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とある少女とショーネンR18 〈プロローグ〉
 それがし  - 10/2/7(日) 0:07 -
  
 ――AM00:30 ベルベル砂漠、東区間。

 ドスン、ドスンと重たい衝撃が走る。
 毛布三枚くらい尻に敷いているはずだが、それでも結構腰に来る。
 やはり、慣れないモノに乗るのは止めておいた方がいい。
「よっ、と」
 俺は軽く勢いを付けると、その体長15mは軽く超える乗り物から飛び降りて地面に降り立った。
 その『乗り物』も荷物が軽くなったのを感じたのか、意気揚々とした歩調に変わり、ザッザッと砂を踏みしめていく。
 いや、実際は俺の体重くらいで左右されるほどの力ではない。コイツも分かっていてそういう態度を俺に見せつけてくる。
「チッ……贔屓なドラゴンめ」
 捨て台詞を吐いてみるが、ドラゴンは『フフン』と言っているみたいに鮮やかに俺を無視して前の方へと歩を進めていくばかりである。
 全く、気に食わないヤツだ。
空を飛ぶことも出来ない癖して、図体と食欲だけは太い奴だから困る。

 はぁ、――とため息をつきながら、ふと前を見る。
 銀色に染め上げられた砂だけの世界の上にぽつねんと浮かぶ、幻想的な三日月。
 ダイヤモンドリングの欠片のようなそれは、鮮やかで、かつ繊細な光を放ちながら、こっちを見下ろしているようだった。
 ドラゴンの背中にくくりつけた水の入ったタンクが重そうにグラリグラリと揺れている。
 食料もまだ一週間分は残っている。飢えないうちに目的の街にたどり着くだろう。
 街に付いたら、ツテで手に入れたレンガの一室を借りて、暫く住むことになる。
 別に、以前のように、誰かに追われるような華麗な逃走劇を繰り広げているわけではないのだ。ゆっくりと進んでいけばいい。
 俺は何気なく、ドラゴンの背中の方へと視線を向ける。
「ん……?」
 彼の背中で毬藻のように乗っかっていた毛布の塊が突然むっくり、と膨らんだ。
 言うまでもないが、別にドラゴンにラクダのようなこぶがあるわけではない――というより、こぶがあろうが無かろうが、そんな突然に膨らむことはあり得ない。
「なんだ、起きたのか――黒猫」
 口調が、自然に優しくなる。
 小さな体は起き上るときょろきょろと何かを探すようにあたりを見渡したが、やがて、ドラゴンから降りて歩いている俺の姿を見つけると、安心したかのようにほんわりとした笑みを浮かべた。
 突然膨らんだ毛布――正体は、自分の連れである。
人形のような少女だ。今は、顔から下を寒そうに全身を毛布でくるんでいるため、なんかの塊にしか見えないが。
 黒いふんわりと肩に傾れ落ちる髪の毛に、大きな黒い瞳。顔立ちは整ってい入るが、美しいタイプというよりは、むしろ可愛らしいタイプに判別されるだろう。
 背の高さは、俺が見下げてしまうくらいに低い。もうちょっと伸びないかと、悩ましげに鏡台の前に立つ彼女の姿を拝見したこともあるが、それで笑っていたのがばれて、その後三日は口をきいてくれなかった覚えがある。
 あと、女のコ的な『例の特徴』は――以前、知り合いが酒の場で、暗喩的な表現を使って「いくつ?」と質問したら、人差し指と中指を突き出す――つまり、二つ、という答えが返ってきた程度のモノだと思ってくれれば良い。
 その時、若干、そのピースの仕方が目つぶしに似ていたように見えたのは、俺の邪推だろう、多分。
「寒い?」
 ドラゴンの上にいる彼女に問いかけると、フルフルと首を横に振る。
「そっか。まだ目的地は見えていないから、今は眠っときな。未明には、着くかもしれないから」
 彼女はその言葉にうんと軽く首を縦に振って納得すると、改めて毛布を全身にかぶって先ほどの団子状態になった。
 ――彼女が、良い夢を見れますように。
 と、頭上にを通り過ぎて行った流れ星に祈ってみたが、流れ星は俺の願い事を3度聞くまでもなく、スッと漆黒の闇に溶け込んでいった。

