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小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」 冬木野 11/12/23(金) 22:03

SECOND CHIEF SIDE DIGEST 冬木野 11/12/23(金) 22:09
No.1 冬木野 11/12/23(金) 22:55
No.2 冬木野 11/12/23(金) 23:02
No.3 冬木野 11/12/23(金) 23:09
No.4 冬木野 11/12/23(金) 23:16
No.5 冬木野 11/12/23(金) 23:21
No.6 冬木野 11/12/23(金) 23:32

SECOND CHIEF SIDE DIGEST
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:09 -
  
 妖しい夜の森の中で目を覚ましたカズマ達。自分達の見知らぬ世界で、彼らは不思議な少女と出会う。

 見慣れた顔をしたその少女はチャオという存在に惹かれており、彼らの知り合いであるというチャオに会いたい一心で、行くアテのないカズマ達に便宜をはかる。

 だが、そんな少年少女達を待ち受けていたのは、町に突如現れたバケモノだった……


>倉見根 カズマ:男性:人間
 表の姿は高い技術を持ったゲーマーであり、裏の姿は高い技術を持ったクラッカーである、サブカルチャーのエリート。

 自分の能力が一切通用しない世界で、元の世界に戻るべく懸命に動く。

 見知らぬ世界で目覚めたことにさほど危機感を感じていないのが強いところ。


>東 ヒカル:女性:人間
 アウトローな一同を一手に纏める、みんなのお姉さん役。

 幼い頃から鍛えた体と、古くから家に伝えられてきた技、一振りの剣を手にして戦う。

 異世界で突然目覚めたことに始まり、この面子の中で最強扱いされる自分の立ち位置など、内心混乱の種が尽きない。


>木更津 ヤイバ:男性:人間
 無法の体現者と言っても差し支えない、方向性の狂ったポジティブさが売りのおとこ。

 この状況を誰よりも楽観視しており、いつもとなんら変わりないキャラを維持している屈強のおとこ。

 あまり役に立っていないわ、相も変わらず疎まれるわで何かと不遇のおとこ。


>倉見根 ハルミ:女性:人間
 みんなの中で最年少でありながら悲観的な過去を持つ少女。

 かつての経験を活かし、ナイフ一本でバケモノの群れに果敢に立ち向かう。

 冷静でいるように見えて、この状況に対し一番気が立っている人物。危険に対し常に感性を研ぎ澄ませている。
引用なし
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No.1
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:55 -
  
 ――これはなんの冗談かな。
 目前に広がる木々と妖しい月を見上げて、僕は真っ先にそう思った。

 眠気の残る頭を回転させて、状況把握に努める。
 確か昨日はヤイバとオンラインゲームで何某かの雌雄を決した後に寝たはずだ。どっちが勝ったかとか、何をしていたとか、よく覚えてないけど。
 少なくとも城が城を持ち上げて上空に消え去ったりはしてないし、そこでダメージの通らないボスとも戦ってないし、落とされてないし、雑魚キャラ一家の妹が起こしにきてもいないし、というかそもそもペラペラじゃないし夜だし。

 ……ふむ。

「もっかい寝るか」
「寝るなっ!」
 朝早くに起こしにくるオカン並の一撃が僕の頭に炸裂した。
「なんだヒカルいたんだおやすみ」
「だから寝るなって言ってんでしょ、起きろ!」
 胸倉を掴まれて無理矢理起こされてしまった。
「寝るなも何も立派に夜中じゃん。子供は寝る時間だよ」
「常日頃夜更かししてるアンタの台詞じゃないわね」「僕だって人並みの時間に寝るさ」「今は人並みの状況じゃないの!」
 ふむ、ボケどころはここまでかな。
 改めて周囲を見回しても、やはり暗い森の中としか言いようのない場所だった。迷いの森かどうかは知らないけど、抜けられそうな気は――いや?

「ただいまー」
 ちょうどいいタイミングで、暗がりの中からヤイバとハルミも現れた。他の面々は見当たらないが、この森に迷い込んでしまったのは僕達四人だけだろうか。
「おー、起きたか」
「うん。で、何か見つけた?」
「少なくとも雑魚キャラ一家の住む家も、変に出番の多いガキ大将もいなかったな。ついで言うとFP回復の栗が生ってる木も無かった」
「……お願いだから、あたしにもわかりやすい言葉で話して」
「なにもありませんでした、まる」
 らしい。
「ふうん……ハルミ、どう思う?」
「どうって、何がですか?」
「この森について」
 僕の漠然とした質問に、聞き手の二人こそは首を傾げたがハルミはさも当然のように答えた。
「多分、頻繁に人が出入りしてる森です。抜けるのには苦労しないと思いますよ」
「え、なんでわかるんだよそんなこと」
「地面が踏みならされていて、草がほとんど生い茂ってないんです。未踏の森ならもっと歩き難いはずかなって」
 どうやら僕と同じ意見のようだ。危険な生き物に出くわす確率も低そうだし、大した問題はなさそうだ。
「とりあえず、この森を抜けようか。風邪ひきたくないし」
「ちょ、ちょっと。どうしてこんな所にいるとか、そういう事は気にならないの?」
「後で気にする」
 単純な答えを返しておいて、僕は特に方角も定めずにふらっと歩き出した。ヤイバやハルミも何も言わずに、ヒカルは呆気に取られながらも慌てて後を追いかけてきた。


____


 それにしても、ここはどういう場所なんだろうか? 歩けそうな道を選んで歩きながら、僕は何気なく思考を巡らせていた。
 何がどうしてどこをどうやってここまで来たかはわからないが、少なくとも僕達の住むステーションスクエアの近くにある森なんてミスティックルーイン辺りのものだ。だが、その森へ足を踏み入れた事がある身としては、ここは同じ森には見えない。
 そうすると、僕達が眠っている間に誰かに運ばれて放置されたという素っ頓狂ながらも一番現実味のある可能性は完全に薄いと思っていい。では僕達はどうやってこの森にやってきたのか?
 ……なんてことは、実はそれほど気にしてはいない。

「ねえ、本当にこっちで合ってるの?」
 僕の後ろにくっついて歩いていたヒカルが弱音めいた言葉を吐いた。
 確かに、森の外を目指して歩き始めてからもう何十分か経っている。それでも森の景色は一向に変わっていない。
「目印もないから、単純に歩けそうな道を選んでるだけですけど。一応ちゃんと出られるはずです」
「あれじゃね。なんか良からぬ者に誘われてるとか」
「や、ヤイバ! 不吉な事言うの禁止!」
 なんだかんだで、みんなそれほど危機感を感じているわけではないらしい。
 それというのも、今置かれている現状に現実味が無いせいだろう。目が覚めたらいきなり森の中だ。こうやって彷徨っているうちに森の妖精に出会うか凶暴な森の妖精に出会うか、なんて脈絡もない事を思ってしまう。
 平たく言うと、夢っぽい場所にやってきている気がする。何か一波乱乗り越えてしまえば、後は労せず帰れるんじゃないかな――みたいな。
 ま、それこそ現実味の無い事なんだけど。
「しっ」
 突然、先頭を歩いていたハルミが動きを止めて姿勢を低くした。僕達も驚いて足を止める。
「ハルミ、どうしたの?」
「何かいます。向こうで草が少しだけ揺れて……」
「う、うそ」
 お化けの類か何かだと思っているのか、ヒカルは僕の腕にしがみ付いている。
「大丈夫、きっと人だよ。行って確かめてみよう」
「うう……」
 足が石のようになっているヒカルを引きずって、何かがいる方へと進んでみる。
 月明かりしか頼りにならないが、なんとか何かの影のようなものを捉えることができた。草の生い茂っているところを避けて通っているところを見ると野生動物でない事は確かだ。僕達と同じ人間だろう。

