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小説事務所 「Continue?」 冬木野 11/8/8(月) 5:57
キャラクタープロファイル 冬木野 11/8/8(月) 6:02
No.1 冬木野 11/8/8(月) 6:06
No.2 冬木野 11/8/8(月) 6:11
No.3 冬木野 11/8/8(月) 6:17
No.4 冬木野 11/8/8(月) 6:22
No.5 冬木野 11/8/8(月) 6:26
No.6 冬木野 11/8/8(月) 6:33
No.7 冬木野 11/8/8(月) 6:39
No.8 冬木野 11/8/8(月) 6:50
No.9 冬木野 11/8/8(月) 6:56
おまけ「探偵少女のステータス」 冬木野 11/8/8(月) 7:14
後書きは一作品につき一個って相場が決まってんのよ 冬木野 11/8/8(月) 7:47

小説事務所 「Continue?」
 冬木野  - 11/8/8(月) 5:57 -
  
 ――夢を見ている感覚がある。
 どこか現実には思えない。そう否定し得る材料を、私の本能が用意している。それを持ってして、今の光景を否定する。
 何が違うのだろう。
 私はいつも、敏感に夢を夢と判断するあまり、いつしか夢と現実の境、線引きばかりを気にする。
 それは暑い夏の日、学校の大きなグラウンドに引かれた白線に指で触れるように。

 グラウンドは今日も賑やかだった。
 設置されたゴールの一つを使ってサッカーをしている子供達や、中央に引かれた白線のラインでドッジボールをする子供達。空いたスペースで縄跳びをする子供達もいるし、鬼ごっこをしている子供達もいる。
 私はそんな子供達をぼーっと眺めながら、和気あいあいとした声や蝉の鳴き声に耳を傾け、眩しい日差しに視界を眩ませる。
 ふと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
 子供達は促されるように遊戯に使っていた道具を持って、校舎へ小走りして向かっていった。
 ものの数分で誰もいなくなり、見えるのは砂色のグラウンドと歪んだ青い空、聞こえるのは今にも消えそうな蝉の鳴き声だけになった。
 そして、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
 そのチャイムを聞いて、ぼーっとしていた私も早く行かなくてはと思わず腰を上げて校舎を見遣ろうとしたが、その体はすぐに元の位置に収まった。

 そういえば、私はここの生徒じゃなかったな――と。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 私の夢は、これで終わりだ。
 これから、悪夢が始まる。
 忘れられない悪夢。
 否定しようのない悪夢。
 それらは夢ではなく現実だけど。
 比喩だけど。
 比喩ではなく。
 それは悪夢以外の何物でもなかった。
 それは夢ではなく現実だった。

_____________________________________
※この物語をご覧になる前に、あらかじめ「Repeatを欠けろ」を読んでおくことを推奨します。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
引用なし
パスワード
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キャラクタープロファイル
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:02 -
  
>ユリ:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 本作の主人公であるソニックチャオの女の子。
 本人は特筆すべき才能を持たない平々凡々なチャオだと思っているが、その実様々な事を平然とこなしてみせるオールラウンダー。
 自分の事にはとことん興味が無い性格をしており、それが災いしてか女気に乏しい。だが本人はそれを自覚していながらも、女の子らしく振舞う事に気恥ずかしさを覚える。
 極普通の平和な生活を送るべく厄介事を嫌う一方で、親しい人物の為なら自らの身を厭わないという二面性を持つ。

>>【行方不明】


>ゼロ:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 小説事務所の所長。白い帽子と眼鏡がトレードマークのソニックチャオ。
 本の世界からやってきた魔法使いであると言われているが、詳しい事はよくわかっていない。
 普段は所長室にある自分のデスクでずっと居眠りをしている。基本的に自分から動こうとはしない。
 少なくとも所長としての器は備えている。表面上は面倒事を押し付けるようにして仕事を任せてくるが、それは所員の事を信頼しての事。だと思う。

>>所長室に「しばらく空ける」と書かれた置手紙だけ残して消えてしまったゼロ。彼は未だ帰ってこない。


>シャドウ:ダークハシリ・ハシリ二次進化
 人知れず大統領の依頼を遂行する究極のハリネズミ――の名をコードネームにしている。本名は不明。ゼロの義理の兄。
 本の世界からやってきた魔法使いであると言われているが、裏の世界に伝わる根も葉もない噂であるとも言われる。
 あらゆる組織を転々としており、その素性を詳しく知るのは所長を始めとする小説事務所の古株の面々のみ。
 協調性が無さそうに見えるが、かなり面倒見の良い性格をしている。しかし人付き合いは割り切っており、自分に関係の無いと思う人物に対しては容赦がない。

>>裏組織の存在が垣間見える今回の事件。雲行きの怪しくなる中、彼は――


>パウ:テイルスチャオ
 事務所きっての天才メカニック。言われないと気付かないが、れっきとした女の子。
 本の世界からやってきた魔法使いだと言われているが、メカニックとしての彼女とのギャップのせいであまり想像はできない。
 事務所の地下室に専用の研究所を設けているが、仕事以外の時は主にライトノベルを読んで過ごしている。たまに作る発明品は人の身に着ける物を改造した物が多い。
 かなりマイペースかつ楽観的。気前も人付き合いも良いが、時折冷めた一面を見せることも。


>リム:ヒーローチャオ(垂れウサミミ)
 事務所の収入源と言っても差し支えない、究極の運の持ち主。
 本の世界からやってきた魔法使いだと言われている中では一番それっぽい感じがある。
 小説事務所の受付嬢として日々をのほほんと過ごしているが、暇があれば宝くじ売り場を始めとする場所で豪運を振るう。事務所の金は彼女の金と言われるほど。というか彼女の金。
 礼儀正しく誰に対しても敬語を使う。事務所のお姉さん的存在で、基本的に誰にでも笑顔で接する心優しい人物。

>>ユリが消えてしまってから、彼女もまた姿をあまり見せなくなった。その顔は誰よりも思い詰めている。


>カズマ:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 小説事務所の抱える問題児。爆発物好きのクラッカー。
 元は普通の人間だったのだが、運の悪い事にチャオにされてしまったという。普段の振る舞いとは裏腹に、彼の過去は暗い。
 基本的にヤイバと一緒にゲームをする日々を送るが、たまに暇になったかと思うと何かとんでもない事をする迷惑な奴。
 何事も省みない性格をしており、自分の身に危険があろうがなんだって実行してみせる。何かあればちゃんと他人を気にかける優しい少年でもある。


>ヒカル:ヒーローヒコウ・ヒコウ二次進化
 事務所最強の(と勝手に銘打たれた)武力派ツッコミ少女。
 カズマとは幼馴染で、彼同様に元人間。自らの境遇を嘆いてはいるようだが、今の生活に不満は無い様子。
 普段事務所にいる時は静かだが、カズマ達が一度問題を起こせば颯爽と駆けつけ、懐からハリセンを抜き一閃する。
 気さくで誰とでも気軽に会話できるが、カズマとの関係を指摘し出すと途端に恥ずかしがる。並外れた度胸を持つが、幽霊が苦手。


>ヤイバ:人工テイルスチャオ
 誰が呼んだか知らないが、小説事務所のグレーゾーンと呼ばれる男。
 元人間で、ある組織の実験により灰色の人工チャオにされてしまったというが、それ以外に彼の過去は不明。
 カズマと一緒にゲームしたりして日常を潰している。大したスキルもなさそうだが、彼の能力は意外と謎に包まれている。
 ノリで生きているとでもいうような振る舞いをしており、何事も深く考えていないように見えるが、彼なりの筋は持ち合わせている。なかなか読めない人物。


>ハルミ:人工ヒーローチャオ・コドモ
 事務所内では最年少の女の子。カズマの妹。
 元は人間だったのだが、あまりにも悲惨な過去を経た後、灰色の人工チャオになってしまう。
 小説事務所を家のように思っており、所員とも家族のように接する。最近はカズマとヤイバの趣味に影響されている節があり、ヒカルの悩みの種となっている。
 幼いながらも礼儀正しく、しっかりした子。人懐っこく、気遣いのできるとても良い子。それとは裏腹に敵と認識した人物には情け容赦は無く、どんな危害を加える事も厭わない子……らしい。


>ミキ:人工ヒーローオヨギ・オヨギ二次進化
 所長室の隅で本を読み続けているアンドロイドガール。
 頭から爪先まで謎に包まれた石色のチャオ。非常に高度な能力を持つとは言われているが、披露する機会に乏しいので実力は未知数。
 本のページを捲る時以外は石像のように動かない。それ以外に彼女の生活風景を見る機会が滅多にない。自宅も無いらしいので、本当に事務所の置物。
 微細の感情も見せず、まさに機械と呼ぶに相応しいほど無口。何か伝える事があればちゃんと喋るが、一方的に用件を伝える以外では一言単位の受け答えしかしない。

>>所長と共に忽然と姿を消してしまったが、あれからまだ姿を見ない。


>ミスティ・レイク:人間
 優秀なチャオ研究者を父に持つ、天真爛漫な少女。
 自身も物書きとして、そしてEXワールドグランプリというレース大会においても広く名が知れ渡る。
 親友であるフウライボウと一緒に世界を旅してまわっている。小説事務所の面々とはふとしたきっかけで知り合い、父の研究絡みの情報提供などで協力している。
 底無しの元気が彼女の取り得。何事にも臆する事なく挑戦し、失敗してもへこたれないポジティブシンキングの塊。昔からチャオが大好き。


>フウライボウ:ニュートラルオヨギ
 世界で最初のチャオの旅人。
 ひょんな事でチャオガーデンから一人で旅立ち、ミスティクルーインを単身で踏破したという。サバイバビリティに長け、釣りの名人としても知られる。
 その後もミスティと共に、旅の途中で知り合った人々の支援を受けて世界中を旅する。ミスティとは四六時中行動を共にしている。
 どことなく無愛想に見えるが、誰かの感情に溢れた行動や態度に興味を持ち、割と人柄を観察する。食い意地が張っており、かなりの早食い。

>>ミスティの掴んだ情報を知り、ユリ、そして未咲の二人に何かの“影”を感じているように見える。
引用なし
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No.1
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:06 -
  
 ――夢を見ていた気がする。

 視界が酷くぼやけている。私は、今、どこで、何をしているのかが把握できない。
 体を起こそうにも、体を動かしている実感がない。

 ……と思ったら、視界が変わった。どうやら体は起こせたようだ。
 なんとなく、自分の両手のひらを見つめてみた。相変わらずぼやけて見えるが……少しずつ、視界が定まってきた。
 それにしても、見覚えのない手のひらだ。

 ――ここは?

 私は顔を上げて、今いる場所を見遣った。
 見覚えがある。見慣れている。
 ここは小説事務所の所長室だ。
 でも、どうして事務所で寝ているんだろう?
 それにここはよくみたら所長室の扉の前だ。私はこんなところで寝ていたのか?
 どうも寝る前の事がよく思い出せない。


「お邪魔するよ」

 ふと、そんなタイミングでパウが部屋に入ってきた。
 何故かいつもの気楽そうな表情ではなく、深刻な顔をしている。
「何かあったの?」
 気になって私は声をかけた。
 でも……パウはそれに答えるどころか、微細の反応も返してくれず横を通り過ぎた。どうしたんだろう?
「パウさん、どうでした?」
 ヒカルの声がした。
 振り返ってみると、来客用ソファには四人の同僚達がいた。カズマ、ヒカル、ヤイバ、ハルミの四人だ。
 窓の外はまさしく快晴なのに、それと対照的にみんな暗い顔をしている。ハルミちゃんなんか今にも泣きそうだ。いったい何があったんだ?
「まず、所長とミキの件だけど……未だに連絡は取れない」
 確かに、この所長室にはいない。あの二人はまだ“野暮用”をこなしているのだろうか。
 ふと、パウの報告を聞いたヤイバの口から舌打ちの音が聞こえた。いつもくだけた顔をしているヤイバの表情がどこか違う。
「当然、居場所も掴めない。どこで何をしているか全くわからない」
「わからない、ね。アホらし」
 吐き捨てるように荒い言葉を呟いた。カズマがそれを見咎めるように口を開く。
「なんだよ、ヤイバ。今回の件は所長さん達のせいってわけじゃないだろ?」
「いいか? 先輩達は確かにユリをずっと尾行してた。ユリがそれを突き止めたんだ、ミスティさんも尾行されてるってこともな。もし何かがあったんなら助けに入れたはずなのに、先輩達はそれをしなかった。それだけなら別にいいんだよ。だがな、それでも連絡が取れねってのはどういう事になるんだ?」
「それはほら、ユリを……」
「それが連絡が取れない理由に――」
 どうも私には理解し難い言葉を、ヤイバは途中で区切って力無く首を振って溜め息を吐き、顔を俯かせた。
「……すんません」
「いいよ、気にしないで」
 ヤイバの謝罪の言葉は、どうやらパウに向けたものだったらしい。
「ボクもゼロとは長い付き合いだし、彼がユリによからぬ事をしたとは思いたくない。でもこの状況じゃボクだってその可能性を疑うさ」
 私によからぬ事?
「あのー、いったいなんの話を……」
「次に、新しい協力者ができた事を報告するよ」
 また無視されてしまった。それどころか、誰も私の声なんか聞こえていないのか視線も動かしてはくれない。
「今回の捜索にあたって、GUNが協力者を寄越してくれた」
「GUNが? いったいどうして」
「“いつも世話になっている恩返しとして、ウチで暇してる一小隊を協力させます。使えないと判断しましたら即時連絡を。一小隊ごとクビにします”……だってさ。今回は裏組織が絡んでる可能性があるから、その時には心強い援軍だね」
 はて、GUNに協力を要請しているとはどういうことだろう。私の知らない間にまた何か仕事を請け負っているのだろうか。私の疑問をよそに、パウはテーブルの上に無線機らしきものを並べた。
「ホットラインだよ。GUNと連絡する時はこれを使ってね」
「ねえ、パウさん」
 無線機を手にとったヒカルが、思いつめたような顔でパウに問いかけた。
「誰が……やったのかな」
「……わからない」
 お互い、話しても無駄だとわかったうえでの会話に見える。よほど切羽詰まったような状況に見えるけど……本当に何があったんだ。
 私一人をおいて勝手に話を進めるみんな。聞き手に回る以外に選択肢は無く、ただただ話を聞いていただけの私の耳に、パウはとんでもない言葉を言った。

「いいかい、ボク達の目的は犯人を探し出すことじゃない。ユリを探し出すことだ。どうか履き違えないでほしい」

 ――は?
 私を……探す、だって?

「あの、何言ってるの?」
「ユリの捜索は、今日から数えて一ヶ月の間だけ行う。それ以降の捜索は個人でやってほしい。残酷だけど、一応ここも立派な職場だからね。体裁ってものがあるから」
「パウ、聞いてる?」
「有事の際には必ず連絡を。ミイラ取りがミイラに、なんてことだけにはならないようにね」
「パウってば! ……くそっ、おいカズマ! ヤイバ!」
「何か質問はある?」
「ねえ、ヒカル! ハルミちゃん!」
「……それじゃ、解散」
「聞いてよ! パウ!」
 踵を返して所長室から出て行こうとするパウ。私は堪らずその肩を掴もうと手を伸ばした。

 でも、その手は。
 パウの体のどこにも触れず、宙を掠めた。

「え……」

 なんで。
 なんでだ。
 なんで誰も私に気付かない。
 なんで誰も私の声が聞こえない。
 なんで……なんで触れる事ができないんだ。
 なんで。

「僕はアテのある組織の情報に片っ端から進入してみる。ヤイバは?」
「アンジュさんとも話さにゃならんし、向こうの町に行ってくる」
「あ、私もついてく。ハルミちゃんも一緒に行こ?」
「え……あの、いいんですか?」
「うん。ここにいても仕方無いでしょ? 動いた方がマシよ」
「わかりました。じゃあ、一緒に行きます」
「決まりね。ヤイバ、行くわよ」
「ああ」
「カズマ、サボっちゃだめよ」
「サボるわけないよ。ヒカル達も頑張って」
「うん」

 そう言って、三人とも私の横を何の気なしに通り過ぎた。
 誰も、私の事なんか見ていない。気付いていない。
 私の捜索……捜索? どうして捜索なんかするんだ? 私は行方不明になっているとでもいうのか?
「カズマ!」
 テーブルの上に置いてあるノートパソコンのキーボードを凄いスピードで叩くカズマに、私は必要以上の大声で呼びかけた。でも、やっぱり反応がない。
 本当に私に気付いてないのか?いったいどうして?
「……夢、かな」
 そうだ。きっと私はおかしな夢を見ているんだ。
 全く性質の悪い夢だ。どうして私の見る夢はいつもこんなのばっかりなんだか。ああ、早く目が覚めないかな。夢を見ているって事は、眠りは浅いんだろう?

 ……。

 …………。

「……嘘だろ」
 目が覚めない。これって夢じゃないのか?
 でも、こんなの現実なわけがないじゃないか。
 誰も私に気付かないどころか、触れる事もできないんだぞ? 普通に考えて有り得ない。
 考えろ。
 考えるんだ。
 こうなったのには、何か理由があるはずだ。
 私が誰にも気付かれない理由。
 私が行方知れずになった理由。
 一体全体、私の身に何があった?


____


 ――もう、会えないだろうから。


____


「あ……れ?」
 随分とおかしな事を覚えてる。
 大きなトラックに轢かれたんだっけ?
「え、あ、あは、はは」
 何をバカな事を考えてるんだ。あれこそ夢だ。だって今、私はピンピンしてるじゃないか。
 誰にも気付かれないけど。
 誰にも触れられないけど。
 でも、それってつまり……。


『私 死ん  だ 』


「……う、嘘でしょ」
 そんなはずない。
 誰にも気付かれないのは他に理由があるはずだ。
 誰にも触れられないのは他に理由があるはずだ。
 だって、私が、死んだなんて、そんな――まさか。

 私が、死んだ?