 暫くして、ようやく前方に明かりが見えてきた。
 それは地平線に浮かぶ星とはまた違う輝き。
 人間的な本能を誘う、生の光だ。
「やっと、街か」
 俺の目線を追うようにして、ドラゴンも巨大な首をめんどくさそうに回す。そして、何となくその光の意味を悟ったのか、うねんうねんとしっぽを揺らしながら突然、低く太い音で咆哮した。
 ビクッ、と、彼の上の毛布がまたもや盛り上がってしまう。
「おい、クソドラゴン、お前のせいで黒猫がまた起きてしまったじゃねぇか。少し静かにしろ」
 けれども、そんな俺の叱責はドラゴン語に変換されなかったらしい。
 彼は「え、なんやねんおま」みたいな顔で俺を一瞥した後、フフン、とハイテンションな足取りで街の方へと駆け始める。
 もちろん、俺の存在など放っぽって。
「あぁ、テメ、ちょっ、待てコラァ!」
 砂を踏みしめる足に力を込めるが、人間の小さな足ではどうやっても砂に埋まりそうになってしまい、思うように走れない。それにドラゴンと人間の身体能力はそれこそ雲泥の差だ。
 彼が先に街に着くのは癪だ……というより、彼の背中に取り付けてある水や食料、何より彼女が俺よりも先に街に着いてしまうのはどう考えてもまずい。
「ったく……、調子に乗りやがって……」
 俺は白いニット帽を深く被ると、仕方なしに背中に取り付けてあったブースト=ボードを下して、靴としっかり結合させる。
 個体酸素燃料タンクの補充量は34%……30分は持ってくれるだろう。
 しっかりと黒コートで身を包み、灰色のジーンズの砂も払う。身体を前傾姿勢にして、バランスをとる準備が出来たら、後は思い切り体重をかけるだけだ。
「だからヨォ――」
 グッと後ろ足に力を入れた瞬間。
赤い火花が急にバリバチ! と鳴り響き、ブーストONの状態になった。
「俺にゆっくりと旅をさせろってんだ、クソ爬虫類がぁ!」
 突然のスタートに、いつも最初はバランスを思わず崩しそうになるが、すぐに体勢を取り戻し、彼らが走り去って行った方向へと向きを変えた。
 大きな爪足の跡を追い、風を切るようにボードを滑らせていく。
 いつものドラゴンの暴走で、こちらは甚だ困っているはずなのに、何故か俺の口元はニヤリと笑うみたいに、自然と口角がつり上がっていた。


   *   *   *


 暗闇があるからこそ星が瞬く
 日向があるからこそ日陰がある
 善があるからこそ悪が黒く身を染める
 悪があるからこそ善が白く身を染める
 この世界はいつでも表裏一体
 この世界はいつでも白と黒が交わることはない
 さぁ歩け人間 黒から白 白から黒へ どこまでも――


   *   *   *


 ――AM02:32 オアシス国家、ジャポネ。トゥキョオ区郊外。

「お久しぶりですね」
 星空の下。
 黒いコートを纏った俺は、大きなカバンを持って、迎えの車に近づいていく。
 車に寄りかかっている長身の男に、俺は見覚えがあった。
「久しぶりだ、我孫子」
「ハハハ、未だに僕を名字で呼ぶのはあなたくらいですよー」
「お前の名前はありきたりすぎるからな、そう言うのは嫌いなんだ」
 俺と我孫子、二人とも、言葉の応酬が少し喧嘩腰であるが、これはいつもの事だ。
 別に仲が悪いというわけでもないので、誰も気にしなかったし、俺たち自身もこういう軽口の叩き合いが好きだった。
 二つの口から白い息が漏れる。
 ドラゴンと黒猫は先にどっかに行ってしまった。
 こっちは結局、酸素の量が足りず、約一時間かけてやっと道があるところまでたどり着いた。偶然、我孫子からの着信があったので、彼にすがり、こうして迎えに来てもらっているのである。これだから、荒ぶる爬虫類は困る。
 ただ、アイツも飛べはしないが、だからと言って、ただのトカゲではない。
 行先はきちんと分かっているはずだし、黒猫も心配だが、ドラゴンと食料があれば大丈夫だろう。

