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☆★☆週刊チャオ第332号(8月1週)【表紙】☆... チャピル 08/8/2(土) 0:00 [添付]

☆★☆読みきり作品☆★☆ チャピル 08/8/2(土) 0:02
〜チャオの奴隷〜 第五話 08/8/2(土) 10:55
〜チャオの奴隷〜 第五話 08/8/2(土) 11:02
〜チャオの奴隷〜 第五話 08/8/2(土) 11:06
〜チャオの奴隷〜 第五話 08/8/2(土) 11:11
〜チャオの奴隷〜 第五話 08/8/2(土) 11:12
〜チャオの奴隷〜 第五話 おまけ 08/8/2(土) 11:14

☆★☆読みきり作品☆★☆
 チャピル  - 08/8/2(土) 0:02 -
  
一回限りのお話、詩、短歌、歌などの投稿はこちらへどうぞ。
詳しくは、週刊チャオ表紙の「作者の方へのお願い」を、ご覧下さい。
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〜チャオの奴隷〜 第五話
   - 08/8/2(土) 10:55 -
  
 第五話 〜雨降って地固まる〜

 ジィジィと、絶えることなく奏でられる蝉の鳴き声をBGM代わりにして、僕は冷房の効いた二階の自室にて、普段滅多に開ける事の無い、不要物収納用物置と化しているクローゼットの中を漁っていた。
 懐かしい記憶を呼び起こす物、見ても何も思い出せない物、失くしたと思っていた物。様々なものを久し振りに引っ張り出す。
 初夏の日差しが部屋に差し込む昼下がり、僕が埃に塗(まみ)れて空き巣のような行動をしている背景には、夏休みにおける強敵が関係している。
 自由研究、という名の強敵が。
 夏休みに突入し、今年の自由研究の課題として何を登校日に提出しようかと考えていたら、ふと、以前の研究結果……つまり、過去三年間の戦績を顧みたい衝動に駆られたのだ。
 廃棄した覚えはないし、捨てられないものは大体ここにしまい込んでいる筈だ。
 あやふやな記憶を頼りに、暗がりに顔を突っ込む。
 今年の研究テーマの決定のための参考になるような物が見つからないか、という淡い期待も同時に抱いて。
「あ、あった」
 クローゼットの奥に佇んでいたダンボールを引っ張り出し、さらにそのダンボールを文字通りひっくり返す。
 中から出てきたのは物の一つに、貯金箱があった。もっとも、一見で貯金箱だと見抜ける者は存在しないであろうが。
 牛乳パックを加工して、色つきセロハンで装飾し、割り箸を突き刺して腕のように見せかけた、ロボットを模した自作貯金箱。
 これは僕が二年前、つまり小学二年生のときに提出した自由研究の成果だ。
 貯金箱を手にとってみる。
 あちらこちらにぐにゃぐにゃと折り目がついてしまっていて、汚れてヨタヨタになってしまった貯金箱。
 当初は、硬貨を頭の投入口に入れてやると腕代わりの割り箸が跳ね上がるというギミックを搭載していたのだが、もはや完全に機能していない。
 ふらふらと、今にも取れそうな割り箸を、べたべたと貼り付けられたガムテープがかろうじて繋ぎ止めている。
 ――と、このように満身創痍の貯金箱であるが、実は提出当時からこんな状態だった。
 二年という時間経過によりさらに悪化した感は否めないが、割り箸ギミック故障状態のまま学校に持っていったのを覚えている。
 何故そんな状態で提出したのか、それについては一応理由がある。
 それは、理由であると同時に僕にとって大切な思い出でもあるのだが、今は、記憶の泉で安らいでいる場合ではない。
「結局、何にしよう」
 貯金箱を右手に掴んだまま、仰向けに寝転んで一言呟く。
 決まらぬ、今年の研究テーマ。今年は何をしようか。
 ぼんやりと中空を彷徨っていた視線は、そのうち瞼によって生み出された闇の中に紛れ込んだ。
 クーラーの稼動音のみが、静寂の中に響き渡る。変化無く聴こえ続けるリズムが、僕の感覚を麻痺させていく。
 次第に僕の意識は、まどろみの中に溶けて消えた。