「いや」
 いやだ。
 いやだいやだいやだ。
 そんなの嘘だ。
「嘘だ、嘘だ」
 絶対嘘だ。
 私は死んでない。
 死んでない死んでない。
「絶対に死んでない」
 絶対に死んでない――なんて言い切れるのか?
 じゃあ、この状況をどう説明する?
「違う、違う」
 私が死んでいるのなら、誰も私の声が聞こえないのにも納得がいく。
「そんなはずない」
 私が死んでいるのなら、私の手が宙を掠めたのにも頷ける。
「だって、私は……」
 私は……私は……。

 私は、死んでいる。


「――――――――!!」


 私は叫んだ。
 でも、誰も聞いてはくれなかった。
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No.2
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:11 -
  
 街中で見知らぬ人に声をかけてみた。
 でも、誰もが私の横を通り過ぎた。

 目に付いた店の窓ガラスを思いっきり叩いてみた。
 でも、私の手は窓ガラスをすり抜けた。

 道路に飛び出して車の前に立ちはだかった。
 でも、どの車も私の体を通り過ぎた。

 ……何をしても無駄だった。


「…………」
 もう、声も出なかった。
 悪い夢だと思っても目は覚めないし、街を挙げての私に対する嫌がらせかと思ってもみたけどそんなわけはないし、謎の組織の陰謀でこんなふうにされてしまったのかと考えても根拠なんてないし。
 何をどう考えても、私が死んだという事実は覆せそうになかった。
 ……それはいい。百歩譲って私が死んだという事は、いい加減認めたって構わない。駄々をこねたって何も解決しない。
 でも、私が死んだとして、私は何をすればいいんだ?

「……成仏、かな」
 真っ先に浮かんだのはそれだった。
 私は幽霊だとか死後の世界だとか、そんなものがあるだとかないだとか、今までカケラも興味を持った事はなかった。それがここにきて、嫌でも考えさせられてしまう。
 全く、反吐が出る。天国だの地獄だのはともかく、世間一般では死者は成仏するのが常とか思ってるが、こうして死者の立場になるとやはり見方は変わるものだ。成仏は死者を救うのではなくて「お前は死んだ」と再三言って絶望の淵に叩き落す事を言うに違いない。
「くそっ」
 道端に落ちていた空き缶を蹴り飛ばそうとして、その足はやはり宙を蹴った。

 気付けば私はステーションスクエア駅前にいた。
 今日も人の波は絶えず、多くの人間、チャオがすれ違う。その多くは他人なんて見ちゃいないのだろう。
 でも、今の私ばかりは真に誰も見ちゃいない。声をかけたって止まってくれない。助けてと言っても、助けてはくれない。
 孤立無援。
 今の私は何ができるわけでもない。誰か助けてもくれない。私の取る事のできる行動、選択肢、それらは無いに等しい。
 あまりにも――やるせない。
「…………」
 急に苛立ちが不安や寂しさに変わってしまった。
 本当に、私はこれからどうすればいいのだろう? どこに行けばいいのだろう?
 アテもなくどこかを彷徨うか。それとも事務所に居着いてしまうか。
 その二択を頭の中で比べるウチに、何か納得してしまった。浮遊霊とか地縛霊とか、なんでそんな区別がなされてるのだろうとか思ったことがあったが、死んでしまったらこれくらいしかやることが見当たらないからだ。
 何はともあれ、このまま成仏する気にはなれない。死んだ身としても何かやれることはないだろうか。

 ……そういえば、ヤイバ達は探偵事務所に行くと言っていた。私もそこに行ってみることにしようか。何ができるわけでもないけど、せめて今回の事件の謎くらいは知っておきたい。
 自己満足に浸るしか、やることが見当たらない。


____


 それからどこをどうやってやってきたかは覚えていないが、気がつけばアンジュさんのいる探偵事務所の前までやってきていた。
 目の前の扉に、何故か私は威圧感か何かに似たものを覚える。近寄り難いというか、一歩を踏み出すのが怖いというか。
 が、それもちょっとしたもの。すぐにそんな感情を振り払って、ドアノブに手を伸ばし――やっぱり掴めなかった。
「……すり抜けろって?」
 またまたご冗談を、みたいなノリで扉に手をつけた――つもりだったが、その手先は扉を抜けて向こう側へと消えた。
 ああ、やっぱり私は幽霊なんだなと必要以上に再認識させられる。ここまで来るとナーバスにもなりゃしない。やや自暴自棄になりながら、私は扉に緩やかな体当たりをかました。
 そうして勝手に上がりこんだ探偵事務所では、ヤイバ達とアンジュさんが既に何某か話している最中だった。私の存在には……やはり気付いていない。
「……それにしても、大変な事になっちゃったわね」
「はい」
「その後、どうなの?」
「まだなんも手掛かりがないっすね。正直、何をしていいかわかったもんじゃないっていう」
 どうやら、私が死んでからもなんの進展もないらしい。文字通り手詰まりのようだ。
「せめて二年前の内に何か決定的な手掛かりを掴んでおけば、こんな事にはならなかったかもしれないかも……ね」
「いえ、そんなに自分を責めないでください。ユリが消えちゃった事に関しては、アンジュさんに責任はないですから」
「ありがとう、ヒカルちゃん。でもね、どうしても考えてちゃうの。ユリちゃんが私達の件に関わらなければ、或いは何も起こらなかったんじゃないかって。後の祭りだけどね」
 確かに、そう思わなくもない。二年前に起きた事故と同じような状況で死んでしまった立場としては同意見だが……。

 ――待てよ?
 二年前の事故と似た事が起きた。よくよく考えてみればこれはとても重要なことだ。
 そもそも、こんな偶然があるか? 二年前と同じ場所、同じ状況、あまつさえ同じ天気の日に私は死んだ。これを偶然で片付けるにはあまりにも平和ボケが過ぎる。
 少なくともこれは交通事故ではなく立派な殺人であることはほぼ明白だ。警察や報道機関にも圧力が掛かった事実にも説明をつけることだってできる。果たしてこの殺人の目的がいったい何なのか、何故私までもが同じ方法で殺されなければならなかったのか、それらの理由はまだわからないが……。
「でも、ユリさんにしても未咲さんにしても、いったいどうやって探せばいいんでしょう?」
「あっ……」
 ハルミちゃんのその声で、私はとても致命的な事を思い出した。
 そもそもみんなは、私が死んだ事を知らないんだ。つまり、二年前と全く同じ出来事が起こったという重大な事実を知らない。これを知っているのと知らないのとではわけが違う。何かないのか、私が二年前の事故と同じように死んだという事実を示す方法は……。

「んー……とりあえず、二年前の事故を調べてもらえるように掛け合ってみるか?」
「うまくいくのかしらね、それ」
「ま、他に方法もないし」
 そういってヤイバは無線機を取り出した。そういえばGUNの人達が協力してくれるんだったか。
「あー、あー、んんっ。こちら小説事務所所属のヤイバ。応答願います。オーバー」
『――こちら、GUN所属のマスカット大尉だ。よく聞こえる』
 マスカット? どこかで聞いた覚えがある。ヨーロッパブドウじゃなくて、えーっと。
「ああ、この前の合同作戦の時の。ご無沙汰っす」
 合同作戦……ああ、あの時の部隊長さんか。随分と懐かしい人物だ。確か、裏組織の軍勢との紛争時に護衛をしてくれたっけ。
「わざわざウチの所員の捜索に協力してくれるとは太っ腹っすね」
『別にそういうわけじゃないさ。部隊員の怪我の世話をしてるうちに暇人部隊と言われるようになってしまっただけだ。それに失踪してしまったユリには借りがある、我々にできることなら協力しよう』
「じゃ早速なんすけど、ちょっと警察権限を使って調べ物をしてくんねーですか。二年前の交通事故なんだけども――」

 どうやら、二年越しにようやく真実へと近づくことができるようだ。現場に残った血痕の主、そしてそれを隠蔽した者達。
 ヤイバが事件のあらましを説明し終え、マスカット大尉の力強い声が返ってくる。
『その事件の捜査に圧力を掛けた人物から、今回の黒幕を捕まえることができるんだな?』
「と思いますよ、ええ」
『了解した、我々に任せてくれ。この前の借りは必ず返す』
「どうも。じゃ、よろしく」
 交信を終え、ヤイバはソファから立ち上がる。
「とりあえず、今は報告を待つしかないな」
「もう帰るの?」
「何か進展があったら連絡するっす。じゃ」
「お邪魔しました」


 ぞろぞろと小さなお客人達が消えて、探偵事務所は静かになった。
 自分一人だけ――と思っているのだろう。静かな部屋の中で、アンジュさんの顔は憂鬱になっていた。本人には悪いかなとは思いながらも、私はすぐにみんなの後を追わずにほん少しの間だけ残ることに。
 一つ溜め息を吐いて、奥の部屋へと向かうべく腰を浮かし――そこで力を失ったかのように再びソファに体を預け項垂れてしまった。大丈夫? と声をかける事もできないのが、少し歯痒い。
「……やっぱり」
 独り言を呟き始めてしまった。よほど心労が重なっていると見える。まあ、無理もないんだけど。
「やっぱり、探偵なんてするべきじゃないのよ」
「えっ」
 ただの他愛の無い独り言だと思っていたら、おかしな事を言い出し始めた。自分の飯の種を否定するなんて。
「探偵なんてしたって、幸せは掴めない」
「幸せ?」
「犯罪者の多くはみんな、どんなに汚れても構わないから信じられる幸せを掴みたいと願った人達。あなたが相手にした人々も今でこそ歪んでいるのだろうけど、最初は確かな幸せを信じて集った人達なの」
 未咲の相手にした人々って……いったい誰の事だろう。過去に未咲に罪を暴かれた誰かなんだろうか。それとも何か別の? それに、信じられる幸せって?
「その人達の罪を暴く事はつまり、その人の一時の幸せすらも奪う事になる。未咲、あなたは人の身でありながら死神になったの」
 どうも話の流れが見えない。未咲が、死神ね……。
「あなたはそんな事も知らずに探偵を続けていたものね。でも、人々は決して死神の存在を快く思わないわ。自分の幸せを掴むためなら――」
「掴むため、なら?」

「――死神にだって牙を剥くのよ」


 それからアンジュさんは口を開かず、ずっと項垂れていた。
 このままここに居ても仕方ないなと思った私は、そんなアンジュさんを置いて探偵事務所を去った。
 ――未咲。死神。アンジュさんの言葉は、しばらく私の頭の中をぐるぐると回っていた。
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No.3
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:17 -
  
 その日の夜は、カズマの部屋に居座っていた。

 案の定寝てなんかいないカズマは、ベッドを背もたれにしてただひたすらに床に置いたノートパソコンのキーボードと格闘しまくっている最中だった。
 最初に見た時は常識の無いおかしなチャオだと思っていたのに、こうして見ると私とは違った世界に生きている人みたいだ。……今はある種、比喩ではなくそうなんだろうけど。
 それにしても、カズマは何をしているんだろうか。恐らくどこかにハッキングでもしているんだろうけど、何か今回の情報が眠ってる場所のアテでもあるのか?

『小説事務所、応答せよ。こちらマスカット大尉。まだ起きているか?』
 ふと、ノートパソコンの横に置いてあった無線機から声が聞こえた。カズマはそれを手に取り、交信に応じる。
「こちらカズマ。寝るには早いね」
『やれやれ。若い身分で夜更かしとはあまり感心しないがな』
「三文しか得しないから、必要以上に寝る気がしないよ。用件は?」
『二年前の事故の証拠についての詳細は無理だった。だが、圧力を掛けた人物の尻尾は掴んだ』
「誰?」
『残念ながら名前まではな。ただ、そいつは二年前に突然警察を辞めたらしい』
 二年前に警察をやめた、か。それはまた不思議なタイミングだ。
『そいつは警視の中でも極めて優秀だったらしい。警察をやめたのは警視正への昇格も目前だった時の事だと――』
「フロウル・ミル警視?」
 突然、カズマがその警視の名を言ってみせた。無線機の向こう側の大尉が一瞬言葉を失う。
『何故わかった?』
「今見つけたんだよ。二年前に警察を辞めた警視をね」
 いったいどこにハッキングをしていたのかと思ったら、警察の個人情報を漁ってたのか。恐れを知らない子供だ。
 表示された画面の、フロウル・ミルという男の顔写真を横から覗き見てみた。当然の事だが、見た事のない顔だ。それにどうも覚え辛い顔をしている。特徴という特徴がないというか、個性の無い顔と言えば良いのか。
「この警視の足取りを掴めば未咲の手掛かりがわかるはずだよ。或いはユリの事も、ね」
『わかった。我々もフロウル警視については独自に調査しておく』
「うん、よろしく」

 交信を終えたカズマは休む間もなくマウスを手に取り、忙しなく動かし始める。何をしているのか気になった私は、横から堂々と画面を覗き見ることに。
「なんか寒いな」
「えっ」
 寒いって……まさか、私の影響か?
「……まさかね」
 気にかけるのも程々に、改めて画面を覗く。
 何やらごちゃごちゃしたお気に入り欄から手早くサイトを開いた。そこはとある掲示板らしい。
 というか見覚えがあるぞ。ここ、ガチタンじゃないか。ひょっとしてここでフロウル警視の足取りを掴もうっていうのか。

> S/H
> フロウル・ミルっていう元警察を知らんかね。

 本当に聞いた。流石にそんなおいしい話が直接聞けるわきゃないだろうに……もっと良い方法でもあるんじゃないか? 頑張れば住所くらいはわかるだろう。ハッカーなんだし。

> S/Hktkr!
>>S/Hさんオッスオッス!
> ポリ公だってお! わんわんお!
>>一人ぐらいいるだろ、警察に知り合い多い奴。
> その言い方だと過去に警察の世話んなったDQNを指してるみたいじゃねーか(失笑)
 どうやら、カズマもこのガチタンにおける“名探偵”の一人らしい。反応のされ方からして大した人気者のようだ。なんで普段事務所の仕事に割くべき労力をこっちで使ってるんだか。

>>>呼ばれた気がした。

「ええー……?」
 思わず声が出てしまった。別に聞こえないから抑える意味もないのだが。というか、なんで都合良くいるの。
> マジで来ちまったじゃねーかどうすんだよww
>>まてあわてるな素数を数えて落ち着くんだ。
> 4……おk落ちついた。
>>まず素数じゃねぇしwww
 こっちはこっちで真面目に受け取ってない感があるし。

>>>いや、悪い。DQNってわけじゃない。親父が昔からやり手の警察ってだけ。
>>ああん?
> なんかリア充くせーな、誰か換気してくれ。
>>俺は火薬のニオイがするぞ。
> おいおい誰だよ爆薬持ってきた奴、ちゃんと捨てとけよ。
>>捨てろって言っても起爆スイッチねーぜ?
> リモコンなんてねーよ言わせんな恥ずかしい。
>>テレレレテレレレテッテッテン、ショオブダ!
 掲示板で繰り広げられる寸劇に私はほとほと呆れていたが、カズマはと言えば顔色一つ変えずに何かツールのようなものを開き、再び物凄いスピードでキーボードを叩き始めた。
 その間にもどうでもいい話題は垂れ流され続けるが、カズマは視線を忙しなく動かしながらも手を休めない。今度はいったい何をしているんだろうか。


>>>今親父から聞いてきた。フロウル・ミルさんってのは警視だったんだが二年前にいきなり警察辞めたらしい。

 それからしばらくカズマの素早い手捌きと掲示板を交互に見比べていたところ、さっきのユーザーがそんな書き込みを行った。それを知ってるっていう事は、少なくとも警察関係者であることは本当みたいだ。

> 二年前だと? そりゃまたくせぇな。
>>さっきからくせーくせーってうるせぇな。おれカレー食ってんだが。
> じゃあそのカレーがくせぇんじゃね?
>>お前頭良いな。
> カレーはともかく、二年前っていう時期の一致はなんだかそれっぽいな。
>>流石S/H! おれたちのわからない事を平然と調べあげるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!
> その警視が事件捜査の圧力を掛けたのに一役買ってるんじゃね?
>>じゃあそいつを探し出しちまえばおれらの大勝利だな。
> テンション上がってきた!

「……よし、大丈夫かな」
 そう呟いて、カズマは忙しなく動かしていた手をようやく止めた。
『あー、あー。カズマ、カズマ、ディスイズヤイバ、オーバー』
 それを知ってか知らずか、ヤイバが良いタイミングで無線連絡を寄越してきた。
「何?」
『どうだったよ、こいつは』
「警察の息子ってのは本当みたい。信用しても平気だと思うよ」
「ええ?」
 ひょっとしてさっきのは情報提供者の身元を調べる為に、直に相手のパソコンに侵入したのか。そしてそれらの事をほんの僅かな会話だけで理解し合うとは。出来レースでも見てるみたいだ。

>>>親父の話によると、つい最近そのフロウルって人に会ったんだってさ。
>>>ステーションスクエアのとこでぼーっとしてたところに偶然出くわして、軽く飲みに行って話して、それっきりらしい。

『……だってお』
 恐らく私とカズマが唾を飲んだのは同時だったろう。果たして私、唾なんか飲めたのか謎だけど。
 カズマは断りもなく急いでヤイバとの交信を切り、手早く無線機を操作して呼びかけた。
「マスカット大尉、目標はステーションスクエアだ」
『――あー、なんだって? どういうことだ?』
 どうやら大尉との連絡らしい。まさかこうも早く情報が来るとは思っちゃいまい。突き止めた本人でさえ息を呑んだのだから。
「つい最近、ステーションスクエアでフロウル警視を目撃したって情報を手に入れた。恐らく今もステーションスクエアにいる確率は低くはないはず」
『了解だ。今本部と掛け合って、フロウル警視の情報を手に入れた。顔写真もバッチリだ。必ず見つけ出してみせる』
「うん、よろしく」
 再び交信を終え、ようやくカズマは一仕事終えたように息を吐いた。
「これで空振ったら、一週間は無駄になるな……」
 そんな大袈裟な……。
 そう思いつつも、私もそんな気がしてしまい居ても立ってもいられなくなってしまう。どうせ寝なくたって支障の無い身になったんだ。そう思うことにして、私はすっとカズマの部屋から消えた。


____


 結局、日が昇って街中が人の姿で溢れる頃になって探しても全然見つからなかった。
 ……ま、そう簡単に見つかるものとは思ってなかったけど。

「はぁ」
 死んでから吐く溜め息というものは、気分がどっと沈む気がする。
 駅前を流れる人混みをぼーっと眺めながら価値の無くなってしまった自分の時間を無駄に浪費していると、どうしても思考が負に染め上げられてしまう。平たく言うとガッツとかテンションとかモチベーションとか、そういった気力や気概が欠けてしまっている。
 このまま人混みを眺めて毎日を過ごすのが一番楽なんじゃないかと、そう思ってしまう。もしそうなってしまったら本当に死人の仲間入りになる気がするから、少なくとも今はゴメンだ。

 ――仲間入り?
 何を馬鹿な事を考えてるんだ、私は。
 もうとっくのとうに仲間入りしてるじゃないか。
 よく考えてみろ。仮に今回の事件の謎を全て解き明かしたとして、いったいなんの意味がある? 私の心残りの一つでも解消されるだけだろうに。それ以外に何かあるとでもいうのか?
 今回の事件の解決を見て蘇れるわけでもない。終わってしまえば、結局私に残された選択肢が変わらない事に気付くだけだ。成仏でもするか、浮遊霊だか地縛霊だかになって永遠にこの世をさまようか。
 こんなの、なんの意味もない。最初からわかっていたことじゃないか。
 それならいっそ、何もかも諦めてこのまま死人らしくしていようじゃないか――。

