●週刊チャオ サークル掲示板
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
8099 / 8189 ツリー ←次へ | 前へ→

チャオ・ウォーカー DoorAurar 11/1/1(土) 0:04
1 僕の人生には、常にレールが敷かれている DoorAurar 11/1/1(土) 0:05
2 チャオのこと、好きなの? DoorAurar 11/1/6(木) 0:13
3 チャオを消費して動かす機械 DoorAurar 11/1/6(木) 21:22
4 他に方法がないから DoorAurar 11/1/12(水) 15:29
5 未来は二択を迫られている DoorAurar 11/1/20(木) 4:41
6 見上げることしか出来なかった DoorAurar 11/2/4(金) 2:57
7 神様の操り人形 DoorAurar 11/2/4(金) 3:08
8 あたたかいなにかを DoorAurar 11/2/4(金) 3:20
9 ライトカオスチャオ・ウォーカー DoorAurar 11/2/6(日) 18:16
10 今の僕には未来が見える DoorAurar 11/2/6(日) 20:32
あとがき DoorAurar 11/2/7(月) 1:14

チャオ・ウォーカー
 DoorAurar  - 11/1/1(土) 0:04 -
  
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。

全10話くらいを予定しております。タブンネ。
言いたいことは小説の中で伝えます。
まえがきとしてただ一言。

人型ロボットの時代は去った。
これからは宇宙人型ロボットの時代であると言わざるをえない。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@pd84d9c.sitmnt01.ap.so-net.ne.jp>

1 僕の人生には、常にレールが敷かれている
 DoorAurar  - 11/1/1(土) 0:05 -
  
 僕の人生には、常にレールが敷かれている。
 物心ついた時から見えていた。僕にしか見えていなかった。
 ずっと、レールの通りに歩いて来た。次第に避けるようになった。きっかけは憶えていない。レールの先に嫌なものがあったのだろう。それが嫌で、強制された不幸なんて最悪で、僕はレールを避けて歩いた。
 だから僕がそのレールに従うことはない。
 だって、誰かに強制される人生なんて、真っ平御免だろ?


 ------------------------------------------------------------


 末森未来(すえもりみらい)。出席番号九番。十七歳。高校三年生。誕生日は九月十三日。地味な顔をしている。不景気な顔ともいう。
 無造作に伸ばした髪の毛の一部がはねている。寝癖だ。なお、この場合の寝癖は寝ている間にとる一定の行動のことではない。
 高校生活最後の一年間をどう過ごすべきか。歳の割には老けているということで人気を集めている若い教師が教鞭をとる。
 本来なら学生は教師の話を吟味し、熟考し、昇化させなければならないのだが、例によって彼の話を聞いているものは極僅かだった。
 末森未来少年もその一人である。
 ところで未来の視線はある一点に注がれている。
 そこには少女の姿がある。
 授業中にも関わらず、膝の上にチャオを乗せている少女だ。だからというわけではないが、他の人は彼女のことを気味悪がっている。嫌っている、そう言ってもいいだろう。
 未来は周りに合わせこそしてはいるものの、そう思っていない。
 肩甲骨のあたりで切り揃えられた黒髪は著名な芸術家が細工を施したように見目麗しいし、背と体の一部が小さい事――見かけ上は、だが――を除けば、芸能人と並んでも不自然ではない容貌をしている。一見して気弱そうな印象をうける彼女だが、それに違わず自己主張をあまりしない。いつもむすっとしているのが玉に瑕なのだと未来は思う。
 このように、未来は彼女に対してただならぬ興味以上の感情を抱いていた。
 名前を庭瀬恵夢(にわせめぐむ)という。
「いつまでぼーっとしてんの! とっくにホームルーム終わってるよ!」
 すぱあんと頭をはたかれる。未来の隣にはさぞかし満足そうな笑顔を浮かべた女生徒が立っていることだろう。
「ぼーっとしてたわけじゃないよ」
 予想通り隣にいたのは、彼女をよく知らない学校の生徒に彼女の印象を聞くと、『ああ、あのヘアバンドの』と答えられることの多いほど頭のヘアバンドが印象的なショートカットの少女である。
「じゃあ、また明日ね、末森!」
「じゃあね」
 そう言って、斎藤朱美(さいとうあけみ)は大手を振って走る。彼女にはよく構われ、からかわれていた。
 その光景を見ていた数少ない友達のひとりが肩を組む。
「好かれてんなあ、おい」
「そういうわけじゃないと思うけど」
 彼女の元気さは常日頃から発揮されている、というのは周知の事実であるはずだが、なぜだか彼もしくは彼らは認めようとしない。
 とはいえ、今年も同じクラスになったから挨拶をしに来ただけなのだろう。これが彼のやり方なのだ。
「そういえばさ、三組の……去年三組にいた中川さん? あのひとのチャオ、行方不明になったんだって」
「また? それ、この間も聞いた気がするけど」
 友達がため息をつく。彼のチャオも先日行方不明になったばかりなのだ。
 未来はチャオを持っていないし、彼らの気持ちはあまり分からない。同情してはいるが、しかし痛快でもあった。チャオを持っていないということで何度も嫌な思いをして来たからだ。
 それを上手くはぐらかして、宥めるように友達の肩に手を置く。
「きっと戻って来るよ」
「だと良いけどな」
 中身のない思いやりだと自虐的に思って話題を変える。
「それより、新入生にハチャメチャなヤツが入って来たんだって?」
「あー、その話か」
 友達はやや事情を知っている様子だった。入学式時にクラスメイトが傍で噂していたのを聞いただけだったので、未来は興味津々である。
 いわく、今年の新入生には変なヤツがいる。
「入学式が始まる前にさ、屋上に……ほら、立ち入り禁止じゃん? なのに屋上にいたらしくて、先生たち、みんな仰天してたらしい」
 屋上。普段、屋上へ繋がるドアには鍵がかかっているはずで、使用許可――主に天文部が要望する――を取らないと入ることが出来ないと聞き覚えのある。
 友達は次々と話す。
 高校入学のテストは満点であったこと。どこかの富豪のご子息であること。話し方が芝居がかっていて、オウジサマと呼ばれていること。挙動が一々わざとらしいこと。男にしては随分と長い髪をしていて、それが金色であること。顔立ちは欧米系のようであること。ホームルームの途中で突然早退してしまったこと。
 入学式が行われたのが午前中のことで、現在がまだ正午前であることを考えれば、彼の不審さがいかに常軌を逸したものかを理解できる。
 反面、未来は噂の巡る早さと友達の情報収集の早さに驚愕していた。
「まあ、とにかく変なヤツなんだってよ」
「それは変なヤツだなあ」
「でも」
 と、友達が付け加える。
「かっこいいんだ。そいつ。めっちゃかっこいいんだよ。美少年って感じ」
 男の俺でもドキリとするもん、と余計なことまで言いのける。それほど衝撃的だったということだろう。
 だが、未来はなんだか不自然に思っていた。この話を自分から持ち出したのは、何も変なヤツに対する興味だけではない。
 問題なのは、噂話の異常な早さである。
 話は少し逸れ、この高校について補足する必要がある。
 都内最大級のチャオガーデン施設を付属した広大な学園である第一共同学園高等学校――少子化の影響で周辺地域の高等学校を合併させた巨大な学校にも関わらず、入学式からほぼノータイムで噂が回っている。
 未来が噂話を耳にしたのは入学式だ。入学式が行われたのが午前九時。午前八時三十分くらいに入学式前のホームルームがある。変なヤツが屋上にいた時間をそれ以前と仮定し、ホームルーム途中にいなくなったとしても、入学式開始までに噂話が回っているのだ。
 ちなみに、この学校の生徒総数はおよそ三万五千人である。
「おい、聞いてるか? さっきからぼーっとしてるけど、まさか風邪じゃねーだろうな?」
「ちゃんと聞いてるよ。心配しなくても、お前にはうつらないから安心しろ」
「馬鹿で悪かったよ」
 別段、探究心をくすぐられている訳ではない。
 しかし何かが引っ掛かるのだ。
 ひと月程前から勃発する、チャオが行方不明になる事件。いくら何でも、早過ぎる噂話。

 一ヶ月前、突如として出現した"サイボーグ"と、
 それに対抗して、世界を守る"チャオ・ウォーカー"。

 レールの向こうを、つい覗いてみたくなってしまうのは自分の甘えた精神のせいだ。
 未来は猛省して疑念を振り払う。
 まさか全てが関わっているわけがない。一時期に集中しておかしなことが起こっているのは単なる偶然だ。そう思い込むことにした。
「……ったく、聞いちゃいねえ。じゃ、また明日な」
「うん。また明日」
 そう言って友達は足早に去って行く。いつの間にか教室には未来ひとりの姿しかなかった。
 何となくおぞましさを感じて、未来も帰路に着く。
 着こうと、した。
「人の心は善か悪か、どちらだろうね。僕には判断が付かないんだ。善だとするならば、どうして救われない人が生まれてしまうんだろう。それは人の悪がそうさせるんじゃないかな」
 そのぼやきを耳にした未来は、深く考えずに振り向いてしまった。とっさのことである。他意はないのだ。
 ところがそこにはひとりの少年の姿があっただけで、何のおぞましさも感じなかった。さきほどまではこの場から立ち去らなければならないという強迫観念があったにも関わらず、だ。
 少年は綺麗な金色の髪をしていた。体格はすらりとしていて、新品のブレザーも相まって、紳士的なイメージを植えつける。何がおかしいのか、少年は薄ら笑いを浮かべていた。
「有名な命題がある。ひとりを殺せば五人が助かる状況があるとしよう。逆に五人を助けようと思えば、ひとりは助からない。この場合、どちらがより善の行為なんだろうね」
 教室には未来と、その少年以外に人はいない。
 二人の間には阻むものが何もない。
 未来の方がドアに近い。
 少年は顎に手を当てて、窓のさっしに腰を掛けている。
 芝居がかった様子だった。
「どちらかが悪でその対極が善だとしたら、もしその状況に関さないという選択をした場合、それは果たして悪になるのかな。そもそも人を殺すのは悪だろうか。あるいは善?」
「状況によるだろ」
 少年の笑みが深くなる。未来は返事をしたことを一瞬、後悔して、先に立たない後悔を憎らしく思った。後悔が先に来ればあらゆる困難を回避できるのに。
 しかして事実は変わらない。未来は続けることにした。
「そのうちのひとりが死なせたくない人だったらそっちを助けるし、五人の中にいたらそっちを助けるよ。僕だったら」
 善悪というのは事象に対して後天的なものである。行動を起こす前に判断できるものではないのだ。
 最も、この場合は何もしないのが正しい解なのだろう。何もしなければ善にも悪にもならない。自分の中に罪悪感は残るかもしれないが、些細なことである。
「それは善悪論じゃないね」
 少年は一蹴する。表情に不快なものは見て取れない。むしろ心地良さそうに笑っている。
「僕はゼラっていうんだ。新入生さ。君が末森未来くんで間違いないかい?」
「うん」
 瞬間的に未来は彼が外国人だと理解した。ところで、未来はこの外国人という表現が好きではない。国の判別など地球という大きな単位でみれば小さいもので、その小ささをあからさまに露見するものだからだ。
 そのうち宇宙人が地球に侵攻してきたら、外地球人とでも言うのだろうか。
「君は」
 躊躇する。少年は困ったように眉をひそめていた。
「君は、世界を守るつもりがあるかい?」
 彼がそう言った時だ。
 腹の底に響くほどの大きな警報が鳴る。ここ一ヶ月で、未来は何度もこの警報を聞いている。条件反射的に逃げ腰になるが、それが恐怖のあらわれだということに未来は気づいている。
 "サイボーグ"の襲来。ひと月の前に、突如出現した"人類の脅威"。
「ごめん、時間だ」
 ゼラが金髪を靡かせて未来とすれ違う。気障なふうに笑って、彼は未来の肩に手を置いた。
「君とはまた話がしたいな、未来くん」
 少し悲しげな声に聞こえて、それが嫌な空気を帯びていて、未来はとっさに返す。
「いつでもどうぞ」
 彼は笑って、その場からいなくなった。
 緊張が抜ける。だが、本来緊張すべきはこれからだ。"サイボーグ"は放置しておけば人を食らう。肉体的な意味ではない。もっとファンタジーな意味合いである。
 未来は教室に備え付けられているテレビの電源を入れた。速報。"サイボーグ"の出現。
 映像が表示される。機械で造られた鉄の塊が咆哮していた。それはよく分からない形をしている。獣のようにも見えるし、ただの寄せ集めのようにも見える。
 それが現れるのは、決まって首都近辺だ。人がより多く集まる場所。武装した軍隊がそれに攻撃を仕掛ける。"サイボーグ"は人の兵器を意に介さない。銀色の何かを放って、兵器が着弾する前に消滅させてしまう。
 人類の脅威。
 明確な敵。
 平和を脅かす悪魔。
 あれが世界中に現れることになってしまったら、なんて、レポーターが暢気なことを言っている。
 飛翔する"サイボーグ"の両腕が見えた。四肢を持ち、翼を持っている。まるで本物の悪魔のようだ。機械仕掛けの悪魔。それが肩口から青白い光線を放つ。
 地上に着弾する寸前のところ。
 青白い光線が黄金の光に防がれる。
 白い、まっさらな機体。人のような、化け物のような貌をしている機械。救世主。世界を守るもの。人を救うもの。
 "チャオ・ウォーカー"。
 "チャオ・ウォーカー"は黄金の光を放ち、光線を無力化した。同時に"サイボーグ"の放った青白い光線と、全く同じものを、その右腕から撃つ。
 回避行動に移ろうとした"サイボーグ"の翼を貫通し、地へと堕ち行くその機体に、"チャオ・ウォーカー"は追撃する。
 青白い光線の一閃。
 機能の停止した"サイボーグ"は粉々の鉄粉になって、吹き飛ばされた。
 誰が、何のためにそう呼び出したのかは分からない。
 いつの間にか、"チャオ・ウォーカー"と名が付いていた。
 人類の救世主。
 正義の味方。
 平和を守る機械。
 未来はテレビの電源を消した。
 本当にあれは、世界を守るものなのだろうか。得体のしれない恐怖を覚える。軍隊よりも強い兵器。どこの何かも分からない正義の味方。
 "サイボーグ"を殺せるということは、"サイボーグ"よりも強いということだ。
 つまり。
「単なる偶然だ」
 未来は思わずつぶやく。
 そう、偶然だ。
 ひと月前からチャオが行方不明になり続けているのも、ひと月前から"サイボーグ"と"チャオ・ウォーカー"が現れたのも。
 "チャオ・ウォーカー"が現れるたびにチャオが消えているような気がするのも、全ては偶然だ。
 そうでなければ、"サイボーグ"に対抗する"チャオ・ウォーカー"は、いったい何のために造られた兵器なのか。"サイボーグ"の出現を予知していたとでも言うのだろうか。
 だから、偶然なのだ。
 未来は不安でたまらなかった。これから何かが起ころうとしている。自分がそれを感じ取っている。
 レールの上を歩いているわけではないのに、何かに歩かされている気がしていた。
 気のせいだ。思い込もうとする。思い込もうとすればするほど、不安は大きくなる。
 帰ろう。
 未来は歩き出した。


 ------------------------------------------------------------


 自由というのは自分で選べるということだ。
 このレールの上を歩いてしまえば、僕は自由でなくなってしまう。
 でも、レールの向こうを見てしまうんだ。不安に負けて、恐怖におののいて。
 何が起ころうとしているのかを知りたくなって。
 けれど、僕はそれを拒絶する。
 だから僕がそのレールに従うことはない。
 だって、誰かに強制される人生なんて、真っ平御免だろ?
 
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@pd84d9c.sitmnt01.ap.so-net.ne.jp>

2 チャオのこと、好きなの?
 DoorAurar  - 11/1/6(木) 0:13 -
  
 庭瀬恵夢はチャオが大好きである、というのが、末森未来の二年余の研究の成果だ。
 決してストーカー行為に興じていたわけではない。ただ、学校で見かける時、彼女はいつもチャオと一緒にいるのだ。
 極普通のピュアチャオである。ヒーローチャオの、チカラタイプ。それは未来がチャオについても調べた結果だった。
 そもそも未来自身は、チャオに対して興味がない。
 ならばどうして興味のないチャオについて調べたか。
 もしも彼女と話すきっかけがあったとして、彼女の大好きなチャオの話をすることが出来ないのは不利だと考えたからである。
 問題は、どうやって彼女と関わり合いになるか。重大な問題だった。彼女は余り人と話さないのだ。
 だが、未来は諦めかけていた。二年余。彼女のことを見知ってから、二年余りである。その間、ずっと、自分には何も出来なかった。
 勇気が出ないのだ。
 そんなことを考えていたせいか、未来は後頭部をはたかれた。
「不景気な顔して、どったの?」
 斎藤朱美である。未来と朱美とは特別親しいわけではなかった。元々彼女は誰彼なく親しく出来る種類の人間なのだ。友達の少ない未来に世話を焼いているのも、彼女の性格が起因している。
「不景気なのはいつものことだろ」
「もっと楽しそうにしなよ!」
「楽しくないのに何で楽しそうにしなきゃいけないんだよ」
 未来はもっともなことを言ったつもりだったが、朱美は何ともなしに受け流してしまう。
 非常に悪い流れだ。今日こそは庭瀬恵夢と話をしようと思いつつも、いつの間にか二年余り経ってしまった。
 悔恨の念にかられる未来の頭に、朱美はぽんぽんと手をやる。
「寝癖なおして来なさいよ。だらしない」
「僕の寝癖は僕に似て頑固だからなおりにくいんだ」
 そうこうしているうちに、庭瀬恵夢は教室から出て行ってしまった。なんと勿体無いことを。
 しかし未来は反面、安堵していた。話をしたいと思っているが、話をしたくないのだ。自分でも矛盾しているとは思っていた。
 教室が静かになる。もう残っているのはふたりだけだ。
 朱美はもう一度未来の頭をはたいた。
「じゃ、また明日!」
「じゃあね」
 大手を振るうのは彼女の癖である。
 これで再び未来は教室にひとりきりとなった。シン、と静まり返った教室が、嫌に寂しく感じる。ここに通うのはあと一年。それから自分は進学する。
 それほど友達が多い部類ではないので、別れを惜しむ種類の寂しさではなかった。
 二年余りの間、会話のひとつも出来なかった自分に対する後悔が、形を変えて寂しさになっている。未来はそう感じた。
「やあ、今日も待っていてくれたんだね。僕は嬉しいよ、未来くん」
「別に、特に用事がなかったから」
 金髪が異様に目立って見える。彼は優雅な歩き方で未来の隣に立つと、柔和な微笑を浮かべた。
「いつもかい?」
「いつもだよ」
 入学式からの一週間。未来は放課後、毎日彼と話をしていた。正確には話をしているわけではない。一方的に話をされて、未来がそれを聞いて、思ったことを話す。
 そういう関係だ。
 ゼラは机に手をやって腰を掛けると、窓の外を眺めた。いつ、どの角度で、どんな状況で見ても、絵になる美少年である。未来は友達が言っていたことを思い出した。
「そうかな。ま、何にしても嬉しいことには変わりないよ。それで、首尾はどうだったんだい?」
「首尾って、何の?」
 ふわっとゼラの体が未来に近付く。触れるほどに近い距離だが、彼が美「少年」だということを考えると、胸の高鳴りはない。
 すると彼は妖艶な笑みを浮かべた。悪戯心にあふれる笑みだと未来は思った。
「君が彼女を特別視しているのは分かっているよ」
 一瞬、未来はどきりとした。
「何の話?」
「庭瀬恵夢の話さ」
 何か、彼の前でさとられるような行動を取っただろうか。未来には自分が不覚を取ったという記憶がない。
 ゼラは新入生である。教室がかけ離れているし、別の場所で見掛けるとしても、まだ短縮日課だから食堂もあいていない。
 彼はどこでそれを知ったのだろう。未来は睨め付けるような視線を彼に向けた。
「大丈夫さ、他言するつもりはないとも。だけど感心しないな。君ほどの人が何もアクションを起こさないだなんて」
 言葉に詰まる。
 未来が苦い顔をして咳払いした。
「お前の中で僕はどう評価されてるんだよ」
 うまく話題を逸らそうという魂胆であったが、ゼラは何の反応も返さない。
 仕方無しに未来は答えることにした。
「いや、あんまりうまくいってない」
 その言語を聞いて、ゼラは突然腹を抱えて笑い出した。彼が愉快に笑うところを初めて見た未来だったが、恥ずかしさが重なって今ひとつ新鮮味がない。
 それは彼が普段から常に笑っている、ような印象を受けるということも原因の一つなのだろう。
「笑わさせてもらったよ。全く、変な人だね」
「それよりどこで知ったんだ? 僕、そんな素振りは見せてないつもりなんだけど」
「君を見ていれば分かるさ」
 そう言ったゼラの表情が魅惑的で、未来はとっさに目を逸らす。
 ひょういっと腰掛けていた机から飛び降りて、ゼラは教室の出入り口に向かった。
「あまり一人に入れ込むと、いずれ死ぬことになるよ。最も君が死を視ること帰するが如しの精神を抱いているなら、問題ないのだろうがね」
 ぴしゃりとドアが閉められる。
 優雅に去って行った彼の表情に引きつけられ、言葉に呑まれていた。
 彼が言い放った言葉はあまりに現実離れしていて、未来は自分との関係性を疑ってしまう。
 しかし、それを踏まえて尚、重みのある言葉だったのだ。死。かつての世界だったなら、そんなものは何十年も後に考えればよいことだった。現実は違う。
 "サイボーグ"の出現が死を身近にした。それは確かな感じ方だった。誰も気が付かない。誰も気が付こうとしない。うまく隠され、誤魔化されている。
 "チャオ・ウォーカー"によって。
(みんな、まるで他人事だ)
 帰ろうとして鞄を肩に掛ける。唐突にドアがひらいて、自分の視線よりもほんの少し低いところに、ポヨを「びっくりマーク」にしているチャオの姿が見えた。
 未来は彼女と向かい合う。
 彼女がいつも暗そうな表情をしているのは、彼女の目を隠すほどの前髪がそうさせているのだ。誰も分かっていない。気が付こうとしない。
「チャ」
 綿密な計画性に基づいた発言ではなかった。
「チャオのこと、好きなの?」
 とっさに、本当にとっさに出た言葉だったのだ。特に深い意味はなかった。そう未来は自分に弁解する。
 彼女、庭瀬恵夢は普段の彼女からは考えられないような、笑顔を咲かせて、未来の手を取る。
「あなたもチャオのことが好きなの!?」
 驚いて言葉が出なかった。彼女の表情を、目を、初めて近くで見る。
 恵夢は何も言わない未来のことを考えて、一瞬で自分の行動を恥じて、顔を茹で蛸のようにして、飛び退いた。
 何かに急かされて、未来はこくこくと必死に頷く。
 再び、彼女が微笑む。
「そうなんだ。やっぱり。かわいいよね、チャオ」
「そ、そうだね」
「何のチャオが好き? 私、ピュアチャオが一番かわいいと思うの。チャオの原型っていうのかな、まさにチャオって感じがして、いいよね」
「うん、僕は何でも好きかな」
「私もだよ? でね、進化タイプはもちろん何でも好きなんだけど、強いて言うなら、本当に強いてなんだよ? ニュートラルのチカラタイプかなって」
「そ、そうなんだ」
「未来く――」
 彼女の表情がぴしりと固まる。自分のマシンガントークに気が付いたのだろう。正直に話せば、未来も驚いていた。どん引きである。
 だが、チャオが好きだと話す彼女の笑顔は、とても眩しくて、可愛いと思った。
「末森くんは、何のチャオと一緒にいるの?」
「えっと、実は僕、チャオ持ってなくて。その、……親が」
「そうなんだ。残念だね」
 そう言う彼女は心の底から残念そうにしていた。
「あ、この子、ラインハットっていうの。可愛い名前でしょ。触ってもいいんだよ」
 かっこいい名前だと思った。
 恵夢はすっとチャオを差し出すようにしている。未来は驚きつつも、こちらをじっと見るラインハット氏に打ち負け、その頭を優しく撫ぜた。
 しばらくそのまま時間が経つ。ラインハット氏は心地良さそうにしている。それを見て、未来はチャオも悪くないかなと思う。
「もう、ほんと許せないよね」
 唐突に彼女がそう言ったのを聞いて、未来はぎくりとなる。
「チャオ行方不明事件! みんな他人事みたいで頭に来ちゃう。自分のチャオのことなのに。末森くんもそう思うよね」
「う、うん。そう思うよ」
「やっぱり! 私、末森くんとは気が合いそうだなって思ってたんだ!」
「そうなんだ」
「これからもよろしくね、末森くん!」
 すっとラインハット氏が再度差し出される。彼女にとっては、握手のようなものなのだろうか。未来はラインハット氏をもう一度撫ぜた。
 恵夢は終始、にこにこと笑っていた。普段の彼女からは想像もつかない笑顔だった。そうしていた方が良い、と未来は感じる。彼女はもっと笑うべきだ。
 どうして笑わないのだろう。教室の中、一人でいる彼女は、いつも憂鬱そうにしている。
「それで末森くんは何のチャオが、」
 警報が鳴り響く。
 未来は後ろを振り向いて、窓の外を見た。それは瞬時のことだった。直感と言ってもいい。直観。嫌な予感がしたのではない。音が聞こえたのでもない。ただ、振り向いた。
 突風と同時に、窓が破壊される。いや、窓だけではない。教室の一部が壊されている。
 赤い。赤い目が、赤く光る目が未来を貫いていた。機械の塊。獣のようにも、人のようにも見える。自分よりも遙かに大きい。自分を三人ほど重ねれば、このくらいになるのではないかという大きさ。
 "サイボーグ"。
 それは獰猛な機械獣。
 獲物を探す鋼の獣。
 未来は恵夢の手を取って踵を返した。ドアを強引に開けて、走る。
 背後から破壊音が聞こえる。後ろを振り向く余裕はない。
「末森くん、あれって」
「"サイボーグ"だ」
 今までよりも、死というものが身近になった。未来はそう感じていた。そしてそれは正しい。
 恐怖。圧倒的な存在感を放つ、"サイボーグ"に対する恐怖が、レールの向こうへ誘う。この先、どうなるのか。どこへ逃げれば助かるのか。見れば、向こう側を見れば助かるのだろう。
 しかし未来は拒絶した。それは自分の力じゃない。
 もし、レールの向こうを見て、レールの上を歩いたとして、それでもし、自分の望むものが手に入らなかったら、自分はその現実を受け入れられない。
 懸命に走る。大講堂に出る。多少の人の姿が見えて、少し安堵する。"サイボーグ"はまだ追って来ていない。
 否。
 それは希望的観測だった。
 "サイボーグ"が地面を突き破り、真後ろから現れる。
 二体目。
 二体の"サイボーグ"。
 逃げようとして、恵夢の手を取り損ねる。彼女も同時に走ろうとしたせいか、恵夢は足を滑らせて転倒する。"サイボーグ"の眼光が彼女を捉えた。それがほぼ同時。
 未来は恵夢を引っ張り上げて、そのまま飛び退く。"サイボーグ"が眼前を過ぎった。
「未来くん!」
 騒ぎが起こっている。悲鳴が聞こえる。破壊音が聞こえる。二体目の"サイボーグ"が見える。
 その時だった。
 不思議な音。
 不思議な音が聞こえて、"サイボーグ"の一体が飛翔する。
 未来の眼前。
 白い機体。
 "チャオ・ウォーカー"。
 未来は逃げようとして、恵夢を抱き上げ、手をつかむ。
 逃げた先に、"サイボーグ"の姿が降りる。
 三択。
 三択だ。
 伏せるか、右か、左か。"サイボーグ"の右肩に青い光が見えた。左右、どっちでもいい。未来は右横に走る。青白い光線が地面を焼く。
「大丈夫か!」
 軍隊の人が見えた。これで安心だと未来が思っていると、恵夢が叫ぶ。
「あの子が、ラインハットが、」
 未来は恵夢の声で初めて気がついた。"サイボーグ"の足元にピュアチャオが倒れている。ポヨは「ぐるぐるマーク」になっていた。
 体が勝手に動いた。未来は走って、ラインハットを抱き抱える。"サイボーグ"の目が未来を捉え、"チャオ・ウォーカー"がそれに突撃し、未来は危機を脱する。
 走る。
 "サイボーグ"が道を塞ぐ。
 未来はラインハットを思い切り投げた。恵夢が受け取る。
「未来くん!」
 これで単身。未来は生唾を飲み込む。"サイボーグ"が動いた。それを見てから、未来は走ろうとして、地面が揺れる。
 いや、地面が揺れたのではない。地面が抜けたのだ。崩れ落ちる地面とともに、未来は落ちて行く。
 暗い闇の底に。浮遊感が体を包む。
 光を見失う。
 未来は死ぬことを恐怖した。


