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小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」 冬木野 11/12/23(金) 22:03

THIRD CHIEF SIDE DIGEST 冬木野 11/12/23(金) 22:11
No.1 冬木野 11/12/23(金) 23:36
No.2 冬木野 11/12/23(金) 23:48
No.3 冬木野 11/12/23(金) 23:52
No.4 冬木野 11/12/23(金) 23:57
No.5 冬木野 11/12/24(土) 0:02
No.6 冬木野 11/12/24(土) 0:05
No.7 冬木野 11/12/24(土) 0:08
No.8 冬木野 11/12/24(土) 0:11

THIRD CHIEF SIDE DIGEST
 冬木野  - 11/12/23(金) 22:11 -
  
 まるで夢の中のような世界で一人目覚めた未咲ユリ。そんな彼女はとある騎士に姫と呼ばれ、そのまま自らの家だというお城に連れていかれてしまう。

 出会う人全てにお姫様と呼ばれ、町がバケモノ騒ぎによって混迷を極め、どうすればいいかわからないユリに、ただ一人だけ彼女を姫と呼ばぬ見知らぬ老人が現れた。

 老人は言った。死なない木を切ってほしい、と。


>未咲 ユリ:女性:人間
 ひょんなことから探偵になり、チャオになり、人間になり、不死身になった少女。

 目覚めた異世界で焦る彼女は、仲間達を探し出すために老人の力を借りる。

 裏付けに乏しい仮説で動く、アテにし難い可能性を信じるなど、才能こそあれど探偵として安定感がない。ついでに言うと運も悪い。
引用なし
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No.1
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:36 -
  
 ――これはなんの冗談だろう。
 足元を流れる冗談みたいに透き通った小川と色取り取りの花畑を見て、私は真っ先にそう思った。

 まさか。私は周囲を見渡した。
 とうとう私にもお迎えが来たのか。何度も血を流したツケを支払わなければいけない時が来たのか。そう思って、私は死神の姿を必死に捜した。と思ったのだが、それらしい人物は見当たらない。どうやらここは三途の川ではないらしい。
 どこか思考が飛び飛びになっている頭を整理して、冷静に状況を判断する。確か、昨日は何事も無く就寝したはずだ。怪我の一つも追わず五体満足だった。だから別に死んだわけではない。
 とすると、これは夢だろうか。
 改めて目に映る景色を眺めてみる。目前の小川は濾過でもしたかのように透き通っていて、小魚達が我が物顔で泳いでいる。色取り取りの花畑の上は色取り取りの蝶々達が我が物顔で飛んでいる。なんというか、ここまで自然が豊かな場所は人生初めてだ。西洋のおとぎ話の世界みたいに見える。やっぱり夢なんだろうか。
 だが、ここまで冷静に思考を行えているなら寝ているというわけではない。試しにほっぺたをつねってみても痛いし、夢じゃなさそうだ。
 夢じゃない。死んだわけでもない。そうなると、これはどういうことになるんだ?

「姫!」
「姫?」
 妙な事を抜かす青年のような声が聞こえ、私は振り返った。その姿を見て、思わず絶句してしまった。西洋風の鎧を身に着け腰に剣を差した好青年だ。わかりやすい優等生面をしていて、学校だったら決まって女子にちやほやされるような顔だ。それがなんつった、姫だって?
「姫、こんなところにおられたのですか! 探しましたよ!」
「は、え?」
「どうかしましたか?」
「どうかしてるのはあんたでしょう。なんのコスプレだよ」
「こすぷれ? 姫、またおかしな事を」
「おかしいのはあんたでしょう。姫ってなんだよ」
「あなたの事に決まっています。……と、今は姫の三文芝居に付き合っている場合ではありません」
「三文芝居してるのはあんたでしょう」
「真面目な話ですのでどうかお聞きください!」
 ……これ、やっぱ夢じゃないん?
 私の都合など何処吹く風、目の前のわけのわからない好青年はわけのわからない言葉を並べ始めた。
「城の者は皆心配しております。今、城下町にはバケモノどもが大暴れしているとの事。城を抜け出した姫が運悪くバケモノどもの手に掛かってしまったのではないかと気が気ではなかったのですよ!」
「へえ」
 なんで身に覚えのない事で怒られなきゃいけないんだ。あとバケモノバケモノ言われると心が痛むからやめてほしい。
「一刻も早く城に戻って皆を安心させなくては。さ、帰りますよ」
「いやいや、だから人違いですって。姫っていったいなんの事ですか」
「ですから、今は姫の下手な嘘に騙されているほど余裕ではないと言っているのです」
 ダメだ。こいつは頭が固すぎて話が通じない。そんなに嘘吐きなのか、あんたの言う姫って奴は。
「ほら、急いでください」
「あ、ちょっと!」
 私の言葉など聞く耳持たぬと言わんばかりに、青年は私の手を掴んで歩き出してしまった。
引用なし
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No.2
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:48 -
  
「まったく、今回で何度目でしょうね。姫が城を抜け出すのは」
「…………」
「元気が良いのは結構ですが、朝の稽古や勉強をすっぽかしては一国の恥でございます」
「…………」
「姫はもっと王家の者としての自覚を持っていただかなければいけません。……姫、聞いていますか?」
「…………」
「姫!」
「え、あ」
 適当に聞き流していた言葉の内容よりも私の目に映っていた物の方がよっぽどおかしかったので、私は言葉を失っていた。
 デカい――城。
 そう、お城だ。まさしくおとぎ話の世界にでも出てくるような、立派なお城の後ろ姿があった。私の目の前に、だ。
「あの、なんですかここ」
「なんですかって、お城に決まっているじゃないですか。あなたの家ですよ」
 ここが家? 文化遺産の間違いじゃないのか。
 私が呆気に取られているのも気にせず、青年は私の手を引いて堂々と城の裏口らしき扉から中へと入った。
 その中の様子ときたらこれまた言葉を失うほどで、贅沢なほどに広い廊下、これ見よがしに置かれた陶器だの鎧だの、名画らしき絵もそこかしこに飾られている。こいつは間違いなく博物館だ。そうだと言ってくれ。
「まあ、姫様!」
「どこに行かれていたのですか! 心配していたのですよ!」
「あう、えと、その」
 混乱している私の元へ、掃除用具を握り締めたメイドらしき人達まで二人ほどやってくるもんだからもうわけがわからない。
「今回は事が事なので、王様がお呼びです。さ、行きましょう」
 お呼びじゃねえよ。何が王様だよ。もう勘弁してくれ。


 何はともあれ、私が目を覚ましてからのツッコミどころは益々増えていくばかり。
 見た感じ何十階あるだろうなと思っていた私の覚悟は、階段を登り終えた頃には別の意味で覆された。この城、馬鹿デカいクセにたったの三階建てだった。天井にどれだけスペース作ってるんだっていう。
 心身共にいろいろと打ちのめされたつつも階段を登ったかと思えば、王様に会いに行く途中の廊下に出くわすメイドさん達も好き勝手に言葉を投げかけてくる。
「姫様、今度はどこに行っていらしたのですか?」
「わたくしの母にはお会いしませんでしたか? 何か言っておられませんでした?」
「城下町の猫達に餌はお与えになってくださいました? いつも心配で心配で」
「あ、そういえば前に話していたお買い物の件なのですが……」
 声高々に叫びたかった。おめーらの都合なんざ知るかっつーか一国の姫をなんだと思ってるんだと。私べつに姫じゃないけどおかしいだろそういうの。バケモノ騒ぎとやらの件で心配してたんじゃないのかよ。
 掛けられる声には生返事で返し、私は姫じゃないという主張には生返事で返され、あれよあれよという間に私は一際大きな観音開きの扉の前までやってきてしまった。私の想像では、この先にはご大層な椅子が用意されていてそこに王様が腰を降ろして踏ん反り返っているものと思われる。んで、その横に並ぶ兵士達、といった構成に違いない。
「さ、入りますよ」
 入るのか……嫌だなぁ。
 私の気持ちなんか欠片も気にしてない青年は扉を開いた。すると私の想像通りに配置されていた兵士達が、私の姿を見るなり頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
 もう泣けてきた。私、姫じゃないし……ここ、家じゃないし……
「アンリ王、ただいま戻りました」
「おお、よくぞ帰ってきた」
 想像通り、ご大層な椅子に腰掛けた王様がいた。風格というか威厳というか、そういうものを感じる。白い髭を生やして王冠を被り、王様ですと自己主張している服装をしている。歳の程はよくわからない。六十くらいか? あまりにも年配の人の歳を目で計るのは個人的に苦手だ。
「どこへ行っていたのだ、クリスティーヌよ。わしは心配していたぞ」
「えっと、クリスティーヌって……私、ですか?」
「他に誰がおるというのだ」
 アンリにクリスティーヌね。どっちも大昔、フランス語圏の王族の名前に使われたものだ。兵士達の姿からも察するに、ここは中世ヨーロッパか何かか? その割には言葉が通じているのが気になるのだが……どういうことだろう。まあ何はともあれ弁解だ。
「あのですね、私はクリスティーヌって人じゃないんですけど」
「ほっほ、それなら先週に聞いたぞ」
 どういう事だよ、どんだけ捻くれて育ってるんだよクリスティーヌさん狼少女かよ!
「いつもなら叱ってやらねばならぬところだが、今日はよくぞ無事に戻ってきた。おまえの身に何かあったら、わしは……」
「……ええと、バケモノ騒ぎでしたっけ」
「おお、そうであった。ミレイよ」
「はっ」
 ミレイって、この青年の事か。女っぽい名前だが、フランス語圏では専ら男性名だったっけね。
「討伐にあたった衛兵からの報告によりますと、件のバケモノどもは我々の追尾を振り切って逃げた様子。また、そのバケモノに乗じてか新手が少しづつ増えております。まだ小規模ではありますが、このまま手を打たねばいずれは……」
 なんて現実味のない話をしてるんだ。バケモノがどうのこうのってRPGのお話だろう。私が横で溜め息を吐いていると、王様は不思議そうな顔で尋ねてきた。
「クリスティーヌよ、おまえは知らなんだか」
 私は肩を竦めた。バケモノどころか、貴方様のこともよく存じておりませんよ。
「何はともあれ、おまえが無事で良かった。よいか、しばらく外は危険じゃ。くれぐれも、くれぐれも抜け出してはいかん」
「いや、そう言われましても」
「クリスティーヌよ!」
 何か言おうと思ったら、王様が唐突に顔をしかめて大声を出した。威厳に満ちたその声に私は驚く。
「今回ばかりは話が違うのだ。おまえも大人だと言うのなら聞き分けてくれ。わしは……わしはおまえを失いたくはない」
 そう言われても、ねえ。
「……少し疲れてしまったな。ミレイ、後の事は頼めるか」
「はっ。お任せください」
「すまぬな、このように不甲斐無い王で」
「とんでもございません。ごゆっくりお休みください。では、これで」
 青年は頭を下げ、私の手を取ってこの広々とした部屋を出た。


