●週刊チャオ サークル掲示板
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元編集長からの挑戦状 ホップスター 13/12/23(月) 12:00
投稿欄 ホップスター 13/12/23(月) 12:01
そんなにブロッコリーのことが嫌いなら殺せ ぺっく・ぴーす 13/12/23(月) 18:46
With Me スマッシュ 14/1/1(水) 0:08
前編 変身が未来を切り開く スマッシュ 14/1/1(水) 0:09
後編 青くて丸い星のために! スマッシュ 14/1/1(水) 0:10
ダイアリー ろっど 14/10/8(水) 17:16
チャオの日記帳 ろっど 14/10/8(水) 17:17
日記帳その2 ろっど 14/10/8(水) 17:18
ヘルメタル・クラッシュ ダーク 14/10/25(土) 17:17
一話 雨なんていつだって降っているものさ ダーク 14/12/2(火) 0:36
二話 だから僕はホップになって ダーク 14/12/2(火) 0:38
三話 これが幸せ ダーク 14/12/2(火) 21:16
ボクはチャオ(v1.1.1) チャピル 14/12/23(火) 22:56
Part 1 チャピル 14/12/23(火) 23:56
Part 2 チャピル 14/12/23(火) 23:56
チャオの羽(更新12/31) スマッシュ 14/12/23(火) 23:34
第一話 イノリ スマッシュ 14/12/23(火) 23:35
第二話 電子ピアノ スマッシュ 14/12/31(水) 23:08
感想欄 ホップスター 13/12/23(月) 12:02
ブロッコリーへの感想です ダーク 13/12/28(土) 12:43
ブロころへの感想です スマッシュ 14/1/1(水) 0:17
ろっどへ感想 ダーク 14/10/9(木) 7:34
Re(1):ろっどへ感想 ろっど 14/10/10(金) 21:28
ダークさんの「ヘルメタル・クラッシュ」に感想です ろっど 14/12/30(火) 1:46
ありがとうございます だーく 14/12/30(火) 3:09
ボクはチャオへの感想です だーく 14/12/30(火) 2:06
変身できました チャピル 14/12/30(火) 11:29
チャピルさんの「ボクはチャオ」に感想です ろっど 14/12/30(火) 2:10
ありがとうございます チャピル 14/12/30(火) 12:00
スマッシュさんの「チャオの羽」に感想です ろっど 15/1/1(木) 12:41
ありがとうございます スマッシュ 15/1/1(木) 13:36
チャオの羽への感想です だーく 15/1/2(金) 20:44
ありがとうございます スマッシュ 15/1/2(金) 22:37

元編集長からの挑戦状
 ホップスター  - 13/12/23(月) 12:00 -
  
【エルファ】「皆さんこんにちは、もしくはこんばんは。ホップスターとかいう変人のパートナーをやってます、ヒーローチャオのエルファと申します」

【エルファ】「こうしてチャオの姿で皆さんの前に現れるのは久しぶりですね。最近は専らアークスシップの片隅でトレードマークのメガネを割られまくる日々です…ったくどいつもこいつも、そもそも(以下略)」

………

【エルファ】「失礼、取り乱してしまいました。本日は、そのホップスターが事もあろうに、週チャオ作家の皆さんに対し『挑戦状』を叩きつけていたので代わりに読み上げさせて頂きます」

【エルファ】「ええ、ええ。皆さん仰りたいことはよく分かります。碌に作品も書かなくなった肩書きだけは仰々しい変人からの挑戦状なんて読むことすら馬鹿馬鹿しいですよね」

【エルファ】「…まぁ、ウチの馬鹿もさすがにその辺は理解しているようで、挑戦するかしないかは皆さんの自由だそうです」

【エルファ】「さて、具体的に何に挑戦して頂くかというと…まぁ、何のことはありません。要は「こちらの指定した条件で小説を書いてみよう」ということです。ぶっちゃけるとよくあるただの企画ツリーです」

【エルファ】「と、前置きが長くなりました。その『条件』を読み上げさせて頂きます」


◎『人間に変身できるチャオ』もしくは『チャオに変身できる人間』を主人公に据えること

◎分量は『3ページ以内』(≒90KB)



【エルファ】「…の、2つです。この2つの条件さえ守って頂ければ、あとは自由に書いて頂いて結構とのことです。短い分には分量は問わないので、3行でも大歓迎だそうです」

【エルファ】「さてと、ここから先は私が補足説明をさせて頂きます」

【エルファ】「『チャオに変身』もしくは『人間に変身』と一口に言っても、様々な状況が考えられると思います。科学の力なのか魔法の力なのか、一時的なものなのか永続的なものなのか、当事者が望んでやってるのか望まない変身なのか、回数や条件などの縛りはあるのか、などなど…とまぁ、その辺について皆さんの発想力を見てみたい、というのがホップスターの本音のようです」

【エルファ】「ちなみに私、エルファも『ファンタシースターの世界では人間に変身して活動してる』という設定があります。既にあってないようなものですけどね。週チャオ上でも過去に一度だけ人間に変身するシーンがあったりします」

【エルファ】「もちろん作風も問いません。シリアスになりがちな設定だとは思いますが、ギャグでも面白い作品が作れるんじゃないかと勝手ながら思っています」

【エルファ】「もし質問等がありましたら、ホップスターのところにお寄せ頂ければ答えてくれるそうです」

【エルファ】「それでは私はこのあたりで。私のパートナーの無茶振りに答えて頂けると幸いです」


【エルファ】「…なお、『言いだしっぺであるお前が書けよ』という意見に対しては、『努力はするけど保証はしない』という旨の返答が用意されているとのことです」
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; rv:26.0) Gecko/20100101 Firefox/26.0@58x158x46x212.ap58.ftth.ucom.ne.jp>

投稿欄
 ホップスター  - 13/12/23(月) 12:01 -
  
【エルファ】「もし挑戦して頂けるのであれば、こちらに返信をお願いします」
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; rv:26.0) Gecko/20100101 Firefox/26.0@58x158x46x212.ap58.ftth.ucom.ne.jp>

感想欄
 ホップスター  - 13/12/23(月) 12:02 -
  
【エルファ】「投稿された作品に対し感想などが御座いましたら、こちらへお願いします」
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; rv:26.0) Gecko/20100101 Firefox/26.0@58x158x46x212.ap58.ftth.ucom.ne.jp>

そんなにブロッコリーのことが嫌いなら殺せ
 ぺっく・ぴーす  - 13/12/23(月) 18:46 -
  
条件にはギリギリ適っていると思います。
-----------------------------------


そんなにブロッコリーのことが嫌いなら殺せ


ちゃおー。ちゃおちゃおー。
ねえ、ゆーたん。またぼくのだいすきなシチューに、ぼくのだいっきらいなブロッコリーが入ってるよ。ねえ、このまえいったじゃん。だいすきなシチューにだいっっきらいなブロッッコリーいれないでっっていっったじゃん。
--うーるさいわね、そんなにブロッコリーのことが嫌いなら、殺しなさい!
えっ、そこまで、しなくたっていいじゃん。きらいだから殺すなんて、おっかし〜よ!
--おかしくないわよ。好きだから殺すのよりはおかしくないわよ。
すきだから殺すののつぎに、おっかし〜よ。
--うーるさいわねー!ぐずぐず言ってないで、さっさと殺ってきなさい!
だって、ブロッコリーの殺し方なんて、わっかんないよ。
--ブロッコリーは包丁で切るものよ。そんなことも知らないなんていったい幼稚園で何を教わっているの。
ふりふりダンスとかだよお。包丁なんて、ぼく、もってない、し。
--幼稚園でもらった、算数セットのなかに入ってるでしょう。
うへえ、ほんとにあったぁ。
--きょうは、ステーションスクエア中のブロッコリーを殲滅するまで、帰ってくるんじゃありません。もちろんAランククリア以外は認めないからね。
ちぇっ、いってきまあす。
--待ちなさい、きょうは雨が降るそうだから、折り畳み傘を持って行くのよ。風邪引かないようにね。気をつけてね。
うん。ゆーたんはやさしいなあ。


うーん、こまった。
こまっちゃっちゃお〜。
ぼくブロッコリーをみるのもさわるのもいやだいやだ、なのに、
わざわざ殺しにいくのなんて、もっといやだ〜。
なんとかごまかして、ステーションスクエア中のブロッコリーを殲滅したことに、できないかなあ。
でもゆーたん、MIT出身の人間だから、ごまかすのってとってもむずかしいぞう。
どないしょ?
あっ、ちょうどいいところに、おじーさん。紙袋かぶったへんなおじーさんだ。
紙袋かぶったへんなおじーさん、こんにちは。きょうもおしりをふりふりしながら終末論を説法してまわっているんだね。
紙袋かぶっておしりをふりふりしながら終末論を説法してまわっているおじーさんにごそうだんしたいことがあるんだけれど、いいかな。
ええと、ゆーたんに、このまちのブロッコリーは全滅したものとおもいこませたいんだけれど、どないしょ?
いまつかえる装備はぁ、算数セットにはいってた包丁とぉ、折り畳み傘とぉ、さっき拾った"変身"(フランツ・カフカ)の一節が印字された赤福の空箱だよぉ。
これで、なんとかしなきゃだめなの。ばんごはんまでになんとかしなっきゃあ、ぼくかわいそう。
ね?
あっ、おしりふりふりしながらむししないでよお。そのままいこうとしないでよお。
このぼくと、世界の終末と、どっちがだいじだってのさ。
ねえどっちがだいじだってのさ。
ねえ。
きいてんのか。
このクズ。
どうしようもないクズ!!
このブロッコリー以下のクズめが!!!!!
・・・・・・うん。
ぼくだよね。そうだよね。はなしのわかるやつだ、きみは。
もっとおはなしきいて。ゆーたんはMIT出身だからごまかすのがむずかしいの。
だから、MIT出身じゃなかったら、ごまかすのかんたんだとおもうけど、
じっさいのところMIT出身であるというじじつはどうしようもないから、むずかしいの。
えっ、どうしようもあるの?さっすが紙袋かぶって(中略)へんなおじーさん。
それで、どうすればいいの?
ゆーたんをチャオにしちゃうの?なんで?
えっ、チャオになったら、MIT出身であることをわすれちゃうの?
うわあ、そりゃあ、べんりだね。
あっ、でも、ぼくのことはわすれたりしないよね?ぼくゆーたんだいすきだから、わすれられたらかなしいな。
えっ、へいきなんだ。MIT出身であることだけをわすれるんだ。ごつごうしゅぎだね。
へえ、この世のチャオは、もともとはみんなMITかジャニーズのどちらかの出身の人間が変身したものなんだ。
それは初耳だなあ。ぼくはどっちかな。どきどき。
ふむふむ、つまり、これまでのおはなしを総合すると、
人類はすべて、おとこのこはジャニーズ、おんなのこはMITで生産されるんだけれど、
なんらかの事情でそのことを忘却する必要が生じたとき、ある一定のメソッドを用いてその人間はチャオにされる。
そしてチャオとしての平和で怠惰でなんの苦悩もない天国のような暮らしに嫌気がさすようになったら、そのチャオは人間に戻される訳だけれど、
MITやジャニーズの出身であるという記憶は戻らない。
つまり人類は大まかに以下の3パターンに分類されるんだね。

A.MITあるいはジャニーズ出身の人間
B.Aであったことを忘れ、チャオになっている人間(このときに性別を失う)
C.Bであることに嫌気がさし、チャオをやめた人間(=MITあるいはジャニーズ出身ではない、と思っている人間)

ところでCの人間に、AやBであったころの、MITやジャニーズやチャオに関する部分以外の記憶は残っているの?
Cになったときに、Aのときのパーソナリティは復元されるの?
それはよくわからないって?
え〜、それってちょっと、どうかなあ。
けっきょく、ゆーたんがチャオいや〜になったとき、ぼくのことわすれちゃうんじゃない?
でも、ゆーたんをチャオにするのは、やめないどこ。
だって、ばんごはんまでおうちにかえれなかったら、ぼくやだもん。
ばんごはんは、たぶん、赤福だもん。
ぼく赤福だいだいだーいすき。
なにがすきって、ブロッコリーが介入する余地がない点かな。
そういうわけだから、ゆーたんをチャオにするある一定のメソッドとやらを、おしえてよ。
なになに、まず、"変身"(フランツ・カフカ)の一節が印字された赤福の空箱をようい。
赤福の箱は、何個入りのやつでもいいの?いいんだ。じゃあ、よういできたよ。
つぎに、箱をアスファルトのうえにおいて、雨にぬれないよう折り畳み傘で覆います。
オッケー。できたよ。つぎは?
街中のブロッコリーを殲滅します。
えーっ!? それがいやだから、やってるのに。ねえねえ、ほかになにかほうほうはないの?
え、ブロッコリーじゃなくて、ニンジンでもいいの?
オッケー。できたよ。
ニンジンの断末魔って、カカロットオオオオオ!じゃないんだね。べんきょうになったよ。
それで、つぎは?
えっ、もうおしまい?これでおわり?
これで、ゆーたん、チャオになってるの?
へえ、すっごいなあ。おうちかえってみてくるね。
前略へんなおじーさん、物理的なお礼は特にしないけれど、ありがとう。
るんたったるんたった。


たーだいまあ、あれっ、ゆーたんは?
--ここよ。
えっ、きみがゆーたん?
うわっ、ほんとうに、チャオになってる。
--へんなこといわないでよ、わたしはまえからチャオでしょう。
ふーん、そういうカンジなのかあ。
ねっ、きょうのばんごはん、赤福なんでしょう。
--よくしってるわね。
だって、そとに、"変身"(フランツ・カフカ)の一節が印字された赤福の空箱がおちていたんだもの。
"変身"(フランツ・カフカ)の一節が印字された箱に入った赤福をちゅうもんするなんて、ゆーたんぐらいでしょ。
--やだ、みあたらないとおもったら、そとにポイすてしちゃってたのね。はずかしいわ。
 そういえば、ブロッコリーの殲滅はすんだの?
ブロッコリー?ちがうよ、ゆーたんはニンジンを殲滅してこいっていったんだよ。
--あらやだ、MIT出身じゃないから、まちがえちゃったわ。
 ところで、きょうの赤福は、趣向を凝らしてブロッコリーをいれてみたの。
うへえ、ゆーたん、さいあくだよ!
いままでのぼくのどりょくはなんだったのさ。
--うーるさいわね、そんなにブロッコリーのことがきらいなら、殺しなさい!
えっ、そこまで、しなくたっていいじゃん。きらいだから殺すなんて、おっかし〜よ!
--おかしくないわよ。すきだから殺すのよりはおかしくないわよ。
すきだから殺すののつぎに、おっかし〜よ。ニンジンはすきだから殺したけど。
--うーるさいわねー!ぐずぐずいってないで、さっさと殺ってきなさい!
わかったよ。算数セットのなかにはいってた包丁で殺ってくるよ。
--なにいってるの、ブロッコリーはキャプチャするものよ。そんなこともしらないなんていったい幼稚園でなにをおそわっているの。
えっ、ゆうたんにおそわったんだよお。
--わたしがそんな頓珍漢なことおしえるわけないわ。あらかた、紙袋かぶっておしりをふりふりしながら終末論を説法してまわっているおじーさんにふきこまれたのでしょう。チャオとしての平和で怠惰でなんの苦悩もない天国のような暮らしにズブズブ浸かって転生を繰り返すとああなってしまうのよ。きをつけてね。
うん、わかったよ。ゆーたんはやさしいなあ。


それを聞いたとき、ぼくは、心の奥に生じた一抹の不安を無視出来ないでいた。
このままゆーたんと、チャオとしての平和で怠惰でなんの苦悩もない天国のような暮らしに甘んじていれば、
いずれああなってしまうのか。
しかし、人間に戻る決意をすれば、ゆーたんはぼくを忘れてしまうかもしれないし、ぼくはゆーたんを忘れてしまうかもしれない。
でも・・・ぼくは、まあなんでもいいや、とおもった。
だってきっと、チャオでも、人間でも、お互いを忘れてしまったとしても、
ゆーたんはやさしいし、
ぼくのブロッコリーぎらいは治らないのだから。


MEDETASHI☆MEDETASHI
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_7_5) AppleWebKit/537.71 (KHTML, like...@p5189-ipbfp803kyoto.kyoto.ocn.ne.jp>

ブロッコリーへの感想です
 ダーク  - 13/12/28(土) 12:43 -
  
ぺっくさんの作品は一年とちょっとぶりですね。
ぺっくさんの作品を見るたびに、この感じ久しぶりだなあ、と思います。それと何よりも、チャオラーだなあ、と思いますね。
ギャグコメディでこういったカオスなものになるのはチャオラーの特徴ですね。
最近、チャオラーの小説と言うとスマさんと自分の作品しか見ませんでしたし、割と真面目に書いていたので、いわば今までのチャオラーを感じさせる作品ってあまりなかったんですよね。
だからこういう作品があると、ああ、ここはチャオラーたちの場所なんだな、ということを改めて思います。

内容の感想ですが、カオスな割にはしっかりしてますよね。落語のように綺麗です。真面目にふざけるっていうのはこういうことなんですね。

うーん、ぶっちゃけこれしか言うことないんですよね。
散らかり過ぎない程度にカオスで綺麗。上手い。
そういえば、カフカの変身って意外とみんな読んでるんですかね。この作品はスカイプでも話題によくあがる気がします。
あと毎回思うんですけど、条件指定のあるスレッドでの作品ってほとんどが、条件を「守ろう」ではなくて「掠ろう」ってものばかりですよね。このチャオラーのひねくれた感じは好きです。みんなで掠りましょう。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; GTB7.5; SLCC1;...@124-144-244-14.rev.home.ne.jp>

With Me
 スマッシュ  - 14/1/1(水) 0:08 -
  
ちょっと短かったような、長かったような。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chr...@p245.net219126051.tokai.or.jp>

前編 変身が未来を切り開く
 スマッシュ  - 14/1/1(水) 0:09 -
  
 地球の環境は少しずつ変わっていく。何万年先の未来では人類が生活できる場所があるとは限らない。
 そこでチャオのキャプチャ能力が注目された。自身の体を変化させる能力。そのチャオの能力を手に入れれば、どんな環境でも生きることのできる人類に変わることができるかもしれない。
 科学の力でもって人類を進化させてみせる。そう考えた科学者たちによって進められた人類改造プロジェクト。順調に進み、ついに人間にチャオの能力を付与されたのだった。

 With Me 前編 変身が未来を切り開く

 十名に改造は施された。キャプチャを行うにはまず変身する必要がある。チャオの姿へ変身し、その状態でキャプチャ能力を使用する。キャプチャを行うことで体に変化が現れる。小動物をキャプチャすることによって暑さや寒さへの耐性が強くなることが確認された。そしてそれ以上にはっきりと変化したのは身体能力であった。チャオの体である時の身体能力は大幅に上昇し、人間の体の状態でもはっきりと差が出ている。
 一定の成果が見られた。より環境への適応がスムーズに行われるように改良していけば実用化できる。そう思われたが、重大な欠陥が発見された。キャプチャを行うと繁殖能力を失う可能性があることが発見された。
 さらにもう一つ予想されていない変化が起きていた。十名のうちの一人、川上丈はチャオ以外の生物に変身することが可能となっていた。彼はキャプチャした小動物の姿に変わった。十名の中にはキャプチャした小動物の特徴をチャオの体に宿す者もいた。それは普通のチャオが小動物をキャプチャした際に見せる変化と似ている。チャオの姿を全く残さない変身を見せるのは彼のみであった。川上丈はまだ八歳だった。幼かったためにそのような能力を得たのか、それとも彼自身の素質によるものであったのか、判断はつかなかった。

 青いジャージを着た若い女性が少年に銃を向けている。彼女のジャージ姿を見るのは初めてで、少年はじっと彼女を見つめていた。部屋は子供の個室にしては広く、学校の教室くらいのスペースであった。ドアが非常に大きい部屋だ。物はあまり置かれていない。テレビや映像ディスクの再生機がある。遊具のボールや知恵の輪と通信教育のテキストが箱に一まとめに詰め込まれている。それらが部屋の端の一角に集められてあった。そして二人はその部屋の中央に立っていた。川上丈は研究対象としてこの部屋で暮らしていた。そして銃を向けている女性、末森苗は彼の世話をしながら彼の観察をしていた。丈はまだ十歳で小さい。彼女のジャージ姿、特に胸の辺りを見ていた。これまで意識したことはあまりなかったが、大きいことがわかって目を奪われていた。そして彼女は銃を握っている。
「手、震えてるよね」
 丈が指摘すると苗は苦笑した。自覚していたようだ。それもそうか、と丈は思った。緊張していることがはっきりと伝わってくる。改造された人間はチャオの能力を入手したためか、僅かではあるが、他人の感情が自分のもののように伝わってくるのだった。
「一度撃ってみたくて志願したけれど、いざ撃つとなると緊張しちゃって」
「やめとけば?」
「それはそれでなんか勿体ないかなって。丈君は別の人がいいの?」
「いや、誰でも変わらないし」
 苗は手の震えを止めて、丈の胴体を狙う。しかし緊張したままのようで、腕や脚が鉄パイプのように真っ直ぐ伸ばされている。この調子でちゃんと実験はできるのだろうか、と丈は心配になった。
「これってどこを狙えばいいの?」
「どこでも。でも脳とか心臓はやばいかもって聞いたよ。特に脳。普段は脚撃たれることが多いかな」
「脚ね」
 苗は銃を丈の膝の辺りに向ける。
「深呼吸したら?」
 言われた通りに深呼吸をする。二回、三回。
「大丈夫。僕は死なないから」
 十歳の子供に慰められている。苗は自分が情けなくなった。いつまでも撃てないと言ってはいられないと思った。
「行くよ」
 即座に引き金を引いた。弾は腰に当たった。血が飛び散る。その直後から体は修復されていく。傷口から溢れ出す血がゼリーのようになって傷を塞いだ。応急処置が終わると肉や皮が作られ体を治す。丈は飛び散った物を指ですくい、傷口に当てる。すると血が体に帰っていく。五分も経つ頃にはどこが撃たれたのかよく観察してもわからないほどに修復されている。
「痛くなかった?」と苗は聞いた。
「最初の数秒痛かった。もう少し早く痛みをカットできそうなんだけど」
「数秒だけ?後は全然ない?」
「うん」
 最初は手の甲に剃刀で傷を作り、それを修復する訓練だった。体を自在に変化させる能力を利用して傷を治す。この技術を思い付いたのは丈自身だった。はさみを用いて工作している時に怪我をしてしまい、研究員が手当てをしようとした時に「新しい指に変えればいい」と言って手当てを拒み、実際に新しい指を作って傷を消してみせたのである。
 もし誰もが彼のような能力を手にすることができれば多くの命が救われる。既に変身能力を排することで繁殖を可能なまま保つ方向に技術は改良されていくことに決まっていたが、彼の能力が非常に価値の高いものであると判明したため変身する仕様の改造においても引き続き研究が進められることになった。しかし二年経っても丈のように優れた変身能力を持つ改造人間は誕生しなかった。人柱になる人間を確保できなかったのだ。丈と同じ年齢の子供にも改造を施すことはできた。しかし丈のようにはならず、素質に左右されるらしいことがわかった。二年間で新たにわかったことはそのくらいである。徐々に自分の能力の扱いが上手くなっていく丈が研究員にパフォーマンスを見せて彼らを驚かす日々が過ぎていった。

 改造を志願した者たちのほぼ全てが新たに開発された改造を希望した。B型改造と呼ばれている新しい改造ではチャオへの変身能力が除かれている。人間の姿のままキャプチャを行い、表面的な体の変化がない仕様であった。一方A型改造という名前が与えられた従来の改造は、B型改造が行われるようになってから人が寄り付かなくなっていた。彼らの理想とする超人はチャオの姿ではなく人の姿をしたものだったのである。
 今は人よりも優れた能力を欲する者が志願して改造を施されているが、やがては多くの人々に施される改造である。B型改造をさらに改良し、超人性を持たないように身体能力の増加を抑える形にしていくことが検討されていた。結果A型改造は時代遅れのものとされ、A型改造を施されたA型改造人間たちもまた被験者としての価値を落としていた。
 丈もまた軽視されるようになってきていた。いつになっても彼と同等の能力を有する者が現れない。丈の近くにいる研究者たちは丈のことを調べたがったが、研究から遠い者たちはC型改造の方が優先されるべきだとして、そちらに人材を集中させたいと思っていたのだ。
 苗が丈の部屋に入ると、ハンバーグの匂いがした。午後三時になっていたが、昼食の匂いがまだ残っていた。
「C型改造はどうなっているの?」
 丈は十四歳になっていた。苗が教えたために自分が施されたA型改造がもはや興味を失われつつあることも知っていた。
「まだ全然って感じみたい」
「C型が出来ちゃったとうとうお役御免なのかな」
「そうはさせない」
 苗が強く言った。苗の好意が伝わってくる。どういう愛情なのか、具体的なニュアンスは掴めないが、自分のことを気にしていることは理解していた。
「それにあなたは特別だから、A型の改造人間が不要になってもまだあなたの研究は続くと思う」
「僕のこの能力は人の役に立つのかな」
 自分以外に体を変化させる能力を持つ者はいない。自分に関する研究は人のための研究ではなく不思議な生き物を知るための研究となるのではないか。丈は心配していた。人として見られたい。それも人類の可能性を切り開く者として見てもらいたいと思っているのだった。

 丈のような変身能力を持ったA型改造人間が二人生まれた。丈以外の例が見つかったために、特殊な変身能力を持ったA型改造人間はA+と呼ばれるようになった。A型改造を受けた者のおよそ百人に一人という確率でA+は生まれてくることがわかった。A+を二人生み出すために多くの人間がA型改造を受けた。苗の仕業だ。聞かされなくても丈はわかった。
「これでA型改造は見直されるはず」
 苗はそう言った。その通りになった。ここ数年ほとんどキャプチャすることのなかった小動物を急にキャプチャするように言われるようになった。日によって内容は違ったが、一日に三十匹ほどキャプチャさせられることとなった。さらにカオスドライブも与えられた。
 一週間が経ち、いつものように小動物が入ってくるはずの昼食後の時間に、苗が部屋に入ってきた。苗はチャオを抱えていた。ライトカオスチャオだ。おや、と丈は首を傾げた。
「今日キャプチャするのはこの子だから」
 そう言って苗は丈の前にライトカオスチャオを置いた。
「どうしてチャオをキャプチャしなきゃいけないの?」
「カオスチャオは死なないと言われているから、カオスチャオをキャプチャすることによって不死の力を得ることができるんじゃないかってことになって、それで手配されたの」
「僕を不死身にしたいわけ?」
 丈は不満そうに言った。彼の望みはあくまで彼の傷を治す能力を多くの人々に広めることだ。小動物やチャオをキャプチャさせられることはその望みとは離れているようにしか見えない。丈の不満がわかって、苗は悲しそうな顔をした。
「もし不死身になれるとわかれば多くの人が喜ぶ。死なないなら、A型改造の欠点である繁殖力の喪失も大きな欠点ではなくなる。そう思わない?」
 そのように言われると強く否定できない。丈は渋々ライトカオスチャオをキャプチャした。
「で、どうやって不死身になったか調べるの?」
「大丈夫。何もしなくて」
 悲しい顔のまま苗は優しい声で言った。彼女の言った通り、丈は何もしなくてよかった。カオスチャオをキャプチャしても不死身になれないということは、他のカオスチャオをキャプチャしたA+が死亡したことで明らかになった。
 丈は繁殖できない。思春期になって自分にその能力がないことを自覚するようになった。そしてその体にまた異変が起きていた。人間の体になることが難しくなっていた。スイッチを切り替えるように人間の姿とチャオの姿を変えているわけではない。その都度人の姿チャオの姿を作っているのである。しかし丈は人間の姿を作ることが難しくなっていた。体毛が人間の物ではなく獣の物になっていた。黒い毛であるが毛の質が全く違うため近くで見ると違和感がある。どうしたの、と苗が聞く。戻らない、と丈は答えた。キャプチャした小動物の形を再現することはできるのだが、どうすれば人間の姿になれるのかわからない。そう訴えた。それを聞いた苗は部屋から出て、人間の髪の毛を持ってきた。彼女の髪は切られていなかった。
「これをキャプチャしなさい」
 そう言って髪の束を渡す。丈は言われた通りにした。すると人間の形がわかった。丈は体毛の人間の物にした。自分の髪の毛を手で撫でてみる。獣の毛ではない。しかし前よりも髪の毛はさらりとした手触りになっているような気がした。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chr...@p245.net219126051.tokai.or.jp>

後編 青くて丸い星のために!
 スマッシュ  - 14/1/1(水) 0:10 -
  
 黒いコートを着た男が地表に立った。地球とは違う星。しかし青くて丸い星だった。
「いい場所だ」
 そう呟く。宇宙服は必要ない。呼吸もできる。むしろ地球の空気よりも澄んでいるように思われた。
 男の前には十数の生き物がいた。二本足で立っていて、二本の腕がある。ヒトと似ているがその姿は別の生き物からの進化を思わせる。たとえばハリネズミ。たとえばライオン。知能もあるらしい。異星の兵士は銃を構え、男を狙っている。
 男は顔の前で腕をクロスさせ、そのポーズのまま低い声を出した。
「変身」
 男の体が形を失って肉塊となる。そしてその肉塊もどろどろの赤い液体へと変わる。液体は凝縮され体長五十センチメートルほどの小さな生物の形になった。チャオである。男は赤いダークカオスチャオに変化したのだった。
 人類は侵略者となっていた。

 With Me 後編 青くて丸い星のために!

 人間が生活できそうな惑星が見つかったのはつい二年前のことである。人々は新しい星に移住することを望んだ。そして移住先の星に既に知能を持った生物がいることがわかり、戦争になった。数の面では人類が不利であった。惑星はカオスコントロールによるワープ移動を用いる必要があるほど遠い所にあった。そしてカオスエメラルドを用いても運ぶことのできる人数は限られた。そこで戦力として投入されたのが改造された人間であった。彼らは喜んで戦った。改造人間の大半は改造されることを望んだ者だ。それもわざわざA型改造やB型改造を選び超人性を得た者はその力を発揮したいと思うものだった。実際の戦闘の中で心が満たされるのか、改造したことを後悔するのか。それは人それぞれであったが、戦地に向かうまではやる気に溢れている彼らは戦争に向かわせることが容易であった。
 改造人間の多くはB型改造人間であった。丈以外の特殊変身能力者の存在が確認されるまで、A型改造を施す人間はほとんどいなかった。B型改造の方が遥かに優れているとされていた時期に改造をされた者はほぼ全員がB型改造を受けたのである。A+という特別な存在になる可能性が判明した後A型改造を志望する者は増加したが、それでもA型改造人間の多くは研究所側が強制的に改造を受けさせた者たちであった。戦争開始時、A+と判定されていた者は丈を含めて五人であった。僅か五人しかいないA+の改造人間。彼らの戦闘能力は他の改造人間よりも秀でていた。そのためA+こそが戦争の鍵を握っているとされた。

