●週刊チャオ サークル掲示板
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1927 / 2010 ツリー ←次へ | 前へ→

チャオガーデン【表紙】 チャピル 09/12/23(水) 0:00
1. 引き取り活動 チャピル 09/12/23(水) 12:23
2. 無常論 チャピル 09/12/23(水) 12:23
3. パートナーとペット チャピル 09/12/23(水) 12:23
4. ラーメン屋 チャピル 09/12/23(水) 12:23
5. パンフレット作り チャピル 09/12/23(水) 12:23
6. 二人の大学生 チャピル 09/12/23(水) 12:23
7. デザインとは チャピル 09/12/23(水) 12:23
8. 誕生日 チャピル 09/12/23(水) 12:23
【中表紙】 チャピル 09/12/23(水) 12:23
9. 就活大作戦 チャピル 09/12/23(水) 12:23
10. 思い出 チャピル 09/12/23(水) 12:23
11. 挑戦、もう一度 チャピル 09/12/23(水) 12:23
12. 赤月に チャピル 09/12/23(水) 12:23
13. 勝負 チャピル 09/12/23(水) 12:23
14. カタストロフィ チャピル 09/12/23(水) 12:23
15. 出会い チャピル 09/12/23(水) 12:23
【裏表紙】 チャピル 09/12/23(水) 12:23
感想だあああ! 09/12/23(水) 17:58
ありがとうございます!! チャピル 09/12/24(木) 0:26
最後まで読んだから感想書くよ!!!! スマッシュ 09/12/24(木) 11:28
おつとめご苦労様です チャピル 09/12/24(木) 17:15
良いお話でした。 ろっど 09/12/25(金) 18:31
イケメンさん、感想ありがとうございます チャピル 09/12/25(金) 19:16

チャオガーデン【表紙】
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 0:00 -
  
※表紙の主な登場人物
ふうりん・・・ツッコミ役のピュアチャオです。るるかるまじかる。
かいろ・・・熱い心を持ったオモチャオで、今日はボランティアに出かけています。
チャピル・・・作者ですが、何か?

【チャピル】「おひさしぶりです。チャピルと」
【ふうりん】「ふうりんです。この度は『チャオガーデン』を手に取っていただき、誠にありがとうございます」
【チャピル】「ひさびさにふうりんとタッグを組めたので、ついでに表紙もやっちゃうかー、という話になりまして、こういう形で対談を組んでみることになりました」

【ふうりん】「えーっと、チャピルさん? 我々を知らない読者の方もいらっしゃるんじゃないでしょうか?」
【チャピル】「ああ。たしかに。週チャオが休刊してもう一年が経ちましたからねー」
【ふうりん】「ご存知ない方に説明しておきますと、私たちは週チャオが休刊する直前の二年間、表紙で小説講座っぽいことをやっていた三人のうちの二人です」
【チャピル】「長期的にみれば、ふうりんというチャオと、かいろくんというオモチャオと、チャピルっていう人間との三角関係を描いたホームドラマでした」
【ふうりん】「ホームドラマで三角関係はないでしょうよ」
【チャピル】「バレたかー」
【ふうりん】「と、こんな感じの会話をフツーに表紙に載せていたんですよね……」

【チャピル】「ところで、今日は皆さんに重大なお知らせがあります」
【ふうりん】「なんですか?」
【チャピル】「チャオガーデンは、本日零時零分に公開しません! 十二時二十三分に公開します!」
【ふうりん】「な、なぜ……」
【チャピル】「調整が終わっていないからです」
【ふうりん】「今更それですか……」

【チャピル】「実は先週頭からインフルエンザにかかって寝ていたので、予定が大幅に狂ってしまって……」
【ふうりん】「チャピルさんにしては、意外とまともな理由じゃないですか」
【チャピル】「ひどいです。そういうわけですので、みなさん、ここはどうか十二時二十三分公開ということで、よろしくお願いします」
【ふうりん】「私も何か、手伝いましょうか?」
【チャピル】「いや、校正とかもしないといけないので、一人の方がはかどると思います……がんばります」

※チャオガーデンはソニアドシリーズのストーリーバレを含みます。まだクリアしていない方はご注意ください。
※週刊チャオの表紙を読んでいると、チャオガーデンは二倍楽しめます。
引用なし
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1. 引き取り活動
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
「ほんとに来るんですか?」
 声を潜めて尋ねました。友人Pは、力強くうなずきます。
「確実に、正午までには来るね」
 何を根拠に断言しているのかわかりません。私の不信を察したのでしょうか。友人Pはちょっと考えてから、言葉を付け足しました。
「まあ、引き取り活動上級者としての勘かな」
 そんな肩書き、初めて聞きましたよ。

 チャオガーデンには、今日も人がたくさん来ています。一番多いのは親子連れです。特に、小学生ぐらいの女の子と、その母親という組み合わせが一番多い。私たちが待ち伏せているのも、そういう典型的な親子でした。

 友人Pは入り口近くの植え込みに身を伏せて、じっと様子をうかがっています。彼女は引き取り活動の提唱者であると同時に、筋金入りの実践者でもあるのです。チャオに筋金入りという表現はミスマッチではないかという議論はさておき、彼女の体からは緊張感が始終発せられているようで、サポート役の私としても、真剣に取り組まざるを得ないのでした。

 引き取り活動……というのは、ガーデンでチャオを引き取ろうと考えている人たちに、チャオの方から積極的にアピールしていこうという活動のことです。
 ここ何年かの間に、チャオを飼う人の数はまた一段と増加しました。それに伴って、チャオガーデンの「引き取り・預け入れ制度」を利用する人も、年々多くなってきています。
 私たちチャオにとっても、幸せな家庭に引き取られるのは嬉しいことです。人に愛されれば、転生もできますしね。

 しかし、この制度には一つ、問題がありました。引き取り主が集まるのが、コドモチャオばかりだということです。「無邪気なのがかわいい」とか、「自由に進化させられる楽しみがある」とかいわれて好まれるコドモチャオに対し、オトナチャオには、あまり目が向けられてきませんでした。

 そこで登場したのが友人Pです。彼女はより幸せな家庭に引き取られるべく、戦略的な行動を開始しました。
「一人暮らしよりも、大家族に引き取られた方が、よりかわいがってもらえるんじゃないだろうか。ひいては、子どものいる家庭に対してアプローチを仕掛けていくのが、得策なんじゃないだろうか」
 そんなことをいいだした友人Pは、
「いつもガーデンに来ているあの女の子、チャオを飼っていないために、子どもたちの間で孤立している。それに、もしかしてあれは私立名門小学校の制服じゃないか?」
下心を持って女子小学生に接触。見事にその子と仲良くなることに成功しました。

 私はこれを、結婚活動になぞらえて、「引き取り活動」と命名しました。たかが名前を付けただけでも、暗闇に電灯をつけたように、ぱっ、と概念が明るくなる瞬間があります。まさしく、それでした。友人Pもこのネーミングを気に入って、他のチャオたちに話すときにも、よく使うようになりました。

 と、ここまでは順調だったのですが……雲行きが怪しくなり始めたのは、女の子が初めて母親をガーデンに連れてきたときのことです。友人Pの計画通り、女の子は母親に友人Pのことを紹介して、なんとか飼わせてもらおうとねだりました。けれども、
「チャオを飼うなら、タマゴからの方がいいんじゃない?」
その母親の意見に、まだ年端もゆかない女の子は、うまく反論できませんでした。友人Pのリードも思うようにいかず、ここに来て、友人Pの引き取り活動は、不穏なうごめきを見せ始めていました。

 私は背後に注意を走らせます。つやつやとした大理石の上で、ボールを蹴りあっているコドモチャオが三人。あのボールが、いつこちらに向かって飛んでくるかわかりません。そういう時のために、私は友人Pのそばで待機しているのです。
 もしも何かトラブルがあって、問題の親子に見つかってしまえば、引き取り活動をしていることがバレてしまう。今朝、私にサポートを依頼した友人Pは、それを一番恐れているようでした。

 植え込みに潜り込んだ友人Pの頭の輪が、ふわふわと浮かんでいます。それと入り口とを結んだ線分の間に割り込むように、私は立ち位置を調整しました。

「ご苦労様ちゃおねぇ」
 近く通りかかったエミーチャオが声をかけてきます。このエミーチャオもまた、私たちの友人です。
「うまくいきそうちゃお?」
「まあ……友人Pですからね」
 私の言葉に、エミーチャオはにやりと笑みを浮かべました。
「見学させてもらってもいいちゃおか?」
「どうぞ」
 エミーチャオは私の隣に腰を降ろすと、友人Pと同じように、入り口に目を向けました。

 背中を焼く陽の光が、じりじりと強くなっていくのがわかります。ガーデンの天窓からのぞく太陽が、高く昇ってきている証拠です。まだ、来ないのでしょうか。

 エレベーターが到着したときのわずかな振動が、私たちの間に緊張を走らせます。真っ白い床の上に、落ちる影が三つ。小学二年生ぐらいの、チェック柄のワンピースを着た女の子と、やわらかいスカーフと茶色のチュニックで、なんとなく曲線的な印象の女性。それに、赤セーターとブルージーンズ姿の、三十代ぐらいの男性です。
 友人Pが、舌を打ちました。
「父親もいるのか……」
 それが意味するところは、あまりにも明白でした。この家族構成で、もしも父親を友人Pの側に引き入れることができたなら、一家の過半数を押さえたという意味になります。しかし、失敗すれば……友人Pの引き取りは、絶望的になってしまうでしょう。

 友人Pは植え込みから、静かに頭を引き抜きました。頭についた花びらや葉を丁寧に払い落とします。私の目は、無意識のうちに、彼女の肌の輪郭をなぞっていました。透き通るように白い――けれども、それはもう、私の知る友人Pではありませんでした。そう考えると、イメージは急に儚いガラスになって、手の上で壊れていくのでした。

 友人Pが去っていったので、私の仕事はもう、これでおしまいです。ふう、と溜息を一つついて、エミーチャオに目をやりました。エミーチャオも、なんだか惚けたように、何もない空間を眺めていましたが、私の視線に気付いたのか、
「ここからちゃおね」
「ええ」
軽くうなずいて、友人Pの行く先を目で追いました。

 大理石の床の上に、ヤシの木がくっきりとした影を描いています。そこに友人Pの影が交差して、止まりました。彼女の額の上に、葉の隙間からこぼれた光が揺らめきました。
 女の子が父親の手を引いて、友人Pの元へと駆け寄っていきます。友人Pは、まるで昔からその場にいたかのように、ゆっくりと顔をこちらに向けました。
「この子かい?」
「うん」
 いわれて、お父さんは友人Pをまじまじと観察します。とはいえ、外見から友人Pの本質を見極めるのは、難しいはずです。友人Pは球をはてなマークにしながら、上目遣いで、初めて会うその人を興味深そうに見ています。

 先に口を開いたのは、友人Pでした。
「おとうさんちゃおか〜?」
 コオロギの鳴くような声でした。
「そうだよ。私のお父さん。名前はひろし」
「ひろし〜」
 友人Pはひろしさんの足元に寄り添ってほおずりし、ジーンズの裾を盛んに引っ張り始めます。その行動に、ひろしさんはちょっと驚いた様子でしたが、すぐに意味を理解したようで、友人Pの目の高さに合わせるために、腰を低く落としました。

 いやはや……さすがです。あの普段から口の悪い友人Pが、玉の輿家庭の前に出ると豹変するのが、あまりにも露骨で、そして面白すぎます。
 エミーチャオを見ると、早くも吹き出しそうになって、口元を押さえてこらえています。気持ちはわかりますが、ここは抑えておかないと。見つかってしまいますから。私は身振り手振りでエミーチャオに指示して、一緒に植え込みの陰に座らせました。それからもう一度、慎重に顔を出しました。

 ひろしさんはというと、あれが演技だとはちっとも気付いていない様子です。彼の指が友人Pの後頭部を優しくなでると、友人Pは、くすぐったそうに頬を赤らめました。
「どう思う?」
 友人Pが軽くお父さんのジーンズの裾を引っ張って、遅れてやってきたお母さん――どうやら、先にコドモチャオの集団の方を見てきたようです――に注意を向けさせました。お父さんが、顔を上げました。
「こいつのいうとおり、このチャオでいいんじゃないか? 他にいいやつがいたか?」
「そうねぇ」
 お母さんは値踏みするかのように、友人Pに目を落としました。

 友人Pもまた、お母さんを見つめました。私は知っています。最近の友人Pが、「目に涙をためる」演技を一生懸命練習していたことを。そしてそれは、今日、最初で最後の舞台のために、最上級の形を持って、実を結んでいました。涙は眼球の上を揺らめいて、お母さんの心に、無言のメッセージを送り続けていました。
 お母さんが、息を飲みました。これが合図でした。ゆっくりとしゃがみこむと、友人Pの両脇を抱えて、我が子のように抱きかかえました。
「この子でいいのね」
「ああ」
 お母さんはまぶたをこすりながら、友人Pをもう一度強く抱きしめると、
「じゃあ」
といって、歩き始めます。
 女の子が、輝くような笑顔をふりまきながら、その背中を追いかけました。

 エミーチャオは、もう、完全にあっけにとられていました。植え込みから頭を出して、立ち上がって、ぽっかりと口を開けています。お母さんに抱えられた友人Pが、私たちを見て、ウインクしたように見えました。けれども、それもつかの間、視界に割り込んだお父さんの背中が邪魔をして、お母さんに何かをいったので、私たちにはそれが、なぜか急に遠いところでの話になってしまったかのように思われました。

 エレベーターの扉が、何事もなかったかのように閉じていきます。やがて、完全にその姿が見えなくなっても、エミーチャオはずっと突っ立ったまま、私の手を握りしめていました。私もまた、強く手を握り返します。強く、強く、何があっても離さないように――

 私はノートを閉じました。一年前の出来事が、今でも鮮明に、このノートには記されています。あれからずっと……私はまだ、あの手の感触を忘れてはいませんでした。
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2. 無常論
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 五月八日(月)

 私はガーデンできょろきょろしている、一人の若い女性を見つけました。赤いだぼっとしたパーカーの上に、クリーム色の大きなショルダーバッグを提げています。平日の昼間にこんな人が来るのは珍しいことです。だから、おそらく暇な大学生かなにかではないかと、私は推測しました。

「こんにちは」
 私が足元から見上げて声をかけると、その人はたいへん驚いたようでした。見ず知らずのノーマルチャオに話しかけられて驚いたのか、それとも、ノーマルチャオがこんな口調で話していることに驚いたのか、わかりませんが、この手の反応になれきった私は、気にせず続けます。
「何かお探しですか?」
「あー、いや……」
 その女子大生らしき方は、何か言おうとしましたが、言葉に詰まって、代わりにショルダーバッグから、荷物を取り出し始めました。出てきたのは、私の背丈ほどもありそうな、大きなスケッチブックでした。

「あの……ガーデンのスケッチを描きに来たんだけど、どこかいい場所ない……でしょうか?」
「わざわざ丁寧語で合わせてもらわなくてもいいですよ」
「はい」
 その答え方が妙におかしくて、私は思わず、口元を緩めました。

「大学生の方ですか?」
 いいながら、一緒にあたりを見回します。
「うん」
「じゃあ、これも課題かなにかで?」
「いや、これは……ほとんど趣味かな。建物を描いて回ってるの」
 私は考えます。建物を描いて回っている、ということは、どちらかというと写実よりですよね。右手に見える高台が一見よさそうですが、ヤシの木が構図の真ん中に入ってくるので、ごまかしがきかないと難しそうです。とすると、やはり……

「この場所からが一番じゃないでしょうか」
「やっぱりそうかなあ」
 どうやらただ単に、自信がないだけの人だったようです。こういうときは、決断を後押しするに限ります。
「ここがいいですよ、絶対」
「他に思いつくところはない?」
「ありません」
 私がいい切っても、女子大生さんは、まだどこか心残りのある様子で、腕を組んだり、眉間にしわを寄せたりしています。
 けれども、やがて決心に至ったのか、
「そうか。そうかもね」
深くうなずいて、私に「ありがとう」といってくれました。


 彼女と別れてから、私はいつものように、プールサイドをそぞろに歩き出しました。このチャオガーデンの中でも、特別何かあるわけでもないこの場所が、私は昔から好きでした。大きく息を吸い込んで、湿潤な空気で心を満たしました。

 チャオガーデンに最初のチャオが収められてから、十八年もの月日が流れました。当時は行政によって厳重に保護されていた彼らでしたが、その後、チャオの飼育が一般にも解禁されると、その個体数は爆発的に増加し始めました。チャオのための新しい産業が発達し、独自の社会構造を構築していきました。

 私は先日、ステーションスクエア・タイムズで読んだ記事の内容を思い出しました。――チャオの雇用人口、一割を超える――
 社会は進んでいます。ステーションスクエアは、チャオとの共生を掲げた街として、先進的な取り組みをしていると聞きます。チャオガーデンは、そういった情勢の中で、中心を担える立場にいるはずです。しかし……

 ガーデンの反対側からきゃあきゃあと、コドモチャオたちの騒ぐ声が聞こえてきます。昔はエミーチャオなどに誘われて、ああいう輪の中に身を置いていた時期もあったのですが、最近はどうもいけません。やる気がついていかなくなったというか、何というか。彼らと自分とは相容れない存在であるという思いが、日に日に強くなっていって、いつの間にか、距離を置くようになっていたのでした。

「なんでー?」
「そうちゃおよー! おかしいちゃおよー!」
「うるさいな。今日はそういう気分じゃないんだ」
「そういう気分ちゃおよー」
 ……一体、何の話なんでしょうか。私は水面につま先をかすらせながら、しかし、注意は完全にそちらへと傾いていました。

「だーかーら、俺がいなくたっていいじゃん。今日だけだから」
「ケーマくん、なんかおかしいちゃおよー」
「そうだそうだー」
 体をひねって、声のする方向を目で探します。チャオガーデンの中でも、ひときわ大きなヤシの木の根本に、五人ほどのチャオたちが輪になっていました。ほとんどがコドモチャオですが、中に一人だけ、目に付く紫色の体があります。唯一のダークヒコウチャオ……たしか、ケーマくんとかいいましたっけ。

 ケーマくんは、ふてくされた様子で芝生の上に寝転んで、コドモチャオたちに背を向けていました。その態度があまりにも頑固なので、コドモチャオの方も、だんだん飽きを感じ始めたようです。なんだかそわそわとして、私には聞こえないくらいの小さな声で相談していましたが、最後には、ケーマくんと遊ぶことを諦めたのでしょうか。ガーデンの別の方面に駆けていってしまいました。
 私はそろりと、水面から足を抜きました。

 ケーマくんは目を閉じています。私の存在に気付いているのか、いないのか…… 近づいて、彼の表情を探ります。
「わかりますよ、なんとなく」
「あ?」
 まぶたを半分ほど開いた、疑り深そうな目が私を見つめてきました。それはそうでしょう。私は彼とほとんど話したことがないんですから、いきなり話しかけられて、奇妙に思われたかもしれません。

 でも、近頃の私の習性としては、こうせずにはいられませんでした。ガーデンで困っている人やチャオを見かけては、解決の手助けをする。たまに何の解決にもならないこともありますけど、それでもほとんどの場合は、前向きな結果が得られるのです。それに――

「なんだか、懐かしい感じがしましてね」
 私はぼんやりと、宙をつかむように話しかけました。
「さっき話してたのを、つい聞いてしまったんです。そうしたら、なんだか、別の人の話とは思えなくって。コドモチャオと遊ぶのが面倒になった経験って、よくわかるんです。あの、ジェネレーションギャップっていうんですか?」
「ああ」
 ケーマくんは、深く沈んだ声と共に、言葉をはき出しました。
「ジェネレーションギャップ、ってなに?」
「そこからですか……」

 私はなるべくかみ砕いて、ジェネレーションギャップについて説明しました。ケーマくんは、私の話をしんみりと聞いてくれていましたが、やがて、説明が終わると、首を横に振りました。
「ちょっと違うかな、うん」
 あれ? そうなんですか?

