●週刊チャオ サークル掲示板
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童話
 スマッシュ  - 11/12/23(金) 0:02 -
  
 土曜日。週休二日と決まっているが、体は律儀に早く目覚めた。夜更かしをしない体は安定する。起きた体で思うこと。チャオガーデン、どうしようか。行って誰もいなかった場合を考える。携帯を開いてメールを打った。居間で朝食を待ち、食べ終えて部屋に戻れば返信がある。
「よし」
 携帯を充電器に戻す。机の前でぼけっとする。漫画を読む。すぐにやめる。学校の鞄からクリアファイルを引き出し、鉛筆を持った。朝から宿題をやるのは珍しいと自分で感じつつ、やることは宿題ではあるものの初めて取る行動がどこか面白かった。始めるまでの抵抗がなければ終わりも早くなるのか。やり終えて携帯に表示される時刻を見ると、時間の経過がいつもより優しい。いつもと違うことが重なってまるで寝て起きる間に自分が優秀になったように感じながら祐介は「やること、なくなったぞ」と困ってしまった。部屋を見回す。時間の潰せるもの。漫画には手が伸びない。小説は勿論。机の端にどけられたゲーム機。数秒画面を見つめてからそれを引き寄せた。プレイヤーは自分の分身となるキャラを作成して戦っていく。以前作成したキャラを選んで冒険に出かける。強いと言われている武器を入手するために走り回る。しかし敵を倒していくのに骨が折れる。元々多人数でやるゲームなのだ。一緒にプレイする当てはある。通と彼の友人たちは発売前から買うと騒いでいた。それ以外にもクラス内で買った人はいるようでちらほらゲーム名を聞いていた。人気タイトルなのだ。祐介は今、誰かとプレイすることになった時足手まといにならないように準備をしているのだ。遊んでいると色々なことに気づいていく。モンスターの行動パターン、効率のいい倒し方。慣れていくにつれて、一回の戦闘にかかる時間もみるみる短くなっていく。やがて戦いに緊張感がなくなる。ルーチン通りにこなしていくようになる。こうなってくると人々の中では作業などと呼ばれるらしい。機械的にも見える攻略になるほど自分もゲームのプログラムになったみたいだと祐介は思った。ふと感じたのはプレイ時間の分だけ楽しさが削られていくような感覚。突き詰めれば突き詰めるほどやることは単調になっていく。刺激も減る。何も感じないゲームをやり続けることは時間の無駄でしかないのではないのか。楽しみは誰かと一緒にやる時だ。一人プレイはそのための前座だと祐介は承知している。しかしその時までにこのゲームに対する熱は冷めてしまうのではないのか。わからなくなる。自分はなぜこのゲームをやっているのだろうか。無造作な落書きのような思考で黒く染まっていく。自分のキャラの体力が尽きて、現実に引き戻される。祐介は電源を切った。

 窓の外を流れていく景色に変わりはない。空の雲が一面に影を落としているが窓を濡らすことはない。晴天にはならなかったものの休日に止んだこと、世間には嬉しいことのようだった。制服姿のいない電車、若者の集まる街とは逆方向とはいえ、利用客はそこそこいる。買い物帰りのような親子連れも乗っていた。チャオを抱きかかえている人はいない。チャオガーデンの減った今、電車を利用しないと行けないほど遠くなった人もいるはず。チャオ人気は自身の想像以上に廃れているのかもしれない。現実は凍えそうになることばかり。雨が体温を奪わなくとも十分なのだ。
 駅を出ると何かを考えるような間もなくチャオガーデンに着く。受付で払う入場料。安いから何度か行っても懐は痛まないと結論していたが、払う瞬間になると小銭がもったいなく感じる。レジの中に見えなくなる硬貨、その分だけ何かが得られますようにと願うしかなかった。まるで賽銭箱。では自分は何の神に祈っているのだろう。祐介がチャオガーデンの中に入るとすぐに佐伯兄妹を見つけられた。土曜日で木曜日よりも人は多くなる。制服を着てはいないもののしかし若い集団は目立った。小さな小学生に若い男女が一箇所に固まっているのだから。
