●週刊チャオ サークル掲示板
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デジタルオーディオプレーヤー
 スマッシュ  - 11/12/23(金) 0:05 -
  
 通からメール。内容は遊びの誘いだ。場所はチャオガーデン。土曜日だからである。時刻は十時。誘われるがままチャオガーデンへ。入場料を払いチャオガーデンに入る。茜と通が水場の一角を陣取っていた。人はそれなりにいるが活力に乏しい。老後のような大人しさ。静かな空間の秒針を噴水が動かしている。水場でニュートラルノーマルチャオが泳いでいる。シュンだ。手足の動きはゆっくりで、水の冷たさを全身で感じながら泳いでいるようだ。飼い主の藤村茜の手元には子どものチャオがいる。浅い場所で岸を背もたれにして座らせているのを溺れないよう見ているようだった。こちらは佐伯家のチャオ、リンゴだ。飼い主の一人であるところの通は寝転がってリラックスしきっていた。今日は来るんだなと言おうとしてやめる祐介。それではチャオガーデン大好き人間みたいだからだ。二日前彼はチャオガーデンに行かなかった。茜と紗々がいる木曜日は通が積極的にガーデンへ行く日だ。しかしその日彼は放課後までチャオガーデンのことを一切口に出さなかった。向こうから言ってくるだろうと思っていた祐介は慌てて「今日ガーデンは」と聞いていた。今日は行かないと言われてそれならばとガーデンに寄らず家に帰った。自発的に行く気にはならないのだ。自室で時間を持て余していた。何もしない木曜日がいやに退屈に感じた。三週間前の自分は何も感じなかった。たった二週間チャオガーデンに通っただけでこうなってしまった。いつの間にか彼の中でチャオガーデンは重要なものになっていたらしい。そのことに祐介は気づかされた。没入をよしとしないものの他にやることもない生活だ。テストが近づいてきているために勉強が優先されるべきだったかもしれない。しかし結果としてはテストというストレスから逃れるためにチャオガーデンに行くことになったのである。
「そういや妹さんは」
「いないぞ。友達と泊まりで遊ぶってんで。おかげで明日も来なくちゃならん」
 祐介は酷く落胆した。佐伯妹に興味があるわけではない。彼女がチャオより別の娯楽を優先する日が来ることを予感していた。それがあまりにも早過ぎたからだ。新しい刺激もいつか鮮度を失い無味となる。趣味に没頭したとしていつかは飽きてしまうに違いないのだ。それどころか新しい楽しみでさえ別のものに取って代わられてしまうことに絶望すら抱く。まだ二週間しか経っていないというのに。もしチャオという娯楽から新しさが消えてしまったら彼女がここに来ることはあるのだろうか。疎遠になるのは確実だ。もしかしたら一切来ないかもしれない。
 祐介は思う。はたして一過性でしかない娯楽に身を委ねることが本当に幸福と言えるのか。楽しんでいる間はいい。だが強かった刺激が無味になれば、価値の見出せなくなった道楽の遺灰を見て後悔せずにはいられない。大量の時間をつまらないことに投資してしまったように感じてしまうからだ。何も得るものはなかったと。没頭しただけ不幸が跳ね返ってくるのだ。それはとても恐ろしいことだ。祐介がそうなのだと悟ったのは中学二年生の冬、飼っていたチャオが死んだ時だった。転生することを望んでいた。寿命を迎えても生き返るところを見てみたいと、必死に可愛がっていた。人はいつか死んでしまうもの。どう生きても最後は死んでしまうのだから意味がないとも思えてしまう。だがチャオは死を否定できる。だからブームが廃れて周りがチャオから離れていっても祐介はチャオに夢中だった。チャオは期待に応えることなく死んだ。死は避けられないことを暗示するようだった。しかし人は誰もが死について諦めて生きていく。だから生きていく上で致命的な損失にはならない。彼の胸に同時に去来したのは自分の手元に何も残らない虚無感だった。六年間を浪費してしまったという念が激しい後悔を呼ぶ。終わりがあるのは命だけではなかったのだ。いつか飽きてしまう趣味に力を注ぐことは馬鹿らしいのではないかとすら思った。終わってしまえばそれまで。一方で世の中には自分と同年代で何かを成し遂げている人がいる。後悔しようと思えばどこまでもできてしまう。人々ができれば命が尽きなければいいと思うように、趣味も永遠ならと祐介は思う。一生を一つに使い込むのは美徳とされているのだ。
