●週刊チャオ サークル掲示板
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9:変調部
 問題式部  - 13/8/29(木) 8:06 -
  
「良い夢は見れましたか?」
 目を開くと、隣で運転していた彼女が声をかけてきた。窓の外は相変わらず白かったが、気のせいか少しだけ遠くが見える気がした。
「どれくらい眠ってた?」
「2、30分くらいでしょうか。もうそろそろで到着しますよ」
「そっか。思ったより寝てないな」
「そうですね」
 そこで会話がピタリと止まった。なんだかこの沈黙が痛々しく感じて、なぜか会話を続けようと思ってしまう。
「……夢、見たんだ」
 自分でも信じられない会話の振り方だった。そもそも僕からこいつに世間話みたいなことをした記憶なんてない。
「……珍しいですね。あなたがそんなこと言ってくるなんて」
 流石の彼女も目を丸くした。一瞬ハンドルを深く切りそうになったのがチラと見える。
「そんなに変かな」
「ええ、とても」
 そこまでズバリと言われるとへこむ。やっぱり黙ってればよかったかな。
「で、どんな夢だったんです?」
「えっ」
 黙ろうとしたらこれだ。ついうっかり、さっきまで覚えていたはずの夢の内容が吹っ飛んでしまう。
「あんまり覚えてないけど……なんか、凄く良い夢だった気がする」
「……それだけですか?」
「うん、それだけ」
 なんかよくわかんないけど、凄く恥ずかしい。なにをやってるんだろう僕は。
「そうだ、あいつは? 今どうしてるんだ?」
「あの子ならあなたより先に寝たじゃないですか」
「あれ、そうだったっけ」
「……あの、大丈夫ですか?」
 こいつに真剣な顔で心配されたのなんて初めてな気がする。あんまり恥ずかしくて、思わず目を逸らしてしまう。
「あ、あとどれくらいで着くんだ?」
「もうそろそろですよ。この次の駅がミスティックルーインです」
「そっか。わかった」
 なぜだろう。今の僕は凄くドキドキしている。初めて小学校に向かって歩いていたときよりも緊張している。手を組んだり足をぶらつかせたりして、とにかく落ち着きがない。しきりに視線をあちこちに飛ばすが、大半が白い風景しかなくてなんの意味もない。彼女もなんと言葉をかければいいかわからないようで、とうとう絶句されてしまった。
 誰か見えない人が僕の背中をばしばしと叩いている気がする。ただひたすらに急かしてくる。早く、早く! と。早く、って何をすればいいんだ?
 じっとしていられなくなって助手席を立った。後ろのベッドで眠っていた少女の元へ歩み寄り、まじまじと寝顔を見つめる。寝辛そうな防寒着を着たまま、寝息も立てずに眠っている。最初に起こしたときもそうだけど、まるで死んでるみたいだ。ちっとも動く気配がない。放っておいたらいつまでもこのままな気がする。
 だから、声をかけた。
「おい、起きろ。もうすぐ着くぞ」
 最初はあんなに躊躇したのに、今度は簡単に彼女の肩を強く揺らすことができた。頬もばしばしと叩いてやると、ものの四秒で目を覚ます。
「…………あっ、はい!」
 同じような飛び起き方をする。
「えっと、それで」
「そろそろミスティックルーインだ」
 あらかじめ取っておいた眼鏡を手渡して言葉を遮った。ふと窓の外を見ると、白以外にも緑色、土色が微かに見える。あれは自然の色だ。


