●週刊チャオ サークル掲示板
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〜チャオの奴隷〜 第七話 10/2/14(日) 10:47
〜チャオの奴隷〜 第七話 10/2/14(日) 10:48
〜チャオの奴隷〜 第七話 10/2/14(日) 10:49
〜チャオの奴隷〜 第七話 10/2/14(日) 10:50
〜チャオの奴隷〜 第七話 おまけ 10/2/14(日) 10:53
宏作品への感想はコチラへ 10/2/14(日) 10:55
感想です ろっど 10/2/14(日) 21:40
ありがとうございますっ! 10/2/15(月) 2:28

〜チャオの奴隷〜 第七話
   - 10/2/14(日) 10:47 -
  
 第七話 〜ハッピーバレンタイン〜

 二月十三日(土)

 先程から、カトレアの様子が変である。
 ぼーっとしていて話しかけても反応が無かったり、かと思いきや、落ち着き無くそわそわしだしたり……。
 時刻は、まもなく午後八時を迎える。僕は今、晩御飯を食べ終わり、ソファに座ってテレビを見ている。
 その左隣に、ちょこんとカトレアが座り込んでいる。傍から見るとなんら変哲のない、いつもどおりの光景だ。
 でも、僕にはわかる。カトレアの様子は、いつもどおりではない、ということが。
 横目でカトレアを見る。
 今も隣にいるカトレアは、俯き加減で視線は中空をさまよっていてそわそわしてて……。何か考え込んでいるような、そんな感じに見える。
 夕方からずっとこんな調子なものだから、僕はカトレアの様子が気になって、今、流れてるバラエティ番組の内容などちっとも頭に入ってこない。
 晩御飯の前に、何か悩み事でもあるのか、と尋ねたのだけれど。
「わ、ワカバには関係ない! 死ね! バナナの皮踏んづけて死ね!」
 と、怒られてしまったので、食事中も、そして今も、何も聞かない様にしている。聞かれたくないこともあるだろうし、無理に聞きだそうとするのはよくないと思ったからだ。
 しかし、カトレアがこんな調子だと、僕の調子も狂う。
 何か嫌な事でもあったのか、今日寝る前にでももう一度聞いてみようかな。聞くとしたら、どんな風に聞けば怒らずに話してくれるかな。
 そのような事を考えながらカトレアを横目で眺めていると……大変、珍しい光景が飛び込んできた。
 ――カトレアのポヨが、ハートの形になっているのだ。
 珍しい。大変珍しい。どのぐらい珍しいかと言うと、せかせかと働き回っているナマケモノぐらい。
 呆気に取られたけど、これは大変喜ばしい光景だ。
 カトレアの様子を見て、僕は……そう、元気が無いように感じていた。
 悩み事があるんじゃないかとか、嫌な事があったんじゃないかとか、ネガティブなことばかり考えていたけれど。
 杞憂だったのかな。そうだといいな。
 布団の中ででも聞こうと思ったけれど、その予定を早めてしまおう。質問の内容も、少しばかり変更して。
「カトレア。何かいいことでもあった?」
 何か嫌な事でもあったのか、などと聞こうとしていた先程までと打って変わり、とても晴れやかな気分だ。声のトーンにも、それが表れていたと思う。
 しかしカトレアは、僕の問いかけに対して無反応だった。と、いうより、全然聞こえていないように思える。
「カトレア?」
 再度の呼びかけにも反応はない。ハートのポヨを浮かべて、手をもじもじさせて……僕の声などまるで聞こえていないようだ。
「おーい、カトレアー?」
「!」
 腰を浮かせてほんの少しカトレアとの距離を縮めて、右の手のひらをカトレアの顔の前で上下に振りながら呼びかける。
 すると、カトレアのポヨは形状を感嘆符へと変化させ、それと同時にカトレアの身体がぴくんと跳ね上がった。
 目を真ん丸にさせて、僕の顔を見上げるカトレア。びっくりさせてしまったけれど、ようやく気づいてくれたみたい。
「何かいいことでもあった?」
「え?」
 改めてそう聞いてみた。聞かれた本人は『何のことだかわからない』といった感じで、ポヨがそれを代弁する様に形を変えた。
「さっき、ポヨがハートになってたから」
 そう付け加えると、しばし黙り込んだ後、カトレアの表情がこわばっていった。
 そして『ぁ……』とか『ぅ……』とか、蚊の鳴くような声で呻きながら、視線を床に落として手をもじもじ。
 俯いたカトレアの横顔は勿論その身体と同じで、美しい輝きを含んだ鮮やかな桃色なのだけれど、その頬にうっすらと赤みが差しているように見える。
 もしかして、熱でもあるのかな。
 なんだか、また急に心配になってきた。とりあえず熱の有無だけでも確認しようと、カトレアを抱き寄せようとした、その時。
「わ、ワカバには関係ない! 死ね! こんにゃく踏んづけて死ね!」
 カトレアは座り込んだ状態からすっくと立ち上がると、ソファをトランポリン代わりにしてぴょんっ、とジャンプ。
 ヒコウタイプ特有の大きな羽を羽ばたかせて、ぱたぱたと飛んで行ってしまった。リビングを出て行って、向かう先は、二階にある僕の部屋らしい。
 ……どうやら、また怒らせてしまったようだ。
 ポヨがハートになってるのを見たときは、今回は穏便に事が進むと思ったのだけれど。
 カトレアの背中を見送った後、スタッフロールに突入していたバラエティ番組を最後まで見ることなく、リモコンを手にとってテレビを消して席を立つ。
 その足で二階に上がろうとして、階段の前まで思いとどまった。ついでに、カトレアにココアを持っていってあげようと思ったからだ。
 反転して台所へ向かい、牛乳を取り出そうとした所で僕は――。
 ――冷蔵庫の扉へかけた手を止めた。
 今日の夕方に、カトレアと交わした約束を思い出したからだ。
『明日まで僕は冷蔵庫を開けてはいけない』という約束を。

 ………

 ……

 …

 ――時を遡る事、七時間前。

「わーかーばー、あーけーてー」
 よく晴れた日曜のお昼過ぎ。高く透き通るような声が若葉の家の玄関前で響いた。
 その声はリビングでくつろいでいた若葉の耳にも届き、客人の訪問と正体を知らせると同時に、若葉を呆れさせた。何度言っても無駄なんだろうな、と。
 フードの着いた緑のトレーナーにベージュのズボンという格好で、若葉は玄関まで客人を出迎えに行った。
 若葉が扉を開けるとそこには、膝丈まである真紅のコートを着た一人の少女が立っていた。
「おっす、ワカちゃん」
 花のような笑顔を浮かべて元気よく挨拶する少女。先程、若葉を呆れさせた声の主、若葉の幼馴染みの早苗である。
 そして、もう一人。
「ワカバ殿、どうもこんにちわ」
 首元に巻いた深緑のマフラーを揺らしながら独特な口調で挨拶をしたのは、早苗が胸の前で抱きかかえている、小豆色をしたダークハシリタイプのチャオ。早苗が育てているチャオ、あずきである。
 若葉は扉を右手で支えて、早苗とあずきを迎え入れる。
「いらっしゃい、上がって」
「あれ。ワカちゃん、いつもみたいに『大声出さないでよ』って言わないんだ」
「言ってもやめないくせに。その呼び方も」

「おっす、カトちゃん。元気?」
「ん」
 早苗とあずきが通されたリビングでは、きらきらと輝く桃色をしたニュートラルヒコウタイプのチャオが、ソファにちょこんと座っていた。
 早苗の挨拶に、とても短い一言で返したチャオ。若葉が育てているチャオ、カトレアである。
 早苗は抱きかかえていたあずきを床に降ろし、赤いコートを脱いだ。白のセーターに赤いチェックのスカート、黒のタイツという格好になって、カトレアの隣に座る。
「……なんでお前までいる」
 カトレアが、ひどく不機嫌そうに言い放つ。
 早苗の足元にいる、あずきに対して。
「サナエ殿の行く所、僕は常にお供します。それが愛しのカトレアさんのいらっしゃる場所となれば、なおさら。地獄の果てだろうと馳せ参じてみせます」
 マフラーを外した後、右手を胸に当て、姫を迎えに来た王子のようにお辞儀をするあずき。小さな身体を使って、懸命に愛と忠誠心をアピールしている。
 しかし、カトレアにとってはどうでもいことらしく、頭上でぐるぐると渦巻くポヨがそれを表している。
「でも、カトレアが早苗に用があるなんて、珍しいね」
 扉の施錠や、早苗が脱ぎ散らかした靴の整理などで時間を取られた若葉が、ほんの少し遅れてリビングにやってきた。
 今、若葉が言ったように、今回早苗とあずきが訪ねてきたのは、カトレアの強い要望によるものである。カトレアが『早苗を呼んで欲しい』と、若葉に頼んだのだ。
 もっとも、来て欲しかったのは早苗だけのようであるということは、先程のカトレアの態度が表しているが。
 今までそんな事は無かったので、ほんの少し戸惑いはしたものの、それを断る理由などどこにもない。若葉はそれを快諾し、早苗を家に呼んだ。
「……サナエ、耳貸せ」
「ん、なあに」
 早苗自身も、自分が呼ばれた理由がわかっていないが、むしろそれを楽しみにしている感がある。
 早苗は隣のカトレアを抱き上げて、自分の顔に近づける。そして、カトレアの声を聞き逃さないように、文字通り耳を傾けた。
 こうなると、話の内容が気になりだすのは若葉とあずきである。
 目の前の二人は、明らかに内緒話をしていて、内緒話とは、他の人に聞かれたくないからするものである。
 それでも好奇心を抑えられず、若葉とあずきはちょこちょこと近づきながら聞き耳を立てる。
 当然、カトレアがそれに気づかぬはずがない。
「あっち行けー!」
 突如あがった、きんきんとした甲高い叫び声に、若葉とあずきの、身体と心臓が跳ね上がる。そして、あずきの頭上には感嘆符が形成されるのだが、それはあずきだけでなく、若葉の心境も表しているといっていいだろう。
「そうそう、女の子同士の話なんだから、男の子はあっちへ行ってなさい」
 左手でカトレアを抱いたまま、犬でも追い払うかのように、右手をひらひらさせる早苗。この展開を面白がっていると言う事は、けらけらと笑っている様から容易に見て取れる。
 当然のことながら、チャオには性別がない。だから、女の子同士も男の子同士もないのだが、そのチャオの雰囲気が性別を連想させるのだろう。今回なら、カトレアは女の子、あずきは男の子、という具合に。
 追い払われた若葉とあずきは、仕方なく女女性陣から少し離れた場所に座って待機。早苗とカトレアは内緒話を再開する。
 待っている間も若葉とあずきは、
「何を話しているんだろうね」
「皆目見当がつきません」
 二人が何を話しているのか、気になって仕方が無いようだった。

