●週刊チャオ サークル掲示板
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自分の冒険 〜自分ならこう書く〜 冬木野 12/4/26(木) 11:03
投稿コーナー 冬木野 12/4/26(木) 11:05
勇気をください 第一話 スマッシュ 12/4/26(木) 23:15
第二話 スマッシュ 12/4/29(日) 0:02
第三話 スマッシュ 12/4/29(日) 23:32
第四話 スマッシュ 12/4/30(月) 21:34
最終話 スマッシュ 12/4/30(月) 22:49
ぼうけん ろっど 12/4/26(木) 23:47
錆びたナイフ 第一話 ダーク 12/5/1(火) 21:14
錆びたナイフ 第二話 ダーク 12/5/9(水) 6:19
錆びたナイフ 第三話 ダーク 12/5/9(水) 6:20
錆びたナイフ 第四話 ダーク 12/5/9(水) 6:21
錆びたナイフ 第五話 ダーク 12/5/9(水) 6:23
錆びたナイフ 最終話 ダーク 12/7/12(木) 6:30
勇者とぼく ろっど 12/5/5(土) 23:48
Crisscross 第一話 変化する戦士たち スマッシュ 13/8/19(月) 22:28
第二話 奇跡を守る人 スマッシュ 13/8/19(月) 22:30
第三話 その脚が踏みしめた時間 スマッシュ 13/8/19(月) 22:31
第四話 正義が貫いた願い スマッシュ 13/8/19(月) 22:37
最終話 純白 スマッシュ 13/8/19(月) 22:45
神様の祈り 第一話 空からの旅立ち ダーク 13/11/1(金) 23:02
神様の祈り 第二話 ブラックアウト ダーク 13/11/1(金) 23:44
神様の祈り 第三話 力なき狂人 ダーク 13/11/2(土) 22:52
神様の祈り 第四話 寝床 ダーク 13/11/3(日) 0:07
神様の祈り 第五話 神と影 ダーク 13/11/9(土) 1:07
神様の祈り 最終話 神様の祈り ダーク 13/11/9(土) 1:09
神様の祈り 最終話 祈りの果て ダーク 13/11/19(火) 18:15
ピュアストーリー 第一話 魔法の世界 スマッシュ 13/11/17(日) 0:41
ピュアストーリー 第二話 過去へ伸ばす手 スマッシュ 13/11/17(日) 0:46
ピュアストーリー 第三話 平和の使者 スマッシュ 13/11/23(土) 0:00
ピュアストーリー 第四話 怪人 スマッシュ 13/11/23(土) 0:00
ピュアストーリー 第五話 嫌だ スマッシュ 13/11/30(土) 0:00
ピュアストーリー 第六話 真実を知る者 スマッシュ 13/11/30(土) 0:00
ピュアストーリー 第七話 人を殺すのはよくない スマッシュ 13/12/7(土) 0:00
ピュアストーリー 第八話 賢者ブレイク スマッシュ 13/12/7(土) 0:00
ピュアストーリー 第九話 異文化 スマッシュ 13/12/7(土) 23:03
ピュアストーリー 第十話 敵 スマッシュ 13/12/14(土) 0:00
ピュアストーリー 第十一話 世界革命 スマッシュ 13/12/14(土) 0:02
ピュアストーリー 第十二話 母星 スマッシュ 13/12/14(土) 0:03
ピュアストーリー 最終話 新たな世界 スマッシュ 13/12/14(土) 0:05
絵無しマンガ物語 〜ボウケン〜 1 それがし 13/12/31(火) 23:55
絵無しマンガ物語 〜ボウケン〜 2 それがし 13/12/31(火) 23:56
絵無しマンガ物語 〜ボウケン〜 あとがき それがし 13/12/31(火) 23:59
MACA〜Magic Capture〜 第一話 プロポーズ スマッシュ 16/4/1(金) 23:59
MACA〜Magic Capture〜 第二話 破裂して、旅立ち スマッシュ 16/4/10(日) 1:06
MACA〜Magic Capture〜 第三話 爆発する力 スマッシュ 16/4/16(土) 18:48
MACA〜Magic Capture〜 第四話 南 スマッシュ 16/4/24(日) 21:55
MACA〜Magic Capture〜 第五話 流星群 スマッシュ 16/5/16(月) 22:46
お姫様に金棒 第1話 異性の幼馴染み スマッシュ 16/11/29(火) 20:45
お姫様に金棒 第2話 昔の友人 スマッシュ 16/12/1(木) 23:00
お姫様に金棒 第3話 王からの命令 スマッシュ 16/12/1(木) 23:44
お姫様に金棒 第4話 大量虐殺 スマッシュ 16/12/4(日) 19:55
お姫様に金棒 第5話 生き残り スマッシュ 16/12/4(日) 19:56
お姫様に金棒 第6話 再び旅へ スマッシュ 16/12/8(木) 21:28
お姫様に金棒 第7話 仲間 スマッシュ 16/12/8(木) 21:29
お姫様に金棒 第8話 喧嘩 スマッシュ 16/12/14(水) 22:19
お姫様に金棒 第9話 協力 スマッシュ 16/12/14(水) 22:21
お姫様に金棒 第10話 励まし スマッシュ 16/12/14(水) 22:23
お姫様に金棒 第11話 正体 スマッシュ 16/12/14(水) 22:24
お姫様に金棒 第12話 対面 スマッシュ 16/12/14(水) 22:24
お姫様に金棒 最終話 そして スマッシュ 16/12/14(水) 22:25
純チャオ小説・死織の物語 スマッシュ 17/12/3(日) 22:32
冒険グランプリ敗者復活戦敗退 スマッシュ 18/12/27(木) 19:24
感想コーナー 冬木野 12/4/26(木) 11:09
要望です ダーク 12/4/26(木) 21:42
ですよねえ 冬木野 12/4/26(木) 22:22
返信 ろっど 12/4/26(木) 23:10
わー! わー! 冬木野 12/4/27(金) 7:38
勇気をくださいへの感想をくださいのコーナー スマッシュ 12/4/26(木) 23:24
長らくお待たせしました 冬木野 18/12/28(金) 19:47
おへんじ! スマッシュ 18/12/28(金) 21:13
ろっどへの感想 ろっど 12/5/5(土) 23:49
長らくお待たせしました 冬木野 18/12/28(金) 19:53
長らく待ちました ろっど 19/1/3(木) 20:26
錆びたナイフの感想コーナー ダーク 12/5/29(火) 6:35
長らくお待たせしました 冬木野 18/12/28(金) 19:55
はい!!! ダーク 19/1/1(火) 18:02
スマッシュへの感想、書け スマッシュ 13/8/19(月) 22:52
長らくお待たせしました 冬木野 18/12/28(金) 20:26
おへんじへんじ スマッシュ 18/12/28(金) 21:24
神様の祈りの感想コーナー ダーク 13/11/20(水) 18:35
長らくお待たせしました 冬木野 18/12/31(月) 14:36
はい!!!!! ダーク 19/1/1(火) 18:21
ピュアストーリーの感想コーナー スマッシュ 13/12/14(土) 0:06
絵無しマンガ物語 〜ボウケン〜 乾燥コーナー それがし 14/1/1(水) 0:00
長らくお待たせしました 冬木野 18/12/31(月) 14:37
お姫様に金棒の感想コーナー スマッシュ 16/12/14(水) 23:10
死織と敗者復活戦敗退の感想はこちら スマッシュ 18/12/27(木) 19:26

自分の冒険 〜自分ならこう書く〜
 冬木野  - 12/4/26(木) 11:03 -
  
どうもこんばんは。卵焼きより目玉焼きの方が栄養がありそうな気がします。冬木野です。
唐突ですが、ここに大雑把なプロットがあります。こんなの↓

・ある日、主人公は偉い人に適当な理由を言われてラスボスを倒す旅に出ることになる。心配する異性の幼馴染も一緒についてくることになり、二人で旅に出る。
・途中に寄った町でラスボスの配下による大量虐殺が起こる。どうにかして問題を解決した主人公達の仲間に加わりたいという生き残りを連れ、再び旅に出る。
・ある町で幼馴染と仲間が喧嘩をしてしまい、別れてしまう。主人公は自分よりも若い第三者の協力をもらって二人を探す。
・幼馴染か仲間のどちらかがラスボスの配下に襲われる。その窮地を幼馴染or仲間と第三者が助け、仲間たちは手を取り合う。
・前回の騒動から自分に自信を失くす主人公は、仲間から励まされ再び立ち上がる。(誰からでもいいし、何人でもいい)
・いよいよラスボスの拠点も近くなってきた頃、主人公はラスボスの正体が、自分と幼馴染の昔の友達であり、忽然と姿を消したチャオであることを知る。
・ラスボスのことを幼馴染に打ち明けられぬまま、とうとう主人公達はラスボスであるチャオと対面する。
・そして――

まあ、なんというか、それなりに王道だと思います。ええ。
なんとなく察しがついたと思いますが、みなさんにはこのプロット通りに小説を書いてもらいたいと思います。
とりあえず、細かな補足。

(一つ)登場人物の名前は自由。
(一つ)性格も性別も歳も一応自由。リーダーシップで悩む老人主人公とかシュールですね。
(一つ)舞台設定もとりあえず自由。なんだったらSFにしてもいいんだぜ。
(一つ)物語の長さもまあ自由。ただあんまり長いとみんな読んでくれないかも。
(一つ)一人称とか三人称とか自由。伝記風とかもそそられるじゃないですか。
(一つ)サブストーリーも自由。でも比率的にプロット以上のサブストーリーがあるとぼく泣いちゃうかも。
(一つ)脇役自由。血縁関係とか好きにしろよ。ラスボスの配下一人だけ? 友達くらい作ってやれよ……。
(一つ)主人公と幼馴染の異性は絶対。ラブとかなくてもいいから守れ。そしたらジジイと幼女とかいう危ない組み合わせも許すから。法は許さないかもだけど。
(一つ)四人パーティ。これも絶対。馬車とか認めない。戦力じゃないとかも認めない。先っぽだけでも認めない。でも一つの町の間だけならいいかな。
(一つ)ラスボスと出会った後の展開は自由。あなたなりの伝説を作っちゃって!

まあうだうだと並べ立てましたが、ようはプロット通りに書いてもらえればオッケー。王道なファンタジーにするもよし、古き良き時代劇にするもよし、19世紀くらいのオサレな話にするもよし。宇宙を旅してもいいし、海を旅してもいいし、宇宙人と戦ってもいい。愛憎劇や血みどろ物語も、まあ、いいよ。うん。
便宜的に投稿コーナーや感想コーナーも用意しますが、今回は週刊チャオ鍛錬室みたいに辛口な方針ではなく、プロットが決まっているというあえて揺るがぬ条件の元、作者の個性や違いというものを感じ取っていただければ。あんまり張った目で作品を見なくてもいいんですよ。いやほんと。


では、長々と書きましたが、あなたの冒険のスタートです。よい伝説を!
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.3; SLCC2;...@p2121-ipbf801souka.saitama.ocn.ne.jp>

投稿コーナー
 冬木野  - 12/4/26(木) 11:05 -
  
いやぶっちゃけプロット単体でも長さ垣間見えるし手軽じゃねえから投稿とか無いんじゃ――おっと失礼。

必ず二ページ目以降は一ページ目に返信してください。あまりごちゃごちゃしてしまうとそれはもう大変ですんで。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.3; SLCC2;...@p2121-ipbf801souka.saitama.ocn.ne.jp>

感想コーナー
 冬木野  - 12/4/26(木) 11:09 -
  
週刊チャオ鍛錬室で思ったんですが、あれ自分の感想コーナー用意しないと大変になりますね。
というわけで、作品を掲載し終えた作者様は必ず自分の作品の感想コーナーを作ってくださるようお願いします。そこに後書きとか解説とかイイワケとか好きに書いていいんで。少々手間ですが、ご協力お願いします。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.3; SLCC2;...@p2121-ipbf801souka.saitama.ocn.ne.jp>

要望です
 ダーク  - 12/4/26(木) 21:42 -
  
同じものを違う人間が書いて個性を出そう、という趣旨はとても良いと思うのですが、プロットがほぼ完成されていて縛りが強すぎるように感じるので、もう少しゆるくしていただきたいです。
個人的には「テーマ」「あるイベントの通過(多くて二つ)」を条件にしてあとは自由にする、というくらいが丁度いいと思います。イベントも物語自体を限定してしまうようなものでなく、作者が個性を出せる余裕くらいは残しておいてほしいです。

というか今になって冒険物風の小説を書くモチベーションを湧かすことができる人がいるんだろうか。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; GTB7.3; SLCC1;...@124-144-241-106.rev.home.ne.jp>

ですよねえ
 冬木野  - 12/4/26(木) 22:22 -
  
無理ですよね。ええ。

予想していたことですが、ダイレクトに言われると自分の計画性の無さにほとほと溜め息が出ます。じゃあなんでやったんだ。
言い訳程度に自分の頭の中でこの企画がどういうものになっていく予定だったのかというと、わかりやすく言ってしまえば「既存の物語を自分なりの人物や展開に置き換える」、つまり学校で昔話の劇をやるようなものを考えていたのです。
今回用意したプロットというのがその昔話のようなもので、登場人物の自由性は学校の生徒をチョイスするようなもの、世界観の自由は生徒達の奇抜な発想みたいな――あ、どうでもいい? ですよね。

ただ、やっぱりこれは小説ですから、苦労するのは集団じゃなくて一人なんですよねえ……。
ダークさんの言うとおりテーマと二つ三つのイベントくらいの条件が手軽に書けるとは思うのですが、自分の中で「それはなんか違うよな」と思ってついカチカチなプロットを用意してしまいました。それに仰るとおり、大長編ほどではないにせよ冒険モノ手軽に書ける人ってやっぱ限られますよね。かくいう自分も他人が書いてくれたらそれを眺めてニヤニヤするだけにしようかなと……あ、嘘ですよ。マジ。


そういうわけで、言われた通り条件の見直しを考えてみますが(半ばワガママ染みてますが)やっぱりキツくしてみたい。
とりあえず面倒のなさそうな冒険モノ以外で、それなりに条件を緩くしたものを考えてみます。後日このツリーは削除されると思いますが、その日の内に僕が新しいツリーを作っていなければこの企画はなかったことになったと思ってください。
それともし、このツリーを見て小説書いてるぜ! って奇特な方がいらっしゃいましたら、企画とは関係無しに掲載しても結構です。プロットはあなたのものってことで。

うーん、やはり企画の主催をなかったことにするか……かみんぐすーん。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.3; SLCC2;...@p2121-ipbf801souka.saitama.ocn.ne.jp>

返信
 ろっど  - 12/4/26(木) 23:10 -
  
ツリーはとっておいてもいいと思いますよ。
CHAOBBSだったら新人さんの邪魔になるとか言われてたかもしれませんが……。
ダークさんの意見を絶対的に考える必要はないと思います。
同じストーリーで文章表現の違いなどを読みたいんですよね。
冬きゅんのやりたいことをやればいいのでは。

書くかどうかは二の次として、とりあえずぼくは考えてみるつもりです。

あと鍛錬室は辛口の方針ではなく、本音で語り合おうってところです。
オブラートに包みすぎるのはためにならない。
思ったことを正直に話し合いましょう。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; rv:11.0) Gecko/20100101 Firefox/11.0@p3196-ipbf707souka.saitama.ocn.ne.jp>

勇気をください 第一話
 スマッシュ  - 12/4/26(木) 23:15 -
  
 チャオたちの王を倒してほしい。
 その台詞はいつか来るだろう、と思っていた。
「君しか倒せる人間はいないのだ」
「そう、ですか」
 予想していたというのに、僕の返答には緊張と驚きが含まれていた。そして今、僕は旅をする支度をしながら、村長にチャオの王を打ち倒すことを命じられた時の自分の感情に再度驚きを覚えている。もっと平然と「わかりました。倒してきます」と言えるものだと思っていた。冷静に反応できなかったのは「いつか」を遠い未来の出来事として認識していたから、なんだろう。僕の知らないうちに「いつか」は今日になっていた。
「チャオの王を倒しに行くんだって?」
 幼馴染のアイが訪ねてきて、そう言った。僕は「うん」と答える。
「そいつを倒せるのは僕だけだって」
 食料とかお金とか。旅をするとなるとどうしても荷物が多くなってしまう。野宿することがあるかもしれない、と考えると、必要な物が一気に増えた。
 これも必要になる時が来るかもしれない。
 そんなことを考えてしまうと、どんどん物が増えていって、いよいよ旅なんてできるのか不安になってくる。大量の荷物を背負って長時間歩く、なんてこと、できない。いつかこうなるだろうとわかっていたのに、肉体的な準備をおろそかにしてきたせいだ。思えば心の準備ばかりしてきた。今でもまだ足りないと感じている。旅に出ることは僕にとって好ましいことではない。
「酷い話だね」
 ずっと黙っていたアイがようやく言葉を見つけ出したのか、そう言った。
「この世に人間っていっぱいいるはずで、もしかしたらチャオの王を倒せる人だって何人かいるかもしれないのに、それなのにユウキしかいない、だなんて」
 まくし立てる。我がままめいた理屈。彼女が怒りを持て余しているのがよく伝わって、自分を守ってくれようとしてくれることに、ありがたい、と思った。
「仕方ないよ」
 彼女の怒りを制する。
「今じゃあ末端のチャオにも人間は勝てないんだ。そんな化け物の王を相手にできる人間は、とても限られる。だから僕以外にそういう人がいても、同じだよ。そんな素晴らしい力を奇跡的に持つことができた人間は、絶対に王を倒しに行かなきゃいけない。例外なんて無い」
 ナイフを腰に差す。刃物を武器として扱うことについて、知識はほとんど無い。僕の得意は魔法だ。だからこれはほとんど飾りのようなものになるだろう。でももしかしたらこのナイフが必要になる時が来るかもしれない。この手で肉の感触を感じながら骸になっていく瞬間を見届けなければ人らしさを手放すことになってしまう、そんな時が。
「だからこれは仕方ないことなんだよ。だから、怒らないで」
 まるで子どもをなだめているみたいだ。
 自分の言葉にそう感じながら、僕がこうして旅支度をしているように諦念が彼女を落ち着かせるのを期待したのだが。
「私も行く」
 萎んだ声ではなく、決意に満ちた声が返ってきた。
「ユウキ一人で行かせるなんてできないよ。私だって何か役に立てるかもしれない」
 突っぱねるべきなのかもしれない。でも彼女が自分から同行すると言ってきたのはこれ以上なく嬉しいことで。
「本当?ありがとう」
 そう言って、笑顔を見せてしまう。僕はもう人の道を踏み外しているのかもしれなかった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0) AppleWebKit/535.19 (KHTML, like Gecko) Chrome/18....@p067.net059084244.tokai.or.jp>

勇気をくださいへの感想をくださいのコーナー
 スマッシュ  - 12/4/26(木) 23:24 -
  
勢いだけで書いてます。
何も考えずに書くと、無駄な文章を書きがちなので、そういう傾向が見られるかもしれませんね。

とりあえずプロットを守りながらどう脱線していくか、ということだけ考えてやってます。
(まだ終わってないのに感想コーナー先走っちゃいました。ごめんなさい)


なんかもう、終わらせるのに精一杯で、文章凝る余裕とか無かったです。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0) AppleWebKit/535.19 (KHTML, like Gecko) Chrome/18....@p067.net059084244.tokai.or.jp>

ぼうけん
 ろっど  - 12/4/26(木) 23:47 -
  
 主人公は爪を研いでいた。いよいよ自分の番になったのだ。
 彼の身を案じた幼馴染が、草原を駆ける主人公を追う。今の主人公に追いつけるのは、「同族」である幼馴染くらいだろう。
 しかし彼らは立ち寄った町でおぞましい光景を目の当たりにした。かつてあれほどにぎわっていた町には誰もいない。抜け殻となった物体が落ちているだけだ。
 主人公たちはなんとかして物体を埋葬した。すると物陰から生き残りがおずおずと現れた。生き残りは驚くべきことに「同族」だった。
 仇を討ちたい、というたしかな意志を彼からくみとった主人公たちは、新たな仲間とともに次の町へ向かった。
 このころから新たな仲間は攻撃手段を持たない幼馴染にいらだち始めていた。新たな仲間は自慢の牙をもっているが、幼馴染は速く走れるだけだったのだ。
 ところが幼馴染も新たな仲間に対し不信感を抱いていた。理由は言わずもがな。
 案の定、二人は喧嘩した。
 主人公はひとり取り残されることとなったが、「有翼族」の助けを借りることで二人を見つけ出した。
 だが事態は一刻を争っていた。なんと新たな仲間が窮地に陥っていたのだ!
 そこへ幼馴染が駆け寄り、事なきを得る。信頼を深めた一行だったが、主人公は自信をなくしていた。
 仲間は主人公を叱咤激励した。
 それから月日が流れた。
 主人公たちはようやく「敵」の拠点にたどり着いたのだ。
 しかし主人公はひとり悩んでいた。なんと「敵」の正体は……とても戦える空気ではない。
 幼馴染にも打ち明けることができなかった。
 友達、だったからだろうか。いや、彼を友達と呼べるのかどうかすらわからない。
 主人公らは持ち前のスピードで「敵」のもとへ向かった。
 ついに「敵」と対面だ。
 一行は気持ちをひきしめた。

 主人公たちは抜け殻となった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; rv:11.0) Gecko/20100101 Firefox/11.0@p3196-ipbf707souka.saitama.ocn.ne.jp>

わー! わー!
 冬木野  - 12/4/27(金) 7:38 -
  
もう投稿されちゃったから後に引けなくなっちゃったじゃないですかァァー! 僕が寝てる間になんてことをォォォ!!

すみません、確かに考え過ぎました。明後日頃にはツリー消してなかったことにするかとか思って……は流石にいませんでしたが。
率直な意見ありがとうございます。ちょっと引っ込み思案過ぎました。というか投稿されちゃったから後に引けなくなりました。
でもやっぱり、自分でも少しキツ過ぎたと思っているので、今回のダークさんの意見は次の機会に(あるのか?)参考にしようと思います。自分でもめんどくさいと思う節があるのは本当なので。

とりあえず今のツリーは残しておきます。というか残さざるを得なくなりました。みなさんありがとうございます。
感謝っ……圧倒的感謝っ……!
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.3; SLCC2;...@p3121-ipbf2804souka.saitama.ocn.ne.jp>

第二話
 スマッシュ  - 12/4/29(日) 0:02 -
  
 村の人たちに見送られる。知っている人たちが「頑張れ」と言う。言葉は同じでも、希望に満ちている顔や泣いている顔など、表情にはいくらかのパターンがあった。そして僕の目に一番焼き付いたのは村長の顔だった。期待も感動も共感も無く、ただ疲労が強く出ていた。
 かわいそうに。
 きっともっと成長してから送り出したかったのだろう。二十歳にもなっていない子どもを戦場に送り出せば良心が痛む。きっと今まで僕がここにいられたのは「子どもだから」という理由が通ったからなのだろう。でもそれでは止められなくなったのだ。僕が青年になって少年としての風貌を失い、世の中は凶暴チャオたちのせいで非常に苦しい状況になっていて。理由が二つあれば、止めにくくもなるだろう。その村長が牛をくれた。牛が荷物をひいてくれる。これでいくらか楽になるだろう。
「あの人を恨んではいけないよ」
 アイに言う。彼女は頷いた。
「それじゃあ行こうか」
 恨んではいけない。最悪の展開を考える時、不幸になるのは彼らなのだから。僕たちは彼らから遠ざかる。見捨てる。
 村の教会が見えなくなる。教会はその聖なる力で人々を守ってくれるのだという。けれど守りきることはできなかった。チャオを倒せるのは、人間だ。
 道なりに進んでいく。教会の鐘の音が聞こえない場所を進んでいく。周りは草むら。いつかここにも教会が建つ日が来るのだろうか。その日のために僕たちは戦う。そう言えば心地よい響きだけど。
「見えてきた」
「うん。見えてきたね」
 そしてすぐに不穏な空気を感じた。黒煙。そして空を飛ぶ丸みを帯びた生物。
「襲われてる」
 アイが叫んだ。町がチャオに襲われている。
「早く行かなきゃ」
「うん、早く行かないと」
 向かう途中で僕は停止し、アイを呼び止める。
「アイ」
「何?」
「この先にあるのは、アイにとって優しくない光景かもしれない。だから」
 全てを言う前にアイは頷いた。
「うん、いいよ」
「ごめん」
 謝罪して、僕は集中する。そして不可視の睡眠薬をアイに撃ち込んだ。彼女はこてり、と倒れる。魔法。道具を用いずに何かを実現させる夢の力。人間はおそらくこれを活用して発展していくのだろう。この道も魔法によってやがては人の住む町と化す。そういう力。牛には効くのだろうか。試してみる。成功。対象が広いらしい。昔の魔法使いは便利なものを開発したみたいだ。チャオに効くのだろうか。試す余裕は無い。子どもの頃にやっておけばよかった。効かなかったとしても、この年になるまでには改良できたかもしれないわけで。
「ま、とりあえず」
 独り言と共に町に意識を向ける。どうにかしないといけない。人々が求めているのは、一人の命も損なうことがないように必死で駆け回りながらチャオと戦う勇者の姿なのだろう。
 でもそれをしたら。
 アイは人工的な眠りであるのに安らかな顔をしていた。まるで僕を信頼しているかのように。それが胸に刺さる。彼女もまた僕に勇者を求めているはずだ。
 でもそんなことをしたら、アイを守れない。
 人並み外れた力があっても、全能ではない。高い能力が備わっている人間の体が一つあるだけだ。町の人たちを助けている最中にアイがチャオに襲われたら、僕はアイを失ってしまうだろう。見知らぬ人々を守るか、アイを守るか。アイを守りたい、と思う。しかしそのために多くの人を犠牲にする覚悟が、まだできていない。僕が旅に出たくなかった理由。僕の迷い。
 やるしかない。
 覚悟して、集中する。先程の睡眠薬とは桁外れに。町の上空に作り上げる。イメージは肥大化した魔法の塊。地面に触れれば破裂して効果を発動する炎を炸裂させる鉄球。時間をかけ、頭に負担をかけ、作っていく。より大きく、より熱く。そして。
 ごめんなさい。
 謝罪。投下。閃光。熱風が広がり、雲が盛り上がるように爆心地から空へ上っていく。町は一瞬で焦土になった。広範囲を焼き尽くす僕専用の魔法。真似することも奪うこともできない。チャオの王を倒すに足るだけの力で思い切りぶん殴るような魔法だからだ。その結果、町は壊滅する。使ったのは初めてだけど、酷い光景だ。チャオは一匹も生きていないだろう。人もまた。代わりにアイを守ることはできたが、これが人として正しいことだとは到底思えない。
 足音。生存者がいた。男二人組で、片方は剣と盾を持っていて、もう片方は空手だった。何も持っていない方が魔法使いだと考えると納得できた。
「今のは、あんたがやったのか」
 魔法使いらしき男が僕に言った。違います、と言いたいけれど、嘘が通用する状況ではなさそうだ。
「はい」
「どうしてこんなことをした」
 ひょろりとしている魔法使い風の男が怒鳴る。掴みかかりそうになったのを剣と盾を持った戦士風の男が「おい」と制止した。
「本来なら皆殺されてたんだ。ならチャオたちに何も得をさせないことが最善の手だった」
 それは理由になっていない、と自分でも思う。だけどそんな言い訳しか用意できない。だから悩んでいたというのに。
「だからってこんなことしていいはずないだろ。それに、助からないかどうかはやってみないとわからなかったはずだ」
 叫ぶ声が痛い。彼の言っていることは正しい。彼の肩に手を置いている男が「落ち着けよ」となだめる。
「彼だって殺したくて殺したわけじゃないだろう」
 そしてその男は視線を少し動かして、そしてまた僕を見て言った。
「そこにいるのは、彼女か?」
「いえ、違いますけど、でも大事な人です」
「彼女は戦えないんだろう?」
 頷く。
「そうか」
 彼は何もかも納得した、といった面持ちになり、そして「俺も連れていってくれないか。君の力になりたい」と言ってきた。驚く。僕も彼の仲間も。
「おい、何言ってるんだよ」
 当然の台詞だ。仲間になりたいなんて、町を破壊した人間相手に言うことじゃない。
「いいじゃないか。それに今回みたいなことが嫌なら、監視した方がお前にとってもいいだろう」
「確かに、そうだけど」
「ならお前も頼め」
 魔法使い風の男は眉を寄せ、しばらく考え込み、そして「お願いします」と不服そうな声を出しながら頭を出した。
「いいだろうか?」
「まあ、いいですけど」
 どう断ればいいのかわからなくて、一緒に行くことになってしまった。
「俺はタスク。見ての通り、前の方に出て守るのが俺の役目だ。で、こいつはマサヨシ。ちょっとくらいなら魔法が使える。よろしく頼む」
 こちらも自己紹介をする。変なことになったな、と思った。
 それから焦土になった町で生存者を探して、彼ら二人の他には誰もいないことを確認してから、チャオの王の住処へ向かう旅を再開した。アイが目覚めたのは町から遠ざかってからだった。
「あれ、どうなったの?」
 辺りを見回し、彼女は言う。どう答えたものか。「皆無事だよ」と嘘をつく手もあったが、それをしたらもっと人から遠ざかってしまうだろう。
「ごめん、守りきれなかったよ」
「そっか。辛かったね」
 そう言って彼女は僕の傍に寄ってきて、頭を撫でた。まるでそうすることが今の僕の心にとても効くのだとわかっているみたいだった。泣きそうになる。マサヨシの複雑そうな顔とタスクの悟った顔。僕は必死に我慢した。
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第三話
 スマッシュ  - 12/4/29(日) 23:32 -
  
 口論になった。引き金を引いたのは僕で、激怒したのはやはりマサヨシだった。彼にとっての(あるいは多くの人にとっての)正義と僕の行いは一致しない。
「君くらいの力があれば悩みなんて無いんだろうな」
 そんな嫌みを言われたから「そんなことはない」と反発した。
「じゃあどういう悩みがあるんだ?」
「残酷な決断をできる勇気が欲しいっていつも思ってる」
 正直に答えた僕も僕だった。
「人殺しめ」
 僕に聞こえるように、それでも小声で彼は言った。悪意がさっきの二倍以上語気に込められていた。人殺し。そう言われることもあるだろう。あの魔法を使う時、覚悟はした。それでも心はダメージを受けるもので。彼の言葉にどう返せばいいかわからなくなっていた。無言を貫き、非難を受け入れるか。
「そんな言い方しないで」
 その時、アイが加わってきて、僕を庇った。
「ユウキは人殺しなんかじゃない」
「君は何も知らないからそう言えるんだ。こいつは」
「ユウキはちゃんとやってる」
 睨み合い、そして二人で勝手にヒートアップしていって、止めても効果は無く、最終的に二人共どこかへ行ってしまった。タスクと二人取り残されて、今。
「どうしよう」
「探すしかないだろ」
「そうね」
 げんなりとする。
「できればアイを優先して探したいんだけど」
「ああ。そうしよう」
 すんなりとタスクは同意してくれた。そして彼はそこらにいる子どもに話しかけて、マサヨシを探すように頼んだ。
「ひょろひょろってしてて、腕とかすぐ折れそうなやつだ。名前はマサヨシっていうんだけど、よろしく頼むな。見つけたら広場に来いって伝えてくれな」
 そう言いながらタスクは子どもたちに飴を渡していた。盾を背負っている彼は屈むと亀みたいに見える。タスクには亀のイメージがぴったりのように見えるのだが、それが的確ではないような気もしていた。亀みたいなのは彼の一部でしかないのだろう。
「さあ、行こう」
 アイはすぐに見つかった。もう頭が冷めたのか、こちらに向かって歩いてきていた。元から俯いていたのが、僕たちと合流してさらに下を向く。
「ごめん」
「いや、大丈夫だよ」
「ごめん」
 どんどん沈んでいく声。それにどうすれば日を当てることができるのか。結論が出る前に、遠くから悲鳴が聞こえて、全てがうやむやになった。
「チャオか?」
 僕たちは走って声のした方へ向かう。僕たちとは反対に走る人たちの会話から、チャオが襲ってきたのだと理解する。それに加え、僕たちに逃げるように指示する声もあった。
「大丈夫です。僕たちがチャオをなんとかします」
 そう答えて、走る。しかし僕は、このまま止まるべきなのでは、と考えていた。相手がチャオだと判明した今、あの魔法を使うのが一番速い。
 チャオは殺すだけでなく、奪う。それも人のする略奪とは度合いが違う。チャオは知識までも奪うことができてしまうのだ。魔法の使い方だって奪える。奪われた方はなぜかそれに関する知識が抜け落ちてしまう。数を数えられなくなることだってある。もっともその状態になったとしてもすぐに殺されてしまうのだが。とにかく襲ってきたチャオは一匹も残らず殺した方がいい。そうでないと、次には今回よりも凶悪になったチャオを相手にしなくてはならなくなるかもしれない。だからこそあの魔法で一網打尽に。
 でも。
 マサヨシの非難が僕を走らせ続ける。現場に到達すればあの強力な魔法を使うわけにはいかなくなるのに。
「くっ」
 悩みが声に漏れた。
「大丈夫だ」とタスクが言った。「あっちにはあいつがいる。お前程じゃないが魔法が使える。だからどうにかしてるだろ」
「そうだと、信じたいね」
 助けられた。そう思った。
 現場に着くと、半透明の物体がマサヨシと子どもたちを覆っていた。チャオは二匹いた。チャオたちは半透明の壁に触れられないようだ。戸惑っているのが表情から十分に伝わってくる。
「おい、助けてくれ」
 僕たちを見つけたマサヨシがそう叫ぶ。
「なんで守ってるだけなんだ。あれじゃあジリ貧だ」
「あいつ不器用だから、二つのことを同時にやるとかできないんだ」
 言葉を失いかけるが、踏みとどまる。
「じゃあタスク、なんとかしてくれ」
「無理だ。正直俺、剣を振るのは得意じゃない。盾で守るのが得意なんだ」
「あほか」
 思わず叫ぶ。
「いいからお前の魔法でなんとかしてくれよ」
 同様にマサヨシが俺に叫んだ。
「無理なんだ。こういう時に使えるような魔法はほとんど奪われちゃって」
「はあ?」
 タスクとマサヨシの声が重なる。結構長い間一緒に旅をしていたのだろうな、と思った。
「改めて覚えることもできたにはできたんだけど、面倒だったからあんまやんなかったんだ。攻撃系は特に。ほら、あれが使えればいいだろうって思って」
 言ってて凄く恥ずかしい。こういう思いをするはめになるなら、もっとちゃんと訓練しておけばよかった。魔法のことをあまり考えたくなかった当時の自分を叱りたい。
「どうするんだ」
 唯一まともに戦えそうなタスクは困った顔をしていて、行動しようとしない。チャオたちが俺たちの方へ来ないのはどうしてなのだろう、と思った矢先、一匹がこちらを見た。
 使えそうな魔法は。
 赤い物体が僕の横を射た。それがチャオの顔面にぶつかる。リンゴだった。投げたのは、アイ。ひるむチャオと驚きで固まるチャオ。子どもが魔法の壁から飛び出して、固まっている方の顔面を蹴った。
「お、あいつなかなかやるな」
 タスクはころころ笑っていた。そんな場合じゃあるまいに。
「よくやった。逃げろ」
 マサヨシは子どもが散ったのを確認してから壁を消して、光り輝く玉を両手から乱射した。無数の玉が二匹のチャオに穴を開ける。チャオたちは律儀に白い繭に包まれて、自らが死亡したことを強調した。一件落着。
「ありがとう。助かった」
 頭を下げる。彼のおかげで僕は常軌を逸することなくいられた。
「まあ、俺がいないと、駄目ってことだな。うん」
 自慢げに。
「うん、そうみたいだ」
 素直に認めると、マサヨシはまた複雑そうな顔をした。そして彼はアイの方を向く。
「さっきはすまなかった」
「こちらこそ、ごめんなさい」
 雰囲気は調和している集団のそれになっていた。
「めでたしだな」
 一人頭を下げていないタスクがと言った。それが一時のものなのか、それとも強い信頼が芽生えたから生じたものなのか、僕にはわからなかった。だが、今はこれでいい、と思えた。
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第四話
 スマッシュ  - 12/4/30(月) 21:34 -
  
 早く旅が終わってほしい。歩き続けていると、そう思う。会話が途切れて無言で行進する中、僕は考え事をして疲労を余分に溜めていた。
 マサヨシの言うように、人々が望むように、僕は多くの人を助けようとするべきだ。でもそうすることがどうしようもなく怖い。その他大勢を助けることとアイを助けることが両立できないもののように感じてしまう。アイのことを意識して守ろうとした時点で、彼女を贔屓していることになるように思う。他の人と同じ一つの命として扱うことは、僕にはできそうもない。彼女は僕にとって特別な人だから。
「はあ」
 溜め息を出さなければ潰れてしまいそうだ。
 自分の持っている力が痛い。それは人を思い切り殴ったら自分の拳も痛みを感じるというのとは違って。人に似合わぬ力を手に入れた者が負わなくてはならない責任。それもまた人が背負うには大きすぎるものなのではないのか。魔法は心を強くしてはくれない。敵を打ち倒す手段が筋力であってもおそらくは同じ。この体の大きさはそのまま僕たちの限界を表している。だから人間は正しくなりきることなんてできないんだ。
 宿でなぜかアイは二人部屋を二つにするよう提案してきた。タスクとマサヨシはそういうことがあると思ったのだろう。「ああ。二人でゆっくりするといいよ」とにやけながら言った。
 二人きり。アイは告白をしてきた。
「知ってるんだ。ユウキが私を守るために、その、冷たい決断をしたこと」
「誰に、聞いたの?」
 アイは首を振る。違う、と言う。
「ユウキは迷ってたから。自分の力を誰のために使えばいいか。本当はたくさんの人を助けるために、英雄になるために使うべき。だけど大切な人を確実に守るために使いたいって。だからね、最初の日、私を眠らせた時にわかったんだ。ユウキは多くの人を犠牲にするんだろうなって」
 彼女の言葉には棘が無かった。咎める口調ではないせいで、僕は反応に困ってしまう。
「私、嬉しかったんだ」とアイは言った。「ユウキが私のことを優先してくれること。たくさんの人が死ぬことになっても、ユウキは私だけは助けてくれるってこと」
 たぶん私はいい死に方しないんだろうね、と彼女は笑う。
「それでもちゃんと受け止めたいんだ。ユウキの気持ち。だから私もユウキの罪を一緒に背負いたい」
 そしてアイは告白した。今度は、愛の告白だ。
「他の人が何人死んだっていい。私を守って」
 今のアイには共犯者という言葉が似合った。僕の抱えているものが一気に軽くなる。一人の人間では手に負えないものが、二人になっただけでこんなにも軽い。僕はもう人のように泣いてもいいみたいだった。
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最終話
 スマッシュ  - 12/4/30(月) 22:49 -
  
 目的地に近付きつつある。今日中には着くだろう、となった時にマサヨシは言った。
「そういや、チャオの王がどんなチャオか知ってるか?」
「いや」
 否定する。大体察しはついていたけど。
「俺たちが集めた情報によると、結構な数の魔法が使えるみたいだ。とはいえ噂レベルで情報が確かかどうかはわからないんだがな」
 そう前置きしてマサヨシはチャオの王が使えるらしい魔法を挙げていった。大半は僕が奪われた魔法と一致していた。やっぱりな、と思う。
「流石チャオの王ってところだな。人間でもこれだけ強力な魔法を使えれば天才ってところだ」
「うん、そうだね」
 もし本当に僕の予想通りとするなら、質問をしなくてはならない。僕の隣にはアイがいる。僕に彼女と一緒になるきっかけを与えてくれたのはおそらく僕たちの友達だったあのチャオなのだから。
 それからしばらく歩いてチャオの森に着いた。チャオがたくさん住んでいると言われている森。中がどうなっているか、詳しく知っている人間はいない。十年前にチャオが凶暴化し始めた。それ以前からここに近付くのは危険とされていた。入ってしまえばどんなことが起こるかわからず、何かがあったとしても人が全く触れていない森の中へは救助に行くことはできない。
 その森の前で僕たちは立ち止まる。ここであの魔法を使うことを決めていた。
「たぶんあまり効果無いと思うけど」
 そう言ってから、魔法の準備をする。森を燃やし尽くす。住んでいるチャオ全てを巻き込んで。投下。
「嘘だろ」
 マサヨシが呆然として言った。閃光の後、変わり果てるはずだった森は直前と変わらない姿でいた。
「まあ、こういうこともできるんだよ」
 広範囲を攻撃する魔法があるのと同様に。それでも少しくらいなら燃やせると思ったのだが。
「行くか」
 タスクが前に出る。
「うん」
 彼を先頭にして、僕たちは森の中に入る。タスクの存在がやけに頼もしい。盾を構えて先頭を歩く彼の背中を見ていると、思い出す。「俺はお前に殺されてもいいと思っている」という彼の発言を。
「普通、人間が助けられる他人の数は限られる。お前だって、そうだ。チャオに襲われている町の人を助けようとしたら、彼女が死んでしまうかもしれない。だから人はその人を大切に思っている人から守られるべきだ。もっとも俺がそのことに気付いたのはこうして旅を始めてから結構な時間が経った後だったんだけどな」
 タスクがそんな自論を展開したのはアイが告白してきた次の日だった。立て続けに優しくされると、心配されるような顔をしていたのかもしれない、と思ってしまう。事実そうだったのだろう。
「俺の生まれた町はチャオに襲われた。もしかしたらその時俺がいれば、誰かを助けることができたかもしれない。だからお前のやってることは凄く正しい。俺はお前を守りたいと思う」
 彼もまた戦っている。だから僕は今日から守りたい人を守ることのできる世界にしたいと思う。そのために人に倒せないものを倒す。
 奥に進むまでもなかった。先程の攻撃で僕たちのことを感知したチャオの王はわざわざこちらに向かってきていた。
「久しぶりだね」
 もしかしたらアイに言っておくべきだったのかもしれない。先送りにしようと思ったら、教える間は残されていなかったみたいだ。
「ユウ?」
 アイがチャオの名前を言う。チャオの王は頷く。チャオの王は、僕たちの友達だ。そして今のユウはおそらく僕の一部分でもある。ユウは僕から色々なものを奪った。僕の勇者として選ばれる程の力がそのままユウがチャオの王になるための力になったのだ。だからいつかこういう図が生まれることは知っていた。ユウに勝てるのはおそらく僕だけ。
「戦いの前に少し話したいな。いいかな?」
「うん」
 アイが頷いて、ユウは近付いてくる。てくてく、とチャオの歩みで。表情からは緊張が抜けてにこにこしている。無邪気だ。その無邪気な頭にアイは僕の腰に差してあったナイフを刺した。迷いが無く、素早かった。彼女はユウがチャオの王だということを知っていたのだろうか。そしてこうすることを決意していたということなのか。アイもユウも馬鹿だ。避けられたはずなのに、ユウの額にはナイフが刺さっている。
「ごめん、ユウ。あなたを殺さないと、ユウキが泣いちゃう」
「謝る必要は無いよ、アイ。敵は容赦なく倒すべきだ」
 ナイフが刺さった顔では上手く表情が変えられないのかもしれない。それでもユウは笑みを作った。穏やかで、敵意は感じられない。もうすぐユウは抵抗することなく死ぬ。僕は「質問があるんだけど」と言った。どうしても聞きたいことがあった。わざと避けなかったのかそれとも油断していただけなのか。そのことも気になるけれど、それを聞ける程の時間は無いだろう。
「何かな?」
「なぜ君は僕が持っていた人間への敵意を奪ったんだ?」
 ユウが奪ったもの。僕の使える魔法の大半と、僕が抱いていた人間を嫌う気持ち。
 僕に期待するばかりで何もしない。いつか殺してやる。
 そう思っていた感情をごっそり奪っていった。あれがあれば僕はもっと簡単に残酷な判断ができただろう。そしてアイも一緒に殺してしまっていたに違いない。質問を投げかけられたユウは、にやり、と口の端を上げた。人間のような表情の変わり方だった。もはやチャオではない。
「君たちが悲しそうな顔をしていたからだ。お互いに、どう接すればいいかわからなかったんだろう?」
 言うこともまた、チャオの小さな体には似合わない。だからだろう。感謝の言葉はすんなりと出てきた。
「ありがとう」
「ありがとう」
 僕とアイが感謝の言葉を述べる。ユウはそれに一言も返さずに目を瞑り、死んだ。僕の不純物を抱えたまま繭に包まれて消える。僕はきっと人間になったのだと思う。
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錆びたナイフ 第一話
 ダーク  - 12/5/1(火) 21:14 -
  
 王は頭を下げている。王妃や周りにいる王の仕えたちも同じだ。
 ぼくは溜息をつく。なんて情けない姿なんだろう、と思う。
 君の力を今こそ正義のために振るってくれないか。
 王がぼくに依頼したのは、現在各地で殺人を行っているチャオたちの討伐であった。チャオたちは動物をキャプチャし、その力で人を殺めているのだ。国に仕える兵士からも犠牲者が出ていて、もはやお手上げという状態のようだ。
 そんな状態でもなお依頼を任されるぼくは、チャオたちと同じく殺人者であった。とはいっても、今は時効のお陰で普通の生活をしている。だが、一時期は捕まえることもその場で殺すこともできない連続殺人鬼として恐れられた身だ。そんなぼくに国から依頼が来るなんて、本当に情けないものである。
 しかし、ぼくに依頼する理由もわからなくはなかった。ぼくが起こした連続殺人と今回の殺人の被害者には共通点がある。それは、チャオを飼っているということであった。王は、似た動機からチャオの飼い主を殺しているのではないかと推測し、漠然と解決を予感しているのだ。
「報酬はいくらでも出す。頼む、君しかいないんだ」
 ぼくに依頼しようという案にたどりつくまでに、あれしかない、これしかないと試行錯誤していたくせに、ぼくに向かって君しかいない、だなんて、ふざけている。しかし、これはぼくにとって大きな転機となる可能性があった。承諾するには、それだけで十分であった。王たちは喜んだ。兵士も共に向かわせようともいわれたが、ぼくには必要なかった。
 その日、古ぼけた家に帰ると幼馴染の怜が迎えてくれた。当然、王に呼ばれたということは知っているので、心配の色を顔に浮かべている。
「チャオを討伐してほしいそうだ」
 ぼくがそういうと、彼女は緊張を漂わせた。彼女はぼくが殺人を犯した動機を知っている。それだけでなく、逃亡生活中もずっと共にいてくれた、ぼくのことを誰よりも理解している人間だった。
「引き受けたよ。アキトも見つかるかもしれない」
 アキトはぼくたちの友達の野良チャオであった。しかしもう何年も前に姿を見せなくなってから、一度も再会していない。そしてぼくが殺人鬼になった理由は、そこにあった。
 アキトはチャオが飼われる存在であることを嫌っていた。あくまで人間と対等であり、社会もそう動くべきだと考えていた。しかし現実としてチャオはペット以上の権利は持たず、またそんな現状に満足しているチャオたちをも嫌っていた。そんな中、やはりというべきか彼はいなくなったのだ。
 ぼくと怜とアキトは親密な関係であり、また他に親密な関係を持たなかった。ぼくと怜にとってアキトの存在は大きかった。だが、アキトにとってぼくと怜はそうではなかったのかもしれない。それでもぼくはなんとしても取り戻そうと思った。その結果、ぼくは飼われているチャオを飼い主から開放することで、アキトの夢を"手伝った"。アキトはぼくを認めて、帰ってきてくれるかもしれない。しかし、彼は結局戻ってこなかった。
「いいの?」
 怜がいいたいことはわかっている。怜はぼくにチャオを殺すことができるのか、と聞いているのだ。
「現状を打破するということには、当然犠牲はあるものだよ。あのときみたいにね」
「そう」
 彼女はそういうと、ゆっくりと立ち上がって自分のナイフを手に取った。
「わたしも行く」
「わかってる」
 ぼくも自分のナイフを手に取り、その感覚が錆びていないことを感じ、家を出た。
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勇者とぼく
 ろっど  - 12/5/5(土) 23:48 -
  
「任せてください」頼もしく聞こえているといいな、と思った。大臣の表情がほころんだ。
「ありがとうございます。わが国にはもうあなたしか頼れる人がいないのです」
「いえ。わたしに話をくださったこと、とても嬉しく思います」
 できるかぎりの誇らしい表情を心がける。
「わたしの力で世界を救えるなら、全力を尽くしましょう」
 誠意が伝わったのか、大臣は旅の補助金を弾んでくれた。兵士二人に見送られて城をあとにする。これから世界の命運をかけた長旅が始まる。なのにとても地味な旅立ちだった。国民の不安をあおりたくないのだろう。その気持ちはぼくも同じだ。
 ぼくにだって不安がある。でも、ぼくは状況がわかっているからまだいい方だ。ほかのみんなにはわからない。わからないまま世界の危機がいつの間にか始まっている。そしてわからないまま死んでいく。そう考えると哀れに思ってしまう。
 自宅に着く。清潔感のある外観。最低限の荷物を持って、味気のない家を出る。盗みに入られても困ることはないが、なんとなくきちっと戸締りをした。
 数年住んで見慣れた町。最後になるかもしれないのに、歩いていても名残惜しさが沸いてこない。
 まあ、こんなものか。
 これから世界を救うのだ。それはぼくにしかできないこと。そのぼくが後ろ髪を引かれていては、みんなが安心できない。名前も知らない誰かのために歩く。
「どこに行くの?」
 知り合いが向こうからやってきた。活発そうな髪の毛が朝日に揺れている。とっさに目を細めた。幼馴染のあやかだ。
「旅に出るんだ」
「そんなにお金あったっけ?」
「まあね」
 彼女を追い越して行く。引き止められることはわかっていた。二十数年くらい交流があると、彼女のすることは手に取るようにわかる。優しいあやかのことだ、見過ごすなんてできっこない。
「なにか事情があるんだよね」
「うん。でも、ぼくひとりで行くつもりだ」
「なんで?」
 こうなった彼女はてこでも動かないので、事情を話すことにした。
 世界の危機が迫っていること。それをぼくが救うこと。国から依頼されたこと。多額の報奨金がでるため、心配はいらないこと。
 彼女は顔色を変えた。
「わたしも行っていい?」
「だめだ。危険な目にあうのはぼくだけで十分だよ」
 あやかはぼくの制止を気にも留めない。彼女の自宅に連れて行かれる。しばらく待つと、手荷物を持った彼女が玄関から出てきた。こうなることは心のどこかでわかっていたような気がする。
 小さいころもそうだった。あやかはぼくの事情を気にかけない。ぼくがどう思っているかなんて気にもしないんだ。だけど、だから少しほっとした。
「わたしも役に立てるから。ショウの役に立ちたい」
 そう言われては逃げられない。ぼくは彼女と旅路をともにすることを決意した。なんてことはない、一緒に旅をするだけだ。それに小さい頃から苦楽をともにした仲、ぼくたちならきっと百人力だろう。
「ありがとう。うれしいよ」
 あなたは決して満たされないだろう。そう言って消えた友だちを思い出した。少し心が痛んだ。


 ついさっき購入したスニーカーをはきこなしている彼女を見て、これが命を賭けた旅だということを忘れそうになる。いっそのこと、本当に忘れてしまえばいいと思った。
 旅は準備が大切だ、と彼女は言った。ぼくもそれに同意した。報奨金で多少の準備を済ませる。旅立ち前のちょっとした気晴らしも兼ねていた。たくさん買い物したね、とあやかがほほえむ。しわひとつないカーキ色のスカートは彼女の脚の美しさを際立てているように見えた。
 ぼくたちは気を新たにして彼らの拠点のひとつへと向かった。
 国からもらった支給品のひとつに地図があった。これはぼくがこれから戦う敵の拠点を記した地図だ。ここから一番近い町の近くに拠点がある。
「見えてきた。あれがひとつめの町だ」
「なにか変じゃない?」
 あやかがめずらしい表情を浮かべた。たしかに変だ。建物は荒れ果て、平地となっている。中央に木が立っているだけ。ぼくは双眼鏡で町の様子をうかがった。チャオが大量にいる。人は山のように積み上げられていた。ひどい光景だ。
「わたしたちの旅の目的って世界を救うことだよね?」
 言葉に詰まる。どう説明しよう。世界を救うために、ぼくは今からたくさん殺さなくちゃいけない。それがぼくの使命なのだ。みんなを守るためには殺すことが必要だから。正しい答え方がわからずに口をとざす。
 遠距離から狙撃する。透明の光線がチャオの脳天を確実にとらえ、消滅させた。続いて二匹。今度は防御魔法のようなものを張られる。これ以上の狙撃は厳しい。
「誰と戦ってるの?」
「チャオだよ」
 彼女に現実を突きつけることになってしまった。けれど旅が始まる前からわかっていたことだ。彼女にチャオは殺せない。だからぼくだけでいい。ぼくが彼女を守ればいい。
 どうしてチャオを、と言いたい気持ちはわからないでもない。しかしこれはみんなの、ひいては世界のためなのだ。ぼくも殺したくて殺しているわけではなかった。むしろチャオが死なないのであれば、それが最善だと考える。だけどチャオは今、敵だった。
「きみは下がってて。ぼくが全て片付けてくる」
 あやかはうなずいた。きっと恐怖で身がすくんでいるのだ。勇ましく町へ歩いた。狙撃を続ける。防御魔法しか使わない。ならば、と光線を束ねた。チャオを消し続ける。作業だった。チャオの視界外から排除を繰り返す。
 双眼鏡で確認する。おそらくチャオはいない。町の敷地内に入る。なにかが焦げた匂い。
「すごいね」
 あやかが言った。なんのことか、と思った。
「ショウの魔法。マナさえあれば負けないんじゃない?」
 ふふっと彼女が笑う。刃物が飛んできた。刺さる。生き残っていたチャオを消す。腹に刺さった刃物をぬきとって捨てた。マナがぼくの体を自動的に修復する。話を続けた。
「負けないだろうね」
「そうね」
 あやかは目をそらした。見ていられなかったのだろう。だが視線はすぐに戻ってきた。拍手の音。木から人が飛び降りてくる。
 不恰好な男だった。背負った剣が印象的にうつる。拍手の朗らかな音とは似つかわしくない体格。
「おまえ、すごいよ。死ぬところだった」
「だれですか?」
 彼女の警戒した声色。男はソウリョと名乗った。西から来た旅の途中であるらしい。この町に着いたとき、既にチャオが占領していたようで、追いかけっこをしながらも目を盗んで木の上に逃げたのだという。
「で、おまえらは?」
 事情を説明した。ソウリョは驚きもせずに付いていく、と言った。
「だめだ。これはぼくたちの仕事だ。きみにまで押し付けられない」
「大丈夫! 俺はこう見えて頑丈なんだ。それに、世界の危機とあっちゃ見過ごせない」
「わたしも反対。こんな男が付いてくるなんて絶対いやだ」
 そう言って不快を露骨にあらわす。まあ仲良くしようや、なんて言いながら、ソウリョはあやかと肩を組む。あやかは強引に振り払った。
 こいつくらいなら、と考え、ぼくは彼の申し出を受けた。仲間が多いことに越したことはない。なにしろ敵の数は多いのだ。あやかは多少の魔法しか使えないし、使える人数は多い方がいい。
「さ、行こうぜ!」
「うるさい」
 暗い色の雲が流れていた。そろそろかな、と思った。


 あやかとソウリョの距離は縮まっていった。チャオとの戦いになると、二人の呼吸がとても合うのだ。二人とも人助けになるとなぜか張り切る。もともとの質が似ているのだろう。あやかは優しい子で、ソウリョは見たところ悪いやつではない。
 仲間の絆が深まるのは良い事だ。そう、思っていた。
 旅は一時の間、休息となった。近頃大雨が続いているせいだ。大都市に腰を落ち着けて、三人で自由を謳歌している。こうしていると世界はまるで平和に見える。チャオの影響が感じられるのは山奥やチャオの拠点の近くだけだ。
 彼女に目をやった。憂鬱そうに外を眺めながら、ソウリョの軽口に相槌をうつ。
 ほほえましい光景なんだろう。
 絆は重要だ。いざ、というときに連携がとれないのでは辛い。数で負けている以上、こちらはもともと不利な戦いなのだ。いくら国からのサポートを受けられるとはいえ、チームワークは重要視されるべきだ、と思う。そもそもにぎやかな方が楽しい旅になるはずだ。不都合なことはない。メリットが多い。ぼくたちの目的は世界を救うこと。目的さえ達成すればいいのだ。それが最優先。
「あの」
 客人が来た。ソウリョの格好はとにかく目立つ。彼が凄腕の剣士に見えるのも無理はない。
 客人は離れ小屋に住み着いたチャオの退治を依頼してきた。ソウリョが張り切って出かけようとする。それをあやかが止めた。
「また安請け合いして。今は休憩。ちょっとはじっとしてられないの?」
 ぼくが返答する前に、ソウリョがすかさず答えた。
「人助けに安いも高いもねえよ。さっさと準備しろ」
 離れ小屋に案内される。チャオが三匹ほどいた。談笑している様子だった。目で合図をして、ぼくから先に小屋へ入る。視線が集まった。攻撃はない。何か策があるのかもしれない。警戒しながらたずねる。
「きみたちはどうして人を襲うんだ?」
 三匹のチャオは顔を見合わせた。
「ぼくたち、人を襲ってないよ」
 しらばっくれるなと睨んでも、チャオは萎縮するだけだ。嘘をついているのだろうか。続けてたずねた。
「自分勝手に命を奪って、罪悪感はないのか?」
「ぼくたち、やってない」
 これ以上は無駄だった。ソウリョが先陣を切る。チャオの魔法の発動をあやかが相殺する。最近の戦いではこのパターンがメインになっていた。魔法耐性のないソウリョをあやかがサポートする。ぼくの魔法は最後の切り札としてとっておく。
 たしかに隙のない戦略だ。三匹程度のチャオはあっという間に絶命した。
 ところが、死んだと思っていたチャオが魔法を放ってきた。不覚をとられたソウリョは剣で魔法を防ぐが、無残にも剣は砕け散った。すぐにあやかが魔法を放ってチャオを絞殺する。手馴れたものだ、と思った。
「あぶなかった。気をつけてよ、ソウリョ」
 あやかの声は戦いによる疲労からか、切羽詰っているようだった。
 ソウリョは砕け散った剣をじっと見つめていた。

 その夜のことだ。なかなか寝付けなかったので、風を浴びに行った。生ぬるい風が吹いていた。星が鈍く光っているが、流れる雲が光をさえぎっているようだった。夜は深い。
 宿から出て雑木林を少し進んだあたり。そこで声がした。荒い声だ。間違いない。ソウリョとあやかのものだ。しばらく立ち止まる。やけに冷え込む夜だ。雨があがった後だからか、空気が澄んでいる。口で呼吸をする。唾液が気になった。
 声がおさまってしばらくする。話をしているのはわかるが、聞き取れないので近寄った。口論の声。彼が声を荒げていた。彼女の声は静かだ。だが口論だとわかる声だった。仲間のメンタルケアはぼくの仕事だろう、と考えた。
 話の流れが読めない。足音に気をつけて近づいた。耳をすませる。足音がした。木の陰に隠れる。彼はぼくのすぐ傍をぐんぐんと通り過ぎて去った。空を仰いで深い息を吐く。雲のすき間に見える星がとてもきれいだった。
 仲たがいをした二人の関係を修復しなくてはならない。チームワークは重要だからだ。でも今は、取り残されたあやかの様子を見る勇気がでなかった。
 翌朝、宿にぼくの仲間はいなかった。代わりに「ごめん」と置手紙があった。


 仲間を探したい。ぼくは金をもらえばなんでもやると噂の若い男のもとへやってきていた。
 若い男はトウゾクという。飛行機を乗りこなすと聞いたぼくは報奨金を山ほど積み上げて、トウゾクとともに西へ向かった。
「兄ちゃん、世界を救うって本当かよ?」
「うん。そのためにぼくは仲間を探さなくちゃいけないんだ」
 みんなの命を救うために。このままでは世界が終わってしまう。だからぼくが守るのだ。守るためにもあやかの力が必要だ。
 飛行機の旅は新鮮だった。はるか遠くを見ることができる。これならぼくの魔法を最大限に生かして殺すことができるかもしれない。雲を追い越して飛ぶ。夕暮れが近い。夜になると探すのが難しくなってしまう。それまでにはなんとか見つけ出したかった。
 西へ向かっている道中で、広い草原に着いた。草原は赤く燃えていた。夕日のせいではない。チャオの大群だ。ひとりの男が戦っている。運悪く囲まれてしまったのだ。状況が悪い、と思った。
「おい、これはなんだ」
 双眼鏡で見る。彼は負傷していた。剣もない状態で彼がチャオに勝てるはずがない。
 彼との旅を思い出す。終始、彼はパーティーの盛り上げ役を買ってでた。にぎやかになった。人助けを生業としていた。多くの命を助けたのだろう。実力がそれを証明していた。だけど、もう助からない。ぼくは目をそらす。
 燃えた草原を魔法が駆けた。あやかの魔法だ。しかしチャオの大群が邪魔をしてむやみに近づけない。それでもあやかはなんとかして進もうとしていた。健気なことだ。
「あの子を連れて逃げるぞ」
 命令する。トウゾクは渋っていた。助けられる命と助けられない命があることを言ったが、彼は納得していないようだった。とても優しい性格をしている。
「本当にいいのか?」
 札束を投げつける。あきれたふうにトウゾクは飛行機を地上すれすれに接近させて、ぼくがあやかをすくい上げた。
「待って、ソウリョが」
 取り乱す美しい彼女の姿は見ていられなかった。ぼくは彼女を抱きしめた。
「彼の覚悟を無駄にしちゃいけない」
 その言葉を自分の心の奥深くに刻み込む。彼は自分の生き方を貫き通し、死んだのだ。悔いはなかったに違いない。だからきみが悲しむ必要はない、と言いかけてやめる。
「世界を救おう。それが彼のかたき討ちになるはずだ」
 彼女は蒼白な顔でしずかにうなずいた。
 草原が遠くになっていく。燃える緑は夕焼けに映えた。空は晴れやかだった。


「ぼくのせいだ」
 彼は死んだ。あやかは意気消沈しているようだった。彼女はまるで満月に複数の影が差しているような表情をしていた。ぼくは彼女の心が少しでも軽くなるようにと、死の責任をひとり被ることにした。
 トウゾクが何か言いたげにしているのを黙殺して、あやかの言葉を待つ。
 一瞬、彼女の表情が怒りに染まった。
 しかし、ぼくがよほど暗い顔をしていたせいか、あやかは何も言わず、静かに泣いていた。彼女の心はいつ晴れるのだろう。
「あんたのせいでもないさ」
「ありがとう」
 新たな仲間の励ましにこたえて、ぼくは元気を出した。
「悪いのはあいつらだ」
 それは違う、と返す。
「誰も悪くないよ」 
 なんにせよ、今はみんなに休みが必要だろう。あやかを寝室に連れて行き、ぼくもまた休むことにした。部屋を出る。
 上着の端を掴まれた。目を腫らした彼女は、おそらく今できる精一杯の表情を見せていた。
「ごめんね。ショウも辛いのに」
 ――そんなことないよ、と、ぼくは答えた。
 わずかに心が痛んだ。あなたは決して満たされないだろう。そう言って消えたかつての友を思い出した。
「一緒にがんばろう。みんなを守るんだ。彼の死に報いるためにも」
「うん!」
 彼女は泣き顔も美しかった。


 最終拠点は、ぼくたちの故郷だった。あやかと二人、顔を見合わせる。ここにはあの森がある。二人一緒に友だちと遊んだ、あの森が。地図の最終拠点は森の奥地を示していた。
 故郷には人っ子ひとりいなかった。ひびわれて壊れた壁掛け時計。すすけたテーブル。噴水は枯れ果てていた。ぼくたちが住んでいたときのまま、全てが残っているのに、この村はすでに自然の一部となってしまっている。
 きみが悪い。
「ここってわたしたちの」
 あやかが口にする。けれど、おそらくぼくはあやかと違うことを考えていた。小さいころずっと住んでいた村だ。ここのことはよく知っている。マナがたくさんあることも、森の奥地に入ったら二度と出られない、ということも。
 そして、ここに住んでいるチャオはあの子しかいない、ということも。
 彼女はきっと何も知らない。考えもつかないだろう。ぼくは怖ろしくなった。もしあの子が全ての元凶だったなら、つじつまは合う。彼なら人を殺す動機があるからだ。全て打ち明けてしまおうか? でも、あやかには言えない。打ち明けても意味がない。
 森の奥地へ進んでいく。一歩進むごとに足がさらに重く感じる。
 神殿に着く。
 チャオがいた。
「わたしを殺しに来たのか」
 草木に囲まれたチャオがぼくをぎろりと睨んだ。一目見てわかる。あの子だ。あやかも驚いていた。ある日とつぜんいなくなった友だちが、あの日いなかった場所に立っているのだから。
 ぼくは質問を返した。
「なんで人を殺した?」
 チャオはぼくたちをじっくりと見回した。
「わたしたちは人を殺していない。むしろ、人がわたしたちを殺しているのだ」
「どういうこと?」
「そのままの意味だ。あなたならわかるだろう」
 わからない、と答える。自分の声が尻すぼみになっていた。彼の目がたしかにぼくを見つめている。間違いない、このチャオはあのときと変わらない、友だちだ。
 なりふり構ってはいられない。ぼくは声を張り上げる。
「ごめん、世界の平和のために死んで欲しい」
「またわたしを殺すのか、ショウ」
 言葉が続く前に友だちを消す。
「またって、どういうこと?」
「どうもこうもないよ」
 ぼくが何も言えずにいるのを、二人はどう解釈したのかはわからない。
 あやかとトウゾクがぼくを見る。彼女の表情を見て、ぼくは金環日食を思い浮かべた。それにしても、知っているのか。チャオは嘘をつかないということを。あの子はあやかのことをよく知っていた。きっとあやかもあの子のことをよく知っていたのだろう。
 だから消したのだった。
 非難の声を向けてきたトウゾクを消した。あやかが後ずさりして、魔法を放ってくる。でも、ぼくの体が受けたダメージはすぐに修復されてしまった。
 最初からわかっていた。世界を救うのに、ぼくのような人間が選ばれるわけがない、ということくらい。でも、誰も悪くない。
 あやかに近づく。どのような表情を浮かべてくれるのか。見たことのない表情を浮かべて欲しい。あの夜、彼に見せていたような。
 しかし美しい顔は何色にも染まっていなかった。
 まるで無色だった。
 愕然とした。
 彼女は知っているのだ。友の遺した言葉の意味を。誰から言われるまでもなく知っているのだ。尊い。そう感じた。
 右手を見る。ぼくの手は軽い。彼女の心とは異なってしまっている。遠く離れている。どうしようもない差。勝てない、と笑う。
 優しい雨が降ってきた。手のひらに水が溜まっていく。こぼれ落ちないように両手で包み込む。
 胸に手を当てる。
 ぼくはぼくを取り戻した。
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ろっどへの感想
 ろっど  - 12/5/5(土) 23:49 -
  
言い訳なら腐るほど用意してある。
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錆びたナイフ 第二話
 ダーク  - 12/5/9(水) 6:19 -
  
 チャオたちが次に狙う場所には大体検討がついていた。T町、チャオを飼育している世帯が国の中で五番目に多い町だ。今まではチャオを飼育している世帯が多い順で被害が起こっている。今になって突然法則を変えることもないだろう。
 チャオを飼育していた人間たちには、なくなくチャオを手放すか、自分は被害に遭わないと信じてチャオを飼い続けるか、という選択肢しかない。今まで被害に遭った町では、一つの町につき三世帯から五世帯が被害に遭っている。今のところチャオを手放す人が少ないことから、その中に入る確率は高くはない、と町民が未だに感じていることがわかる。だが、相手は当然それを考慮して次の事件を起こす。もしも以前のぼくと目的が同じならば、被害に遭う世帯が増えるのは必然である。今まで増えてこなかったのが不思議なくらいだ。だが、そろそろだ。T町は危険だろう。
 T町に向かう途中、怜がこんな話を切り出してきた。
「今までの生活と、これからの生活。どっちがいい?」
 いい、という漠然とした表現があまり的確ではないように感じた。今までもこれからも、少なくとも幸せに溢れた生活ではないはずだった。今までは、ぼくを捕まえようとする人間から逃げるため、寝床を転々と変える生活をしてきた。見つかればぼくは彼らを殺したし、怜が殺すこともあった。生計も、犯罪者として有名ではない怜が目立たないアルバイトをすることで立てていた。時効が成立するころには世間にも忘れられていたが、表立って動いたところで不利になる可能性が高かったので、寝床を変える必要がなくなっただけで生活レベルは同じだった。
 それならまだ希望があるこれからの生活のほうがいいだろう。その旨を怜に伝えると「そう」とだけ返事があった。
 それからは特に会話もなく、T町に向かう道を歩いた。T町はそれほど遠い場所ではなかったので、たどりつくまでに大した時間はかからなかった。
 T町に入ると、辺りは騒然としていた。多くの被害者が町中に倒れている中、町民たちが家や建物の中に避難する。殺人チャオが大暴れしていたのだ。まさかその最中に着くとは思っていなかった。だが、都合がよかった。あのチャオから情報を聞きだせるかもしれない。
 チャオのほうに向かおうとした足が不意に止まった。一人の町民が包丁を持って殺人チャオに向かっていったのだ。勇敢ではあるが、おそらく勝てないだろう。だが、あのチャオが持っている能力を確かめるのには丁度よかった。ぼくと怜はその様子を眺めることにした。
 町民がナイフを突き出すとチャオはあっさりと避け、町民に噛み付こうとした。見たところ、虎の尾がついているので虎をキャプチャしたのだろう。だが、それだけでは人間たちの知恵に敵うとも思えない。他に何かがあるはずだ。
 町民はなんとか伏せ、包丁を振り回して距離をとった。そこでチャオはもう一つの能力を見せた。チャオは伏せたかと思うと、突然姿を消した。擬態能力だ。町に敷かれるコンクリートの色と同化しているのだ。カメレオンか何かをキャプチャしたのかもしれない。だが、大きな動きはできないだろう。町には様々な色が溢れている。どんな動物でも臨機応変に変色できるほどの擬態能力はない。町民から見て、チャオの色と背景の色が同じでなくてはならない。使い勝手がよさそうな能力だが、実際は自分の動きを制限するリスキーな能力である。それでも、一般人を混乱させるのには十分だ。
 町民は後ろに走り出した。近くの家に向かっているようだ。チャオもそれを追った。家に追い詰められたら町民は殺されてしまうだろう。そろそろぼくが動くときだ。
 だが、町民の行動はぼくの予想を裏切り、家のそばに置いてあったバケツを大きく振った。バケツからは緑色のペンキが飛び出し、チャオにかかった。もはや擬態能力は完全に封じられたのだ。
 チャオは驚きの表情を見せるが、すぐさま町民に飛び掛かった。体を虎の力で押さえつけ、身動きのできないところを噛み付こうとする。
 そんなチャオの顔の前に、ぼくのナイフが立ちふさがる。町民の頭上辺りでしゃがみながらナイフを持った右手を突き出すぼくを見て、チャオは驚愕の表情を見せる。いつからここにいたんだ、といった表情だ。
「殺人鬼」
 そう震える声でいったチャオは唖然とぼくの顔を見ていた。彼は町民を解放し、一歩下がった。
「お前に用事がある。これからはぼくと一緒に行動してもらう」
 チャオは首肯した。倒れていた町民は混乱を見せながらも、こういった。
「俺も連れて行ってくれ」
 きっとこういう輩は出てくるだろうと思っていた。結果はどうであれ、他人のためになんとか動かないと気が済まない種類の人間だ。彼は被害をもう拡大したくないのだろう。だが、はっきりいうと大した戦力にならないので、ぼくの邪魔にすらならない。他に断る理由もなかった。
「いいけど」
 町に先ほどとは違うざわめきが起こり始めたので、面倒になる前にぼくたちはT町を出た。
引用なし
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錆びたナイフ 第三話
 ダーク  - 12/5/9(水) 6:20 -
  
