●週刊チャオ サークル掲示板
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抜け殻 ろっど 14/10/16(木) 23:34

前編 ろっど 14/10/16(木) 23:35

前編
 ろっど  - 14/10/16(木) 23:35 -
  
 三組の岡本が、ヒーローチャオを持っている。
 僕がその話を聞いたのは、秋の夜が寂しくなり始めた頃だった。電車の中は暖房がかかっているから暖かいけど、これから外に出て肌寒い中を家まで歩かなければならないことを考えると憂鬱な気分になった。
「本当だって。岡本とよく一緒にいる、安藤だっけ、あいつが言ってたんだよ。今日の昼休み、飯食ってる時」
 食堂で、と、金田は言った。普段はチャオのことなんて全く興味ないくせに、こういうチャンスだけは逃さないのだ、金田という男は。
「どうせ嘘でしょ」
 もしくは何かの間違いじゃないのかと言った。三年くらい前に、ダークチャオの角を無理やりゴムでまとめてヒーローチャオに見せかけて、相場よりも高値で販売するという詐欺手法が流行ったから、そのクチかもしれない。しかし、
「岡本ならありえるかもしれない!」
 と金田は頑なに主張した。
「だってヒーローチャオだよ。テレビに出れるよ、岡本だしさ。ギャラも良いって聞くよ」
 テレビに出る。それは確かに魅力的な響きだったけど、チャオを商売道具か何かだと思っている彼の言葉が無性に気に入らなくて、それからの話を聞き流すことにした。元々、金田の話をしっかり聞いていたことは数少ない。彼もまた相手が聞いているかどうかは気にしていないのだろう。高校三年生のこの時期に彼がこれほど能天気なのは、指定校推薦という制度で既に進学先の大学が決まっているからだ。僕はと言えば、先日行われた模試の結果が悪化したところだった。志望校のレベルを下げるという提案を母にしてみたが、通じなかったので、これから遅れを取り戻す必要がある。そういう僕の焦りを分かろうともせず、彼は自分が話すことに夢中だった。
 二つ先の駅で、僕は金田に別れを告げてからホームに降りた。人混みに流され押されて階段を降りる。どうにかICカードをポケットから取り出すことができて、改札脇のパネルにタッチする。定期期限の赤い文字が液晶画面に表示された。三日後で切れる、という表示を見て、定期を更新し忘れていたことを思い出した。どうにも気持ちの切り替えがうまく行かないのは、文化祭の余韻がまだ続いているせいだろう。高校生活における最後の文化祭になるから、クラスメイトのモチベーションも高かった。出し物は「カフェテリア」で、ブレンド・コーヒーやタピオカドリンクなどを販売していたのだった。
 定期を更新しようとしたが、窓口はもう開いていなかった。明日の朝、早く起きて更新すればいいかと考えることにした。
 
 
 アパートのドアを開けると、ミントの笑顔があった。ミントは黄緑色のダークチャオで、僕の十歳の誕生日に買ってもらったチャオだ。ぽんぽん、と二回ほど頭を撫でてやってから、リビングへ向かった。
「ただいま」
 リビングには暗い雰囲気が漂っていた。父親はしわくちゃになった就職情報誌に穴があくほど見つめていて、今回の面接も落ちたのだということを悟った。父は今年で四十過ぎになる元営業マンだ。係長ではあったのだが、部下の失敗の責任を取らされる形で解雇されたのだ。
 それから僕の家の環境は一変した。退職金がスズメの涙ほどしか出なかったため、すぐにマンションを売り払った。2LDKのマンションから2Kのアパートになると、部屋数の関係上で、僕と妹は同じ部屋で生活をすることになった。部屋の電灯がLEDから豆電球になった。外が完全に暗くなるまでは原則として消灯するルールになっている。朝食はパンだけになって、夕食のおかずが一品になった。昼食はおにぎりを二つ。ここまでの貧しい生活を強いられているのは、何もリストラだけが原因ではない。母方の父がアルツハイマーで入院してしまったことや、マンションのローンが残っていることにも起因している。
