●週刊チャオ サークル掲示板
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
1804 / 1967 ツリー ←次へ | 前へ→

小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」 冬木野 11/12/23(金) 22:03
FIRST CHIEF SIDE DIGEST 冬木野 11/12/23(金) 22:07
No.1 冬木野 11/12/23(金) 22:16
No.2 冬木野 11/12/23(金) 22:22
No.3 冬木野 11/12/23(金) 22:28
No.4 冬木野 11/12/23(金) 22:32
No.5 冬木野 11/12/23(金) 22:39
No.6 冬木野 11/12/23(金) 22:45
No.7 冬木野 11/12/23(金) 22:49
SECOND CHIEF SIDE DIGEST 冬木野 11/12/23(金) 22:09
No.1 冬木野 11/12/23(金) 22:55
No.2 冬木野 11/12/23(金) 23:02
No.3 冬木野 11/12/23(金) 23:09
No.4 冬木野 11/12/23(金) 23:16
No.5 冬木野 11/12/23(金) 23:21
No.6 冬木野 11/12/23(金) 23:32
THIRD CHIEF SIDE DIGEST 冬木野 11/12/23(金) 22:11
No.1 冬木野 11/12/23(金) 23:36
No.2 冬木野 11/12/23(金) 23:48
No.3 冬木野 11/12/23(金) 23:52
No.4 冬木野 11/12/23(金) 23:57
No.5 冬木野 11/12/24(土) 0:02
No.6 冬木野 11/12/24(土) 0:05
No.7 冬木野 11/12/24(土) 0:08
No.8 冬木野 11/12/24(土) 0:11
PRINCESS SIDE TO AFTER 冬木野 11/12/24(土) 0:16
冬木野 11/12/24(土) 0:35

小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:03 -
  
 むかしむかし、あるところに、人々と共にチャオという生き物が暮らしていました。
 それはとても愛らしい妖精のようで、人々と触れ合うのが大好きでした。
 ですがある日、チャオを食べるおそろしい怪物があらわれ、たくさんのチャオを殺してしまったのです。
 怪物たちを追い払った人々は、おそわれた町の惨劇を見てこういいました。

「すべてはチャオがわるい」
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

FIRST CHIEF SIDE DIGEST
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:07 -
  
 かつて異世界を渡り歩き旅を続けていた過去を持つゼロ達。ある日突然、気付かぬうちに異世界で目覚める。

 久しく目の当たりにした見知らぬ異世界で、彼らはバケモノ扱いされ、町の中の森へと逃げ出す。そこで彼らを襲った正真正銘のバケモノ。

 混迷を極める町で、魔法使いたちは仲間の姿を求め動き出す。


>ゼロ:男性:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 白い帽子と眼鏡がトレードマークの、小説事務所の所長。

 その正体は風を自在に操る魔法使い。今はその力を持て余し、事務所で眠ってばかりいる。

 突然やってきた異世界を目の当たりにし、鈍る体に鞭打って帰る方法を模索することに。


>パウ:女性:テイルスチャオ
 小説事務所きってのメカニックであり、熱と炎を操る魔法使い。

 見知らぬ異世界で、草木のバケモノに対するリーサルウェポンとして活躍する。

 密かにこの状況を楽しんでおり、その行動はどこか奔放的。


>リム:ヒーローチャオ(垂れウサミミ)
 小説事務所の受付嬢に甘んじる、狂った豪運を持つ少女。

 水分を操る魔法使い。突っ走り気味な二人をサポートするお姉さん役。

 専ら常識人の立ち位置であり、異常事態に対してどこか抜けている二人に少し呆れている。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

SECOND CHIEF SIDE DIGEST
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:09 -
  
 妖しい夜の森の中で目を覚ましたカズマ達。自分達の見知らぬ世界で、彼らは不思議な少女と出会う。

 見慣れた顔をしたその少女はチャオという存在に惹かれており、彼らの知り合いであるというチャオに会いたい一心で、行くアテのないカズマ達に便宜をはかる。

 だが、そんな少年少女達を待ち受けていたのは、町に突如現れたバケモノだった……


>倉見根 カズマ:男性:人間
 表の姿は高い技術を持ったゲーマーであり、裏の姿は高い技術を持ったクラッカーである、サブカルチャーのエリート。

 自分の能力が一切通用しない世界で、元の世界に戻るべく懸命に動く。

 見知らぬ世界で目覚めたことにさほど危機感を感じていないのが強いところ。


>東 ヒカル:女性:人間
 アウトローな一同を一手に纏める、みんなのお姉さん役。

 幼い頃から鍛えた体と、古くから家に伝えられてきた技、一振りの剣を手にして戦う。

 異世界で突然目覚めたことに始まり、この面子の中で最強扱いされる自分の立ち位置など、内心混乱の種が尽きない。


>木更津 ヤイバ:男性:人間
 無法の体現者と言っても差し支えない、方向性の狂ったポジティブさが売りのおとこ。

 この状況を誰よりも楽観視しており、いつもとなんら変わりないキャラを維持している屈強のおとこ。

 あまり役に立っていないわ、相も変わらず疎まれるわで何かと不遇のおとこ。


>倉見根 ハルミ:女性:人間
 みんなの中で最年少でありながら悲観的な過去を持つ少女。

 かつての経験を活かし、ナイフ一本でバケモノの群れに果敢に立ち向かう。

 冷静でいるように見えて、この状況に対し一番気が立っている人物。危険に対し常に感性を研ぎ澄ませている。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

THIRD CHIEF SIDE DIGEST
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:11 -
  
 まるで夢の中のような世界で一人目覚めた未咲ユリ。そんな彼女はとある騎士に姫と呼ばれ、そのまま自らの家だというお城に連れていかれてしまう。

 出会う人全てにお姫様と呼ばれ、町がバケモノ騒ぎによって混迷を極め、どうすればいいかわからないユリに、ただ一人だけ彼女を姫と呼ばぬ見知らぬ老人が現れた。

 老人は言った。死なない木を切ってほしい、と。


>未咲 ユリ:女性:人間
 ひょんなことから探偵になり、チャオになり、人間になり、不死身になった少女。

 目覚めた異世界で焦る彼女は、仲間達を探し出すために老人の力を借りる。

 裏付けに乏しい仮説で動く、アテにし難い可能性を信じるなど、才能こそあれど探偵として安定感がない。ついでに言うと運も悪い。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.1
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:16 -
  
 ――これはなんの冗談だ。
 周囲に群がる古風な姿をした兵士達を見て、俺は真っ先にそう思った。
 まったく、頭が痛くなってくる。
 見知らぬ町の路地裏で目を覚ましたと思えば、表に出た時の光景はとても現代とは思えなかった。
 挙句、古風な姿をした住民達は俺達を見て急に叫びだしたかと思えば「衛兵を呼べ!」とか叫んで、文字通り衛兵がやってきた。

「……おい、パウ。カメラはどこだ」
「さあ? 監督の姿も見当たらないね」
 どうやら映画の撮影ではないらしい。となると、ここは……
「異世界、じゃないですか?」
「だろうね。ここのところずっと平穏だったし、随分と久々だね」
 ということらしい。淀みのない青空、毛色の違う空気を肌に感じ、溜め息を一つ吐いた。我ながら飲み込みの早いことで。
「このバケモノめ! いったいどこから進入した!?」
 槍だの盾だのを構えた衛兵達が、俺達に向けて歯を剥く。
「だってさ」
「可愛い事前提のチャオに向かってバケモノって、この世界の人達はどういう美的感覚してるんでしょう?」
「さあな。熱烈な視線を浴びるって事実は変わらんみたいだが」
 どこから湧いてきたのかは知らないが、数え切れない程の衛兵達は皆、俺達に敵対心むき出しの目を向けている。少なくとも話の通じる雰囲気ではなさそうだ。周りの一般人達も見慣れない危険物でも見るような目でこっちを見ている。
「ゼロ、どうする?」
 どうする……か。
 とりあえずはこの場を切り抜けなければならないだろう。だが、ただ逃げるにしても俺達はこの町を知らない。適当に逃げて衛兵を撒いたとしても、住民さえも俺達を見て叫びだすんじゃ話にならない。かと言ってこの衛兵達を蹴散らしてもキリがないだろうし、仮に全員倒したところで悪名はあがるわ次の追っ手が来るわで状況は好転しないだろう。
 さて、どうするのが最善か。

「……逃げるしかないな」
「どこまで?」
「人のいないところを探すしかないだろう」
「貴様ら、何をごちゃごちゃ言っている!?」
「うるさい気が散る、作戦会議中だ」
「ふざけた事を……総員、決して民には被害を出すな! この場で仕留めろ!」
「おおーっ!!」
 衛兵全員が雄叫びをあげ、古風な武器を構えて突進してきた。ますます古臭い。
「民間人には手を出すな、だって」
「努力するさ。リム、頼む」
「わかりました。動かないでくださいね」
 そういってリムは構えを取り、目を瞑って息を静めた。思えば、俺達の力を遠慮なく使う機会も随分と久々だ。俺達にはやはりこういった世界の方がお似合いなのかもしれない。
 長居する気は、起きないが。

「せー……のっ!」
 リムが地面を叩いた。
 そして地面は水を噴き出した。
 太陽目掛けて、天高く。
「な、なんだ!?」
 猪突猛進してきた衛兵達の何人かは吹き上げられた水に飛ばされ、それを見かねた他の衛兵も怯んで足を止めた。俺達を囲むように吹き出した水の壁は、俺達に退路を確保する為の猶予をくれた。敵さんの手薄なところは……あった。
「リム、あそこだ」
 俺の指示した方向の水が止んだ。衛兵が怯んでいる隙に、俺達は一目散に駆け出した。
「逃げたぞ!」
「追え! 逃がすな!」
 俺達が逃げ出したのを見かねた衛兵達はすぐさま後を追いかけてきたが、追いつけやしない。
 イメージするのは、俺達を背中・足元から押し上げてくれる追い風。地面を蹴れば、普通より遠くへと伸ばした足が届くように。向かう先に抵抗する風は無いように。傍から見れば、ただ速く走っているように見えるだろう。
「くそ、逃げ足の速い奴らめ!」
 御覧の通り。
「この先の道を封鎖しろ! 絶対に逃がすな!」
 思った以上に向こうもテキパキと動いてくる。指示した頃には俺達の走る道の先には沢山の衛兵達が通せん坊をしていた。
「退路を断つつもりらしいね」
「退かせばいいんだろ? 頼む」
「やれやれ。周囲に被害は出さない方針じゃなかったっけ? リム、消火はお願い」
 リムが頷くのを確認したパウは走る勢いを少し殺してホップ、サッカーボールを蹴るような動作で地面に衝撃――火柱を走らせた。
「うわああっ!」
 それに驚いた衛兵は咄嗟に火柱を避け、俺達はあっさりと封鎖を突破した。振り向きざまリムがパウと同じように地面を蹴り、今度は水柱を走らせて火柱を綺麗に消火してみせる。立つ鳥跡を濁さず、というやつだ。
「なんだ、いったい何をしたんだ?」
「馬鹿者! ボサッとしてないで追うんだ!」

「やっぱりああやって驚いてくれるとマジックも披露し甲斐があるよね」
「暢気な事を言ってる場合じゃありませんよ。向こうは数が多過ぎます。このまま悠長に走り回ってたら振り切れません」
「そうだね。相手しようにも、町には損害を出したくないし、かと言って手加減してると状況は泥沼だ」
「悠長に走り回らなきゃいいんだ。上に逃げて撒くぞ」
 ちょうど良いタイミングで曲がり角の場所までやってきた。俺は目の前に立ち塞がっている建物目掛けて迷い無く走る。パウとリムもちゃんと付いてきている。
 段々と距離を縮め、最適なジャンプポイントに差し掛かった俺は力強く跳んだ。と、同時に風向きを変える。果てしなく強く下から吹く風に飛び込み、体は高く舞い上がる。そして俺は軽々と天井へ着地した。後ろの二人も問題無く付いてきている。
 俺達の後を追っていた衛兵達は、軽々と飛び移ってみせた俺達とは対照的に足を止めてしまったようだ。この隙に俺達は更に天井から天井へと飛び移り、目に付いた最も高い場所へと移動した。
「おー……広いな」
 俺の想像していた町よりは二、三倍程は広く、そして立派な町の光景がそこには広がっていた。具体的な面積はわからないが、一般的な市町村くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。

 そして、俺達の視線を掻っ攫った立派でドデカい建物が一つあった。
 ――城。
 そう形容するしかないくらいの建造物が陽に照らされていた。
「……ファンタジーだな」
 感想としては、それが最適だろう。
 古風な町、古風な人々、そしてこんな城を見せられちゃ、他に感想は思いつかない。中世を思わせる町並みは間違いなく幻想的に見えた。
「逃げようって言っても、ちょっと苦労しそうですね」
「ボク達が町の外への出口に着く頃には、とっくに包囲網ができてそうだね。多分」
「そうだなぁ……」
 これだけの規模ならあの数の衛兵も納得がいく。ここは町というよりも、一つの王国と言った方が通りの良い場所のようだ。とすると、何も考えずに逃げるのは困難だ。ここはどこかに姿を隠して、警戒が弱まる頃を見計らった方が良さそうだ。問題はどこに身を隠すかだが……
「ゼロさん、あの森なんかどうです?」
「森?」
 リムの指差す方角を見ると、なるほど確かにそこには森があった。王国の敷地内に森ね?
「本当に人がいないかは甚だ疑問だが、まぁ妥当だな。行くぞ」
 衛兵達が集まってくる前に急がなくてはならない。俺達は再び風に身を任せ、建物と建物を軽々と跨いで走り出した。民間人が何気なく上を見ないことを願いつつ。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.2
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:22 -
  
 結果的には、衛兵達はうまく撒けた。果たして住民には見つからずに移動できたかというと疑問が残るが、しばらくは追っ手は来ないものと考えてもいいはずだ。
 辿り着いた森には確かに人の姿は無かったが、それでも人が頻繁に出入りしている森だということが見て取れた。思ったよりも草が茫々としておらず、地面があちこち踏みならされている。どうやら身を隠すのには向かないようだ。
「さて、これからどうしようか?」
「さあな」
「困りましたねー」
 そういう割に危機感が無いのは、こういった状況を懐かしむくらいには慣れているせいだろう。

 一度状況を整理してみよう。
 ここは俺達の知らない異世界だ。どうやってここに来たのかはわからない。住民達は俺達を見るなりバケモノ扱いする。これだけで状況は絶望的だ。
 元の世界に帰る方法を探すにも、まずは身の安全の確保をしなくてはならない。町の外までは追われないだろうが、向こうさんにも被害を出さないようにして脱出するのはちと面倒だ。向こうの警戒が緩むの待つ為に、しばらく身を隠す必要がある。
 だがこの森は人の出入りが多そうだ。身を隠すのには向かない。ということはまた別の場所へ移動しなければならない。それも誰にも見つからずにだ。こいつは少々厳しい。
 方法は二つある。向こうさんのことはこれっぽっちも気にせずごり押しで逃げ切るか、戦うつもりがないことをなんとか示してみるか。……ううむ、後者は俺の性に合わない。ごり押しで逃げちまおうかな。

「――誰か来ます」
 突然、リムが手をあげて木々の向こう側を見据える。草の揺れる音が聞こえるのが俺にもわかった。
 音のする方向を睨む。草の揺れは次第に大きく不規則になり、かなりの数がこちらに迫っているのがわかる。ひょっとして、もう見つかったか?
「いや……」
 違う。おかしい。
 草の揺れが近付いている。目に見えるところまで来ている。それなのに、相手の姿が見えない。草むらに隠れている。
 近付いてくるのは人間じゃない。
 俺達は身構えた。草の揺れが近付くにつれ、だんだんと静かになっていく。どうやら向こうは俺達を追い詰めているつもりのようだ。
 一度、場が完全に静まり返り……そいつらは草むらから飛び出し姿を現した。
 俺達ほどではないが小さく、それでいて妙に手足がでかい。草木や根っこで構成されているらしく、顔の部分にある目と思しき花二つが異様にギョロギョロと動いていて、なるほどこいつはバケモノだとわかる。
「ひょっとしたら俺達は、こいつらと同類に見られたのかもな」
「こいつらと? 冗談じゃないよ」
 確かにこのバケモノと比較すれば、俺達はどう考えてもバケモノ扱いされる理由がない。逆に考えれば、ここでは俺達のような人外がよほどメジャーではないということか。
 などとぼんやり考えているうちに、その数は2、4、8と増えていく。物言わない連中だが、どうも友好的って感じではなさそうだ。
「そういえば私達、こういう見慣れないバケモノとやりあうのは初めてですね」
「そうだったか? どこが弱点かわかんねえけど、とりあえず燃やせるよな」
「ボク、火事は起こしたくないよ。リム、サポートお願い」
「文字通り火消し役ですか。……ゼロさん、来ます」
「ああ」
 いよいよ飛びかかってきた一体を、俺は片手で受け止めた。意識の中で目標を定める。狙いはこいつの体の中。そのイメージ通り、内側から風で切り刻んだ。案外脆い。本気を出せば簡単に一掃できるが、誰にも悟られないようにしなきゃいけない。
 なだれ込むように押し寄せる敵を、最も手際良く相手していくのはやはりパウだった。適当に狙いを定めて焼却処理しては、森に燃え移る前にリムが手早く消化作業を行う。良いコンビだ。そういえばこの二人、幼馴染だったかなとなんとなく思い出に耽る。
 しかし、状況はどうも優位になってくれない。効率的だなと感心すら覚えるほど敵を処理できるのに、向こうの数は減るどころかどんどん増えていく。
「おい、なんで減らねえんだこいつら」
「さてね。ひょっとしたら、ここが奴らのホームグラウンドなんじゃないかな」
 なるほど。見て呉れの通り草や木で構成された連中なら、この森で生まれてるのかもしれない。
「じゃあなんだ、勝手に入ってきた俺達が悪いのか」
「かもしれないね。どうする? 謝って帰る?」
「でも、ここから出たら今度は衛兵に追われますよ」
 起きてからずっと踏んだり蹴ったりじゃないか。どれだけ嫌われてるんだ俺達は。何か罰当たりなことでもしたか?
「話の通じねえ奴の相手してるよりは人間様の方が何倍もマシだろ」
「賛成」
 攻撃を早々に切り上げ、俺達は躊躇無く逃げ出した。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 だが、俺達の目論見はまたしても外れることとなる。
「……おい、今日は厄日か」
 俺は目の前の光景が些か信じられなかった。
 確か俺達は、道行く人という人にバケモノ扱いされながら森まで逃げてきたはずだ。それがなんだ? ちょっと時間を潰してまた戻ってきてみれば――誰もいないとは。
 息も吐かせぬ事態の数々に、だんだん頭が追いつかなくなってくる。これはいったい何がどうなってるんだ。どうして誰もいない? それどころか町も荒れているように見える。森にいる間に2世紀くらい経って廃墟にでもなったか?
 何はともあれ状況が見えない。情報が少なすぎる。
 さらに厄介なことに、さっきのバケモノが追いついてきた。考える余裕もなさそうだ。
「でも、向こうのホームグラウンドからは離れたし、今なら本気も出せるね」
 確かにこの状況は今までよりマシだ。ようやくツキが回ってきた――そう思った矢先、いきなり出鼻を挫く声が聞こえてきた。
「いたぞ、あそこだ!」
 思わず天を仰いだ。バケモノの裏側から衛兵の声と足音が近付いてくる。誰もいないとか言ったらこれだよ。なんかに憑かれたかな、俺?
「ゼロ、どうするの?」
「知らね。もう知らね。俺知らね」
 あまりにも悪運続きが過ぎる。もうどうでもよくなった俺はその場に寝転がった。向こう側では衛兵とバケモノが戦いを始めている。結構なことだ。そのまま共倒れにでもなってくれ。
「ちょ、ちょっとゼロさん! ダメですよ、敵がいるんですよ!」
「あとは任せた。俺は寝る」
「リム、行こ」
「で、でもっ」
 パウは察しが良くていい。他人想いの友達を持って俺ぁ幸せだ。何かが燃えたり斬れたりする音を子守唄に、俺はゆっくり目を閉じた。


 ま、結局10分もしないですぐ目を覚ますことになったわけだが。
「動くな!」動いてねえよ。
「ま、待ってください! ボクら別に敵ってわけじゃあ」
「黙れ! そんなこと信用できるか!」
 気付けばここに来た時のようにぐるりと包囲されている。結局これに逆戻りってわけだ。
 馬鹿馬鹿しい。
「あのさあ」
 体を起こしただけだっていうのに、衛兵達は必要以上にビクつく。なんて情けない奴らなんだか。俺はさっきから溜まっていた恨み辛みでも吐くように言葉を並べてみる。
「最初に会った時のことは悪かったと思うけどよ、今回は助けてやったってのになんだのこの待遇は?」
「何をごちゃごちゃと、このバケモノめ」
「バケモノ? バケモノっつったかてめえ俺んとこのバケモノなんざもっとひでぇぞ人の首噛むんだぞ」
「それ誰の話?」
「ええい、いちいち口うるさい奴らだ。そもそも貴様らはなぜこの町に現れた?」
「それがわかりゃ苦労しねーよ、なんだったらお前どうして自分の家が代々ビンボーなのかわかったりするのかお前」
「な、なぜそれを知っている!?」
「え、なんだお前図星かよ悪いなんか酷いこと言った」
「ふざけるな! なんて奴だ、ずっと気にしてたのに!」
「いやだから悪かったってほんと。どうせ学校も行けなくて文字も書けないわ掛け算もできないわで大変なんだろ?」
「バカ言え掛け算くらいおれにだってできる!」
「じゃあ割り算は?」「う、で、できるに決まって」「30÷2は?」「に、にじゅうはち」「15だバーカ引き算じゃねえよ」「く、くそお! 18782×2はなんだ!」「37564だろ?」「な、なんだと」「音速で解きやがった」「バケモノだ」「だからバケモノじゃねーっつってんだろが!」
 その時、俺の肩をリムがぽんぽんと叩いた。気付くと俺は衛兵の一人と顔を突き合わせてお互いに唾を飛ばし合っている最中だった。周囲の人間も構えを解いて何やらざわついている。
「あの、バカみたいですよ?」
 この一言で、場の空気が一気に寂しくなった気がした。


「……では、信用していいわけだな?」
 想定外の漫才(?)によりお互いの距離が縮まり、ようやく話をここまで漕ぎつけることに成功した。なんてったってこいつら、救いがたいバカばっかでなかなか事情を飲み込んでくれず、噛み砕いて説明するだけで酷く疲れた。結局俺達のことは、先祖代々魔法を受け継いでるチャオという種族で、何者かの陰謀によりここに飛ばされたという設定にしておいた。
「その何者かとはいったい誰だ?」
「わかんねーから何者かって言ってんだろ」
 言いながら、俺もちょっと疑問に思わないわけではなかった。どうして俺達はこの世界にやってきたのだろうか。ずっと昔も何度か異世界へ渡ったりすることはあった。だが、それら全ての理由は今でもわからずじまいだ。その時出したのは、ここで何かやるべきことがあるからという青二才も良いところの結論だったっけか。
 それが正しいとして、俺達はここで何をすべきなんだろうか。バケモノ退治でも手伝えばいいのか?
「すみません。ちょっとお尋ねしたいんですけど、あの草っぽいバケモノのことについて何か知りませんか?」
 俺の考えでも見越したか、リムが一歩出て衛兵と話を始める。
「おれたちにもわからないんだ。おまえらと一緒で、今朝突然現れたんだ。住民を城に避難させるのに必死で、まだ詳しいことは何もわかっていない」
 なるほど、住民は城に避難していたのか。頭は悪いが行動は早い。
「おい、こんなところでいつまでも油を売ってる暇はない。早くしないと、姫様が危ないぞ」
「姫様?」
 如何にもな単語が出てきて、俺は内心うへえと舌を出す。大したことではないのだが、俺はおとぎ話色の強いファンタジーはあまり好きではない。
「情けない話なのだが、国王の娘が行方知れずなのだ。バケモノたちの手にかかってしまう前に見つけ出さなくてはならないのだが、一体全体どこにいるのか」
 なんとわかりやすい話か。チャチな話ならば、姫を助け出した勇者は最終的に姫と添い遂げたりするんだろう。俺だったら丁重にお断りする。
「ボクたち手伝ってあげようか?」
「本当か!」
「最初に会った時のお詫びだよ。どうせやることないし」
「待った待った、パウくんちょっとこっちに来なさい」
 何やら勝手に話を進めようとするキツネもどきの腕をずるずると引っ張る。
「なんでよそ様んとこの姫を捜さにゃなんねーんだ。そういうのは勇者の役目だろ」
「そうは言うけど、案外ボクたちが勇者なのかもしれないよ?」
「んなわけあるか」
「それにここはこの人達に良い顔しておいた方が後々楽だし。なんだかんだ言ってボクたち孤立無援だよ?」
「う」
 イタイ事実を突きつけられた。考えてみりゃ俺達はたったの三人。他に知り合いも見当たらない。確かにここは現地の人間と目的を共にした方が得策か。
「では、おれが一緒に付こう。よろしく頼む」
「……ああ」
 名乗り出た一人の衛兵に、俺は苦々しい声で応えた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.3
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:28 -
  
 しかし、一口で人を捜すと言っても容易なことじゃない。
 なんとも不都合なことに、そのお姫様の写真もなければ絵も描けた状況じゃない。特徴を聞いてみても、やけに誇張されるし抽象的だし参考になりゃしない。だから俺達ができることは、アテというアテを虱潰しにあたる衛兵達を護衛することくらいだ。
 しかもそのアテとやらの数が多過ぎる。どうもこの国のお姫様という奴はかなりのおてんばらしく、しょっちゅう城を抜け出しては国中あちこちを闊歩しているようだ。王家の者の中では一番民衆と仲良くしていると言っても過言ではないらしく、一度城を抜け出されるととにかく見つからないらしい。なにせ聞き込みを行ったところで誰も彼もが「見てない」「知らない」「会ってない」と、決まってお姫様の味方をするんだとか。
 それに加えてこの非常事態だ。ちょくちょく邪魔してくるバケモノもあしらわなければならないから、とにかくはかどらない。捜索を始めてまだ数十分も経ってないのに、もう7回はバケモノの大群と出くわした。
「大体なんなんだよあいつら、お前らの近所付き合いどうなってやがる」
「ああ、なんだ。その、すまない」
「そこ謝るとこじゃないですよ」
 流石に衛兵も参っているらしい。顔に疲労の色を溜めている。
「我々もなにがなんだかわからないんだ。あんなバケモノを見たのは本当に初めてなんだ」
「そうなの? ボク、てっきりあんなのが出てくるのが普通なのかなって」
 まったくだ。ああいったバケモノ相手に修行とかしてる連中がどの町にも4、5人はいる世界かと思っていたが、どうやら違うらしい。
「バカ言え、あんなのが日常茶飯事だったらこの世界はお終いだ」
 確かにそうだ。冷静に考えて、ゲームであれだけ魔物と出くわすのは、魔王なりなんなりが現在進行形で世界を征服してるからなわけだ。本当に世界が平和なら勇者は必要ない。
「じゃあなんだ。この世界は今、魔王やらに征服されようとしてるってか」
「あながち冗談じゃなさそうだからタチ悪いよそれ」
「ひょっとしたらお姫様もとっくにさらわれてるかも」
「おいおまえら縁起でもないことを言うな! もし本当だったらどうする!」
「どうするよ?」「な、なんだ、おれがどうにかするのか?」「うーん、あまり勇者って感じしないね」「わたしだったら助けに来られてもあんまり嬉しくないかも」
 女性陣の集中砲火により、衛兵は倒れた。
「……そうだよな、どうせおれは誰かにモテた試しなんてないさ」
 なんだこいつ、どっかの誰かを思い出すな。
「それに姫は既に意中の人がいるからなぁ」
「え、そうなの?」
「わあ、どんな人なんですかそれ?」
 二人ともここぞとばかりに食いつきやがる。俺はこういう話は特に好きじゃないので、二、三歩離れて適当に町並みに目を向ける。
「国王直属の騎士団の団長さ。まだまだ若いが、この国で一番腕が立つ。それに容姿も良いときたもんだから、団長目当てに城で働きたいっていうメイド志望が多いんだ」
「へええ。なんかありがちな話だけど、いるもんだねえ」
「で、その人どこか鈍感だったりするんですよね?」
「よくわかるなその通りだ。団長にフラれたことを理由に仕事をやめて実家に帰るメイドも多くてな。おれたちもいつ姫様が振られるかと冷や冷やものだ」
「わー! 凄い罪作り!」
「やだぁ、そのメイドさんたちの代わりに一発ぶん殴ってやりたいです」
 よくもまあそんなキャッキャ騒げるもんだ。俺には何が面白いんだかよくわからない。群がる女達をばっさばっさと斬り捨てる団長殿の手腕に拍手でも送ればいいのか?

