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とある少女とショーネンR18 10/2/15(月) 3:34

とある少女とショーネンR18 〈二章〉 10/2/20(土) 4:41
とある少女とショーネンR18 〈二章〉 10/2/20(土) 22:57
とある少女とショーネンR18 〈二章〉 10/2/23(火) 6:20
とある少女とショーネンR18 〈二章〉 修正版 10/2/25(木) 0:24

とある少女とショーネンR18 〈二章〉
   - 10/2/20(土) 4:41 -
  
 ――マラシュケ区、中央広場 AM10:30

「ドーはドグラのドー、レーは轢死のレー♪」
「それで……、あれ? おねえちゃん? ねぇ、……」
「ミーはみーなごーろーしー、ファーはファジーネーブルー♪」
「おねぇちゃん……?」
「ソーは即死のソー、ラーは落下のラー、シーはシクトキシンー♪」
「……もう」
「さぁ、ぎょーぼーりーまーしょー♪」

 晴れている日は気分が良くなります。
 最近溜まっているストレスも、どこか抜けていっている気分。
 おなかの底から出てくるような澄んだ歌声は街を駆け巡っていることでしょう。
 でも、清々としているあたしの横で、いつの間にやら、ミゥちゃんの顔はどこか沈んでしまっていました。
 心配になって、彼女と同じ目線の高さになるまで腰をかがめ、声をかけます。
「疲れた?」
「ちがう」
 短い言葉を発して、また俯いてしまいました。
「でも、何だか、顔色がよろしくないけれど」
「わからないの?」
 ジト目でそう言ってくるあたり、理由は明白のようです。
 ただ、あたしだけがそれを理解できずじまいでした。
「へ? へ? へ?」
「はぁ、……もう、いいもん」
 ミゥちゃんはツーン、とそっぽを向いてしまいます。
 あたし、なんか悪い事でもした? 
 先ほどのあたしの十八番、ドレミの歌(改)がそんなに気に入らなかったんでしょうか?
「んむ……」
 でも、不機嫌になっちゃっているところ、悪いんですが、その顔もカァイイです。
 亜麻色の綺麗な髪からちらちら見える、その、白いお肌がですね。

 うふ、うふふふふふふ――

「おねぇちゃんってさ」
 ――ハッ!
 ミゥちゃんから言葉を投げかけられて、あたしはいきなり現実に引き戻されます。
 目線の先には視線が据わっているミゥちゃんの顔。
 彼女は頭をやれやれと横に振ると、呆れた口調で言いました。

「ひとのはなし、きかないんだよね」

「え、うそ」
 あたしにとっては思わぬ指摘で、正直ビックリ。
「そういうの、だめだよ。おとこのこからきらわれちゃうよ?」
 ウンウンと自分の言葉に頷くミゥちゃん。
 彼女のブスッとした表情から放たれた言葉は、あたしの心にブスッと刺さります。
 どうやらあたしの意識、無意識関係なく、それは本当のようです。
「そ、そうだったのかー……」
「だからさ。、しょうじき、おねえちゃんって、もてるタイプじゃないよね」
「……っ!」
 ――ドグシュッ。
 って、小さい男の子がヒーローごっこするときに良く使う擬音語がありますよね? 
 今まさにその言葉通りの音を立てて、言葉というナイフが、あたしのガラスハートに刺さります。
 何とも言えない沈んだ気持ちになるあたし。
 でも、それだけでとどまらず、追い立てるように、ミゥちゃんはつらつらと言葉を連ねていきます。
「せもちっちゃいし」
「きゃんっ」
「かみのけ、ぱさついているし」
「むぎゅぅ」
「てのひら、カサカサだし」
「はうぅ……」
「それでもって、おっぱいちっちゃいし」
「うー、……そ、それはミゥちゃんも同じじゃないですか!」
 子供相手にどういう反論をしているんだ、あたし。
 ……案の定、抜け穴だらけのあたしの言い訳を聞いて、ニシシと言った感じでミゥちゃんは笑います。
「かーわいいよ、おねえちゃん」
「も、もう、意地悪しないでよー!」
 愛しい声で毒を吐く理由が分からず軽くテンパってしまいます。
 さすがに、それ以上追い詰めようとは思わないのか、ミゥちゃんは最初の通りの ブスッとした顔になって、ポツリ、と言葉をもらします。
「だって、おねえちゃん、……わたしのおはなしなんにもきいてくれないもん。……へんなうたばっかりうたってさ」
 頬を少し膨らませて、ミゥちゃんはあっちの方向を向いてしまいました。
「あ……」
 そういえば、今日はミゥちゃんの話は全部聞いてあげるよ、って約束したんでしたっけ。
 ちょっと気分が良くなってしまって、聞き耳全然立てていなかったんですね。
 そりゃ、ミゥちゃんも怒ってしまいますね。
 あたしはパン、と手を合わせて、ミゥちゃんに許しを請います。
「ごめん、今からはちゃんと聞くから、ね?」
「……本当?」
 あう、ミゥちゃん、絶対信じてませんね。でも、ここは頷くしかありません。
「う、うん」
「じゃぁ、わたしになんでも、してくれる?」

 ――あれ?

 その言葉どっかで聞いたことある気がしますが――

「うん、もちろんっ」
 あたしは何かしらのデジャブに襲われながら、結局そうとしか答えられませんでした。

 ――喫茶Les Plaisir AM11:00

 人類はさまざまな統治主義によって国を治めてきました。
 民主主義、絶対王政、――
 でも、共産主義だけはどんな国が実行しても、必ず失敗に終わりました。
 理由は一つ。
 共産主義は所詮、お金を管理する「支配者」というモノが必ず必要になって、それは独裁という名の悪政になり替わってしまうからです。だから、頭がよくなった人達は次々に民主主義に切り替えたわけです。民主主義が良いわけではないですよ? でもまぁ、共産主義の酷さに比べれば……ということでしょうか。

 ところが、個人の問題となるとそーもいきません。

 待ち焦がれていた待ち人さんがベッドの中から突然現れて――どうやら、あたしが眠っていた間に到着していたようです――早数週間。
 あの後、一日に一回はリブリッツさんの家にお邪魔するようになって、家では、 朝昼晩のご飯を二人分作るようになって、急に大忙しとなりました。
 富裕層のいるところは結構遠くて往復だけで服はびちゃびちゃ。
 買い物で人と押しつ、押されずで食材を買って服はびちゃびちゃ。
 だるだる。ふらふら。ばったーん。ずっきゅーん。
 ……あれ、なんで今脳内で撃たれたんだろあたし。まいいや。

 なのでね、移動費、食費、あとストレス解消費が欲しくてたまらないわけですよ。
 洵さんの時には雑貨しか買えなかったから、服が欲しいんです。
 可愛い服着て、ちょっとでもいい目で見られたいんですよ。

 なのに……なのにっ!

「ありがとう、おねぇちゃん」
「……その笑顔さえ見れればあたしは幸せです……うぅぅ」

 ――喫茶 Les Plaisir。

 古代フランス語なんで読み方の規則は知りませんが、レ・プレジールと読むらしいです。
 そう言えば、ここマラシュケも、元はと言えば古代フランスに統治されていた場所なんですってね。その名残かもしれません。
「ここは、りぶりっつさんがめいてん、っていっていた」
「名店、ですか」
 分かりますよ? 
 今ミゥちゃんが美味しそうに食べているこの店一押しの最高級フルーツパフェを見れば。
 今だって唾液が零れ落ちそうなのを必死に我慢しているのに。
「だから、おねえちゃんもなにかたのもうよ」
 奢らせた相手にも心遣いを忘れない良いコなミゥちゃんですが、今はそれが苦しくて仕方がありません。
「良いんです。あたしはこれで」
「おねえちゃんって……お水が好きなんだね」
 変な人を見るふうに、視線をこちらに向けてくるミゥちゃんは悪魔です。
 確かにここの水はレモンの輪切りが入れられていて、お洒落なお水ですよ?
 でも、だからと言って、別に、あたしは水なんか好きじゃないんだからねっ!

 ――幸せは、お金で買うモノ。

 倫理なんて知りません。それが現代社会の縮図です。
 そして、その理論に基づくなら、あたしには幸せなんかありません。

 ――何故?

 Q1 あたしは服が欲しい。買えないのはどうして?
 A1 お金がないからです。
 Q2 あたしはパフェが食べたい。パフェを食べられないのはどうして?
 A2 お金がないからです。

 お金がないのは、どうして?

 正解――お連れさんが全部管理しているからです!

