●週刊チャオ サークル掲示板
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第一章 「不幸な兄妹」1 09/8/5(水) 20:30
第一章 「不幸な兄妹」2 09/8/11(火) 3:57
第一章 「不幸な兄妹」3 09/8/16(日) 12:42

第一章 「不幸な兄妹」1
   - 09/8/5(水) 20:30 -
  
 最近、ナイフの売れ行きがいい。

 老若男女、みんながこぞって買いに来る。
 確かに、売れてくれる方が自分としてはありがたいのだが、理由が「戦争が近付いている」ということを考えると、僕は何とも言えない感情になる。
ちょうど、幼い女の子が「ナイフちょうだい」と言って、しわしわの紙幣を僕に差し出してくる。僕はいつもなら「そんなもの、君が買うべきものではない」と言うだろう。今は、出来ない。例えるならば、このナイフのおかげで少女の命が助かることもあるのだ。
 こんな小さい年から、彼女は血を知り、敵というものを知り、この世界のどうにも抗えない何かを知る。子供のころだけでも、僕は素敵なこの世界の一部分を見せておきたかった。大人はそうするべきだ。だが、彼らはできない。人は、……できない。

「はい、お釣り」
「ありがと、おじちゃん」
 彼女はニパッと明るい笑顔で僕にそう言うと、すたこらと平和そうな町の広場に駆けていった。
「自分、まだ二十歳の若造なんだけどなぁ」

 杞憂になる僕の性格が災いしたのか、最近顔色が悪いと良く周りから言われる。
 たまに物事を良く知り得た老人がやってくると、静かに「お前が作っている道具は人殺しのために売れているわけじゃない。自分の身を守ってくれるというお守りのように買われているんだ。そんな自分が考えなくてもよい」と諭してくれる。
 たまに若い女性がやってくると「ナイフはまだ鶏肉作るときにか使ってないからさ、そんな落ち込まなくていいんだよ!」と励ましてくれる。おすそ分けに鶏卵を3つもらったこともある。

 でも、僕が考え込む理由はそれだけではない。

「えまのん!」
「わっ」
 急に目の前の光が遮られた。
 えまのん、と僕を呼んだ少女はにこりとした顔で僕の方を見つめてくる。
 またか……、と想いながら僕は口を開く。
「郁かよ…なんだ?何のようだ?」
 あからさまに邪険な態度を示されたことに対し、彼女はその笑顔を崩さない。
「別に来たっていいでしょう?晴れた日はバザーに買い物に来る。これが、この〈始まりの村〉で住んでいる住人達の行動パターンじゃない」
「…だとしても、だ。お前が来ると、正直迷惑だ」
 僕はそう言い放つ。郁はそこで初めてその笑顔を崩すと、俯いた。
 そして、地にも通るような低い声で一言言葉を絞り出した。

「ふうん、そんなに〈夫婦ごっこ〉が楽しい?」

「……!」

 彼女の言った言葉に、僕は過剰に反応してしまう。彼女がそういう「喩え」を使って何をいわんとしているかは大体わかっている。
 彼女の名前は郁という。僕の住んでいるこの村に同じ年に、同じ日に生まれた幼馴染と言ってもいいだろうか。今の言葉の掛けあいからは想像できないかもしれないが、僕と彼女は昔から仲が良い友達として村の住人から二人一緒に可愛がられてきた。
 村の近くにある山や、丘や、川など、いろんなところに遊びに行く時には必ず二人で行った。どちらかが病気などで欠けてしまった時には行くこと自体を取りやめにしていた。

 そういった態度が急変したのは、彼女の言う〈夫婦ごっこ〉が始まった時からだった。事あるごとに僕のところに立ち寄っては嫌味な言葉を吐きかけて立ち去って行くようになった。
 今日も、同じように外でバザーをしている僕のところに明るい態度で訪ねて来たかと思えば、邪険に追い返す俺に対して彼女はいつものように……

