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週刊チャオ鍛錬室 ろっど 11/4/23(土) 4:16

『生存報告』 冬木野 11/4/28(木) 3:33

『生存報告』
 冬木野  - 11/4/28(木) 3:33 -
  
 12月30日。
 ようやくホワイトクリスマスを迎えることのできた今年。これはきっと、神様からの餞別なんだろうか。
「……寒いな」
 今日も、雪は降り積もっている。12月に入り始めてからずっと。
 孤独に凍える昼下がり、学校の屋上にて。外の道路を見ると、4匹のチャオが見えた。休日に公園へ遊びにいく子供のようにはしゃいでいる。
「誰だろうな、あれ」
 最近チャオを見る度に思う疑問がこれだ。いつの日か会わなくなったあの人や、昨日まで顔見知りでいたあの人の姿を、見かけるチャオに重ねる。無駄な事だとは、もちろんわかっているつもりで。
 それでも、そうでもしていないと、孤独で凍えてしまいそうになる。

 ふと、屋上のフェンスに体を預けてたそがれている僕のズボンを誰かが引っ張った。
 振り返ってみると、予想通りというかコドモチャオだった。もう見飽きた姿なだけに溜め息ばかりが出てくる。
「なんだい?」
 何気なく声をかけてみても、僕にはわからない言葉と、ジェスチャーが返ってくるだけ。それでもなんとか意味を汲み取ってみる。
 ……下に……誰かが、来ている、かな。
「自分でこっちに来ればいいのに」
 なんとなくそんな愚痴を漏らすと、それに答えるように屋上のドアが開いた。そこには僕の見知った姿があった。
「ゆうき!」
「くるみ、来てたんだ」
 よく知っている幼馴染の顔は、今月に入ってから悲壮感に彩られたような印象が強くなった気がする。ちょっと不謹慎かな。
「ゆうき、私の弟がどこに行ったか知らない? ねえ!」
「起きたらいなくなってたのかい?」
「う、うん……ねえゆうき、一緒に探して。多分まだどこかに」
「ねえ」
 捲し立てるくるみの言葉を遮り、僕はチャオの元へ近寄ってしゃがみ込んだ。目線を大体同じ高さにして話しかける。
「きみ、くるみの弟のこと、何か知らないかな」
 無論、何も喋らない。
 ただチャオは、徐にくるみの顔を見た。その動作だけでこの子が何を言わんとしているか、僕達は理解してしまった。
「……うそ」
 くるみはその場にへたり込んでしまった。チャオはそんなくるみの元へと駆け寄り、身を寄せてきた。くるみはそのチャオの頭を力無く撫でてやる。
「……ゆうき」
「なんだい?」
「ゆうきのご両親は? 今、どこにいるの?」
「さあ。出かける時、庭に2匹のチャオと会ったけど。いやに僕の身嗜みを気にしてたから、ひょっとするね」
「……そっか」
 それだけで意味を察したようで、くるみは口を閉ざした。

 何気なく、遠くを見渡す。一面の銀世界――というよりも、今の僕達には銀よりも灰色に見えるこの世界。ここから見える校庭には、沢山のチャオ達が駆け回っていた。そこに人間の姿はない。
 まるで、世界中に人間は、僕とくるみしかいないように見えた。ひょっとしたら、本当にそうなのかもしれない。


____


 その日の夜。家にいてもやることが無いと思った僕は、日が暮れてからもずっと学校にいた。
 別に学校にいたってやることなんかそうそうないわけだが――なんとなく、コンピュータ室にこもってあるサイトを見ていた。そのサイトの名前は実に単純明快。

『生存報告BBS』

 どういうサイトかは、特に説明するまでもない。呼んで字の如く、生存報告をする為の掲示板だ。僕はそこの掲示板に、前と同じような書き込みを繰り返した。

『○○県の中学生Yです。今日も生き残る事ができました』

 そんな単純な書き込みが、ここを見ているみんなの希望になります。掲示板の説明には、そんな事が書かれていた。だから、この掲示板が作られた時はうんざりするほどの書き込みがあったものだ。
 でも、それから数分経って返ってきた書き込みは、たったの一つだった。

