●週刊チャオ サークル掲示板
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
2347 / 4335 ←次へ | 前へ→

バイザウェイ 二
 スマッシュ  - 15/12/23(水) 0:03 -
  
 カメラの彼と出会ってから二週間後の月曜日のことだった。
 その日私は翔矢の部屋で過ごす夢を見て起きた。
 大したことをしていない夢だったけれど、私と翔矢はいくら食べても飲んでもどこからか出てくるお菓子とお茶をどうにか食べ切ろうとしていた。
 ポテトチップにポップコーン、チョコレートクッキーといったお菓子がサラダボウルのような容器に盛られていて、私と翔矢は退屈に思いながらそのお菓子を食べ続けた。
 こんなに食べたら夕飯食えなくなるな、と翔矢は言った。だけど食べ切らないと、と私は返した。
 口の中が渇くので手元にあったカップに入っている温かい紅茶を飲む。
 カップの中身はいくら飲んでも、次に目を向けるといつの間にか注がれたかのように元に戻っている。容器の中のお菓子も、食べ切ったと思って安心すると別のお菓子が山盛りになっているのだった。
 いつになったら終わるんだろう、と翔矢はチョコレートクッキーを食べ切ってバームクーヘンが出てきたところで言った。
 私たちはもはや何も食べられそうになかった。それでも私は、わかんないよ、と言いながらバームクーヘンを食べようとしたけれど手が重くて届かなくて、おかしいと思っているうちに目が覚めた。
 翔矢が夢に出てきたのは久々だった。翔矢の葬式が終わって一週間も経つと翔矢は一切夢に出てこなくなった。
 どうして今になって出てきたのだろうか、と私は考えようとした。それになぜ二人でお菓子を食べ続けていたのだろう。
 ご飯を食べながら考えてみても、死んだ翔矢からのメッセージを私は受け取ることができなかったし、私の心境も見えてこなかった。
 何の意味もない変な夢だった、というのが真相だと私は思った。
 そしてその日、私のクラスで現代文を教えている先生が婚約したことを私たちに報告した。
 その先生の授業は好きではなかったから、私はあまり騒がなかった。休み時間も、翔矢を失った私の心の傷を意識してくれる怜央ちゃんと一緒にいたから、その先生の話をしないでよかった。
 その先生は男で、結婚しても教師を続けるはずだ。だからどうでもいいことだったのだ。
 私がチャオガーデンでカメラの彼と再会したのは、それから三日後のことだ。
 カメラの彼から私を見つけて声をかけてきた。
 彼は二人の男と一緒に歩いていた。二人も彼と同じ制服を着ていた。
「お久し振りです」と彼は言った。私はしゃがんでゴウとお互いの手を叩いて遊んでいた。
「また会ったね。えっと、名前なんだっけ?」
 彼の名前を思い出せなくて、私はそう聞いた。
「石川です」
「あれ。そんな名前だったっけ」
 立ち上がりながら私は言った。聞き覚えのない名前だったから、嘘をついたのだと私は思った。
「だって、この前は名前言ってませんから。お互いに」
「ああ、そうだったかも。私、押花。プッシュの押すにフラワーの花ね」
「押し花で押花さんですね」
「うん、まあね」
 石川君は二人に私のことを、この前話した人、という風に説明した。
 二人はそれで合点がいったらしい。あの人ね、などと言う。
 三人の目が笑っていた。
 ゴウが頭に乗っていたことを話したに違いない。勝手に笑い話にされるのは面白くない。
「二人だけの秘密って約束したのに話したんだね」と私は不満そうに言ってみた。
「いやいや、そんな約束してないですって。あ、それでこいつら、友達です」
 そう言って石川君は私に友達の二人を紹介した。
 一人は中学生の頃からの友達だそうだ。その人が塩崎君で、もう一人がクラスメイトの田村君。
