●週刊チャオ サークル掲示板
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1926 / 2013 ツリー ←次へ | 前へ→

コードCHAOを抹殺せよ/The-Temporary-Truth ろっど 09/12/26(土) 9:41
1 コードCHAO ろっど 09/12/26(土) 11:12
2 アリシア=メイスフィールド ろっど 09/12/28(月) 12:44
3 大倉仁恵 ろっど 09/12/31(木) 15:33
4 前嶋大翔 ろっど 09/12/31(木) 21:38
5 須沢宰 ろっど 10/1/1(金) 2:31
6 仲神春樹 ろっど 10/1/1(金) 8:05
7 プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニック ろっど 10/1/3(日) 15:56
8 チャオ ろっど 10/1/6(水) 23:11
コードCHAOを抹殺せよ/True end ろっど 10/1/6(水) 23:15
戦士は読み終えてすぐ感想を書くものなのだ スマッシュ 10/1/7(木) 0:12
戦士たるもの休息も必要だ ろっど 10/1/7(木) 13:01

コードCHAOを抹殺せよ/The-Temporary-Truth
 ろっど  - 09/12/26(土) 9:41 -
  
※多少のネタバレを含みます。表紙です。表紙ですいません。二番煎じですいません。

――コードCHAO作成委員会/本部/0800時――

春樹「委員長」
ろっど「はい」
春樹「投稿がだいぶ遅れていますが」
ろっど「はい」
春樹「しかも二番煎じだという声も上がっています」
ろっど「はい」
春樹「このままでは市民の暴動は免れません」
ろっど「はい」

CHAO「ワタシが鎮圧する」
ろっど「それはやめて」
春樹「では代替案を、委員長」
ろっど「はい」


 ……試行錯誤中。


ろっど「ない」
春樹「仰る意味が分かりません」
ろっど「その、代替案はありません」
春樹「上官としてそれはいかがなものかと思います」
ろっど「はい」
春樹「この際、もう書いてる所とはほとんど縁のない第一章とか第二章とかでも載せるべきでは?」
ろっど「それはだめだ!」
仁恵「なんでそこだけ強く否定するのよ!」

CHAO「ワタシが代行する」
ろっど「それもやめて」
春樹「いったいなにを……」
ろっど「たぶん死神」


 ……閑話休題。


春樹「多くの方々がお待ちです。失礼ですが委員長の小説を期待される機会などこれをおいてほかにないかと」
ろっど「はい」
春樹「第一章を載せましょう。それしか方法はない」
ろっど「……」
春樹「市民、ひいては御身の為です。『書き直せない状態にするのは怖い』などといっては委員長の威厳に関わります」
ろっど「ない」
春樹「は?」
ろっど「元からない」
春樹「……委員長、せめてプライドは持ちましょう」

仁恵「part50まで予告編を書いたあの人みたいな感じで予告を書けばいいんじゃないの?」
ろっど「それだ」
春樹「今更予告ですか、委員長」
ろっど「それしかない」


 ……執筆中。


 ――時は蠢く。
 永らえた命さえも捨てて、その身を散らす。世界は再び混迷にさまよい、大地は千年の眠りより目覚める。
 やがて少年は疑問を抱く。これで良いのか、これが正しいのか――と。

 長年の休載を経て、ついに復活! 魔法のサンクチュア


春樹「それじゃねーよ!!」
ろっど「はい」
春樹「分かっておられましたか、委員長」
ろっど「分かってました」
春樹「では執筆を」
ろっど「はい」

CHAO「ワタシが執筆する」
ろっど「任せたい」
春樹「却下です」
ろっど「すごく任せたい」
春樹「却下です」


 ……試行錯誤中。


ろっど「思い付いた」
春樹「見事です」
ろっど「不完全な状態のまま全て投稿する」
春樹「それはいくらなんでも」
ろっど「これしかない」
春樹「ですが……」
仁恵「それなら二番煎じの方がまだマシよ!」
ろっど「えっ」
仁恵「完成した小説を見てもらうことこそ、小説家として最大の喜びじゃないの!?」
ろっど「それは……」
仁恵「良い? 中途半端は駄目。書き切って、自分の最大限の実力を発揮して、終えるの。それがトゥルーエンドよ」
ろっど「はい」
春樹「目が覚めたようですね、委員長」
ろっど「全てを断ち切る!」
春樹「FFやってんじゃねええええええ!!」

ろっど「思ったんだけど、これはチャオ小説なんだろうか」
春樹「何を今更」
ろっど「だってチャオなんて」

CHAO「ワタシが云々」

ろっど「↑みたいな出来損ないしかいないし?」
春樹「構成から設定まで全て気合い入れてきたあの人とは偉い違いだな」
ろっど「不甲斐ない不甲斐ない」
仁恵「いいんじゃないの? 一応チャオ出てるし、チャオが中心にいるんだからチャオ小説でしょ」
ろっど「それっぽくはしてるけど、チャオ小説の皮をかぶった何かに違いない」
仁恵「どこかで聞いたようなセリフね……」

ろっど「あと僕イケメン説。どう考えてもおかしい」
春樹「そうですね」
ろっど「イケメンだったらクリスマスにチャットルームに入り浸ることはまずない。イケメンなら。しかもモテないイケメンに価値はない」
春樹「そこまで言うことは……」
ろっど「この際だから言わせてもらうけど、イケメンというのは性格まで含めると思うんだ。口下手であればそれは顔だけ。顔だけの人間に魅力を感じ」
仁恵「小説書こうねー?」
ろっど「はい」


春樹「そもそもあの多忙で有名な元編集長のあの人まで小説を仕上げて来てるんだ。十月あたりから気合い入れて書く書く言ってたお前がいないのはおかしい」
ろっど「たぶんファイナルファンタジーとファンタシースターポータブル2とガンダムVSガンダムのせいだな」
春樹「少しはかなり長く続いてる連載作家の方々を見習え」
ろっど「二人しかいないけどね!」


仁恵「どうまとめるのよ」
ろっど「とりあえず何か決める。そんで書く」
春樹「12月31日までには第一章投稿するで良いのでは?」
ろっど「一部地域から苦情が出そう」
春樹「今日中、とか」
ろっど「というわけでコードCHAOを抹殺せよ/The-Temporary-Truth、2010年春、全国同時公開予定!」
春樹「洒落になってないから止めろ」


ろっど「ぶっちゃけあらすじを書くと、冒頭部分は文章と展開がちょっと違うだけで前回と同じなんだよ」
仁恵「……よね」
ろっど「つまり第一章くらいまではそんなに変わらない。だからこそ、伏線をしっかり張っておく必要があると思うんだ。分かりやすくね」
CHAO「(ゲーム中)」
ろっど「後の方を変えちゃうと、一番最初まで手を加えないといけない。特に漢数字やアルファベットの書法の統一は重要だ。完成度のためにも」
春樹「一理あります」
ろっど「というわけで遅れてすいません! 近々公開予定!」
仁恵「まともじゃないの」
ろっど「本当に近々で済めば良いけどな」
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; YTB720; SLCC1;...@118x237x4x68.ap118.gyao.ne.jp>

1 コードCHAO
 ろっど  - 09/12/26(土) 11:12 -
  
『現在、何者かによる電子的な攻撃を受けています。当研究所はCHAOの全採取データをR教授に送信するとし、回避行動に移行する予定です』
「許可する。くれぐれもデータを流出させんよう最善の厳戒態勢で臨みたまえ」
『了解です』

 白い髭を蓄えた初老の男は牛皮の小型ソファーを軋ませ、大きく溜息を付いた。GUN日本帝国総司令官とは名ばかりの、単なるまとめ役。気苦労の割に需要が少ないと彼は常々感じていた。
 だが、もう直にそれも改善されるだろう。日本帝国が内密に開発している、核すら超越した最強の力を以ってすれば――もう他国に頭を下げる時代は終わるのだ。これからはこの国が世界の中心となる。
 デスクの陰からは黒い皮膚の生物が顔を覗かせていた。一見して愛らしい容貌のそれはにやりと口元を綻ばせると、その景色に溶け込むようにして消えてしまう。初老の男は気付かず、額に手をやった。近いうち迎える自らの栄光を胸に。
 野望だった。GUNという大きな枠組みの末端でしかない自分が、頂点に立つ事。それはそれは素晴らしい光景のように思えたのだ。自分ならば完璧にこなせるだろう。GUNをもっと上手く活かせる筈だ。
 無論、それは単なる希望でしかない。しかし彼はそう思い込んでいた。大いなる力を手に入れた自分こそが革命者にふさわしい、自分こそが革命者なのだ。貪欲に塗れた世界をクリーンにするべくして選ばれた使者なのだ――と。

「もうすぐ、すぐだ。もうすぐ全て私の物になる」

 気付かぬうちに、悪夢は始まっていた。


 ――GUN日本帝国本部/本部長室/0550時――


「報告は以上です、軍曹」

 髪を短めに切り揃えた少年が直立不動の姿勢で敬礼する。能面のような冷たい面持ちとは裏腹に、はきはきとした口調。少年はそのまま半歩下がり、上官の指示を待った。
 上官――大倉仁恵は嘆息した。何も少年の態度が気に喰わないわけではない。いつまでも自分の階級を間違える事に異議を唱えたいわけでもない。少年が余りにも不器用だから、呆れているのだ。
 その不器用な少年は嘆息に対して何の反応もなく、黙している。それがGUNの一員としてあるべき姿だから、とは少年の弁だ。

「あなたね、自分が周りからなんて呼ばれているか、自覚ある?」
「cold-blooded……と、アリシア=メイスフィールド中尉は仰っていましたが」
「他にも『機械としか会話できないやつ』だとか『実はサイボーグ』だとか色んな噂を立てられてるわ」

 眉をひそめる仁恵。だが、話の中核たる当の本人はどこ吹く風であった。本部にやって来たのが一ヶ月前。異例の特待研修生であり、既に多くの実務をこなしている。新人研修生期待のエース――仲神春樹。
 期待の研修生、仲神春樹は確かに優秀だ。優秀すぎるといって差し障りないだろう。ところが彼にはとてつもない欠陥がある。
 協調性。

「もう少し、コミュニケーションにも身を入れてみたら?」
「必要とあらばそのように努めます」

 再び仁恵は嘆息した。いつもこうなるのだ。必要か不必要か。実際に彼のような天才にとって協調性は必要の無いものなのかもしれない。ただ、任務は一人でやるものばかりではない。チーム単位で行動する場合もある。必要なものではないものの、不必要なものではない。
 と、先日彼に注意したところ――『軍曹の仰る事は矛盾しています』――手に負えない天才である。普段から上辺だけの付き合いをするより、任務だと割り切って連携を取る方が確かに効率的なのだろうが……仁恵は何か釈然としないものを感じた。

「ま、あなたがそれで良いなら、良いけど。そういえば副司令が呼んでいたわ。正午までに管制塔へ行くこと」
「了解しました」

 惚れ惚れするほどの綺麗な動作で恭しく一礼の後、部屋を後にする春樹。その姿を眺め、仁恵は三回目の溜息を付いた。


 ――GUN日本帝国本部/食堂/0615時――


 人気は少なかった。通常、研修生の朝食は06時から開始される。研修生の食事の時間は制限されており10分以内に必要量を摂取する必要があるのだが、この様子だと『居残り組』以外は難なく食事を終えたらしい。
 『居残り組』。成績不良の研修生数人を指してそう呼ぶ事がままある。ほとんどの研修生は10分以内に食事を終えているが、『居残り組』は仲良く談笑をしながら悠々と食事をしている。つまり、毎年仲の良い研修生のグループが『居残り組』扱いされる事となる――そう言えるだろう。

「うわ、エリート研修生様のお通りだ」
「今日もクール振りが様になってますねー、はいはい」

 春樹はフロントにあるテーブルから朝食を持ち運んで、一番近い席に座った。食事は早ければ早いほど良い。今は平和だが、戦場においてゆっくりと食事をしている暇はない。10分、いや5分で済ませられればベストだ。

「あいつ本部長に気に入られてるらしいじゃん? 調子乗ってね?」
「本部長美人だからな、誑かされてんだろ」

 一笑。その間も春樹は黙々と食べ続けた。彼の耳に『不必要なこと』は入って来ない。聞こえているが、聞こえていないのだ。ただひたすら秒針の音だけが彼の耳に届いて来る。
 5分が経過した瞬間、ばっと立ち上がって手早く食器を片づけた。このペースに慣れれば、いかなる状況にでも対応する事ができる。満足した春樹は司令室へ向かおうとして、立ち止まった。彼の前に『居残り組』である、3人の男子研修生が立ちふさがっていたからだ。

「お前、何シカトこいてんだ?」
「何の話だ?」

 シカト? 最新鋭の兵器だろうか。後の動詞から察するにシカトは『こく』ものらしいが、春樹には皆目見当も付かなかった。その態度に苛立ったのか、1人が勢いよく春樹の胸倉を掴み上げる。
 とっさの判断だった。春樹は掴まれた手の首を捻り、足払いを掛けた。ぐわんと男の体がしなる。少しの音も立てず、男は床に寝伏せられた。唖然とする『居残り組』に一瞥をくれると、一礼して春樹は予定通り司令室へと足を進めた。

「わ、仲神くんだ」
「もう少し愛想良ければ男前なのにねえ」

 どうしてこのような連中とコミュニケーションを取らなければならないのか、春樹には全く見当が付かなかった。


 ――GUN日本帝国本部/管制塔/0630時――


「失礼します。大倉本部長より伝言をいただき参りました」
「ああ、ご苦労。座ってくれ」

 見回す限りコンピュータ。少々の鉄分と油の臭いから遠ざかった、管制塔にその男はいた。副司令官。総司令官の意を代弁し、総司令官不在時には全ての指揮の執行を担う、権力者である。
 管制塔には彼一人しかいなかった。極秘司令か、それとも別の何かか。春樹は丁寧にセッティングされた席の隣へ移動すると、再び直立不動の姿勢へ戻った。

「君に特Sランクの任務を与えたい」
「はい」

 無精髭を指先で弄りながら副司令官は春樹を値踏みするように見る。いくら優秀といえど、研修生が任務を遂行することは稀だ。それも特S任務といえば尚更(本来S級任務は部隊長クラスのエースが遂行するものである)。

「この任務には危険が付き纏う。72型BIGFOOTを使用した88人の精鋭が既に命を落とした。選択権は君にある。どうだ、受けてくれるか」

 副司令官の眼光が鋭く光る。命と名誉。その二つを天秤に掛けることこそ『精鋭』の使命と言えるだろう。己の目的の為であり、生活の為である。
 選択権などは元からない。与えられた任務を忠実に実行する。それ以外に道はなかった。if(もしも)はどこにも存在しないのだから。

「了解しました」

 副司令官が重たい溜息を付いた。同時、春樹は目眩に襲われる。――違う。駄目だ。脈絡のない単語ばかりが自分の頭に響くだけで、それは自分の言葉ではないようだった。間違っている。強迫観念にも似たそれが言葉を伝える。
 信じるな――と。

「研修生、仲神春樹に命じる。コードCHAOを極秘裏に抹殺せよ。これは特S任務である」
「拝命します」

 春樹は敬礼と共に答えた。強い目眩は止まず、彼の脳裏に警笛を鳴らしつづける。
 “信じるな”。誰をとも言わず、何をとも言わず、何の例外もなく、たったそれだけの単語が消えては現れる。
 管制塔から退室した後も、それはやや続いた。


 ――GUN日本帝国本部/資料室/0655時――


 敵と戦うためには、何よりも先に情報収集が必須といえる。現代戦は最先端武器の性質と物量、および情報量が物を言う。しかもそれは、できうる限り早く済まされなければならない。
 武器の物量、技術、情報を敵よりも早く収集した上で、ようやく勝利が確立されるのだ。――が。
 ない。どこを探してもコードCHAOに関する調査書はなかった。GUNのデータバンクにすら記載されていない極秘情報。
 これまで88人が殉職しているということは、少なくともコードCHAOの居場所や生態を付き止めていてもおかしくはない。戦闘方法や敵の武装が多少なりとも分っているはずだ。ましてGUNの規模は世界に及ぶ。その情報収集能力に限界はない。
 だが、ない。コードCHAOに関する調査書。ないのだ。それはつまり、敵の隠蔽工作がより優れているか、GUNに内通者がいるか、もしくは……。

(邪魔な人間を排除するための、コードCHAOというプロセスなのかもしれない)

 88人も邪魔な人間がいたということだろうか? 考えれば考えるほど泥沼にはまるようだった。コードCHAOは現時点でアンノウン(正体不明の敵)と何ら変わりはない。
 状況を掻い摘んで整理する。春樹は資料室の軽い扉を開けて、辺りに警戒しながら思考を張り巡らせた。コードCHAOが現存する場合、コードCHAOは高い工作能力を持つ。また、その戦闘能力は最新鋭兵器である72型BIGFOOTを凌駕する。
 逆に、コードCHAOが現存しない場合。これはほぼ間違いなく、GUN上層部間で何らかの陰謀がはたらいているのだろう。ただ少し気がかりなのは、あの言葉だ。副司令官の命令を拝命したときの、あの奇妙な目眩。
 “信じるな”――何を?