『○○県中学、Kです。弟がチャオになってしまいました。家族内で残っているのは私のみです』

「……くるみ」
 この書き込みは、くるみ以外には考えられなかった。同じ境遇の人物という偶然の可能性すら、僕の中からは消え失せていた。


 今月に入った時、ある胡散臭い雑誌に妙な記事が掲載された。
 どこの誰だかは知らないが、未来予知能力を持っていると言う人物の言葉と、それについて編集部で考察したという記事だ。
 その人は、こんな未来を予知したという。
「聖誕祭から今年の終末にかけて、全人類は新しい生命に成り代わる」
 当時、こんな馬鹿げた予言が本当の事だと誰が想像しただろうか?
 ……聖誕祭の翌日、祖母から電話で連絡があった。祖父が姿を消して、代わりにチャオがいたという。
 新しい生命――即ち、チャオ。1月になるまでに、全人類はチャオに変わってしまうという。
 当然、どこの国の政府も対策なんて立てるわけなかったし、立てることもできなかった。ありえないのと、わからないという、実に簡単で絶対的な壁があったから。
 聖誕祭の12月23日から7日経った今日、少なくともこの町では僕とくるみ以外の人間は見かけなくなった。掲示板の生存報告だけではわからないが、少なくともこの国の8割以上の人間はチャオになってしまったのではないか……と、強ち否定できない予想を打ち立てていた。


「…………」
 もうそろそろ、今年も終わりが近い。
『Kさん、明日学校で会えないでしょうか?』
 画面の向こう側のKさんがくるみであると決め付けて、話を持ちかけてみた。ここはひとつ、別人であってほしいものだが……。
『わかりました。何時に会いましょうか?』
 ……どうやら淡い期待だったようだ。向こうも僕の事を知り合いだと思って話している。
『今、学校のコンピュータ室にいます。好きな時間に来てください』
『すぐに行きます』
「えっ」
 こんな真夜中に?
『今から?』
 ……返事は無かった。もう、パソコンから離れてしまったのだろう。
「やれやれ」
 何か言われそうだなと、くるみの来訪に些かの不安を覚えた。


____


「ゆうき!」
「あ、くるみ」
「なんで学校にいるの!」
「別に、大した理由はないけど」
「じゃあ大人しく家にっ」
「家にいる理由もないし」
「だからって……あーっ!」
 もう反論の言葉が無くなってしまったらしい。女の子の身分で頭をガリガリと掻き始めてしまった。髪は大切にするものだろう。
 と、くるみの後ろにコドモチャオが一匹いるのに気付いた。
「くるみ、その子は?」
「え? ああ、屋上のあの子。弟……だと思う」
 やっぱり。あのまま連れて帰っていたようだ。
「お姉ちゃんが、自分の弟の事がわからないなんてね」
「だって、しょうがないじゃ――」
 言い返そうとしたその言葉の勢いは、呆気なく失われてしまう。見るとくるみは俯いて溜め息を吐いている。
「……ほんとだよね」
「くるみ?」
「自分の弟がチャオになったってだけなのに、この子が弟なのかどうかわかんないだなんて。姉として情けないと思う」
 ……冗談が過ぎたみたいだ。ここまで落ち込ませてしまうだなんて。状況が状況なのに、軽率な発言をしてしまった。
「じゃあ、なんでその子と一緒にいるの?」
「この子が自分の弟であってほしいってだけ。もし違ってたら笑えないんだけどね」
「信じてあげようよ。お姉ちゃんなんだろ?」
「うん。ありがと」


 それから僕達は、晩御飯と称してコンビニのパンやおにぎりを食べ始めた。店員のいない店から適当に見繕ってきたものだ。そんな僕達の不正を止める店員や警察は、もちろんいない。
「……で、どうするの?」
「ん、何が?」
 突然に話を切り出したくるみ。言葉の意味がよくわからないままに聞き返してみると、くるみは呆れたような顔をした。
「何がって……ゆうきが私を呼んだんじゃない。何か用があったんじゃないの?」
「ああ、忘れてた」
「忘れ……もう、本当にゆうきって考え無しね」
 よく言われる台詞だ。そこまで天然なつもりはないんだけど。
「でも、今さらする事なんてないんだよね。やり残した事とか、そうそう思いつくもんじゃないし」
 いわゆる、明日世界が滅亡するのならという奴だ。曰く、おいしいものを食べまくる、遠いところへ旅行しにいく、エトセトラ。普段ならできない事を、我を忘れてやる。
 ……それなら、僕達もそうしてみようか?
「どこか、でかけてみないか?」
「でかけるって、どこに?」
「普段の僕達には行けない所だよ。どこかの施設に無断で入るとかさ」
「…………」
 睨まれてしまった。
「えっと、本音は人間探しだよ。遠いところまで行ってみれば、ひょっとして誰か見つかるんじゃないかって。それに」
「それに?」
「気になるんだ。人間がどうしてチャオになってしまったのか。例の預言者の住んでいた場所に行って手掛かりを見つけてみたいし」
 うーん、我ながらよくできた言い訳だ。全部その場凌ぎの建前である。本音は勿論、好奇心を満たす為でしかない。
「その預言者って、どこに住んでるのかわかるの?」
「ちゃんと調べたよ。東京にいたみたいだね」
「東京って……12月は明日でもう終わりだよ? たった1日でどうやって」
「車やバイクでも使えばいいじゃないか」
「運転できるの?」
「将来免許を取ろうと思って、運転の仕方だけは自分で勉強したから。交通法までは覚えきってないけど、今は問題ないでしょ」
 流石に呆れを通り越したか、くるみは何故かうんうんと頷きだした。どういった意味で受け取ればいいのかよくわからないけど、オッケーってことでいいのかな。
「じゃあ、車にしよ。この子も一緒に連れて行きたいから」
 そう言ってくるみは隣でやきそばパンを頬張っていたチャオを抱き上げた。条件反射なのか、ポヨをハートマークにして喜んでいる。
「わかった。車は僕の父さんのを使おう。出発は明日起きてすぐで」
「ガソリンは大丈夫?」
「ちゃんと入ってるはずだよ。足りなくなったら現地調達」
「犯罪者」
「法を振りかざしても、今は裁く人がいないよ」
「私がそのうち裁いてやる」
「おお、怖い怖い」

