●週刊チャオ サークル掲示板
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自分の冒険 〜自分ならこう書く〜 冬木野 12/4/26(木) 11:03

錆びたナイフ 第一話 ダーク 12/5/1(火) 21:14
錆びたナイフ 第二話 ダーク 12/5/9(水) 6:19
錆びたナイフ 第三話 ダーク 12/5/9(水) 6:20
錆びたナイフ 第四話 ダーク 12/5/9(水) 6:21
錆びたナイフ 第五話 ダーク 12/5/9(水) 6:23
錆びたナイフ 最終話 ダーク 12/7/12(木) 6:30

錆びたナイフ 第一話
 ダーク  - 12/5/1(火) 21:14 -
  
 王は頭を下げている。王妃や周りにいる王の仕えたちも同じだ。
 ぼくは溜息をつく。なんて情けない姿なんだろう、と思う。
 君の力を今こそ正義のために振るってくれないか。
 王がぼくに依頼したのは、現在各地で殺人を行っているチャオたちの討伐であった。チャオたちは動物をキャプチャし、その力で人を殺めているのだ。国に仕える兵士からも犠牲者が出ていて、もはやお手上げという状態のようだ。
 そんな状態でもなお依頼を任されるぼくは、チャオたちと同じく殺人者であった。とはいっても、今は時効のお陰で普通の生活をしている。だが、一時期は捕まえることもその場で殺すこともできない連続殺人鬼として恐れられた身だ。そんなぼくに国から依頼が来るなんて、本当に情けないものである。
 しかし、ぼくに依頼する理由もわからなくはなかった。ぼくが起こした連続殺人と今回の殺人の被害者には共通点がある。それは、チャオを飼っているということであった。王は、似た動機からチャオの飼い主を殺しているのではないかと推測し、漠然と解決を予感しているのだ。
「報酬はいくらでも出す。頼む、君しかいないんだ」
 ぼくに依頼しようという案にたどりつくまでに、あれしかない、これしかないと試行錯誤していたくせに、ぼくに向かって君しかいない、だなんて、ふざけている。しかし、これはぼくにとって大きな転機となる可能性があった。承諾するには、それだけで十分であった。王たちは喜んだ。兵士も共に向かわせようともいわれたが、ぼくには必要なかった。
 その日、古ぼけた家に帰ると幼馴染の怜が迎えてくれた。当然、王に呼ばれたということは知っているので、心配の色を顔に浮かべている。
「チャオを討伐してほしいそうだ」
 ぼくがそういうと、彼女は緊張を漂わせた。彼女はぼくが殺人を犯した動機を知っている。それだけでなく、逃亡生活中もずっと共にいてくれた、ぼくのことを誰よりも理解している人間だった。
「引き受けたよ。アキトも見つかるかもしれない」
 アキトはぼくたちの友達の野良チャオであった。しかしもう何年も前に姿を見せなくなってから、一度も再会していない。そしてぼくが殺人鬼になった理由は、そこにあった。
 アキトはチャオが飼われる存在であることを嫌っていた。あくまで人間と対等であり、社会もそう動くべきだと考えていた。しかし現実としてチャオはペット以上の権利は持たず、またそんな現状に満足しているチャオたちをも嫌っていた。そんな中、やはりというべきか彼はいなくなったのだ。
 ぼくと怜とアキトは親密な関係であり、また他に親密な関係を持たなかった。ぼくと怜にとってアキトの存在は大きかった。だが、アキトにとってぼくと怜はそうではなかったのかもしれない。それでもぼくはなんとしても取り戻そうと思った。その結果、ぼくは飼われているチャオを飼い主から開放することで、アキトの夢を"手伝った"。アキトはぼくを認めて、帰ってきてくれるかもしれない。しかし、彼は結局戻ってこなかった。
「いいの?」
 怜がいいたいことはわかっている。怜はぼくにチャオを殺すことができるのか、と聞いているのだ。
「現状を打破するということには、当然犠牲はあるものだよ。あのときみたいにね」
