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元編集長からの挑戦状 ホップスター 13/12/23(月) 12:00

チャオの羽(更新12/31) スマッシュ 14/12/23(火) 23:34
第一話 イノリ スマッシュ 14/12/23(火) 23:35
第二話 電子ピアノ スマッシュ 14/12/31(水) 23:08

チャオの羽(更新12/31)
 スマッシュ  - 14/12/23(火) 23:34 -
  
二話で終わりです。

一話もちょっと更新したので書いておきます。
変えたのは書き出しで、「私の背中には、チャオの羽が付いている。」までの部分を短くしました。余分な文章多いかなって思ったんで、すっきりさせました。以上。
引用なし
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<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chr...@p122.net059084248.tokai.or.jp>

第一話 イノリ
 スマッシュ  - 14/12/23(火) 23:35 -
  
 私はチャオに変身できる。服を脱いで、壁の方を向いて体育座りで座っていると、私は白っぽい肌色のチャオになる。私の背中を見た人はぎょっとする。それで人が離れていくのは本意ではないから、私はなるべく背中を人に見せないようにしている。
 私の背中には、チャオの羽が付いている。ニュートラルノーマルチャオのもので、それは私の両親がチャオから引きちぎって私に縫い付けたものだった。つまり本物のチャオの羽が私の背中にはあって、だけどそれは私がチャオだから付いているわけではないということだ。私の両親は私で遊ぶのが好きだった。私は目と鼻を整形している。未成年が整形するには親の同意が必要らしいのだけれど、私は親に強制されて整形をした。そういう風に、両親は私を自分たちの好きなようにいじくりまわした。整形して顔が可愛くなると、両親は私に羽を付けたがって、そのために野良のチャオを拾ってきて、羽を引きちぎったのだった。チャオはとても痛そうにしていた。私も羽を縫い付けられている間、とても痛い思いをした。その後すぐにチャオは死んでしまったが、それから三年経った今も私は生きている。
 チャオの羽は、熱を冷ますシートのジェルか、ぬいぐるみの腕に似ている。ジェルというのは、触った感触だ。服を着ていると背中の辺りにずっと体温と同じくらいのぬるい羽が密着していて、その感触が冷たくなくなったシートのジェルにとても似ている。そして羽はまるで生き物ではないかのように、まるでぬいぐるみの一部分であったかのように、腐ったり萎びたりすることがないまま私の背中にくっ付いている。羽を引きちぎられた時も、チャオは血を流さなかった。そういうところがぬいぐるみみたいだった。
 自分の手で羽を掴んで引きちぎることもできるけれど、そうしないのは、私の体にチャオの羽が似合っているような気がするからだ。親のしたことは最低だと思うし、親のことを憎んでいるけれど、私はこの体とこの顔が大好きだ。母親は美人で、私は彼女の白い肌と細くて長い体型を受け継いでいた。ぱっちり開く目を始めとして、美人で可愛く見える顔。二次性徴でできた腰のくびれや膨らんだヒップは、自分で触っていても楽しいと思うくらい心地いい曲線を描いている。私は私自身が凄く可愛くて、貴重なものであるということを、よく知っている。

 チャオガーデンのあるホテルに私はよく行く。最近は駅近くにある、地下にチャオガーデンのあるホテルに頻繁に行っている。住んでいるようなものだ。実際ここ十日のうち、七日はここに泊まっていた。ホテルのチャオガーデンのほとんどが部外者でも立ち入りできてしまう。だから私はまずそこでチャオと戯れながら、夜を共にする相手を探す。場所が場所だから、そのホテルに泊まっている男と寝ることが多い。
 このホテルを作った人はよほどチャオが好きだったらしく、一つのフロアが丸々チャオガーデンになっている。広いガーデンの真ん中に立って、私は周囲を見回す。チャオとも遊ばずに一人でいる人を探すのだ。私はというと、チャオを抱えているから、ただのチャオ好きの少女に見えないこともない。だけど私の抱えているチャオは、目印でもある。
 私のチャオはダークチャオだ。名前をソウという。ナイツチャオにしたくて、紫色のカオスドライブをやっていたのだが、どんどん黒くなっていった。ダークヒコウチャオでもいいや、似たようなもんだし、格好いいから。そう思って、そのままダークヒコウチャオに進化させた。チャオをダークチャオに進化させてしまう人にろくな人間はいない、と言われている。だから外でダークチャオを抱えて歩いているやつのほとんどは、自分はろくでもない人間だと主張したいやつだ。そして私の場合は、私がトウコという女であるという目印と主張するためにソウを抱えていた。
 ホテルのガーデンによくいて、ダークヒコウチャオを抱えている。それがトウコという女の目印で、一晩泊めてやれば安く買える。ネットの掲示板でそう書いたりしている。それで三人くらいゲットできたのだけど、それ以上に、私をダークヒコウチャオの女として覚えて、再び私を買うためにホテルのガーデンに来る人がいるのが大きかった。容姿がいいことと、寝床を確保するために料金にはこだわっていないことが幸いして、私は毎日ベッドか布団で眠れている。
 まるで遊びに混ざれない子供のように、チャオと遊んでいる人たちから離れてチャオを眺めている男の人を見つけた。とても退屈そうで、立って少し歩いては腰を下ろしてチャオを眺めていた。丁度いいと思ったから私は男の方に真っ直ぐ歩いていく。近寄ってくる私を、男はじっと見つめた。そんなに見つめて泊めてくれるんだろうな、と確信に近いものを私は持つ。
「チャオ好きなんですか?」と声をかける。男は見ず知らずの人間に話し掛けられたことに戸惑う様子もなく、
「いや、そういうわけじゃないけど、なんか暇で。面白いことないかなってぶらぶらしてたんだよ」と言った。
「ふうん」
「で、君は? 一人?」
「そう、一人。ついでに言うと、今日泊めてくれる人探してんの」
 私がそう言うと男のテンションは上がって、目がきらきらと輝くように大きく開いた。
「マジで? それって、家出中ってこと?」
「そうそう、家出。もう三ヶ月くらい帰ってないよ、家」
「三ヶ月! 本当に? なんか尊敬するわ」
 俺はそんなに家出できそうにない、と男は言った。やってみると意外とできるよ、と私は言った。私の場合は、意外と簡単だった。
「ちょっとわけありで上は脱げないけど、それでいいんなら、安くしとくよ。どう?」
 上を脱げないわけというのは、勿論チャオの羽のことだ。それを見ると、もうそういうことどころではなくなってしまうから、見せないようにしている。
