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4 誰も守ってくれない
 DoorAurar  - 10/12/23(木) 0:07 -
  
 助かった、だった。
 目の前からあの化け物がいなくなったのを見て、まずはじめに思ったことは、『助かった』だった。
 その自分が嫌になる。死んでしまいたくなる。これじゃあ自分が間違ってると思ってきたものと全く同じだ。何一つ変わらない。結局自分のことしか考えていない。
 助かった?
 誰が?
 助かってない。一番助けたかったものが助かっていない。自分のせいだ。分かっていた。これは自分自身で招いた結果だ。
 エモがいない。
 家族がいない。
 もう二度と帰っては来ない。
「どうして助けてくれなかったんだ!」
 口をついて出た言葉は根拠のない叱責だった。兄妹は俯いて、ブラウンカラーの外套を着た男は帽子を目深に被りなおす。
 謂れのない責任だとは分かっている。それは他の誰でもない自分の役割だった。
「そんな力を持ってて! なんでエモだけ死ななくちゃならない!?」
 けれど止めることは出来なかった。
「なんでエモが、なんで誰も! 何も! してくれなかったんだよ!」
 頭が茹っていた。呼吸が荒い。喉の奥に何か詰まっているような。エモが消える。思い出したくない。思いたくもない。
 全ては夢だったと思えればいいのに、脳は現実を正確に捉えていた。
 死んだのだと。
「は――っ!」
 声を出そうとして失敗する。分かっていた。悪いのは――本当に自分だろうか。そもそも自分は足手まといだった。助ける立場になかった。どちらかといえば、助けられる方だったのだ。
 何の力も持っていないし、それは兄妹も重々承知していたはずだ。だが二人は何もしてくれなかった。どうにか出来る力を持っていながら。
 悪いのは、本当に自分だけか?
 旅装のようなブラウンのコートに身を覆う男。チェックのベレー帽。フレームのない眼鏡。間違いない。自分はこの男に電車の中で出会っている。
「お前、こうなることを分かっていたんじゃないのか?」
 憶測ですらない。だけど、根拠がないわけでもない八つ当たりだ。
 だって、おかしい。自分と同じ電車に居合わせて、自分に話しかけてきた人物が、その上再会する。天文学的確率だろう。でも、もしこの男が全て分かっていたのなら?
 あの電車が事故を起こすと分かっていて乗り込んだ。
 どうして、とは考えなかった。考える余裕はなかった。
「分かっていたが」
「なんで」
「あの場面で助けに入っていたら、恐らくエモート君は助かった。だがお前と二人は助からなかっただろうな。元々私の力は」
 と、旅装の内側から緑色に透き通る宝石の破片を取り出して見せて、一瞬のうちにそれが塵と化す。
「このように急造のものだ。防護服の内側になければすぐ塵になってしまうほどね。いまや仮想現実システムの全てを支配したあの子を相手には出来ないよ」
「でも、助けられたんだ! なのにそうしなかった! お前は」
「一匹の命と、三人の命。天秤にかけるまでもないだろう」
 その言い方で和利は何も考えられなくなった。殴りかかろうとして振り上げた右手を、ぐっと押さえる。
 一匹の『命』。確かに他人から見ればそうだ。ただの命である。しかも、浩二と愛莉は知り合いらしい。だから、エモが優先されないのは当たり前だ。
 ――そうだ、自分はこいつらとは違う。他人を命という単位でしか見ないのがこいつらのやり方だった。それに言及するのは、それはもう今更だろう。
 愕然としたことでかえって冷静さを取り戻すことに成功した和利は、舌打ちを一つして座り込む。
「それで、フィールさん、ここは」
 フィール。和利は男の呼び名に引っ掛かりを覚えた。どこからどう見ても日本人だ。本名じゃないのか。それとも日系の人なのか。
 呼ばれた当人は余裕の笑みを崩さずに答える。
「ジュエルピュアが生まれた島だよ。正式にはカオスエメラルドの研究施設」
 まあ、無人だけどねと付け加える。
 和利は興味のない振りを続けたまま、あたりをちらりと見る。一見すると、ただの工場にしか見えない。無数のコンテナにクレーンやダンボール。
「恐らく地下にその施設があると思う。あの子……ジュエルピュアが生まれた施設だ。もしかするとカオスエメラルドの手がかりが見つかるかもしれないし、隠れ家としても打って付けだ」
「なるほど」
 浩二が答えて、ぱらぱらと塵になった破片を指先で弄る。
「行こうか。俺が、いや、私が先に行くから、付いてきてくれ」