 ………

 ……

 …
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〜チャオの奴隷〜 第五話
   - 08/8/2(土) 11:02 -
  
 ――三年前。
 当時、小学校に上がったばかりの若葉が、初めてチャオの卵を手にしたのは、桜の舞い散る暖かな季節のことだった。
 若葉は大いに喜んだ。卵を手にしてから、三日三晩その手に抱いて離さないほどに。
 もっぱらその間(あいだ)は、生まれてくるチャオの名前ばかり考えていた。
「何にしようかな」
 リビングにて、生まれてくるチャオの名前を思案中の若葉。カーペットの上で胡坐を掻いて、その上にチャオの卵を抱(いだ)いている。
 どんな名前をつけていいものか皆目見当の付かない若葉は、母親に助言を求めた。
 すると、母親は助言を与えた。愛らしい花の名前がいいのではないか、と。
 そして、アイスココアの入ったコップをテーブルに置き、一冊の植物図鑑を若葉に手渡したのだ。
 これで花の名前を調べろ、ということなのだろう。
 ひとまず卵をどかして、若葉は手渡された植物図鑑のページをめくる。漠然と、自分がいい名前だと思える単語を探しながら。
 ぺらりぺらりとページをめくりながら、若葉は右手でテーブルの上のコップを掴む。
 中身を半分ほど口に流し込んでから、再びテーブルに戻そうとした若葉。
 しかしその際、集中力の大半を植物図鑑に注いでいたため、自分の手とテーブルとの距離感を図るのに失敗してしまう。
 故(ゆえ)に、若葉はコップの中身を植物図鑑にぶちまけた。
「うわっ、うわっ」
 図鑑の上を滑るように濡らしていくココア。
 端まで行き着き、行き場の無くなった液体は、若葉の洋服にも容赦なく降りかかる。
 母親に叱られる自身の姿が、容易に想像できた若葉であった。
 とにかく、事態の沈静化に努めるべく、ティッシュを手に取ろうとする若葉。
 その時若葉は、、ココアに濡れた図鑑のページの、ある単語に目を引かれた。
 隣に掲載されてる花の写真は、無残にも茶色く変色してしまっているが、それでも鮮やかなピンク色をした美しい花だということは分かった。
 若葉は、この花に不思議な魔力を感じ、魅了された気がしてならなかった。
「決めた! チャオの名前!」

