●週刊チャオ サークル掲示板
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1887 / 2012 ツリー ←次へ | 前へ→

きっと楽しい。 organ 10/7/16(金) 17:42
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愉快な感想はこちら。 organ 10/7/16(金) 17:52

きっと楽しい。
 organ  - 10/7/16(金) 17:42 -
  
この作品は

きっと楽しい。

っていうタイトルです。
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main-1
 organ  - 10/7/16(金) 17:42 -
  
 言葉って不便だなー。
 そんなことを考えながら大森文人はてくてく歩いていた。散歩だ。彼の散歩はもはや癖であり、暇さえあれば足を動かしていた。学校の休み時間も散歩し、休日も散歩する。ひたすら散歩をすることは、文人の友人の多くが彼が将来大物になるとなんとなく予想する理由となるいわゆる常人とは違った行動であり、同時に彼の友人にとって彼と会話するためには散歩する前に引き留めなくてはならないという悩みの種になっていた。
 文人が言葉は不便だと感じたのはそんな休日の散歩中のひらめきであって、大した考えもなく思ったことだ。視界に入った澄んだ川を見ながら思ったことであるが、このことも関係ないと思われる。当然、その思いつきが彼にとっての真理であるかどうかはわからない。文人はそこまで深いことを考える人間ではないし、その頭は数秒後には毎週読んでいる大好きな漫画が次週どういう展開になるか予想することに使われ、数分後にはチャオを連れて歩いている女性の後ろ姿を分析することに力を注いでいた。
 どうやらクラスメイトの七海美紀であるようだった。文人は声をかけることにした。もし全く知らない人だったら超恥ずかしいのではあるが、そのリスクを考慮した上で声をかけることに決定していた。
「ななみみさーん?」
 びくっと体を飛び上がらせ、そして少女は振り向いた。驚いたようで目が大きく開いていた。それらの反応からすると間違いなく美紀本人であるようだったし、振り向いた顔はまさしく文人の知っている美紀だった。
「うぁ、驚いたよ、もう」
「おはよう」
「おはよー」
「チャオの散歩?」
 チャオはどうやらコドモチャオのようだった。色などの変化も見られないことから、おそらく生まれたばかりなのだろう。
「うん、チャオの散歩。君はどうやら君の散歩をしているようだね」
「まさにその通り。チャオの散歩ついでに文人の散歩もいかが?」
「わお。じゃあ私、飼い主様なんだね」
 美紀は振られたジョークには全力で突撃するタイプだ。
「いかにも」
「じゃあ、伏せ」
「犬じゃないから」
「じゃあひれ伏せ」
「もう飼い主とかそういうのじゃなくなってるような、それ」
「まあいいや。それじゃあ散歩しましょう」
「ういっす」
 無理にネタを掘り下げないので空気が残念なことになることもない。
 のほほんとした感じで二人は並んで歩き出す。コドモチャオの後ろをまったり歩く。
「コドモチャオだ」
「うん。先週生まれたばっか」
「チャオは他に飼ってるの?」
「残念ながら先日大往生してしまったのだ」
 チャオの寿命は大体6年である。少なくとも美紀は大体5〜6年前からチャオを飼っていることになるのだろう。
「このチャオは何チャオになるんだろう」
「ダークチャオだろうね」
「ああ、やっぱり」
「君のせいで」
 数秒沈黙。
「あなたのダーク度は僕の予想以上だったようだ」
 おそらくは、やっぱりってどういうことかな文人君、とドスの利いた声で世界を恐怖の炎に包むくらいだろうと予想していた文人だった。
「して、君はよくここら辺に散歩に来るのかい?」
「ここの川が見たくなった時はよく」
「ああ、そんな感じでルート決めてるんだ」
 その時の気分によりけりなので、散歩中にルート変更が行われることも度々あるのだった。
「じゃあ山の中を歩きたくなったら山まで行ったりするんだ」
「そういう場合は途中まで電車などで移動して、時間の許す限り山の中を満喫」
「うわ、まじで行くのか」
 ジョークに全力なのが美紀であれば、散歩に全力なのが文人だった。それはもはや散歩などではなく、旅だとか観光だったりするのではないかと美紀は思った。
「しかし、随分特殊な趣味だよね、散歩って」
「そうかな。そうでもない気がするけど」
「学生してるんだからもっと若者らしい青春っぽいことしないとだめだよ」
「えっちなこととか?」
「うん。えっちなこととかね」
 肯定されるとは思っていなかった。どう反応すればいいのだろう。文人は迷った。だがその心配はいらないものだった。今会話している相手は美紀だからだ。返事がなければ返しやすいように話を広げる思いやりのある少女なのだ。
「えっち、っていうチョイスがいいね。エロいことだとちょっと大人びてる気がする。えっちって方が響きが幼い気がして青春っぽい」
「甘酸っぱいよね」
 などと返すものの、面食らっている文人であった。まさか自分の失言を掘り下げられるとは思わなかった。
「そしてこのトークはシュガー控えめで酸っぱいよね」
「わかってるなら拾わないでください」
「女の子相手にセクハラした報いだ」
 反射的に、男相手ならセクハラしてもいいのかと返そうと思った文人だったが、言わなかった。言ったら間違いなく泥沼であるし、相手が女性であるからこそのセクハラだと思っているからだ。
「で、何の話だったっけ」
「趣味の話」
「ああ、そうだった。うん、君の趣味は相当レアです。もっと普通の趣味も習得なさいな」
「習得かー、難しそう」
「修行するしかないね」
 きっとギアナ高地とかに行くしかないんだろうな、と文人は思った。あるいは滝とか。過酷な修行風景を夢想して趣味とは奥が深いものだと感じるのであった。
「えっちなことをするには」
「……」
 文人はとても悲しくなった。
「まあ、えっちな修行はともかくとして。一人で散歩って寂しくない?」
「うーん、どうだろう。少なくとも散歩しないで一人でいるよりかはましかも」
「あーそうか。あ、ここ私の家」
「ほむ。散歩完了というわけだ」
「いえす。まあ、一人で寂しくならないように散歩以外の趣味を見つけなさいな」
「ういー」
 しかし、そんなことを言う彼女も彼女だ。もしかしたら自分に言い聞かせるためにやたらとその話の引っ張ったのかもしれない。そう文人は思った。
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side-1
 organ  - 10/7/16(金) 17:43 -
  
