●週刊チャオ サークル掲示板
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8:帰宅部
 問題式部  - 13/8/29(木) 7:50 -
  
 僕を起こしたのは、ケータイの着信音だった。普段はずっとマナーモードにしているのだが、いきなりこっ恥ずかしいオタク趣味な着メロが流れ出すものだからつい慌てて取り出したケータイを落としかけてしまう。
「はい、もしもし?」
『お母さんだけど。ごめんね、急に電話しちゃって。いま大丈夫?』
「ああうん、ぜんぜんへーき」
 辺りを見回すと、そこは駅のホームだった。隣を見ると私服姿の彼女がいた。どうやら彼女の肩に寄り添って寝ていたみたいだ。眩しい笑顔を向けられてしまい、ついつい目を逸らしてしまう。
『あのねえ。いまちょっと大掃除しててね、あなたの部屋のことなんだけど』
「こんな時期に? っていうか僕の部屋がなに?」
『ああ、別にいかがわしい本見つけたとかじゃないから』
 急に何を言い出す。ちなみに僕はよくできた仮面優等生なので、家にエロ本を置くなんて愚は犯していない。そもそも親にバレたくないなら家に置かなきゃいいのに、若者たちはなぜ揃って同じ間違いを犯すのだろうかといつも思っている。閑話休題。
『あなたの部屋、ゲームだらけだから掃除しにくいのよねぇ。なんだったかしらこの青い箱。えっくすぼっくす?』
「いやゲームキューブだけど。別に大丈夫だよ、放っておいても」
『そう? でもゲーム機も立派な機械でしょ? ちゃんと保管しないと壊れるんじゃないかしらって』
「いやほんとに大丈夫だよ。そのゲーム機ビックリするくらい頑丈だから。車で引きずり回しても壊れないくらいだし。母さんも泥棒とかに襲われたら武器に使っちゃっていいよ」
『あら、そうなの? 確かに使いやすそうねコレ、取っ手ついてるし』
「冗談だよ。ほんとに大丈夫だけど。じゃあ今度の週末にそっち帰るよ。いま住んでる家にあらかた持ってっちゃうから」
『悪いわねぇ。それじゃ、あなたの部屋はそのままにしておくからね』
「うん、ありがと。じゃあね」
 電話を切って時間を確認する。夕方かなと思ったら、なんと始発間際の朝っぱらだった。よく見たらホームは他に人があまり見当たらない。
「僕ら昨日なにしてたんだっけ……?」
「忘れました? 調子乗って遊んでたら終電逃がしちゃって、泊まる場所も見当たらなかったから結局遊びまわったんですよ」
 ああ、そういえばそうだった。夜間に営業しているおかしな店からいかがわしい店まで、彼女が知る限りの秘密スポットを踏破したんだった。世の中にはまだまだ僕の知らないものでいっぱいだなぁ、とか呟いて眠りに落ちた気がする。
「どうしよう。疲れてるのに家帰ったら寝直せない気がする……」
「大丈夫ですよ、私が子守唄うたってあげますから」
「やめろよ余計眠れないだろ」
 僕らの会話を打ち切るように始発電車がやってきた。僕らの乗る車両には誰もおらず、堂々と席に座った。空調の涼しさが、今が夏だということを思い出させてくれる。
「……夏、なんだよな」
「え?」
 音を立ててドアが閉まり、電車が緩やかに走り出す。いくらか静かになってから彼女は話しかけてきた。
「どうしたんですか、急に」
「いや、今っていつだっけって思ってさ」
「夏バテですか?」
「……夢、見たんだ」
 本来ならすっと消えてしまいそうな夢の欠片を、なんとか拾い集めてみる。
「なんか、冬なんだけどさ。大切な人が死んじゃった夢、かな」
「大切な人って?」
「わかんない。で、その人を探すために……いや」
 ふと、言葉に詰まった。何か違う気がする。
「そうじゃないな。探してたのは別の人の……ううん」
 なんだろう。見ていた夢の時系列が違っていて、思い出そうとすればするほど夢がごちゃごちゃに混ざっていく。
「とにかく、嫌な夢だったんだよ。嫌っていうかさ……ええと」
「ごめんなさい、よくわからないです」
「僕も。まあいいや、とにかく嫌だったんだ。多分、自分のことが、かな」
「自分が嫌だったんですか?」
「とにかく嫌な奴になってたんだよ。なんか薄情っていうかさ。ウジウジしてるし」
 思い出すのは、後ろ暗い感情ばかり秘めた自分。意味がない、意味がないとバカみたいに繰り返していた気がする。
「薄情って点は当たってるかもしれませんね。いっつも私への態度が冷たいですから」
「お前がベタベタし過ぎなんだよ……」
 誰もいないことをいいことにぎゅっと腕に抱きついてきた。誰もいなくたって恥ずかしいものは恥ずかしいってわからないんですかね。
「まあ、友達が少ないのは確かだけどさ」
「いいんですよ少なくて。私と過ごす時間だけ大事にしてください」
「やだねぇ、そういう独占欲丸出しの発言は。嫌われるよ? 僕に」
「その時はもう一度振り向かせてみせます」
 すげえなこいつ。他に乗ってる人がいても同じことさらっと言えるんだろうな。
 頭の中で夢の光景をぐるぐると回しながら、ふうと溜め息を吐く。朝焼けの車窓を眺めながら、ごちゃまぜになったピースに何度もトライする。
「気になりますか? その夢」
「ん……まあ、なんとなく」
 なんだかとても大事な夢だった気がする。所詮は夢なんだけど、このまま忘れてしまうのは凄く悲しいことのように思う。
「なあ。僕って薄情かな」
 普段は彼女にこんなことは聞かない。相談みたいなことは、たぶん今回が初めてだと思う。これはきっと遅れてきた思春期なのかもしれないな。
 彼女も僕の態度が真面目なことを察して、抱きつくのはやめないがニコニコした表情が鳴りを潜める。
「薄情じゃありませんよ」
「それはお世辞か何かで言ってるのか?」
「いいえ。あなたは確かに素っ気ないですけど、ちゃんと筋を通す人だと思ってます」
「そうか?」
「そうですよ。あなたは約束を破りません。私とのデートの約束もすっぽかされてませんし」
 お前が強引なだけだろ。僕が特別約束を意識したことなんてない。
「それはあなたが、約束を破るという選択肢を持っていないからですよ」
「ふうん……そうか」
 なんだか、彼女の今までのどんな言葉よりも恥ずかしかった。そういえば、夢の中でも大切な人と会う時間だけは大事にしていた気がする。
 筋を通す――か。
「ああ……思い出したよ。どんな夢だったのか」
 途端に口にざらざらとした苦みを感じた。実在しない、意味のない罪が僕の心にどすんと乗っかってきた。
「僕、世界を滅ぼしかけたんだ」


