●週刊チャオ サークル掲示板
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
1848 / 2003 ツリー ←次へ | 前へ→

CHAO'NT ろっど 11/3/18(金) 8:51
(1) 商人 ろっど 11/3/19(土) 8:28
(2) オバ ろっど 11/3/28(月) 11:32
(3) ほーねっと ろっど 11/4/2(土) 16:00
(4) ヘンペルズ=レイヴン ろっど 11/4/11(月) 2:04
(5) ’ ろっど 11/5/18(水) 15:25
あとがき ろっど 11/5/18(水) 15:27

CHAO'NT
 ろっど  - 11/3/18(金) 8:51 -
  
コンセプトは「わけ分からない」「読みづらい」「日本語が変」以下略。
6話〜7話程度の予定。あくまで予定。ゲーム会社の発売予定並の信用できなさ。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p4136-ipbf709souka.saitama.ocn.ne.jp>

(1) 商人
 ろっど  - 11/3/19(土) 8:28 -
  
 純粋の沸き出でる泉はタマゴの殻を吹き出し小さな黄金色のオウムが地を這い草原を駆けるボールと一回り小さなボールが不自然に宙をうごめいて柱の影でチャオが不気味に笑い木馬の近くを転がるチャオは寝息をたてて平和をあらわす和やかな空気が場を包み込む昼下がりのチャオの園。
 七つのチャオ。言葉は返ってこない。ダッシュは自分とは違うものであることを肌で感じ取っていた。チャオである。チャオではなかった。ニュートラル・ノーマルタイプである二つはニアリー・イコールで結ばれていた。あるいはノット・イコールであった。
 七つのチャオ。行動は期待できない。ダッシュは自分とは違う物体に呼びかける。声は反響しなかった。空は青が支配していた。ダッシュの目には色が零れて映った。
「きみたちはいつも同じことをしているね。楽しいのかい」
 呼びかけは徒労だと知る。知っていた。置物は言葉を返さない。一定の行動をリピートすることをプログラムされた機械である。繰り返し呼びかける。言葉は返らない。
 無駄を分かった。ダッシュは諦めて幼稚園に引き返す。彼が幼稚園の門を潜るのは二回目になる。あるいは三十八回目である。個がない。思ったのである。置物には個がない。ダッシュは不完全な企望が潰えたことを知った。知識は絶えず備蓄される。余分なまでに。必要がなくとも。知識であるがゆえ智識に節制はない。
 知る。より多くを。幼稚園の影の主である"商人"は美徳だと教えた。知識は惨いものだ。思ったのである。時として知識は無駄さえも知る。節制はない。検閲もない。知識は備蓄される。意志とは無関係であった。
「きみは知ることができる。良いことだと思わないかい?」
 "商人"は手製のサングラスを押さえた。場所が場所ならば少年向けコミックのマフィアが付けるものと相似するがダッシュに少年向けコミックの知識はない。"商人"を特徴付けているのはサングラスとマスクであった。季節はずれの花粉症だと"商人"は語る。語る。語る。くどく語る。マスクについての話はタブーだ。再びダッシュは知る。
 しかし"商人"の言い方はまるでダッシュ以外の知性を期待しないものだった。ダッシュは正確に知識を備蓄している。チャオではないのは彼らではない。彼らは一定の行動をリピートするマネキン・マスコット。あるいはインテリア。彼らこそチャオ。意志はなく知識はない彼らこそチャオ。ではダッシュ。チャオではない。チャオとは異なる。ニアリー・イコールもしくはノット・イコール。
 意志。言葉。知識。個。ダッシュは"商人"はチャオではなかった。ダッシュは"商人"から知識を得た。自身はチャオではない。チャオの形をしているものだ。知識としての認識。認識としての知識。実感の伴わない。
「もしかすると我々のあずかり知らぬところでチャオは言葉を会得できるかもしれない。だがイレギュラーだ。本物のチャオは喋らないし動かない。きみは違う。とても幸運だと思うが」
 あるいは不幸。"商人"は言葉の裏に言葉を隠す。"商人"との会話はダッシュにとって多くのものをもたらした。アポファシスを読み取る能力。ところで本物のチャオに性能はあっても能力はない。
 不必要なものは我々が知らぬところ。"商人"は語る。必要は知る。図らずして知る。運命という言葉が用いられる。ダッシュは"商人"の言葉を知識した。ダッシュの言葉とは"商人"の言葉とイコールである。生まれたときからである。
「さて。して今日の用事はなにかな。まさか愚痴のみということもあるまい」
 ダッシュは目を泳がせた。かと思えば明日のスケジュールを確認し始めたのである。ダッシュにとって"商人"は保護者であった。言葉の通じるもの。イコール。黒のサングラスは頼もしいものとして映っていた。
 一方"商人"は彼の意を知ってなお素知らぬ素振りをつづける。奇妙な関係があった。互いに知っていながらしかし知らないとして接する。"商人"が目論んだことだった。そしてダッシュは彼の手の平の上で踊らされていたのだ。ところが彼は露ほども知らない。彼にとっては"商人"が全てであった。
「今日も呼びかけをした。だが無駄だった。彼らは言葉を知らないんだ」
「きみも懲りない。彼らはオブジェクトだ。彼らに会話の機能なんて搭載されていないんだよ」
 あまりに無惨な表現。しかし的確。オブジェクトとは彼らを象徴する一言である。彼らは答えず無言で笑う。言葉失く笑う。ダッシュは地団駄を踏む。眉間に皺を寄せる。時が経てば収まる一過性の不快感。ダッシュは知っている。不快感は本能。チャオと我々チャオではないものは共存できない。生存本能だと語る" 商人"。あるいは闘争本能。他者を排する衝動。ダッシュはない。恐らく少ない。限りなく。
 ダッシュは他の自分たちを目にしたことはなかった。彼の世界には"商人"と自分そしてオブジェクト。思っていたのである。信じ込んでいたのだ。他の自分たちはいない。あるいはいなくなった。知ってはいなかった。
 会話が止まる。機能は搭載されていた。ダッシュは夢の話をする。小さな花に飾られた草の話。草は花に自身の存在意義を占領されていた。そして草は花になった。"商人"は笑った。
