●週刊チャオ サークル掲示板
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A−LIFE 冬木野 09/12/24(木) 21:21
一月二日 冬木野 09/12/24(木) 21:22
四月三日 冬木野 09/12/24(木) 21:23
六月五日 冬木野 09/12/24(木) 21:24
九月一日 冬木野 09/12/24(木) 21:25
十一月二十日 冬木野 09/12/24(木) 21:26
十ニ月二十二日 三時三十三分 冬木野 09/12/24(木) 21:27
十ニ月二十二日 二十三時二十四分 冬木野 09/12/24(木) 21:28
十二月二十三日 零時零分 冬木野 09/12/24(木) 21:29
十二月二十五日 冬木野 09/12/24(木) 21:30
ケーキの箱じゃないよ 感想を入れる箱だよ 冬木野 09/12/24(木) 21:35
南斗感想拳! スマッシュ 09/12/25(金) 0:33
はえぇよww 冬木野 09/12/25(金) 0:57

A−LIFE
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:21 -
  
 チャオとは、おどろくべき生物である。
 そのあいくるしい姿に秘められた能力。それは、世界中に住む生物学者たちの注目のまとになった。
 チャオと自由にふれあえるばしょチャオガーデンは、実はかいはつ当初はそのせいたいを詳しく調べるために作られた研究しせつであった。
 中でも小動物をキャプチャ、つまりその小動物の特性をチャオに取り込ませるというぎじゅつの研究がさかんに行われ、多くの学者たちがそうりょくを結集して見つけられたカオスチャオという存在は世界をきょうがくさせた。

 だが。実は、けっこう地味な研究も行われていた。
 チャオガーデンはさいしょ、有名なとしのあちこちに作られていた。いちばん有名なばしょはステーションスクエアだろうか。
 しかし、数年たったある日、今までとは少しちがったチャオガーデンが作られた。そこは一つのばしょに三つのチャオガーデンがあり、そしてすぐ近くにチャオ幼稚園がたっているという画期的なチャオガーデンだった。
 実はこれ、今でも少しの人しか知らないエピソードが眠っているのである。それは「チャオのかんきょうてきおう能力」のテストである。
 先にもかいたとおり、三つのチャオガーデンが存在する。一つはごくふつうのチャオガーデン。二つめは実にいいかんきょうがととのえられたヒーローガーデン。
 そして三つめが、とあるものずきな研究者がかんがえたダークガーデンである。
 そこはチャオが住むにしては不似合いなかんきょうで、大体のチャオは長くガーデンにはいられずに泣き出してしまう。だから大体の人はダークガーデンにチャオをおいておくなんてことはしなかった。
 だが、このダークガーデンのかんきょうを好むチャオは、当初かんがえていたよりも多かった。いたずらっ子やいじめっ子など、いかにもにんげんてきにしょうらい不良にでもなるようなチャオはダークガーデンのことを実に気に入っていたりした。
 だが、ダークガーデンを作ったものずきな研究者はそんなチャオには目をつけず、もっと別のチャオに目をつけた。

 それが、ボクである。

 チャオというのはふれあう人たちのかんじょうを受け取り、そのすがたをヒーローチャオやダークチャオに変えたりすることが多い。その中間にいちするニュートラルチャオに成長する者は、大体せいかくの違った二人の手で育てられたり、だれともふれあわなかったりして育つことが多い。
 だが、ボクはそのどの例にも当てはまらなかった。ボクは不特定たすうのいろんな人たちに囲まれて育ってきたのだが、そのだれのかんじょうも受け取らずに育ってきたという。
 そんなボクに目をつけたものずきな研究者は、ボクをいたずらっ子やいじめっ子ばかりいる、いわく「とぉ〜ってもコワイ」とウワサのダークガーデンへうつした。
 だが、ボクにとっては「どぉ〜っこがコワイ」とウワサのダークガーデンで、地面の中に埋め込まれた赤いライトでてらされた血の池にも、お化けのかおをした見た目だけマズそうな木の実をつける木にも、なんにもきょうふをおぼえることはなかった。むしろボクがダークガーデンを作った人にアドバイスしてあげたくらいだった。鳥かごしかさいようしてくれなかったが。その中のオブジェはさすがにR-18していだったようだ。がいこつとかでてくるくせに。
 ボクが一人でぼーっとしてる時にやってくるいたずらっ子や、ボクに聞こえるようにカゲグチを言ういじめっ子も、ぜんぜん苦ではなかった。おなかがすいた時に木の実を取られるなんてよくあることだったが、てきとうにあしらって知らんぷりしていたら手を出されることはなくなった。
 そんなだれとも必要以上にせっしようとせず、だれの助けもかりずに自分の力で解決できるようにするボクを、ものずきな研究者は実にきょうみぶかそうな目で見ていた。

 そんな十二月のある日。
「これから一年間、旅をしてきなさい」

 チャオガーデンしせつ入り口。ものずきな研究者から受け取ったさまざまな道具の入ったリュックを持って、ボクはそのばに突っ立っていた。
 いきなりのことだった。いがいにみじかかったダークガーデン生活を終え、ごくふつうのチャオガーデンでダークガーデンにいたころとあんまりかわらない生活をすごしていたところ、ものずきな研究者がとつぜんやってきて、とつぜんボクをだきかかえて、とつぜんボクを外につれ出して、とつぜんボクにリュックをわたして、とつぜん旅をしてこいと言われた。ついでに、なるべく途中でかえってこないでねと言い足して。
 ……何がいけなかったんだろう。二分くらいぼーっとしてから、ボクは今までの自分の行いをふりかえっていた。
 すききらいしたおぼえはないし、幼稚園の先生にわるいことをしたおぼえもない。ボールの空気をぬいたおぼえもないし、テレビのアンテナを折ったおぼえもない。
 ひとつひとつあげていくのもめんどうだったので、「前科前歴一切無」「地球温暖化防止貢献」と、聞いただけできよく正しいチャオであることをしょうめいできる漢字を並べた。つまり、何もしていない。
 そのこたえは更にぎもんをよび、ボクをてつがくの世界へといざなった。
 それから実に30秒、こたえが出た。

「何もしていない」

 ぎゃくてんのはっそうだった。よく他のチャオから「なんだかオカシなカンガエカタしてて、アタマいーのかわるいのかわかんないチャオ」と言われたしこうかいろがやくにたった。
 わるいことは何もしていないのは正しいことだ。しかしもんだいはそこではなく、むしろ何もしていないこと自体がわるいことだと言うことだった。
 これはさいていげん幼稚園で習わなければいけないことだけしか習わず、大したこうせきを何ものこしていないボクに対するしれんなのだ。その時のボクはそうかんがえた。
 しかしもちろん、ボクにそんなことをするやる気は全くなかった。例えれば学校の通知表の「感心・意欲・態度」の所は常にさいていひょうかまちがいなしのボクに、ぜんとたなんな一人旅にちょうせんするつもりは全くなかった。
 ボクはそっこうでかえろうとした。あのものずきな研究者もむだなことをするものだ。ボクに求めるものを完全にまちがえている。ボクはこのままチャオガーデンですごそう。面白いこともまるでないひまな毎日をつづけさせてもらおう。
 そこまでかんがえて、ボクは足を止めた。何かがボクにささやきかける。

「求めるのではない、与えているのだ」

 ……そうだ、まちがってる。
 あのものずきな研究者だって、まがりなりにも学者なのだ。あたまはいいのだ。ボクに何かを求めたってむだなのはわかりきっている。ならばなぜ、ボクを旅に行かせようとするのだ。
 そう、ボクに求めているんじゃない。ボクに与えてるのだ。すばらしきかなぎゃくてんのはっそう。ものずきな研究者のものずきなごこういをむだにしてしまうところだった。
 このままチャオガーデンですごしたところで、まっているのは面白いこともまるでないひまな毎日。そんなボクに、外の世界を自由に歩くけんりをくれたのだ。
 当時はまだチャオも社会にはてきおうしておらず、チャオはまだペットどうぜんだった。まだどこかの週刊誌作ってるような所でチャオがはたらいてるなんてことのない時代で、とうぜんまちを一人で歩くようなチャオなんていないころだった。
 つまり、ボクは「いちばんさいしょに一人で社会に出たチャオ」ということになる。
 ……わるくないかもしれない。少なくとも、このままチャオガーデンですごすよりは。
 おもむろにボクはにもつをチェックした。
 まず、テントがあった。まだおんだんかがしんこくになってないじきなのでふつうに雪のふる冬をのりきるのに不安があったが、別にかまわないとふんだ。他には手ごろなサイズのおなべ、つり具、などなど。
 そしていちばん下には、チャオにぴったりなサイズのふくがにちゃくと、ぼうしがあった。ボクの水色の体とはぜんぜんちがった、ちょっと薄汚れた茶色いふくとぼうしは、しかしボクのしゅみに合うものだった。風来坊みたいでかっこいい。
 このふくとぼうしをさっそうとちゃくようしたボクは、もう旅をする気はまんまんだった。この先に、ボクの中のくうきょな心をみたしてくれる旅路がまっている。
 なぜかちかばのゴミすてばにあった新品のスケボーをだれの目もつかないウチに手に入れ、これって前科になるのかなぁと思いながらそのスケボーに乗り、ボクはチャオガーデンしせつをはなれた。

 こうして――後にスケボーと共に旅するフウライボウとして有名になる――ボクの旅ははじまったのであった。


 ……ベツにダンジョンをコウリャクしたりはしないチャオよ。
引用なし
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一月二日
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:22 -
  
 あとで気付いたことだが、ボクが旅に出たのは十二月二十二日とのことだった。つまり十二月二十三日前、チャオという生きものがこの世に生まれたとされる聖誕祭の前日だった。
 そういえばガーデンにいた他のチャオたちが「もうすぐセイタンサイチャオねー」とか話してたのを何気なく耳にはさんでいたが、本当にもうすぐだった。周囲をみわたしてみると、まちはすっかりクリスマス+チャオもよう。
 クリスマスに近い日がボクたちチャオの生まれた日だなんて、なんだか神さまと一つぐらいいんねんがありそうだなぁとボクは常々思っていたが、その時のボクはそんなことをのんびりかんがえていられなかった。
 前にも言ったとおり、このころはチャオが一人歩きすることは日常のふうけいではない。だからいやでも注目があつまるのだ。

「ねーねーおかーさん、あそこにチャオがいるよー」
「何だあれは!? チャオがガーデンから脱走したのか!?」
「かわいそうに、捨てられてしまったのかしら・・・」
「どういう事だ! もうすぐ聖誕祭だと言うのに何の騒ぎだ!」
「おーすげー、あのスケボーかっけーぞ」

 とまぁ、さいごのはつげんはどうなのか知らないが見てのとおりのさわぎがおこった。
 あのものずきな研究者が根回ししていたのか知らないが、けいさつとかがやってくることはなかったが、やじうまはたくさんあつまってくるので、ボクはスケボーにのってさっそうとまちからとおざかることにした。
 だから、十二月は旅というより逃亡生活をしていたので、とくに話すことはなかった。その逃げっぷりにかんしては、いつぞやにしめいてはいされていたソニック並だった。でも車はふきとばしてない。

 そんなこんなで、ようやくまちから抜け出してだれも追ってくるようにならなくなったころには、いつの間にか一月になっていた。
 アテなんてどこにもないので、とにかく川沿いをすすんでいた。あいぼうのスケボーは何も文句を言わずにボクをのせてガラガラと音をたてて歩んでくれる。そんなむくちでたよれるあいぼうに歩みを任せ、ボクはうつりかわるけしきをぼーっとながめていた。
 チャオガーデンにいたころはいつもと何らかわらないふうけいには見向きもせず、ただ空に流れるくもばかりをながめていた。だが、この広い外の世界はボクをたいくつさせることはなかった。
 ……やっぱり、わるくない。

 ぐう〜。

 おなかの虫がくうふくを訴えてきた。どうやらおなかがすいたらしい。
 ボクはあいぼうにしんろへんこうをうながし、道を外れて川の近くへとていしゃさせた。
 にもつの中からつり具を取り出し、つりのじゅんびをする。このつり具の数々、初心者のボクがもつにはふにあいなほどになかなかほんかくてき。海づりだろうと川づりだろうと、どこでもつうようするような汎用性をもっている。
 だが、どんなにつり具がよかろうと、つりざおをもつ者のうでがよくなければつれるさかなもつれやしない。一応すでに何回かやったのだが、まだコツがつかめていない。早くコツをつかまないと、ボクのおなかの虫がストライキをおこしてしまう。
 じゅんび完了。己のうでに全てを託し、しかけを川へ投げ入れた。


 一時間幸せになりたいなら、酒を飲みなさい。
 三日間幸せになりたいなら、結婚しなさい。
 一週間幸せになりたいなら、牛を飼いなさい。
 一生幸せになりたいなら、釣りをしなさい。

 中国にそんなことわざがあると、何かで知ったおぼえがある。どういういみなのかはよく知らないが、とりあえずボクは今つりをしているから幸せになれるのだろう。だがかなしきかな、今のボクは全く幸せではなかった。
 一応、さかなはもう充分につれた。それもけっこうな数である。これならおなかの虫のストライキのきけんせいはないというほど。だからさいしょは幸せだった。だが、このつりというものにぼっとうしているウチに、ボクにチャレンジせいしんが生まれるというきせきがおきた。
 即ち、大物をつりたいと思ったのだ。
 だが、どれだけつりをつづけてもつれるのは小さなさかなばかり。ボクのおなかがあんたいになるかわりに、ボクの求めるものはとおざかるばかり。つりのちゅうどくせいに負け、つり糸をたらしてひたすら大物をまちつづけるという泥沼じょうたいになっていた。このまま老人になってしまいそうだ。

「何をしてるの?」
 女の子の声がきこえたのは、そんな時だった。
 なんだろうと思ってふりかえってみると、そこには学生ふくをきた短い髪の女の子が、バッグを男みたいなもちかたをしてボクのことを珍しそうにながめていた。だが、ボクはこれをむしした。今のボクは他人よりつり糸にしかきょうみがない。
「あーっ、無視したなー。かわいげのない奴めー」
 少し怒ったような声と共に、ボクのそばにまでかけよる足音がやってくる。
「ものおとをたてない。さかなが逃げる」
「何ぃ? あ、これ君が釣りしてるの? ごめんごめん」
 ボクのとなりに座り、言われたとおりにものおとをたてずにじっとする少女。
 それから一、二分ほど二人でじっとまちつづけ、しかけが反応する。すぐさまボクはさおを持ち、リールをきゅうそくかいてんさせた。だがくいついていたさかなは、もう何匹目か数えるのもめんどうなほどにつったさかなだった。
「おー、すごーい」
 しかし、それでも少女はそんなボクに向けて拍手をしてくれた。別にうれしくはない。
「このさかなはもう何匹もつってる」
 かたわらにおいてあるバケツにさかなをいれる。さかなは、すでにボクにつられた仲間たちとの再会をおどろくかのように泳いでいた。そんなバケツの中を、おもむろに少女がのぞきこむ。
「うほ、すっげー。ほんとだー」
 そして少女はすっとかおをあげ、
「ってか、なんで釣りしてんの?」
 実に素朴なしつもんをしてきた。
「今日のごはんのちょうたつ」
「何ですと? 聞いたか皆の衆、君達の未来がないぞ!」
 おもむろにそんなリアクション。なんか自由な人だな。
「へっへぇー? 一人旅をするチャオですかー。珍しい子がいるもんだ」
 ボクのにもつをかってにあさりながら、面白そうにかんそうを述べた少女。というかかってにあさらないでいただきたい。
 そんなむごんの訴えもとどかず、「あ、テントまである。ほっほぉー、スナフキンだなぁ」とかなんとか。
 しかしながら、音速でにもつあさりにあきたらしい少女はすぐにボクのとなりへとていいちをさいせっていし、話をつづけた。
「なんで一人旅なんてしてるの? チャオガーデンから逃げてきたの?」
「おいだされた」
「なーにー!? ではチャオの森から街へ帰ってくる為に旅を!?」
「森には行ってない」
「え? チャオって追放される時は森に島流しでしょ? チャオ辞苑にそう書いてあったけど」
 森に島流しってどういうことだろう。チャオの森ってことうなのかな。そんなささいなぎもんをかなたへとすっとばす。
「ちょくせつおいだされた。一年間ついほう」
「えーっ!? あの絵本のような微笑ましい森生活もなしなのぉ!? なんて酷い! ちょっと通報しちゃろーかしら」
 ついほうのおうしゅうにつうほうとな。
「ひつようない」
 さすがにしゃれにならないので、それだけはやめさせておいた。だが、とうぜん少女はそれにりかいできないようなかおをする。
「へ? なんで?」
「互いにどういの上でおいだされてきた」
 少女はますますわからないかおをした。まぁむりもないかなぁ、と思ったらそのかおはすぐにふつうに戻り、
「はっはぁー、赤の他人にはわからないやり取りがあったという事ね。赤信号 深入りするな 他人事」
 とうとつに、自作であろうせんりゅうをたのんでもいないのにひろうしてくれた。ほどほどにうまいが、きょうみはない。
「あー、でもそうすると、私がこうやって君と話してるのも信号無視よねー」
 別にここに交通きせいをもちこむことはないと思うのだが。
「というわけで、自己紹介しましょ。私はミスティ。ミスティ・レイク」
「……みずうみ?」
 パッときいて、どこかのみずうみの名前かと思った。とは言っても、少なくとも現代にそんな名前のみずうみはないと思うが。
「やだっ、私のとこの魚達は釣らせないわよっ」
 いや、仮につれるのだとしても何もつらんよ。
 とりあえず、この少女の名前はぎめいであるかのうせいをこうりょしつつこれをほりゅう、ボクも自分の名前を言――
「で? で? 君の名前は?」
 ――そういえば、自分は名前がなかった。幼稚園にもロクに行ってないボクは、としまとウワサの占い師がいるあの部屋にご厄介になったことがなかった。山田太郎である。ジョン・スミスである。ウォルフガング・ミッターマイヤーである。イワン・イワノヴィッチ・イワノフである。ってロシアのはイワイワうるさい名前だな。
「何? やっぱりスナフキンなの?」
 自分でミスティ・レイク並にてきとうな名前を決めるしかない。
「――フウライボウ」
「あー、やっぱスナフキンなんだー」
 …………。
「フウライボウ」
「スナフキンでしょ?」
「フウライボウ」
「えー、スナフキンー」
「フウライボウ」
「スーナーフーキーンー」
「つるぞ」
「恐ろしい子っ」
 うっとうしくなったのでてきとうにおどしたら、なぜかこうかがあった。
「大体、みどり色じゃないし」
「あ、そっかー。服、茶色いじゃーん。ざんねーん。じゃあフウライボウだね」
 どういったりくつか知らないが、ようやくなっとくしてくれた。
「好きな実はー?」
「しかくい実」
「得意分野は?」
「ヒコウとハシリ」
「履歴は?」
「ちからだめし全一位、ジュエルレース全一位、チャレンジ、ヒーロー、ダークレース全せいは、チャオカラテめんきょかいでん」
「やだ、この子弱点が見当たらないわ」
「体力に自信がありません」
「あるのね」
「ない」
「弱点」
「あぁ」
 なんでボクたちコントしてるんだろう。
「追い出されたってわりには、凄い優秀じゃないの。どういうことなの?」
「……ものずきな研究者さんが、ボクのことにつきっきりだった」
「ますますどういうことなの……」
「…………」
 たしかに、ここまで自分のりれきをあげてみると、おいだされる理由はこれっぽっちもない。チャオガーデンしせつを出るさいには「ものずきな研究者のごこうい」という名目にしておいたが、そもそもここまで世話をしたのに旅に行かせるいとがわからない。
 しかし、ボクがそんなことをかんがえたってこたえはでてこないし、この風来坊生活もあんがいわるくなさそうだから、別にふかくかんがえるひつようはなさそうに思える。つりができれば幸せになれるんだし。
 けつろん。
「どうでもいい」
「頭いいー」
 えっへん。
「あ、隊長! 敵が罠にかかりました!」
「よし、ひけー」
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、ざぱーん。
 あ、大物だ。
「ひっひぃー、でけー。すげー」
 えっへん。幸せ。


