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電車の中で俺は固まっていた。
固まっていた…というより、
彼女が俺の開いた足のスペースにすっぽりと身体を入れ込んで、
ナントカのファッション雑誌を開いていたのだった。
相手にしてみれば暖かい椅子なのだろうし、
こっちからすれば暖かいクッションのようなモノだった。
(口には出せないが、少々暑苦しいけれど。)
彼女をこうしていても特に何も思わない。
それは全部には当てはまらないかも知れないけれど、俺の場合は、
彼女から訳の分からなくなるくらいメッチャ良いにおいがしてきて、
そんな暑苦しさが全然気にならないのだ。
(シャンプー?トリートメント?)
10月に入りそうな季節。
去年の今頃、つまりは失恋時にくっついた。
一周年…って事になるのだろうか?
結局、男のサガの一環で恋人記念日は忘れたけれど…。
…もしかしたら、他愛もない告白だったので、
相手もすっかり忘れているのかも知れない。そうでありたい。
「よっさーん。」
「はい?」
「恋人記念日、今日って知ってた?」
「…(いきなりかい!!)」
「…。クレープ一枚で許したげる。」「はい…。」
頭の中でむやみに色々想像しない方が良い。
最近だと家の中を想像して、
部屋に誰かがいたらそこに幽霊が…とかは聞いた。
だから、こういう心配事も、考えないのが良策なんだろう。
でもまぁ、ばれたことは仕方ないか…。
俺はケータイのメールが来ないので、
来た素振りでぱかっと開けてみる。
誰も来てないので待ち受けをしばらくぼーっと見て、しまった。
「それって癖?」
彼女が俺に話しかけてくる。
雑誌には「冬到来!〜」と書かれて、最新のファッションが並ぶ。
聞いたこともないブランドばかりだ。
まぁ、最近まで「リズリサ」を服の種類(キャミとか…)と考えていた俺だから、
こういうのはめっぽう分からない…と結論づければいいだろう。
(ちなみにリズリサはブランド名だとか。)
「そう、ケータイってたまに開かないと落ちつかなくね?」
「んー。まー…分かる気はするけど。」
「あー、あと待ち受け変えた。」
「えーっ!?あの待ち受け消しちゃったん?」
「デザインはわれながらに良いと思ったけど…なんかなぁ」
「うそぉ、アレ、ウチが貰おうと思ってのに。」
「悪い悪い、また良い奴作るからそれまで待て!」
俺はVサインを彼女に送る。
待ち受けのデザインを作り始めて2年が経つ。
こいつよりも長いつきあいだ。
始めた経緯は良く覚えていない。
ただ、いつの間にかはまっていた。
これをしていたから彼女に会えたとか、そう言うわけでもない。
彼女は相変わらず雑誌を読んでいる。
所々折り目が付いている。
お小遣いを貯めたら買うらしい。
彼女の誕生日は8月23日。
残念ながら俺の誕プレ支援は当てに出来ないと言うわけだ。
大学一年生。
まだまだガキなんだけど、もう大人。
つきあい始めたときは青かったけど、今はもう大人。
そういえば、18歳で初めての彼女って珍しい。
周りからは遅いとか言われそうだったから、「二人目」と強がっていた。
でも彼女だけには「初めてなんだよ」と言ってみた。
「私も…」と言ったときは、
多分大学の合格掲示板に自分の名前があったときより、嬉しかった。
むしろ、ほっとしたのかも知れない。
かたんかたんと電車が揺れる。
相変わらず俺の足を開いた状態が続く。
そこにすっぽりと、彼女がもたれるようにして入ってきている。
端から見れば、何とも面白い姿。
でもこれで良いんだ。これでお互い暖かいなら。
「待ち受けさー。」
「ん?」
「新しいの早くつくってね。友達に自慢するの。」
「あぁ、近日中にな。」
「…早く。」
「分かったよ、あさってまでな。」
詳しい日時を言わないとOkを出してくれない。
いつものことなので、
まぁ、急いでやろうと意気込みながら、
さっと通り過ぎていく景色を見つめていた。
(続く)
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