「姫、何故あなたはもっと人の事を気遣わないのですか」
 廊下に出るなり、青年はいきなり顔をしかめて私――というか、姫に対してのお説教を始めた。
「……どういう意味ですか」
 これ以上確たる証拠のない弁解をしても無駄だと悟った私は、仕方なくそのお説教を聞き入れる事にした。聞き流す、と言った方が正しいか。
「王はこの頃体調が悪いというのに」
「へえ」
「へえ、ではありません! 姫もよく知っている事ではないですか!」
 姫は知っていても、私は知らないんだよ。と言っても栓無いだろうけど。
 わざわざ私の目を見ながら話す青年の目を、私は酷く無感情な瞳で見つめ返す。次第に青年の表情が陰り、諦めを含んだ溜め息を漏らした。
「……お部屋に戻りましょう」
 そう言って、青年はまた私の手を引っ張って歩き出した。
「いちいち手を繋ぐんですね」
「こうしないと、どこかへ行ってしまいますからね」
 どうやらとんだおてんば娘みたいだ。そのクリスティーヌというお姫様は。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 その後、ミレイという青年に案内された場所は……まあ、なんというか豪華な部屋だった。バカみたいに広くて、バカみたいに大きなベッドもあって、バカみたいに綺麗なテーブルもあって……まあ、なんというか豪華な部屋だった。王家の者の自室と説明して誰も疑わないくらい。
「はあ」
 感嘆の溜め息が漏れた。これが映画のセットだとすれば随分と凝っている方だろう。今腰掛けている椅子も、座る前に躊躇したレベルだ。
「あらあら、また溜め息ですか」
 そんな私を見かねて、部屋のお掃除をしていたメイドさんが声をかけてきた。青年ミレイ氏とのちょっとした会話を傍らで聞いた限りでは、どうやら姫の側近のメイドらしい。廊下で見かけたメイドさん達よりもお姉さんといった風が強く、俗に言うメイド長の立ち位置の人に見える。
「また、って?」
「いつも退屈そうにしているか困っている時は、必ず溜め息を吐くじゃないですか」
 どうやら姫のお世話をしていた時期は長いらしい。一通りのクセは覚えていると言った感じだ。それならそれで私はクリスティーヌという人物ではないとわかるはずなのだが。……溜め息を吐いた理由は合ってるけど。
「実は私、姫じゃないんですけど」
「あら、不思議ですね。先週に同じことを聞いた覚えがあります」
 何やってんだ先週のクリスティーヌさんはよ!
「そもそもそんなにそっくりなんですか? 私とクリスティーヌさん」
「少なくとも昨日見た顔とは違いませんね」
「む……いやだって、そもそもこんな服装してるんですよ?」
「そうじゃないと他人のフリができませんからね」
「いやいやいや、この国っていうかこの世界にこんな服装がありますか?」
「そうじゃないと他人のフリに信憑性ができませんからね……あら」
 しどろもどろな弁解だったが、私の服装に何かおかしな点でもあるのかメイドさんが私をじっと注視してきた。爪先のブーツから、某高校指定の制服、頭のパウ特製白いリボン付きカチューシャまで。
「……確かに、見た事のない服装をしてますね」
「でしょう?」
「面白いデザインを思いつきましたね。どこで作ってもらったんですか?」
 ダメだ。お姫様発の新しいファッションだと思ってやがる。ここまで来ると身分証チラつかせたってなんの効果もないだろう。

 待てよ。

 あまりにも現実味の無い状況に付き合わされたせいで、冷静に考える事をすっかり忘れていた。今最も解決すべき事は、私はクリスティーヌというお姫様ではないという証明ではない。いやそれも重要極まりないんだけど、その前に整理しておかなければならない事がある。
 そもそも、ここはいったいどこなのか。いつであるかも確認しなければならない。
「あの、すみません。今って何年ですか?」
「あらあら、勉強不足が祟って今がいつかも忘れてしまいましたか?」
 なんでお姫様に毒吐いてんだよ。そんなに出来損ないですかクリスティーヌさん。
「……勉強不足ってことでいいです」
「ダメですよ、自分で調べるってことを覚えてくださいね」
「じゃあ、ここはどこか」
「とうとう自分の家もわからなくなりましたか?」
「いえ、この国のことについてなんですけど」
「ダメです。一から勉強し直してください」
 ……これが王家の側近かよ? 私が想像していたものとはとことん異なる。主が赤と言えば従者も赤とかまではいかないけど、友達に聞いてもそれなりに教えてくれそうなことを何一つ教えないとはどういう了見だ。
 聞き込みを諦め、豪華な作りの椅子から立ち上がる。目に付いたのは、酔狂なほど大きな窓ガラス。無駄にデカいこの城からなら、街の様子くらいは見て取れるだろう。そう思って窓辺に近寄り、外の世界を垣間見た。
 そして目に映った情景は、私の心を強く振るわせた。今まで見たことがないとか思う所はいろいろとあったけど、一番は予想を裏切って欲しかった、だろうか。あまりにも――古臭い。昔の西洋とか、城下町とか、そういう表現の似合う街が、窓の向こう側にあった。幻想的とも取れる、おとぎ話の世界みたいだ。
「……おとぎ話か」
 自分にしか聞こえない独り言が漏れ出る。最初に目が覚めた小川でも同じことを考えた。およそ私の知らない、現実のものとは思えない世界だと。
 じゃあ、ここは現実ではないのだろうか? でも、これは夢じゃない。今ここで確かに私が感じている現実だ。となると、ここは大昔か、はたまた異世界か? すぐにその可能性から目を逸らした。元探偵ともあろう者が、そんな可能性を鵜呑みにしていいはずがない。そうでないと、万人を納得させる事ができない。万人の納得無くしては探偵には成り得ない。でも、この世界の人々を納得させるには、これらの状況を認めざるを得ないかもしれない。ここは私の知らない世界なのだと。
 では、私はここから帰らなくてはならない。どうしてここにやってきたのかは知らないが、長居する気なんかさらさらない。なんとしてもクリスティーヌ姫を見つけ出して、私は姫じゃないと証明し、大手を振って帰ってやろう。私の居るべき――いや、居たい場所はここじゃない。みんなのいる小説事務所だ。
引用なし
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No.3
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:52 -
  
「それでは、私はしばらく空けますので」
 勝手に抜け出さないでくださいね、という笑顔を残してメイドさんは部屋を出た。
 さて、これから具体的にどうしようか。今一度、手元の情報だけで整理してみる。外ではなにやらバケモノがいるという話だったか。それもどんどん増えているらしい。窓の外を改めてチェックしてみると、あまりにも小さくてわかり辛いが何か見慣れないものが大勢で町を闊歩しているのが見えた。さっき見たときはいなかったけど、あれがそうか?
 少し視点を変えると、住民らしき人達がこちらの方角へ向かっているのも見える。あれは避難してくる人か。避難場所はこのだだっ広いお城だろう。お姫様もお城に戻ってくるはず。そうすれば問題は至って簡単に解決するのだが……そうじゃないから私がこうして代役にされているわけで。
 まあ、何はともあれ好都合だ。聞き込み対象が大挙してやってきてるんだから、今から下にでもおりて直接聞いてくればいい。最近町で私を見かけませんでしたか、と。
「ううむ」
 我ながらわけのわからない質問だよなあ。あんまりおかしな状況に置かれてるから私もおかしくなっちゃったかなあ。うんうん唸りながら部屋の扉をがちゃっと開けると。
「あら、姫様。どこに行かれるんですか?」
 別のメイドさんが部屋の前に立っていた。
「あ……やあ、どうも」
 我ながら冴えない声だった。苦笑いしか出てこない。
「お外ならダメですよ。今日は特に危ないんですから」
「わ、わかってますよ。ほら、町の人達が避難してきてるじゃないですか。ちょっとお話したいなって」
「本当ですか?」
 本当デスヨ?
「わかりました。わたしも家族と話がしたいので、一緒に行きましょうね」
 そういって手を繋がれた。どうやらこの城の連中はお姫様と手を繋ぐのが義務らしいね。
 だだっ広い廊下を歩き、気の遠くなるような階段を降りて一階へ。俗に言うエントランスの場所には、町から避難してきた住民達の姿があった。メイドさんが私の手をいっそう強く握る。
「はぐれちゃいけませんよ」
 逃げんなって意味だろう。棘のある声から耳を逸らし軽く手を引っ張る。住民の一人をつかまえ、意を決して私は尋ねた。
「すみません」
「おやこれは、姫様ではないですか。何か御用で?」
「最近、町で私を見かけませんでしたか?」
 予想通り、私の問いかけを聞いた住民とメイドさんは「んっ?」と一瞬固まってしまう。
「……今度はなんの遊びですか?」
「いやあの、変に穿って考えなくていいです。普通に答えてください」
「会いませんでしたけど……なんでまたそんなことを?」
「いえ。失礼しました」
 その後も私は同じ調子で片っ端から住民達に同じ質問を投げかけまくった。残念ながら怪訝な視線をもらうだけもらって収穫は無し。私以外にお姫様なんかいないという認め難い可能性が小躍りを始める。
「姫様、そろそろお戻りになりませんか?」
「付き合いたくないなら親御さんとお話でもしてくればいいじゃないですか」
「いえ、その」
 萎縮するメイドさんを見て、私は溜め息を吐いて首を振った。ちょっと気が立っているみたいだ。最近よく焦る気がする。逸る気持ちを抑えながら聞き込みを続けると、ようやく当たりらしき男と出会う。
「そりゃあ会いましたが……お嬢さん、もう戻っていたんですかい?」
「というと?」
「いや、だってお客人と一緒だったでしょう。どうしちまったんです?」
 お客人、か。どうやらお姫様は誰かと行動を共にしていたらしい。ようやく収穫があってほっと一安心。
「そのお客人って?」
「え、どうしちまったんです? 覚えてないんですか?」
「残念ながら」見たことも聞いたこともない。
「そんなバカな、初対面だっていう割にはあんなに好意的だったじゃないですか」
「初対面の人に好意的だった?」
「そりゃもう……本当に覚えてないんですかい?」
「残念ながら」
 覚えてないの一点張りに、とうとう男は口を手で抑えた。私と手を繋いでいるメイドさんと意味有り気な視線を交わす。やっと私が姫じゃないってわかってくれたのかな?
「お嬢さん……ひょっとして」
「ええ」
「記憶喪失、なんじゃ?」
「ええ?」
 なんでそうなっちゃうのかな! そんなに私がお姫様にしか見えないのかな!
「まさか、いつもの嘘じゃないですか。記憶喪失なんてそんな大袈裟な」
「だが、お嬢さんのお客人に対する熱の入れようはただならぬもんでした。彼らのご友人を探すと言って、バケモノだらけの町中に繰り出すほどですよ」バカヤロー何してんだ帰ってこいドアホ。
「そんな、まさか」
 とは言うものの頭ごなしに否定できないメイドさん。思い詰めた表情で私の両肩に手を置き、まっすぐ目を見つめてくる。
「姫様」
「はい?」
「わたしのこと、覚えてます?」
「多分はじめましてだと思いますよ?」
「――えと、実はわたし、ミレイ様のことが好きなんです!」
「へえ」急になんの話だ。
「その、どうしたらいいと思いますか?」
「告白でもすればいいんじゃないですか?」というかなんで私に告白するんだ。がしかし、この言葉にいったいなんの力があったのかは知らないが、メイドさんやさっきの男が驚愕に身を固める。
「い、いいんですか? わたし、告白しますよ? 恋人同士になっちゃいますよ? 本当にいいんですか?」
「別にいけないことではないでしょ。どうして私なんかに同意求めるんですか」
「ご冗談はやめてください!」どうして怒るんだよ?「本当に恋人になってから文句言われても、その、知りませんからね!」
「末永くお幸せに」
 何がなんだかわからないが、メイドさんが地に膝をついて顔を手で覆ってしまった。
「そんな……姫様……」
「お嬢さん、あっしです! 宿屋の店主です! 覚えておりやせんか!」
「はじめまして?」
「そ、そんなバカな!」
「姫様が……記憶喪失だなんて!」
「なんだって」「お姫様が記憶喪失?」「どうしてそんなことに」「バケモノのしわざか」「おいたわしや」
 とうとう他の住民達も騒ぎ出した。私のことは覚えていないんですかとか、お世話してる猫のことも忘れちゃったのとか、一昨日買い物に来たのも忘れたんですかとか、あーだこーだと言葉を投げつけてくる。雪だるま式にややこしくなっていく事態に、私はもう消えてなくなりたい気分です。
「あのー」
「ああ、そんな……どうしたらいいの……」
 メイドさんに帰ろうよと促してみても動く気配がない。かなり混乱している様子だ。今なら逃げ出すことも可能だったのだろうが、良心の呵責というやつだろうか、困り果てたメイドさんを放っておくことができなかった。かといって何かできるわけでもないのだが……やや混迷を極めるこの状況に私も立ち尽くすばかり。