「春樹!」

 ふと身構える。しかし後ろから声を掛けて来たのは、恐らく一番信用の置ける人物だった。

「どうかなされましたか、軍曹」
「どうかじゃないでしょ。副司令は何て?」
「最高機密です。いくら軍曹とはいえ話すわけにはいきません」

 トップシークレット。その言葉に仁恵は目を丸くする。仲神春樹は確かに優秀だが、まだ研修生なのだ。それに年端もいかない少年でもある。普通の生活を送っていれさえすれば、学生生活を満喫している年代だ。
 それが、最高機密。いくらなんでも期待を掛け過ぎではないかと仁恵は一瞬思ったが、すぐに撤回した。彼には期待を掛けるだけの価値がある。ならば。

「分かったわ。何か困ったら、いつでも相談して頂戴。良い? あなたはまだ、死んじゃいけないんだからね」
「はい、了解です」
「そうそう、私の叔父さんが監督しているSC計画だけど、叔父があなたに会いたがっていたわ。暇があったら付きあって」
「分かりました」

 言いたいことは伝えたとばかりに、仁恵はポニーテールを揺らして去って行く。明朗快活としていて、良い上司だと春樹は思った。やや馴れ馴れしい面はあるが。
 春樹は肩の力を抜いた。彼女の期待に応えるためには、任務を成功させる他ない。元々自分の評判が悪いのは知っていた。しかし彼女は風評など気にせず堂々と話し掛けて来る。その恩義を返すには、やはり『優秀な部下だ』と上層部に認めさせることだ。
 ここで失敗するわけにはいかない。決意を新たにし、春樹は自分の寮へと戻った。


 ――GUN日本帝国本部/自室/0715時――


 小型のタッチパネルに指紋を付け、認証させる。無反動拳銃(ノンリアクターガン)のロックを解除し、右肩の前に構えながら壁沿いを歩く。
 何か気配がする。早速コードCHAOのご登場か。しかし姿は見えない。ソファの陰にでも隠れているのか。それにしては気配が薄い。
 人が動くときには必ず音がする。どれほど凄腕の精鋭といえど、それは変わらない。耳を澄ます。感覚を鋭敏にする。
 ――動いた。
 とっさに春樹は身を伏せ、銃口を天上へ向けた。攻撃はない。すぐさまソファに駆け寄り、それを飛び越す。端目にソファの陰を捉えた。着地と同時に振り向く。
 誰もいなかった。

「身構えなくていい。ワタシは敵ではない」

 背後。春樹の額から冷や汗が流れ落ちる。いなかったはずだ。後ろには、誰も。そのはずなのに。
 不可解な言葉だ。敵ではない? どちらにしろ背後を取られている。一か八か――春樹はソファを掴んで後ろへ放り投げると、すぐさま身を捻り返して銃口を向けた。
 人の姿はなかった。その代わり、小さな水色の生物がいた。全長50cm程度。頭上に物理法則を無視した球体。呆気にとられ、引き金を引く事も忘れ、春樹は沈黙した。

「ワタシはコードCHAO」

 罠か、あるいは。だが殺すつもりなら、先ほどの一瞬で決着は付いていた。春樹の完全なる敗北だ。あの最大の隙を狙わないということは、耳を貸す価値はある。
 銃口を向けたまま春樹はその生物を睨みつける。軍曹との約束を反故するわけにはいかない。絶対に、何があろうとも。

「この世界の大自然の意思体であり、GUN日本帝国本部の世界征服計画の要であり、人類を滅ぼそうとする生命体である」

 小さな声で、小さな体で、その生物は訴えていた。――信じてくれ、と。
 またあの目眩が春樹を襲った。頭の中に知らない人がいて、その人が何かを叫んでいる。信用すべきか否か。全てはその一点。
 副司令と対面した時、その声は“信じるな”と言った。しかし今、コードCHAOと名乗る未確認生物と対面している今、それは“信じろ”という。
 信じるべきは何か。正体不明のこの声か、GUNか、コードCHAOか。いや、そのどれでもない。信じるべきは自分のみ。他の全ては疑わなければ死ぬのは自分だ。

「信じて欲しい、仲神春樹。誰一人悲しませない為に。誰一人死なせない為に」

 銃口が揺らいだ。それはGUNに入る前に決めた事だ。それは間違いなく、自分の信念そのものだった。
 コードCHAOが近寄る。対抗手段を持たない。今、目前の敵は自分だ。自分と同じものなのだ。

「ワタシはコードCHAO。協力して欲しい」
「どうして、ボクを知っている?」

 沈黙があった。とても長い沈黙。時間にして数秒。やがてコードCHAOが口を開いた。

「ワタシと君は、既に出会っている」
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; YTB720; SLCC1;...@118x237x4x68.ap118.gyao.ne.jp>

2 アリシア=メイスフィールド
 ろっど  - 09/12/28(月) 12:44 -
  
 天才。便利な言葉だと仁恵は思う。優秀な人物を指すときに使う。その人物は天才なのだと。天才とは生まれもった才能が他を超越している者の事である。努力せずとも優秀な人間。自分とは違う人間。
 そう見下して使う言葉こそ、天才なのだ。違う人間だから、天才だからという理由で人間扱いしない。自分より優れていると、自分より努力している人間だと認めたくはないから。
 だけど真実は違う。彼は決して一般的に認識されている天才などではない。仁恵は知っていた。彼は自分たちと同じ人間で、いわば秀才。努力によって才能を手にした人間なのだということを。
 彼の目的を、知っている。彼の痛みも分かってあげられる。
 間違った方向へは、行かせない――

 きっと今も、彼は色々なものと戦っているだろうから。だからせめて、サポートくらいはさせて欲しい。それが足手まといでも。誰かが見ていないと、彼は自分すら犠牲にしてしまう。
 ぎゅっと、自分の手を握り締める。仁恵はほうっと溜息を付いた。


 ――GUN日本帝国本部/自室/0730時――


「GUNはワタシたちの力を利用した世界征服計画を考え、ワタシたち大自然の意思体は人類の滅亡を計画している」

 春樹は銃口を下げた。相手が自分と同じ考えを持っているならば……それを信用するかどうかはさて置いて……戦う必要はないのだろう。
 対話に応じ、機密情報を話してくれていると捉えられない事もない。隙を突かず話し合いを持ち掛けてきた事もある。そう、殺そうと思えばあの瞬間に殺せたのだ。

「暫定的に信用しよう。それで、さっきの言葉はどういう意味だ? お前とボクが既に……?」
「全てを話す事は出来ない。しかし事実。ワタシは君に出会い、君はワタシに出会った」

 確かに、と春樹は思った。どこに耳があるか分からない状況で策もないまま情報だけを知り得れば、危険極まりない。敵が敵だけに、最大限の注意を払うべきだ。後ろの説明はあえて考えない事にした。

「本来コードCHAOはその身を生かすか、殺そうと思わなければ姿すら認識できない」
「つまり、ボクはお前を殺そうとしたから見えた訳だ」
「その通りだ。一度認識してしまえば途切れる事はない。憶えている限りは」

 だから見えなかったのか――ようやくの納得と共に、新たな疑問が生まれる。“殺そうと思う”と認識できるということだが、その“思う”はどこの誰によって判断されているものなのか?
 嘘偽りでもとりあえず思って置けば見えるのか、あるいは真実殺そうと思わなければ見えないのか。どちらにしろ確定材料がなさすぎる。

「それで、お前の目的はなんだ?」
「この世界を存続させること。それ以外にはない。誰一人死なずに、悲しませずに」

 存続させる。大体のコードCHAOに関する仕組みは分かって来たが、どうにも黒幕はGUNらしい。
 GUN――元々は一国の自衛軍隊だったそれは勢力を拡大し、今や世界警察とまで発展した大軍団である。アジアから西欧、そして全権力を握る連邦政府。敵に回すにはあまりにも恐ろしい相手だった。
 もしGUN日本帝国本部に限らず、GUN全体が敵であれば……ごくりと春樹は生唾を飲み込む。いくら何でも相手が強大すぎる。個人で立ち向かうのは無理があるだろう。そんな疑念を胸に抱え、コードCHAOと目を見合わせた。

「目的はGUN総司令官の抹殺、および大自然の意思素体を破壊すること」
「素体?」
「ワタシたちは全にして一つ。ワタシを殺せば大自然の意思体はかき消される。ただし、そうなればワタシたちの能力に対抗する手段がない。だから素体を破壊する」

 能力。いかなる能力を持つのか、それは88人もの精鋭を打ち砕くほどなのか。72型BIGFOOTさえ超越する能力が、この小さな体に秘められているというのか。
 考えてみればおかしな話だ。大自然の意思体がどうして軍事利用されるのか。何らかの能力がある、と考えるのが自然だった。

「キャプチャー能力。物質を取り込む事で、それを自分の能力とする事のできる能力だ」

 一瞬の躊躇いもなく、春樹は無反動拳銃を手に取ってロックを外す。狙いはコードCHAOの眉間。外しはしない。零距離。引き金が引かれた。
 水面に石を投げ入れたように、銃弾は波紋に消えて行く。わずかなタイムラグがあって、銃弾が春樹の頬を掠めた。部屋の壁に銃弾が突き刺さる。
 なるほど、この能力があれば88人であろうが何人であろうが、向かうところに敵はいない。春樹は無反動拳銃にロックを掛けて腰のホルダーにしまった。

「差し当たってするべきことは、」

 こんこん。即座にコードCHAOをソファの陰に隠し、春樹は拳銃のロックを再度外した。ノックされたドアの脇に立ち、拳銃を構えながら尋ねる。

「誰だ?」
「こちらアリシア=メイスフィールドです。あなたに尋ねたい事があって、少々」

 連邦政府直属の『精鋭』――春樹はソファの陰にコードCHAOがしっかり隠れている事を確認した後に、拳銃をしまってからドアのオートロックを解除した。
 すーっと音もなく入って来たのは、その肩書きに似合わない小さな体型。透き通るような金髪。信用の置ける人物かはまだ定まらないが、優秀な人物であることに変わりはない。

「お疲れ様です、メイスフィールド中尉。どのような御用件でしょうか?」
「それほどのことではないです。連邦のメインコンピュータに、あなたが極秘司令を受けたという情報がありましたので」

 内心びくりとしていたが表面にはおくびにも出さず、春樹は直立不動の姿勢を保ちながら敬礼する。

「自分には分かりかねます。なにぶん研修生ですので」
「そうでしょうか? 今年の特待研修生は随分と期待されている――そう聞きますけれど?」

 にやりと微笑む。その姿はどう見ても十とそこそこの年頃だった(実際この外見でかなり苦労しているという噂も聞いていた)が、得体のしれない威厳があった。
 どう答えたものか。極秘司令に関する情報をむやみやたらに漏らせば信用問題に関わる。かといってGUN日本帝国本部はもっと信用できない。コードCHAOの抹殺指令を出した副司令官の意図が掴めない今、下手に行動する訳にもいかない。
 そういえば、この間――と春樹は思い出す。

「それは、中尉が自分に期待をされている、という事でよろしいのでしょうか?」
「なっ……違います!」
「お言葉にそえるよう、全霊を込めて鍛錬に励む所存です」

 再び敬礼。顔を真っ赤にしたアリシアはそのまま気分を損ねたと退室していった。ドアが閉まると同時に春樹は拳銃のロックを掛け、ソファに倒れこむ。
 先程の言葉は先日叱りを受けていた居残り組の対応だった。彼らは本気でアリシアを疎んでいる様子だったが、無理もない。彼女は外見上、明らかに自分たちより年下であり、彼らのような考え方だと年下に『偉そうにされる』のは腹立たしいのだろう。
 ただ、春樹は彼女を評価していた。部下任せにしない責任感、その技術。あの若さで西区の管轄に回されたのも納得が行く。今の言葉からすると味方ではないのだろうが……。

「彼女は味方だ」
「そうは見えない」
「ワタシには、彼女が君を心配して来たようにしか思えない」

 訝しむ視線をコードCHAOにくれて、春樹は溜息を付いた。それで、と先程の会話に戻る。問題は分からないものより、分かるものから処理していくべきだ。
 もしくはこの先の方針から決めてしまうのがベストだろう。長年の――というには短いが――経験から、春樹はそう結論付けていた。

「まずは、CHAO研究所に行ってみると良い」
「コードCHAOは軍事利用されているんだろう? ということは、その研究所、GUNが保有しているんじゃないのか?」

 当然の疑問に、しかしコードCHAOは否定する。

「教授はワタシの味方だ」

 ――GUN日本帝国本部/西門/0855時――


 仲神春樹は一人で西門の大扉に来ていた。目指すはCHAO研究所。通常なら面倒な手続きをしなければならないゲートも、副司令官の取り計らいでスムーズに通過許可を得ることが出来た。
 果たして副司令官が敵ならば、わざわざ動きやすいようにするだろうか? むしろ逆だと春樹は思う。動きやすくしてしまっては、邪魔な人間を排除することにならない。
 もしかすると、自分は既にどうでもいい存在なのかもしれなかった。誰がどう動こうと変えられない未来。揺るがない計画。決まり決まった現実。

(そうは、させない)

 西門を潜る。この線を越えれば外だ。GUNの閉鎖的な空間から解放されるはずだった。コードCHAOは春樹の隣を堂々と飛んでいるが、誰一人その姿に気付くことはない。どうやらコードCHAOが嘘を言っている訳ではないようだった。 
 整備された街路の空中にモニターが映し出される。ノンマットビジョン(映像をそのまま映像として実体化させる技術)も見慣れたものだ。変化は時と共に受け入れられる。それがいかなるものであろうとも。
 いつしか、見様によっては愛らしいコードCHAOが町中を埋め尽くす日が来るのだろうか? 軍事利用されているだけなら彼等に罪はない。むしろ被害者である。なら、と思いかけて止めた。感情を入れ込むにはあまりに危険な相手だ。得体の知れない生物――しかしこの生物を、なぜか憎めないでいる自分がいることに、春樹は気付いた。

「CHAO研究所はGUNからやや離れたところにある。表向きは遺伝子研究所と銘打っていた」

 遺伝子研究所は確かにGUNから5kmほど離れた場所にある。だが、そこは既に廃棄されていたはずだ。なるほど、実に都合の良い隠れ簑、ということか……春樹は妙に納得して頷く。
 下手に交通機関を使うのは危険が付き纏う。かといって自動車を使うには目立ちすぎる。しばらく考えて、

「歩いて行くぞ」

 と結論を出した。


 ――日本帝国/帝都西区/0935時――


「門番がいるな……教授はお前の味方でGUNの味方ではないんじゃなかったのか?」

 名目上は遺伝子研究所と記されている、CHAO研究所の門前に二人の軍人が武装状態で立ち塞がっていた。突破することは簡単に違いないが、目立つ行動は避けたい。
 春樹の脳内を文字がスクロールする。突破口、情報収集、監視カメラ、赤外線センサー、建物の見取り図予測……。研究所の目の前には住宅街が並び、裏には寂れたスーパーマーケットが建っている。

「ワタシが彼等の武装をキャプチャーする」
「いや、それは最終手段に取っておけ。ボクが」

 腰の無反動拳銃のロックを解除。春樹はGUNの研修生バッヂをポケットにしまって、髪型を整えた。
 戦闘の基本は情報収集である。情報数で勝っていればそれだけ有利にことが運ぶ。春樹は通りすがりを装って研究所の前に踊り出た。

「すみません、道をお尋ねしたいんですけど」
「何だ、坊主。俺達は警察じゃねえぞ」

 いかにも人の良さそうな困った笑みを浮かべた春樹は、そこに少し驚いたフリを加える。

「あ、すみません。勘違いしてました」
「まあ、道くらい良いじゃないか。どこに行きたいんだ?」
「この近くにスーパーがあると聞いたのですが……」

 辺りをいかにも探しているふうに見回す。それならと軍人は研究所を指差した。

「この建物の裏にあるよ。探してみな」
「本当ですか! ありがとうございます! ところで、この建物の敷地内は通っちゃダメですよね……近道みたいなんですけど……」

 軍人は二人して顔を見合わせると、考えるポーズを取った。
 うまく知りたい情報を言ってくれるか、あるいは大人しく回り道していけと言われるだけか。軍人は首を横に振った。

「悪いが、無理だ。向こうにゃ門がないんでな」
「あ、そうなんですね! ご丁寧にありがとうございました!」

 深々と一礼し、足早に去ろうとする。だが先程から苦い表情をしていた軍人が、春樹のこめかみに銃口を突き付けた。
 大人しく驚いた表情を浮かべる春樹に、軍人は銃口を押し付けたまま命じる。

「坊主、上着を脱げ」
「え……や、やめて下さい!」
「三文芝居は止せよ、てめえの面、見覚えがあると思っ」

 素早い対応だった。金属粉を撒き散らして、突き付けられていたショットガンが宙を舞う。軍人の驚愕をよそに一人の腕を捻り上げて身を回転させた。腰のホルダーから無反動拳銃を弾いてキャッチする。
 人質の完成だった。軍人のこめかみに冷や汗が滲み出る。そこに強く銃口を押し付けて、春樹はもう一人の軍人を凍てついた視線で貫いた。

