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自分の冒険 〜自分ならこう書く〜 冬木野 12/4/26(木) 11:03

神様の祈り 最終話 神様の祈り ダーク 13/11/9(土) 1:09

神様の祈り 最終話 神様の祈り
 ダーク  - 13/11/9(土) 1:09 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様は戦っていました。
 己の意志を打ち崩そうとする、この世界と。
 神様は守っていました。
 あの子が飛ぶことができる、あの世界を。
 神様は待っていました。
 祈りの行方を知ることができる、その瞬間を。


 僕が目を覚ました頃には、もうソニップが起きていた。ソニップは窓際の椅子に座って、外を眺めていた。部屋には陽が斜めに入ってきているので、まだ布団の中にいる僕とマッスレは影の中にいた。ソニップだけが光の中にいた。でも僕の目が覚醒しきれていないせいか、なんだかぼやぼやとして見えた。僕は上体を起こして、目をこすった。ソニップはあの汚い庭を眺めているのかと思ったが、どうやら違うようだった。ソニップは下の方をずっと見ていた。
 僕が立ち上がると、ソニップもこちらを向いて「おはよう」と言った。僕も「おはよう」と返して、ソニップの向かいの椅子に座って、ソニップの視線の先にあったものを見た。庭に敷かれていたまばらな砂利の中でもわかる、誰かが歩いた跡だった。僕はひやりとした。
「誰か、ここを歩いたみたいだな」
 ソニップの声が僕を責めた。その足跡が誰のものであるか知っている僕を、知っているのだろう、と脅した。でも、僕の猜疑心による脅迫は所詮そこまでだ。仮に僕がルルと会ったことを見透かされていたとしても、僕が何もできないことをソニップはわかっている。それに、そもそもソニップがそんなところまで知っているはずがなかった。ソニップは、文字通りの意味で言葉を発したのだ。
「うん」
「女将さんが通ったのかな」
 ソニップは足跡を見ながら軽い口調で言った。でも、やっぱり様子がおかしかった。目に真剣な色が宿っている。言い当てられる予感がした。
「いや、殺人鬼だな」
 予感が当たった。僕はとっさに否定の言葉を発しそうになったが、意識的に黙った。話せば話すだけボロが出るのはわかっている。ただ、それをボロと呼んでいいのかどうかは僕にはわからなかった。ルルに聞いた話をソニップたちに話していいものなのか、判断がつかなかったからだ。ルルから聞いた話は空想的な話であるのに、どうしても強い説得力を感じてしまう。これをソニップたちに話したら、笑い飛ばされるか、何か大きく突き動かしてしまうかのどちらかであると思う。笑い飛ばしてくれるのならそれでいいのだが、僕は後者が正解であるようにしか感じられない。そして、その変動がどのような種類のものであるのか、まったく想像がつかないのだ。
 ソニップが足跡を見たまま黙っている。様子は相変わらずおかしい。そもそも、ソニップが何かを凝視しながら黙っているということがおかしい。ソニップは動くか喋るかのどちらかのことを常にしているイメージがある。いわば行動するのに迷いがないのだ。今の彼には迷いがある。根拠もなく、足跡の主を殺人鬼だと断言したことにも関係しているだろう。
「何でそう思うの?」
 僕が尋ねても、ソニップは黙っていた。やっぱり、迷っているのだ。少し時間が経ってから、ソニップが諦めたように口を開いた。
「いや、俺が少し変なんだな。根拠なんてないさ。そんな気がしただけだ」
 ソニップは椅子から立ち上がって「風呂行ってくる」と言い、部屋の影の中に入っていった。ソニップが影に染まった。僕は椅子の上で陽の光を浴びながらその様子を見ていた。ふと、ソニップは部屋を出る襖の前で振り返った。なんだろう、と思ってソニップの顔を見た。