 チャオを見る度に少し気分を悪くするのは当時のことを思い出すからだ。しかし感情は今でも好きの方に傾いている。飼わないのは没頭する要素を持ちたくないからだ。その上また転生せずに死んでしまったら六年を再び無駄にしたことになりそうだった。まだ心のどこかで何かに打ち込むことを肯定したがっている。終わらない娯楽を探している。だから佐伯心の姿がないのであれば気になるのは必然的に藤村茜となる。十二年、流行に構うことなくチャオと接している。彼女は強い。祐介がチャオガーデンに来るのは彼女ならば道を示してくれるのではないかと期待しているからだ。その茜は水から上がったシュンをタオルで拭いている。その横には彼女に引き上げられたリンゴもいる。タオルごしの手に振り回されながらシュンは腕を振って繰り返しアピールをしている。絵を描きたいようだった。入念に拭いた茜が道具をシュンに渡す。そして今度はタオルでリンゴを撫でながらシュンの様子を見ていた。祐介には三人が誰も喋らないでいることに違和感があった。ずっと無言でいる空気に慣れていないのだ。茜はそもそも話し出すタイプではない。祐介も薄々とわかっている。通はチャオに興味がない。茜に話しかけることは少なかった。望み薄だ。
「絵描くの好きなんだ」
 結果耐性のない祐介が茜に話しかけて沈黙を破った。すると一転饒舌になる茜だ。「最初は私が描かせていたんだけどね、いつも違うものを描いて楽しいから。でもしばらくやっているうちにこの子から描きたいってねだってくるようになって」語調はクールな風を装っているもののよく喋る口がテンションの上がったことを言外に語っている。チャオはどのクレヨンを手に取るかずっと迷っている。頭の上の球体、その上に線が現れてクエスチョンマークになった。
「ポヨがハテナになったけど何を悩んでるんだ?」
 頭の上に浮かんでいる感情を表現する球体は俗にポヨと呼ばれている。経緯は不明だが言いやすいため普及したと言われている。
「いつもは楽しかったこととか気になったことを絵に描くんだけど、今日はそれがないみたい」
「何もないのに絵を描こうとしたのか」と笑う。「そっちだってチャオを見るわけでもないのに無駄にここに来るでしょ」棘が飛んできた。何度かこのように言ってくるのを見ている。「確かにそうだ」素直に認めてみると「そういう気分だったってこと」と穏やかな声が返ってくる。彼女の攻撃的な発言は敵意のないものなのだと祐介は理解する。じゃれるように適切に受ければ楽しいもの。何も話さず凝り固まっていた場に暖かさが生まれている。
 茜は丁寧に拭いた子どものチャオを通に差し出すが、両手の壁と共に「いや藤村さんに任せる」と拒否する。
「あなたのチャオでもあるんだから、可愛がればいいのに」
 茜がそう言うと通は前に出した両手を細かく振ってさらに拒否の姿勢を強くした。彼女の眉が寄った。「どうして」追い込むような声が出た。「ぶっちゃけチャオあんま好きじゃねえんだ」茜の前で言うのは気まずいのか、ばつが悪そうに言った。
「ほらチャオってダークチャオとかヒーローチャオとかそういうのに進化するじゃん。そうやって善悪を決められるのがなんか嫌なんだよ」
 それは迷信でしかないと茜が言う。チャオが天使のような姿をしたヒーローや悪魔のようなダークに進化するようになったのは人間と接するようになってからと言われている。しかしどういう基準でチャオがそれらに分かれるのか判明していない。法律に則り模範的な生活をしていればヒーローチャオが育つというわけでもない。どういう人間が善人なのかというチャオなりの判断方法があるのかもしれない一方で、気まぐれに進化している可能性も否定できないのが現状だ。だからチャオの進化で善人か悪人かわかるというのは迷信でしかない。それでも通は思いつく限り自分の違和感を話す。