「あいつらの中で一番年上だったから、それでもリーダーみたいなことをやってきたけど、何だかな…… ずっとこのままじゃいけない気がして」
 ケーマくんは、ぽつりぽつりと語り出しました。
「なんだろう、わからない…… 今までは宝物をみんなで分け合うのが当たり前だと思ってたのに、不意に独り占めするアイディアが、自分のところに舞い降りてきたというか……」
 言葉を濁しながら、ふと、気が紛れたかのように、視線を上に投げました。私もつられて見上げます。そこには天窓があって、自由な空が広がっていましたが、天窓を支える桁がなければ、もっと美しく見えるはずなのにと、私は思いました。

「Pっていうチャオの噂、聞いたことあるか?」
 唐突に、友人Pの名前が出てきました。
「すごいよな、なんか。引き取り活動を発明して、生き残るために一生懸命だったから、あんな伝説的なぶりっ子ができたと思うんだ」
 一体、誰が友人Pを伝説に仕立て上げたんでしょう……心当たりがあるのは、エミーチャオだけでした。

「俺も、引き取り活動を始めてみようかと思って」
「ケーマくんがですか?」
 思わず問い返してしまいました。ダークヒコウチャオが頬を赤らめながら、人々に迫っていく様子が脳裏によぎりました。
「なんだよ」
 私は口元を覆って笑いを隠しながら、言葉を探します。
「……ケーマくんは、そこまで切羽詰まってないと思いますよ」
「そうかな?」
 私はうなずきます。
「友人Pはあのとき三歳でしたけど、ケーマくんは、たしか一歳でしたよね? まだ時間はありますよ」
 時間はある、という言葉に、彼は顔をしかめました。

「焦ってやっちゃうと後悔すると思います。仲間たちともたっぷり遊んで、そのあとでちゃんと説明して、わかってもらってから始めても、遅くない」
 仏教では、世の中は無常であるという考えを飲み込まない限り、苦から解かれることはないといわれています。こういう場面で宗教が助けになるかどうかはわかりませんが、私はよく、このいい回しを使っていました。

 すべてが自分の思い通りになるわけではないから、状況の変化に合わせて、その都度、できることを考えるべきです。それは、私にとっても同じです。以前からぼんやりと思い描いていたプロットが、急に縁取りを帯びてきて、目の前に現れました。

「よーし、じゃあ、来週から引き取り活動するか!」
「ほんとにやるんですか……」
「当たり前だろ」
 迷いなくいいきるケーマくんを前に、私は、溜息をつきました。
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3. パートナーとペット
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 人間なら、生まれたばかりの子どもは親によって育てられます。けれども、チャオは違います。タマゴから生まれるチャオにはもともと、子育ての習慣がありません。自然に孵化して、群れの中で成長していたようです。
 これがチャオの原生地である山や森、泉であれば、それほど問題にはならなかったでしょう。でも、ここはステーションスクエア。たとえチャオであっても、複雑な人間社会に関する十分な知識がなければ、生きていくことができません。

 かつてのチャオガーデンは、チャオを保護する施設でした。その名残は、今でも残っています。ここに来ればどんなチャオでも、食べ物と水が手に入ります。別のいい方をすれば、チャオガーデンはある種の社会保障制度……人間なら家族に任せるべきところを、行政に肩代わりしてもらっているのかもしれません……


「なーに書いてるちゃおかっ?」
 後ろから、何かがぺっとりとのしかかってきました。見なくてもわかります。エミーチャオです。
「ちょっと重いんですけど……」
 私が邪険に振り払おうとすると、エミーチャオはますます強くしがみついてきました。
「えー、ひどいちゃおー」
 それは私のセリフです。

 ……このエミーチャオ、最近はいつもこうやって私にすり寄ってくるので困り者です。以前はここまでべたべたしてくることはなかったのに、この頃ちょっとずつ、エスカレートしてきてはいませんか?
 理由に心当たりがないわけではありません。エミーチャオは昔からガーデンに住み着いているチャオなのですが、ここ数年の間に、次々と友人たちが引き取られていってしまったので、古くからの馴染みはもう、私ぐらいしか残っていないのです。
 だから、これもそんな寂しさを紛らわすための遊びなのではないでしょうか。そう考えると、ちょっと面倒ではあるけれど、付き合ってあげるべきなのかなと思います。

「で、さっきから何を書いてるちゃおか?」
「教えてあげるから、その前に、くっつくのをやめてもらえませんか?」
 そういうと、エミーチャオは意外と素直に、私を放してくれました。
「チャオガーデンに始めてきた人のために、もうちょっと詳しい案内があるといいと思ったので、それを書いてみているんですよ」
 昔から文章を書くのが好きだった私にとって、ガーデン案内はちょうどいいネタでした。

 エミーチャオはるんるん体を揺らしながら、私の前に出てきます。私はなんとなく警戒して、ノートを手元にたぐり寄せました。
「読ませて」
「ダメです」
 エミーチャオの頬が、ハリセンボンのようにふくらみました。
「いいじゃないちゃおかー」
「まだ書きかけなんですよ」
 嘘ではないですが、かなりきわどい言い訳でした。

 ……正直にいえば、怖いのです。自分の書いたものを他人に見せるのに、まだためらいがありました。自分ではわかりやすく書けているように思えても、客観的に評価されたときにどうなるのか。
 文章を書いているときに、隣で見ているもう一人の私がいて、文字の運びに反応して、いちいち顔をしかめたり、つまらなさそうしていたりするのを見ると、どんどん自信がなくなっていきます。
 もちろん、いつかは表に出すために、こんなものを書いているはずなんですが……

「受付の人に頼んで、どこかに掲示してもらったらどうちゃお?」
「まだ時間がかかりそうなんですけど……」
「完成したら、読ませてくれるちゃおよね?」
 私はうなずきました。


 今日は土曜日。ガーデンには、朝から結構な数の人が来ています。エミーチャオにはああいいましたけど、よく考えてみれば、受付の方とは話す用事が別にありました。土曜日なら、週刊チャオが届いているはずです。

 エレベーターに乗ってフロントで降ります。このチャオガーデンはホテルの最上階に作られているので、管理についても、ここの従業員の方が兼任しておられるのです。

 朝のフロントは急がしく、ホテルを発とうとする人々の足が交差し、ガラスから差し込む光を蹴って、動的なシルエットを形作っていました。小さな体を活かしながら、その合間を縫うように進んで、私はチェックアウトを待つ行列の最後尾に付きました。

 もう少し飛ぶのがうまければ、と、私は時々思うことがあります。たとえば、人と同じぐらいの高さで飛び続けられたら、今、こうして、人の影に紛れてしまうこともないはずですし……
 両足に力を込めて、目の前にそそり立つ、デイパックを背負った男性の背中を見据えました。足に力を込め、飛び上がります。重力に抗って、必至に羽根をばたつかせます。男性が去っていくと同時に、一気に視界が広がります。

 カウンターにいたのは、いつもの若いボーイさんでした。私はカウンターの縁に手をかけて、少し羽を休ませました。
「ああ、ちょっと待っていてくださいね」
 何もいわずとも、奥の書棚から、新聞と週チャオを引っ張り出して、カウンターの上に並べてくださいます。彼は数ヶ月前に来たばかりの新人なのですが、私の顔をすぐに覚えてくれたので、第一印象はまずまずでした。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 軽く会釈しようとする私に、彼は、にこりと笑っていいました。
「今週は『呪いをかけチャオ』のオチがきれいでしたよ」
「……」
 最近気付いた、この人の良くないところは、さらりとネタバレしてくることです。

 丸めた新聞を引きずらないように注意しながら、私はエレベーターに乗り込みました。エレベーターの中には車椅子用の手すりがあって、操作盤はその下に。だから、私のようなチャオでも手が届きます。毎日カウンターに登るのは大変ですが、好きでやっていることです。
 ボーイさんから新聞や雑誌を受け取って、読み終わったあとはガーデン隅のマガジンラックに入れておく、というのが、私の日課になっていました。

 マガジンラックに入れてある雑誌や新聞を読んでいるのは、私だけではありません。たとえばエミーチャオは、毎週欠かさず週チャオの表紙と読み切りをチェックしているそうですし、ガーデンに来た人が読んでいることもままあります。
 しかし、全体的に見て、読書を趣味にしているチャオは珍しいようです。ガーデンを見渡すと、フットサルをしているチャオがいたり、お絵描きをしているチャオがいたり。そうやって遊んでいる方が、やっぱりチャオとして自然なのでしょうか。

 私はしばしばチャオガーデンを出て、市立図書館へ足を運ぶのですが、そこでは、意外にたくさんのチャオたちを見かけます。特に学生と一緒にいるチャオが多いようなので、彼らの多くは、チャオ共学化が認められた学校に通うチャオなのでしょう。彼らは人間のパートナーとして、人と対等に扱われています。しかしながら、チャオガーデンではまだまだ古風な考え方――チャオは人間に飼われるものだ――が、根強く残っているように感じられます。

 結局、誰かに引き取られない限り、ガーデンのチャオが教育を受けることは難しいのです。いくらチャオも社会進出できる時代になったとはいえ、私たちは経済的に独立できていません。みんなが持っているスケッチブックやクレヨン、私のノートなどは、人から寄付してもらったものなのです。

 ガーデンに戻ると、適切に調整された空気が、私の体をやわらかに支えました。私がどれだけ努力しても、とても離れられないぐらい、心地よい環境です。
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4. ラーメン屋
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 五月三十日(火)

 しとしとと降り注ぐ雨滴が、ステーションスクエアをもやのように包み込んでいました。こんな日に、好んでガーデンにやってくる人はあまりいません。チャオガーデンは、ちょうど私好みの静けさになっていました。

 私はノートを開きました。いつもならエミーチャオと世間話でもするところですが、それよりも今日は、例の案内文の方を先に片付けてしまいたい気分です。鉛筆と消しゴムを取り出し、じっくりと読み直していきます。

 ……表現の重複が目に付きます。そういう部分を消して、また別の表現で、空いたスペースを埋めてみました。が、どうにもしっくり来ません。
 なんだか出鼻をくじかれたようになって、私は何気なく、ガーデンの天窓を見上げました。のっぺりとした雨雲が、空全体に広がって、何もかもを覆い尽くしてしまっていました。

 特に問題があるのは、無理にねじ込んだ、オトナチャオの引き取りにまつわるところでした。これが、本当の主題なのに……
 かなり前から、案内を書いてみようというアイディアはありましたが、それを後押ししてくれたのは、ケーマくんとの会話でした。客観的な案内文の中に、埋め込まれた作為が、今、急速に、違和感をふくらませていました。

 今までは大雑把に、全員が全員引き取りを望んでいるように書いていましたが、それは正確ではありません。でも、ぼかして書いてしまうと、引き取り主に対するメッセージは弱くなってしまいますよね……

「進んでるちゃおか?」
 エミーチャオが私の様子を見にやってきました。私のジレンマは、まさにこの友人が、引き取りを拒んでいる張本人であるということでした。彼女はカオスタイプなので、死を心配する必要がありませんから、引き取られるよりも、むしろこのガーデンにいる方が都合がいいのかもしれません。

「見ての通り、詰まってます……」
「どれぐらいできてるちゃお?」
「八割、ってとこでしょうか」
 量的には八割でも、質がそれに伴っているとは思えませんでした。
「内容はいいんですけど、もっとブラッシュアップしないと……」
「そんな君に歯ブラシ」
「いりません」
「まあまあ、そういわずに、受け取ってくれちゃお」
「キャッチセールスは間に合ってます」
 視線を逸らして、手元の鉛筆を見つめました。どうすれば、私の欲しいものが書けるのでしょうか。それ以前に、私は一体、どんな文章が欲しいのでしょうか。私の欲求に従って書いてしまって、いいのでしょうか。

 エミーチャオが、寄り添うように私の隣に座り込みました。もう後一歩なのだから、何とかして答えを見つけて、約束を果たしたいものです。
「エミーチャオにも、完成したら見せるっていっちゃいましたしね」
「覚えててくれたちゃおか!」
「当たり前じゃないですか」
 いい終わるや否や、私はエミーチャオに、思い切り抱きしめられてしまいました。そんなに大したことをしたわけではないのに。でも、悪い気はしません。

「よーし、じゃあ……」
 エミーチャオの声量が、急に小さくなりました。
「スランプの時は気分転換に限るちゃお。『ラーメン屋』行かないちゃお? 奢ってあげるちゃおよ」
「へ?」
 ちょっと待ってください。今、信じられない言葉が聞こえたような気がするんですが!
「だから『ラーメン屋』に行かないかって」
「わかってます!」

 「ラーメン屋」といえば、指すものは一つしかありません。ステーションスクエアには、社会進出を果たしたチャオたちがこぞって集まっている一角がありまして、その一番東の入り口に当たるところに、オンボロな小屋が掘っ立てられているのです。それが、「ラーメン屋」です。ラーメン評論家の間でも、とてもおいしいといわれているお店です。
 しかし、風の噂で聞いたのですが、あの店はあまりにもボロかったために、昨年十二月のカオスの襲来で、全部流されてしまったんじゃないでしたっけ。

「それがなんと、店長が店を組み立て直して、先週復活したちゃおよ!」
「びっくりです」
 組み立て直せるものなんですか、店って。

 ならば、ラーメンです。前言撤回、案内文はいつでも書けますが、ラーメンは今日しか食べられないのです。
 私たちガーデンのチャオはリングを持っていないので、基本的に外食はできません。毎日つつましく、ヤシの実を食べて暮らしています。
 ところがこのエミーチャオは、なぜかタダであの店のラーメンを食べさせてもらえるのです。理由は知りませんが、エミーチャオは、昔からあの店と仲がよいので、何かよしみがあるんだと思います。

 外は雨だったので、受付ボーイさんにお願いして、傘を貸してもらうことにしました。人間が使うような大きいのを、二人で相合い傘しながら歩いていきます。ステーションスクエアの雑踏も、雨の日となるとさすがに穏やかで、まるで包み込まれるような街並みです。ラーメン屋までは、徒歩三十分ぐらいの道程です。

「あのねえ……」
 エミーチャオが私の左手を、ちらちら横目で見ていました。
「なんですか?」
「気分転換なのに、ノート持っていくちゃおか……?」
 外食する機会なんてめったにないんだから、持っていったっていいじゃないですか。
「これは、身だしなみなんです」
「どっちかっていうと、変に見えるちゃお……」
 エミーチャオはあきれているようですが、私はあえて気にしないふりをします。普段の私はエミーチャオのくだらないジョークを否定するようなことばかりいっていますから、たまには彼女にいわせてあげようかな……と、そこまで考えて、ふっと、頬が緩まりました。

 こういうパワーバランスがあるから、私はエミーチャオと、長く友達でいるのかもしれません。幸い、エミーチャオは足元の水たまりに気を取られていたので、表情を見られてはいませんでした。

 しばらく歩いていると、霧の中から、古びた材木によって組み立てられた小屋――店というよりも、小屋といった方が近いです――が、ぬっと出現します。近づいてみると、柱は傾いていますし、壁は腐食が進んでいて、少し触っただけで、ぼろぼろと崩れてしまいそうです。

 エミーチャオがドアノブをつかんで、慎重に扉を引き開けると、中から一人のヒーローチャオが、転がるように出てきました。
「あっ、エミーチャオ! いいもの持ってる!」
 そういって私たちの傘をひったくったそのチャオは、どうやらウエイトレスさんだったようです。やけに慌てた様子で、私たちをテーブルまで招き入ると、
「これでよし、と」
壁とテーブルの境目に、器用に傘を立てかけました。

「どうかしたちゃおか?」
 エミーチャオの質問に、ヒーローチャオさんは「いやあ」と、困ったふうなことを言いながら、口元は今にも笑い出しそうです。
「実は建物を直したはいいんだけど、雨漏りがひどくってねー」
 その言葉と同時に、ぼつっ、と嫌な音がします。雨粒が傘に当たった音ですか……

 周りを見ると、他にもテーブルに傘をかけてラーメンをすすっている人やチャオがいます。中には雨漏りがしたたる中、体を張ってラーメンを守りながら食べている人もいるぐらいです。
「復活したって聞いて、みんなこぞって来てるちゃお」
「長いこと休んでたから、忘れられてるんじゃないかとも思ったんだけど、全然そんなことなくて良かったよー」
 それはそうでしょうね。この店にはもともと常連客が多い上に、評判もいいので、そう簡単には潰れないと思いますよ。

「注文はいかがいたしましょー?」
 ヒーローチャオさんが、私を見ながら聞きました。
「最新作は何ですか?」
 これは前々から使ってみたかったセリフでした。「通」はこう聞くらしいです。というのも、この店では店長のキバさんが頻繁にメニューを更新しているので、これを聞けばいつでも最新のメニューが食べられるのだそうです。
「たしか、もやしもやしもやしラーメンだったと思うよー」
「じゃあ、それで」
「私も同じのをお願いするちゃお」
「ほーい」
 ヒーローチャオさんは、手を挙げて元気よく返事をし、両手を広げて走っていきました。ソニックがよくやる走り方ですね。

 私は待ち時間を利用して、ラーメン屋の様子や店員さんの言動を書き留めておくことにしました。
「いや、あれはソニックじゃなくてアラレちゃんちゃお!」
 見ていたエミーチャオがいちゃもんつけてきました。なんですか、それ。

 しばらくすると、先ほどのヒーローチャオさんが、ラーメンを運んできてくれました。この店のラーメンには、チャオの口にも人間の口にも合うという、特許取得済みの麺が使われているそうです。
 二人でいただきますをして、レンゲをスープの中に沈めました。味見がてらに、一口だけすすってみると、冷えていた体の芯まで、温かいスープが染み渡ります。

「これはおいしいですね」
 ヒーローチャオさんが胸を張りました。
「でしょー」
「毎日食べたくなるのもわかります」
 私が冗談めかしていうと、ヒーローチャオさんは頭をぷるぷると振って否定しました。
「毎日タダで食べられてたら、この店もたないよー」
「建物がちゃおか?」
「そう。またぐちゃぐちゃのバラバラに……」
「いっそのこと、建て替えたらいいんじゃないですか?」
「あー、だからそうだからダメなのー! ちゃんと貯金してるんだからー!」
 この店員さんのリアクション面白い。