「草じゃない。花だよ。草はおまけさ」
 ダッシュは気分を損ねた。整合性が取れていない。草に飾りが付いているのだ。もっと詳細に夢の話をする。草は伸びる方向を見失い地を向いたが犠牲になったのは花だった。草は花を散らして残ったのである。"商人"は笑った。
「枯れたんだよ」
 ダッシュはついに幼稚園を離れた。"商人"はメトロノームのような笑い方をして黒い棚に入り込み姿を隠す。彼が外に姿を見せるのは珍しいことである。通常営業の彼は黒い棚の中なのだ。ダッシュは知らない。"商人"は教えない。知るものはいない。知ることもない。
 幼稚園とチャオ・ロビーを繋ぐ道には幼稚園の舞台演劇で使った紙の花が一面に貼り付けてある。ダッシュは見た。草に花が付いている。思ったのである。主役は花ではなく草。あくまで花は飾りだ。あるいはアクセント。
 チャオ・ロビーは明るい。彼にとっては広く圧倒される空間であった。コウショキョウフショウならば卒倒する。"商人"の教えである。ダッシュはチャオ・ロビーが好きであった。適度に明るく適度に暗い。すごしやすい気温。ダッシュはチャオ・ロビーの"にじいろの階段"の裏側に寝そべった。
 "商人"はダッシュの同類が最初に直面する問題として生きる意味という葛藤をくどく語っていた。ダッシュは虚空を見る。生きる意味を考える。しかしない。問題ではなかった。意味というものを考える。意味とは。意味とは。意味とは。"商人"は教えなかった。
 チャオではない種。チャオとニアリー・イコールあるいはノット・イコールで示されるものの生きる意味。ダッシュは直面していない。直面したくない。不毛な問題である。思ったのである。煩わしさを感じる。
 むやみやたら考える。唯一の欲であった。食べずとも生きる。眠らずとも生きる。しかし考える。意味があるならば考えることだ。思ったのである。
 ダッシュは飛び起きる。"にじいろの階段"を登る。まだチャンスはあった。彼らはダッシュは同じものである。証明したいという欲。自身を薄気味の悪いものとしておくに拒否感があった。自身はチャオである。思いたかったのである。門を潜った。
 七つのチャオはいない。天空を浮くチャオの園は七つの水溜りで彩られていた。ダッシュはまばたきを忘れている。足の動かし方を手の動かし方を頭の動かし方を忘れ停止する。七つのチャオの残骸。水溜りとなったチャオ。七つはすぐにチャオだと分かった。ポヨの存在である。水溜りの中にポヨが落ちている。そして八つ目。黒い毛糸のマスクを被ったチャオである。体は水色。チャオは水溜りの傍に悠然と立つ。無感情的であった。
 黒い毛糸のマスクを被ったチャオはダッシュを視認した。身の危機を感じたのはダッシュがチャオではなかったからだ。黒い毛糸のマスクを被ったチャオは片足ずつ進ませる。一歩また一歩。カウントダウンであった。ダッシュは身を守る手段を知らない。逃げるという行為を知らない。身の危機を感じている。
「きみは誰だい。きみがチャオを水溜りにしたのかい」
 言葉は通じない。黒い毛糸のマスクのチャオはチャオではない。チャオの行動ではない。では通じている。しかし答えない。答えたくない。ダッシュは水溜りになることを予感する。生きるから死するへ。移り変わる。しかし黒い毛糸のマスクを被ったチャオのカウントダウンは止まった。朱色が吹き出る。物体によって内側に留まっていたものが外部へ逃げ出す。風船を割ったような印象。黒い毛糸のマスクを被ったチャオは停止する。
 赤いタマゴの殻を被った黒いチャオは二つの短剣を持っている。十字架の形をした銀色の短剣。同じものを二つ。吹き出た朱色が短剣にこびり付いている。赤いタマゴの殻を被った黒いチャオは二つの短剣をポヨの内側に収める。物理現象を超越した出来事であったがダッシュは知らない。赤いタマゴの殻を被った黒いチャオは笑った。
「大丈夫か? 怪我ないか?」
「うん。ないよ」
 赤いタマゴの殻を被った黒いチャオはダッシュをまじまじと見た。不自然であった。ダッシュは特徴のないニュートラル・ノーマルタイプのチャオである。しかし彼はダッシュを見る。見て確認する。
「おまえには生存本能がないのか?」
 ダッシュは生存本能を知っていた。"商人"から聞かされていた。
「あるよ」
「なんでおれを殺さない」
「なんで殺すの」
「生存本能は他のチャオを殺したくなるものだよ。知らないのか?」
「うん。知らなかった」
 ダッシュは知っていた生存本能とは違う種類の生存本能を知ったのだった。赤いタマゴの殻を被った黒いチャオは一瞬だけ笑顔になったがすぐ神妙な面持ちになる。冷静さを取り戻したのだ。油断を自身から消去しているのだった。
 ダッシュにとって"商人"以外のチャオではないものと話すのは初めてである。彼の仕草のひとつひとつを食い入るように見ていた。知ろうとしているのである。ダッシュにとって彼は都合の良い観察対象であった。
「さっきのは誰なんだい」
「"案山子"だよ。自分以外のチャオがいなくなれば自分たちが本物のチャオだとか言ってる外道の集団だ」
 彼の声色には悪意が満ち満ちていた。ダッシュは自身の知識に新たな項目を追加する。黒い毛糸のマスクを被ったチャオは"案山子"である。集団の名前であった。個体の名前ではない。すると彼らは本物のチャオではない。確認作業。
「おれ、オバ。おまえの名前は?」
「ぼくはダッシュ」
 オバは笑った。オバはしばらく考えた。オバはダッシュに近寄った。オバは右手を差し出した。しかしダッシュには理解できない。オバが気づく。自身の右手と左手を突き合わせる。
「握手だ。手を合わせるんだよ。仲良しの証ってわけ」
 ダッシュは右手を差し出した。オバとダッシュは握手を交わす。堅い握手であった。交わした手を離した。同時にチャオの園は異変を起こし始める。木の実が消えた。泉が消えた。そして空が消えたのである。
 ダッシュは異変に対応できずにいた。オバはダッシュの手をとって走った。入り口は既に消えかかっていた。辛うじて隙間に入り込む。二つの姿が消えた。入り口も消える。チャオの園は消滅したのだった。
 誰かの笑い声が響いた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p4099-ipbf1809souka.saitama.ocn.ne.jp>

