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ガーデンで死体を埋める作業を、エミーは手伝わなかった。
ガーデンに住む者たちを憎んでいるようなことを言っていた割には、表情に厳しいものはなかった。
ただ作業には加わらず、監視をするでもなく、ぼんやりと木々を眺めていた。
スピアは作業の終わり、ハートの実を持ち帰ろうと、いくつか手に取った。
それを見たガーデンの女たちに笑われてしまう。
笑った女たちを見ると、この前ハートの実を渡してきた女がその中にいた。
「凄かったでしょ?」
ハートの実を渡してきた女が、そう笑いかけてくる。
スピアは恥ずかしい気持ちになった。
「いや、これは植える用だから」
「そうだとしても、食べるんでしょう?」
ぐ、と息が止まってしまう。
女は、ほらね、と喜んだ。
なんでとっさに違うと嘘を言えなかったのか。
スピアは顔を赤くした。
「ねね、せっかくだからさ、ここで食べちゃおうよ。やろうよ」
「だから俺は」
「私、あんたのこと好きだよ。ここに来る連中は、キングもあの女も、ハートの実に全然興味がないんだもの」
そんなのおかしいじゃんね。
なんのためにハートの木を育ててるんだって話。
チャオのためって言ったってさ、今ここに成っている実は、チャオ食べられないじゃん。
だってまだチャオいないんだから。
それなら私たちが食べていいってことでしょ。
なのに食べないなんて、感じ悪いよ。
女は胸を押し当ててスピアを誘惑してくる。
だけどスピアはその体をゆっくり押し退けて、首を横に振った。
「彼女のことがそんなに好きなんだ?」
「ああ。そうなんだ」
アオコのこともあったが、気になるのはエミーだった。
彼女を刺激して不快にさせれば、銃弾が頭を貫いているかもしれない。
彼女がいる場で、ハートの実を食べて頭が回らなくするのは危険だった。
それにエミーの運転する車で帰らなければならない。
エミーがハートの実を食べないとなれば、ハートの実の効果が切れるまで彼女は退屈な待ち時間を過ごすことになる。
耐えかねて撃ち殺すというのも、考えられることだった。
なんとか女たちから逃れて、スピアはエミーのもとに戻った。
「作業、完了しました」
「ご苦労様でした」
エミーはずっと上の方を見たままで言った。
なにかいるのだろうか。
スピアもエミーの見ている方を眺めるが、生物の気配はない。
ハートの実がぶら下がっているだけだが、エミーの目当てはそれではないだろう。
「なにか、いますか?」
「いないから、想像しているんです」
とエミーは答えた。
「スピアさんはチャオがどんな生き物だと思いますか?」
「どんなって、人類がいなくなった世界で繁栄する、天使のような生き物だと」
「そうキングは言っていましたけど。でも具体的にどんな生き物なのかは、キングも知りません。だから想像の話ですよ。どんな生き物だと思いますか?」
そう促されて、スピアはチャオについて考えてみた。
このガーデンに生き、ハートの実を食べる生物。
そうであれば、基本的に木の上で生活する生き物なのではないだろうか。
枝を折ることなく機敏に動き回る、小さな生き物。
スピアが思い浮かべたのは、尾の長いネズミだった。
体長の半分は尾であり、その尾は猿のもののように太い。
枝をすらすらと走り、尻尾を使って上手く木を渡っていく。
スピアは自分の想像したチャオをエミーに話してみた。
「どうですかね?」
「木の上を走り回るっていうのは、確かに理にかなっていると思います。そういう生態なら、天敵も少ないかもしれません。でも、夢がないと思いませんか?」
「夢?」
「だってチャオは、人類の代わりになる天使のような生き物、ですよ?」
そしてエミーは、彼女の思うチャオの姿を語った。
チャオは私たちより遥かに大きな生き物です。
なぜならチャオこそがこの世界の正当な所有者であり、チャオは人間の犯した過ちを繰り返すことはないからです。
ですからチャオは私たちより脳が大きくて賢いと考えるのが普通でしょう。
対してハートの実は、巨大なチャオの食べ物にしてはかなり小さいです。
そこから考えるに、チャオはあまり動かずに生きるのではないでしょうか。
たとえばそう、木のように。
あるいは生きる岩と言ってもいいのかもしれません。
人間は行動範囲を広げ過ぎたがために戦争を引き起こしたと考えれば、動かない生態は平和を自然に作り出します。
ほとんど移動せずにその場に留まっている一方で、人間を超える高い知能を持つ。
そんなチャオはどのように生きるのでしょうか?
答えはきっと、おしゃべりです。
「たぶん、人間を凌駕する高次元の生き物というのは、おしゃべりをして生きるのではないでしょうか。わかりますか、この感じ?」
「俺には、難しいです」
おしゃべりという単語は、神聖な生き物を語るにしては幼稚に感じられた。
会話ばかりして一生を過ごして、それがなんだというのか。
スピアには想像ができなかった。
「そうですか」
エミーは残念そうな顔をした。
「まあ、いいでしょう。そろそろ帰りましょうか。どうせチャオの会話なんて、低次元の私たちに理解が及ぶものではないでしょうし」
さっと車のドアを開けて、エミーは運転席に座った。
彼女は木々を見ることで、まだ存在していないチャオたちのおしゃべりを聞こうとしていたようだ。
帰りは互いに一言も喋らなかった。
スピアもエミーも、チャオの会話というものを考えようとしていた。
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