「ななみみー、おはよー」
 美紀の友人の声。ななみみとは無論七海美紀の愛称である。
「おはよー。舞ちゃん。シンデレラの甘いオブラートは健在?」
「……は?」
 最近彼氏ができた友人へ、大人の階段を登ったのか否か、を周囲を気にかけ配慮をしまくった遠回しかつテクニカルな言い回しでもって問いただしたはずだったのだがその意味が友人に通じることはなかった。
 他にどういう言い回しで尋ねればいいかと迷う。この際、直接的な表現で聞いてしまえばいいのかとも思う。しかしそんなことをして万一にも聞かれたら周囲の目が痛いわけで。 
「メイデンメンブレンは無事?」
「メイデン?よくわからないんだけど」
 これは結構わかりやすいはずだったのだが、だめだった。
 この後、直接的な表現で尋ねたところ、どうしてそのような質問を人のいる場所でするのかと怒られた。周囲の人間の視線が少しこちらに集中した気がした。
「みぎゃー。視線が視線が」
「ったくもう……」
「だってすっごく遠回しに言っても通じないんだもん」
「あんたの言っていることが通じる方が変」
「あいぐー……」
 美紀は虎のように唸った。
 言葉がちゃんと通じないのはもどかしい。それは言葉だけでなく心も通じ合わないことの比喩に思えるからだ。
 言葉は不便だ。そう美紀は思った。
 少女は楽しい日常を送っていたが、自分が満たされることを強く望んでいた。
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 organ  - 10/7/16(金) 17:44 -
  