「何事です?」
 そんなエントランスに、染み渡るような男の声が通った。はっきりと私の耳に入ったのだが、他の住民達は騒ぐのをやめない。まるで私にしか聞こえなかったみたいだ。声のする方を見ると、執事のような服を身に纏った老人が歩いてきていた。背筋をピンと伸ばしたその姿は若々しいものがあるが、風貌を見ると国王以上に歳を取っているのがわかる。
「そこの君。いったい何があったんです」
「姫様が……姫様が、記憶喪失に」
「記憶喪失?」
 執事らしき人物の鋭い視線がメイドさんから私に移る。
 ――何か嫌な予感がした。
 長年の探偵の勘だろうか、私の中の何かが警報を鳴らす。
「お嬢様」
「あ、はいっ」
「本当に記憶喪失なのですか?」
「……はい」
 たったこれだけのやり取りの中で、私は苦いものを口の中で転がすような感覚を覚えた。
 なんか、凄くやりづらい相手だ。私にとっては何気無いことでも、かなり嘘を吐きにくい。一つ言葉を吐いてみても、その静かな威圧感が私の嘘を丸裸にしようとしてくるようだ。言い切った後も変に目を泳がせないように、手に焦りを出さないようにするのに苦心する。そうやってポーカーフェイスを保つこと、2分も経ったような気がした。実際は十何秒くらいだろう。
「君」
「は、はい」
 声だけで、泣き崩れそうになっていたメイドさんを立たせた彼。
「お嬢様のことは私に任せなさい。君はこの騒ぎを収め、王様に知られないように」
「そんな、無理ですっ」
「大丈夫。お嬢様がいつものように嘘を吐いたといえば納得させられます。できますね?」
「……わかりました」
 ものの二つ三つの言葉でメイドさんを落ち着かせた彼は、歩み寄って私の手をそっと握った。
「では、こちらへ」
 促されるまま、私は彼と一緒にその場を離れた。
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No.4
 冬木野  - 11/12/23(金) 23:57 -
  
 やってきたのは、城の地下にある大きな図書室だった。私が本の虫だったら永住を決意するくらいとんでもない図書室だ。テーブルの上の燭台に灯したロウソクに照らされ、ちょっとした幻想を垣間見る。これに浸れようものならなんとも幸せだったのだろうが、私が流していたのは感涙ではなく冷や汗だった。
 なにせ、射抜くような目線をした執事さんとテーブルを挟んで向かい合わせているからだ。まるで取り調べでも受けてるみたいだ。だだっ広い図書室の暗がりまでもが私を押し潰そうとする。いつぎゃふんと言わせられてもおかしくない。
「単刀直入に聞きましょう」
 一、二分も黙って私のことを観察していた彼がいよいよ口を開いた。こちとら猫のように体をびくっとさせてしまう。どうして私は必要以上に動揺しているのか――その答えに、私は意外なほど早く気づいた。
 場数だ。向こうの方が場数を踏んでいるからだ。人と人の対峙、腹の内を探る洞察力、相手を脅威と思わぬ精神力。それらが私よりも優れている。
 そんなの当たり前だ。私はまだ十数年ぽっちしか生きていないしがない少女だ。老人に敵うわけがない。ないのだが……どういうわけか、そんな単純な話ではないような気がする。確かに目の前の御仁は私よりも年上だ。よっぽど人嫌いでない限り、他人との駆け引きは得意だろう。
 だが、それにしたってこの老人は別格だ。
「記憶喪失というのは、嘘ですね?」
 やはり、この嘘は看破された。まあ嘘っつーか、宿屋の店主と言ったか、あの人が勝手に騒ぎ出したこと。方向性は違えど、私は姫じゃないという証明には利用できるかな、とはチラと考えたけども。
 それでもなんとなく「はいそうです」と言う気にはなれず、私は口を開かなかった。ただ、目は逸らさないように努める。言い返さない時点で大した意味もないけど。
 そう、本当に大した意味がなかった。
「ですが、問題はそこではありません」
「……」
「あなた、お嬢様ではありませんね?」
「っ……」
 私はこの世界に来た時に、最初から自分は姫ではないと公言していた。だから今さらお前は姫じゃないなとか言われても問題はないっていうか、むしろ喜ばしいことだ。
 それなのになんだ? この人に言われると、不意に手に力が入る。この人の言葉はナイフのようだ。手馴れたように振り回し、私の喉元を正確に突っついてくる。思うように喋れない。一端ながらも元探偵の私がこのザマだ。
「あなた、何者です?」
「……」
「何が目的なのです?」
「あ、あのっ!」
 声をあげ、私はがたっと音をたてて立ち上がった。
「あの、この度はご迷惑をおかけしました! 私、すぐにこの城から立ち去らせていただきますのでっ!」
 そういってばっと頭を下げた。
 そうだ。そもそも私はこんな場所に長居する気なんてさらさら無かったんだ。幸か不幸か、ここに私を姫と認識しない人がいる。どうやらこの城でかなりの発言権を持っているようだし、この人が私と姫ではないと言えば晴れて私は城を出られる。
「そういう訳には参りません」
 だと思ったのに、彼は私の足を地面に縫いつけた。
「お嬢様に成りすまし、この城に立ち入る。何か裏があって然りと思うのは当然のことでしょう。我々にはそれを知る権利がある」
「あ、の……」
「話しなさい。あなたはなぜこの城にやってきたのか」
 どうしてここにやってきたかだって? そんなの知るかよ。気づいたら勝手に連れて来られただけだ。まるで私が悪いみたいな言い方しやがって。
 でも、ありのままを話してこの人が納得するわけがない。自分が本当は別の世界の人間で、目が覚めたら自分の見知らぬ世界で、お姫様だと勘違いされて連れて来られて。そんな話を誰が信用するんだ?
「話せないのですか?」
「…………」
「話せないのでしたら、我々も相応の手段を取らなければなりません」
 相応の手段、ね? 完全に悪者扱いか。探偵だった頃を思い出す。最初の頃は尾行をする度にいつも緊張しっ放しだった。だってバレれば仕事は失敗するしストーカー扱いもされるしで、本当は探偵って悪い奴なんじゃないのかって思った。
 なんなら、逃げるか。
 私が履いているブーツはエクストリームギアだ。空気を吹かして超低空を高速で滑走できるというシロモノ。これほど便利なものはない。単純に考えて、この世界の何者にだって負けない速さを持ってることになる。逃げるくらいお手の物だ。
「逃げる気ですか?」
 急に老人が見透かしたように言ったものだから、私は一瞬の驚きを抑えるのに必死だった。どうやら無意識の内にこの人の背後、図書室の扉に目線を移していたようだ。
「言っておきますが、鍵は私が持っています」
 そう、そこが問題なんだ。私達がここに入った時、私は鍵を閉めた時の音を聞いた。内側から開けるのに鍵が必要とか、なんで図書室如きがそんな面倒な扉つけてんだよって話だ。
 こうなれば力ずくで奪うより他に方法はない。老人一人くらい、変に強くなければ相手するのは容易い。私も長い間使わなかったが、だらしない事この上ない探偵の師匠から教わった格闘技の心得がある。加えて私は不死身だ。この老人が何をしようがダメージにはならない。簡単にねじ伏せられる。それで鍵を奪って、城から逃げて――

 力が抜けたように、私は椅子に座った。
 何を考えているんだ、私は。これじゃ本当にただの悪者じゃないかよ。確かに探偵は時として悪いことの一つや二つはする。でも、それはただ私腹を肥やすとかのためではなく一種の必要悪なのだ。情けない事この上ない探偵の師匠から何度も教わったことじゃないか。
 でも、それならどうすればいいんだろう?
 この人は既に私を不審者としか見ていない。私自身、この僅かな時間で不審な面はいくつも見せた。この異様な威圧感を持つ老人にどう弁解しろっていうんだか。ぱっと思いつかないってことは、私もその程度ってことなのかね。
「……言えません」
「なぜです?」
「言っても信じてくれませんから」
 何も取り繕わず、ただそれだけ白状した。
「信じる信じないはこちらの判断することです。話してごらんなさい」
 よく聞くフレーズだ。そんなのこっちの立場を知らないからそう言えるんだ。仕方ないから、この人の納得しそうな話を考えてみることにした。
 どうやって納得してもらおうか。当たり前だが、頭から爪先まで嘘なのはよくない。上手な騙し方というのはぶっちゃけた話、本当のことをどれだけ話すかにある。自分にとっても嘘ではないこと。それがポイントだ。嘘ではないこと、嘘ではないこと……
「……友達を」
 そう考えたらふと、あっさりこの場を丸め込むストーリーを思いついた。
「友達を探してるんです」
「お友達ですか?」
「ええ」
 頭の中で段取りを整理しながら、ぽつりぽつりと話していく。
「私、ここから遠い国に暮らしていた者なんですけど、ある日友達が行き先を告げずにいなくなってしまったんです」
「それを探しに?」
「ええ」
「一人で、ですか?」
「みんなからは止められたんで、こっそり。それではるばるこんな場所までやってきたんですけど、なぜか町はバケモノだらけだし、お姫様だなんて勘違いされるし、もう何がなんだか」
「なるほど」
「お願いです、見逃してもらえませんか? 何も悪いことをするつもりはありません。私はただ、友達と一緒に帰りたいだけなんです」
 言い切ってみて、なんだ、案外簡単な話だったなと思った。面倒なとこを軽くぼかしただけで、八割方本当のことを話しただけだ。やっぱりさっきまでは必要以上に焦っていたらしい。
 私の話を聞いた彼は、さっきよりは幾許か表情を緩めてくれた。
「まあ、実害も被っていないことですし、もし本当に勘違いだったのならこちらにも非はあります」
「信じてくれるんですかっ」
「一応、事前に話は聞いています。お嬢様が今日も他人の振りをしていると。そして事実、他人であった」
 安心の溜め息が漏れた。ようやく話のわかる人と会えてよかった。
「……それにしても、自分から他人だって名乗ってるのに、どうして悪意を持ってこの城にやってきただとか」
「非常事態だからです」
「それはわかりますよ。町がバケモノだらけだとかなんとか」
「それもそうですが、この城の人間として問題はもう一つあるのです」
「問題?」
「あなたがお嬢様ではない……つまり、お嬢様は今、行方が知れない」
「あっ」
 そうだ、すっかり失念していた。冷静に考えたらこの状況はお城の人からすれば実におもしろくない。城にお姫様がいないのなら、当然本物のお姫様は城の外、バケモノだらけの無法地帯。一国の王の娘の危機だ。
「……って、お姫様が危ないのはわかるんですけど、それでもやっぱり私に悪意があるとかないとか、そういう話にはならないんじゃ?」
「それほど単純な話ではありません。この騒ぎ、誰かがキッカケになることが可能な出来事なのです」
「は?」
 誰かがキッカケになれる? それってまるで……
「あのバケモノを誰かが作りだした、みたいな言い方じゃないですか」
「なぜあれらが生まれたのかは謎です。それは安心してください」
「だったらどういう」
「あなた、名前は?」
 脈絡もなく、急に話題を逸らされた。むやみやたらに話せないことなのだろうか。
「ユリです。未咲ユリ」
 特に追求することもないだろうと思い、素直に自己紹介をする。
「ミサキユリ……あなたは遠い国からやってきたと言いましたね」
「はい」
「あなたのお友達とは、どういう方でしょう?」
 どうも話の整合性というものを感じられず、内心小首を傾げてしまう。それを問う気になれないのは正直、探偵として失格だろうか。でも空気に流されて、なんとなく聞くのを遠慮してしまう。
「えっと、チャオが四人と人間四人です。いつも一緒に仕事とか……あの?」
 今度は考え事らしい。さっきからいったいなんなんだろう。情報を断片的に引き出すだけ引き出して、一人だけで納得している。
「失礼、確認させていただきたいことが」
「はい?」
「あなたのお友達は、なぜ旅に出てしまったのでしょうか?」
「え……さあ、本当に何も言わずにいなくなってしまって」
「何か思い当たる節は?」
 首を振るより他にない。だってその部分はデタラメだし。
「わかりました」
 何がだろう。本当にこの人だけが何もかも納得していて置いてけぼりにされてる。
「ユリさん、あなたのお友達はこの国にやってきている」
「はあ」
「我々もあなたのお友達を探すのに協力しましょう」
「ええ?」
 本当に何から何まで突然だ。さっきまであんなに邪険そうだったのに、どういう風の吹き回しなんだ。
「あの、いいんですか? それどころじゃないんじゃ? その、そちらとしては」
「誰であれ、助けなくてはいけない人がいるのなら助けるべきでしょう。ですがその代償として、あなたにも協力してもらいたいことがあります」
「協力?」
 なるほど、ギブ・アンド・テイクってわけだ。さしずめお姫様を探すのに協力してもらおうってつもりなんだろう。別にそれくらいなら問題ないかな。
「あなたには、ある場所にいって、ある事をしてもらいたい」
「へ?」
 そういうと彼は立ち上がって、少し離れた場所の本棚まで行ってしまった。
「あの、お姫様の捜索とかじゃないんですか?」
「それなら問題はありません」
 少しして、彼はやや大きめの紙を持って帰ってきた。
「これを」
 手渡されたその紙を見ると、まるで迷路か何かみたいなものが描かれている。遊ぶ分にはあまり難しくない迷路ってくらいだろうか。特徴として、道のところどころに小さな丸印と、一箇所に大きく丸が描かれていることか。これがゴールなのかな。そうすると他の小さな丸はなんだろう。
「……って、これなんですか?」
「それはある通路の見取り図です」
 なんだ迷路じゃないのか。
「あなたにはこれから、この場所に行ってもらいたい」
 そういって彼は見取図の大きな丸を指差した。
「この場所って、いったい何があるんですか?」
「木の根です」
「キノネ?」
「根っこですよ。樹木の」
 なんじゃそら。木の根っこってどういうことだ?
「あなたには、この場所にある木の根を全て切り落としてもらいたい」
「木の根を、切り落とす?」
「そうです。ただ、注意しなければなりません」
「なんですか?」
「この木は死なないのです」
「はあ?」
「ですから、木の根を切っても意味がないのです」
 えっと、えっとえっと? ちょっと整理してみよう。
 この見取り図の場所に行くと、そこには木の根っこがある。その木は死なないから、根っこを切っても意味がない。でも、私はその根っこを切り落とさなきゃいけない。
 …………ダメだ、全然意味がわかんねえ。大体木の根があるってなんだ? 普通、根っこって土に埋まってるもんじゃないのか? それに死なない木の根を切り落とせって、これってとんちみたいな話なの?
「行ってみればわかりますよ」
 そう言って彼はいつの間にか用意したカンテラと、刃渡りの大きなナイフを渡してくれた。
「入り口はこのテーブルの下です」
「下?」
「ええ。それでは、ご武運を」
 大きなテーブルの下を覗いてみると、そこには確かに床に取り付けられた扉があった。
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No.5
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:02 -
  