 塩崎君は背が高かった。
 田村君は男子としては普通くらいだったが、それでも石川君より少し背が高く横幅もあった。
 ゴウも初めて会う二人を見ていた。
 三人はチャオを抱えておらず、足元にもいなかったので飼っていないのかと尋ねると、三人の中でチャオを飼っている者は一人もいないのだと塩崎君は言った。
「だから普段はチャオガーデンとか来ないんですけど、今日はなんか行きたくなっちゃったんですよね。でもびっくりしましたよ。ここって入るのに身分証いるんですね」と塩崎君は言う。彼らはたぶん学生証を見せて入ったのだろう。
「チャオに暴力振るう人がいたら大変だから」
 私がそう言うと、二人はなるほどと頷いた。
「でもさ、他のペットでも暴力振るう人いたら大変だよね」
 さらにそう言うと、幅のある田村君がそういえばそうだと頷いた。
「他のペットは転生しないから大丈夫なんじゃないんですかね」と塩崎君は言った。
 慌てたように、そりゃあ他人のペットを殴るのは大問題でしょうけど、と付け足した。
 もし彼がそのように付け足さなければ、所詮ペットだもんね、と言っていたところだった。
「そもそもチャオは保護しなきゃいけない生き物だから」
 冷静に石川君はツッコミを入れた。
 確かに石川君の言う通りだった。ペットがどうこう以前にチャオは保護しなければならない生き物なのだ。
「そういえばそうだったね」
 そう私が言うと石川君が、そういえばじゃないでしょう、と非常識を笑うように言った。
「チャオを大切にとか、特に意識してないもの」
「よくそれでヒーローチャオになりますね」
「別に善人だからヒーローチャオになるわけじゃないでしょ」
 それは私も不思議に思っていることだった。
 私は特に善人ではないと思う。ゴウにそう思われるほど愛してやっているわけでもないのだ。
 翔矢が育てた時はニュートラルチャオに進化したわけであり、それはニュートラルハシリに進化させたかったからダークの実とかで調整したのかもしれないけれど、ヒーローチャオになることと飼い主の性格はあまり関係ないのではないかと私に思わせるのだった。
「そうですけどね」と石川君は認めた。
「あのお姉さんもダークチャオ飼ってるしな」
 田村君がにやついて言った。彼は恋愛の話でからかう時の笑い方をしていた。
「あのお姉さん?」と私は聞いた。
「このガーデンで写真撮らせてもらったんですよ。それで一目惚れ。年上の美人のお姉さんだったから」
 塩崎君が説明した。
「へえ。写真って今あるの?」
「ないですよ」
 慌てた様子で石川君は否定した。
 持っているデジタルカメラにはまだその写真のデータがあって、奪えば見られるのではないかと私は思った。
 そういう悪ふざけを彼の友達の二人は手伝ってくれそうな気もした。
「ダークチャオを飼ってる美人か」
 そんな人を見かけたことがあったろうか。ダークチャオを連れている人は珍しいから思い出せそうなものだが、私は年上の美人のお姉さんに心当たりがなかった。
「見たことないなあ」
「その人、普段はダークガーデンとかに行ってるらしくて、ここにはたまにしか来ないそうです」
「ああ、そうなの」
 石川君が恋している美人のお姉さんに関心のないゴウは木登りを始めた。羽をばたつかせながら、するすると蛇が這うように登っていく。
「それじゃあ今日はお姉さん探しじゃないんだね」
「そんなことしてませんって。チャオの写真撮るためにガーデン来てるんですから。それで、押花さんのチャオは?」
 私はゴウが登っていた木を指した。
 指した所にゴウはいなくて、登りきって木の実をつついていた。
 ゴウを発見した石川君が、おお、と声を上げた。そして二人も続いてゴウを見つけた。
「運動神経いいですね」と石川君はゴウを褒めるとカメラを構えて写真を一枚撮る。そして液晶を見て撮った写真の出来を確かめる。