 T町で暴れていたソウヤと名乗るチャオに案内をさせ、ぼくたちは殺人チャオ集団の親玉のもとへと向かっていた。目的を達成するためには親玉を潰せばいい、というわけではないが、やはり親玉を使うのが一番手っ取り早かった。先ほどまでソウヤと戦っていた橋本と名乗る男も、難しい顔をしながらぼくたちの後ろに続いていた。
「思い出した」
 突然、橋本が声を出した。何を思い出したのかは、その声の緊迫感からなんとなく想像できた。ソウヤも呆れた顔で橋本を見ていた。
「二十年くらい前に連続殺人をした子ども。お前だろう」
 想像通りであった。当時は咎める言葉に怒りを覚えていたが、今となっては記号的にしか聞こえなかった。
「そう」
 答えるのが億劫なので無視をしていると、怜が答えた。そのあまりに簡潔な答えと、ぼくの隣に当たり前のようにいる怜に橋本は言葉を失っていた。
「今ごろ気づいたのか」
 ソウヤが橋本にそういうと、橋本は我に返ったようにソウヤを睨んだ。
「黙れペンキまみれ」
 ソウヤの顔が一瞬怒りにゆがんだが、それ以上のことはしなかった。
「俺の家族はペンキまみれに殺されたが、お前だって同じだ。何でお前みたいな悪人が生き残って、何もしてない善人が死ななきゃいけないんだ」
 橋本は今にも殴りかかってきそうだった。ぼくに迫りながら口調を荒げる。
「あなたは何もわかってない」
 そんな橋本とは対照的に、水に落としたような声で怜がいう。橋本は怜に言葉の矛先を向けた。
「何をわかったら人殺しが許せるんだ。殺人者と一緒にいて思考が麻痺してるんじゃないか?」
「あなたは何もわかってない」
 怜は同じ口調で繰り返した。だが、怜が今にもナイフを握りそうな気配を感じ、ぼくは少し驚いた。怜が怒りを見せるのは、珍しいことだった。
「怜、放っておこう」
「その男にくっついてるだけで、理解者気取りか。何もできないくせに」
 橋本という男は本当に何もわかっていない。この様子だと、これ以上連れて行くのはやめたほうがいいだろう。
「晶、少し別れよう」
 怜がぼくにそういった。これにはぼくも言葉を失った。怜の口から、ぼくと離れる旨の言葉が出てきたのは初めてのことだった。怜も変わり始めているのかもしれない。
「わたしはこの男を連れて行く。あとでまた合流しよう」
 怜は橋本を指差した。ひるんだ橋本はただ怜を見ていた。
「わかった。ソウヤ、怜に目的地を教えて」
「S動物園だ」
 なるほどな、とぼくは思った。チャオたちに動物をキャプチャさせるなら、一番便利な場所だろう。
 そしてぼくとソウヤはS動物園に向かい、怜と橋本はどこかへと歩いていった。
引用なし
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錆びたナイフ 第四話
 ダーク  - 12/5/9(水) 6:21 -
  
「あなたはどうして連続殺人を犯したんだ」
 前を歩くソウヤが尋ねてきた。当然だった。自分たちと同じことをかつて行った人間が目の前にいるのだ。ずっと聞きたかったに違いない。橋本が邪魔で聞けずにいたのだ。
「チャオの自立のため」
 ソウヤは立ち止まった。
「ありがとう」
 振り返ったソウヤの目には涙が浮かんでいた。
「あなたのお陰で、チャオたちは変わった。飼い主を失って茫然自失となったチャオもいたし、今行っている殺人に関わっていないチャオもいる。むしろそういったチャオのほうが多い。それでも野良チャオたちは大きな影響を受けたし、飼い主を失って野良チャオになったものの中にも影響を受けたものがいる。我々はそういったチャオたちの集団なんだ。目的はチャオたちの権利の主張。チャオは人間同等あるいは、それ以上の能力をも持ち合わせているのに、いつまで経ってもペット、所詮人間以外といった扱いを人間社会という組織から受けてきた。食料や住める場所も人間たちに奪われ、野良チャオたちは生きることさえも難しかった。もう人間のペットとして暮らすしかない、そんな現実を受け入れるしかない。そんな中、あなたはチャオたちの意識を大きく変えてくれた。我々は本当に感謝している」
 ぼくはアキトを思った。もしもアキトが当時この顔とこの言葉をぼくに向けてくれていたら、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。それはぼくにとって、素晴らしい世界だった。だが、現実としてアキトの夢は叶わなかった。アキトがぼくのところに戻ってこなかったのは、正しい世界だったのだ。だが、ソウヤからこの言葉を聞けたことでぼくは救われた。正しい世界はまだ続いているのだ。
「そして今、チャオたちはその能力を人間たちに見せつけている。チャオは危険性を持ち合わせている、とも捉えられるだろうが、少なくとも今までどおりの扱いからは脱却できるはずだ」
「すみません」
 ソウヤの後ろに、子どもが立っていた。少年から青年に向かう途中といった年齢だろう。ソウヤが子どものほうを向くと、子どもは落胆の表情を見せた。
「ごめんなさい、僕が昔飼っていたチャオに似ていたので」
「飼っていた、ということは今はいないのか」
 ソウヤが子どもに尋ねる。飼っていた、という言葉に反応せずにはいられなかったのだろう。
「はい。十年くらい前に突然いなくなってしまったんです」
「飼われるのが嫌だったんだろうな」
 ソウヤの言葉は怜とは違う温度の低さを持っていた。その冷たさに打たれ、子どもは息を小さく吸った。
 子どもは泣くこともせず、ただ何かを考えていた。ぼくとソウヤは黙って彼を見ている。そして、彼は静寂を破った。
「さっきの話、ちょっと聞こえちゃったんですけど、なんで人間と話し合わなかったんですか?」
 ソウヤは目を見開いた。ぼくにだけ打ち明けた話のつもりが、自分と直接関係のない他人にまで聞こえてしまっていたのだ。それでもやはり、ソウヤはすぐに冷静を取り戻した。
「仮に話し合ったとしたら、チャオの権利は認められたかもしれない。だが、対等であるべきにも関わらず、人間に根付いたチャオに対する意識は変わらない。その意識から起こる深層的な問題は、チャオたちをさらに苦しめる可能性があった。そして何よりも、人間にチャオたちを貶めた自覚をする必要があったからだ。自覚なくして真の理解は得られない」
「結果的に、僕には暴れているだけにしか見えませんが」
「それはお前が人間だからだ」
「そうかもしれませんけど、そしたら僕にいえることはなくなっちゃいますね」
「話し合って解決する問題ではないからな」
 この場で子どもを殺すこともできたはずだが、ソウヤはそうしなかった。ここでチャオを飼っていない彼を殺したところで意義はなく、むしろ無差別的な殺人だと社会に解釈される可能性があったからだろう。
「悪いんだけど」
 ぼくがそう切り出すと、子どもはこちらを向いた。彼の目にはこれといった感情は浮かんでいなかった。ぼくのことをしらないのだろう。
「君がどこに行こうとしていたか、聞かせてくれる?」
「K町です」
 K町は、チャオを飼育している世帯が国の中で六番目に多い町だった。おそらく、次に襲われるであろう町だ。この子どもは、自分のチャオが今暴れているチャオの中にいるのではないか、と疑っているのかもしれない。自分が飼っていたチャオとあって、どうするのだろう。今自身がしたように、話し合おうとするのか。かなり難しいことのように思えたが、少し興味があった。そして、怜と橋本がK町に向かっている可能性も十分考えられた。
「ぼくたちもK町に行こうとしているんだ。はぐれた仲間がいるかもしれないんだけど、一緒に探してくれる?」
「わかりました」
 ソウヤが意外そうな顔で、ぼくを見ていた。
引用なし
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錆びたナイフ 第五話
 ダーク  - 12/5/9(水) 6:23 -
  
 K町に着くと、辺りはもう暗くなり始めていた。今日中に怜たちを探すのが難しくなり始めた頃であった。今日は宿を探そうと提案すると、ソウヤも智也と名乗った子どもも同意見だった。チャオを飼えるくらいの経済力を持った人が多いだけあって、なかなかに栄えた町だった。大きな建物が多いので、宿も大きく豪華なものしかないのではないか。持っている金額は国から支給されたとはいえ、贅沢するために使うのは嫌だった。
 なんとなく歩いていた道の脇に、小さいけれどコテージ風の趣がある宿屋があった。ウェストビーチという名前の店だ。こういうところに限って高い金額を請求してくるものだと思っていたが、店頭においてある看板に書かれた金額はそれほどではなかった。ソウヤと智也の同意を得て、ウェストビーチに泊まることにした。
 部屋の中もまた凝っていて、落ち着ける空間だった。ぼくたちは、丸太を寄せ集めて上に布団を敷いたようなベッドに座った。
「次に襲われるのはこの町だね」
 ぼくがそう切り出すと、ソウヤはうなづいた。
「近いうちに、だよね」
 智也がぼくに続く。やはり、智也は襲撃に来るチャオのことを分析していた。
「おそらく、な。正確な日程はわからないが、確実に襲撃の感覚は短くなっている。このペースだと明日には来るかもしれないな」
 その後は明日に備えて休もうという話になり、ぼくたちは交代でシャワーを浴び、ベッドに入った。最後にシャワーを浴びたぼくがバスルームから出てくるころには、もう智也は眠っていた。ソウヤもベッドに横たわっていたが、眠ってはいなかった。
「怜たちを探してくる」
 ソウヤにそう告げ、部屋を出て行こうとするとソウヤは「ついていく」といい、ついてきた。
「心配か」
「うん」
 怜がチャオに襲われて負けることはまずない。彼女の実力も、ぼくに負けず劣らずだ。共に過ごした逃亡生活は、生きるためなら人を殺したし、また人を殺すためには洗練された動きを身につけた。それはお互いに同じだった。
 問題はそこではなく、怜にチャオを殺すことができるか、というところにあった。きっと彼女は橋本の前で、チャオを殺そうとしている。それはある意味では橋本への説得力になるかもしれない。だが、怜の感情は大きく乱れ、今のままではいられなくなってしまうのではないか。それは怜にとってもぼくにとっても、好ましくはない。彼女が橋本の説得に大きなリスクを犯す必要があるとは、ぼくには思えなかった。彼女がチャオを見つける前に、ぼくはなんとしてもチャオを見つけたかった。
 町に出て数分のところで、町に変化があった。避難警報が発令されたのだ。チャオ相手に避難したところでなんになるのだ、とも思ったが、ぼくとソウヤは走った。混乱して逃げる人とは反対方向へ走る。チャオはすぐに見つかった。緑色のチャオだ。そして、そこには怜と橋本もいた。
 チャオが橋本に飛び掛かるが、怜がチャオを押さえつける。チャオの腕を手で押さえ、足に足を絡ませて動きを封じている。何かを喋っている。橋本も近くで何かを喋っている。
 ぼくはナイフを握り、走った。今しかない。ソウヤが何といったか大きな声を出した。チャオの頭を狙ってナイフを引いた。
「晶!」
 怜が大きな声でぼくを怒鳴った。怜が声を張り上げるのを初めて聞いたぼくは、チャオまであと数メートルというところで足を止めた。
 呆然としていると、影がぼくの後ろから飛び出した。
「チャム!」
 智也だった。怜はそれを見てチャオを解放した。智也は号泣しながらチャオを抱きしめ、チャムと呼ばれたチャオもそれを黙って受け入れていた。
 ぼくは何を勘違いしていたんだ。
 ぼくはその場に崩れ落ちた。

 ウェストビーチに怜と橋本を連れて戻ったぼくは、怜と二人にしてほしいといい、ソウヤと橋本には別の部屋を借りてもらった。智也はチャムと元いた町へと帰った。
 ベッドに向かい合って座ったぼくたちを静寂が迫った。だが、ぼくは何もいえなかった。
「晶」
 怜が震える声でぼくを呼び、ぼくの胸に涙で濡れた顔をうずめた。ぼくにはこの状況がわからなかった。
「ごめん」
 怜はそう続けた。何でぼくが謝られているのか。ぼくがした愚かな行いの罪悪感と、怜を涙させた正体がつかめない罪悪感にぼくは涙を流すほかなかった。
「わたしが勝手な行動するから、晶を混乱させた」
「ぼくは馬鹿だったんだ。怜、ごめん」
 ぼくは怜がチャオを殺そうとしているとばかり思っていた。でもそれは違った。ぼくたちは、チャオを認めることで生きてきたはずだった。怜はチャオを認めようとしていたのだ。橋本に見せたかったのも、それだ。怜は変わっていなかった。ぼくのナイフは、ただ今を切り裂くだけのものではないはずだった。思えばぼくの勘違いは、王から依頼を受けたときに始まっていた。そしてその勘違いは、怜を切り裂いてしまった。
「信じてた。でも、わかってた。晶はアキトのことを忘れようとしてる」
 そうだった。ぼくはチャオを切ることで、過去と決別しようとどこかで思っていた。でもぼくはアキトに会いたかった。智也がチャムを抱きしめているのを見て、ぼくはぼくを理解せざるを得なかった。
「寂しい」
 ぼくも、寂しかった。
引用なし
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錆びたナイフの感想コーナー
 ダーク  - 12/5/29(火) 6:35 -
  
凝り具合云々は置いといて、今まで一番頑張ったと思う。

解説はしません。
引用なし
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錆びたナイフ 最終話
 ダーク  - 12/7/12(木) 6:30 -
  
 次の日の朝、ぼくはソウヤを別室に呼び出した。おそらくは当たっているだろう、ぼくの勘を確認するためだ。
「ソウヤたちの親玉は、アキトだよね」
「そうだ」
 やっぱり、とぼくは思った。アキトはチャオの能力を豪語するだけあって、本当に多彩なチャオだった。あれだけの力と信念を持っていれば、チャオたちを牛耳るのは難しくないだろう。
 怜にはいわないでおきたかった。最悪の場合、アキトと戦わなくてはならなかったし、昨日の精神的ダメージが残っているうちに宣告をするのは酷だった。あるいは、怜もすでに気づいているかもしれない。
「最終目的はチャオが人間と同等の権利を得ることだ。だが、具体的な策は聞いていない。状況によって、アキトから指示をもらって我々は動いている」
 つまりは、何をしようとしているのかはわからないということだ。仲間にすら策を伝えないところを見ると、戦わざるを得ない状況になりそうな気がして、嫌だった。だが、嫌がっている場合ではなかった。ぼくは、ぼくたちの物語を終わらせるのだ。
 ウェストビーチでの会計を済ませ、ぼくたちはS動物園へと向かった。その中で、橋本に謝罪された。昨日の出来事で理解したらしい。怜はやはり正しかった。
 S動物園まではそれほど遠くなく、二時間程度で着いた。S動物園は一見普通の動物園だった。チャオが拠点としている気配がない。清掃員や飼育員も、人間である。だが、それは当然のカモフラージュだった。不自然な部分をアキトが見逃すわけがなかった。
「彼らは全員監視されている。従わなければ殺されるだろう。相手は理性を持った猛獣のようなものだからな」ソウヤはそういった。「従業員もまた被害者だ」
 ソウヤはぼくたちをゴリラの展示場に連れてきた。ゴリラは一匹もいなかった。柵を飛び越え、展示場に入る。「ここに彼はいる」とソウヤはいった。
 すると、岩場の陰にある従業員用の扉から、アキトが出てきた。怜はじっとアキトを見つめていた。やはり覚悟はしていたようだ。
「ソウヤ、ありがとう」
 アキトの第一声目はそれだった。
「後はあなたたちの問題だ」
 ソウヤはそういって、アキトが出てきた扉へと向かっていった。扉の前でソウヤは振り返り「幸せになってくれ」といい、奥へと消えていった。
 橋本も柵の外にいた。もしかしたら、ソウヤからすべてを聞かされていたのかもしれない。
 柵の中で向かい合うのは、ぼくと怜、そしてアキトだけだった。
「アキト、久しぶりだね」
 ぼくがそういうと、アキトは笑って見せた。
「ごめんね、晶、怜。会いに行きたかったんだけど、ぼくにはやらなきゃいけないことがあったんだ」
「うん。大丈夫、もうすぐ叶うよ」
「ううん。まだなんだよ、晶。このままじゃ同じだよ」
 言葉に詰まった。初めての否定だ。この先に来る言葉は、ぼくたちの知らないものになる。
「もう人間は十分恐怖に支配されてる。あとは王の口からチャオの権利を主張させればいい」
 怜が言い返した。それでもアキトは首を横に振った。アキトは口を開いた。
「実際のチャオを知らない者たちが国を動かしているからいけないんだ。ぼくは国を潰して、作り変えるよ」
 ぼくたちは何も言い返せなかった。これ以上の犠牲は無駄だと思っているか、思っていないか。これだけの差なのに、ぼくたちは決着をつけなくてはいけない。だが、ぼくたちは決着をつけに来たのだ。
 アキトはハヤブサの翼を羽ばたかせた。
「ぼくは、やらなきゃいけないんだよ」
 アキトは空中からぼくを襲った。急降下しながらゴリラの腕とタカの足でぼくの顔を狙う。ぼくはそれを避け、アキトの足をつかむ。
 終わりにしよう、アキト。
 後ろに回りこんだ怜が羽の根元をナイフで突く。羽ばたけなくなったアキトは地面に落ち、そして、ぼくがそのアキトの胸をナイフで切り裂いた。
 実力差は歴然だった。ぼくたちは、殺すことに慣れすぎたのだ。
「アキト」 
 ぼくは胸が切り裂かれたアキトを見た。怜が涙を流しながら、岩場を降りてきた。
「やっぱり、だめか」
 アキトは虚ろな目でぼくたちを見ていた。
「ぼくは、人間を恨みすぎたみたいだよ」
 アキトはわかっていたのだ。自分の行いがどこまで目的に沿っているか。それでも、そこには譲ることのできない感情があったのだ。
「アキト、君はどうしたかったんだ」
 もはや目的は達成される目前だったにも関わらず、アキトをさらに突き動かした感情をぼくは知りたかった。
 アキトはすでに絶命寸前だ。
「ぼくは、認められたかった」
 その言葉を聞いたぼくと怜はアキトを抱きしめた。
「ぼくは、君を認めよう」
 嗚咽を漏らす怜も、何度もうなづいた。
「君はぼくたちと暮らすべきだったんだ」
 アキトは笑って見せたあと、繭に包まれた。
 怜は繭にしがみつきながら、アキトの名を呼び続けた。
「そうか」
 ぼくの声に、怜は顔を上げた。
 そこには、一つのタマゴがあった。ぼくはナイフを捨て、タマゴを抱きかかえた。
「ぼくはもう何も切らなくていいんだ」
引用なし
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Crisscross 第一話 変化する戦士たち
 スマッシュ  - 13/8/19(月) 22:28 -
  
 昔々、七つの不思議な宝石がありました。
 その宝石を手に入れた人は凄い力を手に入れ、英雄となるのでした。
 七つの石の力はそれだけではありませんでした。
 七つの石全てを一つの所に集めると、人々の願いを叶えてくれるのです。
 そうだ、ずっと七つの石が一つになっていれば、皆の願いが叶い、全ての人間は幸せになるに違いない。
 ある時、そう考えた王様が、七つの石をくっ付けて、一つの石に変えました。
 そしてこの石を狙う悪い人たちをやっつけるために王様は石に願い事をして、素晴らしい剣を作ってもらい、それを兵士たちに持たせました。
 こうして王様は願いを叶える石を使って世界を平和にしたのでした。
 これがこの世界に伝わる、不思議な石と不思議な剣の物語。


 物語の通りに世界は続いているというのに、悪者は混沌の石を奪い去っていってしまった。
 まるで世界が崩れていく途中にあるようだとウォンドは感じた。そして崩壊を止める者として自分が選ばれたことを幸運に思っている。
 混沌の石を取り戻し、平和を取り戻す。そのための英雄探しが始まって数か月。混沌の石や混沌の剣との相性がいい人間が二人新たに見つかった。その一人がウォンドであった。
 彼は、どうして自分が混沌の石と相性がいいのかわからなかったが、英雄に選ばれるようなことをしていた覚えはあった。
 人助けをするのが好きである。困っている人がいると、どうにかしてあげたいと思う気持ちがあった。おそらく英雄に求められているのは普段やっている人助けとそう変わらないだろう。
 もう一人の英雄は女性であった。顔つきは凛々しく正義の味方が似合いそうであったが、筋肉の硬さが見えない体つきで、女性らしさだけの肉体であった。
「一日も早く、混沌の石を取り戻してほしい。あの石は、混沌と言われるだけあって、何もかもを叶えるだけの大きな力を持っている。だからこそ、叶えてはならない願いもあるのだ」
 王はそう言って、二人に剣を渡す。混沌の石が生み出した剣、混沌の剣である。柄にはレイピアのように、手の甲を覆う部位があった。そこに様々な色の宝石が飾られていた。武器というよりも、武器の形をした芸術品に見えた。

 城から出ると、ウォンドは剣を抜いてみた。赤い宝石のような輝きが僅かにある刃であった。じっと見ていると、その刃の中で青や黄、紫の光が稲妻のように走っていた。稲妻は育っていき、赤い刃がいつの間にか青っぽく変化していた。そしてなおも変化を続ける。まるで泉の底に沈んでいる神秘の物体のようで、刃の形さえも徐々に変わっていくのではないかと思わせるほどであった。さらに、持っているだけで力が湧いてきた。普通の人間では到底できないようなことをやれてしまうような自信があった。
「凄いな」
 隣でこれと同じ剣を受け取った女が見ていたため、ウォンドは彼女に聞こえるよう呟いた。
「ウォンドはこれからどうするの」と女が聞いた。ウォンドは思わず彼女の方を見た。
「なんで俺の名前を?」
 名乗っていない。彼女がいるところで名前を呼ばれてもいない。
「覚えてないかな。昔、君が正義のヒーローやってた頃、僕は君に助けられたんだ」
「正義のヒーローって、もしかして、あれか」
「そう、あれ。人助けのチーム」
「ああ、懐かしいな」
 幼い頃に、ウォンドは友人を集めて、正義のヒーローごっこをしていたのだった。それも遊びという規模ではなく、困っている人を助け、ルールを守らない人をこらしめる活動であった。自分は正しいことをしているという自負と、何人かの集団であるという心強さとで、大人が相手だろうと容赦はしなかった。ウォンドは小さい頃から腕っぷしは強かったし、大人に勝つために武装もしていた。
「ええと、君の名前は」
「クリス」
「クリスちゃんか。えっと、ごめん、思い出せないや」
「いいんだよ。僕、助けてもらっただけだから、覚えてないのも無理ないよ」
「僕って自分のこと、その時から呼んでた?」
「うん。ずっと、僕だよ」
「そうか」
 自分のことを僕と呼ぶ少女であれば印象に残っていてもおかしくないとウォンドは思ったのだが、そのような子を助けた記憶はなかった。小さい頃の話だ。周囲の人間の何もかもを暴き立てるくらいの勢いで活動していたから、助けた人間こらしめた人間の数は相当なものになる。彼女のこともその中の一つとしてくくって、忘れてしまったのかもしれなかった。
「ごめん、思い出せなくて」
「いいってば。それよりもさ、一緒に行かない?」
「え?」
「なんかさ、君でも一人で行くのはちょっと心配だし。僕も不安なんだよね。だから一緒にどう?」
「そうだね。一緒に行こうか」
引用なし
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第二話 奇跡を守る人
 スマッシュ  - 13/8/19(月) 22:30 -
  
 昔々、あるところに男の子とチャオがいました。
 そのチャオは皆の人気者でした。
 男の子もチャオのことが好きでした。
 そしてそのチャオは男の子のことが大好きで、男の子と一緒に遊んでいました。
 他の誰よりも、その男の子と一緒にいることが、そのチャオの幸せだったのでした。
 これは、混沌の石の物語の、その一つの場面。


 旅をするにも楽な時代になった。歩いて旅をする必要はない。
 混沌の石から力を持った剣が生み出されたように、人々を補佐するための物が生み出されてきた。
 その一つが建物を動かす混沌の歯車である。止まることのない動力源として、頑なに働き続けている。
 歯車を搭載した十階建ての塔が貿易に使われている。町と町を結ぶ道の間には店などが一切なく、食料品の補充もままならない。そのため旅人はこの貿易の塔を利用して町を渡っていくのである。
 ウォンドとクリスが向かうのは、混沌の石を奪った者が拠点にしているとされる町であった。その町では、混沌の剣に似た剣が出回っているようである。混沌の石を奪った者が剣を生み出して売りさばいている可能性があった。
「混沌の剣の量産って、まずいかもね」
 クリスがでたらめに素振りをしながら言う。素人が片手で剣を振り回しているに過ぎないのだが、剣の美しさに騙されてしまうのか、様になって見える。混沌の剣の力とは、持った者を素人であろうと達人のようにしてしまうものであった。そして剣は持ち主の腕前に関係なく、目の前にある者を見事に切断してみせた。そして剣を振るうクリスの動きも、軽やかでなおかつ重みがある。ウォンドも試しに剣を適当に振ってみると、体にも剣にも重さを感じず、十メートル先まで跳躍できてしまうのだが、足元をすくわれるような不安定なところはなく、剣も受け止めることが難しいような、ある種の一貫した説得力があった。
 クリスが混沌の剣が量産されることにまずいと言ったのは、こういった数々の恩恵が自分たちだけのものと思っていたためである。こちらだけが人間を超えた力を持っているのであれば気が楽だが、相手も同じ力を持っているかもしれないとわかると、途端に不安が大きくなった。

 塔が止まった。町に着いたのかと思ったが、その少し手前で停止していた。
 ウォンドとクリスは何が起きたのか知ろうと、塔から出た。町の前に二人の男が立っていた。二人は混沌の剣を握っていた。どうやらウォンドたちより前に英雄としての命を受けた者のようだった。
「何かあったんですか」
「今、この町の中で戦闘が起きています。相手は純白の混沌の剣を持っていて、無差別に人を切り殺しています」
 中で彼らの仲間が対処している、と聞くや否や、ウォンドは剣を抜いた。
「俺たちも行こう」
「うん」
 剣を持てば素早くなる。止めるような間さえなく、二人は町の中に入っていった。

 町の中は死体ばかりであった。建物という建物の扉はこじ開けられていて、中をうかがうと切り刻まれた人の死体があった。クリスは確かめるだけ無駄なような気がして、犯人を捜すことに専念したいと思ったが、ウォンドは生存者を探すことを最優先して、時間をかけた。
 そうして身を隠して生き延びた人はいないかと探しているうちに、戦闘の渦の方が二人に近付いてきた。混沌の剣を持った女性と真っ白な剣を持った女性が戦っていた。混沌の剣の女の方が劣勢のようであった。彼女が逃げ、白い剣の女が追う形であった。二人は風の速さで走っていた。ウォンドはその間に飛び込んで、戦闘に割り込んだ。横合いから不意に飛んできた斬撃を受け止めるのが精一杯で、白い剣の女は転倒した。混沌の剣の女も走るのをやめて、息を整える。長い金髪が美しい女性だった。背が低く、力がなさそうに見えた。
「お前がこの町の人たちを殺したのか」
 ウォンドが白い剣の女に言った。女の持つ剣は混沌の剣と全く同じ形をしていたが、刃から柄の宝石まで、全てが真っ白であった。
「そう、私たちが殺した」
「他に仲間がいるってことか」
「いる。いた。殺した」
「何だって?」
「そしてお前たちも殺す」
 女は全力で白い剣を振るった。それを受け止めるウォンドの混沌の剣を折りそうなくらい、叩きつけるといった感じの振り方だった。ウォンドは攻撃を受けてばかりだ。殺そうという、相手の深みまで突き刺すような攻撃を全くせず、
「どうして殺したんだ」と話をするのに必死であった。
「奇跡のために」
 女も律儀にウォンドの問いに答える。そして先ほどまで彼女と戦っていた金髪の女が再び彼女に切りかかる。女は受け流して、背中を蹴った。まるで余計な物を静かにどけるような、上品さのある動きであった。女はウォンドを睨んでいる。彼が彼女の敵だった。彼女の剣がウォンドを塗り潰そうとする。どの色にも混ざりそうにない白が襲いかかってくる。
「奇跡ってどういうことだ」
「奇跡というものは、こうしないと逃げていってしまうんだ。奇跡は奪われる。だから私は誰にも奪われないように、こうしているんだ」
 女が叫ぶ。しかしウォンドの剣は無数の色を持ったままであった。
「錯乱しているのか」
「私は正気だ」
 それまで剣を握っているだけで棒立ちしていたクリスが動いた。クリスにはウォンドが一方的に攻められているように見えて、このままでは彼は殺されてしまうと思ったのだった。女の背中を狙って剣を振る。女はそれを回転しながら剣で受け流した。金髪の女がクリスに続いて攻撃をしかける。スピードに任せて剣を突き刺そうとする。それもまた難なく避けられてしまう。その間にウォンドは女との距離を少し取っただけで、攻撃もしなかった。
「私の願いの邪魔をするな」
 女はウォンドと会話をするうちにかなり興奮してようで、自分に攻撃をしかけてきた二人に殺意を向けた。まずい、とウォンドは思った。二人は自分のように強くはないようだった。もっと詳しく話を聞いて情報を得たいと思っていたが、殺すために剣を振った。色の束となった光を剣は描く。やはりこの剣は、戦いさえも芸術のように仕立て上げてしまうようであった。剣が流れる。女の剣を強く打つと、彼女の手から剣が抜けた。そして剣が無防備になった体を突き抜けようとする。女はそれを避けようとしたが、間に合わず腕を割かれた。女は胸を押さえた。地面に転がった白い剣が砂のように割れた。女は死んでいた。

 町にいた人は全て死んでいた。路上には、白い剣を持った人間が何人も死んでいた。混沌の剣を持った死体も多く、生き残ったのは金髪の女だけだったようだ。女はセレナと名乗った。
「戦いって、こんなにきついものだったんですね。そんなこと全然考えてなかった」
 セレナは、自分は選ばれて混沌の剣を手にしたわけではない、と言った。偶然剣を拾って、この力を正義のために役立てようと思って旅を始めたのだということを二人に語った。
「ちょっと自信がなくなっちゃいました。でも、私、平和を取り戻すために何かしたいんです。あの、私を仲間にしてもらえませんか」
「うん、いいよ。これから強くなろう」とウォンドは笑いかけた。そしてすぐに真剣な顔に戻って、
「それにしても生存者が全然いないなんて、辛いな」と言った。歩いているうちに、死体から目を逸らすのが上手くなっていた。
 諦めながらも、念のために生存者を探していると、長い髪の男が立っていた。白い剣を二本持っていた。
「白い剣」
 ウォンドは警戒する。男は、
「私は敵じゃない」と言った。「むしろ味方ってところかな」
「でも白い剣を持っているやつが襲ってきた」
 セレナの反論に男は頷いた。
「私も襲われた。もしかしたらこの純白の剣は持ち主を狂わせるのかもしれないね。どうだろう、私も君たちと一緒に行動させてくれないか。そしてもし私がこの純白の剣に心を乱された時は、私を殺してくれないか」
「本当に敵じゃないのか」
「みたいだ。そういうことなら一緒に来てくれ。腕も立ちそうだし」
 男はクラウンと名乗った。
引用なし
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第三話 その脚が踏みしめた時間
 スマッシュ  - 13/8/19(月) 22:31 -
  
 昔々、ある悪い貴族がいました。
 悪い貴族は人々からお金を騙し取り、多くの人を苦しめました。
 ある時、そんな悪い貴族をやっつけようと人々は立ち上がりました。
 貴族の娘は、願いを叶える不思議な石を持った王様のところへ行きました。
 このままでは父は殺されてしまいます。私の父はそれだけの恨みを買う行いをしてきました。しかしそれでも私にとってはあの人こそが父なのです。だから私はあの人の命を救いたいのです。
 王様は、貴族の娘の健気な姿に心を打たれ、不思議な石の力を使って真っ白な剣を作り、そしてこう言いました。
 君の願いが真っ直ぐ一つの色に輝き続けるのであれば、この純白の剣が君の想いに応えるだろう。
 貴族の娘は純白の剣を握り、父を倒そうとする人々と戦いました。
 純白の剣は彼女の真っ直ぐな心に応えて、彼女と彼女の父を見事に守ったのです。
 これがこの世界に伝わる、不思議な石と純白の剣の物語。

 混沌の石を盗んだ者はどこにいるのか。
 クラウンは、純白の剣を売りさばくつもりなら大きな町にいるだろう、と言った。
 その言葉の通りに、栄えている町へ行き情報を集めることにした。ついでに観光する雰囲気になり、買い物を楽しむことになった。
 ウォンドとセレナが服を見ている。男物の服である。セレナは一番彼が格好よくなる服を探しているようだった。それを女物の服の近くでクリスとクラウンが見ている。背がやけに高く、髪が長かったので、クラウンは不気味な女性に見えないこともなかった。
「服なんてどうでもいい、と思っているね」とクラウンが言った。
「別に、そうじゃないけど」
「叶わない恋と思っているのだろう」
 クリスは答えない。
「でも可能性はある。彼の恋人になる可能性は確かにある。だって君は女で、彼は男だ。男と女はつがいになれる。君の恋は叶う。それなのに、どうしてまだ叶わないなんて思っているのかな。諦め切れないくせに、どうしてあの女が彼にすり寄るのをじっと見ているだけなんだい」
「黙ってくれないか」
「それとも、私のものになるかい。私は君を大事にしてあげるよ。君が彼のことを想っているように」
 そう言ってクラウンはクリスの肩に触れた。クリスは身を離した。
「僕に触るな」
「奇跡は起こる。彼は君のことを見る。でもこのままだと彼はあの女のものになってしまうかもしれない」
 クリスはクラウンの顔を殴った。クラウンは大きくよろけたが、こらえた。
「お前なんかに何がわかる」
 そう言ったクリスの顔をクラウンは見下ろした。痛みさえ感じていないように平気な風に振る舞いながら、
「図星だって、あんたの拳が言ってるよ」と言った。
「ふざけるな」
 クリスはその場から逃げた。その様子をウォンドとセレナが見ていた。ウォンドがクラウンに近寄って、
「一体何したんだ」と聞いた。
「別に何もしちゃいないよ」
 そう言ってクラウンも一人で店を出て行った。ウォンドとセレナは買い物を続けるかどうか少し迷って、追いかけようとしたが、クラウンの姿も見当たらなくなっていた。

「困ったな」
「人に聞いた方がいいかも」とセレナが言った。
「そうだな。あの、すみません」
 適当な女性に声をかける。大人しそうな女性であった。車椅子に買った食べ物を乗せていた。
「知り合いとはぐれてしまって、探しているんですけど、剣を持った女の子と男を見ませんでしたか。男の方は背が高くて髪も長くて、目立つと思うんですけど」
「さあ、ごめんなさい。あの、私もいいですか」
「え、何でしょう」
「私も人を探していて。グランドって言って、優しい顔をしていて、実際に優しいんですけど」
「ううん、ごめんなさい、心当たりないです」
「そうですか。あの人、ついこないだまで脚が動かなくて。それなのに一ヶ月くらい前に、急に動くようになって、それで一人で出歩くようになってしまって、心配なんです」
「それは確かに心配だ。じゃあ、一緒に探しましょうよ」
「はい。お願いします」

 茶色い服の温厚そうな男がクリスを呼び止めた。
「もしかしてその剣、混沌の剣ですか?」
「ええ、まあ、そうですけど」
「そうですか」
 男の腰には純白の剣があった。
「なら、あなたはここで死ぬことになります」
 クリスは慌てて飛び退いて距離を取った。剣を抜く。それを見てから男はゆっくりと剣を構えた。
「あなたも正気を失っているのか」
「おそらく正気です。あなたには願いはないのですか?」
「願いって」
「誰かを敵に回しても得たいもののことです」
 男は言い終えると、素早く切りかかった。既に戦闘の雰囲気である。クリスは必死に距離を取ろうとする。男の攻撃の激しさを受け切る自信がなかった。反撃してこないのをいいことに、男は追うのをやめて、体勢を整える。そうして再び鋭い攻撃をしようというつもりであった。
「あなたにはあるのか。そういう、願いが」
「そう。そうさ。俺は、願った」
 再び殺意が飛んでくる。クリスは同等の殺意で襲いかかる術を知らない。そのために攻撃を受けるだけで精一杯になる。しかしながら傷つけられることなく、クリスは剣を構えていた。男は再び体勢を整える。今度は疲労のためだ。
「願いを叶えるためだからって、僕とあなたが戦わなくちゃいけない理由が、僕にはわからない」
「願いは叶ったよ。だけど願いというのは叶ったところで終わりじゃない。ずっと願いの続きを守らなきゃいけないんです。だから、あなたは敵だ」
 男がまた攻撃をしかける。
 騒動の噂を聞きつけて、ウォンドたちは二人が戦っている現場にやって来た。
「グランド」と女が言った。
 その声を聞いて、男の攻撃が止まる。
「アイビイ?」
 その隙を見て、白い斬撃が男の剣を弾いた。クラウンであった。
「大丈夫か」
「え、ああ、うん」
 弾かれた剣が刃の方から地面に当たり、その衝撃で折れた。するとグランドと呼ばれた男が急に倒れた。アイビイと呼ばれた女が彼の名を呼びながら駆け寄る。グランドは生きていた。しかし脚が動かなくなっているらしかった。
「ほらな。願いは叶ったところで終わりじゃないんだ」と男はクリスに向けて言った。

 グランドはアイビイの車椅子に乗せられていた。一ヶ月前の二人もこのようにしていた。
「脚が動かないっていうのは、不便なんだ」
「うん」
「でもそれは自分で歩けないからではないんだと、俺は思う」
「それって?」
「こうやって車椅子に座って見る景色は、皆の見る景色より低い景色なんだ。それが俺には、孤独の象徴に見える。俺だけ別の世界にいるような、そんな感じがするんだ」
 女は何も言わず、車椅子を押していた。
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第四話 正義が貫いた願い
 スマッシュ  - 13/8/19(月) 22:37 -
  
 昔々あるところに二人の男の子とチャオがいました。
 チャオは二人の中の一人のことが大好きで、もう一人にはあまり懐きませんでした。
 あまり懐いてもらえない男の子は嫌われているのではないかと思いました。
 しかしもう一人の男の子はきっと大丈夫と言って、男の子とチャオを遊ばせました。
 そうして二人とチャオは一緒に遊んでいたのです。
 これは、混沌の石の物語の、もう一つの場面。


 混沌の石を盗んだ者は見つからず、また次の町に向かっている。
 クリスとクラウンは和解したようであった。結果的にクラウンがクリスを助けた形になったため、ぎすぎすした雰囲気のままではいられなくなったためであった。
 そして今度はウォンドが落ち込んでいる。リーダーとしての役割を果たせていないと落ち込んでいるのであった。
 それを不安そうに見守るクリスとセレナ。そしてクリスをじっと見ているクラウン。
 動いたのはセレナだった。ウォンドの隣に腰かける。
「どうしたの」
「いや、なんでもない」
「そんなわけないでしょ。いつも明るいのに」
「会ったばかりだからわからないかもしれないけどな、いつもこうなんだ」
「嘘だ。落ち込んでるんでしょ」
「まあ、な」
「どうしてなの。聞かせてよ」
「この前、トラブルが起きただろ。トラブルが起きるってことは、俺が上手くやれてないからってことだろ。だから責任を感じてるんだ」
 そう言うと、セレナは笑った。
「ウォンドのせいじゃないよ」
「いや、俺のせいだよ」
「ううん、違うよ。ウォンドは凄いもん。ちゃんとやってる」
 ウォンドは黙ってしまう。すると今度はセレナが、
「私、この剣を拾った時、嬉しかったんだ。これで正しいことができるって。いつも自分のやってることが本当に人の役に立ってるか自信なかった」と打ち明け始めた。
「でもこの剣を持って、混沌の石を取り戻せば、私は正義の味方になれるって思った。だから旅をしている間、私は自分のやってることは間違ってないって自信が持てる。いざ戦いになると全然駄目で、そういうところではちょっと自信無くしちゃうけど。でも、そんな私から見たら、ウォンドは私のこと助けてくれたし、ウォンドは本当の正義の味方だと思う。だから自信持って」
「正義の味方、か」
「そう。英雄だよ、ウォンドは。だから大丈夫」
「ありがとう。ちょっと自信出てきた」

 町に着いた夜。
 少しでも役に立ちたいと思っているセレナが宿の外で素振りをしていた。混沌の剣の力で常人離れした動きをすることはできるのだが、それでもウォンドと比べると数段劣っている。セレナはひたすらに人間を超えた力に体を慣らそうと剣を振っていた。
「混沌の剣が様々な色を見せるのは、様々なものをその内に宿しているからだ。喜びもあれば悲しみもある。何もかもある。それが混沌なのだ」
 男がセレナに言った。セレナは素振りをやめる。
「あなたは?」
「混沌の石を持つ者」
 セレナは剣を構えた。
「あなたが混沌の石を盗んだ犯人」
「混沌の剣を使いこなすには、混沌の剣との相性がよくなくてはならない。混沌を目前にする素質とでも言うのだろうか、そういうものが、君には無いのかもしれないね」
「だから何だって言うの。私はあなたを倒す」
「その剣は君の心に応えてくれない」
 セレナが切りかかる。混沌の石を盗んだ男はそれを避ける。
「ウォンドという男のことを君は好いているようだね。彼を自分のものにしたいと思わないか」
「あなたには関係ない」
「だがしかし、君の恋心にこの純白の剣は応えてくれるだろう」
 男は混沌の石から純白の剣を生み出した。
「そして君も、純白になるといい」
 混沌の石が真っ白なドレスを生み出す。セレナはそのドレスに包まれた。

 朝、白いドレスを着たセレナがクリスに襲いかかった。
「どうして」
 慌ててクリスは剣を抜く。
「あなたが女だから」
 セレナの動きは段違いであった。クリスには太刀打ちできそうになく、やはり受け止めるのが限界であった。戦いの音を聞いて、ウォンドとクラウンが駆け寄る。
「一体どうなってるんだ」とウォンドが言った。
「わからない」
「純白の剣だ」とクラウンが言った。「あの純白の剣が彼女を狂わせているんだ」
「あの剣を壊せばいいのか」
「たぶん、そう」
「わかった」
 ウォンドが二人の間に割って入る。
「どいて、ウォンド」
「セレナ、俺は君を守るよ」
 ウォンドの振るう光がセレナの純白の剣を射抜いた。剣は空中で二つに折れた。そして倒れそうになったセレナを、ウォンドは支える。
「ごめんなさい」
 正気を取り戻したセレナが小さな声で言った。
「大丈夫。君のことは俺が守ってみせるから」
 そう言ってウォンドは強く抱き締めた。
「大丈夫なんだよ、セレナ」とそれを見ているクリスが呟いた。
引用なし
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最終話 純白
 スマッシュ  - 13/8/19(月) 22:45 -
  
 昔々、あるところに男の子とチャオがいました。
 チャオは男の子の気持ちがわかりました。
 チャオは自分の気持ちもわかりました。
 だからチャオは旅に出ました。
 そうする他にできることがなかったのです。
 それは、混沌の石の物語の、その一つの場面。


 セレナが純白の剣を与えられたことで、混沌の石を盗んだ者の拠点が近くにあることがわかった。
 それとは別に、セレナは町である噂を聞いていた。
 混沌の石を盗んだ集団の中に黒いチャオがいた、という噂。そのチャオはクロウという名前で、そのチャオがリーダー的存在であったという噂。
 それは笑い話のようであったが、ウォンドに話すと顔色を変えた。
「そのチャオ、幼い頃、よく遊んだチャオと一緒だ。黒くて、名前はクロウ」とウォンドは言った。
「え、でも、どうして」
「わからない。でも、そうか。それならこれは運命だったのかもな。クリスが選ばれたのも、あいつと遊んだことがあったからなのかもしれない」
「そっか、幼馴染だもんね」
「ああ。だとすると、あいつもいるのかな」
「あいつ?」
「そのクロウが一番懐いてたやつ。いつも一緒に遊んでた」
 ウォンドは、噂のことをクリスには話さないでおこうと思った。知っているチャオが犯行にかかわっているというのは、大きなものではないにしても、ショックなことに変わりはなかった。それなら本当に幼い頃遊んだチャオだと確定するまでは話さなくていいだろうと思った。
「そういえば、あのチャオ、いつの間にか姿を消してたんだよな」

 ウォンドたちの泊まっている宿に、町の地図が届いた。そしてある建物のところに印が書かれていて、混沌の剣を持つ者を待つ、とその傍に書いてあった。
「ここが拠点ってことでいいんだろうか」
 地図を見ながらウォンドは言った。
「罠って可能性もあるかも。拠点として使ってはいたけど、私たちの罠にはめるために使って、本人はもう逃げている、とか」
「でもこれ以外に手がかりがないからな。俺としては、行ってみたい」
「ウォンドがそう言うなら、付いていくよ」
 クリスとクラウンも頷いた。

 印の書かれた建物には、誰もいなかった。
「やっぱり罠か。もう逃げられたかな」
「どうにかして足取り追えないかな」とセレナが言う。
「そうでもないさ」
 そうクラウンが言った。三人はクラウンを見る。
「何かあったのか?」
「純白の剣をいくつ用意しても無駄のようだ。だから君たちの旅は私が終わらせる」
 クラウンは純白の剣を抜く。そして右手で持った剣をウォンドに向けた。
「お前、正気を失ったのか」
「違うよ」
 クラウンは左の手で混沌の石を持ち、三人に見せた。
「私がこれを盗んだんだ」
「クロウ」とクリスが言った。
 三人はその名前を聞いて、驚いた。クラウンだけは、目を見開いて、感心している驚きであった。
「いつ、気付いた。私がクロウだって」
「お前がクロウだって?」
 ウォンドを無視してクリスは答える。
「君がこんな姿をしているとは思わなかったけど、クロウが犯人だって気付いたのは、僕がこんなことになった時だ。混沌の石の力で、僕を変えたんだろう。そんなことをするのは、クロウしかいない」
「そうか。私のことを、わかっていてくれてたんだね」
「でも僕はこんなこと望んじゃいない」
 クリスは混沌の剣でクラウンを突き刺そうとした。しかしクラウンは純白の剣でそれを弾く。クリスの剣が宙を舞った。
「君の剣はそれじゃない」
 クラウンはまだ抜いていなかった純白の剣を持った。
「この純白の剣が君の剣だ」
 そう言って、純白の剣をクリスの前に投げる。
「君の叶うはずのなかった恋を叶えるために生まれた剣が、その純白の剣だ。そして私の純白の剣もまた、私の叶うはずのなかった恋を叶えるための物なんだ」
「そう。君は僕のことを。だけど今の僕の願いは」
 純白の剣をクリスは握る。そして純白の剣はクリスに応え、力を与える。突進し、剣を突き立てる。クラウンは避けることができなかった。剣は混沌の石に突き立てられ、石はクラウンの手から離れた。
「全てを元に戻してほしいんだ」
「でも、それだとクリス、君の想いは」
「いいんだよ、これで」
「そんなの悲しいじゃないか」
「知ってるよ、そんなことは。でも、これが自然なんだ」
 クラウンは徐々に黒いチャオに戻っていく。そしてクリスの骨格も徐々に変わっていった。
 低くなった声でクリスはウォンドに言う。
「こんな恋心、君は知らなくてよかったんだ」
引用なし
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スマッシュへの感想、書け
 スマッシュ  - 13/8/19(月) 22:52 -
  
書け!書け!!
感想書け!
スレ立てた冬きゅんも感想書いてくれー

Crisscrossの反省
・最小限、コンパクトにまとめてみた。これはこれで成立している気がする。
・でも省略しすぎて、あのアニメっぽくなっちゃった。長くすれば自分の味が出るからそれはそれとしたい。
・サブタイトル頑張った!サブタイトルはあのアニメっぽくはあまりならなかったかな?
・初めの「昔々」みたいなところで色々説明できるのって便利ね。だけど使うならゲームとかこういう短編かな。長編でこれは無理があるね。
・異性の幼馴染って条件で、異性に固定されて、女の子同士にできなくて残念><
・同じく条件のことだけど、感情の流れを固定するような条件がいくつかあって、それで自由に羽ばたくことができなくてきつかったです。
・戦闘シーンってやっぱ書くの辛いね
・やっぱ小説は会話の作品なのかなって気がしています。人と人の会話。だから今回会話超多め。

冬きゅんの自分の冒険早く見たいんですけど!
そのためにツリーを上げたくて、書きました!
引用なし
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神様の祈り 第一話 空からの旅立ち
 ダーク  - 13/11/1(金) 23:02 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様は純粋な心とたくましい力を持ち、神様自身と同じ種族である“チャオの幸せ”を何よりも願っていました。
 そんな神様にも、ひとつ悩みがありました。
 神様と特別親しい“神の子たち”と呼ばれる子の中に、空を飛ぶことができないと悩む子がいたのです。
 神様はその子をひどく気の毒に思い、彼が空を飛べるように、と祈ったのでした……。


 今日も空を飛べなかった。ベッドからもう星が数え切れないくらいに出てしまった空を見て、僕はそう思った。
 どうして人は空を飛べないのだろう。人は走ることも泳ぐことも、はたまた崖を上ることもできるというのに、空だけ飛べないのは変な気がした。これだけのことができるのなら、無根拠に空を飛べたっていいだろう。そんなことを思っては、僕はいつも外に出ると人目のない場所を見つけて空を飛ぼうとしてみる。当然飛べるはずはなく、跳ねたり爪先立ちしたりするだけで終わってしまう。人がそれを滑稽と見るのはわかってるのだけど、夜にベッドの中で思い浮かぶのは自然に空を飛ぶ自分だった。そのイメージを頭に浮かべながら空を飛ぼうとすれば、いつか本当に飛べると信じていた。それからはもう十五年も経っていた。
 その中で、僕が飛ぼうとする姿を人に見られたことが二度だけあった。一度目は、まだ空を飛べると思い始めた頃に、家の前で人目を警戒しないで飛ぼうとしていたところを近所に住む幼馴染のエイリオに見られたのだ。エイリオは間抜けな僕の姿を見て大笑いをした。僕は怒って、
「空を飛ぼうとしてただけなのに!」と言ったら、
「人はお空を飛べないんだよー」と返され、僕はとてつもなく恥ずかしい思いをしたのだった。子供ながらに、女の子にばかにされるのは嫌だったのだ。でも僕は未だに思う。夢を叶えようとすることの何がいけないのだ。
 それから僕は絶対に人目につかないように、空を飛ぼうとしているのだった。だがそれでも結局、二度目はやってきた。これは割と最近の話だ。僕の家は森の中にある。その森の中には、木が生えておらず芝生だけが生い茂っている空間があって、僕はいつもそこで飛ぼうと試みている。その日も僕はそこで飛ぼうとしていた。一瞬バイクの音が聞こえてそちらの方向を見ると、バイクを押して歩いてくる人がいた。僕は音に気づいたときには飛ぼうとするのをやめていたのだけど、彼には僕の飛ぼうとしていた姿が見えていたようで、
「空を飛ぼうとしてるのか?」
 と言った。僕は赤面し、何と言っていいのか悩んでいると彼は、
「そんな恥ずかしがることじゃないぜ。夢を叶えようとすることの何がいけないんだ」と言った。その言葉に僕はただ衝撃を受けた。初めて自分以外に僕の夢を肯定してくれる人が現れたのだ。
「それに、俺だって人目を気にせず自分の足で走り回ったりするんだぜ。バイクよりも早く走れる気がしてな」
 その人は余裕のある笑みを見せながらさらりと言った。僕はその人との絶対的な差のようなものを感じて、何も言えずにいた。
「邪魔して悪かったな。仕事に戻るよ、じゃあな」
 そういうとその人はバイクを押して走っていき、道にバイクを走らせた。その時にバイクについているエンブレムが見えて、あれ、と思って少し考えると、それが国の調査兵のものであることを思い出した。調査兵の中にはソニップという有名な人がいて、色々な場所をバイクで駆け回っているらしい。僕と大して変わらない年齢でありながら調査兵機動隊の隊長で、人当たりがいいらしい。僕は彼のことを詳しくは知らないのだけど、多分今の人がソニップさんなのだろうと僕は思った。そのあと奮起してまた空を飛ぼうとしてもよかったと思うのだけど、自分が肯定されたのが気恥ずかったのと、むしろソニップさんとの態度の差に脱力してしまい、その日は家に帰ってしまった。
 それからも僕は人目につかないように空を飛ぼうとしている。人に見られるとばかにされるというのはきっと事実であって、やっぱり僕はソニップさんのように恐れ知らずにはなれなかった。でもソニップさんだけになら見られてもいいかな、と思って、ソニップさんに見られた日以上の警戒はしていない。ソニップさんが姿を見せたのはあの日だけだったし、この辺りをたまたま調査しに来ただけなのかもしれないから警戒を解く必要はないのだけど、それでも少し警戒が緩むのは他人に僕の夢を示したい気持ちが少しでもあるからだった。
 もう一度僕は夜空を見て、まだ今日を諦めるのは早いと思った。夜になったからといって空を飛べなくなったわけじゃない。僕は夜空の中を飛んでいる自分をはっきりとイメージできる。そして、いつもそれと同時に思い浮かぶのは、水色のもやもやとしたシルエットと緑色の目。そんなものは知らないはずなのに、どこか懐かしくて、心が安らぐ。そんな安心感の中、僕は今日も夢の中へ沈んでいった。


 ソニップさんと再会したのは、隣町で殺人鬼が現れた次の日だった。湿った空気の、曇った日だった。ソニップさんは調査兵を何人も連れて、近辺の住民に避難を促しにやってきていた。普通殺人が起きたくらいでは避難なんてするはずがないのだけど、今回の殺人は規模が違った。被害者は数百人にのぼり、被害者全員が死亡している。目撃者はなし。見境なしに、でも確実に人を殺す、今までテレビで報じられたような殺人とは次元が違う殺人であった。隣町では被害に遭わなかった人がいくつかの施設にまとめられ、そこには国の兵が配備された。近隣の町でも同じように、住民は施設に集められた。だから、そのためにソニップさんは僕の家へと足を運んだのだと思った。でもソニップさんは僕に向かって、
「少し家の中で待っていてくれ」
 と言って、他の住民の避難の誘導をしにいってしまった。明らかにその行動は不自然だったし、この後普通じゃないことが起きると思わざるを得なかった。仕方なく椅子に座って机の上を眺めていると家のドアが開く音がして、びくりとそちらを向いた。しかしそこにいたのはソニップさんではなくエイリオであった。エイリオも僕の同じなのか、と緊張のような安心のような奇妙な心持ちになった。エイリオは「なんで」と言って、僕に近づいてきた。エイリオの次の言葉を待つまでもなく、エイリオは喋り始めた。
「さっき、ナイチュの家にソニップさんが入っていくのが見えたのに、家から出てきたのがソニップさんだけだったから心配になって来たんだ。何で避難しないの」
 捲くし立てるように喋るエイリオを落ち着けて、近くの椅子に座らせた。僕も落ち着いてはいなかったけど、興奮気味のエイリオを客観的に見たということと、あの人がやっぱりソニップさんだったんだという、別の発見があったせいで少し落ち着くことができた。
「僕は少し待っていてくれって言われた。それよりエイリオの家には兵士は来なかったの?」
「ウチに兵士が来る前にソニップさんがナイチュの家から出てきたから、上手く兵士の目を避けてここに来たんだよ」
 僕はその言葉を聞いて、言葉に詰まった。僕が異常な事態に陥っているのはわかるけど、エイリオは違う。本来なら兵士に誘導されて避難していたはずだ。兵士にエイリオがまだ避難していないことを伝えて、誘導してもらうべきだ。でも、僕は何も言い出せない。エイリオに傍にいてほしかった。
 ドアがまた開いて、今度こそソニップさんが現れた。ソニップさんはエイリオの姿を見て、明らかに驚いた表情をした。でもソニップさんはすぐにいつも通りのどこか余裕のある表情になって、
「丁度よかった。ナイチュとエイリオに話したいことがあるんだ」と言った。
 僕は驚いた。エイリオも驚いていた。僕だけではなく、エイリオも既に巻き込まれてしまっていたのだ。
「簡単に話そう。俺たち調査兵機動隊のところに、殺人鬼からメモが届いた。そこに書いてあったのは『ナイチュ・フライズとエイリオ・スイミーをサンシティ経由でムーンシティに向かわせろ。』だ。一応聞くが、心当たりはあるか?」
 僕たちは首を横に振った。殺人鬼が僕たちのことを知っているというのは、恐怖でしかなかった。僕には通り魔と僕たちの間にあるものが何なのか、まったくわからなかった。理由はわからないが、僕たちが個人的に命を狙われている可能性だって低くなかった。
「だよな。そんな怪しいところがあるようには見えない。俺たちにも今回の事件はわからないことが多い。そこで、本当に悪いんだが二人にも協力してほしいんだ。サンシティ経由でムーンシティまで行ってきてほしい。今手がかりになるものはメモだけで、キーはナイチュとエイリオしかいないんだ。もちろん、サンシティもムーンシティも避難が行われているから、兵士たちもいる。二人の近くに自衛兵もつける。そこには俺も入る」
 俺も入る、その言葉に少し惹かれた。何でなのかわからないけど、ソニップさんを見ていると安心する。軽い調子で話しているように見えるけど、信頼できる。ソニップさんが一緒にいる中で、僕たちがムーンシティまで行くだけで事件が解決するのなら、引き受けても良いと思えた。それに、ちょっとした冒険心も湧いてきた。でも僕の冒険心にエイリオを巻き込むわけにはいかない。
「エイリオ、僕が一人で行くよ。一人といっても、兵士の人もいるんだけど」
「いや、あたしも行く。一人で残されるほうが不安だし、ナイチュが心配だよ」
 そんなことを改めて言われると、恥ずかしかった。でも、嬉しかった。そして断る理由はなくなった。
「よろしくお願いします」
引用なし
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神様の祈り 第二話 ブラックアウト
 ダーク  - 13/11/1(金) 23:44 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様はチャオたちに危機が迫っていることに気づいていました。
 このままではチャオたちがいなくなってしまうことも、わかっていました。
 それは神様にとって、とても悲しいことです。
 何よりも、あの子が飛ぶ姿が見られなくなるなんて信じたくありませんでした。
 神様は神の子たちを集め、危機を打開しようとしたのでした……。


 ソニップさんに連れられてきたのは、町役場の会議室であった。そこには自衛兵たち、つまり僕たちの護衛をしてくれる人たちがいた。僕たちが入った扉の方から奥へと伸びる大きな長テーブルがひとつあって、長テーブルを囲うように椅子があり、そこに全然知らない人たちが座っていた。僕たちはこの知らない人たちに命を預けるのだ。不思議と心強かった。無根拠に、すべてを守ることのできる無敵集団のように見えた。部屋に張り詰めた緊張感は、彼らの実力が持つ一面だと思った。
「君たちがナイチュ君とエイリオさんか。よろしくな」
 中でも一番前に座っている、僕たちの一番近くにいる兵士が立ち上がって挨拶をした。細身のように見えるが、鎧に通された腕は太く、たくましかった。五十代くらいの年齢に見えた。どこかリーダーのような風格を感じた。そのまま握手でもするのかと思ったけど、彼はそのまま座ってしまったので、僕は返事をするタイミングを見失ってしまった。
 エイリオは少し怖がっているようだった。僕はどちらかと言うと、まだ彼らのことが分からないし、どう反応していいのかもわからなかった。僕たちが何も言わずにいると、ソニップさんが、
「じゃあ、みんな。改めてよろしくな。調査兵機動隊隊長のソニップだ。今回は俺が指揮を取らせてもらう。もちろん、責任も俺が全部取る。ということで、そろそろ行こうか」と言った。
 もう出発なのか。いや、でもしょうがないか。先に動かれて、犠牲者が大量に出るのは避けたいのだ。僕たちも、一刻も早く動かなくてはいけないのだ。
 それにしても、ソニップさんが言った、責任も俺が全部取る、という言葉が気になった。取ってつけたような響きを感じた。でも、ただの気にしすぎのような気もした。今は平常心ではないし、状況も普通ではない。何を不自然に感じてもおかしくない。とにかく、僕たちはソニップさんや自衛兵に任せておけばいいのだ。
 そういえば、ソニップさんが自衛兵の中にいるのはおかしい。ソニップさんは調査兵のはずだ。そのことを自衛兵の一人に尋ねると、どうやらソニップさんは元々自衛兵特攻隊に所属していたが、本人の希望で調査兵機動隊に移ったらしい。自衛兵時代は敵なしと言ってもいいくらい剣の腕が達者だっだそうだ。調査兵になってからはこの辺りをよく調査するのでこの辺りの地理にも詳しく、剣の腕も立つということで、ソニップさんが適任なのだそうだ。
 そうして僕たちは出発した。向かうはサンシティだ。サンシティに向かうには、僕の家がある森を抜けなくてはならない。森の中に作られた道は細く、とても車で通れそうはない。バイクなら通ることができるが、そもそも僕たちは車もバイクも運転ができない。ソニップさんが運転するバイクに乗るという案も出たが、殺人鬼に指定された人間は僕とエイリオだけなので、表立って兵士が共に行動するのは良くないとソニップさんが判断し、却下された。早めに着かなければいけないが、サンシティがそれほど遠い場所にないということから結局徒歩で向かうことになった。
 いつもよりも静かな気がする森の中をエイリオと並んで歩く。僕たちの足音だけが聞こえる。森の中をエイリオと二人で歩くことは珍しいことではなかった。町へ出かけるときは、いつもそうだ。今日も、いつもと同じように歩いている。いつもとあまり変わらないな、と思いながらも少し緊張感を覚えて、まるで遠足みたいだ、とも思う。
「なんか普通に遊びに行くみたいだね」
 とエイリオが言う。僕もいつもと同じように「ね」と返すと、なんだか白々しく聞こえた。エイリオもそう聞こえたのか、それから黙ってしまった。エイリオの口を封じてしまったみたいで、悲しかった。エイリオにはいつもと同じように喋っていてほしかった。
 僕の家とエイリオの家が見えた。エイリオが家の方を見ながら歩いているのを、僕は見ていた。エイリオの長い後ろ髪が、無言で僕を見つめていた。通り過ぎると、またエイリオは前を向いて歩いた。そのまま少し歩くと、僕がいつも飛ぼうと試みている場所が見えた。少しの間、この場所ともお別れだ。夢を見ている場合ではないのだ。僕たちの周りの森の中を兵士たちが隠れて歩いている。これが現実だ。
 森を抜けると民家や施設が立ち並ぶ道へと出た。ここからがサンシティだ。サンシティ自体には用がないが、通る町を指定されたということはここで何が起こってもおかしくないということだ。僕たちは周りを警戒しながら歩いた。町にはたくさんの兵士たちが見回りにあたっていたので、それにまぎれるように僕たちの護衛の兵も表立って動く。ただ、僕たちから遠すぎず、近すぎずの距離で、だ。
 周りを見ながら歩いていると、家と家の間にある塀の上で何かが動くのが見えた。立ち止まってそこを見ると、女の子がいた。なぜこんなところにいるのだろう。
「早く避難しないと危ないよ」
 僕はそう言って塀に登ろうとした。すると、誰かが走ってくる音が聞こえて僕は咄嗟に振り向いた。護衛の兵だった。自衛兵の部屋で挨拶をした、リーダーの風格を持つ兵士だった。彼は僕の目を見ながら、すごい勢いで走ってきていた。僕はその勢いに驚き、動きを止めた。
「どうした!」
 彼は声を張り上げた。僕はかろうじて「女の子が」と声を漏らすと、すっと塀の上に飛び乗り、女の子の手を引いて出てきた。彼はそのまま女の子を連れて、ソニップさんのところへと行き、そのあと町の中へ歩いていった。僕もエイリオも唖然とした表情で彼の歩いていくほうを見ていた。するとソニップさんが僕たちのところへやってきた。
「ありがとな。あの子はちゃんと避難させたからな。また何か見かけたら俺たちに言ってくれ」 
 ソニップさんはそう言って、また僕たちから少し離れたところに行った。ソニップさんに話しかけられて、僕たちは少し落ち着きを取り戻した。あれが兵士というものなのか、と僕は思った。正義という言葉が思い浮かんだ。正義を貫こうとする意志が、あの気迫を生み出す。いや、違う。分析なんかより、この直感のほうが遥かに説得力がある。彼が走ってくるときの目には間違いなく敵意が宿っていた。僕の体に残る恐怖がそれを証明していた。そうだ、殺人鬼に指名されておいて、殺人鬼とまったく関係を持っていないなんて、常識的に考えてみればおかしな話だった。僕たちが殺人鬼の仲間であるという可能性に、国が行き着かないはずなんてなかった。兵士たちの任務は、状況次第で護衛にも監視にもなるのだ。
 ソニップさんを見る。ソニップさんは無線機で誰かと話をしているようだった。ソニップさんも、僕たちを監視する義務があるのだ。今まさに、僕たちの動向について話しているのかもしれない。僕はソニップさんを信頼したい。でも、ソニップさんが僕を信頼していないのかと思うと、僕は虚しく思うだけだった。ふっとソニップさんが僕たちの方を見た。緊張して、動けなくなる。そんなこともお構いなしに、ソニップさんは僕たちのところへ駆け寄り、兵士たちを集めた。
「サンホールに殺人鬼がいるらしい。サンホールに避難してきた人がほとんど殺されたそうだ。サンホールに配備された兵士もだ。今、ポール隊長が交戦を始めた。俺も応援に行く。お前らも後からでいいから着いて来い、ナイチュとエイリオは絶対に守れよ」
 ソニップさんはそう言うと駆け出した。ナイチュとエイリオは絶対に守れよ。ああ、ソニップさんはやっぱり、信頼に値する人だ。ただ、嬉しかった。凄まじいスピードで遠ざかっていくソニップさんの背中を、僕たちは追いかけた。