 これぞ現代の家計に視る共産主義の恐怖!!
 あたしの財布の残高ゼロ!!
 なぁにが「お前に金を預けるとすぐに消えてしまうから」ですか!
 あなたとパートナー組んでいるから、あたしは自由に引っ越しできないのにっ。
 ハチリア島の美味しいレストラン行きたかったのにっ。
 海の見えるキッチン、寝込んでいたから全然使えていなかったのにっ。
 ふわふわのお布団せっかく新調したのにっ。
 あそこでしか取れない珍しいオリーブオイルでマリネ作ろうと思ったのにっ。
 生まれて初めてのフルーツ農園、行くの楽しみにしていたのにっ。
 一度でいいから綺麗な海でばちゃばちゃしたかったのにっ。
 カップルで行けばらぶらぶになれるって言う教会にお連れさんと行きたかったのにっ。

「ふぇ、ふぇぇぇぇぇん……」
「え? え? え? お、おねえちゃん?」
「と、泣けるほどあたしは可愛い女の子じゃないです、ってね」
「うぅ、まーたうそついた」
「また、とか言うない。……お金……はぁ、お金欲しい」
 あたしはレモンの輪切り入りの水が入ったコップをチンっと爪ではじいて鳴らすと、お気に入りの白い財布を。
 その財布の札入れには白い紙しか入っていません。
 白い紙? いず でぃす まにー?
 のー、 いっつ レシート。レシート。レシート。レシート……。

「お金がないんですよ、あたし。だから、ミゥちゃんの分を買ったら自分の分は何も買うことが出来ないんです。だから、こうやって水をちびちび飲んでいるんですよ、分かります?」
 小さい子供ということはおいおい承知の上ですが、ここは社会の厳しさというモノを痛感してもらおうとリアルな話をします。
 でも、それにたいしてショックを受けるでもなく、ミゥちゃんは不思議そうな顔をして、こちらの方を見てきます。
「え? ミゥちゃん、なんかさ、そう、お金が無いということに対して、可哀想とか思ってくれないの?」
 逆に問い返してしまうあたし。
 彼女は暫く困ったちゃんの顔をしていましたが、やがて言葉を組み立てたのか、あたしの方をじっと見てきました。
「だって、おかねがないなら、ぎんこうからとってくればいいじゃない」
 ……あぁ、そうです。
 この子、お金持ちの家の子でした。
 ハハ、ハハハハハ……。
「はぁぁ」
 あたしは深くため息をつくと、ぐったりと、綺麗に拭かれた机に突っ伏します。
 冷たいひんやりとした木製テーブルの感触がとても気持ちが良くて、少しずつあたしのストレスで熱された頭を冷やしてくれます。
「おねえちゃん」
 ミゥちゃんが声をかけてきたので、顔だけを90°動かして彼女の方をぼんやりと見つめます。
 銀色のスプーン。
 その上に器用に乗っけられたプリンとイチゴと生クリームが乗せられていました。
「あたし、に?」
「ん。ひとくちだけよ?」
「ありがとぉ……」
 あたしは緩慢な動作で身体を持ちあげると、口をぱかっと開けます。
 そうして、銀色のスプーンの上にあるモノを下に乗せた瞬間、その中に何とも言えない、甘さと酸っぱさの混じった風味が広がります。
「おいし」
 あたしがそう言うと、ミゥちゃんも幸せそうな顔をして頷きます。
「ここのぱふぇ、おかねもちのひともいっぱいたべる」
「へぇ、そうなんだぁ」
「わたしも、ここのぱふぇは大好き」
「フフ、あたしも、今の一口だけで好きになっちゃった」
 自然と彼女の顔から笑みがこぼれてきました。
 ちょっとイタズラをしようとあたしに奢ってもらったのはいいものの、やっぱり、心の根っこには優しさがあって、落ち込んで机に倒れ込んだあたしの事が、心苦しかったんでしょう。
「ごめんね、ミゥちゃん」
 あたしは、穏やかな口調になって、彼女に優しく声をかけます。
「え?」
「さっき、広場で話していたこと、もう一度聴かせて? 今度は、おねえちゃん最後まで聞くから」
「……、うん!」
 彼女は嬉しそうに頷くと、さっきあたしに聞かせようとした楽しかったこと面白かったことを次々にあたしに伝えてきてくれました。
 喫茶店の上にある天井窓から、優しい太陽の光がぽろりと零れてきます。
 仲直り、出来たってことなんでしょうね。ミゥちゃんが笑ってくれるなら、少しくらいお金が飛んで行っても、平気です。

 ――ミゥちゃんとはあの日以来、毎日のように会うようになりました。
 相変わらず、チャオの事は触らせてくれません。
 けど、代わりに、あたしによく懐いてくれたようで、あたしの手を最近は握ってくれるようになりましたし、こうやって、リブリッツさんに無理を言って、外出もあたし同伴でするようになりました。(とは言うものの、近くにはリブリッツさんのSP(部下?)と思われる屈強な男の人たちが複数、私腹を着てあたしたちの方をきょろきょろしているのを見かけましたけどね)
 そうして、ただ優しいだけじゃなくて、たまには怒る時もありますし、たまには悪戯を考えてあたしを引掛けてしまうことも多くあります。さっきみたいに毒も吐きます。
 なかなかに、普通な少女だと分かって、あたしはホッとしました。
 優しいだけじゃぁ、やっぱり寂しいですからね。

 それと――あぁ、そうだ。

 洵さんは、あたしとの約束通り、リブリッツさんによってしごかれている最中です。
 今日もミゥちゃんを迎えに行った時、雑巾がけであの縦も横も広い廊下を掃除していました。多分、あの面積を終えるだけでも昼過ぎになると思うのですが、リブリッツさん曰く、あのあと、ダイニングルームの床も掃除するんだとか。
『しろねごぉ、だずげで』
『おい、お前何をサボっている! お前はこの家ではウジ虫だ! ウジ虫が汚らしい言葉を吐くな! ウジ虫はウジ虫らしく一つの言葉だけを言え!』
 竹刀を片手に咆哮するリブリッツさん。
 横では苦笑いの表情でバルサさんが立っていました。
『さ、サー……』
『聞こえないっ!』 『サー! イエッサー』
『……ハハハ。が、がんばー……』
 確かに、命にかかわる作業ではないですが、精神的に病んでしまいそうで怖いです。
 ま、今回ばかりは同情の余地もありませんが。
 せいぜい身を粉にして働いてくれ、としか言いようがないですね。洵さん?

「それで、ムーン、ボールをとりにいこうとしていずみにあたまからつっこんじゃったんだよ?」
「アハハ、あのチャオって結構おドジさんなんだね」
「うん、もう、だれににたんだか」
「ミゥちゃんかもよ〜?」
「うー、わたしはどじなんかじゃないもん」
 ムーン、というのはミゥちゃんが大切に飼っている、例の黒っぽいピュアチャオの事です。チャオちーのうえについているポヨがお月さま見たいだったからムーンなんだとか。
 最近、彼女が話すことと言えば、ムーンの事ばかりでした。
 なんだか、それを聞いていると、なんだか穏やかな話だなぁ、という気もしますし、逆に、どこか引っかかってしまう部分もありました。

 そう、ムーン以外の事を何にも話さないのです。

 それはリブリッツさんの事でもあるし、あの家での普通の生活の事、学校の事。

 そして……お父さんやお母さんの事も、何も話してくれないのです。

「おねえちゃん」
 あたしが肘をつきながらぼんやり外の様子を眺めながらそんな考えを張り巡らせていると、ちょっといらついたミゥちゃんの声が聞こえてきます。
「あ」
「もう、またうそういた。わたしのはなし、聞いてくれていない」
「……ミゥちゃんってさ」
「うん?」
「一日ずっと、何しているの?」
 彼女の文句を敢えてスルーして、あたしは出来るだけ明るい調子でそう尋ねます。
 でも、それを聞くと、ミゥちゃんは顔を俯かせて、ポツリと一言漏らします。