 ------------------------------------------------------------


 背中に激烈な痛みがはしって、未来は自分が水中に落ちたことを認識した。もがいて、水面に上がる。
 地下水。
 そんなものがあるはずなかった。学校の地下である。もしかしたらあるのかもしれないが、少なくとも未来は知らないし、聞いたこともない。
 ではここは何か。
 未来は泳いで陸に上がる。背中が痛む。痛むだけで、動くのに支障はない。怪我の具合から考えると、それほど高いところから落ちたわけではないようだ。
 階段をおりて、未来はここが何か、更に分からなくなる。
 明るい部屋だった。
 広大な部屋だった。
 天井が遠い。
 地面が硬い。
 目の前には"チャオ・ウォーカー"に似た、銀色の機体。見たことのない機械群。
 見回す。
 一匹のチャオと目があった。
「え?」
 ライトカオスチャオだ。カオスチャオはこの世界におよそ三十匹ほどしか存在しておらず、非常に珍しい部類に入ると言っていいだろう。
 不老不死のチャオ。全知全能のチャオとも呼ばれていた。カオスチャオは愛を与えられて育ったチャオにのみ発現する。能力も他のチャオの追随を許さない。
 それが、黙って未来を見つめている。
「末森未来くん! よくぞいらっしゃいました!」
 そのライトカオスチャオの背後、ドアが開いて、白衣を着た中年の男が言う。連れられて来た人たちは誰もかれも白衣を着ていた。研究員。そんな印象をうける。
「私、内津孝蔵(うつつこうぞう)と申します。内側の内、津々浦々の津です。"サイボーグ"対策本部の本部長なんですよ」
 "サイボーグ"対策本部。未来はここが何をするための施設なのかを理解した。
 つまり目の前のこれは、"チャオ・ウォーカー"だ。
 心臓の音が聞こえる。緊張が抜けて、更に深まる。
 白髪混じりの髪の毛を弄りながら、内津孝蔵はにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。
「今、本部は人員不足でしてね。地上には"サイボーグ"が、三体いるそうです」
「二体でしたけど」
「そうですか」
 未来の指摘を意に介さない。
「彼女が駆る"ヒーローチャオ・ウォーカー"だけでは対抗に難しい。そこで! 都合よく、なんとも都合が良く現れたあなたに! "チャオ・ウォーカー"に乗ってもらいましょう!」
「僕、ですか?」
 ずうん。重たい音が聞こえて、未来は天井を見上げる。蛍光灯が見えるだけだった。しかし分かる。地上では"サイボーグ"が暴れているのだ。
 悩んだのは一瞬だった。自分がこれから受ける苦痛などは考えもしない。そういったことは考えるだけ無駄だと知っているからだ。
 レールは逃げることを、断ることを示すだろう。より安全な道を。自分が、自分一人が生き残るべき道を。
 ところが未来は別の道を選ぶ。
 レールの敷かれた人生。レールの上を歩くだけの人生は、あいにくと大嫌いだった。
「分かりました。僕に出来るなら」
「決まりですね」
 白衣の男達が機械を操作する。"チャオ・ウォーカー"の赤い一つ目が光り輝いた。
 それは、宇宙人のような形をしている。
 エイリアンのような形である。
 人の形を象っているふうに見せてはいるが、似通っているのは全体像だけだ。奇妙な形だと未来は思った。
「なんと驚くべきことに! "チャオ・ウォーカー"は心に反応して動きます! 我々が開発した新技術! COSTによって!」
 未来は早くも内津孝蔵を信頼できそうにない人間として分類した。
「繊細な心の動きに反応し、それをキャプチャーし、機体に対応させるシステムです。深く考える必要はありません! あなたは憎き"サイボーグ"を粉々にすればいい」
 だが話は非常に単純で分かりやすい。要点だけを踏まえて伝えて来る。知能が高い人間なのだ。内津孝蔵という人間は。
 未来は"チャオ・ウォーカー"と対峙する。
 頭でっかちな印象を受ける。細めのシルエットだ。関節は細く、あまり丈夫そうではない。ただ右腕に装着された巨大な大砲だけは、いやに存在感を放っていた。
 背部にはリュックのような鋼鉄の塊が付いている。体中の太いケーブルがそれに繋がっていた。
 "チャオ・ウォーカー"は歪な形をしている。
 歪。
 まさにかつての未来と同じだ。
 ずっと何かに歩かされて来た。そこに自分の意志はなく、自分の望みはなく、自分の力はなかったのだ。
 物心付いたときからレールが見えていた。歩むべき道が。進むべき道が。これから起こるべきことが。しかし未来は全てを拒絶した。いつのことだったろうか。記憶にない。憶えていない。
 "チャオ・ウォーカー"の頭部が開いて、コクピットが露出する。未来は機体の腕部を伝ってそこに乗り込んだ。
 コクピットが閉鎖される。
 何も見えない。
 闇の空間。
 モニターが光をともす。視界が広がる。三百六十度、全てを見回すことが出来る。恐ろしい技術だと未来は感じた。思わず身震いする。
「機能正常。ニュートラルハシリタイプを接続します。エネルギー還元を開始。コンプリート」
 実感はない。
 今、未来は"サイボーグ"を滅ぼす力を得た。それは世界を滅ぼす力と同義。ひとつ間違えば、全てを壊してしまうことが出来る。
「操縦桿はあくまで補正! 武装はレーザーのみ! あとはあなた次第ですよ、末森未来くん!」
 未来は集中した。
 心で動かす。内津孝蔵は言った。複雑な機構を理解する必要はない。自分にできることをすればいいのだ。
 一歩ずつ進む。
 走る。
 飛ぶ。
 地上の光を目指す。圧力がかかる。体が悲鳴を上げていた。コクピットの操縦桿に手を乗せて、掴む。
 "チャオ・ウォーカー"は空中を疾走する。
 地上の光を突き破って、"サイボーグ"の背後に突進を仕掛けた。抵抗しようとする"サイボーグ"だが、既に遅い。
 その両腕で"サイボーグ"を真っ二つに引き千切る。
 機械の破片が飛び散り、粉々になって落ちて行く。
 緑色の光が機体表面に浮かび上がった。
 "サイボーグ"が二体。"ヒーローチャオ・ウォーカー"は防戦一方だった。先ほど壊した一体を含めて三体。本当に三体いたのか、と未来は驚く。
 だが、それ以上の感触が身を包んでいる。空中に浮かんでいる。空を飛んでいる。その実感がある。
 "サイボーグ"の赤い目が"チャオ・ウォーカー"を認識した。
「心で、動かす」
 大きく息を吸い込んで、吐き出して、吸い込む。敵は二体。援護は期待せず。武器はレーザー。あの黄金の光の防御壁は使えないということだろう。未来は現状を再確認する。
 一撃で仕留めるしかない。
 "チャオ・ウォーカー"が疾走する。緑色の光の残滓が舞う。"サイボーグ"が回避しようとするが、初速に開きがあった。"チャオ・ウォーカー"は容易に接近する。
 右腕に装備された砲口から青白い光線が放射された。
 "サイボーグ"が砕け散り、貫いたレーザーが大講堂の壁を突き破る。強力すぎる兵器。未来はまたも恐ろしくなった。
 しかしあと一体。
 "サイボーグ"は不利だと認識したのか、突き破られた壁から外へ出る。
 未来の目には見えていた。
 敵の動きが確実に見えていたのだ。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"より先に、"チャオ・ウォーカー"が動いた。銀色の機体が緑色の光を残して"サイボーグ"に突進する。
 押し出す。

 空へ。

 空へ。

 遠くへと。

 両腕の砲口が光り輝く。
「砕け、散れえっ!!」
 青白い光線。レーザーが"サイボーグ"を貫通し、焼き尽くした。
 機械の破片がはらはらと落ちる。その中に"チャオ・ウォーカー"の姿があった。緑色の光を放ち、空中で静止している。
 コクピットの中。
 未来は呼吸を荒くする。
 気分が高揚していた。
 万能感。
 未来の手には万能感があった。大きな力を手にした実感があった。その事実に恐怖し、絶句し、歓喜する。
「僕は、僕の力で生きてるんだ」
 未来の心は冷えていた。
 それがなぜかは分からない。
 考える余裕さえも失っていた。


 ------------------------------------------------------------


 僕の足元には、常にレールが敷かれている。
 あるときは向こうの誰かへ繋がっているし、あるときは向こうの場所へ繋がっている。
 あるときは曲がりくねった道がひたすらあって、またあるときはただ真っ直ぐな道のりがあるだけだ。
 それは、強制された幸福のはずだった。
 僕はそれのお陰でありとあらゆることが見えていたし、分かっていた。自分の運命のようなものだと思っていた。
 この道――この未知を進めば、幸せになれる。そう信じて疑わなかった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@pd84d9c.sitmnt01.ap.so-net.ne.jp>

3 チャオを消費して動かす機械
 DoorAurar  - 11/1/6(木) 21:22 -
  
 夢だ。
 些細な幸せこそ、末森未来の夢だった。自分の力で手に入れた幸福こそが末森未来の最高の幸福だったのだ。
 自由。なにものにも強制されない自分だけの人生。
 しかし、その夢は儚くも散ることになる。
 何があったかは憶えていない。それはほんの些細な、本当に些細なことだったのだろう。憶える価値のない記憶だったはずだ。
 夢。
 末森未来は願っている。
 大切な人の幸せだけを。
 自分の好きな人が、笑って過ごす日々を。
 未来は自室で目を覚ました。体が軋んでいる。憂鬱な気分が晴れない。
 自分で選んだ道を進んでいるはずだ。未来は自覚している。間違いのない道である。なのに、どうして気分が晴れないのか。未来には分からない。
 "チャオ・ウォーカー"の感触が、今でも残っている。
 "サイボーグ"を打ち砕く瞬間の快感が残っている。世界を守っているという実感が未来に自信をつける。学校の生徒も、教員も、軍人ですら未来に守られているのだ。
 それは庭瀬恵夢ですら例外ではない。
 なのに気分は晴れず、冷たい針が心の底に住み着いている。針は少しずつ、自分の心の奥底に踏み込んで行く。その実態を未来は掴めない。
 外は雨だった。
 しばらくは止みそうにない。


 ------------------------------------------------------------


 世界で唯一"チャオ・ウォーカー"を扱える人間。内津孝蔵は未来のことをそう称し、賞賛した。
 "チャオ・ウォーカー"には生体認証システムが採用されており、その生体認証に適合したものが末森未来しか存在しなかったというのだ。
 なんとも出来過ぎた、乗せる為の理由だと未来は思って、逆に好都合だと考えた。
 "サイボーグ"対策本部の目的は"サイボーグ"に対抗し、世界を守ることだ。"サイボーグ"に対抗するためには"チャオ・ウォーカー"の力が必要である。
 望まれるなら吝かではない。未来が守らなければ世界はいずれ滅んでしまう可能性を含有しているのだ。
 自分は、自分で選んでここにいる。実感がある。
「えー、本当に学校あるの?」
「大講堂使えないらしいよ。昨日、"サイボーグ"が来たんだって」
「迂回して行けってことか」
「十二組どこ?」
「ああ、特別教室で授業だってさ」
 特別教室まで行くことに若干の憂鬱を覚えて、未来は仕方無しに足を向かわせる。
 心の中で、庭瀬恵夢とどう話そうかと期待している自分がいた。少しは関係性に進歩が見えたのではないだろうか。
 どう話題を振って行こう、そう考えていた時だ。唐突に右手を取られ、未来の体ががくんと右側に傾く。
「付いて来てくれないかい?」
 金髪からほのかに花の香りがした。ゼラだ。彼は未来の右手を取ったままぐんぐんと突き進む。
「おい、僕、これから授業なんだけど」
 周りの注目を気にしつつ、未来が指摘する。ゼラは答えなかった。答えず、ただ進んで行く。
 職員用のエレベーターに乗り込んで、地下一階のボタンを押した。未来は疑問を抱く。地下一階。この学校に地下一階という階層はないはずだ。
 少なくともこの三年間で、未来は見たことがない。
 それになんだか様子がおかしい。いつものゼラよりも遙かに義務的、事務的な様子が見て取れる。
 地下一階。
 扉が開く。
 もう一つ扉があった。ゼラは学生証を取り出して、カードリーダーに読み込ませる。扉が開く。
 未来は驚いた。
 確かに位置的な問題を考えると、そうなるだろう。昨日は別の出口から学校の外部に直接出たが、そうだ、確かにこういった出入口がないと不便に違いない。
 そこはエントランスだった。未来にとって、ここは一夜ぶりである。
「変わらぬお気持ちを感謝しますよ、末森くん。些末な任務でしたが、ありがとうございます、ゼラフィーネさん」
「いえ、ご心配には及びません」
 未来が聞き逃すことはなかった。
 白衣を着た中年の男――歳がいくつなのかは分からないが、いやに老け顔である――内津孝蔵はゼラのことをゼラフィーネさんと言ったのだ。
 この国以外の名前に詳しくない未来だが、その響きである程度察することは出来る。加えて未来は「くん」なのにゼラは「さん」だ。
 未来は思いがけず苦笑した。よもやそんなことはあるまい。
「本日より正式に"サイボーグ"対策本部の一員となっていただく末森くんには、まず本部の雰囲気に慣れてもらいたいのです。お話しておかなければならないことも多いでしょう」
「ご丁寧にどうも」
「では改めて。私、"サイボーグ"対策本部本部長の内津孝蔵です。主に"サイボーグ"対策として兵器の開発、作戦の発案、組織の運営などを行なっております」
 歩きながら紹介を受ける。未来の隣を歩くゼラの表情は、普段の彼からは想像もつかないほど厳格だった。
「そちらのゼラフィーネさんは既にご存知かと思います。"ヒーローチャオ・ウォーカー"の搭乗者をやってもらっていますね。一ヶ月ほど前から」
 こればかりは未来の想像を遙かに超えていた。あやうく腰を抜かすところである。
 白い機体。黄金の光を放つ"ヒーローチャオ・ウォーカー"の搭乗者。そうだ、考えて見れば"チャオ・ウォーカー"に搭乗者が必要なのだから、もう一機にも必要に決まっている。
 そこまで話して、孝蔵はとあるドアの前で立ち止まる。
 カードキーをリーダーに滑らせて、ドアは開いた。
 会議室。未来の脳裏にその単語がよぎる。
 その部屋には既にメンバーが揃っているようだった。孝蔵に勧められ、未来は慌ててゼラの隣に座る。
「お待たせしました! これでひと通りのメンバーは揃いましたね」
「"彼"がまだです」
「ああ、"彼"は構わないでしょう。色々とお忙しいのでしょうし」
 未来は孝蔵の口調から敵意に似た何かを感じた。
「それでは新たに"チャオ・ウォーカー"のパイロットも手に入ったことです! 本腰を入れてゆきましょうではありませんか!」
「では私から報告をさせていただこう」
 癖のある金髪の男が立ち上がる。体格の良い男だった。それに若い。瞳の色は目立つブルーである。未来は彼に威厳を見た。
「損害報告は結構ですよ。どうせお国の方々が払ってくれます!」
「分かった。前回の出撃時、"チャオ・ウォーカー"の生体認証システムは正常に作動し、今後も正常に作動する見込みがある。更に"チャオ・ウォーカー"のCOSTも問題なく作動していた。パイロットとして考えれば、末森未来くんだったかな、君はとても優秀な子だ」
 照れくささを感じて、未来は居た堪れなくなる。だが、男は眉間に皺を寄せ厳しい声で続けた。
「しかしだ、またこのような年端も行かん子供をパイロットとして採用するのは、内津、私は反対するぞ」
「本人が了承してるんですし、いいじゃないですかパストール」
「そういう問題ではない!」
「それで他の報告は?」
 渋々と言った様子で金髪の男が食い下がる。
 その間、ずっと内津孝蔵は笑っていた。未来はやはり信頼できるに足らない人間だと感じる。
「チャオガーデンにおけるチャオ総数は二千三百二十一。今後も問題なく使用することが可能だ」
 未来は首を傾げる。
 聞きなれない単語があったからだ。チャオを使用。どう、いかにして使用するのだろうか。ひやりとしたものを感じて、恐ろしくなる。
 チャオ行方不明事件。"サイボーグ"対策本部と二機の"チャオ・ウォーカー"。チャオを使用する。
 気になって、未来は手を上げた。
「どうしたね、末森くん」
 会議室中の目が未来を貫く。しかし聞かずにはいられなかった。一度に様々な問題が起こるときは、それらが全て関係性を持っていると考えることが最も正解に近い。
「チャオを、使用するんですか? どうやって?」
「ああ、そういえば話していませんでしたか」
 金髪の男が目を逸らした。不快そうな顔をしている。反面、内津孝蔵は満面の笑みを浮かべて、さぞかし嬉しそうに豪語した。
「チャオを消費して動かす機械! それがチャオ・ウォーカーなんですよ!」
 呆気にとられる。
 聞いたことを忘れてしまいたくなる。理解が追いつかないとは言うが、この場合は単純に、理解したくないだけだ。
 チャオを消費して動かす機械――"チャオ・ウォーカー"――だという。もしやとは思っていた。全てが関係性を持っていると考えていないわけではなかった。
 ところが事実、全ては繋がっていたのだ。
 "チャオ・ウォーカー"はチャオを消費して起動する。それがチャオ行方不明事件の真相である。
 そうと決まったわけではない。また別の可能性があるかもしれない。思い込もうとして、どうしてか辻褄があってしまう。
 信じたくはなかった。しかし信じる以外に手段を持たない。
 彼らには真実を話さない理由がないのだ。
「でも、それって、犯罪じゃないですか?」
 罪悪感に負けて、つい意味のない反論をする。孝蔵はにんまりと笑った。
「いえいえ、"サイボーグ"を破壊するには必要のことです。それとも君は、人が"サイボーグ"の圧倒的暴力を甘んじて受けろと言うのですか?」
「そういうわけじゃ、ないですけど」
「犠牲なくして平和は得られません。悲しいことですがね、人を犠牲にするよりはマシでしょう」
 黙るしかなかった。知識も知恵もない未来には、反論する術がない。反論したところで、一体、何が解決するというのだろう。
 "サイボーグ"は人の意志とは無関係に襲来する。こちらの対抗手段は"チャオ・ウォーカー"のみ。その"チャオ・ウォーカー"はチャオを原動力として起動する。
 何も不自然ではない。
 人の為の世の中なのだ。
 それを言うなら、人は何も食べてはいけなくなってしまう。
「分かっていただけて幸いですよ! それでは会議を続けましょう!」