 だけど最近は母の機嫌もそれほど悪くはなかった。父の失業手当にも余裕があったし、解雇直後と比べたら貧しい生活に慣れて来たからだろう。でも今日は虫の居所が悪かった。父が面接に落ちたことで、母はお金の余裕と一緒に気持ちの余裕まで失っていた。僕は妹と一緒に、炊飯器と茶碗、それからほうれん草入りの卵焼きをお皿に乗せて、それらを持って自室へ逃げ込んだ。
「お父さん、また駄目だったみたい」
 やや期待していたような口ぶりで妹が言った。だけど僕は、やっぱりな、と思った。この時期の中途採用は厳しい。とりわけ四十過ぎてからの再就職は、取得難易度の高いの資格や強力な実務経験がないと難しいだろう。妹はどう思っているのか知らないが、今まで三流営業マンだった父がそう簡単に再就職できるとは思えなかった。
 僕が白米を茶碗によそっていると、ミントがやってきて、両手を差し出してきた。「格安!」というラベルの貼ってあるチャオ用ジャンクフードを渡してあげると、ミントはポヨをハートマークにしてがっつき始めた。そのギザギザとしたポヨを見て、金田の話を思い出した。
「そういえば、うちの学校にヒーローチャオ持っているやつがいるんだってさ」
「嘘? ほんとに?」
「僕は嘘だと思ってるけど」
「誰? 誰?」
「岡本」
 わっと、嬉しそうな顔で妹が驚いた。岡本一郎は先月引退した生徒会長で、学校内で知らない人はいないほど有名だ。それは一年生である妹も例外ではなかった。サッカー部の部長で、女の子にモテる。確かに彼の顔はかっこいいほうだと思うが、かっこよさに負けないくらいの胡散臭さがあると僕は思った。近所のドラッグストアを通りかかるたびに「本日は特売日!」という横断幕が設置されている。そういう胡散臭さが彼の顔にはある。しかし、その胡散臭さが分からない妹は、おおよそ金田と同じ感想を持っているようだった。
「でも珍しいよね。ヒーローチャオ。会長なら納得だけど」
「そうだね」
 チャオがダークチャオに進化するメカニズムは、十五年くらい前には解明されている。チャオがペットとして世の中に普及した頃は、悪い人が育てるとダークチャオになって、良い人が育てるとヒーローチャオになる、といった情報が広まっていたが、今は飼い主が持つ不安な気持ちや憤りをチャオが感じ取るとダークチャオに育ちやすい、ということになっている。けれど、ニュートラルチャオやヒーローチャオに進化するメカニズムは解明されていない。世の中にいるチャオはダークチャオばかりで、それ以外のチャオは珍しいのだ。それこそ、ヒーローチャオを育てればテレビに出れる、と言われるくらいには。
「やっぱりあれかなあ。できる人はこう、元が違うのかもね!」
 会長ならテレビ映えもするし、と妹は続ける。テレビに出ればお金がもらえるんだろうなあと、僕は自分の茶碗によそった白米を見て思った。ここのところ満足に食事をとった記憶がない。受験の件だって、当初であれば指定校推薦で私立の大学に進学を決め、悠々自適の生活を送る予定だったのだ。お小遣いも満額もらえていて、新しいゲームも買い放題だったかもしれない。
 やるせない気持ちを、残った白米と一緒に喉の奥に押し込んだ。学校で友達からもらったゲーム雑誌を開く。まだ明るさが残っているうちに読んでおこうと思ったのだ。ゲーム雑誌には来月新しく発売されるゲームソフトの情報が載っていた。ゲームソフトは年々高くなる一方だ。モンスターハンター3は六千円強。その数字が今の僕には大きな壁のように思えた。
 ちゃうー、と、ミントが甘えたがりの声を出した。両手を差し出している。おかわりの催促だ。耳ざとくそれを聞きつけた母が自室の引き戸を開けて、険しい顔で告げた。
「ミントに餌は、一日一回だからね」
 ちゃう、とミントがしょんぼりする。その姿を見た妹がミントを抱き寄せた。気の毒だ、と思った。だけど事実、チャオの餌代は馬鹿にならない。とりわけミントは大食いだ。家族が食費を節約している中で、ミントだけ贅沢をするというわけにもいかないのだ。父は居た堪れなさそうに僕と妹を伺っていた。アルバイトでもすれば、ミントの餌代くらいは稼げるかもしれない。
「暗くなってきたね」
 僕は四分の三くらいにまで沈んでしまった夕日を見てから、豆電球をつけた。
 
 
