●週刊チャオ サークル掲示板
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1889 / 2012 ツリー ←次へ | 前へ→

バシストと引きこもりJK がし 10/7/14(水) 7:36
バシストと引きこもりJK 第一夜 1 がし 10/7/14(水) 8:49
バシストと引きこもりJK 第一夜 2 がし 10/7/15(木) 10:01
バシストと引きこもりJK 第一夜 3 がし 10/7/15(木) 11:57
バシストと引きこもりJK 第一夜 4 がし 10/7/15(木) 13:26

バシストと引きこもりJK
 がし  - 10/7/14(水) 7:36 -
  
〈プロローグ〉


「少女1245、保護に参りました」

今日も、雪が降る。
歩いた道、見上げた街、すべて覆い隠していきながら。

お父様とお母様は人形のように着飾った私を玄関まで送り届ける。

「娘を、よろしくお願いします」

見知らぬ人に頭を下げる二人。

私は、泣きそうな顔をしていたのだろうか。
お母様がそっと彼女を抱きよせ、大丈夫よ、と耳元に囁いてくれた。

「……はい」

そうやって頷いた私のカラダを、お母様はもっと強く抱いた。
お父様が威厳と悲しみを混ぜたような声でそれを叱る。

「もう、離れなさい」

お父様が私たちをそっと引きはがそうとした瞬間。
耳元で急にお母様は泣きだした。
泣いている私を、いつも慰めてくれたお母様が、今は私に泣いている。
子供のように、ワンワンと。
それは新鮮な気もしたし、すごく、後ろめたいような気もした。

お父様の口調が厳しくなる。

「母親のお前がそれでは、行きたくないと言い出すだろう」
「……」
「……さぁ、もう、離れなさい」

お母様は何も言わず、さらに抱く力を強くした。
無言で寂しそうにうつむくお父様が片目に見える。

「お母様――」

私はそんなお母様を慰めようと思ったのだろうか。
今になっては分からないけれども。

「いつかまた、きっと、私は戻ってきます」

話すのが苦手な私が精一杯編んだ言葉が彼女に響いたのか。
――それとも、別の何かに気がついたのか。
お母様はそっとその力を緩めてくれた。

「お嬢ちゃん。外は寒いから」

見知らぬ人は私に大きな黒いフードをかぶせてくれる。
無骨で荒っぽいデザインのそれが、その時だけはとても温かく感じた。

「では、参ります。お二人も、どうぞご無事で」

見知らぬ人はそう言ってお父様とお母様に頭を下げる。

大きな手だった。
大きくて、優しくて、ぬくもりのある手。
私はただ引っ張られるまま、雪の道を歩き始めた。

――夜の街は星空に抱かれて今日も静かに眠っていた。
数少ない家々の窓から穏やかな光が漏れている。
黒いカップに注がれた、黄色いカクテルが、
一つの屋敷から伸びていく、小さく儚い雪の足跡を照らす。

「……」
「どうかされましたか?」

無言で立ち止まってしまった私に、見知らぬ人は声をかける。
彼は私たちが付けてきた雪の足跡を見て何かに気付いたのか、ふと微笑みを浮かべたかと想うと、私が再び歩き始めるまで、そっとそのまま隣で立っていてくれた。

「あっ――」

白い雪が視界を埋めていく。
もう住みなれたあの屋敷の玄関は見えない。

「ダメ……」

ラフ絵にパンくずを摺ったかのように、元の白いキャンパスに戻りつつある街の中央通り。
先ほどまで刻んでいた足跡も沢山の新雪に覆われ、そのカタチを失いかけている。

「ダメだよ、止めて……」

お父様とお母様の前では決して泣かなかったのに。
冷たく凍りついた頬を溶かしていくように、温い涙が両目から溢れてくる。
何故だろう?
何がそんなに悲しいのだろう。
転んだわけでも、怒られたわけでもないのに。

――そうか。

もう戻れないことに、気づいてしまったんだ。
遠くの街に連れていかれて、もう二度と、ここには戻れないことに、気づいてしまったんだ。
唯一の道しるべである足跡は、たった数時間で消えてしまい。
この街に私がいたというしるしが、無くなってしまう。