 線路の上を車で走ったのもそうだが、車から駅のホームに降りた、いや上ったのは初めてだ。木造建築のレトロなホームは、僕がよじ登ろうと手に力を込めた瞬間にバキッと音を立てて壊れた。どうやら散々濡らされたせいでめちゃくちゃ腐っているらしい。穴をあけないように慎重に歩いたが、結局階段にでかいのを三つあけてしまった。ちゃんと帰れるか心配になってきた。
 ミスティックルーインの天候は、ステーションスクエアよりはマシだった。雪こそ降っているが吹雪ではないし、先もちゃんと見える。駅を降りて目に入った滝壺が大きな音を立てている。吹雪ではなく、自然の生きた音を聞いたのは久々だ。あの街と違って、ここは死地ではないんだなと感じる。
「山の天気より街の天気の方が酷いっていうのもおかしな話ですね」
 それもそうだな。このうえ山の天気の方が酷いなんてことになっても困っただろうから、今の僕らには好都合ではある。
「で、チャオがいる場所ってどこなんだ?」
 ここにかつて野生のチャオがいたという話は聞いたことがある。俗にいう天然のチャオガーデンがある場所だ。でも、さすがに足を運んだことはない。
「流石に獣道を進むようだったら私も諦めますけど、幸いガーデン行きのトンネルが掘られてあるんですよ。当時はトロッコで移動できたみたいですね」
「場所はわかるのか?」
「調べてありますよ。こちらです」
 そういって彼女は滝壺を尻目に、切り立った崖に沿って歩きだした。ダンボールがあったら乗って滑りたくなるような傾斜を、転ばぬよう慎重に降りる。石の階段を通り過ぎてちょっとした谷を進むと、左手側の岩壁に穴があいていた。ここがトンネルか。思ったより凄く近くにあった。
「ここからが長いですよ。トロッコで移動する距離を徒歩で向かうわけですから……」
 僕らより二、三歩先を歩いていた彼女が、トンネルの向こう側を見た瞬間にはたと立ち止まった。まるで何かに凍りつかされたみたいな表情がゴーグル越しにでも伝わってきた。何かと思った少女も僕を追い越して、そして同じものを見た。動力を失ったみたいに腕がだらんと降りる。
 嫌な予感がする。僕も二人の間から、恐る恐る彼女らの視線を追いかけた。


 脳髄がカチカチに凍らされたような衝撃を受けた。トンネルが、雪で埋まっていたのだ。


「……おい。おい!」
 動かない彼女の背中をばしばしと叩いた。呆気にとられていたのであろう彼女が慌てて僕の方を振り返る。
「は……はい。なんでしょう」
「他に道はないのか? どこか迂回するところは?」
「え、ええと」
 しばらく言われた意味がわからなかったのか言葉に詰まる。彼女は苦い声色で告げた。
「少なくとも、人が歩くことを想定した道はここだけです。他にガーデンに行く方法は……ありません」
 彼女にしては珍しく、本当に弱った様子だった。その言葉を傍で聞いていた少女はなにも反応を示さなかった。すっかり放心している。
 二人の間を通り過ぎ、僕らの道を閉ざした雪の壁に近づく。微かだが地面にトロッコ用と思しき線路が見える。雪崩でも起きたのがトンネルの中に入り込んで、融けずに残ってしまったのだろうか。最悪な巡り合わせだ。
 拳を突き入れてみた。それなりに硬い。どうやら中途半端に融けた雪融け水が雪の中で凍って、無駄にこの壁を固まらせてしたったらしい。
 でも――思ったほどじゃない。力強く雪を掻き出して、僕は決意を固めた。もう後戻りできる展開じゃない。
「おいお前、シャベルとかは持ってないのか?」
「いえ、さすがにかさばってしまうので持ってきていません」
「じゃあとりあえずハンマーだけ置いてけ。それから使えそうな分厚い本持ってくるんだ」
「本、ですか? いったい何に」
「スコップ代わりにするんだよ。手で掻き出すよりはマシになる」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください」
 動かぬままでいた少女が唐突に声をあげた。行き場を無くした視線と両手がふらふらしている。
「あの、えっと……これ、掘るんですか?」
「当たり前だろ」
 何言ってんだ、みたいな感じで言い放ったら、何言ってんだ、みたいな視線を二人からもらった。
「ム、ムリ。ムリ、ですよ! そんな、どこまで掘ればいいかわからないのに」
「じゃあなんだ、ここで手ぶらのまま帰るのか」
「これを掘って進んだりしたら、体力なくなっちゃって、その、帰れなくなるかもしれないんですよ!」
「大袈裟なこと言うなよ、別に遭難したわけじゃないんだ。車に帰って休みながらでも構わないだろ」
「でもっ、今日一日って約束じゃなかったんですかっ?」
「お前まだあの嘘信じてたのか?」
 思わず呆れて肩を竦めた。
「僕のことなんだと思ってたんだよ。マフィアんとこの坊ちゃんか? そんなわけないだろ、僕はただの高校生だ。お前の指なんていらないし手を出したりもしない」
「でも、じゃあ、なんでここまで」
「お前らが連れてきたんだろうがッ!!」
 自分でもビックリするくらいの大音声がトンネルに響いた。雪崩でも起きるんじゃないかと内心ビビったが、表情はゴーグルに隠れていてバレなかった。
「断れるんだったら最初から断ってたさ! でもお前らが退路を断ったんじゃないかよ! 忘れたとは言わせないぞ!」
 半分はやつあたりで、もう半分はやけっぱちだった。とにかく胸の内に秘めてた老廃物みたいなものを全部吐き出したくてめちゃくちゃに喚いた。ちょっと涙が出たけど、ゴーグルで隠していたからバレなかった。
「こんなクソ寒いとこ歩かされて、やっと見つけた目的地を前にして帰りましょうってなんなんだよわけわかんねえよ! なにしに来たんだよなんで連れて来たんだよ! いいよもう別にチャオなんて見つかんなくったって、でもせめてガーデンには行かせろよ! 僕らのやってきたことが本当に無駄だったのか、せめてそれだけでも確かめさせてくれよッ頼むからッ!」
 いくらゴーグルでも、僅かな涙声だけは隠せなかった。ちょっとだけ、いや、かなり恥ずかしかった。