 そういうわけで、ようやく泥沼のつりじかんをおえたボクは、テントと焚き火をさっそうとせっち、おさかなを上手にやいてねんがんの(いつの間にか日のくれた)おしょくじタイムをむかえたのだった。さかなうめぇ。
「へっへぇー、チャオって木の実以外食べないものと思ってたわー」
「きのこもたべるよ」
「あ、そっか」
 ちなみに、きのこをたべるとカラテでの実力があがるというウワサがある。じっさい、きのこをたべたら本当にカラテでかつやくできたという知り合いはたくさんいるのだが、果たしてどういった原理でそうなるのかは未だに不明。ボクもものずきな研究者からよくたべさせられたものだ。
「でさ」
「うん?」
「なんでかってにたべてるの?」
「いいじゃん、たくさんあるし」
 そういって、ミスティはボクがつりあげたさかなたちを平然とたべていた。これがさっきまでさかなたちの未来をあんじていた少女なのだろうか、しみじみ。
「でさ」
 口にふくんでいた一匹分のさかなをゴクリとのみほし、こんどはミスティが話を切り出してきた。
「君、いつまで旅するつもりなの? 帰る時期とか、決めてるんでしょ?」
 名前をおしえたのにけっきょく君よばわりとはこれいかに。
「だって長いもん、フウライボウ」
 スナフキンと一文字ちがうだけじゃないか。別にいいけど。
「聖誕祭のころにはかえる」
「ふっふぅーん。ねぇねぇ、どこのガーデン?」
 ……なんでそんなこときくんだろう。
「ステーションスクエア」
「へっへぇー、ここのすぐ近くなんだ」
「前はとくせつのチャオガーデンにいた」
「とくせつ……っていうと、ひょっとして人工島の?」
 とくせつチャオガーデンといえば、きほんてきにだれもが知っているばしょ。人工島にたてられた大きなたてものは、上からみるとチャオのかおそのままなのである。ボクのかおとも寸分たがわぬのである。
 なぜわざわざステーションスクエアにうつされたかはボク自身知らないが、少なくともものずきな研究者が一枚かんでるのはまちがいない。もちろん気にするつもりはない。
「かの人工島出身とか、そりゃエリートなわけよねぇ。なんか川辺で落ちぶれてるけで」
 よけいなお世話である。別におちぶれてなんかない。元々おちぶれてるからもんだいない。多分。
「しかも聖誕祭の頃に帰るって事は、去年の聖誕祭は旅立ちで誰とも過ごしてないでしょ」
 なんなんですかこの子。せいかくわるいんですけど。
「一人の方がすきだから」
「やっだーこの子ったらチャオらしくなーい」
 ひょっとしてこの少女ちょうはつしてる。まちがいない。
「なんでそんなこときくの?」
 さすがにこれ以上ねほりはほりきかれて、そのうえむいみにバカにされるのはたまったものではないので、せめて正当な理由をたずねてみることに。
 するとミスティはニコッと笑って、ボクの方へと身をのりだしてきた。こういうえがおをちょくししたのは初めてなので、思わず体がひいてしまった。
「今年の聖誕祭、私と過ごさない?」
 ――は?
「りぴーつあふたみ?」
「今年の聖誕祭、私と過ごして」
 おいコラ後半のセリフコピペしろや。っつーかなんだこれ。ぎゃくナンってヤツか? デートのおさそいか?
「あのねあのね、私ね、実はチャオって本やテレビでしか見た事ないの」
 さっきまでの自由なたいどはどこへやら、急に乙女でミーハーみたいなミスティがボクの前にあらわれた。
「ほらほら、どこのチャオガーデンも研究施設とか言う名目で入れないじゃない? でもこんなところに野生のチャオがいるって運命じゃない? そうでしょ?」
 野生じゃないんですけど。
「だからお願い! 今年の聖誕祭は一緒に遊んで!」
 ひょっとして告白の方かな、とも思えた。まだ会ったばっかだけど。
 めんどう、と言えばそこまでである。しかしこういったたのみと言うのは、ことわってしまえば後々の方がすこぶるめんどうだったりして、のちの生活がひじょうに危うくなるかのうせいをひめている。ボクはそんなリスキーなせんたくはしたくない。それに、別にことわる理由はない。ので、ボクはこくんとうなずき、
「いいよ」
 りょうしょうした。
「ほんとっ!? いやっふぅーっ!!」
 よろこんだ。とびはねたり、ぐるぐるまわったりして、自分のよろこびをあらわしている。実にわかりやすい少女である。何がどううれしいのか、ボクにはよくわかんないけど。
 そんなたいしょうてきなまでに平然としているたいどのままなボクにミスティはかけより、なんのことわりもなくボクを抱き上げた。
「フウライボウ、ゲットだぜ!」
 なんかちげーよ。
 しばらくミスティはボクにほおをすりよせてきたり、ぎゅっとかかえてくるくるまわったりしていたが、少しそれをすると急に何か気になることがあったかのようにピタリと止まった。
「……どうしたの?」
 ボクの声には何もへんとうせず、ボクのかおだけをまがおでじーっと見つめる。はて、こういったじょうきょうのばあい、このあとにまちうけるはキスシーンなるものだとテレビで学習ずみだが、別にボクたちそうしそうあいじゃないから多分ちがう。っつーかされたくない。
 はたしてボクの身になにがおこるのかと、とくにきんちょうせずにまちかまえていたが、そうしているウチにミスティのしせんがボクのかおではなく、ボクのあたまの上であることに気付いた。チャオのあたまの上にあるものと言えば……ポヨか?
「ねえねえ」
「なに?」
「なんでポヨがハートにならないの?」
 …………?
「私、チャオをなでたり抱っこしてあげると、喜んでポヨがハートの形になるって聞いたんだけど」
 言われてみてボクは自分のポヨを見上げてみる。とくに大したへんかもなく、きれいな円形の形をたもっていた。目測ではんけい20mmのピンポン玉サイズ(仮定)。
「ひょっとして、嬉しくない?」
 すなおにうなずいた。するとミスティはとたんに渋いかおになった。かんじょうが変化しまくりの忙しい子ですな。
「やっぱりかわいげがないなー。無愛想チャオ?」
「よけいなおせわ」
「ふっふぅーん、なんか新しいなぁ」
 別にあたらしくないと思う。
「でも、人付き合いくらいはできないとこの先やっていけないぞ」
 そういってボクをおろし、ミスティは右手をボクに向けてさしだしてきた。なんだろうコレ、ひっぱればいいのか? それともゆびずもうでもするのか? あいにくチャオにゆびはない。
「あーくーしゅ」
 あぁ、あくしゅね。
 実を言うとこのボク、フウライボウは生まれていちどもあくしゅをしたことがない。別にあくしゅを知らないわけではない。そのこういの意味するそれもちゃんと知っている。知っているがゆえに、ボクはあくしゅをしたことがないのだ。いままでのボクは、あくしゅするほどの仲の人は一人もいなかった。
 ――が、しかし。
 この少女、ミスティ・レイクとはあくしゅをするべきなのだろう。幼稚園初日のクラスメイトに対して以外で自己紹介をしたことはないし、何かやくそくごとをしたこともない。彼女が初めてなのだ。まちがいなく彼女がかってにすすめた話ではあるにしても。
 ボクはだまって右手を前にだす。それをミスティはとてもうれしそうなかおでつかんだ。
「今後ともよろしくね、フウライボウ!」
「……こんごともよろしく、ミスティ」


 ちなみにボクはNeutral。ミスティは多分Lawだと思ふ。え? ネタ元がセガじゃない? いいじゃないかそんなこと。ネタをふったのはあっちだぜ。
引用なし
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四月三日
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:23 -
  
 けっきょく、主にミスティのせいで人がちらほらとあつまり、それほどしずかな釣り生活をおくる事はできなかった。でも、ガーデンにいたころ並にぶあいそうにするのもなーと思い、一応それなりの人付き合いはしてみせた。
 そうして三ヶ月はあちこちの川辺ですごし、テントやもろもろの荷物をちゃっちゃとまとめて、ミスティと別れを告げた。
「もう行っちゃうんだ、早いねー。流石スナフキン」
「フウライボウ」
「あっと、茶色だった。聖誕祭、楽しみにしてるからね」
 ボクはそれにこくりとうなずいた。
 しばらく休ませていたあいぼうのスケボーに乗ると「待ちくたびれたゼ」と言わんばかりにいどうを始める。今日もあいぼうはへいじょううんてん。
 ボクは後ろをふりかえり、何故かりかいできないようなかおをしているミスティに手をふった。ミスティもそれに気付いて、思い出したように手をふりかえしてくれた。
 が、やがてがまんできないかのようにボクに向かって叫んだ。
「ねえー!」
「なーにー?」
「そのスケボー、どうやって動いてるのー!?」
 なんのことなのかさっぱりわからなかった。


 それからのボクは、スケボーの上で寝転がって、うつりゆく街並みをあきる事なくながめていた。
 長い間見つづけていた変わらぬ街並みはどこへやら、今日の街並みはいつもとちがう角度。カメラマンの楽しさが少しわかってくるような、そんな気分を味わっていた。だが、しばらくしてながめる街並みにボクはきしかんを覚えた。なんだかコレ、見た事あるぞって言うアレ。デジャビュである。
 ボクはむくりとおきあがり、何かいわかんをかんじる街並みを見つめ、きおくのパズルとにらめっこした。そうしていることじゅうすうびょう。
「あ」
 ステーションスクエアに戻ってる。
 どうやら川沿いにしんろを固定したのがまちがいだったようだ。戻る事はないと思ったらふつうに戻ってる。このまま行くとあの頃の再来になってしまう。
「戻って、戻って」
 ボクは急いであいぼうにしんろ変更を促した。だがあいぼうはボクの言葉をむししてすすみつづける。ボクはステーションスクエア行きの片道切符をもらった覚えなんてないぞ。
 だが、いくら叩いてもこの板切れはしんろを変えようとしない。それどころか「問題無い」と言わんばかりにまっすぐすすんでいく。まだ三ヶ月ぐらいのかんけいなのだが、果たして信用していいのだろうか。すごく不安である。
 だが、どのみちアテのない旅をしているのだ。ここはあいぼうに任せてみるのもいいのかもしれない。少しの不安を抱えながら、ボクはあいぼうと共にすすむべきみちを見すえた。


 やっぱり任せるんじゃなかった。
「ねーねーおかーさん、あそこにチャオがいるよー」
「何だあれは!? チャオがガーデンから脱走したのか!?」
「かわいそうに、捨てられてしまったのかしら・・・」
「どういう事だ! もう聖誕祭は終わったと言うのに何の騒ぎだ!」
「おーすげー、あのスケボーかっけーぞ」
 前と全くと言っていいほど同じじたいが再び起きた。そこの少年、こんなポンコツほしければくれてやってもいいのだぞ。
 やっぱりけいさつはやってこないのだが、やっぱり人が集まる事には変わりないので、さっさとポンコツにムチ打って逃げまくる事にした。
 だがこのポンコツ、とうとう血迷ったのかすすむ先はステーションスクエアえきの方角。近くにあるものと言えば、ボク的にはチャオガーデンである。なんか知らんが、帰る気まんまんである。
「なにやってるんだ、ポンコツ」
 チョップをかましてもすすむ方向が変わるわけでもなく、ただボクの手がいたくなるだけ。そうしている間にも、シティホールエリアを抜け、ステーションエリアへと入る。これはもうだめかもわからんね。
 このままホテルの中のチャオガーデンへ突入――かと思ったら、なんと右に曲がらずそのままちょくしん。その先は春先には青空と日差しの下に照らされる予定の海だった。このやろう入水自殺でもして己のミスをなかった事にする気か。
 ――と思ったら、その先の海に何かうかぶモノがあった。あれは……モーターボート?
 そしてその近くに、チリドッグをほおばりながらヒマそうにしている見知らぬ大人がいた。あいぼうはその人物に用があるかのように近よっていった。
 見知らぬ大人はこちらに気付くと、あいぼうがその大人の目の前で止まるのと同時にチリドッグをすばやく完食した。はえぇ。ボクの食べるそくどよりも三倍はえぇ。
「珍しいお客さんが来たなぁ」
 見知らぬ大人はボクを見るなりそんな言葉をもらした。
「ようこそ、旅人。こちらはミスティックルーイン行きのマイペースなモーターボードだ。ちなみにタダ」
 ほわっつ? タダでミスティックルーインに行けるとな? そんなのきいた事がない。あったらあっちのでんしゃにのる人がげきげんするぞ。って言っても、わざわざあそこに用のある人間がいるのかどうかのもんだいかもしれないが。
 とうぜんこの話をうたがい、ボクはスケボーをバンバンと叩いた。サギに引っかかる前に手を引くのだ。だがしかし、今日のこの板切れはまちがいなくただの板切れ。こいつ……うごかない……。
「ん? そのスケボーは……」
 そうやってモタモタしていると、見知らぬ大人はボクらに手を伸ばしてきた。マズい、ひじょうにマズい。おねがいします、手にかけるならこの板切れだけにしてやってください。
 そんなボクのむごんのうったえが通じたのか、見知らぬ大人が手を伸ばしたのはスケボーだけだった。
「これ、ひょっとして僕がなくしたスケボーじゃないか?」
「え?」
「懐かしいなぁ、僕が子供の頃に乗ってたスケボーなんだ。他のスケボーには全然乗れなかったんだけど、こいつに乗ると風になったみたいな気分になってね。僕の宝物の一つだったんだ。いつもピカピカに磨いてて――」
 あとはなんかありがちな話なので全く聞いていなかった。
 つまりこいつは、もろもろの事情によりこの人の手元からはなれ、長い間あのゴミ捨て場で一人さびしくだれかが拾ってくれるのを待ちつづけ、そしてボクが現れた。そしてそれから三ヶ月ごしに主の元へ帰ってきた、と言うのか。
 ……なんで三ヶ月ごしなんだろうか、そこがいちばんのもんだいである。たしかにまだ街にいた時にこの人を見かけた覚えはないが、それは理由にならない。現に、こいつはこうやってこの人を易々と探し当てたのだ。できる事なら去年の内にでも会っているハズ。なのに、何故三ヶ月もボクの旅に付き合ってからこの人に会いに来たのだろうか?
「――いやはや、まさかキミに拾われていただなんて、これも運命の巡り合わせって奴かな」
「え?」
 しまった、全く聞いてなかった。まぁ疑問は尽きないが、とりあえずこいつと主の再会、ということだろう、うん。チャオ如きががんばっても答えなんて出ないちゃおー。
「乗るんだろう? 旅人君」
 乗ってもいいのだろうな? あいぼう。
 と、その前に。
「フウライボウ」
「ん?」
「名前」
「……ふむ、なるほど。旅人ではなく風来坊、か」
 実を言うとボク、旅人と風来坊のちがいはよくわかんない。
「僕の事は、パイロットとでも呼んでくれ」
「パイロット?」
「そう。ただの通り名だけどね。さすらいのパイロットさ」
 そう言って、パイロットさんはモーターボードに乗り込むと、なれた手つきでエンジンをかけた。
「ようこそ、海の旅路へ。歓迎するよ、旅人君」
 ……なんでミスティもこの人もフウライボウって呼ばないんだろう。


