●週刊チャオ サークル掲示板
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グーパンチ
 スマッシュ  - 11/12/23(金) 0:09 -
  
 テストが終了した翌日。生徒たちの足取りはどこか軽やかさを感じさせる。爽やかな少年少女に呼応するように空は青を濃くしながら白い雲をアクセサリーにしている。しかし自然の気遣いに目を留める者はいない。試験が終わっても授業は午前中のみで終わる。アイドル、映画、ショッピング、カラオケ。解放感と共に流行という水遊びを満喫する学生は少なくない。夏休みへ向けて気楽なムードが溢れていた。彼らは波に乗るのが上手いと祐介は評価していた。頻繁に耳にするアーティストの名前は昨年とは違う。本当は彼が極めて下手なだけである。色々なものに夢中になっていく様。それに対する祐介の眼差しは尊敬が幾分多い。いつか飽きるという自覚。それは彼にとって真理ではなく呪いに近い。人の話を聞いていけば興味というのはどんなものにも向けられるのだということがよくわかる。無数の娯楽とそれらに時間を投じるそれ以上に無数の人。それらの中に入れそうにない。意味が欲しい。枯れ木になってもなお大切にできる理由。チャオガーデンの自然は快活な緑と茶色でもって人々を迎えている。しかしそれはよくできた張りぼての可能性もある。そういうことを考える。祐介の心情から見る木々はどこか空回りしていた。にぎやかに生えている様子が苦い。チャオブームはもう白い繭の中。活気はもう掻き消えるためにだけあるようなものだった。藤村茜や星野由香里、強い個性を放っていなくともそれに準ずる佐伯心などのような物好き。世界が彼女らのような人の存在を認める限り儚い余生が続く。人間は一つのことにどれくらい打ち込めるようにできているのだろう。とりとめのないことを考える暇は終わる。チャオガーデンで祐介と通は女子二人と合流した。いつもと違い昼間であっても紗々がしっかりいた。少なくとも茜はいるだろう、という判断でもってチャオガーデンに寄ることに決めた二人にとっては少なからず嬉しいことだった。特に通は大喜びで彼のテンションはロケットの打ち上げのように上昇していた。これからがチャオの食事の時間らしい。しぼんだコンビニの袋と交代するようにして鞄からチャオ用の缶詰が出てきた。タブを引いて蓋を開ける。中には薄いピンク色の果実が見える。一切れを指でつまんでチャオの口に運ぶ。歯は見当たらないのに咀嚼をしている。飲み込むまでの時間を茜が次の一つを指ではさんでいると男性の声がかかった。
「おうい藤村ちゃん」
 顔にしわが少し目立ちつつある男性だった。二十ほど年上でもおかしくない外見である。男の歩くのに合わせて白い天使のようなチャオが走ってくる。
「おっさん」
 彼のことを紗々も知っているようだった。この人は一体誰なのか、という顔をする祐介と通。おっさんと呼ばれた男性の方の男二人を見る表情は彼らと違った。二人の顔を味わうように数秒見た後、茜に「二人が?」と聞いた。茜の頷くのを見て「どうも黒田って言います」と笑顔を見せた。自己紹介をしつつ「若い人がチャオガーデンに来ると楽しくていいねえ」などと若い衆を褒めちぎる。
「ええと、この人がチャオのかぜの時に教えてくれた人」
「あ、絵本の人」
 そこが印象に残っていたのだろう。祐介が反射的にそう言うと黒田の顔が表情の定まらない中途半端な形をうろうろする。うようよと動いた眉毛は最終的に困惑の苦笑となって「絵本の人って」と力の抜けた声を出した。「他はチャオのこと詳しいってくらいしか知らなくて」祐介も苦笑いで謝罪する。その二人のやりとりを受けて茜が「黒田さんのチャスケは転生三回してるんだよ」と新しい情報をよこす。
「転生」
 祐介の反応は極めて良好。三回という回数も彼の心を動かす。チャオは大体六歳で寿命を迎える。三回転生しているということはつまり。「あれ、俺たちより年上?」人にとってはとても小さいチャオの体。それが大人並の背丈になった自分たちより長く生きていることに驚かないわけがなかった。一歳のチャオも三十歳のチャオも外見に大きな差を感じさせないのがチャオだ。