「……だから、その……手伝って欲しい」
「ふむふむ、なるほど」
「……だめ?」
「もちろん、全然オッケーだよっ」
「……ん」
 早苗とカトレアの話し合いが終了したようである。
 カトレアを抱いたまま、早苗は顔だけ若葉とあずきのほうへ向けて、
「ワカちゃん。カトちゃんのことちょっと借りるね」
 そう言った。
「へ?」
 気の抜けた声を上げたのは若葉だ。
 全く予想していなかった、というのと『カトレアを借りる』という言葉の意味を瞬時に理解できなかったというのが声に表れていた。
「これからカトちゃんと一緒に、あたしの家に行ってくるから。悪いんだけど、あず君のことよろしくっ」
「いや、ちょっと待ってよ」
「夕方には戻るからっ」
 先程の話し合いが大いに関係しているのだろうとは思っても、話し合いの内容を知らない若葉にとっては突然すぎる展開だった。
 そんな若葉の説明要求にも応じず、右脇にカトレアを抱え、左手で先程脱いだコートを掴むと、慌ただしく廊下へ向かう早苗。
 その勢いには、早苗のこの行動の原因であると思われるカトレア本人も面食らったようで、目を真ん丸くしている。
 廊下へ出て、玄関へ向かう……前に、くるりと振り返り、一言。
「ワカちゃんとあず君は、絶対に来ちゃダメだからねっ!」
 早苗の指令に追従するように、カトレアは早苗の腕の中で、うんうんと首を縦に振る。そして、若葉とあずきを睨みつける。
 心の中で、早苗と全く同じことを言っているのだろう。
 しっかり釘を刺された若葉とあずきはたじろぐ事しか出来ず、それを見届けた早苗とカトレアは今度こそ玄関へ向かい、若葉の家から出て行くのであった。
 取り残された二人は。
「うーん……なんなんだろうね」
「うーん……なんなんでしょうね」
 困惑する事しか出来なかった。
「二人は出て行っちゃったし、どうしようか」
「こっそり覗きに行ってみますか?」
「二人が何をしているのかは興味あるけど、やめておこう。後が怖いし。……そうだな、ちょっと買いたいものがあるんだけど、付き合ってくれる?」
「お供させていただきます」
「よし、それじゃ僕達も出かけよう」
 そうと決まると、若葉は二階の自室へ上着と財布を取りに行き、あずきは先ほど外したマフラーを再び首元に巻いて、それぞれ外出の準備を整え始めた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; .NET CLR 1.1.4...@218.223.128.190.eo.eaccess.ne.jp>

〜チャオの奴隷〜 第七話
   - 10/2/14(日) 10:48 -
  
 …

 若葉の家を飛び出した早苗とカトレアは、宣言通り、早苗の家にいた。さらに具体的に言うと、早苗の家の台所にいた。
 整頓された、清潔感のあるキッチンに、いくつかの調理器具が並べられている。
 包丁にまな板、ボウルにへら、オーブンシートで作ったコルネ。
 ――そして、手のひらほどの大きさの、ハートの型。
 それらを見渡す早苗の身体には、フリフリのついたピンクと白のエプロンが装備されている。
 さらに流し台の隣で、釣り上がった目にへの字の口というデフォルトの表情を浮かべて佇むカトレアの身体にも、早苗と同じ柄のエプロンが装備されていた。小さな小さな、チャオ用のエプロンである。
 一通り見渡して、抜かりが無い事を確認した早苗は、
「それでは、ただいまより。バレンタインチョコの制作に取り掛かりたいと思います。カトちゃん、準備は出来たかな」
「ん」
 そう宣言した。
 早苗の呼びかけに、カトレアは短く応答しながら、頷いた。
 バレンタインチョコ。バレンタインデーに、女性から男性に渡される際のチョコレートのことである。
 若葉の家での、早苗とカトレアの内緒話の内容、これで大体ご想像いただけたと思う。
 要するに、カトレアがバレンタインチョコの制作を手伝って欲しいと、早苗に依頼したのだ。
 ちなみに、誰に渡すつもりなのかというと。
「ワカちゃん、きっと喜ぶよ」
「べ、別に喜ばなくていい! ぎ、義理チョコなんだからな!」
 お聞きの通りである。
 照れ隠しに使われるお決まりの文句に微笑ましさを覚えながら、早苗は白いビニール袋を取り出す。
 ここに来る途中に寄ったコンビニで購入した、チョコレートである。
「じゃあ早速作り始めよう! 私はお湯を沸かすから、カトちゃんはまな板の上にチョコレートを出しておいて」
「ん」
 そう言って早苗は、鍋に水を入れ湯煎のためのお湯を沸かし始め、カトレアはビニール袋の中からチョコレートを取り出し始めた――。

 ――その頃、若葉とあずきは。
「ワカバ殿、何をご購入される予定で?」
「ココアと、あと、丸い木の実が欲しいな。カトレアが好きなんだ」
 若葉の家から程近い、スーパーマーケットに来ていた。
 紺の上着に身を包んで、カートを押し進める若葉。そのカートの中に、あずきがちょこんと座り込んでいる。
 若葉はお目当てのココアと丸い木の実を、カートの前方に空いたスペースに入れ、他に何か買う物は無いかと、軽く辺りを見回す。
 そのとき、菓子製品コーナーに立てられたのぼりに書かれた『バレンタイン目前! チョコレート割引中!』という文字が目に入った。
 この日は、二月十三日。バレンタインデーというイベントが明日に控えているのだと言う事を、若葉は思い出した。
「明日は、バレンタインデーだね」
「ワカバ殿は、どなたからかチョコレートを貰えるあてなどあったりするのですか」
「まさか」
 若葉は苦笑いを浮かべながら、割引の対象となっている商品が陳列されている場所へ歩を進める。
 自分自身はバレンタインデーとは無縁だろうけれど、その恩恵にはあずかってしまおう、という腹積もりだ。
 若葉はチョコレートが多数陳列されている棚の前まで来て、ぽつりと一言。
「一応、早苗からは毎年貰ってるんだけどね」
「なんと、そうなのですか」
 カートの中で、くりん、と身体を反転させて、好奇心に満ち溢れた視線を若葉に注ぐ。
 もっと詳しく聞きたい、と言った感じだ。
 若葉もそれを感じ取り、そして思った。きっと、勘違いをしているな、と。
「学校で会ったら、百円ぐらいのちっちゃいチョコを渡してくれるんだ。まあ、年に一回の挨拶みたいなものだよ」
 割引対象商品を品定めしながら、そう付け加えた若葉。
 義理チョコであると言う事のアピールであったが、聞いているのかいないのか、あずきは興味津々といった感じの笑顔を絶やさない。
 自分に向けられる視線をかわすように、あずきから目を逸らしながら、板状のミルクチョコレートをひとつ、カートに入れる。
 あずきから放たれる好奇心をひしひしと感じながら、若葉は多少強引に話題を逸らす。
「あずき君も、何か欲しいのある?」
 チョコレートで懐柔しよう、というつもりではないだろうが、それまでの流れからして『チョコレートを買ってあげるからこの話はやめよう』と言っている様に思われても仕方の無い若葉であった。
『悪いですよ』と断っていたあずきであったが、若葉が『せっかくの割引なんだから』と強く勧めてくるので、最終的には若葉の好意に甘えることにした。
 あずきにチョコレートを買ってあげる、というよりも、割引商品の買い物が楽しいだけなのかもしれない。
「これなんかどうかな。期間限定だって」
 カートの中のあずきに若葉が薦めてきたのは、黒っぽい箱に一口サイズのチョコレートが五種類詰まった、一箱三百円ほどのチョコレート。
「いいですね。では、それをいただけますか」
「うん。……実は、僕が食べたかっただけだったりして」
 そう言って、手のひらほどの大きさの黒っぽい箱を二つ、カートに入れた。

「バレンタインデーといえばですね」
「ん?」
 買い物を終えた帰り道。あずきが、ふと口を開いた。
 その声はどこから聞こえてくるのかと言うと、右手にスーパーのレジ袋を提げて歩く若葉の背中から、である。
 あずきは、若葉の首根っこに、ちょこんとしがみついていた。
 人間とチャオでは歩くスピードに差があるので、一緒に移動した方が楽だろう、という若葉の配慮である。
 もっとも、小さな身体でずんずんと逞しく歩いていく、カトレアのようなチャオも中にはいるけれど。
「最近は、バレンタインデーに男性から女性にチョコレートを贈るという……逆バレンタイン、なんてものが流行っているそうですよ」
「逆バレンタイン?」
 若葉にとって、それは初めて耳にする言葉であった。
「ええ。アンケートによると『男性からチョコレートを貰って嬉しいか』との質問に『嬉しい』と答える女性が非常に多いようですよ」
「へえ、そうなんだ」
「はい。ですから、今年はワカバ殿も誰かにチョコレートを贈ってみてはいかがですか。例えば、サナエ殿にでも」
 何で、そこで早苗の名前が出てくるんだ、と若葉は苦笑いを浮かべる。
 恐らく、先程スーパーで交わしたバレンタインのくだりの延長なのだろう。
 あずきは後ろにいるからその表情は確認できないけど、きっとにやにやと笑っているんだろうな、と若葉は思った。
「そうやってからかう所、早苗に似てる」
 逆バレンタインを実践するかどうかには答えず、若葉はそう言った。
 後ろから『からかったつもりはありませんよ』と声が聞こえたが、若葉にとってはそこで早苗の名前を出されたということには変わりなく、あずきに自分と早苗がどういう関係だと思われているのかを考えると――いや、そんな大げさなものではない。
 ただ単に『バレンタインデー』という、恋愛関係のイメージが強い話題の時に自分と早苗の名前を並べられた事に、若葉はほんの少しの気恥ずかしさを感じずにいられなかった。
 そんな気恥ずかしさから逃れるように、若葉は話題を逸らす。
「あずき君はどうなの、バレンタインデーの予定は」
「ふむ、それなんですがね」
 一呼吸置いて、あずきは話し始めた。
「ご存知の通り、僕達チャオには、性別がありません。ですから、バレンタインデーに何をすればいいのか戸惑うチャオも多いようですね」
「そうなんだ」
「僕もその例外ではなくてですね。バレンタインデーといわれましても、カトレアさんからのチョコレートを待つべきか、カトレアさんにチョコレートを贈るべきか、迷っているのですよ」
 どっちにしても、カトレアありきなのは変わらないようだ。
「いっそ、チョコの渡し合いでもしたらどうかな」
「渡し合い、ですか」
 逆バレンタイン、なるものが流行しているならば、今までの形式に囚われず、チョコを渡し合ってしまっても構わないのではないか、と若葉は考えたのだ。
 特に、性別の分かれていないチャオならなおさら、その辺りを柔軟に考えられるのではないか、と。
 それを聞いたあずきはしばらくの間考え込んでいたが、やがてポヨを感嘆符に変化させながら、こう言った。
「いいですね、素晴らしいアイデアです! 僕達チャオに性別はありませんが、逆に言えば、贈る側にも受け取る側にもなれる、と。それを両方行ってしまえば、よりカトレアさんと親密になれる、と」
「うん、まあ、そうかな」
 それを実践して、カトレアと仲良くなれるかどうかは保証しない……というか、難しいんじゃないかな。カトレアの性格からして。
 そう言おうとして、思い止まった若葉。背中から伝わる、バレンタインへの期待感に、水を差したくはなかったから。
 もっとも、それを言われた所で、あっさり諦めるようなことはないだろうけれど。あずき君の性格からして。
「ワカバ殿のおかげで明日のバレンタインデーが楽しみになってきました。お互い、頑張りましょう」
「別に、僕は頑張らないよ」
 そういって、くすり、と笑い合った。
 あずきは、期待に満ち溢れた笑顔で。若葉は、若干の苦みを含んだ笑顔で――。