 エミーチャオがテーブルに身を乗り出しました。
「いつ頃するつもりちゃお?」
「うーん、わかんないけど、もうちょっとかかるんじゃないかな」
 どうやら建て替え自体は、すでに決定しているようです。私と一緒に、ずっと慣れ親しんできたこの店の風貌も、なくなってしまうってことですか……
「このボロいのも、なかなか味があっていいと思うんですけどね」
「ボロいまま建て替えるちゃおか!」
「ナイスアイディア!」
「なんでそうなるのー!?」
 エミーチャオは、なんだかとても嬉しそうに、ヒーローチャオさんを眺めています。

 ここ――ラーメン屋は、チャオがまだ社会の一員として認められていない頃から、営業されていた店でした。私は今でも、そのことを尊敬しています。こういう店の存在が、社会を動かし、結果的に、チャオの権利獲得へとつながったのです。

 だから、昔から続くこの店の外観も、一つの立役者だと思っていました。客との距離が近かったことが、この店の成功の一因だと。
 エミーチャオも、他の常連さんも、たぶん同じことを思っていて、いくら頻繁にメニューが更新されるためとはいえ、店員さんに毎回聞かなければならないというのは、どう考えても面倒です。でも、このチャオ相手と世間話を始めるための定型句だと考えれば、案外許されるような気がしました。

 ガーデンの案内も、そんなものかもしれません。ちょっとぐらい内容に不備があっても、ガーデンのチャオに直接聞けるような雰囲気があれば大丈夫。そう考えると、私のパンフレット制作も、そんなにストイックに考えなくてもいいように思えてきました。
 ……帰ったら、もっと親しみを込めた文体にしてみようと、私は、心に決めました。

 食べ終わってからもしばらく話をして、ゆったりくつろいだあとで、私たちはラーメン屋をあとにしました。外に出てみると、雨はすでに上がっていて、雲の切れ間から太陽が顔を出しつつありました。

「あっ」
 エミーチャオが、私を見ました。手には、ドアノブが。
「取れちゃったちゃお……」
 何をやっているんですか……
「ノートチョップ!」
「キーーーン!」
 なんと、避けられました。

「アラレちゃん式ダッシュちゃお!」
「待ってください!」
「待てといわれて待つバカはいないちゃお!」
 エミーチャオが笑いながら逃げていきます。意外に速いアラレちゃん式ダッシュを、私は、一生懸命追いかけました。
引用なし
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5. パンフレット作り
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 六月四日(日)

「ふぅ」
 やっとできました。二週間かけて、ちょっとずつ制作していたチャオガーデンの利用案内です。本当はもう少し推敲するべきなのかもしれませんが、やれることはやったという実感があります。さて――
 私はノートを持って立ち上がりました。

 ウォーキング中のエミーチャオはすぐに見つかりました。私が説明文を読んでほしい旨を伝えると、彼女の顔がほころびました。
「じゃあ、行こうちゃお」
 ノートを抱えたまま、どこかに歩きはじめます。
「どこに行くんですか?」
「あれ、受付の人に読んでもらうんじゃないちゃおか?」
 なんだかとんでもない勘違いをさせてしまったみたいです。たしかに、最終的には受付の人にも見せて了承を得なければいけないんでしょうけど、まだその段階ではないつもりです、私は。
「善は急げちゃおよお」
 エミーチャオが盛んに手を引くので、しかたなく、私もエレベーターに乗り込んでしまいました。うーん、これはうまくはめられてしまったような気もしますが……しかたありません。
 所詮積極性においては、私がエミーチャオに敵うはずがないのです。

 フロントには、誰もいませんでした。ちょうど朝の忙しい時間帯と昼の忙しい時間帯との境目に当たったようで、ただ一人、受付ボーイさんだけが、カウンターの向こうで直立しています。私たちは、彼の元へと飛んでいきました。

「チャオガーデンの利用者の手助けになる文章を書いてみたちゃお。感想を聞かせてほしいちゃお」
 いいながら、エミーチャオがノートを差し出します。受付ボーイさんは「へぇ」と少し驚いた様子で受け取ると、さっそくぺらぺらとめくり始めました。
「もうちょっと推敲が必要なんですけど……」
 私も一応、付け加えます。

 私の文をただ斜め読みしていただけに見えたボーイさんでしたが、しばらくすると、だんだんと身を注ぐように、集中して読み解き始めました。冷たい指が、心臓をつかむような心地がしました。そのまま見ているのが無性に苦しくなって、私は床にぺたんと座り込みました。

 エミーチャオは、私の文が読まれている様子を、楽しそうに眺めています。彼女は私より、飛ぶのがはるかにうまいのです。そんなに楽しそうにしなくてもいいのに。他人に自分の文を読まれるのには、恥ずかしいような恐ろしいような、不思議な切迫感がありました。
 私は心を落ち着かせるために、向かいの壁をじっと見つめました。すっと、あたりの物が目に入らなくなって、外を行き交う自動車の残響と、エミーチャオの羽音だけが、やけにろうろうと聞こえました。

 フロントに赤いパーカーを着た女性がやってきました。彼女は私を見つけると、目を丸くしながら、
「どうしたの?」
と聞いてきます。
 はて、私はこの女性と、前に会ったことがありましたっけ? 記憶が定かではありません。いずれにせよ、早く帰ってもらわなければ。もし知り合いとわかったら、エミーチャオはきっとこの人にも、私のノートを読ませようとするでしょう。
「ちょっとフロントに用事がありまして……」
 ……と、いいかけて、思い出しました。この人は何週間か前に、スケッチを描く場所を探して悩んでいた、あの女子大生さんじゃないですか。

「知り合いちゃお?」
 頭上からエミーチャオの声がします。
「いえ、この人は……」
「こないだチャオガーデンで会って、ちょっとスケッチの構図について聞いたんだよね」
 女子大生さんのスニーカーがずいと近づいて、寄りかかった片手が、カウンターに橋のようにかけられました。エミーチャオの表情は、下からだとよくわかりませんが、なんだかきょとんとしているみたいです。

「スケッチって、何のことちゃお?」
「私、大学で芸術サークルってのをやってて……っていうか、ほとんど趣味なんだけど、いろんな建物のスケッチを描いて回ってるの」
「芸術サークル!」
 言葉尻からぴんぴんと、好奇心が伝わってきます。嫌な予感がしました。

「それならばこの案内をどのように掲示すれば見栄えがするのか、すべてご存知のはずちゃお!」
「案内って?」
「この子がガーデンの利用者向けに書いたちゃおよ!」
「へぇー、そんなことやってるんだ」
 そんなことをわざわざ教えなくても……と思っても、後の祭りでした。女子大生さんの目が興味深そうに、ノートの表紙を舐めました。

 私のノートが、ぱたんと閉じられました。どうやら受付ボーイさんが、すべてを読み終えたようです。私は思わず、身構えます。
「いや、これはよく書けているよ」
 エミーチャオに返しながらいいました。
「このままガーデンのどこかに掲示してしまっても、問題ないんじゃないかな」
 エミーチャオが私を見下ろしてウインクしてくれます。女子大生さんもニコニコしています。もう、後戻りできないところまで来ているいうことを、私はこのとき、悟りました。

「掲示ってどうやればいいちゃお? ヒントテレビを使うとかちゃお?」
 エミーチャオは、さっそくどこかに載せるつもりみたいです。
「あれはなあ、使えることは使えるんだけど、支配人さんに聞いてみないと、書き換え方がわからないんだ」
「そもそもヒントテレビって、たまにボールがぶつかったりしているし、あそこにあるのは危なくないちゃおか?」
「そうだね。あまり役に立っていないようだし、テレビは撤去した方がいいかもしれない」
 なんだか勝手に話が進められています。

「こういうのはどう?」
 話に耳を傾けていただけだった女子大生さんの手が、カウンターの上をまさぐりました。
「チラシと小冊子を作るの。チラシはエレベーターの中に貼っておいて、ホテルに来る人全員が気付くようにしておく。小冊子はガーデンの入り口横にサイドテーブルみたいなものを置いて、そこにまとめる」
 いいながら、カウンターの上に置いてあったメモ帳に、何かを書いているようですが、私のところからは見えません。

「マガジンラックに入れておくんじゃ、目立たなさすぎるし、それに小冊子は自由に持って帰れるようにした方がいいから、持ち帰り禁止のマガジンラックと場所を共通にすると、使う人は混乱するでしょ。念のため、小冊子のそばに『ご自由にお取りください』ポップでもつけておけばいいんじゃないのかな。こうすれば、利用者はまずエレベーターで概略を把握してから、任意に詳しいパンフレットを入手できるっていう、理想的な情報入手の流れができあがる」
 いきなり具体的ヴィジョンを提示されると、驚きます。想像力の違いとでもいうのでしょうか。なかなか一度にそんなにイメージできるものではありませんよね。でも、たしかに、そのプランでいけば問題なさそうです。
「いいんじゃないですか?」
「うん! すっごくいいちゃお!」
 エミーチャオも同意してくれています。

「僕があとでオーナーに提案しておいてあげるよ」
 受付ボーイさんがメモをちぎって、ノートの間に挟みました。
「じゃあ、お任せするちゃお!」
「うん」

 肩の荷は降りたはずなのに、いざ、苦労して書き上げたノートを明け渡すとなると、この文章の行く末が、無性に心配になりました。
 いや、決して受付ボーイさんには任せられないとか、そういう意味ではないんですけど……
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6. 二人の大学生
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 六月五日(月)

 ケーマくんは、どうやら本当に引き取り活動を始めるつもりらしいです。私は引活アドバイザーとして、彼の練習に付き合ってあげることになりました。友人Pと近しいなどということをいってしまった手前、そうなるのは当然の帰結でしたが、それにしても、あまり気乗りできる相談ではありませんでした。

「どうすればいいんだ?」
 ケーマくんが両腕を広げて、私の前に仁王立ちしています。
「とりあえず、思うようにやってみてくださいよ」
「思うように……」
 何かをぶつぶつとつぶやきながら、ケーマくんは芝生の上に、こてんと腰を落としました。最初は、両腕を後ろについていたのですが、そのままではまずいと思ったのでしょうか。両足の間に置いてみたり、はたまた、腕を交差させてみたりと試しています。けれども、最終的には、
「わからん」
そういって、さじを投げました。まあ、そうですよね。私にもわかりません。

「とりあえず、あんまりぶりっ子にこだわらなくてもいいと思います」
 適当なことをいいました。
「ダークチャオって、どっちかっていうとかっこいいイメージじゃないですか。だから、男の子にアピールした方がいけますよ」
「なるほど!」
 ケーマくんは、私の言葉に、深く感心したようでした。さっそく起き上がって、かっこいいポーズの開発に取り組み始めます。自分で改善しようとする姿勢を、私は評価します。
「しばらく一人でがんばってみてください」
「ああ」
 ケーマくんを残したまま、私はいつものように、新聞を取りに行くつもりでした。


「例のパンフレットだけど、作ってもいいことになったよ」
「本当ですか?」
 受付ボーイさんに会うと、真っ先にそのことを告げられました。何となく予想はしたので、驚きこそありませんでしたが、実際にそういわれると嬉しいものです。
「おまけにこのノートを、ガーデンのチャオたちが書いたものだといって紹介したら、オーナーにえらく気に入ってもらえてね」
 そういう見方も、あるのかもしれないと思っていました。一般には、ガーデンのチャオが書いた文章なんて、珍しいでしょうからね。
「だから、パンフレットについても、チャオたちに作らせてみたら面白いんじゃないかという話になった」
「はい?」
 予想外の言葉に、ふぬけた返事が漂いました。
「もちろん、僕も賛成したよ。おかげで資金もある程度裂いてもらえることになった」
 受付ボーイさんはきゅっと目を細めて、ノートの上に新聞と、茶封筒を加えて乗せてきます。思わぬ重量に、私はよろめき――とっさに羽を広げて、空中で何とか姿勢を持ち直して、床に足を落ち着かせました。

「大丈夫?」
 受付ボーイさんの声がします。
「な、なんとか……」
 つい、反射的にそう返してしまいましたが……おそらく、彼は誤解しているんです。彼は、私たちとあの女子大生さんとが知り合いだと思っているのです。私たちが作る、というのは、彼女と作るという意味なのです。

 ガーデンに戻って、エミーチャオにこのことを相談しました。私が意見を求めると、エミーチャオは、あっけらかんといいました。
「じゃあ、君が作っちゃえば?」
 ……たしかに、そうすれば「ガーデンに住むチャオが作った」という肩書きが付きますし、ホテル側にしてみれば費用も削減できますから、メリットはあるのかもしれません。けれども、私としては、下手に色眼鏡をかけて読まれたくはありませんでした。私の文は、私から離れて、自由でなくてはいけないんです。

 この依頼を断って、かつ、余計な肩書きを付けるなと、受付ボーイさんに釘を刺すのはどうでしょう? そんなことをするぐらいなら、自分で作ってしまった方がむしろ、いや、でも……

「大学に行くというのもありちゃお!」
 エミーチャオは、時々、まったく脈絡を無視したことをいいだします。
「昨日の人を捜すなら、大学に行けばきっと見つかるちゃお!」
 大学、ですか……
 私は前に一度だけ、オープンキャンパスに行ったときの記憶を引っ張り出しました。かなり広かったように覚えています。そんな中で、名前もわからない一個人を、見つけることができるんでしょうか?

「まあ、君には無理ちゃおね」
 いらっとしました。
「私にはできるちゃおけど」
 ……要するに、自分もついていきたいっていってるんですよね。長い付き合いですから、それくらい察しますよ。

 キャンパスへ行くために、私たちは路面電車を利用することにしました。普段なら一時間以上かけて歩いていくところですが、今の私には、茶封筒があるのです。ちょっと中身をのぞいてみると、ガーデンに暮らすチャオにとってはとんでもない量のリングが入っていて、目がくらみそうになりました。精神を統一して、切符を買いました。

 十数分ほど電車に揺られていると、大学の正門が見えてきました。たくさんの学生さんやチャオが行き来していて、下手をすれば迷ってしまいかねないと思うのですが、エミーチャオは、一体どうするつもりなんでしょうか。
「ふっふっふ、任せておけちゃお」
 やけに自信満々にいい放ったエミーチャオは、まっすぐに奥の方へと飛んでいって、そこを歩いていた学生を捕まえました。少し会話をしたのち、戻ってきました。
「右に見える、背の低い建物に行けばいいらしいちゃおよ」

 いわれるがままに中に入ってみると、そこは事務室でした。事務員のお姉さん(四十代後半ぐらい)にお願いして、芸術サークルの部員一覧を見せてもらったんですが、名前がわからないのでどうしようもありません。
「これはもう、行ってみるっきゃないちゃお!」
 エミーチャオの判断により、私たちは直接、芸術サークルの部室に乗り込むことになりました。

 事務員の方に描いてもらった地図に従って歩いていくと、古い木造の校舎が見つかります。この二階の「芸術サークル」の看板がかかった部屋が、目的の部室だそうです。エミーチャオが少し飛んで、小さな手製のドアノッカーを叩きました。
「誰かいるちゃおかー?」
 こんな昼間に誰かいるとは思えなかったのですが……意外にも、中からかさかさと小さな音が聞こえてきました。まもなく扉が開いて、出てきたのは、細身の女性。シンプルな縞模様のシャツに薄手のボレロをひっかけています。
 ……どうやら目的のあの人ではなさそうです。彼女の視線は一度宙に浮かんだエミーチャオを捉えたのち、足元の私へと移りました。

「どちら様?」
「チャオガーデンから来ました。人を捜してるんです」
「誰を?」
「芸術サークルに所属してるって聞いてます。ちょっと丸顔な、ショートカットの女の人です」
 こんな説明で伝わるのかどうか不安でしたが、相手の方は、ああ、あの子ねといった様子でうなずきました。
「今はいないけど……とりあえず、上がってくださいな」
 彼女に誘われて、私たちは部室へと入りました。

 芸術サークルの部室は、おそらく原型はレトロな木造校舎なんでしょうけど、いろんな作品や道具に彩られて、ごちゃごちゃしている印象を受けました。中央に長い机一つと、大きさや色の様々な椅子が並べられていて、私たちはその中の最も大きな二つに腰を降ろしました。私は黄色、エミーチャオはピンクです。床が悪いのか、それとも椅子がそうなのか、わかりませんが、私が乗ったそれは、少しぐらぐらと揺れました。

 彼女は小柴と名乗りました。話によれば、私たちが探している女性――遠藤千晶さんというそうです――は、今ちょうど講義中で、しばらくしたら呼びにいってくれるとのことです。
 私とエミーチャオの方からは、今回訪問した理由や経緯などを説明しました。遠藤さんがそんな提案をしていたという事実は、彼女をたいへん驚かせたらしく、びっくりだけど、でも応援してあげなくちゃ、というようなことを口にされていました。

「ずいぶんたくさん、変なものがあるちゃおね」
 エミーチャオはこの部屋に入ってからというもの、不思議そうにあたりを見回しています。たしかに、見慣れない物ばかりが陳列されたこの部屋は独特で、好奇心をそそられます。
「この部屋にあるのは、みんなこのサークルの生徒の作品で……他人のだから、あんまり詳しく解説とかはできないけど」
 その言葉を、私は意外に思いました。芸術サークルというぐらいだから、共通の感性を持つ人同士が集まっているものと思っていたのですが……どちらかというと、個人主義的な人たちの集まりなのでしょうか。

「私は芸術サークルっていうと、いかつい顔した、気難しいオヤジばっかりいるものだと思ってたちゃお」
 エミーチャオが意味不明なことをいいだしました。
「しかも、料理と息子にうるさい」
 海原雄山かよ。


 しばらくして、小柴さんが時間を見計らって電話すると、遠藤さんとはすぐに連絡が取れました。小柴さんが携帯電話を渡して、声を聞かせてくれました。
「この人であってる?」
 小柴さんの確認に、私たち二人はうなずきました。

 やってきた遠藤さんは、ものすごく眠たそうでした。あくびをしたり目をこすったりしているので、この人は講義中寝てたんじゃないかと私は推測します。彼女もまた、適当な椅子に座って、
「なんでこんなとこにいるの?」
というようなことを聞いてきました。
 私がオーナーの意向を説明すると、彼女の眠気が吹き飛びました。

「それ、まじでいってるの?」
 遠藤さんが真顔です。エミーチャオを見ると、もう役目は終わったといわんばかりに、学生作品の鑑賞に浸っています。せっかく連れてきてあげたのに、最後まで協力してくれないんですか……まあ、いいですけど。
「普通そういうのは専門の会社に注文して、作ってもらうものなんじゃないのかな」
「そうですよねぇ」
 私も基本的には同意しますが、この人が作っても、結構面白いものができるんじゃないかと思えてきましたよ。

「たしか、パンフレットとチラシを作ろうって、あのときいったんだっけ」
 私はうなずきます。持ってきたノートを机の上に広げると、先日のメモが、そのままはらりと出てきました。机の上を滑らせて、遠藤さんに渡します。
 ちらりと、遠藤さんの眼球が動きました。
「そういうのは、先輩の専門分野なんじゃないですか?」
「わ、私?」
 小柴さんが驚いた様子で、私たちの顔を見比べました。
「この人はほんとにすごいんだよ。平面デザインについては右に出る者なしだよ」
「さすがにそこまでじゃ……」
「だってここの大学案内とかも、全部この人が見てるんだから」
 それはすごい。大学案内って、事務室にたくさん積まれていたやつじゃないですか。