「行ってない」

「……え?」
「わたし、がっこう、かよっていないの」
「で、でも」
「わたし、7さいだから、ほんとうはがっこういかないとだめ。でも、いいの。がっこうなんて、もうにどといきたくない」
 ミゥちゃんは全部食べ終えたパフェのスプーンをいじくりながらそう答えます。
 切なげな、そして、どこか空虚な瞳。
 あたしは嫌な質問をしてしまったことを悟り、明るい調子をなるべく保つようにして言葉を続けます。
「そ、そっかー、ごめんね。あ、じゃぁ、さっきの」
「いいよおねえちゃん、むりしなくていいの」
「あ――」
 あたしの心なんかお見通し、と言わんばかりに、ミゥちゃんは言葉を返してきました。
「わたしは、いちにちずっと、ムーンとだけ、過ごしているの。ムーンだけがおともだちなの」
「……」
「……あ! もちろん、おねぇちゃんも、お友達、だよ?」
「う、ううん、いいんだよ、そんなこと心配しなくて」
 心配そうにこっちの方を上目遣いで見てくるミゥちゃん。
 あたしは、強く頷きます。
「大丈夫。あたしも、ミゥちゃんとはおともだちだっておもってるよ」
「おねえちゃん……」
「ミゥちゃん」 「え?」
「ひとつだけ、約束しようか」
「うん」
「お友達には何でも話すこと、分かった?」
「約束、だよね?」 「そ」
 あたしがそう言うと、何とも言えない表情で彼女はこっちを向いてきます。
「でも、しんようできない。……おねえちゃん、うそせいぞうきだから」
 つ、ついに製造機ときましたか。
「むっ、今の言葉くらいは本当だい!」
「じゃぁ、あとのことばはぜんぶうそなんだね」
 冗談のようにいうミゥちゃん。
「そ、そんなわけあるかー!」
 あたしの間の抜けた突っ込みに、二人で笑ってしまいました。
引用なし
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とある少女とショーネンR18 〈二章〉
   - 10/2/20(土) 22:57 -
  
 ――マラシュケ区、自宅 PM9:30

 マラシュケ区には、観光業では二つの収入面がある。
 一つはカスバなど、そのものの遺産を目的とした旅行者の投下するお金。
もう一つは、イトラス山脈を越えて現れる、史上最大の砂漠、ベルべ砂漠とその中にある世界遺産アイト・ベン・ハッドゥを敢行するツアーに参加した旅行者の投下するお金である。
 海沿いの荒野地帯に位置するマラシュケ区は砂漠都市とは言っても実質的な砂漠地帯ではない。高度な文明都市であるトゥキョオ区民からすればそう見えるのかもしれないが、本当の砂漠が見れるのはイトラス山脈を越えてからである。

「で、今回の調査は……をこうして……ったく、めんどくせえ作業だ」
 俺はベッド脇のテーブルで報告書を作成しながら、愚痴をこぼす。
 報告書とは、CHAO研究所に提出する、いわば、ちゃんと仕事をしてますよ、的な証明書類であると考えれば良い。
「そんなもの、適当に書けば、いい」
 ベッド上で楽しそうに新しく買ってきた魔法書を読んでいる黒猫。
 同じ研究所の人間なのに、どうしてこんなに苦労の差が出ているのだろうか。
「適当に書いてみろ? 明日から給料カットだ」
「それは大変。ちゃんと書いてね」
「黒猫、お前も手伝えよ」
「イヤ」
 そうきっぱり言い放つと、再び魔法書に目を向ける。
 正直、報告書なんかよりも、魔法書に書いてある意味不明な文字の羅列の方が難しい気もするが、彼女にとっては簡単な算数ドリルのようなものなのかもしれない。
 パラパラと次々にページをめくっていく音がする。
「あ、そうだ、」
 と再び、黒猫は、何か言い忘れていたのか、書物から目を離さないで口を開く。
「白猫ちゃんからの伝言」
「白猫? ……何?」
「ウソを良く付く女の子は、嫌いですか?」
「……は?」
 あまりに突拍子なその質問に頭の理解が付いて来ない。
 だけど、それは黒猫にとっても同じようで、感情を特に込めず、伝言を棒読みするかのような口調で伝言の内容を続けた。
「背がちっちゃい女の子は嫌いですか? 髪の毛がちょっとパサつき気味の女の子は嫌いですか? 手がカサカサな女の子は嫌いですか? おっぱいがちっちゃい女の子は嫌いですか? ……だって」
「へぇ、アイツが俺に女性の好みをきいてくるなんて珍しいな」
「……そう言うこと、じゃ、無い、と思う」
「じゃあなんだよ」
「自分で、考えれば、分かる」
 そう言って、今度こそ黒猫は自分の読書に没頭してしまう。
 少し、怒っているようにも見えるが、多分それは考え過ぎだろう。
 俺は最初の雑多な会計記録を付けるのを終え、ようやく適当に書くことが出来る部分にした。一日の記録なんて、それこそ相手も疑いようが無いのだし、きちんと建前で仕事していることさえ書いておけば十分だ。
 ふぅ、と一度息をついて、最後の文章作業に取り掛かる。
「……」
 黒猫はパタンと本を閉じると、ベッドから降りてとてとてと台所の方へと移動する。
 冷蔵庫から、今日買ったオレンジジュースを二つ分取り出してきた。
「どぞ」
「ありがと」
「いえいえ」
 黒猫はテーブルの上にジュースを置くと、彼女も同じようにベッド脇に座りこんで、俺の肩に寄り添ってくる。
「何?」
「白猫ちゃんにも、かまってあげて」
「あ? ……あぁ」
 黒猫はこうして、たまに白猫の事を言うことがあった。
 俺としては魔法を使うことが出来て、さらには聞き分けの良い黒猫の方が扱いやすくていいのだが、あまり自分ばかり構われるのも嫌なのだろうか?
「白猫ちゃん、良く、わがまま言うでしょ?」
「そうだよなぁ、アイツのせいで、酷い目に会ったものだ」
 普通より大きく幅が取られた窓を見る。
 お洒落な金属製の枠の間から見える、少し太ってしまった三日月。
 段々と輝きを増して、数日後には満月となってこの窓から見ることが出来るのだろう。
 もちろん、この窓の大きさも白猫に無理を言われて大工に頼み込んだことだった。最初はレンガでは難しいと言っていたが、そこは職人技でカバーしてくれたらしい。
「あたしは、白猫ちゃんのこと、好きよ?」
「そっか」
「お友達なの。目覚める前とか、入れ替わるとき、ちょっとだけ、お話しできる」
「話をするのか」
「うん……。白猫ちゃん、寂しそうにしてる。お連れさんと最近全然会えないから」
「そうなのか」
「そうだよ。お連れさん、女のコに思いやりがない」
 むっとした表情になって、語気を荒くする。
「白猫ちゃん、いつも朝と昼のとき。だから、人と関わるとか、そう言う面倒くさいこと、全部白猫ちゃんに押し付けた。だから、彼女、すごく嫌な思い出もある。好きな人、いなかった」
「……」
「だから。白猫ちゃんのこと、優しくしてあげて」
 俺はオレンジジュースを飲みほし、カタンとテーブルの上に置く。
 そうやって頭を冷やしていると、俺も最近は白猫に冷たくし過ぎたのかな、とも思う。
 家の増築で無駄金使ったからって、お小遣いをゼロにしたり。彼女と話すとイライラしてしまいそうで、朝早くにさっさと外出してしまったり。
 でも、彼女は朝昼晩とご飯を用意してくれている。洗濯も、掃除も、自分自身が仕事を持っているのに、そう言う面倒事も全てやってくれる。
「反省した?」
「ちょっと、な」
「白猫ちゃんは、あたしより、女の子なんだ」
「……?」
「わがまま言うのも。きちんと仕事をこなそうとすることも。ひとりで何でも抱えちゃうことも。全部、それは裏返しなんだ」
「……」
「分かってあげて。お連れさん」
 黒猫がいつにもまして沢山しゃべったので、俺は空気を読んでいないこと前提にプッと吹き出してしまった。
「む。真面目に、聞いてる?」
「あぁ、聞いてる聞いてる。……明日、遺跡の調査、二人で行こう」
「へ?」
「そう白猫に伝えておいてくれ」
「あ……。……はい」
 俺は報告書をかき終わり、それらをホッチキスで止める。マラシュケの速達で送れば二日後には届くだろう。
 黒猫はそれをじっと見ていたが、やがてもう一度冷蔵庫の所まで行き、今度は桃の絵が描かれた大きな瓶を持ってくる。
「おい、それ、ピーチリキュールじゃねぇか。酒だぞ?」
「オレンジジュースと割って、ファジーネーブル作る」
「お前、未だ17歳だろ?」
「飲んだら、王目に言うの?」
「いや、言わないけどさ」
「なら、良い」
 こぽこぽと二つの液体を混ぜ合わせていく黒猫。慣れたものだ。
 たまに、俺の目を盗んでこそこそこう言うモノを飲んでいたのかもしれない。
 彼女も、彼女なりにストレスがたまっているのだろうか。
「あたし、たまに、分からない」
「ん?」
 ファジーネーブルを作り終え、先ほどの定位置に座りこんだ黒猫は、そのオレンジともピンクとも言えない綺麗な色のそれを飲みながら、ポツリと言葉を漏らした。
「自分の好きな人の事、優先するか、お友達、優先するか」
「好きな人、お前、いたのか?」
「……バカ。普通に生活してきた17歳の女の子に、いないはずがない」
「ふうん、お前ももうそんな年か、あ、俺にもちょっとくれ」
 俺は彼女のコップを受け取ると、それに口付けた。
 隣で、黒猫が「あっ」と、吐息に近いような声を漏らす。
 もじもじと、両手をいじくりながら、俺の方をそっと見つめてくる。
 アルコールであるピーチリキュールの方はあまり入れていないのか、自分にとってはあまり酒では無いような気がした。
「センキュー」
「……ん」
 無言でうなずいてコップを受け取ると、彼女は何やらじろじろとコップの淵を見る。
 肩まで伸びた黒髪の間から見える頬が、ほんのりと赤くなっていた。
「何しているんだ?」
「……分からないならそれでいい」
 大慌てでピーチリキュールを飲み干すと、ちょっと強めにコップをテーブルに置いて、黒猫はさっさとベッドの方に登って行ってしまう。
 一段のセミダブルベッド。黒猫は奥側で寝るのが好きらしかった。
「お、や、す、み」
 どこか刺のある口調で黒猫がそう言うと、数秒後、可愛らしい寝息が聞こえてくる。
 お酒をあれだけ勢いよく入れれば、すぐに回ってしまうだろう。
「……おやすみ、黒猫」
 俺はそう一言だけ言うと、部屋の明かりを消して、タバコを吸うために外に出た。

