●週刊チャオ サークル掲示板
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つづきから 問題式部 13/8/29(木) 6:31
1:導入部 問題式部 13/8/29(木) 6:39
2:移動部 問題式部 13/8/29(木) 6:51
3:平日部 問題式部 13/8/29(木) 6:58
4:探索部 問題式部 13/8/29(木) 7:10
5:休日部 問題式部 13/8/29(木) 7:20
6:考察部 問題式部 13/8/29(木) 7:34
7:忌日部 問題式部 13/8/29(木) 7:38
8:帰宅部 問題式部 13/8/29(木) 7:50
9:変調部 問題式部 13/8/29(木) 8:06
10:結末部 問題式部 13/8/29(木) 8:23
11:再開部 問題式部 13/8/29(木) 8:28
12:再会部 問題式部 13/8/29(木) 8:40
13:起床部 問題式部 13/8/29(木) 8:48
おわり 問題式部 13/8/29(木) 9:36
感想です スマッシュ 13/8/30(金) 23:59
感想 ダーク 13/8/31(土) 23:23
乾燥です(爆) ろっど 13/9/4(水) 20:54

つづきから
 問題式部  - 13/8/29(木) 6:31 -
  
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ないようです。

また、特に意味はありませんが上から読むことを推奨します。
引用なし
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1:導入部
 問題式部  - 13/8/29(木) 6:39 -
  
 自分はまだ若いと思っている。
 なんてったって僕はまだ高校生だ。まだまだ厳しい大人の世界を知らない青臭い若造というやつだ。将来設計だって持ってないし、冬休みの課題だってマジメにやる気は毛頭無い。世間を舐めにナメきった、大人に嫌われるために生まれたような子供だ……と、自分では思っている。
 だが、周囲の反応はまるっきり違っていて、同級生からは「空気の読める良いヤツ」と言われ、大人たちからは「礼儀正しくて良いコ」と言われている。
 事実、担任の教師が二学期終業式の日、僕の前の二、三人に通知表を返したときはしかめっ面だったのに、僕に通知表を手渡す時になって露骨に笑顔が漏れていた。実に心外だと思う。人間、無駄に貶されるよりも無駄に持ち上げられる方が面倒だというのに。
 人知れず小さな溜め息を何回も繰り返し、何事もなく終業式は終わった。冬休みの到来を喜ぶ有象無象のクラスメイトを掻き分け、教室から脱出する。一人でとぼとぼと廊下を歩いていると、誰かが僕の隣まで駆け寄ってきた。
「よっ、優等生! 冬休みの課題写させてくれ」
「……誰だお前」
 割と真剣な語気で言ってみたが、どうやら相手は冗談と取られたみたいで、軽く笑って僕の肩をポンポンと叩いた。
「そんな冷たいこと言うなよー。夏休みの時も結局見せてくれたじゃんよ」
 なんとなく見覚えのある顔ではあった。名前はちっとも思い出せないけど。
「写させても何も、まだ課題に手をつけてさえいないんだけど」
「そんなの、できてから写させてくれって言ってるに決まってるだろ?」
「いや、そもそも課題やる気ないし」
「またまたぁ、読書感想文で賞を取った人がなにを仰る」
 お前の中じゃ読書感想文で賞を取っただけで優等生なのか。
「……僕が覚えてたら写させてやってもいい」
「よしきたメアドか番号寄越せ毎日連絡してやる」
「いまケータイ持ってないしメアドも番号も覚えてない」
「嘘こけ持ってんだろ今すぐ出せ」
 ここで拒否してもうるさいだけだから、ポッケに何も入ってないことをアピールして、バッグも好きに漁らせる。学校の正門前だというのにもお構いなしに、たっぷり二分はケータイを探していたと思う。本当にケータイがないことを知るなりそいつはすくっと立ち上がる。
「わかったお前ん家までついてく」
「調子乗るな」
「頼むぅぅ写させてくれぇぇ、最近成績悪くて親に小遣い減らされてんだ、挙句課題サボったらオレもう金欠で死んじまう」
「遺産分割の時は呼んでくれよ」
 腰に纏わりついて泣き喚く見知らぬ男を振り解いて、僕はようやっと帰路についた。それでもそいつは平然とついてくるのだが。本当に誰だっけこいつ、少なくとも一緒に下校するような間柄の奴なんて別のクラスにはいなかったと思うんだけど。
「ところでさ、今日みんなでカラオケ行こうぜって話になってんだけど、お前もどう?」
「僕がカラオケ行くような人間に見えるのか」
「見えない」
 わかってんなら誘うな。
「どうせあれだろ? 冬休み使って彼女と旅行でもすんだろ?」
 急に素っ頓狂なことを言い出すものだから思わず男を睨んでしまった。
「……彼女なんていないけど」
「何言ってんだよ、別に隠すこたないだろ」
 隠すもなにも、いったいなんの話だ。彼女なんて作った覚えもないし、親しくもないこいつに僕の交友関係を知ったかされるいわれもないぞ。
「みんな知ってるぞ? 黒スーツ姿の、年上の女と付き合ってるって話」
 胡瓜と間違えて苦瓜を食べてしまったみたいな苦い顔をしてしまった。なんだその根も葉もないタチの悪い噂話は。
「……普通さあ、身内かなんかだと思わないの? 遠目から見てさ」
「その黒スーツの人が彼女ですって言ったんだってよ。クラスの女子が言ってた」
「なんでよそのクラスの女子がそいつと話なんかしてんだよ!」
 思わず声を張り上げてしまい、同じ道を歩いていた他の学生たちの視線が集まってしまう。
「なんでって、そりゃあ気になるからじゃねーの?」
「なんで気になって声をかけるんだよ。ふつう身内だと思って声なんてかけないだろ……」
「そりゃあ……身内だと思えないくらいイチャイチャしてたからじゃねーの?」
 イチャイチャした覚えはねーよ。
「というか、お前って女子に人気じゃん」
「いや、知らないけど」
 もっぱら女子との接点なんてなかったはずだ。廊下を歩くたびに女子が気味の悪い視線をちらちらと寄越すくらいだったから、嫌われているものだと思ってたのだが。
「そんな奴が歳の離れた女とイチャイチャしてたら、そりゃあ彼女かどうか確認するんじゃねーの? よくわかんねーけど」
 女ってずけずけした奴ばっかだな……。赤信号に引っかかり、僕はガードレールに腰を下ろして白い溜め息を吐いた。曇天の昼に冷やされた座り心地の悪い椅子だが、そんなのまったく気にならないくらい僕の気持ちは萎えきっていた。僕としては人にちやほやされる人生は送りたくないんだけどなぁ。
 帰ったらすぐにケータイの電源を切って、外界との接触を断った冬休みを送ろう。そう心に誓って顔を上げると、横断歩道の向こう側に見覚えのある黒スーツ姿が見えた。
「おッ、いるじゃん彼女」
 彼女じゃねえよ、という言葉すら出なかった。信号が青に変わり、黒スーツがトコトコと小走りで僕の元へとやってくる。僕よりも身長の高くスラリとした女性が、屈みこんで僕と目線を合わせる。無邪気で妖艶という相反する目が、僕をじっと見つめる。
「お帰りなさい。今日で学校は終わりですよね?」
「……そうだけど」
 ちらと、隣にいた見知らぬ男子を見やる。今日はこいつとカラオケに行くんだ、ということにして逃げようかと思ったのだが、僕が口を開くよりも早くそいつは身を引いてしまった。
「あ、じゃあオレ帰りますね。ごゆっくりー」
 そういってそいつは来た道を引き返していってしまった。あいつ僕の家の方角と真逆なのにわざわざついてきてたのか……。
「お友達ですか?」
「知らない奴」
 重い腰を上げて、横断歩道をゆっくりと渡る。黒スーツは僕と同じ歩調で斜め後ろをついてくる。
 僕はこの黒スーツの女と知り合ってから二年くらいになるが、こいつにピッタリと傍にいられると、とにかく落ち着かない。なんでか知らないが、この女いつも黒スーツにネクタイをキッチリ締めて、おまけに黒い手袋に革靴まで装備しているもんだから、殺し屋までは行かずとも不審者にしか見えないのだ。それが僕の傍をついて離れないのだから、いつ警察を呼ばれるかわかったもんじゃない。
 まあ、それを除けば本当に便利な奴なのだが。
「……腹減った」
 何気なく言ってみると、黒スーツ女が隣まで寄ってきた。
「なにがいいですか?」
「チーズバーガーでいいや」
 そういうと、間髪入れず女はスーツのポケットからチーズバーガーを取り出した。冬の寒さにかじかんだ手をしっかりと暖めてくれるくらいアツアツだ。包み紙から取り出して一口食べると、できたてだということがわかる。三十秒くらいで平らげてると、今度はポケットからペットボトルのコーラを取り出してくれた。
「ポテトはいかがですか?」
「食べる」
 そう答えると本当にポケットから綺麗にポテトが、しかもできたてアツアツが出てくるものだから、昔はドン引きしたものだ。今は全然平気だけど。女にポテトを持たせて食べ歩きながら下校する男子高校生もいないだろうな、と思いながらもそもそとポテトをかじる。
「それにしてもバリューセットって全然お得じゃありませんよね。大体ハンバーガー二、三個で満足しますし。ポテトやコーラなんて、デパートで冷凍のと2リットルのを買っておけばいいですし」
 冷凍のフライドポテトなんてあまり買う奴いないんじゃないかな。
「まあ、お得もなにも僕自身が懐痛めてるわけじゃないからどうでもいいけど」
「ところで先日ステーションスクエアに行ってきたんですけど」
 脈絡もなく急に話題をすりかえてきた。しかも僕の耳に好ましくない話だ。
「あそこってカジノあったじゃないですか。ちょっと散策してきたらなんかお札沢山あったんで、ちょっと拾って来ちゃいました。欲しいですか?」
 そういって今度は明らかに何も入ってなさそうな胸ポケットから分厚い札束が二つも出てきた。どこが“ちょっと”なんだ。
「……そんなにいらない」
 ちょっと遠慮気味に、札束から数枚だけ引き抜いておいた。そりゃあ欲しいか欲しくないかで言われたら喉から手が出るくらい欲しいが、こいつのちらつかせる金は受け取る気にならない。ポテトもしゃもしゃ食いながら何言ってんだ、とは自分でも思うが。
「謙虚ですね。あなたのそういうところ、素敵です」
 心にも思ってないことをさらっと言いやがる。
「それと、あなたの“友達の家”にも行ってきましたよ」
 友達の家、という表現に僕は些か疑問を覚えている。別にあそこはそういう場所でもない。だがこいつは他に最適な形容を思いつかないと言って、ずっとそう言い続けている。どうせ僕の神経を逆撫でしたいからそう言い続けてるんだろうけど。
「これがいくつか残っていたので、持ってきました。懐かしいでしょう?」
 そういってこいつがポケットから取り出したのは――ハートの実の種だった。ほとんど朽ちていて少し妙なニオイを漂わせるそれをポケットに入れていたのかと思うと、こいつの根性の悪さに目まいがする。
「……お前、僕がそれを嫌いなの知ってて持ってきてるんだよな」
「もちろんです。私のお家芸ですからね」
 ここでこいつをぶん殴ってもいいのだが、今までそうしてきてロクなことになった試しがない。二人っきりの時に殴ったら関節を外されたし、往来でキレたときは大声をあげて嘘泣きしやがった。昔はこいつの扱いに散々手を焼いたものだ。
 あれから二年も経つ。永かったものだ。本当に。
「一時期はこれの値段が高騰していたものですね。知ってますか? これを使って200匹以上もコドモを産んだ個体がいたとか」
「そんな過去はないよ」
 一言だけ、ピシャリと言い放って話を断ち切らせた。今の一言だけで酷く喉が渇いた気がしてコーラを一気飲みした。炭酸の強みが、頭の中のもやもやをかき消してくれる。
「そうでしたね」
 ニコニコしながら、そいつは手に持っていたハートの種をポイ捨てした。アレを道端の虫やネズミなんかが食べたらどうなるんだろうなと、少しだけ気になった。
「お前さ」
 聞いても大した答えは言わないだろうな、と思いつつもそいつに話を振ってみた。無駄にかわいらしい笑顔で首を傾げるそいつを見ると本当に調子が狂う。煙草をかじるみたいにポテトをくわえて気を紛らわしながら言葉を選ぶ。
「あんな何もない街に行って、何が楽しいの?」
 言ってしまってから、ああ結局いつもの質問と全然変わんないなぁと心の内で嘆いた。こいつがなんて答えるか、聞かないでもわかってしまう。
「あの街にはあなたの心をかき乱すモノが沢山ありますから」
 バカバカしい。通りがかった公園に立ち寄り、ベンチに腰を下ろした。なんだか酷く疲れた気がする。家に帰ってもやることなんてないし、ここで寝たって構わないだろう。黒スーツ女はと言うと、残ったポテトを自分で平らげ、残ったゴミをポケットに入れて僕の隣に座ってきた。種はポイ捨てしてゴミはポイ捨てしないんだな、とか思ってると勝手に僕の肩に頭を乗せてきた。
「寄り掛かるなよ」
「あら、こういうのはお嫌いですか?」
「全然嬉しくないよ。こういうのは親しい間柄でやるもんだろ」
「私はこんなにあなたのことをお慕いしているというのに」
「心にも無いこと言うな、好感度なんて全然ないだろ」
「全然ないのですか!」
「わざとらしく驚くな、胸に手を当てて自分の日頃の行いを振り返ってみろよ」
「……よくわかりません。代わりに私の胸を触ってください」
「ざけんな」
 失せろバカ、まで言ってやりたかったが、そこまで言ったら何されるかわかったもんじゃないので口を噤んだ。そいつも肩に頭を乗せるのはやめたが、寄り添うこと自体はやめようとしない。
「頼むから一人でゆっくりさせてくれないかな」
「よいではないですか。私はあなたと一緒にいたいです」
「僕は別にお前と一緒になんか」
「あの子と一緒じゃなきゃ、嫌ですか?」
 その時にそいつを突き飛ばしたのは、ほとんど無意識だった。そいつは糸が切れた操り人形みたいにベンチから転げ落ち、僕の手には成人女性を突き飛ばした時の重みがまったく感じられなかった。だからか、僕は呆気にとられたみたいにしばらくぼけっとしていた。
 やっちまったと顔をしかめたのは十秒も経ってからだ。まずい、今度は何をされるんだろう。今すぐ逃げるか、いや逃げても無駄に決まってる。こいつに運動能力で勝てる気がしない。
「あなたのその顔、久しぶりに見ました」
 僕の焦った顔を見て、そいつは心底嬉しそうに笑った。むくりと起き上がって、スーツについた砂埃を払う。
「最近いつもつまらなそうな顔ばかりしていたものですから。久々に感情を露わにしたあなたを見たくて」
「……何もしないのか」
「しません。というより、今までやり返していたのが失敗でした。あれからずっと他人行儀のままでしたものね」
 確かに、こいつに痛い目に遭わされたくなくて、いつも無難な付き合いを続けていたことは確かだ。最後にこいつに手をあげたのはいつだったか。
「やはり、あの子のことは今でも大事に想っているのですね」
「……そんな過去はないよ」
 それだけ言って、僕はまたベンチに深く腰を下ろした。なんだか二度と立ち上がれないんじゃないかと思うくらい疲れてしまった。そいつも結局は僕の隣に座るのだが、もう糾弾するのはやめた。僕が文句を言わなきゃ面倒が起きないのは、この二年で学習したはずなのに。どうしても感情で動いてしまうのは、やはり僕がまだ若いからだろうか。
「感情で動いてしまうのは、老いも若いも関係ありませんよ」
 見透かしたような言葉が、僕の耳に染みていく。
「むしろ感情がなければ人は動きません。あなたにならよくわかるでしょう?」
「……そうだな」
 力の入らない手のひらをまじまじと見つめる。そういえば左手に空のペットボトルを持っていたのを忘れていた。ポイと投げ捨ててみたが、一メートルも飛ばなかった。かわりに風でころころと流され、砂場の方へと転がっていく。
「ポイ捨てはいけませんよ」
「お前だってさっき種を捨てたじゃないか」
「じゃあ持っていてほしかったですか?」
「……いや」
 くすくすと笑ってベンチから立ち上がると、そいつはペットボトルも拾ってポケットに入れてしまった。こちらに振り返ったとき、そいつのにこにこした笑顔が急に真顔に変わった。気になってそいつの視線を追いかけるように振り返ってみると、公園の敷地沿いにある植え込みの向こう側に知らない女子が立っていた。
 なんというか、今時珍しいタイプの女子だった。どうも僕と同じ学校の生徒らしいセーラー服。学生鞄を胸に抱え込んだ眼鏡の彼女は、鞄を本に変えて長い髪をおさげにしただけで文学少女にしか見えなくなるだろうという風貌だった。それがじっと僕らの方をじっと見つめている。
「お友達ですか?」
「知らない奴」
 さっきと似たようなやり取りをして、ベンチから立ち上がる。文学少女っぽい彼女は少しだけ後ずさったが、構わずに声をかけてみる。
「あの、なんか用?」
 そう訊ねた時の彼女の反応は早かった。鞄を胸に抱えたまま、自分の腰より少し高い植え込みを、スカート姿だというのに躊躇いなく踏み越えて近寄ってきた。謎の迫力に今度は僕の方が後ずさってしまう。
「さっきこれを捨てたのはあなたですか?」
 そういって取り出したのは、さっきポイ捨てされたハートの種だった。ひょっとしてこの少女もポイ捨てはいけませんとか言うのか。
「いや、それを捨てたのは僕じゃなくてそっちの」
「これってハートの種ですよね」
 む、どうやらポイ捨てを咎めているわけではないらしい。その割に少女の目がギラギラしているのが気になるのだが。
「まあそうだけど……それがなにか」
「どこで手に入れたんですか」
 そう聞かれて、まずい状況であることにようやく気が付いた。今が冬であることを思い出したかのように、途端に背筋がひやりとする。
「これ、もう市場には出回ってないはずです。二年前に需要が完全になくなって、どこも処分したはずですから」
「いやその、知り合いがこういうの集めててさ。余ってるから、一個あげるって」
「ステーションスクエアで拾ったって言ってましたよね」
 聞こえてたんじゃん……誤魔化すだけ無駄だと悟り、目を逸らすしかなかった。
「あの街に行ったんですか? いったいどうやって」
「……僕が行ったわけじゃないよ。そこの黒い奴にでも聞けば」
 そういうと、彼女は怖気づくことなく殺し屋ルックスの女にずかずかと近寄った。えらくハキハキした文学少女だ。
「あのっ、どうやってあの街に入ったんですか? あの一帯は封鎖されてて近付けないはずですよね」
「実は私、そこの坊ちゃんのお屋敷で働いている者なのです。あそこを封鎖している者たちと顔が利きまして、極秘であの街に出入りしているのです」
 こいつどうやってそんな法螺話を作ってるんだこの短時間に。
「本当ですか! あの、わたしもあの街に行きたいんですけど、連れていってもらえませんか!」
「申し訳ありませんが、それには坊ちゃんの許可を取らなければいけないのです」
「おいちょっと待てなんでそこで僕が出てくるんだ、勝手に連れてけばいいだろ」
「私は坊ちゃんのボディガードですから、坊ちゃんと離れるわけにはいかないのです」
「あんなとこ行くわけ」
 ないだろ、と断ろうとしたのだが、文学少女がまたずかずかと僕の前までやってきて言葉を遮られた。僕が何か言おうとする前に、彼女は頭を勢いよく下げる。
「お願いします! わたしをステーションスクエアに連れて行ってください!」
 ――呆気に取られた僕に助け舟を出してくれる人間はいなかった。黒いスーツの女が僕を見る目は、慣れた様子で追い込み漁を成功させた漁師のそれに似ていた。
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2:移動部
 問題式部  - 13/8/29(木) 6:51 -
  