「そう」
 彼女はそういうと、ゆっくりと立ち上がって自分のナイフを手に取った。
「わたしも行く」
「わかってる」
 ぼくも自分のナイフを手に取り、その感覚が錆びていないことを感じ、家を出た。
引用なし
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錆びたナイフ 第二話
 ダーク  - 12/5/9(水) 6:19 -
  
 チャオたちが次に狙う場所には大体検討がついていた。T町、チャオを飼育している世帯が国の中で五番目に多い町だ。今まではチャオを飼育している世帯が多い順で被害が起こっている。今になって突然法則を変えることもないだろう。
 チャオを飼育していた人間たちには、なくなくチャオを手放すか、自分は被害に遭わないと信じてチャオを飼い続けるか、という選択肢しかない。今まで被害に遭った町では、一つの町につき三世帯から五世帯が被害に遭っている。今のところチャオを手放す人が少ないことから、その中に入る確率は高くはない、と町民が未だに感じていることがわかる。だが、相手は当然それを考慮して次の事件を起こす。もしも以前のぼくと目的が同じならば、被害に遭う世帯が増えるのは必然である。今まで増えてこなかったのが不思議なくらいだ。だが、そろそろだ。T町は危険だろう。
 T町に向かう途中、怜がこんな話を切り出してきた。
「今までの生活と、これからの生活。どっちがいい?」
 いい、という漠然とした表現があまり的確ではないように感じた。今までもこれからも、少なくとも幸せに溢れた生活ではないはずだった。今までは、ぼくを捕まえようとする人間から逃げるため、寝床を転々と変える生活をしてきた。見つかればぼくは彼らを殺したし、怜が殺すこともあった。生計も、犯罪者として有名ではない怜が目立たないアルバイトをすることで立てていた。時効が成立するころには世間にも忘れられていたが、表立って動いたところで不利になる可能性が高かったので、寝床を変える必要がなくなっただけで生活レベルは同じだった。
 それならまだ希望があるこれからの生活のほうがいいだろう。その旨を怜に伝えると「そう」とだけ返事があった。
 それからは特に会話もなく、T町に向かう道を歩いた。T町はそれほど遠い場所ではなかったので、たどりつくまでに大した時間はかからなかった。
 T町に入ると、辺りは騒然としていた。多くの被害者が町中に倒れている中、町民たちが家や建物の中に避難する。殺人チャオが大暴れしていたのだ。まさかその最中に着くとは思っていなかった。だが、都合がよかった。あのチャオから情報を聞きだせるかもしれない。
 チャオのほうに向かおうとした足が不意に止まった。一人の町民が包丁を持って殺人チャオに向かっていったのだ。勇敢ではあるが、おそらく勝てないだろう。だが、あのチャオが持っている能力を確かめるのには丁度よかった。ぼくと怜はその様子を眺めることにした。
 町民がナイフを突き出すとチャオはあっさりと避け、町民に噛み付こうとした。見たところ、虎の尾がついているので虎をキャプチャしたのだろう。だが、それだけでは人間たちの知恵に敵うとも思えない。他に何かがあるはずだ。
 町民はなんとか伏せ、包丁を振り回して距離をとった。そこでチャオはもう一つの能力を見せた。チャオは伏せたかと思うと、突然姿を消した。擬態能力だ。町に敷かれるコンクリートの色と同化しているのだ。カメレオンか何かをキャプチャしたのかもしれない。だが、大きな動きはできないだろう。町には様々な色が溢れている。どんな動物でも臨機応変に変色できるほどの擬態能力はない。町民から見て、チャオの色と背景の色が同じでなくてはならない。使い勝手がよさそうな能力だが、実際は自分の動きを制限するリスキーな能力である。それでも、一般人を混乱させるのには十分だ。
 町民は後ろに走り出した。近くの家に向かっているようだ。チャオもそれを追った。家に追い詰められたら町民は殺されてしまうだろう。そろそろぼくが動くときだ。