 大森文人は今日も平常運行だ。すなわち散歩中である。休日になると遠くまで行ってみようか、などと思ったりもするのだが、今日はそのような考えが出てくることはなかった。
 丁度先週通った道と全く同じ道を行く。そしてコドモチャオと歩く七海美紀を発見し、声をかけた。
「今日もチャオの散歩のようで」
「君も君で今日も散歩か」
「年中無休」
「24時間」
「せめて寝る時間を」
「それでいいんかい」
 食事は歩きながらすればいいし、などと文人は思う。
 しかし今日は自分の散歩など別にどうでもいいのだった。
「少しは黒くなった?」
「うん、なった」
 1週間で色が変化するとは、恐るべきダークパワーだと文人は思った。美紀がダークチャオを育てる資質があることはもはや疑っていない。
「波動が」
「だめだこの人……、殺意に目覚めてる……」
「攻撃力が高くなるけど防御はだめになるよ」
「スリーサイズは?」
「秘密」
「くっ、堅いじゃないか」
「まあ波動が黒くなったりしてないし」
 意外と隙はないようだった。
「まだ1週間だしね。変化はないよ」
「へえ。ところで無性に聞きたいことがあるんだけど」
「秘密」
「いや、スリーサイズの話じゃないから」
 そんなものを執拗に聞きたがるのは主人公だけだ。いや、そんな主人公もいないだろう。ではサブキャラか。だとしたらそいつは間違いなくギャグ要員だ。肝心のデータは引き出せないことだろう。
「うーん、じゃあ何?」
「どうしてチャオなのかなあって」
 美紀は呆気にとられたようだった。文人を見ていた顔の向きがそのまま硬直した。
 チャオは過ぎ去った流行だ。ブームのうちはその可愛さが盲目的にもてはやされたが、冷めていくうちに視線は現実的な苦労へと向いていった。
 チャオの最大の特徴はキャプチャだ。それによってパーツをつけて外見を変化させ、進化によってその姿を大きく変え、成長する。しかし、キャプチャのための小動物やカオスドライブを買う費用は安いものではなく限界もない。金をかけなければ外見が大して変わらず、歩いたり泳いだりするようにもならない、そんな成長しないペットを長く愛することは難しい。また、キャプチャによってチャオは他のペットと共存できない存在になっていたことも大きい。
 また、チャオの外見や行動はその飼い主がどういう者であるかを必要以上に語った。歩くことすらできないノーマルタイプのチャオを飼う者へ向けられる視線には嘲笑の念が込められた。ヒーローチャオやダークチャオなどへ進化することも飼い主へ影響した。
 結論を言えば、現在チャオを飼うことは一般家庭においてあまりないことだった。
「珍しいよね」
「あー……」
 美紀の歯切れが悪い。
「可愛いじゃん。なんていうか、こう、好きー、なの」
「うん、可愛いよね。妖精みたいだ」
「だよねー」
 チャオを十分育てられるくらいの財力が七海家にあるようだ。ならばチャオを飼ってもおかしくはあるまい、と文人は思った。実は大森家もそれくらいの富はある。しかし文人がペットの世話をすることはないだろうし他の者はペットに一切の興味を持っていなかった。
「でもダークチャオになったら近所の人の目が痛くない?」
「大丈夫だよ」
「どうして?」
「始末するから」
 満面の笑み。
「素晴らしくダークっぽいなあ」
「ごめん間違えた。ダークチャオに育たないから大丈夫」
「どうやったらそんなテクニカルな間違いを……」
 そんな疑問を解消するべく美紀はどうしたらそう間違えることができるのかを雄弁に語った。だが、それは文人のような正常な神経を持つ人間には理解できない要素が数多くあった。美紀もわざと自分でもよくわからないことを思いつくままになるべく名状しがたいものになるよう話していたからだ。
「まずは日本語で話してくれ、な?僕も知り合いが狂っているなんて思いたくないんだ」
「イア、イア」
 待っていたと言わんばかりに日本語から未知の言語へ切り替える。もしかしたら既知の言語かもしれないが、この二人にとっては日本語と英語以外は有名なものでない限り未知の言語になるので問題はなかった。
「何語だそれ」
「たぶんアクロ語」
「自分でもよくわかってない言語を使うなよ」
「言葉って難しいよ」
 ギャグテイストからシリアス風味に急激に変わるのは彼女の仕様だ。情緒が不安定なわけではないので安心していただきたい。
「伝えたいことを正確に伝えられないんだもん」
「哲学だね」
 美紀は笑った。だが、顔は笑みを作っているというのに目からは今にも涙がこぼれ落ちそうで、涙は地に落ちた瞬間破られることのない強靱な壁となって二人の間に決定的な距離感を生み、人間とはえてして孤独なものであると証明してしまう予感さえあった。これが夕焼けの中だったら切なさ乱れ打ちなムードになっていたに違いない。もしそうであったらその空気に二人は耐えられただろうか。あるいは完璧な美しさの断絶ではなく中途半端なものであるから、それを否定できる何かが、奇跡でもいいから、あると今にも消え入りそうな心の灯火は願っているのかもしれない。少女が口を開き、寂しげな声を出す。まるで今日までの二人の関係が明日には一切の欠片さえ残さずに消えてしまうのではないかと錯覚するくらいに。あるいは、そうなると知っているからこそ無意識に形作られた声なのかもしれなかった。
「文人君をえっちな人って言えばいいのかエロい人って言えばいいのか、わからないんだ」
「どっちも嬉しくないなあ」
「あなたはえっちな人?それともエロい人?」
「いいえ、普通の斧です」
「普通の斧というとすなわち……」
 考え込む。そこまで深い意味はなく言った発言だったので、一体どんな解釈をされてしまうのかと文人の不安は募るばかりだ。
「……すごい」
 そう呟かれて文人は死にたくなった。おそらくわざとであろうが、顔が少し赤くなっているように見えたのでなおさら死んでしまいたくなった。もしこの会話を誰かに聞かれていたら、お客様の中に神様はいませんか、と叫び、見つけた神様に懺悔をした後に腹を切っていたことだろう。幸いそうなることはなかった。
 文人は彼女が普通の斧から何を想像したのか、という思考の迷宮に一日中囚われてしまった。
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 organ  - 10/7/16(金) 17:44 -
  
