでしょ?」
 似合うっつーか、他の服装を見たことないんだけどな。もしフリフリのワンピースとか着ようものなら助走つけてぶん殴るけど。
「……着いたら起こしてくれ」
 他の車を追い越したり追い越されたりする音が子守唄のように思えて、なんだかまぶたが重くなってきた。僕も寝ることにしよう。
「夢の中で迷子になったみたい、ですか?」
 ふと、聞いたことのある歌詞がなぞられた。明るいけど、どこか物悲しさを感じるサウンドを思い出す。あれは確か、無限の可能性を歌っていたか。あの歌は若いな、ほんとうに。
 そんなことを考えながら、僕は夢に落ちた。
引用なし
パスワード
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つづきから 問題式部 13/8/29(木) 6:31
1:導入部 問題式部 13/8/29(木) 6:39
2:移動部 問題式部 13/8/29(木) 6:51
3:平日部 問題式部 13/8/29(木) 6:58
4:探索部 問題式部 13/8/29(木) 7:10
5:休日部 問題式部 13/8/29(木) 7:20
6:考察部 問題式部 13/8/29(木) 7:34
7:忌日部 問題式部 13/8/29(木) 7:38
8:帰宅部 問題式部 13/8/29(木) 7:50
9:変調部 問題式部 13/8/29(木) 8:06
10:結末部 問題式部 13/8/29(木) 8:23
11:再開部 問題式部 13/8/29(木) 8:28
12:再会部 問題式部 13/8/29(木) 8:40
13:起床部 問題式部 13/8/29(木) 8:48
おわり 問題式部 13/8/29(木) 9:36
感想です スマッシュ 13/8/30(金) 23:59
感想 ダーク 13/8/31(土) 23:23
乾燥です(爆) ろっど 13/9/4(水) 20:54

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