 ――ふと、人影は足を止めた。

「げげんちょ」
 ヤイバのその間抜けな声が合図かは知らないが、全員ピタリと足を止めた。ひょっとして気付かれたかな。
「誰かいるの?」
 聞こえてきたのは、どこかやんわりとした女の子の声だった。
「どうするよ?」
「……行こうか」
 こちらから姿を現す事に。
 暗くて捉え辛い人影に近付き、なんとか月明かりで服装くらいはわかるところまで近付いた。フードでも被っているのか顔は見えない。
「オレ達、怪しいもんじゃないですよ。この辺に初めて来た者なんすけど、道に迷ってこんなところまで来ちゃって」
 ヤイバが話している傍らで、僕は目の前の少女らしき人の服装が気になっていた。これは……ローブか何かか?
「初めて……? もしかして、外の国から来た人かしら?」
「外の国?」
 ――なんだかきな臭くなってきた。ヤイバが「どうする?」と言った顔で同意を求めてきたので、僕は「そのまま続けていい」と頷いた。
「ええ、そうです」
「そう……ねえ、聞いていいかしら」
 なんだか喜ばれている。どうも話の流れが読めなくなってきた。
「チャオという生き物のこと、知ってる?」
 僕達は顔を見合わせた。知ってるっちゃあ知ってる。毎日顔を合わせてるんだし。
「まあ、知ってますけど」
「本当? 凄いわ! ねえ、少しお話を聞かせてくれないかしら?」
 凄いって、何がだろう。イマイチ話が飲み込めないが、どうせアテもないことだし。
「じゃ、どっか話せる場所にお願いします」
「あら、そうだったわね。それじゃあついてきて」
 そういって森をずんずんと歩いていく彼女を、僕らは幾分の戸惑いを覚えつつも追いかけた。
引用なし
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No.2
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:02 -
  
 少女の案内により、僕達は然程労せず森を抜け、町に出た。そして僕達は、その光景に思わず足を止めてしまう。
「どうかしたかしら?」
「あ……いや」
 言いたいことはあったけど、うまく言葉にはできなかった。目にしたもののインパクトが想像以上に大きくて、なんて言い表せばいいかよくわからなくて。
「ねぇ、カズマ」
 ヒカルが僕の服の袖を引っ張った。何が言いたいかはなんとなくわかるけど……
「ここ、どこ?」
「……さあ?」
 まず、電気がない。町を照らす照明が、空の上で輝いている月とカンテラの街灯だけだ。
 道路がコンクリではない。石造りのブロックを敷き詰めたような道になっている。
 他にも、建物が見慣れない、車や自転車が通ってない、等々。
「この国には、初めて来たのよね?」
「え、うん。まあ」
 この町を背景にすると、最初に違和感を感じていた少女の姿が自然に見える。逆に僕達がこの町で浮いてるみたいだ。
「あの、この町――この国ってどういうところなの?」
「どういうところ? そうねえ……うーん」
 答えに窮しているのか、急に唸りだしてしまった。一応じっと答えをくれるまで待ってみたが、十数秒経った頃には、
「ごめんなさい。私って勉強不足だからうまく説明できないの」
 と返ってきた。別に漠然と言ってくれてもいいんだけどな。わからないって言われるよりは遥かに。
「あ、でも良い所よ。治安は良いし、綺麗だし、広いし大きいし」
「はあ」
 必死にフォローを始めた。残念ながらそういう事は聞いてないな。わからないって言われるよりはマシだけど。
「で、どこに行くの?」
「えーっとね、私のよく知ってる宿屋さんがあるの。そこへ案内してあげる」
 宿屋さん?
 実生活ではおよそ聞き慣れないフレーズを残して先導を始めた少女。僕達もついて行くが、如何せん何がなんだかわからなくて落ち着かない。
「なあなあ、カズマ」
「何?」
「あの子、宿屋って言ったよな」
「言ったね」
「宿屋っていうと、あれだろ? HPとかMPとか全快するとこ」
「まあ、僕もそのイメージだけど」
「じゃ、そういうことなのか?」
 ヤイバの漠然とした言葉を、僕はなんとなく理解した。
 改めて町を見回してみる。車もない、電気もないと、なんともそれっぽい場所だ。現実では見た事はないけど、現実じゃない場所でなら――僕達はとても見覚えがある。
「そういうことじゃないのかな」
 信じられないけど、そんな気がしてきた。
 ここって、現実じゃないのかも。


____


 連れて来られた宿屋というものは、恐らく僕とヤイバの想像通りのものだった。簡素な宿屋の看板が掛けられた、見た感じ古い作りの建物だ。
 やっぱりそういうことなのか、これって。
 少女はと言えば遠慮なく宿屋の扉を開けて入った。僕達も後に続いて中に入ると、思ったよりも明るい店内が僕達を迎えてくれた。壁にいくつかのランプのようなものが掛けられており、それが照明になっているようだ。
「はい、いらっしゃい」
 僕達が店内の様相に目を奪われていると、カウンターの奥から宿屋の店主らしきおじさんがやってきた。その服装たるや、わかりやすいRPGのNPCみたいだった。同じ顔をどこか別の町でも見かけるんじゃないかってくらい。
「おや、また抜け出してきたんですか?」
「おじさん、その話は無しにして! 今日はお客様がいるんだから」
「ん、本当だ」
 言われた店主は、少女に連れて来られた僕達を吟味するかのように眺める。心なしか不審そうな目をしている気がするが、確かにこの場において不審なのは僕達かもしれない。服装マッチしてないし。
「お嬢さん、この方達はいったい?」
「外の国から来た人達よ。道に迷っていたところを助けてあげたの。これから外のお話を聞かせてもらおうと思って」
「いやまあ、それは良いんすけど」
 勝手に話が進む中でヤイバが割り込み、頭を掻きながら苦い顔で言った。
「オレら金ないっす」
「大丈夫! 私が出してあげる!」
 ぽんと胸を叩いて、少女がそう提案してくれた。初対面の人に対してやけに好待遇だが、この好意を素直に受け取って良いものか。
「遠慮しないで。おじさん、おねがいね」
「はいはい。それじゃ五名様ですね。今、どの部屋も空いてるんですが、生憎と四人までなんで分けて使ってください。それとお嬢さん、衛兵が来たらいつも通り抜け道を使って結構です」
「うん、ありがとう」
 衛兵? 抜け道? なんだか自然と物騒な単語が出てきたが、少女が「さ、早く早く」と促すので問い質せないまま部屋へ案内された。
 部屋の内装も思った通りのものだった。四隅にベッドと棚を置き、あとはテーブルが一個と椅子が四個。四人で使えるというだけあって意外にも広いが、かなり質素だ。
「あの、ありがとう。わざわざ」
「ううん、別に構わないわ」
 そう言って彼女はフードを取り、人懐っこい笑顔をこちらに向けた。
 ――僕は目を剥いた。
「き、君……」
「どうしたの?」
 僕達は顔を見合わせる。ふと、ヤイバが咳払いをして少女に一歩だけ歩み寄った。
「いえ、失礼。オレの好きな人とあんまりにも似ていたもので」
「あら、典型的な口説き文句ね。でも残念、私には心に決めた人がいるの」
 ヤイバ、更に唖然。僕の耳元まで寄ってきて小声で言った。
「ユリはそんなこと言わない」
 僕達は再び顔を見合わせた。
 そう、あまりにもそっくりなのだ。同一人物でなければ双子か何かかと思うくらい、ユリと同じ顔をしている。本当に別人なのか、この少女は?
「あの、名前を聞いてもいい?」
「クリスティーヌよ。そちらは?」
「えっと、カズマっていいます。こっちはヤイバ。それとヒカル、ハルミ」
「へえ……珍しい名前をしてるのね」
 僕達からすればそっちの名前の方が珍しい。クリスティーヌなんてお上品そうな名前、ご近所さんのどこを探したっていないよ。
「お客さん、晩御飯はまだですか?」
 困惑しきった僕達は、結局晩飯を食べ終えるまでまともに話すことすらできなかった。