「研究施設の見取り図をよこせ。あるいはセキュリティシステムの場所を教えろ」
「待て!」
「時間を稼ごうとは思うな。これは命令だ」

 軍人の顔に恐怖が見て取れた。実戦経験の不足だな――そう断定して春樹は高圧的に出たのだ。彼は上着のポケットから研究所の地図らしきものを取り出して、春樹に見せる。

「これがそうだ! 赤いマークがセキュリティシステムになってる! 早く銃を下ろしてくれ!」
「武器を捨てろ。地図を置いて十歩下がれ」

 おどおどとショットガンを地面に置いて、地図を置く。ゆっくり、春樹の一挙一動から目を逸らさずにゆっくりと後退する。
 十歩目、とっさに人質にとっていた軍人を地面に叩き付け、地図をすばやく手に取ってから研究所施設に駆ける。

「急げ! 内部へ連絡だ!」


 ――GUN遺伝子研究所/内部/1001時――


 そこは廃墟も同然だった。瓦礫を飛び越えては進み、飛び越えては進む。まさに廃墟。それ以外の何物でもなかった。
 春樹は空中を優雅に飛ぶコードCHAOを羨みながら、瓦礫の山を睨みつける。門番がいるから当たりかと思えば内部はもぬけの殻。収穫は期待出来そうにない。

「襲撃があった」
「なぜそれを先に言わない」

 コードCHAOは沈黙した。襲撃。この研究所は確かに重要なものを隠していたのかもしれないが、こうも崩壊してしまっては意味がない。
 よく内部がここまで崩れているのに、外壁は無事だったな――と春樹が感心していると、ぽつりとひび割れた天井から水滴が落ちて来る。崩壊も時間の問題だろう。
 一刻も早く探索を終了させ、即、脱出する。それが理想の流れだ。 地図を頼りに進む。セキュリティセンサーはことごとく破壊されていた。なにかこの研究所とCHAOの関係を裏付けるものさえあれば、教授とやらに会う必然性も格段と跳ね上がる。
 なにか一つでも……と、春樹は物音を聞いて拳銃に手を掛ける。研究室まで残りわずかの突き当たり。生き残りか? 恐る恐る壁に背を付け、一拍の後、低姿勢に壁から姿を見せる。拳銃の向けた先、緑色の二つのライトが奥に消えた。
 気付かれたか? 春樹は足を水平に移動させ、可能な限り物音を立てず奥へ向かった。研究室と銘打たれたプレートが瓦礫の中に落ちている。地図の通り、ここはかつて研究室だった場所だ。
 コードCHAOが先導し、暗がりを物色する。ジジ、ジジと音を立てて電流が漏れていた。わずかだが電力は通っているらしい。
 扉から顔だけを覗かせる。暗い。暗黒。その中を壁伝いに進み、目を凝らす。緊張、恐怖、それらがまるで重たい石のように自らの体を地面へ押し付けていた。
 こういう時にようやく実感するのだ。自分は何て事はない、ただの人間なのだと。自分の枠が分かる。全てが無関心ではなくなる。出来る事の範囲を捉える。唐突に背後から明かりに照らされた。眩しさに一瞬行動が遅れたものの、すぐに拳銃を明かりへ向ける。

「武器を捨てなさい! 子供だろうと容赦はしません! 武器を捨てなさい!」

 薄暗さによく見えない。ただ、埃まみれの軍服と闇の中でも目立つ金髪が目に入った。舌ったらずな、けれども重厚な威厳の篭った声。
 その可能性を失念していた。西区は彼女の管轄であり、この研究所に通報しても意味のない今、連絡が行くのは当然西区担当の本部。そして、部下に任せない責任感の強さを持つ上官といえば――

「あっ、あなた! 特待研修生の!」
「ご無沙汰しております、メイスフィールド中尉」

 春樹は銃口を下げた。隣からコードCHAOの溜息が聞こえた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; YTB720; SLCC1;...@118x237x4x68.ap118.gyao.ne.jp>

3 大倉仁恵
 ろっど  - 09/12/31(木) 15:33 -
  
 ――GUN日本帝国本部/西区詰め所/1130時――


 ばん! 机を思い切り叩いた少女の名は、アリシア。アリシア=メイスフィールド中尉である。連邦政府のGUNから来た『精鋭』であるが、その外見から苦労は人の三倍と噂される。
 面と向かっているのは、特待研修生、仲神春樹――と、コードCHAO。念のためコードCHAOはアリシアの死角にいたが、どちらにしろ彼女には見えていないだろう。コードCHAOの存在を認識出来るのは、それを“生かすか殺そう”としているものに限定される。
 最も、今はむしろ矛先をそちらへ向けてくれた方が春樹にとって都合が良かった。アリシアの説教はとにかく長い。他の数人(居残り組)には小言しか言わないが、特別春樹にだけは厳しいのだ。

「どうして遺伝子研究所などにいたのです! 一体、何の任務で!」
「お言葉ですが中尉、任務ではありません。少々見識を広めようと街を見回っていたところ、門番の挙動がおかしかったものですから。案の定研究所内部は崩壊していました」

 アリシアは言葉に詰まった。確かに不審な点は多い。研究所内部の崩壊だけでなく、外壁に戦闘痕がない事や崩壊の事実が報告さえなかった事。何より怪しいのは門番がその事に気付かなかった事だ。
 定時連絡はなかったのか。内部に侵入した者はいなかったのか。また脱出者は? 物音は? そう、全てが怪しいのだ。それを考えれば、春樹がいた事など些細な事である。
 キッ! とアリシアは目を吊り上げた。体が震える。悪寒が走る。小さな体から醸し出される威圧感に、恐怖する。

「今後一切、勝手な行動は慎んで下さい! もし異変があれば支給されている端末で私に連絡する事! よいですね、cold-blooded!」
「はっ! 了解しました!」
「下がってよろしい!」

 さっと回転椅子に身を投げるアリシア。そういう行動が『子供っぽい』と思われる原因なのではと思ったが、何も言わずに敬礼して、春樹は退室した。
 その陰に隠れてコードCHAOも退室する。廊下を歩きながら二人は目を見合わせた。

「収穫は?」

 研究所。アリシアに見付かった直後にコードCHAOが発見した文書を、キャプチャー能力により吸収したのだった。便利なものである。コードCHAOは右手から波紋のようなものを発生させて、そこから文書を取り出した。

「教授から電子文書が届いていた」
「内容は?」
「SCAにて待つ」

 SCA? 春樹は記憶を呼び起こそうとして、やめた。研究所に送られて来たものなら、春樹宛ではないだろう。知っているはずがない。よほど予測力に長けた者でなければ、不可能である。特待研修生、仲神春樹があの研究所へ侵入するなどというのは。
 ちらりと見れば、ファックスの送られた時間は10時40分。ちょうどアリシアが春樹を見付けたくらいの時間だった。どこかに監視カメラがあったなら別だが、天井はほぼ崩壊していたためにそれもないだろう。そもそも、教授は自分の事を知っているのだろうか?
 コードCHAOが話したのなら別だが……いや、コードCHAOは教授からのファックスだと言ったが、文書のどこにも教授の名前は書いていない。信用もできない。罠かもしれない。

「どうして教授からだと?」
「指定された場所には教授しかいない」
「どこだか分かるのか?」

 無言。答えられない、という事だろうか? 言われてみればコードCHAOには答えられない事があまりにも多い。『自分と同じ』だからとはいえ、信用できるかと問われれば答えはNoだ。
 何を信じれば良いのだろう。春樹は立ち止まる。幼い頃、もっと世の中は簡単で単純だったはずだ。世界を肌で感じ、触れ合う心地好さ。いつの間に歪んでしまったのだろう。いつから、変わってしまったのだろう。
 黙る。人は信用できない。コードCHAOも信用できない。だから黙る。不信感がそうさせる。不安になる。恐怖を覚える。そうしていずれ忘れるのだ。そこに適応してしまうから。

「今は話せない」

 言い訳のように、CHAOは繰り返した。


 ――日本帝国/帝都北区/1147時――


 吐息が白く濁る。肌を刺すような寒さ。気分をも曇らせる空。大倉仁恵はぎゅうっと両手を合わせた。暖房設備の整った現代といえど、外は冷え込む。中が暖かいせいで余計だ。右手で髪の毛に付いた霜を振り払う。
 珍しく今日の午後からは非番だったので、仁恵は帰宅する事にした。春樹の様子は気になるが、きっと彼ならば大丈夫だろう。むしろ体調を考えて休息を取った方が良い。
 仁恵はクリスマスソングを口ずさんで歩きだした。技術と文化の発達した現代だが、残念というべきか未だ四輪自動車の交通量は多い。二輪自転車の規制によって事故自体は減っているものの、やはり事故は起こるものだ。
 だからその時も、自然に注意して見ていたのが幸いした。
 横断歩道に白い生き物がいる。自動車の接近に気付いているようだが、その場でおろおろと戸惑っていた。とっさの判断、仁恵はガードレールを飛び越えてその生き物を抱え込む。クラクションの音と同時に反対側へと飛び込んだ。
 耳をつんざくブレーキ音がして、自動車が止まる。

「なに考えてんだー!」
「こっちの台詞よ! なに考えてんの、あんた!」

 すると運転手は奇妙なものでも見る目つきでそそくさと自動車を発進させた。
 回りを見れば、通行人の注目の的になっている。ひそひそと話している雰囲気から、仁恵はただ事ではない何かを察した。救急車を呼ぶ人がいてもおかしくはないというのに、誰一人そういった行動を起こさない。
 どうしてだろう? 仁恵は抱き抱えている生き物を見た。目が合う。確かに――見た事もない生き物かもしれない。だからといって見捨てるだろうか? ありえない、と仁恵は思った。
 生きているなら、死なせてはならない。当たり前のことだ。仁恵は冷たい街の住人にそれと同じくらいの冷たい視線を投げかけて、走り出した。


 ――帝都北区/大倉仁恵宅/1210時――


 その生き物の体は冷たかった。白い体。頭の上に変なものが浮いているが、仁恵は気にしないことにした。この生き物は風邪を引くのだろうか? 分からない。薬は効くのか? 不明。
 とにかく温かくしなければならない。タオルをお湯に濡らす。あたたかい。ベッドに寝転がらせて、タオルを額に置いてみた。布団を被らせる。
 元気になって欲しい。そういえば、前にも同じような事があった気がした。ずっと前だ。小学生の頃だったか。叔父に連れられて行った先の研究所の近く。思い出せない。何か大切な事があったはずなのに。
 ストーブを付けた。灯油はない。現代、灯油を使ったストーブは使用率が減っている。ほとんどが電気ストーブだ。だんだんと暖かくなる。
 うとうとと舟を漕ぎ始めた。眠い。きっと長く続いていた仕事が終わってゆっくりと出来る時間があまりとれなかったせいだろう。春樹は大丈夫だろうか? 本当はとても心配だった。出来る事ならずっと付いていたかった。出来ない。しかし出来ない。彼がそれを望んでいなかったから。
 眠ってしまえば、この白い生き物の面倒は誰が見るのか。駄目だ。仁恵はすっと立ち上がった。両手で挟むように頬を叩く。

「大丈夫……?」

 どうして誰も助けようとしなかったのだろう。どうして。“目に入らなかった”のか。違う、と仁恵は思った。“目に入れようとしなかった”のだ。
 人は無関心だ。周りに目を向けようとしない。どうでもいい人が幸せだろうと、救いを求めていようと、それはどうでもいい人に他ならない。まして人ではない者など。
 怒りが湧いてきた。

「わ、わたしは……」
「大丈夫?」

 白い生き物が口をぽそっと開けた。それより頭の上のふわふわした丸いものが気になる。仁恵は白い生き物の頭を撫でながら、ちらちらとそれを見ていた。ふわふわ。これは何なのだろう。

(ちょっと触るだけなら……いや、駄目! う、でもちょっとだけなら……)

 つん。突いてみる。柔らかい。もう一回突いてみる。柔らかい。リハビリボールのような柔らかさだった。
 連続で突く。面白い。白い生き物がぴくっと反応した。これ、神経通じてんの? とありがちな疑問を浮かべる。がしっと掴んだ。

「おおー……」
「や、やめて……」
「ごめんなさい! 触っちゃいけなかった?」

 ばっと手を離して仁恵は立ち上がった。どうやら触っちゃいけないらしい。むう、と口をへの字に曲げるもつかの間、再びその生き物の頭を撫でる。

「あなたは、誰?」
「わたし、わたしは……CHAO。コードCHAO。大自然の……あれ?」

 CHAOは起き上がった。ぺたぺたと自分の体を触る。何かおかしいところでもあったのか? それとも何か落としたのか?
 ベッドの上に立って、CHAOはジャンプした。何がしたいのか。確かに仁恵もたまにやる。柔らかいベッドはジャンプすると跳ねて気持ちいい。だが、そういう訳でもないようだ。

「リンクが、切れてる……?」

 よく見ると頭の後ろに髪の毛のような……、とにかく頭が伸びていた。髪の毛のように。不思議なUMA、CHAO。

「わたしは、自由……?」
「自由よ。自由じゃないなんてこと、ないわ」

 頭を撫でる。本当に何が起こったのか分からない表情をして、CHAOは口をぽっかり開けていた。
 リンクとは何なのか。まったく分からないが……今はそっとして置くべきだという仁恵の思いと裏腹に、CHAOはぼそぼそとしゃべり始める。

「CHAOは大自然の意思体。素体の分子。人類を滅ぼすために生み出された。CHAOSによって」
「人類を滅ぼすって、……あなたが?」
「わたしたちが。そのはずだったの。でも、わたしはリンクが切断された。ロックも解除されてるの。どうして?」
「さあ? だけどそれはきっと良いことよ。自由になったんでしょ?」

 思いっきり笑顔でCHAOを見つめる。笑顔は伝染するのだ。明るさとか、幸せな気持ちとか。そういうものは伝染する。共有できる。
 笑顔で育った子は上手に笑う事が出来る。信じられて育った子は信じることを覚える。幸せな家庭で育った子は幸せを生み出す事が出来る。そうして伝染していく。
 だから仁恵は笑う。相手の笑みを引き出すための、幸せの鍵。少しロマンチックすぎるかなと、仁恵は自嘲気味に笑った。

「でも、わたしは大自然の意思……」
「あなたの生き方を決めるのはあなたよ。大自然のナントカじゃないわ」

 しばらくの沈黙があった。少しずつCHAOは話し始めた。自分のして来たこと。人が何人も死んだこと。それを可能にしたキャプチャー能力。自分は命令されていたこと。そして、それは誰にされていたのか分からないこと。
 ゆっくりと話した。

「わたしの中に、声が響いてるの。助けてって。誰でもいいからって。でも、わたしはいっぱいの人を殺して来た。――殺して来たの」

 罪。それを感じるのは『高尚』な人間だけではなかったのか? 科学者も大したことないなと仁恵は思った。叔父を叱りつけるしかない。

「だから、わたしは助けなきゃいけない。でも、わたしに出来るか分からない。わたしは元々人を殺すために生まれたから」

 思いっきり笑いたい気分だった。それは小さな悩みだ。ほんの少しの悩みなのだ。別に大したことはない。問題を難しくしているのは、いつだって自分だから。

「でも、わたし」
「でも、でもって、そうじゃないでしょ」

 考えないで行動するのは、ただの馬鹿だ。何も考えず、死地に赴き、自らの過ちに気付かず、全てを失う。それは馬鹿だ。
 だが、仁恵は知っていた。全てを知った上で死地に赴き、自らの過ちから目を背けず、全てを手に入れようと努力する人間を。それは馬鹿だろうか? Yes、馬鹿である。
 だけどその馬鹿で救われる人がいるだろう。その馬鹿で何かが変えられるだろう。その馬鹿が戦う理由になるだろう。その馬鹿が力になるだろう。その馬鹿が、

「あなたはどうしたいのよ?」

 尋ねる。どうしたいか。どうしなければならないか、ではなく、どうした方が良いか、でもない。自分の素直な意見を、気持ちを。
 当たり前のことだ。自分がどうしたいか。ダメなのは無関心になることだ。自分はどうもしたくない、“どうでもいい”と思うことこそ、人生のガンである。
 仁恵は続けた。

「あなたは大自然の意思なんかじゃないわ。あなたなの。私は大倉仁恵よ。GUN日本帝国本部本部軍代表、大倉仁恵。それで、あなたの名前は?」
「CHAO……わたしは」
「それが、あなたの名前?」

 CHAOははっとする。そうだ。CHAOは自分だけの名前ではない。人間が人間だと名乗るくらい、それは不自然なことだ。自分という個性。アイデンティティ。大自然の意思は、自分ではない。

「助けたいんでしょ?」
「でも、これもCHAOSに植え付けられたものかもしれない。そう思うと……!」
「助けたいと思っているなら、馬鹿をやってみてもいいんじゃないの? それが例え嘘でもね」