「きもちいいいいいいいいいい」
 ボクのかんきの叫びは、風と波にさらわれた。
 ここのところ、のろのろとしたスピードで走るスケボーの上にしか乗っていなかったボクは、このかいてきなスピードで走るモーターボードに乗って感じる風の気持ちよさをたっぷりとたんのうしていた。最高にハイって奴である。
「落ちないように気をつけてくれよ。少なくとも、荷物を台無しにはしないようにね」
 ボクにそう注意しつつ、モーターボードのハンドルを巧みにあやつるパイロットさん。かっけぇ。
 すすむ先を見ても海、海、海。後ろを見ても、よこを見ても海しかないが、風と水しぶきが最高に気持ちよく、まるであきない。スケボーの上とは段ちがいである。
「随分前には、まだエッグキャリアがこの辺りに浮いてたんだけどね」
 そういえば、そんなのもあったっけ。
 ボクはまだその時生まれていないので聞いた事しかないのだが、ソニックとエッグマンの戦いによって空中ようさいが海に落ちてきた事があった。しかしその空中ようさいは、ボクらの守り神だという「カオス」がぼうそうした事によって大洪水が発生、それにのまれて沈没してしまったようだ。
 かんわきゅうだい。その場に座り込み、ボクはパイロットさんに話をふった。
「モーターボードを動かせるなんて、うらやましいね」
「そうかな。まぁ、モーターボードなんて乗り物の一つに過ぎないさ。もっと他のにも乗れるよ」
「本当?」
 その言葉につられ、ボクはしせんを海からパイロットさんへとうつした。
「そうだね、自動車にバイク、ヘリや飛行機、宇宙船とかも操縦できるよ」
「え」
 ……本当なんだろうか。もし本当なんだとしたら、ふつうこんなところでボクみたいな風来坊チャオ相手にわたしもりなんてやってるほどヒマじゃないと思うのだが。
「で、今はモーターボードに乗りたいから、こうしているってワケさ」
「……乗りたいから?」
「そう。乗りたいモノに、乗りたい時に乗る」
「なんだか、意味のない事をしてるね」
 ボクにはとうていりかいできない考え方である。そういった事をするよりも、何かゆういぎな事をした方がいいと思うのだが。
「意味のある事なんて、実はないのさ」
 パイロットさんは、笑ってそう答えた。
「ない?」
 ボクにはその言葉の意味がよくわからなかった。
「お金を稼いだり、空腹を満たす為に食事をしたり、温暖化を防ぐのに貢献したり、全部ね」
「全部?」
「そうさ」
「どうして?」
 普段はまるで形の変わらないボクのポヨが、ハテナの形に変わった。
「勿論、それが当然であるように生活してる人が大半さ。でも、それを意味がないと言う人がいる。例えば」
 パイロットさんはモーターボードを運転するしせいそのままに、こっちをふりむいた。
「キミだって、お金を稼いではいないだろう?」
 ……そういえば、ボクに限らず人間以外はお金をかせいだりしていない。だがしかし、それは人間とちがってボクらは――
「お金を稼ぐ意味がないからね」
 ボクの頭の中でつづく言葉を、パイロットさんは先に言った。
「普段から食事を必要としない人だっているし、ゴミの分別だって大抵の人は面倒だって言う。夢を追いかける必要のないという人もいれば――」
 よそ見運転をやめ、パイロットさんは前方に広がる海を見すえた。
「――生きる意味が無いとか、世界のある意味が無いって思っている奴だっている」
 パイロットさんのその言葉を聞いた時、ボクのせすじに何かひやりとしたものがあたったような気がした。
「……じゃあ、パイロットさんはなんで意味もないのに乗り物に乗りたがるの?」
「楽しいからに決まってるじゃないか」
 ボクのしつもんに被せるようにして、パイロットさんは即答した。その声はとても楽しそうで、彼の心からの言葉である事がボクにもわかった。
「やる事なす事意味がないと言って、それを悲観するほど僕は落ちぶれたりはしないさ。僕は色んな乗り物を自由に運転して、広い世界を堪能したい。それが僕の生き甲斐さ」
 広い世界をたんのうする事を生きがいにする。まさに――
「キミも同じだろう?」
 ボクと同じだった。


 そこまで長くもなかった船旅を終えて、ボクはミスティックルーインにまで辿り着いた。えきのすぐ下に船の停泊所がある事にはいくらでもつっこみたいのだが、わたってきてしまったものはしょうがないので文句は言わない事にした。
「ここでお別れだね」
 ボクとスケボーを船からおろした後、パイロットさんはボクの頭をなでてくれた。だが、ボクのポヨがハートに変わる事はなかった。それを見たパイロットさんはボクの頭から手をはなして肩をすくめた。……ちょっと悪い事をした気がする。
「もう行くの?」
「ああ。一つの所に留まるのは趣味じゃないんだ。キミと同じでね」
 すっかり似たもの同士扱いをされている。でも悪い気はしない。
「そのスケボーはキミに譲るよ。大事にしてくれ」
 ボクはその言葉にうなずいた。いつぞやにポンコツ扱いはしたが、ボクの立派なあいぼうなのだから。 
「それじゃあ旅人君、旅の幸運を祈ってるよ」
 パイロットさんは再びモーターボードのアクセルをふんだ。それに応えるようにモーターボードはいきおいよく前進し始め、パイロットさんの背中はみるみるとおくなっていく。ボクはその背中に向かって、せいいっぱい叫んだ。
「フウライボウだーーっ!!」
 ――その言葉が聞こえたのかどうかは、よくわからなかった。


 それから……一ヶ月もたった気分がするが、まだ一週間だろうか。
 ボクは改めてあいぼうに旅路の歩みを任せた。この前のポンコツぶりはひどかったが、理由あっての事だから許す事ができた。だからもう、これからは心配ないと思っていた。
 だが、それがまちがいだった。
 ここにSOS発信と、念のためゆいごんものこしておこうと思う。
 助けてください。森から出られなくなりました。もし助からなかったら、約束をやぶってごめんねミスティ。
 でもこの言葉、電波発信じゃないからぜったい誰の耳にも入らない。あぁ、もっと広い世界をたんのうしたかったなぁ――
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六月五日
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:24 -
  
 あれからどれくらいたったのだろうか。
 たしかあの頃のボクは、あいぼうのポンコツにだまされてこの森へといざなわれ、そして生命のききを感じながらこの世へのみれんとミスティの約束をやぶったざいあくかんでいっぱいいっぱいだったと思う。今思えば、うそみたいな話だ。
 近況ほうこくをしよう。
 長い間森の中をさまよい続けたボクは、とうとうこの森の道をはあくしてしまった。
 この森、一度は世界の果てまで続いてるんじゃないかとうたがったほどの迷宮っぷりだと思ったのだが、意外にもめんせきはそれほどない。道もそれほど枝分かれしてない故に、方角を決めて歩いてしまえば迷うようそはなく、意外と歩くのには苦労しないという事実が発覚したのだ。
 いやぁ、あの時のボクがはずかしいなぁ。SOS発信とかゆいごんとか。フタをあけてみればただのビックリ箱だった。今じゃもう笑い話にしかならない。はっはっは。
「はぁ」
 思わずためいきがもれるボクは現在進行形で川釣りにいそしんでいた。けっこう釣れてる。最初に比べればかなり上手くなった。こうなれば楽しくしょくりょうちょうたつができるので、とってもかいてき。
 ボクが楽しく釣りをしている間、あいぼうはすっかり道を覚えてしまった森の中を楽しくおさんぽ中。今でこそ寂れきっているこの森だが、これでも数年前まではいろんな歴史考古学者たちがこの森へ訪れ、森の中心にたついせきの調査をしていた場所だ。たんけんするには持ってこいの場所である。
 そのいせきとやらであるが、これまたボクたちチャオとの深い関わりのあるモノであるという事は、今やいろんな人が知っている話。いせきの最深部にある壁画に描かれた「パーフェクトカオス」の姿がテレビ番組で放映された時は、多くの人々をおどろかせた。パーフェクトカオスと言えば、ステーションスクエアという大きな都市をはかいしようとし、それを見た人々に恐怖というモノを感じさせたのだ。おどろかないワケがない。
 そんないせきのある森の中で釣りをしているのだから、ボクらの守り神サマはきっとボクのしょくりょうじじょうを助けてくれて当たり前というワケである。実際釣れてるし。
 ボクがそうしてのんびりと釣りをしていると、とおくからガラガラとやかましい音が聞こえてきた。ボクには聞きなれた音だ。多分あいぼうだろう。今日は帰ってくるのが早い。いつもはもう少し暗くなってから(元々暗いが)帰ってくるのだが、森の木々から差し込む光はまだ明るい。流石に同じ所をさんぽするのはあきたのだろうか。
 ボクも釣りつづきでかたくなってきた体をほぐすために(ぷるぷるのぽよぽよであるが)釣りを一旦ちゅうだん、立ち上がってラジオたいそうを始めた。首、肩、腰の部位が特にひろうがたまっているのが自分でもわかる。ずっと同じたいせいでいるのだから当然である。ボクがそうして体のあちこちをほぐしていると、

 とつぜん大地が大きくゆれだした。
「うわっ」
 体を反らせている最中だった。そのままボクは頭から後ろにたおれた。
 いきなりのじしん。かと思いきや、とつぜんゆれだした大地はとつぜんゆれが収まった。まるで、空からとんでもないものが落ちてきたかのようなゆれだった。
 いたむ頭をさすりながら体を起こす。近くに置いてあったにもつや釣り竿は全部ぶじである事をかくにんして、ひとまず安心する。ゆれた拍子に何かが川へと流れ落ちていたらどうしようかと思った。
 思っていたら。
「あ」
 見覚えのあるポンコツが川上から流れてきた。


 一旦にもつをまとめたボクは、あいぼうといっしょに森から出てきた。状況かくにんの為だ。途中までのトロッコはお世辞にも乗り心地が良いとは言えなかった。
 ここミスティックルーイン駅の近くはけっこう広い場所であり、そのすぐ近くには過去にステーションスクエアばくげきのききを救った事で有名なテイルスの工房がある。試しによってみたら留守だったが。
 そしてもう一つとくちょうてきなのと言えば、駅を出てすぐに目に付くであろう、岩壁に空いた大穴だ。
 この岩壁、過去に何かの拍子に起きた大きなゆれによってこわれ、それ以来ずっとほうちされているのだ。ウワサによれば、このどうくつから行ける山を登山コースにして、ここへ訪れる人を増やしてみようというのだとか。あのいせきと合わせれば、ここは有名なかんこうちになるだろう。
 んで、今回のポイントはこの穴がぽっかり開いた理由である。そう、大きなゆれ。ボクはさっきの大きなゆれの原因がこの先にあると仮定し、ここまでやってきた。
 ……まぁ、別にしらべる必要性はこれといって全くない。しいて言えば、これはただのひまつぶしである。あのまま森の中で釣りをしつづける原住民になる気はない。それでは風来坊の名がすたる。はせた覚えもないが。
 めんどうな事に、元々は壁のやくわりを担っていた岩はすでにてっきょされ、足場がない。しょうがないので持ち前のチカラスキルを信じ、この穴の先まで行くことにした。チカラのアビリティ、Dぐらいしかないけど。


「はあ」
 思わず大きなためいきが出た。ボクまだコドモなのにすごい年よりみたい。だってしょうがないもん、途中の所が何故かカチコチに凍った氷のどうくつだもん。まだ三月になったばっかりで少しさむいんだからためいきだってしたくなるもん。
 げふんげふん。
 そういうわけでどうくつを抜け出た先は、なんつーかけっこう広い崖だった。別に左側に島が一個あるというワケでもなく、けっこう広い崖だった。
 あの穴がぽっかり開いた理由。ズバリ、マスターエメラルドの力で空に浮かぶ島、エンジェルアイランドが落ちてきたしんどうによるもの。当時マスターエメラルドに封印されていたカオスがとつぜんその封印を破り出現、その拍子にマスターエメラルドは粉々になり、エンジェルアイランドが落下。それにより、あの穴がぽっかり開いてしまった――という話らしい。
 だから今回も、マスターエメラルドに何かが起きて島が落ちてきたんじゃないのかと思ったが、別にそんな事はなかったぜ。
「はあ」
 またしてもためいきが出てしまった。きゅうきょくにむだあしである。スタミナのむだである。こちとらスタミナのアビリティがEなのである。あの岩壁登るのにも苦労するのである。
 帰ろうかとも思ったが、さすがに森に帰るというというのもなんなんで、ボクはあいぼうにしんろの固定を指示、しょうらいの登山コースであるレッドマウンテンでも登る事にした。若干ヤケになっているのは誰にも言えないヒミツ。
 だがこのポンコツ、ちょっとすすんだかと思ったらとつぜん止まってしまった。最近のこいつのしょくむたいまんについては本当に如何なものかと思う。まぁしかし、最近のこいつのこういった行動には何か理由がある事がなんとなくわかってきたので、まず周囲のかくにんをする。
 左手にはぼうえんきょうでもあればグリーンヒルが見えるかもしれない崖、右手にはロッククライミングしたくないランキングに入るであろう大きな岩壁、正面には水たまりの一個ある登山コースへの入り口、後ろにはボクのきちょうなスタミナをうばってくれたどうくつ――
 そこまでかくにんして、ボクは急に正面にある物体が気になった。

「ん?」
 ――なんで水たまりがあるんだ? 最近雨なんてふったっけ?
「え?」
 ――なんで水たまりが動くんだ? ここって急な坂道だっけ?
「あれ?」
 ――なんで水たまりが、どんどん人の形へとなっていくんだ?

 ゆめでも見てるんじゃないかと思うくらい、何も考えられなかった。
 見下すほど小さかった水たまりは、見上げるほど大きな人の形へと変化していく。ボクらチャオと同じようなニオイがして、それでもボクらとはまるでちがった姿をしていて。
 この期に及んで、この世界に何の用があるんだろう? さっきのしんどうは、この人がやったんだろうか? そんなぎもんは、その時にはまるで浮かばなかった。緑色に光る目が、ボクの事をじっと見つめていたから。

「……カ オ ス ?」
 かつてチャオたちを守りつづけていた守り神。
 かつてこの世界をはめつさせようとした怪物。
 かつて消えたハズの過去の人物が今になって。
「なんで、ここに?」

 その答えは、こぶしだった。
「!?」
 カオスのこぶしがボクに向かって伸びた、と同時にあいぼうは即座にさっとよこによけた。だが安心する暇もなく、カオスはもう一回手を伸ばしてボクを狙ってくる。それをあいぼうはまたも巧みによけてボクを助けた。
 何故だ。何故カオスはボクをこうげきしてくるんだ? カオスはボクらチャオの守り神じゃなかったのか?
 考える時間すらも与えてもらえず、カオスはまたもボクをこうげきするためにみがまえた。いつぶりだろうか、再び生命のききが訪れる。こんな皮肉な死に方はしたくない。ボクはあいぼうにしっかりしがみ付いた。そしてカオスのうでがボクをおそおうとしたとき、
「やめて!」
 女の人の声が、それを止めた。その声のする方向は、カオスの後ろだった。カオスはかまえをとき、声のする方へとふりむいた。ボクのしせんも自然とそちらに向く。
 そこに立っている人は、あのマスターエメラルドのしゅごしゃであるナックルズと似たような姿をしていた。その姿に現代的なものは感じられず、なんだか昔の人に見える。あのカオスを呼び止めるところを見ると関係者なのだろうか。
「どうして? その子はあなたが今までずっと守り続けてきた子達と同じじゃない!」
 女の人は、ボクの思っていた事と同じ事をカオスに訴えた。するとカオスからボクたちへと「意思」が伝わってきた。
 ――チ ガ ウ
「違う?」
 ――オ ナ ジ ジャ ナ イ
 ……同じじゃない?
「どういう事? この子はチャオじゃないって言うの?」
 ……ボクが、チャオじゃない? どういう事だ?
 しかし、それ以上カオスは何も話さず、人の形をくずし始めた。
「ま、待って!」
 女の人の止める言葉もとどかず、カオスは水たまりになったかと思うとすぐに消えてしまった。

 ……一時の、せいじゃく。
「……はあっ」
 先に打ち破ったのは、ためいきと共に仰向けにたおれたボクだった。
 かんけつに感想を言うならこうだ。すっごい、びっくりした。きゅうてんかいにもほどがある。
「だ、大丈夫?」
 いきなり仰向けにたおれたからか、今度は女の人がおどろいてかけよってきた。ボクはそれにうなり声で返した。
「ごめんなさい、まさかあの人があなたに危害を加えようとするなんて……」
 女の人はボクを抱いて、頭をなでてくれた。チャオと触れ合いなれてるような感じがする。ただ、やっぱりボクのポヨはハートマークにならない。そんなボクを、女の人はじーっと見つめてきた。
「どうしたの?」
「いえ、その……」