 * * *

 赤い土の壁が 光に照らされて異様な雰囲気を演出する
 エスニックな甘い空気は 人の脳髄に染み込んで きっと頭から離れない
 そうして そんな赤い世界の間から見えるもっと奥
 どの世界にも散らばる 綺麗な星空が 俺の顔を優しく照らした
 夜の世界は闇が正しい存在で 光は異質な存在 
 昼の世界は光が正しい存在で 闇は異質な存在
 花火は常闇の空をさかさまに切り裂き 爆ぜる
 陰影は常昼の街にパズルピースのように 埋まる
 黒から白
 白から黒へ
 どちらが正しい そんなこと 言えるわけがない
 どちらも正しい でも そんなことも 言えない
 でも いつか きっと 選ぶべき時が来る
 それは 別れで それは 始まりで
 それは 最終章で それは 第二章で
 それは 悲しくて それは 嬉しくて
 それは 滑稽で それは 素晴らしくて

 そして 

 それは なんて 切ないことなのだろう?

 * * *

「ふぅ」
 俺は白い煙草の先に赤い光を灯らせながらドラゴンの身体に寄りかかっていた。
 『彼女ら』とは、研究所に入るときに出会った。
 あの時の白猫の性格は、今とは正反対で、何事にも従順で、口応えなどせず、何より、おとなしすぎて怖かった。黒猫は、相変わらず、あんな感じだったが、今よりも、誰か他人に対しては無関心だった記憶がある。
 二人とも、良いことなのか、悪いことなのか、変わってしまったが。
「あら、こんな時間にいるなんて、珍しい」
 と、俺が考えに耽っていると、突然横から女性の声がする。
 黒いローブを身にまとい、黒髪の毛を下げた、二十代くらいの女性。
 他に人と違う特徴があるとすればその腰辺りから二本のしっぽが生えているということだろうか。
「ウィッチか」
「あらあらまぁまぁ、そんな安直な名前じゃないわ。ツバキサンにはツバキって言う綺麗な名前があるのに」
「ツバキか……そう言う安直な名前は呼ぶのが嫌だ」
「どちらが安直かしらね」
 指をパキパキ言わせながらこめかみに青筋を立てるウィッチ。
「冗談だ」
 俺はタバコをコンクリに投げてそれを靴ですりつぶす。
 煙が立ち消え、清々とした空気が入り込んできた。
「あの子、昼は良い子で可愛いのに、夜になると同族になっちゃうのよね」
 あの子、とは連れの事だろう。
「正確に言えば違う。アイツは太陽と月をその目で見ることがキーになっている」
「そうなの。あの子、一体身体の中にどんなシステムを構築しているのかしら」
「お前には言われたくないだろうよ。本当の「黒猫」に化けて、そこら中を歩くことが出来る、お前には」
「ふふ、魔術を使える人間が最近はめっぽう減っているから、私が珍しいだけよ。昔は、こんなこと、誰でもすることが出来た」
 ウィッチはそう言うと、俺には理解のできない言葉を紡ぎ始める。
 突然、黒いモヤモヤが彼女の周りを包み、そして、それが彼女の身体を押しつぶした。
 俺は一瞬彼女の居る場所を見失う。
 が、すぐに、肩にすたりと、何かが乗ってくる感触がした。
 ――黒い、猫。
 もっといえば、しっぽが二手に分かれている二股の黒猫だ。
 彼女はぺロリ、と俺の頬を舐めると、にゃぁ、と鳴く。
「……邪魔だから、降りてくれないか」
 ウィッチはぐむーとうなり声を洩らすと、さっさと俺の肩から降りて、また黒い靄に包まれる。
 目の前には不機嫌そうに腕組みしたウィッチが立っていた。
「もうちょっと、喜んで良いんじゃない?」
「猫にキスされても喜ぶも何もないがな」
「ふうん、人間ならいいんだ……」
「ただし、普通の人間に限る」
「ケチ。一応、あなたの元カノよ?」
「何とでも言うんだな」
 俺はもう一本タバコを取り出して、火を付ける。
 ドラゴンは俺たちの事に無関心なように鼻から大きなシャボン玉を作っていた。
 寝付きのよい爬虫類である。

「あ」
 ウィッチは、思い出したかのように、雑誌が大量に入った紙袋を俺に手渡してきた。
「何それ」
 訝しげに彼女を見ると、彼女はハァと深いため息をつく。
「中を見ればわかるでしょ? あなたのじゃないの?」
「え?」
 俺はそう言われ、がさごそとその中に入っていた本を取り出し、そして、ぽとりとそれを落としてしまった。
 表紙でもう分かる。
 ――週刊巨乳少女Vol 34。
 そして、そのタイトルとともに、ロリ巨乳と言われるようなキャラクタが恥ずかしそうな目線で読者となるであろう俺たちの事を上目遣いで見ている。
「最低」
「違う、これは、洵の仕業だ」
「でも、玄関に、これ、置いてあったわよ?」
「だから、洵が置いたんだろうよ」
「巨乳かぁ……私と○○○する?」
「断る」
 俺は雑誌を袋の中に入れたまま、それらをまとめて一階にあるゴミ箱の中に入れた。
 巨乳とかそう言うのよりも、……二次元は俺はあまり好きではない。
「私に感謝してよね。こんなのあの白い髪の毛の子……白猫ちゃんだっけ? に見つかると、ヒステリー起こされるわよ?」
「……感謝してるよ」
 ヒステリーどころか、包丁とか普通に持ち出されてしまうレベルだ。
 あいつは、自分の胸の事に関して何か言われると、危険指数がぐんと跳ね上がる。
 洵の野郎は、後からこってりと絞らないといけない。
「で、ウィッチ。用事はそれだけじゃないだろ?」
「あら、別に昔の彼氏と私が何かシタいとかいうの」
「そう言うことじゃない。何か他に言おうとしていることがあるのじゃないのか」
 ウィッチはグスッと一度鼻をすすると、良くわかったね、と言って、俺に一冊の本を手渡してきた。
 その表紙には『太陽と月の冒険』と書かれている。
「何だこの本は」
「魔法書よ。黒猫ちゃんに上げたら喜ぶわよ。何せ、魔術書の中でも最上級のウチの一つだから」
「どうしてそんなものをくれる気になったんだ」
「一応。ちょっと、心配なことがあってね」
 ウィッチは二階のある方向へ目を向けながらそう言う。
「黒猫が?」
「ええ、まあ。ま、杞憂だから、内容は言わないでおくけど、一つあなたに忠告しておくなら、あまり彼女を一人にしないことね」
「どういうことだ」
「魔法使いとしての疳がそう言っているのよ。近々、良くないことが起こる気がする。おそらくは、この街を舞台に。そして、黒猫……もしくは白猫ちゃんがそれに巻き込まれそうな予感がする」
「何だと……?」
「私も詳しくは分からないけれどね。調査、続けるのはいいけど、あまり危険な場所には連れて行かない方がいいわよ? じゃぁ、バイバイ」
 ウィッチは黒いローブを翻らせると、先ほどと同じ呪文を唱えて、黒猫の姿になる。
 そうして、月が明るい夜の中に、再び消えて行ってしまった。

 ――嫌な予感。

 彼女がそう言うことは大抵当たるので、思わず身震いをする。しかも今度は、どうやら人事でもないらしい。
「気をつけないと……いけないようだな」
 俺も二本目のタバコを吸い終ると、さっさと二階に上がることにする。
 ――その時、俺は考え込んでいたからかもしれない。
 俺の家の方向を見てくる、複数人の影がこちらをじっと観察していることに、全く気が付かなかったのだ。
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とある少女とショーネンR18 〈二章〉
   - 10/2/23(火) 6:20 -
  