 翌日の昼休み。僕は食堂にいた。一つ目のおにぎりを食べ終える頃、金田がスマートフォンをテーブルの上に置いた。「高校生、ヒーローチャオ育てる!?」と題された動画が表示されていた。妹や金田の粗方の予想通り、岡本は早速テレビデビューを果たしたのだった。動画の主旨は河川敷でのインタビューで、チャオを散歩させている岡本の様子を斜め後ろあたりから撮影している。「どうしてヒーローチャオになったんだと思いますか?」というリポーターの際どい質問に、岡本は動じることなく、「僕のチャオに対する気持ちが伝わったのかなって思っています」と答えた。こういう寒気のするような言葉も岡本のような人間が口にすると様になっている。ぐっとカメラが近づいて、岡本が映像の中心になった。「なんて名前なんですか?」「ヨッシーです。あ、マリオのほうじゃないですよ」どっと笑いが入る。あらかじめ準備していたのではないかと勘ぐるくらいの受け答えだ。
 一時停止ボタンを押して、金田はしたり顔を見せた。画面には緑色のヒーローチャオが映っている。本物かどうかは実物を見たことがないから分からない。だけどこれだけ大きくピックアップされているのであれば、今更偽物だとは言えないだろうから、やはり本物なのだろう。
「ほら、俺の言った通り」
 と、得意げな顔をする金田。僕は自分の家から持ってきた二つ目のおにぎりを口の中に放り込んだ。少し塩辛かった。
 放課後、僕は自習室に来ていた。家の環境では勉強に集中できないからだ。この学校の自習室は利用者が極端に少ないことで有名だ。そのせいで行き場のないカップルが談話室として利用しているのだが、そういうのがあまり気にならない僕にとっては、絶好の場所だった。一時間半くらい勉強して、休憩がてら、僕は持ってきたゲーム機の電源をつけた。ソフトは「モンスターハンター2」だ。友達の多くない僕は、ほとんどオフラインプレイでクエストを進めていた。高難易度のクエストを一人でクリアしてきただけあって、実力はあるほうだと思っている。個性的な武器がこのゲームの最大の特徴で、今日は「弓」を使うことにした。リオレウス希少種の討伐クエストを選ぶ。このモンスターはシリーズでお馴染みの看板モンスターの強化個体だった。最近は、このモンスターをいかに効率よく、早く倒すかに凝っていた。
 クエストクリアの文字が表示される。かかった時間は四分五十五秒だった。
「お疲れさま。うまいね」
 岡本一郎だ。涼しい顔で人を褒めるあたりが、彼の人となりをよく表していた。
「どうも」
「次は俺とやろう」
 隣の席に座って、岡本はゲーム機を取り出した。その構図が、あまりに彼のイメージとかけ離れていたから、思わず「まじで」と呟いてしまった。金田から彼の話を聞いていなかったら、もう少し素直な気持ちで見ることができていたと思う。ヒーローチャオを持っていてテレビにも出演するような人が、僕と一緒にゲームをするなんて考えたこともなかった。
「なんでもいいよ、クエスト」
 オンライン集会所を作成して、ギルドカードを交換する。彼のキャラクターが持つ武器は「ランス」だった。生徒会長で、勉強ができて、サッカー部の部長をしているくらいだから、彼の技量には期待できないだろう。そう考えて、もう一度リオレウス希少種の討伐クエストを選択した。ところが実際にやってみると、その考えが彼を軽んじていたものであったことに気がつく。「ランス」には主に二種類の戦闘パターンがある。「回避型」と「防御型」だ。彼の扱うランスは「回避型」だった。最小限の動きでリオレウスの放つブレスを避けては確実に攻撃を当てていく。限りなく効率化された動作だった。三分二十秒くらいかけて、クエストをクリアする。
 岡本は、にいと笑った。そうして「意外だろ」と言った。彼の実力が高いことは確かに意外だったが、驚きは少ない。それよりも、戦い方が非常にセコいということのほうが僕にとっては意外だった。
 次は高難易度の「古龍」討伐クエストに挑むことにした。案の定、彼は回避と攻撃を一定のリズムで繰り返して、ダメージを受けずにダメージを稼ぎ続けた。一人でプレイするよりも早いタイムでクエストをクリアする。
「俺も結構うまいでしょ」
「うまいっていうか、セコい」
 ひでえな、それ、と岡本は笑う。今度は更に高難易度のクエストを選択した。
「テレビ見たよ。インタビューの」
「あ、ほんと」
 僕がモンスターを怯ませて、岡本がその隙に尻尾を切断する。打てば響くような連携が心地よかった。
「仕込みじゃないの、あれ」
「だいたいヤラセだよ」
