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おやすみ、君が泣かないうちに。 08/12/30(火) 4:21

おやすみ、君が泣かないうちに。 08/12/30(火) 4:29

おやすみ、君が泣かないうちに。
   - 08/12/30(火) 4:29 -
  
適当な口調で、言った。


「ギターさ、朝の粗大ゴミに出しちゃったんだよ!
8時のさ、粗大ゴミに、全部、全部、出しちゃった!!」


「…へ?…えー、何よ、そのジョーク!
やっぱり、本ちゃんには面白い話はできな…。」


「…。」


「………ぇ?ちょっと、待ってよ…。」


「今日は、お別れを言いに来たんだ。」


「…ぇ?」


「分かっちゃったんだよ!俺分かったの!!
 俺才能無いみたい!!
 ハハハっ、メッチャ面白いよな!
 せっかくの5年間を棒に振っちゃった!!!


 …。…だからさ、…。


 …俺、田舎に帰って、仕事でも、するわ…」


「…。…もう、本ちゃんっ、もうそのネタは良いからっ!
 全然面白くないよ!凄く寒いもん!」


「…。…そう、そうなんだよ。
 人生ってのは…全然面白くも何ともない、
 寒いモンなんだよ。


 ハハハ…これ、お前にやるよ。想い出に取っておけ。」


俺は黙って未だに半信半疑な目をしている薫に、
一つの物を渡した。


いつか二人でお金を出し合って買った一本のギター。


それの、“俺によって折られた”ネックの一欠片、
その時薫が出したぶんのお金を、添えて。


「その封筒のお金はもう、返さなくて、良いよ。」


「…。」


「お前がいつか、すんげぇ有名なヤツになってさ、
 テレビにいっぱい出演できるようになったら、返してくれよな。
 …ま、元々お前の金だし、返さなくても良いんだけど。」


「…。」


「楽しかったよ。5年間。棒に振ったけど、“棒に振らせた”けど、
 もう、お前はそんな売れない人間で居る必要はないんだ。
 じゃあな、例の音楽事務所にでも連絡してみろ。
 あのプロデューサーの顔、マジだったしな。」


「…。」


「あぁ、そうだ、このぶっ壊したギター、前お前が触っただけで怒ったよな。
 今更だけど、謝るよ。
 あぁ、そうだ、後は…。」


「ふざけんな!!!!!」


薫は乱暴に叫んで俺の方を見た。


封筒とギターの欠片を思い切り壁に投げつける。
行く先知らず、二つは壁に向かって突進していった。
でも、撃沈し、その下へとぼとっと落下する。
壁は少しへこみ、ギターの欠片はベッドの上に転がった。


薫は怒っているような顔をしていた。
それがどんな怒りかは、俺には分からなかった。


でも、その目からは大量に涙がこぼれ落ちていた。


声を出したいのに、声が出せそうにないように。
それでも、振り絞った声が俺の耳に届いてきた。


「あた、しは…本ちゃんに、憧れ、ていたんだ、よ…?
 毎日、高校の机、に突っ伏して、頭と、身体と、時間を費やして…。
 何にも、何にも!楽しいこ、となんて、無かったんだよ?
 でも、初めて会ったときの本ちゃんは違ったの!
 毎日、汗水流して、バイトして、それでもギター買えなくて、
 だから、もっとバ、イトして、過労で、倒れ、て、
 本当に、死にか、けて、でもそれでも、ギターの、ために、
 汗水流、して…。
 ギター、買ってはしゃい、で、私の髪を、撫でてくれ、て…。」


「…。」


「ちっちゃ、い部屋で、ギターの、機械、に、囲まれて、
 あたしを座らせて、良く聞かして、くれて、
 面白いことも、言って…なんか…すっごく、格好良かったじゃ、ない…


 …やめちゃったら、何にも、ならない、じゃな、い…」


「…。」


「…ねぇ、そうだ!
 あたしの口座からさ生活費出せるから、これからも一緒に住もうよ!
 あたしが1人でプロになるから、お金かせいで、本ちゃんと一緒になって、
 全部、あたしの建てた家を本ちゃんが使えばいいからさ!
 それで、もっと上手くなったら私と一緒にプロに来ればいいからさ!


 だから…」


「…。」


「だから、さよならなんて言うなぁ!!!」


「…薫…。」


「行くなんて言うなぁ!!!消えるなんて言うなぁ!!!


 壊したギターなら、あたし、がまた、全部買ってあげる、から…


 あたし、1人で、一体これから、どうしろっていうの?」


薫は傍にあったマイクを握りしめてうつむいた。
俺は泣きそうになった。
恋人と別れるときは、こんなにも、泣くことはないだろう。
もっと辛い、例えばそう、死に別れのような、そんな感じだった。


でも俺は、虚勢を張った。


「…ありがとう。俺を止めてくれたのはお前だけだよ。
 何かお別れの品でも俺にくれないか?
 あ、そうだ、この花瓶!前俺が割っちゃったのを、
 10時間かけて接着剤で治したヤツ!これくれよ!
 家で花を育てるのに使うからさ!
 …あ!でも、これ治したヤツだから、すぐに空中分解するよな!
 これをさ、俺の弟にあげたらビックリするぞ!
 ベッドの上に置いておいたら、次の日顔がびしょぬれだったりしてな!」


「…。……へへ。」


「へへ…。本ちゃん、面白い…。」


「…。…笑ってくれた。そ、お前はそうやって、笑顔で人を幸せにする、
 そんな才能を持って生まれてきたんだ。
 そうやって、笑ってさ、これから生きていけば、
 もっと素敵な事に会えるし、もっと素敵な人に出会える。
 俺はお前に気付かないように、ずっと応援しているからな。」


「…。」


「俺は田舎でガキに野球でも教えるよ。
 俺のいる小学校の野球クラブの人が、推薦しているんだ。
 …楽しくやっていくつもりだよ。…これ、住所。
 忙しくなるだろうけど、もし機会があれば、また来てくれよな。
 …。
 …面白かったよ。決して、棒に振った5年間じゃなかったよ。
 ありがとう。…バイバイ。」


俺は手ぶらで薫の部屋を出ようとする。
薫は俺の手を一瞬掴んだ。
…でも、俺が目配せすると、すぐに、そっと、はずした。


がちゃりと音がする。
このドアノブで、この音を出せるのはもう、このときが最後だろう。
俺はかすかに無機質な、サビたドアノブに微笑んだ。


ドアを開けると、闇色の空が広がり、
気にするなと言わんばかりに俺の髪を風が通り抜けた。
もう、夜になっている。
そして、ここからの景色を見ることはもう、ない。


…5年間、俺が薫とここに泊まったときは、
薫は何かの拍子にこの夜空を見ながら、
急に泣いてしまったことがよくあった。理由は分からない。


でも、俺はその時、
いつも優しくある言葉を投げかけて、髪を撫でていた。


俺はアパートの廊下を歩きながら、
もう一度薫の部屋の前のを見つめた。


昔の、夢を追っていたある恋人達が、
あの場所から星空を眺めて、白い息を吐いていた。
男はそれを見ながら、優しく、女の髪の毛を撫でながら何かを呟く、
そんな幻想であった。


そして、ゆっくりと深呼吸をして、
その幻想の中で言った言葉と同じフレーズを、静かに、呟いた。


―おやすみ、…君が泣かないうちに。     Fin
引用なし
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