 地下はトンネル、というよりも確かに通路という方が正しかった。ちゃんと石のブロックで舗装されているし、坂になっていたりもしない。なんの目的で作られたのかは知らないが、ちゃんと人が歩くことを考慮して作ってある。
 しかしカンテラにしろ見取り図にしろ、なんの準備もしないで入ったら確実に迷う場所でもある。しかも時期のせいなのかどうかは知らないが、やけに寒い。カンテラのほのかな熱が逆に体を冷ます余地を作って鬱陶しいと思えるくらいだ。とにかくここから早く出る為に、私は目的地に急いだ。
 そうして辿り着いた見取り図の地点で、私は鉄扉を見つける。
「ここかな……」
 変わり映えのしない地下通路でただ一つ存在する鉄扉の存在感はなかなか大きなもので、私はなんとなくノックをしてみた。当然返事はない。あの老人の話通りなら、この中にお目当ての木の根っこがあるわけだ。
 意を決してドアノブを捻る。鍵は掛かっていない。ゆっくりと扉を開くと、当然のように真っ暗だった。日が差した場所にでも出るのかなと思ったが、そんなことはなかったらしい。中をカンテラで照らしてみると、まず目に付いたのが蜘蛛の巣のように広がる茶色い何かだった。
「なんだこれ……」
 触ってみると、それは樹木のような感触だった。もしやと思い奥を照らした時、私は言いようのないインパクトを受けて息を漏らした。
 そこにはあの老人が言っていた通りのものがあった。露出した木の根っこだ。天井――正しくは地表――の、ある地点を中心にして放射状に根っこが広がっている。かなりの大木が上に立ってるようだ。下がこんな空洞じゃすぐに地盤沈下しそうなものなのだが……
「これ切っていいのかなあ」
 おかげさまで躊躇いが生まれる。どういう理屈でバランスを保ってるのか知らないけど、ここにある根っこ一本でも切っちまったら大変なんじゃないの? って気になる。でも、確かあの人は「死なない」って言っていたはずだ。それがどういう意味なのかさっぱりだけど……まあ、とりあえず切ってみればわかるかもしれない。
「それじゃ、失礼して」
 地面にカンテラを置き、もらったナイフを取り出して、手近な根っこを手に取った。少し緊張する。死なないってことはつまるところ、切ることができないってわけだ。それだけ硬いってことなのか? どちらにしろ、これでその訳がわかる。
 根っこに狙いを定め――私は力任せにえいっとナイフを振り下ろした。

 ぶちっ。

 わかりやすく、木の枝とかを引き千切ったような音が響いた。
「……なんだ」
 あまりに呆気ない結果を前にして、私は拍子抜けしてしまった。普通に切れるじゃないか。何が死なないなんだろう。他に変化がないかと思って周囲を見回しても特に何も無い。溜め息を吐きながら再び手元に視線を戻すと……
「え、えっ?」
 とんでもないものを見た。切れた根っこが生き物のように(いや、木が生き物だという事は重々承知だが)にゅるにゅると動いたのだ。
「わ、わわっ」
 慌てて手を離す。そいつはそのまま元に戻ろうと片方の切れ目まで伸びて、そして何事も無かったかのように一本の根っこに戻った。
 しばらくは口を開けっ放しにしていた。今、間違いなく私の切った根っこが元の姿に戻った。
 死なない。その言葉は本当だった。こいつは切ったりすると、この世の者とは思えないほど凄まじい再生速度でもって自らの傷を修復する。私と同じように。
「不死身……」
 こいつは私と同じプロフィールを持っているというのか。
 私は再びその根っこを手に取った。今度は躊躇いなくナイフでぶった切る。合間を置かずもう一本、休むことなくもう一本。とにかく切れるだけ切った。それでもそいつは死なない。すぐに再生する。
 私はもう半ばヤケに根っこを切り続けた。こんなのどうやって全部切り落とせっていうんだ。火か? こいつを火で燃やせば再生できないか? 地面に置いたカンテラが目に入って、ふとそんな可能性が頭の中を過ぎる。それが一番良い方法かもしれない。そう思って根っこから手を離し、カンテラを取ろうとその場から動こうとした。
 のだが。
「あれ」
 足が何かに引っかかってるのか動かない。なんだろうと下を見てみる。カンテラの灯りが少々頼りなくてよくわからなかったが、何かが絡まってるようだ。これは……根っこか? いつの間に……
「あ、あれ? あれっ」
 切り落とそうかと思ったが、今度はナイフを持った腕が動かない。その腕の方向を見て、私はようやく今の状況が恐ろしく危険だと言うことに気がついた。
「根っこ……?」
 私の腕を押さえていたそいつも木の根っこだった。腕に絡まってる――絡まってる?
 慌てて腕に力を入れて引っ張った。所詮細っこい根っこ、ちょっと本気を出したらすぐに千切れた。だが、そんなことをしてる間に今度はもう片腕が塞がれる。
「ちょ、ちょっと待ってよっ」
 なんで? なんでこんなことになってるんだ?
「わあっ!」
 両足共々根っこに絡まったかと思いきや、急に引っ張られて私は尻餅をついてしまう。
「くっそ!」
 うつ伏せになって地面にしがみ付いた。この木は相当ご立腹のようだ。切られに切られまくってとうとう怒ったらしい。どうするつもりかは知らないが、とにかく私にとって良いことがあるようではない。栄養源にでもしようって腹積もりか?
「お断りだっ!」
 私はエクストリームギアを起動した。急激に生まれた推力で私の足に絡まっていた木の根っこは容易く千切れ、私はこの空間の壁まですっ飛んで頭をぶつけた。
「〜〜っ」
 声にならない苦悶が漏れる。もし不死身じゃなかったらこれで気絶できただろうな……とか、そんなこと考えてる余裕も無い。自分の手中(?)から逃れた私を捕まえるべく、また根っこがこちらに向かって伸びてくる。私は慌ててカンテラを掠め取るように拾い、すぐにこの空間から逃げ出した。
「っ、はあっ」
 鉄扉を叩き付けるように閉めて、私はその場にへたり込んだ。
 やばかった。比喩ではなくやばかった。あのままじゃ間違いなく何かされるところだった。
 なんなんだ。なんであんな木が突っ立ってるんだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「お帰りなさいませ」
 テーブルの下からひょっこり現れた私に、本棚から何冊か本を取り出していた最中の老人が角度ピッタリの会釈をしてくれた。こうして見ると本当に執事みたいだけど、実際のところ本当に執事なのかな? そういえば名前だって聞いてないままだし。
「あの」
「不思議の国は如何でしたか?」
「は? ふしぎの?」
 こっちから切り出そうと思っていたが、急に変哲なことを言い出されて思わず呆気に取られた。
「聞けば不思議の国の入り口は、まるで奈落の底に落ちるようだったと聞きます」
「ああ……」
 不思議の国のアリスの話か。確かうさぎの後を追いかけて穴に落ちたんだったな。よく覚えてないけど。なんにしても、私の感想は次の一言に尽きるわけで。
「そのまま地獄まで行くんじゃないかって思いましたよ」
「ほう?」
 面白そうな彼の表情がちょっと癪に障って、私は悪態をつくように音を立てて椅子を引き、どかっと座って溜め息を吐いた。
「なんなんですかあれ。どうしてあんなのがいるんですか。危うく殺されるとこだったんですよ」
「それはそれは」
「なんでもっと詳しく説明しなかったんですか、やっぱり私を疑ってて、あわよくばそのまま殺してやろうって気だったんですか」
「いえいえ、そういうわけではありません。ただ口で説明してもわかってはもらえないでしょうから、実際に見てもらった方が早いであろうと判断したのです」
「それでそのまま私が死んだらどうするつもりだったんですか?」
「そうは思いませんでしたね」
「何故」
「あなたは大層強いお方だ」
「……はあ?」
 何を言い出すかと思えば、急に突拍子もないことを……
「先ほどあなたと話していて、その時に思ったのです。このお方はとても強い、と」
「どうして? 別に私、強くもなんとも」
「いいえ、あなたは強い」断言されてしまった。「あなた、先ほど私との会話の途中で逃げ出そうと思っていましたね?」
「……ええ、思いました」
「正直でよろしい。あの時、あなたは私が鍵を持っていると知って力ずくで奪おうと考えた」
 そんなことまで筒抜けですか。よっぽど表情に出ていたんだろう。とてもはずかしいです、まる。
「並大抵の女性ならばそんなことは考えません。あなたはよほど腕に自信がおありのようだ」
「え、全然ですけど」
「しかしあの時感じた威圧感は本物でした。まるで私を目線のみで射殺すように鋭く」
「いや、ちょ、適当なこと言わないでくださいよ」
「間違いなく修羅場をいくつも潜り抜けてきた目だ。私にはわかる」どうしてわかるんだよっていうかそんなわけないだろ! なまじ修羅場がどうのって点が本当なだけに悩ましいよ!
「ああもういいですから説明してください、あれなんなんですか」
「先ほども言った通り、死なない木です」
「それは知ってます、なんであんな危なっかしい木がのうのうと生えてるんだって聞いてんです」
「――ご静聴願えますかな」
 彼は持っていた数冊の本をテーブルに置き、椅子にゆっくりと腰掛けて、まるで眠るように天井を仰いだ。