「た、助けてくれ〜っ!」
 そんな退屈な俺を救ったのは、情けないことこの上ない男の声だった。
 待ってましたとばかりに(別に待っていたわけではないが)颯爽と声のした方へ駆けつけてみると、商人のような奴がバケモノに襲われていた。逃げ遅れだろう。
 しかし、バケモノの方は何かが違った。俺達が出くわしたバケモノよりも明らかに大きい。巨人と言っても差し支えないゴーレムの一種みたいな奴だ。変わらないところと言えば一目見てわかる草木の体と目の役割をした花か。
「な、なんだあいつは」
 後からやってきた衛兵も、異様な大きさを誇るバケモノを目の当たりにして腰が引けていた。
「あれも初めて見るのか」
「あ、ああ……」
「早く助けてあげないと」
 そう言って一歩踏み出したパウを、よく通る声が遮った。
「待て!」
 俺達の横を誰かが通り過ぎた。西洋風の軽装な鎧を纏い、マントをたなびかせたその男は、ああこりゃ勇者っぽいなあと思わせるに足る青年だった。チラと見えた横顔はかなり優等生面をしていた。
「だ、団長!」
 衛兵が反射的にビシッと姿勢を正す。そんな気はしたがやっぱり団長だった。噂をすればなんとやらだ。
 青年は腰に差した剣を引き抜き、ドデカいバケモノ相手に気丈な構えを取る。その姿に衛兵は敬礼し、襲われていた商人は希望の眼差しを向ける。俺達はと言えば一人で大丈夫なのかと顔を見合わせていたが、なんとなく邪魔しちゃいけない気がして手出しはしなかった。
 剣を構えた青年の姿を認め、バケモノが咆哮する。怯まぬ団長に向かってバケモノはゴリラみたいに襲い掛かる。だが団長は振り下ろされた巨大な腕をひらりとかわし、懐に潜り込んで相手の腹を掻っ捌いた。それを受けたバケモノは手を薙いで払おうとするが、冷静に股下を潜り抜けて背後を斬りつけた。
 その見事な立ち回りに俺達は感嘆の息を吐く。自分の何倍もデカい相手に怯んでいる様子が全く無い。バケモノの怪力任せの攻撃を、ひらりとかわしては斬る団長。それを何度か繰り返し、やがて力を失い地に膝をついたバケモノの顔面に剣が突き刺される。それがとどめだった。バケモノは咆哮を響かせ、バラバラに崩れ去った。
「団長、見事な戦いでした!」
 剣を鞘に納める団長に駆け寄る衛兵。それに頷きだけ返し、団長は腰を抜かしていた商人に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、平気だよ。さすが団長さんだ」
 その一部始終を見終え、パウとリムもまた口々に団長殿を称賛する。
「こりゃお城で働きたくなるのもわかるなあ」
「全国の乙女が考える理想系ですよねえ」
「……へえ」
 まあ確かにこっちの鼻がひんまがるくらい王道的な青年だ。子供の頃に誰もが考える勇者の典型例と言える。
「町の状況はどうだ」
「はっ! 今のところ逃げ遅れた住民は見当たりません」「おい私は住民じゃないのか!」「ですが、バケモノは依然として増え続ける一方であり、どうしたらいいかわからない状況であります!」
 なんて情けねえ報告する衛兵なんだ。しかし団長殿はそれに対して涼しい顔で返答する。
「そのまま逃げ遅れた住民の捜索を続けるんだ。それと併行して、バケモノが発生している原因も突き止めろ」
 言いながら、団長はチラとこちらに視線を向けた。
「……ところで、あれは?」
「ああ、あれですか」
 あれ扱いかよ。
「ご安心ください、バケモノではありません。我々の捜索に手を貸してもらっている者です」
 珍しいものを見る目で団長がこちらに歩み寄ってくる。それに気付き、二人が慌てて姿勢を正す。
「はじめまして。僕はミレイ、この国の騎士団の団長をしている」
 身を屈めて手を差し出してきた。なにやら女みたいな名前の団長と握手を交わす。
「ゼロだ。こっちはパウとリム」
「はじめまして」
 ちゃんと握手と自己紹介に応じ、お辞儀までするリムに団長は多少なり驚きを含んだ顔になる。
「驚いたな。姿こそ妖精みたいだが、僕ら人間となんら変わりない」
「いえそんな。ミレイさんこそ、凄く強かったです」
 称賛を受けて団長は軽く笑顔で返す。こいつはわざとやってんじゃないなら敵う奴はあんまりいないだろうな。ウチの女性陣が軽くときめいてる。
「ところで、衛兵達に協力してくれているという話だが」
「ああ、成り行きでな。おたくのお姫様捜しを手伝ってやってんだ」
「む?」
 それを聞いた団長が僅かに難しい顔をした。
「そうなのか。それはとてもありがたいが……実は姫様なら既に見つかってるんだ」
「え」
 驚いたのは衛兵と、それとなぜか商人だった。
「も、もう見つけていたのですか。いったいいつの間に」
「このバケモノ騒ぎが始まった頃には」
「団長さん、そりゃ本当ですかい?」
「ああ」
 衛兵は情報伝達の悪さに頭を掻いていたが、不思議なのは商人の方だった。表情の上では押し隠していたが、なにやら納得の行かないような態度が見え隠れしている。団長殿は気付いてないみたいだが。
「おいあんた、どうした」
「ん? いや、なんでもございませんよ」
 試しに問いかけてみてもはぐらかされてしまった。……と、商人が俺達を見てまた表情を変える。
「失礼。あなたがたはひょっとしてチャオって種族じゃありませんか?」
「えっ」
 思いがけない言葉に、後ろにいた二人も過敏に反応した。
「あんた、俺達を知ってるのか?」
「まあ……そうだ、あなたがたにゃ人間の知り合いがいませんか。そうだな、四人組の子供なんですが」
「あいつらと会ったのか!」
「今どこにいるんですか!」
「お、落ち着いてください」
 詰め寄る俺達に気圧され後ずさる商人。なぜか団長のことを横目で気にしながら話す。
「あっしはお客人に一泊の宿を貸した者です。彼らは今、あなたがたを捜しています」
「ボクたちを?」
「ええ。あいにくと、どこに行ったかはわかりかねますが」
 こいつは厄介なことになった。あいつら戦えるってわけでもないだろうに、どうして身を隠すとかしないで俺達を捜しまわるんだ。
「おい」
「うん」
 それだけで俺達は通じ合った。何か面倒が起こる前にあいつらを捜さなきゃいけない。
「待て。僕も一緒に行こう」
 そこへ団長が協力を申し出た。
「その四人というのは、君らの友達なんだろう。この国の為に協力してくれた君らに、こちらも力を貸したい」
「いいんですか?」
「救助活動の延長線みたいなものだ。それにこの国のことはよく知らないだろう?」
「……ああ、助かる」
 商人の気難しい顔を尻目に、俺は団長の協力を受け入れることにした。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.4
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:32 -
  
 そして夕刻。状況、進展せず。

 ミレイ団長殿の協力をもらっても、人捜しは一向にはかどらなかった。それどころかバケモノと遭遇する確率ばかりが増え、とにかくこちらの望まないことばかり起こる。
「本当にみんな、ここにいるんでしょうか?」
 そろそろ町を一周しようという頃に、リムがぽつりと懸念を漏らした。ちょうど同じことを考えていたところだ。
 夕陽に照らされた城下町は既に結構な被害を受け、一口に成り立ての廃墟とでも言った方がまだ通じるレベルにはなっていた。こんな物騒なところで身を隠し続けるというのは、俺だったらご免被りたい。
「ひょっとしたら外に逃げたのかもしれないね」
「それはない」
 パウの予想を、団長殿は軽く一蹴した。
「外へ出るには防壁の門を通らなければならない。もし外へ行こうとしたのなら見張りに止められる」
 なんだかあいつらが逃げまわってるみたいな言い方だ。まあ何かと後ろめたい連中なのは確かだが。
「案外そうなのかもしれないね」
「はあ? なんで保護してくれようって奴から逃げるんだよ」
「バケモノに目をつけられて逃げてるって意味だよ。それで思い通りに動けなくて、ボクたちとすれ違ったり離れたりして」
 それ以上言わすとこっちの気が重くなるのでパウの口を押さえた。幸運の女神様がいるっていうのにどうしてそこまで運の悪いことが続くんだよ。
「私のせいじゃありませんよ?」

 やがて、俺達が昼間逃げ込んだ森が見えてきた。とうとう町をぐるりと周ったようだ。
「なあ、あの森っていったいなんなんだ?」
 ふと最初に森を見た時に浮かんだ疑問を思い出し、団長に投げかけてみた。
「というと?」
「普通はああいう土地は建物とか作っておくもんだろ。森のままにしとくのはもったいねえよ」
「ああ、そのことか」
 指摘されて、団長は困った顔で頭を掻いた。どうも悩ましい事情があるらしい。
「バカバカしいとは思うだろうが……確かに一昔前、あそこは子供達の憩いの場にする為に手を加えようとしたんだ」
 どっちみち何か建てようと思うほど切羽詰まってはいないらしい。結構なことで。
「ところが、いざ邪魔な木を切り倒そうとしても、切ることができなかった」
「ああ? どういうことだ」
「そのままの意味さ。切れないんだ、いくらやっても。挙句火を放ってみても、燃えることはなかった」
「え、え?」
 一番それを懸念していたパウが肩透かしをくらって、鳩が豆食らったみたいな顔をする。
「どうして燃えないの?」
「それがわかれば放置したりはしないさ。得体が知れないから子供達には立ち入らないように呼びかけていたんだが、かえって面白がらせてしまっただけになった。最初の頃は肝試しに使われていたものだが、今ではただの遊び場だな」
「……ひょっとして、団長さんもその子供の一人だった?」
 懐かしむような顔で語る団長を見て、パウが何気無くそう言ってみると、団長は照れくさい顔をして頭を掻いた。しかしすぐに優等生面に戻り、不動の森を見据えた。
「やはり、あの森がこの騒ぎの原因なのか……?」
 町に突如現れた草木のバケモノ。切っても焼いても消えない森。確かに傍から見ても無関係とは思えない組み合わせだった。事実、あそこに逃げ込んだ俺達は絶え間なく湧いて出るバケモノの群れに襲われた。
 だが、それはそれでわからないことが一つある。バケモノの発生源があの森だったとして、なぜ今になって奴らが現れた? 何か特別な目的意識を持っているほど知能は無さそうだし、今日という日を狙って奴らが現れる理由は見当たらない。森を切ったり焼かれたりしてるタイミングで現れていない方が納得できない。やっぱりどこぞの魔王が世界征服を始めたとでも考えた方がまだ筋が通る。
 まあ、もしそんなバカげた話になるのだとしたら、俺は連中を置いて一足先に元の世界へ戻るのも辞さないが。

「団長ー!」
 背後から声が聞こえた。振り向くと、重そうな甲冑姿で走ってくる衛兵が一人。
「どうした?」
「大変です! 姫が、姫様が城を抜け出しました!」
 何かがみしっと軋むような音が聞こえた。それが俺の眉間が険しくなる音だというのにはしばらく気付かなかった。なんでまた捜索対象が増えるんだよ。
「申し訳ありません! 我々が目を離した隙に……」
「あれほど城を出てはいけないと言ったのに……」
 どうやら団長殿もおてんば姫の奇行にはほとほと困らされているようだ。額に手を当てて首を振っている。
「今、城には住民達が詰めているだろう。誰か見ていないのか」
「それが、誰も姫様の姿を見ていないと」
「町がバケモノだらけになっているのを知っていて隠すのか!」
「そう言われましても、本当に誰も知らないみたいなんですよ……」
 衛兵の声がどんどんか細くなっていく。
「何を考えているんだ彼女は……この状況がわからないワケがないだろうに」
 団長の顔もつられてどんどん気難しくなっていく。状況が違えばホームドラマにはなったろうな。
「とにかく、団長もすぐに城へ来ていただけますか」
「そうは言っても、住民が詰め寄っている場所へ彼らを連れて行くのは難しい話だ。かといって置いていくのも」
「ああ、大丈夫大丈夫。ボクたちのことは気にしないで行っておいでよ」
「……そうか。すまない」
 軽い笑顔に背を押され、団長は衛兵と一緒に城へ向かっていった。
 身の毛立つような静けさの中、俺達はあの森を見据える。何かあるのは間違いない。だが、どうやったらその正体に辿り着けるのか。
「何はともあれ、行ってみるしかないね」
 俺達は意を決して歩を進めた。何かが眠っている不思議の森へ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「いやあ、団長様が一緒だったら放火とかできないもんね」
 燃える木々を眺めながら、パウがずいぶんと軽いノリで言った。どうやら試しに木を燃やしたくて団長を追い払ったらしい。
「それにしても、燃やせるじゃねえか」
 木は易々と燃え盛った。聞いていた話とはまるで違う。何が不思議の森だと鼻で笑うが、すぐに何かがおかしいことに気付いた。
 確かに木は燃えている。燃えているのだが――どういうわけか、灰だけはどんどん増えるのだが、葉っぱが一向に減る様子がない。木も変わらぬ姿のままだ。
 切れない、燃やせないとはこういうことだったのか。ここの木は圧倒的な速さで再生している。だから切り倒そうにも普通の方法ではすぐに再生されてしまう。
「どういう仕掛けだ……?」
 睨んだところでわかるわけはないのだが、睨むしかなかった。外宇宙からの生命体でもない限り、不死身の生き物って奴は存在しない。必ず何か理由がある。ウチの不死身だってそれなりの経緯ってもんがある。こいつにも何か仕掛けがあるはずだ。オカルト的だろうがなんだろうが、こいつに生命力を供給している何かが。
「……それにしても、出てこないね」
 パウの言葉に、そういえばと周囲を見回した。発生源と睨んだこの森でこれだけのことをやらかしているというのに、奴らが現れる気配がない。
「打ち止めでしょうか?」
 あるいはアテが外れたかだ。敵が出てこないのはありがたいが、状況が進展しないのはよろしくない。だが俺達に打てる手があるというわけでもない。どこか別の場所が敵の本拠地なのだとしても、土地勘のない俺達にそれを探す術はあんまりない。
 簡潔に言っちまえば、手詰まりってやつだ。
 未だぼうぼうと燃え盛る木を眺めながら、俺は別の木に背を預けて腰を降ろした。
「起こさないでくれ」
 眼鏡を外して帽子を目深に被りなおし手を組む。
「寝るの?」
「ああ」
「もし敵が出てきたらどうするんですか?」
「お前らでなんとかしてくれ」
 思えばずっと歩き通しで疲れていた。瞼もちと重い。すぐに眠れそうだ。
「そうやって手詰まりになるたびに寝るの、やめなよ」
 悪いかよ。……とは言い返さなかった。
 自分でも悪い癖だというのは重々承知している。だが、何か手はないかと模索するたび無力感に苛まれるのはもっと嫌だ。
 だから、寝る。
 せっかく目を逸らすなんていう理性的なことができるんだから、現実逃避くらいさせてくれよ。
「――おやすみ」
 その言葉に促され、俺は暗闇の中へ落ちていった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 ふと、俺の視界が開けた。
 見慣れた場所だった。小説事務所の所長室だ。すっかり暗くなっているのだが、窓から妙な光が差し込んでいた。
 体を起こそうとしてみたが、あまりにもかったるくて動けない。仕方ないので、俺はもう一度瞼を閉じた。
 それでも部屋の光景がよく見える気がして、不思議なこともあるもんだなと思った。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.5
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:39 -
  
 帽子のつばを叩く音で目を覚ました。
 気付けば夕焼けの空は暗い雨雲の色に取って代わられていた。周りにはパウもリムもいない。俺を置いてどこかに行ってしまったらしい。
「……あれ」
 すぐ近くに置いといたはずの眼鏡を手探りで探すが見つからない。おかしいなと思って目線をそちらに向けると、なぜか眼鏡は俺が置いた場所から二、三歩ほど歩いたかのように離れていた。しかもどういうことか割れてる。
「何ゆえ?」
 手に取って見てみると、どうも誰かに踏まれたようで見事にひしゃげている。誰がやったんだろうか。
「ゼロ!」
 ふと、団長の声が聞こえてきた。キリッとした優等生面をぶらさげてこっちに駆け寄ってくる。いつの間にか呼び捨てされてるのはどういうことだろうな。
「どうかしたのか?」
 何か用件があってきたのだろう。俺の問いに団長は口早に説明した。
「敵襲だ。城門で奴らが暴れているんだ。僕も今から向かう」
「城門……外からってことか?」
 なんだ。やっぱり俺達のアテは外れか。俺が寝てる間も襲われなかったみたいだし、これは別のところから湧いて出たバケモノどもの侵攻だろう。どこか納得は行かないが……
「付き合えってんだろ?」
「頼めるか」
「まあな。どうせやることなんてねえし」
「感謝する」
 駆け出した団長を、俺は重い足取りで追いかけた。意識がまだ、あの森の中にある。


 町を守る城壁、その門に近付くにつれ、喧しい怒声が聞こえてくる。
「団長!」
 衛兵の一人が団長に気付き、駆け寄ってきた。肩で息をしていてヒーコラ言ってやがる。状況は芳しくないようだ。
「後は任せろ」
 それだけ言って、団長は城壁の階段を駆け上がる。俺も後を追い、外の光景を目の当たりにする。戦争、という二文字がチラと浮かぶ。
「なんて数だ……」
 外に群がる草木のバケモノの群れに団長は戦慄を覚えているようだ。だが、目に映ったその群れが突然燃え上がる。パウだ。あいつ、町の防衛に参加してたのか。それでも捌ききれなかったか、バケモノの何匹かが防壁の門に強行する。それを突如湧いて出た背の低い洪水で押し戻すリム。二人とも俺の寝てる間に好き勝手暴れてやがる。
 だが、もっと信じられないものを見つけた。見覚えのある子供達が刃物握って戦ってるのを。
「あいつら……なんで」
 間違いない。ウチで抱えてる奴らだ。目を引くのが女性連中だった。ヒカルがやけに慣れたように日本刀のような剣でバケモノたちを切り捨て、ハルミなんかナイフ一本で忍者かってくらい動き回って敵を潰してる。
「どっせーい!」あとヤイバ。
 ――と、ローブみたいな見慣れない服装をしていて気付かなかったが、ユリもいた。なぜか肩にコドモチャオをしがみつかせて、慣れた様子で剣を振っている。他の奴らにしてもそうだが、剣なんか扱えたのか。
「姫っ!」
 ひめ?
 突然叫んだかと思いきや、団長はいきなり防壁から外へ飛び降りた。俺も慌てて後を追う。姫とか言ったが、しかしそれらしい人物は見当たらない。だが団長はどういうわけかユリの元へ走っていく。
「姫、こんなところで何をっ」
「は?」
 目と耳と団長殿を疑った。こいつ何抜かしてんだ? どうしてユリがお姫様なんだ?
「ミレイ?」
 んでもってなんでユリも普通に受け答えしてんだ。しかも名前を知ってる?
「どうして姫が戦っているのですか! それにその背中の」
「話は後よ。ミレイ、早く剣を抜きなさい。バケモノたちを倒さないと」
「いけません! 姫の身に何かあっては」
「そんな場合じゃないのよ! お願いミレイ、今は聞き分けて」
 なんで会話が成立してるのか甚だ疑問だが、とにかく団長も剣を抜いて交戦を始めた。意味がわかんねえ。
「おい、どういうことだ」
 堪えかねて俺はユリに詰め寄った。
「あなたもみんなのお友達?」
「ああ?」みんなってなんだ。ウチで抱えてる奴らのことか?
「ごめんなさい、説明は後。今は奴らを」
 飛び掛かってきた敵をこれでもかってくらいの強風で吹き飛ばした。
「いいから答えろ」
 ユリ――らしきそいつは構えは解かなかったが、こちらを見ずに口を開いた。
「私は、あなたの友達のユリって人じゃないわ。この世界の人間よ」
 なんだこいつ。俺達が異世界の奴だって事情も知ってるのか?
「姫、なのか?」
「ええ。私はクリスティーヌ。アンリ国王の娘よ。……これでいいのかしら?」
 冗談だと思った。チャオでもなし、そう都合よく瓜二つの人間が異世界で姫なんかやってるかよ。だが、ああも自然に団長と会話してるのを見ちまったら頭ごなしに否定できない。
「……そいつは?」
 肩に留まったコドモチャオが俺をじっと見つめてくる。生まれたばかりの子のように見えるが……。
「森で独りぼっちになっていたの。そこにあいつらが現れて」
「そいつを狙ってるのか?」
「わからないわ。でも、守らなくちゃ」
 そういうこいつがどうしてもあいつと被って見えて、俺はやっぱり姫だというこいつのことが信じられなくなる。
「……もし奴らの狙いがそいつだったらどうする? お前は姫って立ち位置のくせに国一つを危険に晒してるんだ」
「構わないわ。私、姫なんて柄じゃないし。この子の方が大事よ」
「会ったばっかなんだろ? なんでそんな肩入れするんだ」
「独りぼっちだったからよ!」
 俺の方を振り向いて怒鳴る。このお人好しっぷりは、あいつと同じだ。めまいがするくらいに。
「――危ないぞ。下がってろ」
「何を言ってるの、私だって」
「俺に殺されたいのか、って言ってるんだ。いいからこの場の全員城壁まで下がらせるんだ」
 多少語気を強くして言ってやると、姫は剣を降ろした。聞き分けのいい娘で助かる。
「ミレイ! 一旦みんなを壁まで下がらせて!」
「総員下がれっ!」
「パウ! リム!」
 呼ぶ頃には、俺は既に風を吹かせていた。面倒なことは考えない。ここから先にいる奴らを全員吹き飛ばしてやろうってくらいの強風を吹かせる。
 それを察して、パウも手をかざして目を閉じた。心なしかパウの周りに熱気を感じる。
「ゼロ、どこまで?」
「気にするな。ドデカい壁を作ってやれ」
「また火消し役ですか」
 そして、開眼する。甕覗(かめのぞき)色の雨が炎に溶け、炎は際限なく広がり巨大な壁となる。後は簡単な話だ。比喩ではなく体が浮いてしまうほどの風で、炎の壁まで案内してやるだけ。数え切れないほどのバケモノたちを、一匹残らず焼却処理する。一分もせずに残らず燃えきった。残った炎に、度肝を抜かすような大波が覆い被さる。雨如きでは消えなかった炎は簡単に消え去り、波は南の海へと帰っていった。
 戦場が、嘘のように静かになった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 今宵、城に奇妙な集団が来訪した。
 騎士団の団長に率いられ、武器を携えた一国の姫と見慣れぬ子供達。そして不思議な小動物。
「おい、なんだあれ」「あんな服の子供いたか」「あれ見て、今朝の騒ぎの」「団長と一緒に歩いてるぞ」
 城に避難してきた住民達のざわめきがよく聞こえる。それらを全て聞き流し、不必要に段数の多い階段を登り、最上階の一際大きな観音開きの扉の前まできた。
「団長」
 扉の前の衛兵二人が、俺達の姿をチラと見て怪訝そうな顔をする。
「大丈夫だ。通してくれ」
 衛兵は会釈し、大きな音を立てて扉を開いた。中には二列に分かれた兵達が並び、その奥の立派な椅子に風格を感じる老人が一人座っていた。
 横からの兵の視線を感じながら俺達は部屋に立ち入る。
「ただいま戻りました」
 肩膝をついて頭を下げる団長。どうしたものかと顔を見合わせる俺達を認め、老人が口を開く。
「その者達は?」
 静かな威厳を声に感じ、ほうと溜め息が出る。こりゃ国王と言って誰もが納得する人物だ。
「この町の防衛に協力してくれた者です」
「そのチャオもか?」
 はっとして、国王の顔を見た。国王は渋い顔付きでこちらを見ている。
「……は。この度の襲撃を乗り切ったのは彼らの功績です」
 一瞬なんのことかと言葉を詰まらせた団長。周りの衛兵も僅かに「んっ?」という顔をしていた。どうやらこの辺でチャオという存在を知っているのは国王や姫くらいのものらしい。
 団長の報告を聞き、国王はやや複雑そうな表情でこちらに向き直った。
「客人よ、此度の事は感謝する。わしはアンリ。この国の王を勤めている」
「あれか。どうのつるぎと50ゴールドでお馴染みの」
 ヤイバのしょうもない言葉がぼそっと聞こえる。なんの話かわからんが、とりあえず一国の王にしちゃさもしいラインナップだなと思った。まさかそんな薄情な国王ではあるまい。
 ――そう思っていた。
「だが、無礼であるのは承知で言おう。どうかこの国から立ち去ってくれぬか」
「は?」
 誰かの声が裏返った。
「王様?」
「お父様っ!」
 他の面々も予想しなかったその言葉に、団長が目を丸くし、姫が食ってかかった。場がにわかにざわつく。そんな中で、言われた当人である俺達は不思議と冷静でいられた。予めアウェーであることをわかっていたからかもしれない。肩を怒らせて親に詰め寄る娘を、別にいいよと止めてやろうとも思った。
「どうしてそんな酷いこと言うの! みんなこの町を守るために戦ってくれたのよ!」
「それは重々承知しておる」
「だったらっ」
「そのコドモは生まれたばかりの子か?」
 ふと、王は話の的をずらした。ぱっと見でわかるあたり、チャオにはなかなか詳しいようだ。
「……うん」
「どこで拾ってきた」
「森よ。……外の」
 勝手に外まで出た事実を言い難そうに捻り出す。
「他にチャオはいなかったな?」
「うん。どうして?」
 王は、何かを諦めたような顔で息を吐いた。やっぱりとか、そうだよなとか、そういう聞きたくなかったみたいな顔で。
「……クリスティーヌ、よく聞くのだ。今回のバケモノ騒ぎを引き起こしたのは、その者達なのだ」
「ちょ、ちょっと待って」
 脈絡がないとすら思える王の言葉に堪えかねたヒカルが声をあげた。
「あたしたちが、あのバケモノの仲間だって言いたいんですか」
「そうとは言っていない」
「じゃあっ……」
 ヒカルが語気を失う。王が視線を逸らしたからだ。娘に向けて。
 俺もその視線を追ってみると、姫はチャオを抱きしめ、顔を俯かせて震えていた。
 どこかで見たこともある。ずいぶん前に。姿こそ人間じゃなかった頃だが、雷雨を前に足を止めたあいつの姿に。ちぐはぐな言葉で気休めを言ってやったあいつとよく似ていた。
「……く……いのに」
 泣いている。あの時のあいつは泣いていただろうか。よく覚えてない。
「この子は悪くないのに」
「知っておる」
「悪くないのに、どうして」
「わしが国王だからだ。国王は、この国の者しか守れぬ」
 その言葉を聞くなり、姫はチャオを抱きしめたまま、弾かれたようにこの部屋から出ていってしまった。
「姫っ」
 団長が慌てて後を追い、部屋がふっとに静かになった。
 残ったのは国王と俺達と、団長の後を追わなかった数人の衛兵のみ。
「説明してくれ」
 親子だけで勝手に納得されても困るだけだったので、俺は向き直って国王に言葉を投げかけた。
「少なくとも俺達はみんな、あんなバケモノとは今日が初対面だ。それがどうして、俺達のせいでバケモノが現れたって話になる?」
「おいおまえ! 口の利き方を」
「よい」
 衛兵の一人を黙らせ、国王は改めて言った。
「知らぬのならばそれでよい。今は友人を連れて一刻も早く国を出よ。それがそちらの為でもあるし、我々の為でもあるのだ」
「……そうかよ」
 説明できない、と。そういうことらしい。俺は手振りでみんなを促し、早々に立ち去ることに決めた。
「……すまない」
「別に長居する気なんてなかったんだ。謝ることじゃねえよ」
 曖昧な顔で俺達は踵を返した。これほどうら寂しい親切はない。だが、お人好しな俺達にとっては他に善い手が思いつかなかった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.6
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:45 -
  
 城の外に出ると、団長殿とお姫様の姿があった。姫の肩を掴んで何やらお説教でもしているみたいだ。
「あ……」
 俺達の姿を見つけた姫が声をあげる。その腕の中には未だコドモチャオを抱いたままでいる。ずっと塞ぎ込んでいるようで、されるがままの人形みたいだ。
「ちょうど良かった、君達も言ってやってくれ。外に行くのは危ないと」
「外?」
 姫は決意を固め、断固譲る気はないという表情をしている。これに何をどう説得しろと言うんだか。
「外って、なんか用があるのか?」
「お友達を助けたいの」
「友達っていうと、お前のか?」
「ううん。あなたたちの」
 どういう意味だ。振り返って子供連中の姿を見ると、ヒカルとハルミが姫と同じような思い詰めた表情をしていた。ヤイバが苦い顔で頭を掻く。
「実はそのぉ、カズマが町の外の森でドロップアウトしまして」
「ああ……」
 なんか物足りないと思ったら、あいつがいなかったのか。都合よく来てなかったものと思ってたが違ったらしい。
「なんで置いてったんだよ?」
「えーなんと言いますか、一丁前に死亡フラグ建てやがったもんだから、ねえ?」
「もっとわかりやすく言え」
「高台から足踏み外してバケモノに取り囲まれたあいつに行けって言われました」
「ちょっとそれっ」
 フタを開けたら大惨事だった。パウとリムが二人慌てて先走ろうとするのを、腕を掴んで止める。まだ話が終わってない。
「なんでお前が付き合う必要があるんだ」
「だって、彼があんな目にあったのも、元はと言えば私のせいだもの」「よしわかった」「おい何を言ってるんだ!」
 外出を軽く認めた俺の言葉に、団長が泡を食う。
「危ないからダメだと言って」
「筋通すっつってる良い子を止めるのは人間的に危ないけどな」
「そ、それとこれとは話が」
「なによ、ミレイのばか!」「堅物!」「朴念仁!」「弱虫!」「臆病者!」「団長ビビってる! ヘイヘイヘイ」「むぐぐ」
 息の合った総スカンをくらって、団長の顔がグラデーションのように気難しくなっていく。どうでもいいがお前らなんだかんだ余裕あるじゃねえか。カズマがかわいそうになるくらいだ。
「そんなに心配だっていうんなら一緒についてってやりゃいいじゃねえかよ。別に一人で行かせろって言ってるんじゃねえんだ」
「しかし、それで王様が納得するわけが」
 ああ、だめだこりゃ。こいつは根っからの優等生らしい。いけないことは絶対にやっちゃいけないと思ってる。ルールを守るその姿勢は確かに上司には気に入られるだろうが、同僚や仲間からはあまり良い目で見られないタイプだ。
「情けねえな。お姫様の為に泥を被る度胸もねえのか」
「むっ……」
 この言葉がどうやら効いたらしい。改めて姫の顔を見つめ、諦めの溜め息と吐いてから覚悟を決めた顔で言った。
「……今回だけですよ」
「やったあ、ミレイ大好き!」「いよっ、男前!」「惚れるぅ!」「かっこいい!」「素敵!」「爆ぜろ!」こいつらは何がしたいんだ。


 そういうわけで、渋い顔の団長を先頭に置いて楽しげな遠足が始まった。というとカズマに対して不謹慎かもしれないが、なぜかこいつら雨に降られてるというのに真剣さが足りてないので他の表現では形容し難い。団長に同情するというわけではないが、この有り様に俺も溜め息を吐かざるを得なかった。
「そういえばゼロ、眼鏡はどうしたの?」
 俺のちょっとした異変に気付いたパウが隣に寄ってくる。
「ああ、なんか知らんが寝てる間に壊れてた」
「壊れてたって?」
「なんか誰かに踏まれたみたいなんだよなあ」
「そういや先輩、眼鏡ないっすね。前見えるんすか?」
 軽く頷く。別に目が悪いから眼鏡を掛けているわけではない。
「じゃあなんで眼鏡掛けてるんすか」
「それはね、あの眼鏡はボクが昔お遊びで作ったウェアラブルコンピュータだからだよ」
「うぇあらぶる……って、体に装着するパソコン? え、あれが?」
「そうだよ。まあ電波の確保に問題があるから試作機止まりなんだけど」
 懐かしいもんだ。昔はパウにいろんな発明品の実験台――もとい試用を任されてた。なんで俺なんだっていう。
 そんな他愛もない話をしている中、ハルミが件の森の近くを通りかかって足を止めた。
「どうした?」
 森をじっと見つめるハルミに声をかける。他の連中も突然足を止めたハルミが気になって振り返った。
「気になってたんですけど、この森ってなんなんですか?」
「というと?」
「ほら、こういう森って普通、木を切り倒して何か建てておくじゃないですか」
 俺と全く同じ疑問を呈してくるもんだから、俺と団長はほうと感嘆した。そして団長は、俺達にしたのと同じ説明をもう一度した。子供連中三人はその話を聞いて顔を見合わせる。
「ひょっとして、この森がバケモノの発生源じゃないんすか?」
 ヤイバの口にした当然の疑問に、俺達は肩を竦めた。
「ボクがこの森を燃やしてもバケモノたちは出てこなかったんだ。せっかくのご馳走が目の前にあるのを含めて、出てくる理由は十分あったはずなのにね」
「なにっ、あの森を燃やしたのか? なんてことを」
 今さら気付いたのかよ。
 話を聞いたハルミは、ただ立ったまま森を見据える。ふと、その視線が足元や木々を行ったり来たりし始めた。
「どうかしたの?」
 ヒカルの声には何も返さず、ハルミは手近な木に寄り添って耳を当てた。小さな少女の奇怪な行動に、俺達はただ首を傾げるばかり。やがてハルミはその場でうつぶせになり、地に耳を当てた。
「ハルミちゃん、汚れちゃうよー」
 雨に濡れていて今さらな言葉をパウが投げた。ふとヤイバがその場に屈み込んだのを、ヒカルが目聡く蹴りを入れる。こんな時にも調子の変わらないことで。ハルミはと言えばそんなやり取りも意に介さず、顔をしかめたまま動こうとしない。試しに俺も近くに寄って同じように地面に耳を当ててみた。

 …………

「……おい、なんだこれ」
 説明を求めたが、ハルミは何も言わなかった。
「ゼロさん、何か聞こえたんですか?」
 気になって駆け寄ってきたリムに、俺は横になったまま頷きを返した。
「なんか動いてやがる」
「なんかって?」
「わかんねえけど、草っぽいんだ。根っこか?」
「本当にっ?」
 半ば好奇心で地に耳を当てようとした姫を、団長は慌てて止めた。……と、その時までずっとリアクションを見せなかったコドモチャオが、微かに震えているのに気づいた。
「ここを通りかかった時、その子の様子が変わったような気がして」
 ハルミがぼそっと言った。姫はどうやらそれに気づいていなかったらしく口を開けている。こんなちっこい女子供が、ただ一人これに気づいたっていうのか。
「それと、さっき鉄の軋む音みたいなのも聞こえたんです」
「なんじゃそりゃ?」
 ハルミの言葉に、俺は地面から顔をあげた。
「よくわかんないんですけど……あと、トンネルを歩く時に響くも」
「トンネルってどういうことだ?」
 ちらと視線を投げると、団長は首を横に振った。知らないようだ。その横で姫があっと声をあげた。
「それってもしかして――」