お母様を泣かしたまま、自分が何もできない。
私は空っぽで、便利な道具も、強い力もなくて。

だから、私は泣いているのだ。

「お父様、お母様――」
「……。さぁ、行きましょうか」

彼はひょいっと私を持ちあげて背中に乗せてくれた。
これ以上我儘を言ってはいけないことに、私もうすうす気づいていた。
……私は物分かりが良い。
良い意味でも、悪い意味でも。
でも、泣くことだけはどうしても止められないから。
彼の羽織るローブを私はただただ濡らしていく。

そうして、ふと、目を閉じる。

すべての景色が光から遠ざかっていく中、私もすべてを忘れるように。
ただ、暖かいゆりかごで抱かれることを望む赤ん坊のように。
純粋無垢に、人の愛情を求める手をかざすように。

――もう寝よう。寝てしまおう。

そう決めた時には、既にその意識は遠ざかって止まらない。

「おやすみ。お嬢さん」

誰かの優しい声が聞こえてきた気がした。


――その日は、私が12歳になった日だった。
引用なし
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バシストと引きこもりJK 第一夜 1
 がし  - 10/7/14(水) 8:49 -
  
〈第一夜〉

「クソ寒みぃ……」

今日も、雪が降る。
深い森の出口近く、草原と木々が重なる場所で、今日は留まる。
白い世界の向こうには、光にあふれる大きな都市が見える。

――ココが、一番の危険ポイントだ。

銀色の長くしなやかに伸びたタクトを右手に持ちながら、左手で自分のカラダを抱いた。
厚さ1cmもある黒いフードを羽織り、黒い毛糸で編み込まれた帽子をかぶっていても、寒いものは寒い。
衣服などよく考えれば隙間だらけなのだ。
風はどこからでも、思う存分入り込んできてしまう。

「寒そうだな。せっかく良い帽子をかぶっているというのに」

ポン、と後ろから肩を叩かれる。
振り返ってみると俺と同じように黒いフードを身につけた男が立っていた。

「ええ、いつまでたっても、これには慣れません」
「ハハは、お前は名前に似合わず、俺たちの中で一番寒がりだからなぁ。……郡(こおり)」

郡、と俺を呼んだ彼もまた銀色のタクトのその右手に握っていた。

「交代だ」
「もう、交代ですか? 巧(たくみ)先輩」
「なんだ。もうちょっと外に居たいのか」
「あぁいや、そう言うつもりではないんですが」

俺は簡易椅子から慌てて立ち上がり、テントの中にさっさと避難しようとする。
が、先輩はそんな俺の首根っこを掴んで、元の場所に連れていく。

「ちょっ……寝かせてくださいよ先輩」
「まぁまぁ良いから、少し付き合え」

無理やり簡易椅子に再び座らせられると、目の前の簡易テーブルに二つの暖かそうなコーンポタージュがある。

「さっきテントの中で温めておいた。まぁ、飲めや」
「あ、ありがとうございます」

紙コップに注がれ、湯気を浮かべた卵色のポタージュを口に運ぶ。
体中に伝わっているはずないのに、まるで全身が温まったかのような気分だ。
彼はテーブル越しにもう一つ備え付けてあった椅子に座ると、同じように紙コップを持って、そのスープをすする。

「少女2367の調子はどうでしょうか」
「良好だ。だが、『白狩り』による左脚の怪我が予想以上に酷い。明日、すぐに病院で検査をさせないとな」
「分かりました。俺がその仕事は請け負わせていただきます」
「頼む」

二人で話しつつも、巧先輩はしきりに周りを睨むような目つきで確認している。
俺も体温が回復したこともあり、少し緊張感を持って周りの動向を確認することができた。
けれど、そんな俺の様子を彼は苦笑いしながら止める。

「今はお前の責任じゃない。あまり気を張るな」
「あ、……分かりました」
「いざというときに不意打ちにあったら、本末転倒だ。お前はまだ、死ぬわけにはいかないんだよ」
「……」
「――の調子はどうだ?」
「え?」
「少女1245の調子は、どうだ?」

