●週刊チャオ サークル掲示板
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小説事務所 「Repeatを欠けろ」 冬木野 11/5/27(金) 12:53
キャラクタープロファイル 冬木野 11/5/27(金) 12:56
No.1 冬木野 11/5/27(金) 13:02
No.2 冬木野 11/5/27(金) 13:11
No.3 冬木野 11/5/27(金) 13:16
No.4 冬木野 11/5/27(金) 13:21
No.5 冬木野 11/5/27(金) 13:26
No.6 冬木野 11/5/27(金) 13:33
No.7 冬木野 11/5/27(金) 13:38
No.8 冬木野 11/5/27(金) 13:47
No.110011100 冬木野 11/5/27(金) 13:55
チャオは後書きを残さない 冬木野 11/5/27(金) 14:38

小説事務所 「Repeatを欠けろ」
 冬木野  - 11/5/27(金) 12:53 -
  
 一昔前に録画したビデオテープを見つけた。

 私はそのビデオを再生する為に、埃を被ったプレイヤーを取り出した。
 今でもこのビデオの内容は覚えていないが……ちょうど退屈してたし、これで暇を潰すのも悪くない。
 端子も差し終え、ビデオ1に入力切換。手にしたビデオテープをプレイヤーに入れて、わくわくしながらテレビの前に座った。


____


 壊れている。
 テープを見終えた私は、真っ先にそう思った。
 テープかプレイヤーかはわからないが、長い間埃を被っていたのが問題だったのだろう。これでは暇潰しに費やした時間が無駄だ。
 そもそも、ビデオの内容がおかしいのだ。
 原因はよくわからないが、私の知るビデオの内容とはまるっきり違う。あんな映像を見た覚えはない。

 あれ?
 おかしいな。
 どうしてビデオの内容を知っているんだろう。
 さっきは知らないと思っていたのに。
 あ、そうか。
 今しがたビデオを見たから内容を知ってるんだ。
 でも、それじゃあなんで内容が違う事を知ってるんだ。
 あれ?
 おかしいな。
 どうしてビデオの内容を知らなかったんだろう。
 さっきは知ってると思っていたのに。
 あ、そうか。
 一昔前のビデオだから内容の知らなかったんだ。
 でも、それじゃあなんで内容が違う事を知ってるんだ。

 あれ?

 おかしいな。

 どうして――


____


 ある日、そんな夢を見た気がした。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB6.4; SLCC2;...@p1157-ipbf2706souka.saitama.ocn.ne.jp>

キャラクタープロファイル
 冬木野  - 11/5/27(金) 12:56 -
  
>ユリ:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 本作の主人公であるソニックチャオの女の子。
 本人は特筆すべき才能を持たない平々凡々なチャオだと思っているが、その実様々な事を平然とこなしてみせるオールラウンダー。
 自分の事にはとことん興味が無い性格をしており、それが災いしてか女気に乏しい。だが本人はそれを自覚していながらも、女の子らしく振舞う事に気恥ずかしさを覚える。
 極普通の平和な生活を送るべく厄介事を嫌う一方で、親しい人物の為なら自らの身を厭わないという二面性を持つ。

>>何も言わずにいなくなった所長やミキ、その他諸々の理解し難い状況に対して疑問を持ったユリは、独自にこれらの謎を解き明かす為に動きだす。


>ゼロ:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 小説事務所の所長。白い帽子と眼鏡がトレードマークのソニックチャオ。
 本の世界からやってきた魔法使いであると言われているが、詳しい事はよくわかっていない。
 普段は所長室にある自分のデスクでずっと居眠りをしている。基本的に自分から動こうとはしない。
 少なくとも所長としての器は備えている。表面上は面倒事を押し付けるようにして仕事を任せてくるが、それは所員の事を信頼しての事。だと思う。

>>所長室に「しばらく空ける」と書かれた置手紙だけ残して消えてしまったゼロ。その行き先と目的はわかっていないが……。


>シャドウ:ダークハシリ・ハシリ二次進化
 人知れず大統領の依頼を遂行する究極のハリネズミ――の名をコードネームにしている。本名は不明。ゼロの義理の兄。
 本の世界からやってきた魔法使いであると言われているが、裏の世界に伝わる根も葉もない噂であるとも言われる。
 あらゆる組織を転々としており、その素性を詳しく知るのは所長を始めとする小説事務所の古株の面々のみ。
 協調性が無さそうに見えるが、かなり面倒見の良い性格をしている。しかし人付き合いは割り切っており、自分に関係の無いと思う人物に対しては容赦がない。


>パウ:テイルスチャオ
 事務所きっての天才メカニック。言われないと気付かないが、れっきとした女の子。
 本の世界からやってきた魔法使いだと言われているが、メカニックとしての彼女とのギャップのせいであまり想像はできない。
 事務所の地下室に専用の研究所を設けているが、仕事以外の時は主にライトノベルを読んで過ごしている。たまに作る発明品は人の身に着ける物を改造した物が多い。
 かなりマイペースかつ楽観的。気前も人付き合いも良いが、時折冷めた一面を見せることも。


>リム:ヒーローチャオ(垂れウサミミ)
 事務所の収入源と言っても差し支えない、究極の運の持ち主。
 本の世界からやってきた魔法使いだと言われている中では一番それっぽい感じがある。
 小説事務所の受付嬢として日々をのほほんと過ごしているが、暇があれば宝くじ売り場を始めとする場所で豪運を振るう。事務所の金は彼女の金と言われるほど。というか彼女の金。
 礼儀正しく誰に対しても敬語を使う。事務所のお姉さん的存在で、基本的に誰にでも笑顔で接する心優しい人物。


>カズマ:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 小説事務所の抱える問題児。爆発物好きのハッカー。
 元は普通の人間だったのだが、運の悪い事にチャオにされてしまったという。普段の振る舞いとは裏腹に、彼の過去は暗い。
 基本的にヤイバと一緒にゲームをする日々を送るが、たまに暇になったかと思うと何かとんでもない事をする迷惑な奴。
 何事も省みない性格をしており、自分の身に危険があろうがなんだって実行してみせる。何かあればちゃんと他人を気にかける優しい少年でもある。


>ヒカル:ヒーローヒコウ・ヒコウ二次進化
 事務所最強の(と勝手に銘打たれた)武力派ツッコミ少女。
 カズマとは幼馴染で、彼同様に元人間。自らの境遇を嘆いてはいるようだが、今の生活に不満は無い様子。
 普段事務所にいる時は静かだが、カズマ達が一度問題を起こせば颯爽と駆けつけ、懐からハリセンを抜き一閃する。
 気さくで誰とでも気軽に会話できるが、カズマとの関係を指摘し出すと途端に恥ずかしがる。並外れた度胸を持つが、幽霊が苦手。


>ヤイバ:人工テイルスチャオ
 誰が呼んだか知らないが、小説事務所のグレーゾーンと呼ばれる男。
 元人間で、ある組織の実験により灰色の人工チャオにされてしまったというが、それ以外に彼の過去は不明。
 カズマと一緒にゲームしたりして日常を潰している。大したスキルもなさそうだが、彼の能力は意外と謎に包まれている。
 ノリで生きているとでもいうような振る舞いをしており、何事も深く考えていないように見えるが、彼なりの筋は持ち合わせている。なかなか読めない人物。

>>今回は事の成り行きでユリに協力することとなったが、果たして役に立つのか立たないのか、そもそもやる気があるのかないのか。


>ハルミ:人工ヒーローチャオ・コドモ
 事務所内では最年少の女の子。カズマの妹。
 元は人間だったのだが、あまりにも悲惨な過去を経た後、灰色の人工チャオになってしまう。
 小説事務所を家のように思っており、所員とも家族のように接する。最近はカズマとヤイバの趣味に影響されている節があり、ヒカルの悩みの種となっている。
 幼いながらも礼儀正しく、しっかりした子。人懐っこく、気遣いのできるとても良い子。それとは裏腹に敵と認識した人物には情け容赦は無く、どんな危害を加える事も厭わない子……らしい。


>ミキ:人工ヒーローオヨギ・オヨギ二次進化
 所長室の隅で本を読み続けているアンドロイドガール。
 頭から爪先まで謎に包まれた石色のチャオ。非常に高度な能力を持つとは言われているが、披露する機会に乏しいので実力は未知数。
 本のページを捲る時以外は石像のように動かない。それ以外に彼女の生活風景を見る機会が滅多にない。自宅も無いらしいので、本当に事務所の置物。
 微細の感情も見せず、まさに機械と呼ぶに相応しいほど無口。何か伝える事があればちゃんと喋るが、一方的に用件を伝える以外では一言単位の受け答えしかしない。

>>所長と共に忽然と姿を消してしまったが、ユリ以外は然程気にも留めていない様子だ。


>ミスティ・レイク:人間
 優秀なチャオ研究者を父に持つ、天真爛漫な少女。
 自身も物書きとして、そしてEXワールドグランプリというレース大会においても広く名が知れ渡る。
 親友であるフウライボウと一緒に世界を旅してまわっている。小説事務所の面々とはふとしたきっかけで知り合い、父の研究絡みの情報提供などで協力している。
 底無しの元気が彼女の取り得。何事にも臆する事なく挑戦し、失敗してもへこたれないポジティブシンキングの塊。昔からチャオが大好き。

>>所長から仕事の協力を頼まれていながらも連絡が取れない事を嘆いていたところ、ユリの頼みを受けてノリノリで協力する事に。


>フウライボウ:ニュートラルオヨギ
 世界で最初のチャオの旅人。
 ひょんな事でチャオガーデンから一人で旅立ち、ミスティクルーインを単身で踏破したという。サバイバビリティに長け、釣りの名人としても知られる。
 その後もミスティと共に、旅の途中で知り合った人々の支援を受けて世界中を旅する。ミスティとは四六時中行動を共にしている。
 どことなく無愛想に見えるが、誰かの感情に溢れた行動や態度に興味を持ち、割と人柄を観察する。食い意地が張っており、かなりの早食い。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB6.4; SLCC2;...@p1157-ipbf2706souka.saitama.ocn.ne.jp>

No.1
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:02 -
  
 春が近い。
 雪もそろそろ見納めかなと、少し未練を感じつつある昼下がりの小説事務所にて。私は所長室で、来客用のソファに腰を降ろしてひたすらぼーっとしていた。半ば居眠り。
「カズマさんカズマさん、奴さんソファに座ったまま動きませんぜ」
 灰色のテイルスチャオが、手にした携帯ゲーム機で口元を隠して、よく聞こえる耳打ちをしていた。
「ヤイバさんヤイバさん、もしやかねてから懸念していた事態が起きたのでは」
 ごく普通のソニックチャオが、手にした攻略本で口元を隠して、よく聞こえる耳打ちをしていた。
「なんと、それはもしや!」
「そう、所長の居眠りは伝染するのだよ!」
 どこからともなく眼鏡を取り出したカズマが、なんか大々的に言い放った。
「な、なんだってー!?」
 それを聞いたヤイバが、なんか演技がかった驚きを見せた。
 普段ならこの一連の出来事に対してなんかツッコミでも入れていたかもしれないが、今日はこれを無視した。それを見かねた二人が、ここまでのノリの勢いをどこに向けたものかと困った顔をした。困るくらいならやらなきゃいいのに。
「駄目だこいつ……早くなんとかしないと……」
 なんかカズマに駄目な奴扱いされた。病み上がりがよく言うよ、とかいう皮肉も口から飛び出さなかった。


 主要都市ステーションスクエアに存在する、石造に紛れた木造建築の何でも屋、小説事務所。
 所長であるゼロさんを始め、個性の強いチャオ達が揃うこの事務所。設立当初こそは異端であったが、今となっては実に馴染んだ存在だ。
 しかしそんな表のイメージとは裏腹に、各方面に強い力を持つこの事務所。ペットの捜索からヒーローごっこまで、気が向けばなんであろうとこなしてみせ、知る人には国際警備機構“GUN”よりも信頼を寄せられている。そんな強い力を持ちながらも常に中立を維持し続け、それを可能にする資金(宝くじを始めとしたギャンブル)と軍事力(9人の従業員)を持ち合わせる。
 過去の大きな仕事として私が知る限りでは、ステーションスクエアで起きた裏組織の紛争を止めたGUNとの合同作戦と、世界規模で発見された発狂者の発生原因を突き止めたりした。
 そんな事務所で唯一、特筆すべきプロフィールを持たない新人ソニックチャオ。それがこの私、ユリ。
 この事務所に就職した理由は、とある野次馬同好会の会長の陰謀によるものなのだが、現在はその同好会とは縁を切ってこの生活をのびのびと満喫している身である。
 前回の仕事で、再び平穏な日常を取り戻す事に成功した私は、ただひたすらに自らの手で掴んだこの日常を貪っていた。向こう何年かは何もしなくたって生きていけるんじゃないかっていうくらいのお金を手にした影響で、事務所に就職してからの自堕落っぷりに拍車がかかっている今日この頃。
 最近、一つの疑問を抱えていた。


「お邪魔しまぁす」
 所長室のドアが開かれた。入ってきたのはウサギさんを思わせる風貌をしたチャオのリムさん。事務所の受付嬢であり、収入源の人。現実を疑いたくなる程の幸運の持ち主。受付嬢が支えてる企業とか、どこを探したって見つかりはしないだろう。
 基本的に所長室にはあまりやってこない彼女の来訪にヤイバは驚く。
「あれ、リムさんじゃないっすか。どうしたんすか」
「溜まってた猫探しの依頼を、朝のうちに三件とも終わらせて来たんです。それでまだご飯を食べてなくて」
「じゃあ僕がカップ麺作っときますねー」
「はい、ありがとうございます」
 慎みという言葉に縁のなさそうな二人も、リムさんに対してはこのように接する。この事務所の中で最も欠かせない所員であるという理由も重なるが、彼女に対しては自然とこういう態度を取ってしまう。そうさせる何かがリムさんにはある。
 私の向かい側のソファに腰を降ろしたリムさんも、カズマ達と同じように珍しそうな表情で所長室を見回した。その視線は、まず私に定められる。
「どうかしたんですか?」
「んー……」
 首を横に振った。別に、という意味だ。なんだか今日は口を開くのも面倒だ。
「お諦めになってくだせえリムさん。奴さん無気力症ですぜ」
「むきりょくしょう?」
 ヤイバの言う無気力症の意味がわからず、首を傾げるリムさん。代わりに、それに逸早く反応したのはカズマだった。
「無気力症だと? では世界は来年滅ぶのか!?」
「いや、案外今年かもしれんね」
「そんなバカな……2010年はもう過ぎたというのに」
 どうやらまたなんかのネタらしい。相変わらずの脈絡の無さに、リムさんは見事についていけていない。
「ふあ」
 対して私は、ツッコむかわりに欠伸した。
「これじゃあゼロさんと変わらないですね」
 そんなことをしていたもんだから、とうとうリムさんにも所長と同じ人扱いされた。
「というか、所長さんの代わりだよこれ」
 カズマには代用品扱いされた。
「ほれほれ、今なら特等席が空いとるぞよ」
 挙句、ヤイバに所長のデスク行きを勧められた。
 これら全てを軽く聞き流しながら、無人のデスクを尻目にソファに寝転がった。


 ここ数日、この部屋に所長はいない。

「野暮用ができた。しばらく空ける」
 ある日、真っ先に所長室にやってきたヤイバが珍しくすっからかんな所長のデスクでそんな事が書かれた紙を見つけた。後にカズマが来るなり一緒に大事件だと騒ぎ始め、私がそんな大袈裟なと楽観していたら、リムさん達ですら珍しいと言い出したもんだからどうしたもんか。
 それだけならまだ私も落ち着いていられたもんだが、もう一つオマケに重要で無さそうで重要な人物がいなくなっていた。所長室の四隅の一つを埋める不動の石色アンドロイドチャオ、ミキだ。
 ミキがいなくなった事に関しては、誰も何も知らない。彼女だけは本当に知らぬ間にいなくなってしまった。これに対して一番異常だと思っているのは専ら私くらいで、他の面々は事の重大性をなんとなく認知していながら「まあいいんじゃないの」という顔でこの問題を軽くスルーしてしまった。この噛み合わなさといったら無い。
 そういうわけで、最近所長室を占領しているのは、お馴染みカズマとヤイバの両名。そこへ度々私も暇そうな顔をしてやってきては、二人の奇行を目にして溜め息を吐いたりしているわけだ。
 どこか変わってるけど、いつもと変わらない日常。本来なら私も、周囲に合わせて変わらない気持ちでいられたかもしれない。