 地球では宇宙船に荷物が運ばれていた。この日の輸送は食料品とカオスドライブの補充が主だった。小さな宇宙船だ。十二畳ほどのスペースに荷物が詰め込まれる。
 カオスエメラルドの力を用いたワープ移動によって荷物を運ぶ。送り先は遥か遠くにある宇宙船である。人類は新しい住処を見つけた。その星を人類の物とするために戦争をしている。そして食料品の他に二人の人間が運ばれることになっていた。男性と女性が一名ずつ。どちらも二十代前半といった外見である。目を引くのは男の整った顔立ちだ。中性的な美しさに強さを訴える鋭い線が加えられている。彼がA型改造人間の中でも特別な、A+と呼ばれる存在であることを考えるとあまりにも整い過ぎているように見える。女性の方も美しいと言える顔をしていたが、男性の顔と比べると日常的な美しさと言えた。男の顔が最も馴染む場所はおそらく戦場だ。そういう類の美しさであった。
 男と女は入り口の傍に並んで座らされた。他にスペースがないのだ。荷物を入れたコンテナが何段にも重ねられ、室内を埋め尽くしている。二人の目の前にはカオスドライブの入った緑色のコンテナが積み重ねられている。その奥に食料品の入った茶色のコンテナがある。A型改造人間、川上丈。B型改造人間、岡野瑠依。二人が最後の荷物である。ドアが閉じられ、カオスコントロールの準備が始まる。
「やっぱり私一人じゃなかったんだ」と瑠依が言った。「あんた、もしかしてA+?」
「そうだよ。本当なら僕が向こうに行く予定はなかったんだけど、青木が死んだからこうなった」
 青木というA+の兵士は戦争に加わることを目指す改造人間たちの間では有名だった。赤いダークカオスチャオに変身する青木は他の改造人間を凌駕する能力を持っている。そう噂されていた。そして彼の代役が瑠依の隣にいる丈であった。
「青木が死ななかったら行かなかった?」
 丈は頷いた。
「元々僕を行かせないために青木を身代わりにしたようなものだったから。彼も死んでしまって、もう高度の変身能力者は僕しかいなくなってしまった。こんなことになるとわかっていたら、最初に行くことになったんだろうけど」
 彼は最後に残った切り札ということである。しかも口振りからすると青木よりも大事に扱われている存在のようである。それほど貴重な存在。青木よりも有能な変身能力者。
「君はどうして今日行くことになったの?」
 丈には瑠依の存在がよくわからなかった。自分より強いA+はいないはずである。自分だけで十分。だから彼女がいる意味がわからない。
「私が切り札だから。そうさっきまでは思っていた」
 瑠依は自分たちを囲んでいる箱を見ていた。
「私はB+だから」
 B+と呼ばれる改造人間は、戦闘用の改造を施されているB型改造人間である。B型改造人間の超人性を活かして彼らを戦力として売ろうという動きがあった。異星で戦闘しているB型改造人間の多くはこの動きのために戦闘訓練を受けていた者たちである。そしてB+への改造もこの動きの中で生まれた。B+の改造人間の特徴はブースト能力にある。手に埋め込まれた特殊受容体を用いてカオスドライブをキャプチャすることで、身体能力を一時的に大きく上昇させる。普通のキャプチャと違い時間が経つと効果は消えてしまう。このブーストという考え方は元々武器の威力を底上げするために編み出されたもので、B型戦闘員が扱う剣もカオスドライブに負荷をかけて使い捨てることで高い殺傷力を生み出していた。
「B+の私はA+にも負けないと思っていた。今でもそう思っている。だから早く戦場に行かせてほしいと志願した。でも期待されているのはあんたみたいだ」
 睨むような声だった。顔はコンテナをじっと見ていても、嫉妬しているのが伝わってくる。
 ドアが開いた。もう移動は終わったようだ。揺れ一つなかった。期待されているのは僕だ、と丈は思った。それをそのまま言ったら彼女は怒るだろう。しかし他にかけるべき言葉も見つからない。
「頑張ろう」と丈は言った。瑠依とは仲良くしたいと思っていた。彼女は綺麗だ、と丈は思っていたのだ。瑠依は何も返さずにスーツケースを引いて輸送機から出た。
 立ち代りに人が三人入ってくる。彼らはコンテナを外に持ち出していく。戦争の拠点となっている宇宙船である。七つのカオスエメラルドを使ったカオスコントロールによって敵の星の近くまで移動した。宇宙船は現在三百個のカオスドライブによって動力を確保している。そしてそのエネルギーは敵からの攻撃から船を守るバリアを作るために使われていた。
 宇宙船は円盤状のバリアシステムと、中央のドーム部分によって出来ていた。ドーム部分が戦士たちの生活するスペースである。ドームのほとんどは戦士たちが寝起きする個室である。一人一部屋与えられている。丈は自分に与えられた部屋に入った。六畳の部屋とバスルームがある。ドアの近くに連絡用のスピーカーが付けられてある。歯ブラシなどの生活に必要な物だけは揃えられていた。私物の持ち込みはスーツケース一つ分までなら許容されていたが丈は手ぶらだった。子供の頃から私物という物はなかった。ベッドに腰掛けてみる。ぎし、と鳴る。その音が面白かった。今まで住んでいた部屋では毛布を敷いて寝ていた。寝相が悪い人はベッドから落ちてしまうのではないか。丈は不思議に思った。丈自身は寝相がいいと言われていたので落ちる心配はなさそうだった。ベッドの上に寝てみる。違和感はない。眠れそうだ。しかし疲れなどもなく暇だったので丈は部屋から出ることにした。このドーム型の施設には大勢の人間が集まる部屋が一つあった。
 主に食堂として使われているその部屋には十名ほどが集まっていた。まだ食事時ではない。この部屋は唯一人の集まれる場所だったため常に人がいる。
「見かけない顔だな」
 談笑していたうちの一人が丈に近寄ってきた。体が大きい。身長は二メートル近くあった。鍛えられた肉体は普通の人間であれば屈強であることの証に思える。
「お前が新しいA+というわけだな」
「まあ」
「俺はここをまとめている島田だ。俺はB+だが、青木も俺に従ってくれていた。君もそうしてくれるとありがたい」
 そう言って握手を求めてくる。丈は応じた。戦いにはあまり積極的ではなかったため指示をしてくれる人間がいるのはありがたかった。
「川上です。よろしく」
 さらに瑠依が部屋にやってきた。島田は瑠依の方に向かう。先ほどと似たようなことを言う。青木のことは言わなかった。あれは丈がA+だったために言ったのだろう。
「君は何型なんだ?」
「B+です」
「そうか。A+にB+か。これは心強いな」
 島田は丈と仲間たちの方を見て、
「二時間後には異星人との戦闘に入ろうと思っていたところだ。君たちにも参加してもらいたい。しかしその前に君たちの実力を知る必要がある」と言った。
「じゃあ俺が試してやろう」
 島田の仲間の一人が立ち上がった。彼も長身の男だった。やや細身だが、引き締められた肉体であった。集団はにやにやと笑っている。
「どっちが先に来るんだ?二人同時でもいいぞ」
 彼もB+なのだろう、と丈は思った。相手にしているのがA+であるとわかっていてなお好戦的でいられるには相応の実力がなければならない。
「僕が先に行く」
 部屋は食事のためのスペースであるから長い机がたくさん置かれてあったが、部屋の中央には机はなかった。そこが私闘用に設けられたスペースのようだ。二人はそこに移動する。細身の男は緑色のカオスドライブを持っていた。カオスドライブの両端を挟むように持って、男はカオスドライブをキャプチャした。
「行くぞ」
 男が言い終わった途端に拳が丈の腹部に当たっていた。緑色のカオスドライブの力で動きが素早くなったのである。元々ある超人性にさらにスピードが加わった攻撃をさばくことは難しい。しかし丈の体は既にゲル状になっていた。脚だけ人間の体の状態に戻し、男の頭を蹴ろうとする。男は丈から離れた。一歩歩く時間で十メートルの距離が開く。
 戦うことは面倒臭い。丈は他の改造人間のように戦闘訓練ばかりの日々を送っていたわけではない。技術面では彼らに劣るだろう。それを見せてしまうことが恥ずかしいという気持ちもあったし、手加減をしようにもどういう風にすれば丁度よくなるのかわからない。相手はA+ではないから怪我をすれば治るまでに時間が掛かってしまう。変身能力のないB型改造人間の脆さを丈は意識する。A+の強さは見せなくてはならない。そうでなければ青木の穴を埋める人間という風には扱われなくなる。青木を殺した敵を倒す役目をもらえなくなる。丈は早くその強敵を倒して戦争を終わらせて地球に帰りたいと思っていた。
 チャオの姿で戦うことにした。一歩前に出る。そこを狙って男は再び高速で近付き殴ってきた。液状化してそれを受ける。ダメージはない。飛び散った液体を回収しながらライトカオスチャオの姿になる。チャオの姿の方が身体能力が高くなる。ブースト能力によって強化された脚力以外は相手を圧倒している。ジャンプして相手の顔の高さまで上がり、顔面を殴ろうとする。相手は後ろに下がってそれを避ける。攻撃を受けてもダメージは軽減できる。殴られた部位を小動物の羽根に変えて散らせた。目くらましのつもりだ。何度か殴られる。丈はわざと殴らせていた。どうせダメージはないのだ。敵は飛び散る羽根に警戒する。目くらましのために羽根に変えているとわかって、敵は攻撃が当たった直後の丈を見逃すまいと集中する。
 戦闘の流れは単純になっていた。丈がジャンプして顔を狙う。相手はそれを避ける。再び丈がジャンプしたところで素早く近寄って丈に攻撃する。その繰り返しである。ダメージを受けずに済んでいる丈がごり押ししようとしているように見えた。そして相手はそれを打開するためにより素早く丈を攻撃することが求められている。カオスドライブによるブーストは時間が経てば効果が切れてしまう。丈が優勢な流れだ。しかし早く終わらせるために丈はその流れを変化させた。相手が攻撃する直前に大量の羽根をばらまいた。男は驚いて攻撃に対応しようと身構えたが、的確な防御には至らなかった。丈の蹴りが顔に当たり、男の体は飛ばされた。
 丈は人間の体に戻った。何度も攻撃を受けていたが怪我は全くない。
「圧倒的だな。これがA+の実力というわけだ」
 島田はそう言って丈に笑い掛ける。次は瑠依の番である。丈に蹴飛ばされた男が立ち上がり、私闘用スペースに戻る。そして男は再び緑色のカオスドライブをキャプチャした。瑠依も島田から緑色のカオスドライブを受け取り、キャプチャする。男はすぐさま殴りかかった。しかし男は瑠依の遥か後方に飛ばされていた。近付いてきたところを投げ飛ばしたのだった。一瞬で勝負がついてしまった。男は何をされたかわからず受け身を取れなかった。机に背中をぶつけ、机が割れた。集団に戻ってきた瑠依が、
「私の方が早かった」と丈に囁いた。

 二時間後、ミーティングが始まった。これから戦うために作戦を立て、全員に伝える。そのためのものであるが、重苦しい雰囲気はなく作戦会議といった風ではなかった。超人性に惚れこんでいる改造人間たちは一騎当千という言葉に惹かれて単独行動をしたがる。一方で死ぬことを恐れている改造人間たちは集団で行動したいと思っている。一人でも何人でも構わない自由な形でグループを作らせ、そして担当する区域を割り振る。それがミーティングで行うことだった。一騎当千を目指す者たちの不満を軽減するために改造人間の中でも実力のある者がリーダーとして振る舞い指示を出しているのである。
 丈は一人で行動するつもりでいた。しかし瑠依が丈と行動することを島田に言った。新しく加わった二人が組んで、他はいつも通り。丈は嬉しかった。瑠依のことが気になっていた。一目惚れに近い。
「よろしく」
 丈は笑顔で言った。瑠依は睨んでいる。接点がないよりずっといいと丈は思った。

 出撃。地表への降下にはカオスコントロールが用いられる。三百個のカオスドライブが戦士たちの移動のためにエネルギーを使うのでバリアが薄くなる。しかし敵にはそれに合わせて攻撃するだけの技術がないようであった。丈たちは無事に地表に立つ。空気が地球のものとはやや違う。呼吸のし辛さはないが、違和感を拭うために異星人をキャプチャすることが推奨されていた。まず丈と瑠依は手近にいる異星人を襲ってキャプチャすることにした。
 異星人の町の建物は地球の物とはやや違う形をしていた。地球のビルは直方体で正面から見ると長方形になっている物が主だが、この星では正面から見ると台形になっているビルが多かった。傾斜がある壁には梯子のような物が付いている。異星人は普通の人間より身体能力が高いらしい。彼らはこの傾斜と梯子を利用して建物の壁を足場にして移動することがあるようだ。窓も地球の物とは違い、ドアのようになっている。この建物の特徴を改造人間たちも利用することができる。瑠依は戯れに梯子に脚を掛けて建物を上り、そしてドアのような窓を破壊してビルの中に入った。丈も後に続く。
 異星人は人間のように二本の足で立っていたが、猿よりも犬や猫に似ていた。そして人よりも素早い。丈がビルの中に入った時には既に瑠依は異星人を一人昏倒させていた。おそらく逃げるのが遅れたのだろう。他の異星人はほとんどが部屋の外に逃げていて、遅れている者ももう部屋からは脱出できるという状況であった。民間人なのだろうが、全員を逃がすつもりはない。一人は捕まえる。丈は変身した。熊のような体型。しかしそれが犬のように駆ける。そして部屋から逃げたばかりの異星人の腰に前脚を絡ませ押し倒す。大きいものをキャプチャすることはできない。丈は異星人の体を四つに分けてキャプチャした。他の異星人は逃がすことにした。ターゲットは青木を倒した個体。逃げる者を相手にする気はない。
 キャプチャを終えた瑠依が追いつく。
「雑魚に用はない。外に出よう」
 瑠依は頷いた。侵入した部屋に戻り、窓から外に出る。ビルを上って屋上に行く。そこから町の様子を眺めて敵の到着を待つ。なるべく町を破壊するなと命令されている。それは移住する際に既にある建物を利用できるかもしれないからだ。しかし血気盛んな改造人間が暴れているようで、外壁が壊されていくビルもある。二人は大人しく待っていた。瑠依の目的も強い敵であるらしかった。
「来た」
 敵を見つけたのは瑠依だった。逃げていく民間人たちは走っていた。その中で大きなバイクの姿が目立っていた。自動車ほどの大きさのあるバイクだった。砲が取り付けられている。バイクはゆっくりと走り、武装した異星人たちと足並みを揃えて走っていた。彼らと対峙するために瑠依はビルから下りようとする。
「カオスドライブ、キャプチャした方がいいと思う」
 そう言って丈はビルを下り始める。瑠依は言われた通りに黄色のカオスドライブをキャプチャした。そして道路の真ん中に立って敵を待ち構えた。バイクがやってくる。バイクにはタイヤがなく、浮いていた。敵を見つけた異星人はすぐさま射撃してくる。バイクの横に付けられた機関銃が二人が立っている一帯を撃った。異星人たちは素早いので、彼らの銃は機関銃や散弾銃が主であった。二人は即座にその場から離れる。丈はライトカオスチャオの姿に変わった。獣の姿になるよりもチャオの姿になる方が丈にとっては動きやすかった。二人はビルの斜面を走る。バイクは丈を狙った。そして歩兵は機関銃で瑠依を狙う。
 瑠依はビルの斜面を上下左右自在に動いてみせた。紫色のカオスドライブを用いたブーストは飛行能力の獲得である。カオスドライブから取り出した推進力に変えて飛行する仕組みである。肩甲骨から生えた不可視の翼が瑠依にビルの斜面を駆け回る力を与えているのだった。
 丈を狙うバイクは丈に向かって飛行し突進する。このバイクは一対一を想定した制圧兵器であった。この異星の人々は地球の人間よりも素早く力があり頑丈である。凶悪な敵を確実に捕えるための武器なのだ。機関銃は既に丈を直接狙ってはいない。丈の移動を妨げるように撃たれていた。先ほど戦ったB+の男のようにバイクに乗った敵もまた戦いを求めているのだと丈は確信した。改造人間に備わっている相手の心情を読む能力によってわかったのか、それとも銃撃によってビルが壊れることを全く考えていない風に見えたからそう思ったのか。本人にもわからなかったが、目の前にいる敵が戦い以外のことはどうでもいいと思っていることは確かだと思った。
 たとえば歩兵たちを盾にしたら、それでも彼は撃ち続けるのだろうか。丈が敵を試すことを考えているうちに、空を飛んだ瑠依がバイクを蹴っていた。飛んでいたバイクが軽く揺れる。敵はこちらだというアピールだったらしい。次の瑠依の攻撃はバイクをビルにぶつけた。そしてビルにめり込んだバイクに追い打ちを仕掛け、乗っていた異星人を引っ張り出して頭を砕いた。瑠依はその後バイクに乗っていた異星人が持っていた銃を使って歩兵たちも殺した。やがて帰還の命令が下り、集合ポイントに向かい、カオスコントロールによって宇宙船へ戻された。

 改造人間の死亡者は十三名。青木を殺した異星人も現れたらしかった。ライオンに姿が似ているその異星人はソニック級と名付けられていた。伝説のハリネズミ、ソニックくらい強いのではないか、と発言した者がいて、そこから発展してこのような名前になっていた。そのソニック級を倒せば帰ることができると丈は思っていた。一日でも早くソニック級と戦いたい。
 自室に戻ろうとしたら瑠依が肩を掴んできた。
「私と戦え」
 今度は腕を掴み、引っ張る。有無を言わさず私闘用スペースに連れていかれる。
「どうして」
「あなたがA+だから」
 私闘用スペースに着いて、手を離す。瑠依は腰のカオスドライブ用のホルスターから赤色のカオスドライブを取り出した。
「人類の中で最強と噂された改造人間が殺された。そのピンチに登場する主人公。それがあんただ。私じゃなかった。だから私は主人公の座を取り戻す」
 瑠依はカオスドライブをキャプチャする。続けてもう一つ。今度は黄色のカオスドライブもキャプチャした。さらにカオスドライブを消費して使う剣に緑色のカオスドライブを差し込む。刀身が赤く光る。熱を利用して切る剣だ。カオスドライブの力によって、一刀両断という言葉が相応しい切れ味を獲得する。
「私はあなたより強い」
 瑠依は丈に接近する。そして顔に向かって剣を振る。勿論効かないことはわかっている。丈の顔が液体となり床に落ちる。剣から伝わった熱は床に逃がす。ライトカオスチャオに変身する。丈には戦おうというつもりがなかった。瑠依から離れる。人の形に戻る。
「君はソニック級を倒すつもりでいるんだよね」
 瑠依は頷いた。腕や脚に力を込め、丈を睨んでいる。
「本当に倒してくれるなら、それでいい。君の方が強くても別にいい。僕は強くなりたいわけじゃないから」
「うるさい。戦え」
 そう言って瑠依は再び切り掛かる。話を聞くつもりがないことが伝わってくる。それから嫉妬心。丈はチャオの姿になり、そして瑠依の腹部に蹴りを入れた。しかし手応えがなかった。人間にしては柔らかかったように思われた。衝撃を緩和する肉体にする。それが黄色のカオスドライブによるブーストの効果なのだろう。蹴りの反撃を受ける。変身は間に合う。赤色のカオスドライブをキャプチャしている以上、攻撃の破壊力は上がっているはずだ。防御優先である。A+の人間は防御を優先していればまず負けない。ダメージを受けないという点が圧倒的なアドバンテージになる。
「無駄だよ。諦めてくれないかな」
 丈は言った。瑠依のことを好ましく思っている。彼女はB+の中でも最上位の改造人間だと丈は評価していた。同じB+の人間に容易く勝利した。彼女に勝てるB+はいないだろうと丈は思っていた。だからこそこの優秀な女性と戦って傷を付けることは避けたかった。
「嫌だ」
 瑠依は攻撃の手を緩めない。勝てる可能性がないのに、可能性が僅かにあると信じて諦めないでいる。彼女に惚れていた丈は、その姿が非常に美しいものであるように感じられた。美しい愚かさだった。丈は瑠依の攻撃を受け続けた。反撃をせずに好きなだけ攻撃させた。やがて瑠依が絶叫した。
「そんな悲しそうな心で私を見るな」
 心を感じ取られたらしい。攻撃をやめた瑠依は丈を睨もうとしていたが、その視線には鋭さがなかった。意地によって形だけは敵を睨むものとなっていた。
「戦え」と瑠依は言った。しかし既に瑠依の闘志は萎んでいた。瑠依は主人公ではなかった。

 ソニック級と称された、ライオンに似た異星人は度々戦場に姿を見せたが、丈も瑠依もその異星人と戦うことはできないでいた。
 最初の日の私闘以来、瑠依は丈に敵意を向けなくなっていた。しかし自分の望みが叶わなかったことへの消沈が彼女の心の底にずっと残っているのを共に行動していた丈も感じていた。
「もっと殺さないと駄目なのかもね」
 瑠依がそう言った。担当のエリアに来た敵の兵士を全て倒し、ビルの屋上でくつろいでいた。ソニック級は現れない。
「私たち、無駄に殺すことはないから目立たないんじゃないかな」
「もっと派手に暴れればやって来る?」
「かも」
 確証がないのに動く気にはなれなかった。しかし当たっているかもしれないと丈は思った。より悪質な敵を倒す。そういうつもりでソニック級は動いているのかもしれない。

 一ヶ月の戦闘を経て、丈の体は再び人間の姿に戻れなくなっていた。前回より酷い。人間らしいフォルムしか再現できなかった。体のパーツは獣のもので、体中に毛が生えている。爪も鋭利だ。歯には牙がある。この姿で人前に出るわけにはいかなかったため自室にいた。
「獣っぽくて、あいつらっぽいよ」
 食事を持ってきてほしいと丈から頼まれてやって来た瑠依が、丈の体を見てそう言った。あいつらとは異星人のことだ。
「僕は、人間じゃないのかもしれない」
 喉も完璧には人間のものにできていないので、ゆっくり喋らなければ上手く発音できなかった。カレーを食べる。人間とは違う爪のせいでスプーンが握りにくい。両手でスプーンを挟むという不格好な形で食べていた。
「時々、そんな風に思う。人間の形を体が忘れてしまうんだ。人間をキャプチャしなきゃならない。この前は髪の毛でどうにかなったけど、きっと人間を丸ごとキャプチャして情報を手に入れないといけないんだと思う」
 丈の食べ方はあまりにも不格好で鈍かった。見ていていらいらさせられるので、瑠依はスプーンを奪って丈の口に運んだ。一口カレーを飲み込み、そして再び口元に来たスプーンを咥えずに丈は、
「キャプチャするなら君が相応しい、と思った。最初に会った時」と言った。「君は強かった。心も体も。だから君に惹かれた。君が欲しいと思った。人間なら誰でもいいわけじゃない。いや、人間だからこそ、できるだけ素晴らしい人間をキャプチャしたかった。そうすれば自分も人間として生きていけるって思ったから」
 丈の告白は謝罪のようだった。今からキャプチャしようという、捕食側の力強さが感じられない。醜い願望を恥じている。そのように瑠依は感じた。
「食べていいよ」と瑠依は言った。
「え?」
「ピンチに登場する主人公。それは私じゃなくてあんただ」
 その日瑠依は重傷を負った。命に別状はなかったが、皮や肉がいくらか抜け落ちていた。そして丈は人間の姿を取り戻していた。以前より普通の人間らしい外見になっている。そして中性的な顔になっていた。

 瑠依の肉体をキャプチャした丈はソニック級を倒すつもりでいた。自分に嫉妬していた瑠依がキャプチャさせてくれたのだ。張り切っていた。ソニック級が被害の大きい所に現れるという瑠依の推測を信じて、丈は町を破壊することにした。ライトカオスチャオや大量の小動物をキャプチャさせられたことには、丈を最強の兵士にしようとする狙いもあった。丈は変身する。モチーフはカオスだ。ライトカオスチャオを大きくするイメージで自分の体を作り上げる。そしてチャオと人の中間と言えるフォルムの姿になる。
 丈は鞭のように動く腕を振るう。まるで腕はウォーターカッターであるかのように容易くビルを破壊する。三メートルほどの大きさになり、両腕を暴れさせる。吠える。ここにいる、と敵に教える。兵士たちがやって来る。バイクに乗った者が一人、そして四人の歩兵がそれに同行していた。兵士たちの機関銃が丈の体に集中する。弾丸は水滴と共に排出され、水滴は体に戻る。そして両腕と両脚で走り、五人を襲う。虫を潰すように手で思い切り叩く。そして手のひらに潰された兵士を強く握り体を折る。
 五人を殺し、さらにビルを三棟壊したところでライオンのような姿をした異星人がバイクに乗って駆け付けてきた。バイクに飛び掛かる。すると異星人はバイクから飛び降りた。念のためにバイクを破壊する。その間に異星人は射撃する。勿論効かない。それがわかって異星人は持っていた銃を捨てた。異星人はビルの斜面を走る。丈の腕がそれを追いかけながらビルを壊す。異星人は剣を抜いた。それはカオスドライブの力を使う剣だ。改造人間から奪ったのだ。カオスドライブを差し込むと刃が赤く光り出した。どうやらソニック級と言われているのはこの異星人のようだ。他の異星人より速い上に丈の攻撃を上手く避けていた。
 丈は体の大きさを二メートルほどに小さくした。小さい方が体を動かしやすかった。異星人に向かって走る。手と足で地面を蹴る。そして両腕で異星人を捕えるために腕を突き出し、地面を蹴った。異星人は咄嗟に身を捻りながら飛んだ。そして丈の体の上を通りながら回転する体の勢いのまま剣で背中を切った。会心の反撃。ヒーローのような華麗な攻撃であった。しかし丈の体はすぐに治る。痛みも感じた瞬間に遮断したため、一瞬の苦痛であった。そして丈は腕を伸ばして異星人が着地したところを掴んだ。異星人の体は折られた。

 遺体を持って帰った。記録された映像と比較して、この異星人が青木を殺した敵であることが確認される。これで終わった、と丈は思った。こちら側が殺されることは減るだろう。丈は医務室にいる瑠依に会いに行った。体の至る所に包帯に巻かれていたが、彼女は起きていた。
「終わったの?」
「ああ。ソニック級は僕が倒した」
「そう。終わっちゃったんだ」
 瑠依は涙を流した。悲しいと思っていることが改造人間の能力で伝わってくる。まるで自分の感情のように感じられるが、間違いようがない。それは瑠依の悲しみである。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chr...@p245.net219126051.tokai.or.jp>

ブロころへの感想です
 スマッシュ  - 14/1/1(水) 0:17 -
  
なんと言ってもギャグです。素晴らしいです。

「説明2 実践編」の方もとても面白かったです。
あちらでは片方がチャオのことを知っているといううま味を活かしていて、こちらでは一つのフレーズのうま味を搾り取るがごとくとことん使う感じで、面白い部分が全て出ているような素晴らしいギャグだったと思います。

特にブロッコリーの、一度出たフレーズをとことん使い回していくというノリは秀逸だと思いました。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chr...@p245.net219126051.tokai.or.jp>

ダイアリー
 ろっど  - 14/10/8(水) 17:16 -
  
ダークさんに書けと言われたので。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (iPhone; CPU iPhone OS 7_1 like Mac OS X) AppleWebKit/537.51.2 (KH...@pw126255021088.9.panda-world.ne.jp>

チャオの日記帳
 ろっど  - 14/10/8(水) 17:17 -
  
八月十四日(木)

 アイス君からお絵かきを教わった。字の読み書きも教わったので、今日から日記をつけたいと思う。

八月十五日(金)

 アイス君は特別なチャオだ。走るのも速くて、泳ぐのも速い。飛ぶことも上手だ。ぼくらが住むチャオガーデンで、アイス君に勝てる子はいない。カラテが得意だって自慢しているファイア君ですら、アイス君とは絶対に遊ぼうとしない。ご主人も、そんな「できる子」のアイス君を特に可愛がっている。栄養がたくさんある木の実やカオスドライブはアイス君が独占しているようなものだ。ご主人からもらえるものはないので、アイス君がいらなくなったものが、ぼくの唯一の食べ物だ。

八月十六日(土)

 ご主人がやってきて、アイス君にカオスドライブをたくさんあげた。もう飲み干せないよ、と言って、アイス君の余りをファイア君とウインド君で分け合っていた。

八月十七日(日)

 今日アイス君と話したこと。
 やあ、また何ももらえなかったのかい。
 そっか。まあー、ぼくと比べたら、きみ、やっすいピュアチャオだもんね。
 きみも、ツヤツヤチャオやジュエルチャオだったら、よくしてもらえたかもねえ。

八月十八日(月)

 歩く練習を始めた。一日頑張ったので、だいぶうまくなった。アイス君はやらない方がいいと気を遣ってくれたけど、大丈夫。ぼくは特別じゃないから、頑張らないと。

八月十九日(火)

 ご主人がアイス君に小動物とチャオの実をあげた。小動物はアイス君に耳をつけて、消えてしまった。どうして消えてしまったのだろう。

八月二十日(水)

 歩く練習の成果が出てきた。安定して歩けるようになってきたので、明日のチャオレースに参加させてもらえることになった。ご主人は困った顔をしていたけど、大丈夫。明日は頑張ろう。

八月二十一日(木)

 今日はチャオレースをした。ようやく歩けるようになったばかりのぼくは、全部負けてしまった。アイス君やファイア君は、ほとんどのレースで一番をとっていて、すごいなあと思った。
 アイス君は、ぼくを慰めてくれたけど、ぼくの気分は晴れなかった。ご主人は頑張ったアイス君とファイア君にご褒美のチャオの実をあげた。ぼくも頑張らないと。

八月二十二日(金)

 アイス君からチャオの実をもらった。ちょっと量が少なかったけど、ぼくは元々そんなに食べる方じゃないから、大丈夫。
 ウインド君を最近見ない。どこへ行ってしまったのだろう。とても心配だ。

八月二十三日(土)

 ご主人が来た。アイス君に小動物とカオスドライブをあげた。もっと頑張らないと。

八月二十四日(日)

 ご主人が落として行った本を拾った。ぼくたちは、小動物をキャプチャ、吸収できるみたいだ。だから消えてしまったのだ。チャオの実や小動物は、ぼくたちの走りを速くしたり、泳ぎを上手にしたりする効能があるようだ。

八月二十五日(月)

 走るのが速くならない。
 頑張るだけではダメなのかも。
 チャオの実や小動物が必要だ。

八月二十六日(火)

 どうしてぼくにはチャオの実や小動物がもらえないのだろう。

八月二十七日(水)

 ご主人が来た。チャオの実や小動物をアイス君に与えた。ぼくはアイス君から余ったものをもらおうとしたが、今回は余らなかったみたいだ。

八月二十八日(木)

 チャオレースで勝てない。

八月二十九日(金)

 頑張っても走りが速くなるわけじゃない。チャオの実や小動物が欲しい。でも、ご主人はくれない。どうすればもらえるのか、考え中。

八月三十日(土)

 ファイア君が小動物をたくさんもらっていた。ぼくには何もくれない。頑張っているのに。

九月三日(水)

 良いことを思いついた。

九月十五日(月)

 ようやく状況を呑み込むことができた。この日記を見つけた時は自分の愚かさに目を瞑りたくなったものだが、しかし悔やんでいても仕方がない。今はこの状況から脱け出す方法を探す。
 あの子はどこへ行ってしまったのだろうか。アイスやファイアはお腹を空かせて機嫌を損ねている。転生も近いと言うのに、これでは……。
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日記帳その2
 ろっど  - 14/10/8(水) 17:18 -
  
七月三十一日(木)

 念願のピュアチャオを手に入れることができた。この子には自由気ままに育って欲しい。
 ピュアチャオのニュートラル・ノーマルタイプは育てることが難しい分、非常に高い値がつく。

八月八日(金)

 レース用やカラテ用のチャオは既に優秀なのが揃っている。いつでも買い手が付くだろう。あと一、二回転生させた頃に、競売にかける。

八月十三日(水)

 ピュアチャオを買い取らせて欲しいという要望があった。確かに今のご時世、ピュアチャオは珍しい。しかしあの子はニュートラル・ノーマルタイプにするのだ。わざわざ強くせず奔放に育てている意味がなくなってしまう。いくら積まれても現状で手放しはしない。
 アイス、ファイア、ウインドは着々と育っている。ウインドはヒコウタイプのチャオだし、転生三回目の個体だ、早々に買い手が付くだろう。

八月十九日(火)

 驚いた。ピュアチャオには何も与えていないのにも関わらず歩き始めたのだ。これは更に気をつけなくてはならない。

八月二十四日(日)

 ブリーダーノートを失くした。私の落ち度だ。
 アイスの転生が近い。スケジュールを早めて、小動物重視のキャプチャに変更しよう。

八月三十日(土)

 じき、ピュアチャオの進化の頃合だ。何も与えず育ててきた甲斐あって、既にニュートラル・ノーマルの兆しが見られる。アイスの転生後の買い手も見つかった。あとはファイアだが、ファイアにはまだ若干の猶予がある。
 先日、ピュアチャオが競売で九桁の値がついたと聞いた。ピュアチャオ・ニュートラル・ノーマルタイプが売れた暁には、チャオでも買って隠居することにしよう。今から新しく趣味を作るのも悪くはない。

九月四日(金)

 チャオガーデンは鍵をかけたままにしておいて、鍵は川に投げ捨てた。これでぼくが戻る心配はない。
 やっぱり、与えられることを待ってるだけではいけなかったんだ。自分から欲しいものを手に入れるために行動することが大事なのだ。
 明日もがんばるぞ。
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ろっどへ感想
 ダーク  - 14/10/9(木) 7:34 -
  
スカイプでも言ったけど、
チャオの日記帳の最後でなぜお前がいる状態になったのが残念。
あとはただの謎解きみたいな感じになっちゃったのも残念。自分から何かをしなきゃ、っていうこの作品の中心にあるものがおまけ程度に見える。
日記帳その2っていうタイトルも、日記帳、だけで良かったんじゃね、って思う。
まあ昼休みに書いたものだし、ちょろっとチャオの書き物を書こう、って感じで書いた作品だと思えば、チャオラー的にはいいと思う。

あと日記帳その2の、
「これで僕が戻る心配はない」
って文章、すごくろっどさんらしくて面白かったです。
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Re(1):ろっどへ感想
 ろっど  - 14/10/10(金) 21:28 -
  
>チャオの日記帳の最後でなぜお前がいる状態になったのが残念。
>あとはただの謎解きみたいな感じになっちゃったのも残念。自分から何かをしなきゃ、っていうこの作品の中心にあるものがおまけ程度に見える。

まさしくその通りで、この作品の中心にあるものはただの謎解きです。
当初はダークさんの仰る「自分から何かをしなきゃ」を主軸に据えて書いていたのですが、途中からバカバカしくなったので適当に落ちをつけました。
というのも、当初こそ内面に切り込んだ作品を目標としていたのですが、書いているうちに自分がそういう作品を書いているのに向いていない、書いていても面白くない、という事実に気が付きました。心にぐさりと来るようなえっぐい作品よりも、楽しく読めて読後感の良い作品のほうが私は好きで、そちらのほうが私にとっても向いていると思います。
ということを、昨日Skypeで話すつもりだったのですが、忘れていました。申し訳ない。

>日記帳その2っていうタイトルも、日記帳、だけで良かったんじゃね、って思う。

チャオの日記帳と(ブリーダーの)日記帳、という対比をするならば、その2は必要ないと思います。
その2を付けたのは、気分です。

>「これで僕が戻る心配はない」
>って文章、すごくろっどさんらしくて面白かったです。

私らしい文章はよく分かりません。
私らしさって何でしょうかね。

なんだか言い訳がましい返信になってしまいましたが、私の向いている作品に関しては聖誕祭で証明させていただく予定ですので、よろしく。
感想ありがとうございました。
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ヘルメタル・クラッシュ
 ダーク  - 14/10/25(土) 17:17 -
  
随時更新していきます。
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一話 雨なんていつだって降っているものさ
 ダーク  - 14/12/2(火) 0:36 -
  
「何をしているの?」
 ミスターがいつものように僕に尋ねる。僕もいつものように、何もしていないよ、と返す。
「そっか」
 先生が黒板に書いていく文字をノートに書き写さなくてはいけないのだけど、そういう気分にはなれない。机に突っ伏して、机の木の匂いを感じながらミスターの声を聞いているだけだ。そういう意味では何かをしていると言えるのかもしれないけど、ミスターが言う「何かをする」にはいつも「自発的に」と言うニュアンスが含まれているため、僕は何もしていないと答えるのだ。
 僕は森を想像した。どのような森なのか、僕はその森のことについてはまったく知らない。僕はその森の中にいて、机と同じ匂いのする木々に囲まれている。机と同じ匂いのする木なんて変な気もするけど、この机はこの木からできていて昔から同じ匂いを放っていると設定してしまう。辺りには机と同じ匂いが充満していて、それは木から発せられている匂いだ。そして深い森だ。見上げると薄い青の空があって、森とその中にいる僕に嘘くさい光を浴びせ続けている。僕はその嘘くさい光を浴びた森の中を歩く。道という道もないが、邪魔な雑草があるわけでもなく、歩きにくさは感じない。ただ木々の間をくぐり抜けるだけだ。
「森を歩くなんて、中学の頃に富士の樹海に遠足しに行ったとき以来じゃない?」
 ミスターは僕の考えていることがわかる。本当は机に突っ伏して、夏目漱石の「こころ」を読む先生の声を聞こえない振りしていることも、机の匂いを感じながら僕が森の中で歩く想像をしていることもわかっている。森の中の僕の隣にミスターが現れる。ミスターは長いとも短いとも言えない真っ直ぐで清潔な髪をしていて、整った顔立ちをしている。でも印象は薄くて、無個性とも言える顔だ。
「君は何を求めているんだ。こんなに苦労のない森なんてなかなかないよ。君の前にある木を倒してみたらどう?」
 ミスターが前方にある木に手をかざすとその木は倒れた。ミスターは魔法を使うようなこともできる。木は僕の行く手を塞ぐように横たわっている。しかし、大きな木ではない。僕はその木を跨いで先に進む。ミスターも僕に続いて木を跨ぎ、ついてくる。
「この程度の木なら君でもそうするよね。じゃあ、雨を降らせよう」
 雨が降ってきた。木々の間を歩くと雨が僕を強く打った。冷たく勢いのある、リアルな雨だ。雑草の生えていない土はすぐに水溜りを作り、ぬかるみ、泥を放った。僕は急に歩くのが億劫になってしまい、木の根元に座った。
「木の下でも、枝葉の隙間をくぐり抜けた水が君を打ち続けるよ」
 雨の欠片が僕を打つ。でも一度座ってしまうともう立ち上がれなかった。足に溜まった乳酸が急に僕の意識を支配する。歩き出して不快な思いをするよりも、このまま雨が止むのを待って、足を回復させてからでもいいだろうと思った。
「雨は止まないよ。あの嘘くさい青空を見ただろ? 雨なんていつだって降っているものさ。それに足だって回復しない。今君が感じているのは君の足そのものの重さに過ぎない」
 それでも僕は構わなかった。小さい頃のような雨の中をはしゃぎまわれる元気はもう忘れてしまった。このまま歳をとって寿命を迎えるような気もするし、ここで雨に打たれながら少しずつ死んでいくのも悪くはない。
「でも君はどこか不満なんだ。森の新しい一面に興味はないけど、森の新しい一面を知った自分になってみたい。脇道の先に興味はないけど、いくつもの脇道に迷った自分になってみたい。そう思って雨が降る木々の間を眺め続けるんだ」
 そうなんだろうな、と僕は思った。もうこの先を考えるのはやめよう。もし先にいる自分を本当に知りたいのなら、こんな想像をするよりも現実の中を動いた方がいい。でも、僕はきっと動かないだろうなと思った。
 僕は諦めて顔を上げ、黒板の文字をノートに写し始めた。僕の息が机に水たまりのような水滴を作っていた。