厳しい視線が、少しゆるくなって、こちらに向いてくる。
どこか冷やかしを含んだ表情だ。

「いつもと変わりませんよ。相変わらず、引きこもって、ぐうたらしてばっかりですよ」
「でも、最近聞いたぜ。彼女、夜中まで電気をつけっぱにして、帽子を編んでいたらしいじゃねぇか。それで毎日のように寮母さんに叱られていたんだって?」
「……」
「だから、これからは、あまり俺の前で寒い寒い言うなよ。心配しなくても、お前は〈あつい〉からな、色々な意味で」

含みのある笑いを浮かべると、彼は自分のコーンポタージュを一気に飲み干した。

「チッ、温いな。あっという間だ。お前も冷めてしまう前に、飲んでしまえよ」
「あ、はい」

喉を一気に温くなったポタージュが流れていく。

「さて、今から頑張るかな。お前はそれ片付けて、もう寝な」
「はい。……おやすみなさい」
「おう」

俺は先輩と自分の紙コップを重ねると、テントの方へと戻って行った。
白くカモフラージュされた遮光テントの中は、ランプがついていて、少し明るい。
俺と先輩の寝袋とともに、もう一つ、小さな寝袋に包まれて、少女が目を閉じていた。穏やかな寝顔だ。

――いつでも、俺たちの助けるその顔に変わりはない。
5年前も、今も、何一つとして変わってなどいないのだ。

「……ん」

パチリ、と、その瞳が空いた。
そうして、急に周りの様子を確かめようとする。

「あ――」

でも、その目が俺の姿をとらえた瞬間、彼女は安心したかのように微笑みを浮かべる。
純白の頬が、少し赤らむその様子は、なんて純真なんだろうか。

「どうかされましたか?」

俺はいつものように口汚い言葉は使わず――むしろ、使えずに、彼女に話しかける。この癖は巧先輩にもよく変だなんて言われるが、こればかりは変えることができない。

「ううん、なんでもない」

少女は首を横に振って、あおむけになったまま、テントの上、一番とがっているところを見ていた。

「今日も、テントでお泊まりなんだね。ねぇ、お兄ちゃん、その『ヨレンダの街』には、いつ着くのかなぁ」
「明日には、必ず着きますよ。だから、安心して、おやすみなさい」
「分かった、おやすみ。お兄ちゃん」

彼女は再び目を閉じた。
リズムの整った呼吸の音が聞こえてくる。

「……俺も、寝よう」

フードをかぶったまま、ごろりと自分の寝袋の上に横たわる。
そうして、少し仮眠をするつもりで、そっと目を閉じた。
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バシストと引きこもりJK 第一夜 2
 がし  - 10/7/15(木) 10:01 -
  
――突然だった。

テントの近くからすさまじい爆音が響き、俺は目を開ける。
頭が寝ぼけてしまい、一瞬何が何だか分からなくなる。

「……落ち着け、俺」

とにかく、通常ありうることでは決してない。
防護服も兼ねるローブを頭まで深く被り、銀色のタクトを握りしめる。

上半身を起こしている少女と目があった。

「大丈夫だよ。すぐに戻ってくるから」

不安と混乱に揺れている大きな瞳にそう笑いかける。
彼女は、うん、と笑い返してくれた。

それだけを確かめ、俺はテントを素早く出る。
敵の中には、テントの中に仲間がいるだろうと踏んで、入口に照準を当ててることも多い。
案の定、俺が勢いよく飛び出した瞬間、テントの入り口のふたが、カンカン、と乾いた音を鳴らす。

巧先輩はすでに前方に出て、タクトを振っていた。
その先端は白い光で覆われている。戦闘モードだ。
規則的なリズムと、規則的な動き。
そうして空中に光の軌跡で描かれた魔法陣が発生した。

刹那、強烈な火の玉が、俺たちではない人々に命中していく。
当たった人物は燃えだした自分の服に包まれ、もがきながら雪の上をごろごろ転がり、それを消そうとしている。

「郡、白狩りだ、後方支援をしてくれ」

俺たちより圧倒的に人数が多い中、的確な指示を飛ばせる彼は、一体どれだけの戦火を潜り抜けてきたのだろう。
そんなことをうすぼんやりと考えながら、まずはテントに人を近付けないことを前提にして、魔法の構築を考えていく。

