●週刊チャオ サークル掲示板
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バイザウェイ スマッシュ 15/11/13(金) 23:32
本編コーナー スマッシュ 15/11/13(金) 23:35
バイザウェイ 一 スマッシュ 15/12/23(水) 0:03
バイザウェイ 二 スマッシュ 15/12/23(水) 0:03
バイザウェイ 三 スマッシュ 15/12/23(水) 0:04
お遊びコーナー スマッシュ 15/11/13(金) 23:35
第1回〜第8回まとめ スマッシュ 15/11/24(火) 23:16
第9回〜第16回まとめ スマッシュ 15/12/6(日) 0:00
第17回〜第24回まとめ スマッシュ 15/12/11(金) 22:13
第25回〜第32回まとめ スマッシュ 15/12/23(水) 0:12
第33回〜最終回まとめ スマッシュ 15/12/23(水) 0:18
感想コーナー スマッシュ 15/12/23(水) 0:04
感想です ろっど 15/12/24(木) 13:41
返信です スマッシュ 15/12/24(木) 21:38

バイザウェイ
 スマッシュ  - 15/11/13(金) 23:32 -
  
 土星さんが真実の冒険を書くから僕はやる気になってチャオ小説を書いてしまった。これでみんなが小説を書こうってやる気になればいいんだけど、僕としてはみんなの心が折れてほしくもあった。
 感想コーナーは聖誕祭の日に作るつもりでいるけれど、感想来ない気がして結構怖い。
引用なし
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本編コーナー
 スマッシュ  - 15/11/13(金) 23:35 -
  
 この作品は聖誕祭用の作品なので聖誕祭の日にここへ投稿してライブラリーにも載せるつもりです。
引用なし
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お遊びコーナー
 スマッシュ  - 15/11/13(金) 23:35 -
  
 聖誕祭の日になるまでここで遊びます。文章は本編と同じなんで、ライブラリーに載せる必要はないです。
引用なし
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第1回〜第8回まとめ
 スマッシュ  - 15/11/24(火) 23:16 -
  
※お遊びコーナーに投稿した小説の文章と、本編の文章は、ほぼ同一の文章です。本編として掲載したものが最新のものとなります。

 スレッド膨らますつもりあんまないんで、まとめます。

 それはそうと、おなじみ毎日投稿ですが、多くても836文字が今回の目安です。どうしてその量かは第9回を見てわかっていただけたと思います。
 短い文量に区切りながら投稿すると、細かい文章の粗に気付けてしまうのが嫌なところです。長いの一気にぶわっといけば、読む方がスルーしてくれるかもしれないのになあ。
 それと毎日0時になってから投稿しようとすると、早く寝たい日も寝られなくて辛かったので、俺、辛いのやめます。


11月14日投稿分

 トラックに衝突されてしまったので、私の彼氏の星谷翔矢は家族と一緒に死んでしまった。父方の祖父母の家に行く途中だった。その事故で彼らは一家丸ごと死んでしまい、私は故人が一人ではない葬式を初めて経験した。しかし彼の飼っていたチャオだけは転生したので今も生きている。
 高校から家に帰ると私はリビングのソファの端にぬいぐるみのように座らされているコドモチャオを抱きかかえる。テレビを見せていれば手がかからないということで母はそこに座らせておくのである。母は今買い物に出かけているらしくて、玄関には靴がなかった。チャオの方もテレビが面白くてソファから離れずに大人しくしている。再放送の刑事ドラマをチャオが楽しめているとは思えないけれど、割とコメディ色の強いドラマだからにこにこして見ている姿に違和感はなかった。このチャオはヒーローチャオに進化するつもりのようで、産まれた時より随分と体が白っぽくなっている。
「ゴウ、ただいま。チャオガーデン行こうか」
 私はソファの後ろからそう言った。ゴウというのはこのチャオのあだ名だ。本当の名前、翔矢がこのチャオに付けた名前は、ソニゴロウである。とてもださいと私は思う。ソニックチャオにするつもりで卵を買ったので、名前にソニを入れることは始めから決まっていたそうだ。そして色々と考えた末にソニゴロウと命名した。彼はこの名前を、可愛らしい名前だと思っていて、一度も恥ずかしがらずにそのださい名前でチャオを呼んでいた。恥ずかしかったから私がその名前で呼んだことは片手で数えられるくらいにしかない。
 彼の親戚から半ば押し付けられる形で、私はソニゴロウを譲り受けた。転生するくらい愛されていて、それで助かったというのは美談だけれど、私はチャオだけ生きていても少しも嬉しくなかった。私はチャオよりもチャオに構っている翔矢を見ているのが好きだったような気がするのだ。


11月15日投稿分

 チャオは手のかからないペットだが、構ってやらなければ寂しがるしチャオガーデンにも連れていかなければいけない。チャオを長生きさせるにはチャオに適した環境で過ごさせる必要があるのだ。
「チャオ!」
 ゴウはソファの上に立つと羽をばたつかせながらぴょんと跳ねる。ゆっくり降りていくところを捕まえて、抱きかかえる。ゴウの頭上の球体がハートマークになる。
 自転車の籠にゴウを乗せる。駅を通り過ぎ、通っている高校を越えて五分の所にチャオガーデンはある。翔矢が通っていたチャオガーデンは隣町のチャオガーデンで、そちらのガーデンの方が広かった。しかし電車賃を使うのが嫌で、私は自転車で行けるガーデンに通っていた。
 日が落ちるのが早くなったとはいえ、四時前だとまだ外は明るくて、影の出来る方角でしか夕方が近付いていることがわからない。私は前に自分の影を見ながら学校への道を走り、背中の熱さで汗をかく。駅を過ぎると、自分と同じ学校の制服を着た人とすれ違うようになる。制服を着たままだと、忘れ物を取りに戻っているように見えそうで恥ずかしい。それでも制服を着たままチャオガーデンに行くのは、制服姿が結構似合っていると思っているし、この格好の自分は割と本当の自分だって気がするからだ。
 三階建ての白い建物がチャオガーデンだ。二階より上の大きな四角い建物を、下の一回り小さな建物とその周りの柱が支えている。その外観通りに、一階は受付や売店になっていて二階と三階がチャオガーデンになっている。建物の中に入ると右側に売店がある。闇の取引所という名前の老舗だ。チャオの保護がうたわれ始める前からチャオガーデンと一緒にあった店で、チャオガーデンの建物には大抵この店が入っている。そのまま奥へ進んでいくと受付がある。身分証か会員カードがないとチャオガーデンの中には入れない。チャオに暴力を振るうトラブルを防ぐためだ。


11月16日投稿分

 おけいこや診察の窓口もここにある。私は受付の女の人に会員カードを見せ、階段を上がる。階段を上がってすぐのところに自動ドアがある。そのドアに手を触れて開けた先がチャオガーデンである。
 チャオガーデンは昔作られた三種類のガーデンを基にして設計されていることが多い。このガーデンはヒーロー系のガーデンだ。やはりガーデンはヒーロー系とノーマル系が多くて、ダーク系は少ない。昔に作られたダークガーデンと似たようなガーデンは悪趣味だと言って近付かない人が多いので、ダークガーデン系のガーデンでも大抵は薄暗いことが快適さに繋がるような、落ち着くガーデンをコンセプトにしている。
 このガーデンの中央は吹き抜けになっていて、三階の照明と窓から光が降りてくる。私はゴウを抱えたまま三階に上がる。チャオの餌の木の実が成る木を植えている都合で三階だけ上に長い。天井が遠くにあって、二階の中央にある噴水を見下ろせるところが好きだ。木の実が落ちていたらラッキーだが、どれも食べられてしまったようで見当たらない。私は木を見上げる。この木は季節に関係なく鶏卵のように木の実を生み出してくれる。十分に大きくなった木の実が付いていたので私は木を蹴ってみた。幹は細いのにびくともしなかった。周りの人が見ていなかったら飛び蹴りをかましてやるのだが、二階にも三階にも人はそれなりにいて、近くには同じ高校の男子や子供を連れた女性までいるとなるといよいよそんな乱暴な真似はできない。
「買ってくりゃよかったね」
 私は木陰に腰を下ろしてゴウに言うと、ゴウはうんうんと二度頷いた。転生する前からゴウは語りかけるとそれらしい反応をしてくれる。
「さあ、好きに遊びな」
 ゴウを下ろしてやる。するとゴウは真っ先にあぐらをかいている私の脚に上り、そして腕をよじ登っていく。右腕だけにゴウの重みがかかって痛い。
「ちょっと、ゴウ、やめようそれ」


11月17日投稿分

 そう言う間にゴウは私の肩を掴み、そこまで登ると次は頭の上を目指そうとする。髪を掴まれたくはないのでゴウを持ち上げて頭の上に乗せてやる。すぐにチャオの重みで首が辛くなって、
「ゴウ、もう無理なんですけど、下りてくれない?」と言うのだがゴウは下りない。私はどんどん猫背のような姿勢になる。そして同じ高校の制服を着た男子が近付いてきた。彼は正座して私に目線を合わせると、
「あの、すみません。チャオの写真、撮らせてもらっていいですか」と言ってきた。彼はデジタルカメラを持っていた。
「いいけど、早くしてくれる?」
 たぶん私の頭の上に乗っているところを撮りたいのだろうと思ってそう返し、私は少し背筋を伸ばす。
「ありがとうございます」
 私が要求した通り彼は急いでくれたようだ。カメラの設定をして二枚撮るまでに一分もかけなかった。それでも私には辛い一分だった。ゴウを頭から下ろして、首を色々な方向に傾けたり回したりしながら、
「もっと早くできなかったの。首、超痛いんだけど」と言った。
「ごめんなさい。かなり急いだんですけどね」
「そうなんだろうけど」
「肩揉みましょうか」
「うん」
 揉んでもらえたら気持ちいいだろうと私は思った。しかし見ず知らずの男に体を触らすのは恋人を事故で亡くした身にしては軽率なのではないのかしらとはっとして首を横に振る。
「やっぱいいよ」
「そうですか」
 彼はカメラを見ているゴウを撮影して、撮れた写真をゴウに見せてやる。そしてまたゴウを撮る。ポーズ取って、と彼が言うとゴウは両手を挙げてにっこり笑った。そのままそのまま、と彼に言われてゴウは笑顔を保つ。
「オッケー」


11月18日投稿分

 そう言われるなりゴウは彼に、と言うよりもカメラに向かって走り出す。そういえばゴウは写真を撮ってもらったことがあまりなかった。私もほとんどゴウを撮っていないし、翔矢もそうだった。撮ってもスマホだ。ちゃんとしたカメラで撮影されたことはもしかしたら初めてのことかもしれない。
「テンション上がってるねえ」と私はゴウに言った。
「そうみたいですね」と男子は言った。
「そういえばさあ、君何年生? 同じだったらタメ口でいいでしょ」
 私は敬語とか丁寧語とか、そういったもので話されるのに慣れていなかった。だから同い年の人間が敬語に使われるのは嫌なのだ。
「二年生です」と彼は言った。私は三年生だ。
「じゃあそのまま敬語な」と私は命じた。タメ口でもよかったのだが、先輩らしく命令してみたかったというだけで私は彼に敬語で話すよう強制したのだった。
「かしこまりました」
 そう答えながら彼はカメラをゴウから遠ざける。ゴウがカメラを欲しがっているのだ。それで写真を撮ってみたいのだろう。彼は、駄目だよ、とゴウに言う。
「面白いチャオですね。カメラ欲しがったり、人の頭に乗ったり」
「いつも乗るわけじゃない。と言うか、初めて」
 私はゴウを抱き上げてカメラから離す。
「ごめんね」と頭を撫でてやると、ゴウは伸ばした手を下ろした。
「それにしてもどうして頭に乗ったんだろうね」
 ゴウにも尋ねるように聞くと、男子は首を傾げたが、ゴウは右手を上げてどこかを指した。指した方を見ると木がある。
「木?」
「行ってみましょうか」
 そう男子が言うので私は立ち上がった。


11月19日投稿分

 ゴウが指した木に行ってみると木の実が一つ落ちていた。さっき見た時にはなかった、落ちたばかりの木の実であった。それを見つけたのだと言う代わりにゴウはしつこくその木の実を指し示す。
「これ?」
 まさかこれを見つけるために頭の上に乗ったわけじゃないでしょうという意味で私は木の実を指して聞いた。しかしゴウは頷く。ガーデンに落ちている木の実は早い者勝ちだ。ゴウを下ろして、食べさせてやる。
「凄いですね」と男子は言った。
「見つかるわけないと思うんだけどな」
 私はさっきのようにあぐらをかいた。座った私の頭の上に立っても、低くて落ちた木の実を発見できるようには思えなかった。
「たとえば、落ちたことを確認してた、というのはどうでしょう」
「そんなまさか。落ちたところ見たとしても偶然でしょ」
 私はチャオが犬や猫のように人間以上の感覚で何かを察知することなんてないと思っている。むしろ人間より鈍感っぽく見える。しかしながらゴウが木の実を発見したことで餌代が浮いたことは嬉しい。犬や猫をキャプチャさせればもっと落ちた木の実に対して鋭敏になってくれるだろうか。そんなことを口に出したら白い目で見られるのだが、私は言ってみたくなった。
「犬や猫みたいなチャオならともかく、だけど」と私はほのめかした。
「チャオって鼻はあるんでしょうか」と彼は言った。彼はカメラを構えない。木の実を食べているところを撮る気はないようだ。
「臭いを嗅げるんだから、あるようなもんでしょう」
「あ、そっか。そうですね」
 キャプチャさせる話にならなくてがっかりしながら、私は彼のことを人の良さそうな奴だと捉え始めていた。写真を撮らせてほしいと言ってきた時など、無邪気な感じがあった。
「君はチャオを飼ってないの?」と私は聞いた。


11月20日投稿分

 飼いたくても何らかの事情で飼えないのだと彼が答えるだろうと私にはわかっていた。彼は思った通りのことを言った。チャオは大好きなのだけれど、住んでいるマンションがペットを飼うことを一切禁止しているのだと彼は言った。チャオを保護することが決められてからはチャオなら飼ってもよいとするマンションが増えたものの、まだそのような所もいくらか残っているのだった。
「高校卒業したら、チャオが飼える所で一人暮らしするつもりです。まあ、できればチャオガーデンに住みたいんですけど」
「最近はチャオガーデンみたいになってるマンションとかアパートとかあるって聞くよ」
 テレビで見たアパートでは、部屋の一室が小さなチャオガーデンになっていた。浴室のようにタイル張りになっていて換気扇があり、浴槽のような池が埋め込まれている。そこに人工芝のマットを敷いて湿気に強い植物と遊具を置いてチャオにとって快適な空間に仕立てているというものだった。
「いえ、こういうチャオガーデンに住みたいんです。一人じゃ飼える数に限度があるでしょう? だからチャオが集まってくる所に住んだ方がたくさんとチャオと触れ合えるわけじゃないですか」
「それに写真も撮れる」
 その通りです、と彼は頷いた。そして彼は将来チャオ専門の写真家になるつもりなのだと語った。私はゴウが飛びたがっていたので、持ち上げて真上に放ってやった。ゴウはハシリタイプにさえ進化しないと思う。飛ぶし登るし泳ぐ。カオスドライブだって与えていない。翔矢はソニックチャオにさせたくて、それ用のカオスドライブをキャプチャさせていたそうだ。
 チャオ専門の写真家になるつもりならわかるだろうかと思って私は彼に聞いてみた。
「ゴウはハシリチャオになる? それとも別のタイプになる?」
「ならないと思いますよ」


11月21日投稿分

 ゴウが降りてくるのを待つこともなく彼は答えた。
「ヒーローハシリタイプは一本だけなんですよ」と彼は角を生やすように頭の上で人差し指を立てた。
「見た感じ、ヒーローノーマルじゃないですかね」
「へえ」
「ハシリタイプがよかったんですか?」
 それならカオスドライブを、と彼は闇の取引所の店員のごとく続けて言ってきそうだった。私は首を振り、違うよ、と言った。
「転生する前はソニックチャオだったんだよ」
「え、転生してるんですか」と彼は驚いた。私は、うん、と頷いた。
「凄いな。それだけ愛されたわけだ」
 両腕を広げ、降りてきたゴウを受け止めようとしながら彼は言った。ゴウは彼の期待に応えて、彼の胸元に抱き付いた。撫でられて、頭上の球体の形をハートに変える。
「私じゃないけどね」
「え?」
「転生するほどそいつを可愛がってたのは別の人。私は代わりに連れてきてるだけ」
「でもあなたが優しくした分もあるんじゃないんですかね」
 社交辞令みたいなものだと私は思った。私はゴウに優しくした覚えはない。むしろ旅行にも付いてくるゴウを邪魔に思ったことならはっきり覚えている。付いてきたと言うか、翔矢が連れてきたのだったけれども。

 その後彼は以前から写真を撮らせてもらっているというチャオと飼い主を見つけて、そちらに行ってしまったので私は家に帰った。母も帰ってきていた。
「ただいま」と私は言った。
「おかえり。チャオガーデン?」
「そう」
 私はゴウをソファに座らせてやり、テレビを付けた。地方局のワイドショーの天気予報のコーナーだった。
引用なし
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第9回〜第16回まとめ
 スマッシュ  - 15/12/6(日) 0:00 -
  