 帰りのホームルームはチャイムが鳴るよりも少し早く終わり、生徒たちは散り散りになっていった。一様にみんなマフラーを首に巻き始める。ほとんどの生徒が部活動に向かい、他の生徒はそのまま帰るか、教室に残って友人たちと駄弁るかのどちらかである。僕はそのまま帰る生徒の一人だった。どの部活動にも所属していないし、放課後の時間を割いてまで話す友人もいない。でも、嫌われているわけでも、話し相手がいないわけでもない。ただ学校において目立たない立場にいるだけなのだ。
 部活動に向かう人たちの楽しそうな表情を横目に僕は教室を出る。彼らは鬱陶しくも羨ましくもある。彼らが幸せに満ち溢れているからではない。彼らは部活動をすることによって大きな喜びを得るが、またそれと同時に様々な困難も乗り越えなくてはならないだろう。だが彼らはその喜びにも困難にも無邪気に立ち向かっていける。そうして彼らは変化を手に入れるのだ。その無邪気さが、無関心から来る怠慢を患っている僕を心苦しくさせるのであった。そのことで僕は一つ思い知ったことがある。楽しみ、苦しみながら得る変化と同じように、楽しむ、苦しむということもまた難しく、試練であるのだ。
 教室に残って駄弁る人はあまり気にならなかった。彼らには彼らの世界があって、僕が干渉する余地はないし、お互いに興味がなさ過ぎる。僕は友人と話すときに相槌を打っているだけということが多い。好きな音楽や好きなゲームはあるけど、趣味と呼べるくらいのものは持っていないので、友人と趣味について話すこともない。だから部活にもわざわざ入部して気まずい空気の中を過ごしたくないし、そもそもどの部活にも魅力を感じなかった。勘違いされそうだが、僕は無関心を気取っているわけではない。僕はどこに向かって歩けば満足できるのだろう。
 何かをしようと思ったこともあった。でもその何かを考えるのも面倒だった。具体的に行動するなんてもってのほかだった。そこまでして何かを得ることに価値があるのかと考えるといつも、そうでもないかもしれない、という結論に至る。確かに人生には幅があった方がベターだと感じることも事実だが、現状にこれといった不満はないし、無理をする必要はない。木の下で雨の欠片を受けながら眠るのもいい。ただ僕を取り巻く空気の中には「何もしない奴はクズだ」と言うような脅迫的な色が含まれていて、その色は僕が世界に対して持っている小さな期待を煽り、世界を見る目を惑わすのだ。
 しかし結局僕は部活動に入ることもなく、放課後の教室に残ることもなく、家に向かうのだった。教室の中はストーブがあるから言うほど寒くもないが、廊下に出てからはずっと寒い。僕は厚い手袋をしているのだが、下駄箱で靴を履き替えるときに一度外さなくてはいけなくて、その一瞬だけでも手が外の冷気にさらされるのが嫌だ。一度手が冷えると、手袋をしても冷えっ放しになる。校舎の外に出て、太陽の光を浴びても何も変わらない。夏はあんなにじりじりと暑い気を放っているのに、冬になった途端に冷たい空気の味方のように振舞うのはなんでだろう。
 学校から歩いて三分のところにある駅に行って、電車で隣の駅に行って、またそこから五分歩く。それだけで家に着く。家に着いてリュックを降ろすと、一日分の重荷を降ろしたような気になる。
 すると母親が僕を呼び、
「悪いんだけど、CD返してきてくれる?」と言った。
 レンタルCDの返却期限が今日であるらしく、母は夕飯の準備があるから僕に返してきて欲しいそうだ。まだ僕は玄関にいて、靴も履き替えていないのでそのまま行くのが効率がいいのだろうけど、家に着いたら部屋に入って一度温まりたい。でも母にすぐにCDを手渡されてしまったので、釈然としないまま僕はまた家を出たのだった。また重荷を背負い直したようであまり良い気分ではなかった。それに僕が住む町にあるCDショップではなく、電車で五駅離れた少し大きな市のCDショップで借りたものだった。
 電車に乗ってから僕は後悔した。CDを返すだけなのに、駅まで歩いて十数分電車でボーっとして駅を降りたらまた歩いて、CDを返したらまた行きと同じようなことをする。労力と結果が全然釣り合っていないような気がして、収まりが悪い気分になった。でも電車に乗ってしまったからには、まだCDを返した方が結果が残るということもあって、引き返さずにちゃんとCDを返すことができた。CDショップはデパートの中にあるのだが、さすがにデパートの中は暖かかった。マフラーと手袋を外したはいいけれど、それを入れるものがなくて結局手で持って歩いた。なんだか損ばかりしているような気がして収まりが悪かったので他のところにも寄ってみることにした。
 僕は地下一階に注目した。そこにはチャオのための施設、チャオガーデンがある。チャオというペットはなかなかに人気がある。その生態はわからないことだらけであり、まず動物に触れるだけでその動物の影響を何かしら受ける。例えばオウムであれば、オウムのようなトサカが生え始め、人間の言葉を真似て喋ると言った行動を起こす。トカゲであれば、切っても切っても生えてくる尻尾がつき、地面を素早く這う。こうして特徴をまとめると化物のようだが、見た目は愛くるしい。体長四十センチほどで二頭身、二足歩行(赤ちゃんの頃はハイハイをする)で水滴のような輪郭にポヨポヨとした触感。色は様々で、育て方によって姿形を大きく変える。虫で言うところの幼虫が成虫になるように、進化の概念も持っている。コドモのときに何をしたかによって、進化後の姿が変わるらしい。不思議な生き物だ。
 チャオガーデンは売り物のチャオたちが遊んでいる場所でもあり、飼われているチャオが預けられている場所でもある。飼われているチャオには特別なバッジがつけられ、売り物のチャオや他の飼われているチャオたちと区別される。僕の目当ては、売り物のチャオだ。もしかしたら、一生のパートナーと出会うことになる可能性だってあるのだ。僕は宝くじを買うような気分でエレベーターへと向かった。
 エレベーターには誰もいなかった。B1のボタンだけが光り、一人地の下へと向かっていく。そう考えると不思議だ。地の下へ行ってしまったら、一体どこに着地すると言うのか。そこは空の中のようにふわふわと浮かんでいられる場所なのか。まるで天の国だ。下るエレベーターの浮遊感によって、空を飛ぶための準備をしているみたいだ。それとも、その逆の地獄だろうか。地の下というと地獄の方がイメージに合う気がする。僕は地獄へ向かっているのか。一階で黒いコートにジーンズパンツを履いた中年の女性が乗ってきた。底の方が深い青で、口の方が白いシンプルなトートバッグを持っている。異様なくらいに何も入っていないように見えた。買い物をしたと言う様子でもなかった。その様子だけ見れば不思議だが、考えればすぐに答えがわかることでもあった。一階から下るエレベーターに乗ったということは、この人もまたチャオガーデンに行こうとしているのだ。きっとトートバッグは預けていたチャオを入れるためのものだ。
 地下一階へ着いて、エレベーターの開くボタンを押して中年の女性に先に出るよう目で促す。中年の女性は、ありがとうございます、と微笑みを見せてエレベーターを出た。彼女にとってこれは自然や常識、あるいはしっくり来る流れなのかもしれない。僕もまたそんな人の笑顔を見るとどこか安心するけど、自分は相手のために笑顔を作ることができない。当たり前のようで不思議な、人間の違いを考えさせられる。僕はチャオを愛するのだろうか。
 そんなことを思いながら僕はこの部屋に目を奪われていた。エレベーターを出ると右手側に細長く伸びた休憩所のようになっていて、そこには窓をのぞく一人の若い女性と、左手側にある受付にまた若い女性がいた。中年の女性は丁度チャオガーデンに入って行くところだった。正面にあるチャオガーデンと繋がる扉が閉まる。一瞬見えたチャオガーデンには芝生が見えたがチャオは見えなかった。扉の右側にチャオガーデンを覗ける窓が三つ。そこを覗けばチャオが見られる。僕は緊張している。この部屋は不思議な空間だ。何よりも白い。まるで現実と夢の間にある空白のようだった。僕は現実から覚めるかもしれない。
「いらっしゃいませ」
 受付の女性が喋ったのを機に僕は、
「中を見たいだけなんですけど、チャオガーデンに入っていいですか」と聞いた。
「いいですよ」と当然返される。入っていいということはわかっているのだけど、その手順がないとしっくり来ないように感じられたのだ。ああ、するとこれは笑顔を見せるという行為に似ているのかもしれない。笑顔は見せないけど、店員には確認する。僕は一貫性がない人間なのだろう。僕には何が起こってもおかしくない。
「ありがとうございます」
 扉の向こうにはチャオガーデンがあった。噴水、溜池、人工芝、博物館にありそうな岩場、カフェに置いてあるものをそのまま小さくしたようなパラソルとテーブルと椅子、小さなテレビ、空をイメージして書かれた壁紙、その上の方に僅かに見える空調、空の中に大きな雨雲、様々な色や形をした、でも大体同じ感じのチャオ。実際、足を踏み入れてみるとそこは現実だった。外と同じように空気があって、水があって、僕の体があった。夢は夢でなければ価値がないのだろう。
 唯一、チャオの頭の上に浮かぶ球体と、先ほどエレベーターに乗っていた女性がチャオを撫でたときにその球体がハートマークになったところだけが現実離れしていた。
 もう一度周りを見渡すと、嘘くさい青空の壁に描かれた雨雲のところに扉があることに気がついた。
「雨なんていつだって降っているものさ」
 とミスターが言う。
「空と言われて青空しか想像できない人は馬鹿だ。でもそんな間抜けさに君はどこか憧れている。雨なんか見ずに森の先へ行って、何かを得たい。君は雨雲を見なかったことにする? それとも雨雲の中を見て夢見ることを諦める?」
 そんなことを言われなくても、僕は空に雨雲がかかることを知っている。今更、見るも見ないも変わらない。今日はここに来ただけでお腹いっぱいだ。もう夜と言える時間になってきた。帰るという選択が一番自然に感じられた。そして僕はチャオガーデンから出て行った。


 その日、僕はベッドの中でまたチャオガーデンにいた。岩場の上に座っていた。岩場の傍にはミスターが立っていて、三つの窓の内の一つに若い女の顔が見えている。でもどんな顔をしているのかは全くわからない。僕は彼女の後ろ姿しか見ていないのだ。茶色のセミロングの髪と、ベージュのセーターに赤っぽいスカートだったと思う。あと紺のトレンチコートを手に持っていた。僕が持っている彼女に関する情報はそれだけだ。きっと彼女もチャオを飼おうとしていたか、あるいは既に飼っていてチャオガーデンに預けていたのだろう。どのチャオが彼女のチャオなのだろう。そのチャオと僕が仲良くなれば、僕も彼女と話せるのだろうか。
 そこまで考えて、僕は自分が女性と関わりたがっていることに気づいてショックを受けた。僕はそんな俗な発想の持ち主だったのか。夜はどうも思考が制御できない。だからこそ、こんな発想が出てきたことに嫌悪を覚えた。勢いに任せて窓にシャッターを閉じる。そして、僕は自分が俗な発想を嫌っていることに気づいた。人と違うスタイルでありたいのだ。それでありながら、周りの人間を羨ましがるのだから――こういってしまうのは嫌だけど――悩んでいるのだ。でもそれがわかったところで、僕はどうしようもない。僕には足りないものが多すぎる。
「足りないものなんて誰だって持ってるよ。ないものねだりをしたってしょうがないだろう?」
 とミスターが言う。
「まったく、そうなんだけどね。でも、自覚してねだっているわけでもないんだ。僕にはどうしようもない」
「気の毒だね。まあ楽しめればいいんじゃないか?」
「後から思い返して、楽しかったかもと思うことはあるかもしれないけど、実際その中にいるとそうは思えないもんだよ」
「そっか」
 周りのチャオ達を見渡す。どんなチャオ達がいたのか明確には思い出せないので、思い出せる形と色を適当に組み合わせて補完すると、それっぽくなった。不思議なことに、ガーデン自体はかなり細かいところまで思い出せるのだ。空調の位置、噴水の形、溜池の輪郭、空の色、そして雨雲の扉。あの扉の向こうには何があるのだろう。そこには間違いなく空気があって、水があって、僕の体があるのだろう。でもそんな現実以外のものに、頭の上のハートマークに、僕はまだ期待しているみたいだ。
「そういえば、ミスターが昼に言ったことは少し間違ってるよ」
「なんて言ったっけ」
「空と言われて青空しか想像できない人は馬鹿だ。でもそんな間抜けさに君はどこか憧れている、って言った」
「ああ、言ったね。で、どこが間違ってる?」
「そんな間抜けさに君はどこか憧れている、ってところ。僕は馬鹿なんか嫌だ。晴れた森の中を進む人間よりも、雨の森の中を進む人間の方が憧れる」
 言ってから、僕は自分からとてつもなく離れた人間像について話しているんじゃないかと思って可笑しかった。
「あの扉の先に行かなくてよかったね」
「なんで?」
「こんな思いはできなかったから」
 そう言われると、恥ずかしかった。少し黙った後に、ああ、としか言えなかった。ああ、とも言わなければよかったと後悔する。
「まあ、まだ行かない方がいいよ。こんな想像の中で行ってしまったら、それこそつまらない」
「明日行くよ、もちろん実際にね」
 そこで初めてミスターが驚いた顔を見せた。
「君が積極的なことを言うなんて珍しい。でも多分いいことだよ、それって」
 僕は黙る。まだそれがいいこととは思い切れない。それに、僕が珍しい振る舞いを見せたことが恥ずかしかった。それがいいことだと言われたことも。
「何でミスターはいるの?」
 と言って僕は誤魔化した。でも、それはそれで恥ずかしかった。


 体育の時間はあまり好きじゃなかった。運動は得意じゃない。今の時期はバスケットボールをしているのだが、極力パスをされないように敵の傍にいて、うっかりパスが回ってきても、すぐに近くの味方にパスをする。そうしてとりあえず目立たなければやり過ごせる。教室で座っていようが体育館で動いていようが、この授業を受けている時の生々しさに夢の入る余地なんかなかった。もし僕がバスケットボールを得意に思っていたら違ったのかもしれないけど、現に僕はバスケットボールが苦手だ。そもそも、僕の手は白く細く、毛もほとんど生えていない。まるで女の手のようだ。親からは綺麗だと言われるけど、僕からして見れば「だから何だ」というものであった。こんな非力な手には、バスケットボールなんて出来そうになかった。やっぱり僕が人と違うスタイルを確立するには決定的に足りていないものがある。
 今日学校に向かうときには、帰りにまたデパートに寄ろう、と思っていたのだけど、授業を全て受け終わる頃にはすっかりその気は失せていた。なんと言っても今日は雨が降っていた。わざわざ雨の中を歩いてまで行って何になるんだろう。そんな気のまま、僕は家に帰ってきていた。自分の部屋に入ってベッドに腰掛けると、もう僕のすることはなかった。
「昨日の夜はあんなに張り切っていたのにね」とミスター。
「そんなに張り切っていたかな。どっちにしたって昨日の夜はどうかしてた」
「夜の方が素直なのかもしれないのに。後から思い返すとどうかしてたと思うけど、実際その中にいるとそうは思えない、のかな?」
「やめてくれよ」
「君に足りないものを教えてあげるよ。それは可能性っていう言葉だ。覚えておくといいよ」
 なんで僕はミスターに怒られているのだろう、なんて白々しいことを一瞬思って、僕は反省した。少なくとも、今僕にはしたいと思ったこと、するべきことが一つある。チャオガーデンの扉の向こうに行く。こんな具体的で簡単なことが僕の行動の指針になり得たことは今までにない。僕の能力でも十分にこなせる。このまま雨に打たれて少しずつ死んでいくのも悪くはない、なんて嘘だ。雨なんていつだって降っているもので、僕はその中に生きているんだ。なによりこのままでは僕は周りの人間の中の“何もしない奴”に分類されて人生を終える。この機に僕は僕を説得しなければいけないのだ。
 リュックを背負って、僕はまた制服のままデパートへと向かった。濡れた靴は気持ち悪く、十二月の雨は冷たかった。でもそういうものだろう。あまり濡れないようにと買った紺色の大きめの傘を持って、雨の中を歩いた。
 デパートに着くと、マフラーと手袋をリュックの中に入れた。傘は持ったままだが、これで昨日に比べて余裕を保てたような気がした。傘が大きくても、結局風に煽られた雨に当たって濡れた。ズボンの裾と靴は特に濡れた。外にいるときよりも、濡れた自分を強く感じる。でもそんなに気にはならないので、そのまままっすぐエレベーターに向かって下矢印のボタンを押す。今日はエレベーターに誰も乗っていなかった。自分だけの世界に向かうようで悪くない気分だった。
 エレベーターで地下に行き不思議な休憩所に入ると、受付の人しかいなかった。受付の人は昨日と同じ人だった。すぐに扉の向こうについて尋ねようと思っていたけど、いざその場に立つと緊張で受付に行くことはできなかった。エレベーターを出てすぐ左側に傘立てがあったので、傘を立てたら僕は逃げるように一番奥側にある窓の前に立ち、チャオガーデンの中を覗いた。昨日と同じ光景がある。ただ今日は人がいない。昨日のエレベーターで会った女性もそうかもしれないけど、会社や学校に行くときにチャオを預けて、帰宅時に引き取るという習慣を持っている人はいそうなものだ。この夕方頃に誰もいないというのは珍しいことなんじゃないだろうか。でも、よくチャオを見ると、バッジをつけているチャオが何匹かいる。これから何人かの人が立て続けに出入りするだろう。できれば、他の人がいない状態で行動したい。早くしなければ。
 あの雨雲の扉の向こうはなんなのだろう。スタッフルームという可能性もある。チャオの関連施設が続いている可能性もある。あの扉をくぐるときではなく、受付の女性と話した瞬間にそれはわかる。意中の女性に告白するというのもこんな気分なのかもしれない。僕は意を決して、受付の女性のところまで歩いた。受付の女性は僕が近づくのを待って、僕が目の前に来ると、
「いらっしゃいませ。どういったご要件でしょうか」
 と言って僕を迎えた。
「あの雨雲の扉の先って何があるんですか?」
 僕は言った。もう言ってしまったからには、僕は待つ以外のことは何もできない。意中の女性に告白する人から、注射を打たれる患者になった気分だ。待つと言うほどの時間もなく返事があった。
「あちらはダークガーデンとなっています。チャオの中でもダークチャオのために作られた施設です」
 ダークガーデン。僕の知らない単語が出てきたことに少し混乱したが、すぐにそれは僕にとってはプラスになる答えであったと気づいた。そうだ、知らない単語が出てきて欲しかったんだ。
「でも、売られているダークチャオは少ないですし、預けられているダークチャオもあまりいません。というのも、チャオを飼っている方はあまりダークチャオに育てたがらないのですよ。どちらかというと、ヒーローチャオの方が多いですね。あちらの方にヒーローガーデンもございます。ヒーローチャオのために作られた施設です」
 彼女が手を向けた先には、青空の壁があってよく見ると両開きの大きな扉があった。僕はなんで気がつかなかったのだろう。でも僕は青空の方には興味を持てなかった。どうせ綺麗で明るい施設なんだろう。そんな馬鹿の施設には興味がない。僕は雨雲の方を見た。
「入ってもいいですか?」
 と、僕はまた言っていた。少し恥ずかしくなる。受付の女性も昨日と立て続けに同じことを聞いて来た僕に気づいて、
「どうぞ」
 と、子供に優しさを教えるお姉さんの笑顔を見せた。また同じようにお礼を言ってガーデンに入るのはもっと恥ずかしいので、少し頭を下げてからガーデンに入った。そしてまっすぐダークガーデンの扉の前に向かった。
 僕は、足に濡れた生ぬるい靴下の感触を感じ、重い衣服が肌に触れているのを感じ、視界に映るものが等身大であることを感じ、自分の呼吸を感じている。扉のドアノブに手をかけたら、冷たかった。僕は確かに現実の中にいる。扉を開けた途端にすべてが満たされる夢の空間がある、なんてあるはずがない。ダークガーデンもこのガーデンと地続きのもので、中もまた同じように現実なのだろう。何も期待なんてできない。あのハートマークも、所詮はハートマークでしかない。でもそれでいいのだ。僕は現実の中を進むのだ。そこに何があろうが、晴れた空しか見ない人よりも、何もしない人よりも、僕は優れているのだ。
 僕は扉を開いた。


 ダークガーデンは不思議な奥行を持っていた。壁は暗い空に雲を敷き詰めたようなデザインだったが、おそらく壁であることを感じさせないために影を強く描いて本来影ができる場所を曖昧にしていた。多分、広さ自体はチャオガーデンとさほど変わらないのだろう。そして床には砂利が敷かれていた。砂利をどけると土が顔を見せた。一体どうなっているのだろう。
 枯れた木のオブジェや、墓や柵が置かれていた。枯れた木のオブジェの枝には、鳥の骨が入った鳥籠が吊るされていた。作り物なんだろうが、よくできている。
 チャオは受付の女性が言っていたように少なかった。人も誰もいなかった。五匹の黒いチャオだけがいた。その内の三匹は寝ていて、一匹は赤い木の実を食べていて、もう一匹は僕を見てきょとんとしていた。チャオガーデンにいたチャオよりも目つきが鋭く、チャオが持つ何も考えてなさそうなイメージとは違う印象を受けた。頭の上の球体が、ダークチャオの場合はトゲトゲになっていた。撫でるとその目つきのまま、頭の上にハートマークを浮かべた。そんな真面目な顔のままハートマークを浮かべられるとどきりとする。肌質はしっとりとしてそうに見えるが、ただ柔らかかった。ああなるほど、チャオの可愛らしさを理解した気がする。
 赤い池があった。チャオガーデンの溜池よりも広く、深かった。床から赤いライトで照らしているのかと思ったけど、ライトはなかったし、水をすくって見ても本当に赤かった。池は両側の壁に接していて、その部分だけはこの部屋の限界を見せていた。その池の向こう側にはまた砂利が敷いてある地面があって、そこには大きな墓と銀色のタマゴが置いてあった。あのタマゴはチャオのタマゴだ。タマゴをガーデンに置きっぱなしにして良いのだろうか。いや、良いのだから置いてあるのだろう。それとも、あれもオブジェなのだろうか。よくできた部屋にしては、異様に浮いた存在感を放っている。異物と言っても過言ではない。
 ダークガーデン、ここはいい。僕が漠然と思っていた現実よりも夢よりも、遥かに個性的で魅力がある。僕は近くにある墓の上に座ってみた。ようやく僕は一息をつく。両手で顔を覆って、落ち着こうと試みる。未だ緊張の余韻で震えてる体を自覚する。手の先まで血が巡っているのがわかる。じんじんとする。僕はこれからもこの場所をいいと思えるのだろうか。それとも、初体験の高揚がこの場所を無闇に彩っているのだろうか。今は夜ではないけど、そんなことは今の僕にはわからない。
 心地よい暗闇と沈黙の中、どれくらいの時間が経っただろうか。僕はいつも通りとはいかないまでも、だいぶ落ち着きを取り戻していた。手を膝の上に置いて立ち上がろうと目を開けると、目の前にダークチャオがいて僕を見上げていた。おぉ、と小さく声を出してしまう。いつからいたのかわからないが、さっき僕を見ていたダークチャオだ。胸に紫の三日月マークがあって、後ろに伸びた角の先も紫色のチャオ。胸にバッジがついている。僕と目が合うとまた頭の上にハートマークを浮かべ、僕の濡れたズボンの裾をぎゅっと掴んだ。どうやら懐かれたようだ。頭を撫でると、また頭の上にハートマークを浮かべた。こんなに純粋に喜んでくれるのなら、いくらでも撫でてやれそうだ。頬を指でつつくと、指先がチャオの肌に埋まった。チャオは僕の指を両手で掴み、ぐりぐりと頬を僕の手に押し当てた。こんなくだらない触れ合いが嬉しかった。
 でも、このチャオは誰かが飼っているチャオだ。こんなことをしていていいのだろうか。人が注いできた愛に土足で踏み込んでいるような気分だ。それでも僕は触れ合いをやめることができなかった。こんなに無邪気に愛を示されたことなんてなかった。その初めての愛を僕がどうして無下にしなければいけない。ここで僕が愛を示さなければ、ここに来た理由すらもなくなる。僕は真っ当なことをしているはずだ。
 気づくと腕時計の針は七時を指していた。母親には黙って家を出たので、心配しているだろう。これを機に帰らないと、僕はずっと帰るタイミングを見失ってしまいそうだったので、チャオに触れていた手を離した。チャオは頭の上にハテナマークを浮かべて首を傾げた。
「ありがとう。またね」
 このチャオが今日だけたまたまここに預けられた可能性は、多分そんなに高くないと思う。この施設は習慣的に利用する人が多いだろう。ここに通っていればまたこのチャオと会える可能性は高い。でも、二度と会えない可能性のことを思うと切なくて、またひとしきり頭を撫でてから、
「またね」
 ともう一度言って僕はダークガーデンを出た。ダークチャオはハートマークを浮かべていた。
 あのダークチャオは飼われているチャオだから、僕が飼うことはできない。他のチャオを見て、よさそうなチャオがいたら飼うことを考えてもいいかな、と思ってチャオガーデンのチャオを全部見たけど、あのダークチャオほどに可愛らしさを感じるチャオはいなかった。僕は諦めてガーデンを出て、休憩所に戻った。休憩所には昨日見た女性がまた窓を覗いていた。服装は緑のダッフルコートに暗い青のスカート、黒いタイツにロングブーツだった。綺麗な顔をしているけど、全然好みではなかった。一瞬こちらを見て、またすぐに窓の向こう側を見た。不安そうな表情をしていたのが印象的だったが、もしかしたら流行りの下がり眉であったからかもしれなかった。
 できるだけ早く帰りたいので、まっすぐエレベーターに向かおうと思ったが、ふと銀色のタマゴのことを思い出して受付の前で立ち止まった。受付の女性は僕を見て、
「どうかなさいましたか?」
 と笑顔で言った。言葉と表情が合っていなくて、これがこの人の仕事の顔なのかと思うとなんだか気持ち悪かった。僕がガーデンに入ったときのように、人間らしい顔をしてくれないとこっちまで人間として扱われていないような気になる。エレベーターの女性が笑顔でありがとうというように、僕がガーデンに入るときにいちいち確認するように、なぜか行われる手続きが起こると僕はどうも気になってしまう。だから、僕はあのダークチャオといたい。全部自然なあのやり取りの中に身を置きたい。いや、それだけじゃないけど、一つずつ挙げていくとキリがなさそうなので、ただそこにいたいのだと思うことにする。
「ダークガーデンにあるタマゴって売り物なんですか?」
「いいえ。あのタマゴはスタッフも知らない内に現れたんですよ。チャオが産んだのかと思いもしたんですが、チャオが銀色のタマゴを産むなんてことはありません。不審物としてスタッフの間で管理するような話もありましたけど、色以外は不審な点はありませんし、特に害もないことがわかったのでそのまま置いてあります。そう、しかもあのタマゴはまったく孵らないんですよ。叩いても割れない、待っても生まれない。もし何かタマゴを孵らせる方法が思いついたらお試し下さい。でも、タマゴの中のチャオを傷つけないように気をつけてくださいね。火であぶったりするのもダメですよ」
 この人はチャオが好きなんだろうなと思った。割とあっさり仕事の顔を脱ぎ捨てて、素顔を見せた。僕ももしかしたらあのダークチャオと接しているときはこんな顔をしているのかもしれない。僕は自分のそんな顔を、写真でも鏡でも見たことがない。写真や鏡は見えないものや真実を映し出すとか言うけど、そんなのは嘘だ。映るのはそこにあるものだけだ。僕は僕の目の前で素顔を見せたことがないのだ。
「でも、僕がいるときの君は素直だと思うよ」
 とミスターが言う。
「何でミスターはいるの、って僕に聞いたよね。それが答えだよ」
 ミスターは写真にも鏡にも映らない。でもミスターは僕にとって確実に存在しているのだ。真実って、そういうことだと思う。
 

 僕は次の日もチャオガーデンに行った。ふと見た傘立てに自分の傘が立っているのを見て、そうか、昨日置き忘れたのか、と気づいた。昨日の帰りには雨が止んでいた。だから外に出ても気づかずに帰っていってしまった。でも確か今日の夜はまた雨が降る予報だったので、丁度よかった。雨が降っていないと傘を持つという意識が起きないので、昨日の帰りも今日も傘のことを忘れていたのだ。折りたたみ傘を買わなきゃな、と思った。
 チャオガーデンに入るときには受付の女性に何も言えずに入れた。ようやく僕の習慣がスタートしたといった感じだ。ダークガーデンにあのダークチャオはいてくれた。僕を見ると、とてとてと早歩きで近づいてきて僕を見上げた。相変わらずの無表情で、頭の上に浮いているものはトゲトゲのままだ。近づいてきたでも僕は十分に嬉しいし可愛く思うのだけど、撫でるとそのトゲトゲがハートマークになるものだからもっと嬉しくなる。
 今日何をするか、もう決めてある。ダークチャオと一緒に銀色のタマゴを孵す。とりあえずは孵らなくてもいいが、ダークチャオと一緒に何かをしたい。僕はダークチャオを抱っこして、赤い池の前まで行って靴と靴下を脱いだ。そこで、ああ、足を拭くためのタオルを持って来ればよかった、と思ったが、どうせまた雨に濡れるかもしれないと思うと、抵抗なく赤い池に足を踏み入れられた。池は冷たすぎず、冬を感じさせなかった。チャオに快適な環境を維持しているのだろう。でもダークチャオを池に入れるのは抵抗があるので、抱っこしたまま銀色のタマゴのところに向かった。
 タマゴの目の前まで行くと、ダークガーデンを見渡したときに放っていた異様な存在感は薄れたが、タマゴそのものの異様さが際立った。まるでタマゴとしての存在を確立したかのように、まったく動く気配も、何かが生まれる気配もなかった。印象としては、かなり硬そうで、重そうだった。よくある、何かの呪いがかけられてまったく動かせない石、みたいなものを連想させた。でも、そんなものはあるはずがなく、きっと環境や気分が作用してそう見えているだけだろう。それでも、そこまで自覚していてもその印象は変わらなかった。
 タマゴの前にダークチャオを置き、その代わりにタマゴを持ち上げた。印象とは裏腹に、簡単に持ち上がった。ダークチャオが僕の持ったタマゴを見上げて、頭の上にハテナマークを浮かべている。ダークチャオにとっても、このタマゴはよくわからないものなのだろうか。試しにタマゴをダークチャオに手渡してみる。ダークチャオはタマゴを受け取るが、自分と同じくらいの大きさのものを持ち上げているので、重そうというより苦しそうだ。手も短いので、顔の前に掲げるようにして持っている。今ダークチャオの視界には銀色しかないだろう。そこからどうするのだろうと思って見ていると、ダークチャオはタマゴをぱっと落として、僕の足元に来た。一瞬、タマゴが落ちたことでひやりとしたが、まったく割れる様子はなかった。ダークチャオが僕のズボンの膝の辺りを握って、僕を見上げていた。抱きかかえてあげると、僕の顔を見たままハートマークを浮かべた。無表情が愛らしかった。この頭の上に浮かんでいるものはどうなっているのだろうと思って触ると、ダークチャオと同じように柔らかかった。チャオの体の一部みたいなものなのかもしれない。
 タマゴを孵すと言うと、僕には温めるという方法しか思いつかない。だから今日は、タマゴをずっと抱えながら過ごそうと思っている。実際にこのタマゴを目の前にしてみるとまったく孵る気がしないのだが、それでもやるしかないのでやってみる。それでダメなら、チャオのタマゴだからチャオの体温の方が孵すのに適当なような気もするので、ダークチャオにも温めてもらおうと思う。僕はとりあえずダークチャオをまた置いて、着ているダッフルコートの内側にタマゴを入れて墓の前に足を伸ばして座った。そして膝の上にダークチャオを乗せた。ダークチャオは正面を向いて座っていたが、そのうちに僕の方を振り返ってタマゴで膨らんでいるダッフルコートにしがみつくように座った。僕の顔を見ていないと安心できないのであろうか。どう育てたらこんな人懐こいチャオになるのだろう。
「今日はね」
 と僕は何も考えていないのに声を出していた。ダークチャオの顔を見ていたら、話しかけたくなってしまったのだ。ダークチャオにハテナマークが浮かぶ。今日はね。
「何もなかったなあ」
引用なし
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二話 だから僕はホップになって
 ダーク  - 14/12/2(火) 0:38 -
  