 馬鹿で人が救えるならと、馬鹿になった人がいる。滑稽だろう。誰からも理解されないだろう。苦しくてたまらないだろう。逃げ出したくなるかもしれない。しかしその孤独と自分の正義を天秤に掛けるのだ。そうすると決まった方向に天秤は傾く。
 CHAOは黙した。そんな姿も愛らしい。仁恵は微笑みながらそれを見続けた。言いたいことは全て言ったから。答えを出すまで、じっと待つ。
 ようやくCHAOは俯いていた顔を上げた。その表情には希望があった。いい顔よ、と仁恵が撫でると、CHAOはくすぐったそうに笑った。

「あなたの名前は、決まったかしら?」
「――教授が言ってた。わたしはチャオなんだ、って。コードCHAOじゃなくて、わたしは」
「じゃあ、行きましょうか」

 CHAOが――チャオが目を丸くする。

「どこに……?」
「あなたの助けたい人を、助けに!」
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; YTB720; SLCC1;...@118x237x4x68.ap118.gyao.ne.jp>

4 前嶋大翔
 ろっど  - 09/12/31(木) 21:38 -
  
 金属音が響く。金属と金属がぶつかる事によって、削られて行く。武器は何も無反動拳銃――反動を最大限縮小した拳銃――だけではない。近接戦用の高振動電磁ソード。狙撃の為のオートロックオン・ショットガン。あらゆる武器を極めてこそ『精鋭』となれるのだ。
 GUN特別訓練所。そこに少年はいた。『居残り組』のリーダー格。あのとき春樹に倒された少年が、GUNのメカをなぎ倒して行く。敵は歩兵を想定したハンターシリーズと、空中戦を得意とするホークシリーズの二機。
 訓練所の一角で、少年は戦う。
 電磁ソードを振るい、次々と敵を破壊する。ハンターシリーズの右腕を切り落とし、続いて左腕を落とす。空中から飛来する爆撃を避け、突き刺す。だが、彼の後ろからもう一機のハンターシリーズが迫っていた。
 訓練といえど、攻撃を食らえば死ぬ事もある。少年は油断していた。自分の力に酔っていた。ハンターシリーズの銃火器が轟く。右腕に被弾。電磁ソードを落とす。青ざめた顔で背後を振り向く少年。
 もちろん、訓練の際にはアラートスカウター(攻撃を察知し事前に知らせるサングラスのようなもの)と防弾チョッキを着用している。だが、油断すれば待つのは死だ。少年はこの時、死を覚悟していた。
 その一瞬、ハンターシリーズの脚部が真っ二つになる。続いて飛行するホークシリーズが一機、二機、三機と連続で落とされた。
 少年は現れた人影を見る。仲神春樹。特待研修生の、

「ハンターシリーズの弱点は脚部。次いで足下だ。気を抜くなよ」

 ――天才だ。

「つっ、なんだよ、自慢しに来たのか?」
「訓練だ。応急処置は出来るな?」

 少年は立ちあがって電磁ソードを拾い上げる。その表情には苦悶が広がっていたが、わずかなプライドがそれに屈する事を許さなかった。
 実は、ホークシリーズを撃ち落としたのは春樹ではなく、その後ろに隠れているコードCHAO。春樹は右手に持った軽量ライフルガン・ブレードでハンターシリーズを行動不能にしただけだ。
 しかし、少年にコードCHAOは見えない。全ては特待研修生である春樹がやったことだと認めるしかない。それがたまらなく、少年にとっては屈辱なのだ。

「くそ……なんでてめえみたいな奴に助けられなくちゃならねえんだよ」
「自分に聞け。聞いている暇があるのなら。第二波が来るぞ」

 少年はあわてて電磁ソードを構える。これ以上、生意気な優等生の前で無様な姿は晒せない。GUNのストレージからハンターシリーズが押し寄せて来る。少年は驚いた。
 訓練所には“ランク”が存在する。訓練が開始する前に設定するのだが、大抵の研修生はランクC。つまりは並以下の訓練しか行わない。一度に登用されるメカも精々五機から七機程。
 ところが今、目の前には三十機におよぶメカが並んでいた。考えるまでもなく分かる。“勝てない”――絶対に勝てない。死ぬかもしれない。
 そんな少年の目に春樹が映った。動揺すらしていない。設定したのは彼だ。恐らくはランクA。少年は電磁ソードを両手で祈るように構える。すがるように掴む。

「死んだら、てめえのせいだ」
「こんなところで死んでいたら、誰も助けられないで終わるだけだ」
「んな事っ……てめえが天才だから言える事じゃねえか!!」

 メカが迫る。一歩一歩、機械音を立てて迫り来る。死へのカウントダウン。凡人である自分にはどうあっても生き残れない。罠だ、これは仲神春樹の仕組んだ復讐なのだ。
 しかし春樹は動じない。天才と言われ、自分のせいにされたのにも関わらず。自分のせいに……? そうだ、自分のせいにされた。自分の弱さの理由を仲神春樹という天才に押し付けたのだ。命を救われ礼も言わず、全ての重荷を背負わせて。気遣おうともせず。彼の主張を聞こうともせず。

「ボクは天才か。本当にそうだったら、どれほど良かったことかな」

 ライフルガン・ブレードを構えて、春樹は呟く。コードCHAOはその隣で自らの敵を確実に捉えていた。少年は思う。なぜ怒らないのか。理不尽な扱い、侮蔑、嫉妬……それらに対して怒らないのか。
 自分だったら? 怒るだろう。どうして自分ばかりがこんな目に遭わなくてはならないのかと疑問に思うだろう。ふざけるなと思うだろう。
 誰かを恨むかもしれない。憎んだ上で、殺してしまうかもしれない。だが春樹はどうだろうか? 誰かを恨んでいるのか、憎んでいるのか、殺したいのか。否、仲神春樹は文字通り『何もしていない』のだ。
 ようやく考え始めた。天才と呼ばれる人間のことを。孤独の中で戦う少年のことを。ようやく、考え始めた。

「左舷は任せるぞ、前嶋大翔。右舷はボクが仕留める。サポートは任せろ。油断しなければ死にはしない」
「……ああ。ちっ、うっぜえな! 分かったよ!」

 電磁ソードが振動する。それは切断に特化したチェーンソーのようなものだ。近接なら味方すら巻き込み容赦なく切り刻む。だからこその役割分担だった。
 悔しいが、敵わない。足元にすら及ばない。やっと分かった。絶対に勝てない敵と、絶対に勝てない味方の中に自分はいるのだ。弱い。情けなくなる。今までは平気だったのに、その実感が足を震わせた。逃げたい。だけど特待研修生がいる。逃げたら情けなくて死にそうだ。思わず前嶋大翔はにやりと笑った。

「その意気だ」
「は?」
「笑い飛ばせ。いつものように。立ち向かえ。ボクにやったように。その震えは進化の震えだ。武者震いだと思い込め」

 春樹もライフルガン・ブレードをくるくると回転させて、もう一振り、高振動電磁ソードを左手に構えた。

「世界が変わるぞ」
「……はあ。お前の話はなげえんだよ、仲神!」

 突進する。命と命の駆け引きを実践する事が何より重要だ。死へと一歩一歩向かって行く緊張感。焦り。恐怖。冷や汗が滲み出る。“逃げたい”という思いがあった。それに反して、“逃げたくない”という思いもあった。
 先手を切ったのは春樹のライフルガン・ブレードだ。一発、射出する。それは確実にホークシリーズの一機を捉え、撃墜した。感心している暇はない。ハンターシリーズの脚部を切断し、銃弾が春樹のすぐ横を掠める。
 回避と、攻撃を一連の動作とする。それが近接戦闘の基本だ。大翔は電磁ソードを振り回し、足を狙った。空振る。しかしそれで終わりではない。その反動を利用して、無理矢理電磁ソードの軌道を変える。一機。右方向からアラートが鳴る。後退、回避する。
 一機、また一機となぎ払う春樹に対し、大翔は確実に一機ずつ破壊して行く。そのすぐ背後では『何かあった時のため』にコードCHAOが待機していた。
 春樹が電磁ソードを投げ、ホークシリーズの一機に命中させると、右手のライフルガン・ブレードで目前のハンターシリーズの脚部を切断し、その動作の中で銃弾を射出させた。ホークシリーズが撃墜する。その春樹の真横に迫ったハンターシリーズを、大翔が後ろから電磁ソードで突き刺す。

「油断してんじゃねえか?」
「かもしれないな」

 そう言って春樹は撃墜されたホークシリーズに刺さったままの電磁ソードを抜き取り、残機を確認した。三機。そのどれもがハンターシリーズだ。

「前衛は任せる」
「了解!」

 大翔は突っ込んだ。その背後を春樹がライフルガン・ブレードで狙う。大翔が電磁ソードで一機、真正面から突き刺す。だが、一撃はシールドに弾かれた。続いて春樹が射出。ハンターシリーズの頭部を撃ち貫く。
 弾かれた動作の延長で、大翔は電磁ソードを腕ごと捻る。とっさにハンターシリーズはシールドを構えるが、遠心力と勢いの追加された『なぎはらい』はシールドを側面から貫通し、ハンターシリーズのわき腹をえぐった。
 ところが、大翔の意識からもう一機の存在が消える。気がつくと背後に迫ったその一機に対し、大翔は死を覚悟しながらも電磁ソードを引き抜き、自分とハンターシリーズの間にねじ込んだ。
 そして、消滅する。跡形もなく。ハンターシリーズは塵一つ、金属粉一つ残さずに消滅した。コードCHAOがキャプチャーしたのだが、大翔にそんなことは分かるはずもなく、春樹を驚愕の視線で見つめた。
 ずしんと、地面が振動する。春樹と大翔とコードCHAOは同時にストレージを向いた。72型BIGFOOT。多くの武装を搭載した、GUNの軍用兵器である。

「ボスかよ。誰だ、乗ってんのは?」
「さあな。だが、戦うつもりのようなら容赦はしない。バルカンの射出口を抑えろ。本体はボクがやる」
「オーケー、失敗すんじゃねえぞ!」


 ――GUN日本帝国本部/訓練所/1309時――


 ホバー稼働時間は60秒。バルカン砲とロケット砲を搭載。搭乗者の安全性を可能な限り最大限確保したGUNの最新鋭兵器。72型BIGFOOT。
 春樹はライフルガン・ブレードを地面に突き刺して無反動拳銃のセーフティロックを解除した。もう少し火力の高い武器があれば言う事はないのだが、そんなものは存在しない――と思いかけて、ハンターシリーズの残骸を見る。
 ある。無反動拳銃で威嚇の一発目を放つと、春樹はすぐさま残骸へ走った。バルカンがそれを追う。そこへ大翔が回り込み、バルカンの射出口めがけて電磁ソードを投げる。BIGFOOTはホバーモードでなければ鈍重。バルカンの射出口には電磁ソードが突き刺さり、漏電していた。
 余裕でハンターシリーズの銃火器を拾うと、その一つを大翔に投げた。まさか自分に投げられるとは思っていなかった大翔はややよろめいてそれを受け取る。BIGFOOTはホバーモードへと移行しながら、分厚い脚部を収容していた。

「次はロケット砲だ!」

 銃火器で背部のロケット砲を狙う。合計で二つの砲口。弾数切れを待っている時間はない。ロケットには追尾機能こそ付いていないが、その搭載数はおぞましいものだ。
 しかし、背部ロケット砲は巨大すぎる。武装解除より先にメインエンジンを破壊すべきか、と考えて、大翔が先走る。銃火器は確実にその照準をコックピットに付けていた。
 殺すつもりでは、ないだろう。これが訓練ではないことくらい、彼にも分かっているはずだ。ならばどうしてと考えて、春樹はある事に気づく。すぐにサポートへ移ろうと銃火器を構え、狙撃の姿勢に入った。
 ロケット砲が射出される。弾数はバルカンの比ではなかった。その中をかい潜るように走って、大翔はBIGFOOTの足下に入る。真下から、ロケット砲の銃弾保管エリアを狙い撃った。連射。次第に装甲が削れる。連射。ホバーモードに完全移行したBIGFOOTが移動を開始する。
 そのタイミングを狙って、春樹がロケット砲の砲口を撃つ。内部から破壊されたロケット砲の二射目は不発に終わった。大翔と春樹は同時に駆け出す。大翔はバルカン射出口に突き刺さった電磁ソードを掴みとり、春樹はライフルガン・ブレードを握る。
 左右同時、コックピット下部のメインエンジンを、一突き。
 浮遊していたBIGFOOTは墜落する。コックピットが緊急脱出モードに移り変わり、開いた。かくしてそこにいたのは、GUN日本帝国本部副司令官、須沢宰。

「出過ぎた真似をいたしました、須沢宰副司令」

 唐突な事態にも関わらず、春樹は敬礼で応じた。大翔も倣って敬礼する。副司令はそれを手でおさえた。

「いや、こちらこそ手荒な真似をしてすまなかったね。さて……前嶋くんの機転で予定より早く撃墜されしまったが」

 須沢は懐から拳銃を取り出して、セーフティロックを外す。春樹は即座に対応した。無反動拳銃を須沢の構えた拳銃へ向ける。彼の銃口は間違いなく、コードCHAOを狙っていた。
 予想は出来ていた。そもそも彼が自分に指令を下したのだから。だから彼が次に放った言葉を聞いて、春樹は意表を突かれた。

「問題は、君が敵か否かだ」
「……ワタシは教授の、引いては仲神春樹の味方だ。須沢宰副司令官の敵ではないと推測される」

 須沢宰副司令官の敵ではないと推測される? それはようするに、つまり……。

「そうか。そうだったな。君たちは嘘が付けないんだった」

 須沢が拳銃を下した。しかし春樹は未だに狙いを彼に付けている。まだ彼が無実だと証明されたわけではない。
 しかし、コードCHAOは嘘を付けないという言葉を、コードCHAO自身は否定しなかった。信じて良いのか?
 まだ、分からない。断定する訳にはいかない。証拠が足りない。――そのときだった。地震が起こった。訓練所が揺れる。地鳴りが強烈な音となって響く。異常だ。自然現象ではなかった。

「我が国のGUNは傀儡状態と言えるだろう。奴らの隠れ蓑にすぎん!」
「奴ら……? 奴らって、誰だよ!」
「コードCHAO! またの名をCHAOS!」

 叫ばないと声が伝わらない。春樹は一人黙していた。状況を確認。問題は地震。GUNの内部は大丈夫だろうか? この規模だと人が死ぬかもしれない。
 ポケットから端末を取りだす。大倉仁恵軍曹は非番。アリシア=メイスフィールド中尉ならばあるいは……。春樹は通信ボタンを押した。三回目のコールの後、回線がつながる。

『各員は避難誘導を! GUNメカへの対応班――戦闘――……こちらメイスフィールド中尉です。現在緊急事態につき対応は出来ません、要件だけどうぞ!』
「こちら特待研修生、仲神春樹であります。状況を教えて下さい、どうぞ」
『あなた……ええ、分かりました。現在GUNのメカが暴走、無差別に基地とGUNの戦闘員・事務員を攻撃しています。このままでは持ちません。合流出来ますか?』
「現在位置さえ分かれば可能です。いえ、可能にします、どうぞ」

 危機が脳をいやに冷静にさせる。自分が孤独な空間に放り込まれる。世界には自分しかいない。拳銃を構える。ライフルガン・ブレードのロックをオンにして腰のフックにひっかける。電磁ソードを左手に握る。
 この為に自分がいるのではなかったか? 事態は限りなく不明だ。コードCHAOの疑念も晴れない。須沢宰副司令官が味方かどうかすら分からない。それでも戦わなくてはならない。
 自分の力はその為にあったはずだ。春樹はコードCHAOと視線を交わす。

『では管制塔で落ちあいましょう。健闘を祈ります、どうぞ』
「了解しました。研修生仲神春樹、管制塔へ向かいます」

 通信を切断する。須沢宰副司令官はすでに拳銃を両手に構え、大翔も電磁ソードと銃火器を手にしていた。GUNの危機。市民にも被害が及ぶ可能性あり。
 どうするか。どう状況を覆すか。まずは真実を知らなければどうする事も出来ない。ならば知っている人に聞くまでだ。

「副司令、先んじて無礼をお詫びいたします。この事態、コードCHAOによって引き起こされたものですか?」
「その通りだ。そしてコードCHAOは総督に取り入っている。大方得意のキャプチャー能力で操ってでもいるのだろう」
「なるほど。では、副司令、あなたはどちら側ですか?」

 もはや大翔には何が起こっているのか分らなかった。ただ、事態が危機的だということ。それだけは理解できた。
 考える事は得意ではない。それは『天才』にでも任せて置く方が良いだろう。戦うだけだ。善悪など誰にも分からないのだから。
 須沢宰副司令官はしばらく悩んだ様子を見せた後、うなずいて見せた。