 ――その頃、早苗とカトレアは。
「……で、溶かしたチョコを型に入れます。熱いから気をつけてね」
「ん」
 ボウルに入った、とろとろに溶けたチョコレートを、ハートの型に入れていくという作業をしていた。
 へらを使って少しずつ入れていくのだが、人間のように指がないチャオでは、へらを上手く持つ事が出来ない。
 だから、早苗がカトレアの後ろに回って、へらとカトレアの手を一緒に掴み、一緒に手を動かして作業をしている。
 零さぬように注意しながら、手のひらほどの大きさのハートの型に、チョコレートを入れ終わった。
「よし、後はこれを冷やして、と」
 そういって早苗は、チョコレートの入ったハートの型を冷蔵庫へ入れた。
「じゃ、テレビでも見て待ってよっか」
「ん」
 余ったチョコレートの入ったボウルにラップをかけて、早苗とカトレアはリビングへ移動した。
 ソファに座り、テーブルの上に置いてある一口サイズのお菓子が適当に放り込まれたプラスチックの容器を、自分とカトレアのほうへ引き寄せながらテレビを点ける。
 早苗が点いたばかりのテレビのチャンネルを適当に回している時、カトレアがぽつりと呟いた。
「サナエは、誰かにあげる?」
「あたしは、特に予定はないかな」
 やや言葉足らずなカトレアの質問であったが、早苗はすぐに『バレンタインデーに、誰かにチョコを渡すのか』と言う意味だと理解し、答えた。
 もっとも、今はそのバレンタインチョコの完成を待っている最中なのだから、連想するのは容易だったかもしれないが。
「一応、ワカちゃんには毎年あげてるんだけどね」
「え!」
 ぽよん、とポヨを感嘆符に変化させ、飛び上がらんばかりの勢いで驚くカトレア。
 目を真ん丸くさせて、困惑の眼差しを早苗に向けてくる。よほど、早苗の発言が予想外なものだったのだろう。
 早苗としては『毎年義理チョコをあげている』という趣旨の発言だったのだけれど、そうとわからず注がれるカトレアの困惑の視線は、早苗の悪戯心を刺激した。
「そうだなあ、今年は少し気合入れたやつあげようかな。材料もまだ余ってるし」
 そう言って、早苗はちらりとキッチンへ視線を送る。正確に言えば、先程ラップをかけたボウルの中身に、だ。
「ぁ……ぅ……」
 その様子を、なんともいえない表情で見つめるカトレア。困っているような、怒っているような。いずれにしろ、あまり愉快な気分ではなさそうだ。
 何か言いたげだが何も言えずに押し黙っている様子が、なんともいじらしく感じる早苗であった。
 まあ、あまりやりすぎて嫌われてしまうのも嫌だから、この辺にしておこう。早苗はそう判断し、カトレアの誤解を解くための言葉を付け加える。
 もう少しいじめていたいな、という名残惜しさを感じながら。
「義理チョコでも、手作りだったらいつもより嬉しいもんね、きっと」
「義理、チョコ?」
「うん。まあ、年に一回の挨拶みたいなものだよ」
 それを聞いて幾分安堵したのか、ほっとしたような表情を見せるカトレア。
 ただその表情も、早苗の一言により、すぐに怒気に溢れる事になる。
「だから、心配しなくていいよ、カトちゃん」
「べ、別に心配なんかしてない!」

「やったね、綺麗に出来たよっ」
「……ん」
 冷蔵庫からハートの型を取り出す。その中には手のひらほどの大きさの、ハート型のチョコレートが入っている。
 ハートの型からチョコレートを取り出し、クッキングシートの上に置く。
 その出来映えを見て、早苗は小さく拳を握り、カトレアは小さく頷いた。
 喜びを表す表情も仕草も無いけれど、少なからず満足感を得られているだろう。出来上がったチョコレートをまじまじと見つめるカトレアを見て、早苗はそう思った。
「さて、最後の仕上げに取り掛かろうか」
「え?」
 早苗の一言に対する気持ちを言葉とポヨで表して、流し台の隣で早苗を見上げる。まだ、完成ではないのか、と。
「今からチョコレートに、メッセージを書きたいと思います」
「え?」
 三秒前と、全く同じリアクションである。
 事態を飲み込めないカトレアを尻目に、早苗は一体何時の間に用意したのか、生クリームの入ったコルネを取り出す。
「今からこれを使ってカトちゃんに、ワカちゃんに対するメッセージを書いてもらいます」
「はあ!?」
 早苗の一言に対する気持ちを、やはり言葉とポヨで表す。ちなみに、ポヨは感嘆符だった。
「そんな事する必要ないだろ! これをワカバに渡すだけでいいだろ!」
 小さな手をチョコレートに向けながら、早苗の提案を却下するカトレア。
 カトレアとしては、現段階でバレンタインチョコは完成を迎えた、としたい所だったが。
 早苗が、それを許さなかった。
「ダメだよ!」
「!」
 調理中もずっと笑顔を絶やさなかった早苗が、この日初めて眉を吊り上げた。
「一番大事なのは、気持ちだよ! 気持ちを込めてないチョコレートを貰ったって、ワカちゃんちっとも嬉しくないよ」
「う……」
 右手の人差し指を突き立て、カトレアの目の前に突きつける。そして、たじろぐその顔を、ぐい、と覗き込む。
 叱りつけられたカトレアは、覗き込んでくる早苗の顔を直視する事が出来ず、ばつが悪そうに俯いて押し黙る。
 ぐるぐるとポヨが渦巻き、手をもじもじさせて視線を足元に落とすしか出来ないカトレアは、ほんの数秒の時間さえも息苦しく辛いものに感じた。
 その様子を見て、ふっ、と息を吐いたのは早苗だ。
「ワカちゃんに、喜んでもらいたいでしょ?」
「……うん」
 絞り出された声を聞き、早苗は顔をほころばせる。
 突きつけていた右手で、そのままカトレアの頭をくしゃくしゃと撫でる。『もう怒っていない』という早苗の意思表示だったのだけれど、それはそれで、カトレアにとってはばつが悪そうだった。

「で、なに書けばいいの」
「カトちゃんの今の気持ちを書けばいいんだよ」
 チョコレートの目の前で生クリームの入ったコルネを両手に持ったものの、そこから先に進めないカトレア。
 やはりチャオの手では難しいので、カトレアの手ごと包み込むようにして、早苗が後ろからフォローに回る。
「例えば『大好き』とか」
「そんなこと書かない!」
 頭だけ後ろに向けながら、背後にいる早苗に対してきゃんきゃんと喚く。
 自分の手の中で喚くカトレアを見て、白い歯を覗かせて、にしし、と悪戯っぽく笑う早苗。
 早苗としては、カトレアをからかう事にまんまと成功した格好である。
 もっとも、間違った事を言ったつもりは無いけれど。
「そうだなあ、ワカちゃんにあげるチョコレートだからね。シンプルに『ワカバへ』っていうのはどう?」
「……ん」
 納得したようである。
 自分で提案しておいてあれだけど、無難な結果で少しつまらないな。
 まあ『大好き』であれだけの拒絶反応を見せたのだから『愛してる』なんて死んでも書かないだろうけど。
 そんな早苗の胸の内など知る由もなく、カトレアはハート型のチョコレートの左側、中央よりやや上の部分に、コルネの先端をロックオン。
 失敗してはいけない、と思っているんだろう。コルネを構えるカトレアの緊張が、腕を伝って早苗に届く。
 早苗は、その緊張を解きほぐす事と、先程の約束をきちんと覚えているかどうかの確認の意味を込めて、こう言った。
「しっかり、気持ちを込めて書こうね」
「……ん」
 小さく頷いた後、ゆっくりと生クリームを絞り始めた。黒いチョコレートの上に、白い線で文字を書いていく。
 ほんの少し手を震えさせながら、真剣な眼差しで、頭に思い描く人物の名前を書き込んでいく。
「気持ち……気持ち……」
 気づいているのかいないのか、ぶつぶつと呟きながら作業を進めていくカトレアのポヨはいつの間にか、自身が熱い視線を送るチョコレートと同じ形になっていた。

「――完成っ。やったね」
「……ん」
 カトレアのバレンタインチョコは、今度こそ完成を迎えたようである。
 ハートの形をした黒いチョコレート。その上部に横書きで、少し震えた白い文字で『ワカバへ』と書いてある。
 ついでに、ハートの縁をなぞるように、生クリームをあしらっておいた。
 先程冷蔵庫から取り出した時と同じように、出来上がったチョコレートをまじまじと見つめるカトレア。
「あとは、これを可愛く包んであげようか。カトちゃん、二階のあたしの部屋から、はさみ持ってきてくれるかな。机の上にあるから」
「ん」
 早苗のお願いを短い返事で了承し、流し台から、ぴょん、と飛び降りると、とことこと歩いていくカトレア。
 視界からカトレアがいなくなったのを確認し、早苗は。
「さて、と」
 まだ生クリームが残っているコルネを見ると、白い歯を覗かせて、にしし、と悪戯っぽく笑った。 

「ん」
「おっ、ありがとカトちゃん」
 はさみを持って二階から降りてきたカトレアは、自分の作ったチョコレートに、ちょっとした異変が起きているのに気づいた。
 先程までチョコレートが置いてあった場所にチョコレートの姿は無く、代わりに白くて四角い箱が置いてあったのである。
 恐らく、自分がはさみを取りに行っている間にチョコレートをしまってくれたのだろう、とカトレアは思った。
「さ、これを今から可愛く包むよっ」
「ん」
 そう言って、ラッピングに必要な包装紙やリボンを取り出す早苗。
 白い箱をピンクの包装紙で包み、その上から赤いリボンを巻く。
 二人で協力し数分後には、チョコレートの入った箱は可愛らしく装飾されていた。
 どこに出しても恥ずかしくない、立派なバレンタインチョコレートである。
「バレンタインデー、楽しみだね」
「……ん」
 カトレアは、早苗からチョコレートの入った箱を手渡されると、それを大事そうに握り締めた。