 要求を突っぱねようという気が起きなかったのは、一概に僕の意志の弱さだろう。
 行くも行かないもまずは理由を聞いてからだ、という言葉を引き出すのに何分かけたことか。それまで僕はひたすら「あー」とか「うー」とか言って場を濁しているだけだった。
 あれだけ人にぐいぐい詰め寄っていた少女も、今はベンチに座って呼吸を整えている。疲れたのはこっちなんだけどな。
「……チャオを置いてきてしまったんです」
 その一言だけ聞いて、僕はすぐに帰ろうと思った。どうせロクでもない話でしかなくて、どうせロクでもない事にしかならない。でも、すぐ後ろに黒スーツの女が立っていて、ここで帰ろうものなら足首から外しますよと笑顔で訴えていた。
「その日はちょうど出かけてて……だから無事だったんです」
「運が良かったね。チャオのことは諦めたら?」
「できません! あの子のこと諦めるなんて」
「君のチャオは何歳だったの?」
 遠慮のない質問をストレートで投げ込むと、少女の肩が萎縮した。
「……四歳でした」
「もう死んでるよ」
「どうしてそんな酷いことっ」
「どうしてそんなにこだわる? 君の周りの人間だって散々言ったんじゃないのか、もういい加減諦めろってさ」
 また食って掛かろうと腰を浮かせた少女を言葉で座らせる。その視線は蟻でも探すみたいに地面をさまよい始めた。
「そもそも二年前の話だ。どう考えても寿命で死んでるし、転生したところで生きてるわけがない」
「……わかってます」
「わかってないからあの街に行きたいとか言うんだ。もう立派な高校生なんだから現実から目を逸らすのはやめろ」
「あら、言うようになりましたね」
 すぐ後ろに立っていた邪魔者が、実に面白そうな顔を僕のすぐそばに寄せてきた。構うとキリがないので、遠慮なく手でぐいぐいと押し返す。
「そういうわけだ。君の頼みは聞けない。潔く」
「お願いです! 一日だけでもいいんです、あの街に連れて行ってください! なんでもしますから!」
「ん? 今なんでもするって」
 後ろでただ面白がってるだけの女を肘で小突いて黙らせる。目の前にはきっかり90度に体を曲げる文学少女がいる。幸い、足元の見えていない若者を追い払う為の言葉はなんとか浮かんだ。ここはボディガードとやらの嘘に乗っかるとしよう。
「……お前、自分の発言に責任は持てる歳だよな?」
 あくまで淡々とした調子で切り出す。空気が変わったのを感じてか、少女は少しずつ曲げた体を戻す。
「人に借りを作ることの意味がわかるな? 人様の時間を自分のために使わせることがどれだけ図々しいことか、ちゃんとわかるよな?」
 高圧的な語調にはしない。そういうのが似合わないのはわかってるから。それでも少女は、場の息苦しさを感じ取ったのか不安げな表情を見せる。
「お前の提示した条件は呑んでやる。文字通りこっちの言うことはなんでも聞いてもらう」
「……あの、お金ですか?」
「金なんていくら積まれてもいらない。指だって何本もらっても邪魔なだけだ。お前にはそれ以上のことをしてもらう。いいか、これはお前が提示した条件だぞ」
 僕からは見えないが、後ろの女がどこまでも痛快な笑顔をしてるのがよくわかる。とんだ嘘八百を並べたものですね、と。だが僕は嘘は言ってないつもりだ。金も指もいらないのは確かだし。
「約束を反故にできると思うなよ。お前の住所も親族もすぐに調べがつく。もしこっちの要求を突っぱねたら、どうなるかはわかるな」
「あ、あの……嘘、ですよね?」
「おい舐めてんのか?」
 トドメを刺すつもりで、僕は大股で詰め寄って遠慮なく少女の手首を掴んだ。少女はか細い悲鳴をあげて僕の手を振り解き、僕から離れる。
「いいか、あの街に行くのはここにいる三人だけだ。例外は認めない。この意味がわかるな?」
「意味……ですか?」
「お前の言った通り、期限は一日。その間に目的を果たしても果たせなくても要求は呑んでもらう。その日にな。それまで帰れないと思え」
 ――僕の人生の中で、こんなに女の子をいじめたことはない。文学少女はいよいよ力が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。
 我ながらどす黒い感情を吐き出したものだ。悪いことをしているという自覚がひたすらに少女と目を逸らせと訴えていたが、僕は精一杯の虚勢を張って少女の目を睨み続けた。心の中で何度も唱えた。帰れ。帰れ!
 だが、少女の天秤は傾いてくれない。少女の目は僕と後ろに立つ女の間を行ったり来たりしている。見なくてもわかる、きっと後ろの女は僕の迷惑も顧みずに「大丈夫、怖いことはありませんよ」みたいな笑顔を見せているに違いない。少女の迷いはつまるところ、僕と女の間にあるギャップの正体がわからないことにあるのだろう。
「……その要求は、わたしが応えられる範囲のものですか?」
「それは、お前次第だ」
 ああこれはダメだなと悟った。せっかく与えた不安を払拭して、少女は元の気勢を取り戻してしまう。公園から飛び立った小鳥の声が「滑稽だな」と笑っている気がして、なんだか居た堪れなくなった。
「わかりました。その条件を呑みます」
「……本当にいいんだな」
 そうやって再確認する頃には、僕はもう彼女から視線を外していた。溜め息も吐いてないのに、体から空気が抜けていく感覚がする。
「大丈夫です。わたしを、ステーションスクエアに連れて行ってください」
 僕の肩を黒い手袋がぽんぽんと叩いた。振り返ると、忌々しい女が「滑稽ですね」とバカにした顔をしていた。もし勝てるようだったら今すぐぶん殴ってた。
 こうなったら仕方がない。こいつがいる限りドタキャンなんてできっこないし、一日だけ遠出するものと思ってやり過ごそう。どうせ何も起こりはしない。心からそう願う。


―――――――――――――――――――――――――


 当日の朝、キャンピングカーを転がしてやってきたレーシングウェアのバカを見たときは死ねばいいのにと思った。
「それでどこ攻めるつもりだコスプレ野郎」
「いえいえ、せっかくの遠出ですから楽しまなければ損かと思いまして」
 ちっとも楽しくねえよ。一緒に待っていた文学少女なんか混乱のあまり右に左に視線を振り回している。
 場違いなレーサーは放っておいて、僕は少女と一緒にキャンピングカーに乗り込んだ。ベッドの上には二人分の防寒具が用意されていた。手袋や耳当てにネックウォーマー、果てはゴーグルまで用意されていて、これからスキーにでも行くものと錯覚してしまう。
 もちろんこれは決して大袈裟な装備ではない。少女も用意された防寒具を見て少しだけ目を丸くしたが、すぐに得心が行ったような顔をした。同時に、自分がどれだけ無茶なお願いをしたのか今さら自覚したような顔をする。
「……おい、目的地までどれくらいかかる?」
 運転席に乗り込んでヘルメットを被った女に声をかける。
「おそらく四時間以上はかかると思います。飛ばしますか?」
「別にいい。カップ麺が作りづらくなる」
 そういえばまだ朝食を食べていなかったことを思い出し、冷蔵庫の中に入っていた選り取り見取りのカップラーメンから適当にしょうゆ味をチョイスする。やかんに水を注ぎながら、ちらと少女の顔を見た。
「朝食まだか?」
「は、はい。急いで来ましたから」
 それを聞いて、見ないまま冷蔵庫からもう一つカップラーメンを取り出した。
「火を使うなら気をつけてくださいね。出しますよ」
 エンジンの回る音を聞きながら、構わずコンロを点火した。


 カップラーメンを食べ終えたあと、特に暇を潰す方法が見つからなかったので、ベッドに寝転がって窓の外を見ていた。すでに車は高速を走っており、景色に面白みがない。このまま四時間以上は結構堪えるものがある。
 一応読書という選択肢はあった。結構な数の本がキャンピングカーに積み込まれていたのだが、そのラインナップが酷い。純文学の恋愛小説から、一般人が手を出しづらい雰囲気のライトノベルまで、あまりに糖分とカロリーの高い品揃えにゲップが出そうだった。絶対ヤツの趣味じゃねえ、ただの嫌がらせだこれは。
 できることなら一冊ずつ丁寧にコンロで焼いてやろうと思ったが、さすがに小火は起こせない。結局見ないふりをするしかないわけだ。
「……あの、読まないんですか?」
 読まねえよ、と睨みつけそうになってしまった。なんでよりによってそういう話の切り出し方するんだ。
「こういうの趣味じゃないし」
「あれー? 趣味じゃありませんでしたっけー?」
 うるせえ黙って運転しろ。お前この文学少女にいくつの誤解を植え付けてると思ってる。
「君は本、読まないの?」
「えっと、わたしはこういうのはちょっと」
「そうじゃないよ。なんか、自分で本持ってきてそうだと思ってさ」
「いえ、あんまり……読書感想文書くのにハリーポッターを読んでたくらい」
 え、読まないの? 文学少女っぽいなと思ってた僕の認識否定されちゃった? どうしよう、あだ名を変えないといけないな。いや面と向かってそう呼んでるわけじゃないけど。
「じゃあ普段なにしてるの? 運動してるようには見えないし」
「漫画読んだり、ゲームしたり……それくらいです。友達もいないし」
 男っぽい日常の過ごし方だった。友達がいないっていうのは意外だ。知らない人間にずかずかと歩み寄ってくるくらい人には慣れてると思ったのだが。
「あれはその、必死だっただけで……そんなに、人と話すのはちょっと」
 こうやって話してみると、前に感じた印象とはだいぶ違った少女なのだなと再確認する。てっきり芯の強い少女かと思っていたが、たぶん落ち着きがないだけなのかもしれない。前のアレは後のことを考えずに勢いで退路を断っただけなのだろう。よく見てみると、今の少女はだいぶそわそわしているように見える。
「もう少し落ち着いたら? 変に気張ってると、現地に着いたときに疲れるよ」
「えっと、わかってるんですけど」
 そう言ってベッドの上で膝を抱える少女はどう見ても落ち着きがなかった。見ていてとても不安になる。視線は定まってないし、頭はふらふらしてるし。
「……なあ、昨日何時に寝た?」
「えっ? えーと、覚えてないです」
「深夜過ぎてた?」
「過ぎてました」
「寝ろ」
 どうやらさっきから舟を漕いでたらしい。遠足前日じゃあるまいし……いや、眠れないのも無理はないのかもしれない。よくよく考えたら、前はとんだ嘘八百を並べていたから、この少女にとっては今日が人生の分岐点になるやもしれないのだ。まだあの嘘信じてるのかな。
「あの。寝てもいいんですか?」
「寝ちゃダメとは言ってないよ。着いたら起こす」
「あ、ありがとうございます……」
 おずおずと仕切りのカーテンを閉めて、毛布を被る音が聞こえた。車のエンジン音以外なにも聞こえなくなる。
 それから五分くらいぼーっとしていたが、暇になってふと無造作に積まれていた小説のうち一冊を手に取ってみた。よりによってライトノベルだったが、気にせずパラパラと読み流してみる。最近深夜アニメにありふれているサービスシーンが三回もあった。寝ているヒロインを見てドキドキする主人公とか、寝ている主人公をヒロインがって全部夜這いじゃねえか。
「彼女、寝ちゃいました?」
「えっ? あ、ああ……たぶん」
 珍しく話に割り込もうとしなかったお邪魔虫が唐突に口を開いた。ちょうど眉間にしわを寄せていたタイミングで話しかけられたものだから少し驚いてしまう。
「そうですか。今なら寝込みを襲うチャンスですよ」
「お前さては用意した本に全部夜這いシーンあるだろ!?」
 今しれっと官能小説も混ざっていたことに気付いてめちゃくちゃ声を荒げてしまった。よくもまあ目的のシーンがある小説だけ……えらく難易度の高い本の選び方じゃないか、無駄に。
「あら、読んでいただけたのですね?」
「パラ読みでも目を通したことに後悔したわ! ふざけんな!」
「ダメですよ、そんなに大きな声を出したら起きちゃいます。せっかく邪魔しないようにするために声をかけなかったんですから」
「そういうお節介はいらねえんだよ黙って運転しろ」
 ポイと本を投げ捨ててベッドに座り直したが、どうも落ち着かない。別に今寝ている文学少女を意識しているわけではない。決して意識しているわけではないが、どうしても落ち着かない。落ち着かないので、渋々と助手席にやってきて腰を下ろした。
「ふふっ、意識しちゃってかーわいい」
 もう帰りたいんだけど。生憎の曇り空を前にして、なんだか無性に煙草が欲しくなった。吸ったことないけど。こいつの顔見てるとほんと落ち着かないんだよな……。
「ってあれ、お前ヘルメットどこにやったっていうか服は?」
 気付いたらこいつ、いつの間にか普段の黒スーツ姿になっていた。いつ着替えやがった。
「やっぱり私といったらこのスーツですからね。似合うでしょ?」
 似合うっつーか、他の服装を見たことないんだけどな。もしフリフリのワンピースとか着ようものなら助走つけてぶん殴るけど。
「……着いたら起こしてくれ」
 他の車を追い越したり追い越されたりする音が子守唄のように思えて、なんだかまぶたが重くなってきた。僕も寝ることにしよう。
「夢の中で迷子になったみたい、ですか?」
 ふと、聞いたことのある歌詞がなぞられた。明るいけど、どこか物悲しさを感じるサウンドを思い出す。あれは確か、無限の可能性を歌っていたか。あの歌は若いな、ほんとうに。
 そんなことを考えながら、僕は夢に落ちた。
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3:平日部
 問題式部  - 13/8/29(木) 6:58 -
  
 目覚ましが好きな人なんてそうそういないだろう。という理屈で、僕は目覚ましを使っていない。だが時間通りに起きれる人間でもないので、いつも彼女が僕のことを起こしにくる。
「ほらほら、もう朝ですよ」
 まだ6時にもなってないのに、朝食を作り終えて黒いスーツで決めた彼女だ。僕よりも年上で立派な成人の自称彼女。自分の家をほったらかして、僕の家に住み着いている。
「……10分あれば間に合う」
「その言い訳は聞きません。ほら、起きる起きる」
 彼女と本人は言うが、僕にとっては姉か母みたいなもの、はっきり言えば鬱陶しい身内みたいなものだ。
 そもそもなぜ高校生の僕が成人女性と付き合ってるかと言うと、中学一年の頃の下校中に一目惚れされたのだ。今どき一目惚れというのも珍しい話だ(個人的にはそう思っている)。当時彼女は高校三年生、歳の差で言えば五つか六つあるわけだ。大人になれば歳の差カップルなんて珍しくないだろうが、学生の内はなかなか聞かない。
 というか、まだ告白された覚えもないのにこの生活はおかしい。そもそも件の惚れた理由だ。一目惚れと言われたときは嬉しかったのに、その場面というのが車に轢かれて無事だったときとか言うのだ。そんな妙なキッカケでベタベタされても正直困る。
「ほら、早く起きないと上から順に脱がしますよー」
「ざけんな」
 諦めて起きる。外はまだ全然明るくない。
「せっかく朝ごはんもお弁当も用意したんですから、どっちもおいしく食べてもらわないと」
「お前いつも何時に起きてるんだよ……」
 ご丁寧に朝食も昼食も用意できる時間なんてよく確保できるなと思う。何が凄いって、今までこいつは作り置きをしたことがない。全部早朝に作っているのだ。ここまで尽くされると嬉しいを通り越して正直引く。
「そろそろ自分のお家に帰ったほうがいいんじゃないんですかね……」
「私のことそんなにキライですか?」
「いやそういうことじゃなくてね」
「大丈夫です、家賃諸々すっぽかしてるわけじゃありませんから」
 そういうことでもない。やっぱり何言っても無駄か。


 さて、こんな早朝に起こされて朝食を済ませてしまうと、やることが全然ない。10分あれば学校に間に合うというのは嘘じゃない。僕の通う高校はそれくらい近い場所にある。
 小学校も中学校はそれとは対照的に結構な距離を歩かされたもので、これまた対照的に僕が漫画やゲームを沢山持っていた時期でもある。当時は遊ぶ時間を確保するためにとにかくがむしゃらに勉強していた。その努力の成果か、成績はトップクラスをキープできた。
 そんな自慢の黄金期は過ぎ去り、今では高校生活を元気に過ごす体力なぞこれっぽっちも残っていない。昔は輝いて見えた漫画やゲームも色褪せて見え、全部実家に置き去りにしてしまった。とか言いつつネットやライトノベルを嗜んでいるあたり、昔と趣味が変わってない気もするけど。
「携帯ゲームはどうですか? 比較的手軽に遊べると思いますけど」
「それもそうだけど。なんていうか、つまむ程度にゲームするのも違うんだよなぁ。もっとしっかり遊べるゲームがしたいというか」
「またムラのある性分ですねぇ」
 それは自覚している。似たような理由で漫画も手を出していない。いちいち週刊雑誌で話を追いかけるのもまだるっこしいし、かと言って単行本をまとめ買いすると結構金がかかるし読むのも疲れる。でも中途半端な巻数にはしたくない。
「じゃあなんて小説は読んでるんですか? しかもライトノベル」
「んー……なんていうか、活字だけだとこの厚さでもボリュームがあるように思うんだよ。それでいてライトノベルは気負わずに読めるしちょうどいいわけ」
 ちなみにいま適当に考えた理由だ。実際のところはなんでライトノベルを読んでるのか自分でもよくわからない。面白いって理由だけなら漫画もゲームも面白いものがあるはずなんだけどね。
「というか、お前がゲームなんか勧めていいのか? 僕と過ごす時間が減って嫌なんじゃないのか」
「まあ! 私のことをちゃんと大事に想ってくれてるんですね!」
 やべえ失言した。
「いやあのそういう意味で言ったんじゃ」
 僕の言葉も聞こえないのか、彼女は諳んずるかのように週末の予定を組み立てだした。僕の貴重な休日が勝手に彩られていく。
「どこかレストランでも予約して、いやそういうタイプじゃないですよね。遊園地とか? いっそ千葉まで行って」
「……じゃあ僕そろそろ行くから」
「あれっ、まだ早いですよもう少しゆっくりしていっても」
「テスト期間なんだよ図書館籠もって少しでも成績上げる」
「先週終わったって言ったじゃないですかー!」


―――――――――――――――――――――――――


 家を出て猛ダッシュしたせいで、学校に着いた頃にはへろへろのくったくた。無駄に汗をかいてしまった。
 この時期は朝練している部活もないはずなので、早朝の学校はがらんとしていた。僕以外にほとんど生徒はいないだろう。似つかわしくない静寂を纏わせた学校の校門をくぐると、まるで別の世界へ足を踏み入れたような錯覚を覚える。
 小学生や中学生の頃も朝早く登校したことはあったし、そのときも同じような錯覚を覚えていた。なにより、その錯覚が楽しかった。今も少し楽しいと思うあたり、僕もまだまだ若い。
「朝早く起きるのも悪くないかもな」
 そう呟いて、すぐに首を振った。僕らしくない言葉だ。
 下駄箱で上履きに履き替え、普通教室を普通に素通りし、渡り廊下を渡り歩いて、図書館までやってきた。途中で誰ともすれちがうことなく。今日は僕以外に誰もいないなぁと思いながら図書館の戸を引いた。
 人っ子一人いない静かな図書館――と思っていたが、なにやら異音が耳に入る。かなり小さい音だ。音のする方向へ向かうと、少しずつ音の正体がわかっていく。これは物音じゃない、なにかの効果音だ。ゲームだろうか?
 なんだか聞き覚えのある気がする。何かを射出するような音。正解する音。引き分けの音。間違える音。これは……。
「……ジャンケンシュート?」
 ぽろっと口から言葉が漏れた瞬間、スタートボタンを押した効果音が聞こえた。本棚を挟んだ向こう側の読書スペースだ。やや足早にそちらへ向かうと、図書館にいそうな少女が、図書館で珍しいものを手にしていた。今は昔のゲームボーイアドバンスSPだ。
 あんまりにも懐かしいものを見つけてしまって、少女共々まじまじと眺めてしまう。表情の少なさそうな顔に眼鏡を乗っけた、髪の長い少女。SPの代わりに本を持たせれば文学少女と呼んで差し支えない。
 少女は僕に見つかったときこそ少し驚いた表情をしていたが、すぐに不機嫌そうな顔になる。こっちを見るなと言っているのだろう。
「ああ。ごめん、邪魔した」
 適当に謝って、適当な本を本棚から取り出す。それから適当に少女から離れた席に座り、適当に流し読みを始める。僕の意識はジャンケンシュートに傾いたままだった。
 ゲームはすぐに再開された。効果音しか聞こえなかったが、少女のジャンケンシュートの腕前は確かだった。
 そも、ジャンケンシュートとはいわゆるミニゲームの一つであり、その名の通りグーチョキパーを射出し、動く的に当ててリングを稼ぐゲームだ。手持ちにはランダムに配られたグーチョキパーのカードが三枚あり、これをぐるぐると動き回る的に当てる。その的もグーチョキパーになっており、当てたときにジャンケンに勝っていればリングがもらえ、また新たにカードが補充される。あいこだと的だけ消え、負けると的は消えずにプレイヤーの残りライフが一つ減る。五つあるライフが全てなくなるか、制限時間を迎えるとそこでゲームは終了だ。
 的は常に十枚ずつ補充され、全て消すと制限時間が十秒プラスされて再び十枚の的が現れる。なのでジャンケンに勝つことに固執せず、ひたすら的を消すことだけ考えてカードを射出していけば、制限時間もリングも勝手に増えていく。つまり一秒一枚のペースで的を消せるようになれば、獲得リングが簡単にカンストするのだ。
 少女の腕前は間違いなくそのレベルだった。的が補充されるタイミングで早撃ちしたり、徹底してあいこを狙いにいったりと、ジャンケンシュートというゲームをよく理解したプレイだ。とにかくモタモタせず、時にはわざと負けてカードをコントロールしている。
 僕も昔はリング稼ぎの為に散々プレイしたゲームだが、補充される手持ちのカードには何か法則があった気がする。どういう法則なのか自分でもよくわかっていないが、とにかく手持ちのカードのどれを飛ばしてもジャンケンに勝てない、みたいな事態を避けるために、ジャンケンの勝ち負けでカードをコントロールしていた記憶がある。この少女も同じことをしている。どうやらかなりやり込んでいるみたいだ。
 まさかこんな古いゲームをやっている人がいるとは思わなかった。しかも同じ学校の女子だ。かなり希少な人物なんじゃないだろうか、これは。
 僕と同じ趣味を持っているのだと思うと、無性に話しかけたくなった。だが当の少女はむすっとした表情を崩さず、話しかけんなと主張するオーラが漂っている気がして、本を読む振りしかできなくなる。
 結局、ホームルーム五分前のチャイムがなるまで何もしなかった。僕が慌てて本を戻して図書館を後にするときも、少女はちっとも動く気配がなかった。