 突如の轟音が、姫の言葉を遮った。
「離れて!」
 ハルミの声に弾かれたように、全員森から遠ざかる。
 とんでもないものを見た。森の地が、殻を破るかのように亀裂が走る。生えていた木は盛り上がる土に埋もれ、生える山が、やがて形を成していく。
 巨人、だ。
 そいつは人の上半身に似た姿に変異し、天高く咆えた。その咆哮は風となって俺達に、そして町に容赦なく雨を吹きつけた。
「――な」
 その呻きが誰の声かはわからなかった。だが、思うところは皆同じだ。
 なんだ、あいつは。
「リム!」
 バケモノが手を振り上げたのを見て、俺は咄嗟に叫んだ。リムが瞬時に水の壁を俺達の頭上に作り出し、バケモノが振り下ろした拳の勢いを殺す。その隙に俺達はバケモノから距離を取った。
 そいつの全貌が見える。土や草木で出来た巨人の上半身、というのが一番適切な表現だ。どうやらそいつはその場から動けないらしく、手の届かない範囲にまで逃げた俺達を見るなり駄々っ子のように地面を叩く。その振動がとにかくバカにならない。周囲の建物が瓦解していくような嫌な音が聞こえる。このまま逃げの一手を取るわけにもいかない。
「おいお前ら! 早くここから離れろ! カズマを探して安全な場所まで逃げるんだ!」
「あなたたちはどうするのっ?」
「言うまでもねえな」
「そんなのダメよ! みんなやられちゃうわ!」
「いいから行けッ!」
「ラジャっす、先輩っ」
 俺が怒鳴ってすぐさま応と言ったのは、敬礼までしたヤイバくらいのものだった。ヒカルとハルミも流されるように頷く。
「クリスティーヌ、早く行きましょう」
「どうして!? ねえ、ミレイ!」
「……行ってください」
「ミレイっ!」
 泣きそうなほど張り詰めた顔をしたお姫様に、団長殿はこの状況をわかってないんじゃねえかってくらい優しい笑顔で言った。
「あなたには、守らなくてはいけない子がいるじゃないですか」
 そういって団長は、彼女の胸に抱かれたチャオを撫でた。恐怖で塗り固められたチャオの表情は剥がれない。それでも団長は笑顔のままだった。
「……ミレイは?」
「僕は騎士です。敵を前にして逃げることはできない」
「そんなこと言ってっ、死んじゃったらどうにもなんないのに!」
「安心してください。必ず帰ってきます」
「死体になってっ?」
「生きて帰ってきます。約束しますよ」
 団長は暢気なことに小指を出した。姫も今に涙を流しそうな――いや、もう涙の溜まった目尻を擦って小指を結んだ。
「さっ、早く」
 子供達は走り去った。その後ろ姿を見続ける団長に、俺は意地の悪い言葉を投げつける。
「なんだったら、お前も一緒に行けばよかったじゃないか?」
「さっきも言っただろう? 僕は騎士だ」
「騎士道精神ね。俺達は一応口は堅い。お姫様さえ内緒にしてくれりゃ、お前が逃げたなんてバレないぜ?」
「自分自身までは騙せないのさ。それが騎士道なんだ」
「騙してるじゃねえか」
 俺が一言そういうと、団長はこちらに振り返って目を丸くした。
「勝算なんかない。死なない保証なんてない。本当は怖い。そうは思ってないか?」
「やってみればわからないじゃないか」
「そんな剣一本でか」
「ああ。確かに勝てないかもしれない。だが、怖がるわけにはいかない」
「やっぱ騙してるじゃねえか」
 おかしい奴だなと笑うと、団長もまた困ったように笑った。
「そうだな。確かに僕は自分を騙しているみたいだ。騎士というのは皆、嘘吐きなのかもしれない」
「当たり前だろ。武士道だとか騎士道だとか、そんなの自分を騙し切る為のもんだ。普通の奴は自分を騙さないと良いヤツにも強いヤツにもなれない」
「君もそうなのか?」
「多分な。自分に嘘吐いてんのか吐いてないのか、自分じゃわかんねえけど」
「そうか……」
「ゼロ!」
 パウの声が飛んでくる。振り返ると、上半身巨人が地に手をつき、俺達のことをじっと見つめている。どうやら律儀に待っていてくれたようだ。
「どうやらこいつも“嘘吐き”らしいぜ」
「こんなバケモノでなければ、同志にでもなれたかもな」
 団長が剣を抜いた。俺達は見下ろしてくるバケモノを見つめ返すように見上げる。
「約束、破ってやるんじゃねえぞ!」
「努力するさ」
 開戦の合図のように、バケモノが高らかに吼えた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.7
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:49 -
  
 状況はとにかく悪い。
 あれから何十分経っただろうか、俺達は未だにバケモノを仕留め損ねていた。向こうさんには疲労ってもんがないのか、ただひたすら駄々っ子のように振り回す腕を止めない。俺達はその腕の届かぬ場所で身を隠すことしかできないでいた。
 なんてったって奴さん、ダメージを受けてる様子がない。いつまで経ってもこっちが優勢にならない。当たり前か、あのバケモノが正しくあの森だっていうなら、あいつは不死身ってことになる。いくらやったって俺達が勝てる見込みなんか無い。
「ゼロ、どうするの?」
「知るかよっ」
 疲労と苛立ちばかりが募る。
「諦めるな、何か弱点があるはずだ」
「どこにだよっ?」
「それを見つけなきゃいけないんだろう」
「じゃあお前が行けよ、俺ぁもう疲れたからさ」
「ああ、わかった」
 そう言って団長殿、本当にバケモノまで突っ込んで行きやがった。
「お、おい待て!」
 ただの冗談のつもりだった俺は当然慌てて止めようと思ったが、団長は躊躇いなく全力で突っ走っていく。どこまで優等生なんだよあいつ、普通真に受けるかそんなの?
「団長っ!」
 俺もその後を追いかけたが、突然バケモノがさっきまでよりも一際大きな咆哮をしてきて思わず怯んでしまう。なんだと思って見上げてみると、何やらバケモノが空を仰いで吼えている――いや、苦しんでる? 不思議そうにそいつを見ていると、そいつが音を立てて前のめりになろうとしているのがわかった。
「バカっ、危ねえぞ!」
 俺が叫んだ頃には既に遅かった。バケモノは団長のすぐ近くの建物に倒れ込み、団長は四散する瓦礫に巻き込まれてしまった。
「くそっ」
 全速力で団長の元へ向かった。団長は崩れた瓦礫の中に埋もれているわけでもなかったが、情けないことに頭を打ったらしい。血を流している。
 そこへ更に厄介事が重なった。倒れたと思ったバケモノが俺達の姿を見つけるや否や、その大きな二の腕を使って地を這い始めたのだ。
「っざっけんな!」
 巨体に見合わぬ猛突進を避ける為に、俺は団長を担いでとにかく追い風を強くした。バケモノは建物という建物をとにかく壊しまくる。
 下半身のないままのそいつは、とにかく二の腕で動き回り俺達を捉え続けていた。さっきまで地面に埋まったままだと思ったら急にこれだ。いったい何があったんだ。余計厄介になりやがって。
「ゼロっ、どうしよう!」
「知るかっつってんだよ! おい団長いつまでもへばってんじゃねえ!」
「あ……すま、な」
「うっせえ黙ってろ死ぬぞ!」
 さっきお姫様に対してここは任せろとかどうとか言ってたのはなんだったんだとぶっ叩いてやりたいくらいだった。このままほっとけば団長は間違いなく死ぬ。どっか安全な場所まで運んでやりたいところだが、あの巨体がロードローラーよろしく動き回っているこの状況でどこか安全な場所を探すほうが難しい。状況は最悪だ。こうなりゃあいつを黙らせるしかない。
 だが、どうやって? さっきからパウがしこたま燃やしてるが、全然死ぬ気配がない。どうして死なないんだ? あいつの手品の種はいったいなんだ?
「介錯はしねえからな!」
 団長を地面に寝かせ、半ばヤケにバケモノへ突っ込んだ。バケモノは俺の姿を認め、それに答えるように咆哮して突っ込んできた。後ろには団長だ。
「リム! 押し流せ!」
 俺が風に乗って飛び上がるのを確認してから、リムは建物の被害を抑えた指向性の津波を流すという器用な技を披露した。見た目以上の力にバケモノの進行が止まる。俺は建物を伝って数秒で距離を詰め、堂々とバケモノの背中に飛び移った。土や草で構成されたバケモノの上は足場の悪い地面みたいなものだった。
 振り落とされないようにしがみ付きながら、俺はこいつの体の内から無遠慮の突風を吹かせた。弱点探しの為だ。こいつに死なない秘密があるっていうんなら、現状それはこいつの中にあるだろう。コアでもなんでも出てきやがれと、俺はとにかくこいつの体を風で掘り起こしまくった。
 途端に足場がぐらつく。バケモノが寝返りを打つのだとわかって、俺は全速力で転がる方向と逆に駆け抜けた。仰向けになったそいつは、腹に止まった虫でも潰すように手で俺を狙う。それらをとにかくかわしながら、俺は人間で言うところの心臓を風で穿つ。何かあるとすりゃ基本そこだ。というかあってくれ。
 もはや意地でバケモノの体にへばりついて、とにかく人の心臓の位置を睨み続けた。とにかく掘りまくって、避けまくって、掘りまくった。そうして、何かが見えた。最初は土で汚れていて見えなかったが、肌色をしている何かだった。
 ――腕?
 信じ難いが、人の腕に見えた。バケモノの振り下ろす手を避けながら駆け寄ると、間違いなく誰かの腕だった。誰かが埋まってる。俺はそいつを掘り返そうとして風を起こすが、とうとうバケモノに隙を突かれて振り払われてしまった。
「がッ」
 宙に投げ出された俺は、それでも奴の心臓部を睨んだ。
 そいつの正体がわかったとき、俺は目を見開いた。頭の中を覆っていたものがパチンと弾ける。
 全ての謎が解けた。
 いや解けたなんてもんじゃない。“そいつ”という存在によって打ち砕かれた。地に打ち付けられた痛み以上の衝撃が、俺の中を駆け巡る。
「ゼロさんっ!」
 駆け寄ってきたリムに起こされて、ようやく痛みを認識して顔をしかめた。こんなにボロボロになったのはいつ以来だ?
 だが、表情だけはへこたれちゃいないのが自分でもわかった。
「ようやくわかった」
「え?」
「どうりで死なねえわけだよ、ふざけやがって」
 あれだけ暴れまわってるっていうのにまだ元気に吼えるバケモノの姿を見て、我ながら不敵な笑みのまま悪態をついていた。
 と、そのとき奴がまた地を這った。俺達がいるのとは別の方向へ。
「やべっ」
 とんでもない方へ向かいやがった。あいつの向かう先は元の森だった場所。その近くにはパウが。
「リム!」
「だめです、間に合いません!」
 駆け出した。頭でも間に合わないとわかるくらいバケモノとパウの距離が縮んでいる。逃げ場を失ったパウが足を竦ませている。
「うあっ」
 がむしゃらに風を吹かそうと考えた時、情けないことにけっつまづいて転んでしまった。
 ダメだ。
 地響きの音が残酷に刻まれる。バケモノはパウの体を吹っ飛ばすだろう。悔しさで歯を食いしばった俺は――ふと、途切れた地響きの音に気づいて顔をあげた。
「はやくっ!」
 団長だ。剣をバケモノの顔面に突き刺した団長が、痛みに怯んだバケモノを押し止めている。
「今のうちに、どうにか……」
 剣を突き刺されたバケモノは、上半身を僅かに浮かせた状態で動きを止めている。今がチャンスだ。
 俺は突っ走った。バケモノの体の下へと潜り込み、再び埋まり始めていた胸をもう一度抉る。出てきた腕を、俺は無我夢中で引っ張った。
「おいっ!」
 俺はそいつに向けて苛立ちをぶつけた。
「さんざ面倒な事態引き起こしやがって! 何がなんだか知らねえけどよ、これ全部お前のせいだってんならタダじゃすまねえぞ!」
 力強く踏ん張った。
 力強く引っ張った。

 俺は、力強く叫んだ。
「起きろよっ、ユリ!!」
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.1
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:55 -
  
 ――これはなんの冗談かな。
 目前に広がる木々と妖しい月を見上げて、僕は真っ先にそう思った。

 眠気の残る頭を回転させて、状況把握に努める。
 確か昨日はヤイバとオンラインゲームで何某かの雌雄を決した後に寝たはずだ。どっちが勝ったかとか、何をしていたとか、よく覚えてないけど。
 少なくとも城が城を持ち上げて上空に消え去ったりはしてないし、そこでダメージの通らないボスとも戦ってないし、落とされてないし、雑魚キャラ一家の妹が起こしにきてもいないし、というかそもそもペラペラじゃないし夜だし。

 ……ふむ。

「もっかい寝るか」
「寝るなっ!」
 朝早くに起こしにくるオカン並の一撃が僕の頭に炸裂した。
「なんだヒカルいたんだおやすみ」
「だから寝るなって言ってんでしょ、起きろ!」
 胸倉を掴まれて無理矢理起こされてしまった。
「寝るなも何も立派に夜中じゃん。子供は寝る時間だよ」
「常日頃夜更かししてるアンタの台詞じゃないわね」「僕だって人並みの時間に寝るさ」「今は人並みの状況じゃないの!」
 ふむ、ボケどころはここまでかな。
 改めて周囲を見回しても、やはり暗い森の中としか言いようのない場所だった。迷いの森かどうかは知らないけど、抜けられそうな気は――いや?

「ただいまー」
 ちょうどいいタイミングで、暗がりの中からヤイバとハルミも現れた。他の面々は見当たらないが、この森に迷い込んでしまったのは僕達四人だけだろうか。
「おー、起きたか」
「うん。で、何か見つけた?」
「少なくとも雑魚キャラ一家の住む家も、変に出番の多いガキ大将もいなかったな。ついで言うとFP回復の栗が生ってる木も無かった」
「……お願いだから、あたしにもわかりやすい言葉で話して」
「なにもありませんでした、まる」
 らしい。
「ふうん……ハルミ、どう思う?」
「どうって、何がですか?」
「この森について」
 僕の漠然とした質問に、聞き手の二人こそは首を傾げたがハルミはさも当然のように答えた。
「多分、頻繁に人が出入りしてる森です。抜けるのには苦労しないと思いますよ」
「え、なんでわかるんだよそんなこと」
「地面が踏みならされていて、草がほとんど生い茂ってないんです。未踏の森ならもっと歩き難いはずかなって」
 どうやら僕と同じ意見のようだ。危険な生き物に出くわす確率も低そうだし、大した問題はなさそうだ。
「とりあえず、この森を抜けようか。風邪ひきたくないし」
「ちょ、ちょっと。どうしてこんな所にいるとか、そういう事は気にならないの?」
「後で気にする」
 単純な答えを返しておいて、僕は特に方角も定めずにふらっと歩き出した。ヤイバやハルミも何も言わずに、ヒカルは呆気に取られながらも慌てて後を追いかけてきた。


____


 それにしても、ここはどういう場所なんだろうか? 歩けそうな道を選んで歩きながら、僕は何気なく思考を巡らせていた。
 何がどうしてどこをどうやってここまで来たかはわからないが、少なくとも僕達の住むステーションスクエアの近くにある森なんてミスティックルーイン辺りのものだ。だが、その森へ足を踏み入れた事がある身としては、ここは同じ森には見えない。
 そうすると、僕達が眠っている間に誰かに運ばれて放置されたという素っ頓狂ながらも一番現実味のある可能性は完全に薄いと思っていい。では僕達はどうやってこの森にやってきたのか?
 ……なんてことは、実はそれほど気にしてはいない。

「ねえ、本当にこっちで合ってるの?」
 僕の後ろにくっついて歩いていたヒカルが弱音めいた言葉を吐いた。
 確かに、森の外を目指して歩き始めてからもう何十分か経っている。それでも森の景色は一向に変わっていない。
「目印もないから、単純に歩けそうな道を選んでるだけですけど。一応ちゃんと出られるはずです」
「あれじゃね。なんか良からぬ者に誘われてるとか」
「や、ヤイバ! 不吉な事言うの禁止!」
 なんだかんだで、みんなそれほど危機感を感じているわけではないらしい。
 それというのも、今置かれている現状に現実味が無いせいだろう。目が覚めたらいきなり森の中だ。こうやって彷徨っているうちに森の妖精に出会うか凶暴な森の妖精に出会うか、なんて脈絡もない事を思ってしまう。
 平たく言うと、夢っぽい場所にやってきている気がする。何か一波乱乗り越えてしまえば、後は労せず帰れるんじゃないかな――みたいな。
 ま、それこそ現実味の無い事なんだけど。
「しっ」
 突然、先頭を歩いていたハルミが動きを止めて姿勢を低くした。僕達も驚いて足を止める。
「ハルミ、どうしたの?」
「何かいます。向こうで草が少しだけ揺れて……」
「う、うそ」
 お化けの類か何かだと思っているのか、ヒカルは僕の腕にしがみ付いている。
「大丈夫、きっと人だよ。行って確かめてみよう」
「うう……」
 足が石のようになっているヒカルを引きずって、何かがいる方へと進んでみる。
 月明かりしか頼りにならないが、なんとか何かの影のようなものを捉えることができた。草の生い茂っているところを避けて通っているところを見ると野生動物でない事は確かだ。僕達と同じ人間だろう。

 ――ふと、人影は足を止めた。

「げげんちょ」
 ヤイバのその間抜けな声が合図かは知らないが、全員ピタリと足を止めた。ひょっとして気付かれたかな。
「誰かいるの?」
 聞こえてきたのは、どこかやんわりとした女の子の声だった。
「どうするよ?」
「……行こうか」
 こちらから姿を現す事に。
 暗くて捉え辛い人影に近付き、なんとか月明かりで服装くらいはわかるところまで近付いた。フードでも被っているのか顔は見えない。
「オレ達、怪しいもんじゃないですよ。この辺に初めて来た者なんすけど、道に迷ってこんなところまで来ちゃって」
 ヤイバが話している傍らで、僕は目の前の少女らしき人の服装が気になっていた。これは……ローブか何かか?
「初めて……? もしかして、外の国から来た人かしら?」
「外の国?」
 ――なんだかきな臭くなってきた。ヤイバが「どうする?」と言った顔で同意を求めてきたので、僕は「そのまま続けていい」と頷いた。
「ええ、そうです」
「そう……ねえ、聞いていいかしら」
 なんだか喜ばれている。どうも話の流れが読めなくなってきた。
「チャオという生き物のこと、知ってる?」
 僕達は顔を見合わせた。知ってるっちゃあ知ってる。毎日顔を合わせてるんだし。
「まあ、知ってますけど」
「本当? 凄いわ! ねえ、少しお話を聞かせてくれないかしら?」
 凄いって、何がだろう。イマイチ話が飲み込めないが、どうせアテもないことだし。
「じゃ、どっか話せる場所にお願いします」
「あら、そうだったわね。それじゃあついてきて」
 そういって森をずんずんと歩いていく彼女を、僕らは幾分の戸惑いを覚えつつも追いかけた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.2
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:02 -
  
 少女の案内により、僕達は然程労せず森を抜け、町に出た。そして僕達は、その光景に思わず足を止めてしまう。
「どうかしたかしら?」
「あ……いや」
 言いたいことはあったけど、うまく言葉にはできなかった。目にしたもののインパクトが想像以上に大きくて、なんて言い表せばいいかよくわからなくて。
「ねぇ、カズマ」
 ヒカルが僕の服の袖を引っ張った。何が言いたいかはなんとなくわかるけど……
「ここ、どこ?」
「……さあ?」
 まず、電気がない。町を照らす照明が、空の上で輝いている月とカンテラの街灯だけだ。
 道路がコンクリではない。石造りのブロックを敷き詰めたような道になっている。
 他にも、建物が見慣れない、車や自転車が通ってない、等々。
「この国には、初めて来たのよね?」
「え、うん。まあ」
 この町を背景にすると、最初に違和感を感じていた少女の姿が自然に見える。逆に僕達がこの町で浮いてるみたいだ。
「あの、この町――この国ってどういうところなの?」
「どういうところ? そうねえ……うーん」
 答えに窮しているのか、急に唸りだしてしまった。一応じっと答えをくれるまで待ってみたが、十数秒経った頃には、
「ごめんなさい。私って勉強不足だからうまく説明できないの」
 と返ってきた。別に漠然と言ってくれてもいいんだけどな。わからないって言われるよりは遥かに。
「あ、でも良い所よ。治安は良いし、綺麗だし、広いし大きいし」
「はあ」
 必死にフォローを始めた。残念ながらそういう事は聞いてないな。わからないって言われるよりはマシだけど。
「で、どこに行くの?」
「えーっとね、私のよく知ってる宿屋さんがあるの。そこへ案内してあげる」
 宿屋さん?
 実生活ではおよそ聞き慣れないフレーズを残して先導を始めた少女。僕達もついて行くが、如何せん何がなんだかわからなくて落ち着かない。
「なあなあ、カズマ」
「何?」
「あの子、宿屋って言ったよな」
「言ったね」
「宿屋っていうと、あれだろ? HPとかMPとか全快するとこ」
「まあ、僕もそのイメージだけど」
「じゃ、そういうことなのか?」
 ヤイバの漠然とした言葉を、僕はなんとなく理解した。
 改めて町を見回してみる。車もない、電気もないと、なんともそれっぽい場所だ。現実では見た事はないけど、現実じゃない場所でなら――僕達はとても見覚えがある。
「そういうことじゃないのかな」
 信じられないけど、そんな気がしてきた。
 ここって、現実じゃないのかも。


____


 連れて来られた宿屋というものは、恐らく僕とヤイバの想像通りのものだった。簡素な宿屋の看板が掛けられた、見た感じ古い作りの建物だ。
 やっぱりそういうことなのか、これって。
 少女はと言えば遠慮なく宿屋の扉を開けて入った。僕達も後に続いて中に入ると、思ったよりも明るい店内が僕達を迎えてくれた。壁にいくつかのランプのようなものが掛けられており、それが照明になっているようだ。
「はい、いらっしゃい」
 僕達が店内の様相に目を奪われていると、カウンターの奥から宿屋の店主らしきおじさんがやってきた。その服装たるや、わかりやすいRPGのNPCみたいだった。同じ顔をどこか別の町でも見かけるんじゃないかってくらい。
「おや、また抜け出してきたんですか?」
「おじさん、その話は無しにして! 今日はお客様がいるんだから」
「ん、本当だ」
 言われた店主は、少女に連れて来られた僕達を吟味するかのように眺める。心なしか不審そうな目をしている気がするが、確かにこの場において不審なのは僕達かもしれない。服装マッチしてないし。
「お嬢さん、この方達はいったい?」
「外の国から来た人達よ。道に迷っていたところを助けてあげたの。これから外のお話を聞かせてもらおうと思って」
「いやまあ、それは良いんすけど」
 勝手に話が進む中でヤイバが割り込み、頭を掻きながら苦い顔で言った。
「オレら金ないっす」
「大丈夫! 私が出してあげる!」
 ぽんと胸を叩いて、少女がそう提案してくれた。初対面の人に対してやけに好待遇だが、この好意を素直に受け取って良いものか。
「遠慮しないで。おじさん、おねがいね」
「はいはい。それじゃ五名様ですね。今、どの部屋も空いてるんですが、生憎と四人までなんで分けて使ってください。それとお嬢さん、衛兵が来たらいつも通り抜け道を使って結構です」
「うん、ありがとう」
 衛兵? 抜け道? なんだか自然と物騒な単語が出てきたが、少女が「さ、早く早く」と促すので問い質せないまま部屋へ案内された。
 部屋の内装も思った通りのものだった。四隅にベッドと棚を置き、あとはテーブルが一個と椅子が四個。四人で使えるというだけあって意外にも広いが、かなり質素だ。
「あの、ありがとう。わざわざ」
「ううん、別に構わないわ」
 そう言って彼女はフードを取り、人懐っこい笑顔をこちらに向けた。
 ――僕は目を剥いた。
「き、君……」
「どうしたの?」
 僕達は顔を見合わせる。ふと、ヤイバが咳払いをして少女に一歩だけ歩み寄った。
「いえ、失礼。オレの好きな人とあんまりにも似ていたもので」
「あら、典型的な口説き文句ね。でも残念、私には心に決めた人がいるの」
 ヤイバ、更に唖然。僕の耳元まで寄ってきて小声で言った。
「ユリはそんなこと言わない」
 僕達は再び顔を見合わせた。
 そう、あまりにもそっくりなのだ。同一人物でなければ双子か何かかと思うくらい、ユリと同じ顔をしている。本当に別人なのか、この少女は?
「あの、名前を聞いてもいい?」
「クリスティーヌよ。そちらは?」
「えっと、カズマっていいます。こっちはヤイバ。それとヒカル、ハルミ」
「へえ……珍しい名前をしてるのね」
 僕達からすればそっちの名前の方が珍しい。クリスティーヌなんてお上品そうな名前、ご近所さんのどこを探したっていないよ。
「お客さん、晩御飯はまだですか?」
 困惑しきった僕達は、結局晩飯を食べ終えるまでまともに話すことすらできなかった。


 その後は、クリスティーヌさんに「さん付けしなくていいわ」……クリスティーヌに要求された通り、僕達の知っているチャオのことをいろいろと話した。一応、僕達の住む世界の背景はぼかしながら。フィクションに慣れているせいか、こういう時に変な気が回る。
 一通りの話を聞いた彼女は、羨ましそうな顔で溜め息を吐いた。
「私、チャオに一度もあったことがないの。大昔に絶滅したって」
 やはりこの世界にもチャオはいたらしい。ずいぶん過去のことみたいだが。伝説の上の存在みたいなものなんだろうか。
「ねえねえ、あなた達がいつも会ってるチャオって、お友達なんでしょ?」
「ん……まあ、間違ってはないかな」
「私、そのお友達に会いたいわ! 今どこにいるの?」
 その言葉で、僕達は今どんな状況に置かれているのかをようやく再認識した
 僕達は未踏の地に放り出されているのだ。何故か危機感を置き去りにしていたが、ここには僕達の知っている人達は他に見当たらない。僕達の持っている規範とはどこか違った世界にいるのだ。時代も、背景も。言葉が通じているのが不思議なくらいだ。
 当然、僕達以外の所員だってどこにいるかわからない。ひょっとしたらいないかもしれない。
「……ごめん、わからないんだ」
「え?」
「信じてもらえないかもしれないけど、正直に話すよ。実は僕達、この世界の人間じゃないんだ」
 僕はかいつまんで話した。本当はもっとこの国とは違った未来的な世界に生きていること。気がついたら森で目が覚めたこと。どうやってここに来たのかもわからないこと。彼女は笑いもせずに真剣に聞いてくれた。
「……じゃあ、どうやって帰ればいいのかも、お友達がいるのかもわからないの?」
 改めてその現実を突きつけられ、ヒカルとハルミは俯き、ヤイバは頭を掻いた。案外労せずに帰れちゃうんじゃないかなとか、軽率な考えだったな。
「大丈夫、任せて!」
 僕達の悩みを一蹴するように、彼女はベッドから降りて胸を張った。
「私がみんなの友達を捜すの手伝ってあげる!」
「えっ」
 突然の申し出に、僕達はまた顔を見合わせる。この少女、どれだけお人好しなんだ。
「良いの? だって、そもそもこの世界にいるのかどうかもわかんないんだよ?」
「そんなの捜してみないとわからないわ。それに私だってそのお友達に会ってみたいもの」
「まあそうだけどさ」
「じゃあ決まり! 明日の朝一番に捜しましょ。今日はもう寝なくちゃ」
 こっちの答えなど待たず、とんとん拍子で話が決まってしまった。なんて活発なんだ。それになまじユリそっくりだからとんでもない違和感を覚える。自分の見知った顔が自分の知らない振る舞いをしているのを見るのは凄く混乱する。
 でも、その好意はとてもありがたい。申し出を断る理由は無く、僕達は揃って頷いた。
「よし、それじゃ話は早いなクリスティーヌさん一緒に寝ま」
「じゃあカズマおやすみ、寝坊しちゃダメよ」
「うんわかった。ヤイバ行こうか」
「ばっ、放せカズマ! オマエだって幼馴染や妹と一緒に寝たいだろそうだと言ってみろ!」
 ヤイバの爆弾発言のせいで、何故か僕までヒカルに部屋から蹴り出されてしまった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.3
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:09 -
  
 眠い。
 ずしりと重い瞼を薄く開いてみると、そこは見慣れた小説事務所の所長室だった。
 視界がぼやけている。加えて暗いせいか、まるで夢でも見ているみたいだ。
 なんでここにいるんだろう。眠くて頭の回らない僕は、やがて意識を手放し始めたか目の前が霞んでいった。

 ――起きて。

 誰だ?
 聞き慣れた声が僕を呼ぶ。でも、目を覚まそうとすると余計に目の前が霞んでいく。

 ――起きてってば。

 だめだ。起きれそうにない……


 ̄ ̄ ̄ ̄


「起きろって言ってんでしょ!」
 ヒカルに容赦なくベッドから落とされ、ようやく僕は目を覚ました。
「……ん、ん?」
 何か夢を見ていた気がする。でも思い出せない。凄く意味深な夢だった気がしたのに。
「ごめん、もっかい寝る」「だから起きろって言ってんのよ!」
 もう一度夢を追いかけようとしたのに、ムリヤリ現実に引っ張り戻されてしまった。そんなんだから最近の若者は自信をなくしちゃうんだぞ。
「ったく、死んだみたいに起きないんだから」
「それ、いいすぎ」
「うるさいっ。ぼーっとしてないで逃げるわよ!」
「……逃げる?」誰から? 昨日言ってた衛兵とやらか?
「バケモノよ!」
「はあ?」
「ああもう、説明は後!」
 手を掴まれ強引に起こされ、僕は向かいの部屋、女の子三人が寝泊りした部屋に連れてこられる。そこには一足先に起きていたみんなと、何故か宿屋の店主も一緒だった。
「みなさんお揃いで」
「あの、何があったんですか?」
「下でご説明します」
 そう言うと、店主はフローリングの板目の一つを縦にずらしたが、何も変化はない。と思ったら、そのすぐ近くの一メートル四方くらいの床を回した。上から覗いてみると、何やら地下に降りる為の階段が続いている。くるりと回ったその床を見ていると、ますます昨日考えていたゲームの世界観を思い出してしまう。
「さ、急いで」
 店主に促され、クリスティーヌが先導し僕達も後に続いた。