 まとめその2。
 第9回は、新聞小説風です。元々その文章量に合わせて毎回投稿していたので、実際にそれっぽくしてみたかったのです。しかし画像データをいちいち作るのが大変だったので、1回限りでやめておきました。と言うか、一番の原因は、テンプレとなる編集データを残すべきだったのに残し忘れてたってことなんです! 本当にごめんなさい。
 今回のまとめですけれど、第10回〜第13回までは、2日分を繋げて掲載してみます。そして14回〜16回の3日分も繋げてみます。
 これは、新聞小説の文章量をそのままネット上の文章としてアップすると、とても短く感じられるのが気になったからです。毎日投稿した際、読んだ人が満足できる文章量、というか文字列の見た目、みたいなものを模索してみたいですね。

11月22日投稿分
http://www3.tokai.or.jp/sumassyu/bytheway09.jpg


11月23日投稿分+11月24日投稿分

 その箱を出して中を見てみると、そこにちゃんと箱の絵と同じカメラが入っていた。薄くて軽いから、ゴウでも扱えるだろう。ほとんど同じ大きさなのに性能が全然違くて色々な機能が付いている、と新しいカメラを買った時に父はとても喜んでいたから、このカメラでできることは少ないに違いない。それでもゴウが使うのだから十分だ。カメラの底面の右側にある蓋を開けると、充電池を入れる場所がある。SDカードを挿入する所も蓋を開けた所にある。充電池のすぐ上だ。既にカードは挿入されてあった。試しに電源を入れるため、シャッターボタンの横の小さなボタンを長押ししてみるとレンズがせり出してきた。撮影モードになっていた。液晶画面のすぐ近くにあるスライド式のつまみを左に動かして、画像を確認するモードに切り替える。どんな写真を撮ったのだろうと思ったのだが、何の写真も保存されていなかった。
「あれ?」
「どうしたの」とキッチンにいる母が声をかけてきた。
「前にお父さんが使ってたカメラ、SDカード入ったままだったんだけど、一枚も写真保存されてないの」
 そう答えると、ふうん、と母は言った。言ったのはそれだけで、何も意見を言ってはこなかった。私は、父がわざわざSDカードの中のデータを全て消去するような人間だろうか、と考えていた。あり得そうではあるが、そんなことはしないだろうという気もする。母なら父がデータを消すか消さないか理解していそうだから、何か言ってくれるのを期待したのだが、ここで醤油とみりんを入れます、と料理の手順を呟いているのが聞こえて諦めた。
「このカメラでよかったら使う?」
 私はゴウにデジタルカメラを差し出した。ゴウがにこりと笑って手を伸ばしたので、私はカメラを持たせてやった。理解できるかわからないけれど、私は電源の入れ方など操作方法を教えてみた。するとゴウは電源の入れ方と、スライド式のつまみを右に動かせば撮影モードになることを把握したようだった。ゴウはテレビにカメラを向けて三枚撮影すると、私にカメラを差し出した。私はつまみを動かして、ゴウが撮った三枚の写真を見た。どれもテレビの画面は綺麗には撮れていない。黒い部分と白っぽくなっている部分がほとんどであった。それにチャオには指がないせいで、両手でカメラを固定してボタンを押すということのできないために、写真はぶれていた。
「テレビを撮るのはあまり上手くいかないみたいね」と私は言ってカメラを返した。ゴウはつまみを動かして撮影モードに戻すと、カメラを私に向けた。私はいつもカメラを向けられたらするように、ピースして歯を見せないように笑う。撮った写真をゴウは見せてくる。
「ぶれてんじゃん」と私は笑い、楽しそうな振りをした。しかし私はゴウの撮った写真を面白いとは少しも思っていなかった。写真を撮らせてあげたのだからもう十分だろう、と私は思った。
「それじゃあ撮影頑張ってくださいね」
 そう言って敬礼してみせ、私はゴウを置いて自分の部屋へ行った。
 私はずっと机の引き出しにしまっていたmicroSDカードを出そうと思った。カードケースに入れてあるそれは翔矢がスマホに挿していた物だ。
 私は恋人だったという理由で色々な物を遺品としてもらっていた。彼の家族が暮らしていた家に遺品をもらいに行った時、私は彼のことを思い出せるような物をことごとく持って帰るつもりでいた。好きなだけ持っていっていいと言われたから、心を悲しみの液体の中に沈めてひたすらに染み込ませているような状態だった私は、本当に好きなだけ持ち帰るつもりでキャリーケースとリュックサックと紙袋を持って彼の家に行ったのだった。


11月25日投稿分+11月26日投稿分

 そうして持って帰った物に触れて彼のことを思い出すことは全くと言っていいくらいになかった。彼の家に泊まった時に読んだ漫画をもう一度読み返して泣いたくらいだ。彼の描いた落書きの絵のある教科書は持ち帰ってから一度も開いていない。
 私は自分のスマホにカードを入れて、翔矢の撮った私の写真を探す。翔矢はフォルダを作って撮った写真を丁寧に分別していた。美結待ち受けというフォルダがある。待ち受け画面のために私の最高の写真を撮りたいと翔矢は言って、私たちはモデルとカメラマンの真似事をしたことがあった。ただ私が被写体になってスマートフォンのカメラに向けてポーズを取っていただけで大したことはしていないのだけれど、それでも今まで撮られたどんな写真よりも私は可愛く写っていた。
 旅行に行った時の写真もあった。フォルダ名には日付が書いてあるだけだったが、それだけで旅行の写真だと私はわかった。夏休みに私たちは海水浴へ行った。二泊三日の旅行で、ゴウも付いてきた。写真のほとんどが海で撮ったものではなくホテルで撮ったものだった。旅行に行ったのは待ち受け画面の写真遊びの後だったから、ホテルで撮った写真でも私はポーズを取っている。
 水着姿で窓際に立ち、膨らませたビーチボールを抱えて微笑んでいる私の写真があった。私は幸せだった。干からびる前の私の体を愛する男に撮られていることが幸せだった。私は二十歳を過ぎたらもう老化していくだけなんだと今でも信じている。だから綺麗なところを撮られたい。撮ってもらえて私は幸せそうに微笑んでいるように見える。しかし鏡を見ながら笑ってみる時だって同じような笑顔だということも私にはわかってしまった。幸せであることと私の笑顔には何の関係もないようだった。そのように思った瞬間にこの写真の中から私と幸せは切り離された。そこに写っているのは幸せな私ではなく幸せと私になってしまったのだった。
 どの写真を探してもそこに写っている私は幸せとは別物だろう。そのことを否定する気も確かめる気もなく、私はただ始めたことの終わりを求め、保存されている写真を全て見ようとした。しかし翔矢の入っていた大学のサークルでの旅行の写真を見終わると、私は飽きてしまった。翔矢も入れて十数人で行ったということは聞いていた。確かにそのフォルダの写真にはたくさんの人が登場していた。そこにもソニックチャオがいる。ゴウはサークルの人々に可愛がられていて、いつも誰かに抱っこされて写っていた。なるほど転生するわけだと私は思った。この人たちに可愛がられた分もあるのだ。
 はたして私がチャオだったら私は転生するのだろうか、と私はふと考えた。しかし考えたところでどうしようもないことだ。翔矢は転生しなかった。ゴウばかりが愛されているのかもしれない。それはゴウがチャオだからだ。それにチャオなんて頭は人より悪いし、写真だって綺麗には撮れないのだ。事故に遭っても転生して助かるかもしれないとしたって、一度の寿命が約六年では頼りない。なんと言っても、もう翔矢は死んでしまったのだ。だからゴウ、お前はもう五年と数ヶ月しか生きられないかもしれない。
 私はベッドに横になり、母に呼ばれるまで眠った。起きると父が帰ってきていて、夕飯には酢豚が用意されていた。ゴウのガラスコップにはぶどうジュースが注がれてある。
「いただきます」
 私は椅子に座るなり手を合わせてそう言った。遅れて父と母もいただきますと言い、ゴウはそれまでジュースを飲まずに待っていた。
 ゴウはストローを使って少しずつジュースを飲んだ。ゴウが飲み終わるより早く父は食べ終わる。ゴウはさっきガーデンでは木の実を勢いよく食べていたのに、今は目を瞑って味わっている。


11月27日投稿分+11月28日投稿分+11月29日投稿分

 私も母も父やゴウのペースには合わせず、自分のペースで食べている。母は私より少し早く食べ終わるだろう。
「そのカメラ、使うのか」
 父は私にそう聞いてきた。
「ゴウがね」と私は答えた。
「そうなのか」
 父はゴウに聞いた。ゴウは目を瞑ったまま反応しないので、今度は私の方を向いて父は再び聞いた。
「そうなのか?」
「ガーデンで写真撮られて。それで興味持っちゃったみたい」
「へえ」
「そういえばさ、カメラにSD入ってたけど、なんにも保存されてなかったんだけど、どうして?」と私は聞いた。
「ああ、元々カメラにそのカードが入ってたんだよ。でも使ってる時は別のカード挿れてたけど、そのカメラ使わなくなったから元々入ってたやつを戻しといた」
「ふうん」
 確かにそれはデータを全部消すことよりもずっと父のやりそうなことだ。
「それで、ゴウはどんな写真を撮ったんだ?」
「後で見てみたらいいよ。酷いから」
「それは面白そうだな」
「つまらないよ」
 最後に食べ終わった私が最初に風呂に入る。父は食器をキッチンに運んで洗う。母はゴウとテレビを見ている。
 風呂から上がると私はスマートフォンのアプリを立ち上げて、クラスの友達と話をしながら楽譜を書く。曲を作っているわけではなくて、いい加減に書きたいように音符を書き入れていくだけの遊びだ。落書きと言っていい。私の場合絵を描くのではなくて、音符をたくさん書くのだ。そして五線譜ノートに音符を書いていくと、自分がとてつもない音楽を創作しているような気分になって楽しい。だけど私には音楽の才能はない。一度鍵盤ハーモニカで書いた楽譜を弾いてみようとしたことがあったが、あまりにもでたらめで弾くことは難しかったし、弾けた数小節のメロディーはどこも素晴らしくなかった。どこかで聞いたことのあるような、あるいは好きな曲をちょっといじっただけの曲を鼻歌で歌いながら、見た目だけは綺麗な楽譜を私は作った。
 会話している四人の友達の中で一番好きな怜央ちゃんが宿題の話をし始めて、私も今から宿題やる、と急いで送信する。そして通学鞄から宿題に出された英語のプリントを出して、本当に宿題をやり始める。他の三人も宿題をやる気になったらしくて、会話は止まる。解くのが面倒くさい問題は怜央ちゃんに教えてもらえばいい。そして私はプリントの問題を全て解き終えても終わったと報告せずに、しばらく楽譜作りに専念した。

 カメラの彼と出会ってから二週間後の月曜日のことだった。その日私は翔矢の部屋で過ごす夢を見て起きた。大したことをしていない夢だったけれど、私と翔矢はいくら食べても飲んでもどこからか出てくるお菓子とお茶をどうにか食べ切ろうとしていた。ポテトチップにポップコーン、チョコレートクッキーといったお菓子がサラダボウルのような容器に盛られていて、私と翔矢は退屈に思いながらそのお菓子を食べ続けた。こんなに食べたら夕飯食えなくなるな、と翔矢は言った。だけど食べ切らないと、と私は返した。口の中が渇くので手元にあったカップに入っている温かい紅茶を飲む。カップの中身はいくら飲んでも、次に目を向けるといつの間にか注がれたかのように元に戻っている。容器の中のお菓子も、食べ切ったと思って安心すると別のお菓子が山盛りになっているのだった。いつになったら終わるんだろう、と翔矢はチョコレートクッキーを食べ切ってバームクーヘンが出てきたところで言った。私たちはもはや何も食べられそうになかった。それでも私は、わかんないよ、と言いながらバームクーヘンを食べようとしたけれど手が重くて届かなくて、おかしいと思っているうちに目が覚めた。
 翔矢が夢に出てきたのは久々だった。翔矢の葬式が終わって一週間も経つと翔矢は一切夢に出てこなくなった。どうして今になって出てきたのだろうか、と私は考えようとした。それになぜ二人でお菓子を食べ続けていたのだろう。ご飯を食べながら考えてみても、死んだ翔矢からのメッセージを私は受け取ることができなかったし、私の心境も見えてこなかった。何の意味もない変な夢だった、というのが真相だと私は思った。
 そしてその日、私のクラスで現代文を教えている先生が婚約したことを私たちに報告した。その先生の授業は好きではなかったから、私はあまり騒がなかった。休み時間も、翔矢を失った私の心の傷を意識してくれる怜央ちゃんと一緒にいたから、その先生の話をしないでよかった。その先生は男で、結婚しても教師を続けるはずだ。だからどうでもいいことだったのだ。
 私がチャオガーデンでカメラの彼と再会したのは、それから三日後のことだ。カメラの彼から私を見つけて声をかけてきた。彼は二人の男と一緒に歩いていた。二人も彼と同じ制服を着ていた。
「お久し振りです」と彼は言った。私はしゃがんでゴウとお互いの手を叩いて遊んでいた。
「また会ったね。えっと、名前なんだっけ?」
 彼の名前を思い出せなくて、私はそう聞いた。
「石川です」
「あれ。そんな名前だったっけ」
 立ち上がりながら私は言った。聞き覚えのない名前だったから、嘘をついたのだと私は思った。
「だって、この前は名前言ってませんから。お互いに」
「ああ、そうだったかも。私、押花。プッシュの押すにフラワーの花ね」
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第17回〜第24回まとめ
 スマッシュ  - 15/12/11(金) 22:13 -
  
 今回は改行を増やした編集でまとめてみます。
 結果的に見た目が大幅に変わることでしょう。聖誕祭の日に投稿するバージョンは改行全然ないバージョンにするつもりではいますが、このまとめで試してみて、面倒でもやった方がいいわ、と改心したら改行多めに変えようかなとも思います。

11月30日投稿分

「押し花で押花さんですね」
「うん、まあね」
 石川君は二人に私のことを、この前話した人、という風に説明した。
 二人はそれで合点がいったらしい。あの人ね、などと言う。三人の目が笑っていた。
 ゴウが頭に乗っていたことを話したに違いない。勝手に笑い話にされるのは面白くない。
「二人だけの秘密って約束したのに話したんだね」と私は不満そうに言ってみた。
「いやいや、そんな約束してないですって。あ、それでこいつら、友達です」
 そう言って石川君は私に友達の二人を紹介した。
 一人は中学生の頃からの友達だそうだ。その人が塩崎君で、もう一人がクラスメイトの田村君。
 塩崎君は背が高かった。田村君は男子としては普通くらいだったが、それでも石川君より少し背が高く横幅もあった。ゴウも初めて会う二人を見ていた。
 三人はチャオを抱えておらず、足元にもいなかったので飼っていないのかと尋ねると、三人の中でチャオを飼っている者は一人もいないのだと塩崎君は言った。
「だから普段はチャオガーデンとか来ないんですけど、今日はなんか行きたくなっちゃったんですよね。でもびっくりしましたよ。ここって入るのに身分証いるんですね」と塩崎君は言う。彼らはたぶん学生証を見せて入ったのだろう。
「チャオに暴力振るう人がいたら大変だから」
 私がそう言うと、二人はなるほどと頷いた。
「でもさ、他のペットでも暴力振るう人いたら大変だよね」
 さらにそう言うと、幅のある田村君がそういえばそうだと頷いた。
「他のペットは転生しないから大丈夫なんじゃないんですかね」と塩崎君は言った。慌てたように、そりゃあ他人のペットを殴るのは大問題でしょうけど、と付け足した。
 もし彼がそのように付け足さなければ、所詮ペットだもんね、と言っていたところだった。


12月1日投稿分

「そもそもチャオは保護しなきゃいけない生き物だから」
 冷静に石川君はツッコミを入れた。
 確かに石川君の言う通りだった。ペットがどうこう以前にチャオは保護しなければならない生き物なのだ。
「そういえばそうだったね」
 そう私が言うと石川君が、そういえばじゃないでしょう、と非常識を笑うように言った。
「チャオを大切にとか、特に意識してないもの」
「よくそれでヒーローチャオになりますね」
「別に善人だからヒーローチャオになるわけじゃないでしょ」
 それは私も不思議に思っていることだった。私は特に善人ではないと思う。
 ゴウにそう思われるほど愛してやっているわけでもないのだ。
 翔矢が育てた時はニュートラルチャオに進化したわけであり、それはニュートラルハシリに進化させたかったからダークの実とかで調整したのかもしれないけれど、ヒーローチャオになることと飼い主の性格はあまり関係ないのではないかと私に思わせるのだった。
「そうですけどね」と石川君は認めた。
「あのお姉さんもダークチャオ飼ってるしな」
 田村君がにやついて言った。彼は恋愛の話でからかう時の笑い方をしていた。
「あのお姉さん?」と私は聞いた。
「このガーデンで写真撮らせてもらったんですよ。それで一目惚れ。年上の美人のお姉さんだったから」
 塩崎君が説明した。
「へえ。写真って今あるの?」
「ないですよ」
 慌てた様子で石川君は否定した。
 持っているデジタルカメラにはまだその写真のデータがあって、奪えば見られるのではないかと私は思った。
 そういう悪ふざけを彼の友達の二人は手伝ってくれそうな気もした。
「ダークチャオを飼ってる美人か」
 そんな人を見かけたことがあったろうか。