 だが、町民の行動はぼくの予想を裏切り、家のそばに置いてあったバケツを大きく振った。バケツからは緑色のペンキが飛び出し、チャオにかかった。もはや擬態能力は完全に封じられたのだ。
 チャオは驚きの表情を見せるが、すぐさま町民に飛び掛かった。体を虎の力で押さえつけ、身動きのできないところを噛み付こうとする。
 そんなチャオの顔の前に、ぼくのナイフが立ちふさがる。町民の頭上辺りでしゃがみながらナイフを持った右手を突き出すぼくを見て、チャオは驚愕の表情を見せる。いつからここにいたんだ、といった表情だ。
「殺人鬼」
 そう震える声でいったチャオは唖然とぼくの顔を見ていた。彼は町民を解放し、一歩下がった。
「お前に用事がある。これからはぼくと一緒に行動してもらう」
 チャオは首肯した。倒れていた町民は混乱を見せながらも、こういった。
「俺も連れて行ってくれ」
 きっとこういう輩は出てくるだろうと思っていた。結果はどうであれ、他人のためになんとか動かないと気が済まない種類の人間だ。彼は被害をもう拡大したくないのだろう。だが、はっきりいうと大した戦力にならないので、ぼくの邪魔にすらならない。他に断る理由もなかった。
「いいけど」
 町に先ほどとは違うざわめきが起こり始めたので、面倒になる前にぼくたちはT町を出た。
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錆びたナイフ 第三話
 ダーク  - 12/5/9(水) 6:20 -
  
 T町で暴れていたソウヤと名乗るチャオに案内をさせ、ぼくたちは殺人チャオ集団の親玉のもとへと向かっていた。目的を達成するためには親玉を潰せばいい、というわけではないが、やはり親玉を使うのが一番手っ取り早かった。先ほどまでソウヤと戦っていた橋本と名乗る男も、難しい顔をしながらぼくたちの後ろに続いていた。
「思い出した」
 突然、橋本が声を出した。何を思い出したのかは、その声の緊迫感からなんとなく想像できた。ソウヤも呆れた顔で橋本を見ていた。
「二十年くらい前に連続殺人をした子ども。お前だろう」
 想像通りであった。当時は咎める言葉に怒りを覚えていたが、今となっては記号的にしか聞こえなかった。
「そう」
 答えるのが億劫なので無視をしていると、怜が答えた。そのあまりに簡潔な答えと、ぼくの隣に当たり前のようにいる怜に橋本は言葉を失っていた。
「今ごろ気づいたのか」
 ソウヤが橋本にそういうと、橋本は我に返ったようにソウヤを睨んだ。
「黙れペンキまみれ」
 ソウヤの顔が一瞬怒りにゆがんだが、それ以上のことはしなかった。
「俺の家族はペンキまみれに殺されたが、お前だって同じだ。何でお前みたいな悪人が生き残って、何もしてない善人が死ななきゃいけないんだ」
 橋本は今にも殴りかかってきそうだった。ぼくに迫りながら口調を荒げる。
「あなたは何もわかってない」
 そんな橋本とは対照的に、水に落としたような声で怜がいう。橋本は怜に言葉の矛先を向けた。
「何をわかったら人殺しが許せるんだ。殺人者と一緒にいて思考が麻痺してるんじゃないか?」
「あなたは何もわかってない」
 怜は同じ口調で繰り返した。だが、怜が今にもナイフを握りそうな気配を感じ、ぼくは少し驚いた。怜が怒りを見せるのは、珍しいことだった。
「怜、放っておこう」
「その男にくっついてるだけで、理解者気取りか。何もできないくせに」
 橋本という男は本当に何もわかっていない。この様子だと、これ以上連れて行くのはやめたほうがいいだろう。
「晶、少し別れよう」
 怜がぼくにそういった。これにはぼくも言葉を失った。怜の口から、ぼくと離れる旨の言葉が出てきたのは初めてのことだった。怜も変わり始めているのかもしれない。
「わたしはこの男を連れて行く。あとでまた合流しよう」
 怜は橋本を指差した。ひるんだ橋本はただ怜を見ていた。
「わかった。ソウヤ、怜に目的地を教えて」