タクトを振いながら、唯一さらされている顔面を覆い隠す。
あまりに分厚いローブは、そのにび色の銃弾を貫通させることはない。
布に何かが当たる感覚を味わいながら、俺はさっき先輩が作った魔法陣よりも複雑奇怪な形を作り上げていく。

「巧先輩、目をしっかりとつぶっていてください。閃光行きます!」

彼の合図が届いた瞬間、俺の魔法陣は発動された。
先ほど遠目に見えた光の楽園を彷彿とさせるような、ライトアートだ。
相手にとっては致命傷なのだろうか?
いや、そんなことはどうでもいいだろう。

白い部屋に、赤い何かを想像させる断末魔が響き渡る。
光ばかりの世界になれてしまった彼らは、暗闇では光の感知を数倍にする装置を付けているとのことらしい。
だが、それで強烈な閃光を浴びたら、もはやどうしようもない。

眩い環境が元に戻っていくにつれて、自分自身もだんだんと前方の状況が確認できる。
草原側から来た大量の白狩りは、台風で田んぼに突き落とされたカカシのように、無様に大の字になって倒れていた。

風の音が響く。
それで、俺は戦闘が終了したことを確認した。

「あっけないな」
「そうですね」

前の方で攻勢になっていた彼は、戻り際つまらなさそうに呟いた。
やはり、先輩は少々戦闘狂の様なところがあるのだろうか。

「攻撃しようと思ったが、ほとんどのやつらが閃光による視覚のショックで既に気絶していた」
「今日は一段と暗いですからね」
「あぁ、雲が厚い。光の感知量を一体何倍にしていたのやら」

溜息をつきながら、両手でやれやれのポーズをつくる。
俺はタクトをローブにしまって、一旦テントの中に戻る。

「ただいま」
「おかえり」

俺がテントから顔をのぞかせると、少女はホッと安心したように笑う。
少女はまだ起きていた。
よほど、怖いことだったに違いない。
逆に、いきなり何か爆発が起こってそれでも眠っていられる子供がいたら、それはよっぽどずぶとい神経を持っているに違いない。

「移動しないといけなくなりました。足がいたんでいるところ申し訳ないですが、少し寝袋から出てもらえませんか?」
「あ、うん」

拙い仕草で寝袋のジッパーを開け、もぞもぞと出てくる。
何の特別なところもない。
何の力を持っているわけでもない。
だから、――少女2367は、どこからどう見ても普通の子供だ。
少なくとも、俺はそう想っている。
例えそれが透き通るような白い肌で、赤い瞳で、金色の髪であっても、だ。

数十年前、『光の種族』といわれる人種が、領土内の洞窟から原初の文字で書かれた石板を発見したらしい。
学者によって簡単に訳された文章だと、こうだ。

白き身体 無限の創造
赤き瞳 無限の焔
金色の髪 無限の希望

雪に眠りし無垢なる者 少女 『鬼』

永遠の光 その身 秘めたり

「……はぁ」

そんな数行の文章に、俺は、何の意味があるのかは知らない。
本当に世界が変わる力があるのかも、ただのでたらめなのかも知らない。

ただ一つわかることがあるとすれば。
そんな拙い石板のために、今、多くの人々が巻き込まれているということだ。

   *   *   *

『光の種族』にも、俺たち『ヨレンダの民』――界隈では『闇の種族』と呼ばれているらしいが、俺たちはあまりその呼び名を好いてはいない――にも属さない、『中立民』の村は、この世界に多くある。

その中で、――これまでは対してクローズアップされてこなかったが――石板に書かれたような特徴を持つ人が生まれることがあった。

光の種族はすぐにこれに目をつけた。
各地に調査員を派遣し、目が飛び出るほどの高額で、彼女たちを家族ごと引き取っていったのである。
中立民はもともと郊外で住んでいることが多く、貧乏な街も多い。
なので、大都市に住めるどころか、高額のお金までもらえるその条件は、まさに破格そのものだった。