「ヤイバくん、聞こえる?」

 聞き慣れた声が聞こえたのは、ちょうどそんな時だった。

「うん。今ちょうどこっちに着いた所。……うん、その件について」
 聞き慣れた声。でも、いつになく真剣に聞こえるその声。私はその声のする方向を探す。
「大当たりよ。あ、ジャックポットって言うんだっけ。その人の事について探してたんだけどね」
 立ち上がって、人混みをすり抜けて、声のする方へ走った。
 走って、探して、そして、見つけた。
「見つけたのよ、フロウル・ミル」
 ミスティさんだ。ミスティさんがいた。こんなタイミングの良い時に。
「どうやら相当の古株みたい。“BATTLE A-LIFE”計画が始まった頃には既に名前が確認されてるの。お父さんはその人の事についてはあまり知らなかったみたいだけど。詳しい書類なんかも持ってきたから、今からそっちに行くね。……うん。うん。じゃ」
 ミスティさんはそこで電話を切った。
「ミスティ」
「んー?」
 その後ろ、ミスティさんのリュックの中から頭だけ出しているフウライボウさんの姿もあった。
「ユリも、未咲って人も、僕と同じ被害者なのかな」
「そんな気、する? 未咲って人は知らないけど、ユリちゃんは普通のコみたいだったよ?」
「……行こ」
「うん」

 二人の去っていく後姿を、私はしばらくぼーっと見つめていた。
 人混みの中に、私も、あの二人も、混ざって見えなくなりそうなのに、不思議と見失わずにいた。
 みんな、私の為に頑張ってくれている。私は何もしてやれないのに。私はどこにもいないのに。ハッピーエンドなんて、まかり間違ってもなりはしないのに。
 せめて私が草葉の陰から見てやらないってのは、ちょっと酷かな。
「うん、そうしよう」
 理屈にもなりゃしないけど、頑張って自分を奮い立たせて二人の後を追った。
 やっぱり、まだ死人にはなりたくない。
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No.4
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:22 -
  
 ミスティさんの後を追って戻ってきた事務所は、気のせいか静かに感じた。
 唯一騒ぐカズマやヤイバ、それを叱るヒカル。普段うるさくしているのはその三人くらいなものなのに、その声が無くなるだけで痛いほど静かになる。
 寂しいっていうんだっけ、こういうのは。
「おじゃましまーす……あれ」
 事務所に上がりこんだミスティさんが、はたと足を止めた。
「リムさん、いないね」
「ほんとだ」
 二人の言うとおり、受付には誰もいない。リムさんも捜索を手伝っているんだろうか。
 気に留めるのも程々に、二人は先に階段を上がっていった。私も後を追おうとして、やはり気になった無人の受付をまじまじと眺めていた。
 ……とは言っても、いくら眺めたって特におかしな事なんて何もないんだけど。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 遅れて入ってきた所長室では、既に一同が神妙な顔付きでミスティさんの持ってきた書類と睨めっこをしていたところだった。ヒカルやハルミちゃんはともかくとして、問題児二人が真面目そうな顔をしているのはとても珍しい。
 どうせ誰も気付きはしないのだが、なんとなく足音を殺すように移動して来客用ソファの端に腰掛けた。隣のヒカルが持っている書類を覗き見ると、件のフロウル・ミルについての個人情報が纏められていた。やはり私達の予想通り、事件に圧力を掛けたのは裏の世界の人だったわけだ。
「……って、あれ?」
「ん?」
 私とヒカルが疑問の声を漏らしたのは大体同じ頃だった。
「ねえ、この人の顔おかしくない?」
「え、どれ?」
 そのまた隣に座っていたカズマが書類を覗き込み、同じように声をあげた。
「ほんとだ、顔が違う」
 ここに警視のフロウル・ミルの顔写真は無いが、それでも顔が微妙に違うことがわかる。特徴が薄いのは変わらないのだが、目元や口元など細部に確かな違和感を感じる。
「変装してたのかしら」
 その線が濃いだろう。とうっても名前を変えないで顔だけ変える意味はわからないけど。
「組織に入ったのは設立直後間もない頃。少なくとも計画名が“BATTLE A-LIFE”だった頃までは存在が確認されているけど、それ以降の消息は不明。お父さんはなんの情報も持ってなかったわ」
「確か“BATTLE A-LIFE”計画が潰れたのはずっと前の事だよな? 少なくとも未咲ちゃんの事故が起こるよりは」
「じゃあ、フロウルって人が警察になったのは計画が潰れた後……ってことでいいんですよね?」
「何やってたのかしら、警察なんか入って」
「内通者じゃないかな」
「どことの?」
「さあ?」
 一同の会話は、一旦そこで止まった。


 フロウル・ミル。かつて“BATTLE A-LIFE”計画に参加した経歴を持ち、不審なタイミングで警察から消えた人物。
 確かにこれは有力な手掛かりだ。だけど、この存在が浮かび上がったことについて何がわかるのかと言うと、正直言ってそれほど大した事はわからない。未咲の件はこの人物によって隠蔽された、という事くらいだ。
 でも、実行犯というわけではない。今の段階では、この人物が事件を隠したという事実しかわからない。実行犯との関連だってわからない。もちろんそんなの探し出して吐かせてしまえばいいんだけど、それができれば苦労はしない。多分、今も変装してどこかにいるんだろう。
 そもそも未咲の事件を隠蔽するにあたってのメリットは? 未咲との関係は? 彼は組織で、警察でいったい何をしていたのか? 一つの事実が判明したのに、新たな謎がまた浮上してしまう。これじゃ泥沼だ。フロウル・ミルという人物像を根本的に把握していないのだから当たり前ではあるのだが……しかし、誰がフロウル・ミルを知っていると言うのだろうか。関係がありそうな人物なんて、少なくとも私の知る限り誰も……。

 いや、落ち着くんだ私。もう少し単純に考えてみよう。
 確かに私はフロウル・ミルと関わりのある人物なんて知らない。だけど今回の事件を調べるうちに浮上したフロウル・ミルという人物は、逆に言えば誰かと関係していなければ筋が通らない。つまり、なんらかの形で未咲と繋がりがあると、少々強引にでもそう考えてしまえばいい。予想が外れることにはこの際目を瞑るんだ。
 さて、フロウル・ミルが未咲を知った機会として妥当なタイミングは?

「……わかった。けど……」
 可能性は思いついた。そこまではいい。
 でも、どうすればいいんだろう?
 ここまで思考を巡らせておいてなんだか、所詮私は死人だ。生者と語らう口が無い。私が真実に一歩近付いたとしても、みんなが何もわからなければ意味がない。
 なんてもどかしいんだ。折角の突破口なのに、状況は何も進展しないなんて。どんな方法でもいいから、みんなと会話ができればいいのに。せめて誰かが私と同じ可能性に気付いてくれれば――。


「ヒカル?」
 ひたすらに頭を悩ませていた私を、カズマの怪訝な声が引き戻した。
「――――え?」
 呼ばれたヒカルが、やや遅れてその声にピクリと反応した。どこかおかしなヒカルに、私も怪訝な視線を向ける。見るとヒカルは、さっき手にしていた資料をいつの間にやら床に落としてぼーっとしている。
「どうしたの?」
「ううん、別に……なんでも……」
 ……なんでもなさそうには見えない。なんというか、さっきまでとは顔色が違う。目線も心なしか揺らいでいるような気がする。
「ヒカル、どうかしたの? 大丈夫?」
「アンジュさん」
「えっ?」
 その場の、私を含めた全員がヒカルの言葉に耳を引かれた。その中でも一番驚いたのは――私かもしれない。
「ヤイバ、あんたアンジュさんの連絡先持ってるわよね?」
「あ、はい。お持ちでござんす」
「フロウルのことを知ってるか聞いてみて」
「アンジュさんに? なにゆえ?」
「いいから。とにかく聞いてみて」
 釈然としないながらも、ヤイバは言われた通りケータイを取り出した。場がどことなく不思議な空気に包まれ、他の全員は口を閉ざした。

「もしもし、アンジュさん? オレっす、ヤイバです。……ええ、まあそんなところです。ちょっと聞きたい事があるんすけど、フロウルって人に心当たりはないすか? フロウル・ミルっていう……え? ええ……ええ……良かったんすか? 探偵としてよろしくないんじゃ……はあ……そうすか。すみませんわざわざ。それじゃ、あとで。よろしくお願いします」

 実に意味深な電話内容だった、と言えよう。通話を切ったヤイバは、なんとも言えないといった感じの顔をしていた。
「知ってるってさ」
「ほんとに!?」
 その場のほとんどがまさかと腰を浮かした。でも、電話をするように促したヒカルだけは確信めいた表情をするでもなく、ただ複雑な面持ちをしていた。
「なんかタイムリー過ぎてオレも驚きなんだけどさ。フロウル・ミルって人、未咲に依頼を頼んだことがあるんだってよ。明確にいつだったかは覚えてないらしいけど」
 なるほど、さっきヤイバの言っていた「探偵としてよろしくない」とは、クライアントの守秘義務に反するのではという意味だったわけだ。
 しかし――驚いた。別の意味で。
 フロウル・ミルは一度でも探偵事務所に足を運んだことがあるのではないか。実は私の気付いた可能性というのはズバリその事だった。それが一番自然に未咲と関連ができると、そう思ったわけだ。
 まあ、ちょっと考えれば誰でも気付いた可能性だろうけど……同じようなタイミングで、ヒカルも同じ可能性に気付くとは思わなかった。まさにタイムリーというやつだ。

 それなのに。
「ヒカル、いいトコに気付いたねー。さっすが」
「あ……うん。まあね」
 ヒカルはただ愛想笑いを返した。そう、愛想笑いだ。
 そもそもヒカルはついさっき資料と落としたにも関わらず、まるで意識を手放していたかのようにそれに気付かなかった。考え込んでいた、というのとは訳が違う。今も同じだ。考えが纏まっていないように見える。
 どうしてヒカルは、そんなに釈然としない顔をしてるんだか。


____


 その後の事を簡単に説明しよう。
 アンジュさんにフロウル・ミルの件について確認を取るべく、メールで必要な情報を送った(この時アンジュさんのアドレスを手に入れたヤイバはご満悦だった)。
 だが、やはりと言うべきかアンジュさんは、同封された二つの顔写真について「この顔は見た事がない」と返事をしてきた。念の為、彼がなんの依頼をしにきたかも聞いてみたが、なんてことはないただの猫探しだった。
 ひょっとしてフロウル・ミルは関係ないんじゃないかとか、同姓同名の別人じゃないのかという疑惑がみんなの脳裏に浮かぶが、何はともあれまた情報があれば是非連絡してほしいと締めくくり、一同は解散した。

 まだ、大きな手がかりは見つからない。
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No.5
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:26 -
  
 何故幽霊が夜に出てくるものなのか、微かに気になったことがある。
 その時は、星と同じだからという線を考えた。幽霊は星と同じように太陽の光が強すぎて、夜になって初めて星と同じように見えるようになるんだ、と。なんてことはない、重度のリアリストの資質を持った幼い私の取り留めの無い考察だ。ませていた、と言った方が正しいか。

 しかし、どうもおかしな話だ。
 昨日の時はフロウル・ミルを探して、街中を文字通り彷徨っていたから気付かなかったけど――まだ、他の幽霊の姿を見たことがない。
 今日も夜が更けてから何気なくフロウル探しをしていたのだが、ふと幼い頃の幽霊考察を思い出したのと同じ時にその事実に気付いた。一人くらいは他の幽霊と出会ってもおかしな話ではないのに、逆に一人も出会っていないというのはおかしいと思う。
 単純にここに幽霊がいないのか、それともお互いに干渉できない法則でもあるのか。死後の世界の常識というものを知らない私にはなんとも言えないが……。


 ふと、道端の路地裏が目についた。
 過去の人生において路地裏なんて怪しい場所には縁は無かったのだが、今の私には路地裏にはちょっとした縁がある。偏見を持ったとも言う。
 路地裏と言えば、イコールあの人。少なくとも二回は路地裏で遭遇したことがあるあの人だ。彼ならば、或いは所長がどこで何をしているか知っているかもしれない。生前にこの可能性に気付けなかったのは大きな過失だが、後の祭りだ。
 だが、どちらにせよ彼が都合よくこの辺りにいるものだろうか。
 そんな疑問を頭の隅に、ステーションスクエア特有の入り組んだ路地裏へ足を踏み入れた。普通ならば背中に冷やりとしたものを感じるくらいにお断りだが、いっぺん死んでしまうと一般的な恐怖になんの価値も見出せなくなる。つまりは怖くない。
 蛮勇か何かに似た意思の力を胸に、路地裏をずんずんと歩く。人もいなければ幽霊もでてきやしないから、私の歩調(歩いてるのか自分でもわからないけど)は止まることを知らず徐々に加速していく。……別に通り抜けることが目的ではないんだけど。というか、本当に誰もいないのか? 私がここに来た意味がなくなるぞ。

 私の願いが聞こえたのかはわからないが、誰かの声が聞こえたのはそんな時だった。
 話し声だ。二人いる。男の人と、それから女の人だ。どちらの声にも聞き覚えがある。
 気取られないようにする努力を生前に置き忘れた私は、声のする方向へと急行した。路地裏の交差点を二つ三つ曲がった先に、その二人はいた。
「そう何度も来られても困る」
「でも、あなたは連絡先なんて教えてくれないでしょう? だからこうやって直接会いに来るしかないんです」
 この二文だけ抜き出せば、まるで冷たいカップルの会話みたいだ。なんてバカな考えを振り払い、二人の会話に集中する。
「手がかりを見つけたら連絡する。だから今日はもう帰れ」
「…………」
「そんなにあいつが心配か」
 そう問われて、彼女は頷く。
「何が心配なんだ」
「何が……って」
「あいつの身か、それともあいつが」
「やめてください」
 言わせる前に、強い否定を返した。普段の彼女の語気とはあからさまに何かが違う。力強い、というより必死だ。
「お前もあいつがどういう奴かは知っているだろう。確かに人殺しは好きじゃない。だが、殺さないわけじゃない」
「そんなの知ってます!」
「じゃあなんでそんなに否定したがってるんだ」
「あなたは自分の義弟が同僚を殺して逃げたと思ってるんですかっ」
「可能性としては否定できないというだけだ」
「そんな言葉を聞きたいんじゃありません! 私は、私は――」
 それ以上声を荒げる彼女を、シャドウさんは肩に手を当てて止めさせた。
「俺だって、ゼロが殺ったなんて思いたくはない。それに、ユリは死んだと、殺されたと決まったわけでもない」
 それは義兄として当然の感情だ。彼はそう言って彼女を慰めた。
「お前の気持ちはわかる。その気持ちが誰よりも強いのもわかる。……すまなかった」
 ……ああ、なるほどね。
 所長のこと好きだったんだ、リムさん。

 そういえばこの事件が始まってから、一度だけリムさんと会話をした。
 確か彼女は私から依頼の事と、それから所長について問い質してきた。心配しているのかと聞いたら、一瞬だけど肯定した。
 あれから、私が消えてから、彼女はずっと最悪のケースを頭に思い描いていたのか。
 好きな人が、身近な人を殺して消えてしまったことを。
 所長が、私を殺して――。


 あれ?
 おかしいな。
 どうして……辻褄が合うんだ?

 よくよく思い出してみれば、私がトラックに轢かれて死ぬ前にソニックチャオと会っていた。その時は遠い昔に死んだ私の彼氏だと思い込んでいたけど……まさか、あれはいつもの白い帽子と眼鏡が無かったってだけの所長だったんじゃないか?
 でも、私が彼氏と思い込んで話していても、所長は何も否定しなかった。どうして生きていると聞いても、首を傾げもしなければ鼻で笑いもしなかった。ただ単に私の気が狂ってることを見越して、あえて何も言わなかっただけか?
 頭の中で様々な可能性を検討する内、あれが本当に現実に会ったことなのかさえわからなくなってきた。あの所長は所長じゃなくて、私が死ぬ前に見た幻だったのかとさえ思い始めてきた。何もかもあやふやになっていく。
 あれは現実なのか。それとも幻なのか。
 もう、何がなんだかわからなくなってきた。

 その時私は、自分が死んだ時のもう一つ重要な点を綺麗に見落としてしまった。
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No.6
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:33 -
  
 朝を迎えた。
 アンジュさん、ミスティさん、マスカット大尉らの連絡も無く、小説事務所の面々による私、未咲、所長、フロウル・ミルの捜索は滞っている。
 所長室にはいつもの四人が気難しい表情でいた。ノートパソコンのキーボードを叩くカズマの手も心なしか遅いし、横のヤイバは天井を仰いだままピクリとも動かない。死んでるんじゃないのかってくらいだ。向かいのヒカルも、視線も思考もどこにやったものかわからないのか所長室を無意識に眺め回している。ハルミちゃんは何を思いつめているのか、ずっと俯いたまま。
 手詰まり。
 その事実と状況に、この場の全員が縛られていた。
 こんな息も止まりそうな空気の中にいると(もう止まってるけど)また昨夜考えたバッドケースが頭に浮かんでしまう。
 私を殺した人物……つまるところ、犯人の事だ。もはや私の興味の対象は、未咲やフロウル・ミルからすり替わっていた。見つけたら末の代まで呪うつもりなのか自分でもわからないが、まるで探偵の真似事でもするかのようにいろんな可能性を検討していた。
 とは言っても、未咲の件同様に手がかりはさっぱりなわけだが。私の手元にある情報と言えば、自分で目撃した自分の最期くらいなものだ。その情報すらも信じきれないとあっては、まったくもって話にならない。

「あーあ、全然わかんないなぁ」
 誰にも聞こえない大きな独り言を呟く。当然誰にも聞こえない。誰も相談に乗ってくれない。究極の孤立無援。
 考えても考えは纏まらなさそうなので、一旦考えるのをやめてカズマのノートパソコンを覗いてみる。画面はつい先日のものとそう変わっておらず、どこかをハッキングしているアプリケーションと、噂の探偵ごっこ掲示板を表示したブラウザのウィンドウがあった。片方は見てもわかんないし、もう片方は見ててうんざりする。なんて素敵なノートパソコンだこと。仕方ないので、後者のウィンドウを見て時間を潰すことにした。

> 未咲は犠牲になったのだ……。

 もう見る気が失せた。
 なんとか自分を説得し、改めて目に見える範囲で話の流れを追ってみると、どうやら話題は“結局のところ未咲は今どうなっているのか”というものになっているらしい。そんな詮無い事を話しているということはつまり、この掲示板の面々も手詰まりなのだろう。まあ当然といえば当然である。こんな場所でごっこ遊びに興じている奴らが、こちらよりも捜査が進んでいる理由なんて欠片もない。

> もう死んでるんじゃねーのかな。
>>バカ野郎お前、可愛い女の子とあっちゃ殺すわけねーだろ。な?
> グフフ、いやらしいですなオマエラ!
>>おいやめろばか。
> ここから先はR指定だ。
>>文面だけ、そして直接的な表現を避ければ全年齢になるんだぜ。これ豆知識な。
> マジかよ、だからあのゲームいつまで経っても全年齢なのか!
>>CEROがいつまで経っても仕事しないわけだ。
> 今日もガチタンは平常運転です。
>>毎晩脱線してて平常運転とか全員切腹モンだなww
> 銀二さんにスラれちまえばいいんだ。
>>だからあれほど物件とカードを買っておけと……。

 頭が痛くなってきた。こいつら本当に数多の事件を解決したことがある連中なのか? あのまとめサイトは全部嘘っぱちなんじゃないのか?
 あまりにも関係ない話が続いたものなので、関係ないレスはなるべく目を通さずに掲示板を眺め続ける。やがてユーザー達はようやく本題に戻った。

> マジレスするけど、そもそも未咲ちゃんなんでいなくなってしもたん?
>>前は未咲ちゃんの身元を隠す為だと思ってたよな。
> でもぶっちゃけトラックに轢かれたってんなら交通事故で済むと思うんだけどな。
>>チャリンコ一台も通らないゴーストタウンでか? ちょっと都合良すぎだろ。
> まあ結局フロウルとかいう奴が綺麗に隠したわけですががが。
>>はて、そこまでして未咲たんはヤバイ子なのでせうか?
> 見事な探偵少女だと感心するがどこもおかしいところはない。
>>探偵が裏組織に狙われた……どこかで聞いたフレーズだな。
> 黒ずくめの悪いお兄ちゃん達の取引を目撃してしまったんですね、わかります。
>>いやいや、流石にそこまでテンプレなことは起きてねーだろww
> でも筋は通るぞなもし。
>>何かしら裏組織絡みの致命的な証拠を手にした未咲ちゃんは裏組織に口封じされましたとさ、おしまい。
> おい結局これ殺された路線じゃねーか!
>>誰か未咲ちゃん生存ルートを考えろ! 今すぐにだ!