「S動物園だ」
 なるほどな、とぼくは思った。チャオたちに動物をキャプチャさせるなら、一番便利な場所だろう。
 そしてぼくとソウヤはS動物園に向かい、怜と橋本はどこかへと歩いていった。
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錆びたナイフ 第四話
 ダーク  - 12/5/9(水) 6:21 -
  
「あなたはどうして連続殺人を犯したんだ」
 前を歩くソウヤが尋ねてきた。当然だった。自分たちと同じことをかつて行った人間が目の前にいるのだ。ずっと聞きたかったに違いない。橋本が邪魔で聞けずにいたのだ。
「チャオの自立のため」
 ソウヤは立ち止まった。
「ありがとう」
 振り返ったソウヤの目には涙が浮かんでいた。
「あなたのお陰で、チャオたちは変わった。飼い主を失って茫然自失となったチャオもいたし、今行っている殺人に関わっていないチャオもいる。むしろそういったチャオのほうが多い。それでも野良チャオたちは大きな影響を受けたし、飼い主を失って野良チャオになったものの中にも影響を受けたものがいる。我々はそういったチャオたちの集団なんだ。目的はチャオたちの権利の主張。チャオは人間同等あるいは、それ以上の能力をも持ち合わせているのに、いつまで経ってもペット、所詮人間以外といった扱いを人間社会という組織から受けてきた。食料や住める場所も人間たちに奪われ、野良チャオたちは生きることさえも難しかった。もう人間のペットとして暮らすしかない、そんな現実を受け入れるしかない。そんな中、あなたはチャオたちの意識を大きく変えてくれた。我々は本当に感謝している」
 ぼくはアキトを思った。もしもアキトが当時この顔とこの言葉をぼくに向けてくれていたら、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。それはぼくにとって、素晴らしい世界だった。だが、現実としてアキトの夢は叶わなかった。アキトがぼくのところに戻ってこなかったのは、正しい世界だったのだ。だが、ソウヤからこの言葉を聞けたことでぼくは救われた。正しい世界はまだ続いているのだ。
「そして今、チャオたちはその能力を人間たちに見せつけている。チャオは危険性を持ち合わせている、とも捉えられるだろうが、少なくとも今までどおりの扱いからは脱却できるはずだ」
「すみません」
 ソウヤの後ろに、子どもが立っていた。少年から青年に向かう途中といった年齢だろう。ソウヤが子どものほうを向くと、子どもは落胆の表情を見せた。
「ごめんなさい、僕が昔飼っていたチャオに似ていたので」
「飼っていた、ということは今はいないのか」
 ソウヤが子どもに尋ねる。飼っていた、という言葉に反応せずにはいられなかったのだろう。
「はい。十年くらい前に突然いなくなってしまったんです」
「飼われるのが嫌だったんだろうな」
 ソウヤの言葉は怜とは違う温度の低さを持っていた。その冷たさに打たれ、子どもは息を小さく吸った。
 子どもは泣くこともせず、ただ何かを考えていた。ぼくとソウヤは黙って彼を見ている。そして、彼は静寂を破った。
「さっきの話、ちょっと聞こえちゃったんですけど、なんで人間と話し合わなかったんですか?」
 ソウヤは目を見開いた。ぼくにだけ打ち明けた話のつもりが、自分と直接関係のない他人にまで聞こえてしまっていたのだ。それでもやはり、ソウヤはすぐに冷静を取り戻した。
「仮に話し合ったとしたら、チャオの権利は認められたかもしれない。だが、対等であるべきにも関わらず、人間に根付いたチャオに対する意識は変わらない。その意識から起こる深層的な問題は、チャオたちをさらに苦しめる可能性があった。そして何よりも、人間にチャオたちを貶めた自覚をする必要があったからだ。自覚なくして真の理解は得られない」
「結果的に、僕には暴れているだけにしか見えませんが」
「それはお前が人間だからだ」