 ――それは今から100年ほど前の話です。その頃、人間と仲良く暮らす、ある種族がいました。
 それらの名は、チャオ。平和と自然を愛する彼らは、種族間で手を取り合う人間を快く思い、歩み寄り、長い間共に町で暮らしていました。
 ですがある日、町に突然恐ろしいバケモノたちが現れ、町を壊し、人々の命を奪っていったのです。
 バケモノたちの目的は、チャオでした。チャオは自然のあらゆる要素を取り込む生き物と言われ、様々な環境に適応することが可能だと言われていました。それを自らに取り込むことにより、バケモノたちは更に強固な存在になろうとしていたのでしょう……ということがわかったのは、それから何年も先のことですが……
 だが、バケモノたちの目的がチャオであるというのは明確だった。
 バケモノたちを追い払ったあと、人間はチャオを責めたてた。おまえたちさえいなければ、私達にまで危害が及ぶことはなかっただろうと。チャオの方が大きな傷を負ったにも関わらず、人間はそんなことお構いなしに。
 その晩、僅かに生き残ったチャオたちは町から姿を消してしまいました。チャオを責めることを良く思わなかった何人かの人々はその姿を探しましたが、どこにも姿がなかったといいます。
 それから何年も経った後、人々は決めました。チャオは絶滅した。これらの事は後世には語り継がず、闇に葬り去ろう、と。


「……それ、本当の話なんですか?」
 恐る恐る聞いてみると、彼はゆっくりと頷いた。
「この話は今では王家の者しか知らぬ話です。当時その禁を破り、事を記した者の本がこの書庫に残されているのです」
 そう言って彼は一冊の本を私に差し出した。厚さは児童文学並みで、中身を流し読みしてみる限りでは日記のようなものだ。数日間に渡るバケモノたちとの戦いを事細かく記してある。
「……つまり、この町の人達の大半は、これと同じようなことが過去にあったことを知らない?」
「ええ。チャオという種族の存在ですら、知る人間は数えるほどもいないかと」
 そいつは……なんとも驚きだ。歴史という長い目で見れば百年というのは案外短いのだが、そんな過去の出来事をこの町の98%くらいが知らないという。知っているのは王家の人間と、百歳くらいのお爺さんやお婆さん。家族によっては子供が知っているという例もあるだろう。
「どうしてこの事を後世に残してはいけないと?」
「正直に言うとわかりかねます。一種族の絶滅に一役買ったという汚点をひた隠しにしたかったのではないか、というのが最も有り得る見解かと」
「それっていくらなんでも……戦争の歴史は記録にしたりするのに」
「ですからわかりかねる、と」
 溜め息を吐くしかない。これほど釈然としない話もそうそうないだろう。
「……まあいいや」
 今さら昔の人が何を考えてたなんて、そんなの探ってる暇はない。とりあえず、この老人が私に何を言いたいのかがよくわかった。
「要するに今回のバケモノ騒ぎ、私達のせいだって言いたいんですよね」
 包み隠さず言ってやると、老人は困ったような笑みを見せた。
 要はそういうことだったのだ。バケモノが現れたということは、絶滅したはずのチャオが現れたということ。それはつまり、私だけではなく所長達もこの世界にやってきているという可能性が高い。つまりバケモノは所長達に釣られて現れた、ということだ。
「我々は、別にあなたがたを悪者だと言うつもりはありません」最初はそれっぽい扱いだったんだけど。「あなたのお友達がこの国にやってきてしまったのは単なる事故のようなものです」
「はあ」
「ですが、こうしてのんびりしている場合ではございません。我々は一国も早くこのバケモノ騒ぎを沈静化させなくてはならない。その為には、バケモノの大本であるあの木をどうにかしなければ」
「あの、それなんですけど」話の腰を折って言葉を紡ぐ。「結局あの木ってバケモノの元みたいなものなのはわかりましたが……なんなんですかあれ? どうして死なないんですか?」
「残念ながらわかりません。ですがそれを知ることができなければ、この国、延いてはこの世界の破滅を意味する。お嬢様も、あなたのお友達も助けることは叶わないでしょう」
「世界の破滅……」
 なんか、凄く大きな話に首を突っ込んでるみたいだ。全然実感が湧かないけど。
「とりあえず、私はここであの木とバケモノについて更なる調査を行いましょう。あなたは地下通路を使って町を巡り、解決の糸口を探していただきたい。ああ、なるべく衛兵には見つからないほうがよろしい。お嬢様と間違われてここに連れ戻されてしまうことでしょう」
「いや、さすがにそれ無理が、大体どこをどうやって」
「期待しておりますよ」
 冗談じゃない――と、声高々に叫びたかったが、何はともあれ一刻も早く所長達を見つけたいのは確かだったので、私は渋々テーブルの下に戻っていった。
「あ、そうだ。いい加減名前教えてくださいよ」
 危うく訊きそびれそうになっていた。テーブルの下から直接呼びかけると、一拍置いてから声が帰ってきた。
「執事のセバスチャンでございます。ではユリ様、お気をつけて……」
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No.6
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:05 -
  
「そうは言うけどさあ」
 これから具体的にどうしたものか全くアテがない私は、地下通路の中でうだうだと独り言を呟いている最中だった。
「情報が少なすぎるっていうかさあ」
 いわゆる愚痴だ。というのも、ここで目覚めてからの私の境遇と来たら、波乱万丈過ぎてお腹いっぱいなのだ。嬉しくて愚痴だって出てこようってもので。セバスチャンさんも面倒なことを頼んでくれたものだ。
「まずは所長達でも探してみるべきかなあ」
 なんとなく見取り図を眺めながら、どこから地上に出たものかと思案する。気がつくと私はあの鉄扉の近くまでふらふらと歩いてきていた。どうやらここのすぐ近くにも出入り口があるようだ。悩んでも始まらないと、私は重い腰を上げて地上へと向かった。


「あれ」
 出てきて真っ先に思ったことは、ここは町の外かという疑問だった。なんせまず目に映ったのが森だからだ。確かにあの木の根っこの近くから出てきたとは言え、私の予想では大きな大木が一本だけ立っているものかと思っていた。見る限りここは立派な森だ。草木が踏み鳴らされていて人が出入りしているような森ではあるようだが。
 マンホールのような出入り口から体を出し周囲を見渡してみると、どうやらここは町の中だということがわかった。木々の向こう側に建物の姿が見える。どうやら町の中の森らしい。通常であればここの木々は切り倒され、何か建物を作るかするのだろうが、そうもいかないからこの森があるということなのだろう。どこまでも厄介なことで。
 とにかくじっとしても始まらない。森を出る為の道を見定め、私は歩き出す。町の中に自然があると言えば聞こえはいいかもしれないが、歩いてみるとこれがまた退屈だ。色取り取りの花でもあれば話は別だったろうが、いかんせん木と土と石と草しかありゃしない。夕陽に照らされてさらに侘しい。空気のおいしさでも堪能するしかないのだろうが、あまり違いもわからないし。さてどうしたものだろうと困り果てる私の視界に、緑と茶色以外の何かが移った。それは木と隣り合わせの白と青。
「所長?」
 なんたる僥倖。第一村人発見。
「所長!」
 駆け寄って声をかけてみるが、返事がない。木に背を預けて眠っているようだ。異世界に来てるっていうのになんて悠長なんだ……と思ったが、よくよく考えてみれば所長は異世界出身だ。チャオが絶滅してるこの世界出身でないことは確かだが、こういう状況には慣れてるんだろうか。だが、ここは起きてもらわなきゃ困る。私が。
「すみません、起きて――」

 所長を起こそうと伸ばした手が、宙を掠めた。

「え、わっ」
 驚きのあまり体勢を崩しかける。その拍子に何か硬いものを踏みつけた感触が。
「ああっ、眼鏡がっ」
 なんとも運の悪いことに、それは所長の眼鏡だった。それはもうレンズが粉々になり、フレームも見事に歪んでしまっている。なんてことだ、これじゃ給料が下がるか地位が下がる。……普通の会社なら。
 いや、そんなことより所長だ。今、確かに手をすり抜け――
「げっ」
 もう一度確認しようと思って顔を上げたら、すげえ奇妙なのを見つけてしまった。土の塊に取り付けたような二つの花だ。しかも目玉のようにギョロギョロと動いていて、私の顔を凝視している。二頭身強くらいの大きさの土人形で、腕と足が異様にデカい。これが噂のバケモノか。
 逃げようと思って振り向くと、同じ奴が既に数匹立ちはだかっていた。さらに別の方向から二匹、三匹とどんどん集まってくる。
「所長、逃げないと! 所長!」
 とにかく声をかけるが、起きる気配がない。こうなりゃ抱えて逃げるかと思って手を伸ばしても触れない。なんだこれ。なんなんだこれ。
 半ば混乱状態に陥るが、何はともあれぼーっと立ってたらどれだけ集まってくるかわかんないので、早々にギアを稼動させて逃げ出した。御一行さん達は驚いた様子も無く、猿みたいな動きで追ってくる。所長の身の安全が気になるが、そうも言ってられない。多分私が触れなかったからあいつらも触れないさ多分。
 と、ものの一分もしない内に森を飛び出す、味のある石造りの町並みは既に荒らされてしまった後のようで、廃墟みたいな印象を受ける。人の姿こそないが、振り返れば建物という建物を軽快に飛び移るバケモノたちが大挙して押し寄せてくる。その数、百匹は軽く越えている。学校の一学年全員の引率でもしているみたいだ。
「って、私は先生でもなんでもないんだよ!」
 そうして道を二つ三つ曲がると町の出入り口が見えてきた。思い切って外に逃げ出すか。だが緊急事態なのか門が閉まっており、そう易々と出られそうにも――
「あれだっ」
 城壁へ登る為の階段を見つけた。あそこを通って城壁から飛び降りれば町の外へ行ける。
「お、おい、なんだあれは!」
「姫様……姫様なのか?」
「いや、それよりも後ろだ! なんだあの大群は!」
「退いてッ!」
 バケモノの百鬼夜行に驚く衛兵達を避けて階段を駆け上がり、城壁を飛び出した。滞りなく着地し、勢いを殺さぬよう速度を維持する。我ながらギアの扱いがうまくなったものだ。後ろを振り返ると、バケモノの何割かはまだ私を追っていたが、大半が城壁の兵士達と交戦を始めていた。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら逃げ場を探すと、私は大規模な森林に目が留まった。
 ……何かがある気がする。
 元探偵の勘だろうか、私はそれに倣うように森へとすっ飛んでいった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 ようやく追っ手がいなくなったのを確認した私は、木を背凭れにしてひたすら荒い息を吐いていた。
 ギアの扱いがうまくなったなという自信が、この森の木々という障害物を前にして砕けてしまった。うっかりスピードを出すと木に体当たりしてしまう。だから森に入ってからは自分の足で逃げ回っていたのだ。あいつらを撒けたのは奇跡みたいなものだ。
 荒い息をようやく整え、重い腰を上げる。ここへやってきたは良いが、ここに何があるというのだろうか。
「いや、自分でやってきたんだし……」
 額を手で押さえ首を振る。我ながらいい加減な勘をしているものだ。確かにあの不死身の木が生えてる場所も森だったが、それがここと何か関係があるという根拠もないだろうに。
「……森、ね」
 私以外は誰もいないのだろう、とても静かだ。またバケモノが湧いて出たりするわけではない。これでここでもバケモノが現れれば手がかりを探す手間が省けただろうに。そう思って溜め息を吐きかけた時。
 ――声が聞こえた。
 街角で人と出くわしてしまった野良猫か、はたまた水槽のガラスを叩かれた魚のように私はピクリと反応した。
「ばか……?」
 間違いない。誰かがそう叫んだような気がした。誰かいるみたいだ。こんな森にいったい誰が? それにばかってなんだ?
 気になった私は、声のした方――私がやってきた方角へと引き返した。改めて振り返ってみると、かなり奥の方まで走ってきたらしい。ここからは森の外なんか全く見えない。出たい時は斜面を降りていけばいいから問題はないが、何しろここまで全力疾走だったから非常に疲れている。正直もう歩きたくない。そうやってのろのろと歩いていく内に、頬に冷たいものが当たる。
「最低……」
 こんな時に雨だ。この調子で歩いていたら足場も悪くなって到底歩けたもんじゃない。渋る体に鞭打ってペースを上げる。ギアの出力を抑えて使えば歩かずに済むかなと考えたが、残念ながらそちらの方が遥かに難しいことに気づいてすぐに諦めた。バランスも取りづらくなるし、何より足が棒のようになっていて姿勢制御なんかできそうにない。
「あー、最低」
 もう一度同じ言葉を繰り返した。目が覚めたら知らない人にお姫様扱い、人違いだという言葉は届かず身に覚えのないことで怒られ、かと思ったら今度は記憶喪失だと騒がれ、ようやく別人だとわかってくれたと思ったら不死身のバケモノ退治に付き合えと言われ、当のバケモノには命を狙われ……学校生活で例えれば登校初日に委員長に任命された挙句、全ての学校行事に裏方としての参加を強制されてるようなものかね。
「委員長でもないっつの……」
 面白くもない。自分のあまりの境遇の悪さも、例えも。溜め息が止まらない。いや、これは疲れて息が荒いだけか。
 なんにせよ私の運はちょいと悪いどころではない。死を経験したことがあるなんて履歴を持っている奴は、少なくともフィクションを含めてもあんまり多くないはずだ。これ以上悪いことが起きるなんて滅多にないだろう。
 そんなことをつらつら考えながら歩くこと10分ほど。そろそろ濡れた服が肌に張り付いた感触にも慣れきってしまった頃、私はあるものを見つけた。
「……何これ?」
 枯れ葉だらけの場所にやってきた。まるでここだけ秋が訪れたように。その中に埋もれるように靴が落ちていた。気になって拾ってみようと近寄った時、もっとおかしなことに気付いた。茶色い枯れ葉に埋もれて黒いものが見える。それはまるで髪の毛のようで、改めて靴を見てみると、これは落ちているのではなく誰かが履いたまま倒れている状態であることに気付く。
 慌てて私は枯れ葉を払い除けた。誰かがこんな場所で倒れている。誰だ、いったい?
 枯れ葉の下には、私の見慣れた服装が見えた。私の世界でありふれたファッションだ。この世界の人間ではない。こいつは……
「カズマっ?」
 どういうことだ。なんでこんなところでカズマが倒れている。急いで起こそうと手を伸ばしたその時。