12月2日投稿分

 ダークチャオを連れている人は珍しいから思い出せそうなものだが、私は年上の美人のお姉さんに心当たりがなかった。
「見たことないなあ」
「その人、普段はダークガーデンとかに行ってるらしくて、ここにはたまにしか来ないそうです」
「ああ、そうなの」
 石川君が恋している美人のお姉さんに関心のないゴウは木登りを始めた。羽をばたつかせながら、するすると蛇が這うように登っていく。
「それじゃあ今日はお姉さん探しじゃないんだね」
「そんなことしてませんって。チャオの写真撮るためにガーデン来てるんですから。それで、押花さんのチャオは?」
 私はゴウが登っていた木を指した。指した所にゴウはいなくて、登りきって木の実をつついていた。
 ゴウを発見した石川君が、おお、と声を上げた。そして二人も続いてゴウを見つけた。
「運動神経いいですね」と石川君はゴウを褒めるとカメラを構えて写真を一枚撮る。そして液晶を見て撮った写真の出来を確かめる。
「落ちないかな」
 心配そうに塩崎君は言った。
 チャオは非力そうな見た目をしているから、片手を木から離して木の実をつついているのが危なっかしく見えるのだろう。
「飛べるから大丈夫だよ」と教えてあげた。
「なるほど」
 撮られていることに気が付いたゴウは木からもう片方の手も離して、カメラに向かって飛んだ。
 ゆっくりズームしていくみたいに、真っ直ぐカメラに近付いてくる。
 きっとゴウは飛んでいる様を撮ってほしかったのだろうけれど、石川君はカメラを構えなかった。石川君はゴウが突進してきた時のことを考えて、カメラから左手を離していつでもその手でカメラを守れるように身構えた。


12月3日投稿分

 撮ってもらえなかったゴウは石川君の前で接近を止め、近付いてきた時と同じ速度でふらふらと着地した。
 そして石川君のことをしばらく見ていたが、やがて私の所に歩いてきた。
「写真撮ってもらいたかったみたいよ、さっき」
 私がそう説明すると石川君はカメラを構えて、ゴウを撮ろうとした。
「はい、ポーズ取って」
 そう言ってもゴウは石川君の方を向かなかった。
 石川君はもう一度呼びかけたが、ゴウは聞こえない振りをして、私に抱っこするように両腕を挙げてせがむだけだった。
「また今度撮ってあげてよ」
 私はゴウを抱き上げて言った。
 そうします、と言って石川君たちは別の所へ行ってしまった。
 行ってしまってから、ゴウがデジタルカメラで写真を撮るようになったことを教えそびれたことに気が付いた。
 カメラに夢中だったのは最初の三日間だけで、それ以降は飽きてしまったかのように動き回って遊び、そして不意に写真を撮りたがってカメラを探すようになっていた。
 ゴウが四六時中カメラを持っていたらきっと忘れずに教えただろうに、と私は思った。二週間も経ってしまったのがよくないのだ。
 三人のうちの一人、背の高い塩崎君が走って戻ってきた。
「どうしたの」と私は言った。
「あの、もし嫌じゃなかったらなんですけれど、頭にチャオ乗っけるところ見せてもらえませんか」
 彼は一度目を逸らしてから、遠慮がちに私を見て言った。両手を、指の先だけくっ付けるように合わせていて、丸くなった鉛筆の先端のような形をしていた。
「いいけど、条件がある」
「なんですか?」
「面白かったら携帯の番号とアドレス教えてよ」
「わかりました」
 塩崎君は頷いた。


12月4日投稿分+12月5日投稿分

 私は抱いていたゴウに、頭の上に登って、と指示をしてゴウの胴体に回していた腕を片方離し、その腕でゴウの足を支えてやった。
 体が自由になり足場が出来るとゴウは私にしがみついて右肩の方に移動し、そして頭の上に登ってみせた。
 頭を掴まれた時、髪が引っ張られて痛かったが声を出さないように私は堪えた。
 そういえばこの前は、髪を掴まれたら痛いだろうから登ろうとする前に頭の上に乗せてやったのだった。
 そしてゴウが頭の上に乗ると、チャオの重みで首が短くなっていきそうに感じ、やがてそれが首の痛みになってくる。
 私の姿勢が段々おかしくなっていき、膝が曲がり私は低くなっていく。
 やがて私は膝を付き、ゴウが怪我をしないようにゆっくり倒れた。これは観客へのサービスだ。
 ゴウは私が倒れ始めたところで飛んだ。
「チャオって結構重いんだよ」
 自分のやったことが恥ずかしくなって、立ち上がりながら私は言った。
「それで、どうだった?」
「そうですねえ」
 彼は制服のポケットから単語帳を出して、そして鞄の中にある筆箱からペンを出すとメールアドレスを書いて私によこした。
「こんくらい面白かったです」と彼は言った。
「そっか。こんだけか」
 そう言いながらもこれ以上ない成果を得たつもりに私はなっていた。わざと倒れてみるなんて馬鹿な振りをしたのに少しは面白かったと彼は言うのだ。
 私はその日の夜、早速メールを送った。
 ちょっと話しただけの相手に何を言うか迷ったけれど、私は簡単な挨拶をした後にリベンジを試みた。
 ゴウの撮った写真を消さずに保存しておいたので、私を撮った写真から一番笑えそうな画像を選んだ。
 その写真は、私を撮ったものだったが、手振れのせいでピースしている私の右手と肩と髪の毛くらいしか写っていなかった。
「チャオってカメラ持って写真撮ったりできるって知ってた?これ私の写真」
 そう書き写真を添付したメールを私は送信した。
 私は待つ間に楽譜を書こうという気にはならなくて、リビングにいたゴウを部屋まで抱いて持ってきて、ゴウを撫でたりしながら変身を待った。
 少し待つと塩崎君から返信が来た。面白かった、と始めに書いてあり、次の行には電話番号が書かれてあった。
 手振れのせいであのような写真が撮れたのだとメールを送って教えてあげると彼は、
「チャオにとってカメラは重いんですかね」と返信してきた。
 片方の手で木に掴まっているところを見たくせに、まだチャオがか弱い生き物だと思っているところが可愛らしかった。
「そうじゃなくて、指がないからカメラを持ったままボタンを押せないみたい」と書いて、次の行に自分の電話番号を書いて送信した。
 そして私はにやにやしながらゴウのほっぺたを軽く引っ張って遊んだ。ゴウもはしゃいで足をぱたぱた動かす。
「俺なにか面白いこと言いました?」と塩崎君から返信が来た。
「チャオなんて可愛くないよ。午後二時に昼寝しだしていびきかくもん」
 すると彼は、それは可愛くないかもですね、と返信してきた。そしてそのメールの最後に彼の電話番号が再び書いてあった。
「電話番号、笑ったってこと?」
 私はそう書き、彼の真似をして電話番号を最後に書いて送信した。
「そういうことです」
 そしてメールアドレス。
 私たちはその日のうちに笑ったか面白いと思ったことを示す電話番号を上三桁に略することに決め、ゴウが私の財布からゴウの好きな木の実を買うのに必要な分だけ小銭をくすねた出来事を私は彼に教えた。
 ゴウはくすねた小銭を私に見せびらかして木の実を買うようにねだった。
 ゴウが盗んだ金額の意味に気付くことはすぐにはできなかった。しかし私はゴウの食事をするジェスチャーで理解してしまって、ゴウをチャオガーデンに連れていく羽目になったのだった。

12月6日投稿分+12月7日投稿分

 その事件を聞いた彼はチャオが可愛いだけのペットではないことを理解した。
 狡猾だね080、と彼はメールに書いてきた。
「まさにそれ!090」と私は返信した。狡猾という文字も声に出した時の音も、凄く意地悪そうな感じがして、それこそが私の表現したかったチャオの可愛くない部分だと思った。

 メールで塩崎君はまたゴウに会いたいと言い、チャオガーデンで会おうと誘ってきた。
 しかし会員でない彼はチャオガーデンに入るのにお金がかかってしまう。
 そのことを心配したのだが彼は平気だと言うので、会うことにした。
 私がゴウを連れてチャオガーデンに行くと、既に塩崎君は来ていた。チャオガーデンに入って正面にある噴水の前に彼は立っていた。
「どうも」と手を挙げて彼は言った。
「やっほ」
 私は微笑んだ。ゴウは私の腕に抱かれて大人しくしていた。彼に飛びつくかと思ったのだが、まだ懐いていないらしかった。
「前見た時も思ったんですけど、かなりヒーローチャオっぽいですよね。体が白くて」
 塩崎君はゴウを眺めて言った。ゴウの体は、もう色だけならヒーローチャオと変わらないというくらいに白い。
「うん。だいぶ白くなったよ」
「あとどのくらいで進化するんでしょう」
「さあ。わかんないけど。数ヶ月くらいじゃないの」
 チャオは生まれてから約一年で進化すると聞いたことがあった。
 まだ一年は経っていない。それでも翔矢が死んでからもう九ヶ月は経っているのだということに気付かされる。
「ヒーローチャオか。いいですよね。白い方が柔らかそうで」
 塩崎君は両手でチャオの顔を引っ張ったり押し潰したりするジェスチャーで柔らかさを表現しながら言った。
 その柔らかさはチャオの柔らかさではなかった。まるでゴムを伸ばすように彼は引っ張る振りをする。
「そうかな。黒いと柔らかそうじゃないって言うならわかるけど」と私は大袈裟な動作には言及せずに言った。
「餅ですよ、餅」
 そう言われて彼のジェスチャーが餅のイメージで行われていることがわかった。白いから餅というわけだ。
「それは、柔らかすぎだよ」
 私は、触ってごらん、と言ってゴウを塩崎君に渡した。
 塩崎君はチャオが予想より重かったようで姿勢を一瞬低くした。そしてゴウを抱くと右手でゴウの顔や腹をつついて柔らかさを確かめる。
「ゼリーみたいですね」
「ほとんど水らしいから」
 満足がいったところで塩崎君はしゃがんでゴウを下ろした。
 そのまま座り込むと通学鞄からスケッチブックと鉛筆を出して、
「スケッチしてもいいですか」と聞いてきた。
「いいよ」
 私は塩崎君の横に座った。
 彼は座っているゴウの輪郭をあっという間に描いてしまうので、上手いな、と私は思った。
「絵を描くの、好きなの?」と私は聞いた。
「鉛筆を使うのが好きなんです」と彼は答えた。
「鉛筆?」
 確かに彼は今鉛筆を持っているが、鉛筆を使うのが好きというのがどういう意味なのかわからない。
「削って短くなった鉛筆を集めているんですよ」
「ああ、そういうこと」
 鉛筆を使って削って、凄く短くなった物を集めている。だから鉛筆を使いたい。
 そういう趣味なんだということが想像できて、私は頷いた。しかしわかった後で、なんとも変な趣味だ、と思った。
引用なし
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バイザウェイ 一
 スマッシュ  - 15/12/23(水) 0:03 -
  
 トラックに衝突されてしまったので、私の彼氏の星谷翔矢は家族と一緒に死んでしまった。
 父方の祖父母の家に行く途中だった。その事故で彼らは一家丸ごと死んでしまい、私は故人が一人ではない葬式を初めて経験した。しかし彼の飼っていたチャオだけは転生したので今も生きている。
 高校から家に帰ると私はリビングのソファの端にぬいぐるみのように座らされているコドモチャオを抱きかかえる。
 テレビを見せていれば手がかからないということで母はそこに座らせておくのである。
 母は今買い物に出かけているらしくて、玄関には靴がなかった。チャオの方もテレビが面白くてソファから離れずに大人しくしている。
 再放送の刑事ドラマをチャオが楽しめているとは思えないけれど、割とコメディ色の強いドラマだからにこにこして見ている姿に違和感はなかった。
 このチャオはヒーローチャオに進化するつもりのようで、産まれた時より随分と体が白っぽくなっている。
「ゴウ、ただいま。チャオガーデン行こうか」
 私はソファの後ろからそう言った。
 ゴウというのはこのチャオのあだ名だ。本当の名前、翔矢がこのチャオに付けた名前は、ソニゴロウである。
 とてもださいと私は思う。ソニックチャオにするつもりで卵を買ったので、名前にソニを入れることは始めから決まっていたそうだ。そして色々と考えた末にソニゴロウと命名した。
 彼はこの名前を、可愛らしい名前だと思っていて、一度も恥ずかしがらずにそのださい名前でチャオを呼んでいた。恥ずかしかったから私がその名前で呼んだことは片手で数えられるくらいにしかない。
 彼の親戚から半ば押し付けられる形で、私はソニゴロウを譲り受けた。
 転生するくらい愛されていて、それで助かったというのは美談だけれど、私はチャオだけ生きていても少しも嬉しくなかった。
 私はチャオよりもチャオに構っている翔矢を見ているのが好きだったような気がするのだ。
 チャオは手のかからないペットだが、構ってやらなければ寂しがるしチャオガーデンにも連れていかなければいけない。チャオを長生きさせるにはチャオに適した環境で過ごさせる必要があるのだ。
「チャオ!」
 ゴウはソファの上に立つと羽をばたつかせながらぴょんと跳ねる。
 ゆっくり降りていくところを捕まえて、抱きかかえる。ゴウの頭上の球体がハートマークになる。
 自転車の籠にゴウを乗せる。駅を通り過ぎ、通っている高校を越えて五分の所にチャオガーデンはある。
 翔矢が通っていたチャオガーデンは隣町のチャオガーデンで、そちらのガーデンの方が広かった。しかし電車賃を使うのが嫌で、私は自転車で行けるガーデンに通っていた。
 日が落ちるのが早くなったとはいえ、四時前だとまだ外は明るくて、影の出来る方角でしか夕方が近付いていることがわからない。
 私は前に自分の影を見ながら学校への道を走り、背中の熱さで汗をかく。
 駅を過ぎると、自分と同じ学校の制服を着た人とすれ違うようになる。
 制服を着たままだと、忘れ物を取りに戻っているように見えそうで恥ずかしい。それでも制服を着たままチャオガーデンに行くのは、制服姿が結構似合っていると思っているし、この格好の自分は割と本当の自分だって気がするからだ。
 三階建ての白い建物がチャオガーデンだ。二階より上の大きな四角い建物を、下の一回り小さな建物とその周りの柱が支えている。その外観通りに、一階は受付や売店になっていて二階と三階がチャオガーデンになっている。
 建物の中に入ると右側に売店がある。闇の取引所という名前の老舗だ。チャオの保護がうたわれ始める前からチャオガーデンと一緒にあった店で、チャオガーデンの建物には大抵この店が入っている。
 そのまま奥へ進んでいくと受付がある。
 身分証か会員カードがないとチャオガーデンの中には入れない。チャオに暴力を振るうトラブルを防ぐためだ。おけいこや診察の窓口もここにある。
 私は受付の女の人に会員カードを見せ、階段を上がる。階段を上がってすぐのところに自動ドアがある。そのドアに手を触れて開けた先がチャオガーデンである。
 チャオガーデンは昔作られた三種類のガーデンを基にして設計されていることが多い。
 このガーデンはヒーロー系のガーデンだ。やはりガーデンはヒーロー系とノーマル系が多くて、ダーク系は少ない。昔に作られたダークガーデンと似たようなガーデンは悪趣味だと言って近付かない人が多いので、ダークガーデン系のガーデンでも大抵は薄暗いことが快適さに繋がるような、落ち着くガーデンをコンセプトにしている。
 このガーデンの中央は吹き抜けになっていて、三階の照明と窓から光が降りてくる。
 私はゴウを抱えたまま三階に上がる。
 チャオの餌の木の実が成る木を植えている都合で三階だけ上に長い。天井が遠くにあって、二階の中央にある噴水を見下ろせるところが好きだ。
 木の実が落ちていたらラッキーだが、どれも食べられてしまったようで見当たらない。
 私は木を見上げる。この木は季節に関係なく鶏卵のように木の実を生み出してくれる。
 十分に大きくなった木の実が付いていたので私は木を蹴ってみた。
 幹は細いのにびくともしなかった。
 周りの人が見ていなかったら飛び蹴りをかましてやるのだが、二階にも三階にも人はそれなりにいて、近くには同じ高校の男子や子供を連れた女性までいるとなるといよいよそんな乱暴な真似はできない。
「買ってくりゃよかったね」
 私は木陰に腰を下ろしてゴウに言うと、ゴウはうんうんと二度頷いた。転生する前からゴウは語りかけるとそれらしい反応をしてくれる。
「さあ、好きに遊びな」
 ゴウを下ろしてやる。するとゴウは真っ先にあぐらをかいている私の脚に上り、そして腕をよじ登っていく。右腕だけにゴウの重みがかかって痛い。
「ちょっと、ゴウ、やめようそれ」
 そう言う間にゴウは私の肩を掴み、そこまで登ると次は頭の上を目指そうとする。
 髪を掴まれたくはないのでゴウを持ち上げて頭の上に乗せてやる。
 すぐにチャオの重みで首が辛くなって、
「ゴウ、もう無理なんですけど、下りてくれない?」と言うのだがゴウは下りない。
 私はどんどん猫背のような姿勢になる。そして同じ高校の制服を着た男子が近付いてきた。
 彼は正座して私に目線を合わせると、
「あの、すみません。チャオの写真、撮らせてもらっていいですか」と言ってきた。彼はデジタルカメラを持っていた。
「いいけど、早くしてくれる?」
 たぶん私の頭の上に乗っているところを撮りたいのだろうと思ってそう返し、私は少し背筋を伸ばす。
「ありがとうございます」
 私が要求した通り彼は急いでくれたようだ。カメラの設定をして二枚撮るまでに一分もかけなかった。それでも私には辛い一分だった。
 ゴウを頭から下ろして、首を色々な方向に傾けたり回したりしながら、
「もっと早くできなかったの。首、超痛いんだけど」と言った。
「ごめんなさい。かなり急いだんですけどね」
「そうなんだろうけど」
「肩揉みましょうか」
「うん」
 揉んでもらえたら気持ちいいだろうと私は思った。しかし見ず知らずの男に体を触らすのは恋人を事故で亡くした身にしては軽率なのではないのかしらとはっとして首を横に振る。
「やっぱいいよ」
「そうですか」
 彼はカメラを見ているゴウを撮影して、撮れた写真をゴウに見せてやる。そしてまたゴウを撮る。
 ポーズ取って、と彼が言うとゴウは両手を挙げてにっこり笑った。
 そのままそのまま、と彼に言われてゴウは笑顔を保つ。
「オッケー」
 そう言われるなりゴウは彼に、と言うよりもカメラに向かって走り出す。
 そういえばゴウは写真を撮ってもらったことがあまりなかった。私もほとんどゴウを撮っていないし、翔矢もそうだった。撮ってもスマホだ。ちゃんとしたカメラで撮影されたことはもしかしたら初めてのことかもしれない。
「テンション上がってるねえ」と私はゴウに言った。
「そうみたいですね」と男子は言った。
「そういえばさあ、君何年生? 同じだったらタメ口でいいでしょ」
 私は敬語とか丁寧語とか、そういったもので話されるのに慣れていなかった。だから同い年の人間が敬語に使われるのは嫌なのだ。
「二年生です」と彼は言った。私は三年生だ。
「じゃあそのまま敬語な」と私は命じた。
 タメ口でもよかったのだが、先輩らしく命令してみたかったというだけで私は彼に敬語で話すよう強制したのだった。
「かしこまりました」
 そう答えながら彼はカメラをゴウから遠ざける。ゴウがカメラを欲しがっているのだ。それで写真を撮ってみたいのだろう。
 彼は、駄目だよ、とゴウに言う。
「面白いチャオですね。カメラ欲しがったり、人の頭に乗ったり」
「いつも乗るわけじゃない。と言うか、初めて」
 私はゴウを抱き上げてカメラから離す。
「ごめんね」と頭を撫でてやると、ゴウは伸ばした手を下ろした。
「それにしてもどうして頭に乗ったんだろうね」
 ゴウにも尋ねるように聞くと、男子は首を傾げたが、ゴウは右手を上げてどこかを指した。
 指した方を見ると木がある。
「木?」
「行ってみましょうか」
 そう男子が言うので私は立ち上がった。
 ゴウが指した木に行ってみると木の実が一つ落ちていた。さっき見た時にはなかった、落ちたばかりの木の実であった。
 それを見つけたのだと言う代わりにゴウはしつこくその木の実を指し示す。
「これ?」
 まさかこれを見つけるために頭の上に乗ったわけじゃないでしょうという意味で私は木の実を指して聞いた。しかしゴウは頷く。
 ガーデンに落ちている木の実は早い者勝ちだ。
 ゴウを下ろして、食べさせてやる。
「凄いですね」と男子は言った。
「見つかるわけないと思うんだけどな」
 私はさっきのようにあぐらをかいた。
 座った私の頭の上に立っても、低くて落ちた木の実を発見できるようには思えなかった。
「たとえば、落ちたことを確認してた、というのはどうでしょう」
「そんなまさか。落ちたところ見たとしても偶然でしょ」
 私はチャオが犬や猫のように人間以上の感覚で何かを察知することなんてないと思っている。むしろ人間より鈍感っぽく見える。
 しかしながらゴウが木の実を発見したことで餌代が浮いたことは嬉しい。
 犬や猫をキャプチャさせればもっと落ちた木の実に対して鋭敏になってくれるだろうか。
 そんなことを口に出したら白い目で見られるのだが、私は言ってみたくなった。
「犬や猫みたいなチャオならともかく、だけど」と私はほのめかした。
「チャオって鼻はあるんでしょうか」と彼は言った。彼はカメラを構えない。木の実を食べているところを撮る気はないようだ。
「臭いを嗅げるんだから、あるようなもんでしょう」
「あ、そっか。そうですね」
 キャプチャさせる話にならなくてがっかりしながら、私は彼のことを人の良さそうな奴だと捉え始めていた。写真を撮らせてほしいと言ってきた時など、無邪気な感じがあった。
「君はチャオを飼ってないの?」と私は聞いた。
 飼いたくても何らかの事情で飼えないのだと彼が答えるだろうと私にはわかっていた。
 彼は思った通りのことを言った。チャオは大好きなのだけれど、住んでいるマンションがペットを飼うことを一切禁止しているのだと彼は言った。
 チャオを保護することが決められてからはチャオなら飼ってもよいとするマンションが増えたものの、まだそのような所もいくらか残っているのだった。
「高校卒業したら、チャオが飼える所で一人暮らしするつもりです。まあ、できればチャオガーデンに住みたいんですけど」
「最近はチャオガーデンみたいになってるマンションとかアパートとかあるって聞くよ」
 テレビで見たアパートでは、部屋の一室が小さなチャオガーデンになっていた。浴室のようにタイル張りになっていて換気扇があり、浴槽のような池が埋め込まれている。そこに人工芝のマットを敷いて湿気に強い植物と遊具を置いてチャオにとって快適な空間に仕立てているというものだった。
「いえ、こういうチャオガーデンに住みたいんです。一人じゃ飼える数に限度があるでしょう? だからチャオが集まってくる所に住んだ方がたくさんとチャオと触れ合えるわけじゃないですか」
「それに写真も撮れる」
 その通りです、と彼は頷いた。そして彼は将来チャオ専門の写真家になるつもりなのだと語った。
 私はゴウが飛びたがっていたので、持ち上げて真上に放ってやった。
 ゴウはハシリタイプにさえ進化しないと思う。飛ぶし登るし泳ぐ。カオスドライブだって与えていない。
 翔矢はソニックチャオにさせたくて、それ用のカオスドライブをキャプチャさせていたそうだ。
 チャオ専門の写真家になるつもりならわかるだろうかと思って私は彼に聞いてみた。
「ゴウはハシリチャオになる? それとも別のタイプになる?」
「ならないと思いますよ」
 ゴウが降りてくるのを待つこともなく彼は答えた。
「ヒーローハシリタイプは一本だけなんですよ」と彼は角を生やすように頭の上で人差し指を立てた。
「見た感じ、ヒーローノーマルじゃないですかね」
「へえ」
「ハシリタイプがよかったんですか?」
 それならカオスドライブを、と彼は闇の取引所の店員のごとく続けて言ってきそうだった。
 私は首を振り、違うよ、と言った。
「転生する前はソニックチャオだったんだよ」
「え、転生してるんですか」と彼は驚いた。私は、うん、と頷いた。
「凄いな。それだけ愛されたわけだ」
 両腕を広げ、降りてきたゴウを受け止めようとしながら彼は言った。
 ゴウは彼の期待に応えて、彼の胸元に抱き付いた。撫でられて、頭上の球体の形をハートに変える。
「私じゃないけどね」
「え?」
「転生するほどそいつを可愛がってたのは別の人。私は代わりに連れてきてるだけ」
「でもあなたが優しくした分もあるんじゃないんですかね」
 社交辞令みたいなものだと私は思った。私はゴウに優しくした覚えはない。むしろ旅行にも付いてくるゴウを邪魔に思ったことならはっきり覚えている。付いてきたと言うか、翔矢が連れてきたのだったけれども。