 遠藤さんが立ち上がって、小柴さんの片手をつかみました。小柴さんが、うろたえました。
「ま、まあ、つたないものでよければ、いくらでもやってあげるけど……」
 小柴さんの言葉に、私は拍子抜けしました。なんだかんだいってやっていただけるんですね。案外、褒められるのに弱いタイプなのかもしれません。

 窓の外から強い日差しが、棚の上のガラス細工を照らしていました。プリズムのように屈折したそれが、遠藤さんの頬を虹色に染めました。
「先輩が全部やってくれるなら、一安心だね」
「千晶もやるんじゃなくて?」
「巨匠にお任せしますよ」
「いいだしっぺなんだから、何かしてくれないと」
「ぬぅ」

 ひとたび動き始めると、小柴さんは人が変わったみたいに明るくなります。なんだ、結構、楽しそうじゃないですか。
 私も時々口を挟みながら、その日は、今後の日程を話し合うことで、時間が過ぎていきました。
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7. デザインとは
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 六月十日(土)

「デザインとは、実用性である」
 ミッションストリートを歩きながら、遠藤さんは、そう、大仰にいってみせました。
「実用性ですか?」
「うん。たとえば今回でいえば『チャオガーデンのことをよく知ってもらいたい』とか、そういう目的を達成するために、最も効果的な表現を追求するのがデザインだってことだよ」

 ステーションスクエアの街は、様々な色彩、意匠、自然に彩られています。少し空を見上げれば、突き抜けるようなブルーがあり、目を落とせば、あちこちに並んだビルの窓や、商店の看板が、所狭しと自分の存在を主張しています。そんな街を、力強い海風が吹き抜けていきました。暑い日差しを和らげるような、すがすがしい風でした。


 話は一週間前にさかのぼります。小柴さんと私たちが、パンフレットのデザインを約束したあのあと、私は、再会の日程を組んでおくことを提案しました。彼女たちにとっては蛇足かもしれませんが、私としては、デザインの進捗状況がわからないのは不安だったのです。

 最初聞いたときは、あまり魅力を感じなかった、「自分でパンフレットを作る」という状況も、うまく動き始めると、がぜん面白くなってくるものです。ノートは小柴さんに渡してしまいましたから、チャオガーデンに帰ってからは、あまりできることはなかったのですが、具体性を帯びてきた未来をイメージすると、なんだか無性に、わくわくしてしまうのです。

 しかし、それとは逆に、まったく成功しそうにないのが、ケーマくんの引き取り活動でした。ケーマくんは、その悪魔のような羽を広げて、チャオガーデンの空を飛び回る練習を続けていましたが……これは本当にいいにくいのですが、燃えさかる太陽の下で飛ぶコウモリは、かなり、まぬけでした。

 ある日、私がそんなケーマくんをぼんやりと眺めていたところへ、遠藤さんがやってきたことがあります。
「なにしてるの?」
 私がケーマくんの練習のことを教えると、彼女は「へぇ」という、とらえどころのない返事と共に、天窓を見上げました。
 ガーデンの案内文の原稿には、直接、引き取り活動のことを書いたわけではないものの、それを引き起こす前提については、字数を裂いていました。だから、割とすんなりと、理解してもらえたのではないかと思います。

「君は、しないの?」
 遠藤さんが、芝生の上に三角座りしながら、私に聞いてきました。
「私は――人に引き取りを押しつけるのは、何かが違うんじゃないでしょうか」
 また、きわどいことを。そう、一瞬自分を省みましたが、次の遠藤さんの言葉で、そんなことはどうでもよくなってしまいました。
「あのダークヒコウチャオ、ちょっと、かっこいいかも」
 えええええー!

 ……そんなことがあったものだから、今朝、遠藤さんと小柴さんが、約束通りチャオガーデンにやってきたときも、この人の趣味を疑ってしまったのです。到着してすぐに、小柴さんは二手に分かれようといいだしました。
「私は印刷所を探してくるから、千晶は大道具を買ってきなよ」
 そういえばすっかり忘れていましたが、あの計画でいくなら、パンフレットを置くためのテーブルのようなものが必要でしたっけ……

 一度やると決めた小柴さんのリーダーシップには、すさまじいものがありました。正直、私とエミーチャオは足手まといなのではないかとも思ったんですが、小柴さんがいうには、最後には私たちがしっかり監修して、デザインの整合性を保つべきなのだそうです。
 私は遠藤さんについていくことにしました。エミーチャオがパンフレットの完成品を見たがり、小柴さんについていくといい張ったのも理由の一つでしたが、遠藤さんが変な物を買わないか、見ていないと不安だとも思えたからでした。

 街へ出てすぐに、遠藤さんが私の両脇をつかんで、ひょいと担ぎ上げました。当惑する私にもお構いなく、遠藤さんは、パーカーのフードを開いて、中にすとんと、私を放り込みました。
「こうすれば、互いに見失わないでしょ?」
 それはそうですけど……がんばれば私だって、人についていけるぐらいのペースで走れるのに、わざわざ手をさしのべてもらえるのは、ありがたいのか、おせっかいなのか……もしかして、この状況を予想した上で、パーカーを着てきたということなんでしょうか。
 私がそのことを聞くと、遠藤さんの頭が、こっくりとうなずきました。
「デザインとは、実用性である」
「実用性ですか?」
「うん」
 そうして、歩きながら、冒頭の言葉を口にされました。

 私の体は、フードの中で揺られています。道路をどんどん、後ろ向きに歩いて行きます。やがて赤信号にでも鉢合わせたのでしょうか、遠藤さんの体が、止まりました。地平線の果てでビルの輪郭線が収束して、一点を指し示していました。
 信号が変わり、また足が一歩前に出ると、収束していた一点が、周りの風景を飲み込んで、また新たな景色が立ち現れます。

「芸術サークルも、実用性を追求してるんですか?」
 私は部室に置いてあった、たくさんのオブジェを思い出しました。あれに意味があるとは、とても思えなかったんですけど……
「いや、あれは、どうなんだろう?」
 遠藤さんの声が、揺らぎました。
「なんていうのかな。デザインと芸術ってそもそも方向性が違うんだよね。私や先輩みたいなのは、明らかにデザイン側の価値観だから、優劣がすぐにわかるんだけど、他の人たちはなあ…… 一概には、いえないよ」
 芸術サークルにも、いろんな派閥(?)があるんでしょうか。

 目的地まではほとんど一本道なのに、遠藤さんはやたらときょろきょろしながら歩いていきます。そういえば、遠藤さんはいつもスケッチブックを持ち歩いて、建物を描いて回っているような方だったことを、私は思い出しました。
「面白い建物でも、あるんですか?」
「チャオと人との共生の街、ステーションスクエア。あんまり気にかけてないかもしれないけど、いろんなところに、工夫が凝らしてあるよ」
 私もまた、遠藤さんの視線をまねるように、近くの物に視線を落としました。普段、こんな角度で物を見ることがないだけに、その高さに驚きます。

「街を作っているのも、デザイナーだよ。人に気に入ってもらえるために、クライアントが何を望んでいるか、しっかりと理解した上で、最も効果的な表現を探す。芸術家は自分の主張をもたなくちゃいけないけど、デザイナーはむしろ、それを捨てなくちゃいけない。私の専門は、そういうジャンルなんだ」

 ……最も効果的な表現、と聞いて、私はとっさに文章をイメージしました。比喩や修辞技法を駆使した詩のような文章と、他人に自分のいいたいことを確実に理解してもらうためのプレゼンのような文章とでは、書き方がまったく違う。遠藤さんは「表現」という言葉を使いましたが、文章だって表現ですよね。

「でもデザインを専門にするんだったら、芸大とかに入るのが普通じゃないですか」
 この間、遠藤さんは社会学部だと、いっていたように記憶しています。小柴さんは、マーケティングとかなんとかいっていましたから、少しはデザインに関係があるのかもしれませんが、私には、実用性にこだわる遠藤さんと、社会学部の学生としての遠藤さんが、どうにもうまく結びつきませんでした。
「……親に反対されてね。でも、私はこの街に来て良かったなと思ってる」
 遠藤さんは、何となくいいにくそうに答えました。あまりこの話題には触れない方が良かったのかもしれません。


「あ、あったあった」
 遠藤さんは、目的のお店に駆け込むと、無味乾燥なボックス型のテーブルを選びました。私が見る限りでは、なんの変哲もない、普通のデザインです。
「これがいいんですか?」
「大事なのはパンフレットであって、テーブルは地味な方がいいと思うんだ。それに、これなら角が丸くなっていて、子どもが怪我することもないし」
 なるほど、これがデザイン系の価値観ですか。


 チャオガーデンに彼女の選んだデスクが運び込まれて、その上にパンフレットが並べられました。よくある縦長のパンフレットですが、水色を基調にしたかわいらしいデザインで、チャオガーデンっぽさがよく出ています。あんな駄文でも、こうしてレイアウトを整えるとそれっぽく見えてくるものなんですね。私としては、一安心です。

 印刷班の二人にお礼をいっておこうかと思ったのに、エミーチャオときたら、向こうで遠藤さんとなにやら話し込んでいます。しかたがないので、私は小柴さんを捕まえて、頭を下げておきました。小柴さんは照れたような口ぶりで、どうやら、謙遜しているようです。

 そこへ、エミーチャオがやってきました。
「記念撮影するちゃおよ!」
 見れば、向こうで遠藤さんが携帯電話を構えて、私たちを撮ろうとしています。
「これじゃあ遠藤さんが入らないじゃないですか!」
「えー、じゃあ……」
 遠藤さんは周囲を見回して、頭の上を周遊していた、ケーマくんを見つけました。
「よし、君が撮るんだ!」
「お、俺?」
 遠藤さんが彼にケータイを押しつけて、私の後ろに立ちます。さすが、デザイナー。最も効果的な立ち回りです。

 ケーマくんは、なんだかんだいいながらも、結構いい写真を撮ってくれました。
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8. 誕生日
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 六月十一日(日)

 私は階段を上っています。コンクリート製の無骨な階段が、まっすぐに続いています。その先は闇に溶け込んでいて、見えません。私は階段をただただ上っていきます。なぜそうしているのか、自分にもわかりません。背中から見えない何かが押し迫っている感じがして、かといって、焦って階段を駆け上がってしまえば、奥に続く闇に飲みこまれてしまうようにも思えて、だから私はずっと一定のペースで、階段を上っていかなければならないのです。

 不意に、視界に変化が現れました。それまで一直線に続いていた階段が、右にぐにゃりと曲がっているではありませんか。私はすぐに、それがただの曲がり角ではないことに気付きました。ずっとまっすぐだと思っていた階段が、そこから先は螺旋階段に変わっているのです。
 私は備え付けの手すりに手をかけて、螺旋階段を上り始めました。階段の形が変わっても、無限に続いているのは同じみたいです。ぐるぐると回り続けていると、なんだか延々と同じ場所を行き来しているんじゃないかというような、そんな気分にさせられます。

 延々と回ります。まるで巨大なドリルで地球に大きな穴を開けて、そこに螺旋階段を作ったんじゃないかというぐらい、私は延々と回り続けました。いつまで経っても出口は見えてきません。私はどうしてこんなに回っているんでしょうか。まるでミキサーにでもかけられているかのようです。延々と回っていたせいか、どうにも視界がぐらついてきます。本当にこれはミキサーなんじゃないでしょうか。こうして螺旋階段をぐるぐると回っているうちに、私の体はぐちゃぐちゃのドロドロになってしまうんじゃないでしょうか……

 起きてみると、目の前にエミーチャオがいました。
「ハッピバースデイ」
 そういって、私の頭から両手を離します。ああ。私はようやく理解しました。あの恐ろしいミキサーの夢は、このエミーチャオが、私の頭を両側からぐりぐりしていたから見てしまった夢なのです。私が今ものすごく気分が悪いのも、すべてこのチャオのせいです。

「誕生日くらいゆっくり寝かせてください」
「誕生日なんだからもっとフィーバーしなくちゃ」
「そろそろ歳を取るのも嬉しくなくなってきました」
「私は毎年フィーバーしてるちゃおよ?」
 そういう元気は私にはありません。五歳にもなると、もう老人って感じです。

 聞けば、私の友人Pがチャオガーデンに遊びに来ているそうです。友人Pです。あの玉の輿の、ぶりっ子戦略を用いて、女の子のいる家庭に引き取られていった、あの友人Pです。もう名前を伏せるのが面倒臭くなってきたので、明かしますと、ポプリです。
 名前からしてぶりっ子っぽいと思ってしまうのは、私だけでしょうか。

「やあ」
 私がポプリを見つけると、ポプリも私に向かって手を振り返してくれました。
「ひさしぶりですね」
「だねー」

 ポプリは私と同期のヒーローオヨギチャオです。最後に会ったのは半年ぐらい前なのですが、今日の彼女は、その時とはまた、ずいぶん印象が違って見えます。このタイプ特有の頭の羽のようなものが、今日は目元まで下がってきていて、髪飾りみたいなものもつけています。さすが玉の輿。おしゃれも自由自在というわけです。
 そして、普段はこんなふうに狐をかぶっていますが、実際は相当な毒舌家なんです。私の前に来ると、すぐに本性を現します。

「五歳にもなってチャオガーデンにまだ居座っているとは、相当暇なんだな」
 ほら、さっそく来ました。
「私はわざわざ引き取り活動をしてまで、引き取られたいとは思わないんです」
「しかしあんたもそろそろ年が年だろうに」
「死んでしまいますかね」
「だろうなあ。引き取られなかったんだもの」
 ポプリは大きく伸びをしながら、他人ごとのようにいいました。

「そういう運命なんでしょう」
「努力を怠ってきた結果なんじゃないの?」
 なかなか懐の痛いところをついてきます。しかしね、あなたのようにぶりっ子戦略を使うことは、私のプライドが許してくれないのですよ。
「せめて黙っていれば、もうちょっとかわいらしく見えそうなものなのになあ」
 ……たしかに、私のような口調で話すチャオは、チャオとして見られていないのかもしれないと、時々思います。いくらチャオと人間の関係が平等になりつつあるとはいえ、ペットとしてのチャオに求められているのは、何よりもまず、かわいらしさだということなのかもしれません。

「死んだら死んだで、それまでです」
「それまでっていったってさあ……」
 めずらしく、ポプリの言葉が止まりました。

「もしかして、私が死んだら悲しみますか?」
「いいや、全然悲しくない」
 なんという天邪鬼。
「あんたが死んだら、私は家中にあるあんたからもらったものとか、手紙とかを全部焼き払うね」
「それで枯れ木に灰をまくんですか」
「そう。そしたらなぜか桜の花が咲くんだよね。あちこちに。それで市長さんとかに感激されて、褒美をもらえるんだけど、隣の家の意地悪じじいが灰をまいたところ、花が咲くどころか市長の目に灰が入ってめっさ怒られて……ってそんなわけがあるかー!」
「ハッピーエンドまっしぐらだったのに」
「あんたの灰にそんな不思議な力があるはずない」
 完全否定されてしまいました。私も何かいい返そうとしたんですが、ところが、ポプリが本当に思い詰めているようなので、出かけた言葉を引っ込めて、ポプリを待ちました。

「あのさ……これは冗談じゃなくて、真面目に聞きたいんだけど……」
 毒舌家に似合わない、おぼつかない言葉たちが、彼女の口からこぼれ落ちました。
「本当に自分が死んでも構わないと思ってる?」
 そう、聞かれました。私としては首尾一貫して同じことをいい続けてきたつもりなんですが……もしかしてまたこれを確認したいがために、わざわざチャオガーデンまでやってきたんでしょうか。

「構わないというか、しかたがないっていう感じです」
 私がそう答えると、ポプリは重たい溜息と共に、目を逸らしました。
「そうやってあんたがいうのを聞くと、こっちとしてはちょっと不安になるんだよ。もしかして自暴自棄になってるんじゃないか、とかさ」
 意外な言葉でした。まさかポプリがそんなふうに思っているとは、周りのみんなにそんなことを心配されているとは、思ってもみませんでしたから。

「そんなことはないですよ。ただ私がいいたいのは、人生は諸行無常、いつ誰が亡くなろうとおかしくはないってことです」
「でもあんたが死んだらガーデンのみんなは悲しむじゃないか」
「そうかもしれないけど、割り切って受け入れてくださいとしかいえませんよ。誰かが亡くなったにせよ、引き取られていったにせよ、結局受け入れなくちゃいけないのは一緒でしょ?」
「うーん」
 ポプリは何かいいたげでした。どこかとらえどころのない表情で、その「何か」を模索しているようでしたが、しかし、しばらくして、諦めたかのようにつぶやきました。
「知識の前提が違うのかなあ」

 知識の前提、ポプリのいわんとしていることは、よくわかりました。
 私は、小さい頃から本を読んだり、人の行動を観察したりするのが好きでした。それに対してポプリたちは、チャオ同士で楽しく遊んだり、引き取り活動に精を出したり。このチャオガーデンの中で、私の行動は奇怪に見えたのかもしれません。
 諸行無常とか、四諦とかいうのは、仏教の考え方です。でも、ポプリはきっと、そんな言葉を知らないんでしょう。生への執着が苦しみであるという考え方を、知っているか知らないかの違いです。

 その後、ポプリはガーデンのいろんなところを回っては、私と一緒に知り合いのチャオを冷やかしてみたり、懐かしい落書きを見つけたりして、時間をつぶしました。
 そのうちに一つ、個人的に気になることが出てきたので、聞いておきます。
「ところで誕生日プレゼントはないんですか?」
「もうプレゼントって歳じゃないだろ」
 まあ、最初から期待してなかったんですけど。

 ふう。

 ポプリが帰ってから、改めて考え直しました。本当に、私はこのまま死んでしまっていいのでしょうか。本当に、私は無常論を信仰しているのでしょうか。
 プールサイドに腰掛けて、水面を蹴ると、波紋が円弧状に広がっていきます。天窓から見える空がやんわりと色づき始めていて、それを反射したプールも、奇妙な色味に染まっていました。水面に映った私にとっても同じでした。

 自分が死ぬという未来が、実感を伴って感じられないのは事実でした。けれども、それによって、ポプリやガーデンのみんなが悲しむといわれると、私の心は揺らぎます。できることなら、本当は死にたくない。だけど、今更どうしようもないんです。いくら愛情を注いでもらっても、五歳になった今からでは、遅すぎます。
 努力をしてこなかったわけじゃない。ただ、人がチャオに求めるものの枠は、思っていたよりも狭いものでした。いくら私がガーデンの困っている人に手をさしのべても、誰も私を引き取りの対象として見てくれませんでした。ちょっと意地を張って、ぶりっ子戦略は嫌だなんてことをいっているうちに、いつのまにか、あとには引けない一線を、越えてしまっていたようです。