「ついでに変なことを言うと、今日俺は変な夢を見た。昔から薄々感じていたものが、鮮明になったような夢だった。それでもまだぼやぼやとしてるんだけど、その夢には強い運命のような力が働いているように感じるんだ。なんとなく気づいてるかもしれないけど、俺は運命なんて信じないし大嫌いだ。でもこの運命にだけは、俺は身を委ねてもいいような気になっちまうんだ。そして、多分運命の日は今日だ。俺の勘でしかないけど、一応覚悟はしておいてくれ」
 ソニップが部屋を出て、しばらくするとマッスレが目を覚ました。上体が突然むくりと起き上がり僕は少し驚いた。マッスレはその後うつむいて「あー」と声を出したと思ったら、しばらくそのまま動かなくなった。眠ってしまったようにも見えた。でもマッスレは立ち上がって、廊下に出て行った。マッスレはすぐに戻ってきた。トイレにでも行っていたのだろう。戻ってくる頃には、眠そうな気配は薄まっていた。
「なんかリアルな夢見たなあ。よくわかんねえけど、どきどきしてる」
「たまにあるよね。リアルなほど、起きたときに夢見心地になる夢」
「そうそう。心がどっちに行っていいかわかんなくて落ち着かねえんだよな」
「ソニップも変な夢見たって言ってた」
「そうなのか。今日は何か特別なことでも起こんのかな。そういえばソニップはどうした?」
「お風呂に入ってるよ」
「風呂か。俺も行きたいけど、そろそろ飯だから待ってるか」
 それからしばらくするとソニップが戻ってきて、すぐに朝食の準備ができたことを告げに女将がやってきた。
 朝食は旅館の座敷に全員で集まって食べた。大人数用の座敷だったので、ある程度空間に余裕があった。食事中は静かだった。部屋の広さが静寂を誇張した。ソニップもマッスレもあまり喋らなかった。二人とも部屋で話していたように変な心持ちでいるようだった。二人だけじゃなくて、エイリオ、ナイリオも静かだった。二人も同じような雰囲気だった。兵士たちは静かであったが、それは普通のことのように見えた。朝食は米、鮭、豆腐、漬物、味噌汁だったが、部屋の雰囲気の方が気になって味わうどころではなかった。
 その後部屋に戻ると布団は片付けられていて、綺麗になっていた。もう荷物を持って旅館を出るだけだ。とは言っても、僕とマッスレは荷物なんて持っていない。服も昨日と同じだ。荷物と言えるのは、ソニップの携帯機器や武器くらいだった。旅館を出るときに旅館の周りに配備された兵士たちをちらりと見たが、確かにルルがすり抜けてもおかしくないな、と思うような間隔だった。
 旅館を出てまた全員で歩き始めたときに、ジョン隊長に旅館でのエイリオとナイリオの様子を聞いてみた。するとやはり、二人とも昨日の夜までは元気に話していたが今朝から様子がおかしいようだった。
「確かに今日は殺人鬼との決着をつける日だ。緊張するのも無理はないと思う。珍しくソニップも緊張しているように見える。だが、気にすることはない。最善を尽くせば、この任務はこなせないものではない」
 ジョン隊長は緊張という言葉を使ったが、ソニップやマッスレの話を思い出す限り、緊張ではないだろう。きっと、エイリオとナイリオも違う。二人にも確認をしたかった。エイリオに聞くのは改まった感じがして気恥ずかしかったので、ナイリオに聞こうと思った。でも突然「なんか様子がおかしいよ」と言うのも恥ずかしいというより失礼な気がしたので、声をかけるまでに少し時間がかかった。結局、ナイリオにエイリオの様子を聞くことにした。
「エイリオ、なんか様子が変じゃない?」
「え?」とナイリオは驚いた顔をして「うん、まあ、そうかも」と続けた。さらに、
「エイリオ、ナイチュを見てずっと心配してたんだよ。だから、二人とも元気なくて私も心配だった。その後、今朝エイリオはナイチュを見て、元気になったみたいで良かった、って言ってたから、エイリオも元気になったんだと思って安心してたんだけど。でも、やっぱり変だね。朝、変な夢を見たって言ってたからそれのせいだと思う。実は私も変な夢を見て、それからなんだかどきどきしちゃってて」
 と言った。やっぱり、同じだった。みんな、変な夢を見たと言って様子がおかしくなっている。ソニップに至っては、運命という言葉をも使った。そんな大きな運命が待ち構えているのだとしたら、その正体はなんだろう。ルルの話が頭に浮かぶ。あの話が本当の話であるのなら、きっと運命とは神様やチャオという生物に関わる何かなのだろう。神の子たちである僕たちが、何らかの力によって来るべき運命を予感しているのだろう。だが、どうしてもわからない点が一つだけある。神の子たちがもし来るべき運命を予感しているのであれば、何故僕は夢を見ていないのだ。