 そろそろ行きましょうか、と言った我孫子の言葉に、あぁ、と軽く返事をし、助手席に乗り込む。
 エンジンがかかり、目の前のラジオやCDのプレイヤーのボタンが青く光り輝く。モニターにはFMの文字が出ているが、この場所は圏外であるようだった。
 久しぶりの車の感覚。
 俺はふぅ、と息をついてシートにもたれかかった。
「随分と、お疲れのようですが、改めて、おかえりなさい」
「お帰り、か、アホみたいな言葉だな」
「でも、世間一般ではそう言うのが常識ですよ。僕も、同僚に対しては上辺の心遣いをすることを怠らないようにしているのです」
「上辺って言っている時点でもう意味ねぇよ」
「アハハ、確かにそうですね、……それより、アナタ、以前より逞しくなってませんか?」
 今度は本音なのだろう、俺の方をまじまじと見ると、フゥと残念そうな溜息をついた。
「残念だったな。俺は、どの世界に飛ばされようが、生きて帰ってくる自信があるんでね」
「だったらむしろ阿弗利加の奥地で修業でもしてきてください」
 そこで熱病にでもかかってしまえば、流石の貴方もくたばるでしょうし、と付け加えて、我孫子は運転を続ける。
 砂漠に続いていた道なき道を通って、国道に出てくる。
 だんだんと、誘蛾灯だけだった単調な道が、光に囲まれるようになる。
 あちらこちらに中小企業のビル――夜中まで光が漏れているとはお疲れ様なものだ――や、ラブホテルが散見される。例の青い看板を見ると、トゥキョオ中央区までは後五〇km、と書いてあった。
「なかなか、遠いですね」
「あぁ」
「今日は帰ったらもう寝ます?」
「当たり前だ。今何時だと思ってる。世間では幽霊が出る時間だ」
「いえいえ、二時四十五分だと微妙に外れますよ。幽霊は二時半までですね」
 ハンドルを華麗に操りながら、国道を少し飛ばして走る。
 まさか、違反切符取られるくらいでムショ行きは無いだろうが、どうしても怖くなってしまい、きょろきょろとあたりを見回してしまう。
「王目(ケーサツ)はここら辺は見ていません。無論、スピードメーターもありませんよ」
 俺の考えをあっさりと読みとったのか、前を見据えながら我孫子は言う。
「そうやって僕にアドバイスしたの、アナタじゃないんですか?」
「あぁ、確かな。高校生のお前に車の常識を教えてやろうと思ったんだ」
「何が常識ですか。あぁいうのは抜け穴って言うんですよ」
「そうとも言うー」
「……どっかで聞いたことあるフレーズですけど、まァいいです。ところで、いつもアナタの後ろをとてとてと着いてくるあの可愛らしい女の子はどこに行ったんですか?」
「誘拐された」
「はぁ!?」
 ナンテコッタイ、という顔をしながら我孫子が俺の方を睨む――俺の責任じゃねぇから。
「しかも人ではない生物に」
「し……触手! 触手ですか!?」
 何故そこでその答えしか思いつかないのだろう。
 いや、我孫子がとんでもないエロゲマニアであることは周知の事実であるのだが。
「触手ではない。立派で堅くて長いものが着いている」
 ドラゴンの角である、とは敢えて言ってみないことにする。
 予想通りというか、我孫子は若干興奮したようで、頬が微かに火照っているのが分かる。
「そ、それは……もう、アレとしか思えな……」
「しかも二本」
「にほぉぉぉぉんぅぅぅ!?」
 ツノ、ですから。
「うっはぁぁ、そりゃ、アレッすよ! ○○○と×××を同時にバンバン出来るっていう多機能かつ高機能な――」
 ベラベラベラベラ……いつものごとく、我孫子式浪漫飛行が始まった。
 俺はそれを無視して、横窓のガラス越しに街を見る。
 いつの間にか、周りは様々な光に覆われ、この車に次々と降り注いでいく。何色もの光が横切っていく様は、何とも都会を走る車らしくて、俺は少し興奮した気分になっていた。