 ――ラサバ区、イトラス山脈、ベルベ砂漠側 AM5:30 


 あの日から、二日後。
 ――もうすぐ夜が開ける時刻。

 まだ、太陽は空に浮かびあがってこない。
 だが、もうすぐそうなるのであろう、地平線彼方まで続く礫岩だらけの荒野はほのかに熱を帯びたかのよう、オレンジ色の光を纏っている。マラシュケ側から見た山脈が緑で覆われているのもあって、何度見てもそのギャップに驚かざるを得ない。
 俺と黒猫はドラゴンの上に括りつけた毛布にくるまりながら、夜を過ごした。
 遺跡までの道のり。昔は舗装された道路があったらしいが、今の時代ではすっかり荒れ果て、とてもではないが車で行ける場所では無くなっていた。
 俺たちのドラゴンは文句ひとつ言わず、のっしのっしとゆっくりゆっくり歩を進めていく。
 古代のドラゴンには翼を持つものや、炎を吐くものもいたらしい。
 しかし、現代にわずかに残るドラゴン種は体内で生成する魔素の種類を遺伝子的に随分と減らし、飛ぶことはおろか、炎を吐くことも珍しくなってきている。相変わらずの身体能力はあるので、長距離の旅には向いているのだが。
「ところで、さっきからずっと読んでいるんだな、それ」
 俺は頭から上を毛布の外に出しながら、同じようにして、寝っ転がって本を熟読している黒猫に話しかける。
 ――太陽と月の冒険。
 魔術における権威であった古代の文豪が残したとされる名作。全て魔法用の言語で書かれているため一般人には読むことはできない。が、ウィッチいわく、魔術を使える人にとってはのどから手が出る内容が書かれているらしい。
「誰からもらったの? これ」
 書物から目を離さないまま、そう訊いてくる。
「ウィッチから」
「……ふうん。白猫ちゃんの、いる時?」
「いや、お前が寝た後。白猫に見つかったら何をされるやら」
 何気なくそう漏らすと、黒猫は顔を上げ、わざとらしいくらいに顔を歪めて俺の方を睨んできた。
「なんだよ」
「夜這い……? それ」
「そう言うわけじゃない。一階でタバコを吸っていたらアイツが突然現れたんだ。それで家の前でだべっていただけ」
「ふうん……まァいい。あたしは、白猫ちゃんみたいに、すぐ感情的には、ならないし」
 黒猫は暫くこっちの方を何とも言えない表情で見ていたが、やがて黙って書物の方に目線を戻した。
「ただ、あたしも……」
 呟きかけて、あ、と慌てて話題を変える黒猫。
「うん、まぁ、ウィッチさんのことは、白猫ちゃんには言わないでおく。なるべく隠すようにするから」
「あ、あぁ、そうしてくれ」
 先ほどよりも、太陽の頭が出てくる。
 まるで、赤橙のランプが徐々に地下に閉じ込められた世界に入り込んでくるかのように。
「黒猫、読書、集中しているところ悪いが」
「うん?」
「そろそろ、交代の時間だ。あんまり白猫を寝不足にさせない方がいい。怒られるぞ?」
「むぅ。……仕方ない。太陽だけ見たら、もう一度寝る」
「あぁ、今日は突然夜中に起こして悪かった」
 白猫には今回の事を直接口頭で伝えた――黒猫と白猫が上手くコンタクトが取れなかったらしい――のだが、黒猫にはそれらしいことを最初に言っただけで詳しい日程までは言っていなかった。
「だいじょぶ、あたしも久しぶりに沢山起きれて楽しかった」
 はにかんだ笑顔を見せてきた彼女は、本をしおりに挟むと、それを大事そうにカバンの中に戻した。
 そうして、顔だけを毛布から出すと、夜明け前の空をじっと眺める。
「お連れさん」
「何?」
「広場とか、お買い物とか、喫茶店って、楽しい?」
「さぁ、それは人次第だ」
「……夜明け前に、たまにベッドから起きちゃうとき、ある。そんなとき、いつも、白猫ちゃんのこと、羨ましくなる」
「確かに、昼の時の方が、楽しいことはいっぱいできるのかもしれないな」
 黒猫は寂しそうに段々と朝を迎える世界の空気を吸った。
 はぁ、と吐きだした空気は、まだわずかに白くなる。黒い髪の毛に赤い光のラインが入って、黒猫の横顔がいつもより少し綺麗に見えた。

「それから……」
「ん?」
「……黒猫っていう、女の子は」
 いつの間にか、彼女は心配そうな目でこちらの方を見ていた。
「必要な、コ?」
「え?」
「お連れさんにとって、あたしって、役立ってる? 魔法くらいしか取り柄が無い、しゃべり下手で、家事も出来なくて、あんまりお洒落にも興味がない、女の子な、あたし」
 太陽がどんどん昇ってきて、その髪の毛の色が段々と白く薄くなっている。いよいよ、この荒野も赤く燃え盛るように輝き始める。
 黒猫も何だか意識の奥に戻されそうな、朦朧とした瞳になっていた。
 いきなりの質問で、答えが見つからない。
 一言で答えを言うことはできる。だけれども、理由は、と聞かれたら、何とも答えられないかもしれない。言って良いものなのかどうか。
「お連れさん」
「……あ」
「別にあたしは傷つくとか、そういうこと、考えて、無い、から」
 ――嘘だ。
 瞳を若干潤ませたままそんなこと言っても何の説得力もない。
 嘘をつくのが下手なところは、〈どちら〉もよく似ている。
「ったく、もう」
 俺は仕方なく、ガシガシ、と彼女の黒髪を撫でた。整えられていた髪型が少し崩れてしまうが、白猫には寝ぐせと言っておけば素直に信じてくれるだろう。
 そして、肝心の彼女は、呆けた表情でこちらの方を見ていた。
「ほあ……」
「そう言うなぁ、俺を困らせる質問をするんじゃねーよ」
「だって、だって……たまに、質問したい時かって、ある……もん」
「必要だ」
「……。……え、あ」
「ちなみに、理由なんてない。ほら、安心したらさっさと交代しないと、白猫に怒られるぞ?」
「う……ん」
 何故そんなことをいきなり質問してきたのか、と逆に質問したかったが、彼女にも何か思うことがあるのだろう。
 今は、そっとしておくことにした。

「(……他の女のコの事、好きになったら、あたしの方が、きっと、めんどくさい、よ?)」

 黒猫が、なにか独り言を漏らす。
「え? 何か言った?」
「なんでもない」
 彼女はフフッと軽く笑ってそっと目を閉じた。
 ――同時に彼女の髪の毛の色が目まぐるしく変化し始める。
 それはまるで一秒に何度も朝夜が回っているような、そんな光景。
 黒から白へ。
 白から黒へと、何度も、何度も。
 だが、数分もしないうちに、その色は白にとどまり始め、最後には完全に真白な髪の毛となって、朝の心地良い風に揺らされていた。

「……おはよう、白猫」


 ――??? AM6:00


 草原の香りが朝になったことを伝えます。
 あぁ、そろそろ、あたしの出番というわけですね。
 だけれども……何だか雰囲気が違います。

 ――あれ? ここは、どこの街なんだろう。

 どこからともなく流れてくる気持ちの良いハープの音。
 空を見上げれば、明るいはずの街に、大きな三日月が、ポツリと浮かんでいます。
 なんだか、ファンタジーの世界に入りこんでしまった気分。
 街を作る建物は、あるいはパン屋さんだったり、お洒落な喫茶店だったり、服のお店だったり。街の住人は、みんな西洋風のデザインの良いのを着て闊歩していました。
 ――あぁ、あたし、あんな服着たことないのになぁ……。
 そんな彼らを思わず羨ましく思って見てしまうあたし。
 ふと、自分のいる大きなレンガ道の坂を見渡すと、遠くの方に海が見えます。
 ハチリア島の時も綺麗な海が見れましたが、そことはまた違いました。
 何とも言えない、想い出が詰まったような碧い、――海が、見えるのです。

