●週刊チャオ サークル掲示板
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
2758 / 4327 ←次へ | 前へ→

No.7
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:38 -
  
「……んう」
 暗い部屋の中で目が覚めた。
 いつもならカーテン越しに太陽の光が差し込んできていて明るいのだが、今日はどうも様子が違う。天井は見慣れた我が家のものなのだが……。
「時間……」
 時計を探すべく体を起こそうとして、そこでいつもとは状況が少し違う事に気付いた。ベッドの上で寝ているところまでは変わらないのだが、枕元にノートパソコンがあって、ベッドの側に菓子類のゴミが散乱したちゃぶ台が寄せてある。
「ああ、そっか」
 そこで昨日の私の行動を思い出した。
 あの後ファミレスを出た私は、体裁上いつも通りの事務所生活を過ごした後、コンビニで多量のお菓子を買ってから我が家に帰ってきた。そしてパソコンを立ち上げ、真っ暗な部屋の中で例のガチで探偵ごっこやろうぜ、通称ガチタンの掲示板を見て過ごしていたのだ。
「まあ、夜通し文字ばっかり見てたらね……」
 恐らく睡魔に負けて寝てしまったのだろう。
 改めてパソコンの画面の右下に表示されている時刻を見てみると、なんと丑三つ時。とんだ早起きをしてしまったものだ。
 ――というわけで、調査二日目。


 昨日の夜にこの掲示板と関連のまとめサイトを見てわかったことがある。
 まず、この掲示板が思った以上にユーザーが多い理由。
 ヤイバが言っていた「本物がいる」という事について一般の利用者が感知しているかは不明瞭だが、それでも名探偵ないし個性的なユーザーが複数人、そして普段は触れられない面白そうな話題があれば一般ユーザー達は惹かれる。ただの噂話をするだけの掲示板と違って廃れない訳がそこだ。
 そして、このような掲示板で真実が見つかる理由。
 まとめサイトを見た時に『ガチで解決した謎』という項目を見つけたのだが、その解決された謎というものの数を見て私は驚いた。多くて数十件程度だろうと高を括っていたら、その数は百を越えていた。いったい何故か? それは、まさしく掲示板である事に理由があった。
 掲示板という場所は、匿名の人物が流す情報が無数に存在している。その中の多くには、全くの嘘やデタラメの情報だってあるだろう。「だからこそ好都合なのだ」と、そうは考えられないだろうか?

 例え話で説明しよう。
 ここに、ある組織の人間がいる。その人間は組織を裏切ろうと考えているが、僅かでも怪しい動きをすれば組織に粛清されてしまう。マスコミに情報を流すのも、ネットに情報をばら撒くのも危険だ。
 そんなある日、この掲示板を見つける。その人間はくだらない掲示板の一つだなと思うが、しかしこれは逆にチャンスかもしれないと思い直す。
 そしてその人間は、掲示板に自分が流したとは到底バレないであろう断片的な情報を、賭けに出る気持ちで匿名で書き込む。その人間が行うのはそこまでだ。後は探偵ごっこをしたくてたまらない暇人どもが真実に辿り着き、自分のいる組織を解体させるという奇跡の数パーセントを信じて待つだけ。
 この方法は一見すればデメリットばかり目立つのだが、普通に組織を裏切るのとは訳が違うメリットがある。
 一つは自分が裏切り者であると悟られる可能性が低いこと。自分のやった事は噂話程度の情報を流した一回の書き込みだけ。これは身の安全を第一に考えれば非常にデカい。
 もう一つはこの掲示板の知名度が高くないこと。まずこんな子供遊びの掲示板の存在なんか知る機会はない。平たく言えばバレないということに繋がる。
 そして一番のメリットは、デマが錯綜する可能性が限り無く高いということだ。
 木を隠すなら森の中、情報を隠すなら情報の中。嘘やデタラメの溢れる場所に隠された真実の価値を知ってても、そこに真実があると認識しなければ誰もが素通りする。その真実の価値を知り、その在り処を多くの暇と才能を無駄に費やして見つけ出す――それがこのガチタンという掲示板にいるユーザー達なのだろう。
 ……とまぁ、これが私なりに考えた「この掲示板のイイトコロ」である。裏を返せば「こう考えないとイイトコロが見つからない」という事も覚えていてもらいたい。


 まだまだ残っていたお菓子をつまみながら、私は掲示板のチェックを再開した。
 今いるスレッドを見てみると、私が寝始めたであろう時間にとっくに1000レスに到達していた。最新のスレッドを探そうと一覧に戻ると、なんと既に5つもスレッドが消費されている。
「みんな元気だなぁ」
 ここまで議論が加速している理由は、そのヤイバが「捜索対象が超弩級の美少女だった」という情報を流したから――というわけではないらしい。
 できるだけ個人情報は守っておきたいという私からの要望に応え、ヤイバが話した捜索対象は「二年前にチャオ関係の裏組織を調査して行方不明になったと思われる未咲という女性探偵」というところに留めておいた。それでも「未咲は過去にいくつかの難事件を解決している」とまでわかってしまえば、未咲がまだ年端も行かない少女であることはバレてしまうのだろうが……ぶっちゃけた話、この方法じゃ個人情報なんて守れてないも同然じゃないのかと思う。
「ま、別にいいよね」
 私がやった事じゃないし。それに捜索対象の事は知らなければ探しようがないんだもの。アンジュさんには今回取った手段を話さなければ良い事だ。それにどうせタダ働きだもんね。……そうでも考えてないと、良心が痛んでこれ以上捜索はできない。
 などど自分に言い訳をしながら、最新のスレッドを見つけた。まだ書き込み数は二百程度で、のんびり下へ下へとスクロールさせながら書き込みを眺めていく。