 サンホールには昔、エイリオや友達とバドミントンをしにきたことがある。入ってすぐに受付があって、周りの壁や柱の白が綺麗なのだ。メインホールは体育館のようなもので、バスケットゴールやバドミントンのコートがある。サンホールには他にもトレーニングルーム、道場、憩いの部屋と呼ばれる談笑のための部屋などがある。サンシティの人が避難しているのはメインホールだろう。サンホールに着いた僕たちはメインホールの入り口である両開きの白い扉を開いた。目に飛び込んできたのは、血の赤であった。たくさんの人が血を流して倒れていた。その中に、ソニップさんと女の子が立っていた。あの塀の上にいた女の子だ。女の子は泣きながらも、ソニップさんの話にしっかりと答えるように見えた。ソニップさんは女の子を撫でると、こちらを向いた。話が終わったようだ。
「やられた。ポール隊長も」
 ソニップさんが視線を向けた先に、先ほど女の子を避難させたリーダーの風格を持つ兵士が倒れていた。やはり彼は隊長だった。隊長というくらいだから、強いのだろう。でも、殺されてしまった。彼の死体からは、なんとも言えない絶望感が漂っていた。
「マッスレが、やってくれる」
 女の子が口を開いた。まだ十二、三歳くらいに見えるが、幼さを感じさせない力強い口調だった。
「殺人鬼はマッスレと言う男に追われて、逃げたらしい。俺がここに着く直前のことだったそうだ。俺はそのどちらともすれ違っていない。だから、二人ともまだサンホールの中にいる」
 ソニップさんはそう言うと、護衛の兵士たちをサンホールの出入り口に配備した。
「相手はかなり異常だ。絶対に気を抜くな」と護衛の兵士たちに言うと、今度は僕たちの方を向いた。「行くぞ、絶対にはぐれるな」
「この子は」と僕が言う。
「君もついてきてくれ、俺が守る」とソニップさんは女の子に言った。
「ナイリオ」と女の子は不機嫌そうに言った。
「そうか、ナイリオちゃん、いいか?」
「呼び捨てでいい」
「わかった、ナイリオ。行くぞ」
 ソニップさんは僕たちと、ナイリオという女の子を連れて、走って廊下に出た。静かな廊下に僕たちの走る音だけが響いた。今度はソニップさんが一人で走っていくことはなく、僕たちの速さに合わせて走っていた。おそらく実力者であったポール隊長が殺された以上、他の人間にとって頼れる人物がソニップさんしかいないからだ。その点、出入り口に護衛の兵士たちを配備したのは意味がなさそうだったが、あるいはソニップさんがここで殺人鬼を完全に仕留めようとしているのかもしれない。
 様々な部屋のドアを開けたが、殺人鬼もマッスレという人もいなかった。なんとなく小部屋にはいない気がした。廊下を進み続けると、何かの音が聞こえ始めた。どん、どん、と重い音だ。体育館の床を裸足で動き回るときの音に似ていた。メインホールか? でも、走った距離からしてここはメインホールから離れている。そんなことを思いながら走っていると、ドアが開きっぱなしになっている部屋があり、はっとした。道場だ。そうか、道場の床も同じような音がする。
「気をつけろ」
 ソニップさんが言い、道場の入り口から中を覗く。僕もそれに倣って、こっそりと覗いた。中には筋肉質な男と、後姿ではあるが血塗れの黒いマントを羽織って、さらに血塗れの黒いフードを被った明らかに異様な人物がいた。筋肉質な男がマッスレという人だろう。そして、あの異様な服装をしているのが殺人鬼だ。二人は腕と足を使って牽制し合っている。格闘技の試合を見ているようだった。近くの床に、刃渡りの長い血塗れのナイフが落ちていた。血塗れのナイフの毒々しさは、例えようがなかった。緊張が体を支配する。
 殺人鬼がマッスレさんに殴りかかった。凄まじい速さの右フックだった。だがマッスレさんの反応も速く、顔を少し引いてフックを避けたようだった。そのままマッスレさんは大きく下がって距離を取った。そして余裕の笑みを見せ、一息ついた。
「スレスレだったぜ」
 そんな言葉とは裏腹に、余裕の表情で殺人鬼に近づいていく。殺人鬼はマッスレさんを中心に回り込むように反対側へ移動していく。殺人鬼の顔がようやく見えたが、殺人鬼はマスクにサングラスも身につけていた。それもまた異様であったが、それ以上に状況が異様だった。たくさんの人や自衛兵の隊長をも殺し、見た目もまた異様な殺人鬼を、おそらくは一般人であろう人が追い込んでいる。これほどまでに大きな事件であったのに、終わりはもう目の前に見えていた。
「終わりだ」
 そう言ったのは、ソニップさんだった。淡々と道場へ入って行き、僕たちもそれに続く。マッスレさんが驚いてこちらを見た。殺人鬼も黙ってこちらを見ている。ソニップさんを含め、僕たちはマッスレさんの横に並んだ。マッスレさんは状況が飲み込めたようで、また殺人鬼の方を向いた。殺人鬼が、完全に追い込まれた。
「もう一度言おうか? 終わりだ。諦めろ」とソニップさんが言う。殺人鬼は動かない。じっと、僕たちを眺めているように見えた。
 しばらく動かないので、ソニップさんは痺れを切らしたのか、殺人鬼に近づこうと一歩前に出た。すると、殺人鬼は突然マスクを捨てた。
「終わりじゃない」
 殺人鬼が喋った。驚く間もなく、殺人鬼はフードを外し、サングラスを捨てた。セミロングの髪、丸みのある輪郭、美しい顔。殺人鬼は、女だった。
 辺りを不思議な雰囲気が包んだ。ソニップさん、マッスレさん、エイリオ、ナイリオ、僕、そして殺人鬼の女。緊張感に包まれていた部屋が、ここにいる人間によって違う色で塗り潰された。その色は、平和を連想させた。きっとここにいる誰もが、それを感じていた。
 殺人鬼の目が、潤んだように見えた。それも一瞬、殺人鬼が自分の後ろにあった窓ガラスを突き破って逃げた。少し遅れて、ソニップさんが窓を開けて外に飛び出した。でも、それと同じくらいのときにバイクのエンジン音が聞こえ、それは遠ざかっていった。そういえば、この道場の裏の辺りには駐輪場があった。殺人鬼は、逃げることになる可能性も考えて、駐輪場にバイクを置いていたのか。ただの狂気に溺れた殺人鬼ではないようだ。
 ソニップさんがまた開いた窓から道場に入ってきた。悔しさが滲み出た表情だった。
 ソニップさんは僕たちに怪我がないのを確認してから、マッスレさんとナイリオから殺人鬼が現れたときの状況を聞いた。
 殺人鬼はポール隊長がナイリオをサンホールのメインホールに連れて行った直後にメインホールに入ってきた。ポール隊長はすぐに気がつき警戒したが、あっという間に刃物で首を斬られて倒れた。そのまま殺人鬼は駆けながらメインホールにいた人を斬った。出口が近く、逃げられそうな人から斬っていき、また逃げようとした人にもすぐに追いつき斬った。無駄のない動きだったのが印象的だったそうだ。そして、何故なのかマッスレさん、ナイリオの二人を殺さずに、廊下へ逃げていった。マッスレさんはそれを追って道場まで追い込んだ。殺人鬼はこれもまた不思議なことに刃物を捨て、格闘技でマッスレさんとの戦いに挑んだ。二人が話したのは、こんな内容であった。それとナイリオには、何故家と家の間なんかにいたのか、ということもソニップさんは尋ねた。ナイリオは、殺人鬼を見つけたら飛び出して倒そうと思った、と言った。それを聞いたマッスレさんは、ナイリオを叱った。二人はこの道場で稽古をしている格闘家で、ナイリオはマッスレさんの後輩にあたるらしい。ナイリオは気が強い女の子であったが、マッスレさんのことを慕っているようでマッスレさんに対しては素直だった。そんなところが子供らしく、守ってあげたいと僕は思った。
 その後、僕たちはサンホールから出て、ソニップさんが自衛兵に指示を出すのを聞いていた。応援を要請して、サンホールの中の死体を回収し、城へと帰還。また、万が一の可能性も考えて、サンシティで生き残っている人たちも城へと避難させる。そんな内容だった。さらにソニップさんは「管理部に連絡するから待っててくれ」と言い自ら無線機を取った。
 調査兵機動隊ソニップだ。ちょっと頼みごとがある。現在配備されている自衛兵たちを、自衛兵射撃隊の兵士たちと入れ替えてほしい。城の護衛も自衛兵射撃隊を中心に。近隣の住民は絶対に巻き込むな。……ポール隊長がやられた。接近戦では多分厳しい。それと、こっちにも射撃隊から五人ほしい。……いや、射撃隊だけでいい、調査兵捜索隊はやられる可能性が高いし、あまり人が多すぎてもまずい。……ああ、頼むよ。後は任せろ。ソニップさんはそう言っていた。国の中身を垣間見たようで、少し興奮した。
 それから少しして、たくさんの兵士たちがサンホールにやってきた。兵士たちがサンホールに入っていく中で、五人の兵士がソニップさんのところに来た。この人たちがさっき頼んでいた射撃隊の兵士だろう。彼らは僕たちに気づき、簡単な自己紹介をした。四人は普通の兵士であるようだが、もう一人は射撃隊の隊長で、ジョンと名乗った。そのジョンさんがソニップさんに声をかけた。
「これからだ。気を落とすな」
「ああ、悪いな。やってやろう」
 そう話したところで、ジョンさんが僕たちの方を見た。視線の先にはマッスレさんとナイリオが並んでいた。
「二人は見ない顔だが、サンシティの住人か?」
「そうだ」
 ソニップさんとジョンさんの視線に気づいたマッスレさんとナイリオが注意を向けた。
「そうか。では、城に連れて行こう」とジョンさん。
「待ってくれ。俺はこいつらについて行きたい」
 マッスレさんが強く言った。ナイリオもうなづいた。ジョンさんはすぐさま「だめだ」と言った。大人の余裕と、実力者の余裕が感じられた。それでもマッスレさんは引き下がらなかった。ジョンさんがこの先にある危険性について話した。マッスレさんは「それでも俺はついて行く」の一点張りだった。ジョンさんも説明しても無駄だと思ったのか「君たちの命を守るのが私達の使命なのだ。わかってくれ」と懇願するような言い回しになっていった。最終的には、ソニップさんに「なんとか言ってくれ」と投げた。
 だが、ソニップさんはしばらく黙っていた。何かを考えているようだった。ジョンさんが怪訝といった表情をした。ソニップさんが口を開いた。
「俺たちと同行させよう。責任は俺が取る」
 ジョンさんは驚き、すぐさま表情に非難の色を浮かべた。
「何を言っているんだ、ソニップ。お前は国民の命を守る兵士なんだぞ。立場をわきまえろ」
「そうだ、だから俺はこいつらを守る」
「ふざけるな。そんな単純ではないのだ。お前はまだ若いからそんなことを」
 ソニップさんが手の平でそれ以上の言葉を止めさせた。ソニップさんは確かに若いが、ソニップさんという人物が持つ説得力と、それに伴う威厳は十分にあった。
「この二人は特別だ。サンホールにいて、かつ殺人鬼の近くにいながら殺されなかった二人だ」
「何だと」
「殺人鬼にはこの二人を殺せない理由があるのかもしれない。もしそうなら、俺たちの力になるのは間違いない。そして、マッスレに至っては殺人鬼と格闘してやつを圧倒したほどの実力者だ。その上で、俺が守る」
「殺人鬼が私たちを混乱させるために殺さなかった可能性だってある。敵が組織犯である可能性だってある。その中にもっと危険な人物がいる可能性だってある。殺されてしまう可能性は十分にあるだろう。もし二人が殺されてしまったらどうするんだ」
「それを言うならナイチュとエイリオだってそうだ。城にいたほうがよっぽど安全だ。でもナイチュとエイリオはここにいる。二人はキーだからだ。そして、マッスレとナイリオだって、今やキーとなる可能性を秘めている」
「そんな希望的観測で、国民の命を危険に晒すわけにはいかない」
「確かに希望的観測かもしれない。だが、俺は確信している。殺人鬼は個人的に俺たちに用がある。ナイチュ、エイリオ、マッスレ、ナイリオ、俺も含まれているかもしれない。殺人鬼は、俺たちを見て涙を見せかけた。そして何よりも、俺はあいつを知っている気がする」
 そうだった。ソニップさんの言うことは僕も感じていたことだった。僕は、あの殺人鬼を知っているような気がする。でも、それだけじゃない。マッスレさんも、ナイリオも、そう、最初に会ったときのソニップさんも同じだった。みんな、何か繋がっている。
「お前は責任というものをなめている」
「あのさあ」
 口を挟んだのはマッスレさんだった。ソニップさんとジョンさんがマッスレさんのほうを見る。
「仮に俺が死んだとして、何でソニップに責任を取らせなきゃいけないんだ? 俺が死んだのは、俺が判断して、行動した結果だ。責任はその時点で俺が果たしてるじゃないか。勝手に他の奴が責任を取るなんて言うのは、俺に対しての侮辱じゃないのか?」
「それは次元が違う話だ」
「じゃあもう勝手にそっちの次元で責任を取ってればいい。俺はそっちの次元なんて関係ないし、勝手についていく」
 そこで、マッスレさんは僕とエイリオの後ろについた。ジョンさんは溜息をついて、後ろを向いた。
「見なかったことにしよう」
 その後、僕とエイリオとマッスレさんを中心に、兵士たちが少し離れてついて動く、ということになった。要はこれまでと同じだ。でも兵士が少し離れてつく理由はこれまでと違って、今回は視野を広げて敵の発見を早めるためだ。ここからはムーンシティまでは山の麓を通る。見晴らしがよく、護衛に徹するよりは殺人鬼を見つけて、捕まえたほうがいい。また、殺人鬼はバイクに乗っている可能性が高いので、見つけたらタイヤを狙って撃つようにとジョンさんから指示があった。途中、村とも呼べるような町を一つ通らなければいけないので、そこでは住民を巻き込まないよう気をつけるように、とも指示があった。ナイリオはマッスレさんと行動したがったが、マッスレさんの希望でナイリオはソニップさんと行動することになった。早くもソニップさんとマッスレさんはお互いの信用を得たように見えた。ジョンさんには悪いが、僕はこの二人がリーダーであるほうが安心できる。二人が手を取り合えば、どんな敵にでも負けない気がした。だがそれは逆に僕の無力感を煽った。僕はただ守られるだけで、何もできない。マッスレさんは、判断と結果で責任を語った。それに当てはめると僕はどうだろう。今の僕の行動は他人に決定されていて、ほとんどの場合は僕の判断が関係していない。確かに僕がいることによって兵士たちの動きも変わるだろうし、殺人鬼の動き方も変わったかもしれない。そういう意味で結果は多少なりとも変わるだろう。だが、僕の判断がない以上、僕がいたときの結果は僕がいないときの結果と、僕にとっては対等だ。どちらの状況においても、僕は世界の中の一要素でしかない。僕にとって僕が"自分"でないなんて、そんな虚しいことがあっていいのだろうか。僕は、何なのだろう。判断をせずに結果だけ動かしてしまう無責任の重みが、僕にのしかかっていた。僕は弱いから、できることもない。責任を果たすことができるのは、選択肢を持った強い人間だけだった。
引用なし
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神様の祈り 第三話 力なき狂人
 ダーク  - 13/11/2(土) 22:52 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様は神の子たちを集めましたが、ほとんどの神の子たちは危機に気づいていませんでした。
 神の子たちは、そのまま散り散りになってしまいます。
 そんな中、危機に気づいていた神の子がいました。
 その神の子は神様に意思に従って、また神の子たちを集めようと動いたのでした……。


 山は霧に包まれていて、麓は空気が冷たかった。山の木の葉には雫がついていそうだ。時々鳥が大きな鳴き声をあげた。大きな鳴き声の割には山に溶け込んだ、自然な音のように聞こえた。今のこの辺りの雰囲気にはどこか古風な趣があって、詩人であれば詩を詠むだろう。山登りを好む人の中には、こういった状態を特別好む人もいるくらいだ。僕も山登りが好きなわけではないが、この雰囲気は好きだ。麓は木が生えておらず、道は舗装されていない土の道だ。やはり少し湿っていて、独特な匂いを発していた。道は広くなったり細くなったりしたが、基本的には見通しが良かった。前方には村とも言えるような町が見えている。そこを通れば、トンネルを一つくぐってもうムーンシティだ。そこまでに殺人鬼と遭遇する可能性もあるだろうが、鳥の鳴き声を除けばまったくそんなことを想像させないくらい静かだった。
 エイリオとマッスレと並んで歩くのは、不思議な気分だった。今までエイリオと二人で歩いたことは何度もあった。五人とか六人とか、あるいは数十人とかのの大人数で歩いたときに、僕とエイリオが含まれていたということもあった。でも、エイリオと他の誰かの三人で歩くことはなかった。それが関係して、不思議に感じるのかなと思った。それと、マッスレが同い年だったということも関係しているかもしれない。これはサンホールから出発するときに判明した。僕が「ソニップさん」と呼んだのに対して、ずっと気になってたんだけど同い年なんだから「さん」なんてつけなくていいのに、とソニップに言われて、さらにマッスレが年齢を尋ねてきて歳を言い合うと、みんな同い年だということが発覚した。二十一歳だ。それから「さん」とつけないようになった。なんだか収まりがよくなった気がした。ちなみに、ナイリオは十三歳だった。
「どうしてナイリオをソニップに任せたの?」と僕はマッスレに尋ねた。
「戦うことに関しては俺もソニップに負けないくらいだと思うんだけど、守ることに関してはソニップの方が慣れてそうだからな」とマッスレは答えた。
「とは言っても、俺たち三人も守られる立場だから、ナイリオがどこにいてもあんまり変わらないかもしれないけどな」
 少し釈然としなかった。それを顔に出すと、マッスレが困ったような顔をした。
「うーん、あのな。正直言うと、あいつ俺にべたべた懐いててさ。下手すりゃ死ぬかもしれない任務だってんだから、緊張感持ってもらわないとな」
 なるほどな、と思った。確かにナイリオは懐いている様子だった。それにあの歳だ。マッスレと一緒にいるときは、歳相応にはしゃぐのかもしれない。それにしても、マッスレが自分のことを守られる立場と言ったのは意外だった。こんな表現を使うのは失礼だけど、もっと単純で無鉄砲な人だと思っていた。それに、マッスレは少なからず上の立場と思っていたのに、実のところは僕と同じで守られる立場にいたということが衝撃だった。単純なのは、僕の方かもしれない。
 そのあとマッスレが、あっ、という顔をして、また喋り始めた。
「お前ら何が好き?」
 唐突に話が変わったので、少し意表を突かれた。多分マッスレは思いついたことをどんどん口に出すタイプだ。緊張感を持てと自分で言ったばかりなのに。僕はすぐに答えを出せなくて、困った顔をエイリオに向けるとエイリオが答えた。
「あたしは水泳かな」
 僕は納得した。エイリオは暇さえあればプールでも海でも泳ぎに行く。僕もそれについていくことがあるが、泳ぎにはまったくついていけない。僕だって人並みくらいには泳げるが、エイリオの泳ぎは見るからにレベルが違う。それでも本人は「もっと速く泳げる気がする」なんて言うくらいだから、生まれ持ったものがあるのだろう。とにかく、エイリオといえば水泳、と印象を僕は持っていた。
「へえ、すげえな。俺なんて全然泳げないから羨ましいよ」
「いや、大したことはないんだけどね」とエイリオは平然と返す。
「十分大したものだと思うけど」と僕は横槍を入れる。マッスレは笑っていた。
「ナイチュは何が好きなんだ?」
 僕は考え直した。エイリオが水泳なら、僕はなんだろう。これと言って優れたものを持っているわけでもないし、熱中できるような趣味を持っているわけでもない。もう一度、エイリオが水泳なら、と考えた。僕は、空を飛ぶことが好きといえるんじゃないだろうか。しかし、実際に空を飛んだことはないし、あまりにも突拍子もない答えなので、なんと言っていいかわからない。結局僕は苦し紛れに、
「空、かなあ」
 と答えた。なんて気取った答えなんだ、と思い、赤面した。丁度、町に入って辺りに家が増え始めて、エイリオもマッスレも周りを見渡し始めたので、とりあえず僕は黙っても許される権利を得た。
 周りの兵士たちはどう動くのだろう。僕たちを見逃さず、且つ周りを見渡せるようなところを歩くのだろうか。家同士に結構な間隔があるので、確かに見晴らしにはそれほど問題なさそうだが、坂や田畑や小さな川もあるので、動きづらそうでもある。そう思っていたところに、周りの兵士たちが集まってきた。
「ここは動きづらいな。ちょっと陣形を変えよう」とソニップが言った。
「そうだな。我々兵士は彼らを中心に前後に分かれよう。それと二人の兵士を彼らにつけよう」とジョンさん。
「賛成だ。横に広がるのは効果的じゃない。俺とナイリオとメッツが後ろ、ジョン隊長とカーネルが前でいいか?」
 ジョンさんはうなずき、兵士たちを振り分けた。僕たちと一緒に歩くのは、ゾランとスモリエという兵士だ。背中に大きな銃を担いでいて、腰にも拳銃を備えている。銃には詳しくないのでよくわからないが、状況によって使い分けるのだろう。ソニップとナイリオと一人の兵士は後ろへ、ジョンさんと一人の兵士は前へと分かれた。横に兵士がいなくなったとわかると、家の陰が気になってしょうがなかった。突然家の陰から殺人鬼が襲ってくるのではないかと心配だった。エイリオもマッスレも横の方を気にしていた。二人の兵士もそうだった。マッスレだけ余裕のある表情だった。
「そういえば、さっき空が好きって言ったよな」
 僕たちの歩いている道が、町の中をくねくねと曲がって山の脇を沿うようになり、木々の隙間が気になり始めたときだった。マッスレが話しかけてきて、僕はうなづいた。後ろを歩く二人の兵士が不快そうな顔を向けた。守られる立場の人間が緊張感を持たないのはいい気がしないだろう。僕たちの中に兵士が加わってから僕とエイリオが黙っていたのは、兵士がいることで僕たちが守られる立場だということを嫌でも感じさせられたからだ。でも、マッスレは自身のことを守られる立場であると言っておきながら、そのことをほとんど気にしていないようだった。それと、その話はあまり掘り下げないでほしかった。
「ナイチュは空を飛んでそうな感じするよな」
 マッスレは笑った。冗談だとわかっていても、恥ずかしかった。反面、嬉しかった。マッスレは僕が空を飛ぼうとしていることを知らない。知らないのに、空を飛んでそうと言った。それは僕自身に空を飛ぶということを連想させるものがあるということだった。だからと言って僕が飛べるということにはならないが、それでも僕は励まされた気になった。でもやっぱりマッスレが言った言葉は冗談だし、恥ずかしかったので苦笑い以上の返事はできなかった。
 エイリオがマッスレの方に顔を向けた。助け舟を出してくれるのかと思ったが、エイリオの力の入った顔は怖かった。エイリオは怒っている。
「そんな簡単に言わないでよ」
 一瞬、誰もが黙った。歩きながら、会話だけが止まった。横にいるマッスレが驚いているのが見えた。僕も驚いていた。兵士たちの顔を見ることはできなかった。その一瞬の後、エイリオは山の木々の中へ駆け出していった。
「おい!」とマッスレが叫び、追いかける。
「スモリエ、行け!」
 ゾランさんも叫んだ。スモリエさんが二人を追って木々の中へ消えた。ゾランさんの声を聞いたソニップやジョンさんたちが駆けつけた。
「どうした!」
「エイリオが山の中に駆け出しました!それを追ってマッスレも!」とゾランさんが答える。「エイリオはマッスレの言葉に腹を立てた様子でした!」
「あいつ、やっぱり置いてくるべきだったかな」とソニップさんが苦笑いをした。
「おい、ソニップ」とジョンさんが責める。
「でも、マッスレは怒られるようなことは言ってない」
 そう僕が言うと、とりあえずソニップへの非難の視線は外された。
「原因についてはいい。もはやどこにいるのがわからないが、とにかく二人を連れ戻すことを優先しよう。私とカーネルとゾランがムーンシティ側の方へ上がっていく。ソニップとメッツはナイチュとナイリオを連れてサンシティ側の方へ上がっていけ。見つけ次第、空砲で知らせた後にこの場所へ戻って来い。行くぞ」
 ジョンさんたちは速やかに山の中へと入っていった。僕たちもソニップを先頭、メッツさんを殿に、山の中へと入っていった。雑草が生えた斜面は歩きにくかった。土は意外と固く足跡が残らなかったので、足跡を追うということはできなかった。体力が斜面に削られていくのを実感する度に、二人が見つからなくなる不安が増していった。
 エイリオは怒った理由はなんなのだろう。いや、なんとなく検討はついている。僕がこんなことを想像するのはおこがましいが、エイリオは僕が馬鹿にされていると思い、怒ったのだと思う。でも「空を飛んでそうな感じするよな」という言葉は、僕が今まで飛ぼうとしていたことを知っていないと馬鹿にしているなどとは思わない言葉だろう。逆にいえば、エイリオは僕が今までずっと飛ぼうとしていたことを知っていたのだ。しかも、空を飛ぼうとする僕を肯定してくれていたのだ。エイリオが、すごく愛おしかった。
「あっ」
 ナイリオが声をあげて、僕たちの列から外れて歩き出した。僕たちは何だと思ってナイリオの方を見ると、その先にエイリオが立っていた。良かった、見つかった。でも、エイリオの様子はおかしかった。少し上の方を見上げて、佇んでいた。ナイリオがエイリオのところに辿りつく前に、立ち止まった。ソニップとメッツさんも様子がおかしいことに気づき、ナイリオのところに駆けていった。ナイリオのところまで行くと、そこでようやくエイリオの前で守るように立ちふさがるマッスレと、その先の木の横に立っている殺人鬼が見えた。


 空を飛ぼうとすることは僕にとって無くてはならないものであったが、同時に引け目でもあった。人は空に飛びたいという願望を少なからず持ちながら、それを表現することをしない。空を飛ぶことが不可能なことだからだ。もしも表現しようものなら、周囲の人間のことを優先して考える優しい人間でさえ“狂った人間”として扱われる。そう、空を飛ぼうとする考えは“狂っている”と思われるのだ。そして表向きでは狂った人間は何をするかわからないという理屈で、社会的にも個人的にも遠ざけられる。でも実際のところは違う。人は人を卑下したがる一面を持つのだ。だから、空を飛ぼうとするような狂った人間は、身を守りながら食らいつくことができる絶好の獲物なのだ。
 僕は食われてしまわないように隠れて空を飛ぼうとしていた。そして、エイリオはそんな獲物としての僕を知っていた。それでありながら、エイリオは僕を許してくれた。嬉しかったし、僕もエイリオのすべてを許し、幸せになってほしかった。エイリオの前に立つマッスレを見たとき、そこに立っているのは僕でありたかったと思った。でも、それも一瞬だった。次の瞬間には、何も考えられなくなっていた。僕がエイリオを守る未来なんて見えなかった。殺人鬼が怖かった。僕という人間はこうも簡単に動いてしまうものなのか、と絶望した。
 殺人鬼は山の中に消えていた。すぐに見失ったし深追いは危険だということで、メッツさんが空砲を放った後に僕たちは山を下りた。最初にエイリオを追ったスモリエさんが、大分離れたところから下りてきた。見当違いな方向に走っていっていたようだ。でも空砲を聞いて下りてくるあたり、ちゃんと訓練されているんだろうなと思った。それからジョンさんたちとも合流し、エイリオが状況を報告した。一番最初に殺人鬼と遭遇したのがエイリオだったのだ。殺人鬼は「そっちの動きは山の中から見える。でも何もしないから、みんなと合流して。次はムーンシティで会おう」と言ったそうだ。そこにマッスレが追いつき、あのような状況になっていたらしい。そこに僕たちがやってきて、殺人鬼が逃げたのだ。
 それからまた僕たちはムーンシティを目指し、歩いた。今度はナイリオも僕たちと一緒に歩くことになった。ソニップがナイリオを連れて歩いているときに、なんでマッスレと一緒じゃいけないのかと駄々をこねられたらしい。ソニップが困り果てて、結局ナイリオをマッスレに任せた形になったのだ。
 それと変わったことといえば、マッスレとエイリオがよく話すようになっていた。マッスレの馬鹿話を、エイリオが馬鹿にするという感じで、喧嘩しているようにも見えたが、雰囲気は悪くなかった。ナイリオも二人の話を聞いて笑っていた。エイリオは反省したようだったし、マッスレにある程度心を許したようにも見えた。僕は居心地が悪かった。エイリオとマッスレの距離が縮んだからではない。僕が感じているのは、無力だった。
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神様の祈り 第四話 寝床
 ダーク  - 13/11/3(日) 0:07 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 危機に気づいていた神の子によって、神の子たちはまた集められました。
 事態が緊迫していることに、神の子たちも感じ始めていました。
 ですが、自分の力が信じられていない神の子がいました。
 その子の頭には、空を飛べない日々のことがこびりついているのです。
 そこである神の子は、その子に自分の力を信じさせようと動き始めたのでした……。


 日が山に沈み始めていた。昼間の空に浮かんでいた雲は流れていき、西の空から橙色の光が差していた。霧はいつの間にか晴れていて、この小さな町がスポットライトを浴びているようだった。この照らされた町を、山のどこかから殺人鬼が見ている。何もかもをさらけ出しているようで、僕は落ち着かなかった。宿に向かっているという状況が悠長に感じられ、それが逆に焦燥感を煽った。
 宿の場所はソニップが知っていた。着いてみると、そこは古風な平屋建ての旅館だった。兵士がぞろぞろと来たものだから、女将さんは不安そうにしていた。部屋は四部屋あって、すべての部屋が空いていた。畳が敷かれた、意外と広い部屋だった。部屋割りは、僕とマッスレとソニップ、隣の部屋にジョンさんとエイリオとナイリオ、その向かいの部屋に兵士四人となった。最初にジョンさんの部屋に全員集まり、話し合いをした。ジョンさんはこう切り出した。
「お疲れ様。もう今日はできることもない。強いて言うなら、ここを襲われたときに撃退するくらいだ。あとは各町に配備された兵士に任せよう。ちなみに、このエンペラシティにも私たち以外に兵士が配備されている。だから、もう今日はゆっくり休もう。明日、嫌でも動かなければいけなくなるからな」
「そうだな。ナイチュもエイリオもちょっと緊張しているように見えるけど、今日は休むことに専念したほうがいい。殺人鬼のことはおそらく大丈夫だ。山で比較的有利に誰かを襲う機会があったのにも関わらず襲わなかった。それに、体力だって消耗したはずだ。今日はもうどこも襲わないだろう。襲ったとしても、ジョン隊長の言うとおり、兵士たちに任せよう」とソニップさんも言う。
 それからは各部屋に別れ、夜ご飯に米やきゅうりの漬物、刺身にお吸い物に茶碗蒸しを食べ、露天風呂に入った。ここではタイミングよく全員集まった。僕以外の人は全員筋肉のついた強そうな体で、僕だけ子供のような体だった。仕切りの向こうでエイリオとナイリオも風呂に入っていた。マッスレが仕切りに隙間がないかと探していたけど、結局なかったようでその後は湯に浸かっていた。マッスレは相変わらず饒舌で、兵士たちとも談笑していた。みんな、リラックスしているように見えた。旅館と露天風呂を繋ぐドアのそばに立て掛けてある銃と剣だけが場違いな雰囲気を放っていた。ジョンさんに、女湯は誰が守るのかと聞いたら、旅館の周りにも兵士を配備したと答えられたので、ひとまず安心した。
 部屋に戻ってからは、マッスレとソニップと談笑をした。スポーツの話や、子供のときの話など、本当になんてことのない話であった。でも気づいた頃には、僕とエイリオの関係を二人が聞きだすような形になっていた。話の中で、僕はエイリオのことを好きだと言った。二人はにやつきながら聞いていた。エイリオのことは昔から好きで友達の間では有名な話であったが、改めて聞き出されると恥ずかしかった。
「じゃあ俺がエイリオと話してたとき、嫌だったか?」とマッスレが言う。
「嫌と言うか……」と僕は口ごもる。
「いいぜ、正直に言って」とソニップ。ソニップの優しげな表情を見て、もしかしたら気づかれてるかもしれないと思い、僕は正直に話した。
 マッスレは強いからエイリオを守ることができて、それからエイリオと仲良くなった。僕は弱いからエイリオを守ることなんてできない。だから、二人が仲良く話してるのを見るのは、自分が無力なのを思い知らされてるようで辛かった。そういったことを言った。ソニップはすぐに「そんなことは全然気にしなくていい」と言った。
「そんなもんは運の問題だ。戦える人間なんて元々多くもないし、俺たちだってたまたま戦える人間になる機会があったからなれただけだ。運の問題で悩んでいたってしょうがない」
「そうそう。まあ、確かに好きな人を守れないってのは悔しいかもしれないけどな、エイリオに対してできることは他にもあるだろ」
 二人のいうことはもっともなことだった。それに、励まそうとしてくれる姿勢が嬉しかった。でも、理解はできても僕自身の弱さを受け入れたくなかった。わがままに、強さを手に入れたかった。きっとそれしか僕の恐怖にも似たわだかまりを取り除くことはできないのだ。


 今日も空を飛べなかった、とはさすがに思えなかった。それ以上に今日という日は僕の頭を支配していた。避難をするのかと思ったら家で待っていてくれといわれた、エイリオと共に殺人鬼に指名されたと告げられた、町役場で護衛の兵士と挨拶をした、サンシティまで歩いた、サンシティのサンホールでたくさんの人や、直前まで動いて喋っていたポール隊長も死んだ、殺人鬼と出会った、色々な人とまた歩いた、エイリオが怒ってはぐれた、殺人鬼とまた遭遇した、旅館で二人に励まされた。本当に色々なことがあった一日だった。何かが起こる度に、僕の感情も大きく動いた。今もまだ、もやもやしている。
 窓側に向かってマッスレ、ソニップが寝ている。僕は一番廊下側だ。なんとなく予想はしていたが、マッスレはすでに何度か寝返りを打ってひどい体勢になっている。ソニップは意外にも体勢がずっと変わっておらず、綺麗な体勢だ。僕はと言うと、眠れずに何回も体勢を変えていたところだった。もちろん今日と言う一日のせいでもあるが、障子が明るいせいと、旅館の布団が体に馴染まないせいでもあった。
 休んだほうがいいと言われてはいたが、眠るのはもう諦めていた。時計は十二時を指していた。僕は立ち上がり、マッスレとソニップを避けて障子の方へ歩いた。部屋は畳が敷いてあるが、障子の前だけフローリングになっていて、小さなテーブルと、その両側に椅子が向かい合うように置かれている。僕はその椅子に座り、障子を少し開けてその隙間から見える庭の一部を眺めていた。縁側と、庭に敷かれた砂利と、植えられた小さな木が少しだけ見えた。物足りない気がして、窓の外に出て縁側の真ん中に腰掛ける。すると空間を持て余している気がして、端っこに腰掛け直した。外の方が涼しかった。思ったほど綺麗な光景ではなかった。砂利の間に土が見えていたり、木の根元に砂利が散らかっていたりした。木もなんだか不格好だった。空だけが綺麗だった。
 体が疲れていた。何も考えず、目を瞑って下を向いた。うとうとするわけでもないが、目を開けるのが億劫になってそのまましばらく自分の呼吸の音を聞いていた。周りは静かであったが、耳を澄ますと露天風呂に誰かが入っているような音が聞こえた。こんな時間に誰だろうか。エイリオが露天風呂を気に入ったのだろうか。それか、僕たちの後に旅館の利用客が入ってきたのだろうか。でも、考えるのも面倒だったので、音だけを僕は聞いていた。
 しばらくすると、今度は静かに砂利を踏む音が聞こえてきた。僕の方に近づいてきている。どうやら露天風呂に入っていたのはエイリオだったようだ。足音は僕の隣で止まり、その主は僕の隣に腰掛けた。シャンプーの匂いと、女の匂いがした。
 エイリオ、眠れないの? と僕は言おうとした。でも、先に喋ったのは彼女の方だった。
「ごめん、目を開けて、静かにして」
 その囁き声はエイリオのものじゃなかった。ぞっとして、目を開けて隣を向くと、フードつきの黒いマントを羽織ったあの殺人鬼がいた。僕は驚くだけで何もできなかった。逃げようとすることもできなかった。
「ごめん、違うの、驚かないで、落ち着いて」
 殺人鬼の様子もおかしかった。両手を顔の前に広げて、懇願するような表情で、静かに喋った。マントを脱いで、何も持っていないことも証明して見せた。マントの下は、変なキャラクターが描かれた紺色のトレーナーを着ていた。前までの彼女のイメージとは全然違っていた。髪は濡れていた。顔は少し赤みを帯びていて、首にタオルをかけていた。言うなら、生活的な印象だった。
「本当はこんなつもりじゃなかった。でもナイチュがここに座っているのが見えたから、話しておこうと思って」
 なんだかエロチックだった。髪が濡れていて、顔が赤くて、囁き声で話されるだけで、こんなに扇情的に見えるとは思わなかった。そういう作戦なのかもしれないと疑ったが、そのメリットは何も思い浮かばなかった。それに、彼女に名前を呼ばれるのに抵抗がなかった。どうしようか、ソニップを呼ぶべきなのだろうか。いや、もし彼女が殺意を持っているのならソニップが駆けつける前にやられる。どちらにしても、僕はどうしようもない。話してみよう、と思った。
「旅館の周りの兵士はどうしたの?」
「そんなに多くなかったから、まあ間をくぐり抜けて」
「フードとマントについてた血は?」
「これは代えを圧縮して持ち歩いてるから。血がついたのは山に捨てた」
「お風呂入ってたの?」
「うん、バレなさそうだったから。私も今日は疲れちゃった」
 彼女は笑顔も見せた。よく知った人と話しているようだった。彼女も僕が安心したのを見て、安心したようだった。こうして見ると、僕とあまり変わらないくらいの歳の女性だった。
「名前は?」
「ルル・クル。聞き覚えがない?」
 聞き覚えがあるような気がした。でも、どこで聞いたのか、思い出せなかった。
「なんとなく」
「うん。そっか。そのことも含めて話があるんだ。昔々の話。聞いてくれる?」
「うん」
 ルルが一つ深呼吸をして、話し始めた。
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神様の祈り 第五話 神と影
 ダーク  - 13/11/9(土) 1:07 -
  
 昔々、この地上にはカオスという名の神様がいました。
 神様は世界に自らと同じ種族である“チャオ”を生み出しました。チャオは豊かな自然の中に住み、性別を持たず生殖活動もほとんどせず、また能力によって姿形を変える生物でした。大まかに、走ることが得意な子、泳ぐことが得意な子、力持ちな子、空を飛ぶことが得意な子、バランスのいい子と分けられ、大体の形が決まります。体長はどのチャオも約四十センチほどで、二頭身の体はぷよぷよとしています。体の色も様々で、性格もまたみなそれぞれでした。神様だけは他のチャオと少し違いました。水色で半透明の体に緑色の目、ゲルのような体を持ち体の形も自由に変えられました。体長も一メートル五十センチほどあります。
 神様は寿命を持ちませんでしたが、チャオは寿命を迎えると転生をして、またタマゴに戻るのでした。タマゴに戻らずそのまま消滅してしまうチャオもいましたが、それは稀なケースでした。木の実を食べて、食べ終わったあとの種をまた植え、邪魔になった木はなぎ倒して、あとは好きなことをする。彼らはそんな生活をしていました。
 神様はチャオたちに敬われていました。何でもチャオに教えることができますし、時には何かを手伝うこともしました。何よりも神様は祈られる対象でもありました。チャオはあまり神様に近づきすぎることをしませんでした。チャオにとって神様は一つ上の次元にいる存在であり、その次元は侵してはいけないものだということをチャオたちは感覚的に理解していました。でも神様はそう思っていませんでした。神様というのは役割としてあるだけで、チャオと同じ次元のものだと思っていました。
 神様は寂しく思いました。確かに見守るというのも役割の一つではありましたが、どうしても神様は納得がいきませんでした。そして、神様は動きました。新しく自分の近くにいてくれるチャオを生み出そう、そう思います。神の力はチャオを生み出したときにほとんど失われていました。ですから、神様は自らを二つに分裂させ、その間にタマゴを産みました。神の力を使って生んだチャオではなく、神様が生物として産んだタマゴです。タマゴはすべてで七つ。そして間もなくタマゴからチャオが生まれました。これが、神の子たちの誕生でした。
 神の子たちはそれぞれ、シャウド、ルル、マッスレ、ソニップ、ナイチュ、エイリオ、ナイリオと名付けられました。神の子たちは他のチャオとは違い、神様と同じように言語が扱えました。神の子たちは神様のそばで、仲良く暮らしました。また、他のチャオたちに頼られるリーダーのような存在にもなりました。
 神の子たちは優れた能力を持っていました。シャウドは何でもできましたが、特に走ることが得意でした。さらにとても頭もよく、万能であったので神の子たちのリーダーでもありました。ソニップも何でもできて、やはり走るのが得意でした。ルルは走ることと泳ぐことは得意で、力持ちでもありました。マッスレはとにかく力持ちでありました。ナイリオは何でもできましたし、力持ちでもありました。エイリオはとにかく泳ぐのが得意でした。こんな子たちの中、ナイチュだけはどれも得意ではありませんでした。彼の背中には大きく立派な羽がついていましたが、それが逆に彼を追い詰めていました。こんな羽があるのに、何故飛べないのだろう、と。
 神様もナイチュのことを気の毒に思い、彼が空を飛べるように、と祈りました。
 ナイチュは毎日飛ぶ練習をしました。晴れの日も、雨の日も、雪の日も、時には夜遅くまで練習を続けました。最初は跳ねたり爪先立ちするだけの、あまり見栄えの良くない練習風景でした。そんなナイチュも少しずつ羽の使い方を理解していき、少しずつ飛べるようになり、気がつけば一番飛ぶのが上手になっていました。彼は飛ぶ素質があったからこそ、その羽を持っていたのでした。ナイチュもそれを理解し、羽を誇りに思うようになっていました。自慢の羽を広げ、空から地上にいる神の子たちに手を振る。神の子たちも手を振り返す。そんな光景が、神様の目には美しく思えました。こんな日が続けばいい、神様もそう思っていました。
 ですが神様はある異変に気づいてしまいました。チャオは寿命を迎えると繭に包まれます。繭が桃色であると転生、灰色であると消滅します。ですが、その日神様が見たのは、桃色の繭に包まれたのにも関わらずチャオが消滅するという光景でした。その周りのチャオはその光景を不思議そうに見つめていました。神様は事の重大さを一瞬で理解しました。そして、神様は神の子たちを集めました。
「みんな、聞いてほしい。今日、桃色の繭に包まれたのにも関わらず消滅してしまったチャオがいる。私は嫌な予感がする。このまま、転生できるはずのチャオたちがどんどんいなくなってしまうのではないかと考えてしまう。どうにかしてそれは避けなければいけない。力を貸してほしい」
 神の子たちは顔を見合わせます。神の子たちはまだ危機を感じ取っていませんでした。神様の言うことも心配のしすぎなんじゃないかと思いました。
「それはたまたまなんじゃないのか? 本当だったら灰色の繭を作るところを、なんかの間違えで桃色の繭を作っちまったんじゃないのか?」とマッスレが言います。マッスレに懐いているナイリオもうなづきます。
「それに、もし転生できるはずのチャオが転生できなくなったとしても、俺たちには何もできない。今回のは偶然だと割り切って、今まで通り暮らした方が俺たちにとってもいい」とソニップ。
 シャウドは何か考えているようですが、他の神の子たちは二人の言葉にうなづきます。神様も予感があるだけで、確かな説明ができません。そのまま話はうやむやになり、神の子たちは散り散りになりました。シャウドだけが神様のところへ残ります。
「カオス、お前の力ではどうしようもないのか」
「私の力ではどうにもできない。だが、手がかりくらいならわかるかもしれない。協力してくれるか?」
「わかった。もし何かあれば僕に言ってくれ」
「すまない」
 こうして、シャウドだけが神様に協力することになったのでした。
 シャウドは最初に、転生後にもう四年から六年経っているチャオを探しました。四年から六年と言うのは、チャオの寿命です。シャウドも実際に桃色の繭に包まれたチャオが消滅することを確認しようと思ったのです。その光景はすぐに確認できました。そして、シャウドが確認できる頃には、神様は他のチャオたちにも同じ現象が起きていることを把握していました。シャウドはもう一度神様のところへ行きます。
「偶然ではないな。延命処置にしかならないがハートの実を使おうか?」
 ハートの実と言うのは、チャオに繁殖を促す実です。これを食べたチャオはほぼ確実に繁殖期が訪れ、パートナーさえ見つかればタマゴを産みます。また、パートナーもハートの実を食べれば成功は確実です。
「いや、ハートの実がなるよりもチャオがいなくなる方が圧倒的に速い。やめておこう。それより、いなくなるチャオが増えるに連れて、未来が少しずつ見えてきた」
「本当か?」
「チャオは違う生物への進化を遂げようとしている。チャオよりも遥かに高知能な生物だ」
「何だと。消滅ではなく進化だというのか」
「そう。ここからは推測だが、チャオは実体を失っただけで存在しているのではないか。そして、本来ならば消化されていたエネルギーを、来るべき進化のために溜め込んでいるのではないか。私はそんな気がしてならない」
「もしそうであれば、僕たちにそれを止めることはできない」
 神様は何も答えることができませんでした。ですが、シャウドは続けます。
「だが、転生についてもっと知ることができれば、転生を促すくらいのことはできるかもしれない。カオス、どうだろう」
「転生、か。転生は“生きたいと思うこと”で起きる現象だ。今いるチャオたちに、生きたいと思わせることはできるだろうか」
「やるしかないだろう」
 シャウドは神の子たちを集めて、事情を話しました。状況が悪化していることもあり、神の子たちも今度は協力しました。育てるのに手間のかかる木を多く植えて、上質で美味い木の実もたくさん作りました。池を頻繁に清掃しました。チャオの世話をし続けました。その間にもたくさんのチャオがいなくなりました。神の子たちは神様の遺伝のせいか他のチャオよりも遥かに寿命が長いらしく、一度も寿命を迎えていません。ですから、神の子たちが生きている間に生まれて、そのまま一生を見届けられたチャオもいました。それでも諦めず、神様と神の子たちは活動を続けました。
 そんな中、ナイチュの様子がおかしくなり始めました。溜息を頻繁についたり、そわそわとしだしたりと、落ち着きがありませんでした。それに気づいたのはエイリオでした。
「ナイチュ、最近落ち込んでるでしょ」
「え、なんで?」
「変だよ」
 ナイチュはしばらく黙って「そっか」と呟いた。エイリオは次の言葉を待ちました。ナイチュは整理するように、ゆっくりと話し始めました。
「僕は最初、空が飛べなかったよね。あのとき、僕は何で生きてるのかわからなかった。何もできないなんて、生きる価値がないように感じた。僕は羽があったから結果的に飛べた。でも、今生きているチャオたちに僕で言う羽のような生きる価値なんてどうしたら与えられるんだろう。現に、チャオたちはどんどんいなくなってる。今度こそ、僕たちは真の意味で何もできないんだ」
 エイリオは神の子たちの中でもナイチュと親しい間柄でした。当然、ナイチュが空を飛べなくて落ち込んでいたときのこともよく知っています。エイリオは優しくナイチュの言葉を受け止め、ナイチュもまたそれを感じ取っているのでした。そして、今度はエイリオが話し始めました。
「ナイチュ、私はね、チャオたちが生きることに満足してくれればいいと思ってる。だから私は、チャオたちを愛してあげてる。生きるのも悪くないと思える、すがることのできる愛をあげようとしてる。それでいいと、私は思う」
 ナイチュはエイリオの言葉を噛み締めるようにじっとしていました。しばらくしてナイチュは「うん」とうなづきました。それを見たエイリオも笑顔を見せて、離れていきました。
 それからナイチュは以前にも増してチャオたちと接するようになりました。ナイチュが元気になって、他の神の子たちも影響を受けてチャオたちとよく接するようになりました。その中でも特に影響を受けていたのはナイリオでした。ナイリオはナイチュに向かって言います。
「エイリオ、ナイチュを見てずっと心配してたんだよ。だから、二人とも元気なくて私も心配だった。でも、二人とも元気になって良かったよ」
 ナイリオはマッスレによく懐いていましたが、ナイチュとエイリオのことも好きでした。ナイリオは二人のことをずっと見ていたのです。ですから、ナイリオは他の神の子たちよりも熱心にチャオたちの世話をしました。
 ですが、状況は悪化していき、もはや数えるほどしかチャオがいなくなってしまいました。そんな時、神様がシャウドを呼び出しました。
「シャウド、よく聞いてほしい。もうチャオたちを残す手立てはない。何かできることがあるとするのなら、それは現在ではなく未来にある」
「ああ」
「お前に、チャオの未来を託したい」
「ああ」
「チャオが次の生物に進化した頃に目を覚ますようにお前を封印する」
「ああ」
「私はもうこれで最後の力を使い切る。私が神である世界は終わった。シャウド、頼んだ」
「後のことは任せろ。カオス、疲れただろう。もう休め」
「すまない」
 その時、二人のもとに駆け寄るチャオがいました。それはルルでした。
「シャウドとお別れなんて嫌だ! 神様、私も一緒に封印して!」
 ルルは涙を流しながら叫びます。
「ルル、もう私の力ではシャウドを封印するのが限界なんだ。わかってくれ」
 ルルは何も言い返せませんでした。自分が何もできないことはわかっているのです。そんなルルを見て、シャウドが声をかけます。
「ルル、また次の世界で会おう。だから、僕のことを覚えていてくれ」
 ルルは目をぎゅっとつむりながら首を縦に振って、二人から離れました。
 神様とシャウドも悲しそうな目で、ルルを見ます。
「さよなら、神様。さよなら、シャウド」
 ルルはそう言って、二人が消えていくのを見守りました。
 その後、神の子たちは神様とシャウドが消えたことに気づきましたが、結局は何もできませんでした。ルルも他の神の子たちを絶望させないように、黙っていました。そのままチャオたちは桃色の繭に包まれて全員いなくなりました。神の子たちはやれることはやったと励まし合いました。少なくとも桃色の繭に包まれたということは、愛を与えられたのだと信じました。そして、神の子たちも自分たちの寿命を感じ、桃色の繭に包まれて消えていくのでした。


 僕の感情は、何かを叫んでいた。
 ルルは話し終わったあと、ずっと黙っていた。僕に整理する時間を与えてくれているようだった。もうルルは敵には見えなかった。具体的にその光景やチャオたちのことを思い出すことはできないが、漠然とした感情だけは残っていた。エイリオたちとは人間として生まれる前から出会ったいた。そして僕は空を飛んでいた。その言葉には説得力があった。でもその叫びは、人間としての僕が簡単には受け入れなかった。そんなことが起こるなんて信じられないし、僕には人間としてきた記憶の方が強く残っている。それに、この話を聞いたところで、僕はどうしたらいいのかわからない。
「どうして、僕にこんな話をしたの?」
「どうして、か。どうしてだろう」
 僕は黙って、ルルの返事を待った。その間、僕は庭をまた眺めた。やっぱりあまり綺麗ではない庭だった。
「庭、あんまり綺麗じゃないよね」とルルが言った。僕はうなづいた。
「何か期待してたんだよ、多分」とルルは呟いた。
「……そっか」
「あとは、ナイチュが元気なさそうだったから」
「え?」
「ナイチュ、悩みやすいタイプだから。ソニップとかマッスレとかに圧倒されちゃってるのかなと思って」
 恥ずかしくなった。ルルにまで心のうちを見透かされていたのだ。
「悩まなくてもいいよ。ナイチュは神の子だから、それだけで十分必要な人」
 この瞬間、僕は強い衝撃を感じた。ソニップとマッスレに励まされたときよりも、僕の心は遥かに強く納得してしまった。今まで感じていた無力感は、もう忘れられた。でも、ルルの話はまだ信じ切れていない。僕はいったい何を信じればいいのだろう。
 シャウドと言う名前をもう一度思い浮かべた。そうだ、シャウドは結局どうなってしまったのだろう。
「シャウドはどうなったの?」
「それはもうすぐわかる。明日、いやもう日付は今日か。うん、今日中にわかるよ」
 ルルはそう言うとゆっくり立ち上がった。マントを羽織って、もう一度の顔を見て「またね」と言い、旅館の裏の方へと消えていった。急に時間が流れ始めたようだった。
 僕もソニップとマッスレを起こさないように部屋に戻り、布団に入った。今度は、すぐに眠ることができた。
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神様の祈り 最終話 神様の祈り
 ダーク  - 13/11/9(土) 1:09 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様は戦っていました。
 己の意志を打ち崩そうとする、この世界と。
 神様は守っていました。
 あの子が飛ぶことができる、あの世界を。
 神様は待っていました。
 祈りの行方を知ることができる、その瞬間を。


 僕が目を覚ました頃には、もうソニップが起きていた。ソニップは窓際の椅子に座って、外を眺めていた。部屋には陽が斜めに入ってきているので、まだ布団の中にいる僕とマッスレは影の中にいた。ソニップだけが光の中にいた。でも僕の目が覚醒しきれていないせいか、なんだかぼやぼやとして見えた。僕は上体を起こして、目をこすった。ソニップはあの汚い庭を眺めているのかと思ったが、どうやら違うようだった。ソニップは下の方をずっと見ていた。
 僕が立ち上がると、ソニップもこちらを向いて「おはよう」と言った。僕も「おはよう」と返して、ソニップの向かいの椅子に座って、ソニップの視線の先にあったものを見た。庭に敷かれていたまばらな砂利の中でもわかる、誰かが歩いた跡だった。僕はひやりとした。
「誰か、ここを歩いたみたいだな」
 ソニップの声が僕を責めた。その足跡が誰のものであるか知っている僕を、知っているのだろう、と脅した。でも、僕の猜疑心による脅迫は所詮そこまでだ。仮に僕がルルと会ったことを見透かされていたとしても、僕が何もできないことをソニップはわかっている。それに、そもそもソニップがそんなところまで知っているはずがなかった。ソニップは、文字通りの意味で言葉を発したのだ。
「うん」
「女将さんが通ったのかな」
 ソニップは足跡を見ながら軽い口調で言った。でも、やっぱり様子がおかしかった。目に真剣な色が宿っている。言い当てられる予感がした。
「いや、殺人鬼だな」
 予感が当たった。僕はとっさに否定の言葉を発しそうになったが、意識的に黙った。話せば話すだけボロが出るのはわかっている。ただ、それをボロと呼んでいいのかどうかは僕にはわからなかった。ルルに聞いた話をソニップたちに話していいものなのか、判断がつかなかったからだ。ルルから聞いた話は空想的な話であるのに、どうしても強い説得力を感じてしまう。これをソニップたちに話したら、笑い飛ばされるか、何か大きく突き動かしてしまうかのどちらかであると思う。笑い飛ばしてくれるのならそれでいいのだが、僕は後者が正解であるようにしか感じられない。そして、その変動がどのような種類のものであるのか、まったく想像がつかないのだ。
 ソニップが足跡を見たまま黙っている。様子は相変わらずおかしい。そもそも、ソニップが何かを凝視しながら黙っているということがおかしい。ソニップは動くか喋るかのどちらかのことを常にしているイメージがある。いわば行動するのに迷いがないのだ。今の彼には迷いがある。根拠もなく、足跡の主を殺人鬼だと断言したことにも関係しているだろう。
「何でそう思うの?」
 僕が尋ねても、ソニップは黙っていた。やっぱり、迷っているのだ。少し時間が経ってから、ソニップが諦めたように口を開いた。
「いや、俺が少し変なんだな。根拠なんてないさ。そんな気がしただけだ」
 ソニップは椅子から立ち上がって「風呂行ってくる」と言い、部屋の影の中に入っていった。ソニップが影に染まった。僕は椅子の上で陽の光を浴びながらその様子を見ていた。ふと、ソニップは部屋を出る襖の前で振り返った。なんだろう、と思ってソニップの顔を見た。
「ついでに変なことを言うと、今日俺は変な夢を見た。昔から薄々感じていたものが、鮮明になったような夢だった。それでもまだぼやぼやとしてるんだけど、その夢には強い運命のような力が働いているように感じるんだ。なんとなく気づいてるかもしれないけど、俺は運命なんて信じないし大嫌いだ。でもこの運命にだけは、俺は身を委ねてもいいような気になっちまうんだ。そして、多分運命の日は今日だ。俺の勘でしかないけど、一応覚悟はしておいてくれ」
 ソニップが部屋を出て、しばらくするとマッスレが目を覚ました。上体が突然むくりと起き上がり僕は少し驚いた。マッスレはその後うつむいて「あー」と声を出したと思ったら、しばらくそのまま動かなくなった。眠ってしまったようにも見えた。でもマッスレは立ち上がって、廊下に出て行った。マッスレはすぐに戻ってきた。トイレにでも行っていたのだろう。戻ってくる頃には、眠そうな気配は薄まっていた。
「なんかリアルな夢見たなあ。よくわかんねえけど、どきどきしてる」
「たまにあるよね。リアルなほど、起きたときに夢見心地になる夢」
「そうそう。心がどっちに行っていいかわかんなくて落ち着かねえんだよな」
「ソニップも変な夢見たって言ってた」
「そうなのか。今日は何か特別なことでも起こんのかな。そういえばソニップはどうした?」
「お風呂に入ってるよ」
「風呂か。俺も行きたいけど、そろそろ飯だから待ってるか」
 それからしばらくするとソニップが戻ってきて、すぐに朝食の準備ができたことを告げに女将がやってきた。
 朝食は旅館の座敷に全員で集まって食べた。大人数用の座敷だったので、ある程度空間に余裕があった。食事中は静かだった。部屋の広さが静寂を誇張した。ソニップもマッスレもあまり喋らなかった。二人とも部屋で話していたように変な心持ちでいるようだった。二人だけじゃなくて、エイリオ、ナイリオも静かだった。二人も同じような雰囲気だった。兵士たちは静かであったが、それは普通のことのように見えた。朝食は米、鮭、豆腐、漬物、味噌汁だったが、部屋の雰囲気の方が気になって味わうどころではなかった。
 その後部屋に戻ると布団は片付けられていて、綺麗になっていた。もう荷物を持って旅館を出るだけだ。とは言っても、僕とマッスレは荷物なんて持っていない。服も昨日と同じだ。荷物と言えるのは、ソニップの携帯機器や武器くらいだった。旅館を出るときに旅館の周りに配備された兵士たちをちらりと見たが、確かにルルがすり抜けてもおかしくないな、と思うような間隔だった。
 旅館を出てまた全員で歩き始めたときに、ジョン隊長に旅館でのエイリオとナイリオの様子を聞いてみた。するとやはり、二人とも昨日の夜までは元気に話していたが今朝から様子がおかしいようだった。
「確かに今日は殺人鬼との決着をつける日だ。緊張するのも無理はないと思う。珍しくソニップも緊張しているように見える。だが、気にすることはない。最善を尽くせば、この任務はこなせないものではない」
 ジョン隊長は緊張という言葉を使ったが、ソニップやマッスレの話を思い出す限り、緊張ではないだろう。きっと、エイリオとナイリオも違う。二人にも確認をしたかった。エイリオに聞くのは改まった感じがして気恥ずかしかったので、ナイリオに聞こうと思った。でも突然「なんか様子がおかしいよ」と言うのも恥ずかしいというより失礼な気がしたので、声をかけるまでに少し時間がかかった。結局、ナイリオにエイリオの様子を聞くことにした。
「エイリオ、なんか様子が変じゃない?」
「え?」とナイリオは驚いた顔をして「うん、まあ、そうかも」と続けた。さらに、
「エイリオ、ナイチュを見てずっと心配してたんだよ。だから、二人とも元気なくて私も心配だった。その後、今朝エイリオはナイチュを見て、元気になったみたいで良かった、って言ってたから、エイリオも元気になったんだと思って安心してたんだけど。でも、やっぱり変だね。朝、変な夢を見たって言ってたからそれのせいだと思う。実は私も変な夢を見て、それからなんだかどきどきしちゃってて」
 と言った。やっぱり、同じだった。みんな、変な夢を見たと言って様子がおかしくなっている。ソニップに至っては、運命という言葉をも使った。そんな大きな運命が待ち構えているのだとしたら、その正体はなんだろう。ルルの話が頭に浮かぶ。あの話が本当の話であるのなら、きっと運命とは神様やチャオという生物に関わる何かなのだろう。神の子たちである僕たちが、何らかの力によって来るべき運命を予感しているのだろう。だが、どうしてもわからない点が一つだけある。神の子たちがもし来るべき運命を予感しているのであれば、何故僕は夢を見ていないのだ。


 ムーンシティに来るのは初めてだった。一言で表すのなら、ムーンシティは都会だ。同じような高さのビルがたくさん続き、デパートや娯楽施設がたくさんあって、その中を凄まじい数の人間が蠢いていた。エンペラシティと山を挟んで隣の町であるのに、まるで別世界だった。でも、エンペラシティにある駅とムーンシティにある駅が線路で繋がっているというのだから、地続きの世界なのだろう。現に、僕たちもトンネルの中を歩いてこの町へ来た。
 それにしても、ムーンシティに来たのはいいが、これからどうすればいいのだろう。僕たちは、大きな駅を見つけてその前の広場に集まった。ここに来るまではさすがに兵士もまとまって動いた。この町の中で離れて行動すると、すぐにはぐれてしまいそうだからだ。この広場も駅から出てくる人、駅に入る人、待ち合わせに使う人で混雑していた。
「さて、どうしようか」
 ソニップはそう言ったあと、一瞬動きを止めて、背負っている剣を抜いて飛び掛かりながら振った。何が起きたかと思う頃には、血しぶきが舞っていた。ジョン隊長が首を斬られて倒れた。ソニップがジョン隊長を斬ったのかと思ったが、ソニップの剣を避けた人影も見えた。人影が素早く兵士を盾にしつつ、兵士たちの首を斬って逃げた。ソニップを除く兵士は全員倒れた。辺りが血塗れになる。周りにいた大勢の人がそれに気づき、辺りはパニックになった。その人の間をくぐり抜けて逃げていくマントは、ルルの後ろ姿だった。ソニップもそれを追う。そして僕たちも二人を追った。ルルは歩道を走って逃げているので、人混みが走りにくかった。同じく歩道を走るソニップだったが、それでもソニップは速かった。ルルとの距離は、少しずつ縮んできているように思えた。同時に、僕たちとの距離も広がっていた。見失ってしまいそうだった。
 ルルがデパートと電器屋の間に入ったのが見えた。ソニップもそこに入っていった。人が本来通らないはずの路地だ。僕たちも、遅れてそこに入っていった。もう二人は見えなくなっていた。周りは建物ばかりだが、先に空き地の端が見えた。その先にはまた建物がたくさんあって、色々な方向に路地がある。あの空き地に二人がいなければ、完全に見失ってしまったことになる。緊張の中、僕たちは空き地に飛び出した。
 衝撃だった。そこには、ソニップもルルもいた。二人は対峙していた。でも落ち着いたように見えるルルの表情とは対照的に、ソニップの表情は驚愕そのものだった。きっと僕も同じ表情をしている。そこには、二人以外の影があった。人間じゃない。四十センチほどの身長、黒い体、赤いライン、ルルの横にいても小ささを感じさせない威圧感。
「シャウド」
 ソニップが掠れた声で言った。シャウド。あれが、ルルの話の中に出てきた神の子、シャウド。僕たち、神の子たちのリーダーで、神様に封印されたチャオ。
 ソニップが剣を落とした。見てわかるくらいに体が震えている。マッスレも、エイリオも、ナイリオもそうだった。
「俺は、もう戦えない。全部、思い出した……」
 ソニップはその場に崩れ落ちた。マッスレも、エイリオも、ナイリオも地に膝をついた。全部、思い出した。ルルの話が、すべて本当だったということだ。そうだ、だってソニップはシャウドの名前を呼んだのだから。そうすると、やっぱりおかしいことが一つある。どうして、僕は思い出せないんだ。
「ナイチュ」
 シャウドが僕を呼んだ。どこか懐かしい、低い声だ。
「どうしても、思い出せないか」
 見透かされていた。シャウドの前では、何も嘘はつけないと思った。僕はうなづいた。
「無理もない。他の神の子と違って、過去に繋がる決定的なキーを持っていなかったからな」
「決定的なキー?」
「ルルは僕との約束。ソニップは走ること。マッスレとナイリオは力を発揮すること。エイリオは泳ぐこと。そして、本来であればナイチュは空を飛ぶことがキーになるはずだった。だが、それはキーになりえないものだった。人間は、空を飛べないからだ」
 はっとした。そうだ、と思った。空を飛ぶ感覚をなんとなく覚えていただけの僕と違って、みんなはその感覚をなぞることができたのだ。みんなは常日頃から、過去を僕よりも遥かに強く感じていたのだ。
 僕が過去のことを思い出せないのは理解できた。しかし、と思う。何故ルルは殺人を犯していたのか。その理由だけはまったくわからなかった。今や、この世界にいる人間でシャウドと対等に話すことができるのは僕だけかもしれない。僕は聞かなければいけない。
「どうして、人を殺したんだ」
「転生させるためだ」
 確かに、チャオであれば転生をするのだろう。だが、人間は転生をする生き物ではなかった。
「チャオは、人間へと進化した。人間がチャオの特性を持っていてもおかしくはない。そして、もう一度チャオからやり直すのだ」
「それに、そんなに都合のいい話があるわけがない。現に、死んだ人は転生してないじゃないか」
「チャオが人間へと進化するとき、そこにも長い空白の時間があった。逆もそうなるはずだ」
「そんなの屁理屈だよ」
「それでもだ!」
 シャウドが叫んだ。その威圧感に僕は圧倒された。
「僕はそのわずかな可能性にかけるしかない! カオス亡き今、僕は神に成り代わってチャオの世界をもう一度作り上げるのだ!」
「……無理だよ」と僕はかろうじて声を出した。
「仮に、それが叶わなかったとしても! チャオを奪った人間を許さない! この世界に居座り続けることを認めない! 僕はチャオの神としてやり遂げなければならない!」
「……何を」
「すべてのものに、復讐を」
 もう、シャウドには何を言っても無駄なのだ。もし、止めるとしても、僕は言葉ではなく力で止めなくてはならないだろう。
 僕はどう思っているのだろうか。止めようと思っているのだろうか。正直なところ、僕は揺れている。シャウドの言葉に人間としての自分が動いている。だが、シャウドの言葉にチャオとしての自分が動いているのも感じている。チャオの世界に戻りたいという、根拠のない欲求が僕の中にある。それを、不可能だ、と人間としての僕が妨げる。人間の歴史の中でチャオに生まれ変わった例なんてないし、仮にチャオと同じ転生という特性を持っていたとしても、人間という生物が転生したらやはり人間になるはずだ。それに、今感情を持って生きている人間たちのすべてを賭けてまで取り返す価値があるものなのだろうか。僕には、わからない。
「僕は、ナイチュが空を飛ぶあの世界が好きだ」
 心が跳ねる。
「ナイチュは昔飛べなかった。あのとき、誰もが祈った。ナイチュが空を飛べますように、と。カオスも、僕もだ。そして、ナイチュは自らの力で飛べるようになった。それから、あの世界は完成したんだ。神の子たちが駆けて、泳いで、登って、飛ぶことができる光景。チャオたちと穏やかに過ごす世界。でもナイチュが空を飛ぶ姿は、この世界では見られない」
 僕はようやく理解することができた。僕は何も変わっていない。僕は、チャオであり神の子であり、あの世界の住人であることを望んでいるのだ。この世界では、僕は僕になりえないのだ。そもそも、僕はそれを最初からわかっていたはずだった。僕は、飛ぶことができないのをわかっていながら、飛ぼうとしていたではないか。報われる可能性が限りなく低いとわかっていても、それにすがっていたではないか。それは、僕があの世界に戻ることを望んでいたからではないか。そして、あの世界には僕が必要であり、あの世界は今僕に手を差し伸べている。もう、迷いはなかった。
「シャウド」
「なんだ」
「僕を連れて行って」
「……わかった」
 シャウドはルルのナイフを手に取った。シャウドはみんなも連れて行ってくれるだろう。僕は、待っていよう。あの世界の空で。
 シャウドはナイフで僕の首を切り裂いた。そこからは何も考えられなくなった。
 最後に、よく知ったチャオたちが地上で手を振る光景が見えた気がした。
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ピュアストーリー 第一話 魔法の世界
 スマッシュ  - 13/11/17(日) 0:41 -
  
 子供達が公園で走っている。〇五八町の公園は憩いの場として有名であった。敷地が広く、綺麗な池がある。それに加えてチャオの餌の実がなる木が生えていて、人間も遊べるチャオガーデンといった風情であった。野良チャオの多くがこの公園で暮らしている。その野良チャオ目当てに公園に来る者も多かった。特に人気なのが野良チャオのリーダーであるカオスチャオだった。カオスチャオの名前はホープであったが、様々な知識を持っていたため先生とかご隠居とかいうあだ名を付けられていた。
「先生、先生」
 そう大声で呼びながらカオスチャオのことを探す子供達がいた。男二人女二人のグループで、彼らは歳が同じだったため幼い頃から一緒に遊んでいた。彼らは今年で十歳になる。そして後ろ髪を一本の三つ編みにした少女はダークチャオを抱えていた。
「ここにいるぞ」
 カオスチャオがそう言い、少年たちに手を振った。それに気付いて四人はカオスチャオの所へ走った。
 世界革命があった四十年前からチャオは人と喋れるようになった。世界革命というのはブレイクという賢者がこの世界を魔法が使える世界に変えてエネルギー問題を解決した偉業のことである。それ以来人々は必要なエネルギーを魔法によって賄っている。チャオが話すようになったのはこの世の法則を変えた余波だと言われている。世界革命を境に記憶の一部を失ったと言う人が大勢いた。しかし人類の繁栄の代償と思えばどうということはない、と記憶を失った人々は言った。チャオともお話できるようになって幸せ。それが世界革命を体験した人たちの大半が共有していた考えであった。そして若者たちにとってはその幸せが普通のことであった。
「どうした。アックスが病気にでもなったか」
「元気だよ」と三つ編みの少女に抱えられているチャオが言った。
「先生に聞きたいことがあるんだ」
 三つ編みの少女が元気よく言った。スピアという名の活発な少女であった。
「カオスチャオってどうやったらなれんの」と日焼けした少年が割り込んで言った。
「クー、言わないでよ」
 クーというのはあだ名で、クレイモアという名前だった。
「いいじゃん。俺だって知りたいんだもん」
「まあまあ。それでスピアもそれを聞きに来たのかな?」
 スピアは頷いた。スピアとクレイモアの後ろでもう一人の少女がホープの目をじっと見ていた。そしてもう一人の少年はその少女のことを気にかけている様子であった。
「サイス、元気か?」とホープは声をかけた。
「うん。元気」
「そうか。そりゃよかった。で、カオスチャオの話だったな。元々カオスチャオは普通の人には育てられないチャオだった。二回転生させる必要があるんだが、まあこれは人によっては簡単にできる。最近はチャオとコミュニケーション取れるし、実際アックスは一回転生してるものな。問題はキャプチャだ。カオスチャオになるには色々なものをキャプチャしないとならんのだが、それに必要なものが普通の人には手に入らなかった。しかしそれも大昔の話だ。今はもうカオスチャオの素というカプセルが売っている。ちょっと高いけど、まあ一生チャオと一緒に過ごせると思えば高くはないらしい。とにかくそれを二回目の転生した後、大人になる前にキャプチャさせるんだ。そうしてノーマルチャオに進化させればカオスチャオになる。ちなみにカプセルにはノーマルチャオへの進化を促す作用もある」
「じゃあとにかくそのカプセルをキャプチャさせればいいんだね」
「そういうことだね。でも高いからいい子にしてないと買ってもらえないぞ」
「わかった。お手伝いする」
 話が一段落したところでサイスを見ていた少年が、
「俺も教えてほしいことがあるんだけど」と言った。鋭い目つきであった。
「何かな」
「魔法の使い方知りたい」
 ホープは溜め息をついた。大笑いしては可哀想だと思って堪えたら溜め息になった。
「それは無理な話だよ。教えたら俺が捕まっちゃう」
 そう言ってホープは遠くにいる人物を指さした。その人物は魔法使いであった。専門の学校で魔法について学び、魔法を使う資格を得ている。魔法は人を殺す凶器になり得るものであったから通常生活に必要な魔法以外は使ってはいけないことになっている。私的に資格を持っていない者に特殊な魔法の使い方を教えるのも当然禁止されているのであった。そういったルールが破られた場合、魔法使いが警察と協力して対処することになっている。そして魔法使いは平和を守る者としてそこかしこで雇われているのだった。
「チャオでも捕まるの?」
「捕まるさ。特に俺なんて野良だしな。自己責任ってやつだ。人間と違って殺処分かもしれん」
 チャオにはまだ人権がなかった。そのため人に飼われているチャオが問題を起こせば飼い主が責任を問われることになる。野良チャオの場合は捕獲されることになるのだが、人を殺したチャオというのはまだいない。どうなるかは不明であった。
「大丈夫。ばれないよ」と少年は言った。
「ばれるって」
「俺も知りたいな」とクレイモアが言った。スピアとサイスは賛成する風でも反対する風でもなく、成り行きに任せるつもりであるようだった。
「こらこら。そもそもなハルバード、お前どうして魔法を使いたいんだ」
「だって魔法が使えたら悪いやつと戦えるだろ」
「まあ、そうだなあ」
 こんなことになるなら魔法が使えることを教えなければよかったとホープは思った。凄い秘密を教えることで幼い子供の涙を止めることができる。だからと魔法を使ったのは軽率だったらしい。
「でもそれならちゃんと学校で魔法の勉強しないと駄目だ。そうじゃないとお前が悪いやつになっちゃうからな。で、魔法使いになったら俺のことも守ってくれよ」
「教えてくれたっていいのに。ケチ」
 クレイモアも、そうだそうだ、と言って賛同した。
「資格ないけど護身用の魔法を習って使ってる人って結構いるって新聞に書いてあったぞ。特に体を強くする魔法を使ってる人はたくさんいるって。疲れにくくなるから」
「よく新聞読んでるなお前」とホープは呆れた。「皆がやってるからいいってわけでもないだろ」
「やめようよ。いけないことはよくないよ。先生も困ってるし」
 そう言ってスピアがホープを助けた。ハルバードとクレイモアは不服な顔をしながらも諦めた。
「さっさと遊ぼうぜ」と退屈していたアックスが言った。

 日が落ちて子供達はそれぞれの家に帰るが、サイスはハルバードの家に来ていた。サイスの親は遅くにならないと帰ってこない。ハルバードの家もそうであったが、ハルバードは家の鍵を持たされていた。ハルバードの両親はまだ帰ってきていなかった。二人はリビングのソファに座った。リビングにはテーブルとソファの他にはテレビとラジオと新聞しか置かれていない。物の少ない家であった。父と母の部屋にはベッドと机があるが、机の上には紙とペンと辞書しか置いてない。余分な物、生活に潤いを与える物というのはハルバードの部屋にしかなかった。
 ハルバードは両親が何の仕事をしているのか知らない。ただ二人一緒に働いているらしいことはわかっていた。そして二人はテレビでニュースを見ている時に「世界革命はまだ終わっていない」と言うことがあった。「一日でも早く幸福な世界に変えなくてはならない」と二人は互いに言い聞かせ合っていた。
 ハルバードとサイスは、早く帰ってこないかな、とそれぞれのタイミングで呟いた。数ヶ月前からサイスはハルバードの家で夕飯を食べる生活をしていた。サイスの父は遅くまで仕事をしていた。母は仕事があるわけではないのだがどこかへ行ってしまって家に帰ってこない日の方が多かった。ハルバードが暇そうにしていると、
「ねえ、魔法の使い方、知りたいの」とサイスが言った。
「うん。知りたい」
 ハルバードは悪いやつを魔法で倒したかった。悪いやつというのはサイスの両親のことであった。以前ハルバードはサイスの体にあざがあるのを見つけた。あざはいつも服で隠れる所にあった。それがふとした拍子に見えたのだった。以来ハルバードはサイスのことを気にして、ふとした拍子が来てはあざがあることを確認していた。ハルバードにとってサイスは大事な異性であった。そのサイスが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「じゃあ教えてあげる」
 サイスはそう言って両手を器の形にした。そしてその器の上に火が起こる。火の魔法だ。しかし火はどんどん多くなっていく。サイスの顔と同じくらいの大きさの炎になった。
「これが炎の魔法だよ」とサイスは言った。炎の大きさを見れば資格を持たない者が使ってはいけないものであることは明白であった。
「どうして使えるの」
「私ね、おじいちゃんがブレイクなんだって」
「ブレイクって賢者の?」
「うん。賢者ブレイク」
 世界を魔法の世界に変えたブレイクは魔法の扱いも非常に上手かったため、賢者と呼ばれていた。しかしそう呼ばれるようになってすぐに姿を消したとされていた。
「それでお母さんが魔法の才能があるんだから今のうちから覚えておきなさいって教えてくれたの」
 サイスは言い終えると炎を消した。もっと見せてほしいとハルバードは思ったが、昼に聞いたホープの捕まるという言葉に怯えて口に出さなかった。
「魔法、教えてあげる」とサイスは言った。「でさ、魔法の学校に一緒に行こう」
 ハルバードは頷いた。
「うん。一緒に魔法使いになろう」
 がちゃ、と鍵の開く音がした。ハルバードの両親が帰ってきたのである。
「今のは秘密だからね」
 サイスは小声で言ってから、おかえりなさい、と玄関の方を向いて声を出した。ハルバードの父はリビングに入って二人の顔を見るなり、
「何かあったのか?」とにこやかな顔で聞いた。二人はどきりとした。父の勘は鋭いようだとハルバードは思っていた。しかしあくまで勘であって根拠があるわけではないらしい。
「ううん。ないよ」と嘘をつくだけで誤魔化すことができた。
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ピュアストーリー 第二話 過去へ伸ばす手
 スマッシュ  - 13/11/17(日) 0:46 -
  