「おにぃ……?」

 その時、後ろから聞こえてくる声が耳に入って来た。僕はふっと後ろを振り向く。ナイフを丁寧に紙に一つ一つ包む作業を終えたその少女はそれをバスケットに積んで、バザーをしている僕のところに持ってきてくれたらしい。
 だが、彼女のまなざしは僕のほうに向いているようではなかったようだ。彼女の視線は……座っている僕の頭上を越えて、目の前に佇んで僕の店に影を落としている女性のほうにそそがれていた。

「胡桃ちゃん、こんにちは」
「……何しに来たんですか?」
 僕と同じように邪険な態度を示した彼女に対して、郁はクスッと笑う。
「買い物以外に何かあると思う?それに、買い物客に対する態度が悪いと思わないの?あなたって本当に〈お兄ちゃん〉がいないと何にもできないのねぇ」
 そう言われた胡桃はその厳しい視線をさらに強める。バスケットをもっていない右手が握りこぶしで固くなっているのが分かる。彼女は普段は穏やかな性格のはずだが、どうやら郁の発言でどうしても胡桃の琴線に触れるワードがあるらしい。
 ……いや、あるらしいというか、あるのだ。
 それは普通なら何の変哲もない言葉。だが、僕たちにとっては、タブー。

「……帰ってください」

 胡桃は至極冷静な口調でそう言い放つ。
「嫌だ、って言ったら?」
「なんで嫌なんですか?」
「商品を見たいからに決まってるじゃん」
「そうですか。でも、残念だけれどもあなたに見せるような商品は無いですから、お引き取りください」
「嫌だ」
「……早く帰って」
 引き下がろうとしない郁に、胡桃もついに丁寧語を使うことをやめる。
バスケットにあるナイフでも取って刺しにかかるくらいの怒りのオーラというものが僕の髪の毛をちりちりと揺らす。
「だからさ、そんな口調は買い物客には……」

「帰って!」

 胡桃はそう叫ぶとバスケットを思いきり地面にたたきつける。紙に包まれたナイフがバラバラと広場に散らばる。周りで他の店を回っていたバザー客が一斉に僕たちのほうを向いた。
 その好奇の視線と、胡桃の怒り狂った態度にさすがにの郁も気まずさを感じ、それ以上言うことをあきらめてさっさと他のほうへ向かって行ってしまった。

「……ごめんなさい」

 身長が低く、細身の体をもつ彼女の体がまた一段と縮こまってしまう。僕は気にするな、という意味を込めて優しく頭をなでてあげた。
 胡桃は僕より四つ下の十六歳である。そして、僕との関係は、夫婦だ。もしかすると、この世界に定義されている「別の関係」があるのかもしれないが、僕たちはそんなことは関係ない。僕たちがそう分かっているものが一番正しいことであると思うし、世界がそう決めているからって別に必ず従わないといけないとは限らない。
 もちろん、従わないとある程度の苦さを味わうことにはなるのだろうが。
「胡桃、そろそろ露店会場から出て、家に帰ろう」
「もういいの?」
「ナイフはすぐに完売してしまったし、僕も考え事をするくらい暇になっちゃったしさ。悪いな、せっかく家からそんな重たいものを持ってこさせておいて」
「あ、うん、良いよ。これは自分で持っていこうと思っただけだから」
「そうか。〈おにおん〉は元気か?」
 僕はそう尋ねると、胡桃は「相変わらずだよ」と首を縦に振った。

 〈おにおん〉とは僕らのつけ名であり、本当の生物名は「チャオ」というものらしい。頭の形が玉ねぎに若干似ているので僕らはそう名付けている。体は頭よりも小さく、手足がそこから短く伸びている。体は全体的に青っぽいのだが、手足の先は緑→黄色とグラデーションがかっている。胡桃がまだ小さかったころにねだられて隣町のチャオ・ショップで買ってきたものだ。

 僕は全ての片づけを終えると、村の端っこの方にある自分たちの家へと向かった。
引用なし
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第一章 「不幸な兄妹」2
   - 09/8/11(火) 3:57 -
  