「落ちないかな」
 心配そうに塩崎君は言った。チャオは非力そうな見た目をしているから、片手を木から離して木の実をつついているのが危なっかしく見えるのだろう。
「飛べるから大丈夫だよ」と教えてあげた。
「なるほど」
 撮られていることに気が付いたゴウは木からもう片方の手も離して、カメラに向かって飛んだ。
 ゆっくりズームしていくみたいに、真っ直ぐカメラに近付いてくる。
 きっとゴウは飛んでいる様を撮ってほしかったのだろうけれど、石川君はカメラを構えなかった。
 石川君はゴウが突進してきた時のことを考えて、カメラから左手を離していつでもその手でカメラを守れるように身構えた。
 撮ってもらえなかったゴウは石川君の前で接近を止め、近付いてきた時と同じ速度でふらふらと着地した。そして石川君のことをしばらく見ていたが、やがて私の所に歩いてきた。
「写真撮ってもらいたかったみたいよ、さっき」
 私がそう説明すると石川君はカメラを構えて、ゴウを撮ろうとした。
「はい、ポーズ取って」
 そう言ってもゴウは石川君の方を向かなかった。
 石川君はもう一度呼びかけたが、ゴウは聞こえない振りをして、私に抱っこするように両腕を挙げてせがむだけだった。
「また今度撮ってあげてよ」
 私はゴウを抱き上げて言った。
 そうします、と言って石川君たちは別の所へ行ってしまった。
 行ってしまってから、ゴウがデジタルカメラで写真を撮るようになったことを教えそびれたことに気が付いた。
 カメラに夢中だったのは最初の三日間だけで、それ以降は飽きてしまったかのように動き回って遊び、そして不意に写真を撮りたがってカメラを探すようになっていた。
 ゴウが四六時中カメラを持っていたらきっと忘れずに教えただろうに、と私は思った。二週間も経ってしまったのがよくないのだ。
 三人のうちの一人、背の高い塩崎君が走って戻ってきた。
「どうしたの」と私は言った。
「あの、もし嫌じゃなかったらなんですけれど、頭にチャオ乗っけるところ見せてもらえませんか」
 彼は一度目を逸らしてから、遠慮がちに私を見て言った。両手を、指の先だけくっ付けるように合わせていて、丸くなった鉛筆の先端のような形をしていた。
「いいけど、条件がある」
「なんですか?」
「面白かったら携帯の番号とアドレス教えてよ」
「わかりました」
 塩崎君は頷いた。
 私は抱いていたゴウに、頭の上に登って、と指示をしてゴウの胴体に回していた腕を片方離し、その腕でゴウの足を支えてやった。
 体が自由になり足場が出来るとゴウは私にしがみついて右肩の方に移動し、そして頭の上に登ってみせた。
 頭を掴まれた時、髪が引っ張られて痛かったが声を出さないように私は堪えた。
 そういえばこの前は、髪を掴まれたら痛いだろうから登ろうとする前に頭の上に乗せてやったのだった。
 そしてゴウが頭の上に乗ると、チャオの重みで首が短くなっていきそうに感じ、やがてそれが首の痛みになってくる。
 私の姿勢が段々おかしくなっていき、膝が曲がり私は低くなっていく。
 やがて私は膝を付き、ゴウが怪我をしないようにゆっくり倒れた。これは観客へのサービスだ。
 ゴウは私が倒れ始めたところで飛んだ。
「チャオって結構重いんだよ」
 自分のやったことが恥ずかしくなって、立ち上がりながら私は言った。
「それで、どうだった?」
「そうですねえ」
 彼は制服のポケットから単語帳を出して、そして鞄の中にある筆箱からペンを出すとメールアドレスを書いて私によこした。
「こんくらい面白かったです」と彼は言った。
「そっか。こんだけか」
 そう言いながらもこれ以上ない成果を得たつもりに私はなっていた。わざと倒れてみるなんて馬鹿な振りをしたのに少しは面白かったと彼は言うのだ。
 私はその日の夜、早速メールを送った。