「で、結局ユリはなんなのよ? 暇なん?」
 流石にこれ以上のボケを重ねても期待した反応は返ってこないと踏んだのだろう。ヤイバは私に向けてようやく普通に話しかけてきた。私はそれに首を竦めて返した。別に、という意味だ。
「まぁ、ユリってここ一番の大仕事の時にしか働いてないよね」
「んん?」
 なんだかカズマが引っかかる言い方をしてきたので、目線だけ向かいのソファへと向けた。
「ここの事務所、簡単な依頼は個人で請け負って解決したりもするんだよ。効率っていうものがあるから。パウさんとかリムさんとか、見えない所で結構仕事してるし」
「いえいえ、私はペット探しとか簡単な仕事だけですよ。パウさんなんて、メカニック関係で本人に直接仕事が舞い込んでるんですから」
 へえ、それは知らなかった。いつも暇を持て余して、自分の研究室でライトノベルを読み漁っているものだとばかり思っていた。
「ま、暇になるのもわからんでもないわな。ユリみたいな新人の立場じゃ直接依頼が舞い込むわけないし。所長が直接仕事寄越さなきゃ始まらんよな」
「んー」
 別に仕事したいわけじゃないんだけどね。むしろどちらかと言えばしたくない傾向にあるかも。
 ふと、二人は個人で仕事をしているのかどうかが気になった。試しに薄目の視線をちらりと寄越してやると、二人はそれだけで察したのか口を揃えてこう言った。
「働いたら負けかなと思ってる」
 ああ、予想通りだ。私でもどこかで聞いたことがあるような台詞が返ってきた。事務所の先輩方ったら、こんな不出来な輩をわざわざ養ってやってるようなもんだ。どうして自分で仕事させないんだろう。私含めて。雇用関係が成り立ってないんじゃないか?
 ……なんていうのは、野暮な質問だ。その答えはとうの昔に、私自身で答えを見つけている。
 小説事務所のメンバーは、雇用関係ではなく友人――いや、その枠を越えて家族に似た繋がりで成り立っている。家族ならば、皆が仕事をする以外にもっと大事な事がある。
 ……って、綺麗にまとめてみたいんだが。
「あ、ごめん。また死んだ。復活させて」
「おま、いい加減にしろよ! どれだけ人の300円を無に帰すつもりだ!」
「いやいや、300円で人の命が助かるのなら安いもんだよ」
「うっせ、さっさと戻れ自力でこっちまで戻って来い」
「いやいや、どうせ途中で死ぬってー。やっぱ80レベルの差はでかいなぁ」
「オレの300円無に帰すよりはちっせーだろ!」
 やっぱ働けよお前ら。


____


 事はその日の夕方に起きた。
 カズマ達がゲームをしている傍らで居眠りをしていた私は、耳元から誰かの声に起こされて目が覚めた。
『――リ。おい、ユリ。聞こえるか』
「……はい」
 考える前に、返事を返しておいた。突然声を出したのに驚いたのか、二人がゲームの最中に私へと気が移ったようだ。よく見ると、リムさんは既にいない。
 声の主は所長だった。声は、私の白一色にまとめられたリボン付きのカチューシャから聞こえてくる。これは事務所のスゴウデメカニックことパウの作った通信機だ。わざわざこんな可愛らしい通信機を作ったのは、恐らくパウの趣味に他ならない。
 こいつの大きな欠点の一つとして、使用している私が使っても誰に繋がるかわからないという事が挙げられる。基本的に事務所の誰かが私個人を連絡網として使う為に使用されていて、私個人が使う事をさっぱり考慮していないという謎発明品なのだ。
『今、どこにいる。事務所か』
「はい」
『お前に頼みたい仕事がある』
「……え?」
 珍しい言葉が飛び出してきた。ソファで寝転がっていた体を起こし、ちゃんと腰掛ける。見ると向かいのソファにいた二人は、何故かソファの裏側に隠れて顔だけチラッチラッと出してこちらの様子を窺っている。何がしたい。
『簡単な仕事だ。俺の言う場所にある事務所が建ってる。そこの人間に会ってこい。それだけだ』
「それだけって……」
 全くもって理解しかねる。
「あの、先方は私が来ることは」
『知らない』
 ダメじゃないか。会ってどうすればいいんだ? 私が頭を悩ませているさなかに、所長はベラベラと目的地の住所を言い連ねる。
『じゃあ頼んだぞ』
 そこで通信はプッツリと切れてしまった。
「え、ちょ、もしもし? もしもーし」
 ……応答無し。
「誰からだ?」
 ヤイバのわざと低くした声が問いかけてきた。向かいのソファの裏側から。
「えっと、所長からだけど」
「なっ」
「なんだってー!?」
 そしたらこの二人、声を揃えて叫ぶと同時にヘッドスライティングでそれぞれ横二方向へとすっ飛んだ。芸人志望か? 劇団志望か? 何にしても人生楽しそうだと思うよ。
「で、所長はなんて?」
「いや、その、私に仕事を」
「なんですっとぉぉぉぉ!?」
 今度は華麗に斜め45度海老反り跳躍、X字に交差する。大した跳躍力だ。

 その後、所長との通話をかいつまんで説明する度、二人が劇団顔負けの体を使ったリアクションを使うというショーを十二分に堪能して、私は事務所を後にした。
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No.2
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:11 -
  
 そして翌日。お世辞にもおでかけ日和とは言えない曇り空の下。
 何が何やら把握し切れぬまま、結局所長から寄越された仕事(っぽいの)を片付ける為に、朝早くも電車に揺られる事になった。
 試しに起きてすぐに所長に連絡を取ったが、案の定応答は無し。頭から爪先まで意図知れず。実に納得の行かないまま今日一日を潰す事に相成る。

 勿論、何も知らないまま目的地に行こうとはしなかった。駅へ向かう前に一度事務所へ寄って、私の行く目的地はどのような場所か、そこには誰がいるのかという事を調べてもらった。というか、調べさせた。所長室で暇してるハッカーに。
「いや、それくらい自分で調べればいいし……ハッカーじゃなくてもわかるし……あと、どっちかっていうとクラッカーだし……」
 ぐちぐち言いながらもカズマが調べたところによると、そこには所長の言うとおり事務所があった。開業して数年も経ってないという。
「なんの事務所?」
「えーっと、探偵事務所だね」
 だそうだ。ウチも探偵業務みたいな事をする機会は多いらしいが、こっちはれっきとした探偵がいるという事だろう。
 とすると、所長はこの事務所にいる探偵に用があるのだろうか。何か依頼したい事がある? いや、一番有り得ない。何か調べたい事があるなら自分で調べられる筈だ。この探偵にしかわからない事でも無い限り。……とすると、そういう事なのだろうか。
 だが、もしそうなら私に依頼内容を伝えていないのはおかしい。所長はただ「会ってこい」としか言ってきていない。
 では、いったい何故?
 ――その答えを、私は遥かな後に知る事となる。


____


「あー、長かった」
 多大なる疲労感と多少の苛立ちを抱えた私は、ようやく辿り着いた目的の地にて見つけたベンチに腰を降ろした。
 ここまで来るのに、異常なまでの時間とか体力とかやる気とかガッツとか使った気がする。つまるところ私個人のエネルギーが物凄く消費されたという意味。

 その理由は、この目的地へ向かうにあたっての交通の便の悪さにあった。
 まず、この町には駅が無い。これは事前情報として知っていたので、バスでも見つければいいかと思っていた。だが、いざ電車を降りてみるとその町へ行く為のバスが見当たらない。
 そういうわけで、仕方なくタクシーを利用する事になった。そこで運転手に目的地である町の名前を言うと、運転手は少しの驚きを含めた声で言った。
「お客さん、あそこへ行かれるんですか」
 そう言いつつ、文句無くアクセルを踏み込んだ運転手さん。私はその言葉が気になって話を聞いてみると、躊躇うわけでもなく話を聞かせてくれた。
「あそこはね、人が居ないんですよ」
「人が?」
「そうそう。ゴーストタウンって言うんですか? そりゃちょっとは人がいるのかもしれませんが、おおよそ違いないでしょう。なんでも、その町を支えていた産業が衰退しちまったみたいで。それと交通の便の悪さが相まってみんな別の土地に足を運んじまったんでさぁ」
 それを聞いた私は、当然色んな不安が過った。だって、ゴーストタウンだぞ? そんなところに行ってどうするんだ? 所長の言う探偵事務所には、今も本当に人がいるのか?


 それから異常なまでに長い時間をかけて、ようやくこのゴーストタウンにやってきた。
 運転手が言うには、この町は「エピストロエイジス」と言うらしい。どうも英語っぽくないが、由来に関しては運転手さんも知らないらしい。興味は少しあるが、聞いても誰かに話すほどのネタにもならないだろう。それにしたって噛みそうな名前だし。覚えにくいし。
 話に聞いた通り、実に交通の便が悪かった。朝早くに来たっていうのに、もう軽くお昼を過ぎてしまっている。そんなに時間はかからないだろうと高を括ったのが間違いだったらしい。そのせいで、私はとんだ大誤算をしてしまう。
「昼食、どうしよう」
 あの運転手の言うとおり、ここがゴーストタウンだと言うのなら。
 私は改めて、人の姿が皆無な寂しい町を見回した。どの店もシャッターを閉めているし、照明も点けていない。どこもかしこもがらんどう。どっちかっていうとシャッター街じゃないのか。
 何はともあれ、飯が無い。
「……くそっ」
 私はベンチから立ち上がり、自分を奮わせた。
 こんなところでぼーっとしてたら飢え死にしてしまう。せめて目的の探偵事務所に誰かがいる事を祈って、あわよくば食事にありつけ。
 我ながら卑しい奮起の仕方だったが、他に手は無かった。


____


 目的地へと歩く最中、私の目は「無人の町」という見た事のないものに釘付けになっていた。
 この町の規模は、私のいるステーションスクエアとは当然比べ物にならないほどこぢんまりとしているが、それでもある種立派な「都会」と言える。
 商店街の規模もなかなかに大きいし、最大で10階建てくらいのものだがビルの姿もある。体裁としては都会のそれだ。活気が無い、という点を除けばだが。
 人がいないというだけで、これほどまでに寂しい町並みになるのだなと、私はただひたすらに関心と孤独を覚えて溜め息を吐いていた。

 俗に言うシャッター通りを抜けた先には、大きな公園が一つあった。中央に立派な時計塔と噴水を構え、芝生や木々といった緑に溢れ、色とりどりの花が咲いていた。……んじゃないかな。花、枯れてるけど。きっと世話をする人がいなくなってしまったからだろう。生えている木も心なしか元気がないように見えるのは、きっと二酸化炭素が不足してるからかな。植物学には詳しくないけど。
 時計塔を見ると、すでに二時を回っていた。今もちゃんと機能しているのか甚だ疑問だが、多分間違ってはいないだろう。朝早くとは言ったが私は何時に家を出たかなと、時間という存在が私の中で少しあやふやになっていた。


 その後に足を踏み入れた商店街と住宅街の狭間。しばらく歩くと目に見えて寂れている様子が手に取るようにわかっていた。
 だんだん私の心に陰りが差し、少し落ち着かなくなる。この調子じゃ探偵事務所の人どころか、事務所そのものが見つからないんじゃないかと。町中で遭難なんて情けない事になるんじゃないかと、そんな間抜けな心配をしていた。
 勿論、そんな事は有り得ない。携帯電話も持っていない私だが、連絡手段が無いわけではない。私の頭に装備された白いカチューシャを使えば、もしかしたら誰か応答してくれるかもしれない。いや、多分。きっと。
「はあ」
 この大きな溜め息が、信頼性の程だ。

 そんな私に、ちょっとした希望が見えた。
「あれ……」
 突然、遠い視界の先で何かが動いたような気がした。
 気になってその方向へ向かってみると、確かに人影のようなものが見える。
 更に近づく。……間違いない。それは確かに人間の後ろ姿だ。この町に、私以外にも誰かがいたんだ。
「すみませーん!」
 たまらず私はその後ろ姿に向かって叫んだ。その人影は立ち止まり、驚いたように振り返って声の主たる私を探す。それにこちらから応えるべく私から近寄った。
 人影の正体はかなり若い女性だった。背中まで伸びた長い髪と、寒さ対策か厚いコートに身を包んでいるのが特徴的だ。大人びてはいるが成人してはいないように見えるその人は、右手に大きめのビニール袋を携えており、まるで買い物から帰っている途中のようだ。この辺りに開いてるお店なんてあるのかと気になったが……あれ。
 この人、どこかで会った事があるような気がする。
「何か用かしら?」
 思わず女性の顔をまじまじと見ていたら、変なものを見る目を向けられてしまった。慌てて当面の目的を達成すべく話を切り出す。
「あの、この町の住民ですか?」
「ええ」
 その言葉で、私の心に一筋の光が差す。
「この辺りに探偵事務所があるって聞いてきたんですけど、知りませんか?」
 それを聞いた女性は、また一つ微かに驚く。
「……知ってるわ」
「本当ですか!?」
 条件反射でぱぁっと喜びの表情が溢れ出た。良かった。こんな辺境の土地(?)で飢えて倒れるなんて事がなくて本当に良かった。
「あの、どこですか! 差し支えなければ、是非」
 多分、意識しなくても悲願の目をしていたのであろう。目の前の女性はたじろぎ、困った顔で少し考え頷いた。
「いいわ。案内してあげる」
「ありがとうございます!」
 たまらず私は頭を下げた。それを見た女性がようやく可笑しいと思ったか、堪えきれずに薄らと笑った。