―――――――――――――――――――――――――


 期末テストが終わると、来るべき長期休暇を前に教室がざわめきだす。小学校で六回、中学で三回も体験した同じ休暇期間なのに、よく飽きもせずに騒げるものだ。僕だって嬉しくないわけじゃないが、個人的には予定なんてない。あいつは僕とのデートの予定でいっぱいにするつもりだろうが。
「よっ、優等生! 夏休みの課題写させてくれ」
「……誰だお前」
 急に知らない生徒が僕の席にやってきた。時は昼休み、目の眩みそうなほど愛を歌った彼女の恥ずかしい弁当を大急ぎでかっこみ、朝に削られた睡眠時間を取り戻そうとしていた矢先のことだ。
「誰ってオマエ、同じクラスメイトだろ。普通顔覚えてるだろうが」
「いや、全然……」
「はぁー? オマエ酷い奴だなぁー!」
 いちいちうるさい奴だ。なんで若い連中はどいつもこいつも落ち着きがないんだ。僕も若い連中だけど。
「とにかく他あたれよ。僕だってそんな暇じゃないし」
「ほんと頼むよそんな冷たいこと言わずに。課題すっぽかしたら小遣い減らされんだ」
「いや、そんなこと知らないし……だいたい僕が課題写させてやるメリットがないんだけど」
「なんだよオマエ、クラスメイトを助けるのにメリットがどうとか言うのかよ!」
「言うよ。だってお前のこと全然知らないし」
「はぁー? オマエ酷い奴だなぁー!」
 同じ言葉繰り返すな、鬱陶しいしうるさい。だいたいなんで面識のない相手に課題見せろとか図々しいことが言えるんだ。
「なぁ頼むってー! ほんとなんでもするからさ! この通り!」
 中身のなさそうな頭を下げるそいつを無視して、僕は次の授業の準備を始めた。相手をされていないことに焦って言葉を重ねたそいつだったが、僕にとっては良いタイミングで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
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4:探索部
 問題式部  - 13/8/29(木) 7:10 -
  
 車の挙動が怪しいな、と思って目が覚めた。
 窓の外の光景に、僕は少なからず面食らった。身震いするほど白い。ちっとも整備されていない雪道だ。どうやらステーションスクエアに近づいてるらしい。
「起こしてしまいましたか?」
 荒いハンドル捌きをしながらも涼しい顔をする女が隣にいた。堂に入ったようなその姿は不覚にもかっこいいと思えてしまう。
「お前よく走れるな……」
「オフロードは度胸ですからね」
 ラリーでもやってたのかよ。ほんと能力の高さだけなら大した奴だ。
「もう少しで駐車場につきますよ」
「駐車場? わざわざそんなとこに停めるのか」
「屋内に停めないと動かせなくなっちゃうじゃないですか」
 ああ、確かに。外を見ると吹雪が吹いてて、放っておいたらタイヤが埋まってしまいそうだ。それにしても時間こそ日中だが、この視界の悪さには目が眩む。前も後ろも見えやしない。突然目の前にコンクリの壁が現れてぶつかるんじゃないか、という恐怖がちらついてしょうがない。
「まるで山の中だな……元々は都会だろ?」
「照明の類が一つも生きてませんから、天気が悪いとこうなっちゃうんですよ」
 つまり今のここは山と同じ条件ってわけだ。人も明かりもないという点において。とても都会のあった場所とは思えない。建物の姿だっておぼろげにも見えやしないぞ。
「こんなんじゃ外歩けないだろ。どうすんだ」
「この光景を見たあの子次第ですよ。捜索の約束は今日一日ですし、あの子が無理と判断したらそれでお終いということになりますね」
 それはまあ、僕にとってはとても好都合な話だ。けど、お前はそうじゃないだろ? 目線だけで問いかける僕に対して、彼女は目を薄めて笑う。
「あの子は山歩き……というのもおかしいですけど、それらしいものに関しては素人でしょう? 経験のありそうな人に、捜索は可能だ、と言われればやるでしょう。判断はあなたに任せますよ」
 僕に? ずいぶんと白々しいことを言う。どうせ僕が無理だっていってもやるくせに。
「いいえ? 私はあくまであなたのボディガードですから」
 それだけ言って、会話はピタリと止んでしまった。


 最初からここを目指してました、とでもいうくらい簡単に駐車場が見つかった。エンジンを止めた彼女は「ちょっと様子を見てくるので、あの女の子のことは任せましたよ」と言ってスーツ姿のまま出て行ってしまった。常人だったら10分で死ぬ勢いの寒さなのだが、あいつなら平気だろうなという確信があった。
 それにしても、地味に嫌なことを任せられた。同年代の女の子を起こすなんて経験したことない。着いたぞと声を掛けてみたり、ベッドの端を叩いても少女が起きない。こうなると揺すったりして起こさなければいけないわけで、異性の眠りを覚まさせることのなんと難しいことか! と思わず天井を仰いでしまった。
 とにかくなんだか少女の体に触れるのには抵抗があったので、他にもいろいろ試してみた。迷惑にならない程度に大声をあげてみたり、本と本を使って火の用心よろしく音を鳴らしてみたり。しまいにはコンロを点けたり消したりしてみたが、どれもこれも効果がなかった。眠り深すぎだろこいつ。
 とにかく目を覚まそうという気配がちっとも感じられない少女を目の前に、僕もようやく意を決して手を伸ばした。どこを触るのが無難だろうかと悩みながらおずおずと肩を揺する。ところがこの少女めは身動ぎもしないので、今度は肩をポンポン叩いてみたがやっぱり反応がない。すわ、呼吸でも止まっているかと思ったがちゃんと胸は上下していた。
 だんだんと手が震えてくる。他に触れるところなんてないが、本当に強いていうなら頬を叩いてみるという選択肢があった。親しくもなんともない女の人の顔に触れる。恥ずかしいを通り越して、失礼というか厚かましいというか、許されないことをしようとしているんじゃないか、僕は?
「……もう一回火の用心するか」
「なにアホやってんですか」
「うおぉっ?」
 また本を拾い上げたところで、唐突に後ろのドアから奴が顔を覗かせてきた。お前様子を見に行くとか言ってたじゃないか。
「あなたが初心でかわいいのは結構ですけど、そろそろ見てて頭が痛くなってくるのでキスでもなんでもしてさっさと起こしてください」
 とんでもねえ台詞を置いて、今度こそ黒スーツの女は去っていった。キスで目が覚めるのはディズニーだけなのに、今時の連中の認識はそれ中心なんだから凄い影響力だなあ。ってそうじゃないよ、早く起こさないとだよ。
 とにかく、何度も深呼吸をして手の震えを抑えようとした。結局止まらなかったけど。恐る恐る手を伸ばすと、指が少女の頬に触れる。やわらかい。何度か軽く触るとそれがよくわかる。そのうちにだんだん慣れてきて、ぺちぺちと音がするくらい頬を叩くことに成功した。ここにきてようやく身動ぎをした少女が薄く目を開く。
「あ、あの、着いたよ。目的地」
「…………あっ、はい!」
 さっきまでのはなんだったんだよと文句を言いたくなるくらい少女は勢いよく飛び起きた。寝る前に外していた眼鏡をかけなおし、ベッドの上で正座する。
「えっと、それで、どうすればいいんでしょうか!」
 どうすればいいんだろうね。特に何も決めてないよ。なんて計画性のない一日。
「……とりあえず、そこの防寒具に着替えて」
「わ、わかりました! それじゃ――えっと」
「大丈夫、見ない。カーテンもあるし」
 言いながらさっとカーテンを閉めた。ほんとやりにくい一日だ、今日は。僕もそそくさと防寒具を装備する。


 キャンピングカーから外は、文字通り別の空間だった。しっかり着込んだ防寒具の隙間から寒さが浸食してくる。まだ屋内でこれだ、外はきっととんでもないだろう。
「すごい……天井が氷柱だらけ」
 少女の指差す天井は、確かに氷柱がギッシリだった。このまま天井が下りてきて串刺しにされる、そんな光景を思わず想像してしまう。
「雪の降ってないとき以外はずっと大雨ですからね。冬になると全部こうなるんですよ」
 僕らが出てくるのを見計らったように奴が帰ってきた。さっきの黒スーツはどこへやら、彼女も防寒具フル装備になっていた。いつ着替えたとかもう心底どうでもいい。
「そうなんですか……詳しいんですね。ひょっとして、ここにはよく来るんですか?」
「いえ、さほど」
 どうだか。僕の知らないうちにちょくちょく足を運んでてもちっとも不思議じゃない。
「ただ、廃墟同然の地で引っ切り無しに続いた雨が冬になればどうなるか、想像するのは容易です。二人とも気を付けてくださいね、危険なのは屋外よりもむしろ屋内です」
「屋内?」
 言われて、改めて駐車場の中をぐるっと見回す。わかりにくいが、透明な氷が床一面をびっしりと覆っているように見える。
「当たり前のように浸水した雨水が凍って、足場がちっとも安定しません。ほぼ全ての建物で例外なく怪我をする可能性があります」
「うへぇ」
 さっそく腰の力が抜けて転びそうになった。まだ雪の積もった外の方がマシなのか。
「オマケに電気の類は全て死んでいるので、外同様に視界が利きません。十分に注意してください」
 そういって彼女は僕らの体にライトを取り付けた。懐中電灯で片手を埋めるわけにはいかないから、こういった手をフリーにできる装備はとても重要というわけだ。
「あらかじめ目的のチャオがいたであろうポイントは既に絞ってあります。とにかく怪我しないことを第一に行動しましょう。滑って骨でも折ったら、生きて帰れる可能性はグンと下がりますからね」
 凍えるような寒さとはまた違った、別の冷たいものが体の中を駆け巡った。日常を過ごしている時よりも色濃い死の気配が、常に傍らに漂っている。隣の少女の顔はゴーグルでわからなかったが、きっと僕と同じ表情をしているのだろうと読み取ることができた。
 墓場なのだ、ここは。文字通りに。


―――――――――――――――――――――――――


 ここを死地へと変えたのは、二年前にステーションスクエアを襲ったカオスだと言われている。
 未曽有の大洪水を起こしたカオスに対して、人々は逃げ惑うことしかできなかった。街にいた人々は外へと逃げ果せ、取り残された人々は死に絶え、やがて街にカオスしかいなくなったとき、カオスは泣き叫ぶような声を残して消えてしまった。
 それから二年、この街を覆う雲は未だ晴れていない。人々はこの雲をカオスの呪いと呼び、国はこの呪われた街を放棄した。常に嵐の吹き荒ぶこの街は荒れ果てたまま放置され、封鎖されている。


 そんな曰く付きの街を、僕らのような高校生二人と怪しい女が歩いているというのだから、ちっとも現実味がない。
 コンパスを手にした黒スーツ女を先頭に、先の見えない吹雪の中を歩く。地形は頭の中に入っているらしく、彼女の足取りに迷いはない。僕らは手を引かれるまま寒さを耐え忍ぶ。普段はこいつと手が触れるのも嫌なのだが、今回ばかりは仕方がない。
 それともう片方の手は文学少女と繋いでいる。最初はお互いに手を繋ぐのを躊躇ったが、今は意識して手に力を込めている。文字通り僕らの手が命綱なのだ。
 おかげさまでゴーグルについた雪も拭き取れないので、ずっと足元ばかり見て歩いていた。僕らがお互いの手を放したのは、引率の彼女が足を止めてからだった。ゴーグルの雪を拭き取って目を凝らすと、微かに見覚えのある場所があった。
「……ここ、駅か」
 ステーションスクエア駅前。すぐ近くにビーチやホテル、カジノにテーマパークまである人気スポットだった場所だ。僕もよく足を運んでいた。きっと文学少女も同じだろう。
「チャオガーデンはそこのホテルですね。エレベーターが動かないので階段を使いますけど、滑らないように気を付けてください」
 そういえばエレベーターでチャオガーデンに行っていたなぁ。二年前までの日々を思い出しながらホテルに足を踏み入れる。入口はかつての洪水でガラスが割れていた。破片は散らばっていないが、とにかく滑らないように慎重に動く。
 彼女が言っていたとおり、建物の中は天然のスケートリンクだった。スパイクのない靴だったら立つこともままならないであろう空間。手足を冷やさない方法でもあれば、年甲斐もなくハイハイで移動していただろう。仕方なく手すりに掴まって歩いているわけだが、めちゃくちゃへっぴり腰になってしまって二人に笑われてしまう。
「私にくっついて歩いてもいいんですよ?」
「うるせーばか」
 ネックウォーマーとゴーグルの下にあるニヤケ面がなんだかよく見える。
 そうやってたっぷり10分以上も費やして、ようやくチャオガーデンの扉の前にやってきたわけだ。珍しいことに、ここの入口は壊れた様子がない。
「ここまで浸水しなかった……わけないか。ふつう壊れてるよな」
 なにせ当時の大洪水では、高速道路が流されて水面に浮いていたほどだという。扉なんてひとたまりもないと思うが。
「がっちりと固定してあるものはそうでしょうね。でもここは自動ドアでもなく普通の扉ですから、開いていれば蝶番次第で逆に壊れないでしょう」
 そうなのかなぁ。でも、なにか引っかかるような気がする。
「さてと。今から扉を開けますから、ちょっと待っててくださいね」
 そういって彼女は腰からなにやら物騒なものを取り出した。ハンマーと杭だ。
「それで扉を開けるのか? というか、そんなの必要なのか?」
「ほら、床の氷が結構厚いですから扉がつっかかっちゃうんですよ。まずはこれをなんとかしませんと」
 話しながら屈み込み、床に遠慮のない一撃が振り下ろされた。僕らの周囲の床に致命的な音が響き渡り、めちゃくちゃ大きな亀裂が生まれた。
「これは早く済みそうですねぇ」
 とか言いながら二発、三発と叩いただけで氷がパリンと割れ、簡単に手で取れるようになってしまった。少女も大きな氷の破片を手に持って、ほうと白い溜め息を漏らした。
「こんなにおっきな氷、持ったことないです……」
 だろうね。とにかくようやくできた安全な足場だ。なんだか安心して力が抜けてしまう。思わず胡坐をかく僕の横を通り過ぎて、少女は一足先に扉を開けた。冷凍庫を開けた時のような白い空気が溢れ出してくるのを想像したが、そういうことはなかった。ただ、さすがに水場は浮かんでるゴミが目立っていた。木もすっかり枯れている。
 不思議とここは外よりも暖かく、僕らは中に入って扉を閉めた。ようやく幾許か落ち着けた気がする。だが少女は落ち着かない様子でチャオガーデンをキョロキョロと探る。
「あの! 誰かいませんか!」
 ネックウォーマーをずらして、少女は声をあげた。まるでどこかから漏れているかのように反響しない声。当然、返事はなかった。
「あのっ! 誰か」
「いないよ」
 あまり聞いていられるものじゃない。冷たいように思えたけど、僕はその叫びを止めさせた。ゴーグル越しだけど、少女は僕に敵意に似た視線を寄越すのがわかる。
「……まだ他の場所も探さなくちゃいけないんだ。声を出すのも体力を使うんだからさ」
 その視線を受け止めきれないせいか、ついつい目を逸らしてしまう。言葉にも力が入らない。
 この少女は、こんなにも酷い現実を見せられながら――まだ本気でいられるのか。誰にだってわかるはずだ。この場の空気が、みんな死んだと暗に主張していることに。この少女は何を根拠にしている? 自棄になってるだけじゃないのか?
「……少し休みましょう。どうやらここは保温性の高い部屋のようです。留まっても体力を奪われることはないでしょう」
 僕らの沈黙に耐えかねたのか、後ろにいた引率係がゴーグルを外した。白々しい笑顔が向けられ、僕らは張りつめていた何かが切れたように息を吐き出した。
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5:休日部
 問題式部  - 13/8/29(木) 7:20 -
  
 育てたチャオがダークチャオになった、ということが知られると、否が応でも良い目で見られない。
 そりゃあ、普段から素行の悪い奴がダークチャオを育てても「やっぱりなー」「お前じゃなー」と、軽い調子で笑い飛ばされるくらいだろう。逆にそんな奴がヒーローチャオを育てると、ちょっとした話題になる。実際、僕の古い知り合いにもそういう奴がいて、ヒーローチャオを育てたことで友達がぐっと増えたそうだ。
 だけど、普段は素行の良い奴がダークチャオを育てると、先の例とはガラリと話が変わる。理解のある友人でもいれば話は別だが、普段は雲の上だと思っていた真面目な優等生がダークチャオを育てたと知ると、みんな態度が変わる。最初は冗談で陰口をして当人をからかう。そしてそれは、やがて本当の陰口に変わっていく。
「あいつの成績には裏があるんじゃないか」
「あいつは先生に媚を売ってるんだ」
「あいつが他の生徒を殴ってるのを見た」
 みんなしてあることないこと騒ぎ立てて、その生徒を孤立させていくのだ。
 これは例え話ではなく、僕が小学生の頃に実際にあったことだ。その優等生とは三年か四年の頃からずっとクラスが一緒だった。当時の僕は趣味の時間を確保するためにがむしゃらに勉強して優等生となっていたが、そいつはそんな僕よりもっと優秀な奴だったし、いろんな奴の注目を集めていた人気者だった。
 だが、五年生になった頃にそいつの評価は急落した。
 そいつはチャオガーデンで自分のチャオを育てていた。そいつ自身もチャオのことが大好きで、度々話題にあげていたからみんな知っていた。だが夏休みが終わって二学期になると、急にチャオの話題を避けるようになった。気になったクラスメイトが勝手にチャオガーデンへ行ってそいつのチャオを見に行くと、チャオはダークチャオに成長していたというのだ。
 それからそいつは小学校を卒業するまでずっと陰口を言われ続けた。直接暴行を受けたという事実はないが、僕の知らないところではあったかもしれない。タチの悪いことに、そいつをいじめていた連中は普通のいじめっ子よりも罪の意識がなかった。だって相手はダークチャオを育てた悪い奴だから。それが連中の主張だった。
 いくらそいつが弱々しい顔で泣いても、連中はそいつの態度を全て、嘘だ、演技だ、と決めつけた。本当は自分たちのことをバカにして見下してるんだと信じて疑わなかった。この世の悪はぜんぶ純粋悪しかないと信じていた、自分たちの行いがわかっていない視野の狭い小学生でしかなかったのだ、連中は。
 そいつは卒業を皮切りにどこかへ引っ越し、僕はそいつをいじめていた連中と一緒に中学生になった。そして僕はそいつに成り代わるようにしてトップクラスの優等生になった。
 だけど僕はクラスメイトと距離を置き続けた。いじめを行っていた連中と友達になりたくないという気持ちもあったが、一番恐れていたのは別のことだった。僕もその優等生のチャオ自慢が羨ましくて、ひっそりとチャオを育てていたのだ。
 別にダークチャオを育てたわけではない。中学生になったばかりの頃はまだコドモチャオだった。ただ、あっさりと手のひらを返した連中の姿がずっと頭に焼き付いてて、僕はクラスメイトたちのことが怖くて仕方がなかった。
 もし僕のチャオがダークチャオに成長したら。
 もしそのことがクラスメイトたちにバレたら。
 誰も信用できなくなって、僕はみんなと距離を置いた。いま思えば実に滑稽なことだ。別にチャオを育てていることだけをひた隠しにしておけばいい。もしダークチャオを育てたことがバレても開き直って、みんなに認められる個性を作り上げていけばそれでよかった。
 でも僕はただの中学生でしかなかったから、そんな冴えたやりかたは思いつかなかった。僕はただ、目を逸らすことしかできなかった。


 そして僕は、ダークチャオを育ててしまった。


―――――――――――――――――――――――――


 中学三年生になった僕は、ますます注目を浴びる生徒になった。教師が言うには「先生以上に生徒の顔を覚えている凄い奴」だそうだ。確かに中学の頃は凄く記憶力が良かった時期かもしれない。
 ただ、僕が覚えていたのは“ステーションスクエアのチャオガーデンに通っている生徒”だ。それがたまたま別のクラスや学年にいたというだけ。
 とにかく同じ学校の生徒に僕がチャオガーデンにいるということを知られたくなかった。だから僕は、誰がチャオガーデンに通っているのか徹底的に調べ上げた。その生徒が何年何組、なんの部活に入っているのか、なんの習い事をしているのか、果ては家族構成や交友関係、その生徒の抱えている問題まで。多分この経験を活かして探偵になれるんじゃないかと思う。
 そして僕は、同じ学校の生徒がいない時間を狙ってチャオガーデンにやってくるわけだ。