「二十年くらい生きてるね」
 黒田がそう言うと茜以外の三人が「二十歳」と驚く。「そんなに生きてたんだ。おっさん凄い」紗々の絶賛だが黒田の反応がいまいちだ。通が乗っかって「凄いなおっさん」とはやし立てると表情がさらに柔らかさから遠ざかった。「おっさんおっさん言うな」諦めのにじんだ溜め息が出ていた。
「そうそう、これ作ったんだ」
 黒田がバッグの中からプラスチック容器を出した。保冷剤の入ったその容器の中から小さなカップが二個入れられている。中身は赤が鮮やかなゼリーだ。「トマトのゼリー」女子二人がおお、と感嘆の声を上げた。カップの一つを使い捨てのスプーンと一緒に茜に渡した。それを受け取った茜はすぐさま屈んだ。ゼリーをすくってそれをチャオの口に運んだ。
「そっちなの」
 抗議に似た荒い声を紗々が上げた。さも当然のように茜は「そうだけど」と返す。黒田はチャオのおやつを作るのが趣味なのだと言う。そうしてから紗々の反応の意味をしばらく考える。「ああ」と理解すると彼女はスプーンを自分の口に運んだ。
「おいしい」
「私にも、私にも」
 多くはすくわなかった。しかし茜は彼女の口にゼリーを入れてやる。「ここでもこういうおやつ売るべきだよね。それさえあればここ遊び場として最高だよ」その主張にチャオガーデンは人の遊び場ではないと指摘するのは茜の役目だ。
「どうしても食べたいなら、食べればいいじゃん」
 そう言って差し出すのはチャオ用と書かれている先ほどの缶詰だ。「いやそれは」チャオの餌だからと拒否する紗々。「でも普通の果物だから食べられる」茜がフォローするものの紗々の腰はどんどん引けていく。眼鏡がある種の狂気を感じさせたようだ。理知的な狂気。それを見ている黒田が「別に食べても平気なんだけどなあ」と言う。チャオを飼ったことのある祐介もやったことがあると同意した。チャオを飼っている人の中では普通なのかと紗々は愕然としたようだった。「猫飼ったらキャットフード平気で食べそう」そしてそう評価した。
 黒田も自分のチャオにゼリーを食べさせ始める。口にゼリーを入れる合間に茜のシュンのことをちらちら見ていた。いくらか観察していた黒田が口を開いた。「シュンちゃん、もうそろそろかもね」突然そう言ったのでほとんどがそろそろとはどういうことなのだろうと考えを巡らす中で茜が「もうすぐ、ですか」と幾分シリアスな面持ちで確認した。黒田が「だと思うよ」と返す。静けさはあるもののこちらは緊張の様子が少なめだ。
「ええと、どういうこと?」
 通が聞くと「寿命の話」と黒田が短く答えた。続く茜が「黒田さんはチャオの寿命がわかるんだよ」と補足を始めた。何回もチャオの転生を見てきた彼は寿命が近いチャオがなんとなくわかるのだという。経験則によって僅かな違いを察知できるということらしい。眉唾に感じる者もいたが経験則と言われてしまうと疑う気が弱くなってしまう。「必中ってわけじゃないけどね。それに歳で大体わかるしさ」近いと感じてから一ヶ月以内に寿命を迎える確率は半々くらい。だから占いみたいなものだと彼は言う。「でもこいつが二回転生してからなんとなくわかるようになったよ」最初は他人のチャオの寿命が的中してそこそこ驚いたと語った。
「転生させるコツとかあるんですか?」
 祐介が問う。
「そうだなあ」
 黒田は一分ほど考えた。その間にどのような答えが頭の中に生まれては消えたのか。彼が熟考の末に出した結論は法則を見抜いた賢さを感じさせるものではなく、いたずらめいたものだった。
「生まれたらすぐにグーパンチで殴ったらいいと思うな」
 幸せを糧に転生するチャオに暴力は無論ご法度だ。常識ゆえ脊髄反射のように「それはだめでしょう」と祐介は即座に否定した。そういう冗談なのだろう。そう思っていたが、否定された黒田の笑みはギャグによって笑った形ではなかった。にやりとしているのである。