 ちょっと話しただけの相手に何を言うか迷ったけれど、私は簡単な挨拶をした後にリベンジを試みた。
 ゴウの撮った写真を消さずに保存しておいたので、私を撮った写真から一番笑えそうな画像を選んだ。
 その写真は、私を撮ったものだったが、手振れのせいでピースしている私の右手と肩と髪の毛くらいしか写っていなかった。
「チャオってカメラ持って写真撮ったりできるって知ってた?これ私の写真」
 そう書き写真を添付したメールを私は送信した。
 私は待つ間に楽譜を書こうという気にはならなくて、リビングにいたゴウを部屋まで抱いて持ってきて、ゴウを撫でたりしながら返信を待った。
 少し待つと塩崎君から返信が来た。面白かった、と始めに書いてあり、次の行には電話番号が書かれてあった。
 手振れのせいであのような写真が撮れたのだとメールを送って教えてあげると彼は、
「チャオにとってカメラは重いんですかね」と返信してきた。
 片方の手で木に掴まっているところを見たくせに、まだチャオがか弱い生き物だと思っているところが可愛らしかった。
「そうじゃなくて、指がないからカメラを持ったままボタンを押せないみたい」と書いて、次の行に自分の電話番号を書いて送信した。
 そして私はにやにやしながらゴウのほっぺたを軽く引っ張って遊んだ。ゴウもはしゃいで足をぱたぱた動かす。
「俺なにか面白いこと言いました?」と塩崎君から返信が来た。
「チャオなんて可愛くないよ。午後二時に昼寝しだしていびきかくもん」
 すると彼は、それは可愛くないかもですね、と返信してきた。そしてそのメールの最後に彼の電話番号が再び書いてあった。
「電話番号、笑ったってこと?」
 私はそう書き、彼の真似をして電話番号を最後に書いて送信した。
「そういうことです」
 そしてメールアドレス。
 私たちはその日のうちに笑ったか面白いと思ったことを示す電話番号を上三桁に略することに決め、ゴウが私の財布からゴウの好きな木の実を買うのに必要な分だけ小銭をくすねた出来事を私は彼に教えた。
 ゴウはくすねた小銭を私に見せびらかして木の実を買うようにねだった。
 ゴウが盗んだ金額の意味に気付くことはすぐにはできなかった。しかし私はゴウの食事をするジェスチャーで理解してしまって、ゴウをチャオガーデンに連れていく羽目になったのだった。
 その事件を聞いた彼はチャオが可愛いだけのペットではないことを理解した。
 狡猾だね080、と彼はメールに書いてきた。
「まさにそれ!090」と私は返信した。
 狡猾という文字も声に出した時の音も、凄く意地悪そうな感じがして、それこそが私の表現したかったチャオの可愛くない部分だと思った。

 メールで塩崎君はまたゴウに会いたいと言い、チャオガーデンで会おうと誘ってきた。
 しかし会員でない彼はチャオガーデンに入るのにお金がかかってしまう。
 そのことを心配したのだが彼は平気だと言うので、会うことにした。
 私がゴウを連れてチャオガーデンに行くと、既に塩崎君は来ていた。チャオガーデンに入って正面にある噴水の前に彼は立っていた。
「どうも」と手を挙げて彼は言った。
「やっほ」
 私は微笑んだ。
 ゴウは私の腕に抱かれて大人しくしていた。彼に飛びつくかと思ったのだが、まだ懐いていないらしかった。
「前見た時も思ったんですけど、かなりヒーローチャオっぽいですよね。体が白くて」
 塩崎君はゴウを眺めて言った。
 ゴウの体は、もう色だけならヒーローチャオと変わらないというくらいに白い。
「うん。だいぶ白くなったよ」
「あとどのくらいで進化するんでしょう」
「さあ。わかんないけど。数ヶ月くらいじゃないの」
 チャオは生まれてから約一年で進化すると聞いたことがあった。
 まだ一年は経っていない。それでも翔矢が死んでからもう九ヶ月は経っているのだということに気付かされる。