 ――この後(あと)生まれてきたチャオは、めでたくこの花の名前を冠することなった。
 生まれたのは、ツヤツヤに光り輝く、鮮やかなピンク色のチャオだった。

 …
 
 桜舞い散る暖かな季節に始まった、カトレアと共に過ごす若葉の新たな生活は、順調に時を重ね、太陽の輝く灼熱の季節を迎えることになる。
 カトレアは、若葉に、それはとてもよく懐いた。
 若葉が家に居るときは、カトレアはいつも、さながらカルガモの親子のように若葉にくっついて回る。
 今も仲良く、リビングで扇風機の風に吹かれてお昼寝中である。
 その穏やかな眠りに終止符を打たんと、呼び鈴の音と大きな女の子の声が若葉とカトレアの耳を劈いた。
「わーかーばー、あーけーてー」
 若葉にとっては、聞き覚えのある声であり、カトレアにとっては、初めて聞く声であった。
 とろとろと、半覚醒状態であるが故に、鈍重な動きで起き上がろうと若葉をよそに、母親がさっさと玄関を開け放ち、来客を迎え入れた。
 数秒後には、来客はリビングまで入り込んでいた。
「ワカちゃんっ。チャオ育ててるんだって? 何で黙ってたのっ」
 開口一番、そう捲くし立てたのは若葉の幼馴染、早苗であった。そして若葉の目の前にしゃがみこむ。
「あ、この子がワカちゃんのチャオかっ。抱っこしていい?」
「いいよ。カトレア、っていうんだ」
「じゃあ、カトちゃんだっ」
 早苗は若葉からカトレアを渡されるとすっと立ち上がり、カトレアを高く掲げあげて、赤いワンピースの裾を翻し、くるくるとメリーゴーランドの如く回り始めた。
 カトレアはその単純な遊戯を気に入ったようで、早苗の手の中できゃっきゃとはしゃいでいる。頭の上で、ハートの形をしたポヨが跳ねて揺れた。
「あのねっ。私も今度チャオ育てるんだっ」
 メリーゴーランドを中止した早苗は、若葉の隣に座り込み、唐突にそう切り出した。
「それでね、今名前を考えているんだけど、どんなのがいいかなぁ?」
「それを相談しに来たの?」
「うんっ」
 早苗は、破顔一笑して言った。
 くしゃっとした、向日葵のような笑顔からは、まだ名前も決まらぬチャオへの相当な期待が滲み出ている。
「ね、ね。ワカちゃんは、この子の名前決めるときどうしたの?」
 懐(ふところ)に抱いたカトレアの頭を優しく撫でながら、早苗は若葉に訊いた。
 カトレアが早苗のスキンシップに心地よさを感じているのが、拡大と縮小を繰り返すハートのポヨから見て取れる。
「カトレアはねぇ、えっと……。お花の名前がいいんじゃないかって、お母さんが言ったんだ。だから、カトレアっていうお花の名前にしたの」
「へぇっ」
 名前を決めあぐねている際に、たまたまココアを零した図鑑のページに載っていた花の名前をとった……とは、なんとなく言いづらかった若葉であった。
 若葉が、早苗も花の名前からとってはどうか等(など)と話していると、若葉の母親が、透明な器に入ったかき氷を二つ、両手に携えてやって来た。
 片方は、小豆がたっぷり乗ったもの。もう一つは、メロンシロップがたっぷりかかったもの。
 どうぞ、と差し出されたかき氷を、礼を述べながら早苗が受け取る。迷わず、小豆の乗ったほうを。
 若葉はメロンシロップがかかったほうを受け取った。
 夏場に早苗が遊びに来たときは、かき氷を振舞うのが通例であり、早苗と若葉の好みは完全に把握している若葉の母親だった。
「いただきまーすっ」
 銀色のスプーンで、上に乗った小豆ごと氷を掬い上げて、心底嬉しそうに頬張る早苗。少し遅れて、若葉も緑色の氷山にスプーンを突き刺した。
「しゃりしゃり、うーんどんな名前にしようかなー、もぐもぐ」
 カトレアを膝の上に乗せたまま、茶色の氷山を切り崩していく早苗。
 ふと、その手の動きが止まった。
「……むむっ」
 そして始まる、早苗とかき氷のにらめっこ。
「むむむむむっ」
 否(いな)、早苗と、氷の上に陣取る小豆とのにらめっこ。
 若葉はその様子を、スプーンを咥えて見守っていた。一体、どうしたのであろう、と
「決めた!」
 突然、大声を張り上げる早苗。
 驚いたのは若葉だけではないようで、早苗の膝の上でカトレアも、ポヨをエクスクラメーションマークに変化させていた。
「決めたっ。決めたよ名前っ。あたしのチャオの名前っ」
「なんていう名前?」
「――まだ内緒っ」

 ――数日後、再び早苗は若葉の家にやって来た。細い両腕で、小豆色のチャオを抱いていた。
 早苗は数日前と同じく、くしゃっとした、向日葵のような笑顔でこう言った。
「じゃーんっ。この子があたしのチャオだよっ。名前はねぇ――」
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〜チャオの奴隷〜 第五話
   - 08/8/2(土) 11:06 -
  