「ちゃおー」
 家に帰ると、いつものようにオニオンが玄関でちょこんと座りこんで僕たちを出迎えてくれる。その鳴き声はいつも「ちゃお」だから、この生き物はチャオという名前が付けられたのかもしれない。
「ちゃお?」
 そんなことを考えながら彼をじっと見つめていると、疑問符付きのぽよ(彼の頭の上には黄色をした丸くて柔らかそうな球が浮いている)を強調しながら、おにおんは「うん?」といった感じで僕たちを見つめてきた。
「……あ、あぁ、ただいま、おにおん」
 頭を撫でる。
 すると、今度は不思議なことに先ほどまで疑問符形を作っていたぽよが急に成形しだし、あっという間にハート型へと変化した。確かにぽよが空中に浮かんでいることからして不思議といえば不思議なのだが、この生物はいろいろと不思議な性質を持ち合わせており、多くが謎に包まれている生物だという。
「あはは、おにおんかわいい」
 胡桃がその様子を見て手を叩いて喜ぶ。
 不思議なのは確かだけれど、その気持ちを知るのはとても簡単な生物だ。喜んだときにはこうやってぽよをハート型にすることもあれば、たまに俺の脚が彼にぶつかってしまうとその形はぐるぐる巻きをしたものになる。分からなかったことがあると、はてなマークにして、驚いた時には素直にびっくりマークを作る。面白くて、愉快で、可愛らしい生物を買ってきたもんだな、と僕はつくづく思う。

 この村はいつも平和だ。いや、正確には平和だった、か。
 僕たちのいる世界は本当は緑色と青色に囲まれているはずだった。緑色の草原、森、山、そしてその穏やかな色をしたような人々の心。青色の空、川、海、そしてその清々とした青色のような空気。
 だが、いつの間にか赤色をした鉄が発見されて、赤色をした人の血を流すような戦いが数多く起こるようになってきた。人はそれを戦争といった。戦争はやがて巨大化し、長期化し、普通の生活を営んでいた人さえもむしばみ始めていた。この村も同じように、その逃れられない渦に吸い込まれていくかのよう、戦争色に確実に染まっていた。
 ナイフが売れる。銀色の冷酷な色をしたナイフが、たくさん売れる。そしてそれは赤色を吸収し、あざ笑うかのようにまた振り下ろされる。誰かを守るため、自分を守るため。誰かを殺すため、自分を殺すため……。
「また考え事?」
 後ろから声がした。
「おにぃはいつもそんな感じだね。毎日そんなこと考えていたら頭がパンクしちゃうよ?」
「パンクしない程度にはしているさ」
 苦笑いをしてそう答える。相変わらずの心配性だが、彼女の声は自分の不安げな考え事を一時停止させてくれるので助かった。
 僕はすっとイスから立ち上がると、ドア横にある灰色の石でできた貯水所に行く。ちょろちょろと、水が木で出来た管から出ていてそれは干からびることが無い。ちょうど山水から通してあるので、夏でも冷たい。コップを二つ棚から取り出し、ちょろちょろと出てくる水をそれで受け止める。と、と、ととととと…、と満杯にして、机の上に置いた。
「ありがと」
「暑いからな。倒れてしまう前に水分だけは補給しておかないと」
「うん……。あ、おにぃ」
 水を一口二口飲んで彼女はふと僕に問いかける。
「何?」
「なんか、ね。近くに住んでいるフーおばさんが言ってたんだけど、勇者様がここに来るって話、知ってる?」
「勇者様って、どういうこと」
 初耳だった。
 勇者様、とは誰なんだろう。いや、それ以前にそんな勇者と言われるほど有名な人間の存在を聞いた覚えはない。
「おにぃは知らないの?勇者様」
「言葉では聞いたことあるけど、……そんな風に呼ばれる人間は聞いたことない」
「へぇぇ。いや、あたしも名前までは知らないんだけどさ」
「……」