 その後は、クリスティーヌさんに「さん付けしなくていいわ」……クリスティーヌに要求された通り、僕達の知っているチャオのことをいろいろと話した。一応、僕達の住む世界の背景はぼかしながら。フィクションに慣れているせいか、こういう時に変な気が回る。
 一通りの話を聞いた彼女は、羨ましそうな顔で溜め息を吐いた。
「私、チャオに一度もあったことがないの。大昔に絶滅したって」
 やはりこの世界にもチャオはいたらしい。ずいぶん過去のことみたいだが。伝説の上の存在みたいなものなんだろうか。
「ねえねえ、あなた達がいつも会ってるチャオって、お友達なんでしょ?」
「ん……まあ、間違ってはないかな」
「私、そのお友達に会いたいわ! 今どこにいるの?」
 その言葉で、僕達は今どんな状況に置かれているのかをようやく再認識した
 僕達は未踏の地に放り出されているのだ。何故か危機感を置き去りにしていたが、ここには僕達の知っている人達は他に見当たらない。僕達の持っている規範とはどこか違った世界にいるのだ。時代も、背景も。言葉が通じているのが不思議なくらいだ。
 当然、僕達以外の所員だってどこにいるかわからない。ひょっとしたらいないかもしれない。
「……ごめん、わからないんだ」
「え?」
「信じてもらえないかもしれないけど、正直に話すよ。実は僕達、この世界の人間じゃないんだ」
 僕はかいつまんで話した。本当はもっとこの国とは違った未来的な世界に生きていること。気がついたら森で目が覚めたこと。どうやってここに来たのかもわからないこと。彼女は笑いもせずに真剣に聞いてくれた。
「……じゃあ、どうやって帰ればいいのかも、お友達がいるのかもわからないの?」
 改めてその現実を突きつけられ、ヒカルとハルミは俯き、ヤイバは頭を掻いた。案外労せずに帰れちゃうんじゃないかなとか、軽率な考えだったな。
「大丈夫、任せて!」
 僕達の悩みを一蹴するように、彼女はベッドから降りて胸を張った。
「私がみんなの友達を捜すの手伝ってあげる!」
「えっ」
 突然の申し出に、僕達はまた顔を見合わせる。この少女、どれだけお人好しなんだ。
「良いの? だって、そもそもこの世界にいるのかどうかもわかんないんだよ?」
「そんなの捜してみないとわからないわ。それに私だってそのお友達に会ってみたいもの」
「まあそうだけどさ」
「じゃあ決まり! 明日の朝一番に捜しましょ。今日はもう寝なくちゃ」
 こっちの答えなど待たず、とんとん拍子で話が決まってしまった。なんて活発なんだ。それになまじユリそっくりだからとんでもない違和感を覚える。自分の見知った顔が自分の知らない振る舞いをしているのを見るのは凄く混乱する。
 でも、その好意はとてもありがたい。申し出を断る理由は無く、僕達は揃って頷いた。
「よし、それじゃ話は早いなクリスティーヌさん一緒に寝ま」
「じゃあカズマおやすみ、寝坊しちゃダメよ」
「うんわかった。ヤイバ行こうか」
「ばっ、放せカズマ! オマエだって幼馴染や妹と一緒に寝たいだろそうだと言ってみろ!」
 ヤイバの爆弾発言のせいで、何故か僕までヒカルに部屋から蹴り出されてしまった。
引用なし
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No.3
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:09 -
  
 眠い。
 ずしりと重い瞼を薄く開いてみると、そこは見慣れた小説事務所の所長室だった。
 視界がぼやけている。加えて暗いせいか、まるで夢でも見ているみたいだ。
 なんでここにいるんだろう。眠くて頭の回らない僕は、やがて意識を手放し始めたか目の前が霞んでいった。

 ――起きて。

 誰だ?
 聞き慣れた声が僕を呼ぶ。でも、目を覚まそうとすると余計に目の前が霞んでいく。

 ――起きてってば。

 だめだ。起きれそうにない……


 ̄ ̄ ̄ ̄


「起きろって言ってんでしょ!」
 ヒカルに容赦なくベッドから落とされ、ようやく僕は目を覚ました。
「……ん、ん?」
 何か夢を見ていた気がする。でも思い出せない。凄く意味深な夢だった気がしたのに。
「ごめん、もっかい寝る」「だから起きろって言ってんのよ!」
 もう一度夢を追いかけようとしたのに、ムリヤリ現実に引っ張り戻されてしまった。そんなんだから最近の若者は自信をなくしちゃうんだぞ。
「ったく、死んだみたいに起きないんだから」
「それ、いいすぎ」
「うるさいっ。ぼーっとしてないで逃げるわよ!」
「……逃げる?」誰から? 昨日言ってた衛兵とやらか?
「バケモノよ!」
「はあ?」
「ああもう、説明は後!」
 手を掴まれ強引に起こされ、僕は向かいの部屋、女の子三人が寝泊りした部屋に連れてこられる。そこには一足先に起きていたみんなと、何故か宿屋の店主も一緒だった。
「みなさんお揃いで」
「あの、何があったんですか?」
「下でご説明します」
 そう言うと、店主はフローリングの板目の一つを縦にずらしたが、何も変化はない。と思ったら、そのすぐ近くの一メートル四方くらいの床を回した。上から覗いてみると、何やら地下に降りる為の階段が続いている。くるりと回ったその床を見ていると、ますます昨日考えていたゲームの世界観を思い出してしまう。
「さ、急いで」
 店主に促され、クリスティーヌが先導し僕達も後に続いた。