 私の手は、宙を掠めた。

「え?」
 おかしい。
 今、私はカズマを起こそうと手を伸ばしたはずだ。
 もう一度、カズマに触れてみようとした。だが、カズマの体は古ぼけた電気のように明滅しており、そこに実体がないかのようだ。いくら触れてみようとしても宙をかき混ぜることしかできない。
「所長と同じ……?」
 なんでまた、カズマまで?
 正直言って何がなんだかわからないが、とにかく調べてみないことには始まらない。
 うつぶせに倒れているカズマの顔は、やっぱり私の見知ったカズマの顔だ。多分カズマで間違いない。はず。服装は昨日、というより最後に元の世界で見たカズマの服装そのものだった。ただ相違点として、腰になにやら鞘のようなものがあることに気付く。近くには剣が落ちているし、どうやらカズマが使っていたものらしい。さらに調べてみると、右腕に大きな傷跡があることに気付いた。いつ負った傷なのかはいまいちよくわからない。というのも、出血自体はしていないのだが、カズマが倒れている場所には真新しい大きな血痕がある。
「……まさか、死んでるとか」
 ふと嫌な可能性が頭の中をよぎった。少なくともこれだけの傷や血痕からすれば、普通は死んでいてもおかしくない。だが、肝心のその部分が曖昧だ。脈を確認しようにも、触れないんじゃ始まらない。呼吸していないようには見えるのだが、それでもこの状態ではいまいち生死を断定することができない。そもそもこれがカズマである保証がないわけだが……それを言い出すとキリがないので、あまり考えない方向で。
 現状言えるのは、私と同じようにこの世界に来ていたカズマは、ここで誰かと戦闘行為を行った結果負傷してしまい、ここで倒れた。と、簡潔にまとめるとそんな感じか。
 ……誰と?
 右腕の傷をよく見てみる。最初は斬り合いで負った傷かと思ったが、これは切り裂かれたというより引き裂かれたように見える。獣か何かを相手にしていたと見るのが妥当だろうか。獣といえば、今はバケモノがタイムリーだけど。
「…………うっそだあ」
 二つ、アテがある。一つはあの森と同じようにこの森がバケモノの発生源であり、カズマはそれに出くわしたから。もう一つは、私がヒーコラ言いながら撒いた追っ手のバケモノに出くわしたから。前者であれば心も軽やかなのだが、大方後者だと思う。ギアを稼動させてなお撒くのに手間取ったあいつらから走って逃げ切れた理由にもなる。ストレートに言えば、私のせい。
「あーあー、私が悪者なんだー」
 セバスチャンさんの困ったような笑みが見えた気がして、汚れるのも構わず枯れ葉だらけの地面に寝転がった。いい加減心も体も疲れきってうんざりしている。このまま眠っていたいくらいだ。もちろんそんなことをしていても状況はこれっぽっちも好転しない。それどころか不死身の木にバケモノと脅威が存在する今、ますます悪化する。
「所長も置いてきちゃったし」
 バケモノの狙いはチャオであるからして、間違いなくあの場にいた所長は目をつけられている。最悪、あのまま目を覚まさずに灰色の繭の中で眠りにつく可能性だってあるのだ。そうでない可能性もあるにはあるのだが……
「結局これってなんなのさ」
 一番の問題はそこだ。所長、カズマ、この二人に起きているこの異変。まるでホログラムか何かのように触れることができない。もちろんホログラムってわけではないだろう。何せここは見るからにファンタジアな世界だ。そんなオーバーテクノロジーが存在するわけがない。とすれば、これは魔法的な何かになるのだろうか。
「あの木のしわざ、とか」
 現状思いつく可能性はそれくらいなものだ。仮にそうだとして、この状態がいったいどういう意味を示すのか全然わかるわけないのだが。いくら考えても答えは浮かばず、私は地に落ちた枯れ葉をひたすらちぎるのに時間を費やす。完全な手詰まり。手にすることができるのは、この枯れ葉のようにいくらでも降ってくる疑問だけ。

 ふと、枯れ葉をちぎる手がぴたりと止まった。
「……枯れ葉?」
 周囲を見渡した。そこいらに枯れ木が何本か見つかる。森の中のまばらな枯れ木は気づけばなかなか目立つのだが、カズマばかりに注目していて全然気付かなかった。
 なぜだろう。何かが引っかかる。
 今、触れることのできないカズマは、枯れ葉に埋もれながら地に伏せている。なぜか? それは私が撒いたバケモノに襲われたから。
 この一文におかしな部分がある。平たく言えば――そう、矛盾だ。何か食い違ってる。

「これは……おかしい」
 その矛盾の正体に気付いたとき、私は確信に満ちた目でここから遠い場所を見据えた。
引用なし
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No.7
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:08 -
  