 そこから先はまたしても好き放題に話が脱線し始めたので、掲示板を眺めるのはそこまでにしておいた。
 それにしても――未咲がいなくなってしまった理由、即ち犯人が未咲を狙った動機か。思えばその点についてはわからず仕舞いでずっと目を逸らしていた問題点だ。
 何か致命的な証拠を手にした未咲が口封じされた……確かに動機としてはこれが一番自然だ。そしてこの路線で考えれば、十中八九未咲は殺されているに違いない。生かすメリットもないだろうし。

 ――じゃあ、私は?
 当然の、しかし私にしか考えられない大きな疑問にぶち当たった。
 今回起きた事件において最も不可解な点。それは未咲の交通事故でも、フロウル・ミルの正体でもなく、私が暗に殺された事だ。
 未咲が何かを知り、そして狙われた。ここまでは自然な流れとして納得できる。だけど、私は? 事件の全貌も知らず、有力な手がかりを何も掴んでいなかった私が殺された理由はなんだ?
 ……残念ながら、今の私にはその理由は検討がつかなかった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 その後、私は小説事務所という名の缶詰から飛び出して外へと繰り出した。幽霊という身分を堂々と生かした偵察だ。そういうわけで、今はステーションスクエアの路地裏を片っ端から探っている最中である。前回はただ歩き回るだけだったが、今回は目についた路地裏の扉の中への侵入も行っている。私の勝手な想像では、路地裏から入る扉の中にはそれっぽい服を着た人達が、机の上でとっても楽しい談笑をしてたりお金なりなんなりを賭けたお遊戯をしてたりするイメージがある。
 とは言っても、流石に主要都市の駅近くで堂々と建物一つをフロント企業の会社にしてたりはしないようだ。大抵はただの裏口だったりする。だが、そうやってあちこちの扉をすり抜けたりしている内に、だんだん街の主要部分からかなり外れた場所へと移ってきた。この辺りまでやってくると流石にキナ臭い建物の中に入ることもあった。黒いスーツを着たおっかない中年男性がむさ苦しい部屋の中で煙草を燻らせてるもんだから、幽霊なのにこっちが怖くなってしまう。本当に見えてないよね、大丈夫だよねと誰かに確認したくなった。

 そんな夏の肝試し大会の如く様々なホラースポット(?)を回り続けた私は、思ってもみなかったアタリを引いた。
 なんてことはない、そこはただの空き部屋だった。オフィスの体裁を整えてこそいるが、電気は点けてないし人もいない。まさしく無人だった。やはりというか、幽霊の姿もない。
 だけど、私を引き止める声があった。
 正確には音声だろうか。デスクトップのパソコンが一つだけ明かりを放っていて、そこから誰かの声が聞こえる。

 ――能力の限界の原因……レベルにまで力強い進化……決して対象を……

 まるで、枯れた青年の声のようだ。
 近付いてパソコンの画面を見てみると、どうやら録音された音声が再生されているだけのようだ。ついさっきまで誰かいたのかと思ったが、よく見ると音声はループ再生になっている。つまり流しっ放しというわけだ。いったい何故?
 理解の及ばぬまま、とりあえず音声がループするまで待ってみた。これがいったいなんなのか気になる。関係がある、ないはともかくとして。

 そして、音声はループを開始した。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 12月23日。
 ついにオーバードキャプチャーを実装した人工チャオのプロトタイプが完成した。資料も既に用意したが、今一度オーバードキャプチャーの概要を記録する。
 オーバードキャプチャーとは、チャオのキャプチャーという特性を人工的に強化し、キャプチャー対象の拡大を可能にする能力だ。また、通常よりも多くの情報を対象からキャプチャーすることを可能としている。
 だが、この能力を発揮するにあたって最大の問題は、この能力が発動した時に対象が自己防衛機能を働かせてしまう為に、オーバードキャプチャーが不可能になってしまう点だ。
 この能力を実装したチャオを人間に対して使用するという実験を行ったが、失敗に終わった。その理由を解明するうちに、チャオのキャプチャー能力の限界の原因は、対象に先天的に備わっているなんらかの自己防衛機能が働いている所為であることがわかった。これらの自己防衛機能は、チャオがキャプチャー対象とするものほぼ全てが備えているものであり、チャオがこれまでカオスレベルにまで力強い進化を遂げなかった理由であると推測される。
 これらの問題をクリアする方法は二つ。
 一つはカオスと同じようにカオスエメラルドの力を利用すること。カオスエメラルドの力を利用し、対象の自己防衛機能を無力化することによってオーバードキャプチャーを可能にすることだ。
 もう一つは、対象を弱らせること。
 具体的な方法はどんなものでも構わない。対象を瀕死レベルにまで追い込んでオーバードキャプチャーを行えばいい。だが、決して対象を死なせてはならない。もし対象が死んでしまえばキャプチャーは不可能になる。
 また、それとは別に問題がもう一つ発見された。
 実験の結果、オーバードキャプチャーは成功に終わったが、取得した情報が自然消滅してしまうという報告がなされている。簡単に言ってしまうと、対象からキャプチャーした記憶等の情報が喪失したということだ。
 この現象が起こった理由は今のところ不明である。オーバードキャプチャーの精度に問題があるという仮説もあるが、憶測の域を出ない。
 これらの問題をクリアする為、今後も更なる研究を続けることとする。

 全てはプロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックの研究を実現させる為に。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「……なんとも」
 およそ私の日常生活では聞けないであろう話を、言葉を失ったままもう2ループは聞き入っていた。ようやく出てきた感想が、なんとも、だ。
 こいつは何かの伏線なのか? と、見知らぬ脚本家に聞きたいくらい、この音声データはわけがわからなかった。人工チャオっていう響きには一応覚えはあるのだが……はっきり言って、さっぱりだ。 
 厄介なのは、こいつがただの悪戯音声ではないのがわかってしまうことだ。こいつを根も葉もないデタラメと言い張るには、小説事務所で過ごしてきた私には残念ながら心当たりがありすぎる。恐らくはとある裏組織が研究していた何かの一環なんだろう。割と重要そうなワードも散りばめられてるし、無視はできないかな。
 ま、私死んでるから関係ないんだけどね。
 だんだんと自分の境遇や理不尽に慣れてきた感がある。いつかに自分の適応能力を呪った日もあった気がしたが、そうそう悪いことでもない。少なくとも悪環境におかれていちいち塞ぎ込むよりはマシだ。
 思い至った頃には、もう探偵ごっこはやめてしまおうと部屋から出て行くつもりだった。これ以上私が動く必要はない。あとは事務所のみんなが頑張ることだ。うまく未咲の所在と私の死に辿り着ければよし、無理だったとしても別に問題はない。死んだばかりの頃はあれだけ悩んでいたのに、今こうして考えてみるとなんて簡単な問題だったんだろう。

 ――だが、事は簡単に私を死なせてはくれなかった。
 こんな意味のわからない部屋に、誰かが入ってきたのだ。
「えっ……」
 出て行くつもり満々だった私は、突然の来訪者に体(ないけど)が固まる。
 元々見られる事はないのに、思わず姿を隠そうとしてしまう。こんなところに用があるなんて、いったいどこの誰だ?
 部屋が暗くて誰だかはわからないが、体の大きさ、構造からしてチャオであることに間違いはなかった。そのチャオは目に付いた適当な椅子に腰掛け、深い溜め息を吐く。そして懐から何かを取り出して操作し始める。携帯電話、だろうか。入力を終えたそれらしきものを耳にあて、待つこと数秒。
「俺だ」
 ――聞きなれた声だ。まさか、と逸る気持ちを抑え、会話に集中する。
「あれから何日経ったと思ってる。まだ起きないのか」
 その声は苛立ちを隠していないが、それでいて気力が無いという不思議な感情を現している……ような気がした。退廃的と言えばいいのだろうか。
「お前のくだらん机上の空論に付き合った俺が馬鹿だったよ。わかってるのか? 俺達は取り返しのつかないことをしたんだ」
 取り返しのつかないこと。いやに引っかかる事を言う。できればそんな声で、そんな事は言ってほしくなかった。
 お願いだから、別人であってくれ。
「……わかった。好きなだけ待てばいい。俺の気が済むことは無いが、だからってお前を同じ目に合わせてやろうと思うほど暇じゃない。……ああ、そうだ。俺はもう諦めてる」
 もういい。
 その声で、そんな似合わないことを言わないでほしい。
 あなたはそんな人じゃなかったはずだ。
 簡単に諦めるとか言わない人じゃなかったのか?
 それは私の勘違いだったのか?
「いいかよく聞け、脚本家崩れ。この世にゃ絶対に覆せないことがある」
 聞くまでもなく、私にはなんのことかわかってしまった。
 彼から目を逸らした。でも、耳は塞がなかった。無い腕を持ち上げるほどの力さえ、湧いてはこなかったから。


「死んだ奴は、蘇らないんだ」
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No.7
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:39 -
  
 ――どれくらい経っただろう。
 あれから私達は、この暗い部屋で動こうともしなかった。まるで時でも止まったかのように、一度も。
 誰とも知れない科学者の声だけが、ずっと同じ言葉を続けていた。
 オーバードキャプチャー。
 人工チャオ。
 自己防衛機能の無力化。
 同じ概要の説明を何度も繰り返す音声データを、それでも彼は止めようとはしなかった。

 何か、考えてみようか。
 今の今までずっとぼーっとしていた頭を働かせてみようと思ったが、なかなかそんな気にはなれなかった。
 だって、答えを知ってしまったから。
 私を殺したのは彼――ゼロであると。
 これ以上に何を望む?
 恨みでもぶつければいいのか?
 この場で呪い殺せばいいのか?
 そんな気にもなれなかった。わけもわからず殺されたというのに、なんの怒りも湧かない自分がある意味凄い。いや、自分のことだから、だろうか。
 もしこれが親しい他人であるとすれば、どんなことをしてでもその罪を追求していたかもしれない。だが、私は自分のことには興味がないという自覚がある。自分がどんなに酷い目に合わされても、無気力な程になんでも赦してしまう。
 自分に興味がないというより、自分を愛していない。だから自分が傷付いても、それほど怒りを覚えない。殺されても怒らないとは、流石に自分でも驚いているけど。
 ただ……寂しいだけだ。


 そんな時の止まったような部屋に、また来訪者がやってきた。
「……こんなところにいたのか」
 その人物はまたしてもチャオで、この暗い部屋の中で輪をかけて暗い体をしていた。その特徴と言葉のみで、なんとなくシャドウさんだと認識する。
「……なんか用でもあんのかよ?」
 寄るな来るな近付くなの三拍子が揃った不機嫌な声にも臆さず、シャドウさんは言葉を続ける。所長は露骨に嫌そうに顔を逸らした。
「お前が何をしたのか、大体は知っているつもりだ」
「それがなんだよ。説教でもしにきたか」
「そういうわけじゃない。これからお前がどうするのかが気になってな」
 これから。そんな単純な言葉が、私にも圧し掛かった。
 私にはこれからなんてない。天に召されるか地獄に落ちるか、この世を彷徨い続けるか。先の見えない運命を受け入れるのを待つだけだ。
 ただ、所長はどうするつもりだろう。自分の罪を隠したまま小説事務所に戻るのだろうか、それともこのまま完全に姿をくらますのか。
「さあな」
 所長は、何も答えを出さなかった。これから何をすればいいのか、本人にもわからないのだろう。
「一つ聞きたいことがある」
「…………」
「何故、ユリを殺した?」
「……今言ったって言い訳にしか聞こえねえよ」
「構わん。話せ」
 シャドウさんが促しても、所長はしばらく口を開かなかった。彼が動機を語り始めたのは、たっぷり一、二分は経ってからだ。


「俺があいつと連絡を取ったのは、もう二週間くらい前か」
「フロウル・ミルか」
「フロウル・ミル?」
 その名前を聞いて、聞く気のない動機話に耳を傾けた。所長が、フロウルと接点を持っていたなんて考えもしなかった。
「……依頼を受けた。小説事務所に所属しているユリを殺してほしいってな」
「何故殺してほしいと?」
「平たく言えば蘇らせようってつもりだったらしい」
 殺してから、蘇らせるつもりだったのか。いったいなんの意味があるんだ。理解が少しずつ及ばなくなる話に、私は頑張ってついていく。
「どうして受けた」
「どういうつもりか知らないが、ミキが協力する気満々だったんだ。理由を聞いても答えやしねえ」
 そういえば、ミキの存在をすっかり忘れていた。彼女も所長と一緒に姿をくらましていたな。私かミスティさんか、どちらかの尾行をしていたはずだ。
「お前が協力する必要があったのか?」
「どうしても必要だとは言われた。代役を立てることもできたらしいが、そこまで都合の良い奴はいないとさ」
「どういうことだ」
「協力者としてソニックチャオが絶対に必要だ……そうすれば、蘇る確立は飛躍的に増大する」
 ソニックチャオがいれば、蘇る確率が上がる? 一体全体どういう理屈が働けばそんなことになるんだ。私の知らない間に、科学は摩訶不思議な発展を遂げていたんだな。
「……話の筋がわからんな」
「俺もさ。当然俺は協力を突っぱねたが、別に突っ立ってるだけで良いってしつこく頼まれたもんだからな。ミキに」
「だが、断ることもできたはずだ。断る問題もない」
「……ユリはな」
 所長が言葉を一泊置いた。シャドウさんと私は、その次の言葉にじっと聞き入る。
「ユリは、人工チャオなんだ」
「…………」
 反応は静かなものだった。シャドウさんも――私も。
 疑っているわけじゃない。ただ、少なくとも私にとってはどうでも良すぎた。自分が本当は人工チャオだった。とても重大な事実なのに、すんなり受け入れ、更なる言葉を待った。我ながら実に不気味なくらい利己的に。
 もっと核心を聞きたい。それだけを考えていた。
「どういったタイプの人工チャオだったんだ」
「そこで垂れ流されてんだろ?」
 所長はつけたままのパソコンを顎で示した。
「知ってるか?」
「……ああ。プロトタイプの少量生産を最後に、責任者が死んで凍結されたプロジェクトだろう」
「凍結はされたが、プロトタイプの廃棄はされなかった。それをフロウルが何匹かちょろまかしてたわけだ」
「その中にユリが?」
「正確にはユリなのかもわからんが……ともかくあいつは元々フロウルの“私物”だったんだろう」
 私物、ね。もう少しマシは言い方はないものか。流石の私も響くものがある。しかしそうすると、このオーバードキャプチャーとやらのプロジェクトの責任者が私の生みの親で、フロウルが育ての親になるわけか? 残念だが、私はどっちの顔も覚えちゃいない。
「私物だったから殺すのに協力しても構わなかったと?」
「んなわけあるかよ」
 言うと思った、とでも言う風に所長は否定した。そして所長は、こう言った。
「あいつにも本当の人生がある。それを返してやるだけだ。……そう言われた」

 その言葉を紡いだ所長の声が、気のせいか――ほんの僅かに、かすれていた気がした。
 そしてその言葉を聞いたシャドウさんが、僅かに言葉を失った。
「……本当の人生、か」
「ああ」
 シャドウさんは、それ以上は聞かなかった。
 本物の人生。その言葉の意味を理解して、私も言い知れない感情にとらわれた。

 思えば、小説事務所のみんなは偽者ばかりだった。
 本当は魔法の世界で生きていた所長達。
 本当は人間の姿で生きていたカズマ達。
 私は自分を普通のチャオだと思っていたけど、結局私も偽者だった。
 そんな私達が一堂に会したのは、何かの運命だったのだろうか。それはわからない。だけど、一つだけわかることがある。
 小説事務所のみんなは、本当の人生に未練がないわけではない。
 だから所長達は、かつて自分を見失いかけて絶望の淵に落とされかけた。
 だから兄妹達は、かつて自分達の身に降りかかった境遇に心を蝕まれた。
 偽者の人生を過ごすのは、あまりにも苦しい。だから所長は、無意識に私を“助けよう”とした。
 結果的に私は帰らぬ人になってしまった。全ては所長の空回りで、余計な同情をされた私は身に覚えの無い事で殺された。それでも私は怒りを覚えず、あろうことか同情を覚えた。
 ――ああ、いつかに気づいたこともあった気がしたけど、私はどうしようもないお人好しなんだろう。どうしようもなく自分を愛していなくて、余った愛情を寛容さに換えてばらまいている。