 地下は石造りで出来た通路で、まるで迷路みたいになっていた。明かりは随所にある僅かなものと、店主が持ってきたカンテラだけ。一人で歩いていたら絶対に迷いそうなところだ。
 そんな通路を我が物顔で先導しているのがクリスティーヌで、その隣に店主、僕達は後ろについて歩く。
「ここは昔、あっしらのご先祖が作ったと言われている通路です。ここを他に知っているのは、あっしとお嬢さんを覗けば僅かです」
 いかにもRPGか何かで聞きそうな話だ。資材搬入の通路だったのだろうか。それとも盗賊の抜け道だったんだろうか。思いつく可能性はいろいろあるけど、あんまり重要でもない。
「それで、バケモノが出たって言ってましたよね?」
「詳しいことはわかりません。今朝から町中がバケモノだなんだと騒いでいて、それもすぐ近くまでやってきているそうで、みなさんをここにお連れした次第です。お嬢さんに何かあっては、あっしの首が飛んでしまいますからね」
「首が?」
「もう、おじさんったら! その話は無しにしてって言ったでしょ!」
 何やらこのクリスティーヌという少女、只者ではないのかもしれない。良いトコのお嬢様か何かかな? 頻繁に家を抜け出してるおてんば娘だったりとか。
「そんなことより、お友達捜しができないわ。なんて幸先が悪いのかしら」
 ああ、そういえばそんな話があったな。すっかり忘れてた。
「お嬢さん、そんな暢気なことを言ってる場合じゃありません。お嬢さんやお客人の身に何かあっては元も子もないんですよ?」
「でもっ、もしもそのバケモノにお友達がやられてしまったらどうするの!」
「あーそれはないな。よっぽどの事がない限り」
 ヤイバの軽い発言と、それに頷く僕達を見て、クリスティーヌは呆気に取られる。
「……そうなの?」
「先輩達ならな」「ユリも大丈夫だろうし」「ひょっとしたら返り討ちにしてるかもですね」
「はあ……お客人のご友人は大層お強い方々のようで」
 そりゃあ、伊達に裏組織だの人工チャオだのと張り合ってるわけじゃないし。ところがクリスティーヌは思い詰めた表情で声をあげる。
「それでも心配だわ。早くお友達を捜さないと!」
「いやしかし」
「しかしもおかしもないの!」
 僕達としては別に大丈夫なんだけどなあと思っていたのだけど、彼女の強い語気に気圧された店主は困り顔でこちらを見てきた。
「お客人、腕に自信はおありですか」
「えっ?」戦えるかって意味か?
「もしそうなら、お嬢さんを守りながらご友人を捜すことも問題ないでしょう」
「なるほど! 問題ねっす、全然戦えるっす!」
「ばッ……」
 何故かとんでもないことを口走り始めたヤイバの腕を引いて、僕達は顔を突き合わせて小声で話す。
「なんでそんなこと言うんだよ?」
「戦力ならいるじゃん。そこの二人」
 そういって視線を向けた先がヒカルとハルミだった。
「え、な、何言ってんのよ。あたしただ剣道してるだけよ?」
「その時点で少なくともオレらよりは強い。オレらが遊び人ならヒカルはバトルマスターだ」
 なんてこった、反論できない。
「わっ、わたしは」
「ノット堅気のあんちゃん相手に毒針で全戦全勝と聞きました」
「あうう……」
 なんで男の僕らより女の子二人の方が強いんだろうね。しかもハルミちゃんなんか年下だよ。
「でも、相手はバケモノよ? モンスターなのよ?」
「安心しろ、最初はみんなレベル1だスライムナイトにも劣る勇者なんだよ」
「でも、レベル上げできませんよ? はぐメタだっていませんよ?」
「安心しろ、レベル上げは必要ない戦略で勝つんだ。スクンダしまくってりゃ当てれるし避けれるし敵の行動回数も減らせる」
「できるわけないじゃないですか!」「ごめんその前にスクンダとかわかんないんだけど」「お客人、話は纏まりましたか?」「一番いい装備を頼む」勝手に纏められましたとさ。
「わかりました、付いてきてください。みなさんを上にお連れしましょう」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 結局、店主に連れられて僕達は路地裏のような場所に出てきた。町の人達のざわつきが聞こえている。どうやらバケモノ騒ぎは本当らしい。
「どうしよう、これじゃ警備隊もみんな出動してるわよね。見つかったらどうしよう」
 町の惨状を見るなり、クリスティーヌはフードを深く被って縮こまる。バケモノがいるっていうのに、このお嬢様はそっちの心配はしないようだ。どこのお家の方かは知らないが、とある桃姫並みに肝が据わってるな。見ろ、こっちの主戦力は既に恐怖の状態異常にかかってる。非戦闘員の方が落ち着いてるって酷いよ。いろんな意味で。
「こっちです」
 言われた方向へ路地を抜け、店主はある店の中へ入った。僕達も続いてぞろぞろと中に入ると、まず目に付いたのは壁に飾られた馬鹿デカい斧だった。物言わぬ気迫に気圧されながら店内を見渡すと、剣盾槍槌その他諸々の武器類が目に入る。ひょっとして武器屋か?
「お前、宿屋の……」
 店のカウンターでは、何やら荷物を纏めているおじさんがいた。武器屋の店主らしきその人物は、宿屋の店主と顔を合わせるなり腰を浮かす。
「まだ店にいたのか」
「ああ、もうすぐそこまでバケモノが来るってんで、急いで荷物を纏めてるんだ。ところでそのガキ達はなんだ……あ、お嬢さん?」
 ミスマッチな服装をしている僕達を薙ぐように見回し、武器屋はフードを被ったクリスティーヌに目を留めた。なんだ、こっちも知り合いなのか。顔が広いな。
「おじさん、武器貸して!」
「ええ?」
 身を乗り出した突然のお願いに、武器屋は呆気に取られる。僕達もビックリだった。いきなり貸してってのはないんじゃないか。
「私ね、この人達のお友達を捜さないといけないの! だからお願い!」
「え、いやそんなこと言われても。武器ってお嬢さん方が使うんですかい?」
「当然でしょ!」
「ええええ?」
 また露骨に驚かれた。当然の反応だ。どう見たってただのガキんちょ集団に武器貸せなんて言われたら、普通なら鉛球の一発でもくれてさっさと帰れと言っている。
「お代なら出すから!」
「いや、そういう問題じゃあ――」
 そんな時僕達を黙らせ震え上がらせたのは、店のドアを強く叩いた何かだった。一回一回に合間があり、人が強くノックしているのとはわけが違う。何かがドアを破ろうとしている。
 全員が息を呑んだ。
 動いたのはヒカルだった。店の中に置かれていた多くの武器から、日本刀のような剣を一本取った。深呼吸して、僕達の前に出て待ち構える。ドアを叩く音はなおも続き、そろそろ壊れてしまいそうな軋みが僕達の背筋を凍えさせる。
「――来なさいよ」
 それが合図だった。ドアは勢いよく蹴破られ、体に草木を生やした土偶のような生き物が一匹飛び込んできた。僕達よりも一回りか二回りくらい小さいけど、不釣合いに大きな手足と、目を模した花がとにかく異様だ。しかもギョロギョロと動いてる。確かにこいつはバケモノ以外の何者でもない。
 ヒカルは動かない。恐怖に震えて動けないのかと店主二人は苦い顔をする。
 でも、違う。ヒカルは震えていない。向こうが動くのをじっと待ってる。
 永く感じる睨み合いから、とうとうバケモノがヒカルに飛びかかった。クリスティーヌが手で顔を覆って目を逸らす。が、彼女が再びヒカルを見た時、ヒカルは傷など負ってはおらず、バケモノは命を失って崩れていた。
「凄い……」
 顔を覆っていたクリスティーヌが、今度は口を覆って目を見開いていた。僕達もみんな、ヒカルの見せた動きに見惚れてしまった。
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No.4
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:16 -
  
 その日城下町に現れたのは、得体の知れないバケモノと、得体の知れない子供達だった。
 民にとっては珍妙な服装と、バケモノ達を次々と倒していく異様な強さと、なんてったって男より女の方が強いっていうアンバランスっぷり。話題にならない方がおかしい。
 中世に降り立った武士、東ヒカルを盾にしながら動く僕達。それに負けじと圧巻の遊撃を見せるのがハルミ。ナイフ一本でバケモノの群れを縫うように立ち回り、隙あらばとにかく斬って刺してと好き放題荒らしまわって俊敏に動いている。
 そして更に僕達を驚かせたのがクリスティーヌの意外な強さである。結構重量のある剣を慣れたように振り回し、襲い掛かってくるバケモノ達を手際良くあしらっている。絶対に何か習ってる動きだ。そこへきて僕達の情けなさである。クリスティーヌと同じような剣を持っているのに、その剣裁きと来たらとにかく拙い。僕達のだらしない動きを目の端に入れたお嬢様方からちょくちょく叱咤が飛んでくる。
「剣の重さに振り回されないで! 腕の力だけで振ってはダメ!」
「もっと周りを見て! 死角に回り込まれちゃいます!」
「バカ、隙だらけよ! 体の重心をちゃんとコントロールするの、足の親指を意識して!」
 泣きたくなってきた。なんで君達そんなに武闘派なんだよ?
「苦しすぎて狂っちまいそうだぜ!」
 なんて情けない台詞に改変してるんだ。謝れ。デビルハンターさんに謝れ。
「軽口叩けるだけ余裕だね」
「状態異常の無いからげんきなんか意味ねえよ! つまりはオレ達使えねえって意味だよ!」言うまでもないことをいちいち言うなよ。
「確かに、この元気を無駄に使う前に逃げた方が良さそうだ。ヒカル、ハルミ!」
 最初見た時はゲームオーバーを覚悟した敵の数が、既に半分以下にまで減っていた。レベル1の初戦闘にしては幸先が良いどころの話ではないが、何はともあれ今なら逃げられる。
「何よあんた、女の子置いて逃げる気?」
「ここまで来たんだから全滅まで持っていきましょうよ」
「敵に背を向けて逃げるなんて騎士道に反するわ」
 なんでそんなに好戦的なんだよ君らは!