「おっと、アリスのお帰りですね」
「ユリです」アリスじゃねーよ。
「おやおや、濡れているではありませんか。おまけに酷く疲れているようで」
「そりゃもう」
 行きは城門を強行突破したっていうのに、帰りは城壁の外と地下通路が繋がっているということを知って失意のままにとぼとぼ帰ってきたせいだろう。どうして私ってヤツはいつもこう、帰る時になってから近道とか昇降機の存在に気付くんだろう。
「ほほ、これほどに年季の入った顔をした少女を見るのは初めてです」
「女っ気や“若さ”に乏しいって意味ですか」
「ユリ様は“使えない”という意味です」
 用意の良いことに、セバスチャンさんがタオルで私の髪を拭いてくれる。とても良い笑顔で。
「……ところで着替えの“服”とかありませんか?」
「残念ながら“閉店”です。汚れは目立ちますが、幸い酷く濡れているようではなさそうですよ?」
 自然乾燥しろってか。ひでえ執事もいたもんだ。水でべたつくのを我慢して、私は手近な椅子に腰を降ろした。
「それで、何かわかりましたか?」
「バケモノについては残念ながら何も。ですが“海”が帰ってきました」
 ……だんだんこのじじいと話すのが嫌になってきた。
「“彼女”って?」
「ユリ様の“安全”な顔をした人です」
「あの、いい加減アリスごっこは“ヤメ”にしてもらえませんか。会話が円滑に進みません」
「“在庫”がなんですって?」聞いちゃいねえし。
「私と“同じ”顔って、つまりクリスティーヌ姫ってことですよね」
「ええ。人伝に聞いた話ですが。私は直接会ってはいません」
「ふうん……って、そういえば私、平然と不在になってたんですけど大丈夫でした?」
「幸いバレずには済みました。王も今の今まで休んでおられましたし、民の騒ぎは治めきれませんでしたが――お嬢様の側近のメイド、覚えていますか? 彼女がうまく立ち回ってくれたおかげで、懸念していた問題は起きませんでしたよ」
「へえ?」
 あのメイドさんがね。それは何よりだ。ようやく私がお姫様ではないと証明されるわけだ。ようやく肩の荷が下りてほっと一息。
「ですが、また問題ができまして」
「ん?」
「そのお嬢様がまたお城を出て行ってしまわれました」
 古典的に椅子から転げ落ちた。
「ほっほ、なかなか楽しい御方だ」
「楽しくねえよ! ちゃんと引き“止めろ”よ!」「“在庫”がなんですって?」「それはもういいっつってんだろ!」
「もちろん私も会いにいこうとしなかったわけではないのですが、その頃には既に騎士団の団長様とその他を引き連れていなくなってしまいました」
 最悪だ。せっかくのチャンスが音も無く消えてしまった。どんだけ運が悪いんだ私。もうちょっと早く帰ってきていれば私自身がお姫様を引き止めに行けただろうに。
「まあまあ、お嬢様の無事が確認できただけで良しとしましょう。団長様が一緒ならば問題もありません。私達は私達の目的を果たしましょう」
 何も情報掴んでないくせに。
 まあいくら嘆いても仕方ない。私は椅子に座りなおし、どこから話を始めたものかゆっくりと考えてから口を開いた。セバスチャンさんは引き続き私の髪を拭きながら私の話に耳を傾ける。
「この町の外に森があるの、知ってますよね」
「ええ、もちろん。国を挟む北の森と南の海。この国に住む者は皆知っていますよ」
「その森に枯れ木が何本もあるのは?」
「森ですから、枯れ木があるのは当然ですね」
「その枯れ木が、不自然に多いと感じたことはありませんか?」
 妙な問いかけに彼は一瞬だけ手を止める。
「枯れ木が目立つと感じたことは、無くも無いですね。それがどうかしたのでしょうか」
「あの森の木がなぜ不死身なのか、思い当たる節を見つけたんです」
「――外の枯れ木と、何か関係が?」
 私はゆっくりと頷く。
「何かよっぽどおかしな事が無い限り、どんなものだって斬られたり燃やされたりすれば死にます。あの木は本来ならとっくに死んでるんです」
「当然でしょうな」
「既に失くした命をどうやって取り戻しているか。方法は至って単純なものでした。あの木は他の命を奪って生きてるんです」
「外の森の木から……ということですか?」
 さすがに察しが良い。私が頷くと、彼は私の頭を拭く手を止める。
「ですがどうやって?」
「恐らく、あの木と外の木は地中の奥深くで繋がってるんだと思います。あの木がバケモノを生み出すたび、斬られたり燃やされたりするたび、根っこを通じて他の命を奪う。そして外の木は急速に命を奪われ、瞬時に枯れてしまう」
「案外簡単な手品の種ですな。しかし、どうしてそれに気付いたのですか?」
「見つけたんです。命を奪われたばかりの木を」
 そう、それがあの時見つけた矛盾の答えだった。
“今、触れることのできないカズマは、枯れ葉に埋もれながら地に伏せている。なぜか? それは私が撒いたバケモノに襲われたから。”
 この一文に隠された矛盾。それは“枯れ葉に埋もれながら”と“私が撒いたバケモノに襲われた”。
 一から考えてみよう。まず、私は森の中に入ってバケモノたちを撒いた。だがその一方で、そのバケモノたちにカズマが襲われてしまう。恐らくあの時聞いた「ばか」なる一言が聞こえた前後にだ。それがカズマの倒れたおおよその時刻。それから私は聞こえた声を頼りに移動し、枯れ葉に埋もれてうつぶせに倒れていたカズマを見つけた。声を聞いてからカズマを見つけるのに、長く見積もっても10分。
 ここでちょっとおかしなことになってくる。
“なぜカズマは、たったの10分足らずで枯れ葉に埋もれてしまったのだろうか?”
 普通、秋に大樹の近くで寝転がったとしても人一人が10分以内に枯れ葉に埋もれてしまうというのは、人為的でなければ考え難いことだ。では、どうしてカズマは枯れ葉に埋もれていたのか? 普通に考えれば、実はカズマはもっと前に別の誰かにやられ、それからずっとあの場で倒れていた、とかいう答えになるだろう。だが、私はそれとは違う可能性に気付いた。それこそが、不死身の木によって命を奪われた木が急速に枯れ、カズマを枯れ葉に埋もれされたという事実だ。
「素晴らしい」
 私の髪を拭く手を止め、セバスチャンさんが私の前に回りこんで両手を握ってきた。
「え、あの」
「やはりあなたは私の見込んだとおりの御方だった。百年間謎に包まれていたあの不死身の木の秘密を、たったの半日で解き明かしてしまうとは」
「そんなオオゲサな、まだ確証にも乏しいし」
「いいえ、決して大袈裟ではありません。ユリ様の名前は私が責任を持って歴史に刻んでおきますので」
「いや、ちょ、それは勘弁してください恥ずかしいです」
「何を仰いますか! この国、延いてはこの世界を救った英雄の名を刻まぬなど、我が国一生の恥です!」
 ああ、そういえばそんなすっげえ大きな話だったな。やってることが地味そのもので未だに実感が湧かなかった。
「別に、まだ世界を救ったわけじゃありませんよ。むしろ問題はここからです。極論、外の森を全て焼き払ってしまえば、不死身の木を死なせることも可能ですけど」
「むう……それは難しい話です」
 セバスチャンさんはぱっと私の手を離し、顎に手をあてて緩やかに歩く。
「この国は北の森、南の海から採れる資源や食料で発展した国です。その内の一つを手放すのはとても難しい判断です。資源もそうですが、この国の評判にも関わります」
「やっぱり国王さんも納得はしてくれませんよね……」
「いえ、国王ならば国民の為に泥を被る覚悟はおありでしょう」やれるんかい。「しかし、その決断に全ての者が応と答えるはずがないでしょう。最悪の場合、国王に反旗を翻すものも現れる可能性がある。そうなればこの国の秩序は失われてしまう」
「……結構考えてるんですね」
 どうやらこの執事さん、この国の政治の一端を担う立場にあるようだ。かなり先のことまで考えている。
「伊達に歳を取ってはいませんので。……それは置いといて、如何なさいましょう?」
「え、私に聞くんですか」
「何か良いアイディアはありませんか?」
 そりゃ無茶振りってやつだ。とはいえ、一応考えるだけ考えてみる。
 私達の目指したい目標は、この国一帯の地理的、政治的ダメージを抑えつつ、バケモノを完全に排除すること。バケモノを排除する方法は、不死身の木の根っこを断ち、生命力の供給を途絶えさせること。ただ、不死身の木の側から根っこを断ってもすぐに再生してしまう。かといって北の森側から根っこを断とうにも、間違いなく不死身の木は北の森の大部分から命を奪っている。それら一つ一つを探るのでは時間が掛かりすぎる。早期解決の為には森を燃やすくらいしかない。だが、どちらにしても森林破壊をすることに変わりはない。
 やっぱり無理じゃないのか、これ。
「ほっほっほ」
 何が面白いのか、セバスチャンさんは私の顔を見ながら暢気に笑っている。
 なんにしても、根っこを断つとか断たないとかそういう路線では良い解決策は出そうに無い。もっと別の視点からバケモノを排除する方法はないだろうか。
 例えば……不死身の木が自ら北の森との繋がりを無くす、とか。
「もっと有り得ない」
「何がですか?」
「いや、その、不死身の木が自分から命を奪うのやめないかなあって」
「ふむ?」
 何気無く話しただけだが、ずいぶんと興味を惹いたようだ。天井を仰くこと数秒、ぽんと手を叩いて彼は口を開いた。
「つまり、北の森から命を奪う必要を無くしたいということですか」
「……命を奪う必要を?」

 その言葉を聞いた途端に――一つだけ、方法を思いついた。

「あの、セバスチャンさん」
「なんでしょう?」
 ゆっくりと言葉を考えた。頭の中で浮かんだ一つの方法が勢いを増していて、ちょっと空回っている。
「その……そもそもあの木は不死身になったりバケモノを生んだりして、何がしたいのかわかります?」
「ずいぶん急な質問ですね」
 彼は今度は床を睨み、じっくりと言葉を探し始めた。今度は何十秒もかかった。
「我々のようになりたいのかもしれませんね」
「私達のように?」
 机の上に置かれた本の表紙を指先でなぞりながら、彼は思い出すように話す。
「あの不死身の木がなぜ生まれたのか? それについて記された本を私は知りません。ですが、チャオはこの世に存在するあらゆる生き物の特性を我が物にすると聞いたことがあります」
「キャプチャ、ですか」
「ほう、キャプチャと言うのですか。さすがに詳しいですね」
「まあ……」
「そのチャオを取り込み、自らも強固な存在となる……それが本に記されていた仮説です。おそらくそれに間違いはないでしょう。知識こそあれど、この世に存在する獣のような特性を持たない人間を狙わなかった理由にもなる。それらを前提に考えれば、あの木の必要なものは二つ」
 彼は指を二本立てる。
「一つはチャオの溜め込んだこの世の獣達の特性。もう一つは」
 指を一本折り、一拍置いて答えた。私が。
「生命力、ですか」
「その通り。前者は過去に取り込んだチャオ達のおかげで十分に条件を満たしたでしょう。ですが、後者の生命力が問題となった。だからあの木は100年も根を這っていた。そして再びチャオが現れた今、同じことを繰り返した。おそらくあの木は、未だに自らの計画が既に失敗していることに気付いていない」
「計画?」
「そう。自らが我々と同じ、もしくは上位の存在になるという計画です。と言っても、おそらくは本能的に進化を求めているだけで、計画するほど高い知能はないのでしょうが」
 なるほど、食物連鎖のヒエラルキーの上に立ちたいってことか。まるで私の世界で起こっている裏組織の抗争みたいだ。
「それじゃあ、もし生命力の面の問題を解決したら?」
「おそらく、地に根を張ることをやめて大地に立つでしょう。結果的に北の森は助かるでしょうが……こちらの被る被害は増すでしょうな」
「……わかりました」
 セバスチャンさんの話は、私の背中を押してくれる良いバネになってくれた。私は椅子から降りて、再びテーブルの下に潜る。
「どこへ行かれるのですか?」
「不思議の国ですけど」
 あえて誤魔化した。私がこれから何をするかなんて聞いたら間違いなく引き止められるだろう。床の扉を開け、さっさと目的の場所へ向かおうとする私に、彼はよく響く声をかけた。
「何か方法があるのですか?」
「……ええ。多分、大丈夫です」
「本当に?」
 その言葉一つだけで、私の心は簡単にぐらついた。正直言って私の考えている計画は穴だらけだ。下手をすれば、まだ北の森を燃やした方がマシな結果になる。これは賭けだ。結果だけ高望みして賭け金を釣り上げまくった。今なら降りることができる。でも私は今、ここで降りるべきか否かわからない。
「……何か良い話とかありませんか?」
 私はうさぎの穴の縁に腰掛け、足をぶらつかせた。
 やはりアリスのようにはいかないものだ。この先に何があるのか知っているせいなのかもしれないが、誰かに背中を押されなければ縦穴に落ちることもできない。興味や好奇心だけで暗い穴に飛び込めるほど、私は子供ではない。希望という明かりがないと、不思議の国を冒険することができないんだ。
「良い話、ですか。……ふむ、黙っていようと思っていたのですが」
「なんですか?」
「先ほどお嬢様が帰ってきた、と話しましたね。実はお連れ様も一緒でして」
「連れ?」
「ええ。チャオと子供達です」
「っ! 痛う……」
 思わず飛び上がってしまい、テーブルに頭をぶつけてしまった。
「おやおや、大丈夫ですか?」
「本当なんですか!」
「教えたら後を追ってしまうかもしれないと思い、言わないつもりでした」
「あの、みんなどこへ行ったんですか、聞いてませんかっ」
「詳しいことは存じ上げておりません。ですが、お友達探しをしているとは聞いております。……きっとあなたのことですよ」
 私を……探してる。パウやリムさんが、ヒカルやハルミちゃんが、私を。所長とカズマも一緒にいるのかな。もしそうなら、きっと大丈夫だ。みんながいるなら、うまくいく。
「ありがとうございます」
「行くのですか?」
「はい。きっと成功します」
「わかりました。ユリ様が目を覚ますのをお待ちしております」
「……アリスが目を覚ますのって、お姉さんのいる場所じゃなかったですか?」
「おや、そうでしたな。これは失敬、すぐに配役をし直さなければ」
 気負わぬ彼の言葉に背中を押されて、私はいよいよ穴の中へ落ちた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 心臓が悲鳴をあげているようだ。血流や心拍数が早くなり、今にも倒れそうなくらいクラクラしている気がする。
 私は死なない。痛みも知らない。それは知っている。それでも、処刑台に行くのは怖い。そこに幽霊がいると知っていても、覗き見るのは怖いものだ。別にホラーが苦手ってわけではないけど。
 わざとらしくつばを飲み込んだ。少し緊張が解れるかなと思ったけど、それでも目の前の鉄扉を開ける手に力が入らない。
 ――大丈夫。みんながいる。
 再三自分に言い聞かせ、私はようやく鉄扉を開いた。
 蜘蛛の巣のように広がった根っこがある。どうやら私のことを覚えていたようで、私が中に踏み入るとすぐに根っこがこちらに伸び、私の腕をからめとった。
 抵抗はしない。
 やがて体中が根っこで包まれると、とうとう根っこは私を持ち上げて自らに取り込もうとする。さっきまであれだけ躊躇していた私も、事ここに至ってようやく余裕がでてきた。根っこがちくちくして煩わしいなと思う余裕さえある。
 100年という長い月日を経て、いよいよこの木は不死身になる。それにより北の森との繋がりは断たれ、この木は念願の獣として大地に上がるだろう。だが、その時がお前の門出だ。
 彼らがいる。それだけで、私は希望が持てる。
「大丈夫」
 そう誰かに言い聞かせた。
 体のどこかに傷がついたのか違和感を感じる。生命力を吸われているのだろう。すごく眠い。抗うこともせず、私は睡魔に身を任せた。
 大丈夫。
 次に目を覚ます時は、お姉さんの優しい笑顔が待ってる。
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No.8
 冬木野  - 11/12/24(土) 0:11 -
  