 そんな想いは、誰にも、何もかも届かなかった。
 所長はただ私を殺しただけ。
 私はただ所長を哀れむだけ。
 奇跡は起こらない。
 常識は覆らない。
 賭け事は、うまくいかないから賭け事なんだ。
 本当の人生を手に入れようとしただけなのに、その欲目は現実に叩き潰された。


「今、ユリはどこに?」
 沈黙を静かに破って、シャドウさんが尋ねた。所長は、懐から小さな紙切れを渡す。
「そこに書いてある場所にいる」
「あいつは、何が好きだった?」
 何気無い質問にも、所長は力無く「さあな」と答えた。
「百合の花でも供えてやったらどうだ」
「……それが無難か」
 シャドウさんは踵を返して、酷く暗いこの部屋を出ようとする。私も一緒に憑いて行こうと立ち上がった。
「お前は来なくていいのか?」
 部屋から出る前に、シャドウさんは所長に一声かけた。でも、所長は手を振るのみで立ち上がろうとはしなかった。
「あいつの墓前に行って何をしろってんだよ。呪われに行けってか」
「……心配しなくとも、呪いやしませんよ」
 聞こえちゃいないのはわかってるけど、私は彼の言葉に返事をした。
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No.8
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:50 -
  
 外には既に太陽はいなかった。心なしか、今日の月明かりはどの街灯よりも眩しく見える。
 詳しい時間帯はわからないが、少なくとも私達以外には誰もいないほど遅い時間ではあった。あまりの人気の無さに、アンジュさんの住む町を思い出すレベルだ。そんな街中を一人の影と幽霊が歩いているというのだから、これほどおぞましいことはないだろう。
 私の遺体――正確には、私の本来の身体――がある場所は、ステーションスクエアからかなり離れた場所らしい。間違いなく車で移動した方がマシな距離を、それでもシャドウさんは黙って徒歩で向かう。元より疲労もへったくれもない私には問題ないのだが。
 歩を進める度、目に見える場景は目に見えて変化していった。立派なビルの姿は後方へと消え、小さく薄汚れた貸しビルや民家の姿が多くなる。特筆すべき点のない、中途半端に都会染みた田舎だ。いつかにハルミちゃんを探しに行った時の場所と似ているような節があるが、その時と比べてどこか長居したくないと思わせる雰囲気がある。
「私にうってつけだなぁ」
 ホラースポット、というにはやや所帯染みてはいるが。
 人っ子一人いない道を、私達は黙々と歩く。本当に誰もいない。人間もチャオも、幽霊も。ただ見えないだけなのかもしれない。建っている建物の違いもわからないくらいだから。ちゃんと目的地に着けるのか、少し心配になる。それでもシャドウさんの足取りは迷わない。私は専ら彷徨う立場にあるせいか、彼の足取りに戸惑わされるばかりだ。知らない土地を親に手を引かれて歩く子の心境に近い。
 目的地に向かう間、私は不思議といろいろ考えていなかった。というのは、これまでにいろいろな事があって、いろいろな情報を知ったにも関わらず、という意味だ。別に頭の中を空っぽにしているわけではない。事実今は空っぽなんだろうが、そういう話ではなく。
 本当の自分。それが私の思い描いた答えと同じなのか。それ以外のことは何も考えなかった。


 シャドウさんはある建物の前で足を止めた。
 その建物は、やはり私にうってつけの建物だった。何を隠そう、立派な病院だったからだ。見た感じ既に使われておらず、どこからともなく雑草や蔓が生えまくっている。もしヒカルでも連れてくれば泣くか喚くかはしてくれるに違いない。それほどまでに雰囲気が出ている。当然シャドウさんは臆さず進むので、私も黙って後に続く。
 施錠もされていない扉の中はやはり暗く、照明と言えば非常口を示す緑色の看板だけ。一応病院であるから非常用の電力は働いているようだ。しかしこれがなかなか恐怖心を煽ってくれるもので、幽霊の身分でありながら何か出るんじゃないかと思って周囲を警戒してしまう。当たり前だが、シャドウさんはこれっぽっちもビビってない。開け放たれたままになっているいくつかの扉の全てを軽くスルーして、足元のわかり辛い階段を降り始めた。
「……なんだかなぁ」
 奇しくも階段の隣にエレベーターの奴があったものだから、やはりハルミちゃん絡みの事件の事を思い出す。
 事、昇降機には好かれていない私はあらゆる局面においてエレベーターを使えない。前回は電力が通っておらず、前々回はその場所まで踏み込めず、前々々回はそもそも存在に気付かなかった。今回は幽霊だからエレベーターを動かせない。こんなふざけた理由でエレベーターが使えなくなるなんて想像もしなかったな。私のイメージでは軽いポルターガイスト現象くらいは起こせるものと思っていたのに。無い無い尽くしの身で無い物ねだりをしながら、渋々階段を降りる。足を踏み外さないのが今の取り柄だ。
 地下は一階の倍くらい暗かったが、シャドウさんには十分見えているのか、平然と廊下を歩いていく。私も見失わないようにピッタリと憑いていく。しかして、間も無くその歩はある扉の前で止まった。不思議な事にその扉からだけ青白い光が漏れている。部屋の名前は……まあ、なんだ。そんな気はしていたが、霊安室だった。
「はあ」
 溜め息を吐かずにはいられなかった。自分では受け入れたつもりでも、死人扱いされるのが気持ちのいい事というわけではない。
 シャドウさんが先に中に入るのを待って、私も後に続いた。目と心に悪い光に溢れた部屋の中は、いくつかのよくわからない機材と、一匹のチャオが待っていた。
「ん……」
「あ……」
「…………」
 随分と久しい。そう思ったのは、恐らく一番長い間会ってなかったせいだろうか。
「ミキ、だったか」
 彼女は肯定もせず、ただベッドの隣に置いた椅子の上に座ったままだった。布団は膨らんでおり、誰かが寝ているようだ。噂の本物の私だろうか。その正体を確認する為、私はシャドウさんの横を通ってベッドに近寄った。
 その顔を視線に捉えた時、私は不思議と驚かなかった。

「――やっぱり」
 薄々、そんな気はしていた。確証があるわけじゃないけど、話の筋からしてそうなんじゃないかと思っていた。
 あくまで出来過ぎた可能性の話だと思って、自分でも頭から信じていたわけじゃないけど。それでも本当に自分の予想が当たってしまうと、なかなか複雑な心境になる。
 事実は小説よりも奇なり。その言葉の本質を理解できたような気がした。空想と現実、どちらにも全く同じ不思議な出来事が起こったとして、心に強く影響を与えるのはやはり現実なのだ。自分の現実は平穏で彩られていて然りだから、空想のような出来事が起こるはずがないと勝手に思い込む。その常識が覆された時、事実は小説よりも奇だと認識する。
 そんな簡単な事を再認識する為に、私の常識は一つ、何処へと消え去ってしまった。

「……なんだ?」
 シャドウさんの声に引き戻され、私は二人の方を見遣った。何やらミキに手渡されたらしい。無線機っぽいものに見える。
「これで誰に連絡しろと?」
 尋ねられても、ミキは何も答えない。聞くだけ無駄だと判断したシャドウさんは、特に周波数も弄らずそのまま通信をかけた。
「……もしもし」
 しばらくは応答も無く、砂嵐の音が部屋の中に響いた。どういうことだとシャドウさんが目線で抗議するが、ミキはやっぱり何も答えない。どうしたものかと思い始めた頃に、ようやく声が聞こえた。
『――誰――?』
 チャチなボイスチェンジャーでも使っているのか、ニュースなんかでよく聞くような声が聞こえてきた。
「こちらの台詞だ」
『ん――ああ――!』
 段々と通信が安定し出して砂嵐の音が無くなった時、通信相手の態度は激変した。
『ああー! やっと話せたー! えっと、今名前なんだっけ? 足? 航空機? いいやもうフェイちゃんで良いよねっ』
 その口調に度肝を抜かされたのは私だけではなかったようだ。シャドウさんが口を開けて固まってしまっている。というか、フェイちゃんってなんだ?
『というか、ええ? そこの病院のこと誰から聞いたの? ゼロ? すこぶるどうでもいいけど』
「……フロウル・ミルか?」
『たなびく前髪は床屋に行っていない証! 謎と衣装と伊達眼鏡に包まれた身分詐称のスペシャリスト! その名も、フロオォォウルッ!』
 もう一度言う。度肝を抜かれた。私の想像では疲れ切った男の声が悲壮感溢れる空気でもって会話してくるものと思っていたのに、その中身は180度違っていた。いったいなんなんだ。こんな場違いな程に場違いな奴が、所長に私を殺すよう依頼した人間なのか?
「お前が、ユリを殺すようにゼロを仕向けたのか?」
『なんて人聞きの悪い事を言う人なんだ……! 私がそんな酷い人間に見えまして!? まあその通りですがの』
「……単刀直入に聞く。ユリを元の姿に戻すとか聞いたが、どういうことだ」
『やっだぁ、そんなことまで知ってるのぉ? それも弟クンから聞いたのかしらうふふ』
「ああ」
『せやなあ、だったら話してもええで? だがしかし、わしの話に付いてこれるかのお?』
 口調からして一貫性の欠片も無いフロウルらしき人物に私達は翻弄されまくっていた。ややあって、シャドウさんはなんとか返事を捻り出す。
「……ああ」
『よく言った! その意気や良し! んじゃポップコーンでも食べながら聞いてください。食べるのは俺だがな!』
 言葉通り、無線機の向こう側で袋を開ける音が聞こえ『あ、ごめんポテチしかなかった』ポテチだった。とにかくフロウルの話を聞くことになった。この様子じゃ信憑性も何もあったもんじゃないけど。
『ゆーてもな、どっちかっていうとコレ科学的な話じゃないんよね。そもそも不老不死とかオカルトの領域だしなー、ぽりぽり』
「不老不死?」
『あ、ごめんあんまりなんでもない。ユリの事っしょ? つーかオーバードキャプチャーの話になっちゃうけど良いよね』
「ああ、構わない」
 シャドウさんの顔が「さっさと話せ」という風にうんざりしている。それを知ってか知らずか、無線機の向こう側は『オレンジジュースもねーじゃんよ』とかなんとか。
『えーっと? そもそもオーバードキャプチャーが欠陥だらけのまま責任者がおっ死んで、プロジェクトが凍結されたのは知ってるよね?』
「ああ、知っている」
『それでー、その欠陥って言うのが、ほんとに欠陥だらけだから全部は言わないけど、オーバードキャプチャーの精度? が、まあクソッタレなわけですよ。だから当初の予定が大幅に崩れちゃったんだなマジ責任者死ね。もう死んでるけどもっかい死ね』
「当初の予定?」
『ご想像の通り、ぼくちんプロトタイプを使って、そこで寝てる子にオーバードキャプチャーをしたのよ。でもさー、結局ユリちゃんがその分の記憶を失くしちゃって? しかも僕の手から離れてのうのうと一人暮らしを謳歌し始めちゃったんデスヨ? 僕の立場って何?』
 ……イマイチ話が飛んでいて理解し難いが、私が件の人間から頂いた記憶を失った事が当初の予定と食い違ってしまったという事だろうか。
『まあ結果オーライかなっつーか、どうにかするしかなくなったからどうにかしたけどな! 綺麗で美しいワトソンさんには悪いけど、嗅ぎ付けられちゃいろいろと厄介になりそうだから隠蔽には手間と愛情をかけさせてもらいましたよええ』
「愛情、ね」
『嘘じゃねーからな! 愛情込めたからな!』
 そこは強調する所なのか?
「で、何故二年経った今になって?」
『それはフェイちゃんがよくわかると思うけどなー』
「……どういうことだ」
『もういいだろうってタイミングになったんだよ言わせんな恥ずかしい』
 あくまでそこははぐらかすつもりらしい。シャドウさんにならよくわかる、ねえ。
『で、ユリちゃんを本当の姿に戻すかーって話になるわけなんですけど、ここが最大の壁なんですよ聞いてください奥さん!』
「……ああ」
『前述の通り責任者は責任の二文字を投げ捨ててあの世に逃げたわけですよ! だからオーバードキャプチャーした情報を元に戻す方法がさー』
「ちょっと待て」
『ああーん?』
 シャドウさんはベッドの端に腰掛け、本物の私を見ながらフロウルに問いかけた。
「そもそもオーバードキャプチャーした情報は元に戻せるのか?」
『あー、科学的な話じゃなくなっちゃうけどさ、別にいいよね魔法少年だもんねキミ』
「……話せ」
『結局のところさ、やっぱ魂は一人につき一個って相場が決まってんのよ』
 宣言通り、本当に科学的な話ではなくなった。あまり気が進まないのか、そろそろ説明にも飽きてきたのか、欠伸交じりで。
『この世には一人たりとも全く同じ人間はいないわけですよ。多分。なんでクローン人間とか未だにできねーんだよって言うのはさ、この世がそういうルールで出来てるからだと思うんですよ。科学者連中はどうせそうは思わずに理論上はクローン人間は作れるとか思ってるけどさ、結局嗜好も選択も全く同じクローンなんてできてねーじゃんよバーカバーカ』
「……話が逸れているぞ」
『ん? ああごめんねー。つまりオーバードキャプチャーはなぁ、開発者の思った以上に効果テキメンだったんだなぁ。対象からまさに魂ごと頂いたわけなんだが。……ところでそこで寝てる子、どう思う?』
「どう、と言われてもな」
 シャドウさんと一緒に、私もベッドの上に横たわる人間をじっと観察してみた。しかし……特におかしなところはないように思う。
「至って普通だが」
『アホだなー。普通なことがおかしいって思いませんか?』
「どういうことだ」
『だってああた、オーバードキャプチャーの為に半殺しにして、しかも魂抜き取ったんですよ? これがどういうことかおわかり?』
「……おい、どういうことだ」
 一つ前のとはまた違った意味の言葉が、信じられないといった風に吐き出された。
「こいつは、生きてるのか?」
「えっ?」
 言われて、私ももう一度見直した。確かに二年前に殺された割にはどこも劣化していない。ひょっとして半殺しにしたままなのか?
『そーそー、ちゃんと生きてるのよ。二年も寝坊してるけど』
「二年も?」
『うん。ご飯もお水も点滴も摂取してないけど、生きてるんでござーます。二年も寝坊してるけど』
 冗談じゃない。ご飯もお水も点滴も無しで健康体を保っているっていうのか? 信じられないといった具合の顔をしたシャドウさんが大胆にも布団を取ったが、何故か制服姿の本物の私は、確かに必要以上にやせ細ってはいなかった。
『しかもオメービビんじゃねーぞ、メス入れたって傷一つ付かねーぞそいつ』
「……バカな」
『ぼくうそなんていってないもん! うそだとおもうならだんがんでもいっぱつぶちこめばいいだろー!』
 嘘か本当かはわからないが、それでもシャドウさんは実行しなかった。一応その優しさに心の底から感謝した。
「どうして傷を負わない?」
『オーバードキャプチャーした影響としか言いようがないでござる。なんか、そういう理屈もキャプチャーしちゃった、みたいなー』
「…………」
『ま、とにかく足りないのは魂なんですよ。これだけハイスペックな本体があっても、OS無いんじゃ意味が無さ過ぎるっていう。あー随分遠回りしたけどやっと本題だーわーい喉渇いた』
 そう言って何やらグビグビと飲み始めた。オレンジジュース見つけたのかな『水うめぇ』水だった。
『あのねあのね、魂は基本一個だけだろ? というかそういう話で納得してください』
「ああ」
『で、その魂は基本的にみょうちくりんな事が起きない限り、宿主からは離れないんですよ。だからオーバードキャプチャーした魂を元に戻すのは容易じゃないんです。そう簡単に引っ剥がせないし』
「だから、殺したと?」
『短絡的とか言うなよな! 一応その為の布石は打っといたんだからなー!』
「ゼロを協力させたことか」
『わかってんなら聞くな』
「いや、何故ゼロを協力させたかについてはわからない」
『そりゃー、まー、あれですよ。再現?』
「再現?」
『なんというか、そのう、アレだよアレ。思い出させるんですよ。記憶?』
「……もっとハッキリ話せ」

『あーもう。ユリちゃんはオーバードキャプチャーした記憶を忘れちゃっただろ? だから殺す際に思い出させるようにわざわざ役者を揃えたんだよう! ゼロくんったら駄々こねちゃって配役狂ったけど』

「そんな事で、殺したユリの記憶が戻って、更に魂が戻るというのか?」
『戻るべき身体の事を思い出せば戻れるんです。そういうこと。ね? 簡単でしょう?』
「屁理屈とも取れる理論だな」

『あのねー、そもそも俺ちゃんの考えるユリの元が死なない理由って、正しくそこで寝てる子がユリの基であるからって思ってるからなんだよ? だよだよ?』
「基?」

『オーバードキャプチャーをする前のユリちゃんはねー、対象の膨大な情報量を受け止める為に割かし空っぽなのよ。だから今の――まあ死んじゃったけど――ユリっていう存在を支えてるのは、そこで痩せこけずにおねんねしてる子なのさ』

『だからその子とユリは根っこの部分で持ちつ持たれつで生きてるわけ。だから俺は魂は戻るって思ってるの。うんうん』
「……つまり、強い繋がりによって共存関係を保っているということか?」
『そーそー! その子はユリちゃんの存在を維持させる為に自分を維持してる。ユリちゃんはその子の魂を守ることで自分を守ってる』

「それが、こいつの死なない理由?」
『それ以外にそれっぽい理由が見当たらんのじゃ。劣化もだけど、成長もしてないし。二年前からずっとそのままなのじゃ』
「……皮肉だな」
『ですよねー。50年前にジェラルドさんが求めてた答えが、こんな形で見つかっちゃうんだもんね。今必死に裏組織の科学者達がやってる事ってなんなんだろうね?』


「フロウル」
『なーにー?』
「こいつは……ユリは、起きるのか?」
『きみはじつにばかだな。人っていうのはね、死なない限り起きるんだよ?』
「つまり、息を引き取ればもう目を覚まさない?」
『なんだったらちゅーでもしてみれば起きるんじゃね? ヤイバとかいう非リア充に死ぬまで命を狙われるだろうけど』
「……ミキ」
「何?」
「俺はもう行く」
「……わかった」
『まあ、その為にミキちゃん置いといてるわけですけどね』
「フロウル、最後に一つだけ聞きたい事がある」
『ほわっつ?』
「ユリ以外にも“助ける”つもりだろう」
『後半へ続く』
「……ああ。楽しみにしている」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 雨が降っている。

 その日の私は折りたたみ傘を忘れていた。職業的にはとんだ失態だ。
 雷の音も聞こえるくらい酷い大雨の中、私は人気の無い帰路を走った。
 その途中で、私は街灯の下に人影を見つけて立ち止まった。
 顔は見えない。でも、その人影は確かに私を見つめていた。
 逃げるべきか?
 私はじりじりと後ずさる。その様子を見てか、人影は笑った。