 今日も今日とて散歩をする。太陽が昇っては落ちるように散歩をする。休日は散歩なのだ。休日でなくても散歩はするが、とにかく散歩だ。
 そして、二度あることは三度あるのだ。とにかくそういうことにしておこう。例によって美紀に遭遇する。
「……君とは毎週ここで会っている気がする」
「不思議なことに過去に二回くらいここで会っている気がする。運命かも?」
「運命の出会いなら遅刻寸前で走っている時にぶつかるとか……」
「三回連続で」
「それはそれでむかつくなあ」
 出会いとは一発勝負であると二人は感じた。普通の出会いをしてしまう前に曲がり角でぶつからなければだめなのだ。全力で曲がり角で待機するべし。
「随分黒くなったね、チャオ」
「嘘を言わない」
「お世辞だから」
「お世辞だったかー。あはは。殺すぞ」
 いつも通りのダークトーク。文人はマンネリを感じた。ヒーロー方向でも話すべきだと判断し、実行した。
「あなたはまるで天使だ」
 チャオの手を取って。
「それは普通女性に向けて言うセリフじゃないんですかね?ですかね?」
 無意味に語尾を繰り返すことでちょっとヒロイン度を上げて対抗。
「だってチャオ可愛いしなあ」
「可愛いよねー」
「可愛いなー」
「可愛いー」
「可愛い」
「可愛い」
 無意味に繰り返しながらチャオをなでる。なでまくる。
「しまった、無意味に時間を経過させてしまった」
 先に我に返ったのは美紀だった。チャオを飼っていた経験のおかげである。これがなければ今頃二人はチャオの可愛さの捕虜になっていたに違いない。
「君はよく散歩をするね」
「ん、まあね」
 文人はまだチャオをなでている。色が変わる気配はない。まだその時期ではないのか、彼がニュートラルな人間なのか。
「なんかさ、散歩をしてれば何かを見つけられる気がしてさ」
「何かって?」
「わからない。でもきっと大切な物だよ、それは」
「見つけたら散歩をやめるのかな?」
「かもね。実際そんな感じになりつつあるし」
「そんな感じって?」
「通るルートが固定化されつつあるな、って」
「……」
 彼の言っていることが何を意味しているのか、なんとなく美紀はわかった。単なる思い込みかもしれないが、女より男の方が思い込みは激しいそうだし、おそらくその予感は当たっているのだ。さて、ここで問題になるのはそれが美紀自身にとって迷惑かどうかである。どうなんだろう。わからないという結論しか出ない。時間をかければ答えは出るのだろうか、と不思議に思った。
「機械になるのは問題ですよ、文人君」
「メカ文人っていうのも悪くない。ああ、悪くない!」
 無意味に両腕を広げ、高らかに言う。演劇な感じで。
「君は人間だ!」
 無意味に演劇風に返す。会話はノリが命だ。
 数秒、間を置いて二人は正気に戻った。
「人間ってなんだろうね」
「鞭を用いてエロいことができる生き物」
「ひどい定義だ」
「哲学的なことを言う=ネタ振り」
「それにしたってひどい。そういう趣味じゃない人は人間じゃないのか」
「そうかも」
「肯定しちゃうのかよ」
 哲学は爆発だ。
「ところで文人君、自然の綺麗な散歩ルートはあるかね?」
「え?うん、いくつかあるけど」
 突然の質問だったが、印象に残っているスポットはすぐに浮かんだ。
「ここをうろつくのは飽きてきたから、そこへこの子を連れていきたいなあ」
「ああ、いいよ。今から?」
「んー、来週でいいや」
「ういっす」
 この後文人は頭に浮かんだスポットのいくつかを見て回った。チャオにとっていいスポット、となると自然多めの方がいいのだろう。自然は文人も好きだ。水辺があり、チャオが遊べそうだった場所を確認した。
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 organ  - 10/7/16(金) 17:45 -
  