 地下は石造りで出来た通路で、まるで迷路みたいになっていた。明かりは随所にある僅かなものと、店主が持ってきたカンテラだけ。一人で歩いていたら絶対に迷いそうなところだ。
 そんな通路を我が物顔で先導しているのがクリスティーヌで、その隣に店主、僕達は後ろについて歩く。
「ここは昔、あっしらのご先祖が作ったと言われている通路です。ここを他に知っているのは、あっしとお嬢さんを覗けば僅かです」
 いかにもRPGか何かで聞きそうな話だ。資材搬入の通路だったのだろうか。それとも盗賊の抜け道だったんだろうか。思いつく可能性はいろいろあるけど、あんまり重要でもない。
「それで、バケモノが出たって言ってましたよね?」
「詳しいことはわかりません。今朝から町中がバケモノだなんだと騒いでいて、それもすぐ近くまでやってきているそうで、みなさんをここにお連れした次第です。お嬢さんに何かあっては、あっしの首が飛んでしまいますからね」
「首が?」
「もう、おじさんったら! その話は無しにしてって言ったでしょ!」
 何やらこのクリスティーヌという少女、只者ではないのかもしれない。良いトコのお嬢様か何かかな? 頻繁に家を抜け出してるおてんば娘だったりとか。
「そんなことより、お友達捜しができないわ。なんて幸先が悪いのかしら」
 ああ、そういえばそんな話があったな。すっかり忘れてた。
「お嬢さん、そんな暢気なことを言ってる場合じゃありません。お嬢さんやお客人の身に何かあっては元も子もないんですよ?」
「でもっ、もしもそのバケモノにお友達がやられてしまったらどうするの!」
「あーそれはないな。よっぽどの事がない限り」
 ヤイバの軽い発言と、それに頷く僕達を見て、クリスティーヌは呆気に取られる。
「……そうなの?」
「先輩達ならな」「ユリも大丈夫だろうし」「ひょっとしたら返り討ちにしてるかもですね」
「はあ……お客人のご友人は大層お強い方々のようで」
 そりゃあ、伊達に裏組織だの人工チャオだのと張り合ってるわけじゃないし。ところがクリスティーヌは思い詰めた表情で声をあげる。
「それでも心配だわ。早くお友達を捜さないと!」
「いやしかし」
「しかしもおかしもないの!」
 僕達としては別に大丈夫なんだけどなあと思っていたのだけど、彼女の強い語気に気圧された店主は困り顔でこちらを見てきた。
「お客人、腕に自信はおありですか」
「えっ?」戦えるかって意味か?
「もしそうなら、お嬢さんを守りながらご友人を捜すことも問題ないでしょう」
「なるほど! 問題ねっす、全然戦えるっす!」
「ばッ……」
 何故かとんでもないことを口走り始めたヤイバの腕を引いて、僕達は顔を突き合わせて小声で話す。
「なんでそんなこと言うんだよ?」
「戦力ならいるじゃん。そこの二人」
 そういって視線を向けた先がヒカルとハルミだった。
「え、な、何言ってんのよ。あたしただ剣道してるだけよ?」
「その時点で少なくともオレらよりは強い。オレらが遊び人ならヒカルはバトルマスターだ」
 なんてこった、反論できない。
「わっ、わたしは」
「ノット堅気のあんちゃん相手に毒針で全戦全勝と聞きました」
「あうう……」
 なんで男の僕らより女の子二人の方が強いんだろうね。しかもハルミちゃんなんか年下だよ。
「でも、相手はバケモノよ? モンスターなのよ?」
「安心しろ、最初はみんなレベル1だスライムナイトにも劣る勇者なんだよ」
「でも、レベル上げできませんよ? はぐメタだっていませんよ?」
「安心しろ、レベル上げは必要ない戦略で勝つんだ。スクンダしまくってりゃ当てれるし避けれるし敵の行動回数も減らせる」
「できるわけないじゃないですか!」「ごめんその前にスクンダとかわかんないんだけど」「お客人、話は纏まりましたか?」「一番いい装備を頼む」勝手に纏められましたとさ。
「わかりました、付いてきてください。みなさんを上にお連れしましょう」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 結局、店主に連れられて僕達は路地裏のような場所に出てきた。町の人達のざわつきが聞こえている。どうやらバケモノ騒ぎは本当らしい。
「どうしよう、これじゃ警備隊もみんな出動してるわよね。見つかったらどうしよう」
 町の惨状を見るなり、クリスティーヌはフードを深く被って縮こまる。バケモノがいるっていうのに、このお嬢様はそっちの心配はしないようだ。どこのお家の方かは知らないが、とある桃姫並みに肝が据わってるな。見ろ、こっちの主戦力は既に恐怖の状態異常にかかってる。非戦闘員の方が落ち着いてるって酷いよ。いろんな意味で。
「こっちです」
 言われた方向へ路地を抜け、店主はある店の中へ入った。僕達も続いてぞろぞろと中に入ると、まず目に付いたのは壁に飾られた馬鹿デカい斧だった。物言わぬ気迫に気圧されながら店内を見渡すと、剣盾槍槌その他諸々の武器類が目に入る。ひょっとして武器屋か?
「お前、宿屋の……」
 店のカウンターでは、何やら荷物を纏めているおじさんがいた。武器屋の店主らしきその人物は、宿屋の店主と顔を合わせるなり腰を浮かす。
「まだ店にいたのか」
「ああ、もうすぐそこまでバケモノが来るってんで、急いで荷物を纏めてるんだ。ところでそのガキ達はなんだ……あ、お嬢さん?」
 ミスマッチな服装をしている僕達を薙ぐように見回し、武器屋はフードを被ったクリスティーヌに目を留めた。なんだ、こっちも知り合いなのか。顔が広いな。
「おじさん、武器貸して!」
「ええ?」
 身を乗り出した突然のお願いに、武器屋は呆気に取られる。僕達もビックリだった。いきなり貸してってのはないんじゃないか。
「私ね、この人達のお友達を捜さないといけないの! だからお願い!」
「え、いやそんなこと言われても。武器ってお嬢さん方が使うんですかい?」
「当然でしょ!」
「ええええ?」
 また露骨に驚かれた。当然の反応だ。どう見たってただのガキんちょ集団に武器貸せなんて言われたら、普通なら鉛球の一発でもくれてさっさと帰れと言っている。
「お代なら出すから!」
「いや、そういう問題じゃあ――」
 そんな時僕達を黙らせ震え上がらせたのは、店のドアを強く叩いた何かだった。一回一回に合間があり、人が強くノックしているのとはわけが違う。何かがドアを破ろうとしている。
 全員が息を呑んだ。
 動いたのはヒカルだった。店の中に置かれていた多くの武器から、日本刀のような剣を一本取った。深呼吸して、僕達の前に出て待ち構える。ドアを叩く音はなおも続き、そろそろ壊れてしまいそうな軋みが僕達の背筋を凍えさせる。
「――来なさいよ」
 それが合図だった。ドアは勢いよく蹴破られ、体に草木を生やした土偶のような生き物が一匹飛び込んできた。僕達よりも一回りか二回りくらい小さいけど、不釣合いに大きな手足と、目を模した花がとにかく異様だ。しかもギョロギョロと動いてる。確かにこいつはバケモノ以外の何者でもない。
 ヒカルは動かない。恐怖に震えて動けないのかと店主二人は苦い顔をする。
 でも、違う。ヒカルは震えていない。向こうが動くのをじっと待ってる。
 永く感じる睨み合いから、とうとうバケモノがヒカルに飛びかかった。クリスティーヌが手で顔を覆って目を逸らす。が、彼女が再びヒカルを見た時、ヒカルは傷など負ってはおらず、バケモノは命を失って崩れていた。
「凄い……」
 顔を覆っていたクリスティーヌが、今度は口を覆って目を見開いていた。僕達もみんな、ヒカルの見せた動きに見惚れてしまった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.4
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:16 -
  
 その日城下町に現れたのは、得体の知れないバケモノと、得体の知れない子供達だった。
 民にとっては珍妙な服装と、バケモノ達を次々と倒していく異様な強さと、なんてったって男より女の方が強いっていうアンバランスっぷり。話題にならない方がおかしい。
 中世に降り立った武士、東ヒカルを盾にしながら動く僕達。それに負けじと圧巻の遊撃を見せるのがハルミ。ナイフ一本でバケモノの群れを縫うように立ち回り、隙あらばとにかく斬って刺してと好き放題荒らしまわって俊敏に動いている。
 そして更に僕達を驚かせたのがクリスティーヌの意外な強さである。結構重量のある剣を慣れたように振り回し、襲い掛かってくるバケモノ達を手際良くあしらっている。絶対に何か習ってる動きだ。そこへきて僕達の情けなさである。クリスティーヌと同じような剣を持っているのに、その剣裁きと来たらとにかく拙い。僕達のだらしない動きを目の端に入れたお嬢様方からちょくちょく叱咤が飛んでくる。
「剣の重さに振り回されないで! 腕の力だけで振ってはダメ!」
「もっと周りを見て! 死角に回り込まれちゃいます!」
「バカ、隙だらけよ! 体の重心をちゃんとコントロールするの、足の親指を意識して!」
 泣きたくなってきた。なんで君達そんなに武闘派なんだよ?
「苦しすぎて狂っちまいそうだぜ!」
 なんて情けない台詞に改変してるんだ。謝れ。デビルハンターさんに謝れ。
「軽口叩けるだけ余裕だね」
「状態異常の無いからげんきなんか意味ねえよ! つまりはオレ達使えねえって意味だよ!」言うまでもないことをいちいち言うなよ。
「確かに、この元気を無駄に使う前に逃げた方が良さそうだ。ヒカル、ハルミ!」
 最初見た時はゲームオーバーを覚悟した敵の数が、既に半分以下にまで減っていた。レベル1の初戦闘にしては幸先が良いどころの話ではないが、何はともあれ今なら逃げられる。
「何よあんた、女の子置いて逃げる気?」
「ここまで来たんだから全滅まで持っていきましょうよ」
「敵に背を向けて逃げるなんて騎士道に反するわ」
 なんでそんなに好戦的なんだよ君らは!


 結局、女性陣の劇的な活躍によって、残りの敵を倒すのに数分とかからなかった。バケモノ達は残らず消し去り、住民達も残らず逃げ去り、静かな城下町で僕達は息を吐いた。
「いやあ、お見事でしたよ旅のお方々! なんという強さ!」
 唯一残っていた店主二人が健闘を称えてくれた。ヒカル達に向かって。
「やだ、別にそんなんじゃないですよ。戦ったのだってこれが初めてなんだし」
「なんと、初めて? そいつはまた驚きだ!」
 そいつは僕らの台詞だよ。
「まあ、なんていうか思ったより強くなかったですよね?」
「……ああ、そう」
 僕らよりかよわい女の子がそう言うんならきっとそうなんだろうな。運動もしてない僕らは基準にならないんだな。僕は後半、敵の攻撃を防ぐことしかできなかったし。盾持ってる方が戦えるんじゃないかな。
「いやあ、本当に雑魚って感じだったな、これならコンボ練習のサンドバッグにいいくらいだむぎゅぎゅ」
「で、これからどうするのクリスティーヌ?」
 ホラを吹き始めたヤイバを三人がかりで足蹴にしながら、ヒカルが今後の方針を尋ねた。この異様な光景に目を白黒させながら、クリスティーヌは案をひねり出す。
「えっと、お友達ってチャオでしょ? 町の人に聞き込みをすればすぐにわかると思うわ」
 ごもっともである。僕達のいた世界とは正反対に、ここではチャオの存在は浮く。見たっていう人がいればすぐにわかるだろう。
「チャオ? って、なんですかいお嬢さん?」
「えっとね、ちっちゃくて可愛いの!」そりゃ幼い頃は人間も同じだ。
「体がほぼ全部水でできてるの、こうぷるぷるのぽよぽよで」それも幼い頃は人間も同じだ。
「喋れるんですよ! 凄いでしょ!」それは幼い頃の人間には難しいかな。ってどれもまともな説明になってないよ!
「魔法が使えるんですよ」
 僕は息を整え、口を開いた。身体的特徴ではない説明で、僕は全員の視線を掻っ攫う。
「ちょっとカズマ、そんなんじゃわかんないでしょ。所長達がここで魔法使ったかどうかわかんないのよ?」
「使ってない方がおかしいよ。少なくとも所長達がここにいるんなら、当然バケモノと出くわしてるはずだし、その時に魔法も使うはずだよ」
「旅のお方、よろしいですかい」
 武器屋の店主が僕ら二人の会話に割り込んだ。
「見ましたぜ、それらしき奴を」
「本当ですか?」
 開始早々思わぬ収穫に、僕らはみな顔を見合わせた。クリスティーヌはもう見つけた気でいるのか顔が綻んでる。
「ええ。ちょうどここの前で衛兵たちが何かを追ってたんですが、その追撃を振り切った連中が火柱だの水柱だのを走らせたのを見たんですよ。姿こそよく見てなかったが」
 間違いない、それはパウさんとリムさんだ。やっぱりこの世界に来ていたんだ。きっと所長もいるに違いない。
「それで、どこに向かったのかは」
「残念ながらそこまでは。なんせ連中、あまりにも逃げ足が速かったもんですから。あっという間に衛兵を振り切ってました」
 それでも大収穫だ。所長達がこの町にいるってだけでも希望がある。
「あの、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ、こっちの台詞ですよ。武器は持っていって構いません」
「また何かあればお会いしましょう。我々もできる限りの情報を集めておきますよ。お嬢さんのこと、よろしく頼みます」
「もう、おじさんったら。私なら大丈夫よ。全然問題ないんだから」
 悔しいけど反論できなかった。むしろ僕達を守ってほしいくらいだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 それにしても、本当にこの世界はRPGの中みたいだ。イメージとピッタリ当て嵌まるとまではいかないけど、道や建物の全てが味のある石造りをしていて、周りには木々や花が町を彩っている。今は荒らされていて見る影もないが、こういうのが趣味な人は涙を流して死んでいけるくらいだろう。趣味というわけでもない僕もたったいま好きになりそうだ。
 クリスティーヌの説明によると、この町は円状の城壁に守られており、大きな森と海に挟まれているのが特徴。その影響で多くの人が通りかかるし、資源も手に入れやすいと来てとんとん拍子に発展していったんだそうだ。
「……だったかな」
 ちょっと勉強不足なお嬢様である。それでいて顔があれだからすげえ新鮮。ヤイバがすげえうっとりしてる。
「あのお城、なんですか?」
 ハルミの指差した方向には、一際大きなお城が建っていた。如何にも国王様とかがいそうなお城だ。物凄くデカいけど、きっと三階建てくらいなんだろうな。
「ああ、あれね。……まあ、お城。この国の王様とかがいるの」
 なんかすげえアバウトなんですけど。
「もっと詳しい説明はねえんですかお嬢さん」
「うーん、そう言われてもよくわかんないし」
 けっこう勉強不足なお嬢様である。この怠慢とも取れる態度はちょっとユリに似てるかもしれない。ヤイバも懐かしそうな顔してるし。
「……それにしても、誰もいないのね?」
 歩けど歩けど誰もいない町に、ヒカルが溜め息を吐いた。確かに人っ子一人見当たらない。恐らくこの騒動で大半がどこかへ避難してしまったのだろう。バケモノにメチャクチャにされた家屋も相俟ってなかなか殺風景だ。
「ねえ、クリスティーヌ。こういう緊急時の避難場所ってどこなの?」
「んんー……どこなのかしら?」
 言うと思った。このお嬢様、逃げるとかそういうことに無縁そうな表情してるもんね。
「さっきのお城じゃないんですか?」
「あー……そうかもしれない」
 さっきからなんて曖昧な返事してるんだか。聞いてて不安になってくる。
「これじゃ聞き込みできないわね。お城の方に行って聞いてみる?」
「え、あ、待って!」
 話がお城に行く方向性になろうとすると、クリスティーヌは途端に慌てだした。
「武器屋のおじさん、お友達が衛兵から逃げてたって言ってたじゃない?」
「言ってたね」
「ひょっとしたら町の外に逃げてるかもしれないわ! ええきっとそうよ! うんそう!」
 あまりにも平静を欠いて意見するもんだから、僕達は何もかも察して顔を見合わせた。
 この子、あのお城に住んでるお嬢様だ。
 宿屋の店主が言っていた、衛兵が来たら抜け道を使えだの、もし何かあったら首が飛ぶだのというのは、つまりはそういうことだったのだろう。
「……あー、なるほどね。クリスティーヌの言うとおりかもしれない」
「せやなぁ外に逃げよったかもしれんなぁ」
「クリスティーヌさんあったまいー!」
 ここでお城に行こうなんて言いだしたらお嬢様の好感度は駄々下がりだ。事、好感度は上げてナンボの性分をしているお人好しな僕らは、お城に帰りたくないという彼女の意思を汲み取りあえて難儀な選択肢を選んだ。僕らの保護者ヒカルさんは呆れた顔をするが止めはしない。その優しさにありがとう。
「で、外にはどうやって出るのよ?」
「大丈夫! 町の地下通路を使えば見つからずに外に出れるから」
「そうなんだ。道、わかる?」
「もちろんよ。私しょっちゅう外に出てるし」
「え? バケモノに襲われたりしないの?」
「いるわけないじゃないそんなの」
 そうなのか。てっきり町の外はバケモノが当たり前のように歩いていて、近くの町に移動するまでに5回くらいエンカウントするのが普通なのかと思っていた。
「そうと決まれた早速しゅっぱーつ!」
 焚きつけるように言い並べて、彼女は早足で歩き始めた。それを訝しげな顔つきで追いかける僕達。なにやら面倒なことになってしまった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.5
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:21 -
  
 外に出るというだけで、なかなかの長旅だった。
 地下通路へ潜る為の入り口を探し、クリスティーヌの記憶だけを頼りに何度も道を間違えながら外を目指した。こういう場所は得てしてモンスターで溢れてるのがRPGの常で、しかも脱出呪文の一つも覚えてないと息切れしてしまう。が、ここはそれほど物騒な世界ではないので安心できる。
「……ね、ねえ、なんか音しなかった?」
「してないしてない、なんにも聞こえないから安心して」
 例外はいるけど。
 怯える主戦力をなだめながら長い時間をかけてようやく町の外へ出られた頃にはもう夕方になっていた。
「わーい、おっそとー!」
「出られたー!」
 外の景色を目の当たりにして、クリスティーヌとヒカルが心から喜んだ。お互いに違う理由で。
 ここも僕の想像通りの光景だった。寝転がりたいほどの草原が地平線の彼方まで続いている。北の方には見上げるばかりの森が、南の方には見下すばかりの海が。クリスティーヌの話していた通りだ。あとはその辺にスライムとかいれば完璧なんだけど。
「……で、どこに行くの?」
 当面の問題点をぼそっと言ってみると、きゃあきゃあ騒いでいたお嬢様の動きがピタリと止まった。ぎこちなく振り返り、ふんっと鼻息を漏らして胸を張る。
「も、もちろん決まってるじゃない?」ノープランでした。疑問形なところが特にマイナスポイント。
「で、どこに行くの?」
 もう一度同じ台詞を繰り返してみると、彼女は硬い動きで森の方を指差した。
「あそこに僕らのお友達がいるって?」
「ほら、人に見られてバケモノ扱いされるってことは、人のいない場所に行きたいわけじゃない? この辺でそれっぽい場所っていったらあそこよ」
 それっぽい詭弁はまあまあうまいんだよなこの子。どこに行くとか言われても僕達は従うつもりなんだけどね。
「大丈夫? 出るとき迷わない?」
「……うん、ぜんぜんへいき!」不安になるからどもったりしないでおくれよ。「迷わないように目印をつけていけばいいわ!」しかも道を知ってるわけじゃないっていうね。
「目印になるもの、何かある?」
「……何かある?」
 ここ一番の人懐っこい顔で聞かれたってないものはない。旅の始めはみんな薬草だって持ってないんだぞ。
「服があるじゃまいか〜」
 待ってましたとでも言わんばかりにヤイバが声を張り上げた。
「服?」
「一定距離歩く度に一枚ずつ服を木にむすんでおけば迷わない!」
「あんただけでやりなさいよ?」
「それじゃなんにも面白くないじゃないか!」
「誰がやったってなんにも面白くないわよ」
「むむむ……服……」
「こらちょっと待ちなさい本気にしちゃダメ!」
「YES! YES! それがたった一つの冴えたやりかたさ!」
「斜面なんだから降りれば帰れますよ」
 そんな簡単な一言で話を締めくくり、ハルミは一足先に森へと向かっていった。その小さな背中が僕らには大きく感じて、この場の空気が重いものに変わった気がしないでもなかった。その重みに押し潰されたのはもっぱらヤイバだけだったけど。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 しかし、人が歩くよう考慮されていない道を歩くのは酷く疲れる。
 最初の一歩を踏み出した頃は、正直森とか山とか余裕だろと舐めてかかっていたが、あまりの足場の悪さにすぐに登山家様に土下座したくなった。ぜんぜん余裕じゃありませんでした。地面が平らじゃありません。気を抜くと転びそうです足捻りそうです。
 運動神経のない男二人が底辺の争いを繰り広げる中、目を剥くのがやはり女の子達だ。お嬢様ことクリスティーヌさんの足並みはおぼつかないにしても僕らよりは断然マシだし、ヒカルも持ち前の運動神経で果敢に登る登る。だがその中でも群を抜いた機動力を持っているのがハルミだった。獣道もなんのその、野生児みたくひょいひょい進んでいく。
「なにもんだあいつ……」
 時折見えるハルミの鋭い目を、息があがってきたヤイバが信じられないという目で見ていた。
「絶対ヘビとか食って過ごしてた人種だろ……」
 いや、そこまでイロモノじゃないと思うよ?
 何はともあれ、アクティブな女の子達に引っ張られること10分くらい。目的が無いに等しい登山に一つの区切りが訪れる。
 ふと、先頭を切って歩いていたハルミが足を止めた。それに続くヒカルとクリスティーヌも立ち止まり、微かに声をあげる。何か見つけたらしい。近くへ駆け寄ってみて、僕もまた意外な光景を目にして足を止めた。
 泉だ。澄んだ泉が大きく広がっている。
「わあ……」
「こりゃ何か落としたらきれいなものと交換してくれそうだな。ヒカルさんちょっと入ってみませんかあいててて」
「あたしは剛田クンと同じ種類の人間だって言いたいの?」
「いえそんな滅相もございませんので耳みみミミ」
 そのまま耳を引っ張ってヤイバを泉にぶち込みそうになったので慌てて止めに入る。そんな茶番劇のさなか、ハルミはいつの間にか対岸の方へ行っていた。草むらに上半身を突っ込んで何かごそごそしている。
「ハルミー?」
 呼んでみると、なにやら丸いものを抱えてこちらに戻ってきた。どうやらタマゴっぽい。白ベースの水玉模様をしていて、てっぺんが少し黄色掛かっている。
「チャオのタマゴだ」
「え、えっ?」
 一番驚いたのがやはりというかクリスティーヌ。近寄って身を屈め、チャオのタマゴを至近距離でじっと見つめる。
「これが、チャオのタマゴ?」
「う、うん」
 やや興奮気味の声にちょっと気圧される。
「ね。タマゴってことは」
「うん?」
「これ、誰かのコドモ?」

 その場の空気が、しん、と静まり返った。

「お、おいどうすんだ」
 そして手元によそ様の子を抱えているというこの状況に、みんな焦りを感じ始めた。無論僕もだ。目の前に知らない赤ちゃんとかいたら普通慌てる。今そんな状況になっているのだ。
「おいおい、周りに誰かいないのかよ。この子の親とか」
「いえ、誰もいないみたいですけど」
「ど、どうすんのよいきなり生まれちゃったりしたら」
 まるで爆発寸前の爆弾を抱えたみたいだ。
「というかなんでこんなところに一個だけタマゴがあるのよ!」
「普通二個だよな」「そういう問題じゃない!」「わっ、動いた!」「うそーっ!?」
 そして僕らに悩ませる時間すらこのタマゴは与えてくれなかった。突然動き出したタマゴをハルミがポロっと落としてしまい、僕らは一瞬こおりづけになってしまう。
「わ、割れてない? 割れてないわよね?」
 頭が外れそうなくらいのハルミの頷きが返ってくる。
 タマゴがゴトゴトと動いている。間違いない、もうすぐ生まれる。なんでまたこんなタイミングで、と毒づく暇もありゃしなかった。殻の割れる音が断続的に響くたび、僕らはいちいちピクリと反応してしまう。
 そしてとうとう、殻はパカリと音を立てて二つに割れ、この世に一つの命が降りた。この感動的瞬間、僕らの顔はかなり酷いものだったと思う。生まれたばかりのチャオに申し訳ないくらいだ。
 しばらく言葉は無かった。殻から出てきたコドモチャオは、僕らを順繰りに見回し、そして泉と森の姿を目に映して固まった後、急に目尻に涙を溜め始めた。
「え、えええ?」
 なんだか知らないが急に泣かれてしまった。なんか悪いことしたかと僕らはお互いの顔を見合わせる。
「……みんな、どこ……?」
 その時、チャオが嗚咽交じりに呟いた。
「どういうこと?」
 チャオの知識に関しては素人なクリスティーヌが、生まれたばっかりだというのに何か意味有り気な言葉を呟くチャオに対して首を傾げていた。他のみんなも同様の反応をしていたのだが、僕はなぜかこの子の言葉の意味を察してしまった。
「――転生したんだ」
「てんせい?」
「チャオはね、寿命を迎えた時にそのまま死ぬか、もしくはもう一度タマゴに戻るんだ」
 この子が転生してどれほどの時が経ったのかはわからない。チャオが生まれるタイミングというのは昔からの謎だ。必ず誰かが近くにいる時だけ生まれる、という説もある。この世界におけるチャオの存在を考慮すれば、この子はとても長い時間――それこそ数十年もタマゴのままだった可能性も高い。
「ねえ」
「ん、なあに?」
 一番身近にいたクリスティーヌが声をかけられた。彼女は身を屈めて目線をなるべく合わせる。
「みんなはどこにいったの?」
「みんなってだあれ?」
「ともだち。おとうさん。おかあさん」
「……ごめんなさい。私はあなたのお友達にも、お父様にもお母様にも会ったことはないの」
「死んじゃったの?」
「え……?」
 彼女は言葉を詰まらせ、僕らに助け舟を求めた。だが、僕は良い顔はしてなかっただろう。この子以外のチャオは、みんな死んでしまったのかもしれない。この子がタマゴでいる間に。
 ……いったい何があった?
 ここに転生したチャオが一人いるんだ。それは幸福や希望に縁があったから。他の仲間達だって同じものを抱いて転生するはず。それなのに、この子を置いてみんな消えてしまうなんて。
「ねえ、君」
 酷く残酷なことを聞こうとしている。それがわかっていながら、僕は前に出てチャオとなるべく目線を合わせた。
「転生する前、何が――」

「待って」
 突然ハルミが手をあげて身構えた。腰の鞘に納めていたナイフを抜き、泉の周りの草むらに注意を払う。
 草の揺れる音が聞こえる。
「冗談でしょ?」
「ノンエンカウントのピースフルワールドじゃなかったのかよ」
 ヒカルとヤイバも鞘の剣を抜く。やがて草むらの中から沢山の花の目が現れた。奴らだ。あの草木のバケモノがこんなところにまで出てきやがった。
「やだ、やだ、やだ!」
 花の目に捉えられたチャオが強い拒絶を見せ、クリスティーヌの腕の中に逃げた。厄介な状況だ。この子を見捨てることはできない。なんとかして守り抜かなければ。
「敵の数は?」
「わかりません、あちこちからどんどん集まってます!」
「頼むぜ姐さんがた、全部やっちゃってくださいよ」
「バカ、あんなちいさなチャオを危険に晒し続けられるわけないでしょ」
 そうだ、なんとかして退路を確保して逃げなくちゃならない。僕らにとって幸いなのは、このバケモノどもが一刺しで崩れ去るほど脆いのと、こっちの戦力が意外にも高いことだ。
「ハルミが先陣を切って。ヒカルは後ろを。とにかくごり押しで森を抜けるんだ」
「わかりました」
「女の子にモノ頼むなんて、ほんと情けないんだから」
「何仕切ってんだよオマエはぁー! それよりエビチャーハンだよオレの!」
 こんな時でもユーモアを忘れないヤイバに乾杯。
 僕が剣を引き抜くのとほぼ同時に、バケモノたちは襲い掛かってきた。その第一波を手際良くいなし、ハルミが斜面を降り始める。後ろをヒカルに任せて僕らも後に続く。できればクリスティーヌにもチャオを僕に渡して戦ってほしいところではあるが、そんな情けない申し出ができるかと剣を振る。足場が悪いもんだから酷く戦い辛い。うっかりするとすぐに足を滑らせてしまいそうだ。それでも防御一辺倒にはせずなんとか攻撃する。押されてはいけないんだ。
 しかし、そう簡単に森を抜けることはできない。なんせ登るのにもそれなりに時間を掛けた道を、今度は敵と戦いながら引き返すのだ。しかも降り。山登りで一番キツいのは、実は降りる時だそうだ。降りる度にも攻撃を防ぐ度にも腰にくる。普段から猫背なのがこんな時に響いてきた。この場で一番の足手まといだ。
「カズマ! あんた大丈夫でしょうね!」
 それを察したのかなんなのか、ヒカルが声を飛ばしてきた。変な時に気遣いしてくるなあ、まったく。
「大丈夫なわけないだろ! だから守ってもらってるんだ!」
「バカ!」
 ヤイバほどではないが、僕もまだ軽口くらいは叩けるようだ。目の前に飛び掛かってきたバケモノを勢い任せに一突きしてやる。
「うわッ」
 だが、それが良くなかった。体勢を元に戻せず前のめりに倒れたかと思いきや、僕はそのまま斜面を転げ落ちてしまう。横が急斜面になっている道で、不注意にも足を踏み外してしまった。かなりの距離を転げ落ち、地面に半ば叩きつけられるようにして止まった。
「カズマっ!」
 誰かの悲痛な叫びが聞こえる。痛む体を起こしてみると、見事に囲まれていた。背後の斜面はほとんど壁みたいなもので、登って戻るのは無理なようだ。
「先に逃げて!」
「何言ってるのよ! 今行くから待ってて!」
「ダメだ! クリスティーヌとチャオに何かあったら大変なのはわかるだろ!」
「あんた一人で何ができるって言うのよ! 死にたいの!?」
「僕だって自分の身くらい守れる、後からちゃんと合流するから!」
「でもっ」
「いいから行けよッ!」
 ヒカルを見上げて怒鳴りつける。表情はよく見えない。ヤイバに肩を叩かれ、ようやくみんなと共に行ってくれた。
「ばかああああっ!!」
 罵倒を一つ残して。

「……さて」
 落ちていた剣を拾い、目の前に群がるバケモノを見据える。
「人が話してる時に攻撃してこないあたり、紳士的で助かるよ」
 世のゲームでお馴染みの、イベント中は襲ってこないみたいなアレだ。リアルじゃそんな都合の良いことないだろうなと思っていたけど、モンスターって奴は大概空気の読める奴らしい。
「できればこのまま帰ってもらいたいくらいだけど――ま、君達もバケモノとしての体面ってのがあるよね」
 人を襲うのが敵の役目だ。そればっかりは覆せないだろう。ノルマをこなさなきゃなんない社会人みたいな奴らだ。
 改めて見てみると、思った以上に数は多くない。あくまで思った以上に、だけど。普通に30か40くらいはいる。一発ぶん殴って吹っ飛ばせるレベルには脆い奴らだけど、それは条件で言えばこっちも同じことだ。

「そしたら悪いけど――」
 切っ先上がりに剣を構え、静かに深呼吸をした。
「僕もこんなとこで死にたくないんだ」
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.6
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:32 -
  
 ――視線が霞んでいるのは、疲れのせいだ。
 迫り来るバケモノたちを命からがら蹴散らし終えた僕は、樹木に背を預けてひたすら荒い息を吐いていた。
 自分をごまかすので精一杯だった。右腕をやられている。冷たい雨が血を洗い流してくれているけど、体が冷えてしょうがない。
 瞼が重い。まさか死ぬってことはないだろう。悪くて貧血だ。頭ではそう納得させてみても、バッドケースが頭から消えない。
「……っ」
 立ち上がった途端、めまいがしてまた木に背をもたれる。このまま歩いて帰れるのか、ちょっと不安になってきた。それでも雨に打たれて眠るよりは遥かにマシなので、なんとかして森を抜けようとする。
 幸い、これ以上敵が現れなかった。無尽蔵に湧いてくるかと思っていたバケモノは、目に見える数を倒しただけですぐに打ち止めになった。いったい奴らはどこから現れているんだろう? 見た目が草木だから、やっぱり森から生まれてるんだろうか。でもそうすると、僕を仕留める為の増援がないというのはちょっとおかしな話だ。網にかかった獲物を中途半端に傷つけておいて泳がすなんてまるで意味がない。
 ――と、急に僕の足音が変わった。
 立ち止まって足元を見てみると、どういうわけか枯れ葉がたまっていた。顔をあげてみると、そこには大きな枯れ木があった。それも一本だけじゃない。二本、三本……
「……っ?」
 そんな時、いきなり強風に煽られた僕は下り坂の向こうを振り返った。そこには信じられないものがあった。炎だ。とんでもない規模のファイアウォールが森の中からでも見える。やがてその炎は一分足らずで消え、台風のような風と雨のせいでよく見えなかったが、なぜか波の音が聞こえたような気がした。
 あれはきっと所長達のしわざだ。やっぱり所長達もここに来ていたんだ。みんな合流できたのかな。
 安心して気が緩んだのか、体から力が抜けてしまう。汚れるのとかどうでもよくなって、そのままうつぶせに倒れた。瞼が一気に重くなる。この眠気があまりにも心地良くて、このまま寝たらいけないとか、そんなことも考えなかった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 所長室が明るくなり始めた。
 あれだけ重かった瞼を薄目に開くと、窓から鮮やかな青のグラデーションが差し込んでいた。
 綺麗だ。
 曖昧な意識の中、その美しさに惹かれるように、惚けた目で窓の外ばかりを眺める。


 そんな僕の頬を、枯れ葉が撫でた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「……ん」
 またなにか意味深な夢を見ていたようだ。
 雨の降る森の中、うつぶせに眠る僕。状況がしばらく飲み込めず、たっぷり何十秒も掛けて、鈍い痛みを伴う右腕の現状を思い出して苦しい息を吐き出した。
 寝転がって仰向けになる。雨は激しさを、夜は深みを増している。どれくらい寝たんだろうか。あれから誰も迎えに来ていないようだ。ちょっと寂しい。
 起き上がる気力もなかった。このまま二度寝してしまおうかと思うくらい体が重く感じる。右腕の傷のせいかなと思ったが、よくよく考えてみれば起きれないのはいつものことだというのに気づいた。
 安心して欠伸が漏れた。ふっと気が楽になる。こんなとこをヒカルにでも見られたら、余計な心配をさせたことを咎められるだろうか。そう思うと、なぜかすぐそこまでヒカルが来ているような気がして寒気がした。
「――カズマ!」
 あれれ? ほんとに聞こえてきた。幻聴かこれ。
「返事してっ! カズマってばあ!」
「お兄ちゃーん!」
 やべえ、レアなことにお兄ちゃん呼ばわりする子までいる。ひょっとしてあれか。お迎えか。これってお迎えなのか。どうりで異様に気が楽だと思った。
「カズマーッ! オレだーッ! 爆発してくれー!」おおよそお迎えに適任ではない輩の声まで聞こえてきた。どうやら僕はもうダメらしい。なにもかも諦めて目を閉じた。草や小枝を踏む足音が近付いてくる。最近のお迎えは地に足をつけてるんだなあ。
「いた!」ああ、見つかった。「カズマっ!」
 上半身を起こされる。渋々目を開けると、そこには紛れもなくヒカルの張り詰めた顔があった。ヤイバやハルミ、それにクリスティーヌとあのチャオも一緒だ。
「ああ……来てくれたんだ」
 ようやくその事実を認めることができた。寝起きで意識が酷く朦朧としていたらしい。
「ばかっ、ばかやろおっ! そんな傷まで負ってっ」
「ああ、これ? 別にそんなに痛くないよ」
「何言ってるんですかっ」
 ハルミに右腕を持たれる。痛みが急に増して思わず顔をしかめた。
「出血だけじゃないんですっ、これだけ傷口が大きかったらばい菌だって入り放題なんです! ほっといたら死んでもおかしくないんですよ!」
「……ごめ」
「ごめんなさい」
 心配させたことを謝ろうと思ったら、急にクリスティーヌが僕の言葉を遮って顔を俯かせてしまった。体が震えている。抱き抱えられたチャオも同様に思い詰めた顔だ。
「どうしたのさ、急に」
「だって、こうなったのは全部、私のせい……だもの」
「運が悪かっただけだよ。それに僕、こういうのには慣れてるから。ね?」
「えっ……あ、うん。そう、ですね」
 突然話を振られて、ハルミが困った顔をした。ちょっといじわるだったかな。
「でも、私があなた達と一緒にこんなところに来なければ」
「ああっくそが、お前らリア充ごっこもそこまでにしろよ!」
 校長先生怒りますよ、とヤイバが話の流れをぶった切った。人一倍面倒くさいキャラをしているが、空気だけは読める良いやつだ。
「今それどころじゃねえんだろが! 世界の危機なんだろうが!」
 あれ? 僕が思ってたのとなんか事情が違う? なんだ世界の危機って?