> 本当にその交通事故と関係あるって言い切れるのか? おれにはどうも短絡的過ぎるように思う。
>>あるとは言ってない。でもないとも言い切れないぜ。
> 悪魔の証明乙。確なる証拠もなくちゃ誰も納得しねーよ。
>>お前ら探偵ごっこしてる身でシャーロックホームズも知らないとは言わないだろうな? 不可能を消去して最後に残ったものが真実になるんだ。これしきの証明もできなきゃガチタン民とは言わん。

 いつの間にか話は私の関知していない領域まで進んでいた。やる気が溢れていて結構。仕事にも反映させるんだぞ、と要らぬお節介が出そうになった。
 とりあえず私は議論の現状を把握する為に掲示板に「今北産業」と書き込んだ。途中からやってきた人にも現状を三行でわかりやすく教えてくれるという魔法の言葉だ。
 そして、特に待たせずに返信が帰ってきた。

> 未咲たんの失踪した二年前の事件を洗う
> 同時期に被害者加害者不明の交通事故発見
> これ怪しくね? ←いまここ

 ……未咲「たん」はともかくとして、二日でここまでの進展を見せるとは予想外だ。暇とコミュニティの力は侮れない。
 次に「交通事故について詳しく」と書き込んで返信を待った。これで前スレ見直せとか言われたら眠気眼な私の気力は駄々下がりだが、教えてくれる親切な人はいるかな。

> 説明しよう!
> 事件は当日の嵐の夜、某市街にて起きたらしい。突然、警察に通報があった。内容はこうだ。
>「激しい騒音で目が覚めた。窓の外を見たら大きなトラックが電柱に激突していた。詳しい状況はまだ確認できていないが、すぐ来て欲しい」
> その後駆けつけた警察が見つけたのは、運転手が消えたトラックと嵐に流されつつある血痕だけだったそうな。
> 運転席から流れた血じゃなかったみたいだから、誰かが轢かれたんだろうとまではわかったが、結局残った手掛かりは流れきる前に回収した血液だけみたいね。

 なんとも不思議な話だった。消えた運転手と残された血痕。ちょっと話にヒネリを入れてやれば怪談話にだってできそうなくらいだ。
 しかし――この話は何かおかしい。私は浮かんだ疑問をぶつけるべくキーボードを叩いた。

> どうして被害者がいないの?
>>運転手がどこかに運んだんじゃねーの?
> それじゃあどうして運んだの?
>>被害者の身元を隠す為だろ。それしか考えられん。
> いや、そのりくつはおかしい。
> 身元を隠す為に重症を負った被害者、もしくは死体を隠したって何の意味もないぞ。

 ここで私の言わんとしている事を理解したユーザーが現れてくれたようだ。後の流れは質問した私を置いて勝手に進んでいく。

> ああそっか。どのみち血痕がありゃバレるわな。
>>トラックが電柱に突っ込んだ時点で事故があったのは明白だしな。流されただけじゃ完全に血痕は消えないし、死体隠したって意味ねーな。
> なぜこんな簡単な事に気付かなかったし。
>>お前らが今回の事件との関連性ばっかり話してるからだろ(笑)
> まあ待て。そうすると何故死体が消えたかって謎が残るぜ。どうするんだよ。
>>考えろ。

 いや、多分考えてもわかりっこないだろう。こればかりは証拠を掴まなければ納得の行く推論は出てこない。それよりも、もっと大きな疑問がある。

> どうして被害者の身元が不明なの? 血液は回収したのにDNA鑑定はしなかったの?
>>特定に失敗したとしか考えられないが。
> ……隠蔽(ボソッ
>>そ れ だ
> 情報規制キタコレ!
>>警察かマスコミに圧力をかけたんですね、わかります。
> こいつぁくせぇーっ! ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ!

 私の疑問から勝手に憶測して勝手に盛り上がり始めた。この豊かな発想力には感服する。
 しかし、それでもイマイチわからない話ではある。警察やマスコミに圧力をかけてまで事件を明らかにしたくなかった理由。恐らく事故に見せかけた殺人である事を隠す為だったのだろうが……もしそうだとすれば、どうしてそんな回りくどい事をしたのか?
 そして、世間に公表されずに殺されなければならなかった人物とは? その人物は本当に未咲なのか?