 文人は散歩に行こうとしていた。休み時間は少ない時間ながら塵も積もれば山となりそうな一日の中に数多く存在する散歩タイムだった。
「ヘイ、そこのジャパニーズ散歩ボーイ」
「……それって」
「間違いなく君のことだよ」
 美紀に呼び止められてしまった。どうやら彼女は友人達と楽しく会話中。男性である自分が必要とされる状況ではないように見える。
「一体、どのようなご用件で」
「ななみみの特殊な日本語が通じる人間なんていないって言ってるんだけど、大森君には通じたとか言っててさ」
「さすがにないよね?」
「うーん、どうなんだろう」
 美紀友人の興味津々な問いに曖昧に返すしかない。実際通じてるんだか通じてないんだかな状況だ。
「ならばこの場で証明してみせる」
 美紀の目がきらりと光った(比喩)。そして文人を睨む。文人も視線でそれに応える。この状況であれば視線交換はアイコンタクトのように思われるが、二人のしていることは間違ってもそう解釈のできないものであった。威圧し合う二人。美紀は、文人に通じるか通じないかぎりぎりを狙い定めつつわからなかったら殺すつもりであるという意味合いの視線を投げかけた。文人はなんとなく面白そうだったので特に何も考えず睨み返していた。そして美紀の友人達は既に不可思議なものになっているこの光景に引きまくっていた。
「テケリ・リ」
 美紀が選びに選んだたった一つの答えが文人を襲った。文人はそれを受ける。真っ正面から受ければそれは心臓に風穴を開ける強烈な弾であったが、文人はそれを柔の精神でもって受け流した。
「テケリ・リ」
「ほら、通じた!」
「いやこれ日本語じゃないから」
 そして最後の突っ込みまで通して一連の攻防は終わる。満足のいく出来だ。観衆が絶句しているのも当然と言えるだろう。
「なんていうか、まあ、会話になってるっぽいのはわかったけどさ、どうやったらそんな会話ができるのさ」
「修行が必要だね」
「……したの?」
 文人の方を見る。そんなのしてないだろ絶対、という目つきで。
「したよ」
 笑顔で返答。
「えっちな修行」
 場がざわついた。直前まで異常なものを呆然と眺める会であったはずのものが今では様々な憶測を飛び交わせる会になっていた。
「……したの?」
 先ほどと全く同じ文句の質問ではあったが、その問いには前のとは違う意味合いがあったし興味もこちらの方が上であった。
「いや。嘘」
「……」
 正直に答えたが疑いの視線が文人と美紀に集まる。そして美紀の視線もまた文人へ向けられた。ただしこれはジト目だ。
「なぜ君は誤解を招くようなことを言うのかね」
「誤解じゃなくなるよう努力します」
「しなくていい。散歩でもしてなさい」
「はい」
 こうして誤解が生まれたが、美紀の日本語は少なくとも文人には通じるという認識は疑いようのないものとなったのだった。
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 organ  - 10/7/16(金) 17:47 -
  