「さいきん、あんまりあってくれない、よね?」
 一番苦手な言葉を言われてしまい、僕は思わず目を逸らしてしまう。
「いまなつやすみ、なんでしょ?」
「うん、そうなんだけど。結構忙しくてさ」
「べんきょう、してるの?」
「そうだよ。お母さんが厳しいんだ。ちゃんと勉強しなさいって」
 もちろん嘘。僕はよくできた仮面優等生なので、親にも愛想を振りまくのがうまい。成績はトップで維持できてるのでなんにも言ってこない。ちょっと遊んでくると言ったときも満面の笑顔で送り出してくれた。ちなみに僕は徹底してチャオガーデンに通っていることを隠している。親も例外ではない。
「ふうん。たいへん、なんだね」
「うん、大変だよ。とってもね」
 眼鏡をくいっとあげて、やり手の若者姿をアピールする。ちなみに伊達眼鏡だ。流石にこれはバカじゃないのかと思われるかもしれないが、僕はチャオガーデンに来るときはわざわざ変装している。
 基本的に学校の生徒とは制服姿でしか会っておらず、プライベートではちっとも顔を合わせていない。おかげで制服姿のイメージしかないから、パーカーを着てキャップを被り、縁の太い伊達眼鏡を装備してしまえばどこかですれちがっても僕だと気付かれないのだ。
「ぱーかー、あつくない?」
「熱い。他の服ちょうど洗濯しちゃってて」
 残念ながら嘘じゃない。他に服がないから今日はガーデンに行くのをやめようと思ったが、ただでさえこの子と会う時間が減っているからそれはできなかった。この子は僕と会いたがっているんだから、それに応えなくちゃいけない。
 だけど、この子は最近こんなことを言う。
「むりして、あいにこなくて、いいよ」
 一番言ってほしくない言葉を言われてしまい、僕は思わず目を逸らしてしまう。
「なんで? 僕、別に無理なんてしてないよ」
「でもすごい、つかれてるかお、してるもん」
 クラスメイトや親は騙せるのに、この子のことは騙せない。僕もまだまだ若いなと溜め息が出る。
「僕ぐらいの歳の人はみんなそうだよ。テストがいっぱい増えるからね。別に大したことじゃないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。それに僕はお前に会えれば疲れなんてなくなっちゃうからね」
「ほんとう?」
「ほんとうだよ」
 頭を優しく撫でてやる。ポヨはハートマークになるけど、チャオの表情は変わらなかった。
「ぼく、ひとりでもへいきだよ。おとな、だから」
 自分の大切に育ててきた子に気を遣われることが、こんなに辛いことだとは思わなかった。言葉も、それに込められたものも優しさで溢れてるのに、いざ言われると「おまえは情けないやつだ」と言われている気がして、なんだか居た堪れなくなる。
「そっか」
 挙句、返せるのはこんな陳腐な言葉しかない。もう少しなにかいい言葉はないかと思い、視線を彷徨わせる。
「そうだ。お前、友達はいるの? 僕以外にさ」
「ともだち? うん、いるよ。きみは?」
「もちろんいるよ。僕、評判良いからね」
「でもきみ、おなじがっこうのひと、ここにきてるのみると、かえっちゃうよね?」
 げ、バレてる。うまく隠してると思ったのに。
「違うよ。ええーっと……ほら、ここに来る人って女の人が多いじゃない? 僕、女の人が苦手だからさ」
「いまも、おんなのひと、いっぱいいるよ」
「う゛、あれはそもそも他人だから。ほら、同じ学校の女の子にガーデン通ってるのバレると恥ずかしいんだよ。男なのにこんな可愛い趣味してるんだーって」
「ふうん……」
 よし、誤魔化せた。僕の育てた子ながらなかなか手強いやつめ。
「それじゃ、かのじょとか、いないんだ?」
「む……」
 こいつめ、オトナになったからって急に色のある話を振ってくるようになったな。
「そりゃあいないよ。だいたい恋人とかは高校生になってからできるもんだろ? まだまだ早いって」
「でも、きみとおなじ、がっこうのひと、がーでんにかれし、つれてきてた」
 彼氏持ちの生徒? ああ、そういえばいたはずだ。最高に頭の悪い男子と付き合ってる体の女子が。確か当の彼氏が勝手に付き合ってると勘違いしてて、女子もその彼氏のことを見えないところでバカにしていたはずだ。あのバカほんとガキねー、とかなんとか。
「あれはませてるって言うんだ。大人の付き合いしてるつもりだけの奴。恋人同士とは言えないよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「じゃあ、おとなのつきあいって、なに?」
 僕に聞くなよ。まだ15歳ですよ?
「ううん……許容、かなあ」
「きょよう?」
「そう。理想の人なんて普通はいなくて、絶対にどこかダメなところがあるんだけど、それを認めること、かな。ほら、よくいるでしょ? 喧嘩ばっかりしてるのに長続きしてる夫婦」
「うん、いる」
「そういう夫婦が別れないのは、お互いに好きだってことをちゃんとわかってるからなんだ。……納得した?」
「うん、なっとくした」
 助かった。なんだかとてつもなく恥ずかしいことを言った気がする。

 でも……許容、か。
 ふと、小学校の頃にいじめられてた優等生のことを思い出した。あいつには味方が一人もいなかった。親はどうだったか知らないけど、少なくとも先生はあいつの味方はしなかった。生徒はもちろん敵だらけだった。
 あいつは確かにダークチャオを育てたけど、決して悪者ではなかったはずだ。あのときあいつを許容してくれる人は、本当にいなかったのだろうか。
 僕を許容してくれる人は――いるんだろうか。
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6:考察部
 問題式部  - 13/8/29(木) 7:34 -
  
「単刀直入に聞きますけど、どう思います?」
 芝生に腰を下ろしていた僕の元に、文学少女に付き合って軽い探索をしていた彼女が戻ってきた。当の文学少女はまだ、もう一つあった扉の向こうにいるはずだ。あの先はチャオレースの受付があったところか。
「どうって?」
「チャオに限らず、この街に生き残った者がいるかどうかです」
「いないだろ」
 考えるまでもない。僕は間髪入れずに可能性を否定した。
「毎日毎日大嵐、冬になれば猛吹雪だろ? 普通に考えて生きてるはずがない。雨露凌げる場所があったって、今度は飯が問題になる。こんな場所で二年も過ごせるわけがない」
 誰だって僕と同じ結論になるはずだ。それだけこの街は生きていくに相応しくない場所なんだ。
 だというのに、彼女は面白そうに笑うのだ。僕のことを、仕方のない子ですね、とでも言いたげな目で。
「つまり拠点と安定した食糧供給があれば、ここでも生き残れるというわけですね」
「……なに言ってんだお前」
 ふざけているのか。普通ならそう思う。でも、こいつが言うと話が違ってくる。こいつはここに生き残りがいることを知っているんじゃないか。そう思わせるようなものを、こいつは持っている。
 でも、有り得るわけがない。だって。
「そもそも、拠点はともかくとして、なんだよ安定した食糧供給って。誰が持ってくるんだよ」
「何も持ってくる必要はないでしょう? チャオは木の実で生活しますから」
「こんなとこで育つ木があるかよ。都会にそんなもんないだろ。肝心のチャオガーデンの木だってこのザマじゃないか」
「確かに木はないです。けれど」
 そういって彼女は、懐から何かを取り出した。見覚えがある。ついこの前にも見せられたハートの種。まだ持っていたのか。
「新しい木を育てることは可能です。チャオの食糧である実を作る木の種は、普通の木よりも早いスピードで育ちますから、自給には持ってこいです」
「……いや、無理だろ。外は悪天候だし、屋内じゃ育ちが」
「ここ屋内ですけど、この木の種は育ちますよ? それに悪天候な場所だって自然は育ちます。ロシアに木がないとでも仰るんですか?」
「そもそもッ!」
 なんでか知らないけど、僕の声が震えてる。何故かわからないけど、彼女の言葉を必死に否定したくて仕方がない。焦っているのか、僕は?
「木の種がどうって問題じゃない。この街を拠点にする意味がないじゃないか。普通は脱出するだろ? 僕だってそうするし、お前だって」
 そこまで口を走らせたとき、急に彼女が僕の目の前まで顔を近づけてきた。後ずさりしようとしても、ちょうどすぐ後ろが壁だった。彼女はお構いなしに僕の顔に手を添え、今にも人を喰いそうな笑顔で見つめてくる。
「では、ここ以外の地へ向かうことができれば、生き残ることは可能だと?」
「……あ、ああ。そりゃ、移動できれば」
「認めましたね」
 刃物を刺されたかのような、あまりにも鋭い言葉。喉元がひりついてるみたいだ。
「な、にを」
「まだチャオが絶滅していない可能性です」
 泣き出しそうだった。とにかくこいつから目を逸らしたかったのに、どうしても目が離せない。視界が酷く震えてる。
「……して、ないのか? まだ、チャオは」
「あら、どうして私に聞くんです? 生き物が絶滅したとかしてないとか、そういうことを知ってるのはえらい学者さんでしょう?」
「お前ならッ!」
 まだ腹の中に残っていた空気を使って声を張り上げたけど、信じられないくらいガラガラだった。それでも必死だったから、自分の情けなさにもしばらく気付けないでいた。
「お前なら“チャオが絶滅してるのかどうか知ってる”はずだろッ! だってそういう話のはずじゃないかッ!」
 さっきの少女のときと違って、僕の声はなぜかこの部屋に痛いほど反響した。それがしんと静まり返って、かなり長いあいだ沈黙していた気がする。
 沈黙を破ったのは扉の音だった。さっき奥に行っていた少女が戻ってきたのだ。
「やっぱり特に何もありませんでした……って、あの、二人ともなにしてるんです?」
 僕の叫び声は聞こえなかったらしい。防音性の高い部屋でよかったなと、僕はふっと冷静になった。さっきまでの感情の昂りが嘘のように消えていく。
「いえ、どうやらさっきの考察は違ったかもしれないな、ということを話していたんです」
 彼女も僕に向けていた笑顔を消して、僕からさっと離れた。
「さっきの考察?」
「扉が開いていたんじゃないか、って話したでしょう?」
「え、開いていたんじゃないんですか?」
 少女の疑問も最もだ、とでも言うように深く頷き、彼女は芝居がかった咳払いをする。
「よくよく考えたら、ここの入口の扉が開いていたはずがないなと思いまして。ほら、この扉は外開きじゃないですか?」
 そういって彼女は入口の扉を開き、またすぐに閉じた。確かに外開きだ。そもそも床の氷がつっかかるとか言って割っていたし。
「でも、それじゃあ洪水の時に壊れるって言ってましたよね。高速道路だって」
「確かに高速道路は壊れましたが、なにも建物まで壊れたわけじゃありません。そもそも道路が壊れるくらいなら、普通は建物も壊れますよね?」
 言われてみればそうだ。ビルと高速にどれだけ耐久力の差があるか知らないけど。
「そもそもこの街を襲ったのは津波ではなく洪水なんですよ。津波なら建物くらい壊れるでしょうが、湧いて出る水なら比較的勢いはありません。実際に洪水の様子を見たわけではありませんが、結果的に大体の建物が形を保っていますからね。高速道路はカオスが自分で壊したものが浮かんでいたのでしょう」
 お前、それならそうと扉を開ける前の時に言えよ……勝手に思い込んでいたのは僕だけど。
「じゃあ、ここには浸水していなかったんですか?」
「おそらくは。さっき軽く調べた限りでは、他に浸水しそうな場所もありませんでしたし。そちらも特に変わったものは見つからなかったでしょう?」
「はい、ゴミで汚れてるくらいしか……それじゃあ、ここにいたチャオたちは」
「少なくとも、大洪水の時には生きていた可能性があります。今は木も枯れていますが、しばらくはここに滞在することは可能だったのではないでしょうか」
 少女の顔が徐々に喜びで彩られていく。絶望的だったチャオ生存の可能性に光が差していく。僕にとっては、あまりにも眩しい。
「でも……結局ここには誰もいませんよね。どこに行っちゃったんでしょう」
「ここはカオスの影響による悪天候の中心地ですからね。さすがに長く留まるわけにはいかなかったんでしょう。おそらくどこかに移動したと思うのですが」
「移動、できたんですか?」
「できたんでしょうね。大洪水から時間も過ぎて、かろうじて移動することはできるようになったんでしょう。事実、私達もここには辿り着くことはできましたからね」
「……どこに行くんだ」
 ようやく口を開けた。さっきは酷く擦れていた喉が、何事もなかったかのように声色を取り戻している。
「仮にお前の推測通りだとして、チャオはいったいどこに移動する? アテはあるのか?」
 聞かなくても答えがわかる気がした。チャオだってどこでも生活できるわけじゃない。綺麗な水辺でしか生息できない、確かそう聞いた覚えがある。だから特別にチャオガーデンを用意している場所は、ステーションスクエア以外にはない。となると答えは一つだ。
 ――あそこしかないだろう。
 ――わかってるじゃないですか。
 僕と彼女の間に言葉はなかった。


―――――――――――――――――――――――――


 正直言って、ジープかなんかで来ればよかったんじゃないのか? と思わないでもなかった。別にキャンピングカーはオフロードを走る車ではないと思うのだが。
「だって線路の上を走る予定はありませんでしたから」
「最初からこうするつもりじゃなかったのか」
「あら、なにを根拠にそう思うんです?」
 そう聞かれると口を閉ざすしかなかった。本当は「全部知っててやってるんじゃないのか」と言ってやりたいけど、きっとなんの意味もないんだろう。
 それにしても、駅の階段をキャンピングカーで無理やり駆け上がったときは、少女のみならず僕も思わず口を開けてしまった。僕らはその様子を駅のホームから見ていたのだが、ルパン三世のアニメかよと思った。案の定、車の中は大惨事。少女が後ろの扉を開けたらなぜか赤面して後ずさりしたものだから、何事かと思って中を覗いたら足元にいかがわしい官能小説の挿絵のページが開かれていた。思わず力いっぱい踏み潰して、そこいらに放り捨てた。
 それからしばらくはずっと線路の上を走っている。街に来るときと同じように少女はベッドに、僕は助手席に座って窓の外を眺めていた。
 しかしすごいものだ。どれだけステーションスクエアから離れても全然吹雪の勢いが衰えない。改めてこの地は異常なのだと再確認する。走り始めてしばらくはこの異常地帯を走っているという事実を少しだけ楽しんでいたが、ちっとも風景が変わらないのだからすぐに飽きる。
「飽きるもなにも、一番この光景に付き合ってるのは私なんですけどね」
 隣の彼女が笑顔を張り付けたまま苦言を呈する。それでも安全運転をしないのだから頭が下がる。
「で、目的のミスティックルーインまでどれくらいだ?」
「流石に1時間もしないでしょう。また寝るんですか?」
「いや……ううん。どうするか」
 なんだか曖昧な返事になってしまった。なんだか知らないけど、酷く疲れてる。肉体の疲労じゃなくて、多分精神的に。
「なあ、聞いてもいいか」
「なんでしょう」
 顔はなんでもお答えしますよと言っているけど、どうせはぐらかされるんだろうな、と思う。それをわかったうえで聞いてみた。
「チャオは……まだ生き残ってるのか?」
「可能性は高いです」
 やっぱりハッキリとは言ってくれなかった。いや、僕が勝手に勘違いしているだけなのかもしれない。こいつが確たる答えを隠しているのではないか、と。
「そもそも私が、チャオが絶滅したなんて言ったことがありましたか?」
「……ないけど」
 でも、世間はみんなそう思ってる。当時ステーションスクエアとミスティックルーインでしか見られなかったチャオが、カオスの手によってまとめて殺されてしまったと。まだ生き残りがいるんじゃないかという声も強いけど、僕にはある種の確信があった。チャオはもう一匹も生きていない、そんな後ろ暗い確信が。
「でもそれは、あなたの思い込みでしょう?」
 彼女はそう言った。昔も同じ言葉を聞いた。その時は思い切り否定した。
「……これで生きてたら、僕はタチの悪い道化じゃないか」
 今は、このザマだ。チャオが生き残っているかもしれないという可能性に対して戸惑うことしかできない。
「道化なんかじゃありませんよ」
 それでも彼女は、そんな僕を嗤ったりしない。こういうときに振るう優しい言葉や貶すような言葉の方がよっぽど痛いことを、僕は最近になってやっとわかってきた。
「大丈夫。“あなたは誰も殺してません”」
「いいや、“みんな僕が殺したんだ”」
 隣にいる彼女と僕の言葉が、頭の中でごちゃごちゃになる。
『“あなたがみんなを殺したんです”』
『“僕は誰も殺してない”』
 頭の中でそんな幻聴が聞こえる。でもそれは、今の僕と彼女の会話となんら意味は変わらない。
 つまりこれは、なんの意味もない会話。“贖罪”の夢であって、贖罪の“夢”でしかない。
 つまり、なんの意味もない。なんの意味も。
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7:忌日部
 問題式部  - 13/8/29(木) 7:38 -
  
 チャオガーデンの管理人が、僕の育てたチャオが死んだことを教えてくれた。
 しばらくは何も考えられなかった。今日が何月何日か。朝に何を食べたのか。必死に覚えた学校の生徒たちのスケジュールまで。全部ぜんぶ頭の中から飛んでいってしまった。
 どうすればいいんだろう。怒ればいいんだろうか。悲しめばいいんだろうか。しばらく固まったまま考えて、それでもわからなくて、とりあえずなんでもいいから言わなくちゃと思って、口を開いた。
「……そうですか」
 それだけだった。多分いまの僕の顔は、小学校の卒業式のときよりも無感動かもしれない。
「遺体とかは……ない、んですよね」
「ええ。繭に包まれて消えてしまいますから。ああ、あの子からの遺言を預かってます。あの子もどうやら自分の死期を悟っていたようで」
 管理人さんは慣れているのか、多少の話しにくさを感じさせつつも淡々と話している。
「大切な人を見つけてね……と言っていました」
「そうですか」
 同じ返事しかできなかった。自分が死ぬ前に変なことを言うやつだ。もっとこう、楽しかったよとか、元気でねとか、そういうことを言うと思ってた。
「通常は遺品として、チャオが獲得したメダルなどをお渡しするのですが……あの子は競技の類をしていなかったようですね」
「いえ、お構いなく。そういうのは大丈夫ですから」
「そうですか。いえ、すみません」
 すみませんって、何が? 特に中身のなさそうな謝罪が魚の骨みたいに引っかかった。管理人さんは特に謝ることなんてないだろ? あの子が死んだのは僕の責任なんだから。
「……あの、チャオってお墓とかあるんですか」
「もちろん、飼い主の方が望めば」
「いえいいです。ちょっと聞いてみただけですから。別に必要ありません」
「よろしいのですか?」
「ええ、大丈夫ですから……ほんとに」
 自分の育てたチャオを死なせたなんて知られたら、なんて言われるかわかったもんじゃないからな。
 そんな皮肉染みた言い訳が湧いた自分に、反吐が出そうになった。
 帰り際に覗いたガーデンは、なぜかチャオの姿がちっとも見当たらなかった。


―――――――――――――――――――――――――


 チャオガーデンを出たあと、どこをどう歩いたのかよく覚えていない。気付いたら知らない廃ビルの屋上に勝手に侵入していた。
「……なんでこんなとこ来るんだ」
 自分でもぜんぜんわからなかった。根がバカだからどこか高いところに行こうとしてしまったのだろうか。学校の屋上とかでもいいのに。
 屋上の塀に立っても、見える風景がちっとも良くなかった。まだ中途半端に陽が高くて夕焼けでもないし。冬のせいか寒いだけだ。ちっとも居心地が良くない。本当になんでこんなところに来たんだ僕は。
 体中の空気が抜けるみたいにして、屋上の床に寝転んだ。凄く冷たいし、オマケに固い。でも起き上がる気力もない。ついでに言うと、溢れる涙もなかった。
 実感がないからだろうか。この目で直接あの子の死を見たわけでもないし、遺体も残らなかったし。別にどんでん返しで生きてるなんて展開もないけど。
「……やれやれ」
 本日は晴天、気温8度。交通量は事も無げ、インフルエンザに気を付けよう。平たく言うと、世界は平和だ。僕の数少ない友人がいなくなっても、悲しむ奴なんてどこにもいない。冷たいなあ。冷たいなあ。屋上の床が冷たいよお。
 なんでだろう。ちっとも涙が出てこない。僕ってそんなに薄情な奴だったんだろうか。薄情な奴だったんだろうな。ダークチャオ育てるくらいだもんな。
 そもそも僕のチャオとの付き合い方を思い出してみろ。いつも誰にもバレないようにすることが第一だったじゃないか。ストーカーみたいに生徒の行動をチェックしたり、わざわざ変装してからガーデンに行ったり。あの子と会うのはそんなに後ろめたいことだったのかよ。後ろめたいことだったんだろうな。だってダークチャオを育てたなんて知られたら大変だったもんな。
「……なんだったんだ」
 不意に口をついて出たのは、そんな疑問の言葉だったんだ。
 結局僕はなんのためにあの子に会いに行ってたんだ。ビクビクして、仮面を被って、無理してあの子の前で笑って。なんなんだ。ほんとになんだったんだ僕の中学時代は。大事な青春を過ごす期間だったはずじゃないか。
 どうだ、このザマは。胸張って友達だと言える奴なんて一人もいなかった。僕にとっての友達のポジションはあの子に譲ったのに、消えてしまったんだ。あんなに、あんなに頑張ったのに……今の僕は一人ぼっちだ。
 こんなんじゃ、こんなんじゃ僕は――