「ヒーローチャオか。いいですよね。白い方が柔らかそうで」
 塩崎君は両手でチャオの顔を引っ張ったり押し潰したりするジェスチャーで柔らかさを表現しながら言った。
 その柔らかさはチャオの柔らかさではなかった。まるでゴムを伸ばすように彼は引っ張る振りをする。
「そうかな。黒いと柔らかそうじゃないって言うならわかるけど」と私は大袈裟な動作には言及せずに言った。
「餅ですよ、餅」
 そう言われて彼のジェスチャーが餅のイメージで行われていることがわかった。白いから餅というわけだ。
「それは、柔らかすぎだよ」
 私は、触ってごらん、と言ってゴウを塩崎君に渡した。
 塩崎君はチャオが予想より重かったようで姿勢を一瞬低くした。
 そしてゴウを抱くと右手でゴウの顔や腹をつついて柔らかさを確かめる。
「ゼリーみたいですね」
「ほとんど水らしいから」
 満足がいったところで塩崎君はしゃがんでゴウを下ろした。
 そのまま座り込むと通学鞄からスケッチブックと鉛筆を出して、
「スケッチしてもいいですか」と聞いてきた。
「いいよ」
 私は塩崎君の横に座った。
 彼は座っているゴウの輪郭をあっという間に描いてしまうので、上手いな、と私は思った。
「絵を描くの、好きなの?」と私は聞いた。
「鉛筆を使うのが好きなんです」と彼は答えた。
「鉛筆?」
 確かに彼は今鉛筆を持っているが、鉛筆を使うのが好きというのがどういう意味なのかわからない。
「削って短くなった鉛筆を集めているんですよ」
「ああ、そういうこと」
 鉛筆を使って削って、凄く短くなった物を集めている。だから鉛筆を使いたい。
 そういう趣味なんだということが想像できて、私は頷いた。
 しかしわかった後で、なんとも変な趣味だ、と思った。
「ルールは二つあって、もう削れないってくらいまで削ることと、削るために削ってはいけないということなんです」
「ルールって、そういう競技なの?」
 そう聞くと塩崎君は、いえ違います、と否定した。
「いや、自分で作ったルールです。それで削るために削ってはいけないっていうのは、つまり、鉛筆の先っちょが丸くなって書くのに支障が出始めるまで削ってはいけないということです。常識的な使い方をしながら、鉛筆が凄く短くなるまで使う。そういう遊びです」
 そう説明されても私は困ってしまうだけだった。
 そんな風に自分でルールを作って遊ぶのは楽しいのだろうけれど、他人のそんな遊びの話を聞いたって少しも楽しくはない。私のでたらめな楽譜を書く遊びのことを聞いても、興味を持つ人はいないだろう。
「エコだね」
 ひねり出した感想を言うと、塩崎君は、最初はエコのためだったんですよ、と嬉しそうに頷いた。
 さっきまでスケッチをしながら話していたのだが、もう描き終わったのか、私の方を見て話し出す。
「小学校で、エコがどうのこうのとか教えられるじゃないですか。将来の子供たちのために資源を大切にしなさいよって。で、その時先生が、物を大事に使いなさいって言ったんですね。鉛筆とか消しゴムも無くしたりすぐに新しい物に変えたりしないできちんと使えって。そこから始めた遊びなんです」
「じゃあ将来の子供たちのために今もそれしてるってわけ?」
 小学生の頃に始めた遊びなんて、ちょっと可愛いかもしれないな、と思って聞いた。
「いや、エコはもうどうでもいいんですよ。ただ短くした鉛筆を集めるのが楽しくなってきたんです」
「そうなんだ。それで、それ描き終わったの?」
 塩崎君が一切描かなくなったので私は絵のゴウを指して聞いた。少量の影が付けられているだけで、まだ影を増やせそうにも見えるし、簡素なこの状態で完成しているようにも見えた。
 塩崎君は、はい、と言った。
「まだ鉛筆使う?」
「そうしたいです」
「じゃあ、ゴウ、ポーズ変えてあげて」