「人類の滅亡を阻止する側、といえば分かるかな」
「それを聞いて安心しました」
「ふ、建前は良いよ。疑うべきだ。こんな時だからこそ」

 春樹は頷いて返す。

「では、行きましょう。恐らく訓練所から出た途端、戦場になります」
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5 須沢宰
 ろっど  - 10/1/1(金) 2:31 -
  
 ――GUN日本帝国本部/2F東非常階段/1355時――

 真実を知りたいから、誰も死なせたくないから、春樹は走っている。荒れに荒れた通路は使えずメカも多いため、非常階段を使うはめになってしまったが、逆に好都合だった。
 非常階段は管制塔のすぐ横に出るはずだ。気がかりは逃げ遅れた人がいないか、だが……。

「彼に任せて良かったのか、仲神くん」

 そう。前嶋大翔に任せたのだ。逃げ遅れた人がいるかの確認程度なら自分でも出来ると。彼の実力ははっきりしている。強い。信用していないわけではない。
 だが、それでも、それでも気がかりなのだ。仕方ない。自分に出来ることと、自分のしなければならないことは必ずしも一致するとは限らないのだから。

「ええ。急ぎましょう」

 管制塔はもうすぐだった。コードCHAOから目を離さない事を、春樹は決めた。


 ――GUN日本帝国本部/管制塔/1400時――


「総督……あなただったのですね。この事態を引き起こした黒幕は」

 アリシア=メイスフィールドがGUN日本帝国本部総司令官、芳川正宗の心臓部を拳銃で狙う。彼の背後にはGUNメインコンピュータの全データが削除された旨が表示されていた。
 もはや彼の瞳に光はない。だが詳しい事情を知らないアリシアはその意味が分からなかった。分かるのは彼が敵だということ。この事態を彼が引き起こしたということだ。

「中尉。君はこの世界が、国が、人類が腐敗していると思った事はないかね?」
「ありません」

 断言する。総司令官は溜息を付いた。いかにも残念だ、というような表情を浮かべて。この状況下において、総司令官が逆転する方法はない。彼はまず武器を構えていない。
 だから、絶対的な優位はアリシアにあるはずだった。それを確信して揺るがなかった。

「残念だよ、メイスフィールド中尉。実に残念だ」
「私は希望を捨てたりはしません。残念なのはこちらです、総督。あなたは良い上官だと――」

 銃声が響いた。通常の無反動拳銃は銃声が響かない。多少の音はするが、それでもここまで響きはしない。だからこの銃声は、無反動拳銃ではないということだ。
 つまり、アリシアが撃ったのではない。彼女の視線からは芳川正宗総司令官から、唐突に銃が発射されたようにしか考えられなかっただろう。腹部を銃弾が貫通する。しゃがみ込み、苦悶の表情を浮かべるアリシア。
 事実は一つ。芳川正宗総司令官には攻撃手段があるということだ。対応出来ない。まるで魔法を相手にしているようだった。未知の武器。撃つ動作さえ総司令官には見られなかった。
 撃たれた。それは絶望に近い。動けない。待つのは死のみだ。総司令官が趣味の悪い笑みを見せた。勝利を確信した笑みだった。

「中尉。君は殉職だ。二階級特進の栄誉は、天国で誇りにしてくれたまえ」

 アリシアは死を覚悟した。同時、アリシアの頬を銃弾が掠める。その銃弾は総司令官の左大腿部に命中した。実際に狙ったのは総司令官の足ではない。
 彼の目の前に立つ、黒いコードCHAOの頭上の球体を、それは確実に撃ち貫いていた。

「メイスフィールド中尉、遅れました。申し訳ありません」

 無表情に春樹は総司令官の右大腿部を狙い撃つ。右腕間接、左肩、合計四発の銃弾が総司令官に命中した。声にならない悲鳴を上げて総司令官がうずくまる。
 あまりの容赦のなさに、アリシアは恐怖するより呆気に取られた。彼にとって世界は二つ。敵か味方か。悪か善かである。
 黒いコードCHAOは高笑いした。アリシアには何も見えず、聞こえない。しかし春樹と須沢、水色のコードCHAOには、確かにその声が聞こえていた。

「初めましてというべきか、仲神春樹。ワタシはコードCHAO。大自然の意思体。ワタシのキャプチャー能力を封じたのは見事と言えよう」

 頭上の球体はなんとかその形状を保ってはいるが、時間と共に変色しつつある。赤から青へ。青から群青へ。群青から黒へ。これがキャプチャー能力を封じた証なのだろうか。
 だが黒いコードCHAOは笑みを消さない。それが妙なあやしさを残していた。確かにGUN日本帝国本部は壊滅に近い。ここまで荒れ、総司令官は黒幕と来た。だが黒いコードCHAOの能力はもう使えないはずだ。勝利は確定しているのに、どうして……?

「どうしてこんなことをした? お前たちの目的は? 総司令を操ってまでしたかったこととは、なんだ?」
「人類の滅亡。それ以外にワタシたちの目的はない」
「なぜだ?」

 コードCHAOの目的は人類の滅亡。それにしてはおかしな面が多々ある。水色のコードCHAO、春樹と行動を共にしてきたコードCHAOは違うらしい。
 スパイならば先程黒いコードCHAOのキャプチャー源が撃たれる前にどうにかしていることだろう。無敵のキャプチャー能力に敵はないのだから。
 故に。故に水色のコードCHAOは敵ではないのかもしれない。春樹はそう思った。だとしたら、この不敵な笑みの正体とは何なのだろう。副司令官の表情も、どことなく青ざめているように見える。

「だがコードCHAO。お前たちがどれほどの力を持っていても、人類を滅亡するまでは……」
「滅亡させるのはワタシたちではない。いや、ワタシたちだけではない、というべきか」

 二回目の地震が起こった。地鳴り。そこにコードCHAOの高笑いが重なる。水色のコードCHAOは沈黙していた。先程から嫌に静かだ。黒いコードCHAOと反するように。
 恐怖だろうか。春樹は高笑いよりも、静かに立つコードCHAOに恐怖を覚えていた。何を考えているのか分からない。春樹は舌打ちしたい気分だった。真実に近づけたと思えば、分からないことだらけだ。
 総司令官の裏に隠れているコードCHAOが黒幕なのではなかったのか? 黒幕はキャプチャー能力を既に使えない。だとしたら勝利は目前だ。後はGUNの状況を改善すればいい。なのに何だ、この……。
 得体のしれない恐怖と、何か起こるかもしれないという悪寒は。

「ワタシたちの勝ちだ」

 ざざー、と、GUNの通信回線に紛れ込む回線があった。地鳴りの中、全員の視線がメインコンピュータに向けられる。
 この緊急事態に、ハッキング? 春樹は悪い予感の的中におびただしい何かを感じた。そう、まるで、誰かの殺意を一斉に受けたかのような。そんなおびただしい何かを。

「何をするつもりなんだ、コードCHAOォ!!」

 副司令官の叫びが地鳴りの中に轟く。コードCHAOは高く笑った。

「悪いのは君たち人間だ。ワタシではない!」
『……り返す、我々は……る』

 地鳴りが一瞬、止む。コードCHAOの高笑いが収まる。

『……応答の有無は確認しない』

 その声が、合図となる。

『こちらはGUN連邦本部である。これより軍事兵器コードCHAOを内包する貴国に対し、武力制圧を行う』


 ――日本帝国/上空/1429時――


「こちらHot-eye05! 本部応答せよ! 本部応答せよ! 連邦政府のGUNが襲来! プリズンアイランドにて編隊を開始! 赤灯! 繰り返す、赤灯発射!」


 ――日本帝国/GUN海上軍隊/1429時――


「まさか……これは……」
「大佐、どうされましたか!?」
「いかん、急ぎ本部へ通達! プリズンアイランドにて赤灯が発射!」


 ――GUN日本帝国本部/管制塔/1429時――


 こうなるとは、誰が予想していただろうか。コードCHAOの最終目的。それは戦争。戦争とは滅ぼしあうことに他ならない。加え、コードCHAOについての情報が漏れている。間違った方向に。誤解だと言って通じる相手ではなかった。
 もはや事態は止められない。恐るべき事態は。人類の滅亡。あながち先の遠い野望でもないかもしれない。

「なんてことを……!」
「ワタシの計画に狂いはない! ワタシの作ったCHAOの軍団との全面戦争において、連邦政府は屈するのだ! そうして世界は知る! ワタシたちコードCHAOこそが、世界の王者として君臨するのだと!」

 春樹は止められない大きな流れを感じ取った。自分一人がどれほどの努力を積み重ねたところでどうにもならない現実を見た。誰かを助けたいとあれほど思い、誰かが悲しむのをあれほど許せずにいた。その感情が一瞬で消え失せて行くのを理解した。
 所詮人の心は変えられない。国は動かせない。世界を見ていることしか出来ない。自分の弱さ。弱いのだ。変えられない。心を変える事は出来ない。絶対に。何があろうとも。出来ない。
 人の心さえ変えられない人間に、一体何が変えられるというのだろう。

「駆逐される痛みを知れ。絶望と恐怖を知れ。人類は滅ぼされてしかるべき存在なのだから!」
「くそ、本部が倒壊する前に脱出するぞ! 仲神くん! ……仲神くん?」

 出来ないことなんてなかった。生まれてから出来なかったことは努力してなんとか出来る、その道が示されていた。
 助けられない人がいたから、助けるために努力した。強くなった。簡単だった。段々複雑になって行った。変えられない人の心が現れた。
 人の温かさを知らない自分はだめなのか。結局は何も変えられず、一人落ち込む運命にあるのか。孤独の一途をたどっていた。それは闇の中だった。

「仲神くん! しっかりしてください! 脱出します!」
「……メイスフィールド中尉……、はい」

 誰かの手を借りないと立ち上がれないほどに、弱かっただろうか?
 誰かの声で起こされなければ、起きられなかっただろうか?
 誰かに絶望しているのではない。何も変えられない自分に絶望しているのだ。天才ならばどうにかできるのだろうか? あらゆることを簡単にできる天才ならば。
 管制塔を出る。非常階段を駆ける。既に他の事務員や戦闘員は脱出できただろうか。そんなことを気にかける余裕もないほど、春樹は自分のことで精いっぱいだった。

「奴は先程言っていたな。――ワタシの作ったCHAO軍団がどうのこうのと。どういうことか分かるか、コードCHAO?」
「分からない。ワタシ、わたしは……リンクが切れた。CHAOSとの接続が途切れた。ワタシは……」
「リンク? くっ、こんなときに限って……」
「説明を求めます、副司令」
「コードCHAOとは大自然の意思を代弁する者のことだ。本来彼らは文字通りの一蓮托生。一人が絶命すれば全て絶命する、ハイパーリンクシステムを搭載する」

 GUNのメカの瓦礫を飛び越し駆けながら、須沢は説明する。

「それはCHAOSと呼ばれるコンピュータが司っている。CHAOSこそ大自然の意思素体だ」

 人が倒れていた。その息を確認して、須沢は首を横に振る。死と対面した。その事実は春樹の精神に強い打撃を与えた。

「天才科学者である教授はSCA計画と同時進行で暴走を始めたCHAOSを制御する方法を考えていたが、ついにCHAOSは独立した。CHAOを生み出し、大自然の復讐の意思を遂げようとしたんだ」
「大自然の復讐の意思?」
「CHAOSは元々、大自然と対話する装置だった。それを大自然の意思によってクラックされた」

 三回目の強い地震と地鳴り。

「全ては仕組まれていたことだったんだ。CHAO軍団というのは、恐らく……」

 本部から脱出する。空は限りない快晴。かつて失った輝かしいほどの青がそこにあった。ノンマットビジョンにはプリズンアイランドの軍隊が映されている。
 戦争の実感に、春樹は再び衝撃を受ける。そのプリズンアイランドの飛行場に、小さな体のCHAOの大群が押し寄せていた。
 CHAOと連邦政府の戦い。世界的に見れば日本帝国のGUNが連邦政府に戦争を仕掛けたということになるのだろうか。重なって行く誤解と絶望。解けない。不可能。

「ワタシは……」

 コードCHAOは足下をおぼつかせて倒れた。春樹はその光景さえ見ていることしかできない。自分の弱さを知ってしまったから。
 もう無理だと悟ってしまったから。

「始まってしまっては止められない。このままだと、この国は!」

 何もかもが狂い始めている。終わらない悪夢。春樹は道を見失った。


 ――GUN日本帝国本部/地下/1429時――


 前嶋大翔は逃げ遅れた人がいないか、探していた。もちろん、先程の話が気にならないわけではない。実を言うとあのまま仲神春樹に付いて行きたかった。それは否定できない気持ちだ。
 だが、自分が行っても足手まといだろう。弱さはよく分かっていた。今までの自分が間違っていた事も。自分に出来る事からやって行くのだ。ゆっくりと。そうすればあの天才の気持ちも少しは分かるだろうか。
 無駄な事を考えている場合ではない。探している途中で奇妙な扉を見つけた。そこは階下……GUN本部の地下だ。
 大翔は電磁ソードを構えながら進む。簡単なことだ。天才であればどうするか、天才であれば何を考えるか。自分が仲神春樹になりきればいい。
 地下は一本道だった。先の見えない長さに大翔は圧倒されながらも、行くか行かないかを考えた。仲神春樹ならどうするか。様子見だけに限るだろう。大翔は止まった。
 どこへ続いているのだろうか。わずかにゆれる中で大翔は考えた。少し進んで情報収集だけしてくる、というのはどうだろう。名案のように思えた。何より仲神春樹を見返すチャンスだ。
 大翔はどこへ続くかもわからない道を歩き始めた。


 ――日本帝国/帝都北区/1429時――


 戦争が始まった。個人の力ではどうにも出来ない、圧倒的な“数”という敵が動き出した。こうなってしまってはどうすることも出来ない。仁恵はよく分かっていた。
 GUN日本帝国本部からメカが溢れ出すように暴走している。街は悲鳴と轟音に塗れ、人は他人をついに無視し始めた。我先にと逃げ始める人たち。その中で仁恵とチャオは立ちつくしていた。

「行きましょう。“反応”はどっち?」
「こっち!」

 GUN日本帝国本部を指すチャオ。二人は駆け出す。助けたい人がいるから。


 ――GUN日本帝国本部/北門/1445時――


 どうにも出来ない世界があって。
 どうにも出来ない場所にいて。
 どうにも出来ない自分が大嫌いで。
 どうにかしたくて。
 どうにかしたかったのに。

 仲神春樹は、戦えない。二度と。戦えない。帰る家はなく。逃げる場所もなく。感情のやり場もなく。ゆがみ続ける。

 だから。
 だからといって。
 逃げる理由には、ならない。
 それでも。
 戦わなくては、何も変わらない。
 変わらないのだ。
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6 仲神春樹
 ろっど  - 10/1/1(金) 8:05 -
  
 目の前で親が死んだ。何も出来なかった。元から喧嘩ばかりしていて、日頃からいなくなればいいと思っていた両親だった。でも、死んだ。
 死んでしまったら何も残らなかった。今までの辛い感情も。痛みも苦しみも悪意も。残ったのは後悔だけだった。まだ話す事はいっぱいあった。あったはずなのに、いなくなってしまった。
 だから二度と後悔はしたくなかった。目の前の人から助けて、あわよくば全ての救いを求める人々の為に戦おうと決意した。誰も死なずに、誰も悲しまずに済む世界を。
 変えられると思った。簡単だった。“誰にも負けないくらい強くなれば良い”。敵が千人いるのなら、千の力を持てば良い。敵が万人いるのなら、億の力を以って立ち向かえば良い。
 簡単だったんだ。幼い頃のボクにとっては。


 ――日本帝国/帝都南区/1852時――


 寂れた一軒家の前に、春樹は水色のコードCHAOを抱きかかえて立っていた。鍵は開けっ放しだ。中には何もない。コーヒーとちょっとの食料を近所のコンビニで購入し、春樹は家の中に入った。
 この家に別れを告げたあの日。希望と共に振り切った過去。きっと全てはこの家から始まったのだ。この家で味わった苦痛と向き合わなければ駄目だった。それなのに逃げてしまった。誰かを助けるというのは罪の意識から逃げるための言い訳にすぎなかった。
 だから弱さと再び向き合ったとき、春樹は絶望に沈んだのだ。
 だけど、自分のせいで苦しんだ人くらいは助けなければならない。それは当然の事だ。コードCHAO。もしかしたら、助ける方法があったかもしれない。今、彼は苦しんでいる。他でもない自分のせいで。
 だとしたら責任を取るべきは誰か。春樹である。
 コードCHAOを布団に寝かせ、春樹は長らく放置されていたやかんに水を入れて温め始めた。この家はあの頃のままで残っている。
 光熱費などは基本料金だけ振り込んでいた。理由はいつか帰ってくる場所だからだ。まさかこんな早く帰ってくる事になるとは全く思ってもみなかったが。
 弱さ。自分の弱さだ。帰る場所がなければ戦えない。逃げる場所がなければ戦えない。手遅れだ。どうすることもできない。
 かといって、責任や罪から逃れられるわけがないのだ。春樹は目の前で両親が死んだ瞬間を思い出す。助けられるのは自分しかいなかった。
 身を呈して庇っていたら? どういう結果になったにせよ、後悔はしなかっただろう。
 邪悪な感情が渦巻く。それを否定したかった。“死んで清々した”という感情を。自分は間違ってないと誇る為に戦った。逃げているのと変わらない。

 コーヒーをすする。疲労が溜まっていた。一日の密度が高いとバランスが崩れる。
 リビングのノンマットビジョンからは突如としてプリズンアイランドに出現したCHAO軍団についてのニュースが放送されていた。どこのチャンネルも同じようなものだ。
 戦争が始まる。真実は分かった。CHAOは大自然の意思に操られ、対話を試みたCHAOSですら乗っ取られた。大自然の意思は絶対にして究極。人類は滅亡するだろう。
 それでもいい、と春樹は思った。どうでもよかった。どうして自分ばかりがこんな辛い思いをしなければならないのだろうか? 適当に生きている人間が大多数だ。彼らの罪は彼らで償えば良いのだ。春樹が肩代わりする必要はない。
 自分の罪は自分で償えばいいのだ。

「……ハイパーリンクが切断された今、全てを話しても大自然の意思に伝わる事はない」

 唐突にコードCHAOが口を開いた。春樹は半ば意識の外側でそれを聞き取った。無関心とは毒だ。世界と自分を切り離してしまう。自分で気付かないうちに。

「大自然の意思に悟られぬよう、ワタシは記憶に厳重なロックを掛けていた」

 声だけが脳内に響き渡る。コードCHAOの声だけが。他には何もなかった。

「ワタシは並行世界より、ハイパーリンクシステムを通じてやって来たコードCHAO。間違った結末を迎えた世界を正すために来たコードCHAOである」

 ミステリ小説の種明かしを聞いているようだった。間違った結末という。何が間違っていて何が正しいかもわからないというのに?
 世界はおかしい。間違っている。だけどどうすることも出来ないのだ。弱いから。罪は弱さにある。

「その世界で、仲神春樹は死んだ」

 驚いた。コードCHAOからは見えないところで、春樹は目を丸くする。仲神春樹は死んだ。自分を犠牲にした。

「世界は救われた。辛うじて。だがワタシは悲しんだ。ワタシと共に大自然も悲しんだ。教授に出会い、別の可能性を提示された」

 自分を犠牲にして世界を救う。それが一番いい方法だと春樹には思えた。罪を償うことが出来る唯一の方法かもしれない。
 他の世界と言えど、自分は出来たのだ。逃げずに立ち向かえた。なぜ? その仲神春樹と、今の自分との違いは、一体何なのか?