 そのまま他愛のない会話で眠気を誘い、僕達はそのまま学校で眠ることにした。


____


「……ゆうき」
「なんだい?」
「学校って、居眠りのホットスポットだけどさ」
「そうだね」
「就寝するのには全然向かないね」
「基本、布団なんかないからね」
「……本当にどうして学校にいたの?」
「さあね」
 朝っぱらからくるみに恨めしい視線をもらうことと相成ってしまった。おかげさまで体の節々が痛い。
 そういうわけで、12月31日。宿題を終わらせていない夏休みの終わりに似た緊張感も皆無な僕達の終末の日を迎えた。今日も雪だ。
 学校から帰る途中で寄ったコンビニで必要な食料を調達し、僕の家へ。父さんの部屋から車のキーを失敬し、僕達は車に乗り込んだ。運転席に僕、助手席にくるみ、後部座席にチャオ。僕の親らしきチャオの姿は家にはなかった。どこへ行ってしまったのか。
「それにしても、ゆうきのお父さんって凄い車持ってるんだね。スポーツカーって奴?」
「ラリーカーだよ。母さんにはお金の無駄遣いだって怒られてたけどね」
 キーを差し込んで捻り、甲高いエンジン音を響かせる。ギアはまだニュートラルにしたままアクセルを踏んでみると、その分の強さで車が唸る。これは病みつきになりそうだ。
「……親子」
「え?」
「顔に出てるよ。楽しいって」
「あはは」
 僕は苦笑いをしながら、クラッチペダルを踏んでギアを一速に入れた。サイドブレーキを下ろし、ゆっくりとアクセルを踏み込む。壁にぶつからないように細心の注意を払いながらハンドルを回す。一足先に心臓の鼓動が加速している。
 そうやってなんとか車庫から道路へと車を出して、一旦ブレーキを踏んで一息ついた。
「運転って楽じゃないね」
「言い出しっぺなんだから、ちゃんと頑張ってよね」
 当のくるみはと言うと、備え付けのカーナビを慣れた手つきでいじっていた。
「何してるの?」
「東京行くんでしょ? ちょっと設定をね……はい、できた」
「ありがと」
 ナビに表示された道順を横目で見ながら、僕は再びアクセルをゆっくりと踏み込んだ。


____


 それからどれくらいか経ってなんとか高速道路までやってきた僕は、直線的な道路を目の当たりにしてようやく肩肘を張っていた感覚から抜け出せた。
「やっとまっすぐな道路だ……」
「ゆうき、大丈夫?」
「なんとかね。まさか初ドライブが雪掻きもしていない道路の上になるとは思ってなかったけど。前もってタイヤを履き替えてくれててよかったよ」
 もしこれで他の車も走っていたとしたら、間違いなく高速道路に来る前に警察か病院に御厄介になってたろう。
 料金所を当たり前のように通り過ぎて、広くて緩やかにしか曲がらない高速道路に僕の心も幾分か開放感に包まれた感覚を覚える。
「今日の高速道路はUターンだってできるぞ」
「スリップの間違いじゃないの、それ」
 的確な注意を受け、改めてハンドルを握り直す。と言っても、今の高速道路に障害物なんか毛ほども――と、そう思った矢先だった。
「あれ……」
 高速道路の上に、僕達の乗っているもの以外の車を見つけた。と言っても、走っているわけではない。……見かけるほぼ全ての車が、ガードレールに突っ込んでいた。
「きっと、運転中にチャオになっちゃったんだな」
「お気の毒……」
 そう言ってくるみは一人黙祷を捧げ始めた。ふとバックミラーで後部座席を見ると、チャオが興味深そうに窓の外を流れる景色を眺めてはきゃっきゃとはしゃいでいた。この差と来たら……思わず溜め息が漏れた。