 結局、女性陣の劇的な活躍によって、残りの敵を倒すのに数分とかからなかった。バケモノ達は残らず消し去り、住民達も残らず逃げ去り、静かな城下町で僕達は息を吐いた。
「いやあ、お見事でしたよ旅のお方々! なんという強さ!」
 唯一残っていた店主二人が健闘を称えてくれた。ヒカル達に向かって。
「やだ、別にそんなんじゃないですよ。戦ったのだってこれが初めてなんだし」
「なんと、初めて? そいつはまた驚きだ!」
 そいつは僕らの台詞だよ。
「まあ、なんていうか思ったより強くなかったですよね?」
「……ああ、そう」
 僕らよりかよわい女の子がそう言うんならきっとそうなんだろうな。運動もしてない僕らは基準にならないんだな。僕は後半、敵の攻撃を防ぐことしかできなかったし。盾持ってる方が戦えるんじゃないかな。
「いやあ、本当に雑魚って感じだったな、これならコンボ練習のサンドバッグにいいくらいだむぎゅぎゅ」
「で、これからどうするのクリスティーヌ?」
 ホラを吹き始めたヤイバを三人がかりで足蹴にしながら、ヒカルが今後の方針を尋ねた。この異様な光景に目を白黒させながら、クリスティーヌは案をひねり出す。
「えっと、お友達ってチャオでしょ? 町の人に聞き込みをすればすぐにわかると思うわ」
 ごもっともである。僕達のいた世界とは正反対に、ここではチャオの存在は浮く。見たっていう人がいればすぐにわかるだろう。
「チャオ? って、なんですかいお嬢さん?」
「えっとね、ちっちゃくて可愛いの!」そりゃ幼い頃は人間も同じだ。
「体がほぼ全部水でできてるの、こうぷるぷるのぽよぽよで」それも幼い頃は人間も同じだ。
「喋れるんですよ! 凄いでしょ!」それは幼い頃の人間には難しいかな。ってどれもまともな説明になってないよ!
「魔法が使えるんですよ」
 僕は息を整え、口を開いた。身体的特徴ではない説明で、僕は全員の視線を掻っ攫う。
「ちょっとカズマ、そんなんじゃわかんないでしょ。所長達がここで魔法使ったかどうかわかんないのよ?」
「使ってない方がおかしいよ。少なくとも所長達がここにいるんなら、当然バケモノと出くわしてるはずだし、その時に魔法も使うはずだよ」
「旅のお方、よろしいですかい」
 武器屋の店主が僕ら二人の会話に割り込んだ。
「見ましたぜ、それらしき奴を」
「本当ですか?」
 開始早々思わぬ収穫に、僕らはみな顔を見合わせた。クリスティーヌはもう見つけた気でいるのか顔が綻んでる。
「ええ。ちょうどここの前で衛兵たちが何かを追ってたんですが、その追撃を振り切った連中が火柱だの水柱だのを走らせたのを見たんですよ。姿こそよく見てなかったが」
 間違いない、それはパウさんとリムさんだ。やっぱりこの世界に来ていたんだ。きっと所長もいるに違いない。
「それで、どこに向かったのかは」
「残念ながらそこまでは。なんせ連中、あまりにも逃げ足が速かったもんですから。あっという間に衛兵を振り切ってました」
 それでも大収穫だ。所長達がこの町にいるってだけでも希望がある。
「あの、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ、こっちの台詞ですよ。武器は持っていって構いません」
「また何かあればお会いしましょう。我々もできる限りの情報を集めておきますよ。お嬢さんのこと、よろしく頼みます」
「もう、おじさんったら。私なら大丈夫よ。全然問題ないんだから」
 悔しいけど反論できなかった。むしろ僕達を守ってほしいくらいだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 それにしても、本当にこの世界はRPGの中みたいだ。イメージとピッタリ当て嵌まるとまではいかないけど、道や建物の全てが味のある石造りをしていて、周りには木々や花が町を彩っている。今は荒らされていて見る影もないが、こういうのが趣味な人は涙を流して死んでいけるくらいだろう。趣味というわけでもない僕もたったいま好きになりそうだ。
 クリスティーヌの説明によると、この町は円状の城壁に守られており、大きな森と海に挟まれているのが特徴。その影響で多くの人が通りかかるし、資源も手に入れやすいと来てとんとん拍子に発展していったんだそうだ。
「……だったかな」
 ちょっと勉強不足なお嬢様である。それでいて顔があれだからすげえ新鮮。ヤイバがすげえうっとりしてる。
「あのお城、なんですか?」
 ハルミの指差した方向には、一際大きなお城が建っていた。如何にも国王様とかがいそうなお城だ。物凄くデカいけど、きっと三階建てくらいなんだろうな。
「ああ、あれね。……まあ、お城。この国の王様とかがいるの」
 なんかすげえアバウトなんですけど。
「もっと詳しい説明はねえんですかお嬢さん」
「うーん、そう言われてもよくわかんないし」
 けっこう勉強不足なお嬢様である。この怠慢とも取れる態度はちょっとユリに似てるかもしれない。ヤイバも懐かしそうな顔してるし。
「……それにしても、誰もいないのね?」
 歩けど歩けど誰もいない町に、ヒカルが溜め息を吐いた。確かに人っ子一人見当たらない。恐らくこの騒動で大半がどこかへ避難してしまったのだろう。バケモノにメチャクチャにされた家屋も相俟ってなかなか殺風景だ。
「ねえ、クリスティーヌ。こういう緊急時の避難場所ってどこなの?」
「んんー……どこなのかしら?」
 言うと思った。このお嬢様、逃げるとかそういうことに無縁そうな表情してるもんね。
「さっきのお城じゃないんですか?」
「あー……そうかもしれない」
 さっきからなんて曖昧な返事してるんだか。聞いてて不安になってくる。
「これじゃ聞き込みできないわね。お城の方に行って聞いてみる?」
「え、あ、待って!」
 話がお城に行く方向性になろうとすると、クリスティーヌは途端に慌てだした。
「武器屋のおじさん、お友達が衛兵から逃げてたって言ってたじゃない?」
「言ってたね」
「ひょっとしたら町の外に逃げてるかもしれないわ! ええきっとそうよ! うんそう!」
 あまりにも平静を欠いて意見するもんだから、僕達は何もかも察して顔を見合わせた。
 この子、あのお城に住んでるお嬢様だ。
 宿屋の店主が言っていた、衛兵が来たら抜け道を使えだの、もし何かあったら首が飛ぶだのというのは、つまりはそういうことだったのだろう。
「……あー、なるほどね。クリスティーヌの言うとおりかもしれない」
「せやなぁ外に逃げよったかもしれんなぁ」
「クリスティーヌさんあったまいー!」
 ここでお城に行こうなんて言いだしたらお嬢様の好感度は駄々下がりだ。事、好感度は上げてナンボの性分をしているお人好しな僕らは、お城に帰りたくないという彼女の意思を汲み取りあえて難儀な選択肢を選んだ。僕らの保護者ヒカルさんは呆れた顔をするが止めはしない。その優しさにありがとう。
「で、外にはどうやって出るのよ?」
「大丈夫! 町の地下通路を使えば見つからずに外に出れるから」
「そうなんだ。道、わかる?」
「もちろんよ。私しょっちゅう外に出てるし」
「え? バケモノに襲われたりしないの?」
「いるわけないじゃないそんなの」
 そうなのか。てっきり町の外はバケモノが当たり前のように歩いていて、近くの町に移動するまでに5回くらいエンカウントするのが普通なのかと思っていた。
「そうと決まれた早速しゅっぱーつ!」
 焚きつけるように言い並べて、彼女は早足で歩き始めた。それを訝しげな顔つきで追いかける僕達。なにやら面倒なことになってしまった。
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No.5
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:21 -
  
