●週刊チャオ サークル掲示板
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
1734 / 1892 ツリー ←次へ | 前へ→

小説事務所 「Continue?」 冬木野 11/8/8(月) 5:57

No.2 冬木野 11/8/8(月) 6:11

No.2
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:11 -
  
 街中で見知らぬ人に声をかけてみた。
 でも、誰もが私の横を通り過ぎた。

 目に付いた店の窓ガラスを思いっきり叩いてみた。
 でも、私の手は窓ガラスをすり抜けた。

 道路に飛び出して車の前に立ちはだかった。
 でも、どの車も私の体を通り過ぎた。

 ……何をしても無駄だった。


「…………」
 もう、声も出なかった。
 悪い夢だと思っても目は覚めないし、街を挙げての私に対する嫌がらせかと思ってもみたけどそんなわけはないし、謎の組織の陰謀でこんなふうにされてしまったのかと考えても根拠なんてないし。
 何をどう考えても、私が死んだという事実は覆せそうになかった。
 ……それはいい。百歩譲って私が死んだという事は、いい加減認めたって構わない。駄々をこねたって何も解決しない。
 でも、私が死んだとして、私は何をすればいいんだ?

「……成仏、かな」
 真っ先に浮かんだのはそれだった。
 私は幽霊だとか死後の世界だとか、そんなものがあるだとかないだとか、今までカケラも興味を持った事はなかった。それがここにきて、嫌でも考えさせられてしまう。
 全く、反吐が出る。天国だの地獄だのはともかく、世間一般では死者は成仏するのが常とか思ってるが、こうして死者の立場になるとやはり見方は変わるものだ。成仏は死者を救うのではなくて「お前は死んだ」と再三言って絶望の淵に叩き落す事を言うに違いない。
「くそっ」
 道端に落ちていた空き缶を蹴り飛ばそうとして、その足はやはり宙を蹴った。

 気付けば私はステーションスクエア駅前にいた。
 今日も人の波は絶えず、多くの人間、チャオがすれ違う。その多くは他人なんて見ちゃいないのだろう。
 でも、今の私ばかりは真に誰も見ちゃいない。声をかけたって止まってくれない。助けてと言っても、助けてはくれない。
 孤立無援。
 今の私は何ができるわけでもない。誰か助けてもくれない。私の取る事のできる行動、選択肢、それらは無いに等しい。
 あまりにも――やるせない。
「…………」
 急に苛立ちが不安や寂しさに変わってしまった。
 本当に、私はこれからどうすればいいのだろう? どこに行けばいいのだろう?
 アテもなくどこかを彷徨うか。それとも事務所に居着いてしまうか。
 その二択を頭の中で比べるウチに、何か納得してしまった。浮遊霊とか地縛霊とか、なんでそんな区別がなされてるのだろうとか思ったことがあったが、死んでしまったらこれくらいしかやることが見当たらないからだ。
 何はともあれ、このまま成仏する気にはなれない。死んだ身としても何かやれることはないだろうか。

 ……そういえば、ヤイバ達は探偵事務所に行くと言っていた。私もそこに行ってみることにしようか。何ができるわけでもないけど、せめて今回の事件の謎くらいは知っておきたい。
 自己満足に浸るしか、やることが見当たらない。


____


 それからどこをどうやってやってきたかは覚えていないが、気がつけばアンジュさんのいる探偵事務所の前までやってきていた。
 目の前の扉に、何故か私は威圧感か何かに似たものを覚える。近寄り難いというか、一歩を踏み出すのが怖いというか。
 が、それもちょっとしたもの。すぐにそんな感情を振り払って、ドアノブに手を伸ばし――やっぱり掴めなかった。
「……すり抜けろって?」
 またまたご冗談を、みたいなノリで扉に手をつけた――つもりだったが、その手先は扉を抜けて向こう側へと消えた。
 ああ、やっぱり私は幽霊なんだなと必要以上に再認識させられる。ここまで来るとナーバスにもなりゃしない。やや自暴自棄になりながら、私は扉に緩やかな体当たりをかました。
 そうして勝手に上がりこんだ探偵事務所では、ヤイバ達とアンジュさんが既に何某か話している最中だった。私の存在には……やはり気付いていない。
「……それにしても、大変な事になっちゃったわね」
「はい」
「その後、どうなの?」
「まだなんも手掛かりがないっすね。正直、何をしていいかわかったもんじゃないっていう」
 どうやら、私が死んでからもなんの進展もないらしい。文字通り手詰まりのようだ。
「せめて二年前の内に何か決定的な手掛かりを掴んでおけば、こんな事にはならなかったかもしれないかも……ね」
「いえ、そんなに自分を責めないでください。ユリが消えちゃった事に関しては、アンジュさんに責任はないですから」
「ありがとう、ヒカルちゃん。でもね、どうしても考えてちゃうの。ユリちゃんが私達の件に関わらなければ、或いは何も起こらなかったんじゃないかって。後の祭りだけどね」
 確かに、そう思わなくもない。二年前に起きた事故と同じような状況で死んでしまった立場としては同意見だが……。