「それにしても、さ」
「ん?」
 さっきから窓の外――というよりも、ガードレールばかりを眺めているくるみが何気なく口を開いた。
「いないね、人間」
「高速に乗る前なら、道端にチャオはいたんだけどね。ここには流石にいないみたいだ」
 おかげさまで、必要以上に神経をすり減らしながら運転するハメになったんだけど。
「やっぱり、もういないのかなぁ。私達以外の人間」
「この世界には、僕達二人しかいないってことだね」
「うん……」
 そして、最後の僕達ですら消えてしまうのだろう。この世から人類は消え去り、全ては新生命に成り代わる。
 ――どうしてそうなってしまうのだろう? 僕達にはその理由を知る事はできるのだろうか? 今はまだ、何もわからないけど。
「って、バカぁっ!」
「えっ?」
 突然、くるみが凄い剣幕でこっちを向いた。一瞬スリップしてしまいそうになるのをなんとか堪える。
「ゆうきったら、なんてとんでもないこと言ってるの!?」
「え? え? 僕、何かおかしなこと言った?」
「言った!」
「な、なんて?」
「なんてって……い、言えるわけないじゃないっ」
「はあ?」
「もうっ、この考え無し! いいから運転! 事故るでしょ!」
 事故るも何も、いきなり怒鳴られるのが事故の元になりそうだったんだけど。
 結局、それっきりくるみはずっとそっぽを向いたままだった。顔が赤いのが少し気になったが、理由は聞けそうにない。


____


 高速道路を抜けた後、それなりに広い首都圏の道路を闊歩して見つけたのは、ある商店街の一角だった。空模様のせいかもしれないが、心なしか暗い印象がある。
「……家なんてどこにもないよ?」
 くるみの言うとおり、ここは少なくとも住宅街でないことは確かだ。しかし……。
「アパートもマンションもないんなら、家代わりにするところは沢山あるんじゃないかな」
 エンジンを止めてキーを抜き、運転席を降りた。くるみも車を降り、後部座席のチャオを抱えて僕の後につく。
「ねぇ、そもそもどうやって預言者さんの住所を調べたの?」
「件の預言者は過去に本を出版したみたいなんだ。委託出版にしようとしたんだけど、どこの出版社も首を横に振ったから自費出版にしたらしいけど。それで奇跡的にそこそこ名が売れたみたい」
「それで?」
「ホームページを作ってメールアドレスや住所、郵便番号を公開して、お便りを募ったりしたってわけ」
「その住所がここの事?」
「ううん、住所は別の所なんだ」
「ええ?」
 くるみが首を傾げる。それを見たチャオが、くるみと同じように首を傾げてポヨを疑問符に変えた。僕の言ってる言葉の意味がわかっているのか、それともただの真似っこか。
「郵便番号で住所検索をかけてみると、何故かこの辺りがヒットするんだ」
「どうして?」
「さあね。それをこれから調べるんだ」
 とは言ったものの、僕が知ってるのは大まかな位置だけだ。この辺り一帯を虱潰しに探すのは少し骨が折れそうだ。
 ……と、周囲の建物を見回しているとくるみがポカンとした表情で僕を見つめているのに気付いた。
「どうかした?」
「……あ、その。ゆうきって凄いなぁって」
「凄いって、何が?」
「だって、まるで探偵みたいなんだもん。そんな事を調べてるなんて」
「ああ、それなら僕が調べたわけじゃないよ。預言者の事をネットで調べたら、とっくにどこかの掲示板でその事に気付いた人が書き込みしてたんだ。その人も真相を暴く前にチャオになっちゃったんだろうけど」
「あ、なんだぁ。そうだよね、ゆうきみたいなのがそんな事に気付くわけないよね」
「……僕だって一応傷付くからね」
「あっ、ごめん。そういうつもりじゃ……ちょっとゆうき、待ってよ!」
 くるみの制止の声も無視して、僕はさっさと歩き出した。……さっき訳もわからずに怒鳴りつけたお返しなのはバレてないだろうな。