「……ただの道化じゃないかよ」


 そうだ。なんの意味もなかったんだ。
 あの子と過ごした日々なんて、なにも意味はなかったんだ。
 なんの意味も……なにも……。
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8:帰宅部
 問題式部  - 13/8/29(木) 7:50 -
  
 僕を起こしたのは、ケータイの着信音だった。普段はずっとマナーモードにしているのだが、いきなりこっ恥ずかしいオタク趣味な着メロが流れ出すものだからつい慌てて取り出したケータイを落としかけてしまう。
「はい、もしもし?」
『お母さんだけど。ごめんね、急に電話しちゃって。いま大丈夫?』
「ああうん、ぜんぜんへーき」
 辺りを見回すと、そこは駅のホームだった。隣を見ると私服姿の彼女がいた。どうやら彼女の肩に寄り添って寝ていたみたいだ。眩しい笑顔を向けられてしまい、ついつい目を逸らしてしまう。
『あのねえ。いまちょっと大掃除しててね、あなたの部屋のことなんだけど』
「こんな時期に? っていうか僕の部屋がなに?」
『ああ、別にいかがわしい本見つけたとかじゃないから』
 急に何を言い出す。ちなみに僕はよくできた仮面優等生なので、家にエロ本を置くなんて愚は犯していない。そもそも親にバレたくないなら家に置かなきゃいいのに、若者たちはなぜ揃って同じ間違いを犯すのだろうかといつも思っている。閑話休題。
『あなたの部屋、ゲームだらけだから掃除しにくいのよねぇ。なんだったかしらこの青い箱。えっくすぼっくす?』
「いやゲームキューブだけど。別に大丈夫だよ、放っておいても」
『そう? でもゲーム機も立派な機械でしょ? ちゃんと保管しないと壊れるんじゃないかしらって』
「いやほんとに大丈夫だよ。そのゲーム機ビックリするくらい頑丈だから。車で引きずり回しても壊れないくらいだし。母さんも泥棒とかに襲われたら武器に使っちゃっていいよ」
『あら、そうなの? 確かに使いやすそうねコレ、取っ手ついてるし』
「冗談だよ。ほんとに大丈夫だけど。じゃあ今度の週末にそっち帰るよ。いま住んでる家にあらかた持ってっちゃうから」
『悪いわねぇ。それじゃ、あなたの部屋はそのままにしておくからね』
「うん、ありがと。じゃあね」
 電話を切って時間を確認する。夕方かなと思ったら、なんと始発間際の朝っぱらだった。よく見たらホームは他に人があまり見当たらない。
「僕ら昨日なにしてたんだっけ……?」
「忘れました? 調子乗って遊んでたら終電逃がしちゃって、泊まる場所も見当たらなかったから結局遊びまわったんですよ」
 ああ、そういえばそうだった。夜間に営業しているおかしな店からいかがわしい店まで、彼女が知る限りの秘密スポットを踏破したんだった。世の中にはまだまだ僕の知らないものでいっぱいだなぁ、とか呟いて眠りに落ちた気がする。
「どうしよう。疲れてるのに家帰ったら寝直せない気がする……」
「大丈夫ですよ、私が子守唄うたってあげますから」
「やめろよ余計眠れないだろ」
 僕らの会話を打ち切るように始発電車がやってきた。僕らの乗る車両には誰もおらず、堂々と席に座った。空調の涼しさが、今が夏だということを思い出させてくれる。
「……夏、なんだよな」
「え?」
 音を立ててドアが閉まり、電車が緩やかに走り出す。いくらか静かになってから彼女は話しかけてきた。
「どうしたんですか、急に」
「いや、今っていつだっけって思ってさ」
「夏バテですか?」
「……夢、見たんだ」
 本来ならすっと消えてしまいそうな夢の欠片を、なんとか拾い集めてみる。
「なんか、冬なんだけどさ。大切な人が死んじゃった夢、かな」
「大切な人って?」
「わかんない。で、その人を探すために……いや」
 ふと、言葉に詰まった。何か違う気がする。
「そうじゃないな。探してたのは別の人の……ううん」
 なんだろう。見ていた夢の時系列が違っていて、思い出そうとすればするほど夢がごちゃごちゃに混ざっていく。
「とにかく、嫌な夢だったんだよ。嫌っていうかさ……ええと」
「ごめんなさい、よくわからないです」
「僕も。まあいいや、とにかく嫌だったんだ。多分、自分のことが、かな」
「自分が嫌だったんですか?」
「とにかく嫌な奴になってたんだよ。なんか薄情っていうかさ。ウジウジしてるし」
 思い出すのは、後ろ暗い感情ばかり秘めた自分。意味がない、意味がないとバカみたいに繰り返していた気がする。
「薄情って点は当たってるかもしれませんね。いっつも私への態度が冷たいですから」
「お前がベタベタし過ぎなんだよ……」
 誰もいないことをいいことにぎゅっと腕に抱きついてきた。誰もいなくたって恥ずかしいものは恥ずかしいってわからないんですかね。
「まあ、友達が少ないのは確かだけどさ」
「いいんですよ少なくて。私と過ごす時間だけ大事にしてください」
「やだねぇ、そういう独占欲丸出しの発言は。嫌われるよ? 僕に」
「その時はもう一度振り向かせてみせます」
 すげえなこいつ。他に乗ってる人がいても同じことさらっと言えるんだろうな。
 頭の中で夢の光景をぐるぐると回しながら、ふうと溜め息を吐く。朝焼けの車窓を眺めながら、ごちゃまぜになったピースに何度もトライする。
「気になりますか? その夢」
「ん……まあ、なんとなく」
 なんだかとても大事な夢だった気がする。所詮は夢なんだけど、このまま忘れてしまうのは凄く悲しいことのように思う。
「なあ。僕って薄情かな」
 普段は彼女にこんなことは聞かない。相談みたいなことは、たぶん今回が初めてだと思う。これはきっと遅れてきた思春期なのかもしれないな。
 彼女も僕の態度が真面目なことを察して、抱きつくのはやめないがニコニコした表情が鳴りを潜める。
「薄情じゃありませんよ」
「それはお世辞か何かで言ってるのか?」
「いいえ。あなたは確かに素っ気ないですけど、ちゃんと筋を通す人だと思ってます」
「そうか?」
「そうですよ。あなたは約束を破りません。私とのデートの約束もすっぽかされてませんし」
 お前が強引なだけだろ。僕が特別約束を意識したことなんてない。
「それはあなたが、約束を破るという選択肢を持っていないからですよ」
「ふうん……そうか」
 なんだか、彼女の今までのどんな言葉よりも恥ずかしかった。そういえば、夢の中でも大切な人と会う時間だけは大事にしていた気がする。
 筋を通す――か。
「ああ……思い出したよ。どんな夢だったのか」
 途端に口にざらざらとした苦みを感じた。実在しない、意味のない罪が僕の心にどすんと乗っかってきた。
「僕、世界を滅ぼしかけたんだ」


 駅を二つ過ぎても、僕らのいる車両には他に乗客がいなかった。その間、僕は彼女に夢の内容をかいつまんで説明していた。聞かせるのもバカバカしい、ただの夢の話だ。


 大切な人のために捧げた僕の学生生活は無駄になってしまった。僕はそのことを酷く後悔していた。そして強く思ったのだ。こんなことになるなら、大切な人と出会わなければよかった、と。
 その願いが叶ってしまったのだ。街を襲った大洪水と怪物の襲来という形で。
 たぶん偶然だったと思うのだけど、それは僕の起こした災厄な気もする。僕が世界をめちゃくちゃにしたんだ、大切な人の仲間たちを皆殺しにしたんだと。
「ほんと真面目ですね。どこからどう見ても、あなたは関係ないじゃないですか」
 自分でもそう思う。どうして僕は、その災厄を自分自身の罪だと思ったんだろう。夢の出来事だったから、そんな脈絡のない設定になっちゃったのかな。
 でも、とにかく僕は強く後悔していたはずだ。大切な人と過ごした時間を僅かでも無駄だと思ったことを。その後悔は、夢から覚めた今でも胸の内で燻ってる。
「でもそういうとこ、あなたの魅力ですよね」
「そうかな。どう考えてもマイナスだと思うんだけど」
「そんなことないですよ。その夢に関しては間違いなくただの思い込みですけど、自分に非があることを認めることのできる人間っていませんから。義理って言えばいいんですかね? 今じゃあ義理人情に溢れた男の人なんて減ってきましたし。私、あなたのそういうところを好きになったんですから」
 車に轢かれて無事だったのは義理人情にカウントされるのか? なんだかこいつの趣味が少し垣間見えた気がする。
「まあ今どきの草食系男子のなよっとした性質が中途半端に混ざって結構カッコ悪いんですけど」
「お前ほんとに僕のこと好きなんだろうな?」
「冗談ですってば」
 あんまり冗談に聞こえなかったのは僕がネガティブだからなんですかね。
「大丈夫ですよ。所詮はただの夢です。あなたが優しい人なのは私がよくわかってますから」
「そりゃよかったね」
 ちょっと真面目な話をしたつもりだったのに結局これだ。この女は僕のことをヨイショし過ぎてイマイチ落ち着かない。
「あーあ、なんかまた眠くなっちゃったな」
 ここまで話したことが恥ずかしくなって、適当に眠いフリをした。すると彼女は僕の頭を抱き寄せてくる。
「それじゃ、もう一度寝ましょうか」
 やっぱりこうなるんですね……。
「大丈夫です。今度は良い夢が見れますよ。私が保障します」
「よく言うよ」
「ほんとですってば。あなたの大切な人も、そのお仲間さんたちも死にません。きっと素敵なハッピーエンドが待ってますよ」
「あっそ……」
 別にそんな夢が見れたからって、なんの意味もないんだけどなぁ。そう思いながらも、僕が再び眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった。
 僕らが目的の駅に着くまで、もう少し先になりそうだ。今はもう一度、あの夢をつづきから。
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9:変調部
 問題式部  - 13/8/29(木) 8:06 -
  
「良い夢は見れましたか?」
 目を開くと、隣で運転していた彼女が声をかけてきた。窓の外は相変わらず白かったが、気のせいか少しだけ遠くが見える気がした。
「どれくらい眠ってた?」
「2、30分くらいでしょうか。もうそろそろで到着しますよ」
「そっか。思ったより寝てないな」
「そうですね」
 そこで会話がピタリと止まった。なんだかこの沈黙が痛々しく感じて、なぜか会話を続けようと思ってしまう。
「……夢、見たんだ」
 自分でも信じられない会話の振り方だった。そもそも僕からこいつに世間話みたいなことをした記憶なんてない。
「……珍しいですね。あなたがそんなこと言ってくるなんて」
 流石の彼女も目を丸くした。一瞬ハンドルを深く切りそうになったのがチラと見える。
「そんなに変かな」
「ええ、とても」
 そこまでズバリと言われるとへこむ。やっぱり黙ってればよかったかな。
「で、どんな夢だったんです?」
「えっ」
 黙ろうとしたらこれだ。ついうっかり、さっきまで覚えていたはずの夢の内容が吹っ飛んでしまう。
「あんまり覚えてないけど……なんか、凄く良い夢だった気がする」
「……それだけですか?」
「うん、それだけ」
 なんかよくわかんないけど、凄く恥ずかしい。なにをやってるんだろう僕は。
「そうだ、あいつは? 今どうしてるんだ?」
「あの子ならあなたより先に寝たじゃないですか」
「あれ、そうだったっけ」
「……あの、大丈夫ですか?」
 こいつに真剣な顔で心配されたのなんて初めてな気がする。あんまり恥ずかしくて、思わず目を逸らしてしまう。
「あ、あとどれくらいで着くんだ?」
「もうそろそろですよ。この次の駅がミスティックルーインです」
「そっか。わかった」
 なぜだろう。今の僕は凄くドキドキしている。初めて小学校に向かって歩いていたときよりも緊張している。手を組んだり足をぶらつかせたりして、とにかく落ち着きがない。しきりに視線をあちこちに飛ばすが、大半が白い風景しかなくてなんの意味もない。彼女もなんと言葉をかければいいかわからないようで、とうとう絶句されてしまった。
 誰か見えない人が僕の背中をばしばしと叩いている気がする。ただひたすらに急かしてくる。早く、早く! と。早く、って何をすればいいんだ?
 じっとしていられなくなって助手席を立った。後ろのベッドで眠っていた少女の元へ歩み寄り、まじまじと寝顔を見つめる。寝辛そうな防寒着を着たまま、寝息も立てずに眠っている。最初に起こしたときもそうだけど、まるで死んでるみたいだ。ちっとも動く気配がない。放っておいたらいつまでもこのままな気がする。
 だから、声をかけた。
「おい、起きろ。もうすぐ着くぞ」
 最初はあんなに躊躇したのに、今度は簡単に彼女の肩を強く揺らすことができた。頬もばしばしと叩いてやると、ものの四秒で目を覚ます。
「…………あっ、はい!」
 同じような飛び起き方をする。
「えっと、それで」
「そろそろミスティックルーインだ」
 あらかじめ取っておいた眼鏡を手渡して言葉を遮った。ふと窓の外を見ると、白以外にも緑色、土色が微かに見える。あれは自然の色だ。


 線路の上を車で走ったのもそうだが、車から駅のホームに降りた、いや上ったのは初めてだ。木造建築のレトロなホームは、僕がよじ登ろうと手に力を込めた瞬間にバキッと音を立てて壊れた。どうやら散々濡らされたせいでめちゃくちゃ腐っているらしい。穴をあけないように慎重に歩いたが、結局階段にでかいのを三つあけてしまった。ちゃんと帰れるか心配になってきた。
 ミスティックルーインの天候は、ステーションスクエアよりはマシだった。雪こそ降っているが吹雪ではないし、先もちゃんと見える。駅を降りて目に入った滝壺が大きな音を立てている。吹雪ではなく、自然の生きた音を聞いたのは久々だ。あの街と違って、ここは死地ではないんだなと感じる。
「山の天気より街の天気の方が酷いっていうのもおかしな話ですね」
 それもそうだな。このうえ山の天気の方が酷いなんてことになっても困っただろうから、今の僕らには好都合ではある。
「で、チャオがいる場所ってどこなんだ?」
 ここにかつて野生のチャオがいたという話は聞いたことがある。俗にいう天然のチャオガーデンがある場所だ。でも、さすがに足を運んだことはない。
「流石に獣道を進むようだったら私も諦めますけど、幸いガーデン行きのトンネルが掘られてあるんですよ。当時はトロッコで移動できたみたいですね」
「場所はわかるのか?」
「調べてありますよ。こちらです」
 そういって彼女は滝壺を尻目に、切り立った崖に沿って歩きだした。ダンボールがあったら乗って滑りたくなるような傾斜を、転ばぬよう慎重に降りる。石の階段を通り過ぎてちょっとした谷を進むと、左手側の岩壁に穴があいていた。ここがトンネルか。思ったより凄く近くにあった。
「ここからが長いですよ。トロッコで移動する距離を徒歩で向かうわけですから……」
 僕らより二、三歩先を歩いていた彼女が、トンネルの向こう側を見た瞬間にはたと立ち止まった。まるで何かに凍りつかされたみたいな表情がゴーグル越しにでも伝わってきた。何かと思った少女も僕を追い越して、そして同じものを見た。動力を失ったみたいに腕がだらんと降りる。
 嫌な予感がする。僕も二人の間から、恐る恐る彼女らの視線を追いかけた。


 脳髄がカチカチに凍らされたような衝撃を受けた。トンネルが、雪で埋まっていたのだ。


「……おい。おい!」
 動かない彼女の背中をばしばしと叩いた。呆気にとられていたのであろう彼女が慌てて僕の方を振り返る。
「は……はい。なんでしょう」
「他に道はないのか? どこか迂回するところは?」
「え、ええと」
 しばらく言われた意味がわからなかったのか言葉に詰まる。彼女は苦い声色で告げた。
「少なくとも、人が歩くことを想定した道はここだけです。他にガーデンに行く方法は……ありません」
 彼女にしては珍しく、本当に弱った様子だった。その言葉を傍で聞いていた少女はなにも反応を示さなかった。すっかり放心している。
 二人の間を通り過ぎ、僕らの道を閉ざした雪の壁に近づく。微かだが地面にトロッコ用と思しき線路が見える。雪崩でも起きたのがトンネルの中に入り込んで、融けずに残ってしまったのだろうか。最悪な巡り合わせだ。
 拳を突き入れてみた。それなりに硬い。どうやら中途半端に融けた雪融け水が雪の中で凍って、無駄にこの壁を固まらせてしたったらしい。
 でも――思ったほどじゃない。力強く雪を掻き出して、僕は決意を固めた。もう後戻りできる展開じゃない。
「おいお前、シャベルとかは持ってないのか?」
「いえ、さすがにかさばってしまうので持ってきていません」
「じゃあとりあえずハンマーだけ置いてけ。それから使えそうな分厚い本持ってくるんだ」
「本、ですか? いったい何に」
「スコップ代わりにするんだよ。手で掻き出すよりはマシになる」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください」
 動かぬままでいた少女が唐突に声をあげた。行き場を無くした視線と両手がふらふらしている。
「あの、えっと……これ、掘るんですか?」
「当たり前だろ」
 何言ってんだ、みたいな感じで言い放ったら、何言ってんだ、みたいな視線を二人からもらった。
「ム、ムリ。ムリ、ですよ! そんな、どこまで掘ればいいかわからないのに」
「じゃあなんだ、ここで手ぶらのまま帰るのか」
「これを掘って進んだりしたら、体力なくなっちゃって、その、帰れなくなるかもしれないんですよ!」
「大袈裟なこと言うなよ、別に遭難したわけじゃないんだ。車に帰って休みながらでも構わないだろ」
「でもっ、今日一日って約束じゃなかったんですかっ?」
「お前まだあの嘘信じてたのか?」
 思わず呆れて肩を竦めた。
「僕のことなんだと思ってたんだよ。マフィアんとこの坊ちゃんか? そんなわけないだろ、僕はただの高校生だ。お前の指なんていらないし手を出したりもしない」
「でも、じゃあ、なんでここまで」
「お前らが連れてきたんだろうがッ!!」
 自分でもビックリするくらいの大音声がトンネルに響いた。雪崩でも起きるんじゃないかと内心ビビったが、表情はゴーグルに隠れていてバレなかった。
「断れるんだったら最初から断ってたさ! でもお前らが退路を断ったんじゃないかよ! 忘れたとは言わせないぞ!」
 半分はやつあたりで、もう半分はやけっぱちだった。とにかく胸の内に秘めてた老廃物みたいなものを全部吐き出したくてめちゃくちゃに喚いた。ちょっと涙が出たけど、ゴーグルで隠していたからバレなかった。
「こんなクソ寒いとこ歩かされて、やっと見つけた目的地を前にして帰りましょうってなんなんだよわけわかんねえよ! なにしに来たんだよなんで連れて来たんだよ! いいよもう別にチャオなんて見つかんなくったって、でもせめてガーデンには行かせろよ! 僕らのやってきたことが本当に無駄だったのか、せめてそれだけでも確かめさせてくれよッ頼むからッ!」
 いくらゴーグルでも、僅かな涙声だけは隠せなかった。ちょっとだけ、いや、かなり恥ずかしかった。