 やっぱり、と思った。
「この前の打ち合わせの時なんて、ヨッシーとの出会いを脚色して、再現VTRを作ろうって言われたよ」
「どんなふうに脚色するの」
「交通事故に遭いそうなところを助ける」
 そんなふうに話しながら、二人でいつもより高難易度のクエストに挑戦し続けた。すっかり外が暗くなってしまってから、どちらともなく電源を切った。自習室には誰も残っていなかった。お互いに電車通学であることを確認して、下校することにした。帰り道もモンスターハンターの話や、ディレクターのセクハラの話で盛り上がった。


 彼と最寄り駅が同じだった、ということが何より意外だった。同じ駅で降りて、互いに反対方向の出口から降りる。大通りを真っ直ぐ南下して細い道を一本通り、老朽化したアパートに着く。
「ただいま」
「おかえり。遅かったね」
 ミントを膝に置いた妹がリビングで胡坐をかいていた。僕は受験勉強で遅くなったということを伝えて、母の感心するような言葉を聞いてから自室に戻った。荷物を置いて制服から私服に着替え直す。
 とりあえず炭水化物と野菜を摂取しておけばいい、という安直な母の発想から、おかずには主に野菜を炒めたものか、そうでなくても卵料理が抜擢されることが多い。今日の夕飯もその例にもれず、もやし炒めをおかずにご飯を食べるのだった。ごちそうさま、と言って部屋に戻り、ゲーム機を起動した。交換した岡本のギルドカードを見る。ギルドカードとはゲーム上における名刺のようなものだ。武器の使用頻度や、どのモンスターをどれくらいの時間で倒したか、という情報が載っている。ほぼランスしか使っていないが、相当やり込んでいることが分かる。
 彼ならヒーローチャオを育てたことにも納得ができる。モテる、という事実にも頷けた。モンスターハンターを一緒にやったくらいで色々なことに納得ができてしまう自分が何となく情けなくなった。ちゃ、とミントが僕の隣に来ていた。
「お兄ちゃん、溜息多いよ」
「ごめん」
 溜息が多いことでミントに心配されてしまったようだった。ぽん、と頭の上に手を乗せる。ポヨがハートになる。
「もうご飯食べたの?」
「食べたよ」
「ミントだよ」
「食べた食べた」
 僕の誕生日に買ってもらったチャオなのに、妹が飼い主みたいになってしまった。しかしミントは僕にもしっかり懐いてくれている。小さい頃はずっと一緒だったから、そのことを憶えていてくれているのかもしれない。もし、ミントがヒーローチャオになっていたら、今頃住んでいるのはアパートではなくてマンションだったのだろうか。夕飯のおかずに肉料理が並んでいただろうか。だがミントは既に一回転生していて、両方ともダークチャオになっている。ヒーローチャオになる可能性は低いように思える。
 ただ一つ間違いないのは、この子も岡本が育てていればヒーローチャオに育った、ということだ。そう考えるとやり切れなかった。手が止まっているせいで、ミントのポヨはハートから「?」マークに変わった。もっと可愛がれということだろう。ぐしゃぐしゃっと頭を撫でてやってポヨがハートになったのを見てから、僕はシャワーを浴びることにした。
 
 
 放課後になって、僕は金田に用事があることを告げてから自習室へ向かった。その日は既に岡本がいて、大学のパンフレットを読んでいた。僕の姿を捉えると、彼は隣の席の椅子を引いてくれた。既にモンスターハンターを起動して待っている様子だったので、すぐに準備をした。古龍系モンスター「オオナズチ」の尻尾をちまちまと攻撃しながら、岡本は言った。
「今日、佐藤がここに来るんだよ」
 佐藤というのは国語教師のことだ。生活指導の担当でもある。
「何しに」
「自習監督」
「あー」
 この高校は進学校であることを銘打っている。成績の悪い生徒を集めて、毎週木曜日の放課後に成績のおぼつかない生徒の学習を支援し、勉強会を開催しているのだった。普段は教室で行っているのだが、人数が多くて教室の数が足りない場合は自習室を使用する手はずになっている。だからさ、と岡本は続けた。
「お気に入りの場所があるんだけど、そこ行こう。寒いの平気?」
「うん」