「そうじゃないらしいっていうのは知ってるけどさ、でもそう聞いてもやっぱりそういう目で見ると思うんだよ。俺だってダークチャオ飼ってるやつ見たら、なんか悪いことでもすんのかな、って思うと思うし。なんかな、チャオに触れて黒くなった白くなったで見る目を変えられるっていうのが嫌なんだよ。だってよ、何するにしてもいいことだからやりたいって思うわけじゃないし悪いことだからやりたいって思うわけでもないだろ。だから、善悪を決められることでなんか、自分が縛られる気がすんだよなあ。チャオに一切触れないことの理由になるかどうかわかんねえけど、そうなんだよ」
 まるで必死に言い訳をしているようだった。それを茜は割り込むことなく聞く。シュンもクレヨンを選ぶのを止め彼を見つめて言い分を聞いていた。リンゴも彼から目を離すことがなかった。理解しているのはわからないが興味津々な様子で。茜は頷いた。「なるほどね」その相槌は決して安直に打ったものではなかった。黒一色のフレームが真面目な様に拍車をかけていた。
「それなら私が全部やるから安心して」
 ちゃんとバッグに入れるまでやってあげるから、と続ける。「何それどういうこと」祐介が聞く。いやちょっとな、と通がはぐらかそうとした。「触りたくないからバッグに入れてチャオガーデンに来てた」と茜が躊躇なく話した。「きっとバッグに入るよう必死に誘導してきたんじゃない」通の顔が伏せられた。何もそこまで言わなくてもいいではないか、という趣の発言を力なくした。
 紗々が来た。通はしょげている。しかし二人はそんな通を見て楽しそうだ。「どうしたの」問いかけながら耳かけ式のヘッドフォンを外した。流れる音量が三人の中に混じった。それまでのことをかいつまんで話すと極端だと紗々が笑った。筒抜けになっていくあまり地面の下に消え入りそうなほど通は沈んでいた。
「てか、ダークチャオ飼ってる人って悪い人だと思ってたよ私、違うんだ」
 偏見のことを知っている祐介もまだどういうものが関係しているのかわかっていないことが意外だと感じていた。何の作用で変化するのかわかれば、食べさせるとダークやヒーローになりやすくなる木の実などが作れるのではないかと言われていた。確かにそのような商品を受付の横のショップで見かけなかったことを思い出す。
「この前ちょっと出てきた
『ダークチャオしかいなくて』でもダークチャオに対する誤解が描かれてる」
「あんたたちなんて薄汚い犯罪者なんだわ、私を苦しめて殺す気なのよ」
 紗々がヒステリックに叫ぶと茜がくすくす笑った。「そうそうそんな感じで」
 首からぶら下がっているヘッドフォンは音を出している。音量が大きいため三人には僅かに音楽が聞き取れる。それにシュンが寄ってきた。「聞きたいのかな」近づけると首を上下に振ってリズムを取り出した。長い爪の指がデジタルオーディオプレーヤーを操作して音量を上げた。聞き取りやすくなる。ヘヴィメタルだった。
「チャオがメタル聞いてる、面白」
 紗々は腹の底から笑いながらもう一匹のチャオを引き寄せる。しかしこちらは顔を音源から遠ざけるようにして嫌がった。「こっちは駄目なんだ」引き寄せたのを茜に押し付ける。
「なぜメタル」
 通の疑問にテスト前だからと紗々は答えた。三人は理解できないため固まった。「ほら、これ歌詞英語でしょ。英語の試験対策になったらいいなあって」冗談めかして言う。確かに歌詞は英語のようだった。
「来週テストだもんなあ」
 金曜日から期末試験が始まる。「あんま勉強してねえや」通に同意する紗々。祐介も同じようなものだった。「なら家で勉強していればよかったのに」そう言う茜に焦燥の感は見られない。真っ直ぐと黒い髪が列を成し、同色の眼鏡をかけている彼女は優等生の風貌を持っている。試験の対策必要なしということか。祐介はそう見定める。
「問題ないな」
 冷ややかな言葉に対し余裕に溢れる通。彼がバッグの中を探ると出てきた。古典英語公民家庭科といった教科書が。暗記して挑もうとしている教科なのだろう。チャオガーデンにいる間勉強する予定だったと通は誇らしげだ。彼が活気を出せば出すほどオセロのように気抜けする茜。あからさまな溜め息が力のない抗議として出てくる。
「一緒に勉強しようぜ」