 ムーンシティに来るのは初めてだった。一言で表すのなら、ムーンシティは都会だ。同じような高さのビルがたくさん続き、デパートや娯楽施設がたくさんあって、その中を凄まじい数の人間が蠢いていた。エンペラシティと山を挟んで隣の町であるのに、まるで別世界だった。でも、エンペラシティにある駅とムーンシティにある駅が線路で繋がっているというのだから、地続きの世界なのだろう。現に、僕たちもトンネルの中を歩いてこの町へ来た。
 それにしても、ムーンシティに来たのはいいが、これからどうすればいいのだろう。僕たちは、大きな駅を見つけてその前の広場に集まった。ここに来るまではさすがに兵士もまとまって動いた。この町の中で離れて行動すると、すぐにはぐれてしまいそうだからだ。この広場も駅から出てくる人、駅に入る人、待ち合わせに使う人で混雑していた。
「さて、どうしようか」
 ソニップはそう言ったあと、一瞬動きを止めて、背負っている剣を抜いて飛び掛かりながら振った。何が起きたかと思う頃には、血しぶきが舞っていた。ジョン隊長が首を斬られて倒れた。ソニップがジョン隊長を斬ったのかと思ったが、ソニップの剣を避けた人影も見えた。人影が素早く兵士を盾にしつつ、兵士たちの首を斬って逃げた。ソニップを除く兵士は全員倒れた。辺りが血塗れになる。周りにいた大勢の人がそれに気づき、辺りはパニックになった。その人の間をくぐり抜けて逃げていくマントは、ルルの後ろ姿だった。ソニップもそれを追う。そして僕たちも二人を追った。ルルは歩道を走って逃げているので、人混みが走りにくかった。同じく歩道を走るソニップだったが、それでもソニップは速かった。ルルとの距離は、少しずつ縮んできているように思えた。同時に、僕たちとの距離も広がっていた。見失ってしまいそうだった。
 ルルがデパートと電器屋の間に入ったのが見えた。ソニップもそこに入っていった。人が本来通らないはずの路地だ。僕たちも、遅れてそこに入っていった。もう二人は見えなくなっていた。周りは建物ばかりだが、先に空き地の端が見えた。その先にはまた建物がたくさんあって、色々な方向に路地がある。あの空き地に二人がいなければ、完全に見失ってしまったことになる。緊張の中、僕たちは空き地に飛び出した。
 衝撃だった。そこには、ソニップもルルもいた。二人は対峙していた。でも落ち着いたように見えるルルの表情とは対照的に、ソニップの表情は驚愕そのものだった。きっと僕も同じ表情をしている。そこには、二人以外の影があった。人間じゃない。四十センチほどの身長、黒い体、赤いライン、ルルの横にいても小ささを感じさせない威圧感。
「シャウド」
 ソニップが掠れた声で言った。シャウド。あれが、ルルの話の中に出てきた神の子、シャウド。僕たち、神の子たちのリーダーで、神様に封印されたチャオ。
 ソニップが剣を落とした。見てわかるくらいに体が震えている。マッスレも、エイリオも、ナイリオもそうだった。
「俺は、もう戦えない。全部、思い出した……」
 ソニップはその場に崩れ落ちた。マッスレも、エイリオも、ナイリオも地に膝をついた。全部、思い出した。ルルの話が、すべて本当だったということだ。そうだ、だってソニップはシャウドの名前を呼んだのだから。そうすると、やっぱりおかしいことが一つある。どうして、僕は思い出せないんだ。
「ナイチュ」
 シャウドが僕を呼んだ。どこか懐かしい、低い声だ。
「どうしても、思い出せないか」
 見透かされていた。シャウドの前では、何も嘘はつけないと思った。僕はうなづいた。
「無理もない。他の神の子と違って、過去に繋がる決定的なキーを持っていなかったからな」
「決定的なキー?」
「ルルは僕との約束。ソニップは走ること。マッスレとナイリオは力を発揮すること。エイリオは泳ぐこと。そして、本来であればナイチュは空を飛ぶことがキーになるはずだった。だが、それはキーになりえないものだった。人間は、空を飛べないからだ」