 海の中にいる。所長室の窓から差し込む光を見て、私はふとそう思った。
 青いグラデーションがオーロラのように波打っている。それを見て、私はいつかに水族館に連れて行ってもらった事を思い出していた。
 私はこう問いかけた記憶がある。
「どうしてゼツメツキグシュを展示してるの?」
 私はこう答えてもらった記憶がある。
「いなくならないうちに保護して、絶滅しないようにしてるのよ」
 そういうことを聞いているのではない、と幼心にもそう思った。結局は自慢するためなんだなと自己完結して、それでお終いだった。
 まあどれだけ背伸びして皮肉っても、オーロラのような青いグラデーションと展示飛行のような魚達の遊泳に見惚れていたのは確かだったのだが。その美しさを自分の手で守りたい気持ちは、わからないでもなかった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 しばらく気を失っていたみたいだ。意識がはっきりしない。闇の中を泳ぐような感覚。
 そんな私を起こしたのは、ほっぺたをつねる誰かの手だった。その手は私の頬を離れ、髪を撫でるだの顎をくいっと上げるだのして好き放題してくる。
「……何してるんですか」
「ひゃああっ!?」
 私が止めた頃には、その手は私に被せられていた布団を退かして胸に伸びようとしているところだった。少女は椅子をガタンと倒すほど勢いよく立ち上がり、頭をもガタンと落っことすような勢いで何度も頭を下げた。
「ごめんなさいごめんなさい別にやましいことはないのごめんなさいただちょっと興味が湧いちゃってごめんなさい」
「あー、いいですから。いいですから落ち着いてください」
 興味ってなんだよ危ない女の子だなあ。とかなんとか思いながら目を擦り、その少女の姿をよく見て、ああ、興味ってそういうことかと深く納得した。
 私と全く同じ顔をした少女。背丈も髪の長さも同じに見える。ひょっとしたら体重まで同じかもしれない。そんなどこまでも私に似た少女クリスティーヌが、私もしたことがないくらいすっげえ慌てふためいていた。これが私のお姉さん役か?
「ここ、あなたの部屋ですよね?」
 部屋の内装に見覚えがあった。あのミレイとかいう団長さんに連行され、側近のメイドさんだという人に監視されていた時の部屋だ。
「えっ? え、ええ。ええそうよ。私の部屋。うん」
 なんと落ち着きのない。これが国王の娘か。あまり触れてやらないことにして現状把握に努める。
「その後、不死身の木はどうなりました?」
「あ、それなら大丈夫。もう死んじゃったから。って、セバスチャンから聞いたわ。あなたとんでもないことをするのね。ゼロ、だったかしら? 彼があなたに気付かなかったら大変なことになってたんだから。カズマも根の事に気付いたからよかったものを」
 なんだ、私は結局その二人に助けられたのか。あんなよくわからない状態になっていたというのに。必要以上に悲観してしまったじゃないか。
「ほんと、つい昨日の事とは思えない。バケモノも綺麗さっぱりいなくなっちゃったし」
 立て直した椅子に座り、窓の外から差し込む陽の光を見て彼女はほうと息を吐く。そうか、あれから一日しか経ってないのか。
「今回は短かったなぁ」
「なにが?」
「いえ、別に」
 気を失うのと他人のベッドの上で目を覚ますのにパッシブになったなっていう話だ。
「そうだ、自己紹介がまだでしたね。といっても、互いに話は聞いてるみたいですけど」
「あっ、そうだったわすっかり忘れてた。えっと、クリスティーヌよ。一応国王様の娘やってます」なんだその言い方。
「ユリです。未咲ユリ。えっと……元探偵です」
 小説事務所で働いてますって話してもわからんだろうなと思って無難な言葉を選んだ。
「タンテイ?」
 どうやら探偵も知らないようだ。この時代背景は諜報活動とかには縁がないのかな。
「ええっと、人に頼まれていろいろな調べ事をする職業です」
「へええ。なんだか暇そうなうえにお給料も安そうな仕事ね」
 しかも情報という商品の相場を知らないときた。元探偵のプライドでも吼えだしたか、私はちょっとムッとなる。
「……一回の仕事でウン十万取ります」
「え、うそっ? そんなに?」
 この国の金の単位すらも知らないが、どうやらこの言葉は効いたらしい。
「どうして? たかだか情報じゃない」
「例えばですよ。敵対している国が他の国を攻撃しに行く為に兵を動員するという情報があります。この時、その敵対国の保有している兵力はどれくらいか、動員する兵はどれくらいかという情報を知っているとどうなります?」
「どうなるの?」
「無駄なく兵力を動員して、手薄な防御の国を安全に攻撃し占領することが可能です。凄いですよね?」
「ええっと、凄いのね」
「さて、これほどローリスクハイリターンな結果に終わることができたのは、あらかじめ情報を知っていたからです。つまりこういった情報は人に利益を与え、価値があるものとされる。わかりましたか?」
「はああ……」
 ふう、満足した。今は別に探偵じゃないけど、これでも幼い頃に憧れていた職業なのだ。その凄さを知ってもらいたいという心が満たされてほっと一息。
「つまり、ユリはセバスチャンと同じ仕事をしてるってこと?」
「は?」
 と思ったらこのお姫様、どこをどう間違ったのか壮大な勘違いをした。
「いや、別に私、執事どころかメイドですらないんですけど」
「ううん、そうじゃなくて。彼、参謀のお仕事してるから」
「ぶッ」なにか間違ってたのはセバスチャンさんの方でした。「な、なんでっ? あの人、私には執事だって」
「執事兼参謀?」
 私は頭を抱えた。一介の執事にしちゃあなんか変だとは思ってたが、あのじいサマがまさかそんな大物だったとは思わなかった。そりゃ威圧感の一つや二つ感じるものだ。踏み越えた場数がどうのって話ではない。
「なんで執事なんかやってるんだよ……」
「ほら、元はどこかのカジノでディーラーしてたって言うから、なんか雰囲気で」
 ますます彼がわからなくなった。どうして元カジノのディーラーが参謀になれるんだよ。
「それを言うなら、元探偵さんが国一つ救ったっていうのもよっぽどだと思うけど」
 同列にされた。言われてることは良いんだけどなんか喜べない。
「でも、そっかあ……ユリって昔は悪い人だったってことなのね。ってああごめんなさいそんなつもりで言ったんじゃないのだからそんな目しないで」
 この姫、どこまで私の評価を貶めるつもりだ。同じ顔してるってんでちょっと会うのを期待した私を返せ。というかカジノのディーラーは基本的に悪い人なんですね初めて知りました。
「……まあ、一概に良い人ではないですよ」溜め息を吐いて、自分を落ち着かせる。「それどころか、やってることは基本的に悪いですよ。だから、基本的に頼まれた時にしか探偵はしません」
「どうして?」
「自分の利益の為だけに探偵してたら完全に悪い人だからですよ。そうでなくても、探偵に探られる人は嫌な思いしかしませんし」
「だから、やめちゃったの?」
「そういうわけじゃないですけど……今でもそれっぽいことはしてるし。逆に自分が知りたいから探偵してることもあるし」
「じゃあ悪い人なの?」
 さっきから質問してばっかりの子だ。そろそろ答えあぐねてきた。
「私、悪い人でしょうか」
「良い人に決まってるじゃない! この国を助けてくれたんだから!」じゃあ聞いてくるなよ。
「……そういえば所長……ああ、私の知り合い達はどうしてます?」
 この話を続けるのも面倒なので、私は話題を別に逸らした。目覚めた時のお見舞いが一人だけというのには慣れているが、今回はさすがにちょっと状況が違うから気になる。
「みんなならお城を出てどこかに行っちゃった。誰もあなたのこと心配してなかったけど、まあ納得ね」
「ああ、そう……」
 痛く傷付いた。不死身になってから良いことあんまり無いな。
「って、さらっと話してたけど私の秘密知ってるんですか?」
「不死身のこと? それとも異世界のこと?」
 どっちも知ってるじゃないか。なんてこった。
「あの、本当に信じてるんですか、その話」
「少なくとも不死身の話は本当だったわね。セバスチャンも不死身になれるのかしら」
 とことん私とあの人を同列に扱うのはやめてほしいな。
「そうよ、異世界よ! あなたたち、どうやってこの世界に来たの? どうやって元の世界に帰るの?」
「う……」
 嗚呼、ついに目を逸らし続けたこの問題に直面してしまった。
 どうやってこの世界に来たのか。
 どうやって元の世界に帰るのか。
 どうやってその方法を探すのか。
「だ、大丈夫っ? 熱でも出た?」
「知恵熱じゃないですかね……」
「うそっ? ユリって何歳なの!?」冗談は苦手だが、冗談の通じない人はもっと苦手だ。
 起きて早々、また深い溜め息を吐いた。まあ、そう悲観することはないだろう。目覚めたばかりの時と今とでは状況が違う。今は所長達もいる。異世界渡航のプロフェッショナルがだ。今度ばかりは労せず事がうまくいくだろう。そう思えば、少しは気が楽になる。
「やれやれ……」
「何よ急に落ち着き払っちゃって」
「いえ、ようやく思い残しも無くなったなって――いや」
 そう思っていたら、さっそく何かが引っかかった。どうしてチャオの存在が伏せられ続けてたのか、だ。私には知る必要のないことだし、さほど知りたいとは思わないのだが、なんとなく知らないままというのはもやもやするものがある。今を逃すと知る機会も永遠にないだろう、みたいな。
「それってセバスチャンから聞いたの? その話、王家の人以外はみんな知らない話だから、言いふらしちゃだめよ」
「わかってますけど……えっと、お嬢様はどうしてチャオのこと内緒にされてたか知ってます?」
「やだ、お嬢様って。やっぱりセバスチャンみたいねあなた」もうそれ引っ張らないでくれよ。「残念だけど、知らないわ。不死身の木と同じで100年間の謎ね」
 そういって彼女は何やら期待の目線を私に向けてくる。
「……何か?」
「こういうとき、探偵のあなたが一日でぱーっと解決するのよね? 不死身の木と同じで」
「勘弁してください」
 確かに個人的にちょっと気になってるけど、昨日の今日でそんなことしたくない。というか私はもう帰りたい。頼むからそんな無理難題吹っ掛けないでくれないかな!
「だいたい、知りたいなら自分で調べればいいじゃないですか」
「やーねえ。私にできるわけないじゃない? 100年の謎を解き明かすだなんて」
「簡単ですよ。ほら、今ならバケモノ問題も解決したんだし。ちょいと知ってる人を探し出せば教えてくれますよ」
 今でも知ってる人がいれば、の話だが。
「そういうものなの?」
「そういうものです」
「ふうん、そういうものなんだぁ」
 椅子から立ち上がり、私に背を向けて腕を組んだ。どうやら調べてやろうかやるまいかと悩んでいるらしい。まあ、それはそれで結構だ。これで私はようやく御役御免になったわけだ。


「――ぁ」
 そう思ったとき、不意に後ろから枕のようなものをぶつけられた、みたいな感覚があった。
 いったいなんだ?
 私がその感覚に気付いたときには、後ろを振り返ることも、頭をあげることもできなくて。

 ふっと、目の前が真っ暗になった。
引用なし
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