 ――オ ナ ジ ジャ ナ イ

 あのカオスの言葉が、ボクの頭に浮かんでくる。この女の人も、きっと同じ事を考えてるだろう。でも、
「ううん、なんでもないわ。……そんなハズないもの」
 そうだ。そんなハズはない。
 みんなと同じように木の実を食べて、遊んで、レースして、カラテして、泳いで、飛んで、走って、登って。ボクがチャオじゃないと言うなら、なんだっていうんだ。
 ……なんだっていうんだ、カオス?
 女の人は思いつめた顔をしたままボクをおろした。ボクも似たような顔でその顔をまじまじと見つめていると、女の人はボクに笑顔を見せた。
「ごめんなさいね、迷惑をかけて。私、あの人を追わないと」
 そう言うと、女の人はきびすをかえして歩き出した。……って、その先って崖なんですけど。落ちますよちょっと。
「私はティカル。きっとまた会うかもしれないわね。それじゃ」
 その女の人、ティカルはボクに別れの言葉を告げ、
 小さな光となって飛び去っていった。

 ・

 ・

 ・

「え?」
 あ、いや、その。どういう事? ボク、光になれーとか言ってないんだけど。どうやったのあの人。なんなのあの人。カオスの何? というか、なんでカオスがいるの?
「ぐふっ」
 頭がパンクしそうになった。ボクのポヨがたつまきせんぷうきゃく。ちょっとさっきのどうくつで頭冷やそうかしら。だがことわる。とりあえずれいせいになれ。
 あのティカルという人は誰だろう。カオスと普通に会話していたり急に光になったりとまちがいなく人間じゃない。当たり前だよハリモグラだもん。ばかもんもんだいはそこじゃない。人間だとかハリモグラだとかじゃなくて個人じょうほうの話だ。そういうの高く売れるって誰かから聞いたぞ。いやいやそういうもんだいでもない。
「はあ」
 自分に呆れてためいきが出た。ボクの頭の中のしんぎはしばらく終わりそうにない。大体こっちにはじょうほうが足りてないのだ、考えたところでムダなのはわかりきっている。ボクは風来坊であって探偵ではない。こっちを調べに来たのは、元はと言えばひまつぶしである。
 しかし、ここは探偵にならざるをえないかもしれない。誰彼君の家庭のじじょうならば関与はしないのだが、ボクたちチャオの守り神さまに「お前チャオじゃねーよ」とか言われたらレッツさいばんである。しかし、しょうこもなしに法廷に出てもしょうがない。さて、どうするか。

 ――ガラガラ、ガラガラガラ――

 ぽんこつが そうおんで かんがえるのを じゃましてきました まる
「やかましいっ」
 どこまでもボクの不都合を呼ぶ奴である。こちとらチャオとしての人生がかかっただいもんだいだというのに、この期に及んでまだこいつはボクに災厄を運んでくるつもりか。かわらわりするぞてめぇ。
 そうやってスケボーに近付いたとき、ある事に気付いた。こいつの向いている方向、レッドマウンテンへの入り口である。未来の登山コースの入り口が目に入ったボク、思考回路が一時停止。
「あっ」
 カオス、こっから来てたじゃないか。このあいぼう、ちゃんと覚えちょる。
 そうだとも、カオスの行動の意図も言ってる事もわからないが、足跡ぐらいなら調べる事ができる。エンジェルアイランドが降りてこなかろうが、この山でカオスが何かをすれば大きなゆれが起きるのではないだろうか。カオスは何をした?
「よし、行くぞあいぼう」
 カオスの足跡を辿る為に。
 ボクを乗せたあいぼうは、得意気にヒルクライムを始めた。
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九月一日
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:25 -
  
 人間、時には何かに感情を動かされ、そして熱烈に行動するモノであると思う。
 数年前、ステーションスクエアを中心に大規模な洪水が発生。その原因であるカオスと呼ばれる生物の暴走は、かの英雄ソニック・ザ・ヘッジホッグの手によって止められ、世界に大きな傷跡を残して事態は収束した。
 それ以来、世界的に注目を浴びた生物がいる。太古の昔から、その恐るべき環境への適応能力によって生存を続けていたチャオだった。
 多くの研究者達の手により、チャオの進化過程の調査、遺伝法則、様々なチャオの生態が明らかにされてきた。中でもカオスチャオと呼ばれる進化系統、文字通りあのカオスと似た姿を持つ不死身のチャオは、あのカオスもチャオから突然変異を起こした生物である事を明らかにしてみせた。
 ……と、お父さんに最初に聞いた。

「ふー」
 分厚い本から目を離し、凝り始めた肩をゆっくりと回す。
 中学生の身分でありながら、多くの書物に囲まれて椅子に座っている私。本名は明かさないが、ハンドルネームはミスティ・レイク。この名前の由来を知ってる人からは熱烈なツッコミが送られてくるのだが、名前を考えるセンスの無い私としては変えるのも面倒なので変えてない。友人からは親しみを込めてみーちゃんとか呼ばれている。
 チャオ専門の学者を父に持つ私は、幼い頃からチャオという生き物に多大なる興味を持ち、お父さんからいろいろな事を教えてもらっていた。最近は仕事で忙しくてなかなか帰って来れないので、空き部屋防止対策とか適当な名目でお父さんの部屋を利用させてもらっている。勿論、チャオの事を勉強する為。
 実は私、お父さんがチャオの研究者であるにも関わらず、人生の内で実際にチャオに会ったのはまだ一回だけ。この頃のチャオガーデンはまだ研究施設扱いだから、その手の人じゃないと入れない。友達に得意気に話す知識は増えていくが、私の心は虚しくなるばかり。
 しかし、それは今までの話。今の私は、十二月二十三日の聖誕祭が待ち遠しくてしょうがない。まだ四ヶ月後の事だけど。
 冬休みの終わった頃、学校の帰りに一匹のチャオに出会った。そのチャオは茶色い服装に身を包み、スナフキン……もとい、風来坊として旅を始めたばかりだと言う、とっても珍しいチャオだった。そして私はそのチャオと、聖誕祭の日を一緒に過ごす約束をした。きっと私とその子は聖誕祭では注目を浴びるかもしれない。……多分、別の意味で。
 だが、そのチャオと出会ってからというもの、チャオに関する法律が変わり始めようとしていた。人間と同様の知識を持ち始めたチャオを同じように社会に出すというものだ。この案は一、二年前から出されており、今年の聖誕祭を迎えると同時に実現されるという。そしてそれに伴い一般市民のチャオガーデン入場が許可され、その後のチャオガーデンは保育施設として機能する事になるらしい。
 各々から不安の声があるのは当然の話なのだが、私は当然嬉しい。昔から愛し、求め続けたチャオと、ようやくいつでも友達のようにふれあえるようになる。こんな日をどれだけ待ち続けた事か。
 ……未だに本と睨めっこする毎日ですが。
「あーあ。まだかなぁ、聖誕祭」
 最近、こんな風に嘆いてばかりな気がする。
 時の流れを早く感じたり遅く感じたりするのは個人差がある。私は専ら前者の方なのだが、今年は例年と違って一ヶ月が経つのすら長い。というか永い。このまま聖誕祭の日まで眠り続けた方が効率的とすら思えてくる。寝坊してしまえば全てがパーになるけど。
 そして私が嘆く様を見る私の友人の一人はこう言う。

「果報は寝て待て」

 結局寝ろと申すか。
 しかし私はインドア行動派という矛盾しているような性質なので、睡眠時間を作るくらいなら起きて何かしているタイプだ。残念ながらそんな事はできない。
 とは言っても、行動派がインドアであり続けるのは流石に無理がある。お父さんの持つ本のほとんどを読みきり、ネットでの交流も最近はそんなにしていない。要するに、暇。人間、こうなると事件の一つでも起きないかという物騒な事を考え始める。やだなー怖いなー人間って。あー事件起きねーかなー。
「うあー……あいてっ」
 伸びしたら椅子から落ちた。いてぇ。
「うわぁーっ! 嫌だぁーっ! 暇だぁーっ!」
 耐え切れなくなって、思わず叫んでしまった。今この家はお母さんが出かけていて私一人だし、近所迷惑の心配も無い。そんな事考慮してから叫ぶのもなんだけど。
 しかし、そんな声に応えたのか、この部屋のドアがノックされた。はて、いつの間にお母さんが帰ってきたのやら。
「開いてるよー」
 私が言うと同時に、ドアは乱暴に開かれた。
「友人だ! 手を上げろ!」
「警察の間違いじゃないのか、不法侵入者」
 ……あれ? なんかいろいろ間違ってね?
「まあまあ、ここに入っても盗む物って言ったらこの部屋にあるものしかないじゃない」
「お父さんの研究資料はすこぶる問題だよ」
 ちなみにお父さん、物の管理が非常にしっかりしており、何かが一つ足りなくなってもすぐに気付く。こういう仕事をしている人に必要なスキルの一つだろうか。
 それはさておき。
 彼女は私の友人で、本名は個人情報守秘の為明かさないがハンドルネームはマムル。お互いにまーちゃんみーちゃん呼ぶ間柄である。……ん? なんだかとっても危ない間柄のニオイが少しだけするが、ワタシ男じゃないからきっと気のせい。
 由来は「元ネタのモンスターがかわいいから」だそうだ。私はその元ネタを知らないが、彼女は所謂ゲームの雑魚モンスターが好きで、私がRPGを遊んでいる時にうっかり雑魚を倒すと怒られる。序盤ぐらいは許してくださいよ。
 ゲーム好きな一面を持つが、私よりはアウトドア。家で本やパソコンの画面と睨めっこしている私に世情を教えてくれる。多分、今回も何かネタがあるんだろう。
「というわけで、暇なみーちゃんに究極の果報を持ってきてやった、ぜっ!」
 寝転がっちゃいるが、寝てはいませんよ。
「というか事件よ、事件!」
「嘘こけ」
 真っ先に疑った。確かにフラグは立てましたが、そんな簡単に事件が起こるハズがない。ご都合主義ってレベルじゃねーぞ。
「かーっ、その様子じゃネットのニュースも見てないなー。ならばこの新聞記事と睨めっこするがいいわ!」
 とか言って、マムルはどこからともなく新聞記事を取り出し私の顔面へと投げた。その記事は私の顔に綺麗に覆い被さる。いいコントロールだと褒めておこう。新聞を手に取り、仰向けのままその記事と睨めっこ――

『カオス再び 各チャオガーデン施設にカオス出没』

 ・ ・ ・ ?
「ええええええええっ!?」
 足だけで、コンパスで九十度を書くように素早く綺麗に立ち上がった。どうやったかわかんないが、そんな些細な事はどうでもいい。
 驚くほど簡単にフラグが回収された事もあるが、あのカオスがチャオガーデンに現れた?
「ど、どういう事なのっ!?」
 勢いそのまま、マムルに詰め寄る。マムルはそんな私に気圧されてか、ドアを背にした。
「え、えーっと。原因不明・目的不明・行方不明。これでわかる?」
 がしっ、と肩を掴み。
「詳しく」
「ひぃーっ! お助けーっ!」
 なにやら叫んでいるマムル氏を、無理矢理私の部屋へと連行した。


 今月の初め、チャオガーデンにてカオスが目撃された。
 カオスは、ガーデン内にいるチャオの内数匹に近寄り、しばらくしてすぐに消えた。その時のチャオ達の証言によると「チガウ」の一言だけを告げられたらしい。各都市のチャオガーデンにも同じ例が確認されている。
 何故カオスが再び現れたかについては一切の手がかりが得られず、更にその目的も不明。ここのところはどこにも出没しておらず、その足取りも掴めていない。
 ――とまぁ、簡単にまとめるとこうなった。
「どこのニュースも報道してたのに、ずっと知らなかったの?」
「うん」
 呆れたように溜め息を吐かれた。別に今時テレビ離れなんて珍しくないじゃないか、ぶつぶつ。
「……それにしても、嫌なタイミングで出てきたね」
「嫌なタイミング?」
 至極残念そうに言うマムルの言葉の意味がよくわからず、思わず聞き返した。
「だって、今年でしょ? チャオの社会進出」
「あ」
 気付いた途端、私は座っていたベッドからずり落ちた。
「そうだぁー、もしこれでその話がパーになったらどうするんだぁー」
 生命の危機である。主に私の。そんな私を見るマムルの目はまたしても呆れていた。「そう言うと思った」みたいな顔で。
「……で?」
「で、って?」
 心的ダメージが絶大になりつつある私は、至極恨めしそうな声で聞いた。
「なんで私にこんな話を?」
 確かにチャオ専門学者の娘ではあるが、そんな一般市民にこんな嫌らしい情報を伝えてどうしようって言うのか聞きたい。
「いやー、やっぱその手の仕事をしているお父さんがいるんですから、何か良い情報でも持ってないかと思ったんですが――」
「無いね」
 カオスの事なんてたった今初めて聞いたんだから、そんなのあるハズない。それに、今お父さんに連絡を取ろうとしても無駄だろう。今年は例年以上に忙しいから、連絡も取れないと思うと言っていた。
「みーちゃんってさー、そういうトコ冷めてるよねー。なんか自分に都合の悪い事起こっても何もしないって言うか」
「区切りが良いって言ってほしいね。確かに社会進出の話がパーになるかもしれない事は私のメンタルにこうかはばつぐんだけど、なんにもできないんだから大人しくにげるコマンド使う」
「諦めんなよ!」
「…………」
 急に作ったような声で叫んだマムルを、救いようの無い目でじっと見つめた。
「ごめんなさい」
 あっさり負けを認めた。だから貴様は雑魚なのさ。もう少し勝算のある勝負を仕掛けるんだな。って、なんの勝負してんのさ私達。
「そりゃあ、私だって何かできる事があるならやりたいけどさー。無駄とわかって何かやるほど若くないし」
 一応、このまま悪者みたいなポジションに置かれ続けるのはどうかと思うので、適当に弁明でもしておく。
「おめー私と同い年だろーがよ」
 やかましい。
「どんな志を持っていようが、所詮私達は世の流れを見ている事しかできない無力な一般市民なのですよ……っと」
 ベッドからずり落ちたままの体を立たせ、軽く体を伸ばす。そして電源をつけたままずっと放置していたパソコンのマウスを握った。
 最近はあまりインターネットを利用していない。聖誕祭はまだかとそわそわしたりぼーっとしたりする毎日を送っていたくらいだから利用してた方がよかったのかもしれないが、どうもそんな気になれないでいた。おかげで電気代の無駄である。それなりに裕福な家庭だけども。ただ、マムルの言うとおり情報収集ぐらいは行っておくべきだった。後の祭りとはこういう事を言うのだろうか。
 お気に入りのボタンを押し、リストの中にある一つのサイトをクリックする。

「CHAO BBS」

 所謂、チャオを愛する者達のBBS。
 勿論同じようなBBSは数多く存在するが、チャオ関連BBSでは最多のユーザーを誇る。困ったらとりあえずここ。
 別に有名な研究者が利用しているだとかそういうのではなく、普通に民間人、そして大半が学生が利用しているという至って普通の場所。だがそれ故に、ここでの私のハンドルは結構有名。理由は勿論、私がチャオ専門学者の娘だから。
 私がここを利用しようと思った動機は、勿論ここにいる普通のユーザーと同じで、チャオの事を語り合いたいからだった。ところが父親がチャオ専門学者である事を話すと、一変して「ミスティ・レイク」は他のユーザーの目に留まるハンドルの一つとなった。私以外にも、親族がチャオ専門学者であるという人が三人。おかげさまで何故か四天王扱いされてしまった。
 前途の通り、最近はネットにすら繋いでなかったので、最近はここがどうなっているのか全然知らない。まぁ、カオス出現とあってはとんでもないスピードで巨大なツリーが形成されているんだろうなぁと思う。いちいち全部に目を通すつもりはもちろんないが。