 その後、僕達がやってきたのはとある本屋さん――と、酒場。その間の路地裏。
「……なんでここなの?」
「勘」
「はあ?」
「自分の本が出されているであろう場所と、誰かと話す為の場がある都合の良い場所。路地裏なのは、人目を気にして隠れてるとか」
「預言者さん、怪しい人前提なんだね」
「これで怪しくなかったら、正真正銘の預言者でしかないからね」
 果たして、僕達はあたりかはずれか酒場に面した側の方の建物に扉を見つけた。それは地下への階段の場所に。
「如何にも、って感じ」
「ははあ、まさか本当にあるとは」
「え、何? あてずっぽう?」
「うん」
「……考え無し」
 考えも何も、普通あるわけないじゃないか。ご都合主義の領域だぞ。

 中に入ってみると、そこは1LDKの小さな部屋だった。安いアパートのようなもので、電気は点けておらずに真っ暗だ。というより……。
「電気そのものがない、か」
 天井を見上げてみると、不思議な事にそもそもの照明器具が無かった。わざわざ取り外しているとは、いったいどういう事だろう?
 ただ、唯一明かりを点けていたものが一つあった。
「……パソコンだね」
「うん」
 極普通のノートパソコンだ。部屋の中央のちゃぶ台に置きっ放しにしてあり、画面は光を放っている。
 調べてみようと足を一歩踏み出した時、何かを踏んだ。気になって調べてみると、それは一冊の本だった。
「なにそれ?」
「暗くてよく見えないけど、えーと……フウライボウと、不思議な……」
「あ、それ知ってる! 有名だよね!」
「うん、僕も知ってるよ。チャオ関係の本、か」
 他にも本がないか、手探りで床を探す。するとちゃぶ台の下に積み上げてある本が崩れているのに気付く。
 そのいくつかを手に取ってみると、同じようにチャオに関係する本ばかりだった。
「全部チャオ関係なのかな」
「かもね」
 一応、背表紙に書かれた作者の名前もチェックする。さっきの本の作者に加え、どれも最近知られた人や、昔からいる有名な作家ばかり。それも、全員チャオに関する本を書いている人だ。
「預言者さん、チャオ好きだったのかな」
「さあ?」
 少なくとも、チャオという生命体との関係が密である事は確かだろう。
 ノートパソコンの方を見てみる。画面に映っていたのはあるメールサイトだ。しかも、恐らく僕達にとっては喜ばしくない画面だった。
「削除しました……だって」
 削除画面。僕はちゃぶ台の上にあるマウスを手に取り、ログインしたままのアドレスに関するメールを漁った。送受信問わず。……が、見事に何もなかった。
「……あーあ」
 途端にバカらしくなって、僕は床に寝転がった。
 探偵ごっこもここで終わりだ。無計画に探し、見つけたと思った真実は既に電波の海の藻屑だった。自己満足という欲求すら満たされないまま、全てが水の泡。
 それでもくるみは諦めきれないのか、僕の手放したマウスを手に取って何かを探し始めた。それにも興味が湧かない僕は、床に降ろされていたチャオが目についたので手を伸ばしてみる。チャオは「おいで」と解釈したか、僕のところへと駆け寄ってきた。そして何故か、僕の頭を撫でる。
「あはは、慰めかい?」
 チャオは心の鏡っていうけど、僕達みたいな一般人からすれば『心の安らぎ』みたいなものだ。一緒にいると、なんとなく落ち着く。それが、チャオって奴だと思う。……なんて、今はあんまり関係のない事をふと思ってみたり。
「……ねえ、おかしいよ」
「え?」
 そこへ急にくるみが怪訝な顔をして僕の頭をポンポンと叩いた。撫でられている最中に実に失礼だと思うのだが、特に何も文句を言わずに体を起こす。
 くるみがいじっていたのは、どうやらコントロールパネルのようだ。電源設定の画面だが……。
「これが、どうかしたの?」
「バカ、よく見て」
 言われるがまま、画面を見てみる。