「全然オッケー。俺着たままするの好きだから」と男は言った。このホテルの五○三号室に男は泊まっているらしい。宿泊客はチャオをガーデンに無料で預けることができる。それを利用させてもらって、ソウをガーデンに置いて私と男は部屋に行った。
 シャワーを浴びて、ベッドに腰掛ける。男は私の肩を抱くと、
「会社をクビになったから、旅行してみることにしたんだ」と言った。
「ずっと田舎暮らしだから東京に来てみたんだけど、こういうこともあるんだな、東京って」
 私は肩を抱いている腕に、私の羽が触れてしまわないか心配で気が気じゃない。近付いてくるようでいつ触れるかわからない唇に、
「じゃあ、私がいい思い出作ってあげるよ」と言ってこちらからキスをする。そして男を寝かせて、私は上に乗る。
 背中の羽を触らせないことばかり考えてしまうから、私は男の手を取ってパーカーの中に誘導する。男の手を私の腰に押し付けさせて、そこから徐々に上って胸を触らせてやる。おお、という顔をして男は指を動かした。裸を見せてやれないから、せめてもと思って下着を外しておいたのだった。胸に手のひらが押し付けられる。その手が背中に回らないように、私はその上に手を軽く重ねたままでいた。男の指が動くのを、手でも感じる。自慰をしている気分で、指の動きを感じる。大きいね、と男は言う。私は頷く。腰を前後に動かして、男の下腹部をさすろうとしてみる。興奮した男が私の思うがままの反応を見せると、私は安心して自分も楽しもうという余裕が出てくる。今日はここで眠れるとわかって強ばりの抜けた体を私は思いのままに動かす。こういうすかっとした気分の朝が幼少期にあったような気がする。

 私は五時に目を覚ました。なるべく早く起きるようにしている。羽のことを知られなければ、また泊めてくれるかもしれないから、隙を見せないようにしているのだった。男はまだ眠っていた。私も無理に起きているだけで、まだ寝足りない。一度目を覚ましたら、男が起きてくるまでは浅く眠る。横にならずに座って項垂れた状態で目を瞑る。授業中の居眠りのように。
 朝食をおごってもらい、お金をもらって別れる。朝食と夕食をおごってもらうのが理想だ。誰も掴まえられなかった時のためにお金はたくさん持っておきたいし、それに家出をしている身分のくせに私は物欲も結構ある欲深い人間だから、さらにお金を貯めておきたいのである。
 ガーデンに行ってソウを受け取る。ソウはまだ眠っていたから、私もその隣で少し眠る。吸い込まれるように眠っていくのを感じて、昼まで眠っていそうだと思ったが、目を覚ましたソウが私の頬をつついて、私は目を覚ました。私はソウを撫でて、餌をやる。ガーデンに生えていた木から取った実だ。半分食べてソウはもうお腹がいっぱいだと腹を叩くので、残りは私が食べる。実は柔らかくて、あまり甘くない桃のようだ。おいしいと思えばおいしいと言えるような味をしている。
「それじゃあ行こうか」と私はソウを抱き上げて、ガーデンから出る。
 私はチャオの卵や餌を売っている店に行く。そこにはチャオ関連のグッズが揃っていて、チャオの服も置いてある。ソウに服を着せたいとはあまり思っていなかったのだが、とても可愛いチャオ用の服があるのを見つけてしまって、それから興味を持つようになったのだった。特に、イノリというブランドの服が可愛くていい。チャオの可愛さと乗算するような勢いで、イノリの服を着ているチャオを町で見かけると、とんでもなく可愛く見える。他のチャオの服は、人間の服をチャオ用に縮めたようなものが多いのだが、イノリの服は人間の服から使えそうなところを切り取ってチャオ用に縫い直したかのような、大胆なアレンジが効いている。たとえば人間の服であればこそ自然に見える大きめのボタンをチャオ用の服に使うことで、人間のするお洒落をチャオがやっているという微笑ましい感じを生み出したりするのだ。もしソウに似合うのがあれば着せたいと思っているのだが、イノリの服はどれも白い肌のヒーローチャオに似合うように作られているらしくて、黒い色のダークチャオであるソウにはあまり似合わない。
 チャオの服には、どのチャオに似合うか書かれたタグが付けられているのだが、イノリの服のタグには大抵、ヒーローチャオ向け、と書いてあった。物によっては、ヒーローチャオの後ろに括弧が付いて、ヒーローオヨギチャオ向け、と書いてある物もあるくらい、イノリはヒーローチャオのために服を作っているブランドだった。私がこの店で最初に見とれたチャオの服は、黒いゴスロリ風のものだったのだが、それもヒーローチャオ向けと書いてあった。その服をヒーローチャオが着ているところを想像したら、溜め息が出るほど可愛らしい姿が浮かんできた。そしてソウに着せてもそこまで可愛く見えないこともよくわかってしまった。
 だから私は、いいなあ、と思って見ているだけだったのだが、最近出た新しい服はソウに着せても違和感がなさそうだった。赤いドレス風のワンピースをイメージした服で、胸元や袖口のフリルは可愛らしくもあり、ちょっと上品な感じもある。私は昨夜の金でその服を買う。どうしてもイノリの服をソウに着せてみたくて、ようやく似合いそうな服が発売されたので、買わずにはいられないと思っていたのだった。
 服は二万円もした。私は買ったイノリの服を早速ソウに着せる。チャオの服は、羽のあるチャオに着せやすいように、背中側にマジックテープが付いている。まず袖に腕を通させて、それから背中のマジックテープを留めるのだ。イノリの服は、このマジックテープの部分が目立たないように、その上に装飾を施したり布を被せたりしていて、そこも素敵だ。
 ダークチャオに赤い服は似合う。しかし服を着せたソウを抱き上げて眺めてみると、やはりヒーローチャオに着せた方が似合いそうに見えてしまう。
「ごめん、ヒーローチャオに育ててやれなくて」
 口元にソウを近付けて、そう囁く。
 今の生活のことを考えれば、育てるチャオがダークチャオに進化するのは当然のことのように思えるけれど、家出をする前から私の育てるチャオはダークチャオに育っていた。だから私は飼い主が悪人だとダークチャオに育つという俗説を信じていない。チャオはもうちょっと違う何かを見て、ヒーローチャオになるかダークチャオになるか、それともただのニュートラルチャオに育つか判断していると思う。そうであってほしいと思っている。
 欲しかった物を買うと、欲が満たされたせいか気分が安らいでしまって、眠くなる。コインランドリーで服を洗って、昨夜泊まったホテルに向かう。平日の昼間のチャオガーデンにはちょっとだけ人がいる。賑わうのは休日と、夕方頃だ。