「ワタシはこの世界へやって来た。誰も死なせずに、誰も悲しませずに――そうして世界を救うために」
「結局、世界は終わるんだ」

 誰のせいかと言われれば、自分のせいだと答えてしまうだろう。罪を償うにはどうしたらいいのか、分からないから。死んで償うしか、ないのだろうから。

「次の世界でよろしく頼むよ、コードCHAO。ボクは……」

 ホルダーから拳銃を掴み上げる。セーフティロックを外す。頭に押し付ける。死ねば救われるのだ。罪から解放される。
 自分のせいにしないで済む。これしか方法はない。ならばやる。死後の世界になど興味はないが、それでこの引き金が引けるなら、いくらでも興味を持とう。
 ――どうでもいい。自分が救われたかった。人を助けるというのは建前で、自分が助けて欲しかったから助けていたんだ。助けて欲しかった。
 でも、いくら叫んでも、どれほど目立っても、助けてくれる人はいなかった。一人だと分かった。孤独に耐えなければならなかった。また助けを呼んだ。誰も来なかった。

「春樹……変わっていた。ワタシのいた世界とこの世界では、何かが変わっていたんだ。だから春樹はまだ生きている」
「もう遅い、遅いんだ」

 誰彼構わず、困っている人のところへ、悲しむ人の元へ、光の速さで駆けつける正義のヒーローが欲しかった。
 なろうとした。無理だった。自分は助けられる側なのだ。たぶん、きっと。正義のヒーローはいつまでも不在のままで、世界は悪意に飲み込まれて、消える。

「そういえばボクは、お前を殺すように命令を受けていたんだった」

 拳銃をコードCHAOへ向ける。キャプチャー能力があるから殺せはしない。だけど切っ掛けにはなるだろう。自分が堕ちたという確証が持ちたかった。
 正義なんて自分にはないのだと思い込みたかった。証明できないからだ。善悪など個人で割り切れるものではない。
 証明できないものを持ちたがっていた。そうして、それを振りかざす者になりたかった。正義のヒーロー。子供じみた世界。正義のヒーロー。
 分かっているはずだった。なれないと。それは夢幻にすぎないと。
 子供の時は簡単だった。正義のヒーローは弱きを助け悪しきを挫く。だが悲しんでいる人をどうやって見分けるのか。悪をどうやって判断するのか。大人になるにつれて疑問は多くなる。そうやって難しくなる問題。
 殺せないのなら自分が死ぬ。死ねないのなら殺す。命令に生きるか、罪を償うか。

「……でもボクには殺せない。……殺したくないんだ」

 だから自分が死ぬ。選択肢は二つ。三つめは、存在しない。
 再び頭に拳銃を押しつけて、春樹は呟く。

「ごめん」
「どうして一人で背負い込むの? なんでもかんでも、一人で出来るような顔して、全部、一人でっ!!」

 叫び声が聞こえた。拳銃はいつの間にか手から離れていた。壁に弾痕がある。
 ああ、そうか。死にそびれたのか。春樹は脱力して、へたりこんだ。いつの間に来たのか、目の前には大倉仁恵と――白いコードCHAOがいた。

「チャオ、あなたはあっちの子を。この子は、私が叱るから」

 仁恵はいきり立った表情で春樹に迫る。青ざめる春樹が怯えて後退するが、仁恵はずんずんと近づいて行った。
 距離というのは大切だ。人と人との絶妙な距離感。人の心に土足で踏み込めば、大抵の人は嫌な思いをすることだろう。
 しかし仁恵は人の心にすんなりと入って来た。春樹は抱きすくめられて、ようやく意識の外側で聞いていた声が、響く。

「楽しいときも、辛いときも、ずっと側にいるから」

 響く。

「あなたを一人になんて、させないから」

 響く。

「あなたが助けてって言ってくれれば、私はいつだって駆けつける」

 響く。

「だから、忘れないで」

 響く。

「一人で戦っている時も、誰かと一緒にいる時だって、思い出して。私は、あなたの味方だってこと」

 響く。

「私は、あなたを絶対に死なせないってこと」

 声が心に響き渡る。雪は温かくなるにつれて、ゆっくりと水となって溶けるという。人の心も同じなのだろうか。泪を流して、春樹は思う。温かくなれば、こうも簡単に溶けてしまうのか。
 冬は過ぎれば春が来る。今は寒くても温かくなる。春樹は泪を拭った。泪の向こうにはぼやけた景色しか見えないから。そんな世界はいらない。欲しいのは確かな世界だ。
 誰一人悲しまず、誰一人死なず、誰一人として苦しむことのない――

「あう……」
「ワタシは何も見なかった事にしておく」

 見ればCHAOが二人、揃ってこちらを凝視していた。春樹は笑って頷く。立ち上がった。すると、思ったよりも体は軽かった。

「大丈夫?」

 死んだら悲しむ人がいる。死ぬも罪、生きるも罪なら。いっそ生きて貫き通そう。
 疑う事に疲れたならば。いっそ全てを信じてみよう。
 掴み取ったものは、決して手放すな。分かっているはずだ。既にカウントダウンは始まっている。勝負は勝つ。正義は自分。立ち止っている暇はない。
 正義のヒーロー。悲しんでいる人が誰か分からない。なら全員まとめて助ければいい。光の速さで駆けつけて。その手には剣を携えて。立ち向かえばいい。ここは他でもない、ボク自身の世界だ。
 拳をつくる。小さい。けれど大きい。やろうとしていることは不可能だ。敵はその『不可能』という思い込み。自分を変えられない人間に他人は変えられない。

「ボクは、まだ死ねない」
「まだじゃなくて、ずっと、よ」

 仁恵は微笑みかけた。一人で戦っていた少年は、今、本当の意味で一人で戦える少年になった。
 携帯端末を取り出して、仁恵はタッチする。そうして端末を春樹に差し出しながら、

「あなたの思う通りにやってみると良いわ。頭じゃなくて――」

 左胸を指す。

「ここでね」


 ――GUN日本帝国本部/地下扉/1912時――


 アリシアは絶望的な状況にいた。逃げ遅れた人を探しに負傷した体を叱咤して本部へ戻ったは良い。ところが、地下へと続くと思われる扉から次々と国籍不明のメカがあふれ出て来る。
 そのメカは辺り構わず破壊しつくしていた。いや、心なしか周囲の金属を吸収している風さえ感じる。嫌な予感は的中した。発砲した弾は相手にあたらず、消えた。
 万事休す。弱点さえ分からず、おまけに負傷中である。アリシアは目を瞑った。終わりだと、本気で感じた。
 だが、迫り迫ったメカの武器を、前嶋大翔の電磁ソードが受け止める。

「大丈夫か!? 早く逃げろ! 俺が……」

 電磁ソードは触れた部分から一瞬で根こそぎ消滅した。同時にメカの武器に同じような形状のものが出現する。

「吸収!? ありかよ!!」

 銃火器を発砲。銃弾は消滅した。何も通用しない。見えない防御壁のようなものが展開されているのだろうか、と考えたが、すぐに考えるのをやめた。
 “仲神春樹ならどうするか”。決まっている。まず先に他人を逃がすだろう。間に合いそうもない場合は? 敵に見えない防御壁、能力不明。分からない。

「くっそおおおおおっ!」

 殴りかかる。腕が消えるのを承知で。メカの頭部が赤く光った。
 ――ところが。
 殴った胸部のパーツが砕ける。意表を突かれたのは大翔だった。すぐに距離を取る。胸部の破壊されたメカの内部には赤い球体が隠されていた。

「撃て、前嶋大翔!」
「了解!」

 連続射撃。球体にヒビが入る。続けて連射。球体が欠ける。弾数切れを起こし、銃火器がエラー音を鳴らした。
 そこへ一撃、青い光線が通り抜ける。それはメカを蜂の巣にした後、周囲のメカの装甲をも破壊しつくして行った。
 風が奔る。先頭にいたメカを蹴り飛ばし、右手に持った拳銃を構え、仲神春樹は敵を捉えた。敵の数は無数。味方は少数。負ける気はしなかった。

「ここはボクに任せろ。お前はメイスフィールド中尉の護衛と応急処置を。あわよくばボクの取り逃がしたキャプチャー兵器が街へ行くかもしれない。バックアップはお前に任せる」
「だから話が長えよ、仲神。まあ、任された。好きにやらせてもらうわ」
「出来るのか、お前に?」

 ふわっと風が舞う。春樹は浮いていた。足下から――正確には靴の下から、風が吹き出している。両手には青と黒のカラーリングを施された長めのハンドガン。研修生に支給される軍服。
 そして右手首に装着した水色のリング。

「こっちにはまだ最後の手段が残ってるんだよ!」
「それがシカトか」
「……はあ。それより急いだ方がいいんじゃねえのか? こっから地下通って行けばメタルハーバーまで一直線だ。ま、敵は多いけどな」

 その彼の隣を、堂々と青色のコードCHAOが歩いて行った。大翔は唖然として、しかし見なかったふりを決め込む。
 大翔は後ろを見た。アリシアは負傷中。美人と噂の本部長と何やらその横に白い生き物を確認して大翔は溜息を付いた。

「まあ、あれだ。本部長さん、ひとつよろしく頼みます」
「ええ。気をつけてね、春樹」
「プロフェッサーから頂いた装備を無駄にはしません、軍曹」

 右手首にある水色の光を放つリングは、コードCHAOと連動する事によってキャプチャー能力を封じる機能が搭載されている。仕組みは分からないが、同じ波長を完全停止させるソフトウェアだと教授は言っていた。
 ホバーシューズは最大ホバー稼働時間300秒。両手のハンドガンは9発の射出を可能としたエネルギー銃。いずれもエネルギーを大量消費するため量産化は不可能だが、コードCHAOのキャプチャー能力がそれを可能にするのだ。
 あらかじめエネルギーを吸収して置けば、まさに無尽蔵のエネルギー供給源。敵はいなかった。相手がキャプチャー能力を使っていてもいなくても。
 目指す場所はSpaceColonyArkの中枢。SCA計画によって生み出された場所。そこへはプリズンアイランドの戦争小康状態の中心地であるプリズンレーンを経由した上で、その奥地であるアイアンゲートへ行かなければならない。
 不可能ではなかった。

「戦争相手にすんだろ? さっきメタルハーバーでも放送されてたぜ。お前こそ出来るのかよ、仲神?」

 不可能はないのだ。かのナポレオンは言った。我が辞書に不可能の文字はないと。真実がどうかは関係ない。実行するのは自分なのだ。

「忘れたか」
「何を……」
「ボクは天才なんだ」

 青く変色したコードCHAOが駆け出す姿勢に移る。後頭部には三本、角のようなものが生えていた。それを見て春樹はキャプチャーキャンセラーをオフにする。
 水色の光が止んだ。

「一気に駆け抜けるぞ、コードCHAO!」
「了解した」

 駆け出した。後に残るのは風。メカをキャプチャー能力で吸収し尽くし、大群の中を疾走する。
 もう誰も、止められなかった。
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7 プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニック
 ろっど  - 10/1/3(日) 15:56 -
  
 ――SpaceColonyArk/中央制御室/1935時――


 彼は選択した。最強の力を得て、彼は立ち上がった。生きることとは時として勝負に喩えられる。彼にとって、今がその時だった。それだけの話だ。難しい事じゃない。
 ただ、彼の敗北は世界の敗北と同義であることは紛れもない事実。世界の敗北とはすなわち人類の敗北を差し示す。
 しかし彼は選択したのだ。生きる事を。立ち向かう事を。それは辛い選択。逃げない証。根拠や理由は何でもいい。生きてさえいれば、それは生きているのである。
 科学者は人の悪い笑みを浮かべた。にやりという表現よりも、にたあ、という表現の方が似合っていた。科学者は常に孤独である。孤独であるからこそ強いのである。腕っ節で誰にも負けた事のない人間と、孤独に耐え続けて来た人間。総合的な強さで考えれば、断然後者が上回る。
 それほどに精神というものは難解で、克服しづらく、成長が難しい。だからこそ科学者は力を生み出した。正義に力を与えようと。世界すら敵に回せるように。
 一人では出来ない。キャプチャーキャンセラーはキャプチャー能力を封じる事にのみ効果を発揮し、ホバーシューズも稼動限界の枠は超えられなかった。CHAOSのエネルギーを採取し加工したエネルギー銃も万能ではない。圧倒的な“数”を前にした時、無力と化す。
 ところがCHAO。自律を遂げた彼らのキャプチャー能力ならば、人類がどれだけ束になろうとも敵わない事だろう。そして大自然の意思に操られしCHAO軍団。彼らはキャプチャー能力さえなければただの兵器とCHAOでしかない。
 彼の敵ではないのだろう。
 正義とは孤独だ。誰からも理解されず、誰もが敵対する。だが正義を理解する者が現れた時、その力は何倍にも膨れ上がる。なぜか? 正義を他人の存在によって肯定できるからだ。強固なものとなった正義は揺るがない。心が揺るがなければ正義は一定である。
 科学者は笑った。駆け上って来い。戦争など大した事はない。阻止し、上り、そして全世界へ叫ぶのだ。“われが正義だ”と。だから、

「君に授けよう。天才科学者たる俺が生み出した、世界唯一の――!」


 ――プリズンアイランド/連邦政府軍/1940時――


 戦争は小康状態にあった。CHAO軍団と名乗る集団との会話が試みられているが、彼らは応じない。ひたすら立ち塞がっているだけだった。まるで何かを守るようにして。
 GUN連邦政府本部の将軍、ウェスカー=メイスフィールドは厳格な表情で考えていた。常に二手、三手を読む思慮深さの名高い男である。
 CHAOの能力が不明な以上、下手な攻撃は命取りになる。どちらにしろ勝ち戦だ。つまらぬ誤算で台無しにする訳にはいかなかった。
 しかし、軍事兵器コードCHAOの能力とは一体何なのだろうか? ウェスカーは何も知らなかった。知らされていなかった、と言った方がより正しい。命令は二つ。コードCHAOは危険分子であり、それを内包する日本帝国のGUNを叩け。それだけ。

「やむを得ん……各部隊へ伝達! 現時刻1940時より、CHAO軍団の殲滅作戦を――」

 ぴぴ、と割り込み通信が入った。えらくタイミングの悪い通信である。ウェスカーは舌打ちして顔をしかめながら通信回線をオンにした。

「こちら連邦政府軍大将、ウェスカー=メイスフィールドである。悪いがこれより発令を……」
「今すぐに全兵力を撤退させろ。これは命令である! 今すぐに全兵力を撤退させ、戦争を停止させろ! 従えない場合は容赦なく攻撃を仕掛ける。繰り返す、これは命令だ!」