____


 かくして、私は買い物帰りの女性に連れられて商店街と住宅街の狭間である道路を歩き、ある大きな建物の前に止まった。どこか古臭いというか、時代が違うような建物だ。外から見ると壁と窓しかない、なんとなく色褪せたようなレンガ造りの外観をしている。全体的に赤茶色っぽい、というのが私の下した端的な印象だ。抽象的だけど。
「ここですか?」
「ええ」
 女性が入り口のドアを開けて入り、私もそれに続く。
 まず目に入ったのは、マンションのそれと似ているエントランスだった。奥の通路にはポストやドアもあるし、すぐ近くには階段もあった。掲示板の横に見取り図があったのでチラ見してみると、どうやら三階建てらしい。
「ここって集合住宅なんですか?」
「そうよ。元々は宿泊所にする予定だったみたいだけど、途中で気が変わったみたいね。その影響で、イギリスとかで言うアパートメントと同じような感じに出来上がったみたい」
「へぇ……ってことは、探偵事務所って」
「そうよ。事務所なんて言ってるけど、自宅で仕事を請け負ってるから名前だけなの」
 なるほど、ウチとはスタイルが違うらしい。まぁ探偵なんてしょっちゅう依頼が舞い込む仕事とは思えない、という先入観がある。そう言った意味では自宅でノンビリしながら客を待つ、というのは合理的かも。ウチの場合はみんなあの家を半ば家のように扱ってるけど。
 物珍しい目でアパートメントを眺めながら、女性の後を追って階段をあがる。最上階の三階へとあがり、通路の奥をひたすら進む。そして一番奥にやってきたところで、女性はそこのドアを開いた。
「さあ、どうぞ」
「……えっ」
 まるで我が家の戸を開けるかのような一連の動作。その意味を認識するのに、私はやや時間を要した。
「まさか、探偵って」
 答えを言う前に、女性は先に中へ入ってしまった。私は慌てて後を追って部屋にあがらせてもらう。
 話の通り、中は結構広くて小奇麗だった。目についたのは大きなデスク一つ、中央に長方形のテーブルとそれと囲むようにして置かれたソファ。それを見て小説事務所の所長室を思い出すが、あっちとは違ってこっちはそれなりに気品を感じる。床はフローリングじゃなくて絨毯だし、大層な本棚や厚い本もあるし、不粋に冷蔵庫とか設置してないし。なんというか「応接間です」と言われてちゃんと納得できる。あっちは「居間っぽいトコです」って感じだし。最早私は感動さえしていた。
「ようこそ、未咲探偵事務所へ」
 女性は「どうぞ」というふうに手をソファの方へ向けていた。
「あ、お邪魔します」
 私も会釈をして、デスクから見て右側のソファに座る。所長室に入り浸っていた名残か、あそこにいる時と同じ場所に。
「ちょっと待っててね。コーヒーとお菓子を持ってくるから」
 そう言って女性は奥のドアの方へと消えた。
 コーヒーを待っている間、私は部屋の中を見回しながらぼーっと考えに耽っていた。
 未咲探偵事務所。ミサキ、というのは名前だろう。あの女性の名前だろうか? しかし、ミサキというのは日本人の名前だ。さっきの人は少しアメリカ人っぽく見えた。恐らく別人だろう。
 では、未咲さんという日本人が探偵なのだろうか。その人は今、在宅中なのか。
 そもそも私の目的は、所長に言われた通りこの事務所にいる人と会う事だ。明確な目的はわからないが、とりあえず重要そうな人物とは顔を合わさなければならない。しかし……。
「わかんないなぁ」
 ついつい向こうの事務所にいる時のように、姿勢を崩してソファの背もたれに体を預けた。
 何度噛み砕いても意味がわからない。何故所長は重要な事を何も伝えなかったのだろう。そういう性格、と理由を付けるには根拠として成り立たない。話を聞け・探りを入れろ・依頼してこい等々、もっと伝えておくべきポイントがあるだろうに。
 所長は急いでいるのだろうか? 多分、それはない。どことなくポーカーフェイスに見える所長だが、それは単に無気力なだけで、感情を表に出すくらいはする。あの時の所長の会話には、急いでいる様子も焦っている様子も無かった。ただ淡々と用件を伝えさっさと帰る、別のクラスの生徒との会話のようだった。
 ではなんだ。所長は本当に、私をここの人間と会わせる事が目的なのだろうか? 理由は皆目検討つかないが……。
「お待たせ」
 そこまで考えたところで、奥のドアからさっきの女性が戻ってきた。コーヒーとクッキーを乗せたトレイをテーブルの上に置き、私の向かい側のソファに座る。
「お腹空いてるでしょ? ここ、来るのに一苦労だものね」
「はい。どうもすみません」
 何はともあれ、待望の食料だ。カップを手に取り、口につけてゆっくりと傾ける。口の中に広がってゆく苦味が……あれ? ないぞ。 むしろ、どっちかっていうと甘味がある気がする。
「あの……これ、ココアじゃないですか?」
「あは、ごめんなさいね。コーヒー買い忘れちゃって。いけなかった?」
 あは、て。ごめんの言葉が霞んでる。
「いえ、全然大丈夫ですけど」
 少なくとも驚かされはした。
 次にクッキーを手に取り、ほんの一秒だけ凝視してから食べてみる。ゆっくりと咀嚼するが、ワサビの味がしたりとかいうドッキリはなく普通のクッキーだった。おいしい。
 と、ふと顔を上げると目の前の女性が私の事をじっと見つめていた。
「あの、何か」
「あ、失礼だったかしら? 職業柄、他人を観察しちゃうから」
 それはなんとも探偵らしい。今まで探偵に会った事は無いが、それっぽい事はするんだなぁ。
「あなた、女の子よね?」
 その視線は私の頭上、カチューシャを注視しているのがわかる。
「まぁ、そうですけど」
「そうよね。女の子のソニックチャオなんて、あまり見ないのだけど」
 人をオスの三毛猫みたいな扱いしないでいただきたい。という本音をココアと共に飲み下し、私からも話を振ってみる事に。
「ところで、ここって未咲探偵事務所っていうんですよね。そうすると、未咲さんって」
「私ではないわよ」
「ですよね。じゃあ、未咲さんって人は今どちらに?」
 そんな何気ない質問だったのだが、あまり聞いてはいけない事柄だったか女性は困ったような表情を見せる。
「ごめんなさいね、今はいないというか」
「留守ですか?」
「まあ、そんなところ」
 らしい。どこか含みがあるというか言い淀んだ節もあるが、そこは他人様の家の事情みたいなものだ。深く追求しないでおこう。
「では、あなたは助手?」
「そうなるわね。今は主のいない探偵事務所だけど、簡単な仕事なら請け負ってるの。とは言っても、仕事なんてそう滅多に来ないんだけど」
 自嘲の笑みを浮かべて、彼女もココアを口にした。
 聞いた限りでは、この事務所の構成員は探偵の未咲氏、そしてこの女性――えっと。
「あの、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「名前? アンジェリーナ・ワトソンよ」
「ワトソン?」
 ワトソンって、あの?
 その姓名を聞いて敏感に反応した私に、彼女はやっぱりという顔で笑った。
「私の名前を教えると、みんな驚くの。偽名とかペンネームじゃないのかって疑われたりもするわ」
 そりゃ疑うってもんだろう。探偵助手でワトソンだなんて言われたら、誰だってかのシャーロック・ホームズの相棒たるジョン・H・ワトスンを連想する。あまりにもタイムリーな名前だ。
「酷いものよね。ひとたびワトソンと名乗ると色眼鏡を通した目で見られるんだもの。世のワトソンさん方もさぞ迷惑してるでしょうね」
「はぁ……」
 そう言っている割には、満更でもないかのように笑う彼女。きっとそんなやりとりを過去何回も行っていたに違いない。すっかり慣れきってしまったのだろう。
「それで、あなたの名前は?」
「私ですか? ユリと言います」
「ユリ?」
 今度は私の名前を聞いた彼女が考え込んだ。そのしぐさはとても微かなものだったが、私に違和感を感じさせるには十分なものだった。
「あの、どうかしました?」
「ううん、何も」
 すぐになんでもないような顔をして言った。はてさて、私の名前にどこかおかしなところでもあるだろうか。あまり見当がつかないが、少しだけユリと名のついた有名人を頭の中で模索してみた。しかし何度繰り返しても花の名前としか出てこないので、すぐに考えるのをやめた。
「さて、ユリちゃん」
「私これでも成人のつもりです」
「あら、いいじゃないちゃん付けで。可愛いわよ、女の子らしくって」
 恥じらいって言葉を考えてほしい。そりゃあ女の子らしさを求めてた昔こそあったがね。もういいよそういうの。
「あなたも私のこと、好きに呼んでいいから」
「じゃあ、ワトソン君」
「残念、それはここの主の特権よ」
「そうするともうネタがないんですけど」
「ネーミングセンスが貧困ね」
 なに客に対していけしゃあしゃあと失礼なこと言っちゃってんの。
「じゃあなんて呼ばれてるんですかあなた」
「アンジュって呼ばれてるわ」
「アンジュ? 普通、アンとかアンジェラじゃないですか?」
「アンジェラだと接尾辞を抜いただけになるわよ。ただの別人ね」
「はぁ」
 なんで英語の勉強になるんだ。
「じゃあ、アンはなんで?」
「気に入らない、だそうよ。あんこみたいだって」
 誰が言ったそんな仕様もない理由。ここの主とやらか。
「……じゃあ、アンジュさんで」
「よろしい。それじゃあ本題に入るけど」
 やっとか。ここまでにいったいどれくらいの無駄な時間を費やしたものか。部屋の中に時計があるか探してみたところ、ちょうどアンジュさんの後ろの壁に掛かっていた。三時が近い。ここに来たのが二時半だとすると……やれやれ。
「ユリちゃんは、依頼客なのよね?」
「ん……そういう事になるのかな」
「どういうこと?」
「いや、まあ」
 特に大した言い訳も用意していなかったので、あっさりと言葉を濁すに至ってしまった。だって客として扱われた手前、ただの冷やかしですじゃ通りが悪いし。ここの人に会いに来ましたとか言われても、赤の他人であるアンジュさんは困るだけだ。
「何か言いにくいことかしら」
「まぁ、説明し難いっていうか、なんていうか……」

 そんな言葉に窮していた私の耳に、電子音が鳴り響いてきた。
 なんというタイミングだろう。こいつはきっと所長からだ。
「あの、ちょっと席を外していいですか?」
「え? ……いいけど」
 どうしたんだ、という不審そうな顔で頷くアンジュさん。このカチューシャの着信音は基本的に音漏れしない。パッと見は本当にただのカチューシャにしか見えないわけだ。
 ソファから立ち上がって会釈したあと、私はそそくさと外へ退散した。


『今、どこにいる』
 昨日、眠っていた私を起こして言ったのと同じ言葉が聞こえた。やはり所長からだ。
「言われた通り、件の事務所ですけど」
『どうだった』
「どうだったって……」
 なんて答えればいいかよくわからない。とりあえず、アンジュさんと未咲さんとやらの事を話せばいいのか?
「えっと、事務所にいたのはアンジェリーナ・ワトソンっていう助手さんだけでした。あと、ここの所長の未咲さんは、残念ながら不在みたいです」
『何かおかしな事はなかったか?』
「おかしな事ってなんですか?」
 強いて言うなら、コーヒーの代わりにココアを出されたくらいだけども。それは報告する必要はないだろう。
『……いや、なんでもない。とにかく仕事は完了だ』
「はあ?」
 本当に会ってお終いかよ。何よ、これ偵察かなんかだったの?
「ちょっと待ってくださいよ。せめて納得のいく説明をしてもらわないと、わざわざこんなとこまで来た私の苦労が報われ」
『五十万でどうだ』
「ぶっ」
 報われるどころじゃねぇ額が飛び出した。たった一日どこか遠くへお散歩しただけで五十万とか、毎日お散歩したい。
『今すぐは無理だから、俺が帰ったら報酬を渡す。じゃあな』
 それで所長との通信は終わってしまった。しばらく今の所長との短い会話内容を頭の中で再確認する。
「……五十万かぁ……」
 相変わらず、小説事務所って狂ってるなぁ。
 考えた結果浮かんだのは、そんな感想だった。普通の人だったら五十万だなんて何かおかしいとか言い出すところだけど、長い間小説事務所に毒され続けた身としては平然と納得してしまう。慣れって怖いね。
「さて、戻らないと」
 無駄に時間を潰してアンジュさんに迷惑をかけるのも悪い。私は急いで探偵事務所へと戻った。


「で、何があったのかしら」
 そそくさとソファへと舞い戻ってきた私に、アンジュさんは開口一番事情の説明を求めた。
「ちょっと上司から連絡が来まして」
「連絡?」
 途端に疑わしいというような目で私の体を観察し始めた。財布ぐらいしか持ってなさそうな手ぶらなチャオじゃないのか、とでも言いたいのだろう。ここは追求される前に言い包めてしまえ。
「それで、お前に頼んだ仕事は都合により取り止めだって」
「何を頼まれたの?」
「ここの探偵さんへの依頼です。なんていうか、パシられたも同然なんですけど」
「……なるほどね」
「本当にすみません。なんか、勝手に上がりこんでお菓子だけ食べて帰っちゃうみたいな感じになってしまって」
 私流、詮索されないテクニック。それは謝ることだ。人は申し訳無さそうに謝られると、いいのいいのと謙虚になる癖がある。日本人のような感性を持ち、かつ他人ぐらいな関係の人限定だけど。
「ああ、いいのいいの。どうせお客さんに出す為のものなんだし。あ、タクシー呼んでおきましょうか?」
 ごらんのとおりである。通用してよかった。
「いいんですか? すみません、じゃあお願いしますね。それじゃまた」
「タクシー、来るまで時間があるわよ。外で待つの?」
「え? ええ。ここで待つのも悪いかなって」
「別に迷惑ではないわよ? なんせ暇だし」
「うーん……」
 確かにアンジュさんの言うとおり、中で待ってても構わないというならこの好意には甘えておくものだろう。わざわざ断る理由もないし、まだ外寒いし。
 ――ただ。
 私はチラと、アンジュさんの顔を一瞬だけ見遣った。予想通り、私の顔や手の仕草に意識を集中している……ような気がする。
 この様子だと、タクシーを待っている間に根掘り葉掘り聞かれてしまいそうだ。確かに私、素性と依頼内容を明かしていないからちょっと怪しいんだけども。
「やっぱり遠慮しときますね。お邪魔しました」
「ああ、そう……じゃ、またね」

 そういうわけで、なんとかこの場を切り抜けましたとさ。


____


 その後ステーションスクエアに戻った私は、すっかりと暗くなり始めた空に促されて事務所には寄らずにさっさと家に帰ってしまった。
 今回の物語が徐々に動き出すのは、その次の日からの事。
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No.3
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:16 -
  
 その翌日。昨日に続きグレースカイ。即ち曇り。
 事は私が事務所に向かう途中、ステーションスクエア駅を通りかかったところで始まる。


「あれ」
 昨日の要領を得ない謎の仕事の事も徐々に忘れかけていた朝、私は珍しい人物を見つけた。
 茶色いコートに身を包んだ、テンガロンハットのオヨギチャオ。かなり特徴的なその見た目に、私は見覚えがあった。
 私はその人物の元へ近付くべく駆け寄る。ちょうど人波の第一波が通り過ぎたタイミングで、近寄るのは容易だった。
「フウライボウさん、ですよね?」
「ん……」
 やや退屈そうに目を細めていたオヨギチャオが、私の声に気付き顔を上げた。
「キミは確か……小説事務所の」
「はい。ユリです」
 オヨギチャオの退屈そうな顔が、幾分か和らいだ。
 フウライボウさん。名前の示すとおり世界各地を旅しているチャオだ。
 世界で最初のチャオの旅人として知られ、見た目の印象とは裏腹にかなりの有名人。そんな彼が小説事務所と関わりを持っていると知ったのは、去年の事だったか。
「こんなところで何をしているんですか?」
「ミスティを待ってるんだ。キミのとこの所長さんに連絡を取りにって」
「事務所へ?」
「うん」
「はぁ……それはなんとも、タイミングが悪いですね。今、所長は事務所にいないんですよ」
「そっか」
 不思議と私の言葉を受けたフウライボウさんの反応は、それほど大袈裟ではなかった。驚かないのだろうか。
「ただいまー!」
 そこへ、元気な少女の声が割り込んできた。声の聞こえた方を見ると、セミショートの髪を遠慮なく振り回して走り寄ってくる。そろそろ春も近いのに、まるでスキーウェアみたいな服装をしているのがとても目に付く。
「あーっ、ユリちゃん! 久しぶりー! さっき事務所にいなかったけど、今から行くところなの?」
「いや、あの、ちょっと」
 口先だけペラペラと動かしながら、遠慮なしに私の頭を撫でてきた。徐々に忘れかけていた昨日の出来事が少し蘇ってくる。確か、これでも成人のつもりですとか言った覚えが。
 彼女がミスティ・レイク。物書き、そしてエクストリームギアと呼ばれる超低空を滑走するボードにおけるスペシャリストとして知られる少女。フウライボウさんに負けず劣らずの有名人だ。ご覧の通り、超の付くほどチャオ好き。
 小説事務所との関係は、父親が高名なチャオ研究者であり、かつて世間を揺るがせた大事件に関わっていた事に起因するのだが――詳細については、今は省いておこう。
「あの、事務所に行ってきたって」
「そうそう! ちょっと所長さんにお話があったんだけど、やっぱりいなくてさぁ」
「やっぱり?」
「うん。ケータイに電話を寄越してくる以外の連絡手段がないの。こっちからかけても出てくれないし。だから直接ここまで来たんだけどさー」
 つまり、私と一緒だということだ。……ということは。
「ひょっとして、所長に何か頼まれてます?」
「あれ、わかるの? いやね、ちょっとした人捜しみたいなものなんだけど、チャオ関係の裏組織絡みだっていうから、私のお父さんが過去に関わってた繋がりから辿ってみてくれって」
「へえ……あの、いったい誰を捜してるんですか?」
「え? あー、言っちゃっていいのかなぁ、いいや言っちゃえ」
 決断、はやっ。

「捜してるのはね、ミサキさんっていう人だよ」

 え?

「ミサキ……さん?」
「うん。どういう人なのかはよく知らないけどね。そのウチわかるんじゃないかなー。……どうかした?」
「ああ、いえ」
 ミサキさん。それって、昨日の探偵事務所の? これって偶然なのか?
 いや、偶然なわけがない。だって所長は、私とミスティさんに仕事を言い渡した張本人だ。それも同じ「ミサキ」という人物を捜させているんだから。
「あの、ミサキさんっていう人の手掛かりはまだ掴んでないんですか?」
「うん。お父さんの持ってる研究関係者リストにでも名前が載ってるかなって思ったんだけど、不思議な事に一人もいなくって。日本人ってそんなに名前被らないかなぁ」
「所長からは、何も連絡ないんですか? 所長もその人の事を調べてると思うんですけど」
「ぜーんぜん! 所長さんが私に連絡を寄越したのは、私に仕事を頼んだ一回っきりよ」
 聞けば聞くほど意味がわからない。これは一体全体どういうことになるんだ?
「あの、それっていつ頃の事ですか?」
「ちょうど一昨日。詳しい事は話してくれなくてもう大変のなんのって」
「ミスティ、そろそろ時間」
「え、もう? 残念。また今度会おうね!」
「あ、はい。それじゃ、また」
 フウライボウさんを抱き上げて元気よく駅の中へと走り去っていくミスティさんを、私は力無く手を振って見送った。


____


「カズマさんカズマさん、奴さんソファに座ったまま動きませんぜ」
 灰色のテイルスチャオが、手にした携帯ゲーム機で口元を隠して、よく聞こえる耳打ちをしていた。
「ヤイバさんヤイバさん、もしやかねてから懸念していた事態が起きたのでは」
 ごく普通のソニックチャオが、手にした攻略本で口元を隠して、よく聞こえる耳打ちをしていた。
「なんと、それはもしや!」
「そう、やはり無気力症は――」
「うるさい」
 そんな聞き覚えのある寸劇も今はうっとおしい事この上なかったので、一言でピシャリとやめさせた。すると不自然なくらいに所長室が静まり返る。なんかマズかったかなと少し目線をカズマ達の方へ移してみると、二人とも何故か子犬のように震えていた。
「……もしかして、怒ってらっしゃる?」
「はあ?」
 ヤイバが声色共々下手な態度で恐る恐る聞いてきた。訳がわからん。
「なんで?」
「だってだって、ユリさんってば普段はそんな「うるさい」とか「目障り」とか「死ね」とか言わないもの」
 そりゃ言ってねーもの。後ろ二つは。……それは差し引いても、うるさいとか言ったことなかったっけ?
「別に、怒ってないけど」
「マジでか」
「うん」
「ではいったい何故」
「何故って……」
「行こう、ヤイバ」
 すると今度はカズマが、どこからともなくやけに膨らんだリュックを取り出して、私達に背を向けた。ところどころ角張っているのが見えるけど、ゲームとか本とかが入ってるのかな。
「カズマ……お前」
「今日の空は眩しい。旅立ちの時が来たんだ」
 旅立ちの時って何よ。それに今日曇りなんですけど。
「わかった。一緒に行こう」
 するとヤイバも同じようなリュックをどこからか取り出して背負った。そして二人は所長専用デスクの後ろにある窓をガラっと開けて――
「今日はっ!!」
「飲食店巡りだぁーーっ!!」
 ――飛び出していった。「ウラーラーラー」みたいな雄叫びと共に。
 一応ここは二階だとか、途中でギブアップして帰ってくるのかなとか、色々と思うところはあるのだが、とりあえず私に対する気遣いと受け取っておけばいいのだろうか。随分回りくどくてストレートだけど。
「……まあいいや」
 気にしない事にして、私は再び思案の世界へと戻った。
 またの名を、探偵ごっこ。