 ここの村のことを人々は何故か「始まりの村」と呼ぶ。それと何か、関係があるのだろうか。
 僕は冷たい水を一気に飲み干す。そしてコトンとそれをテーブルに置くと、俺は外に出ようとする。いつものごとく、胡桃も一緒に行くということで彼女は付いてきた。
 外は相変わらず熱かった。暑いという表現はもはや合わないようであるほどだ。燦々と揺らめく太陽が真っ白なカクテル光線を地上のモノすべてにふりかけているようであった。時より吹いてくる風がやけに生暖かい。
「暑……」
 うだるような気温で胡桃はそうつぶやいた。
「今日は隣町までチャオのえさを買いに行くから、辛いようなら家で休んでいてもいいんだぞ?」
「ううん。今日は自分も隣町に用があるから……」
「あぁ、そう」
 胡桃の言う用事とは多分言い訳だ。強がらないで普通に家に帰ってぐったりしていればいいものを、彼女は僕が隣町に行くたびについていこうとする。
 自分たちの棲んでいる「始まりの村」から隣町の「オーの漁港町」は大体往復10kmくらいあり、歩いて行くには少々きつい道のりである。それまでは森も山もなく、いたって平坦な草原道だから良いのだが、やはり距離の長さは胡桃にとっては苦痛であろう。
 あぁ、そう、とそっけなく言ってしまったが、やはり時々くらりとする彼女を見ると心配せずにはいられない。
 と、丁度目の前に大木が木陰を作っているのを発見したので、僕らはいったんそこで休むことにした。
引用なし
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第一章 「不幸な兄妹」3
   - 09/8/16(日) 12:42 -
  
「ふぅ……」

 木は高さはそれほどでもないが、その葉の広がる幅が大きく、木陰で休もうとするには丁度良かった。草原にはそのような青々しく茂った大木がいくつか空に向かって伸びており、こっちが見ただけでも平和な光景だった。
 胡桃は少し息をついて木の幹に寄り添う。ここで昼寝をされても困るので「寝るなよ」と言うが、彼女は「あぁ、うん、分かった」と力の抜けた返事をして、目をつぶろうとしていた。想わず苦笑いをして、仕方ないな、と自分も隣で少し眠ることにする。買い出しの途中なのでお金しか持ってきていない。これはジーンズにでも押し入れておけば平気だろうと、僕は安心して目をつぶった。

 ――勇者が来る。
 ――僕たちの町に、勇者が来る。

 村の子供達は、またそんな感じで喜んで踊っているのだろうか。

 以前、僕も胡桃も幼い頃、始まりの村にはドラゴンがやってきたことがある。野生のドラゴンのようなどう猛さはなく、人なつっこく、巨体をめんどくさそうに動かす姿は、男の子の想像とは少し違っていたが、別の意味で僕たちは彼のコトが好きになった。
 彼はもう年老いていたらしく、炎は吐くことはなかったので、子供が近づいてもとがめられることはなかった。なので、僕や友達数人で彼の背中に乗ったときは新しい世界にスリップしたような気分だった。
 結局、数年後、彼はまた別の町に連れて行かれたのだが――

「おにぃ」
 誰かの呼ぶ声で目を覚ます。横を見ると、「早く起きなよ」と言った顔で俺の頬を見つめている胡桃がいる。空を見ると、まだ青さは残っているモノのだいぶん白みがかっている。午後3時頃と言ったところか。
「寝過ぎた……ってほどでもないよな」
「うん、でもそろそろ行かないと帰るときには夜になっちゃう」
「そうだな。もう行こう」
 僕は立ち上がって、ジーンズに付いたわずかばかりの草の破片を叩いて落とす。胡桃も同じような仕草で草を落としていたが、ふと何かに気付いたように草原の向こうの方を指さした。
「え?何?」
 視力が悪いので遠くの方は良く見えない。
「誰か倒れていない……人……」
「人が倒れているのか」
「うん……」
 僕は至極冷静に答える。
 倒れているフリをする盗賊もいるのだ。倒れたフリをして近づいてきた優しい人を不意打ちにして殺してモノを奪う。村の会議で最近そんなパターンが多いと言うことで僕も警戒するようにしている。
 そんな中のコレなので迂闊に信用することは出来ない。
「男の……人だと想うけど……」
 胡桃はじっと、その丸くて大きな目を、その遠くの方で倒れている人影に向けている。


(短くて申し訳ない)
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