 ------------------------------------------------------------


 "チャオ・ウォーカー"を目の前にして、未来は佇んでいた。
 頭の中にぐるんぐるんと事実が巡る。チャオを消費して動かす機械。チャオを使用して動かす兵器。それは、チャオを殺すことで人類は生きながらえているということだ。
 他に方法があったのではないか。どうしてもそう言いたくなってしまうのは、未来が甘えているせいである。
 知識がなく、知恵もない。他の方法を考えなかったはずがないのだ。考えて見れば、確かにおかしいことはあった。
 例えば青白い光線だ。動力は何なのだろう。"チャオ・ウォーカー"を動かしている力の源は。
 電力。原子力。風力。水力。いや、そのどれでもない。
 チャオだ。理屈は分からないが、チャオなのだ。
「チャオを殺せて嬉しいか?」
 未来の背後にライトカオスチャオが立っている。未来は否定しようとした。
「これでお前も立派な人殺しだよ。おめでとう」
「僕はそんなこと望んでない。仕方ないだろ」
 仕方がない。素晴らしく便利な言葉だ。全てを解決する魔法の言葉。あれもこれもそれもどれも、全て仕方がない。
 その通りだった。チャオを犠牲にする他ないのならば、犠牲にすればいい。仕方がない。人類が滅ぶよりかは遙かにマシだ。
 確かにマシなのだから。
「まったく、これだから人間は駄目なんだ。尊い犠牲とかいう偽善を隠れ蓑にして罪悪感から逃げている。お前たちが犠牲になればよかった。チャオの為にね」
「じゃあ、お前がなんとかしろよ! チャオのくせに、偉そうなんだよ!」
 ライトカオスチャオは黙り込む。
 誰かに、誰にもどうすることは出来ない非情な現実がある。それは事実だ。"チャオ・ウォーカー"はチャオを犠牲にして動く。それによって世界は守られている。それも事実だ。
 事実が事実である以上は、どうすることも出来ない。
「お前たちに、僕たちチャオの何が分かるんだ」
 ライトカオスチャオは言い残して去る。未来は憤慨した。なぜ単なる搭乗者でしかない自分がこのような仕打ちを受けなければならないのか。
 世界を守ってやっているのは誰か。少し考えれば分かることだ。
 ライトカオスチャオの去って行った先、ひょこりとゼラが顔を覗かせる。
 地団駄を踏む未来を見て、ゼラは腹を抱えて笑った。
「君がそんなに怒ったところを初めて見たよ。いやあ、人は見かけによらぬものだね」
 ゼラは飄々としている。やはり皆、割り切っているのだ。未来もそうしなければならないと思った。
「やあ、"ヒーローチャオ・ウォーカー"のパイロット、ゼラフィーネ=オステンドルフだ。今後ともよろしく」
 すっと差し出された手を見てはっと思い出す。
 未来は彼の手を取らず、彼の目をじっと見つめて尋ねた。
「お前、お前って、女の子なの?」
「はは、何かの冗談? 僕は女だよ。全く気付かなかったのかい?」
 今度こそ未来は腰を抜かした。上から見ても下から見ても、男の制服である。確かに中性的な顔立ちと声色をしてはいるが、未来は孝蔵の呼称で初めて気が付いたのだった。
「というか、気づけっていう方がおかしいだろ。どう見ても」
 男に見える。そう言いかけて、未来はようやく気が付いた。
 どう見ても男に見えるわけではない。女の子らしいところが割とあった。いや、なかったのかもしれない。どちらなのかはよく分かっていなかった。
 ただ、そう、男に対してどきどきするわけがないのだ。未来は自分が正常だということに気がついてほっと溜息をつく。
「任務でね。"チャオ・ウォーカー"の生体認証システムに適合する可能性のある人物に近づかなくちゃならなかったからさ。騙していて悪かったよ。でも君のこと、嫌いじゃないな、僕」
「最初から言ってくれよ。でも、不思議だな。その口調は演技じゃないの?」
「うん。この国に来てからずっとこうさ」
 もう一度、未来は深い溜息を付いた。今度はさきほどとは違う理由である。
 未来の心に巣食っていた憂鬱な雲は振り払われていた。思ったことを溜め込むのは良くないことだと未来は思う。ついつい溜め込んでしまうのは、自分がそういうことに慣れていないからだ。
 ふと鑑みれば、いつの間にか罪悪感も消えている。チャオを犠牲にするという罪悪感は胡散霧消し、期待感が心に溢れる。
 期待。自分への期待。自分の足で歩いて行くことへの期待。
 未来は確かに自由を望んだ。
 その代償として、茨の道を進むことになった。
 いつの時代も、いずれの道も、尊い犠牲はやはり必要なのだ。
 そう思った。


 ------------------------------------------------------------


 レールの上にはいつも笑顔がある。
 レールの向こうにはいつも笑顔がある。
 どこへ行こうと、僕はこの笑顔に包まれて生きている。
 ずっと。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@pd84d9c.sitmnt01.ap.so-net.ne.jp>

4 他に方法がないから
 DoorAurar  - 11/1/12(水) 15:29 -
  
「素晴らしい成績ですね、末森くん」
 末森未来が"サイボーグ"対策本部に来てから、一週間が経とうとしていた。
 その間も"サイボーグ"は襲来し続ける。無慈悲に、無作為に。その度に"チャオ・ウォーカー"は起動する。少しずつ、チャオが消えて行く。未来はそれを受け入れ始めていた。
 彼が自分の評価を聞いたのは、いつものように"サイボーグ"の迎撃にあたった後、本部に繋がる専用地下通路を通って帰って来た時だ。
 自分が評価されている言葉を聞いて、嬉しくないわけではなかった。自分の実力が評価されるのは嬉しい。
 だが、胸を張って喜べるかというとそうではない。
 "サイボーグ"の数も次第に増えつつあった。
「油断は出来ないと思います。今日だってゼラの助けがなかったら」
「実際に戦績を上げているのは君だよ、未来くん。誇るべきことだ。過小評価は身を滅ぼす」
 パストール。癖のある金髪、それが彼に対する未来の印象だ。彼は些末なことだろうと、未来やゼラを気遣う。優しい人なのだと未来は感じた。
 青い瞳が未来を矯めつ眇めつ見る。未来は自分の心の動きまで見透かされているような気がした。
「ハシリタイプの速度にはもう慣れたようだ。君は本当に才能がある」
「はは、パス、それ以上彼を苛めないであげてくれよ。彼は褒められることに慣れてないんだ」
 ゼラがフォローする。事実を言うと、褒められることに慣れていないというのは間違いである。とっさに出たゼラの誤魔化しなのだろう。
 単純に未来がパストールを苦手としているだけだ。
 パストールが整った顔を歪ませて失笑する。しかし悪い感じはしない。
「おっといけない。つい子供に対しては同じようにしてしまう。子供だからというのは、そうだ、君のような人には失礼だな。謝るよ、未来くん」
「い、いえ」
 素直だ。率直である。自分の心をありのままにさらけ出している。未来はそう感じる。
 思えば未来のパストールに対する苦手意識はこういうところから来ているのだろう。
 自分の感情にどこまでも真摯。未来とは違う人間なのだ。それをひしひしと感じてしまう。だから苦手。
「それはそうと、ひとつ頼まれごとをしてくれないかな」
 断る理由がなかった。


 ------------------------------------------------------------


 チャオガーデンのニュートラルのヒコウチャオを回収することが未来の頼まれごとである。
 未来の傍を陽気に、快活に歩くゼラを意識して、未来は心がどんよりと曇るのを感じる。
 そうそう容易に割り切れるものではない。罪悪感のことだ。未来は周りの人との差異を明確に理解した。
 "サイボーグ"対策本部の面々は、みなチャオを犠牲にすることを受け入れている。それは対立関係にある――と未来は思っている――パストールと内津孝蔵の共通点でもあった。
 生きるためには多少の犠牲を厭わない。理屈では分かっていた。頭は堅実なのだ。ところが心の問題となると、そうは行かない。
 もし他に方法があるのならそちらを選ぶはずだ。
 エレベーターに乗って、チャオガーデンへの階層を選ぶ。七階だ。第一共同学園の七、八階はチャオガーデンとなっている。
 チャオと人が、共に分かり合って、共に生きていく。その理念は世界中に広まっていたし、事実、未来はそうなっていくのだと信じていた。
 しかし現実はどうか。
 人は人の為にチャオを犠牲にする。人がいなくなればチャオは生きられない。一部のチャオは人間レベル、いや、人間以上の知能レベルだが、全てのチャオが等しくそうなれるかといえば、そうではない。
 学べば言葉を話すことが出来る。絵を描くことも、唄を歌うことも出来る。それは人もチャオも、変わらないはずなのに。
「着いたよ」
 踊るようにスキップして楽しさを露にするゼラとは反対に、未来の心は躍らない。
 一面にチャオが広がっている。展望モニターには地上の映像が見て取れた。モニターの中。そこにもチャオがたくさんいる。人と、チャオ。二つは変わらない。何も違わない。
「なんだい、せっかく可憐な少女とデートだというに、不景気な顔をしているね」
「僕が不景気な顔なのはいつものことだろ」
 未来の家庭は裕福と程遠い。
 一面に広がるチャオの一匹一匹を丁寧に見て回る。あるものはミニカーを、あるものはおえかきを、あるものたちは合唱を、またあるものはダンスをしていた。
 未来は気分を良くした。
 確かに、チャオには魅力がある。
「彼女の気持ちが少し分かった気がするかい?」
 ずばりと言い当てられ、否定の言葉が口を衝く。
「そんなんじゃ」
「僕もさ」
 そう言い切れるゼラはすごい人だと思った。でも、多分本来の彼女を知らないからそうまで言えるのだとも思った。
 未来はこの一週間を回想する。"チャオ・ウォーカー"の搭乗者としての義務が忙しかった。それは事実だ。だが、彼女に話しかける勇気がないのもまた事実である。
 未来には自分がチャオを好きなのかどうか分からなかった。
 見栄を張った。
 生まれてからチャオが欲しいと思ったことなど一度としてない。
 周りの人との軋轢を感じさせたチャオの存在が憎いくらいである。
 自分ひとりだけチャオを持っていなかったというだけで、未来ははぐれ者だった。
「ほら、いたよ。ヒコウチャオ」
 羽の大きい紫色のチャオを指差して、ゼラが笑う。
 未来はそのチャオを抱き上げた。
 ポヨが「はてなマーク」になる。
 このチャオがこれからどうなるかを考えると、未来は哀しく思った。
「確かに君の純粋さは魅力的だと思うけどね、中途半端な同情はやめておくが吉だよ。それは優しさでもなんでもない。愚かさだ」
 冷たく、凶器のようなゼラの声を聞いて、どきりとする。
 自分は優しい人間であろうとしているのではないか。真実、そうでないにも関わらず、優しい振りをしている。正常で清浄な人間の真似をしているのだ。
 そうだ。自分は選んだ。チャオを犠牲にして、人を守る。選択をした。後戻りは出来ない。
「うん。分かってるよ」
 言い捨てて、切り捨てる。
 その姿を、声を、メガネをかけた猫背の少年が見て、聴いていた。


 ------------------------------------------------------------


「ねえ、風邪でも引いたの?」
 翌日の昼休み。未来は斎藤朱美に顔を覗き込まれた。
 "サイボーグ"対策本部の権限で上手いこと誤魔化しておく、とは聞いていたが、具体的に何と言い訳しているか知らない未来は、思いつきで答えるわけにも行かず、黙って頷く。
 朱美は心配そうな表情を浮かべた。
「気を付けないとだめだよ。今年でもう卒業なんだからね。進学も楽じゃないんだから」
「うん。分かってるよ」
 そうだ。分かっているのだ。
 "サイボーグ"の襲来がどういった結末を迎えるのかわからない以上、自分は確実に進学するとは言い切れないし、このまま卒業してしまえば彼女とはもう会えなくなる。
 未来は教室の一点を見つめる。後ろ姿。かろうじて見える横顔。聖白な肌。繊細な黒髪。眉の先から鼻の先まで通る、美の曲線。何を映すとも分からぬ瞳。眠たそうな瞼がふわふわとまばたくたび、未来の心は躍る。見ているだけで幸せだった。かと言って、ずっとこのままでいいのだろうか。
 彼女の抱える水色の生き物に自然と目が吸い寄せられる。
 "チャオ・ウォーカー"はチャオを犠牲にして起動し、世界を守っているのだということを、彼女が知ったら。
 そして、その"チャオ・ウォーカー"に乗っているのが、自分だということを知られたら。
「そういえばさあ」
 未来が暗い顔をしているからか、朱美は誰も座っていない未来の前の席に座って話題を逸らす。
「チャオが行方不明になってる事件って、一ヶ月前くらいから始まったじゃん?」
「う、うん。そうだっけ」
 だが、幸か不幸か未来の不安の核心を突いていた。
「"チャオ・ウォーカー"が出たのも一ヶ月前くらいだよね」
 ごくりと生唾を飲み込んで、教室がシンとなったのを感じる。それほどみんなにとって重要なことなのだ。かと思えば他人事のように話す。
 しかし今は状況が違っていた。"サイボーグ"が身近に現れたことで、恐怖が現実的なものとして顕(あらわ)れたのだ。
 朱美が続ける。
「あたしさ、"チャオ・ウォーカー"が出るたんびに、チャオが消えて行ってるような気がするんだけど」
 そうだ。何も気付くのは自分だけではない。誰か他の人が気付いてもおかしくないのだ。
 教室に嫌な空気が流れているのを感じて、朱美はから笑いをした。
 だが、未来はただの噂だと高を括っていた。根も葉も無い噂だと。真実として気付かれるには至らないと。そう思っていた。
 それが起こったのは、更に翌日のことである。

 その日、未来は"チャオ・ウォーカー"の出撃を終えて、昼休みにこっそりと遅刻して来た。"サイボーグ"は日々増えている。用心しなければと考えていた。
 教室の様子がおかしいことにはすぐに気が付いた。自分が入って来たからだと最初は思っていたが、どうにも違うようだった。
 庭瀬恵夢が机に顔を伏せている。ラインハットが心配してその髪を撫でていた。
「おはよ。また遅刻? やる気あんのか、受験生」
 明るい挨拶をして来た朱美に、すぐさま未来は喰らいつく。
「何かあったのか?」
「え? あ、うん」
 言葉を濁している。何かあった。それは間違いがない。未来は朱美がこっそり教室の後ろを見たのを見逃さなかった。
 張り紙がしてある。
 歩いて見に行くと、何かの雑誌の一ページであることが分かる。
 "チャオ・ウォーカー"はチャオを動力源として動いている。大きな見出し記事だった。どこから流出したのか。未来には分からなかった。
 他にも、"チャオ・ウォーカー"が現れた日付とチャオが行方不明になったとされる日付が照合してある。
「テレビにも出ちゃったみたいで、それで噂になってさ」
 朱美が未来の隣まで来て、言いづらそうに言葉を紡いでいた。
「それで、中川さんが『仕方ない』って。チャオがいなくなってみんな守られてるんだから、仕方ないって言って、それで庭瀬さんが」
「仕方なくなんかない」
 恵夢だ。恵夢の声である。彼女はこちらにその綺麗な瞳を向けていた。いつもなら高鳴るはずの心も、今回ばかりは萎れている。
 未来は歯を食いしばった。
 何も喋ってはいけない。
「チャオがいなくなってるのに、どうしてそんなこと言えるの? みんな、自分のチャオがいなくなってもいいの?」
 その通りだ。けれど今の未来はその言葉を単純に受け入れられなかった。
 当事者だからだ。チャオを犠牲にしている張本人だから。まるで自分が責められているように感じる。事実、自分は責められるべきなのだ。
「みんな他人事すぎるよ! こんなこと! こんなこと、許していいわけ、ないじゃない!」
「でも、多少の犠牲は仕方がないよ」
 驚く。自分の声に、自分自身の言葉に驚いて、はっとする。
 何も言うつもりはなかったのだ。当事者だから。いや、自分の迷いをさらけ出すことになるから。しかし言ってしまった。完全な自己弁護だった。
 恵夢が呆気を取られたような表情をする。
 未来は慌てて取り繕った。
「本心から言ってるわけじゃない、けど、けどさ」
 一瞬だった。
 未来が俯いているうちに、恵夢はずんずんと未来に向かって歩いていく。
 その頬に、恵夢は平手打ちをした。
 その目いっぱいに、涙をためて。
「末森くんがそんな人だなんて、思わなかった」
「だけど!」
「大っきらい!」
 警報が鳴る。
 誰かがシャープペンシルを落とす。音はそれだけだった。警報と落下音。
 チャオが行方不明になることは他人事だとしても、"サイボーグ"は他人事ではない。
 未来は覚束ない足取りでその場から去って行く。
 "チャオ・ウォーカー"のパイロットは、誰あろう、末森未来なのだ。
 "サイボーグ"が現れれば、向かって、倒さなくてはいけない。
 世界を守るために。
 そのために必要なだけだ。
 尊い犠牲が。
 チャオの存在が。
 他に方法がないから。


 ------------------------------------------------------------


「やあ、浮かない顔をしているね」
「"サイボーグ"はどこに出たんですか?」
 爽やかなほほえみを見せて"ヒーローチャオ・ウォーカー"に乗り込むゼラに会釈をして、未来は尋ねた。
 そこには内津孝蔵がいる。大きな機械を弄繰り回し、そのモニター上に"サイボーグ"の位置情報を表示させる。
「第一共同学園に向かって来ているようですねえ」
「"チャオ・ウォーカー"の居場所を探り当てた。知恵を付けているのだな。なるほど、"サイボーグ"は進化するということか」
 パストールの言葉に下劣な笑い方をする孝蔵。
「ふふ、知能を持つ機械というのも中々趣きのある。ああ、末森くん、今回は待機で構いません」
 "チャオ・ウォーカー"に乗り込む準備をしていた未来は機体の腕に手をかけて、ぴたりと止まる。
「秘匿情報が漏れてしまいましたからね」
 孝蔵の視線の先には、メガネをかけた猫背の少年の姿があった。つまらなさそうに機械とにらめっこをしている。
 その秘匿情報がなんなのか、未来にはすぐに察しがついた。チャオ行方不明事件の真相のことだ。
「お国もこちらの秘密の多さに辟易しているのでしょう。要は信用できないからという建前で、技術提供を強制しているのですよ」
「どうして待機なんです?」
 たまらなくなって、未来は尋ねる。すると孝蔵は更に下劣な笑みを濃くした。
「あちら側は"サイボーグ"に対して有効的な攻撃手段がありません。したがって我々を頼らざるをえない。誰が世界を守っているのか、ここではっきりさせておかなくてはね」
 未来はぞっとした。
 内津孝蔵は我を通す為に不貞腐れて見せているのだ。国に力がない以上、"サイボーグ"対策本部の"チャオ・ウォーカー"が頼みの綱である。それを交渉材料に使おうというのだった。
 民間人に犠牲が出るかもしれない。しかし孝蔵には何か企みがあるのだと未来は思った。
 そもそも"サイボーグ"が何なのか、まるで分かっていない。なぜ"サイボーグ"がこの国の第一共同学園周辺に出現するのか、何も分からない状態なのだ。
 そのことが国に知られれば、能力不足の烙印を押されかねないのではないか。それが嫌なのかもしれないと未来は考える。
「本部長、GUNから通信が」
「繋いでください」
 モニターにSOUND ONLYと表示される。右上に録音中を示すマークが見える。ノイズの後に声が聞こえた。野太い声だ。
「内津孝蔵! これはどういうことだ! さっさと例の兵器を出せ!」
「それは出来ませんねえ」
 孝蔵は交渉を始める。勝算の高い、勝算しかない交渉だった。
 野太い声の主は混乱する。
「気でも狂ったか、内津孝蔵!」
「元々です。しかし司令、我々は自由を求めている。GUNとの共同開発などもってのほか!」
 ひどい音が聞こえた。ざざ、とノイズが入る。向こう側で何かが起こっているのだ。
「相も変わらず回りくどい!」
「お互い様というものでしょう。我々は技術提供をしない。国は我々の研究に干渉をしない。これを約束するだけで世界は安泰なのです。悪い条件とは思えませんがね、司令?」
 間があく。
 未来は向こう側の人間に共感していた。本部長がこのような人間では信用できたものではない。むしろ謀反を疑う。"サイボーグ"を破壊することが出来るということは、"チャオ・ウォーカー"の方が単純に強いのだ。
 "チャオ・ウォーカー"の方が強いということは、"サイボーグ"の代わりになることができるということである。
 GUNは"サイボーグ"に対して有効的な攻撃手段を持たない。
 あとは簡単なことだ。
 国は疑っている。
 内津孝蔵が、ひいては"サイボーグ"対策本部が国を揺るがす存在になるのではないかと。
「仕方あるまい。いいだろう! 我々GUNは"サイボーグ"対策本部に対して一切の干渉をしない! これで満足か、内津孝蔵!」
「よく出来ました。"チャオ・ウォーカー"出撃して下さい」
 ゼラが即座に乗り込む。ならって、未来も乗り込んだ。いずれにせよ、"サイボーグ"対策本部が国を揺るがす存在になったとして、"チャオ・ウォーカー"の搭乗者は未来当人である。
 何も悩む必要はない。自分は絶対の力を持っている。誰も勝てず、誰にも屈さない。世界を守っている、正義のヒーローなのだ。
 チャオはその尊い犠牲。
 たったそれだけだ。
「機能正常。ニュートラルヒコウタイプを接続します。エネルギー還元を開始。コンプリート」
 地下通路を駆ける。光が見えて、地上へ飛び出した途端、未来はぐらりと視界がゆがむのを感じた。
 正確には歪んだのではない。"チャオ・ウォーカー"の反応速度が上昇している。飛行速度も上昇していた。
 未来は視界に"サイボーグ"の一機を捉える。
「そっちの一機は任せたよ。僕はこっちの方をやる」
「分かった」
 "サイボーグ"が"チャオ・ウォーカー"を認識する。紫色の光を帯びながら、"チャオ・ウォーカー"は飛行した。かつてより速さは劣るが、その分、飛行性能と機体反応の速度が急激に上がっている。
 "サイボーグ"の肩から青白い光線が放射されると同時、"チャオ・ウォーカー"は上昇して回避した。そのまま急速下降し、右腕で"サイボーグ"の首のあたりを掴んで、急速上昇する。
 そらへ。
 地上が粒のようになった瞬間、"チャオ・ウォーカー"の砲口からレーザーを発射する。"サイボーグ"は機能を停止し、機械の破片となって、粉々に空中を舞う。


「ドウシテ?」


 未来は違和感を覚えた。何か伝わって来る。何かを感じている。それを未来は教室での出来事のせいだと思った。
 通信回線がオンになっているのを確認してから報告する。
「終わったよ」
「こっちもだ」
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が"チャオ・ウォーカー"と並び立ち、地上へ降りる。
 適当な広い道路に降り立った途端、未来は異変を感じた。GUNが"チャオ・ウォーカー"二機を包囲しているのだ。武装した集団である。戦車である。ヘリコプターに機関銃が装着されてあった。
 もしやと思って、未来は本部通信に切り替えようとしたが、ノイズが入ってしまっている。
 そうして、理解する。
「"チャオ・ウォーカー"二機へ告ぐ! パイロットは今すぐ"チャオ・ウォーカー"から降り、武器を捨てて投降せよ!」
 一瞬迷った未来だったが、ゼラが簡単に降りていくのを見て、それにならった。
 コクピットハッチが開いて、GUNに対する恐怖までもが鮮明とする。いつものように腕を伝って降りると、誰かがGUNの集団の中から歩いて来るのが見えた。
「動くな!」
 未来は誰が言ったのか、分からなかった。普段耳にする声とはあまりにも異なっていたからだ。ゼラは左手をあげている。高く、見せつけるように。同時に"ヒーローチャオ・ウォーカー"の左腕も高くあがる。
 歩いて来た誰かは立ち止まった。臆したのだ。どうやら戦力差は分かっているようだった。未来は安堵する。
「こういうことさ。あなた方に不自然な動きがあった場合、僕はこれを殲滅に使用する。無駄な犠牲は出したくないのでね、出来れば穏便にことを運んでいただけると助かるよ」
 内心、恐怖におののいていた未来は、ゼラの臆面もない態度に尊敬の念を禁じ得なかった。
 ところが得体のしれない兵器に恐怖しているのは、未来だけではない。歩いて来た誰かは唐突に叫びだした。
「君たちのような学生が、なぜこのような! 何をしているのか分かっているのか! おとなしくそれをこちらへ渡せ!」
「僕はあなたのような人間が一番嫌いだ」
 冷たい、刃物のような声だった。未来はふっとゼラを見てしまう。普段の爽やかな雰囲気はどこにもなかった。
 冷酷。冷徹。人でも殺すような人に見えて、未来は目を逸らす。
 ゼラは続けた。
「年齢によって人に優劣をつけるのは構わない。判断能力のなさを疑うのは構わない。認めよう、僕は子供だ。だがあなた方はどうか。その子供に銃を向けている愚鈍な連中だ」
「貴様、誰に向かって!」
「聞こえないのか、老害? いつまで銃を向けているつもりだと言っているんだ!」
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"の放熱板が開く。黄金の光の力場を発生させる機構だ。未来はそれをよく見知っている。
 GUNの集団がざわめく。
 いや、もはやそんなことは気にもならない。未来はゼラの豹変ぶりに圧倒され、ただ驚嘆していた。隣を微笑んでいたゼラとは違う誰か。そういう印象を受けてしまう。
 ぱち、ぱちとその張り詰めた空気を壊す拍手が聞こえた。
「ありがとうございます、ゼラフィーネさん。名演技でしたよ」
「いえ」
 内津孝蔵の姿を見て、さっと左手をおろすゼラ。未来は自分だけが別世界に来てしまったふうに感じた。
 歩いて来た男の表情が歪む。
 孝蔵は未来たちの元へ歩きながら、音声データを再生させる。音声データは右手に持った小型のスピーカーから発されていた。
『我々GUNは"サイボーグ"対策本部に対して一切の干渉をしない! これで満足か、内津孝蔵!』
「司令、これはどういうことでしょう。よもや約束を違えるおつもりですか?」
「貴様ら、"サイボーグ"対策本部は下衆ぞろいか! 私は知っているぞ! その"チャオ・ウォーカー"はチャオを使用して起動している! そのような外道!」
 ばつが悪い気がして、未来はうつむいた。
「そうです。非常に涙ぐましい、残念なことです。しかしチャオは事情を知りながら、我々に協力してくれました。自らが世界を守ると。尊い、偉大なる犠牲なのです」
 思ってもみないことを語る孝蔵に対し、GUNの司令は憤怒の形相を浮かべる。それを知りながら、分かっていながら、孝蔵は下卑た笑顔で迎えた。
「メディアの方々! 御覧ください! これが我々"サイボーグ"対策本部が誇る最新鋭の兵器、"チャオ・ウォーカー"とそのパイロットです!」
 未来はばっと顔をあげた。改めて見ると、集団の中にGUN以外の民間人も紛れている。騒ぎが大きくなっているのだ。
 大きなカメラが未来を見ていた。どきりとする。
「よいですか、みなさん! 我々は犠牲となったチャオをけして無駄にはしません! 必ずや彼らに報いるべく、"サイボーグ"を滅してご覧に入れましょう!」