「そうかもしれませんけど、そしたら僕にいえることはなくなっちゃいますね」
「話し合って解決する問題ではないからな」
 この場で子どもを殺すこともできたはずだが、ソウヤはそうしなかった。ここでチャオを飼っていない彼を殺したところで意義はなく、むしろ無差別的な殺人だと社会に解釈される可能性があったからだろう。
「悪いんだけど」
 ぼくがそう切り出すと、子どもはこちらを向いた。彼の目にはこれといった感情は浮かんでいなかった。ぼくのことをしらないのだろう。
「君がどこに行こうとしていたか、聞かせてくれる?」
「K町です」
 K町は、チャオを飼育している世帯が国の中で六番目に多い町だった。おそらく、次に襲われるであろう町だ。この子どもは、自分のチャオが今暴れているチャオの中にいるのではないか、と疑っているのかもしれない。自分が飼っていたチャオとあって、どうするのだろう。今自身がしたように、話し合おうとするのか。かなり難しいことのように思えたが、少し興味があった。そして、怜と橋本がK町に向かっている可能性も十分考えられた。
「ぼくたちもK町に行こうとしているんだ。はぐれた仲間がいるかもしれないんだけど、一緒に探してくれる?」
「わかりました」
 ソウヤが意外そうな顔で、ぼくを見ていた。
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錆びたナイフ 第五話
 ダーク  - 12/5/9(水) 6:23 -
  
 K町に着くと、辺りはもう暗くなり始めていた。今日中に怜たちを探すのが難しくなり始めた頃であった。今日は宿を探そうと提案すると、ソウヤも智也と名乗った子どもも同意見だった。チャオを飼えるくらいの経済力を持った人が多いだけあって、なかなかに栄えた町だった。大きな建物が多いので、宿も大きく豪華なものしかないのではないか。持っている金額は国から支給されたとはいえ、贅沢するために使うのは嫌だった。
 なんとなく歩いていた道の脇に、小さいけれどコテージ風の趣がある宿屋があった。ウェストビーチという名前の店だ。こういうところに限って高い金額を請求してくるものだと思っていたが、店頭においてある看板に書かれた金額はそれほどではなかった。ソウヤと智也の同意を得て、ウェストビーチに泊まることにした。
 部屋の中もまた凝っていて、落ち着ける空間だった。ぼくたちは、丸太を寄せ集めて上に布団を敷いたようなベッドに座った。
「次に襲われるのはこの町だね」
 ぼくがそう切り出すと、ソウヤはうなづいた。
「近いうちに、だよね」
 智也がぼくに続く。やはり、智也は襲撃に来るチャオのことを分析していた。
「おそらく、な。正確な日程はわからないが、確実に襲撃の感覚は短くなっている。このペースだと明日には来るかもしれないな」
 その後は明日に備えて休もうという話になり、ぼくたちは交代でシャワーを浴び、ベッドに入った。最後にシャワーを浴びたぼくがバスルームから出てくるころには、もう智也は眠っていた。ソウヤもベッドに横たわっていたが、眠ってはいなかった。
「怜たちを探してくる」
 ソウヤにそう告げ、部屋を出て行こうとするとソウヤは「ついていく」といい、ついてきた。
「心配か」
「うん」
 怜がチャオに襲われて負けることはまずない。彼女の実力も、ぼくに負けず劣らずだ。共に過ごした逃亡生活は、生きるためなら人を殺したし、また人を殺すためには洗練された動きを身につけた。それはお互いに同じだった。
 問題はそこではなく、怜にチャオを殺すことができるか、というところにあった。きっと彼女は橋本の前で、チャオを殺そうとしている。それはある意味では橋本への説得力になるかもしれない。だが、怜の感情は大きく乱れ、今のままではいられなくなってしまうのではないか。それは怜にとってもぼくにとっても、好ましくはない。彼女が橋本の説得に大きなリスクを犯す必要があるとは、ぼくには思えなかった。彼女がチャオを見つける前に、ぼくはなんとしてもチャオを見つけたかった。