 考えていた事とは、ズバリ所長の「野暮用」についてだ。
 未だ詳しい事はさっぱりだが、今だけでもわかっている事は「ミサキ」――おそらくは未咲。その人物についての何かを調べているという一点。
 だが、そう考えても所長の行動には矛盾が存在する。

 所長は一昨日、私達に仕事を頼んだ。ただ、その依頼内容は同一のものではない。
 私には「探偵事務所の人間について調べて来い」というもの。だがミスティさんにはこう言ったのだろう。「チャオ関連の裏組織絡みで、ミサキという人物を調べろ」と。
 所長がとにかく「ミサキ」という人物の事を探る為に、私とミスティさんに別々の線から調査を依頼した。私には探偵事務所にいる探偵「未咲」を、ミスティさんにはチャオ関連の裏組織に関わりを持つ「ミサキ」という人物を。その情報を元にして、何かを明らかにする為に動いている。そう考えてみれば、一見なんの不思議もない。
 だが、これには大きな問題が二つある。

 一つは、情報の共有を行っていないこと。
 私とミスティさんは、お互いにミサキという名の人物を調べている事は知らなかった。必要な情報を聞く事を優先させて、ミスティさんには私もミサキという人物を調べているとは言えなかったから、向こうは今も知らないだろう。
 もしもミサキについての何かを明らかにする為に動くのなら、情報の共有をしていないのはおかしい。私に対して「ミサキはチャオ関連の裏組織に絡んでいる」とか言われても困るが、少なくともミスティさんには「ある事務所に未咲という探偵がいる」という情報は必要だったはずだ。事実、彼女は「研究者のミサキ」という人物を捜して空振りしてしまったのだから。
 所長がミサキという人物像を把握しきれていなくて、それで私を探偵事務所の調査へ回したという可能性も考えたが、尚更ありえなかった。それなら昨日の内にでもミスティさんに連絡できたはずだ。だが今日の朝に会ったミスティさんは、未咲さんについては知らなかった。

 もう一つの問題は、所長自身が情報を必要としていない節があること。
 一昨日の依頼を受けてから今日まで、私に連絡を取ったのが二回。ミスティさんには一回。どちらも所長から私、またはミスティさんへの一方通行の連絡。こちらが呼んでも応答無し。これほどまでにおかしいことがあるだろうか?
 普通はこちらから連絡があったというのなら、喜んで応答するはずだ。待ち望んだ情報が向こうからやってくるのだから。だが唯一受け取った情報と言えば、私との二回目の通信において「探偵事務所には助手のアンジェリーナ・ワトソンはいたが、探偵の未咲はいなかった」という情報だけだ。

 これらの問題が指し示す矛盾は、酷く単純。
 所長は二人の身内に協力を仰いで何かを調べている。
 だが、協力を要請した本人が情報を塞き止めている。
 調べているのに、知ろうとしない。
 この矛盾の正体は、いったいなんだ?


____


「お邪魔しまぁす」
「あ、どうも」
 推測がちょうど行き詰まったタイミングで、リムさんが所長室へとやってきた。
「ひょっとして、またぼーっとしてました?」
「いえいえ。リムさんは?」
「私も一緒にぼーっとしにきたんですけど……タイミングが悪かったみたい」
 軽い冗談に、お互い軽く笑う。そのままリムさんは向かいのソファに座った。
「暇ですね」
 所長のいない所長室を見て、リムさんはそんな事を言い出した。
「いつもとあまり変わらないと思いますけど」
 これまでの事務所生活を振り返ってみても、仕事のない日はいつもこんな風に暇だったと思うのだが。
「不謹慎だとはわかってるんですけど……何か事件でも起こらないかなって、たまに思うんですよ」
「はは、まるで子供みたいですね」
「もうそんな無邪気な歳じゃありませんけど」
「自分でそれを言いますか」
 そしてまたお互いに朗らかに笑う。
「でも、今日はぼーっとしてないなんて、ユリさんは暇じゃないんですか?」
「いやぁ、暇は暇ですけど」
 と反射的に言ったはいいが、よくよく考えてみれば暇じゃないかもしれない。頭脳労働をしていた最中だし。
「でも、昨日ちょうど所長さんから頼まれて何か仕事をしてたって聞きましたよ?」
「あー、あれですか。なんか大した仕事じゃありませんでしたよ。ちょっとしたお使いレベルの」
「そうなんですか? いったいどんなお仕事を?」
「どんなって――」
 そこで、私ははたと言葉を止めた。
 こんな状況、つい最近にも一度体験した覚えがあるような気がする。それも、ここと似たような場所で。お互いの位置すらも。
「……」
「どうかしました?」
 そうだ。この状況。この構図。昨日アンジュさんと話していた時と同じだ。
 ひょっとして、探られてる?
「んー、それがよくわかんない仕事だったんですよねぇ」
 ――隠す必要はないから、正直に話してもいいだろう。しかし、昨日の今日だからあんまりいい気分はしないなぁ……。
「ある探偵事務所へ行ってこいって依頼だったんですよ。何をすればいいのかわからなかったんですけど、着いたら着いたでお仕事完了なもんだから、なにがなんだか」
「へぇ。どんな探偵事務所だったんです?」
「普通の――って言っても、普通の探偵事務所の事がよくわからないんですけど、変わったところはなかったと思います。当の探偵さんがいないって点を除けば」
「どうしていなかったんですか?」
「さあ? お家の事情だからそこまで踏み入りはしませんでした」
「そうですか……」
 私からの報告もここまでで、リムさんは思案を始める。
「リムさんも気になってるんですか? 所長が何を調べてるのか」
「ええ、まあ……少し。ゼロさんがこうして所長室を空けるなんて、そうそう無い事ですから。ところで今はゼロさんと連絡は?」
「どうせ取れませんよ。向こうからの一方通行のみです。……心配ですか?」
「ええ――いいえ。心配はしてません」
 頷きかけたところ、いきなり言い直した。その物言いが気になるのだが、リムさんも私がおかしな表情をしたのを見てふっと笑みを漏らした。
「ゼロさんは心配されるのがキライなんですよ」
「は? 心配されるのが?」
「自分の身をどう使おうが自分の勝手だろ、って」
「はぁ……」


____


 結局その日は、他に大した事も起こらずに一日が過ぎた。
 おかげさまで昨日今日の出来事以外に何も考えられなくなった私は、その晩にある決意をする。
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No.4
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:21 -
  
「いやぁ、また会うとは奇遇ですね」
「ええ、まったくです」
「それにしても、なんだってまたあの町に? 何か用があるにしても……誰かいるんですかい?」
「まあね」
「ほぉ、そりゃ珍しい。なんですか、二人だけの待ち合わせスポットなんて洒落た事でも?」
「あはは……残念ながら独り身です。彼氏のアテもいませんしね」
「なんでぇ、要らん事を言っちまったじゃねぇですか。じゃあいったい?」
「大した事じゃありません。ただの仕事です」
「仕事ねぇ……」
「ええ、仕事です」
 ――嘘を吐くのがこんなに楽しいとは、今日初めて知った。


「どうします? 帰りもご利用なら待ちますよ?」
「いえ、それなりに長い用事になりますので結構です」
「さいですか。じゃ、またよろしく」
 そう言ってタクシーは去っていった。
「さて、と」
 というわけで、またこの町にやってきた。えーっと、エピ……なんとか。案の定、名前を覚えてなかった。降りた場所は勿論、あのアパートメントの近く。
「さっさと行こう」
 今日は荷物が多い。左手には差し入れ兼非常食が入ったビニール袋、右手には学生時代に使っていた鞄。どれもチャオの身には大きな荷物で、引きずっていかないようにするのに少し苦労する。
「それにしても……」
 右手の鞄を改めて眺め、溜め息を吐く。
 たった数年前の事なのに、学生時代の事はどうも記憶に残っていない。某同好会にいた頃には学生時代の友人ともまだ面識があったが、思い出話をする度に私は相槌しか返してなかった気がする。思い出す事と言えば――。
「――早く行こう」
 過去の傷口を掻くのはまた今度だ。


____


 しかしこの探偵事務所、ウチの事務所と内装が似ている気がする。最も、家具の配置が同じようなだけという程度なのだが。それでもこのソファに座ってみると、いつもと同じ場所にいるように感じる。
 ひょっとして所長と未咲さんとやら、実は知り合いなんじゃないだろうか。どことなく気の合う者同士で、それで事務所の内装も似た風に……とかなんとか。
「お待たせ」
 奥のドアから、トレイに二つのカップを乗せたアンジュさんが出てきた。
「ありがとね、わざわざコーヒーの差し入れだなんて」
「いえいえ」
 ちょっとした皮肉のつもりですよ。とまでは言わなかった。
 テーブルに二つのカップが並べられる。私はそのウチの一つを取り、漂う匂いを嗅いだ。うーん、間違いなくカカオ豆に非ず。
 そういうわけで、私は再びこの未咲探偵事務所へと足を運んだのだった。


「それにしても、どうしてまたここに? また仕事?」
「まあそうですね、仕事です」
 タクシーの中にいた時と同じような会話が繰り返され、私は顔がにやけるのを堪えるのに必死だった。
 さて、私が今知りたいのは未咲さんについてなのだが……何を聞けばいいだろうか?
 住所氏名年齢電話番号みたいな個人情報は十中八九アウトだ。そんなのを図々しく聞けば疑われる。何より私は先日ここに来た時に、所長から急に連絡が来たせいで、アンジュさんに不審なイメージを持たせてしまっている。その気になれば事務所の暇人にでも頼んで調べてもらえるし、彼女から聞く必要はないだろう。
 つまり、今知るべきなのは未咲さんという人物像の事ではない。私が知るべき事はこの一点だ。
「そういえば未咲さん、今日もいないんですか?」
「ええ、いないわ」
「どうしてなんです? 一度会っておきたいんですけど」
「急な仕事で空けてるの。だから帰ってくるのは当分先になるかしら」
「そうなんですか……いったいなんの仕事で?」
「残念だけど教えられないわ。探偵はクライアントに関する情報は漏らしちゃいけないから」
「はあ、そういえばそうでしたね」
「そうよ、それが探偵の常識。……ところで、ユリちゃん?」
 ここまで話して、アンジュさんが微かに声色を変えたような気がした。私の事を警戒していることを前提に考えれば、この間の続きをするつもりだろう。
「はい、なんでしょう?」
 果たして、ここまで予想した展開になると流石に笑えてくる。そろそろにやけ顔を堪えるのも難しくなってきたので、ここは一つ笑顔を作っておく。表情で自分をカムフラージュするなんて今までやったことないけど、うまくいくだろうか。
「そういえばなんの仕事をしているか聞いてなかったわ。折角だから聞かせてもらえない?」
 これはまた答え辛い質問だ。都合の良い嘘も思いつかないが、こいつを言ってしまうといい顔はしてくれないだろう。
「えーっと、世間一般でいう何でも屋ですかね?」
「あら、そうなの? ユリちゃんってあたし達と似た事してるのね。浮気調査とか盗聴器発見とかやったことあるのかしら」
「いやぁ、探偵業務っぽいのはやったことないんですよねー」
「でしょうね。だってあなた、自分の素性を隠せてないもの」
「そりゃそうですよ。探偵業務をしにきたわけじゃないんですから」
「じゃあいったいなんの仕事をしにきたのかしら?」
「仕事? はて、そんなこと言いましたっけ?」
「言ったわよ。どうしてここに来たかを聞いた時にね」
「ああ、それですか。違いますよ」
「え?」
 思った通り、わからない顔をするアンジュさん。笑顔に切り替えててよかった。クスクス笑って話をしてたんじゃ怪しい人になってたところだ。
「仕事は仕事でも、私事です」
「私事? どういうこと?」
「実はですね、ここの探偵事務所に依頼をしに来たんです。ある人物の事を調べて欲しくて」
 途端に話の方向性が変わり、アンジュさんが戸惑う。
「依頼って……いったい誰の事を調べるの?」
「ミサキ」
「ミサキ――!」
 アンジュさんが腰を浮かした。
 ここまでくると、流石に笑いを通り越してしまう。どこか冷めてしまった口ぶりで、私は事の次第を話した。
「先日話した上司というのは、私の勤務している事務所の所長です。この前ここに来たのは、所長から直々に仕事を請けての事なんです。内容は「ある探偵事務所に行け」です」
「……それで? 未咲の事について調べて来いと?」
「いいえ。先日ここに来ていた時、上司からの連絡と言って席を外しましたよね? その時の事なんですけど、仕事の経過について聞いてきたので探偵事務所に来ていると言ったら、仕事は完了だと言われました」
「それってどういうこと?」
「わかりません。こちらから連絡しても応答してくれなくて。会う事もできないし。……ただ、一つ手掛かりがあるんです。昨日偶然に知り合いと会ったんですが、その人もウチの所長から仕事を頼まれていたんです。内容は「ミサキを調べろ」というもの」
「知り合いさんもウチの探偵さんを調べてるって事?」
「それが不思議な事に違うみたいなんです。仕事の内容をもっと正確に言うと「チャオ関係の裏組織絡みの線からミサキを調べろ」と言われたみたいで……」


 ……そう、これが私を素直にさせなかった理由だ。
 所長の行動についてもそうだけど、今回の事は何から何までおかしい。その謎の渦中にいるのは紛れも無くミサキという人物なのだ。

 昨日、私はずっと悩んでいた。
 それは探偵の未咲と、チャオ関係の裏組織絡みのミサキが同一人物なのかという一点。
 私はその裏付けをとる為、所長の行動を追う事を考えた。だが、私みたいなぺーぺーが調べたって無駄なのはわかりきっていた。だから本職の探偵に頼ろうとしたのだが、そこで私は思いとどまった。
 もし本当に二人のミサキが同一人物だったら? その関係者であるアンジュさんに所長を追う事を依頼した結果、所長に危害が及ぶような事になってしまったら?
 だから私は、探りを入れることにした。


「……ユリちゃん」
「はい?」
 ここまでの話を自分なりに纏め終わったか、アンジュさんは神妙な顔でゆっくり言葉を切り出した。
「確か、私事と言ったわね」
「言いましたね」
「つまり未咲について調べて欲しいという依頼には、あなたの上司である所長から頼まれた仕事とは無関係ということ?」
「そうです」
「どうして? あなた個人が未咲を気にかける根拠は?」
「――所長が詳細も告げずに消えてしまったこと。その所長が複数の人物にミサキという人物を調べさせていること。そして何より、こちらからの連絡には出ないこと。これだけ不自然なら、気になるのも当然ですよね」
「確かに気になるわ。でも、所長からは直々に仕事は終わったと言われたのよね? その分のお給料もくるんでしょ?」
「ええ、そのうち」
「なら深く追求するのは野暮でしょう?」
「そういうもんですか?」
「そういうもんよ。最悪、大して労せずに手に入れる予定だったお金も無くなってしまうのよ? それはとてもリスキーな行動だわ」
「……ああ、なるほど」
 今の一言でアンジュさんの根本的な勘違いを察した私は思わず手をポンと叩いた。それに対し、やはり私の意図が読めないアンジュさんは首を傾げる。私はそんな彼女に自信満々に次の言葉を述べた。
「アンジュさん、私達の関係がそんなにドライに見えるんですかね」
「え……だって、職場の上司と部下じゃない」
「そうですね」
「それにその職場が職場よ。関係がドライになるのは当たり前じゃない」
「ははーん、やっぱりそうだ」
「やっぱりって、何がやっぱりなのよ」
「アンジュさん、私達の事務所をなんか薄暗くてジメジメした印象で見てるんですね」
「違うの?」
 さも当然のように言うもんだから、逆にこっちが首を傾げたくなる。あんな職場のどこをどうみたら薄暗くてジメジメするんだか。
「アットホームっていう言葉がピッタリの、所長室で居眠りオッケーな事務所ですよ?」
「…………」
 時が止まったような感覚を覚えたのであろうか、アンジュさんの眼球の動きすらピタリと止まった。口元をわなわなと震わせ、ようやく吐き出した言葉が、
「はあ?」
 だった。
「あの、ちょっと待って。言ってることがよくわからないわ」
「もっと詳しく言うと、読書・ゲーム・闇鍋もオッケーかなー」
「は? え?」
「あ、あと突発で花火大会とかしてもいいかも」
「ユリちゃん、真面目に話してくれない?」
「ぶっちゃけ仕事しなくてもいいかも。従業員が九人しかいないのが不思議なくらい高給」
「あのね、そろそろ怒るわよ?」
「あ、嫉妬ですか? しょうがないなぁ。アンジュさんさえ良ければ、私から所長に紹介しときますよ?」
「……もういい。話にならないわ」
「ですよねー。あはははは」
 その反応があまりにも常識的過ぎて、私は笑いが込み上げるのを抑えきれなかった。
 改めて、自分の職場が狂っているという事を再確認した。こうやって何も知らない人に小説事務所というものの特徴を話すと、自分でもおかしいと常々思ってしまう。夢にも思わない事務所があることも、自分がその事務所にいることも。
 ――だからこそ、私はその夢を守りたい。
「だから、依頼しにきたんです」
 途端に声色を変えたから虚を衝かれたのだろう。聞く耳持たずと言う風にコーヒーカップに伸ばした手を思わず咄嗟に引っ込め、アンジュさんが顔をあげた。
「所長のいない事務所なんて成り立たないんです。もしも所長が何か危険な状況に置かれているというなら、黙って帰りを待っていられない」
「ユリちゃん……?」
「本当なら所長を探すよう依頼したいんですけど、お互い友好的にはなれそうもないですから。せめてあなたの知る未咲さんについて聞かせてください。そこから先は……」
 床に置いていた学生鞄をテーブルの上に置いて、開いた。
「自分でなんとかしますから」
 アンジュさんは、言葉を失った。
 スーツケースは無理でも、せめてボストンバッグにでも入れて持ってくるべきだっただろうか。大袈裟な額を持っていくつもりがなかったから目に付いた学生鞄をチョイスしたけど、やっぱり大金を入れるには似合わなかった。
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No.5
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:26 -
  