(2) オバ
 ろっど  - 11/3/28(月) 11:32 -
  
 チャオワールドが消滅したのは自然の摂理であった。"案山子"による襲撃が起因したのは事実である。しかしチャオの滅びたチャオワールドが崩壊するのは至極まっとうなことなのだった。人のいない地球に文化はありえないことと同義。チャオのいないチャオワールドは支柱を失い崩れ落ちた。
 崩壊を招いたのは"案山子"である。黒い毛糸のマスクを被った集団。ダッシュは身震いした。恐ろしい。思ったのである。本能的な身の危機を感じ取っているせいであった。だが身の危機を感じなくなれば命の危険は増す。いわば生存本能と呼べるものである。ダッシュは警戒を濃くした。しかし安心感はあった。隣を歩くオバの存在が理由である。
「おれは"案山子"の連中を追って来たってわけだ。放っておくとどんどんチャオが消えちまうからな。あいつらとはちょっとした因縁もある」
 彼が"案山子"に敵意を抱いているのは知っていた。黒い毛糸のマスクを被ったチャオを問答無用に一突きで殺してしまったオバ。オバは因縁と表した。因縁は途切れることがない。互いの利害関係を無視して繋がるものである。絆。縁。似ている。思ったのである。
 水の滴る音が反響する。遠くで泡が弾けるような軽い音がした。洞窟であった。明かりに照らされない洞窟。ダッシュにはかすかにオバの後姿が見えた。見えたはずだが見えていなかった。赤色がわずかに見えている。オバのものかは定かではない。いやオバだろう。ダッシュは推測することをおぼえた。
「おまえも嫌だろ。"案山子"のやつらに自分たちの居場所をぶち壊されるのは。どうだ。おれと一緒に戦わないか。と言っても既に一緒に来ちまってるわけだけど」
 嫌ではない。思ったのである。ダッシュの居場所ではなかった。彼らの居場所であったのだ。本物のチャオたち。ダッシュは特異的に生まれてしまったあるいは生まれさせられた非チャオ。そしてオバも同じである。だから剣を扱える。二つの短剣を。しかしダッシュには扱えない。オバとダッシュは違う。チャオではない同士だが違う。
 違う部分を数える。物事の感じ方。見方。思い方。やり方。能力。自分に当てはまるものを数える。なかった。オバはダッシュと決定的に違っている。だからこそ価値があった。ダッシュは自身を"商人"の写しである。思っていたのだった。現在はオバから知識することがある。自身は"商人"とオバの複合体であった。あるいは知識能力によって二つの短剣を使うことも可能であるかもしれない。思ったのである。
「いきなり言われても困るよな。おまえには生存本能がないみたいだからなおさら。でも考えてくれ。おれたちは他のチャオを殺さないと生きていけないんだ。おれが戦わなくても向こうから来る。無抵抗で殺されるのは嫌だろ?」
 嫌か。ダッシュは答えに窮した。見極めるのは難しいことだった。選択肢は二つある。抵抗して殺されるのが良いのか。抵抗しないで殺されるのが嫌か。魅力的な選択肢はない。だから迷ったのである。ダッシュはまだ生きていたかった。しかし死んでもよかった。だから質問には答えられなかったのだ。
「どこへ行こうとしているんだい」
 暗い洞窟を延々と歩く。終わりのない螺旋回廊。しかし目的地はあった。
「おれの仲間のところさ」
 ダッシュは質問に失敗した。
「今はどこなんだい」
「チャオワールドとチャオワールドを繋ぐ迷宮だよ。もうすぐおれたちの世界に着く」
 帰属意識。ダッシュは思い出していた。"商人"の教えたこと。チャオではないものは自分たちが生まれ育った世界に愛着を持つ習性がある。ダッシュは知らなかった。分からなかった。自身の世界が消滅したが感傷的にはならなかった。身の危機が迫っていたからだろうか。推測は結果を残さなかった。
 オバを見た。ダッシュは確認した。そして認識を深める。彼は自身の環境に愛着を持っている。執着を持っていた。自身の世界を消滅させてはならない。使命感にかられていた。オバは正義感に溢れている。思ったのである。ところが思わなかった。彼は自身の世界を守ろうとしているだけであった。まさしく正義ではない。"案山子"と変わらないのだ。ダッシュはオバを少し知った。
 泡の弾けるような音は次第に大きくなっていった。洞窟に明かりが差し込む。明かりが強まると音は大きくなる。大きくなるにつれて音は"水の扉"から発せられているのだと気づく。巨大な"水の扉"は無色透明の水であった。水は扉を象る。オバはダッシュは"水の扉"に飛び込んだ。ダッシュは眩しさに目を瞑った。しばらく瞬きをした。すぐに回復する。
 砂漠である。オアシスであった。斜めに伸びた木が影をつくる。影にはチャオがいた。しかしたくさんではなかった。数は微少。目算で三から四。一つの姿が建物の中に消えた。恐らく五。非常に高温であったがチャオには無関係だった。チャオではない彼らだからこそさらに無関係だった。
 辺りは肌色で埋め尽くされていた。辛うじて緑色と水色が残っている。空は深い青色であった。チャオの園の空と比較して深い青色。濃い青色。太陽は輝きを発していた。ダッシュは眩しさをあまり感じなかった。むしろ熱を感じていた。水面がやや震える。風はなかった。心地よさも。すごしやすさも。落ち着きも。
「おれたちの世界だ。全部のチャオワールドの基になってるって言ってた。よくは知らない。でも悪いところじゃない」
 ダッシュは砂を拾って零した。水が零れ落ちる様と似ていた。一滴一滴が一粒一粒に。砂は水なのだ。思ったのである。ニアリー・イコールあるいはノット・イコール。本物のチャオと自分たちの関係に似ている。思ったのであった。