 その後彼は以前から写真を撮らせてもらっているというチャオと飼い主を見つけて、そちらに行ってしまったので私は家に帰った。母も帰ってきていた。
「ただいま」と私は言った。
「おかえり。チャオガーデン?」
「そう」
 私はゴウをソファに座らせてやり、テレビを付けた。地方局のワイドショーの天気予報のコーナーだった。明日は県内全域晴れで、降水確率はゼロパーセント。
 私はリビングのクローゼットの扉を開けた。その中に父が以前使っていたデジタルカメラがあるはずなのだ。新しいデジタルカメラを買って不要となったそのカメラがクローゼットにしまわれたところを私は見ていた。
 クローゼットの手前側には五十センチ立方のコンテナが二つ置いてある。その二つのコンテナの中にはガムテープや紐だとか、乾電池のような度々必要になる物が入っている。
 そのコンテナの左右も日用品のスペースで、ティッシュペーパーにトイレットペーパー、床掃除のワイパーなどが置かれている。そしてそれらの奥のスペースに、使わないけれども一応保管している物が収まっている。
 真正面には、私の胸の高さくらいの所に、昔流行ったゲームのキャラクターのシールがいくつも貼られている段ボール箱がある。
 この箱の中身は私が昔遊んだ玩具類だ。
 何が入っているのか全てを思い出すことは難しいけれども、一番夢中になったアニメのグッズがたくさん入っていることはわかっている。
 中でもカード集めに夢中になっていた。親にたくさん買わせた甲斐あって、レアカード二種類以外は揃っている。
 カードは缶詰に入れてその段ボール箱の中にしまわれているのだ。
 どうしても欲しかった好きなキャラクターが集合しているレアカードが缶詰の一番上にあることと、手に入らなかった二種類のカードのことは今も覚えている。
 玩具の入った段ボール箱から視線を逸らすとアルバムが見つかった。
 私の小さい頃の写真を収めたアルバムに違いないが、どんな写真が入っているか全くわからなくて恐ろしい。赤ちゃんの頃の私が不細工だったらとても嫌だ。
 積み上げられた段ボール箱の中を探さなくてはならないのだろうか。
 そうする覚悟が決まらないまま目を左右に動かしていたら、デジタルカメラのパッケージの小さな箱が見つかった。その箱を出して中を見てみると、そこにちゃんと箱の絵と同じカメラが入っていた。薄くて軽いから、ゴウでも扱えるだろう。
 ほとんど同じ大きさなのに性能が全然違くて色々な機能が付いている、と新しいカメラを買った時に父はとても喜んでいたから、このカメラでできることは少ないに違いない。それでもゴウが使うのだから十分だ。
 カメラの底面の右側にある蓋を開けると、充電池を入れる場所がある。SDカードを挿入する所も蓋を開けた所にある。充電池のすぐ上だ。既にカードは挿入されてあった。
 試しに電源を入れるため、シャッターボタンの横の小さなボタンを長押ししてみるとレンズがせり出してきた。撮影モードになっていた。液晶画面のすぐ近くにあるスライド式のつまみを左に動かして、画像を確認するモードに切り替える。どんな写真を撮ったのだろうと思ったのだが、何の写真も保存されていなかった。
「あれ?」
「どうしたの」とキッチンにいる母が声をかけてきた。
「前にお父さんが使ってたカメラ、SDカード入ったままだったんだけど、一枚も写真保存されてないの」
 そう答えると、ふうん、と母は言った。
 言ったのはそれだけで、何も意見を言ってはこなかった。
 私は、父がわざわざSDカードの中のデータを全て消去するような人間だろうか、と考えていた。
 あり得そうではあるが、そんなことはしないだろうという気もする。
 母なら父がデータを消すか消さないか理解していそうだから、何か言ってくれるのを期待したのだが、ここで醤油とみりんを入れます、と料理の手順を呟いているのが聞こえて諦めた。
「このカメラでよかったら使う?」
 私はゴウにデジタルカメラを差し出した。ゴウがにこりと笑って手を伸ばしたので、私はカメラを持たせてやった。
 理解できるかわからないけれど、私は電源の入れ方など操作方法を教えてみた。
 するとゴウは電源の入れ方と、スライド式のつまみを右に動かせば撮影モードになることを把握したようだった。
 ゴウはテレビにカメラを向けて三枚撮影すると、私にカメラを差し出した。
 私はつまみを動かして、ゴウが撮った三枚の写真を見た。どれもテレビの画面は綺麗には撮れていない。黒い部分と白っぽくなっている部分がほとんどであった。それにチャオには指がないせいで、両手でカメラを固定してボタンを押すということのできないために、写真はぶれていた。
「テレビを撮るのはあまり上手くいかないみたいね」と私は言ってカメラを返した。
 ゴウはつまみを動かして撮影モードに戻すと、カメラを私に向けた。
 私はいつもカメラを向けられたらするように、ピースして歯を見せないように笑う。
 撮った写真をゴウは見せてくる。
「ぶれてんじゃん」と私は笑い、楽しそうな振りをした。
 しかし私はゴウの撮った写真を面白いとは少しも思っていなかった。
 写真を撮らせてあげたのだからもう十分だろう、と私は思った。
「それじゃあ撮影頑張ってくださいね」
 そう言って敬礼してみせ、私はゴウを置いて自分の部屋へ行った。
 私はずっと机の引き出しにしまっていたmicroSDカードを出そうと思った。
 カードケースに入れてあるそれは翔矢がスマホに挿していた物だ。
 私は恋人だったという理由で色々な物を遺品としてもらっていた。
 彼の家族が暮らしていた家に遺品をもらいに行った時、私は彼のことを思い出せるような物をことごとく持って帰るつもりでいた。
 好きなだけ持っていっていいと言われたから、心を悲しみの液体の中に沈めてひたすらに染み込ませているような状態だった私は、本当に好きなだけ持ち帰るつもりでキャリーケースとリュックサックと紙袋を持って彼の家に行ったのだった。
 そうして持って帰った物に触れて彼のことを思い出すことは全くと言っていいくらいになかった。彼の家に泊まった時に読んだ漫画をもう一度読み返して泣いたくらいだ。彼の描いた落書きの絵のある教科書は持ち帰ってから一度も開いていない。
 私は自分のスマホにカードを入れて、翔矢の撮った私の写真を探す。
 翔矢はフォルダを作って撮った写真を丁寧に分別していた。美結待ち受けというフォルダがある。待ち受け画面のために私の最高の写真を撮りたいと翔矢は言って、私たちはモデルとカメラマンの真似事をしたことがあった。
 ただ私が被写体になってスマートフォンのカメラに向けてポーズを取っていただけで大したことはしていないのだけれど、それでも今まで撮られたどんな写真よりも私は可愛く写っていた。
 旅行に行った時の写真もあった。フォルダ名には日付が書いてあるだけだったが、それだけで旅行の写真だと私はわかった。
 夏休みに私たちは海水浴へ行った。二泊三日の旅行で、ゴウも付いてきた。
 写真のほとんどが海で撮ったものではなくホテルで撮ったものだった。
 旅行に行ったのは待ち受け画面の写真遊びの後だったから、ホテルで撮った写真でも私はポーズを取っている。
 水着姿で窓際に立ち、膨らませたビーチボールを抱えて微笑んでいる私の写真があった。
 私は幸せだった。干からびる前の私の体を愛する男に撮られていることが幸せだった。
 私は二十歳を過ぎたらもう老化していくだけなんだと今でも信じている。
 だから綺麗なところを撮られたい。撮ってもらえて私は幸せそうに微笑んでいるように見える。
 しかし鏡を見ながら笑ってみる時だって同じような笑顔だということも私にはわかってしまった。
 幸せであることと私の笑顔には何の関係もないようだった。
 そのように思った瞬間にこの写真の中から私と幸せは切り離された。そこに写っているのは幸せな私ではなく幸せと私になってしまったのだった。どの写真を探してもそこに写っている私は幸せとは別物だろう。
 そのことを否定する気も確かめる気もなく、私はただ始めたことの終わりを求め、保存されている写真を全て見ようとした。
 しかし翔矢の入っていた大学のサークルでの旅行の写真を見終わると、私は飽きてしまった。
 翔矢も入れて十数人で行ったということは聞いていた。確かにそのフォルダの写真にはたくさんの人が登場していた。そこにもソニックチャオがいる。
 ゴウはサークルの人々に可愛がられていて、いつも誰かに抱っこされて写っていた。
 なるほど転生するわけだと私は思った。この人たちに可愛がられた分もあるのだ。
 はたして私がチャオだったら私は転生するのだろうか、と私はふと考えた。
 しかし考えたところでどうしようもないことだ。翔矢は転生しなかった。ゴウばかりが愛されているのかもしれない。それはゴウがチャオだからだ。
 それにチャオなんて頭は人より悪いし、写真だって綺麗には撮れないのだ。事故に遭っても転生して助かるかもしれないとしたって、一度の寿命が約六年では頼りない。なんと言っても、もう翔矢は死んでしまったのだ。だからゴウ、お前はもう五年と数ヶ月しか生きられないかもしれない。
 私はベッドに横になり、母に呼ばれるまで眠った。
 起きると父が帰ってきていて、夕飯には酢豚が用意されていた。ゴウのガラスコップにはぶどうジュースが注がれてある。
「いただきます」
 私は椅子に座るなり手を合わせてそう言った。遅れて父と母もいただきますと言い、ゴウはそれまでジュースを飲まずに待っていた。
 ゴウはストローを使って少しずつジュースを飲んだ。ゴウが飲み終わるより早く父は食べ終わる。
 ゴウはさっきガーデンでは木の実を勢いよく食べていたのに、今は目を瞑って味わっている。
 私も母も父やゴウのペースには合わせず、自分のペースで食べている。母は私より少し早く食べ終わるだろう。
「そのカメラ、使うのか」
 父は私にそう聞いてきた。
「ゴウがね」と私は答えた。
「そうなのか」
 父はゴウに聞いた。
 ゴウは目を瞑ったまま反応しないので、今度は私の方を向いて父は再び聞いた。
「そうなのか?」
「ガーデンで写真撮られて。それで興味持っちゃったみたい」
「へえ」
「そういえばさ、カメラにSD入ってたけど、なんにも保存されてなかったんだけど、どうして?」と私は聞いた。
「ああ、元々カメラにそのカードが入ってたんだよ。でも使ってる時は別のカード挿れてたけど、そのカメラ使わなくなったから元々入ってたやつを戻しといた」
「ふうん」
 確かにそれはデータを全部消すことよりもずっと父のやりそうなことだ。
「それで、ゴウはどんな写真を撮ったんだ?」
「後で見てみたらいいよ。酷いから」
「それは面白そうだな」
「つまらないよ」
 最後に食べ終わった私が最初に風呂に入る。父は食器をキッチンに運んで洗う。母はゴウとテレビを見ている。
 風呂から上がると私はスマートフォンのアプリを立ち上げて、クラスの友達と話をしながら楽譜を書く。
 曲を作っているわけではなくて、いい加減に書きたいように音符を書き入れていくだけの遊びだ。落書きと言っていい。私の場合絵を描くのではなくて、音符をたくさん書くのだ。そして五線譜ノートに音符を書いていくと、自分がとてつもない音楽を創作しているような気分になって楽しい。
 だけど私には音楽の才能はない。
 一度鍵盤ハーモニカで書いた楽譜を弾いてみようとしたことがあったが、あまりにもでたらめで弾くことは難しかったし、弾けた数小節のメロディーはどこも素晴らしくなかった。
 どこかで聞いたことのあるような、あるいは好きな曲をちょっといじっただけの曲を鼻歌で歌いながら、見た目だけは綺麗な楽譜を私は作った。
 会話している四人の友達の中で一番好きな怜央ちゃんが宿題の話をし始めて、私も今から宿題やる、と急いで送信する。そして通学鞄から宿題に出された英語のプリントを出して、本当に宿題をやり始める。
 他の三人も宿題をやる気になったらしくて、会話は止まる。
 解くのが面倒くさい問題は怜央ちゃんに教えてもらえばいい。
 そして私はプリントの問題を全て解き終えても終わったと報告せずに、しばらく楽譜作りに専念した。
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バイザウェイ 二
 スマッシュ  - 15/12/23(水) 0:03 -
  