 サイスがハルバードに炎の魔法を見せてから十二年が経った。約束の通りに二人は同じ学校で魔法を学んでいた。既に二人は魔法を使う資格を取り、後は卒業するだけという段階にあった。
 ハルバードは両親が死亡したためクレイモアの家で暮らしていた。両親が死亡したのは十四歳の時で、二人は同じ日に死亡した。ハルバードの両親は活動家であった。二人は魔法を自由に使えるようにするべきだと主張していた。世界革命はまだ終わっておらず、そのために世界は不幸なままである。そして幸福になるためには全ての人が魔法を制限なく使えるようになって悪しき人間を打ち倒す社会を作らなくてはならない。そうして全人類が悪を叩く剣を持って初めて本当の幸福は訪れる。二人はそのように信じ、時には魔法で人を殺すこともしていたらしい。そして魔法使い同士の戦闘の末に二人は死亡したのであった。クレイモアの家で暮らすようになってから、クレイモアの母に聞いてハルバードはそのことを初めて知った。ハルバードは人殺しの子供と言えたが、クレイモアの両親はハルバードを可愛がっていた。ハルバードの両親が亡くなる前にクレイモアの家でも亡くなった人がいた。クレイモアの弟であった。学校でクラスメイトに殺されてしまったのであった。ハルバードはいなくなった一人を埋めるために引き取られたのだった。
 サイスは一人暮らしをしていた。実家には帰っていないから両親がどうしているか不明であった。スピアの家ではアックスが無事ダークカオスチャオに進化した。そしてアックスはある日突然どこかへ行ってしまった。旅に出る、と非常に整った字で書かれたメモが置いてあったらしい。アックスは頭がよかったから本当に旅に出たのだろうとスピアは思ったようだ。公園で野良チャオのリーダーをしていたホープも同時期にいなくなってしまった。そしてスピアは最近旅に出た。きっとアックスを探すためだろうとサイスはハルバードに言った。

 学食で昼食を取って、ハルバードとサイスは学校から出た。ハルバードもサイスも華やかな若者に成長していた。ハルバードは体を鍛えた成果で細いながらもがっちりとした体格になっていた。サイスは長い髪の毛を結ったり結わなかったりしていた。今日は結っていなかった。そして白い眼鏡をかけていた。眼鏡をかけなくても日常生活に支障はなかったが、戦闘の中では見えていないことが命取りになると思い眼鏡を作ったのだった。
 校門を出たところで男が話しかけてきた。二人より少し年上に見える青年であった。
「ハルバードとサイスだね?」
「そうですけど」
 ハルバードは警戒して体を緊張させた。魔法を使えるようになった。体も鍛えている。今ならサイスを守れると自負していた。そして守るつもりでサイスより半歩前に出た。身体能力を強化する魔法を使う。青年が口を開いた。
「久しぶりだな。俺だよ。ホープ。公園でよく遊んだ」
「ホープって」
 ハルバードは聞いたことのある名前だと思ったが誰だったか思い出せなかった。サイスが、
「先生?」と驚きの声を上げた。
「そう。大きくなったな、お前ら」
「先生って、え、でも先生はチャオだったんじゃ」
「人間に化ける魔法だよ。凄いだろ」とホープは笑った。そして真顔になる。「ハルバード、今からある人に会ってほしい」
「ある人?」
「市長だ。君に依頼があるんだ」
 世界革命の後、町の形が大きく変わった。地図の上では同じ大きさの町が無数に並んでいて、その姿は蜂の巣に近かった。町の名前が数字になったのはどれも同じ形をしているからであった。そして市もまた同じようにほぼ同じ形のものが並んでいて、やはり数字で呼ばれていた。ハルバードが住んでいるのは二市であった。しかし町の番号だけでどこに住んでいるのか伝わるので、市の番号は日常生活の中であまり必要とされていなかった。
「市長が俺に何を?」
「君は魔法使い同士の戦闘訓練で非常に優秀な成績を収めていたそうじゃないか。その腕を見込んで、だそうだ」
「はあ」
「とにかく話を聞いてやってくれ」
 そう言ってホープはハルバードを車に乗せた。ハルバードは免許を持っているのかとホープに聞いた。チャオが持てるわけない、とホープは言って車を走らせる。運転は至って普通で、むしろ安全運転を心がけているのがわかった。あまりスピードを出さずに車は走った。

 市役所の五階にある市長室にホープが案内した。中に入るとテレビで見たことのある白髪交じりの男が立ちあがって、
「ようこそ、君がハルバード君だね」と言った。
「はい」
 ハルバードは市長と向かい合うようにしてソファに腰かける。ホープは二人から少し離れたところで床に座った。あぐらをかいて座っているのがチャオらしいとハルバードは思った。
「早速だが君はカオスエメラルドという宝石のことを知っているだろうか」
「何ですか、それ」
「カオスエメラルドという宝石はこの世界に七つあり、全てが揃うと奇跡が起こるらしい。五十年前、賢者ブレイクが世界を変えたのもカオスエメラルドを七つ集めて奇跡を起こしたからだ」
「そんな物がこの世にあるんですか」
「驚くのも無理はない。私も先生から聞くまでそんな石が存在しているだなんて知らなかったのだからね」
 市長は苦笑いして、ホープの方を見た。ホープの手には黄色の宝石が乗せてあった。市長は、おそらくカオスエメラルドのことを知っている者は非常に少ないだろう、と言った。
「五十年前、人々は記憶の一部を失った。それは人によって失った記憶が異なると思われているが、実際には少し違ったようだ。全人類が失った記憶がある。そしてそれに関する記録さえもなくなっている。そんな喪失がこの世界では起きていたんだ」
「だがそれは本当に全ての人間の記憶を消すに至らなかった」とホープが引き継いで言った。「消えたはずの記憶を持ったままの人間、あるいはチャオがいた。そして俺はカオスエメラルドの記憶を偶然失わなかったというわけだ」
 ハルバードは非常に厄介なものに巻き込まれたのだと悟った。ホープは市長からの依頼があると言って連れてきた。世界革命によって人々の記憶から消えた奇跡の力を持つカオスエメラルドが関係するのである。残りの六つを、どこにあるかわからないが探せとでも言われるのだろうか、などとハルバードは考えていた。
「そのカオスエメラルドを狙っている集団がいる。彼らはカオスエメラルドを立て続けに奪った。偶然とは考えにくい。彼らは殺人も躊躇わない。カオスエメラルドにそれだけの価値があるとわかっているのだろう。彼らは世界を変えるつもりだ。五十年前賢者ブレイクがしたように。彼らは自分たちを英雄と呼び、争いのない世界を作ると主張しているようなのだが、それが本当にいいことだとは信じ難い。君には彼らを倒してほしい」
「私にできることなのでしょうか」
 人殺しを平気でする連中だ。しかもカオスエメラルドの強奪に成功している。そのような者たちと戦えるだけの実力があるのだろうか。ハルバードには実戦経験がなかった。だから自分の実力を過信しないように努めてきた。その冷静さが彼に自信のない発言をさせたのだった。
「ああ、いや、すまない。無理に戦えと言うつもりはないんだ。私たちは優秀な魔法使いには一通り声をかけるつもりでいる。しかしどうかカオスエメラルドの回収には協力してほしい。カオスエメラルドはまだ四つある。せめてその四つは守り抜かなければならない。回収の際、彼らと遭遇しないとは言い切れないから、実力のある者でないとこの役目は務まらない」
「まあカオスエメラルドの回収であれば、お金がちゃんともらえるなら、いいですけど」
「勿論情報も給料も出すよ。世界のための仕事だ。危険もある。私たちは君を全力でサポートする」
 ハルバードは結局この仕事を引き受けた。かなりの額をもらえることになったからだ。カオスエメラルドを手に入れればボーナスも出る。それにもう一つ理由があった。もし自分が七つのカオスエメラルドを全て集めれば自分の望みを叶えられる。ハルバードは過去を変えたいと思った。世界を変えるなんて大袈裟なことをするつもりはない。ただサイスの両親をもっとまともな人間に変えることができたら、サイスは幸せに暮らすことができたはずだという思いがあった。彼女のことを守りたいと思った。それが死ぬかもしれない旅に身を投じるほどの理由に足り得るかどうか、ハルバードにはわからなかった。それでも行こうと思った。彼女に何もしてやれなかった過去を消すために。昔の自分の弱さを今の自分の強さで上書きするために。

 市役所を出ると、サイスがいた。
「や」と言って彼女は手を軽く挙げる。
「あれ、どうして」
「タクシー乗ってきた。気になったから。何の話だったの?」
 これから学校は休むことになる。サイスには教えておいた方がいいと思って、ハルバードは市長から受けた依頼のことを話した。話を聞いてサイスは、
「私も行く」と言った。
「え」
 嬉しいものの不安もあった。当然ながらサイスが死なないとは限らないのだ。
「だってもしかしたら死んじゃうかもしれないんでしょ。そんな旅に一人で行かせるなんてできないよ。私強いから二人で戦えばきっと大丈夫だよ」
 ハルバードは、自分がサイスの死を心配しているようにサイスは自分の死の可能性を見ているのだと気付いた。彼女は本当に強い。魔法の才能は学校で一番だった。断ろうにも合理的な理由はない。それにサイスと一緒に旅ができると思うと心が躍った。
「うん。わかった。よろしく頼むよ」
「やった。よろしくね」
 一度家に戻って旅の準備をすることになった。持っていく服を最小限に抑えたらリュックサック一つで十分だった。仕事に必要な金として既に現金を受け取っていた。来月からは口座に振り込まれることになっている。とにかく金があるのでどうにかなると思われた。市長から受け取った片手で扱える剣をコートに隠し、クレイモアの母に挨拶した。
「仕事で出かけることになったのでしばらく帰ってきません。もしかしたら帰ってこれなくなるかもしれません。今までありがとうございました」
「そんな急な。明日ってわけにはいかないの」
「人の命が関わる問題だから。なるべく急ぎたいんです。クレイモアとお父さんによろしく伝えておいてください」
 ハルバードは足早に去って会話を終わらせ、家を出た。人の命はどうでもよかった。早くサイスと合流したいと思っていた。
 二人はバスに乗って南の方にある〇八三町へ向かった。〇八三町は町のほとんどの建物が店舗であった。裏通りに入ると盗撮のためのカメラを売る店などがある。闇市の名残のある一帯には英雄と名乗る集団に協力的な者が集まっている。そして彼らはカオスエメラルドを手にして、英雄と名乗る集団に渡す予定でいるらしい。市役所でホープからそう聞いたのであった。
「とりあえず今日は泊まる場所を探そう」
 ハルバードはそう提案した。大通りには高いビルの店舗が建っている。そこから離れていくほど商売の雰囲気はなくなっていく。十分ほど歩いてビジネスホテルを見つけた。あそこだ、とハルバードが指さすと、後ろからクラクションを鳴らされた。そして、
「おおい、ハルバード、サイス」と呼びかける声がした。振り向くと、クレイモアが車から顔を出して手を振っていた。
「クレイモア」と二人は驚いて叫ぶ。「どうしてここに」
「お前が旅に出るっておふくろから聞いて、バス乗るのが見えたから、追っかけてきたんだ」
 クレイモアは二人を後部座席に乗せる。ホテルに向かって車をゆっくり走らせる。
「途中でバス見失ってやばいと思ったけど、どうにか会えてよかったよ」とクレイモアは一度笑ってから、
「なあ、俺も一緒に行かせてくれないか」と言った。
「駄目だ」
 ハルバードは即答した。クレイモアは戦えない。魔法を使う資格を持っていないのだ。足手まといになるし、その上サイスと一緒にいるのを邪魔されたくなかった。
「頼むよ。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
「なんだよ、それ」
「俺は賢者ブレイクに会って話がしたいんだ」
 ハルバードはサイスの方を見た。サイスもハルバードを見た。賢者ブレイクはサイスの祖父だ。そのことを話したのだろうかと思って見たのであったが、互いに同じことをしたからどちらも話していないのだとすぐにわかった。そしてクレイモアは、
「過去のことを知りたいんだ」とサイスとは全く関係のないことを言った。「何かがおかしい気がするんだ。もしかしたらブレイクしか知らない何かがあるのかもしれない」
「どうしてそう思うんだ」
 そう聞かないわけにはいかなかった。ついさっき市役所で普通の人は知らない記憶について聞いたばかりであったからである。
「大した根拠はない。ただ昔じいちゃんが変なことを言ってたんだ。世界革命が起こる前は恐ろしい世界だったって。でも最近それは変だって思ったんだ。エネルギー問題はあったけど、まだ生活に困るような段階ではなかったんだろ?それなのに恐ろしい世界って言うのは変じゃないか。そうだろ?」
「ああ、確かにそうかもな」
「五十年以上前、世界は何か酷い問題に直面してたんじゃないかと俺は思うんだ。そのことを世界革命の後、皆忘れてしまった。記憶が失われたんだ。もしそれを知っている人間がいたら、賢者ブレイクなんじゃないかって思うんだ」
「なるほどな」
「やらなきゃいけないって、どうして?」
 今度はサイスが聞いた。車はもうホテルの駐車場に止められていたが、三人は車内で話していた。
「俺は知りたいんだよ。真実が。でも俺の周りにはその真実がなかった。だから見つけたいんだ。嫌だと言っても付いていくからな。俺も今日はここに泊まる」
 クレイモアはそう言って車から降りた。ハルバードはサイスに、
「大変なことになったな」と言ってから降りた。
 ホテルのロビーは狭かった。入ってすぐの所に受付がある。そしてエレベーターの傍に自動販売機が一台だけ設置されていた。紙コップと飲み物が出てくるタイプのものであった。ハルバードがコーヒーを買った。トリプルの部屋があったのでその部屋に泊まることになった。部屋に入ってすぐにハルバードはクレイモアを追い出そうとした。
「少しくらい休ませてくれよ」
「知るか。大事な話があるんだ。出てけ。ついでに飯買ってこい」
「わかったよ。服とか買わないといけないしな。いっそ一度家に戻るかな」
 ベッドに腰掛けたばかりであったが、ぶつぶつ言いながらクレイモアは立ち上がる。そして出ていく際に、
「しばらく帰ってこないから安心しろよ」とからかうように言った。
 ドアが閉まってハルバードは溜め息をついた。
「さて、どうするか。このままだとあいつ本当に付いてくるぞ」
「別にブレイクに会いに行くわけじゃないのにね」
 サイスはブレイクのことをおじいちゃんとは呼ばない。会ったことがないために繋がりを感じていないのであった。
「死ぬかもしれないって所に連れていくわけにはいかないよな」
「やっぱりそれかな。死ぬかもしれないから帰ってって」
「それでも付いてくって言ったら?」
「どうすんだろ」
 サイスは首を傾げた。そのまま何も言わない。
「殴って気絶でもさせるか」
 ハルバードはそう言って拳を振り下ろす動作を見せた。
「あ、それいいかも」とサイスも真似をした。
「実際それしかないかもな」
 またハルバードが拳を振り下ろす。二人はしばらく発言するごとに拳を振り下ろしていた。

 翌朝ハルバードはコンビニで買ったサンドイッチを食べながら、
「あのさ、クレイモア。これから魔法の戦闘になるかもしれない。危ないから付いてこない方がいい。死ぬかもしれない」と話した。
「俺も行くよ」
 さらりと言うので、話を聞いていなかったのではないかとハルバードは思い、
「だから、死ぬかもしれないんだって」と言った。
「お前たち何しようとしてるんだ?」
「何って」
 自分たちの仕事についてクレイモアにどこまで話していいのだろうか。クレイモアを同行させないつもりでいるハルバードは全て隠していたい気分であった。しかしサイスが、
「カオスエメラルドっていう凄い宝石を集めなきゃいけないの」とあっさり話してしまう。
「凄い力を持った宝石でな。悪いやつに狙われてて、俺たちが回収しないと世界が危ないんだ」
 ハルバードは秘密にすることを諦めた。話して、戦えない人間が一緒にいるべきでないことをわからせようと思った。
「その悪いやつっていうのが、人殺しも躊躇わないって集団なんだ。だから殺し合いになるかもしれない。そうなった時俺たちはお前を守って戦う余裕はない」
「だから付いてくるなと?」
「そういうことだ」
「わかった。行くよ」とクレイモアは真顔で言った。
「ギャグだよな?」
 クレイモアはにやりとした。
「本気だよ」
 ハルバードはしかめっ面になる。どうして行こうという気になるのか理解できない。やはり気絶させるしかないのだろうかと思った。
「先生がどっか行って、アックスも旅に出て、スピアまでどこか行っちまっただろ。そんでもってお前たちは死ぬかもしれない旅をすると言う。俺は知りたい。知らないまま過ごすのは落ち着かないみたいなんだ」
「だからってお前」
「死なないように気を付ける。危ない所ではお前らから離れて行動するし、いざ戦闘になったらすぐ逃げる」
 ハルバードはサイスに目をやった。サイスも困った顔をしていた。
「本気なら仕方ないのかな」
 そうサイスが言うと、ハルバードもそうかもしれないという気持ちになった。

 中古の品を売っているという店に三人は入った。扱っている品は様々で、結婚指輪と思われる物や刃物、古いラジオなど統一感がない。盗品やゴミから拾った物であろうとハルバードは思った。クレイモアを店の出入り口のすぐ傍に待機させ、ハルバードはカウンターにいる店主に話しかける。
「なあ、最近英雄って名乗ってるやつらが活躍してるらしいって噂聞いたんだけど、知ってる?」
 体の細い店主は迷惑そうな顔をした。
「聞いたことあるな」
「そいつらが狙ってる宝石、カオスエメラルドって言うらしいんだけど、知らない?ここら辺にあるって話を聞いたんだけど」
 手掛かりがないのでこうやって話しかけて探ろうと、昨日ハルバードとサイスと二人になった時に決めていた。店主はハルバードとサイスを睨んだ。それで関係者だとわかった。サイスが右手を店主に向けようとする。魔法で威嚇するつもりであった。しかしそれより先に店主の動いた。薄い端末を手に取り、カウンターを飛び越えた。そして逃げながら端末を操作する。店主は店から出て行った。その後にクレイモアも逃げる。ハルバードとサイスはカウンターの中を調べる。その奥にある部屋にも、ドアを魔法で吹き飛ばして入る。カオスエメラルドは見当たらなかった。店から出ると数人に囲まれていた。彼らは出てきた二人を狙って魔法の弾丸を撃った。それを二人はバリアを展開して防いだ。防いでなければ頭や胸に当たっていたようだった。ハルバードは道の真ん中で倒れているクレイモアを見つけた。逃げているところを見つかったのだろう。頭が破損しているのが見えて、既に死んでいることがわかった。ショックを受けたが冷静なままであった。クレイモアの死が一つの状況としてすんなりと頭の中に入った。生きて帰るには殺すしかないと思った。そして何が何でもカオスエメラルドを手に入れる、と決意する。サイスはまだクレイモアを見つけていなかったが、ハルバードと同じことを考えていた。
引用なし
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神様の祈り 最終話 祈りの果て
 ダーク  - 13/11/19(火) 18:15 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様はずっとチャオの幸せを祈っていました。
 ですが神の子たちはチャオがもうどこにもいないことをわかっていました。
 神様と神の子たちは向かい合います。
 その光景を、あの空を飛べなかった神の子が見ていました。
 そして、その子は遂に決心をするのでした……。


 シャウドはチャオが次の生物へと進化した時代に目を覚ます。次の生物とは人間、つまり次の生物へと進化した時代とは今のことだ。そして、ルルが言った“今日中にわかる”という言葉。間違いないだろう。シャウドはこの世界にいる。僕が人間としてそれを受け入れようが受け入れまいが、それは事実なのだ。そしてシャウドはこの時代でチャオのためになる何かをしている。
 ルルは大抵のことを把握している。シャウドとすでに接触している可能性だって高い。シャウドの状況を把握できるような状況にあるのなら、接触しない理由がない。二人が接触していると仮定すると、今度はシャウドがルルの行動を把握しているかということも問題になってくる。ルルは大量殺人を犯している。シャウドはそれを知った上で、止めないでいるのだろうか。あるいは、知らずにルルと接触しているのだろうか。もし前者であるのなら二人は共謀関係にあり、大量殺人はチャオのために行われているのではないか。大量殺人とチャオ、何が繋がるのだろう。
 まさか、と思った。一つだけ、チャオにまつわるワードで思い当たるものがあった。転生だ。人間をチャオに転生させようとしているのだ。でも、それはいくらなんでも難し過ぎる話だ。いくら人間がチャオの進化形だとしても、人間は死んでしまえば終わりだし、仮に転生したとしてもチャオに転生する保証はない。これがシャウドの意図である可能性は低いか。
 それでも僕はこの可能性を捨て切れなかった。もしも僕がシャウドの立場だったとして、チャオのために何ができるだろう。人間の技術力を信じて、自らの体を差し出してチャオを増やすか。いや、封印されてまでこの時代に訪れ、そこにいる生物にすべてを託すことはしないだろう。そもそも人間を信頼することはしない。言うならば人間は、この世におけるチャオの立場を奪ったとも言える存在だからだ。人間を犠牲にするのはあるいは妥当と言えるのかもしれない。
 朝ご飯を食べたあと、僕は自分の部屋に全員を呼び出してルルが話したことと、僕が考えて辿りついた可能性について話した。我ながら、かなり突拍子のない話だったと思う。それでも、みんなは真剣に聞いてくれた。ジョン隊長と兵士たちだけが、半信半疑といった様子だった。それが逆に、神の子たちが持つ記憶の残骸を裏付けたように思えた。
「その話を鵜呑みにすることはできないが、どちらにしても私たちがすべきことは同じだ。犯人を捕まえよう」
「そうだな。仮にチャオのために何かをするとしても、まずは捕まえなきゃ始まらない」
 二人の隊長が結論づけた。今まではこの二人の判断が僕たちの行動を決めてきた。その判断に納得していたから、僕たちもただ従うだけで良かった。でも今回は納得できなかった。というよりは、捕まえるという言葉に現実味が感じられなかった。話はそんなに簡単なものなのだろうか。時代を越えてある種の使命を果たしに来たシャウドとルルを相手に、捕まえるか捕まえられないかという楽観的な選択肢を設定して良いのだろうか。違う。きっと実際は殺すか、殺されるかの戦いになる。こんなに楽観的なのは、二人が僕の話を軽視して、敵の覚悟を見誤っているからだ。でも僕は何も言えなかった。人間としての僕が、自らの話の不合理を理解している上に、まだどこかでこの二人の隊長が、いざ実戦となれば最善の行動を取れると思い込んでいるからだ。結局何も言えないまま、旅館を出発することになった。
 旅館を出発してからすぐに、マッスレが話しかけてきた。
「さっきの隊長さんのお話、どう思う?」
「正直なところ、捕まえるのは無理だと思う」
「俺もそう思う。シャウドがどんな奴なのか、はっきりとは覚えていないけど、すごい奴だってことだけはなんとなくわかるんだ」
 僕もマッスレも同じことを感じていた。シャウドという名前を思い浮かべると、連想するのは畏怖にも似た尊敬だった。やはりルルが話したとおり、僕たちは神の子としての記憶を持っている。きっとエイリオもナイリオも、ソニップも同じことを感じている。ソニップがあんなことを言ったのは、ジョンさんや兵士たちが最善の行動を選択できると信じているからだ。僕たちの後ろを歩く、エイリオとナイリオも何かを話している。先に、二人の話を聞こう。
「どうしたの?」
 僕が尋ねると、ナイリオがあっけらかんと答えた。
「ナイチュ、元気になったね、って話をしてた」
 想像していた答えと違って、僕は面を食らってしまった。エイリオが少し驚いたような顔をしていた。きっと僕に話すつもりのない話だったのだろう。聞いてはいけない話を聞いてしまったようで、僕は何も答えられなくなってしまった。
「元気なかったでしょ? でも元気になったみたいだから、安心したってエイリオが言ってた」
「恥ずかしいからもうやめてよ」
 エイリオが冗談めかすように笑顔を見せる。
「エイリオも元気なかったんだよ。ナイチュが心配だったみたい。とにかく、二人が元気になって良かったよ」
 僕も恥ずかしかった。エイリオが恥ずかしそうにしているのを見ると尚更だった。ナイリオは小悪魔的なところがあるようだ。でも、ナイリオもなんだかんだで僕たちのことを気にかけているのだ。それは素直に嬉しかった。
 それにしても、僕が元気になったというのは改めて考えるとそうだった。昨日と比べると、断然気分が良い方向へ向いている。今僕が感じているのは、神の子たちの共感であり、昨日のような悩みではないからだ。共感に溺れている場合ではないが、自分が神の子であるという確信が僕には必要だった。そうだ、僕の元気になったのは、あのルルの「ナイチュは神の子だから」という言葉があったからだ。僕は神の子でありたい。
 神の子でありたいのなら、僕が今しようとしていることはなんなのだ。シャウドやルルを殺して人間の世界を肯定するのは、自らが神の子であることを否定することではないか。僕が求めていることと、今僕がしようとしていることは一致しない。そして、今も着実に足は前に進んでいる。終着点は僕たちに近づき続けている。僕は決断をしなければいけない。人間の世界とチャオの世界。果たして、どちらが僕にとっての正しい世界なのだろう。
 空が晴れている。涼しくなってきた時期だが、今日は日差しが暖かい。こんな日は、あの場所で空を飛ぼうとするのが気持ちよかった。本当に空を飛べるような気になるのも、こんな日だった。町の舗装された道を歩く感覚がリアルだった。昨日とは違う、朝の鳥が歌っていた。この歌うように鳴く鳥はなんという種類の鳥なんだろう。電線を見上げると鳥が二匹離れてとまっていた。歌っていたのはこの鳥のようだ。群れで電線にとまる鳥よりも可愛らしく見える。僕は鳥に憧れているわけではないが、もし空を飛べたらこんな鳥と一緒に飛んでみるのも悪くなさそうだ。
 辺りは静かだった。エンペラシティの人たちも、どこかの避難場所に集められているのだろうか。田んぼは稲刈りが済んでいるので、人がいないのも自然な光景に見える。たくさんの切られた稲の根元が寂しそうに開いていた。昨日の霧で目立たなかった山の紅葉もやっと顔を見せたというのに、どこか物足りなさそうだった。至って自然の光景なのにこんなことを感じるのは、僕が人間がいる光景を求めているからかもしれない。
 旅館の女将のことをふと思い出した。もし住民がどこかに避難しているのであれば、女将は何故旅館にいるのだろう。旅館の女将として、客をいつでも迎えたいという精神がそうさせたのだろうか。確か、女将は一人しかいなかった。本当であれば他にも従業員がいて、あまり綺麗じゃなかった庭の手入れもできていた。僕たちの知らないところで、そんなドラマがあったのかもしれない。でも、それは僕の勝手な妄想だ。ソニップは迷わずあの旅館に案内したし、兵士もたくさん配備されていた。あの旅館に誰か残っていてくれと、公的な依頼があったと考えるほうが自然だ。
 山に近づいてきた。山にはトンネルが貫通している。トンネルをくぐった先には、ムーンシティがある。そこではルルと、おそらくはシャウドも待っている。二人の問いかけに、僕は何も答えを出せないままここまで来てしまった。きっと、この先で僕は何もできない。みんなは、もう覚悟が決まっているのだろうか。ソニップとマッスレが真剣な表情をしている。ああ、なんてたくましい人たちなんだ。二人は迷わず戦って、空を飛べない僕をも肯定してくれるのだろう。ナイリオも子供ながらに真剣な表情をしている。もしかしたら戦おうとしているのかもしれない。エイリオも、真剣な表情だ。何でそんな顔をしていられるのだろう。悲劇な人間を演じるようでこんなことは考えたくないが、みんなはチャオだった頃にできたことが今もできるから迷わずにこの世界を肯定できて、僕だけが空を飛べずにいるから未だ迷いの中にいるのだろうか。それは、きっと正解だ。でも、だからと言ってチャオの世界を選んでいいのだろうか。
 トンネルに入った。どうせこの辺りは車も通らないから、とソニップが言って、ぞろぞろと車道を歩く。トンネルに橙色の照明が等間隔で設置されている。間隔は広く、照明同士の中間地点辺りはそこそこに暗かった。そんな光と影が交互に続き、ムーンシティへと僕たちを導いていた。
 誰も喋らなかった。音がトンネルの中で必要以上に響くからだ。もし音が出てしまったら、緊張が爆発して違うものへと形を変えてしまいそうだった。今は緊張しているのが一番良いのだと、全員が理解していた。車道を歩く地味な足音だけが聞こえていた。
 山は大きく、出口はまだ見えなかった。半分は歩いたというところだろうか。そういえば、エンペラシティとムーンシティの境はこの山の山頂であった。つまり、おおよそトンネルの中間地点を越えればもうそこはムーンシティなのだ。そうか、もうムーンシティに入っているかもしれないのか、と思った。その時、落ち着いた低い女の声がトンネルに響いた。
「待ってたよ」
 ルルが、トンネルの壁にもたれていた。ルルがいたところは丁度影になっていたのと、黒いマントとフードのせいで声が聞こえるまではまったく存在に気づかなかった。そして、ルルの声が聞こえてからすぐに、前を歩いていたジョン隊長とスモリエさんがうめき声をあげて倒れた。すぐに後ろを歩いていたカーネルさんとゾランさんとメッツさんが大きな銃をルルに向けた。だが、その瞬間に僕たちの足元を黒い影が駆けていった。兵士の三人もそれに気づいたが、その瞬間にはもう首を斬られていた。兵士がやられたのはわかったが、それ以外のことは何もわからなかった。すべてが速すぎた。
 そしてすぐに、倒れた兵士の中にシャウドが立っていることを理解した。そこに立っているのがチャオであり、シャウドであることは当然のことのように理解できた。小さな黒い体に、いくつか入った赤いライン。懐かしい姿だった。シャウドは血がついた刃の長いナイフを両手で構えていた。シャウドはナイフの先を下げ、僕たちの顔をゆっくりと見た。サンホールで初めてルルと対面したときよりも明確にチャオであった頃の雰囲気を感じた。シャウドも昔のことを考えているのだろうか。そのままどれくらいかの時間が流れた。シャウドが口を開いた。
「長かった。神の子たちがこうして集まるのを、僕はずっと待ちわびていた」
 誰も答えなかった。シャウドにはまだ言うことがあるはずだからだ。そして、シャウドはもう一度口を開いた。
「僕はカオスに代わり神となり、殺人と転生をもってチャオの世界を取り戻す。神の子たちよ、僕と共にチャオの世界を取り戻そう」
 僕の予想は当たっていた。だって、シャウドにはそれしかないんだから。僕はやはり何も答えられなかった。
 ソニップがシャウドの前に立った。そして、僕の前では初めて背負っていた剣を取った。剣は二本だった。ソニップが二本の剣の先を、シャウドに向けた。
「それが答えか。ならば責めて僕の手で、本来の姿を取り戻してやろう」
 シャウドもナイフを構えた。一瞬、シャウドが僕の方を見た。僕はどきりとしたが、ソニップがすぐさまシャウドに斬りかかった。ソニップの動きは速かったが、シャウドの動きはもっと速く後ろに飛びのいた。そして、速さよりもその距離が尋常ではなかった。勢いをつけたようにも見えず、且つ後ろ向きに十メートル近くは飛んだ。シャウドは、まず人間の常識がチャオに通じないことを証明して見せたのだった。それに、シャウドは影になっているところにいるとかなり見えづらい。ソニップがシャウドに勝つのは、絶望的なのではないか。
 一方、マッスレはルルと向かい合っていた。一度見た光景だ。サンホールではマッスレが圧倒していたが、油断はできない。それに、ルルの手にはシャウドが持っているナイフと同じナイフが握られている。ナイフを持ったルルは、素手のマッスレよりも間違いなく有利だ。そう思ったとき、ルルはそのナイフを捨てた。ルルは何を考えているのだ。
「肉弾戦じゃお前は俺には勝てない。この前わかっただろう。お前が思ってるほど性別の壁は薄くない」
「私は女じゃない。マッスレとも対等に戦える。私はチャオだから」
 ルルがマッスレに殴りかかった。マッスレはルルの腕をつかんでルルの動きを止める。やはり、力はマッスレの方が上だ。ルルがすかさず蹴りを放つが、マッスレはもう片方の手で足をつかみ、そのまま投げ飛ばした。ルルは受身を取るが、ダメージはあるように見えた。こちらはマッスレが勝つだろう。
 振り返ると、ソニップは思っていたよりも一方的な戦いにはなっていなかった。シャウドのナイフを避けたり剣で弾いたりと、ソニップは予想以上の実力者だった。とにかくシャウドとソニップは前後左右に素早く動いていた。それでもやはりシャウドは体が小さいということもあり、ソニップの剣を簡単に避けているように見えた。それに加え、蹴りを入れる余裕さえもあった。別々に動く二本の剣をかわして蹴りを入れる姿は、やはり普通ではなかった。
 時間と共に、どちらの戦いも形勢が傾いていった。ソニップとルルの表情は、体力もダメージも限界に近づいていることを表していた。僕は焦っていた。戦いが続くのが怖かった。終わりが迫ってきていることを、嫌でも感じさせられた。誰にも死んでほしくなかった。
 はっとした。僕は、ようやく自分の答えに気づいた。人間の世界と、チャオの世界。どちらを選ぶか、なんて問題ではなかったのだ。僕は誰にも死んでほしくないのだ。その瞬間、僕はシャウドを大声で呼んでいた。トンネルに響き渡った声が、全員の動きを止め、視線を集めた。ソニップが疲れきって膝をつく。僕はソニップの横を通って、シャウドの前に立った。
「僕は誰にも死んでほしくない。だから、シャウドも僕たちと一緒に生きよう。それが僕の答えだよ」
 シャウドは僕を見上げていた。手に光るナイフがたまらなく怖かった。でもここで言わなければ、僕は生きる意味をずっと見出せなくなってしまいそうだった。緊張の中、遂にシャウドが答えた。
「この世界でナイチュは空を飛べない。だが、チャオの世界では空を飛べる。つまりナイチュが空を飛べるというのは、チャオの世界の象徴でもあるのだ。チャオの世界にはナイチュが必要だ。空を飛べずに悩んでいたナイチュが、空を飛べるようになった世界を僕は望んでいる。空を飛べないままの、こんな世界ではなくてだ」
「それでも、僕は誰にも死んでほしくない」
 シャウドが僕を突き飛ばした。仰向けになった僕の胸に、シャウドが乗った。重くはなかったが、ナイフが目の前に突きつけられていた。
「ナイチュ、すまない」
 シャウドがゆっくりとナイフを振り上げた。死ぬ、と思った。だがその時、誰かが駆けてくる音が聞こえた。シャウドが飛びのいて、そのあとに空を切る足が見えた。起き上がると、ナイリオが傍にいた。今の蹴りはナイリオのものだったのだ。
「私も、みんなに死んでほしくない」
 ナイリオが言い放った。その肯定が心強かった。ようやく僕は、みんなと対等になれた気がした。
 シャウドが影の中からこちらを見ていた。それに気づいたのも一瞬、隙を突いたルルが一人残されたエイリオの方へ走った。無意識のうちに、僕もエイリオの方に駆け出していた。エイリオは体が強張って動けないでいる。僕が守らなくてはいけないのだ。ルルよりも先に、僕はエイリオを抱えて飛びのいた。ルルの腕は空を切ったが、ルルはすぐさま僕たちに追撃を加えようとした。
「僕は僕だ!」
 無意識に僕は叫んでいた。ルルも動きを止めた。そうだ、僕は僕なのだ。
「僕はチャオであろうと人間であろうと、空を飛ぼうとしている! みんなも同じだ! そんな僕たちが生きようとして何が悪い!」
 僕の中にあるすべてのものを吐き出したようだった。息が切れて苦しかった。でも僕は空気よりも、潤いを感じたのだった。
 ルルは動揺していた。ゆっくりと僕たちに近づくが、腕を振れずにいる。そんな様子だった。
「ルル、終わりだ」
 影の中から響いたシャウドの低い声がルルの動きを止めた。ルルはまだ納得のいかない顔をしていた。
「チャオたちはまだここに生きていた、僕たちにもうできることはない」
「でも、シャウドが望んでたのはそんな世界じゃない!」
 シャウドはその場に座ったように見えた。よくシャウドの姿が見えなかった。だが、様子がおかしいのはわかった。ルルがはっとして、シャウドのもとへ駆け寄った。僕たちも何が起こったのかわからないまま、ゆっくりと近づいた。そして、シャウドの傍まで近づいたときに何が起こったのかを理解した。シャウドが、桃色の繭に包まれていた。
 ルルは泣きじゃくったのを発端に、僕たちの目からも涙が零れた。ずっとチャオたち、そして神の子たちを支えてきたチャオのリーダー、シャウドの死を僕たちは理解してしまった。誰も死んでほしくない、というみんなの気持ちがこんな形で裏切られるとは誰も思っていなかった。
「ルル、みんな、僕のわがままに付き合わせてすまなかった」
 そんなことを言われても、僕たちに返せる言葉はなかった。シャウドは結局僕たちのために封印され、殺人まで犯し、チャオたちを救おうとしてくれたのだ。そして最後には自分がしてきた行動をすべて捨ててまで僕たちのことを認めてくれたのだ。
 感謝の言葉を言いたい気持ちがあった。でも、いざ最後となると、ただ悲しくて「ありがとう」なんて感情にまで浮かんでこない言葉は言えないのだった。
「僕が僕として生まれ変わったとき、また会おう」
 シャウドはそういうと繭に完全に包まれ、繭がぱらぱらと剥がれると消えてしまっていた。いなくなってから、何も言えなかった後悔が浮かんできた。もうシャウドとは会えないのだ。シャウドが生まれ変わる頃には、僕たちはとっくに死んでいるだろう。僕たちにできることは、チャオがいたという事実と、シャウドがチャオのためにすべてを捧げたということを覚えていることだけだった。それは、やるせないことだった。
 僕たちはそんなやるせない現実を選んだのだった。誰かが死んだらもう二度と会えないことも、空を飛ぼうとしても飛べないことも、チャオに戻りたくても戻れないことも、すべて含んだこの現実に生きるのだ。生きたくて、誰にも死んでほしくないからだ。
 それでも、僕は今後ずっと空を飛ぼうとして生きていよう。例え結果が伴わなくても、空を飛びたいから飛ぼうとするというのは決して間違いではないし、それが僕だからだ。今だけはシャウドという神様の祈りがどこにも届かなかったことに涙を捧げ、僕はこの世界を生きていこうと思う。
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神様の祈りの感想コーナー
 ダーク  - 13/11/20(水) 18:35 -
  
ふざけながらも真面目に、というスタンスで書き上げました。

最終話が二つありますが「神様の祈り」のほうはボツです。序盤、エンペラシティにいたときの描写は良かったのですが、後半ムーンシティについてからの展開が非常に悪かったため、こちらはボツです。悪い例として残しておきます。
「祈りの果て」のほうが正しいストーリーだと思ってください。

よろしくお願いします。
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ピュアストーリー 第三話 平和の使者
 スマッシュ  - 13/11/23(土) 0:00 -
  
 ドクターフラッシュと名乗る科学者がいた。彼は五十年前からカオスエメラルドという宝石に魅了されている青年であった。ソニックやテイルスといったヒーローたちが活用した宝石。それには物凄い力が宿っているらしい。彼は新しいカオスエメラルドの使い方を研究したかった。エネルギー問題を解決できるかもしれなかった。それ以外の、将来を不安にさせる数々の問題も、カオスエメラルドならば解決できるかもしれない。青年はそう思っていた。世界革命の日、彼はカオスエメラルドの記憶を手放さなかった。誰もそのような宝石があると思っていない世界になってしまったが、彼は一人でカオスエメラルドを探すことに決めた。そして彼は一つの宝石を手に入れた。それはカオスエメラルドではなく、カオスエメラルドにあと数歩届かなかった宝石であった。その八つ目のカオスエメラルドになり損なった宝石が彼の新しい願望になった。彼は今もなおカオスエメラルドを人工的に作り出す研究を続けている。

 ハルバードたちが旅立つ二週間前に、カオスエメラルドを集めてきてほしい、とドクターフラッシュは石のような表情の青年に言った。青年はブレイクと名乗っていた。偽名に偉人の名前を使うふてぶてしい青年が元々集団の創始者であった。フラッシュはその集団に後から参加したのだが、年長者であったために集団のトップのような立ち位置にされてしまった。ブレイクと名乗る青年もフラッシュに権限を持たせようとしていた。彼自身は鉄砲玉であろうとしていた。今回も彼自ら旅に出るようだった。
 ブレイクは三七五町のマンションに住んでいた。築二年の新しいマンションが彼らの集団の拠点だった。三七五町付近で暮らしていた仲間はなるべくこのマンションに住ませるようにしていた。旅支度を終え、玄関のドアを開けると若い女が立っていた。ブレイクにとっては幼馴染のような家族のような女であった。
「私も行かせて」
「無茶だ」
 女はスピアという名前であった。彼女は顔を歪めていて、泣く手前といった表情だった。
「一人でどっか行かないで。心配でたまらなくなるから」
「大丈夫だ。俺は頑丈だから」
「それでも心配なものは心配なの」
「君は脆い。戦いになったら死んでしまう」
「大丈夫」
 スピアは懐からヒーローチャオの頭の上にある輪っかを取り出した。輪っかは僅かに光を発している。それを突き付け、睨む。
「博士からもらってきた。これがあれば戦える」
 その輪っかはエンジェルエメラルドと呼ばれている物であった。ヒーローカオスチャオを輪っかだけ残るように殺して作られる。カオスエメラルドになるための何か。それをカオスチャオは持っていて、頭上にある球体や輪っかはカオスエメラルドに近い物になっていく。他にも魔法使いの死体から心臓を取り出すと、心臓の一部がとても小さなカオスエメラルドになっている。フラッシュはそういった事実を知り、カオスエメラルドには及ばないものの大きな力を持った宝石ならば量産できると考えた。チャオが二回目の転生を迎える十二年後にはエンジェルエメラルドの大量生産が可能になる見込みである。スピアの持っているエンジェルエメラルドは二回以上転生したチャオをさらって作った物の一つであった。ヒーローカオスチャオに進化させたのは、球体よりも輪の方がかさばらないからであった。
「駄目って言っても付いていく」
「わかったよ。好きにしてくれ」
 ブレイクは強く反発することができなかった。昔からそうだった。スピアがこうすると決めたら彼には動かすことはできなかった。旅の準備をするためにスピアは自分の部屋に戻る。スピアもこのマンションに住んでいた。逃げないようにブレイクも部屋の中に入れられた。スピアは着替えをあまり入れず、小さなリュックサックだけで旅立つことにした。可愛げのない女だとスピアは思った。思春期には喧嘩の腕を磨いてばかりいた。可愛く振る舞うことよりも戦うことの方が大事だと自分を納得させて、荷物は増やさなかった。

 カオスエメラルドの発見は容易であった。カオスエメラルドは共鳴するらしいとドクターフラッシュは言っていた。カオスエメラルドが近くにあるとエンジェルエメラルドの光がいつもより強くなった。それだけではなくブレイクも直感的にカオスエメラルドことがわかった。勘にしては気まぐれな感じはなく、エンジェルリングが光を強めれば直感の訴えも強くなった。スピアは何も感じておらず、ブレイクの反応を不思議がっていた。
 一つ目のカオスエメラルドは民家にあった。玄関のドアを突き破って中に入った。家の中には主婦と思われる女性がいた。スピアは剣で脅し、宝石の在り処を聞きだした。剣は刺突用の細い剣であった。ブレイクも剣を持っていた。こちらも片手で扱う剣であったが、主に切ったり叩いたりといった使い方をする物であった。女性は抵抗することなくカオスエメラルドをスピアに渡した。殺すつもりはなかったのでそのまま帰ろうとしたが、ブレイクが十五歳くらいに見える少年の胸に剣を突き刺していた。少年はバットを持っていた。おそらく背後から襲って倒そうと思ったのだろう。服が斜めに切られて破れていたので、一度切ってから剣を突き刺したことがわかった。退散してからスピアは、
「殺さなくてもよかったのに」と言った。子供が相手なのだから手加減する余裕はあったはずだと彼女は思ったのだった。
「すまない」
 ブレイクは俯いた。彼自身殺したいと思ってやったのではなかった。しかし殺さなかったらスピアが危険な目に遭うかもしれないと考えると殺した方がいいと思った。その考えはスピアに叱られても変わらなかった。しかしスピアはそれを望んでいない。だからブレイクは俯くしかなかった。

 ドクターフラッシュの研究はカオスエメラルドを七つ集めなくても進めることができた。集められればよりいいというだけであった。しかしブレイクとスピアは七つ集めるつもりでいた。カオスエメラルドを七つ集めれば奇跡が起こる。その奇跡に用があった。カオスエメラルドの一つは大魔法という魔法使いの結社が持っていることをブレイクは知っていた。カオスエメラルドの力を知った賢者の会は、所属している魔法使いの中で最も強い魔法使いに賢者という称号を与え、その証としてカオスエメラルドを持たすらしい。その賢者から奪うのが一番難しいだろうと思われた。二人の旅は賢者を倒すために他のカオスエメラルドを集めて力を蓄える旅であった。
 二つ目のカオスエメラルドは殺さなければ手に入れられなかった。カオスエメラルドを神の石と称して崇めている宗教団体が相手であった。ブレイクたちのように襲ってくる者を撃退するために魔法使いを三人雇っていた。さらにその魔法使いから魔法を習っていた者たちが戦いに加わった。彼らが使うのは弾丸の魔法だ。一発撃つだけなら子供でもできる魔法である。まさに素人連中は一発撃つだけであった。次の弾を作り出すのに時間がかかる。一度に何発も撃つのは魔法使いだけだ。しかし素人の弾でも当たれば大怪我をする。頭や心臓に当たらなくても死んでしまうかもしれない。先に動いたのはブレイクだった。魔法使いに向かって突進する。何発か弾が当たったが、ブレイクは止まらずに魔法使いの頭を剣で叩いた。切る、というようなすっきりした攻撃ではなかった。剣は頭の途中で止まっていた。それを引き抜くのにブレイクは苦労した。そして首に剣を突き刺した。その間もブレイクは何発か弾をくらった。彼の言葉通り、彼は頑丈だった。肉体を魔法で強化していたため傷は浅かった。エンジェルエメラルドが魔法の力を強化していた。それを見てスピアが人を殺す決意をした。殺さなければ殺されるのだから仕方ないと思った。スピアは学校で魔法の勉強をしていない。弾を一発撃つのがやっとの集団と同じ素人であったがエンジェルエメラルドが彼女に力を与えた。魔力の燃費の悪い不細工な弾丸をいくらでも撃つことができた。肉体を強化して素早く動き回って弾を回避した。やがて連射に耐えられなくなった魔法使いを一人倒した。ブレイクももう一人の魔法使いを倒していた。
 全ての人を殺して、スピアは自分の心が乱れていないことを不思議に感じた。人を殺す時にはもっと大きな心の動きがあるものだと思っていた。死体を見ると気分が悪くなったが見ないようにするといつも通りの自分になった。ブレイクがカオスエメラルドを手にして戻ってくる。
「さあ帰ろう」
「うん」
 後からじわじわと苦しくなるのかもしれないとスピアは思ったが、人を殺した記憶は何事もなく過去の記憶となっていった。人を殺すのはなるべく避けるべきだという考えも変わらなかった。

 ブレイクとスピアは手に入れたカオスエメラルドをフラッシュに渡し、拠点のマンションで生活していた。ハルバードたちが旅に出た頃にブレイクたちもカオスエメラルドの情報を入手した。今度は奪う必要はなく受け取ればいいだけであったからブレイクはほっとした。〇八三町に向かってブレイクとスピアは北上した。
「今回みたいに奪う必要なく全部集まればいいんだけどな」と電車の中でブレイクは言った。
「そうだね」
 〇八三町に着くと騒動が起きていた。買い物客が走って逃げていた。流れに逆らって裏通りに行くと、人の死体があった。
「クレイモアだ」とスピアが言った。
「まさか」
「でも、たぶんクレイモアだと思う」
 顔の一部が破損していたし、数年間顔を見ていなかったから確証はなかった。スピアは死体の持ち物を物色した。財布の中に保険証が入っていた。それをブレイクに見せた。やはりクレイモアの死体であった。
「とりあえず今はカオスエメラルドを」とブレイクは言った。
「うん」
 大量殺人であった。死体が目印となって、殺人犯の足取りがわかった。店の中を物色して回っているようだった。ドアが魔法で破されていた。
「やっぱりカオスエメラルドが狙いか」
「だよね、これ」
 店の中を探すのはやめて、死体を追うことにする。するとハルバードとサイスが建物の中から出てきたところを見つけた。
「サイス」とスピアは叫んでいた。「それにハルバード」
「スピア。どうしてここに」
 カオスエメラルドを奪おうとしている犯人が幼馴染であるとわかって、腑に落ちる。きっとハルバードがやり始めたのだろうとスピアは思った。驚いているサイスにスピアは剣を向けた。
「今すぐ帰って」
「待ってくれ。俺たちは」
「カオスエメラルドは渡せない」
 スピアがそう言うと、ハルバードは剣を構えた。幼馴染を殺すわけにはいかなかった。
「やめて。帰って。二人は今まで通りに暮らしていればいいから」
「そういうわけにはいかない」
「嫌でも帰ってもらう」
 殺さない、と決意してスピアは一歩前に進んだ。殺さなかったために殺されてしまうということがあるかもしれないが、それでも殺すのは嫌だと思った。幼馴染を不幸な出来事から救うためにスピアはカオスエメラルドを集めていた。
 ハルバードが駆ける。とても速くて、肉体を魔法で強化しているのがわかる。スピアは一歩だけ助走して跳ねた。そしてハルバードの顔面を蹴り飛ばした。綺麗に当たってハルバードは地面を転げた。サイスが一発弾を撃った。スピアは足元に向かって飛んできたその弾を片足を上げるだけの動作で避け、素早くサイスに近付いて首元に剣を突き付けた。
「魔法の腕は二人の方がいいかもしれないけどさ、実戦では私の方が強いんだよ」
 エンジェルエメラルドの力は大きいが、それだけで生まれた差ではなかった。ハルバードよりも戦いに慣れているのだった。素の身体能力も優れている。だからこその圧勝であった。
「帰って。お願いだから」
「わかった。私たちの負け」
 サイスが両手を上げた。ハルバードも剣をしまった。スピアは二人から離れる。
「ありがとう」と微笑んで言った。「大丈夫。二人が幸せになる世界を作るから。だから待ってて」
 スピアとブレイクは走ってその場から去った。そしてカオスエメラルドを受け取ることになっていた模型店に行った。模型店の店主は無事だった。襲撃してきたのはあの二人だけだったらしい。そして店内にはもう一人男がいた。真っ黒な服を着た美青年であった。その青年が、
「あんたがブレイクか」と言う。
「君は?」
「俺はレジスト。魔法が得意だからカオスエメラルドを守っていた」
「そうか、ありがとう」
 カオスエメラルドはレジストが持っていた。それをブレイクは受け取る。
「なあ、俺も連れていってくれないか。平和な世界を作るんだろ。俺にも手伝わせてくれ」
「構わないが、死ぬかもしれないぞ」
「それでいい。平和な世界が欲しいんだ。それって人を殺さないで済む世界だろ」
「ああ。そうだ」
「俺、つい魔法で人を殺してしまうんだ。自分がそういうことをしてしまう人間だってことに、耐えられない。だから俺は平和のために戦いたい」
 レジストの告白は二人の心に届かなかった。つい人を殺してしまうという悩みが理解できない。しかしレジストが強い気持ちを持っていることだけはわかった。ブレイクは、
「よろしく頼む」と言った。
引用なし
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ピュアストーリー 第四話 怪人
 スマッシュ  - 13/11/23(土) 0:00 -
  
 ブレイクはクレイモアの死体に近寄ると、ズボンのポケットの中の財布を抜き取った。肩にかけていたバッグもはぎ取って、財布とカオスエメラルドをその中にしまった。
「そういうのあんまよくないんじゃないか」とレジストが言った。
「幼馴染なんだ」
 ブレイクは衣服も脱がそうとしたが、
「それはちょっと」と言ってスピアが止めた。
「そうか」
「服まで取ったらただの泥棒だもんな」
 レジストは顔だけ出して大通りの様子をうかがった。生きている人間はいなかった。大通りの死体は略奪者と思われて殺された人たちであった。
「誰もいないな」
「早く逃げた方がいい。GUNのやつらが来るかもしれない」
 ブレイクはクレイモアのバッグを肩にかけた。
 GUNはテロなどの大規模な出来事に対応するためにあった。異星人が侵攻してきた時には彼らが戦うことに決まっているという話で有名な組織であった。銃を使う隊員もいるが、魔法使いが主になっていた。今回は公共の場で人が死に過ぎた。その情報が伝われば彼らが出動するかもしれない。戦闘になってもカオスエメラルドの力があれば大丈夫だと思われるが、人殺しとして世間に顔を知られるのは避けたいとブレイクは思った。人を殺しているのは事実だが、自分たちの行いはあくまで賢者ブレイクの世界革命のような善行であると思っていた。それに今回に限ってはブレイクもスピアも人を殺していない。
 三人は裏通りから狭い路地を通って隣町まで歩いた。そしてバスに乗って駅まで移動し、電車で拠点のある三七五町まで戻った。GUNとは遭遇しなかった。もしかしたら出動しなかったのかもしれない、とブレイクは思った。

 ドクターフラッシュの研究室にブレイクがカオスエメラルドを届けに行くと、
「ブレイクか。一体何が起きたんだ」とフラッシュはブレイクたちが入ってくるなり言った。動揺している様子であった。「襲われたのか。それともお前たちがやったのか。カオスエメラルドはどうなった」
「カオスエメラルドは回収しました」
 ブレイクはクレイモアのバッグからカオスエメラルドを取り出し、フラッシュに渡した。
「俺たちからカオスエメラルドを奪おうとする二人組にやられたようです」
「そうか。そんな連中が出てきたか」
 フラッシュは鼻で笑う。エンジェルリングを作っている彼からすれば魔法使いであろうと脅威ではない。彼の関心はすぐにカオスエメラルドの方に向いた。受け取った青いカオスエメラルドを人差し指で撫でる。
「これで三つ目か。まさか三つも集めてきてくれるとは思わなかった」
「七つ、全て集めるつもりです」
「それは心強いな。よろしく頼むよ」
 フラッシュは壁にカオスエメラルドをはめた。カオスエメラルドを固定するホルダーが作ってあった。正六角形の頂点とその中心にカオスエメラルドをはめるようになっている。カチリ、と音がした。
「ところで博士、カオスエメラルドの力でやりたいことがあります」
「何かな」
「死者を蘇らせたいのです。可能でしょうか」
「さあどうだろうね。やってみなきゃわからんね」
 準備が必要だとフラッシュは言った。蘇ったはいいものの映画に出てくるゾンビのように誰彼構わず襲ってくるといったことが起こらないとも限らない。フラッシュはホルダーからカオスエメラルドを一つ外した。強く押し込むと外れる仕組みになっていた。そしてそれをブレイクに渡す。
「ゾンビだったらすぐ殺すんだ」
「わかりました」
 ブレイクはホルダーにはめられた二つのカオスエメラルドの前に立った。カオスエメラルドとの接続を念じる。するとカオスエメラルドは光り出し、ブレイクはカオスエメラルドと繋がったことを体内で感じた。体の中に活力が流れてくるのだった。そしてクレイモアが生き返る鮮明な光景を想像して、その体内の力を走らせた。カオスエメラルドの強い光が部屋を覆った。室内に一人の男が加わっていた。全裸で倒れていた。
「クレイモアだ」とスピアが言った。
 フラッシュが慌てて羽織っていた白衣を裸の男にかけた。それから咳払いして、
「どうやら成功らしいな」と言う。
 クレイモアを目を開けて、ゆっくりと体を起こした。フラッシュと目が合い、数十秒間フラッシュのことを見つめていた。そして次はブレイクを見た。やはり数十秒ブレイクのことをじっと見ていた。同じようにスピアやレジストも見た。
「なるほど」とクレイモアは呟いた。「大きくなったな、アックス」
 ブレイクを見てクレイモアは言った。スピアは目を見開いた。ブレイクもスピアほどではなかったが驚いた様子を見せた。
「どうしてわかったの」
「記憶だ。記憶が見えたみたいだ」
 探るようにゆっくりとクレイモアは喋った。
「魔法なんだろうか。探ろうと思えば思うほど記憶が手に入る。アックス、お前は先生と旅をしている途中で先生から人に化ける魔法を教わった。そうなんだろ?」
「ああ」
「やっぱりこれは記憶なのか」
 そう言ってクレイモアはフラッシュの方を見た。
「ソニックとかテイルスとかいう、人間とは違う生き物がカオスエメラルドを使って世界を救った。そんな歴史があったっていうのは本当なのか」と聞いた。
「五十年前までは皆そう教わったよ。今ではもうそんな事実があったのかわからないがね。それより君は本当に人の記憶が読めるのかな」
「たぶん。でも俺、これまでそんな魔法を使ったことなかった」
「そもそも本当に魔法なのだろうか」とフラッシュは難しい顔をして言う。「そんな魔法聞いたことないのだが、君たちは?」
「そんな魔法はないはずだ。習ったことも使われたこともない」
 即座にレジストが言った。
「新しい魔法ということだろう。他の誰も使ったことのない魔法を使うやつが一人、うちにいる」
「治癒の魔法か」とクレイモアが言った。アックスの記憶を読んだのだった。
「勝手に記憶を読まれるのは、ちょっと抵抗があるな」
「すまん。しかし新しい魔法か。死んだのにカオスエメラルドで蘇って、これはそのおまけなのか?」
 フラッシュがその意見に同意した。
「確か魔法で瞬間移動はできなかったな。しかし五十年前には、カオスエメラルドを作って行う瞬間移動が知られていた。さっき出てきたソニックが使った技らしいのだが」
 そう説明してからフラッシュは、記憶を読むやつがいると話し辛いな、と言って頭を掻いた。
「まあとにかく、カオスエメラルドの影響で今までできなかったことができるようになった、と思えば納得できそうじゃないか。それに魔法にはまだ発展の余地があるだろう」
「カオスコントロールか」
 クレイモアは瞬間移動に興味を持ったようだった。そして口には出さなかったがアックスも同様であった。瞬間移動ができればカオスエメラルドの回収が楽になる。特に逃げる際に追われる心配がないのは大きな利点だった。突然どこからともなく現れてカオスエメラルドを奪って姿を消し、どこに逃げたか知ることもできない。そのような者を相手にするのは大変なはずだ。世界中をしらみつぶしに探すわけにもいかないだろう。カオスエメラルドは、今は研究のために使われているが、これからはカオスエメラルドの回収のために使われるべきなのかもしれないとアックスは思った。

 四つ目のカオスエメラルドの情報が入らないまま一週間が過ぎた。スピアは暇を持て余していた。アックスはドクターフラッシュと瞬間移動の実験をしていた。カオスエメラルドを使って行う瞬間移動はカオスコントロールと呼ばれるらしい。クレイモアは拠点として使われているマンションに住むことになったが、ほとんど外に出ていないようだった。何度か様子を見るために部屋の中に入れてもらったが、ずっとパソコンで文書を作っていた。真実を記録にする、とクレイモアは言っていた。スピアにはすることがなかった。
 スピアは自分の部屋で剣を握っていた。前に踏み込み突き刺す動作を何度も繰り返す。なるべく遠くまで踏み込む練習をしたり、寸止めする練習をしたりしていた。ハルバードとサイスの姿を剣の先に見ていた。二人と戦うことになるとは思っていなかった。殺したくなかった。実際に殺さず退けた。ハルバードには殺意があったのだろうか。そのことをスピアは気にしていた。彼は自分のことを敵と見て、戦う意志を見せた。その中に殺したくないという気持ちはあったのだろうか。
 気になることはたくさんあった。二人もまたカオスエメラルドを狙っていた。彼らは何のためにカオスエメラルドを手に入れようとしたのだろう。もしも世界を平和にするために集めているのであったなら、二人を仲間にしてもいいのかもしれない。クレイモアも仲間になった。昔のように集まれたらいいと思う。一方でそれでは台無しだとも思った。彼らのために世界を平和にするのである。サイスは家族から虐待を受けていたようだった。ハルバードとクレイモアは家族が殺されてしまった。不幸なことが身近にいくらでもある世の中だ。自分や友人がこれ以上不幸に巻き込まれないために世界を変えなくてはならない。そしてその戦いに身を投じるのは不幸を体験したことのない自分が相応しい。そのようにスピアは考えていた。既に不幸を経験した友人を過酷な戦いに参加させたくないのである。
 ふとアックスのことを思い出した。アックスもまた不幸を経験したチャオであったのだ。スピアはアックスの飼い主というわけではなかった。アックスは元々スピアの従弟が飼っていたチャオだった。スピアはよくアックスと遊ぶために従弟の家に行った。ある日その従弟が通り魔に殺されたのである。スピアは従弟が死んだことに悲しみを感じなかった。飼い主を亡くしたアックスのことを可哀想だと思っていた。それでスピアはアックスを引き取った。そういった経緯で幼馴染のようでもあり家族のようでもある関係となったのである。アックスはカオスチャオだから随分頑丈なようである。人なら死んでしまう怪我にも耐えられる。その上アックスは積極的に動いてくれる。そのためについアックスに頼ってしまったが、もっと自分が頑張るべきだったのではないかとスピアは思った。チャオにだって感情はある。人を殺すのは辛いだろう。少しでも負担を軽くしてあげたいと思った。
 決意をしようとスピアは思った。次の戦いの時に人を殺す決意をすることにした。ハルバードやサイスは殺さない。カオスエメラルドの力で蘇らせることはできるようだったが、それはしてはいけないことのように感じられた。
 呼吸が乱れ、額から汗が流れる。しかしスピアが繰り返す突きの動作には疲れが全く表れていなかった。ずっと同じリズムで黙々と練習していた。自分が感じている疲労を手足は感じていないのではないかとスピアは思った。そう思った矢先、前に踏み込んだ瞬間バランスを崩してよろめいた。足に力が入らなかったのだ。スピアはソファに腰を下ろした。ふう、と一息ついた途端に大粒の汗が流れて顎から落ちた。立ち上がって洗面所へタオルを取りに行く。一度座ってしまったためか足を動かすとだるさがあった。タオルで汗を拭いながら戻り、ソファに倒れ込んだ。そしてぐしゃぐしゃと顔面を拭いた。スピアは横になったまま雑に上半身の汗を拭いて、汗が治まると眠りに落ちた。

 目覚めたのは、ドアポストに何か入れられた音がしたからだった。新聞は取っていない。スピアは玄関に行って、入れられた物を確認した。大きな封筒であった。中には紙が数十枚入っている。一枚を出してみると、世界革命によって失われた歴史の記憶について、というタイトルが書いてある。封筒をテーブルの上に置き、ソファにもたれて内容を読むと、書いたのがクレイモアであることがわかってきた。他人の記憶から仕入れた情報をパソコンでまとめ、印刷して形にしたようである。
 スピアは歴史の授業に興味がなくてよく居眠りをしていたが、このクレイモアが作った資料に書かれている歴史には引き込まれた。何百年も前にソニックという青いハリネズミがいたこと。ソニックはその名の通り音速で走ったこと。カオスエメラルドの力を借りて世界を救ったこと。おおよそ現実の出来事とは思えないことだが、世界革命の前には歴史の授業で習うことであったらしい。こんな授業なら聞いたのにな、とスピアは思った。
 ソニックとカオスの戦いについては詳しく書かれていた。おそらくドクターフラッシュはそのことについて詳しかったのだろう。カオスというのはチャオの守護神であり、ある時暴走して大災害を起こしたようだ。その時カオスはカオスエメラルドの力を利用して自らの姿を変化させたようだ。カオスエメラルドが増えるごとに大きくなり、最終的には町一つを水没させたようだ。そのカオスはチャオの突然変異体と考えられていたらしい。カオスの姿を描いた鉛筆画が挿入されていた。チャオを人型の化け物にアレンジした姿だ。ライトカオスチャオに似ている。そう思った瞬間カオスチャオという名称の由来がこの化け物であることに気が付いた。誰もがどうしてカオスなのかわからないままカオスチャオと呼んでいた。スピアは、へええ、と感嘆の声を上げていた。
 カオスの資料の次はドクターフラッシュの研究についての資料であった。カオスエメラルドの研究について書かれてあった。フラッシュはカオスチャオをカオスに変化させることができれば、よりカオスエメラルドに近い宝石が手に入ると考えているらしい。あるいは人間の心臓がカオスエメラルドになることを期待していると書いてある。魔法を使ううちに人間の心臓は少しずつ宝石になっていく。魔法使いの死体から心臓を取り出すと、一部が直径約五ミリの宝石に変化している。その宝石もエンジェルエメラルドと同じように使うことができるが、小さ過ぎるために力が弱い。心臓が丸ごと宝石化すれば、カオスエメラルドと同等の力を持った石になるのではないかとフラッシュは考えているようだ。
 そして最後の一枚は印刷物ではなく、賢者ブレイクに会って真実を手に入れる、とマジックで書かれてあった。

 スピアはドクターフラッシュの研究室に駆け込んだ。研究室にはフラッシュとレジストがいた。そして数秒経ってアックスが突然現れた。瞬間移動の実験中のようだった。
「クレイモア知らない?」
 マンションの部屋にはいないようであった。フラッシュが、
「どっか行ってしまったよ」と言った。「カオスエメラルドを一個無理矢理取って、カオスコントロールをした」
 ホルダーを見ると、カオスエメラルドが一個しかなかった。アックスが一個持っていて、この研究室にあるのはそれで全てのようだった。
「そう」
「どうやらあいつの魔法はカオスエメラルドのサポートがないと上手くいかないらしい」
「へえ」
 スピアは壁にもたれて座り、息を整えながらクレイモアのことを考えた。彼が何をしようとしているのかなんとなく予想できる気がした。世界革命によって人々から失われた記憶を賢者ブレイクは持っていると思ったのだろう。それで賢者ブレイクに会ってその記憶を手に入れるつもりなのではないか。もし手に入れたらまたパソコンに向かうのだろう。クレイモアがタイピングしている姿を鮮明に想像できて、スピアはほっとした。きっとまた会えると感じたのだった。
「それで、アックスは何してたの?」
「カオスコントロールの実験」
「どんな感じ?」
「カオスエメラルド一個だと限界があるようだ。二人以上が遠くに飛ぶのは難しい。しばらくは今まで通り電車で移動だな」
「ふうん。世の中甘くないんだ」
 それだけ交通費を節約するのは難しいってことなのだろう、とスピアは思った。アックスはフラッシュを見た。険しい顔をして、
「ところで博士。カオスコントロールの最中に何か変なものを見たような気がするのですが」と言った。
「変なもの?なんだそりゃ」
「景色です。移動先とは全く違う景色でした。広い、とても広いチャオガーデンのような場所でした。一面緑で、遠くに砂漠が見える。そんな場所、ありますか。そういえば木の数が少なかった気がします」
「どうだろうな。私はあまり地理に詳しくない。どこに何があるのかもよくわからん。それで、その景色がカオスコントロールすると見えるのか?」
「一度だけ見えました」
「一度だけ。毎回見えるわけじゃないということか?」
「はい」
 フラッシュは目を瞑り額に手を当て考え込む。しばらくするとそのままの状態で首を振って、
「わからんな。何かのエラーなのだろうか」と小さな声で言った。
「カオスエメラルドの力の代償ということはないですか」とアックスが言った。
「代償とは?」
「世界革命で記憶が失われたのは、世界を救う代償であったと噂されています。それで俺もイメージした場所とは違う場所に飛びそうになったのでは」
「ああ。そういうことか。しかし代償があるなんて五十年前には言われていなかった。迷信じゃないのか」
「しかしそれでは説明がつかない」
「代償じゃないと私も思うよ」
 スピアが口を挟んだ。クレイモアもあの紙では代償について触れていなかった。本当に五十年前には知られていなかったのだろうとスピアは言った。
「代償があるなら、ソニックってやつが代償で酷いことになってたんじゃないかな。代償なしに世界を変えられちゃうってなると、ちょっと都合よすぎって思わなくもないけどさ」
「とにかく現状ではわからないということだ。また変なものを見ることがあったら報告してくれ」
 フラッシュがそう言って、話が終わったような雰囲気になった。アックスは納得のいかない様子であったが何も言わなかった。

 次の日の朝にカオスエメラルドの情報が入った。一六五町に住む富豪が持っているらしい。アックスたちはフラッシュに一六五町に向かうように言われ、駅に向かった。スピアは、仲間が一人増えていることが気になっていた。まだ成人していないように見える男がアックスと一緒にいるのだった。
「あのさ、その子誰なの」
「ああ。こいつはブロウ。元々俺たちのチャオガーデンでチャオの飼育をしていたんだ」
 ブロウは、よろしく、と言った。チャオガーデンには将来エンジェルエメラルドとなるチャオがたくさん飼われていた。その全てのチャオをブロウは育てていた。
「よろしく。で、どうしてチャオの飼育をしている子が一緒に来るの」
「こいつの魔法も特殊なんだ。負傷した体を治すことができる。回復魔法だ」
「そうなの?」
「まあ」
 ブロウはおどおどしながら頷いた。そして彼はアックスに、
「あの、これから殺し合いに行くんですよね。負傷した人全員助けなきゃいけないんですよね」と聞いた。
「全員助ける必要はない。俺たちだけでいい」
「あ、そうなんですか」
 ブロウは俯いた。アックスは、自分たちだけでは不満なのかもしれない、とブロウの心の内を考え、
「負傷したチャオがいたらそいつらも助けていい。こっちのガーデンで面倒を見よう」と言った。
「はい」
 それでも俯いたままであった。戦いそのものが嫌なのかもしれない。しかしそうであってもアックスは連れて行くのをやめるつもりはなかった。これからの戦いでスピアやハルバードやサイスが死んでしまわないよう彼の能力が欲しかった。死んでも生き返らせることはできるのだが、スピアが感じたようにアックスもまたクレイモアの様子に違和感を持っていた。生き返ると同時に得た能力のために彼の人生が大きく変化してしまったように感じられた。

 一六五町には確かにカオスエメラルドがあるようだった。アックスはアンテナのような直感を頼りにカオスエメラルドのある方へスピアたちを導いた。しかしその途中の路地で数十人の人間に挟まれた。その集団の半分が銃を持っていて、アックスたちに向けていた。もう半分はおそらく魔法使いで、そちらの方が手ごわい相手だろうと想像できたが、威圧する力は銃の方が上であった。凶器を向けられているのが明らかにわかるためだった。
「大人しくしろ」と銃を持った男の一人が大声で言った。「我々はGUNだ」
「行くよ」
 スピアはそう言うなり、GUNの兵士たちに向かって駆け出した。左右に大きく動き、高く飛び上がり、銃弾を避ける。そして右手の剣で一人の喉を貫き、左手から銃弾の魔法を放って別の一人の頭を吹き飛ばした。躊躇いを捨てて、スピアは相手を殺すように動いた。
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ピュアストーリー 第五話 嫌だ
 スマッシュ  - 13/11/30(土) 0:00 -
  