 あぁ、そうだ、この世界は――

「交代だよ」
「うわっ」
 突然後ろから声を掛けられて、あたしはあわててそっちの方を振り向きます。
 手をパタパタと振りながら、いつも通りの半目の眠たそうな顔をした黒猫ちゃんが、立っていました。
 と、いうより、本気で眠たそうにあくびをしたり、目をこすったりしています。
「何していたんですか?」
「本、読んでた」
「あー……もう。どうせなんか魔法書のいいやつでしょ?」
 黒猫ちゃんは、あたしが朝昼にとても眠たくなることを知っていながら、読書だけは熱中して徹夜も辞さない悪い子ちゃんですから困ります。
 あんな文字、あたしには全然読めないので分かりませんが、何が楽しいんでしょうね?
「太陽と月の冒険」
「タイトル?」
「そ」
 あたしはこめかみに指を当てながら、彼女のために洵さんのお金で買った何冊かの本の表紙を思い出します。魔法書は文字は読めませんが、絵がかなり豪華に書かれている表紙のモノがあるので、それでどういう魔法の本かは分かるのです。
 ただ、あたしの買ったものにそんな太陽や月が書かれたものはありませんが……。
「お連れさんがくれた」
「……へ? は、ははははは……。……はいいいいい!?」
 あたしは思わず黒猫ちゃんの襟を掴んでしまいました。
 失言してしまった後の顔をしながら黒猫ちゃんがこっちを見ます。
 何か不良青年になってしまった気分ですが、今はそれよりも問い詰めたいことがあります。
「なんで? どうして? それって、プレゼントじゃん!」
「い、いや、ちが」
「もー! あたしには最近殆どお小遣いくれないのに!」
「大丈夫。明日からは普通に上げるからって、お連れさんが言ってた」
「で、でも、プレゼントとか! しかもそれって絶対、黒猫ちゃんの好きなものだって分かってやってるに決まってるよー!」
 頭を抱えたくなっちゃいます。
 それをちらっと一瞥した黒猫ちゃんは、何だか申し訳なさそうな顔……というか、何だかマズったなぁという顔をしてあたしから目を反らしていました。うう……。
 た、確かに顔は同じだし、体型も同じだし、黒猫ちゃんにプレゼントというのは、つまりあたしに、って言うことも承知しているつもりだけれど!
 でも、でも、なんか悔しい!
「お、お連れさんは、あたしのモノです!」
「こんな道端で、そんな恥ずかしいこと、言うものじゃないよ」
「う〜、でもでも、家事洗濯お買い物そして子供の世話! 全部あたしがやっているのにぃっ」
「こ、子供はいないけど……」
 キーッとハンカチ……はなかったので普通に自分の服を噛むあたし。
 黒猫ちゃんがなんだか終始いたたまれない表情をしているのが余計に癪に触ります。
「んもう、たまに会うときくらい、仲良く、しよ?」
 首をくいっと軽く横に倒してあたしの方を見てくる黒猫ちゃん。
「……じゃぁ、誓いましょうよ。黒猫ちゃんは、お連れさんには興味がないって」
 苛立たしくなってしまうのは仕方無い、と自分で言い訳しながらそんなことをまくしたてます。
「それは、無理」
 でも、彼女の答えは、即答でした。
「ど、どうしてー……」
 若干うろたえながら、その理由を問いただします。

「だって、あたしも、お連れさんのこと、好きだもの」

 ――へ?

 いや、今のは多分、黒猫ちゃんが良く言う悪い冗談です。
 あたしって、そう考えると、本当にいろんな人からいじられますよねぇ。
 なんででしょう? そう言う性格なんでしょうか?
 でも、黒猫ちゃんはちょっと悪い冗談すぎます。だって、彼女は、いつもあたしとお連れさんの事を考えてくれて、何かとあたしに構ってあげられるようにお連れさんに掛けあってくれるんです。
 そんな彼女が、いくらなんでも同じ人が好きとか、……ねぇ?
「今まで気がつかなかったのも、結構、すごい、けど」
「う……ウソ、ですよね?」
「んー。例えるなら、生きた冗談、みたいな」
「ほぇぇ? ……あぁ、成程、それはつまり現実に実在する嘘だということですかってそれ本当だって意味じゃないですか!」
「うん、そうだよ。あたしもお連れさんが好き」
「で、ででででも、そんなはず、そんなはず……!」
「同じ脳みそで、生きているんだし。仕方ない」
 自分で言ったことに、自分で納得してしまう黒猫ちゃん。
 その瞬間、この街に誰一人として仲間がいなくなったような気分になります。
 まぁ、あたしたち二人以外、多分義手義足の人間たちなのでしょうけども。
「あたし、もう誰もお友達いないや……」
「うん、なんで? 白猫ちゃんの事は、あたしずっと、友達だと思ってるけど」
 チャオちーならば頭の上にはてなマークを浮かべるであろう表情で聞いてくる彼女。
「だって、考えたらそうじゃん。好きな人が同じ女性が二人、仲良くなんて」
「出来る、よ」
「え……」
「あたし、これからも、白猫ちゃんの恋、応援するし」
 とぎれとぎれの眠たげな口調ですが、そこにははっきりとした意思がありました。
 あたしはそれで少し黒猫ちゃんの事を信用できるようになって、彼女と再び見つめ合う格好になります。
「あたしは、髪の毛は黒い、けど、腹黒いのは嫌い。だから、白猫ちゃんの恋は応援することにしてるの。たまに、迷っちゃうけど。でも、あたしの中の答えは、彼の返事だけ」
「彼の、返事?」
「白猫ちゃんが好きって言ったのなら、あたしは白猫ちゃんを応援する。友達として。あたしを好き、って言ったのなら、あたしは自分の恋を、精一杯頑張る。根暗だけど、頑張って笑うし、お話も沢山したい」
「黒猫ちゃんって、強い……」
 あたしはさっきのしょうもない怒りを忘れて、ポカンと口を開けてしまいます。
 黒猫ちゃんはそんなあたしを苦笑いで見てきました。
「強くない、よ。もしも、お連れさんが第三者を選んだのなら、多分あたし、白猫ちゃんよりも嫉妬すると思う」
「おぉ怖っ」
「魔法も、使えるしね」
 指先にスッと何かを唱えて炎をともす黒猫ちゃん。
 あたしの身体を思わずぞぞっとした震えが走り抜けていきます。
「冗談」
「んもう、酷い、黒猫ちゃん」
「多分、すんごく泣いちゃうから、その時は慰めてね、白猫ちゃん」
「ん。あたしも泣くから二人でワンワン泣こうね」
 どちらからともなく、手を差し出し合います。
 そして、二人でそれを、キュッと握りました。
 何だか、同じ身体同士なのに、お互いの熱が伝わってくる感覚がします。
「また、たまにお話ししよ。白猫ちゃん」
「ん、そだね。じゃあね、黒猫ちゃん。あたし頑張る」
 あたしの身体が段々と薄くなります。
 夢の世界から、そろそろ起床という合図です。
 黒猫ちゃんはそれを穏やかそうな目で見ながら、一言、何かを言いました。


「本当は猫はもう一匹いるんだけどね――ね、灰猫ちゃん」


 ――ラサバ区、世界遺産 遺跡アイト・ベン・ハッドゥ AM9:30


「うむぅ……?」

 目が少しかすれていて、開けにくくなります。
 もしかして目やにとかが付いているのかもしれません。それなら、あんまりお連れさんには見せたくない気もします。
 あたしは薄眼でぼんやりと周りの状況を確認します。
 ストン、ストンという一定の揺れはもうなくなっていて、多分ドラゴンに未だ乗っている、ということはないんでしょうね。
 ――遺跡に調査に行こうと言われたのは昨日の事でした。
 最近は、お金だけじゃなくて、何かと構ってもらえていなかったので、あたしは表向きイライラ半分で彼の提案を聞いていたんですが、もう半分の本心ではハッピーそのものでした。
 ちょっと、拗ねたふりをすると、お連れさんが本気で心配そうな目で見てくれるんですよ? あの独占出来ている喜びと言ったらもう。
 結局あの後も、30分くらい駄々をこねてしまいました。
 最後はさすがにお連れさんも少し叱り口調でしたが。
 というわけで、黒猫ちゃんと半分こなんで今の気分は、プラマイゼロよりちょっと上、くらい。でもま、お連れさんの最近のあたしに対するいじめは許すとしましょうか。

「うんとこせっ、と」

 ふかふかの毛布に包まれたお布団から何とか抜け出します。
 ふう、と一息ついて、ここがどこか建物の中なんだと把握します。
 ――今回の件もやっぱり黒猫ちゃんの手回しかもしれません。白猫にもっと構ってあげなよ、みたいな。
 そう思うと、何だか後ろ髪惹かれる思いも多少はありますが、あたしも自分が自分でいられるときは手を抜かないようにします。
気取らず、ウソをつかず。
 ありのままの自分でお連れさんに迫らないと、自分に負けちゃいますし、自分以外の誰かに取られちゃいますからね。
「それで、ここは、どこだろう」
「アイト・ベン・ハッドゥですえ」
「ひょぇっ」
 毎度毎度、話しかけるときは正面から、というマナーを守らない人が多すぎです。
 今度は突然右耳に息がかかるくらいの至近距離からしわがれた声で誰かが話しかけてきます。
 肌色の肌。あたしと同じ、だけど多分本質的に違うだろう白い髪の毛。全体的に小太りな優しいおばあさん、という印象。全身は黒い衣装で統一しており、ホント、暑くないのおばあさん? と、問いたくなりますが、汗は一筋もたらしていません。
「ようこそ、遺跡の街へ。ま、こんなところドラゴン使えるヤツしか来れないからのう」
「そ、そうなんですかー」
「飛行機も、最近はここらの気流が安定しておらんで、誰も怖くて運転なんてできん」
 おばあさんはそう言うと、一杯のミントティーを渡してくれます。
「目覚めにはちょうどええ」
「あ、ありがとう、ございます……」
 かなり甘いミントティーですが、もらいものを残すのは気が引けたのでちびちびと飲み干していくことにします。
「あの、お名前を伺ってよろしいでしょうか?」
「ワシは、ここの街の長をしておる、スバガと言いますわ。宜しくな嬢ちゃん」
「はい、宜しくお願いします」
 しわしわな暖かい手と、握手。
 なんだか、自分の心まで癒やされてしまう気分になります。