 4 誰も守ってくれない


 和利は自暴自棄になっていた。
 どうせエモはいないのだ。もうどうなろうと知ったことではなかったし、ただ楽に死ねる場所がなかったから付いて来ているだけである。
 自分は被害者だと思っていながら、その被害者である自分に感傷的になって、酔っている。そういう見方も出来るだろう。だがどうでもよかった。
 ひょいひょいと明かりが上下する。フィールの『来い』という合図だ。
「足元に気をつけるんだ」
 狭い通路だった。暗がりでほとんど何も見えない。辛うじて人の姿が捉えられるくらいだ。彼がライトを持っていなかったら歩くことさえままならないだろう。
 最初に愛莉が足早に狭い通路を駆け抜けると、躓いて転倒した。額を押さえて立ち上がる愛莉が足元を見て、一歩退く。
 和利が近づいてよく見ると、それは人の腕だった。
「だから足元に気をつけろと言ったのに」
 死体(の破片)を見ても、和利は全く動じなかった。その動じない自分にやや驚いたくらいである。
「無人じゃなかったのか?」
 非難するように尋ねた。
「死体はカウントしてないよ。そういう意味での無人だ。そもそも自分を生み出したやつらを、あの子が見逃すはずないだろ」
 そういう意味での、という言葉を聴いて、愛莉が肩をすぼめる。
 怖がっているようだった。最も、だからといって優しい言葉をかけるような和利ではなかったが。
「さあ、早めに進んでしまおう」
 通路を小走りに駆け抜けて、明かりを頼りに進む。仮想現実と融合しているようだから、たぶん、彼らにとってはこんな場所、地図を見ながら歩いているようなものなんだろう。
 こんな暗がりなんてものともしないのだ。人間離れしている。どうして仮想現実なんて作ったんだろう。必要あったか、こんなもの。
「階段だ。転ぶなよ」
 誰にともなくフィールが言って、一段一段慎重に降りて行く。踊り場を経由して、地下のドアを開けた。
 ばちばちと電球から火花が散っている。
「電気は通っているようですね」
「地下施設には予備電源がある」
 暗に電気は通っていない、と言っているのだろうか。
 ゆっくりと進んでいくうち、歩いてばかりだなとうんざりして来る。疲れで倒れそうだが、それでも倒れてしまいたいと思えないのは、どうしてか。
「あった」
 突然フィールが立ち止まった。重厚な、扉という漢字が表すとおりのとびらが薄暗い中に見える。
 そのとびらは外見に反して難なく開いた。フィールがすっと入り込んで、その部屋にだけ明かりがつく。安全を確認したのか、フィールが手招きをした。
「手術室?」
 思わず和利はあっけに取られた。まるで手術室のような様子だったのだ。もちろん実物を見たことはない。だが、テレビ映像で見た手術室の様子と、この部屋は酷似していた。
「実験室だよ」
 フィールが答える。その声からは、どこか苦々しいものが感じて取れた。
「ジュエルピュアが生まれた場所だ」


 フィールと浩二が手術台の痕跡を調べている間、和利はガラスで仕切られた棚に近づいた。
 『人工的なカオスエメラルドの作成』、『ジュエル遺伝子』、『チャオの繁殖』――その棚の右端に、ジュエルピュア製作日誌、というものを和利は見つけた。
 その書き方に苛立ちを覚えた和利は、溜息をつきながらそれを取る。
(俺、どうしてこんなことしてるんだろうな)
 エモは死んだ。より正確にはジュエルピュアによって消されたのだ。
 自分の生きる意味。生きて来た意味とは、その、たった一人の家族を守り抜くためだった。他に理由なんてなかったのだから、もう自分は死んでいいはずだ。
 でも、事実として自分はまだ死んでいない。復讐を考えているわけでもないのに。
(結局、死ぬのが怖いのか)
 タイトルをなぞりながら、自分に失望する。
 仲良しごっこに身をやっし、自己利益のために平気で他人を見捨てるような、そんな他人とは違うと思っていても、根本的な部分では同じだった。
 そういうことだ。
 あの両親と自分には、何の違いもないのだ。
「あ……浅羽くん」
 愛莉がぼそりと呟く。いつの間にか隣に愛莉が立っていることに驚いたが、表には出さずに応える。
「なに?」
「エモちゃんの、こと……ごめんなさい」
 心臓の音が聞こえる。息が詰まる。
 ――そうだ、お前たちは守る力を持っていながら、守ろうとしなかった。お前たちのせいだ。エモが死んだのは。お前たちが悪いんだ。俺は何にも悪くない。俺のせいじゃない。エモを、返してくれ。
 そう、言おうとした。けれど声にはならなかった。
 どうして謝れないんだ――そう言い合っていた醜いあいつら。自分が悪いと分かっているはずなのに、いつまでもいつまでも自分の非を認めないあいつら。
 あいつらと自分には何一つ違いなんてない。
 結局、最後まで自分のことしか考えていない。
「ごめんね……」
 うっすらと目に涙を浮かべて、愛莉は何かを訴えかけようとしているように見えた。
 それは慰めでもあるのだろうし、あるいは励ましでもあるのだろう。少なくとも敵意や悪意ではなかった。
 悪いのは誰だろうか。
 力がありながら守らなかった浩二か。愛莉か。エモよりも人の命を優先したフィールか。ジュエルピュアか。それとも、自分自身か。
 思うことは山ほどあった。
 だが、これは分かりやすい問題なのだ、きっと。
 あいつらと同じか、そうでないか。自分で自分の姿を選ぶことが出来る機会なのだ。
 認めるのは苦痛でならなかった。
 でも、必死で頭を下げる愛莉を見て、和利は決める。
「君、」

