●週刊チャオ サークル掲示板
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No.1
 冬木野  - 11/5/27(金) 13:02 -
  
 春が近い。
 雪もそろそろ見納めかなと、少し未練を感じつつある昼下がりの小説事務所にて。私は所長室で、来客用のソファに腰を降ろしてひたすらぼーっとしていた。半ば居眠り。
「カズマさんカズマさん、奴さんソファに座ったまま動きませんぜ」
 灰色のテイルスチャオが、手にした携帯ゲーム機で口元を隠して、よく聞こえる耳打ちをしていた。
「ヤイバさんヤイバさん、もしやかねてから懸念していた事態が起きたのでは」
 ごく普通のソニックチャオが、手にした攻略本で口元を隠して、よく聞こえる耳打ちをしていた。
「なんと、それはもしや!」
「そう、所長の居眠りは伝染するのだよ!」
 どこからともなく眼鏡を取り出したカズマが、なんか大々的に言い放った。
「な、なんだってー!?」
 それを聞いたヤイバが、なんか演技がかった驚きを見せた。
 普段ならこの一連の出来事に対してなんかツッコミでも入れていたかもしれないが、今日はこれを無視した。それを見かねた二人が、ここまでのノリの勢いをどこに向けたものかと困った顔をした。困るくらいならやらなきゃいいのに。
「駄目だこいつ……早くなんとかしないと……」
 なんかカズマに駄目な奴扱いされた。病み上がりがよく言うよ、とかいう皮肉も口から飛び出さなかった。


 主要都市ステーションスクエアに存在する、石造に紛れた木造建築の何でも屋、小説事務所。
 所長であるゼロさんを始め、個性の強いチャオ達が揃うこの事務所。設立当初こそは異端であったが、今となっては実に馴染んだ存在だ。
 しかしそんな表のイメージとは裏腹に、各方面に強い力を持つこの事務所。ペットの捜索からヒーローごっこまで、気が向けばなんであろうとこなしてみせ、知る人には国際警備機構“GUN”よりも信頼を寄せられている。そんな強い力を持ちながらも常に中立を維持し続け、それを可能にする資金(宝くじを始めとしたギャンブル)と軍事力(9人の従業員)を持ち合わせる。
 過去の大きな仕事として私が知る限りでは、ステーションスクエアで起きた裏組織の紛争を止めたGUNとの合同作戦と、世界規模で発見された発狂者の発生原因を突き止めたりした。
 そんな事務所で唯一、特筆すべきプロフィールを持たない新人ソニックチャオ。それがこの私、ユリ。
 この事務所に就職した理由は、とある野次馬同好会の会長の陰謀によるものなのだが、現在はその同好会とは縁を切ってこの生活をのびのびと満喫している身である。
 前回の仕事で、再び平穏な日常を取り戻す事に成功した私は、ただひたすらに自らの手で掴んだこの日常を貪っていた。向こう何年かは何もしなくたって生きていけるんじゃないかっていうくらいのお金を手にした影響で、事務所に就職してからの自堕落っぷりに拍車がかかっている今日この頃。
 最近、一つの疑問を抱えていた。


「お邪魔しまぁす」
 所長室のドアが開かれた。入ってきたのはウサギさんを思わせる風貌をしたチャオのリムさん。事務所の受付嬢であり、収入源の人。現実を疑いたくなる程の幸運の持ち主。受付嬢が支えてる企業とか、どこを探したって見つかりはしないだろう。
 基本的に所長室にはあまりやってこない彼女の来訪にヤイバは驚く。
「あれ、リムさんじゃないっすか。どうしたんすか」
「溜まってた猫探しの依頼を、朝のうちに三件とも終わらせて来たんです。それでまだご飯を食べてなくて」
「じゃあ僕がカップ麺作っときますねー」
「はい、ありがとうございます」
 慎みという言葉に縁のなさそうな二人も、リムさんに対してはこのように接する。この事務所の中で最も欠かせない所員であるという理由も重なるが、彼女に対しては自然とこういう態度を取ってしまう。そうさせる何かがリムさんにはある。
 私の向かい側のソファに腰を降ろしたリムさんも、カズマ達と同じように珍しそうな表情で所長室を見回した。その視線は、まず私に定められる。
「どうかしたんですか?」
「んー……」
 首を横に振った。別に、という意味だ。なんだか今日は口を開くのも面倒だ。
「お諦めになってくだせえリムさん。奴さん無気力症ですぜ」
「むきりょくしょう?」
 ヤイバの言う無気力症の意味がわからず、首を傾げるリムさん。代わりに、それに逸早く反応したのはカズマだった。
「無気力症だと? では世界は来年滅ぶのか!?」
「いや、案外今年かもしれんね」
「そんなバカな……2010年はもう過ぎたというのに」
 どうやらまたなんかのネタらしい。相変わらずの脈絡の無さに、リムさんは見事についていけていない。
「ふあ」
 対して私は、ツッコむかわりに欠伸した。
「これじゃあゼロさんと変わらないですね」
 そんなことをしていたもんだから、とうとうリムさんにも所長と同じ人扱いされた。
「というか、所長さんの代わりだよこれ」
 カズマには代用品扱いされた。
「ほれほれ、今なら特等席が空いとるぞよ」
 挙句、ヤイバに所長のデスク行きを勧められた。
 これら全てを軽く聞き流しながら、無人のデスクを尻目にソファに寝転がった。