「どうも」
 遠慮がちに挨拶して輪に入る。藤村茜がいることに違和感はなかったが、金本紗々がいることに少々驚かされていた。彼女のチャオはいない。飼っていないのだろう。それなのに来ているのはチャオに興味があるからなのか。
「今よアイドルの話してたんだよ。好きなアイドル」
 通が説明する。しかし茜は自分のチャオに絵を描かせているのをじっと見ている。談笑していた風ではない。クレヨンを持ったチャオが紙に灰色をこすりつけている。
「ええと、チャオが絵を描いているところじゃないのか」
「それは別。俺チャオはあんまだから」私もと紗々。祐介は脱力した。「なんと言うかその、ここ、チャオガーデンなんだぜ」
「でもチャオは目当てじゃなかったり」と紗々が言うと、通がその通りだと深く頷いた。その妹の心は茜の傍で絵が描かれていくのを見ている。腕の中で幼いチャオが体をぼんやり揺らしている。二種類の雰囲気に板ばさみになっている祐介。居心地の悪いサンドイッチの立場を放棄して通と紗々側に座った。真正面に茜たちを見る形で。「高井君はアイドル誰が好きなの?」
「いや、アイドルよくわからないから」
 テレビは見る方ではない。ドラマも雑学も頭に入ってこない。好みのタイプに該当する芸能人が一体誰なのかもわからない。そういう会話に入れないことは寂しく思うが、それでも食指は動こうとしない。「そういやテレビあんま見ないんだっけ」通はテレビを見つつゲームをしているのだ。それを聞いた祐介はどうして器用なことができるのかと信じられなかった。そうなんだ、と紗々。
 茜のチャオが今度は青いクレヨンで弧を描いている。半円の下にアーチ状の線が何度か描かれる。傘のようだ。その様子を祐介が見ていると「興味あるの、シュンちゃんの絵」と紗々の声。「まあ」チャオ用のクレヨンなどが売られているのは知っているが実際に使っているところを見たことはなかった。少しずつ形になっていく絵を見てチャオでも絵は描けるものなのだなと改めてその高い知性を実感する。そして彼女のチャオの名前はシュンというらしい。
「そういやお前んちのチャオはなんて名前にしたんだ?」
「なんかな」数秒ためらってから言った。「リンゴって名前になった」即座に祐介は「は」と紗々は「え」と声に出していた。心の抱えているチャオを祐介は改めて見る。水色で末端は黄色。標準的な子どものチャオだ。「どこがリンゴなの」最初から赤い色のついている色チャオならばリンゴでも納得できる。通は溜め息をガーデン内に沈めた。「リンゴを食べさせたらすごくおいしそうに食ったからだってよ」気恥ずかしそうに言った。
 敷き詰められた芝生。常緑樹の緑に囲まれ、爽やかな万緑のガーデンだ。みなぎる生命力さえ感じる万緑が無言と共に通を押し潰さんとしていた。「頼むから何か言ってくれ」あまりの圧力に音を上げた。そのおかしさで場が緩んだ。
「高井君ってチャオ、好きなの?」
「そういうわけじゃないけど」
 前は大好きだった。しかし今はどうか。気にはなる程度ではないのか。そちらはどうなのかと問うと「私はそんなに」と紗々は返す。「私が好きなのは、茜だから」弾む声でそう告げると茜は心持顔を伏せた。「何言ってんの」と呆れている様子。「だって今時チャオ飼って、超夢中とか超珍しいじゃん。レアモンはゲットだよ」彼女もレアモンスター仲間だった。「ストーカーもシャバではあまり見ないレアモンだと思うけど」二人の会話に男子は苦笑いする。それをよそに紗々は幸せそうに喋る。「しかもチャオガーデンって結構穴場なんだよねえ。こんないいとこあんまないよ」首を回してガーデンの景色を見回す紗々。チュニックの上でリングを通したネックレスが踊る。