 パブの艶めかしいライトアップ。
 ネオンで出来た看板を振りかざすパチンコ店。
 飲み屋の赤い提灯。
 ホストクラブのカンカンとした白いライトアップ。
 眩しいショウウィンドウから見える高そうなブランドを指くわえて見ている女。
 一見レストランっぽく、多分中では若者が戯れているであろう煌々とした建物。
 カラオケ店の見た目も中々に派手さを増している。
 ビルから流れてくる今時の理解しがたい音楽が耳についてくることもあれば。
 クリプトプシィさながらのバイクや改造車の轟音が目の前を通り過ぎていく。
 
 ――そして、汚らしく飾りつけられた街を見下す三日月が、見覚えのあるタワーに若干重なりつつも、こっちを照らしていた。

「砂漠でも見たけど、今日は月が綺麗な日だな」
「フフ、タワーが見えてきたからって、別の対象に話を置き換えないで下さいよ。見えているんでしょ?」
「あぁ、見えているさ。いつ見ても不細工なトゥキョオタワーだ」
「そう言うこと言わない約束です。それ街中で言って右翼に殺されそうになったじゃないですか」
「ふう、寝起きだぜ、俺。そりゃ少しはイライラしてしまうこともあるさ」
「僕もこんな夜中は普通寝ています。でも、トゥキョオって絶倫な街ですね。ホント、ビックリしちゃいましたよ」
 絶倫の街とは、なかなか乙な表現をしてくれる。
「あぁ、確かに、なんか飯時みたいな気がするくらいだ」
「でも、我慢してください。僕もアナタも、所長の命令には逆らえないんですから」
 所長、と聞いて、俺は顔を暗くする。
 あぁ、そうだ、戻ってきたのだから、数日後にはアイツと顔を合わせないといけない。
 そう思うと、どうも気が滅入ってしまう。
「所長、嫌いですか?」
 ストレートな質問をしてくる彼に俺は苦笑いをして、
「さぁな」
「僕も、そんな感じです」
 正直なところ、アイツとは深くは付き合いたくない。
「どうも、性格がなぁ……」
「どうも、性格がですね……」
 同時に同じ言葉を口にした俺と我孫子は、そのシンクロぶりに、思わず吹いてしまった。
「考えていることは同じだ」
「みたいですね」
 と、そこで、急に何かを思い出したかのように我孫子がアッと声を上げる。
 そうして、車を路肩に止めると、助手席と運転席の間に置いてあった袋から、缶コーヒーとおにぎり、サイドフードをいくつか取り出してきた。どうやら、俺のために買い置きしていたらしい。
「サンクス」
「久しぶりのコンビニ食ですよ。考えると、なかなか恋しい食べ物じゃないですか」
 アクセルを踏みなおして再び街に躍り出る。
「それもそうだ」
 カッツ、とコーヒー缶を開けると、生温くなってしまったそれをのどに流し込む。
 鼻つまりがひどくて口で息をしていたのか、カラカラになった口内に、その生温かい液体はいい感じで染みわたっていく。
 コンビニのおにぎりを開けると、それに片手でガブリとかみつく。
 やはり、具はシーチキンマヨネーズだ。
「俺の好み、良くわかってくれているな」
「ありがとうございます、でも僕は安いものならおかかなんですが」
「あれは邪道だ」
「そう言うと思いました。ちなみに、そのおにぎり、全部シーチキンマヨネーズです」
「……それもそれで、ひねりが無さ過ぎる」
「良いんですよ。僕の懐が温かくなりますから」
 と、そんなことを言いつつも、無駄に高いサイドフードもいくつか買ってきてくれているようで有難かった。
 チキンを単体で食うなんて、何か月ぶりだろう、と思うくらいだった。
「とりあえず、今日は所長に会う必要もないでしょうし、例の場所にアナタを連れていけばいいんですよね?」
 流麗なハンドルテクニックを見せつつ、横目で我孫子が俺の方を見る。
「そうしてくれ」
「でも、良いですよねぇ、僕も欲しいです、ドラゴン」
「あぁ? やめとけ、やめとけ」
「えー、なんでですか?」
「アイツをブッ倒して経験値がもらえたり、最強武器を作るのに必要な竜の角をゲットできるならまだしも、仕事はサボるわ、飯はよう喰うわ、費用対効果が全くないんだゼ?」
 そのくせ黒猫のことはわが子のように大切に扱うし、言うことも聞く。
 ――あのロリコンめ!
「随分と、アナタも苦労しているんですね」
「なんなら、俺と役職変わるか?」
「いえ」
 そっけない返事をよこしてきた。