 外に出るというだけで、なかなかの長旅だった。
 地下通路へ潜る為の入り口を探し、クリスティーヌの記憶だけを頼りに何度も道を間違えながら外を目指した。こういう場所は得てしてモンスターで溢れてるのがRPGの常で、しかも脱出呪文の一つも覚えてないと息切れしてしまう。が、ここはそれほど物騒な世界ではないので安心できる。
「……ね、ねえ、なんか音しなかった?」
「してないしてない、なんにも聞こえないから安心して」
 例外はいるけど。
 怯える主戦力をなだめながら長い時間をかけてようやく町の外へ出られた頃にはもう夕方になっていた。
「わーい、おっそとー!」
「出られたー!」
 外の景色を目の当たりにして、クリスティーヌとヒカルが心から喜んだ。お互いに違う理由で。
 ここも僕の想像通りの光景だった。寝転がりたいほどの草原が地平線の彼方まで続いている。北の方には見上げるばかりの森が、南の方には見下すばかりの海が。クリスティーヌの話していた通りだ。あとはその辺にスライムとかいれば完璧なんだけど。
「……で、どこに行くの?」
 当面の問題点をぼそっと言ってみると、きゃあきゃあ騒いでいたお嬢様の動きがピタリと止まった。ぎこちなく振り返り、ふんっと鼻息を漏らして胸を張る。
「も、もちろん決まってるじゃない?」ノープランでした。疑問形なところが特にマイナスポイント。
「で、どこに行くの?」
 もう一度同じ台詞を繰り返してみると、彼女は硬い動きで森の方を指差した。
「あそこに僕らのお友達がいるって?」
「ほら、人に見られてバケモノ扱いされるってことは、人のいない場所に行きたいわけじゃない? この辺でそれっぽい場所っていったらあそこよ」
 それっぽい詭弁はまあまあうまいんだよなこの子。どこに行くとか言われても僕達は従うつもりなんだけどね。
「大丈夫? 出るとき迷わない?」
「……うん、ぜんぜんへいき!」不安になるからどもったりしないでおくれよ。「迷わないように目印をつけていけばいいわ!」しかも道を知ってるわけじゃないっていうね。
「目印になるもの、何かある?」
「……何かある?」
 ここ一番の人懐っこい顔で聞かれたってないものはない。旅の始めはみんな薬草だって持ってないんだぞ。
「服があるじゃまいか〜」
 待ってましたとでも言わんばかりにヤイバが声を張り上げた。
「服?」
「一定距離歩く度に一枚ずつ服を木にむすんでおけば迷わない!」
「あんただけでやりなさいよ?」
「それじゃなんにも面白くないじゃないか!」
「誰がやったってなんにも面白くないわよ」
「むむむ……服……」
「こらちょっと待ちなさい本気にしちゃダメ!」
「YES! YES! それがたった一つの冴えたやりかたさ!」
「斜面なんだから降りれば帰れますよ」
 そんな簡単な一言で話を締めくくり、ハルミは一足先に森へと向かっていった。その小さな背中が僕らには大きく感じて、この場の空気が重いものに変わった気がしないでもなかった。その重みに押し潰されたのはもっぱらヤイバだけだったけど。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 しかし、人が歩くよう考慮されていない道を歩くのは酷く疲れる。
 最初の一歩を踏み出した頃は、正直森とか山とか余裕だろと舐めてかかっていたが、あまりの足場の悪さにすぐに登山家様に土下座したくなった。ぜんぜん余裕じゃありませんでした。地面が平らじゃありません。気を抜くと転びそうです足捻りそうです。
 運動神経のない男二人が底辺の争いを繰り広げる中、目を剥くのがやはり女の子達だ。お嬢様ことクリスティーヌさんの足並みはおぼつかないにしても僕らよりは断然マシだし、ヒカルも持ち前の運動神経で果敢に登る登る。だがその中でも群を抜いた機動力を持っているのがハルミだった。獣道もなんのその、野生児みたくひょいひょい進んでいく。
「なにもんだあいつ……」
 時折見えるハルミの鋭い目を、息があがってきたヤイバが信じられないという目で見ていた。
「絶対ヘビとか食って過ごしてた人種だろ……」
 いや、そこまでイロモノじゃないと思うよ?
 何はともあれ、アクティブな女の子達に引っ張られること10分くらい。目的が無いに等しい登山に一つの区切りが訪れる。
 ふと、先頭を切って歩いていたハルミが足を止めた。それに続くヒカルとクリスティーヌも立ち止まり、微かに声をあげる。何か見つけたらしい。近くへ駆け寄ってみて、僕もまた意外な光景を目にして足を止めた。
 泉だ。澄んだ泉が大きく広がっている。
「わあ……」
「こりゃ何か落としたらきれいなものと交換してくれそうだな。ヒカルさんちょっと入ってみませんかあいててて」
「あたしは剛田クンと同じ種類の人間だって言いたいの?」
「いえそんな滅相もございませんので耳みみミミ」
 そのまま耳を引っ張ってヤイバを泉にぶち込みそうになったので慌てて止めに入る。そんな茶番劇のさなか、ハルミはいつの間にか対岸の方へ行っていた。草むらに上半身を突っ込んで何かごそごそしている。
「ハルミー?」
 呼んでみると、なにやら丸いものを抱えてこちらに戻ってきた。どうやらタマゴっぽい。白ベースの水玉模様をしていて、てっぺんが少し黄色掛かっている。
「チャオのタマゴだ」
「え、えっ?」
 一番驚いたのがやはりというかクリスティーヌ。近寄って身を屈め、チャオのタマゴを至近距離でじっと見つめる。
「これが、チャオのタマゴ?」
「う、うん」
 やや興奮気味の声にちょっと気圧される。
「ね。タマゴってことは」
「うん?」
「これ、誰かのコドモ?」

 その場の空気が、しん、と静まり返った。

「お、おいどうすんだ」
 そして手元によそ様の子を抱えているというこの状況に、みんな焦りを感じ始めた。無論僕もだ。目の前に知らない赤ちゃんとかいたら普通慌てる。今そんな状況になっているのだ。
「おいおい、周りに誰かいないのかよ。この子の親とか」
「いえ、誰もいないみたいですけど」
「ど、どうすんのよいきなり生まれちゃったりしたら」
 まるで爆発寸前の爆弾を抱えたみたいだ。
「というかなんでこんなところに一個だけタマゴがあるのよ!」
「普通二個だよな」「そういう問題じゃない!」「わっ、動いた!」「うそーっ!?」
 そして僕らに悩ませる時間すらこのタマゴは与えてくれなかった。突然動き出したタマゴをハルミがポロっと落としてしまい、僕らは一瞬こおりづけになってしまう。
「わ、割れてない? 割れてないわよね?」
 頭が外れそうなくらいのハルミの頷きが返ってくる。
 タマゴがゴトゴトと動いている。間違いない、もうすぐ生まれる。なんでまたこんなタイミングで、と毒づく暇もありゃしなかった。殻の割れる音が断続的に響くたび、僕らはいちいちピクリと反応してしまう。
 そしてとうとう、殻はパカリと音を立てて二つに割れ、この世に一つの命が降りた。この感動的瞬間、僕らの顔はかなり酷いものだったと思う。生まれたばかりのチャオに申し訳ないくらいだ。
 しばらく言葉は無かった。殻から出てきたコドモチャオは、僕らを順繰りに見回し、そして泉と森の姿を目に映して固まった後、急に目尻に涙を溜め始めた。
「え、えええ?」
 なんだか知らないが急に泣かれてしまった。なんか悪いことしたかと僕らはお互いの顔を見合わせる。
「……みんな、どこ……?」
 その時、チャオが嗚咽交じりに呟いた。
「どういうこと?」
 チャオの知識に関しては素人なクリスティーヌが、生まれたばっかりだというのに何か意味有り気な言葉を呟くチャオに対して首を傾げていた。他のみんなも同様の反応をしていたのだが、僕はなぜかこの子の言葉の意味を察してしまった。
「――転生したんだ」
「てんせい?」
「チャオはね、寿命を迎えた時にそのまま死ぬか、もしくはもう一度タマゴに戻るんだ」
 この子が転生してどれほどの時が経ったのかはわからない。チャオが生まれるタイミングというのは昔からの謎だ。必ず誰かが近くにいる時だけ生まれる、という説もある。この世界におけるチャオの存在を考慮すれば、この子はとても長い時間――それこそ数十年もタマゴのままだった可能性も高い。
「ねえ」
「ん、なあに?」
 一番身近にいたクリスティーヌが声をかけられた。彼女は身を屈めて目線をなるべく合わせる。
「みんなはどこにいったの?」
「みんなってだあれ?」
「ともだち。おとうさん。おかあさん」
「……ごめんなさい。私はあなたのお友達にも、お父様にもお母様にも会ったことはないの」
「死んじゃったの?」
「え……?」
 彼女は言葉を詰まらせ、僕らに助け舟を求めた。だが、僕は良い顔はしてなかっただろう。この子以外のチャオは、みんな死んでしまったのかもしれない。この子がタマゴでいる間に。
 ……いったい何があった?
 ここに転生したチャオが一人いるんだ。それは幸福や希望に縁があったから。他の仲間達だって同じものを抱いて転生するはず。それなのに、この子を置いてみんな消えてしまうなんて。
「ねえ、君」
 酷く残酷なことを聞こうとしている。それがわかっていながら、僕は前に出てチャオとなるべく目線を合わせた。
「転生する前、何が――」