 探偵少女、未咲。日本人。
 とある政治家の娘だったらしいが、家族とは折り合いが悪かったらしく、母の古い知り合いであるアンジェリーナ・ワトソンを頼り実家から逃亡。元警察官であるアンジュさんの指導を受け、幼い頃からの夢であった探偵になる。
 元々探偵事務所はアンジュさんの物であったが、未咲は類稀なる才能を発揮し難事件を解決、程なくしてアンジュさんが直々に探偵事務所を譲った。

 未咲が姿を消したのは、ほんの二年くらい前の事だ。
 彼女は依頼を受け、ある人物達の行動調査をしていた。その依頼自体は滞りなく遂行し、依頼人からの報酬も受け取って仕事は問題なく終了したのだが……何を思ったか、後日未咲は独自に調査を再開。事務所には顔を出さなくなり、それっきり――だそうだ。
 彼女が何を調査していたのか、助手のアンジュさんにも知らされていない。当然捜索は行ったが、未咲が見つかる事はなかった。


____


『はいもしもし。あなたのヤイバです。オーバー』
「げ、予想だにしなかった人物が出てきた」
『いやぁんユリちゃんったら辛辣ね! そんなにオレちゃんの事が嫌いかしら!』
「少なくとも好きではない」
『嘘でもいいから嫌いじゃないって言ってくれ……最近カズマの奴が妬ましくて仕方ないんだ』
「モテない男は辛いですね、まる」
『言うなぁぁぁぁ!』
「はいはい。ところでなんでヤイバなんかが出てくるの? この通信機って誰に繋がるようになってるの?」
『ぐすっ、基本的に指定した周波数内にコールをかけて、気が向いた誰かが応答した後は普通の電話と一緒だよ……ううっ』
「ふーん……じゃあ私側から頻繁に使用すると気取られるわけか……」
『おっおっおっ。ひょっとしてなんか忙しいですか?』
「忙しいね。ヤイバの出る幕がないくらい」
『お前オレをどんなキャラだと思ってるんや』
「個性なら知ってるけど長所は知らないね」
『自慢じゃないけど、友達が多いかなっ!』
「へぇ。どのくらい?」
『そりゃもう、実況板からオカルト板までオレのコテハンを知らない奴はいないくらい』
「凄くよくわからないけど、実用性がなさそうな印象は受け取れたかな」
『疑うのは、こいつの凄さを知ってから! 一度体験してしまえば、もう後戻りはできませんよ!』
「胡散臭い通販番組みたいで信用できない」
『ネタにマジレスカコワルイ』
「ネタなんだね、君の友達」
『あーもうわかった。何か調べたいというなら言ってみるとよい。我が情報網を持ってして徹底的に調べてやろうではないか』
「そういうのはカズマが専門じゃないの?」
『ネットの上ではな。だが、ネットに載らない情報を探しだすのなら人の力が不可欠だぞ。オカ板にいるとよくわかる』
「ふーむ……ヤイバ、口は堅い?」
『ポスターの政治家の口にキスして回ったのは誰にも言えないヒ・ミ・ツ☆』
「…………」
『うそですごめんなさい』
「……未咲って人を調べてほしいの。字は未だ咲かないって書いて未咲」
『厨二クセー。で、特徴は?』
「写真は今度持ってくけど――中学生くらいの女の子」
『女の子キター!』
「しね」
『ごめんなさいくちがすべりました』
「某政治家の娘で探偵。二年前にある調査を独自に行っている最中に行方不明になった、と」
『具体的になんの調査をしていたのん?』
「チャオ関係の裏組織の調査かな。仮説だけど」
『なんというハイスペック少女。これは流行る』
「……なんでもいいけど、本当に調べられるの?」
『安心しろ。湧き出る情報量だけなら保証する』
「そういうのは普通、信頼できる情報を保証するものじゃないの?」
『そんな事言うなら大金持ってそれっぽい探偵社でも探してけれ。タダで請け負う分には安すぎるぐらいだぜ』
「はいはい、あんまり期待しないからよろしくね。おーばー」
『うむ。みょうにちに会おうぞ。あうと』


『はい、未咲探偵事務所』
「あ、アンジュさんですか? 私です」
『待ってたわ。どう? 目処はついた?』
「いちおう……」
『随分と自信の無さそうな声ね。大丈夫?』
「いちおう……」
『……こういうのは嘘でもクライアントを安心させとくものよ』
「ごめんなさい、アテにしてた情報網とは別のを使う事になってしまって」
『そんなに信用できないの? その情報網』
「胡散臭い通販番組並みです」
『……つくづく理解に苦しむわ。協力を要請したのは同じ職場の人でしょ?』
「はい」
『そんな胡散臭い人のいる職場で、よくあんな大金を稼げるわね』
「別に仕事で稼いでるわけじゃないですからね」
『じゃあ何で稼いでるの?』
「なんて言ったら信用しますか?」
『え? うーん、株とか?』
「あー、株はやってたかなあの人……」
『で、結局どうやってるの?』
「平たく言えば、ギャンブル」
『……それ以上聞くのが怖くなってきたわ』
「あはははは」
『何はともあれ、お願いね。未咲の事を突き止めるには、あなたに協力してもらうしかないんだから』
「タダ働きの身として、程々に頑張ります」
『いいじゃないの、こっちもタダで未咲の情報を教えたんだから』
「それってイーブンなんですかね?」
『考えるのは野暮ってものよ。それにこれは私事なんでしょ? 所長さんの事を調べるついでだと思えばいいのよ』
「はぁ……それじゃあ、一応情報が纏まったら連絡しますね」
『わかったわ。期待してるわよ』
「しないでください」
『はいはい。頑張ってね、小さな探偵さん』
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No.6
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:33 -
  
 そういうわけで、本格的な(?)調査が始まった一日目。今日も曇り。まるで今後の調査の雲行きのよう。
 昨日のヤイバの話が本当なら、むやみに通信機を使うのはよろしくないと判断。今後カチューシャの発信スイッチには手を触れない事にした。とは言っても、元々触れる機会もなかったのだけど。
 そしてもう一つの注意点は、アンジュさんから預かった携帯電話の存在を隠しておくことだ。
 私はケータイというものがあまり好きではない為に所持はしていなかったのだが、今回の件について連絡を取り合いたいというアンジュさんの提案により、彼女のケータイを一時的に借りる事にした。変なタイミングでかけられても困る為、基本的に私からの一方通行なホットラインだが。
 カチューシャ型通信機は使わない。ケータイはこちらからの連絡が主。クライアントの情報を守る為の稚拙な制約である。私事ではあるけど、立派な仕事でもある故だ。タダ働きだけど。


 今日は事務所には寄らず、街中のファミレスにやってきた。
 開店直後の店には然程の客はおらず、ヤイバの姿はすぐに見つかった。意図して窓際から遠ざかっているのだろうか、店内の端っこの席で暢気にコーラを飲んでいた。灰色の体やノートパソコンの存在がどことなくヤイバの姿を怪しくさせる。
「おはよう」
「うむ、よくぞ来た小娘よ」
「あ、モーニングセットお願いします」
「かしこまりました」
 どことなく偉そうなヤイバの態度を欠片も気にせず、ウェイトレスさんに朝食を頼む。そのやり取りにヤイバが何か物言いたげが顔をするが、努めて気にしない態度を取る。そこまでしてやると流石にへこんだか、ふんぞりかえって座っていた姿勢が猫背ぎみになる。
「ユリってさぁ」
「うん」
「スルースキル高いよね」
「そりゃどうも」
 褒め言葉かどうかよくわからないが、とりあえず無難な言葉を返して本題を目で促した。ヤイバは溜め息をコーラと共に飲み下し、その視線をノートパソコンに移す。
「一応二つ三つ情報が出た程度かな」
「へぇ、早いね」
「そんなもんだよ」
 ……何故かこれっぽっちで会話が止まってしまう。
「え、それで?」
「なんだ?」
「だから、その情報は?」
「まだまだ。信憑性のある情報が出るにはもうちょいかかるよ」
 どうも話が飲み込み辛い。二つ三つの情報とか信憑性がとか。
「そもそもどうやって情報を集めてるの?」
「これ」
 聞かれるだろうと思っていたか、先にパソコンの画面をこちらに向けてきた。映っていたのはネットによくある掲示板だ。
「え、ひょっとして掲示板で質問してるの?」
「まあそうとも言う」
 頭を抱えた。そしたらヤイバが笑った。
「少しでも頼りにした私がバカだった……」
「はっはっは、まあ落ち着いてこの板のタイトルを見たまえ」
「そんな便所の落書きみたいなもの見てなんの意味があるかっての!」
 と、頭を上げて怒りの矛を突きつけると、ちょうど画面が視界に映った。一応尻目でそれを見てやると、気になる文字が目に入る。
「ん……『ガチで探偵ごっこしようぜ』?」
「そうそう、略してガチタン」
 それがなんだと目で訴えると、ヤイバは手に持っていたマウスで画面を上へスクロールさせた。そこにはこの掲示板の説明が書かれていた。
 内容を要約するとこうだ。子供の頃に憧れた探偵。仕事にする気はないけれど、社会に潜む謎を暴いてみませんか? ……と言った感じ。
「まさしくごっこ遊びかよ」
「そう言うなよ。案外侮れないんだぜここ。既に時効になった事件を20スレ費やして暴いたって伝説もあったりする」
「そうは言ってもさぁ……」
 私の批評なぞ何処吹く風、ヤイバは自信満々に『ガチタン』の説明を始めた。
「一、タダ働きが当たり前。まかり間違っても報酬を貰おうなんて思うな」
 まさに今の私達と同じ状況だな。
「一、自分の身にどんな危険が降りかかっても自己責任。リアルの探偵は金の為にリスクを犯す必要性はあるが、探偵ごっこにその必要はない」
 如何にもネットらしい注意事項だ。しかし確かに金が絡まないという点で、本職の探偵とは大いに異なる。掲示板上のやり取りである以上、いつ身を引くも自由という特徴があるわけだ。
「一、ネタを持ち込んだ側はデマの情報を貰っても泣くな。ここはあくまで掲示板だ、デマがあるのは当たり前。あくまでごっこ」
 これを聞いた途端一気に萎えた。一番の問題点じゃないのかそこは。本気で頼ろうとするからいけないのか。つまりここを頼ったヤイバは本気じゃないのか。殴っていいか。
「一、ここで得た情報で何をするも自由だが、この掲示板はそれによって生じた如何なるトラブルにも関与しかねる。とまぁ、具体的な箇条はこんなもんか」
「なるほど、探偵ごっこね……つまりヤイバもごっこ遊びのつもりだと言いたいんだ」
「半分はな」
「もう半分が本気っていうのは冗談でしか通らないよ」
「大丈夫だって。この板を利用してる連中って割と『本物』が混じってるからな」
「本物?」
 どこか意味深な言葉に私は興味を惹かれた。ヤイバは得意気にコーラを呷り、語る。
「本職は勿論、極稀に裏の世界の人間もいるんだ。驚く事にな」
「デマじゃないの?」
「オレも最初はそう思ったね。だけど、カズマが裏を取ったって言えば話は違うだろ?」
 ――思わず息を呑んだ。
 カズマは小説事務所きってのハッカーだ。その腕は素人目から見てもかなり天才的だと思う。そのカズマがわざわざ暇を持て余して探偵ごっこの掲示板にいるユーザーを調べたというなら、恐らく間違いはないんだろう。
「でも、なんでそんなごっこ遊びの掲示板なんかに」
「金と才能をドブに捨てる奴は腐るほどいるってこったな」
 ……つくづく人は愚かだと思う。なんでごっこ遊びにそこまで本気になれるんだよ。働けよ。
「で、肝心の未咲ちゃんの件だけど。今のところは大した情報は来てないな」
「はぁ」
「でもスレの流れはびっくりするくらい早いぜ。みんなやる気はあるから安心しろ」
「なんでやる気あるの?」
「名探偵――この板で優秀って言われてるユーザーの事なんだけど、その中でもオレってトップクラスなわけ」
 ひょっとしてヤイバ、その探偵ごっこの際に事務所の力を利用してるんじゃなかろうか。タダ働きが通常営業ってどういうことだよ。
「そのオレが裏組織絡みのネタを持ち込んだってんで、スレはもう加速しまくりよ」
「なんだ、モテモテじゃないですか。彼女なんて要りませんね」
 冗談で言ったらヤイバがへこんだ。
「……ヤイバってさ」
「うん」
「脆いね」
「うん」
 鼻を啜って、話の続きを再開した。
「何はともあれ、見てるだけの連中も新しい情報が来ては考察しあってるから、流れ早くて目が離せないんだよな」
「ふぅん……」
「とまぁ、こっちの件については任せておくんなましってことで。ところで写真持ってきた?」
「ああ、写真ね」
 話の流れが酷くてすっかり忘れていた。昨日のうちにアンジュさんから借りてきた写真をポケットから取り出し、ヤイバに渡す。ヤイバは受け取った写真をまじまじと見つめ始める。
 ……ざっと、数十秒。
「ヤイバ?」
 やけに見ている時間が長い。コメント一つ寄越さず、ただただ写真を見つめるだけのヤイバ。……ひょっとして?
「ねえ、ヤイバ」
「…………」
「可愛い?」
「……やべぇよ」
「何が?」
「リアルも捨てたもんじゃねぇよ!」
 いきなりガタッと立ち上がって声高らかに叫ぶもんだから、店内中の僅かな客の視線が一斉にこちらを向いた。この構図、覚えがあるぞ。
「おいてめぇ」
「なんだユリ、オレは今運命の神からの恵みに感謝の気持ちをだな」
「とりあえず横見な」
「ああん? ……あ、失礼しました」
「あ、いえ」
 流石にばつの悪い顔で頭を下げた。なんともタイミングの良い事に、ちょうどモーニングセットがやってきたところだった。


 ヤイバがこう叫ぶのも無理はない。私も未咲の写真を見た時は、ヤイバほど大袈裟ではなかったが驚いたものだ。
 まだ子供ながら難点の見当たらない整った顔立ち、質実剛健と才色兼備の滲み出る凛とした表情、アンジュさん曰くこだわりの無いストレートヘア。何処かの学校の制服姿がとても良く似合っている。
 まあ要約すると、とても可愛いって事だ。こんな女の子が立派に探偵をやってるというのだから驚くしかない。改めて写真の美少女を眺めながら、私はモーニングセットのトーストをかじる。
 ……それにしてもこの子、どこかで見た覚えはなかったかな?
「なあ、これ惚れていいよな? 会ったらプロポーズしていいよな? っつーか結婚していいよな?」
「……そういえば人間とチャオが結婚できる法律はなかったね。確か」
「ああっクソが! なんだってオレは今チャオなんだ! 昔はバリバリ人間だったのに! 覚えてないけど!」
「それは災難でしたね」
「ちくしょう……ちくしょう! せっかくカズマを出し抜けると思ったのに、種族の壁が立ちはだかるとは……いや、そんなの関係ねぇ! これしきの壁も乗り越えられないんじゃ愛は語れぬ!」
 恋愛経験の無い奴が愛を語るか。実に滑稽である。
「惚れるのは勝手だけど、ちゃんと働いてよ?」
「安心しろ、この子はオレが絶対に見つけ出してやるからな!」
 探してるのはネットのオトモダチだけどな。