 ------------------------------------------------------------


 それが起こったとき、僕は病院にいた。
 結局、あの女の人は助からなかった。僕は何も感じられなかった。怒りがあった。
 レールに対する怒りだ。
 僕を縛り続け、僕を強制し続けるレールに対する怒り。
 もうそれには従わない。そう決意した。
 僕は自由に生きる。
 僕の意志で、僕の力だけで。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@pd84d9c.sitmnt01.ap.so-net.ne.jp>

5 未来は二択を迫られている
 DoorAurar  - 11/1/20(木) 4:41 -
  
「ヒーローになった気分はどうだ。さぞかし良い気分だろう」
 ライトカオスチャオが愚痴を吐く。未来は体育座りで"チャオ・ウォーカー"を眺めながら、聞き流していた。
「お前たちはチャオのことを尊い犠牲と、それも平気な顔で言う。いや、人間は自分たちを守るだけで精一杯の下等生物だものな。ある意味当然と言える」
 未来は一人になりたかった。しかし現実はそうさせてくれない。みんなが未来を見ていた。みんなが未来を責めていた。
 尊い犠牲。本当にそうだろうか。未来はどうしてもそうは思えないのだ。犠牲に尊さはないと感じている。深い、心の奥底に突き刺さっている何か。それが未来を縛り付ける。
 罪悪感が心の奥の深いところから消えてくれない。
「一生そのまま縮こまっていればいいのさ。人間なんて、どうせ何も出来やしないんだ」
「うるさいよ」
 感情に任せて言った言葉だった。ライトカオスチャオはこれ幸いとばかりに捲し立てる。
「お前には罪悪感がないのか? だからお前たちは下等生物なんだ。頭も悪い、能力もない、そして情もないと来た。やはり犠牲になるべきなのは人間だよ」
「じゃあそうしろよ」
 声は返って来なかった。そう出来るのならそうしているのだ。恐らく彼も、未来自身も。
 ところがその方法がない。
 だから仕方がない。仕方なくそうしている。"チャオ・ウォーカー"の搭乗者になったことだってそうだ。偶然、自分が選ばれて、だから乗っている。
 仕方なく。
 未来は誰も自分を責める資格を持たないと思った。未来は人類を、世界を守ってやっている立場なのだ。
「お前たちが死ねばよかったんだ」
 そう言って、ライトカオスチャオは立ち去る。未来は溜息の一つさえ出なかった。当然である。一人にして欲しいのだ。
 居場所がなかった。あの斎藤朱美でさえ未来に話しかけない。環境が未来を雁字搦めにしている。心がちくちくと痛んだ。これでもう彼女と話すことはないだろう。
 短い恋だったと未来は思って、寂しくなる。本心では完全に割り切れていないのを自覚しているのだ。
 ふと後ろを見る。
 メガネをかけた猫背の少年がいた。
「末森さん、体調は万全ですか」
「え、はい。大丈夫ですけど」
「そうですか」
 少年はコンピューターを"チャオ・ウォーカー"に接続して、未来には理解の出来ないことをし始める。
「何をしてるんですか?」
「"チャオ・ウォーカー"の原動力はチャオの生命力です。転生を無限に繰り返すことのできるチャオの生命エネルギーはまさに無限。魂の力、そう言い換えてもいいでしょう。しかしそれを引き出すのが難しいのです」
 早口で捲し立てられ、未来は困惑の後にようやく返答をもらっていないことを気が付いた。
「それで、何をしてるんですか?」
「新兵器の開発です」
 未来には目もくれず、少年はコンピューターとにらめっこをする。
「魂の力を引き出すのは難しい。チャオにとっての生命力とはすなわち愛です。愛を与えられれば無限の生命力を発揮できる。愛でなくとも強い思いならばいいのです。"チャオ・ウォーカー"はチャオにその擬似的な強い感情を与えることで生命力を発揮させてその一部から生命力全体に繋がるパイプを作り出しているのですが、そのせいでどうしてもチャオを消費してしまう」
 話の半分も理解できなかった。
「つまり。チャオの生命力を失わないためには延々と強い思いを与え続けなければならないのですがこれがなかなか難しい。そこで心と心を接続する機構を作れば果たして可能なのではないかと考えたのです。チャオを犠牲にするのは吝かですからね」
「そうですか」
 これ以上の会話は無駄だと判断して、未来は会話を途切らせた。
 長い静寂。接点がないのだから当然だった。むしろ今の未来にとって、彼のような態度はとてもありがたかった。
 どこに行っても、どこに居ても、未来は時の人だ。
 "チャオ・ウォーカー"のパイロット。平気でチャオを犠牲にしている残虐非道な人。まるで悪魔みたい。少なくとも人間じゃない。気味が悪い。何とも思わないのか。化け物。
 仕方なく守っているのに。
 未来は腕に頭をうずめた。
 チャオを犠牲にする。どんどんチャオはいなくなる。誰もかれも、自分のチャオは可愛いけれど、自分自身はもっと可愛い。人を犠牲にするよりチャオを犠牲にした方が良いと思ってはいても、当事者ではないから、いつまでも他人事のままだ。
 その中で、未来は安全な場所にいる。
 最も安全な場所だ。
「朝から学校サボって、何をしてるんだい?」
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"に寄りかかって、ゼラは微笑んだ。普段と変わらない様子に未来は安心を覚える。
 やはり、昨日の彼女は何かの間違いだったのだ。そう思わせてくれる微笑みだった。
「別に。ちょっと居づらかっただけだよ」
「奇遇だね。僕もさ。人気者は辛いね」
 ゼラは憂いのある表情をした。
「今までチャオがいなくなることなんてほとんど気にもしてなかったのに、いざ事が公になると鬼の首を取ったみたいになる」
 未来は共感する。噂の時点ではまだ仕方ないと言っていた人ですら、いまや未来を爪弾きにしている。
 本当のところ、チャオを失うことを本気で怒っていたのは、彼女だけだったのかもしれない。
「僕はそういう人が嫌いなんだ。君はどうだい?」
「嫌いじゃないけど、好きじゃないな」
 チャオを犠牲にすることに何の気持ちも抱かない人でなし。未来でさえその扱いなのだから、ゼラはもっと酷いだろう。
 なにせ昨日の騒動は全国中継されていたのだ。ゼラの冷徹で冷酷なあの名演技を知らない人はいない。
 誰も怖がって近寄ってこない。邪険にされている。そんなところだろうと未来は思った。
「人っていうのは相対的なものなんだ」
 ゼラは嫌そうな顔をする。
「そうじゃない人がいるから、自分はこうだ。そういう人がいるから、自分はこうじゃない。本音を言えばね、僕はチャオが犠牲になろうが人が犠牲になろうが知ったことじゃないんだよ」
 だけど、と彼女は続けた。目は普段の彼女と違っていたが、口元が微笑んでいた。
「君は違うだろう?」
「そう、なのかな。確かに嫌だけど」
「まあ、このように異なる思想があってこそ互いの思いが確実なものになる。それは当然だ。でもみんなそれしかない。うんざりするよ」
 どうにかすることができない現実。
 チャオの犠牲。"サイボーグ"。みんなの気持ち。自分の気持ち。誰かの気持ち。
 全てが欲しいと思った。
 全て叶えばいいのにと思った。
 そうならないことを分かっていながら。
「欲張り過ぎなのかな」
「僕は悪いとは思わないさ。夢は多ければ多いほどいい」
「夢?」
 未来はゼラの表現に違和感を覚えた。夢というと、なんだか違う感じがするのだ。これは夢ではなく、単なる願望である。
 それを伝えるとゼラは首を横に振って、肩をすくめた。
「願い、希望、夢。言い方が違うだけで全部同じさ。dreamだよ」
「お前は海外の生まれだから分からないだろうけど、人の夢って書いて儚いって読むんだよ。今、思ってても、明日になったら全部消えちゃうんだ」
 返事はない。ゼラは思案顔をしていた。何かを考えている。
 未来は色々なことを考えた。
 恵夢のこと。彼女と復縁するのは難しいだろう。自分は"チャオ・ウォーカー"のパイロットで、彼女は誰よりもチャオが好きな女の子だ。チャオが犠牲になることを受け入れられるはずがない。
 みんなのこと。他人事でなくなった途端、態度をがらりと変える。とても変だと感じた。
 チャオのこと。人の都合で犠牲になっている。しかしそれを見過ごすことしか出来ない自分がいる。チャオを尊い犠牲などとは呼べない。
 どうにかしなくちゃいけない。けれどどうにもできない。
 ふと。
 未来は思う。
「なんで、僕がどうにかしなきゃいけないんだ?」
 チャオを犠牲にしたくないのなら、したくない人たちで何とかすればいいのだ。
 守ってもらっている立場で、偉そうに、と思った。同時にそんな自分を強く嫌悪した。
 未来は自分に違和感を覚える。
 "チャオ・ウォーカー"に乗ってから、なぜか心が晴れやかになる時がない。
 心にどんよりと雲がかかっている。重たくて、哀しい。寂しい。すごく動きづらいように感じている。
 レールを避けて、自由に生きているはずだ。
 けれど、未来は何かをするたびに鎖が自分を制限している気がして、たまらなくなった。
「末森さん、あの子を拒絶しないであげてください」
 唐突に話しだす少年。未来は驚いた。
「ライトカオスチャオです」
 なるほど、ライトカオスチャオの態度の悪さはお墨付きであるらしい。
 少年はコンピューターとにらめっこをしたまま続ける。
「あの子の主人は、あの子を捨てて去って行きました。だからあの子は人が嫌いなのです。信じられない。あの子の主人は、あの子に愛を与えずに去って行ったのですから、当然なのでしょうね」
 未来は同情できなかった。それに何か変だとも感じる。うまく言葉には出来なかった。しかし矛盾がある。それに気付けない。
「いや、違うか」
 ぼそりとゼラが呟いた。


 ------------------------------------------------------------


 未来はチャオガーデンに来ていた。
 今回は特別な任務があったわけではない。行く場所がなかったから、ここに来たのだ。
 授業中は人がいないから。
 チャオガーデンはそういった意味ではとてもいい場所である。
 見渡すかぎり一面のチャオ。緑色を埋め尽くすほどに散らばるチャオたち。未来はこの子たちを犠牲にするなんて考えられなかった。
 可愛らしい生き物だと思う。
 ほとんどの場合、ペットを食用として扱うことはない。
 食用ではないが、同じようなものだ。
 人が犠牲になればいいんだ、と思った。
 かと思えば人には転生のエネルギーがないのだ。転生も出来ず、人として死を全うすることもなかなか、かなわないような未完成の生物。
 人は犠牲にしても意味がなく、チャオは非常に効率的で、効果的。理屈ではいくらでも理解することが出来た。けれど、感情は言うことを聞かない。
 ところが、それは自分が、自分自身を「いい人」だと思い込みたいからだ。
 自分で自分を否定したくないから、チャオを犠牲にしていることに対して遺憾を覚えているような振りをして、その実なにもしない。なにかしようなんて思ってもみない。
 茶番を演じている。その自分に酔っている。おかしなものだ、と未来は思った。
 チャオガーデンは様々な色で彩られている。チャオガーデンの緑は埋め尽くされ、声が溢れんばかりに聞こえて来る。
 その中に、一人、少女の姿があった。
 黒髪の少女である。それは長く麗しく、流れるような美しさを放っている。その少女の名前を庭瀬恵夢という。
 目があって、未来から逸らした。
 未来はすっかり消沈してしまった気のままで、彼女を直視できなかったのだ。
 すると唐突に、恵夢はずんずんと未来に向かって行って、頭をさげる。
「ごめんなさい!」
 呆気を取られた未来に返事は出来なかった。彼女はチャオのことを話すときと同じように、早口に捲し立てる。
「私、チャオのことになると気が動転しちゃって、本当にごめんなさい。末森くんは何も悪くないんだよね」
 しかし、その言葉が未来の脳裏に幾度となく反響する。
 末森くんは何も悪くない。
 未来にはそう言い切るだけの理由がなかった。そう言えるだけの言葉がない。未来は俯いた。
「末森くんも、チャオがいなくなるなんて、嫌なんだよね」
「僕は」
 続けることが出来ない。
 チャオがいなくなることを、確かに自分は嫌だと思っている。反面、チャオを犠牲にすることを受け入れ始めてもいるのだ。
 他に方法がないのならそうするしかない。
 そしてそれは誰もが受け入れなければならないことで、受け入れられないのなら、人は滅んでしまうのだから。
「僕は、嫌だと、思ってるのかな」
 彼女の腕に抱かれるラインハット。彼女がラインハットを失えば、彼女はショックを受けるだろう。未来を恨むかもしれない。しかし、チャオを犠牲にするということは、そうなる可能性があるということだ。
 ちゃんと彼女は分かっているのだろうか。
 自分のチャオも、いなくなってしまうことがあるのだということを。
「あのね、ラインハット、人見知りする子なんだけど」
 恵夢は言い淀まない。
「末森くんには、気兼ねがないっていうか、私といるときとあまり変わらないんだ。だから末森くんは」
 警報の音が声をかき消す。
 チャオがざわめいた。
 チャオガーデンがざわめいた。
 未来は二択を迫られている。
 行って人を救うか。
 行かないでチャオを救うか。
 そして、未来にとって、チャオはそれほど大切なものではなかった。
「ごめん、行かなきゃいけないんだ」
「ちゃおー!」
 ラインハットが右手を挙げる。恵夢がそれを見て、にっこりと笑った。
「気をつけてねって、ラインハットが」
 どこか子供っぽい笑みに、未来は安堵を覚え、同時に恐ろしくなる。
 期待に答えられるだけの力を、自分は持っているのだろうか。
 チャオを犠牲にすることに、未来は直接関与しているわけではない。"チャオ・ウォーカー"というものを通し、間接的に関与しているのだ。
 どうしようもないことなのだ。
 それを、彼女はちゃんと分かっているのだろうか。
 未来には自信がない。
 自信が、ない。
 恋心が曇るほど自分が消耗していることに、未来は気が付かない。


 ------------------------------------------------------------


「第一共同学園上空だ。既に"ヒーローチャオ・ウォーカー"には出てもらっている」
 パストールが答えて、未来は"チャオ・ウォーカー"の細長い頭の中に乗り込む。
 難しいことは考えていたって、仕方がないのだ。全ては仕方がない。そうやって受け入れて行くことしか出来ない。
 未来は操縦桿を握る。
「未来くん、今ならまだ間に合う。君は"チャオ・ウォーカー"を降りるべきだ」
 パストールの表情は真剣だった。茶化しているふうには見えない。だが、だからこそ未来にはパストールの本心が見えなかった。
 未来がここで降りたとして、一体何がどう変わるというのだろう。彼は自らの罪悪感を解放するために良い人間のふりをしているだけではないか。
 次第に重くなる自分の心にうんざりして、未来は首を横に振る。
「もう間に合いませんよ」
「だがな、未来くん。君のような優しい子がそれに乗るべきでは」
「なに言ってるんです、パストール。彼が乗ると言っているのです。中途半端な優しさは彼に対する侮辱ですよ」
 下卑た笑みがモニターに映って、未来はそっぽを向いた。内津孝蔵は大仰な仕草で呆れを表し、チャオのセットを進める。
「まだ言うか内津孝蔵。私はただ彼の命が惜しいだけだ」
「それは結構。じゃ、チャオの命は惜しくないってことだね」
 未来は顔を声のもとへ向けた。
 モニター越しに映るライトカオスチャオの目が、一瞬、未来と合ったような気がする。
「そういうわけではない」
 パストールが否定するが、ライトカオスチャオは聞く耳を持たない。
「そこに乗ってるヤツも死ねばいいんだよ。チャオが犠牲になってるのに、人が犠牲にならないのはおかしいだろ」
 沈黙が場を支配した。
 不公平だ。ライトカオスチャオはそう言っている。しかしながらこの世界は不思議と人の為に出来ているのだ。神は人に転生という能力を与えなかったし、チャオには与えた。
 見方を変えれば、不公平だと言いたくなるのは人の方かもしれない。
 それゆえに人では犠牲になりえない。ライトカオスチャオは分かっていない。チャオが犠牲になるのは必然で、当然の帰結であって。
 どうにか出来ることでも、どうにかするようなことでもないのだ。
「機能正常。ニュートラルオヨギタイプを接続します。エネルギー還元を開始。コンプリート」
 "チャオ・ウォーカー"の暗いコクピットの内部に光が灯される。
 その、灯された瞬間だった。
 未来は何か、不穏なものを感じ取った。心がざわめいている。痛む。曇っていただけの心に、雨が降っている。冷たいもの。体中を駆け巡る冷たいもの。
 声。
 うめき声。呪いの声。未来は恐怖し、どうしてか悲しくなった。
 不安をかき消すために、未来は"チャオ・ウォーカー"を走らせる。今までよりもスピードは出ない。ヒコウタイプでも、ハシリタイプでもないという証だろう。
 地上へ出ると同時、"サイボーグ"の赤い眼光が見えた。
 未来は驚く。
 "サイボーグ"の姿が変わっていた。今までは機械の寄せ集めで、辛うじて獣のような形を取っているだけだった。ところが今は違っている。
 人のような。
 人に似た。
 機械で造られた、巨大な人の形をしている。
「聞こえるか! こいつ、前よりも!」
 ゼラの声が聞こえて、未来は一拍、反応が遅れた。目の前に"サイボーグ"の青白い光線が迫っている。飛行して回避。
 遙か後方で爆発が起こった。未来は焦りを覚える。
 "サイボーグ"は進化しているのだ。
 "チャオ・ウォーカー"が空中を駆け、"サイボーグ"に突進を仕掛ける。空を自由に飛び、"サイボーグ"は"チャオ・ウォーカー"から逃げる。
 その背部に向けて、"チャオ・ウォーカー"は右腕からレーザーを放った。


「ナンデ?」


「未来っ!!」
 目の前に"ヒーローチャオ・ウォーカー"の背部が見える。"サイボーグ"の両手に装備された刃物の攻撃を黄金の光で防いでいるのだ。
 現状を把握するまでに、しばらくの時間が必要だった。未来がようやく正気に戻ったとき、"サイボーグ"は赤い光線をその両手に集中させていた。
「未来! 大丈夫か! おい!」
「あ、ああ」
 赤い光線が向かって来る。未来は半ば本能的に、それを発動した。
 黄色の光が"ヒーローチャオ・ウォーカー"と"チャオ・ウォーカー"を包み、赤い光線を防いでいる。黄色の光。未来は自覚した。オヨギタイプの特性。それがこの黄色の光である。
 "チャオ・ウォーカー"は光の壁を展開したまま、赤い光線を突き破って行く。


「コタエテヨ」


 今度こそ、未来は視界が真っ暗になって行くのを感じ取った。
 どこかから声が聞こえている。誰かの声が。哀しい声だった。悲痛な叫びだった。その感情が未来の心に、直接入り込んで来る。
 "サイボーグ"は赤い光線を止めると、大きな鋼の翼を広げ、飛翔した。"ヒーローチャオ・ウォーカー"のレーザーを避けながら、青白い光線で迎撃している。
 回避行動。
 迎撃行動。
 そう、"サイボーグ"は確かに知能を付けていた。


「ドウシテナノ?」


 無機質な声。未来は操縦桿を握り締める。
「未来! どうした! 返事をしろ!」
 意識が朦朧としている。
 何かに乗っ取られるような、錯覚がする。
 未来は死にたくない一心で歯を食いしばった。
「そんなの、知るか!!」
 "チャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"の進む先に廻り込む。右腕を構え、レーザーを放った。"サイボーグ"は下降して回避する。もう一度、未来はレーザーを撃とうと思った。
 しかし撃てない。
 "サイボーグ"は地上を背にしていた。街を背に立っている。
 それはつまり、"サイボーグ"はレーザーによる攻撃では倒せないということを意味するのだ。
「未来、僕があいつの背後を取る! 挟み撃ちを、」


「ヤメテ、ヤメテヨ――」


 未来には"サイボーグ"が赤い光線を放つ光景が見えた。その赤い光線が"ヒーローチャオ・ウォーカー"を貫くのが見えた。
 だから未来は、半ば本能的に、レーザーを撃つ。
 予期せぬ攻撃だったのか、"サイボーグ"は一拍、回避行動が遅れた。その左胸部をレーザーが貫き、地上に着弾する。
 爆発音が響き渡った。
 地上が燃えている。
 "サイボーグ"の機械の残骸が、はらはらと散っている。
「未来、君は」
 虚ろな目で、未来は綺麗に燃え盛る地上を見た。
 赤い炎が広がっていく。
 全てを焼き尽くしながら、広がり続ける。
 逃げ惑う米粒のような人々が見える。
「僕、僕……僕にどうしろっていうんだよ」
 胸の奥には、未だにあの悲痛な叫び声が響き続けていた。


「ボクヲ、タスケテ」


 ------------------------------------------------------------


 僕が入院してから、早くも一週間が経って、僕は退院することになった。
 みんなが僕を祝福していた。慰め、励ましていた。けれども僕はみんなのことをこれっぽっちも見てはいなかった。
 レールはまだ見えている。
 僕はそのレールを、わざと外して歩く。
 レールは病院の自室へ続いていた。僕は反対方向へ進んで行く。
 これからずっとこうやって生きて行く。
 もう、誰かに歩かされるのは真っ平御免だ。
 だって、そうだろ?
 このレールを辿っても頼っても、結局、あの女の人は助からなかったんだ。
 僕は反対方向へ真っ直ぐ進む。
 そこで、僕は。
 コドモのピュアチャオと出会った。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3024-ipbf1008souka.saitama.ocn.ne.jp>