 ――待てよ?
 二年前の事故と似た事が起きた。よくよく考えてみればこれはとても重要なことだ。
 そもそも、こんな偶然があるか? 二年前と同じ場所、同じ状況、あまつさえ同じ天気の日に私は死んだ。これを偶然で片付けるにはあまりにも平和ボケが過ぎる。
 少なくともこれは交通事故ではなく立派な殺人であることはほぼ明白だ。警察や報道機関にも圧力が掛かった事実にも説明をつけることだってできる。果たしてこの殺人の目的がいったい何なのか、何故私までもが同じ方法で殺されなければならなかったのか、それらの理由はまだわからないが……。
「でも、ユリさんにしても未咲さんにしても、いったいどうやって探せばいいんでしょう?」
「あっ……」
 ハルミちゃんのその声で、私はとても致命的な事を思い出した。
 そもそもみんなは、私が死んだ事を知らないんだ。つまり、二年前と全く同じ出来事が起こったという重大な事実を知らない。これを知っているのと知らないのとではわけが違う。何かないのか、私が二年前の事故と同じように死んだという事実を示す方法は……。

「んー……とりあえず、二年前の事故を調べてもらえるように掛け合ってみるか?」
「うまくいくのかしらね、それ」
「ま、他に方法もないし」
 そういってヤイバは無線機を取り出した。そういえばGUNの人達が協力してくれるんだったか。
「あー、あー、んんっ。こちら小説事務所所属のヤイバ。応答願います。オーバー」
『――こちら、GUN所属のマスカット大尉だ。よく聞こえる』
 マスカット? どこかで聞いた覚えがある。ヨーロッパブドウじゃなくて、えーっと。
「ああ、この前の合同作戦の時の。ご無沙汰っす」
 合同作戦……ああ、あの時の部隊長さんか。随分と懐かしい人物だ。確か、裏組織の軍勢との紛争時に護衛をしてくれたっけ。
「わざわざウチの所員の捜索に協力してくれるとは太っ腹っすね」
『別にそういうわけじゃないさ。部隊員の怪我の世話をしてるうちに暇人部隊と言われるようになってしまっただけだ。それに失踪してしまったユリには借りがある、我々にできることなら協力しよう』
「じゃ早速なんすけど、ちょっと警察権限を使って調べ物をしてくんねーですか。二年前の交通事故なんだけども――」

 どうやら、二年越しにようやく真実へと近づくことができるようだ。現場に残った血痕の主、そしてそれを隠蔽した者達。
 ヤイバが事件のあらましを説明し終え、マスカット大尉の力強い声が返ってくる。
『その事件の捜査に圧力を掛けた人物から、今回の黒幕を捕まえることができるんだな?』
「と思いますよ、ええ」
『了解した、我々に任せてくれ。この前の借りは必ず返す』
「どうも。じゃ、よろしく」
 交信を終え、ヤイバはソファから立ち上がる。
「とりあえず、今は報告を待つしかないな」
「もう帰るの?」
「何か進展があったら連絡するっす。じゃ」
「お邪魔しました」


 ぞろぞろと小さなお客人達が消えて、探偵事務所は静かになった。
 自分一人だけ――と思っているのだろう。静かな部屋の中で、アンジュさんの顔は憂鬱になっていた。本人には悪いかなとは思いながらも、私はすぐにみんなの後を追わずにほん少しの間だけ残ることに。
 一つ溜め息を吐いて、奥の部屋へと向かうべく腰を浮かし――そこで力を失ったかのように再びソファに体を預け項垂れてしまった。大丈夫? と声をかける事もできないのが、少し歯痒い。
「……やっぱり」
 独り言を呟き始めてしまった。よほど心労が重なっていると見える。まあ、無理もないんだけど。
「やっぱり、探偵なんてするべきじゃないのよ」
「えっ」
 ただの他愛の無い独り言だと思っていたら、おかしな事を言い出し始めた。自分の飯の種を否定するなんて。
「探偵なんてしたって、幸せは掴めない」
「幸せ?」
「犯罪者の多くはみんな、どんなに汚れても構わないから信じられる幸せを掴みたいと願った人達。あなたが相手にした人々も今でこそ歪んでいるのだろうけど、最初は確かな幸せを信じて集った人達なの」
 未咲の相手にした人々って……いったい誰の事だろう。過去に未咲に罪を暴かれた誰かなんだろうか。それとも何か別の? それに、信じられる幸せって?
「その人達の罪を暴く事はつまり、その人の一時の幸せすらも奪う事になる。未咲、あなたは人の身でありながら死神になったの」
 どうも話の流れが見えない。未咲が、死神ね……。
「あなたはそんな事も知らずに探偵を続けていたものね。でも、人々は決して死神の存在を快く思わないわ。自分の幸せを掴むためなら――」
「掴むため、なら?」

「――死神にだって牙を剥くのよ」


 それからアンジュさんは口を開かず、ずっと項垂れていた。
 このままここに居ても仕方ないなと思った私は、そんなアンジュさんを置いて探偵事務所を去った。
 ――未咲。死神。アンジュさんの言葉は、しばらく私の頭の中をぐるぐると回っていた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.0; SLCC2;...@p2102-ipbf1605souka.saitama.ocn.ne.jp>

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
1734 / 1892 ツリー ←次へ | 前へ→
ページ:  ┃  記事番号:   
56299
(SS)C-BOARD v3.8 is Free