 カメラの彼と出会ってから二週間後の月曜日のことだった。
 その日私は翔矢の部屋で過ごす夢を見て起きた。
 大したことをしていない夢だったけれど、私と翔矢はいくら食べても飲んでもどこからか出てくるお菓子とお茶をどうにか食べ切ろうとしていた。
 ポテトチップにポップコーン、チョコレートクッキーといったお菓子がサラダボウルのような容器に盛られていて、私と翔矢は退屈に思いながらそのお菓子を食べ続けた。
 こんなに食べたら夕飯食えなくなるな、と翔矢は言った。だけど食べ切らないと、と私は返した。
 口の中が渇くので手元にあったカップに入っている温かい紅茶を飲む。
 カップの中身はいくら飲んでも、次に目を向けるといつの間にか注がれたかのように元に戻っている。容器の中のお菓子も、食べ切ったと思って安心すると別のお菓子が山盛りになっているのだった。
 いつになったら終わるんだろう、と翔矢はチョコレートクッキーを食べ切ってバームクーヘンが出てきたところで言った。
 私たちはもはや何も食べられそうになかった。それでも私は、わかんないよ、と言いながらバームクーヘンを食べようとしたけれど手が重くて届かなくて、おかしいと思っているうちに目が覚めた。
 翔矢が夢に出てきたのは久々だった。翔矢の葬式が終わって一週間も経つと翔矢は一切夢に出てこなくなった。
 どうして今になって出てきたのだろうか、と私は考えようとした。それになぜ二人でお菓子を食べ続けていたのだろう。
 ご飯を食べながら考えてみても、死んだ翔矢からのメッセージを私は受け取ることができなかったし、私の心境も見えてこなかった。
 何の意味もない変な夢だった、というのが真相だと私は思った。
 そしてその日、私のクラスで現代文を教えている先生が婚約したことを私たちに報告した。
 その先生の授業は好きではなかったから、私はあまり騒がなかった。休み時間も、翔矢を失った私の心の傷を意識してくれる怜央ちゃんと一緒にいたから、その先生の話をしないでよかった。
 その先生は男で、結婚しても教師を続けるはずだ。だからどうでもいいことだったのだ。
 私がチャオガーデンでカメラの彼と再会したのは、それから三日後のことだ。
 カメラの彼から私を見つけて声をかけてきた。
 彼は二人の男と一緒に歩いていた。二人も彼と同じ制服を着ていた。
「お久し振りです」と彼は言った。私はしゃがんでゴウとお互いの手を叩いて遊んでいた。
「また会ったね。えっと、名前なんだっけ?」
 彼の名前を思い出せなくて、私はそう聞いた。
「石川です」
「あれ。そんな名前だったっけ」
 立ち上がりながら私は言った。聞き覚えのない名前だったから、嘘をついたのだと私は思った。
「だって、この前は名前言ってませんから。お互いに」
「ああ、そうだったかも。私、押花。プッシュの押すにフラワーの花ね」
「押し花で押花さんですね」
「うん、まあね」
 石川君は二人に私のことを、この前話した人、という風に説明した。
 二人はそれで合点がいったらしい。あの人ね、などと言う。
 三人の目が笑っていた。
 ゴウが頭に乗っていたことを話したに違いない。勝手に笑い話にされるのは面白くない。
「二人だけの秘密って約束したのに話したんだね」と私は不満そうに言ってみた。
「いやいや、そんな約束してないですって。あ、それでこいつら、友達です」
 そう言って石川君は私に友達の二人を紹介した。
 一人は中学生の頃からの友達だそうだ。その人が塩崎君で、もう一人がクラスメイトの田村君。
 塩崎君は背が高かった。
 田村君は男子としては普通くらいだったが、それでも石川君より少し背が高く横幅もあった。
 ゴウも初めて会う二人を見ていた。
 三人はチャオを抱えておらず、足元にもいなかったので飼っていないのかと尋ねると、三人の中でチャオを飼っている者は一人もいないのだと塩崎君は言った。
「だから普段はチャオガーデンとか来ないんですけど、今日はなんか行きたくなっちゃったんですよね。でもびっくりしましたよ。ここって入るのに身分証いるんですね」と塩崎君は言う。彼らはたぶん学生証を見せて入ったのだろう。
「チャオに暴力振るう人がいたら大変だから」
 私がそう言うと、二人はなるほどと頷いた。
「でもさ、他のペットでも暴力振るう人いたら大変だよね」
 さらにそう言うと、幅のある田村君がそういえばそうだと頷いた。
「他のペットは転生しないから大丈夫なんじゃないんですかね」と塩崎君は言った。
 慌てたように、そりゃあ他人のペットを殴るのは大問題でしょうけど、と付け足した。
 もし彼がそのように付け足さなければ、所詮ペットだもんね、と言っていたところだった。
「そもそもチャオは保護しなきゃいけない生き物だから」
 冷静に石川君はツッコミを入れた。
 確かに石川君の言う通りだった。ペットがどうこう以前にチャオは保護しなければならない生き物なのだ。
「そういえばそうだったね」
 そう私が言うと石川君が、そういえばじゃないでしょう、と非常識を笑うように言った。
「チャオを大切にとか、特に意識してないもの」
「よくそれでヒーローチャオになりますね」
「別に善人だからヒーローチャオになるわけじゃないでしょ」
 それは私も不思議に思っていることだった。
 私は特に善人ではないと思う。ゴウにそう思われるほど愛してやっているわけでもないのだ。
 翔矢が育てた時はニュートラルチャオに進化したわけであり、それはニュートラルハシリに進化させたかったからダークの実とかで調整したのかもしれないけれど、ヒーローチャオになることと飼い主の性格はあまり関係ないのではないかと私に思わせるのだった。
「そうですけどね」と石川君は認めた。
「あのお姉さんもダークチャオ飼ってるしな」
 田村君がにやついて言った。彼は恋愛の話でからかう時の笑い方をしていた。
「あのお姉さん?」と私は聞いた。
「このガーデンで写真撮らせてもらったんですよ。それで一目惚れ。年上の美人のお姉さんだったから」
 塩崎君が説明した。
「へえ。写真って今あるの?」
「ないですよ」
 慌てた様子で石川君は否定した。
 持っているデジタルカメラにはまだその写真のデータがあって、奪えば見られるのではないかと私は思った。
 そういう悪ふざけを彼の友達の二人は手伝ってくれそうな気もした。
「ダークチャオを飼ってる美人か」
 そんな人を見かけたことがあったろうか。ダークチャオを連れている人は珍しいから思い出せそうなものだが、私は年上の美人のお姉さんに心当たりがなかった。
「見たことないなあ」
「その人、普段はダークガーデンとかに行ってるらしくて、ここにはたまにしか来ないそうです」
「ああ、そうなの」
 石川君が恋している美人のお姉さんに関心のないゴウは木登りを始めた。羽をばたつかせながら、するすると蛇が這うように登っていく。
「それじゃあ今日はお姉さん探しじゃないんだね」
「そんなことしてませんって。チャオの写真撮るためにガーデン来てるんですから。それで、押花さんのチャオは?」
 私はゴウが登っていた木を指した。
 指した所にゴウはいなくて、登りきって木の実をつついていた。
 ゴウを発見した石川君が、おお、と声を上げた。そして二人も続いてゴウを見つけた。
「運動神経いいですね」と石川君はゴウを褒めるとカメラを構えて写真を一枚撮る。そして液晶を見て撮った写真の出来を確かめる。
「落ちないかな」
 心配そうに塩崎君は言った。チャオは非力そうな見た目をしているから、片手を木から離して木の実をつついているのが危なっかしく見えるのだろう。
「飛べるから大丈夫だよ」と教えてあげた。
「なるほど」
 撮られていることに気が付いたゴウは木からもう片方の手も離して、カメラに向かって飛んだ。
 ゆっくりズームしていくみたいに、真っ直ぐカメラに近付いてくる。
 きっとゴウは飛んでいる様を撮ってほしかったのだろうけれど、石川君はカメラを構えなかった。
 石川君はゴウが突進してきた時のことを考えて、カメラから左手を離していつでもその手でカメラを守れるように身構えた。
 撮ってもらえなかったゴウは石川君の前で接近を止め、近付いてきた時と同じ速度でふらふらと着地した。そして石川君のことをしばらく見ていたが、やがて私の所に歩いてきた。
「写真撮ってもらいたかったみたいよ、さっき」
 私がそう説明すると石川君はカメラを構えて、ゴウを撮ろうとした。
「はい、ポーズ取って」
 そう言ってもゴウは石川君の方を向かなかった。
 石川君はもう一度呼びかけたが、ゴウは聞こえない振りをして、私に抱っこするように両腕を挙げてせがむだけだった。
「また今度撮ってあげてよ」
 私はゴウを抱き上げて言った。
 そうします、と言って石川君たちは別の所へ行ってしまった。
 行ってしまってから、ゴウがデジタルカメラで写真を撮るようになったことを教えそびれたことに気が付いた。
 カメラに夢中だったのは最初の三日間だけで、それ以降は飽きてしまったかのように動き回って遊び、そして不意に写真を撮りたがってカメラを探すようになっていた。
 ゴウが四六時中カメラを持っていたらきっと忘れずに教えただろうに、と私は思った。二週間も経ってしまったのがよくないのだ。
 三人のうちの一人、背の高い塩崎君が走って戻ってきた。
「どうしたの」と私は言った。
「あの、もし嫌じゃなかったらなんですけれど、頭にチャオ乗っけるところ見せてもらえませんか」
 彼は一度目を逸らしてから、遠慮がちに私を見て言った。両手を、指の先だけくっ付けるように合わせていて、丸くなった鉛筆の先端のような形をしていた。
「いいけど、条件がある」
「なんですか?」
「面白かったら携帯の番号とアドレス教えてよ」
「わかりました」
 塩崎君は頷いた。
 私は抱いていたゴウに、頭の上に登って、と指示をしてゴウの胴体に回していた腕を片方離し、その腕でゴウの足を支えてやった。
 体が自由になり足場が出来るとゴウは私にしがみついて右肩の方に移動し、そして頭の上に登ってみせた。
 頭を掴まれた時、髪が引っ張られて痛かったが声を出さないように私は堪えた。
 そういえばこの前は、髪を掴まれたら痛いだろうから登ろうとする前に頭の上に乗せてやったのだった。
 そしてゴウが頭の上に乗ると、チャオの重みで首が短くなっていきそうに感じ、やがてそれが首の痛みになってくる。
 私の姿勢が段々おかしくなっていき、膝が曲がり私は低くなっていく。
 やがて私は膝を付き、ゴウが怪我をしないようにゆっくり倒れた。これは観客へのサービスだ。
 ゴウは私が倒れ始めたところで飛んだ。
「チャオって結構重いんだよ」
 自分のやったことが恥ずかしくなって、立ち上がりながら私は言った。
「それで、どうだった?」
「そうですねえ」
 彼は制服のポケットから単語帳を出して、そして鞄の中にある筆箱からペンを出すとメールアドレスを書いて私によこした。
「こんくらい面白かったです」と彼は言った。
「そっか。こんだけか」
 そう言いながらもこれ以上ない成果を得たつもりに私はなっていた。わざと倒れてみるなんて馬鹿な振りをしたのに少しは面白かったと彼は言うのだ。
 私はその日の夜、早速メールを送った。
 ちょっと話しただけの相手に何を言うか迷ったけれど、私は簡単な挨拶をした後にリベンジを試みた。
 ゴウの撮った写真を消さずに保存しておいたので、私を撮った写真から一番笑えそうな画像を選んだ。
 その写真は、私を撮ったものだったが、手振れのせいでピースしている私の右手と肩と髪の毛くらいしか写っていなかった。
「チャオってカメラ持って写真撮ったりできるって知ってた?これ私の写真」
 そう書き写真を添付したメールを私は送信した。
 私は待つ間に楽譜を書こうという気にはならなくて、リビングにいたゴウを部屋まで抱いて持ってきて、ゴウを撫でたりしながら返信を待った。
 少し待つと塩崎君から返信が来た。面白かった、と始めに書いてあり、次の行には電話番号が書かれてあった。
 手振れのせいであのような写真が撮れたのだとメールを送って教えてあげると彼は、
「チャオにとってカメラは重いんですかね」と返信してきた。
 片方の手で木に掴まっているところを見たくせに、まだチャオがか弱い生き物だと思っているところが可愛らしかった。
「そうじゃなくて、指がないからカメラを持ったままボタンを押せないみたい」と書いて、次の行に自分の電話番号を書いて送信した。
 そして私はにやにやしながらゴウのほっぺたを軽く引っ張って遊んだ。ゴウもはしゃいで足をぱたぱた動かす。
「俺なにか面白いこと言いました?」と塩崎君から返信が来た。
「チャオなんて可愛くないよ。午後二時に昼寝しだしていびきかくもん」
 すると彼は、それは可愛くないかもですね、と返信してきた。そしてそのメールの最後に彼の電話番号が再び書いてあった。
「電話番号、笑ったってこと?」
 私はそう書き、彼の真似をして電話番号を最後に書いて送信した。
「そういうことです」
 そしてメールアドレス。
 私たちはその日のうちに笑ったか面白いと思ったことを示す電話番号を上三桁に略することに決め、ゴウが私の財布からゴウの好きな木の実を買うのに必要な分だけ小銭をくすねた出来事を私は彼に教えた。
 ゴウはくすねた小銭を私に見せびらかして木の実を買うようにねだった。
 ゴウが盗んだ金額の意味に気付くことはすぐにはできなかった。しかし私はゴウの食事をするジェスチャーで理解してしまって、ゴウをチャオガーデンに連れていく羽目になったのだった。
 その事件を聞いた彼はチャオが可愛いだけのペットではないことを理解した。
 狡猾だね080、と彼はメールに書いてきた。
「まさにそれ!090」と私は返信した。
 狡猾という文字も声に出した時の音も、凄く意地悪そうな感じがして、それこそが私の表現したかったチャオの可愛くない部分だと思った。