「オバさん! 帰ってきたんですか!」
 乾いた空気が震えた。ダッシュは耳鳴りがして顔をしかめた。砂煙が舞う。走って来たのは灰色のチャオだった。赤いタマゴを被っている。オバに対する尊敬の念を表していたがダッシュには分からない。オバは力強く灰色のチャオを叩いた。
「フールの野郎はどうでした? 連れは誰っすか?」
「フールはいなかったよ。あの野郎怯えて隠れてやがる。こいつは」
 ダッシュの背中を押す。ダッシュは前のめりになる。しかしダッシュには洞察力がない。オバの親切が分からない。無言で赤いタマゴを被った灰色のチャオの前に立つ。灰色のチャオは動かない。ダッシュを観察しているように見えた。
「ダッシュってんだ。よろしくしてやってくれ」
「こいつは"かぶりもの"なくていいんすか? 暴走したら洒落にならないっすよ!」
「大丈夫だ。こいつには生存本能がない。他のチャオを殺さなくても生きられる。おれたちの"かぶりもの"が必要なくなる日も近いぞ」
 灰色のチャオはダッシュの両手を強引に掴む。
「すごいっす! 尊敬します! おれ、レイゾーってんです。よろしくおねがいしますダッシュさん!」
 気味が悪い。思ったのである。オバや"商人"とも違う異質な存在感。他人に張り付くことによって自身を保っている。ダッシュは彼から学習できなかった。しかし知識することはできた。他人に張り付く方法である。張り付けば自身は安全である。レイゾーはオバに他人に寄生しているのだ。ダッシュは知識を備蓄していく。
 ダッシュの興味は移り変わった。"かぶりもの"である。チャオワールドには多くのかぶりものが存在する。"案山子"であるチャオたちは黒い毛糸のマスクを被っていた。だがオバとレイゾーは赤いタマゴの殻である。何を示す。ダッシュは文脈から推測した。答えはすぐに出た。
「"かぶりもの"には生存本能を消す効果があるのかい」
「いいや。あくまで抑えるだけだ。おれがみんなを殺さないでいられるのはタマゴの殻のお陰ってことさ」
 ところがダッシュは"かぶりもの"を必要としない。生存本能の凄惨さを目の当たりにした経験のないダッシュには理解できない凄みだった。理解できないが推測する。"商人"の話。闘争本能。他のチャオを殺してしまう衝動。本能はチャオとチャオではないものの間だけではない。チャオではないもの同士にも作用する。我々は他のチャオと共にいれば命を脅かされてしまう。ゆえの生存本能。
「ほーねっとはどこにいる?」
「ほーねっとさんならいつもの場所ですよ。何か用事があるんですか?」
「少しな。行くぞダッシュ」
 オバは歩き出した。ダッシュも歩いた。砂は足をとらえ吸い寄せ体力を徐々に奪っていく。チャオの園とは雲泥の差だ。思ったのである。砂と変わらない色の家をいくつも通り過ぎる。白い家が見えた。ダッシュは興味を抱いた。砂の色だらけのチャオガーデンで一つだけ楕円形の白い家。はぐれものだった。七つのチャオの中にいたダッシュもまたはぐれものだった。
 白い家の玄関は引き戸になっていた。引くと擦れる音がした。中は薄暗い。洞窟よりは明るい。しかしダッシュは身の危機を感じなかった。空気が澄んでいる。思ったのだ。純の空気。空間。家具はなかった。絨毯が敷かれているが他には何もない。黄色のカーテンが楕円の中央にかかっていた。何かを匿っているようであった。オバとダッシュは黄色のカーテンの前に立った。
「"願い"に導かれてやって来ましたか、ダッシュさん」
 声は色を持っていなかった。物体を通り抜けて聞こえたのである。耳に心地が良い。思ったのである。オバはカーテンを開けた。骨だらけの犬が三匹見えた。奥にはダーク・ノーマルタイプのチャオがいた。目は瞑っていた。口はかすかに開かれている。ベッドに横たわり安らかに眠っている。
「ほーねっと。ダッシュには生存本能がない。どういうことだ?」
「わたしが分かるのは彼が限りなく純粋に近いということだけ。ダッシュさん。この世界。いいえこれらの世界であなたは多くのことを知るでしょう。生存本能もそれらの一つ。"願い"もまた。あなたは知りながら選ばなくてはならない」
 ダッシュは知識したが疑問が多く生み出されることとなった。
「"願い"というのはなんなんだい」
「"願い"はただ願い。誰かの願い。わたしたちが生み出されたのもそのためです」
「純粋というのはどういう意味なんだい」
「真のチャオに近いという意味です」
 真のチャオ。本物のチャオ。ダッシュは知識し理解した。ダッシュに生存本能がないのは本物のチャオに近いからであったのだ。ダッシュは本物のチャオに近しい位置にいる。他は違う。チャオとは全くの別物なのだ。
 ほーねっとは口を噤む。神秘。チャオでありながら彼女は既に多くを知っている。真実に近い。しかし誰も知りえないことである。彼女は世界の歯車を動かす一つであった。世界の歯車にはなれないながらも生きることにより知識を備蓄し続けてきた。成れの果て。
「オバ。あなたの手がかりは彼にはありません。いいえもしかするとあるかもしれない。わたしから言えることは以上です」
 オバは悔しがった。オバはダッシュは白い家を出た。黄色のカーテンはひとりでに閉まったのであった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3026-ipbf2805souka.saitama.ocn.ne.jp>