 自然によって癒やされるスポットへ二人はやって来た。主成分は木と川である。澄んだ川は道のように続き、人間用の足場としてブロック状の石が規則的に並べられている。その周囲では緑の自然が外界とこの空間を分ける壁となり、同時に生み出される木陰は日光を遮りすぎることがなく上を見上げればほどよく晴天の清々しさを味わえるといった、自然に飢えた人間の需要をこれでもかというくらいに満たす心地よさを演出していた。
「いい場所だ、ここは」
「そうだろうとも」
「宇宙船地球号にはこういう癒しとなる自然も少しくらいは必要なんだよ」
「少しくらいでいいのか自然」
「宇宙船名乗るくらいならまず移動したりワープしたり戦闘できるようにしなきゃだめだよ。機械化が足りないね」
「比喩だから」
 チャオは泳いでいる。川の流れによって移動している面が大きいが、それでも溺れていないだけ上等だと言えた。よく育てられているな、と文人は思う。
「まあ、散歩というよりここで遊ぶって感じになるかと」
「うん。いいよいいよ。ここはいい場所だ」
「ぜひこの綺麗な川ですっきり洗い流してもらいたい」
 ダークチャオの心を、と言おうとしたが、やはりダークチャオネタを引っ張ってもつまらないだろうと思い留まる。
「君の煩悩を」
「私かよ」
「うん」
 美紀は自分の胸を両腕で隠した。
「えっちなことを考えてるね?」
「いや、そんなことはないよ。煩悩は川に流したからね」
 驚きの白さで、白々しいことを言ってのける。
「もう一度煩悩を洗い流した方がいいよ。いや、川に流されてしまえお前」
「しかしチャオは可愛いなあ」
 文人はぽややんとしたが、美紀の表情はそうならなかった。むしろ暗い。そしてその顔が質問をする。
「ねえ、チャオはどこが一番魅力的だと思う?」
「難しい質問だなあ」
 考える。一分ほど。
「わからん」
「だよねえ」
「どうしたのさ」
「たまに考えるんだよね。チャオってこんなに可愛いのに、どうしてブームが過ぎちゃったのかな、って」
「原因が魅力にある、と?」
「そう。チャオの一番の魅力が、他のペットにもあるもので、そのペットの方が魅力的なら仕方ないかな、とか考えるんだよ」
 チャオは陽気に川に流されていく。こちらの話は耳に入っていないのか、笑顔だ。言葉が通じなくても空気は伝わるものだが、その様子はない。
「うーん、難しい」
「難しいか」
「原因はなんとなくわかるけど、言語化した時にそれが正確な物言いになる気がしない」
「そうだね。私もそうだ」
「こういう時、言葉って役立たずだと思うね。グラフとかの方がしっかりと語るし」
「じゃあ言葉っていらないのかも」
 そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。両方の思いが文人にはあった。そして再び一分ほど考えて、思いつく。
「エロいことする時には言葉があった方がいいと思う。盛り上がるから」
 真面目に言われたので美紀は思わず吹き出した。
「うん、確かにそうだ。あはは」
 そして笑いが落ち着いて、美紀は眉をつり上げた。
「でももっとまともな言い回しもあったはずなので減点」
「むう」
「あれ?プニは?」
「プニ?」
「あれ、言ってなかったっけ。あの子の名前だよ」
 そういえば聞いたことがなかった。
 そしてプニという名前のチャオは随分先まで流されているのを文人が先に発見した。
「あそこだ」
「うわ、いつの間に」
 そして美紀は言った。
「あそこまで流されればきっと煩悩が消えるよ。やってみたら?」
「僕に煩悩はない」
「さっき自分が吐いたセリフを忘れたわけじゃないよね」
「じゃあ一緒に流されようか。危険だから抱き合った方がいいよね」
「逆に死ぬと思う。それ」
 二人で追いかけた。プニは溺れていたりなどしておらず、のんきに泳いでいた。
「ふう、こんなに運動をしたのは久々だ」
 多少走ったために美紀はそんなことを漏らした。実際は授業でもっと動いているだろうが。
「前世くらいまで遡らないとだめだったり?」
「うん。ジュラ紀まで」
「一億年も使ってませんでしたかその体」
「そこまで激しく運動しなくてもいいんですよ」
「大物だ」
 恐竜に襲われてパニックになる某有名作品で強キャラになれる素質があった。

 その後数時間二人は遊ぶチャオを眺めていた。
「今日は有意義な時間が送れたよ」
「いえいえ」
「それじゃーねー」
「あー、そうだ」
 美紀を呼び止める。
「僕は、チャオが悪かったわけじゃないと思うよ」
 文人の続く言葉を聞いて、美紀は目を少し見開いた。
「人間がチャオを愛せなかっただけだよ」
 その言葉が驚き以外のどのような感情を彼女に与えたのだろうか。
「ありがとう」
 彼女はそう言って微笑んだ。
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side-3
 organ  - 10/7/16(金) 17:49 -
  