 町に出て数分のところで、町に変化があった。避難警報が発令されたのだ。チャオ相手に避難したところでなんになるのだ、とも思ったが、ぼくとソウヤは走った。混乱して逃げる人とは反対方向へ走る。チャオはすぐに見つかった。緑色のチャオだ。そして、そこには怜と橋本もいた。
 チャオが橋本に飛び掛かるが、怜がチャオを押さえつける。チャオの腕を手で押さえ、足に足を絡ませて動きを封じている。何かを喋っている。橋本も近くで何かを喋っている。
 ぼくはナイフを握り、走った。今しかない。ソウヤが何といったか大きな声を出した。チャオの頭を狙ってナイフを引いた。
「晶!」
 怜が大きな声でぼくを怒鳴った。怜が声を張り上げるのを初めて聞いたぼくは、チャオまであと数メートルというところで足を止めた。
 呆然としていると、影がぼくの後ろから飛び出した。
「チャム!」
 智也だった。怜はそれを見てチャオを解放した。智也は号泣しながらチャオを抱きしめ、チャムと呼ばれたチャオもそれを黙って受け入れていた。
 ぼくは何を勘違いしていたんだ。
 ぼくはその場に崩れ落ちた。

 ウェストビーチに怜と橋本を連れて戻ったぼくは、怜と二人にしてほしいといい、ソウヤと橋本には別の部屋を借りてもらった。智也はチャムと元いた町へと帰った。
 ベッドに向かい合って座ったぼくたちを静寂が迫った。だが、ぼくは何もいえなかった。
「晶」
 怜が震える声でぼくを呼び、ぼくの胸に涙で濡れた顔をうずめた。ぼくにはこの状況がわからなかった。
「ごめん」
 怜はそう続けた。何でぼくが謝られているのか。ぼくがした愚かな行いの罪悪感と、怜を涙させた正体がつかめない罪悪感にぼくは涙を流すほかなかった。
「わたしが勝手な行動するから、晶を混乱させた」
「ぼくは馬鹿だったんだ。怜、ごめん」
 ぼくは怜がチャオを殺そうとしているとばかり思っていた。でもそれは違った。ぼくたちは、チャオを認めることで生きてきたはずだった。怜はチャオを認めようとしていたのだ。橋本に見せたかったのも、それだ。怜は変わっていなかった。ぼくのナイフは、ただ今を切り裂くだけのものではないはずだった。思えばぼくの勘違いは、王から依頼を受けたときに始まっていた。そしてその勘違いは、怜を切り裂いてしまった。
「信じてた。でも、わかってた。晶はアキトのことを忘れようとしてる」
 そうだった。ぼくはチャオを切ることで、過去と決別しようとどこかで思っていた。でもぼくはアキトに会いたかった。智也がチャムを抱きしめているのを見て、ぼくはぼくを理解せざるを得なかった。
「寂しい」
 ぼくも、寂しかった。
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錆びたナイフ 最終話
 ダーク  - 12/7/12(木) 6:30 -
  
 次の日の朝、ぼくはソウヤを別室に呼び出した。おそらくは当たっているだろう、ぼくの勘を確認するためだ。
「ソウヤたちの親玉は、アキトだよね」
「そうだ」
 やっぱり、とぼくは思った。アキトはチャオの能力を豪語するだけあって、本当に多彩なチャオだった。あれだけの力と信念を持っていれば、チャオたちを牛耳るのは難しくないだろう。
 怜にはいわないでおきたかった。最悪の場合、アキトと戦わなくてはならなかったし、昨日の精神的ダメージが残っているうちに宣告をするのは酷だった。あるいは、怜もすでに気づいているかもしれない。
「最終目的はチャオが人間と同等の権利を得ることだ。だが、具体的な策は聞いていない。状況によって、アキトから指示をもらって我々は動いている」
 つまりは、何をしようとしているのかはわからないということだ。仲間にすら策を伝えないところを見ると、戦わざるを得ない状況になりそうな気がして、嫌だった。だが、嫌がっている場合ではなかった。ぼくは、ぼくたちの物語を終わらせるのだ。