(3) ほーねっと
 ろっど  - 11/4/2(土) 16:00 -
  
 砂漠化。チャオワールドからは水が失われている。緑が失われている。"案山子"が失わせている。既にチャオの数は限られていた。減少。極少。本物のチャオは影も形もない。枯渇する世界。彩りのない。色を失う。オバは活動していた。世界を救う活動。ある種の希望。
 世界の方向性。何を目指すのか。分からない。知らない。推測できない。色と文字を失った本の切れ端。未来があるのかどうかさえ分からない。オバは語った。ぼやいた。ほーねっとは語らなかった。彼女は真実を知識している。しかし干渉しない。生きることで世界が滅ぶのならいっそ消えてしまえばいい。思ったのである。
 動機がない。意味はある。ダッシュたちは本物のチャオではなかった。なぜ生まれたのか。生きる意味。ダッシュはおのずと直面していた。おぼろげに感じ取っていた。方向性。チャオではない我々の行く末。世界の滅亡と種の滅亡。秤にかける。傾く。
 赤いタマゴの殻を被った灰色のチャオ。レイゾーは他者に寄生することで意味としていた。オバは世界を救うことを自身の意味としていた。ほーねっとは。"商人"は。知らない。今となっては知りえない。砂の色をした家の内側。ダッシュは騒ぎを聞く。外である。身の危機。不穏な空気。ダッシュは家から出る。
 青色のチャオが朱色のよどみに埋もれている。右手がない。ダンボール箱がちぎられていた。傍らにチャオ。つやつや紫色のニュートラル・ノーマルタイプのチャオである。朱色の水が体に付着している。倒れているチャオのものだろう。推測した。"案山子"の襲来だろうか。黒い毛糸のマスクを被っていない。では違う。
「ダッシュ! 近づくな!」
 つやつや紫色のチャオに飛び掛るオバ。二つの十字の短剣。つやつや紫色のチャオは右手で短剣に触れる。短剣は水になる。銀色の水。溶解。ダッシュは身の危機を感じる。"案山子"だ。チャオを水溜りにする。できる。溶解現象。
 オバはポヨから十字の短剣を取り出す。溶かされた短剣と同じものが再び現れたのだった。短剣で突く。つやつや紫色のチャオは両手で短剣を掴む。短剣は溶ける。ポヨから再び短剣を取り出す。繰り返す。繰り返す。互いに譲らない。既に一触即発。力は尽きない。二つの影は交差する。交差して止まり交差する。
「何をしに来たんだ。ここはおまえの居場所じゃない」
「ぼくの"案山子"をずいぶん殺してくれたそうだね。お礼参りに来たよ」
「殺されに来たんだろ。いいよ。殺してやるから動くなよ」
 つやつや紫色のチャオの両手は"案山子"のものと同等であった。そして彼の言い草。"案山子"は彼の所有物。ダッシュはオバに言われたとおり一定の距離をとっていた。立ち止まるダッシュを追い抜いてレイゾーが走る。レイゾーはナックルダスターを両手につけている。先端は鋭利であった。つやつや紫色のチャオは宙返りをしてレイゾーとオバから離れる。
 繰り出される凶器の数々にダッシュは身震いした。むごたらしい刃物。チャオの身にそぐわない。思ったのである。チャオはマラカスやメダルやヨーヨーや楽器を持っていればいい。彼らが持っているのは相手を殺すものだ。不相応。しかし生存本能をベースに推し量れば理にかなう。チャオを殺す役割を担う武器。あるいは能力。
「フールはおれに任せてください。オバさんはほーねっとさんを」
「分かった。ダッシュ! 行くぞ!」
 つやつや紫色のチャオ。フールはレイゾーを睨む。ダッシュは彼らの姿を目に焼き付けるとオバに続いて走ったのであった。チャオの絶対数が少ないゆえんからかまわりに逃げる姿はない。がらんどう。閑散としている砂漠。しかし元は違っていたはずだ。潤った世界。潤いを失くした。何によるのか。無知を知る。自身の内側も外側さえも知らない。
 知りたい。思ったのである。砂漠化の原因。"案山子"。しかし"商人"はいない。では誰が。ダッシュは白い家を見る。ほーねっと。彼女ならばあるいは。白い家が次第に近づく。ところがオバが止まった。ダッシュは止まる。異常はない。白い家は目前。白い家の前にチャオがいた。身に余る大きな剣を背負うチャオ。骸骨をかぶったチャオ。体色は輝く紫色である。
 砂地に屹立する。骸骨のチャオ。大きな剣に朱色がこびり付いている。白い家の内側から現れた。推測である。風が砂をあおる。骸骨のチャオは巻き上がる砂をしかし飄々とした表情で受ける。輝く紫色が砂色にかすむ。骸骨のチャオは大きな剣を振り上げた。チャオの身にそぐわぬ剣をいともたやすく扱う。チャオではないもの。
「全てのチャオは死ぬべきだ。ぼくたちはチャオを圧迫するだけの存在でしかない」
「フールの仲間か。おまえは」
「フールとは無関係です。彼は月食い"エクリプス"。私が押さえましょう。あなた方は逃げるべきです」
 白い家から飛び出したほーねっとの言葉。彼女の姿を見て月食い"エクリプス"の大きな剣が一閃。胴体が両断された。しかし瞬きもせぬうちに再生する。ほーねっとの肉体はチャオのものに戻ったのである。ダッシュは知識する。ほーねっとは攻撃的な能力を持たない代わりに究極の再生能力を有しているのだ。能力に約束された自己犠牲。彼女の本質。月食いの大きな剣が再び切っ先をほーねっとに向けた。
 オバが飛び出す。二対の十字の短剣は大きな剣を押さえ込む。いやオバの攻撃を月食いが受け止めたのだ。ダッシュは身震いした。体が震えるのである。死に対する本能的なおそれ。冷たい。思ったのである。ダッシュは肉体の動きが鈍るのを感じ取る。体に鉛が付着している。二の足を踏む間にオバは月食いに追撃を与える。右手の短剣が月食いの脇を突き刺す。大きな剣は短剣の先端を受け止める。すかさず左手の短剣が月食いの骸骨を狙うが彼は大きな剣を一振りしオバは距離を取ることを強要された。取らなければ大きな剣に両断されていたのだ。