 幼稚園生くらいの子供が騒ぐ他に、人の声は聞こえてこない。小さな声で会話しているのが遠くから聞こえても、何を言っているのかわからない。広いガーデンの中で、よそよそしすぎるまで私たちは離れた所に陣取って、交わらない。昼間のチャオガーデンは、自分の部屋のように私的な場所として使うことができる。それこそ服を脱いで寝転がっていたって、誰も何も言ってこないだろう。脱ぎはしないが、私はチャオガーデンでよく昼寝をする。ソウと遊んでやって、ソウが疲れて眠そうにしたらリュックサックを枕にして一緒に眠る。
 初めて服を着たソウは動きにくそうにしていた。服のせいで走りにくいようだった。羽は着る前と変わらずに動かせるらしくて、ソウは私の体によじ登って飛ぶと、私の頭や肩に掴まって一息ついてはまた飛ぶということをしていた。
 服を着たチャオが飛ぶ様が可憐なのは今更言うまでもないことなのだけれど、私には羽があるから、飛んでいるソウから目が離せない。私の背中の羽では飛ぶことができない。そもそも縫い付けられたものだから、自分の意思で動かすことさえできないのだ。
 飛ぶことができたら私はお前よりずっと綺麗なんだよ、と私は羽をぱたぱたと動かして飛んでいるソウを見つめ、声に出さずに呟く。
 飛び回ったソウと一緒に寝て、起きると十五時だった。これから徐々に人が増えてくるという頃だ。私は昼食を食べていなかったなあと思って、お腹が減っているわけではなかったけれど、近くのコンビニに行くことにした。
 おにぎりを二つと野菜ジュースをレジに持っていく。隣のレジでお金を払っている男を見ると、大きめのショルダーバッグを肩からかけていて、そのバッグからヒーローチャオが顔を出していた。男はペットボトルのお茶を買っていた。男は結構若い。二十代だと思う。コンビニから出てホテルに戻る道を、その男も歩く。私は男の後ろを付いていく形になって、まるでストーカーをしているみたいだった。ヒーローチャオが私とソウを見ていた。そして男はホテルのエレベーターに乗った。私もそのエレベーターに乗る。
 男の行き先はやはり地下のガーデンだった。エレベーターのドアを閉めると、男は私の方を見た。そしてエレベーターがガーデンに下りている間、私とソウを見ていた。私も彼を見た。彼は綺麗な人だった。害のなさそうな目と輪郭をしている。尖っていないのだ。その顔に見られていても嫌な感じが全然しないくらいで、悪く言えば何も考えないで生きていそうだと思ってしまうような柔らかい印象の顔立ちだった。ガーデンに着いてドアが開いたところで私が、
「さっきコンビニにいましたよね。私、隣のレジで買ったんですけど」とコンビニのビニール袋を持ち上げて言った。そして男と並んでエレベーターから降りる。
「ここに来るのも一緒なんて、なんか凄い偶然ですね」
「そうですね、凄い偶然」
 男はソウを気にしているようだった。ダークチャオだから警戒されているのだろうか。こちらには離れる気がないので、付いていく。男はショルダーバッグのヒーローノーマルチャオを抱き上げた。チャオは服を着ていた。白いレースの飾りが付いている黒のワンピースで、それは私の見たことのある服だった。イノリの服だ。
「それ、イノリの服ですよね」と私は言った。
「君のもそうだよね」
 気付いていた、と言わんばかりに男は言う。本当に凄い偶然じゃないか、と私は思ったのだが、直後に、
「それ、僕のデザインしたやつ」と言われて、凄い偶然どころじゃないと思い直さなくてはならなくなる。
「え、え、本当ですか、それ」
「うん。本当」
 凄い偶然、とまた言いそうになった。それ以上の表現が私には思い浮かばなかったのだ。超凄い偶然とか、そういうのしか浮かんでこない。私は馬鹿だ、と思いながら驚きのあまり目を丸くしていた。
「絶句してるね」とイノリのデザイナーの彼は笑った。
「はい。してます。驚くと言葉が出てこないんですね」
 正確には、今の気持ちに見合う言葉が浮かんでこない、という状況だった。彼は、驚きすぎだよ、と笑う。とても暖かい目で微笑まれたので、私は驚きのあまり頭が真っ白になっていたことにした。
「だって私、イノリの服好きなんです。でもこの子ダークチャオだからあまり似合わなくて、今まで買えなかったんです。でもこれなら似合わないこともないなあって思ったんで、今日買ってみたんです」
「確かにしっくりくるね」
 似合うとは言わない。やっぱりヒーローチャオに着てもらうつもりでデザインしたのだろう。私も、この服は彼の飼っているヒーローノーマルチャオに着せた方が似合うだろうと思った。なんといってもヒーローチャオにはフリルが似合う。
「ヒーローチャオ、好きなんですか?」と聞いてみる。
「うん。大好きだよ。君は?」
「私も好きですよ。可愛くて」
「そうじゃなくて、君はダークチャオ、好きなの?」
 私は首を横に振った。
「私が育てると、ダークチャオになるんです。無理にヒーローチャオとかにするのって変な気がして、そのまま育てました」
 好きなチャオはと聞かれたら、絶対にダークチャオを挙げはしない。ヒーローチャオとか、ナイツチャオとか、ソニックチャオと言うだろう。特に、頭の上に浮かんでいる球体に棘が生えるのが好きじゃない。ソウを可愛がっているのは、単に私がチャオを好いていて、ソウは私のペットだからであって、ダークチャオだから嫌うということではない。私がダークチャオに進化しそうだったソウにヒーローの実を食べさせなかったのは、自分のそういう気持ちを自覚していて、それを嘘にしたくなかったからなのだ。それに加えて、ダークチャオだと後ろ指を指されても怖くないぞと意地を張りたかったからという理由もある。
 彼はそういう私の気持ちを察してくれたのか、無理にヒーローチャオにするのは変だと言ったことに対して、
「純粋な考え方でいいね、それ」と言ってくれた。
「僕も似たようなことを考えていたよ。どうしてもヒーローチャオに進化させたかったけれどヒーローの実は使いたくなかった。なんか、ずるしてるみたいで嫌だったんだ。段々白くなっていることに気付いた時は嬉しかったな」
 羨ましい。いい人だったからヒーローチャオになりました、めでたしめでたし。そんな感じがあるのがとても羨ましかった。私は自分のことを悪人だと思っていなかったから、余計に。
 私が何も言わなかったせいだろう、
「ごめん」と彼は言った。
 この人は、チャオがヒーローチャオに育つ人が相手だったら、ずっと楽しそうに喋るのだろうなと私は思った。私がダークチャオを抱いていることに対する遠慮が鬱陶しいけれど、遠慮をするな、なんて不躾なことは言いたくない。だから、なんとしてもこの人と仲良くなるぞ、と思った。既に惚れてしまっていて、彼と親しくなることで私の中に何か大きな変化が起きるんじゃないかという予感があった。
 自分の心の内にあるものを喋ってしまったので言いにくかったのだが、
「あの、今夜泊めてくれませんか?」と私は言った。こういう話は、出会ったばかりで互いに相手のことを全然知らない時にした方が気楽なものだ。相手もそういう話だとすぐに理解してくれるから。
「泊めるって、君、家は?」と彼は返してくる。
「帰ってません。三ヶ月くらい。家出中なんです。だからこうやって泊めてくれる人を探してるんです」