「こんだけ自然があると、あれが欲しくなるな。アスレチック。遊び場がねえんだここ」
「人が遊んでどうすんの」
 チャオに関わる話だからか。茜も混ざってきた。彼女のチャオ、シュンの方に目をやると既に絵は完成していた。灰色の雨雲、水滴がたくさん降っておりその下に一本の傘がある。その中には人間らしいものとチャオの姿があった。人間は髪が長く目の周りを円に囲われている。茜だとわかる。服は広がりの少ないワンピースとズボンの輪郭がそれぞれ灰色と黒で描かれていて、まさに今そのような服装だった。どちらも笑顔。にこにこしている。目つきからしてそのような顔よりぎろりと睨んでいる方が彼女の雰囲気が出るなどと失礼なことを考えた。彼女の雰囲気はともかくとして幼稚園児のそれを思わせる無邪気な作品だった。
「どんないい場所でも遊べないと溜り場として機能しないだろ」遊び優先な通に「溜り場じゃないからここ」と疲れを感じさせる返事をする茜。「でも面白いよね」と傍若無人な男をフォローしたのは彼と同じくチャオに興味ない金本紗々その人だ。
「ぶっちゃけ人来ないんだし、アスレチックにしちゃってもいいんじゃないの」
 あまりにもストレートすぎる発言に茜は「おい」と語気を荒げる。「そういうこと言わない」
「実際ありそうだからなあ」
 客足の遠のいたチャオガーデンがどうなってしまうのか、祐介はある程度知っていた。豊富な自然と広い土地を利用して公園になることは少なくない。ここがアスレチック施設になる日も遠くないかもしれない。本人たちは気づいていないかもしれないが、聞いている二人にとって現実味のありすぎるジョークだった。
「チャオガーデンなんだからチャオで遊べばいいじゃんか」
 そもそもお前もチャオ飼っているんだし、と祐介。「チャオなあ」乗り気ではない様子の通。妹の心は四人の会話を聞きながら抱きかかえたリンゴの体をいじくり回していた。「あ、そういや昔チャオガーデンに行った時友達のチャオ踏んだことあったわ」ええ、と紗々がサウンドエフェクトよろしく反応した。
「そしたら友達マジ泣きしてさ、大変だったわ」
 笑う通に祐介が冷静に「そりゃ泣くだろ」とつっこんだ。「転生できなくなったらどうすんだ」チャオは寿命を迎えてもまた幼生に戻ることのできる生物だ。いわゆる不老不死である。しかしそれをするチャオは少ない。幸せな一生だったと思わないとそのまま死んでしまうのではないか、などと言われている。「そういやあいつのチャオどうなったのかなあ。まあ死んだんじゃねえのかな」縁起でもないことを言う。茜が僅かに肩をすくめていた。
「しかしあの頃はどいつもこいつもチャオ飼ってたような気がするなあ」
 あの頃。祐介たちが小学生だった頃までチャオの長いブームが世の中を覆っていた。彼らが生まれる前から人気があったと言われるチャオ。何年も続くブームでこのまま普及してしまうのではないかと言われていたチャオだったが、その期待を裏切る形で落ち着いてしまった。人々の生活の中で必要とされなかったことが大きい。あくまでペットという娯楽だったのである。
「ドラマにもいっぱい出てきたよね、『ダークチャオしかいなくて』とか」
「あったあった。超暗いやつ」
 ダークチャオしかいなくて。チャオがダークチャオに進化した者同士の恋の話である。男には妻がいた。相手の女性は男の子どもと年齢が近い。「超過激なんだよねえ。歳の差すごいしさ」ただでさえ壁の大きい不倫関係に、ダークチャオに対する世間の目が拍車をかけるというドラマだ。「あの頃はチャオに夢中だった人々が大人になって結婚して子どもができてきた時代だったから」そのようなドラマになった背景を茜がそう説明した。
「ドラマだけじゃないよな。漫画にも出てきた気がする」
「絵本にまで」
 茜が絵の描かれた紙を持ち閉じて開く動作をしながら言うと、飛び上がったような声で「絵本」と紗々が反応した。「どうしたの」茜は目を丸くした。そして自分のチャオも同じような目になっていることに気づいて、撫でてなだめてやる。