 間合いの違いを知覚する。短剣は短剣であるがゆえに間合いを取られると能がない。反面大きな剣はリーチが長い。距離を自由自在に操ることができる。月食いの強さとは距離である。ダッシュは理解した。オバは月食いと相性が悪い。しかし現状で月食いと対等に戦うことができるのはフールのみ。逃げるが得策。ほーねっとは死なない。オバは知らないのだろうか。ダッシュよりはるかに生きているオバには分からない。だが戦いにくさは感じている。
「逃げよう。彼は強い。オバの武器では勝てないよ」
「ほーねっとを連れて逃げろ。おれがこいつの相手をする」
「どうして。ほーねっとは死なないよ」
「ともだちを見捨てて逃げるわけにはいかない」
 ダッシュは以前オバが"案山子"の襲撃から助けてくれたことを回想する。ダッシュは疑問を抱いた。ほーねっとは死なないのだから見捨てることにはならない。再生能力をもってすれば月食いを殺すにはいたらずとも戦うことは可能だ。ほーねっとを連れて逃げろという。リスクが高い。月食いの後ろにいるほーねっとを連れて逃げるにはまず月食いを離れさせなければならない。ところが距離を支配する月食いを離れさせるのは至難の業である。ここはほーねっとを置いて逃げるのが最善策だ。ダッシュは言おうとした。
 しかしほーねっとの姿はフールの姿と入れ替わっていた。足元に水溜りがある。月食いが見かえる。ほーねっとは水溜りになったのだ。死なないはずの彼女がなぜ。砂地に水溜りが染みこむ。彼女の命の残滓が大地に吸収される。フールの溶解の力。ダッシュは恐怖が倍化したことを理解した。そして知識する。再生能力には許容範囲がある。限界があるのだ。
「おまえ!」
「彼女はぼくにとって邪魔だったんだ。色々知っているみたいだからね」
 フールが来たということはレイゾーは死んだということだ。足止めにならなかった。不利を予感する。だが月食いは大きな剣を振り回しフールを退けさせた。共闘関係ではない。月食いは自身らに仇をなすがフールにも同じこと。ダッシュは恐怖が内側に溶けていくのを感じた。逃げるならば今。だがオバは動かない。考える。思い当たらない。ダッシュは事が荒立ったときすかさず逃げ出せる心構えをした。
「レイゾーはどうした?」
「死んだよ。殺した」
 ダッシュは推測の的中を喜んだ。オバは十字の短剣を前のめりに構える。月食い。フール。オバ。三つ巴の戦いが予想される。しかし三つ巴は回避するが得策である。月食いとフール。生き残った方を殺せばいいのである。ダッシュは逃げる心積もりであった。ところがオバは逃げない。立ち止まる。戦う意志を見せる。砂埃の舞う音。四つの影は砂地に縫い付けられている。熱が空気を焦がすが彼らは感じない。
 月食いが大きな剣を地面に突き刺した。砂埃が波打つ。オバが十字の短剣をポヨに収納し反対方向に駆け出す。ダッシュが続く。ダッシュは背に強い圧を受ける。体が前方に送り出される。砂地に足をめり込ませ背後から降りかかる圧を耐えしのぶ。そして疑問を抱く。月食いは何をしたのか。ダッシュの知る中で答えは一つしかない。能力である。続いて音が打ち寄せる。体の芯を引きちぎるような音の波。波が終わる。ダッシュはオバにならって見かえる。砂地がえぐれ濃い肌色があらわになっていた。二つの影は既にない。月食いも不利を感じたのかもしれない。フールも同様である。
「なんでこんな」
 オバは悄然たる面持ちで惨状を眺める。理由を分かる。チャオではない自身らには生存本能があるからだ。しかし得たものは多い。中でも月食いの存在は大きいだろう。ダッシュは充実していた。知識を大量に備蓄できたからである。ほーねっとの死は惜しいものであったが上々の結果である。一度は死を錯覚したダッシュ。無事を痛感する。恐怖があるからこそ無事に価値が生まれる。ダッシュは知識する。
 砂煙がおさまる。白い家は融解する。砂色の壁が波紋する。崩壊。ダッシュは経験から推測する。空が雫を落とす。ものは水になる。震動。世界が溢れる。洞窟を目指さなければいけない。世界に内包されたまま心中する意志はない。オバは動かない。砂地が鉄になる。鉄が透明になる。
「行こう。オバ」
 彼の手を取って大地に翻弄されながら駆け戻る。身の危機はない。ダッシュは安全を予感していた。間に合うだろう。以前も間に合ったのだから。ところが洞窟はなかった。遅れて恐怖が到来する。虚空は悲鳴をあげていた。形を変える。液状となる。世界は変化する。あるいは分解する。ダッシュの心で訪れる死への好奇心と恐怖とが、水と油のようにせめぎあっていた。失意のオバはうつろに佇む。建物は黒色になる。空から落ちた雫は物体を掘り進む。原型をとどめない世界。死をまぬがれる手段は。危機を脱する道は。ダッシュは探す。目を凝らす。しかし見えない。世界から抜け出す能力は存在しない。
 いよいよ死のときがきた。空白がダッシュを包む。世界の黒が反転する。死の世界。好奇心より恐怖が勝る。死より生が勝る。この期に及んでダッシュは死に対する葛藤を抱えた。されど機は逃した。ほーねっとを見捨てて逃げることが最善だったのだ。ダッシュは空白に身をゆだねる。死の間際。境界。差し迫る間。風の擦れる音が忍び寄る。音は白色のダーク・ヒコウタイプの姿をしていた。空白はガラスのように砕け散る。世界は復元する。色の回帰。ダッシュは察知した。推測の短縮形。応用。白色のダーク・ヒコウタイプのチャオの能力。回帰。再現。崩壊を打ち消したのだ。自身も気づかないうちにダッシュは推測を進化させていた。直感をおぼえた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3026-ipbf2805souka.saitama.ocn.ne.jp>