「それって、よくないこと、だよね?」
 確認するように彼は言う。それがおかしくて私は思い切り笑った。
「確認するまでもなく、悪いことです」と笑いが落ち着いた時に言って、私はまたげらげら笑う。そんなに笑うなよ、と彼は言う。そう言われても、止まらない。私の笑いが止まるまで、彼は難しそうな顔をしていた。
「帰りなさいと言われて帰るくらいだったら、三ヶ月も家出してないよね」
 どういうことを言おうか、私が笑っている間に考えていたらしく、私が落ち着くなりそんなことを言う。
「そうです。帰りたくないんです」と私は力強く言った。
「もし駄目と言われたら、別の人を探します」
「そうだよね。そういうことになるよね」
 彼は、そうか、と呟く。この人は、私を泊めることを考えている。恐ろしい人間と出会って酷い目に遭う可哀想な私を想像しているのだろう。私はもう幸せを手に入れた気になっていて、一体何日ぐらい泊まれるだろうと考えてうきうきしていた。
「わかった。うちに来ていいよ」と彼は言った。
「やった。ありがとうございます」
 深く頭を下げて礼を言う。こういう優しさを持つ彼には今後たくさん甘えるだろう、と私は思った。しかし凄く甘い人だろうと思っていたら、
「あのさ、君はもしかして家で虐待か何か受けていたんじゃないのかな」と彼は言った。彼は確信していた。よくないことだよね、と聞いてきた時の頼りない感じがない。浮かれた気持ちが押さえ付けられた。
「そうですけど、どうしてそう思ったんですか」
「帰りたくないって言った時、嫌な過去を見ている目をしていたから、そうなのかなって」
「そんな目、してましたか」
「うん。怖い目だった。悲しい寄りの」
 そのように言われても、自覚はなかった。家のことをちょっと考えたような気はする。それだけで無意識のうちにそういう顔になってしまうのだろうか。
「話せと言われても困るのかもしれないけど、僕は知りたいと思っているっていうのは伝えておくよ」
 親と子が真剣に話し合ったらこんな風になるのだろうか。道徳的な話の気配を感じた私はむず痒くてたまらなくなった。強ばっていて異様に真面目な空気に付き合えない。
「これはよくないことだから、いつか正されなきゃいけないんですね」とちょっとふざけて言った。
「そういうことだね」
 彼の返答は柔らかくて、私はほっとする。
 彼は、ちょっと手伝ってよ、と言ってショルダーバッグの中の荷物を出し始める。チャオの服が数着、それとデジタルカメラとスケッチブック。
「そういえば名前まだだったね。僕は七井夏也」
「鳥井桐子です。その服って、全部夏也さんが作ったやつですか」
「そう。新作もあるよ。これ」
 夏也は新作の服を私に見せた。英語の文章のプリントされたTシャツと黒いカーディガンをくっ付けて、一着の服にしてある。一目で、格好付けている可愛いチャオにするための服だとわかった。Tシャツの文字がやけに格好付けているように見えるし、カーディガンの丈はちょっと長めにしてあった。さらに夏也は、これがアクセサリー、と言ってサングラスを見せた。紐が左右のつるの端に結んであって、首から下げることができるようになっている。
「サングラスも作ったんですか」と私は聞いた。
「これは子供用のやつを買ったんだよ。できればチャオ用にデザインしたいけどね。どうだろう、これ」
「似合うと思います。チャオが凄く可愛くなりそう」
 勿論似合うのはヒーローチャオだ。他のチャオよりも格好よさが少しばかりあるダークチャオに着せたらつまらなそうだ。
「うん、そういうイメージで作ったんだ。ナナコに着せてみたんだけど、結構よかった」と言って夏也はデジタルカメラの画面を私に見せた。ナナコというのは今彼の連れているヒーローチャオのことだった。服を着たナナコは案の定可愛い。
「でもチャオって色んな姿をしているから、他のチャオでも合うか試さないといけないんだよ。どういうチャオに似合うか書かないといけないし」
「タグのやつですね、ヒーローチャオ向けとか」
「そう。だからこうやってガーデンに来て、色んなチャオを探してるんだ」
 夏也は、私のチャオにこの服を着せてみてほしい、と言った。絶対似合わないです、と断るのだが、念のため、と食い下がられる。渋々承諾してソウに背中を向けさせる。着替えさせたソウを見せると、
「なるほど」と夏也は言った。
「似合わないでしょう?」
「そうだね。ありがとう。今まで、似合わないかもしれないチャオには着せられなかったから助かったよ。他人のチャオだと、素直に似合わないとは言えないでしょ」
「私もほぼ他人ですよ」と私は笑う。既に親しく思われているみたいで嬉しい。
「君が望むなら、しばらくうちにいてくれていい。その代わり、その子には似合わない服も着てもらうけど」
 それが対価ということらしい。まさか私ではなくソウが買われるとは思っていなかった。
「もしかしてソウが目当てで?」
「そんなわけないよ。でも泊まる代わりに僕の仕事を手伝うっていうのが健全なやり方なのではないかな」
「それは、そうです」
「君にも雑用を頼むかもしれないから、よろしく」と夏也は楽しそうに微笑んだ。
「はあ」
 爽やかだ。ヒーローチャオに似ていた。
 夏也は服をショルダーバッグに詰めて、ヒーローチャオを連れている人に駆け寄っては声をかける。その様子を遠くからソウと見る。ナナコを預かろうと思ったのだが、ヒーローチャオと一緒にいた方が話を聞いてもらいやすいと言って夏也は連れていってしまった。ナナコがヒーローチャオに育ってよかった、と私は思った。夏也が、ヒーローチャオに似ているのにチャオをヒーローチャオにできない運命にあったら、それは凄く気の毒なことだ。幸いにもチャオの進化は彼から何も奪わなかった。

 十七時にチャオガーデンを出て、私たちはファミレスに行った。おごるよ、と夏也が言ったので、私はコンビニで買ったおにぎりを食べないで腹を十分に空かせていた。ドリアとサラダとスープを頼む。一応遠慮して、どれも安いやつを頼んだ。夏也はハンバーグとライスを注文した。
 夏也は二十階建てのマンションの二階に住んでいた。一人暮らしの住まいにしては広いんじゃないかと私は部屋の中を見て思った。私が居候しても全く問題にならないくらいには広い。
 リビングのテーブルにはミシンが出しっ放しにされていて、部屋の一角にはチャオの服が十着くらい掛けてある。チャオの服は可愛い系のものばかりだから、ぱっと見ると女の子の部屋を過激にしたもののように見える。
「なんかお恥ずかしい」と夏也は言う。チャオの服をデザインする人としては真っ当な部屋なのだが、人の部屋としては変わっていることを理解していて、本当に恥ずかしそうにしている。
「凄い有様ですね」と私は言った。
「自分の服は飾っておきたいし、気に入っている服は服を作る時参考にするからいつでも見られるように飾るし、ナナコに着せる服もそこに掛けてるしで、ああいう風になってしまったんだ」