「殴ったりしたら転生できないって思うだろう?」
「そうですね」
 何やら話が不思議な方向に持っていかれそうだぞ、と感じながら祐介は相槌を打った。黒田は得意げで顔のにやにや度合いが増していく。
「だから転生がどうこうとかいう打算抜きでチャオを付き合えるんだよ」
「打算、ですか」
「恋に恋するみたいにさ、チャオじゃなくて転生を愛してる状況じゃだめだと思うんだよね」
 転生が目当てで可愛がっているだけだと、そのことをチャオも悟って自分が愛されているわけではないと思うのではないか。それが黒田の見解だった。転生を愛している。祐介にはよく理解できた。過去の自分がまさにその状態で、だからこそチャオは転生しなかったのだと思っている。だからグーパンチが彼の中で本当にいいのかもしれないと思わせる提案になってきていた。
「でも、殴っても本当に転生できるんですかね」
 根に持ち、怯えて心の傷となる。人間にもあることだ。フォローは可能なのか。黒田は「どうだろうね」と無責任そうな返答をする。「まあ転生しなくてもいいんじゃないかな」とまで言い出した。
「転生しなくていい、って」
 それはおかしい。
「転生した方がいいのは確かだろうね。だけど転生がチャオの全てじゃないことも事実でしょ」
 目をぎょっとさせた祐介をなだめるように優しい感じだった。
「進化して色んな姿を見せてくれる。ぷるぷるした体は他のペットにはないし、大っぴらにはやりにくいけどキャプチャだってある」
 生き死には忘れてそういうものだけを見ていてもいいはずである。そういう主張だ。
「そうやってチャオと楽しく過ごすのが本当に大事なことだと思うよ。だから死んでしまってもいいんだ」
 死んでしまってもいい。そう言い切る黒田にチャオはよく懐いている。ゼリーを介して触れ合っているどちら側も楽しそうだ。そしてその清々しさは茜とシュンにも分けられて、胃の中を満たしていっている。食事の光景は意外にも幸福を感じさせた。永遠に続くこと。手に入りにくいためにその魅力はとても輝いて見えていた。しかしそれに囚われているあまり他のあらゆる魅力を見落としていたことに祐介は気づいた。いつか来る終わりよりも今に価値を見出せるのならば。喜びも悲しみも心を潤す重みとなる。
「そうか」そうだったのか、と祐介は呟いた。「転生しなくてもいいのか」肩の荷が下りた気と、これが荷だったのかという驚きとがあった。
「殴るのは本当にいいかもなあ。ヒーローチャオは見飽きてきたから殴ってダークチャオにするとか」
 空気が一段落着いたところで黒田がそう言った。今度こそ本当に冗談。「サンドバッグみたいに殴らないと」と茜がジェスチャーをして見せる。チャスケは会話の内容を理解しているのか、ぷるぷると体を震えさせて怯えた。その様子に笑いが起こるとそのヒーローチャオもおどけるのをやめて笑い出した。誤った認識が本当のものなら、この人はきっとダークチャオを育てられそうだと祐介は思った。彼のような無神経さでもって今度はチャオを飼うことができればと願う。またチャオを飼おうと決心していた。
「そういやチャオのかぜって結局どういうことなんです」
 トマトのゼリーをたいらげたシュンはクレヨンを選んでいる。スケッチブックを出しながら茜が聞いた。そういえばまだわかっていないままだったなと祐介は思い出す。「そうそう、気になる」と紗々が同調していた。
「ああ、それねえ」
 んんんと視線がしばらく空を描いた天井に注がれた。「答えは君たちの心の中に」苦しい言い分に高校生四人の冷たい目が容赦なく集中すると黒田は困惑した。
「え、駄目?」
 苦笑いした黒田。今度は「本気だったんですか?」と眉をしかめた茜の言葉が向けられる。そうですよ、ときっぱり言いそうなくらい素直に黒田は首肯した。
「じゃああれ、意味なんてなかったってこと」