「待って」
 突然ハルミが手をあげて身構えた。腰の鞘に納めていたナイフを抜き、泉の周りの草むらに注意を払う。
 草の揺れる音が聞こえる。
「冗談でしょ?」
「ノンエンカウントのピースフルワールドじゃなかったのかよ」
 ヒカルとヤイバも鞘の剣を抜く。やがて草むらの中から沢山の花の目が現れた。奴らだ。あの草木のバケモノがこんなところにまで出てきやがった。
「やだ、やだ、やだ!」
 花の目に捉えられたチャオが強い拒絶を見せ、クリスティーヌの腕の中に逃げた。厄介な状況だ。この子を見捨てることはできない。なんとかして守り抜かなければ。
「敵の数は?」
「わかりません、あちこちからどんどん集まってます!」
「頼むぜ姐さんがた、全部やっちゃってくださいよ」
「バカ、あんなちいさなチャオを危険に晒し続けられるわけないでしょ」
 そうだ、なんとかして退路を確保して逃げなくちゃならない。僕らにとって幸いなのは、このバケモノどもが一刺しで崩れ去るほど脆いのと、こっちの戦力が意外にも高いことだ。
「ハルミが先陣を切って。ヒカルは後ろを。とにかくごり押しで森を抜けるんだ」
「わかりました」
「女の子にモノ頼むなんて、ほんと情けないんだから」
「何仕切ってんだよオマエはぁー! それよりエビチャーハンだよオレの!」
 こんな時でもユーモアを忘れないヤイバに乾杯。
 僕が剣を引き抜くのとほぼ同時に、バケモノたちは襲い掛かってきた。その第一波を手際良くいなし、ハルミが斜面を降り始める。後ろをヒカルに任せて僕らも後に続く。できればクリスティーヌにもチャオを僕に渡して戦ってほしいところではあるが、そんな情けない申し出ができるかと剣を振る。足場が悪いもんだから酷く戦い辛い。うっかりするとすぐに足を滑らせてしまいそうだ。それでも防御一辺倒にはせずなんとか攻撃する。押されてはいけないんだ。
 しかし、そう簡単に森を抜けることはできない。なんせ登るのにもそれなりに時間を掛けた道を、今度は敵と戦いながら引き返すのだ。しかも降り。山登りで一番キツいのは、実は降りる時だそうだ。降りる度にも攻撃を防ぐ度にも腰にくる。普段から猫背なのがこんな時に響いてきた。この場で一番の足手まといだ。
「カズマ! あんた大丈夫でしょうね!」
 それを察したのかなんなのか、ヒカルが声を飛ばしてきた。変な時に気遣いしてくるなあ、まったく。
「大丈夫なわけないだろ! だから守ってもらってるんだ!」
「バカ!」
 ヤイバほどではないが、僕もまだ軽口くらいは叩けるようだ。目の前に飛び掛かってきたバケモノを勢い任せに一突きしてやる。
「うわッ」
 だが、それが良くなかった。体勢を元に戻せず前のめりに倒れたかと思いきや、僕はそのまま斜面を転げ落ちてしまう。横が急斜面になっている道で、不注意にも足を踏み外してしまった。かなりの距離を転げ落ち、地面に半ば叩きつけられるようにして止まった。
「カズマっ!」
 誰かの悲痛な叫びが聞こえる。痛む体を起こしてみると、見事に囲まれていた。背後の斜面はほとんど壁みたいなもので、登って戻るのは無理なようだ。
「先に逃げて!」
「何言ってるのよ! 今行くから待ってて!」
「ダメだ! クリスティーヌとチャオに何かあったら大変なのはわかるだろ!」
「あんた一人で何ができるって言うのよ! 死にたいの!?」
「僕だって自分の身くらい守れる、後からちゃんと合流するから!」
「でもっ」
「いいから行けよッ!」
 ヒカルを見上げて怒鳴りつける。表情はよく見えない。ヤイバに肩を叩かれ、ようやくみんなと共に行ってくれた。
「ばかああああっ!!」
 罵倒を一つ残して。

「……さて」
 落ちていた剣を拾い、目の前に群がるバケモノを見据える。
「人が話してる時に攻撃してこないあたり、紳士的で助かるよ」
 世のゲームでお馴染みの、イベント中は襲ってこないみたいなアレだ。リアルじゃそんな都合の良いことないだろうなと思っていたけど、モンスターって奴は大概空気の読める奴らしい。
「できればこのまま帰ってもらいたいくらいだけど――ま、君達もバケモノとしての体面ってのがあるよね」
 人を襲うのが敵の役目だ。そればっかりは覆せないだろう。ノルマをこなさなきゃなんない社会人みたいな奴らだ。
 改めて見てみると、思った以上に数は多くない。あくまで思った以上に、だけど。普通に30か40くらいはいる。一発ぶん殴って吹っ飛ばせるレベルには脆い奴らだけど、それは条件で言えばこっちも同じことだ。

「そしたら悪いけど――」
 切っ先上がりに剣を構え、静かに深呼吸をした。
「僕もこんなとこで死にたくないんだ」
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No.6
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:32 -
  
 ――視線が霞んでいるのは、疲れのせいだ。
 迫り来るバケモノたちを命からがら蹴散らし終えた僕は、樹木に背を預けてひたすら荒い息を吐いていた。
 自分をごまかすので精一杯だった。右腕をやられている。冷たい雨が血を洗い流してくれているけど、体が冷えてしょうがない。
 瞼が重い。まさか死ぬってことはないだろう。悪くて貧血だ。頭ではそう納得させてみても、バッドケースが頭から消えない。
「……っ」
 立ち上がった途端、めまいがしてまた木に背をもたれる。このまま歩いて帰れるのか、ちょっと不安になってきた。それでも雨に打たれて眠るよりは遥かにマシなので、なんとかして森を抜けようとする。
 幸い、これ以上敵が現れなかった。無尽蔵に湧いてくるかと思っていたバケモノは、目に見える数を倒しただけですぐに打ち止めになった。いったい奴らはどこから現れているんだろう? 見た目が草木だから、やっぱり森から生まれてるんだろうか。でもそうすると、僕を仕留める為の増援がないというのはちょっとおかしな話だ。網にかかった獲物を中途半端に傷つけておいて泳がすなんてまるで意味がない。
 ――と、急に僕の足音が変わった。
 立ち止まって足元を見てみると、どういうわけか枯れ葉がたまっていた。顔をあげてみると、そこには大きな枯れ木があった。それも一本だけじゃない。二本、三本……
「……っ?」
 そんな時、いきなり強風に煽られた僕は下り坂の向こうを振り返った。そこには信じられないものがあった。炎だ。とんでもない規模のファイアウォールが森の中からでも見える。やがてその炎は一分足らずで消え、台風のような風と雨のせいでよく見えなかったが、なぜか波の音が聞こえたような気がした。
 あれはきっと所長達のしわざだ。やっぱり所長達もここに来ていたんだ。みんな合流できたのかな。
 安心して気が緩んだのか、体から力が抜けてしまう。汚れるのとかどうでもよくなって、そのままうつぶせに倒れた。瞼が一気に重くなる。この眠気があまりにも心地良くて、このまま寝たらいけないとか、そんなことも考えなかった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 所長室が明るくなり始めた。
 あれだけ重かった瞼を薄目に開くと、窓から鮮やかな青のグラデーションが差し込んでいた。
 綺麗だ。
 曖昧な意識の中、その美しさに惹かれるように、惚けた目で窓の外ばかりを眺める。