 ここ数日、この部屋に所長はいない。

「野暮用ができた。しばらく空ける」
 ある日、真っ先に所長室にやってきたヤイバが珍しくすっからかんな所長のデスクでそんな事が書かれた紙を見つけた。後にカズマが来るなり一緒に大事件だと騒ぎ始め、私がそんな大袈裟なと楽観していたら、リムさん達ですら珍しいと言い出したもんだからどうしたもんか。
 それだけならまだ私も落ち着いていられたもんだが、もう一つオマケに重要で無さそうで重要な人物がいなくなっていた。所長室の四隅の一つを埋める不動の石色アンドロイドチャオ、ミキだ。
 ミキがいなくなった事に関しては、誰も何も知らない。彼女だけは本当に知らぬ間にいなくなってしまった。これに対して一番異常だと思っているのは専ら私くらいで、他の面々は事の重大性をなんとなく認知していながら「まあいいんじゃないの」という顔でこの問題を軽くスルーしてしまった。この噛み合わなさといったら無い。
 そういうわけで、最近所長室を占領しているのは、お馴染みカズマとヤイバの両名。そこへ度々私も暇そうな顔をしてやってきては、二人の奇行を目にして溜め息を吐いたりしているわけだ。
 どこか変わってるけど、いつもと変わらない日常。本来なら私も、周囲に合わせて変わらない気持ちでいられたかもしれない。


「で、結局ユリはなんなのよ? 暇なん?」
 流石にこれ以上のボケを重ねても期待した反応は返ってこないと踏んだのだろう。ヤイバは私に向けてようやく普通に話しかけてきた。私はそれに首を竦めて返した。別に、という意味だ。
「まぁ、ユリってここ一番の大仕事の時にしか働いてないよね」
「んん?」
 なんだかカズマが引っかかる言い方をしてきたので、目線だけ向かいのソファへと向けた。
「ここの事務所、簡単な依頼は個人で請け負って解決したりもするんだよ。効率っていうものがあるから。パウさんとかリムさんとか、見えない所で結構仕事してるし」
「いえいえ、私はペット探しとか簡単な仕事だけですよ。パウさんなんて、メカニック関係で本人に直接仕事が舞い込んでるんですから」
 へえ、それは知らなかった。いつも暇を持て余して、自分の研究室でライトノベルを読み漁っているものだとばかり思っていた。
「ま、暇になるのもわからんでもないわな。ユリみたいな新人の立場じゃ直接依頼が舞い込むわけないし。所長が直接仕事寄越さなきゃ始まらんよな」
「んー」
 別に仕事したいわけじゃないんだけどね。むしろどちらかと言えばしたくない傾向にあるかも。
 ふと、二人は個人で仕事をしているのかどうかが気になった。試しに薄目の視線をちらりと寄越してやると、二人はそれだけで察したのか口を揃えてこう言った。
「働いたら負けかなと思ってる」
 ああ、予想通りだ。私でもどこかで聞いたことがあるような台詞が返ってきた。事務所の先輩方ったら、こんな不出来な輩をわざわざ養ってやってるようなもんだ。どうして自分で仕事させないんだろう。私含めて。雇用関係が成り立ってないんじゃないか?
 ……なんていうのは、野暮な質問だ。その答えはとうの昔に、私自身で答えを見つけている。
 小説事務所のメンバーは、雇用関係ではなく友人――いや、その枠を越えて家族に似た繋がりで成り立っている。家族ならば、皆が仕事をする以外にもっと大事な事がある。
 ……って、綺麗にまとめてみたいんだが。
「あ、ごめん。また死んだ。復活させて」
「おま、いい加減にしろよ! どれだけ人の300円を無に帰すつもりだ!」
「いやいや、300円で人の命が助かるのなら安いもんだよ」
「うっせ、さっさと戻れ自力でこっちまで戻って来い」
「いやいや、どうせ途中で死ぬってー。やっぱ80レベルの差はでかいなぁ」
「オレの300円無に帰すよりはちっせーだろ!」
 やっぱ働けよお前ら。