「おかえり」
「おかえりなさい」
 例の如く、早苗が呼び鈴を鳴らす前に自分の声で若葉を呼び寄せると、扉の向こうでぱたぱたと音を立てながら、若葉とあずきが出迎えに来た。
『夕方には帰る』との宣言通り、日が傾き空が赤く染まり始めた頃に、早苗とカトレアは若葉の家に帰ってきた。
「二人で、何をしていたのさ」
「ひ、み、つ。あず君、そろそろ帰ろうか」
 早苗の家で二人がが何をしていたのか、興味津々といった感じの若葉を軽くあしらって、抱いていたカトレアを降ろし、代わりに若葉の足元からあずきを拾い上げる。
 地に降り立ったカトレアは、それとなく若葉の後ろに隠れる。
 自分が、若葉の視界に入らぬように。自分が、チョコレートを手に持っていることを知られてしまわぬように。
「じゃあ、またね」
「サナエ」
 早苗がそそくさと帰ろうとした時、カトレアがそれを呼び止めた。
 早苗は一度外に向けた身体を反転させ、カトレアの次の言葉を待つ。
「……ありがと」
「どういたしまして」
 何のことに対してのありがとうなのか瞬時に理解した早苗は、笑顔で返した。
 何のことに対してのありがとうなのか全くわからぬ若葉とあずきは、頭に疑問符を浮かべた。あずきの場合は、文字通り。
 頭上でぽよぽよと疑問符を揺らすあずきを抱きかかえて、早苗は帰っていった。

 …

「さて、と。ねえカトレア、二人で何をしていたのさ」
 遠ざかっていく早苗の後姿を見送り、扉を閉めて鍵をかける。そして、扉に背を向けながら、若葉はすぐ後ろにいるであろうカトレアへ向けてそう切り出した。
 早苗から聞き出せないのであれば、カトレアから聞き出そう、という魂胆である。
 しかし、すぐ後ろにいるだろうと思い振り返った若葉の前に、カトレアはいなかった。
 どこに行ったのかと思い、リビングへ向かい、きょろきょろと辺りを見回す若葉。すぐにカトレアを見つける事が出来た。
 カトレアは、台所にいた。
 小さな身体で、えっちらおっちらと冷蔵庫上部へよじ登っている。そして冷蔵庫を開け、手に持った何かを奥の方へ押し込んでいるように見える。が、若葉のいる位置からではよく見えない。
「カトレア、何しているの?」
 カトレアに届くように、少しばかり大きな声量でカトレアに呼びかける若葉。
 すると、ポヨを感嘆符にしながら振り向き、慌てて冷蔵庫の扉を、ばたん、と音を立てながら勢いよく閉める。小さな身体で器用なものだ、と若葉は思った。
 冷蔵庫から、ぴょん、と飛び降りると、ぱたぱたと若葉に向かって走ってくる。
 若葉が、一体何をしていたのかと問う間もなく、カトレアは声を上げる。
「み、見た!?」
「何を?」
 今カトレアがなにをしていのか、全く見当がつかない若葉は、そう答えるしかなかった。
 質問の内容からして、自分に見られたら困るような事でもしていたのだろうか、と推測する若葉。
 気になるといえば、早苗の家で二人が何をしていたのかも気になる。教えてくれる見込みは限りなく少ないだろうけど、とりあえず聞くだけ聞いてみよう。
 そう思い、再度『今日は二人で何をしていたのか』と言う質問をぶつけようとしたが、またもカトレアの言葉によって、若葉に質問する時間は与えられなかった。
「ワカバ! 今日は絶対に冷蔵庫を開けるなよ!」
 僕がチャオだったら、頭の上に疑問符が何個も浮かんでいただろうな。そんな事を考える若葉。
『冷蔵庫を開けるな』とは、一体どういうことなのだろうか。
「冷蔵庫を開けるなって、なんで?」
「なんでも!」
「喉が渇いたときは?」
「わたしが飲み物取ってやる!」
「開けちゃダメなのは、僕だけ?」
「ワカバだけ!」
「でも……」
「……おねがい……」
 いかんせん『冷蔵庫を開けるな』などという命令は聞いたことが無かったから、若葉はその真意を図ろうとして、つい色々聞き返してしまった。
 その内にカトレアは高圧的な態度を崩して『冷蔵庫を開けるな』という命令は、いつの間にかお願いになっていた。
 しゅん、と俯いて、上目遣いで若葉の顔色を伺うカトレア。
 理由はわからないけれど、そのお願いを断る理由は、どこにもない。
 若葉は、しおらしくなったカトレアに、囁く様な口調で言った。
「わかった。開けない。僕が冷蔵庫を開けそうになったら注意してね」
「……ん」
 若葉の答えに、カトレアは納得したようである。
「さっき、丸い木の実買ってきたんだけど、食べる?」
「ん」
 短く返事をすると、カトレアはとことこと歩いていく。
 羽を使ってジャンプすると、ソファに、ぽすん、と座り込んだ。
 若葉は台所へ向かい、あずきと買い物に行ってきたときに買ってきた丸い木の実を取り出す。
 ふと、リビングへ視線を向けると、カトレアがソファの背もたれの上から、大きな目だけを覗かせて若葉を見ていた。
 若葉と目が合った瞬間、ひょいと頭を下げて隠す。
 いくら僕が普段ぼーっとしていると言っても、さすがに一分も立たないうちに約束を忘れたりはしないよ。
 若葉は心の中で苦笑しながら、丸い木の実をカトレアの元へ持っていった。

 …

 ……

 ………

 反転して台所へ向かい、牛乳を取り出そうとした所で僕は――。
 ――冷蔵庫の扉へかけた手を止めた。
 今日の夕方に、カトレアと交わした約束を思い出したからだ。
『明日まで僕は冷蔵庫を開けてはいけない』という約束を。
 今なら、カトレアはいない。黙って開けてしまっても、きっとばれないだろう。でも。
「開けるわけにはいかないよね」
 当然、カトレアとの約束を破るわけにはいかない。何を隠しているのかは、気になるところではあるけれど。
 仕方なくココアの持参を諦め、手ぶらで自室へ向かう。僕の部屋ではきっと、カトレアがすねているはずだ。
 部屋に入ったら、どのように声をかけようか。久しぶりに、お風呂にでも誘おうかな。
 そんな事を考えながら、僕は階段を上がっていった。
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〜チャオの奴隷〜 第七話
   - 10/2/14(日) 10:49 -
  
 …

 二月十四日(日)

「おはよう、カトレア」
「……ん……」
 僕の挨拶に、一応は返事をしてくれたカトレア。しかし、放って置けばすぐにまた寝てしてしまいそうである。
 立ち上がり、掛け布団を取り払う。同じ布団で寝ているから、当然カトレアの身体にかかっている布団も取り払われる事になる。
 寒さから身を守ってくれていたものが無くなり、ぷるぷる震えて布団の上で身を縮こまらせるカトレア。
 気持ちはわかるけど、僕は心を鬼にしなければならない。
「ほら、布団畳むから起きて」
 僕は敷布団の端を掴むと、ぐい、と持ち上げる。敷布団の上に乗っていたカトレアの身体もある程度持ち上げられた後、斜面に放たれたボールのように、ころころと転がって布団の範囲外に放り出された。
 その様子もさることながら、ここまでされてもなお起き上がる様子のないカトレアを見て、僕は笑みを漏らさずにはいられなかった。
「朝だよー、起きてー」
 布団を畳みながら呼びかける。しつこく声を出していると、ようやくのそのそと起き上がった。
「おはよう、カトレア」
「……おはよう……」
 改めての挨拶に、カトレアは眠い目を擦りながら返事をしてくれた。放って置けばすぐにまた寝てしまいそうな様子は変わらない。
 それもそうだろう。一緒の布団で寝ているからわかるのだけれど、カトレアは昨晩、なかなか寝付けなかったようだ。
 夜中に何度も、寝ては起き上がり、寝ては起き上がりを繰り返していた。カトレアの寝息が聞こえてきたのは、消灯してから随分時間が経ってからだったと思う。
 だから、僕もちょっぴり、寝不足気味だ。
「昨日は、あんまり眠れなかったの?」
 布団を畳み終えると同時に、そう尋ねた。
 するとカトレアは、こう言った。
「ん……緊張、したから」
「緊張?」
 カトレアの呟いた言葉の意味を図りかねて、僕は聞き返した。すると。
「いや、なんでもない!」
 今の今まで寝惚け眼だったのが嘘のように、カトレアは突然、声を荒げた。
 そして慌てて駆け出していき、数秒後には僕の前から居なくなってしまった。一階に降りて行ったようだ。
 起床直後のカトレアがあんなにてきぱき動くなんて珍しいな。一体、どうしたのだろう。
 そんな事を思いながら、僕は着替えるために、薄緑色のパジャマの首元についているボタンに手をかけた。

「もう開けていいの?」
「ん」
 着替えや洗顔など、朝の身支度を済ませて一階へ降りた僕は冷蔵庫の前に立ち、すでに朝食の用意された食卓に着いているカトレアに確認した。
 もう、僕が冷蔵庫を開けてもいいのか、という確認だ。
 カトレアからの許可が下りたので、僕は冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出し、喉を潤す。
 その際、冷蔵庫の中をほんの少し詮索するように見回した僕を、どうか責めないでほしい。昨日交わした約束の意味を知りたい、という欲求に勝てなかったのだ。
 勿論、冷蔵庫の中には変わった物など入っておらず、だからこそカトレアは僕に冷蔵庫の開扉許可を下したのだろうけれど。
 喉を潤すのに使用したコップを片付けて、一足遅れて食卓に着く。カトレアの、隣の席に。
 その際、カトレアが何かを自分の身体の陰に隠したような気がしたのだけれど、気のせいだろうか。

