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チャオゼリー
 スマッシュ  - 17/9/13(水) 23:54 -
  
 誕生日なに食べたいって聞いたら、マオはチャオゼリーが食べたいと答えた。
 愛しの彼氏の誕生日、たまには腕を振るってやるかと思ったのに、そんな簡単なものでいいのかと拍子抜けした。
 せめて大きいチャオゼリーを作って驚かせてやりたくて、私はスーパーでチャオゼラチンをたくさん買い、浴槽でチャオゼリーを作った。
 浴槽いっぱいに張った水は圧縮されて、50cmほどの大きさのチャオゼリーになった。
「チャオ〜、チャオ〜」
 ミーアキャットを二頭身にしたみたいな姿の、つるつるでぷにぷにのチャオゼリーはまるで生き物のように動く。
 チャオゼリーの体は水色なのだが、眼球だけは白と黒だ。
 なんでそうなるかはわからないけれど、目がちゃんとあるので生き物みたく見える。
 そして声のようなものを出す。
「はいこんにちは〜」
 浴槽から這い上がろうとして、何度も失敗して滑っているチャオゼリーを私はしばらく見ていた。
 ピンポンとチャイムが鳴って、私はチャオゼリーをそのままに玄関に向かう。
「イロちゃん来たよ〜」
 マオの声だ。
 玄関ドアを開ける。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
 鍵を閉めるのはマオに任せて、私は浴室に戻る。
「チャオゼリー作ったよ」
「え、本当? 嬉しい」
 どっこいしょ、と言って私はチャオゼリーを持ち上げる。
 とても重かったので、抱いて運ぶ。
「うわあ、でかい」
 浴室から出てきた私とチャオゼリーを見て、マオは目を輝かせた。
 マオは両腕を広げた。
 私はその腕にチャオゼリーごと飛び込もうとする。
 チャオゼリーがあまりにも重いので、体を重みごと押し付けるような感じになる。
「ちょっと、イロちゃん」
「私を抱き締めて」
「チャオだけ、チャオだけ」
 私はいらないって言われたみたいで一瞬寂しくなる。
 けどそんな深読み、マオにしたって意味ないから私はその寂しさをすぐ放って、一度体を離す。
 そしてチャオゼリーをマオに抱かせてやる。
「チャオチャオ〜」とチャオゼリーが鳴く。
「チャア〜、チャオ〜」
 マオはおどけて返事をする。
 なんて言っているつもりなんだろう。
「けっこう重いね」
「水たくさん使ったからね」
 私はキッチンからスプーンを二つ取る。
「赤ちゃん生まれたら、毎日こんなふうに抱っこするんだろうね」
 その言葉にも深い意味はない。
 結婚の気配はなかった。
 五年前から私たちは付き合っていて、なんだか五年後もこのまま同じように恋人同士でいる感じがする。
 マオはマイペースだ。
 そして私は彼のペースを大事にしていて、だから結婚は当分しないし、別れることもないんだろうなと思っているのだった。
「でも私、赤ちゃん生まれたら自分でずっと抱っこして、マオには抱っこさせないかも」
「え、ひどい」
「冗談だよ。でもそんな気分になるとは思う」
 私はスプーンを差し出した。
 マオはチャオゼリーを机に乗せてからスプーンを受け取った。
「食べていい?」
「いいよ」
「わあい」
 マオはチャオゼリーをパクパク食べる。
 チャオゼリーはスプーンを一度差し込まれた瞬間に、ただのゼリーに変わったみたく動かなくなった。
「目も片方もらうね」
 眼球をくり抜き、マオは口を大きく開いた。
「よく食べられるね」
「んん?」
 もぐもぐと噛みつつマオは首を傾げる。
「なんかさっきまで動いてて喋ってたのに、躊躇ないなあって思って」
 たとえば豚肉とかも、生きている豚を見ていて、自分が見たその豚の肉を食えと言われたらちょっときつい。
 私は、生きている豚と豚肉を別の存在として見ていると思う。
 焼かれて残ったおばあちゃんの遺骨だって、おばあちゃんを少しも感じなかった。
 そんなことを私はマオに話してみた。
「豚は僕もきついけど、チャオゼリーは大丈夫だなあ」
 とマオは言った。
「豚を豚肉にしたり、亡くなった人を骨だけにしたり。そういう加工する手順があるとその変貌っぷりにグロテスクなものを感じてしまうけれど、チャオゼリーはそのまま食べるから。だから自然の摂理というか、生命の怖さや現実っていうのを考えなくてよくて、楽なんだと思う」
「なるほど」
 こいつはさっきまで動いていたけれど生き物ではなくて、最初から食べ物として存在している。
 そう解釈すれば、食べられそうだ。
 あるいはマオがあんまりばくばく食べるものだから、先ほどまでの可愛さが崩れてしまって、それで食べ物にしか見えなくなってきたのかもしれない。
 私もチャオゼリーを食べてみる。
 プリンみたいな甘い味がした。
「うまい」
 そして眼球も食べてみる。
 色が違うから味も違うのかと思ったけれど、少しも変わらなかった。
「なんだ、目ん玉も味同じなんだ」
「ね」
 マオは頭ばっかり食べていた。
 もっとバランスよく食べたら、と私は思ったけれどマオに合わせて私も頭からすくっていく。
 頭がなくなると、チャオゼリーはただのプリンっぽい味のゼリーにしか見えなくなる。
 プリンっぽいゼリーにしては大きすぎて、まだこんなに食べなきゃいけないのかと私は浴槽で作ったことを後悔する。
 なのにマオは、チャオゼリー最高においしい、と言って、とてもとても嬉しそうな顔をしながらどんどんチャオゼリーを食べていくのだった。

引用なし
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