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No.3
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:52 -
  
「それでは、私はしばらく空けますので」
 勝手に抜け出さないでくださいね、という笑顔を残してメイドさんは部屋を出た。
 さて、これから具体的にどうしようか。今一度、手元の情報だけで整理してみる。外ではなにやらバケモノがいるという話だったか。それもどんどん増えているらしい。窓の外を改めてチェックしてみると、あまりにも小さくてわかり辛いが何か見慣れないものが大勢で町を闊歩しているのが見えた。さっき見たときはいなかったけど、あれがそうか?
 少し視点を変えると、住民らしき人達がこちらの方角へ向かっているのも見える。あれは避難してくる人か。避難場所はこのだだっ広いお城だろう。お姫様もお城に戻ってくるはず。そうすれば問題は至って簡単に解決するのだが……そうじゃないから私がこうして代役にされているわけで。
 まあ、何はともあれ好都合だ。聞き込み対象が大挙してやってきてるんだから、今から下にでもおりて直接聞いてくればいい。最近町で私を見かけませんでしたか、と。
「ううむ」
 我ながらわけのわからない質問だよなあ。あんまりおかしな状況に置かれてるから私もおかしくなっちゃったかなあ。うんうん唸りながら部屋の扉をがちゃっと開けると。
「あら、姫様。どこに行かれるんですか?」
 別のメイドさんが部屋の前に立っていた。
「あ……やあ、どうも」
 我ながら冴えない声だった。苦笑いしか出てこない。
「お外ならダメですよ。今日は特に危ないんですから」
「わ、わかってますよ。ほら、町の人達が避難してきてるじゃないですか。ちょっとお話したいなって」
「本当ですか?」
 本当デスヨ?
「わかりました。わたしも家族と話がしたいので、一緒に行きましょうね」
 そういって手を繋がれた。どうやらこの城の連中はお姫様と手を繋ぐのが義務らしいね。
 だだっ広い廊下を歩き、気の遠くなるような階段を降りて一階へ。俗に言うエントランスの場所には、町から避難してきた住民達の姿があった。メイドさんが私の手をいっそう強く握る。
「はぐれちゃいけませんよ」
 逃げんなって意味だろう。棘のある声から耳を逸らし軽く手を引っ張る。住民の一人をつかまえ、意を決して私は尋ねた。
「すみません」
「おやこれは、姫様ではないですか。何か御用で?」
「最近、町で私を見かけませんでしたか?」
 予想通り、私の問いかけを聞いた住民とメイドさんは「んっ?」と一瞬固まってしまう。
「……今度はなんの遊びですか?」
「いやあの、変に穿って考えなくていいです。普通に答えてください」
「会いませんでしたけど……なんでまたそんなことを?」
「いえ。失礼しました」
 その後も私は同じ調子で片っ端から住民達に同じ質問を投げかけまくった。残念ながら怪訝な視線をもらうだけもらって収穫は無し。私以外にお姫様なんかいないという認め難い可能性が小躍りを始める。
「姫様、そろそろお戻りになりませんか?」
「付き合いたくないなら親御さんとお話でもしてくればいいじゃないですか」
「いえ、その」
 萎縮するメイドさんを見て、私は溜め息を吐いて首を振った。ちょっと気が立っているみたいだ。最近よく焦る気がする。逸る気持ちを抑えながら聞き込みを続けると、ようやく当たりらしき男と出会う。
「そりゃあ会いましたが……お嬢さん、もう戻っていたんですかい?」
「というと?」
「いや、だってお客人と一緒だったでしょう。どうしちまったんです?」
 お客人、か。どうやらお姫様は誰かと行動を共にしていたらしい。ようやく収穫があってほっと一安心。
「そのお客人って?」
「え、どうしちまったんです? 覚えてないんですか?」
「残念ながら」見たことも聞いたこともない。
「そんなバカな、初対面だっていう割にはあんなに好意的だったじゃないですか」
「初対面の人に好意的だった?」
「そりゃもう……本当に覚えてないんですかい?」
「残念ながら」
 覚えてないの一点張りに、とうとう男は口を手で抑えた。私と手を繋いでいるメイドさんと意味有り気な視線を交わす。やっと私が姫じゃないってわかってくれたのかな?
「お嬢さん……ひょっとして」
「ええ」
「記憶喪失、なんじゃ?」
「ええ?」
 なんでそうなっちゃうのかな! そんなに私がお姫様にしか見えないのかな!
「まさか、いつもの嘘じゃないですか。記憶喪失なんてそんな大袈裟な」
「だが、お嬢さんのお客人に対する熱の入れようはただならぬもんでした。彼らのご友人を探すと言って、バケモノだらけの町中に繰り出すほどですよ」バカヤロー何してんだ帰ってこいドアホ。
「そんな、まさか」
 とは言うものの頭ごなしに否定できないメイドさん。思い詰めた表情で私の両肩に手を置き、まっすぐ目を見つめてくる。
「姫様」
「はい?」
「わたしのこと、覚えてます?」
「多分はじめましてだと思いますよ?」
「――えと、実はわたし、ミレイ様のことが好きなんです!」
「へえ」急になんの話だ。
「その、どうしたらいいと思いますか?」
「告白でもすればいいんじゃないですか?」というかなんで私に告白するんだ。がしかし、この言葉にいったいなんの力があったのかは知らないが、メイドさんやさっきの男が驚愕に身を固める。
「い、いいんですか? わたし、告白しますよ? 恋人同士になっちゃいますよ? 本当にいいんですか?」
「別にいけないことではないでしょ。どうして私なんかに同意求めるんですか」
「ご冗談はやめてください!」どうして怒るんだよ?「本当に恋人になってから文句言われても、その、知りませんからね!」
「末永くお幸せに」
 何がなんだかわからないが、メイドさんが地に膝をついて顔を手で覆ってしまった。
「そんな……姫様……」
「お嬢さん、あっしです! 宿屋の店主です! 覚えておりやせんか!」
「はじめまして?」
「そ、そんなバカな!」
「姫様が……記憶喪失だなんて!」
「なんだって」「お姫様が記憶喪失?」「どうしてそんなことに」「バケモノのしわざか」「おいたわしや」
 とうとう他の住民達も騒ぎ出した。私のことは覚えていないんですかとか、お世話してる猫のことも忘れちゃったのとか、一昨日買い物に来たのも忘れたんですかとか、あーだこーだと言葉を投げつけてくる。雪だるま式にややこしくなっていく事態に、私はもう消えてなくなりたい気分です。
「あのー」
「ああ、そんな……どうしたらいいの……」
 メイドさんに帰ろうよと促してみても動く気配がない。かなり混乱している様子だ。今なら逃げ出すことも可能だったのだろうが、良心の呵責というやつだろうか、困り果てたメイドさんを放っておくことができなかった。かといって何かできるわけでもないのだが……やや混迷を極めるこの状況に私も立ち尽くすばかり。