 ――その時、獣の咆哮のようなものの響きが聞こえた。
 いや、今にして思えばそれは獣ではなかったのだろうが、その時の僕にはそうとしか聞こえなかった。
 揺れる木々の合間から見える王国。そこにまるで大怪獣の人形でも置いたような光景が目に映った。
 町で、大きなバケモノが咆えていた。

 右腕の痛みなんか忘れてしまうほど、僕はその姿に釘付けになった。
 山を降りてくると、そいつの巨体がよく見えた。あれは確かに人の上半身のようだ。それが駄々っ子のように、地面に手と思しき部位をめちゃくちゃに叩きつけている。
「……なんだ、あれ」
「あの森よ」
 クリスティーヌがぽつりと呟いた。
「あの森?」
「ええ。あなたたちと出会った、あの森」
 僕らとクリスティーヌが出会った森。それって、僕らが目覚めた森? あれが?
「な、なんで? どういうこと?」
「知るかよ。いきなりあの野郎、森からドでかいバケモノに変形しやがった。今、先輩達があれとやりあってんだ」
「あれと?」
 たしかに、よく見ると目に見えるほどの風や、炎とか水とかが見える。
「でも、どうするの? あのままじゃ所長達やられちゃうわよ」
「え、どうして?」
「あいつ、死なないのよ。どういう仕掛けなのかしらないけど」
「はあ? し、死なない?」
「信じられないかもしれないけど死なないのよ!」
 どういうことだ、と問うことも許さず、ただヒカルは強い語気で言い放った。死なない? 燃やしたりしてもか? そんなバカなことがあるかよ。ここの木だって枯れてるのに――
「枯れてる?」
 その時の僕は、傷を負って出血していたにも関わらず冴えていた。
「……僕、天才かもしんない」
「はあ? 何がよ?」
 なんだか知らないけど、確信があった。まるで誰かに教えてもらったみたいだ。なんでだろう? こんな根拠も何もない思いつきが、僕の背中を強く後押ししている気がする。誰かが、それで間違ってないって言ってる気がする。
「クリスティーヌ、あの森の地下に通路はある?」
「えっ……ええ、あるわ。あなたたちと会った時も、ちょうど地下通路から出た後だったの」
「案内して。あいつを倒せるかもしれない」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 地下通路の強行は予想以上に困難だった。敵がいるわけではないが、とにかく揺れる。あのバケモノがしこたま地面を揺らすせいだ。そんな状況で地下を進むというのは一種の自殺行為のようなものだった。通路がいくつか崩れているのだ。おかげで何度も回り道をするハメになった。クリスティーヌがいなければ、目的地につく前にさんざ迷った挙句お陀仏だったろう。
 途中、崩れる石のブロックに潰されそうになるアクシデントを何度も体験しながら、僕らはとうとう目的の場所までやってきた。
 そこは他と同じように崩れてぐしゃぐしゃになった通路だった。だが、その瓦礫の中に鉄扉が埋もれていた。崩れた通路に横道が生まれている。
「ここだ!」
 横道に飛び込むと、そこは思った以上に壮絶な光景だった。土の中の空洞に、特大の蜘蛛の巣みたいな木の根っこが張り巡らされていた。ここがあのバケモノの真下だ。
 それだけに、どこよりも危険な場所だった。バケモノがまた地面を叩いたようだ。その振動がダイレクトに伝わってきて、僕らは体制を崩してしまう。
「やだ……やだ……」
 クリスティーヌの腕の中にいたチャオが、目に見えた恐怖を隠すように顔を埋めた。この子の為にも今すぐ終わらせないと。
「カズマ、どうするの?」
「斬るんだ。こいつを」
「こいつって、根っこをか? どうして」
「説明は後だ! 僕の考えが正しければ、これでバケモノを倒せる!」
 我ながら滑稽な台詞だけど、そんなこと気にしている場合じゃない。腕の痛みを堪えて剣を引き抜く。他の三人も武器を手に取り、クリスティーヌは躊躇いがちにチャオを肩に乗せて剣を抜いた。
 そして、手当たり次第に木の根っこをぶった斬っていった。傘を開いたような形をしたそれは本当に蜘蛛の巣みたいに脆くて、斬ること自体は何も難しくはなかった。腕の痛みをアドレナリンでごまかし、とにかく斬って斬って斬りまくって、最後の一本を断ち斬った。
 咆哮が僕らの耳を穿つ。上の土がボロボロと落ちてきて、顔を上げていられなくなる。そんな僕らの背中を雨が打った。驚いてまた顔を上げると、雨を降らす空が見えた。大きな穴が開いたんだ。支えを無くして、あいつが倒れたんだ。
 ――やった。
 張り詰めたものが一気に抜けてその場にへたり込んだ。晴れない空とは対照的に、僕の心は達成感で晴れ晴れとしていた。

 でも、それは気のせいだった。ちっとも晴れちゃいなかった。
 大きな振動が聞こえる。あいつが地に伏した音だろうと思った。けど、振動がそれで終わらなかった。二度、三度と地を揺るがしている。
 何かおかしい。
 また奴の咆哮が響き渡った。続く振動はあいつが地に伏せる音とはとても思えず、どちらかといえば怪獣の歩くような音に聞こえた。
 ……うそだろ?
 僕を嘲笑うように、もう一度奴が咆えた。
 あいつはまだ――生きてるのか?
 だって、おかしいだろ?
 あいつの生命線は叩き斬ってやったんだぞ。
 どうして死なないんだよ?
「カズマ、どういうことよ! あいつ死んでないじゃない!」
「…………」
「カズマってば!」
 振り向いた僕の顔を見て、途端にヒカルは怒ったような表情を萎ませた。どうも今の僕の顔、酷いらしい。
「お兄ちゃんの考えって、どんなだったんですか?」
 ハルミが比較的優しい顔で尋ねてきた。的を外した考えを話すなんて言い訳みたいになって嫌だった。
「……枯れている木を見たんだ」
「木、ですか?」
「うん、外の森でね。それで思いついたんだ。ここの木は、外の森の命を奪って生きてるんだって」
 あの時見た枯れ木。あれは生きる力に飢えたバケモノが地中深くで繋がった根っこで命を奪っていたせいだ。そのはずなのに、なんなんだよ。どうしてあいつは死なないんだよ。どんな木かは知らないけど、齢百年くらいのクソジジイなんだろ? それがどうして地面から離れて元気に暴れるんだ。
 どうして。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.1
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:36 -
  
 ――これはなんの冗談だろう。
 足元を流れる冗談みたいに透き通った小川と色取り取りの花畑を見て、私は真っ先にそう思った。

 まさか。私は周囲を見渡した。
 とうとう私にもお迎えが来たのか。何度も血を流したツケを支払わなければいけない時が来たのか。そう思って、私は死神の姿を必死に捜した。と思ったのだが、それらしい人物は見当たらない。どうやらここは三途の川ではないらしい。
 どこか思考が飛び飛びになっている頭を整理して、冷静に状況を判断する。確か、昨日は何事も無く就寝したはずだ。怪我の一つも追わず五体満足だった。だから別に死んだわけではない。
 とすると、これは夢だろうか。
 改めて目に映る景色を眺めてみる。目前の小川は濾過でもしたかのように透き通っていて、小魚達が我が物顔で泳いでいる。色取り取りの花畑の上は色取り取りの蝶々達が我が物顔で飛んでいる。なんというか、ここまで自然が豊かな場所は人生初めてだ。西洋のおとぎ話の世界みたいに見える。やっぱり夢なんだろうか。
 だが、ここまで冷静に思考を行えているなら寝ているというわけではない。試しにほっぺたをつねってみても痛いし、夢じゃなさそうだ。
 夢じゃない。死んだわけでもない。そうなると、これはどういうことになるんだ?

「姫!」
「姫?」
 妙な事を抜かす青年のような声が聞こえ、私は振り返った。その姿を見て、思わず絶句してしまった。西洋風の鎧を身に着け腰に剣を差した好青年だ。わかりやすい優等生面をしていて、学校だったら決まって女子にちやほやされるような顔だ。それがなんつった、姫だって?
「姫、こんなところにおられたのですか! 探しましたよ!」
「は、え?」
「どうかしましたか?」
「どうかしてるのはあんたでしょう。なんのコスプレだよ」
「こすぷれ? 姫、またおかしな事を」
「おかしいのはあんたでしょう。姫ってなんだよ」
「あなたの事に決まっています。……と、今は姫の三文芝居に付き合っている場合ではありません」
「三文芝居してるのはあんたでしょう」
「真面目な話ですのでどうかお聞きください!」
 ……これ、やっぱ夢じゃないん?
 私の都合など何処吹く風、目の前のわけのわからない好青年はわけのわからない言葉を並べ始めた。
「城の者は皆心配しております。今、城下町にはバケモノどもが大暴れしているとの事。城を抜け出した姫が運悪くバケモノどもの手に掛かってしまったのではないかと気が気ではなかったのですよ!」
「へえ」
 なんで身に覚えのない事で怒られなきゃいけないんだ。あとバケモノバケモノ言われると心が痛むからやめてほしい。
「一刻も早く城に戻って皆を安心させなくては。さ、帰りますよ」
「いやいや、だから人違いですって。姫っていったいなんの事ですか」
「ですから、今は姫の下手な嘘に騙されているほど余裕ではないと言っているのです」
 ダメだ。こいつは頭が固すぎて話が通じない。そんなに嘘吐きなのか、あんたの言う姫って奴は。
「ほら、急いでください」
「あ、ちょっと!」
 私の言葉など聞く耳持たぬと言わんばかりに、青年は私の手を掴んで歩き出してしまった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.2
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:48 -
  
「まったく、今回で何度目でしょうね。姫が城を抜け出すのは」
「…………」
「元気が良いのは結構ですが、朝の稽古や勉強をすっぽかしては一国の恥でございます」
「…………」
「姫はもっと王家の者としての自覚を持っていただかなければいけません。……姫、聞いていますか?」
「…………」
「姫!」
「え、あ」
 適当に聞き流していた言葉の内容よりも私の目に映っていた物の方がよっぽどおかしかったので、私は言葉を失っていた。
 デカい――城。
 そう、お城だ。まさしくおとぎ話の世界にでも出てくるような、立派なお城の後ろ姿があった。私の目の前に、だ。
「あの、なんですかここ」
「なんですかって、お城に決まっているじゃないですか。あなたの家ですよ」
 ここが家? 文化遺産の間違いじゃないのか。
 私が呆気に取られているのも気にせず、青年は私の手を引いて堂々と城の裏口らしき扉から中へと入った。
 その中の様子ときたらこれまた言葉を失うほどで、贅沢なほどに広い廊下、これ見よがしに置かれた陶器だの鎧だの、名画らしき絵もそこかしこに飾られている。こいつは間違いなく博物館だ。そうだと言ってくれ。
「まあ、姫様!」
「どこに行かれていたのですか! 心配していたのですよ!」
「あう、えと、その」
 混乱している私の元へ、掃除用具を握り締めたメイドらしき人達まで二人ほどやってくるもんだからもうわけがわからない。
「今回は事が事なので、王様がお呼びです。さ、行きましょう」
 お呼びじゃねえよ。何が王様だよ。もう勘弁してくれ。


 何はともあれ、私が目を覚ましてからのツッコミどころは益々増えていくばかり。
 見た感じ何十階あるだろうなと思っていた私の覚悟は、階段を登り終えた頃には別の意味で覆された。この城、馬鹿デカいクセにたったの三階建てだった。天井にどれだけスペース作ってるんだっていう。
 心身共にいろいろと打ちのめされたつつも階段を登ったかと思えば、王様に会いに行く途中の廊下に出くわすメイドさん達も好き勝手に言葉を投げかけてくる。
「姫様、今度はどこに行っていらしたのですか?」
「わたくしの母にはお会いしませんでしたか? 何か言っておられませんでした?」
「城下町の猫達に餌はお与えになってくださいました? いつも心配で心配で」
「あ、そういえば前に話していたお買い物の件なのですが……」
 声高々に叫びたかった。おめーらの都合なんざ知るかっつーか一国の姫をなんだと思ってるんだと。私べつに姫じゃないけどおかしいだろそういうの。バケモノ騒ぎとやらの件で心配してたんじゃないのかよ。
 掛けられる声には生返事で返し、私は姫じゃないという主張には生返事で返され、あれよあれよという間に私は一際大きな観音開きの扉の前までやってきてしまった。私の想像では、この先にはご大層な椅子が用意されていてそこに王様が腰を降ろして踏ん反り返っているものと思われる。んで、その横に並ぶ兵士達、といった構成に違いない。
「さ、入りますよ」
 入るのか……嫌だなぁ。
 私の気持ちなんか欠片も気にしてない青年は扉を開いた。すると私の想像通りに配置されていた兵士達が、私の姿を見るなり頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
 もう泣けてきた。私、姫じゃないし……ここ、家じゃないし……
「アンリ王、ただいま戻りました」
「おお、よくぞ帰ってきた」
 想像通り、ご大層な椅子に腰掛けた王様がいた。風格というか威厳というか、そういうものを感じる。白い髭を生やして王冠を被り、王様ですと自己主張している服装をしている。歳の程はよくわからない。六十くらいか? あまりにも年配の人の歳を目で計るのは個人的に苦手だ。
「どこへ行っていたのだ、クリスティーヌよ。わしは心配していたぞ」
「えっと、クリスティーヌって……私、ですか?」
「他に誰がおるというのだ」
 アンリにクリスティーヌね。どっちも大昔、フランス語圏の王族の名前に使われたものだ。兵士達の姿からも察するに、ここは中世ヨーロッパか何かか? その割には言葉が通じているのが気になるのだが……どういうことだろう。まあ何はともあれ弁解だ。
「あのですね、私はクリスティーヌって人じゃないんですけど」
「ほっほ、それなら先週に聞いたぞ」
 どういう事だよ、どんだけ捻くれて育ってるんだよクリスティーヌさん狼少女かよ!
「いつもなら叱ってやらねばならぬところだが、今日はよくぞ無事に戻ってきた。おまえの身に何かあったら、わしは……」
「……ええと、バケモノ騒ぎでしたっけ」
「おお、そうであった。ミレイよ」
「はっ」
 ミレイって、この青年の事か。女っぽい名前だが、フランス語圏では専ら男性名だったっけね。
「討伐にあたった衛兵からの報告によりますと、件のバケモノどもは我々の追尾を振り切って逃げた様子。また、そのバケモノに乗じてか新手が少しづつ増えております。まだ小規模ではありますが、このまま手を打たねばいずれは……」
 なんて現実味のない話をしてるんだ。バケモノがどうのこうのってRPGのお話だろう。私が横で溜め息を吐いていると、王様は不思議そうな顔で尋ねてきた。
「クリスティーヌよ、おまえは知らなんだか」
 私は肩を竦めた。バケモノどころか、貴方様のこともよく存じておりませんよ。
「何はともあれ、おまえが無事で良かった。よいか、しばらく外は危険じゃ。くれぐれも、くれぐれも抜け出してはいかん」
「いや、そう言われましても」
「クリスティーヌよ!」
 何か言おうと思ったら、王様が唐突に顔をしかめて大声を出した。威厳に満ちたその声に私は驚く。
「今回ばかりは話が違うのだ。おまえも大人だと言うのなら聞き分けてくれ。わしは……わしはおまえを失いたくはない」
 そう言われても、ねえ。
「……少し疲れてしまったな。ミレイ、後の事は頼めるか」
「はっ。お任せください」
「すまぬな、このように不甲斐無い王で」
「とんでもございません。ごゆっくりお休みください。では、これで」
 青年は頭を下げ、私の手を取ってこの広々とした部屋を出た。


「姫、何故あなたはもっと人の事を気遣わないのですか」
 廊下に出るなり、青年はいきなり顔をしかめて私――というか、姫に対してのお説教を始めた。
「……どういう意味ですか」
 これ以上確たる証拠のない弁解をしても無駄だと悟った私は、仕方なくそのお説教を聞き入れる事にした。聞き流す、と言った方が正しいか。
「王はこの頃体調が悪いというのに」
「へえ」
「へえ、ではありません! 姫もよく知っている事ではないですか!」
 姫は知っていても、私は知らないんだよ。と言っても栓無いだろうけど。
 わざわざ私の目を見ながら話す青年の目を、私は酷く無感情な瞳で見つめ返す。次第に青年の表情が陰り、諦めを含んだ溜め息を漏らした。
「……お部屋に戻りましょう」
 そう言って、青年はまた私の手を引っ張って歩き出した。
「いちいち手を繋ぐんですね」
「こうしないと、どこかへ行ってしまいますからね」
 どうやらとんだおてんば娘みたいだ。そのクリスティーヌというお姫様は。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 その後、ミレイという青年に案内された場所は……まあ、なんというか豪華な部屋だった。バカみたいに広くて、バカみたいに大きなベッドもあって、バカみたいに綺麗なテーブルもあって……まあ、なんというか豪華な部屋だった。王家の者の自室と説明して誰も疑わないくらい。
「はあ」
 感嘆の溜め息が漏れた。これが映画のセットだとすれば随分と凝っている方だろう。今腰掛けている椅子も、座る前に躊躇したレベルだ。
「あらあら、また溜め息ですか」
 そんな私を見かねて、部屋のお掃除をしていたメイドさんが声をかけてきた。青年ミレイ氏とのちょっとした会話を傍らで聞いた限りでは、どうやら姫の側近のメイドらしい。廊下で見かけたメイドさん達よりもお姉さんといった風が強く、俗に言うメイド長の立ち位置の人に見える。
「また、って?」
「いつも退屈そうにしているか困っている時は、必ず溜め息を吐くじゃないですか」
 どうやら姫のお世話をしていた時期は長いらしい。一通りのクセは覚えていると言った感じだ。それならそれで私はクリスティーヌという人物ではないとわかるはずなのだが。……溜め息を吐いた理由は合ってるけど。
「実は私、姫じゃないんですけど」
「あら、不思議ですね。先週に同じことを聞いた覚えがあります」
 何やってんだ先週のクリスティーヌさんはよ!
「そもそもそんなにそっくりなんですか? 私とクリスティーヌさん」
「少なくとも昨日見た顔とは違いませんね」
「む……いやだって、そもそもこんな服装してるんですよ?」
「そうじゃないと他人のフリができませんからね」
「いやいやいや、この国っていうかこの世界にこんな服装がありますか?」
「そうじゃないと他人のフリに信憑性ができませんからね……あら」
 しどろもどろな弁解だったが、私の服装に何かおかしな点でもあるのかメイドさんが私をじっと注視してきた。爪先のブーツから、某高校指定の制服、頭のパウ特製白いリボン付きカチューシャまで。
「……確かに、見た事のない服装をしてますね」
「でしょう?」
「面白いデザインを思いつきましたね。どこで作ってもらったんですか?」
 ダメだ。お姫様発の新しいファッションだと思ってやがる。ここまで来ると身分証チラつかせたってなんの効果もないだろう。

 待てよ。

 あまりにも現実味の無い状況に付き合わされたせいで、冷静に考える事をすっかり忘れていた。今最も解決すべき事は、私はクリスティーヌというお姫様ではないという証明ではない。いやそれも重要極まりないんだけど、その前に整理しておかなければならない事がある。
 そもそも、ここはいったいどこなのか。いつであるかも確認しなければならない。
「あの、すみません。今って何年ですか?」
「あらあら、勉強不足が祟って今がいつかも忘れてしまいましたか?」
 なんでお姫様に毒吐いてんだよ。そんなに出来損ないですかクリスティーヌさん。
「……勉強不足ってことでいいです」
「ダメですよ、自分で調べるってことを覚えてくださいね」
「じゃあ、ここはどこか」
「とうとう自分の家もわからなくなりましたか?」
「いえ、この国のことについてなんですけど」
「ダメです。一から勉強し直してください」
 ……これが王家の側近かよ? 私が想像していたものとはとことん異なる。主が赤と言えば従者も赤とかまではいかないけど、友達に聞いてもそれなりに教えてくれそうなことを何一つ教えないとはどういう了見だ。
 聞き込みを諦め、豪華な作りの椅子から立ち上がる。目に付いたのは、酔狂なほど大きな窓ガラス。無駄にデカいこの城からなら、街の様子くらいは見て取れるだろう。そう思って窓辺に近寄り、外の世界を垣間見た。
 そして目に映った情景は、私の心を強く振るわせた。今まで見たことがないとか思う所はいろいろとあったけど、一番は予想を裏切って欲しかった、だろうか。あまりにも――古臭い。昔の西洋とか、城下町とか、そういう表現の似合う街が、窓の向こう側にあった。幻想的とも取れる、おとぎ話の世界みたいだ。
「……おとぎ話か」
 自分にしか聞こえない独り言が漏れ出る。最初に目が覚めた小川でも同じことを考えた。およそ私の知らない、現実のものとは思えない世界だと。
 じゃあ、ここは現実ではないのだろうか? でも、これは夢じゃない。今ここで確かに私が感じている現実だ。となると、ここは大昔か、はたまた異世界か? すぐにその可能性から目を逸らした。元探偵ともあろう者が、そんな可能性を鵜呑みにしていいはずがない。そうでないと、万人を納得させる事ができない。万人の納得無くしては探偵には成り得ない。でも、この世界の人々を納得させるには、これらの状況を認めざるを得ないかもしれない。ここは私の知らない世界なのだと。
 では、私はここから帰らなくてはならない。どうしてここにやってきたのかは知らないが、長居する気なんかさらさらない。なんとしてもクリスティーヌ姫を見つけ出して、私は姫じゃないと証明し、大手を振って帰ってやろう。私の居るべき――いや、居たい場所はここじゃない。みんなのいる小説事務所だ。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.3
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:52 -
  
「それでは、私はしばらく空けますので」
 勝手に抜け出さないでくださいね、という笑顔を残してメイドさんは部屋を出た。
 さて、これから具体的にどうしようか。今一度、手元の情報だけで整理してみる。外ではなにやらバケモノがいるという話だったか。それもどんどん増えているらしい。窓の外を改めてチェックしてみると、あまりにも小さくてわかり辛いが何か見慣れないものが大勢で町を闊歩しているのが見えた。さっき見たときはいなかったけど、あれがそうか?
 少し視点を変えると、住民らしき人達がこちらの方角へ向かっているのも見える。あれは避難してくる人か。避難場所はこのだだっ広いお城だろう。お姫様もお城に戻ってくるはず。そうすれば問題は至って簡単に解決するのだが……そうじゃないから私がこうして代役にされているわけで。
 まあ、何はともあれ好都合だ。聞き込み対象が大挙してやってきてるんだから、今から下にでもおりて直接聞いてくればいい。最近町で私を見かけませんでしたか、と。
「ううむ」
 我ながらわけのわからない質問だよなあ。あんまりおかしな状況に置かれてるから私もおかしくなっちゃったかなあ。うんうん唸りながら部屋の扉をがちゃっと開けると。
「あら、姫様。どこに行かれるんですか?」
 別のメイドさんが部屋の前に立っていた。
「あ……やあ、どうも」
 我ながら冴えない声だった。苦笑いしか出てこない。
「お外ならダメですよ。今日は特に危ないんですから」
「わ、わかってますよ。ほら、町の人達が避難してきてるじゃないですか。ちょっとお話したいなって」
「本当ですか?」
 本当デスヨ?
「わかりました。わたしも家族と話がしたいので、一緒に行きましょうね」
 そういって手を繋がれた。どうやらこの城の連中はお姫様と手を繋ぐのが義務らしいね。
 だだっ広い廊下を歩き、気の遠くなるような階段を降りて一階へ。俗に言うエントランスの場所には、町から避難してきた住民達の姿があった。メイドさんが私の手をいっそう強く握る。
「はぐれちゃいけませんよ」
 逃げんなって意味だろう。棘のある声から耳を逸らし軽く手を引っ張る。住民の一人をつかまえ、意を決して私は尋ねた。
「すみません」
「おやこれは、姫様ではないですか。何か御用で?」
「最近、町で私を見かけませんでしたか?」
 予想通り、私の問いかけを聞いた住民とメイドさんは「んっ?」と一瞬固まってしまう。
「……今度はなんの遊びですか?」
「いやあの、変に穿って考えなくていいです。普通に答えてください」
「会いませんでしたけど……なんでまたそんなことを?」
「いえ。失礼しました」
 その後も私は同じ調子で片っ端から住民達に同じ質問を投げかけまくった。残念ながら怪訝な視線をもらうだけもらって収穫は無し。私以外にお姫様なんかいないという認め難い可能性が小躍りを始める。
「姫様、そろそろお戻りになりませんか?」
「付き合いたくないなら親御さんとお話でもしてくればいいじゃないですか」
「いえ、その」
 萎縮するメイドさんを見て、私は溜め息を吐いて首を振った。ちょっと気が立っているみたいだ。最近よく焦る気がする。逸る気持ちを抑えながら聞き込みを続けると、ようやく当たりらしき男と出会う。
「そりゃあ会いましたが……お嬢さん、もう戻っていたんですかい?」
「というと?」
「いや、だってお客人と一緒だったでしょう。どうしちまったんです?」
 お客人、か。どうやらお姫様は誰かと行動を共にしていたらしい。ようやく収穫があってほっと一安心。
「そのお客人って?」
「え、どうしちまったんです? 覚えてないんですか?」
「残念ながら」見たことも聞いたこともない。
「そんなバカな、初対面だっていう割にはあんなに好意的だったじゃないですか」
「初対面の人に好意的だった?」
「そりゃもう……本当に覚えてないんですかい?」
「残念ながら」
 覚えてないの一点張りに、とうとう男は口を手で抑えた。私と手を繋いでいるメイドさんと意味有り気な視線を交わす。やっと私が姫じゃないってわかってくれたのかな?
「お嬢さん……ひょっとして」
「ええ」
「記憶喪失、なんじゃ?」
「ええ?」
 なんでそうなっちゃうのかな! そんなに私がお姫様にしか見えないのかな!
「まさか、いつもの嘘じゃないですか。記憶喪失なんてそんな大袈裟な」
「だが、お嬢さんのお客人に対する熱の入れようはただならぬもんでした。彼らのご友人を探すと言って、バケモノだらけの町中に繰り出すほどですよ」バカヤロー何してんだ帰ってこいドアホ。
「そんな、まさか」
 とは言うものの頭ごなしに否定できないメイドさん。思い詰めた表情で私の両肩に手を置き、まっすぐ目を見つめてくる。
「姫様」
「はい?」
「わたしのこと、覚えてます?」
「多分はじめましてだと思いますよ?」
「――えと、実はわたし、ミレイ様のことが好きなんです!」
「へえ」急になんの話だ。
「その、どうしたらいいと思いますか?」
「告白でもすればいいんじゃないですか?」というかなんで私に告白するんだ。がしかし、この言葉にいったいなんの力があったのかは知らないが、メイドさんやさっきの男が驚愕に身を固める。
「い、いいんですか? わたし、告白しますよ? 恋人同士になっちゃいますよ? 本当にいいんですか?」
「別にいけないことではないでしょ。どうして私なんかに同意求めるんですか」
「ご冗談はやめてください!」どうして怒るんだよ?「本当に恋人になってから文句言われても、その、知りませんからね!」
「末永くお幸せに」
 何がなんだかわからないが、メイドさんが地に膝をついて顔を手で覆ってしまった。
「そんな……姫様……」
「お嬢さん、あっしです! 宿屋の店主です! 覚えておりやせんか!」
「はじめまして?」
「そ、そんなバカな!」
「姫様が……記憶喪失だなんて!」
「なんだって」「お姫様が記憶喪失?」「どうしてそんなことに」「バケモノのしわざか」「おいたわしや」
 とうとう他の住民達も騒ぎ出した。私のことは覚えていないんですかとか、お世話してる猫のことも忘れちゃったのとか、一昨日買い物に来たのも忘れたんですかとか、あーだこーだと言葉を投げつけてくる。雪だるま式にややこしくなっていく事態に、私はもう消えてなくなりたい気分です。
「あのー」
「ああ、そんな……どうしたらいいの……」
 メイドさんに帰ろうよと促してみても動く気配がない。かなり混乱している様子だ。今なら逃げ出すことも可能だったのだろうが、良心の呵責というやつだろうか、困り果てたメイドさんを放っておくことができなかった。かといって何かできるわけでもないのだが……やや混迷を極めるこの状況に私も立ち尽くすばかり。

「何事です?」
 そんなエントランスに、染み渡るような男の声が通った。はっきりと私の耳に入ったのだが、他の住民達は騒ぐのをやめない。まるで私にしか聞こえなかったみたいだ。声のする方を見ると、執事のような服を身に纏った老人が歩いてきていた。背筋をピンと伸ばしたその姿は若々しいものがあるが、風貌を見ると国王以上に歳を取っているのがわかる。
「そこの君。いったい何があったんです」
「姫様が……姫様が、記憶喪失に」
「記憶喪失?」
 執事らしき人物の鋭い視線がメイドさんから私に移る。
 ――何か嫌な予感がした。
 長年の探偵の勘だろうか、私の中の何かが警報を鳴らす。
「お嬢様」
「あ、はいっ」
「本当に記憶喪失なのですか?」
「……はい」
 たったこれだけのやり取りの中で、私は苦いものを口の中で転がすような感覚を覚えた。
 なんか、凄くやりづらい相手だ。私にとっては何気無いことでも、かなり嘘を吐きにくい。一つ言葉を吐いてみても、その静かな威圧感が私の嘘を丸裸にしようとしてくるようだ。言い切った後も変に目を泳がせないように、手に焦りを出さないようにするのに苦心する。そうやってポーカーフェイスを保つこと、2分も経ったような気がした。実際は十何秒くらいだろう。
「君」
「は、はい」
 声だけで、泣き崩れそうになっていたメイドさんを立たせた彼。
「お嬢様のことは私に任せなさい。君はこの騒ぎを収め、王様に知られないように」
「そんな、無理ですっ」
「大丈夫。お嬢様がいつものように嘘を吐いたといえば納得させられます。できますね?」
「……わかりました」
 ものの二つ三つの言葉でメイドさんを落ち着かせた彼は、歩み寄って私の手をそっと握った。
「では、こちらへ」
 促されるまま、私は彼と一緒にその場を離れた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.4
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:57 -
  