 連邦政府軍大将の地位は、尋常なものではない。努力の積み重ねによってようやく上り詰めた地位である。しかし今の言葉でその地位は揺らいだ。
 曲がりなりにも連邦政府軍の将軍に命令とは……ウェスカーは二度目の舌打ちと共に、顔を一層険しくした。

「何者だ。私は連邦政府軍の、」
「研修生だ。無礼ながらあなた方の主張を聞き分けている暇はない。命令を受容できない場合、今すぐにボクは戦闘行為に移行する」

 生意気な口調だった。それどころかまだ若い声だ。悪戯だろうか? 皮肉のひとつでも言ってやろうと、ウェスカーはこめかみに青筋を立てながら咳払いする。

「もう一度聞こう。何者かね?」
「研修生だ」
「将軍、緊急事態です!」

 別の回線が割り込む。緊急事態なのは承知済みだ。またもや気分を損ねたウェスカーの怒りはあとわずかで頂点に達するところだった。
 だが、部下の言葉でそんなことは些細な感情だという他でもない証明になってしまうことになる。

「交戦予測地点に、少年が! どうされますか、将軍!」

 開いた口が塞がらないとはこの事だ。送られて来た映像ファイルに、しっかりと映し出されている。軍服の少年の姿が。
 彼は両手に拳銃を持っていた。驚くべきは単騎であること。どこを探しても、CHAO軍団と連邦政府軍の間には彼しかいなかった。
 この数を相手に単騎。頭が悪いとしか言い様がない。ウェスカーは罠だとも考えたが、ヒーロー気取りの馬鹿はどこにでもいるものである。

「なに、放って置けば良い。各部隊へ伝達! 現時刻1944時より、CHAO軍団の殲滅作戦を開始せよ!」


 ――プリズンアイランド/プリズンレーン/1945時――


 なぜCHAO軍団のCHAOは誰にでも見えて、コードCHAOは見えない人と見える人がいるのか。それは密度にある。
 CHAOは一人しかいなければ、“生かすか殺そうとする者”にしか見えない。しかし集まれば見える。認識とはそういうものだ。路傍の石ころには気づかないが、大量の石は目障りだろう。
 ――と、春樹は解釈していた。だからこの行動には意味がある。今、彼らにとって仲神春樹は『目障り』であり、敵なのだ。注目を浴びている。注目を浴びているということは見せしめに殺される可能性もあるということだ。
 チャンスは一度。春樹は拳銃を構えたまま、他に見える者はいないコードCHAOにアイコンタクトを送った。今、コードCHAOは春樹から若干離れた場所にいる。キャプチャー能力の有効範囲拡大。自律進化によって入手した力。
 自律。教授は言った。一部のCHAOは自律しているのだろうと。大自然の意思によって操られていたCHAO。CHAOSの駒であったCHAO。何らかの原因で、自律したCHAO。条件は不明。しかし自律進化は能力の向上のために、必要なものである。
 警告はなかった。突然だった。銃の発砲音。春樹は微動だにしなかった。信じていたからなどと大層な事ではない。コードCHAOはやるだろう。キャプチャーする。
 春樹の心臓を確実に射抜くはずの弾丸は、春樹に命中する前に消滅した。ように見えた。ありえない――GUNの人間は驚愕に目を見開く。消えた。
 それは見えない壁に阻まれた、魔法に近い何か。GUNの隊員は各々に恐怖を表す。恐怖は人間を相手にするときに限りかなりの武器となる。
 恐怖に蝕まれた精神は身体を動かすのにタイムラグが生じる。当たり前だ。何かを考えている時に別の何かに集中できるか否か。まして子供を殺すのに罪悪感を感じない訳がない。
 先刻まで単なる少年に過ぎなかった仲神春樹は、一転して悪魔となった。 

「もう一度告げる。撤退しろ」

 メイスフィールド。アリシアの父か誰かだろうか? 知った事ではなかった。上官だろうと間違っていることは間違っているのだ。
 間違いは正す。至極当然。
 だが、うまくいっていたはずの作戦は一瞬で終わることとなった。一発の弾丸。春樹の遥か横を通り過ぎ、CHAO軍団の兵器に命中――正確には命中することなく、目前で消滅した。
 戦争において、先に手を出したのはどっちだ、なんて理屈は通用しない。勝者は正義となる。一発の弾丸がきっかけとなっただけ。
 GUNが一斉に声を張り上げる。恐怖を振り払う声を。押し寄せる。春樹は一瞬で判断を下した。この数は防ぎきれない。ならばと春樹はホバーシューズとキャプチャーキャンセラーを起動した。
 キャプチャーキャンセラーの有効範囲は自分を中心に半径30m空間。非常に広い空間を無効化する。しかしこれは諸刃の剣だった。コードCHAOのキャプチャー能力すら封じてしまうのだから。
 両手の拳銃を構える。止められない。まだやれることはある。春樹は走って来たコードCHAOの腕を掴んで飛行した。オーバー・テクノロジーに驚愕したのは人間だけではない。CHAO軍団のCHAOも同様だった。

「急ごう。アイアンゲートはもうすぐだ」

 やれることはやった。こうなれば最後の手段だ。
 CHAOSを止める。


 ――プリズンアイランド/アイアンゲート/2001時――


 警備メカは機能していなかった。さしずめ教授の仕業だろう。アイアンゲートの深部。隠された場所に、スペースシャトルはあった。
 白い塗装を施された縦長の巨人。圧倒されるほどの大きさに、春樹は思わず溜息を漏らす。入り口までには梯子が掛かっていた。さっと登り行き、船内に身を割り込ませる。コードCHAOが付いてきたことを確認して、春樹は奥へ進み、操縦席に座った。
 出来る限りすばやくシャトルを起動させる。システムをオートパイロットモードに切り替えて、カウントダウンが開始する。

「スペースシャトルは動かしたことがあるのか、春樹?」
「本で見た。経験はない」

 Gが掛かる。地面が揺れているような感覚。実際に揺れているのは地面ではない。飛ぶ。システムが遠隔操作モードに切り替わる。教授か、あるいはCHAOSからのハッキング。賭けだった。教授であることを祈る。
 地球から離れるごとに、春樹は郷愁を感じた。走馬灯と似たような感覚も得た。宇宙。いつしか人は宇宙へ飛び立つ日が来るのだろうか?
 永遠に近い長い時間を経て、スペースシャトルは宇宙を飛ぶ。大気圏を突破し、目前に茶色い外殻を持つコロニーが見える。Ark。始まりの地にして終わりの地。
 シャトルが着陸する。轟音が唸る。そして。
 春樹は体を投げ捨てるように飛び降りた。コードCHAOを連れ立って。中央制御室。Arkの内部地図は頭に入っていない。
 ひたすら走る。立ち止まっていられない。走る。中央制御室へ。走る。無人の宇宙コロニー。不気味な雰囲気は確かにあった。しかしそれ以上の使命感に囚われていた。
 窓からは黒い空間が見えていた。きらきら光る星と、青くて丸い故郷。感動的、と言ってもいい。自分は宇宙に来たのだ。
 ようやく、辿り着く。長い道のりだった。だけど着いた。道に迷った。それでも着いたのだ。春樹は溜息をつく。思えばコードCHAOと出会ってからまだ一日すら経っていない。よくもまあ一日で計画が進むものだと感心して、笑う。
 変わった。自分が。何より変わった。中央制御室は開けた場所だった。そのぴったり中央に、彼はいた。教授である。

「初めまして、仲神春樹くん。俺がプロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックだ」
「初めましてプロフェッサー。単刀直入にたずねます。CHAOSはどこにいますか?」

 ふ、と教授は笑った。コードCHAOと春樹はそろって顔を見合わせる。

「ずっと君と一緒にいたさ。そして、今もここにいる」
「今も……?」
「知っているかい? 彼は――CHAOSは液状生命体なんだ。俺は彼のメインコンピュータへアクセスできる。といっても、彼の居場所や視界を少し覗く程度だがね。おっと許しておくれ、俺は科学者だ。つい話が長くなってしまう。すまないな」

 そんな謝罪はどうでもよかった。それより問題は……。

「思い出してみるといい。水滴、光る目、どこから感じるでもない悪寒と視線。そうだ、CHAOSは君の後ろにいたんだよ」

 刹那、春樹は確かにそれを感じた。戦士の本能か、あるいは経験か。
 後ろを振り向いて電磁ソードを構える。水滴が飛び散った。水は切れない。敵は、絶望するほどに強敵だ。液状生命体というだけで。

「あのとき、研究所で感じた恐怖は……緑色のライトも……ところどころで感じた悪寒も……すべて、こいつだったというわけか」

 液状。水分によって構成された体。透けた脳。緑色の目。人と変わらない大きさ。
 電流は通用するだろうか? あの脳は弱点なのか? 能力は? 蒸発はさせられるか? 水分を土の中に染み込ませる事は?

「キャプチャーは……出来るか?」
「奴はキャプチャー能力を持つ。その上、奴はキャプチャーしても分離出来る。体の分離も可能だ。やれそうか? 無理だろうな。無理だと思ってたよ。でも諦めないんだろ? 痺れるね、そういうところ」

 だから、と教授は続ける。

「小洒落た兵器を用意させてもらった。中央制御室の最奥部へ来い。超特大のエクリプス・キャノンがあるぜ」
「エクリプス……キャノン」

 名前だけは大層な代物だ。だが賭けてみる価値はある。春樹はコードCHAOに目配せすると、頷きあった。電磁ソードを腰のホックに引っ掛け、エネルギー銃を構える。
 教授とコードCHAOは駆け出した。相手はキャプチャー能力を持っている。キャプチャーキャンセラー起動。水色の光が腕輪から発された。ホバーシューズ起動。一陣の風が舞う。
 勝てるかどうか、ではなく。負けるわけにはいかない、でもなく。春樹は勝つ。不死の敵だろうと。あらゆる攻撃を無効化されようと。
 そういう天才になったのだから。
 射出。水滴が飛ぶ。CHAOSは液状ならではの不規則な動きで春樹に近づいた。とっさに電磁ソードを掴む。胴を真っ二つに居合い切り。しかし、CHAOSは飛び散った水分さえ吸収して元の体を取り戻した。
 では、と電磁ソードを再び腰に掛けた。銃は乱射できない。コードCHAOのキャプチャー能力がなければ動力は無限ではないのだ。
 エネルギー銃をホルダーにしまい、春樹は素手で構えを取る。

「お前はそれで満足か」

 会話が通じるかどうかはわからない。わからないのなら実践すればいい。

「なら、一生縮こまっていろ」

 通じるまで。

「ボクは諦めないぞ」


 ――SpaceColonyArk/中央制御室最奥部/2035時――


 最奥部には、エクリプスキャノンの制御装置が設置されていた。コードCHAOは自らの役割を把握する。本来そのような巨大な砲台を、室内に置く事は出来ない。だがエネルギーだけを持ち出すなら可能だ。
 キャプチャー能力ならば。コードCHAOは教授の後に黙って続く。

「キャプチャー能力には、確かリミッターがあったな」
「そうだ。ある」
「エクリプスキャノンを可能な限りキャプチャーしてみてくれ。……出来るといいが」

 教授にしては後ろ向きな発言に、コードCHAOは首をかしげる。そこには七つの綺麗な宝石が埋め込まれてあった。
 キャプチャーする。底知れない何かが自分の中に溢れて来る。膨大なエネルギー。それは自分の器を埋め尽くす。
 ポヨが変色しつつあった。黄色からオレンジへ。オレンジから赤へ。ついにリミットが来る。だがまだ行けると、コードCHAOはキャプチャーを続けた。体が熱くなる。奥底から熱が沸き起こる。
 透き通るような鈴の音がする。キャプチャーが唐突に解除された。振り向くと教授がにっこりと笑っていた。

「どうし……」
「だめだ。中止中止。たった一人のキャプチャーでは奴を吹き飛ばせない。細胞と水分の残す限り、奴は不滅だ。空中に飛散する水分ですら例外ではない。スペースシャトルは一機。今から行って帰ってきて、間に合うか? 戦争はどうなる? 計算ミスだ。だが諦めんよ。ほかの方法を探そう」
「ワタシは可能だ。出来る」

 その瞳には意思があった。大自然の意思ではない。コードCHAO自身の意志。自律を遂げた『チャオ』。しかし出来ないものは出来ない。無謀と無茶は違うのだ。
 万事休す。プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックは考える。天才的頭脳を持ち合わせているのなら何か打開策が練られるはずだ。考えろ。考えることにだけ人生を使ってきた。ならば答えは出るはずだ。考えろ。
 そもそもCHAOSはどうやって計画を立てて来た? CHAOだ。大自然の意思とリンクしたCHAOS。CHAOSはCHAOとリンクさせた。リンク。ハイパーリンクシステム。

「出来るかもしれない」

 教授は目の前のコンピュータを動かし始めた。パネルをタッチするごとに画面がころころと変わる。ハイパーリンクシステムによって共有するのは記憶とCHAOSの支配下にあるという点。
 能力は共有できるだろうか? わからない。だが出来ると信じたかった。共有できれば、その容量は何十倍にも、何百倍にも膨れ上がるだろう。
 賭けるしかない。教授はキーをタッチした。

「チャオ。お前の力で、チャオの発するキャプチャー能力をキャプチャーしてくれ」
引用なし
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8 チャオ
 ろっど  - 10/1/6(水) 23:11 -
  
 街中に映像が流れていた。戦争。謎の生命体、コードCHAOと超能力を使う兵器の軍団。連邦政府GUN。二者は争っていた。何かを手に入れる争いではなかった。単純明快な、生存競争。
 人々は不安に駆られていた。身近な戦争。もしかしたら、という未知の恐怖。戦争は続いていた。殺し合って、人間の数はどんどん減って行く。
 CHAOは可愛らしい姿と反面、なにかに取りつかれたように辺り全てを取り込んでいく。それが兵器だろうと、人体だろうと、例外はなく。
 二者はひたすらに互いを削り合っていた。

「ひどい……」

 アリシアは呟く。連邦政府GUN。あれは父の軍だ。どうして愚かな事を、と思う。戦争を止める手段として戦争を使うのはあまりに愚かな行為だ。
 あれは手に入れるための戦いではなかった。防衛戦でもなかった。残酷な殺し合いなのだ。憎み合う者同士が殺し合う。ただそれだけの戦いだった。

「チャオ、あなたたちは、この為に生れて来たの……?」

 仁恵の声に、白いチャオは俯く。
 しかし。
 だが。
 大翔は笑っていた。皆が不安に駆られているから。恐怖に支配されているから。人間が負けているから。絶好の機会だ。まるで狙ったかのようなタイミング。
 映像が変わる。世界中のノンマットビジョンがハックされ、一人の少年と液状の生命体が映された。二人は戦う。それは何かを手に入れるための戦いだった。
 一方的でもなく。
 殺戮でもなく。
 二人は己の手に入れたい世界の為に戦っているのだ。

「春樹!」

 ああ、そうだと大翔は満面の笑みを浮かべる。戦っているのだ。天才が。誰にも負けない天才が戦っている。人類に滅亡の未来はない。
 CHAOSが一歩退いた。液状の腕が伸びる。腕はぐわっと変形し、春樹の背後を取った。電磁ソードを振り回し、腕と本体を分離させる。腕は水滴となり、重力にしたがった。
 ところが、斬られた腕は一瞬で再生する。キリのない戦いだ。しかしそれで良かった。春樹は傷つきながらも倒れはしない。決して倒れはしないのだから。


 ――プリズンアイランド/プリズンレーン/2120時――


 戦争は止まった。終わった訳ではない。示し合わせた訳でもない。映像に気を取られていた。人間も、CHAOも。狂った歯車のように機械音を奏でた兵器だけが、おかしくも動いていた。
 CHAOSの猛攻を避け、体を切る。液体は何度も再生する。蒸発させようとも、それは水分でしかない。空気中の水分すらことごとく燃やしつくす兵器が必要だ。つまりは核。
 だがCHAOSも馬鹿ではない。その前に逃げるだろう。だからこその戦い。そして戦いでは核は撃てず、すばやく逃げられる可能性もある。だからこその奇襲。
 エクリプスキャノンのエネルギーをCHAOのキャプチャーによって吸収し、直接ぶつける。目的はただひとつだ。春樹は電磁ソードを盾のように構えた。

『憎いか、ボクが』

 春樹は問い掛けた。言葉は通じていないのかもしれない。しかし問い掛けずにはいられないのだ。

『憎め。それごとボクが消し飛ばしてやる』

 もしCHAOSが本当に人類の滅亡を望んでいるなら――……。
 とっくの昔に、春樹はキャプチャーされて無の空間をさまようこととなっただろう。
 もしCHAOSが本当にCHAOを支配の道具と考えていたなら――……。
 万能のキャプチャーによってCHAOから自律進化の機能を消滅させていただろう。
 もしCHAOSが本当に春樹を殺したいのなら。