 それからどういう流れで、この気の遠くなりそうな掘削作業が始まったのかは、あまり覚えていない。気づいたら固まった雪をハンマーで叩いたり、背表紙で殴ったら痛そうな本で雪を掘ったりしていた。
 外よりマシとはいえ、トンネルの中は寒かった。ずっと雪に触れているせいで手もかじかんでいたが、休憩は極力しなかった。最初は意地をぶつけるみたいに雪を殴っていたが、途中から何がなんだかわからなくなって、頭がぼーっとしていた。ひょっとして結構やばい状態なのかなと思ったが、手だけは休まずに動き続けていた。
 結局、彼女に肩を叩かれるまでずっと雪を掘っていた。気づけばトンネルの中も外も真っ暗になっていて、そういえば一日には夜というものがあったな、なんて間抜けなことを考えてしまった。
 車に戻っても、僕はほとんど放心していたみたいだった。なんのカップラーメンを食べたかも覚えてないし、いつの間に防寒着を脱いだのかも覚えてない。ただ、一日のうちに何度も寝たせいか、疲れているのに眠れなくてしょうがなかった。彼女は運転席で寝ると言ったきりずっと黙っていて、起きているのかはわからない。少女は僕とは別のベッドで寝ていたが、どうやら寝付けないようで何度も寝返りを打っていた。
「……あの、まだ起きてますか?」
「起きてるよ」
 風の音みたいな声が出た。自分でもちゃんと聞こえるか危うい。
「どうかしたの」
「いえ、その……眠れなくて」
「僕も」
「そう、ですか」
 そこで会話が途切れてしまう。カーテン越しに少女がそわそわしているのが見えて、僕から何か話しかけてみることにした。
「二年前の大洪水、覚えてるよな」
「はい。覚えてます」
「あれ、実は僕の仕業なんだ」
「へ?」
 予想通り素っ頓狂な声が返ってきた。ちょっと面白い。
「えっと、どういう意味ですか?」
「あの大洪水はね、僕が起こってほしいと思ったから起きたんだ」
「……えーっと……?」
「急にそんなこと言われても信じられないか」
「ええ、まあ……そりゃあ」
「僕もね、あの大洪水のことが信じられないんだ。ちょうど僕の育ててたチャオが死んだ日だった」
 窓から見える空があの日の災厄と重なる。僕の意識があの日に戻っていく。
「本当に信じられなかった。どうして今さらこんなことが起こるんだろうって、とにかく混乱した」
「今さら?」
「やっぱりみんな知らないのかな。カオスの起こした災厄はさ、“僕らが子供の頃に終わってる”んだよ」
 声もなく、少女がベッドから起き上がるのがわかった。顔は見えないけど、いま少女は目を見開いている。
「どういう……ことですか? 子供の頃に終わってる、って」
「みんなの知ってる災厄は、僕の知ってる災厄と違うんだ」
 窓の外の見えない星を探す。消えてしまった本当の歴史。僕しか知らないもう一つの空。
「小さい頃だったし、ステーションスクエアの近くに住んでなかったから、僕も簡単なことしか覚えてないんだけどさ。確かに大洪水は起きた。カオスはステーションスクエアをめちゃくちゃにしたんだ。でも」
 光の速さで走る、黄金色の流星を幻視する。
「ソニックがね、カオスを倒したんだ。それで災厄はおしまい。カオスの呪いなんてものは残らないまま、街はあっという間に元に戻ったんだ」
「ソニックって、あのソニックですか?」
「そう。あのハリネズミだよ」
 世界最速を誇るハリネズミがカオスを倒して、世界は救われた。そういうよくあるハッピーエンドが、確かにあったはずなんだ。