 メールで塩崎君はまたゴウに会いたいと言い、チャオガーデンで会おうと誘ってきた。
 しかし会員でない彼はチャオガーデンに入るのにお金がかかってしまう。
 そのことを心配したのだが彼は平気だと言うので、会うことにした。
 私がゴウを連れてチャオガーデンに行くと、既に塩崎君は来ていた。チャオガーデンに入って正面にある噴水の前に彼は立っていた。
「どうも」と手を挙げて彼は言った。
「やっほ」
 私は微笑んだ。
 ゴウは私の腕に抱かれて大人しくしていた。彼に飛びつくかと思ったのだが、まだ懐いていないらしかった。
「前見た時も思ったんですけど、かなりヒーローチャオっぽいですよね。体が白くて」
 塩崎君はゴウを眺めて言った。
 ゴウの体は、もう色だけならヒーローチャオと変わらないというくらいに白い。
「うん。だいぶ白くなったよ」
「あとどのくらいで進化するんでしょう」
「さあ。わかんないけど。数ヶ月くらいじゃないの」
 チャオは生まれてから約一年で進化すると聞いたことがあった。
 まだ一年は経っていない。それでも翔矢が死んでからもう九ヶ月は経っているのだということに気付かされる。
「ヒーローチャオか。いいですよね。白い方が柔らかそうで」
 塩崎君は両手でチャオの顔を引っ張ったり押し潰したりするジェスチャーで柔らかさを表現しながら言った。
 その柔らかさはチャオの柔らかさではなかった。まるでゴムを伸ばすように彼は引っ張る振りをする。
「そうかな。黒いと柔らかそうじゃないって言うならわかるけど」と私は大袈裟な動作には言及せずに言った。
「餅ですよ、餅」
 そう言われて彼のジェスチャーが餅のイメージで行われていることがわかった。白いから餅というわけだ。
「それは、柔らかすぎだよ」
 私は、触ってごらん、と言ってゴウを塩崎君に渡した。
 塩崎君はチャオが予想より重かったようで姿勢を一瞬低くした。
 そしてゴウを抱くと右手でゴウの顔や腹をつついて柔らかさを確かめる。
「ゼリーみたいですね」
「ほとんど水らしいから」
 満足がいったところで塩崎君はしゃがんでゴウを下ろした。
 そのまま座り込むと通学鞄からスケッチブックと鉛筆を出して、
「スケッチしてもいいですか」と聞いてきた。
「いいよ」
 私は塩崎君の横に座った。
 彼は座っているゴウの輪郭をあっという間に描いてしまうので、上手いな、と私は思った。
「絵を描くの、好きなの?」と私は聞いた。
「鉛筆を使うのが好きなんです」と彼は答えた。
「鉛筆?」
 確かに彼は今鉛筆を持っているが、鉛筆を使うのが好きというのがどういう意味なのかわからない。
「削って短くなった鉛筆を集めているんですよ」
「ああ、そういうこと」
 鉛筆を使って削って、凄く短くなった物を集めている。だから鉛筆を使いたい。
 そういう趣味なんだということが想像できて、私は頷いた。
 しかしわかった後で、なんとも変な趣味だ、と思った。
「ルールは二つあって、もう削れないってくらいまで削ることと、削るために削ってはいけないということなんです」
「ルールって、そういう競技なの?」
 そう聞くと塩崎君は、いえ違います、と否定した。
「いや、自分で作ったルールです。それで削るために削ってはいけないっていうのは、つまり、鉛筆の先っちょが丸くなって書くのに支障が出始めるまで削ってはいけないということです。常識的な使い方をしながら、鉛筆が凄く短くなるまで使う。そういう遊びです」
 そう説明されても私は困ってしまうだけだった。
 そんな風に自分でルールを作って遊ぶのは楽しいのだろうけれど、他人のそんな遊びの話を聞いたって少しも楽しくはない。私のでたらめな楽譜を書く遊びのことを聞いても、興味を持つ人はいないだろう。
「エコだね」
 ひねり出した感想を言うと、塩崎君は、最初はエコのためだったんですよ、と嬉しそうに頷いた。
 さっきまでスケッチをしながら話していたのだが、もう描き終わったのか、私の方を見て話し出す。
「小学校で、エコがどうのこうのとか教えられるじゃないですか。将来の子供たちのために資源を大切にしなさいよって。で、その時先生が、物を大事に使いなさいって言ったんですね。鉛筆とか消しゴムも無くしたりすぐに新しい物に変えたりしないできちんと使えって。そこから始めた遊びなんです」
「じゃあ将来の子供たちのために今もそれしてるってわけ?」
 小学生の頃に始めた遊びなんて、ちょっと可愛いかもしれないな、と思って聞いた。
「いや、エコはもうどうでもいいんですよ。ただ短くした鉛筆を集めるのが楽しくなってきたんです」
「そうなんだ。それで、それ描き終わったの?」
 塩崎君が一切描かなくなったので私は絵のゴウを指して聞いた。少量の影が付けられているだけで、まだ影を増やせそうにも見えるし、簡素なこの状態で完成しているようにも見えた。
 塩崎君は、はい、と言った。
「まだ鉛筆使う?」
「そうしたいです」
「じゃあ、ゴウ、ポーズ変えてあげて」
 座ったままじっとしていたゴウにそう呼びかけると、ゴウは立ち上がった。
 どのようなポーズを取るか迷って腕を挙げたり下げたり体の向きを変えていると、塩崎君が、
「背中見えるようにしながら、こっち向いてほしいな」と言った。
 ゴウはまず私たちに背中を見せ、それから顔を私たちの方を向けようと試みた。
 塩崎君が、もうちょっと体を左に向けて、とか指示を出してゴウの体の向きを微調整する。
「よし、オッケー。そのままでいてね」
 塩崎君はまたもさっと描き終えた。迷いなく線を引くところなどを見ると、凄く慣れているのだとわかる。
「上手いね」と私は言った。
「そんなことないですよ。チャオは、初めて描きましたけど、難しいです」
「そうなの?」
「チャオよりも人間の似顔絵描く方が上手くできる気がします」
 そんなわけないだろう、と私は思った。
 どう見たって人間の顔の方が複雑だ。チャオなんて、頭も目も手も足も丸を変形させたパーツじゃないか。
「チャオの方が楽だよ。私だってそれなりに上手く描けるもん。教科書の隅とかに」と私は言った。すると塩崎君は笑って顔を伏せた。
「080ですか」
「はい。080です」
 笑ったまま塩崎君は頷いた。
 自分が正常だと思っている部分で馬鹿だと思われているのが私は納得できなかった。
 はたして馬鹿なのはどっちかな、と思いながら私は聞いた。
「どうしてそんな笑うの」
「ほら、よく見てください」
 塩崎君はスケッチブックを渡して、二体のゴウを見せた。
「白いでしょ」
「そりゃあヒーローチャオになりかけなんだし」
「あんまり影を入れ過ぎると、硬い生き物に見えちゃいそうだから少なくしたんですよ。でも、チャオのゼリーっぽい感じがこれで出ているかと言うと、全然でしょう?」
 これがゼリーに見えるだろうか、と思って見てみると、塩崎君の言いたいことがわかってきた。
 このチャオは餅のように伸びそうでもなく、押してもぷにぷにとした感触が味わえそうにはない。
「これじゃあ白っぽいクッキーだね」
「そういうことです」
 正当な評価をされて嬉しいといった感じに塩崎君は言った。
「人間の方が上手く描ける?」
 似顔絵を描かせてみたくなって私はそう言った。
「人間はチャオほど柔らかくないですから」
 それはきっと途方もなく大きな違いだろう、と私は直感的に思った。似顔絵を描かせるのはやめにしようかと思うくらいに大きな違いだった。
「似顔絵、描きましょうか?」と言われてしまって、迷う間もなく似顔絵を描かせるしかなくなった。
 私は、じゃあお願い、と涼しい顔を装って言った。
 塩崎君は尻を上げて三十センチくらい横にずれて離れると、私の顔を描き始めた。
 相手にされなくなって暇になったゴウが私の方に寄ってきたので、手や羽を揉んで遊んでやる。
 ゴウは猫なで声を出し、大人しくなる。私はそのまま揉み続けてやる。ゴウを見なくても、うっとりとした顔をしているのが私にはわかる。
 ずっと写真を撮られる時のように笑みを浮かべた表情を作っていたはずなのに、似顔絵の私は鏡で見る自分よりも不細工だった。
 絵が上手くないというのが本当だとわかったのは、それだけが理由ではなかった。
 私がいつかどこかで見た記憶のある似顔絵、あるいは似顔絵ってこんなものだろうというイメージと比べると、彼の描く似顔絵は顔のパーツをそれらしく描いただけの福笑いのような絵だった。
「なるほど。下手だね」
「そもそも絵を描くことにはあまり興味がないんで、下手なんですよ」
 率直に感想を言えば塩崎君は喜ぶのかと思ったが、今度は言い訳をするように言った。
 私はゴウにも似顔絵を見せた。
 ゴウは首を傾げたが、私の似顔絵だと教えると、私の顔を見てもう一度似顔絵を見て、納得したように頷いた。
 また首を傾げてくれることを期待した私は、一応私に見えるらしいことに少しだけ傷付いた。
「それで鉛筆は?」
「ええ、まあまあ丸くなりましたよ。ほら」
 そう言って鉛筆を見せてくる。削ってもいいし、削らなくてもまだ書けるといった具合だった。
「削るの?」
「いえ、まだですね。文字が書きにくくなったら削ります」
「そうなんだ。頑張って」
 私は彼の趣味への関心を完全に失っていた。
 鉛筆を短くする趣味を面白がることの方が難しいのだから当然のことではあったけれど、これ以上鉛筆の話が長引かないようにしたいと思っていた。
「一応言っておきますけどね」と彼は恥ずかしそうに言った。「俺は別に鉛筆のために生きてるわけじゃないですからね?」
「え?」
「だから、寝ても覚めても鉛筆のことばかり考えてるような変人じゃないってことですよ。なんか話の流れでそんな感じになっちゃってますけど、俺は結構普通の人ですからね」
「あ、そうなんだ」
 しかし彼が口にしたせいで、寝ても覚めても鉛筆のことばかり考えている人間にしか思えなくなってしまう。言わなければただの変人だったのに。
「ゲームやるしテレビ見るし、友達とチャオガーデン行ったりしますし、あと、友達に好きな人がいたら告白するように急かしますよ」
 急かされているのはカメラの彼、石川君に違いない。
 三人でいた時の塩崎君は変人には見えなかったから、私は鉛筆さえ持たせなきゃ普通に見えるのか、と理解した。スケッチをさせなければこんな一面を見ずに済んだということだ。
「わかった。これからは鉛筆を持たせないようにするよ」
 からかうつもりでそう言うと、塩崎君は大真面目に頭を下げて、
「できれば、そうしてください。鉛筆の人と期待されても困るんで」と言った。
「期待することなんて何もないでしょうよ、鉛筆の人になんか」
 私は笑ったけれど、塩崎君は何か嫌なことを経験したことのあるような暗い顔を見せた。
「いや、色々あったりしますよ」
「へえ」
 その彼の経験した色々を私は聞きたいとは思わなかった。どんな話だったとしても、鉛筆のエピソードでは共感できそうになかった。
 また今度遊びましょう、と言って塩崎君は帰った。
 今度遊ぶ時、チャオガーデンではない所に行くことになって、私はゴウを連れていかないような気がした。
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バイザウェイ 三
 スマッシュ  - 15/12/23(水) 0:04 -
  
 私の予感は外れて、私たちはそれから三回もチャオガーデンで会いゴウと遊んだ。
 一月も経たないうちに五回もチャオガーデンに来るというのは、会員になっていない子供にはちょっとした出費になる。
 彼の小遣い事情は知らないが、私だったら大打撃になるくらいの額を彼は既に払っている。
 ゴウなんかのためにチャオガーデンの入場料を払わせ続けるのも嫌だった私は、五回目にチャオガーデンで塩崎君と会った次の日、メールで塩崎君と放課後に会う約束をした。
 部活動のない人たちが一通り帰り、人が少なくなった頃に私は靴を履きかえて一年生の下駄箱へ向かった。
 彼は靴を履きかえ、下駄箱の近くに立って私を待っていた。
「私、自転車」
 そう言って駐輪場へ寄ることを告げると、
「俺もです」と彼は言った。
 停められている自転車は遠目で見るとほとんどが似たような自転車で、大体黒かシルバーだ。
 今朝どこに停めたのか大体覚えておいて、その大体の位置から自分の知っている自転車を探すことになる。
 私は今日、赤い自転車の右隣に停めた。その赤い自転車がまだあったので見つけるのは簡単だった。
 私も赤い自転車にすれば今ほど手間がかからなくなるけれど、赤じゃなかったとしても黒とシルバー以外の自転車に乗るのは自分を浮かせてしまうようで嫌だし、このためだけに新しい自転車を買いたいと親にねだるのも小さな子供みたいだから、冗談でも言うつもりにならない。
 塩崎君の自転車は私と同じで黒かった。
 私は彼とどこに行けばいいかわからなかった。
 駅近くのマクドナルドに行ったりカラオケで歌ったりゲームセンターで遊んだり、皆がやっているようなことを私は昨日の晩に思い浮かべたのだけれど、どれもお金がかかってしまう。
 チャオガーデンに入るのにお金を使わせているのが嫌でそれ以外のことをしようと思っているのだから、お金を一切使わないで済ましたい。
 私たちは自転車には乗らず、押して歩き校門を出た。
「今日はチャオガーデン行かないんですか?」と塩崎君は聞いてきた。
「毎回入場料払って、きつくない?」
「まあ、きついですね」
「だから今日はお金を使わずに遊ぼう」
「わかりました。ありがとうございます。それで、どこに行くんですか?」
「決まってない」
 私はそのように答えながら、いつも通る帰路を歩く。
 私の家に連れ込むのではない。母に新しい男が出来たと思わせたくはない。母も私の悲しみを想像しているのだ。
 ただ途中に駅があるから、ひとまずそこに向かっているのだった。駅の近くには公園だってあるから、決まらなければそこにすればいい。
「別にチャオが好きで飼ってるわけじゃないんだよ」
 私には、行き先のことよりもそちらの話をする方が大事なことのように思えて言った。
「じゃあ、どうしてチャオを飼ってるんですか」
「死んだ恋人の飼っていたチャオだから」
 事実なのに、まるで脚色して言っているように感じられた。
 恋人なんて単語を口にしたことが今までなかったせいだ。彼氏、と言うべきだったんだろう。
 それとももう付き合っていないから元彼なのだろうか、と思いながら、
「本当のことだよ。彼氏が交通事故で死んだの。それで彼の飼っていたチャオを引き取ることになった」と私は言い直した。
「そうなんですか」
「遺品が欲しかったんだよ。一生彼のことを愛し続けるつもりで。でもそんな風にはいかないね。もう彼のこと、そんなに愛してない気がする。勿論ゴウのことも。それまでチャオなんて飼ったことなかったし、彼氏の飼っているチャオに時々構うくらいが丁度よかったんだよ」
 私はいくらでも自分の思っていることを彼に話せるような気がした。塩崎君と遊ぶうちに、私はゴウと翔矢のことを彼に告白しようと思うようになっていた。
 打ち明ける気にさせたのは、外見がそれなりにいいのに趣味が鉛筆を削ることだったからだ。
 それは私が変人を好きになるということでも、変人だから振られてもダメージが少ないという意味でもない。
 私が今持っている翔矢を愛する気持ちと、短い鉛筆を愛する彼の気持ちがほとんど等しいのではないかと私は感じていたのだ。
「時間が経てば、風化するものでしょう」と彼は慰めるように言った。私は、そうじゃないよ、と言い返した。
「まだ一年も経ってないんだよ。早すぎでしょ。時間が経つうちにとは思っていたけど、こんなに早いとは思ってなかった。どうでもよくなる心の準備をする間もなかった」
 準備なんてするつもりもなかったけれど、と私は自分の言ったことについて思った。
「そういうのって、どのくらいで平気になるものなんでしょうね」と塩崎君は言った。
 慰めることは諦めてくれたようで、私は安堵した。
 慰められても黙っているしかなくて窮屈なのだ。私はそんな思いを翔矢が死んでからしばらく味わい続けてうんざりしていた。
「平気になんてならなくて、一生背負うものって感じがあるよ。私は。現実はそうじゃなかったけど」
 きっと怜央ちゃんも同じように思っている。怜央ちゃんはまだ私が傷付いていると思っているのだ。
 私がそういう振りをしたり、怜央ちゃんが気を遣ってくれた時に甘えたりするせいだ。怜央ちゃんには私の気持ちを正直に話せていない。それは怜央ちゃんが塩崎君のような趣味を持っていないからに違いない。
「それで、俺たちはどこに行くんですか?」
 塩崎君は黙っていたが、駅が近くなってきたところでそう言った。
 塩崎君が黙っている間に私が考えていたことといえば、塩崎君がプラトニックな関係を重視しない人なら今日にもキスくらいするだろう、ということくらいで、行き先については何も考えていなかった。
「さあね。お金のかからない所がいいな」と私は言った。
「じゃあ俺の家に来ます? 近いですけど」
 冗談を言うように彼は言ったので、私も冗談で返すように、そうしよう、と言った。
「じゃあ、そうしますか」と塩崎君は言い、私は頷いただけで何も返さなかったので、私は彼の家に行くことになった。
 塩崎君は自転車に乗り、前を走った。私も自転車に乗って追いかける。
 塩崎君は近いと言ったけれど、彼の家に着くまで自転車で十分も走ることになった。
 塩崎君の部屋は、来客を待っていたかのように片付いていた。
 チャオガーデンじゃない所で遊ぼうと誘ったのが塩崎君であったと錯覚するくらい、机の上も本棚も整理されてあった。そして彼はオレンジジュースをコップに入れて持ってきた。
「ゴウの名前ってね、本当はソニゴロウって言うんだ。彼が付けた名前。センスないでしょ」と私はコップを受け取ると言った。
 翔矢の付けた名前を教えようと思ったのに、私はソニゴロウという名前を思い出すのに三十秒くらいかけてしまった。
「センスないです。080です」と塩崎君は頷いた。「じゃあゴウってのは押花さんが?」
「そう。前からソニゴロウを縮めてゴウって呼んでた。恥ずかしいでしょ、そんな名前で呼ぶのなんて」
「はい。ゴウの方がずっといいです」
「でも翔矢は人前でも全然平気そうにソニゴロウソニゴロウって言うんだ。どうして恥ずかしくないのか凄く不思議だった」
「変な人だったんですね」と塩崎君は言った。私は、そうだよ、と言ってオレンジジュースを飲む。私に合わせて塩崎君もジュースを飲んだ。
 そして私たちはセックスをしたが、その時の塩崎君とのセックスは、捺印するような行為だった。
 抱き合ってキスをしたところでもう彼の陰茎は大きくなっていて、私はそれに手を添えてしまえばよかった。
 私は彼の履いていた物を脱がして手で陰茎をこすり、一回射精させた。
 キスと射精ができれば男は満足する、と翔矢は言っていた。
 精液を包んだティッシュペーパーを私はゴミ箱へ投げる振りをして、わざとゴミの落ちていないカーペットの上に落とした。
 これだけで終われば楽だと思ったのだけど、塩崎君は何としても挿入して射精するつもりでいたので私は横たわって服を脱がされることになった。
 塩崎君は私の靴下まで脱がして自分も全裸になり、そして私の髪から太ももまでを十分に愛撫してから挿入した。
 私は翔矢とする時にしていた翔矢が気持ちいいと言う愛撫や腰の動かし方をするつもりがなく、塩崎君の動きに全てを任せていた。
 その私の気分は、翔矢をどれだけ愛していたか私に思い出させてくれるようだった。
 旅行の時に泊まったホテルで、部屋を暗くしてゴウが寝てから私たちは囁き合いながらお互いをいじめたことを繰り返し思い出して私は胸をときめかせる。
 塩崎君が二度目の射精するまで、私は自分の愛と再会した喜びで自慰をした。
 塩崎君は気持ちよかったということを告げて、私にキスをしてきた。唇が離れると私は、
「ねえ、ゴウが進化するまでは駄目だからね」と言った。
「何がですか?」
「そんなこと聞かれても、わからない」
 私は服を着た。翔矢の家でセックスをする時は、ゴウをいつも部屋から追い出していた。
 なるべく早く部屋に入れてやるために、裸のままでいることを翔矢はしなかった。あまりチャオには見られたくなかったから私も終わるとすぐに服を着た。
 そんなことをしていてもチャオは転生できる。そう思うと、ゴウが翔矢から大して愛されていなかったような気さえしてきた。
「たとえば、正式に付き合うのは進化するまで待つってことですか。再婚ができない期間があるみたいに」と塩崎君は聞いてきた。
「じゃあそれでいいよ」と私は答えた。「でも正式ってなんだろう。やることやっちゃってるのに」
「手を繋ぐとか、彼女だと人に言うこととか、ですかね」
 そういうのはされると困ると私は思ったので、そんなところだろうね、と相槌を打った。
 可哀想な人の振りをしている私にとって、付き合っていることはできればずっと隠しておいてほしいことだった。