 文人は歩く。今日も文人は散歩をする。一人で、だ。足下で流れる川の雰囲気はいいものだった。石の足場を歩いているから水に触れることはないが、そういうものを人間は感じ取れるものだ。
 一人で散歩をしているといろいろな考えが脳に浮かんでくる。それらに身を任せることが文人は好きだった。今は、ある問いに対しての答えをその中から見出そうとしていた。
 自分は、何を探しているのだろう。
 答えはある程度出ているのだ。そしてその答えは以前彼女に話した通りだ。しかし、それは本当に存在するものなのだろうか。存在しないものを求めて歩いているのかもしれない。そうでなくても、どんなに歩いてもそれが手に入らないのかもしれない。手に入れるには別の方法が必要なのかもしれない。不安は尽きない。
 もしそれを見つけたら散歩をやめる、と文人は思う。その時は散歩をしていた自分に対して満足することができるだろう。しかし、見つけることができなくて散歩をやめるとしたら、今までしてきた散歩にどんな価値があったというのだろうか。
 もしかしたら自分は散歩をしてきた意味を求めて彷徨っているのかもしれないな、と文人は思う。そして、確実にそういう側面もあるんだろうと認めた。
 自分と向き合って出口のない迷宮の中に閉じこめられるのは心地よいことではない。しかし、たまには必要なことだ。そういうことを放棄し続けたら最終的に散歩すらできなくなる。
 彼に必要なのは、彼を満たす何かなのだろう。
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main-5
 organ  - 10/7/16(金) 17:49 -
  
 文人は一人で歩いていた。散歩とは基本的に一人で行うものだ。しかし、たまに見知った人に会うこともある。
「む」
「おや」
 七海美紀がチャオを泳がせていた。
「ここで会ったが百年目」
「ここで出会うのは初めてだけどね」
「決着をつけようじゃないか」
「えーと、何のかな?」
「どっちが日本人か」
「どっちも日本人だ」
 軽いジャブで場を暖める。出会い頭からギャグを飛ばすのはもはや恒例になりつつあると二人は思っている。何度も何度も会話していればそういうパターンが出来上がることもあるものだ。
「なんか難しそうな顔をして歩いていたね」
「あれ、見えてた?」
「目がいいんで、私」
 一人でいる時の自分は無防備である。それを見られるのはなんとなく恥ずかしいものだ。
「幸せについて考えていたのさ」
「答えは……見つかってはいないんだろうね」
「まあね」
「曖昧だけど、私はどういうものかわかるよ」
「それは?」
 美紀は口元を吊り上げて言った。
「しわとしわを合わせて……」
「それじゃあ僕はこれで」
「軽いジョークだから、そんなあっさり去らないで」
 すがりつく。
「まさかそんなギャグを日常生活で聞くとは思わなかった」
「それはともかくとしてさ、迷える若者って感じだよね。幸せってなんだろう、って」
「そうかな。そうかも」
「散歩をしてても幸せに感じなかったわけだ」
「うん、そうだね」
「私は他人が必要なんだと思うな」
 今度は真面目な彼女だった。
「人間って、他人がいないと何をしたって幸せになれないんじゃないかって思う。もちろん人じゃなくてチャオとかでもいいんだけど、自分以外の誰かがいないと人はだめなんだと思う」
 いつもの冗談ばかり言う美紀がそんな真剣な意見を言うとは思っていなくて、文人は驚いた。
「チャオを育てるのもさ、ブームの時の方が楽しかったんだよ。今も、チャオのことに興味持ってくれる人と一緒の方が楽しい」
「そうか」
 自分ははたしてその需要に応えることのできる人間だったのだろうか。文人は考える。
「ま、こういうのは一人で考えなきゃだめなんだろうから」
 美紀はプニを持つ。
「がんばれ」
 そして去ろうとする。
 文人はそれを止めた。
「ん?」
「この前、チャオのブームが去った理由は言葉にして表せないって感じの話をしたじゃん?」
「うん、したね」
「それと同じで、好きって気持ちをどうして好きなのか具体的に言葉で言えないものだと思うんだ。好きな子に対してどう接したらいいかわからなくていじめちゃうのと似てるのかな。自分の気持ちを深く言語化するなんてできない。感情は縛ることができないものだから」
「うん」
「僕は君が好きだ」
 二人はしばらく静かだった。まるで写真としてその瞬間が切り取られたかのように文人は感じた。しかし、静寂に耐えて美紀の返答を待った。十秒の空白があった。
「……告白する時に、好きな子をいじめる例を出すのはちょっと違うと思うな」
「ぐう」
 ぐうの音が出た。
「確かに照れ隠しで突っ込みの余地を残してしまった……」
「そんなんじゃだめだよ。やり直しを命じます」
 恥ずかしがって中途半端なことをしたらやり直させるのは罰ゲームの基本である。
「うぐぐ」
「ただし今日はだめ。また後日挑戦してください」
「な、なぜ」
「告白する時はそれに相応しいムードというものがあるでしょう」
「確かに、今告白してもギャグ以外の何物でもないよなあ」
「正直、さっきのもギャグ成分多めなんじゃないかと」
 文人はその言葉にショックを受けた。
「まあどうしてしたかはわからないでもないけど、ムードだけで恋愛に繋げるのはちょっと無理矢理だったんじゃないかな。ほら、命を救われただけで好きになれっていうのも無理な話だし、ぶっちゃけ曲がり角で転校生とぶつかったところで好きにはならないじゃん?積み重ねがないとだめでしょ」
「あ、あ、あうー」
 冷静に分析されてとても恥ずかしい。彼はどんどん惨めな敗北者へとなっていった。
「次回に期待します」
「今度はもっと好感度を上げて挑むよ……」
「それまでにファンブル出して致命的な溝を作らないように気を付けなよ?」
「SAN値も減りすぎないようにしないと」
「いや、そのステータス必要になるような機会ないから」
 美紀は笑った。文人も遅れて笑う。笑うのをやめるタイミングを見失ったまま笑いが増幅していき、二人は爆笑した。
 完全に満たされたわけではない。だが、どうすれば満たされるのかはわかった気がした。
 そして二人は約束をするのだ。どこにでもあるような約束だが、それはきっと大事なものなのだ。
「それじゃあ、またね」
「うん。また」
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main-6
 organ  - 10/7/16(金) 17:50 -
  