____


 事はその日の夕方に起きた。
 カズマ達がゲームをしている傍らで居眠りをしていた私は、耳元から誰かの声に起こされて目が覚めた。
『――リ。おい、ユリ。聞こえるか』
「……はい」
 考える前に、返事を返しておいた。突然声を出したのに驚いたのか、二人がゲームの最中に私へと気が移ったようだ。よく見ると、リムさんは既にいない。
 声の主は所長だった。声は、私の白一色にまとめられたリボン付きのカチューシャから聞こえてくる。これは事務所のスゴウデメカニックことパウの作った通信機だ。わざわざこんな可愛らしい通信機を作ったのは、恐らくパウの趣味に他ならない。
 こいつの大きな欠点の一つとして、使用している私が使っても誰に繋がるかわからないという事が挙げられる。基本的に事務所の誰かが私個人を連絡網として使う為に使用されていて、私個人が使う事をさっぱり考慮していないという謎発明品なのだ。
『今、どこにいる。事務所か』
「はい」
『お前に頼みたい仕事がある』
「……え?」
 珍しい言葉が飛び出してきた。ソファで寝転がっていた体を起こし、ちゃんと腰掛ける。見ると向かいのソファにいた二人は、何故かソファの裏側に隠れて顔だけチラッチラッと出してこちらの様子を窺っている。何がしたい。
『簡単な仕事だ。俺の言う場所にある事務所が建ってる。そこの人間に会ってこい。それだけだ』
「それだけって……」
 全くもって理解しかねる。
「あの、先方は私が来ることは」
『知らない』
 ダメじゃないか。会ってどうすればいいんだ? 私が頭を悩ませているさなかに、所長はベラベラと目的地の住所を言い連ねる。
『じゃあ頼んだぞ』
 そこで通信はプッツリと切れてしまった。
「え、ちょ、もしもし? もしもーし」
 ……応答無し。
「誰からだ?」
 ヤイバのわざと低くした声が問いかけてきた。向かいのソファの裏側から。
「えっと、所長からだけど」
「なっ」
「なんだってー!?」
 そしたらこの二人、声を揃えて叫ぶと同時にヘッドスライティングでそれぞれ横二方向へとすっ飛んだ。芸人志望か? 劇団志望か? 何にしても人生楽しそうだと思うよ。
「で、所長はなんて?」
「いや、その、私に仕事を」
「なんですっとぉぉぉぉ!?」
 今度は華麗に斜め45度海老反り跳躍、X字に交差する。大した跳躍力だ。

 その後、所長との通話をかいつまんで説明する度、二人が劇団顔負けの体を使ったリアクションを使うというショーを十二分に堪能して、私は事務所を後にした。
引用なし
パスワード
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小説事務所 「Repeatを欠けろ」 冬木野 11/5/27(金) 12:53
キャラクタープロファイル 冬木野 11/5/27(金) 12:56
No.1 冬木野 11/5/27(金) 13:02
No.2 冬木野 11/5/27(金) 13:11
No.3 冬木野 11/5/27(金) 13:16
No.4 冬木野 11/5/27(金) 13:21
No.5 冬木野 11/5/27(金) 13:26
No.6 冬木野 11/5/27(金) 13:33
No.7 冬木野 11/5/27(金) 13:38
No.8 冬木野 11/5/27(金) 13:47
No.110011100 冬木野 11/5/27(金) 13:55
チャオは後書きを残さない 冬木野 11/5/27(金) 14:38

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