 塩崎君の家から私の家までの最短ルートを思い描くことができなかったので、私は一度駅まで戻って帰ることにした。
 私は、夜に翔矢と電話で話す約束をしているような気分で自転車をこぐ。
 チャオが生まれてから一年で進化すると考えると、ゴウが進化するまであと二ヶ月くらいある。
 それまでの間私は翔矢の恋人でいられるような気がしたし、ゴウが進化した後は新しい彼氏の塩崎君と楽しくやっていけそうな気もしているのだった。
 そのように思えるのは自分が大人になりつつあることを感じているからだ、と私は思った。
 自転車を思い切りこいで、風を切りたくなる。
 自転車といえば、風を切るという言葉が出てくるけれど、私はその表現をどこで覚えたのだろうか。
 二つの言葉が結び付いたきっかけは思い出せないけれど、私はそのどこかで覚えた気持ちよさを体感したくて、誰も歩いていない舗装された歩道で自転車を加速させた。
 家に帰ると、リビングにはいつものようにソファに座ってテレビを見るヒーローチャオがいた。ゴウはヒーローノーマルチャオに進化していた。頭上に浮かんでいる球体が今は天使の輪のようになっている。
 見ればわかるのに興奮している母は、
「ねえ、ゴウちゃんがヒーローチャオになったのよ」と私に言う。
「うん。なってるね」
「私、進化するところ見ちゃったのよ。なんかもう感動しちゃった」
 ゴウがデジタルカメラを持って、私の方に寄ってくる。
 進化した途端に体が一回りほど大きくなっていて私は驚いた。
 しかし転生する前のゴウもこのくらいの大きさだったから異物のように感じたのは一瞬だけだった。
「進化してるところ動画で撮ったのよ、そのカメラで」と母は言った。
 私はゴウからカメラを受け取って、母が撮影した動画を再生した。
 ゴウはソファの上で進化したようだった。撮り始めた時にはもう水色の繭がゴウの体を覆いつつあって、ゴウの姿はほとんど見えなくなっていた。
 それでも繭は透けていて、中に座るゴウが見えた。
 動画の母が、進化する進化する、と騒いでいる。
 やがて水色の繭は完成して、母はどれくらいで進化が終わるのかわからなくて途方に暮れていた。
 これいつ終わるのかしら、と呟いて、それから五分待って母は撮影をやめた。他の動画はなかった。
「続きはないの?」と私は聞いた。
「進化が終わるところ撮ろうとしたんだけどね、でもいつの間にかゴウちゃん繭から出てたのよ」
 そんなことだろうと思った。家事をしたり買い物に出掛けたりしているうちに終わってしまったに違いない。
 私ならリビングから離れないようにして進化が終わるのを待つのに、母はそういうことをしない人なのだ。
「今日の夕飯はお祝いで豪華にしましょう」
 母はそう言ったけれど、いつもと大して変わらない夕飯だった。
 一月に二回か三回作るハンバーグを母は作った。いつもは一人二個なのが今日は三個だった。それと父は缶ビールを二本飲むことを許された。しかし主役であるゴウの餌はいつもと同じだった。
 ハンバーグ一個と缶ビール一本だけでお祝いや豪華と言える母のいい加減さには不満を言いたくなったが、大袈裟な喜び方をしないところがいいなとも私は思った。
 父はゴウを大いに褒めて、ゴウを喜ばせた。
 食べ終わって風呂に入り寝間着に着替えると、私は五線譜ノートを開いて楽譜を書いた。
 塩崎君と付き合うからって鉛筆を使ったりはしないぞ、と自分に言い聞かせるために私はシャーペンを握って落書きをする。
 途中芯を折りながら音符を黒く塗っていく。
 曲名は新しい愛。明るく楽しい見た目の曲だ。私の書く曲は、書きたい気持ちに合わせていつも音符をたくさん書くので、楽譜の見た目が賑やかになる。
 演奏したら緩急のないやかましいだけの音楽になるだろう。
 音符の丸い部分を塗り潰さない全音符と二分音符を一切使わないで作ったこの曲は、鉛筆を使わないことの誓いなのである。
 しかしゴウを引き取ったように塩崎君が死んだら私は彼の鉛筆を引き継ぎ、そして鉛筆を使うようになるかもしれなかった。
 でも死ぬのが私だったとしたら、でたらめに楽譜を書くこの遊びを受け継いでほしくはなかった。この遊びは私のもので、だから事故に遭って死んでしまってもいいように、塩崎君には黙っておこうと私は決める。
 一曲を完成させてしまうと、やりきった感じがあって私はもう今日のところは落書きをしなくていいという気分になった。
 それで私はゴウをリビングから持ってきた。ゴウは私が今日塩崎君としたことを知っていると思った。だから今日進化したのではないか。
「私が今日、塩崎君と何してたか、わかってるんでしょ」
 そう聞くとゴウは首を傾げた。全くわからない、と言うように天使の輪をクエスチョンマークに変形させたままにしていた。
 ゴウの頭上のクエスチョンマークはいつまでも元に戻らなそうに見えたので、
「もういいよ」と私は言う。すると考えることをやめたのか、天使の輪に形が戻る。
「でもさ、塩崎君と付き合うかもしれないってことはわかってたでしょ?」と別の質問をしてみる。するとゴウは笑顔で大きく頷いた。その通りだよ、と言うように。
「それが今日だったんだよ。それ知っててゴウは進化したんじゃないの」
 ゴウは首を横に振って否定した。
 話が通じているように見えるけれど、本当にわかって頷いたり首を振ったりしているのかと私は疑った。
 言っていることのほんの数パーセントくらいしか理解していないんじゃないか。それでそれらしい答え方をしているだけかもしれない。
「私の言っていること、本当にわかってる?」
 ゴウは頷いた。本当かよ、と私は呟き、もうゴウと会話をしようと試みるのはやめようと思った。
 チャオはペットなんだから、人と話す時と同じように話そうとしても無駄だ。
 私はゴウを撫でて、喜ばせてやる。ゴウはすぐにうっとりとした目になり、天使の輪をハートマークに変える。
 ほら見ろ、と私は私に言った。チャオはこんなに単純なのだ。
「それじゃあさ、私と塩崎君、どっちが早く死ぬと思う?」
 そのように雑誌の占いのページを見るような気持ちで聞いてみたら、ゴウはクエスチョンマークを出して考え始めた。
 私はゴウの額に軽くチョップをして、そんなこと考えても答え出ないでしょ、と言って笑った。
 ゴウも私に合わせて、きゃははと笑った。
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感想コーナー
 スマッシュ  - 15/12/23(水) 0:04 -
  
 電話番号を(笑)の代わりにするアイデア、その場面を書いていた時にふと思い付いたものではあったんですけれど、思い付いたその瞬間から今年話題になった例の小説とネタ被ってるわ、と思っていました。
 でもアイデアそのまんまってわけではないからいいかなって思って残したんですけれど、読み返してみるとやっぱりその小説が頭に浮かんできたので失敗だったかもしれません。
 あと失敗した点は、鉛筆の趣味以外のところで鉛筆という単語を出してしまったところです。
 どうしてそんなことをしちゃったのか記憶にないんですけれど、たぶん塩崎君の鉛筆の趣味の設定が生まれる前に書いたせいだと思います。
 しかもよりによって比喩表現で出したというのは、50KB程度の短編ではいただけないと思いました。

 個人的には、カメラ小僧と出会った後の家でのシーンは上出来だと思っています。
 好きな一文やフレーズもそのシーンに集中しています。
 
 聖誕祭の日に投稿した方は、お遊びで掲載していた時の誤字等をちょっぴり修正してあります。
 本当は色々直したかったけれど、気付けた範囲で単純なミスだけ修正するって方針にしました。他の小説書きたいし!
引用なし
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第25回〜第32回まとめ
 スマッシュ  - 15/12/23(水) 0:12 -
  
 何もやること思い付かんかったよ……。

12月8日投稿分
    
「ルールは二つあって、もう削れないってくらいまで削ることと、削るために削ってはいけないということなんです」
「ルールって、そういう競技なの?」
 そう聞くと塩崎君は、いえ違います、と否定した。
「いや、自分で作ったルールです。それで削るために削ってはいけないっていうのは、つまり、鉛筆の先っちょが丸くなって書くのに支障が出始めるまで削ってはいけないということです。常識的な使い方をしながら、鉛筆が凄く短くなるまで使う。そういう遊びです」
 そう説明されても私は困ってしまうだけだった。そんな風に自分でルールを作って遊ぶのは楽しいのだろうけれど、他人のそんな遊びの話を聞いたって少しも楽しくはない。私のでたらめな楽譜を書く遊びのことを聞いても、興味を持つ人はいないだろう。
「エコだね」
 ひねり出した感想を言うと、塩崎君は、最初はエコのためだったんですよ、と嬉しそうに頷いた。さっきまでスケッチをしながら話していたのだが、もう描き終わったのか、私の方を見て話し出す。
「小学校で、エコがどうのこうのとか教えられるじゃないですか。将来の子供たちのために資源を大切にしなさいよって。で、その時先生が、物を大事に使いなさいって言ったんですね。鉛筆とか消しゴムも無くしたりすぐに新しい物に変えたりしないできちんと使えって。そこから始めた遊びなんです」
「じゃあ将来の子供たちのために今もそれしてるってわけ?」
 小学生の頃に始めた遊びなんて、ちょっと可愛いかもしれないな、と思って聞いた。
「いや、エコはもうどうでもいいんですよ。ただ短くした鉛筆を集めるのが楽しくなってきたんです」
「そうなんだ。それで、それ描き終わったの?」


12月9日投稿分

 塩崎君が一切描かなくなったので私は絵のゴウを指して聞いた。少量の影が付けられているだけで、まだ影を増やせそうにも見えるし、簡素なこの状態で完成しているようにも見えた。塩崎君は、はい、と言った。
「まだ鉛筆使う?」
「そうしたいです」
「じゃあ、ゴウ、ポーズ変えてあげて」
 座ったままじっとしていたゴウにそう呼びかけると、ゴウは立ち上がった。どのようなポーズを取るか迷って腕を挙げたり下げたり体の向きを変えていると、塩崎君が、
「背中見えるようにしながら、こっち向いてほしいな」と言った。
 ゴウはまず私たちに背中を見せ、それから顔を私たちの方を向けようと試みた。塩崎君が、もうちょっと体を左に向けて、とか指示を出してゴウの体の向きを微調整する。
「よし、オッケー。そのままでいてね」
 塩崎君はまたもさっと描き終えた。迷いなく線を引くところなどを見ると、凄く慣れているのだとわかる。
「上手いね」と私は言った。
「そんなことないですよ。チャオは、初めて描きましたけど、難しいです」
「そうなの?」
「チャオよりも人間の似顔絵描く方が上手くできる気がします」
 そんなわけないだろう、と私は思った。どう見たって人間の顔の方が複雑だ。チャオなんて、頭も目も手も足も丸を変形させたパーツじゃないか。
「チャオの方が楽だよ。私だってそれなりに上手く描けるもん。教科書の隅とかに」と私は言った。すると塩崎君は笑って顔を伏せた。
「080ですか」
「はい。080です」
 笑ったまま塩崎君は頷いた。自分が正常だと思っている部分で馬鹿だと思われているのが私は納得できなかった。


12月10日投稿分

 はたして馬鹿なのはどっちかな、と思いながら私は聞いた。
「どうしてそんな笑うの」
「ほら、よく見てください」
 塩崎君はスケッチブックを渡して、二体のゴウを見せた。
「白いでしょ」
「そりゃあヒーローチャオになりかけなんだし」
「あんまり影を入れ過ぎると、硬い生き物に見えちゃいそうだから少なくしたんですよ。でも、チャオのゼリーっぽい感じがこれで出ているかと言うと、全然でしょう?」
 これがゼリーに見えるだろうか、と思って見てみると、塩崎君の言いたいことがわかってきた。このチャオは餅のように伸びそうでもなく、押してもぷにぷにとした感触が味わえそうにはない。
「これじゃあ白っぽいクッキーだね」
「そういうことです」
 正当な評価をされて嬉しいといった感じに塩崎君は言った。
「人間の方が上手く描ける?」
 似顔絵を描かせてみたくなって私はそう言った。
「人間はチャオほど柔らかくないですから」
 それはきっと途方もなく大きな違いだろう、と私は直感的に思った。似顔絵を描かせるのはやめにしようかと思うくらいに大きな違いだった。
「似顔絵、描きましょうか?」と言われてしまって、迷う間もなく似顔絵を描かせるしかなくなった。私は、じゃあお願い、と涼しい顔を装って言った。塩崎君は尻を上げて三十センチくらい横にずれて離れると、私の顔を描き始めた。相手にされなくなって暇になったゴウが私の方に寄ってきたので、手や羽を揉んで遊んでやる。ゴウがは猫なで声を出し、大人しくなる。私はそのまま揉み続けてやる。ゴウを見なくても、うっとりとした顔をしているのが私にはわかる。


12月11日投稿分

 ずっと写真を撮られる時のように笑みを浮かべた表情を作っていたはずなのに、似顔絵の私は鏡で見る自分よりも不細工だった。絵が上手くないというのが本当だとわかったのは、それだけが理由ではなかった。私がいつかどこかで見た記憶のある似顔絵、あるいは似顔絵ってこんなものだろうというイメージと比べると、彼の描く似顔絵は顔のパーツをそれらしく描いただけの福笑いのような絵だった。
「なるほど。下手だね」
「そもそも絵を描くことにはあまり興味がないんで、下手なんですよ」
 率直に感想を言えば塩崎君は喜ぶのかと思ったが、今度は言い訳をするように言った。私はゴウにも似顔絵を見せた。ゴウは首を傾げたが、私の似顔絵だと教えると、私の顔を見てもう一度似顔絵を見て、納得したように頷いた。また首を傾げてくれることを期待した私は、一応私に見えるらしいことに少しだけ傷付いた。
「それで鉛筆は?」
「ええ、まあまあ丸くなりましたよ。ほら」
 そう言って鉛筆を見せてくる。削ってもいいし、削らなくてもまだ書けるといった具合だった。
「削るの?」
「いえ、まだですね。文字が書きにくくなったら削ります」
「そうなんだ。頑張って」
 私は彼の趣味への関心を完全に失っていた。鉛筆を短くする趣味を面白がることの方が難しいのだから当然のことではあったけれど、これ以上鉛筆の話が長引かないようにしたいと思っていた。
「一応言っておきますけどね」と彼は恥ずかしそうに言った。「俺は別に鉛筆のために生きてるわけじゃないですからね?」
「え?」
「だから、寝ても覚めても鉛筆のことばかり考えてるような変人じゃないってことですよ。なんか話の流れでそんな感じになっちゃってますけど、俺は結構普通の人ですからね」


12月12日投稿分

「あ、そうなんだ」
 しかし彼が口にしたせいで、寝ても覚めても鉛筆のことばかり考えている人間にしか思えなくなってしまう。言わなければただの変人だったのに。
「ゲームやるしテレビ見るし、友達とチャオガーデン行ったりしますし、あと、友達に好きな人がいたら告白するように急かしますよ」
 急かされているのはカメラの彼、石川君に違いない。三人でいた時の塩崎君は変人には見えなかったから、私は鉛筆さえ持たせなきゃ普通に見えるのか、と理解した。スケッチをさせなければこんな一面を見ずに済んだということだ。
「わかった。これからは鉛筆を持たせないようにするよ」
 からかうつもりでそう言うと、塩崎君は大真面目に頭を下げて、
「できれば、そうしてください。鉛筆の人と期待されても困るんで」と言った。
「期待することなんて何もないでしょうよ、鉛筆の人になんか」
 私は笑ったけれど、塩崎君は何か嫌なことを経験したことのあるような暗い顔を見せた。
「いや、色々あったりしますよ」
「へえ」
 その彼の経験した色々を私は聞きたいとは思わなかった。どんな話だったとしても、鉛筆のエピソードでは共感できそうになかった。
 また今度遊びましょう、と言って塩崎君は帰った。今度遊ぶ時、チャオガーデンではない所に行くことになって、私はゴウを連れていかないような気がした。