 そんな僕の頬を、枯れ葉が撫でた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「……ん」
 またなにか意味深な夢を見ていたようだ。
 雨の降る森の中、うつぶせに眠る僕。状況がしばらく飲み込めず、たっぷり何十秒も掛けて、鈍い痛みを伴う右腕の現状を思い出して苦しい息を吐き出した。
 寝転がって仰向けになる。雨は激しさを、夜は深みを増している。どれくらい寝たんだろうか。あれから誰も迎えに来ていないようだ。ちょっと寂しい。
 起き上がる気力もなかった。このまま二度寝してしまおうかと思うくらい体が重く感じる。右腕の傷のせいかなと思ったが、よくよく考えてみれば起きれないのはいつものことだというのに気づいた。
 安心して欠伸が漏れた。ふっと気が楽になる。こんなとこをヒカルにでも見られたら、余計な心配をさせたことを咎められるだろうか。そう思うと、なぜかすぐそこまでヒカルが来ているような気がして寒気がした。
「――カズマ!」
 あれれ? ほんとに聞こえてきた。幻聴かこれ。
「返事してっ! カズマってばあ!」
「お兄ちゃーん!」
 やべえ、レアなことにお兄ちゃん呼ばわりする子までいる。ひょっとしてあれか。お迎えか。これってお迎えなのか。どうりで異様に気が楽だと思った。
「カズマーッ! オレだーッ! 爆発してくれー!」おおよそお迎えに適任ではない輩の声まで聞こえてきた。どうやら僕はもうダメらしい。なにもかも諦めて目を閉じた。草や小枝を踏む足音が近付いてくる。最近のお迎えは地に足をつけてるんだなあ。
「いた!」ああ、見つかった。「カズマっ!」
 上半身を起こされる。渋々目を開けると、そこには紛れもなくヒカルの張り詰めた顔があった。ヤイバやハルミ、それにクリスティーヌとあのチャオも一緒だ。
「ああ……来てくれたんだ」
 ようやくその事実を認めることができた。寝起きで意識が酷く朦朧としていたらしい。
「ばかっ、ばかやろおっ! そんな傷まで負ってっ」
「ああ、これ? 別にそんなに痛くないよ」
「何言ってるんですかっ」
 ハルミに右腕を持たれる。痛みが急に増して思わず顔をしかめた。
「出血だけじゃないんですっ、これだけ傷口が大きかったらばい菌だって入り放題なんです! ほっといたら死んでもおかしくないんですよ!」
「……ごめ」
「ごめんなさい」
 心配させたことを謝ろうと思ったら、急にクリスティーヌが僕の言葉を遮って顔を俯かせてしまった。体が震えている。抱き抱えられたチャオも同様に思い詰めた顔だ。
「どうしたのさ、急に」
「だって、こうなったのは全部、私のせい……だもの」
「運が悪かっただけだよ。それに僕、こういうのには慣れてるから。ね?」
「えっ……あ、うん。そう、ですね」
 突然話を振られて、ハルミが困った顔をした。ちょっといじわるだったかな。
「でも、私があなた達と一緒にこんなところに来なければ」
「ああっくそが、お前らリア充ごっこもそこまでにしろよ!」
 校長先生怒りますよ、とヤイバが話の流れをぶった切った。人一倍面倒くさいキャラをしているが、空気だけは読める良いやつだ。
「今それどころじゃねえんだろが! 世界の危機なんだろうが!」
 あれ? 僕が思ってたのとなんか事情が違う? なんだ世界の危機って?

 ――その時、獣の咆哮のようなものの響きが聞こえた。
 いや、今にして思えばそれは獣ではなかったのだろうが、その時の僕にはそうとしか聞こえなかった。
 揺れる木々の合間から見える王国。そこにまるで大怪獣の人形でも置いたような光景が目に映った。
 町で、大きなバケモノが咆えていた。

 右腕の痛みなんか忘れてしまうほど、僕はその姿に釘付けになった。
 山を降りてくると、そいつの巨体がよく見えた。あれは確かに人の上半身のようだ。それが駄々っ子のように、地面に手と思しき部位をめちゃくちゃに叩きつけている。
「……なんだ、あれ」
「あの森よ」
 クリスティーヌがぽつりと呟いた。
「あの森?」
「ええ。あなたたちと出会った、あの森」
 僕らとクリスティーヌが出会った森。それって、僕らが目覚めた森? あれが?
「な、なんで? どういうこと?」
「知るかよ。いきなりあの野郎、森からドでかいバケモノに変形しやがった。今、先輩達があれとやりあってんだ」
「あれと?」
 たしかに、よく見ると目に見えるほどの風や、炎とか水とかが見える。
「でも、どうするの? あのままじゃ所長達やられちゃうわよ」
「え、どうして?」
「あいつ、死なないのよ。どういう仕掛けなのかしらないけど」
「はあ? し、死なない?」
「信じられないかもしれないけど死なないのよ!」
 どういうことだ、と問うことも許さず、ただヒカルは強い語気で言い放った。死なない? 燃やしたりしてもか? そんなバカなことがあるかよ。ここの木だって枯れてるのに――
「枯れてる?」
 その時の僕は、傷を負って出血していたにも関わらず冴えていた。
「……僕、天才かもしんない」
「はあ? 何がよ?」
 なんだか知らないけど、確信があった。まるで誰かに教えてもらったみたいだ。なんでだろう? こんな根拠も何もない思いつきが、僕の背中を強く後押ししている気がする。誰かが、それで間違ってないって言ってる気がする。
「クリスティーヌ、あの森の地下に通路はある?」
「えっ……ええ、あるわ。あなたたちと会った時も、ちょうど地下通路から出た後だったの」
「案内して。あいつを倒せるかもしれない」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 地下通路の強行は予想以上に困難だった。敵がいるわけではないが、とにかく揺れる。あのバケモノがしこたま地面を揺らすせいだ。そんな状況で地下を進むというのは一種の自殺行為のようなものだった。通路がいくつか崩れているのだ。おかげで何度も回り道をするハメになった。クリスティーヌがいなければ、目的地につく前にさんざ迷った挙句お陀仏だったろう。
 途中、崩れる石のブロックに潰されそうになるアクシデントを何度も体験しながら、僕らはとうとう目的の場所までやってきた。
 そこは他と同じように崩れてぐしゃぐしゃになった通路だった。だが、その瓦礫の中に鉄扉が埋もれていた。崩れた通路に横道が生まれている。
「ここだ!」
 横道に飛び込むと、そこは思った以上に壮絶な光景だった。土の中の空洞に、特大の蜘蛛の巣みたいな木の根っこが張り巡らされていた。ここがあのバケモノの真下だ。
 それだけに、どこよりも危険な場所だった。バケモノがまた地面を叩いたようだ。その振動がダイレクトに伝わってきて、僕らは体制を崩してしまう。
「やだ……やだ……」
 クリスティーヌの腕の中にいたチャオが、目に見えた恐怖を隠すように顔を埋めた。この子の為にも今すぐ終わらせないと。
「カズマ、どうするの?」
「斬るんだ。こいつを」
「こいつって、根っこをか? どうして」
「説明は後だ! 僕の考えが正しければ、これでバケモノを倒せる!」
 我ながら滑稽な台詞だけど、そんなこと気にしている場合じゃない。腕の痛みを堪えて剣を引き抜く。他の三人も武器を手に取り、クリスティーヌは躊躇いがちにチャオを肩に乗せて剣を抜いた。
 そして、手当たり次第に木の根っこをぶった斬っていった。傘を開いたような形をしたそれは本当に蜘蛛の巣みたいに脆くて、斬ること自体は何も難しくはなかった。腕の痛みをアドレナリンでごまかし、とにかく斬って斬って斬りまくって、最後の一本を断ち斬った。
 咆哮が僕らの耳を穿つ。上の土がボロボロと落ちてきて、顔を上げていられなくなる。そんな僕らの背中を雨が打った。驚いてまた顔を上げると、雨を降らす空が見えた。大きな穴が開いたんだ。支えを無くして、あいつが倒れたんだ。
 ――やった。
 張り詰めたものが一気に抜けてその場にへたり込んだ。晴れない空とは対照的に、僕の心は達成感で晴れ晴れとしていた。

 でも、それは気のせいだった。ちっとも晴れちゃいなかった。
 大きな振動が聞こえる。あいつが地に伏した音だろうと思った。けど、振動がそれで終わらなかった。二度、三度と地を揺るがしている。
 何かおかしい。
 また奴の咆哮が響き渡った。続く振動はあいつが地に伏せる音とはとても思えず、どちらかといえば怪獣の歩くような音に聞こえた。
 ……うそだろ?
 僕を嘲笑うように、もう一度奴が咆えた。
 あいつはまだ――生きてるのか?
 だって、おかしいだろ?
 あいつの生命線は叩き斬ってやったんだぞ。
 どうして死なないんだよ?
「カズマ、どういうことよ! あいつ死んでないじゃない!」
「…………」
「カズマってば!」
 振り向いた僕の顔を見て、途端にヒカルは怒ったような表情を萎ませた。どうも今の僕の顔、酷いらしい。
「お兄ちゃんの考えって、どんなだったんですか?」
 ハルミが比較的優しい顔で尋ねてきた。的を外した考えを話すなんて言い訳みたいになって嫌だった。
「……枯れている木を見たんだ」
「木、ですか?」
「うん、外の森でね。それで思いついたんだ。ここの木は、外の森の命を奪って生きてるんだって」
 あの時見た枯れ木。あれは生きる力に飢えたバケモノが地中深くで繋がった根っこで命を奪っていたせいだ。そのはずなのに、なんなんだよ。どうしてあいつは死なないんだよ。どんな木かは知らないけど、齢百年くらいのクソジジイなんだろ? それがどうして地面から離れて元気に暴れるんだ。
 どうして。
引用なし
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