「絵本、チャオの出る絵本、なんだっけあれ」
 あふたふと両手を振りながら言う。思い出せずにもどかしく感じてくるほど手の振りが速くなっていく。「ええと、あ、『チャオのかぜ』ってやつあったよね」手の振りが「あったよね」と確認するように二回ぶんぶんと振られてやっと止まる。あった気がすると三人が同意する。「どんな話だっけ」チャオへの思い入れが深い茜が覚えていなければ誰も覚えているはずもなく、「どんなだっけ」という言葉が何度も繰り返される。「わかった、チャオのかぜが出てくる」得意げな顔をする紗々。「当然でしょ」と茜が予定調和的に言って、紗々がへへへと笑う。
「そもそも、チャオのかぜってどんな風だよ」
 通の言葉で話の重心がそこに置かれた。「病気の風邪とか」祐介の発言は紗々がそのような話ではなかった気がすると言って消された。「そうじゃなくって、何だろうね、もっと特別な感じじゃなかったっけ」と言ってすぐさま「チャオの呪われし暗黒の力」と通。バトル漫画じゃないんだぞと祐介が呆れる。チャオを得意とする茜は「チャオが小動物をキャプチャした時に、動物が浮き上がるあれ、っていうのはちょっと違うか」とそれらしいものを言ったつもりだったが違和感があったために言いながら徐々に首を傾げてしまった。「おばあさんが川で洗濯をしているとチャオのかぜがどんぶらこどんぶらこと」黙れ心、と兄がぴしゃりと止める。「論点ずれてたしな、今」論点、と妹が繰り返す。意味がわからなかったようだった。誰も説明をしてやらない。ただ視線が通に集まる。その通は「しかし懐かしいなあ」と役割を放棄した。目を細めさらに視線を照射して責める茜。その口元は少し上がっていた。まるでいたずらを満喫する子どもだ。
 あ、と突然茜が声を上げた。監視カメラのように入念に首を動かしてチャオガーデン内をくまなく見る。首を限度いっぱいひねってサーチしたが「いない」と顔が戻ってきた。チャオガーデンに来ている知り合いに年齢の高い人がいるため、その人から聞けば何かわかるかもしれないということだった。その人が来るのを待つのが一番手っ取り早いということになって童話の話は打ち切られた。
「どんくらいの頻度でチャオガーデン来てるんだ、二人は」
「火曜と木曜と土日」
 週に四回と聞いてのけぞったのは祐介だ。ひたすらチャオガーデンに通う少女。只者ではないと確信した。「すごいな」と感嘆せずにはいられなかった。「茜はチャオ中毒だからねえ」と楽しげな紗々。その本人は中毒という言葉のチョイスに不満を述べつつも否定はしない。金本さんは、と通が答えを促して「大体木曜と土曜かなあ」と返答を得た。こちらもこちらでチャオに興味ないのによくそれほど来る気になるな、と祐介は思う。自分がチャオを飼っている時でも週一回か二回だったのにと比べながら。
 チャオの話はそれまでで終わった。学校の話で盛り上がった通と紗々、他はチャオに夢中になり、それらに少し混ざりながらも祐介は眺めている。心の関心は歩いたり走ったりする茜のシュンで、羨ましそうにしていた。はいはいして動く自分のチャオを持ち上げては足で立たせる。手を離すとチャオはかくんと伏せのポーズに戻ってしまう。早く歩けるようになれという念のこもったうなり声を上げる。茜はその様子にくすくす笑いながら、バッグから缶詰を取り出した。指で一口サイズにカットされている桃をつまんでシュンの目の前にぶらさげる。すると口を開けて顔を空中へ差し出すようにしてねだり始める。背伸びして前のめりの姿勢。そのためしばらく放置しているとバランスを崩す。食べ物に夢中になっては転びそうになってびっくりする。その様子を見て微笑み、二度くらい転びそうになってから桃を口に入れてやった。するとシュンは目をつぶって咀嚼する。ゆっくり味わって「んんん」と心地よさそうな声で体を震わした。快楽にひたりながらゆっくりと目を開いたチャオの目の前にまた桃がある。ぱあっと顔が輝いてまたおねだりのポーズ。今度はすぐに口の中に入る。再び幸福を味わう。その様子を見ているのは茜だけではない。心も可愛げな声を出すシュンに目を奪われていた。その視線に気づいた茜が缶詰を掲げた。「リンゴちゃんにも食べさせてみる?」佐伯心の目も輝いた。