 休み時間、文人は自分の席に座ってのんびりしていた。なるほど、こうするのも悪くない。前は歩いていた方が落ち着いたものだが、今ではそれほど差を感じない。
「なあ文人、今日は散歩しないのか?」
「骨折しちゃってね。歩けないんだ」
「すぐにわかる嘘をつくな」
「ははは」
「しかし散歩をしないとは珍しい。どうしたんだ」
「うーん、なんて言えばいいんだろう」
 正直に話すのも照れくさい。だからといって簡潔に、もう歩かなくてもいいんだ、とか言ったらそれはそれで気味が悪そうだった。
 そこに美紀がやって来た。
「ずばり振られたからだね」
「そうなのか?」
「チガウヨ」
 不自然な声になってしまった。文人は自分の演技力のなさを呪うことにした。
「誰にだ?誰に告白したんだ?」
「私」
「はい?まじ?」
「まじ」
「まじ?」
 まさかの本人登場に信じられず、今度は文人が聞かれる。仕方なく頷いた。
「それでいろいろ悟ってこうなったわけだね」
「違う。いろいろ悟って告白したら振られたんだ。だから振られてなくても告白してなくても散歩はしてない」
「で、それはいつのことなんだ?」
 当然だが、興味は散歩よりも恋愛の方が優先された。散歩魔の彼がそのような行動をしていたという衝撃も大きい。
「明日だね」
「なんで未来だ。昨日だよ昨日」
「昨日の今日で……。お前等、大物だ」
「大物?うーん、福耳じゃないと思うんだけどなあ」
「どうして耳限定なんだ」
「……そんなに息ぴったりなのにどうしてなんだ」
 文人の友人はそう呟いた。
 やがて、チャイムが鳴って楽しい会話は終わってしまう。授業が始まり静かになって文人は思う。もう自分は散歩をしなくてもいいのだ、と。そして、今度どこかへ行く時は前よりも幸福な時間と記憶を得られる気がした。
 それがどのような時間、記憶なのか。それを表現するには言葉は不便だと文人は思った。
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愉快な感想はこちら。
 organ  - 10/7/16(金) 17:52 -
  
きっと楽しい感想

待ってるぜ

七夕はもうすぎた
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