 そんな時だった。突然、私の頭の中で電子音が反復した。
 今一番注意を払っていたカチューシャ型通信機の出す音に、私は思わず微かに飛び上がってしまう。誰だ、こんな時に?
「はい、もしもし」
 ヤイバに手で制止を送ってから応答する。ヤイバもさっきまで理性の一つや二つを捨てて騒いでいたのを瞬時に抑えてくれた。空気の読める奴で助かる。
『俺だ』
「所長? どうしたんですか、急に?」
 思い掛けない人物からの連絡だった。二度目の連絡以降、用も無くなって連絡なんか来ないと思っていたのだが……。
『大した事じゃない。もうすぐ帰る目処がつくから、一応連絡しておこうと思ってな』
「え、そうなんですか?」
 ちょっと拍子抜けだ。てっきり半年以上は帰ってこないつもりでいたんだけど。
『こないだ頼んだ仕事分の報酬も、帰ってきた時に済ませよう』
「はぁ。そりゃどうも……」
『ところでお前、今どこにいるんだ?』
「えっ? じ、事務所ですけど……またなんか仕事ですか?」
 言い訳が脊髄反射的に飛び出した。大丈夫だよな。バレないよな。
『ん……いや。ちょっと聞いてみただけだ』
「あ、さいですか」
『ああ。じゃあな』
 そこで通信は終わった。と同時に、いつの間にか溜まっていた息の塊が口から吐き出される。
「び、びっくりした……」
 まさかこんなタイミングで所長から連絡が来るとは思ってもみなかった。
「先輩、なんだって?」
「もうそろそろ帰ってくるって」
「ふーん……で、そんだけ?」
「あとは、今どこにいるかって。それだけ」
「んー?」
 私の簡潔な説明を聞いて、ヤイバは何か思う所があるのか首を傾げた。
「どうかしたの?」
「なんかおかしくね?」
「何が?」
「何がって、会話が」
 今度は私が首を傾げた。何がおかしいのかわからない。
「いや、人読みになるんだけどさぁ。先輩が帰還報告なんかするか?」
「あっ……確かに」
 そう言われてみると、所長の無駄な会話をする姿は全然想像できない。単に事務所にいる時は寝てばかりだから、という印象が強いせいなのかもしれないが……新入りの私はともかく、勤務暦の長いヤイバの言う事だからまず疑っていいのだろう。
 だが、もしそうなら所長は何故連絡を取ってきたのか、という話になってくる。もうすぐ帰るとか報酬の件がとかが嘘、または本当の目的を隠す建前の発言だとするなら……。
「なあ、ユリ」
「何?」
「お前、誰かにファミレス行くって言ったか?」
「誰にも言ってない……と思う」
 お互い、思う所は同じらしい。
 恐る恐る、窓の外の方角に顔を向けてみた。曇り空の下、俗に言うラッシュアワーが展開されていた。この辺りは企業の会社が多いせいだろう。その人波を、私達は視線で掻き分けてみた。……多分、誰もこっちを見ていない。
「一つ確認したいんだけどさ」
「何?」
「所長から連絡あったのって、全部でいくつ?」
「仕事関連で一回目と二回目、今ので三回目」
「その二回目の時って、具体的にどんな状況で掛かってきた?」
「件の探偵事務所にお邪魔して、数分経った時かな」
「数分、ね。タイミングとしては被るな」
「うん」
 そういえば私がファミレスに入ってから数分くらい経ったかなと思い返し、改めてこれまでの経緯を振り返ってみる。
 所長の不自然な連絡内容。二回目と三回目の連絡のタイミング。確信に至るほどの根拠ではないが……。
「お前、跟けられてんじゃねーの?」
「どうなんだろう……?」
 可能性はある。どちらも私が建物内に入ってしばらく経ってからの通信だ。しかし、これを疑う理由はついさっきの通信内容に疑問があるというだけのものだ。何か確証が欲しいところだが……。
「ねえ、ヤイバ。ミスティさんの電話番号とか知らない?」
「ん? まあ、知ってるけど」
「教えて」


『はい、ミスティですけど。どちらさまですか?』
「あ、ミスティさん? ユリです」
『あっれー、ユリちゃん? 私の番号知ってたっけ?』
「ヤイバに教えてもらったんですよ」
『そっかー。で、なんか用?』
「ええ、まあ。あれから所長と連絡取れました?」
『全く取れてません! 頼まれてた仕事もはかどらないしさー』
「そうですか。ところで、今どこに?」
『ちょっとお散歩中だよー。フウライボウと一緒にね。現在地、商店街でーす!』
「本当ですか? ちょうどよかった」
『んー、何がー?』
「ミスティさん、今から少しの間だけ私の指示通りに動いてくれませんか?」
『ほっほぉー? なんだいそれ。面白そうだね。やるやるー』
「ありがとうございます。じゃあ、まずは周囲を見回してください。誰かに跟けられてないかを警戒してるみたいに」
『変わった指示だねぇ。……オッケー、やったよ』
「そしたら、その場から移動してください。ちょっと小走り気味に」
『なるほど、逃げるフリだなー。どこまで逃げればいいの?』
「近くの手頃なお店とかありませんか? 飲食店とか、のんびりできる場所が最適かと」
『ちょっと待ってね、けんさくちゅう……あったあった。入ったらどうすればいい?』
「後はそこで十分くらい時間を潰しててください」
『え、それだけっすか!』
「はい。もしも誰かから連絡が来たら、またすぐに私に掛けなおしてくださいね」
『オッケーオッケー。それじゃ、また後でー』


「どういうつもりだ?」
 私の通話内容を傍から聞いていたヤイバが、意図がつかめないという顔で尋ねてきた。
「これでミスティさんに所長から連絡が来れば、私達が跟けられてるって証拠になるの」
「なんでミスティさんなんだよ?」
「ああ、知らなかったっけ。ミスティさんも所長から未咲について調べてほしいって言われてるの」
「へぇー。でもさ、尾行してんのは先輩だろ? 別の場所にいるっていうミスティさんにそんな事させても意味なくね?」
「一人が無理なら、二人で尾行すればいいじゃない」
「は? ……あー、ミキか!」
 手をポンと叩いて、ヤイバが感嘆の声をあげた。
 これらは推測に過ぎないが、ミキは恐らく所長の『野暮用』に協力している可能性が高い。そう考えると所長と全く同じ時期に姿を消した理由としては筋が通る。そう考える事によって、所長とミキが私とミスティさんを尾行しているという裏付けだって取れる。
 だが、この推測は決定的に欠けたポイントがある。それは動機だ。
 何故所長は私達との連絡を取らず、私達を尾行するのか? その理由は皆目検討が付かない。それが明らかにされない限り、所長の取っている全ての行動の理由もわからずじまいとなり、私の推測は全部空回りに終わるだろう。
 ……それでも、調べる価値はある。空回りなのかどうかについては、調べるだけ調べてからでも遅くはないはずだ。

 そして、見計らったようなタイミングでケータイが鳴った。
「おい、マジかよ?」
 まだ二分も経ってないが、着信は確かにミスティさんからだ。まさかここまで事がうまく進むとは思っていなかっただけに、私達は思わず顔を見合わせてしまう。ケータイを握る手も、心なしか震えてしまっているような気がする。
「はい、もしもし」
『ユリちゃん! ビンゴよビンゴ! 所長さんから電話が来たの!』
「ほ、本当ですか?」
 本当に釣れてしまった。ヤイバは既に笑いが抑えきれなくなり「テンションあがってきた」と言って顔をぶるぶる震わせている。
「あの、どんな話を?」
『えーっとね、仕事の経過と今どこにいるかって。行き詰まってるから気分転換の為にケーキ屋さんに寄ってるって返しといた。あ、一応ユリちゃんの事は伏せておいたよ』
「そうですか。ありがとうございます、助かりました」
『ふっふぅーん、別にどうってことないよ。……で、これってつまりどういうことなの?』
「あ、気にしないでください。こっちの事ですんで」
『えー、つまんなーい! 私だけ除け者ですかっ!』
「あはは……わかりました。未咲さんの事について私が知ってる範囲の事を教えますから、協力してくれませんか?」
『わーいわーい! いいよ! 教えて教えて!』
 まるで無邪気な子供だなと笑みを漏らし、そういえばミスティさんは立派な少女だったなと思い返す。
 そして私は電話越しに、かいつまんで未咲という探偵少女の事と今の捜査状況をミスティさんに話した。
『ふーん……なんかややこしい事になってるんだね』
「ええ、まあ」
『オッケー、できる限り協力するよ。何かわかったら連絡してあげる。それと、今後所長さんから仕事の経過を聞かれたら、なんて答えれば良いのかな?』
「うーん、多分普通に話していいと思うんですけど……ミスティさんにおまかせします。ケースバイケースで」
『わかった。今後もユリちゃんの事は伏せる方針で行くよ。じゃあ、またね』
「ええ。今後ともよろしく」
 そこで通話を終わらせ、私はケータイを閉じた。そこで微笑みが漏れているのに気付いて、私は今の状況に昂っているのに気付く。
 たまによく聞くあの言葉はこういう時の事を言うんだなと、私は今日実感した。

「――面白くなってきた」
引用なし
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No.7
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:38 -
  
「……んう」
 暗い部屋の中で目が覚めた。
 いつもならカーテン越しに太陽の光が差し込んできていて明るいのだが、今日はどうも様子が違う。天井は見慣れた我が家のものなのだが……。
「時間……」
 時計を探すべく体を起こそうとして、そこでいつもとは状況が少し違う事に気付いた。ベッドの上で寝ているところまでは変わらないのだが、枕元にノートパソコンがあって、ベッドの側に菓子類のゴミが散乱したちゃぶ台が寄せてある。
「ああ、そっか」
 そこで昨日の私の行動を思い出した。
 あの後ファミレスを出た私は、体裁上いつも通りの事務所生活を過ごした後、コンビニで多量のお菓子を買ってから我が家に帰ってきた。そしてパソコンを立ち上げ、真っ暗な部屋の中で例のガチで探偵ごっこやろうぜ、通称ガチタンの掲示板を見て過ごしていたのだ。
「まあ、夜通し文字ばっかり見てたらね……」
 恐らく睡魔に負けて寝てしまったのだろう。
 改めてパソコンの画面の右下に表示されている時刻を見てみると、なんと丑三つ時。とんだ早起きをしてしまったものだ。
 ――というわけで、調査二日目。


 昨日の夜にこの掲示板と関連のまとめサイトを見てわかったことがある。
 まず、この掲示板が思った以上にユーザーが多い理由。
 ヤイバが言っていた「本物がいる」という事について一般の利用者が感知しているかは不明瞭だが、それでも名探偵ないし個性的なユーザーが複数人、そして普段は触れられない面白そうな話題があれば一般ユーザー達は惹かれる。ただの噂話をするだけの掲示板と違って廃れない訳がそこだ。
 そして、このような掲示板で真実が見つかる理由。
 まとめサイトを見た時に『ガチで解決した謎』という項目を見つけたのだが、その解決された謎というものの数を見て私は驚いた。多くて数十件程度だろうと高を括っていたら、その数は百を越えていた。いったい何故か? それは、まさしく掲示板である事に理由があった。
 掲示板という場所は、匿名の人物が流す情報が無数に存在している。その中の多くには、全くの嘘やデタラメの情報だってあるだろう。「だからこそ好都合なのだ」と、そうは考えられないだろうか?

 例え話で説明しよう。
 ここに、ある組織の人間がいる。その人間は組織を裏切ろうと考えているが、僅かでも怪しい動きをすれば組織に粛清されてしまう。マスコミに情報を流すのも、ネットに情報をばら撒くのも危険だ。
 そんなある日、この掲示板を見つける。その人間はくだらない掲示板の一つだなと思うが、しかしこれは逆にチャンスかもしれないと思い直す。
 そしてその人間は、掲示板に自分が流したとは到底バレないであろう断片的な情報を、賭けに出る気持ちで匿名で書き込む。その人間が行うのはそこまでだ。後は探偵ごっこをしたくてたまらない暇人どもが真実に辿り着き、自分のいる組織を解体させるという奇跡の数パーセントを信じて待つだけ。
 この方法は一見すればデメリットばかり目立つのだが、普通に組織を裏切るのとは訳が違うメリットがある。
 一つは自分が裏切り者であると悟られる可能性が低いこと。自分のやった事は噂話程度の情報を流した一回の書き込みだけ。これは身の安全を第一に考えれば非常にデカい。
 もう一つはこの掲示板の知名度が高くないこと。まずこんな子供遊びの掲示板の存在なんか知る機会はない。平たく言えばバレないということに繋がる。
 そして一番のメリットは、デマが錯綜する可能性が限り無く高いということだ。
 木を隠すなら森の中、情報を隠すなら情報の中。嘘やデタラメの溢れる場所に隠された真実の価値を知ってても、そこに真実があると認識しなければ誰もが素通りする。その真実の価値を知り、その在り処を多くの暇と才能を無駄に費やして見つけ出す――それがこのガチタンという掲示板にいるユーザー達なのだろう。
 ……とまぁ、これが私なりに考えた「この掲示板のイイトコロ」である。裏を返せば「こう考えないとイイトコロが見つからない」という事も覚えていてもらいたい。


 まだまだ残っていたお菓子をつまみながら、私は掲示板のチェックを再開した。
 今いるスレッドを見てみると、私が寝始めたであろう時間にとっくに1000レスに到達していた。最新のスレッドを探そうと一覧に戻ると、なんと既に5つもスレッドが消費されている。
「みんな元気だなぁ」
 ここまで議論が加速している理由は、そのヤイバが「捜索対象が超弩級の美少女だった」という情報を流したから――というわけではないらしい。
 できるだけ個人情報は守っておきたいという私からの要望に応え、ヤイバが話した捜索対象は「二年前にチャオ関係の裏組織を調査して行方不明になったと思われる未咲という女性探偵」というところに留めておいた。それでも「未咲は過去にいくつかの難事件を解決している」とまでわかってしまえば、未咲がまだ年端も行かない少女であることはバレてしまうのだろうが……ぶっちゃけた話、この方法じゃ個人情報なんて守れてないも同然じゃないのかと思う。
「ま、別にいいよね」
 私がやった事じゃないし。それに捜索対象の事は知らなければ探しようがないんだもの。アンジュさんには今回取った手段を話さなければ良い事だ。それにどうせタダ働きだもんね。……そうでも考えてないと、良心が痛んでこれ以上捜索はできない。
 などど自分に言い訳をしながら、最新のスレッドを見つけた。まだ書き込み数は二百程度で、のんびり下へ下へとスクロールさせながら書き込みを眺めていく。

> 本当にその交通事故と関係あるって言い切れるのか? おれにはどうも短絡的過ぎるように思う。
>>あるとは言ってない。でもないとも言い切れないぜ。
> 悪魔の証明乙。確なる証拠もなくちゃ誰も納得しねーよ。
>>お前ら探偵ごっこしてる身でシャーロックホームズも知らないとは言わないだろうな? 不可能を消去して最後に残ったものが真実になるんだ。これしきの証明もできなきゃガチタン民とは言わん。

 いつの間にか話は私の関知していない領域まで進んでいた。やる気が溢れていて結構。仕事にも反映させるんだぞ、と要らぬお節介が出そうになった。
 とりあえず私は議論の現状を把握する為に掲示板に「今北産業」と書き込んだ。途中からやってきた人にも現状を三行でわかりやすく教えてくれるという魔法の言葉だ。
 そして、特に待たせずに返信が帰ってきた。

> 未咲たんの失踪した二年前の事件を洗う
> 同時期に被害者加害者不明の交通事故発見
> これ怪しくね? ←いまここ

 ……未咲「たん」はともかくとして、二日でここまでの進展を見せるとは予想外だ。暇とコミュニティの力は侮れない。
 次に「交通事故について詳しく」と書き込んで返信を待った。これで前スレ見直せとか言われたら眠気眼な私の気力は駄々下がりだが、教えてくれる親切な人はいるかな。

> 説明しよう!
> 事件は当日の嵐の夜、某市街にて起きたらしい。突然、警察に通報があった。内容はこうだ。
>「激しい騒音で目が覚めた。窓の外を見たら大きなトラックが電柱に激突していた。詳しい状況はまだ確認できていないが、すぐ来て欲しい」
> その後駆けつけた警察が見つけたのは、運転手が消えたトラックと嵐に流されつつある血痕だけだったそうな。
> 運転席から流れた血じゃなかったみたいだから、誰かが轢かれたんだろうとまではわかったが、結局残った手掛かりは流れきる前に回収した血液だけみたいね。

 なんとも不思議な話だった。消えた運転手と残された血痕。ちょっと話にヒネリを入れてやれば怪談話にだってできそうなくらいだ。
 しかし――この話は何かおかしい。私は浮かんだ疑問をぶつけるべくキーボードを叩いた。

> どうして被害者がいないの?
>>運転手がどこかに運んだんじゃねーの?
> それじゃあどうして運んだの?
>>被害者の身元を隠す為だろ。それしか考えられん。
> いや、そのりくつはおかしい。
> 身元を隠す為に重症を負った被害者、もしくは死体を隠したって何の意味もないぞ。

 ここで私の言わんとしている事を理解したユーザーが現れてくれたようだ。後の流れは質問した私を置いて勝手に進んでいく。

> ああそっか。どのみち血痕がありゃバレるわな。
>>トラックが電柱に突っ込んだ時点で事故があったのは明白だしな。流されただけじゃ完全に血痕は消えないし、死体隠したって意味ねーな。
> なぜこんな簡単な事に気付かなかったし。
>>お前らが今回の事件との関連性ばっかり話してるからだろ(笑)
> まあ待て。そうすると何故死体が消えたかって謎が残るぜ。どうするんだよ。
>>考えろ。

 いや、多分考えてもわかりっこないだろう。こればかりは証拠を掴まなければ納得の行く推論は出てこない。それよりも、もっと大きな疑問がある。

> どうして被害者の身元が不明なの? 血液は回収したのにDNA鑑定はしなかったの?
>>特定に失敗したとしか考えられないが。
> ……隠蔽(ボソッ
>>そ れ だ
> 情報規制キタコレ!
>>警察かマスコミに圧力をかけたんですね、わかります。
> こいつぁくせぇーっ! ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ!