 キーボードを叩く。情報収集にネットを利用する。ネットの存在しなかった時代、どうやって人々は情報を集めていたのか。祐介は想像できない。欲しい情報を手に入れる術が昔はなかったのではないかとさえ思う。彼らにとってインターネットとは情報そのものでもあるのだ。検索のキーワードは「チャオのかぜ」だ。結局茜の知人は来ず、その童話がどういう話でチャオのかぜとは一体どのような風なのかわからないままだった。検索すると三万件ほどの結果が表示された。通販サイトのあらすじによると、主人公の男の子がチャオのかぜというものを探しに旅に出るという話らしい。これだけではわからない。検索ワードにあらすじやストーリーなどの単語を入れながら探していく。いくつものサイトを覗く。いつの間にかモニターに近づいていた顔を離して背もたれに寄りかかった。拾い集めたものを繋ぎ合わせる。男の子はチャオのかぜというものを探しに行く。色々な人のチャオと接するがチャオのかぜはなかった。諦めて家に帰ると男の子のチャオから風が吹いていた。そのような話のようだった。青い鳥のような話ということなのだろうか。しかしそれなら虹色のチャオとかそういうものになるのではないのか。チャオのかぜという意味深な言葉が引っかかる。消化不良の感。よくわからない。それが結論だった。
「どんな話だったかなあ」
 疲労を吐き出すように呟く。子どもの頃聞いたはずの話。それが思い出せない。もどかしくてたまらない。一度得たものを手放してしまったような気がするからだ。童話の一つや二つ忘れただけならば損失はないに等しい。しかし子どもから大人になる過程でそれらと一緒に何か大事なものを手放してしまっているとしたら。純粋な心は成長と共に消えていくとよく言われる。なくなったと知覚できるならまだいい。持っていたことさえ忘れていることだってあるのだと祐介は思う。知っているはずの童話が思い出せないのだからそうだとしても不思議ではないと。何もかもが零れ落ちていく。末に何を得られるというのか。自分の部屋が次第に過去の骸で埋もれていくイメージがあった。自室でなくてよかったと祐介は感じた。リビングでパソコンを前にしている今でも部屋の中にある昔好きだった骸の姿が思い浮かぶ。現実に目にしていたら余計に消耗してしまうことだろう。チャオから離れてどれだけの量失うものがあったのか。見当もつかなかった。

 梅雨にも休みはあるのだろうか。数日間晴れの続いた木曜日。週末あたりから天気が崩れると予報され、目の前の日光のありがたさを噛みしめながら登校して通に誘われた。チャオガーデンに行かないかと。予想外のことに固まる祐介。念のため確かめると、今日行くのだと言う。さらに確認。お守りをすることになってしまったのか。そうではないと否定される。頭を抱えた。チャオに興味のない通がチャオガーデンに、それも平日なのに、行こうとしている。衝撃で、この先日本から梅雨という概念が消えるのではないか、なんてことを思ってしまう。頭の中のチャンネルを戻す。四日間で通がチャオに夢中になるような事件が起きたということなのか。「あんなに興味なさそうだったのになあ」と言ってやると「最初っから興味ありまくりだっての」と返してくる。調子のいいやつめと好意的に受け取る祐介。一緒に行ってやると約束した。しかしその直後、違和感を察知した。直感が訴えようとしていることを頭に意識を集中させて汲み取る。木曜日、チャオガーデン。祐介の彼に対する評価は一回上がったおかげで勢いよく落ちた。そして一緒に行くなどと言わなければよかったと後悔するもののキャンセルするのも面倒だと思った。せめて同行させるために謀ったのだという奇跡を思慮深くなさそうな頭に期待するしかない。