 無駄骨を折った。叫びにも似た紗々の驚愕の声がそう言わんとしていた。非難を浴びせるような含みもある強い声に「いや、意味はあるんじゃないかな」と黒田は四人の言うところの本気を感じさせることを言い始めた。「書いた人はなんか言いたくて書いたんじゃないの。俺にはよくわからないけど」
「作者は何が言いたかったのでしょうか、ってわけか」
 国語の問題みたい、と通と紗々がげんなりとしていた。
「そういうわけじゃないよ。別に作者の主張が絶対ってわけじゃない。自分がしっくりくる解釈をすればいいんだよ」
 だから答えは心の中にと言ったのだと黒田は言った。
「それならそういうことだと最初から言ってほしいです」
「そこは流れで汲み取ってくれよ」
「無理です。年代が違うのは拡張子が違うようなものですから」
 茜の毒にやられている黒田の姿は歳を取ることの憂いの縮図だ。しかし自分より長い人生の中で、作者は絶対ではない、と彼は言えるようになったのだろう。そのことを祐介は羨ましく思っていた。作者の言いたいこと、テーマ。そういうものは絶対的に正しく見える。本当はもっと余地があるのかもしれない。人の心を介すると、リンゴは重力を受けなくなる。では自分にとってチャオのかぜとは何か。どうしても青い鳥のイメージが祐介の中にはあった。違和感を抱えたままではあるが幸せが身近にあるという考えには賛同できる。もしかしてチャオがそれなのだろうか。シュンの描いた赤い台形の絵はその象徴かもなどと考えていた。まだ祐介はチャオのかぜを感じていない。

 夜、自室、一人。目に映る世界がとても狭くなる時。こういう時が自分の心を見つめるのに丁度いい。祐介は意気込む。チャオを飼おうと思うことができたこと。一瞬の気の迷いかもしれない。明かりを消した室内のように暗い心象風景にいる自分は弱虫だ。その弱虫に勝ちたいと思う。チャオを飼うにあたって最も突破が難しいところではある。自分の心は過去の積み重ねだ。何年何十年と蓄積してできた価値観をたった数日で書き換えることはとても容易なことではないのだ。変わろうと思っても変われない。それが当たり前ですらある。いくら進もうという意思があっても足枷はなかなか外れない。足枷が推進力に変わるように自分を見つめなおす。チャオを飼うこと。趣味に没頭すること。それを避けるようになったきっかけで思い当たるのは一つだけだ。結局チャオは転生せず死ぬから、没頭しても意味はないという理屈。それを証明するように、日々新しいコンテンツが生まれ、古いものは段々と影を薄めている。新陳代謝と共にチャオへの情熱など消えてしまうに違いない。冷たい世界。祐介はその中で生きている。そこまで整理して、彼は新しいものの見方を登場させてみる。一年に満たない短い期間で色々な価値観と触れた。チャオガーデンに入り浸る人。彼女たちはきっと、世界が冷たいことも知っている。祐介と同じに。違うのは、世界の冷たさを気にしないというところだろう。祐介はそう解釈する。チャオが転生せずに死んでしまうとして、それでも楽しいことはあるのではないのか。それを証明する手立ては多数ある。それどころか案外楽しいという感情はいい加減に発生するものらしい。結果より過程が大事、というわけではないが。その時々の自分の気持ちというのは大事にされるべきだ。人の心を動かすのは、重力エネルギーなどではないのだから。転生、生き死に。それは大事なことじゃない。暴論はしかし祐介の中でしっかり立っている。あらゆるポジティブな意見を連発してネガティブとのバランスを取っていく。不安は打ち消せない。不安を許容するだけの重みをやる気に持たせるだけだ。人にはそれしかできない。天秤をじっくり見つめる。大丈夫、彼女だっている。不快が胸の内を押しつぶす気配はない。ふう、と溜め息を思い切り吐いた。意図的に何度も出す。そうやって祐介は解放感に身を委ねていた。チャオはきっと死んでもいい。チャオのことを皆が忘れてしまってもいい。そういうものなのだろう。
引用なし
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