 朝食を食べ終わった僕とカトレアは、一緒にテレビを見ている。
 流れているのは、カトレアが毎週欠かさず見ている、女の子向けのテレビアニメ。主人公の女の子が正義の味方に変身し、敵と戦ったり、恋をしたりするといった内容だ。
 一緒に見ているといっても、僕はソファに寝転がって漫画を読んでいるから、あまり真剣に見ていない。音だけ聞いているような状態だ。
 アニメを見始めてから、二十分弱ほど経っただろうか。アニメのストーリーが終盤に差し掛かった頃に、ふと視線を漫画からテレビに移すと、主人公の女の子が好きな男の子にチョコレートを渡しているシーンが目に入ってきた。
 それを見て、そういえば今日はバレンタインデーだったということを思い出す。アニメのストーリーもそれに合わせて、バレンタインをテーマにしたお話だったのだろう、よく覚えていないけど。
 昨日あずき君に『早苗から毎年貰ってる』と話したけれど……多分今年はもらえないだろうな。
 今までは登下校中や学校で会った際にに小さなチョコを渡してくれていたけれど、今年のバレンタイン、つまり今日は、日曜日。学校はない。
 つまり、早苗と会う機会がないのである。もちろん昨日のように休日に早苗と会う可能性は零ではないけれど、少なくとも今はそんな予定はない。
 まさか、早苗もわざわざチョコレートを渡しに来たりはしないだろうし。
 僕がそう決め付けるのは、僕の中で『早苗にとって僕にチョコレートを渡すことはそれほど重要ではない』という認識があるからだ。
 明日、学校であった際に『昨日はワカちゃんと会わなかったから渡さなかったよ』と笑顔で言う早苗の顔が目に浮かぶ。いや、むしろ、そんな一言もないだろうな。
 だから、今年はきっと貰えない。それでいいはずなのだけれど。
 ――ちょっぴり寂しい、と感じるのは何故だろう。
 そう思った途端、頭の中で『別に寂しくない』とか『チョコレートなんて欲しくない』などという文章が瞬時に構築される辺り、僕もカトレアのことをとやかく言えないなぁ、と自嘲する。
 まったく、二人揃って、素直じゃない。
 ペットは飼い主に似ると言うけれど、チャオも育て主に似たりするのかな。
「……逆バレンタイン、か」
 誰にも聞こえないような小声で、昨日あずき君に教えてもらったばかりのフレーズを呟く。
 貰えないなら、いっそ贈ってしまえ、という事なのだろうか。確かに、伝えたい気持ちがあるのは女の子だけではないだろうから、男の子がチョコレートを贈ると同時に気持ちを伝えたって別にいいではないか、という気もする。
 もっとも、僕は別に、誰かに伝えたい気持ちがあるわけではないけれど。
 ただ早苗には、義理とはいえ毎年チョコを貰っている。
 たまには、お返しした方がいいのかな。そういえば、昨日買って来たチョコレートがまだ――。

「わ、ワカバ!」
 急に名前を呼ばれた僕は、夢から現実に無理矢理引っ張り込まれたような感覚に陥った。
 寝転がっていた身体を起こして、声の発信源を見つける。無論、カトレアだ。
 いつの間にかさっきのアニメは終わり、つけっぱなしのテレビは、今は後続の特撮ヒーローものの番組を流していた。
 手に持っている漫画を閉じて、カトレアの言葉に耳を傾ける。
「なに?」
「えっと、うんと」
 さっきまで座っていたソファから降りて、絨毯の上から僕を見上げるカトレア。
 両手を背中に回して、もじもじしながら、何かを言いたそうに視線を送ってくる。
 口をもごもごさせて、小刻みに身体を揺らして……。喉まで出掛かっているのに、最後の一息が足りずに言葉が出て来ない。そんな様子だ。
 僕は黙って、カトレアの次の言葉を待った。
「えっと、うんと、ち、ち」
「ち?」
「ちょ、ちょ」
「ちょ?」
 頑張れ、もう一息だ。
「ちょ、ちょ……チョンチンアンコウに食われて死ねー!」
 そう叫ぶと、脱兎の如き勢いで駆け出し、あっという間に見えなくなった。
 叫んだ言葉の意味も、何が言いたかったのかもわからないけれど、言わんとしていたことを言えなかったのだろうなあ、ということは想像に難くない。
 ――本当に、素直じゃない。

 昼食を食べ終わり、二階の自室で宿題をこなしている時だった。
「わ、ワカバ!」
 背中から、カトレアの声が聞こえた。
 椅子を百八十度回転させ、声の主の姿を確認する。
 先程と同じように、両手を後ろに回し、もじもじしながら、物凄く何かを言いたそうに僕を見つめるカトレア。
 カトレアにとっては、リベンジの舞台といっていいだろう。カトレアが何を言いたいのかはわからないけれど、しっかりと受け止めてあげよう。
 そう思い、カトレアの言葉を聞き漏らさぬよう、神経を尖らせる。カトレアの緊張が、僕にも伝わってくるようだ。
「えっと、うんと、ち、ち」
「ち?」
「ちょ、ちょ」
「ちょ?」
 頑張れ、もう一息だ。
「ちょ、ちょ……」
「カトレアさん! 僕とチョコレートの渡し合いをしましょう!」
 突然鳴り響いた、僕のものでもカトレアのものでもない声。この声は。
「あずき君、いつの間に」
「ワカバ殿、こんにちわ」
 あずき君だった。
 一体いつの間にやってきたのか。気配を一切感じさせない忍者のような登場の仕方だ。
 そういえば昨日、あずき君とバレンタインの話をしたな。確か、僕が『お互いにチョコレートの渡し合いでもしたらどうか』と提案したんだ。
 どうやら、実行に移しにきたみたいだ。早苗は、一緒ではないみたい。
「何でお前がいるんだ!」
 背後を取られて不覚、というわけではないだろうけれど、カトレアはいつの間にか後ろに立っていたあずき君に対し怒鳴り散らした。
「カトレアさんがいらっしゃる場所なら、例え火の中水の中エトセトラ。何処へだって馳せ参じてみせます。さあ、カトレアさん。ハッピーバレンタイン」
 そう言って、手に持った何かをカトレアへ向けて差し出すあずき君。
 あずき君と同じような色をした、手のひらほどの大きさの箱だった。赤いリボンがあしらってある。
 今のセリフから察するに、あずき君が用意した、カトレアに対するバレンタインチョコなのだろう。
「いるか!」
 ばっさりと拒絶したカトレア。しかし、あずき君は全くひるむ様子はない。
「照れなくてもよろしいですよ、カトレアさん。その手に持っているもの、僕にはわかっています」
 ぷんぷんと両手を振り回して怒っていたカトレアだが、あずき君の言葉を聞いた途端、ピタリとその動きを止めた。
 僕も今気がついたのだが、確かにカトレアは右手に何か持っていた。ピンク色をした、これまた手のひらほどの大きさの箱だった。
 あずき君が持ってきた箱と同じように赤いリボンが巻かれていて、可愛らしく装飾されていた。確かに誰かへのプレゼントのように見える。
「僕のために用意してくれたんですよね。うれしいです」
「違う! これは……」
 そう言って僕の方を見るカトレア。僕もカトレアを見ていたから、自然と目が合う。
「ぁ……ぅ……」
 壊れかけのオルゴールみたいに、小さな声を途切れ途切れに漏らすカトレア。
 しばらくの間、固まってピクリとも動かなかったカトレアだったが。
「ワカバのバカ! バカワカバ!」
 そう叫ぶと朝と同じように、脱兎の如き勢いで僕の部屋から飛び出して行ってしまった。
「あっ、待ってカトレアさん! 徒競走ですか、負けませんよ!」
 カトレアに負けない勢いで、あずき君もその後を追うのだった。
 あっという間に一人になった僕は、すぐにカトレアの後を追おうと思ったのだけれど。
「……宿題、まだ終わってないんだよね」
 心の中でカトレアに謝りつつ、椅子を再び百八十度回転。宿題との格闘を再開した。
 あずき君も一緒だし、大丈夫だろう、多分。それにしても――。
 ――あれは、誰に対するプレゼントなんだろう。

 僕が宿題を終えて一階のリビングに下りてきたのと同時に、カトレアが帰ってきた。どうやら、家の外にまで飛び出して行ったらしい。
 あずき君の姿が見えないのでどうしたのか尋ねたところ、早苗の家に帰っていったという。
 そして、僕が見たときはあずき君が持っていた箱をカトレアが左手に持っていたので、それはどうしたのかと尋ねると。
「『受け取るまで帰らない』って言うから、受け取るだけ受け取ってきた」
 そう言って、ぽい、とソファの上に放り投げた。
 残念ながら、僕があずき君に提案した『チョコレートの渡し合い』とはならなかったようだ。
 逆バレンタイン、という形になるのだろうか。あずき君は、男の子っぽいし。
「わ、ワカバ!」
 ソファに放り出された箱を拾いながらそんな事を考えていると、本日三度目のカトレアの挑戦が始まった。
 両手を背中に回して、もじもじしながら、早く言って楽になりたいというような表情を僕に向けてくる。
「えっと、うんと、ち、ち」
「ち?」
「ちょ、ちょ」
「ちょ?」
 頑張れ、もう一息だ。
「ちょ、ちょ……チョモランマで遭難して死ねー!」
 そう叫んで、二階へ駆け上がっていくカトレアだった。
 三度目の正直、とはならなかったようだ。

 その後も、幾度と無くカトレアは僕に何かを言おうとするのだが、どうしても上手くいかない。
 あとほんの一息、とうところでつまづいてしまう。
 何を伝えたいのかわからないけれど、そんなに言いづらいことなのだろうか。
 ここまで何度も何度も言いに来るのだから、絶対に伝えておきたい事には間違いないのだろうけれど。
 言いたい事が言えず、言いたい事がわからず、お互いにもどかしいと感じながら時間は進み――。
 ――僕とカトレアは、今日という日を終わらせようとしていた。
 
 午後十時。パジャマに着替えて、歯を磨いて、布団を敷いた。
 あとは、消灯して寝ればいい。
「カトレア?」
「……」
 布団の中にすっぽりとくるまったカトレアに声をかける。返事はない。
 僕が布団を敷いた途端、もぞもぞと布団に潜り込んでからずっと、だんまりである。
 完全にふてくされてしまっている様に見える。
「電気消すよ、いい?」
「……」
 ここで消灯すれば、後は寝るだけである。何か言いたい事があるのなら今言って欲しい、というメッセージだったのだけれど、カトレアからの返事は無かった。
 仕方なく、電灯からぶら下がっている紐を引っ張り電気を消した。
 真っ暗闇の中、カトレアを布団から追い出してしまわぬように、ゆっくり布団の中に入る。
 何も見えない闇の中。何も見えない静寂の中。
 真冬の寒さを感じながら、布団の中で身を縮こまらせて、僕は目を瞑り、意識はまどろみの中へ溶け込んでいく――。
 ――わけには、いかなかった。
「ひっく……ひっく……」
 夢の世界へ溶けかかっていた僕の意識を現実の世界に繋ぎ止めたのは、懐から聞こえてきた嗚咽だった。
 カトレアが、泣いている。
 このまま今日を終わらせてしまったら、絶対に後悔する。そう信じて疑わない。
 僕は立ち上がり、電気をつけた。突然明るくなったせいで、少し目が眩む。
 目が慣れるのを待ってから、布団から這い出て、正座をし、カトレアに呼びかける。
「カトレア。起きてるよね」
「……」
 返事はない。けれど、絶対に起きている。泣いていたのだから。
「カトレア。僕に、何か言いたい事があったんだよね。今、話してくれないかな」
「……」
 返事はない。カトレアは僕に背を向けて、布団にくるまったままだ。
 そのままお互い何も言わず、時間だけが過ぎていく。
 ほんの数分であっただろうが、僕にとっては息苦しい時間であり、カトレアにとってもそうであろうと思う。
 静寂が支配する中、重苦しい空気を跳ね除けるように、僕は言った。
「話してくれるまで、ずっと待ってるから」
「……」
 返事はない。でも、僕は待ち続ける。
 カトレアが話してくれるまで、ずっと待ち続ける。夜が明けるまでだって、ずっと。