「白猫、起きたか?」
「ひゃっ」
 聞き覚えのある声がして、そちらの方を見ると、入口からお連れさんが首だけをのぞかせていました。
「あ……」
 ふと、目線が彼の被っているスウェットキャップに移ります。
 灰色の暑い日でもかぶれる帽子が欲しいということで、あたしが手作りで拵えたものです。
 最近お連れさんと会っていなかったので分かりませんでしたが、ごくごく自然に使っていてくれてたんですね。
 ――嬉しい。
 そんな感情が、あたしの胸を暖めるように、締め付けるように、襲ってきます。
「もう9時過ぎているから、そろそろ起きて、何か食べないとな」
「あ、うん」
 穏やかな口調であたしに話しかけてくれるお連れさん。
 なんだか、その声が久しぶりな気もします。
 もしかしたら、ハチリア島で看病してもらった時以来かもしれません。
「えへへ……」
 ちょこっと笑いがこみあげてきてしまいます。周りから変な眼で見られるかもしれませんが、それでもいいくらい、なんだか、無性に笑いたい気分になります。

 土で出来た建物の小窓からのぞく太陽の光が、いつもより眩しく見えました。
引用なし
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とある少女とショーネンR18 〈二章〉 修正版
   - 10/2/25(木) 0:24 -
  
――ラサバ区、イトラス山脈、ベルベ砂漠側 AM5:30 


 あの日から、二日後。
 ――もうすぐ夜が開ける時刻。

 まだ、太陽は空に浮かびあがってこない。
 だが、もうすぐそうなるのであろう、地平線彼方まで続く礫岩だらけの荒野はほのかに熱を帯びたかのよう、オレンジ色の光を纏っている。マラシュケ側から見た山脈が緑で覆われているのもあって、何度見てもそのギャップに驚かざるを得ない。
 俺と黒猫はドラゴンの上に括りつけた毛布にくるまりながら、夜を過ごした。
 遺跡までの道のり。昔は舗装された道路があったらしいが、今の時代ではすっかり荒れ果て、とてもではないが車で行ける場所では無くなっていた。
 俺たちのドラゴンは文句ひとつ言わず、のっしのっしとゆっくりゆっくり歩を進めていく。
 古代のドラゴンには翼を持つものや、炎を吐くものもいたらしい。
 しかし、現代にわずかに残るドラゴン種は体内で生成する魔素の種類を遺伝子的に随分と減らし、飛ぶことはおろか、炎を吐くことも珍しくなってきている。相変わらずの身体能力はあるので、長距離の旅には向いているのだが。
「ところで、さっきからずっと読んでいるんだな、それ」
 俺は頭から上を毛布の外に出しながら、同じようにして、寝っ転がって本を熟読している黒猫に話しかける。
 ――太陽と月の冒険。
 魔術における権威であった古代の文豪が残したとされる名作。全て魔法用の言語で書かれているため一般人には読むことはできない。が、ウィッチいわく、魔術を使える人にとってはのどから手が出る内容が書かれているらしい。
「誰からもらったの? これ」
 書物から目を離さないまま、そう訊いてくる。
「ウィッチから」
「……ふうん。白猫ちゃんの、いる時?」
「いや、お前が寝た後。白猫に見つかったら何をされるやら」
 何気なくそう漏らすと、黒猫は顔を上げ、わざとらしいくらいに顔を歪めて俺の方を睨んできた。
「なんだよ」
「夜這い……? それ」
「そう言うわけじゃない。一階でタバコを吸っていたらアイツが突然現れたんだ。それで家の前でだべっていただけ」
「ふうん……まァいい。あたしは、白猫ちゃんみたいに、すぐ感情的には、ならないし」
 黒猫は暫くこっちの方を何とも言えない表情で見ていたが、やがて黙って書物の方に目線を戻した。
「ただ、あたしも……」
 呟きかけて、あ、と慌てて話題を変える黒猫。
「うん、まぁ、ウィッチさんのことは、白猫ちゃんには言わないでおく。なるべく隠すようにするから」
「あ、あぁ、そうしてくれ」
 先ほどよりも、太陽の頭が出てくる。
 まるで、赤橙のランプが徐々に地下に閉じ込められた世界に入り込んでくるかのように。
「黒猫、読書、集中しているところ悪いが」
「うん?」
「そろそろ、交代の時間だ。あんまり白猫を寝不足にさせない方がいい。怒られるぞ?」
「むぅ。……仕方ない。太陽だけ見たら、もう一度寝る」
「あぁ、今日は突然夜中に起こして悪かった」
 白猫には今回の事を直接口頭で伝えた――黒猫と白猫が上手くコンタクトが取れなかったらしい――のだが、黒猫にはそれらしいことを最初に言っただけで詳しい日程までは言っていなかった。
「だいじょぶ、あたしも久しぶりに沢山起きれて楽しかった」
 はにかんだ笑顔を見せてきた彼女は、本をしおりに挟むと、それを大事そうにカバンの中に戻した。
 そうして、顔だけを毛布から出すと、夜明け前の空をじっと眺める。
「お連れさん」
「何?」
「広場とか、お買い物とか、喫茶店って、楽しい?」
「さぁ、それは人次第だ」
「……夜明け前に、たまにベッドから起きちゃうとき、ある。そんなとき、いつも、白猫ちゃんのこと、羨ましくなる」
「確かに、昼の時の方が、楽しいことはいっぱいできるのかもしれないな」
 黒猫は寂しそうに段々と朝を迎える世界の空気を吸った。
 はぁ、と吐きだした空気は、まだわずかに白くなる。黒い髪の毛に赤い光のラインが入って、黒猫の横顔がいつもより少し綺麗に見えた。

「それから……」
「ん?」
「……黒猫っていう、女の子は」
 いつの間にか、彼女は心配そうな目でこちらの方を見ていた。
「必要な、コ?」
「え?」
「お連れさんにとって、あたしって、役立ってる? 魔法くらいしか取り柄が無い、しゃべり下手で、家事も出来なくて、あんまりお洒落にも興味がない、女の子な、あたし」
 太陽がどんどん昇ってきて、その髪の毛の色が段々と白く薄くなっている。いよいよ、この荒野も赤く燃え盛るように輝き始める。
 黒猫も何だか意識の奥に戻されそうな、朦朧とした瞳になっていた。
 いきなりの質問で、答えが見つからない。
 一言で答えを言うことはできる。だけれども、理由は、と聞かれたら、何とも答えられないかもしれない。言って良いものなのかどうか。
「お連れさん」
「……あ」
「別にあたしは傷つくとか、そういうこと、考えて、無い、から」
 ――嘘だ。
 瞳を若干潤ませたままそんなこと言っても何の説得力もない。
 嘘をつくのが下手なところは、〈どちら〉もよく似ている。
「ったく、もう」
 俺は仕方なく、ガシガシ、と彼女の黒髪を撫でた。整えられていた髪型が少し崩れてしまうが、白猫には寝ぐせと言っておけば素直に信じてくれるだろう。
 そして、肝心の彼女は、呆けた表情でこちらの方を見ていた。
「ほあ……」
「そう言うなぁ、俺を困らせる質問をするんじゃねーよ」
「だって、だって……たまに、質問したい時かって、ある……もん」
「必要だ」
「……。……え、あ」
「ちなみに、理由なんてない。ほら、安心したらさっさと交代しないと、白猫に怒られるぞ?」
「う……ん」
 何故そんなことをいきなり質問してきたのか、と逆に質問したかったが、彼女にも何か思うことがあるのだろう。
 今は、そっとしておくことにした。