 季節は廻り廻って、二年目の夏を迎えた。若葉が、カトレアと過ごすようになってから、である。
 小学二年生となった若葉は、夏休みという、子供時代最大級のイベントを存分に謳歌していた。
 なんと言っても、遊びたい盛りである。遊びに誘い誘われ、子供の本分の全うに勤しむ毎日だった。
 しかし、その事態に不満を抱く者が居た。
 カトレアである。
 若葉が友人と遊びに興じる時間と、若葉が自分にかまってくれる時間が見事に反比例していることに対し、カトレアは、それはとても不機嫌だった。無論、増加の一途を辿っているのは前者である。
 きっと、若葉にとっては疾風の如き早さであっただろう。カレンダーには、次々と黒のマジックで斜線が加えられた。
 そして若葉は、失念していたのであろう。宿題という命題を。
 長期休暇の前半に遊戯の時間を集中させたツケは当然押し寄せてくる。八月中旬から下旬にかけての若葉は、悩ましげに机に向かう姿が多く見受けられた。
 故に、カトレアはこの夏休み、若葉とあまり遊べなかった。
 言葉を話すことの出来ないカトレアは、ただただ、頭上に渦巻きを浮かべるしか出来なかった。
 そのようなことでは不満の発散には到底至らず、やるせなさは確実に蓄積されていった。
 そして、夏休みも残り数日となったある日。
 積もり積もった、カトレアのもやもやした気持ちが、ちょっとした事件を引き起こす事になる。

 カトレアの心の空模様を表すように、その日は朝から灰色の雲が上空に浮かんでいた。
 家には、若葉とカトレアしかいなかった。
 若葉は、お昼を済ませたあと、二階の自室に篭ってしまった。恐らく、宿題の山を切り崩す作業に夢中なのだ。
 カトレアとしては、またも若葉と遊ぶ機会を得られなかった格好だ。
「チャオ……」
 誰も居ないリビングで、一つため息をついたカトレア。頭の上では当然、ポヨがカトレアの心情を表している。
 ぽつんと取り残されたカトレアは、自分以外の生き物が全て世界から消え失せてしまったかのような感覚を覚えた。
 静寂の中に放り込まれた今の状況は、寂しがり屋のカトレアにとっては耐え難いものであった。
 周りを見ても、居て欲しい人は何処にもいない。
 リビングを出て、階段を上ればそこに居るのに。カトレアにとっては、それが途方もない距離に思えて仕方が無かった。
 その内、重苦しい静寂が振り払われる出来事が起きた。空から、大きな雨粒が降って来たのだ。
 たった一粒の水滴を皮切りに、数分と経たぬ内に窓の外は豪雨となった。
 ざあざあと、激しい雨音は容赦なくカトレアの頭に響く。
 若葉と共に聞いたときは、心地よささえ感じたこの音。けれども、一人きりで聞いたこの音の、なんと寂しい事だろうと、カトレアは思った。
 カトレアは背中に生えた小さな羽をぱたぱた動かし、手持ち無沙汰に部屋の中をぷよぷよと飛び回り始める。ただただじっとしていると、寂しさに押し潰されてしまいそうだったから。
 リビングの中を右往左している内、カトレアは、棚の上の「ある物」を落としてしまう。棚の前を通り過ぎるとき、羽ばたき続けていた背中の羽が当たってしまったのだ。
 しかし、カトレアがその事実に気づくことは無かった。
 羽が当たったと言っても、僅かに掠っただけであるし、「ある物」の落下の際に生じた小さな衝突音は、雨音でかき消されてしまったからだ。
 落下物に気づかなかったことが後(のち)に悲劇に繋がるとも知らず、カトレアは中空を彷徨い続ける。
 ふいに、部屋の隅っこ、棚の陰で忘れられたように佇む、サッカーボールに目を引かれた。少し土が付いて、汚れている。
 こんなところにサッカーボールが転がっている理由を、カトレアは思い出していた。
 若葉が、宿題に追い掛け回される状態になる前。外で遊んできた若葉が、習得したリフティングを見て欲しいと、リビングで披露したのだ。
 やめなさいという母親の静止も聞かず。
 結果、ボールはあちらこちら跳び回り、若葉は母親にこっぴどく叱られる事となった。
 その後母親がサッカーボールを取り上げていたが、それからずっとここに放置されていたのだろう。
 カトレアは、心に積もっていく寂しさが、怒りにも似た気持ちに移り変わっていくのを感じた。
 怒りなら、発散する手立ては無くもない。例えば、物に当たるなど。
「チャオ!」
 今思えば、突然降り出した豪雨は、カトレアの我慢の決壊を表していたのかもしれない。カトレアは、サッカーボールをおもむろに持ち上げて、壁に向かって叩き付けた。
 叩きつけられたボールは、バウンドしながらカトレアの横を通り過ぎる。――カトレアは、背後で、ぐしゃり、という音がしたのを聞いた。
 振り向いた先に見た光景は、ぐしゃりと押しつぶされ床に伏せている、若葉の手作り貯金箱であった。自由研究の課題として、数日前に若葉が完成させたのをカトレアは見ていた。
 転々とするボールの行方に目もくれず、カトレアは貯金箱を拾い上げる。
 牛乳パックのボディはぐにゃりと歪(いびつ)な形に変形し、土で汚れ、突き刺してあった二本の割り箸も、ふらふらな状態になっている。
「……チャオ……」
 カトレアは、さーっと血が音を立てて引いていくのを感じた。
 その音すら飲み込まんと、雨の勢いははより一層激しさを増してきた。