「だから二年前にあの洪水が起きたとき、凄く混乱したけど何が起きたかはすぐにわかったんだ。カオスがまた現れたんだ、ってね。でも、ソニックは現れなかった。カオスを止められる奴が誰もいなくなって、カオスは散々暴れまわって、街に深い傷跡を残し続けたまま消えた」
 そしてまた、現実に帰ってくる。空は雪を降らし続けている。窓に映る白色が眩しくて、僕は窓に背を向けるように寝返りを打った。
「そこまでは別によかったんだ。問題はね、子供の頃にあったはずの災厄が、なかったことになってたことなんだ。みんな知ってるはずのカオスなのに、テレビで考古学者が『いま初めてこの情報を公開します』みたいな体で喋ってたときは変だなって思ったよ」
 カーテンの向こう側の影は動かない。マネキンにでもすり替わったかと疑うくらいに。
「結局みんな、前にあった大洪水のことは覚えてなくてさ。信じられなかったけど、信じるしかなかった。“ここは僕のいた世界じゃないんだ”、“僕が滅茶苦茶にした別の世界なんだ”……ってね」
 そこで言葉を切って、少女の反応を待った。外の風の音が耳に痛くて、ますます眠れなくなる。
 どれくらい経ったか。少女はようやく言葉を紡いだ。
「……あの人と話してたときの、みんな殺したって……もしかして」
 なんだ、起きてたんじゃないか。あいつめ寝てるとか言ってたくせに。
「そういうこと。間接的だけど、君のチャオを殺したのは僕なんだ」
 ひた隠しにすべき言葉なのに、なんの躊躇いもなく言ってしまった。少女は弾き出されたように動きだし、僕に馬乗りになって首を絞め、裸眼で僕のことを射殺すように睨んできたところまで想像したけど、結局少女は動かなかった。
「やっぱり、信じられません」
「……そっか」
 話すんじゃなかったかな。結局これは僕の中の話でしかなくて、他の人にとってみればただの法螺話でしかない。きっとこれは、僕が本当のことだと思い込んでいる夢の話なんだろう。
 その後、僕らは沈むように眠りに落ちた。今度は夢も見ないまま、あっという間に朝を迎えた。

引用なし
パスワード
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つづきから 問題式部 13/8/29(木) 6:31
1:導入部 問題式部 13/8/29(木) 6:39
2:移動部 問題式部 13/8/29(木) 6:51
3:平日部 問題式部 13/8/29(木) 6:58
4:探索部 問題式部 13/8/29(木) 7:10
5:休日部 問題式部 13/8/29(木) 7:20
6:考察部 問題式部 13/8/29(木) 7:34
7:忌日部 問題式部 13/8/29(木) 7:38
8:帰宅部 問題式部 13/8/29(木) 7:50
9:変調部 問題式部 13/8/29(木) 8:06
10:結末部 問題式部 13/8/29(木) 8:23
11:再開部 問題式部 13/8/29(木) 8:28
12:再会部 問題式部 13/8/29(木) 8:40
13:起床部 問題式部 13/8/29(木) 8:48
おわり 問題式部 13/8/29(木) 9:36
感想です スマッシュ 13/8/30(金) 23:59
感想 ダーク 13/8/31(土) 23:23
乾燥です(爆) ろっど 13/9/4(水) 20:54

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