「(……他の女のコの事、好きになったら、あたしの方が、きっと、めんどくさい、よ?)」

 黒猫が、なにか独り言を漏らす。
「え? 何か言った?」
「なんでもない」
 彼女はフフッと軽く笑ってそっと目を閉じた。
 ――同時に彼女の髪の毛の色が目まぐるしく変化し始める。
 それはまるで一秒に何度も朝夜が回っているような、そんな光景。
 黒から白へ。
 白から黒へと、何度も、何度も。
 だが、数分もしないうちに、その色は白にとどまり始め、最後には完全に真白な髪の毛となって、朝の心地良い風に揺らされていた。

「……おはよう、白猫」


 ――??? AM6:00


 草原の香りが朝になったことを伝えます。
 あぁ、そろそろ、あたしの出番というわけですね。
 だけれども……何だか雰囲気が違います。

 ――あれ? ここは、どこの街なんだろう。

 どこからともなく流れてくる気持ちの良いハープの音。
 空を見上げれば、明るいはずの街に、大きな三日月が、ポツリと浮かんでいます。
 なんだか、ファンタジーの世界に入りこんでしまった気分。
 街を作る建物は、あるいはパン屋さんだったり、お洒落な喫茶店だったり、服のお店だったり。街の住人は、みんな西洋風のデザインの良いのを着て闊歩していました。
 ――あぁ、あたし、あんな服着たことないのになぁ……。
 そんな彼らを思わず羨ましく思って見てしまうあたし。
 ふと、自分のいる大きなレンガ道の坂を見渡すと、遠くの方に海が見えます。
 ハチリア島の時も綺麗な海が見れましたが、そことはまた違いました。
 何とも言えない、想い出が詰まったような碧い、――海が、見えるのです。

 あぁ、そうだ、この世界は――

「交代だよ」
「うわっ」
 突然後ろから声を掛けられて、あたしはあわててそっちの方を振り向きます。
 手をパタパタと振りながら、いつも通りの半目の眠たそうな顔をした黒猫ちゃんが、立っていました。
 と、いうより、本気で眠たそうにあくびをしたり、目をこすったりしています。
「何していたんですか?」
「本、読んでた」
「あー……もう。どうせなんか魔法書のいいやつでしょ?」
 黒猫ちゃんは、あたしが朝昼にとても眠たくなることを知っていながら、読書だけは熱中して徹夜も辞さない悪い子ちゃんですから困ります。
 あんな文字、あたしには全然読めないので分かりませんが、何が楽しいんでしょうね?
「太陽と月の冒険」
「タイトル?」
「そ」
 あたしはこめかみに指を当てながら、彼女のために洵さんのお金で買った何冊かの本の表紙を思い出します。魔法書は文字は読めませんが、絵がかなり豪華に書かれている表紙のモノがあるので、それでどういう魔法の本かは分かるのです。
 ただ、あたしの買ったものにそんな太陽や月が書かれたものはありませんが……。
「お連れさんがくれた」
「……へ? は、ははははは……。……はいいいいい!?」
 あたしは思わず黒猫ちゃんの襟を掴んでしまいました。
 失言してしまった後の顔をしながら黒猫ちゃんがこっちを見ます。
 何か不良青年になってしまった気分ですが、今はそれよりも問い詰めたいことがあります。
「なんで? どうして? それって、プレゼントじゃん!」
「い、いや、ちが」
「もー! あたしには最近殆どお小遣いくれないのに!」
「大丈夫。明日からは普通に上げるからって、お連れさんが言ってた」
「で、でも、プレゼントとか! しかもそれって絶対、黒猫ちゃんの好きなものだって分かってやってるに決まってるよー!」
 頭を抱えたくなっちゃいます。
 それをちらっと一瞥した黒猫ちゃんは、何だか申し訳なさそうな顔……というか、何だかマズったなぁという顔をしてあたしから目を反らしていました。うう……。
 た、確かに顔は同じだし、体型も同じだし、黒猫ちゃんにプレゼントというのは、つまりあたしに、って言うことも承知しているつもりだけれど!
 でも、でも、なんか悔しい!
「お、お連れさんは、あたしのモノです!」
「こんな道端で、そんな恥ずかしいこと、言うものじゃないよ」
「う〜、でもでも、家事洗濯お買い物そして子供の世話! 全部あたしがやっているのにぃっ」
「こ、子供はいないけど……」
 キーッとハンカチ……はなかったので普通に自分の服を噛むあたし。
 黒猫ちゃんがなんだか終始いたたまれない表情をしているのが余計に癪に触ります。
「んもう、たまに会うときくらい、仲良く、しよ?」
 首をくいっと軽く横に倒してあたしの方を見てくる黒猫ちゃん。
「……じゃぁ、誓いましょうよ。黒猫ちゃんは、お連れさんには興味がないって」
 苛立たしくなってしまうのは仕方無い、と自分で言い訳しながらそんなことをまくしたてます。
「それは、無理」
 でも、彼女の答えは、即答でした。
「ど、どうしてー……」
 若干うろたえながら、その理由を問いただします。

「だって、あたしも、お連れさんのこと、好きだもの」

 ――へ?

 いや、今のは多分、黒猫ちゃんが良く言う悪い冗談です。
 あたしって、そう考えると、本当にいろんな人からいじられますよねぇ。
 なんででしょう? そう言う性格なんでしょうか?
 でも、黒猫ちゃんはちょっと悪い冗談すぎます。だって、彼女は、いつもあたしとお連れさんの事を考えてくれて、何かとあたしに構ってあげられるようにお連れさんに掛けあってくれるんです。
 そんな彼女が、いくらなんでも同じ人が好きとか、……ねぇ?
「今まで気がつかなかったのも、結構、すごい、けど」
「う……ウソ、ですよね?」
「んー。例えるなら、生きた冗談、みたいな」
「ほぇぇ? ……あぁ、成程、それはつまり現実に実在する嘘だということですかってそれ本当だって意味じゃないですか!」
「うん、そうだよ。あたしもお連れさんが好き」
「で、ででででも、そんなはず、そんなはず……!」
「同じ脳みそで、生きているんだし。仕方ない」
 自分で言ったことに、自分で納得してしまう黒猫ちゃん。
 その瞬間、この街に誰一人として仲間がいなくなったような気分になります。
 まぁ、あたしたち二人以外、多分義手義足の人間たちなのでしょうけども。
「あたし、もう誰もお友達いないや……」
「うん、なんで? 白猫ちゃんの事は、あたしずっと、友達だと思ってるけど」
 チャオちーならば頭の上にはてなマークを浮かべるであろう表情で聞いてくる彼女。
「だって、考えたらそうじゃん。好きな人が同じ女性が二人、仲良くなんて」
「出来る、よ」
「え……」
「あたし、これからも、白猫ちゃんの恋、応援するし」
 とぎれとぎれの眠たげな口調ですが、そこにははっきりとした意思がありました。
 あたしはそれで少し黒猫ちゃんの事を信用できるようになって、彼女と再び見つめ合う格好になります。
「あたしは、髪の毛は黒い、けど、腹黒いのは嫌い。だから、白猫ちゃんの恋は応援することにしてるの。たまに、迷っちゃうけど。でも、あたしの中の答えは、彼の返事だけ」
「彼の、返事?」
「白猫ちゃんが好きって言ったのなら、あたしは白猫ちゃんを応援する。友達として。あたしを好き、って言ったのなら、あたしは自分の恋を、精一杯頑張る。根暗だけど、頑張って笑うし、お話も沢山したい」
「黒猫ちゃんって、強い……」
 あたしはさっきのしょうもない怒りを忘れて、ポカンと口を開けてしまいます。
 黒猫ちゃんはそんなあたしを苦笑いで見てきました。
「強くない、よ。もしも、お連れさんが第三者を選んだのなら、多分あたし、白猫ちゃんよりも嫉妬すると思う」
「おぉ怖っ」
「魔法も、使えるしね」
 指先にスッと何かを唱えて炎をともす黒猫ちゃん。
 あたしの身体を思わずぞぞっとした震えが走り抜けていきます。
「冗談」
「んもう、酷い、黒猫ちゃん」
「多分、すんごく泣いちゃうから、その時は慰めてね、白猫ちゃん」
「ん。あたしも泣くから二人でワンワン泣こうね」
 どちらからともなく、手を差し出し合います。
 そして、二人でそれを、キュッと握りました。
 何だか、同じ身体同士なのに、お互いの熱が伝わってくる感覚がします。
「また、たまにお話ししよ。白猫ちゃん」
「ん、そだね。じゃあね、黒猫ちゃん。あたし頑張る」
 あたしの身体が段々と薄くなります。
 夢の世界から、そろそろ起床という合図です。
 黒猫ちゃんはそれを穏やかそうな目で見ながら、一言、何かを言いました。


「本当は猫はもう一匹いるんだけどね――ね、灰猫ちゃん」
引用なし
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1909 / 2010 ツリー ←次へ | 前へ→
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