 やっぱり、タマゴはぴくりとも動かなかった。七時になったので僕はタマゴを元の場所に置いて、ダークチャオに別れの挨拶をしてダークガーデンを出た。チャオガーデンに戻って、ふと人気を感じて窓を見るとまたあの女性がいた。今日は青のダウンジャケットを着ていた。女性は僕の方を見ていて、僕と目が合っても目を逸らそうとしない。僕はすぐに目を逸らしたけど、視線を感じる。周りのチャオを眺める振りをしながら、僕は休憩所に繋がる扉を開けた。そしてすぐにその女性に話しかけられた。
「ダークガーデンに行ったんだ」
 やっぱり話しかけられた、とうんざりした気持ちと、緊張した気持ちを自覚した。多分、緊張の方が強かった。なんとかしなきゃいけないのだから。
「はい」
「バッジをつけたチャオ、何匹いた?」
「一匹です」
 この人は何を言いたいのだろう。そういえば、あのダークチャオ以外のチャオは全員売り物だった。五匹の中の一匹が飼いチャオで、そのチャオにだけ惹かれてしまうなんて運が悪いように改めて思う。あのチャオが売り物だったら良かったのに。
「そのチャオ、私のチャオなんだけど」
 期待が胸をよぎった。あのダークチャオとの距離が一気に縮まった気がした。この人と仲良くなれば、ずっとあのダークチャオと一緒にいられるのではないか。
「元気にしてた?」
「元気でしたよ」
 僕は高揚しながら答えたが、すぐに違和感を覚えた。自分のチャオが元気かどうかなんて見ればわかるのではないだろうか。昨日もそうだったが、この人は休憩所にいてばかりで、ガーデンの中にいるのを見たことがない。ここに来るのは自分のチャオを引き取るためじゃないのだろうか。いや、それとも僕が帰った後に引き取っているのか。それで、ダークガーデンの中でのダークチャオの様子のことを聞いたのか。そう考えれば不思議じゃないけど「元気にしてた?」という言葉から放たれる白々しさが拭えなかった。僕は思い切って、
「どうかしたんですか?」
 と聞いた。
「最近会ってなくてさ」
 回りくどい言い方だと思った。何をそんなに聞いて欲しいのだろう。
「なんでですか?」と僕は聞いてあげた。
「まあ話せば長くなるんだけどさ。このあと時間ある?」
 正直なところ、僕は早く帰って親を安心させてやりたかった。それに、家に帰ってからの落ち着く時間がないと、一日の収まりが悪いような気もする。でも、あのダークチャオのことを知るための逃してはいけないチャンスのような気もしていた。当然、今なら何を天秤にかけてもダークチャオの方が重くなる。迷う必要はない。
「ありますよ」
「じゃあ、ファミレスでも行こうか」
 僕は親に、ちょっと遅くなる、夜ご飯も食べてくる、とだけメールを送って、彼女についていった。受付の女性が好奇の目で僕たちを見ていた。
 デパートを出る頃には、外では雨が降っていた。強い雨でもないが、傘がないと結構濡れるだろうなと思うような雨だった。すっかり辺りには雨の匂いが漂っていた。冬の雨は冷たいコンクリートの匂いを際立たせる。
「降られるなんて思ってなかったよ。傘入ってもいい?」
「どうぞ」
 気さくな人だ。高校生と相合傘なんてして恥ずかしくないのだろうか。そんな感じで僕は冷静を装いながら、動揺していた。女性と密着するのには全然慣れていなかった。時折ぶつかる腕は分厚いダウンジャケットが覆っているはずなのに、女性の腕だと思うと色と柔らかさを持った特別なもののように思えて恥ずかしかったし、僕が簡単に女に翻弄されるような意思しか持っていないことが悔しかった。
 移動中はまったく喋らなかった。彼女もずっと前しか見ていなかった。そのどこか余裕のある、楽しんでいる雰囲気に僕はきっと呑まれていた。僕はその雰囲気を楽しめなかったし、意識は彼女に奪われていた。僕は状況さえ整えば、すぐに俗な人間になってしまうのだろうか。
「サイゼでいい?」
 と突然話しかけられたときには「え?」と、少し馴れ馴れしい返事をしてしまった。僕は恥ずかしかったけど、彼女はまったく気にしない様子で目の前にあったサイゼリヤに入っていった。僕もすぐに傘を畳んで、傘用のビニールに入れると彼女についていった。
 僕たちは窓際のテーブル席に向かい合って座った。荷物を椅子に落ち着けたところで彼女は早速、
「さて、何から話そうかな」
 と言ってメニュー表を開いた。何を食べようかな、と言いたかったんじゃないかと思うくらい自然な口調だった。僕は何もできないので、次の言葉を待った。
「とりあえず、あたしは美郷です。それとあたしカルボナーラ」
「真木大輔です。そして僕はドリア」
 そこで丁度店員が水を持ってきた。美郷さんは店員が去ってしまいそうになるのを引き止めて、メニューを簡単に伝えた。店員が去ると、美郷さんはまた僕の方を向いて話を続けた。
「真木くんはチャオ飼ってるの?」
「いや、飼ってないです」
「じゃあ、チャオ飼いたいの?」
 チャオを飼いたいんじゃない。あのダークチャオを飼いたいのだ。
「特に飼いたいわけじゃないです」
「それなのにチャオガーデンにいたんだ。しかもマニアックなことにダークガーデン」
 お姉さんが子供をからかうような笑顔だった。実際そうなのかもしれない。多分この人は僕が親しみやすいようにこういう態度を取っているんだろうけど、正直下手くそだと思った。これじゃあ尋問だ。でもその姿勢はわかったので、この人には近づいてもいいかなと思った。
「あの場所が好きなんですよ」
 と、はぐらかす。いきなり、あなたのチャオがすごく気に入って、なんて言うのは常識的にもどうかと思うし、自分の心の内をさらけ出すのには抵抗があった。でもダークガーデン自体を気に入っていることも事実なので、下手な嘘をつくよりは気が楽だ。
「へえ、変わってるね」
「そうですか?」
「うん」
 そこで一度会話が途切れた。美郷さんも視線をグラスに移した。そろそろ本題に入るな、と思って、僕は美郷さんのグラスと僕のグラスの間に視線を置いていた。
 思ったよりも沈黙は続いた。その間にカルボナーラとドリアも運ばれてきた。その時は美郷さんもグラスから視線を外して「どうもー」と言った。店員が去るとすぐに視線はグラスに注がれた。出会ったばかりの僕に、何をそんなに考えて話そうとしているのだろう。その中に、僕の知りたいことはどれだけ含まれているのだろう。
 美郷さんが目を上げた。
「ダークガーデン、あたしのチャオ以外はみんな売り物だったんだよね」
「はい」
「あの子、ホップって言うんだけど、なんでホップしか預けられていないんだと思う?」
「チャオを飼っている人はダークチャオに育てたがらないから?」
 チャオガーデンの受付の人に聞いた言葉だ。でも、それ以上の情報を僕は持っていない。
「そう」
「でも、なんで育てたがらないのかはわかりません」
 それを聞いた美郷さんは悲しそうに笑って、その後に「あ」と零した。
「もしかして、チャオのことはそんなに知らない?」
「はい」
「ふふん、ダークガーデンに二日も来るくらいだからもっと詳しいのかと思った。いや、知らなかったからダークガーデンにいたのかな」
 僕が話についていけていないのを見て、美郷さんはすぐに続けた。
「チャオはね、悪人に育てられないとダークチャオに進化しないんだよ」
 僕が覚えたのは、チャオを知った喜びでも信じられないことを聞いた驚きでもなく、不快感だった。誰が神で、人を悪人だと決めて、その人の人生を左右すると言うのだろう。そんな的外れな考え方がチャオを飼う人たちの頭上に掲げられているなんて馬鹿馬鹿しい話だ。きっとどこかの馬鹿がダークチャオに進化させた人を虐げるためにそんなことを言い出したのだろう。
「だから、ダークチャオを飼っていると悪人だと思われちゃうんだよ。その飼っている人が進化させたかどうかもわからないのに、印象でね。ダークガーデンで売られてるダークチャオは、元々捨てチャオだったんだって。捨てチャオを保護するのと、新しい飼い主を見つけるためにあのガーデンが作られた。でも、新しい飼い主はあんまり見つかってないみたいだね。元々捨てチャオだったチャオを買い取ってくれる優しい人なのに、飼ったら悪人だもんね。そりゃあ嫌だよ」
「でも美郷さんは買い取ったんじゃないんですか? もしそれを引け目に思っているんだったらどうかと思いますけど」
「違うよ。ホップは元々チャオガーデンにいたコドモチャオだった。それをあたしがダークチャオに進化させちゃったんだよ」
 一瞬言葉に詰まったが、僕は口を開いた。
「自分を悪人だと思っているんですか? 悪人だなんて他の人が言ってるだけです。事実が全てです」
「ダークチャオに進化した」
「それは事実ですが、認識が間違っています」
「ごめん、今のはただの意地悪で言っただけ」と美郷さんは笑う。
「そうなんだけどね。でも、他の人が言ってる、っていうことも事実なんだよ」
 僕は黙る。確かにそうだ。彼女は相談したいわけではないのに、僕は何を勝手に喋っているんだ。
「それに、あたしは悪人で合ってるよ。少なくとも世間的にはね」
「なんでですか」
「ホップがダークチャオに進化したのは、あたしがホップに暴力を振るったからだよ」
 今度こそ、僕は何も言えなくなった。
「あたし、外ではこんな感じで元気なんだけどさ、家の中では違うんだよね。親と上手く行ってなくて。親は信念のあるかっこいい女の子が欲しかったらしいんだけど、あたしは別に信念なんかないし、かっこいい女になんかなる気もなかったし。髪を染めた時もすごい怒られたしね。そんで親にバレないようにホップを飼い始めたんだけど、結局バレちゃって、その上親はホップにデレデレになっちゃってさ。親と一緒にホップにデレデレするのなんてあたしは絶対嫌だから、ホップに冷たく接してたし、近寄ってきたら突き飛ばしてた。ホップは人懐こいから、なんで突き飛ばされても寄ってくるんだよ。それで怖いのはさ、そんな生活を続けてたら本当にホップを嫌いになっちゃったことなんだよ。何度突き飛ばしても寄ってくるのが鬱陶しい、一々ホップの体が黒くなっていくのも鬱陶しい。思考が行動に支配されるなんて、人間って不思議だよね。そのままホップはダークチャオに進化しちゃって、それを理由に親の当たりも強くなるし、あたしもホップを突き飛ばしちゃうし。それでこのまま親の手でホップが可愛がられるのも、あたしの手で傷ついて行くのも良くないと思って、ダークガーデンに保護してもらってるんだ。外であたしは冷たく振舞う理由なんてないのに、ホップの前ではそうなっちゃうかもしれない。そういう制御の効かない力があたしは怖くて、まだホップにも会えてないんだ。だからもしもダークガーデンにこれからも来るようなら、責めてホップに優しくしてあげて欲しい。すごく自分勝手なことを言ってるのはわかってるけど、お願いしたいんだ」
「美郷さんは悪人じゃないですよ。少なくとも僕にとっては」
 僕は美郷さんのお願いには答えずに、そう言った。同情するつもりで言った。でも僕の本心は確実に違うことを思っていた。ホップとの触れ合いの中にあった唯一の引け目、他人のチャオを愛することが許されたのだ。こんなかわいそうな人を目の前に喜びしか覚えていないなんて、悪人は僕の方かもしれない。でもあえて僕はこう思いたい。
 美郷さんは悪人ですよ。少なくとも僕にとっては。
「ありがとう」
 こちらこそ、僕とホップが共有すべき悪役になってくれて、ありがとう。


「君は何を考えているんだ?」
 ミスターがダークガーデンの墓に腰掛けて、僕に問いただす。僕はミスターの隣に座って、両足の間の砂利を眺めている。そこにはホップも他のチャオもいない。ミスターと一緒にいるときは必ず僕たち以外の人や動物はいない。
 僕はホップと一緒にいたい。できることならより知りたい。そして僕は今日、美郷さんと一緒に夜ご飯を食べた。そこでは確かにホップのことを知ることができた。美郷さんという飼い主のことも知ることができた。僕が意外にも愛のためなら悪人になれることを知ることができた。でも、僕は状況に対して冷静になれていない。ミスターはそのことをわかっている。
「美郷さんを悪役として共有する、だなんて、それを望んでいるのは君だよね。ホップの望みであるかどうかなんて、考えてなかったよね」
「話を聞いたときは」
「今も、じゃない? ホップが美郷さんを憎んでいることを望んでいるでしょ」
 そうだ。ホップのかわいそうな境遇を知って、僕はホップの味方をしてあげたいと勝手に思っている。ただ一体一で触れ合うよりも、敵を共有して味方になった方が距離が縮まると、僕の感性は勘違いをしている。
「いや、勘違いでもないよ。そうすることで君が距離を近しく感じられるのならそれは真実だ」
「わかってるよ。でもそう信じ込むのは、多分僕の美学が許さないんだと思う。僕とホップの関係のあり方じゃない」
「じゃあどんなあり方がいい?」
「理解の上にある愛を持った関係」
「そうだろう? その信念に従うんだったら、今後感情に振り回されるのはやめなよ」
「うるさいよ」
 ミスターがいるのは僕の素直な気持ちを引き出すためだ。なんでそのミスターに素直な気持ちを引き出したことを咎められなきゃいけないのだ。ミスターはうるさい。
 でもきっとミスターがうるさくないと、僕は簡単に俗な人間になってしまうのだろう。きっと今回僕が思ったことは、僕と同じクラスにいる高渕加奈子をいじめる三人組の女生徒がしていることと同じことなんだろう。確かあの三人組は同じ中学の出身で、元々仲が良いらしい。そして高校に進学してから自分たちのグループに入ってこようとした高渕さんを必要以上に冷たくあしらっているのだ。きっとあの女たちは同じ敵を共有することで絆を感じているのだろう。あいつらを支配しているのは、それだけなのだ。なんてつまらない人間だろう。僕はそんな人間には絶対になってやらない。でも、素直な自分を知らないというのもまた盲目的で馬鹿馬鹿しい。自らの哲学に支配される人間も、哲学以上の人間にはなれないのだ。結局複雑な人間が一番面白い。その複雑な要素を自覚するために、僕とミスターが別々に存在するのだ。それが僕の真実。素直な気持ちだけが必ずしもその人の真実を表すとは限らない。
 だから僕はそれを理解した上で、ミスターの言う通り信念通りにホップを愛したい。その振る舞いから得るものは、きっと今の僕にとっては一番価値がある。
 隣を見るとミスターはもういなかった。池の向こう側には銀色のタマゴがただ置いてある。今、現実のダークガーデンでホップはこのタマゴを見て何を思っているのだろう。僕のいないダークガーデンで何を感じているのだろう。僕はまだ何もわからない。だから僕はホップになって美郷さんに飼われるところから始める。


 僕はチャオガーデンの岩場の上で寝転がっている。チャオガーデンには僕の他にもチャオがたくさんいて、みんな思い思いの場所で遊んだり眠ったりしている。中には人に飼われているチャオもいて、いつも時計の短い針が“8”を指したときにガーデンにやってきて“6”を指したときくらいにいなくなっていく。チャオガーデンに残るのは僕を含めて五匹くらいのチャオたち。僕たちは相変わらず思い思いのことをしている。
 いつも通り、その日も人に飼われているチャオがいなくなって少し静かになった頃、チャオガーデンに人がやってきた。僕は岩場の上からその人を見ていた。その人は僕が覚えている限りでは初めて見る人で、頭の色が明るかった。その人は僕たちを見回して、まっすぐ僕のところに向かってきた。
「君がいいなあ」
 とその人は笑って、僕の頭を撫でた。僕の頭に手を預けるような優しい撫で方だった。今まで様々な知らない人たちが僕の頭を撫でたけれど、この人が一番優しいなと僕は思った。そして僕はそのままその人に飼われることになった。その人は僕を抱っこして家まで連れて行ってくれた。腕の中は温かくて、柔らかかった。それほど長い時間抱っこされたのは初めてだったので、僕はとても幸せだった。
 その人は家の前まで来ると少し怖い顔になった。扉に僕の知らない何かを刺してゆっくりと回して、それと同じくらいゆっくりと扉を開けた。そのままこの人は音を立てないように、家の中に入って一番近くにあった扉を開けて中に入った。その人は扉についたつまみをカチャリと回して、僕をベッドの上に置いて、その人もベッドに座った。
「はあ、ごめんね。バレると面倒なんだよ」
 と僕に向かって囁く。
「あたしは美郷。君は今日からホップ。いいよね?」
 そう言って、美郷はまた僕の頭を撫でた。やっぱり美郷の手は優しかった。
 そうして僕はずっと美郷の部屋で過ごしていた。美郷が帰ってくる度に僕は飛びついて迎えたし、その度に美郷は僕を撫でてくれた。そして美郷は帰ってきてからはずっと部屋で僕と遊んでくれた。美郷の愛情を感じて、僕も美郷に愛を返していた。この時が、僕が生まれてから一番幸せな時期だった。
 あの日美郷は、コーヒーというものを部屋に持ってきていて、僕にはミルクというものを持ってきてくれていた。それを飲みながら美郷と僕は並んで座ってテレビを見ていた。何だったのかはわからないけど、美郷は途中からコーヒーも飲まずに夢中でテレビを見ていた。僕もそのなんだか綺麗な、動く画面と美郷を交互に見ていた。そんな時、突然美郷の部屋の扉が開いて、僕の知らない人が現れた。美郷はすごく驚いて、それを見た僕もすごく驚いた。
「鍵は」
 と美郷は小さく叫んでいた。いつもの美郷の口ぶりからすると、多分鍵って言うのは扉についているつまみのことだった。いつもは横向きになっているけど、今日は縦向きになっていた。美郷は部屋に入るといつも真っ先に鍵を回すけど、今日はコーヒーとミルクで両手が塞がっていたのでそれができなかったのだ。
「お前、チャオを飼っていたのか!」
 と部屋に入ってきた人は怒鳴った。この家に美郷以外の人がいることは物音や話し声でわかっていたから、人が入ってきたということに恐怖はなかった。でも、怒っている人というものを初めて見たので、僕はとてつもなく怖い思いをした。すぐに僕は美郷の背中の後ろに隠れようとした。でも美郷がすぐに立ち上がったので、僕は隠れる場所を失ってただ立ち尽くしていた。美郷の足の間から見える人が一歩を踏み出そうとしたとき、今度は美郷が、
「入るな!」
 と怒鳴ってその人の方へ近づいていった。僕から離れていく美郷の足。閉まる扉に、その向こうで怒鳴り合う二人。僕の知らない世界が扉の外にあった。その世界から帰ってくる美郷は、僕の知っている美郷でいてくれるのだろうか。それが怖かったけれど、扉から目を離すことはできなかった。扉についた鍵は、取っ手を回せば扉が開くことを示していた。僕は鍵を閉めてしまいたかった。そうしてベッドの中で眠って、いつもと同じ朝を迎えたかった。でも、鍵に手は届きそうになくて、僕は座っていることしかできなかった。
 扉が開いた。入ってきたのは、悲しそうな顔をした美郷だった。こんな美郷も、僕の知らない美郷であった。美郷が僕の知らない一面を見せる度に、僕の胸は苦しくなる。それはきっと、僕に見せていた顔が美郷の全てだと僕が思い込んでいたからだろう。でも、美郷が僕が思っているよりも、きっと複雑な人だった。
 美郷は僕を抱き締めて「ごめんね」と泣いた。僕は抱き締められる以上のことはできなかった。
 それから僕たちはまたいつもの生活に戻った。変わったことと言えば、美郷が以前よりも鍵の方を気にするようになった。鍵を閉めた時も確認をするけど、部屋で僕と遊んだりテレビを見たりしている時もちらちらと確認していた。僕はその瞬間を迎える度に意識が現実に帰ることになり、思い切って美郷と遊べないことを悲しく思った。
 そんな風に美郷はよく鍵を気にしていたのだけど、それは部屋の中にいる時だけだったのかもしれない。僕はたまに美郷と散歩に行くとき以外に部屋の外に出ることがなくて、その時も美郷が鍵を気にしていたかなんて覚えてないから、それが正しいのかどうかわからない。でも美郷はその日、部屋を出た後に扉の鍵を開けっ放しにしていた。美郷は朝慌ただしく着替えたり歯を磨いたりして、急いで部屋を出て行った。こんなことは少なくとも僕がこの家に来てからは初めてだったので、珍しいことだったのだと思う。つまみ以外の風景はいつもと何も変わらないのだけど、僕は全然落ち着けなかった。僕にはそのつまみしか見えなかった。美郷が怒鳴ったり、知らない人が怒鳴ったりする世界と繋がる扉が、今いつでも開く状態になっている。扉が開く瞬間の映像が頭の中に何回も流れた。僕は怖くて、ベッドの掛け布団の中に隠れていた。
 気づいたら僕は眠っていて、目が覚めても掛け布団の中なので今が昼なのか夜なのかもわからなかった。ゆっくりと顔だけを掛け布団から出すと、部屋の中も暗かったし、カーテンの外も暗かった。どうやら夜みたいだ。
 僕はそのまま美郷の帰りを待った。辺りが暗くなる頃には、いつも帰ってくる。そして、外から足音が近づいてきて、玄関が開かれる音がした。美郷が帰ってきた、と思って、僕はベッドの上に座り直して部屋の扉の方を見た。でも、扉は開かれなかった。代わりに、いつも扉の外から聞こえる知らない人の話し声が聞こえた。一人は美郷を怒鳴ったあの人だ。帰ってきたのは美郷じゃなかった。
 いつも美郷が「お風呂入ってくるね」と言った後に聞こえてくる水の弾ける音が聞こえた。あの怒鳴る人がお風呂に入っているのだろう。美郷がいなくて、あの怒鳴る人が家の中にいると思うと落ち着けなかった。美郷を早く出迎えたい反面、怒鳴る人の目に入ることが怖くて、僕はまた掛け布団から顔だけ出した中途半端な格好で美郷を待っていた。
 それからしばらくして、僕はまたうとうとしていた。なんとなく美郷がそろそろ帰ってくる気がしていた。そんな時、突然部屋の扉が開いた。僕は驚いて扉の方に目を向けて、そこにいる人影を確認した。あの怒鳴る人だった。僕が掛け布団から顔を出した状態で動けなかった。掛け布団の中に逃げたら、逆に見つかってしまいそうな気がしたからだ。でも結局、怒鳴る人と目が合った。
「いたいた」
 怒鳴る人が一歩を踏み出した。
 その時、丁度家に美郷が帰ってきた。家に入って美郷の部屋はすぐのところにあるので、美郷は家に入ってすぐに怒鳴る人が自分の部屋に入っているところを見たのだ。
「何やってんの」
 と美郷の震える声が聞こえた。
「お前のチャオを可愛がろうとしてただけだ。飼った以上はぞんざいに扱うのも、捨てるのも人道的じゃない。俺たちにはこのチャオを幸せにする義務がある」
「何が幸せだ!」
 美郷は叫んで、怒鳴る人を突き飛ばした。怒鳴る人は開いた扉に叩きつけられ、よろけたところを美郷に掴まれて部屋の外に引っ張り出された。そしてすぐに美郷は部屋に入って鍵を閉め、掛け布団を強く抱きしめながら声をあげて泣いた。扉の外でまた怒鳴る声が聞こえた。


 ホップのことを理解するのには、まずチャオのことを知らなければいけない。銀色のタマゴを孵すのにも、きっと知っておいた方が良いことがあるだろう。
 ホップと出会ってから初めての休日、そして冬休みの初日、僕は昼に図書館で『チャオ入門』という本を借り、それを持ってダークガーデンに来ていた。銀色のタマゴの前に本を広げて、ホップと並んで見る。本をタマゴの前に持ってくるときは、池に落とさないように気をつけた。濡らすだけでも気が引けるが、赤く濡れていたら次にこの本を読む人に要らない心配をさせるかもしれない。本とホップを同時に抱えて池を渡るのは不安だったので、僕は池を二往復した。ホップは池に入ってもなんとも思わないのだろうけど、それでも僕が抱っこして池を渡った。ホップは抱っこをすると、僕の胸にしがみつくようになっていた。 本の中にある情報は、必要のないものが多かった。祖先にあたる生物がいないだとか、体を構成している物質のほとんど水分だとか、転生についてはよくわかっていないだとか、そんなのばかりだった。あとはヒーローチャオ、ダークチャオ、ニュートラルチャオというものが存在していることや、進化をすることなど、今では知っていることが書いてあった。ただ“ヒーローチャオ、あるいはダークチャオへの進化”という項目の中に、目を見張る情報が載っていた。それは進化の条件に関する文章で、
『チャオは善人に育てられるとヒーローチャオに進化し、悪人に育てられるとダークチャオに進化する。また、善人がチャオにとって好ましくないこと、つまり暴力を振るったり睡眠を妨害したり嫌いなものを与えたりすると、チャオはダークチャオに進化する。逆もまた然りであり、悪人がそう言った行動をすると、チャオはヒーローチャオに進化する。人間の善悪の判断は、チャオの心理状態によってされると言う説が有力である』
 と書かれていた。つまり、ホップの心理状態から言えば美郷さんは善人にあたるのだ。美郷さんを敵として共有するという僕の愚かな野望は真に砕け散ったと言ってもいいだろう。そもそもそんなことをするつもりはなかったのだけど、有力説という形でも目の前にしたら衝撃だった。それを悲しいとは思いたくなくて、僕の視線はホップに縋った。ホップは何もわからないと言った風に頭の上にハテナマークを浮かべて僕の方を向いた。本物のホップの姿に僕は寧ろ安心してホップを撫でるとハテナマークはハートマークになった。
 そうか、と思った。人の善悪を決めて、その人の人生を左右するのはチャオだ。僕やチャオを飼っている人にとっての神ってきっと、チャオのことだ。そこまで考えて、いや、中身のないことを考えるのはやめよう、と僕は恥ずかしく思った。
 次にタマゴのことを読んだ。これは予想外であったが、チャオのタマゴは温める必要がないらしい。放置しておけば勝手に生まれるのだ。また『タマゴを優しく揺すったりしてやると、生まれたチャオが懐きやすくなる傾向がある。生まれたときのチャオの気分が、生まれて初めて見た者への第一印象を左右するからだと考えている』とも書いてあった。そして驚くべきことに『よほど強い衝撃を与えなければ叩き割っても問題なく生まれる。しかし、懐きにくくなるので飼い主とチャオが良好な関係を築いていくためには推奨しない』とも書いてあった。銀色のタマゴ云々ではなく、そもそも叩き割るという方法があることに驚いた。ホップは、と思ってホップの方を見たがすぐに、それはないな、と思い直した。試しにホップの頬の辺りに僕が手を当ててみると、ホップは顔や体を摺り寄せてハートマークを浮かべた。
 僕はこの銀色のタマゴの中を見たい。正直なところ今は、ホップと一緒に割ろうとしているのは“ついで”のようなものだ。昨日はホップと一緒に何かをしたいからタマゴを孵したいのだと思っていたけど一度冷静に考えてみたら、銀色のタマゴの中を見たい、という気持ちと、ホップと一緒に何かをしたい、という気持ちはまったく別のものであることに気がついた。銀色のタマゴの中を見たいという気持ちは、チャオガーデンに初めて来たときのような、一生のパートナーに出会うことになるかもしれないという気持ちに似ている。銀色のタマゴに何かを期待している自分を僕は自覚していた。
 でも、この銀色のタマゴを叩き割るのには抵抗がある。中には生き物が入っているのだから、うっかり殺してしまったら僕は人の道を進めなくなってしまいそうだ。放置していれば生まれる可能性もあるのだから、下手に手を出さない方が無難なのだろう。結局、僕はそのままタマゴには何もせず、ホップと過ごした。これだけ長い時間一緒にいられるのは初めてだったので、ガーデンの中を歩き回ったり他のチャオと触れ合ったり木の実をあげたり、色々なことをした。いつもと同じように、七時になったらダークガーデンを出ようと立ち上がる。長い時間一緒にいても満足はできない。寧ろ隣にいて当たり前のようだったホップと別れるのは寂しかった。いつもと同じ顔のホップをまたひとしきり撫でてから、僕はダークガーデンを出る。ホップがいなくなるとより寂しさは増した。そして休憩所に入ったところで、美郷さんに大きめの声で呼び止められる。美郷さんの存在に気づいていなかった僕は、かなり驚いた。
「ごめんごめん、そんなにびっくりするなんて思わなかったからさ」
「はい」
 一瞬怒りが込み上げてきて、その後すぐに違和感に変わった。僕は寂しさを感じていたつもりだったのだけど、いざ人が話しかけてきても全然満足できなかった。僕は一人になったことが寂しかったのではなく、ホップがそばにいなくなったことが寂しかったのだ。
「今日も来てたんだ。ホップはどうだった?」
「今日も元気でしたよ」
 そんなことを言うくらいだったら会ってあげればいいのに、と思ってしまう。でも、それは僕が親と上手くやれていて、ホップのことも好きだからそんなことを思うのだというような気もする。何せ僕は僕の人生しか歩んだことがないのだから、僕以外の人の感覚なんてわからない。それでも、美郷さんはホップにとっては善人なのだ。僕はわがままにホップのことばかりを思う。
「そっか。良かった」
 少しの沈黙があって、
「またサイゼ行かない?」
 と美郷さんは言った。美郷さんは何かを話したがっているのだろう。それで美郷さんが救われるのなら、僕は特別損をするわけでもないので一向に構わなかった。
「いいですよ」
「じゃあ行こっか。今日は雨も降ってないしね」


 昨日と同じサイゼリヤに行くと、そこそこ混んでいた。でも空席がないほどではなかったので、僕たちはすんなりと入店できた。今日は窓側ではなくて、店の内の方にある四人掛けのボックス席に向かい合って座った。
「あたしドリア」
「僕はハンバーグとライスで」
 すぐにチャイムで店員を呼ぶ。店員にメニューを告げたあと、今日は美郷さんが水を汲みに行った。客が多くて店員が忙しいということと、店員を呼ぶのが早過ぎて店員が水を持って来られなかったからだ。水を持ってきた美郷さんは、座ってすぐに喋り始めた。
「二日連続で話を聞いてもらっちゃうね。ごめんね」
「いいですよ」
「あたし、本当はガーデンにも行きたくないんだ」
 いいですよ、なんて簡単に言ったけど、僕は息が詰まった。なんとなく、まだ美郷さんとホップには繋がっているものがあると思っていたけど、美郷さんにとってはそれすらもないのだ。あまりにもホップが可哀想だった。でも、僕は美郷さんの感覚がわからないから美郷さんが何をできて何をできないのかもわからなくて、何も言えない。
「あそこに行くとなんとなく罪滅ぼしができた気になるんだ。何度も言うけど、すごく自分勝手だと思う。毎日来てるわけでもないし。でも、ガーデンに行く自分がいると思わないとあたしもやっていけないんだ」
「そう、なんですか」
 僕は相槌しか打てない。もちろん、美郷さんが救われることは僕も良いことだと思う。でもそれ以上に、僕はホップに救われて欲しいと思っている。二人とも救われるには、きっと美郷さんが変わるしかない。でも僕は美郷さんに何も言えない。手詰まりだ。
「あたしにそれ以上のことはできないよ。ホップからしたらあたしがガーデンまで来ていても来ていなくても会えないんだったら同じこと。だから責めて、真木くんにホップのことを可愛がって欲しいんだ。何度も言うけど、よろしくお願いします」
 昨日とは違って、ホップのことを考えたあとだからだろうか、喜びは感じなかった。ホップの幸せに関して僕は無知だ。勝手にホップの気持ちを決めつけて話を進めてしまうのには抵抗があった。それに、ホップの虚像が視野から外れたことで、美郷さんの境遇もわからないなりにも可哀想だと思った。もし仮に、僕が美郷さんを批判したらどうなるだろう。「君はあたしのことをわかっていないんだよ」と言われるのだろうか。それとも泣き出してしまうのだろうか。どちらにしても、良いビジョンではない。
「可愛がりますよ」
 前よりも明確な返事の仕方だと思う。もちろんそれは、美郷さんを救おうという気持ちがあったからだけど、そう思い切れているわけではなかった。ホップを可愛がるのは、自分とホップのためという面が大きいのだ。だって、それで十分じゃないか。でも、結果的に美郷さんも救われるのであれば、尚更良い。
「ありがとう」
 また、美郷さんのお礼で話は終わった。そしてすぐにメニューが運ばれてきた。僕たちは料理を黙々と食べた。美郷さんの方からたまに「学校どこ?」とか「彼女いるの?」とかそういう言葉があったくらいだ。僕は質問に答えたけど、そこから話が広がるような答えではなかった。こんなぎこちない会話になってしまうのは、きっと僕たちの間にある共通点がホップだけだからだ。それに加えて、僕がホップをすでに可愛がっていることを美郷さんは知らない。美郷さんからホップの話題が途切れてしまえば、あとは僕たちを繋ぐものなんてないのだ。探せばあるかもしれないが、美郷さんは上手く見つけられないようだし、僕も持っている話題なんて全然なかった。でも、これでいいんじゃないかとも思う。美郷さんが話したいことを話して、僕が聞く。これだけでも僕たちがわざわざこういう形をとって話した意義はある。その形が本当に収まりのいいものなのかどうかは分からないが、美郷さんが料理を食べ終わるのを見計らってからコップの水を一気に飲んで完結させた。そのときに、美郷さんの手と僕の手が似ていることに、初めて気づいた。
 家に帰ってすぐに美郷さんからメールがあった。帰り際に、美郷さんにメールアドレスを教えてほしいと言われ、教えたのだった。明日もガーデンに来るのか、という内容だった。僕は、美郷さんは行くんですか、と返信した。しばらくして、明日は雨降るみたいだしね、どうしようか、と返信があった。僕は、それならやめておきます、と返信した。すぐに、わかった、と返信があった。もちろん、僕は明日もダークガーデンに行く。
引用なし
パスワード
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三話 これが幸せ
 ダーク  - 14/12/2(火) 21:16 -
  