 強く瞑った目の間にしわが増えていく。茜は顔を伏せて首を振った。通の勢いに負けたようだ。皮肉の一つも出なかった。音楽を聴いているシュンの腕を取って振らせるなどしている紗々が問題を出すように頼んだ。英語の問題が出される。単語の意味を確認していく。テスト前の教室にふさわしいやり取り。それがチャオガーデンで行われている。違和感は微量。こぼれそうなほどの草と群れ生える水が澄み切った若さを思わせている。そうなのだとは気づいていないものの祐介は場違いなことをしているようでいて不思議と居心地のよさを感じていた。茜はリンゴを抱いて時折体重をかけるようにして感触を味わいながらメタルに聞き入るシュンを眺めている。彼女に奇襲の出題が飛び込む。英語の一文が読まれた。顔も動かさず無視を決め込んだような沈黙。
「もう一度言ってくれる」
 しかしやる気のようだった。もう一度読み上げると難しそうな顔をして「発音がおかしいんじゃない」と文句を言った。読んだ本人は当然そんなまさかと言う。残りの二人は頑張ればわかるとどっちつかずなフォローだ。しかし首を傾げた彼女は「ちょっとその文見せて」と言う。教科書を見せるとなるほどと答えを言った。正解だった。
「なんだとお」
 自分の発音に不備があったかのような結果に納得できない様子だ。紗々との間では問題がなかったのだ。下手としても面妖な発音になっているとは思えなかった。やけになって問題を連打する。スムーズにいけば通が読んだ時点でわかり、それで駄目でも教科書を読めばと順調だったのだがページが進んでいくと正解がみるみる減っていった。三回に一回くらいのペースで答えられなくなった。優等生ではなかったようだ。
「わからない、何それ」
 粘ることなくさばさばと言う。成績に対する執着がないようだ。「頭いいかと思ったらそんなこともないんだな」と通に言われても腹を立てている様子はない。
「もし頭がよかったらショックだった?」
「いや違って安心って感じ。人間って意外と平等にできているんだなあと」
 茜は勉強しないからねと紗々。教科書を食い入るように見る姿は試験の間の休み時間くらいなのだと言う。学校にいる間はチャオのこと考えても仕方ないからそうするのだと茜。
「どこまでもチャオすか」
 一途すぎやしないかと思う祐介。「ね、面白いでしょ」そこがまさにお気に入りらしい。紗々の表情にアジサイが咲く。「もはや芸術の域だな」通も感銘を受けているようだ。
「成績が優秀じゃないことで褒められるのは初めてです。恐悦至極に存じます」
 肩をすくめながら綺麗な大根演技をする。目線も明後日を見ている。でもさと続けた。今度は瞳の中に三人の姿が映しながら。
「学生してたら勉強なんて誰でもやるじゃん。やんなきゃいけないから自動的にやる」でも、と茜はオーディオプレーヤーの前に座るシュンの頭に手を置く。くすぐるように触るとチャオは笑顔で彼女の手とじゃれる。「こういうことは自分はやろうって思わないとできない。だからこういう時間は大切なんだと思う」チャオをいじくる手が止まる。そうして言葉を選び言った。「楽しいことがあるって忘れたくないからさ」
 空気の流れも感じない静けさ。ぽっかり空白のできるような沈黙にここが室内であったことを思い出させる。冷たい噴水の音が頭上に降り続けて数秒茜ははっとして言った。
「ごめん、今のなし。歯が浮きそう。いや、もう浮いてる」
 取り乱した。きざなことを言ってしまった自分を恥じるあまり口から絶えず言葉が噴出する。ああだのうわあだのと悶える彼女に忘れるとありがたい言葉がかかるはずもない。
「いいこと言うなあ」
 代わりに通は褒める。茜が既におかしい感じになってしまっているために心からそう思って言っているのか定かではないが「やっぱ茜は違うなあ」とにこやかな紗々は本音と遊び心が半分ずつあるようだった。とても楽しそうだ。本当に茜を楽しい人と見てチャオガーデンに来ているのだなと祐介に感じさせた。面白い人を見つけて傍にいる。そういう楽しみ方も世の中にはあるのだと彼は知った。誰かに教わることはできない。どうやれば教えられると言うのか。五感で感じるしかない。自分の知覚できる範囲がそのまま心の教室だ。だから誰と接するかで出来上がる宗教も変わる。世界を広げて救いを得る。そのために祐介はここにいた。
引用なし
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