「大丈夫」

 人影はそう言って、危害を加える気は無いという風に手を広げた。
 当然、私は警戒を解かなかった。その様子を見て、人影はこう言った。

「僕は、キミを守りに来た」

 ――何か聞こえる。
 雨音に隠れた何かの音を聞き分け、その方角を見た時にはもう遅かった。
 大きなトラックが、私の目の前までやってきていた。

 そこまで気付いても、私は猫のように動けなかった。
 ただ、轢かれるのを待つだけだった。
 待って。
 待って。
 待って、世界が反転した。


 ――間も無くして目が覚めた。
 あたりは真っ暗だった。どこに何があるかまるでわからない。
 体を起こす為に、私は地面に手をついた。
 その水の感触に違和感を覚えた私は、目を凝らして地面を見た。
 赤かった。
 赤かった。
 赤かった。
 どうして?
 どうしてこんなことになってる?
 わからない。
 全然わからない。

「誰?」

 声をかけられた。
 まずい。
 どうすればいい。
 わからない。
 全然わからない。
 だから、走った。

「待って!」

 待たなかった。
 待てなかった。
 私は、いったいどうしたんだ?
 私は、いったい何をしていたんだ?
 私は、私は――

 自分を、忘れた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 あれから、二年。
 私は随分と長い間、のうのうと一人暮らしを謳歌していた。
 楽しかったとは言い切れないし、楽しくなかったとも言い切れない。
 ただ言えるのは、楽しくなかったこともあったけど、楽しかったこともあった。
 それに、こうして再び自分と再会することができた。
 みんなに感謝しなくちゃいけない。
 だから目を覚まさなきゃいけない。

 私に、触れてみた。
 静かに眠っている。
 どうやら夢を見ているようだ。その夢は、きっと私の見ている光景なんだろう。
 今こうして夢を見ているのと、今こうして目を覚ますこと。どっちが幸せだろう?
 少しだけ考えたけど、迷ってる暇はなかった。

 さあ、起床時間だ。
引用なし
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No.9
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:56 -
  
 目の前にチャオが立っていた

 そのチャオに私と名乗った

 チャオはそうには思えないと言った

 私はあっさりと納得した

 何故簡単に納得したのか聞かれた

 だから私はこう言った


 ――この世には一人たりとも同じ人はいないの。それが例え過去の、未来の自分であっても。


 チャオはあっさりと納得した

 私は微笑みながらチャオを撫でた

 綺麗に色の無くなった繭越しに


 私は届かないと知りつつも声をかけた

 今までありがとう

 お疲れ様


 ̄ ̄ ̄ ̄


 目が覚めたとき、ここは天国かと思った。
 壁は白いし、天井も白いし、窓越しに部屋を照らす明かりですら――と思ったけど、流石にそんなことは無かった。今は冬じゃない。
「気がついた?」
 聞いたことのある、聞き慣れてきた声へ顔を向ける。
 ミキだった。
「……良かった」
「何が?」
 ここが天国ではないことが。どうやらミキは天使でも死神でもなかったようだ。
「目立った外傷もないし、精神異常もなければ」
「わかってる」
 わざとかと思えるくらい、そのやり取りはいつかの時と似ていた。
 ここは病院だ。恐らく、私がずっと眠っていた場所とは別の。少なくとも霊安室ではないことは確かだ。
 改めて窓の外を見遣った。ここ最近あまり見られなかった晴れ模様だ。その光景にどこか見覚えがある辺り、前と同じ病院の、前と同じ病室にいるようだ。どういう気の回し方をしてるんだか。
「ここに来る前のこと、覚えてる?」
 まだデジャヴュごっこを続けるのか。まあ付き合うけど。
「覚えてるよ。私が目を覚ました時のことでしょ?」
「違う」
「え」
「もっと前のこと」
「もっと前のことって……二年前くらい?」
「もっと先のこと」
「……ああ」
 その言葉の意味を理解した時、私にはミキの目が期待の眼差しをしているように見えた。割と普通の子らしいとこもあるんだな。
「大丈夫。忘れてないよ」
「本当?」
「もちろん。だって待っててくれたんだもんね」
 忘れるわけがない。私の二年前に途絶えた記憶も、小説事務所のみんなと過ごした記憶も。あれらは全て夢ではない。確かに“私”が過ごした現実だ。
 それでも、まるで夢のようだった。みんなと過ごした間の事もそうだが――何より、私が幽霊らしき存在だった事。今でも半信半疑だ。あの時目にしていた時の事が、本当にあった事なのか。だが、それを確認するにはイロモノの目を向けられる覚悟をしなければならないだろう。なるべく掘り返さない方がいいのかもしれない。自分の中で、であってもだ。
「……ところでさ」
「何?」
「お見舞いとか、ないの?」
「連絡なら入れて――」
 ちょうどいいタイミングでノックの音が響いた。噂をすればなんとやら。
「お邪魔しまーす」
 お見舞いにしては大所帯なチャオ達が、わらわらと病室に入ってきた。六人ともちゃんと見覚えがある。
「えーっと、君とは初めましてでいいのかな?」
「ううん、そんなことないよ」
 開口一番不思議な事を言い出した私に、パウ達は首を傾げたり顔を見合わせたりした。無理もない。今の私は、みんなからすれば初めて会う人間だ。
 挨拶は、しておくべきだろう。
「パウ、久しぶり」
「……ボクのこと、知ってるのかい?」
「もちろん。リムさんのことも知ってるし、カズマやヒカルのことも」
「え、なんで? どうして?」
「ハルミちゃんのことも。ヤイバは知らない。初めまして」
「ちょ、おま、ええ? そこは知ってる流れじゃないんすか!? というか知ってるじゃねーですか!」
「……もしかして」
 真っ先に気付いたのはハルミちゃんのようだ。同じ病院に入院した仲なだけある――というのは、関係ないかな。
「ユリさんですか?」
「うん」
「ほんとに、ほんとにユリさんですか?」
「もちろん」
 みんなが、信じられないと言った眼差しを向けてきた。でも、その中に微かに期待が混じっている気がした。


「私は、ユリ――未咲、ユリ」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 そう、薄々そんな気はしていたのだ。
 偶然私が訪れた謎の個室で流れていた、謎の音声データ。オーバードキャプチャーの概要について。所長が話した“私”の正体。
 そんな気しか、しなくなっていた。
 私が“私”に殺され、そしてその“私”も殺された。この繋がりは他人のものじゃないと、そう思う以外にはなかった。

「ミキ」
 積もる話もほどほどに小説事務所の面々が帰っていった後、私はミキに話しかけた。
「知ってると思うけど、私って探偵なんだ。元、だけど」
「…………」
「で、今回の事を纏めておきたいの。確認がてら聞いてくれる?」
 ミキは頷いてくれた。
 それでは、今回の事件を改めて整理しよう。一つの殺人未遂と、一つの殺人事件について。


 まずは私、未咲が半殺しにされた事件。
 雷を伴う激しい大雨の夜。私は探偵事務所に帰る為に帰路を急いでいた。不幸な事に、そこを通りかかった大型トラックに轢かれてしまう。そして夜が明けた時、私という痕跡は綺麗になくなってしまった。
 アンジュさんの調べにより、運転手はチャオであったこと、そしてチャオらしき人影がいたことがわかった。だが、チャオが極僅かな時間に私を運べたはずがない。では、いったいどうやって?
 答えは実にシンプル。これはそもそも事故なんかではなく、計画された事件だった。だから私を運ぶ人間と方法があったわけだ。私を運んだ人間――恐らくフロウルだが、予め車の一つでも用意していたに違いない。当日は酷い大雨だったから、アンジュさんも車が急いで走り去る音が聞こえなかったんだろう。車のライトぐらいは見ていないのか気になるところだが、駆けつけるのがやや遅れたこととトラックを先に調べたことが重なったと考えるべきだろう。
 そしてここで、フロウルにとっての予定外の出来事が起こる。
 私を轢いた運転手であるチャオは私にオーバードキャプチャーを行い、その魂を取り込んだ。そしてフロウルは私の体を運んだ。ここまではよかったのだが、肝心のオーバードキャプチャーを行った“私”は、未咲としての記憶を喪失した挙句、その場から姿を消してしまった。この事態が起こったことにより、フロウルは予定よりも念入りな隠蔽工作を行ったというが、それを差し引いても意図は把握しきれない。だが結果として、アンジュさんは最後まで交通事故に遭ったのが私だったのかどうかわからず仕舞いだった。
 そして一番の問題は、“私”がこの事件の記憶を自ら捏造したことにある。
 記憶の奥底にしまわれた“私”のトラウマ、彼氏が交通事故に遭った記憶がそれだ。血溜まりの上の“私”は知りもしない彼氏に置き換えられ、思い出しても問題の無い、思い出したくない記憶に塗り変えられた。
 皮肉な話だ。自愛の精神を持たない私が、捏造した記憶の中で自分を思い人にしていたというのだから。
 結局、何故フロウルは私を手にかけたのか? 何故のうのうと一人暮らしを始めた“私”をそのままにしたのか? その理由は未だ明確ではない。ただ、それは悪意ある理由ではないような気がする。シャドウさんとフロウルの会話を聞いた私としては、根拠はないがそう思えた。

 そして二年後、“私”の殺人事件が起きた。
 二年前と奇しくも同じ、雷を伴う激しい大雨の夜。“私”は自分の記憶の矛盾に気付き始め、衝動のままに探偵事務所を出て二年前の事故現場にやってきた。そして奇しくも“私”の彼氏に似た人――言うまでもないが、所長が待っていた。そして間も無く、二年前と同じようにトラックが“私”目掛けて走ってきて、今度は間違いなく殺された。
 トラックに惹かれて殺され、後に残ったのは何もない。チャオが被害者の事件としては実にシンプルだ。これが二年前の事故の再現だ、という点を除けば。
 この事件におけるフロウルの目的は、未咲に魂を還す事にあった。だから“私”に記憶を取り戻させる為、当時の状況を再現させ、そのまま魂を“私”から引き剥がした。
 ここでの問題は、本来は運転手役として選ばれた筈の所長が“私”を殺す事に同意しきれなかったことだ。仕方なく配役は入れ替えられることになり、街灯の下の人影役は所長、運転手はミキということに。何故フロウルではなくミキなのかは疑問だが、とりあえずは結果オーライ。
 この事件についての謎は、何故二年後というタイミングに“私”を本来の私に戻したのかにある。その理由はシャドウさんにならよくわかるとフロウルは言っていたが、それが意味するところは現時点ではよくわからない。

 こうして、二つの事件はいくつかの謎を残しながらも終わりを迎えた。
 計画された交通事故という名の殺人事件がもたらしたものは、不思議で歪なグッドエンドだった。これらの事が起きた理由と意味は、近い内にわかる時が来るだろうか。自ら進んで探求するつもりはないが、いつか知る機会が訪れることに期待しようと思う。


「そういえば、フロウルとは連絡取れる?」
「取れない」
 即答された。
「あなたが目を覚ました事を連絡してから、全く通信に出なくなった」
「あ、そう」
 身分詐称のスペシャリストとか自称してたし、自分の痕跡を残さない為だろうか。さんざ私に関わっておきながらその関係性を綺麗に隠してしまうとは、なんとも自分勝手な人のようだ。
「でも、フロウルが所持していたと思われる証拠をいくつか抑えておいた。GUNに送って、引き続きフロウルについての調査を行ってもらっている」
 自称スペシャリストだった。プロ意識はないらしい。
「……って、ミキはフロウルとは直接会ったの?」
「一応」
「一応?」
「最初に私が会った時、フロウルは女子高生の姿をしていた」
「ぶっ」
 女子高生? フロウルって男じゃなかったのか? 私が見たことのあるフロウルの顔写真二つはどっちもそれなりの歳の男性だったはずだけど。
「その後、所長と一緒に会いに行った時は少年の姿だった」
「少年? 何歳くらい?」
「10歳くらい」
 なんなんだフロウル・ミル。本当に人間なのか? 私のなけなしの常識がまた一つ消えていくのを感じて、それ以上の追求はよしておいた。
 頭を抱えて枕に顔を埋めた頃、ミキが突然椅子から降りる。
「どうしたの?」
「帰る」
 本当に突然だった。他になんの言葉も無くさっさと病室から去るミキの後ろ姿に、私は「なんで?」という簡単な言葉も投げかけられなかった。

 そういうわけで、静けさが耳に痛い病室に一人取り残されてしまった。気付けば外はすっかり夕方だ。私が起きてからそんなに時間は経ってなかったのだが、どうやら朝ではなく昼下がりに起きていたらしい。
 布団から手を出して、まじまじと見つめてみる。指が五本ある、れっきとした人間の手だ。おかしな事があると言えば、動かすのに違和感を感じることだろうか。ちゃんと動かすことはできるのだが、手袋に指を全部通していないような感覚がある。足も似たような感じだ。
 ふと、私が霊安室で目を覚ました時の事を思い出した。あの時は今の何十倍も酷いもので、体全体の神経が無くなっているといっても過言ではなかった。ベッドから転がり落ちて、その後立ち上がろうにもなかなか立ち上がれないものだったから大変だった。あの場にミキがいなければどうなっていたことか。
「はあ」
 溜め息を一つ。
 そういえば、今回の事件でまだ一つ謎が残っていた。ズバリ、ミキのことだ。
 よくよく考えてみれば、何故ミキが今回の事件に深い関わりを見せたのかはハッキリしないままだ。そもそもどうしてミキが“私”の殺人に肯定的だったのかがわからない。所長が“私”の殺人に手を貸すことになったのも、ミキの強い後押しの影響もある。彼女自身がそこまで強い姿勢を見せるというのは実に珍しい。何か理由でもあるのだろうか。
「わかんないなあ」
 いくらなんでも情報が無さ過ぎるのでした。ミキの性格とか、普段の様子とかを含めて考えてしまうと、ますますわけがわからないし。
 ずっと眠らせていた脳を久々に働かせたせいか、少し眠くなってしまった。考えるのは一旦やめて、もう一度眠ってしまおうか。布団を被り直し、窓の外の方へと寝返りを打ったそのタイミングで、突然ノックも無しに扉が開かれた。看護師さんかな? そう思って上半身を起こし、扉の方を見てみる。

「…………」
 まず、お互いに言葉はなかった。
 向こうは、本当に私がいたことに驚いているんだろう。私はというと、真っ先に思い出すべきこの人の事をすっかり忘れていた。悪いけど。
「……未咲?」
「ああ、はい」
「未咲、なの?」
「はい、未咲です」
 みるみるうちに感極まった表情に変わっていく。そろそろ泣きついてくるんだろうか。いやだな。こういうの。嬉しくないわけじゃないけど、好きじゃない。
「未咲!」
 そういうわけで、アンジュさんだった。
 二年経ってようやく私に会えたアンジュさんの顔はもう一瞬でぐしゃぐしゃになって、一応入院している身の上の私のことなんかお構いなしに引っ付いてきた。
「ちょ、アンジュさんちょっと」
「どこに行ってたのよ! どれだけ私が心配したと思ってるの!」
「あの、それは重々承知してますのでひとまず離れて」
「ばか! ばかばかっ! 未咲のばかぁっ! 未咲のっ……!」
 ああ、そういえばアンジュさんってこういう人だったなぁ。
 人前ではデキる女の人みたいな姿を見せるけど、私と一緒の時は、私より遥かに子供っぽくなってしまうんだ。私があの探偵事務所で所長の役割を貰った後は、その関係が顕著になったんだっけ。年齢でいえばどう考えても子供な私が、年齢でいえばどう考えても大人なアンジュさんを養っているような関係に。
「未咲っ……みさきぃ……」
 本当の家族でもないのに、どうしてここまで私を気にかけてくれるんだろう。探偵としてのスキルがなければ、私はただのお荷物じゃないのかな。昔からそんな疑問を抱いていた。
 でも、二年の時を経て小説事務所で過ごした私なら、なんとなくわかる。人はそこまで薄情な奴ばかりではない。どんな形であれ、毎日顔を合わせる親しい人物の身に危険があれば、不安になって当然なんだ。所長達の希望を繋ぎとめ、兄妹達の絆を繋ぎ合わせた、お節介な私が言うんだ。間違いない。
「よしよし」
 泣き崩れたアンジュさんの頭を撫でてあやしてあげる。本当は逆なんじゃないのかな、なんて不粋な事は考えないようにした。


 結局、いつまでそうしていたのかはわからない。最後にはお互い、眠気に負けて一緒に寝てしまったような気がする。
 まだ全てが解決しきったわけでもないのに、私達は今の幸せを享受して、勝手にこの物語を終わらせてしまった。

 ――この続きは、またいつか。
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おまけ「探偵少女のステータス」
 冬木野  - 11/8/8(月) 7:14 -
  
 こうやって服を着るのも、実に二年振りになる。姿見に映った自分の制服姿に、私は懐かしさを感じていた。
 あれから二年。私はずっと別人として生きてきた。本当の自分の事も知らずにのうのうと。それでもこうして本当の自分に立ち戻っても、これが自分なんだと思うことができるのだなと、私は感慨を覚える。
 青春を謳歌するうら若き少女の真似事でもするように、姿見に映る自分をくるりと回転させたりしてみた。ちょっと恥ずかしいだけで、特に大した事はなかった。やれやれ。

「変わってないわね、未咲」
 姿見の端にアンジュさんの姿が映った。
「そう?」
「ええ、変わってないわ。……って、本当に変わってないわね」
 前半は普通に我が子を優しく見守る母親のようだったのに、いきなり顔色と声色が変わった。なんだ急に。
「身長とか、髪の長さも変わってないじゃない。びっくり」
 そういって私の髪やら肩やらをぺたぺたと触り始めた。途中でいきなり私を抱えて「うそ、体重も?」とか抜かしたが、なんで知ってんだ。教えてもなければ抱えられたこともないぞ。
「羨ましいー。いいなぁ、二歳はサバ読めるじゃない」
 つっこめばいいのか、私は。
「まあ、前の服がそのまま着られるのは便利かな」
「良かったわ、服とか全部残しておいて」
 断りも無くアンジュさんはクローゼットの中を開き、中にある服を眺め出した。ちなみにそのクローゼットの中は、学校の制服が大半を占めている。制服と言っても全部バラバラで、同じ学校の制服は二着程度しかない。
 実を言うと、高校までの知識なら小学生くらいの頃にアンジュさんのスピード教育の元で学んだ。情けないことに、成績自体にはそこまで自信はないけど。
 じゃあこれらの制服は何かと言えば、どれもこれも全て変装用に使っている物だ。基本的に身分を明かさずに行動する探偵としては、調査対象付近の地元に馴染む必要がある。未成年の私としては、制服一つ着てしまえば身分くらいは簡単にごまかせるわけだ。同年代の友達の有無までは、残念ながらごまかしようがないけど。