 ゲーム機をスリープモードにして鞄にしまう。下駄箱に行って外履きに履き替えてから外に出ると、岡本が可愛らしい封筒をつまんで待っていた。ラブレターだ、と思わず言ってしまったのは、この時代にそんな奥ゆかしいことをする人がいたんだという驚きと、ラブレターを見るのが初めてだったという理由からだ。岡本は「失礼」と言って駅まで歩きながらラブレターを読み始めた。
「おまえ、二組だよな。田中って知ってる」
「知ってるけど」
 田中夏帆はクラスメイトで、僕の二つ後ろの席にいる女子生徒だった。テニス部に入っていて、去年のインターハイではベストエイトに残っていた。既に引退してしまっているが、駅前のスポーツクラブに通って今でもテニスをしているという話を聞く。志望大学は早稲田大学の英文学部だ。誰にでも優しい女の子だった。見た目の美麗さもあいまって、彼女の人気は男女問わず高い。岡本はふうん、と呟いて、ラブレターを鞄にしまう。
「俺と付き合いたいみたいだね」
 マクドナルドでセットを注文するときのような口ぶりで、彼は言った。
「そうなんだ」
 電車をいくつか乗り継いで最寄り駅で降りる。それで、どうするの、という言葉が中々出てこなくて、僕は風の音を頼りに気まずい空気を凌ぐことにした。岡本の案内で土手の方向に向かって歩く。この駅の近くには柳瀬川という大きな川があって、花見のスポットとして有名だった。しかし、案内された場所は「花見のスポット」から少し離れた整備されていない河川敷だ。よいしょ、と岡本は土手に体育座りをした。横に並んで座る。
「俺さー」
 と、岡本は含みのある表情で話し始めた。
「あんまり周りがうるさいの好きじゃなくてさ。ほら、スタバとかだと知り合いに会ったりするじゃん」
 それは身から出た錆のように思えた。ヒーローチャオを育ててテレビに出演し、サッカー部の部長で生徒会長を務める。目立たないようにするのは困難だ。だけどそうやって困っている彼の顔を見ていると、そんなに辛いことは言えなくて、再び僕は風の音に頼ることにしたのだった。
 まあ、それはどうでもいいんだけどな、と岡本は笑った。
「うち、進学校だろ。みんな、この時期は勉強勉強って。頭固すぎなんだよね」
「勉強しないと大学に受からないだろ。お前じゃないんだから」
 彼は僕の言葉に一瞬驚いた様子を見せたが、にいと笑って、「そうだな」と言い返した。
「でもお前は勉強しないのな」
「してるよ」
「自習室でモンハンやってんのに?」
「あれは息抜き」
 息抜きのほうが長いだろ、と言って僕たちは笑った。
「お前、モンハンうまいよね。どのくらいやり込んでんの」
「六百時間くらい」
「六百かあ。負けた。俺、四百七十時間」
 だけど、密度が違う。僕はそう思った。
「弓?」
「何でも使うよ。ギルドカード見てない?」
「見た見た。お前、モンハンやりすぎ」
「おまえはランス使いすぎだよ」
 しょうがねーだろ、と言って、岡本はゲーム機を取り出す。なんだか彼と「普通の話」をしていることが滑稽だった。恐らく彼にとって「普通の話」は貴重なのだろうな、と思った。金田でさえあの調子であるところを見ると、クラスメイトの彼に対する接し方が「普通」であるとは思えなかった。
「志望大学どこ?」
「中央。国立の」
「俺もそこにしようかな」
 そう気軽に言ってしまえる彼の表情は涼やかなままだ。自分にも落ちる可能性があるとは露ほども思っていない。そういう彼だからこそ、ヒーローチャオを育てることができたのかもしれない。
「クラスで他にモンハンやってるやついないんだよ」
 アカムトルムの討伐クエストを選んで、岡本は言った。
「嘘だろ」
「いるっちゃいるけど、俺とは合わない人なんだよね」
 協力してアカムトルムを追い詰めていく。
「お前もいないでしょ。モンハン仲間。いつも金田といるし」
「金田は知ってるんだ」
「あいつもうるさいよね。良いやつだけど」
「分かる。良いやつなんだけどね」
「で、いないでしょ」
「全然。友達はいるけど」
「金田と俺以外いるのかよ」
「いなかったわ」
 ゲームを楽しんでいるのか、それとも彼と話すことを楽しんでいるのか分からなかったけど、この感じは悪くなかった。
 淀みのない夕日が空に溶ける。夕焼けが河川敷に浸透していく。
 結局その日は、月が明るくなるまで、僕たちはゲームをしていた。
引用なし
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