 あの日から、美郷の部屋の扉にはよくノックの音が響くようになった。扉を美郷が開けると、その向こうにはいつもあの怒鳴る人がいた。怒鳴る人は、
「ホップはいるか?」
 と言って部屋を見渡す。最初のうちは嫌がっていた美郷だったけど、嫌がる素振りを見せるといつも怒鳴り合いになるので、そのうち美郷は諦めて僕を差し出すようになっていた。
 美郷の部屋から初めて連れ出されたとき、僕は気が気じゃなかった。怒鳴る人はいつも突然怒鳴り出すので、僕も突然怒鳴られてしまうんじゃないかとずっと怖かった。それと、僕が連れ出された先の部屋には怒鳴る人ともう一人の人がいた。その人はどちらかと言うと美郷のように優しそうな人だった。初めて見たときその人は食べ物を作っていた。いい匂いがした。
 怒鳴る人はふかふかの大きな椅子に座って、膝の上に僕を乗せた。嬉しそうな顔をしながら僕の頭を撫でた。頭だけじゃなくて、首のところや脇腹のところを撫でられもした。美郷に撫でられるときはくすぐったいような幸せでいっぱいになるのだけど、怒鳴る人の手はまるで別の世界から出てきたもののようで、ただ温かくて大きいだけのものに触れられている感じがした。僕はその間、なんとかずっと怒鳴る人の目を見続けた。目を逸らしたらその瞬間に怒鳴られるような気がしたから。
 しばらくすると、優しそうな人がテーブルの上に食べ物を置いて、怒鳴る人と優しそうな人はテーブルの前にある二つの椅子に並んで座って食べ物を食べ始めた。テーブルを挟んで二人の反対側にも椅子が二つあって、その内の一つには食べ物も置かれているけど、誰も座っていなかった。二人が食べ物を食べ始めたので僕はやっと怒鳴る人から視線を外すことが許されたのだけど、背を向けていると後ろから突然怒鳴られるような気がしたし、わざわざ顔を見続けているとまた僕のところまで来るような気がしたから、優しそうな人の足元をずっと見ていた。すると、
「ホップ、お前の足元をずっと見てるぞ。何か食い物落としたんじゃないか?」
 と怒鳴る人が言った。それを聞いた優しそうな人は自分の足元に顔を近づけて見たけど、もちろん何もない。そのときに僕の視界の中に優しそうな人の顔が入ってきたのだけど、この人とならうっかり目が合っても大丈夫な気がしたので、僕は同じところを見続けていた。でも結局優しそうな人は僕と目が合う前に顔を上げた。
「何もないよ。たまたまここ見てるだけじゃないの?」
「もしかして、何か欲しいんじゃないか?」
 そういうと怒鳴る人は皿に乗っていた茶色い食べ物を指でつまんで、僕の方に見せた。僕はその食べ物を見るけど、それが何なのかわからない。
「だめよ唐揚げなんて。チャオに油っぽいもの食べさせるのはあんまり良くないんじゃないの」
「大丈夫だって。お前も美味いもん食いたいもんな」と僕の方を見る。
「そうかもしれないけど。まあほどほどにね」と優しそうな人は言って、それっきりまた自分の食事に戻ってしまった。そして怒鳴る人は唐揚げと呼ばれるものを僕の顔の前に持ってきた。確かにそれはいい匂いがしておいしそうだった。でも、なんとなく食べるのには気が引けた。そうして食べようかどうか迷ってるうちに、早く何かをしなきゃいけない気持ちになって僕は唐揚げを口に入れてしまった。それを見た怒鳴る人は喜んで、僕の頭を撫でた。唐揚げはおいしかった。でも飲み込んでしまうと、僕は毒を体の中に入れてしまったような気分になった。もう、元には戻れない。
 それから毎日、僕は怒鳴る人に美郷の部屋から連れ出されていた。あるときは最初に連れ出された日みたいに食べ物を食べさせられたり、あるときは膝の上に乗せられてテレビを見せられたりした。そういうとき僕はいつも緊張をしていて、美郷の部屋に戻れたときにはすっかり疲れてしまっていた。美郷はそんな僕を見てなのか、僕と遊ばずに、疲れた僕が眠るのをただ見ていた。
 そんな日が続く中で、また僕が怒鳴る人に連れ出されて、食事をする二人の足元を見ているときに美郷がその部屋に入ってきた。美郷がいつものように僕を抱いて、美郷の部屋に入れてくれるんじゃないかと思った。でも美郷は僕を少し見ただけで、優しそうな人の正面に座った。美郷は「いただきます」とだけ小さく言って、そのあとは黙って食べ物を食べた。怒鳴る人と優しそうな人はテレビを見ながら何かを話していた。すると今日も怒鳴る人はテーブルの上にある何かの肉を僕の前に差し出した。美郷が僕の方を見ていたけど、僕は怒鳴られるのが怖いからいつもみたいに諦めてそれを食べる。すると怒鳴る人が、
「美郷もホップを大事にしろよ?」
 と言った。僕は美郷の方を見た。美郷も僕の方を見た。美郷はゆっくり立ち上がって、僕の前まで来てしゃがむ。そしてしばらく僕を見つめたあとに、その手で僕をひっぱたいた。その瞬間だけ、その場の時間が止まったように誰も動かなかった。僕も何が起こったのかわからなかったけど、右頬に残る痛みに気がついたとき、悲しさに僕は声をあげて泣いた。それと同時に、
「お前!」
 と怒鳴る人が美郷をひっぱたいた。美郷は涙を流しながら怒鳴る人を睨みつけていた。怒鳴る人はずっと美郷に何かを大声で言っていたけど、僕はそれどころじゃなかった。僕は美郷の足にしがみついて泣いた。今度は足で振り払われて壁に叩きつけられた。でも僕は美郷に泣きつくしかなくて、美郷に向かって走る。また足で振り払われる。怒鳴る人が美郷を叩こうとするけど、美郷は抵抗をする。僕がまた美郷の方に走り出したとき、美郷は怒鳴る人と僕から逃げて自分の部屋に入って鍵を閉めてしまった。怒鳴る人は美郷の部屋の扉の前で大声を出して、僕は美郷の部屋の扉にしがみついて泣いていた。優しそうな人が、さっきまで僕たちがいた部屋から悲しそうな目で僕たちを見ていた。
 それから僕は美郷の部屋に入れなくなった。優しそうな人と居間(食べ物を食べる部屋のことを優しそうな人はこう呼んだ)で過ごすことが多くなった。優しそうな人は洋服を機械に入れたり、外に干したり、部屋を掃除したりしていた。たまに「ちょっと買い物に行ってくるね」と言って、いなくなったりするけど、そんなにかからずに帰ってくる。あとは大体テレビを見ていたり、たまに僕を撫でたりした。朝と夜だけ怒鳴る人もいて、怒鳴る人がいると優しそうな人だけがいるときとは違った動きが家の中に起きるみたいだった。美郷がたまに来ると、僕はすぐに美郷に抱きつこうとした。また美郷に撫でられたり、抱っこされたりしたかった。美郷は僕を叩いたり、突き飛ばしたりした。それでも、僕が愛されたいのは美郷だけだった。優しそうな人の前で僕が叩かれても、優しそうな人は相変わらず悲しそうな目で見るだけだった。
 どうしてこんなことになったのだろう。そう思って、怒鳴る人と優しそうな人の顔が思い浮かんだ。二人のせいで、美郷があんな風になってしまったんだ。怒鳴る人が怒鳴らなければ、優しそうな人が何かをしてくれれば、こんなことにはならなかった。美郷は本当は僕を撫でてくれて、抱っこしてくれる優しい人なんだ。そう思うと僕は余計に美郷にしがみつきたくなって、美郷の部屋の扉にしがみつくことしかできないのだった。
 そんな日々が続いて、僕の体は美郷に叩かれる度に、怒鳴る人と優しそうな人に撫でられる度に黒くなっていき、そのまま僕は進化を迎えてダークチャオになったのだった。
 それからさらに美郷と怒鳴る人が喧嘩をするようになった。美郷の僕へのあたりも強くなった。何度か怪我もした。その度に、怒鳴る人が僕の手当をした。あまり嬉しくはなかった。僕に必要なのは手当じゃなくて美郷だった。でももう、限界かもしれなかった。
 そんなとき、美郷がある日僕をバッグに入れて、外に連れて行ってくれた。僕はバッグから顔だけ出して、顔を美郷にくっつけて温もりを感じていた。久しぶりの幸せだった。でも、そんな幸せのときはすぐに去った。景色は僕の見覚えのある場所のものになった。チャオガーデンだ。僕はここに戻されてしまうのだと悟った。もう美郷に僕は完全に必要じゃなくなってしまったのだと思うしかなかった。でも美郷はチャオガーデンで僕たちの世話をしていた人に、
「すみません、このチャオを預けたいんですが」
 と言った。預ける、という言葉に僕はいくらか安心した。このガーデンにいた頃に聞いたこの「預ける」という言葉を使われたチャオは、必ず飼い主が迎えに来ていたからだ。美郷はまた迎えに来てくれる。とりあえず今は、それだけで十分だった。
「しばらく預けることになっちゃうと思うんですけど、いいですか? あと、この子はダークチャオだからダークガーデンでお願いします」
 それから僕はダークガーデンにいる。ここには飼われているチャオもいないし、人がチャオを見に来ることもないから、ここに来る人は世話をしている人だけだ。チャオガーデンにいた頃は全然気にしていなかったけど、何もないというのはすごく退屈だった。することがないから、僕はガーデンに置いてあるテレビを見て過ごした。美郷と一緒に人間のテレビを見ていた頃のことを、ずっと思っていた。
 ある日、ダークガーデンに世話をしている人以外の人がやってきた。僕はたまたまダークガーデンの入口の近くにいて、その人と目が合った。その人は黒い服を着ていて、瞳も真っ黒だった。楽しいのか、悲しいのか、よくわからない顔をしていた。その黒い人は僕の方に近づいてきて、僕を撫でた。手が美郷に似ていて、この人も優しい人だ、と僕は思った。黒い人はダークガーデンのお墓に座って、ずっと顔を抱えていた。どうしたのだろうと思って、僕がしばらく黒い人の前で待っていると、黒い人は顔をあげて、おぉ、と声を出した。僕と目が合って、少し嬉しそうな顔をした。僕も少し嬉しかった。その人が手を出してきたので、僕はその手に全身で触れた。こんなに人の手に愛を感じたのは久しぶりだった。その美郷みたいな手に、僕はずっと甘えていた。その人は「またね」と言って、ダークガーデンから出て行った。また会えると思うと嬉しかった。
 黒い人は次の日も来た。今日は撫でるだけじゃなくて、抱っこもしてくれた。池を越えて、タマゴのところに着いた。このタマゴはいつまで経っても孵らない。今まで何度かタマゴが孵るところを見たけど、こんなに孵らないタマゴはなかった。でも、チャオは僕に何もしてくれないので、タマゴが孵らなくても良かった。黒い人はタマゴを持ってじっとしていたけど、そのうち僕にタマゴを渡した。でも、僕はどうすればいいのかわからないので、ただタマゴを持っているだけだった。タマゴを持ち続けるのは苦しいので、僕はタマゴを離して黒い人に抱っこをせがんだ。黒い人はすぐに抱っこをしてくれた。そのあとは、黒い人が服の中にタマゴを入れてじっとしていたので、僕もその膨らんだ服に抱きついて黒い人の顔をずっと見ていた。優しそうな顔ではないけど、僕のことを愛してくれているのはわかった。僕も黒い人のことを愛している。僕はこの黒い人を喜ばせたかったし、もっと撫でられたかった。
 次の日は、時計の短い針が“1”と“2”の間にあるときに黒い人が来た。黒い人はいつもと違う格好をしていたけど、それでも大体黒っぽかった。黒い人は本を持ってきていた。チャオガーデンやダークガーデンにも本はあるけど、黒い人が持ってきた本は僕の全然知らない本だった。そもそもガーデンに置いてある本には絵がいっぱいあるのだけど、黒い人の本は文字というものがたくさん書かれていた。文字というものはガーデンで僕たちの世話をしていた人が教えてくれたけど、結局よくわからなかった。文字はガーデンの色々なところや美郷の部屋の中にもあった。やっぱり、よくわからなかった。
 僕と黒い人はまたタマゴの前に座った。今日は一緒にその本を読んだ。読んだと言っても、僕はところどころに書かれている絵を見ていただけだった。でも黒い人と一緒に本を読んでいると思うと、それだけで幸せだった。黒い人は時々僕の方を見た。たまに触ってもくれた。本は途中で閉じてしまったけど、その後長い時間一緒にいた。ガーデンの中を歩き回ったり、他のチャオを触ったりした。木の実を食べさせてもらったりもした。幸せだった。でもそんなことをしていると、僕は美郷の部屋にいた頃のことを思い出した。こんな触れ合いが当たり前で、僕にとっては美郷の部屋が家だった。僕はきっと帰れる家に帰るまでの間、ここで美郷を待っているだけなんだ。そこでたまたま出会った黒い人に、僕が帰るまでの間可愛がってもらっているだけなんだ。もちろん黒い人のことも好きだけど、僕は美郷が一番好きだった。
 黒い人は「またね」と言ってガーデンを出て行く。黒い人はまたここに来てくれると思う。でも僕はいつも、ガーデンに現れる人影が美郷であることを期待しながら、このガーデンの壁に描かれた暗い雲の先を思うのだった。


 どうして美郷さんは出会って間もない僕に、色々なことをさらけ出せるのだろう。家族との仲が険悪なことやチャオをダークチャオに進化させたことを他人に話すのは、きっと抵抗があることなんじゃないかと思う。もしも僕が美郷さんの立場であったのならどうだろう。僕だったら多分、他人には話さないと思う。それを話すことは、まるで自分はハンデを背負っているので優しくしてね、と言ってるようで情けないから。それに、例えば話した相手に僕が本当に愛されていたとして、僕はそれを愛なのか同情なのか見分けが付けられなくなると思うから。同時に、そうした他人への信頼をなくすことは、他人に向けられた自分の行動が正しい意味合いを持たなくなるということなんじゃないだろうか。行動の中にまったく他人という要素がまったくないのであれば問題ないが、少なくとも僕の場合は行動の中に他人という要素が含まれている。他人に向けることを意図していない行動でも、僕は他人という要素を考慮してしまい行動を制限されていたくらいだった。他人にハンデをさらけ出すというのは、そういった状況に自らをより追い込むことなのだ。
 しかし、それは僕の場合だったら、の話だ。美郷さんは違う。そもそもその結論に至ったのであれば、僕にそんな告白はしなかっただろう。一般的な観点で言えば、他人だからリスクを気にせずに話せる、だとか、ダークチャオを見られてしまったから混乱して、あるいはやけくそで全部話した、だとか、そういったものが理由になるのだろう。どちらも有り得るが、他人だと思われている気もしないし、混乱しているようにも見えなくて、どちらもしっくりこなかった。
 それとも、全てを話してもこの人なら自分を見誤ったりしないと言えるほどの信頼を僕が得ていたのだろうか。いや、信頼を得るような出来事は何もなかった。それに、そういった信頼の観点から考えるなら、ホップの方が高いレベルのところにいる。ホップは見誤るどころか、美郷さんが何を話しても美郷さんを愛し続けるだろう。現にホップは突き飛ばされても美郷さんに寄って行ったのだ。しかし、それはチャオに人間ほどの知能がない故である。それ故に、チャオに話したところで馬に念仏を唱えるような気持ちになってしまうのかもしれない。だから、人間である僕なのか。いや、飛躍が過ぎる。
 ミスターは現れない。その理由は僕もわかっている。言葉にするのには恥ずかしい一つの仮説があるからだ。でもそれが間違っていたときに僕は居た堪れない気持ちになるだろうから、それを仮説として挙げることもしたくない。
 ミスターが出てこないのは、僕にとっては間違ったことだ。そして僕にとって間違ったことを咎めるのは本来ミスターの役目なのだ。そんなパラドックスも今や思考の隅にしか存在を示さなかった。でも僕がその仮説に没頭しなかったのは、きっとミスターのお陰だ。僕は何も考えないようにして、眠ることができた。


 タマゴを叩き割っても問題ない、という情報が僕の感情にまで浸透したらしく、僕はまた朝からダークガーデンに行こうとしていた。僕は食パンにバターを塗ってレンジに入れているところだった。音をあまり立てないように注意を払っていたが、パンの袋を開ける音やレンジの音はどうしても抑えきれず、結局母親を起こしてしまうことになった。母親は、休日だというのに朝の七時から起きて居間にいる僕を見て驚いた。元々休日は起きる時間が遅く、あまり外に出ることもなかったので無理もなかった。
「どうしたの?」
「ちょっと出かけてくる」
「あら、珍しい。気をつけて行ってらっしゃい」
「うん」
 そう言うとまた母親は寝室に戻っていった。父親もまだ寝ているだろう。やっぱり僕の家は平和だ。でも、たまに美郷さんの家のような環境が羨ましくなることもあった。僕は自分から何かを進んでするということがなかった。したいこともなかったし、何かをするにしても面倒だった。でも、漠然と他の人にないものを持っていたらな、とは思っていた。そういう意味で、強制力を持った何かが僕を動かしていたら、と思わざるを得なかったのだ。でもそれもよくよく考えれば嫌な面の方が多いし、結局のところ今のままでいいと思ってきた。
 今はどうだろう。こうやって休日の朝早くに居間で朝食を取っているように、僕は確実に以前とは違う環境に身を置いている。何よりも、僕にはホップという意識を占める大きな存在ができた。今のままでいい、だなんて消極的な表現をしてはホップに悪い気がする。今のままがいい、と明確に言ってしまいたい。でも、そう言い切るには美郷さんがホップを愛さなくてはいけない。そして、僕はホップに愛され続けたい。これが今僕の前にある重要な課題だ。これがきっと、足を進めた者の前に現れる困難なのだろう。
 ホップが僕の家にいたら良かったのに、と僕は思う。その世界でも僕はホップを愛しただろうし、ホップも僕を愛してくれたはずだ。親もホップの世話をしてくれて、何一つホップは苦しまずに済む。でも現実はそうじゃないし、ホップはおそらく苦しんでいる。もう余計なことは考えず、早くホップのところに行こうと、急いで着替えて家を出た。
 僕がダークガーデンに入ると、いつものようにホップが迎えてくれた。美郷さんじゃなくてごめん、と心の中だけで謝る。ホップを撫でるとハートマークを浮かべて、また僕の手を両手で抱えて顔を寄せてくる。そうすると僕は、これでいいんじゃないか、と思ってしまう。僕はそれを振り払って、靴と靴下を脱いでホップを抱きかかえて赤い池を越える。
 そして早速、僕は銀色のタマゴを拳で叩いてみた。硬いけど、中まで鉄の塊という感じではない。ハンマーがあれば割れるんじゃないか、と思うが、リュックの中に入れてでもハンマーを持ち歩くのは少し抵抗がある。そもそも、ハンマーなんて家にあっただろうか。いや、確かこのデパートには工務店が入っていた。そこで買ってこよう。
 僕はホップに「ちょっと待ってて」と言って撫でてから、ダークガーデンを出た。ホップはハテナマークを浮かべていた。僕はすぐに工務店に行き、ハンマーと小さなマイナスドライバーを買ってダークガーデンに戻った。ホップはタマゴの前に立っており、僕が入ってくるのを見るとタマゴを持ち上げて僕の方に向けた。差し出してくれているのだろう。僕は急いで赤い池を渡ってタマゴを受け取り、ホップを撫でた。ホップは寂しかったのか、僕の足にしがみついて離れなかった。
「寂しかった? よしよし」
「ちゃおお」
 僕の前でホップが初めて声を出した。丸みのある、高くて綺麗な声だった。犬が寂しいときに鼻を鳴らすようなトーンに似ていたが、鳴いているというよりは喋っているような声だった。黒い体と鋭い目をしていても、やっぱりチャオはチャオの声を持っている。僕は驚きと喜びでいっぱいになったのだった。
 声を出してくれたのは、たまたま僕の前で初めて寂しいと思ったからなのか、僕に心を開いてくれているのか、わからなかった。そして僕はこの声を受け入れてしまってもいいものなのだろうか。この声に甘えて、ホップとの距離をより縮めたいと思うことで、ホップと美郷さんを引き離してしまうのではないだろうか。僕はホップとの距離を縮めたいと思っていたはずなのに、実際にそういった状況になると別の現実が見えてくるのだった。理解のある愛って、なんなのだろう。もしかしたら、美郷さんをホップに会うように促して、僕はホップの前から消えるべきなのかもしれない。でも、声を聞かせてくれた事実を考えると、僕がいなくなるのはホップにとって酷なことかもしれないし、何よりも僕はホップと一緒にいたかった。
 ホップと別れる覚悟のことを考えて、僕はそれを打ち消したくなってタマゴにドライバーを突き立ててハンマーで叩いた。タマゴにはヒビ一つ入らなかった。
 ドライバーを突き刺しそうとしてみたり、直接ハンマーで叩いてみたり、そんなことをずっと続けていると携帯が震えた。メール受信の振動パターンだった。ポケットから少しだけ携帯を出して見ると、美郷さんと表示されているのが見えた。どきりとした。もちろんそんなはずはないのだが、僕が美郷さんに嘘をついてダークガーデンに来ていることがバレたような、そして、ホップに僕と美郷さんが関わりを持っていることがバレたような気がした。僕が携帯を取り出すのを見て、ホップはハテナマークを浮かべた。僕がホップをお腹の辺りに抱き寄せるとハテナはハートになり、ホップは僕に甘え始めた。そんなことをする必要はないのだけど、僕はその隙にメールを確認した。僕はそれを見て、改めてどきりとした。
『クリスマス、予定空いてる?』
 目の前に、ハートマークが浮かんでいた。


 クリスマス当日、僕と美郷さんはオムライス専門店に来ていた。駅に集合したのが十九時くらいだったので、店に入ったのは十九時半くらいだったと思う。正直、ここでの出来事はよく覚えていない。美郷さんが白くて綺麗なセーターを着た上に銀のネックレスをしていて、オムライスがおいしくて、あまり弾まない会話をしていた。特製ソースのかかったオムライスを僕は食べたのだけど、何かの味に似ているが、それが何の味だったのか思い出せなくて、
「これ何かに味に似てる。なんだろう」
 と言って、会話のない時間を誤魔化した。実際に思い出せなかったのだけど、それを口に出すのは自分でも珍しいことだと思った。美郷さんにも一口食べさせたけど、美郷さんも「なんだろう」と言って首を傾げた。それからしばらく黙々とオムライスを二人で食べていて、僕は、
「そうだ、卵かけご飯だ」
 と言った。それから先は何も覚えていない。
 その帰り道、美郷さんとコンビニに寄った。僕は何も買わなかった。美郷さんは缶チューハイを二本買っていた。レジで美郷さんは運転免許証を見せていた。そこで初めて美郷さんが二十三歳であることを知った。僕の六つ上だった。僕は漠然と二十歳くらいだと思っていたのだけど、運転免許証の写真の美郷さんはちゃんと二十三歳の顔をしているように見えた。
 コンビニを出たあとは公園のベンチに座って、二人で缶チューハイを飲んだ。それぞれ桃と葡萄のチューハイだった。僕が葡萄で、美郷さんが桃を選んだ。こんなにお腹もいっぱいで、缶チューハイ一本くらいじゃ酔わないだろうと思っていたのだけど、意外と頭がくらくらした。僕は缶を一つ空けるくらいに酒を飲んだことがなかったので知らなかったが、僕はお酒に弱い方なのだろう。美郷さんは、僕に肩を寄せていた。この人も女なのだと思うと、なんだか馬鹿馬鹿しいと思いつつも、緊張している自分を自覚した。ここでは、チューハイの味についてしか話さなかったけど、それもまた覚えていない。
 その後、僕たちは駅に向かった。駅に向かう途中、美郷さんが小さな声で「手を繋ごう」を言った。あぁ、やっぱりこの人は僕のことが好きなのか、と思うしかなかった。もし違ったら、とも考えたけど、酒のせいもあってかその先を考えることを諦めていた。手を繋ぐと美郷さんは「こうがいい」と言って、お互いの手を所謂恋人繋ぎの形にし直した。僕が損をせずに美郷さんが救われるのなら、という名目のもとで、僕は美郷さんと手を恋人繋ぎにして駅に向かった。僕たちの他にも、同じように恋人繋ぎをしたカップルを何組も見かけた。僕もその中の一人だと考えると手を振り払いたくなったが、我慢した。
 駅に着くと美郷さんは改札へは向かわずに、駅前の休憩所の中に入った。僕もそれについて行く。休憩所の中に僕たち以外の人はいなかった。立方体に近い形をした休憩所だった。四隅の木の柱とベンチの木以外は白かった。壁も床も、少し汚れた白だった。入って正面の壁にはシンプルな円形の時計があって、右手側の壁には電車の時刻表、左手側の壁には外国の町並みの中を一人泣きながら歩く子供が描かれた絵が飾ってあった。その絵の下のベンチに美郷さんは座ったので、僕はその隣に座った。
「ありがとう」
 と美郷さんは言った。なんと答えていいのかわからないので、僕は黙って床の汚れを見ていた。何の特徴もない汚れで見る価値なんてものはなかったけど、そこしか視線の逃げ場がなかったから僕はそこを見ていた。
「わかってると思うけど」
 と美郷さんは切り出した。
「あたしは真木くんのこと好きだよ」
「はい」
 あたしは、が浮いて聞こえた。わざわざ言ったということは、僕にその気がないこともわかっているのだろう。
「でも、付き合って欲しいとは言わない。ただ一緒にいられればいいんだ。だから、いつもみたいにチャオガーデンの休憩所で会って、少し話ができればいい。これからもあたしと会ってくれる?」
 僕の頭の中は真っ白だった。ただ、答えなくてはいけない、とだけ漠然と思っていた。この文字列は何の意味も持っていなかった。視界に映る床の汚れだけが、僕の認識の全てだった。
 僕は美郷さんの方を見た。美郷さんは僕の目をじっと見ていた。目を離したら僕は思ってもいないことを口に出してしまいそうだったから、僕も美郷さんの目をじっと見た。そこでようやく僕の頭は動き始め、意味のない文字列を振り払うことができた。
 これからも美郷さんに会うか、という問いは難しい問いだった。僕が会っているのは美郷さんではなく、ホップなのだから。それを言ってしまったら美郷さんは傷つくだろうし、ホップと会っていると言うのも気が引ける。ただ、結果的にホップに会うということは美郷さんにも会うということだから、会うと言っても良さそうだった。
 でもこれがうっかり、チャオガーデン以外の場所でも会おう、ということになっていったら、僕はそのとき断れるのだろうか。現に今日はチャオガーデンに行っていないのに、こうやって一緒に夜ご飯を食べて、一緒に酒を飲んで、この休憩所で話している。クリスマスだから、という理由があるにしても、この理由がバレンタインデーだから、ホワイトデーだから、ゴールデンウィークだから、夏祭りだから、にならない保証なんてない。いずれは理由がなくても「会おう」のメールだけで会うような関係になるかもしれない。
 いや、それが何だと言うのだろう。僕は損なんてしていないし、それで美郷さんは救われるのだ。ホップとも会い続けることができるし、あわよくば美郷さんとホップと繋ぎ合わせることもいずれできるかもしれない。僕が少し我慢をするだけで、誰もが救われるかもしれないのだ。そう、これでいい。
「君が少し我慢をする? ふざけたことを考えるね。雨なんていつだって降っているものさ」
 ミスターの声が唐突に聞こえた。
「雨を見ようとしない美郷さんにとっての偽物の太陽に君はなろうとしているんだ。君があれほど嫌ってきた馬鹿の言いなりだ」
 確かに美郷さんは雨を見ようとしないのかもしれない。でも、それは嫌というくらい雨を見て、雨に打たれてきたからだ。僕が今まで罵ってきた馬鹿の中に美郷さんを含めるのは盲目的だ。
「そういうことを言っているんじゃない。君が偽物の太陽になろうとしているということ自体が、雨を見ようとしない馬鹿を肯定すると言っているんだ。そもそも、君は偽物の太陽になることすらできない。彼女の偽物の太陽になってやれるくらいの器があるのなら、君はもっと早くにあの森の木の根元から立ち上がることができていたはずだ」
 でも、あの頃の僕とは違う。僕は一歩踏み出し、ホップと出会い、美郷さんと出会った。その現実の中で得た変化をもって、この現実を打破するのだ。それが真っ当な判断というものではないか。
「仮に、君が彼女に光を与えることができたとして、君程度の光で彼女がホップを愛するようになると思うか? 君はもう気づいているだ。美郷さんはこのままじゃきっと変わらないし本当は面倒臭いけど、可哀想な人が自分に好意を持って接してくれるから相手をしてあげているだけだ、ってことに。君は結局、目の前の現実に妥協をしているだけで、打破なんてしようとしていないんだ。だから、自分にとって良さそうな部分が少しでもあればそれを言い訳に今のままでいいんじゃないかという結論を導き出してしまうんだ」
 例えこれが妥協だったとしても、結果として救える可能性があるのならそれを選ぶことは間違いじゃない。可能性という言葉を僕に持ち出したのはミスターの方だ。道の先にある可能性にかけて、全員が幸せになれるのならそれが一番いい。
「現実への立ち向かい方を間違えるな。可能性というのは現実の中だけにあるんだ。君が今見ているのが現実なのかどうか、考えればすぐにわかるだろう。いいか、大輔。“ホップを救えるのは美郷さんしかいない”。ホップが美郷さんのことを愛しているのは君の問題か? 美郷さんがホップのことを嫌っているのは君の問題か? 違うだろう、それはあの二人の問題なんだ。全員が幸せになれる? 論外だ。身の丈に合わないことをしたところで、いずれ君は本当の自分を隠せなくなって余計に彼女を傷つけるだけだ。ホップがいる現状に満足してホップを幸せにできないままだ。君が見るべきなのは道じゃない、君の足だ」
 僕はもう何も言えなかった。ミスターの説得は正しい。間違っているのは僕の方だ。人の周りには常に道があって、どこを歩いても道の上にいるように僕には見える。道の上を歩くのは楽しく、辛いことかもしれない。でも、それを道の上だと思って見ると途端にそれらは魅力を失って、僕はどの道にも進まずにいた。でもミスターは僕の中にある漠然とした可能性を信じて、歩き始めるのをひたすら待った。そしてその漠然とした可能性は様々な運を巻き込んで僕の足を動かし、どの道にも乗らずにダークガーデンに辿りつかせた。そして僕はホップに出会った。ところが可哀想な美郷さんが近くにあった道の上で泣いているものだから、僕はその道の前で立ち止まってしまったのだ。ミスターは立ち止まった僕を見て、ふざけるなと怒った。当然のことだろう。僕が今まで動かずにいた理由はどこへ行った? 僕の足はとっくにホップに向かって動き始めている。僕の前に道はない。そして僕はホップの幸せだけを掴まえるのだ。
「僕はホップのことが大好きなんですよ、美郷さん。ホップが美郷さんのことを大好きなようにね」
 僕がそう言うと、美郷さんは「うん」と頷いた。きっと、彼女はわかっていない。僕が言ったこと、僕が次に言おうとしていること。
 これは僕の責任なのだ。美郷さんのわがままではなくて、僕のわがままのせいなのだ。でも、こうなるのもしょうがなかったことなのだ。僕はそういう人間だったのだから。これが、僕の足の進む方向なのだから。
「だから、これ以上僕たちが会うのはやめましょう」
 美郷さんは目を少し大きくして、すぐに目と口を細めて、下を向いた。そして、
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
 と言った。言い終わる頃には涙を流し、発音もできていなかった。その後美郷さんはぼろぼろと泣いた。下を向いて、両手で顔を覆った。
 僕は立ち上がって、休憩所を出た。出るときに、もう一度だけ休憩所の中を見た。街の中で泣く子供の先で、美郷さんが泣いていた。
 美郷さんは、道の上にいたのだ。


 黒い人はあの硬そうなものでタマゴを叩いた日から、まったく来なくなった。それで僕は寂しい思いをしていたのだけど、それから何日かした頃に美郷が来た。僕は嬉しくてたまらなくて、ダークガーデンに美郷が入ってきたときにすぐに走って行った。美郷は僕を突き飛ばさずに、初めて会ったときみたいに僕を撫でてくれた。
「ごめんね、ホップ」
 美郷は泣いていた。美郷が泣いている理由はわからないけど、僕はとにかく美郷の胸に抱きついて、泣き止んで欲しかった。
 しばらくすると美郷は泣き止んでくれた。僕は嬉しくて、美郷の手に頬をすり寄せた。美郷も僕の頬を撫でてくれた。
「真木くん、ホップのこと大好きだったんだって」
 真木くんというのが黒い人のことだとわかった。知ってる、黒い人は僕のことを大好きだ。
「ホップ、あたしのこと大好きだったんだって」
 また美郷は泣き出した。そう、僕は美郷のことが大好きだ。だから、僕はずっと美郷と一緒にいたい。僕はまた美郷の胸に飛び込んだ。
「一緒に帰ろう、ホップ」
 僕は幸せだった。


 年が明けて冬休みが終わる頃、僕はデパートに来ていた。デパートは鏡餅やらイルミネーションやら福袋を買いに来た客やらでごちゃごちゃしていた。こういったものの楽しみ方は、未だにまったくわからなかった。人混みを避けて、エレベーターの前に立った。エレベーターの前にも人がたくさんいた。でも、地下へと向かうエレベーターに乗ったのは僕一人だった。子供がチャオを飼いたいと言って、買いに来る親子連れがいても良さそうだったけど、僕は一人で地下に向かっていた。
 休憩所にも誰もいなかった。受付の人だけは変わらず、いつもの女性だった。彼女は「いらっしゃいませ」と言った。僕は何も言わず、ガーデンの扉を開けて、まっすぐダークガーデンに向かった。
 ダークガーデンの中に、ホップの姿はなかった。覚悟はしていた。寧ろ、そうであることを望んでいた。ホップはきっと、美郷さんに引き取られた。
「これが幸せ?」
 ミスターが僕に問いかけた。僕はダークガーデンの中にホップの姿を隈なく探した。墓の後ろも、鳥籠の中も、池の中も探した。もちろん、どこにもいなかった。他のダークチャオたちが、僕を不思議そうに見ていた。
 そして、僕は探している途中に、ようやく一つの大きな変化に気づいた。銀色のタマゴが割れていたのだ。かつてはあれほどまでに存在感を放っていたのに、今や気づかないほどに背景に溶け込んでいた。割れた銀色のタマゴのそばには、銀色のコドモチャオがいた。僕は池を越えて、コドモチャオのところまで行った。コドモチャオは僕を見てきょとんとしていた。撫でると、ハートマークを浮かべた。可愛らしかった。
「ごめんね、飼うつもりはないんだよ」
 そして僕はコドモチャオを思い切り蹴飛ばした。コドモチャオは池を越えて、砂利の上に転がった。すぐに体を起こして、すすり泣きを始めた。僕はまた、コドモチャオのところまで行って、その頭を撫でた。
「僕、またここに通うよ」
 そう言ったところで、涙が溢れ出た。コドモチャオと一緒に、声をあげて泣き続けた。
「大丈夫だよ」
 ミスターが言う。
「雨なんていつだって降っているものさ」
引用なし
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ボクはチャオ(v1.1.1)
 チャピル WEB  - 14/12/23(火) 22:56 -
  
12月23日 22:56
先に親発言だけ作って自分を追い込んでいくスタイル

12月23日 23:56 (v0.0.1)
14時間ではこれが限界でした。ごめんなさい。
ライブラリーに収録される頃にはきっといろいろ修正されているはずです。

聖誕祭おつかれさまでした。グッナイ!