 やってきたのは、城の地下にある大きな図書室だった。私が本の虫だったら永住を決意するくらいとんでもない図書室だ。テーブルの上の燭台に灯したロウソクに照らされ、ちょっとした幻想を垣間見る。これに浸れようものならなんとも幸せだったのだろうが、私が流していたのは感涙ではなく冷や汗だった。
 なにせ、射抜くような目線をした執事さんとテーブルを挟んで向かい合わせているからだ。まるで取り調べでも受けてるみたいだ。だだっ広い図書室の暗がりまでもが私を押し潰そうとする。いつぎゃふんと言わせられてもおかしくない。
「単刀直入に聞きましょう」
 一、二分も黙って私のことを観察していた彼がいよいよ口を開いた。こちとら猫のように体をびくっとさせてしまう。どうして私は必要以上に動揺しているのか――その答えに、私は意外なほど早く気づいた。
 場数だ。向こうの方が場数を踏んでいるからだ。人と人の対峙、腹の内を探る洞察力、相手を脅威と思わぬ精神力。それらが私よりも優れている。
 そんなの当たり前だ。私はまだ十数年ぽっちしか生きていないしがない少女だ。老人に敵うわけがない。ないのだが……どういうわけか、そんな単純な話ではないような気がする。確かに目の前の御仁は私よりも年上だ。よっぽど人嫌いでない限り、他人との駆け引きは得意だろう。
 だが、それにしたってこの老人は別格だ。
「記憶喪失というのは、嘘ですね?」
 やはり、この嘘は看破された。まあ嘘っつーか、宿屋の店主と言ったか、あの人が勝手に騒ぎ出したこと。方向性は違えど、私は姫じゃないという証明には利用できるかな、とはチラと考えたけども。
 それでもなんとなく「はいそうです」と言う気にはなれず、私は口を開かなかった。ただ、目は逸らさないように努める。言い返さない時点で大した意味もないけど。
 そう、本当に大した意味がなかった。
「ですが、問題はそこではありません」
「……」
「あなた、お嬢様ではありませんね?」
「っ……」
 私はこの世界に来た時に、最初から自分は姫ではないと公言していた。だから今さらお前は姫じゃないなとか言われても問題はないっていうか、むしろ喜ばしいことだ。
 それなのになんだ? この人に言われると、不意に手に力が入る。この人の言葉はナイフのようだ。手馴れたように振り回し、私の喉元を正確に突っついてくる。思うように喋れない。一端ながらも元探偵の私がこのザマだ。
「あなた、何者です?」
「……」
「何が目的なのです?」
「あ、あのっ!」
 声をあげ、私はがたっと音をたてて立ち上がった。
「あの、この度はご迷惑をおかけしました! 私、すぐにこの城から立ち去らせていただきますのでっ!」
 そういってばっと頭を下げた。
 そうだ。そもそも私はこんな場所に長居する気なんてさらさら無かったんだ。幸か不幸か、ここに私を姫と認識しない人がいる。どうやらこの城でかなりの発言権を持っているようだし、この人が私と姫ではないと言えば晴れて私は城を出られる。
「そういう訳には参りません」
 だと思ったのに、彼は私の足を地面に縫いつけた。
「お嬢様に成りすまし、この城に立ち入る。何か裏があって然りと思うのは当然のことでしょう。我々にはそれを知る権利がある」
「あ、の……」
「話しなさい。あなたはなぜこの城にやってきたのか」
 どうしてここにやってきたかだって? そんなの知るかよ。気づいたら勝手に連れて来られただけだ。まるで私が悪いみたいな言い方しやがって。
 でも、ありのままを話してこの人が納得するわけがない。自分が本当は別の世界の人間で、目が覚めたら自分の見知らぬ世界で、お姫様だと勘違いされて連れて来られて。そんな話を誰が信用するんだ?
「話せないのですか?」
「…………」
「話せないのでしたら、我々も相応の手段を取らなければなりません」
 相応の手段、ね? 完全に悪者扱いか。探偵だった頃を思い出す。最初の頃は尾行をする度にいつも緊張しっ放しだった。だってバレれば仕事は失敗するしストーカー扱いもされるしで、本当は探偵って悪い奴なんじゃないのかって思った。
 なんなら、逃げるか。
 私が履いているブーツはエクストリームギアだ。空気を吹かして超低空を高速で滑走できるというシロモノ。これほど便利なものはない。単純に考えて、この世界の何者にだって負けない速さを持ってることになる。逃げるくらいお手の物だ。
「逃げる気ですか?」
 急に老人が見透かしたように言ったものだから、私は一瞬の驚きを抑えるのに必死だった。どうやら無意識の内にこの人の背後、図書室の扉に目線を移していたようだ。
「言っておきますが、鍵は私が持っています」
 そう、そこが問題なんだ。私達がここに入った時、私は鍵を閉めた時の音を聞いた。内側から開けるのに鍵が必要とか、なんで図書室如きがそんな面倒な扉つけてんだよって話だ。
 こうなれば力ずくで奪うより他に方法はない。老人一人くらい、変に強くなければ相手するのは容易い。私も長い間使わなかったが、だらしない事この上ない探偵の師匠から教わった格闘技の心得がある。加えて私は不死身だ。この老人が何をしようがダメージにはならない。簡単にねじ伏せられる。それで鍵を奪って、城から逃げて――

 力が抜けたように、私は椅子に座った。
 何を考えているんだ、私は。これじゃ本当にただの悪者じゃないかよ。確かに探偵は時として悪いことの一つや二つはする。でも、それはただ私腹を肥やすとかのためではなく一種の必要悪なのだ。情けない事この上ない探偵の師匠から何度も教わったことじゃないか。
 でも、それならどうすればいいんだろう?
 この人は既に私を不審者としか見ていない。私自身、この僅かな時間で不審な面はいくつも見せた。この異様な威圧感を持つ老人にどう弁解しろっていうんだか。ぱっと思いつかないってことは、私もその程度ってことなのかね。
「……言えません」
「なぜです?」
「言っても信じてくれませんから」
 何も取り繕わず、ただそれだけ白状した。
「信じる信じないはこちらの判断することです。話してごらんなさい」
 よく聞くフレーズだ。そんなのこっちの立場を知らないからそう言えるんだ。仕方ないから、この人の納得しそうな話を考えてみることにした。
 どうやって納得してもらおうか。当たり前だが、頭から爪先まで嘘なのはよくない。上手な騙し方というのはぶっちゃけた話、本当のことをどれだけ話すかにある。自分にとっても嘘ではないこと。それがポイントだ。嘘ではないこと、嘘ではないこと……
「……友達を」
 そう考えたらふと、あっさりこの場を丸め込むストーリーを思いついた。
「友達を探してるんです」
「お友達ですか?」
「ええ」
 頭の中で段取りを整理しながら、ぽつりぽつりと話していく。
「私、ここから遠い国に暮らしていた者なんですけど、ある日友達が行き先を告げずにいなくなってしまったんです」
「それを探しに?」
「ええ」
「一人で、ですか?」
「みんなからは止められたんで、こっそり。それではるばるこんな場所までやってきたんですけど、なぜか町はバケモノだらけだし、お姫様だなんて勘違いされるし、もう何がなんだか」
「なるほど」
「お願いです、見逃してもらえませんか? 何も悪いことをするつもりはありません。私はただ、友達と一緒に帰りたいだけなんです」
 言い切ってみて、なんだ、案外簡単な話だったなと思った。面倒なとこを軽くぼかしただけで、八割方本当のことを話しただけだ。やっぱりさっきまでは必要以上に焦っていたらしい。
 私の話を聞いた彼は、さっきよりは幾許か表情を緩めてくれた。
「まあ、実害も被っていないことですし、もし本当に勘違いだったのならこちらにも非はあります」
「信じてくれるんですかっ」
「一応、事前に話は聞いています。お嬢様が今日も他人の振りをしていると。そして事実、他人であった」
 安心の溜め息が漏れた。ようやく話のわかる人と会えてよかった。
「……それにしても、自分から他人だって名乗ってるのに、どうして悪意を持ってこの城にやってきただとか」
「非常事態だからです」
「それはわかりますよ。町がバケモノだらけだとかなんとか」
「それもそうですが、この城の人間として問題はもう一つあるのです」
「問題?」
「あなたがお嬢様ではない……つまり、お嬢様は今、行方が知れない」
「あっ」
 そうだ、すっかり失念していた。冷静に考えたらこの状況はお城の人からすれば実におもしろくない。城にお姫様がいないのなら、当然本物のお姫様は城の外、バケモノだらけの無法地帯。一国の王の娘の危機だ。
「……って、お姫様が危ないのはわかるんですけど、それでもやっぱり私に悪意があるとかないとか、そういう話にはならないんじゃ?」
「それほど単純な話ではありません。この騒ぎ、誰かがキッカケになることが可能な出来事なのです」
「は?」
 誰かがキッカケになれる? それってまるで……
「あのバケモノを誰かが作りだした、みたいな言い方じゃないですか」
「なぜあれらが生まれたのかは謎です。それは安心してください」
「だったらどういう」
「あなた、名前は?」
 脈絡もなく、急に話題を逸らされた。むやみやたらに話せないことなのだろうか。
「ユリです。未咲ユリ」
 特に追求することもないだろうと思い、素直に自己紹介をする。
「ミサキユリ……あなたは遠い国からやってきたと言いましたね」
「はい」
「あなたのお友達とは、どういう方でしょう?」
 どうも話の整合性というものを感じられず、内心小首を傾げてしまう。それを問う気になれないのは正直、探偵として失格だろうか。でも空気に流されて、なんとなく聞くのを遠慮してしまう。
「えっと、チャオが四人と人間四人です。いつも一緒に仕事とか……あの?」
 今度は考え事らしい。さっきからいったいなんなんだろう。情報を断片的に引き出すだけ引き出して、一人だけで納得している。
「失礼、確認させていただきたいことが」
「はい?」
「あなたのお友達は、なぜ旅に出てしまったのでしょうか?」
「え……さあ、本当に何も言わずにいなくなってしまって」
「何か思い当たる節は?」
 首を振るより他にない。だってその部分はデタラメだし。
「わかりました」
 何がだろう。本当にこの人だけが何もかも納得していて置いてけぼりにされてる。
「ユリさん、あなたのお友達はこの国にやってきている」
「はあ」
「我々もあなたのお友達を探すのに協力しましょう」
「ええ?」
 本当に何から何まで突然だ。さっきまであんなに邪険そうだったのに、どういう風の吹き回しなんだ。
「あの、いいんですか? それどころじゃないんじゃ? その、そちらとしては」
「誰であれ、助けなくてはいけない人がいるのなら助けるべきでしょう。ですがその代償として、あなたにも協力してもらいたいことがあります」
「協力?」
 なるほど、ギブ・アンド・テイクってわけだ。さしずめお姫様を探すのに協力してもらおうってつもりなんだろう。別にそれくらいなら問題ないかな。
「あなたには、ある場所にいって、ある事をしてもらいたい」
「へ?」
 そういうと彼は立ち上がって、少し離れた場所の本棚まで行ってしまった。
「あの、お姫様の捜索とかじゃないんですか?」
「それなら問題はありません」
 少しして、彼はやや大きめの紙を持って帰ってきた。
「これを」
 手渡されたその紙を見ると、まるで迷路か何かみたいなものが描かれている。遊ぶ分にはあまり難しくない迷路ってくらいだろうか。特徴として、道のところどころに小さな丸印と、一箇所に大きく丸が描かれていることか。これがゴールなのかな。そうすると他の小さな丸はなんだろう。
「……って、これなんですか?」
「それはある通路の見取り図です」
 なんだ迷路じゃないのか。
「あなたにはこれから、この場所に行ってもらいたい」
 そういって彼は見取図の大きな丸を指差した。
「この場所って、いったい何があるんですか?」
「木の根です」
「キノネ?」
「根っこですよ。樹木の」
 なんじゃそら。木の根っこってどういうことだ?
「あなたには、この場所にある木の根を全て切り落としてもらいたい」
「木の根を、切り落とす?」
「そうです。ただ、注意しなければなりません」
「なんですか?」
「この木は死なないのです」
「はあ?」
「ですから、木の根を切っても意味がないのです」
 えっと、えっとえっと? ちょっと整理してみよう。
 この見取り図の場所に行くと、そこには木の根っこがある。その木は死なないから、根っこを切っても意味がない。でも、私はその根っこを切り落とさなきゃいけない。
 …………ダメだ、全然意味がわかんねえ。大体木の根があるってなんだ? 普通、根っこって土に埋まってるもんじゃないのか? それに死なない木の根を切り落とせって、これってとんちみたいな話なの?
「行ってみればわかりますよ」
 そう言って彼はいつの間にか用意したカンテラと、刃渡りの大きなナイフを渡してくれた。
「入り口はこのテーブルの下です」
「下?」
「ええ。それでは、ご武運を」
 大きなテーブルの下を覗いてみると、そこには確かに床に取り付けられた扉があった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.5
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:02 -
  
 地下はトンネル、というよりも確かに通路という方が正しかった。ちゃんと石のブロックで舗装されているし、坂になっていたりもしない。なんの目的で作られたのかは知らないが、ちゃんと人が歩くことを考慮して作ってある。
 しかしカンテラにしろ見取り図にしろ、なんの準備もしないで入ったら確実に迷う場所でもある。しかも時期のせいなのかどうかは知らないが、やけに寒い。カンテラのほのかな熱が逆に体を冷ます余地を作って鬱陶しいと思えるくらいだ。とにかくここから早く出る為に、私は目的地に急いだ。
 そうして辿り着いた見取り図の地点で、私は鉄扉を見つける。
「ここかな……」
 変わり映えのしない地下通路でただ一つ存在する鉄扉の存在感はなかなか大きなもので、私はなんとなくノックをしてみた。当然返事はない。あの老人の話通りなら、この中にお目当ての木の根っこがあるわけだ。
 意を決してドアノブを捻る。鍵は掛かっていない。ゆっくりと扉を開くと、当然のように真っ暗だった。日が差した場所にでも出るのかなと思ったが、そんなことはなかったらしい。中をカンテラで照らしてみると、まず目に付いたのが蜘蛛の巣のように広がる茶色い何かだった。
「なんだこれ……」
 触ってみると、それは樹木のような感触だった。もしやと思い奥を照らした時、私は言いようのないインパクトを受けて息を漏らした。
 そこにはあの老人が言っていた通りのものがあった。露出した木の根っこだ。天井――正しくは地表――の、ある地点を中心にして放射状に根っこが広がっている。かなりの大木が上に立ってるようだ。下がこんな空洞じゃすぐに地盤沈下しそうなものなのだが……
「これ切っていいのかなあ」
 おかげさまで躊躇いが生まれる。どういう理屈でバランスを保ってるのか知らないけど、ここにある根っこ一本でも切っちまったら大変なんじゃないの? って気になる。でも、確かあの人は「死なない」って言っていたはずだ。それがどういう意味なのかさっぱりだけど……まあ、とりあえず切ってみればわかるかもしれない。
「それじゃ、失礼して」
 地面にカンテラを置き、もらったナイフを取り出して、手近な根っこを手に取った。少し緊張する。死なないってことはつまるところ、切ることができないってわけだ。それだけ硬いってことなのか? どちらにしろ、これでその訳がわかる。
 根っこに狙いを定め――私は力任せにえいっとナイフを振り下ろした。

 ぶちっ。

 わかりやすく、木の枝とかを引き千切ったような音が響いた。
「……なんだ」
 あまりに呆気ない結果を前にして、私は拍子抜けしてしまった。普通に切れるじゃないか。何が死なないなんだろう。他に変化がないかと思って周囲を見回しても特に何も無い。溜め息を吐きながら再び手元に視線を戻すと……
「え、えっ?」
 とんでもないものを見た。切れた根っこが生き物のように(いや、木が生き物だという事は重々承知だが)にゅるにゅると動いたのだ。
「わ、わわっ」
 慌てて手を離す。そいつはそのまま元に戻ろうと片方の切れ目まで伸びて、そして何事も無かったかのように一本の根っこに戻った。
 しばらくは口を開けっ放しにしていた。今、間違いなく私の切った根っこが元の姿に戻った。
 死なない。その言葉は本当だった。こいつは切ったりすると、この世の者とは思えないほど凄まじい再生速度でもって自らの傷を修復する。私と同じように。
「不死身……」
 こいつは私と同じプロフィールを持っているというのか。
 私は再びその根っこを手に取った。今度は躊躇いなくナイフでぶった切る。合間を置かずもう一本、休むことなくもう一本。とにかく切れるだけ切った。それでもそいつは死なない。すぐに再生する。
 私はもう半ばヤケに根っこを切り続けた。こんなのどうやって全部切り落とせっていうんだ。火か? こいつを火で燃やせば再生できないか? 地面に置いたカンテラが目に入って、ふとそんな可能性が頭の中を過ぎる。それが一番良い方法かもしれない。そう思って根っこから手を離し、カンテラを取ろうとその場から動こうとした。
 のだが。
「あれ」
 足が何かに引っかかってるのか動かない。なんだろうと下を見てみる。カンテラの灯りが少々頼りなくてよくわからなかったが、何かが絡まってるようだ。これは……根っこか? いつの間に……
「あ、あれ? あれっ」
 切り落とそうかと思ったが、今度はナイフを持った腕が動かない。その腕の方向を見て、私はようやく今の状況が恐ろしく危険だと言うことに気がついた。
「根っこ……?」
 私の腕を押さえていたそいつも木の根っこだった。腕に絡まってる――絡まってる?
 慌てて腕に力を入れて引っ張った。所詮細っこい根っこ、ちょっと本気を出したらすぐに千切れた。だが、そんなことをしてる間に今度はもう片腕が塞がれる。
「ちょ、ちょっと待ってよっ」
 なんで? なんでこんなことになってるんだ?
「わあっ!」
 両足共々根っこに絡まったかと思いきや、急に引っ張られて私は尻餅をついてしまう。
「くっそ!」
 うつ伏せになって地面にしがみ付いた。この木は相当ご立腹のようだ。切られに切られまくってとうとう怒ったらしい。どうするつもりかは知らないが、とにかく私にとって良いことがあるようではない。栄養源にでもしようって腹積もりか?
「お断りだっ!」
 私はエクストリームギアを起動した。急激に生まれた推力で私の足に絡まっていた木の根っこは容易く千切れ、私はこの空間の壁まですっ飛んで頭をぶつけた。
「〜〜っ」
 声にならない苦悶が漏れる。もし不死身じゃなかったらこれで気絶できただろうな……とか、そんなこと考えてる余裕も無い。自分の手中(?)から逃れた私を捕まえるべく、また根っこがこちらに向かって伸びてくる。私は慌ててカンテラを掠め取るように拾い、すぐにこの空間から逃げ出した。
「っ、はあっ」
 鉄扉を叩き付けるように閉めて、私はその場にへたり込んだ。
 やばかった。比喩ではなくやばかった。あのままじゃ間違いなく何かされるところだった。
 なんなんだ。なんであんな木が突っ立ってるんだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「お帰りなさいませ」
 テーブルの下からひょっこり現れた私に、本棚から何冊か本を取り出していた最中の老人が角度ピッタリの会釈をしてくれた。こうして見ると本当に執事みたいだけど、実際のところ本当に執事なのかな? そういえば名前だって聞いてないままだし。
「あの」
「不思議の国は如何でしたか?」
「は? ふしぎの?」
 こっちから切り出そうと思っていたが、急に変哲なことを言い出されて思わず呆気に取られた。
「聞けば不思議の国の入り口は、まるで奈落の底に落ちるようだったと聞きます」
「ああ……」
 不思議の国のアリスの話か。確かうさぎの後を追いかけて穴に落ちたんだったな。よく覚えてないけど。なんにしても、私の感想は次の一言に尽きるわけで。
「そのまま地獄まで行くんじゃないかって思いましたよ」
「ほう?」
 面白そうな彼の表情がちょっと癪に障って、私は悪態をつくように音を立てて椅子を引き、どかっと座って溜め息を吐いた。
「なんなんですかあれ。どうしてあんなのがいるんですか。危うく殺されるとこだったんですよ」
「それはそれは」
「なんでもっと詳しく説明しなかったんですか、やっぱり私を疑ってて、あわよくばそのまま殺してやろうって気だったんですか」
「いえいえ、そういうわけではありません。ただ口で説明してもわかってはもらえないでしょうから、実際に見てもらった方が早いであろうと判断したのです」
「それでそのまま私が死んだらどうするつもりだったんですか?」
「そうは思いませんでしたね」
「何故」
「あなたは大層強いお方だ」
「……はあ?」
 何を言い出すかと思えば、急に突拍子もないことを……
「先ほどあなたと話していて、その時に思ったのです。このお方はとても強い、と」
「どうして? 別に私、強くもなんとも」
「いいえ、あなたは強い」断言されてしまった。「あなた、先ほど私との会話の途中で逃げ出そうと思っていましたね?」
「……ええ、思いました」
「正直でよろしい。あの時、あなたは私が鍵を持っていると知って力ずくで奪おうと考えた」
 そんなことまで筒抜けですか。よっぽど表情に出ていたんだろう。とてもはずかしいです、まる。
「並大抵の女性ならばそんなことは考えません。あなたはよほど腕に自信がおありのようだ」
「え、全然ですけど」
「しかしあの時感じた威圧感は本物でした。まるで私を目線のみで射殺すように鋭く」
「いや、ちょ、適当なこと言わないでくださいよ」
「間違いなく修羅場をいくつも潜り抜けてきた目だ。私にはわかる」どうしてわかるんだよっていうかそんなわけないだろ! なまじ修羅場がどうのって点が本当なだけに悩ましいよ!
「ああもういいですから説明してください、あれなんなんですか」
「先ほども言った通り、死なない木です」
「それは知ってます、なんであんな危なっかしい木がのうのうと生えてるんだって聞いてんです」
「――ご静聴願えますかな」
 彼は持っていた数冊の本をテーブルに置き、椅子にゆっくりと腰掛けて、まるで眠るように天井を仰いだ。


 ――それは今から100年ほど前の話です。その頃、人間と仲良く暮らす、ある種族がいました。
 それらの名は、チャオ。平和と自然を愛する彼らは、種族間で手を取り合う人間を快く思い、歩み寄り、長い間共に町で暮らしていました。
 ですがある日、町に突然恐ろしいバケモノたちが現れ、町を壊し、人々の命を奪っていったのです。
 バケモノたちの目的は、チャオでした。チャオは自然のあらゆる要素を取り込む生き物と言われ、様々な環境に適応することが可能だと言われていました。それを自らに取り込むことにより、バケモノたちは更に強固な存在になろうとしていたのでしょう……ということがわかったのは、それから何年も先のことですが……
 だが、バケモノたちの目的がチャオであるというのは明確だった。
 バケモノたちを追い払ったあと、人間はチャオを責めたてた。おまえたちさえいなければ、私達にまで危害が及ぶことはなかっただろうと。チャオの方が大きな傷を負ったにも関わらず、人間はそんなことお構いなしに。
 その晩、僅かに生き残ったチャオたちは町から姿を消してしまいました。チャオを責めることを良く思わなかった何人かの人々はその姿を探しましたが、どこにも姿がなかったといいます。
 それから何年も経った後、人々は決めました。チャオは絶滅した。これらの事は後世には語り継がず、闇に葬り去ろう、と。


「……それ、本当の話なんですか?」
 恐る恐る聞いてみると、彼はゆっくりと頷いた。
「この話は今では王家の者しか知らぬ話です。当時その禁を破り、事を記した者の本がこの書庫に残されているのです」
 そう言って彼は一冊の本を私に差し出した。厚さは児童文学並みで、中身を流し読みしてみる限りでは日記のようなものだ。数日間に渡るバケモノたちとの戦いを事細かく記してある。
「……つまり、この町の人達の大半は、これと同じようなことが過去にあったことを知らない?」
「ええ。チャオという種族の存在ですら、知る人間は数えるほどもいないかと」
 そいつは……なんとも驚きだ。歴史という長い目で見れば百年というのは案外短いのだが、そんな過去の出来事をこの町の98%くらいが知らないという。知っているのは王家の人間と、百歳くらいのお爺さんやお婆さん。家族によっては子供が知っているという例もあるだろう。
「どうしてこの事を後世に残してはいけないと?」
「正直に言うとわかりかねます。一種族の絶滅に一役買ったという汚点をひた隠しにしたかったのではないか、というのが最も有り得る見解かと」
「それっていくらなんでも……戦争の歴史は記録にしたりするのに」
「ですからわかりかねる、と」
 溜め息を吐くしかない。これほど釈然としない話もそうそうないだろう。
「……まあいいや」
 今さら昔の人が何を考えてたなんて、そんなの探ってる暇はない。とりあえず、この老人が私に何を言いたいのかがよくわかった。
「要するに今回のバケモノ騒ぎ、私達のせいだって言いたいんですよね」
 包み隠さず言ってやると、老人は困ったような笑みを見せた。
 要はそういうことだったのだ。バケモノが現れたということは、絶滅したはずのチャオが現れたということ。それはつまり、私だけではなく所長達もこの世界にやってきているという可能性が高い。つまりバケモノは所長達に釣られて現れた、ということだ。
「我々は、別にあなたがたを悪者だと言うつもりはありません」最初はそれっぽい扱いだったんだけど。「あなたのお友達がこの国にやってきてしまったのは単なる事故のようなものです」
「はあ」
「ですが、こうしてのんびりしている場合ではございません。我々は一国も早くこのバケモノ騒ぎを沈静化させなくてはならない。その為には、バケモノの大本であるあの木をどうにかしなければ」
「あの、それなんですけど」話の腰を折って言葉を紡ぐ。「結局あの木ってバケモノの元みたいなものなのはわかりましたが……なんなんですかあれ? どうして死なないんですか?」
「残念ながらわかりません。ですがそれを知ることができなければ、この国、延いてはこの世界の破滅を意味する。お嬢様も、あなたのお友達も助けることは叶わないでしょう」
「世界の破滅……」
 なんか、凄く大きな話に首を突っ込んでるみたいだ。全然実感が湧かないけど。
「とりあえず、私はここであの木とバケモノについて更なる調査を行いましょう。あなたは地下通路を使って町を巡り、解決の糸口を探していただきたい。ああ、なるべく衛兵には見つからないほうがよろしい。お嬢様と間違われてここに連れ戻されてしまうことでしょう」
「いや、さすがにそれ無理が、大体どこをどうやって」
「期待しておりますよ」
 冗談じゃない――と、声高々に叫びたかったが、何はともあれ一刻も早く所長達を見つけたいのは確かだったので、私は渋々テーブルの下に戻っていった。
「あ、そうだ。いい加減名前教えてくださいよ」
 危うく訊きそびれそうになっていた。テーブルの下から直接呼びかけると、一拍置いてから声が帰ってきた。
「執事のセバスチャンでございます。ではユリ様、お気をつけて……」
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.6
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:05 -
  
「そうは言うけどさあ」
 これから具体的にどうしたものか全くアテがない私は、地下通路の中でうだうだと独り言を呟いている最中だった。
「情報が少なすぎるっていうかさあ」
 いわゆる愚痴だ。というのも、ここで目覚めてからの私の境遇と来たら、波乱万丈過ぎてお腹いっぱいなのだ。嬉しくて愚痴だって出てこようってもので。セバスチャンさんも面倒なことを頼んでくれたものだ。
「まずは所長達でも探してみるべきかなあ」
 なんとなく見取り図を眺めながら、どこから地上に出たものかと思案する。気がつくと私はあの鉄扉の近くまでふらふらと歩いてきていた。どうやらここのすぐ近くにも出入り口があるようだ。悩んでも始まらないと、私は重い腰を上げて地上へと向かった。


「あれ」
 出てきて真っ先に思ったことは、ここは町の外かという疑問だった。なんせまず目に映ったのが森だからだ。確かにあの木の根っこの近くから出てきたとは言え、私の予想では大きな大木が一本だけ立っているものかと思っていた。見る限りここは立派な森だ。草木が踏み鳴らされていて人が出入りしているような森ではあるようだが。
 マンホールのような出入り口から体を出し周囲を見渡してみると、どうやらここは町の中だということがわかった。木々の向こう側に建物の姿が見える。どうやら町の中の森らしい。通常であればここの木々は切り倒され、何か建物を作るかするのだろうが、そうもいかないからこの森があるということなのだろう。どこまでも厄介なことで。
 とにかくじっとしても始まらない。森を出る為の道を見定め、私は歩き出す。町の中に自然があると言えば聞こえはいいかもしれないが、歩いてみるとこれがまた退屈だ。色取り取りの花でもあれば話は別だったろうが、いかんせん木と土と石と草しかありゃしない。夕陽に照らされてさらに侘しい。空気のおいしさでも堪能するしかないのだろうが、あまり違いもわからないし。さてどうしたものだろうと困り果てる私の視界に、緑と茶色以外の何かが移った。それは木と隣り合わせの白と青。
「所長?」
 なんたる僥倖。第一村人発見。
「所長!」
 駆け寄って声をかけてみるが、返事がない。木に背を預けて眠っているようだ。異世界に来てるっていうのになんて悠長なんだ……と思ったが、よくよく考えてみれば所長は異世界出身だ。チャオが絶滅してるこの世界出身でないことは確かだが、こういう状況には慣れてるんだろうか。だが、ここは起きてもらわなきゃ困る。私が。
「すみません、起きて――」