「チャオ軍事利用計画」

 吹いた。何コレ。
「ん、どうしたの?」
 私のオーバーリアクションに反応したマムルが、私の肩に頭を乗せて画面を覗いてきた。そして私と同じ一行の文章を見た途端に、怪訝な顔をする。
「なぁにこれぇ。イタズラ?」
「かなぁ……」
 なにやら物騒なタイトルと共に、その下には分厚い資料の目次みたいなモノに書かれる名前のようなレスが沢山付き、そこだけでもかなりのツリーを形成していた。イタズラにしては、かなり凝っている。掲載日時は、ちょうど今日の早朝のようだ。
 一応、内容の確認をする為にカチっとクリック。そして本文を見て、驚きが隠せなかった。
 近日のカオス出没の混乱に乗じてのイタズラかと思ってたのだが、蓋を開けてビックリ。中身が異様なまでにしっかりしているのだ。上から下まで適当に流し読みしていても、本格的な文章である事がわかる。
 試しに下につけているレスも読んでみると、同じようにしっかりとした文章が並んでいる。いくつかには絵図らしきものへのリンクも用意されている。
「他のユーザーのレスも沢山ついてるね」
 確かに、異常なまでの数のレスが付いている。その中で気になるレスを一つクリックしてみると、そこには「他のチャオ関連のBBSにも全く同じ事が書き込まれている」と言った事が書かれていた。
 試しに検索サイトへと飛び、そこで「チャオ軍事利用計画」というとっても物騒なタイトルを入れ、検索をかけてみた。そして更に驚いた。
「これ、本当にどこもチャオ関連のBBSじゃない!」
 ニページ目、三ページ目と探していっても、どこまで行ってもBBS。一応それぞれの場所に本当に同じ内容が書かれているのか確認してみるが、どうやら全く同じ。掲載日時も今日の早朝近く、最初に見たのとほぼ同一。
「まさか、本物……?」
 マムルのその言葉に否定はしなかった。それどころか、私の思考の中で一つの確信が芽生える。
「……内部告発?」
「え?」
 思わず口から出た私の言葉に、マムルは首を傾げる。
「今はまだ断定できないけど、ここに書いてある計画っていうのに参加している人の何人かが、目の付く所に情報を公開したんじゃ……」
「え、でもなんでこんな時に?」
「こんな時、だからよ」
 私の言葉に、マムルは首を傾げるばかり。あんまり曲げてばっかりだとポロッと落ちるぞ。……想像したら首が冷えた。
「カオス出没よ」
「カオス?」
「そう。その情報を知った計画者達の内数人が、自分達の行っている事の危険性に気付いて計画の中断を申し出たんだけど、責任者がうなずいてくれない。だから、自分の身の危険を覚悟で世間に情報を公開した」
 一つ大きな息を付き、説明を締めた。なんかおおーとか拍手もらったけど、うれしいデスとか言えねぇ。
「でも、一番の問題があるんだよねぇ」
「え、何?」
 どういう事なのかわからないように首を傾げるマムル。溜め息混じりに、簡単に言ってみせた。
「なんで警察とかに情報を流さないのか」
「あっ……」
 ポヨがあったら、頭から感嘆符を出してるであろう仕草。もう説明の必要はないだろう。
 理由を考えるとすれば。内部告発というのは行う側にリスクがつくのは当然の事。この計画とやらを考えてる規模の大小はわからないが、圧力をかけられたせいで警察になんか情報を流せたもんじゃない、というのが一応の理由になる。
「……まぁ、どうせ全部推測なんだけどね」
「なはは、みーちゃんそれ言ったらおしまいだよー」
 そんな風に私達がとっても一般市民しているその時、部屋に置いてある子機電話が鳴り始めた。随分とタイミングが良いなと思いつつ、ディスプレイを見る。
 ……見た事のない番号だった。とりあえず電話を取り、応対をしてみる。
「もしもし……」
『もしもし。私、チャオ専門学者のマーカスと言う者ですが……』
 マーカス、という名を聞いてハッと思い出した。
「え、マーおじさん?」
『ん……? おや、ひょっとしてみーちゃんかい?』
「うん! やっぱりマーおじさんなんだ!」
 マーおじさんと言うのは、昔から私のお父さんと一緒にチャオの研究を行っていて、私も幼い頃からよく顔を会わせていた。小学校高学年になる頃には随分と会っていなかったのだが、本当に久々の電話だ。
 後ろで「え? マー……て、私おじさん?」とかボケてるマムルを華麗にスルーし、話を続ける。
「凄い久しぶりだね。どうしたの? お父さんに用?」
 私の問い掛けに対し、電話の向こう側から異様に重い空気が流れてくる気がした。
『……多分、用があるのはお父さんの方だと思うけどね』
「え?」
『手短に話す。二度も言わないし質問もほとんど答えられない。一度で聞いてちゃんと理解してくれ』
 人間、二度は言わないと言われると聞き漏らさないように必死になる。それすら聞いてない人間の事は知ったこっちゃないが。ともあれ、電話から流れてくる音声に耳を澄ます事に。
『みーちゃんはもう、ネット上のチャオ関連のBBSは見たかい?』
「え? うん、ついさっき」
『そうか。それなら、話は早いな』
 電話の向こうでマーおじさんが一呼吸するのが聞こえる。
『そこに書いてある内容は、全部本当の事だ』
 …………。
「え?」
 少しの間、おじさんの言った言葉を解釈するのに時間を要した。
 他人から見れば、途中までの会話の流れでおじさんが何を言うかわかるかもしれない。だが、私はマーおじさんという人物を良く知るが故に、逆にわからなかった。昔から仕事の事を聞こうとすると「あんまりつまんなくて眠くなっちゃうよ」なんて風に返されるので、おじさんの口からそういった類の話は出てこないモノと、今日この時までずっと思っていた。それが今、あっさり覆された。
「あの書き込み、イタズラじゃないの?」
『ああ。あれは全部、僕や同僚達があちこちに載せたんだ。内部告発として』
「おじさん達が!?」
 信じられない。主に、私の予想が当たった事に関して。もしこれが四月だったら、人騒がせなエイプリルフールで終わるのに。ただ一つ気になる事があるとすれば。
「でも、なんでBBSなんかに? そんな大事な事なら、警察にでも……」
『無理だ』
 私の口から出る疑問を先読みしていたかのように、早急な駄目出しをくらった。
『この計画は、軍部や政府が圧力をかけてる。世間に知られれば間違いなく問題になるんだ。なんとなく、わかるだろう?』
 なんとなく……確かに、なんとなくわかる。計画に参加する動機は省くとして、私がその計画の当事者の立場だったら、絶対に国民達に情報を公表なんてさせたくないと考えるだろう。って、なんだか悪者の思考回路持ってるな私。
『だから、僕やその他の者はこの計画の組織から抜け出せなかったし、むやみに情報を流出できなかった。だけど、あのカオスが出没したとあっては早急に手を引かざるを得ない。だから今日、思い切って情報公開に踏み切った』
 ……なんというか、言葉が出なかった。私はただ、物語にでもありがちな事情の背景を適当に予想というか想像しただけだ。なのに、まるで完成図を見ないでおっきなジグソーパズルを完成させたかのようにピタリと当て嵌まってしまった。
『それで、僕や同僚達は全員逃亡中なんだ』
「だ、大丈夫なの?」
 あまりの急展開っぷりに頭がついていかなくなってきたが、無理矢理にでも頭を働かせ、口を動かす。ぼーっとしてると、あらゆるものに置いてかれそう。
『追っ手から逃げ回るなんて、映画で見るのは好きだったんだけどね。こんな緊張感、僕には似合わないな。……いいかい、BBSの情報は今の内に保存しておくんだ。僕達は今からみーちゃん宛てに協力者を送る』
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 勝手に話を進めるおじさんの言葉に、私は慌てて静止をかけた。
「助っ人って何? 私みたいなただの学生ができる事なんてないよ。直接、マスコミとかに情報を流せば……」
『勿論そうするさ。でも、君しか持ってない証拠があるんだ』
「え?」
 私しか持ってない証拠? そんなの、ベッドの下にも、箪笥の奥にも、小説の栞代わりにも、スカートの中にもありゃしない。いったい、その証拠というのはなんだ?
『……お父さんから聞いたよ。君、一月頃にチャオに会ったんだって?』
「う、うん」
 一月に出会った、旅するチャオ。私は嬉しさのあまり、色んな人に広めたのを覚えている。勿論、お父さんやお母さんにだって話した。それがどうかしたのか。
『君しか持ってない証拠――間違いなく、そのチャオだ』
「え?」
『いいかい、もう説明する時間もない! 協力者がそっちに辿り着い――、そのチャオの事――教え――! 頼ん――』
 雑音が入り混じってうまく聞き取れないおじさんの声を最後に、電話はぷつりと切れてしまった。

 頭の中が、非日常的の全てを否定している。
 だが、そんな私の思考の底にこびり付いた情報が一つ。
「……フウライボウ……」
 のんびりと釣りをし、焼き魚を美味しそうに食べ、撫でられても抱っこされても喜ばない、印象的なチャオ。
 あれが、私の持つ証拠?

「……みーちゃん?」
「……まーちゃん」
 心配そうに声をかけたマムルに、私は真剣な声をかけた。
「これは、事件だよ」
 手に持ったままの子機電話を置き、私は日常に一時の別れを告げた。
引用なし
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十一月二十日
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:26 -
  
「ふわぁ〜っ」
 のぼる朝日を前に、ボクは大きく背伸びをした。
 山の上の生活にあこがれた事はいままでない。だから、山の上の生活がここまですがすがしいものだとは思わなかった。
 のぼる朝日と共に山をかけ、おいしい空気をいっぱいに吸って、家に帰る。ボク、このまま山のチャオにでもなろうかしら。
 ただ一つ、なんをあげるとすれば。
「おなかすいた」
 この山、どこ行ってもしょくりょうが見当たんねぇのなんの。結局ボクは山をおりて、ちょうどいい釣り場所を見つけてくるしかない。しかもその往復かていでスタミナがだだ下がり。ちょっとコストの悪い生活である。
 っつーか。
「何しに来たんだっけ」
 たしかボクは、カオスの足跡を辿るがために(半ばヤケクソで)山にのぼったハズだったのだが、ムダにスタミナを使うだけ使って、何故かふもとにあった空き家に寝泊りするようになってしまった。
 レッドマウンテンの事についてはそれなりにいろいろ知ってたのだが、ふもとに森と空き家があるなんて聞いてなかった。しかもこの空き家、ムダにデカイ。なんとなくボロの来ている洋館と言った感じで、夏の肝試しに訪れてもいいんじゃないかというぐらい。ただ、玄関のドアがボロボロでしょうがない。外れたらどうしよう。
 まぁ、何はともあれ朝ごはんのちょうたつをしなければなるまい。昨日の釣りの成果はイマイチきわまりなかったので、朝の分がかくほできなかった。あー朝っぱらから山を降りるのめんどくせーと空を仰ぐと。

 なんか青いのが飛んでた。

「衝撃! ソニック、飛行能力を備える!」……というわけでもなかった。たしかに青いっちゃ青いのだが、なんというか、にだんかい丸い、みたいな。形容しづらい何かが、その青をソニックではないと訴えていた。
 その青いのは、しばらく空をよこぎるようにふわふわ飛んでいたが、こちらの存在に気付くとしばらく止まってこちらをじっくりとかんさつ。そして一気にこちらにきゅうせっきんしてきた。何コレ、逃げるべき?
 だんだんときょりが縮まり、その姿がよく見えてくる。形がなんだかボクと似ていて。ぷるぷるのぽよぽよではなくてテカテカのピカピカで……。
「オモチャオ?」
 ボクらチャオを模して作られた、オモチャという名称が過小評価的な。それでいて、よくよく考えてみるとなんとなくテカテカのピカピカなロボットのニオイのする。あのオモチャオだろうか?
 そのオモチャオがボクの前にちゃくりくした。なんか、右手にビニール袋をひっさげて。
「あー、ようやく見つけたチャオ」
 すごくつかれたようなそぶりを見せる。キカイですよねあなた。
「君がウワサの放浪人チャオね」
 どうもボクは、名前で呼ばれない事に定評があるらしい。あの度はスナフキンと呼ばれ、その度は旅人と呼ばれ、この度は放浪人と来た。すごくふめいよな名前なんですけど。
「フウライボウね」
「どっちも似たようなものチャオ」
 しかもコイツわざと呼んでやがる。
「ボクはオモチャオ! 困った時は、ボクを探してみるチャオ!」
「困ってない。探してない」
 本能的にツッコミを入れてしまった。しかも今回、探してきたのはあちら側である。
「まぁまぁ、今のはボクたちオモチャオのキャッチフレーズみたいなもんチャオ。それに今、困ってるのはこっちの方チャオ」
 困ってすらいるらしいオモチャオは、自分でうしろのゼンマイを回しながらボクのツッコミを返した。ウワサに聞くオモチャオとちがって、どうもこのオモチャオはおおざっぱな性格をしている気がする。一体どういったAIをとうさいしてるんだろうか。
「立ち話もなんだから、これでも食べながら中で話すチャオ。お邪魔するチャオよ〜」
 ボクに向かってビニール袋を放り投げて、何のことわりもなく空き家の中へ入るオモチャオ。ボクも何のことわりもなく利用させてもらってるから、別に何も言わずにボクも中へ入った。
 おもむろにビニール袋の中身を見ると、コンビニで売られるようなパンがたくさん。ボクの貴重なスタミナをムダにせずにすみそうだ。


 カオスが、あちこちのチャオガーデンに出没した。そう聞いたボクは、驚いて食べていたヤキソバパンを吐きそうになった。
「なんで、チャオガーデンに?」
「さっき話した、チャオ軍事利用計画に関係している可能性が非常に高いチャオ」
 チャオ軍事利用計画。その話を聞いていたボクは、よくわからなくてメロンパンを飲み込む事を忘れていた。
 一応かいつまんで説明してくれたのだが、ボクの知らない専門用語ばかり出されてはかいつまんでいる意味がない。さいしゅうてきに「GUNがチャオを軍事利用しようとしている事がわかればいい」と、お互いに妥協した。
 たしかに、それならカオスが再び地上に現れた理由にもなっとくがいく。自らが守り続けてきた子孫たちが世をおびやかす存在になる事など望んではいないだろう。非常によくわかる。わかるのだが。
「それと、ボクに危害を与えてきた事に関係があるの?」
 一応、ボクもカオスにせっしょくしたチャオとして証言をした。そしてこのオモチャオが言うに、ボクと他のチャオ達との証言で決定的に違う事は「危害を加えようとした」「ティカルという女性に出会った」というニ点だった。
「うーん、わからないチャオ。君と他のチャオ達との共通点はわかるけど、対応のしかたが違うという点に関しては正確にはわからないチャオ。ただ……」
「ただ?」
「なんとなーくだけど、そのティカルっていう人がカオスに説得したんじゃないチャオか?」
 ……危害だけは与えていけない、と? あのカオスに説得なんて通じるのかわからないが、そうでもしないと説明がつかないのはたしかかもしれない。一応なっとくしておこう。
「しかし、そうするとやはり君が一番最初にカオスに接触したチャオだと言う事になるチャオ。重要参考人チャオね」
 ボク、人生を犬生だの猫生だのにわざわざ言い換えるのは好きじゃないのだが、「重要参考人チャオね」という言葉に関しては唸らざるを得ない。
「……それで」
 ボクは食べていたチリドッグを飲み込み、一番聞きたい事へとメスを入れた。
「ボクや他のチャオ達の共通点って、何?」
 う、とあからさまに話し辛そうなリアクションを取ってくれた。わかりやすくて助かる。
 ただ、なんとなく理由にはけんとうがついていた。

『――チ ガ ウ』

 ムダに過ごした一ヶ月間、その言葉が頭からはなれられなかった。
 たった三文字の言葉だというのに、計り知れないいあつかんと、ボクの全てを否定してみせるような現実味あふれた言葉として発せられた。
 初めて「受け入れたくない」と思った。自分の存在を否定される事には慣れていた。誰に、どんな言葉で言われようとも平気だった。カオスに、チガウとだけ言われる前までは。
 そして。
「それは君が……君が本物のチャオじゃないからチャオ」
 真実が、ボクの目の前につきつけられた。
「さっきの軍事利用計画――通称「BATTLE A-LIFE」とは、君のような戦闘用のチャオを作り出す為の計画チャオ」
 重く、苦しいのかもわからない。まるで自分の事じゃないかのようだった。それはまぎれもなく自分の事だと言うのに。
「……どうして、チャオなの?」
 怒りも、哀しみも、何故か湧き上がらない。ボクはオモチャオのむきしつな口からつむぎだされる言葉に耳をかたむけた。
「知っての通り、チャオの大きな特徴として高い適応能力があるチャオ。最近のチャオの適応能力は人間をも凌駕しようとしてるけど、この計画はこれを人工的に増幅させて、手っ取り早く軍事利用させようと言うものチャオ」
「人工的に?」
「その通り。でも、元々のチャオのスペックには限界があるから、適応能力のデータをそのままに、人工的にチャオを作る事を計画されたチャオ」
 いつの間にか、コロッケパンを食べるボクの手は止まっていた。
「実を言うと、君を旅に行かせた本当の理由は、その適応能力の増幅に成功しているかを試す実験の一環チャオ」
 出発当初、自分のなっとくいく理由として「研究者の好意」としていた事を思い出した。裏に別の目的があるだけで、あながち間違ってはいなかったという事か。
「勿論、君以外にも同じような人工チャオがいるわけだから、他にも別の実験をしているのもいるチャオ。ボクはよく知らないけど」
「別の実験?」
「どうも連中にはあまり時間がなかったみたいチャオ。いろいろと同時進行しまくって急いでたみたいだけど、カオスのせいでそれどころじゃなくなったチャオね」
「時間がなかった、って?」
「……その果てしなく変わりまくる疑問符のポヨをどうにかしてほしいチャオ」
 こっちは事情を何も知らないんだからしょうがない。
「時間がないというのは、当然聖誕祭の日の事チャオ」
「聖誕祭?」
 ここまで話して、急にオモチャオの顔がすごくシブーくなった……ような気がした。ボク、何か言っただろうか?
「……君、流石にそこまで何も知らないとこっちが困るチャオ」
「え?」
「聖誕祭って言ったら、チャオの社会進出の日チャオ」
「は?」
「だーかーらー! チャーオーがー! 人間と同じように過ごし始めるチャオよー!」
 ……驚いてなんの声も出なかった。なにせ。
「知らなかった」
 言った途端、オモチャオが盛大にずっこけた。
「な、何でしらないチャオ〜? みんな知ってるハズチャオ」
 うーむ、これが今までに交友関係をきずいてなかったえいきょうなんだろうか。交友関係はじょうほうもう、と。一つ勉強になった。
「ま、まぁそれはこの際置いとくチャオ。とにかくカオスの出現によって計画内部は二分されたチャオ。いまだに計画を推し進めようとする連中を抑える為に、君の協力が欲しいチャオ」
 ちょうどクロワッサンを食べ終わった所で、話が一段落する。ボクはその申し出に対してうなずいた。
「おっけーい、決まりチャオ! それじゃあみーちゃんの所へ急ぐチャオ!」
「みーちゃん?」
 急に聞きなれない名前が出てきたので、ボクのポヨは本日何度目かわからない疑問符を叩き出した。そんなボクの反応を見たオモチャオが、同じように首を傾げる。
「あれ、みーちゃんと知り合いじゃないチャオ?」
「聞いた事ない」
「なぁーんだ。君も案外酷いチャオね。君の食べたパン、みーちゃんがくれたチャオよ?」
 そうは言われても知らないものは知らない。なやんだってしょうがないので、さっさと立ち上がって家の外へ出た。まともな部屋が見つからないからと、玄関口に座って話してた事を思い出しながら。