12月28日 21:11 (v1.0.0)
チャオ16周年おめでとうございます。そして遅刻してごめんなさい。
聖誕祭14時間チャレンジのつもりが、完成させるまですっかり長くなってしまいました。
ひとまずは今日のバージョンで最終形としたいと思います。
挑戦状スレのハードルは下げたので、あとはホップさん頑張ってください。

12月29日 18:46 (v1.1.0)
Part2にバナナ買うシーンを入れたりしました。

12月30日 12:02 (v1.1.1)
オランダ人→ポルトガル人。
引用なし
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チャオの羽(更新12/31)
 スマッシュ  - 14/12/23(火) 23:34 -
  
二話で終わりです。

一話もちょっと更新したので書いておきます。
変えたのは書き出しで、「私の背中には、チャオの羽が付いている。」までの部分を短くしました。余分な文章多いかなって思ったんで、すっきりさせました。以上。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chr...@p122.net059084248.tokai.or.jp>

第一話 イノリ
 スマッシュ  - 14/12/23(火) 23:35 -
  
 私はチャオに変身できる。服を脱いで、壁の方を向いて体育座りで座っていると、私は白っぽい肌色のチャオになる。私の背中を見た人はぎょっとする。それで人が離れていくのは本意ではないから、私はなるべく背中を人に見せないようにしている。
 私の背中には、チャオの羽が付いている。ニュートラルノーマルチャオのもので、それは私の両親がチャオから引きちぎって私に縫い付けたものだった。つまり本物のチャオの羽が私の背中にはあって、だけどそれは私がチャオだから付いているわけではないということだ。私の両親は私で遊ぶのが好きだった。私は目と鼻を整形している。未成年が整形するには親の同意が必要らしいのだけれど、私は親に強制されて整形をした。そういう風に、両親は私を自分たちの好きなようにいじくりまわした。整形して顔が可愛くなると、両親は私に羽を付けたがって、そのために野良のチャオを拾ってきて、羽を引きちぎったのだった。チャオはとても痛そうにしていた。私も羽を縫い付けられている間、とても痛い思いをした。その後すぐにチャオは死んでしまったが、それから三年経った今も私は生きている。
 チャオの羽は、熱を冷ますシートのジェルか、ぬいぐるみの腕に似ている。ジェルというのは、触った感触だ。服を着ていると背中の辺りにずっと体温と同じくらいのぬるい羽が密着していて、その感触が冷たくなくなったシートのジェルにとても似ている。そして羽はまるで生き物ではないかのように、まるでぬいぐるみの一部分であったかのように、腐ったり萎びたりすることがないまま私の背中にくっ付いている。羽を引きちぎられた時も、チャオは血を流さなかった。そういうところがぬいぐるみみたいだった。
 自分の手で羽を掴んで引きちぎることもできるけれど、そうしないのは、私の体にチャオの羽が似合っているような気がするからだ。親のしたことは最低だと思うし、親のことを憎んでいるけれど、私はこの体とこの顔が大好きだ。母親は美人で、私は彼女の白い肌と細くて長い体型を受け継いでいた。ぱっちり開く目を始めとして、美人で可愛く見える顔。二次性徴でできた腰のくびれや膨らんだヒップは、自分で触っていても楽しいと思うくらい心地いい曲線を描いている。私は私自身が凄く可愛くて、貴重なものであるということを、よく知っている。

 チャオガーデンのあるホテルに私はよく行く。最近は駅近くにある、地下にチャオガーデンのあるホテルに頻繁に行っている。住んでいるようなものだ。実際ここ十日のうち、七日はここに泊まっていた。ホテルのチャオガーデンのほとんどが部外者でも立ち入りできてしまう。だから私はまずそこでチャオと戯れながら、夜を共にする相手を探す。場所が場所だから、そのホテルに泊まっている男と寝ることが多い。
 このホテルを作った人はよほどチャオが好きだったらしく、一つのフロアが丸々チャオガーデンになっている。広いガーデンの真ん中に立って、私は周囲を見回す。チャオとも遊ばずに一人でいる人を探すのだ。私はというと、チャオを抱えているから、ただのチャオ好きの少女に見えないこともない。だけど私の抱えているチャオは、目印でもある。
 私のチャオはダークチャオだ。名前をソウという。ナイツチャオにしたくて、紫色のカオスドライブをやっていたのだが、どんどん黒くなっていった。ダークヒコウチャオでもいいや、似たようなもんだし、格好いいから。そう思って、そのままダークヒコウチャオに進化させた。チャオをダークチャオに進化させてしまう人にろくな人間はいない、と言われている。だから外でダークチャオを抱えて歩いているやつのほとんどは、自分はろくでもない人間だと主張したいやつだ。そして私の場合は、私がトウコという女であるという目印と主張するためにソウを抱えていた。
 ホテルのガーデンによくいて、ダークヒコウチャオを抱えている。それがトウコという女の目印で、一晩泊めてやれば安く買える。ネットの掲示板でそう書いたりしている。それで三人くらいゲットできたのだけど、それ以上に、私をダークヒコウチャオの女として覚えて、再び私を買うためにホテルのガーデンに来る人がいるのが大きかった。容姿がいいことと、寝床を確保するために料金にはこだわっていないことが幸いして、私は毎日ベッドか布団で眠れている。
 まるで遊びに混ざれない子供のように、チャオと遊んでいる人たちから離れてチャオを眺めている男の人を見つけた。とても退屈そうで、立って少し歩いては腰を下ろしてチャオを眺めていた。丁度いいと思ったから私は男の方に真っ直ぐ歩いていく。近寄ってくる私を、男はじっと見つめた。そんなに見つめて泊めてくれるんだろうな、と確信に近いものを私は持つ。
「チャオ好きなんですか?」と声をかける。男は見ず知らずの人間に話し掛けられたことに戸惑う様子もなく、
「いや、そういうわけじゃないけど、なんか暇で。面白いことないかなってぶらぶらしてたんだよ」と言った。
「ふうん」
「で、君は? 一人?」
「そう、一人。ついでに言うと、今日泊めてくれる人探してんの」
 私がそう言うと男のテンションは上がって、目がきらきらと輝くように大きく開いた。
「マジで? それって、家出中ってこと?」
「そうそう、家出。もう三ヶ月くらい帰ってないよ、家」
「三ヶ月! 本当に? なんか尊敬するわ」
 俺はそんなに家出できそうにない、と男は言った。やってみると意外とできるよ、と私は言った。私の場合は、意外と簡単だった。
「ちょっとわけありで上は脱げないけど、それでいいんなら、安くしとくよ。どう?」
 上を脱げないわけというのは、勿論チャオの羽のことだ。それを見ると、もうそういうことどころではなくなってしまうから、見せないようにしている。
「全然オッケー。俺着たままするの好きだから」と男は言った。このホテルの五○三号室に男は泊まっているらしい。宿泊客はチャオをガーデンに無料で預けることができる。それを利用させてもらって、ソウをガーデンに置いて私と男は部屋に行った。
 シャワーを浴びて、ベッドに腰掛ける。男は私の肩を抱くと、
「会社をクビになったから、旅行してみることにしたんだ」と言った。
「ずっと田舎暮らしだから東京に来てみたんだけど、こういうこともあるんだな、東京って」
 私は肩を抱いている腕に、私の羽が触れてしまわないか心配で気が気じゃない。近付いてくるようでいつ触れるかわからない唇に、
「じゃあ、私がいい思い出作ってあげるよ」と言ってこちらからキスをする。そして男を寝かせて、私は上に乗る。
 背中の羽を触らせないことばかり考えてしまうから、私は男の手を取ってパーカーの中に誘導する。男の手を私の腰に押し付けさせて、そこから徐々に上って胸を触らせてやる。おお、という顔をして男は指を動かした。裸を見せてやれないから、せめてもと思って下着を外しておいたのだった。胸に手のひらが押し付けられる。その手が背中に回らないように、私はその上に手を軽く重ねたままでいた。男の指が動くのを、手でも感じる。自慰をしている気分で、指の動きを感じる。大きいね、と男は言う。私は頷く。腰を前後に動かして、男の下腹部をさすろうとしてみる。興奮した男が私の思うがままの反応を見せると、私は安心して自分も楽しもうという余裕が出てくる。今日はここで眠れるとわかって強ばりの抜けた体を私は思いのままに動かす。こういうすかっとした気分の朝が幼少期にあったような気がする。

 私は五時に目を覚ました。なるべく早く起きるようにしている。羽のことを知られなければ、また泊めてくれるかもしれないから、隙を見せないようにしているのだった。男はまだ眠っていた。私も無理に起きているだけで、まだ寝足りない。一度目を覚ましたら、男が起きてくるまでは浅く眠る。横にならずに座って項垂れた状態で目を瞑る。授業中の居眠りのように。
 朝食をおごってもらい、お金をもらって別れる。朝食と夕食をおごってもらうのが理想だ。誰も掴まえられなかった時のためにお金はたくさん持っておきたいし、それに家出をしている身分のくせに私は物欲も結構ある欲深い人間だから、さらにお金を貯めておきたいのである。
 ガーデンに行ってソウを受け取る。ソウはまだ眠っていたから、私もその隣で少し眠る。吸い込まれるように眠っていくのを感じて、昼まで眠っていそうだと思ったが、目を覚ましたソウが私の頬をつついて、私は目を覚ました。私はソウを撫でて、餌をやる。ガーデンに生えていた木から取った実だ。半分食べてソウはもうお腹がいっぱいだと腹を叩くので、残りは私が食べる。実は柔らかくて、あまり甘くない桃のようだ。おいしいと思えばおいしいと言えるような味をしている。
「それじゃあ行こうか」と私はソウを抱き上げて、ガーデンから出る。
 私はチャオの卵や餌を売っている店に行く。そこにはチャオ関連のグッズが揃っていて、チャオの服も置いてある。ソウに服を着せたいとはあまり思っていなかったのだが、とても可愛いチャオ用の服があるのを見つけてしまって、それから興味を持つようになったのだった。特に、イノリというブランドの服が可愛くていい。チャオの可愛さと乗算するような勢いで、イノリの服を着ているチャオを町で見かけると、とんでもなく可愛く見える。他のチャオの服は、人間の服をチャオ用に縮めたようなものが多いのだが、イノリの服は人間の服から使えそうなところを切り取ってチャオ用に縫い直したかのような、大胆なアレンジが効いている。たとえば人間の服であればこそ自然に見える大きめのボタンをチャオ用の服に使うことで、人間のするお洒落をチャオがやっているという微笑ましい感じを生み出したりするのだ。もしソウに似合うのがあれば着せたいと思っているのだが、イノリの服はどれも白い肌のヒーローチャオに似合うように作られているらしくて、黒い色のダークチャオであるソウにはあまり似合わない。
 チャオの服には、どのチャオに似合うか書かれたタグが付けられているのだが、イノリの服のタグには大抵、ヒーローチャオ向け、と書いてあった。物によっては、ヒーローチャオの後ろに括弧が付いて、ヒーローオヨギチャオ向け、と書いてある物もあるくらい、イノリはヒーローチャオのために服を作っているブランドだった。私がこの店で最初に見とれたチャオの服は、黒いゴスロリ風のものだったのだが、それもヒーローチャオ向けと書いてあった。その服をヒーローチャオが着ているところを想像したら、溜め息が出るほど可愛らしい姿が浮かんできた。そしてソウに着せてもそこまで可愛く見えないこともよくわかってしまった。
 だから私は、いいなあ、と思って見ているだけだったのだが、最近出た新しい服はソウに着せても違和感がなさそうだった。赤いドレス風のワンピースをイメージした服で、胸元や袖口のフリルは可愛らしくもあり、ちょっと上品な感じもある。私は昨夜の金でその服を買う。どうしてもイノリの服をソウに着せてみたくて、ようやく似合いそうな服が発売されたので、買わずにはいられないと思っていたのだった。
 服は二万円もした。私は買ったイノリの服を早速ソウに着せる。チャオの服は、羽のあるチャオに着せやすいように、背中側にマジックテープが付いている。まず袖に腕を通させて、それから背中のマジックテープを留めるのだ。イノリの服は、このマジックテープの部分が目立たないように、その上に装飾を施したり布を被せたりしていて、そこも素敵だ。
 ダークチャオに赤い服は似合う。しかし服を着せたソウを抱き上げて眺めてみると、やはりヒーローチャオに着せた方が似合いそうに見えてしまう。
「ごめん、ヒーローチャオに育ててやれなくて」
 口元にソウを近付けて、そう囁く。
 今の生活のことを考えれば、育てるチャオがダークチャオに進化するのは当然のことのように思えるけれど、家出をする前から私の育てるチャオはダークチャオに育っていた。だから私は飼い主が悪人だとダークチャオに育つという俗説を信じていない。チャオはもうちょっと違う何かを見て、ヒーローチャオになるかダークチャオになるか、それともただのニュートラルチャオに育つか判断していると思う。そうであってほしいと思っている。
 欲しかった物を買うと、欲が満たされたせいか気分が安らいでしまって、眠くなる。コインランドリーで服を洗って、昨夜泊まったホテルに向かう。平日の昼間のチャオガーデンにはちょっとだけ人がいる。賑わうのは休日と、夕方頃だ。
 幼稚園生くらいの子供が騒ぐ他に、人の声は聞こえてこない。小さな声で会話しているのが遠くから聞こえても、何を言っているのかわからない。広いガーデンの中で、よそよそしすぎるまで私たちは離れた所に陣取って、交わらない。昼間のチャオガーデンは、自分の部屋のように私的な場所として使うことができる。それこそ服を脱いで寝転がっていたって、誰も何も言ってこないだろう。脱ぎはしないが、私はチャオガーデンでよく昼寝をする。ソウと遊んでやって、ソウが疲れて眠そうにしたらリュックサックを枕にして一緒に眠る。
 初めて服を着たソウは動きにくそうにしていた。服のせいで走りにくいようだった。羽は着る前と変わらずに動かせるらしくて、ソウは私の体によじ登って飛ぶと、私の頭や肩に掴まって一息ついてはまた飛ぶということをしていた。
 服を着たチャオが飛ぶ様が可憐なのは今更言うまでもないことなのだけれど、私には羽があるから、飛んでいるソウから目が離せない。私の背中の羽では飛ぶことができない。そもそも縫い付けられたものだから、自分の意思で動かすことさえできないのだ。
 飛ぶことができたら私はお前よりずっと綺麗なんだよ、と私は羽をぱたぱたと動かして飛んでいるソウを見つめ、声に出さずに呟く。
 飛び回ったソウと一緒に寝て、起きると十五時だった。これから徐々に人が増えてくるという頃だ。私は昼食を食べていなかったなあと思って、お腹が減っているわけではなかったけれど、近くのコンビニに行くことにした。
 おにぎりを二つと野菜ジュースをレジに持っていく。隣のレジでお金を払っている男を見ると、大きめのショルダーバッグを肩からかけていて、そのバッグからヒーローチャオが顔を出していた。男はペットボトルのお茶を買っていた。男は結構若い。二十代だと思う。コンビニから出てホテルに戻る道を、その男も歩く。私は男の後ろを付いていく形になって、まるでストーカーをしているみたいだった。ヒーローチャオが私とソウを見ていた。そして男はホテルのエレベーターに乗った。私もそのエレベーターに乗る。
 男の行き先はやはり地下のガーデンだった。エレベーターのドアを閉めると、男は私の方を見た。そしてエレベーターがガーデンに下りている間、私とソウを見ていた。私も彼を見た。彼は綺麗な人だった。害のなさそうな目と輪郭をしている。尖っていないのだ。その顔に見られていても嫌な感じが全然しないくらいで、悪く言えば何も考えないで生きていそうだと思ってしまうような柔らかい印象の顔立ちだった。ガーデンに着いてドアが開いたところで私が、
「さっきコンビニにいましたよね。私、隣のレジで買ったんですけど」とコンビニのビニール袋を持ち上げて言った。そして男と並んでエレベーターから降りる。
「ここに来るのも一緒なんて、なんか凄い偶然ですね」
「そうですね、凄い偶然」
 男はソウを気にしているようだった。ダークチャオだから警戒されているのだろうか。こちらには離れる気がないので、付いていく。男はショルダーバッグのヒーローノーマルチャオを抱き上げた。チャオは服を着ていた。白いレースの飾りが付いている黒のワンピースで、それは私の見たことのある服だった。イノリの服だ。
「それ、イノリの服ですよね」と私は言った。
「君のもそうだよね」
 気付いていた、と言わんばかりに男は言う。本当に凄い偶然じゃないか、と私は思ったのだが、直後に、
「それ、僕のデザインしたやつ」と言われて、凄い偶然どころじゃないと思い直さなくてはならなくなる。
「え、え、本当ですか、それ」
「うん。本当」
 凄い偶然、とまた言いそうになった。それ以上の表現が私には思い浮かばなかったのだ。超凄い偶然とか、そういうのしか浮かんでこない。私は馬鹿だ、と思いながら驚きのあまり目を丸くしていた。
「絶句してるね」とイノリのデザイナーの彼は笑った。
「はい。してます。驚くと言葉が出てこないんですね」
 正確には、今の気持ちに見合う言葉が浮かんでこない、という状況だった。彼は、驚きすぎだよ、と笑う。とても暖かい目で微笑まれたので、私は驚きのあまり頭が真っ白になっていたことにした。
「だって私、イノリの服好きなんです。でもこの子ダークチャオだからあまり似合わなくて、今まで買えなかったんです。でもこれなら似合わないこともないなあって思ったんで、今日買ってみたんです」
「確かにしっくりくるね」
 似合うとは言わない。やっぱりヒーローチャオに着てもらうつもりでデザインしたのだろう。私も、この服は彼の飼っているヒーローノーマルチャオに着せた方が似合うだろうと思った。なんといってもヒーローチャオにはフリルが似合う。
「ヒーローチャオ、好きなんですか?」と聞いてみる。
「うん。大好きだよ。君は?」
「私も好きですよ。可愛くて」
「そうじゃなくて、君はダークチャオ、好きなの?」
 私は首を横に振った。
「私が育てると、ダークチャオになるんです。無理にヒーローチャオとかにするのって変な気がして、そのまま育てました」
 好きなチャオはと聞かれたら、絶対にダークチャオを挙げはしない。ヒーローチャオとか、ナイツチャオとか、ソニックチャオと言うだろう。特に、頭の上に浮かんでいる球体に棘が生えるのが好きじゃない。ソウを可愛がっているのは、単に私がチャオを好いていて、ソウは私のペットだからであって、ダークチャオだから嫌うということではない。私がダークチャオに進化しそうだったソウにヒーローの実を食べさせなかったのは、自分のそういう気持ちを自覚していて、それを嘘にしたくなかったからなのだ。それに加えて、ダークチャオだと後ろ指を指されても怖くないぞと意地を張りたかったからという理由もある。
 彼はそういう私の気持ちを察してくれたのか、無理にヒーローチャオにするのは変だと言ったことに対して、
「純粋な考え方でいいね、それ」と言ってくれた。
「僕も似たようなことを考えていたよ。どうしてもヒーローチャオに進化させたかったけれどヒーローの実は使いたくなかった。なんか、ずるしてるみたいで嫌だったんだ。段々白くなっていることに気付いた時は嬉しかったな」
 羨ましい。いい人だったからヒーローチャオになりました、めでたしめでたし。そんな感じがあるのがとても羨ましかった。私は自分のことを悪人だと思っていなかったから、余計に。
 私が何も言わなかったせいだろう、
「ごめん」と彼は言った。
 この人は、チャオがヒーローチャオに育つ人が相手だったら、ずっと楽しそうに喋るのだろうなと私は思った。私がダークチャオを抱いていることに対する遠慮が鬱陶しいけれど、遠慮をするな、なんて不躾なことは言いたくない。だから、なんとしてもこの人と仲良くなるぞ、と思った。既に惚れてしまっていて、彼と親しくなることで私の中に何か大きな変化が起きるんじゃないかという予感があった。
 自分の心の内にあるものを喋ってしまったので言いにくかったのだが、
「あの、今夜泊めてくれませんか?」と私は言った。こういう話は、出会ったばかりで互いに相手のことを全然知らない時にした方が気楽なものだ。相手もそういう話だとすぐに理解してくれるから。
「泊めるって、君、家は?」と彼は返してくる。
「帰ってません。三ヶ月くらい。家出中なんです。だからこうやって泊めてくれる人を探してるんです」
「それって、よくないこと、だよね?」
 確認するように彼は言う。それがおかしくて私は思い切り笑った。
「確認するまでもなく、悪いことです」と笑いが落ち着いた時に言って、私はまたげらげら笑う。そんなに笑うなよ、と彼は言う。そう言われても、止まらない。私の笑いが止まるまで、彼は難しそうな顔をしていた。
「帰りなさいと言われて帰るくらいだったら、三ヶ月も家出してないよね」
 どういうことを言おうか、私が笑っている間に考えていたらしく、私が落ち着くなりそんなことを言う。
「そうです。帰りたくないんです」と私は力強く言った。
「もし駄目と言われたら、別の人を探します」
「そうだよね。そういうことになるよね」
 彼は、そうか、と呟く。この人は、私を泊めることを考えている。恐ろしい人間と出会って酷い目に遭う可哀想な私を想像しているのだろう。私はもう幸せを手に入れた気になっていて、一体何日ぐらい泊まれるだろうと考えてうきうきしていた。
「わかった。うちに来ていいよ」と彼は言った。
「やった。ありがとうございます」
 深く頭を下げて礼を言う。こういう優しさを持つ彼には今後たくさん甘えるだろう、と私は思った。しかし凄く甘い人だろうと思っていたら、
「あのさ、君はもしかして家で虐待か何か受けていたんじゃないのかな」と彼は言った。彼は確信していた。よくないことだよね、と聞いてきた時の頼りない感じがない。浮かれた気持ちが押さえ付けられた。
「そうですけど、どうしてそう思ったんですか」
「帰りたくないって言った時、嫌な過去を見ている目をしていたから、そうなのかなって」
「そんな目、してましたか」
「うん。怖い目だった。悲しい寄りの」
 そのように言われても、自覚はなかった。家のことをちょっと考えたような気はする。それだけで無意識のうちにそういう顔になってしまうのだろうか。
「話せと言われても困るのかもしれないけど、僕は知りたいと思っているっていうのは伝えておくよ」
 親と子が真剣に話し合ったらこんな風になるのだろうか。道徳的な話の気配を感じた私はむず痒くてたまらなくなった。強ばっていて異様に真面目な空気に付き合えない。
「これはよくないことだから、いつか正されなきゃいけないんですね」とちょっとふざけて言った。
「そういうことだね」
 彼の返答は柔らかくて、私はほっとする。
 彼は、ちょっと手伝ってよ、と言ってショルダーバッグの中の荷物を出し始める。チャオの服が数着、それとデジタルカメラとスケッチブック。
「そういえば名前まだだったね。僕は七井夏也」
「鳥井桐子です。その服って、全部夏也さんが作ったやつですか」
「そう。新作もあるよ。これ」
 夏也は新作の服を私に見せた。英語の文章のプリントされたTシャツと黒いカーディガンをくっ付けて、一着の服にしてある。一目で、格好付けている可愛いチャオにするための服だとわかった。Tシャツの文字がやけに格好付けているように見えるし、カーディガンの丈はちょっと長めにしてあった。さらに夏也は、これがアクセサリー、と言ってサングラスを見せた。紐が左右のつるの端に結んであって、首から下げることができるようになっている。
「サングラスも作ったんですか」と私は聞いた。
「これは子供用のやつを買ったんだよ。できればチャオ用にデザインしたいけどね。どうだろう、これ」
「似合うと思います。チャオが凄く可愛くなりそう」
 勿論似合うのはヒーローチャオだ。他のチャオよりも格好よさが少しばかりあるダークチャオに着せたらつまらなそうだ。
「うん、そういうイメージで作ったんだ。ナナコに着せてみたんだけど、結構よかった」と言って夏也はデジタルカメラの画面を私に見せた。ナナコというのは今彼の連れているヒーローチャオのことだった。服を着たナナコは案の定可愛い。
「でもチャオって色んな姿をしているから、他のチャオでも合うか試さないといけないんだよ。どういうチャオに似合うか書かないといけないし」
「タグのやつですね、ヒーローチャオ向けとか」
「そう。だからこうやってガーデンに来て、色んなチャオを探してるんだ」
 夏也は、私のチャオにこの服を着せてみてほしい、と言った。絶対似合わないです、と断るのだが、念のため、と食い下がられる。渋々承諾してソウに背中を向けさせる。着替えさせたソウを見せると、
「なるほど」と夏也は言った。
「似合わないでしょう?」
「そうだね。ありがとう。今まで、似合わないかもしれないチャオには着せられなかったから助かったよ。他人のチャオだと、素直に似合わないとは言えないでしょ」
「私もほぼ他人ですよ」と私は笑う。既に親しく思われているみたいで嬉しい。
「君が望むなら、しばらくうちにいてくれていい。その代わり、その子には似合わない服も着てもらうけど」
 それが対価ということらしい。まさか私ではなくソウが買われるとは思っていなかった。
「もしかしてソウが目当てで?」
「そんなわけないよ。でも泊まる代わりに僕の仕事を手伝うっていうのが健全なやり方なのではないかな」
「それは、そうです」
「君にも雑用を頼むかもしれないから、よろしく」と夏也は楽しそうに微笑んだ。
「はあ」
 爽やかだ。ヒーローチャオに似ていた。
 夏也は服をショルダーバッグに詰めて、ヒーローチャオを連れている人に駆け寄っては声をかける。その様子を遠くからソウと見る。ナナコを預かろうと思ったのだが、ヒーローチャオと一緒にいた方が話を聞いてもらいやすいと言って夏也は連れていってしまった。ナナコがヒーローチャオに育ってよかった、と私は思った。夏也が、ヒーローチャオに似ているのにチャオをヒーローチャオにできない運命にあったら、それは凄く気の毒なことだ。幸いにもチャオの進化は彼から何も奪わなかった。

 十七時にチャオガーデンを出て、私たちはファミレスに行った。おごるよ、と夏也が言ったので、私はコンビニで買ったおにぎりを食べないで腹を十分に空かせていた。ドリアとサラダとスープを頼む。一応遠慮して、どれも安いやつを頼んだ。夏也はハンバーグとライスを注文した。
 夏也は二十階建てのマンションの二階に住んでいた。一人暮らしの住まいにしては広いんじゃないかと私は部屋の中を見て思った。私が居候しても全く問題にならないくらいには広い。
 リビングのテーブルにはミシンが出しっ放しにされていて、部屋の一角にはチャオの服が十着くらい掛けてある。チャオの服は可愛い系のものばかりだから、ぱっと見ると女の子の部屋を過激にしたもののように見える。
「なんかお恥ずかしい」と夏也は言う。チャオの服をデザインする人としては真っ当な部屋なのだが、人の部屋としては変わっていることを理解していて、本当に恥ずかしそうにしている。
「凄い有様ですね」と私は言った。
「自分の服は飾っておきたいし、気に入っている服は服を作る時参考にするからいつでも見られるように飾るし、ナナコに着せる服もそこに掛けてるしで、ああいう風になってしまったんだ」
「へえ」
 私は掛けられているチャオの服をじっくり見る。イノリの服ではない服が多くて、店で見たことのない服もある。
「イノリのだけじゃないんですね。見たことないのがたくさんあります」
「個人で作って、ネットで売ってる人の服もあるからね」
「そういうのもあるんですか」
「これとかそうだね」
 そう言って夏也が取った服は、ダッフルコートだった。人の着るダッフルコートの留め具がそのまま使われていて、服のサイズに対して留め具がやけに大きいところは、イノリの服に似ている。似ていることを夏也に言うと、
「僕はこの服の影響を受けたんだよ。こうやって人の服のパーツをそのまま持ってきてもいいんだって、気付かされて。それ以来これの真似ばかりだ」と彼は言った。
「でもこの服はソウでも似合いますよ。イノリの服ってヒーローチャオのための服じゃないですか。ヒーローチャオをよりヒーローチャオらしくすると言うか。そこが違うと思います」
「ありがとう。そう、僕の夢はヒーローチャオに最高に合う服を作ることなんだよ。君とソウちゃんには申し訳ないけど」
「気にしてないです」
 そう言っておくけれど、もしソウが転生したら、あるいは別のチャオを飼うことになったら、ヒーローの実を食べさせてヒーローチャオに進化させようかなと私は思った。ダークチャオに似合うイノリの服が作られることはない。あってもそれは、彼が未熟だからそうなってしまった失敗作なのだろう。
 私は、私の好きな服を自分のチャオに着せたいという気持ちが強くなっているのを感じた。それはたぶん今日突然強くなったものではなくて、イノリの服を好きになってから徐々に育ってきたものだ。数時間前に純粋な考え方だと褒められたばかりだけど、私はヒーローの実を使ってでも好きな服を着せたいという欲求に負けた。もし今ここでソウが転生したら、私はヒーローの実を買いに行き、ソウに食べさせる。きっとそうするのだろう、と想像すると、夏也に聞きたいことが頭の中にぽんと出てきたので、聞いた。
「私を抱く気はないんですか?」
 どうしてその質問が出てきたのかよくわからないのだが、たぶん何かが繋がっているのだろう。繋がっている、という結論は私の中に存在していた。
 夏也は困った顔をしていた。私をそういうことから遠ざけるために泊めるという話だったのだから、そんな顔にはなるだろう。だけど私は、寝る場所を得るために抱かれようとして言ったのではない。これは恋だ。
「今日のところは、そういう気はないよ」と夏也は言った。
「じゃあ明日ならいいんですね」
「いや、そういう話では」
「それじゃあ明日、私の方から抱きに行きます」
 宣言したら急に夏也の顔を見られなくなって、シャワー借ります、と言って離れた。落ち着くまでシャワーを浴びようと思ったのだけど、タオルがどこにあるかわからなくて、仕方なくリビングに戻って夏也に聞く。上手くいかないものだな、と呆れた。夏也は寝室に私を招いて、ベッドの下にあるプラスチックのケースに入れてあるタオルを出して渡した。
「ありがとう」と私は言った。シャワーを浴びるまでもなく、呆れているうちに落ち着いてしまって、普通に夏也の顔を見ることができた。見られる、と思うと私はしばらくぼうっと彼を見つめてしまっていた。私は浮かれて、風呂場に入ると万歳をしながらシャワーを浴びた。
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Part 1
 チャピル WEB  - 14/12/23(火) 23:56 -
  
 木の実を探していたら、ツバメの巣を見つけた。
 今年は木の実の出来が悪い。ここ数年は軒並み悪かったけど、今年は特に実りが少ない。だからツバメの巣を見たときはチャンスだと思った。
 小さな羽を動かして巣に近づく。3羽の雛がくちばしを開けて親鳥を待っている。雛のくちばしを掴んでひねる。ポキリと首が折れて、ぐったりと動かなくなる。とりあえず3羽とも殺して捨てる。巣の中に潜って親鳥が来るのを待つ。
 親鳥がミミズをくわえて戻ってきた。飛び付いて、そのまま地面に叩きつけると、親鳥はあっけなく死んでしまった。
 その羽をむしって食べた。ツバメの肉はおいしくなかったけれど、頑張って飲み込んだ。おいしくない肉は僕の力になる。翌朝になると、それは僕の背中から生える黒い翼に変わっていた。
 僕は翼を広げて飛び立った。昨日よりもずいぶん高く飛べる。羽を動かせば動かすほど、空気が薄くなっていく。息を継げる限界まで羽ばたいてから、地表を見下ろす。
 僕の生まれた小さな島が、海の中に浮かんでいた。隣には大きな陸地があって、僕の島を囲むように湾を形成していた。
 ……あそこならば、豊富な食事が取れるかもしれない。
 体を西へ向けた。滑空しながら徐々に高度を落としていった。ぼんやりと広がる地形が次第に鮮明になっていく。
 そこは島とはずいぶん異なる様子だった。
 木や土が所々にしかなくて、代わりに黒っぽい砂利が地面を覆っていた。光沢のある大きな箱が轟音と共に地面を動いている。箱はあまりにも動きが速くて、固そうで、どうやって食べたらいいのか見当もつかない。
 僕は地上に降りるのをやめ、近くにあった木の枝に足を降ろした。あの箱がどういう生き物なのか、ここで様子を見よう。
 冷たい朝の空気がしだいにやわらいでゆく。東の地平線上にうっすらと僕の故郷が見える。それが次第に太陽の光に飲み込まれていく。
 しばらく景色を眺めているうちに、木の下には別の生き物が現れていた。そいつらは二本足で歩いていた。
 体つきは僕らと似ているけれど、僕らより数倍大きくて細長い。そんな二本足の生き物が、次から次へと木の下に現れ、去って行く。たくさんいるのに、まるで誰かに命令されているみたいに、流れに沿って動いている。
 そんな中、二匹が立ち止まって僕の方を指さした。なにやらしきりに鳴き声をあげている。どういう意味だろう。
 すると突然、二匹のうちの一匹が分裂した! いや、実際には分裂ではなかった。背負っていた紺色の袋を降ろしただけだ。紺色の袋が体の一部にはりついて、まるで生き物の一部のようになっていたんだ。
 紺色の袋から、さらに小さくて赤い袋を取り出す。赤い袋から黒っぽい小さな粒が出てくる。あれは……木の実?
 その生き物は、手の上に黒い粒を載せて、僕に向けて差し出した。
 そいつは明らかに僕を誘い出そうとしていた。罠なのかなんなのか、判断がつかない。
 彼らの狙いは何だろう。捕獲か、それとも食べられるのか。明らかに怪しい。しかし、僕は長距離の空の旅によってずいぶん疲れている。あたりには他に木の実らしきものは見当たらない。現状では唯一の食料源だ。
 紺色の生き物たちは、また何度か鳴き声をかわした。そのとき、視線が僕から外れた。
 その隙を見逃さない。
 木の実に向かって急降下する。いくつかの黒い粒を掴んでまた素早く木の枝へと戻る。数秒遅れて、彼らは黒い粒が奪われたことに気付く。
 食べ物を奪われたというのに、紺色の生き物は不思議なくらい温和だった。ただ手の上に残ったいくつかの粒を、自らの口に放り込んで、用が済んだかのようにそのまま立ち去っていった。
 一体何だったんだろう。僕は初めて見るこの土地の生き物の生態に、とても興味が沸いてきた。
 黒い粒を一つだけ食べてみた。とても甘い。でも、その味は今までに食べたどの木の実にも似ていなかった。

 その日はずっとその木の上で過ごした。というのも、ひっきりなしに二本足の生き物と轟音の箱が周囲を行き交うので、簡単には出られないのだ。
 僕は木の葉で自分の身を隠した。彼らは無限にいるように見えるけど、木の上に目を向ける個体はほとんどいない。だから、観察するにはうってつけだった。
 二本足の生き物も、轟音の箱も、よく見ると様々な色をしていた。赤や緑、オレンジ色の個体もいた。
 夜になると二本足の生物はずいぶん減った。でも、箱の方は依然として活動していた。やつらには活動時間というものはないのだろうか。
 そんなことを考えていると、朝見た紺色の生き物が現れた。同じ個体だと分かったのは、やつが僕のことを覚えていたからだ。僕に向かって一直線に近づいてくる。どうしようか。
 紺色の二本足がやることは今朝と同じだった。赤い袋を取り出して、また手の上に粒を並べ始めた。僕はおそるおそる木を降りて、その手ににじり寄る。
 この黒い粒はやはりおいしい。初めて食べたのにやみつきになってしまう。こんなにおいしいものをこの土地の生物たちはいつも食べているんだろうか。
 しばらく夢中になって食べていると、いつの間にか粒はもうなくなっていた。
 紺色の生き物は目を細めていた。笑顔。他の生き物が笑うところを見るのは初めてだったけれど、僕たちの種族とよく似た顔つきだった。ここにきてようやくこの生き物が敵ではないと思い始めた。
 紺色の生き物は袋をしまって、その場を離れる。僕は紺色の生き物の後をついていった。紺色の生き物は僕に気付いていたけれど、あえて歩みを遅くしたりはしなかった。
 僕たちはやがてある場所に辿り着いた。そこは夜なのに不思議と明るくて、暖かい、紺色の生き物の住処だった。