 座ったままじっとしていたゴウにそう呼びかけると、ゴウは立ち上がった。
 どのようなポーズを取るか迷って腕を挙げたり下げたり体の向きを変えていると、塩崎君が、
「背中見えるようにしながら、こっち向いてほしいな」と言った。
 ゴウはまず私たちに背中を見せ、それから顔を私たちの方を向けようと試みた。
 塩崎君が、もうちょっと体を左に向けて、とか指示を出してゴウの体の向きを微調整する。
「よし、オッケー。そのままでいてね」
 塩崎君はまたもさっと描き終えた。迷いなく線を引くところなどを見ると、凄く慣れているのだとわかる。
「上手いね」と私は言った。
「そんなことないですよ。チャオは、初めて描きましたけど、難しいです」
「そうなの?」
「チャオよりも人間の似顔絵描く方が上手くできる気がします」
 そんなわけないだろう、と私は思った。
 どう見たって人間の顔の方が複雑だ。チャオなんて、頭も目も手も足も丸を変形させたパーツじゃないか。
「チャオの方が楽だよ。私だってそれなりに上手く描けるもん。教科書の隅とかに」と私は言った。すると塩崎君は笑って顔を伏せた。
「080ですか」
「はい。080です」
 笑ったまま塩崎君は頷いた。
 自分が正常だと思っている部分で馬鹿だと思われているのが私は納得できなかった。
 はたして馬鹿なのはどっちかな、と思いながら私は聞いた。
「どうしてそんな笑うの」
「ほら、よく見てください」
 塩崎君はスケッチブックを渡して、二体のゴウを見せた。
「白いでしょ」
「そりゃあヒーローチャオになりかけなんだし」
「あんまり影を入れ過ぎると、硬い生き物に見えちゃいそうだから少なくしたんですよ。でも、チャオのゼリーっぽい感じがこれで出ているかと言うと、全然でしょう?」
 これがゼリーに見えるだろうか、と思って見てみると、塩崎君の言いたいことがわかってきた。
 このチャオは餅のように伸びそうでもなく、押してもぷにぷにとした感触が味わえそうにはない。
「これじゃあ白っぽいクッキーだね」
「そういうことです」
 正当な評価をされて嬉しいといった感じに塩崎君は言った。
「人間の方が上手く描ける?」
 似顔絵を描かせてみたくなって私はそう言った。
「人間はチャオほど柔らかくないですから」
 それはきっと途方もなく大きな違いだろう、と私は直感的に思った。似顔絵を描かせるのはやめにしようかと思うくらいに大きな違いだった。
「似顔絵、描きましょうか?」と言われてしまって、迷う間もなく似顔絵を描かせるしかなくなった。
 私は、じゃあお願い、と涼しい顔を装って言った。
 塩崎君は尻を上げて三十センチくらい横にずれて離れると、私の顔を描き始めた。
 相手にされなくなって暇になったゴウが私の方に寄ってきたので、手や羽を揉んで遊んでやる。
 ゴウは猫なで声を出し、大人しくなる。私はそのまま揉み続けてやる。ゴウを見なくても、うっとりとした顔をしているのが私にはわかる。
 ずっと写真を撮られる時のように笑みを浮かべた表情を作っていたはずなのに、似顔絵の私は鏡で見る自分よりも不細工だった。
 絵が上手くないというのが本当だとわかったのは、それだけが理由ではなかった。
 私がいつかどこかで見た記憶のある似顔絵、あるいは似顔絵ってこんなものだろうというイメージと比べると、彼の描く似顔絵は顔のパーツをそれらしく描いただけの福笑いのような絵だった。
「なるほど。下手だね」
「そもそも絵を描くことにはあまり興味がないんで、下手なんですよ」
 率直に感想を言えば塩崎君は喜ぶのかと思ったが、今度は言い訳をするように言った。
 私はゴウにも似顔絵を見せた。
 ゴウは首を傾げたが、私の似顔絵だと教えると、私の顔を見てもう一度似顔絵を見て、納得したように頷いた。
 また首を傾げてくれることを期待した私は、一応私に見えるらしいことに少しだけ傷付いた。