 人を殺すというのは恐ろしいことだとハルバードは感じていた。クレイモアが死んだことによる影響もあって、とんでもない罪を犯したという意識があった。そしてその罪の意識がサイスを救いたいという思いを強くしているようであった。人を何人殺してでもサイスを幸せにしようという前向きな暗さを持った。そうなると人を殺した罪で捕まるわけにはいかない。ハルバードは〇八三町から離れることに必死になっていた。
 既に〇八三町の外に出たようだった。商店の気配のない、山の見える道を歩いていた。車道は狭く車一台分の幅しかない道であった。道の脇に生えている木の枝が車道の上まで伸びていた。自然の緑が落ち着きを周囲に与えているようで、ぼんやりと緑を見ていたハルバードも警戒を解いていいかもしれないと思い始めていた。
「あんたたち、ハルバードとサイスだな」
 背後から声がして、ハルバードの目から緑が消えた。振り返ると茶色のスーツを着た背の高い男が立っていた。サイスが男の顔に狙いを定めていた。男は両手を上げた。
「俺は敵じゃない」
「じゃあ何者だ」
「お前たちの仲間だ。先生の命令で動いているシュートという。情報屋兼盗人といったところだ」
「なんだそりゃ」
 ハルバードが首を傾げた。その反応を見てシュートは笑う。笑いながら、
「まあ想像しにくいかもな」と言った。
「先生って?」とサイスが聞いた。サイスはまだ警戒を解いていなかった。
「ホープってカオスチャオ。お前たちも知ってるだろ」
「どうしよう」
 サイスはハルバードに尋ねる。ハルバードも、どうしよう、と呟いた。仲間かもしれないと思うものの信じ切ることができず、いっそ殺してしまおうかと考えていた。
「情報屋兼盗人っていうの、詳しく知りたいんだけど」
 知ったところで疑いが晴れるとも思えなかったのだが、彼がどういうことをしているのか聞きたいという気持ちが強かった。
「そうだな、まず情報を仕入れたり情報を売ったりする。情報屋だからな。で、時には情報を基にして盗みを働く、というわけだ。有益な情報を持っていても実行する力を持っていない者から依頼を受けることもある。初めてやる連中と組んで、レクチャーする見返りに分け前を多くもらうなんてこともしている。とにかくそうやって金儲けをしているというわけだ」
 シュートは淡々と語ったが、サイスはどこか誇らしげにしているように感じて、
「殺した方がいいんじゃないかな」とハルバードに言った。
「流石に死刑にはできないんじゃないか」
「おいおい。仲間だって言ってるだろ。先生の命令で動いてるって。殺すとかないだろ」
「先生の命令って、具体的にはどういう命令なんだ?」
「カオスエメラルドだ。先生はよっぽどそいつを他人の手に渡したくないみたいだな。先生は情報を買ったり売ったりすることはあったが、盗みを依頼してきたのは初めてだ。そしてつい昨日ハルバードとサイスというやつらと合流しろって命令が出た。それで俺はお前たちの前にいる」
「だってさ」
 そうサイスが言った。ハルバードは、うん、とだけ答えた。やはり二人はシュートのことを信用しようという気分にはなれなかった。先生に電話しようにも電話番号を知らない。ハルバードは困った挙句、
「とりあえず情報屋兼盗人っていうのは信頼できるんじゃないかな」と言った。
「まあ、仲間だっていうのよりかはね」
「なら仲間になってもらおう。彼は盗みを働く力を持っていない人に力を貸してくれるそうだし」
「信じられないならそういうことでいいさ」とシュートが言った。「いい加減、腕が疲れてきたんだがな」
 サイスは腕を下した。シュートも両手を下げ、肩が凝ったため首を回した。ごりごり、と音が鳴った。
「そうだな。じゃあお前たちにこれを渡しておこう」
 シュートはそう言って懐からヒーローチャオの頭上に浮かんでいる輪のような物体を二つ出した。それを一つずつ二人に渡す。
「これは相手方が作った物で、カオスエメラルドの代わりのようなものらしい。と言ってもカオスエメラルドほど強力でもないみたいだがな。それを使えば大量の魔力を引き出せるようになるそうだ。素人でも魔法使い顔負けの魔法を撃てるって噂だ」
「それ本当?」とサイスが聞く。
「試してみればわかるさ」
 そう言われてサイスは魔法を使ってみた。物を浮かす魔法である。三人の足が大地から離れる。
「本当だ」
 サイスは興奮気味に言い、魔法の力を弱めていった。以前は人を一人浮かすことができれば上出来であった。今は簡単に三人を持ち上げることができる。ハルバードも興奮していたが、すぐに冷めた。この輪を持っていたからスピアは強かったのだと気付いたのであった。今の自分たちなら戦えるかもしれないが、このような輪の存在を知らない多くの人々は太刀打ちできないだろう。そのことがどうしてだか恐ろしく感じられた。そう感じる理由がすぐには浮かばなかった。大勢の人が殺されるところを考えても怖くない。守ろうという気持ちも生まれてこない。自分がそう思っていることを認識すると、スピアがいるから不安なのだとわかった。恐ろしい連中の中にスピアはいる。その現実は拒絶したいものだった。
「どうしたの」
 サイスに言われて、黙って考え過ぎていたことに気付く。
「なんでもないよ」
 ハルバードはシュートを見て、
「これありがとう。使わせてもらうよ」と言った。とにかくこれが無ければ何もできない。スピアとぶつかることさえも。そうハルバードは思った。

 ハルバードとサイスはホテルの中で一日のほとんどを過ごしていた。シュートを仲間にした日は、警察に見つからないように大人しくしていようという考えからホテルの中にいたのだが、夜中に情報を集めてきたシュートが、
「警察は犯人について、若い男女の二人組ってところは把握しているみたいだ。他に目撃者がいれば、もっと詳しいことまで知られてしまうかもな」と言ったので移動の時以外はホテルの中で過ごすことにしたのだった。二日に一度は隣の町に行くために外に出た。
 ホテルでは大抵ツインの部屋でハルバードとサイスが一緒になった。互いに異性であることを意識してしまう。それでも信用し切れていないシュートと一緒になるよりかはいいとハルバードは思っていた。サイスも似たようなことを思っていて、一緒の部屋ならハルバードを守ることができると安心していた。シュートがずっとホテルの中にいるのは暇だろうと配慮して渡してきたトランプでポーカーをして遊んでみたり、テレビでワイドショーや再放送のドラマを見たりして過ごしていた。そのように暮らしているうちに、常に並んで座っているようになっていた。
 事件を起こしてから三日目の昼、二人はワイドショーを見ていた。自分たちの起こした殺人事件のことには触れられず、全く違う場所で起きた殺人事件について報道していた。こうして次から次へと奇怪な事件を見つけてはそれに注目するのだとハルバードは改めて知った。自分にも記憶から抜けていった無数の事件がある。きっと自分たちの起こした事件も大半の人は忘れていくのだ。もしかしたら既に忘れているかもしれない。
「こうしていると昔を思い出すな。ソファに二人で座って、俺の親が帰ってくるのを待ってた」
「そういえば昔と一緒だ。あいつが帰ってこないとご飯食べられない」
 食事はシュートが買ってくる。朝に一日分の食べ物を渡されるから待っているという感じはなかった。それでも彼がいなければ生きていけないような気にさせられて、子供の頃を思い出してしまうのだった。
「俺たちあの頃から変わってないのかな」
「どうだろう。変わってるって思いたいけど」
「スピアは変わってしまったのかな」
 サイスは考え込んでしまった。
「あ、変な意味じゃなくてさ。ただ何もかも悪い方に進んでいるような気がしてさ」
「うん。わかる。変われないし変わっちゃうんだよね。スピアとも戦わなきゃいけないのかな。嫌だなあ」
 そう言ってサイスは仰向けに寝転がった。嫌だ嫌だ、と繰り返し言った。
「嫌だよなあ」
 ハルバードも溜め息をついて同じことを言った。するともう、嫌だ、と気持ちで頭の中がいっぱいになる。スピアと戦わなくてもいい世界になってほしいと思ってしまう。カオスエメラルドの力でそういう世界に変えることができれば。しかしそのカオスエメラルドを奪い合って戦っているのである。嫌だ、とハルバードは思った。
「そういえば警察の情報をどうして手に入れられるんだろう」と仰向けのままサイスが言う。
「どうしてだろうな。明日聞いてみるか」
 サイスは体を転がしてうつ伏せになると、這うように動いてベッドを横断した。そして部屋に備わっているラジオの電源を入れた。最近のヒットソングが流れ出す。愛の歌だ。最近は愛の歌がよくヒットする。殺人事件の被害者は年に数百万人。人口は増えもしなければ減りもしないといった具合であったが、殺人事件があまりにも多いために人類に危機が訪れているように人々は感じていた。結婚し子供を産んで温かい家庭の中でずっと暮らす。そのような夢を歌にしたものが人々の心を潤すのだった。ワイドショーはスポーツの話題になっていた。

 英雄と名乗る集団はカオスエメラルドを少なくとも三つ所持している。カオスエメラルドは全て集めるつもりであったし、ホープからも彼らを倒すようにと言われていたので、彼らの拠点を見つけてそこを叩くことをハルバードたちは目標とした。シュートは拠点の情報もカオスエメラルドの情報も入手できないでいたものの、それ以外の情報はよく入手してきた。特にハルバードとサイスが起こした殺人事件についてはよく調べているようであった。
「どうも人物像がはっきりしないらしい。どの情報が信頼できるのかよくわからない状態らしくてな、そもそも本当に二人だったのかなんて意見も出ているみたいだな」
「どうしてそんな風になってるんだ?」
「逃がさないように気を付けたからじゃないかな」
 徹底的に殺すよう努めたのはサイスであった。彼女は機関銃のように弾丸の魔法を撃ち続けることができた。それでもって逃げようとした敵を漏らさず撃ったのであった。
「お前たち、スピアって子と戦ったんだろ。で、そっちも男と女の二人組だったんだろ。ならそいつらを見たってやつらもいて混乱してるんじゃないか」
「ところでさ、どうして警察の情報が手に入るんだ?」
 聞かれてシュートはにやりとした。単純な話さ、と得意そうな顔で言う。
「漏らすやつがいるのさ。警察やGUNの中に」
「どうして漏らすの」とサイスが聞く。
「金が欲しいやつ。普通の人間が知らないことを話したがるやつ。色々いる。今回は情報を求めて漏らすタイプもいたよ」
 シュートはそこで間を置いて、二人が興味を持っていることを表情を見て確かめた。そしてまた語り出す。
「お前たちをどうしても捕まえたいやつが情報を求めて金や情報を出す。そうしてスピード解決って筋書きなんだろうが、上手くいかなきゃ漏らした情報が犯人に伝わってしまうこともある。まさに今回はそのパターンだな」
「じゃあもう安心なのかな」
「気を抜くなよ。ある日突然有力な情報がってこともある」
 そう言った翌日にシュートは有力な情報を手に入れてきた。カオスエメラルドについての情報であった。一六五町にカオスエメラルドがあるらしい。そこに住んでいる富豪が持っているらしいとシュートは言った。三人は一六五町に向かった。その途中の電車でシュートが、
「盗むのは俺に任せてくれ。問題は英雄とか名乗っている連中も情報を手に入れて来ているかもしれないってことだ。その時はお前たちに戦ってもらうことになる」と言った。
「わかった」
「着いたらいつも通りお前らはホテルで待機していてくれ。ただいつでも出てこれるように準備はしておいてくれ」

 一六五町はゆったりとした住宅街で、家と家の間隔が広かった。それだけそれぞれの敷地が広いということのようだった。一六五町に住む富豪がカオスエメラルドを持っていると言っても、富豪が住んでいそうな大きな家というのはいくつもあった。プールが設けられている。大きな木が一本植えられていて、その木が庭の王に見える。そういった光景を見る度に三人はげんなりとした。
 一六五町に着いた日、シュートはカオスエメラルドを奪ってこなかった。それでもどこの家にカオスエメラルドがあるのか突き止めてきた。
「それと気になる情報がある。GUNが動いているって噂だ。一般の魔法使いの協力も得て、カオスエメラルドを奪おうとしている連中を叩こうとしているみたいだ」
「それって、ここでってことか?」
「ああ。だから俺たちはやつらが戦闘を開始したところで、どさくさに紛れてカオスエメラルドを奪いに行きたいと思うんだが」
「火事場泥棒だね」とサイスが言った。シュートは頷いた。

 よく晴れた日であった。空の青がずっと遠くまで続いている。所々に浮かんでいる小さな白い雲は青色のおまけのようだった。あまりにも綺麗な青だったためずっと見ているとこれから起こる惨劇の光景まで見えてきそうであった。敵は魔法を強化する輪を持っている。きっと多くの人が死ぬだろう。未来の出来事が事実として空を見ているハルバードに染み込んできた。
 騒動が起きたという情報をシュートは知り合いの情報屋から電話で入手して、
「行くぞ」と二人に呼びかけた。
 ハルバードは、ああ、と答えて駆け出した。快晴であった。不安に貫かれながら走った。
 カオスエメラルドを持っているという富豪の家の周囲に着くと、死体がいくつも転がっていた。死体をよく見ると魔法の弾丸で撃ち抜かれて体の一部が吹き飛んでいるものと、刃物の痕があるだけで綺麗に体が残っているものがある。刃物にやられた方の人はまだ生きているのではないかと思うくらいであった。ハルバードは一人の肩をゆすりながら声をかけてみた。しかし既に息絶えていた。
「家の中かな」とハルバードは死体が寝そべっている庭を見た。
「まだいるといいんだがな」
 シュートはそう言って敷地の中に入る。走りながらハルバードとサイスの方に振り返り、
「早く来い」と言った。
 戦うことのできるハルバードとサイスを前にして三人は邸宅の中に入った。ドアは壊されていた。上半身と下半身に分かれたドアが倒れている。その壊れたドアを踏んで三人は中に入った。すると奥の部屋から出てきた四人組と玄関ホールで鉢合わせした。その四人の中にはスピアもいた。
「帰ってなかったんだ」とスピアが言った。
「カオスエメラルドを集めなきゃいけないんだ。ここにあるって聞いたから来た」
 ハルバードがそう言うと、スピアは剣を構えた。
「もう一度言うよ。帰って大人しくしていて。カオスエメラルドは私たちが手に入れる。そして世界を変えてみせる」
 シュートは階段に向かって走り出した。スピアの言葉からカオスエメラルドをまだ入手していないことが見えたのだった。男がシュートを追おうとした。〇八三町でスピアと一緒にいた青年だった。しかし青年の数歩先の床を無数の弾丸が削った。サイスが弾丸の魔法を機関銃のように連射したのだった。
「二人は下がってて」
 スピアは自分の後ろにいる二人の男にそう言った。そしてハルバードとサイスにはっきりと敵意を向けた。剣を握る手や脚に力が入っていくのがわかった。サイスに妨害された青年も剣を構え、スピアと並んだ。スピアと青年が動きそうだと直感した瞬間にハルバードは弾丸の魔法を十発同時に発射した。前に出なければ当たらないように撃ったのだが、直感した通りに青年が大きく前に動き出していた。彼は瞬時にスピアの盾になるように横に動いた。脚に何発か当たるが、弾は貫通しなかった。そのまま前進しようとするのでサイスが腹部に大きな弾を一発撃ち込んだ。やはり貫通しなかったが青年は衝撃で後ろに吹き飛び倒れた。青年は意地でも戦うといった風に鈍くも力強い動作で起き上がり、剣を構えた。
「無理しないで」
 スピアが前に出る。それに対応してハルバードも前進した。スピアがハルバードに飛び掛かった。ハルバードは魔法で水を撃ち出した。水流を顔に当てて前を見えなくしたところで横に動いて攻撃を避ける。さらに自分の方を見た瞬間に再び水流を浴びせた。スピアは顔を逸らそうとするばかりで動こうとしなかった。ハルバードはスピアの肩を蹴り飛ばした。殺傷力の高い銃弾の魔法を何発か撃ち込む覚悟でいたが、そうする必要がないくらい実力に差があることをハルバードは実感した。スピアたちが使っている輪を自分たちも持っている。そうして対等になってみれば魔法の扱いが上手い方が有利なのだ。
「見つかったぞ」とシュートが戻ってくる。
「私たちの負けか」
 スピアはシュートの持っているカオスエメラルドを睨んだ。髪の毛は濡れていくつかの細いまとまりになっていた。その先端から水滴が落ちていた。
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ピュアストーリー 第六話 真実を知る者
 スマッシュ  - 13/11/30(土) 0:00 -
  
 情報はあらゆる場所にあった。本の中、人の脳、大地。クレイモアの魔法はそれらから情報を引き出すことができた。とりわけ得意なのは人の記憶を入手することである。本に書かれたものを魔法によって頭に入れても、言葉の用い方が違うために理解することが難しい。自分なりの言葉で翻訳しなければ役に立たないのである。そして大地に刻まれた情報は人間の利用する情報とは異なるのでクレイモアには読解ができなかった。地層を見ても知識がなければ何を意味しているのかわからない。それと同じようなものであった。そういうわけで最も簡単に利用することができるのは人間の記憶であった。
 クレイモアは人々の記憶を集めながら旅をしていた。人の多い所を歩いて記憶をある程度集めたらカオスコントロールで別の場所に行く。そうやって一日にいくつかの町を歩いた。欲しい情報は五十年前に失われたはずの記憶と賢者ブレイクが今どこにいるのかという情報だ。それ以外の情報は破棄する。カオスエメラルドの力を借りれば記憶を捨てるということも簡単に行うことができた。捨てた記憶は数日前の夢のように何も思い出せなくなる。
 老人たちの記憶にはカオスエメラルドの情報が時折見られた。カオスエメラルドについては、噂のような情報を持っている若者もいたが、老人たちが持っていたのは学校で習ったような知識としての情報であった。ドクターフラッシュが持っていた情報と同じような記憶であったが、ドクターフラッシュの記憶が最も鮮明なものであった。それでも町中ですれ違った老人たちの記憶はドクターフラッシュの記憶におかしな点はないのだと裏付ける情報となった。
 賢者ブレイクがどこにいるのか。その点に関しての情報はあまり見つからなかった。賢者ブレイクは人前に姿を出てこないということで有名である。世界革命を起こした際に世界が変わったことを人々に伝えたのだが、しばらくすると姿を消してしまった。まだ生きているのかさえわからない。世界革命から五十年経っている。若くても七十歳前後。死んでいてもおかしくない年齢である。人々は身近にいる不気味な老人のことを、もしかしたら賢者ブレイクなのではないか、と面白半分に噂しているようだった。恐ろしげな風貌のホームレスがその噂の対象になる傾向があった。

 多くの人が失った情報は世界からも失われていた。例えばカオスエメラルドに関する本はどこにもない。それでも覚えている人間が稀に見つかる。
 ソニックというハリネズミのことを覚えている人間は比較的多かった。カオスエメラルドのことを覚えている人間の二倍くらいいた。そして中にはソニックと一緒にいたキツネのことを覚えている者もいた。名前はテイルスなのかマイルスなのかはっきりとしない。人によって記憶している名前が異なっていた。しかし誰もソニックが何年前に活躍したのか知らなかった。大昔にソニックが活躍して世界を救ったという出来事自体は常識に近い知識であるようだった。歴史上の有名人といった具合で、学校でも教えられていたようだ。しかし教育の場でもそれがいつの出来事なのかはっきりとは語られなかったようである。本当にあった出来事なのか怪しいとクレイモアは感じた。スペースコロニーアークという物が登場する事件があったと人々は教えられたらしいのだが、そのようなスペースコロニーは見つかっていない。
 もう一つ不思議なのは五十年前にエネルギー問題とは別の問題に不安を抱えていたようなイメージが老人たちの記憶の中に見つかることだ。不安だったという印象が残っている人がいくらか見つかった。クレイモアの祖父がそうであったように、彼らは身の危険を感じている風の強い不安を当時抱えていた。世界革命はそもそもエネルギー問題を解決するためのものだったのだろうか、とクレイモアは思った。その強い不安を解消するためのものだったのではないか。エネルギー問題の解決は、チャオが人の言葉を話すことができるようになったのと同じで、副産物だったのではないか。では当時の人々が直面した問題は一体何だったのか。なぜその記憶が失われたのか。

 クレイモアは賢者ブレイクを見つけた。賢者ブレイクかもしれないと噂されている老人をしらみつぶしに確認したのだった。賢者ブレイクはここ最近墓地に出没するようになった老人であった。平らな敷地に墓が整列している。老人は墓地の奥の墓の前にいた。新しく出来たばかりの墓で、それより奥にはまだ墓石がない。無数の十字架の奥にいるその老人の記憶には世界革命以前の情報が鮮明に残っていた。彼は墓の前にあぐらをかいて、じっと座っていた。クレイモアは彼の記憶を読むのに五分ほど夢中になっていた。老人がクレイモアに気付いて、振り向いた。白い髪は短く、髭は剃ってある。頼りなさそうな顔の老人であった。
「あんたが賢者ブレイクなのか」とクレイモアは言った。
「人違いだ」
「あんたの記憶がそう言っている」
「記憶?」
「俺の魔法は、人の記憶が読める」
 老人はクレイモアの目を凝視した。クレイモアは老人の記憶に心を奪われていて、ややぼんやりしながら老人を見ていた。
「確かに私がブレイクだ」と老人は言った。
「この記憶は本物なのか?」
 クレイモアは混乱していた。魔法で記憶を読んでいるのだから、意図的に作った記憶であればそうとわかる。相手に尋ねなくても記憶が教えてくれるのに聞いてしまった。
「ああ。事実だ」
「それじゃあ異文化ウイルスとかいうやつは今も世界中で広まっているのか」
「だろうな。でなければこんなに人殺しは起きないだろう」
 異文化ウイルス。老人の記憶によると、それは実際のウイルスとは異なるもので、流行り病のように広まりやすい異文化のことであるらしい。その異文化に感染した者は殺人行為への抵抗が薄れてしまう。例えば犯罪者は殺しても構わないと考えるようになる。その異文化ウイルスはこの世界とは異なる所から送られてきていて、その発信源は敵と呼ばれていた。敵は異文化ウイルスによって攻撃をしかけてきたのである。そしてその攻撃によって今もなお一年に起きる殺人事件の数は増加している。
「じゃあ俺たちはその敵と戦争中ってことになる。しかも今の俺たちは無抵抗にやられている状態だ」
「そうだ」
「そしてあんたは人々の記憶からその異文化ウイルスのことを消し去った」
「そうだ」
 クレイモアは言葉を失っていた。不満を感じているものの、老人の記憶を手に入れているために老人の気持ちがよく理解できていて何も言うことができなかった。老人は墓に向き直った。
「私にとっては戦争なんてどうでもよかった。武器や兵器で戦っているわけじゃない。現実に起きているかどうかわからない戦争だ」
 不思議なことに老人がそう喋ると、自然と言葉が出てきた。
「俺たちにとってはどうでもよくない。俺の弟は学校で殺された。俺の友人も両親を殺された。その友人の両親はたくさん人を殺していた。自分の身の周りにいる人間が殺されていたり、誰かを殺しているという人間はとても多い」
 事実を客観的に語っているだけのような語調であった。詳細を思い出すことはできないが、人々の記憶を見る中で殺人事件に関する記憶を持っている者が多かったことを記憶していた。自身の弟が殺された記憶もそのデータの一部分として埋もれつつあるようであった。
「どうせ負ける戦いだろうさ。この国では普通米を食わない。その文化を私たちは変えることはできない。一方で敵によってその文化が変えられることはあり得る。一方的だ。戦うどころか守ることさえできないのだから」
「それでも人々は真実を知らなければならない。人間は真実を摂取して生きなければならない。それにあんたの望みはもう叶えられた」
「そうだな。ソフィアはもう死んだ。私の戦いは終わった。君たちはもう私の敵ではない」
 老人が背を向けたまま言った。クレイモアは、
「これからは俺たちの戦いだ」と言い、立ち去ろうとした。しかしその途端にひらめいた。
「あんた、カオスエメラルドにならないか」
「何?」
 老人の記憶によれば、世界革命の際ブレイクは魔法の扱いのセンスには才能とでも言うべき先天的な個体差が出るように仕組んだらしい。そしてブレイクと彼の恋人のソフィアは誰よりも優れた才能を持っているように設定した。それならば二人の心臓は他の誰よりもカオスエメラルドに近付いているということになるとクレイモアは思ったのだった。
「あんたの心臓はもしかしたらカオスエメラルドに近い物になっているかもしれない」
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ピュアストーリー 第七話 人を殺すのはよくない
 スマッシュ  - 13/12/7(土) 0:00 -
  
 カオスエメラルドを手に入れたハルバードたちが屋敷から脱出すると、一人の女が屋敷に向かって走っているところに出くわした。
「あなたたちは?」
 女は右手をかざしながら言う。
「俺たちは英雄って名乗っているやつらと敵対している。俺たちはやつらと互角に戦える。だからカオスエメラルドがここにある。見逃してくれるなら、あんたとは戦わない」
 ハルバードがそう言うと女は手を下した。戦っても勝ち目はないからそうするのが当たり前だろうとハルバードは思った。通り過ぎようとすると女が、
「あいつらと戦うの?」と言った。
「それはつまり?」
「戦って倒すつもりでいるの?」
「俺たちはカオスエメラルドを集めなくちゃならない。だからいつかは戦ってカオスエメラルドを手に入れる」
「それなら私も連れて行って」
 女はペネトレイトと名乗った。彼女は一般の魔法使いとして今回の戦いに参加していたらしい。目的は彼らの野望を阻止することだと語った。彼女は元々彼らの仲間だった。しかし彼らの目的である世界平和を達成するためにカオスエメラルドの力で全人類をチャオに変えるつもりであると知って彼女は敵意を抱くようになったのだった。
「チャオは人間みたいに仲間を殺さないって。だけどだからって人をチャオにするなんてあり得ない」
 ペネトレイトは非常識だと怒っていたが、ハルバードには理解できる気がした。世界革命以降チャオは人の言葉を話すようになった。ホープやアックスとは人と話すように会話していた。人間をダンゴムシに変えると言われればペネトレイトのように怒るかもしれないが、チャオに変えられても問題はあまりないように思われた。転生があるものの寿命が短いという心配はあるかもしれない。そのように思ったがハルバードは口に出さなかった。

 ホテルには男二人女二人という分け方で泊まることになった。ハルバードはベッドに乱暴に倒れた。シュートのことを信用しようという気になっていたのでシュートと一緒の部屋になることに抵抗はなかったが、サイスと引き離されたようにも思えた。シュートは部屋に入ってすぐに携帯電話のバッテリーの充電を始めただけでテレビもラジオも付けなかった。替えのバッテリーを携帯電話に入れる。
「カオスエメラルドはお前に渡しておこう」
 そう言ってシュートはハルバードが寝転がるベッドの枕元にカオスエメラルドを置いた。ハルバードはそれを手に取って眺めた。赤いカオスエメラルド。シュートは洗面台に行ってコップに水をくみ、自分のベッドに腰掛けた。
「人間がチャオに変えられるって、どう思う」
「わからん。カオスチャオになれるなら歓迎かもな」
「不死身だからか?」
「ああ。先生は一体何歳なんだろうな。世界革命より前から生きているのは確かみたいだが」
「そういえば聞いたことなかった。百超えているって噂、聞いたことはあったけど」
 シュートは水を一気に飲み干した。そして立ち上がった。
「本当にチャオになれば殺し合うこともなくなるのかという疑問もある。それに殺し合わなくなったとしても、代償がないとも限らないわけだ」
 そう言って洗面台にコップを戻す。
「代償って、記憶を無くすとか?」
「それ以外にもあるかもな。例えば、そうだな、チャオになったらもう文明が発展しないかもしれない」
 シュートは出掛けてくると言って、部屋の鍵を持って出て行った。カオスエメラルドは整った形をしていて、歪な所はどこもない。綺麗ではあったものの見ていて飽きる形でもあった。ベッドの上に投げ出して、テレビを見ることにした。戦いの後にしては疲れはなかった。短時間の戦闘だったしこちらは無傷で全く苦戦しなかったからかもしれない。こんなにも簡単なものだったのだなと思いながらニュースを見る。ニュースでは俳優の訃報が流れていた。九十代の俳優だったためハルバードはよく知らなかった。病気で亡くなったらしい。

 翌朝ハルバードたちの部屋に四人で集まった。朝食を兼ねた会議である。朝食はシュートがコンビニで買ってきたサンドイッチとトマトジュースであった。トマトジュースはあまり好きでなかったがサイスは渋々と飲む。そして同じく嫌っている様子のペネトレイトに飲むように促した。
「とりあえずペネトレイト、君の能力を知りたいな」とシュートが言った。
「私が得意なのはバリア。防御専門だと思って」
「本当は大口径の射撃の魔法も得意なんだけど、あんまり使いたくないんだって」とサイスが補足した。既に彼女と魔法の話をしていたらしい。
「大口径っていうのは?」とシュートが聞いた。
「普通の射撃の魔法が拳銃なら、ペネトレイトが得意なのはライフルみたいな。狙撃できるし威力もあるんだ。でも弾が大きい分作るのに時間かかるし、魔力を上手く節約して作るのも大変なんだよ。だけどさ、見せてもらったんだけど、凄かった。完璧だったよ。普通は連射できないんだけど、やろうと思えば何発か一気に撃てるんじゃないかな、あれなら」
 サイスは興奮気味に話した。ハルバードもサイスの気持ちがいくらかわかる気がした。一発だけ狙撃に使うという場合以外に実用性がほとんどない魔法だ。その魔法についてサイスが興奮気味に話すということは随分優れた使い手なのだろうと予想できた。門外漢のシュートが落ち着いた様子で、
「まあでも使うつもりはないんだろ」と言った。「それならバリアとやらで俺を守ってもらうことにしよう」
 シュートはカツサンドにかぶり付き、トマトジュースで流し込む。
「カオスエメラルドの情報が入った」とシュートは言った。「五六二町にあるみたいだ」

 四人は快速列車に乗って南下して五六二町に向かった。五六二町に着いてまずシュートが情報収集をすることになった。スピードが命だとシュートは言った。敵より先にカオスエメラルドの在り処を調べて手に入れなくてはならない。三人はホテルで待機となった。いつ外出することになってもいいように寝ようかと考えているとハルバードは考えた。隣のサイスたちが泊まっている部屋のドアの閉まる音が二度聞こえた。なんだろうと思っているとサイスからメールが届いた。カオスエメラルドを探しに行ってくる、と書いてあった。慌てて電話を掛ける。すぐに繋がった。
「どうしたんだ一体」
「ペネトレイトと喧嘩した」
 無愛想に言った。
「どういうこと」
「ペネトレイトが人を殺すのはよくないなんて馬鹿なこと言うから、殺さなきゃ手に入らないって言った。で、ペネトレイトがそれなら誰も殺さずに手に入れてみせるって言って出てったから、私も先に手に入れようと思った」
「そんな無茶な。シュートが情報を入手してくれるのを待った方がいい」
「やだ。それにこの輪っか、カオスエメラルドが近くにあると反応するから、私の方が有利だもん。それじゃ」
 サイスはそう言って通話を終了した。ハルバードは全員がばらばらに行動するのはよくないと思い、二人を探しに行くことにした。

 アックスたちもカオスエメラルドがあるという情報を入手して五六二町に来ていた。そして喧嘩によって三つのグループに分かれていた。レジストが、また殺すのか、と言ったのが発端であった。
「俺はもう殺すのは嫌なんだ。どうして人を殺さなきゃならないんだ」
「殺さなきゃカオスエメラルドは手に入らない。世界を変えることはできない」とスピアは言った。
 二人はどこかに行ってしまって、アックスとブロウが残された。
「どうしましょう」とブロウが言った。
「探すしかない」
 二人でスピアとレジストを探していると、不審な少女を見つけた。部屋着といった薄着にぼろいサンダルを履いている。そしてバッグなどは持っていない。そんな格好でぼうっと道端に座っていた。家出かな、とブロウは言った。するとアックスはその少女に近寄って、
「君、家出?」と言った。
 少女は話し掛けられたことに驚いた様子でしばらく固まっていたが、こくりと頷いた。
「家に帰る気がないなら俺たちと一緒に世界を変えないか」
 そう言ってアックスは懐からカオスエメラルドを取り出して少女に見せた。ハルバードたちがカオスエメラルドを手に入れてしまったので、彼らに対抗するために一つ持ち出したのだった。
「これ、カオスエメラルド?」
「そうだ」
「じゃあ今いっぱい人殺してるっていう?」
「そうだ。今なら君に凄い魔法をあげるよ」
「凄い魔法?何それ?」
 アックスは微笑んだ。
「人を探す魔法。そしてその人の所へ瞬間移動する魔法。世界で君にしか使えない魔法だ」
 ブロウが驚愕する。少女は笑った。
「それ本当?」
「本当だ。もし君が本当にその力を望むなら」
 少女は俯いて悩み出した。
「やめるべきだ」とブロウが言った。
「彼女が決めることだよ」
 アックスはそう言って少女をじっと見つめる。やがて少女は真剣な顔を二人に見せて、
「やってみたいかも。やってみたいです」と言った。

 レジストはショッピングモールで人を殺してしまっていた。レジストは他人の命を軽く見る傾向があり、つい人を殺してしまうのであった。人を殺したくないと思うのは、殺人は倫理上よくないと冷静に考えている間だけであった。つい人を殺ししまうのに殺したくないと思っているからストレスは溜まる。それでも人を殺したくないと思うことで自分はまだ真っ当な人間であるように感じられた。
 女性が二人死んでいる。二人は友人で一緒に買い物をしていたのだろう。そして笑っているところをレジストに殺された。レジストは人殺しである自分のことを笑っているように感じたのだった。片方は頭の上部が、もう片方は顎の辺りが銃弾の魔法によって砕けて吹き飛んでいた。どうして俺に人殺しをさせるんだ、とレジストは二つの死体に怒りを抱いて睨んでいた。そこにペネトレイトが通り掛かった。
「レジスト、何をやってるの」
 そうペネトレイトはきつい声で言った。二人は知り合いであった。魔法を学ぶ学校で一緒だった。ペネトレイトの方が優秀だった。レジストはペネトレイトのことも殺そうと思った。銃弾の魔法を彼女の眉間目掛けて撃った。しかしペネトレイトはそれをバリアで受け止めた。レジストは学校時代を思い出した。彼女はただバリアを展開するだけでなく、相手が攻撃してくるポイントにだけバリアを張って魔力を節約するのが得意だった。バリアを張っていない所を狙おうとして、どこにバリアがないのか予想しようとした。ペネトレイトが大口径の銃弾の魔法をレジストの足に撃った。踏みしめていた地面がえぐれた。
「大人しくしなさい。そして自首しなさい」
 見下す目であった。屈辱と同時に勝てないという諦めも抱いた。そこにペネトレイトの脇から彼女に突進してくる女が現れた。スピアだった。彼女の剣がバリアに突き立てられる。そしてスピアは肩をぶつけようとタックルする。これもバリアで防がれ、さらに剣を振るもののバリアが受け止める。ペネトレイトが撃った大口径の銃弾の魔法は当たらなかった。スピアは頭目掛けて肘打ちをし、バリアで防がれたのを感じてすぐに脚に蹴りを入れた。これは当たった。
 アックスたちが瞬間移動してきた。それによって数の差を意識して、ペネトレイトは不利だと感じた。逃げようとするが、スピアがそれを許さない。回り込むように動き、タックルしてくる。
「そこまでだよ、スピア」と遠くから誰かが叫んだ。サイスだった。
「そこまでだ」とさらに誰かが叫んだ。男の子だった。携帯電話を取り出して、
「たぶん見つけました。ショッピングモールです」と言う。
 彼は魔法使いになりたくて非合法的に魔法を習っている少年であった。シュートが情報屋の紹介で知り合い、ハルバードが彼に協力してもらおうと決めたのだった。
「大丈夫ですか、治します」
 レジストが怪我をしているのを見つけてブロウが治療の魔法を使った。撃ち抜かれてぐちゃぐちゃになったはずの足が復元する。
「ここはひとまず退こう」とアックスが言い、家出してきた少女に瞬間移動の魔法を使わせた。
「ありがとう、助かった」とペネトレイトはサイスに言う。
「うん。いいよ。怪我はない?」
「大丈夫みたい」
「それはよかった」
「あいつら、怪我を治す魔法を使えるみたいだね」
 吹き飛ばした足先の血肉がまだ残っていた。それを見ながらペネトレイトは言った。
「もっとちゃんと見たかったね。そうすれば真似できそうだったのに」
「できるの、そんなの」
 ペネトレイトは目を丸くした。サイスは頷いた。
「魔法なんてそんなもんだよ」
 連絡を受けたハルバードとシュートが走ってきた。
「あんたと一緒で頼もしいよ」とペネトレイトは笑った。

「ありがとう、助かった」とレジストはスピアに言った。「これからは足並みを揃えていくことにする」
「そう。ありがとね」
「それにしてもどうしてその子は死んでしまったんだ?」
 レジストは少女に視線をやった。二度目の瞬間移動を終えると少女は息を引き取っていた。外から見て異常はないが心臓が動いていなかった。
「代償でしょうか」とブロウが言った。
「魔法の代償なんて、そんなのあるの」
「彼女が作ったのかもな」とアックスが言う。三人はアックスに視線を集中させ、説明を求めた。
「奇跡には代償があると言われている。世界革命のために記憶が失われた、と。そのように彼女も自分の魔法には代償があると思ってしまったのかもしれない。そして魔法はその代償を実現させた」
「勿体ないね」とスピアが言った。
「そうだな。代償なんて考えずに好きなだけ魔法を使えばよかったんだ」

 カオスエメラルドは翌日ハルバードたちが見つけた。カオスエメラルドは二つあった。
「これで俺たちが持っているのが三つ。先生が持っているのが一つ。敵が持っているのが三つということになる」とシュートが言った。
「じゃあ敵の本拠地を見つけてくれ。それで七つ揃う」
「ああ、任せてくれ」
 シュートが昼夜問わず情報収集をしている中、ハルバードは悩んでいた。一応自分がリーダーということになっている。サイスと二人だった時に主導権を握っていた。その名残である。しかし自分はリーダーに足る存在なのだろうか。シュートもペネトレイトも頼りにしたいと思う一方で、自分には彼らをまとめて一つのチームとする力がないのではないかと思われた。ハルバード自身不思議であったが、サイスとペネトレイトの喧嘩が尾を引いていた。
「大丈夫?」とサイスが言った。シュートがいない間一人で退屈だろうと思ってハルバードの泊まる部屋にやって来たのだった。
「わからない」
 ハルバードは素直に答えた。
「本当に俺がリーダーで、二人を率いていていいのかな」
「何が不安?」
「あの二人をきちんとまとめて、一つのチームとしてやっていく、そういうことをしていく自信がないのかもしれない。たぶんだけど」
「大丈夫だよ。まとまらなくてもいいよ」とサイスは少しだけ考えて言った。「最悪二人で頑張ればいいじゃん」
「二人で、か」
 甘い誘惑だ。二人になってしまってもいいと割り切ってしまえばシュートとペネトレイトのことを考えなくてよくなる。ハルバードが揺れていることを理解して、
「二人で一緒に世界を変えようよ」と言い、サイスはさらに背中を押そうとした。「カオスエメラルドわざわざ七つ集めるのってそうするためでしょ。私も一緒に奇跡を起こしたい」
 やがてハルバードは決心した。サイスと二人だけになってもいい、と。

 明け方にシュートは帰ってきた。そしてシュートはハルバードに言った。
「喜べ。本拠地の場所がわかった。それと敵のリーダー格の正体も」
「リーダーの情報もか。凄いな」
「本拠地は三七五町にある。それで敵のリーダーはカオスチャオらしい。魔法で人に化けてブレイクと名乗っているが、本当の名前はアックスというらしい」
「アックスだって」
「知っているのか?」
 ハルバードは言うべきかどうか迷ったが、
「俺とサイスの友達だ」と告白する。そしてシュートに、
「このことはサイスには秘密にしておいてくれないか」と頼んだ。
 シュートは了解した。もうスピアが敵だとわかっているのだから、アックスもそうだったと知ってもショックは少ないだろう。そうわかっていても秘密にしておきたかった。自分が伝えるべきことだと思った。そして伝える覚悟がまだできていなかった。ハルバードの要求通りにシュートはアックスの話をしなかった。
 サイスに伝えられないまま三七五町に着いた。
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ピュアストーリー 第八話 賢者ブレイク
 スマッシュ  - 13/12/7(土) 0:00 -
  
 ハルバードたちは既に三つカオスエメラルドを入手してしまった。クレイモアが帰ってきてカオスエメラルドを返却したのでアックスたちも三つ所有していることになる。アックスは最後のカオスエメラルドをハルバードたちより先に手に入れるために、賢者の称号を手に入れた魔法使いを探していた。クレイモアがその役目を引き受け、アックスたちは拠点のマンションで待機することになった。
 アックスは自信を失っていた。人を殺すのはよくないというレジストの言葉が心の中に残っていた。やはり人を殺すことはよくないことだったのか、とアックスは後悔していた。人間に化ける前は誰かを殺そうという考えを持ったことなどなかった。人間に化けてからもしばらくはそのような考えは生まれなかった。殺さなければならないかもしれない、と思うようになったのはカオスエメラルドを集めることを決意してからだ。アックスは他者を殺めることなど考えてこなかったチャオだったから、人殺しというのがどれだけ罪深いものなのか今でもよくわかっていなかった。
「どうしたの」と部屋を訪ねていたスピアが言った。ソファに座ってうなだれているアックスと向かい合うように立っていた。
「人を殺すことはよくないことだったのか?」
「そんなこと考えない方がいいよ。考えると辛くなる」
「確かに辛い」
「仕方ないよ。殺さないと奪えなかったかもしれないし、こっちが殺されていたかもしれない」
「本当にそうなのか?」
 スピアは、そうだよ、とあっさり言った。アックスは驚いた。カオスエメラルドを奪いに民家に行った時に、殺さなくてもよかったのに、とスピアが言ったことを思い出していた。そのことを彼女は忘れているのだろうかとアックスは思った。あるいは人間の目線で見るとそのような結論に行くのが当たり前なのかもしれない。
「それに最後の一個を手に入れて、ハルバードたちが持っているやつも奪えば、それでもうおしまいなんだから。こんなタイミングで迷ってちゃ駄目でしょ」
「そうだな」
「ありがとね、アックス。アックスのおかげでここまで来れたよ。一緒に最後までやり遂げよう」
 アックスは顔を上げて、
「そうだな。やり遂げよう」とスピアに言った。

 深夜にクレイモアがアックスの部屋を訪ねた。
「賢者のいる場所がわかったぞ」とクレイモアは言った。
「どこだ」
「三七五町だ」
「ここじゃないか」
 クレイモアは頷いた。
「そうだ。ここだ」
「それで三七五町のどこだ」
「このマンションだ」
 アックスは黙した。クレイモアは至って真面目な風に喋っていたが、からかわれたような気がした。
「そうか」と小さな声で言う。
「賢者はホープというカオスチャオのようだ」
 アックスはクレイモアを睨むように見た。その目が、本当か、と言っていた。クレイモアは目を逸らさなかった。
「ここに引っ越してきたのはつい最近のようだ。奪いに行く時には俺も呼んでくれ。大事な用がある」
 そう言ってクレイモアは踵を返す。言うべきことを言い終え帰ろうとする彼に、
「待ってくれ。賢者が先生だということ、スピアには言うな」とアックスは言った。
「わかった」
 クレイモアは振り向かずに答え、そのまま出て行った。

 三七五町に来たハルバードたちは敵が潜伏しているらしいマンションを訪れた。そこで丁度三階の部屋に入るアックスたちの姿を見た。
「あれがあいつらの拠点ってわけだな」とハルバードが言った。
 シュートは自分の持っている情報と違うことに戸惑ったが、黙ってハルバードたちに付いていった。アックスたちが入った部屋のドアは鍵の部分が破壊されていた。不審に思いながら部屋に入ると、リビングには人間の姿をしたホープがいた。ホープはカオスエメラルドを四つ手にしていた。
「先生、これは一体」
「君たちまで来たのか。凄いタイミングだな」
 ハルバードとサイスは、敵の拠点であるはずのマンションにホープがいることに驚いていたからシュートとペネトレイトの行動に気付けなかった。二人は沈黙の中突然動き出して、ハルバードとサイスが持っていた三つのカオスエメラルドを奪い、ホープの後ろに隠れた。
「どういうことだ、今のは」とハルバードがホープの後ろの二人に言った。答えたのはホープだった。
「君こそどういうつもりだったのかな、ハルバード。七つのカオスエメラルドがあれば世界を変えられるとか、そういう邪なことは考えていなかったかな」
 咄嗟に誤魔化す言葉も見つからず、ハルバードは返答できなかった。
「今の世界は世界革命のおかげでおおむね平和だ。それを自分勝手な願い事で壊されては困る。カオスエメラルドは悪用されないよう管理されなくてはならない」
「世界革命のおかげで平和というのは少し間違っている」
 口を挟んだのはクレイモアだった。彼が発言して初めてハルバードとサイスはクレイモアがいることに気が付いた。彼の死体を確認していた二人はホープを見た時以上に驚いていた。しかし二人の驚愕をよそに会話は進められていく。
「あなたは異文化ウイルスというものを知っているか」
「なんだそれは」
「世界革命によって失われた記憶だ。むしろ世界革命のために平和へ進むことさえできなくなったという考え方もできる」
 クレイモアはホープに向けて封筒を投げた。
「それに真実が書いてある」
「もらっておくよ」
 ホープはそう言って、カオスエメラルドの力を使って瞬間移動した。三人が消えてしばらくの間があった後サイスが、
「どうして生きてるの」とクレイモアに言った。
「アックスにカオスエメラルドの力で蘇らされたんだ」
 サイスの眉が寄る。ハルバードがもう隠すことはできないと判断して、
「敵のリーダー格の、ブレイクって名乗っていたやつがアックスだったんだ」と教えた。そしてアックスが小さく手を挙げた。
 サイスは戸惑った。幼い頃よく遊んでいたメンバーが集まっていた。それなのに和やかな雰囲気ではないのである。
「でも、そうか、生き返っていたのか。教えてくれなかったのは、やっぱり言えなかったからなのか」
 ハルバードがそう言うと、いや、とクレイモアは返した。
「別にそのように強制されてはいなかった。ただ俺は知りたいことがあったんだ」
「賢者ブレイクのことか?」
「そうだ。俺は生き返ってから、カオスエメラルドを使って人の記憶を見ることができるようになった。その魔法を使って賢者ブレイクを探していた」
「見つかったの?」とサイスが言った。自分の祖父のことは幼い頃からずっと気になっていた。
「ああ。賢者ブレイクは世界革命によって失われたはずの記憶を持っていた。記憶が消えたのは奇跡の代償ではなかった。彼が意図的に人々の記憶を消したんだ」
「そうだったんだ」
 まるで賢者ブレイクが悪人であるかのようにサイスには聞こえた。彼の子供であるとされる母も優しい人ではなかった。母は生まれてすぐに乳児院に預けられ、両親の顔も見ることなく児童福祉施設で育った。サイスは母から賢者ブレイクは子供を捨てる人間だと聞かされてきたのだった。そしてクレイモアの話によって自分の血筋への嫌悪感が掘り起こされてサイスは顔をしかめた。
「世界革命は世界を救うためのものではなかったんだ。だからこそ君たちは選ばなくてはならない。カオスエメラルドを追い続けるのか、ここでやめるのか」
「選べって言われても」
 スピアがそう困惑を口にした。四人が全員似た気持ちであった。選択肢など頭になかった。
「真実を知れば選ぶしかなくなる。そして俺が真実を教えよう。五十年前の真実を」
 そう言ってクレイモアは先ほどホープに投げた封筒と同じ物を四人に渡した。
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ピュアストーリー 第九話 異文化
 スマッシュ  - 13/12/7(土) 23:03 -
  
 殺人事件が多発していた。無差別に多くの人が殺される事件も度々発生した。そういった事件はテロだと噂されることもあった。ブレイクはそのような事件を起こす人間を殺してやりたいと思っていた。罪のない人々は死ぬべきではない。そういった人たちを殺そうとする人間こそ死ぬべきだ。そう幼馴染と話すこともあった。ブレイクはある日ヒーローズという団体に保護された。
 ブレイクはヒーローズのトップであるベックという整った顔立ちの中年の男から自身が異文化感染者であることを教えられた。しかしブレイクは異文化感染者というのがどういうものなのか知らなかった。説明を求めるとベックは、殺人を助長する文化である、と言った。
「その文化はどうやらこの星の者が作った文化ではないようだ。異星人、あるいは別の世界の者、とにかく敵と呼ぶべき存在が我々に送ってきた文化の形をしたウイルスなのだ。そのウイルスは人々の中に入り込み、人々の文化として根付く。敵は我々に殺し合いをさせることで攻撃を行っているのだ。我々はいずれその敵と戦わなくてはならない。が、問題はそれだけではない」
 ベックは、我々には人間の敵がいる、と言った。力強い声であった。別の世界の敵よりも重要視しているのが伝わってきた。
「異文化ウイルスのことを察知したのは我々だけではない。しかし中には異文化感染者を殺すべきだと考えている者もいる。そうすれば異文化が広まることもなくなると、ありもしない未来を語っている。しかし彼らは行動に出た。報道されている殺人事件の中には彼らが異文化感染者を排除しようとしたものも含まれている。先日の二十名の死傷者を出したテロ事件もまた彼らによるものだ。我々は君を彼らから守るために保護したのだ。そして君には我々に協力してほしい。彼らのような間違った正義を振りかざす者たちを打ち倒し、人々の英雄となるための活動をしてほしいのだ」
 ブレイクはまともに発言することもなく話の流れるままにヒーローズの戦闘員として働くことになった。戦闘員はブレイクの他にも大勢いた。異文化感染者を駆除しようとしているホワイトフレイムという組織の人間を殺害することが任務であり、ブレイクはそのための訓練を受けた。
 ブレイクと同時期に戦闘員として加入した女がいた。真っ直ぐ伸びた金髪の美しい十八歳の少女だった。ソフィアという名前であった。共に訓練を重ねていくうちに仲間意識が強くなり、互いに互いがホワイトフレイムの魔の手から守るべき存在となった。やがて一人前の戦闘員として活動することになったが、その頃には息の合ったコンビになっていた。ばらばらに活動することはなかった。相手のことが自分に欠かせない存在であるように感じられて、二人は恋人として付き合うことになった。しかしその一年後にソフィアは殺されてしまった。十人の戦闘員が参加する比較的大きめの作戦の途中であった。

 ブレイクはベックに呼び出された。ソフィアが死んでから二ヶ月が過ぎていた。パートナーを失い、大して親しくない者と組むようになった。そしてほとんど話したことのないような人間と一緒に行動してもなんとか任務を達成できてしまうことに拍子抜けしていた。
「ホワイトフレイムはカオスエメラルドを集めている。それを許すわけにはいかない。カオスエメラルドを集め、かつホワイトフレイムを叩いて戦いを終わらせてほしい」とベックは言った。そして欲しいと思う人材を連れて行っていいと付け足した。
 ブレイクは一人で行こうと思った。戦いが終わると信じられなかった。それよりも早く殺されてソフィアの所に行きたかった。
「ブレイク、待って」
 呼び止められて振り向くと、幼馴染のミヤビがいた。彼女は戦闘員ではなかった。しかし盗みなどの犯罪行為によって組織を支える構成員であった。
「カオスエメラルド集め、私も手伝うよ。心配だし」
「聞いていたのか」
「まあね」
 付いてこられるのは面倒だとブレイクは思った。途中で死ぬつもりの旅だ。そこで、
「俺は死ぬつもりだ」と言った。
「それ本気で言ってるの」
「ああ」
「本当に本気で言ってる?」
 ブレイクは答えられなくなった。死ぬだけなら自殺という手もあった。そのことをわかっていながらまだ生きている。今生きているという事実が重荷であった。ソフィアの死にさほど心が動いていないのではないかと思われた。ソフィアは大切な存在であるはずだ。そのためにブレイクは死にたいと思うようにしている。自分が本当に死にたいと思っているのか、彼にはわからなかった。
「とにかく付いていくからね」とミヤビは言った。

 カオスエメラルドを入手するために寄った町で騒ぎが起きていた。ホワイトフレイムが何かした可能性もあると考えてブレイクとミヤビは騒ぎの中心となっている場所に向かった。大通りを曲がってすぐの裏通りで無差別に人が殺されていた。ブレイクたちが駆け付けるまでに数分かかったが、銃声が鳴り続いていた。路上にカオスエメラルドが落ちていた。
「カオスエメラルドだ」とブレイクが言う。
 ホワイトフレイムがカオスエメラルドを狙って人を殺した。そのように考えられた。懐に隠していたピストルを握り、ブレイクは裏通りに出る。そこでは突撃銃を持った男が乱射していた。ブレイクは素早く男の頭を撃ち抜いた。男は倒れ、銃は止まった。念のために数発頭と心臓に撃ち込んだ。その間にミヤビがカオスエメラルドを回収した。
「酷いね」とミヤビが周囲を見て言った。人が数十人倒れていた。そのうち何人かはまだ息があるようだった。
「助かったよ」
 負傷した様子のない女が近寄ってきてそう言った。ブレイクには見覚えがあった。ヒーローズの戦闘員の一人であるヘレンだ。活躍していたブレイクとソフィアのことを敵視していた。特にソフィアに対してライバル意識を持っていたようだった。ソフィアが死んだ作戦の時、彼女もソフィアの近くにいた。
 ヒーローズの人間はもう一人いた。そちらは男だった。アヴァンという名前である。彼もまた戦闘員であった。
「流石だな、ブレイク。君の腕がいいって話は本当だったようだ」
 そう言って握手を求めた。ブレイクがそれに応じると、
「本当は俺が先制攻撃を仕掛けて殺すはずだったんだ。だけど勘付かれてしまって、身動きが取れなくなってしまったんだ。君が来なかったら死んでいたかもしれない。ありがとう」とアヴァンは話して笑った。
「そうか、大変だったな」
「お前も大変な仕事をやってるって聞いたぞ」
「まあな。カオスエメラルドを集めている」
「まじかよそれ。そういえばさっきのやつがカオスエメラルドをよこせとかわめいていたな」
 ミヤビが、回収したよ、と言ってアヴァンにカオスエメラルドを見せた。
「ああ、無事だったのか。そうだ、俺たちも仲間に入れてくれ」
「正気?」とヘレンが言った。不愉快そうな顔をしている。「私は嫌なんだけど」
「いいじゃんか。仲間は一人でも多い方がいいだろ」
 ブレイクもヘレンと同じでお断りだという気持ちであった。それなのにミヤビが強引に、そうしよう、と言ってしまった。特にヘレンと一緒になるのは嫌だった。彼女はソフィアの近くにいた。それなのにライバル視するあまりソフィアのことをサポートしなかったせいでソフィアは死んだ。そういう風に考えたことがブレイクにはあった。

「カオスエメラルドってどんなことができるんだろうな」
 旅の途中で不意にアヴァンがそう言った。
「七つ揃えば凄いことができるんだよな。一つでもかなりのことができるって聞いた。カオスコントロールとかソニックはしたらしいし。他にも何かできるんじゃないのか」
「何かって何」
 そうヘレンが言う。
「ええと、なんだろうな。何も食わなくても腹が膨れるとか」
「くだらない」
「そう言うなよな」
「試してみよう」とブレイクが言った。
「本気でお腹を?」
 ヘレンにそう聞かれてブレイクは笑った。
「そんなわけないだろ」
 ブレイクはソフィアを蘇らせようと考えたのだった。カオスエメラルドを強く握り、ソフィアに生き返ってほしいと願う。するとカオスエメラルドは発光し始める。ブレイクはがむしゃらに願った。ソフィアと一緒に何がしたいか頭の中に描き、そして彼女が死んでしまったことを拒絶する気持ちをカオスエメラルドに訴えた。果たしてソフィアが四人の前に現れた。裸であったためにブレイクは自分の羽織っていたコートを渡した。
 ソフィアを蘇らそうとしたとは思っていなかった三人は驚いていた。ヘレンが目をむいていた。失ってしまった者がそこにいる。ブレイクは何も言わずにソフィアを見つめていた。見つめ合ったまま氷になろうとしているような沈黙であった。何十秒という間を味わって、ソフィアが口を開いた。
「私、生き返ったんだね」
「ああ」とブレイクは頷いた。「そうだ」
「そうだよね。そうなんだよね」
 ソフィアは空を見た。何かを喪失した顔だった。
「私は一度死んだんだ」
 ソフィアの呟きを聞いて、ブレイクは彼女に近寄って手を取った。
「そのことは忘れてしまっていいんだ。もう一度やり直そう。今度こそ俺は君を守る」
「駄目だよ。私はもう死んだの。ちゃんとそのことを覚えてる。死人とはお喋りできないんだよ。だから夢から覚めないと」
 そう言ってソフィアはブレイクの懐から銃を取った。
「やめるんだ」
 自殺を止めるために銃を持った手首を握ろうとしたがソフィアはそれを避けてブレイクから離れた。
「ごめんね。二回も死ぬところを見なきゃいけないなんて辛いよね」
 謝りながらもソフィアの手は躊躇いなく動き、自分のこめかみを撃ち抜いた。
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ピュアストーリー 第十話 敵
 スマッシュ  - 13/12/14(土) 0:00 -
  
 生き返ったのにソフィアは自殺してしまった。生き返ることへの拒絶を見せられて四人の間に気まずい空気が流れていた。ヘレンが低く唸っていて、酷く不機嫌であるようだった。
「とにかくカオスエメラルドを七つ集めよう」とブレイクは言った。三人はそれに従うしかなかった。
 しかしソフィアの自殺によるショックが解消されることはなかった。二つ目のカオスエメラルドを求めて寄った町でミヤビが、
「そもそもヘレンがちゃんと助けていればソフィアは助かったんだ」と言ってしまった。
「何が言いたいわけ?」
 ヘレンも冷静な状態ではなかったから、喧嘩をするつもりで食って掛かる。
「あんたのせいでソフィアは死んだって言いたいの。馬鹿みたいにプライド高いからソフィアのサポートしなかったんでしょ」
「どうしてあんたがそのことを言うわけ?あんたはソフィアの彼氏じゃないでしょ。それともソフィアがいないと困るの?大好きな人を諦める口実だから?」
「そんなんじゃない」
 二人は怒鳴り合い、やってられないと言ってどこかへ行ってしまった。止めるのに失敗してブレイクとアヴァンが取り残されてしまった。
「どうすんだ」とアヴァンが言った。
「探すしかないだろ」
 ブレイクは溜め息をついた。ソフィアの死に動揺しているのはブレイクも同じである。自分だって取り乱したいと二人を恨む気持ちが起こった。それを封じて、ミヤビを探すことに決める。彼女は戦闘員ではないから単独行動をさせておくわけにはいかないのだった。

 助けてくれ、と叫ぶ少年の声をブレイクたちは聞いた。声のした方に行くと少年が銃を持った男に追われていた。アヴァンは男の手にある銃を見た瞬間に素早く自分の銃に手を伸ばした。そして狙いを定める時間もなく発砲し、男の頭を撃ち抜いてみせた。
「大丈夫か」とブレイクが少年に声を掛けた。
「え、ああ、うん」
 アヴァンは殺した男の所持品を確認する。銃に白い炎のシールが貼られてあった。ホワイトフレイムの一員ということをアピールしたかったのかもしれない。アヴァンはそのことをブレイクに報告した。
「俺、命狙われるようなことしてないはずだぞ」と少年は言った。
「今のご時世理由もないのに狙われるものだ。俺も数年前に狙われた。だから俺はこうして無差別殺人をしようとしている連中と戦っているんだ」
「なんかゲームみたいな話だ、それ」
「そんなこともあるさ。こんなご時世だ」
 少年はそれでいくらか納得したようだった。冷静な風を装いながら、
「もし本当に戦っていると言うなら、俺も戦ってみるのも悪くないかもしれない」と言った。
「戦いではないけれど、人探しに協力してくれないか?」
 そう言うと少年は、わかった、と言った。

 不安なことは実現してしまうものなのか、ミヤビはホワイトフレイムの戦闘員に襲われていた。戦闘員は五人いた。
「助けないと」と少年が言った。
 アヴァンが既に発砲していた。戦闘員が一人倒れる。それでも残りの二人がミヤビを狙っていた。ミヤビは足を撃たれたのか必死に立とうとしているだけであり、逃げられないでいる。少年は走った。そしてミヤビを肩に掴まらせて逃げようとした。その途中で少年が撃たれた。それでも歩き続けて物陰にミヤビを隠したところで倒れた。アヴァンの銃弾は敵に当たらず、弾が無くなった。
「駄目だ」とアヴァンが言った。「もう集中できない」
「何を言っている」
 ブレイクは一人の足を撃ち、そして倒れたところに何発か撃ち込む。その横でアヴァンが新しい弾倉を装填することもせずに、
「俺は最初だけなんだ。最初だけは誰よりも上手くやる自信がある。だけどその後は全然集中できない。きっと最初に集中し過ぎているんだと思う」などと言っている。
 まだ生きている三人がミヤビの隠れた付近を撃ちながら迫ってくる。ブレイクたちもまた狙われている。とにかく全員殺さなければと焦る。ブレイクは一人を確実に殺そうと何発か撃ち、目的を達成したが一人を殺すのに酷く時間が掛かっているような気がした。弾切れを意識しながらも次の一人に銃を向けたが、残りの二人は次々と倒れてしまった。彼らの背後にヘレンがいた。
「後ろからだと殺しやすいって知ってた?」
 ヘレンは余裕たっぷりに歩きながら言った。そしてミヤビを助け起こす。
「ありがとう」
「ま、死なれても困るしね」
「でもこの子死んじゃった」
 ミヤビは倒れている少年を見た。自分たちよりも若い。
「仕方なかった」とアヴァンが言った。「それに彼のおかげで君は助かったんだし」
 ブレイクは自分が少年の代わりに動けばよかったのではないのかと思った。
「とにかくもう単独行動はしないこと」とヘレンはミヤビに言った。「そうすれば守ってあげる」
「うん。そうするよ」
 五人組はカオスエメラルドを探すためによこされたのかもしれない。ブレイクたちはホワイトフレイムと遭遇することなくカオスエメラルドを発見することができた。

 ブレイクは先日のことで自信を失っていた。ソフィア以外の人間と組むこと自体が彼にとっては気に食わないことであった。その上に喧嘩などのトラブルが発生するとなると面倒で嫌になる。死んでしまった少年のことも頭から離れない。やはり自分が死ねばよかったと思うのである。ソフィアが死んで間もない時に自殺を考えたように、自分の死を考えればよかった。そうすれば楽になれたのだ。
「悩んでいる、という顔をしている」
 夜に飲み物を買うためホテルの廊下を歩いていると、缶コーヒーを持ったヘレンが話しかけてきた。
「ソフィアを諦めるつもり?」
「生き返らせても死んでしまう。それにこれはソフィアを生き返らせるための旅じゃない」
「なら殺してあげようか」
 ブレイクは頷くことができなかった。自殺することも少年の代わりに死ぬことも頭の中で考えているだけなのだった。
「要するにそういうことでしょ。悩むまでもない。あんたはそういう男なんだ」
 ヘレンは缶を開けてコーヒーを飲む。確かにそうだとブレイクは思った。結局自分はソフィアを生き返らせるためにカオスエメラルドを集めるしかない。
「私もソフィアを生き返らせてもらわないと困るから。そしたら今度はあんたも一緒に負かしてあげる」
「今度って、ソフィアに勝ったこともないだろ」
「今はもう勝てるはずよ」
 まるで本当にそう信じているかのように言うのでブレイクは笑った。とにかく生き返らせなさい、とヘレンは言う。励まされているらしい。ブレイクは缶コーヒーを買うことにした。

 七つあるカオスエメラルドのうち四つは既にホワイトフレイムが所持しているらしい。その情報をベックから受け取って、ブレイクたちはまだどちらの手にも渡っていない最後の一つのカオスエメラルドを入手しようとした。そのカオスエメラルドがあるという町に着くと、大量虐殺が行われている最中だった。
「酷いな」と言いながらアヴァンは背後から襲おうとしてきた男を撃った。「たくさんいる気がする」
 彼の言った通り、武装した人間を殺しながら進まなければならなかった。彼らは根こそぎ探すといった様子で民家にも侵入していた。道を歩いていると見慣れた女が立っていた。ソフィアだった。
「来ちゃったんだ」とソフィアは言った。
「どうして君がここに」
「また生き返らせられたんだ」
「自殺しなかったんだ」
 ヘレンが嫌みのように言った。ソフィアは悲しそうな顔をする。そしてブレイクに向けて、
「死ぬわけにはいかなかったから」と言う。
「それはどういうこと」
「殺さないと、殺さないといけないの。死ぬ前に殺すべき人たちを殺さないと。そうしないといけないって思うから」
 様子が変だとブレイクは思った。
「何を殺さないといけないんだ」
「わからない。でも敵を殺さないと駄目だって思う。そうしないうちは死ぬわけにはいかないって気がして。でも敵が誰だかわからない」
 そしてソフィアは、死にたい、と言った。
「もう何もわからない。死にたい。でも死ねない。ねえブレイク、私を殺して。殺して」
 ブレイクは殺すことにした。今のソフィアはおかしくなってしまっている。
「わかった。でもその前に教えてくれ。君を蘇らせたのは誰だ」
「サクラ」とソフィアは小さな声で言った。「サクラっていう名前のチャオ」
 サクラというチャオをブレイクは知っていた。幼い頃ミヤビとサクラというチャオと一緒に遊んでいた。そのサクラだ。
「何、なんて言ったの」とブレイクの後方でミヤビが言った。
「でももうチャオじゃないのかも。カオスになりつつあるみたい」
「そうか」
「それと大事なことがわかったよ。異文化ウイルスがどこから来るのか。カオスエメラルドだよ。私、生き返る時に感じた。カオスエメラルドの力と一緒に、私の中で乱暴な何かが入ってくるの。あれが異文化ウイルスなんだと思う。敵は奇跡からやって来るの」
 ソフィアは持っていた突撃銃をブレイクに向けた。
「これで私の知っていることは全部。さあ殺して」
 ブレイクは言われた通りにソフィアの頭を撃った。脳の半分が吹き飛ぶ。しかしソフィアは立っていた。肉が素早く増えて顔が元通りになっていく。カオスエメラルドの力でこのような体にされてしまったらしい。ブレイクは手持ちの弾を全て撃ってでも殺そうというつもりで引き金を引いた。頭が形を失い、胸がぼろぼろになってようやくソフィアの肉体は停止した。彼女の体内からカオスエメラルドが出てきた。このために体が再生していたようだ。
「酷い」とミヤビが言った。
「倒そう」
 ホワイトフレイムを倒すという命令で旅をしてきたが、ブレイクはようやくそれが自分の使命であると思えるようになった。サクラはどこかでソフィアが自分の恋人であることを知ったのだろうとブレイクは推測した。だからソフィアは蘇った。またサクラが蘇らせるかもしれない。次はもっと酷い身体にソフィアを宿らせるかもしれない。それだけはさせないつもりであった。この町にあるはずのカオスエメラルドは既に奪われてしまったらしい。ホワイトフレイムの戦闘員たちが引き上げていくのが見えた。ブレイクはソフィアの持っていた突撃銃を抱えた。

 ホワイトフレイムの拠点にブレイクたちは来た。相手がサクラであることを、ミヤビに伝えた方がいいのかブレイクは迷った。しかし言うことはできなかった。大事なことであるからこそ口に出すことが億劫であった。ミヤビがどのような反応を見せるのか想像するだけでも疲れた。結果よくないことだと思いつつも黙っていた。
 何人も相手にしながら拠点の中を進んでいく。不思議とブレイクたちは負傷しなかった。どのようにすれば相手を効率よく殺せるのかブレイクにはわかった。それは直感的なものであるのに、まるでガイドが表示されていてそれを目で見ているかのようにはっきりと感じられるものであった。敵がどこにいて、どうすれば一発の弾で死ぬのか、全てわかるような気がした。まるで自分が敵を殺す機械になったようだった。
「なんか調子いいな。集中力が切れない」とアヴァンが言った。
 またソフィアが現れるのではないかという不安を抱いていたがそのようなことはなく、一メートルくらいの大きさのカオスチャオに遭遇した。ピンク色の大きなカオスチャオは四人を見つめた。カオスチャオの右腕には四つのカオスエメラルドがはめ込まれていた。
「久し振りだね、ミヤビ、ブレイク」とそのチャオは言った。
「随分とチャオらしくなくなったな」
 ブレイクは突撃銃をサクラに向けた。チャオの体はゼリーに喩えられることがあったが、サクラの体はそれよりも水流に近くなっているような透明感があった。
「そうだね。僕は大きくなった。それに喋るようにもなったし、強くなった。人間の上に立っている」
「それに死人を蘇らせた」
「全部カオスエメラルドの力によるものさ。僕はカオスエメラルドによって変わった。力を得て、真実を知り、そして戦争を終わらせるためにここにいる」
「戦争というのは」
「勿論、この星と別の世界の間で起きている戦争のことだ」
 敵の攻撃は異文化ウイルスの散布によって行われる。異文化感染者は敵の駒である。そのために異文化感染者を駆除しなければならないとサクラは主張した。ブレイクはそれを聞いて、もうどうにもならないだろうと思った。サクラもまた異文化ウイルスに感染しているように思われたからだ。ソフィアが言うにはカオスエメラルドを通して異文化ウイルスはこの星にやって来るらしい。それならばサクラがその影響を受けていないわけがない。
「残念だけどそれは手遅れだ。君ももう感染している」
「敵の手駒にそう言われて信じるほど僕はいい子じゃない」
 サクラの拒絶によって話す空気ではなくなった。ブレイクは躊躇うことなく引き金を引いた。無数の弾丸がサクラの体を貫くが、ダメージを受けている様子はない。ブレイクは射撃をやめ、突撃銃を捨てた。そしてカオスエメラルドを三つ取り出した。かつてソニックはカオスエメラルドを使って攻撃を行ったと聞いたことがあった。
「カオスブラスト」とブレイクは叫んだ。すると轟音が響いた。そしてその轟音が見えない鉄槌であったかのようにサクラの体のほとんどが削られていた。残っていた部位もただの桃色の液体になってしまう。カオスエメラルドが四つ転がった。カオスエメラルドより小さな石も一つ転がっていた。
「勝ったんだよね、これ」
 ヘレンがほうけたような声で言った。ブレイクが、ああ、と答える。そして四つのカオスエメラルドを拾って、
「これで全部のカオスエメラルドが揃った」と言って三人に見せた。それでも三人はどこかぼんやりとしているようだった。
 ブレイクはソフィアを蘇らせたいと思っていた。そのためには起こさなくてはならない奇跡がいくつかあった。死んだ記憶を持ったままでは自殺してしまう。異文化ウイルスというものが存在していたら、感染者であるソフィアはまた標的にされるかもしれない。そして念のためにもし襲われることがあっても彼女の命を守る力が欲しいとブレイクは思った。それは武器を持っていなくても他人を殺せるような力がいいと思った。七つカオスエメラルドがあれば世界を変えることができるかもしれない。ソフィアが生きていられる世界に変えてしまうことにした。