 所長を起こそうと伸ばした手が、宙を掠めた。

「え、わっ」
 驚きのあまり体勢を崩しかける。その拍子に何か硬いものを踏みつけた感触が。
「ああっ、眼鏡がっ」
 なんとも運の悪いことに、それは所長の眼鏡だった。それはもうレンズが粉々になり、フレームも見事に歪んでしまっている。なんてことだ、これじゃ給料が下がるか地位が下がる。……普通の会社なら。
 いや、そんなことより所長だ。今、確かに手をすり抜け――
「げっ」
 もう一度確認しようと思って顔を上げたら、すげえ奇妙なのを見つけてしまった。土の塊に取り付けたような二つの花だ。しかも目玉のようにギョロギョロと動いていて、私の顔を凝視している。二頭身強くらいの大きさの土人形で、腕と足が異様にデカい。これが噂のバケモノか。
 逃げようと思って振り向くと、同じ奴が既に数匹立ちはだかっていた。さらに別の方向から二匹、三匹とどんどん集まってくる。
「所長、逃げないと! 所長!」
 とにかく声をかけるが、起きる気配がない。こうなりゃ抱えて逃げるかと思って手を伸ばしても触れない。なんだこれ。なんなんだこれ。
 半ば混乱状態に陥るが、何はともあれぼーっと立ってたらどれだけ集まってくるかわかんないので、早々にギアを稼動させて逃げ出した。御一行さん達は驚いた様子も無く、猿みたいな動きで追ってくる。所長の身の安全が気になるが、そうも言ってられない。多分私が触れなかったからあいつらも触れないさ多分。
 と、ものの一分もしない内に森を飛び出す、味のある石造りの町並みは既に荒らされてしまった後のようで、廃墟みたいな印象を受ける。人の姿こそないが、振り返れば建物という建物を軽快に飛び移るバケモノたちが大挙して押し寄せてくる。その数、百匹は軽く越えている。学校の一学年全員の引率でもしているみたいだ。
「って、私は先生でもなんでもないんだよ!」
 そうして道を二つ三つ曲がると町の出入り口が見えてきた。思い切って外に逃げ出すか。だが緊急事態なのか門が閉まっており、そう易々と出られそうにも――
「あれだっ」
 城壁へ登る為の階段を見つけた。あそこを通って城壁から飛び降りれば町の外へ行ける。
「お、おい、なんだあれは!」
「姫様……姫様なのか?」
「いや、それよりも後ろだ! なんだあの大群は!」
「退いてッ!」
 バケモノの百鬼夜行に驚く衛兵達を避けて階段を駆け上がり、城壁を飛び出した。滞りなく着地し、勢いを殺さぬよう速度を維持する。我ながらギアの扱いがうまくなったものだ。後ろを振り返ると、バケモノの何割かはまだ私を追っていたが、大半が城壁の兵士達と交戦を始めていた。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら逃げ場を探すと、私は大規模な森林に目が留まった。
 ……何かがある気がする。
 元探偵の勘だろうか、私はそれに倣うように森へとすっ飛んでいった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 ようやく追っ手がいなくなったのを確認した私は、木を背凭れにしてひたすら荒い息を吐いていた。
 ギアの扱いがうまくなったなという自信が、この森の木々という障害物を前にして砕けてしまった。うっかりスピードを出すと木に体当たりしてしまう。だから森に入ってからは自分の足で逃げ回っていたのだ。あいつらを撒けたのは奇跡みたいなものだ。
 荒い息をようやく整え、重い腰を上げる。ここへやってきたは良いが、ここに何があるというのだろうか。
「いや、自分でやってきたんだし……」
 額を手で押さえ首を振る。我ながらいい加減な勘をしているものだ。確かにあの不死身の木が生えてる場所も森だったが、それがここと何か関係があるという根拠もないだろうに。
「……森、ね」
 私以外は誰もいないのだろう、とても静かだ。またバケモノが湧いて出たりするわけではない。これでここでもバケモノが現れれば手がかりを探す手間が省けただろうに。そう思って溜め息を吐きかけた時。
 ――声が聞こえた。
 街角で人と出くわしてしまった野良猫か、はたまた水槽のガラスを叩かれた魚のように私はピクリと反応した。
「ばか……?」
 間違いない。誰かがそう叫んだような気がした。誰かいるみたいだ。こんな森にいったい誰が? それにばかってなんだ?
 気になった私は、声のした方――私がやってきた方角へと引き返した。改めて振り返ってみると、かなり奥の方まで走ってきたらしい。ここからは森の外なんか全く見えない。出たい時は斜面を降りていけばいいから問題はないが、何しろここまで全力疾走だったから非常に疲れている。正直もう歩きたくない。そうやってのろのろと歩いていく内に、頬に冷たいものが当たる。
「最低……」
 こんな時に雨だ。この調子で歩いていたら足場も悪くなって到底歩けたもんじゃない。渋る体に鞭打ってペースを上げる。ギアの出力を抑えて使えば歩かずに済むかなと考えたが、残念ながらそちらの方が遥かに難しいことに気づいてすぐに諦めた。バランスも取りづらくなるし、何より足が棒のようになっていて姿勢制御なんかできそうにない。
「あー、最低」
 もう一度同じ言葉を繰り返した。目が覚めたら知らない人にお姫様扱い、人違いだという言葉は届かず身に覚えのないことで怒られ、かと思ったら今度は記憶喪失だと騒がれ、ようやく別人だとわかってくれたと思ったら不死身のバケモノ退治に付き合えと言われ、当のバケモノには命を狙われ……学校生活で例えれば登校初日に委員長に任命された挙句、全ての学校行事に裏方としての参加を強制されてるようなものかね。
「委員長でもないっつの……」
 面白くもない。自分のあまりの境遇の悪さも、例えも。溜め息が止まらない。いや、これは疲れて息が荒いだけか。
 なんにせよ私の運はちょいと悪いどころではない。死を経験したことがあるなんて履歴を持っている奴は、少なくともフィクションを含めてもあんまり多くないはずだ。これ以上悪いことが起きるなんて滅多にないだろう。
 そんなことをつらつら考えながら歩くこと10分ほど。そろそろ濡れた服が肌に張り付いた感触にも慣れきってしまった頃、私はあるものを見つけた。
「……何これ?」
 枯れ葉だらけの場所にやってきた。まるでここだけ秋が訪れたように。その中に埋もれるように靴が落ちていた。気になって拾ってみようと近寄った時、もっとおかしなことに気付いた。茶色い枯れ葉に埋もれて黒いものが見える。それはまるで髪の毛のようで、改めて靴を見てみると、これは落ちているのではなく誰かが履いたまま倒れている状態であることに気付く。
 慌てて私は枯れ葉を払い除けた。誰かがこんな場所で倒れている。誰だ、いったい?
 枯れ葉の下には、私の見慣れた服装が見えた。私の世界でありふれたファッションだ。この世界の人間ではない。こいつは……
「カズマっ?」
 どういうことだ。なんでこんなところでカズマが倒れている。急いで起こそうと手を伸ばしたその時。

 私の手は、宙を掠めた。

「え?」
 おかしい。
 今、私はカズマを起こそうと手を伸ばしたはずだ。
 もう一度、カズマに触れてみようとした。だが、カズマの体は古ぼけた電気のように明滅しており、そこに実体がないかのようだ。いくら触れてみようとしても宙をかき混ぜることしかできない。
「所長と同じ……?」
 なんでまた、カズマまで?
 正直言って何がなんだかわからないが、とにかく調べてみないことには始まらない。
 うつぶせに倒れているカズマの顔は、やっぱり私の見知ったカズマの顔だ。多分カズマで間違いない。はず。服装は昨日、というより最後に元の世界で見たカズマの服装そのものだった。ただ相違点として、腰になにやら鞘のようなものがあることに気付く。近くには剣が落ちているし、どうやらカズマが使っていたものらしい。さらに調べてみると、右腕に大きな傷跡があることに気付いた。いつ負った傷なのかはいまいちよくわからない。というのも、出血自体はしていないのだが、カズマが倒れている場所には真新しい大きな血痕がある。
「……まさか、死んでるとか」
 ふと嫌な可能性が頭の中をよぎった。少なくともこれだけの傷や血痕からすれば、普通は死んでいてもおかしくない。だが、肝心のその部分が曖昧だ。脈を確認しようにも、触れないんじゃ始まらない。呼吸していないようには見えるのだが、それでもこの状態ではいまいち生死を断定することができない。そもそもこれがカズマである保証がないわけだが……それを言い出すとキリがないので、あまり考えない方向で。
 現状言えるのは、私と同じようにこの世界に来ていたカズマは、ここで誰かと戦闘行為を行った結果負傷してしまい、ここで倒れた。と、簡潔にまとめるとそんな感じか。
 ……誰と?
 右腕の傷をよく見てみる。最初は斬り合いで負った傷かと思ったが、これは切り裂かれたというより引き裂かれたように見える。獣か何かを相手にしていたと見るのが妥当だろうか。獣といえば、今はバケモノがタイムリーだけど。
「…………うっそだあ」
 二つ、アテがある。一つはあの森と同じようにこの森がバケモノの発生源であり、カズマはそれに出くわしたから。もう一つは、私がヒーコラ言いながら撒いた追っ手のバケモノに出くわしたから。前者であれば心も軽やかなのだが、大方後者だと思う。ギアを稼動させてなお撒くのに手間取ったあいつらから走って逃げ切れた理由にもなる。ストレートに言えば、私のせい。
「あーあー、私が悪者なんだー」
 セバスチャンさんの困ったような笑みが見えた気がして、汚れるのも構わず枯れ葉だらけの地面に寝転がった。いい加減心も体も疲れきってうんざりしている。このまま眠っていたいくらいだ。もちろんそんなことをしていても状況はこれっぽっちも好転しない。それどころか不死身の木にバケモノと脅威が存在する今、ますます悪化する。
「所長も置いてきちゃったし」
 バケモノの狙いはチャオであるからして、間違いなくあの場にいた所長は目をつけられている。最悪、あのまま目を覚まさずに灰色の繭の中で眠りにつく可能性だってあるのだ。そうでない可能性もあるにはあるのだが……
「結局これってなんなのさ」
 一番の問題はそこだ。所長、カズマ、この二人に起きているこの異変。まるでホログラムか何かのように触れることができない。もちろんホログラムってわけではないだろう。何せここは見るからにファンタジアな世界だ。そんなオーバーテクノロジーが存在するわけがない。とすれば、これは魔法的な何かになるのだろうか。
「あの木のしわざ、とか」
 現状思いつく可能性はそれくらいなものだ。仮にそうだとして、この状態がいったいどういう意味を示すのか全然わかるわけないのだが。いくら考えても答えは浮かばず、私は地に落ちた枯れ葉をひたすらちぎるのに時間を費やす。完全な手詰まり。手にすることができるのは、この枯れ葉のようにいくらでも降ってくる疑問だけ。

 ふと、枯れ葉をちぎる手がぴたりと止まった。
「……枯れ葉?」
 周囲を見渡した。そこいらに枯れ木が何本か見つかる。森の中のまばらな枯れ木は気づけばなかなか目立つのだが、カズマばかりに注目していて全然気付かなかった。
 なぜだろう。何かが引っかかる。
 今、触れることのできないカズマは、枯れ葉に埋もれながら地に伏せている。なぜか? それは私が撒いたバケモノに襲われたから。
 この一文におかしな部分がある。平たく言えば――そう、矛盾だ。何か食い違ってる。

「これは……おかしい」
 その矛盾の正体に気付いたとき、私は確信に満ちた目でここから遠い場所を見据えた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.7
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:08 -
  
「おっと、アリスのお帰りですね」
「ユリです」アリスじゃねーよ。
「おやおや、濡れているではありませんか。おまけに酷く疲れているようで」
「そりゃもう」
 行きは城門を強行突破したっていうのに、帰りは城壁の外と地下通路が繋がっているということを知って失意のままにとぼとぼ帰ってきたせいだろう。どうして私ってヤツはいつもこう、帰る時になってから近道とか昇降機の存在に気付くんだろう。
「ほほ、これほどに年季の入った顔をした少女を見るのは初めてです」
「女っ気や“若さ”に乏しいって意味ですか」
「ユリ様は“使えない”という意味です」
 用意の良いことに、セバスチャンさんがタオルで私の髪を拭いてくれる。とても良い笑顔で。
「……ところで着替えの“服”とかありませんか?」
「残念ながら“閉店”です。汚れは目立ちますが、幸い酷く濡れているようではなさそうですよ?」
 自然乾燥しろってか。ひでえ執事もいたもんだ。水でべたつくのを我慢して、私は手近な椅子に腰を降ろした。
「それで、何かわかりましたか?」
「バケモノについては残念ながら何も。ですが“海”が帰ってきました」
 ……だんだんこのじじいと話すのが嫌になってきた。
「“彼女”って?」
「ユリ様の“安全”な顔をした人です」
「あの、いい加減アリスごっこは“ヤメ”にしてもらえませんか。会話が円滑に進みません」
「“在庫”がなんですって?」聞いちゃいねえし。
「私と“同じ”顔って、つまりクリスティーヌ姫ってことですよね」
「ええ。人伝に聞いた話ですが。私は直接会ってはいません」
「ふうん……って、そういえば私、平然と不在になってたんですけど大丈夫でした?」
「幸いバレずには済みました。王も今の今まで休んでおられましたし、民の騒ぎは治めきれませんでしたが――お嬢様の側近のメイド、覚えていますか? 彼女がうまく立ち回ってくれたおかげで、懸念していた問題は起きませんでしたよ」
「へえ?」
 あのメイドさんがね。それは何よりだ。ようやく私がお姫様ではないと証明されるわけだ。ようやく肩の荷が下りてほっと一息。
「ですが、また問題ができまして」
「ん?」
「そのお嬢様がまたお城を出て行ってしまわれました」
 古典的に椅子から転げ落ちた。
「ほっほ、なかなか楽しい御方だ」
「楽しくねえよ! ちゃんと引き“止めろ”よ!」「“在庫”がなんですって?」「それはもういいっつってんだろ!」
「もちろん私も会いにいこうとしなかったわけではないのですが、その頃には既に騎士団の団長様とその他を引き連れていなくなってしまいました」
 最悪だ。せっかくのチャンスが音も無く消えてしまった。どんだけ運が悪いんだ私。もうちょっと早く帰ってきていれば私自身がお姫様を引き止めに行けただろうに。
「まあまあ、お嬢様の無事が確認できただけで良しとしましょう。団長様が一緒ならば問題もありません。私達は私達の目的を果たしましょう」
 何も情報掴んでないくせに。
 まあいくら嘆いても仕方ない。私は椅子に座りなおし、どこから話を始めたものかゆっくりと考えてから口を開いた。セバスチャンさんは引き続き私の髪を拭きながら私の話に耳を傾ける。
「この町の外に森があるの、知ってますよね」
「ええ、もちろん。国を挟む北の森と南の海。この国に住む者は皆知っていますよ」
「その森に枯れ木が何本もあるのは?」
「森ですから、枯れ木があるのは当然ですね」
「その枯れ木が、不自然に多いと感じたことはありませんか?」
 妙な問いかけに彼は一瞬だけ手を止める。
「枯れ木が目立つと感じたことは、無くも無いですね。それがどうかしたのでしょうか」
「あの森の木がなぜ不死身なのか、思い当たる節を見つけたんです」
「――外の枯れ木と、何か関係が?」
 私はゆっくりと頷く。
「何かよっぽどおかしな事が無い限り、どんなものだって斬られたり燃やされたりすれば死にます。あの木は本来ならとっくに死んでるんです」
「当然でしょうな」
「既に失くした命をどうやって取り戻しているか。方法は至って単純なものでした。あの木は他の命を奪って生きてるんです」
「外の森の木から……ということですか?」
 さすがに察しが良い。私が頷くと、彼は私の頭を拭く手を止める。
「ですがどうやって?」
「恐らく、あの木と外の木は地中の奥深くで繋がってるんだと思います。あの木がバケモノを生み出すたび、斬られたり燃やされたりするたび、根っこを通じて他の命を奪う。そして外の木は急速に命を奪われ、瞬時に枯れてしまう」
「案外簡単な手品の種ですな。しかし、どうしてそれに気付いたのですか?」
「見つけたんです。命を奪われたばかりの木を」
 そう、それがあの時見つけた矛盾の答えだった。
“今、触れることのできないカズマは、枯れ葉に埋もれながら地に伏せている。なぜか? それは私が撒いたバケモノに襲われたから。”
 この一文に隠された矛盾。それは“枯れ葉に埋もれながら”と“私が撒いたバケモノに襲われた”。
 一から考えてみよう。まず、私は森の中に入ってバケモノたちを撒いた。だがその一方で、そのバケモノたちにカズマが襲われてしまう。恐らくあの時聞いた「ばか」なる一言が聞こえた前後にだ。それがカズマの倒れたおおよその時刻。それから私は聞こえた声を頼りに移動し、枯れ葉に埋もれてうつぶせに倒れていたカズマを見つけた。声を聞いてからカズマを見つけるのに、長く見積もっても10分。
 ここでちょっとおかしなことになってくる。
“なぜカズマは、たったの10分足らずで枯れ葉に埋もれてしまったのだろうか?”
 普通、秋に大樹の近くで寝転がったとしても人一人が10分以内に枯れ葉に埋もれてしまうというのは、人為的でなければ考え難いことだ。では、どうしてカズマは枯れ葉に埋もれていたのか? 普通に考えれば、実はカズマはもっと前に別の誰かにやられ、それからずっとあの場で倒れていた、とかいう答えになるだろう。だが、私はそれとは違う可能性に気付いた。それこそが、不死身の木によって命を奪われた木が急速に枯れ、カズマを枯れ葉に埋もれされたという事実だ。
「素晴らしい」
 私の髪を拭く手を止め、セバスチャンさんが私の前に回りこんで両手を握ってきた。
「え、あの」
「やはりあなたは私の見込んだとおりの御方だった。百年間謎に包まれていたあの不死身の木の秘密を、たったの半日で解き明かしてしまうとは」
「そんなオオゲサな、まだ確証にも乏しいし」
「いいえ、決して大袈裟ではありません。ユリ様の名前は私が責任を持って歴史に刻んでおきますので」
「いや、ちょ、それは勘弁してください恥ずかしいです」
「何を仰いますか! この国、延いてはこの世界を救った英雄の名を刻まぬなど、我が国一生の恥です!」
 ああ、そういえばそんなすっげえ大きな話だったな。やってることが地味そのもので未だに実感が湧かなかった。
「別に、まだ世界を救ったわけじゃありませんよ。むしろ問題はここからです。極論、外の森を全て焼き払ってしまえば、不死身の木を死なせることも可能ですけど」
「むう……それは難しい話です」
 セバスチャンさんはぱっと私の手を離し、顎に手をあてて緩やかに歩く。
「この国は北の森、南の海から採れる資源や食料で発展した国です。その内の一つを手放すのはとても難しい判断です。資源もそうですが、この国の評判にも関わります」
「やっぱり国王さんも納得はしてくれませんよね……」
「いえ、国王ならば国民の為に泥を被る覚悟はおありでしょう」やれるんかい。「しかし、その決断に全ての者が応と答えるはずがないでしょう。最悪の場合、国王に反旗を翻すものも現れる可能性がある。そうなればこの国の秩序は失われてしまう」
「……結構考えてるんですね」
 どうやらこの執事さん、この国の政治の一端を担う立場にあるようだ。かなり先のことまで考えている。
「伊達に歳を取ってはいませんので。……それは置いといて、如何なさいましょう?」
「え、私に聞くんですか」
「何か良いアイディアはありませんか?」
 そりゃ無茶振りってやつだ。とはいえ、一応考えるだけ考えてみる。
 私達の目指したい目標は、この国一帯の地理的、政治的ダメージを抑えつつ、バケモノを完全に排除すること。バケモノを排除する方法は、不死身の木の根っこを断ち、生命力の供給を途絶えさせること。ただ、不死身の木の側から根っこを断ってもすぐに再生してしまう。かといって北の森側から根っこを断とうにも、間違いなく不死身の木は北の森の大部分から命を奪っている。それら一つ一つを探るのでは時間が掛かりすぎる。早期解決の為には森を燃やすくらいしかない。だが、どちらにしても森林破壊をすることに変わりはない。
 やっぱり無理じゃないのか、これ。
「ほっほっほ」
 何が面白いのか、セバスチャンさんは私の顔を見ながら暢気に笑っている。
 なんにしても、根っこを断つとか断たないとかそういう路線では良い解決策は出そうに無い。もっと別の視点からバケモノを排除する方法はないだろうか。
 例えば……不死身の木が自ら北の森との繋がりを無くす、とか。
「もっと有り得ない」
「何がですか?」
「いや、その、不死身の木が自分から命を奪うのやめないかなあって」
「ふむ?」
 何気無く話しただけだが、ずいぶんと興味を惹いたようだ。天井を仰くこと数秒、ぽんと手を叩いて彼は口を開いた。
「つまり、北の森から命を奪う必要を無くしたいということですか」
「……命を奪う必要を?」

 その言葉を聞いた途端に――一つだけ、方法を思いついた。

「あの、セバスチャンさん」
「なんでしょう?」
 ゆっくりと言葉を考えた。頭の中で浮かんだ一つの方法が勢いを増していて、ちょっと空回っている。
「その……そもそもあの木は不死身になったりバケモノを生んだりして、何がしたいのかわかります?」
「ずいぶん急な質問ですね」
 彼は今度は床を睨み、じっくりと言葉を探し始めた。今度は何十秒もかかった。
「我々のようになりたいのかもしれませんね」
「私達のように?」
 机の上に置かれた本の表紙を指先でなぞりながら、彼は思い出すように話す。
「あの不死身の木がなぜ生まれたのか? それについて記された本を私は知りません。ですが、チャオはこの世に存在するあらゆる生き物の特性を我が物にすると聞いたことがあります」
「キャプチャ、ですか」
「ほう、キャプチャと言うのですか。さすがに詳しいですね」
「まあ……」
「そのチャオを取り込み、自らも強固な存在となる……それが本に記されていた仮説です。おそらくそれに間違いはないでしょう。知識こそあれど、この世に存在する獣のような特性を持たない人間を狙わなかった理由にもなる。それらを前提に考えれば、あの木の必要なものは二つ」
 彼は指を二本立てる。
「一つはチャオの溜め込んだこの世の獣達の特性。もう一つは」
 指を一本折り、一拍置いて答えた。私が。
「生命力、ですか」
「その通り。前者は過去に取り込んだチャオ達のおかげで十分に条件を満たしたでしょう。ですが、後者の生命力が問題となった。だからあの木は100年も根を這っていた。そして再びチャオが現れた今、同じことを繰り返した。おそらくあの木は、未だに自らの計画が既に失敗していることに気付いていない」
「計画?」
「そう。自らが我々と同じ、もしくは上位の存在になるという計画です。と言っても、おそらくは本能的に進化を求めているだけで、計画するほど高い知能はないのでしょうが」
 なるほど、食物連鎖のヒエラルキーの上に立ちたいってことか。まるで私の世界で起こっている裏組織の抗争みたいだ。
「それじゃあ、もし生命力の面の問題を解決したら?」
「おそらく、地に根を張ることをやめて大地に立つでしょう。結果的に北の森は助かるでしょうが……こちらの被る被害は増すでしょうな」
「……わかりました」
 セバスチャンさんの話は、私の背中を押してくれる良いバネになってくれた。私は椅子から降りて、再びテーブルの下に潜る。
「どこへ行かれるのですか?」
「不思議の国ですけど」
 あえて誤魔化した。私がこれから何をするかなんて聞いたら間違いなく引き止められるだろう。床の扉を開け、さっさと目的の場所へ向かおうとする私に、彼はよく響く声をかけた。
「何か方法があるのですか?」
「……ええ。多分、大丈夫です」
「本当に?」
 その言葉一つだけで、私の心は簡単にぐらついた。正直言って私の考えている計画は穴だらけだ。下手をすれば、まだ北の森を燃やした方がマシな結果になる。これは賭けだ。結果だけ高望みして賭け金を釣り上げまくった。今なら降りることができる。でも私は今、ここで降りるべきか否かわからない。
「……何か良い話とかありませんか?」
 私はうさぎの穴の縁に腰掛け、足をぶらつかせた。
 やはりアリスのようにはいかないものだ。この先に何があるのか知っているせいなのかもしれないが、誰かに背中を押されなければ縦穴に落ちることもできない。興味や好奇心だけで暗い穴に飛び込めるほど、私は子供ではない。希望という明かりがないと、不思議の国を冒険することができないんだ。
「良い話、ですか。……ふむ、黙っていようと思っていたのですが」
「なんですか?」
「先ほどお嬢様が帰ってきた、と話しましたね。実はお連れ様も一緒でして」
「連れ?」
「ええ。チャオと子供達です」
「っ! 痛う……」
 思わず飛び上がってしまい、テーブルに頭をぶつけてしまった。
「おやおや、大丈夫ですか?」
「本当なんですか!」
「教えたら後を追ってしまうかもしれないと思い、言わないつもりでした」
「あの、みんなどこへ行ったんですか、聞いてませんかっ」
「詳しいことは存じ上げておりません。ですが、お友達探しをしているとは聞いております。……きっとあなたのことですよ」
 私を……探してる。パウやリムさんが、ヒカルやハルミちゃんが、私を。所長とカズマも一緒にいるのかな。もしそうなら、きっと大丈夫だ。みんながいるなら、うまくいく。
「ありがとうございます」
「行くのですか?」
「はい。きっと成功します」
「わかりました。ユリ様が目を覚ますのをお待ちしております」
「……アリスが目を覚ますのって、お姉さんのいる場所じゃなかったですか?」
「おや、そうでしたな。これは失敬、すぐに配役をし直さなければ」
 気負わぬ彼の言葉に背中を押されて、私はいよいよ穴の中へ落ちた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 心臓が悲鳴をあげているようだ。血流や心拍数が早くなり、今にも倒れそうなくらいクラクラしている気がする。
 私は死なない。痛みも知らない。それは知っている。それでも、処刑台に行くのは怖い。そこに幽霊がいると知っていても、覗き見るのは怖いものだ。別にホラーが苦手ってわけではないけど。
 わざとらしくつばを飲み込んだ。少し緊張が解れるかなと思ったけど、それでも目の前の鉄扉を開ける手に力が入らない。
 ――大丈夫。みんながいる。
 再三自分に言い聞かせ、私はようやく鉄扉を開いた。
 蜘蛛の巣のように広がった根っこがある。どうやら私のことを覚えていたようで、私が中に踏み入るとすぐに根っこがこちらに伸び、私の腕をからめとった。
 抵抗はしない。
 やがて体中が根っこで包まれると、とうとう根っこは私を持ち上げて自らに取り込もうとする。さっきまであれだけ躊躇していた私も、事ここに至ってようやく余裕がでてきた。根っこがちくちくして煩わしいなと思う余裕さえある。
 100年という長い月日を経て、いよいよこの木は不死身になる。それにより北の森との繋がりは断たれ、この木は念願の獣として大地に上がるだろう。だが、その時がお前の門出だ。
 彼らがいる。それだけで、私は希望が持てる。
「大丈夫」
 そう誰かに言い聞かせた。
 体のどこかに傷がついたのか違和感を感じる。生命力を吸われているのだろう。すごく眠い。抗うこともせず、私は睡魔に身を任せた。
 大丈夫。
 次に目を覚ます時は、お姉さんの優しい笑顔が待ってる。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.8
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:11 -
  
 海の中にいる。所長室の窓から差し込む光を見て、私はふとそう思った。
 青いグラデーションがオーロラのように波打っている。それを見て、私はいつかに水族館に連れて行ってもらった事を思い出していた。
 私はこう問いかけた記憶がある。
「どうしてゼツメツキグシュを展示してるの?」
 私はこう答えてもらった記憶がある。
「いなくならないうちに保護して、絶滅しないようにしてるのよ」
 そういうことを聞いているのではない、と幼心にもそう思った。結局は自慢するためなんだなと自己完結して、それでお終いだった。
 まあどれだけ背伸びして皮肉っても、オーロラのような青いグラデーションと展示飛行のような魚達の遊泳に見惚れていたのは確かだったのだが。その美しさを自分の手で守りたい気持ちは、わからないでもなかった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 しばらく気を失っていたみたいだ。意識がはっきりしない。闇の中を泳ぐような感覚。
 そんな私を起こしたのは、ほっぺたをつねる誰かの手だった。その手は私の頬を離れ、髪を撫でるだの顎をくいっと上げるだのして好き放題してくる。
「……何してるんですか」
「ひゃああっ!?」
 私が止めた頃には、その手は私に被せられていた布団を退かして胸に伸びようとしているところだった。少女は椅子をガタンと倒すほど勢いよく立ち上がり、頭をもガタンと落っことすような勢いで何度も頭を下げた。
「ごめんなさいごめんなさい別にやましいことはないのごめんなさいただちょっと興味が湧いちゃってごめんなさい」
「あー、いいですから。いいですから落ち着いてください」
 興味ってなんだよ危ない女の子だなあ。とかなんとか思いながら目を擦り、その少女の姿をよく見て、ああ、興味ってそういうことかと深く納得した。
 私と全く同じ顔をした少女。背丈も髪の長さも同じに見える。ひょっとしたら体重まで同じかもしれない。そんなどこまでも私に似た少女クリスティーヌが、私もしたことがないくらいすっげえ慌てふためいていた。これが私のお姉さん役か?
「ここ、あなたの部屋ですよね?」
 部屋の内装に見覚えがあった。あのミレイとかいう団長さんに連行され、側近のメイドさんだという人に監視されていた時の部屋だ。
「えっ? え、ええ。ええそうよ。私の部屋。うん」
 なんと落ち着きのない。これが国王の娘か。あまり触れてやらないことにして現状把握に努める。
「その後、不死身の木はどうなりました?」
「あ、それなら大丈夫。もう死んじゃったから。って、セバスチャンから聞いたわ。あなたとんでもないことをするのね。ゼロ、だったかしら? 彼があなたに気付かなかったら大変なことになってたんだから。カズマも根の事に気付いたからよかったものを」
 なんだ、私は結局その二人に助けられたのか。あんなよくわからない状態になっていたというのに。必要以上に悲観してしまったじゃないか。
「ほんと、つい昨日の事とは思えない。バケモノも綺麗さっぱりいなくなっちゃったし」
 立て直した椅子に座り、窓の外から差し込む陽の光を見て彼女はほうと息を吐く。そうか、あれから一日しか経ってないのか。
「今回は短かったなぁ」
「なにが?」
「いえ、別に」
 気を失うのと他人のベッドの上で目を覚ますのにパッシブになったなっていう話だ。
「そうだ、自己紹介がまだでしたね。といっても、互いに話は聞いてるみたいですけど」
「あっ、そうだったわすっかり忘れてた。えっと、クリスティーヌよ。一応国王様の娘やってます」なんだその言い方。
「ユリです。未咲ユリ。えっと……元探偵です」
 小説事務所で働いてますって話してもわからんだろうなと思って無難な言葉を選んだ。
「タンテイ?」
 どうやら探偵も知らないようだ。この時代背景は諜報活動とかには縁がないのかな。
「ええっと、人に頼まれていろいろな調べ事をする職業です」
「へええ。なんだか暇そうなうえにお給料も安そうな仕事ね」
 しかも情報という商品の相場を知らないときた。元探偵のプライドでも吼えだしたか、私はちょっとムッとなる。
「……一回の仕事でウン十万取ります」
「え、うそっ? そんなに?」
 この国の金の単位すらも知らないが、どうやらこの言葉は効いたらしい。
「どうして? たかだか情報じゃない」
「例えばですよ。敵対している国が他の国を攻撃しに行く為に兵を動員するという情報があります。この時、その敵対国の保有している兵力はどれくらいか、動員する兵はどれくらいかという情報を知っているとどうなります?」
「どうなるの?」
「無駄なく兵力を動員して、手薄な防御の国を安全に攻撃し占領することが可能です。凄いですよね?」
「ええっと、凄いのね」
「さて、これほどローリスクハイリターンな結果に終わることができたのは、あらかじめ情報を知っていたからです。つまりこういった情報は人に利益を与え、価値があるものとされる。わかりましたか?」
「はああ……」
 ふう、満足した。今は別に探偵じゃないけど、これでも幼い頃に憧れていた職業なのだ。その凄さを知ってもらいたいという心が満たされてほっと一息。
「つまり、ユリはセバスチャンと同じ仕事をしてるってこと?」
「は?」
 と思ったらこのお姫様、どこをどう間違ったのか壮大な勘違いをした。
「いや、別に私、執事どころかメイドですらないんですけど」
「ううん、そうじゃなくて。彼、参謀のお仕事してるから」
「ぶッ」なにか間違ってたのはセバスチャンさんの方でした。「な、なんでっ? あの人、私には執事だって」
「執事兼参謀?」
 私は頭を抱えた。一介の執事にしちゃあなんか変だとは思ってたが、あのじいサマがまさかそんな大物だったとは思わなかった。そりゃ威圧感の一つや二つ感じるものだ。踏み越えた場数がどうのって話ではない。
「なんで執事なんかやってるんだよ……」
「ほら、元はどこかのカジノでディーラーしてたって言うから、なんか雰囲気で」
 ますます彼がわからなくなった。どうして元カジノのディーラーが参謀になれるんだよ。
「それを言うなら、元探偵さんが国一つ救ったっていうのもよっぽどだと思うけど」
 同列にされた。言われてることは良いんだけどなんか喜べない。
「でも、そっかあ……ユリって昔は悪い人だったってことなのね。ってああごめんなさいそんなつもりで言ったんじゃないのだからそんな目しないで」
 この姫、どこまで私の評価を貶めるつもりだ。同じ顔してるってんでちょっと会うのを期待した私を返せ。というかカジノのディーラーは基本的に悪い人なんですね初めて知りました。
「……まあ、一概に良い人ではないですよ」溜め息を吐いて、自分を落ち着かせる。「それどころか、やってることは基本的に悪いですよ。だから、基本的に頼まれた時にしか探偵はしません」
「どうして?」
「自分の利益の為だけに探偵してたら完全に悪い人だからですよ。そうでなくても、探偵に探られる人は嫌な思いしかしませんし」
「だから、やめちゃったの?」
「そういうわけじゃないですけど……今でもそれっぽいことはしてるし。逆に自分が知りたいから探偵してることもあるし」
「じゃあ悪い人なの?」
 さっきから質問してばっかりの子だ。そろそろ答えあぐねてきた。
「私、悪い人でしょうか」
「良い人に決まってるじゃない! この国を助けてくれたんだから!」じゃあ聞いてくるなよ。
「……そういえば所長……ああ、私の知り合い達はどうしてます?」
 この話を続けるのも面倒なので、私は話題を別に逸らした。目覚めた時のお見舞いが一人だけというのには慣れているが、今回はさすがにちょっと状況が違うから気になる。
「みんなならお城を出てどこかに行っちゃった。誰もあなたのこと心配してなかったけど、まあ納得ね」
「ああ、そう……」
 痛く傷付いた。不死身になってから良いことあんまり無いな。
「って、さらっと話してたけど私の秘密知ってるんですか?」
「不死身のこと? それとも異世界のこと?」
 どっちも知ってるじゃないか。なんてこった。
「あの、本当に信じてるんですか、その話」
「少なくとも不死身の話は本当だったわね。セバスチャンも不死身になれるのかしら」
 とことん私とあの人を同列に扱うのはやめてほしいな。
「そうよ、異世界よ! あなたたち、どうやってこの世界に来たの? どうやって元の世界に帰るの?」
「う……」
 嗚呼、ついに目を逸らし続けたこの問題に直面してしまった。
 どうやってこの世界に来たのか。
 どうやって元の世界に帰るのか。
 どうやってその方法を探すのか。
「だ、大丈夫っ? 熱でも出た?」
「知恵熱じゃないですかね……」
「うそっ? ユリって何歳なの!?」冗談は苦手だが、冗談の通じない人はもっと苦手だ。
 起きて早々、また深い溜め息を吐いた。まあ、そう悲観することはないだろう。目覚めたばかりの時と今とでは状況が違う。今は所長達もいる。異世界渡航のプロフェッショナルがだ。今度ばかりは労せず事がうまくいくだろう。そう思えば、少しは気が楽になる。
「やれやれ……」
「何よ急に落ち着き払っちゃって」
「いえ、ようやく思い残しも無くなったなって――いや」
 そう思っていたら、さっそく何かが引っかかった。どうしてチャオの存在が伏せられ続けてたのか、だ。私には知る必要のないことだし、さほど知りたいとは思わないのだが、なんとなく知らないままというのはもやもやするものがある。今を逃すと知る機会も永遠にないだろう、みたいな。
「それってセバスチャンから聞いたの? その話、王家の人以外はみんな知らない話だから、言いふらしちゃだめよ」
「わかってますけど……えっと、お嬢様はどうしてチャオのこと内緒にされてたか知ってます?」
「やだ、お嬢様って。やっぱりセバスチャンみたいねあなた」もうそれ引っ張らないでくれよ。「残念だけど、知らないわ。不死身の木と同じで100年間の謎ね」
 そういって彼女は何やら期待の目線を私に向けてくる。
「……何か?」
「こういうとき、探偵のあなたが一日でぱーっと解決するのよね? 不死身の木と同じで」
「勘弁してください」
 確かに個人的にちょっと気になってるけど、昨日の今日でそんなことしたくない。というか私はもう帰りたい。頼むからそんな無理難題吹っ掛けないでくれないかな!
「だいたい、知りたいなら自分で調べればいいじゃないですか」
「やーねえ。私にできるわけないじゃない? 100年の謎を解き明かすだなんて」
「簡単ですよ。ほら、今ならバケモノ問題も解決したんだし。ちょいと知ってる人を探し出せば教えてくれますよ」
 今でも知ってる人がいれば、の話だが。
「そういうものなの?」
「そういうものです」
「ふうん、そういうものなんだぁ」
 椅子から立ち上がり、私に背を向けて腕を組んだ。どうやら調べてやろうかやるまいかと悩んでいるらしい。まあ、それはそれで結構だ。これで私はようやく御役御免になったわけだ。