 私はみんなに安心してもらいたかった。仏教がどうとかいうのは、そんな中から出てきた嘘でした。たとえ嘘でも、いい続けることによってみんなの、そして自分自身の不安を紛らわせるんじゃないかと思ったからでした。コドモチャオたちのいざこざに首を突っ込んだり、利用案内を書いてみたりしていたのは、一人でも多くの人の記憶に残りたいと思ったからでした。でも、それは結局、矛盾しています。私は自分自身を騙しきれなかったんです。

 私はこの事実を、ポプリにさえ明かすことができませんでした。むしろポプリだからこそ、明かせなかったのです。私はこの混沌とした心の状態を隠し通さなければいけません。この私の、最も醜い心の部分を……
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【中表紙】
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
【チャピル】「そろそろ明かしてもいいんじゃないですか?」
【ふうりん】「何をですか?」
【チャピル】「この話の主人公が、ふうりんだっていうことですよ!」
【ふうりん】「あー、いっちゃいますか」
【チャピル】「勘のいい人ならすでに気付いているでしょうし」
【ふうりん】「明かさないままラストまで引っ張ってみようかとも思っていたんですけど……たしかに、主人公が私だってことを知っているか知らないかで、話の読み方が変わっちゃいますもんね」
【チャピル】「この話は、やっぱりそういうふうに読んでこそだと思うのです」
【ふうりん】「説明しちゃいましょうか」
【チャピル】「しちゃってください」

【ふうりん】「えー、雰囲気でわかってしまったかもしれませんが、『チャオガーデン』の主人公は私です。これは、私がチャオガーデンに住んでいた頃の話なんです」
【チャピル】「ちなみに、実話ですか?」
【ふうりん】「一部脚色を加えてあります。会話の内容とかまで覚えているわけじゃありませんから、正確さよりも読みやすさや演出の方を重視して書きました」

【チャピル】「たしか週刊チャオ編集部への入社試験の課題として書いてもらったのがベースですよね」
【ふうりん】「今見るとちょっと思うところがあって、多くの部分に手を加えてしまったんですが、大筋は変わってないはずです」
【チャピル】「実はあの課題を出したのは、自分なんですよ」
【ふうりん】「そうなんですか?」
【チャピル】「どうしても編集部にニュートラルコドモチャオが来てほしくって、見てみたら、ちょうど都合良く転生を終えたばかりのふうりんが座っているじゃないですか。履歴書を見せてもらったら、チャオガーデンのパンフレットの文章を書いた、なんてありましたから、じゃあ文章が得意なんだと思って、ふうりん以外の応募者を蹴落とすためにあの試験を出したんですよ」
【ふうりん】「……それって職権乱用なんじゃないですか?」
【チャピル】「……そんなことないんじゃないですかね。たぶん」
【ふうりん】「まあ、この場で追求するのはやめておきましょうか」
【チャピル】「結果オーライなのです」
【ふうりん】「主犯格のいうセリフではないですねー」
【チャピル】「はい、すいません」

【ふうりん】「そういう経緯で出てきた文章なので、うーん、今見るとちょっと古いところもありますよね。たとえば『チャオガーデンのチャオが教育を受けるには〜』のところとか。今ならチャオ向けの奨学金とかもありますから、一概にはいえませんし……」
【チャピル】「あんまり細かいこと気にしなくてもいいと思いますよ。だいたい、こういう人生――っていうか、チャオの生き方でも――その節目みたいなところって、いつも普遍的な価値観をはらんでいるような気がするんです。だからこそ、今回になって、出してみようっていったんですけど」
【ふうりん】「うーん、私としては、純粋に読み物として楽しんでもらいたいという気持ちが強いですね。だいたい、この話は、あくまで私の昔の失敗の話ですから、今、あるいはこれからの私のどうこうとは、切り離してもらいたいなあ……と」
引用なし
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9. 就活大作戦
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
「大学辞めちゃったぜ」
 そういって、遠藤さんは目をぱちぱちしました。
「はい?」
「なんかね、もっと社会に役立つことやろうと思って、それで大学辞めちゃった」

 朝早くからチャオガーデンにやってきた遠藤さんは、開口一番、とんでもない発言を口にしました。一瞬、新手のジョークかとも疑いましたが、彼女がそんな嘘をつく意味がありません。

 どうしてそんなに目をぱちぱちしているんですか。そんなかわいい顔をされても、変なだけですよ。理由を説明してください。……いろんな言葉が出かかったけれど、押し殺して、はやる心を落ち着かせました。相手がおかしいときほど、自分は冷静にならなければいけない。本人は冗談っぽくいっていますが、本当はもっと、真剣に考えるべき話題なんじゃないでしょうか。

 遠藤さんは、しゃがみこんだ膝の上に両腕を組んで、さらにその上に顔を載せて、お日様のようにほほえんでいます。まるで、自分の置かれている状況を、楽しんでいるかのような笑顔です。
「大学辞めたって、退学届けを出したってことですか?」
「そうだよ」
「仕事を始めるつもりなんですか?」
「たぶん」
「たぶんって、仕事決まってないのに辞めちゃったと?」
「そういうこと」
 ああ、仕事決まってないのに大学中退ってなんですか……古代エジプトの言葉ですか……

「とりあえず今日は、ハローワークにでも行ってみようかと思うんだけど」
 遠藤さんは急に真面目な顔になって、私の目を見つめてきました。ニートになるつもりではないようで、その点だけ取り出せばいいことなのですが、でも、やっぱり不安です。私は見つめ返すのがつらくなって、口元に目線を逸らしました。
「どんな仕事を探すつもりなんですか?」
「キーワードはインテリア、店舗、空間デザイン、だね」
 よくわからない言葉たちが、彼女の口から流れ出てきました。なんですか、それ?

 ……聞けば、どうやら彼女は、この間チャオガーデンのパンフレットを設置したときにしたようなことを仕事にするつもりであるようです。顧客の要望に合わせて、建物の内装、外装をデザインする仕事だそうです。
 もしかして、私たちは結果的に、彼女の背中を後押ししてしまったんでしょうか。だとすれば、私の心からは、罪悪感が拭えません。そんなマニアックな仕事に対してどれだけ需要があるのかわからないのに、彼女が早々に大学を辞めてしまったのは、私たちの失敗でもあるのかも。

 私は、遠藤さんと一緒に、ハローワークに行ってみることにしました。


 チャオガーデンからハローワークまでは、歩いて数分で行くことができます。小ぎれいなビルのフロアに、資料の載った机が島のように並んでいて、そこで調べものをしている人や、職員の方と相談している人がいます。年齢や、顔つきもバラバラで、職というのは、本当にあらゆる人たちに関係することなのだなと、私は今更実感していました。
 私たちは、一番近くの窓口に行って、遠藤さんのいうような仕事があるかどうか、調べてもらうことにしました。

 少し検索すると、建築関係の職はたくさん出てきます。しかし、遠藤さんは建築士の資格を持っていないとのこと。それらの中から慎重に、デザイン系の職種だけを選別しなければいけませんでした。
 結局、三件の募集にまで絞り込むことができました。最近ステーションスクエアの景気は上向きだ、なんて、たしかにいわれていますけど、こんなニッチな募集があるとは思いませんでした。

 小粒の事務所ばかりで不安もありましたが、何はともあれ、遠藤さんは、その中の一つ――アパートから最も近いというところに、挑戦してみることにしました。試験の日程は五日後。思ったよりも早急です。

 次に私たちが向かったのは、キャンパスでした。遠藤さん曰く、大学に行けば何か作品選考に提出できそうなものがあるかもしれないそうです。
「たぶん、学校祭で作品展示をレイアウトした時の写真が、どっかにあるはずなんだけど……」
 そんなあやふやな記憶を頼りに、私たちは、キャンパスの門戸をくぐりました。

 部室に向かう途中で、小柴さんに会いました。私と遠藤さんが一緒にいるのを見て不思議に思ったのでしょうか。声をかけられました。
「どうしたの?」
「あのー、部室に前にやった学祭の時の写真ってありましたっけ?」
「あったと思うけど、何に使うの?」
「就活です」
 小柴さんが、ぽかーんとしました。まさかとは思いますが、サークルの先輩にも、大学辞めたことをいってなかったんですか?
「あたし先週、大学辞めたんです」
 そのまさかでした。小柴さんが何度も問い返しています。それはそうでしょう。今朝、私が初めてそのセリフを聞いた時も、同じくらいショックでしたから。でも、遠藤さんは本当に辞めてしまっていたようだったので、しかたなく言葉を呑んだのです。

 小柴さんが納得するまでには、私より多くの時間を要しました。小柴さんのように常識的な人であるほど、遠藤さんのような非常識な行動を理解しがたいのかもしれません。
 と、そういう一悶着はありましたけれど、最終的に小柴さんも、就活を応援してくれることになりました。

 私は、遠藤さんに耳打ちしました。
「他にも大学辞めたって伝えてない人がいるんじゃないですか?」
「あんまりいってないね」
 遠藤さんはけろっとした顔で答えました。
「一応、両親には電話でいった。すごい怒られた」
 両親に伝えてあるなら、問題ないですね。……って、本当に、問題ないですか?

 今朝からずっと、遠藤さんが何を考えているのかわからないのが不安でした。私はわりとすぐにうなずいてしまいましたが、本当は小柴さんのように、すぐには飲み込めないのが自然なはず。どうして彼女は、大学を辞めるなどという結論に至ってしまったのでしょうか。私の心の中で、何かが点滅しました。

 私たちは、芸術サークルの部室へとやってきました。あのごちゃごちゃと積んである作品群に紛れて、学祭のときのアルバムがあったかもしれないと、小柴さんはいいました。静物画の描かれたカンバスを数枚、机によけて、棚を捜し始めます。勝手のわからない私には、見ていることしかできません。

 ……そういえば、芸術とデザインは違うということを、遠藤さんは何度も口にしていました。固い信念として持っているようでしたから、彼女はずっと前から、空間デザインの職に就きたいと思っていたのかもしれません。それはつまり、別のいい方をすれば、この大学に入ったのは一時的な決断だったということ。でも、就活は大学を卒業してからすればいいことなのでは? それとも大学生活に、何か不満でもあったんでしょうか。

「……ほんとは芸大に行きたかったんだけど、親に反対されてね」

 不満からの脱出、それは一番理解しやすい目的です。自分のやりたいことと大学の実際とのギャップが、思った以上に大きかったのかもしれません。私は思い出します。他の部員たちの活動について話そうとするときの、あの何ともいえない顔を。初めて部室を訪問したときも、あからさまに、退屈な講義に辟易しているふうだったではありませんか。

 複数の理由があれば、それはより強い意志となって、人を行動に追いやります。大学生活が嫌になったので辞めた。それだけでは、悪いことのようにしか聞こえません。けれども、それが彼女が徹底的に空間デザインとやらにこだわっているからこそだと考えれば……どうなんでしょうか。一概に良いことであるとはいえませんが、彼女は彼女なりに、軌道の修正を図っているのかもしれません。

 それならば、と私は思いました。遠藤さんを応援してあげよう。口にこそ出しませんが、十分な動機とこだわりがあれば、夢を叶える事ができるかもしれません。それに、周りの応援があれば、きっと彼女にはいい結果が舞い込んでくるはずです。これまでの付き合いの中で、なんとなく感じ取っていました。遠藤さんは自分の内面にある目的よりも、他人から認められることが、強いインセンティブになる人です。
 だから、一人でも彼女を認めてあげれば、それがきっと、彼女の力をぐんと高めてくれる。そう、確信しました。

 作品群の中から、目的のアルバムが出てきました。遠藤さんは飛び跳ねるくらい喜んでいました。
「じゃあ、就活がんばって」
「はい、がんばります」
 遠藤さんは、もう二度と来ることのないであろう部室に、口惜しそうに、別れを告げました。

 私はガーデンに帰って、今日の出来事をエミーチャオに伝えました。エミーチャオは案外驚いたふうでもなく、軽くうなずくと、
「じゃあ、私がサポーター第三号ちゃおね」
そういってくれました。あとは彼女が職に就けることを祈るのみです。
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10. 思い出
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 それからの数日間、千晶は毎日チャオガーデンにやってきては、私たちに近況を報告してくれました。そうこうしているうちにずいぶん打ち解けてきて、互いに下の名前で呼び合うぐらいになっていたのですが、それはさておき。目下の心配事は、就活でした。

「ガーデンに来ている暇があるぐらいなら、ちゃんと準備をしてくださいよ」
 私が何度忠告しようとも、千晶の行動は変わりませんでした。彼女がいうには、自分なりにきちんと対策を練っているのだそうです。本当に大丈夫でしょうか? 高卒で実務経験なしという千晶の経歴は、客観的に見ればかなり不利です。

 おととい、私は小柴さんにアドバイスを求めてはどうかと提案しました。小柴さんは四年生だそうなので、もしかすると知人に就活をしている人がいたり、あるいはすでに内定(内々定?)をもらっていたりするかもしれません。

 千晶も私の意見に賛同してくれました。そして、昨日には、小柴さんに聞いてきたことを、私たちに教えてくれました。
「私の場合、アピールのポイントは二つあるんだって」
 いいながら、千晶は指を二本伸ばしました。
「一つは、描きためてたスケッチについて積極的にアピールするってこと。実績が少なくても、そういう日々の積み重ねの方が案外評価されるよって、先輩いってた」
 先輩、というところで、二本の指がくっついたり離れたりしました。
「それともう一つは、大学を中退してまでこの事務所に入ろうとした決意。一見ネガティブに取られかねない要素だけど、うまくやればその印象をひっくり返せるかもしれない」
 千晶は拳を握りしめます。
「やってやる。絶対に、やらなくちゃ」
 決意を固める千晶を、私はフィルターを通したような目で見ていました。

 ……千晶には、突発的に行動してしまうくせがあると思うんです。良くいえば感性に従順であり、悪くいえば予測不可能です。そう、あのとき――大学を辞めてしまったときのような自体が再び起こるのではないかという疑いが、私の内心をかき乱しました。
 かといって、それを直接口に出すことははばかられました。せっかくこうして信頼関係を形作ろうとしているのに、うかつな一言でそれを壊してしまったら、バカみたいだと思いました。

 ガーデンのプール際に立って水面をのぞくと、自分の顔が反射して見えます。いつも、千晶がやってくる午後四時頃の前になると、私はこうして、自分自身にいいかけました。必要以上にネガティブになってはいけない。最小限の言葉を選ばなければいけない。
 知らない人が見たら、考えすぎだと思われるかもしれません。でも、千晶が落ちてしまったら、きっと私はひどく落胆するでしょう。千晶がふわふわしている分、私がしっかりしなければいけません。私はおそらく、千晶にとって、数少ない依存できる相手なのです。

 チャオガーデンは、今朝から少しざわついていました。なんでも、ソニックがGUNの指名手配にリストアップされたことが、話題になっているようです。

 いつものように新聞を取りに行きます。受付ボーイさんもまた、興奮気味に一面の話題に触れました。
「これはビッグニュースですよ!」
「そうですか?」
 私がぴりぴりしているのが、語調から伝わってしまったのでしょうか。受付ボーイさんは私の顔を不思議そうにのぞき込みました。
「どうかされたんですか?」
「いえ、別に」
 私は言葉を濁しましたが、理由はもちろん、知っていました。今日は、千晶の試験日でした。

 ガーデンに戻って、エミーチャオと合流して、二人で帰りを待ちました。さすがのエミーチャオも、このときばかりは口数が少なかったように思います……
 ……いや、そうじゃない。最近ずっと、エミーチャオはあまりしゃべっていませんでした。ここ数日間の千晶との会話はすらすらと思い出せるのに、エミーチャオの言葉となると、不思議なぐらい出てきません。千晶と話しているとき、彼女も同席していたはずなのに……

 不安が生み出した小さな亀裂に、疑惑がするりと入り込んできました。発見が、私の内面をふくらませて、頭を支配していました。エミーチャオが寡黙にしていた理由がわからないのは、もちろんですが、同時に、私がなぜそんな基本的なことに気付かなかったのかも、自分のことなのに、まったくわからなかったのです。
 私は隣に座ったエミーチャオの顔を、ちらちらと横目で眺めました。ヤシの木の葉が投げる影が、彼女の顔を覆っていて、何を考えているのか、何を思っているのかまったくわかりませんでした。

「大丈夫……ですよね」
 私は不安を振り払うように、エミーチャオに助けを求めるように、言葉を発しました。
「……何がちゃおか?」
 安心感が胃袋を浸しました。よかった。エミーチャオと私の間で、会話が絶たれてしまったわけではない。今までためこんできた言葉が、口をついてこぼれ出ました。
「不安なんです。千晶が落ちたらどうなぐさめていいのかわからないし、それに…… 私は何度も彼女を信じようとしたけれど、やっぱりどこかで、信じられないんです。こんな私でいいんだろうかって、それが、一番不安なんです」

 エミーチャオは、淡々とした表情で、私の話を聞いていました。いつもならすぐに快活な返ってくるようなところなのに、エミーチャオは、何かを考え込むかのように私を見つめるだけでした。この時間がまた、私たちの間に見えない境界を作り始めているような気がしました。

「……君は千晶ちゃんに、心を注ぎすぎてるんだと思うちゃお」
 ぼそりと、遅れた返事が返ってきました。
「これは私の想像かもしれないけど……他人の問題を他人のものとして捉えてないから、自分と他人とを同一視してしまっているから、そんな不安にさいなまれてるちゃお」
「同一視……?」
 私の言葉を、エミーチャオは、手で制しました。心を釘付けにされるような、鋭い視線でした。

「二年ぐらい前に、君が学校に行きたがってたときのこと、覚えてるちゃお?」
 私の呼吸が止まりました。時間も、色も、生の鼓動も、すべてが停止したようになって、私は、私の中へ吸い込まれるように消えていきました。
 覚えているか? その答えは、自明でした。しかし――いや、正直になれば、私は知っています。エミーチャオが言おうとしていることを、私は、すべて知っています。

 あのときです。私が諦めたのは。
 明示した訳じゃないけれど、私はたしかに、自分の中にあった何かを捨てました。
 義務感。正義感。エゴイズム。
 チャオガーデンのチャオとして、身の丈にあった行動をしなければいけないという、現実。

 知識は時として毒になります。あのときの私が、まさに、その毒に冒されたような状態にあったのだと、今振り返ってみると、そうとしか思えません。毎日のように図書館に通っていた頃でした。そこにしばしば現れる学生と、そのパートナーのチャオたちが、うらやましくてたまらなかった頃でした。

 昔、チャオたちは努力して、社会に認めてもらおうとして、その結果今のようにチャオと人間の共存が図られるようになったのだと、私は本を読んで知りました。だから、私のつまらない主張も、努力次第で通るのではないかという夢のような物語を、思い描いてしまいました。ガーデンのチャオに教育を。言葉だけはかっこいいけれど、誰も望んでいない主張が、支持されるはずがありませんでした。

 言葉はレトリックです。私の個人的な感情、きちんとした学校に通って、経済的に充実して、図書館で楽しそうに談笑していた集団に追いつきたいという望みを、無理矢理社会的な枠組みに、はめ込むことができます。