 朝に見たたいようの姿はどこへやら、空にはくもがのんびりと泳いでいた。ひょっとしたら一雨くるかもしれない。梅雨の時期もそろそろ終わりのハズだが。
 同じく外でのんびりしていた相棒に目を向けると、さっそうとボクの目の前にやってきた。ボクは荷物をしっかりと背負って飛び乗った。その様子を、オモチャオは物珍しそうな目で見ていた。
「……そのスケボー、一体どんな仕組みチャオ?」
「え?」
「うーん、噂のエクストリームギアの一種チャオか?」
 聞いた事もない物の名前が出てきた。ミスティの時もそうだったけど、このスケボーはどこかおかしいのだろうか。ボクにはわからない。
「ま、この際気にしないチャオ。それより、さっさとこのグリーンマウンテンから出るチャオ」
「グリーンマウンテン? レッドマウンテンじゃなくて?」
 何の気無しに聞くと、オモチャオはふかぁい溜め息をついた。
「君、本当になぁんにも知らないチャオねー」
 さぞ呆れた口調で言われた。ここまで言われると、恥ずかしいとかムカつくとかじゃなくて、逆に何も感じなかった。なんだかちょっとしたじぼうじきの一種になってる気がする。
「ここは一つの大きな山で、それぞれ区間分けされてるチャオ。それぞれレッド、ブルー、イエロー、グリーン、ピンク」
 なんだその戦隊物。
「中央に活火山のレッドマウンテンがあって、ボクたちのいるここは木々が沢山あるグリーンマウンテン、ブルーには大きな湖があるチャオ」
 それを聞いた途端、ミスティの事を思い出した。ひょっとしてミスティ・レイクって、ブルーマウンテンにある湖から取った名前なんだろうか。違うのかなぁ。
「イエローには黄色い花が沢山咲いていて、ピンクは桜の木を中心とした桃色の自然がたっぷり。ま、見たまんまを名前にしてるチャオ。結構有名チャオよ?」
 全然知りませんでした、と顔で言ってみせた。オモチャオは何も言わなかった。
「そういえば、自己紹介を全然してなかったチャオ。ボクは製造番号C−274のロストっていうチャオ」
「ロスト?」
「遠回しに影が薄いって意味チャオ。全く失礼しちゃうチャオ」
 オモチャオって結構存在感あると思うんだけど、ボクの気のせいなんだろうか。
「さて、あんまりのんびりしてられないからさっさと行くチャオ。目標はステーションスクエア……げっ!?」
 ロストが言いながら前を見た時、何かに驚いたように続く言葉を止めた。ボクもその目線を追って前を見ると、オモチャオなんかよりカクカクしたようなモノが、群れを成してこっちに迫ってきた。あれは一体……?
「ぐ、GUNのロボットチャオ! 数、10体確認できるチャオ!」
「GUN!?」
 どうやらしょうこいんめつでもしにきたらしい。厄介な事この上ない。
「突破しよう」
「うーん、他に手も無いチャオね……大丈夫チャオか?」
 ボクは強くうなずいた。もう長い付き合いだ、相棒ならきっとなんとかしてくれる。そう信じるしかない。そんなボクの気持ちに応えてか、相棒は深く唸りをあげるように地面をタイヤで削った。
「相手フォーメーション、トライアングル! ここはストライクを狙わずに、大人しくガーターしにいくチャオよ!」
「了解!」
 ボクたちは走り出した。ボクたちの未来の為に。
引用なし
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十ニ月二十二日 三時三十三分
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:27 -
  
 ――すぐ戻ってくるチャオ!

 そんな言葉を最後に、あのオモチャオはまだ戻ってこなかった。
 私は何をするでも無く、自室のベッドの上で寝転がる事しかできなかった。
 果報は寝て待て。その難しさが胸に染みる。どうせ自分には何もできない。しかし他人の良い知らせも待ち遠しい。だが、自分が何かしても失敗を招くに違いない。……もどかしい。私の無力さが。

 ――いいじゃない、私達、ただの一般人よ?

 それがもどかしいと言っているのに、わかってない。
「もうっ」
 天井に向けて、枕を思いっきり投げた。それは天井には届かず、私の顔面目掛けて落ちた。枕ですら、私の事を笑っているようだ。
 ……あのオモチャオは、まだあの子を見つけていないのだろうか。もしそうなら、折角買ってあげたパンも消費期限が切れてしまう。私が全部食べてやりたい気分だ。
 電話をじっと睨んでも、私を呼ぶように喧しく鳴り始める事もない。いつもは嫌いな音なのに、こんなに待ち遠しくなるなんて、一体どういった心境の変化なんだろう。
 休日の肌寒い真昼間。中学生の身分に不似合いな生活習慣の意義がすりかわり、明日の聖誕祭ではなくあの子を待つ毎日へと変わった。
 はっきりいって、もう沢山だ。私は何かを待つ事が嫌いなんだ。聖誕祭を待つ事も、オモチャオとあの子の帰りを待つ事も。
 ――お父さんの帰りを待つ事も。

 お父さんは、私を愛してくれている。たった一人の愛しい娘として。昔からそうだった。そんな父が私も大好きで、いつもお父さんにべったりしていた。
 でも、仕事で忙しいお父さんが無理をして私と一緒にいてくれるという事を理解したのは、小学四年生になってからだった。それ以来、未だ慣れる事のない「待つ」という行動を取り続けている。たしか私がインドアになり始めたのはその頃だったっけ。
 ……そういえば、お父さんは今頃どうしているんだろうか。おじさんと一緒に逃げ回っているのだろうか。それとも……。
 そこまで考えて、私は顔を枕に埋めた。急に胸に何か突き刺さったように切なくなる。
 今年の私は、ずっとマイナス思考ばかりだ。何が私をここまで追い詰めたのだろう。あの子に会ってから――いや、チャオなんかに心を奪われてから、こうなる事が決まっていたように思える。
「ああ、もうっ!」
 いてもたってもいられずに、被っていた布団を蹴り飛ばして起き上がった。……際に、見事に足がもつれて床に落ちた。踏んだり蹴ったり。
 無理矢理起き上がって椅子にすわり、パソコンを立ち上げる。なんとなくBBSが気になりだしたので、様子を見に行く事にする。
 CHAO BBSは、すでに大荒れ状態だった。チャオ軍事利用計画は、私や他三名、所謂四天王による裏付けの証言により真実である事がほぼ確定された。いまだに計画を推し進めようとする人物からの弁解などがやってくるという事も無く、BBSの人達は騒ぎ立て、そしてそれをなだめる人とで急速にツリーが作られていく。管理者はどういった理由かはわからないが、このBBSを一時的に閉鎖するでもなく放置し続けている。すでにこの事は全世界に広がっており、すでにニュースにもなっている。知らぬ存ぜぬで通す者と、真実を暴く為に尽力している者とで分断され、混乱は広がるばかり。
 こういうのを見ると、不謹慎だか私も落ち着ける。焦っているのは私だけじゃない。みんなも同じ気持ちなんだ。そう思う事が出来る。別に私だけ特別な立場にいるわけじゃないんだ。
 一応、避難所の方も覗いてみる。こちらは幾分落ち着いた様子ではあるが、話している内容は大差ない。しょうがないというかなんというか、みんな私と同じように焦っているのだろう。
 あの内部告発以来、新しい情報は何も入ってきていない。それだけおじさん達は緊迫した状況に置かれているという事なのだろう。
「……あれ?」
 そういえば、お父さんは?
 ハッとして、椅子を蹴り倒して立ち上がった。何故いままで疑問に思わなかったのだろう。
 受話器を急いで取り、お父さんの携帯電話の番号をいれる。いつもは耳障りに思うこの音が、今ではより一層耳障りに感じる。早く。早く繋がれ。

 ――――

 気付いた時には、受話器を叩き付けていた。
 出ない。お父さんが。頭の中に、悪い考えばかりが浮かぶ。もしかしてもしかしたらまさか。
 待て私。こういう時にこそ落ち着けなくてどうする。お前は小学生のクソガキじゃない。中学生のクソガキではあるが、ここで落ち着かなくては本物のクソガキだ。でも、どうしたら……。
 そんな時、外で騒音がした。何かが壊れたような音。そして誰かの叫び声が聞こえる。お蔭様で頭が冷めたが、こんな真昼間に何事なんだろうと、おもむろに窓の外を見てみた。

 ――目を疑った。


 靴もまともに履かないまま、急いで家を出た。
 走りながら靴を整え、私は騒ぎの起こっている場所へと急ぐ。シティホールの所にまでやってくると、沢山のGUNの車両が停まっていた。その周りには多くの野次馬が騒ぎ、私の来た方向へと逃げる。前が少しづつ見やすくなっていき、そこに何があるのかがわかってきた。
 そこには警察やGUNのロボットに囲まれたソレがいた。その緑色の瞳にどんな感情が宿っているのか。怒りなのか。哀しみなのか。私にはわからない……いや。
「哀しんでる……?」
 私が呟くと共に、ソレは私へと目を向けた。そして、ゆっくりと私に向かって歩いてくる。銃で撃たれようと、ミサイルに撃たれようと、車両に道を塞がれようと、全く構わずに。
 蛇に睨まれた蛙という奴だろうか、私は動く事ができなかった。ゆっくりとソレは近付いてくる。GUNの人達が、私に何事が叫んでいる。だがそれすらも、私の耳には届かなかった。
 その緑色の瞳から目を逸らす事ができない。静かで、寂しそうなその瞳。私との距離はすぐそこまで縮まる。もう、目の前まで。もう――

 ――基 ノ 元 ヘ

 私は、カオスとすれ違った。


「……ふわっ」
 一気に腰の力が抜けてしまい、私は地面にへたり込んでしまった。
 最悪、殺されるかと思っていた。でも、カオスは私を見逃した。一昔前に私達を丸ごと滅ぼそうとした時とは正反対だ。
「……基の元へ」
 カオスに告げられた言葉を、オウム返しに呟く。その言葉の意味を、私は僅かに確信していた。
「そこの君! 大丈夫か!?」
 GUNの人達が、私の所へと駆け寄ってきた。
「怪我は無い? 大丈夫だね?」
 力無くうなずく。
「一体、何が?」
「カオスだ。とうとう暴れだしてしまった。このあたりは危険だから、早く離れるように」
「逃がすな! 追うぞ!」
 私を歩道の所へと座らせてから、GUNの人達は行ってしまった。次第に一般人が戻ってきてざわめき始める。だが、それは私の耳には入らなかった。
 カオスが、暴れているだって?
「冗談じゃない」
 あれが暴れているって言うなら、コアラの一生の方が壮絶に見える。暴れているのはお前達じゃないのか。
 私は立ち上がってスカートの埃を払い、急いで家へと帰った。


 お母さんに連絡を入れた方がいいのかもしれない。準備を整えて家を出ようとした時、そこで気付いた。
 待ち合わせ場所へ行こうと思い、実に四十秒で支度を終えた後だった。ちょうどこの日、家には私一人しかおらず、つい先程まで暇な休日を過ごしていた訳だ。
「……書き置きでいいかなぁ」
 下駄箱の上に置いてあるペンとメモ帳をとり、私は時間を惜しんで簡単な書き置きを終えた。
「よし」
 帰って来た時には、間違いなく怒られるだろう。でも、そんな事を気にしている暇はない。私は、あの子に会わなくちゃいけないのだから。


「でかけます しばらくかえりません」
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十ニ月二十二日 二十三時二十四分
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:28 -
  
 月夜に映える湖。とても綺麗だ。その時の僕は、自分の置かれている状況の事も考えずにそんな感傷に浸っていた。
 湖というわりにはなかなかに大きく、ここを泳いだら気持ちいいだろうなぁと思う。寒中水泳になるが。
「あてててて。ボクオモチャオで良かったチャオ。普通のロボットだったらとっくに装甲がガタガタチャオ」
 そんな僕の気分をガタガタにしてくれたロストは、めんどくさそうにゼンマイを回しながら愚痴を呟いていた。
 結局、僕等を襲ったGUNのロボット達はロストが一掃してくれた。噂に聞いてはいたが、体当たりだけで敵を殲滅する事の出来る装甲は正しく伊達じゃなかった。かのマリオやソニックなどが無敵状態で相手に突っ込む様は、まさしくオモチャオみたいな物なのだろう。……とすると、オモチャオって最強だな。そんな考察はさておき。
「さて、これからステーションスクエアへ急がないといけないんだけど……みーちゃん、ひょっとしたらもう待ってないかもしれないチャオ」
「待ってない、って?」
「だって、GUNのロボットに囲まれて見事に一ヶ月経っちゃったチャオ。すぐ帰るって言ったのに、約束破っちゃったから……」
 ……あれ?
「ねぇ、今日って何日?」
 ロストは電波時計でも確認しているのか空を見上げる。そして五秒くらいで結果を割り出した。
「十二月二十二日、二十三時二十四分二十五秒。いいタイミングで聞いたチャオね」
 いや、その五秒は明らかに調整しただろ。
 ……十二月二十二日。つまり聖誕祭前日。ちょうどボクが旅に出てから一年が経ったという事になる。意外に短かったものだ。
 そして、僕も約束を破ってしまう事になった。この調子では、とても明日ミスティと再会する事は不可能だ。
 一体、どこで狂い始めてしまったのだろうか。カオスに出会ってから? いや、もっと前から狂っていたのかもしれない。僕が生まれた頃からか、それよりも前か。
「……嫌だ」
「え?」
 想いが、口から出た。人生初めての約束。僕はそれを破りたくはない。
「行こう。こんな所で諦めちゃいけない」
「おーっと、誰が諦めるって言ったチャオ? 全部GUNのせいにでもして、さっさとみーちゃんの所へ急ぐチャオ!」
 僕とロストは勢いよくハイタッチした。いつの間にこんな仲良くなったかは知らないが、その場のノリという奴だろう。相棒はすでに準備が出来ているようであり、僕が乗り込んでくる事を待ち侘びていたかのようだ。
「随分と遠回りになったけど、さっさとこの山を降りるチャオ! 聖誕祭が街で待ってるチャオよ!」
 力強く頷き、相棒の元へ飛び乗ろうとした時。

 湖の水が、揺れた。
「え?」
「ん? どしたチャオ?」
 ロストの気に掛かったような声には何も言わず、僕は湖の近くへと駆け寄った。湖は揺れ続けている。
「え? これ、どういう事チャオ?」
 僕にもわからない。見た感じ、ここにアヒルやカモが泳いでいる様子は無かった。
 そして、その理由はすぐにわかった――いや、語りかけてきた。

 ――基 ノ 元 ヘ

「……カオスだ」
「な、なんですと!?」
 ロストも慌てて僕の所へと駆け寄ってきた。彼にもわかるように、僕はカオスの言葉を辿った。


 我ト似テ非ナル者ヨ
 我ハ汝ノ運命ヲ救イタク思フ
 汝 我ニ会イタクバ基ノ元ヲ訪レヨ
 汝ノ帰リヲ待ツ者ト共ニ 我モ汝ヲ待トウ
 汝等ノ未来ノ為 我ハ汝等ト共ニ闘ワン


「むむむ、言い方は小難しいけど、内容がわかりやすくて助かったチャオ。まさかあのカオスが、ボク達と協力してくれるとは」
 一度は危害を加えられそうになった僕としては複雑なものがある。が、ここでこの誘いを断ると、僕達の未来は無くなってしまうかもしれない。
「でも、問題は待ち合わせ場所チャオ。基の元って、一体何処チャオ?」
「……マスターエメラルド」
 ポツリと、僕の口から言葉が出てきた。
「マスターエメラルド? つまり、エンジェルアイランドって事チャオか?」
 頷いて肯定した。そして僕は言葉を続ける。
「行うもの基は七つの混沌。混沌は力、力は心によりて力たり。抑えるもの基は混沌を統べるもの」
 聞き入っていたロストが、唖然とした表情をしている、ような気がした。
「……な、何チャオか、それ?」
「何だか知らないけど、僕達チャオは何故かこの言葉を知ってる七つの混沌のカオスエメラルドに――」
「なるほど! それを統べるマスターエメラルド! つまりそれのあるエンジェルアイランドに来いって事チャオね!」
 頷いて肯定した。でも、一つ問題がある。
「……今、エンジェルアイランドってどこに?」
 ロストが盛大にずっこけた。
「そ、そうチャオ。エンジェルアイランドと言ったら、お空に浮かぶ島チャオ。僕達にはそこに行く手段が……アレ?」
 そこまで言って、ロストが急に続く言葉を止めて空を見上げた。また時間の確認をしているのだろうか。
 気になって一緒に空を見上げてみる。勿論何がわかるわけでもなく、ただぼーっと空を見上げる。
「た、たたた大変チャオ!」
 急にロストが大声をあげたので、そのまま湖に落っこちそうになった。何とか体勢を立て直す。
「GPSで確認したら、エンジェルアイランドが降りてきてるチャオ!」
「ええっ!?」
 なんだって? また何かあったっていうのか? いや、それともカオスが島を降ろしてきたのだろうか?
「とにかく、ちょっと様子を見に行ってみるチャオ!」
 急いでスケボーの上に飛び乗り、緊急発進を促す。相棒は今までにないくらいのスピードで走り出した。


