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適当な口調で、言った。
「ギターさ、朝の粗大ゴミに出しちゃったんだよ!
8時のさ、粗大ゴミに、全部、全部、出しちゃった!!」
「…へ?…えー、何よ、そのジョーク!
やっぱり、本ちゃんには面白い話はできな…。」
「…。」
「………ぇ?ちょっと、待ってよ…。」
「今日は、お別れを言いに来たんだ。」
「…ぇ?」
「分かっちゃったんだよ!俺分かったの!!
俺才能無いみたい!!
ハハハっ、メッチャ面白いよな!
せっかくの5年間を棒に振っちゃった!!!
…。…だからさ、…。
…俺、田舎に帰って、仕事でも、するわ…」
「…。…もう、本ちゃんっ、もうそのネタは良いからっ!
全然面白くないよ!凄く寒いもん!」
「…。…そう、そうなんだよ。
人生ってのは…全然面白くも何ともない、
寒いモンなんだよ。
ハハハ…これ、お前にやるよ。想い出に取っておけ。」
俺は黙って未だに半信半疑な目をしている薫に、
一つの物を渡した。
いつか二人でお金を出し合って買った一本のギター。
それの、“俺によって折られた”ネックの一欠片、
その時薫が出したぶんのお金を、添えて。
「その封筒のお金はもう、返さなくて、良いよ。」
「…。」
「お前がいつか、すんげぇ有名なヤツになってさ、
テレビにいっぱい出演できるようになったら、返してくれよな。
…ま、元々お前の金だし、返さなくても良いんだけど。」
「…。」
「楽しかったよ。5年間。棒に振ったけど、“棒に振らせた”けど、
もう、お前はそんな売れない人間で居る必要はないんだ。
じゃあな、例の音楽事務所にでも連絡してみろ。
あのプロデューサーの顔、マジだったしな。」
「…。」
「あぁ、そうだ、このぶっ壊したギター、前お前が触っただけで怒ったよな。
今更だけど、謝るよ。
あぁ、そうだ、後は…。」
「ふざけんな!!!!!」
薫は乱暴に叫んで俺の方を見た。
封筒とギターの欠片を思い切り壁に投げつける。
行く先知らず、二つは壁に向かって突進していった。
でも、撃沈し、その下へとぼとっと落下する。
壁は少しへこみ、ギターの欠片はベッドの上に転がった。
薫は怒っているような顔をしていた。
それがどんな怒りかは、俺には分からなかった。
でも、その目からは大量に涙がこぼれ落ちていた。
声を出したいのに、声が出せそうにないように。
それでも、振り絞った声が俺の耳に届いてきた。
「あた、しは…本ちゃんに、憧れ、ていたんだ、よ…?
毎日、高校の机、に突っ伏して、頭と、身体と、時間を費やして…。
何にも、何にも!楽しいこ、となんて、無かったんだよ?
でも、初めて会ったときの本ちゃんは違ったの!
毎日、汗水流して、バイトして、それでもギター買えなくて、
だから、もっとバ、イトして、過労で、倒れ、て、
本当に、死にか、けて、でもそれでも、ギターの、ために、
汗水流、して…。
ギター、買ってはしゃい、で、私の髪を、撫でてくれ、て…。」
「…。」
「ちっちゃ、い部屋で、ギターの、機械、に、囲まれて、
あたしを座らせて、良く聞かして、くれて、
面白いことも、言って…なんか…すっごく、格好良かったじゃ、ない…
…やめちゃったら、何にも、ならない、じゃな、い…」
「…。」
「…ねぇ、そうだ!
あたしの口座からさ生活費出せるから、これからも一緒に住もうよ!
あたしが1人でプロになるから、お金かせいで、本ちゃんと一緒になって、
全部、あたしの建てた家を本ちゃんが使えばいいからさ!
それで、もっと上手くなったら私と一緒にプロに来ればいいからさ!
だから…」
「…。」
「だから、さよならなんて言うなぁ!!!」
「…薫…。」
「行くなんて言うなぁ!!!消えるなんて言うなぁ!!!
壊したギターなら、あたし、がまた、全部買ってあげる、から…
あたし、1人で、一体これから、どうしろっていうの?」
薫は傍にあったマイクを握りしめてうつむいた。
俺は泣きそうになった。
恋人と別れるときは、こんなにも、泣くことはないだろう。
もっと辛い、例えばそう、死に別れのような、そんな感じだった。
でも俺は、虚勢を張った。
「…ありがとう。俺を止めてくれたのはお前だけだよ。
何かお別れの品でも俺にくれないか?
あ、そうだ、この花瓶!前俺が割っちゃったのを、
10時間かけて接着剤で治したヤツ!これくれよ!
家で花を育てるのに使うからさ!
…あ!でも、これ治したヤツだから、すぐに空中分解するよな!
これをさ、俺の弟にあげたらビックリするぞ!
ベッドの上に置いておいたら、次の日顔がびしょぬれだったりしてな!」
「…。……へへ。」
「へへ…。本ちゃん、面白い…。」
「…。…笑ってくれた。そ、お前はそうやって、笑顔で人を幸せにする、
そんな才能を持って生まれてきたんだ。
そうやって、笑ってさ、これから生きていけば、
もっと素敵な事に会えるし、もっと素敵な人に出会える。
俺はお前に気付かないように、ずっと応援しているからな。」
「…。」
「俺は田舎でガキに野球でも教えるよ。
俺のいる小学校の野球クラブの人が、推薦しているんだ。
…楽しくやっていくつもりだよ。…これ、住所。
忙しくなるだろうけど、もし機会があれば、また来てくれよな。
…。
…面白かったよ。決して、棒に振った5年間じゃなかったよ。
ありがとう。…バイバイ。」
俺は手ぶらで薫の部屋を出ようとする。
薫は俺の手を一瞬掴んだ。
…でも、俺が目配せすると、すぐに、そっと、はずした。
がちゃりと音がする。
このドアノブで、この音を出せるのはもう、このときが最後だろう。
俺はかすかに無機質な、サビたドアノブに微笑んだ。
ドアを開けると、闇色の空が広がり、
気にするなと言わんばかりに俺の髪を風が通り抜けた。
もう、夜になっている。
そして、ここからの景色を見ることはもう、ない。
…5年間、俺が薫とここに泊まったときは、
薫は何かの拍子にこの夜空を見ながら、
急に泣いてしまったことがよくあった。理由は分からない。
でも、俺はその時、
いつも優しくある言葉を投げかけて、髪を撫でていた。
俺はアパートの廊下を歩きながら、
もう一度薫の部屋の前のを見つめた。
昔の、夢を追っていたある恋人達が、
あの場所から星空を眺めて、白い息を吐いていた。
男はそれを見ながら、優しく、女の髪の毛を撫でながら何かを呟く、
そんな幻想であった。
そして、ゆっくりと深呼吸をして、
その幻想の中で言った言葉と同じフレーズを、静かに、呟いた。
―おやすみ、…君が泣かないうちに。 Fin
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