「へえ」
 私は掛けられているチャオの服をじっくり見る。イノリの服ではない服が多くて、店で見たことのない服もある。
「イノリのだけじゃないんですね。見たことないのがたくさんあります」
「個人で作って、ネットで売ってる人の服もあるからね」
「そういうのもあるんですか」
「これとかそうだね」
 そう言って夏也が取った服は、ダッフルコートだった。人の着るダッフルコートの留め具がそのまま使われていて、服のサイズに対して留め具がやけに大きいところは、イノリの服に似ている。似ていることを夏也に言うと、
「僕はこの服の影響を受けたんだよ。こうやって人の服のパーツをそのまま持ってきてもいいんだって、気付かされて。それ以来これの真似ばかりだ」と彼は言った。
「でもこの服はソウでも似合いますよ。イノリの服ってヒーローチャオのための服じゃないですか。ヒーローチャオをよりヒーローチャオらしくすると言うか。そこが違うと思います」
「ありがとう。そう、僕の夢はヒーローチャオに最高に合う服を作ることなんだよ。君とソウちゃんには申し訳ないけど」
「気にしてないです」
 そう言っておくけれど、もしソウが転生したら、あるいは別のチャオを飼うことになったら、ヒーローの実を食べさせてヒーローチャオに進化させようかなと私は思った。ダークチャオに似合うイノリの服が作られることはない。あってもそれは、彼が未熟だからそうなってしまった失敗作なのだろう。
 私は、私の好きな服を自分のチャオに着せたいという気持ちが強くなっているのを感じた。それはたぶん今日突然強くなったものではなくて、イノリの服を好きになってから徐々に育ってきたものだ。数時間前に純粋な考え方だと褒められたばかりだけど、私はヒーローの実を使ってでも好きな服を着せたいという欲求に負けた。もし今ここでソウが転生したら、私はヒーローの実を買いに行き、ソウに食べさせる。きっとそうするのだろう、と想像すると、夏也に聞きたいことが頭の中にぽんと出てきたので、聞いた。
「私を抱く気はないんですか?」
 どうしてその質問が出てきたのかよくわからないのだが、たぶん何かが繋がっているのだろう。繋がっている、という結論は私の中に存在していた。
 夏也は困った顔をしていた。私をそういうことから遠ざけるために泊めるという話だったのだから、そんな顔にはなるだろう。だけど私は、寝る場所を得るために抱かれようとして言ったのではない。これは恋だ。
「今日のところは、そういう気はないよ」と夏也は言った。
「じゃあ明日ならいいんですね」
「いや、そういう話では」
「それじゃあ明日、私の方から抱きに行きます」
 宣言したら急に夏也の顔を見られなくなって、シャワー借ります、と言って離れた。落ち着くまでシャワーを浴びようと思ったのだけど、タオルがどこにあるかわからなくて、仕方なくリビングに戻って夏也に聞く。上手くいかないものだな、と呆れた。夏也は寝室に私を招いて、ベッドの下にあるプラスチックのケースに入れてあるタオルを出して渡した。
「ありがとう」と私は言った。シャワーを浴びるまでもなく、呆れているうちに落ち着いてしまって、普通に夏也の顔を見ることができた。見られる、と思うと私はしばらくぼうっと彼を見つめてしまっていた。私は浮かれて、風呂場に入ると万歳をしながらシャワーを浴びた。
引用なし
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第二話 電子ピアノ
 スマッシュ  - 14/12/31(水) 23:08 -
  
 夏也はベッドで寝て、私は寝室に布団を敷いて寝た。ナナコとソウも寝室で眠っている。
 夏也はベッドで寝ていいと言ったが、私は遠慮した。布団を貸してもらえるのだから、十分贅沢だと思った。シングルルームに泊まる人と寝る時は遠慮などせず、いいと言われればベッドで寝ていた。といっても、布団がなくても今回は夏也に厚かましいと思われたくなくて遠慮していたかもしれない。
 習慣で、五時に目を覚ます。外はもう明るくなっていた。カーテンを少し開けて、部屋の中に光を入れる。そして私はベッドで眠っている夏也の寝顔を確認した。こうやって寝顔を見るのは、自分が相手より早く起きたことを確認するための行為だ。冷静に考えれば、それを確認したからといって、私の羽が見られてないとわかるわけではないのだが、それでも私は欠かさずに男の寝顔を見る。
 夏也は気持ちのよさそうな顔をして眠っている。まるで朝の日差しを浴びているからそういう顔をしているような、晴れやかな寝顔だった。一晩中こういう顔をして眠っているのだと思うと笑えるくらいだ。
 しばらく寝顔を見た後、背中の羽のことをいつどう告げるかが問題だ、ということに私は気が付いた。抱くと言ってしまったからには、その時までに言うのか、それとも当分の間は隠しておくのか、決めておかなくてはならない。私は本当に夏也と性交をするつもりでいて、それを嘘だったということにする気は全くなかった。だから言うか言わないか決めないといけない。
 私は目をつぶって、五分くらいじっくり考えた末、服を脱いで上半身裸になった。言おう、と思ったのだ。いつ夏也が起きてきてもいいように、私はチャオになるためベッドに背中を向けて体育座りをする。
 羽のことを話した上で、羽のことなど忘れてしまったかのような軽さで私のことを好きになってほしい、というのが私の気持ちだった。だからどうやってこれが重い話にならずに済むか、ということを夏也が起きてくるまで私は考えに考えた。
「おはよう」と夏也から声がかかった。起きた直後に言ったような、はっきりしない発声だった。すっかり目の覚めている私の言うおはようは、しんとする響きがあった。そして実際に夏也は黙った。たぶん私の羽を見ているのだろう。私は夏也の方に顔を向けず、
「見てます? 私の羽」と言った。
「ああ、見てる」
「実は私、チャオだったんです」
 そう言ってみるものの、私は完璧にチャオに変身できるわけじゃない。結局のところ、チャオの羽が縫い付けられているだけの人間なのだ。体育座りをしてみても、まだチャオより大きい。
「そうだったのか」とだいぶ間を置いて夏也は言った。
「嘘です」と私は即座に返した。
「だよね」
「でもこの羽は本物。本物のチャオの羽です。お父さんとお母さんがチャオから取って、私に縫い付けたんです」
 そんなことが現実に起きたなんて、そう簡単には信じられないだろう。少なくとも困っているというのが、夏也が無言でいることから伝わってくる。だから私は羽を取られてしまったチャオがすぐ死んでしまったことや整形のことなどを話した。一通り話し終えると、相槌も打たずに黙って聞いていた夏也が、
「そうだったのか」と言った。息が詰まった感じのある、理解の声色だった。なんでもないことのように話すつもりだったのに、喋るうちにどんどん暗い話になってしまっていた。
