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ゴールデンレトリバー
 スマッシュ  - 11/12/23(金) 0:07 -
  
 火曜日になった。茜がチャオガーデンへ行くらしい日だ。紗々が来ないためにこれまで通に誘われることはなかった。その通はスクールオブザデッドの様相。喉から人ならざる声を垂れ流していた。試験によってゾンビ化した彼を元に戻すのはゲームだ。一度触れれば勉強の入る隙はない。哀れなループも明日で終わる。祐介は土日を利用して最終日に備えていた。昼食もあらかじめ用意してある。財布の中身もチェックしてきた。明日もテストがある等理由はいくらでもある。やっぱりやめたとならないようにチャオガーデンに行く気満々な自分を演出しているのだ。今日は他がいない。いつもと違った彼女が見られるかもしれない。そうして自分を前進させて徐々に重くなる足を施設の前にたどり着く。これでいなかったら大損だ。茜の熱狂が常識を超えていることを祈って中に入る。昼時だからか人の姿はほとんど見当たらない。制服姿もない。足と腰と首が動きに動いて探す。いないのかと思った時にようやくシャツを来た少女とその傍に置かれたブレザーを見つけた。藤村茜、試験期間中でも通常運行のようだ。水辺の傍にいた。
「流石」
 こういう時に独り言をつぶやくのはドラマの中のことと祐介は思っていたが、今回ばかりは自然と口からこぼれた。気になることもあった。彼女の隣にはボーダー柄のティーシャツを着ている女性がいた。一つに結った髪の尻尾がとても長い。高校生ではないようだった。こちらに背を向けて座っていて歳はわからない。二人の顔の向く先は水場。そこでチャオが泳いでいるようだった。二つの背中で隠れていたチャオがするりとスムーズなクロールをしながら出てきた。チャオにはふさふさとした毛の耳が垂れていた。手足や尻尾にも山吹色の毛が生えている。それを見て仰天している祐介の姿に茜が気づいた。どう挨拶したものか。いつもは通がいたため何も考えることはなかったと思いながら、適当な言葉が見つからず無言で軽く挙手した。それに応じて茜の右手の顔の横まで挙げられた。そのやり取りで女性も祐介を見る。制服姿。ブレザーについている学校のエンブレムは茜のについているのと同じだ。それを認めてから一秒の間を置いて「友達?」と茜に聞いた。彼女は肯定した。「そうです」と答えられて一応友人として見られてはいることに嬉しさを覚える祐介だ。高井工場は友人の生産能力に乏しいのである。茜と祐介を交互に見る興味津々の顔にはあどけない丸みがない。歳の差を感じた。それで祐介は「知り合い?」と茜に聞く。
「星野です」
「あ、どうも。高井です」
 会釈を交わせば一番の関心は泳いでいるチャオだ。普通に育てていればチャオに毛が生えることはない。小動物をキャプチャさせたということになる。興味はあるが気楽に触れることはできない。世間的にはキャプチャさせることは無垢な動物を一匹殺したのと同義だ。後ろ暗い事情を思わずにはいられない。何をどう言えばいいのかわからず黙ったままチャオを見ていた。その間を茜の返答が埋めていた。彼女のユイというチャオとよく遊ばせてもらっているということを言っていた。
「珍しいでしょ。ゴールデンレトリバー仕様」
 朗らかな星野。祐介は距離感を掴み損ねた。キャプチャ能力が世間一般に恐れられているのを知らないわけではあるまい。彼女の脳みその形が、わからない。適切な言葉の選出が不可能になる。視線がさまよって彼女のチャオへ。体毛から元のゴールデンレトリバーの姿が想像できた。チャオと犬で作られたキメラのよう。キャプチャが忌み嫌われるのは、他の動物が混じっていることが不気味に見えるからなのかもしれない。祐介は少なくとも不恰好であるように感じていた。反応のない彼を見て茜が聞いた。
「キャプチャしたチャオ見るの初めて?」
 かくりと頷く。「なるほどね」と星野。「そりゃ驚くか。タブーな感じだもんね」祐介は助け舟のおかげで日本語を取り戻すことができた。「驚きました」と素直に答えつつ、どうしてこのようになったのか理由を遠慮がちに尋ねた。言えない理由があるなら無理には聞きません、と言いはするものの知りたい気持ちがそうさせる。
「可愛いかなって思ってやってみたってところかな」
 さらりと言った。笑顔が不快に歪む様子はない。ドキュメンタリーで職人が語るようなビー玉の声をしていた。元々キャプチャに興味があったのだと語る。確かに動物の命を奪うことではある。他のペットを飼っている人からすればたまったものではない。しかしそれを承知でやってみたかったのだと語る。
「どうしてやってみたかったんですか」
「なんだろうねえ。どうなるか気になってたし、別にそこまで神経質にならなくたっていいじゃん、みたいなことも思ったんだよねえ」
 他人様のペットを勝手にキャプチャするのは当然いけないこととしても、ちゃんと自分で管理してキャプチャさせる分にはいいはずだというのが彼女の主張だった。そして実際にキャプチャさせてみると体につく動物のパーツが意外と可愛らしかった。そのために続けているのだと喋った。その語りを聞いているうちに、罪悪感とは全く無縁そうな言い回しのせいで、本当にキャプチャが悪いことなのかと祐介の価値観がぐらぐら揺れる。その揺れがさらに動揺を深める。
「そうそう、キャプチャさせると綺麗なんだよ。なんかチャオと動物がきらきらってちょっとだけ光るの」