「……チッ」


   *   *   *


 ――AM05:05 マラシュケ区、マラシュケ中央広場。

 荒れた道に逆戻りし、荒野を車で走らせること約3時間。
 先ほどのトゥキョオと比べると、随分と阿弗利加チックな街になる。
 一面に広がるコンクリの地面の広場上に、白いテント屋根をつけた露天商がそこら中で店を展開している。各々が紐で適当に括りつけられた白熱ランプが、相変わらず盛況な中央広場を明るく照らす。
 また、中央広場を囲うように沢山の背丈の低い白や赤褐色の建物も軒を連ねている。

 俺は、荷物だけを降ろしてもらい、我孫子と別れて、一人、市街を歩いていた。 我孫子は今日の昼も研究の仕事があるらしく、そのまま元の道を戻って行った。
 右目に見事な黒いブチを持った白い犬が、ハッハッと舌を出しながらこっちの方をじっと見つめている。
 若干痩せている感じの顔つきが、なんだか、その顔にいやらしさを付け加えている気がしてならない。
 ――フッフォッフォ、あんちゃん、苦労してるねぇ?
 とか、言っているみたいな。
「こっちみんな、f**kin’ dog!」
 だからこっちも、思わず大声で怒鳴ってしまう。
 ブチの素敵なその犬は、何が何だかわからない様子で、ただ、迫力に押されすたこらさっさとどこかへ走り去ってしまった。
 良く考えたら、犬が人間をバカにすることなんてありえない。
 きっと飯をちょうだい、的なノリで近づいてきただけなのだ。
「スマン」
 どうやら、俺自身がただ単に不機嫌なようだ。
 深呼吸をひとつして、荷物を片手に、少し急ぎ足で目的地に向かう。
 露店の人達が、ジャポネらしい清楚な身なりをしている俺を目ざとく見つけては「駆けつけ一杯」「オリーブ沢山」とか言って手招きしてくるが、今はそれに構っている余裕はあまりない。これから住む場所は中央市街より歩いて数分の所にあるらしいが、何せ脇道が複雑そのものであるため油断はできない。
「まずは雑誌屋とトマト売りの店の間の路地に入って――」
 我孫子からもらった地図を片手に、俺は迷路の入口へと入っていく。
 赤い土壁で出来た建物との間にある通り道は、もはや隙間と言っても過言ではないほど狭かった。もちろん自動車など通れないし、自転車でかろうじて、と言ったところだろうか。
 早朝はまだ、人の姿はあまり見かけない。
 段々と、太陽の光が漏れだしてくるように降り注いでくる。
 上を見上げると、建物と建物の間に竿が縦横無尽に引掛けられており、洗濯物がひらひらと空中を浮いているように躍っていた。砂漠の近くにある都市であるため、日の出の時間帯は幾分か涼しい。
 俺は地図に書いてある赤い通り線に沿って右へ曲がったり、左へ曲がったりする。
 途中にトンネルを抜けたりしながら、正しい道を選択して歩いた。
 ――はずだった。
「あれ?」
 やっと、目的地だ、と、最後の角を曲がったと思ったら、そこには先ほどと同じ、賑やかな広場が目の前に広がっていた。白熱ランプはもう使われなくなっており、もはや朝の市場として活気づいている。
 時間は過ぎているようだが、俺は全く進めないまま振り出しに戻されたらしい。
「なんでだよッ」
 俺はもう一度、地図を広げる。
「雑誌を売っている店とトマト売りの店の間を入っていくところは絶対正しい。そうして、次に二番目の角を右に曲がって、すぐに出てきた交差している所を左に――」