「……ワカバ……」
 のそのそと、カトレアにとっては大きな掛け布団を跳ね除け、僕のほうへ体を向けるカトレア。
 その表情はいつもの強気な表情ではなく、弱々しく、すっかり意気消沈してしまっているようだった。
 こんなカトレアは、僕の知っているカトレアではない。はやく、元気を取り戻してもらわないと。
「何でも聞くからさ、何でも話して。ね」
「……ん」
 カトレアは、後ろから何かを取り出した。
 昼間に見かけた、ピンクの可愛らしい箱だった。布団の中で、大事に抱えていたらしい。
「わ、ワカバ!」
 さっきまでの弱々しい表情ではなく、いつもの凛々しい表情で僕の名前を叫んだ。
 両手でしっかりと箱を握り締め、もじもじしながら、カトレアは言葉を絞り出す。
「えっと、うんと、ち、ち」
「ち?」
「ちょ、ちょ」
「ちょ?」
 頑張れ、もう一息だ。
「ちょ、ちょ……チョコレート作った! 食え!」

 引っくり返って上ずった声で、カトレアは確かにそう言った。
 ずい、と両手でピンクの箱を差し出してくるカトレア。
 それを両手で受け取りながら、混乱する頭で確認する。
「チョコレートって、僕に?」
「ん!」
 ぎゅっと目を瞑って、一回だけ激しく首を縦に振ったカトレア。
 僕の顔など見ていられない、といった感じで、思いっきり視線を布団に落としている。
 その頬にうっすらと赤みが差しているように見える――。
 ――そうか、カトレアは、僕にバレンタインチョコを渡そうとしてくれていたんだ。
「開けるね」
 一応、断りを入れてから開封作業に入る。
 リボンを外し、包装紙をなるべく破かないように取り外し、中の白い箱を開ける。
 中に入っていたチョコレートを見て、僕は、それはもう驚いた。
 ハート型のチョコレートの上に、生クリームで書かれた白い文字が躍る。
 これは、手作りチョコレートというものではないだろうか。
「これ、カトレアが作ったの?」
 驚きのあまり、僕の声も引っくり返っていたと思う。
「ん……。サナエと一緒に作った」
 なるほど、早苗が手伝っていたのか。
 と、いうことは、昨日早苗がカトレアを連れ出したのは、このチョコレートを僕に内緒で作るためだったのか。
 そしてこのチョコレートを冷蔵庫に隠していたから、カトレアは昨日僕に、冷蔵庫を開けてほしくなかったんだ。
 全てに合点がいくと、どっと力が抜けた気がした。同時に、すごくほっとした。
 カトレアはというと、さっきから俯いたまま、ちらりちらりと僕の顔色を伺っている。カトレアがこんなに頑張ってくれたのだ、早く何か言ってあげないと。
 嬉しすぎてパンク気味の頭を無理矢理動かし、かけるべき言葉を考える。
 とにかく、カトレアの気持ちには応えておこう。
「僕もカトレアのこと、大好きだよ」
 照れくさかったけれど、ほんのちょっぴりの勇気を絞って、僕の気持ちを伝えた――。

 ――しかし、カトレアのリアクションは、僕が想像したものとは少し違った。
「は、は、は、恥ずかしいこと言うなー!」
 僕の言葉を聞いた途端、目を真ん丸くして、ぴーぴーと騒ぎ立てるカトレア。
 とことこと僕の元へ駆け寄り、僕のお腹をぽこぽこ叩く。何にでもいいから感情をぶつけていたい、といった感じだ。
「え、でも。カトレアが書いてくれたんじゃない」
 僕はチョコレートの入った箱を、中のチョコレートが見えるようにカトレアに見せた。
 ――チョコレートの上のほうに『ワカバへ』の文字。そして、その下に『大好き』の文字が書かれていることを、思い出せるために。
 それを見たカトレアは、ぎょっ、とした表情を見せてから、
「知らない! 私じゃない!」
 首を横にぷんぷん振りながら、そう言った。
「そうなの?」
 カトレアは『書いたのは自分ではない』という主張を頑として崩さないみたいだけれど。
 多分、照れ隠しなんじゃないのかな。
 カトレアは、素直じゃないから。
「わかった! きっとサナエが勝手に……むぎゅ」
 カトレアが何か言おうとしたけれど、構わず抱き寄せた。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「……ん」
 僕の胸の中で、カトレアは小さく呟いた。

「そうだ、ちょっと待ってて」
「どこいくの?」
「すぐ戻るから」
 はやる気持ちを抑えてチョコレートの入った箱をひとまず手放し、僕は部屋を出た。
 家族はみんな寝てしまっているから、当然僕の部屋以外の電気は全て消えている。転げ落ちてしまわないように細心の注意を払いながら、ゆっくり階段を下りていく。
 一階に辿り着いたら、目指すは台所だ。暗闇の中、何とか辿り着き、流し台の上に設置されている電灯を点ける。
 あんまり待たせるのも悪いから、さっさと作ってしまおう。
 暗闇の中、一本の電灯を頼りに、僕は早速作業に取り掛かった。

「おまたせ」
「ん」
 暗闇の中、階段を上がっていくのはなかなか大変だった。
 ――それも、両手がココアで塞がっていたら、なおさら。
「はい、どうぞ。僕からのバレンタインチョコレート」
 白い湯気を立ち上らせた、ホットココアの入ったカップをカトレアに差し出す。
 それだけなら、きっとカトレアは素直に受け取ったと思う。
 しかし、その直前に僕が言った『バレンタインチョコレート』のフレーズが気になるのだろう。
 カトレアは警戒し、カップをじろじろ見つめてから、こう言った。
「……ただのココアじゃん」
「まあまあ、一口飲んでみてよ」
 怪訝な表情を見せつつも、僕に促されるまま、差し出されたカップを両手に持ち、傾ける。
 一口目を飲み終えて、しばらくした後。
「……甘い……」
 少し驚いた様子で、呟いた。
 予想通りの感想を得られて、僕は自然と顔がほころぶ。
 暗闇の中、階段という難所を乗り越え苦労して持ってきたこのココアには、昨日あずき君との買い物の際に買ってきた、ミルクチョコレートを溶かしてあるのだ。
 カトレアが作ってくれた、手作りチョコレートにはかなわないかもしれないけれど。
 これが僕の、カトレアに対する、ささやかなバレンタインチョコレートだ。
「チョコレート混ぜてみたんだ。どう、おいしい?」
「……ん」
 ちびちびと、少しずつココアを流し込むカトレアのポヨが、カトレアが作ってくれたチョコレートと同じ形になっている。それが、答えだった。
 箱を手に取り、中からチョコレートを取り出す。その出来映えを、改めて見てみる。
 カトレアが、僕のために作ってくれたチョコレート。
「いただきます」
 寝る前に甘いものを食べるのは、よくないことだとはわかっているけれど――。
 ――今日だけは、許して欲しい。
引用なし
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〜チャオの奴隷〜 第七話
   - 10/2/14(日) 10:50 -
  
 …

 二月十五日(月)

「おっす、ワカちゃん」
「おはよう」
 バレタインデーの翌日。
 登校途中、交差点で信号待ちをしていると、後ろから声を掛けられた。振り向かなくともわかる。早苗だ。
「昨日さ、バレンタインだったじゃない。チョコレート、貰った?」
 ショートヘアの髪を揺らして、横から僕の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
 その、興味津々、といった感じの笑顔が、一昨日のあずき君に似ていると思った。
 いや、やっぱり『チャオは育て主に似る』と言う事なのかもしれない。
「もらったよ、ひとつだけ」
 無論、昨晩にカトレアから貰ったチョコレートのことである。
「誰から誰から」
 わかってるくせに。
「カトレアから」
「おっ、カトちゃん、ちゃんと渡せたんだ」
 早苗も、もう隠すつもりはないらしい。一昨日、カトレアと一緒にチョコレートを作ったことを。
 手作りチョコレートを渡そうとしてくれたのは、間違いなくカトレアの気持ちだろう。
 でも、カトレア一人ではきっと難しかったはずだ。早苗の協力が無かったら、あのチョコレートは完成しなかったに違いない。
 ちゃんと、お礼を言わなければ。
「一昨日さ、カトレアのこと手伝ってくれてたんだよね。ありがとう」
「どういたしまして。でも、一番頑張ったのはカトちゃんだから。ワカちゃんに喜んでもらいたい、って」
「うん。すごく嬉しかった」
 僕がそう言うと、
「よかった」
 早苗は、にっこり笑った。

 ふいに、静寂が訪れる。
 信号はまだ赤のまま。今日の信号待ちは、やけに長い気がする。
 そしてこういう時に限って、珍しく早苗が無口だ。
 普段ならこういう状況で、昨日見たテレビの話とか、どうでもいいようなことを捲くし立ててくるはずなのに。
 ただそのおかげで、僕としては話を切り出しやすい状況ではある。
 上着の右ポケットに右手を突っ込む。今朝、家を出る前に忍ばせてきたものがあることを確認する。
 よし、言おう。
 決心を固め、早苗に話しかけようとしたときだった。
「ワカちゃん、はい。一日遅れのハッピーバレンタイン」
 突然、早苗に左手を取られ、何かを渡された。ピンクの包装紙に包まれて、赤いリボンがあしらわれた、手のひらほどの大きさの箱。
 中を開けてみないとわからないけれど、今の台詞から察するに――。
「手作りチョコレートだよっ。カトちゃんとチョコレート作った時の余りで作ったんだけどね」
 推測は、確信に変わった。手渡されたのは、早苗からのバレンタインチョコレート。
 正直、このタイミングで渡されるなんて……というより、今年も僕にチョコレートを渡してくれるとは、全く思っていなかった。
 それも、手作りの。
 カトレアのチョコレートを作った時の余りということを強調していたけれど、それでも。
 早苗が気持ちを込めて作ってくれた事には、変わりないんじゃないだろうか。
 貰えないだろうな、と思っていたものを突然貰い、僕の思考回路が少し鈍る。
 正直に言えば、嬉しいのだと思う。けれど、何故だかそれをすんなり認める事の出来ない僕がいる。
 一体何が嫌なのだろう。『早苗からチョコレートをもらえて嬉しい』という、ただそれだけのはずなのに。
 簡単な話だ。
 ――素直じゃないのだ、僕も。
「くれるなら、何で昨日くれなかったのさ」
 だから、真っ先にお礼を言う事もせず、こんなことを口走ってしまった。
 僕のためにチョコレートを作ってきてくれた早苗に言うべき言葉ではない。でも、後悔しても吐き出した言葉は取り消せない。
 日曜日に、わざわざ僕の元へチョコレートを持ってくるまでもない。どうせ月曜日に会うのだから、そのときに渡す。それが普通だ。
 なのに、何でそんな事を言ったんだ、と数秒前の自分を心の中で叱責する。
 そんな僕に、早苗は笑顔で言った。
「『ワカバにチョコレートをあげたい』って言い出したのはカトちゃんだから、カトちゃんに最初に渡してほしかった、っていうのと」
「うん」
「『今年は貰えないのかな』って思わせた後に渡した方が、ワカちゃん喜ぶかな、って」
「……」
 心のうちを全て読まれていたような気がして、なんともいえない敗北感に襲われる。
 にしし、と白い歯を覗かせて笑う早苗を前に、僕は何も言えなかった。
 言うとすれば、この言葉しかないのだけれど。僕には言えない。絶対に言えない――。
 ――その通りだったよ、なんて、口が裂けても言えない。
 僕は、素直じゃないから。