 私の疑問から勝手に憶測して勝手に盛り上がり始めた。この豊かな発想力には感服する。
 しかし、それでもイマイチわからない話ではある。警察やマスコミに圧力をかけてまで事件を明らかにしたくなかった理由。恐らく事故に見せかけた殺人である事を隠す為だったのだろうが……もしそうだとすれば、どうしてそんな回りくどい事をしたのか?
 そして、世間に公表されずに殺されなければならなかった人物とは? その人物は本当に未咲なのか?

「……寝よ」
 続きは、朝になってから考えることにした。


____


 朝は朝でも十一時でした。
 本来ならお昼過ぎてもまだ寝てる計算なのだが、何故か私の頭の中には気狂いでも起こしそうなBGMが流れていた。心霊現象かと僅かに疑ったが、原因は割とすぐに気付けた。
「……うるせぇ」
 寝る時も外さずにそのままにしていたカチューシャから聞こえていたのだ。こんな事をやらかす奴と言ったらアイツ以外にはカズマぐらいしかいないが。
『あ、起きた?』
 案の定ヤイバだった。
「おいこらさっきから何流してやがる」
『話があるのに中々起きてくれねーもんですから、ヤイバちんの百選MAD集を』
「すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ」
『ヒイィ! やめろ、そいつはオレのトラウマの一つだ!』
「知るか。だったら消せ。迷惑だろうが。主に私に」
 私の指示により、二秒でやかましいマッドとやらの音楽が消えた。私が寝てる間にも聞かされていたせいなのか、心なしか頭が痛い気がする。
「で、話って何」
『無論、例の件について一通り纏まったんすよ』
「ほう」
『ぼくらの未咲ちゃんが失踪したって思われてる二年前にだな』
「知ってる」
『え、スレ見てたの?』
「みんなが隠蔽工作を疑い出したあたりまでは」
『話が早くて助かるのう。その交通事故、裏が取れたっすよ』
「早いな」
『ふふふ、感謝するといいぞ』
「……カズマに?」
『えっ、ななななぜばれたし』
「刑事事件の情報を知るなら、直接ハッキングでもして漁れば早いかなって」
『そこに気付くとは……やはり天才か……』
 あまり嬉しくない褒め言葉。
『で、調べたところによるとだな。やっぱり血液のDNA鑑定まではしてなかったみたいね』
「ってことは、鑑定する前に圧力がかかって?」
『そんなとこだべ。素人目に見てもちょっと考えりゃ変だし、マスコミも不審に思ってたはずだけどな。ニュースにもなってないところをみると……』
 なんとなく、私にもわかってしまった。当時無理矢理にでも真実を探そうとした記者も、あまり良い末路を迎えたとは思えない。裏組織の介入、か。
『ユリはどう思う?』
「どうって?」
『この事件が未咲ちゃんと関係あるかって事だよ』
「ああ……」
 そういえば、寝る前に疑問に思っていたっけ。
「正直、よくわかんない。確かに未咲は探偵としてとても優秀だとは聞いていたけど、詳しい人物像まで把握してるわけじゃないし。果たして裏の世界の人達が一人の女の子にそこまでの脅威を感じていたかと思うと、首を傾げざるを得ないかな」
『だよなぁ。超人美少女とかリアルにいるわけないだろ……常識的に考えて』
「ただ、他に可能性も見当たらないし。どうにかして調べられないかな」
『殊勝なことですな。それなら現場の方に聞き込みしてみりゃどうだい』
「聞き込み? 現場がどこか知ってるの?」
『当然だろ。直に情報を覗いたんだから』
 それを聞いて、私の気持ちが逸りだした。寝転がっていたベッドから跳ね起き、出かける準備を始める。開けたままの袋に残っていたポテチを食べながら。
「で、場所はどこ?」
『えーっと、どこだったかな……うわ、変な名前』
「何が?」
『町の名前。えーっと? えびす、えぴすとろ、えいじす?』

 手からポテチを落としてしまった。
 聞き覚えのある名前だった。私の知る限りの言語には見当たらない名前で、妙に覚え難くて、ちょっと噛みそうで。
「――エピストロエイジス?」
『そうそう、その町にある公園の近く。時計塔とか噴水とかあるらしいからわかるだろ。どうするん? すぐ行くん?』
「……あ、うん。そうする」
『おけおけ、じゃあオレも連れてけ。未咲ちゃんに迫れつつあるせいか高まってるんだ。全然落ちつけねーです』
「うん。じゃあ、駅で待ってるから」


 ヤイバとの通話を終わらせて、私は家を出て駅へと向かった。
 その最中にも私の頭の中でいくつもの謎がぐるぐるとまわっていて、駅に辿り着くまでの道すがらの事はすっぽりと抜け落ちていた。
引用なし
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No.8
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:47 -
  
「お客さん、あそこへ行かれるんですか」
 そう言いつつ、文句無くアクセルを踏み込んだ運転手さん。私はその言葉に聞き覚えがあった為に聞き流したが、代わりにヤイバがその言葉に反応した。
「なんかあるんですか?」
「逆ですよ。あそこはね、人が居ないんですよ」
「人が?」
「そうそう。ゴーストタウンって言うんですか? そりゃちょっとは人がいるのかもしれませんが、おおよそ違いないでしょう。なんでも、その町を支えていた産業が衰退しちまったみたいで。それと交通の便の悪さが相まってみんな別の土地に足を運んじまったんでさぁ」
「えっ? ……はぁ」
 それを聞いたヤイバは、外したなぁという顔をしてこっちを見てきた。私は特に何も返さない。
「どうするよ?」
 小声にして出してきたので、私は表情で「何が?」と聞き返す。
「だって、ゴーストタウンだぞ? そんなところに行ってどうするんだ?」
「するんでしょ? 聞き込み」
「いや、だって人がいねーんだろ?」
 その問いかけに対しては、私は何も言わなかった。


____


 そういうわけで、この町に訪れるのはかれこれ三回目ということになった。まさかこんな早くに戻ってくることになるとは思わなかったけど。
「あー、長かった」
 多大なる疲労感を抱えたヤイバは、ようやく辿り着いた公園のベンチに腰を降ろした。
「お散歩しにきたわけじゃないよ?」
「くっ、ガッツが足りない!」
 動きたくないらしい。
「やべーよ、流石にそう時間かかんねーと高括ってたらとっくに夕方だよ。腹減った」
 ヤイバの言うとおり、今の空はすでに夜の帳が下りようとしている頃だった。と言っても、曇りでよくわからないんだけど。
「ここで時間潰したら、もっと時間の無駄だよ。ほら、これあげるから」
 こうなる事を見越してあらかじめ買っておいたコンビニのおにぎりを取り出し、ぽいっと投げつけた。ヤイバはそれをキャッチし、颯爽と封を開けて五秒で平らげる。
「すこしおなかがふくれた」
「はいはい」
 適当な事を言ってベンチに寝転がり始めたので、一人で現場を見てみる事にした。

 とは言っても、流石に手掛かりはない。
 事件自体は二年前。未だに直らぬ傷を負い続ける電柱が立ってるわけでもないし、それを知っているご近所さんの姿は愚か、この公園、延いてはこの町をお散歩コースにしている人物だってそういない。試しにこの公園の周りをぐるっと歩いてみたが、収穫は何も無かった。
 ……ならば。
 私は持っていたケータイを取り出した。私の知る限りこの町に関係している、たった一人の人物を呼び出す為に。


 それから程なくして、彼女はやってきた。
「ユリちゃん、お待たせ」
「わざわざ呼び出したりしてごめんなさい」
「大丈夫よ、暇だったから。ところで、その子は誰?」
「ああ、一応協力者です。同じ事務所に所属している」
「んー……?」
 すっかりやる気無さげに居眠りしていたヤイバが目を開けた。途端、ヤイバはその目を見開き、瞬間的にベンチで正座をした。
「やっ、ややヤイバと申します! ふつかものですが、おしおきをっ!」
 修正すべき誤字で溢れかえった自己紹介である。前者はともかく後者なんか原型を留めてないから「おみしりおきを」と気付きにくいのなんの。
「アンジェリーナ・ワトソン。アンジュでいいわよ」
「アンジュさんでありますかっ! 記憶しますっ!」
「ふふっ、ありがと」
 ヤイバの様子が可笑しいのか、アンジュさんは堪えきれないかのように薄らと笑った。……そういえば、私もアンジュさんと初めて会った時にこんな風に笑われたような気がする。
「あなたも未咲を探してくれているのね?」
「もちろんでありますっ! 未咲ちゃんはオレの手で必ずや見つけ出してみせますのでっ!」
「あら、頼もしいわね」
「いやぁ、それほどでも」
 実際に動いてるのはネットの暇人探偵団だけどな。しかし未咲の時といい、ヤイバは随分と異性――というより綺麗な女性に飢えているようだ。
「それでユリちゃん。どうして私を呼び出したのかしら。聞きたい事があるって言ってたけど」
「ああ、その話ですか」
「お見合いの話ですか」
「ちげーよ。……えっと、アンジュさん。実はある事件のことが聞きたくて」
「事件っていうと、どの事件かしら」
「二年前にこの町で起きた事件です。現場がこの公園の周辺だって聞いたんですけど」
「ああ、それってもしかして事件じゃなくて事故じゃない? 交通事故」
「知ってるんですか!」
「ですか!」
 私とヤイバがぐっと身を乗り出すものだから、アンジュさんが半歩後ずさる。
「え、ええ。知ってるわよ。おかしな事故だったものね」
「教えてくれませんか!」
「せんか!」
「別にいいけど……なんでまた急に?」
「その事故、未咲さんと何か関係があるんです!」
「関係?」
「そういう情報を見つけました! オレが!」
 おめーじゃねーよ。
「それは……どうかしら」
 私達に迫られつつも、どこか納得のいかない顔で腕を組むアンジュさん。その様子が気になって、私はその意図を聞いてみる。
「何がですか?」
「あのね。実は私、その事故の第一発見者なの」
「なんとぉー!?」
 喧しく叫ぶヤイバの事は放っておいて、私はアンジュさんと共に事件現場へと向かうことにした。


「ここが事件の現場ね」
 アンジュさんが連れてきてくれた現場は、公園の敷地の角に位置する道路だった。40度くらいのカーブの地点で、情報通りの電柱も立っていた。周囲には公園の敷地に沿って街灯がある。道幅は狭く、歩道がない。街灯が無ければ確かに事故の起こりそうな場所だ。公園の中を通れば安全なのだろうが……。
「当日は酷い嵐だったと聞いてるんですが」
「間違いないわ。天気予報を見てなくて傘を用意してなかったから、慌てて帰ってたのを覚えてる」
「事故に気付いたのは、その帰りに?」
「そうよ。この公園の近くを通った時、何かがひしゃげたような音が聞こえたの。嵐のせいで事故だって認識はなかったんだけど、いざ音のした方に行ったら……」
「トラックが、電柱にぶつかっていた?」
 彼女は頷きを返した。
「すぐに運転手の安否を確認しようと駆け寄ったら、雨に流された血が目に入ったわ。誰かが死んでる……そう思って運転席側のドアを開けたの。でも、誰もいなかったわ」
 ここまでは情報通りだ。聞いてる最中にも頭の中で考えは巡っていたが、何よりもあの掲示板の面々の手腕に感心を覚えていた。よくもまあデマでない情報を手に入れることができたなと内心驚いている。
「それで、どうしたんですか?」
「不審に思った私は車の中を調べたわ。でも見つけたのは差したままの車のキーだけ。ただ、運転手は人間ではなくチャオだったのは間違いないわ」
「チャオだった?」
「ええ。チャオが自動車を運転する為には、その身長の問題をクリアする為に専用の道具をいくつか用意しなければならないでしょ? それらが運転席に備えてあったの」
 確かに、チャオがこの社会に参入するにあたって初期の頃に解決した問題の一つが自動車についてだ。チャオが自動車を運転してはいけないという法律を作れば公平性に欠けるし、かと言ってチャオ用の自動車を一から作るのはコストパフォーマンスが悪かったので、企業は後付け用のシートやペダルの延長器具など、様々な運転補助器具を開発したわけだ。
「じゃあ、運転手は車を置いてどこかへ消えた?」
「わからないわ。運転手がチャオだった事を考えると、死んだ可能性も否定できないわね」
 アンジュさんの言うとおり、確かにその可能性もある。例え運転席が血に塗れていなくても、運転手がチャオなら有り得る話だろう。なにせチャオは死の痕跡を残さない生き物だ。何もかも繭に包まれて消えてしまうのだから。
「何はともあれ、運転手は人間である誰かを轢いたことになる……」
「そうよ。私もそれに気付いて顔を上げたの。ガラス越しに被害者を探す為に。そしたら、フロントガラスの向こうに流されつつある血溜まりが見えたわ。それと、小さな人影も」
「小さな人影?」
「ええ。といっても、フロントガラスは割れていたからよくわからなかったけど」
「どうしてすぐに外に出て確認しなかったんですか?」
「勿論そうするつもりだったわ。ただ、運転席から車内を探っていた体勢で動き辛くてすぐに行動に出れなかった。だからまず、車の中から周囲を確認したの」
 まあ、その言い分はわからないでもない。ここでアンジュさんを責めても意味はないだろう。
「それで?」
「……今でもよく覚えてるわ。はっきりしないんだけど」
「は?」
 私達がその言葉に首を傾げると、アンジュさんはふっと笑った。
「矛盾してるかしら? でも、言葉の通りよ」
「何があったんですか?」
「雷よ」
「雷?」
「そう、雷。突然だったわ。光った瞬間に大きな音がして……近くに落ちたんでしょうね。町中が停電になってしまったの」
「停電!?」
 衝撃の事実に、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「そのせいで慌てちゃって……なんとかドアを開けて外に出ても真っ暗で何も見えなくて、血溜まりを見つけるにもかなり手間取ったわ」
「それで、見つけたんですか? 被害者は」
「まあ、多分、ね」
「……歯切れが悪いですね」
「それがね。血溜まり自体は見つけたけど、その上にいたのが……チャオ、だったの」
「チャオ?」
 どういうことだ? 被害者は人間のはずじゃないのか?
「暗くてよく見えなかったけど、チャオだったことは間違いなかった。それ以外には何の気配もなかったし」
「それで、どうしたんですか?」
「声をかけたわ。そしたら、何も言わずに逃げ出してしまったの」
「逃げた?」
「ええ。追いかけようにも無理があったし……仕方ないから血溜まりの方を調べてみたんだけど、血痕以外は何も無かった」
「そうですか……警察へは?」
「通報したわ。一応、電力が回復するまで待ってからね」
「聞いてたのとかなりちげーな」
「うわっ!?」
 後ろで声がしたと思って振り返ると、いつの間にかヤイバが思案の表情をして立っていた。ベンチにいたんじゃないのか。
「い、いつからそこに?」
「んだよー、最初から全部聞いてただろー」
「あら、ユリちゃんひょっとして気付いてなかった?」
 知ってるなら教えてくれよ! という言葉は喉で止まってしまった。また雷に打たれたような衝撃を受けたせいか、ちょっと怯んでしまっている。くそ。
「ヤイバくんだったかしら? あなたが聞いていた話っていうのはどんなものなの?」
「それがですねー、まず通報した人物がアンジュさんだったとは知りませんでした。警察が通報を受けたのは近所の住民で、騒音で起こされて外を確認したらトラックが……っていう」
「あら、それはおかしいわね。この町は何年も前からとっくにゴーストタウンよ? ご近所さんなんていないけど」
「ほう……あ、あとは被害者・加害者共に全く不明ってことっすかね。少なくとも運転手がチャオだったってのは今知りました」
「情報規制ね?」
「え?」
 突然見透かしたような言葉が出てきて、私達は思わず顔を見合わせてしまう。
「知ってるんですか?」
「知ってるってほどじゃないけど……こんなに不可解な事件が起きたのに、後日警察は特に何も捜査せずにトラックの撤去だけしてお終いだったの。どこのニュースや新聞を見ても報道はされてないし、少なくとも隠蔽されたんだって事ぐらいはね」
 やっぱりそうだったのか。これだけ不可解な事件を、警察は捜査をしていない。記者も報道はしていない。ただの事件じゃないことは確かだ。確かなのだが……。
「アンジュさん」
「なあに?」
 我ながら気概の無い声で、私はアンジュさんに一つの質問を投げかけた。それは恐らく、私達の捜査の出鼻を挫くであろう言葉を引き出す問いかけだ。
「アンジュさんは、この交通事故について独自で調べたんですか?」
「聞くと思ったわ」
 アンジュさんは微笑みながらそう言ったが、心なしかその表情には陰りがあるのがわかる。きっと期待した答えは持ち合わせていないのだろう。
「あまり大した事は言えないけど……何について聞きたい?」
「単刀直入に聞きます。アンジュさんは、この事件の真相はわかりますか?」
「残念ながら、私にも理解しかねるわ」
 お早い答えだった。私自身もそれに同意するなか、ヤイバは理解の及ばぬ顔で声をあげる。
「なんでっすか?」
「簡単な事よ。この事件はね、“被害者か加害者が違ってない限り”説明のしようがないの」
 その意味深な言葉に、ヤイバの顔はますます謎色に深まる。それを面白がっているのかは知らないが、アンジュさんは笑みを浮かべながら説明をする。
「よく考えてみて。被害者は血痕を残し、加害者はチャオ用の運転補助器具を残した。つまり被害者は人間、加害者はチャオ。ここまではいいわね?」
「うんうん」
「運転手であるチャオが人間を轢いた。ここまでならただの交通事故よ。でも、ここで最大の問題が立ち塞がるわ。なんだと思う?」
「えーっと……」
 投げかけられた問いに悩む素振りを見せるヤイバ。その視線は、私をがっつり捉えて離さない。わかんないならわかんないって言えよ。
「被害者が消えたこと、ですね?」
「ご明察」
 結局、私が代わりに答えてしまった。
「さて、今度は何故被害者が消えてしまったのか? ヤイバくん、今度はわかるかしら。簡単な推測でかまわないわよ」
「え、またっすか。うごごごご」
 またしても私の方をチラチラ見遣ってくる。これくらいは答えろよ。
「被害者はテイクアウトされた、とか?」
「そうね、それが一番妥当な答えだわ」
「ふう……」
 余程ガッツか何かでも消費したのだろう、ヤイバは深い溜め息を吐いた。無駄に緊張し過ぎである。
「でもね、そうすると何もかもが説明できなくなってしまうの」
「ええっ!? オ、オレ間違えたっすか!」
「そうかもしれないわね。いえ、そうであるべきかしら」
「な、なるほど、わからん」
「ふふっ、まあ落ち着いて聞いて。結構簡単だから」
 そこでアンジュさんは一つ咳払いをして、説明を始めた。
「被害者である人間はトラックに轢かれて重体――もしくは死体になっていたとする。それを私が駆けつける前に目の届かない場所へ運ぶ事ができた人物は運転手だけ」
「あれ、でも運転手ってチャオっすよ。体格違い過ぎて運べないんじゃ?」
「その通り。これでは被害者が消えた理由に説明がつかないの」
「あ、でも被害者を手軽に運ぶ方法があったんじゃないすか? 台車とか」
「難しいわね。事故が発生してから私が駆けつけるのにそう時間はかからなかった。チャオが台車を用意して人間を乗せて走り出す……どう頑張っても私に目撃されてしまうわ」
「そっかー。じゃ、どうして被害者は消えたんすかね?」
「さあね。もし被害者が人間ではなくチャオだったら、そもそも消えて当たり前。でもそうすると血痕の説明がつかない。もし加害者がチャオではなく人間であれば、被害者を担いで逃げられたかもしれない。でもそれだけの力や体格の持ち主では、チャオ用の運転補助器具を取り付けたトラックの運転はできない」
「ええー、わけわかめ……」
 とうとう頭でもパンクしたか、ヤイバは目を回し始めてしまった。
 しかし、改めて聞いてみてもわからない事件だ。ただの轢き逃げとして加害者が消えただけならともかく、被害者までもが消えただけでこうも何もかもに説明がつかなくなってしまう。この謎を解き明かすべき警察も動かないのでは、私達じゃ到底解決はできないだろう。未咲との接点どころの話ではない。ただ一つ、糸口があるとすれば……
「アンジュさん、一つ聞いていいですか?」
「何かしら。答えられる事なら」
「アンジュさんが現場に駆けつけた時に見つけたチャオについてです」
 彼女が見つけたという血溜まりの上に立っていたチャオ。恐らくそれが私達の手の届く範囲で有力な証拠だ。
 しかし、やはりというかアンジュさんは難しい顔をするばかり。
「なにぶん町中停電で真っ暗だったから。どんなチャオだったかは全然わからないわ。探しようもなかったし」
「……ま、そうですよね」