 結局、どれくらい、あの運動に私は時間と労力を費やしたんでしたっけ。私がその構造に気付くまで、どれだけ無駄なことをしたんでしたっけ。
 個人的な欲求を満たすだけなら、友人Pのようなアプローチのほうが明らかに賢かったと、今になって思います。でも、私がそれに気付いたときにはもう、遅すぎました。

 私の失敗の原点は、すべて、あの時代にあるのです。もしも、普通のチャオらしくしていたら、学校に行くために大仰なことをしていなかったら、プライドを、羨望を、言葉を燃やしていたならば、私は今頃、生死の狭間で苦しんでいなかったのかもしれません。なにもかも、幸せな生活を送れていたのかもしれません。
 乾いた「はい」が、私の口から出てくるのに、かなりの時間を要しました。

 そして、エミーチャオが言おうとしていること。わかります。私は、今でも、バカなのです。脱皮できないのです。あのときのガーデンを出て、学校に行きたがっていた気持ちを、忘れられないのです。
「私には、君は自分と千晶ちゃんを同一視して、同じように、広い世界へと飛び出そうとしているという境遇を重ねているように見えるちゃお」
 エミーチャオの言葉が、鉛のように私の胃袋をつかんで、海へ引きずりこみました。
「私の勘違いかもしれないけど……そうだとしたら、先に行くには、どうすればいいちゃおか? 私は、君たちを応援したい。応援したいちゃおけど……」

 私はそのとき――なぜか、ごく自然に――エミーチャオの声が、ぐんぐんと迫ってくるのを感じました。本当は、エミーチャオも、自分の思いつきを否定してもらいたがっている。私の心の根をつかんだばかりに、恐怖にとらわれて、そこから離れたがっている……
 本当に、そうなのかは、わかりませんでしたが、でも、なぜか私には、彼女の声のトーンから、あるいは無数の彼女との蓄積から、無意識的に、そういう声を拾い上げていました。脳が融解したようにどろりと鼻をついて、熱を伴って、私たちを溶かし合いました。
「大丈夫です。私はもう、あの頃とは違います」
 そういう言葉が、望まれているような、そんな気がしてしまったのです。都合のいいだけの、中身のない言葉かもしれませんが、でも……

 エミーチャオの顔に、安堵の色が広がりました。
「そう……ちゃおよね」
「大丈夫です」
 どうしようかと、迷いました。でも、それは自分の内面の問題だから、エミーチャオに触れられて、始めて、客観的な視点を手に入れられたような気がしました。だから、私は自分に向けても、そう、いったのでした。

 いざというときに、自分と千晶とを切り離して考えられれば、不安から逃れられる。そんな処世術が、いいのか悪いのか、私にはよくわかりませんでしたが、とりあえず、今は客観的なアドバイスとして、胸の奥にしまっておくことにしました。
 今は、千晶が、大変だから。もうすぐ、彼女が帰ってくるはずだから、だから、今だけは、そういう対処をさせて欲しい。

 逃げじゃない。逃げじゃない。私はいい聞かせました。今を後悔しないための、前向きな選択をするために、私は――
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11. 挑戦、もう一度
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 千晶が帰ってきたのは、まだ日の高い夕方……いつもならちょうど小学生たちが、チャオガーデンにやってき始めるような頃でした。
「どうだったちゃおか!?」
「落ちた」
 千晶は投げ捨てるようにいいました。私たちは目を見開きました。

「でも…… そんなに早く結果がわかるものですか? 普通郵送とかで伝えられるものなんじゃないんですか?」
「本当に落ちた。直接そういわれたし、実感としても、まったく手応えがなかったもの」
 千晶はいい切りました。すがすがしいというよりも、しかたなく諦めて帰ってきたようないい方です。
「何があったちゃお?」
 ろ紙からこぼれる水のように、ぽつりぽつりと、千晶は状況を語り始めました。

「試験会場には、私の他に六人いたの。その内五人は経験者っぽい人たちで、あとの一人は、私と同じぐらいの年代だったかな。デザイン系の専門学校に通ってるって、面接でいってた」
 どうやら、私たちが想像していた以上に、倍率が高かったみたいです。
「経験者は、そもそも同列に語ることなんてできないから、いいんだけど……その専門学校生の面接がめちゃくちゃうまかったのね。はきはき答えるし、デザインに対する考え方もしっかりしてる。対する私はしどろもどろで、全然太刀打ちできなかったわけですよ。くっそ、あの専門学校生め……」
 予想していたことが現実になってしまいました。いや、これは予想より悪い。パンフレットの時のような、芯の通った主張があれば……いや、それでも相手の方が上回っていたというのであれば……私には、何ともいえません。

「これからどうするちゃお? 別の試験を受けてみるちゃおか?」
「うーん」
 千晶は腕を組みました。
「正直いって、今の私じゃ、どこを受けても受からないような気がする。しばらく修行するべきかもしれない」
「その間の生活費はどうするんですか」
「そうだな。あんなに怒られたあとだから、親からの仕送りにはあんまり期待できないな」
 八方塞がりじゃないですか。

「バイトでも始めればいいかもだけど、かといって普通にコンビニとかでバイトしてたら、何のために大学辞めたんだっていう話だよね」
 彼女には彼女なりのプライドがあるようです。昨日会った時までは、このプライドが行動を後押ししてくれていたのに、今日は逆にそれが足かせになっているようでした。千晶がちらりと、私の顔を見ました。
「そうだな。変なプライドは捨てて、働かなくちゃ」

 私は素直にうなずけません。本当にそれでいいの? そうじゃないでしょう。私は、私は夢を追いかけている遠藤さんが好きだったのに。
 ……一瞬でもそう思ってしまった私を見つめる、もう一人の私がいます。もう一人の私はいいます。どうやら私は、本当に他人の夢を喰らうのが好きなチャオみたいですね、と。

 遠藤さんが腰を上げようとします。このままでは、いけない。でも今、ここで呼び止めたところで、一体何が私にでるんでしょう? ただ働くのではなく、夢を追いかけろとでもいいますか? そんなのは私の自己満足に過ぎなくて、本当に千晶のことを考えるなら、彼女の好きなようにさせるべきなんじゃないかと、もう一人の私が告げ口しています。しかし――

「待って!」
 その言葉を発したのは、意外にも、エミーチャオでした。
「空間デザインの仕事、あるかもしれないちゃお」


 私たちは、エミーチャオの案内に従って、街をどんどん歩いていきます。どこへ行くのかと思っていたら、辿り着いたのは「ラーメン屋」でした。
 エミーチャオが裏口をノックすると、中からヒーローチャオさんが、鼻歌を歌いながら出てきました。
「何の御用かな〜♪」
 いい終わるのを待たず、エミーチャオが彼女の口を素早く押さえます。
「これから大事なお話があるちゃお」
 あ、あのー。これ、端から見ると恐喝なのですが……

 しかし、エミーチャオの考えはだいたいわかりました。要するにこのオンボロなラーメン屋を、遠藤さんのデザインで作り直してしまおうということでしょう。
 千晶もそれに気付いたようで、腰を落として、エミーチャオの肩をつんつんとつつきます。
「あたし建築の資格なんか持ってないよ」
「大丈夫ちゃお!」
 エミーチャオが、自信たっぷりに断言しました。
「デザインと設計だけして、あとは大工さんに任せればいいちゃおよ!」
「設計って、建築士以外がしたらダメなんじゃ……」
「え、そうなんちゃおか?」
 エミーチャオが目を丸くして、千晶を見つめました。千晶もまた、うなずきます。やっぱり、そう簡単にはいきませんよね……

「でも、この店たぶんちゃんと設計されてないよ」
 ヒーローチャオさんが、とんでもないことを口走りました。
「資金がなかったから、適当に拾ってきた材木を使って組み立てたって、キバさんいってた」
 キバさんというのは、この店の店長なのですが、まさかそんな罪状があったとは……
「じゃあ、千晶ちゃんが設計したって何ら問題ないちゃおね!」
「問題ありまくりですよ!」
 今までだって、逮捕されてないのが不思議なくらいです。

「あたしに建築屋さんとのやりとりを全部任せてもらえれば、一番やりやすいんだけどね」
 こういうときの千晶には、話をまとめる能力があるので安心感があります。
「それでちゃんと要望通りのものができるちゃおか?」
「たぶんね。建築屋さんの方としても、デザインをまったく知らない人よりは、知ってる人の方が、話がしやすいと思うんだ」

 この話を、店長のキバさんに伝えてみると、すぐにOKがもらえました。なんでも、キバさんの方でも、建て替えを考えてみたはいいものの、雰囲気をうまく継承するにはどうすればいいかわからず、悩んでいたそうなのです。
 たしかに、現在のボロ屋には年期ゆえの風格のようなものも備わっていて、そこにこだわればこだわるほど、一筋縄にはいきそうにありませんでした。その難しさを何度も強調されました。
 けれども、千晶は物怖じしませんでした。キバさんは、その態度を気に入ったらしく、千晶に全権を任せるという方向で、好意的に折り合いがつきました。

 キバさんがずっと蓄えてきたという、貯金の残高も見せてもらいました。千晶がいうには、一般的な建て替えの予算にはまだ足りないけど、なんとかなる範囲内だそうです。私たちは、希望を顔に浮かべながら、互いを見比べ合いました。

 その後、千晶はキバさんに話を聞いたり、どこかに電話をかけたりして、徐々にデザインの構想を固め始めたようでした。彼女は今晩、この店に泊まり込みで作業をするそうです。
 このやる気があれば、店の建て替えは何とかなるでしょう。私たち黒子は、最後は静かに、舞台袖から立ち去るだけでした。
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12. 赤月に
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 帰り際に、エミーチャオにいわれました。
「……今日はごめんちゃお。私の勝手な思い込みに、気を悪くしたとしたら、ごめん。冷静に考えてみたら、全然そんなことってないちゃおよね」
 エミーチャオは、考えを改めたようでした。あのときエミーチャオを安心させようと思ってついた嘘が、ちゃんと役割を果たしている……

 私の思いにはお構いなしに、エミーチャオは話し始めます。
「君と千晶ちゃん、似てるちゃおよね」
「そうですか?」
「うん、結構似てると思うちゃお」
 私は戸惑いました。正直いって、あんまり似ているとは思えません。でも、納得したエミーチャオの言葉を否定するには、私の心はまだ、十分に定まってはいませんでした。

「なんていうちゃおか? プロ意識? 責任感? うーんと、そう、仕事に対する考え方が、すごく似てると思うちゃお」
 まだ手に職つけてないのに、何をいいだすのかと、一瞬私は懐疑的になりました……が、思い当たる節がなかったわけではありません。私は覚えています。デザイナーの価値観についての話を聞いたときに、私は容易にそれを自分の執筆活動へと照らし合わせて聞くことができました。

 特に、パンフレット制作の時はそうです。あのときはフォーマルな文章を書かなければいけないという縛りがあったので、自然とそういう考えになったのかもしれません。「最も効果的な表現」を目指すやり方には、たしかに似通った部分がありました。そういうところが、千晶のいいところだと、エミーチャオは、そう言っているのです。

「だから、なんとかして、うまくやっていけると思うちゃお」
「うん。きっとうまくやりますよ」
 確証はないけれど、この時は、本心からいうことができました。
「じゃあ、やっぱりそうちゃおか……」
「難しいとは思いますけど、きっとうまく雰囲気を受け継いでくれますよ」
 エミーチャオが、私の瞳をのぞきこみました。

「あっ!」
 エミーチャオが驚いた声を上げました。頭上の球がびっくりマークになっています。
「ごめんちゃお! 忘れてほしいちゃお!」
 頭を抱えて、目をつむって、激しく首を振り出しました。突然の行動に、私は理解がまったく及びません。
「どうしたんですか?」
「聞かないでほしいちゃお。とにかく今さっきいったこと全部忘れて! 間違えちゃったちゃお」
 意味がわかりません。間違えたって、一体何を?
「何か私に隠していることでもあるんですか?」
 思わず問い詰めていましたが、すぐに私は、語気を荒げてしまったことを後悔しました。

 友達だからといって「何も隠し立てするな」なんていうのは、無理な話だとわかっています。けれどもエミーチャオは、友達を失うのが怖いはずなのです。私を失えば、ひとりぼっちになってしまうから。そんなエミーチャオが必死に隠そうとしていることが、非常に奇妙で、不可解でした。
 私は静かに、エミーチャオの顔を見つめました。エミーチャオはただただ、首を振るばかりでした。


 その日の夜空には、真っ赤な月が浮かびました。ドクター・エッグマンがまた何かろくでもないことをやって、今度は月を割ってしまったのだと、受付ボーイさんは教えてくれました。
 そういえば、ソニックは今なお軍から逃亡中の身です。本当にエッグマン帝国が建国されてしまうのかもしれません。ステーションスクエアの人々の間にも、懐疑心が広がっているようです。
 チャオガーデンには、その夜、ほとんど人がやってきませんでした。人々が外出を避けているのは明らかでした。

 私はなかなか寝つけませんでした。寝ているのか寝ていないのかわからない、まどろみの中にいながら、私は月を見上げました。こんな時間に眠れないのは、割れた月の赤が気になるから? いいえ、私の頭の中では、いろいろな言葉が渦巻いて、よくわからない状態になっていました。
 私はエミーチャオの言葉を考えました。エミーチャオが何を意図せずして漏らしてしまったのか、具体的にはわかりませんが、話の流れから推測すると、私と千晶に関係のあることなのでしょうか。だとすれば、千晶が何らかの鍵を握っているのでしょうか。……わかりません。

 いつもは私のそばで寝るエミーチャオとも、今夜ばかりは距離をおいています。どうにも眼がさえてしまっていけません。他のみんなは、まだガーデンで寝ています。
 私はノートを開きました。今までの出来事を記した日記を、読み返してみようと思ったからです。赤い光がノートを照らしていました。しかし、それを読めば読むほど、エミーチャオの言葉が真実のように思えてしまいました。

 私を本当に理解しているのは、私よりもむしろ、エミーチャオなのかもしれません。だとすればエミーチャオのいうとおりに、私は何も聞かなかったことにして、いつも通りの日常に戻るべきなのでしょうか。それで私はいいのかもしれません。でも、エミーチャオはどうなんでしょう? 私の目には、何かを隠そうとする彼女が、とても苦しそうに見えました。

「いつまでも迷っているばかりじゃいけない」
 声に出していいました。今行動しなければ、絶対に私は後悔します。たとえ迷っている時でも、迷っている時なりの行動のしかたがあるはずです。

 私にとって最も重要なことは、エミーチャオが何を隠そうとしていたのか、それを知ることでした。その鍵を握るのが千晶なら、私の採るべき行動は決まっています。

 まだほのかに暗い暁の街を歩いて、私は一人、ラーメン屋へと向かいました。
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13. 勝負
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 ラーメン屋には、明かりが点っていました。静かに扉を開けて中に入ると、千晶が食堂のテーブルに向かって、いろいろな書類を準備しているようでした。
「おはようございます」
 んっ、と、声にならない反応があります。徹夜で疲れているのでしょうか。
「どういう方向性でいくつもりなんですか?」
 何気ないふうを装いながら、隣の椅子に腰掛けました。

「……とりあえず、今のラーメン屋にあるアットホームな雰囲気をなるべく崩さずにいけたらと思って、いろいろ考えてるんだ」
 いいながら、千晶は私に、準備中の資料を見せてくれました。ラフなタッチで描かれているのは、新しい建物の内装や外装、平面図みたいです。
「でも、新築してかっこいい建物になったら、自然と今までの雰囲気は失われちゃうんじゃないですか?」
「そこをなんとかするのがデザイナーなのだよ」
 千晶は自信ありげに胸を張りました。それを見て、私は用意してきた質問をためらいました。初めての仕事にこんなにも意欲を燃やしている千晶に、水を差すのは悪いように思われたからです。


 コンビニ弁当の朝食をとったあと、千晶の発注していた建築会社の人たちがやってきました。若い男性と、中年女性との二人組です。千晶は目を丸くしました。
「お、お前は……!!」
「知り合いですか?」
「知り合いも何も、こいつは昨日同じ試験会場で会った、あの専門学校生じゃないか!!」
 千晶があんまり大きな声を出すものだから、その専門学校生の人も、千晶の存在に気がついたようです。にこやかに会釈しながら、車から降りてきます。千晶は彼を、厳しい視線で見据えました。
「イケメンは人類の敵だ」
 ええええー! 何いっちゃってるんですかこの人は。ろっどさんごめんなさい。

「なんでお前がこんなところに!」
「先日の事務所は滑り止めだったんでね」
 専門学校生さんが、あくまでスマイルを崩さずにいいました。そういういい方をされると、落ちた側からすればムッとします。千晶の心臓の脈打つ音が、私の肌でも、感じ取れるかのようでした。

 千晶は深呼吸を三回して、なんとか気分を落ち着けたようでした。適当な席に二人を招き、あらかじめ清書しておいた資料を渡します。これは相手がメモをする手間を省いてあげるというデザイナーズテクニックだそうです。そうしておいてから、千晶は専門生さんたちに、今回の建て替えの方向性を伝えてます。資料には雰囲気を想像させるイラストを主に散りばめておいて、口頭では、あまり資料内の言葉に頼らないように説明していきます。これは長文を読むのはめんどくさいという人の心理をついたデザイナーズテクニックだそうです。最後に、昨夜徹夜で書き上げた設計図をばーんと突き出しました。完成像を前面に押し出すことで、自分のデザイナーとしての資質を表現するというデザイナーズテクニックだそうです。スリーコンボが決まりました。完璧です。千晶を見ると、これでどうだといわんばかりに鼻息荒いです。

 受け取った設計図をおばさんがちらりと眺めて、それから専門生さんに渡しました。そして、平然と告げました。
「わかりました。当社の側で考慮させていただきますので、本日夜六時半時頃にはデザイン原案をお渡しします」
「ムキャーーー!!!」
「千晶、落ち着いて」

 建築会社の人たちが帰ってからというもの、千晶は荒れていました。いや、ラーメン屋にはアルコールはないはずなのですが、千晶自身、予想外の専門生さん登場に混乱しているようでした。
「とりあえずあのイケメンをコテンパンにしなきゃ気がすまねぇ」
「暴力はダメです……」
「だからさ、デザインで勝負だよ!」
「どうやって?」
「六時半までに、さっきよりもっといいデザインを、あいつのところに叩き付けるんだ!」

 千晶は私からノートを借ると、アイディアを一生懸命描いていきました。しかし、ちょっと描いたと思ったらちぎって捨て、またちょっと描いたと思ったらぐちゃぐちゃに塗りつぶして……
「……ごめんね」
 唐突に、千晶の手の動きが止まりました。
「あたしなんかに付き合わせちゃって」
「そんなこと、気にしなくていいですよ」

 私は今朝から千晶の初仕事を見ているうちに、心を動かされていました。なんとかして千晶の仕事を成功させてあげたい。エミーチャオの言葉尻についての心配なんて、今するべきではないんです。千晶を目の前にしていると、私の悩みや自意識が、ちっぽけなもののように思えました。
 でも、千晶の方は、どうしても自分に納得がいかないらしく、ぼんやりともの思いにふけったり、頭をかきむしったりしながら、そのまま正午になってしまいました。

