●週刊チャオ サークル掲示板
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6:考察部
 問題式部  - 13/8/29(木) 7:34 -
  
「単刀直入に聞きますけど、どう思います?」
 芝生に腰を下ろしていた僕の元に、文学少女に付き合って軽い探索をしていた彼女が戻ってきた。当の文学少女はまだ、もう一つあった扉の向こうにいるはずだ。あの先はチャオレースの受付があったところか。
「どうって?」
「チャオに限らず、この街に生き残った者がいるかどうかです」
「いないだろ」
 考えるまでもない。僕は間髪入れずに可能性を否定した。
「毎日毎日大嵐、冬になれば猛吹雪だろ? 普通に考えて生きてるはずがない。雨露凌げる場所があったって、今度は飯が問題になる。こんな場所で二年も過ごせるわけがない」
 誰だって僕と同じ結論になるはずだ。それだけこの街は生きていくに相応しくない場所なんだ。
 だというのに、彼女は面白そうに笑うのだ。僕のことを、仕方のない子ですね、とでも言いたげな目で。
「つまり拠点と安定した食糧供給があれば、ここでも生き残れるというわけですね」
「……なに言ってんだお前」
 ふざけているのか。普通ならそう思う。でも、こいつが言うと話が違ってくる。こいつはここに生き残りがいることを知っているんじゃないか。そう思わせるようなものを、こいつは持っている。
 でも、有り得るわけがない。だって。
「そもそも、拠点はともかくとして、なんだよ安定した食糧供給って。誰が持ってくるんだよ」
「何も持ってくる必要はないでしょう? チャオは木の実で生活しますから」
「こんなとこで育つ木があるかよ。都会にそんなもんないだろ。肝心のチャオガーデンの木だってこのザマじゃないか」
「確かに木はないです。けれど」
 そういって彼女は、懐から何かを取り出した。見覚えがある。ついこの前にも見せられたハートの種。まだ持っていたのか。
「新しい木を育てることは可能です。チャオの食糧である実を作る木の種は、普通の木よりも早いスピードで育ちますから、自給には持ってこいです」
「……いや、無理だろ。外は悪天候だし、屋内じゃ育ちが」
「ここ屋内ですけど、この木の種は育ちますよ? それに悪天候な場所だって自然は育ちます。ロシアに木がないとでも仰るんですか?」
「そもそもッ!」
 なんでか知らないけど、僕の声が震えてる。何故かわからないけど、彼女の言葉を必死に否定したくて仕方がない。焦っているのか、僕は?
「木の種がどうって問題じゃない。この街を拠点にする意味がないじゃないか。普通は脱出するだろ? 僕だってそうするし、お前だって」
 そこまで口を走らせたとき、急に彼女が僕の目の前まで顔を近づけてきた。後ずさりしようとしても、ちょうどすぐ後ろが壁だった。彼女はお構いなしに僕の顔に手を添え、今にも人を喰いそうな笑顔で見つめてくる。
「では、ここ以外の地へ向かうことができれば、生き残ることは可能だと?」
「……あ、ああ。そりゃ、移動できれば」
「認めましたね」
 刃物を刺されたかのような、あまりにも鋭い言葉。喉元がひりついてるみたいだ。
「な、にを」
「まだチャオが絶滅していない可能性です」
 泣き出しそうだった。とにかくこいつから目を逸らしたかったのに、どうしても目が離せない。視界が酷く震えてる。
「……して、ないのか? まだ、チャオは」
「あら、どうして私に聞くんです? 生き物が絶滅したとかしてないとか、そういうことを知ってるのはえらい学者さんでしょう?」
「お前ならッ!」
 まだ腹の中に残っていた空気を使って声を張り上げたけど、信じられないくらいガラガラだった。それでも必死だったから、自分の情けなさにもしばらく気付けないでいた。