「ところで、今まで仕事に使ってた道具がいくつか見当たらないんだけど……」
「えっ? ああ、ええ」
 急にアンジュさんがしどろもどろな仕草を見せ始めた。
 ひょっとして、ひょっとする。
 冷たい目線でもってじーっと、体に穴でも空けてやるかのように見つめると、アンジュさんは手をパンと合わせて困った笑顔を作り出した。
「失くしちゃった」
 案の定だった。
 とても致命的な事に、アンジュさんは探偵でありながらよく物を失くすという欠点がある。日常で使う物は勿論、業務に必要な道具まで。こんなんでよく探偵やってられるなと常々思う。
「……ワトソン君、キミって奴は……」
 ちなみに私がワトソン君という呼称を使う時は、専らアンジュさんに非難の言葉を浴びせる時だ。
「ごめーんっ。でもほら、また買い直せばいいから。未咲、お金なら沢山あるでしょ?」
 我が子同然の娘相手にこの台詞は酷いと思うのは私だけか。
「ひょっとして私の免許証まで失くしたり」
「してないしてない! それだけは絶対にしてない! 私の財布の中に入れておいてあるから!」
「その財布を失くしたりは」
「今持ってるから! ほらほら、ちゃんとあるから!」
 再発行の手間は省けたようだ。本当に良かった。切実に。
「わかったから、残りの服もスーツケースに入れておいて」
「むー、ほんとに変わってなーい。年上を敬う気持ちがなーいー」
 あなたが年上っぽくないからでしょうが。他の人には普通に接してるのに。というのも、お互いに弱点とかを知り過ぎてるせいだろうけど。
 アンジュさんはぷんすか文句を漏らしながら、クローゼットの中の制服を纏めて手に取った。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 つい先日の事だ。
 大した問題も無く早期に退院することができた私は、まずアンジュさんのいる探偵事務所に戻ってきた。一応保護者に元気な姿を見せてやろうと思って帰ってきたら、まるで親バカみたいに抱きつかれて頭をわしゃわしゃと撫でまくられた。帰るんじゃなかったと思った。
 それから私には、二つの選択肢があった。
 探偵事務所で、探偵業務を再開するか。
 小説事務所で、気軽な生活を続けるか。
 軽く悩みこそしたが、私はすんなりと後者を選んだ。やはりお地蔵よろしくゴーストタウンの守護者をしているよりも、見慣れた顔が多く居る場所の方がいい。この町に未練があるわけでもないし、どちらかと言えばあの街の方に未練がある。
 その旨を伝えると、アンジュさんはあっさりとそれを受け入れ、それじゃあ引っ越しをするぞと言い出した。どうやらアンジュさんも寂れきった町に居続けるのはゴメンだったようで、密かに引っ越し先を探していたらしい。とは言っても、私の居ない間の探偵業務はサボり気味だったらしく金銭面の余裕はそれほどなかったようだが、私に大金があると知ってか知らずか随分と目を輝かせていた。ひでぇ親だ。
 とは言っても流石に急な話ではあるので、しばらくはホテル暮らし。私もチャオの頃に住んでいたアパートを払うことに。ちなみにホテルの宿泊代等は私持ちである。ひでぇ親だ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 早朝に探偵事務所を出発してから数時間、ようやく小説事務所に到着した。
「うんうん、腕は鈍ってない。相変わらず良い運転ね」
「どうも」
 久々に車を運転したが、特に大した問題はなかったようで心底安心した。免許の持ち腐れになっていたらどうしようかと内心焦っていたものだ。
 ともあれ、小説事務所の面々との顔合わせと、必要な物の買い出しに行かなければならない。
「とりあえず、レコーダーと単眼鏡だけ買っておいて。後は自分で買うから」
「別に全部任せてくれてもいいのよ?」
「信用ならない」
「はいはい、悪かったですよーだ」
 子供っぽく悪態をつきながら、空いた運転席に座るアンジュさん。
「じゃ、また後でね」
 さっきは不満そうな顔をしたかと思えば、笑顔でアクセルを吹かして去っていった。コロコロと表情の変わる人だ。


 事務所に入ってまず私を出迎えてくれたのは、受付のリムさんだった。
「あら、ユリさんじゃないですか」
「どうも、お久しぶり……って言うのかな?」
 あれからそれほど経ってはいないのだが、気持ち的にここに来るのは随分と久しい感じがある。
「そうですね、私も同じ感じです」
「そうですか。じゃあ、お久しぶり」
「ええ、お久しぶりです」
「ユリ!」
 和やかな談笑の途中、廊下の向こう側から後ろで手を組んだパウがやってきた。
「もう退院してたんだ。連絡ぐらいしてくれればよかったのに」
「ごめんね、ちょっと引っ越しの準備をしてたからそんな暇なくて」
「引っ越し?」
「うん。探偵事務所を払って、アンジュさんとこっちに」
「そっか。ユリがこっちに残ってくれてボクも嬉しいよ。あ、そうそう」
 途中で会話を区切り、パウが後ろに隠していたそれを取り出した。
「げ」
「はい、新しいの。ちゃんと用意しておいたよ」
 ……それだった。リボン付きの白いカチューシャ型通信機だった。ハゲた親父が内心被りたくないものに似た存在のそれだった。
「えーっと……私の為に、わざわざ?」
「もちろん」
「あー、嬉しいんだけど。リボンはちょっと。ほら、探偵やってる身としてこういう目立つものは」
「あれ、こっちでも探偵業務を続けるつもりなのかい?」
「まーそういう時もあるんじゃないかなって」
 建前だけど。
「そっかぁ。でもそのリボン、いわゆるアンテナだから取り外せないんだよね」
「え、アンテナ? これが?」
「うん。流石に機能性を重視するとアンテナの機能を薄っぺらくて曲がった形状のカチューシャの中に内蔵するのは厳しいんだよね。本体自体を大きくするのはナンセンスだし、こう見えてかなりの妥協策なんだけど」
 てっきりデザイン重視かと思ってました。サイズ的に言えば近年の薄型ケータイよりは大きくないのか、こいつは。
「あー、そう。まあ、どうしてもって時は外してればいいわけだしなー。別にいっかなー」
 口に出すのは躊躇われた。一応これも好意だ。パウにとっても自信作なんだろうし。ああ変なところで良い人ぶってる私もっぺん死ね。
「そうそう、みんな所長室にいるよ。顔を見せにいったらどうだい?」
「そうするね。それじゃ」
 受け取ったカチューシャを装備して、私は階段を上がった。


 まあ、しかし、なんだ。
 玄関は平然と通り抜けたが、この所長室は何かと話が違う。気がする。
 同じように入ってしまえばいいのに、所長室に入るのに随分と躊躇している私がいた。少し緊張しているようだ。
「すー……ふう」
 深呼吸をして、覚悟を決める。前までは高い位置にあった低いドアノブを捻り、ゆっくりと扉を開けた。
「お邪魔しまーす……」
 声は割と弱々しかった。
 まず私が見たのは所長室の隅っこだった。知らない人から見ればただ置いてあるだけの椅子。そこはミキの座る場所だが――やはりいない。ということは、所長専用のデスクにも所長はいないわけだ。私の事は済んだというのに、今はどこで何をしてるんだろう。
 他はほとんどいつも通りだった。来客用ソファを我が物顔で占領しているカズマとヤイバが相も変わらずゲームをしていて、違うことと言えば向かい側にはヒカルとハルミちゃんもいたことだろう。
「ユリ?」
「ユリさん!」
 初めに駆け寄ってきてくれたのは女性陣だった。男性陣二人は私の姿を見るや否や口を開けてしまっている。灰色の方は特に。
「ユリさん、帰ってきてくれたんだぁ」
「ははー、綺麗になって帰ってきたわね」
「えーっと、ありがとう。……それにしても」
 足元の二人をじっと見下ろして、さっきパウやリムさんと会話していた時にも思ったことがポロっと漏れた。
「チャオって、やっぱり小さいね」
 今までは同じ高さの目線で話していたのに、これほどまでに身長差ができてしまうと小動物を相手にしている感じが強まる。
「ふーん、何気に酷いこと言うわねユリ? あたし達も元は立派な人間だったってこと、忘れてないでしょうね?」
「あぁ、そういえばそんな話も――」
「みっ、みーみみみ、未咲、ユリ、さんっ!」
 突然、酷く上擦って裏返った声が飛んできた。見ると何やらソファの上でヤイバがピンと直立して目が泳ぎまくっているではないか。
「お、オレっ! あなたに聞いてほしいことが!」
 あー、そういえばそんな話もあった。聞いてもないのに先が読めてしまった。
「ずっと昔から、あなたのことが好きでした!」
「嘘こけ」
「来る日も来る日もあなたのことだけを考えて大人になりました!」
「嘘こけ」
「お願いします! オレとケッコンをゼンテーにオツキアイを」
「おとといきやがれ」
「ありがとうございます! これでオレも脱非リアげふっ!?」
 蹴ってもいいというお告げが聞こえたので蹴っ飛ばした。ソファの背もたれを綺麗に飛び越して床に落ちるヤイバを見て、カズマは盛大に笑い、ヒカルは笑いを堪え、ハルミちゃんは慌て、私は鼻で笑った。
「一生独身で生きろ」
「ぶはははっ、こんな振られ方、初めて見た、は、はは」
「や、ヤイバさんっ。大丈夫ですかっ」
「ふふふ、案ずることは無い。我々の業界では……ぐふっ」
「ヤイバさーんっ!」
 しかしなんだ、これから所長室に入る度にこんなことを続けなければいけないわけか。今度から所長室に近付くのはやめようかな。

「それで、結局小説事務所には居続けるわけなんだ?」
「まあね。だからアンジュさんと一緒にこっちへお引っ越し。物件見つけるまではホテル暮らしだけど」
「すごーい、優雅ですねー」
 金は私持ちだけどな。余裕があるのは確かだけど、素直に優雅だとか思えない感がある。逆に寒々しくてたまらない。どうしてだろう。
「ホテルで二人……グフフフフぶふぉ!?」
 殴ってもいいというお告げが聞こえたので殴り飛ばした。ハルミちゃんという幼い少女がいる前で妙なことは言わないでもらいたい。
「それでこっちでも探偵業をやるかもしれないから、一応必要な道具の買い出しをするつもりなんだけど」
「わぁ、一緒についてってもいいですか?」
「うん、いいよ」
「はいはい! オレもオレも!」
「失せろ」
「ふふふそんな言葉でオレが止まるとでもぉっ、ああんもっとぉ」
 踏んでもいいというお告げが聞こえたので踏み潰してみたが、こいつは逆効果だったらしい。早々に蹴っ飛ばしておいた。
「……カズマ、そいつのことお願いね。ユリ、一緒に行こ」
「えー? 僕も留守番?」
「他に誰がヤイバを止めるのよ? 少なくともあたしは嫌よ」
「わたしも嫌ですー」
「はいはい……じゃ、行ってらっしゃい」
 渋々ながらも了承し、カズマは留守番兼お守りを引き受けてくれた。所長室を出る際に「待ってくれー! 行かないでくれー!」とかなんとか聞こえた気がしたが、努めて無視して扉を閉めた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 思えば、事務所のみんなと一緒に買い物に行くなんて珍しいことだ。みんながみんな好き勝手に日常を過ごしているものだから、誰かと一緒にどこかへ出かけるなんてことはそうそうしない。
 私達とのお散歩が楽しいのかややはしゃぎ気味のハルミちゃんや、手間の掛かる妹を見守る姉のようなヒカルを見ていると、こういうのも悪くないなと思う。写真に収めたいくらいだ。

「それで、何を買うの?」
「どこか秘密のお店で盗聴器とか買ったりするんですか?」
 途中、二人のどこか期待に溢れた視線を浴びせられ、私はちょっと苦い顔をしてしまう。何やら大層な道具でも使うのだと思われているんだろうか。
「いや、そういうのは買わないかな。折りたたみ傘とか懐中電灯とか」
「え」
「え」
 さぞ地味であろうラインアップを聞いて、二人が呆気に取られたような顔をした。楽しみにしていた誕生日プレゼントがロクなものじゃなかった時の顔のそれと似ている。
「……え、それだけ?」
「うん。レコーダーと単眼鏡も必要なんだけど、それはアンジュさんに任せておいたから」
「なんていうか……軽装ですね」
 重装備の探偵なんてこの世のどこにもいないだろう。いたとしたらそいつは雰囲気を楽しんでいるだけの素人に違いない。
「とりあえず傘と懐中電灯はすぐそこのコンビニで買えるから。さ、行こ」
「あ、はーい……」
 目に見えてテンションの下がった二人が私の後ろをついてくる。勝手に期待されて勝手に期待外れみたいな顔をされても、ねえ?


 かくして、折りたたみ傘と懐中電灯はすぐに買い終わった。
「もうちょっと慎重に選ぶのかと思ったら、凄くあっさり買い終わったわね」
 結局、二人は終始呆気に取られた顔のままだった。楽しみにしていたマジックショーがロクなものじゃなかった時の顔のそれと似ている。
「あの、どういう基準で選んだんですか?」
「小さいものを選んだ」
「え、それだけ?」
「うん。邪魔にならなければならないほどいいの」
「はあ……」
 ……まずいな。これ以上期待外れにさせて空気を悪くするのも良くない。ここは一つ、ちょっと専門的な話をしてやるべきかな。
「でも、探偵がよく選ぶ懐中電灯っていうのもあるんだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。大体の警察はみんな使ってる懐中電灯なんだけど、車で踏んでも壊れないってくらい頑丈なの。だから護身に使われたりするわけ。懐中電灯としてもかなり使い勝手が良いの」
「へぇー。じゃあ、なんでそれを買わないんですか?」
「凶器にもなり得るから、使用しちゃいけませんってところがたまーにあるの。私としてはそういうのはあまりよろしくないかなーって」
「ふーん、ユリって慎重派なのね」
 ううむ、まだ気まずい空気は回避しきれていない。ここはとっておきを見せてやらねばならないだろうか。
「あ、そうだ。二人とも、先にお昼ご飯を食べに行っててくれない?」
「え、なんでですか?」
「いいからいいから。ちょっと一人で寄っていきたいところがあるだけ。すぐに行くから」
「うーん……わかった。じゃあ、この先のファミレスで待ってるから」
 こうして私達は一旦別れることに。
 さて、探偵のちょっとした本気というものを見せてやろうではないか。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 ファミレスに到着したのは、然程時間も経っていない頃だった。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「いえ、待ち合わせがありますので」
 我ながら、少し緊張していた。なるべく表情には出さないようにして、私は店内にいるはずの二人の姿を探した。
 二人は窓際の席を取っていた。腹を決めて近寄ってみる。こちら側を向いていたハルミちゃんが私を見つけるが、さほど気にも留めずに視線を離した。思った以上に効果はあったようだ。
「あの……すみません」
「ん?」
「その、ヒカルさんと、ハルミさん……で、よろしいでしょうか?」
「え? ああ、うん」
 二人とも知らない人に話しかけられていると思って戸惑っているようだ。はてさて、ここまでうまくいくとは思わなかった。
「あの、どちら様ですか?」
「私ですか? その、未咲と申します」
「え?」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした二人が、私の顔を凝視してきた。驚いてる驚いてる。
「え、ユリさんですか?」
「うん」
「え、ええ!?」
 椅子の上で立ち上がって、私の目元口元をじっと見つめてきたヒカル。やがて「あ、ほんとだ」と感嘆の息を漏らした。どうやら成功したようだ。満足気な顔を隠さず、私はハルミちゃんの隣の席に腰を降ろした。
「あの、ユリさん」
「なぁに?」
「それってその、いわゆる変装ですか?」
「そうそう。凄く手軽な変装」
 私の行った変装は実にシンプルなもので、眼鏡を掛けて髪型を二本の三つ編みに変えただけだ。眼鏡は黒縁の伊達眼鏡を使用。そこいらのメガネショップで買ってきたものだ。太い黒縁は眼鏡そのものに印象を集めやすい為、とりあえず身分を隠しておきたい探偵には定番の変装グッズだ。
 大層な事は何もしていないが、少なくとも未咲ユリとしての印象はほとんど消え、立派な文学少女になっていたことだろう。変装の真骨頂は誰かに成り代わることであろうが、自分を隠したいだけならこれだけで十分なのだ。
「すごーい、眼鏡と髪型だけでここまで……」
「裏を返せば、人の人に対する認識力なんてこんなものだってことだけどね」
 ヒカルの隣に座り、眼鏡と三つ編みの装備を外していつもの未咲ユリに戻る。そのギャップに驚いたのか二人は「おおー」と感嘆の声を漏らした。
「他にも、背筋をピンと伸ばしてみたり、猫背になってみたり、手を組んでみたりするのも変装の内。探偵の変装は、与える印象を変えることにあるの」
「へー、ユリもそういうことできるの?」
「うーん、流石にそこまでうまくはないかなぁ」
 もっと言えば、そこまでの変装が必要になった事がないというのが正しいだろうか。制服や髪型を変えるだけで済むケースがあまりにも多かったものだから、そういうスキルを伸ばしてこれなかった。

 ……さて。
 キリもいい頃なので、私は車の運転に続いて二つ目のリハビリの成果を見てみることにした。
 ポケットにしまっていたカメラを取り出し、撮影した写真をざっと眺めてみる。
「ん、何それ?」
「見てみる?」
 ま、成果は他人に見てもらった方が早いだろう。内心得意気になりながらカメラをヒカルに渡してみる。中に残っている写真のデータにどんな反応を示すのかと思うと楽しい。いやはや、私も若いなぁ。……若いんだけどね。
「え、何これ? ええ?」
 予想通り、ヒカルは驚いた。ハルミちゃんも気になって写真を見せてもらい、同じように驚いた。
「ちょっとユリ、こんなのいつ撮ったのよ?」
「そりゃあもちろん」
 言葉は必要なかった。写真が答えになっているから。
 私が撮った写真というのは、ズバリ今日一日に二人と一緒に買い物に行っている途中の写真だ。当然後ろを向いているなんていうお話にならない写真ではなく、横顔だったりこちらを向いているものを。
「ユリさん、いつカメラなんて構えてたんですか?」
「ずっと構えてたよ。ほら、こうしたり、こう構えたり」
 試しに、カメラを取る為のいろんなポーズを見せる。ただの構えではあるのだが、それでも二人は驚いていた。
 その理由は単純なもので、どの構え方もファインダーを覗いていないからだ。探偵が暢気にファインダーを覗く姿を見られては問題だから、ファインダーを使わず、かつ正確な写真を撮らなければならない。
「へぇー、ユリ凄ーい……ん」
 感嘆の息を漏らしながら写真を眺めていたヒカルの手が、そこでピタリと止まった。
 そこからの行動は実に早く、椅子からさっと立ち上がったヒカルは、店員や他の客と華麗にすれ違い、風のように店の外へと飛び出した。