6 見上げることしか出来なかった
 DoorAurar  - 11/2/4(金) 2:57 -
  
 何故、あんなことにしてしまったのか。誰にも言えなかった。
 "サイボーグ"が"ヒーローチャオ・ウォーカー"を、ゼラを貫く光景が見えたから、なんて。
 苦痛を与える悲痛な叫び声が、どこからともなく聞こえて来るから、だなんて。
 誰も信じてくれるはずがなかった。
 未来は恐怖に震える。あの声が恐ろしかった。あの声。あの声は未来をどこか遠くへ連れて行こうとしていた。未来を封じ込め、乗っ取ろうとしていた。
 未来にはそう感じられた。
 それほど恐ろしかった。
「いけませんねえ末森くん。これは始末書ものです」
 一拍を置いて、
「と言いたいところですが、"サイボーグ"は強化されていたそうですし、今回は大目に見ましょう」
 内津孝蔵はいやらしい笑みを浮かべていた。
 それがどうにも、未来は自分を責めているように感じてしまう。
 たくさんの人が死んだ。たくさんのものがなくなった。今まで、犠牲にしていたのはチャオだけで、それ以外のものは未来が直接関与しているわけではなかったのだ。
 ところが、今回の件ばかりは違う。
 未来は自分の手で、引き金を引いた。街を焼き尽くし、人を殺めたのは他でもない、未来自身である。
 実感が伴わない殺人。
 人が死んだかどうかも分からない事故。
 そのはずなのに、なぜか未来は苛まれる。
「私は事後処理に向かいます。あとのことはパストール、任せましたよ」
「分かった」
 鉄の擦れる音がして、孝蔵が去った。残された三人――ゼラとパストール、未来――の間には重たい空気が充満している。
 慰めの言葉はない。励ましの言葉もない。どう声をかけていいか分からないというほどに、未来は悄然たる面持ちであった。
 心のなかに残る、あの恐ろしい叫び。まるで絶望から逃れられぬ自らの運命を呪うような、あるいは苦痛に耐え忍ぶような、呪いの叫び。
 それが聞こえている。聞こえて来る。心のなかに残っている。
 耳を澄ませば、いつだって聞こえて来てしまう。
「未来くん、失敗は付き物だ。今回は"サイボーグ"も変化していた。君だけのミスではない。我々にも責任がある。それを忘れるな」
「はい」
 気遣う言葉の隙間に、自分を非難する意志を感じる。感じてしまう。
 「我々にも責任がある」とはいえ、実際に撃ったのは未来である。あくまで、「にも」だ。「に」ではない。
 燃え盛る地上の光景。それを見下ろす自分。
 自分が奪ったもの。
「未来くん」
 パストールが未来の肩に手を置く。虚ろな未来の目が驚きに見開いた。
「君は背負い過ぎだ。君は奪っただけだろうか。助けもしたはずだ。違うか?」
「違わない、ですけど」
「ならば塞ぎこむな。君は正しいことをした。あのまま戦闘が長引けば被害が大きくなったとも言える。君は最善の行動をしたんだ」
 ――しかし、失ったものは二度と返って来ない。
 未来は彼の言葉の裏に隠された思いを感じる。表立って責められないことが、もどかしくてたまらなかった。


 ------------------------------------------------------------


 未来は行き場もなく、さ迷い続ける。"サイボーグ"対策本部の廊下を歩いているが、目的地はない。
 どこかに行きたかったが、どこに行くべきか分からず、せめてこの場所にはいたくなかった。自分のいるべき場所は、ここではないのだ。
 人殺し。
 もちろん、理屈では分かっていた。"チャオ・ウォーカー"は大義のため、世界のために"サイボーグ"を撃破している。本来なら、犠牲はもっと多くても不思議ではない。
 それがチャオという、都合のいい犠牲がいただけである。チャオは力をもって生まれ、その力を利用された。
 無限の生命力。
 チャオ。
 だが、チャオは不完全なシステムの影響で生命力を一気に消費し、ついには失ってしまう。けれどシステムを完成させる猶予は少ない。
 次々と"サイボーグ"は現れ、鬱憤をはらすように破壊活動を繰り返す。
「チャオを殺すだけでは飽き足らず、人まで殺したか。やっぱり僕の言ったとおりじゃないか」
 ライトカオスチャオが言った。
 未来はようやく"チャオ・ウォーカー"の収納されている部屋までやって来たことに気が付く。
「お前たちは化け物だよ。人間じゃない」
 人間じゃない――未来は肯定した。自分は人間じゃない。人を殺して罪を受けず、のうのうと過ごしているのだから。
 罪悪感なんて必要ない。未来の中の誰かがそう言う。仕方がないことだったのだ。わざとやったわけではない。不可抗力だった。みんな分かってくれる。
 一方で、未来の中の誰かは、未来を責める。
「お前たちが死ぬべきなんだ。何でそれが分からない」
「そうだな」
 未来は頷いた。
 ライトカオスチャオのポヨが「びっくりマーク」になる。分かりやすいな、と未来は思った。
 死ぬべきなのは未来である。あのとき"チャオ・ウォーカー"のレーザーによって、殺されてしまった人たちではない。まして、チャオなどではない。
 死ぬべきなのは未来だ。
 自分の中で、誰かがそう言っていた。悲痛な叫び声である。叫び声は未来を呪っていた。未来を恨んでいた。憎んでいたのだ。
「お前、お前には。プライドってものがないのか?」
 ライトカオスチャオは迫力のある声色で尋ねた。
「ないよ」
 即答する。
 しばらく二人は向かい合っていた。未来の目は虚ろなままだ。ただ、未来にはライトカオスチャオのポヨが眩しくてしかたなかった。
 自分にはまばゆいばかりの光。希望。そう、夢。それらが音を立てて崩れゆく。
 苦痛が差し迫っていた。直接、心に語りかけ、伝わって来る。それは嘆きの声。自分の運命を呪う、嘆きの声だ。
「見損なった。お前に、チャオ・ウォーカーの資格はない」
「なにいってんだよ。お前たちが乗せたくせに」
 自分の口から出る言葉は、自分の声とは思えなかった。
 ライトカオスチャオは未来の横を通りすぎて、曲がり角に姿を消す。
 静かになった。
 未来の心は苦痛に沈む。
 "チャオ・ウォーカー"の姿を見る。
 宇宙人のような、頭の長い鋼の機体。この機体に乗ったとき、自分は確かに何かを感じ、感じさせられている。あの叫びは一体。
 未来には守るものがない。
 意志を持って、夢をもって、守るべきものがない。欲しい物がない。何もいらない。
 だから、自分をこの苦痛から解放して欲しかった。
 未来は哀しむ。
 哀しんで、恨んで、呪い、嘆く。
「ここにいたのか、未来くん」
 パストールだった。聞こえの良い優しい言葉に装って、本心を隠す男。未来は彼を疑っていた。彼は執拗に自分やゼラを庇っている。偽善だ。偽善である。
 偽善に意味はない。中身のない優しさだと未来は感じた。彼のしていることは、優しさの押し付けである。
「今、君は一人になるべきじゃない」
「いいです。一人にしてください」
「未来くん」
 真摯な表情だ。だが、未来にはそれが偽善者の仮面をかぶっているように見える。みえている。
「自暴自棄になるな。一人になりたいときこそ一人になるべきじゃないんだ」
「誰のするべき、なんですか?」
 彼は一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。未来の言っていることが理解できなかったためで、その反論が予想外であったためだ。
 確かに未来は反論をするような人間ではなかった。純粋で、素直で、優しい人間。未来はそういった人間として捉えられていた。
 そして、それは決して間違いではなかったのだ。
「誰にとってのするべき、なるべきなんですか?」
 パストールは理解する。
「気分が落ち込んでいる人にとっての、だ。大人の忠告は聞いておけ」
「あなたたちは分かってない。僕は落ち込んでなんかいません」
「しかし」
「誰が"チャオ・ウォーカー"に乗ってると思ってるんですか? 僕です。僕が乗って、守ってあげてるんですよ。あなたたちは何もしてないじゃないか」
 彼は何も言わなかった。これならまだライトカオスチャオの方が良い、と未来は思う。なぜなら、ライトカオスチャオは嘘をつかないからだ。
 人を殺し、街を焼き尽くした未来を責めないわけがない。未来を人殺しとして扱わないわけがない。
 そうでない人間はいないのだ。
「そうか」
 パストールは納得して、背を向ける。
 ところが、いつまで経ってもその場を動かない。未来は疑問に思って、しかし何も言わずに待った。
「私はかつて、世界を守ろうとしたことがあった」
 未来は聞くに徹する。
「だが私が守ったものは世界であって、そこに住む人々ではなかったのだ。大人の矜持や利権は守れても、私は……私が守りたかったものは、全て失うことになった」
 哀しい声色だった。その感情を散々に知っている未来だからこそ、彼がどのような気持ちで言っているのか想像に難くない。
 後悔だ。
 あのとき、ああしておけばよかった。
 あのとき、ああすべきではなかった。
 あのとき、未来はレールの上を歩くのを止めて、自分の意志で、自分の力で歩むべきだったのだ。
「必要とされないヒーローほど邪魔なものはない。自由社会となった今、個人の絶対的な正義など無価値だ。だから私は正義であることを止めた」
 偽善だ、とパストールは続けた。
「しかし今、世界に危機が迫っている。私に出来ることは限られ、本来であれば守るべきものに守られ、年端も行かない子供に全てを託すしかない」
 それでも、未来にはもはやどうしようもなかった。
 きっとパストールは未来を励ましているのだ。それは分かった。頭では分かっている。分かっているのだ。だが感情が、心が言うことを聞かない。
 絶望の底で、恐怖に怯え、一人縮こまっている。もうそれは動かない。あの声を聞くことを、未来は恐れていた。
「君は望まれている。必要とされているんだ。それだけは憶えておいて欲しい」
 あの声が。
 あの声さえなければ。
 未来は体が震えた。
 パストールはそれを見て、無言で去って行く。
 ひとりだけになった。


 ------------------------------------------------------------


 翌日の昼休みが終わる頃に、未来は登校した。未来が入った途端に静まる教室。斎藤朱美は未来と目が合うと、すぐに目を逸らした。
 自分の席に座って、じっと黒板を見る。ちらちらと周りの人間が自分を気にしているのが分かった。
 五時間目が始まるという頃になっても、担当の教師は姿を現さない。不穏な空気を感じ取った生徒たちが、ひそひそと噂話を始めた。
 人殺し。
 そういう単語が聞こえる。
 がらりと変わってしまった、自分を取り巻く環境。
 そして、それらを台無しにする、警報の音が響く。
 "サイボーグ"の襲来を告げる警報。
 教室の女子のひとりが耳をふさいで頭を抱えた。非難の眼差しを感じて未来は机の端をじっと見る。
 未来は動かない。
 警報は響き続ける。
 それでも動かない。
 "サイボーグ"の咆哮が聞こえて、騒ぎ声が四方八方から聞こえた。
 未来は動けない。
 あの声が聞こえるから。聞こえて来るから。心を揺さぶるから。
 教室のドアが開いて、内津孝蔵が現れる。未来は怖気が立った。自分は"チャオ・ウォーカー"に乗るしかない。嫌だとしても、世界を守るためにはしかたのないことなのだ。
「さあ、末森くん、行きましょう。"サイボーグ"は二機です。ゼラフィーネさんだけでは心許ない」
「おい、待てよ」
 友達だ。友達が立ち上がって、未来に面と向かっている。
 怒りの表情を浮かべていた。無理もないことだと未来は思う。
「お前、チャオを殺して、たくさん人殺して、なんとも思わないのかよ!」
 やはりそうだ。
 誰も自分のことなど分かってはくれない。
 分かってはくれない。
「そんなやつだなんて!」
「仕方ないだろ」
 未来は言い捨てた。
 そこには「じゃあ、お前がどうにかしろよ」というニュアンスが含まれている。誰もがそれを汲み取った。そして、誰にもどうにも出来ないのだ。
 だから当事者である未来が責められている。それは分かる。しかし未来は望んで"チャオ・ウォーカー"に乗っているわけではないのだった。
「てめえ! チャオの、人の命をなんだと思ってるんだ!」
「ならば人だけを犠牲にするようにしましょうか。出来ますよ? 例えば、あなたが犠牲になってはいかがでしょう?」
 くくっと笑う孝蔵に、友達は黙する。
 そう、本当に、本心から命の大切さを分かって、知っているなら、自分が犠牲になることを選ばなければおかしいのだ。
 未来は偽善者だらけだと思った。偽物の善は悪と何ら変わりがない。
 じゃあ、何が本物の善なのか。
 それすらも考えられない。
 思いつかない。
「さ、末森くん、行きましょうか」
 教室にいる間、未来はずっと彼女の顔が見られなかった。
 恵夢が未来をずっと見ていたことにも、気が付かなかった。


 ------------------------------------------------------------


 "チャオ・ウォーカー"が恐ろしい何かに見えて、一瞬、乗るのを躊躇してしまう。パストールは無言で未来を見ていた。
 しかし、未来は腕をつたって、"チャオ・ウォーカー"のコクピットに乗り込む。仕方がないという言葉が自分を縛り付けていた。
「機能正常。ニュートラルヒコウタイプを接続します。エネルギー還元を開始。コンプリート」
 未来はコクピットの中で、すうと深呼吸をする。自分がやらなければ、"サイボーグ"は全てを奪いつくしてしまう。だからやる。自分しかいないから。
 周りは自分に期待する。
「未来くん、大丈夫か」
 パストールが言うが、未来に答える余裕はなかった。
 ただ、必死でやらなければ自分には居場所がなくなってしまうことを本能的に理解する。
 "チャオ・ウォーカー"は駆けて、地上へ飛び立つ。紫色の残光がみえて、消えて行く。
 "サイボーグ"の姿が二機、"ヒーローチャオ・ウォーカー"が一機、戦闘していた。"ヒーローチャオ・ウォーカー"がやや防御姿勢に見える。
 未来は必死で飛び抜けて、"サイボーグ"を分断する。一対一ならば"チャオ・ウォーカー"が有利だと考えたからだ。
 その飛行速度を維持したまま、右腕のレーザーで"サイボーグ"を狙い撃つ。


「ココハドコナノ?」


 がくん、とレーザーの照準がずれて、未来は高度が下がっていることに気が付いた。
 "チャオ・ウォーカー"の挙動は不審である。ゼラは気づいていたが、強化された"サイボーグ"の相手で精一杯だった。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"は黄金の光を展開して、"サイボーグ"の赤い光線を防ぐ。防ぎ切ると、黄金の光が一閃し、"サイボーグ"の片腕を粉砕した。
 未来は体制を立て直す。
 "チャオ・ウォーカー"は空中を紫色の光を残して飛行し、片腕のない"サイボーグ"に急接近した。至近距離で右腕の砲口を突きつけ、レーザーを放つ。一機が消散し、もう一機の"サイボーグ"が地上に向かって行った。
 下降速度なら"チャオ・ウォーカー"の方が勝ると考えた未来は、それを追いかける。


「ヤメテ、クライ、コワイ、ボクハドウナッテルノ?」


 意識を繋ぎ止め、地上に降り立った"サイボーグ"に対峙した。


「ボクヲタスケテ、ボクヲ」


 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"に向かって行く。
 未来には何が起こっているのか分からなかった。朦朧とする意識で、なんとか視界だけが機能していた。
 赤い光が"サイボーグ"に集中している。"ヒーローチャオ・ウォーカー"は間に合わない。
 赤い光線が放たれる。
 寸前、コクピットハッチが開き、未来は体がふわりと浮いて、"チャオ・ウォーカー"の内部から投げ出され、地面に全身を強打する。
 痛みで朦朧としていた意識が現実感を伴った。
 紫色の光を残して、"チャオ・ウォーカー"が飛び立つ。赤い光線は紫色の光に飲み込まれ、かき消されのだった。
 未来はそれを地上から見上げている。
 意識が覚醒する。
「パストール!!」
 確かに、未来は見た。朦朧とする意識ではあったが、パストールがコクピットハッチを開け、未来を投げ飛ばしたのだ。
 "チャオ・ウォーカー"は搭乗者の意識に反するように、奇妙な動きをする。"チャオ・ウォーカー"と照合するのは未来だけだ。生体認証システムの関係上、未来以外は乗ることが出来ない。
 パストールは乗ることができない。
 未来は地上から見上げていることしか出来なかった。
 "チャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"に組み付いて、機能を停止する。"ヒーローチャオ・ウォーカー"が黄金の光を展開し、"サイボーグ"に突進した。組み付いた"チャオ・ウォーカー"と共に空へ飛び上がる。
 "サイボーグ"から赤い光が放出する。今までにない、強力な放射攻撃であった。
 "チャオ・ウォーカー"の頭部と左腕が消し飛び、"ヒーローチャオ・ウォーカー"が黄金の光で防ぐ。
 力なく、"チャオ・ウォーカー"は地上へ落ちて行く。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"の放ったレーザーが"サイボーグ"の半身を砕いて、苦し紛れに青白い光線を放つ"サイボーグ"だが、それを容易に防ぎ、黄金の光が一閃する。
 未来はその光景を、ただみていることしか出来なかった。
 墜落していく"チャオ・ウォーカー"。それを追う"ヒーローチャオ・ウォーカー"。
 未来はその光景を、ただ。
 見上げることしか、出来なかった。


 ------------------------------------------------------------


 コドモのピュアチャオと僕は、よく話があった。
 コドモのピュアチャオには主がいなくて、すごく寂しい思いをしているように感じた。
 だから僕は、コドモのピュアチャオの友達になってあげることにした。
 そうしたらコドモのピュアチャオは喜んでくれた。
 僕は喜んだ。
 僕の力で、僕のやり方で、僕の望むものが手に入ったから。
 僕はその日から、レールを避け続けた。
 今の今まで、ずっと。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3024-ipbf1008souka.saitama.ocn.ne.jp>

7 神様の操り人形
 DoorAurar  - 11/2/4(金) 3:08 -
  
 パストールの追悼式は行われなかった。彼は偽名、偽の戸籍を使っていた。本名も知れず、本来の居場所も知れず、家族も不明である。
 亡骸は内密に処理された。
 肉体の半分が失われていたという。
 "チャオ・ウォーカー"の修復作業が行われているのを目の端にとらえ、未来は罪悪感に押しつぶされそうになるのをなんとか堪えていた。
 あの声が未来の精神を侵している。
 あの声が未来に恐怖を与えている。
 そうだ。あの声が未来を蝕み続ける。
 どこかから聞こえて来る、あの声が。
 未来は体育座りで、腕の中に頭を埋めた。
 パストールが死んだ。
 誰も未来を責めない。
 誰も未来のせいだとは言わない。
 それは、未来が子供だからだ。未来がまだ子供で、責任をもつ必要がないから。たった一人の"チャオ・ウォーカー"の搭乗者であるから。
 罪から逃れている。
 それが罪悪感になっている。
 周りの人間が未来を責めている気がした。パストールが死んだのは未来のせいであると。面と向かって責め立てられた方がいいと思った。その方が楽だからだ。
「人間はやっぱり不要だ」
 ライトカオスチャオが未来の隣に立っていた。彼は"チャオ・ウォーカー"を見ている。じっと見つめていた。
「内津孝蔵はチャオを排除しようと考えているようだが、それは間違いだ。チャオの進化によって自分の立場が危うくなるのを怖がっているんだろうな、あの男」
 未来はライトカオスチャオの言葉に対して、何も感じられなかった。チャオが排除されようと、未来には関係の無いことだ。
 たとえ内津孝蔵がその立場を追われても、未来の知った事ではない。
 ところがライトカオスチャオはそう思わなかった。
「内津孝蔵は何かを企んでいる。パストールがいなくなったことでよほど動きやすくなったろう。マサヨシが行動してくれてはいるが、時間の問題だ」
 彼は何かを伝えようとしていた。
 未来にはそれが感じ取れない。今、未来がそれどころではない精神状況だから、というのも理由の一つだが、ライトカオスチャオははっきりと伝えようとしていないのだ。
 まだ未来に対する疑いがある。迷いがある。それが核心からぶれさせているのだ。
「チャオをエネルギーに還元するシステムは内津孝蔵が作ったんだ。僕の予感が、予想が正しければ」
 ライトカオスチャオは言葉を濁らせる。
「お前はじっとしていればいい。何もするな。どうせ何も出来ない」
 人を信じられない、ライトカオスチャオ。主に捨てられたライトカオスチャオ。同情の念は起こらない。むしろ未来は嘲る。
「お前は変わってしまったようだ」
「僕が変わった?」
 未来は初めて言葉を返した。ライトカオスチャオは答えず、去って行く。
 変わった。
 その通りである。
 変わらない人間はいない。未来は確かに変わった。レールの上を歩くだけの人間から、自分で道を作り出して行く人間に。
 いや、実際には怖いだけなのかも知れないと未来は思った。レールの上を歩いて、また誰かが、自分が傷ついてしまったら。
 悪いのは誰なのか、分からなくなってしまうから。
 誰を恨めばいいのかも分からなくなってしまうから。
「マサヨシって、誰だよ」
「僕ですが」
 未来はばっと振り向いた。
 眼鏡をかけた猫背の少年がノートパソコンを手にして立っている。彼はそのまま"チャオ・ウォーカー"の元まで歩いて、機械にパソコンを繋いだ。
 しばらく作業を続けていた少年、マサヨシが横目で未来を見て、尋ねる。
「チャオには一定の能力の偏りがあります。ハシリタイプなら脚力、ヒコウタイプなら飛行能力、チカラタイプなら腕力といった具合です。今、それを数値化するシステムを開発しているのですが、なかなかうまくいきませんね。何か良いアイディアはありませんか?」
 未来はそっぽを向いた。
「"チャオ・ウォーカー"にはどうやら僕の知らない機能が追加されているようですね。あなたの様子を見れば丸分かりだ。コクピットにいるとき、あなたは何を感じているのです?」
 驚愕に目を見張って、未来はマサヨシの方を向いた。
 彼は真摯な面持ちで未来を見ている。いや、その表情にはありとあらゆる感情が浮かんでいなかった。機械的、事務的な表情である。
 少なくとも未来を責めてはいない。未来は安堵した。
「"チャオ・ウォーカー"に乗ってるとき、変な、変な声が聞こえるんだ」
 未来はあの恐怖を思い出す。
 絶望の淵にたたき落とされたような。暗い海の底にひとり、佇むような。絶望と、苦痛と、哀しみと、寂しさと、倦怠感。
「声が、僕からいろんなものを奪って行って、僕を、僕が、消えて行くんだ」
「なるほど。だいたい分かりました」
 マサヨシは作業に戻る。
 本当に分かったのだろうか。未来は彼の言葉を疑った。
「本当なら、僕がこれに乗りたいところです」
 唐突に、彼は話し出す。なんらかの感傷的な気分がはたらいたのだろうか。彼は予兆なく話を始めた。
「"サイボーグ"は色々なものを奪って行きますから。どんなに苦しくても、僕は色々なものを守りたい。僕の大切な物、とかを。ですが彼が選んだのは僕ではなかった。僕はあなたのようになりたかったのです」
 作業をしながら、彼はつぶやく。
 未来はパストールを思い出した。
「こんなことを言うと変に思われるでしょうが、僕には不思議なレールが見えます。そのレールは自分たちの進む先に繋がっていて、そこで起こることをだいたい分かってしまうのです」
 未来は再び驚きにまみれた。
 自分以外にレールの見える人間がいたこと。それが彼だったこと。彼が自分のようになりたいと言ったこと。
「レールは世界からチャオがいなくなることを示しています。内津孝蔵の手によってね。分かっていながら、力がないからどうにも出来ない。もどかしい限りです。だがあなたは違う」
 世界からチャオがいなくなる。
 未来はふと赤い光線が"ヒーローチャオ・ウォーカー"を貫く光景が見えた、あのときを思い出す。あれはレールの向こう側をとっさに見てしまったのだ。
 つまり未来が今、さきをみれば、同じように世界からチャオがいなくなることを示しているのだろう。
 それを、人は運命と呼ぶのだろう。
「僕はそんなこと、認めたくない。チャオが好きだからです。あなたはどうですか? チャオがいなくなってしまう世界を許容できますか?」
 未来は思った。そして考えた。
 庭瀬恵夢は哀しむだろう。だが未来は悲しまない。チャオが好きではないから。チャオがそれほど好きではないからだ。チャオをチャオとして見ることが出来なかった。それはライトカオスチャオのせいもあるだろう。
 人間と変わるところなどありはしない。
 その中で、未来はチャオが特別好きではないだけだ。
 しかし恵夢は哀しむ。哀しんで欲しくはない。けれど未来自身はそんな世界を許容できた。チャオがいない世界。拒否感はない。
 いや、単純に興味がないのだ。
 チャオに対して。
「やれることはやっていますが、どうにもなりません。あなたに託すしかない。彼が託したように」
 マサヨシは続けた。
「違いますね。彼が、彼らが託したようにですか。まあ頼みましたよ」