「お前なら“チャオが絶滅してるのかどうか知ってる”はずだろッ! だってそういう話のはずじゃないかッ!」
 さっきの少女のときと違って、僕の声はなぜかこの部屋に痛いほど反響した。それがしんと静まり返って、かなり長いあいだ沈黙していた気がする。
 沈黙を破ったのは扉の音だった。さっき奥に行っていた少女が戻ってきたのだ。
「やっぱり特に何もありませんでした……って、あの、二人ともなにしてるんです?」
 僕の叫び声は聞こえなかったらしい。防音性の高い部屋でよかったなと、僕はふっと冷静になった。さっきまでの感情の昂りが嘘のように消えていく。
「いえ、どうやらさっきの考察は違ったかもしれないな、ということを話していたんです」
 彼女も僕に向けていた笑顔を消して、僕からさっと離れた。
「さっきの考察?」
「扉が開いていたんじゃないか、って話したでしょう?」
「え、開いていたんじゃないんですか?」
 少女の疑問も最もだ、とでも言うように深く頷き、彼女は芝居がかった咳払いをする。
「よくよく考えたら、ここの入口の扉が開いていたはずがないなと思いまして。ほら、この扉は外開きじゃないですか?」
 そういって彼女は入口の扉を開き、またすぐに閉じた。確かに外開きだ。そもそも床の氷がつっかかるとか言って割っていたし。
「でも、それじゃあ洪水の時に壊れるって言ってましたよね。高速道路だって」
「確かに高速道路は壊れましたが、なにも建物まで壊れたわけじゃありません。そもそも道路が壊れるくらいなら、普通は建物も壊れますよね?」
 言われてみればそうだ。ビルと高速にどれだけ耐久力の差があるか知らないけど。
「そもそもこの街を襲ったのは津波ではなく洪水なんですよ。津波なら建物くらい壊れるでしょうが、湧いて出る水なら比較的勢いはありません。実際に洪水の様子を見たわけではありませんが、結果的に大体の建物が形を保っていますからね。高速道路はカオスが自分で壊したものが浮かんでいたのでしょう」
 お前、それならそうと扉を開ける前の時に言えよ……勝手に思い込んでいたのは僕だけど。
「じゃあ、ここには浸水していなかったんですか?」
「おそらくは。さっき軽く調べた限りでは、他に浸水しそうな場所もありませんでしたし。そちらも特に変わったものは見つからなかったでしょう?」
「はい、ゴミで汚れてるくらいしか……それじゃあ、ここにいたチャオたちは」
「少なくとも、大洪水の時には生きていた可能性があります。今は木も枯れていますが、しばらくはここに滞在することは可能だったのではないでしょうか」
 少女の顔が徐々に喜びで彩られていく。絶望的だったチャオ生存の可能性に光が差していく。僕にとっては、あまりにも眩しい。
「でも……結局ここには誰もいませんよね。どこに行っちゃったんでしょう」
「ここはカオスの影響による悪天候の中心地ですからね。さすがに長く留まるわけにはいかなかったんでしょう。おそらくどこかに移動したと思うのですが」
「移動、できたんですか?」
「できたんでしょうね。大洪水から時間も過ぎて、かろうじて移動することはできるようになったんでしょう。事実、私達もここには辿り着くことはできましたからね」
「……どこに行くんだ」
 ようやく口を開けた。さっきは酷く擦れていた喉が、何事もなかったかのように声色を取り戻している。
「仮にお前の推測通りだとして、チャオはいったいどこに移動する? アテはあるのか?」
 聞かなくても答えがわかる気がした。チャオだってどこでも生活できるわけじゃない。綺麗な水辺でしか生息できない、確かそう聞いた覚えがある。だから特別にチャオガーデンを用意している場所は、ステーションスクエア以外にはない。となると答えは一つだ。
 ――あそこしかないだろう。
 ――わかってるじゃないですか。
 僕と彼女の間に言葉はなかった。