「何事です?」
 そんなエントランスに、染み渡るような男の声が通った。はっきりと私の耳に入ったのだが、他の住民達は騒ぐのをやめない。まるで私にしか聞こえなかったみたいだ。声のする方を見ると、執事のような服を身に纏った老人が歩いてきていた。背筋をピンと伸ばしたその姿は若々しいものがあるが、風貌を見ると国王以上に歳を取っているのがわかる。
「そこの君。いったい何があったんです」
「姫様が……姫様が、記憶喪失に」
「記憶喪失?」
 執事らしき人物の鋭い視線がメイドさんから私に移る。
 ――何か嫌な予感がした。
 長年の探偵の勘だろうか、私の中の何かが警報を鳴らす。
「お嬢様」
「あ、はいっ」
「本当に記憶喪失なのですか?」
「……はい」
 たったこれだけのやり取りの中で、私は苦いものを口の中で転がすような感覚を覚えた。
 なんか、凄くやりづらい相手だ。私にとっては何気無いことでも、かなり嘘を吐きにくい。一つ言葉を吐いてみても、その静かな威圧感が私の嘘を丸裸にしようとしてくるようだ。言い切った後も変に目を泳がせないように、手に焦りを出さないようにするのに苦心する。そうやってポーカーフェイスを保つこと、2分も経ったような気がした。実際は十何秒くらいだろう。
「君」
「は、はい」
 声だけで、泣き崩れそうになっていたメイドさんを立たせた彼。
「お嬢様のことは私に任せなさい。君はこの騒ぎを収め、王様に知られないように」
「そんな、無理ですっ」
「大丈夫。お嬢様がいつものように嘘を吐いたといえば納得させられます。できますね?」
「……わかりました」
 ものの二つ三つの言葉でメイドさんを落ち着かせた彼は、歩み寄って私の手をそっと握った。
「では、こちらへ」
 促されるまま、私は彼と一緒にその場を離れた。

引用なし
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小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」 冬木野 11/12/23(金) 22:03
FIRST CHIEF SIDE DIGEST 冬木野 11/12/23(金) 22:07
No.1 冬木野 11/12/23(金) 22:16
No.2 冬木野 11/12/23(金) 22:22
No.3 冬木野 11/12/23(金) 22:28
No.4 冬木野 11/12/23(金) 22:32
No.5 冬木野 11/12/23(金) 22:39
No.6 冬木野 11/12/23(金) 22:45
No.7 冬木野 11/12/23(金) 22:49
SECOND CHIEF SIDE DIGEST 冬木野 11/12/23(金) 22:09
No.1 冬木野 11/12/23(金) 22:55
No.2 冬木野 11/12/23(金) 23:02
No.3 冬木野 11/12/23(金) 23:09
No.4 冬木野 11/12/23(金) 23:16
No.5 冬木野 11/12/23(金) 23:21
No.6 冬木野 11/12/23(金) 23:32
THIRD CHIEF SIDE DIGEST 冬木野 11/12/23(金) 22:11
No.1 冬木野 11/12/23(金) 23:36
No.2 冬木野 11/12/23(金) 23:48
No.3 冬木野 11/12/23(金) 23:52
No.4 冬木野 11/12/23(金) 23:57
No.5 冬木野 11/12/24(土) 0:02
No.6 冬木野 11/12/24(土) 0:05
No.7 冬木野 11/12/24(土) 0:08
No.8 冬木野 11/12/24(土) 0:11
PRINCESS SIDE TO AFTER 冬木野 11/12/24(土) 0:16
冬木野 11/12/24(土) 0:35

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