 ------------------------------------------------------------


 未来の居場所はどこにもなかった。
 学校にも、家にもなかった。"チャオ・ウォーカー"のパイロット。どこへ行っても未来はその烙印を押された。
 未来はチャオガーデンに来た。
 チャオしかいない。
 チャオしかいない場所。
 しかし、チャオが少ない。
 今までよりもずっと少なかった。
 街を見渡す。
 人が歩いている。
 チャオが歩いている。
 しかし少ない。
 チャオの姿が少ないのだ。
「こんなに、チャオって、少なかったっけ」
 次第にいなくなっていくチャオ。街中に溢れていた、チャオという幸福。それは世界を守るという正当化の下に、失われる尊い犠牲。
 仕方のないと受け入れるしかない事実。
 仕方がないと受け入れるしかない現実。
 魔法の言葉だと未来は感じた。仕方がない。全ての違和感を薄めて、自分のものとして取り入れることの出来る魔法の言葉。水に似ている。水はあらゆるものを薄めてしまう。
 受け入れなければ、生きられない。前に進めない。
 未来はどこにも行けずにいた。闇の中にいる自分を感じた。暗闇の中で必死に自分が進むべき道を模索している。
 ふうっと、風が吹く。
 すると人の声が聞こえて、未来はやや身構える。
 まわりを見て、少女と目が合う。
 彼女は不思議そうな顔をして、すぐに微笑んだ。
「末森くん、こんなところでなにしてるの?」
 庭瀬恵夢がラインハットの隣に立っていた。未来はだれもいないと思っていたせいで不意をつかれる。
 放課後である。
 やや遅い時間だというのに、彼女はそこに立っていた。
「お前こそ、なにやってるんだ?」
 未来は自分の口から出た言葉に驚きを隠せない。辛辣な言い方だった。それは未来の内面を映したのだ。
 不信感。苦痛。それらが言葉の矢となって、体から溢れでて行く。
 だというのに、彼女は笑顔さえ浮かべて答えた。
「ラインハットと遊んでるの。お母さん、まだ仕事だから、時間つぶし」
 彼女の言葉を聞いて、未来はようやく思い出す。恵夢は母子家庭なのだとどこかで聞いたことがある。
 だから母の帰りを待って、それから帰るのだという。理由は分からない。だが、彼女なりの考えがあるのだ。
「末森くんは?」
 未来は答えられなかった。居場所がないからチャオガーデンに来たとはいえない。
「なんで帰らないんだ?」
 話題を変えた。気になったことだったからだ。しかしどうしても辛い言い方になってしまう。
 恵夢は表情を苦くした。
 聞いてはならないことを聞いてしまったと思って、未来は躊躇った。それを解決するだけの労力がしかし惜しい。それを解消するために、何かをする気が起きない。
「家で、一人で待つのが、嫌だから」
 暗い声色だった。
 未来はあの声を思い出した。コクピットで聞く、あの声だ。恐怖を感じるあの声。絶望に巻き込む、あの声と同じだ。
 彼女は辛い思いをしている。絶望している。悲痛な思いを抱えている。未来には分からない。その気持ちのわずかさえ分かち合うことが出来ない。
 いや、未来だけではない。
 誰かの気持ちを分かち合うことが出来ないのは、誰でも同じだ。
「帰って来ないって、すごく辛いんだよ。お父さんも、アカも、出かけるって言ったきり、結局、帰って来なかったから」
 アカ――チャオの名前だろうか。未来は赤色のチャオを想像した。
「末森くんはどうしてここにいるの?」
 未来は答えに窮する。
 人がいないから。
 だれもいないから。
 情けなくて、言えなかった。
「チャオがいるからかな」
 嘘をつく。
 チャオなんていらない。
 ――じゃあ、何が欲しいんだ?
 自問する。
 答えられなかった。
「ほんとに、チャオが好きなんだね」
 チャオが好き。ずきりと心が痛んだ。未来はチャオに愛着がなければ執着もない。ただの生きている物でしかなかった。
 ただ、未来は自分の力で生きたいと思っただけだ。誰かに歩かされる生き方が嫌で、誰かの言う事を聞くのが嫌だった。自由さえあればなんでも出来るような気がしている。
 だが、それは間違いだ。
 未来の心は蝕まれている。絶望に侵食されている。闇の中にいる。"チャオ・ウォーカー"の中から離れられない。その心を囚えて、離さない。
 恵夢に対する恋心は欠片も残っていなかった。
 あれほど焦がれていたのに、ほんの少しも。
 ふふっと彼女が笑った。
 未来は首を傾げた。
「末森くんって、私が前に飼ってたチャオに似てるんだ」
 彼女はラインハットを腕に抱える。ラインハットはポヨを「はてなマーク」にした。豊満な体がふよふよと揺れている。
「アカっていうんだけど、私がずっと小さい頃に出て行っちゃってね。なんていうかな、不器用なのに優しいところとか、すごく似てるの」
 未来は罪悪感を覚えた。
「僕はそんな人間じゃないよ」
 優しい人間というのがいたとして、それはどういう人間だろうか。誰かを思いやることの出来る人間だろうか。パストールのような偽善者だろうか。
 優しいという言葉そのものに定まった意味などないのだ。彼女にとって優しくても、未来にとって自分は優しくない。
「そんなことないと思うけど」
「お前に僕の何が分かるんだ?」
 自分はこのような人間だっただろうか。未来は自問する。辛辣な言葉。相手を傷つけるための言葉。
 違う人間であったと言い切ることが出来ない。今までと何も変わらない人間であるとも言えない。
 自分は何者なのだろう。
 末森未来。出席番号九番。十七歳。高校三年生。誕生日は九月十三日。
 "チャオ・ウォーカー"のパイロット。
 唯一の生体認証システム照合者。
 しかし自分はそれすらも全うできない。世界を守るという使命を果たせないのだ。街を焼き尽くし、一人の大人を殺し、何が人類の救世主だろうか?
 自分は何者でもなかった。
 レールの上を歩き続けて来た、神様の操り人形。
 自分の運命を踏み外し、さ迷い続ける心なき霊体。
「うん、そっくり」
 彼女は笑った。ラインハットも彼女の笑い声に影響されて、笑う。未来は自分が彼女と違う次元にいることを感じた。
 "サイボーグ"の襲来。"チャオ・ウォーカー"の危険性。そんな事実を跳ね除けて、まるで他人事のように笑う。
「アカもよく言ってた。そんな子じゃないでしょ、って言うたんびに僕はそんなんじゃない! って」
 けれど、自分が何者なのかも分からないのだ。
「そういえば末森くんは」
「放っておいてくれないか? なんでそんなに、僕に構うんだよ」
 びくり、と彼女の体が震える。
 再び罪悪感の渦へ。
 心が沈む。
 取り残される。
 恵夢は泣きそうな表情をした。
「だって、末森くん、辛そうだから」
「もういいよ。お前が帰らないなら僕が帰るから」
 行く場所なんてないのに。
 未来はチャオガーデンを後にした。


 ------------------------------------------------------------


 寒風が未来を襲う。行くあてもなく、未来は歩き続ける。すれ違うたびに、奇異の視線を向けられていた。自分のチャオを庇うように隠す人が見えた。
 彼らにとっては、未来が悪魔に見えるのだろう。自分たちからチャオを奪う悪魔。まるで悪魔だ。やっていることは正しいはずなのに。
 瞼の裏にパストールの姿が見えた。馬鹿な大人だったと思う。偽善者は偽善をはたらいていればいいのだ。誰かを助ける必要なんてない。
 マサヨシは未来を羨ましいと言った。隣の芝は青く見えるのだ。未来はうらやましがられるような人間じゃない。
 では、どういう人間なのか。
 未来は答えられない。
「やあ、こんなところで何をしているんだい?」
 非常に紳士的な素振りで、彼女は手を振り上げた。
 寒さで唇が震える。手がかじかむ。春だというのに、まるで冬のようだ。
「どうせ行くところがないんだろう? 付いて来なよ。そのままじゃ風邪を引いてしまうよ」
 ゼラは微笑んだ。
 柔和な微笑みだ。
 彼女だけは、未来が変わっても、何一つ変わらない。
 そう感じた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3024-ipbf1008souka.saitama.ocn.ne.jp>

8 あたたかいなにかを
 DoorAurar  - 11/2/4(金) 3:20 -
  
 未来は一息を付いた。
 ゼラの家は質素な雰囲気のアパートの二階だ。見た目や醸しだす雰囲気と違い、彼女は貧しい生活を強いられているようだった。
 温かなコーヒーが喉の奥をすり抜けていく。
 未来は体の芯があたたまるのを感じた。
「全く、君は何を考えているんだ? 夜が明けるまでずっと外にいるつもりだったのかい?」
 テーブルと椅子があるだけの部屋。
 ゼラは壁に寄りかかって腕を組んだ。こうして見ると非常に中性的であることが分かる。
「別に、僕の勝手だろ」
「確かに君の勝手だけどね。でも、あまりそういうセリフは言って欲しくないな」
 そう、何も変わらない。未来がどれほど変わろうと、ゼラは何も変わらなかった。それは彼女が"ヒーローチャオ・ウォーカー"のパイロットだからだろうか?
 それもある、と未来は思った。だが本質ではない。
「君はどうしてチャオが犠牲にならなければならないのか、分かるかい?」
 未来は頭を横に振った。
「チャオの心は純度が高いからさ。単純にエネルギーの効率がいいんだ」
 オカルトチックなことを言う。未来は馬鹿らしくなって返事をせず、コーヒーを飲み干した。
 心に純度などあるはずがない。チャオは愛を与えられることで育つ。そして転生する。そのエネルギーを流用しているだけだ。
 未来はなぜか苛々していた。
「もちろん、誰かが何かを企んでいるかもしれないし、そのせいもあるけどね。チャオは神様に嫌われているんだよ。彼らは神様に近すぎる」
 話の半分も理解出来ない。
 "チャオ・ウォーカー"に乗っていないから、そう気楽にしていられるのだ。あの声を聞けば彼女も普通ではいられないはずだった。
 そう思っていた。
「君のことだから、彼らの声を聞いて、真に受けているんだろう」
 それが何を示しているか、未来はすぐに気付いた。彼ら。"チャオ・ウォーカー"のコクピットの内側で聞こえる、あの呪いの声だ。
「あれは犠牲になったチャオたちの声さ。どうして、なんで、僕たちが死ななきゃいけないんだろう。この暗い場所がどこなのだろう」
 愕然とする。コーヒーカップを落としそうになって、未来はすぐテーブルの上に置いた。
 チャオの声。犠牲になったチャオたちの声。
 恨みの込められた、あの声が、チャオたちの声。
「君にも聞こえただろう。心に直接訴えかけてくるような彼らの声を。あれが彼らの、絶望の叫びさ」
「でも、なんでそんなことが」
「"チャオ・ウォーカー"は心で動かす機械だからね。そういうことが起きても不思議じゃないだろう」
 ゼラは聞いていたのだ。
 哀しみを、感情の塊を受けて、受け入れていた。あの声を聞いて尚、彼女は"ヒーローチャオ・ウォーカー"に乗って、戦っている。
 未来は恐ろしくなった。目の前にいる人が、人とは思えなかった。
 あの時、あの場所で、周りの人をも殺しかねない勢いで叫び続けるゼラは本物だったのではないだろうか。
 あのゼラこそが、彼女の本当の姿なのではないか。
「何か誤解しているね。僕は彼らの声が聞こえるだけだ。人が誰かと共感するには、その誰かと同じ経験をする必要がある。僕は彼らから何も感じない」
 素頓狂な声をあげて、思わず未来は呆けた。
「君は彼らから何を感じているんだい? 何かを感じているんだろう、君は。そしてそれがはっきりと分かっている」
 感じている。未来は彼らから感じていた。共感していた。あらゆる感情を共有していた。
 心が悲鳴を上げている。彼らの声を聞いて、未来の心が彼らの奔流に呑み込まれていくのだ。
「暗い、嫌な感じなんだ」
 未来は話す。
「諦めて、哀しんで、辛くてどうしようもなくて、寂しくて、縋りたいのに、縋る場所がない」
 未来は話す。
「"どうして、僕がこんな思いをしなくちゃいけないんだろう"」
 未来は代弁する。
 彼らの、犠牲となったチャオ達の声を。
「人っていうのは誰かと共感しているようにみえて、実は何一つ共感出来ていないものなんだ。同じ境遇の者同士でしか分かり合うことは出来ない」
 ゼラは何かを伝えようとしていた。未来はそれを感じた。
 彼女は懸命に訴えていた。
 何のためだろう。
 分からない。
 "共感できない"。
 人が誰かと共感するためには、誰かと同じ思いをする必要がある。
 行動によってでしか、その思いは会得できない。
「君は彼らと同じ思いをしているんだろうね。僕には分からないけど、君には分かるんだ。彼らの背負う哀しみが」
 未来は分かる。レールの上を歩いて、歩き続けて、翻弄された。運命に弄ばれた人の気持ちが分かる。
 その運命は自分の手で創りだしたものではない。だから受け入れることが出来ない。誰かのせいだから、自分のせいではないから。
「君は期待に応えたい。けれど答えられない。その力がない」
 未来は求められている。
 パストールは必要とされている、そう表現した。マサヨシは羨ましい、と言った。チャオたちは叫んでいる。必死で、たすけて、と。
 その気持ちが痛いほどに、痛いほどに分かってしまうから。
「僕には分からないよ。だからこそ君に期待してしまうんだ。どうしても。君には何かを期待してしまう」
「そんな、期待されるような人間じゃないよ、僕は」
「そしてどんな人間でもない」
 ゼラは陶酔的に言った。
 自分は何者なのか。未来はその自問を思い出す。自分がないことに気が付く。自分はどういう人間だとも言えないことに気付く。
 そう、だから自分は何者でもない。末森未来という名前の付いた神様の操り人形なのだ。
 未来の関節には糸が付いている。神様は、神様の都合のいいように未来を制御する。
 永遠にその呪縛から逃れることは出来ない。永遠に自由にはなれない。レールの上を外れているように見えて、レールに歩かされている。
「まだ時間はある。君は君自身になるべきだ。じゃあ、そろそろ寝るよ。おやすみ、未来」
 ゼラは扉の向こうに姿を消した。


 ------------------------------------------------------------


 未来が目を覚ましたのは、自分を現実に引き戻す警報の音が鳴った時だった。
 久々の熟睡の後、未来は軋む体を強ばらせる。
 ゼラは既にいなかった。テーブルの上に書き置きがある。時計を見た。午前の十時を回っていた。
 "チャオ・ウォーカー"が未来を待つ。
 "サイボーグ"が未来を待ち受ける。
 そして、犠牲となるチャオが、未来を呪う。
 動けなかった。足が動かなかった。守らなきゃ、と義務的に思う。ところが足はその意に反する。動かない。動かなかった。
 自分は本当に守りたいと思ってはいないのだ。
 自分の中にある真実の気持ちは、何一つとして存在しないのだ。
 そう自覚する。
 自覚したとき、未来は逃げ出したくなった。ゼラの家はすぐ知られてしまうだろう。別の場所に逃げなければならない。
 急いでアパートを飛び出して、周囲を気にしながら走る。誰もが未来を見ていた。"チャオ・ウォーカー"のパイロットを見ていた。
 警報は響き続ける。
 未来を遠くへ連れて行く、呪いの音である。
 みんなが未来を責め立て、強制する。
 この世界を守れ、さもなくば消え失せろ。
 チャオの犠牲を尊え、さもなくば死に償え。
 それらの鎖から逃げて、未来は走る。
 安全な場所はない。
 いや、ある。
 チャオガーデンがある。
 なぜか未来にとって、最も安全な場所は、チャオガーデンとなっていた。
 人がいないからだ。
 チャオしかいないから。
 チャオは未来に牙を剥かない。未来を責めない。何も言わない。何も思わない。
 向けられる視線を掻い潜って、未来はチャオガーデンに着く。
 チャオがいた。
 たくさんのチャオがいたはずだった。
 今はかつての半分もいない。
 地面の緑が見える。
 未来は立ち止まって、座り込む。呼吸を荒くする。限界だった。"チャオ・ウォーカー"になんて、乗らなければよかった。そう思った。
 どうせ心で動かすのだ。誰にだって出来る。
 本当にそう思っていた。
 警報が鳴り止む。
 安堵した途端に、未来は轟音を聞いた。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"の姿が見えた。展望モニターだ。"サイボーグ"の姿も見て取れる。獰猛な姿の面影は微塵も残っていない。それは人の形をしている。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が黄金の光を放って、"サイボーグ"の一機に向かった。上空から"サイボーグ"の二機が出現する。合計で三機だ。
 ゼラひとりで三機を相手にしなければならない。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"は三機から距離をとった。"サイボーグ"の赤い目が唯一の敵を捉える。
 青白い光線が交差した。黄金の光がそれらを防ぐ。能力的には勝っていた。しかし。
 "サイボーグ"が飛翔する。"ヒーローチャオ・ウォーカー"に向かって、三方から攻撃を仕掛けていく。攻勢に転じる隙はない。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が下降する。上空に三機の"サイボーグ"をとらえて、黄金の光を放った。しかし当たらず、雲を引き裂くのみにとどまる。
 赤い光線が見えた。未来は思わず体が強張る。恐怖を体が記憶している。
 黄金の光が三つに重なった赤い光線を防ぎ、防ぎ続ける。ジリ貧だ。三対一。
 進化した"サイボーグ"が三機。
 勝ち目がなかった。
 未来は迷う。
 行かなければならない。
 "チャオ・ウォーカー"のパイロットとして。
 しかし怖い。
 あの声が。
 チャオたちの恨みの声が怖い。
 怖かった。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"の追撃を避ける。攻撃の隙がない。避けて、光線が左腕に掠める。
 三方に囲まれる。
 万事休すであった。
「行かなきゃ」
 未来の足が震える。
「いけないのに」
 足は動かない。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"の黄金の光がその機体を覆う。赤い光線を防ぎ続ける。黄金の光に亀裂が入る。
 未来は震える足で走りだした。
 エレベーターのボタンを押す。ドアが開く。少女とすれ違う。
「末森くん!?」
 エレベーターのボタンを押す。ドアが閉まる。
「末森くん、どうしてここに」
 階層が下がる。
 階層が下がっていく。
 停電する。エレベーターが唐突に止まった。衝撃で未来は尻餅をつく。
 動かない。
 何かが起こったのだろう。振動が伝わって来た。騒ぎの音がどこかからかすかに聞こえる。
 行かなくて済んだ、という思いと、行かなきゃならない、という思いが相反して、未来は立ち止まる。
 立ち止まったまま、動けない。
 未来は目をつむった。
 これで終わりだ。
 このまま終わるのだ。
 レールはここで途切れている。


 ------------------------------------------------------------


「状況が悪いですね」
 内津孝蔵が言った。"ヒーローチャオ・ウォーカー"が地面に叩きつけられている。"サイボーグ"の追撃を飛翔してかわし、空中戦に移る。
 地下には振動が伝わっていたが、幸い機能的には正常だった。
「それで、これが最後の実験なのか、内津孝蔵」
 ライトカオスチャオが吐き捨てるように呟いた。孝蔵は答えない。まるで彼の目にライトカオスチャオは映っていないようだった。
 振動する。苦戦していた。三対一である。"サイボーグ"は進化していた。
 勝算が薄い。
「生体認証システムが解除できれば、とりあえずはどうにかなると思うんですがねえ」
 孝蔵の独り言に、ライトカオスチャオは鼻で笑った。
「そうか、お前は彼が来るのを諦めているんだな」
 返答はない。だがライトカオスチャオの言ったことは当たっていた。ほぼ修復の終わった"チャオ・ウォーカー"の横でマサヨシが溜息をつく。
 末森未来は来ない。
 それが"サイボーグ"対策本部一同の見解だった。
「僕は彼に賭けた」
 ライトカオスチャオが言う。
 本部の全員が、声の方を向いた。孝蔵でさえ例外ではない。
 続ける。
「今に見ていろ、内津孝蔵。僕は常に正しい」
「失敗に続く失敗で意気消沈した彼がですか? 来るはずないでしょう! はっは、何を言ってるのです」
 孝蔵は手を広げて、呆れた振りをして見せる。動揺の現れだった。ところがライトカオスチャオは鼻で笑って返す。
「その失敗でさえ、お前が招いたものだ。妙な機能を取り付けたお前のせいだよ」
「はて、何のことでしょう?」
 地面が揺れる。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"の左腕が吹き飛ぶ。"サイボーグ"はここぞとばかりに追撃を仕掛けた。その全ての光線をかわして、"ヒーローチャオ・ウォーカー"は飛翔する。
 誰もが息をのむ。
 ライトカオスチャオだけが悠然と立っていた。
「"チャオ・ウォーカー"の出動準備でもしておけ」
 確信していた。
 ライトカオスチャオには聞こえていた。
「ですから!」
「来たぞ」
 ばっしゃああああああん!
 水がはねる。音が響いて、視線が釘付けになる。濡れそぼったまま、未来は地下水槽から上がって来た。
 走って、"チャオ・ウォーカー"の腕を伝う。
 コクピットハッチが開いて、未来はそこに乗り込んだ。
「き、機能正常、ニュートラルハシリタイプを接続します。エネルギー還元を」
 "チャオ・ウォーカー"が緑色の光を放つ。空気が揺れた。
「末森さん! エネルギーの還元はまだ終わって、」
「友達が危ないんだ。待ってなんて、いられない!」
 "チャオ・ウォーカー"が疾走する。緑色の残光が帯びる。
 地下通路を駆ける。地上を目指す。空を駆ける。"サイボーグ"の一機に飛びかかって、零距離から右腕の砲口を轟かせる。
 青白い光線が"サイボーグ"を貫いた。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が空中で静止する。"サイボーグ"の二機の、赤い目が"チャオ・ウォーカー"を認識する。
 未来は震えた。


「ドウシ、ナンデ、ナノ」


 掠れた声が、耳に、心に届く。
 未来は唇を噛んで、意識を覚ました。
 "チャオ・ウォーカー"が青白い光線を放つ。"サイボーグ"は散開した。"ヒーローチャオ・ウォーカー"を庇うように立ち、"チャオ・ウォーカー"が緑色の光を残して飛翔する。
「大丈夫か、ゼラ!」
「なんとかね。来てくれて助かったよ!」


「タスケテ、タスケテヨ。クライ、コワイヨ」


 未来は操縦桿を握り締める。
 "サイボーグ"が赤い光を充填し始めた。未来はそれを見て、余計に唇を噛む。
 痛みで、意識がはっきりするのを感じる。
「僕に、僕にどうしろっていうんだよ!」
 "チャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"の赤い光線を避けて、一機に接近した。ほとんど変わらない速度で"サイボーグ"が逃げる。
 レーザーを撃つ。避けられる。もう一機の"サイボーグ"から赤い光線が放たれる。"ヒーローチャオ・ウォーカー"が黄金の光を展開した。
 吸い込まれるような音がして、赤い光線が防がれる。
 "チャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"を追いかける。"サイボーグ"は下降し、地上を背にした。未来は集中する。


「ヤメテ、ナンデコンナコトスルノ」


 レーザーを放つ。"サイボーグ"を貫いた。同時に、"チャオ・ウォーカー"が駆ける。レーザーを緑色の光に巻き込んで、霧散させる。
「未来!」
 "サイボーグ"が"チャオ・ウォーカー"の至近距離で右腕を振りかぶっていた。未来は回避行動に移ろうとする。しかし、唐突にコクピット内部が暗転した。
 動かない。
 声が消える。
 動かなかった。
 "サイボーグ"の右腕が"チャオ・ウォーカー"を突き飛ばす。腹部をひしゃげさせ、"チャオ・ウォーカー"は共同学園の壁を突き破った。
 闇のなかで、未来はここがどこだかも分からないまま、唇を噛みしめる。
 暗くて、怖い。何が起こっているのかも、いつ死ぬのかも、分からない。
 そうか、チャオは、犠牲になったチャオは。
「こんな思いを、してたのか」
 しかし分かったところで、どうにもならなかった。
 "チャオ・ウォーカー"はぴくりとも動かない。
 停止している。
 未来は迎え来る死に恐怖し、操縦桿から手を離した。