―――――――――――――――――――――――――


 正直言って、ジープかなんかで来ればよかったんじゃないのか? と思わないでもなかった。別にキャンピングカーはオフロードを走る車ではないと思うのだが。
「だって線路の上を走る予定はありませんでしたから」
「最初からこうするつもりじゃなかったのか」
「あら、なにを根拠にそう思うんです?」
 そう聞かれると口を閉ざすしかなかった。本当は「全部知っててやってるんじゃないのか」と言ってやりたいけど、きっとなんの意味もないんだろう。
 それにしても、駅の階段をキャンピングカーで無理やり駆け上がったときは、少女のみならず僕も思わず口を開けてしまった。僕らはその様子を駅のホームから見ていたのだが、ルパン三世のアニメかよと思った。案の定、車の中は大惨事。少女が後ろの扉を開けたらなぜか赤面して後ずさりしたものだから、何事かと思って中を覗いたら足元にいかがわしい官能小説の挿絵のページが開かれていた。思わず力いっぱい踏み潰して、そこいらに放り捨てた。
 それからしばらくはずっと線路の上を走っている。街に来るときと同じように少女はベッドに、僕は助手席に座って窓の外を眺めていた。
 しかしすごいものだ。どれだけステーションスクエアから離れても全然吹雪の勢いが衰えない。改めてこの地は異常なのだと再確認する。走り始めてしばらくはこの異常地帯を走っているという事実を少しだけ楽しんでいたが、ちっとも風景が変わらないのだからすぐに飽きる。
「飽きるもなにも、一番この光景に付き合ってるのは私なんですけどね」
 隣の彼女が笑顔を張り付けたまま苦言を呈する。それでも安全運転をしないのだから頭が下がる。
「で、目的のミスティックルーインまでどれくらいだ?」
「流石に1時間もしないでしょう。また寝るんですか?」
「いや……ううん。どうするか」
 なんだか曖昧な返事になってしまった。なんだか知らないけど、酷く疲れてる。肉体の疲労じゃなくて、多分精神的に。
「なあ、聞いてもいいか」
「なんでしょう」
 顔はなんでもお答えしますよと言っているけど、どうせはぐらかされるんだろうな、と思う。それをわかったうえで聞いてみた。
「チャオは……まだ生き残ってるのか?」
「可能性は高いです」
 やっぱりハッキリとは言ってくれなかった。いや、僕が勝手に勘違いしているだけなのかもしれない。こいつが確たる答えを隠しているのではないか、と。
「そもそも私が、チャオが絶滅したなんて言ったことがありましたか?」
「……ないけど」
 でも、世間はみんなそう思ってる。当時ステーションスクエアとミスティックルーインでしか見られなかったチャオが、カオスの手によってまとめて殺されてしまったと。まだ生き残りがいるんじゃないかという声も強いけど、僕にはある種の確信があった。チャオはもう一匹も生きていない、そんな後ろ暗い確信が。
「でもそれは、あなたの思い込みでしょう?」
 彼女はそう言った。昔も同じ言葉を聞いた。その時は思い切り否定した。
「……これで生きてたら、僕はタチの悪い道化じゃないか」
 今は、このザマだ。チャオが生き残っているかもしれないという可能性に対して戸惑うことしかできない。
「道化なんかじゃありませんよ」
 それでも彼女は、そんな僕を嗤ったりしない。こういうときに振るう優しい言葉や貶すような言葉の方がよっぽど痛いことを、僕は最近になってやっとわかってきた。
「大丈夫。“あなたは誰も殺してません”」
「いいや、“みんな僕が殺したんだ”」
 隣にいる彼女と僕の言葉が、頭の中でごちゃごちゃになる。
『“あなたがみんなを殺したんです”』
『“僕は誰も殺してない”』
 頭の中でそんな幻聴が聞こえる。でもそれは、今の僕と彼女の会話となんら意味は変わらない。
 つまりこれは、なんの意味もない会話。“贖罪”の夢であって、贖罪の“夢”でしかない。
 つまり、なんの意味もない。なんの意味も。

引用なし
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つづきから 問題式部 13/8/29(木) 6:31
1:導入部 問題式部 13/8/29(木) 6:39
2:移動部 問題式部 13/8/29(木) 6:51
3:平日部 問題式部 13/8/29(木) 6:58
4:探索部 問題式部 13/8/29(木) 7:10
5:休日部 問題式部 13/8/29(木) 7:20
6:考察部 問題式部 13/8/29(木) 7:34
7:忌日部 問題式部 13/8/29(木) 7:38
8:帰宅部 問題式部 13/8/29(木) 7:50
9:変調部 問題式部 13/8/29(木) 8:06
10:結末部 問題式部 13/8/29(木) 8:23
11:再開部 問題式部 13/8/29(木) 8:28
12:再会部 問題式部 13/8/29(木) 8:40
13:起床部 問題式部 13/8/29(木) 8:48
おわり 問題式部 13/8/29(木) 9:36
感想です スマッシュ 13/8/30(金) 23:59
感想 ダーク 13/8/31(土) 23:23
乾燥です(爆) ろっど 13/9/4(水) 20:54

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