「あ、信号青になったよ。行こう」
「あ、待って」
 歩き出そうとした早苗を呼び止める。
 早苗は、きょとん、とした表情で僕の言葉を待っている。
 僕も、さっさと渡して楽になりたい。その一心で、上着の右ポケットに入れっぱなしだった手を引き上げる。
 もちろん、中に忍ばせていたものをしっかり掴んで。
「これ。その、僕も、一日遅れのハッピーバレンタイン」
 ぼそぼそと呟くようにして、なんとか絞り出した。
 恥ずかしくて、とてもじゃなけど早苗やあずき君のように、にこやかな笑顔は作れそうにない。今も、これからも。
 そんなぎこちないお祝いメッセージと共に僕が差し出したのは、黒っぽい箱に一口サイズのチョコレートが五種類詰まった、一箱三百円ほどのチョコレート。
 早苗やカトレアがしてくれたような、可愛らしい装飾など一切ない、買ったままのチョコレート。
 早苗の手作りチョコレートを受け取った後に渡すのは、少し気が引けるのだけれど。
「えっと、あずき君がね。男の子の方からチョコレートをあげる、逆バレンタインっていうのが流行ってるっていうから、その。早苗からは、毎年貰ってたから、その」
 チョコレートを渡すだけなのに、何でこんなに顔が熱くなるんだろう。
 早苗の顔を見る事が出来ず、前方右斜め下辺りに視線を彷徨わせる。
 今の僕は、昨日のカトレアと全く同じだ。
 右手を差し出したまま、僕は早苗の反応を待つことしか出来なかった。
 すると右手から、するり、と握っていた箱が引き抜かれ、早苗がチョコレートを受け取ってくれたことがわかった。
 それと同時に。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「……ん」
 まっすぐぶつけられたその言葉に、僕は胸をなでおろす。
 ずっと視線を逸らしているのも失礼だと思って、ほんの少し視線を上げる。花のような笑顔が、そこにあった。
 どうしても照れくさくて、早苗の顔を長く見ていられない。上げた視線をうろちょろさせながら、右手の人差し指の爪で、熱くなっている右の頬をいじる。
 そして、思い出した。
 僕はまだ、早苗がくれたチョコレートに対してのお礼を言っていない。
 しょうもない意地のせいで、僕はさっきお礼を言いそびれたのだ。
 早く言わなければ。そう思って、感謝の言葉を口にしようとした時だった。
「あー、赤くなってるっ」
 心臓が、どきり、と大きく鼓動した。
 突然大きな声をあげられたから、というのもあるけれど、一番の原因は『赤くなってる』という一文だ。
 そんなに大きな声でからかわれるほど、僕の頬は赤くなっているのだろうか。そう思うと、ますます顔が熱くなってくる。
 でも、早苗は僕の頬を見て『赤くなってる』と言ったのではなかった。
「話してたら、信号赤になっちゃったよ。遅刻しちゃう」
 さっき青になったはずの信号が、赤になっている。それを見て、早苗は『赤くなってる』と言ったのだ。
 信号が青になった時、早苗を呼び止めたのは僕だ。とりあえず横断歩道を渡って、それからチョコレートを渡せばよかったのに、と後悔する。
 このまま二人揃って遅刻したら、百パーセント責任は僕にある。
「ワカちゃん、走るよ」
「え」
 早苗は左右を確認し、車が来ていない事を確認すると、左手で僕の右手を取り、駆け出した。
 赤く光る信号機を無視し、僕の意思を確認せずに。
 お互い、渡し合ったチョコレートを片手に持って、力強く地面を蹴って走る早苗と、問答無用で引っ張られる僕。
 ――完全に、お礼を言うタイミングを逃してしまった。
 今度、きちんとお礼をしよう。
 赤いコートをはためかせて走る早苗の後姿を間近で見ながら、僕は――。
 ――三月十四日に、一体何を贈れば早苗は喜んでくれるだろうかと、考え始めた。
引用なし
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〜チャオの奴隷〜 第七話 おまけ
   - 10/2/14(日) 10:53 -
  
 第七話 おまけ

 ――若葉とあずきが、買い物を終えた帰り道。
「バレンタインデーといえばですね」
「ん?」
「最近は、バレンタインデーに男性から女性にチョコレートを贈るという……逆バレンタイン、なんてものが流行っているそうですよ」
「逆バレンタイン?」
「ええ。アンケートによると『男性からチョコレートを貰って嬉しいか』との質問に『嬉しい』と答える女性が非常に多いようですよ」
「へえ、そうなんだ」
「はい。――ただし『イケメンに限る』そうです」
「そ、そうなんだ……」
引用なし
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宏作品への感想はコチラへ
   - 10/2/14(日) 10:55 -
  
 今回で第七話目となります、チャオの奴隷。いかがだったでしょうか。読んで下さった方にバンクーバー五輪級の感謝の気持ちを捧げます。
 ちなみに、第一話〜第六話は『第二期週刊チャオライブラリー』にて読む事が可能になっております。
 ライブラリー管理者の方々に感謝しつつ、もし『第一話〜第六話をまだ読んでない』と言う方がいましたら、今回のお話を読む前にそちらの方を先に読むことをお勧めします。お時間があるときにでも、ね。

 ……えー、いきなり宣伝から始まってしまいましたね、すみません(苦笑)。
 最近、またチャオ小説が賑わいを見せていますね。新人作家の方が登場したり、常連の作家の方が新作を投稿したり。
 周りを見ると、レベルの高い作品ばかりで、尊敬の念は勿論ですが、ジェラシーを感じる事も多々あります。
『自分もこんな作品を書きたい』と、そう思わせる作品が周囲に溢れている。とても幸せな事だと思います。
 ですが、無理して背伸びをして、それらの作品に追いつこうとしても、なかなか追いつけません。
 また、一口に『チャオ小説』といっても、様々なジャンルがあります。決まっているのは、題材が『チャオ』であると言う事だけ。
 そこから先は、無限の可能性が広がっているのです。
 ですから、私は。
 私に出来る、私なりのチャオ小説を書いていこうと、決めたのです。

 そんな想いを込めて書いた、チャオの奴隷、第七話。いかがでしたでしょうか。
 このお話を読み、私に何か伝えたい事がありましたら、ぜひ、気軽に書き込んで頂きたいと思います。感想は勿論の事、苦情などがあれば受け付けます。『読んだよ』の一言など頂けると、大変嬉しく思います。
 それでは、この辺りで失礼させて頂きます。また、次回の作品でお会いしましょう。さようなら……

【スモモ】「だからー! 俺をー! 無視するなー!」
【宏】「無視なんてしてないよ。忘れてただけさ」
【スモモ】「うわーん! お前を殺して俺も死ぬ!」
【宏】「冗談冗談、マイケルジョーダン。ほら、最近新しい作家さんが増えてきたじゃない。だから、ここらで一発、真面目な私をビシッ! と見せておこうかと思って」
【スモモ】「今更世間体気にしてどうするんだボケナス。とっくに手遅れだろ」
【宏】「いやー、『(苦笑)』なんて使ったの、随分久しぶりだったね」
【スモモ】「知るか!」
【宏】「さて、今回の感想コーナーだが」
【スモモ】「いつもどおりくだらないこと話して終わりじゃないのか?」
【宏】「珍しく、自分の作品について語ってみようと思うんだが、どうだろう」
【スモモ】「やめとけ。『こいつ何一人で空回りしてんだ』って思われて終わりだと思うがな」
【宏】「まあ、私もそう思うんだけどね。練りに練られたテーマや設定や世界観を持ってる作品なら、そんな心配無いんだけどね。私の作品だからね、心配だね」
【スモモ】「それでもやるのか。まあ、止めはせんが」
【宏】「まあ、物は試しで、やってみようじゃないか。『これ誰得?』って言われたら『俺得だよ!』って言ってやるさ」
【スモモ】「お前が得してどーすんだよ!」

【宏】「まあ、語るといっても、たいして語る事はないんですが」
【スモモ】「なんでいつも見切り発車しちゃうの?」
【宏】「とりあえず『チャオの奴隷』のキャラクターに対してコメントでもしていこうかと思います。たまには自分の作品を客観的に眺めてみましょうかね」
【スモモ】「誰得」
【宏】「俺得」

【スモモ】「じゃあまずは『若葉』からだな」
【宏】「主人公です」
【スモモ】「……それだけとか言うなよ」
【宏】「だめ?」
【スモモ】「まあ、俺は別にいいけど」
【宏】「あっ、いつも突っ込んでくれる相方が突っ込んでくれない時ってこんなに切ないんだ。すみません、もっと話します」
【スモモ】「さっさとしろ」
【宏】「『チャオの奴隷』は、基本的には彼の視点で描かれていきますね。勿論、例外はありますけど。ただ……」
【スモモ】「ただ?」
【宏】「彼は、大人しい性格です。大人しい性格の彼の視点で物語が描かれていきますから、地の文であまり無茶は出来ません」
【スモモ】「まあ、そうだろうな」
【宏】「だから、こういった感想コーナーなどで、作品内で出来なかった分の無茶をしてしまうんですね」
【スモモ】「俺を巻き込むなよ!」
【宏】「あと、所々、三人称で描いている場面があるのですがね」
【スモモ】「今回の話は特に多かったな」
【宏】「基本的には若葉の視点で描いてますから、必然的に、三人称の場合も割と大人しい地の文になります」
【スモモ】「ふむ」
【宏】「いきなり『チビッコ戦隊チャオレンジャー!』の時のような地の文が出てきてしまっては、雰囲気ぶち壊しまくりの大惨事です。ですから、そのような事がないように注意しなければならないのです」
【スモモ】「そのぐらい、意識しないでも書き分けられるようになれよ……」
【宏】「あと、これは度々愚痴ってたりするんですが、若葉ね。中学生ぐらいにしときゃよかったね」
【スモモ】「なんで?」
【宏】「書いていて、自分で違和感を覚える事がある」
【スモモ】「致命的だな」
【宏】「まあ、これは今更言っても仕方ないことだ。いいんだ、フィクションの世界の年齢なんて、あって無いようなものだ! 『どうみても小学生女児です本当にありがとうございました』な容姿をしていたって二十歳と言い張れば二十歳なんだ! よし次!」