 ------------------------------------------------------------


 "チャオ・ウォーカー"が突き飛ばされ、その行き着く先がチャオガーデンだったのは、また偶然だったろう。
 ともかくも、庭瀬恵夢はそれを目撃した。破片が砂埃を立て、わずかに残っていたチャオが逃げて走りまわる。
 恵夢は"チャオ・ウォーカー"の姿を見た。
 宇宙人のような、エイリアンのような、頭の長い機械だった。手は細く、胴体は卵のようだ。銀色の機体だった。不気味な形である。
 ところが様子がおかしい。
 恵夢はなぜか心がざわつくのを感じた。
 壊れた壁の先に、"サイボーグ"が見える。"ヒーローチャオ・ウォーカー"、もう一機のチャオ・ウォーカーが応戦しているが、"サイボーグ"が優っているように見えた。
 "サイボーグ"は動きを止めた"チャオ・ウォーカー"を捉える。
 恵夢ははっとした。
 "チャオ・ウォーカー"には末森未来が乗っている。
 駆け出そうとして、自分の腕の中にラインハットがいないことに気が付いた。
 見ると、目の前をヒーロー・チカラタイプのチャオが走っている。
 "チャオ・ウォーカー"に向かって。
 "サイボーグ"が咆哮し、赤い光を充填していた。
 ラインハットが走る。
 "チャオ・ウォーカー"に触れる。
 恵夢はそれを見た。
 ラインハットが光となって、"チャオ・ウォーカー"に取り込まれるのを見た。
 赤い光が見える。
 それが"どちらの"赤い光なのか、恵夢には分からない。
 ただ、涙がこぼれた。


 ------------------------------------------------------------


 暗いコクピットの中で、未来は項垂れる。
 来るべき死にそなえ、覚悟をする。しかし唐突すぎた。覚悟など出来ようもない。コクピットが開くかどうかも試してみたが、無駄に終わってしまった。
 未来は目を瞑っている。
 エネルギーが切れたのだろう。
 自分には救うことが出来なかった。
 誰も、何も、助けることが出来なかった。
 そもそも、自分は助けたい、守りたいなどと思っていたのだろうか。
 今となっては、分からない。
 冷たい。
 コクピットの中は寒かった。
 そのときだ。
 未来は何かを感じ取った。
 あたたかいなにかを。
 あたたかいなにかは未来に力をくれた。
 コクピットが光を取り戻す。
 モニターが明滅し、"サイボーグ"を認識する。
 未来はあたたかいなにかに包まれていた。
 呪いの声は聞こえない。
 恨みの声は聞こえない。
 哀しみはない。寂しさはない。絶望はない。ただ、勇気が湧いてきた。力が沸き上がっていた。泡沫のものだとしても、未来はそれに身を委ねた。
 赤い光線が向かい来る。
 "チャオ・ウォーカー"は光線を砕いた。
 物体のように。
 それは亀裂が入って、粉々に砕け散る。
 "チャオ・ウォーカー"は飛翔する。
 赤い光を放って、駆ける。
 "サイボーグ"の青白い光線を強引に砕いてまわって、突撃する。
 あたたかいなにかが、未来に力を与えている。
 "チャオ・ウォーカー"はその右腕で、"サイボーグ"を貫いた。
 一瞬で機械の破片と化す。
 空は青かった。
 未来は生きている。
 まだ生きていた。
 そのまま、未来は意識を失う。
 "チャオ・ウォーカー"は地上へ落ちて行った。
 赤い光を残して。
 "チャオ・ウォーカー"は地上に落ちる。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3024-ipbf1008souka.saitama.ocn.ne.jp>

9 ライトカオスチャオ・ウォーカー
 DoorAurar  - 11/2/6(日) 18:16 -
  
 内津孝蔵は幼い頃から、チャオが嫌いだった。
 誰もがチャオを可愛いと言っていたが、孝蔵にはチャオが可愛いものだと思えなかった。
 いつしか、チャオは人にとって代わってしまうのではないだろうか。
 そんな疑念が胸に渦をなしていた。
 内津孝蔵はチャオが嫌いになった。
 だから。


 ------------------------------------------------------------


 未来は共同学園の保健室で目を覚ました。
 長い間寝ていたのだろう、未来は体が動きづらくなっているのを感じた。同時に、自分の心が冷えているのを感じ取る。
 あのとき未来にあった、あたたかいなにかは消えてしまっていた。
 もう二度とあの声は聞きたくなかった。
 絶望に沈むあの声。
 未来に助けを求めるあの声が、未来を寄せ付けない。
 しかし、あたたかななにかは未来に、確かに何かを残して行った。未来には分からない。
 未来は起き上がって、教室へ向かった。時間が分からなかった。だが、何かに突き動かされている。
 教室のドアを開けた。奇異の視線が未来に集まっている。未来は居たたまれず、俯いた。ところが、おかしなものを見た。
 庭瀬恵夢がチャオを連れていないのだ。ラインハットがいない。未来は心臓の鼓動が早まるのを感じた。
 歩く。
 近付く。
 彼女は未来を見た。少し目の下に隈が出来ていた。
「ライン、ハットは?」
 彼女に何かを伝えなければならない気がしていた。彼女から聞かなければならない言葉があるような気がしていた。
 恵夢は俯いた。
 周りの声が耳に入って来なかった。未来は自分の心臓の鼓動しか聞こえなかった。
「ラインハットは?」
 聞かなければならない。
 未来はそんな強迫観念に動かされて、尋ね続ける。恵夢は答えない。聞くまでもなく、未来は分かっていたのかもしれない。ラインハットが、どうなってしまったのかを。
 だが、それを受け入れたくなくて、未来は何度も聞いたのだ。
「ラインハットは」
「"チャオ・ウォーカー"の中に、いなくなっちゃった」
 未来の現実から、何かが音を立てて崩れて行く。
 彼女は自分の内から出る感情を堪えているように見えた。未来はなにか声をかけようとして、誰かに殴り飛ばされる。
 正面を向くと、そこには友達の姿があった。
「お前のせいだろうが! なに涼しい顔してんだよ!」
 未来は否定しようとした。けれど、すぐにその考えを改める。未来はいつもの表情をしていた。いつもとなにも変わらない表情を。
 他人から見れば、それは涼しい顔に見えるかもしれない。
 人が真実、共感するには、同じ立場になるしか方法がない。未来の考えていること、思っていること、感じたことは、誰一人として分かってはくれないのだ。
 未来が"チャオ・ウォーカー"の内側でどれだけ苦しんでいるかさえ、誰一人として分かってはくれない。
 それをはっきりと感じた。
「お前のせい?」
 未来は友達の胸ぐらを掴んだ。騒ぎが大きくなる。知ったことではなかった。未来がいなくなれば、この世界は終わってしまうのだから。
「じゃあお前がなんとかすればいいだろ。なに僕に全部押し付けようとしてるんだよ、お前ら!」
 突き飛ばす。机がいくつか巻き込まれた。
 それは増長もあったのだろう。だが怒りを覚えていたのも事実だった。
「お前たちはいつもそうだ。ずっと他人事だったくせに、自分たちがいざ危なくなると、誰かのせいばっかりにする!」
 犠牲になったチャオたちの感情が未来に集まって、暴走する。抑え切れず、こらえ切れず、流れ出る。
「じゃあ、お前たちがなんとかしろよ! してくれよ! 僕にどうしろってんだよ! 僕に、僕にはどうにも出来ないんだよっ!」
 仕方がないと受け入れたもの。仕方がないと受け入れられないもの。自分の力不足で、諦めるしかなかったもの。
 たくさんあった。未来は数えきれないほどに諦めてきたのだ。レールの上を走って、走っても、自分の望みが叶うわけではない。
 自分の望みは、あくまで自分のものである。
 誰かが叶えてくれるはずもないのだ。
 斎藤朱美が未来から目を逸らした。みんなが未来から目を逸らしていく。
 その中で、恵夢だけが未来を見ていた。
 未来はなんと声をかけたらよいか分からず、自分の席に戻ることもなく、その場を去った。
 仕方がない。
 未来は魔法の言葉を唱える。
 仕方がない。
 未来は魔法の呪文を唱える。
 心は折れていた。寂しさに暮れ、悲しさに暮れ、恐ろしさに震えていた。未来には目的地がなかった。だからさまよっている。
 庭瀬恵夢はチャオが大好きだった。ラインハットが大好きだった。それを未来が奪ってしまった。
 未来は奪ってばかりだ。誰かの希望を。
 失ってばかりだ。
 "チャオ・ウォーカー"は未来からありとあらゆるものを奪って行く。
 未来は自分の体から、心が溶けて行くのを感じた。自分を閉じ込める檻を感じ取った。
 絶望に暮れる。
 いつしか未来はチャオガーデンにやって来ていた。壁に大きな穴が空いている。風が吹き込んでいた。チャオの姿はない。
 チャオガーデンにはだれもいない。
 未来一人だ。
 チャオガーデンの緑に倒れこむ。
 緑に溶け込む。
 疲弊する心が、鉛のようである。
 もう動けない。
 もう戦えない。
 その思い込みから逃れられない。
 風が吹いた。
 吹き抜けて行った。


 ------------------------------------------------------------


 道はない。
 どこまでも道はなかった。
 レールが見えない。
 どこへ続くのかも分からない未知。
 この先に待つのは、一体どんな絶望なのだろう。
 この先に待つのは、一体どんな不幸なのだろう。
 今が幸せだから、それを失うのが怖い。
 今が不幸せだから、手に入れられないのが辛い。
 誰もが幸せでないと分かっていながら、しかし受け入れられない。
 仕方がない。
 仕方がない。
 仕方がない。
 言い訳を心に染み付かせる。
 一度目は女の人を助けられなかったことだ。
 レールは彼女を助けるべき道を作っていた。その通りに進んで、けれど助けられなかった。レールはその上を歩けても、曲げることは出来ない。
 だからレールの外側を歩こうと思った。
 二度目はチャオが犠牲になることだ。
 "チャオ・ウォーカー"は世界を守る兵器で、自分はそのパイロットだった。チャオよりも、人が大事。当たり前のはずで、事実のはずだ。
 三度目は今だ。
 自分の好きな人が、チャオを失って傷ついているのに、どうすることも出来ない。
 仕方がない。
 全ては仕方がない。
 道がない。
 どこまでも道がなかった。
 だから、歩くことをやめた。
 チャオたちの呪いの声の奔流。
 チャオたちの哀しみの感情。
 チャオたちの恐怖の心。
 それらに紛れて、小さな光が見える。
 あたたかな、小さな光だ。
 今は、未だ。
 それを、手にすることが。


 ------------------------------------------------------------


 警報が鳴る。
 未来は目を覚ます。
 展望のモニターは機能していなかった。だから、穴の空いた壁から地上を見下ろす。
 その光景に、未来は恐怖して、後ずさった。
 "サイボーグ"の大群。
 "サイボーグ"の大群が空を駆け巡っている。
 銀色が青空を埋め尽くしていた。
「えー、聞こえますか、国民のみなさん」
 展望モニターが起動する。
 内津孝蔵の姿が映っている。
「本日は私から言いたいことがあって、この場をお借りしています。しばしのご清聴を」
 一拍を置いて、
「みなさまがよくご存知のチャオ。そのチャオの社会進出と共に、我々人間は駆逐され続けています。チャオはみなさんが思うような、美しい生物ではありません!」
 いつもの大仰な仕草で、孝蔵は叫ぶ。
 未来は圧倒された。同時に恐怖して、安堵した。
 自分には関係がない。
 内津孝蔵が嫌いなのはチャオであって。
「チャオは人の立場を、権威を揺るがそうとしているのです! これは断じて許せない行為であります! 故に!」
 "サイボーグ"の大群の内側。
 それは出現する。
 "チャオ・ウォーカー"に似た姿。しかし"チャオ・ウォーカー"ではない機械。機械とすら呼べるかどうか分からない液体が、"チャオ・ウォーカー"を象っている。
 未来には伝わって来た。
 あれはチャオだ。
 チャオの塊。
 きいいい、という金切り声がして、未来は思わず耳をふさいだ。それでも心に直接伝わる、彼らの意志。


「ドウシテ」「ナンデ」「クライ」「コワイヨ」「タスケテ」「イヤダ」「ナツメ」「イヤダヨ」「ボクハドウナッタノ」「ドコナノ」「ダレカタスケテ」「イヤダ」「モウイヤダ」「コワイ」


 恐怖。
 孤独。
 彼らの感情の奔流を受けて、未来はうずくまる。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が飛翔した。未来はそれを見て驚く。ゼラだ。"ヒーローチャオ・ウォーカー"は"サイボーグ"の大群にレーザーを放つが、液体の"チャオ・ウォーカー"に防がれる。
 不思議な力。
 エネルギーの塊。
「あれを御覧ください! あれがチャオです! チャオをエネルギー還元し、その心が本質となって具現化した姿! あれこそがチャオなのです!」
 "サイボーグ"の群れの中、君臨する液体の悪魔。
 "チャオ・ウォーカー"。
 未来は感情の奔流に惑わされる。
 苦しみの中にいて、苦しみに影響され、未来さえ苦しんでいる。
 前が見えない。
 認識力が劣っている。
 哀しみが、悲しみが、寂しさが、絶望が、恐怖が、未来の心を蝕み包み、覆っていく。
「そしてそれらが今、私の制御下にあります! さあみなさん、選んでください! 人が生きられる世界か! チャオが消えてなくなる世界か! 大丈夫、私は約束を破りません」
 普段と変わらない下卑た笑みで、孝蔵は言い放った。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"は地上を守りながら戦っている。
 GUNの兵器がいくつか見えた。だが迂闊に近づきはしない。"サイボーグ"の強さが身に染みて分かっている彼らだからこそ。
 未来は目を逸らした。
 どうにも出来ない。
 もう二度と"チャオ・ウォーカー"には乗りたくない。
 乗っても、誰もかれも、気遣うどころか未来を責めるのだ。
 乗るたびに居場所が減っていく。
 乗るたびに全てを奪われていく。
「二つに一つです」
 未来はチャオが好きではない。
 チャオが好きな、あの子が好きなだけだ。
 ならば、チャオが消えてなくなっても、未来には何の不都合もない。
 不都合もない、はずだった。
 なのにどうしてか。
 心が拒んでいる。
 これは間違っていると。
 これは違うんだと。
 自分が欲しかったのは。
 チャオが叫ぶ。
 助けて。
 何で。
 誰でもいいから。
 思いが伝わる。
 それは"チャオ・ウォーカー"のパイロットであるがゆえ。
 未来は初めて、チャオと共感していることをはっきりと自覚した。
「なんで、だろうな。どうして、お前たちが、犠牲にならなきゃ、いけなかったんだろうなあ」
 仕方がない。
 仕方がない。
 仕方がない。
「仕方がない、のかな」
 未来は自分がわからなかった。
 自分が何を望んでいるのか、わからなかった。
 でも、今を望んでいない。それは確かだった。
 心が震えている。
 未来は涙を零す。
 チャオたちの気持ちを、代わりに受けて。
 もう二度と泣けない彼らを思って。
 未来は涙を流す。
 風が吹いた。
 風が吹き抜けた。


 ------------------------------------------------------------


 庭瀬恵夢は少年の姿を探していた。
 いない。
 少年の姿はどこにもなかった。
 しかし空を見ると、"ヒーローチャオ・ウォーカー"しかいない。
 もう一機。
 未来が乗っている方の。
 姿はない。
 庭瀬恵夢は少年の姿を探している。
 どこへ行ってもいない。
 きっと傷ついている。
 罪悪感にのまれて、苦しくて、立ち止まっている。
 庭瀬恵夢は少年の姿を探している。
「あの、庭瀬さん?」
 クラスメイトの一人に話しかけられて、立ち止まる。
 そのクラスメイトは明るいことで有名な、庭瀬恵夢がコンプレックスを抱いていた相手である。
「……あいつなら、たぶんチャオガーデンにいるよ。さっき行くところ見たから」
「え?」
「あいつ、庭瀬さんのこと……ううん、なんでもない。行ってあげて」
 彼女はそう言って背を向けた。
 庭瀬恵夢は踵を返して走る。少年の姿を探す。エレベーターの進むのが遅くてたまらない。
 チャオガーデンに着く。
 少年の後ろ姿が見えた。
 庭瀬恵夢は走る。
 嗚咽が聞こえた。
 庭瀬恵夢は止まる。
 立ち止まる。
 そのときだ。
 庭瀬恵夢は見た。
 "チャオ・ウォーカー"――いや、それは"チャオ・ウォーカー"ではない。
 庭瀬恵夢は確かに感じる。
 それは、あの子の。
 どこからか、伝わって来るのはなぜだろうか。
 見たことも聞いたこともないあの機体が、あの子のものだと分かってしまうのはなぜだろうか。
 庭瀬恵夢は微笑んだ。


 ------------------------------------------------------------


 穴の空いた壁から、それは現れる。
 光もなく。
 音もなく。
 はじめ、"チャオ・ウォーカー"だと、未来は思った。
 しかし違っている。
 "チャオ・ウォーカー"よりも屈強で、どことなく宇宙人的なイメージを抱いたそれと比べると、獰猛である。
 腕は細く、両腕に大砲を装備している。
 赤い目が未来を捉えた。
 背部に取り付けられたエネルギー還元用のバック・パックから無色透明の光が見える。
 コクピットハッチが開いた。
「変わらないな、お前も」
 ライトカオスチャオがコクピットの脇に立つ。
 未来はしばらく異常事態を忘れて、ほうけていた。
 涙はいつの間にか止まっていた。
「犠牲となったチャオたちの負の側面だけを感じて、一人で死に行くか。嘆きだけを感じて、逃げ出すか」
 未来は悲しみの声が止んでいることに気付いた。
 ライトカオスチャオの光のポヨが、いつもよりも輝きを増している。
 そう感じた。
「あの日、絶望に沈んだ僕を引き上げたのは君だろう。なぜそんなところで立ち止まっているんだ?」
「でも、だって、苦しくて、辛くて」
「だからといって」
「誰も分かってくれない! 僕は辛いのに、苦しくても仕方がないのに、誰も!」
「本当にそうか?」
「"チャオ・ウォーカー"に乗るのが、怖くて仕方が無いんだよ!」
「では、今もそうか?」
 未来は黙りこむ。
 怖かった。
 悲痛な助けを呼ぶあの叫び声を聞くのが、怖かった。
 今はどうだろうか。
 それよりも、たいせつななにかが、あたたかいなにかが、未来を。
「自分の欲しい物が分からない。自分のやりたいことに自信が持てない。だって、僕には何の力もないから」
 ライトカオスチャオは未来の心を代弁する。
 全てを知っているように。
 全て分かっていながら。
「だけど、そうだろうか。あの日、僕を助けた君は、少なくとも僕が助けられたと思っている君はそんなふうには見えなかった。だから賭けたんだ。君に」
 ライトカオスチャオと向かい合う。
「君は何者か。それは僕が一番よく知っている。欲張りな、自分の欲求にだけは従順な、愚かな人間だよ」
 未来は気付く。
「何を望むか、何を願うか」
 自分は、何かに頼っていた。何かの力に頼って、自分から歩いたことなど、かつて一度もなかった。
 偶然に頼って、他人の優しさに頼って、そうして自分の力を放棄してきたのだ。
「ミライ、選ぶのは君だ。そして君にはその資格と、力がある」
 ライトカオスチャオが手を差し伸べる。
 その背後に、"ヒーローチャオ・ウォーカー"が見える。
 液体の"チャオ・ウォーカー"が見える。
「僕の名前は庭瀬アカイロ。君があの日、小さな病院の屋上で出会った、ひねくれ者のチャオだ」
「あの、とき?」
「さあ、ミライ――僕と一緒に戦ってくれないか」


 チャオ・ウォーカー

 つづく


 ------------------------------------------------------------


「――の子の名前は?」
「末森、未来くんですね。どうかされましたか?」
「いや、少し気になっただけだよ」
「あなたが人に興味をもつなんて珍しいですね」
「そうかな、いや、そうかもしれない。僕は珍しい思いを抱いているよ」
「そうですか」
「あの子の生体データを取って来てくれ」
「合法的にですか?」
「手段は問わない。多分、いつか役に立つ日が来ると思う」
「分かりました。それにしても、多分、と来ましたか」
「そうだが、何かおかし――」
 ビデオテープはそこで途切れている。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3024-ipbf1008souka.saitama.ocn.ne.jp>

10 今の僕には未来が見える
 DoorAurar  - 11/2/6(日) 20:32 -
  
 マサヨシは警備を掻い潜る。対"サイボーグ"用の特殊装備で突き進み、内津孝蔵のいる場所へと辿りつく。
「あなたですか、マサヨシくん」
 マサヨシは孝蔵に銃を突き付けた。
「護衛、警備の方々は全員沈めました。制御権をこちらにいただけますか?」
 孝蔵は高笑いする。マサヨシは舌打ちした。予測通り、予想の通りだった。
 液体の"チャオ・ウォーカー"が咆哮する。哀しみの咆哮。金切り声に思わず耳を塞ぎたくなって、マサヨシは目を細めた。
「無理です、無理ですよ! あれは私の言う事を聞かない! 残念でしたねえ」
「"チャオ・ウォーカー"にあんな機能を付けたのはあなたですね」
 犠牲となったチャオの、心の声が聞こえる機能。
 哀しみの、負の声を増幅し、パイロットと連結させる機能。
「保険ですよ!」
 孝蔵は言った。
「搭乗者に勝手をされては困りますからね。今頃彼は絶望の海に沈んでいることでしょう。ゼラフィーネさんは予想外でしたが、まあ、彼女一人では」
「ふう」
 マサヨシは溜息を付いた。その態度には余裕がある。あまりにも余裕がありすぎて、孝蔵は眉をひそめた。
「無駄足でしたか。まあそれもいいでしょう」
 しばしの逡巡があって、マサヨシは口を開く。
「僕は、出来ることならチャオ・ウォーカーのパイロットになりたかった。正義のヒーローってやつにです」
 拳銃を突き付けたまま、眼鏡をかけた猫背の少年は語る。
 自らの思いのたけを。
「誰かが傷つくくらいなら、自分が傷つけばいい。そう思っていました。けれど自分一人が傷ついて全ての人が幸せになれる、なんてことはなかった。夢幻だったんです」
 努力はした。
 それが優しさだと信じ、自分に出来ることは全てやって来て、尚、この結末。
 他人に頼るしか出来ない、わずかな抵抗感。
 それでも。
「僕は彼らに賭けました。正直、宝くじのような感覚ですよ。ギャンブルは好みじゃなくて。でも」
 何かを感じて、マサヨシは銃を下ろす。
 孝蔵は笑っていなかった。
「たぶん、まあ、なんとかなるでしょうね」
 投げ遣りに言った。
 マサヨシは思っていて、思っていない。考えているが、考えていない。
「全ての人が幸福になるべくしてなるのは不可能ですが、僕は彼らに期待しています」
「どうせ結果は分かり切っていますよ。"カオス"は不滅です。無限のエネルギーなのです」
「だとしてもきっと最後に勝つのは、未来を変えようとしているものだと、僕は信じます」
 それに、とマサヨシは続ける。
「チャオをエネルギーに還元できるということは、逆もまた然りなのですから」
「逆も、また?」
「ええ。既に道はひらけています。あとは、彼らがそれを創るだけです、なんてね」


 ------------------------------------------------------------


 "ヒーローチャオ・ウォーカー"は苦戦を強いられる。
 以前の、三機という相手でも、進化を続けた"サイボーグ"に勝つ見込みが薄いどころか、負けかけたのだ。
 それが大群。
 無数。
 無量大数。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"は黄金の光を展開して、地上を守る。
 だが、守りながら戦わないとして、勝算はない。
 ゼロだ。
 勝算はゼロ。
 液体の"チャオ・ウォーカー"が咆哮する。"ヒーローチャオ・ウォーカー"に向けて、青白い光線が放たれる。光線の乱れ撃ち。黄金の光の盾はその全てを受けて、防ぎきる。
 時間の問題だった。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"のエネルギーが切れるのは時間の問題だ。
 そもそもの性能差がありすぎる。
 原動力の差だ。
 あの液体の"チャオ・ウォーカー"はほぼ無限にエネルギーを有しているといっていい。街中の、あるいは国中、世界中のチャオをエネルギー還元したのだ。
 エネルギーの化け物。
 チャオの混ざり物。
 カオス・エネルギー。
 しかしその絶望にも近い最中で、ゼラは笑った。
 とある少年の言っていたことを思い出したからである。
「人の夢が、儚い、か」
 人の夢。
 人の道標。
 それらはいつの時代も失われ、叶うことなく、幕を閉じる。
 けれどゼラは笑う。
「人の夢が儚いんじゃないよ。人のすぐ、すぐ傍に夢があるから、儚いのさ。そう、手を伸ばせば届くはずなんだ」
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が黄金の光を放つ。"サイボーグ"のうち何機かに"流れ弾"があたって、機械の破片と化した。
 ゼラの心に、悲痛なあの声は聞こえない。
 もう、聞こえていない。
 なぜならば。
「お膳立てはしてあげたよ、未来。君の手は限りなく……そうさ! 限りなく伸ばすことが出来るんだ」