 生命の輝き。そう星野は表現した。
「神秘だよねえ」
「神秘の力で泳ぎが速くなったと」
 茜が手招きするとユイは岸に向かって泳いでくる。滑るように速い。その言い方酷いと星野にタックルされている茜の両手にその体を収めた。尻尾を振っている。人がやっている猫耳をつけるコスプレなどとは違い本当に体の一部になっているのだ。泳ぎが幾分速いのもおそらくキャプチャした影響なのだろう。環境に順応するためにあるという説を聞いたことがあった。犬をキャプチャすることでこのチャオは何に適応したのだろうか。そうしていく末にチャオガーデンなどいらない身体になることはあるのだろうか。
「高井君は抵抗ある?キャプチャ」
 混ざってこない祐介に星野は問いかける。茜がまさに耳に指を滑らせているチャオを見つめる。気持ちいいのか丸かった浮遊物がハート型に変化していた。茜の微笑から触り心地がよさが伝わってくる。緑色の優しさが牧歌的な雰囲気でもって彼女とチャオを抱擁している。チャオに犬の毛が生えていることへの違和感はある。しかしそれは慣れていないだけだ。倫理の外にいる風の光景ではない。
「よくわからないです」
 だからそのような返答になる。言葉足らずのような気がして「動物の命を奪うのはいいことではないのかもしれませんけど、でもそこまで悪いことだっていう気もしなくて」と吐露していく。対立する気はないのだと主張したいのだ。
「いやあ類は友を呼ぶものだねえ」
 彼の口が止まるのを待ってから星野はころころ笑った。「チャオ飼ってる人でもキャプチャに否定的な人って多くてさ。視線痛いんだよ。平気なの茜ちゃんだけだったんだよ」チャオ好きのママトモも全然できなくて、と苦笑いする。それで二人で端にいたのかと祐介は納得がいく。抵抗ないのか、と茜に聞くと「可愛いければそれでいいと思う」と単純な答えが返ってきた。倫理を無視した考えに祐介が唖然としなかったのはこういう人間だとわかりつつあったからなのか、それとも彼女のシンプルなこだわりに賛同しつつあるからか。
「類は友を呼ぶ、ねえ」
 自分は倫理に縛られている。表面の行動は一緒でも同類ではない。そのような気がした祐介は試しに「似てるか?」と茜に問いかけてみる。「冗談」彼女は鼻で笑ってみせた。「私のようになるにはまだまだ脳みそが硬すぎる」図星。彼女も同じように思っていたのだ。衝撃が架空の撞木となって心臓という鐘を打つ。しかしそれを気取った様子もなく「もっとゼリーみたいにならないと」と続いた。自虐したかったようだ。
「あんたの脳みそはチャオなのか」
 肩透かしを食らったようで苛立ちを微量含ませた。しかし今の返しはよかったらしい。茜の頬が上がった。「そうだったら面白かったかもね」
「いっそチャオにキャプチャされればそうなれる」言いながら光景をイメージする。チャオがキャプチャした瞬間茜の姿が消滅した。あれ、と祐介の眉が寄る。「いや違うな、それだとチャオの脳みそか」頭の中にチャオがいるのとは正反対だ。空回りを予感したが、それそれ、と星野が大きな声を上げた。
「チャオにキャプチャされるの」
 興奮気味に発言の一部を切り取った。茜の「人が?」という確認に「人が」と強く反復する。「そういうことあるかもって思ったことない?」
「ありませんけど」
 茜も首をひねった。「あれ、ない」星野の声が空転にすとんと静まった。私だけなのかと残念そうに言う。
「キャプチャさせてるからじゃないですか」
「そうかもねえ」
 星野は自分のチャオがキャプチャに慣れてより大きい動物相手にもできるようになりやがては人間さえも取り込めるようになるのではと考えたことを話した。
「でも人間キャプチャしても可愛くなさそうなんだよねえ」
「そこ問題ですか」
 外見よりも重大なのがあるだろうと祐介は主張する。人間をキャプチャできるならばチャオは人間を殺せる獰猛な獣だ。「それってチャオ好きにとっては大問題でしょ」
「そんなことはない」茜は突くように言い放った。それからチャオを撫でる手つきのような声で「可愛いって思えるなら死んでも飼うから」と言った。彼女ならそういう考えがあっても不思議ではないなと祐介は思う。しかし楽しければそれでいいと思い切るのは難しいどころの話ではない。少女に化けた仙人か。命を費やせる程に没入するできるのは羨ましい。そう感じる祐介。俺も仙人になってみたい。そうしたらこの動かない空も面白いのだろう。
「ちょっとそんなかっこいいこと言わないでよ」星野が慌てていた。私は無理、と言う。死ぬために飼うような真似は。当然の答えのように思える。しかし「自分のチャオが成長してキャプチャされちゃったってなら別にいいけど」などと付け足せてしまう。その場合ならば仕方ないと思えるらしい。やはり普通とはずれているように祐介は感じた。それはいいことなのだろうか。彼女は自身のチャオを抱き上げ毛に触れる。くしゃくしゃにしたり手櫛で梳いたり。そこに疎外されている人間の悲しみは見て取れない。それでもきっと辛いに違いないと祐介は思った。葛藤はあるはずだから。キャプチャさせる自由と他人との協調。天秤でどちらが重いか量っても片方を捨てる辛さはあるだろう。ましてやキャプチャは禁忌に近いのだ。だからそれでも星野という女性が笑顔を絶やさずにいることを覚えておきたいと思った。幸せというのはいい加減なものなのだと好意的に捉えられる気がしたからだ。
引用なし
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