 程無くして、ヒカルは二人の問題児を連れて帰ってきた。
「何故バレたし」
「こっちにはね、優秀な探偵がいるのよ」
 カメラにあったカズマとヤイバの写真を見せつけ、ヒカルは踏ん反り返っていた。褒められてるってことでいいのかな、これ。
「あのー、ヒカルさん。僕はその、ただ付き合わされただけなんで」
「ちゃんと抑えとけって言ったでしょ!」
「ごめんなさい」
「ユリさん、いつ尾行されてるって気付いたんですか?」
「気付いたっていうか、尾行くらいはしてくるかなって予め考えてたっていうか」
「ぎぎぎ! これではストーカーなぞできぬではないか!」
 独房に繋げておいてやろうかこいつ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 昼食を終えた私達(野郎二人を除く)は、その後大した用事もなかったのでちゃっちゃと事務所に帰ってきた。
 みんなへの帰還報告と買い物しか予定のなかった私は、陽も落ちていないのにもう暇になってしまう。特にやる事もなく、結局は前と同じようにソファに座ってやる気無さげに窓の外の青空を眺めていた。若いのがすることじゃないな。実に勿体無い。
「ふつくしい……」
 ヤイバはなんか耳障りなこと言うし。
「窓から差し込む日差しに照らされた俺の嫁……なんて絵になるんだ……ハッ!」
 描写も求めてないし。
「まあ、あんな奴ほっといて。ユリってなんか趣味とかないの?」
「趣味?」
 そういえば、そんな話はしたことがなかったな。ここで働き始めた頃は我ながらドライだった節もあるし、慣れ始めた後も所長室でボーっとするかパウの研究室で本を読んでいるかだけで、誰かとそんな他愛の無い話をする機会を作っていなかった。
「趣味ねぇ」
「ほら、普段からやってることとか、いつもどうやって暇潰してるとか」
「うーん、読書?」
 未咲時代の暮らしを思い出してみても、仕事をしている時と本を読んでいる時の場景くらいしか思い出せなかった。
「じゃあ、パウさんから何か借りてくればいいじゃないですか」
「でもライトノベルとかばっかりなんだよね」
「嫌いなの?」
「言うほどじゃないけど、ちょっとね」
 ライトノベルに限らず、物語関係の本は読み終えた時にいろいろと考えてしまうのだ。私の場合はそれがずっと後を引いてしまって、あまり好ましくない。
「じゃあ、他には?」
「……無いかも」
 聞いた方がうーんと唸って首を傾げてしまった。
「ユリってさ、なんていうか――いや、なんでもない」
 別に言っちゃって構わないんだけどな。面白みがないとか、つまんなくないのとか。
「そうだ、ユリさん料理はしてませんか?」
 ぽんと手を叩いて、ハルミちゃんが話題を膨らませ始める。気を遣ってくれているのだろう。
「ううん。普段からアンジュさんが作ってるし」
 当の本人が「これが私の生き様よ!」とかなんとか言って台所を明け渡さないし。探偵業への情熱はさらさら無いのだろう。じゃあなんで探偵なんかやってたんだか。
「だったら一緒にやってみませんか? 楽しいですよ!」
「うーん、時間があったらね」
 腐るほどあっても多分やりそうにないけど。
「で、ヒカルは普段何をしてるの?」
 ここまで根掘り葉掘り(というほどでもないが)聞かれたのだから、逆に聞き返してみる。ヒカルは少し悩んでから答えた。
「私も今は料理くらいしかしてないかな」
「今は?」
「昔はね――人間の頃の事だけど、剣道やってたの。家が道場だったから」
 なかなか意外な話が飛び出してきた。こうも身近に実家が普通とは異なる人物がいると興味をそそられるものがある。
「ヤイバ、知ってる? 剣道やってる人間がどれだけ握力が強いのか」
「ほお、どれくらいだ?」
「少なくとも僕はヒカルが腕相撲で負けたとこを見た事がない」
「なるほど、ヒカル印のハリセンが良い音出すわけだあうち」
 わざわざ実例を見せてくれだ。確かに良い音をしている。
「ったく……始めたばかりの頃は乗り気じゃなかったんだけど、お父さんがとにかくおだててきたのよね。お前には他の奴にはない特別な力があるー、とかいって」
「へえ、特別な力ね。そんなに剣道やらせたかったのかな」
「さあね。中学に上がる頃にも聞いてみたんだけど、ずっと同じ事言うのよね。人知を超えた力だとか、霊的染みた素質があるとか。聞くだけ無駄だって悟ってからは、不必要に話しかけることもしなくなっちゃった。一種の反抗期かしら」
「ふーん」
 人知だの霊的だの、確かに並々ならぬ事を言う。チャオの姿しか知らない私が言うのもなんだが、ヒカルがそこまで異常な存在には思えない。至って普通の女の子だと思うのだが。

「ん」
 ヒカルに関する奇妙な事を思い出したのはその時だった。
 確か、フロウル・ミルの素性を探る為に一同が所長室に集まった時の事だ。あの時、ヒカルは偶然私と同じ可能性に辿り着き、見事にフロウルの僅かな手がかりに辿り着いた。にも関わらず、当のヒカルは釈然としない顔をしていた。
 あの時はただの偶然かなと思って片付けてしまったのだが、ヒカルのお父さんの言う霊的な力というのは、ひょっとしてダイレクトに霊感の事を言っていたのではないだろうか?
「あの、ヒカルってさ」
「なに?」
 聞こうと思って、その言葉はすぐに萎んでしまった。
 何を考えてるんだ。ヒカルと言えば――まあ、カズマから聞いたことしかないのだが、幽霊だの心霊現象だのが苦手だ。わざわざ親しい人物の心を突っつくような物言いは控えるべきだろう。
「あー、なんでもない」
「そう?」
 気になる所ではあるが、深追いは禁物だ。
 しかし、未だによくわからないものだ。自分が幽霊だった記憶が本物だったのかどうか。時間が経つにつれて、少しずつどうでもよくなっていって、やがては夢だったのかなと思うようになるんだろう。
 まあ、それでも悪くないのかな。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 その後、他愛も無い話で夕方まで時間を潰して事務所を出た私は、あらかじめアンジュさんから貰っておいたメモを頼りにホテルへとやってきた。着いた頃には既に夜になっていた。
 なんの嫌がらせか、ホテルというのはステーションスクエアの中では一、二を争う有名なシティホテルだった。一抹の不安を覚えながら恐る恐る受付嬢にアンジェリーナ氏の宿泊している部屋を尋ねてみたところ、流石にスイートルームを選んだりはしていなかったようだ。あいつならやりかねないと内心ハラハラものだった私は、思わず深い溜め息を漏らしたものだ。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、アンジュさんのいる部屋の階層まで向かうべくエレベーターを待つ――つもりだったのだが、二つあったエレベーターのどちらもが、運の悪い事に上へと昇り始めてしまった。一度死のうがなんだろうが昇降機の好感度は変わらないらしい。慣れたものだと自分に言い聞かせ、エスカレーターを利用することにした。あってよかった。階段じゃなくて良かった。
 様々な人の顔触れを何気無く視線に映しながら、上へ上へと上がっていく。目的の階につく頃には、主に宿泊の為の客室のエリアになっているせいか人の姿はあまりなかった。この辺りからはエスカレーターはないようで、仕方なく階段を使ってようやく部屋の前までやってきた。
 まずは軽くノック。
「ふぁああ、あいてますよぉ〜?」
 ……悲しいかな、聞き慣れない口調の女性の声に聞き慣れている私がいた。意を決して開けてみたが、そこにいたのは間違いなくアンジェリーナ・ワトソンその人で、どうやら部屋を間違えたわけではないらしい。何か間違っているのは、ベッドに倒れ込んでムカつくほど幸せな顔をしているアンジュさんの方だった。
「……酔ってやがる」
「なぁうー、ねてるだけぇ」
 とかなんとか抜かしてるが、物証としてお酒らしきビンがテーブルの上に置いてあった。
 別にアンジュさんは酷い悪酔いをするわけじゃない。酒に弱いのは確かだが、何かアクションを起こすでも無くすぐに眠くなってしまう。それだけなら良いのだが、次の日の二日酔いによる弱りっぷりが半端ではなく、絶え間無く「みさきー、みさきー」とオウムみたいにうるさい。だから飲酒は控えさせているのだが、たまに目を離すとこれだ。私のいなかった二年は大丈夫だっただろうか。
「ああもう、おつまみ無しに飲むから」
 私自身は当然酒を飲んだことはないが、アンジュさんがこんなもんだから悪酔いしない方法というものは一応頭に入れている。何やら胃が空の状態だとアルコールの吸収が早くなって分解が間に合わない、とかなんとか。ロクに腹も満たしていない状態での飲酒はよろしくないらしい。
「わかったぁ、あしたからやるってばぁ」
 なんの話だ。アルコール対策か。明日も飲もうって言うのか。
 呆れてものも言えなくなった私は、ベッドに腰掛けて部屋を見回す。そして重大な事実に気付き、頭を抱えた。
「この部屋、ダブルじゃねえか……」
 二人用のベッドが一つだけ置かれたこの部屋は、間違いなくツインルームではなかった。ここはダブルルームだ。
 なんてこった。今晩私は酒臭いワトソン君と同じベッドで寝なきゃいけないのか。今後絶対酒は飲ませねえ。
「みさきー、いっしょにねよぉよー」
「いえ、私はあそこのソファで寝ますので一人でごゆっくり」
「やーだー、いっしょにねたーいー」
「ええい放せ、私は未成年として酒とは臭いすら無縁でありたいんだっ」
「うふふー、これはぁ、おさけじゃなくてぇ、わたしのにおいー」
 もうおしまいだこの人。


 結局、数分もしないうちにアンジュさんは眠ってしまい、部屋は暗く静まり返っていた。
 そんな中で私は、事務所にいる時と同じようにソファで寝転がっていた。特に何もしていない。ソファの前にはテーブルを挟んでテレビが置いてあるが、リモコンに触ってすらいない。
 ただ、ずっと考え事をしているだけだった。ズバリ、今後の事だ。
 とは言っても、それほど漠然としたことではない。今後私は小説事務所でどのように過ごしていこうか、ということだ。
 今日買ってきた折り畳み傘と懐中電灯、眼鏡にカメラ、アンジュさんが用意してくれておいたレコーダーや単眼鏡を眺めながら物思いに耽る。
 結局私は、探偵としての活動を続けるのだろうか?
 もちろん必要となった時は探偵の未咲として活動するのだろう。それが私の取り柄だし、私の手馴れた仕事なのだから。
 ただ、私の頭の中ではある言葉が反芻していた。

 ――やっぱり、探偵なんてするべきじゃないのよ。

 ベッドの中のアンジュさんは、やはり静かに寝入っている。
 今こうして再び会ってみても、アンジュさんは何も変わっていない。私の前でのみ大人であることを忘れ、ただひたすらに子供っぽい人。そんなアンジュさんが言ったからこそ、ただひたすらに彼女の言葉が気になって仕方なかった。

 ――あなたは人の身でありながら死神になったの。

「死神、か」
 死人になった覚えはある。知っているのは私を含めた僅かな人物のみ。そんな私が、先ず死神であった。アンジュさんはそう言ったわけだ。

 ――死神にだって牙を剥くのよ。

 或いは、牙を向けられた結果死人になったのだろうか?
 今一度、私がフロウルに手を掛けられた理由を再考した。今度は私が未咲であった頃、何をしていたかを前提にして。
 二年前――私がいなくなる前までの事。確か私は、ある人物の素性調査を終わらせた後だった。その後、私はある考えに思い至って独自に調査を再開した。
 そう、フロウルに狙われるだけの理由はあったのだ。私はその時、とある裏組織に探りを入れていた。件の掲示板にいたユーザーが好き勝手に想像した動機は半ば正解だったわけだ。
 だが、あくまで半ばである。残念なことに、私は大したことは何も掴んでいなかった。そのはずだ。それなのに、いつかに顔を合わせたらしいフロウルに目をつけられ――ということになる。唯一妙な点があるとすれば、私は殺されてはいなかったということだ。
 それとも、実験台にでもされたのだろうか? 噂のプロトタイプの持つ性能の程を私で試した、とか。ある意味、それがしっくりくる理由でもあるのだが……まあ、考えてもよくわからないな、これは。

 ――最初は確かな幸せを信じて集った人達なの。

 或いは、乱してはならない領域に踏み込んだ私への制裁だったのだろうか?
 しかし、少なくとも私の知る裏組織と言えば、悪の組織と呼んで差し支えないに違いない。チャオ関係の裏組織と言えば、いつかのGUNとの合同作戦時に相対したのが一番記憶に新しいだろうか。あの時に話した敵陣のチャオは、ただただ自分の種族が食物連鎖の頂点であるとか抜かしていただけだ。あれが確かな幸せを信じた人だったというのは想像に難い。

 ――あなたが相手にした人々も今でこそ歪んでいるのだろうけど――

 それとも、歪みに歪んだ結果があれなのか。
「やれやれ」
 ここまで考えると、そろそろうんざりしてくる。敵対する相手のことを考え出すというのは良い事なのだろうが、良い結果を生み出すことは稀だ。
 同情というのは、つまるところそういう事だ。一種の偽善であり、自己満足。中途半端な答えを出すのは良くない。私には、今の裏組織達の目的なんてわからない。


 ――今必死に裏組織の科学者達がやってる事って、なんなんだろうね?

 ふと、私の頭の中にフロウルの言葉が割り込んできた。

 ――50年前にジェラルドさんが求めてた答えが、こんな形で見つかっちゃうんだもんね。

「……ジェラルド……ね」
 プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックのことだろう。
 特に詳しいわけではない。過去にこの地球を滅ぼそうとコロニー落としを図った、くらいにしか知らない。あれこそ同情し難い話だ。事情を知らな過ぎる、というのが大本の理由だが。
 彼も、本当に確かな幸せを信じた一人だったというのだろうか?


「……はあ」
 どっぷりと思考に浸かり終えて、ふともう一度アンジュさんの方を見た。やっぱり、静かに寝ている。
 私は今でも探偵のつもりだ。気になることがあるのなら、調べてしまえばいい。裏組織、ジェラルド、それらに確かな幸せが存在したのか。自らの手で突き止めればいい。
 私が探偵を続けるのかについては、それから考えても遅くないだろう。
「おやすみ」
 聞いてはいないだろうけど、そんな言葉を投げかけてから、私も眠りに沈んだ。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.0; SLCC2;...@p2102-ipbf1605souka.saitama.ocn.ne.jp>

後書きは一作品につき一個って相場が決まってんのよ
 冬木野  - 11/8/8(月) 7:47 -
  
\おまけがなげぇ/

気合の入れ所を間違えた、作者の冬木野です。
前編の「Repeatを欠けろ」と合わせると結構な長さですが、わざわざ読んでくれた方はありがとうございました。
前もって前編を読んでくださった方には申し訳ありませんでしたと言っておきます。割とちんたらやっていたせいで二、三ヶ月くらい間が空いちゃったもんですから。何をやってたかっていうと……なんつーかその、ハムハムしてました。意味がわからない? それは結構なことです。そのままのあなたでいてください。


さて、ご大層なお話でもなんでもない(と思う)今回のお話は、わざわざ前後編に分かれて執筆しました。というのも、前編の区切りとして起こったユリちゃんのあれまで執筆を終えた途端に「もういいや」って気になって衝動に任せて掲載したわけです。なんかいい感じにこの先どうなるのって風になるから問題ないよねと思いながら。
本音を言うと短く書きたかったというか、もう少し手早く簡単に仕上げたかったですね。それを言ってしまうと全部月刊単位で一本書けるくらいになりたいのですが。それくらい文才があればこんなところにいないよっ。

それと、この作品を書いてようやくこのシリーズの大方針が決まりました。
このシリーズの大方針が決まりました。
このシリーズの大方針が決まりました。
……いや、自分でも何言ってんだって思ってマスヨ? 唐突に読まれちゃいないシリーズ再開させといて、お前何も考えてなかったのか、とかなんとか。
ただ、当初考えていたことは「未消化のままのこの物語を終わらせよう」としか考えておらんかったのです。そして気の赴くままに話を書いていって、前回の「開かずの心で笑う君」を終わらせて今回の執筆に入った時、ふと思ったのです。

 ――これ、どうやって終わらせればいいんだろう――

一応ユリの話は書こうと思ってたので執筆のスタートは問題無かったのですが、書いている間はずっとそんなことが頭の中で渦巻いてました。自分にも実生活の都合がある。そう長くはここで小説なんか書いていられないだろうと。
そんな悩みは後編の終盤までずっと続いたのですが、その悩みは自分で考えたあやつの言葉で解決しました。

『50年前にジェラルドさんが求めてた答えが、こんな形で見つかっちゃうんだもんね。今必死に裏組織の科学者達がやってる事ってなんなんだろうね?』

この言葉を聞いた時、瞬時にこの物語のあやふやだったテーマが固まってくれました。
いや、ぶっちゃけどういう意味だよ? とは思われるのでしょうが、まあそこはわからないままでいてくださいよ。そのうち頑張りますから。ええ。


さて、ここまでやってきたからには次の話も何をするか決まったようなものです。本編でも投げっ放しの伏線がいくつか残ってるわけですので、それの消化とかもしなければなりません。
ただ、次回作はいつ頃になるか決めていません。とか言うといつものことなんですが(どうせそう読まれてないんだし)、実は二通り考えております。
このまますぐに書き上げるか、それとも無理せず来年までのんびりやるか。
というのも、実は偶然聖誕祭のネタを思いついたのですが、それを書き上げる為に本編のストーリーを進めなければいけないのです。
つまり、本編を一つと聖誕祭用の小説を一つ。猶予は今現在から数えて四ヶ月と二週間程。今までの自分の執筆ペースからすると、ちょっとキツいかなーと。そもそも聖誕祭用にしなくったって構わないとちゃうん? とか自分でも思ってるんですが、とにかく悶々してます。どうしようかしら。

何はともあれ、次はいつになるかわかりません。約二ヶ月以内か、それとも来年かという極端な感じになると思います。期待されてるわけじゃないから来年かな、と。
そういうわけで、この作品を読んでくださってありがとうございました。また次の機会もよろしくおねがいします。冬木野でしたー。
引用なし
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