 ウェストビーチでの会計を済ませ、ぼくたちはS動物園へと向かった。その中で、橋本に謝罪された。昨日の出来事で理解したらしい。怜はやはり正しかった。
 S動物園まではそれほど遠くなく、二時間程度で着いた。S動物園は一見普通の動物園だった。チャオが拠点としている気配がない。清掃員や飼育員も、人間である。だが、それは当然のカモフラージュだった。不自然な部分をアキトが見逃すわけがなかった。
「彼らは全員監視されている。従わなければ殺されるだろう。相手は理性を持った猛獣のようなものだからな」ソウヤはそういった。「従業員もまた被害者だ」
 ソウヤはぼくたちをゴリラの展示場に連れてきた。ゴリラは一匹もいなかった。柵を飛び越え、展示場に入る。「ここに彼はいる」とソウヤはいった。
 すると、岩場の陰にある従業員用の扉から、アキトが出てきた。怜はじっとアキトを見つめていた。やはり覚悟はしていたようだ。
「ソウヤ、ありがとう」
 アキトの第一声目はそれだった。
「後はあなたたちの問題だ」
 ソウヤはそういって、アキトが出てきた扉へと向かっていった。扉の前でソウヤは振り返り「幸せになってくれ」といい、奥へと消えていった。
 橋本も柵の外にいた。もしかしたら、ソウヤからすべてを聞かされていたのかもしれない。
 柵の中で向かい合うのは、ぼくと怜、そしてアキトだけだった。
「アキト、久しぶりだね」
 ぼくがそういうと、アキトは笑って見せた。
「ごめんね、晶、怜。会いに行きたかったんだけど、ぼくにはやらなきゃいけないことがあったんだ」
「うん。大丈夫、もうすぐ叶うよ」
「ううん。まだなんだよ、晶。このままじゃ同じだよ」
 言葉に詰まった。初めての否定だ。この先に来る言葉は、ぼくたちの知らないものになる。
「もう人間は十分恐怖に支配されてる。あとは王の口からチャオの権利を主張させればいい」
 怜が言い返した。それでもアキトは首を横に振った。アキトは口を開いた。
「実際のチャオを知らない者たちが国を動かしているからいけないんだ。ぼくは国を潰して、作り変えるよ」
 ぼくたちは何も言い返せなかった。これ以上の犠牲は無駄だと思っているか、思っていないか。これだけの差なのに、ぼくたちは決着をつけなくてはいけない。だが、ぼくたちは決着をつけに来たのだ。
 アキトはハヤブサの翼を羽ばたかせた。
「ぼくは、やらなきゃいけないんだよ」
 アキトは空中からぼくを襲った。急降下しながらゴリラの腕とタカの足でぼくの顔を狙う。ぼくはそれを避け、アキトの足をつかむ。
 終わりにしよう、アキト。
 後ろに回りこんだ怜が羽の根元をナイフで突く。羽ばたけなくなったアキトは地面に落ち、そして、ぼくがそのアキトの胸をナイフで切り裂いた。
 実力差は歴然だった。ぼくたちは、殺すことに慣れすぎたのだ。
「アキト」 
 ぼくは胸が切り裂かれたアキトを見た。怜が涙を流しながら、岩場を降りてきた。
「やっぱり、だめか」
 アキトは虚ろな目でぼくたちを見ていた。
「ぼくは、人間を恨みすぎたみたいだよ」
 アキトはわかっていたのだ。自分の行いがどこまで目的に沿っているか。それでも、そこには譲ることのできない感情があったのだ。
「アキト、君はどうしたかったんだ」
 もはや目的は達成される目前だったにも関わらず、アキトをさらに突き動かした感情をぼくは知りたかった。
 アキトはすでに絶命寸前だ。
「ぼくは、認められたかった」
 その言葉を聞いたぼくと怜はアキトを抱きしめた。
「ぼくは、君を認めよう」
 嗚咽を漏らす怜も、何度もうなづいた。
「君はぼくたちと暮らすべきだったんだ」
 アキトは笑って見せたあと、繭に包まれた。
 怜は繭にしがみつきながら、アキトの名を呼び続けた。
「そうか」
 ぼくの声に、怜は顔を上げた。
 そこには、一つのタマゴがあった。ぼくはナイフを捨て、タマゴを抱きかかえた。
「ぼくはもう何も切らなくていいんだ」
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