 カトレアは、自分が潰してしまった貯金箱を目の前にして、何をすればいいのか悩んだ。
 そして最善の行動として、直すという選択肢を取った。今のカトレアには、それが精一杯の誠意の表現だ。
 まずは、汚れてしまった部分を綺麗にする。カトレアは小さな自分の手で、土の付いた部分を擦る。
 今度は、土の付いた手で、凹んで歪んでしまった形を整えようとする。けれども、チャオの手ではなかなかうまく行かない。
 悪戦苦闘しているうちに、歪みはさらに強くなってしまい、折りたたみ椅子のようになってしまった。
 カトレアは、泣きたくなるのを何とかこらえて、先に割り箸部分の修復に取り掛かることにする。
 ガムテープを引っ張り出してきて、べたべたと貼り付けて、ばんざいの様な格好になるように割り箸を固定する。
 この時、カトレアには気づく余地は無かったが、若葉が作成した「硬貨を入れると割り箸が跳ね上がるギミック」は完全に封鎖される運びとなった。
 あとは、この歪みさえ正すことが出来れば。カトレアはそう思っていた。
 もっとも、まだ微妙に残っている土や、張られていなかったはずのガムテープなど、若葉が見たら一目で何かあったことに気づくだろうが、そこまで考えている余裕などカトレアには無かった。
 ――足音が二階から下ってきたのは、その時だった。
 う〜ん、という唸り声が聞こえる。両手を突き上げて体を伸ばしながら、若葉がリビングに姿を現した。
 難攻不落と思われた宿題という名の強敵を、とうとう打ち滅ぼすことに成功したのである。
 若葉は、カトレアに気が付き、視線を送る。カトレアは、その視線に釘付けにされたように固まってしまった。
 カトレアにとっては、皮肉な結果としか言いようが無かった。
 一番会いたかった人に、一番会いたくないタイミングで会ってしまったのだから。
「あ……」
 案の定、若葉は気づいた。自分が作った貯金箱に、異変が起きたことに。
 そして、それを両手でしっかり握り、こちらを見つめて硬直しているカトレア。十中八九、カトレアが起因だと若葉は思った。
「それ、カトレアがやったの?」
 悲しいような、怒っているような、ともかく、普段の若葉からは想像出来ない声色で発せられた言葉に、カトレアは恐怖した。
 若葉に対し恐怖を覚えたのではなく、若葉に嫌われたと確信できる事態に、恐怖を覚えたのだ。
 カトレアは、貯金箱を握り締めたまま、何もすることが出来なかった。
 若葉も何も言わず、ただじっとカトレアを見つめていた。
 このとき若葉は、やはり貯金箱作成に費やした努力を無に帰された事に対し落胆を覚えていたのだ。
 夏休みの課題を全て片付け、喜びを覚えていた時のことだけに、ショックは大きかった。
 無論、若葉も、カトレアが悪意を持ってやったと決め付けているわけではないのである。今にも世界から消え入ってしまいそうなカトレアの表情を見れば、何か理由があったのだと容易に想像できる。
 けれども今の若葉には、カトレアを気遣う余裕は無かった。
 どちらにしろカトレアが原因なのは間違いなさそうで、何もアクションを起こさないカトレアの態度が、若葉の心にほんの少しだけ、カトレアに対する非難の念を生み出した。
 二人で静寂の空間を彷徨い始めてから、数分後のことだった。
 カトレアに、異変が起きたのは。
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〜チャオの奴隷〜 第五話
   - 08/8/2(土) 11:11 -
  