(4) ヘンペルズ=レイヴン
 ろっど  - 11/4/11(月) 2:04 -
  
 白は闇の中に映えた。ダーク・ヒコウタイプのチャオが再生させた世界。砂の色が戻る。建物が戻る。しかしチャオは戻らない。消えたチャオは消えたまま。世界だけが再構築する。能力。チャオではないものの証。ダッシュは察した。白いダーク・ヒコウタイプのチャオ。
 オバは親のかたきを見るような目つきで彼を見ていた。そして身構えている。両手に十字の短剣。"案山子"。ダッシュの脳に戦慄がよみがえる。だが察する。白いダーク・ヒコウタイプのチャオはダッシュとオバを救った。ならば。
「ダッシュ。わたしはヘンペルズ=レイヴン。わたしは真実を求めている。チャオではない我々の存在意義。わたしの生きる目的だ」
 握手。オバは警戒をとかない。視線が交差する。ダッシュは気づく。ヘンペルズはチャオではない。ところがかぶりものがない。生存本能を抑えてはいない。ダッシュは不安になる。不安と安心が対立する。自身の内側での戦い。生存本能はどこへ消えたのか。彼が襲い掛かってくる。ありえないことではない。思ったのである。
 肌の白は神々しさをかもし出していた。チャオではないものの中ですら異質。威圧感。ダッシュは好奇心に心がはやるのを感じた。しかし警戒もあった。生存本能という未知。身の危機。合わさって進退をためらわせていた。二の足を踏み続けるダッシュに気づいたオバが彼を庇うように立つ。
「おまえ。何したんだ。何するつもりなんだ?」
「わたしは真実を求める。ダッシュの生存本能がない理由。わたしは知りたいのだ。だから助けた。わたしは全ての事実をなかったことにできる」
「じゃあほーねっとをよみがえらせることができるのか」
「既に死んだほーねっとには影響を及ぼすことができない」
「分からない。どういうことだ?」
「説明のしようがない。きみも自分の力を説明することができない」
 砂色は維持している。白い家が見える。洞窟の入り口もある。滅び行くだけの世界は再生したのだった。ところがチャオは蘇らない。世界だけが形を取り戻す。そしてダッシュは能力の意味を知る。全ての事実をなかったことにできると言いながらチャオを蘇らせることはできない。ダッシュは矛盾を知った。だが事実ヘンペルズは滅び行く世界をなかったことにした。
「世界はチャオが存在することで維持される。チャオがいなければ世界は維持されない。我々はチャオではない」
 世界は成り立たない。成り立つだけの材料を失った。自身らで証明してしまったのだ。自らがチャオではないこと。やがて世界は許容量を越え滅びる。跡形もなく。ゆえにかつてダッシュの生まれた世界は滅びた。チャオの世界との関係性を失った。ダッシュは知識する。無残を思う。自身らがチャオではないことが世界を滅ぼすことに繋がる。生きる意味とは。生きる意味とは。生きる意味とは。
 ヘンペルズは歩く。ダッシュは続いた。オバはダッシュの躊躇ない態度に驚きつつも彼を追いかける。真実を知る。欲求はダッシュと同じである。好奇心。知りたい。生存本能より勝る。もしかすると。生存本能より勝る何かさえあれば生存本能は抑制できるのではないか。推測。ダッシュにヘンペルズに生存本能がない理由。つまり。生存本能以外の何かが劣った場合。生存本能が強まった場合。
 今のところは大事がない。今後もしも。ダッシュは他のチャオを殺すことになる。しかし恐怖も不安も拒否感もなかった。むしろ好奇心が消えてしまうことを嫌悪した。ダッシュはオバとは違う。チャオではないものたちの命に強い執着を持っていない。他のチャオを殺したところで罪悪感に苛まされることはない。だが生存本能が表層に出た結果好奇心が薄まるのは辛い。思ったのである。
 砂色が途切れた。黒色の壁。世界の端なのだ。推測した。果てのない黒色。深いように見える。浅いようにも見えた。しかし壁にしか見えなかった。また洞窟へ繋がるのだろう。連なる無限の世界。生きる意味とは生存本能とは世界の意味とは真実とは見つかるものなのか。ダッシュは知りたい。ヘンペルズも同じだ。思ったのである。チャオではない自身らは本物のチャオになれない。だからこその意味。
「わたしは真実の眠る地へと赴く。付いて来い。きみの求める真実もあるはずだ」
 ヘンペルズは黒色の壁に入る。底のない地。あるいは水が三つのチャオではないものを受け止める。洞窟ではないのか。ダッシュは疑う。世界は黒に満ちていた。ヘンペルズとオバの姿は見えない。ダッシュが黒色の世界に落ちる。方向が分からない。上に落ちているのか。あるいは右に落ちているのか。自身を固定する基準がない。世界の狭間。ダッシュはやがて地に着いた。
 街。"商人"の言葉を思い出す。チャオでにぎわう街である。極彩色にあふれる建物。剣。盾。チャオが持つべきではないもの。チャオではない。あるはずの姿が二つともなかった。ダッシュははぐれたのだ。ダッシュはまるで川の流れを分ける大岩のようであった。灰色の地面を歩く。おぼつかない足取り。激流に戸惑う。右も左も分からない。何が起ころうと助けてくれる仲良しはいない。
 ダッシュには目もくれない。ダッシュにしか表情がない。チャオではないものたちは全てという一つだった。一つ一つに与えられぬ個。記号。ダッシュは奇怪さを感じた。自身らチャオではないものたちとも違うチャオ。不快だった。ダッシュは歩いた。歩くのは骨の折れる作業だった。
「これは夢だ。きみの知っている夢だ」
 見知った姿。"商人"。ダッシュは再会に驚く。そして彼の紡いだ言葉を反すうする。夢。多くのチャオは夢だというのか。確かに夢のようではある。思ったのである。触れてしまえば消えそうな枠。線。集合体。"チャオ"というかぶりものを被った彼ら。ダッシュはチャオの波の中で俯く。目を合わせると吸い込まれそうであった。
「これはかつてのきみ。あるいはこれからなるきみ。生きるから死するへ。彼らは願われた。そうして失った」
「何を失ったんだい」
「意味を」
 意味。意味とは。意味の意味。ダッシュは知りたがった。"商人"は分かっていながら教えたがらなかった。二つには距離があった。願い。ほーねっとも口にしていた単語。生まれた理由。ダッシュは焦る。知るの欲求が先行していた。尋ねようとする。思わず口をつぐむ。"商人"は笑った。
 チャオとイコールで結ばれることのない自身。そして無表情の彼ら。しかし自身と彼らにさえ差がある。意志。ではチャオと彼らはイコールか。異なっている。理由を分からない。知らない。"商人"は答えない。夢。ダッシュの見ている夢か。あるいは。
「きみはチャオだ。しかしチャオではない。彼らも。きみはチャオと近しい。きみは決断しなければならない。チャオになるために。チャオとして生きるために」
 音は反響する。"商人"の姿はかすむ。機械化されたチャオたちの流れは乱れない。一つ消えようと二つ消えようと流れは止まらない。願われたから彼らは意味を失い流れと化した。わずかな願いに示された、ただ反復するチャオ。まさに"案山子"。役割を持っていながら語らない。ダッシュは気づく。"案山子"とはチャオを殺すものたち。フールが率いる黒い毛糸のマスクを被った大軍。同じく"案山子"。
 流れは一定の役割を持つ。何かのため。役割の個は除外される。何かのため。自身らの意味。何かのため。必要な知識が欠けている。"何か"の不足。全てを関連付けるための糸。いわく真実。ダッシュは灰色の地面を歩く。願われた生存本能。願われた能力。願われた意志。そして願われているはずの役割。灰色の地面は薄れる。役割を持たないものたち。意志を持たないものたち。能力のないものたち。生存本能を持たない。灰色の地面は消える。夢は終わる。潰える。ダッシュは転ぶ。世界は綻ぶ。
 ダッシュを迎えたのは"にじいろの階段"であった。見知った二つの姿がある。泡沫の夢。はじけて消えるだけの役割。時の流れに楔を打てない。"にじいろの階段"はとわに続いているように見えた。終わりのない。なければいい。思ったのである。
「向こうに真実が潜んでいる。わたしは見つける」
 透き通る階段をのぼる。あたりは黒。深い黒。そして光。光の点。はやる気持ちを抑える。慎重に進む。真実へ。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3026-ipbf2805souka.saitama.ocn.ne.jp>