「私、この羽をあまり人に見せないようにしてたんです。可哀想な子って思われたくなかったから。だから、私のことを可哀想な子と思わないでください。私、この羽結構気に入ってるんです。だって、これ、似合ってるでしょう?」
 重い空気を取り払うために、そう言って私は微笑む。私は変わらず夏也の方を向かずにいたから夏也には見えないのだけれど、凄くいい微笑だったという手応えがあった。
「確かに似合ってるよ」と夏也は笑った。褒められたのが結構嬉しくて、私も笑う。
「だから私は可哀想じゃないんです」
「わかったよ。君は可哀想じゃない」
「じゃあ服着ますね。それとも、もうちょっと見ますか?」
 夏也は少し悩んで、見る、と言った。彼がもういいよと言うまでの間、私は羽ではなく裸の背中を見られているつもりでいた。夏の朝の空気は、昨晩の冷房の涼しさが消えているのに、ひんやりと気持ちがよかった。このまま涼しさに肌を浸していたいと思いながら、深呼吸をした。やがてナナコが目を覚まして、私は服を着ることになった。
 私はキッチンの端に立って、夏也が料理をするところを見ていた。朝食は適当でいいかな、と夏也が言うので、うん、と答えたら夏也はキッチンで朝食を作り始めたのだった。ちゃんと料理するんだなあ、と感心して見ているのだった。私は料理なんて、家庭科の授業の調理実習でやったきりだ。家では母が作っていたし、家出してからはほとんどホテルに泊まっていた。たまに男の家に泊まることがあっても、コンビニの弁当やカップ麺で済まされていた。
「料理するの、いいですね」と私は言った。
「今時、男でも料理するものだよ」
「そうじゃなくて、凄く有意義なことって気がします」
 食べるだけなら買ってきた弁当やカップ麺でよくて、それなのに料理という行為をその前に入れるというのは、美しい無駄のように感じられた。とても楽しい遊びを見ている気分だった。母の料理するところを見ていてもそんな風には思わなかった。家出して過ごした三ヶ月という時間が、見慣れたものを斬新なものに変えたらしい。出来上がった朝食のスクランブルエッグやスープを食べる時には、特別な気分はなかった。居候の身でありながら、好きな人と一緒に生活しているというつもりになって、無性にうきうきしたくらいだった。
 夏也はスーツを着て、仕事に行ってくると言った。昨日ガーデンでヒーローチャオに着せて回っていたあの服をチャオの店の服飾の担当の人に見せる、というようなことを言っていた。とにかく今日服を見せる人からオーケーをもらえれば、服を作る工場へその足で行って打ち合わせをして、それで彼の仕事は一段落つくということらしい。
 夏也は私に合い鍵を渡すのを忘れていて、おかげで私はこの部屋にソウと閉じ込められてしまっていた。鍵をかけずに外に出てうろつくわけにはいかない。
 私は泊まる場所を探さなくてもよくなったことでのびのびと遊ぶことができると思って、買い物をするつもりでいた。服が欲しかった。リュックに入る分しか荷物を持てなかったから、まず物欲が出てきたのだった。
 夏也に連れられてナナコもいない。私はソウを抱いて、部屋の中を探索してみた。キッチンで調理用具の場所を確かめたり、洗面所の棚に洗剤が置いてあるのを見つけたりして、ここを自分の住まいとして生活する姿を思い描く。
 タオルはどこにあったっけ、と考えて昨日寝室で受け取ったことを思い出し、寝室に行く。寝室には机と本棚がある。ナナコの遊び道具であるらしい小さい電子ピアノが置いてあったのでソウにそれを触らせ、私は机の引き出しを開ける。日記とかアダルトビデオとかが入っていないかという期待で覗いたのだが日記の方は見つからなかった。なので私は本棚にあった小説を読んで時間を潰した。
 昼には冷蔵庫の冷凍室にあったピザを食べ、夏也が帰ってくるまでに二冊の小説を読み終えていた。どちらも、どこかでタイトルを聞いたことがあるというような有名なベストセラーの作品だった。現代文の授業でもなければ小説を読まなかった私は、面白いものもあるんだなあと感動して、三冊目を読み始めていた。帰ってきた夏也は寝室にいる私を見つけると、
「服、オーケーだったよ」と報告した。
「よかったですね」と言う私の方が、声が弾んでいる。夏也は慣れているらしく、そんなに喜んでいる様子はなく、私の方は楽しい小説を読んで、いい気分になっていた。
「昼ご飯は食べた?」
「冷凍のピザを勝手にいただいちゃいました」
「よかった。いつ帰るとか言ってなかったからね」
 夏也は笑顔を見せた。おいしかったです、と私も笑顔で言った。
「それで服っていつ発売されるんですか」と聞いた。
「一か月後くらいかな。商品として完成したのが店に届くまでに、大体それくらいかかっちゃうみたいだよ」
「そうなんですね」
 遠いな、と思った。一か月後に私はまだここにいるだろうかと考えると、そうはなっていないような気がする。彼は私を一時的に避難させてくれているのであって、一か月もいたらそれは一時的とは言えなくなってしまう。それは彼も歓迎しないことのはずだ。
「発売されたら、店に見に行きます?」
「最初はそうしたね。買う人がいるか気になっちゃって。最近は全く。次の服を作るのに集中しちゃうなあ」
「今度は行きませんか。私、買う人が来るの見てみたいです」
 私は彼の作った服が実際に売れるところを見たい。あるいは、売れるだろうかと店の中で服をちらちら見て緊張していたい、ということを思った。それにこういうことを言っておけば、一か月後の私たちがどうなっていたとしてもドラマのように再会できるのだろうと安心することができた。
「いいよ。行こうか」と夏也は言った。私たちは本当にドラマのように生きることができる、とこの時私は確信した。それは何もかもが上手くいくというイメージだった。それこそ両親のいる家に戻ってももう平気だと思えるくらいで、夏也と一緒にいられる時間を使い果たしたら戻ろうと私は決心した。
 その夜、私は布団をソウとナナコに明け渡して、昼間に小説を読んでいた時のようにベッドに腰掛けて、二匹のチャオが眠るのを待っていた。夏也は、私が宣言通りにセックスをするつもりであると思い知ったようで、くっ付かないながらもすぐ傍にいた。
 昨日二匹は十一時にはもう眠っていた。その時間を過ぎているのに、ソウもナナコも眠っていなかった。私と夏也のことが気になっているらしく、二匹は私の足元に来る。
「心配しなくても大丈夫だよ」
 私はそう言って、二匹を交互に撫でてやる。喜んだ二匹は遊んでくれとせがんできた。私はナナコのお腹を足先で軽く押した。ナナコはけらけらと笑って、私の足の親指を触る。ひんやりしていて、くすぐったくて、気持ちがいい。ソウが羨ましそうにするので、左の足をソウに差し出す。
 チャオと戯れたくなった夏也が私の横に来て、ソウを撫でる。
「ダークチャオがにこにこしてると変な感じだなあ」と、頭上のとげとげをハートに変えているソウを見つめて夏也は言った。