「――ぁ」
 そう思ったとき、不意に後ろから枕のようなものをぶつけられた、みたいな感覚があった。
 いったいなんだ?
 私がその感覚に気付いたときには、後ろを振り返ることも、頭をあげることもできなくて。

 ふっと、目の前が真っ暗になった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

PRINCESS SIDE TO AFTER
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:16 -
  
 ――これはなんの冗談かしら。
 突然もぬけのからになってしまったベッドを見つめて、私は真っ先にそう思った。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「ふじみっ?」
 友人達が彼女のことについてそう告白した時、にわかにはそれを信じることがなかった。事は昨夜、あの巨人を打ち倒して城に帰還し、彼女を私の部屋に寝かせていた時だ。
「詳しい話は面倒だから省くが、ユリは確かに不死身だ。あの駄々っ子巨人をどう頑張っても殺せなかったのもそのせいだろう」
「だからあの時、根っこをぶった切っても死ななかったのかアイツ」
 白い帽子を身に着けたチャオ――ゼロの言葉に、カズマは額に手を当てた。
「信じ難い話ですが……なるほど、ユリ様の言っていた方法とはそういうことだったのですね」
「セバスチャン、彼女と会っていたの?」
「ええ。かの木が不死身である謎を解き明かしたのもユリ様です。その後、木の根の下へ行き自らの身を差し出したものかと思われます」
「どうしてそんなことを」
「ユリ様は賭けだと仰っていました。おそらくユリ様は自らの身を使ってかの木を真に不死身にし、外の森から命を奪う理由を無くしたのでしょう。その後のことは、おそらくご友人たる皆様に任せたものかと」
「それ、ひょっとして僕が木の根を切り落とす方法に気付かなかったらヤバかったってこと?」
「ヤバかったでしょうな」
「……アホか、こいつは」
 信じられない。いくらそんな方法を思いついたとしても、実行に移すことができるだなんて。少なくとも私には不可能だ。あの木が外の森から命を奪うのをやめない可能性だってあるというのに。それに、バケモノの体内から出られなければ状況は悪化の一途を辿っていた。
「ですが、皆様のおかげでこの国が救われたのは事実です。後に国王様から感謝の言葉と褒美が用意されています」
「いらねえよ褒美なんて。物品なんか持って帰れるかわかんねえし、飯食わせてもらうって言われても嬉しくねーし」
「所長さん、こういうのってもらっとくのが礼儀じゃないの?」
「それってヤーさんの世界のハナシじゃねえのか。とにかくいらんもんは要らん。じゃあな」
「本当に一企業の代表? 所長さんらしいけど社長らしくはないね」
 そういって彼らは早々に出て行ってしまった。私達は呆気にとられるばかりで、後を追うことも忘れてしまった。
「……異界の方って、なんだか凄いのね」
「マイペース、と形容すべきなのでしょうか」


 ̄ ̄ ̄ ̄


「……マイペース、か」
 私以外に誰もいない、私の部屋。誰もいない私のベッドをまじまじと眺めながら、私は一人呟いた。
 本当に信じられない人達だった。魔法を操るチャオ、巧みに剣を振るう少年少女、そして不死身の探偵。
 皆、別れも告げずにいなくなってしまった。私達の目の前から、跡形も無く。
「不思議な人達だったなぁ」
 そういう私も、何故か不思議と驚きはなかった。突然現れた少年少女達が、突然現れたバケモノたちを滅ぼし、突然消えてしまったというのに。まるで通り雨のようだ。
 恍惚とした私の耳にノックの音が響き、一人のメイドが入ってきた。私のお世話係であるメイドだ。
「おはようございます、姫様。よく眠れ――あら」
 部屋に入ってきた彼女がベッドの上に誰もいないことに気付き、整った声が一気に調子外れになる。
「姫様、お客人はどちらへ?」
 訊かれた私はどう答えたものか少し迷った。単純にいなくなったと言ってしまえばよかったものを、面倒のないように言葉を選んでしまう。
「帰ってしまったわ」
「あらあら、せっかく王様がいろいろと用意してくれていたのに。止めなかったんですか?」
「止める暇もなかったの」
「そうですか。お客人の皆様方、タフでしたね。あんなにボロボロだったのに休みもせずに城を出て行かれるんですもの。まるで嵐のよう」
「そうね……ところで、私これから出かけたいのだけれど」
「あら」
 何気無いつもりだった私の言葉に、メイドが口に手を当ててわざとらしく驚く。
「珍しいですね。姫様がお外に出たいと言うなんて」
「なによ。外出ならいつもしてるじゃない」
「いえ、そういう意味ではなく。普段は勝手にいなくなるじゃありませんか」
「だって昨日のことがあるから、朝のお稽古もお勉強もないじゃない。いちいちみんなにわからないように外へ出るのも手間なのよ」
「清々しい主張ですね」余計なお世話だ。「それでしたら、ミレイ様のお見舞いに行ってはくれませんか?」
「気が乗らないわ。また今度ね」
「姫様……」
 メイドが呆れたように首を振る。その態度が少々癪に障って、思わず言葉を並べ立ててしまう。
「あんな人の見分けもできない男の見舞いになんか行けないの!」
「まだ根に持ってるんですか。仕方ありませんよ、姫様とお客人様、どう見ても同じでしたもの。間違えて当然です」
「当然のように間違えられた私の身にもなって! とにかく私は行かないわよ!」
「姫様。無礼を承知で言いますが、根に持つ女は好かれませんよ」
「っ〜〜」
 このあたりでとうとう我慢できなくなった私は部屋を飛び出し、乱暴に扉を閉めた。
「もうっ! 城の中にはロクなことがないんだから!」
 扉に向かって言葉をぶつけ、振り返った私は思わず固まってしまった。
「……こわい」
「え、あ、その」
 なんとも合間の悪いことに、外の森で会ったコドモチャオがいた。
「ご、ごめんなさいね? はしたないトコ見せちゃって」
 慌てて取り繕い、頭を撫でてやる。その子の腰の引けた姿勢は元に戻ったが、強張った表情はなかなか抜けてくれない。これは困った。
「あ、そうだ! 一緒にお出かけしましょ。今日はいい天気よ」
 曖昧に頷いたように見えたその子を抱き抱え、私はすたこらと廊下を走った。


 私が今日にも外に出たかったのは、ユリと話していた100年の謎について調べてみたかったからだ。これでも私は、城の人間の中では最も国の人々と親しいという自負を持っている。民の支持率ならばお父様にだって負ける気がしない。……という話はさておいて、そういうことだから国の人々のことは大まかに知っている。だから聞き込みくらいお手の物だ。
 お昼頃であるこの時間帯、大半の男達は商店街で必死に客寄せし、大半の女達はお城近くの憩いの場で談笑に花を咲かせ、大半の子供達は(今はなき)あの森の近くで楽しく遊んでいる。ご老人達は町外れの静かな小川でのほほんとしており、私と同じ歳くらいの者は騎士をやっていたりメイドをやっていたり……
「はああ」
 思わず嘆息してしまった。常々外に出かけては思うのだが、この国は私くらいの歳の者が圧倒的に少ない気がする。おかげで城から抜け出しても、年代が違うせいか持っている話題にもズレがあって、私はいつも人の話を聞く立場だ。
「あなたにはこの悩み、わからないわよね」
 抱えたチャオの頭を撫でながらそれとなく愚痴を零す。これほど複雑な悩みはない。若い子の話にはついていけず、大人達の話にもついていけず。私という人間は果たして若いのかそうでないのか、さっぱりわからない。
「よくわかんないけど、わかるよ」
 チャオは私の目を見ながらそう答えた。言葉そのものは曖昧だったが、その目はハッキリと言葉を告げる目をしていた。
「なあに、それ?」
 その妙なおかしさにくしゃりと笑って、私はその子の頭を撫でた。なんというか、一緒にいると心が安らぐ子だ。こうして受け手になってくれる者が周囲にあまりいなかったからだろうか。
 何はともあれ、私はチャオのことを詳しく知る人物を探すことにした。この子を連れて歩けば誰もがわかりやすく反応して、聞き込みもやりやすくなるだろう。そう思って連れ出したのだが、どうも事は狙い通りに運んでくれない。まず、お城近くの憩いの場で淑女の皆々様方に捕まった。
「まあ、なんて愛らしい」「こんな動物初めて見たわ」「これ、お姫様のペット?」「素敵ねえ」「もっとよく見せて」
「ええと、私の友達です、ペットではないです、はい」
 メイド流礼儀作法の心得、その一。己を律する事、場を律する事也。
 私のお世話係であるメイド曰く、所詮礼儀とは相手を不快にさせない為にあると言っていた。その為には、自分の事情のことはできるだけ忘れろ、と大雑把に教えられている。そういうわけなので、私は石像よりも硬い笑顔で皆々様と共に貴重な時間を無駄にした。区切りの良いタイミングで体良く逃げ出し、商店街にやってきてほっと一息吐いた私は、今度は商売人達に捕まった。
「その子、生まれたばっかりなんだって?」「ウチの野菜食いねえ、栄養満点で健康になるよ」「肉はどうだい、大きくなれるよ」
「ええと、今はちょっと持ち合わせが。お金じゃなくて時間の」
 メイド流礼儀作法の心得、その二。事情を軽視する事、己を軽視する事也。
 私のお世話係であるメイド曰く、人付き合いの悪い無愛想な奴はやがて見放されるが、自分の事情を切り捨て続けては人付き合いも長く持たないとのこと。そうならない為に、断れる事柄は丁寧に断っておけと教えられている。そういうわけなので、並み居る商売人達にスマイルだけ渡してやってすたこらさっさとあの森の跡地まで逃げ出した。そしたら今度は子供達に捕まった。
「おひめさま、なにそれー?」「へんなのー」「かわいい!」「もっとよくみせてー」「ねー、あそぼーよー」
「ええと、お姉さん今日は忙しいのよ。今日の服、汚しちゃダメだし」
 メイド流礼儀作法の心得、その三。乗せられる事、落とされる事也。
 私のお世話係であるメイド曰く、相手が礼儀作法の必要ない人間だからって、こちらも礼儀を忘れてしまっては自分の中の礼儀作法も腐ってしまうそうだ。その為、最低限礼儀を持っているとアピールしておいて自分の持つ礼儀作法を腐らせるなと教えられている。そういうわけなので、子供達にはまた今度ねと言葉を残して私はその場から逃げ出した。
「もうやだ。なんなの」
 この子を連れてきたことがとことん裏目に出ている。かえって関係のない人達の目を惹いてしまっていて、聞き込みするどころかこっちが根掘り葉掘り聞かれてる状態だ。私は聞き込みは楽だという嘘を吹き込まれてしまったらしい。
「う、ううん。まだこれからよ。これからが本番よ」
「あのー、姫様?」
 意気込む私の肩を、木材を抱えた男がぽんぽんと叩く。
「えっ? な、なに?」
「ここ、危ないので。その、離れていただけないでしょうか」
「あ」
 よく考えたら、ここはバケモノの被害が一番酷い場所で、今は大工だらけだった。

 とまあ紆余曲折を経て、ようやく本命の場所へと辿り着いた。ご老人達のいる町外れのところまでやってきた。この辺りは小川があっていつも涼しげで、暑い時期は皆ここで涼み、寒い時期でもわざわざここで焚き火を焚いて過ごしている。最近はご老人達よりも溢れ者が増えた印象があって、町の人はなんとなく近付いていない。私もその一人だ。
 小川沿いに進むと、色取り取りの花畑が見えてくる。どうやらバケモノはここまではやってこなかったようで、小川はちっとも濁ってはいないし、花々もその身を散らしている様子はない。昔からまるで変わらない姿がそこにある。
「あ、ちょっと?」
 突然、チャオが私の腕の中から降りて走っていってしまった。小川にどぽんと飛び込んでしまうので慌てて追いかけたが、チャオは我が物顔で小川を優雅に泳ぎ始める。泳げないわけではないみたいだ。
「驚かせないでよ……」
 チャオに近い場所で腰を降ろし、私は一息吐く。少々疲れているのか、私はそのままなし崩しに仰向けになる。ちょうど風が私の頭を撫で、鼻を髪でくすぐらせる。
 ……そういえば、昔は歳の近い友達もそれなりに多かった気がする。身分の違いこそあれど、そんなことはお互い全く気にせず遊んだものだ。この場所で。
「……狭くなったかしら」
 寝転がったまま周囲を見渡す。昔は広大そのものと思ったこの場所が、私とチャオしかいないというのにやけにちっぽけに見える。
「姫様が大きくなったんですじゃ」
 そよ風に飛ばされそうなしわがれた女の声が聞こえて、私は身を起こした。文字通り腰を丸めて松葉杖を持った老人がいる。確か、昔からよくここに訪れていた人だったか。見覚えがある。
「この辺りも静かになってしまった。動けるもんは皆、仕事があると言って町に繰り出しての。何かあったんですかえ?」
「町に? それなら、多分復興活動でしょう。町、ボロボロだし」
「ぼろぼろ……?」
「ええ。町をバケモノに壊されて」
「なんじゃと?」
 老人は松葉杖を持った手を振るわせる。今にも心臓を止めて死にそうなくらい、口元が戦慄いている。その目がぎょろぎょろと動き、小川で泳いでいるチャオに止まった。
「おお、なんという、なんという……あれは、チャオではないか!」
「え……」
 とうとう松葉杖を落としてしまった老人のその言葉に、私はばっと立ち上がって老人の元に駆け寄った。
「おばさま、チャオを知っているのですかっ?」
 今にも倒れそうな老人の肩を揺する。
「は、早くチャオを追放しなければ、ああ」
「ついほう? それって100年前の? おばさま、ひょっとして知ってるの!?」
 なんとか落ち着いてもらうために、なんとか老人をその場に座らせる。
「落ち着いて話してください。100年前、チャオはどうなったのですか」
「おお、おお……異形の群れが、チャオを……」
 聞いてしまってから少し後悔した。冷静に考えて、実際に100年前の事件に立ち会ったというのなら、この人は当時とても幼かったはずだ。つまり純真無垢な心に、チャオたちがバケモノに襲われたという惨劇を刻んでいる。普通に考えてトラウマものだ。無理に思い出させてはいけない。
「あ、あの、やっぱり話さなくても」
「チャオを、チャオを追放しなくては。おお、おお……」
 だめだ。全然聞いてない。いったいどうすればいいんだろう。困り果てて周囲を見ても、誰も助けてくれそうな者は……
「だいじょうぶだよ」
 そう思っていたところに、さっきまで小川で遊んでいたチャオが近寄ってきていた。余計事態がややこしくなると思って止めようと思ったが、その前に老人が私の手を振り払って自ら近付いてしまう。
「おお、チャオよ! ここにいては行けない、今すぐ逃げなさい! すぐにも奴らが来る!」
「だいじょうぶ、もういないよ」
「急ぎなさい、わたしたちが守ってあげよう。急ぎなさい、急ぎなさい」
 守る? 今、守ると言ったか? 追放じゃなくて?
「だいじょうぶだよ。ぼくたち、もういっしょにいていいんだよ」
「おお、おお……」
 チャオのやわらかな言葉を聞いてか、老人は徐々に落ち着きを見せ始めた。というか、今にも眠りそうだ。どの道、この老人から話は聞けそうにない。せっかくの手がかりだと思ったのに。
「祖母さん!」
 さらに困り果てる私達のところへ、一人の男がやってきた。私よりも二、三歳くらい年上に見える青年だ。
「祖母さん、またこんなところに……って、姫様? どうしてこんなところにっ」
「ごめんなさい、ちょっとこのおばさまとお話をしようと思っていたのだけど……それどころじゃなくなっちゃって」
「はあ……っていうか、なんです? この水色の」
「ああ、これ? チャオっていうの。外の森で見つけて」
「チャオ? これがチャオなんですか?」
 驚いた青年は身を屈め、チャオの顔を間近に見る。うんうん唸るおばさまの隣で睨めっこ。なんと異様な絵柄だろうか。
「チャオのこと、知っているの?」
「祖母からよく聞かされていました。決して誰にも話してはいけない、と言われていた話なのですが……」
「それ、私に聞かせてもらえないかしら!」
「ええっ?」
 今が好機とぐっと身を近づけた。青年はあとずさり、困った顔をする。
「いやでも、誰にも話すなって」
「今なら話しても大丈夫! バケモノもいなくなったし、チャオもこの通りいるし! それに話ならちょっとだけ聞いたし」
「ううーん」「むうーん」
 悩む青年の顔に意味もなくチャオを近付けたりして、とにかく良い答えを待つ。ひとしきり悩んだあと、青年はいつの間にか眠っていた老人を負ぶった。
「おれの家に来ませんか? 汚い場所ですけど、そこでお話しましょう」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 宣言通り、青年の住む家は汚かった――訂正する。古くて床の軋む音がして、味のある一軒家だった。
 リビングと思しき場所で、城の図書室並みに堅い椅子に座って待つ。チャオは面白がって家の中を探検しに行ってしまう。物を壊したりしてはダメよと言いつけておいたが、大丈夫だろうか。
 しばらくして、青年は寝室に老人を寝かせた後、何やら古びた本を一冊持って戻ってきた。
「これ、うちが自主的に纏めている航海日誌です」
「航海日誌?」
「おれの家族、代々この国で漁業と貿易をやってるんです。ずっと昔は日誌なんかつけなかったんだけど、100年前くらいに日誌をつけるようになりまして」
 そういってその日誌とやらを見せてくれた。
『一日目。いよいよ航海が始まった。今回の積荷はいつものとはワケが違う。あのバケモノどもは流石に海の上までは追ってこないようだ。小さい命を守る為とはいえ、何か起こりそうで震えが止まらない』
「これ、ひょっとして?」
「曽祖父のつけていた日誌です。そこに書いてある積荷は、お察しの通り」
 チャオ、というわけか?
「でも、どうして? チャオは100年前に絶滅したって話じゃなかったの?」
「……最後のページを」
 言われるままに本の最後のページを捲る。
『五十六日目。ようやく帰ってきた頃、町の者の間で一つの取り決めがあった。チャオは絶滅したことにして、今後一切チャオのことを口にしてはいけないという。それが自らとチャオ達を守る一番安全な方法だと。この航海日誌は燃やすべきだろうか。とても一人では判断できない。家族とよく相談してみよう』
 ……目から鱗が落ちたようだった。
「当時、バケモノに襲われたこの国……いえ、この町は疲弊していました。奴らを追い払ったとはいえ、町の者もチャオたちもバケモノに大勢殺されてしまった。もしもまたバケモノが現れるようなことがあったら、間違いなくみんな根絶やしにされてしまう。だからチャオを遠いところへ逃がしたんです」
「じゃあ、絶滅って話は……」
「何をキッカケにチャオの存在が奴らに知られるかわからない……そう思った当時の人々が考えた嘘です。生き残った人々みんなで偽の歴史を作ったんですよ。その為に一冊だけチャオの絶滅に関する本を書いて信憑性を高めたりもしました。その本、今はお城にあると思うんですが」
 ひょっとして、地下の図書室にあるあれか。何度も読んでいたあの本が、全部デタラメだったなんて。
「……なあんだ」
 どっと疲れたような気がして、背凭れに体重を預けた。なんと単純な真実だろう。100年の謎とか言っておいて、解き明かしてみればなんとも呆気ない。この程度でウン十万稼げるというのなら、この世はタンテイで溢れかえることだろう。
「運が良かっただけ、か」
 ここにこうして日誌という証拠を残していた家族がいたから。たまたまそれに出会うことができたから、こんな簡単に真実を見つけられたわけだ。ひょっとして今回のユリもそうだったのだろうか。100年の謎を、今の私みたいに呆気なく解き明かしたのかもしれない。だとしたら、私にも不死身の木の謎を解き明かすことは可能だったのかもしれない。そんなことを思って、少々笑みが漏れた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 とはいえ、100年の謎は100年の謎だ。青年から航海日誌を借り、お父様に見せてみると、お城の中は騒然となった。
「チャオは絶滅してないだって?」「まだどこかで生きているのね!」「おい貿易をしている全ての国と連絡を取れ!」「お礼の品も用意しなさいチャオを守り続けた感謝の気持ちだからちゃんとしたものを!」
 あっという間に騒がしくなった王の間から、大半の衛兵やメイドたちがいなくなった。一気に静まり返ったこの場で、お父様は終始落ち着いていた。
「……お父様」
「言いたいことはわかる。少なくともわしは知っていたよ」
 そういってお父様は、悲しそうな笑顔で私の頭を撫でた。
「すまなかったな。昨日は冷たいことを言ってしまった」
「ううん。私が何も知らなかっただけ」
 国王は、この国の者しか守れない。なんて酷い言葉だろうと思っていた。でも、それは私の勘違いだった。チャオだってこの国の者だった。だから異世界から来た彼らでさえこの国の者と同じ扱いをした。即ち、危険だから逃げなさい、と。わざわざ誤解を招くような言い方で。それは100年続いた嘘を貫き通すため、仕方がなかったことだ。
「お父様」
「なんだ?」
「うまく言えないけど……大人って大変なのね。私、嘘は苦手だけど、それでも大人になれるかしら」
「……なれるさ。お前は大人の嘘の意味を知った。それだけで十分成長したと言える。そう思うだろう、セバスチャン」
「ええ、まったくです」
 突然老紳士の声がお父様の後ろから聞こえてきて、私は大層驚いてしまった。立派な椅子の大きな背凭れの裏からセバスチャンが現れた。
「大きくなられましたね、お嬢様。私は嬉しゅうございます」
「な、なんでそんなところに」
「国王様、私も元盗賊団と連絡を取る事に致します」
「うむ。せいぜい旧交を温めるといいだろう」
「え? え? なんの話?」
「おや、私が元盗賊兼スパイだったことはご存知のはずですが」
「そうじゃなくて、その、連絡って?」
「盗賊団に預けたチャオたちの件です」
「ええええええ?」
 実は先代国王と元盗賊団頭領はどういうわけか親しい関係にあったようで、国王の代替わりの際に盗賊団系列の裏カジノからセバスチャンがやってきてお父様に仕えるようになった、という不思議な経緯がある。何がどうなって国王と盗賊が仲良くなったのかずっと謎だったが、その間にチャオがいたからだったとは。100年の謎がまた一つ紐解かれた。
「ってことは、セバスチャンもチャオの絶滅が嘘って知ってたの!?」
「バラせば制裁、という取り決めでしたので。ようやく肩の荷が下りてほっと一息ですな」
 なんということだ。こんな身近に100年の謎の真実を知っている人間が二人もいたなんて。
「今頃チャオも沢山増えて手に余っているのでしょうな、ほっほ」
 セバスチャンの軽い言葉と笑顔を前に叩き伏せられたような気がして、私はとぼとぼと王の間から出て行った。


「あ」「あ」
 城の廊下でミレイと出くわす。頭に包帯を巻いた甲冑姿の彼は、外で待っていたチャオと何か話していたようだ。
「……あ、あの、姫」
「まあ、ミレイ団長様ではありませんか。頭の傷はもうだいじょーぶ、なのですか」
「え、ええまあ。あの、姫?」
「それはそれは、よかったよかった。さあチャオ、行きましょう。下でみんな楽しそうなことをしているそうよ」
「あ、あああの、待ってください姫!」
 チャオを拾ってさっさと行ってしまおうとしたが、やかましい鎧の音が後ろからがちゃがちゃとついてくる。
「まあ、人違いではありませんか? 私は姫ではないですことよ」
「えっ、姫じゃないんですか?」「そこボケるとこじゃないでしょ!」
 いけない、つい足を止めて言葉を叩きつけてしまったではないか。
「あなたって本当に信じられない人ね! 知ってる? あなた、メイドたちの間では気遣いの心を持たない鉄の野蛮人で通ってるのよ?」
「は、はあ……鉄の野蛮人ですか」
「そうよ!」聞いたことないけど。「ただでさえ国王直属の騎士団団長っていう役職に就いてるんだから、少しは礼儀作法ってものを学びなさい! この田舎者!」
「姫、その暴言では説得力というものが」「口答えしない!」「も、申し訳ありません」
「とにかくっ、私はもう行くわ。せいぜいその頭を元の能天気に治して職務に励むことね!」
 吐き捨てるだけ吐き捨てて、私はその場からさっさと立ち去ろうとした。が、廊下を曲がって階段を降り始めたところで一人のメイドと鉢合わせする。
「あ、姫様」
「あら、あなた」
 見覚えのある顔だった。確かミレイに恋心を寄せているメイドの一人だったか。
「あの、すみませんでした! 本当にごめんなさい!」
「え、ええ?」
 なんと唐突に頭を下げられてしまった。私、このメイドに何かされただろうか?
「その、わたしなんかの為に、あんな辛いことを」
「辛いこと?」
「さっき、ミレイ様とお話なさってましたよね」
「そうだけれど、なにか」
「あの……その……」
 何やらしきりにもじもじしている。私とチャオが虫の脱皮でも眺めるみたいにぼーっと見つめていると、メイドは突然声を張り上げて宣言した。
「わたし、ミレイ様と幸せになりますから!」
「――――は?」
 呆気に取られた。急に何を言い出すのか、この小娘。
「あの……幸せになるって、なんのこと?」
「その、ミレイ様と、添い遂げ……」
 恥ずかしがっているのか、顔を手で押さえてふるふるしている。
「え、は、あの、なんで?」
「昨日、言ってくれましたよね? ミレイ様に告白するって相談に、いいわよって」
「はあ!? なにそれ知らないわよ!」
「言ってくれましたよ、間違いなく。ほら、記憶喪失騒ぎの時に」
 なんだ、なんの話だ。全然知らないぞキオクソーシツだなんて。
「実は既に告白もしたんです。付き合ってくださいって」
「ええっ!? へ、返事は!?」
 顔をぐぐっと近づけると、メイドは器用に体を後ろに曲げた。階段でだ。危ないったらありゃしない。
「そ、その……」
 我ながらわざとらしく唾を飲み込む。

「この騒ぎが終わったら、って……」

 ――私の中の何かが、ぱきっと逝った音がした。

「……ごめんなさい、この子を預かっててもらえる?」
「え? ええ、いいですけど」
「待っててね、私ちょっと急用ができたから」
「はあい」
 ……今ならやれる気がする。この国最強の騎士と謳われるミレイを、私の手で打ち負かすことが。
 武者震いが止まらない。今なら戦う者達の気持ちがわかる。戦を前にして奮い立つこの気持ち。
「こンの、能天騎士があああっ!!」
「はあっ、姫っ!? ななななななにを、おやめくださ、うわああああ!?」


 嗚呼、今日という日は。今日という日は――なんとめでたいことだろう。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

 冬木野  - 11/12/24(土) 0:35 -
  
と、いうわけでみなさんお疲れ様でした。ちょいと時間を過ぎてしまいました、冬木野です。

およそ半年くらい前から執筆を始めたこの作品、結局サボりにサボってつい先日ようやく完成、ロクに推敲もできんくて結構荒い作品ですが、どうかお許しを。
見ての通りですが、今回はセガではお馴染みのマルチサイドに挑戦してみました。というのも、ホップスターさんの『スパイラル』を初めとしてなかなか面白いものが多く、一度やってみたかったという理由もあるのですが……。
実は今年、友人に紹介された某ノベルゲームを、なんの前情報も知らずに適当に遊んでみたのです。どこが作ったとかまるで知らないでぼーっと遊んでいたのですが、それがとんでもなく面白かったのです。で、それがマルチサイドだったもんですから「俺もやってみようかな」と思い立ちました。
といっても、そのノベルゲームを遊んでいる頃には、実はこの作品は結構執筆が進んでいた段階なのですが、そんなの関係ねえ! と無理矢理マルチサイド作品にしてしまいました。我ながらちゃんとうまくいくかなと冷や汗ものでしたが、一応形にはなったみたいで一安心でしたとさ。

さて、特に書く事も無い(というか疲れた☆)ので、今回はこれだけでシメとさせていただきます。それでは皆様、メリークリスマスと良いお年を。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「結局、あれって夢だったのかな、所長さん?」
「全員揃って同じ夢見たってわけはねえだろ。眼鏡とか怪我とか、全部綺麗に元に戻ってるのは気になるが」
「なぜかみんな所長室で目を覚ましたっていうのも気になるしねえ。一体全体なんだったんだろう?」
「……そういえば、ミキだけ一緒じゃなかったけど、何か知らない?」

「何も」
 一冊の本を閉じて、彼女は所長室を後にした。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.2; SLCC2;...@p4151-ipbf1508souka.saitama.ocn.ne.jp>

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
1804 / 1967 ツリー ←次へ | 前へ→
ページ:  ┃  記事番号:   
56310
(SS)C-BOARD v3.8 is Free