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バシストと引きこもりJK
 がし  - 10/7/14(水) 7:36 -
  
〈プロローグ〉


「少女1245、保護に参りました」

今日も、雪が降る。
歩いた道、見上げた街、すべて覆い隠していきながら。

お父様とお母様は人形のように着飾った私を玄関まで送り届ける。

「娘を、よろしくお願いします」

見知らぬ人に頭を下げる二人。

私は、泣きそうな顔をしていたのだろうか。
お母様がそっと彼女を抱きよせ、大丈夫よ、と耳元に囁いてくれた。

「……はい」

そうやって頷いた私のカラダを、お母様はもっと強く抱いた。
お父様が威厳と悲しみを混ぜたような声でそれを叱る。

「もう、離れなさい」

お父様が私たちをそっと引きはがそうとした瞬間。
耳元で急にお母様は泣きだした。
泣いている私を、いつも慰めてくれたお母様が、今は私に泣いている。
子供のように、ワンワンと。
それは新鮮な気もしたし、すごく、後ろめたいような気もした。

お父様の口調が厳しくなる。

「母親のお前がそれでは、行きたくないと言い出すだろう」
「……」
「……さぁ、もう、離れなさい」

お母様は何も言わず、さらに抱く力を強くした。
無言で寂しそうにうつむくお父様が片目に見える。

「お母様――」

私はそんなお母様を慰めようと思ったのだろうか。
今になっては分からないけれども。

「いつかまた、きっと、私は戻ってきます」

話すのが苦手な私が精一杯編んだ言葉が彼女に響いたのか。
――それとも、別の何かに気がついたのか。
お母様はそっとその力を緩めてくれた。

「お嬢ちゃん。外は寒いから」

見知らぬ人は私に大きな黒いフードをかぶせてくれる。
無骨で荒っぽいデザインのそれが、その時だけはとても温かく感じた。

「では、参ります。お二人も、どうぞご無事で」

見知らぬ人はそう言ってお父様とお母様に頭を下げる。

大きな手だった。
大きくて、優しくて、ぬくもりのある手。
私はただ引っ張られるまま、雪の道を歩き始めた。

――夜の街は星空に抱かれて今日も静かに眠っていた。
数少ない家々の窓から穏やかな光が漏れている。
黒いカップに注がれた、黄色いカクテルが、
一つの屋敷から伸びていく、小さく儚い雪の足跡を照らす。

「……」
「どうかされましたか?」

無言で立ち止まってしまった私に、見知らぬ人は声をかける。
彼は私たちが付けてきた雪の足跡を見て何かに気付いたのか、ふと微笑みを浮かべたかと想うと、私が再び歩き始めるまで、そっとそのまま隣で立っていてくれた。

「あっ――」

白い雪が視界を埋めていく。
もう住みなれたあの屋敷の玄関は見えない。

「ダメ……」

ラフ絵にパンくずを摺ったかのように、元の白いキャンパスに戻りつつある街の中央通り。
先ほどまで刻んでいた足跡も沢山の新雪に覆われ、そのカタチを失いかけている。

「ダメだよ、止めて……」

お父様とお母様の前では決して泣かなかったのに。
冷たく凍りついた頬を溶かしていくように、温い涙が両目から溢れてくる。
何故だろう?
何がそんなに悲しいのだろう。
転んだわけでも、怒られたわけでもないのに。

――そうか。

もう戻れないことに、気づいてしまったんだ。
遠くの街に連れていかれて、もう二度と、ここには戻れないことに、気づいてしまったんだ。
唯一の道しるべである足跡は、たった数時間で消えてしまい。
この街に私がいたというしるしが、無くなってしまう。

お母様を泣かしたまま、自分が何もできない。
私は空っぽで、便利な道具も、強い力もなくて。

だから、私は泣いているのだ。

「お父様、お母様――」
「……。さぁ、行きましょうか」

彼はひょいっと私を持ちあげて背中に乗せてくれた。
これ以上我儘を言ってはいけないことに、私もうすうす気づいていた。
……私は物分かりが良い。
良い意味でも、悪い意味でも。
でも、泣くことだけはどうしても止められないから。
彼の羽織るローブを私はただただ濡らしていく。

そうして、ふと、目を閉じる。

すべての景色が光から遠ざかっていく中、私もすべてを忘れるように。
ただ、暖かいゆりかごで抱かれることを望む赤ん坊のように。
純粋無垢に、人の愛情を求める手をかざすように。

――もう寝よう。寝てしまおう。

そう決めた時には、既にその意識は遠ざかって止まらない。

「おやすみ。お嬢さん」

誰かの優しい声が聞こえてきた気がした。


――その日は、私が12歳になった日だった。

引用なし
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