ここまでは、別段、悪いことが起こっているわけでもなく、俺たち『ヨレンダの民』は光の種族の行動を、愚行だと嘲っているくらいのことで済んでいた。

――ある日のことだった。

ヨレンダの街に、一人の少女が飛び込んできた。
月明かりに照らされ白く反射するローブに身を包んでいることから、門番は光の種族の街から来た少女だと分かった。
彼らは、そのまま通すわけにもいかず、慌ててその左腕を掴もうとする。

――彼女には、左腕が、無かった。

そして、暗くて気がつかなかったが、彼女の白いローブは左側が血まみれの状態だった。
門番はすぐに街の病院に運び込み、病院では手術が開始された。
大量の輸血用血液と、長い時間をかけて、ようやく彼女は一命を取り留めた。

「人体実験されることが分かった。手錠をかけられた左腕を、偶然近くに転がっていた鉄の破片で切り落して、命からがら逃げ出してきた。家族は全員光の街に居るけれども、多分殺されているんだろうと想う」

薄い目を開けながらそう話す彼女は、肌が白く、瞳が赤い、金色のロングヘアーの少女だった。
遠い部屋からこの世のものとは思えない叫び声がしたという。

ヨレンダの民は、その事実を受け、中立民でそのような少女が生まれたとの知らせを受けたら、迅速に彼女らを自らの街に受け入れる方針を示した。
もちろん狂信者的な光の種族の行動から、人道的に人々を護るという考えもあるが、やはり、政治家の本音としては中立民の支持をヨレンダの民側にもっていきたいということなのだろう。

そうして、ヨレンダの民では少女を回収する部隊ができて。
光の種族は、『白狩り』と呼ばれ恐れられる回収部隊を設置した。

   *   *   *

俺はローブを着こんで準備ができた少女の手を引いて、テントから出る。
タクトを振うと、それは急に小さくしぼんで、鞄にしまえる程度の大きさにまでなった。

「すごいね」

純粋無垢な表情で、キャッキャと喜ぶ。
そんな様子を見るたび、俺は今自分のしている仕事を認めていけるような気がした。
俺は、鞄から、先ほどとは異なるテントのミニチュアを取り出し、もう一度タクトを振う。
それは風船のように膨らみ、音もなく、地面に置かれた。
大人数専用だ。

「巧先輩、一応、全員この中に詰め込んでおきましょう」
「あぁ」

意外と高い簡易テントを捨てて敵を助ける俺の行動に巧先輩は反対しない。
彼も心のどこかでは分かっているのだろう。

白狩りも、全員が全員人殺しを楽しむ輩ではなく、ただ、自分の家族を養うため、自分の信じ切ってきた古代宗教を信じるためにやっている、働き蜂の様な存在でしかないのだ。
そして、それは俺たちにも同じことが言えて――

テントを後に、俺たちは歩きだす。
少女はとても歩ける状況ではないので、歩く道のりではいつも俺が背中におぶっていた。

「あったかい……」

安心しきった口調でそう一言だけ言うと、やがて耳元にすぅすぅと寝息が聞こえてきた。
少女2367は孤児院から引き取って来た。
家族のぬくもりというものも、知らないに違いない。

月も見えず、ただ暗闇の道をただ歩いていく。
草原を抜け、改めて森の中に入ることには、偽りの光だけに覆われた大都市の光も、届かなくなっていた。
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バシストと引きこもりJK 第一夜 3
 がし  - 10/7/15(木) 11:57 -
  
――道なき道を進んでいく。

光の種族に位置がばれないようにする、という意味もある。
だが、そのおかげで、俺は帰ってくるたび、いつまでも木が続いているのではないのか、という不安に駆られて仕方が無くなるのだ。

だが、今回も、いつものように前方に黒い木で出来た門が見える。

「ふう……」

門の横にあるレンガで出来た小屋。
木製の窓をこんこんと叩くと、今日は若いひ弱な女が顔を出してくる。
黒いフードを頭まで被らず、その綺麗な髪の毛が頭の上をさらりと流れている。