 紺色の生き物との暮らしが始まって一週間が過ぎた。この一週間で判明した生き物の生態がいくつかある。
 第一に、紺色の生き物はいつも紺色ではない、ということだ。
 この生き物の本来の色は薄茶色のようだ。その上に様々な皮を纏うことで、日ごとに違う色になるようだ。色の違いがどのような意味を持つのかについては不明だ。
 第二に、この生き物は朝になると住処を出る。そして夜になると戻ってくる。この間、この住処の出入り口は使用できなくなる。
 僕は最初閉じ込められたかと思った。が、そうではなかった。出入り口についているいくつかのしかけを、手順通りに操作すれば、自由に出入りできるようだ。
 僕は時々この方法で外に出て、他の生き物や仲間を探したりした。とはいえ、あまり目立った成果はあげられなかった。ツバメの翼は小さすぎて不便だったので、カラスの翼に変更した程度である。
 最後に、この生き物は僕のことを「ポメラ」と呼ぶ。彼らは鳴き声でコミュニケーションを取っている。物によって決まった呼び方があるようだった。呼び方の一部は把握したが、まだ全部は分からない。僕は「ポメラ」で、生き物は「ユキ」、黒い粒は「ゴハン」だ。
 一度だけ、ユキとは別の個体に出会ったことがある。その個体はユキと違って頭部が黒いので、見分けるのは簡単だった。
 黒い頭の目元には、ぴかぴかした透明の板がついていた。それが光を反射してまぶしかった。右手には青い板を握っていて、そこに第三の目があった。
 黒い頭は第三の目を僕に向けた。第三の目は僕のことを見透かしているような気がしてならなかった。僕は眠っているふりをして、第三の目をやり過ごした。第三の目はカシャリ、カシャリと不思議な音を立てた。
 黒い頭との遭遇は、それきりだった。
 ユキは毎朝、部屋の隅にある器にゴハンを補充してくれる。僕はそれを好きなときに好きなだけ取って食べる。以前食べた黒い粒の他に、別の種類の粒が置かれていることもあった。どれもそれなりにおいしかったが、やはり黒い粒が一番のお気に入りだ。
 この大陸の黒い粒はおいしい。しかし、おいしいものを食べていても僕たちは成長しない。成長するには、自分で狩りに行かないといけない。このことは島にいたときと何も変わらない。
 夕方になるとユキは住処に戻る。その後、決まって僕をなでたり、つついたりしてくる。この生き物なりのスキンシップだと思って、僕は甘んじて受け入れることにしている。
 ユキを喜ばせる方法は簡単だ。彼らの鳴き声を真似てやればいい。試しに「ユキ」という音を真似すると、そいつはすぐに僕の所にかけよって頭をなでる。
 だけど、まだ声については分からないことだらけだ。
 ユキは毎晩よその光景を見ていた。ここには遠くの景色を映し出す不思議な薄くて黒い板があるのだ。
 ユキはいつもこれを見て笑っていたけれど、僕には何が面白いのか分からなかった。そのことがなんとなく不満だった。
 黒い板は風景だけでなく音も出している。この声がもっと分かるようになれば、僕にも笑顔のわけが理解できるんだろうか。
 僕は、彼らの使う鳴き声についてもっと知りたいと思った。そのためには、成長しなければならない。彼らのことを知るには、やはり彼らの仲間を食べるのが一番いい。
 とはいえ二本足を食べるには入念な準備が必要だ。なにしろ彼らは僕たちの数倍は大きいし、力もある。普通にやっていたら肉を喰らうところまでは至らないだろう。
 ユキ以外に食べられそうな個体はいないだろうか? ふと、黒い頭の個体を思い出す。でもあいつはユキの側にいた。複数の相手と同時に敵対するのは分が悪い。それにユキは食べ物を与えてくれるので、できれば生かしておきたい。
 ユキ以外の別の個体が一匹だけいる。そんな理想的な場面に出会うには、やはり一度狩りに出かける必要がある。

 チャンスは突然やってきた。
 僕はその日も住処を飛び出し、近くの山の中に来ていた。小動物が捕まえられれば、と思っていたのだけど、やはり冬が近いためだろうか。動物の姿は見当たらなかった。ただ積もった枯れ葉だけが僕の足にまとわりついた。
 そのうちに、しとしとと雨が降り始めた。このままでは体が冷えてしまうので、来た道を引き返すことにした、そんな矢先だった。
 木陰から初めて見る二本足の個体が現れた。背丈はユキよりもやや大きいくらいか。がっしりとした体格をしている。頭が灰色のところに特徴がある。
 灰色の頭は僕を見るなり雄叫びをあげて、こちらに向かって走り出した。
 僕は慌てて逃げた。しかし、その個体はずいぶんと鈍くさかった。走り始めてすぐに、苔の生えた岩で足を滑らせてしまったのだ。ドサッという重い音がして、その巨体は枯れ葉の中に沈んだ。彼はそのままうめき声をあげて、動かなくなった。
 今なら殺すことができる。
 僕は近くに落ちていた鋭い小石を手にとった。相手が動かないことを確認しつつ、頭部ににじり寄る。首筋に何度か切りつける。すぐ静脈に穴が空き、赤黒い液体が滴り落ちた。
 弱い雨が死体の傷を洗い流していた。そのまま首から上を切り落とせればよかったのだが、小石にそこまでの鋭さはない。
 しかたなく、僕はその体を押して、やつが足を滑らせた岩場まで移動させる。灰色の頭を持ち上げる。そのまま、落とす。頭蓋骨の割れる音がする。
 地道な作業だった。小石で頭皮を切り開いたり、頭蓋骨の割れ目を押し広げたりして、何とか脳を露出させた。ようやく見えた脳は、血と雨に揉まれてぐちょぐちょになっていた。
 脳みそもおいしくない。おいしくない部位を食べれば食べるほど、僕の体は成長するんだ。
 雨が降っていてよかった。このような作業をすると、どうしてもついてしまう血の臭いが、今は自然と洗い流されていく。
 僕は無心で脳をむさぼった。とても苦くて柔らかい、老人の脳。

 その夜、生まれて初めて夢を見た。
 主人公は僕ではなく、死んだはずの白髪の老人だった。
 老人は家族と鍋を囲んでいた。若い夫婦と小さな女の子がいた。この老人の孫だろうか。
 孫娘は自分の取り皿に盛られたしいたけを箸でつついた。明らかに嫌そうな顔をしながら、つまみあげて父親に見せた。
「それはおじいちゃんがとってきてくれたんだぞ。我慢して食べなさい」
 父親は娘を&#134047;った。
「えー」
 孫はしばらくしいたけを見つめていたが、やがてぱくりと食らいついた。
 夢はそこで覚めた。
引用なし
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Part 2
 チャピル WEB  - 14/12/23(火) 23:56 -
  
「あの生き物の正体分かったかも!」
 加奈ちゃんから届いたメッセージは、私の期待と不安の両方を押し上げた。
 ポメラを保護してから、すでに十日も経っている。加奈ちゃんが私の家に来たのが三日目だったから、調べるのに一週間かかった計算になる。どうしてそんなに時間がかかったのか、良い意味でも悪い意味でも気になる。早く会って話を聞きたい。だけどスマホを持つ指がかじかんでうまく返信が打てない。私は焦っていた。
 三浦加奈子は高校以来の友達だった。もともとそれなりに仲は良かったのだが、同じ大学に進学して以来、気の置けない仲となっていた。
 いつもは食堂で落ち合うことが多いけど、今日だけは違った。秘密の話をしたいときに人の多い食堂は使えない。わざわざ教室を指定してきたってことは、つまり、どういうことなんだろう。
 教室の扉を開ける。加奈ちゃんの丸っこい眼鏡が私に向けられる。
「ごめん、遅くなって」
 メールで知らせてくれた教室には、加奈ちゃんだけが残っていた。
「すごく早くて驚いてるよ」
 私は加奈ちゃんの隣に腰を降ろす。
 彼女は獣医学部だ。だから、私がよく分からない生き物を拾ったとき、真っ先に相談したのが加奈ちゃんだった。一刻も早く結果を聞きたい。私は加奈ちゃんを促した。
「単刀直入に言うと『チャオ』だと思う」
 加奈ちゃんはクリアファイルを私に差し出した。
 古い本のコピーだった。本文よりもまず挿絵に目が引き寄せられる。水風船のような手足、頭の上に浮いた球体。間違いない。ポメラと同じだ。
 文字は英語かと思いきや、よく見ると違う言語だった。私は読むのを諦めて、加奈ちゃんに解説を求めた。
「それは1552年に東南アジアを航海したポルトガル人の残した記録だよ。彼らは旅の途中、ある島でこの絵の通りの生き物を見たと言っている。現地の人がこの生き物をチャオと呼んでいた、とも書いてある」
 私は世界史の授業を思い出す。16世紀というと、大航海時代か。
「5年後の1558年にも、ポルトガル人はこの島に船を出している。で、そのときに持ち込んだ家畜がチャオを全滅させてしまったみたい」
「全滅?」
「そう。家畜っていうか、護衛用の犬だったみたいだけど。それがチャオを全部食べちゃったみたい」
「それが本当の話だったら、チャオはあまりに外敵に弱すぎるんじゃない?」
 私の疑問に、加奈ちゃんはうなずいた。
「島の直径は100メートルくらいしかなくて、ほとんどチャオしか住んでなかった。だから、元々の個体数がそんなに多くはなかったし、天敵もそれまでいなかったんじゃないかな」
 私はポメラのことを思い出す。実際、ポメラもそんなに強そうな外見に見えない。それにエサを与えるだけでほいほいと家までついてきた。自然界の生き物にしては、人間への警戒心が小さすぎる。
「チャオに関する資料はその2つだけ。資料が少なすぎるから、ほとんどの文献がそんな生き物の存在はなかったことにしているみたい。でもこのイラストを見たら、それが嘘だとは思えなくて……」
 冷静に考えると、東南アジアで絶滅した生き物が日本で見つかるのは奇妙だ。それも普通の街路樹にとまっているところを、私みたいな普通の学生が見つけるなんて。でも、この生物について説明しているのが、この本しかないのも確かだ。
 一体どういうことなんだろう? 東南アジアに住んでいたチャオは、本当は絶滅したわけではなかったとか? 周りの島にもチャオがいて、それが巡り巡って今の日本に住んでいるとか? そんなことが有り得るんだろうか?
「ちょっと信じられないけど……いろんな疑問があるけど……私はポメラがチャオの生き残りだと思う」
 加奈ちゃんもうなずいた。
「実際、有紀ちゃんちにいるもんね。私もそう考えるしかないと思う」
 私はその言葉にほっとしていた。もしこれが自分だけの問題だったら、どう処理していいのか分からなかったから。加奈ちゃんはお人好しすぎるところがあるけど、今はそれがありがたかった。
「私、ポメラをどうしたらいいんだろう?」
「調べて欲しいって頼んだの有紀ちゃんでしょ。何か考えてたんじゃないの?」
「私は……」
 ただ、私の手に負える生き物なのかどうか、それが知りたかっただけだ。育て方が分かれば育てようと思っていたし、ちゃんとした専門家がいるならそこに預けるべきだと思っていた。こんなにスケールの大きな話になるとは、全然予想していなかった。
「正直、予想外の話になってすごくとまどってる」
「だよねー」
 加奈ちゃんはうんうんとうなずく。
「色んなやりかたがあると思うよ。例えば、うちの大学のどっかの研究室に預けたいっていったら、許してくれる先生もいるだろうし」
「自然に還すとかってのは、ないのかな」
「うーん、やめたほうがいいと思うよ。それで地域の人に迷惑がかかったりしたら、良くないでしょ?」
「確かに」
 今の段階では判断がむずかしい。今回加奈ちゃんが見つけてきてくれたのは、つまり資料がないってことを示す資料だ。チャオがどういう生き物なのか、まだ私たちはよく理解できてない。
 将来的に研究室や専門機関に預けることになるとしても、今の段階でどうするべきかまでは分からない。急に環境を変えてストレスにならないかとか、食べ物は今のままでいいのかとか、色んな疑問がある。
 私はまだ、何も糸口を掴んでいないんだ。
「結論って今出さないとだめ?」
「そんなことないと思うよ。家でゆっくり考えたらいいじゃん。持ち主は有紀ちゃんなんだしさ」
 結局、私は加奈ちゃんの甘い言葉に従うことにした。資料だけ分けてもらって、加奈ちゃんにアイスをおごって別れた。
 帰り道は薄暗かった。足は自然に明るいスーパーへ向く。晩ごはんの材料を買うだけのつもりだったけれど、入り口に置かれたバナナに目が吸い寄せられる。チャオは南の島に暮らしていたと、加奈ちゃんは言っていた。今まではコーンフレークやグラノーラなど、穀物ばかりを与えていたけど、本当は果物の方がチャオの主食に近いのかもしれない。そう思ってバナナをかごに入れた。
 ポメラが普通の生き物じゃない、と分かっただけでも収穫だった。だけど、そのことが今は惜しい。普通じゃない生き物はいつか手放さないといけない。そのことがすぐにはイメージできなかった。
 アパートの鍵を開ける。電気をつけると、部屋の隅で丸くなって寝ているポメラを見つける。皿に盛ったグラノーラは、今日はあまり減っていなかった。
 グラノーラを捨てて皿を洗った。皿を拭いて、ここ十日間ポメラのことばかり考えていた自分に気付いた。

「朝ご飯だよ」
 ポメラのお皿にスライスしたバナナを置く。
「ワーイ、ゴハンダ!」
 ポメラが喜びの声をあげる。って、ええええ? 私は目を見開いた。
「ポメラだよね?」
「ウン?ソウダケド」
 生き物がいきなり言葉を覚える、なんてことがあるんだろうか? 昨日までは片言だったはずなのに、今日はちゃんと文になっている。人間の赤ちゃんだって数年かけて覚える言葉を、ほんの2週間弱で習得した。そんな信じがたい奇跡が今、目の前で起きている。
 驚きがだんだん好奇心に変わっていく。どんな言葉が話せるのか、ちょっと試してやろう。
「ねえ、ポメラ」
「ナニ?
「一番好きなご飯は何?」
「ヤッパ サイショニタベタ ムギチョコ ダネ」
「このバナナはどう?」
「オイシイケド ハゴタエガ タリナイネ」
 楽しい。これは、楽しい。
 私の生活に足りなかったのは、人との会話なのかもしれない。ポメラは人ではないけど、でも、話し相手としては十分すぎる。
 まだ何か話し足りなかったけど、そうも言ってられなかった。そろそろ大学に行くバスの時間が迫っていた。
 急いでダッフルコートに袖を通し、バッグを肩に掛ける。そんな私の様子をポメラが見上げている。
「ドコニイクノ?」
「大学だよ」
「ドウシテ?」
「今から授業あるし、加奈ちゃんとか、朋ちゃんもいるから」
「カナチャン? ヒサシブリニ カナコニ アイタイナ」
「じゃあ、夜までにはまた戻るよ」
「ウン!」
 ポメラと手を振って別れる。いやはや、ただの珍しい動物かと思ってたら、こんな能力を秘めていたなんて。

 学校に着いてからも、つい変な笑いが漏れてしまう。
「ふふふ……」
 だめだ。これじゃあただの変な人だ。なんて、自分でツッコミを入れながら教室に向かう。
 今日の前半は教養科目だったはずだ。ということは、加奈ちゃんも来る。私がポメラのことを打ち明けているのは加奈ちゃんしかいないから、必然的に、この話は彼女のために取っておくしかない。
 私は加奈ちゃんが来るのを待った。しかし、始業の時間を過ぎても、彼女は授業にこなかった。
 一時間目だけなら寝坊かな?と思ったけど、二時間目の授業にも来ないからさすがに不安になる。
 なんだか嫌な予感がした。こういう勘だけは昔からよく当たる。
「御手洗いに行ってきます」と言って授業を抜けた。
 トイレの前で、加奈ちゃんに電話をかけてみる。意外とすぐに電話はつながった。
「もしもし、今何してる?」
「あ、ごめん、今日休みなんだ。お祖父さんの忌引きで……」
 ああ、こういうときにどう返したらいいんだろう。はしゃいでいた自分が急に恥ずかしくなった。
「何か用事あった?」
「いや、授業来ないから何かあったのかと思ってかけたんだけど。そっちは忙しい?」
「うん……ちょっとね。詳しいことは、新聞とかニュースにもなってると思うから」
「加奈ちゃんのお祖父さんってそんなに有名人なの?」
「いや、有名じゃないんだけど、その死に方が、ね……」
 加奈ちゃんは言葉を濁した。
「そっか。じゃあ、また」
「またね」
 ツーツーツーと長引くパルス音を私はぼんやりと耳にしていた。それから、授業を抜けてきていることを思い出して、いそいそと教室に戻った。といっても、授業はほとんど終わりかけていたのだけれど。
 加奈ちゃんが言ったニュースの話が少し気になる。たしか大学の図書館に新聞が置いてあったはずだ。
 授業終了のベルが鳴ってすぐ、バッグにノートとペンを投げ入れる。食堂へ向かう人の波をかき分けて、私は北棟を目指した。昼なのにコートのすき間から冷たい風が容赦なく吹き込む。私の足を急がせる。
 お昼時ということもあって、図書館にいる人は少なかった。とりあえず目に付いた新聞を取って、地方欄を広げる。「変死体発見」の見出しは中段上あたりにあった。
 亡くなったのは三浦義一さん70歳。死体は山の中。しいたけの収穫のため山に入っていたものと思われる。頭部と首筋に外傷が見られ、直接の死因は首からの流血。しかし、何より不可解なのは、死体の脳だけが取り除かれていたことだった。警察では事件性があると見て捜査を進めている。
 酷い事件だ、というのが第一印象だ。こんなのに巻き込まれて、加奈ちゃんも大変だな。
 でも、なんでだろう。私の頭の中で今朝のポメラの台詞が反芻する。
「ヒサシブリニ カナコニ アイタイナ」
 思い返せば気になる出来事はいくつかあった。
 家に帰ると、玄関の鍵が何度か開いていたことがあった。あのときは鍵を閉め忘れたのかと思ったけど、もしポメラが自力で外に出ていたとしたら、どうなる? 昨日の昼、山の中に行っていたとしたら?
 私は加奈ちゃんのことを「加奈子」と呼ばない。それなのにポメラはカナコといった。誰に教えられたわけでもないのに。
 まるでお祖父さんの魂が乗り移ったみたいに……

「ただいま」
「オカエリナサイ」
 部屋には電気がついていた。ポメラが床に座ってテレビを見ていた。言葉を覚えたただけではなく、やることがまるで人間のようだ。昨日までのポメラとは明らかに変わっている。
 私はコートをハンガーにかけながら、何気なくポメラに話題を振る。
「加奈ちゃんがね、近いうちにもう一回うちに来たいって」
「ホント!? イツ?」
 ポメラはテレビから目を離し、大きな黒目を私に向けた。
「週末くらいかなあ」
「ヤッタ!」
 ポメラは立ち上がって飛び跳ねながら喜んだ。
「ポメラって加奈ちゃんのこと好き?」
「ウーン、ソウデモナイカナー」
 そうでもないのかよ。じゃあ、さっきまでの喜びようは一体何だったんだ。
 ポメラからお祖父さんの話題を聞き出すには、ひたすら加奈ちゃんのことを話すしかない。それが私の作戦だった。嘘でもいいから、加奈ちゃんの話題を繋ぐ。
「きっと驚くと思うよ、加奈ちゃん。ポメラがしゃべれるようになったって言ったらすごいビックリして、早く会いたいみたいなこと言ってたから」
「シャベルノ ワリト フツウ ダヨ」
「ポメラって、チャオなの?」
「チャオッテ ナニ?」
「加奈ちゃんが、ポメラはチャオだって言ってたから」
 そう伝えても、ポメラはピンとこない様子で首を傾げる。
 チャオではない? いや、単に知らないだけかもしれない。チャオという呼び名を使っていたのは昔の人だ。一般的な名前ではない。
「ポメラ、人間って分かる?」
「ユキトカ カナチャンノ コト デショ」
「ポメラって、人間なの?」
「ナンデ?」
「だって、こうやって喋れるようになったじゃん」
「シャベレタラ ニンゲンナノ?」
「うーん、そういうわけじゃないけど」
 やっぱり勘違いだったのかな、という思いが次第に私の中で強くなっていく。今朝の台詞は聞き間違いだったのかもしれない。ポメラとお祖父さんとを繋いでいた細い糸が、ほとんど切れかかっている。
「全然関係ないこと聞いていい?」
「ナニ?」
「昨日の昼間、何してた?」
「ズット イエニ イタヨ」
 ポメラは視線を逸らすかのように、またテレビを見た。私の中の疑惑が膨らんだ。ポメラは何かを隠している、ような気がする。それが何なのかは分からないけれど。
 ポメラは人に近い知能を手に入れた。他の生き物にはできないことだ。もしかすると、とても賢い生き物なのかもしれない。嘘をつくことができたとしても不思議はない。
「前に家に帰ってきたとき、鍵がかかってなかったことがあったけど、あれってポメラ?」
「カギッテ ナニ?」
 私は少し怖くなった。今まではか弱くて保護すべき存在だと思っていた。でも、本当はポメラの方が人間より優れた生き物だったとしたら。
 思い出せ。鍵がかかってなかった日、ポメラに何か変わったことがなかったか。すると、ある一つの事実に気がつく。あの日、ポメラの翼の形が少し変わっていた。
 新聞記事の見出しがフラッシュバックする。「脳のない死体発見」。
 ……もしも、ポメラが死体の一部を身体に取り込む能力を持っているとしたら。それをまるで自分の体の一部のように動かせるとしたら。
 昔、ニュースで万能細胞というものを見たことがある。あの細胞で全身が出来ている生物がいるとしたら。
 まず、山で加奈ちゃんの祖父をポメラが見つける。そして脳だけをなんらかの方法で自分の体内に取り込む。結果として、人間の脳がポメラの一部になる。そしてポメラが言葉を喋れるようになる……そんなことが可能だとしたら。
 いや、さすがに非現実的すぎるな。ほとんど私の妄想に近い。そんな超能力があったら、UFOも幽霊も説明できるんじゃないかっていう次元の話だ。
「ねえ、ポメラ」
 ポメラはテレビを見ている。バラエティを見て笑っている。
 私はどうすればいいんだろう? 考えて、考えて、しかし私の頭ではそこに続く言葉が浮かばなかった。

 二回目の夢を見た。
 色あせたジャングルだった。不思議な既視感がある。加奈ちゃんのコピーしてきた本のかすれとそっくりだ。
 一匹の犬がチャオを追っている。チャオの走る速度は遅い。犬との距離は徐々に縮まっていく。
 そのとき、ジャングルの切れ目に小川が現れる。チャオは小川の手前で立ち止まった。
 チャオは逃げていたのではなかった。犬が十分に近づくのを待って、チャオは小川に飛び込んだ。それを合図に、周囲の木陰からたくさんのチャオが現れた。そこはチャオたちの縄張りだった。ある者は熊の腕を持ち、ある者は蛇の牙を持っていた。
 周囲のチャオは一斉に犬を襲う。鋭い爪が目を潰し、首筋に牙を突き立てる。標的を見失った犬は、為す術もなく冷たい塊となった。
 犬の死体は、囮のチャオが食べた。次の朝には、そのチャオの体は犬のパーツで覆われていた。一度バラバラになったパーツは再びチャオの周りで結合し、一体になる。オリジナルの犬と見分けがつかないくらい、完璧に変身していた。
 そのチャオは何事もなかったかのように、ポルトガル人の乗る船に帰還した。誰も犬が一匹入れ替わったことには気付かなかった。
 翌日、一人のポルトガル人が犬によって殺害される。その日から次々にポルトガル人とチャオが入れ替わっていく……

「おはよう」
 数日ぶりに聞く声。加奈ちゃんはずっと休んでいたから、こうして会うのは久しぶりだ。
「休みの間、なんか変わったことあった?」
「別に何も……」
 と言いかけて、私には加奈ちゃんに伝えるべきことを思い出す。
「そういえば、この前ポメラが家出しちゃった。だから今週末うちに来てもポメラには会えないよ」
「ポメラに会いたいって、私そんなこと言ったっけ?」
 加奈ちゃんは不思議そうに私の顔を見つめた。
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ダークさんの「ヘルメタル・クラッシュ」に感想です
 ろっど  - 14/12/30(火) 1:46 -
  
銀色のタマゴがちょっと唐突感あふれていて、あまり活かせていない印象を受けました。
ホップになったりする部分が(お題だから仕方がないとは言え)強引だったかなあと思います。
前半の情景描写などは気に入っています。あとミスターのキャラクターも中々面白い試みだなあと思いました。ダークさんの描くキャラクターは淡白で面白みがないことが多いので、あざといミスターのキャラクターはそんなダークさんの小説を彩ってくれていたように感じました。

ダークさんは事あるごとに「行動してこなかった自分」を強調しますが、それほど他人との間に極端な差はないんじゃないかなあと思っています。
行動しないことも積み重ねの一部だと思いますし、何より行動することが必ずしもプラスになるとは限らない(それは僕が身をもって証明しているつもりです)。
当事者にならず、色々な場面を冷めた目で外側から見詰め続けたダークさんだからこその文章が書けていると(僕は)思います。

あとは、やっぱり美郷さんのあたりの描写がよく分からないです。
特に、

「僕はホップのことが大好きなんですよ、美郷さん。ホップが美郷さんのことを大好きなようにね」
 僕がそう言うと、美郷さんは「うん」と頷いた。きっと、彼女はわかっていない。僕が言ったこと、僕が次に言おうとしていること。
 これは僕の責任なのだ。美郷さんのわがままではなくて、僕のわがままのせいなのだ。でも、こうなるのもしょうがなかったことなのだ。僕はそういう人間だったのだから。これが、僕の足の進む方向なのだから。
「だから、これ以上僕たちが会うのはやめましょう」

このへんです。
たぶんこの「よく分からない」は「共感できない」に近いと思いますが、やっぱりよく分かりません。
よく分からない感想ですみません。
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ボクはチャオへの感想です
 だーく  - 14/12/30(火) 2:06 -
  
 さすがチャピルさん。わざと遅れをとってトリを狙うなんて、あなたにしかできません。またチャピル伝説が一つ追加されましたね。


 あれだけ変身させるのは難しいと言っていたのに、きっちり変身できているじゃないですか。というか、変身をちゃんと話の一番の肝に持ってこられていますよね。他のひねくれものたちのように、とりあえず変身させられればいいやみたいな姿勢じゃなくて真っ向勝負の姿勢で、さらには打ち勝ったチャピルさんはやはりさすがというべきでしょう。


 設定がしっかりしているところがよかったというか、設定がすべてでしたね。大航海時代からチャオがすーぱー頑張る話なんて、他の人は書こうとしないだろうなあと思いました。それを完璧にこなせるところがチャピルさんらしいですよね。(ポーランド人やらオランダ人やら統一されてないのはちょっとお茶目さを見せつけただけですよね!)


 あとは、最後のオチの段落はあまり思考を描写せずに、淡々と状況を描写した方が良かったんじゃないかなあと思いました。特に、伝えるべきことを思い出す、という表現。有紀本人との繋がりを強く感じさせてしまいます。有紀色が強すぎるのは、ポメラのそれまでのキャプチャ後の挙動と一貫性がないかなと思います。


 だーくさんが見たチャオ小説の中で、チャオを一番ダークに描いていた作品でした。さっき09年のチャオガーデンも読み直したんですけど、雰囲気全然違って怖かったです。チャピルさんはもしかして二重人格なんですか。どうなんですか。
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チャピルさんの「ボクはチャオ」に感想です
 ろっど  - 14/12/30(火) 2:10 -
  
ホラーテイストですね。「変身」と言ったらやっぱりこういうのですよね。
最初は僕もこういう作品を書こうと思ったのです。チャオに変身するたびに、まるで抜け殻のように人間が残って、どんどん同じ人間が増えていくみたいな。なぜかモンハンの話になってしまいました。残念でなりません。

全体としての印象は「かたい」です。
文章は理路整然としていて、よく言えば簡潔で読みやすい、悪く言えば味気ない。
お話の土台となる部分もしっかり固められていますよね。こういうところがチャピルさんの作品の魅力なのかなと思います。
矛盾点の多い僕の小説とはちょうど対極にあたりそうですね。
スマッシュさんの小説を「水」とするなら、チャピルさんの小説は「岩」ですね。鋼のほうがいいかな。

個人的にもうちょっとボリュームが欲しかったです。話に入り込む前に終わってしまった感じがあって、肩すかしを食らいました。

驚くべきなのは、これを一日くらいで書いたという点ですね。
実話も一日で書けるでしょう。楽しみに待っています。
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ありがとうございます
 だーく  - 14/12/30(火) 3:09 -
  
> 銀色のタマゴがちょっと唐突感あふれていて、あまり活かせていない印象を受けました。
> ホップになったりする部分が(お題だから仕方がないとは言え)強引だったかなあと思います。

 銀色のタマゴの唐突感はきっと気のせいです。でも活かせていないのは事実です。ミスターや雨と同じようにタマゴも役割が不明確でした。
 真木くんの意識が基本的にホップに向いているというところが、タマゴを活かせなかった原因かなと思います。だってホップが可愛いからしょうがないですよ。もっとじわじわ距離を詰めた方が良かったのかもしれませんね。


> ダークさんの描くキャラクターは淡白で面白みがないことが多いので、あざといミスターのキャラクターはそんなダークさんの小説を彩ってくれていたように感じました。

 確かに男性キャラは淡白なキャラが多いかもしれませんね。内面的には決して淡白ではないのですけど、喋ったりするシーンだと淡白になりますね。ミスターももともとそんな感じだったんですけど、ミスターが口うるさくなってくれないと話が進まなかったのでこうなりました。確かにこれは新しい試みで、だーくさん的にも新鮮でした。そうしてミスターはひたすらうざいキャラへとなったのでした。


> あとは、やっぱり美郷さんのあたりの描写がよく分からないです。
> たぶんこの「よく分からない」は「共感できない」に近いと思いますが、やっぱりよく分かりません。

 その例に挙げた部分で言うなら、真木くんがホップのことを好きという事実は美郷さんにとっては初めて聞く情報ですから、ただ真木くんが自分のことを喋ってくれたようにしか見えません。ですが真木くんにとってはホップのことが好きという事実は、それが自分がダークガーデンに行く理由であって美郷さんに会う理由ではないということでありますし、何よりも僕のことを本当に想っているなら僕が大好きなホップを大事にしてみろよという気持ちも含まれているのです。ホップが美郷さんのことを大好き、というのは、自分はホップにとっての一番好きな人にはなれないという気持ちと、ホップはお前のことを好きなんだぞ? という当てつけのセリフです。表面的に前半と後半の文は繋がっているように見えるので、あっさり「うん」と言った美郷さんに対して真木くんは彼女はわかっていない、と思ったのです。ですが、このあとに続く、だからこれ以上〜のセリフを聞くことで最初のセリフが表面的な意味とは違う意味を持つということを真木くんは美郷さんに自覚させたかったのです。それに、だからこれ以上〜のセリフで美郷さんが大きなショックを受けることもわかっていたから、あえて間を空けてから言ったのでしょう。つまりこのくだりは真木くんの意地悪な作戦です。(美郷さんが自暴自棄になる可能性もあるので賢いやり方ではありませんが)
 まあこのシーンの真木くんはわかりづらい心境かもしれません。でも基本的に真木くんがわがままな人間だということを念頭においておけば、なんとなくわかると思います。


 とにかく、この作品は難しかったです。やっぱり消化しきれてないみたいです。次はなんとかしましょう。感想ありがとうございました。
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変身できました
 チャピル WEB  - 14/12/30(火) 11:29 -
  
> あれだけ変身させるのは難しいと言っていたのに、きっちり変身できているじゃないですか。
以前までは数ヶ月悩んでも出てこなかったのに、聖誕祭の日に書き始めたらほんの4時間くらいで変身できました。聖誕祭マジックでした。

> 設定がしっかりしているところがよかったというか、設定がすべてでしたね。大航海時代からチャオがすーぱー頑張る話なんて、他の人は書こうとしないだろうなあと思いました。
設定については、矛盾なく書いていくスタイルをずっとやっていて、その極北に近いところを出せたのかなあと思ってます。
大航海時代設定は面白いですが、有紀たちが気付きにくいのが難点でした。加奈ちゃんは単なる学部生のはずなのに、世界史にも詳しいなんて、すげーっすね。

> ポーランド人やらオランダ人やら統一されてない
うへえ。オランダ人は間違いです。こっそり直しておきます……

> あとは、最後のオチの段落はあまり思考を描写せずに、淡々と状況を描写した方が良かったんじゃないかなあと思いました。
うーん、そうですね。終盤になってようやく怖くなってきたのに、勢いを削いでしまった感じはあります。
ポメラは有紀になりすますため、有紀の脳もキャプチャしてるはずです。なので、思考レベルも有紀程度になってしまったのではないでしょうか。たぶん。

> だーくさんが見たチャオ小説の中で、チャオを一番ダークに描いていた作品でした。さっき09年のチャオガーデンも読み直したんですけど、雰囲気全然違って怖かったです。
チャオガーデンとはチャオが日常に入り込んでいる点が似ているかなと思ってます。
まあ、その入り込み方が、今作では頭蓋骨かち割ったりする方向に変わっただけです。
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ありがとうございます
 チャピル WEB  - 14/12/30(火) 12:00 -
  
>ホラーテイストですね。「変身」と言ったらやっぱりこういうのですよね。
わりと正統派ジャンルなのに、週チャオではあまりホラー作品って見ないですよね。
やはりチャオのイメージがホラーからは遠いからでしょうか。
「ダイアリー」もホラーと言えばホラーでしたが、なんかちょっと違いますよね。

>全体としての印象は「かたい」です。
>文章は理路整然としていて、よく言えば簡潔で読みやすい、悪く言えば味気ない。
短期間で書いたこともあって、文章で面白みを出すことがあまりできませんでした。
というのは言い訳に過ぎないので、もっと素早く書けるようになるのが今後の課題ですね……

時間があったら、Part 2の文章をもっとこねこねしていたと思います。Part 1はあれくらいドライでいいです。
でも女子大生の一人称をリアリティ持たせて書くのが難しかったので、結局いつもの自分の文章になってしまったのでした。