 独り言をブツブツと呟きながらもう一度迷路の攻略を始める。
 別に難しい方程式を解かせるわけではない。ちゃんと、地図面の右左が把握できてさえいれば、きちんと答えの場所にたどり着けるはずなのだ。
 道の途中でおばちゃんや子供に声をかけられたり、男に道案内を申し込まれたこともあった。前者はともかく、後者は何かとトウキョオ人を狙った似非案内人である可能性もあるので、丁重に断る。
 活気がどんどんと狭い路地にも浸透していく中、猫がそこら中を歩き回っているのに気付いた。
迷いつつちょこちょこ進む俺を尻目に、彼らはすたこらさっさと何処へと消えていく。
「あーあ、猫の手も借りたいや」
 歩き過ぎで白ニット帽が蒸れてきたので、それを外して髪の毛をぐしぐしとかき回す。良い感じに清涼な風が頭を駆け抜けていき、思わずフゥと息をついてしまう。
 こう言うことは冷静に考えないといけない。
 冷静かつ、大胆に、だ。そう進んでいれば、きっと道は開ける。

 ――30分後。

 最後の角を曲がり切り、俺はその光景を見た。
 オレンジをそこら中に積み、それをオーダーされたごとに切り取って、ジュースにし、売る人もいる。野菜をそこら中の木箱に詰めるだけ積んで、人々に叩き売りをしている男の人もいる。自転車のかごに入れるだけの食料を積んだ女性が、路地の方へと消えていく。
 太陽の光は先ほどよりも幾分高くなって、一瞬違う場所のように思えた。

 だけど、そこは中央広場だった。

「うわあああああああ!」
 ――もうイヤだ、ここから消え失せたい。
 我孫子の前では、俺も結構な先輩面をしている。(所詮、2カ月程度の差なので、相手からは同僚扱いなのだが)
 だから、どこか心配そうに俺の方を見つめてくる彼の視線をよそに、大丈夫だ、一人で行ける、と強がってしまったのだ。

 と、呆然自失としている俺のそばに、ケバブーの串を持った何とも疲れ切った服を着ている大男がのっしのっしと近づいてきた。
「どうかしたのカ? トゥキョオから来たような身なりダが」
「えぇ、まぁ」
 いつもなら無視するが、今回は現地住民に頼るとしよう。ぼったくられるだろうけど。
 俺は、二時間は握っていたであろう地図を彼に手渡した。
 軽く今までの事情も説明する。
 だが、それをしばらく見ていた男はやがて吹くのを我慢するかのように口元を歪め、俺の方を向いて一言言った。
「お前、どっかの地図売りにでも騙されたナ、これ、でたらめだ」
「……は?」
「あー、でもよく見ると、これは10年前くらいの地図かァ? ま、今はどちらにしろ意味が無い代物だからヨ。俺が代わりに正しい地図売っているところ案内するワ。あぁ、言っておくが、そこは国営だから嘘つきな場所じゃねぇし、安心しな」
 ケバブー串をくちゃくちゃと食べながら、ガニ股で俺を案内してくれる。
 また騙されるんじゃないのか、と一応疑心を抱いてはみたが、たどり着いたところが広場を囲む建物の一つだったので安心した。
 こうして、俺はようやく正しい地図を手に入れ、今度こそ、正しい家を探すことにした。
 家の番地名だけは我孫子本人から教えてもらったので、それを伝え、ご丁寧に赤色の線で正しい行き方まで教えてくれたので、今度はあんなことにはならないだろう。