 ソフィアはブレイクが意図した通りに自分が死んだことを忘れた状態で蘇った。異文化ウイルスを消すことはできなかった。理由は不明であったが記憶と同じようにはいかないようであった。そこでブレイクは異文化ウイルスに関する記憶を人々から奪うことにした。そうして人々は記憶を失い、ソフィアが生きていける世界が完成した。異文化ウイルスは存在し続けている。ブレイクもソフィアも重度の感染者であったから、敵と思った人物を殺してしまう可能性があった。そのため二人はなるべく人に会わない生活をするように心がけた。子供が生まれたが、我が子でさえ殺してしまうかもしれなかったため手放すことにした。
 全ての生物は小さなカオスエメラルドのような機能を持った。カオスエメラルドを持っていなくても小さな奇跡なら起こすことができるようになった。それが魔法であった。世界革命によって敵との戦争に不利になったかもしれなかった。それでもブレイクはソフィアが隣にいればいいと思った。ソフィアは人を殺すことなく、また殺されることなく、病によって死んだ。七十年も生きれば十分と言えた。だからブレイクは再びソフィアを生き返らせようとは考えなかった。
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ピュアストーリー 第十一話 世界革命
 スマッシュ  - 13/12/14(土) 0:02 -
  
 ハルバードとサイスはチャオガーデンに立ち寄った。エンジェルリングを量産するためにチャオが飼われているガーデンである。クレイモアが手に入れた賢者ブレイクの過去について知った後アックスたちが人類をチャオに変えることで争いを無くそうとしていたことを聞いたため、チャオの姿を見たくなったのだった。
 チャオガーデンには一足早くブロウが来ていた。ブロウはヒーローチャオに囲まれていた。チャオたちは口々に撫でてと言っていた。
「君は」
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
 ハルバードたちはブロウから離れた所に腰掛けてチャオたちを眺めた。確かにチャオには争いをするというイメージがない。しかし誰が先に撫でてもらうかで少しもめているようにも見えた。暴力というものを知らないのか、自分が先だと主張するばかりではあったがそれを見ていてハルバードは何事も都合よくいかないのだという気分になった。もし人類がチャオに変わっても殺し合うのではないか。サクラというチャオが異文化の影響を強く受けていたらしいことも暗い気持ちを後押しした。少なくとも過去を変えればどうにかなると思っていた自分たちは甘かったのである。過去を変えても異文化ウイルスがあるから悲劇が生まれやすくなっており、結局サイスは不幸な目に遭うかもしれない。そもそも異文化ウイルスがなかったとしても過去を変えればそれで明るい未来が保障されるわけではないのだ。そのことにハルバードは気が付いたのだった。
「幸せになるなら、とことん幸せにならないと意味がない」
 次々と撫でられて頭の上の輪をハートに変形させるチャオたちをぼんやりと眺めながらハルバードは呟いた。
「子供の旅だったんだな、結局は」
「ねえ、これからどうするの」
 クレイモアはカオスエメラルドを追い続けるのかやめるのか選べと言った。ハルバードがどうするつもりなのか、サイスは知りたかった。ハルバードと行動を共にするつもりであった。
「わからない。でも戦争を終わらせて平和にできるのなら、そうしたい」
 異文化ウイルスを消すことはできなかったらしい。もしかしたらこの星は既に敗れているのかもしれなかった。

 ハルバードはアックスの部屋に、サイスはスピアの部屋に泊まることになった。翌日朝から外出していたアックスが、
「賢者ブレイクが来たぞ」とハルバードに言った。
「ブレイクが、どうして?」
「自分の心臓を差し出しに来たようだ」
 心臓がカオスエメラルドに近い物体になることを知らないハルバードにはただならぬことに聞こえた。アックスから説明を受けて理解はしたが、それでも心臓を差し出すことを平然と受け止めることはできなかった。
「それって死ぬってことじゃないのか」
「かもしれない。だがカオスエメラルドに近くなっている部分だけを取り除いて、そこにエンジェルリングを代わりとして入れれば大丈夫だとドクターは考えているようだ」
 大丈夫と言われてもハルバードは不安に感じた。エンジェルリングが臓器の代わりになるという印象がなかった。
「手術はもう始まっているのか?」
「まだだと思う」
「なら会って話をしたい。案内してくれ」
 サイスを祖父に会わせてやらねばならないとハルバードは思ったのだった。スピアの部屋に寄って、サイスを連れ出す。スピアも付いてきて、四人で研究室に向かった。賢者ブレイクはベッドに拘束されていた。
「この人が賢者ブレイクだ」とアックスが言う。
「これ、無理矢理捕まえたのか?」
 体がベルトで固定されていて、腕も足も動かせないようになっていた。
「私が頼んだんだ」と拘束されている老人が言った。「不意に人を殺さなければならないと思ってしまう。こうしておいた方が安心できるんだ」
「異文化ウイルスの影響ですか」
「彼から聞いたのか。そうだ。異文化ウイルスによって私は人を殺める兵士として最適化されてしまったみたいだ」
 ハルバードはサイスの背中を優しく叩いた。サイスが一歩前に出る。
「おじいちゃん?」
 恐る恐る尋ねた。老人はサイスを見た。
「君は?」
「サイスっていいます。たぶんあなたの孫です。お母さんが自分の親は賢者ブレイクだって言ってたから」
 サイスは自分の母の名前を告げた。そして母が親の顔を見たことがないと言っていたことなどを話した。
「確かに君は私の孫かもしれない」
「はい」
「そうか。孫が生まれていたのか。ソフィアに見せてやりたかった」
 ソフィアは、とブレイクは何かを言いかけたが、続きを言うのをやめてしまった。そしてサイスに向けて、
「すまなかった。一緒にいるわけにはいかなかったんだ。私たちは自分の子供でさえ殺してしまうかもしれなかった。子供はわがままなものだ。そこが愛らしいはずなのに、私たちはそれを鬱陶しいと思ってしまうかもしれなかった。私たちは敵と思った人間を殺してしまう」と言った。
 サイスは黙っていた。目の前にいる老人を恨む気持ちがあった。彼の言い分を聞いていてその気持ちが表に出てきそうになった。我慢し飲み込んだのは言ってしまったら自分の気持ちが軽くなってしまいそうな気がしたからだった。言えば少しだけ楽になってしまう。それは嫌だった。
「そう」
 それだけ言ってサイスは話を打ち切り後ろに下がった。もういいよ、とハルバードに小声で言った。ハルバードは頷いた。ハルバードは間を作らないために素早く、
「聞きたいことがあります。どうして異文化ウイルスを消すことができないのでしょうか」と質問をした。
 賢者ブレイクは数秒答えを考え、そしてゆっくり話した。
「おそらく文化は消すことはできないのだろう。消えることがあっても、それは無くなるわけではない。新しい文化がその上に重なって上書きされていくのだ。そうしてようやく変化は訪れる」
「そうなんですか」
「おそらくな」
 他に質問することはなく四人は研究室を出た。

 翌日、ハルバードはカオスエメラルドを手に入れる旅に出るとサイスに告げた。
「世界革命はまだ終わっていないんだ」
 一人で行こうとも考えていたのだが、サイスならば何も言わずに付いてきてくれるだろうと思うと、頼りたくなってしまったのだった。案の定サイスは、
「わかった。私も行く」と言った。
 二人は研究室に向かった。カオスエメラルドを一つも持っていないため戦力に不安があった。ドクターフラッシュに賢者ブレイクの心臓から取り出した宝石を貸してほしいと頼みに訪れたのである。手術は成功したらしい。賢者ブレイクはまだ生きていて、安静にさせているとフラッシュは説明した。フラッシュは賢者ブレイクの心臓から取り出した宝石を二人に見せた。握り拳よりもいくらか小さい宝石であった。心臓の半分ほどが変化していた、とフラッシュは言った。
「驚異的な大きさではあるが、賢者ブレイクの心臓でもまだカオスエメラルドには届かない。新しいカオスエメラルドになるにはもっと奇跡を起こさなくてはならないみたいだ。君たちのことはアックスとスピアから聞いた。彼らより君たちの方が魔法使いとしては優秀だということもね。それに昨日の話が本当ならそちらのお嬢さんは賢者ブレイクの孫娘ということになる。私としては君たちこそがカオスエメラルドを生み出す者であると思いたいのだよ」
 そう言ってフラッシュは賢者ブレイクから取り出した宝石と、もう一つ似たような大きさの宝石を二人に渡した。
「こちらは私が発見した宝石だ。やはりこれもカオスエメラルドになれなかった物だ。おそらくサクラというカオスになりつつあったチャオのものだろう。持っていくといい」
「ありがとうございます」
 二人は宝石をそれぞれ一つずつ受け取った。フラッシュは冗談を言うように、
「いいさ。私にとっては君たちこそが希望だ。心臓の宝石を育ててくれよ」と笑いながら言った。
「はい」

 カオスエメラルドを奪うためにはGUNの施設を襲わなければならない。どうやって情報を集めればいいのか、シュートに頼り切りだった二人にはわからず、クレイモアに相談した。するとクレイモアは自分がやると言い、一晩で調べてきた。
「カオスエメラルドは七つを同じ所に置いておくとGUNの内部の人間が悪用しようとした時危険なので、別々の場所に保管することになったらしい。おそらく小さい基地から狙うのがいいだろう。だから五八四町の基地が最初のターゲットだ」
「わかった。ありがとう」
 そう言ってハルバードとサイスが去ろうと背中を見せると、
「カオスエメラルドがないから人の記憶を読むことができん。今回調べるのに掛かった費用は払ってもらうからな」とクレイモアは言った。
 五八四町に向かう電車の中でハルバードは、お願いがある、と言った。真剣な眼差しでサイスのことを見つめていた。
「人を殺さないようにしてほしい。できれば誰も殺したくない。だから急所を外すように攻撃してくれ」
「無茶だね」
 サイスは困った顔をした。
「そんなことしたら殺されちゃうかもしれないのに、それでもそうしたいんだよね」
 質問ではなく確認をするようにサイスは言う。ハルバードは頷いた。
「それが未来のためだから」
「わかった。いいよ。頑張ってみる。それにそっちの方がやりがいあるかも」
 サイスは右手を開いたり閉じたりした。その右手の動作をハルバードに見せながら、
「この前、傷を治す魔法を使ってた人がいたでしょ。その魔法、パクってみた。だから怪我したら教えてね」と言う。
「凄いな。その魔法俺にも使い方教えてよ」
「うん、いいよ」
 サイスは自分の手の甲に魔法で切り傷を作り、そしてそれを魔法で治してみせる。痕も残らず傷は塞がる。そしてハルバードの手の甲でも同じことをする。そうして実演をしながらサイスはハルバードに魔法の使い方を教えた。

 二人はGUNの基地に侵入した。人を殺さないように努めることにした一方で、機械などについては特に決めておらず、むしろ破壊するのも厭わないといった風であった。鉄扉を破壊して基地の内部に二人は入った。
 人を殺さないように戦うことは思いの外簡単だった。異文化ウイルスの影響で効率のよい殺し方が見えるようになっていた。相手の動きが予測できるようであったし急所を狙って射撃することもできそうだった。だからその研ぎ澄まされた感覚を利用して急所を外すように努めればよかった。意図的に腕や脚を狙うようにする。後は体が動くままに戦えばよかった。もしかしたら即死しないだけで結果的には殺してしまうことになるかもしれなかったが、ハルバードはそれでも上手く戦えていると思った。
 二つの宝石の力はエンジェルリングの力よりも強かった。そのためにGUNの魔法使いが何人来ても二人は圧倒することができた。しかし殺さないようにすると決めた瞬間からわかっていたことが起きた。背後から負傷させた魔法使いに狙撃されたのだった。その弾丸はハルバードの左腕をえぐった。このようなことが起こるとわかっていたためハルバードはサイスの後ろを走っていた。走りながら魔法で腕を治す。後ろの魔法使いに攻撃する必要はない。脚を撃っているので追いかけることはできない。背後からの反撃が来たことをハルバードは嬉しく思った。相手がまだ生きているとわかる。サイスが心配しないように声を押し殺そうとするが、魔法によって作られた弾丸が体を射抜けば堪えることは難しい。治療の魔法によって怪我はすぐに軽いものになるが、弾丸を食らった瞬間の痛みがいつまでも頭の中に残って思考を乱した。
「大丈夫?」
 サイスが振り向いて聞いてくる。ハルバードが壁となっていたために彼女は無傷であった。
「ああ、大丈夫」
 ハルバードを助けているのは治療の魔法だけではない。魔法によって体は強化されている。特に頭や心臓の辺りは守りを固めているので死ぬ心配はなかった。だから大丈夫なのである。たとえ撃たれた苦痛が心をぼろぼろにしても、体に傷が無ければ大丈夫と言い張ることができる。それに苦痛が育むものもあるとハルバードは思っていた。
 基地の中心部でペネトレイトがハルバードたちを待っていた。ペネトレイトはカオスエメラルドを持っていた。
「カオスエメラルドは渡さない」
 ペネトレイトは大口径の弾丸の魔法を足元に撃った。一秒に三発というペースで腕をもぎ取りかねない大きな弾丸を撃つのを二人は走って避ける。サイスが弾丸の魔法を連射して応戦するが全てバリアによって防がれた。カオスエメラルドを持っているペネトレイトのバリアを突き破ることは難しい。射撃のためにバリアに穴が出来るはずである。そのサイズがどれほどの大きさかわからないが、そこを狙うしかないとハルバードは思った。ハルバードは走る速度を遅くした。そしてペネトレイトが手を狙って射撃する瞬間にハルバードもペネトレイトの手を狙って射撃した。ペネトレイトの右手に穴が開いた。そしてハルバードの右手が弾けた。ハルバードは痛みのあまり絶叫し、膝を付く。そして倒れる。ペネトレイトも痛みによって錯乱していた。そこにサイスが突進し、魔力が供給されず薄くなったバリアを叩き壊してカオスエメラルドを奪った。その勢いのままハルバードに駆け寄って、右手を治そうと魔法を使う。無くなってしまった右手を元に戻さなければならなかったので時間が掛かる。
「逃がしてたまるものか」
 理性を少しだけ取り戻したペネトレイトは懐からリモコンのような物を取り出した。自爆スイッチかもしれないとハルバードは思った。ペネトレイトはバリアの魔法を使えば運がよければ助かるかもしれない。カオスエメラルドの力で瞬間移動して逃げるべきだ。そう思ってハルバードはサイスからカオスエメラルドを奪い、カオスエメラルドに意識を集中させた。二つの宝石もある。二人を基地の外に移動させるくらいならできるはずだと信じた。
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ピュアストーリー 第十二話 母星
 スマッシュ  - 13/12/14(土) 0:03 -
  
 カオスエメラルドの強い光によって視界が塞がれていた。しかし途中で草原が見えた気がした。光が消えてみるとハルバードは知らない場所に立っていた。途中で見えた草原にいることだけはわかった。木があちこちに生えているがそれぞれが距離を取っていて、誰かが植えたものであることがわかった。それもチャオが食べる木の実がなる木しかない。どうやらチャオガーデンのようだ。それにしては広すぎるとハルバードは思ったが、しかしチャオが何匹もいた。はるか遠くに町と砂漠が見える。ここは高原であるようだ。
「ここはどこだ」とハルバードは呟いた。
 カオスコントロールで移動できる距離には限界があると聞かされていた。しかし五八四町の近くに高原や砂漠などないはずだ。周りには町が無数にあるだけだ。五八四町もハルバードが育った〇五八町もそういう場所なのであった。
 とにかく誰かに尋ねなければどうしようもない。ハルバードは木の周辺に集まっているチャオたちに声を掛けた。
「あの、すみません。ここって一体どこなんですか」
 チャオたちはハルバードの方を向いた。しかし返事は来なかった。首を傾げるだけだ。一匹が立ち上がり、手を挙げた。
「チャオ」とそのチャオは言った。
「あの、ここはどこですか」
「チャオ?」
 首を傾げた。頭上の球体がクエスチョンマークになる。言葉を話せないようだ。生まれたばかりのチャオが話せないということならあり得ることだが、オトナチャオが話せないとなると異常である。十数匹いるチャオの誰も話すことができないようである。
「どういうことだこれは」
 頭を抱える。悪い夢を見ているとしか考えられなかった。とにかく周りに町などがないか調べる必要があった。しかし疲労のため歩く気になれなかった。少し休むことにする。魔力を節約するために傷を完全に治さず、かすり傷程度まで治ったら魔法を使うのをやめていた。それらの傷を魔法で完全に治した。それからハルバードは寝転がって目を閉じた。

 体を揺すられて起こされた。ハルバードが目を開けると老人がいた。
「おお、目が覚めたか」
 人の言葉だ。チャオと話すことができなかったことを思い出し、ハルバードは勢いよく起き上がった。
「すみません、ここはどこなんですか。気が付いたらここにいて。チャオも喋らないし」
「そりゃあチャオは話さないだろう。ここは見ての通りチャオガーデンだ」
「え、チャオは話さないって」
「チャオは喋れないだろうよ。大丈夫か?」
 ハルバードはまた混乱した。世界革命によってチャオは話すようになった。ここは過去の世界なのだろうか。カオスエメラルドの力によって過去に飛ばされてしまった。そういうことがあるのだろうか。ハルバードは懐にカオスエメラルドがあることに気付き、取り出した。
「その石」と老人が反応した。
「カオスエメラルドです」
「カオスエメラルド」
 老人は酷く驚いたようだった。駆けるような早口で、
「それは本当なのか。それが本当にカオスエメラルドなのか」と聞いてくる。
「そうですけど」
「なるほど。そういうことか」
 老人は、なるほど、と何度か呟きながら落ち着きを取り戻す。そしてハルバードに柔和な表情を見せ、
「向こうではチャオが話すようになったんだね」と言った。
 ハルバードには向こうというのがどういうものを指しているのかわからなかった。理解できていないことを老人は悟った。
「そうか。知らないのか。ここは人類が生まれた星だよ。そして君たちはこの星を捨て、新しい世界に旅立ったんだ」

 今ハルバードがいるのはハルバードたちが住んでいる星とは別の星である、と老人は言った。そしてこの星が人類の元々の住処であったらしい。老人はこの星で伝えられている歴史についてハルバードに語った。
 この星にはソニックというヒーローがいた。彼はカオスの暴走など世界が危機に陥った時に世界を救ってくれた。彼はカオスエメラルドの力を利用することがあった。ソニックが活躍している頃、カオスエメラルドは無償で力を与えてくれた。しかしソニックがいなくなった数千年後、カオスエメラルドは世界を傷付けるようになった。力を引き出せば引き出す程、世界から何かが消えた。木々であったりチャオであったり人であったりした。カオスエメラルドの大きな力に頼って生活をしていたため、このままではこの星を滅ぼすことになってしまうと言われていた。そこで移民計画が立ち上がった。カオスエメラルドの力に頼らなくても生きていくことができるような資源に溢れた星に移住しようという計画であった。そして移民のために七つのカオスエメラルドの力が使われることになった。そして移民の後にカオスエメラルドは新しい世界に封印されることが決定された。多くの人間が新しい世界へ行き、いくらかの人間がこの星に残った。最初のうちは互いに連絡を取り合っていた。しかし連絡は途絶えた。そして数百年経って、カオスエメラルドによる被害が再び起こるようになった。それが戦争の始まりだった、と老人は言った。
「私たちは向こうの世界に行くことができない。戦争と言っても一方的に攻撃されているだけだ。しかしカオスエメラルドによる被害があるということは、カオスエメラルドの力によって二つの世界は繋がっていると考えた者がいた。カオスエメラルドが力を使うために自然や人を燃料にするなら、その燃料に毒を仕込めば攻撃できると思い付いたわけだ。そして殺人に関する文化を向こう側に輸出する作戦が実行された」
「それ、俺たちの世界では異文化ウイルスって呼ばれています。別の世界にいる敵からの攻撃だって」
「だがな、文化は機械のように工場で作れるわけじゃない。文化は人の中に芽生えるものだ。殺人文化もまずこの星の人々の間に根付く必要があった。相手に大損害を与えるだけの兵器を作った代わりに私たち自身がその兵器に苦しめられることになったというわけだ」
 この星の人類は滅びはしなかったものの数を減らした。移民せずに残った人類が元々少なく、そこからさらに殺し合いによって減ってしまった。今では人間よりチャオの方が多いのではないかと言われているようだ。そちらの世界はどうなっている、と老人はハルバードに聞いた。ハルバードは世界の現状を話した。殺人が増えているがまだ致命的ではない。そう聞いた老人は溜め息をついた。
「そうか。私たちは負けたのだな。自分たちで殺し合ってでも攻撃して、馬鹿馬鹿しい」
「そんな負けただなんて。こっちではこのままだと負けてしまうっていう風に見られていますよ」
「こちらの負けだよ。カオスエメラルドの影響でこの星は近いうちに滅ぶかもしれない。そんな風に言われているんだよ。大きな砂漠が見えるだろう。君たちがカオスエメラルドを使えば使うほど、あの砂漠は大きくなるんだ。やがてこの星全体が砂漠になるだろう。そして砂漠さえなくなるのかもしれない」
 ハルバードの胸に罪悪感が訪れた。人を殺すことに抵抗がなくなっていたハルバードであったが、星を滅ぼすことは大きな罪であると認識できた。魔法の力はカオスエメラルドの力と同じ力である。きっと人々が生活の中で魔法を使っているだけでこの星は傷付いていくのだ。ハルバードは俯いて話を聞いていた。言い訳をする気も起きなかった。何を言ってもこの老人に許されることはないように思われた。しかし老人はハルバードを責めようという気がないのか穏やかに、
「君たちには生き延びてほしい」と言った。「この星にはもう人は一万人もいない。カオスエメラルドの力にも対抗し得る強力な文化のために、そこまで減ってようやく落ち着いた。私たちに将来というものはないのだろうね」
 この星の人類が生き延びることがあったとしても繁栄することはないだろう、と老人は言った。だからこそ繁栄し得るハルバードたちの世界の人々には生きてほしいのだと訴えられてハルバードは大変な荷物を背負わされたような気がした。あくまでハルバードたちの世界にいる人類全員への頼みであるのだが、それをハルバード一人が背負わなくてはならないように感じてしまったのであった。冷静さを取り戻して重たい荷物を下す。これはあくまで人類の問題。その一方でハルバードの心は熱くなってもいた。人類やサイスのためにやろうとしていたこと。それをやり遂げてみせるという気持ちが強固なものになっていた。
「繁栄してみせます」とハルバードは言った。
 サイスが一緒でなくてよかった。そうハルバードは思った。彼女が何かを決心しては困る。自分は彼女を守りたい。それは好きだからというだけではなかった。自身の野望のためには誰かを守るという行為が必要なのであった。

 行く時が来た。人の言葉を話さないチャオと別れ、自分たちの世界の戦いに立ち向かわなければならない。
「それじゃあな」とハルバードはチャオたちに言った。チャオたちは言葉の意味もわかっていないようで首を傾げていた。
 ハルバードはカオスエメラルドを光らせた。その光を老人とチャオたちが見ていた。ハルバードはカオスエメラルドの力で自分の世界に向かって移動する。星の姿が見えた。言葉を話さないチャオの星。人類が生まれた星。母星の姿であった。母星はまだ青くて丸い星だった。しかし大地は砂漠化しているのがよくわかった。そして自分の起こそうとしている奇跡によって砂漠化はさらに大きく進行するのかもしれない。そうハルバードは思った。しかし自分たちを生んだ母星に何もしてやることはできない。自分たちが前に進めば母星は傷付く。そしてハルバードは前に進もうとしている。だから何も言うことはできない。前に進む自分を見て、よくできましたと母星に住むチャオが笑ってくれる。そんな実現しそうにない幻想を抱きながらハルバードは自分の星へ戻っていく。来るはずのない称賛でも諦めはしない。それだけを母星に誓った。
 やがて自分たちの星が見えてきた。母星を傷付けながら人々は生きている。優しい人間になどなれないとハルバードは思った。そしてその星の人間の一人として、魔法使いとして、再びその地に足を着けた。そして再び旅が始まった。
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ピュアストーリー 最終話 新たな世界
 スマッシュ  - 13/12/14(土) 0:05 -
  
 強い光から解放されると、隣にサイスがいた。どうやら酷く心配していたらしい。サイスは力の抜けた声で、
「よかったあ」と言った。
「心配かけたみたいだね」
「だっていないんだもん。そりゃ心配するよ。私だけ逃がしたのかな、とか」
「ごめん。ちょっと別の場所に飛ばされちゃったんだ」
 サイスは怪我とか大丈夫などと一通り質問して無事であることを確認し、再び安堵した。五八四町の基地は爆発しなかったことをハルバードはサイスから聞いた。
「自爆するわけじゃなかったんなら、別にカオスコントロールしなくてもよかったのかもな」
「でもどっちにしろやばいことになってたと思うよ」
 二人は三七五町に戻った。クレイモアに他のカオスエメラルドの在り処を教えてもらわなくてはならない。カオスエメラルドがあればクレイモアは他人の記憶を覗けるようになる。カオスエメラルドの在り処を徹底的に調べてもらうつもりであった。
 クレイモアはやはり自分の部屋で原稿を書いていた。賢者ブレイクのことも異文化ウイルスのことも全て文字に起こすつもりであるようだ。もしかしたらその真実を公表する予定なのかもしれない。放っておくとずっとキーボードを打ち続けていそうであったから頼みごとをすることに抵抗はなく、むしろクレイモアにとっていいことであるように思うことができた。ハルバードはクレイモアにカオスエメラルドを渡した。
「これを使ってカオスエメラルドの在り処を調べてほしい」
「わかった」
 クレイモアはそう言って早速情報を集めに外に出た。五八四町のGUNの基地にカオスエメラルドがあると調べてきた時もそうであったが、クレイモアは原稿を書くことに必死になっている割にはそれを何よりも優先しているわけではないようだった。もしかしたら自分たちのことを優先してくれているのかもしれないと考えると気分がよくなった。ハルバードは既に印刷されている原稿を手に取ってみた。賢者ブレイクがどのような人生を送ってきたか書いているようである。ハルバードが手に取った紙は世界革命の後のことについて書かれた文章の一部だった。そこには恋人のソフィアのことばかりが書かれてある。どうやら賢者ブレイクは世界革命の後はソフィアばかりを見て過ごしていたようだった。単に愛していたからというだけではないらしい。ソフィアのために自分がしたことを思っては、彼女に執着せずにはいられなくなったのだ。ブレイクは一日中ソフィアの隣にいるような日々を過ごした。幸いなことに、ブレイクにとってソフィアはそうするに足る人物であったようだ。

「ようやく帰ってきたか」
 アックスの部屋に帰ると部屋の主がそう言った。
「ただいま」
 青年の姿のアックスに未だ慣れない。かつてこの友はダークチャオだった。その頃のやんちゃに見える外見とは似ても似つかない。そのために言動もやけに大人っぽく見える。しかし実際にはチャオの頃から劇的に変化したわけではないのだと寝食を共にしているうちにハルバードは気付いた。昔からハルバードたちの中では大人っぽいところがあった。
「君とサイスがカオスエメラルドを探しに行ったと聞いて、俺たちはどうしようかとスピアと話し合った」
 アックスはハルバードをじっと見つめていた。ハルバードは視線の強さに目を逸らす。敵であった頃の名残で攻撃されているように感じられて緊張する。しかし続けてアックスが言ったのはハルバードの仲間になるという言葉だった。
「俺たちも君と一緒にカオスエメラルドを集めることにした。君たちが死なないように俺たちも戦う。きっとスピアも今頃サイスに同じことを話しているだろう」
「そうか」
「俺はカオスチャオだから簡単には死なない。君たちを守ることもできるはずだ」
 それは厄介な話だとハルバードは思った。盾は自分の役目だ。スピアが加わるのはいいが、アックスが仲間になるのは競争相手が増えることを意味しているらしい。アックスのように死ににくい身体が欲しくなった。
「仲間になるのはいい。だけど人を殺さないように努めるのが条件だ。たとえ反撃される危険があったとしても殺してはいけない」
「わかった。任せておけ」
 アックスは自分が盾になるつもりだ。そうはさせないとハルバードは思い、すぐに外に出て研究室へ向かった。そこでドクターフラッシュに、自分の心臓にエンジェルリングを入れてくれと懇願した。
「本気で言っているのかい」
「本気です」
「できないことはないけどね」
 そうは言うもののフラッシュは乗り気でない様子だ。手術は大仕事である。時間も人も必要だ。
「そもそもどうして心臓に入れたいんだね。普通に持っていればいいだろう」
「エンジェルリングは心臓の代わりになる。エンジェルリングは人の心臓よりよっぽど頑丈だから、エンジェルリングを心臓として使っていれば、その人間はそう簡単には死ななくなるんじゃないですか」
「確かにそういうこともあるかもしれない。君は不死身になりたいのかな」
「死にたくないわけじゃありません。今はただ普通なら死んでいる状態でも生きていられる力が欲しいだけです」
 まあいいだろう、とフラッシュは言った。この手術によってハルバードの心臓のカオスエメラルド化が促されるかもしれない、と彼は呟いた。そういう言い訳でもって手術を行う決心をしたのだった。

 クレイモアは翌日の昼に有力な情報を持ってアックスの部屋を訪れた。
「カオスエメラルドは一か所に集められることになった」とクレイモアは言った。「お前たちがカオスエメラルドを奪ったから、これ以上は渡すまいと六つを一か所に集中させることにしたみたいだ」
「当然守るのは先生というわけだ」
 そうアックスが言うとクレイモアは頷いた。
「そういう情報は無いが、その可能性はあるだろうな。六つ集めれば守ることができると思っているからには」
「六対一では分が悪いな。せめて四対三くらいにはしたい。輸送しようとしているところを襲って奪うってわけにはいかないだろうか」
「最も安全な輸送方法はカオスコントロールによる瞬間移動だ。きっと先生がそうやって回収するのだろう。実際具体的な計画について情報が入ってこなかった」
「もう既に回収し終わっているということもあるわけか」
 二人が話すのを聞いていたハルバードは、つまり不利だということだ、と認識した。しかし不利でも行くことに変わりはない。
「それで、どこに集められるんだ?」とハルバードは言った。
「GUNの研究施設らしい。元々一つはそこにあったようだ。六つ集めて守りながら研究を進めようというつもりみたいだ」
「それならとにかく行こう。攻めれば、相手が対応を間違えてくれるかもしれない。ミスしてくれればこちらにもチャンスはある」

 研究施設は非常に広かった。様々な研究をしているようである。軍事に関係のある研究をしているとも限らない、とクレイモアが言った。民間の研究に資金や施設を提供しているらしい。やはり壁を破壊して侵入する。相手にしてみれば襲撃してくることはわかりきったことである。すぐに魔法使いが数十人駆けつけた。
「この前より早いね」とサイスが言う。
「いいか。なるべく殺さないようにしてくれ」
 ハルバードが三人に念を押す。しかし殺さないようにするというのは大変なことだ。この前襲撃した基地でももしかしたら死人が出ているかもしれない。完璧に人殺しをしなくて済むわけではないはずだ。おそらく人を殺してしまうだろう。それでもこれが答えでいいとハルバードは思った。たとえ無駄な行為だとしても、殺人を回避しようと努める。それがやるべきことだ。エンジェルリングさえ持たない魔法使いたちは相手にならない。ハルバードは仲間を守るべく三人の動きに注意を払った。三人の中でスピアの動きが最も洗練されているように見えた。魔法の扱いにおいては素人同然なため剣で攻撃している。刺突専用の細い剣で脚や肩を刺して無力化していく。一人一人倒していく様が丁寧な仕事に見えたのだった。対してサイスは魔法の弾丸を何発か同時に撃つこともある。心臓は避けても腹部に当たったり、外れたりしていた。
 仲間が増えてもハルバードが殿を務めて後ろの敵の攻撃を受けることに変わりはない。盾のライバルであるアックスには先頭に立ってもらった。苦労することもなく四人はホープを見つけた。ホープは人間の姿をしていなかった。しかしチャオの姿をしているとも言えなかった。チャオにしては大きかった。脚もある。腕にはカオスエメラルドがはめ込まれている。左右三つずつだ。これがカオスになりかけているチャオなのだろう、とハルバードは思った。賢者ブレイクが戦ったサクラというチャオもこのような状態になっていたのだろう。
「やあ、よく来たね」
 ホープは四人を敵と見ていないようであった。あまりにも緊張のない声だった。
「カオスエメラルド、返してくれるかな」
 一方でハルバードは非常に緊張していた。気を抜いたら次の瞬間には死んでいるかもしれない。
「それはできません」
「どうしてそんなに奇跡を私物化したがる。この世界は変わらなくていい」
「異文化ウイルスに蝕まれていても?」
「乗り越えるさ。奇跡の力には頼らない。そもそもカオスエメラルドの力でも消すことはできなかったそうじゃないか」
 ハルバードは、自分のしようとしていることを説明すれば納得してもらえるだろうか、と考えた。もし納得してもらえて戦闘を回避できるのなら話すべきだ。とにかく話してみようと思った。
「文化を上書きします。異文化ウイルスの影響を強く受けると、どうすれば人を殺せるのか、よくわかるようになる。それを逆手に取れば、殺さないように頑張ることもできる。だからそうやって死を回避する文化をカオスエメラルドを利用して広めようと思っています。傷を治す魔法も一緒に広めます」
「そうやって理由を付けて、カオスエメラルドを奪おうとする。残念だよ。君たちは世界の敵だ」
「下がって」
 ハルバードは三人に指示し、自分はそれとは反対に前に出た。バリアを展開する。ホープの右手から出た光線が魔法の壁を削っていく。やがて光線はバリアに穴を開けた。穴を通って襲い掛かる光線を避けようとしたもののハルバードは右腕を失った。光線によって関節の辺りが削られて腕が落ちたのだった。絶叫する。激痛と対面しながらも自分を殺そうとしているホープの攻撃から逃れなければならない。それに腕も治す必要がある。少しでも治療に魔力を回すためにバリアを狭めようとするが集中できなかった。サイスが射撃した。撃ったのは男性の腕くらいの太さがある魔法の弾丸だった。ハルバードがバリアで攻撃を防いでいた間に作り上げたのだった。音速で飛んでくるそれをホープはバリアで防ごうとしたが間に合わず弾丸は薄いバリアを貫いてホープの胸部をもいだ。
「逃げて」
 サイスはハルバードに向けて叫んだ。ハルバードは千切れた腕を回収して、治療の魔法で削られた部分だけを治して右腕を元に戻した。激痛の余韻がまだ脳を揺さぶっていたが右腕は正常に動いた。ホープは液体のように形を失い、そしてばらばらになったものを一つに集めている。その液体の中にカオスエメラルドがあった。カオスエメラルド目掛けて魔法の弾丸を撃ち、ホープの体内から弾き出そうとした。しかしホープは手放さなかった。ハルバードは駆けた。無理矢理もぎ取ろうと思ったのだ。ホープは元の形に戻りつつあった。ハルバードは右腕にあるカオスエメラルドの一つを掴んだ。しかし体内から引っ張り出せないままホープの体は元通りになる。そして左手をハルバードに向けた。今度は絶叫しようにも声が出なかった。腹部が破損し、上半身と下半身が分離した。しかしハルバードはカオスエメラルドを奪っていた。上半身が床に落ちる前に瞬間移動をした。同時に治療も行い、ホープから五メートル離れた所に傷が完治した状態で現れた。
「勝てる」
 そう呟き、今度は叫んだ。
「勝てるぞ」
 三人に向けて言ったつもりだったのだが、歓喜の叫びのようにも聞こえた。冷静な状態ではなかった。傷は治せても激痛の衝撃で頭痛があった。いくら治療したところで、この頭痛によって死ぬのではないかとハルバードは思った。既にまともにものを考えられる状態ではないのである。これ以上耐えられる気がしない。しかし耐えるしかない。ホープの放つ光線をバリアで受け止める。
「くらえ」
 バリアの陰からサイスが顔を出し、再び大きな弾を撃った。ホープはバリアを五枚作りそれを防ぐ。しかし弾丸は先ほどのよりいくらか小さく作られていて、バリアを二枚突き破る程度の力しか持っていなかった。ハルバードが再びカオスエメラルドを奪おうと前進している。自分のことを頑丈だと思っているアックスも前に出た。それに続いてスピアまでホープのカオスエメラルドを狙って走り出した。ホープは三人のうち自分により近いハルバードとアックスを狙った。三つカオスエメラルドがある左腕でハルバードを、右腕でアックスを狙って光線を撃つ。ハルバードはアックスの前にバリアを張った。ハルバードは回避しようと努めたが左脚を失った。意識は手放さなかったが立つことができなくなって倒れる。スピアはホープの横に回っていた。左腕から光線を出して迎撃するがスピアはそれを横に跳ねて避けた。広範囲に攻撃されていたら避けられなかったであろう。しかし現実には攻撃を避けたのだ。スピアはそのまま素早くホープに密着し、左腕を切った。切断するための剣ではなかったため実際には強引にえぐった形になった。腕はハルバードの目の前まで飛んだ。スピアは即座にホープから離れた。
「ぎいいいい」
 ハルバードは左脚の治療もせず狂ったようにわめきながらカオスエメラルドをもぎ取った。そしてアックスが残りの二つを奪うためにホープに接近する。ホープは右腕をアックスに向ける。六つから二つに減ったとはいえ、カオスエメラルドを複数持っている以上その攻撃の威力は高い。アックスの代わりに攻撃を受けるためハルバードはカオスコントロールによって瞬間移動した。ハルバードの腹部がホープの右手と密着していた。そして右手から放たれた光線をバリアではなく魔力で強化した腹部で受け止めた。既に頭が限界を迎えていた。攻撃を受けている腹部の痛みよりも頭痛の方が激しかった。どうすれば目の前にいる敵を倒せるか、ハルバードにはわかっていた。賢者ブレイクと同じようにカオスブラストという攻撃をすればいい。しかしそれでは敵を殺してしまう。どうすれば殺さずに済むのか考える余力はなかった。だから盾となって攻撃を受け続けること以外ハルバードは何もできなかった。サイスが慌てて銃弾を撃つ。バリアを張るためにホープの攻撃が止まってハルバードは倒れた。そしてアックスとスピアがカオスエメラルドを一つずつ奪い取った。ホープの姿はただのカオスチャオに戻った。ハルバードは意識を失っていた。アックスたちはホープを置き去りにしてひとまず拠点に戻ることに決めた。

 サイスは治療の魔法でハルバードの体を一通り治したがハルバードは二日ほど目を覚まさなかった。そして目を覚ましてもすぐに頭痛を訴え、うめき声を上げ続けた。痛みのために眠ることも難しいという状態であった。痛みのために苦しみ、疲れてなんとか眠る。そういった日々をさらに二日過ごした。もう戦いが終わっていることが支えであった。頭痛がなんとか我慢できるくらいになるとカオスエメラルドの話になった。
「七つ集まった。で、どうする」とアックスが言う。
「勿論奇跡を起こすさ。そのために戦ったんだ」
「人を殺さない文化って言ってたよね。でもどうやってその文化を作るの」
 サイスがそう質問するとハルバードは精一杯笑みを作った。
「もうあるはずだ。俺の中に」
「殺さないようにするって、そのために」
「そう。でも最初にそれをやったのはスピアだ。俺とサイスを殺さないでくれた。そして皆が手伝ってくれた」
 ハルバードは今ならば奇跡が起こると信じた。自分の行いに恥ずかしいところはないと思えた。これから七つのカオスエメラルドの力を使う。母星のことを思い出さずにはいられない。それでも奇跡を起こすことをハルバードは躊躇わなかった。七つのカオスエメラルドとハルバードが共鳴していた。
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ピュアストーリーの感想コーナー
 スマッシュ  - 13/12/14(土) 0:06 -
  
やりたいことやりまくったらこうなりました。ストーリーを追いかけるので精一杯でした。大変でした。

だーくさんの作品に対抗して長くするため、ハルバード編とアックス編とブレイク編を用意しました。
登場キャラを正義と悪にあまり分けたくなくてこういう形にしたのですが、結局悪者の位置に立たされるやつが出てしまいました。残念。だけど主役じゃないからいいや。

設定の一部は、今年の聖誕祭向けに書こうとしていた「チャオウォーカー 永遠に続くレール」という作品の流用です。
カオスエメラルドを人工的に作る、という辺りがそれです。でもそこらへんの設定はやはり「チャオウォーカー 永遠に続くレール」の方が上手く使えている気がします。
また別の作品に流用するしかないですね。チャオウォーカー部分を取って「永遠に続くレール」って作品にすればいいかな。

一応小説らしいものになったのは十二話の母星のおかげです。これは五話辺りを書いている途中で思い付きました。
僕頑張りました。そろそろ感想ほしいです。
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絵無しマンガ物語 〜ボウケン〜 1
 それがし  - 13/12/31(火) 23:55 -
  
>ある日、主人公は偉い人に適当な理由を言われてラスボスを倒す旅に出ることになる。心配する異性の幼馴染も一緒についてくることになり、二人で旅に出る。


「というわけで、主人公、ラスボスを倒してきてくれたまえ」
「はい分かりました、王様」

「主人公クン、私も行くわ。あなたのことが心配なの」
「お前はだめだ。これから俺が通る旅路は、常に死と隣り合わせになるだろう」
「……そんなこと分かってる。でも、だからと言って主人公を一人で街から送り出すことなんてできない!私にはできないよっ!」
「……。分かった。幼馴染!一緒に行こう」
「ありがとう、主人公!」


>途中に寄った町でラスボスの配下による大量虐殺が起こる。どうにかして問題を解決した主人公達の仲間に加わりたいという生き残りを連れ、再び旅に出る。


「何だこれは!あんなに穏やかだった〈初めての街〉が燃えている……そして――見ていることすらできない。ひどい、ひどい有様だ」
「信じられない……誰がこんなことを」
「ハッハー、俺だ!」
「お前は……配下X!貴様!」
「ふん、今のお前に用はない……この燃える街を眺めながら、ラスボス様の偉大さにとくと畏敬の念を抱くがよい!ハッハー!」
「くそぉ……行ってしまった」
「許せないわ……」
「主人公さん……ですか?」
「お、お前は、僧侶ちゃんじゃないか!この街で暮らしていたのか、怪我は!?」
「大丈夫です。それより、主人公さん、私は僧侶としてこの街の方々の手当てをしていましたが、聞くところによると、ラスボスは世界のあらゆるところで同じような行為を繰り返しているということです!」
「……俺の父が命を賭して倒したラスボスが、またもこの世界を闇に包もうとするとは……くっ!」
「――主人公さん、私も行きます」
「お、来てくれるのか僧侶ちゃん!頼もしいよ、ぜひ一緒にラスボスを倒しに行こう!」
「ええ!」
「むぅ、何よ。私の時は、こんな風に頼ってくれなかったくせに――」


>ある町で幼馴染と仲間が喧嘩をしてしまい、別れてしまう。主人公は自分よりも若い第三者の協力をもらって二人を探す。


「あなたが適当な地図を描くから、ラスボスの配下の動きに対応できなくて、〈海の近くの街〉がより甚大な被害をこうむってしまったんじゃない!」
「……何よ!私は足りない時間で必死にできることをやったわ!そこまで責めなくていいんじゃない!」
「あなた、主人公クンの幼馴染か知らないけれど、役にも立てないのにどうして主人公クンと一緒に旅をしようとするの?それで助けになっているつもり?」
「おい、僧侶ちゃん、それ以上言うな――」
「主人公クンも、幼馴染さんのこと味方するの?……結局、役に立とうって努力じゃなくて、昔からの関係が優先なのね!こんな人――」
「僧侶ちゃん!!」
「――幼馴染さんなんて、いなければよかったのに」
「!!」
「おい、幼馴染!まだこの街は危険だ、幼馴染!」

「いや、助けて!……主人公!」
「えへへ、キミの恋人さんかい?でもここには俺たち以外はいないさ。財宝だけ手に入れりゃあよかったが、こいつはいい上物だ。おい、お前ら、抑えとけ!」
「いや、助けてっ、助けてー!!」
「助けが呼ばれたような気がしたので!」
「何?……ぐはっ」「ぐっ」「うっ」「かはっ」
「……え?」
「大丈夫、お姉ちゃん。僕、裏の山から師匠と一緒に救護活動をしている空手家なんだ。まったく、こんなに鍛えているなら別のことに使えばいいのに……女の敵!」
「か、空手家くん?倒れている人に乱暴しちゃだめよ?」
「……フフ、さっきまでピンチだったのに、優しいんだね」
「ああ、それは……」
「僕は――あなたみたいな優しいお姉さんを助けるために強くなろうって決めたんだ。いなくなっちゃったお母さんも、僕の尊敬する師匠も、そうであってほしいって僕に言ったから――ねぇ、名前はなんていうの」
「幼馴染よ」
「幼馴染さん、あなたの身なりは旅人のそれだね。どこに仲間がいるの?」
「私は……へへ、一人」
「えっ」
「メンバーさ、首にされちゃったから」
「そんな……。僕は大人のことは知らないけど、こんな危険な世界を旅するチームは、絆が強いんじゃないの?ちょっと喧嘩したくらいで、壊れちゃわないよ――」
「そうかもね。うん、そう、私はそう信じてる。……でも、私は、迷惑をかけちゃったみんんなのところに、戻れないよ」
「幼馴染さん……」
「ごめんね、子供の男の子に、こんなこと言う私、情けないよね?」
「ううん、気にしないで。幼馴染さん、僕の師匠を紹介するよ。そこでしばらく一緒に救護活動をしよう。それで、何か見つかるまでいればいいと思う。師匠にそういうからさ!」
「空手家くん……、ありがとう」


>幼馴染か仲間のどちらかがラスボスの配下に襲われる。その窮地を幼馴染or仲間と第三者が助け、仲間たちは手を取り合う。


「幼馴染さんは、いったいどこに行ってしまったのかしら……。私が、私が追い出してしまったがために、幼馴染さんは、もしかすると、もう……」
「悲観するな僧侶ちゃん。僕がチームをまとめられなかったからだ」
「主人公クン。違うの、ごめんなさい。私――本当は不安なの」
「僧侶ちゃん……」
「いつかみんなで子供時代を過ごしてたのに、私だけが遠い街に行ってしまって、主人公クンや幼馴染さんみたいに、同じ時を刻んでこれなかったから」
「僧侶ちゃん……」
「それに、私はきっと嫉妬しているんだと思う。私は知っているの。小さい時から、あなたの気持ちも、そして、私自身の気持ちも」
「僧侶ちゃん、それは――」
「――夜な夜な、そんな悠長に過ごしていていいと思っていたのかい?」
「お前は配下Y!……くそっ!いつの間に」
「いつの間に?馬鹿だなキミたちは。こんな誰もいない辺境の地で炎を炊いてキャンプしているうえ、当の旅人さんたちも自分のことで思い悩み、付け入る隙はいくらでもあったのさ。特にそこの男の子君。誰よりもチームを守るべきキミがそうだから、さ」
「……俺が」
「そう。でも大丈夫、弱いのは君だけじゃない。人間みんな弱いのさ。……そう。人は偉大なる悠久の力に包まれたラスボス様の支配下に下るべきなのだ!そして、それを邪魔するものは私が殺すのさ!」
「そんなこと――ぐっ、動けないだと」
「主人公クン!」
「残念だが、主人公。君はもう戦えない。そういう魔法を施したからな。そこの女の子は……ふふ、僕の好みだから逃がしてあげるよ。どうせ君一人いても、世界が変わることはないだろうさ」
「……僧侶ちゃん、逃げろ!!」
「主人公クン!?」
「あいつが言っていることはどこまで信じれるか分からないが、少なくともまずは俺を殺すだろう。だから、俺が絶えている間に、逃げるんだ」
「嫌!私は主人公クンを置いていくことなんて――」
「……フフ、逃げるのも、いいけどね。でもそれは残念だ、僧侶ちゃん。だって主人公クンが切り刻まれるショーを観戦することができないんだから」
「!!」「どうする、僧侶ちゃん」「……戦う」「僧侶ちゃん!!ダメだ!!」
「主人公クン、私は――戦います!私一人で……主人公クンを守って見せる!!」

「ぐぅぅ……、かはっ」
「僧侶ちゃん!!」
「はぁはぁ……私は、大丈夫。私が、あなたのことを、護るの」
「ダメだ、もう逃げろ、いいんだ、もういいんだ、世界を守れなくてもいい、チームのみんなが死ぬ姿なんて俺は見たくないんだ……!」
「ううん、主人公クン、私は死なないよ。私は、きっと勝つ、から、……。ぁ……」
 ―バタッ。
「僧侶ちゃん!!僧侶ちゃん!!」
「もう息が絶えたのかい。やっぱり非戦闘要員は弱いね。手ごたえがない」
「貴様!くそっ、クソォ!!」
「アハハ、キミは覚醒できるわけでもない。何のルーツも、何のポテンシャルもない。ただの旅人さ。そう叫んでうまくいくことがあるならさぞ都合のいいストーリーになるだろうが。残念だね、ラスボス様はそれを許しはしないよ」
「く……クソォォ!!!」
「最後まで抗ったことは褒めてあげよう……、一瞬で、死ね――」

「ふっ、ワシの目に留まったからには、そうはさせぬぞ!」
「――何!?私の攻撃を、素手で止めただと……?」
「幼馴染、至急そこで倒れている子の手当てを」
「はいっ、師匠さん!」
「空手家!お前は、そこで呪縛魔法にとらわれた勇者君を救出だ!」
「はいっ。……そりゃっ」
「んっ。……ま、魔法が解けた。ありがとう、キミは」
「空手家さ。あなたが主人公って人か。確かに、頼りなさそうな顔してるね」
「俺の名前をどうして――お、幼馴染!幼馴染、お前……!」
「ふ、ごめんなさい主人公。あなたが、そして――僧侶さんが、こんなピンチになってたのに駆けつけられなくて!」
「すまない。俺は、僧侶ちゃんがボロボロにされるのを前に、何も」
「落ち込まないで、今は目の前の敵を倒さなきゃ。行くよ!――主人公!」
「ああ!」

「ちっ、ただの空手ではない……魔法を手に宿す格闘技の一つか。面倒くさい人間が押し寄せてきやがって……」
「時にお前、ラスボスという男が一人世界を統治することを信仰するものか」
「ああそうだ。だったらどうした?」
「ワシはこう思う。人間は実に様々な考えを宿し、行動を起こし、失敗や成功を積み重ね、それぞれが世界で羽ばたく人間になっていくのだと。ワシは色々な子供らの師匠として世界を渡り歩き、気づいた。一人の人が世界を統べるのではなく、それぞれの人が交わり、感情をぶつけあってこそ、世界は初めて成り立つのだと!」
「……小賢しい!ラスボス様の行動を阻害する人間は何人あっても私が倒す、行くぞっ――」

「……くそ、クソォ、俺が、押されるなど、ありえんっ。まずは主人公、再びお前を呪縛に――」
「させないっ」
「何っ!?」
「幼馴染!……俺はお前を守らないといけなかったのに」
「気にしないで、主人公。あなたが私を守るように、私もあなたを守りたいの。だから、これは私の意志――私と、あなた……一緒にラスボスを倒そう!」
「幼馴染――」
「それで、いつか平和な世界になったら、また一緒に暮らそう? 主人公――」

「おおおおお、貴様ら、これで勝ったと思うなよぉ!!!」
「なんだとッ!?」
「これは、強烈な闇の渦!自爆覚悟で俺たちを闇に飲み込もうとしているのか!――あ、危ない、幼馴染!」
「主人公……っ」
「幼馴染―!!」
「くそっ、ワシも間に合わんっ」

――ガシッ。
「え?そ、僧侶ちゃん!!」
「はぁはぁ、……っく、幼馴染さん……っ。私は……あなたが憎い。主人公クンを取っていくあなたが……とっても憎い」
「……」
「でも、あなたは私の大事なかつての親友で、今、誰よりも人のことを気遣い助けてくれる、大事な、そして大切なチームの一員ですから!」
「僧侶ちゃん――」
「堂々と戦います。陰気なことはもうしません。それで、あなたと私はうまくやっていける!あなただけにあんな下衆な男のせいで消えてしまうことがあっちゃいけない、いけないんです!!!」
「よし、僧侶ちゃん、俺も手伝う!幼馴染、俺たちの手を絶対に離すなよ!」
「幼馴染さんっ」
「幼馴染!!」
 一緒に、歩いて行こう。
「――うん!!」

「くそっ、クソォおおおおお……!!! わがラスボス様は!!! 必ず世界を統治し!!! そして、この世界をお救いになるのだあああああああ……」

「……これで、目の前の悪は去ったか。ワシは、これから世界をまたにかけ戦う戦士たちを育てるために、また〈海の見える街〉に戻らなければならないが――空手家!幼馴染!」
「はいっ」「はいっ」
「お前たちは卒業だ。これからは、好きにやるがよい」
「好きに……?師匠、それは――」
「たわけ!分からぬか空手家よ。お前も彼らのメンバーとして、ラスボスを倒しに行くのだ!お前は大人になり、様々な世界を旅するだろうが、まずは仲間と協力し合い、進んでいく術を身につけろ。……このチームは、きっと強くなるぞ」
「師匠……」
「さらばだ、空手家、幼馴染」
「あ、ありがとうございました!!」「ありがとうございました。……師匠」

「……ふぅ、時間が取れて、ようやく自己治癒を行うことができました。幼馴染さんと、師匠のおじいさん……彼女は、強くなったんですね」
「ああ、だから――」
「え?」
「いや、なんでもない。……ありがとう、僧侶ちゃん。君がいたから、僕はこうやって再び立つことができた。感謝してもしきれない」
「いいんです!それは、私が望んだことですから」
「そう言ってくれるんだな。強いな、僧侶ちゃん、幼馴染も……。……」


>前回の騒動から自分に自信を失くす主人公は、仲間から励まされ再び立ち上がる。(誰からでもいいし、何人でもいい)


「……どうしたんだい、主人公?〈風の吹く街〉は、無事、破壊される前に僕らが敵を倒したおかげでこんなにも穏やかな風が吹いているよ。そんな中で主役の主人公がポケッとして何やってるんだ?」
「空手家クンか……。俺は考えていたんだ。自分の、このチームに対する貢献を」
「貢献?」
「キミは身体能力を駆使しながらアタッカーとして敵をなぎ倒し、幼馴染はそんなキミの動きをうまく見抜いてコンビネーションとフォローに長けた攻撃をして、僧侶ちゃんはバックアップとして完璧だ。俺は――中途半端だ。攻撃も強くないし、強い魔法が使えるわけでもない、回復はもっぱら俺自身も僧侶ちゃん任せだ、俺ができることはせいぜい僧侶ちゃんが届かぬ範囲で薬草をキミたちに手渡すことくらいだ」
「……。それで、主人公は役に立っていないんじゃないんかって?」
「ああ、恥ずかしながら、俺は、――」
「――僕は、主人公はたった今、自分で主人公自身の貢献を言ってくれたと思ったんだけど」
「どういうことだ」
「確かに、以前、配下Yの時は主人公がメンバーの機微を見抜けず、おまけに立ち回りも遅くて、そのせいで被害は大きくなった。それは本当だよ」
「……」
「でも、さ。僕は思う。前あった戦闘で配下レベルでない敵に苦戦したのは僕が時間を急いで飛び込んだから。以前宿がいっぱいで野宿したのは買い物に夢中な幼馴染さんに付き合わされたから。夜中奇襲で初期対応が遅れたのは僧侶さんが宗教上の理由と言って、教会での祈りを欠かそうとしなかったから。……これは全部、同じミスで、失敗だよ」
「そんな、でも、比較してみたら」
「比較なんてすることじゃない!……そうじゃないんだよ。僕が言いたいのはただ一つ。僕らは4人全員生きてるんだ。それだけでいいんだ。敵陣を突破し、配下を倒し、ラスボスを倒した後に、僕ら全員が元気でいられればそれでいいんだよ。その道中の失敗は、誰も責めやしないんだ」
「空手家くん……」
「誰かが失敗しても、誰かがフォローするから、結果としてチームとして前に進めるんだ。それが、チームとして人が集う唯一無二の理由じゃないのかい?だから――」
「――ありがとう、空手家くん。俺が間違っていた」
「主人公……」

「……空手家クン、いや、空手家〈さん〉。キミもまた、そんな苦しい時に声をかけてくれた人がいたのかい」
「!主人公、いつの間に気づいていたんだい」
「20年前、ラスボスの急襲で壊滅的被害を受けた〈旧都〉、そしてその領主であった王族は皆殺しにあった。が、実はその一人娘が行方不明だという話をそこらの店で聞いて、写真も見せてもらったんだ。ちょうど髪を伸ばして、もう少し幼くなった、キミの顔が」
「……アハハ、幼馴染さんはずっと僕を年下の男の子だと思っているけどね」
「幼馴染は素直な性格なんだよ」
「フフ、僕は確かにその通り、旧都の王族の末裔さ。数年は森をさまよって過ごしたんだ。その間、助けてくれたのはエルフだった。人間と距離を置き、民族性を非常に大事にする彼らなのに、よほど見たくれがひどかったんだろう」
「エルフ、そうか、そんな生活をしてきたのか」
「生活は彼らに合わせて、そのせいか背もそんなに伸びなくて、代わりに今でも通用する抜群の身体能力と、少しの魔法を覚えたんだ。それさえあれば、少しは無理できる。主人公のあの鎖を千切るくらいには」
「あの時は、ありがとな」
「いいのさ。……そして、そのあと、師匠に会って、彼とともに旅をしてきた。彼は昔冒険家でさ、エルフの毒矢で刺されようとしたところを、僕が助けたんだよ」
「お手柄だ」
「ハハ。さて、そういうわけで僕は御年23歳でキミたちよりお姉さんだ。分別が聞く子とどもとか言われると少し腹立たしいけど、これはこれで有利に働く場面も多いし、重宝させてもらってるよ。少年空手家の地位をね」
「そうか。もしよければいくつか技を教えてもらいたいものだ」
「アハハ、そのうち、以前配下Yに受けた魔法くらいは教えてあげられるよ。単純だけど、精錬すればするほど、強いものになるから、いずれ役に立つ時が来るさ」
「そうなのか。今日からぜひ、ご教授願う」
「厳しいよ」
「構わないさ」
「よし、なら、早速――ん?」
「主人公―!なにしてるのー?」
「主人公さーん。ここにいたんですか、幼馴染さんが美味しそうなレストランを見つけたんですよ。一緒にお昼にしましょうよ!」
「幼馴染。僧侶ちゃん。……ああ、そうだな。――行こう。空手家も!」
「――ハハ。おうともさ、バクバク食って主人公の分を空にしてやる」
「アハハ、空手家クン、育ち盛りだねー!」
「フフ、さあ、行きましょう。みんなで。旅はまだまだ続くんですから!」
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絵無しマンガ物語 〜ボウケン〜 2
 それがし  - 13/12/31(火) 23:56 -
  
>いよいよラスボスの拠点も近くなってきた頃、主人公はラスボスの正体が、自分と幼馴染の昔の友達であり、忽然と姿を消したチャオであることを知る。


「ハ……ハッハッハ……強くなったな、主人公――」
「配下X。戦いは決した。お前はもう再起不能だ。そこを通してもらおう。〈王座の間〉に進まなくてはならない。俺たちはお前たちのように殺しを好んでは行わない」
「ふ……殺しなんて、一瞬の産物に過ぎない。生きることで背負う苦しみに比べれば、そんなもの蚊が血を吸うことの煩わしさでしかない」
「なんだと!……貴様、その所業でどれだけ苦しんだと思っているのだ!」
「お前は旧都の……なるほど、配下Yはいつも詰めが甘くて困る」
「貴様っ――」
「待ってくれ空手家。俺はラスボスと戦う前に、お前に聞いておきたかったことがある」
「なんだと?ハハハ、この俺にお前が質問をするとは!……面白い、言ってみろ」
「お前は、――ラスボスは、なぜ、このような殺戮を行う?地位的理由であれば、ラスボスは敬われる存在を失う。経済的理由であれば、経済など存在しなくなる。人を殺し続けることに、意味などないのではないか、少なくとも、人として、生きている限りは――」
「……そうか。そうだな。フードで覆われているから、俺たちの存在の正体などに気が付かないわけだ」
 ――バッ!
「!お前は、その姿、いったいなんだ!」
「CHAO〈チャオ〉。人間の体細胞遺伝子を組み替えることで達成される、人間個体として最大ポテンシャルを有する進化形態。もっとも、完全系は、ラスボス様。俺たちはそのコピー、MACHINERY-CHAO〈オモチャオ〉に過ぎないのだが」
「どういうことだ、その形に進化することと、人を殺し続けることに、何の意味がある!」
「……分からないか。まぁ、分からないだろうな。君が過去に言った言葉を訂正していない限りは」
「なんだと」
「見せてやるよ、その映像を」
 ――カッ!
「なんだ、この光は、まぶ、しい……!」
「主人公クン、光の中に消えて――主人公クン!」
――さあ、主人公。見るがいい、キミが与えた、一握りの、そして恒久の絶望を。

「しゅじんこー」
「しゅじんこーくん」
「なんだよ、お前ら、くっついてくんなよ。おれはお花じゃなくて、トモダチのとこにいくんだよー」
「えー、またー? あのこ、へんな子だし、きらいじゃないけど……いっしょにあそぶのはヤだよー」
「それに、しゅじんこークンは、わたしたちと、いっしょー!」
「ねぇ、そうりょちゃん、いっそのことつかまえちゃって、お花畑まで連れて行こうよ!」
「そうだね、それがいいよ、おさななじみちゃん!」
「ちょっ、まっ……えいっ、にげるがかちだー!」
「あ、まてー」
「まってよー!」

「ふう。にげきれた」
「……しゅじんこう」
「おう、トモダチ、きょうも来たぜ。ろぼっとたくさんうごいてるな!あいかわらず、すっげーよ、おまえ!」
「えへへ……、そうかな、そういってくれるとうれしいな、うん。」
「ああ、今日は何作ってるんだー? へー、かわいいなぁ」
「そうでしょ。〈おもちゃお〉っていうの。ぼくが新しく作った、ロボットなんだよ、うん」
「うごくのか」
「うん、もちろん」
「すげー、うごかしてみせてよ――おー、すげーすげー、かわいいし、かっこいいし、さいこうだな! おれ、これ大好きだよ!」
「大好き。……大好きだって、言ってくれるの、しゅじんこう、きみは、この子を」
「ああ、もちろんさ!」
「えへへ、うん。そうか、ぼくは……うれしいな」
「なあ、こっちのろぼっとも、うごかしてみていいか?」
「うん、いいよ!」

「……あ、そろそろゆうがただ。もどらないと」
「しゅじんこうくん」
「お、なんだ、きゅうにおれのうしろにたって」
「ちゅー、していい?」
「は、おまえ……なにいってんだよ。たしかに、おまえはすげーし、そんけーしてるけど、そういうのはすきなおんなのことするんだよ」
「すきじゃないの? ぼくのこと、しゅじんこうは……」
「すきだよ。でも、おまえ――」

「――おとこのこじゃん」

「……だから、ちゅーできないの?」
「だって、しかたないだろ。みんな、そういうよ。おとこのこどうしでちゅーなんてできないって」
「みんな?」
「ああ、――せかいじゅうの、みんなが、きっとそういうよ」
「……そう。うん、じゃぁ、ぼくらふたりきりのせかいだったら?」
「どうだろ、もしかしたら、ちゅーしてもいいかもな」
「……そう。なら、しゅじんこう、もし、ぼくらがおとこのことか、おんなのことか、そんなこと関係無くなれば、ぼくらはちゅーできるのかな」
「そうかもな。そうなったら、のはなしだけど」
「ふぅん――」
「あ、ほんとにくらくなってきちゃう、じゃあな、トモダチ、またな!」
「――うん、ばいばい」

「――俺は、まさか。あの時のあいつが、ラスボスだと……!?」
「フフフ。人というのはすごいな。その短い命でどこまでも探求していくことができる。いい方向にも、そして、悪い方向にも」
「確かに、あの日を境に彼を見ることは二度となくなっていた。どこか遠いところに何も言わずに引っ越していったのかと思ったが――」
「旅はいつだって目的があってこそ始まるものだ。キミみたいに、与えられることを望み、それをそのまま自分自身の理由とする人間もいれば、幼いころから譲れぬ何かを抱えて、誰も行ったことがない世界へと足を踏み入れる者もいるということ……だ、な……」
「……おい。おい、配下X! 目を閉じるな! おまえにまだ聞きたいことが――」
「フッ……無駄……さ、俺のエネルギーはもうじき切れる。再生はきかない……使い捨ての人形でしかないのだ。……サヨナラだ、主人公。お前たちの、世界に散らばる人々の存在は、本当に――本当に羨ましく見ていたよ」
「配下X、配下X!!」
「――本当は、俺も……。……」


>ラスボスのことを幼馴染に打ち明けられぬまま、とうとう主人公達はラスボスであるチャオと対面する。


「……」
「主人公。君は配下Xと最後にどんな会話を交わしたんだ。今のお前の表情が、はた目から見ていたたまれないくらい苦しそうだ」
「主人公」
「主人公クン」
「……、俺は。俺は、何の目的もなく生きることを避けようと、王が出した無茶な旅を受け入れ、今こうして達成される寸前にまでいる。その中で、俺はいかにその決断から自分勝手なモノかを思い知らされ、それでも支えられ、助けられて、ここまで来た」
「主人公。それは私もだよ。私はただ、主人公を助けたいって思いだけでここに来た」
「主人公クン。私も、幼馴染さんと同じです。ただ、祈るだけではいられなかったんです」
「主人公、僕らの中で確実な目的を持っている人間なんて、そういない。そういった人たちが交わって、初めて目的が生まれて、方向性が生まれるんだよ。そうだろう」
「……。みんなの言葉は、僕を絶望から何度となく救い、そして、僕を強くしてくれたね。おかげで僕は、本当に強くなったよ。本当は、みんなで戦うことで最大の強さを発揮できるのかもしれない」
「主人公クン?」
「でも、すまない、俺はっ!!」
「!!呪縛魔法……!」
「主人公……、クンッ」
「どういうことだ!主人公!離せ!お前はいったい何を考えている!おい!」

「――ありがとう。最後は、俺がなんとかしなくちゃいけないんだ」

「空が青い、風が心地よい……ラスボスの塔の最上階は屋根が崩れ吹き抜けた場所にあったのか――、なぁ、トモダチ。お前はいったいどうしたんだ」
「――しゅじんこう」
「その体は……、CHAOと言ったっけな。見れば見るほど、愛くるしい小さな動物のようだ」
「ふふっ、そういってくれると、嬉しいな。うん」
「でも、その正体は――殺戮兵器の中枢。オリジナル」
「そうかもしれないね」
「どうして、そんな姿に。そして、どうして、こんなことをしでかした」
「この姿は、人間の完成形だからだ。男も女も関係なく、生殖を行えるし、人間よりもずっと高い身体能力を備えている」
「おとこのこは……嫌いか」
「おとこのこであるキミは好きだけど、おとこのこである僕は嫌いだったよ。うん」
「殺戮は……好きか」
「人を殺すのは好きじゃないよ。でも、キミと二人きりの世界は好きだよ。うん」
「お前の配下X、Y、いろいろな敵は、俺自身も殺そうとしたが」
「キミを殺そうとしたわけじゃないよ。キミの仲間も含め、世界中の人をみんな殺そうとしただけだよ。キミを殺そうとすれば、キミの強い仲間は体を投げ出して、か弱いキミを助けようとするから」
「――ッ。俺は、お前を倒す、そして――」
「……ま、いいんだよ。この世界のことは、もういいんだ。うん。だって、ついさっき、やっと完成したんだ」
「俺は一人で、お前を――」
 ――カッ!
「また、この光――!!」
「キミは一人で来てくれたね。僕もキミとは二人になりたかった。連れて行ってあげるよ、CHAOの万能な能力で作られた〈仮想の街〉へ。誰も邪魔できない、二人きりの世界。君と僕は永久に二人で暮らすんだ」
「なんだと、トモダチ――ッ」
「さぁ、行こう。悠久の世界へ。そして、楽園へ」

   …   …   …

「ねぇ、しゅじんこう。僕らはいったい、どれだけ歩けばいいのだろう」
「さぁ。この永遠の砂浜と浅瀬だけの世界に、定住できるところはあるのだろうか」
「分からないよ。でも僕は幸せだよ、キミと一緒に手をつなげて歩くことができる。好きな時にちゅーできるんだ」
「俺も、もしかすると、幸せなのかもしれない。昔はただのおんなのこみたいなおとこのこだと思っていたけど、大人になっても、お前は可愛いよ。女の子よりかわいい男の子なお前と一緒に手をつなげて、ちゅーできるんだ」
「フフ」「アハハ……」

 ――主人公!

「……っ?」
「どうしたんだい、しゅじんこう。一瞬、嫌な顔をしたけれど」
「いや。何でもない。少し耳鳴りがしただけだ」
「そうなの。それなら、僕はいいんだけど……。うん」

 ――主人公クン!

「……しゅじんこう。顔色が戻らないよ。耳鳴りがひどいのかい」
「違う――違うんだよ、トモダチ、お前が心配することは……」

 ――主人公。

「……くっ」
「しゅじんこう! どうしたんだい、しゅじんこう」

 ――私は、主人公を待っているよ。
 ――主人公クンがラスボスと何の因縁があるかは知らないです。けど、私は会いたい。あなたにもう一度会いたいです。
 ――主人公。もう話すこともない。戻ってこい!君がどこに消えたかは知らないが、僕らが君を求め、君が僕らを求めれば、声は必ず届くはずだ!

「俺は――ッ」
「しゅじん、こう? ――なっ! これは、呪縛魔法、だと?」
「……トモダチ。お前は確かにすごかった、俺の子供時代最も尊敬した人だったし、最も印象に残っていた人だった」
「くっ、力が強い、僕にほどけない呪縛なんて」
「俺は今想いを新たに、一つに振り絞った。もし君が俺のその想いを超えられるなら、易々と解くことができるだろう」
「……しゅじん、こう」
「お前は、俺に一度でも、素直に思いをぶつけたことがあるか。たとえ俺に嫌われようという覚悟をもって、お前は俺にその好意を伝えたことがあるか」
「それ、は」
「はじめ、俺はそれでもお前の声に耳を傾けられなかったことを公開した。惨事を起こした一端として、責任を持って、お前と二人殻に閉じこもり、世界を守ろうとした。けれど、それは違うと気づいたよ」
「しゅじん、こう、やめて、行かないで……」
「人は伝えなければ、人に想いは届かない。たとえ苦しい道のりを歩んだとしても、傷つき、傷つけたとしても、素直に等身大の自分をぶつけていかなければ、想いなんて届かないんだ」
「……」
「そして、俺は聞こえるんだよ。みんなの声が――」
「僕、は……ぁ……」
「――さよなら、トモダチ。お前はこの悠久の世界で一人、自分自身のやったことを回顧しながら生きていくんだ。いつか、その間違いに気づけば、解放されるよ。この世界を縛っているのは、お前自身なのだから……」

 ――カッ!


>そして――


「……ん、ううん……」
「主人公!」
「ここは……空が青い。固い地べたを感じる。俺は、戻って、来れたのか」
「ああ、主人公。戻ってこれたぞ。ここは、僕らの世界だ」
「主人公クン!」
「あー、僧侶ちゃん、どさくさに紛れて主人公に抱きついて」
「うー、――あ、僧侶ちゃん、当たってる」
「わざとですよー」
「ちょっと、僧侶!あんた、堂々と胸押し付けているんじゃないよ!」
「そんなこと言うなら、幼馴染さんも抱き着いてみればいいじゃないですか。……当てるものがあるなら」
「うっ」「……うっ」
「あれ、流れ弾? どうして、空手家クンが私の言葉で傷ついているんですか?」
「あー、いや、なんでもないんだ。うん、なんでもない」
「もう、当てるものがなくてもいいもん! 主人公に抱きついちゃえ!」
「お、おい、幼馴染――んっ」
「んっ、ぷはっ。お、おさななじ、み……?」
「あー!! 幼馴染さん、なんてことを!!」
「当てられないなら、別のものを先に奪ってやれってやつですよ」
「うー、卑怯です、私もちゅーしますー!!」
「おい、やめろ、やめ――んっ」

「ハハ、世界は、平和だな……」


〜終〜
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絵無しマンガ物語 〜ボウケン〜 あとがき
 それがし  - 13/12/31(火) 23:59 -
  
くぅ〜疲れましたw これにて完結です!