「……寝よ」
 続きは、朝になってから考えることにした。


____


 朝は朝でも十一時でした。
 本来ならお昼過ぎてもまだ寝てる計算なのだが、何故か私の頭の中には気狂いでも起こしそうなBGMが流れていた。心霊現象かと僅かに疑ったが、原因は割とすぐに気付けた。
「……うるせぇ」
 寝る時も外さずにそのままにしていたカチューシャから聞こえていたのだ。こんな事をやらかす奴と言ったらアイツ以外にはカズマぐらいしかいないが。
『あ、起きた?』
 案の定ヤイバだった。
「おいこらさっきから何流してやがる」
『話があるのに中々起きてくれねーもんですから、ヤイバちんの百選MAD集を』
「すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ」
『ヒイィ! やめろ、そいつはオレのトラウマの一つだ!』
「知るか。だったら消せ。迷惑だろうが。主に私に」
 私の指示により、二秒でやかましいマッドとやらの音楽が消えた。私が寝てる間にも聞かされていたせいなのか、心なしか頭が痛い気がする。
「で、話って何」
『無論、例の件について一通り纏まったんすよ』
「ほう」
『ぼくらの未咲ちゃんが失踪したって思われてる二年前にだな』
「知ってる」
『え、スレ見てたの?』
「みんなが隠蔽工作を疑い出したあたりまでは」
『話が早くて助かるのう。その交通事故、裏が取れたっすよ』
「早いな」
『ふふふ、感謝するといいぞ』
「……カズマに?」
『えっ、ななななぜばれたし』
「刑事事件の情報を知るなら、直接ハッキングでもして漁れば早いかなって」
『そこに気付くとは……やはり天才か……』
 あまり嬉しくない褒め言葉。
『で、調べたところによるとだな。やっぱり血液のDNA鑑定まではしてなかったみたいね』
「ってことは、鑑定する前に圧力がかかって?」
『そんなとこだべ。素人目に見てもちょっと考えりゃ変だし、マスコミも不審に思ってたはずだけどな。ニュースにもなってないところをみると……』
 なんとなく、私にもわかってしまった。当時無理矢理にでも真実を探そうとした記者も、あまり良い末路を迎えたとは思えない。裏組織の介入、か。
『ユリはどう思う?』
「どうって?」
『この事件が未咲ちゃんと関係あるかって事だよ』
「ああ……」
 そういえば、寝る前に疑問に思っていたっけ。
「正直、よくわかんない。確かに未咲は探偵としてとても優秀だとは聞いていたけど、詳しい人物像まで把握してるわけじゃないし。果たして裏の世界の人達が一人の女の子にそこまでの脅威を感じていたかと思うと、首を傾げざるを得ないかな」
『だよなぁ。超人美少女とかリアルにいるわけないだろ……常識的に考えて』
「ただ、他に可能性も見当たらないし。どうにかして調べられないかな」
『殊勝なことですな。それなら現場の方に聞き込みしてみりゃどうだい』
「聞き込み? 現場がどこか知ってるの?」
『当然だろ。直に情報を覗いたんだから』
 それを聞いて、私の気持ちが逸りだした。寝転がっていたベッドから跳ね起き、出かける準備を始める。開けたままの袋に残っていたポテチを食べながら。
「で、場所はどこ?」
『えーっと、どこだったかな……うわ、変な名前』
「何が?」
『町の名前。えーっと? えびす、えぴすとろ、えいじす?』

 手からポテチを落としてしまった。
 聞き覚えのある名前だった。私の知る限りの言語には見当たらない名前で、妙に覚え難くて、ちょっと噛みそうで。
「――エピストロエイジス?」
『そうそう、その町にある公園の近く。時計塔とか噴水とかあるらしいからわかるだろ。どうするん? すぐ行くん?』
「……あ、うん。そうする」
『おけおけ、じゃあオレも連れてけ。未咲ちゃんに迫れつつあるせいか高まってるんだ。全然落ちつけねーです』
「うん。じゃあ、駅で待ってるから」


 ヤイバとの通話を終わらせて、私は家を出て駅へと向かった。
 その最中にも私の頭の中でいくつもの謎がぐるぐるとまわっていて、駅に辿り着くまでの道すがらの事はすっぽりと抜け落ちていた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB6.4; SLCC2;...@p1157-ipbf2706souka.saitama.ocn.ne.jp>

小説事務所 「Repeatを欠けろ」 冬木野 11/5/27(金) 12:53
キャラクタープロファイル 冬木野 11/5/27(金) 12:56
No.1 冬木野 11/5/27(金) 13:02
No.2 冬木野 11/5/27(金) 13:11
No.3 冬木野 11/5/27(金) 13:16
No.4 冬木野 11/5/27(金) 13:21
No.5 冬木野 11/5/27(金) 13:26
No.6 冬木野 11/5/27(金) 13:33
No.7 冬木野 11/5/27(金) 13:38
No.8 冬木野 11/5/27(金) 13:47
No.110011100 冬木野 11/5/27(金) 13:55
チャオは後書きを残さない 冬木野 11/5/27(金) 14:38

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
2758 / 4327 ←次へ | 前へ→
ページ:  ┃  記事番号:   
56301
(SS)C-BOARD v3.8 is Free