 ――お前のせいだ。

「君の! せいじゃ、ないよ」
 握り締めた本の形がゆがむ。食いしばったせいで、顎が痛む。けれど、言わなければならなかった。
 自分は違うから。
「俺が守ってやらなくちゃいけなかったんだ。だから、だから」
 涙が表紙に零れ落ちる。
 エモが死んだのは、エモが死んでしまったのは。
「俺の、せいなんだ」
 握り締めていた日誌が落ちて、和利はがくっと膝をついた。泣いたってどうしようもないのに、涙は流れ続ける。
 ぎゅうっと、頭の後ろに手を回されて、和利は愛莉の腕の中、声を噛み締めながら、泣き叫んだ。


 『十一月十五日』・ジュエル遺伝子に対するエネルギーの定着に成功。
 『十一月十七日』・人工カオスエメラルドのエネルギーが暴走。ジュエル遺伝子にピュア遺伝子の兆候が見られる。
 『十一月二十日』・脳波パターン2320を記憶させた遺伝子を孵化直前のタマゴに移植。01、成功。02、成功。03、成功。プラントへ移行する。
 『十一月二十一日』・孵化直後、カオス遺伝子を移植。高い知能を持っていることが判明。成長加速装置を利用し、三種のカオス形態が実現。
 『十一月二十二日』・三種のカオス遺伝子と特殊ジュエル遺伝子を移植。ジュエルピュア誕生。


「ずぼらな人だったんだな」
 フィールがぼそりと愚痴を吐く。日誌の中は空白ばかりで、まともに続いている日がなかった。あるいはジュエルピュアによる改変がなされているのかもしれないが。
 和利は何ともいえない気分だった。エモを『消した』張本人である、ジュエルピュアの出生が、あまりにも哀れだったからだ。
 恐らく、生まれるまでに多くのチャオが犠牲になったのだろう。
(こいつらがいなければ、こんなことには……)
 考えて、頭を振る。今は考えない方がいい。ふと愛莉を見る。
 あいつらと自分は、少し違うだけで、あとは同じだ。でも、愛莉とあいつらは全く違う。彼女は、どういうふうに思っているのだろうか。
 目が合う。
 愛莉は小さく微笑んで首を傾げた。
 照れくさくなって、和利は目を逸らす。
「人工カオスエメラルドというのは、今はどこにあるのです?」
「分からないな。用心深いあの子がエネルギーの塊を放置しておくわけがないし。だけど、恐らくあの子は本物を探すはずだ」
「本物って……」
 思わず和利は反応する。
 本物のカオスエメラルド。
 七つ集めると奇跡が起こると云われる石。
「この世界は仮想現実と融合しつつあるから、難しい話でもない。完全に融合すればカオスエメラルドくらい、いくらでも造ることが出来るだろう」
「昨日から、ずっと言ってるけど。いつになったら完全に融合するんだよ」
「逆、ですね」
 浩二が顎に手をやって思案顔をする。
「完全に融合させるためにカオスエメラルドが必要なのでしょう」
「でも肝心のカオスエメラルドがどこにあるか分からないんじゃ」
「心あたりがある」
 自信満々といった顔で、フィールが声を張り上げた。
「何百年も前に墜落した人工衛星。研究所の人たちはそこから何かを見つけて人工カオスエメラルドを造り出したんだ。だったら、本物があってもおかしくはない」
 ごくりと生唾を飲み込む。
 何百年も前に墜落した人工衛星。なにが住み着いているかも、なにがあるかも分からない。和利は今更ながらに恐れ戦く。
「では行きましょう」
「その前に」
 その視線を和利へと向ける。その視線がどこか気に食わず、むっとしてしまう。
「足手まといになるなら、来なくていい。まあ、恐らく良い死に場所にはなると思うけどね」
 言外に、邪魔だと言っているのだろう。いや、と和利は考えた。
 もし邪魔だと言っているなら最初から来るなと言えばいいだけだ。わざわざ遠まわしな言い方をする理由……。
 和利は愛莉を見た。自分は彼女に恩がある。二つもだ。
 自分が死ぬのはいい。それが一番楽だ。
 どうせ自分には生きる理由がない。エモだって、二度と会うことは出来ない。やめよう、やめようと思うほど、心はずしんと重たくなる。
 死んだ方がマシだ。
 だけど、その二つの恩を返す方が先だと和利は思った。
「行くよ。足手まといにはならない」
「自信があるようだな」
「ないけど、良い死に場所になりそうだから。断られても付いていくつもりだ」
 皮肉に皮肉で返す。
 そうだ。エモが死んだからといって、自分も死んで、何にもなるはずがない。むしろ生きて償うべきだろう。なにを、とはあえて考えなかった。
 エモが死んだのは自分のせいだ。
 エモは自分を必要としてくれていたのに、自分は何にも出来なかった。たった一人の家族だったのに。こんな蟠(わだかま)りを抱えたまま、死んでしまっていいのか。
 それは、だめなことだ。
 だから少なくとも、自分を思ってくれる人だけは。
 何とか守り抜いてみせたいと、和利は思った。
引用なし
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