【スモモ】「次は『カトレア』か」
【宏】「ヒロインです」
【スモモ】「……それだけ?」
【宏】「だめ?」
【スモモ】「まあ、俺は別にいいけど」
【宏】「あっ、この放置プレイ感が癖になるかも。でもすみません、もっと話します」
【スモモ】「さっさとしろ」
【宏】「『チャオの奴隷』は、カトレアがいないと始まりません。そう言っても過言ではありませんね」
【スモモ】「いわゆる、ツンデレキャラだな」
【宏】「でも、私が描く程度のキャラクターを『ツンデレキャラです』って主張したら、その筋の人達に怒られると思う」
【スモモ】「その筋の人達って、どの筋だよ」
【宏】「ツンデレの酸いも甘いも噛み分ける、真のツンデレというものを知っている人達だよ」
【スモモ】「なにそれ」
【宏】「私は所詮『〜じゃないんだからねっ!』っていう台詞を聞いただけで『わーいつんでれもえー』って蠢いているような烏合の衆だから」
【スモモ】「蠢く!?」
【宏】「とにかく、この『チャオの奴隷』の存在理由が全て詰まっていると言ってもいいカトレアさんです。そういう意味ではヒロインでもあり、主人公でもあると言えますね」

【スモモ】「次は、『早苗』だ」
【宏】「若葉の幼馴染みです」
【スモモ】「どうする?」
【宏】「もっと話します」
【スモモ】「よし」
【宏】「若葉&カトレアと違い、彼女は第三話から出てきます。若葉と対照的な、明るい性格です。別に若葉の性格が暗いというわけでは決してありませんが」
【スモモ】「登場させた理由とかはあるのか?」
【宏】「そこなんですよねー。正直な話『人間(小学生)とチャオがもう一組欲しいな』程度の理由で登場したんです。
【スモモ】「見切り発車らめぇ」
【宏】「しかも私の実力不足もあって、登場してからもいまいち活躍させてあげられなくて。早苗には、土下座した頭をハイヒールで踏み付けられても文句は言えません」
【スモモ】「歪んだ性癖の暴露はいいから」
【宏】「しかし、今回のお話ではですね。まあ、縁の下の力持ち的な立ち回りをこなしてくれたのではないかと思います」
【スモモ】「決して主役ではないんだな」
【宏】「カトレアがいるからなあ。主役は難しいですなあ。あっ早苗様いつからそこに。痛いハイヒールはやめて下さいでも癖になりそう」

【スモモ】「最後は『あずき』だな」
【宏】「変態です」
【スモモ】「それはお前だ!」
【宏】「小さい子供が好きなだけです」
【スモモ】「死ねばいいのに」
【宏】「あずきも早苗と同じように、いまいち活躍させてあげられなかったキャラクターです。が、しかし」
【スモモ】「第六話で主役扱いだったな」
【宏】「なんででしょうね」
【スモモ】「お前がやったんだろ!」
【宏】「初登場時は、感嘆符多用キャラとして期待していました。しかし、第六話を書いてから私の中のあずき君像に変化があったようで、今回のお話でもそんなに感嘆符は使ってません。たぶん」
【スモモ】「第六話で、あずきの台詞を全部地の文で済ませちまったからだろ」
【宏】「うん、楽だった」
【スモモ】「最低だな」
【宏】「それほどでも」
【スモモ】「しかし、若葉は勿論この作品の主人公だし、カトレアはお前がさっき『主人公でもある』と言っていた。そしてあずきも主役回がある」
【宏】「これで主役やった事ないのは早苗だけだねあははー。痛いハイヒールはやめて下さいでも癖になりそう」

【スモモ】「……疲れた」
【宏】「お疲れ様でした」
【スモモ】「随分、気合の入った感想コーナーになっちまったな」
【宏】「感想コーナーに気合入れてもいい事何一つ無いけどね。私がこんな事やったって一人で空回りしてるとしか思われないし、感想として言ってもらえるかもしれない事を私が先に書いてしまっている可能性もあるしね」
【スモモ】「じゃあなんでやったんだよ!」
【宏】「悪ふざけが大好きなんです」
【スモモ】「死ねばいいのに」
【宏】「ありがとうございます。それではぼちぼち感想コーナーも終わりにしたいと思います。最後に締めの一言、聞いてください」
【スモモ】「?」
【宏】「バレンタインデーなんて、都市伝説」
【スモモ】「バレンタインデーネタ書いておいてそれかよ!」

※宏……こういうとき、どうしたらいいかわからないの。
※スモモ……死ねばいいと思うよ。
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感想です
 ろっど WEB  - 10/2/14(日) 21:40 -
  
わざわざ僕の戯言にお付き合い下さってありがとうございます。第八話も楽しみにしています。
とてもすばらしいバレンタインプレゼントでした。というわけで、感想です。

宏さんの作品全体を通していえる事なのですが、やはり文章表現が秀逸だと思います。
文章のリズムが良いと言いますか、すらすらと文字が頭の中に入って来るので、非常に読みやすいですねー。
一人称はお得意なのでしょうか。

今作の感想を一言で述べ申し上げるとすれば、カトレア可愛いよカトレア、でしょうか。
目の前にいるワカバを放置してまで妄想にひたるところとか、「……だめ?」とか、「ぁ……ぅ……」とか、「おねがい」とか。
序盤ではカトレアの可愛さが満載だったような気がします。
僕もそれほどツンデレに精通しているわけではないので、彼女はツンデレと称して良いのではないかと。

後半にさしかかるにつれて、カトレアのひたむきさが見え隠れしていました。ワカバしか眼中にないのですね。僕はちょっと寂しいぞ。
ワカバのセリフを見ていると、なんだか早苗さんフラグが立っているような気がしないでもないです。
カトレアの悲恋は切ないものがありますね。でもそんなカトレアが(略)

バレンタインデーに良い作品をありがとうございます。
感想一番乗りだったので調子に乗って色々と書いてしまいました。おそらく僕の後続者は僕の二番煎じをまぬがれないことでしょう。

たぶん次回は早苗が主人公かな、みたいな感じで思っています。
あとバレンタインデーですが、10年前には実在していたようですよ。

それでは本当に第七話ありがとうございます。
第八話も楽しみにしています。
引用なし
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ありがとうございますっ!
   - 10/2/15(月) 2:28 -
  
>わざわざ僕の戯言にお付き合い下さってありがとうございます。第八話も楽しみにしています。
 いえいえ、ろっどさんに仰って頂いた「第七話楽しみにしてます」のお言葉に励まされ、そして背中を押して頂きました。大変感謝しております。
 私は、リップサービスだろうが社交辞令だろうが、真摯に受け止めます。えへん。

>文章のリズムが良いと言いますか、すらすらと文字が頭の中に入って来るので、非常に読みやすいですねー。
 書いている最中は、やはり不安で一杯です。読み難くないかとか、この文できちんと伝わるだろうかとか。
 なので、読みやすかったと仰って頂けると、次回以降への自信になると同時に、ほっとします。
 今までに幾度も、色々な方から「読みやすかった」という感想は頂いた事がありますが(無論、逆もまた然り)、何回書いても、人に読んで頂き、感想を頂くまでは、不安で仕方ありませんね。
 一人称が得意なのか、という質問についてですが。確かに、一人称と三人称のどちらが書きやすいかといえば、一人称の方が書きやすいかなあ、とは思います。
 ただ、一人称に比べ三人称の方が難しい、というような話を聞きます。
 だから、私が一人称を「書きやすい」と感じているのは、一人称が得意というわけではなく、三人称で上手く書けないだけなのです。
 ただ、もっと色んなジャンルの作品に挑戦していけば、その内「このお話は一人称のほうが書きやすい」「このお話は三人称の方が書きやすい」といった具合に、その話にあった書き方を選ぶコツを掴んでいけるかもしれませんね。

>今作の感想を一言で述べ申し上げるとすれば、カトレア可愛いよカトレア、でしょうか。
「チャオの奴隷」の大前提として、カトレアを可愛く書く、というのがありますので。そのお言葉が私にとっての最大の賛辞です。ありがとうございます。
 カトレアの台詞は、ちょっぴり言葉足らずな感じにするように意識しています。今回のお話なんか、特に。
 ろっどさんの感想を読む限り、それがよい結果に繋がったようで安堵しています。

>彼女はツンデレと称して良いのではないかと。
 ラジオで華麗なるツンデレ理論を展開していたろっど先生のお墨付きを頂きました!

>後半にさしかかるにつれて、カトレアのひたむきさが見え隠れしていました。ワカバしか眼中にないのですね。僕はちょっと寂しいぞ。
 以前、チャットでスマッシュさんが一瞬のうちに書き上げた、ろっどさんの赤裸々にゃんにゃん話があったじゃないですか。
 あの中に、カトレアが言っても違和感無いような台詞があったので、それをおまけでネタにしてやろうと思ったのですが、すっかり忘れてしまいました。残念至極。

>ワカバのセリフを見ていると、なんだか早苗さんフラグが立っているような気がしないでもないです。
 カトレアは勿論ですが『今回は早苗のことも上手く書きたい』と意気込んでいたので、作者の意気込みが若葉の口を通して表れていたかもしれません。
 四ページ目の若葉と早苗のやり取りなんかは、割と楽しんで書いていたように思います。
 若葉が早苗フラグを立てたんじゃないかという話ですが、仮にそうだったとしても、カトレアはそんな事お構いなしに、変わらずツンデレしていくのではないかと思います。

>感想一番乗りだったので調子に乗って色々と書いてしまいました。おそらく僕の後続者は僕の二番煎じをまぬがれないことでしょう。
 このあと感想が一通も届かないフラグですね、わかります。
 こんな事を書くと私が感想を欲しがっているように思われるでしょうが、その通りです。みなさん、感想下さい!

>たぶん次回は早苗が主人公かな、みたいな感じで思っています。
 いやー、早苗中心のお話、全然想像つかないです(笑
 書くとしたら、どんなお話になるんだろう。ハイヒールで若葉を踏み付けたりするのかな。

>あとバレンタインデーですが、10年前には実在していたようですよ。
 うっそだー。

>それでは本当に第七話ありがとうございます。
 こちらこそ、読んで頂いて本当にありがとうございます! 尊敬する作家の方から感想を頂けて嬉しいです……///

>第八話も楽しみにしています。
 リップサービスでも社交辞令でも、真摯に受け止めます。予定はありませんけどっ。
引用なし
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