ただの怪しい魔女にしか見えないが、これでも俺と元同級生である。
そして、この病院で夜勤担当の医者でもある。

「お帰り、お二人さん。こんな時間に帰ってくるなんて」
「あぁ、それは――」
「よくあることだからね。怪我はないのかい」

外見に似合わず、心地の良いアルトで俺たちを心配してくれる。
さり気に、先輩に敬語を使っていないのだが、巧先輩もそんな細かいことを言おうとはしなかった。

「今日は、ゆっくり身体を休めたほうがいいですね」
「あぁ、そうだ。今回の少女、脚がやられている」
「そうですか。速達コウモリ飛ばして、すぐに後退の門番をつけます」

そう言うと同時に、ギギギと重そうな両開きの門が開く。
おかえりなさい、という声を後ろに聞きながら、門をくぐる。

森の中にあるとは思えない開けた場所にヨレンダの街はある。
先ほどのように意味もなく大量の光を放出することもなく、うすぼんやりとした灯りが各々の家から染み出してくるだけだった。

『似ています』

五年前、夜更けにこの町に辿り着いた時、彼女はふとそんなことを口にした。
星空と雪が融合する不思議な日だったから、よく覚えている。

『この街は、寒そうで、暖かそうです』


   *   *   *


「ハハハハハ、手術は成功した、手術は成功したぞっ!」

手術室の扉が開くなり、医療器具を片手に持った女医姿の女が飛び出してくる。
先ほど小屋で見かけた女である。
一人廊下で手術を待っていた俺に満面の笑みを浮かべてくる。

そのあとに続いて、先ほどの少女がてこてこと歩いてくる。
何やら不安と恐怖と裏切られた感が混ざった変な表情をしている……仕方ないのだけれど。

「美月、……さっさとその片手に持っている器具を台に戻してこい」
「あー、でも、今日の手術は楽勝だったわね、つまらない。カットバンを蹴っ飛ばすくらい簡単だったわー」
「――結構、難しかったんだな」

美月は俺の言葉を無視して、手をうねうねと動かし、うすら笑いを浮かべる。

「もっとさ、こう、ずぶとい注射をズブっとして、生理用食塩水で身体の中をぐりぐりともてあそんでみたいわぁ」
「おいっ」
「あぁっ、でも、そんな医療行為、ズブっとヌメッとなんてダメよ。エロい、エロすぎるわ。そんな行為を清純な病院の中でするなんて破廉恥すぎる!」

訳の分からない言葉でかたかた震えている少女を見て、俺が注意しようとするのだが、どうやら聞く耳を持たないらしい。

声も綺麗で、容姿は端麗、グラマーな体で病院に入院する男たちを虜にする彼女は、名前を美月という。
普段は気立てが良く、優しい性格で子供たちからも人気があるのだが――

ただ、どうも医療器具を持つと、性格が無意識のところから捻じ曲げられてしまうようで、手がつけられなくなる。

「妄想好きな大きなお友達のみんな、元気ー! 医者のお姉さんと楽しくお歌(嬌声)を歌いましょうねっ! 続きはWebで登録を済ませてから正しいパスワードを入力して入室してねっ。――なお、会員料には49,4$掛ります」

「……お、お兄ちゃん」
「そうだね。もう行きましょうか」

きゅっと俺のローブを掴んでくる少女2367。
俺はすべてを分かってる、といった表情で、黙ってその手を握って、場を後にしようとする。

「どこへ行こうというのかね?」

肩を掴まれた。

「お前はもっと、あれだ、医者としての自覚を持て。自分のカラダを今から分解させられる患者の身になってみろ。お前は自分の力で人のいのちが左右されるという自覚が足りないんだよ」
「自覚?」
「そうだ、自覚だ」

その瞬間、美月は手に持っていた銀色のメス……の形をしたボールペンを俺に突きつけてきた。

「Don't try to be a hero!!」
「は?」
「ヒーローなんて割に合わない職業なのよ。こうやって幾度も幾度も真夜中に駆り出されるなか、自分がヒーローだから、と想って自分の意志を固められる人間が居たら素晴らしい馬鹿か、ただの真面目ちゃんね」