「そうですか?」
「だってダークチャオってちょっと怖い感じでしょ。それがこうやって普通のチャオみたいににこにこ笑ってるのって、なんかイメージと違うよ」
 私はコドモチャオの時のソウを知っていて、ソウはコドモの時と同じ表情をしているから、全く気にならなかった。そう話したら夏也は納得してくれた。
「君の感覚とは違うんだろうけど、コドモの時と同じって思えば、それは確かに可愛いね」
「そう、ダークチャオも可愛いんですよ」
「そうか。お前も可愛かったんだなあ」
 しみじみと言って、ソウの頭を撫でる。ソウはもう夏也のことが好きになったらしく、夏也に向かって短い腕を広げる。
「抱っこしてほしいみたいです」
 そう教えると夏也はソウを抱き上げた。ソウは、わあ、という声を出して喜んだ。その声が夏也さんには、やはりダークチャオらしくない声だったのだろう。夏也さんは笑いを堪えるように下を向いた。そして耐えきると、
「本当に可愛いな」と言ってソウを抱き締めてやった。私は、君も可愛いよ、と思いながら同じようにナナコを抱き締めた。ナナコはソウほどあからさまに喜ばない。だけどナナコは私の体をぽんぽんと優しく叩いて、それが親に慰められているみたいで癒された。私はナナコに懐いて、しばらくナナコを抱き締めたままでいた。
 ソウが欠伸をしたので夏也はソウを布団の上に寝かせた。すぐにソウは寝入った。
「ナナコちゃんも寝よう」と私は囁き、ナナコをソウの隣で寝かせた。ナナコは従順で、そのまま目を瞑り、しばらくすると寝息が聞こえてきた。
「よかった、寝てくれて」
 私は時計を見て、言った。まだ十二時を回っていなかった。ずっとチャオに構っている羽目になって、睡魔に負けてしまうようなことがあるのではないかと少し不安になっていたのだった。
 私たちは五分くらい二匹のチャオを見ていた。本当に眠ったか、疑っていたのだ。今日のセックスはチャオに見られたくない、と私は思っていた。夏也も、見られたくないのだろう。
 もうそろそろいいかな、と思った私は服を脱いだ。下着姿になった私は、夏也も下着だけにしようと、彼の服に手をかける。
 夏也は脱がせやすいように腕を上げるなどしてくれたが、キスをしたのもこちらからだった。唇が解放されると夏也は、
「ナナコはダークチャオになるかな」と言った。優しい声で、責められているわけではなさそうだった。私は笑った。
「チャオは神様じゃないですよ」
 布団の方を見ても、二匹はそこで眠っている。少なくとも目を瞑って寝ている振りはしていて、私たちを見てはいない。
「あなたはいい人っぽい感じがするから、その感じが変わりさえしなければたとえ何をやっても、チャオはそのいい人っぽい感じに騙されてヒーローチャオになりますよ。そのいい人っぽい感じっていうのは、単なる雰囲気じゃなくて、その人の後ろにある運命みたいなものなんです。だからそう簡単には変わりません」
 私は自分の胸を彼に押し付けるように抱き付いて、そう言った。運命を感じて進化するというのは、喋っている最中に浮かんだ全くのでたらめだったが、自分の口から出ただけのことはあって、私はその説が本当のことであるように感じられた。
「とにかくヒーローになるかダークになるかは、私たちの善悪とは関係ないんです」
「そうなのかな。僕は自分がいい子にしているからヒーローチャオになってくれたと思ってたんだけど」
「私だって、今も自分はいい子だと思ってます」
 そう言ったら夏也は笑った。
「君はいい子じゃないよ」と断言される。
「だってこんなことになってるじゃないか」
「いい子でもこんなことになるんです」
 むきになって私はそう言う。そうかな、と夏也は言った。
 朝に羽を見せていたおかげで私はそれを隠そうと緊張しなくてよくて、快楽を味わうことに集中できた。そして私は、彼の細いあまり割れているように見える腹筋や、喉や滑らかで無害な顔をいつでも思い描くことができるように覚えてみた。もしかしたらその腹筋の形でチャオは判断しているのかもしれなかったから。

 私が起きたのは相も変わらず五時だった。いつもは羽を隠すために重ね着をしているのだが今日は上に着ているのは半袖のTシャツのみで、早朝の涼しさが腕に浸透してきた。
 全然寝足りないように感じていたので横になろうとしたら、
「おはよう」と夏也が言った。彼は体を起こしてベッドの上に座り、こちらを見ていた。
「まだ五時ですよ」
「なんか目が覚めたんだよ」
 そう言って欠伸をするのを私は見上げる。私は行為の後、布団で寝たのだった。私の両脇にいる二匹のチャオはまだ眠っている。
「眠くないですか?」
「眠いね。もうちょっと寝ようかな」
 そう言うと夏也は横になった。私は、昨日あれだけ夜更かしをしたのだから二匹が起きるのは遅くなるだろう、ということを考えていた。そして私はベッドに入る。
「どうした?」
 夏也はベッドの端に寄りながら言った。シングルベッドだから二人がなんとか収まるくらいの幅しかない。窮屈に感じないで済むようにしようという考えもあって、私は夏也に覆い被さった。
 欲情はしていなかった。しかし夏也を求める気持ちは強烈に抱いていて、要するに私は彼と引っ付いていたかった。服を着たままであったが、私はチャオに変身したつもりになって、
「抱き締めて、頭を撫でて。チャオにするみたいに」と言った。
 夏也は私の指示した通りに、性的なニュアンスのない優しい手つきで私を柔らかく抱き締めて、撫でてくれた。私は彼の手と、背中の羽のちょっとひんやりとしている感触にだけ集中する。
 彼は、私が心地よくて出した吐息がチャオの喜ぶ時の声に似ている、と言った。今の私はチャオだもの、と返すと彼は、
「チャオは喋っちゃ駄目だよ」と言った。
 彼は本当にチャオを可愛がるみたいに、撫でたり抱き締めたり顔を軽く摘んだりしてきた。私はチャオの声に似ているという吐息を聞かせ続けたが、ずっと黙っていたために眠ってしまった。
 浅い眠りから覚めると、夏也の寝顔が間近にあった。私たちは身を寄せ合うようにして向かい合い眠っていたようだった。
 ソウとナナコはもう起きていた。二匹ででたらめなダンスを踊って遊んでいた。私が起きたことに気が付くと、二匹は笑顔で挙手をした。私は微笑む。
 時計を見ると、九時になっていた。夏也の仕事のことはよくわからない。何か用事があったりするんじゃないかと心配になって、彼を起こした。
「もう九時ですよ。お仕事とか、大丈夫ですか?」と聞く。
「大丈夫だよ」
 新しい服をデザインするつもりでいるけれど、それは家でやる仕事だから時間は決まっていないのだ、ということを彼は言った。
 今日は一日うちにいると夏也は言ったので、私は買い物に出かけることにした。
 私は、キャミソールとか薄手のカーディガンとかを買った。今まで羽が露出しないように買いたくても避けてきた服があって、それに似ている服を探したのだった。そういう服を、夏也の部屋で着ようと思った。