「チャオ!」
 突然声を上げたのは、カトレアだ。
 カトレアは、ほんの少し苦しみに顔をゆがめて、小さな体を前に屈める。
 両手で貯金箱を、しっかり胸の前に抱いて。
「どうしたの!」
 カトレアに起きた突然の異変に、若葉は慌ててカトレアに駆け寄る。
 カトレアは前かがみの姿勢を崩さず、ぎゅうっと目を瞑(つむ)っている。
 何が起きたのか分からず、突然の出来事に、若葉の心臓は鼓動を早める。若葉の頭の中では、カトレアにとって良くない事が怒ったのだという考えばかりが駆け巡った。
 しかし、事実はそうでないことをすぐに理解する。
 カトレアは、繭に包まれた。
 初めは、薄くてほぼ透明な繭だった。それはやがて、色濃く立派な繭となる。カトレアの姿は、繭に隠れて完全に見えなくなった。
 そして若葉の見つめる前で、繭は消えていく。ゆっくり時間をかけて、時の流れに身を任せて。
 溶けるように消滅した繭の中から出てきたのは、鮮やかな光沢を持つ、ピンク色のチャオ。
 頭部が左右に分かれるように伸びていたり、背中の羽が大きくなっていたりと、ほんの少し容姿に変化があるが。
 ――それは、紛れも無くカトレアだった。
「カトレア……大丈夫?」
 若葉は、チャオを育てる上での最低限の知識は持ち合わせている。今起きた現象は、一次進化と呼ばれる現象であろうと、若葉は思った。
 しかし、進化前に見せた、ほんの少し苦しげな表情が気になって、若葉はカトレアに訊いた。大事(だいじ)ないかどうか。
 若葉は、カトレアの顔を覗き込む。カトレアは、自分を覗き込むその視線を見つめ返す。
 そして、俯き、そして、言った。
「――ワカバ。ごめんなさい」

 目を真ん丸くして驚いたのは若葉である。
「カトレアが、喋った……」
 じぃっ、とカトレアの顔を覗き込んだままの若葉。俯いていてもそれが分かったカトレアは、耐えかねて顔を横に向ける。
 なんともばつが悪い。その気持ちが、ポヨに表れた。
「カトレア! もう一回喋って!」
 逆に、目を眩(まばゆ)いばかりに輝かせているのは、若葉である。
 もう一度、と言われても、カトレアは何を言えばいいのかわからなかった。しかたなく、もう一度謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい」
「もう一回!」
 間髪入れずに再リクエスト。
 戸惑いながらも、受理するカトレア。
「ごめんなさい」
「もう一回!」
「だから……ごめんなさい」
「もう一回!」
「……ごめんなさい!」
「もう一回!」
「いい加減にしろー!」
 五回目のリクエストで、とうとう堪忍袋の緒が切れる。
 寂しがり屋で――プライドの高いカトレアとしては、これ以上謝らされるのは我慢ならなかったのだ。
 ふいに、カトレアの体が宙に浮かび上がる。
 若葉が、ひょいとカトレアを持ち上げたのだ。
「あははっ! カトレアが喋ったぁ!」
 カトレアを高く掲げて、喜びを爆発させる若葉。
 さっきまでの悲壮感など、すでに狂喜の風に吹き飛ばされた。
 掲げられたカトレアは、若葉の手の中で、じたばた暴れている。
 貯金箱を抱いたまま暴れるものだから、カトレアの手の中で貯金箱は余計にくしゃくしゃになってしまったが、それに気づく者は居なかった。
 また、離せ降ろせと喚くカトレアの頭の上で、ハートの形をしたポヨがぽよんぽよん飛び跳ねているが、それに気づく者も居なかった。
 そして、いつの間にか雨が止んでいることに気づく者も、居なかった。