「ディスプレイを暗くする:5分
 ディスプレイの電源を切る:10分
 コンピューターをスリープ状態にする:30分」


「へえ、割と早いなぁ」
「そういう事じゃなくて!」
「どういう事?」
「……ゆうき、わざと?」
 そうは言われても、何が何やら。肩を竦めてみせると、くるみが見るからに「だめだ」といった顔で首を振った。
「私達がこの部屋に入った時、このノートパソコンはどうなってた?」
「どうって、点けっぱなしで放置――あっ!」
「そう、スリープどころかスクリーンセーバーだって表示されてなかった。つまり、私達が来る前の5分の間、誰かがここにいたの」
「なるほど……凄いやくるみ、まるで探偵みたいだ」
「凄くない凄くない。むしろこんな簡単な事に気付けないゆうきが凄い」
 感心して褒めたつもりなのに、くるみはさっきと同じような顔でまた首を振った。僕ってそんなに鈍いかな。
「じゃあ、メールを消したのも?」
「多分、私達より先にここへ来た人。預言者さんか、それとも別の人」
「くるみ、まだ近くにいると思う?」
「……どうだろう。私はいない気がする」
「僕もだ」
 ここへの入り口は、僕達が入ってきたあの扉だけだ。路地裏は僕達が入ってきた側と反対側からしか入れなかったし、もし近くにいるなら鉢合わせくらいはしたかもしれない。だが5分という時間があれば、歩きでだって遠いところへ行けるだろう。仮にほとんどすれ違いも同然で、まだ遠くには行っていないのだとしても、僕達がここで潰した時間で十分離れられる。加えてここは広い都会、しかも今は雪の降る真っ只中。
「……探すのは難しいね」
「そっか、残念」
 お互いに笑いが込み上げてきた。喜ばしい笑いではないのは勿論だったのだが、不思議と嫌な笑いでもなかった。そんな僕達を見て、チャオはわけがわからなさそうに首を傾げ、ポヨを疑問符に変えていた。


____


 車に戻った僕達は、行きと同じ座席に座った。車のキーを差し込んで捻り、エンジンを再び起こす。それから――それから特に行き先もなくなってしまった事を再確認して、くるみの方を見た。
「どうしよっか」
「さあね」
 返ってきたのはメロンパンだった。もうご飯時だっけ。
「ご飯時どころじゃないでしょ」
 そう言ってくるみはフロントガラスの向こう側に映る空を見た。僕も同じ方向を見ると、なるほど確かにご飯時どころじゃないくらい暗くなろうとしていた。もうそんなに時間が経っていたわけか。
「……ねえ、ゆうき」
「なんだい?」
「仮にさ――仮にだよ? 今、本当に私達二人が最後の人間だとして」
「うん」
 なんとなく、言わんとしている事がわかってしまう。僕も同じように、不安がある。
「これから、どうしよう?」
「…………」
 これから、どうするか?
 そもそも僕達に『これから』はあるのだろうか? 別に死ぬわけではないから、きっと『これから』はあるのだろう。それがどんな形であれ。
 ……そう、どんな形であれ。しかしそれは、裏を返せば僕達にどうこうできる形のものではない。明日にでもなれば、僕達に待ち受ける『これから』は選択権の無いものとしてやってくる。今の僕達はその圧力に押し潰されそうになって、今の自由をどう使うべきかもわからない。
 恐らく、この先に自由はない。僕達は流されるままに生きる事になるのだろう。
「くるみは、行きたい場所はない?」
「え……」
 もう、僕のしたい事は無くなってしまった。だから僕は、選択権をくるみに譲った。当のくるみもなんと答えればいいのかわからずに視線を彷徨わせてしまうのだが――その視線は、一点に留まった。
「あれって、もうどれくらい完成してるんだっけ?」
「あれ?」
 僕の聞き返す『あれ』をくるみは指差す。それは運転席側の窓からもよく見える『あれ』だった。
「来年には開業予定だって聞いてたから、もうほとんど出来上がってるんじゃないかな」
「じゃあ、行ってみない? 私達が最初の入場客になれるよ」
 そして最後の――なんて事がないといいんだけど。
 くるみの提案を呑み、僕はサイドブレーキに手をかけ、


 そして、ある事を思い出した。それは、恐らく今を生きる僕達自体には生涯関係のない事だろうと思っていた知識。

「くるみ、ちょっとだけ待っててくれないかな」
「え? どうしたの?」
「大丈夫、すぐ戻るよ」
 エンジンをつけたまま車を降り、僕はさっきの部屋へと急いで戻った。
 必要な『文章』は、不思議な事にスラスラと思いついていた。