――ダメだこいつ。
と、彼女の気づかない角度から、パキパキと指を鳴らしているナース服に身を包んだおばさんが立ちすくんでいた。

「幼稚園のころから医者になるためにお受験お受験、ウサギよりも象は小さい、○か×かという難問を突破し、郊外にあるもっとも有名な医学学校に――」
「美月」
「何?まだ話は」
「後ろでナース長がメンチ切ってる」
「……あ」

左手に「夜中の騒音注意!」と書かれた広報を持って、つかつかと美月に歩み寄っていくメガネをかけたナース長。
逃げようとする彼女の首根っこを掴み、あっという間に手術室の中に引っ張り込んでいく。
がちゃんと扉が閉まり、何故か手術室のランプがついた。

「ぎゃぁー! ソイレントシステムは嫌ぁ! リアレンジはいやぁぁぁ」

「……行きましょうか」

俺はただただ戸惑う少女を病室まで案内した。

――緊張に縛られた仕事から、なんだか一気に解放された気分になった。
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バシストと引きこもりJK 第一夜 4
 がし  - 10/7/15(木) 13:26 -
  
――いつも住んでいる寮まで帰って来たのは午前三時のことだった。

病院で無事少女を寝かせた後、上層部に報告に行っていた巧先輩とコンタクトを取って、ようやく帰って来た形だ。
5階まである寮の5階まで螺旋階段を上っていく。
ヨレンダの街には必要最低限の電気しか通っておらず、エレベーターという代物はここにはない。
光の種族に従属している中立街にスパイとし侵入したとき、何度か使っただけだ。

「めんどくせぇ……」

愚痴をこぼしながら、カンカンと音を鳴らしていく。
実を言えば、タクトを振って空中浮遊も可能なのだが、攻撃魔法を習得している人間が、それを誤射してしまう事件が何度かあったらしい。
それ以来、街の中で使用は実質的に禁止となっている。

「ふぅ――」

5階まで昇り切り、階段一番手前のドアを開ける。
手前の電気をつけて、鞄かけに鞄とローブを引っかけて、ようやく息をつくことができた。

何か無性に腹に入れたい気分だったが、今日という今日に限って何も買い置きをしていない。
疲れがドスンと肩にのしかかってくる。
今日はさっさと寝て、明日の朝にでも寮で朝食をとれば良い。

俺はベッドの掛け布団と毛布をめくって、その中に入ろうとした――

――ピンク色のパジャマを着た少女が、寝ていた。

「あ、悪い」

俺は慌てて毛布と掛け布団をかけて、その場で硬直する。

……………
…………
………はい?

少女は金色の髪の毛を散らしながら、ベッドに丸まって、すやすやと目を閉じていた。
白く透き通っている肌が、温まっていたのか、ピンク色に上気している。

「……おーい」

声をかけてみるが、全く反応が無い。
少し肩を揺らしてみるが、うーん、と言ってまた寝息を立てる。

そう言えば、さっき鍵を使わずに普通に部屋に入ってしまった。
出ていくとき、鍵をかけ忘れたのかもしれない。

けれども、どうして彼女は、こんなところで寝ているのだろうか。

――少女1245さんよ……。

「おらぁっ」

勢いよく掛け布団と毛布をめくり、その素肌を冬の空気にさらけ出す。
寒そうにガタガタ震え始め、ぱちっと目を開けた。

「うぅ、寒い……、あ、おかえりなさい、郡さん」
「ただいま」
「んー、もう夜中ですから、あまり無理やり起こさないでくださいね」
「すまんすまん」
「じゃぁ、私はもう寝ま――」
「待て」

毛布と掛け布団を取り上げると、彼女はジト目でこちらの方を見てくる。
まるで私の所有物だ、と言わんばかりの態度だ。

「返してください」
「もともと俺の所有物だよ、ってか、ココ俺の部屋だし」
「あ、暖炉つけないと」

寒いことが現在の最優先事項なのか、俺の言葉をガン無視して暖炉の前に直行する。

「あー、あったか〜い……」

ぱっと火がついた目の前で正座して火に当たっている彼女はなかなかに可愛らしいが、今はそういう問題じゃない。

「おい、ヤドカリ、いつの間に住処を換えたんだよ」
「私の住んでいる3階で改装工事があったんです。たまたま私の部屋のガス管が危ない状態だったんで、今修理中です。なので、ここに引っ越しました」
「……」
「分からないところがありますか?」
「具体的に、なので、の後から」