 思い付いたことがあって、私は大きめのキャリーケースを購入した。そして本屋に行く。目当ての本は、昨日読んだ二冊の小説のうちの一冊で、先に読んだ方だ。それを思い出の品として買う。
 キャリーケースを引きずって帰ってきた私を見て、
「どうしたの、それ」と夏也は言った。彼は新しい服のアイデアを紙に描いていた。私は自分の思い付いたことを話さずに、
「秘密です」と言った。
「秘密か。わかった」と言って夏也は描く作業に戻る。
 本当は秘密にするほどのこともでない。単純に、この部屋を出て家に帰る時のために買ったのだった。今日買った服や、これから買う物を入れるのだ。夏也と生活しているうちに彼から物をもらうこともあるかもしれない。そういった物を全て手放さないで済むようにと思ったのである。それと、これを引きずって家出生活をするのは大変だろうから家に帰るしかない、と自分を追い込む意味もあった。
 私は夏也の描いている絵を覗いた。そこにはまずナナコの顔が描かれていて、その下にコートが描いてある。そしてコートの上からベルトを締めている。
「このベルトの太さが難しいんだ」と夏也は言った。
「それとコートのデザインも。秋か冬の服をイメージしてるんだけど」
 そう言って夏也は、私が出かけている間に描いた絵を見せた。ベルトの太さやコートのデザインがそれぞれ微妙に違うのはわかるのだが、私には優劣がわからなかった。
「難しそうですね」と私は言った。
「そう。とても難しい。それと今回はベルトのバックルのデザインで何か遊べないかなと考えていて、そこも悩みどころなんだよ」
 夏也は、休憩しようかな、と言って持っていた鉛筆を置いた。そして寝室にいたソウとナナコを連れてくる。
「あの、私考えてたことがあったんですけど」
「ん?」
「イノリってブランド名って、もしかして好きだった人の名前だったんじゃないですか? 初恋の人とか。それか、ナナコっていうのがその人の名前」
 イノリが名前だというのは夏也に出会う前に思い付いたものだった。飼っているチャオの名前がナナコとわかった今では無理な予想だという気がしているのだが、もしかしたら当たっているかもしれないから、言ってみた。
「残念ながらどちらでもないよ」と夏也は言う。
「ですよね」
「ナナコはもしうちに女の子が生まれていたら、つまり僕に姉か妹がいたら、その子に付けられていた名前だよ。でも、イノリが好きな子の名前っていうのは近いかな」
「え、そうなんですか?」
「初恋の子が、中学生の時だったんだけど、いじめられて登校拒否してしまったんだ。その子、チャオが好きで、ヒーローチャオを飼ってた。僕もチャオが好きだったから何かしてあげられたんじゃないかなとずっと思っていたんだ。それでせめて僕の服が彼女や彼女みたいな人を喜ばすことができればいいな、と思った。そういう祈り、というわけ」
 つまりイノリはそのまま祈りだったということだ。そして、大人になってもなお彼が想っている初恋の子はどれだけ綺麗な子だったのだろう、と私は気になった。
 ナナコが夏也に頭を撫でられて、頭上の輪をハートマークに変えていた。
「祈りはたぶん届かない。祈るなんていっても、本当は何もしていないようなもの。そういう意味もあるかな。それに祈るだけなら、チャオの服を作りながらでもできるからね」
「その人は今どうしてるんですか」
「わからない。何も知らないから」
 変なの、と私は言った。未だに好きだから気にしているのかと思いきや、もう関心がないかのようにさっぱりとしている。もしかしたらさほど綺麗ではなかったのかもしれない、と私の関心も薄れていった。
 私が彼と離れ離れになるようなことがあっても、彼はやはり祈るつもりで服を作るだけなのだろうか。それはとても頼りない。しかしそれが彼の持っている無害な感じの正体に思われた。凄く近くにいれば抱き締めてくれるけれど、凄く近くじゃないと彼は何もしてくれずにチャオの服を作る。
「ねえ、電話番号とメールアドレス教えてください」と私は言った。
「いいけれど、突然だね」
「だってあなたは、ふらりとどこかに行ってしまいそうな感じがするから、心配なんです」
「行かないよ」
 私が見当はずれのことを言っているという風に彼は笑った。その通りだった。彼がどこかに行くのではない。けれど似たようなものだ。
 電話番号とメールアドレスを教えてもらって、私は彼と鎖で繋がったように思った。彼に首輪をして、その首輪から鎖が延びていて、私はその鎖を握っている。それは束縛するためのものではなくて、その鎖を強く握っていることでどうにか彼から離れないで済む、というイメージだ。強く握らないといけない。私は十一桁の番号を凝視して、記憶しておく。
 彼はナナコを抱き上げて、色々な角度からナナコを見ていた。ソウには構わない。休憩すると言ったくせに、服のことを考えているらしい。とても真剣な顔をしていた。私はソウと遊んでやる。私の真っ直ぐ伸ばした脚を平均台に見立てて、ソウはゆっくり脚の付け根に向かって歩く。上手くバランスが取れなくて、羽をぱたぱたと動かしている。
「ごめん、ナナコとも遊んでやってくれないか」
 夏也はそう言って、服のアイデアを絵にする作業に戻ってしまった。私は手招きして、ナナコをこちらに来させる。ナナコは私の脚の上を歩くソウを見ると、すぐにソウのやっている遊びを理解して、もう片方の脚の上に乗って歩き始めた。
「利口だね」と私はナナコに言った。しかしナナコも羽を動かしてバランスを取ろうとしている。落ちそうになっても、ちょっと飛んで体勢を立て直す。
「ナナコはピアノも弾けるよ」と夏也は言った。
「そうなんですか」
「寝室に電子ピアノがある。遊具なら、ボールもあるよ」
 私は股のところまで来たナナコとソウを抱いて、寝室に入った。探してみると、ベッドの下のタオルを入れているケースに隠れるように電子ピアノとボールが置いてあった。それを引っ張り出した。
 電子ピアノはチャオ用の玩具で、一つ一つの鍵盤が広めに作られてある。ナナコは弾きたいらしくて、ぴょんぴょん飛び跳ねて私におねだりをする。私は電源を入れて、ナナコの前に置いてやった。するとナナコは慣れた手つきで演奏を始めた。両手で交互に一つの音を出していく演奏であったが、きちんと曲になっていて、何か有名な曲を演奏しているのではないかと思うくらいだった。明るくて、気持ちのいい曲だった。
 凄いね、と声をかけてあげたくなったが、邪魔をしてはいけないような気がして私は黙っていた。ソウを見ると、物凄くだらしない顔をしてうっとりと聞き入っていた。
 演奏が終わると私とソウは一分くらい拍手をし続けた。ナナコは得意げな顔をして、拍手が収まるとすぐに別の曲を演奏し始めた。私は、ナナコと夏也は似ている、と思いながらその演奏を聞いた。
引用なし
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