 策謀だったのだと通がねたばらしをすることはなかった。雲のない空で太陽がその身を晒しているように、彼の考えることも透き通っているようだ。気温が夏のそれに向かっていることをひしひしと感じる。付き合いは短いものの夏こそ通の季節だろうと祐介は思う。高いテンションはよく日光に喩えられる。彼の頭頂部にひまわりを突き刺したら大変似合って面白くなりそうだった。種をまいたら生えてこないだろうかと考える。食べさせたらどうだろうか。通は佐伯家を経由することなく真っ直ぐ施設の中へ入る。そうだよなあと思いつつ、彼に自分も女性に興味ありまくりの男と見られているのではないかと不安になった。少なくともこいつほど露骨ではないと思う祐介。実像と違うイメージをどう修正していくか方針を練りながらチャオガーデンに入る。そこにしっかり藤村茜と金本紗々がセットでいるから始末が悪い。男女同数というのがいやに色恋を想像させる。佐伯妹を探すがどこにもいない。最初からチャオは眼中にないということだ。あまりにも直球な行動は賞賛に値するのではと混乱する。
「そういやさ土曜日に話した『チャオのかぜ』なんだけどさ」
 どう切り出すのか。そもそもチャオに興味ない人間が二人いる中でこの話題を持ち出すのは適当なのか。迷っているまま通の勢いにつられるように口から出た。あまりにも反応をうかがおうとするために言葉が途切れ途切れになる。紗々が「あ、なんかわかったの」と言って関心を示す。栗色の髪とほのかに乗った頬紅の明るさがひたすらありがたい。話が彼女に引っ張られて進んでいくような感覚の中、報告した。
「私はもうちょっと突っ込んだところまで聞けた」
「ああ、知り合いの人来たんだ」
 おそらく火曜日に。平日が休みの人、ではなく平日だろうと来るような相当の愛好者なのだろう。このチャオにばかり目のいく藤村茜がチャオのことで質問するような人間なのだから。きっと家の形がチャオであったり、チャオが好きすぎるあまり突然変異して頭の上に球体が浮かぶようになっているのだろう。祐介の想像はよく行き過ぎなものになる。流石に現実にはあり得ないものになるまで続くことが多々ある。頭の上の球体のおかげで彼は現実に戻ることができた。「私が聞いたのもよくわからない話だったけど」けれど何か含みがありそうだったと茜は言う。チャオのかぜを男の子が探す途中、色々な人とチャオに会う。チャオを飼っている人々に「チャオのかぜってどこにあるの」と聞くと誰もが「チャオのかぜはここにあるよ」と男の子に教えるのだが、男の子にはそれが全くわからない。青年から老人まで様々な大人とそのような会話をするらしい。
「自分のチャオだと風を感じて、そうじゃないと感じないってことだよね」青い鳥のようだという意見で四人は一致する。幸せは手元にあるもの。結局それが答えなのかと祐介が思っている中で茜が溜め息をつく。「青い鳥のチャオ版じゃないかって言ったら、そうかもねってはぐらかされた」つまり彼女に話をした人物はそれとは別物だと考えているということだ。違うのではと思った自分の勘は当たっていたのだなという少しの喜びが祐介の内に生まれる。同時にどういう意味か結局わかっていない煩わしさが大量発生して感情としてはマイナスの変動となった。
「多数決で四対一でこっちの勝ちってことでよくね」
 投げやりな感さえ漂う通の発言。男二人の時でも単純な物言いをするのはもっぱら通であった。素直に同意できない祐介が「いやいや」と否定する。その後の言葉をどう継げばいいか迷った矢先に茜の発言。
「向こうの方が詳しいのは明らかだから。それに四人寄っても文殊の知恵にはならないみたいだし」