____


「ここのエレベーター、普通のより早い……」
 どことなく身を強張らせているように見えるくるみが、体の上昇している感覚を訴えてきた。
「さっきのが分速600mで、これが240mだったかな」
「基準がよくわかんないよ……」
「分速600mは時速で言えば34km、240mはおよそ14kmってとこだね。さっきのは普通に走っている車よりやや遅めだし、こっちはそれ以上に遅いよ」
「それでも十分早いってば……」
 どうもさっきから元気がない気がする。というより、やけにそわそわしている。後ろでぼーっと座っているチャオも、くるみのそんな様子が気になっているようだ。いったいどうしたんだろうかと考えてみて、くるみの苦手なものを一つ思い出す。
「ところでくるみ、知ってる?」
「な、なに?」
「これから行くところ、窓ガラスで覆われた空中回廊なんだって。まるで空中を散歩しているようとかなんとか」
「いやぁぁ、無理無理! ゆうき、やっぱり戻ろうよ!」
「なはは、自分で来たいって言ったんじゃんか」
「でも、空中回廊とかいうのは聞いてない!」
「そうじゃなかったら大丈夫だったの?」
「だって……下、見えないなら平気だろうし……」
 まぁ、尤もではあるが。下を見て落ちる事を想像するから怖いんだろう。
 というわけで、くるみは高所恐怖症であった。
「まあまあ大丈夫だって、落ちない落ちない」
「でもここ未完成なんでしょ? もし壊れたらどうするの?」
「確か高さは634mだったな……」
「ゆうきぃぃ!」
「あ、ごめん間違えた。展望台のとこまでは450mだった」
「それでも高いー! 死ぬー!」
 もはや泣きそうな顔になっているくるみがおかしくて、反対に笑いを堪えきれなくなってきた。
「うわあぁ、私もう死ぬんだぁ」
「はいはい、その時は僕も一緒だからね」
「なんの解決にもなってない!」
 なんてことを話している間にエレベーターが止まった。どうやら目的の階に着いたらしい。
「着いたよ、天国」
「バカ、変なこと――ぁわ、わわわ」
「あ、ちょっと」
 ドアが開き切る前に、くるみが急に腕に抱きついてきた。突然の事に僕も戸惑ってしまう。
 その横を通り抜け、チャオが一足先にエレベーターの外に出てしまう。僕達も急いでエレベーターから出て。
 そして、とてつもないものを見た。

「……なんだ、これ」
 僕達がやってきたのは、確かに『空の木』と呼ぶに相応しい場所――だったのかもしれない。
 でも今の『空の木』は、僕が想像したものとは遥かに違った様相だった。空の上にいるというよりも、曇った鏡の中にいるみたいだ。
「くるみ、見てみなよ」
「やだ、怖い」
「そうじゃないって。ほら」
「やだってば! ……あれ?」
 いやいやと首を振ったくるみが、偶然に床を目線に映した。どうやらくるみも気付いたようだ。
「え……ゆうき、なにこれ?」
「雪だよ」
「雪?」
 くるみがゆっくりと顔を上げる。そして普通とは違った窓ガラスを見て、その顔は驚きに染まった。
「す、凄い……」
 ――この塔の名前は、東京スカイツリー。デジタル放送用に作られた世界最『高』の電波塔。
 だが僕達には、この塔はもっと別のものに見えた。冬色に染め上げられた雪の木。東京スノウツリー、はたまたクリスマスツリーか。
「どうしてこんな風になってるの?」
「12月からずっと雪が降ってたからね。ガラスの周りが凍ったんじゃないかな」
 おかげさまでガラスの向こう側はやや見づらいものとなってしまっている。が、これはこれでかなり風情があるんじゃなかろうか。少なくとも僕の美的センスはこの光景を綺麗だと言っている。
「くるみ、どう?」
「…………」
 返事が無い。
 試しに僕の事をさっきまでガッシリと掴んでいたくるみの二の腕を引き剥がしてみた。するとくるみは慌て出す。
「わ、わわ、ちょっと!」
「うわっ」
 すぐさま僕の腕にまた抱きついてくる。
「は、離さないでよ!」
「離さないでって……困るんだけど」
「困るのは私よ!」
 それは怖いの間違いだろう。
「でも、恥ずかしいし」
「あっ……」
 それを指摘した途端、くるみの顔がみるみるうちに赤くなっていった。ひょっとして、それに気付かないで抱きついてきたのか? 高所恐怖症の身分でここに来た事といい、くるみも考え無しじゃないか。
 しかし、くるみも恥ずかしくなって僕の腕を離してくれるかと思ったら、そんな事はなかった。むしろさっきよりも腕に力が入る。
「く、くるみ?」
「いいよ。他に誰もいないし」
「い、いるよ。ほら、あそこに」
 空いた手で綺麗な光景を目の当たりにしてはしゃいでいるチャオを指差すが、くるみはお構いなしにこう言った。
「いいの。あんなのノーカン」
「おいおい、弟だろ」
「それでもいいの!」
 ……なんてこった。なんだか肩の辺りに頭まで寄せてきたし。何故か笑ってるし。
「あー、来て良かった」
 恐怖症はどこに行ってしまったんですか、くるみさん。