(5) ’
 ろっど  - 11/5/18(水) 15:25 -
  
 "にじいろの階段"に終わりは見えない。向こうとはどこなのか。あるいは向こうとはないのか。三つの影が"にじいろの階段"を這う。ダッシュは"商人"の語ったことを思い起こす。チャオであること。自身はチャオではないという事実。しかし二つを隔てる生存本能が自身にはない。限りなく薄い。とどのつまり自身はチャオであってチャオではない。ノット・イコールではなくニアリー・イコール。矛盾をはらむことは理解していた。チャオではない行動をしながらチャオらしく。自身の行動には何らかの意味が発生する。チャオではない自身が。チャオである自身の役割。知識をめぐらせる。
 "にじいろの階段"に終わりは見えない。あるいは現状。迷走する。錯綜する。ダッシュの内面の反映。いかなる結論にいたるまで続く永遠。ダッシュはたどりつけない。オバとヘンペルズ=レイヴンが遠く見える。ダッシュはたどりつけない。知識が混乱する。統制するアンノウンが自身にはない。方向性を維持するだけの意志が足りない。知能の不足。ダッシュは切に思ったのである。終点へ向かうことのない階段。円環。続きはない。途切れることはない。いずれかの選択。答えの算出。必要の必要。
 そのすべてをもたらす何か。
 知識。ダッシュは知識する。チャオではないものたちはチャオを食らう。生存本能。世界の理。見えぬ原因によって自身らが間接的に彼らを殺している。自身らが存在しなければチャオは確かに存在できる。願われた我々。我々とは。チャオではない。
 差異。
 言葉を有する。知能を有する。感情を有する。生存本能を有する。我々の存在とは有することであった。
 比較。
 言葉は無し。知能は無し。感情は無し。生存本能は無し。チャオとは無いこと。持たざるもの。無とは彼らの象徴。願われなければ生まれない。彼らには個がない。そして自身らにはあった。しかし結果。個が個を殺し個ではないものを殺す。失うの螺旋。原因。見える原因。
 ダッシュは結論を見出す。
 我々。
 チャオではないものたち。
 それが原因。
 世界の崩壊。チャオの消滅。ありとあらゆるすべて。
 チャオではないものたちは有するを奪う。自身が有するために。願われることによって発生する。発生するがゆえの不具合。余分。余波。生存本能。無から有するは生み出せない。では有するから有するを。そうして自身らは完成する。
 新のチャオとして。
 チャオになるべく。
 願いとは。
 意味とは。
 真実とは。
 我々の内側にしか存在していない。
 外側にはありえない。
 自身らはチャオではなかった。だがそうではない自身。限りなくチャオに近しい自身。役割の達成。役を満たす。自身の意味。
 本物のチャオは持たない。だからこそ弱かった。
 有するがゆえの強さと傲慢。生存本能とは本物のチャオを目指すイコール有するから有するを奪うことでの存在の達成。
 個は強い。
 個ではないものたちが弱いからだ。
 "にじいろの階段"に終わりが見えた。階段は色を形を変え踊り場と化す。フールの姿。"案山子"の統率者。"案山子"も有する。"案山子"がフールを取り囲む。ひとつの"案山子"へ融合する。存在の達成。しかし偽。偽の達成に意味はない。オバが二つの短剣を持つ。ヘンペルズ=レイヴンが手招きをする。
「わたしが引き受けよう」
「おまえ勝てないだろ」
「大丈夫だよ。行こう」
 ダッシュが話に割り込む。ダッシュは正確に知識していた。ヘンペルズ=レイヴンの能力。世界はチャオが存在しなければ維持されない。逆もまたしかりである。オバはダッシュはフールの横を通って新たな階段へたどりつく。オバは疑問を抱いた。ダッシュは疑問を抱かなかった。彼はもはや個ではない。脳すらない。
 階段をのぼるダッシュとオバにフールの叫び声が届いた。同時にダッシュは確信を得る。感覚の確信。チャオではないものたちとチャオが明確に分かたれた。終わりへ向かう。二つの戦いの影はすでに見えない。"にじいろの階段"と踊り場の間にある絶対の壁。世界の断絶。我々と彼らの関係が切れたのだ。ダッシュは惜しむ。
 チャオは群れる。あるいは誰かによって群れさせられる。しかしチャオではないものたちは群れることができない。生存本能に原因がある。生存本能のない自身は群れることができる。ヘンペルズ=レイヴンは生存本能を抑え込んでいた。オバも同じく。だとすると群れることができた。しなかった。せずに分かたれた。我々でカテゴライズされるものたちであるのに。
 階段は終わった。間。滅んだ世界の末路。空間から光が消え音だけの世界となる。闇。オバの"かぶりもの"が割れる。ダッシュは理解する。ここでは自身以外の干渉を受けられない。自身そのものをはかられる。そしてダッシュは正確に知識している。レイゾーは死に。ほーねっとは死に。ヘンペルズ=レイヴンは死に。フールは死に。有するを奪うものは死に消えた。すべてを内包する死。死にカテゴライズされたものたち。
 オバが二つの短剣をダッシュに向ける。生存本能がゆえの結末。だからこその"真実の間"。真実が問われる。
 我々は今、真実に内包されている。
 真実によるカテゴライズ。
 ダッシュは二つの短剣を現出させた。オバは驚かない。彼は生存本能のみをプログラムされた機械。無駄は分かっていた。ダッシュは短剣を投げる。オバに刺さる。オバは倒れた。死。
 そう、確かに我々は死ぬべきだった。
 有するを奪う我々がいる限りチャオは生きられない。しかしチャオがいなければ世界は存続できない。単純な結果。我々が死ねば円満であった。ダッシュは真実をなかったことにする。場所は"真実の間"。そしてすべてのチャオではないものたちは真実によって内包されていた。チャオではないものたち。有するを絶つ。
 チャオではないものたちの消滅。オバは消える。短剣が落ちる。ダッシュは消えない。ダッシュは有するを奪わない。有するを写し取る。無害。ところがダッシュは短剣を拾った。
 自身はチャオではないもの。生存本能はない。
 そうだとして、やはり消えるべきだ。
 ダッシュは有するを奪ってはいない。しかしダッシュは有するを奪っていた。生命。自身のものとすることではない。別の意味の奪う。ダッシュは短剣を自身に当てる。突き刺す。
 ダッシュは自分になった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; rv:2.0.1) Gecko/20100101 Firefox/4.0.1@p1205-ipbf2601souka.saitama.ocn.ne.jp>

あとがき
 ろっど  - 11/5/18(水) 15:27 -
  
コンセプトは「シュールなキーワード」「自殺」「なんかすごいっぽい」以下略。
6話すらいかなかったのはハードディスクがとんだせいです。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; rv:2.0.1) Gecko/20100101 Firefox/4.0.1@p1205-ipbf2601souka.saitama.ocn.ne.jp>

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
1848 / 2003 ツリー ←次へ | 前へ→
ページ:  ┃  記事番号:   
56341
(SS)C-BOARD v3.8 is Free