 フラッシュバックする。研究所――悪寒――視線――緑色の光。導くかのように、誘うように。CHAOSは春樹をここまで連れて来た。
 直感でそれを理解する。CHAOSは止めて欲しいのだ。片方で世界の滅亡を計画しつつも、片方ではそれを阻止したがっていたるのだ。
 CHAOSの両腕が巨大化する。そうだ。人体にも水分はある。水分が彼の支配下にあるというのなら、人体の水分すら吸収されているはずだった。しかし春樹は無事だ。なぜか。

『自然を殺す人間が憎いか』

 期待しているのだ。どうにかして止めてくれと。殺したくはないと。

『分かっているさ。聞こえているとも。ボクが止めてやる』

 電磁ソードが分離する。細長い二本の剣。本来電磁ソードは装甲を突き破る為に作りだされた兵器だ。振動を加えたソード型のチェーンソー。ゆえに高振動電磁ソードの分離システムにそれほど意味はない。
 だが、敵が液状ともなれば話は別になる。水に装甲はない。ならば。

「研修生、仲神春樹――これより軍事兵器コードCHAOSを抹殺する」


 ――SpaceColonyArk/中央制御室/2130時――


 切断。液状の体を切る。再生と切断を繰り返す。それでもCHAOSの脳を傷つけるまでには至らない。水分を巧みに使い、防御する。
 激流の水圧。高振動電磁ソードが振動によって切り裂くように、CHAOSのそれも水圧によって全てを切り裂く。当たれば即死。避けても危険。
 乗っ取られ始めているのか――春樹は俯いた。早く殺してやらねばならない。
 がくっと膝が落ちた。あまりにも予想に反した現象だった。CHAOSの液状の腕が迫る。すんでのところで回避し、春樹は両手の電磁ソードを前に構えた。
 限界。体力の限界。死ぬわけにはいかない。現実の理論など全て無視しなければならない。なんとか時間を稼がなければならない。
 償いか。
 あるいは正義の為か。
 責任が誰にあるか。どうでも良い事だ。自分のすべきこと。

「限界まで付き合ってくれ、CHAOS……!」

 足に力を込める。行けるはずだ。行けなくてはおかしい。電磁ソードを握る手に力を込める。
 踏み込んだ。剣を振るう。避けられる。続いて一撃。これも回避。体の反応が鈍くなる。液体の剣が真上に迫った。思考が止まる。反応がない。
 死が間近となる。ここで終わるわけにはいかないのだ。
 いかないのに。

 液体の剣が消滅した。


 ――GUN日本帝国本部/北門/2146時――


 白いチャオの頭上の球体が唐突に輝き始めたのを見たとき、仁恵には何が起こっているのか分らなかった。
 しかし映像で春樹の死が迫った時、液状生命体の腕が消えたのを見て、察する。
 キャプチャー能力の有効範囲は宇宙まで届くほど万能ではない。逆にいえば宇宙から届くほど万能でもない。
 だが、現にキャプチャー能力は発生していた。

「あなた、何を……」
「リンクが戻ったの。あたたかい。冷たい感触じゃない、リンクが戻った」
「リンク?」

 ハイパーリンクシステム。CHAOSがCHAOを支配する際に使っていたCHAO同士の記憶を共有するシステム。

「声の人が、泣いてる」
「声の人?」
「助けてって言う声の人が、泣いてる」

 仁恵は映像を見た。CHAOSの腕は春樹に近づくことすら許されず、消滅する。キャプチャー能力だとでもいうのだろうか?
 春樹の右手首にあるキャプチャーキャンセラーは光っていた。作動中。なのにどうして。
 頭上の球体はその輝きを増す。CHAOSの体は消えては再生し、消えては再生し、延々とその繰り返しだった。春樹はもう動こうとすらしない。黙ってCHAOSを見続けるだけ。

「チャオが、やってるの?」
「うん。わたしたちが、やってるの」

 わたしたちと言った。
 いったい誰なのだろうか。
 春樹を守っているのは、いったい――


 ――SpaceColonyArk/中央制御室最奥部/2150時――


 チャオ・リンクシステム。戦闘に集中するCHAOSのハイパーリンクシステムをハックし、独自に改ざんを施した教授のアイディアだった。
 コードCHAO。青いコードCHAOの元に収集されたキャプチャー能力の波を接続し、キャプチャー能力の容量を広げる。その中でコードCHAOは、CHAOSの声を確かに聞いた。

「ワタシを止めてくれ――」
「なんだって?」

 教授は問い返す。CHAOSは言っていた。違う未来から来た自分だからこそ出来ること。コードCHAOはそれを知っている。
 自らを犠牲にして世界を救った仲神春樹。大自然の意思はその時確かに悲しんでいた。コードCHAOは思い出す。
 エクリプスキャノンのエネルギーが体に充満する。無限に思われた。自分の器。ひとりではなかった。チャオがいた。誰かがいた。意識が伝わってくる。声が聞こえる。泣いている。

「エクリプスキャノンのエネルギーに限界はない」
「なぜ」
「そういう永久機関を使っているんだ、動力にな」

 教授は宝石を見上げた。目の前に嵌っている七つの石。不可能と言われた永久機関。

「大自然の意思と接続したときのデータからサルベージした。奇跡を起こす石、だそうだ」

 コードCHAOの体の周りに、きらきらした光が舞う。力が沸いて来る。無限の力。コードCHAOは宝石をキャプチャーしようと手を伸ばした。
 七つ。石が舞う。教授はそれを驚きの眼で見つめる。コードCHAOが微笑んだ。キャプチャーしきれないエネルギーが、CHAOを中心にぐるぐると回転する。
 そして、消えた。

 見た事もない場所を通って、CHAOは春樹の元へ走る。遅くてもいい。とにかく走る。
 出口が見えた。飛び込む。宝石は未だCHAOの周囲を回っていた。

 その先に、CHAOSがいた。

「コードCHAO!」
「準備は出来た」

 CHAOSの体は何度にもわたる吸収によって、水が人の形に固形化していなかった。春樹は体の底から力を振り絞って跳び退く。
 電磁ソードをかなぐり捨て、春樹は二丁の拳銃を手にした。セーフティロックを外して、引き金部分を収納し、取っ手を回転させ、細長いようにした。
 もうひとつの拳銃に接続する。さしずめ小型の狙撃銃のようだった。

「エネルギーを!」

 一瞬だった。膨大な金色のエネルギーが蓄積する。銃身からあふれ出るがごとく、エネルギーは肥大化する。
 CHAOSは動かない。避けようとすらしない。どこか待ちかまえている雰囲気もあった。

「CHAOS。ワタシは人と共に生きて行く。大自然が滅亡の一途を辿ろうとも」

 銃身から溢れるエネルギーが青く光り出す。行ける。春樹は引き金に指を掛けた。チャンスは一度きり。外しはしない。的あては得意技だった。外すわけがない。
 狙いを付ける。出来るはずだ。集中する。世界が自分一人になる感覚。聞こえる音も、見える世界も、全てがどこか遠い。そんな世界に、一人で春樹はいた。
 目的は、ただひとつ。

 命中させる。

 キャプチャーキャンセラーの輝きが解け、中央制御室にキャプチャー能力の空間が張り巡る。エクリプスキャノン。青いレーザーはCHAOSの体を貫き、水分を消し飛ばす。
 反動で春樹が一瞬よろめいた。だが床に根を生やしたようにぴたりと足を付ける。エクリプスキャノンによって放出したエネルギーは張り巡らせたキャプチャー能力により吸収され、吸収されたエネルギーはエネルギー銃に充填されて行く。
 永久機関。

「CHAOS、ボクは少数派なんだ……!」

 叫ぶ。

「お前の意志はボクが受け継ぐ! だから!」

 叫ぶ。

「消えろ! 大自然の意思と共に!」


 ――プリズンアイランド/プリズンレーン/2212時――


「終わったのか」

 ウェスカーは呟いた。映像に見入ってしまっていた自分がいることに、驚く。だが自分たちの目の前に現れ戦争の停止を要求し、オーバーテクノロジーを見せつけて去って行った彼が、まさかSCA計画に関連していたとは。
 先程から入る部下からの指令要求も、CHAO軍団が完全に停止した事も、謎の生命体コードCHAOの戦意が喪失したらしく、各々好き勝手に遊び始めた事も。
 耳に入らなかった。ウェスカーは彼が放った、あのエネルギーに恐怖していたのだ。恐らくあれはSCA計画の最終段階に搭載される予定だった――

 ふと、映像が切り替わる。いまわしい科学者の映像だった。プロフェッサーと呼ばれる天才。SCA計画の第一人者。

『こんにちは、みなさん。私の名はジェラルド・ロボトニック。先程の映像で見て頂けたとは思いますが、あれは衛星破壊兵器エクリプスキャノンです』

 やはりか、とウェスカーは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。

『現在、この兵器は私の制御下にあります。この意味がお分かりですね。その上で私は、現在起こっているCHAO軍団との戦争の停止、GUNの軍事力縮小、およびCHAOと人類の共存を提案したい』


 ――GUN日本帝国本部/北門/2214時――


『今すぐ受け容れろというのも難しいでしょう。しかし我々には彼らを救う義務がある』
「叔父さん!?」

 教授のしようとしていることは単純明快だ。
 エクリプスキャノンを材料に、全世界を脅迫している。
 やり方は卑怯だが、確かにあの威力は驚異だった。そして宇宙からいつでも撃てるという事実も、また。

『CHAOにもはや戦意はありません。彼らは保護されなくてはならない。世界中のみなさん、よろしいでしょうか。彼らは人類の敵ではない。ただ自然を守ろうと立ち上がった者たちです。その気持ちは、私たちも同じなのではないでしょうか』
「詭弁ですね……あんな大量殺戮兵器を振りかざしておいて」
「まあいいじゃねえか」


 ――SpaceColonyArk/中央制御室/2216時――


「事実上の世界征服か」

 春樹は疲労困憊の体を叱咤して最奥部へ向かっていた。七つの宝石はいまやその色を失っている。コードCHAOも無理なキャプチャーを続けたせいか、普段よりもやつれて見えた。
 演説の内容は春樹にも聞こえていた。エクリプスキャノンの脅威をネタに世界を支配するつもりだろう。裏からではなく表からというところが彼らしい。

『その他の件については、私が派遣するSpaceColonyArkのエージェントが担当しましょう。では、第一回CHAOサミットにて、再びお目にかかります』
「そのエージェントというのは、ボクか?」

 にっこりと教授が微笑んだ。無言の肯定に、春樹は笑いながら溜息をつく。隣でコードCHAOの頭上の球体が疑問を表しているのに気が付いて、春樹はもう一度笑った。

 突如として出現したCHAO軍団と戦争、そしてSpaceColonyArk。エクリプスキャノンの脅威。
 後にこの一日は、動乱のイレブンとして語り継がれることになる。


 ――epilogue/0000時――


 雪の降る街を、一匹のチャオが駆けていた。たび重なる研究の結果、彼らは特定の環境下においてしか生存できないことが発表されたのだ。
 チャオのタマゴが高価で売買されるようになった。良い傾向なのか、悪い傾向なのかは分からない。ただ、チャオが着実に受け容れられていることは、確かである。
 何回にもおよぶサミットにより、GUNはその規模を縮小された。代わりとして各国には軍事力に使用しない事を条件とする疑似永久機関の提供を約束した。
 話を現在に戻す。雪の降る街を、一匹のチャオが駆けていた。青いチャオである。彼は一心不乱に走る。チャオのために作られた街が、世界中のいたるところにあった。ここもその中のひとつである。これはとある少年のおかげだ。
 だから彼は走っているのだった。ノンマットビジョンでは各地の異変が報道されている。なんでもチャオが――特に人に飼われていない『一世代目』のチャオたちが大移動を開始している、との情報だ。
 雪の降る街を、一匹のチャオが駆けていた。その反対側から、チャオが飛んで来る。空から、次々と集まってくる。
 少年は異変を感じて目を覚ました。
 声が近付いて来る。なんだろう、と疑問に思って、彼は腰のホルダーに手を掛けた。
 そこには、もう拳銃はない。
 絶対な安全の確保された街。
 チャオガーデン。
 ふっと微笑んで、彼は後ろを見る。一人の女性が起き上って窓の外を見た。きゃっきゃと体全体で喜びを表現している。そのあほらしさに微笑みを増して、何事かと窓の外をのぞきこんだ。

「         」

 ああ、久しぶり。

「         」

 元気だったよ。

「         」

 帰れる保証はあるのか?

「         」

 そうだったな。

「         」

 では、行こうか。

「どこか行くのね、また」

 女性が呟いた。少年は頷く。多くのチャオに期待され、少年の姿はその体よりも大きく見えた。
 いつも持ち歩いている銃も、本当は、殺すための銃じゃないのだろう、少年にとって。
 だけどそうしなければならないときが来るから。
 少年は雪の積もった街に並ぶチャオたちに、微笑みかけた。

「必ず帰ってきて」

 頷く。

 そうして少年は、絵具をぬりたくったような白い空に飛び込んだ。


 コードCHAOを抹殺せよ/The-Temporary-Truth

 THE END

 
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コードCHAOを抹殺せよ/True end
 ろっど  - 10/1/6(水) 23:15 -
  
こんにちは。いかがでしたか。自分としてはなんだか要領を得ないお話になってしまったと悔やんでいます。
また、チャピルさんのチャオガーデンの足下にも及ばなかった事にも悔しい思いを抱いておりますが、そのあたりはお見逃し下さい。今後に期待と言う事で。

特にあとがきで書く事はないと思います。ここもうちょっといじればよかったな、という後悔ばかりです。
次からはもっと頑張りたいと思います。

一番辛かったのはポヨをどう表現するかでした。


次回は誰かの誕生日のひまつぶしシリーズとしてもうちょっと現実的なお話を書きたいと思ってます。
それでは。感想とか感想とかもお待ちしております。ろっどは褒められて浮かれるタイプですので。
アドバイスも欲しいです。酷評だけはお願いしますご勘弁を><
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戦士は読み終えてすぐ感想を書くものなのだ
 スマッシュ WEB  - 10/1/7(木) 0:12 -
  
というわけで、トゥルーエンド版お疲れ様です。
チャットで「コードCHAOのTrueEndマダー?」と言ってよかったなと思う作品でした。
本当にチャットで書けと言ってよかった!

この作品は単体で見ても楽しいですが、やはりノーマルエンド版と比較することで真価を発揮するものだと思います。

ノーマル版では「自己犠牲って美しいよな。でも……」という感じでした。
トゥルー版で謎だった「でも……」の先を知ることができてよかったです。
その結論もまたろっどクオリティ溢れるもので激アツでした。
個人的にはここらへんがこの作品のテーマだと思っています。
「みんなが助かる方がいいんだ!」というのが主人公が死んでしまう結末を一度迎えているからこそ迫力のある主張になっていると思います。

大翔君は途中死亡フラグの臭いがしましたが、春樹君がちゃんと助けてくれて安心しました。さすがトゥルー。
最後にチャオみんなのキャプチャ能力が春樹やCHAOSのために作用したり、みんなが映像に見入っていたりと、スーパー燃えタイムが素晴らしかったです。

あとはソニックアドベンチャー以前の時代だったのか!と途中で驚かされました。
何気にエッグマンにできなかった世界征服できちゃってるあたりジェラルドさんすごいっす。

そんなこんなで、ろっど先生の次回作に期待してますノシ
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戦士たるもの休息も必要だ
 ろっど  - 10/1/7(木) 13:01 -
  
感想ありがとうございます。早すぎです。

>本当にチャットで書けと言ってよかった!

言われなければTRUEENDどころか聖誕祭までスルーしていたことでしょう。
そういう意味では感謝しています。

>ノーマル版では「自己犠牲って美しいよな。でも……」という感じでした。
>トゥルー版で謎だった「でも……」の先を知ることができてよかったです。

ノーマル版だと自己犠牲が肯定されてしまっている節がありますね。ここはぼくの心情の変化だと思います。
ですがやはり、

>「みんなが助かる方がいいんだ!」

となりました。最終回はハッピーエンド大団円でなければならないというのが最近の持論です。
もちろんバッドエンド(ノーマル版のような自己犠牲エンドも含め)にも趣はあると思いますが、読んで良かったな、と思われる作品を、また書いてよかったと思える作品を目指しております、サー。

>大翔君は途中死亡フラグの臭いがしましたが、春樹君がちゃんと助けてくれて安心しました。さすがトゥルー。

どこで殺すか迷いました、大翔君。結局殺しませんでしたけどね。

>あとはソニックアドベンチャー以前の時代だったのか!と途中で驚かされました。
>何気にエッグマンにできなかった世界征服できちゃってるあたりジェラルドさんすごいっす。

エッグマンの世界征服宣言がイメージです。お分かり頂けたようでなにより。
エッグマンのやり方は確かにインパクトはあったものの、非情になれなかったことが失敗の要因だったと思います。そういう意味で春樹vsCHAOSの映像はジェラルドの思惑どおりでした。

>そんなこんなで、ろっど先生の次回作に期待してますノシ

期待されました。
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