 手詰まりだった。

 結局あの掲示板では空回りしたユーザー達が情報を錯綜させていたということだろうか。目の付け所を間違って、関係のない事件に時間を費やしただけなのか。もしかしたら、未咲に繋がる事件は他にもあるんじゃないのか。この不可解な事件に対して、私はそんな願望に近い考えが浮かんでいた。そうでもないと、未咲という少女を見つけられる気がしない。
 ……何はともあれ、これ以上考えても答えは見つからないだろう。


 ――ふと、私の頬に何か冷たいものがあたった。
「ん……」
 次第に、ぽつ、ぽつという音も耳に入る。空を見上げてみると、灰色の空は私達の不安を煽るように暗かった。
「こりゃまた、タイムリーだな」
 何を思ったか、ヤイバはそんなことを呟く。それに応じてか、遠くで何か低く轟く音までも聞こえだした。
「…………」
「えっ、オレのせいじゃねーよ!」
 いや、冗談だけど。
「急いで帰りましょう」
「アンジュさん家、あがっていいんすか?」
「今は他にアテがないでしょ? さ、早く」
 アンジュさんに促され、私達は小走りで探偵事務所へと向かう事になった。
 公園から立ち去る時、私は一人振り返って現場をまじまじと見つめていた。謎やらなんやらがぐるぐると渦巻く、いわくつきの場所。それを眺める私の頭の中にもいろんなものがぐるぐると渦巻いていた。
 そして私は、一つの違和感の正体を掠め取った。

「……前に来たことあったかな……?」

「ユリー! おいてくぞー!」
 もやもやしたものを抱えながらも、私は雲から逃げるように走り出した。
引用なし
パスワード
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No.110011100
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:55 -
  
 結局、酷い大雨になってしまった。

「帰り難くなっちゃったわね」
 そういえば、昨日の今日と天気予報なんて確認する暇もなかった。あの傍迷惑な掲示板にずっと張り付いてたせいで。
「通り雨ってわけでもないし、こりゃ夜通し降ってるだろうな……」
「じゃあ、今日は泊まってく?」
「えっ、いいんすか!」
 なぜか必要以上に驚くヤイバ。ちょっと舞い上がり過ぎじゃないのか。
「あ、でもベッド一つしかないのよね……」
「一つ? あの、未咲さんと一緒に住んでたんですよね?」
「ええ、そうだけど」
「寝る時は?」
「一緒に寝てたわよ」
「なん……だと……」
 とても必要以上に驚くヤイバ。まあこれに関してはわからんでもないが……普通の親子でもあまり聞かない話だ。中学生くらいにもなれば一緒になんて寝ないぞ。
「なんだったら一緒に寝る?」
「な、な、な、な!?」
 すごく必要以上に驚くヤイバ。という私もちょっと驚いた。冗談で言ってるんだよな?
「……じゃ、私はここのソファで寝るんで」
「え、ちょ、ま」
 やはり必要以上に驚くヤイバ。
「…………」
 とうとう口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。実に初心な男だ。これがいつぞやにアツく恋愛を語ったわけだから、正に滑稽というもの。機会があったらカズマ達にでもバラして鼻で笑ってやろ。
「……じゃ、ヤイバくんを連れてくわね」
 そう言ってアンジュさんは、なんと固まったヤイバをそのまま抱き上げてしまった。本当に一緒に寝るのかよ。
「別にいいじゃない? チャオと一緒に寝るってだけよ?」
「うん、まあ……」
 ここでヤイバが元人間であることをバラしたら、アンジュさんはどんな顔をするだろうか。そんな事をチラと考えたが、この人の余裕が有り余っているような表情を前にすると意味ないんじゃないかと思えてしまう。なんだか凄い人だな。
「あの、アンジュさん」
「なあに? ユリちゃんも一緒に寝る?」
「いえ、別に。……おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
 そう言って、アンジュさんはヤイバを抱き抱えて扉の向こうへと消えてしまった。
「……よい夢を」
 健闘を祈るような面持ちで、私はそう呟いた。なんとなく。


____


 ……二人はもう寝てしまっただろうか。
 しばらく経っても頭の中でいろんなものが渦巻き、私は全くに眠れずにいた。昨日の夜更かしで生活リズムを本格的に崩してしまったのだろうか。
「……はぁ」
 溜め息が漏れ出る。
 結局私は寝付かせようとしていた頭を再び起こし、事故について今一度整理してみることにした。

 私はアンジュさんに「未咲と関係がある」と言って事故の話を聞いた。でも、そんなのは本人も知っているだろう。
 ちょっと考えればすぐにわかることだ。我が子のように可愛がっていた女の子が失踪した矢先、不可解な交通事故が起こった。その被害者が人間であると知ってしまえば、嫌な予感ぐらいはする。探偵として、そして親代わりとして調べないはずはない。そして二年もかけておきながら、答えを出してないはずもない。
 最初はそう思っていた。
 でも、実際は違ったようだ。確かに彼女は事件について調べた。でも、そのあまりの手掛かりの少なさのせいで何も答えを見つけていない。交通事故の実態、被害者と加害者の正体、そして未咲の件との関わり。彼女は、答えを出さないまま完結してしまっている。
 無理もない。探偵であるアンジュさんがわからないというのだから、私にだってこの謎はわからない。そもそも情報がないのに何かわかるわけがないのだ。痕跡、証拠、それらが無ければ、推理、推測、それらは憶測どころか空想にしかならない。
 こんなの、解決しようがないんだ。


 ――低い轟きの音が聞こえる。
「…………」
 むかしむかし、私の心を抉った雷鳴。いつまで経っても、傷口は塞がらない。
 不思議なものだ。私が明確に覚えている昔の事といえばただ一つ、嵐の夜のトラウマだけ。学校に通っていた時の事なんか、そのトラウマのインパクトのせいか何もかも漠然としていて覚えちゃいない。仲の良かった友達の顔や名前も。
 おもいで、よろこび、だれかの命。私がそれらを失った背景では、いつも雷の音が轟いていた。
 ……思えば、今回の事故も同じだ。嵐の夜に、被害者はトラックに轢かれて……。

「あれ?」
 そういえば、かなり似ている。私の好きだったあの人もトラックに轢かれて知んでしまったっけ。あれは確か……いつ頃だ?
 ソファから立ち上がって、私は部屋をうろうろしだした。必死に頭を回転させる。あれは確か、あれは確か。
 ……ダメだ。何年前だったか覚えてない。そもそも、どこで起きた事故かも覚えてない。
 おかしい。忘れるはずはないのに。忘れたいくらい覚えてるのに、思い出せないくらい忘れている。
 いったい何故? 前までは普通に思い出せたじゃないか。どうして今になって思い出せないんだ。
 あれ?
 おかしいな。
 どうして何も覚えてないんだ。

 なんだか、寒気がする。
 頭の中がぐるぐるする。
 不安……不安だ。私の体が、不安で疼いている。
 怖い。いてもたってもいられない。

 衝動のままに、私は事務所を飛び出した。外が嵐だという事など、カケラも気にせず。


____


「っ、はあ……はあ……」
 足を滑らせそうになりながらも、結局全力疾走してきてしまった。すっかり息切れしている。
 ここは……あの事故現場だ。こんなところまでやってきてしまったのか。
 目をまともに開けられない。雨が容赦なく私の体中を打ってくる。私はそれを手で遮り、改めて事故現場を眺めた。じっと、じいっと。
「……間違いない」
 根拠の無い確信があった。
 ここは間違いなく事故現場だ。私の……私の彼氏が死んだ場所。この辺境の町で、私は彼に助けられ、彼はトラックに轢かれた。それ以上の事は思い出せないけど……それだけは間違いない。
 でも、一体全体どういうことだ?
 私はこんな町に住んでいた覚えはない。だからこんなところにだって来るはずはない。それにここは何年も前にゴーストタウン化していたはずだ。そんな都合よくトラックが通りかかるわけがない。こんな交通の便の悪い町を経由する理由はない。
 考えれば考えるほど、考えは深みにはまっていく。もう、わけがわからない。


「ユリ」

「えっ……」
 私を呼ぶ声がする。
 酷い大嵐なのに、静かな声が確かに私の耳に聞こえる。
 ゆっくりと、振り向いてみた。
 そこに、誰かが立っていた。
 街灯に照らされたその姿を見て……私は、現実を疑った。

 ソニックチャオだった。
 私と同じ、ソニックチャオだった。
 彼と同じ、ソニックチャオだった。
 ――もう、わけがわからなかった。


「……どうして?」

「…………」

「どうして生きてるの? 死んだんじゃなかったの?」

「…………」

「何か言ってよ!」

「……悪いな」

 彼はいきなり謝った。

「どうして謝るの?」

「……もう、会えないだろうから」

 その時、後ろから光が迫ってくるのに気付いた。
 恐る恐る振り返ると、眩しい双眼がこちらに向かってくるのに気付いた。
 それは大きなトラックだというのに気付いた。

 そこまで気付いても、私は猫のように動けなかった。
 ただ、轢かれるのを待つだけだった。
 待って。
 待って。
 待って、世界が反転した。


 そういえば、去年の冬頃におかしな事を考えてたな。
 確か、チャオの転生についてだったか。
 その時は、自分は転生できずに死ぬんだろうなとか考えていた気がするけど。
 ――こんなに早く死ぬとは思わなかった。


 雨が降っているのが見える。
 でも、雨に打たれている感じはしない。
 どうしてだろ 。
 もう、繭が私を包んでる かな。
 体 痛くないけど。
 やっぱ 死んでる かな。

 でも、ど して?
 死んだ は私 ゃなくて。
 彼 ったんじゃ いの?
 あ ?
   し な。
  うし 私が んで の?


「大丈夫」

 誰 が を見て る
  な か わか な けど
  覚え ある

「私は、あなたを待ってる」

 待 て ?
  言 てる  ?
  って う――


 私 死ん  だ 。
引用なし
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チャオは後書きを残さない
 冬木野  - 11/5/27(金) 14:38 -
  
――そういやこの作品、SFだよなぁ。事務所の地下室の機械とか、ラリパラの事とか。
そうすると、ミステリーみたいなマネはできないよな。ミステリー好きは読んでないよな。誰も推理とかしてないよな。今さら「SFなんで推理しても仕方ないですよ」とか言えないよな。


なにはともあれ、作者の冬木野です。
最近新しいゲームでも買おうかと思っているのですが、据え置き機の方はやる気の出そうなタイトルは見当たらないし、かといって携帯機は当たりタイトルが全然見当たらないしと頭を悩ませています。レビューを参考にしてみたりもするんですが、やっぱり自分でそのゲームの公式サイトやPVを見て「これだ!」ってものを見つけないと買う気にはなれないもんです。だから人に勧められても買う気はおきないっていう。

さて、本編の話でもしましょうか。
前々回と前回でゼロ達を始めとする「人とチャオと」の面々について、そしてカズマ達を始めとする「銃声が奏でる狂想曲」の面々について触れました。どちらもまだ完全に消化していない話ですけどね。
そうすると必然的に次はユリの話になるなぁと、ある種怠慢な思考でもって次のお話を考えていたわけですが。

 ・・・でも、ユリに消化するべき設定なんてないよなぁ・・・

という感じに、ある種必然的にそんな壁にぶち当たりました。
唯一深く過去を掘り下げていないのでなんでもできそうだとは思いましたが、それはあまりにも手間です。本能が嫌がりました。
じゃあ、どうすればいいんだろ?
自分の過去の作品を(嫌々)眺めて見つけたのは、前回もユリが少しだけ言及した、自分の彼氏が死んでしまった話。
しかし、こいつを料理しても良いものはできそうにない。米と塩じゃおにぎりしか作れねーんだよ、と溜め息を吐き、そこでちょっと発想を変えてみました。

 ・・・魚があれば、寿司が作れるじゃないか・・・

そう思い至った私の行動は実に短絡。米をシャリに変え、魚をさばいておいしいお寿司を……

……なんか話が逸れました。
とにかく「“暗い嵐の夜だった”とか書いても誰も読んでくれないんだよス○ーピー!」と叫んで(ませんけど)、ゆるゆると執筆を始めました。

今回の話も例に漏れずその場の気分と流れと勢いで執筆した為、例に漏れず当初予定していたのとは違う展開が起きました。
しかし、今回ばかりは例に漏れて結末――即ち、ユリが死ぬ展開だけは方針として固まったままでした。いや、大方針をその場のノリでパッと変えてしまう方がおかしいんですけども。
とにかく、ユリが死ぬ事を大前提として執筆されたこの物語。当然こんな結末を迎えてお終いではありません。こいつは第一部です。多分第二部までですけど。なにはともあれまだまだ続きがあるので、ご安心くださいませませ。


そういうわけで、ちょっとした次回予告でも。
次回からは何者かに殺されてしまったユリが、それでも真実を求めるというフザけたストーリーが展開されます。読者の皆々様には、セオリーとかそういうものに目を瞑って粛々とお楽しみください。作者は次回でユリちゃんをようやくそれなりに理想の主人公にできると勝手に楽しみにしています。


では、以上をもって後書きとさせていただきます。
感想はもちろん、本編についての質問があればご自由にどうぞ。答えられる範囲でお答えしたいと思います。何も教えてくれなくても泣かないでください。
引用なし
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