 長かった山の上の生活に別れを告げ、ようやく僕はレッドマウンテンを降りた。降りて、僕は目を疑った。
 本当に、目の前にエンジェルアイランドが下りてきていたのだ。
「どういうことチャオ……?」
 夜の暗闇の中に光る緑色の光。きっとマスターエメラルドの光だ。やはりエンジェルアイランドに違いない。
 そして、その光が影を落としているように見える。あれが僕達を待っている人達なんだろうか。
 橋を渡り、逆時計回りに回る。その子はずっと突っ立って、僕の事をずっと待っていた。約束通りに。
「ミスティ!」
「スナフキン!」
 スケボーから落ちた。
「あっ! だ、大丈夫!?」
 首を横に振った。ここ、ボケるとこじゃないよ……。
「みーちゃん! なんでここにいるチャオ!?」
「え、みーちゃん?」
 みーちゃんって、ミスティの事だったのか。僕の理解をよそに話が進む。
「あの、なんて言うか、カオスがね……」
「カオス!?」
 まさか、ミスティの事まで呼んでいたんだろうか? 彼女の事は関係無いハズなのに。
「あっ……」
 ミスティが驚いたように後ろを指した。その先を見ると、……今さら驚くのも億劫になってきた。
 カオスだ。いつの間に、とか、言う気も起きない。一応さっき会話らしき事をしたばっかりだし。問題はそこではない。
「何のつもり?」
 僕達をここに集めた理由。一体僕達に何を告げ、何を求めるつもりなのか。それが知りたい。
 だがカオスは何も答えず、空を見上げた。なんなんだ。空を見上げれば情報が手に入るのは常識なのか? 真似をするというわけではないが、僕も、ミスティとロストも空を見上げた。
 月明かりと共に輝く星の光。やはり綺麗だ。この旅で見慣れた景色。たがそこに、一際揺らめく光があった。いや、揺らめくというより、動いているような。それでいて、見覚えがあるような……。
「何、あれ?」
 二人もそれに気付いたらしく、揺らめき動き――こちらに向かってくるその光に目を奪われていた。……あ。
「ティカル?」
 頼んでも無いのに光になって去っていったあの人。あまりにも急だったのでよく覚えていないが、あの光は間違いなくティカルと名乗ったあの人だ。
 やがてその光は強さを増し、僕達の元へ降りてくる。その輝きは直視できないほどにまでなり――光が収まる頃には、いつかに見たあの人の姿があった。
 間違いなかった。どこか昔の香りがするハリモグラ、ティカルさんだった。この人が僕達を呼んだのか?
「今宵」
 挨拶も何も無い。彼女はただ、何かを読み進めるように言葉を続けた。
「異なる種族は交わり、皮肉な運命を辿って、一族は滅亡する」
 カオスの瞳が揺れる。ミスティとロストはわからないようだったが、僕にはなんとなくわかった。カオスは、今のこの世界で起こっている事を同じ事を知っているような気がする。
「力を求め続けた私達の一族と同じように、今度はこの世界の人々が、同じ運命を辿ろうとしている」
 哀しみに満ちた顔を上げ、僕達を見つめる。口先で言わずともわかる、僕達へ訴えるような瞳。
「今なら止められます。あなた達の手で、この輪廻に終止符を」
 この輪廻に終止符を。使命感が重く圧し掛かり、僕はごくりと唾を飲み込む。
 やりたくないと言っても、その使命は間違いなく僕達に困難を与える。僕は「やるしかない」というのが大嫌いだ。可能ならば、何事にも他人の振りをして知らん振りしてやりたい。でもそれができない。これがやるしかないという事なのか。……性質が悪い。
「光の示す方向へ。その先に、抑えるべき混沌が巻き起こっています」
 ティカルと、カオスが、腕を上げてその方角を指で示した。そしてそれと同じくしてマスターエメラルドの輝きが増し、同じ方角を光で示した。
 カオスエメラルドがあるわけではない。その先には僕達、人間とチャオが引き起こしてしまった混沌があるに違いない。僕達はそれを抑えなくてはいけないのだろう。僕達の進む未来に、同じ過ちが起きないように。


 エメラルドの光が収まった頃。
 僕達が再び前へ向き直ると、すでにティカルとカオスはいなくなっていた。言いたい事はこれで全部、という事なんだろうか。
 二人の方を見るとき、僕はミスティと視線が合った。随分と間の抜けた顔をしている。僕も多分、同じ顔をしているに違いないが。向こう側にいるロストは、エメラルドの光が示した方角をじっと見ている。
「……セントラルシティ」
「え?」
「ステーションスクエアの近くの街チャオ! 駅から電車で行けばすぐチャオ! 急ぐチャオ!」
 オモチャオが飛び上がったが、僕達は動かず。
「何してるチャオ? 早くするチャオ!」
 そうやって急ぐロストを、僕達はただ冷めた目でじっと見ていた。先に口を開いたのはミスティだった。
「もう電車ないよ?」
「あ」
 ただいまの時刻、そろそろ零時。こんな時間に走る電車はいない。即ち、ロストは平気でも僕達には大問題だ。あっちにつく頃には寝不足まっしぐら。
「んー、困ったチャオー。せめて自動車とかの移動手段があればよかったのに……」
 あったところで、誰も免許を持っていない。ティカルとカオスも再び出てくる気配はないし、打つ手が無い。この相棒がもっと早く移動できればなんとかなったかもしれない。そんな目で見ていると、相棒が急にその場を勢いよく回り始めた。もしかして、やってやるって言ってるつもりなのか? 相棒のスピードは確かに早いが、所詮スケボー。自動車に対抗するのは難しいだろう。

 そう思った時、相棒の元から急に強風が吹き始めた。
「うわっ!?」
「え、きゃあっ!?」
 突然だった。相棒が宙に浮き始め、タイヤを格納した。ボディに厚みがかかり全体的にサイズが少し大きくなる。後部に穴が開き、そこから目に見えて色付いた空気が吹き出す。
「これ、本当にエクストリームギアチャオ!」
「え!?」
 えくすとりーむぎあ? これがそうだと言うのか?
 静かに風を吹かしてその場に低く浮き続ける、見た事の無い乗り物。

 ――こいつに乗ると風になったみたいな気分になってね――

 あの人の言葉を思い出した。ひょっとして、これがこいつの本当の姿なのか? 今までは板切れにタイヤをつけた、ただのポンコツだと思っていたのに。
「私が乗る!」
 ミスティの決意したような声。僕の元へ駆け寄って、リュックと僕を分離した。
「リュックの中に入ってて!」
「えっ?」
 何か言うのも待たずに僕をリュックに押し込め、僕は頭だけ出す形となった。
「落ちないでね!」
 ミスティが相棒に飛び乗る。その勢いか、宙に浮いていた相棒は慣性で揺れる。そっちが落ちないか心配だ。
「このまま線路沿いに行けばすぐチャオ! 急ぐチャオ!」
「うん!」
 相棒は一気に走り出した。今までにないくらいの風のようなスピードに、一瞬気を失いそうになった。
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十二月二十三日 零時零分
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:29 -
  
「次はー、セントラルシティ、セントラルシティチャオー。お出口はこの際どっちでも構わないチャオー!」
 ロストのエセ車内放送を聞いた頃には、この風のようなスピードにようやく慣れた所だった。
 正直、ミスティもよく落ちなかったと思う。初めて乗ったようには思えない――とまでは流石にいかないが、彼女も慣れてきているのがわかる。僕が乗っても振り落とされないようにするのが精一杯かもしれない。
 ステーションスクエアとは違った、ビルの多い街並みが見える。夜の都会の灯りの眩しさに心奪われそうになるが、今は感心している場合ではない。街の方から聞こえる騒音が、僕達に緊張感を運ぶ。
「何が起こってるの!?」
「知らないチャオ! ボク、通信機能もないし世間情報を確認できる機能も搭載されてないチャオ!」
 ロストの名の通り影が薄いらしい。きっと搭載予定ではあったのだろうが、忘れられてしまっていたようだ。
「ただ、この騒音は聞いた事あるチャオ! きっと今、セントラルシティでは戦闘が起きているチャオ!」
「戦闘!?」
 記念すべき聖誕祭を迎えた日に、戦闘?
 どうやらティカルさんの言っていた「抑えるべき混沌」というものはその事だったようだ。しかし。
「どうやって止めろって言うんだ?」
 僕達はただの人間とチャオとオモチャオだ。ロストならなんとかしてくれるかもしれないが、僕達がこの場に立ち会う理由が思いつかない。悪いが犬死する気はさらさら無い。
「ロスト君! セントラルラボの位置は!?」
 何を思ったか、ミスティはそんな事を聞き始める。ロストはまた空を見上げ、GPSで情報を探る。
「えーっと……この横のハイウェイ沿いを行けばすぐチャオ!」
「わかった! お出口はそっちね!」
「へ? ちょっと!?」
 聞く耳持たず。ミスティは進路を横にずらし、路線から勢いよく飛び上がった。空を飛ぶかのように高度を上げ、ハイウェイの道路へと着地した。この子こんなにカッコいい子だったかしら。
 幸い、ハイウェイを走る車の数は思った以上に少なく、目的のセントラルラボという建物にも近付いてきた。あともう少しだ。
 そう思った矢先、不運が僕達の後ろから追ってきた。
「こ、後方に所属不明のトラックチャオ!」
「え!?」
 後ろを振り返ると、見るからに物騒なトラックが二台、いや三台。僕達の後を追いかけてきている。
 しかもよく見ると、トラックの運転手が人間ではなかった。あれは……チャオ!?
「どういうことなの!?」
「『BATTLE A-LIFE』!」
 その言葉に、僕は驚きを隠す事が出来なかった。あれが、僕と同じ人工生命体チャオなのか。
 助手席側の窓が開き、それらしきチャオが顔を出す。銃も出す。……銃? まさか?
 けたたましい発砲音。それは間違いなく、僕達に向けられたものだった。
「うわわわっ!」
 ミスティはそれを危なっかしく避ける。僕も思わず振り落とされそうになり、冷や汗が止まらない。
「何で私達を狙ってくるのっ!?」
「わからないけど、なんだか目をつけられまくってるチャオ〜!」
 どこからやってきたのか、トラックの台数はどんどんと増していき、道路の横一帯を埋め尽くし始めた。これはもう、スピードを緩めるわけにはいかなくなってしまった。
「みーちゃん! ハイウェイの出口も封鎖されてるチャオ! なんか知らないけど完全に先読みされてるチャオよ!」
「私達が何したって言うのよ!?」
 少なくとも、これから何かはしにいくわけであるが。それにしたってこんな武装集団に囲まれるような覚えはない。
 やがてミスティは決心したように声をあげた。
「飛ぶわよ!」
「飛ぶってどこへ?」
「ビルのうえええええっ!」
 バネに飛ばされたかのように、高く飛び上がった。僕の意識も飛んでいきそうになったが、なんとか堪えた。
 視線が定まらない内に、いつの間にかどこかのビルの上に着地していた。ミスティなんて恐ろしい子だったんだ。しかしそれでは終わらず、更に別のビルへとジャンプ、そして着地。ノリノリで離陸と着陸を繰り返す相棒を見て、僕はとんでもない奴と旅をしていたんだなと思った。
「前方、セントラルラボチャオ!」
 そんな事をしている内に、この街の中でも一際大きな建物の目の前まで来ていた。
「どうするの?」
「突入するの!」
 ミスティは、躊躇い無く、飛んだ。
「下方、車両多数! 気をつけるチャオ!」
 何度目かの空中飛行の中、僕の旅はどこから狂ってしまったのかと振り返っていた。


 ――ミスティの息を切らしたような呼吸が聞こえる。
 吹っ飛んでしまっていた意識を取り戻した僕は、自分がエレベータの中にいる事を確認した。いつの間にかラボの中に入っていたらしい。
「ミスティ、大丈夫?」
「う、うん……ちょっと頑張り過ぎただけ」
 まだ呼吸の整っていない声で答えた。
 エレベータはどんどんと上の階層まであがっていく。このまま最上階にまで昇っていくようだ。
「最上階、生命反応はたった一つチャオ。まるでラスボス気取りチャオね」
 僕達の事を待っているのだろうか。そのラスボスの前に行く事に躊躇いを感じさせまいと、エレベータは止まる事なく上がっていく。
 まだ呼吸も整いきっていないままミスティは立ち上がる。僕もリュックの中から降り、自分の足で立つ。この感触が実に久しいという錯覚を覚えた。

 ――チン

 ゆっくりと、ゆっくりと、エレベータの扉が開く。
 僕達はゆっくりとした足取りで歩き出し、何かに向き合うが為に進む。右を見ても、左を見ても、暗くて何も見えやしないが、前には暗がりに映る誰かの後姿が見える。
 その後姿を見つけるや否や、ミスティは突然その後姿へと走り出した。
「お父さん!」
 ――お父さん?
「お父さんなの!?」
 その後姿がゆっくりと僕達の方へと向き直る。
 目と耳を疑った。ちょうど一年は見ていなかった久しい顔。間違いない。一年前に僕を見送ったあの研究者だった。
「お父さんの仕事場には勝手に来ちゃいけないって、言ってあった筈だよ」
「でもっ……!」
「言い訳は聞かない」
 この一年の間に何があったのか。研究者の顔付きに、昔の面影はどこにもない、どこか疲れきったような顔だった。ミスティの目にも、僕と同じように映っているに違いない。
「ちょうど一年。お帰りと言っておこうか、フウライボウ君」
「その台詞は、別の人から頂く」
 キッパリと歓迎を断った。そんな僕の事を気にも留めず、ポケットからリモコンらしきものを取り出して、スイッチを押した。するとどこからかモニターが現れ、何枚かの画像が映し出された。僕はその画像の一枚に目が行く。
 ……カオス?
「プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニック」
 聞いた事のある名前が、彼の口から紡ぎ出された。一時、強い復讐心に囚われてこの星の破壊を目論んだ、世紀の天才科学者。かのエッグマンの祖父にあたる人物だと聞く。
「彼の手によって研究されてきた数々の研究から、永くチャオという存在を見守り続けてきたカオスを模した人工カオスが生まれた。私達の進めてきた計画は、彼の計画を応用したものだ」
 ジェラルドの計画を?
「カオスは元々チャオであるという事から、チャオにもカオスと同様の力を得る可能性が秘められていた。それを利用し、チャオに人間を遥かに上回る適応能力を与える。感情の抑制を施し、秘められた運動能力を引き出し……」
 重い、重い口を、壊れ物を扱うかのようにゆっくりと動かしている。
「AIによる操作を行う」
 ……ロストから聞いた話は、本当だったようだ。チャオを身近に潜む戦闘兵器へと変え、自由に操る。僕もその戦闘兵器にされる為に作られたのかと思うと、ぞっとする。
「しかしこの計画は、カオスの出没によって人員が分断され、今ではこの計画に参加しているのは私一人となってしまった」
「た、たった一人チャオか!?」
「なんで!? どうしてお父さんがこんな事を続けるの!?」
 二人が詰め寄って、答えを求める。だが、その口は依然として軽くはならない。またゆっくりとその口が開かれる。
「私が、この計画の責任者だからな」
「お父さんが? 嘘でしょ!?」
 娘のそのすがるような言葉に、父は残酷なまでに首を横に振って答えた。
「例え同僚達が私の事を軽蔑し、私の元から離れていこうと、私にはこの計画を止める事ができない理由があった」
 そこまで話して、彼の目から涙が零れ始めた。その場に崩れ、自分の娘を強く抱きしめる。
「お前が人質にされていたらからだ……!」
 ……ミスティが、人質に?
「え……何かの、冗談でしょ? だって……」
 そうだ。そんな事有り得ない。
 もし本当にミスティが人質にされていたのなら、彼女が僕達と、エンジェルアイランドで再会するなんて事は有り得ないからだ。絶対途中で殺されている。僕達が命の危機に晒されたのは、ついさっきの時だけだ。
 そんな時だった。
「せ、生命反応、この部屋に向かって接近してるチャオ! これは……カオス!?」
 瞬間的に、後ろを振り返った。
 カオスが、その場に立っていた。
「い、いつの間に?」
 少なくとも、のんびりとエレベータで上がってきたわけではあるまい。
「……まさか、カオスが?」
 ミスティの何かに思い当たったかのような声に、僕とロストは彼女に視線が行った。
「ねぇカオス。あなたが守ってくれたんでしょ? 私がこの子と会う時まで。だからあなた、あの時に私を襲わなかったんでしょ?」
 カオスを見る。カオスの瞳はじっと二人の親子を見つめている。
 ……ゆっくりと、頷いた。
「カオスが……?」
 ミスティの父が、信じられないような目でカオスを見た。
 カオスは、僕達の横を通り過ぎてゆっくりと親子の元へと近寄る。
「な、何故だ……? 私は、お前の敵だ。過去にお前達の一族を滅ぼそうとした者達と同じなのだぞ?」