実は、ネタレスしたら代行の話を持ちかけられたのが始まりでした
本当は話のネタなかったのですが←
ご厚意を無駄にするわけには行かないので流行りのネタで挑んでみた所存ですw
以下、まどか達のみんなへのメッセジをどぞ

僧侶ちゃん「みんな、見てくれてありがとう
ちょっと腹黒なところも見えちゃったけど・・・気にしないでね!」

幼馴染「いやーありがと!
私のかわいさは二十分に伝わったかな?」

空手家「見てくれたのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいわね・・・」

主人公「見てくれありがとな!
正直、作中で言った私の気持ちは本当だよ!」

ラスボス(トモダチ)「・・・ありがと」ファサ

では、

僧侶、幼馴染、空手家、主人公、ラスボス(トモダチ)、俺「皆さんありがとうございました!」





僧侶、幼馴染、空手家、主人公、ラスボス(ラスボス)「って、なんで俺くんが!?
改めまして、ありがとうございました!」


本当の本当に終わり
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絵無しマンガ物語 〜ボウケン〜 乾燥コーナー
 それがし  - 14/1/1(水) 0:00 -
  
あ け ま し て お め で と う ご ざ い ま す 
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MACA〜Magic Capture〜 第一話 プロポーズ
 スマッシュ  - 16/4/1(金) 23:59 -
  
 まだ形を持っていない魔法の中を、チャオだけが漂う。
 この星に満ちている魔法の源、人間がマナと呼んでいるそれをチャオは感じ取ることができる。
 人間にはできない。他の生き物もおそらく。
 チャオだけが感じられる。
 そんなものがあることに、人類はずっと気付いていなかった。
 チャオのおかげでようやく知ったのだ。
 知ることはできたが、俺の体はまだそれを感じられてはいない。
 マナを利用して魔法を使うようになってから五年は経つが、世界の中のマナを感じたことはない。
「お前は魔法を使う時、魔法のことを考えてないな」
 俺の肩に乗っている俺のチャオ、クリックが言った。
 小さな男児のような声をしている。
「いつもは集中してるよ」と俺は返す。
「確かにいつもはそうだな。だがさっきはしてなかった。それに前にも何回かあった。こういうことが」
 魔法を使う時には俺とクリックは繋がっている。
 だからクリックには俺のことがよくわかるのだ。
 そして人間と繋がるために強化された頭脳が、こんなふうに偉そうな口を叩けるようにしているのだった。
 可愛げがないのがいい、とイナナはクリックについて言っていた。
 俺もそう思う。
 クリックのことはかなり気に入っていて、相棒で親友だと俺は思っている。
「それで。何を考えていたんだ?」
 クリックはニュートラルヒコウチャオの大きな羽で俺の頭をぺしりと叩いた。
 こうやって羽をもう一対の手のように扱う癖があった。
 足を機械化したことがこの癖を生んだのかもしれない。
 マナを効率よくチャオの体内に集めるため足を改造するから、魔法使いのチャオの足は金属の硬さがある。
 それがチャオらしくなくて、クリックは気に入っていないらしい。
「何をって、お前わかってるんじゃないのか」
 聞くまでもなく俺の考えていることを読んでいるものと思って、クリックにそう言う。
「残念なことに、そこまではわからんのだよなあ」
「へえ。そういうものなのか」
「それで、何を考えてたんだよ。話してみろよ」
 俺は素直に、クリックに話した。
 俺がまだマナを感じたことがないこと。チャオたちにはそれがどのように感じられているのか気になったということ。
 するとクリックは、そんな面白いもんでもないぞ、と笑った。
「空気みたいなもんだ。いや、それはちょっと違うか。明るい部屋の中で目を凝らすと見える、部屋の中を漂っている小さな埃って方が近いな。そういう、気にしなければ気にならないものだよ」
「そういうものなのか」
 繋がっていないのに俺の考えを察してクリックは、信じていないな、と笑った。
 マナを感じられるようになったら、今よりも世界が輝いて見えるに違いないと俺は思っているのだった。
「まあいいや。次の仕事はちゃんとしてくれよ」
 クリックは羽で、今度は俺の首のすぐ下の背骨の辺りを叩いた。
「さっきの仕事だってちゃんとやったろ」と俺は言う。
「あれがちゃんとだとお?」
「ちゃんと治した」
 さっきまでしていた仕事は、チャオガーデンでのチャオの治療である。
 改造されなくてもチャオはマナを体内に取り入れることで生きている。
 体を自在に変化させられることや転生能力など、チャオに備わった特別な能力はマナの支えがあってこそのものと考えられているのだ。
 そのマナを体内に取り入れ過ぎてしまったり、あるいは出し過ぎてしまったチャオの体内のマナの量を調整することは魔法使いの仕事である。
 調整と言ったって、大雑把に減らしたり増やしたりするだけでいいから、考え事をしていたって上手くいく。
「治ったって、職人技とは言えないんだよ」とクリックは言う。
「知るか。次の仕事は気を抜かないから任せておけよ」
「それはマジで頼むぜ」
 次の仕事は、魔獣退治であった。
 マナには生き物の害となる種類のものもある。
 精神に影響を与えたり、体を変形させてしまうものなどもあるのだ。
 そうしてマナによって怪物となった獣を撃退するのは、魔法使いの仕事だ。
 今日の仕事は、その悪性のマナが観測されたために魔獣が出てこないか警戒するというものだ。
 もし魔獣が見つかれば、戦い殺す必要がある。
 華やかな仕事だ。
 肉体を改造することへの抵抗感が薄れるくらいに。

 もうすぐで魔法を使えるようになってから五年と一ヶ月になる。
 そんな時期に、俺は魔法局に呼び出された。
 魔法を使う者、魔法使いたちを管理している場所だ。
 お叱りを受ける覚えはない。
 頻繁に幼馴染のイナナに仕事の手伝いをさせているが、それがひょっとしたらまずいのかもしらんと心配していたのは、仕事を初めてから三ヶ月くらいの間だ。
 魔法局では魔法使いにそれ専用の仕事を紹介している。
 普通はこちらから仕事を求めに行くのだが、向こうから呼び出してくるということは、何か特別な仕事をさせられるということなのだろう。
 とうとう俺もそういう魔法使いになったということらしい。
 喜びで緊張しながら魔法局の高いビルを見上げ、開く自動ドアの真ん中を通って中に入る。
 見知った受付の女性が、
「マキハルさん、こちらにどうぞ」と軽く手を挙げて言うので、そちらに行く。
 彼女から、来客用のカードキーを受け取る。
「七階の奥の会議室弐です」と彼女は言った。
 エレベーターのドアの近くにある挿入口にカードキーを挿し込むと、エレベーターが一階に降りてくる。
 カードキーの情報を読み込んだエレベーターは俺を乗せると七階に上がる。
 そして奥の方を目指して廊下を歩いていって、会議室弐を見つけるとそこでまたカードキーを挿し込んで開錠する。
 見たことのある顔の男が一人、既に部屋の中にいて椅子に座っていた。
 彼は立ち上がって、
「本日はお忙しいところわざわざお越しくださり、ありがとうございます」と頭を下げながら、低い声で言った。
 ああ、この声、テレビで聞いたことがある。
 俺はそう思いながら、恐縮してしどろもどろに何かを喋りながら何度も頭を下げた。
 男は魔法局の局長だった。
 既に髪は白くなっているのに、体は引き締まっている。
 そういった見た目のために一層威厳があるように見える男だ。
「まあ、座ってください」
 男は笑み、そう言った。
 言われるままに俺は近くの椅子に座る。
 それから俺は男と三十分ほど話していた。
 俺は酷く緊張していたから、話をするという感じではなく、ただ聞いているだけだった。
 彼の話すことに、ええだのはいだの相槌を打ちながら頷いていた記憶しかない。
 部屋から出る際に、男に言われた。
「ところで、チャオは連れていないのか?」
 魔法使いはチャオなしでは成り立たない。
 だから魔法使いは常にチャオを連れているものである。
「メンテナンス中なんです」と俺は苦笑いした。
「ああ、そうなのか。わかった。ありがとう」
 俺は一度会釈してドアを閉めると、早足でエレベーターに向かった。
 仕事の依頼だった。
 悪性のマナの発生源を調査する、という仕事だ。
 これまで、悪性のマナの濃度が高くなった地域がいくつも捨てられてきた。
 それらの地域を取り戻すために、たとえ危険でも誰かがしなくてはならない仕事だった。
 幸い俺以外にも多くの魔法使いが調査員として派遣されるらしい。
 身を危険に晒し続けなくてもいいということだ。
 しかし、悪しきものに立ち向かう魔法使いという英雄の物語のようなこの仕事を、歓迎しないまでも喜ぶ気持ちが俺の中にあって、死なない程度に頑張って何らかの情報を掴んでやるつもりになっていた。
 できればその原因を絶ってほしい、とは男からも言われていたことだ。
 その後に、無謀に突っ込んで死ぬくらいなら安全な所で調査していてもらいたいものだが、と男は言っていたが、どう振る舞おうが俺の勝手だ。
 考えなくてはならないこと。
 それはイナナを連れていくべきだろうかということだ。
 俺は自分の暮らすマンションの部屋でこれからの旅に必要な荷物を思いついた物からメモに書き留めつつ、そのメモ用紙の隅に書いたイナナという文字を見て考える。
 イナナはよく働くから役に立つ。
 あいつがいるとクリックも機嫌がよくなるし、俺も楽しい。
 長い旅になるなら、あいつにはいてほしい。
 しかし危険なことをしようという気でいるのに、彼女を巻き込むのはよくないことだ。
「うっす。いる?」
 イナナが合鍵を使って部屋に入ってきた。
 俺を見つけて、いるなら返事しなよ、と不満そうに言う。
「で、何か仕事ある?」
「しばらく旅に出ることになった」と俺は答える。
「え、どういうこと?」
「魔王を倒す冒険の旅だよ。リュックサック買わないと駄目だろうなあ」
 メモ用紙に、リュックサックと書く。その後ろに小さく登山用と付け足して。
「わかるようにちゃんと話して」とイナナが言った。
「ちょっと待ってくれ」
 俺は山や森で数日過ごすことを考えていた。
 そうできるように装備を整えるなら、キャンプ用品なども調べて準備をしたい。
 メモ用紙には、登山とかキャンプとか、思いつく限りの検索用のキーワードを書き込んで、それから俺はイナナに今回の仕事のことを話した。
 元凶を見つけたら、それを排除しに行くつもりでいることも話すとイナナは、
「それで魔王を倒す旅ってわけ」と嘲笑うような顔をして面白がった。
「そういうわけ」
「ふうん。私も付いていっていい?」
「正気か?」と俺は驚いた。
「マキのこともクーのことも心配だし。長い仕事になるんでしょ」
 期間のことは知らされていなかった。
 長いどころか、一生やり続けるかもしれない。報酬はよかったし。
「じゃあ私も行くよ。あと結婚しよう」
 そう言うとイナナは、得意そうな顔をした。
 これ以上ないプロポーズをしてやったぜ、と言いたそうだ。
 その顔のおかげで俺はあまり動揺しなかった。
「ああ、わかった」と俺は頷く。
「やった」
 イナナは破顔すると俺の握っていたペンを奪った。
 リュックサックの横に二人分と書き足し、それからその下に婚姻届と書き入れた。
「クーに証人になってもらおうか」とイナナは言った。
「あいつチャオだから無理だろ」
「なんだ、つまんない」
 クリックのメンテナンスが終わるのは明後日だ。
 俺たちは早速買い物に出かける。
 ホームセンターに向かう途中で、イナナは証人になってくれそうな人間に手当たり次第電話をかけていた。
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MACA〜Magic Capture〜 第二話 破裂して、旅立ち
 スマッシュ  - 16/4/10(日) 1:06 -
  
 結婚式をしてから俺たちは旅立つ。
 式場できちんとやっては時間がかかるので、式とは言えないくらいの簡易なものを俺の暮らしているマンションの部屋で行うことにした。
 家族や友人を呼んで飲み食いするだけの、ただのパーティだ。
 ちゃんとした結婚式はいつかやろうね、とイナナは言った。
 そのパーティにクリックは参加できなくなった。
 クリックのメンテナンスは一日長引くのだと連絡があった。
「クーが戻ってこれないの、残念だね」
「これから危険な戦いに飛び込むことになるからな。クリックもそれなりに自分を強化するつもりなんだろう」
 チャオの改造については、飼い主である魔法使いが意見を出すことが多いそうだが、俺はクリックに判断を任せている。
 それはクリックの意思を尊重してのことではなく、クリックの方が自身を改造することについてよく学んでおり詳しいからだった。
 そして今回のように、こちらには連絡もなくクリックとメンテナンスセンターが勝手に改造を進めることは常だった。
「ケーキどうやって切ろうか」
 イナナはゆっくりチョップをするように右手を動かして考える。
 クリックがいれば、買ってきたホールケーキは八等分すればよかったのだ。
 俺たちのパーティに来るのは、イナナの両親と魔法使いの友人一人とそいつのチャオ、それからイナナの友人が一人だ。
 俺の両親とは五年前から連絡が取れなくなっていて、呼ぶことができない。
「八等分して、食べたいやつにやればいいんじゃないか」
 たぶん友人の魔法使いかチャオが食うだろうと想像して俺は言った。
「そっか、そうする」

 チキンやケーキなどが並べられているのを見て、クリスマスみたいだな、と魔法使いのツキは言った。
「半年早いじゃん!」
 彼のチャオ、ウサウサがそう叫ぶように言って笑った。
 クリックと比べて随分子供っぽい言動をする。
 クリックも生意気なことを言うだけで子供っぽくはあるのだが、ウサウサの落ち着きのなさはまさに幼い子供のもので目に付くのだ。
「一応、ウサウサにプレゼント買ってきたよ」とイナナは言った。
 するとイナナは目を輝かせて飛び、イナナにぐっと顔を近付けて、
「本当に!?」と言った。
 笑顔のままイナナは頷き、包装されたプレゼントを渡した。
「やっぱりクリスマスだ!」
 機械化されて大きくなった手で万歳するように受け取ったプレゼントを持ち上げてウサウサは喜ぶ。
「開けていい? ねえ、開けていい?」
「いいよ。開けてごらん」
「やった」
 ウサウサは一転黙り込んで、包装紙が破れないようにテープを慎重に剥がす。
 そして中の箱を開けると、そこにあった物を見て固まる。
 イナナからのプレゼントは、図書券だった。
「図書券じゃん」
 ウサウサはがっかりして、仰向けに倒れた。
 イナナの笑みが、優しいお姉さんの振りをしたものから、意地悪そうなものに変わっている。
 俺も笑いを抑えきれない。
 このプレゼントは二人で選んだ。
 ウサウサの騒がしさには飼い主のツキも困っていたし、いつもうるさくて苛立たされるので、ウサウサが喜ばないであろう物を選んだのだった。
「ありがたい。これでウサウサに勉強させるよ」
 ツキも笑っていた。
 ウサウサは勘弁してほしいといった感じで変な声を出しながら転がってうつ伏せになった。
「まあ、とにかく食べよう」と俺は言った。
 ウサウサはケーキを食べたがったが、それは後で食べると決まっている。
 ケーキ入刀をするのだ。
 ツキがチキンをやると、ウサウサはそれを食べるのに夢中になって静かになった。
「なんか子供みたいですね」
 ウサウサを見て、イナナの友人のミリアがそう言った。
「ああ、ガキなんだ。そいつのチャオは大人しいんだけど」とツキは答える。
「こっちはこっちで子供だよ。小学生とか中学生とか、そんな感じ。結構楽しいよ」
 イナナがそう言うと、ミリアはうなだれて溜め息をつき、
「私も結婚しなきゃなあ」と言った。
「いつから付き合ってたの。全然知らなかった」
「私たちも知らなかった」とイナナの母が言った。
「いつからって。いつだろう?」
 イナナは首を傾げた。
 俺もわからなかったから、いつだろうな、と言った。
「え、何それ、どういうことなの」
「告白とかしなかったから」とイナナは説明した。
 恋人という関係になった境目があったとしたら、それは初めて体を交わらせた時となるだろう。
 それは中学生の時になる。
 まず小学生の頃、俺たちは好き合っている男女がそういうことをすると知った。
 授業で教えられたのである。
 そして、もしもする相手がいるとしたらこいつだろうな、と俺たちは互いに思った。
 相手が自分と同じように考えているとわかって、じゃあそういうことなのだ、という気分になったのだった。
 実際に事に及ぶまでには間があったが、数年その気持ちが変わらなかったので余計に、そういうことなのだ、という気分は確信めいたものに変化していた。
「ずっと一緒にいたから、まあ、不思議なことでもないよ」
 イナナはなんでもないことのように言った。
「それだったら幼稚園の時から付き合ってたことになるねえ」とイナナの母はにこにこして言った。
「二人は凄く仲良かったから。こうなるんじゃないかって、思ってたのよ」
 イナナの母はミリアにそう言った。
 そうなんですか、とミリアは相槌を打った。
「そう。マキハル君のところで飼っていたチャオと一緒にね、朝から晩まで遊んでたの。あの子が来れないのは残念ね」
「うん。どこ行っちゃったんだろうね」
 イナナは頷く。
 そして事情を知らないミリアと、それからツキに向けてイナナはそのチャオがある日姿を消してしまったことを話した。
「寿命ではないんだよ」と俺は補足した。
「そうなのか?」
「あのチャオはカオスチャオだったから」
 カオスチャオは、不死のチャオだ。
 仮に不死でなくても人間以上に長命だと言われている。
 そんなチャオを俺の両親は飼っていたのだった。
「だから生きてると思うんだけど、再会できてないんだよね」
「カオスチャオは長生きだからな。賢くなって仙人みたいになって、何十年か後に会えばいいやくらいに思っているのかもな」
 冗談というふうでもなくツキは言った。
 チャオは魔法使いのために改造されて初めて喋るようになる。
 しかし改造される前からコミュニケーションは取れるし、その小さい体にしては考えられないほどの知性がある。
 だからチャオの中には人間以上に賢いチャオもいるという想像をする人は少なくない。
 ツキもそういった人間の一人のようだ。
「そうだね。いつか会えるよ」とミリアは頷く。
「うん、そのつもり」
 イナナは頷く。
 ウサウサがチキンを食べ終わりそうになっているのを見て、ツキはもう一つチキンをウサウサにやった。
「でも安心したわ。イナナがマキハル君とくっ付いてくれて」
「何それ」とイナナは母の言ったことに笑った。
「ほら、あの子だけじゃなくて、マキハル君の両親も行方不明になっちゃったじゃない。だから私はマキハル君のことが心配で心配で」
 言っている途中でイナナの母は泣き出した。
「泣くなんて、大袈裟ですよ」
 なだめるように俺は言った。
 するとイナナも、そうだよ泣くことないじゃない、と言う。
 しかしイナナの母は涙をぽろぽろと流しながら、
「イナナはたくましく育ったから、本当に、マキハル君が私の子供じゃないことがもどかしくてね。だから二人が一緒になってくれてよかった。これでマキハル君も幸せになれると思うから」と言った。
 それを何度も深く頷きながら聞いていたミリアが、
「よかったね」と俺たちを祝福した。
「うん」
 ツキはまた新しいチキンをウサウサに渡す。
 ウサウサはのんきに食べている雰囲気ではないことを察して、食べるペースが落ちている。
 それでも一応チキンをかじってはいる。
 イナナの母が泣き止むのを待って、
「そろそろケーキいこうか」とイナナは笑顔で言った。
 ケーキを切る前に、乗せてもらっておいたプレートを取り外す。
 チョコペンで二人の名前と、その間にハートマークを書いてある。
 包丁を二人で握る。
「こういうのってそれ用の包丁あるのかな」
 二人で持つには柄が短くて、イナナは言った。
 ケーキは切った所が潰れた。
「それじゃあ後は私が切るね」
 ミリアは俺たちから包丁を受け取った。
 八等分でいいよ、とイナナが言うとミリアはその通りにケーキを等分した。
 ウサウサがプレートを欲しがるが、
「駄目。私が食べる」とイナナはそのプレートを取った。
「ええ、なんで」
「その代わりケーキは二つあげる」
「まあ、それならいいけど」
 ウサウサはケーキをもう一切れもらう。
「よく食べるなあ」とミリアは呟くように言った。
「意外と食べるよ」
 イナナはそう言うと、プレートの角を口にくわえて噛み砕こうとした。
 歯を食い込ませたところで何かを思い付き、手でプレートを抑えて、
「そうだ、二人で食べよう」と俺に言った。
「誓いのキッスだ!」
 ウサウサは叫んだ。
 何がどう誓いのキスなのか俺にはわからなかったが、イナナは理解したらしい。
「そうだね」
 イナナはプレートをくわえたまま、俺に寄ってきた。
 それで棒状の菓子を二人で食べるゲームから連想しての誓いのキスなのだとわかった。
 プレートは大きくて、ろくなキスにならないだろうと思った。
 それでも周りはもう俺たちに注目してしまっていて、やるしかないと思った。
 その時に、警報が鳴った。
 魔獣が発生したのだ。
「マジかよ」
 うんざりと、ツキは言った。
 魔法使いの彼は対処に向かわなければならない。
「運動したらまた食えるよ」とウサウサは元気だ。
「俺が守ります。離れないでください」
 ミリアはイナナの両親に向けてそう言う。
 そして俺に向けて、
「お前も戦えれば安心なんだがな」とぼやいた。
「お前のチャオを使わせてくれれば戦える」と俺は返した。
「あほ言うな。同調できねえだろ」
 魔法使いはチャオの力を借りて魔法を使う。
 そのチャオを魔法使いが飼うのは、自分用に調整したチャオでなければチャオと同調することが難しいからだ。
 仮に同調できたとしても、自分用に調整したチャオと比べて弱い魔法しか使えない程度にしか同調できない。
「さあ、行くぞウサウサ」
「うん」
 ウサウサの頭の上の球体が淡く光る。
 そしてウサウサの肉体はその球体に吸い込まれるように、形を失ってまとわりつく。
 機械だった部分も球体を作るように変形して一緒になっている。
 そうしてできた大きな球体をツキは握り、自分の胸に押し付ける。
 すると球体を覆うウサウサの肉体だったものがぐずぐずとペースト状に形を変えて胸に広がる。
 そして球体はツキの胸に触れ、ツキの体内に潜り込んでいく。
 球体が全てツキの体内に入ると、ウサウサの肉体だったペースト状のものが急に意思を持ったように形を作り出しながら移動する。
 剣の形になって、ツキの右腕に装着された。
 ウサウサの手足だった機械はその右腕の剣の中核となり、それを刃になったウサウサの体が覆っている。
 ツキは左手でスマートフォンを操作して魔獣の情報を得ようとしている。
 俺も魔法使いなので情報がスマートフォンに入ってきている。
 それで確認すると、魔獣はこの近くで発生したことがわかった。
「近いな」
「だな」
 ツキが部屋の窓の方を見ると、丁度魔獣がこちらに飛びかかってきたところだった。
 窓を突き破って、魔獣が入ってくる。
 魔獣はドーベルマンが変化したもののようだった。
 それらしい体つきをしている。
 しかし体は大きくなっているし、四肢が筋肉質になっている。
 悲鳴を上げるイナナの母とミリアを、俺とイナナはかばうようにしながら、後退する。
「切り裂け」
 剣を魔獣に向け、静かにツキは言った。
 すると剣が光り、魔獣の耳が落ちた。
 他にも小さな裂傷がいくつかできる。
 その痛みで魔獣は吠え、興奮してツキに飛びかかる。
 ツキは飛びのく。テーブルを越えて、着地する。
 魔獣は前肢を振るってテーブルを倒す。
 ツキは着地するところを目がけて剣を突き出す。
「切り裂く」
 光った剣は魔獣の額に刺さった。
 深くまでは入らなかった。
 魔獣は叫びながら後ろにひいた。
 ツキが追い立てる。
 魔獣は距離を取ろうとして下がると、ベランダの壁がなくなっていて落ちた。
 おそらく魔獣がさっき壊したのだろう。
 落ちた魔獣を他の魔法使いが狩ろうと、魔法の炎を手から出すのが見えた。
「たぶん大丈夫だな」
 ツキはそう言って、俺たちに微笑んだ。
「はあ、よかった」
 イナナの母が脱力して、その場に座った。
「やばいねえ、これ」
 壊れた窓とベランダの壁をまじまじと見て、イナナは言った。
「どうせもう出ていくから、いいにはいいんだけどな」
 もうここで生活するわけではないのだ。
 でもいつか戻ってくることを考えて、持っていかない物はここに置いていくことにしてあるから、それを考えると困った。
「いっそここ引き払っちゃう? 物は全部捨てちゃってさ」とイナナは言った。
 そうしよう。
 壊れた窓から入ってくる夜風を受けて、俺はそう答えた。
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MACA〜Magic Capture〜 第三話 爆発する力
 スマッシュ  - 16/4/16(土) 18:48 -
  
 壊れた部屋で一晩過ごし、俺たちはチャオメンテナンスセンターへ行く。
 ようやく戻ってきたクリックには、角が付け足されていた。
 カッターナイフの刃のような一本角だった。
「よおっす」
 女性のスタッフに抱えられたクリックは手を挙げて言った。
 クリックの変化に驚いて角をじっと見ている俺たちに、
「どうだ、格好いいだろう、これ。まだ慣れなくて重いけどな」と得意そうに笑った。
 よく見ると、クリックの足も少し変わっていることに俺は気付いた。
 足の機械が大きくなっているように見えるが、それだけではないような気もする。
「どうしたの、それ」
 イナナが角のことを聞くと、
「説明はこっちがする」とクリックは自分を抱えているスタッフを指した。
「こっちとか言っちゃ駄目でしょ」
 イナナが母親然としてクリックを叱ると、スタッフの目が優しそうに笑う。
「いいんだ。俺とこいつは仲が良いんだ」
「素敵な子ですよ、クリック君は。とても賢いし」とスタッフも楽しそうに言う。
 彼女はまず角以外の点について説明を始めようとした。
 クリックは相変わらず得意そうな顔をしている。
 その顔で大幅に変わったらしいということがわかった。
 スタッフの女性が話すには、これから戦闘の機会も増えるため、どのように強化するかが焦点となったらしい。
 しかしパーツを付け足すことはしなかったらしい。
「機械の所を増やすと、マナを感じられなくなるような気がするんだよな」とクリックはそのことについてそうコメントした。
 魔法使いによっては、チャオの体の大半を機械にすることもある。
 一度機械に変えた部位は元には戻せない。
 マナを感じるうんぬんだけでなく、戻れないことへの恐怖があるのだろう、と俺は思った。
「ただ、その代わりに内部も足もパーツを最新の物に変えました。その際、スペックを保ちながら軽くするか、軽くすることは考えないでスペックアップするかというのがあったんですけれど、これからの仕事のことを考えると後者の方がいいだろうとクリック君も私共も判断したので、そういう方向性でパーツを選びました」
「足がな、重くなった。その分、かなりパワーアップはしたけどな」とクリックは言った。
「マナの貯蓄量が五十パーセント、マナの吸収力が百パーセントアップしています」
「二倍ですか」と俺は驚く。
 マナを溜める時間が半分になれば、戦い方は変わってくる。
 これまでの魔獣退治では、魔獣の進行方向を予測して迎え撃っていた。
 確実に魔獣と対峙するために、複数人で包囲網を張って待ち構えるという方法を取るしかなかった。
 しかしクリックの性能が上がったことで、こちらから魔獣に向かっていくことができるかもしれないというのは、これからの仕事には心強いことだ。
「そんなに強くなっちゃうと、ついに魔獣狩りって感じだね」
 イナナのその言葉は、褒めているようにも残念がっているようにも聞こえた。
 魔獣狩りというのは、魔獣の討伐を主な仕事として稼いでいる魔法使いの呼び名だ。
 好戦的で、やたらとチャオのスペックを上げるために改造をさせたがって、チャオの気持ちなど考えない。
 そんな好ましくない人物像を描かれがちな人々だ。
「正義の勇者さ。一角獣のスペック様だ」
「ああ、それでこの角は一体?」
「それは、悪性のマナを対処するためのパーツです。今回の仕事には必要な物なので、付けるように魔法局から指示を受けました」
 彼女の説明によると、その角には悪性のマナを感知するのを助けるレーダーの機能があるそうだ。
 必要がなくなれば、外に見えている部分を外すことはできるらしい。
「こんなださい角だが、力は確かだ。昨日の魔獣で確かめられた」
「ああ、出たな、昨日」
「俺の力が試せなくて残念だった」
「おかげで俺たちの住んでた部屋がぶっ壊れたぞ」
「嘘だろ!?」
 クリックは叫んだ。
 その反応が面白くて俺は笑った。
「それが、本当なんだ」
「昨日、その魔獣がうちに来ちゃって。大変だったよ」
 イナナも面白がっている。
「それでお前たち、無事だったのか」
「ああ。ツキとウサウサがいたからな」
 結婚式をやっていたんだよ、とイナナが説明した。
「そうだったのか」
 クリックは女性の腕から逃れるようにして飛び降りた。
 そして俺を見上げてクリックは、
「リベンジマッチに行くしかないな」と言った。
「なんだそりゃ」
「まだいるんだよ。魔獣が」
 クリックは俺に手を差し出す。
 持ち上げろという意味だ。
 俺はクリックの手を取り、引き上げる。
 すると引っ張られる勢いを利用し、羽をいくらかばたつかせるとクリックは俺の肩に乗る。
「きっと昨日のでもう一匹生まれていたんだ。行くぞ」
「偉そうだな」と俺は言った。
「偉いんだよ。走れ。他のやつに取られる」
 俺は駆け出す。
 クリックが魔獣のいる方向を指示する。
「相当手強いやつだぞ。逃げ足が速いんだろうな。そうでもなきゃ、とっくにやられてるはずだ」
 クリックはそう言った。
「なら先回りした方がいいんじゃないのか。できればだけど」
「できねえだろうなあ。今も遠ざかってる」
「じゃあどうしようもないんじゃないのか」
「知らねえよ。とにかく追うしかないだろ」
 俺は呆れた。
「わかった。とにかく追えばいいんだな」
 俺は走るのをやめて、立ち止まった。
「同調か」とクリックは言った。
「そうしないと体力が持たない」
 走らされて、俺はもう息が切れていた。
 クリックは同調のために光り出す。
「そういえばよ、別の魔獣ならリベンジマッチとは言わないんじゃないのか」
「このタイミングで変なこと言うなよ、クソが」
「お前は魔獣のサーチをしろ。いいな」
 クリックは頷く。
 体が溶けて、大きな球体となる。
 俺はその球体を自分の胸に押し込む。
 クリックの角が俺の額に付き、脚だったパーツは俺の背中にごく小さな羽として付いた。
 その羽にまとわりついて、クリックの体だったものが羽を大きくする。
 チャオと同調したところで身体能力に大差ない。
 それでも魔法で動きをサポートすることはできる。
「あっちだ」
 羽がそう言った。
 クリックの声だ。
 あっちと言われるだけでも、どの方向なのか伝わってくる。
 魔法のおかげで、さっきよりも速く走れる。
 そして俺はクリックの性能が上がったことを思い出した。
「飛んでみるか」と俺は呟く。
 マナを溜めて、それを推進剤として飛翔する。
 手近にあった低いビルの屋上まで上がる。
 同じように飛翔して、それより少し高いビルの屋上へ行く。
「なあ、気付いたことがある」
 上へ向かっている途中で、羽のクリックは言った。
「この魔獣、空を飛んでいるみたいだ」
「上にいるってことか?」
「たぶんそうだ。近付いてる」
 あまり正確に位置を知ることはできないようだ。
 文句を言いたくなったが、魔獣を見つけることを優先して高いビルを探す。
 近くにはもうここより高いビルはない、という所まで移動して、魔獣の位置をクリックに聞く。
 これで遠いと言われたら、もっと高いビルに行くためかなりの距離を移動しなくてはならない。
「この感じは、上で動き回ってるのか? すまん、よくわからない。だけどだいぶ近くなった」
 クリックはそう答えた。
 結局近いのか遠いのかわからない。
「わかった。とにかく魔法を撃ってみよう。向きはお前に任せる」
 俺は右腕を上げた。
 羽となっていたクリックの体だったものが俺の右腕にまとわりつく。
 俺の右腕が紫色に変色したようになる。
 その右腕はクリックの意思で動く。
 クリックが俺の腕を動かして空に狙いを定める。
 俺の想像よりも高い所に魔獣はいるらしく、腕はかなり上の方を向いている。
 俺は魔法を撃つことだけ考えている。
「貫いてくれ」
 そう言って、俺は魔法の矢を右腕から放った。
 魔法の矢は重力に引っ張られることもなく、真っ直ぐ飛ぶ。
 まるで糸を張ったように、マナの光の残りが薄く残る。
 その細い糸は見えないくらい遠くの、そのまた遠くまで届いたはずだ。
 溜めたマナの量で威力と飛距離が変わる。
 なるべく魔獣に当たる可能性を高めるために、マナを多く溜め、飛距離を伸ばしてあった。
「どうだ」と俺はクリックに魔獣の動きを聞く。
「こっちに向かってきている。やっぱりあっちにいたみたいだ」
 当たったか、それか矢が魔獣の近くを通ったかしたらしい。
 俺たちの存在を認めた魔獣がこちらに向かってくる。
 飛んできたのは、カラスの魔獣だった。
「見えればこっちのもんだ」
 魔力を溜める。
 右腕の操作権限を俺に戻す。
 魔獣はこちらに真っ直ぐ突っ込んでくるようだった。
 全力で加速することだけを考えているかのよう。
 こちらに迫ってくる魔獣の体は、風景から飛び出てきたかのように急激に大きくなったように見える。
 それだけ短時間で加速していた。
 しかしその加速で俺たちの体を食い破るには、そもそも離れ過ぎていたのだ。
「燃えろ」
 右腕から炎が噴き出す。
 魔法による火炎放射をカラスに浴びせ、そして俺はビルから飛び降りて攻撃を避ける。
 今のクリックの性能なら、魔法で飛び上がってまたビルに戻れる。
 そうわかっていても、飛び降りるというのは、どきりとするものだった。
 安全の確信と緊張とで、俺の口元は笑う形になる。
 魔法で飛び上がってビルに戻って、魔獣の姿を確認する。
 魔獣の体に炎がまとわりつくが、魔獣が空中で激しく暴れると火は消えそうになる。
 そこにどこからか飛んできた魔法の矢がいくつも刺さる。
 他の魔法使いもこの魔獣を見つけたのだ。
「早くとどめを」とクリックが言った。
 強化されて初めての戦闘。
 それを輝かしい勝利で飾りたい。
 そのようにクリックは思っているらしかった。
「わかったよ」と俺は答えた。
「なら、最高に派手な魔法で行くぞ」
 俺は調子に乗っていた。
 クリックの性能アップは、俺たちの力をとんでもないレベルで強化していた。
 魔法使いは、そのファンタジーを思わせる言葉とは裏腹に、自由ではない。
 しかし今の俺たちは、前の俺たちより自由だ。
 空を飛ぶ魔獣と戦えるだけの飛翔ができる。
「もう一度、燃やす!」
 俺は魔獣に飛びかかりながら、右腕から炎を出した。
 火炎放射は魔獣の体を焼く。
 魔獣は慌てて俺の炎から離れる。
 さっきと同じように、魔獣の体には炎がまとわりつき、それを振り払おうと魔獣はする。
 その残った炎。
 それが、次の手の鍵。
「その炎が俺の魔法の炎ならば、俺のマナで弾けてみせろ!」
 右腕から不可視の魔法を放つ。
 それが魔獣の体の炎にぶつかると、魔法の炎は魔法の爆弾に姿を変えて次々と炸裂する。
 魔獣はその爆発の連打で体の制御が一秒ほどできなくなり、落ちそうになる。
 爆発が止んでも、それまでに受けた矢のダメージもあって、飛ぶ力を失っていた。
 俺はその魔獣にもう一度炎を浴びせ、そして爆破した。
「どうだ、俺の力は」
 チャオの姿に戻って、クリックは誇らしそうに言った。
「ああ、これなら戦えるな」
 俺ははっきり、俺たちの脅威となるマナの源を打ち倒そうと思ったのだった。
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MACA〜Magic Capture〜 第四話 南
 スマッシュ  - 16/4/24(日) 21:55 -
  
 南へ高速電車で向かう。
 昔、南には大きな国があった。
 ケーダという国だ。
 今では国が丸ごと悪性のマナに侵されてしまって、立ち入りは禁止されている。
 電車でその近くまで行って、その後は車で国境を越える予定である。
 俺たちは駅弁を三つ買って電車に乗った。
 これからの仕事の報酬は既に振り込みが始められて、それで出し惜しみすることなく最高級の弁当を買ってみた。
 電車が走り出すのを待つクリックはそわそわしていて、しきりに窓の外を見る。
 まるでホームに立つ人がいなくなれば電車が動き出すと思っているかのように。
 電車が走り出すとすぐにクリックは弁当に付いてきたおしぼりで手を拭き、弁当の蓋を開ける。
 そして刺身を一口二口とぱくぱく食べると、
「やっぱ電車には駅弁だなあ」と言って、おいしさを表現する。
「駅弁だからおいしいんじゃなくて、高いの買ったからおいしいんだよ」
 そう言って、イナナも一口食べて、
「あ、おいしい」と呟く。
「これからは毎日こういうの食べようぜ。報酬高いんだろ?」
 クリックは俺にそう言った。
 確かに報酬は高くて、毎日こうとはいかなくても、少し贅沢な生活をするくらいのことはできる。
 だけど俺は、無理だな、と返した。
「金はあっても、金を使う所がないぞ」
「マジかよ」
「侵食されてるんだからな」
 そんな所でずっと暮らすわけはないのだが、クリックはそのことに気付かなかったようだった。
「この弁当が最後の贅沢か」
 クリックはエビフライを見つめて、ゆっくり噛んだ。
 大事に味わいなよ、とイナナも子供を諭すように言う。
「せめて木の実くらいは食わせてくれよ」
「わかってるよ」と俺は答える。
 チャオは人の食べる物だけでなく、チャオらしく木の実も食べる。
 人からすればチャオの食べる木の実はどれもまずくて食べにくく、ある意味でチャオは人以上に雑食だった。
「あ、そうだ。じゃあさ、これからしばらくどっかで観光しよう。戦いの前の休息。バカンス。あ、新婚旅行だよ」
 クリックは俺たちを交互に見て言った。
 そんなのするわけないだろ、と俺はすぐに返したくなった。
 一応イナナの気持ちを知りたくて、俺は呆れたような顔をしながらイナナの顔を見る。
 するとイナナは、
「新婚旅行は全部終わった後に、めっちゃ凄いのする予定だから。世界一周とか」と言った。
「ああ、それいいなあ。今からやらない?」
 どれだけ贅沢な食事をしていたいのだ、と俺は本当に呆れた。
「怖気づいたのか?」
 戦いを先送りにしたいと捉えたように俺は言ってやる。
 するとクリックは、そうじゃない、と首を振る。
「わかったよ。すぐに終わらせて、それで世界一周、食べ放題ツアーだ」
「世界一周の旅行に食べ放題って付いてくるかな」とイナナは首を傾げた。

 終点で俺たちは電車から降りる。
 電車の中で眠っていたクリックは、眠そうに俺の肩にしがみ付いて目をつぶっている。
 長距離の移動だったために、もう夕方だ。
 駅近くのホテルを取ってあった俺たちはチェックインする。
 ここで泊まるホテルも、駅弁と同じように、しばらく贅沢なことはできないだろうから大きなホテルにしておいた。
 ツインルームは広く、布団を敷いてしまえばもう十人は泊まれてしまいそうだ。
「いい所だな」
 部屋の広さと、十二階という高さから見る外の景色の両方を眺めながら、俺はクリックをベッドに転がした。
「また魔獣が突撃してきたりしてね」
 イナナは笑って言った。
 もっと高い部屋だったらそんな心配をしなかったかもしれないが、デパートや他のホテルなどから魔獣が飛びかかってきそうな高さだった。
「まさかそんなことないと思うけどな」
 苦笑いする。
「まあ、私もないと思うんだけどね。でもちょっと心配」
「魔獣は多いだろうしな。でも南には強い魔法使いも多いからな、大丈夫だろう」
 そう言って俺はホテルのロビーの自動販売機で買ったコーラを飲む。
 悪性のマナに侵された国が近くにあるせいで、国境を越えてきた魔獣が頻繁に現れる。
 それで魔獣退治を得意とする魔法使いは以前から南に集まっている。
 南の魔法使い、と言えば魔獣と戦うことを好む魔法使いというイメージがあるほどだ。
 俺とクリックだけで戦うのは辛いだろうから、ここで仲間を探すというのも悪くないかもしれない。
 きっと南の魔法使いたちにも、俺と同様の依頼が来ているはずだ。
「こいつの言ったバカンスじゃないけれど、しばらくここに滞在するのもありかもな」
 そう言って俺は、仲間を増やすという考えをイナナに話す。
「それいいね。みんなで戦えば怖くないよ」
 イナナに頷かれて、やはり仲間は不可欠だという考えになっていく。
 クリックは性能が上がったと言ったって、全身を改造しているわけではないし、クリック自体に天才的な力が宿っているようにも見えない。
 俺にしたって、魔法を扱う才能に恵まれてはいない。
 そんなので、悪性マナの根源やそれを守る魔獣たちを打ち倒すことができるとは思えない。
「どこで探すの? 酒場?」
「ゲームや西部劇じゃないんだからさ」
 俺はそう笑うが、案外酒場はいい場所かもな、と感じた。
「とは言っても、酒場以外だと、どこ探せばいいんだろうな」と俺は言ってみる。
「SNSで出会うとか」
 イナナは人差し指を立てた。
「それか、魔獣と一緒に戦って、それで友情が芽生えて仲間になる」
「それができれば一番いいや」
 俺はクリックの寝ているベッドに体を横たえて言った。
 魔獣と戦っているところで出会えれば、相手の実力もわかる。
 いい仲間と出会うには最適の方法だ。
「夕飯どうする?」
 イナナに聞かれて俺は、寝ているクリックの羽をそっと撫でつつ、
「ステーキでも食わせてやるか」と答えた。

 朝、目を覚ますと、イナナはもう起きていて、ニュースを見ていた。
「おはよう」と俺が言うと、イナナは挨拶を返さずに、
「大変なことになったよ」とどうでもいい世間話をするようなテンションで言った。
「どうした」
「ちょっと遠くだけど、でもケーダからこっちの方に悪性マナの塊みたいなのが落ちてきたってさ」
「マジかよ」
 クリックはまだ眠っている。
 ニュースでは、悪性マナの落ちてきたという地域の映像が放送されている。
 そこでは何頭もの牛が魔獣となって、暴れている。
 そして所々で魔法使いによって倒される。
「魔獣がこっちに来るかもしれないから気を付けろってさ。外でも放送されてるよ」
「そうか」
 窓を開けてみると、魔獣に警戒するようになどと言っている放送が聞こえる。
 クリックが飛び起きる。
「魔獣が来るぞ!」とクリックは言った。
 俺たちは、そんなこと知ってる、という顔をして立ち上がる。
「じゃあ一度外に出るか」
 イナナは頷く。
 また部屋に突っ込んでこられても困る。
 もしくはこのホテルが崩されるかもしれない。
「急げ近いぞ」
 クリックが早口でそう言うなり、ホテルは大きく揺れた。
「まさかこれ?」と俺が聞くと、クリックは頷く。
 遅れて外の放送が、魔獣の出現を速報で告げる。
「上か? 下か?」
「上」
「右腕だ」
 クリックは指示した通りに、俺の右腕に座る。
 俺はクリックと同調する。
 クリックの体はほとんど溶けない。
 機械の脚と俺の右腕を接着する分だけ尻尾が溶けているだけである。
 廊下に出ると、同じ階の宿泊客が動揺しながら階段に向かっている。
 エレベーターで逃げる人がいないことを期待するが、エレベーターはどれも上へ下へと動いている。
 階段で上ろうにも、下りてくる人の波には逆らえそうになく、俺たちも一階まで下りることになる。
「向こうはまだ同じ階で暴れてるような感じがする」
 クリックは囁くように俺に言ったが、一階のロビーは人で溢れていて、周りに聞かれたように思った。
 ホテルの外に出ようとする流れから外れるように、壁際に俺は移動する。
 俺にぴったり付いてきていたイナナに、
「お前は逃げてもいいんだぞ」と言う。
「え、こっちの方が安全そうだし」
 否定はしないけれど、肯定もできない。
 まあいいか、と思う。
「じゃあ人がいなくなったら、適度に離れてろ」
「うん」
 人はホテルの外へ逃げていって、ロビーには俺と同じようにチャオと一緒にいる魔法使いらしき人間だけが残る。
 俺たちを含めて、魔法使いは四人いた。
「さあ、どうしようか。ここで迎撃か、こっちから行くか」
 両腕にチャオの体の機械をまとった魔法使いの一人が言った。
「考える必要はなくなったみたいだぞ」
 クリックは小さな声で言った。
 同じように悪性のマナを感知できるらしいチャオの飼い主が、来るぞ、と大声で言う。
「落ちてくるみたいだ。そこから来る」
 クリックは俺の右腕を動かして、エレベーターに向ける。
 他の魔法使いたちもエレベーターのドアを注視する。
 そのドアを破って、魔獣が姿を現した。
 猪のような姿をしている。
 まるで弾丸のように体は変形している。
 猪らしいことから、全員が相手の攻撃を避けてこちらの魔法を当てる戦い方を選んだらしく、脚に力を入れている。
 そして魔獣も身構えていた。
 動けばやられるとわかっているかのようだった。
 そこにクリックが、そういう気配に気付いていないかのように唐突に、魔法を放つ。
 拳ほどの大きさの氷の塊を脚の機械から飛ばした。
 それをこめかみに当てられて、魔獣は即座にこちらに突進してくる。
 クリックのやりたいことは俺の頭に伝わってきていた。
 俺は魔法の力で脚力を強くして、横に飛ぶ。
 それと同時にクリックとの同調をやめて、俺の体から離す。
 魔獣の体は俺の横を通り、そしてクリックはその魔獣の体に取りついた。
 魔獣は前肢の片方でブレーキをかけ、そこを中心にして体の向きを変えることで方向転換をして、止まることなく走り続ける。
 その魔獣の体にしがみ付くクリックは、ナイフを振り下ろすように脚を魔獣の体に突き刺す。
「俺の勝ちだあ!」
 それは攻撃の手に困っている魔法使いたちに言っているようにも聞こえた。
 そして突き刺した先から爆発の魔法を使って、魔獣の体内を破壊していく。
 クリックは魔獣の体が二つに引き裂かれるまで、爆破を続けた。
「どうだよ俺の戦いは」
 さっきの台詞はやはり魔法使いたちに向けたものだったらしい。
 誇るようにクリックは魔獣の体の上に立って言った。
 魔法使いたちはそんなクリックを見ていた。
「俺は死ぬかと思ったぞ!」と俺は叫ぶ。
「私も!」
 イナナも叫ぶ。無事なようではある。
 俺はクリックの思い付きを実行する時に、イナナのことを意識から外していたことに気付いた。
 俺たちがクリックに文句を言ったことで空気は緩んだようで、
「飼い主放り出して戦うなんてあり得ねえよ。クレイジーだ」と両腕に機械をまとっていた魔法使いは言った。
「普通に戦えばよかっただろうに」
 他の魔法使いもクリックに呆れたように言う。
「そうでもないでしょ。だって、チャオとの同調切って戦う魔法使いってよくいるだろ」
 クリックは反論する。
 確かに同調することで短時間に細かい指示を出せるのを利用して、チャオをブーメランのように繰って戦う魔法使いはいる。
 俺も右腕にクリックを乗せたのは、そういうことをするつもりだったからなのだが、
「飼い主がそうしろって指示したわけじゃないんだろ?」と魔法使いに言われる。
「ああ。俺のアイデアだ」とクリックは言う。
「それで飼い主を危険に晒すのは、やめた方がいいぞ」
「勝ちゃあいいのさ、勝ちゃあ」
 クリックは少しも彼らの言うことを聞こうとしない。
 それで魔法使いたちの視線は俺の方に向いて、
「お前チャオ変えた方がいいぞ」とか言われてしまうのだった。
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MACA〜Magic Capture〜 第五話 流星群
 スマッシュ  - 16/5/16(月) 22:46 -
  
 流星群だった。
 元ケーダから悪性のマナを蓄えさせた魔獣や岩石が降り注いだ。
 そのために俺たちが泊まったホテルのすぐ南までが、たったの一時間で魔獣たちの住処と化してしまったようだった。
 魔獣たちがここまで侵略してくるのは時間の問題。
 避難指示が出され、人々は逃げる。
 緊急避難用に電車がダイヤを無視して盛んに出される。
 放棄されたエリアから着いた電車が、南に戻ることなくさらに人を乗せて北へと向かっていく。
 俺たちは駅で、人々が電車になだれ込む様を見ていた。
 やがて南へ行くための、魔法使いを運ぶための電車が来る予定になっていた。
 そういう連絡が届いているだけで、いつ来るかなどは未定で、俺たちは他の魔法使いと電車を待っているのだった。
 待機している魔法使いの中に、ホテルで会った魔法使いたちもいて、俺たちは彼らと一緒にいる。
 さっきチャオの機械を両腕に装備していた魔法使いが、リーダー風を吹かしている。
「これからは、さっきの猪よりもずっと強い魔獣と戦うことになるに違いない。それぞれが自分勝手に戦ってもやられるだけだ。手と手を取り合って戦うために、俺たちは互いのことをよく知らなくちゃならない」
 彼のチャオは彼の頭上を飛んでいるが、その様がどこか偉そうな感じで、チャオもまたリーダーとして振る舞うつもりでいるようだった。
 そのチャオはニュートラルオヨギチャオで、両腕両足が機械になっていた。
「俺はキリザ。そしてこいつはウォード。こいつは剣に形を変える。その時その時によって刀身を変化させる、変幻自在の二刀流というわけだ」
 両腕に機械をまとう魔法使いはそう言うと、彼の横にいる女の魔法使いの方を見て、自己紹介をするように促した。
 その女は黒い帽子を目深に被り、黒いパーカーを着て、灰色のジーンズを履いていた。
 チャオはダークハシリチャオだ。
「私はミズマ。この子はライズ。私たちは素早さが売りなんで、よろしく」
 その二人の自己紹介で、反時計回りに進めていくことが決まったみたいだった。
 ホテルで魔獣のマナを察知していたチャオと、その飼い主の男の番になる。
「私はライ。そしてこいつはダルア。魔獣の察知と、狙撃が得意だ」
 次に俺たちが自己紹介をして、最後にヒーローハシリチャオとその飼い主の男の番となる。
「俺はシノキ。こいつはルコサ。俺も狙撃が得意だ」
「ならわかりやすいな」
 指を鳴らして、キリザは言った。
「俺とミズマちゃんとマキハルが前衛。ライとシノキさんが後衛だな。イナナさんは上手く隠れてくれよ。命の保証はできない」
「わかりましたあ」とイナナは笑みを浮かべて言った。

 四時間待って、ようやく南行きの電車に乗ることができた。
 魔法使いと一緒に載せる、食糧などの物資を集めるのにそれだけの時間がかかったようだった。
 魔法使いを運ぶのはこの一度にするつもりのようで、そのためにも出発を遅らせたのだろう、とキリザは言った。
 レールが破壊されない限りは、定期的に貨物列車で物資が運ばれるはずである。
 元ケーダやその周辺で戦っている魔法使いの生活も、そのようにして支えられてきたのだ。
 魔法使いのために用意された三両は、しかし空席が目立った。
 チャオを隣に座らせる魔法使いが多く見られ、キリザなんかは横になって眠っていた。
「なんか、準備する間もなく本番って感じだね」とイナナは俺に言った。
「そうだな。だけどおかげで食べ物には困らなそうだ」
 後部の車両に積まれた荷物のことを思いながら俺は言う。
 そうだね、とイナナは頷く。
「あんたたち、変だな」
 イナナの隣に座っていたミズマがそう話しかけてきた。
「そうかなあ」
 イナナが言うと、そうに決まってる、とミズマは返す。
「魔法使いでもないのに、危険な場所まで来ないだろ、普通」
「でも私、戦い以外なら結構役に立つと思うよ。そういう手伝いしてきたし」
「それにそのチャオ。そんな自分勝手なチャオでよく戦えるよね」
「またそんな話かよ」
 クリックはつまらなそうに言う。
「俺は優秀だから大丈夫なんだよ」
「面白いなあ」
 ミズマは笑う。
 クリックのことが気に入ったみたいだ。
「あんたたちみたいのが生き残るんだよね。あんたたちは、その変な感じで安定してるんだ」
「それは、ありがとう」
 本気で褒めている様子なのだが、いまいち褒められている気がしなくて、俺は苦笑する。
「もしかしたら、あんたたちと一緒に動いた方がいいのかもね」
「かもねも何も、そういうことするんじゃないのか?」
 俺は寝ているキリザの方を見て、言った。
「そんな話、いつなかったことになるかわからないよ。死んじゃうかもしんないし」
「まあ、お互い生き残ろうぜ」とクリックは飛んでミズマに近付いた。
 チャオにそんなことを言われて、ミズマは声を上げて笑った。
「そのつもり」
 ミズマはクリックを抱き締め、撫でた。

 電車が目的の駅に着く。
 まず魔法使いが降り、そして魔法使いたちが魔法を使って荷物を下していく。
 魔獣を警戒する魔法使いと、荷物を下す魔法使いに分かれて、作業は行われていく。
 この作業の経験があるらしき魔法使いの集団が指揮をしたために、混乱もなくのろのろと作業は進められていく。
 俺たちはチャオと同調し、五人固まって荷物を運ぶ。
「ああ、来る」とライが言った。
 俺たちは荷物を放り出して、ライが指さした方を注視する。
 たくさんの魔獣がミサイルのように飛んでくるのが見えた。
「危ねえ!」とキリザが叫ぶ。
 そんなこと言われなくてもわかる、と俺は思った。
 同じような言葉を、ミズマが声に出した。
 飛んできた魔獣はミサイルのように爆発しなかったが、その勢いで大きな衝撃を生み、大きな音を立てて地面を揺らして砂埃を舞わせた。
 俺たちの近くには二匹、落ちてきた。
 しかし落ちてきた魔獣はそれだけではない。
「まずはこの二匹からかな」
 ミズマが尋ねるように言った。
 誰も答えなかったが、彼女の言った通りの方針で戦おうと俺たちの中で定まったのをなんとなく感じる。
 二匹の魔獣はどちらも同じ形をしていて、狼のような姿をしている。
 犬の兄弟などが魔獣化したのだろう。
 ミズマが俺たちから見て右側にいる魔獣に向かって走った。
 その走りは、魔法で強化されているにしたって、速い。
 そしてミズマの狙っていない、左側の魔獣は、俺たちに向かって駆け出す。
 ミズマと魔獣がすれ違う。
 こちらに来た魔獣の突進、そして前肢によるストレートパンチを、キリザが両手の剣で受け流す。
 攻撃後の隙を狙ってキリザはそのまま体をひねって剣を振った。
 しかし魔獣はまるで今の攻撃がフェイントでしかなかったかのように、速度を落とさず走っていて、キリザの剣は空振りする。
 魔獣が狙っていたのは、後衛の二人だ。
「俺たちを狙え!」というクリックの苛立ちが俺の頭に伝わる。
 キリザの剣がもう届かなくなっているように、俺たちの得意の魔法ももう届かない。
 矢の魔法を撃とうと思ったが、フレンドリーファイアの可能性を意識してしまい、躊躇う。
 撃たなかったらそれはそれで二人が危ない。
 そう考え直した瞬間、魔獣の体を矢の魔法が貫いて、俺とキリザの間を抜けた。
 それは狙撃が得意と言っていたシノキの魔法だった。
 その矢が、魔獣の体に開いた穴が、俺とキリザを攻勢に転じさせる。
 俺は矢の魔法を撃とうとする。
 キリザは魔獣を両断するべく近付こうとする。
 しかし魔獣は自分のダメージをなんとも思っていないような動きで、後衛の二人に飛びかかった。
 魔獣が止まっていたのは、矢を受けた一瞬だけだった。
 魔獣の牙がシノキの体を裂いた。
 そして魔獣は首を回して勢いをつけ、二つに分かれた体を放り投げ、彼の死を俺たちに見せつけた。
 俺の矢の魔法が魔獣に刺さるが、シノキのものと比べれば威力が低いのは明らかで、それで魔獣が倒れるはずがない。
 魔獣はすぐライに襲いかかる。
 ライは逃げようとするが、諦めた足取りだった。
 大して走らずに魔獣に噛まれる。
 そしてライは自分を噛む魔獣とは全く関係のない方向へ矢の魔法を放った。
 魔法はミズマがいた方へ飛ぶ。
 そちらを見ると、ミズマは別の魔獣と向かい合っていた。
 落ちてきた魔獣よりも三倍ほどの大きさがあって、人に似た形をしている。
 よく見ると、その魔獣の腕は狼のような魔獣だった。
 それが片腕しかない。
 ミズマが戦っていた魔獣がその腕になっていて、今二人の魔法使いを食い殺した魔獣がもう片方の腕になるのだろうか。
 大きな魔獣は腕を地面に叩き付けてミズマを潰そうとするが、彼女は素早く動き回って掴まりそうにはない。
 もう一匹の魔獣に視線を戻す。
 同じく大きな魔獣を見ていたキリザも、仲間を殺した魔獣の方に向き直った。
「まずはあいつをやるぞ!」と俺に言い、キリザは魔獣へと向かって走る。
 しかし魔獣は大きく跳んだ。
 キリザの剣が届かないくらい高く跳んでキリザを越えて、大きな魔獣の方へ戻っていく。
 そして大きな魔獣のもう一本の腕となった。
「人型の魔獣だっていうのか!」
「しかも巨人だな」とクリックが言う。
「まとまってくれた方がやりやすい!」
 キリザはそう言って、大きな魔獣へと駆けていく。
 しかし魔獣までの距離はかなりある。
 走りながら俺は魔獣の胴体目がけて矢の魔法を撃ってみる。
 当然ながらそれは勲章のように刺さるだけで、魔獣は気にしない。
 そして無力を恥じるように魔法の矢は消失する。
 キリザが近付くまで、魔獣は両腕を交互に叩き付けて、ミズマを潰そうとする。
 そしてキリザがあと数秒で魔獣に切りかかれるというところまで近付いた途端に、魔獣は右腕をキリザに向けて飛ばした。
 飛んだ右腕は狼の魔獣であるから、大きく口を開いてキリザを&#22169;み砕こうとしている。
「危ねえ!」
 キリザは両腕の剣を盾にすることで、どうにか受け流すことに成功する。
 軌道を逸らされた魔獣は、俺の近くに着地する。
 着弾といった方が正しいかもしれない。
 魔獣は着地する地点を決められるわけではなく、ただ飛ばされたままにここまで来た。
 そのことを、踏ん張って着地する様子から感じた俺は、魔獣に飛びかかっていた。
 すぐに次の行動へ移れていなかった魔獣の頭部に、魔法で作った氷の塊をぶつける。
「貫け!」
 クリックを俺の体から切り離し、爆発によって転がった魔獣に投げつける。
 クリックは放物線を描きながら剣に形を変えて、魔獣に真上から突き刺さった。
 剣になったクリックはそのまま地面に刺さり、魔獣をそこに固定する。
「これで動きは封じたはずだ」
 呟き、俺は大きな魔獣の方を見る。
 丁度魔獣の攻撃をかいくぐったミズマが、魔獣から逃げるように背を向けて走りながらライズを切り離したところだった。
 ミズマの脚と一体化していたライズは走るミズマの踵に蹴り飛ばされるようにして、魔獣へ飛ぶ。
 そして魔獣の腕に取りつくと、電撃の魔法で攻撃を始めた。
 大きな魔獣は腕を切り離して攻撃から逃れる。
 腕になっていた狼の魔獣は、ライズの魔法をくらって叫び声を上げる。
 相当のダメージがあるみたいだ。
 キリザが両腕をなくした大きな魔獣の懐に入る。
 そしてジャンプして魔獣の胴体に向かって両腕の剣を振う。
「切り裂く!」
 魔法の力で剣はその刀身が通らなかった場所さえも切り刻む。
 しかし大きな魔獣は、ひるみはしたものの、倒れなかった。
 そして頭部から爆発の魔法を放つ。
 高所から撃たれたその魔法は直撃しなかった。
 しかしキリザは吹っ飛ばされる。
 立ち上がってもう一度切りかかろうとキリザはした。
 黒い鎧をまとった男がそのキリザの横を走り抜けた。
「ショット」
 男の両腕から何かの魔法が放たれる。
 その魔法は魔獣の腹に無数の穴を開ける。
 まるで散弾だ。
「ソード」
 そしてその黒い鎧の男は、右腕を横に振う。
 斬撃の魔法が、穴を通って魔獣を裂いた。
 そしてその男は腕となっていた二匹の狼の魔獣を矢の魔法で倒してしまう。
 礼を言う間もなく、その魔法使いはその場を去ってしまう。
 後になって、その黒い鎧の魔法使いが駅を襲った魔獣のほとんどを倒したことが明らかになった。
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お姫様に金棒 第1話 異性の幼馴染み
 スマッシュ  - 16/11/29(火) 20:45 -
  
 アイアムお姫様。
 でも二人目の妾の子です。
 父にはたくさんの妾がいます。
 この国の王様は代々武力に長けていて、腕っ節が強かったり、優秀な戦術家であったりしました。
 それで王様は、その王族の血を持つ者をたくさん生まれさせて、国の力を維持するつもりなのです。
 私の体にもしっかりその血が巡っていて、私は日々の訓練が楽しくてたまらなく感じます。
 模擬戦は一対一でもそうでなくても刺激的なスポーツという感じがあって、凄く楽しいのでした。
 本当の戦になったら疲れるばかりで少しも楽しくないのでしょうけれど。
 でも偽物の戦をして、体を思い切り動かすのは快感です。
 その日、稽古が始まるのを待ちきれない私は、自分の部屋で愛用の金棒を持ち素振りをしていました。
 二百ほど振って、ちょっと疲れた頃でした。
 開けていた窓の方から、草の揺らされる音がしました。
 私はその侵入者に声をかけます。
「アシト、いるんでしょ」
 すると私と同い年の少年が姿を見せました。
「流石に鬼姫様は鋭いな」
 私の武器は、外国の童話に出てくる鬼という化け物も使っていて、それで私のあだ名は鬼姫なのでした。
「バレバレなのよ、あなた」
「でも見張りのやつらは気付かなかったぜ」
 それは、嘘です。
 見張りをしていた兵士たちは彼を見つけていて、彼がのろのろとこそこそしている間に、私に彼のことを知らせてくれたのです。
 彼は小さい頃からこんな感じで、城に入ってきていました。
「今日もちゃんと稽古に来て偉いね」
「そうしないと飯くれないからな」
「今日は仔牛を使うそうよ」
「やったぜ!」
 彼はこの城の人たちに愛されています。
 兵士たちにも料理人たちにも、そして国王にも。
 だから毎日のように城に侵入しても咎められないのです。
 そして剣の才能があるので稽古に参加させ、いいご飯を食べさせ、ゆくゆくは騎士にでもしてあげようと大人たちは考えているのでした。
 彼はそういったことをどこまでわかっているのだろうと不思議に思います。
 特別な扱いをされているなんて、少しも思っていないのでは。
 そう疑いたくなるくらい、朗らかに接してくるのでした。

 模擬戦では、木材で作った武器を使います。
 大怪我をしないように、という理由だけではありません。
 稽古の最中に武器が壊れてしまうかもしれないことを考えて、安く作れる木の模造品が使われているのです。
 剣なんて、歯が折れたりこぼれたりして、扱いが面倒なのです。
 でも金棒と比べるとそれらの武器は軽くて、それはちょっとつまらなく思います。
「アシト君、ヘネト。今日は二人でかかってきなさい」
 一人目の妾の産んだ息子、ハニスお兄様が私たちにそう声をかけました。
 傍にいた兵士が、
「お二方のテストですか、ハニス様?」と興味津々に笑いました。
「そう。そんなところだ」
「二人がかりなら、もう勝てちゃうと思いますよ」
 アシトは不敵な笑みを浮かべます。
 なんて自信過剰。
 私は呆れました。
 ハニスお兄様はこの城の兵士や騎士の誰よりも強いのです。
 お兄様の振るう剣は正確に敵を倒し、痺れるほどに美しい。
 それほどの力がお兄様にはあります。
 アシトだってそのことくらいはわかっているはずです。
 でも本当のことを言うと、私も二人がかりならお兄様に勝てるかもと思っていました。
 アシトとハニスお兄様は剣を、私は棍棒を構えます。
 さっき真っ先に興味を示した兵士が審判の役になり、試合開始の合図をします。
 挟み撃ちにしてお兄様の隙を作る。
 そういう狙いで私とアシトは左右に分かれます。
 でも私は直線に近い軌道で、お兄様目がけて走りました。
 弧を描くアシトとは時間差のある攻撃。
 これは、ちゃんとした作戦なのです。
 私の攻撃に気を取られた瞬間に、アシトの剣が突いてくる。
「ふんっ!」
 思い切り振った棍棒をお兄様は身を引いて避けます。
 カウンターを迎撃するためのもう一振り。
 お兄様はそれを見てから、踏み込んできます。
 縦に振った剣を私は棍棒を盾にして受け止めます。
 それを好機と見たアシトが攻撃をしかけます。
 しかしお兄様はそれに素早く対応してみせました。
 剣は跳ね返るボールのように棍棒からとっくに離れており、体はアシトに吸い込まれるようにすっと移動していました。
 アシトの剣を自身の剣で一瞬受け、その僅かな時間のうちにアシトの真横に来ていました。
 そしてひらりと一回転しながら、その勢いのままに剣を振るいますと、お兄様の剣はバシッとアシトの背中を打ちました。
 その素早い反撃を、私はしまったと思いながら見ていました。
 次は私だ。
 お兄様は私を見つめました。
 私は防御のために棍棒を構えます。
 その防御をお兄様はあっさり突破してみせるのでした。
「チャンスだと思った瞬間に隙が出来てしまっては、今のように返り討ちにされてしまうよ。決して気を緩めることなく、冷静に相手を叩かなければいけないよ」
 お兄様は優しく微笑んで、アシトに言いました。
 そしてお兄様は私を見ます。
「アシト君がやられそうになった時に、諦めてしまっていたね」
「はい」
「諦めずに動かなくてはだめだよ。動けば仲間の命が助かるかもしれない。それがだめでも、敵は倒せるかもしれない」
 その日、お兄様は繰り返し私たちの二人を同時に相手にしては、私たちにたくさん助言をしました。
 そんなことは初めてだったので、成人の儀のような、儀式のように感じました。
 たった今、私たちは今までより一段強くなれる時期が来ている。
 そういうことなのかもしれないと、私は稽古に打ち込みました。
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お姫様に金棒 第2話 昔の友人
 スマッシュ  - 16/12/1(木) 23:00 -
  
 城にはチャオがたくさん暮らしています。
 この国にはチャオワールドへの入り口があって、チャオはそこから連れてきています。
 チャオやチャオワールド特有の植物を輸出して外貨を稼いでいたりと、この国はチャオの国として有名なのです。
 そんな国のお姫様に生まれたからには、チャオが転生できるようにたくさん可愛がってあげなくてはなりません。
 昔は、チャオが天使や悪魔を模した姿に成長するところに目を付けて、人の善悪を判断しようとしたものだそうです。
 だけどこの国のチャオ研究の権威、バサク博士の研究によって、チャオは飼い主の性格ではなく飼い主の気分を参照していることがわかりました。
 以来人々の関心は、チャオの大人になった時の姿から、転生へと移りました。
 深く愛されたチャオは死を迎えた時、消えてしまわず卵に戻る。
 そのことが人の愛情を測る術となってしまったのです。
 チャオを転生させられた人は人気者になります。
 その称号を王家は欲するもの。
 だからみんなでチャオを可愛がりまくるのです。
 今日はプールで遊びます。
 新しい水着をしつらえてもらったので、それを早速着けたかったのです。
「ビキニ、超絶似合ってるな」
 なぜかアシトがビーチチェアに寝そべっていました。
 しかもちゃんと水着を着けていました。
「なんでいるの。なんで水着持ってきてるの」
「持ってきたんじゃない。スタツさんが用意してくれたんだ」
 スタツは、この城で働いているメイドです。
 ついさっき私の着替えを手伝ってくれたのもそのスタツです。
「あまりじろじろ見ていると嫌われてしまいますよ」
 スタツが私の背後からアシトに言いました。
 アシトは先ほどから私の水着姿に釘付けになっている様子でした。
「そうは言っても綺麗な女性が水着を着ていたら見てしまうよ」
 アシトが言い訳をしようとするのをスタツは、
「露骨なスケベは最低ですよ。正直ウザいです」と切り捨てました。
「むむ、そうなのか」
「真摯なスケベになるといいですよ。女性はそういう殿方が好きですから」
 この人はこの人でなにを言っているのやら。
 そう呆れつつ私はチャオたちの待っているプールの中に入ります。
「ヘネト様、遊んで!」
 チャオが三匹寄ってきます。
「いいよ。なにして遊ぶ?」
「ボートになって!」
 一匹のチャオがそう言うと、残りの二匹も名案だという感じに目を輝かせました。
 わかったと答えて私はチャオたちを背中に乗せて、平泳ぎをします。
 手足で水をかけば加速し、その後にはゆったり減速する。
 速度の変化に加えて、水面付近で私の体が上下することによって、背中に乗っているチャオたちは大きく揺さぶられます。
 結構楽しいらしく、わいわいとはしゃぐ声が聞こえます。
 お姫様だろうと、チャオには奉仕の心で接さなければなりません。
 母親になったらこんな感じなのでしょうか。
 それから私は、昔飼っていたエクロというチャオのことを思いました。
 エクロは私とアシトにとって、対等な友人でした。
 だから今のように優しく接するようなことはなく、それぞれ身勝手なことを言いながら付き合っていました。
 私はエクロに、空へ連れていってほしいとせがんだことをよく覚えています。
 エクロはチャオですから、飛べました。
 それがとても羨ましかったのです。
 だけどチャオの小さな体と羽では、いくら子供でも人間を空へ連れていくなんてできるわけがありません。
 それでも私は、連れていってと無理を言い続けたのでした。
 エクロはその数ヶ月後、姿を消しました。
 寿命を迎えるような年齢ではなかったため、逃げてしまったのだと城のみんなは予測しました。
 私はそれ以来チャオに優しくするよう心がけています。
引用なし
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お姫様に金棒 第3話 王からの命令
 スマッシュ  - 16/12/1(木) 23:44 -
  