 …

 ……

 ………
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〜チャオの奴隷〜 第五話
   - 08/8/2(土) 11:12 -
  
 まどろみから覚めたばかりの体を無理やり起き上がらせる。時刻を確認すると、すでに午後五時を回っていた。
 右手に掴んでいる貯金箱に目をやる。僕は二年前、正せる範囲でボディの歪みを正し、学校へ持っていった。
 ガムテープはべたべた張り付き、割り箸は完全に固定されている――つまり、今手に持つこの状態で。当時は今よりほんの少し綺麗だったけど。
 そしてこの貯金箱は、教室の後ろに僅かな期間展示された後、我が家に帰ってくることになるのだが……。
 当時のカトレアがしまえ隠せと喚いたので、僕が今日久しぶりに引っ張り出すまでクローゼットに押し込められていたのだ。
 カトレア曰く、「恥ずかしい」だそうだ。
「ワカバ」
 開けっ放しの入り口に、カトレアが居た。
「なに?」
「ココア飲みたい。作れ」
 そう言って、背中を向けてとことこ歩いていくカトレア。僕が握っている物には気づかなかったみたいだ。
 僕は辺りに散乱している物を再びダンボールに放り込み、クローゼットの奥へ押し込む。またしばらく、あの貯金箱にはお目にかかれないだろう。
 部屋を片付け終えた僕は、部屋を出て階段を下りていった。一階では、カトレアが僕を待ち望んでいるはずだ。

「はい」
「……ありがと」
 アイスココアの入ったコップを右手でカトレアに手渡す。左手には、僕の分のココアを持って。
 カトレアは、両手で受け取ったコップを傾けて、ちびちびとココアを飲んでいる。
 その様子を眺めていて、僕はふと訊いてみたくなった。
「カトレアって、ココア好きだよね」
「うん」
「なんで?」
「知るか」
 ごもっともだ。僕だって好きな物を尋ねられて、「なぜ好きなのか」と訊かれても、せいぜい「好きだから」と答えるしかないと思う。
 でも僕は、一つの疑念を完全に振り払うことが出来ないでいる。
 カトレアがココア好きなのは、僕が原因なんじゃないか、と。
 ――まさかね。
 コップを右手に持ち替えて、カトレアに倣ってちびちびとココアを飲む。
 甘く冷たい喉越しを堪能しながら僕は、今年の自由研究は何をしようかと考えていた。
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〜チャオの奴隷〜 第五話 おまけ
   - 08/8/2(土) 11:14 -
  
 第五話 おまけ

 ・母さん、すごいの渡してきた。

 すると、母親は助言を与えた。格好いい虫の名前がいいのではないか、と。
 そして、アイスココアの入ったコップをテーブルに置き、一冊の昆虫図鑑を若葉に手渡したのだ。
 これで虫の名前を調べろ、ということなのだろう。
 若葉は、ある虫に不思議な魔力を感じ、魅了された気がしてならなかった。
「決めた! チャオの名前! ヘラクレスにする!」

 ・母さん、有名どころ渡してきた。

 どうぞ、と差し出されたアイスバーを、礼を述べながら早苗が受け取る。迷わず、ソーダ味のほうを。
 若葉はコーラ味を受け取った。
 夏場に早苗が遊びに来たときは、このアイスを振舞うのが通例であり、早苗と若葉の好みは完全に把握している若葉の母親だった。
「……むむっ」
 そして始まる、早苗とアイスバーを包んでいた袋とのにらめっこ。
「決めたっ。決めたよ名前っ。あたしのチャオの名前っ」
「なんていう名前?」
「――ガリガリ君っ」
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