 店長のキバさんが持ってきてくれたラーメンを、二人ですすります。
「食べ終わったら、食器は流しに置いといてくれ」
 立ち去ろうとするキバさんを、何を思い立ったか、千晶が呼び止めました。そして、今朝の建築事務所の人たちに見せたのとまったく同じラフを、キバさんにも見せました。キバさんは首をひねりました。
「ちょっと壁が多くないか?」
 壁ですか? たしかに、今のこの店には、あまり目立った壁はありませんが……
「俺の店は、私のラーメンを食べた連中の笑顔が見えるような場所にしたいんだ」
 キバさんはそういって、殺風景な空間を見回しました。「臨時休業」の貼り紙のあるこの店には、私たちの他に誰もいません。けれどもキバさんの目には、見えない客の姿が映し出されているかのようでした。

「……キバさんのいいたいことはわかるんだ」
 ラーメンを食べ終わってから、千晶はぽつりとつぶやきました。
「客がいるから、店ができる。そういうことだと思うんだけど……」
 デザイナーは、顧客の漠然としたイメージを具体的な形にもっていかなければならない。千晶はどうやら、その行程で詰まっているようでした。私も、何かヒントを出してあげられないものか……

「……あの、前にこのラーメン屋に来たときに思ったことなんですけど」
 千晶が不思議そうに顔を上げました。
「そのときは例のパンフレットの原稿に行き詰まってて、気晴らしもかねてここに来たんです。それで、この店って、メニューがないじゃないですか。店員さんとのコミュニケーションが大事、っていうか、そのためのこの店の雰囲気がうまいっていうか……」
 ヒントを出そうとしたのに、自分で自分の言葉に詰まっています……

 でも、千晶は構わずに、私の話を促しました。
「えっと、だからその、今回も奇遇ですよね。ガーデンで偶然パンフレットを作ることになって、その後もまた、ラーメン屋の建て替えを手伝わせてもらって。そういうのは、やっぱり同じ考え方……自分たちは場の提供に徹して、他は利用者の人に任せようっていうのが、どちらにもあると思ったんです。だから……」
 歯切れが悪いです。千晶はしばらく黙っていました。何を、どう伝えるのか。続く言葉を、一生懸命考えるのですが、浮かんできません……

 やがて千晶が、ゆっくりと腰を上げました。
「私たちも、チャオガーデンに、帰ってみよっか」
「はい」


 チャオガーデンには、今日も人がたくさん来ています。一番多いのは親子連れです。昨日は一人もいなかったのに、どうしてこんなに? 私が不思議に思っていると、聞き覚えのある声が、耳に届いてきました。
「ああ、どこに行ってたんだ!」
 それは、ケーマくんでした。
「どうしてこんなに人が来ているんですか?」
「そんなことより聞いてくれ! 俺もついに、引き取られることになったんだ!」
 やっぱり話しかけなければ良かった……と思っても、後悔先に立たず。

「今日はエイプリルフールじゃないですよ」
「嘘じゃねーし!」
 引き取られたことについての自慢が始まりました。なんでこんな話を聞いてるんでしょう、私。
「普通の小学生なんだけどさ、いや、これがさ、サッカー部のエースなんだ」
「どうでもいいです。さようなら」
「待ってくれよ! 人が来てる理由、教えてあげるから!」
 最初からそうしてくれればいいのに。

 ケーマくんはは、とうとうと説明し始めました。
「噂では、ソニックたちがエッグマンを追ってスペースコロニーに飛び立ったらしい。でも、今回は本当にピンチなんだ。なんてったって、七つのカオスエメラルドはすべてあのアークに集まっているようだし……」
 いいながら、彼はガーデンの天窓を見上げます。ここからでも、あの月を割ったアークの様子は、よく見て取れました。つまり、私たちはいつでもエッグマンのキャノンによって殺されてしまう可能性があるということです。

 私には、それとは別に、気付くことがありました。あの真っ赤に燃える月の下で、翼を広げるダークチャオ。なるほど、これなら多少は、かっこいいかもしれません――

「で、最期はチャオと一緒に過ごしたいって人たちが、チャオガーデンに集まってきているんだ!」

 こんなにたくさんの人が、人生の最後かもしれない瞬間を、私たちと一緒に過ごそうとしてくれている。それは嘘のような本当の話でした。チャオを連れた人たちが、あちこちで談笑しています。頭上からキャノンを突きつけられているのは、決して幸せな状況ではありません。けれども、そんな中で、人とチャオとがささやかな幸せを噛みしめていました。

「そうか、家なんだ!」
 千晶が突然叫びました。何事かといぶかしがる、周りの人たちの視線を尻目に、千晶はその場にしゃがみこんで、ノートに何かを描き始めました。まもなく概形ができあがりました。普通の、どこにでもあるような一軒家。それを自信満々に、私に突き出して見せました。
「チャオガーデンは、君の帰る家でしょ?」
 私はうなずきます。
「チャオラーの帰るガーデン、客の帰る店、人が帰ってくる家。これってみんな同じじゃない。だったらデザインだって、それに寄り添うように作られるべきなんだ!」

 それからの千晶は、まるでそれ以前が嘘だったかのように、慌ただしく作業し始めました。外装、内装のイメージを丁寧に描いて、明かり取りの窓や照明の種類などを、事細かに指定していきます。残り時間はあまり多くはありません。徐々に斜陽が照ってきています。でも、千晶は妥協しませんでした。私はそんな千晶の様子をずっと眺めていました。

 そうこうしているうちに、周りの大人たちの様子が、なんだか騒々しくなってきました。
「だんだん大きくなってきてないか?」
 空に浮かんだスペースコロニーの見た目が、だんだん大きくなってきている。それはつまり、コロニーの落下を意味していました。このままでは助からない。そう気付いたとき、人々の顔を、恐怖が埋め尽くしました。
「みんな落ち着くちゃお!」
 どこからかエミーチャオの声が聞こえました。が、周りの声がうるさすぎて、すぐに掻き消されてしまいます。このままでは、パニックになってしまう。

「できた!」
 千晶がぱっと立ち上がって、私たちにノートを掲げます。急がないと、約束の時間に間に合いません。
 人の波を掻き分けて、なんとかエレベーターに乗り込みます。ホテルを出ると、そこにもたくさんの人たちが、よってたかって空を見上げていました。しかし、躊躇している時間はありません。とにかく人を避けながら、ラーメン屋に向かって走ります。私は両腕を左右に開きました。
「キーーーン!!!」

 道路では誰もが車を止めて、窓から空を眺めています。どこかで道を渡らなければいけないのですが、走っても走っても、延々と車の列は続いています。
「どうやって横断すれば……」
 後ろから翼を広げたダークヒコウチャオが、私たちを追いかけてきました。私たちがラーメン屋を目指してるなんて、一体誰から聞いたんでしょう?
「受付ボーイさん」
「あのおしゃべりめ……」
「ま、いいからさ、掴まれよ」
 私たちは、ケーマくんの両手をしっかりと握りました。彼はヒコウタイプの大きな翼をはためかせて、私たちを持ち上げると、道路を一気に飛び越しました。
「ありがとう!」
 短距離の飛行でも、人とチャオを運ぶという荒技に、ケーマくんはさすがに疲れたのでしょうか。息を切らしながら足を降ろして、私たちを見送りました。
「貸し付けたからな!」
 私たちはケーマくんに軽く頭を下げて、また走り出しました。

 ラーメン屋は商店街のはずれにあります。人ごみを避けるために、普段は通らない裏通りへと駆け込みます。野良猫が一匹、足元を駆け抜けていきました。息が苦しいけれど、足が重くなってきたけれど、私たちはとにかく前を目指しました。
 ラーメン屋が見えてきました。すでに建築会社の人たちがついていることは、車でわかりました。ドアを勢いよく引き開けて、中に駆け込みます。六時二十七分です。間に合いました。

「これを……」
 千晶が、私のノートを、建築会社の女性に渡しました。家の外観の描かれた、あのページを。
「なんですか?」
「改築の、イメージ図です」
 千晶は息も絶え絶えになりながら、それだけ伝えて、席に座りました。

 イケメンさんがクリアファイルから書類を取り出しました。
「これが、当社の改築プランです」
 互いに設計図を交換しました。

 私は専門生さんの出した方を千晶に見せてもらいます。コンピューターで描かれたきれいな図は、どこかのファミレスにありそうなやつです。
「俺にも見せてはもらえないか」
 キバさんがやってきました。二人から書面を受け取って、じっくりと眺めました。
「俺には建築はわからんが、雰囲気が継承されているのは、こっちだな」
 千晶と私のノートを、上に掲げました。

「そうね」
 それまで黙っていた、中年女性の方が、不意に口を開きました。
「悪くないと思うわ。このまま採用しても、差し支えないぐらいよ」
「ええ、でも」
 専門生さんの動揺は、おばさん社員に無視されました。
「あなた、設計はやったことあるの?」
「いいえ、きちんとやったのは今回が初めてです」
 千晶の言葉に、おばさん社員はちょっと拍子抜けしたようでした。でも、すぐに気を取り直して、
「どうしてこんなラーメン屋に?」
 そう、聞かれました。千晶は私の顔をちらりと見ます。私はうなずき返しました。

「実は私、この間別のデザイン事務所の募集を受けたんですが、落ちてしまって…… それでどうしようかと思ったときに、チャオガーデンにいた二人のチャオたちに、ここを紹介してもらったんです。ここなら設計の仕事があって、経験を積めるだろうって。だからお願いします! 私を雇ってください!」
 予期せぬお願いに、おばさん社員は目を丸くしていました。千晶はずっと頭を下げたまま動きません。おばさん社員は、そんな千晶の様子をじっと見ています。

 おばさん社員が、やさしくほほえんだように見えました。
「バイト枠で、最初はつまらない事務仕事ばかりになると思うけど、それでもいい?」
「よろしくお願いします!」
 千晶は両手をしっかりと握り返しました。

 拍手の音が聞こえてきます。この優しい音はキバさんです。つられて、私も拍手しました。千晶は照れくさそうに頭をかきながら、でも、しっかりとそのおばさん社員に、謝辞を述べていました。
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14. カタストロフィ
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 私たちは意気揚々としながらチャオガーデンに戻りました。この時がとても楽しかった。街を歩くいろいろな人の顔や、ビルや、商店の光がすべて笑顔であるかのように思われて、私もたぶん笑っていたんでしょうね。街の人たちもみんな笑顔に包まれていました。
 でも、そのときの私はあまりにも嬉しかったので、私を前々からちくちくと蝕んでいたあの事実から、目を背けていたのかもしれません。

 気がつくと、私はガーデンの床の上にへたり込んでいました。どうしてこうなったのか、すぐにはわかりませんでした。そばにいた千晶にとっても、それは同じだったようで、
「どうしたの」
と、私の顔を覗き込みながら聞いてきます。
 私は「わからない」と答えようとしたのですが、口が動きません。そればかりか体のどの部位も、まるで金縛りにあったかのように、全然満足に動かせないのです。最初は疲労からくる目眩かなにかかと思ったのですが、すぐに違うと気付きました。これはそう、もっと潜在的な、ずっと昔から私の臓腑をうごめいていた、癌のようなものでした。

 私は以前、一次進化したときも、似たような感覚だったことを思い出しました。あのときは進化でしたから、ちょっと大人になれるような気がして、わくわくしながらこの金縛りが解けるのを待ったものです。でも、今は違います。これは恐怖です。以前はあんなにも楽しみだった金縛りが、今では恐怖の象徴でしかないなんて、信じたくない皮肉でした。まもなく灰色のマユが、私を包みました。

 意識ははっきりとしていました。けれども私の視界は徐々に暗くなり、周りの音はだんだんと小さくなっていきました。さっきから千晶がずっと「どうしたの」を連呼していて、そろそろ気付かないのかなと思っていると、ようやく気付いたみたいです。気付いたら、今度はおろおろし始めました。本当にしょうがない人です。誰かがこの人の側にいるべきです、と思って見ていると、偶然通りかかったらしいエミーチャオが、しゃがみこんだ千晶の頭をなでて、「とりあえず落ち着くちゃお」というようなことをいい始めました。エミーチャオがいれば何とかなるでしょう。私の出る幕はもうありません。私はやすらかに目を閉じました。

 自分でも意外なほどに、死の運命を淡々と受け入れることができていました。最後にいい思い出を作れてむしろ幸運だったかなと、そんなふうに思うところもあります。強いて悔いを挙げるとするならば、最後に千晶や、エミーチャオや、ポプリや、そのほかガーデンのみんなに何か一言、遺言のような言葉を残したかったんですが、この手足の動かない状況では、それを果たせそうにありません。心の中で念じることしかできなさそうです。ありがとう、そして、さようなら、と。

「……死ぬなっ」
 えっ……?

 マユの向こう側で、千晶が何かを叫んでいました。
「せっかく働いても、ふうりんが死んじゃったら、意味ないじゃんか!」
「一緒に暮らそうと思ってたのに!」
 ……一緒に暮らす? 私と? 千晶が? そのために働くって?

 一瞬、千晶が何をいっているのかわかりませんでした。彼女があんなにも働きたがっていた理由、それはたしかに謎でしたが、私はそれを、デザイナーになりたいという昔からの夢であるとか、あるいは単調な大学生活からの逃走欲求であるというように理解していました。それだけではなかったんですか? 私と暮らすために、仕事をするって? たしかに「多くの目的があるほど意志を強くする事ができる」と、私は以前述べましたが、それにしても、私と共に暮らすって、一体なぜ、そんな目標を持ったんですか?

 仮にそれが理由の一つだったとしても、疑問が残ります。どうして、数あるチャオの中でも、私を選んだんですか。たしかに、チャオガーデンにいるチャオの中では、千晶は私と一番長い時間話していましたし、就職の面倒を見てあげたり、相談に乗ってあげたりしたのも私です。しかし、たったそれだけで、大学を辞めてまで、私と一緒に暮らしたいなどと思うでしょうか?

 まさかとは思いますが、私を助けようとした? 何年もチャオガーデンに居残っていて、誰からも引き取られそうにもないこの、私を?
 それもおかしなことです。私はたとえ自分が死んだとしても、時間というのはそういうものなんだ、諸行無常なんだということを、ずっとずっといい続けてきました。それを聞いていた誰が、私を助け出そうとしてくれるでしょうか。誰が私の本当の恐怖を知っていたでしょうか? 死ぬことが怖かった。でも、それを隠し続けてずっと生きてきた。私の心の最も醜いこの部分を、誰が、いつ、知ることがあったといえる? 千晶が? 本当に?

 デザイナーは、決して自分を表現してはいけないと、彼女はいっていました。クライアントの要望をよく聞いて、人が本当に欲しているものを理解してあげて、その目的を果たすためにデザインがあるのだと。
 私にはようやく、千晶が何をやろうとしていたかがわかりました。もしも彼女が無事に就職していたら、私は、彼女によって目的を果たしてもらえる、最初のクライアントになるはずだったんです。

 私は弱いチャオです。それでも、その弱さを他人に見せつけまいと、必死に取り繕って生きてきました。必死に見栄を張って、心の最も醜い部分をひた隠しにし続けてきました。でも、やっぱりダメだったんです。私は自分の心に正面から向き合っていなかったんです。
 千晶は違います。たしかに表面的には弱い人のように見えますが、芯の部分はしっかりしています。だから、人の本当の望みが見えるんです。

 私は階段を上っています。まっすぐに続く、長い長い階段です。けれども、そろそろ終わりが見えてきました。階段の最後には小さな踊り場が設けられていて、そこには古めかしい扉が、まるで昔から私の来訪を待っていたかのようにたたずんでいます。闇から逃げる私の旅も、ついにこれで終わりのようです。私の足は引き寄せられるように、その扉へと向かっていきました。あの扉の向こうへ行けば、この苦しみから解放されると信じて。

 私にはエミーチャオがいました。千晶がいました。ポプリもいました。ここに来てようやく、自分がどれだけみんなから愛されていたかがわかりました。エミーチャオが私に隠していたのは、つまりこのことだったんです。仮に私が、千晶が私を引き取ろうとしているという事実を知ってしまえば、私の喜びは半減してしまいます。それでは、千晶の仕事は果たされたとはいえません。私の潜在的な願いが叶えられたとはいえません。大きな喜びを生むのは得てしてショッキングな事実でもあります。小さな喜びでは、私の暗く沈んだ心は転生へと向かない。

 エミーチャオには、私という友達以上に、大切にしていたものがありました。それはつまり、「私の幸せ」です。エミーチャオは、たとえ友達を一人失ってでも、私に幸せを与えようとしてくれました。

 私は彼らに貸しがあります。私が生きていないと、エミーチャオは寂しがります。千晶は自分の仕事の意義を見失ってしまいます。ポプリは本当の自分をさらけ出せる相手を失ってしまいます。私を求める場所があって、人がいる。それが私にとって何よりの喜びであり、苦しみでした。

 だから、私はもう少し、この苦しみに付き合ってみたいと思います。思えばどうしてこれまでそうしてこなかったんだろうと、不思議に思われるくらい簡単なことでした。私の足は、階段の最後の段に達します。次の瞬間、背後の闇がすっと近づいて、今上った段を飲み込みました。私は振り向きました。目の前には、広大で圧倒的な闇が迫ってきています。私は一歩踏み出しました。闇が、少し揺らいだかのように見えました。踊り場の淵。目の前には闇が広がっています。いや、これは本当に闇なのでしょうか。闇はすべてを覆い隠します。本当の闇とは、そこに何もないのと同じことなのです。私はさらにもう一歩踏み出しました。つまり、踊り場から落ちた。そういうことでした。私は闇をどんどん落ちていきます。頭上に浮かんだ踊り場が、ぐんぐん小さくなっていきます。

 やがて、私は完全に闇に包まれました。
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15. 出会い
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
 私は何もかもをなくしました。そこにあるのは虚無と私。だから、私の他には虚無があるわけです。虚無があるというのはつまり何もないということなのか、それとも虚無があるのだから何かがあるといっても差し支えないのか。物事には複数の表現があります。その中から的確な表現を探し出すのが、一つの楽しみなのです。しかし、たった今、虚無は破られました。だから、私はもう一度的確な表現を考え直さなければいけません。ええと、これは、光ですか?