 それからどういう流れで、この気の遠くなりそうな掘削作業が始まったのかは、あまり覚えていない。気づいたら固まった雪をハンマーで叩いたり、背表紙で殴ったら痛そうな本で雪を掘ったりしていた。
 外よりマシとはいえ、トンネルの中は寒かった。ずっと雪に触れているせいで手もかじかんでいたが、休憩は極力しなかった。最初は意地をぶつけるみたいに雪を殴っていたが、途中から何がなんだかわからなくなって、頭がぼーっとしていた。ひょっとして結構やばい状態なのかなと思ったが、手だけは休まずに動き続けていた。
 結局、彼女に肩を叩かれるまでずっと雪を掘っていた。気づけばトンネルの中も外も真っ暗になっていて、そういえば一日には夜というものがあったな、なんて間抜けなことを考えてしまった。
 車に戻っても、僕はほとんど放心していたみたいだった。なんのカップラーメンを食べたかも覚えてないし、いつの間に防寒着を脱いだのかも覚えてない。ただ、一日のうちに何度も寝たせいか、疲れているのに眠れなくてしょうがなかった。彼女は運転席で寝ると言ったきりずっと黙っていて、起きているのかはわからない。少女は僕とは別のベッドで寝ていたが、どうやら寝付けないようで何度も寝返りを打っていた。
「……あの、まだ起きてますか?」
「起きてるよ」
 風の音みたいな声が出た。自分でもちゃんと聞こえるか危うい。
「どうかしたの」
「いえ、その……眠れなくて」
「僕も」
「そう、ですか」
 そこで会話が途切れてしまう。カーテン越しに少女がそわそわしているのが見えて、僕から何か話しかけてみることにした。
「二年前の大洪水、覚えてるよな」
「はい。覚えてます」
「あれ、実は僕の仕業なんだ」
「へ?」
 予想通り素っ頓狂な声が返ってきた。ちょっと面白い。
「えっと、どういう意味ですか?」
「あの大洪水はね、僕が起こってほしいと思ったから起きたんだ」
「……えーっと……?」
「急にそんなこと言われても信じられないか」
「ええ、まあ……そりゃあ」
「僕もね、あの大洪水のことが信じられないんだ。ちょうど僕の育ててたチャオが死んだ日だった」
 窓から見える空があの日の災厄と重なる。僕の意識があの日に戻っていく。
「本当に信じられなかった。どうして今さらこんなことが起こるんだろうって、とにかく混乱した」
「今さら?」
「やっぱりみんな知らないのかな。カオスの起こした災厄はさ、“僕らが子供の頃に終わってる”んだよ」
 声もなく、少女がベッドから起き上がるのがわかった。顔は見えないけど、いま少女は目を見開いている。
「どういう……ことですか? 子供の頃に終わってる、って」
「みんなの知ってる災厄は、僕の知ってる災厄と違うんだ」
 窓の外の見えない星を探す。消えてしまった本当の歴史。僕しか知らないもう一つの空。
「小さい頃だったし、ステーションスクエアの近くに住んでなかったから、僕も簡単なことしか覚えてないんだけどさ。確かに大洪水は起きた。カオスはステーションスクエアをめちゃくちゃにしたんだ。でも」
 光の速さで走る、黄金色の流星を幻視する。
「ソニックがね、カオスを倒したんだ。それで災厄はおしまい。カオスの呪いなんてものは残らないまま、街はあっという間に元に戻ったんだ」
「ソニックって、あのソニックですか?」
「そう。あのハリネズミだよ」
 世界最速を誇るハリネズミがカオスを倒して、世界は救われた。そういうよくあるハッピーエンドが、確かにあったはずなんだ。
「だから二年前にあの洪水が起きたとき、凄く混乱したけど何が起きたかはすぐにわかったんだ。カオスがまた現れたんだ、ってね。でも、ソニックは現れなかった。カオスを止められる奴が誰もいなくなって、カオスは散々暴れまわって、街に深い傷跡を残し続けたまま消えた」
 そしてまた、現実に帰ってくる。空は雪を降らし続けている。窓に映る白色が眩しくて、僕は窓に背を向けるように寝返りを打った。
「そこまでは別によかったんだ。問題はね、子供の頃にあったはずの災厄が、なかったことになってたことなんだ。みんな知ってるはずのカオスなのに、テレビで考古学者が『いま初めてこの情報を公開します』みたいな体で喋ってたときは変だなって思ったよ」
 カーテンの向こう側の影は動かない。マネキンにでもすり替わったかと疑うくらいに。
「結局みんな、前にあった大洪水のことは覚えてなくてさ。信じられなかったけど、信じるしかなかった。“ここは僕のいた世界じゃないんだ”、“僕が滅茶苦茶にした別の世界なんだ”……ってね」
 そこで言葉を切って、少女の反応を待った。外の風の音が耳に痛くて、ますます眠れなくなる。
 どれくらい経ったか。少女はようやく言葉を紡いだ。
「……あの人と話してたときの、みんな殺したって……もしかして」
 なんだ、起きてたんじゃないか。あいつめ寝てるとか言ってたくせに。
「そういうこと。間接的だけど、君のチャオを殺したのは僕なんだ」
 ひた隠しにすべき言葉なのに、なんの躊躇いもなく言ってしまった。少女は弾き出されたように動きだし、僕に馬乗りになって首を絞め、裸眼で僕のことを射殺すように睨んできたところまで想像したけど、結局少女は動かなかった。
「やっぱり、信じられません」
「……そっか」
 話すんじゃなかったかな。結局これは僕の中の話でしかなくて、他の人にとってみればただの法螺話でしかない。きっとこれは、僕が本当のことだと思い込んでいる夢の話なんだろう。
 その後、僕らは沈むように眠りに落ちた。今度は夢も見ないまま、あっという間に朝を迎えた。
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10:結末部
 問題式部  - 13/8/29(木) 8:23 -
  
 目覚ましが好きな人なんてそうそういないだろう。という理屈で、僕は目覚ましを使っていない。だが時間通りに起きれる人間でもないので、いつも彼女が僕のことを起こしにくる。
「ほらほら、もう朝ですよ」
 彼女の声が聞こえる。ムカつくことに、カップラーメン特有のにおいが僕の鼻先を刺激しまくっている。
「早く起きないと、このまま目の前で麺を啜りますよ? アツアツのスープが顔に飛び散ってあっついですよ?」
「ざけんな」
 諦めて起きる。外は眩しいくらいに白くて、寝ぼけた頭が今の状況を思い出す。そういや昨日は重労働だったな。
「いま何時だ……?」
「6時ちょっと過ぎです。昨日は時計感覚がなかったかと思いますが、実は概ね早い時間に寝ていたのですよ」
 そうだったのか。深夜過ぎに寝たつもりでいたんだが。見ると、少女もすでにカップラーメンを食べ終えて昨日と同じ防寒着に着替えている。……カーテン越しに。見えてないですよ。
「あなたの分も作ってありますよ。この冬限定の激辛カップ」
「ざっけんな」
 朝からそんなもの食ったら胃がいかれるわ。
「じゃあこっち食べますか? 私の食べかけ」
「いやだ」
 諦めて啜った激辛カップ麺は、僕の汗と涙と鼻水になって体から溢れ出た。ちっとも栄養補給にならないじゃないかよ!


―――――――――――――――――――――――――


 昨日どこまで掘削作業を進めていたか全然覚えてなかったが、彼女が目測で「50メートル前後ってとこですかね」と言ったときには滝壺まで走ってダイブしてやろうかと思った。あんなこっ恥ずかしい啖呵切って猪みたいに掘り進んだっていうのに。
「十分いいペースだと思うんですけどね。シャベルもスコップも使ってない割には」
 そうなのかなぁ。比較対象がないからわかんないけど。でも体育の時間で走るのよりちょっと短いくらいだぞ?
「大丈夫ですよ。昨日は二時間くらいしか作業してませんでしたから。今日本気でやれば、もしかしたらガーデンに到着するかもしれません」
 逆に言うと今日本気でやらなかったら終わんないわけだ。
「誰だよここ掘ろうとか言った奴は……」
 ツッコミ待ちだったが誰も相手してくれなかった。
 だが、無駄口を叩いてる余裕がないのも確かだった。正直に言って昨日の睡眠程度ではまだまだ体力も回復しきれていないが、この雪の壁が実際にどれくらいの距離まで続いているのかわからないのだ。サボればサボるほど、僕らはこの極寒の地から帰れなくなる。
 というわけで、再び先の見えない掘削作業が始まった。昨日はほとんど無意識だったが、今日は比較的大丈夫だ。昨日よりはちゃんと時計の感覚がある。
「っていうかなんだよこの雪、ちくしょう」
 昨日は全然気にしていなかったが、掘った雪が凄く邪魔だ。基本的に掘った分は岩壁に寄せておいてあるのだが、なかなか融けやしないので徐々に僕らの足場にしてある中央部分に崩れる。これに足を取られると凄くやり辛いし、三人並んで雪の壁を掘るというわけにもいかなくなり、非常に効率が悪くなる。
 そこで計画を変更。雪の壁を掘るのは僕一人で担当し、あとの二人は掘った分の雪を外に捨ててもらうことになった。雪を運ぶ道具なんてないから、そこはやっぱり大き目の本を使うしかない。少女は別になんの問題もなかったが、官能小説を使って雪を運ぶ奴を見たときは思わず尻を蹴っ飛ばしてしまった。この期に及んでネタに走れるとは大した余裕だ。
 それでもだいぶペースは上がったと思う。足元の邪魔な雪が減ったこともそうだが、何度もハンマーを打ち付けたせいなのかわからないが、雪が全体的に柔らかくなってきた。途中で本を捨てて、ハンマーだけで掘削していく。うん、とても効率がいい。
「っていうかなんで本使って掘ろうとか言ったんだよ。バカじゃないのか」
 独り言である。誰もつっこんでくれません。ちなみに偶然積んであった六法全書(!?)以外の本は既に十冊以上がダメになった。
「せっかく買ったのに……」
 知らねえよ誰も読まねえよ。役に立っただけマシだろうが。とにかく掘削がやりやすくなったおかげで、いよいよ僕は調子に乗り始める。ちょっと触れただけで全員吹っ飛ばせそうな勢いでハンマーを振り回し、ガシガシ雪の中を掘り進んだ。途中で二度ほど崩落した雪に埋もれたが。こいつが岩壁だったら死んでるところだ。
「実はちょっと楽しんでません?」
 否定できない。物を壊すってのは楽しいものなんだな。将来は解体屋になるのも悪くないかもしれない。
 しかし、いいペースだと思っていた掘削作業も、五時間弱経ってもまだ終わらなかった。お昼休憩を告げられたとき、僕は有り余るガッツを消耗しきって雪に埋もれたまま寝ていたところだった。
「昔はお遊びで雪食ってたもんだな……」
 とかいいながらもしゃもしゃ雪食ってるところを引っ張り出された。
「朝の激辛カップより酷いもの食べてちゃ世話ないですね」
「酷いものとわかって買ったんだなお前は」
 体中に付着した雪を振り払い、彼女の持ってきたカップ麺を受け取る。立ちのぼる湯気が冷たくなった僕の顔をとかしていく。
 それにしても不思議な光景だ。よく知らない文学少女や怪しい黒スーツの女と一緒に、極寒の僻地のトンネルでカップ麺を啜る。たぶん滅多にないシチュエーションだろう。
 岩壁に背を預けて、僕らの掘り進めてきた道を振り返った。向こう側はとっくに見えていない。昨日の倍以上のペースで作業できたおかげだろう。どちらかといえば雪を外に運び出している二人の方が大変そうだった。
「あとどれくらいあるんだろうな、この雪……」
「さすがにそこまではわかりません。今日中に開通できそうな雰囲気ではありますが」
 案外もうすぐそこなんじゃないのかなと思って、おもむろに座ったままの体勢でハンマーを投げつけてみた。これでハンマーが向こう側にすっぽ抜けたり、雪がボロボロと崩れたりして向こう側と繋がれば面白かったのだが、悲しいかなハンマーはどすんと雪の壁に埋まっただけだった。
「先が見えないっていうのがやだな。まるで人生みたいだ」
 なぜか自分の口からするっと恥ずかしい言葉が出てきた。慌ててカップ麺を啜って誤魔化すが、二人の耳にはしっかり聞こえていたようだ。
「人生、ですか?」
「う、うん。それっぽいなって」
 隣に座っていた少女が僕の顔を覗き込んでくる。向かい側にいる奴はニヤニヤしてる。湯気でよく見えないけど見なくてもわかる。
「そういえば、人生は先の見えない方が楽しいって言いますけど、こっちはそうでもないですね」
「僕としては人生の先が見える見えないなんてどうでもいいけど、どちらかと言えば見えた方が嬉しい」
「そうですか?」
「そうだよ。だって僕の人生、先が見えようが見えまいが楽しくないもん。それなら見えた方がまだマシだよ。楽しい楽しくないで括ってる連中はバカだ。そんなの主観の話でしかないのに。先が見えて好き放題できた方が、僕は楽しいだろうね」
「わたしは……ううん、わたしも見えた方がいいと思います。先のことがわからないと大変ですもんね」
「あらあら、お若い男女が揃って現実的なこと。これも時代ですかね。すっかり冷え切ってしまって」
 まるで歳を食ったような物言いだ。ずるずると麺を啜っては溜め息を吐いて首を振っている。
「特にあなたなんて、高校二年にもなって未だにクラスメイトの顔も覚えないで……青春って知ってます? 青い春って書くんですけど」
「知らないよ。異文化か何か?」
 この歳にもなってくると、自分の人生のつまらなさには慣れっこになる。スープだけになったカップを手に、雪に埋もれたハンマーを取りに行く。
「だいたい、お前ずっと突っかかってきてばっかだったじゃないかよ。僕の人生お前なんかに付き合ってたから無駄になったんだ」
「まあ、そんなに私のことが嫌いですか!」
「お前は僕に好かれてると思っていたのか?」
「いいえ全然」
 よくわかってるじゃないか。やれやれと首を振りながら、ちょっと力を込めてハンマーを引っ張ったときだった。
 何が起こったのかはしばらくわからなかった。掻い摘んで説明すると、額に硬いものがぶつかって意識が飛びかけたが、その硬いものが僕の手に直撃した拍子にカップが飛び上がり、顔にアツアツのスープがかかって無理やり意識を引っ張り戻されたのだ。
「いっで、あっぢい゛い゛い゛!?」
 痛いのと熱いのとよくわからないことがいっぺんに起きて、僕は凄まじく混乱した。とにかく急いで冷やそうとして目の前にあるはずの雪の壁に飛び込んだが、なぜか雪の壁ではなく雪の地面へ顔から落ちた。かなり勢いよく埋まって息ができなくなり、僕は慌てて顔を引っこ抜くべく手を地につけて力を込めた。ぼすんと良い音を立てて顔が抜けるが、今度は腕が埋まって引っこ抜けなくなり、顔についた雪を払えない。顔を振り回してなんとか雪を落としたが、それでも視界は白んだままだった。
 まあ、一言でいえば大変なことになった。辛うじて見えたのは、僕の額にぶつかったと思しき拳くらいの石ころだった。どこから飛んできたんだ、こいつは。
「だいじょうぶ?」
「ぜんぜん。助けてくれ」
「うん、わかった」
 そういって僕の腕を引っ張ってくれるものかと思ったが、そいつは僕の埋まった腕の周りを掘り起こし始めた。不思議に思って目を凝らすと、そいつの手にはスコップが握られていた。もっと目を凝らしてみると、それは人間の手じゃなかった。
「……え?」


 顔を上げて、もっともっと目を凝らしてみた。そいつは人間じゃなかった。
 僕らよりも一回りも二回りも小さくて、水色で、頭の上に黄色い球体が浮かんでて――それは、僕が二年も見ていなかった懐かしい姿。
 チャオが、僕の目の前にいた。


「はい、できたよ」
 腕が自由になっても、僕はまだ動けないでいた。今日が何月何日か。朝に何を食べたのか。必死に覚えた大学の受験勉強まで。全部ぜんぶ頭の中から飛んでいってしまった。
 どうすればいいんだろう。笑えばいいんだろうか。泣けばいいんだろうか。しばらく固まったまま考えて、それでもわからなくて、とりあえずなんでもいいから言わなくちゃと思って、口を開いた。
「……ありがとう」
 それだけだった。多分いまの僕の顔は、中学校の卒業式のときよりも無感動かもしれない。
「どういたしまして」
 チャオの方もなんでもなさそうに返事をして、しばらくお互いに睨めっこをしていた。その後ろにもう二匹ほどチャオがいた。三匹とも僕らのことを不思議そうな顔で見つめている。
「にんげんさんだ! ひさしぶり!」
「すごいね、このゆきをほってきたんだ!」
「さっきいしなげたのぼくだよー。だいじょうぶー?」
 三匹ともポヨをハートマークにして僕に群がってくる。思わず腰を浮かして少しだけ後ずさってしまった。恐る恐る頭に触れてみると、懐かしい感触が手の中で蘇った。
 顔を上げて、周囲を見渡す。チャオガーデン特有の綺麗な水辺で、またもう二匹くらいチャオが遊んでいた。とても信じられない光景だった。
「みんな……生きてたのか」
「うん。みんなでこっちにきたの」
「ステーションスクエアから?」
「えーっと。うん、そこから!」
「どうやって? 街はあんなになったのに」
「ちがうよ! ああなるまえにこっちにきたの!」
 なんだって?
 ああなる前に……つまり、大洪水が起こる前に?
「がーでんにくるひと、へっちゃったから」
「むりしてあいにくるひとばっかりになって」
「だからぼくたち、こっちにかえってきたの!」
 無理して会いに来る人。それは、僕みたいな人ばっかりだったって意味なのか?
「たいへんだったよね。ぼくたちだけだと、おそとにいけないから」
「よなかにこっそりはこんでくれるひと、さがしたんだよね!」
「あのおねえさん、げんきかなぁ?」
 夜中に……逃げ出した? おねえさんと一緒に?
 あの子の死を告げられた日、帰り際に覗いたガーデンにチャオがいなかったことを思い出す。あのときには既に、チャオはここに移っていたのか。いったい誰がそれを手伝ったんだ?
 疑問符ばかり浮かべる僕の横を、足音が通り過ぎた。文学少女が三匹の元に近寄り、屈み込んで目線を近づける。ふと、少女はかけていた眼鏡を外し、伸ばした髪を手で束ねて頭の裏に隠した。
「……あっ! おねえさんだ!」
 他のチャオも口々に、おねえさんだ、おねえさんだと言って少女に駆け寄った。見ているこっちはわけがわからなかった。後ろにいた彼女も口を手で抑え、驚きを隠しきれない様子だった。
「知って……いたのですか? ここにチャオがいることを」
「……はい」
「なんで」
 湧き出る疑問符を胸の内に無理やりしまいこんで、頑張って言葉を選ぶ。
「それならなんで、最初からここを目指そうって言わなかった?」
「全員をここに連れてきたわけじゃないから」
 見慣れない――けれど、不思議と見覚えのある姿をした裸眼の少女は、寂しそうな顔でチャオの頭を撫でながらそう言った。
「オトナになってしばらくした子なら、急にいなくなっても死んだものとして扱われますから。でも、コドモだとそうもいかなくて」
「それで置いてきた子を確認するために?」
「そうです。……ねえみんな、ちょっと聞いてもいい? ここに他に来たチャオはいなかった?」
 あんまりいい答えは返ってこない気がした。だってここにいるのはみんなコドモチャオだ。案の定、チャオたちの顔は寂しそうに陰った。
「ううん。……ねえ、みんなしんじゃったの?」
 僕らの会話を聞いていたチャオが、ポヨをハテナにして聞いてきた。少女は優しい、けれど寂しい声で答えた。
「うん。みんな死んじゃったみたい。ごめんね、助けてあげられなくて。大事な友達だったよね」
「ううん。へいきだよ」
 きっと転生した古株なのであろう三匹のチャオたちは、顔こそ哀しげだったが力強い言葉を返した。
「おねえさん、ぼくたちのためにがんばってくれたよ? だから、なにもわるくないよ」
「なんでもできるひとなんていないから、だいじょうぶ!」
「ぼくたちおとなだから! えーっと、きょよう、できるよ!」

 許容。そのフレーズが僕の中の何かを弾き飛ばした。
 あの子と過ごした日の一ページが鮮明に蘇る。忘れかけていたあの子の笑顔が戻ってくる。

「聞かせてくれ! ここに連れてきたなかに、ダークチャオはいなかったか!?」
「えっ……ダークチャオ、ですか? それはまあ、何匹か」
「なあ、ここにいるチャオはこれで全員か? 転生したのはお前たちだけか? その中にダークチャオだったやつは!?」
 さっき雪もスープも口にしたのに、酷く喉が渇いている。体中の水分がどこかへすっ飛んでしまったかのような焦燥感。
「……いないよ」
 でもそれは、ただの錯覚だった。さっき顔に被った雪が解けて顎を伝い落ちた。手袋の中が汗でじんわりと濡れている。
「しろかったのと、くろかったのは、みんなしんじゃった」
「しろかったのは、あえなくてさびしいからって」
「くろかったのは、あえなくてもだいじょうぶだからって」
「……なんだよそれ」
 勝手じゃないか、そんなの。会えなくても大丈夫ってなんだよ。お前を失った二年間、僕はちっとも大丈夫じゃなかった。
「おにいさん、あのあたまのいいこのともだちだったんだ」
「……うん」
 あいつ、仲間内じゃ一番頭が良かったんだな。全然知らなかった。
「あのくろかったの、いってたよ。ぼくがいると、あいつはだめなんだーって」
「このままじゃ、しょうらいずーっとひとりぼっちだーって」
 なに言ってるんだよ。お前がいなくなったあともずっと独りぼっちだったよ。
「きっとおたがいにであうことがなければ、あいつはしあわせになれたんじゃないかって。そういってたよ」
「……ばか言うなよ」
 長いあいだ流し方を忘れていた涙が、とめどなく溢れてきた。ずっと閉じ込めてきた感情が、僕を押し潰そうとする。
「そんなこと言うのやめろよ。僕らの過ごした時間が無駄だったって言うつもりかよ」
 だけどそれは、僕でさえも思った、目を逸らしたい考えだった。僕とあいつは、こんなダメなところで似てしまった。
「そんなわけ、ないだろ? 僕ら、友達だったはずだろ? 一緒に話したり、遊んだりして、楽しい時間を過ごしたはずだろ? 無駄っていうなよ。やめてくれよ、そういうの……頼むよ……」
 体が支えられなくなって、雪の上にくずおれた。体中を侵していく寒さであっという間に死んでしまいそうだ。
「頼むよ……もう一度会わせてくれよ……僕、なんのためにここまで……なあ……」
 あとは涙と嗚咽しか出てこなかった。
 全てはどうしようもなく手遅れで、何もかも失われてしまったあとだった。
 おかしいだろ、こんなの。ここにあるのはハッピーエンドで、大切な友達と再会できるはずじゃなかったのかよ?
 違ったのか。そんな都合の良い話はどこにもなくて、全部ぜんぶ、ただの夢物語でしかなかったのか……?