 はっとした。そうだ、と思った。空を飛ぶ感覚をなんとなく覚えていただけの僕と違って、みんなはその感覚をなぞることができたのだ。みんなは常日頃から、過去を僕よりも遥かに強く感じていたのだ。
 僕が過去のことを思い出せないのは理解できた。しかし、と思う。何故ルルは殺人を犯していたのか。その理由だけはまったくわからなかった。今や、この世界にいる人間でシャウドと対等に話すことができるのは僕だけかもしれない。僕は聞かなければいけない。
「どうして、人を殺したんだ」
「転生させるためだ」
 確かに、チャオであれば転生をするのだろう。だが、人間は転生をする生き物ではなかった。
「チャオは、人間へと進化した。人間がチャオの特性を持っていてもおかしくはない。そして、もう一度チャオからやり直すのだ」
「それに、そんなに都合のいい話があるわけがない。現に、死んだ人は転生してないじゃないか」
「チャオが人間へと進化するとき、そこにも長い空白の時間があった。逆もそうなるはずだ」
「そんなの屁理屈だよ」
「それでもだ!」
 シャウドが叫んだ。その威圧感に僕は圧倒された。
「僕はそのわずかな可能性にかけるしかない! カオス亡き今、僕は神に成り代わってチャオの世界をもう一度作り上げるのだ!」
「……無理だよ」と僕はかろうじて声を出した。
「仮に、それが叶わなかったとしても! チャオを奪った人間を許さない! この世界に居座り続けることを認めない! 僕はチャオの神としてやり遂げなければならない!」
「……何を」
「すべてのものに、復讐を」
 もう、シャウドには何を言っても無駄なのだ。もし、止めるとしても、僕は言葉ではなく力で止めなくてはならないだろう。
 僕はどう思っているのだろうか。止めようと思っているのだろうか。正直なところ、僕は揺れている。シャウドの言葉に人間としての自分が動いている。だが、シャウドの言葉にチャオとしての自分が動いているのも感じている。チャオの世界に戻りたいという、根拠のない欲求が僕の中にある。それを、不可能だ、と人間としての僕が妨げる。人間の歴史の中でチャオに生まれ変わった例なんてないし、仮にチャオと同じ転生という特性を持っていたとしても、人間という生物が転生したらやはり人間になるはずだ。それに、今感情を持って生きている人間たちのすべてを賭けてまで取り返す価値があるものなのだろうか。僕には、わからない。
「僕は、ナイチュが空を飛ぶあの世界が好きだ」
 心が跳ねる。
「ナイチュは昔飛べなかった。あのとき、誰もが祈った。ナイチュが空を飛べますように、と。カオスも、僕もだ。そして、ナイチュは自らの力で飛べるようになった。それから、あの世界は完成したんだ。神の子たちが駆けて、泳いで、登って、飛ぶことができる光景。チャオたちと穏やかに過ごす世界。でもナイチュが空を飛ぶ姿は、この世界では見られない」
 僕はようやく理解することができた。僕は何も変わっていない。僕は、チャオであり神の子であり、あの世界の住人であることを望んでいるのだ。この世界では、僕は僕になりえないのだ。そもそも、僕はそれを最初からわかっていたはずだった。僕は、飛ぶことができないのをわかっていながら、飛ぼうとしていたではないか。報われる可能性が限りなく低いとわかっていても、それにすがっていたではないか。それは、僕があの世界に戻ることを望んでいたからではないか。そして、あの世界には僕が必要であり、あの世界は今僕に手を差し伸べている。もう、迷いはなかった。
「シャウド」
「なんだ」
「僕を連れて行って」
「……わかった」
 シャウドはルルのナイフを手に取った。シャウドはみんなも連れて行ってくれるだろう。僕は、待っていよう。あの世界の空で。
 シャウドはナイフで僕の首を切り裂いた。そこからは何も考えられなくなった。
 最後に、よく知ったチャオたちが地上で手を振る光景が見えた気がした。
引用なし
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