 視界が真っ白になると、まるで頭が真っ白になったかのように錯覚します。だから、私は目を閉じました。目を閉じていても、あたりが明るいのはわかります。グレーです。自分がだんだんとグレーになじんでいくのを確認してから、もう一度目を開きました。目の前にあるのは、ヤシの実です。どこにでもあるようなヤシの実。世界で最も安い食事、ヤシの実。そのとき、私はふと、ものすごくおなかがすいていることに気付きました。唾液で空腹を知るなんて、お前はパブロフの犬か。そんなふうに自分でツッコミを入れながら、私はかぶりつきました。おいしい。別にどうってことないヤシの実なのですが、すごく懐かしい味がします。こういうのをおふくろの味っていうんですか? 微妙に違うような気がしましたが、いずれにせよ、我が家を感じさせる味です。そう、我が家。私はチャオガーデンに戻ってきたんです。

 ぱたりと、ノートが閉じられました。
「満足したちゃおか?」
「うん。とっても」
 私は思いっきり伸びをしながら答えました。ずっと文章を書いていると、肩が凝りますからね。

 最後の方はあまりにも美化しすぎてしまったように思われます。でも、これでいいんです。だって物語のクライマックスが
“周囲が真っ暗になった、これでタマゴに包まれたことがわかったので、転生するんだなと思った。妙におなかがすいている。タマゴから出たら、早く木の実を食べたい。”
なんて文章だったら、悲しすぎるじゃないですか。……もっとも、転生できたという事実に、変わりはありませんけれど。

 文章を書くには自分をさらけ出さないといけないと、よくいわれます。でも、それだけではありません。自分で文章に起こしてみて、改めて自分に気付くことがありました。私は体だけでなくて、心も変わったのだと。自分を取り巻く見えない情緒に気付くだけで、こんなにも世界が変わるものなのだと。だから、文字通りの意味で、転生は私にとっての「第二の誕生」なのです。

「どうするつもりなんですか?」
 私は千晶に声をかけました。目の前には、二つの道がありました。一つは千晶に引き取られる道で、もう一つは、このままチャオガーデンに住み続ける道です。私が転生してしまったがゆえに、千晶にとっては、私を飼うための重要な動機が欠けてしまったように思われました。
「どうしたい?」
 千晶も疑問で返しました。私にはもう、何もありません。一度死という束縛から解放されると、自分が何のために動けばいいのか、わからなくなってしまいました。
 せめて千晶やエミーチャオが喜ぶようなことができればと思うのですが……
「私は、千晶がいいと思うなら、そうしますけど」

「あーもう、めんどくさいちゃおね」
 私たちの問答を見ていたエミーチャオが、あきれたようにいいました。
「そんなにお互いが気になるなら、さっさと同棲しちゃえばいいちゃおに」
 かなり問題のあるいい方ですね……
「まーまー、細かいことは気にしなーい」
 エミーチャオが笑いながら私たちの背中を押すので、しかたなく立ち上がります。千晶の身長がみるみるうちに高くなって、私は彼女を、思い切り仰ぎ見ました。

「本当に、私なんかを引き取りたいんですか?」
「引き取ってもらいたかったんじゃないの?」
「だから、どうして、それを……」
「自分で書いてたじゃん。飼い主からの愛情をいっぱい受けて育つのは、チャオにとって嬉しいことだって」
 そういえば、パンフレットの原稿には、そんなことを書いていたような気がします。でも、それだけで私がそう思っていると決めつけるのは、過大解釈なのでは?

 エミーチャオが、あきれたようにいいました。
「だいたいねー、気付いてないと思う方がおかしいちゃおよ」
「誰だって道半ばでは死にたくないもんね」
 私は愕然としました。まさかエミーチャオにも知られていたとは。しかし、それ以上に私を驚かせたのは、千晶がさも当たり前であるかのように、私を道半ばだと形容したことでした。

 私の道って何でしたっけ? そもそも私は、これまで道を歩いてきたのでしょうか。
 頭に槍が何本も突き刺さったかのようでした。階段の夢がフラッシュバックしました。私は何を求めて、ここまで生きてきたのか。知能とか、体の構造とか、そういうものじゃない。もっと別の何かが、私の心を支配していました。

 千晶が私の心を理解するのに、どんな魔法を使ったのか。疑問が解けました。それは魔法でもなんでもない。チャオと人間とが、共通に心の中に抱く、とっても原始的なものです。生物学的な違いはどこにでもあります。けれどもそれを乗り越えて、どこの誰でも、お互いに理解し合うことができます。それは生物だから。生きていくためには、それが必要だから。そして、チャオと人間は、その意味で、互いに通じ合える生き物でした。

「この子はね、千晶と一緒にいれば、次に進めると思うちゃおよ」
 エミーチャオが、ゆっくりと千晶に語りかけています。
「千晶ちゃんは、すごくこの子に似てると思うちゃお。似た者同士、二人で歩けば、きっと新しい世界が見えてくるような、そんな気がするちゃお」
 わかるようなわからないような、不思議な話をしました。

「だからね、一緒にいてあげてほしいちゃお」
 千晶がうなずきました。
「行こうか」
 私の体が、ひょいと抱え上げられました。傷がうずきました。

 待ってください。ここでチャオガーデンを離れたら、私は大切なものを失ってしまう。それは客観的にみればそれほど重要ではないかもしれないけど、私にとっては、大切なものなんです。それが私のかつての生き甲斐であり、今でもそうです。私は手を振って別れを告げるそのチャオを見ました。

 もしも彼女が、私のためを思って、自分の感情を隠しているとしたら。すなわち、もしも私が二人の友人に対してしていたのと同じように、エミーチャオが、自分の心の底にある寂しさを、あえて表に出さまいとしているとしたら。
 今、私がチャオガーデンを離れたら、エミーチャオの旧友は、完全にいなくなってしまいます。でも、エミーチャオはそれを許して、笑顔で私たちを見送ってくれている。私はどうするべきなんですか。私のケースがエミーチャオのケースと重ねあわせられるなら、私の解決が、エミーチャオの解決への糸口になるかもしれません。でも、どうやって?

 エレベーターの扉が、仰々しく閉められました。これからは私がチャオガーデンでエミーチャオと寝食を共にすることも、もうないでしょう。エミーチャオの善意を無駄にしないためにも、私はしっかり前を見て、私の道を歩かなければいけません。
 でも、少し遠回りさせてください。恩返しをしたいんです。私がエミーチャオに教わったのは、どんなときでも行動力と、ちょっとした遊び心を忘れないということでした。だから、実践させてもらいますよ?

 エミーチャオが週刊チャオを見て、驚く姿が目に浮かびます。
 もっとも、それがあんなにうまくいくことになろうとは、この時はまだ、思っても見なかったのですが……
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【裏表紙】
 チャピル WEB  - 09/12/23(水) 12:23 -
  
【かいろ】「うおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
【ふうりん】「かいろくん、おひさしぶりです」
【かいろ】「ボクのいない表紙なんて、有り得ないんだああああああああああ!!!!!」
【チャピル】「よくこの場所がわかりましたねー」
【かいろ】「通りすがりのDX(猫)に教えてもらったのさああああああああ!!!!!」
(※今回の表紙の収録は、ラーメン屋近くの喫茶店「FRUSTRATION」で行われました。)

【かいろ】「申し訳ないがあんまり長居はできない!!!!! そこでだ!!! いっておきたいことが三つある!!!!!!!!!」
【チャピル】「なんですか?」
【かいろ】「まずは!!! ふうりん!!!! 初作品おめでとう!!!!!!!」
【ふうりん】「あ、ありがとうございます」
【かいろ】「事前に草稿だけ読ませてもらったんだが、感動した!!!!!! これでふうりんもチャオ小説作家の仲間入りだな!!!!!」
【チャピル】「俺の屍を越えてゆけ」
【ふうりん】「いや、あなた死んでませんから」

【かいろ】「次に!!! 世界中のチャオラーたちへ!!!! 聖誕祭おめでとう!!!!!!!」
【チャピル】「そういえばそれいうの忘れてた……」
【ふうりん】「まあ、あちこちで騒がれていますし、わざわざこの場でいう必要もないかもしれませんが」
【かいろ】「いいや、そんなことはないぜ!!! チャオみんな大好きだろ? 大好きだよな!!! だったら祝おう!!! 一緒に!!!!!」
【ふうりん】「そうですね、せっかくの聖誕祭に、こうして集まれたことですし……」
【チャピル】「チャオとオモチャオに、栄光あれ」
【ふうりん】「おめでとうございます」

【かいろ】「最後に!!! 『チャオガーデン』を最後まで読んでくれた読者の方!!!! 感想書けよ!!!!!!」
【ふうりん】「最後それかよ」
【かいろ】「ふうりんだって、感想が欲しいに決まっている!!!!!」
【ふうりん】「ま、まあ、それはそうですが……」
【かいろ】「これは義務だ!!!!! この裏表紙を見てしまった貴様ら全員、感想を書かなければならない呪いなのだあああああ!!!!! うおおおおおおおおおお!!!!!! そう、これがボクからふうりんへの、ハッピー聖誕祭プレゼントだああああああああ!!!!!」

【チャピル】「おお、なんかきれいに締められた」
【ふうりん】「きれい……なんでしょうか?」
【チャピル】「感想を送りたい人は、このまま裏表紙にレスしてやってください。ここが感想コーナーの代わりですので。よろしくお願いします」
【ふうりん】「えー、そうですね。はい。送りたい人だけでいいと思います」

【チャピル】「さて、長かった『チャオガーデン』もこれで終わりです」
【ふうりん】「最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました」
【かいろ】「感想をくれないとふうりんが泣くぜ!!!!!」
【ふうりん】「泣きませんよ?」
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感想だあああ!
   - 09/12/23(水) 17:58 -
  
かいろくんに呪いをかけられたら、常時こんなテンションになってしまいそうです。チャオガーデン、拝読させて頂きました。

お昼過ぎから読みふけり、今は心地よい読了感に満たされております。

全体的な感想としては、それぞれが目標へ向かっていく姿の、なんと爽やかなことか。
その爽やかな姿に辿り着くまでには様々な悩みと、それに対する決断が必要だったわけですが、
互いが助力しあってそれらを乗り越えていく姿がとても印象的でした。

千晶に対するふうりんの、エミーチャオの言う「自分と同一視」するほどの気持ちが、結果的にお互いのもやもやとしていた現状を打破するきっかけとなる、特にふうりんにとっては生命の存続に関わる問題だったわけで。
「引き取られに行く」ことの是非、というか、死にたくない想いとそれを見せたくないというプライドに苛まれていたと思うのですが、
それらを乗り越えていくのはやはり周囲の助力が必要不可欠で、その助力は、弱さを隠していては得られないのでしょうね。
そして、周囲に対しての助力は、いずれ周囲からの助力となって返ってくる……。
この辺りが「人に注がれた愛情で転生できる」というチャオの設定と重なり合っていて、人とチャオの関係を象徴しているような気がします。
情けは人のためならず、ってやつですね。多分。

本当は、要所要所をよく読みもっと伝えるべき事があるのでしょうが、感想を書くのが苦手な私にはこれが精一杯です。
良い感想は、良い作家さんに期待してね!

というわけで、相変わらずの駄文で感想とさせて頂きます。それでは失礼します。


……呪いをかけチャオのきれいなオチ……?
「そして せかいは へいわになった」
でしたっけ?
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ありがとうございます!!
 チャピル WEB  - 09/12/24(木) 0:26 -
  
 チャオガーデンを読んでいただいて、本当にありがとうございます。自分にとっても、すごく時間がかかった作品であるだけに、なんだかいろいろほめられちゃって、いやあ、うれしいですねこれ。

 宏さんの指摘された「助力」というテーマですけど、これ、書いている最中には、全然気にしてませんでした(!)

 なんというか、演繹的に、そうなってしまったのかもしれません。作中で強調したかった考え方として、「複数の困難を同時に解決する方法を考え、実行する」というのがあるんですが、それが千晶の行動の根っこになっているんですね。
 だからこそ、彼女はふうりんに手をさしのべたわけですけど、これを自分は、他の人の喜びを自分のインセンティブにしようとか、そういう利己的な見方ばかりを掘り下げて考えていたので……なんだか、逆に考えさせられてしまいました。そうですよね。助け合いって、そういうことですよね。

 この半年間、色んなことを考えました。最初はチャオの死と転生のことから始まって、仏教や哲学の古典的な教えをどう内面化するかとか、他者と自己との同一視であるとか。
 結果的に、いろんな要素が混じり合って、ごっちゃにになりました。自分でもわかりにくいなあと思うその中から、メッセージを汲み取っていただけたことに、感謝します。
引用なし
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最後まで読んだから感想書くよ!!!!
 スマッシュ  - 09/12/24(木) 11:28 -
  
読みました。感動しました。
話の本筋と関係ないかな、と思いつつも書きたい点とかも書いたら長くなりましたが、こいつこんだけ感動したんだな、という目安になればと思います。

まず。
この作品はチャオ生誕11周年が生んだ名作です。
11年という長い年月の中で、ブームが去ってもチャオラーであり続ける人が生まれ、成長し、チャオについて考えることで初めてこのクオリティの作品はできあがるものだと思います。
1周年、2周年などではチャオに対する愛情や執着というものが一時的な気持ち、ブームでしかなかったり、人によってはちゃんと考えながら小説を書いたりチャオについて考えたりするほど成長していないことでしょう。
チャオに限らず、二次創作でここまでのものを作ることのできる人は極僅かだと思います。私はそういう人は指で数えられるくらいにしか知りません。
ですから私は「この作品はチャオ生誕11周年が生んだ名作だ」という結論に達したのです。

次に話の進め方が綺麗で上手いな、と思ったということを書きたいと思います。
序盤に登場したものがそのまま放置されることなく中終盤にきちんと作用してくる。
逆に言えば中終盤で出てくるものは序盤に出てきているので、ご都合主義だとかそういう無理やりな展開にならず、スムーズに進んでいく。
登場したものをしっかり活かしきっている部分が素晴らしかったです。
読みきり作品として綿密に計算して書いたからこそできるものではないかと。
こっちは終盤ですが千晶さんが唐突におばさん社員に雇ってくれと言う理由だとかは二周目にはああなるほど、と思えるシーンですね。そういう発見があるのでぜひとも読んだ人にはもう一度初めから読んでほしい作品です。

他にも細かい演出が光っていたと思います。
ソニックアドベンチャー2の時代になりそれと同時にお役御免になりかけているヒントテレビや、ソニックアドベンチャー2のストーリーがちらほら出てきたり。
ソニックの走り方とアラレちゃんの走り方などのギャグも面白かったです。
イケメンは人類の敵でいいと思います。ろっどさんごめんなさい。

で、話の中に頻繁に登場するワードである「転生」。
この話は転生というチャオの設定をうまく使うことで、生と死について他ではできない手法で描くことに成功していると思います。
転生を諦めて死を必死に受け入れようとしているだけで受け入れきれずに他人の記憶に残りたいとも思っているという独白。
そして最期にいい思い出もつくれて今まさに死を受け入れて死ぬ。
ここまでならチャオというキャラクターで普通の美しい死を描いています。が。
死のうとしているところで実は自分は愛されていたのだと気付き転生するという流れは非常に素晴らしいもので、「愛されると転生できる」という設定から生まれた「愛されているから生きることができる」というメッセージに大変感動しました。
死ぬということについて書いていたところで最後の最後でベクトルを生きることへとシフトすることに成功している。これはチャオ小説ならではだと思います。

さっきからこの展開すげーこの展開すげーみたいなことばかり言っている気もします。
しかし、話の構成のうまさがより感動的な作品へ仕上げ、人を感動させる強いメッセージが構成のうまさを光らせているのだと思っています。
その考えから、自分の感情、感動という曖昧なものを作品の完成度という具体的なものを語ることで表現させていただきました。

そして、最後にもう1つ。
こんな素晴らしい作品が出てしまったんですけれど、これから先私たちはどうすればいいの?(笑)
こんな作品を見せられたからにはチャオ小説作家の皆さんも方向性はどうであれ完成度の高い作品を書かざるを得ないことでしょう。
近しい同業者がいい仕事をした時物書きは「あの野郎、よくもこんなもの書いてくれやがったな」と思う、という話を聞いたことがあります。
読者としてとても感動すると同時に、チャオ小説作家としてちくしょうという気持ちも持ちました。これからも頑張ろうと思ったのでこれからも頑張ってください。
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おつとめご苦労様です
 チャピル  - 09/12/24(木) 17:15 -
  
 きっかけは、「たった十時間の命」でした。一昨年にオマージュを書かせていただいて、その中で、一応、チャオの死に対する考え方を示そうとしたんですが、あとから読み返してみると、どうにもうまくできたとは言い難くて、それがずっと心残りでした。
 それと、ふうりんというキャラクター。彼女が千晶に飼われるまでの話は、設定の中だけにおおざっぱに書いてあったのですが、文章化されてない。

 だから、今作では、そういう過去の遺物を払拭したかったという思いがあります。ふうりんの設定の穴をきちんと埋めて、チャオの生と死に関するところを、ちゃんと決着をつけてやるぞと。

 チャオ11周年ゆえの話であるというところは、自分も同意します。このステーションスクエアを舞台にした世界観も、ずっと前からこれがあったからこそ、チャオと人間というテーマを、無理なく書くことができたと思っています。
 これは本当に、自分の力ではどうにもならなかったところです。過去のあれこれに、感謝しています。


 構成について。これ、ものすごく悩みました。特に今回は序盤で伏線を張っておかないと、中後半の展開がくるしかったので、「8. 誕生日」ではふうりんが、ありえない名文を書いてきてしまったので、それが生きるように、四苦八苦しながら前半を組み立てました。

 その辺の苦労は、予告編とのあべこべ具合を見ていただければ、よくわかると思います。募集編で出したかった人って、結局誰だったんでしょう?(A:ケーマくんに役を奪われました)

 このあたりについては、未だに心残りがあります。もっとも、これ以上悩んでいたからといって、そんなに良くなったとは思えませんが……


 なんだかたくさんほめられちゃって恐縮です。でも、あんまり褒められると、来年のハードルがぐんぐん上がってしまいます。ネタなんて全然ないのに……ちくしょう、こんな感想をよくも書きやがったな!!
引用なし
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良いお話でした。
 ろっど  - 09/12/25(金) 18:31 -
  
なんでもない話を上手く書くというのは、簡単そうに見えて実は難しい気がします。
ところどころに含まれた小さな伏線が最後のシーンでとても生きて来て、思わず唸ってしまいました。これはポテチ食べてる場合じゃない。
ドラマチックなストーリーが素敵です。さすが夏から準備していただけはある!w

おそらく念入りに練られた設定なのだろうな、とか思いつつ、最後にツッコミを。


>「イケメンは人類の敵だ」
>ええええー! 何いっちゃってるんですかこの人は。ろっどさんごめんなさい。

僕はイケメンじゃねえええええええええ
引用なし
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<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB6; SLCC2; ....@118x237x4x68.ap118.gyao.ne.jp>

イケメンさん、感想ありがとうございます
 チャピル WEB  - 09/12/25(金) 19:16 -
  
 ドラマチック、なんでしょうか……

 書きながら考えてたんです。「CHAOS PLOT」なり「コードCHAOを抹殺せよ」なりが、うまくチャオにバトルシーンを混ぜてきて、ちゃっかり見せ場作ってるのに、自分ときたら、なんでこんなの書いてるんだろうかって……

 ただ、今回はふうりんの心理描写がすごくうまかったので、たまたま盛り上がったんだと思っています。ふうりんさまさまですね。
 これは小説ですから、映像作品とは違ってそういう内面的なものを描いた方がうまくいくのではないか、という仮説はあったのですが、やっぱり自分の普段の文体で書いていても、うまく行かなかったのではないかと思います。
 「ふうりん文体」が完成できたのは、今回、とても大きなポイントでした。

 感想ありがとうございました。イケメンじゃないって、そんな……謙遜しているんですね。分かります。
引用なし
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