 毒が出た。祐介は声にならない低く短い呻き声を出した。通は「おおう」と動揺している。はたして意味が通じているのかどうか。過小評価の域に入る祐介の色眼鏡では通は皮肉が通じないことになっていた。しかし彼は目を見開き、気後れして表情をどう作るか戸惑っていた。一方で紗々が「一人多いのにねえ」と苦笑い。場を和らげようとした。しかし祐介は一人邪魔だと暗に言っているのではないかと深読みした。そうだとしたら一体どちらが。もう片方が通とはいえ安心できない祐介だ。
「とにかくあの人、絵本持ってるから青い鳥はやっぱ違うと思う」
 泥沼になりそうだった場の空気も関係なしに茜が喋った。流行が過ぎてもなおチャオを愛でる女、藤村茜は空気を読まない。今回はそれがいい方向に働き、走っていた緊張が消えた。
「絵本って『チャオのかぜ』?」
 頷いた。「だから絶対何かある」黒縁のフレームの中にあるのは確信の二文字だ。「絵に何かあるのかもな。ヒントとか」そう言って実物を入手するのが早いと祐介は思った。「本屋には置いてないよなあ」何年も前の本だ。しかもチャオが題材となれば望み薄だ。
「中古ならあるかもね」
 本を売るならここという店がいくつかある。古い本でも置いてあるのが魅力の一つだ。しかし探し物が必ず見つかるわけではない。あるかもわからない物を探す。そのようなことをするほど興味がないために紗々の言葉はどこか他人事だ。「まあ探すのは面倒だよな」気だるそうに祐介は同調する。チャオに関心がないのだ。「私もパス」淡々とした調子で告げる。各人の耳に意外性を伴って入った。「チャオガーデンに行けなくなったら嫌だから」
「え、小遣いで来てんの」
 祐介が驚いて言う。弁当代を小遣いとは別にもらったりそれを込みにして多額の小遣いをもらったりするのと同じようにチャオガーデンの入場料などについても親が負担することが多い。週二回行く場合でもその全てを小遣いから出すのは少年少女たちにとっては大きな出費となり得る。
「週二回分しかもらってないからそれ以外は自腹」
 大きな出費がそこにあった。本を買うのをためらうほどだ。月々の小遣いのほとんどがチャオに消えているに違いなかった。どのくらいチャオに費やしているのか聞くと月々約四千円と茜は答えた。週に二回自腹でチャオガーデンに行ったとしても四千円には届かない。チャオの間食のために餌を買ってもまだ足りない。おもちゃや豪華な食べ物。チャオのためにそのような物が買われているに違いなかった。愛されているのだなとしみじみ感じる。茜がそれだけチャオに本気であるということもまた伝わる。そういう振る舞いができることに敬意を持たずにはいられない祐介だ。同時に感じているのは儚さだ。二つが混ざってやり場のない感情になり胸中でくすぶっていた。焦り、そして苛立ちがそこから湧いてきた。それは己への怒りだ。いつか終わってしまうのだと思っている。趣味とはえてしてそういうものだから。自分がチャオから離れたように彼女もまた異端であることをやめる日が来るのだろう。それを止める気はない。しかし意識する度に空しくなる自分の心に何もできないでいることが許せない。許せないが、どうしようもなかった。無力に打ちひしがれれば後は祈るだけ。明日もまた彼女はチャオのことが好きでいるようにと。
引用なし
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「チャオのかぜ」 スマッシュ 11/12/23(金) 0:00
水筒 スマッシュ 11/12/23(金) 0:01
童話 スマッシュ 11/12/23(金) 0:02
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はい。 それがし 11/12/23(金) 5:29

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