 ------------------------------------------------------------


 風が吹き抜ける。
 道が見える。未来の目には見えている。ただひとつの、敵を倒すべき道筋が。
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"は起動する。
 二つの心を受けて。
「気分はどうだい?」
「不思議と、嫌じゃない」
 未来はあたたかななにかに包まれていた。あたたかななにかに守られている。そうだ。見えていなかっただけなのだ。
 ラインハットは自分に残してくれた。あたたかなそれを。未来は自覚する。
 自分は一人で闘うわけではない。
「行くぞ、アカ」
 心を感じる。
 誰か、別の心を。
 心がひとつに重なる。
 誰か、別の心と。
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"は飛翔する。
 "サイボーグ"の大群に突撃する。
 右腕の砲口から青白い光線が放たれ、"サイボーグ"の一機が沈む。左腕の砲口から青白い光線が放たれ、"サイボーグ"の一機が沈む。
 大群が"ライトカオスチャオ・ウォーカー"を認識した。
 機体を旋回させて、両腕のレーザーを乱れ撃つ。照準は確かだった。次々と頭数を減らしていく。
「右!」
 未来は気付く。右から光線が迫っていた。機体をわずかにずらしてそれを避ける。
「攻撃はこっちに任せろ!」
「分かった!」
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"は疾走する。"サイボーグ"の海を掻い潜り、敵を殲滅しながら駆ける。
 一機、また一機と撃墜し、飛ぶ。
 空へ。
「アカ、後ろだ!」
 即座に右腕のレーザーが反応した。背後に向けてレーザーを放つ。未来の目には見えない、けれど見える敵を、確かに撃墜する。
 未来とアカイロの心は今、ひとつに繋がっていた。
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"に接近される。大きく突き放して、両腕のレーザーで撃墜する。
 次第に数が減る。
 "サイボーグ"が戦法を変えた。機体が"ライトカオスチャオ・ウォーカー"を囲っている。光線が四方八方から迫る。未来は見た。そして、避ける。
 青白い光線が左腕のレーザーを掠めた。
「遅いっ!」
「分かってる!」
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"は下降し、敵軍の一辺をなぎ倒す。その性能差で突き放し、液体の"チャオ・ウォーカー"を目指す。
 未来はそれを見る。
 上昇し、赤い光線をかわす。
 ぐるりと機体を回転させて、アカイロが同じタイミングで両腕のレーザーを連射した。
「このままじゃキリが」
「キリをつける!」
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"の肩部に装着された、青い装甲板が外れ、意志を持っているかのように空中を舞う。
 "サイボーグ"の光線を掻い潜り、それは敵を切り倒して行く。
 飛翔する。駆ける。未来は駆ける。
 液体の"チャオ・ウォーカー"にレーザーを放つ。それはたしかに"チャオ・ウォーカー"を貫いた。
 ところが、破壊された機体は即座に修復されてしまう。
 元の形状だ。
 未来は舌打ちした。
「こいつっ!」
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"に、"チャオ・ウォーカー"のレーザーが迫る。周辺の"サイボーグ"を撃ち倒しながら、回避行動を続ける。
 機体の上側に敵機が待ち伏せしていた。
 未来は怖じ気づいて、舌打ちする。
「慌てるな!」
「そっちこそ!」
 レーザーの大砲が分離し、四つの砲口がその姿を見せる。
「「 上っ! 」」
 機体上部に集中していた敵の大群を、四線のレーザーで破壊した。
 機械の破片が散る。
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"は"チャオ・ウォーカー"にレーザーを放った。黄金の光に無力化され、青白い光線を跳ね返される。
「威力が足りない!」
「分かってる!」
 青白いレーザーに赤い光が充填される。
 未来は放った。
 黄金の光の盾を突き破って、赤いレーザーが"チャオ・ウォーカー"の機体を貫く。
「周りの敵は僕が引きつける!」
「その間に叩きのめす!」
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"の周囲を青い装甲板が舞って、"サイボーグ"からその機体を守る。
 そのまま駆けて、"ライトカオスチャオ・ウォーカー"は"チャオ・ウォーカー"の眼前に舞い降りた。
 砲口を突きつける。
 そのとき。
 そのときだ。
 未来の中に、何かが流れこんで来る。
 何かの、感情が。
 助けを求める、悲痛な声が。
 未来の心を、蝕んでいく。
「未来! どうした!」
 "チャオ・ウォーカー"が距離をとった。
 未来の意識はない。
「未来!」
 未来は目を覚まさない。
 感情の奔流に呑み込まれたままだ。
 "チャオ・ウォーカー"の右腕の砲口に、黄金の光が充填される。
 未来の目は、何も映していない。


 ------------------------------------------------------------


 庭瀬恵夢はアカイロが未来と手を取り合うのを見た。
 ほっと、息をなでおろす。
 空で、闘う二人を見る。
 二人を間近に感じた。
 気のせいじゃない、と思った。
 二人は戦っている。
 恵夢は祈った。
 液体の"チャオ・ウォーカー"の正体に、彼女は感づいていた。
 だから、祈る。
「未来くん、お願い。私の全部をあげるから」
 だから。
「だから、私たちのチャオを、助けてあげて」


 ------------------------------------------------------------


「負けないよ。負けない。僕は欲しい物を全部手に入れなきゃ気が済まないんだから」
 未来は話す。
 "チャオ・ウォーカー"は黄金の光を放っていた。それをレーザーで防ぎながら、未来は語る。
「僕は誰かのあやつり人形だった」
 そう、神様の、都合のいい操り人形だった。
 何者でもなく、誰のものでもない、ただの操り人形だった。
「僕は何もしていないのに、嫌な思いをするのはいつも僕だった。選ぶのは僕じゃなかった。僕は何も望んでなかった」
 そうだ。
 未来はいつでも、何一つ望んではいなかった。
 しかし、本当にそうだろうか。
 あのとき。あのとき。あのとき。あのとき。
 未来は確かに、何かを望んでいたはずだ。
「ずっと、誰かに歩かされて来た」
 ――だけど。
「僕は、望んでたんだ」
 未来は打ち明ける。
 その心の、ほんとうを。
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"の砲口に亀裂が入る。黄金の光の出力が上回っていた。だが、アカイロは静かに聞き入る。
 痛いほどに、伝わって来るから。
 その心の、かっとうが。
「諦めきれないものがある。どうしても欲しい人がいる。変えたい現実がある。僕にはまだ、未来がある」
 その目に心が宿る。
 操縦桿を握る。
 隣にはライトカオスチャオがいた。
 友達がいる。
「出来るはずさ。出来なくちゃおかしい。きっと出来る!」
 そうだ。
 何もおかしいことなんてない。
「だって、そうだろ!」
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"のバック・パックが展開していく。
「僕たち人とチャオで、つくりは違くても……心は一つだ!」
 心が重なる。
 未来と、アカイロの心が、ひとつになる。
「そうだな、確かに、本当にその通りだよ、未来!」
「さあ、行こうぜ、アカ!」
 "チャオ・ウォーカー"の黄金の光が赤いレーザーを突き破る。
 その光線が、"ライトカオスチャオ・ウォーカー"に向かって行く。
 風が、吹き抜ける。
 光が湧き出す。
 あたたかななにかが、未来に力を与えている。
 心が、重なった。


「「 カオス・ドライブッ! 」」


 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"に紫色の光の翼が轟く。
 飛行し、飛翔し、それは黄金の光の光線を避け続ける。
 "チャオ・ウォーカー"が咆哮した。
 紫色の光が緑色に変わって、"ライトカオスチャオ・ウォーカー"は空を駆ける。
 レーザーを放つ。"チャオ・ウォーカー"は回避し、その先にレーザーを"置く"。
 "チャオ・ウォーカー"の右腕を貫いた。
 光より速く、緑色の残光が"チャオ・ウォーカー"に接近する。
「今の僕には、未来が見える」
 至近距離の攻撃を黄色の光で受け止め、赤色の光を放出して、その機体を突き破る。
 何度も。
 何度も。
 何度も。
 突き破って、修復し、突き破る。
 "チャオ・ウォーカー"の機体を掴んで、放り投げる。
 空へ。
 空へ。
 遠くへと。
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"の赤色の光が、七色へと変色する。
 七色の、光の、翼。
 それを広げて、"ライトカオスチャオ・ウォーカー"は巨大な光を掲げる。
「消えて、なくなれえええええええええ!!」
 七色の光が"チャオ・ウォーカー"を、そのエネルギーごと吹き飛ばした。
 エネルギーの欠片が、雪のように、桜吹雪のように、降り注ぐ。
 その中に、"ライトカオスチャオ・ウォーカー"は屹立していた。
 エネルギーはチャオの形となって、地上に舞い降りていく。
 それは、祝福の雨のようだった。
 未来はアカを身近に感じる。
「はっ……はっ……アカ、大丈夫か」
 あたたかななにかが、胸のうちに広がっている。
 あたたかななにかは、未来に何かを伝えようとしていた。
 ゆっくりと、はらはらと、未来の心を形作るように、それは動いて。
 今はもう分からない。
「アカ……、おい、アカ?」
 今は、もう分からない。


 ------------------------------------------------------------


 内津孝蔵にとって、チャオは悪魔のように見えていた。
 彼はチャオが嫌いで、チャオを忌み、疎み、恨んでいた。だからチャオを消して行ったのだ。分からない話ではない、と未来は思った。
 けれど、共感は出来ない。未来は同じ経験をしていないから、共感できるはずもない。内津孝蔵はチャオを嫌い、チャオを歴史上から消そうとした。
 そして、それは失敗したのだ。
 末森未来と、もう"ひとり"のチャオによって。
 終わった話だ。
 未来にはレールが見えている。自分の家に繋がっているのだろうか。分からないが、多分そうだった。たまには辿って帰ってみようとも思っている。
 そんなことを考えていたせいではないが、頭をはたかれた。
「ちーっす」
 斎藤朱美である。
 さすがに一週間も経つと、あれほどのことがあった後だというのに、みんながみんな既に他人事になってしまっている。余韻があったのは最初の三日だけだった。
 だから、元通りだ。
 とはいえ、完全に元通りというわけでもない。
 だいたいそんな感じだ。
 別に設定を考えるのが面倒くさくなったからではない。
「あれ、いつものあの子は一緒じゃないの?」
 彼女は未来の周りをぐるぐると回りながら尋ねる。いないものはいないよ、と一言指摘してから、
「今日は朝から出掛けて行ったよ」
 と答えた。
 朱美はさほど興味もなさそうに相槌を打つ。
「あのさー」
 未来は首を傾げた。彼女は言い淀む。しかし急かさない。最近の彼女のこういう行動はよく見るもので、決まってこの後、なんでもない、と繋がるのだ。
 ところが今日は違った。
「えっとさ、そういえばさー、庭瀬さんがチャオガーデンに行くって言ってたよ」
「なんで僕に言うの?」
 困ったように笑って、朱美はもう一度頭をはたく。
 彼女の様子から考えると、多分本当に言いたかったことは別にあるのだろう。未来は急かしたりしない。興味がないとも言い換えられるが、彼女の尊厳に関わるので口をふさぐ。
「じゃ、また明日!」
「うん、また明日」
 大手を振るのもいつものことで、未来はなぜだか寂しくなった。
 "チャオ・ウォーカー"は今も共同学園の地下に眠っているのだろうか。
 分からないが、恐らくそうだろうと考えて未来は帰路に着くことにした。
 レールが見える。
 そのレールがまっすぐ続いている。
 辿る。
 エレベーターの前に着いたところで、ゼラに待ち伏せをくらった。
「やあ、救世主になった気分はどうだい、少年?」
「またそれか。別にどうもないよ」
 既に潜入捜査は終わったためか、彼女は既に女生徒用の制服を着用していた。その方が彼女には似合う、と未来は感じる。
 しかし何人の女生徒を哀しみの淵に追い込んだことだろうか。友達の伝によって聞いたところ、いわく数十人では済まないほどの女生徒がショックを受けたとか。
「あれ、彼は一緒じゃないのかい?」
「またそれ……ごめん、違った。今日は朝から出掛けて行ったよ」
「ああ、ついに実行するのかな」
「知ってるのか」
 ずいっとゼラの顔が未来に近づく。キスでもしかねない勢いだった。未来は一歩退いて頬を引きつらせる。
 すると彼女は普段の彼女のように、おおらかに笑った。
「いやいや、もう君と個人的に会うのもこれが最後になるだろうからね。ちゃんとやるんだよ。いいね?」
「分かったよ」
 話が面倒な方向に進みそうだったから、未来は適当に相槌を打った。
 ゼラがエレベーターのボタンを押して、一緒に入る。
「ちょっとチャオガーデンに寄って行かないかい?」
「なんで?」
「大事な用事があるんだよ」
 未来はあくびをした。"チャオ・ウォーカー"の経験が異質すぎて、日頃から退屈が抑えられない。
 "ライトカオスチャオ・ウォーカー"の中で、心をひとつにしたときの高揚。
 "サイボーグ"と戦った経験が、未来を日常に戻してはくれない。
 最初でこそ一瞬一瞬がフラッシュバックして夜も眠れなかったが。
「さ、ここからは君の出番だ」
「何のこと?」
 エレベーターが止まって、チャオガーデンのフロアに出る。急遽修復があったチャオガーデンは、かつてと変わらない形をしていた。
 かつてと何も変わらない。
 一面の緑をチャオが埋める。
 そうやって呆けている間に、エレベーターのドアが閉まった。
「あれ、おい! ゼラ!?」
 大事な用事があったんじゃなかったのかよ、という言葉を呑みこんで、更に未来は目の前にいる人を見て息を呑んだ。
 チャオの中で楽しそうに笑う少女。
 たくさんのチャオの笑顔に囲まれて笑う少女。
 そう、未来は思い出した。
 未来は彼女が好きだった。
 チャオを好きな彼女が好きなのだ。
 "チャオ・ウォーカー"の中で掠れた思いが、ようやく未来の中に戻って来る。
「末森くん?」
「あ、うん」
「元気?」
「元気、だね」
 一週間振りになる。
 彼女と話すのは。
「アカは?」
「あー、朝から出掛けて行ったよ」
「そっか。そうだよね」
 何がそうなのか分からなかったが、未来は黙っていた。
 チャオが未来を見ている。
 一度はあの"カオス"の中に取り込まれたチャオたち。
 未来を敵視してもおかしくはない。
 だがその心配は不要だった。
「ちゃうー?」
「あ、この人は私の……」
 なぜかそこで黙る彼女。
 未来はレールを辿るべきだと後悔した。
 非常に気まずい。
 そもそも未来と彼女は元々親しいわけではないのだ。
 それに未来はチャオのことが好きではないし、彼女と趣味が合うわけでもない。
「じゃあ、僕はこれで帰るから」
「う、うん。またね、末森くん」
 エレベーターに乗って一階におりる。
 未来にはレールが見えていた。
 レールを辿っている。
 帰るべきなのだ。
 だから帰ろう。
 そう思った。
「さあ、もう一度だ」
 ライトカオスチャオが学園の入り口に立っている。
 物珍しそうに、周りの人達がその様子を見ている。
 カオスチャオは全世界でも有数の――以前にも話した気がするので省く。
「君は欲しい物を手に入れるべきだ。それが君なんだから」
「何の話だよ?」
「分かるだろ?」
 未来は思い返す。
 斎藤朱美は庭瀬恵夢がチャオガーデンにいると示唆した。ゼラは大事な用事があるといった。アカイロは欲しい物を手に入れるべきだと言った。
 そしてチャオガーデンで、未来は庭瀬恵夢と出会った。
 そういうことかと納得して、未来は首を横に振る。
「いいよ、別に」
「君はそれで良くないはずだ」
「何で僕のことがお前に――」
「分かるとも」
 未来は思い出す。
 目の前にいるのがライトカオスチャオだということを、アカイロだということを。
 彼は自分のことをよく知っている。
 一度は心を重ねた仲である。
「レールなんて気にすることはない。これからは君の歩いた道こそがレールだよ」
「いや、でもさ、僕」
「二年、何も出来なかったんだ。ここから変えて行くのも悪くはないんじゃないか?」
 アカイロは未来を通せんぼする。
 自分のやりたいことをして来いと言っている。
 そうでなければここを通すことは出来ないと言っている。
 未来はレールを逸れた。
「どうなっても知らないよ」
「元からそうだったろう。全く、人間というのはかくも愚かなものだよ、本当に」
 踵を返す。エレベーターに乗る。気持ちが急かされていた。緊張が体を強ばらせる。
 だけど、これが僕のしたいことなのかもしれない。
 自分が何をしたいか、というのはなかなか難しい。自分ではよく分からないものだ。けれど自分の心がこれほど晴れないのなら、多分、彼の指摘であっているのだろう。
 いや、既にそういう事ではない。
 未来はチャオガーデンに着く。
 好きなこと。
 好きなもの。
 未来は手に入れたいと思っているのだ。
 それが未来だから。
「あれ?」
 庭瀬恵夢が不思議がる。
 未来は言い淀んだ。
「あー、僕は一つ嘘を吐いてたんだ」
 挙動不審になってはいないだろうか。
 未来は気にしないつもりではいても、気になってしまう。
「僕はチャオが好きなわけじゃない。チャオなら好きってわけじゃなくて、ほら、人が好きっていうのも、人によるでしょ。そんな感じで、チャオは好きだけど、好きなチャオはチャオによるっていうか」
 不明瞭であるとは自覚したが、恵夢はじっと聴いていた。
「ラインハットのこと、ごめん」
「ううん。私の方こそ」
 まだ言いたいことがあるはずだ。
 自分の中にある感情に従う。
 きっとそれは、眼に見えるレールよりも重要なものだから。
「アカと再開できて良かったな。驚いたよ」
「私も。末森くんと知り合いだっただなんて。でも、うれしいな」
「なんで?」
「なんとなく」
 恵夢は笑っていた。
 チャオと一緒にいるときのように笑っていた。
 未来は自覚する。
 笑っていて欲しいと感じる。
 そのためならなんでもできるとも思う。
 自分の中に多くの感情が渦を成す。
「色々酷いことも言った。ごめん」
「私の方こ……」
 言いかけて、くすりと彼女は笑った。
 未来は首を傾げる。
「謝ってばっかりだね」
「あ、うん。そうだね」
 自分はまだ、やれることをやっていない。
 まだ出来るはずのことをしていない。
 二年間ずっとそうだった。
 レールの上を歩いていなくても、レールに歩かされて来た。
 しかしそれも今日までだ。
 今までの末森未来と、これからの末森未来は異なる。
 かといって新しいわけではない。
 上書き保存である。
 その存在の基盤をフォーマットせずに大幅書き換えし、入れ替えたもの。
 諦めきれないものがある。どうしても欲しい人がいる。僕にはまだ、未来がある。
 出来るはずだ、出来なくちゃおかしい。
 だって。
「君のことが好きだ」
「え?」
「君のことが好きなんだ」
 誰かに強制される人生なんて、真っ平御免だろ。


 おわり
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3024-ipbf1008souka.saitama.ocn.ne.jp>

あとがき
 DoorAurar  - 11/2/7(月) 1:14 -
  
ご無沙汰しております、DoorAurarです。
気が向いたら完成させます、と言っておきながら完成までそれほど時間がかかりませんでした。
この後書きというのも中々多く見掛けるものですが、僕にとってのそれは何を書くか迷うというより書き足りないことを補足する目的で書いているというよりただ余り余った駄文を書き連ねるのに使っているというより後書きを書くべくして書いているという要素が大きいのです。
どうして後書きが必要なのでしょうね。何となく書くことが当たり前になっているような、そんな空気が僕の中にあります。
その小説が終わったぞ、と区切るためのものとして必要なのかもしれません。

チャオ・ウォーカーは一つの区切りとしては非常に有用な作品でした。
少年の成長する話に絞って書いてきた身としては、これ以上のものは書けないのではないでしょうか。モチベーションが保たないのです。
少年の成長する話はごろごろと転がっていますが、起承転結が書きやすいんですね。あとシリアスになりやすい。故に書きやすい。
元々チャオ界隈には人が少ないということもあって、自分のやりたいことがやりたいように出来るというものが究極形としてある。反面需要がない。
しかしテーマが「チャオ小説」ですから、アイディアがでやすい。これは二次創作の利点ですね。まだ掘り下げられていない話が多いのも良い。
なぜ人の少ないところで小説を書いて投稿するか、というのが最近の疑問なのですが、僕の本能は書けと言っているんですね。困りものです。
帰属意識なのでしょうか。不思議なものです。誰も読まない、誰も感想を贈らない→誰も書かないというスタンスが確立されつつある今だからこそチャオ小説を書きたいのかもしれません。
この書きたいという欲求がある限り小説はなくならないでしょう。
かつてのインタビューでチャオBおよび週刊チャオは滅ぶか否かという質問があって、そこで僕は滅ばぬと断言していましたが見事に外しましたね。ですが別の側面を見れば正解であるとも言えます。
子供が消えた、というのは大きな要素ですね。余裕のある人が寄り付かないとコミュニティというのは滅んでいくのでしょう。そう考えると僕は暇人ですね。
かの有名なチャオBの御仁らは僕くらいの年齢になるとだいたいチャオBから去って行くのが常ですが、こうしてサークル掲示板に残る人というのは色んな意味で変な人です。
人いないのにチャオ小説書いてるよこいつ、ばっかじゃねーの、みたいな。
だけど書いちゃうんですね。この矛盾した衝動。これって哲学じゃないですか。小説を書くならもっと大きなサイトがあるでしょう。そこに行けばよいのですよ。
ところがそこに行ったら行ったで空気に合わないんですね。どこのサイトにもそのサイトでこそ受けるジャンルというものがあって、ファンタジー、異世界、主人公最強というジャンルが確立されているんですがこれが駄目。
かたや非常に真面目なラノベ談義をしているかと思えば内容が模範解答通りでいずれも似たり寄ったりの内容。
情報を発信するサイトとして遙かに古いチャオ界隈に人が残っているのが謎です。
本当に不思議ですね。行く場所は最近ならニコニコ動画とかいろいろあるのに、やはり長年のなんちゃらなんですかね。僕一人が考えたところで結論は出そうもありません。帰属意識が強いというのがひとつの結論で、一部のメンバーがしぶといというのもまたひとつの結論でありましょう。

そういえばチャオ・ウォーカーですが、カオスドライブがやりたくて書き始めました。
プロット通りに進まなくて苦労しましたが。
プロット通りに進まない、というのは間違いです。正確にはプロット通りに進みはしたが順番がバラバラになってしまった、という面が大きい。
キャラクター設定を念入りに決めすぎるとプロットとキャラクターの行動が噛み合わない部分が出てきて、そこが場面転換につながってしまうのですね。ヒロインの庭瀬さんですが彼女はあくまで起爆剤のようなもので真のヒロインはアカイロだと言っていい。
主人公にとってヒロインというのは恋する存在であって恋というのは対等な関係とは言い辛い。主人公に必要なのは対等な相手だったのですね。
そうそう、末森未来という名前は語呂の良さと見栄えの良さは天下一品だと思うんですがどうですか。
勢いとノリで書いてきた結論としては戦闘シーン書きづらい。不要。次は戦闘シーンのない小説を書きたいです。戦闘シーンって小説という媒体だと読者も書いてる方もいまいちっすよね。僕が書きたいのはカオスドライブだからその後の戦闘シーンはどうでもいいんだよっていう。
ああ、ちなみに本来ならライトカオスチャオ・ウォーカーがカオスをぶっ飛ばしたところで終了だったのですが音読してくれるというのでシーンを追加しました。メタネタはそのためです。こういう遊びが入れられる気軽さ。これチャオ界隈だからこそですよね。

長くなりましたが感想とかあったら下さい。
それはそうとこの後書きを装った感想コーナーという構図。感想が来なくても「これ後書きだし! 感想コーナーじゃないし!」と自分に言い訳できるというすごい構図ですよね。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2) Gecko/20100115 Firefox/...@p3024-ipbf1008souka.saitama.ocn.ne.jp>

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
8099 / 8189 ツリー ←次へ | 前へ→
ページ:  ┃  記事番号:   
56983
(SS)C-BOARD v3.8 is Free