 ――30分後。

 今度は中央広場に戻ることも無く、たどり着いたところは、水が出ない噴水が中央にある、小さな広場だった。幼い子供が数人で連れたってどこかに向かおうとしている。
 どうやら、もう学校へと登校する時間帯らしい。
 学校の始まる時間が9時だとすると――俺は約3時間半、迷わされていたのか、畜生。
 一体、俺はなんであんな偽物を掴まされてしまったのだろうか。
 まぁ、――犯人は大体分かっている。
「三日月ィ……」

『所長、嫌いですか?』
『さぁな』
『僕も、そんな感じです』
『どうも、性格がなぁ……』
『どうも、性格がですね……』

 俺には義理の妹がいる。名前は〈三日月〉。
 妹、しかも義理、と聞けば、どこぞの連中(例:我孫子)がとても羨ましそうに俺の方を向いてくるかもしれないが、とんでもない。アイツの性格の悪さと頭のキレ――若干16歳で所長の座に就くくらいなのだから――は、もはやエロゲに出てくるようなかぁいい妹と同じに扱って良いレベルではない。
 ――そういえば、今回の地図も、我孫子が書いたものではなく、彼が手渡してくれた封筒に入っていたブツだった。今更だが、どうして我孫子が心配そうに俺の方を見てきたのか、その意味が分かる。地図を選んで書いたのは、三日月のせいに違いない。
 というより、研究所でそんな悪戯をする奴なんか、アイツしかいないのだ。
「次に会ったら、絶対仕返ししてやる」
 そんなことを言ってみるが、もちろん、相手の方が一枚上なので、仕返しが成功した試しは無い。逆に切り返されて俺の心に傷が付くだけだ。
「もうなるべく顔を合わせないようにしよう……」
 荷物を手に提げたまま、地図片手に自分の棲みかを探す。だが、地図を見るまでもなく、その場所はすぐに判明した。
 赤、黄、茶レンガで出来たカラフルな一軒家。ガラスで出来た西洋風の窓。
 そこまでは他の家と大して変わらない。
 まず、俺の家だと思えるものには一階が存在しない。その代わり、ぽっかりと開いたその空間にでっかい何かが鎮座している。全身を黒いうろこで包み、立派な角を頭の上から生やしている。ふわぁと牙が並ぶ口を大きく開けて、目をぎょろりと動かす、巨大な生物。(さすがに家を壊すわけにはいかないのか、尻尾は動かしていないようだが)
「ハァ――」
 やっと正しい場所にたどり着いたのに、俺の気分は限りなく暗い。
「おい、クソドラゴン、てめえのせいで飼い主がどんだけ苦労したと思って――」
 ガン無視。
「――もう、良いもん。どうせ、どうせ俺なんて……」
 涙目になってしまう。でも、泣いているところを見られたら、ますますドラゴンにバカにされることは百も承知だ。
 グッとこらえたまま上を見る。
 そこに広がっていたのは、相変わらず雲ひとつない快晴だった。
引用なし
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とある少女とショーネンR18 それがし 10/2/6(土) 23:58
とある少女とショーネンR18 〈プロローグ〉 それがし 10/2/7(日) 0:07
とある少女とショーネンR18 〈感想板〉 それがし 10/2/7(日) 0:10

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