 駅を二つ過ぎても、僕らのいる車両には他に乗客がいなかった。その間、僕は彼女に夢の内容をかいつまんで説明していた。聞かせるのもバカバカしい、ただの夢の話だ。


 大切な人のために捧げた僕の学生生活は無駄になってしまった。僕はそのことを酷く後悔していた。そして強く思ったのだ。こんなことになるなら、大切な人と出会わなければよかった、と。
 その願いが叶ってしまったのだ。街を襲った大洪水と怪物の襲来という形で。
 たぶん偶然だったと思うのだけど、それは僕の起こした災厄な気もする。僕が世界をめちゃくちゃにしたんだ、大切な人の仲間たちを皆殺しにしたんだと。
「ほんと真面目ですね。どこからどう見ても、あなたは関係ないじゃないですか」
 自分でもそう思う。どうして僕は、その災厄を自分自身の罪だと思ったんだろう。夢の出来事だったから、そんな脈絡のない設定になっちゃったのかな。
 でも、とにかく僕は強く後悔していたはずだ。大切な人と過ごした時間を僅かでも無駄だと思ったことを。その後悔は、夢から覚めた今でも胸の内で燻ってる。
「でもそういうとこ、あなたの魅力ですよね」
「そうかな。どう考えてもマイナスだと思うんだけど」
「そんなことないですよ。その夢に関しては間違いなくただの思い込みですけど、自分に非があることを認めることのできる人間っていませんから。義理って言えばいいんですかね? 今じゃあ義理人情に溢れた男の人なんて減ってきましたし。私、あなたのそういうところを好きになったんですから」
 車に轢かれて無事だったのは義理人情にカウントされるのか? なんだかこいつの趣味が少し垣間見えた気がする。
「まあ今どきの草食系男子のなよっとした性質が中途半端に混ざって結構カッコ悪いんですけど」
「お前ほんとに僕のこと好きなんだろうな?」
「冗談ですってば」
 あんまり冗談に聞こえなかったのは僕がネガティブだからなんですかね。
「大丈夫ですよ。所詮はただの夢です。あなたが優しい人なのは私がよくわかってますから」
「そりゃよかったね」
 ちょっと真面目な話をしたつもりだったのに結局これだ。この女は僕のことをヨイショし過ぎてイマイチ落ち着かない。
「あーあ、なんかまた眠くなっちゃったな」
 ここまで話したことが恥ずかしくなって、適当に眠いフリをした。すると彼女は僕の頭を抱き寄せてくる。
「それじゃ、もう一度寝ましょうか」
 やっぱりこうなるんですね……。
「大丈夫です。今度は良い夢が見れますよ。私が保障します」
「よく言うよ」
「ほんとですってば。あなたの大切な人も、そのお仲間さんたちも死にません。きっと素敵なハッピーエンドが待ってますよ」
「あっそ……」
 別にそんな夢が見れたからって、なんの意味もないんだけどなぁ。そう思いながらも、僕が再び眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった。
 僕らが目的の駅に着くまで、もう少し先になりそうだ。今はもう一度、あの夢をつづきから。
引用なし
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つづきから 問題式部 13/8/29(木) 6:31
1:導入部 問題式部 13/8/29(木) 6:39
2:移動部 問題式部 13/8/29(木) 6:51
3:平日部 問題式部 13/8/29(木) 6:58
4:探索部 問題式部 13/8/29(木) 7:10
5:休日部 問題式部 13/8/29(木) 7:20
6:考察部 問題式部 13/8/29(木) 7:34
7:忌日部 問題式部 13/8/29(木) 7:38
8:帰宅部 問題式部 13/8/29(木) 7:50
9:変調部 問題式部 13/8/29(木) 8:06
10:結末部 問題式部 13/8/29(木) 8:23
11:再開部 問題式部 13/8/29(木) 8:28
12:再会部 問題式部 13/8/29(木) 8:40
13:起床部 問題式部 13/8/29(木) 8:48
おわり 問題式部 13/8/29(木) 9:36
感想です スマッシュ 13/8/30(金) 23:59
感想 ダーク 13/8/31(土) 23:23
乾燥です(爆) ろっど 13/9/4(水) 20:54

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