 私の予感は外れて、私たちはそれから三回もチャオガーデンで会いゴウと遊んだ。一月も経たないうちに五回もチャオガーデンに来るというのは、会員になっていない子供にはちょっとした出費になる。彼の小遣い事情は知らないが、私だったら大打撃になるくらいの額を彼は既に払っている。


12月12日投稿分その2

諸事情により、12月13日分の更新は休みます。ご了承ください。


12月14日投稿分

 ゴウなんかのためにチャオガーデンの入場料を払わせ続けるのも嫌だった私は、五回目にチャオガーデンで塩崎君と会った次の日、メールで塩崎君と放課後に会う約束をした。
 部活動のない人たちが一通り帰り、人が少なくなった頃に私は靴を履きかえて一年生の下駄箱へ向かった。彼は靴を履きかえ、下駄箱の近くに立って私を待っていた。
「私、自転車」
 そう言って駐輪場へ寄ることを告げると、
「俺もです」と彼は言った。
 停められている自転車は遠目で見るとほとんどが似たような自転車で、大体黒かシルバーだ。今朝どこに停めたのか大体覚えておいて、その大体の位置から自分の知っている自転車を探すことになる。私は今日、赤い自転車の右隣に停めた。その赤い自転車がまだあったので見つけるのは簡単だった。私も赤い自転車にすれば今ほど手間がかからなくなるけれど、赤じゃなかったとしても黒とシルバー以外の自転車に乗るのは自分を浮かせてしまうようで嫌だし、このためだけに新しい自転車を買いたいと親にねだるのも小さな子供みたいだから、冗談でも言うつもりにならない。塩崎君の自転車は私と同じで黒かった。
 私は彼とどこに行けばいいかわからなかった。駅近くのマクドナルドに行ったりカラオケで歌ったりゲームセンターで遊んだり、皆がやっているようなことを私は昨日の晩に思い浮かべたのだけれど、どれもお金がかかってしまう。チャオガーデンに入るのにお金を使わせているのが嫌でそれ以外のことをしようと思っているのだから、お金を一切使わないで済ましたい。
 私たちは自転車には乗らず、押して歩き校門を出た。
「今日はチャオガーデン行かないんですか?」と塩崎君は聞いてきた。
「毎回入場料払って、きつくない?」
「まあ、きついですね」
「だから今日はお金を使わずに遊ぼう」


12月15日投稿分

「わかりました。ありがとうございます。それで、どこに行くんですか?」
「決まってない」
 私はそのように答えながら、いつも通る帰路を歩く。私の家に連れ込むのではない。母に新しい男が出来たと思わせたくはない。母も私の悲しみを想像しているのだ。ただ途中に駅があるから、ひとまずそこに向かっているのだった。駅の近くには公園だってあるから、決まらなければそこにすればいい。
「別にチャオが好きで飼ってるわけじゃないんだよ」
 私には、行き先のことよりもそちらの話をする方が大事なことのように思えて言った。
「じゃあ、どうしてチャオを飼ってるんですか」
「死んだ恋人の飼っていたチャオだから」
 事実なのに、まるで脚色して言っているように感じられた。恋人なんて単語を口にしたことが今までなかったせいだ。彼氏、と言うべきだったんだろう。それとももう付き合っていないから元彼なのだろうか、と思いながら、
「本当のことだよ。彼氏が交通事故で死んだの。それで彼の飼っていたチャオを引き取ることになった」と私は言い直した。
「そうなんですか」
「遺品が欲しかったんだよ。一生彼のことを愛し続けるつもりで。でもそんな風にはいかないね。もう彼のこと、そんなに愛してない気がする。勿論ゴウのことも。それまでチャオなんて飼ったことなかったし、彼氏の飼っているチャオに時々構うくらいが丁度よかったんだよ」
 私はいくらでも自分の思っていることを彼に話せるような気がした。塩崎君と遊ぶうちに、私はゴウと翔矢のことを彼に告白しようと思うようになっていた。打ち明ける気にさせたのは、外見がそれなりにいいのに趣味が鉛筆を削ることだったからだ。
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第33回〜最終回まとめ
 スマッシュ  - 15/12/23(水) 0:18 -
  
12月16日投稿分
    
 それは私が変人を好きになるということでも、変人だから振られてもダメージが少ないという意味でもない。私が今持っている翔矢を愛する気持ちと、短い鉛筆を愛する彼の気持ちがほとんど等しいのではないかと私は感じていたのだ。
「時間が経てば、風化するものでしょう」と彼は慰めるように言った。私は、そうじゃないよ、と言い返した。
「まだ一年も経ってないんだよ。早すぎでしょ。時間が経つうちにとは思っていたけど、こんなに早いとは思ってなかった。どうでもよくなる心の準備をする間もなかった」
 準備なんてするつもりもなかったけれど、と私は自分の言ったことについて思った。
「そういうのって、どのくらいで平気になるものなんでしょうね」と塩崎君は言った。慰めることは諦めてくれたようで、私は安堵した。慰められても黙っているしかなくて窮屈なのだ。私はそんな思いを翔矢が死んでからしばらく味わい続けてうんざりしていた。
「平気になんてならなくて、一生背負うものって感じがあるよ。私は。現実はそうじゃなかったけど」
 きっと怜央ちゃんも同じように思っている。怜央ちゃんはまだ私が傷付いていると思っているのだ。私がそういう振りをしたり、怜央ちゃんが気を遣ってくれた時に甘えたりするせいだ。怜央ちゃんには私の気持ちを正直に話せていない。それは怜央ちゃんが塩崎君のような趣味を持っていないからに違いない。
「それで、俺たちはどこに行くんですか?」
 塩崎君は黙っていたが、駅が近くなってきたところでそう言った。塩崎君が黙っている間に私が考えていたことといえば、塩崎君がプラトニックな関係を重視しない人なら今日にもキスくらいするだろう、ということくらいで、行き先については何も考えていなかった。
「さあね。お金のかからない所がいいな」と私は言った。


12月17日投稿分

「じゃあ俺の家に来ます? 近いですけど」
 冗談を言うように彼は言ったので、私も冗談で返すように、そうしよう、と言った。
「じゃあ、そうしますか」と塩崎君は言い、私は頷いただけで何も返さなかったので、私は彼の家に行くことになった。塩崎君は自転車に乗り、前を走った。私も自転車に乗って追いかける。塩崎君は近いと言ったけれど、彼の家に着くまで自転車で十分も走ることになった。
 塩崎君の部屋は、来客を待っていたかのように片付いていた。チャオガーデンじゃない所で遊ぼうと誘ったのが塩崎君であったと錯覚するくらい、机の上も本棚も整理されてあった。そして彼はオレンジジュースをコップに入れて持ってきた。
「ゴウの名前ってね、本当はソニゴロウって言うんだ。彼が付けた名前。センスないでしょ」と私はコップを受け取ると言った。翔矢の付けた名前を教えようと思ったのに、私はソニゴロウという名前を思い出すのに三十秒くらいかけてしまった。
「センスないです。080です」と塩崎君は頷いた。「じゃあゴウってのは押花さんが?」
「そう。前からソニゴロウを縮めてゴウって呼んでた。恥ずかしいでしょ、そんな名前で呼ぶのなんて」
「はい。ゴウの方がずっといいです」
「でも翔矢は人前でも全然平気そうにソニゴロウソニゴロウって言うんだ。どうして恥ずかしくないのか凄く不思議だった」
「変な人だったんですね」と塩崎君は言った。私は、そうだよ、と言ってオレンジジュースを飲む。私に合わせて塩崎君もジュースを飲んだ。
 そして私たちはセックスをしたが、その時の塩崎君とのセックスは、捺印するような行為だった。彼の部屋に入って抱き合ってキスをしたところでもう彼の陰茎は大きくなっていて、私はそれに手を添えてしまえばよかった。私は彼の履いていた物を脱がして手で陰茎をこすり、一回射精させた。


12月18日投稿分

 キスと射精ができれば男は満足する、と翔矢は言っていた。精液を包んだティッシュペーパーを私はゴミ箱へ投げる振りをして、わざとゴミの落ちていないカーペットの上に落とした。これだけで終われば楽だと思ったのだけど、塩崎君は何としても挿入して射精するつもりでいたので私は横たわって服を脱がれることになった。塩崎君は私の靴下まで脱がして自分も全裸になり、そして私の髪から太ももまでを十分に愛撫してから挿入した。私は翔矢とする時にしていた翔矢が気持ちいいと言う愛撫や腰の動かし方をするつもりがなく、塩崎君の動きに全てを任せていた。その私の気分は、翔矢をどれだけ愛していたか私に思い出させてくれるようだった。旅行の時に泊まったホテルで、部屋を暗くしてゴウが寝てから私たちは囁き合いながらお互いをいじめたことを繰り返し思い出して私は胸をときめかせる。塩崎君が二度目の射精するまで、私は自分の愛と再会した喜びで自慰をした。
 塩崎君は気持ちよかったということを告げて、私にキスをしてきた。唇が離れると私は、
「ねえ、ゴウが進化するまでは駄目だからね」と言った。
「何がですか?」
「そんなこと聞かれても、わからない」
 私は服を着た。翔矢の家でセックスをする時は、ゴウをいつも部屋から追い出していた。なるべく早く部屋に入れてやるために、裸のままでいることを翔矢はしなかった。あまりチャオには見られたくなかったから私も終わるとすぐに服を着た。そんなことをしていてもチャオは転生できる。そう思うと、ゴウが翔矢から大して愛されていなかったような気さえしてきた。
「たとえば、正式に付き合うのは進化するまで待つってことですか。再婚ができない期間があるみたいに」と塩崎君は聞いてきた。
「じゃあそれでいいよ」と私は答えた。「でも正式ってなんだろう。やることやっちゃってるのに」


12月19日投稿分


「手を繋ぐとか、彼女だと人に言うこととか、ですかね」
 そういうのはされると困ると私は思ったので、そんなところだろうね、と相槌を打った。可哀想な人の振りをしている私にとって、付き合っていることはできればずっと隠しておいてほしいことだった。

 塩崎君の家から私の家までの最短ルートを思い描くことができなかったので、私は一度駅まで戻って帰ることにした。私は、夜に翔矢と電話で話す約束をしているような気分で自転車をこぐ。チャオが生まれてから一年で進化すると考えると、ゴウが進化するまであと二ヶ月くらいある。それまでの間私は翔矢の恋人でいられるような気がしたし、ゴウが進化した後は新しい彼氏の塩崎君と楽しくやっていけそうな気もしているのだった。そのように思えるのは自分が大人になりつつあることを感じているからだ、と私は思った。
 自転車を思い切りこいで、風を切りたくなる。自転車といえば、風を切るという言葉が出てくるけれど、私はその表現をどこで覚えたのだろうか。二つの言葉が結び付いたきっかけは思い出せないけれど、私はそのどこかで覚えた気持ちよさを体感したくて、誰も歩いていない舗装された歩道で自転車を加速させた。
 家に帰ると、リビングにはいつものようにソファに座ってテレビを見るヒーローチャオがいた。ゴウはヒーローノーマルチャオに進化していた。頭上に浮かんでいる球体が今は天使の輪のようになっている。見ればわかるのに興奮している母は、
「ねえ、ゴウちゃんがヒーローチャオになったのよ」と私に言う。
「うん。なってるね」
「私、進化するところ見ちゃったのよ。なんかもう感動しちゃった」
 ゴウがデジタルカメラを持って、私の方に寄ってくる。進化した途端に体が一回りほど大きくなっていて私は驚いた。


12月20日投稿分

 しかし転生する前のゴウもこのくらいの大きさだったから異物のように感じたのは一瞬だけだった。
「進化してるところ動画で撮ったのよ、そのカメラで」と母は言った。
 私はゴウからカメラを受け取って、母が撮影した動画を再生した。ゴウはソファの上で進化したようだった。撮り始めた時にはもう水色の繭がゴウの体を覆いつつあって、ゴウの姿はほとんど見えなくなっていた。それでも繭は透けていて、中に座るゴウが見えた。動画の母が、進化する進化する、と騒いでいる。やがて水色の繭は完成して、母はどれくらいで進化が終わるのかわからなくて途方に暮れていた。これいつ終わるのかしら、と呟いて、それから五分待って母は撮影をやめた。他の動画はなかった。
「続きはないの?」と私は聞いた。
「進化が終わるところ撮ろうとしたんだけどね、でもいつの間にかゴウちゃん繭から出てたのよ」
 そんなことだろうと思った。家事をしたり買い物に出掛けたりしているうちに終わってしまったに違いない。私ならリビングから離れないようにして進化が終わるのを待つのに、母はそういうことをしない人なのだ。
「今日の夕飯はお祝いで豪華にしましょう」
 母はそう言ったけれど、いつもと大して変わらない夕飯だった。一月に二回か三回作るハンバーグを母は作った。いつもは一人二個なのが今日は三個だった。それと父は缶ビールを二本飲むことを許された。しかし主役であるゴウの餌はいつもと同じだった。ハンバーグ一個と缶ビール一本だけでお祝いや豪華と言える母のいい加減さには不満を言いたくなったが、大袈裟な喜び方をしないところがいいなとも私は思った。父はゴウを大いに褒めて、ゴウを喜ばせた。
 食べ終わって風呂に入り寝間着に着替えると、私は五線譜ノートを開いて楽譜を書いた。


12月21日投稿分

    
 塩崎君と付き合うからって鉛筆を使ったりはしないぞ、と自分に言い聞かせるために私はシャーペンを握って落書きをする。途中芯を折りながら音符を黒く塗っていく。曲名は新しい愛。明るく楽しい見た目の曲だ。私の書く曲は、書きたい気持ちに合わせていつも音符をたくさん書くので、楽譜の見た目が賑やかになる。演奏したら緩急のないやかましいだけの音楽になるだろう。音符の丸い部分を塗り潰さない全音符と二分音符を一切使わないで作ったこの曲は、鉛筆を使わないことの誓いなのである。
 しかしゴウを引き取ったように塩崎君が死んだら私は彼の鉛筆を引き継ぎ、そして鉛筆を使うようになるかもしれなかった。でも死ぬのが私だったとしたら、でたらめに楽譜を書くこの遊びを受け継いでほしくはなかった。この遊びは私のもので、だから事故に遭って死んでしまってもいいように、塩崎君には黙っておこうと私は決める。
 一曲を完成させてしまうと、やりきった感じがあって私はもう今日のところは落書きをしなくていいという気分になった。それで私はゴウをリビングから持ってきた。ゴウは私が今日塩崎君としたことを知っていると思った。だから今日進化したのではないか。
「私が今日、塩崎君と何してたか、わかってるんでしょ」
 そう聞くとゴウは首を傾げた。全くわからない、と言うように天使の輪をクエスチョンマークに変形させたままにしていた。ゴウの頭上のクエスチョンマークはいつまでも元に戻らなそうに見えたので、
「もういいよ」と私は言う。すると考えることをやめたのか、天使の輪に形が戻る。
「でもさ、塩崎君と付き合うかもしれないってことはわかってたでしょ?」と別の質問をしてみる。するとゴウは笑顔で大きく頷いた。その通りだよ、と言うように。
「それが今日だったんだよ。それ知っててゴウは進化したんじゃないの」


12月22日投稿分

    
 ゴウは首を横に振って否定した。話が通じているように見えるけれど、本当にわかって頷いたり首を振ったりしているのかと私は疑った。言っていることのほんの数パーセントくらいしか理解していないんじゃないか。それでそれらしい答え方をしているだけかもしれない。
「私の言っていること、本当にわかってる?」
 ゴウは頷いた。本当かよ、と私は呟き、もうゴウと会話をしようと試みるのはやめようと思った。チャオはペットなんだから、人と話す時と同じように話そうとしても無駄だ。私はゴウを撫でて、喜ばせてやる。ゴウはすぐにうっとりとした目になり、天使の輪をハートマークに変える。ほら見ろ、と私は私に言った。チャオはこんなに単純なのだ。
「それじゃあさ、私と塩崎君、どっちが早く死ぬと思う?」
 そのように雑誌の占いのページを見るような気持ちで聞いてみたら、ゴウはクエスチョンマークを出して考え始めた。私はゴウの額に軽くチョップをして、そんなこと考えても答え出ないでしょ、と言って笑った。ゴウも私に合わせて、きゃははと笑った。
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感想です
 ろっど  - 15/12/24(木) 13:41 -
  
読みました。

最初に受けた大きな印象は、
毒にも薬にもならない、です。
これと言った面白みがない。

しかし最近のスマッシュさんの作品の傾向として、
スマッシュさんは小説を物語として書いているのではなく、
ひとつの芸術作品、それこそ陶芸や絵画のような。ものを作ろうとしているのかなという印象を受けています。
そういう観点から見ると、ひとつの到達点にはあるのではないかと思います。
文章の流れが綺麗でした。

ただ、もっと「強み」みたいなものが欲しい。
もっと灰汁の強い作品にしても良いのではないか。
そう思っています。
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返信です
 スマッシュ  - 15/12/24(木) 21:38 -
  
感想読みました。
物語としての面白さがないというのは、そこに力を入れずに書いたのだから承知してはいるものの、いざ指摘されると悔しくなるのが私という人間です。つまりは図星でグサリときたわけです。

バイザウェイはご指摘の通り、思い付いた面白い物語を書くための小説ではなく、小説や文章の練習をするために書いた小説です。
壺の取っ手についてのアイデアが浮かんだからちょっとお試しで壺作ってみるか、みたいな。

本気出せばもっとエンタメっぽくできて、そういう方向の面白さも作れる、と口では言えますが実際のところエンタメにする練習もちゃんとしないと駄目な予感があります。でもまたチャオ小説で練習するかはわからないところです。
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