 ――チ ガ ウ

「何……?」

 ――オ ナ ジ ジャ ナ イ

 あの時聞いた言葉が、僕達の脳裏へこだまする。彼の瞳は揺らぐ事無く、親子二人を見据えている。
「ん……? 生命反応多数。エレベータ経由で上がってくるチャオ。……げげっ!?」
 ロストが急に慌て出した。
「さっきの武装したチャオ達が、こっちまで上がってきてるチャオよ!」
 その声と共に、エレベータが到着した音が響く。その場にいた全員に緊張感が走った。エレベータの扉が開き、中から多くの武装したチャオ達が部屋になだれこんできた。
「全員、動くな!」
 総勢、七名。僕達に銃器を向けている。
「博士、娘は人質という条件を破ったな。貴様にはそれ相応の処罰が用意されている。出頭してもらおうか」
 ……これが、僕と同じチャオだと言うのか。戦闘兵器として作られたチャオの本来の姿なのか。
「断る。私はもう、お前達に屈するつもりはない!」
「博士、忘れたか! 貴様はもう、AIのコントロールを握っていない! 総員、構え!」
 合図と共に、七名全員が一斉射撃の体勢をとる。まずい、このままでは殺されてしまう。
 そう思った途端、カオスが突然地面を手につく。すると僕達の目の前に分厚い水の壁が現れ、部屋を二分した。
「な、何!? くそ、撃て!」
 けたたましい発砲音が響いた。しかし弾丸は水の壁の中でその速度を失い、ピタリと止まってしまう。僕達を助けてくれている。
「……ふん」
 突然、博士は鼻で笑って立ち上がった。
「甘い連中だよ。私がAIのコントロールを手放すわけがないだろうが」
 博士は踵を返し、何か大きな機械の前に立ち、それを凄いスピードで操作し始めた。
「フウライボウ君」
 博士は、突然僕の名前を呼んだ。
「この奥の部屋に行くといい。その奥の装置を使えば、君の感情のリミッターと、AIコントロールの受信機能を取り外す事ができる」
 それはつまり、普通のチャオになれるという事だった。願ってもない装置を作ってくれたものだ。
「ありがとうございます」
「うむ。ちゃんと礼儀を覚える事ができたようだね」
 この一年の成長を、博士はまるで親のように褒めてくれた。少し照れ臭い。
「ミーア」
 その呼びかけに、ミスティが反応した。本名がミーアだという事を、一年越しにようやく知る事ができた。
「お前を守る為に、私はマーカスを騙し続けてしまった。この一件が済んだらしばらく連絡が取れなくなるだろうから、代わりに謝っておいてくれないか」
「うん、わかった」
 二つ返事で、彼女は父の頼みを了承した。
「さぁ、行け。カオスが止めてくれている内に……っ!?」

 水色の刃が、博士の肩を貫いた。

「!?」
 何事かと振り返ると、その刃はカオスの作り出した水の壁ごと博士の肩を貫いていた。
 その壁の向こう、先頭に立つチャオの腕。それが刃の正体だった。
「くっ……人工カオスのデータ、確かに移植されていたようだな……」
「お父さん!」
 ミスティが悲痛な叫びをあげる。だが、博士はそれを突き飛ばした。
「行け!」
 僕達は互いに顔を見合わせる。
「行こう!」
「……う、うん」
 僕の感情が眠り続けている部屋へ。僕達は足を踏み入れた。


「これが……」
 博士が作ったという装置を前にして、僕達は驚きを隠せなかった。その装置は、僕達チャオがオトナになる際に包まれる、あの青い繭そのものだった。
「これに、入るのかな?」
『そうだ』
 突然、部屋に博士の声が響いた。アナウンス放送か?
『君は、その装置の中に、入るだけでいい。操作はこちらで行う』
「お父さん、大丈夫?」
『心配するな。さぁ』
 僕は誰を見るでもなく頷き、その繭の中に入った。扉がついているわけでもないが、その繭は僕の侵入を拒む事無く、僕が触れると取り込むかのように中へ迎え入れてくれた。
 周囲が青色がかった光景に変わる。青色のサングラスをかけたらこんな風になるのだろうかと、部屋のあちこちを見回す。
『フウライボウ君』
 博士の真剣な声が僕に呼びかけた。
『君には、耐えられないくらい苦しいものが、こみ上げてくるかもしれない。だが、耐えてくれ。それは本来、君が持って、生きていくべきだったものだ』
 その言葉の意味はよくわからなかったが、今さら引き返す道理もない。僕は黙ってそれに頷いた。
『……では、始めよう』
 その合図と共に装置が作動し始め、僕の視界は真っ白に染まった。


 どこを見渡しても、真っ白な光景しか見当たらない。そんな不思議な空間の中、僕は一人だけポツリと取り残されているような気分になっていた。
 突然、走馬灯のように僕の過去が蘇り始める。

 生まれた時に僕の事を呼んでくれた誰かの声。

 初めて食べた木の実の味。

 僕にボールをぶつけてきた、同い年のチャオ。

 みんなが僕を応援する中、必死に走ったレース。

 絵本をパラパラと捲るように、僕の過去が未来へと走り続ける。その旅に僕の胸に刺激が走り、言い様の無い感情がこみ上げてくる。
 なんだろう このキモチ。

 荷物だけ渡して、僕を外の世界へと放り出した博士。

 何も言わずに僕の旅に付き合ってくれた相棒。

 僕の事を撫でてくれたり、抱っこしてくれたりしたミスティ。

 自由に未来へ歩む方法を教えてくれたパイロットさん。

 出会い頭に僕の存在を否定したカオス。

 そんな僕の事を信じてくれたティカル。

 そして僕の正体を明かし、ミスティと引き合わせてくれたロスト。

 今まで触れ合ってきた人達との思い出が、僕の胸の奥に秘めた感情を呼び起こす。
 涙が溢れてくる。次から次へと。止まる事なく溢れてくる。
 言い表せない喜び。堪える事のできない怒り。耐えられない哀しみ。満足しきれない楽しみ。
 限度を超えた喜怒哀楽が、僕のちっぽけな世界を押し広げようと駆け巡る。
 止まらない。涙が止まらない。こみ上げてくる感情が、止まらない――

 僕は、大声で泣き叫んだ。


 嬉しいとき、悲しいとき。感情が高ぶると、私達は涙を流す。
 フウライボウはこれまで封じられていた感情を取り戻し、今まで抑え込まれていた感情の高ぶりに堪えきれずに泣いた。
 泣き疲れてしまったフウライボウは、今は眠っている。そんなフウライボウを、私は優しく抱きかかえる。
 これでこの子も、みんなと同じように過ごす事ができる。そう思うと、私も嬉しくてたまらなかった。
『よし……これで、AIのコントロールを、操作でき……』
「お父さん、大丈夫?」
 苦しそうなお父さんの声が、私の心配する声に答える。
『なぁに、腕一本が動き辛いだけだ。問題ない。これで……』

 突然、建物全体に爆音が響き、サイレンが鳴り始めた。

「お父さん!? どうしたの!?」
『くそぉ、連中め! このラボから、AIを操作したら、この建物を爆破するよう、細工をしたな!』
 突然この部屋の扉が開き、ロスト君が慌てて入ってきた。
「た、たたた大変チャオ! 建物下層から火災が起きてるチャオ! 出られなくなったチャオ!」
「うそぉ!?」
 これで全部終わろうって言う時に。このままだと、私達はみんな死んでしまう!
『しかし、これでAIは、全てオフになった! ひとまず、ここにいてもしょうがないから、屋上へ……!』
 そこでアナウンス放送はぷっつり切れた。
「みーちゃん、急ぐチャオ!」
「うん!」


「火災領域、更に増加中! このままだと、建物全体が火の海チャオ!」
 セントラルラボ屋上。ロスト君のセンサーが本当に機能しているのか疑いたくなるくらい、状況は絶望的だった。
 今から救援を呼んでも間に合いそうにない。カオスもいつの間にか消えてしまい、私達を助ける人はどこにもいなかった。
 屋上から建物を見下ろすと、目に見えて炎が大きくなっていくのがわかる。消防隊が必死に消火活動を行っているが、この規模の建物相手では私達は無事には済まないかもしれない。
「性質の悪い……! 爆弾を各階層に、建物を壊さない程度に仕掛けたに、違いない。私達を、嬲り殺しに、するつもりだ……!」
「お父さん、大丈夫?」
 お父さんの方の傷口は、布を使って応急的に止血をしていた。だが、このまま放って置けばお父さんも危険だ。エクストリームギアを使えば、私やフウライボウ、そしてロストはここから避難する事ができる。でも、お父さんを置いていく事なんてできない。
 ……打つ手が、ない。もう、駄目なのかもしれない。
「……あれ?」
 そんな時、ロストが何かに気付いたかのように空を見上げた。それと同時にけたたましい音が聞こえてくる。
 私達も空を見上げる。とても大きなそれは、こちらへゆっくりと近付いてくる。そして、その音の正体がわかった。
 ……ヘリ?
「ヘリが一機、ここに降りてくるチャオ! 搭乗員一名!」
「一名だと? 一個人が、私達の救出に?」
 信じられない、そして願っても無い奇跡だった。そのヘリは、私達のいる建物の屋上へと降りてくる。
 今まで身近に体感した事のない、ヘリの起こす強烈な風。それはゆっくりと屋上へと着陸し、私達を待つかのようにその場で待機し続ける。
「行こう」
 私は抱きかかえていたフウライボウをリュックの中に入れ、お父さんに肩を貸して歩き出した。強烈な風に吹き飛ばされそうになりながらもなんとか堪え、ヘリの扉をガラッと開けた。
 搭乗員は、見た事もない人だった。
「早く乗るといい」
 その人は、本当に私達を助けに来てくれたようだった。
「あなたは、誰なんですか!?」
「冒険好きのただのパイロットさ」
 笑って、そう答えた。

 ヘリはゆっくりと空へ上がる。
 窓から見える、燃え盛るセントラルラボ。
 力を求め続けた一族の成れの果ては、ティカルさんやカオスの見た光景は、きっとこうだったのだろう。
 人間とチャオが共に歩むと決めた日にできた、大きな傷跡。それは記憶から消えようとも、歴史から消えることはないだろうと。
 なんとなく、そんなことを考えた。
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十二月二十五日
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:30 -
  
 チャオの社会進出は、予定通りに聖誕祭の日に行われた。
 その代表者として大統領との握手を交わしたチャオは、
「あのセントラルラボで起きた出来事、そしてその因縁は、これからも私達の未来に立ち塞がる障害として現れるでしょう。しかし私達は、あなたがた人間達と協力し合い、その障害を共に乗り越える事をここに誓います」
 と、全世界に言い放った。
 こうして、人間とチャオは手を取り合い、共に歩み始めたのだった。


「ねえねえ、あそこのケーキ食べようよ!」
 ミスティに抱きかかえられたまま街を散歩していた僕達は、見るからにおいしそうなチョコレートケーキが展示された店の前で止まった。
「えー、私はこっちのケーキが食べたいなー」
 ミスティはその横のチーズケーキを指差して言った。
「じゃあ、半分こして食べようよ!」
「えー、それってすっごくお金が勿体無い……」
「いいじゃん、食べよう! ね?」
 僕の訴えに負けたのか、ミスティは諦めたような顔で店員さんを捕まえ、「すいません、チョコレートケーキとチーズケーキお願いします……」と渋々注文した。やった、勝った。凄く嬉しい。


 あれから二日が経った。
 昨日、博士の入院している病院へお見舞いに行った時、博士は「貧血になってしまった」と不満そうな顔で僕達を迎えてくれた。出血はそれほどでもなかったらしいが、元々計画に没頭していたせいでかなり栄養が不足していたようだ。
 例の計画の件について事情聴取を終えた後だったらしく、随分タイミングの悪い時に来てしまったと思った。それでも博士は僕達の訪問を嬉しそうに待っていたと言ってくれた。
 どうやら計画の発端は、GUNや政府に潜伏していた誰かから広まり始め、これまでの計画の成果は全てその人物の手によって持ち去られた。あの時博士がコントロールしたAIも全ての戦闘兵器用チャオに適用されたわけではなく、未だにその野望は根絶されていないようだ。
 だが、人間とチャオの共存社会は不完全ながらもついに実現された。どれくらい時間がかかるかわからないが、きっと社会は良い方向へ進んでくれる。僕達はそう信じて、未来へ歩もうと思う。


「ところでさー」
「なにー?」
 チーズケーキを頬張りながら、僕はおもむろにチョコレートケーキを頬張るミスティに話を振った。
「例の奴、どこまで書けたのー?」
「あー、あれー?」
 お互いに頬張っていたケーキを飲み込んだ。
「まだ私とフウライボウが出会った頃までしか書けてない」
「ふーん」
 あれからミスティは、僕の旅の軌跡を小説にするという試みに挑戦していた。僕としては別に面白くないよと言っておいたのだが、彼女曰く絶対に面白い、売りにでも出したらベストセラー間違いなしと言って聞かない。
 僕がミスティと別れた後の事も書くつもりらしく、その際には僕も協力する事になっている。森や山で一人寂しく釣りしてる事を書いたって何が面白いのかわかったもんじゃないが、別に協力を惜しむ理由もないので素直に手伝ってあげる事にした。
 今は休憩がてら、クリスマスのデート中、とでも言ったところか。
「それで、これからどうするの?」
 ミスティがおもむろにそんな事を聞いてくる。
「これから、って?」
「だって風来坊なんでしょ? また旅に出るの?」
「出ないよ」
 僕の即答と共にミスティがむせた。
「な、なんで?」
「だって、僕がいなかったらどうやって小説書くの?」
 最もな答えを聞いて、ミスティは見事にKOされた。
「じゃ、じゃあその後は?」
「うーん」
 それについては、あまり考えた事はなかった。
 思えば今回の旅も、結局はステーションスクエアからミスティックルーインの辺りまでしかほっつき歩いておらず、案外範囲が狭かった。つまり旅をしてきたというよりも正しく放浪だった。あのロストの言葉通り、放浪人と大差なかったわけだ。
 とは言え、一個人で旅をするにしても限度というものがある。無闇に旅をしようと思ったって、また同じような事になってしまうのは目に見えている。
 そこまで考えて、一つの結論に至った。
「今度は、一緒に旅をしてみない?」
「私と?」
「うん」
 僕だけでは、無理かもしれない。
 それでもミスティと一緒なら、もっと広い世界を見に行けるかもしれない。
 何か困難があろうとも、二人でならば乗り越えられるかもしれない。僕達は聖誕祭のあの日、それを確かめ合う事ができた。
「それじゃあ、その時になったら考えようね」
「うん!」
 喜びの感情は、ポヨのハートマークによって表れた。

 僕は人工生命体のチャオ。みんなが認めてくれた、立派なチャオだ。
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ケーキの箱じゃないよ 感想を入れる箱だよ
 冬木野  - 09/12/24(木) 21:35 -
  
チョコレートケーキ食べたいです。
メリークリスマスイブ、久々にチャオ小説書いた冬木野です。冬きゅんです。

最初はごくふっつーの小説を書いてやろうかと思ったら、没ネタ投稿にあったネタをいろいろと見ているウチにいらぬアイデアが次から次へと溢れ始め、なんだかおかしな小説ができあがってしまいました。誰か笑ってやって。
その間にもチャピルさんが聖誕祭テレビしてたのでWifiスマブラやるぞと意気込んで86420エラーの前に倒れ、スマさんとスカイプでゴクトケンして、結局遊んでばっかりで余裕で一日遅れました。何も言えません。
こんなんでよければ誰か感想でも送ってやってくださいな。

ちなみに次を書く機会なんて全然考えてませんからね。
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南斗感想拳!
 スマッシュ  - 09/12/25(金) 0:33 -
  
まあ、まず。
カオスさんのツンデレマジ最高!
終盤で思い切りデレちゃうカオスさんがたまらなかったです。
そして、チガウオナジジャナイで伏線をはりつつ終盤では感動的なセリフな変貌。
明らかに重要な伏線っぽいセリフだったために印象の強かったセリフが、再び違う状況で繰り返される。
こういう活用の仕方はとても大好きです。
カオスがとてもいいキャラしているなあと思いました。

そしてネタの密度も凄いですよね。
こんなにネタって入るものなの?こんなにネタ入れて元ネタわかる人いるの?
と、ギャグの新しい可能性を見ました。

で、スナフ……フウライボウ君。
感情のない彼が主役であるために、最後に感情を得るところが素敵だと思いました。
感情っていいものなんだねというメッセージによってそういう私たちにとって日常的でなんでもないことが意外と美しいものだったりするのだぜと再認識しました。

あと、私は欲望が足りているので次回作を期待しています。
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はえぇよww
 冬木野  - 09/12/25(金) 0:57 -
  
ほんとに数時間で読み終えてやがったwww


>カオスさんのツンデレマジ最高!
ツンデレって言うか、まぁ裏にはティカルの訴えを冷静に聞いたカオス君がいたのでしたというのがありますのは大体みんなわかる話。

>そして、チガウオナジジャナイで伏線をはりつつ終盤では感動的なセリフな変貌。
>明らかに重要な伏線っぽいセリフだったために印象の強かったセリフが、再び違う状況で繰り返される。
>こういう活用の仕方はとても大好きです。
勢いで書いていつの間にかできあがった伏線を褒められてしまった場合私はどうすればいいのかと以下略。

>こんなにネタって入るものなの?こんなにネタ入れて元ネタわかる人いるの?
わっかんね。
実際誰かに怒られるんじゃないかと当初は頑張って書いていたものでしたが、こうやって普通にわかってHAHAHAと笑ってくれるのが一番でした。

>感情っていいものなんだねというメッセージによってそういう私たちにとって日常的でなんでもないことが意外と美しいものだったりするのだぜと再認識しました。
そして書いてる自分が感情とか二の次で何も考えずに書いてるというのは非常によろしくないと思うのですがどうしましょうどうしよう。

何はともあれ、速攻で感想を送ってくれてありがとうございましたました。


>あと、私は欲望が足りているので次回作を期待しています。
ねーよww
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