「大丈夫です」
 そんなとき、僕の肩を誰かが叩いた。
「あなたの大切な人は死にません」
 聞き覚えがある。鬱陶しくて、でも優しい声だ。
「私が保障します」
 頭の中で、僕の人生が急速に動き出すのを感じる。
 僕の背中を、途方もない時間が滑り落ちるのを感じる。

「今度こそ、良い夢が見れますよ」

 その言葉を合図に、時の重力に放り込まれた。冷たかった雪の感触を突き抜け、上か下かもわからない方向へ落ちていく。
 ここはいったいなんだろう? 現実ではない。夢の世界か? わからない。なにも見えない。
 だけど、不思議と不安はなかった。ここから先で、誰かが僕を待っている気がするから。

 そして僕は、元いた場所へと戻された。そこはあの日の、つづきから。
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11:再開部
 問題式部  - 13/8/29(木) 8:28 -
  
 酷く体が冷えていた。指先と足の感覚が消えていて、僕の体をすれちがっていく風を受けてガタガタと震えていた。
 起き上がるのにめちゃくちゃ苦労した。本当に足の感覚がなくて立ち上がれない。とにかく手近なところにあった柵に向けて這っていって、ロクに力の入らない腕の力でなんとか体を起こした。
 持っていた時計を確認すると、とっくに昼を過ぎていたことだけは確認できた。力も入らないうえに酷く震える手から時計が落ちて、正確な時間まではわからなかった。
 いったい僕は何をしていたんだ。ここはいったいどこなんだ。ガチガチと打ち鳴らされる歯を無理やり抑え込み、僕は周りを見回した。だけど、全然見覚えのない場所だった。なんの面白みもないビルの姿ばかりが見える。どうやらどこかの屋上らしいが……。
「……ああ」
 思い出した。どこか知らない廃ビルの屋上だ。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
 実にバカなことをした。こんな冬の寒空の下で野宿なんぞすりゃこうなる。確か、あの子が死んだって聞かされて、ふらふらとここに来て、それで……。
「――違う」
 強烈な違和感を感じて、身震いがふっとおさまった。
 なにかがおかしい。僕は確か、ミスティックルーインのチャオガーデンにいたはずじゃなかったか?
 今の自分の服装を確認した。帽子。眼鏡。パーカー。あの子に会いに行くために、学校の生徒にバレないようにするために着ていたものだ。あの子が死んでから二年間、この服装にしたことは全然なかったはずだ。本当は防寒着を着込んで、ひたすらに雪を掘って、チャオに会って。
 あれから、いったいどうなったんだ?
 今は……いつだ?


―――――――――――――――――――――――――


 ビルの中に入ってしばらくして、ようやく立ち上がれるようになってから階段を下りた。ビルを出る頃には、なんとかまともに歩けるくらいには回復した。
 とにかく今がいつなのかを知りたくてあちこちを探し回ったが、このあたりがどこなのかイマイチわからなくてかなり迷った。目に付いたコンビニに辿り着いて、恐る恐る新聞を手に取る。日付は僕の覚えていたものより二年も前だった。
 間違いない。ここは二年前……いや、ただの二年前じゃない。あの大洪水が起きていない。確かあれは、僕が廃ビルに入ってさほど経たないうちに起きたはずだ。
 ということはここは二年前じゃなくて、過去にソニックがカオスを倒した後の、つまりは元の世界なんだ。
 戻ってきたのか?
 いや、そもそもあの世界は……現実だったのか?


 温かい缶コーヒーを買って、僕はコンビニを出た。歩いている間、ずっと頭の中では二つの世界の出来事がぐるぐると廻っていた。
 あの二年間は夢だった。それならなにも難しいことはないまま、この話は終わりだ。だけど、夢と断ずることができなかった。あの二年間の出来事は、リアリティなんて言葉では言い表せないくらい、僕の体験として骨身に染みついている気がするのだ。
 だけど……それはとてもおかしな話だ。この世界に戻ってきたと言葉だけで表すのは容易だが、自分でもやっぱり信じられないのだ。あの世界で、僕の知る歴史が否定されたときのように。
 糖質多めの缶コーヒーの味が体中に染み渡る。少なくとも僕が今いるこの瞬間は現実で、曖昧な夢の世界ではないはずだ。目覚めたときの驚くほど寒い感覚。缶コーヒーが体をとかしていく熱い感覚。
 それじゃあ、あの世界はどうだ? 街を歩いたときの容赦なく体を襲った寒い感覚。汗と涙と鼻水になって溢れた激辛カップの熱い感覚。
 本当に夢だと言い張れるのか? 本当に時を越えたと言い張れるのか?
 そのどちらも、僕にはできなかった。僕はどうしようもなく現実に生きていて、だけど空想や妄想とはまだ縁が切れてない、くたびれた学生だから。
 この感覚はなんだろう。誰か見えない人が僕の背中をばしばしと叩いている気がする。ただひたすらに急かしてくる。早く、早く! と。
 早く、って……何をすればいいんだ?
 どこか知らない場所の自販機の前で足を止めた。僕がコンビニで買った缶コーヒーと同じものが売られている。ちょうど手に持っていた方は飲み干していた。となりにあったゴミ箱に缶を捨てて、同じ缶コーヒーをもう一本だけ買った。周りに誰もいないのをいいことに、だらしない不良みたいに自販機の傍らに腰を下ろす。コンビニで買ったのとまったく同じ味が口の中に帰ってくる。値段はこっちの方がほんの少しだけ上だけど。
 たぶんだけど、今の僕はとてもナンセンスなことを考えている。手持ちの情報だけではわかりようもないことにいつまでも食い下がっているんだと思う。
 発想を逆転しろ。もっと建設的でタメになることを考えるんだ。
 僕がここに戻ってきた理由を考えるのではなく、僕がここに戻ってきてすべきことを。それはいったいなんだ?
 答えは音速でやってきた。まだ一口しか飲んでない缶コーヒーをゴミ箱に捨てて、冬の北風を掻き分けながら走った。


 ステーションスクエア駅の前までやってきたとき、酷く頭痛がして足を止めてしまった。僕が最後にここに来たのは今日のはずなのに、この姿の駅前を見るのは二年ぶりでもある。矛盾した記憶が頭の中でせめぎ合って目眩がする。
 人混みの中を縫うようにして駅に入ると、図体のでかいキャンピングカーが階段を駆け上がる姿を幻視した。その後を追いかけるようにホームへ向かう。よくこんなところを通ったなと溜め息を吐きながら、まるで僕のことを待っていたと言わんばかりの電車に乗り込んだ。都会を通る路線なのに、僕の乗る車両には他に誰も乗っていなかった。
 空調の暖かさが、今が冬だということを再確認させる。音を立ててドアが閉まり、電車が緩やかに走り出す。誰もいない車両の中で、僕は本来ならすっかり消えてしまうはずだった夢物語を思い返す。
 疫病神みたいな黒いスーツの女。気が弱いくせに押しの強い文学少女。中学生の僕とは知り合ってもいない二人だ。
 だけど、どこかで見覚えがある気がする。少なくとも中学時代ではない。小学生の頃に会ったことがあるんだろうか。だけど、当時のことはほとんど覚えていない。僕にとって小学校は居心地のいい場所じゃなかったし、あの頃は漫画とかゲームとか、自分の世界の為だけに生きていたから。
 僕の記憶の全てがあの二年間に囚われていて、過去のことが思い出せないでいる。
 何か大事なことを忘れている気がする。僕の過去に、誰かがいた気がするんだ。
 文学少女か?
 黒スーツの女か?
 僕の大切な友達か?
 よくわからない。傍にいたやつのことじゃなくて、僕とは何も共有しなかった、他人のような誰かが、確かにいた気がしたんだ。
 あの二年の最後に、ヒントがあった気がしたんだ。


―――――――――――――――――――――――――


 今日の一日は、何度も何度も眠っていた気がする。そのせいか、ミスティックルーインに着くまで逆に目が冴えてしょうがなかった。
 雪こそ降っていないが、あの世界で感じた寒さと似たようなものを感じてそわそわする。階段には穴なんてあいてなかったが、どこに穴をあけたのかなんとなく覚えていたので、そこを避けるようにして慎重に階段を下りた。
 大きな音を立てて霧を作り出している滝壺を尻目に、切り立った崖に沿って歩く。ダンボールがあったら乗って滑りたくなるような傾斜を、転ばぬよう慎重に降りる。石の階段を通り過ぎてちょっとした谷を進むと、左手側の岩壁に穴があいていた。天然のチャオガーデンに通じるトンネルがある場所だ。
 中に入って先を見てみると、気の遠くなるような雪の壁はなく、至って普通のトロッコと線路があった。僕が必死こいて雪を掘り進んだ過去が消えてなくなる。ちょっと寂しく思いながら、僕はトロッコの横を通り過ぎて長いトンネルの中を進んでいく。
 思い出したように震えが帰ってきた。怖い。この先にあの子が待っている気がするけど、それはやっぱり僕の夢でしかなくて、ただの願望でしかない気がする。体を支える力がなくなって動けなくなってしまうあの感覚が、僕の心を脅かしている。
 もし、結局あの子がいなかったら。あの子の死は覆されたものじゃないのだとしたら。僕はどうなってしまうんだろう。再びあの世界に戻るのか。また僕の知らない世界へ行くのか。それとも何も起こらないのか。
 わからない。先が見えない。ただただ怖い。だけど、足を止めることができない。
 視界が少しだけ白んだ。もう出口だ。とっくに昼は過ぎているのに、眩しくて目を逸らしてしまう。
 僕の顔に何かがぶつかったのは、ちょうどそのときだった。ちょっと軽いサッカーボールみたいなものが、勢いをつけて僕の額に体当たりしてきた。帽子は吹っ飛び、伊達眼鏡は地面に落ちてしまう。
「いってぇ……」
 意識は飛ばされなかった。代わりに体をガチガチに固めていた恐怖がどこかへ消え去っていった。スープが無かっただけマシかと思いながら、ボールの飛んできた方を見た。
 ダークチャオがいた。
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12:再会部
 問題式部  - 13/8/29(木) 8:40 -
  
「…………」
「…………」

 お互いに顔を見合わせて、僕らはただ沈黙していた。今日が何月何日か。朝に何を食べたのか。必死に覚えた高校の受験勉強まで。全部ぜんぶ頭の中から飛んでいってしまった。
 どうすればいいんだろう。喜べばいいんだろうか。怒ればいいんだろうか。しばらく固まったまま考えて、それでもわからなくて、とりあえずなんでもいいから言わなくちゃと思って、口を開いた。
「……なにしてんだお前」
 それだけだった。多分いまの僕の顔は、初めてこの子に会ったときよりも無感動かもしれない。
「ぼーるで、あそんでた」
 僕らの間を転がるボールを、僕らは目で追いかける。平らじゃない地面をころころと転がっていって、そこいらに倒れている柱にぶつかって止まった。僕らを照らす夕陽があまりにも眩しくて、冬だというのにセミの鳴き声まで聞こえてきてしまった。
「いつからここにいた?」
「おととい、だったかな。みんなでいっしょに、ここにきた」
「おねえさんと一緒にか?」
「しってる、の?」
「……いや。どうだろう」
 体を支える力がなくなる感覚が襲ってきた。二日酔いのおっさんなみに危うい足取りでダークチャオに近寄り、力無く頭を撫でてやる。ポヨはハートマークになるけど、チャオの表情は変わらなかった。
「かってに、いなくなって、おこってる?」
「どうだろう。わかんなくなっちゃった」
 もしこの子に会えたらどうしようとかは全然考えてなかった。出てくるのは涙でも怒りの言葉でもなく、ただただ溜め息ばかり。もっといろんな感情を胸の中にしまいこんでいたはずだけど、全部あの世界に吐き出してきてしまったんだろう。
「ただ、ビックリした。管理人にいきなりお前が死んだって聞かされてわけわかんなかった。なんで誰にも言わずにここにきたんだ?」
「だって、かってにそとに、でちゃだめって。だからだまって、ここにきたの」
「バカだなお前。言えばここまで連れてきてくれたんじゃないのか? 別に閉じ込められてるわけじゃないんだからさ」
「でも、ここにいるって、わかってたら、ここにきちゃう。でしょ?」
「当たり前だろ」
 力の入らない手でダークチャオの頭を叩いた。
「だってお前、友達が死んだって聞かされたんだぞ。お前はいいかもしれないけど、言われたこっちは凄くビックリしたし、寂しかったんだぞ」
「でも、きみ、ないてない」
「もう泣いたよ。たくさんな」
 それもこの場所で。冷たい雪の感覚が、まだ体に残っている気がする。
「ごめんなさい」
「……もういいよ」
 僕はダークチャオを二年越しに抱きしめた。あの世界から唯一持ち帰った、たったひとつの感情の残りかすが、そのときになってようやく目から零れ落ちた。


―――――――――――――――――――――――――


 しばらくは倒れた柱に腰掛けて、ガーデンの様子をぼーっと眺めていた。
 雪で埋もれたコドモチャオばかりのあの時と違って、緑溢れる自然の中をオトナチャオたちが駆け回っている。ちょっと数えるのに苦労したが、たぶんあの時より三匹くらいは多いと思う。
「お前らどうやってここまで来たんだ? 電車か?」
「そうだよ。ねこのはいる、あれにはいって。すごくせまかった」
 あほくさ。そんな窮屈な思いしてまでここに来たのか。
「こっちとあっち、どっちがいい?」
「どうだろ。たぶんあんまり、かわんないかも。でも、こっちのほうが、すずしいかな」
「涼しいもなにも今は冬じゃんか。暖房暑かったのか?」
「ううん……そうかも」
 他愛もない会話を重ねる。二年ぶりだけど、ついこの前にもこうしていた。やっぱり変な感覚だ。
「聞きたいことがあるんだけどさ」
「なーに?」
「遺言……じゃないか。伝言残してったよな。大切な人を見つけてねって。あれってどういう意味?」
「えっとね。おとなのつきあい、できるひとのこと、さがしてねって」
 お前僕に彼女作れって言いたかったのか? そんなに独りがいけないことですかね。
「きみ、きょようしてくれるひと、いないでしょ? それでいつも、つかれてるから」
「なんだよそういう意味か……」
 思わず寒空を仰いでしまう。こいつは僕が独りぼっちなことをなんとなく察していたんじゃなくて、それ以上に僕がどんな人生を送り続けてきたのか、もっと深いところまでわかっていたんだ。
「ぼくらみたいな、くろいちゃおのともだち、みんなおなじようなこと、なやんでたから」
「友達がいないとか?」
「うん。それはたぶん、ぼくらがであったのが、まちがいだったんじゃないかな、って」
 否定してやりたいけど、否定できなかった。僕がこの子をダークチャオに育ててから、僕の人生は大きく変わったのは事実だったから。
「でもそれは、ちがったんだね。やっとわかったよ」
 表情はなかったけど、力強い言葉を感じた。
「わるいのは、ぼくらのことをしりもしないで、いっぽうてきにばかにする、なにもしらないやつ。ぼくらのであいが、まちがってるっていうのは、おかどちがいってやつなんだ」
 それは僕のようなコドモの持つ力ではなく、オトナの持つ言葉の力だった。
「それなのに、ぼくらのであいが、まちがってるって、そうおもったのは、ぼくらがまだまだ、よわいこどもだったから、なんだね」
 わかっていた。そんなことはわかっていたはずだ。胸を張って生きればよかったんだ。僕がこの子と過ごした時間は掛け替えのないものだって、笑い飛ばせばよかったんだ。それができなかったのは、ひとえに僕の未熟さだ。
 間違っていたのは僕らの出会いじゃない。何も知らずに嗤う連中と、何もできない僕自身だったんだ。その間違いを正せる強さを、もっと早く手に入れたかった。
「ねえ。たいせつなひと、みつかりそう?」
「どうだろう。わかんないな」
 僕の言葉は、とても弱々しかった。体だけ大きくなっても、やっぱり僕は子供なんだな。
「……見つかったらいいな」
 先の見えない未来に向かって、僕は小さな願いを飛ばした。


「あっ! おねえさんだ!」
 夢と同じ言葉が聞こえて、僕は思わず飛び上がった。ガーデン中のオトナチャオたちが、トンネルの方へと駆けていく。
 そこにいた“おねえさん”と目が合った。僕がさっき落とした帽子を手に持っていて、僕と目が合うとぽかんと口を開けて固まっていた。
 眼鏡はない。髪も少し短い。だけどそれは間違いなく文学少女だった。あの世界で最後に見た少女の姿。
 やっぱり、夢じゃなかったのか。
「……あなた、もしかして」
「え?」
 少女は僕の元に駆け寄り、まじまじと顔を見つめてくる。女の子にじろじろ見られるような経験はないので、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
「ねえ、わたしのこと覚えてる?」
「え、え、それってどういう」
 おかしい。この世界で僕は少女と会ったことなんてないはずだ。もしかして、少女もあの世界からこっちに?
「ほら、小学校の頃の」
「へ? 小学校?」
 全然違った。しかし小学校の頃だって? いかんせん当時のことはあまり覚えてない。覚えてるのはあの優等生――あ。
「ええっ!? ひょっとして、どっかに引っ越しちゃった、あの……?」
 ダークチャオを育てて、連中にいじめられて、そのままいなくなってしまった優等生。あの弱々しい顔が、目の前の少女と重なる。
「ひょっとしてそのダークチャオ、あなたの友達?」
「えっ、まあ、うん、そうだけど」
「そっか……ごめんなさいね、勝手なことして」
 少女の印象は、あの世界で見たときとはかなり違っていた。なんというか、気が弱くて押しの強いアンバランスな性格ではなくなっていて、誰に対しても分け隔てなく接することのできる、大人のような印象だった。僕と同い年だとも、昔いじめられていたとも思えない。
「勝手なことって?」
「あなたの友達を連れ出したこと。わたしも断ったんだけど、この子たちがどうしてもって聞かなくて」
「ここにいるオトナのチャオ、全部?」
「だいたいはそう。みんなこっちに帰りたいって言った子たち。理由はいろいろあったみたいだけど」
「あ、あのさ」
 聞きたいことがいろいろあった気がするけど、何を言えばいいのか全然わからない。とにかく急いで落ち着いて、なんとかして口を動かしてみる。
「……戻って、きてたんだ」
「うん。わたし、転勤族の娘だから」
 こっちはいじめられたのをキッカケに引っ越したものと勝手に思っていたけど。
「えっと、確か君もチャオを育ててたよね。その子は?」
「ああ、あの子ね。死んじゃってた」
 なんの躊躇いもなく、少女はそう言った。顔こそ気にしてなさそうだったけど、声色は少し寂しそうだった。
「こっちに戻ってきたときにガーデンに寄ったんだけど、やっぱりっていうか、転生はできなかったみたい」
「……そうなんだ」
「うん。でもそんな気はしてたから、思ったより大丈夫だった」
 そんな気はしてた、という言葉に僕の方が寂しくなった。彼女はその寂しさを受け止められているのに、僕には荷が重すぎるみたいだ。
「でも、ビックリした。あなたがチャオを育ててたなんて」
「いやその、僕の方がビックリだよ。なんで僕のこと覚えてたの? 全然話したこともないのに」
「えーっ、ひょっとして覚えてないの? あなたクラスじゃ物凄く有名だったのよ。トラックに轢かれてひょっこり起き上がったって逸話で。一年生の頃だっけ」
「え゛」
 言われてようやく思い出した。確か、ゲームをする時間を稼ぐために急いで帰ってて、それで飛び出したところをトラックに轢かれた。けど骨が折れたわけじゃなかったからさっさと起き上がって猛ダッシュで帰ったんだった。しかもそのことを誰にも言わなかったから、翌日に学校でクラスメイトが騒いだことで先生に知られて怒られて、しかもそのあと親に電話されてまた怒られたんだ。
「それから凄い注目されてたのよね。勉強もできて凄く運動神経が良いの。特に足の速さなんて学年でずっと一番だったじゃない」
「あー、うん。そうだった気がする」
 タイムイズマネーを地で行く小学生だったから、登下校だろうとお使いだろうといつも全力疾走だった。たぶんその影響だろう。
「それでいて口数が少なかったでしょ? 女の子の間じゃクールな男の子って言われて結構人気だったんだから」
「え、えええ?」
 知らなかったぞ僕は。廊下を歩くたびに女子が気味の悪い視線をちらちらと寄越すくらいだったから、嫌われているものだと思ってたのだが。
「あなた、自分のことどう思ってたの?」
「えぇ? それは、その。友達がいなくて、口数少なくて、冷たいやつ……かな」
 嘘偽りのない自己分析を述べると、少女は「やっぱりね」とでも言いたげに笑った。なんだか凄く恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまう。
「でも、そっかぁ。あなたがダークチャオをね……」
 僕の育てたチャオを、少女はまじまじと眺める。チャオもポヨをハテナにしながら、少女のことを見つめ返す。
「確かにそんな印象あるかも」
「え……そ、そう?」
「うん。ヒーローよりもダークって感じ。というか、退廃的? ああ、悪い意味じゃないから」
「そうかな。変じゃない、かな」
「全然。まあ、ヒーローチャオを育てても不思議じゃないけど」
 そう……そうなのか。変じゃないのか。ずっと自分の汚点みたいに思ってたけど……何もおかしくないのか。
 なんだか、肩に乗っていた重いものがすっと消えた気がした。自然と顔が綻んでしまう。
「そっか、平気だったんだ。なんだよ。ははは……あぁ……」
 仰いだ空は、すっかり日が暮れていた。

 結局、僕の今までの学生生活は無駄だということがよくわかった。
 なんて虚しいんだろう。過去の自分の尻を蹴っ飛ばして、笑い飛ばしてやりたい。バッカじゃねえの、って。
「……やれやれ」
 本日は晴天、気温8度。交通量は事も無げ、インフルエンザに気を付けよう。平たく言うと、世界は平和だ。僕のチンケな人生の悩みを、いちいち気にする奴なんてどこにもいない。冷たいなあ。冷たいなあ。冬の夜風が冷たいよお。
「ねえねえ、ねえねえ」
 からからと笑う僕のズボンの裾を、ダークチャオがぐいぐいと引っ張った。
「なんだよ。どうした」
「きょようしてくれるひと、みつかったね!」
「え、おい、お前それどういう」
「きょよう? どういうこと?」
「えーっとね、むぐ」
 ぺらぺらと喋りそうになるその口を大慌てで塞いだ。お前女の子相手になんて恥ずかしいこと言おうとしてやがりますかね!?
「な、なんでもない。なんでもないから。いやほんとに」
「えー? なぁにそれ。あなたがいないときに聞き出しちゃおうかな」
「だ、だめ。絶対だめ。ほんと頼む。気にしないで」
 くそ、不公平だ。なんで僕だけこんなに酷い目に遭うんだ。おい二人とも笑うな、僕をバカにするなよ!