「それで鉛筆は?」
「ええ、まあまあ丸くなりましたよ。ほら」
 そう言って鉛筆を見せてくる。削ってもいいし、削らなくてもまだ書けるといった具合だった。
「削るの?」
「いえ、まだですね。文字が書きにくくなったら削ります」
「そうなんだ。頑張って」
 私は彼の趣味への関心を完全に失っていた。
 鉛筆を短くする趣味を面白がることの方が難しいのだから当然のことではあったけれど、これ以上鉛筆の話が長引かないようにしたいと思っていた。
「一応言っておきますけどね」と彼は恥ずかしそうに言った。「俺は別に鉛筆のために生きてるわけじゃないですからね?」
「え?」
「だから、寝ても覚めても鉛筆のことばかり考えてるような変人じゃないってことですよ。なんか話の流れでそんな感じになっちゃってますけど、俺は結構普通の人ですからね」
「あ、そうなんだ」
 しかし彼が口にしたせいで、寝ても覚めても鉛筆のことばかり考えている人間にしか思えなくなってしまう。言わなければただの変人だったのに。
「ゲームやるしテレビ見るし、友達とチャオガーデン行ったりしますし、あと、友達に好きな人がいたら告白するように急かしますよ」
 急かされているのはカメラの彼、石川君に違いない。
 三人でいた時の塩崎君は変人には見えなかったから、私は鉛筆さえ持たせなきゃ普通に見えるのか、と理解した。スケッチをさせなければこんな一面を見ずに済んだということだ。
「わかった。これからは鉛筆を持たせないようにするよ」
 からかうつもりでそう言うと、塩崎君は大真面目に頭を下げて、
「できれば、そうしてください。鉛筆の人と期待されても困るんで」と言った。
「期待することなんて何もないでしょうよ、鉛筆の人になんか」
 私は笑ったけれど、塩崎君は何か嫌なことを経験したことのあるような暗い顔を見せた。
「いや、色々あったりしますよ」
「へえ」
 その彼の経験した色々を私は聞きたいとは思わなかった。どんな話だったとしても、鉛筆のエピソードでは共感できそうになかった。
 また今度遊びましょう、と言って塩崎君は帰った。
 今度遊ぶ時、チャオガーデンではない所に行くことになって、私はゴウを連れていかないような気がした。

引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chr...@p050.net059084245.tokai.or.jp>

バイザウェイ スマッシュ 15/11/13(金) 23:32
本編コーナー スマッシュ 15/11/13(金) 23:35
バイザウェイ 一 スマッシュ 15/12/23(水) 0:03
バイザウェイ 二 スマッシュ 15/12/23(水) 0:03
バイザウェイ 三 スマッシュ 15/12/23(水) 0:04
お遊びコーナー スマッシュ 15/11/13(金) 23:35
第1回〜第8回まとめ スマッシュ 15/11/24(火) 23:16
第9回〜第16回まとめ スマッシュ 15/12/6(日) 0:00
第17回〜第24回まとめ スマッシュ 15/12/11(金) 22:13
第25回〜第32回まとめ スマッシュ 15/12/23(水) 0:12
第33回〜最終回まとめ スマッシュ 15/12/23(水) 0:18
感想コーナー スマッシュ 15/12/23(水) 0:04
感想です ろっど 15/12/24(木) 13:41
返信です スマッシュ 15/12/24(木) 21:38

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
2347 / 4335 ←次へ | 前へ→
ページ:  ┃  記事番号:   
56303
(SS)C-BOARD v3.8 is Free