彼女は、んもう、と言いながら、俺の机の上に置いてあった紙切れを突き出す。
寮内の共同生活許可証。
少女1245(17歳)と築山郡(24歳)と書かれた署名欄の横に、しっかりと二人分のハンコが押してある。
最後に(とどめに)は、寮長の許可ハンコが押してあった。

「あのお堅い寮長が、何故に……」
「うるさかったらしいですよ」
「は?」
「ほら、私って部屋から出ないから、いつも郡さんがこっちに来ていたじゃないですか」
「あぁ」
「寮長さんって、あたしの一つ下の部屋に住んでいるんです。それで、夜ごと鳴り響くギシギシなんちゃらがうるさくて堪らない、とのことで」
「……」

あの人、なかなかよくわかっているじゃないか……。

俺はため息をつくと、ベッドに腰掛ける。
ギシッとなる音に、例のあれを想い出してしまうが、さすがに今日はそんなことをする元気はどこにも残っていない。

「ふぅ、ちょっと温まることができたかな……紅茶入れますね」

暖炉の前から立ち上がった彼女は、台所へと向かっていく。
たしかに、少し暖かいものが欲しいかもしれない。

「家のもの全部こっちに持ってきちゃったんで、食べ物もいっぱいあるんですよ」
「あ、それは良いタイミングだ。何か食べられるものあるか?」
「ありますよー。作りますか?」
「お願いします」

暫くすると、紅茶の香りや何かが焼ける音が聞こえてくる。
なかなか、独りでいた部屋がこうやって充実されていくと気分は良いものだ。

「けれど、久しぶりに外に出た感想はどうだったよ?」
「……んー。簡潔にいえば、純真無垢な素肌をさらして外敵の危険に怯えるヤドカリの気分でした」
「最悪だったと」
「えぇ、それはもう」

カチャッとコンロをひねる音が聞こえてきて、ベッドの前のテーブルの上にティーセットを広げていく。
お湯を注ぎながら、鼻歌を歌っている。

「でも、新しい住処が見つかって、良かったです。これを機に、私の呼び名を変えてみませんか?」
「ヒッキー、ヤドカリ、おこもり、引きこもり――」
「ちょ、なんでそんな陰険なモノばっかなんですか! もっと可愛らしい呼び名とか付けてくれないと困りますっ!」
「えー?」
「お前、とかでもいいですよ? そうしたら私は郡さんのコト、あなたって言いますから」
「……さすがに、それは知り合いに聞かれたら、まずい」
「まずいって、何でですか」

ちょっとムッとした表情になる彼女。

――とは言え、そんなすぐに呼び名など思いつくはずもない。
最近はずっとヤドカリというあだ名で呼んでいたので、それでいいような気もするのだが。

「ところで、お前、さっきから台所の方をお留守にしているけど、大丈夫なのか?」

ためしにその呼び名を使ってみる。

「……大変ッ」
「あー、もういい、俺が見てくるから、お前はそこで紅茶の方を見ていてくれ」
「はーい、分かりました、……あなた」

……………
…………
………ニヤついてしまった自分が、少し嫌いになった。


   *   *   *


「はい、こちらユー。ただ今ヨレンダの街に辿り着きました」

そこは暗闇。
光を忌諱し、光の種族と対等に渡り合える闇の種族の街。
それはつまり、光の種族の真逆の存在。
そして、敵。

女は、そんな街の中に潜入し、何者かに連絡を取っているようだった。

「そうか。またの連絡を頼む」

電話越しに聞こえてくるしわがれた声が、キシキシと嫌らしい笑みを浮かべる。

「了解しました」
「期待しているよ。キミは何せ、特別な光の種族なのだからな」
「はい。承知しております」

彼女は相手の電話が切れるのを待って、その通話をとめた。
最新式の液晶パネルから発せられた光が彼女の顔を映す。

そして、そのまま、ベッドに横たわり、目を、閉じた。


〈第二夜〉に続く
引用なし
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1889 / 2012 ツリー ←次へ | 前へ→
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