 いつの間にか僕達はガラス張りの床に腰を降ろして、一人でうろうろと歩いているチャオを眺めていた。
 もう真夜中ですっかり暗くなってしまった。床も雪のせいなのか冷たく、上着を座布団代わりにしている。そうすると今度は体の方が冷えてきてしまうのだが、そこはくるみが抱きついているせいかそれほど気にはならなかった。
「今年も終わりだね」
「うん」
「あけましておめでとうって、言えるかな」
「言えるんじゃないかな。チャオの姿かもしれないけど」
「そうだね」
 悲壮感こそは感じていたが、別に死ぬわけじゃないのでお互いそれほど思い詰めているわけではなかった。それでも、終わりというものを肌で感じている事に変わりはないのだが。
「くるみはやり残した事はない?」
「わかんない。もしあったら、チャオになってからやろうかな」
「僕はもうやり終えたけど」
「それって、ひょっとしてここに来る前の?」
「うん」
 そう、ここに来る前に必要な事は終えてきたつもりだ。
「ねえ、何してきたの?」
「そうだね……」
 一応、一から教えてあげる必要があるだろう。そう思った僕は、まず一つの問題を投げかけた。
「もし地球から人類がいなくなった時にずっと残り続けると言われている、人類の生きていた証。それがなんだかわかるかい?」
「人類の生きていた証? えっと、石碑とか?」
「残念。確かに大昔の石碑が見つかって博物館に展示される事はあるけど、それでも何億年も経ったりすればなくなってしまうよ」
「えー。じゃあいったい何?」
「電波さ」
「電波?」
「そう。人類がいなくなると、地球上は永い年月を経て大自然を取り戻す。そこに人間の痕跡は全くと言っていいほどなくなってしまうけど、人類が発した電波は宇宙をも彷徨い続けるって言われてるんだ」
「へえ、どうでもいいこと知ってるね」
「う」
 ……痛いところを突いてくるな。
「まあ、僕もどうでもいいことだとは思ってたんだけどね……。くるみがスカイツリーに行きたいって言った時にそれを思い出したんだ」
「あ、わかった。あの部屋に戻って、掲示板に何か書き残してきたんでしょ」
「正解」
 我ながら、雀の涙ほどの事をしたとは思っている。
 だけど、もしどこかの誰かがその電波を拾ってくれたら――なんて、自己満足にしかならない希望を乗せて、僕は電波を発した。それはIfに頼る人間の性に過ぎないのかもしれないけど。
 そんな僕の話を聞いたくるみは、何故か溜め息を漏らした。
「そっかぁ。人類の証って、電波にしか残らないんだ」
「くるみも何か残したかった?」
「うん。とっても大事なこと」
「僕がその電波を受信してあげるよ」
「本当? じゃあ、言うね」
「うん」


 耳を澄ませた。
 木の外では吹雪く程ではないが、雪が降っている音がする。そこには幻聴のようにベルや鈴に似た音、ソリを引っ張るような音も聞こえる。
 ひょっとしたら、これは電波なのかもしれない。
 ベルや鈴に似た音は、微かに聞こえるクリスマスソング。
 クリスマスも終わり、何処へと帰るサンタ。ソリを引っ張るトナカイの足音。
 どこかの国の時計塔が時間を刻んだ。鐘の音は鳴り響き、子供達の安らかな寝息、少年少女の願い、年老いた者達の平和を願う声が広がる。
 世界中の声が、世界最高のクリスマスツリーとすれ違う。その喧騒の中、僕は最も近しい場所にいる女の子と電波を交わした。

「ゆうき」
「くるみ」

「好きだよ」


____


 どこかにいる、誰かへ。
 僕達はアダムとイブの最後の子孫です。
 いよいよ人類は終末を迎え、その命は新しい生命へ転生するでしょう。
 願わくば、この声が誰かに届かん事を。
 これは、僕達がヒトとして生きた証を残したものです。
 今はきっと、僕達に自由はないのでしょうけど。
 叶うのならば、僕達に自由をお与えください。
 その自由をもって、僕達は再びの繁栄をお礼として送る事でしょう。
 そして、いつかお互いに手を取り合える日を迎えましょう。

 僕達はこの地球で生きた人間です。
 誰か、僕達の声が聞こえませんか?
引用なし
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