―――――――――――――――――――――――――


 ステーションスクエアに逃げ帰る頃には、もうすっかり夜になっていた。人の少なくなったホームをぼーっと眺めながら、ベンチに座ってうなだれる。
「はあぁぁ……ぁぁ……」
 雑巾を絞るような溜め息。一生かけて溜め込んだ疲れをどっと吐き出した。もうこのまま起き上がれなくなりそうだ。ここで死んでも後悔はないかもなぁとバカげたことを考える。
 終わってしまえば、まるで夢物語みたいだった。今まで体験した怒りや喜び、悲しみや苦しみが、なにもかも僕のものでなくなったような気がする。僕の過ごした二年は無かったことになって、友達を失った傷跡は一日もしないで塞がったことになった。
 でも、あの二年の結末がなければ、僕はもう二度とあの子に会えなかっただろう。それを思うと、あの二年は決して意味のないものではなかったはずだ。文学少女には感謝しなければならない。あの二年の世界で少女と出会わなければ、僕はここに帰ってこれなかったはずだ。
 それにしてもあっちとこっちで少女が全然違ったのは驚いた。あっちの少女は僕のことは覚えてなかったみたいだし。二年で僕の印象も違っていたのだろうか。それともあっちの少女はこっちの少女と設定が違うとか……今となってはもうわからないけど。
 いや、それよりも。体を起こして、口に手を添える。
 そもそも、あの黒いスーツの女はなんだったんだろう?
 よくよく考えたら、彼女といつ、どこで、どんなふうに出会ったのか、その記憶がちっとも見当たらない。気付いたら僕の傍にいて、引っ付いてきて、面倒を押し付けていた。なんかあいつにボコボコにされたとかいう話だったけど、いくら思い出そうとしても具体的な記憶が呼び起こせない。
 でも、あいつはとても重要な奴だったというのはわかる。そもそもステーションスクエアに向かう直接の手段を用意したのはあいつだったし、あいつがいたから少女の頼みを断ることができなかった。あいつがいなければ、あの二年の結末はそもそも破綻していただろう。
 彼女も、過去にどこかで会ったことがあるんだろうか。思いつく限りの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えてゆく。ダメだ。ちーっともアテがない。あいつだけ見事にアンノウンだ。
「まあいいか」
 もう終わったことだ。いろいろと丸く収まったあとで、こんなことを考えるのは無粋だろう。差し当たっては、どうやって少女に“きょよう”の件を隠し通すかを考えた方が建設的だろう。あの子に賄賂でも渡すか。何がいいんだろう。ううん……。
「……ん?」
 割と真剣にうんうん唸っていると、ベンチの影に隠れるようにして何かが落ちていた。なんだろうと思ってつまみ上げた瞬間、驚きのあまり吹き出してしまう。
「こ、これっ……!?」
 誰も見ていないのを確認して、つまんだものをホームの外側へ助走をつけて思いっきり投げ捨てた。
 いや、さすがに冗談だろ? なんであれがあるんだ? あれは確かあの世界の、二年後の世界の物じゃないか。こんなところにあるはずがないのに。

 あれは間違いなく、ここで僕が踏み潰した官能小説だった。
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13:起床部
 問題式部  - 13/8/29(木) 8:48 -
  
 ――なんだか、とても永い夢を見ていた気がする。


―――――――――――――――――――――――――


 目が覚めた時に窓の外が明るいと、物凄くテンションが下がる。高校生にもなると夜型の生活になる人は多いと思うが、それでも午前の時間がまるまる無駄になるのは非常にもったいない。
 確認したくないが、一応時間を確認するためにケータイを探ろうとすると、部屋の様子が違うことに気付いた。なんだか知らないがゲームソフトだらけなのだ。ゲームキューブ。プレイステーション2。ニンテンドーDS。プレイステーションポータブル。今では一線から身を退いたハードのパッケージがわんさか。全部実家に置き去りにしてきたものだ。
「懐かしいなぁ」
 親の評価が上々だったので、もらえる小遣いはたくさんあった。その多くを、僕はゲームに注ぎ込んできた。普通はここまでどっぷりゲームに浸かると良い顔はされないものだが、ずっと好成績をキープし続けてきた僕に隙はなかった。これらはいわゆる、僕の黄金期を象徴する勲章と言ったところか。
「ま、勲章もここまで多いと価値がわかんないな」
 一応綺麗に積み重なっているが、それでもかなり床のスペースを占領している。正直言うと邪魔だ。ますます起きる気がなくなって、またベッドに寝転ぶ。もう眠気は全然ないが。せっかくだから久々に何か遊ぶかなと物色してみたが、肝心の携帯ゲーム機がどこにもなかった。
「あ、起きましたか?」
 がちゃりとドアが開き、私服姿の彼女が部屋を覗き込んできた。手元には一台のPSP。こいつ勝手に僕のゲームで遊んでやがる。
「こっちに持ってくるって話でしたから、私が代わりに持ってきてあげました。懐かしいですねぇ。あ、インフィニティやってますんで」
「お前自分の持ってたろうが! なんで僕のデータでやるんだよ!」
「いやあ、久々にマガシを転がしたくなったんですよ。PSO2と違ってこっちはネトゲじゃないですから、レベルアップもサクサクですもんね。武器強化も失敗しないですし」
 ちなみにこいつ、PSO2の話題になると結構な頻度で必滅アプデがどーのとか言い出すが、僕は一切プレイしていないので全然ついていけない。
「それにしても凄いですねぇ。デュマ子でここまでやりこんでるなんて。色白の眼帯っ娘とか好きなんですか?」
「素直に中二病ですかって聞いたらどうだ」
 ちなみにデュマ子ことデューマン女というのは、まあ平たく言うと不遇なパラメータの種族のことだ。新種族ということでゲームの看板的ポジションを与えられ、体験版の頃はそれこそわんさかいたらしいが、製品版が発売される頃には笑っちゃうくらい数が減ったそうな。
「まあいいや……DSは?」
「さあ? アドバンスならそこにありますけどね」
 そう言って彼女の指差した先には、確かにゲームボーイアドバンスがあった。
「……いや、何をしろってんだよ。なんかあったっけ?」
「GBAケーブルならありましたよ。FFCCします? それとも四つの剣+?」
「いいよどっちも。FFはめんどくさいしゼルダもやり込みすぎたし」
「ひとりで?」
 悪かったな友達がいなくて! ナビトラッカーズの隠し要素全部出したよ! ひとりでな!
「ひょっとしてスマブラのキャラやステージも全部出して、エアライドも紫パネル使わないで自力でコンプリートしたんですか? ひとりで」
「そりゃそういうことは普通ひとりでやるだろ……もういいよいくらでもやっていいよそれ」
「はーい。夏休み中にはステータスフル強化させますから」
 マジか。どんだけ暇なんだ。
「でさ。聞きたくないんだけど、いま何時?」
「もうそろそろ午後4時です」
 うわぁ。もう一度寝たい。それで明日午前4時とかに起きたい。なんでこんなに寝てんだ僕は。
「私も起こそうとしたんですよ、駅に着く前に。気が付きませんでした? 早く早くって背中ばしばし叩いてたんですけど」
「いや、気付かなかったけど。たぶん」
「仕方ないからお姫様抱っこして帰りました」
「お前なんてことしやがる!?」
「冗談ですよ。あなたが家で寝てるときにしかしてません」
「やってんじゃねえか!」
「食生活は私がコントロールしてるつもりなんですが、けっこー軽いですよね。羨ましいです」
 んなこた知るか。今度から部屋のドアに外付けの鍵の取り付けを検討しよう。
「それで、良い夢は見れました?」
「え、なんの話? 全然覚えてないんだけど」
「まあ……なんてこと」
 なぜか泣き真似をしだした。なんか悪いこと言ったのか僕?
「せっかく私の豊満なお胸で寝かせてあげたというのに」
「あなた公共の電車の中だってことわかってやってんすよね!?」
「まあ嘘ですけど」
「だろうと思ったよ!」
 しかし夢ねぇ……見ている最中はバッチリ覚えてるのに、どうして起きると十秒経たずに忘れてしまうんだろう。なんだかもったいないな。凄く良い夢を見ていた気がするのに。
「まあいいか」
 もう終わったことだ。ただでさえ貴重な一日が潰れてるのに、いちいち夢のことを考えるのも無粋だろう。差し当たっては、どうやって今日一日を過ごすかを考えた方が建設的だろう。
 しかし、アドバンスねぇ……見た限りだとソフトもないし、あるのはGBAケーブルだけだ。かといってGCやPS2を準備するのもめんどくさいなぁ……ううん。
「……ん?」
 割と真剣にうんうん唸っていると、ソフトの影に隠れるようにして何かが落ちていた。なんだろうと思ってつまみ上げた瞬間、驚きのあまり吹き出してしまう。
「こ、これっ……!?」
「ああ、それですか? 帰る途中に駅に落ちてたのを見つけたんで持って帰ってきました。要ります?」
「い、いや。要るわけないだろ。戻してきなさい。今すぐ」
「でも私としては必要なものだと思うんですよ。青少年を構成する大事なパーツなのに、この家そういうのがないんですもの」
「勝手に漁ってるんじゃありません!」
 よかった。本当によかった。この家にそういうの置いてなくて。しかしまさか、駅に隠しておいた分が見つかってしまうなんて。この二年間誰にもバレなかったのに。
 明日はこっそり出かけて、あちこちに隠した本をもう一度整理しなくては。


―――――――――――――――――――――――――


 結局その日はゲームキューブで遊ぶことにした。
 ソニックアドベンチャー2バトル。公式サイトの攻略記事がなかなか便利だったこともあって、頑張ってエンブレムをコンプリートした。ステージセレクトを埋め尽くすAの字を見たときは、ここで死んでも後悔はないかもなぁとバカげたことを考えたものだ。
 GCにディスクを食わせて電源を入れる。昔懐かしの起動画面が流れる。音量はあらかじめ小さくしておいた。ソニックのゲームはなぜか他より音量が大きめなのを覚えている。オープニングも久々に見た。いま見ると結構チャチに見えるCGだ。これも時代なのかな。
 やがて一分くらいでオープニングが終わり、タイトル画面に移る。「Live and Learn」のイントロが心を湧き立たせる。
 緑色の大きなAボタンを押して、情熱を注いだ過去を呼び起こした。僕が駆け抜けたフィールドをもう一度、つづきから。
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おわり
 問題式部  - 13/8/29(木) 9:36 -
  
 久々にSA2B公式サイトの攻略記事を見にいったのですが、チャオ研究所もろとも見れなくなっていました。攻略記事がどれくらい役に立つものだったか確認したかったのですが。まぁ大丈夫かな……たぶん。


 ここまで読んでくださりありがとうございました。全部読み終わっても時系列とかよくわかんなかったよ、という人もいると思うので、簡単に解説しようと思います。先にここを読んでいる人はお願いですから引き返してください。ここから先はネタバレですよ。
 まず導入部から始まる、カオスが倒されなかった世界。ここは夢世界αと呼びます。ひとまず。一ページ目を飾り、この世界を主観に話が進みますが、時系列でいくと一番新しい世界です。夢世界αに該当するのは、

 1:導入部
 2:移動部
 4:探索部
 6:考察部
 9:変調部
 10:結末部

 以上の六つです。
 もう一つの夢世界として、カオスが倒された夢世界βが存在します。ソニックアドベンチャーの歴史を背景に持っている正史の世界ですが、現実の世界ではありません。夢世界βに該当するのは以下の四つです。

 5:休日部
 7:忌日部
 11:再開部
 12:再会部

 そして、残りの三つは現実世界です。こちらも並べておきましょう。以下の通りになります。

 3:平日部
 8:帰宅部
 13:起床部

 敢えて夢世界βの休日部、忌日部より前に現実世界の平日部という“日”の文字で共通させた章を置くことで「ああこのページは過去編かな? でもなんか矛盾してる気がするんだよなぁ」みたいなミスリードを誘うのを狙ったのですが、執筆当時はほとんど何も考えずに書いていたものですから、後から見返して「この構成はちゃんと意味のあるものになっているのか?」と心配になりました。大丈夫でしょうか? 最低限、夢世界に登場する人物が現実でどういう人物なのかという役割は持たせてあるのですが。文学少女がαとβで性格が違うのは、そもそも現実世界でちっとも話したことがないからです。
 また、別の世界とのリンクを意識して、各章で使った表現を敢えて使い回すという手法を取りました。この作品の個性にちゃんとなってくれていると嬉しいのですが。クドいと言われるのが一番怖いです。
 まあそれは置いといて、ざっとこの物語を時系列順に並べると以下の通りになります。読みにくいと思いますが、どうぞ。


 3:平日部(上)
 5:休日部(β)
 7:忌日部(β)
 8:帰宅部(上)
 1:導入部(α)
 2:移動部(α)
 4:探索部(α)
 6:考察部(α)
 9:変調部(α)
 10:結末部(α)
 11:再開部(β)
 12:再会部(β)
 13:起床部(上)

 ……ちなみに(上)は現実世界です。なんで上なのか自分にもわかりません。メモにはそう書いてありました。それと別にこの時系列の通りに話を追いかけたところで新しい面白さが見つかるというわけでもありません。それどころかたぶん全然面白くないです。お願いですから1から順に読んでください。
 また、作品内で「Endless Possibility」「Dreams of an Absolution」「Live and Learn」の歌詞を訳したものをちょこっとだけ引用しています。もし文句言われたらどうしよう……。


 ひとまず解説は以上になります。改めて、ここまで読んでくださりありがとうございました。
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感想です
 スマッシュ  - 13/8/30(金) 23:59 -
  
夢世界やら現実世界やらをごちゃ混ぜにしている仕掛けが売りだったんだろうと思うのですが、それならばもっと工夫が必要だったんじゃないかな、と思いました。
各章で使った表現を使い回すところは演出として機能していたと思います。
でもそれ以外にはあまり面白さに繋がっていないんじゃないかなあ、と。

なんて表現したらいいんでしょう。
「おわり」にあった表現を引用して言うなら、ミスリードを誘っただけ、よくわかんない風にしただけ、というところでしょうか。
そこの先に進んでいなくて、面白さに発展できなかったように感じます。

これなら、いっそ世界ベータの話→世界アルファの話、の順番に書いていった方がよかったと思います。
カオスに滅ぼされちゃえーって願ったらマジで滅ぼされちゃった。
自分が滅ぼした(かもしれない)場所に行かなきゃいけない。
本編と違って主人公の腹の中を一切隠さない形になりますが、明らかになっている状態で読者に直球をぶつけにいくのも面白いかと。

今の路線のまま行く場合は……。どう工夫すればいいんでしょうね?
僕は素直に進行する話しか書いてないのでよくわからんです。
色んな世界のリンクを強調して読者に意識させながらそのリンクで遊びまくるといいんですかね。


本筋のストーリーを進めるのに集中しちゃって、そこから遠くなっちゃうと、描写が簡略化されてしまうのも、ちょっともったいなかったかもしれませんね。
僕は仮面優等生です。
僕は同じ学校の生徒がいない時間にしかチャオガーデンに行きません。
そんな感じの説明だけで済まさないようにしていたら、また別の味(ストーリーの力強さとかそんなの)が生まれたと思います。
というのも、結構力を入れて書いた作品のように見えたので、細部にまで力を入れてみてもよかったように感じたのです。


さてはて、許容という言葉が愛やら友情やらの話の中で出てくるのがこの作品の味ですよね。
許すこと。許されること。それが愛である、と。
その許容という言葉が出てきたところが凄く面白かったように記憶しています。
愛について、こういうアプローチの仕方もあるんだなあ、と感心しました。

この作品の中では、許容というものは、優しいものなんですね。
あの子も許されたくてステーションスクエアに行きたがっていたのかなあ……。


そして、ステーションスクエアが氷の世界になっているのが、僕の一番のお気に入りです。
カオスを倒すことができなかった。その向こう側として、単に町がぼろぼろになっているだけではなくて、さらに凍っているというのが印象的でした。
この過激でありながら、やり過ぎという感じのしない設定。いいですね。
もしタイムマシンがあれば、この設定をパクってチャオ小説を書いているところです。

この氷の世界の部分を掘り下げるだけで一つの作品になりそうなくらい美味なポイントですね。
たぶんそこには、色んな人のやり残したものがあるんでしょうね。
僕のやり残したこともきっとあの氷のステーションスクエアに……。


それから、僕も黒スーツの美人の運転するトラックに轢かれたいです。
ああ、これが僕のやり残したことか……。
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感想
 ダーク  - 13/8/31(土) 23:23 -
  
読み終わって「面白かった、んだけどなあ」といった心境です。
一番強く思ったのは、現実世界のパートの印象が弱すぎて、夢世界のパートを読んでいく上での邪魔になっている、というところです。勘違いしてほしくはないのですが、逆に夢世界のパートは十分に引き込む力を持っていたと思います。特に夢世界αの方は面白かったです。βとの関係性も良かった。だから惜しい。構成面もそうです。この順番である必要性が薄かった、もう少し意義が欲しかった。寝る→夢を見る→起きる、という点は確かにアリだと思うのですが、それだけだとなあ、とも思います。

うーん、でも俺が思うところはそこだけかなあ。休日部なんかはろっどさん風味で面白かったしなあ。あとは、せっかく物語の肝になりうる部分だったのに許容に対してのアプローチが少なすぎたかなあ、と思ったくらいです。
久々に冬きゅんの作品を見て、最初は文体にイライラしましたが、読んでいくうちにそれが薄れていったのでやはりストーリー面に強みを持ってるなあと思いました。面白かったです。
引用なし
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乾燥です(爆)
 ろっど  - 13/9/4(水) 20:54 -
  
・悪かった点

ラストに、ダークチャオを育ててしまった人間の確執や、主人公の抱える後悔が、ダークチャオの言葉によって解消されていますが、
ダークチャオを育ててしまうと、周囲から疎まれる、
という部分が回想でしか描かれず、共感することができませんでした(感情移入できなかった、という意味ではなく、周囲から疎まれるんだ、という事実が実感として伝わらなかった)。

例えば、
ろっどは正義のヒーローである。
と言われても、ピンと来ないじゃないですか。
でも、
ろっどは、椅子を持って不良集団に突貫した。不良集団は戸惑いから反応に遅れが見える。ろっどはその隙を見逃さない。椅子を翻し、一人、二人と昏睡させていく。困っている人を助けるためなら自分の身をかえりみない、それがろっどという人間の人となりだ。
と書くと、実感が沸くと思うんですよね。

また、シリアスなシーンとコメディチックなシーンが混ぜこぜで、
真剣な話をしている最中なのに、スマッシュさんにギャグで割り込まれたような感覚でした。コメディチックなシーンとシリアスなシーンを、役割としてしっかり分割するか、どちらか片方に徹底する必要があると思いましたね。

・良かった点

風景や、オブジェクトの描写が際立っていたように感じます。
氷柱など、寒さの表現が細部にまで行き渡っていましたね。
ひとつひとつの部品、例えばダークチャオを育ててしまったことへの後悔や、カオスに制圧されたSS、チャオを逃がした人物が判明する場面などは面白かったです。
また、最後のシーン、もう一度、つづきから、という場面は、非常に強みであると感じました。とても印象的なラストだったと思います。


・まとめ

部品を、うまくリンクさせられなかったことが、このお話が、
まとまっていないなあ、と感じる原因だと思います。
それぞれの部品、主人公の後悔や、ダークチャオに関わる確執など、それらを丁寧に描いた上でラストに繋げることで、うまくまとまるんじゃないかなあ、と思います。
流れは非常に良かったと思いますし、時系列をバラバラにするという試みも、感情移入(物語に引き込む)ことさえできれば、「今は、いつだ?」にしっかり集約させることができるのではないか、と考えました。そういう意味で、コメディチックなノリは、この作品には合わないかなあ、と感じます。
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