>個人的にもうちょっとボリュームが欲しかったです。話に入り込む前に終わってしまった感じがあって、肩すかしを食らいました。
本当にホラーテイストが出てくるのが終盤に近づいてからなので、ホラーにしては盛り上がりにかけます。自覚はあります。
とはいえポメラが有紀を殺すとしたら、あのタイミングしかなかったので、仕方がないのです……

>驚くべきなのは、これを一日くらいで書いたという点ですね。
>実話も一日で書けるでしょう。楽しみに待っています。
実話……?
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第二話 電子ピアノ
 スマッシュ  - 14/12/31(水) 23:08 -
  
 夏也はベッドで寝て、私は寝室に布団を敷いて寝た。ナナコとソウも寝室で眠っている。
 夏也はベッドで寝ていいと言ったが、私は遠慮した。布団を貸してもらえるのだから、十分贅沢だと思った。シングルルームに泊まる人と寝る時は遠慮などせず、いいと言われればベッドで寝ていた。といっても、布団がなくても今回は夏也に厚かましいと思われたくなくて遠慮していたかもしれない。
 習慣で、五時に目を覚ます。外はもう明るくなっていた。カーテンを少し開けて、部屋の中に光を入れる。そして私はベッドで眠っている夏也の寝顔を確認した。こうやって寝顔を見るのは、自分が相手より早く起きたことを確認するための行為だ。冷静に考えれば、それを確認したからといって、私の羽が見られてないとわかるわけではないのだが、それでも私は欠かさずに男の寝顔を見る。
 夏也は気持ちのよさそうな顔をして眠っている。まるで朝の日差しを浴びているからそういう顔をしているような、晴れやかな寝顔だった。一晩中こういう顔をして眠っているのだと思うと笑えるくらいだ。
 しばらく寝顔を見た後、背中の羽のことをいつどう告げるかが問題だ、ということに私は気が付いた。抱くと言ってしまったからには、その時までに言うのか、それとも当分の間は隠しておくのか、決めておかなくてはならない。私は本当に夏也と性交をするつもりでいて、それを嘘だったということにする気は全くなかった。だから言うか言わないか決めないといけない。
 私は目をつぶって、五分くらいじっくり考えた末、服を脱いで上半身裸になった。言おう、と思ったのだ。いつ夏也が起きてきてもいいように、私はチャオになるためベッドに背中を向けて体育座りをする。
 羽のことを話した上で、羽のことなど忘れてしまったかのような軽さで私のことを好きになってほしい、というのが私の気持ちだった。だからどうやってこれが重い話にならずに済むか、ということを夏也が起きてくるまで私は考えに考えた。
「おはよう」と夏也から声がかかった。起きた直後に言ったような、はっきりしない発声だった。すっかり目の覚めている私の言うおはようは、しんとする響きがあった。そして実際に夏也は黙った。たぶん私の羽を見ているのだろう。私は夏也の方に顔を向けず、
「見てます? 私の羽」と言った。
「ああ、見てる」
「実は私、チャオだったんです」
 そう言ってみるものの、私は完璧にチャオに変身できるわけじゃない。結局のところ、チャオの羽が縫い付けられているだけの人間なのだ。体育座りをしてみても、まだチャオより大きい。
「そうだったのか」とだいぶ間を置いて夏也は言った。
「嘘です」と私は即座に返した。
「だよね」
「でもこの羽は本物。本物のチャオの羽です。お父さんとお母さんがチャオから取って、私に縫い付けたんです」
 そんなことが現実に起きたなんて、そう簡単には信じられないだろう。少なくとも困っているというのが、夏也が無言でいることから伝わってくる。だから私は羽を取られてしまったチャオがすぐ死んでしまったことや整形のことなどを話した。一通り話し終えると、相槌も打たずに黙って聞いていた夏也が、
「そうだったのか」と言った。息が詰まった感じのある、理解の声色だった。なんでもないことのように話すつもりだったのに、喋るうちにどんどん暗い話になってしまっていた。
「私、この羽をあまり人に見せないようにしてたんです。可哀想な子って思われたくなかったから。だから、私のことを可哀想な子と思わないでください。私、この羽結構気に入ってるんです。だって、これ、似合ってるでしょう?」
 重い空気を取り払うために、そう言って私は微笑む。私は変わらず夏也の方を向かずにいたから夏也には見えないのだけれど、凄くいい微笑だったという手応えがあった。
「確かに似合ってるよ」と夏也は笑った。褒められたのが結構嬉しくて、私も笑う。
「だから私は可哀想じゃないんです」
「わかったよ。君は可哀想じゃない」
「じゃあ服着ますね。それとも、もうちょっと見ますか?」
 夏也は少し悩んで、見る、と言った。彼がもういいよと言うまでの間、私は羽ではなく裸の背中を見られているつもりでいた。夏の朝の空気は、昨晩の冷房の涼しさが消えているのに、ひんやりと気持ちがよかった。このまま涼しさに肌を浸していたいと思いながら、深呼吸をした。やがてナナコが目を覚まして、私は服を着ることになった。
 私はキッチンの端に立って、夏也が料理をするところを見ていた。朝食は適当でいいかな、と夏也が言うので、うん、と答えたら夏也はキッチンで朝食を作り始めたのだった。ちゃんと料理するんだなあ、と感心して見ているのだった。私は料理なんて、家庭科の授業の調理実習でやったきりだ。家では母が作っていたし、家出してからはほとんどホテルに泊まっていた。たまに男の家に泊まることがあっても、コンビニの弁当やカップ麺で済まされていた。
「料理するの、いいですね」と私は言った。
「今時、男でも料理するものだよ」
「そうじゃなくて、凄く有意義なことって気がします」
 食べるだけなら買ってきた弁当やカップ麺でよくて、それなのに料理という行為をその前に入れるというのは、美しい無駄のように感じられた。とても楽しい遊びを見ている気分だった。母の料理するところを見ていてもそんな風には思わなかった。家出して過ごした三ヶ月という時間が、見慣れたものを斬新なものに変えたらしい。出来上がった朝食のスクランブルエッグやスープを食べる時には、特別な気分はなかった。居候の身でありながら、好きな人と一緒に生活しているというつもりになって、無性にうきうきしたくらいだった。
 夏也はスーツを着て、仕事に行ってくると言った。昨日ガーデンでヒーローチャオに着せて回っていたあの服をチャオの店の服飾の担当の人に見せる、というようなことを言っていた。とにかく今日服を見せる人からオーケーをもらえれば、服を作る工場へその足で行って打ち合わせをして、それで彼の仕事は一段落つくということらしい。
 夏也は私に合い鍵を渡すのを忘れていて、おかげで私はこの部屋にソウと閉じ込められてしまっていた。鍵をかけずに外に出てうろつくわけにはいかない。
 私は泊まる場所を探さなくてもよくなったことでのびのびと遊ぶことができると思って、買い物をするつもりでいた。服が欲しかった。リュックに入る分しか荷物を持てなかったから、まず物欲が出てきたのだった。
 夏也に連れられてナナコもいない。私はソウを抱いて、部屋の中を探索してみた。キッチンで調理用具の場所を確かめたり、洗面所の棚に洗剤が置いてあるのを見つけたりして、ここを自分の住まいとして生活する姿を思い描く。
 タオルはどこにあったっけ、と考えて昨日寝室で受け取ったことを思い出し、寝室に行く。寝室には机と本棚がある。ナナコの遊び道具であるらしい小さい電子ピアノが置いてあったのでソウにそれを触らせ、私は机の引き出しを開ける。日記とかアダルトビデオとかが入っていないかという期待で覗いたのだが日記の方は見つからなかった。なので私は本棚にあった小説を読んで時間を潰した。
 昼には冷蔵庫の冷凍室にあったピザを食べ、夏也が帰ってくるまでに二冊の小説を読み終えていた。どちらも、どこかでタイトルを聞いたことがあるというような有名なベストセラーの作品だった。現代文の授業でもなければ小説を読まなかった私は、面白いものもあるんだなあと感動して、三冊目を読み始めていた。帰ってきた夏也は寝室にいる私を見つけると、
「服、オーケーだったよ」と報告した。
「よかったですね」と言う私の方が、声が弾んでいる。夏也は慣れているらしく、そんなに喜んでいる様子はなく、私の方は楽しい小説を読んで、いい気分になっていた。
「昼ご飯は食べた?」
「冷凍のピザを勝手にいただいちゃいました」
「よかった。いつ帰るとか言ってなかったからね」
 夏也は笑顔を見せた。おいしかったです、と私も笑顔で言った。
「それで服っていつ発売されるんですか」と聞いた。
「一か月後くらいかな。商品として完成したのが店に届くまでに、大体それくらいかかっちゃうみたいだよ」
「そうなんですね」
 遠いな、と思った。一か月後に私はまだここにいるだろうかと考えると、そうはなっていないような気がする。彼は私を一時的に避難させてくれているのであって、一か月もいたらそれは一時的とは言えなくなってしまう。それは彼も歓迎しないことのはずだ。
「発売されたら、店に見に行きます?」
「最初はそうしたね。買う人がいるか気になっちゃって。最近は全く。次の服を作るのに集中しちゃうなあ」
「今度は行きませんか。私、買う人が来るの見てみたいです」
 私は彼の作った服が実際に売れるところを見たい。あるいは、売れるだろうかと店の中で服をちらちら見て緊張していたい、ということを思った。それにこういうことを言っておけば、一か月後の私たちがどうなっていたとしてもドラマのように再会できるのだろうと安心することができた。
「いいよ。行こうか」と夏也は言った。私たちは本当にドラマのように生きることができる、とこの時私は確信した。それは何もかもが上手くいくというイメージだった。それこそ両親のいる家に戻ってももう平気だと思えるくらいで、夏也と一緒にいられる時間を使い果たしたら戻ろうと私は決心した。
 その夜、私は布団をソウとナナコに明け渡して、昼間に小説を読んでいた時のようにベッドに腰掛けて、二匹のチャオが眠るのを待っていた。夏也は、私が宣言通りにセックスをするつもりであると思い知ったようで、くっ付かないながらもすぐ傍にいた。
 昨日二匹は十一時にはもう眠っていた。その時間を過ぎているのに、ソウもナナコも眠っていなかった。私と夏也のことが気になっているらしく、二匹は私の足元に来る。
「心配しなくても大丈夫だよ」
 私はそう言って、二匹を交互に撫でてやる。喜んだ二匹は遊んでくれとせがんできた。私はナナコのお腹を足先で軽く押した。ナナコはけらけらと笑って、私の足の親指を触る。ひんやりしていて、くすぐったくて、気持ちがいい。ソウが羨ましそうにするので、左の足をソウに差し出す。
 チャオと戯れたくなった夏也が私の横に来て、ソウを撫でる。
「ダークチャオがにこにこしてると変な感じだなあ」と、頭上のとげとげをハートに変えているソウを見つめて夏也は言った。
「そうですか?」
「だってダークチャオってちょっと怖い感じでしょ。それがこうやって普通のチャオみたいににこにこ笑ってるのって、なんかイメージと違うよ」
 私はコドモチャオの時のソウを知っていて、ソウはコドモの時と同じ表情をしているから、全く気にならなかった。そう話したら夏也は納得してくれた。
「君の感覚とは違うんだろうけど、コドモの時と同じって思えば、それは確かに可愛いね」
「そう、ダークチャオも可愛いんですよ」
「そうか。お前も可愛かったんだなあ」
 しみじみと言って、ソウの頭を撫でる。ソウはもう夏也のことが好きになったらしく、夏也に向かって短い腕を広げる。
「抱っこしてほしいみたいです」
 そう教えると夏也はソウを抱き上げた。ソウは、わあ、という声を出して喜んだ。その声が夏也さんには、やはりダークチャオらしくない声だったのだろう。夏也さんは笑いを堪えるように下を向いた。そして耐えきると、
「本当に可愛いな」と言ってソウを抱き締めてやった。私は、君も可愛いよ、と思いながら同じようにナナコを抱き締めた。ナナコはソウほどあからさまに喜ばない。だけどナナコは私の体をぽんぽんと優しく叩いて、それが親に慰められているみたいで癒された。私はナナコに懐いて、しばらくナナコを抱き締めたままでいた。
 ソウが欠伸をしたので夏也はソウを布団の上に寝かせた。すぐにソウは寝入った。
「ナナコちゃんも寝よう」と私は囁き、ナナコをソウの隣で寝かせた。ナナコは従順で、そのまま目を瞑り、しばらくすると寝息が聞こえてきた。
「よかった、寝てくれて」
 私は時計を見て、言った。まだ十二時を回っていなかった。ずっとチャオに構っている羽目になって、睡魔に負けてしまうようなことがあるのではないかと少し不安になっていたのだった。
 私たちは五分くらい二匹のチャオを見ていた。本当に眠ったか、疑っていたのだ。今日のセックスはチャオに見られたくない、と私は思っていた。夏也も、見られたくないのだろう。
 もうそろそろいいかな、と思った私は服を脱いだ。下着姿になった私は、夏也も下着だけにしようと、彼の服に手をかける。
 夏也は脱がせやすいように腕を上げるなどしてくれたが、キスをしたのもこちらからだった。唇が解放されると夏也は、
「ナナコはダークチャオになるかな」と言った。優しい声で、責められているわけではなさそうだった。私は笑った。
「チャオは神様じゃないですよ」
 布団の方を見ても、二匹はそこで眠っている。少なくとも目を瞑って寝ている振りはしていて、私たちを見てはいない。
「あなたはいい人っぽい感じがするから、その感じが変わりさえしなければたとえ何をやっても、チャオはそのいい人っぽい感じに騙されてヒーローチャオになりますよ。そのいい人っぽい感じっていうのは、単なる雰囲気じゃなくて、その人の後ろにある運命みたいなものなんです。だからそう簡単には変わりません」
 私は自分の胸を彼に押し付けるように抱き付いて、そう言った。運命を感じて進化するというのは、喋っている最中に浮かんだ全くのでたらめだったが、自分の口から出ただけのことはあって、私はその説が本当のことであるように感じられた。
「とにかくヒーローになるかダークになるかは、私たちの善悪とは関係ないんです」
「そうなのかな。僕は自分がいい子にしているからヒーローチャオになってくれたと思ってたんだけど」
「私だって、今も自分はいい子だと思ってます」
 そう言ったら夏也は笑った。
「君はいい子じゃないよ」と断言される。
「だってこんなことになってるじゃないか」
「いい子でもこんなことになるんです」
 むきになって私はそう言う。そうかな、と夏也は言った。
 朝に羽を見せていたおかげで私はそれを隠そうと緊張しなくてよくて、快楽を味わうことに集中できた。そして私は、彼の細いあまり割れているように見える腹筋や、喉や滑らかで無害な顔をいつでも思い描くことができるように覚えてみた。もしかしたらその腹筋の形でチャオは判断しているのかもしれなかったから。

 私が起きたのは相も変わらず五時だった。いつもは羽を隠すために重ね着をしているのだが今日は上に着ているのは半袖のTシャツのみで、早朝の涼しさが腕に浸透してきた。
 全然寝足りないように感じていたので横になろうとしたら、
「おはよう」と夏也が言った。彼は体を起こしてベッドの上に座り、こちらを見ていた。
「まだ五時ですよ」
「なんか目が覚めたんだよ」
 そう言って欠伸をするのを私は見上げる。私は行為の後、布団で寝たのだった。私の両脇にいる二匹のチャオはまだ眠っている。
「眠くないですか?」
「眠いね。もうちょっと寝ようかな」
 そう言うと夏也は横になった。私は、昨日あれだけ夜更かしをしたのだから二匹が起きるのは遅くなるだろう、ということを考えていた。そして私はベッドに入る。
「どうした?」
 夏也はベッドの端に寄りながら言った。シングルベッドだから二人がなんとか収まるくらいの幅しかない。窮屈に感じないで済むようにしようという考えもあって、私は夏也に覆い被さった。
 欲情はしていなかった。しかし夏也を求める気持ちは強烈に抱いていて、要するに私は彼と引っ付いていたかった。服を着たままであったが、私はチャオに変身したつもりになって、
「抱き締めて、頭を撫でて。チャオにするみたいに」と言った。
 夏也は私の指示した通りに、性的なニュアンスのない優しい手つきで私を柔らかく抱き締めて、撫でてくれた。私は彼の手と、背中の羽のちょっとひんやりとしている感触にだけ集中する。
 彼は、私が心地よくて出した吐息がチャオの喜ぶ時の声に似ている、と言った。今の私はチャオだもの、と返すと彼は、
「チャオは喋っちゃ駄目だよ」と言った。
 彼は本当にチャオを可愛がるみたいに、撫でたり抱き締めたり顔を軽く摘んだりしてきた。私はチャオの声に似ているという吐息を聞かせ続けたが、ずっと黙っていたために眠ってしまった。
 浅い眠りから覚めると、夏也の寝顔が間近にあった。私たちは身を寄せ合うようにして向かい合い眠っていたようだった。
 ソウとナナコはもう起きていた。二匹ででたらめなダンスを踊って遊んでいた。私が起きたことに気が付くと、二匹は笑顔で挙手をした。私は微笑む。
 時計を見ると、九時になっていた。夏也の仕事のことはよくわからない。何か用事があったりするんじゃないかと心配になって、彼を起こした。
「もう九時ですよ。お仕事とか、大丈夫ですか?」と聞く。
「大丈夫だよ」
 新しい服をデザインするつもりでいるけれど、それは家でやる仕事だから時間は決まっていないのだ、ということを彼は言った。
 今日は一日うちにいると夏也は言ったので、私は買い物に出かけることにした。
 私は、キャミソールとか薄手のカーディガンとかを買った。今まで羽が露出しないように買いたくても避けてきた服があって、それに似ている服を探したのだった。そういう服を、夏也の部屋で着ようと思った。
 思い付いたことがあって、私は大きめのキャリーケースを購入した。そして本屋に行く。目当ての本は、昨日読んだ二冊の小説のうちの一冊で、先に読んだ方だ。それを思い出の品として買う。
 キャリーケースを引きずって帰ってきた私を見て、
「どうしたの、それ」と夏也は言った。彼は新しい服のアイデアを紙に描いていた。私は自分の思い付いたことを話さずに、
「秘密です」と言った。
「秘密か。わかった」と言って夏也は描く作業に戻る。
 本当は秘密にするほどのこともでない。単純に、この部屋を出て家に帰る時のために買ったのだった。今日買った服や、これから買う物を入れるのだ。夏也と生活しているうちに彼から物をもらうこともあるかもしれない。そういった物を全て手放さないで済むようにと思ったのである。それと、これを引きずって家出生活をするのは大変だろうから家に帰るしかない、と自分を追い込む意味もあった。
 私は夏也の描いている絵を覗いた。そこにはまずナナコの顔が描かれていて、その下にコートが描いてある。そしてコートの上からベルトを締めている。
「このベルトの太さが難しいんだ」と夏也は言った。
「それとコートのデザインも。秋か冬の服をイメージしてるんだけど」
 そう言って夏也は、私が出かけている間に描いた絵を見せた。ベルトの太さやコートのデザインがそれぞれ微妙に違うのはわかるのだが、私には優劣がわからなかった。
「難しそうですね」と私は言った。
「そう。とても難しい。それと今回はベルトのバックルのデザインで何か遊べないかなと考えていて、そこも悩みどころなんだよ」
 夏也は、休憩しようかな、と言って持っていた鉛筆を置いた。そして寝室にいたソウとナナコを連れてくる。
「あの、私考えてたことがあったんですけど」
「ん?」
「イノリってブランド名って、もしかして好きだった人の名前だったんじゃないですか? 初恋の人とか。それか、ナナコっていうのがその人の名前」
 イノリが名前だというのは夏也に出会う前に思い付いたものだった。飼っているチャオの名前がナナコとわかった今では無理な予想だという気がしているのだが、もしかしたら当たっているかもしれないから、言ってみた。
「残念ながらどちらでもないよ」と夏也は言う。
「ですよね」
「ナナコはもしうちに女の子が生まれていたら、つまり僕に姉か妹がいたら、その子に付けられていた名前だよ。でも、イノリが好きな子の名前っていうのは近いかな」
「え、そうなんですか?」
「初恋の子が、中学生の時だったんだけど、いじめられて登校拒否してしまったんだ。その子、チャオが好きで、ヒーローチャオを飼ってた。僕もチャオが好きだったから何かしてあげられたんじゃないかなとずっと思っていたんだ。それでせめて僕の服が彼女や彼女みたいな人を喜ばすことができればいいな、と思った。そういう祈り、というわけ」
 つまりイノリはそのまま祈りだったということだ。そして、大人になってもなお彼が想っている初恋の子はどれだけ綺麗な子だったのだろう、と私は気になった。
 ナナコが夏也に頭を撫でられて、頭上の輪をハートマークに変えていた。
「祈りはたぶん届かない。祈るなんていっても、本当は何もしていないようなもの。そういう意味もあるかな。それに祈るだけなら、チャオの服を作りながらでもできるからね」
「その人は今どうしてるんですか」
「わからない。何も知らないから」
 変なの、と私は言った。未だに好きだから気にしているのかと思いきや、もう関心がないかのようにさっぱりとしている。もしかしたらさほど綺麗ではなかったのかもしれない、と私の関心も薄れていった。
 私が彼と離れ離れになるようなことがあっても、彼はやはり祈るつもりで服を作るだけなのだろうか。それはとても頼りない。しかしそれが彼の持っている無害な感じの正体に思われた。凄く近くにいれば抱き締めてくれるけれど、凄く近くじゃないと彼は何もしてくれずにチャオの服を作る。
「ねえ、電話番号とメールアドレス教えてください」と私は言った。
「いいけれど、突然だね」
「だってあなたは、ふらりとどこかに行ってしまいそうな感じがするから、心配なんです」
「行かないよ」
 私が見当はずれのことを言っているという風に彼は笑った。その通りだった。彼がどこかに行くのではない。けれど似たようなものだ。
 電話番号とメールアドレスを教えてもらって、私は彼と鎖で繋がったように思った。彼に首輪をして、その首輪から鎖が延びていて、私はその鎖を握っている。それは束縛するためのものではなくて、その鎖を強く握っていることでどうにか彼から離れないで済む、というイメージだ。強く握らないといけない。私は十一桁の番号を凝視して、記憶しておく。
 彼はナナコを抱き上げて、色々な角度からナナコを見ていた。ソウには構わない。休憩すると言ったくせに、服のことを考えているらしい。とても真剣な顔をしていた。私はソウと遊んでやる。私の真っ直ぐ伸ばした脚を平均台に見立てて、ソウはゆっくり脚の付け根に向かって歩く。上手くバランスが取れなくて、羽をぱたぱたと動かしている。
「ごめん、ナナコとも遊んでやってくれないか」
 夏也はそう言って、服のアイデアを絵にする作業に戻ってしまった。私は手招きして、ナナコをこちらに来させる。ナナコは私の脚の上を歩くソウを見ると、すぐにソウのやっている遊びを理解して、もう片方の脚の上に乗って歩き始めた。
「利口だね」と私はナナコに言った。しかしナナコも羽を動かしてバランスを取ろうとしている。落ちそうになっても、ちょっと飛んで体勢を立て直す。
「ナナコはピアノも弾けるよ」と夏也は言った。
「そうなんですか」
「寝室に電子ピアノがある。遊具なら、ボールもあるよ」
 私は股のところまで来たナナコとソウを抱いて、寝室に入った。探してみると、ベッドの下のタオルを入れているケースに隠れるように電子ピアノとボールが置いてあった。それを引っ張り出した。
 電子ピアノはチャオ用の玩具で、一つ一つの鍵盤が広めに作られてある。ナナコは弾きたいらしくて、ぴょんぴょん飛び跳ねて私におねだりをする。私は電源を入れて、ナナコの前に置いてやった。するとナナコは慣れた手つきで演奏を始めた。両手で交互に一つの音を出していく演奏であったが、きちんと曲になっていて、何か有名な曲を演奏しているのではないかと思うくらいだった。明るくて、気持ちのいい曲だった。
 凄いね、と声をかけてあげたくなったが、邪魔をしてはいけないような気がして私は黙っていた。ソウを見ると、物凄くだらしない顔をしてうっとりと聞き入っていた。
 演奏が終わると私とソウは一分くらい拍手をし続けた。ナナコは得意げな顔をして、拍手が収まるとすぐに別の曲を演奏し始めた。私は、ナナコと夏也は似ている、と思いながらその演奏を聞いた。
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スマッシュさんの「チャオの羽」に感想です
 ろっど  - 15/1/1(木) 12:41 -
  
悪かったところから言います。
整形されている設定、チャオの羽をくっつける設定は不要だったのではないかと思います。
鳥井さんの人格が形成されるにあたって、そういう流れがあればより「らしく」はなりそうですが、夏也と出会った後の流れが自然であるのに対して前半部分の「親と不仲」「家出」「身売り」あたりの流れと設定が強引に見えました。
夏也に羽を見せる、という部分も、わざわざ羽を持ち出さない方が素敵でした。「今までの男」と「夏也」の違いは十分描写されていると思いますし、そういう意味で、羽がくっついているのが作中においては余計なもののような印象を受けました。
最低限チャオの羽は許容できるとしても、整形はやっぱり不要だったんじゃないかと思います。自然にしよう自然にしようという動きがかえって不自然に見えます。

次に良かったところです。
キャラクターの描写がとても良かったと思います。
前半部分では鳥井さんのことをあまり好きにはなれませんでした。
(いや、もちろん後半部分でも「なんて図々しい女なんだ」と思いましたが)
けれど、夏也の「いい人っぽい感じ」に影響されてかどうかは分かりませんが、「図々しい部分」と「可愛らしい部分」が同居していて、二面性のある良いキャラクターが出来上がっていたと思います。
「二人の夜にチャオが邪魔」「チャオを素直に可愛がる」の部分が特に良かったです。
「私だって、今も自分はいい子だと思ってます」の部分も良いですね。
小説となると、どうしても矛盾のない一貫したキャラクターになってしまいがちですが、何せとても女性らしく描けているので、やや揺らいだ感じの鳥井さんはスマッシュさんの小説の女性キャラクターの中では一番気に入っています(好きか嫌いかで言えば嫌いですけどね)。
あとは、Skypeでも言いましたけどやっぱり夏也のキャラクターが非常に良い。特に良いなと思ったのは「ふらりとどこかに行ってしまいそう」という部分です。それに対し本人が「行かないよ」と否定しているところが人間らしくて素敵でした。
でもいい人っぽい感じは出てないと思います。夏也は大分ひどい性格していると思います。いったい誰がモデルなんだ。

次に細かいところで気になった部分です。
ダークチャオを「コドモのときと同じって思えば可愛い」の部分ですが、とても共感できました。
ゴールデンレトリバーの子犬は他の小型犬を軽々と凌駕するほどの可愛さを誇るのですが、ゴールデンレトリバーは大型犬なので、成長するととても大きくなります。子犬の時に可愛いと思って購入した飼い主は大型犬になったレトリバーの飼育を放棄することがままあるのですが、犬にとってみれば大きくなったのは体だけで、本人にとっては子供のままなんですよね。ゴールデンレトリバーに愛着のないスマッシュさんから同じ意見が出てきたことにびっくりしています。

夏也が初恋の子に対して淡白なのもいいですね。なんだかんだで鳥井さんの評価基準が「綺麗かそうでないか」なところもグッドだと思います。
「チャオみたいに可愛がって」の部分は、「チャオみたいに」は要らなかったと思います。そういうのは言わなくても通じるし、吐息がチャオっぽいならなおさらです。
そのあたりも含めて全体的に余計なひと言が多いなあという印象は受けました。でも好みによると思うので、上記の部分以外はスルーで。
ああ、でも「嫌な過去を見ている目」はちょっといまいちかなあって思います。その次の「悲しい寄りの」っていうセリフが良いだけに。

最後に全体を通して。
ストーリーは微妙でした。でもチャオアパートよりは好きです。
テーマである「変身」も微妙でした。
キャラクターは満点をあげてもいいと思っています。今までのスマッシュさんのキャラクターよりも人間くさくて僕は好きです。

最近のスマッシュさんの作風がどれも「チャオアパート2」って感じなので、たまにはがらっと雰囲気の変わった作品も読んでみたいですね。
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ありがとうございます
 スマッシュ  - 15/1/1(木) 13:36 -
  
>悪かったところから言います。
>整形されている設定、チャオの羽をくっつける設定は不要だったのではないかと思います。

僕は最高にいい設定だと思っています!いやあ、とてもいい設定です。
なので勝利宣言します。俺は勝った。誰に勝ったのかは知らないです。


>次に良かったところです。
>キャラクターの描写がとても良かったと思います。

>前半部分から鳥井さんのことがとても好きでたまりませんでした。
鳥井さん最高に可愛いですよね。夏也さんももうちょっと可愛くしたかったです。


>夏也が初恋の子に対して淡白なのもいいですね。なんだかんだで鳥井さんの評価基準が「綺麗かそうでないか」なところもグッドだと思います。
>「チャオみたいに可愛がって」の部分は、「チャオみたいに」は要らなかったと思います。そういうのは言わなくても通じるし、吐息がチャオっぽいならなおさらです。
>そのあたりも含めて全体的に余計なひと言が多いなあという印象は受けました。でも好みによると思うので、上記の部分以外はスルーで。

台詞っぽい台詞を言わせたかった……欲望に勝てなかった……。


>ああ、でも「嫌な過去を見ている目」はちょっといまいちかなあって思います。その次の「悲しい寄りの」っていうセリフが良いだけに。

声に出した時、滑らかに聞こえてこない台詞なのが致命的ですよね。そこの部分書いてた時脳みそ動いてなかったんじゃないの、って思っちゃいますね。


>最後に全体を通して。
>ストーリーは微妙でした。でもチャオアパートよりは好きです。
>テーマである「変身」も微妙でした。
>キャラクターは満点をあげてもいいと思っています。今までのスマッシュさんのキャラクターよりも人間くさくて僕は好きです。

ストーリーもテーマの使い方も最高でしたよね!満点もらえるなんて嬉しいです!ありがとうございます!

>最近のスマッシュさんの作風がどれも「チャオアパート2」って感じなので、たまにはがらっと雰囲気の変わった作品も読んでみたいですね。

これは読む方がチャオアパートを引きずりすぎなんだと思います!
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チャオの羽への感想です
 だーく  - 15/1/2(金) 20:44 -
  
 第一印象としては、悪くない、スマッシュさんらしい作品、と言った感じでした。ですが、スマッシュさんの作品が投稿される度にスカイプで毎回指摘される、前提となる設定を最初に羅列するという癖もいつも通りでしたね。もっとストーリーの長い作品であればその色も薄れたと思うのですが、今回の作品ではあまり良い作用をしていない、というよりこれまでの作品よりも悪い作用をしていたのかなと思います。
 チャオの羽が背中についている、というパーツ自体は悪くないと思うのですが、そのパーツが作品全体を広げたり、動かしたりするような力を持っていたかというとそうでもないように思えます。それは何よりも鳥井さんが自分の羽や境遇について受け入れている面が大きいからでしょう。人に見せたくない、という描写もありましたが、言ってみればそれは鳥井さんという人物像のダイジェストに過ぎませんし、その気持ちは夏也さんに羽を見せるときにもあっさり打ち消されました。それはそれでいいのですが、もうそうなるのであればストーリーの中に鳥井さんの背景描写を何気なく散らした方が良いでしょう。この広がりそうな設定をこのサイズの小説の中に使うのは贅沢だと思いますが、もっとクールに使えたと思います。そういう意味で、書き出しと全体図の差に少し調子抜けしました。


 キャラクターについては、夏也さんの余裕のある素直さが良かったと思います。こういう素直さは作品における典型的な人物からかけ離れて、より人間らしく感じることのできるいいキャラクターだと思います。「わかったよ、君は可哀想じゃない」から鳥井さんの羽を見続けるシーンとか「君はいい子じゃないよ」というところとか、意地悪な魅力があります。嫌な過去をしている目、というフレーズだけは全体と比べるとわざとらしいかなと思いました。
 鳥井さんは、スマッシュさんの作品にしては珍しく感情だけで動くような人でしたが、基本的には堂々としていたのでありきたりな人物で終わらず良かったです。羽を見せるシーンで、最初はためらってもあっさりと見せるところまで行き着ける度胸もありますしね。あとは朝、自分をチャオの立場に置いて夏也さんとじゃれるシーンも良かったと思います。気になったのは、なんで彼女は夏也さんの電話番号をわざわざ記憶したんでしょう。そこらの描写があってもいいかなと思いました。
 チャオは神様じゃないですよ、はヘルメタの対抗ですかね。こういう遊びがあったのも良かったです。

 あとはなんでしょう。チャオがここまで日常の中のペットとして徹底して描かれたのってあんまりなかったんじゃないでしょうか。今まではほとんどが、死や転生が絡んだり、別れが絡んだりしていたように思います。ラストでナナコがピアノを弾いているところで終わるところなんかはそのことが顕著に表れていますね。


 全体的に、二人の触れ合いやチャオの描写は良かったと思うのですが、芯が弱いなと思いました。短い割には日常的過ぎますし、鳥井さんが変化していく様を描いた訳でもない。個人的には、チャオの羽に絡むイベントがもう一個あってもいいかなと思いました。だーくさんもチャオの羽ほしいなあ。
引用なし
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ありがとうございます
 スマッシュ  - 15/1/2(金) 22:37 -
  
> 第一印象としては、悪くない、スマッシュさんらしい作品、と言った感じでした。ですが、スマッシュさんの作品が投稿される度にスカイプで毎回指摘される、前提となる設定を最初に羅列するという癖もいつも通りでしたね。もっとストーリーの長い作品であればその色も薄れたと思うのですが、今回の作品ではあまり良い作用をしていない、というよりこれまでの作品よりも悪い作用をしていたのかなと思います。

とにかくもっと長くすればよかったんですね。
チャオの羽関連で話を広げることのできる設定も考えていたんですけど、途中から忘れたりとっとと書き上げたくなったりしてました。


>気になったのは、なんで彼女は夏也さんの電話番号をわざわざ記憶したんでしょう。そこらの描写があってもいいかなと思いました。

鎖を強く握るためです。


> チャオは神様じゃないですよ、はヘルメタの対抗ですかね。こういう遊びがあったのも良かったです。

ヘルメタと抜け殻の対抗です。
なんかヒーローチャオとダークチャオの話が2014年は多かったので、やりました。


> あとはなんでしょう。チャオがここまで日常の中のペットとして徹底して描かれたのってあんまりなかったんじゃないでしょうか。今まではほとんどが、死や転生が絡んだり、別れが絡んだりしていたように思います。ラストでナナコがピアノを弾いているところで終わるところなんかはそのことが顕著に表れていますね。

皆ちゃんとチャオをペットとして扱ってあげましょう。酷いことしちゃだめですよ。
引用なし
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