 私がチャオワールドに行くことを命じられたのは、その次の日のことでした。
 父は私を呼び出しました。
「トルネからの報告によると、チャオワールドで不穏な動きがあるらしい。なんでも、カードが取引されているのだそうだ」
 トルネというのは、一人目の妾の第一子で、ハニスお兄様の実の兄君です。
 チャオワールドにはトルネお兄様や私の母が駐在しています。
 そちらで人とチャオの暮らす町を作り、管理しているのです。
「カード?」
「うむ。紙幣のように価値を持ったものなのか。あるいは隠語なのか。報告に来た兵は詳しいことを把握してはいなかったのだ」
「なんだか、妙ですね」
 あまりにも話が不透明です。
 トルネお兄様がそのような曖昧な情報しかよこしてこないというのも、おかしな話でした。
 父も同じように感じたそうです。
 そして父は、
「そこで、ヘネト。お前に使いを頼みたいのだ。お前にはチャオワールドへ行ってトルネに直接会ってきてほしい。そしてそこでお前が感じたことを私に報告してほしい。もしくは、可能であるなら、そのカードとやらを広めている大本を叩いてほしいのだ」と言いました。
 そして父はチャオキーを私に手渡します。
「はい。お任せください」
 私はチャオキーを握り締めました。
「チャオキーは貴重な品のため、護衛を付けてやることはできない。くれぐれも気を付けてくれ」
「はい」
 信用できる手駒。
 そういう扱いをされているのであれば嬉しいのですが。
 ひょっとしたら全部嘘で、娘にちょっとした冒険をプレゼントするというサプライズなのかもしれません。
 そうだったら嫌だなと思います。

 その夜、私は荷造りに勤しんでいました。
 荷物のことで迷うことは少しもありませんでした。
 なぜなら、武器として持っていく金棒よりも重い荷物などありはしなかったからです。
 持っていきたい物を部屋中からかき集めて、スーツケースを大きくした旅行用の鞄に詰め込みます。
 服を一通り詰め終わった頃に、ドアがノックされました。
「どうぞ」
 私が返事をし終わるのとドアが開くのが同時でした。
 そこにいたのは、やはりアシトでした。
「チャオワールドに行くんだってな」
「誰から聞いたの。まあ、誰からでもいいんだけど」
「俺も行くぞ。お前だけだと迷子になるだろ」
「そんなこと言ったって、チャオキーがなければ」
 アシトは左手に握っていたチャオキーを見せて、にやっとしました。
「どうしてそれを」
「この城は警備が甘いな。宝物庫から取ってきたのさ」
 ああ、と思いました。
 護衛は付けられないと父は言いました。
 だけど彼に同行させるつもりでいたのでしょう。
 まだ正式にはこの城の者ではない彼には、このような形でチャオキーを譲渡するしかありません。
 そして彼は見事に父の思惑通りチャオキーを取ってきたというわけです。
「ついでによさそうな武器を拝借してきたぜ」
 背負っている剣を抜いて私に見せました。
 これも父を始めとする城の者たちの計らいと思うと笑ってしまいそうになりました。
 確かに上等な剣でした。
 質は高く、おそらく普通の剣よりもかなり高価なはずです。
 でも高価なだけで、珍しい品ではありませんでした。
 ここは国王の住まう城です。
 その気になれば、このくらいの品はいくらでも集められるのでした。
 貴重なはずのチャオキーだって、同じことです。
 かき集めた結果、ほぼ全てのチャオキーを王家が握っています。
「手伝おうか」
「いい。もう終わるから」
 私は鞄いっぱいに荷物を詰め込みました。
 それほどまでに持っていきたい物が多かったわけのではなく、単に鞄の余白をなくしたかったのでした。
「今日は星が綺麗だったぞ」
 アシトは私の部屋に入ってきて、窓から再び夜空を見ようとします。
 こんな日には夜空を見たくなるのでしょう。
「星空はいつも綺麗だよ」
 私はそう言いました。
 だけど窓の傍で座り込んだアシトは無言で窓の外を見続けました。
「バルコニー出て見なよ」
 私はドアを開けて、言いました。
 夜の、体を冷やす風が部屋に入ってきます。
「ああ」
 アシトはバルコニーに出ると、手すりを掴んで身を乗り出して空を見ました。
 私もアシトの後ろから星空を見ます。
 彼が綺麗だと言うのもわかります。
 私も小さい頃、綺麗だと感動して母と一緒にずっと見ていました。
 今見ている星空もその星空でした。
 ちゃんと覚えていないけれど、私は年がら年中星を見ていたみたいです。
 季節と共に変化いくはずなのに、いつ見ても知っている星空です。
 そして私は、母と見た星空が美化されていることに気付かされるのです。
 幼い私はきっと目に映るものをその場で美化しながら生きていたのでしょう。
「チャオワールドは景色が素晴らしい所らしいよ」
 アシトを放っておいたら、一時間くらい星を見続けてしまうような気がして、本当にそうなってしまわないよう私は声をかけた。
「そうなのか。流石はチャオの住処だな」
「そんなに必死に星を見てるとすぐに飽きちゃうよ。このくらいでやめておきな」
「わかった」
 アシトは私に従って、部屋の中に戻ります。
「今日はここで寝ていいか?」
「床で寝るならいいよ」
 アシトはカーペットに横たわりました。
 しかし夜風を入れ過ぎたせいでしょう。
「やっぱゲストルームで寝るわ」
 寒そうに背中を丸めて、アシトは部屋を出ていきました。
「ばーか」
 私はそう声をかけ、ベッドに倒れました。
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お姫様に金棒 第4話 大量虐殺
 スマッシュ  - 16/12/4(日) 19:55 -
  
 チャオキーは不思議な力を持った鍵です。
 大木に挿すと、挿したところを中心にして水面に波紋が広がるように穴が開きます。
 その穴の中に入ると、チャオワールドに行けるのです。
 城の庭園に生えている木から、十分な太さの木を探し、私がまずアシトに手本を見せます。
 人が一人通ると穴は閉じてしまうので、荷物を先に通します。
 金棒と鞄を放り込み、そして穴の中へ入ります。
 チャオワールドの森の中に出ました。
 上方を見るとチャオの食べる木の実が成っている。
 三角の実、四角の実、ダークの実にヒーローの実。
 探さなくても様々な木の実が見えて、チャオワールドに来たことを確信します。
 そして私の出てきた木の隣の木から、アシトの荷物が出てきます。
 出口の方には拳ほどの穴しか開きません。
 一方通行ということのようです。
 そこから風船のように膨らみつつ人や物が出てきます。
 その様が面白かったので私はアシトがその小さな穴から出てくるところを観察しました。
 まるで遠近感が誇張されたみたいです。
 顔は普通の大きさ、でも脚の方は鉛筆ほど。
 先に出した右脚だけが太くなり、アシトもチャオワールドに足を着けました。
 そして根菜が引っこ抜かれるみたいにもう片方の脚もこちらに出てきます。
「木の実が凄いな」
「うん」
 この森の中を散策してみたい気持ちに私はなっていました。
 普通森の中というのは様々な動物がいるために危険なのですが、チャオワールドにはチャオの天敵になるような生き物はいないらしいと聞きます。
 安全なら、少しうろついてもいいんじゃないかと思います。
 だけどアシトは早く町に行こうという気のようで、コンパスと地図を確認しています。
「こっちのはずだな」
 アシトは町のある方に見当を付けると、歩き出しました。
 散策は帰りにでもできる。
 そう思って後を付いていきます。
 私たちは、今自分がチャオワールドのどこにいるか、わかっていました。
 チャオワールドと私たちの世界の繋がり方には規則性があるのです。
 私の暮らしていた城からこちらに来ると、この森に着きます。
 この森は私たちがチャオを初めて発見した場所のために、チャオの森と呼ばれています。
 少し歩くと舗装された道に出ました。
 私たちの国の言葉で書かれた、道案内の標識も見つかります。
 ここが間違いなくチャオの森だとわかります。
 そこから標識に従って、町に向かいます。
 私たち人間がチャオワールドに作った一つ目の町で、名前もその通りに一の町です。
 一の町は王国とチャオワールドとの交易の要となっている町で、どちらの世界の物も溢れるほどにある、大きく豊かな町です。
 その一の町が、血に染まっていました。
 道にたくさんの人が切り捨てられて倒れているのが遠くからでも見える異様でした。
 そして町とチャオの森を繋いでいる道に設けられた関には、兵士たちが血で赤くなった槍を持って町の中を見張っています。
 まるで誰一人として逃すまいとしているようでした。
「どうする、やるか?」
 アシトは剣を抜きます。
「話は聞いておきたいから、待って」
 なにが起きているのか少しでも知っておきたいと思いました。
 けれど彼らが町の人たちを虐殺しているのなら、大して話してはくれないのでしょう。
 兵士の一人が私たちに気付きます。
 すると彼らはあからさまに警戒と殺意の眼差しを私たちに向けてきました。
「一体これは何事ですか」
 私は少し離れた所から大声を出して問いかけました。
 櫓に立っていた兵が私たちに矢を射ました。
 その様子は見えていたので、鞄を盾にします。
 矢は刺さらず、折れて落ちます。
 この旅行用の鞄は重い代わりに、とても頑丈です。
 身分の高い者の護衛が持つことを考えられた鞄なのです。
「話は聞けないみたい」
「ああ、そのようだな」
 荷物をその場に放り、身軽になったアシトが駆け出した。
 私は鞄を持ったまま同じく走ります。
 櫓にいる敵が邪魔なので、私は鞄で頭を守りつつ若干斜めにかかっていた梯子を駆け上がります。
 鞄と金棒を二回振り回すと、櫓にいた兵士はみんな片付きました。
 すぐに降りてアシトに加勢します。
 鎧を着込んだ敵には、剣よりも鈍器の方が攻撃しやすいので、ここは私の出番です。
 機敏な動きで翻弄しながらもアシトは注意深く鎧をまとっていない部位を攻撃しようと狙っています。
 一方私は持っている物を敵目がけて思い切り振るだけです。
 当たれば衝撃が相手を気絶させます。
 関にいた兵が全員片付くと、
「とんでもないな、鬼姫様は」とアシトは呆れたように笑いました。
 私は自分が倒した兵士を見ました。
 鎧の胸の所が、がつんとへこんでいました。
 そのへこみようを見て、この人は死んでしまったかもしれないと思いました。
「休んでる暇ないだろ。まだ町の中にこいつらの仲間がいるかもしれない」
 アシトの言う通りでした。
 人を殺してしまう、遊びでない戦いに戸惑ってはいられません。
 助けられる人がいるかもしれない。
 トルネお兄様や母が今まさに命を奪われそうになっているかもしれない。
 私たちは走りました。
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お姫様に金棒 第5話 生き残り
 スマッシュ  - 16/12/4(日) 19:56 -
  
 二匹のチャオが十数人の人を殺したようでした。
 酒場には人の死体が転がっていて、二匹のチャオは鳥が餌をついばむみたいに殺した人の荷物を漁っていました。
 その二匹の姿が、変でした。
 一匹は右腕が剣になっていて、もう一匹の右腕はボウガンでした。
 そして剣のチャオが一枚のカードを見つけます。
「こりゃいいカードだ。岩石だってよ」
 剣のチャオが言いました。
「おい、獲物だ」
 驚愕して酒場の入り口で立ち尽くしていた私たちにボウガンのチャオが気付いたのでした。
「覚悟しな!」
 剣のチャオは獣のように飛びかかってきました。
 私が金棒で剣を受け止めます。
 そしてアシトが横から剣で突き刺そうとします。
 しかしチャオは羽を虫のように激しく使って、その場を離れます。
「危ない危ない」
 剣のチャオは余裕そうに言います。
「剣で突かれたら死んでしまう。普通だったら」
 剣のチャオは左手に持ったカードを見せつけるように前へ突き出しました。
 岩が描かれているカードでした。
 さっき見つけた岩石のカードとやらなのでしょう。
 剣のチャオは、小動物ではないそれをキャプチャしました。
 すると剣のチャオの左腕が変化して、いかにも硬そうでゴツゴツとしている灰色の岩になりました。
「剣じゃ岩は切れないよなあ?」
 剣のチャオはアシトを嘲笑します。
「ボウガンの方、お願いね」
 私は小声で言いました。
 鞄をボウガンのチャオ目がけて思い切り投げます。
 鞄は横回転しながら真っ直ぐ飛んでいきます。
 そして私は剣のチャオの方へ走り、金棒を振りかぶります。
 剣での攻撃を防ぐつもりの動きで、剣のチャオは岩になった腕を頭の前に出します。
 そのミスに気が付いて逃げる時間を与えないように、最大限の力で速く振り下ろします。
 岩は砕けませんでしたが、衝撃を受け止めきれなかった剣のチャオを押し潰すことはできました。
 ボウガンのチャオの方を見ると、私の投げた鞄を避けられず、鞄の下敷きになっていました。
 アシトが念のためとどめを刺します。
「まさかチャオが暴れていたなんてな」
 アシトが鞄を重そうに持ってきます。
 私はそれを受け取り、
「カードも気になるから、生きている人を探そう」と言いました。
「君たち、チャオを倒したのか」
 生きている人でした。
 礼服を着ていている彼は二十代に見えます。
 でも年齢に、そしてこの状況下には似合わない落ち着きようでした。
 物語に出てくる歴戦の名将、というような。
 そんな人、王国にはいません。
「あなたは?」
「俺の名前はトロフ。君たちは危険なようだ。この場で排除させてもらう」
 男はカードを五枚、マジックのように前触れなく取り出しました。
 そのうちの一枚が消えます。
 また体のどこかが岩に変化するのでしょうか。
 私たちは身構えます。
 男の下半身が沸騰した水のようにぶくぶくと気泡を出しながら膨らんでいきます。
 やがて男の下半身は馬車になりました。
 車輪と二頭の馬が出てきたのです。
 男のカードがもう一枚消えて、今度は男の右腕が太く長い槍になります。
 そして男は馬を走らせて突進してきます。
 私たちは左右に分かれて、攻撃を避けます。
 私が移動したのは、槍のある方でした。
 男は突進を避けた私を串刺しにしようと、槍で突いてきます。
 それを鞄で受けますが、大きな槍の質量が響いて私はバランスを崩してしまいます。
 鞄で防げるのでいくら槍で攻撃されても安全ですが、攻撃が続いて体勢が立て直せなくなると防戦一方となって困ります。
 馬に踏み潰されるのも怖いです。
 どうにかして助けてほしいと思った直後。
 アシトが馬車に飛び乗りました。
 剣を振って、男を切ろうとします。
 男の方は馬ごと激しく抵抗して、暴れます。
 私は鞄を置いて立ち上がり、金棒で馬を殴りました。
 馬を両方倒すと、抵抗が弱まりました。
 アシトが剣を男に突き刺します。
 息絶えた男はしおれ、馬車は消え、男もチャオの姿になりました。
「こいつ、チャオだったのか」
 驚いたアシトは、チャオが消えていくのを見続けました。
 そして酒場から出ようとしたら、チャオを連れた男が現れました。
「動くな」
 男は弓を構えて言いました。
 私はその人に見覚えがありました。
「トルネお兄様?」
「む、ヘネトか? そっちはアシト?」
「そうです、ヘネトです。一体これはどうなっているのですか。チャオが人に化けていました」
「まさかヘネト、君はトロフを倒したのか」
 トルネお兄様は弓を下ろしました。
「はい、そんな感じの名前でした」
「よくやった。見事だ。そいつは襲撃してきたやつらの中でも手強くて、取り逃がしてしまったんだ」
「それで、これは一体。カードも。カードをチャオがキャプチャすると、馬車とか武器とかが出てきて」
「カードには、物が封じ込められている。カードになっていれば、チャオはどんな物でもキャプチャできてしまう」
 トルネお兄様は、トロフが落としたカードを見つけると、それらを拾いました。
 そしてその一枚を私たちに見せます。
 カードにはキャンプファイアーが描かれています。
 そしてカードの上部には、過剰な炎、というカードの名前らしきものが書かれてありました。
「たとえばこのカードをキャプチャすればチャオは炎の力を得る。もし人がカードにされてしまえば、チャオが人に化けることもできる」
「そんなカード、今までなかったのに、どうして」
 わからない、とトルネお兄様は言いました。
 突然そのカードはチャオワールドに広まったそうです。
 私たちはトルネお兄様に付いていき、お兄様の兵と共に町の被害を調べました。
 生き残った人は、多くはないようでした。
 チャオたちが取り損ねたカードは回収します。
「お兄様、私のお母様は無事なのでしょうか」
 この被害では覚悟をしなくてはなりません。
「君の母君は」
 トルネお兄様は言いにくそうにしながら、一枚のカードを見せました。
 そのカードには私の母が描かれていました。
 カードの名前は、真実の愛。
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お姫様に金棒 第6話 再び旅へ
 スマッシュ  - 16/12/8(木) 21:28 -
  
「このカードは、君の母君のその一部だ」
「一部?」
「これと同じカードが複数発見されている。しかも、このカードをキャプチャしたチャオは確実に転生ができるという噂がある」
「暴れているチャオたちはそれを血眼になって探しているわけだよ。みんな、転生したいからな」
 トルネお兄様の連れていたチャオが口を開きました。
 そのチャオは足が鳥の足になっていました。
 小動物をキャプチャした時のものよりも随分と大きな足です。
 きっとカードになった、大きな鳥をキャプチャしたのでしょう。
「あなたは?」
「俺はラシユ。転生カードには興味ないんで、トルネの味方をしている。まあ、トルネやこの町の人には世話になってきたからな。その恩返しってわけだ」
「あなたは転生したくはないの?」
 ラシユは、馬鹿にするように笑いました。
「俺はそんなカードがなくたって転生できるくらい幸せだぜ。それが正しいチャオの生き方ってもんだろ」
「なるほどね」
 これだけ自信満々に幸せと言い切れるのは羨ましいことです。
 そしてチャオワールドのチャオの中には、こんなふうに幸せを確信できないチャオがたくさんいるということなのでしょう。
「それにしてもあなた、喋りが達者なのね。城にはあなたほど上手に人の言葉を話せるチャオはいなかったのに」
「それは教育が悪いからだろうよ。チャオは体が小さいから馬鹿だって思うのかもしれないけどな、チャオの頭脳は人間並か、それ以上なんだぜ。吸収力が違うんだ、吸収力が」
「ああ、そうなの」
 口が悪いのも、教育の成果なのでしょうか。
 確かに私はチャオの知能について、認識を改めなければならないようです。
 先ほどのトロフだって、見事に人間の振りをしていました。
 チャオワールドのチャオは、賢く育っています。
「ヘネト。私が集められたのは、これだけだ」
 トルネお兄様は私に二枚カードを渡しました。
 真実の愛のカードです。
 これで、私の手元にある母のカードは三枚になりました。
「母のカードは何枚あるのでしょうか」
「それはわからない」
「そもそも集めれば元に戻るのか? 人をカードに閉じ込められるからって、カードから人が取り出せるとは限らないだろ」
 ラシユの言うことはもっともです。
 でも私は集めるしかないのです。
 そうしなければ、真実の愛のカードはどんどんキャプチャされていってしまい、母を元に戻すことが不可能になってしまいます。
 カードさえ集めておけば、カードから人を取り出す方法はその後で見つければ済む話なのです。
「なんと言われようとも、私は母のカードを集めようと思います」
「なら急ぐんだな。既に何枚かはキャプチャされてるだろうからな。早く集めないと、命も助からないだろうぜ」
 私は頷きます。
「そういうことなら、私とラシユも一緒に行こう」
「え、マジかよ」
 ラシユは嫌そうな顔をしました。
「私も君の母君を助けたい。あの人は誰に対しても常に優しい、心から尊敬できる人だった。それに、カードをキャプチャできるラシユがいれば、敵の武器を利用できるだろう?」
「お願いします」
 私はトルネお兄様の申し出を素直に受けました。
 チャオワールドに暮らしていたトルネお兄様がいないと、これからの旅に不安が生まれます。
 私たちは急がなくてはなりません。
 ラシユも、なんだか頼りになる感じがします。
 こうして私たちは仲間を増やし、次の町へと歩き始めたのでした。
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お姫様に金棒 第7話 仲間
 スマッシュ  - 16/12/8(木) 21:29 -
  
 次の町の名前は、四の町です。
 チャオワールドへの移住を望む人の増加にともなって作られた町です。
 一の町の近くでありながら、珍しいチャオや木の実がない地域なのであまり重要視されていなかったため、町が作られるのが後になったのでした。
「あそこで作った野菜は格別に美味で、思わぬ収穫だったよ」
「城で食ってた野菜よりもですか」
「うん。チャオワールドは土が豊かなのかもしれないね。どこで作っても質が高いのだけれど、あそこは群を抜いていい。チャオの食べる実の成る木が少なかったことと関係あるのかな」
 トルネお兄様とアシトの会話を聞いていると、お兄様が大変な大食漢であったことを私は思い出しました。
 お兄様がチャオワールドに行ってしまわれた時に、作る料理の量が減ってしまったと、料理人たちは冗談半分に寂しがっていました。
 そのことをお兄様に伝えると、
「そうか。チャオワールドで作った食べ物をそっちに送れないのも、私が食べてしまっているせいかもしれないね」とお兄様は笑いました。
 四の町に着くなりお兄様は町の人たちに避難の準備を始めるよう指示を出しました。
 もしチャオたちに襲われてしまったら、この町にいる兵だけでは攻撃を防ぎきれないためです。
 一の町に避難してもらい、一の町の復興を急ぎながら、いざという時はチャオキーを使ってチャオワールドから離れてもらうという計画です。
 町の人たちは戸惑いながらも、安全のために避難をすることに理解を示してくださいました。
 一般の人はチャオキーを持っていません。
 王国がチャオキーを独占し、人の出入りを管理しているからです。
 そのため彼らは自力でチャオワールドから逃げられないのでした。
 そして入念な持ち物検査が始まります。
 カードを一の町に持ち込ませないための検査。
 予想した通り、暴れ出すチャオが現れました。
 お兄様の射る矢は、一撃でチャオを地に射止めます。
 四の町の兵士がその後でとどめを刺します。
 お兄様の弓の腕前のおかげで、こちらに一人の被害者も出さずに検査は終わりました。
 接収した大量のカード。
 その中に、真実の愛のカードはありませんでした。
 それらを奪還するべく、チャオたちが町に襲いかかってくるかもしれない。
 私の不安に、お兄様は言いました。
「襲ってきてくれた方がありがたい。敵の数を減らすチャンスだ」
 どうやらお兄様は、カードを求めて暴れるチャオたちを殲滅するつもりのようです。
 母のカードを集めたい私には、お兄様ほど敵を倒したいという意思はありませんでした。
 だから戦いを避けられればそれはそれでいいと思いました。
 けれどチャオたちは四の町を襲いました。
 お兄様の作戦によって、そうせざるを得なくなったのです。
 日が沈んだ後、チャオたちに襲撃させるためにお兄様は一枚のカードをラシユに渡しました。
 それはキャンプファイアーの描かれた、過剰な炎のカードでした。
「これでいくのか。なるほどな」
 ラシユは面白がって、笑みを浮かべます。
 そして興奮した様子で、カードをキャプチャしました。
「ようく見てろ。これがカードの力、チャオの真の力だ」
 そう言ったラシユの体が炎に包まれました。
 そして火の玉が噴水のように周囲へ飛んでいきます。
 それらが四の町の家に火を付けます。
 あっという間に、大火事となりました。
 燃える木の弾ける音と共に夜の黒が取り払われていきます。
 その大規模の炎は、祭りを思い起こさせました。
 人がいないのに祭りがひとりでに行われているみたいで、恐ろしくなりました。
 燃えている建物の中には接収したカードの置き場にしている家もあります。
 それで、カードが燃えては困るチャオたちが、身を潜めていた森から飛び出してきました。
「カードを死守しろ!」
 攻めてきたチャオたちは口々にそう叫び合います。
 しかし町に入れば、お兄様の矢とラシユの炎に命を奪われます。
「燃えてしまえ!」
 ラシユは火の矢と化して、燃えながら町を駆け巡ります。
 そして家にもチャオにも火を放ちます。
 炎をぶつけられたチャオからは、ジュウウと蒸発する音が出ます。
 チャオの体は、炎をぶつけられた所が消えて、そこから全身が絶命したことによって消滅してしまいます。
 二人の攻撃を逃れても、カードを手に入れたいチャオたちは燃えている家の中に入っていってしまいます。
 きっと助からないでしょう。
 町も残りそうにありません。
 そのくらい火は町を激しく照らしていました。
 住民たちは数時間前に、四の町の兵士に連れられて、一の町に向かって移動を始めていました。
 空っぽになった町は、チャオたちの根城となってしまうかもしれませんでした。
 それを燃やして、チャオたちをあぶり出すことに利用するのは、利口なやり方なのだと思います。
 だけど四の町の人々の帰る場所が消えてしまいます。
 それをしたのが私たちということに悲しさを覚えます。
 家々を燃やす火の勢いがさらに増して、お兄様が町から出るように言いました。
 町を脱出すると、お兄様は動物を閉じ込めたカードを何枚かキャプチャさせて、ラシユの体の炎を消します。
 振り返ると、町全体が燃えていました。
 町からいくら離れても、町の火に照らされているように感じました。
 チャオワールドの夜を全てあの炎が食らってしまっているみたいでした。
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お姫様に金棒 第8話 喧嘩
 スマッシュ  - 16/12/14(水) 22:19 -
  
 一の町と三の町に挟まれた位置に二の町はあります。
 この二の町は、平和なように見えました。
 一の町では既に虐殺が行われていて、四の町は休む間もなく避難の指示を出して燃やしてしまいました。
 お兄様もここでは四の町のようなことをするつもりはないようでした。
 ようやく一息つけることに私は安堵します。
 お兄様はまず宿を取りました。
 王国から観光で訪れる王家や貴族のための、最高級の部屋です。
 その部屋は使用人も寝泊まりすることも考慮してかなりの広さがありました。
 宿の最上階が丸々私たちの部屋でした。
 宿屋の者が備品などについて、部屋中を歩き回って案内をします。
 それが終わって、宿の者が部屋から出て行くと、
「どうして燃やしたんだ」とアシトがお兄様に言いました。
「なぜって、それは説明したはずだよ。悪しきチャオたちに町を利用させないため」
「利用されてもいいから、町を残したってよかったんじゃないのかって言っているんだ。あの町の人たちは、帰る場所を失ってしまったんだぞ」
「残したら、守ることなんてできない。不可能だよ」
 疲れを感じさせる声でお兄様は言いました。
 一方でアシトは激しく食ってかかります。
「そんなのわからないだろ」
「無理なんだよ。君はカードを使ったチャオの恐ろしさをわかっていない」
「そのくらいわかってる!」
 お兄様はうんざりした様子で目を瞑ります。
 そして、情報収集に行くと言って出て行ってしまいました。
 アシトは怒ったまま部屋の出入り口のドアをじっと睨んでいましたが、何分かすると、
「俺も出かけてくる。少し一人にしてくれ」と感情を抑えながらも乱暴な感じに言って、部屋から出て行きました。
 部屋には私とラシユが残されました。
「すまん」
 ベッドの上でラシユは私に頭を下げました。
 頭の大きいチャオが頭を下げると、前転しようとしているようにも見えます。
「謝らないでいいよ。あなたはお兄様の指示でやったんだし、ああしなきゃやっぱりチャオが住み着いてしまってだめなんだと思う」
 ショックを受けた心以外は、お兄様のしたことの正しさを理解できていました。
 そんな私の代わりに激情のままに振る舞ってくれた、なんて都合よく解釈して、アシトに感謝いるのでした。
「あの炎、凄かったものね」
 私はラシユの頭を撫でます。
 ラシユは嬉しそうに目を細めます。
 町を一つ消したって、この子はチャオなのです。
 問題があるのは、謎ばかりのカード。
 その正体を知らなければならないと私は思いました。
「色々あったから疲れたでしょ。寝よっか」
 私はベッドに入ります。
 そしてあっという間に眠りに落ちるのでした。

 目が覚めても、二人は帰ってきていませんでした。
 外は暗くなり始めています。
「起きたか」
 ラシユはカードを裏にして並べていました。
「なにしてんの」
「暇だから、透視能力がないか調べてた」
「それで、どうだったの」
「さっぱりだった」
 そうだろうなと思いました。
 暇なので私もやらせてもらいました。
 私にも透視能力はありませんでした。
 けれどラシユに教えてもらって、ラシユの持っているカードの効果を勉強できました。
 過剰な炎のような、強力で危険なカードがたくさんありました。
 大雨の日の川が描かれた、激流。
 複数人で使うような大型のクロスボウ。
 噴火する火山の描かれた、マグマ。
「なんでこんな危険なカードがあるのかしら」
「カードは自然に湧いてくる物じゃない。誰かがカード化したんだろ」
「マグマも?」
「ああ」
「狂ってるね」
 そうだな、とラシユは頷いた。
「それにしても帰ってくるの遅いね」
「帰ってくる気なかったりしてな」
 ラシユは意地悪く笑いました。
「え、困るよ」
「なら探しに行くか?」
「行きたいけど、いいのかな」
「なにが」
「少し一人にしてくれって言ってたじゃん。少し待った方がいいんじゃないの」
「もう十分に待っただろ。寝てたし」
 ラシユに呆れられました。
「あ、もういいのね。じゃあ行こうか」
 私はラシユを抱きかかえました。
 情報収集と言えば、酒場です。
 私が読んできた物語には、そういうシーンが度々ありました。
 お前実は馬鹿なのな、とラシユが言うので軽くげんこつをします。
 酒場にはチャオの客もいて、チャオ用の高い椅子の席も見られました。
 私は早速バーテンダーに話しかけます。
「こんにちは。私、王女のヘネトです。トルネお兄様と、アシトっていう剣を背負った男の子探してるんですけど、来てませんか」
 バーテンダーは目をむいて、私を見ました。
 そして小声で、
「本当にヘネト様ではありませんか。大きくなられましたね」と私に言いました。
「はい」
「お探しのお二方はいらっしゃっていませんよ」
「そうですか。ありがとう。もう一つお尋ねをしてもよろしい?」
「ええ、いくらでもお伺いいたします」
 私は周りの人やチャオにも聞こえるように、ちょっと大きな声で言いました。
「このカード、真実の愛を集めています。なにか知りませんか」
 するとすぐ横でジュースを飲んでいた少年が、
「知ってますよ」と言いました。
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お姫様に金棒 第9話 協力
 スマッシュ  - 16/12/14(水) 22:21 -
  
 少年は私にカードを見せました。
 確かに、真実の愛のカードでした。
「姫様のカードは白いですね」
 少年にそう言われて気が付きました。
 彼のカードは灰色でした。
「本当。どうして違うのかしら」
「姫様は、このカードがどのように作られているのか、ご存じですか」
 知らないと答えると、少年は自分の身分を明かしました。
「私はカードの開発者の一人、ロクオです」
「天才少年なのね」
「まあ、そういうことです」
 ロクオによると、カードの研究が始まったのは一年前のことだそうです。
「空から、チャオの守護神であるカオスを黒く染めたようなものが降りてきたんです。私たちはそれを陰と名付けました。その陰には、チャオのように周りのものを飲み込む力がありました。しかしチャオと違って、なんでも飲み込んでしまう。人であろうとも。そうして陰は成長し、眷属を生み出します。だから人間とチャオ、そしてカオスは陰と戦いました。私たちは戦いに勝利しました。そして、陰の細胞を手にしたのです。私たちが研究をしたのはそれです」
「じゃあこのカードは」
「はい。その陰の一部、と言えます」
 それって物凄く危険な物なのでは。
 私がそう思うことを先読みしていたロクオが言いました。
「白いカードについては安心してください。カードの形にする際に、陰を無力化しています。百年後はわかりませんが、少なくとも十年は無害です。そういうふうに安全性を高めるのも、研究のうちでしたから」
「あなたの灰色のカードはどうなの」
「こちらは、白に比べると、はっきり危険です。研究中に作られた試作品なのです。キャプチャしたチャオが意思を陰に乗っ取られる可能性があります」
 灰色のカードは研究中に作られた。
 それはつまり、私の母はカードを作る実験に使われたということなのではないのでしょうか。
 そう聞くとロクオは頷きました。
「実験には、戦闘後に残った陰の一部の他に、陰の細胞を持つ者が使われました。陰の眷属と、そして陰からの攻撃を受けて感染した人間やチャオです。あなたのお母様も、陰に感染していました」
 母を複数のカードに分割したのは、母の感染を食い止めるためだったのだと、ロクオは言いました。
 カードの形にしておくことで、既に陰に侵されている部分も悪化させずに保存できるかもしれない。
 そしていつか感染した者たちを解放する術が見つかるかもしれない。
 そういう考えだったのだとロクオは説明しました。
「それで母は?」
「感染を止めることができず、陰の僕となってしまいました。そのまま研究所から脱走されてしまって。申し訳ありません」
 ロクオは頭を深く下げました。
「ではこのカードを集めても、母を元に戻すことはできないのですね」
「はい。おそらくもうあなたのお母様は、完全に陰の一部と化してしまっています」
「そう」
 私の旅は終わった。
 そのような感じがしました。
 もう助からないのなら、せめて私が母を殺すべきなのでしょうか。
 でもそんな気が起こらないくらい、もう帰ってしまいたいと強く思っていました。
 とにかくお兄様とアシトを見つけなくてはなりません。
「ねえ、トルネお兄様と、剣を持った男の人、知らない? はぐれてしまったの」
「わかりません。でも一緒に探しましょう。トルネ様にはお世話になりましたから、そのお礼がしたいのです」
「うん。よろしく」
 私たちは二人を探しました。
 しかし騒動が起きたらしく、騒がしくなります。
 化け物が出た、という声が聞こえました。
「行ってみよう」
 私たちは化け物から逃げてきた人たちの言う方へ走りました。
 すぐにその化け物は見つかりました。
 人よりも二回りは大きくなった、黒いチャオでした。
 そしてそのチャオと、アシトが戦っていました。
「あれはまずいです」とロクオが言いました。
「感染がかなり進んでいます」
 アシトは苦戦しているようでした。
 明らかにパワーで負けていて、剣による攻撃も相手の攻撃を避けながらではいまいち効果がないようです。
「敵の攻撃は絶対に避けてください! 当たればあなたも感染してしまう!」
 ロクオはカードを黒いチャオへ投げました。
 黒いチャオはそれをキャプチャしました。
 すると黒いチャオの右手が鉄球に変化しました。
 重さで右手が持ち上がらなくなります。
 そして左手には矢が刺さります。
 お兄様の射た矢でした。
「今のうちに離れるんだ!」
 アシトは私たちの方へ駆けます。
 黒いチャオは鉄球になって右手をなんとか持ち上げて、力任せに振り回し始めました。
 大振りで避けやすそうではありましたが、破壊力が増したことは明らかです。
 どうすればいいのか聞こうとしたら、ロクオはもう一枚カードを投げました。
 黒いチャオは懲りずにまたそれをキャプチャしました。
 そして黒いチャオの体は爆発して、粉々になりました。
「すげえな」とアシトは言いました。
「アシト君、大丈夫か。攻撃はくらっていないよな?」
「なんとか。あんたたちが助けてくれたからな」
 それはよかった、とお兄様はほっとして笑いました。
「これからは、あんなのとも戦わないといけないんだな」
「そう。元凶を滅ばさない限り、この戦いは終わらないんだ」
「なら、早く終わらせないとな。俺たちで」
 アシトは、にやっと笑います。
 そして私たちは宿に戻るのでした。
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お姫様に金棒 第10話 励まし
 スマッシュ  - 16/12/14(水) 22:23 -
  
 母が助からないという話に私は少なからずショックを受けていました。
 それがとどめだったのだと思います。
 私はこの旅を続ける自信を失っていました。
 たくさんの人の死んでしまった一の町。
 火に消えてしまった四の町。
 そしてアシトとトルネお兄様が衝突して。
 母も助からないそうです。
 私は、このチャオワールドで起こること全てに流されているだけでした。
 こんな旅に出ずに、城で誰も死ぬことのない稽古をして遊んでいられたら。
 あるいは母のカードを見つけても構わず城に戻ってチャオワールドの異常を知らせていれば。
 そんなことを考えながら、私はやはり流されるままにお兄様の提案に従って三の町に向かっていました。
 三の町は二の町からそこそこ離れた所にあって、途中に一泊するための野営地が用意されています。
 私たちはその野営地にあるログハウスに泊まることになりました。
 ログハウスの管理人が、屋根に上がって見る夜空は美しいと教えてくれました。
「一緒に行こうぜ」
 アシトに誘われて、私は屋根に上りました。
 チャオワールドの星空は、私の知らない空でした。
 月と同じくらいの大きさの星が三つありました。
 赤い星が一つと、青い星が二つでした。
 そして月よりも一回り大きい黄色っぽい土色の星が一つ。
 その他の星も強く輝いています。
 城に来る宝石商がたくさんの宝石を使ったアクセサリーを、美しい星空のよう、とよく言っていたのですが、この星空はそんな宝石のアクセサリーのような星空でした。
 あまりにも星が大きいために、夜なのに外が明るくて、アシトの表情もよくわかります。
 アシトは妙に優しそうな顔をしていました。
「チャオガーデンの星空っていいよな」とアシトが言いました。
「うん。こんなに綺麗だったんだね」
「まるで今日初めて見たみたいな感想だな」
 今日初めて見た、と私は答えます。
 本当かよ、とアシトは驚きました。
「ほら、あの時とか見てないのか。四の町から離れる時、夜ずっと歩いたろ。夜なのに凄く明るくてさ。なんでだろうと思って空を見たら、こんな感じで空が凄かったんだ」
「私、全然見なかった。明るいのは、四の町が燃えているからだと思った」
「そうか。そうだったか」
 アシトも私も互いの顔を見ていました。
 星を見てしまうと、大事な話から目を逸らしてしましそうに感じるのでした。
「母さんのこと、残念だったな」
「うん」
「お前がこんなに落ち込んでるところ、見たことなかったから心配した」
「だろうね」
 アシトの言うとおり、こんなに落ち込んだことは今までありません。
 だから、私さえ自分のことを心配してしまうくらいでした。
「カード集めるの、やめない方がいいぞ」
 アシトは心配していることを表情に丸出しにして言いました。
 私が城に帰ることを望んでいるくらいに、沈んだ気持ちでいることを彼は感じ取っていたみたいでした。
「お前の母さんのカードは、他の誰でもなくお前が持っているべきだよ。特に転生するために使わせちゃいけない」
「カードがなくても転生できるのが、チャオの正しい生き方」
 ラシユの言っていたことでした。
 そのとおりだとアシトは頷きます。
「お前が受け取るべき愛だ。それを他のやつに譲っちゃいけない」
「そうなのかもね」
 簡単に転生したいと思っているようなチャオたちに、母のカードは渡したくない。
 素直にそう思えました。
 そのためにもう一度戦おうと思いました。
 私はチャオワールドの月を見上げました。
 その月に黒い穴が開いています。
 よく見ればそれは羽の生えた生き物で、こちらに向かって飛んできているようでした。
「なにか来る」
 私はアシトに知らせ、部屋に戻ります。
 私は金棒を持って屋上へ、アシトにはお兄様とラシユを呼びに行ってもらいます。
 羽の生えた黒い生き物は屋上に降り立っていて、私を待っていました。
「久しぶりね、ヘネト」
 その顔の形には見覚えがありました。
 母でした。
 母の体は灰色一色に染まり、手足は人間のものではなくなっていました。
 両腕は鳥の足になり、下半身はたくさんの爬虫類の尾が生えているという具合でした。
「私、あなたと一緒になりに来たのよ」と母は言いました。
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お姫様に金棒 第11話 正体
 スマッシュ  - 16/12/14(水) 22:24 -
  
「私はあなたと一緒にはなりません」
 金棒を構えます。
「そう、残念」
 母は表情を変えません。
 変わらない、のかもしれません。
「でもあなたが持っている私の欠片、それは返してもらうわね」
 母の下半身の尾が一本伸びてきます。
 相性が悪いと思いました。
 金棒を振り回しても、絡みつかれ奪われかねないと思ったのです。
 そこにアシトが来ました。
 彼は鮮やかに伸びてきた尾を切り落としました。
 母は顔色を変えず、尾を今度は何本も伸ばしてきます。
 さらに母の手にはカード。
 チャオも取り込んでいたのでしょう。
 キャプチャすると、何本かの尾の先端が鉄球に変化しました。
 母は尾を足のように使ってジャンプすると、鉄球で私たちに殴りかかりました。
 そして着地すると鳥の足となっている両腕で逆立ちをして、こつこつと前進しながら鉄球を振り回します。
 アシトも私も後退して避けるしかありませんでした。
「鉄球、打ち返してくれよ」
「こんな時に冗談言わないでよ」
「本気だっての」
 本気なのかよ、と思いました。
 でも丁度鉄球の尾が一本だけ向かってきていました。
 それを冗談半分で、思い切り金棒で打ちました。
 すると鉄球は母の方へ低く飛び、顔面にぶつかりました。
 勢いそのままに鉄球は母の後方へ行き、母はバランスを崩して倒れ、屋上に上がってきたお兄様とラシユにぶつかりそうになります。
「危ねえな!」
 ラシユが母に向かって叫びます。
 危ないことをしたのは私でしたが。
 母は跳ね起きるように羽ばたきました。
 そして空に逃れようとしたのを、お兄様が射ます。
 矢が次々と翼に刺さり、母は落ちます。
 母が立ち上がると、体から翼が外れました。
 さらにカードをキャプチャして、両腕が剣に変わります。
 お兄様は距離を取りながら、休むことなく射続けます。
 母は尾で矢を受けますが、いくつかは背中に刺さりました。
 矢は貫通して、胸から矢の先端が出ています。
 その負傷に少しも動きを制限される様子なく、母は私に向かってきます。
 そんなにもカードが欲しいのか。
 だとすれば、私が囮に徹すればいいということです。
「私から離れた方がいいよ」
 アシトにそう教えます。
 しかしアシトは私から離れないで、
「なんでだよ」と聞いてきました。
「私の持ってるカード狙ってる!」
「ああ、あれか。真実の愛」
「そう!」
 母は伸ばした尾で屋根の端を掴み、手繰るようにして大きく左右に動きながら接近してきます。
 アシトはその尾を一本切断しながら、母とすれ違います。
 別の尾はお兄様によって射止められ、母の動きが一瞬鈍ります。
 また別の尾を伸ばそうとしますが、それをアシトが切ります。
 母はアシトに目を向けました。
 彼を排除しないと、思うように動けないと思ったみたいでした。
 鉄球の尾がゆっくり動き出しました。
 しかしラシユがとどめを刺すために飛んできていました。
 ラシユはカードを二枚キャプチャします。
 するとマグマが母に向かって噴射されます。
 母はマグマの激しい流れに押されて、屋根から落ちました。
 ラシユはしばらく噴射を続けました。
 それでも母の体はまだ残っていました。
 胴体と頭だけになり、身動きは取れないようでした。
 ラシユに水を出してもらって地面を冷やし、私は屋根から飛び降りました。
 残ったそれを叩き潰すためです。
 着地すると、まだ冷え切っていない地面が熱く、驚かされます。
 マグマというのはとてつもなく高温であったようです。
「ヘネト」
 母は、自分の体の損傷が少しもないかのような、ごく普通の穏やかな声を出しました。
「私よりも深く陰に染まってしまったチャオがいます。その子は陰と同一の存在となりつつあります。私のようにその子のことも助けてあげてください。その子はあなたもよく知っているチャオです。昔逃げ出してしまった、エクロです」
 私は金棒を振り下ろし、母を潰しました。
 最期の言葉が、自分を取り戻した母の言葉だったのか、陰の僕として私を陰に誘うための罠なのか、私には判別できませんでした。
 それでも、かつて私の親友だったエクロが陰になってしまっているのなら、私の手で陰を滅ぼしたいと思いました。
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お姫様に金棒 第12話 対面
 スマッシュ  - 16/12/14(水) 22:24 -
  
 エクロのことをアシトに話すことは、不思議とできませんでした。
 彼もエクロと遊んでいました。
 だから陰がエクロであることを彼も知っておいた方がいいと思うのです。
 私はアシトが傷つかないように、このことを言わないのでしょうか。
 違うような気がします。
 私はこの戦いの大切な意味を、自分だけのものにしたいのだと思います。
 結局私は彼にこのことを話さないまま、私たちは陰の拠点に到達しました。
 陰の拠点は、三の町の近くの山の森の中にありました。
 川の水が集まり出来ている湖。
 チャオたちの住処になっていたという場所に、陰はいました。
 黒くなったエクロと、同じく真っ黒な湖。
 それが陰でした。
「待っていたよ」
 エクロは言いました。
「君たちのような優秀な者が来るのを。私の血肉となる者。特に人間のそれが欲しかった。素晴らしい頭脳を持っていたバサクのように」
 バサク博士。
 チャオ研究の権威です。
 彼の頭脳が、陰に利用されてしまったのでしょうか。
「さあ、私にその体を捧げるがいい」
 その声はエクロからではなく、黒い湖から聞こえました。
 しかしお兄様はそんなことに構わず、エクロを射ました。
 矢に貫かれてエクロは湖に落ちます。
 その湖が、蛙の形に変化していきます。
 さらに蛙の頭頂部から、カオスの上半身のような、人に近い形のものが生えてきます。
 そしてその腕が肥大化しました。
 お兄様がまず矢を射ました。
 しかし矢は弾かれてしまいました。
 それだけ体が硬化しているのでした。
 何本か矢を射ましたが、同じ結果に終わります。
「これは辛いな」
 お兄様が言いました。
 これではアシトの剣も通用しないかもしれません。
 陰は大きな腕を振り回して、周りの木をなぎ倒します。
 そうして自分の動きやすい場を作っているようです。
「これは私の出番ですね」
 得意になります。
 この戦いは私のためにあったのだと感じました。
「ラシユはなにかいいカードありますか」
「効きそうなのは、このくらいだな」
 ラシユが見せたカードは、二枚でした。
 一枚は、巨大なクロスボウ。
 もう一枚は城の門や壁を破る時に使われる、これまた巨大な槌でした。
「その二枚であいつの動きを止めて。私が倒します」
「ならそこの木に縫い付けよう」
 お兄様が、一際太く育っている木を指しました。
「じゃあまずはそこに動かすぞ」
 アシトがラシユを抱えて、走り出しました。
 そして自身と陰と大木とを直線で結べる所に素早く移動します。
 陰は、蛙の方の口から舌を伸ばしました。
 蠅叩きのようにアシトを打とうとします。
 アシトは跳んでそれを避けて、ラシユを投げました。
 ラシユは力強く羽ばたいて加速すると、カードをキャプチャします。
 右腕から槌が飛び出すように生えました。
 打撃を受けて陰は大木の方に飛ばされます。
 今度はお兄様の番でした。
 もう一枚のカードをキャプチャして右腕が大きなクロスボウになったラシユに駆け寄ります。
 ラシユの右腕には既に太い矢がセットされていました。
 お兄様はラシユの右腕を僅かに動かして、狙いをより正確にすると、矢を射出しました。 放たれた矢は、蛙の上の人型の胴体に当たりました。
 そして大木に縫い付けられます。
 私は蛙の上に飛び移りました。
 金棒を振り、私は人型の陰の胴体を金棒の先端と大木ですり潰します。
 人型の胴体がちぎれます。
 続いて蛙の陰の脳天を叩きます。
 亀裂が入り、さらに叩くと穴が開きました。
 その穴の周りを叩いて、どんどん穴を広げます。
 そうしていくうちに蛙の体は粉々に砕けました。
 とんだ重労働でした。
 そして残りの、人型の陰も砕いてしまいます。
 終わる頃には、金棒を降り続けたせいで両腕も両手も酷く痛くなっていました。
 もう二度と、戦いたくないと思いました。
 砕いた人型の陰の中に、チャオがいました。
 エクロでした。
 なにか言ってはくれないだろうか。
 そう期待しましたが、エクロは既に息絶えていて、静かに消滅しました。
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お姫様に金棒 最終話 そして
 スマッシュ  - 16/12/14(水) 22:25 -
  
 酷使したために両腕に力がすっかり入らなくなってしまった私は、荷物をアシトに持たせて、手ぶらでチャオの森への道を歩いていました。
 私の重い荷物をアシトは苦しそうに運ぶので、歩みはとてもゆっくりでした。
 どうせ急ぐ用事はありません。
 のびのびと旅を楽しむことにします。
 チャオワールドの植物は、玩具のように面白い形をしているものが多く見られました。
 四角い実、ハートの実、ワイングラスの実、白鳥の実。
 まるで形でチャオを楽しませ、食べてもらおうとしているみたいです。
 森を歩けば、今度こそ楽しい祭りの中にいるようでした。
 腕の調子は日に日によくなりましたが、荷物はアシトに任せたままにします。
 いかなる荷物も手元からなくなって、身軽な私は夜も散歩に出かけました。
 星の光は、森の中にも届きます。
 地図を見て、私はチャオの住処になっているらしい池を訪ねました。
 夜だからチャオは寝ているかもしれないと思いましたが、まだ起きているチャオもいました。
 静かに、あまり音を立てずに池を泳ぐチャオたちは、ムードというものを理解しているようです。
 持ってきた荷物の中には水着もありました。
 私は上に着ていた服を脱ぐと、池に入りました。
 そして泳いでいるチャオに話しかけます。
「こんばんは」
 チャオは泳ぐのをやめて、私を見てくれました。
 そのチャオの体はツヤツヤとしていて、色は白でした。
 さらに白一色ではなく、色の付いた模様が付いています。
 そんなニュートラルヒコウチャオでした。
「あなた、珍しい色をしているのね」
 城にはチャオワールドから連れてきた様々な色のチャオが暮らしていましたが、このような特徴を持ったチャオはいませんでした。
「素敵でしょう」とそのチャオは笑いました。
「うん、素敵」
「あなた、チャオを飼いたいなら、私を飼ってもいいよ。初めに私を見つけた人に飼われようって考えてたの、私」
「人に飼われたことないの」
 それにしては人の言葉を喋るのが上手です。
 そのことを尋ねてみると、人に飼われているチャオがこの池に遊びに来た時に習ったのだと、このチャオは答えました。
「で、どうするの。飼うの?」
「城にはチャオたくさんいるし、増えても問題ないから、そうしようかな」
「城って、あなたお姫様?」
 驚いたらしく、頭上の球体が感嘆符に変わります。
「まあね」と自慢するように私は言いました。
「ならいい暮らしができそう」
 嬉しそうな顔をしました。
「ところで、あなたのお名前は? 私はヘネト」
「私はファスタ。よろしく」

 私はファスタを連れて城に帰りましたが、両腕が完璧に癒えるとすぐチャオワールドに戻りました。
 ファスタも、あとアシトも一緒です。
 もっと城の贅沢な暮らしをしたかったとファスタは言いましたが、聞かずに引っ張ってきました。
 アシトはいつも通り、勝手に来ました。
 私はチャオガーデンで人とチャオの暮らしを元に戻したいと思うようになっていました。
 壊れた町や自然を直すことは勿論のこととして、私は旅をしてカードを一枚残らずこの世から消すつもりでした。
 手始めに、私は母のカードを燃やしてしまうことにしました。
「いいのかよ」
 アシトは私に聞きました。
 私たちは火を強く大きくするために乾いた木材を積んでいました。
 キャンプファイアーをするのです。
 カードを破棄すれば報酬が出るイベントを開催したら、カードを捨てる人がたくさん現れるだろうという考えです。
「今燃やさなくたって、当分は害がない。そう天才少年は言ってるんだろ?」
「いいの、燃やして」と私は答えました。
 真実の愛のカードは母の体の一部を使って作られたカードです。
 もしも母の愛がここに宿っているのなら、早く解放してあげたいと思うのです。
 あんな冒険をした私は、母の愛に甘えなくても生きていけるはずです。
 そしてチャオたちも、私の愛で転生させてあげられるはずです。
「休んでないで働きなさい」
 積み上げた木材の上で休憩しているファスタに私は大声で言いました。
 チャオは飛べるので、チャオたちには高く積み上げるのを手伝ってもらっているのでした。
「疲れた」と大きな声でファスタは言います。
「いいから、がんばろうよ。がんばったら、そんだけ綺麗なキャンプファイアーになるからさ」
「なんでお姫様とそのペットが働くんだろう」
 ファスタはそう愚痴を言いながらも、作業に戻りました。
 チャオワールドの明るい夜でするキャンプファイアー。
 その美しさを想像しながら、私はまだ木材が足りないことを確かめると、木を切り倒すために斧を持つのでした。
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お姫様に金棒の感想コーナー
 スマッシュ  - 16/12/14(水) 23:10 -
  
 もう絶対自分の冒険なんて書かねえからな!!(この決意をこれまで少なくとも4回はしました)
 冬木野さん見てたら感想くださいぃぃぃ!
 っていうか、もう年単位で時間経ってるんで、当時の感想も現在の感想も織り交ぜてぶっちゃけ話をしたいですね。

 ちょっと前に始めたMACAは打ち切りだと思います。
 他の冒険ものを始めちゃったら、そっちの設定の方が面白くてストーリーが作りやすくて、ちょっとそれと比べちゃうとMACAは何もできません。
 チャオを装備品として使うっていうアイデアは意外と幅が広がりませんでした。残念。
 そもそもバトルものを書くのに向いていないのかも。
 よくある展開を、不自然に避けようとする面が悪さをしているのかな?

 今回は、原点回帰を目標にしました。
 ピュアストーリーやMACAが、長く書こうとしすぎていた点を反省したのです。
 素直に「指定されたプロットをどういうふうに工夫して消化するか?」という点に集中して書きました。

 今回はっきり意図してやった工夫は以下の通りです。

・カード
 だーくさんから冒険もののアイデアとしてもらったので。
 シャド冒由来。
 大事な人がカードにされている、という設定もだーくさんと話している時に出たものでした。

・主人公が女性
 これまで自分の冒険の主人公は男だったので。
 ついでにお姫様にしました。
 ついでのついでにパワー系にしました。

・ですます調で、少し感傷的なノリの文章
 これをやっておけば素敵な小説っぽい雰囲気が出る、という仮説を実験。
 小説投稿サイトでこんな文章の小説があったので学習したのでした。
 バトルものには合わないけれど、ちょっと変な日常を描く感じなら、かなり有効っぽく見えます。

・チャオキーとチャオワールドという単語を出す
 昔の自分の作品でやっていなかったチャオ関連の設定を拾う、ということをチャオ小説を書く楽しみの一つにしています。

・エピローグ的なシーン
 これまで自分の冒険の作品にはなかったので。
 それとエピローグでそれっぽいことしておけば、読後感ってやつがよくなるんじゃないかなあと思ったので、凄くそれっぽいシーンにしました。
(それっぽい、って言葉って便利だなあ)


 他にも工夫したところはありますが、大体がその場のノリでやったことです。
 おかげであまり記憶に残っていません。
 ただ、その場のノリでやったなりに、後々に活かせたらいいなあと企んでいたことは覚えています。
 星空とか。
 今回はあまり考えずに書いていたので、活かしきれなかった感じはあるものの、ノリで生み出した設定が想像以上に使い物になるというのは発見でした。
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純チャオ小説・死織の物語
 スマッシュ  - 17/12/3(日) 22:32 -
  
 ある日、僕は組長に呼び出された。
 組長っていうのは、暴力団の組長で、僕は組の人間じゃないのだけれど弱みを握られていたので、時々えげつないお使いを頼まれるのだった。
「今日お前を呼んだのは他でもない。最近世界征服を企んでいる悪の組織、悪い会のボスを倒してこい」
「暴力団なのに悪の組織を倒すんですね……」
「世界征服など許せるものか」
「ああ、支配されるなんてまっぴらってことですか」
「世界はみんなのものだ。誰のものでもない」
「はい、そうですか。でもなんで僕なんでしょうかね〜。組の人に行かせた方が確実なのでは?」
 僕はこの人たちに比べたらだいぶ弱いのだ。
 当たり前のことを言ったつもりなのだが、組長は激怒した。
「馬鹿かお前。誰が家族を危険な場所に行かせるつもりだ、馬鹿か、馬鹿じゃねえのか馬鹿。家族を大切にしないような馬鹿だから借金五億円とか作って暴力団に拾われるんだよクソが」
「借金のことまで言わなくたっていいじゃないですか」
「とにかく借金のことがあるんだからお前が行くんだよ」
「は〜〜い」
 いやあ、困ったことになっちゃったぞ。
 悪い会といえば、けっこう殺人とかテロとかしているのだ。
 僕がそんなところに戦いを挑んだら、すぐ殺されちゃうだろう。
 ついに僕の人生もおしまいかあ。
 五億円の時点でやべえって思ったけどね、やべえアゲイン。
「大丈夫!?」
 組長の屋敷の門を出た途端、ダッシュして女がぶつかってきた。
 僕は三メートルくらいぶっ飛んだ。
「今大丈夫じゃなくなりました」
「私はあなたを心配する異性の幼馴染、死織!とてもあなたのことが心配だから、悪い会を倒す旅に私も一緒に行くわ!」
 きらきらと周囲に薔薇などを咲かせて女は笑顔を見せた。
 確かによく見ると僕の幼馴染の死織だった。
「オッケー、わかりやすい自己紹介ありがとう。帰ってください」
「どうして!」
「悪い会を敵に回せば死んでしまう。君が一緒に来たら、君も無駄に死ぬだけだ」
「そんなことないわ!私は片手でりんごを握りつぶしながら、もう片方の手で人間の頭を頭蓋骨ごと砕くことができる!きっと役に立てるはずよ!」
「お前とんでもない戦力だったんだなあ」
「私を一緒に行かせないと言うのなら、ここであなたの頭を砕くわ!」
「ういーっす、よろしくお願いしゃーっす」
 死織が仲間になった!
「楽しいハネムーンにしましょうね!」
「いやハネムーンじゃねえから。そもそも結婚もしてねえし」
「えいっ」
 死織は海の水をすくって僕にかけた。
「うわっ」
「えいっ、えいっ、えいっ」
「やったなあ〜!」
 僕は逃げる死織を追いかける。
「うふふ!」
「ははは、待てよ〜!」
「捕まえてごらんなさ〜い!」
 逃げる死織を追いかけているうちに町についた。
 町では大量虐殺が起きていた。
「悪い会のボスの命令だあ!皆殺しだあ!逃げても無駄だあ!」
「うわあ、物騒なところに来ちゃったなあ」
「はっはっは、次に頭を砕かれるのは誰かなあ?」
 大量虐殺をしているのは死織だった。
「死織!」
「見られてしまったのね、私の正体」
「死織……お前だったのか」
「そう。私は悪い会の幹部。その名も大量虐殺の死織よ」
「やめるんだ死織、こんなこと!君らしくない!」
 人殺しはけっこう死織らしいけど、なんとなくそう言ってみた。
 次に殺されるの僕かもしれないし。
「そうね、そうよね。私、殺すのやめりゅ!」
「よかった〜〜。話早くて助かるわ〜〜」
「お、俺は生き残りのモモカンだあ!助けてくれたのはお前かあ!」
 モヒカンの男が僕に話しかけてきた。
「ああ、うん、まあ」
「なんて熱い男だ!ぜひ俺も一緒に行かせてくれ!親も兄弟も恋人もみんな殺されちまった!俺にはもう復讐しかねえ!」
「うん、いいよ」
「ヒュウ!感謝するぜ!」
 モヒカンのモモカンが仲間になった!
 僕、死織、モモカン、忽然と消えたチャオの四人で僕たちは次の町に向かった。
 四人旅はとても楽しかった。
「懐かしいな、君と死織は昔から仲良くて一緒にいたもんな」
 忽然と消えたチャオが嬉しそうに言った。
「おいおいどうした、まるで昔一緒に遊んだやつみたいなことを言って」
「ははは。それもそうか。ただそんな気がしたんだよ」
 次の町でモモカンは我に返った。
「そもそも俺の親と兄弟と恋人を殺したのこいつじゃねえか!」
 死織を指さして言った。
 そのとおりだ。
「人を指で指すのはよくないよ」
 忽然と消えたチャオが言った。
「うるせえ!」
「うるせえのはてめえだ!頭砕くぞ!」
 死織が言い返して喧嘩になった。
「こんなやつらと一緒に旅ができるか!俺は一人で行動させてもらう!カオスコントロール!!」
 モモカンがカオスコントロールをしたせいで、モモカンと死織が僕たちの目の前から消えてしまった。
「うわあ、まじかよ」
「困ったものだね」
 忽然と消えたチャオがやれやれといった感じに言った。
「困っているようだね!」
 と第三者の赤ちゃんが話しかけてきた。
「困ってます」
「なら仲間と再会させてあげるよ!カオスコントロール!」
 赤ちゃんと僕と忽然と消えたチャオは、死織のすぐ傍にワープした。
「私を追っかけてきてくれたのね!」
「そうみたいですね」
「ありがとう!!」
 死織は僕に抱きついた。
 その五十メートル先で、モモカンが悲鳴を上げた。
「うわあああ!誰か助けてくれええ!無差別殺人だあああ!」
 見ると、ナイフを持った黒い覆面の男が通行人を刺していた。
 モモカンは腰を抜かしている。
「殺されるううう!助けてくれええ!」
「しょうがないやつ。私たちがいないと駄目なんだから☆」
 死織が走って、黒い覆面の男に襲いかかった。
「死ねええ!!」
「お前は、死織!?」
「そうよ、大量虐殺の死織よ!」
「なぜ悪い会を裏切った!!」
「私はもう人を殺すのをやめたのよ!!」
 死織は黒い覆面の男の頭を砕いて殺した。
「ありがとう!ありがとう!死織!!俺が悪かったよう!」
 モモカンは泣いて詫びた。
「全く、調子がいいんだから」
「あっはっは」
 みんなで笑う。
 そして僕たちは旅を続けた。
 だけど僕は自信をなくしていた。
 正直僕、なんの役に立っているのかわからない。
 っていうか死織だけでよくないか?
「落ち込むこともあるよね。がんばがんば!」
 死織は僕を励ました。
 僕は立ち直った。
「しゃーねえな!がんばるか!ぶっちゃけ悪い会のボスの拠点も近いしな!」
「そうだそうだ!」
「イエーイ!!」
「立ち直ったところ悪いけど、二人きりで話をさせてほしい」
 忽然と消えたチャオが言った。
「どうした?」
「実は俺が悪い会のボスなんだ。そして君と死織が幼い頃に一緒に遊んでいたけれど忽然と姿を消したチャオも俺なんだ」
「え〜〜、マジで〜?」
「だけどこのことはみんなに内緒にしていてほしい」
「じゃあなんで話したんだ……」
 そして僕たちは悪い会のボスの拠点に着いた。
 すると忽然と消えたチャオが言った。
「実は俺が悪い会のボスだったのだ!!」
「マジで〜〜!?」
 みんなは驚いた。
「みんな今日までご苦労だったな!実はいろいろあって自力ではこの拠点に帰れなくなっていたのだ!しかし君たちのおかげでここに帰ることができた!ありがとう!!」
「よかったね!」
「うん!!」
 めでたしめでたし。
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冒険グランプリ敗者復活戦敗退
 スマッシュ  - 18/12/27(木) 19:24 -
  
【女性】「はあ〜〜あ。困ったな〜〜」
【男性】「んん?どうしたんだ?」
【女性】「王様から、魔王を倒してこいって言われちゃったんだよね」
【男性】「それはまた特大ミッションだな」
【女性】「でしょ?なんで私なんかにそんなの任せちゃうかな。私、か弱い女の子なのに」
【男性】「いやいや、お前はゴリラだろ」
【女性】「ゴリラじゃねーわ。ゴリラだとしても、ゴリラに魔王討伐任せないだろ」
【男性】「じゃあどうして王様はお前なんかに魔王討伐を頼んできたんだ?」
【女性】「この村の男が減ると、力仕事が回らなくなるからだってさ。そんな理由、信じられる?」
【男性】「信じられないな」
【女性】「でしょう?」
【男性】「お前の腕力、相当だからな」
【女性】「いや、ゴリラじゃねーんだわ、私」
【男性】「やけに刺々しいな、今日は」
【女性】「そりゃ荒れるでしょうがよ。こんなことになって」
【男性】「カルシウム足りてないんじゃないか?バナナ食べるか?」
【女性】「だからゴリラじゃねーんだわ。あとバナナってカルシウムそんなにないからな」
【男性】「カルシウムの吸収を助けるマグネシウムが豊富に含まれているぞ」
【女性】「遠回しに吸収させるなよ。ダイレクトで頼むわ。牛乳とかさ」
【男性】「でも一人で行くのか?心配だな」
【女性】「私はお前の方が心配だけどな、色々と」
【男性】「よしわかった。俺も旅に同行しよう」
【女性】「本当?それは助かるわ」
【男性】「でも魔王を倒す旅っていうのは危険がたくさんあるから、注意が必要だぞ」
【女性】「確かにね。いろいろと準備しないと」
【男性】「たとえば隣町に行ってみたら、魔王の部下が大量虐殺をしているかもしれない」
【女性】「ええっ?いきなりそんなハードな展開、あるかなあ?」
【男性】「なにが起こるかわからないからな。最悪の事態を想定するんだよ」
【女性】「なるほど。それは的を射ているね。常に、最悪の事態の想定することが大切だからね」

【男性】「グハハハ!私は魔王の部下だ〜〜!!」
【女性】「魔王の部下をやっているのね。はい」
【男性】「私は大量虐殺をしてやるのだ、グハハハハ〜〜!」
【女性】「待て!そうはさせないぞ!ヒーローパンチ!」
【男性】「ぐあああ〜〜!!」
【女性】「ヒーローは絶対に勝つ!」
【男性】「最後にいいことを教えてやろう……」
【女性】「そうそう、魔王の部下が最後に恐ろしい事実を告げるんだよね」
【男性】「実は私が魔王だったのだ……」
【女性】「最悪の事態だよ」
【男性】「まさか貴様のような腕力の持ち主がいたとはな……」
【女性】「私ゴリラじゃないから!死ぬな魔王!死ぬな〜〜〜!!」
【男性】「ぐふぅ」
【女性】「私ゴリラじゃないから〜〜〜〜!!」
【男性】「こういう恐ろしいことが起こるかもしれないからな」
【女性】「本当に最悪の事態だったわ」
【男性】「でもね、旅の途中で仲間が加わることもある」
【女性】「あ、それは嬉しいね。賑やかになるし」

【男性】「ギョ〜ギョギョ〜!ギョ〜も一緒に戦うギョ〜!」
【女性】「なにこいつ」
【男性】「半魚人」
【女性】「半魚っていうか、偽さかなくんって感じなんだけど」
【男性】「まあまあ、もう一人仲間がいるからな」
【女性】「まだいるの?嫌な感じしかしないんだけどな」
【男性】「モ〜モモ〜!モ〜も一緒に戦うモ〜!」
【女性】「さっきとほぼ一緒じゃねえか!こいつはなんなんだよ」
【男性】「牛」
【女性】「人要素すらないのかよ」
【男性】「牛と半魚人のショートコント」
【女性】「は?」
【男性】「ピアス」
【女性】「いや、なに……」

【男性】「うしくんうしくん、ピアスのプレゼントだギョ」
【男性】「ほんとモ?嬉しいモ〜」
【男性】「つけてあげるギョ。バチン」
【男性】「まあ、黄色くて大きなピアスだモ〜。なんていうピアスだモ?」
【男性】「耳標ギョ」
【男性】「……!(口を開けて絶句する牛)」
【男性】「パペットマペット」

【女性】「半魚人じゃねーんだわ」
【男性】「え、ゴリラ……」
【女性】「ゴリラじゃねーんだわ。じゃなくて、牛と蛙でパペットマペットだから。半魚人じゃないから、そこ」
【男性】「酷いギョ!半魚人にも人権はあるギョ!」
【女性】「いや、そこは知らないよ。でも人権あるとパペットマペットにはなれないの」
【男性】「俺もこいつ頭おかしいと思うわ」
【女性】「急にどうした」
【男性】「死ね!」
【女性】「そこまで言わなくても」
【男性】「死ねだなんてショックだギョ!もう君たちとは一緒にいられないギョ〜〜!」
【女性】「はあ?」
【男性】「こんなふうに、仲間と喧嘩することもあるかもしれないからな」
【女性】「ああ、そういう想定ね」
【男性】「喧嘩して出ていってしまった仲間と、仲直りするのも大事なスキルだ」
【女性】「私としては半魚人いらないからそのままでもいいんだけど」
【男性】「バカ!人の心一つも救えずに、世界が救えるかよ!」
【女性】「できればそうしたい」
【男性】「とにかくこういう時は、意外と第三者もいるとうまく事が運んだりするんだよな」
【女性】「わかる。当事者だけだと逆にこじれるっていうかね」
【男性】「それも自分たちより若いとよかったりする」
【女性】「なるほど」
【男性】「聞こえますか……私は今、お母さんのお腹の中から呼びかけています……」
【女性】「若すぎだろ」
【男性】「妊娠三日目です」
【女性】「三日目!?よく自我芽生えてるな」
【男性】「あなたの仲間は今、隣の町で敵に襲われています……」
【女性】「謎が多すぎるけど、でも助かるわ」

【男性】「ケケケ〜!てめえらみんな殺してやるぅ〜!」
【女性】「ああ、あれが敵か」
【男性】「助けてギョ〜!食べられるギョ〜!」
【女性】「お前、食えるのかよ」
【男性】「赤ちゃんビーム!!」
【女性】「うううん!?」
【男性】「やられたゲロ〜〜!」
【女性】「勝った!?」
【男性】「最後に牛を食べたかったゲロ……」
【女性】「あ、こいつ、かえるくんじゃん。どうして敵に……」
【男性】「うううっ(お腹を抱える)」
【女性】「えっえっ、なに?」
【男性】「赤ちゃんビームを撃つ代償として、お母さんのお腹が切り裂かれるのである」
【女性】「最悪な技だな!」
【男性】「最悪の事態も想定しなくてはいけない」
【女性】「赤ちゃんも出すのためらってくれよ。そうしたら私たちだけでなんとかするのに」
【男性】「なにはともあれ、仲間とも仲直りして、旅を再開するわけだよ」

【女性】「いや、正直なところ、私、旅する元気なくなってきたわ」
【男性】「えええー!?なんで!?」
【女性】「仲間は変だし、ろくなこと起こらないし……。色々と自信がなくなってきた」
【男性】「いや、そんなこと言わずに続けようぜ、旅」
【女性】「えー」
【男性】「俺、お前とコンビ組んでよかったと思ってる」
【女性】「なにそれ本当?」
【男性】「ああ本当だ。お前のツッコミは最高だ」
【女性】「しゃーねーなー!もう少しだけだぞ〜?」
【男性】「そう来なくては!じゃあもうすぐ魔王の城ってことにしよう」
【女性】「おうおう、魔王め、待っていろよ!」
【男性】「ここで驚愕の事実が明かされるわけだよ」
【女性】「ほほう?どんな?」
【男性】「実は魔王っていうのは、俺とお前が小さい頃に一緒に遊んでいたチャオだったんだよ」
【女性】「なかなかショッキングだ」
【男性】「だろう?このことを俺に言うとショックを受けるかもしれないから、俺には言わないでほしい」
【女性】「お前から聞いたんだけどな?」
【男性】「秘密にしておいてほしい」
【女性】「いや言ったのお前だし……。まあいいけど」
【男性】「そしてついに魔王と対面する!」
【女性】「お、お前はあの時のチャオ!!」
【男性】「よくここまで来たチャオね……。しかし君たちがここまで来るのも計画のうちだチャオ」
【女性】「なんだと!?」
【男性】「僕がカオスチャオになることで、世界征服は盤石なものになるチャオ。しかしそのためにはある小動物が必要だったチャオ」
【女性】「ま、まさか半魚人!」
【男性】「そう、ゴリラだチャオ!」
【女性】「いや、ゴリラじゃねーんだわ。もう冒険やめるわ、私」
【男性】「ここまでの冒険を記録するか?」
【女性】「絶対しない。どうもありがとうございました」
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死織と敗者復活戦敗退の感想はこちら
 スマッシュ  - 18/12/27(木) 19:26 -
  
死織のほうの感想コーナー作り忘れていたので、新作を作って感想コーナーも作ることにしました。

2018/12/28 22:19
冷静に読み返したら、敗者復活の方、幼馴染と仲間の喧嘩になっていなかったので修正して帳尻合わせました。
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長らくお待たせしました
 冬木野  - 18/12/28(金) 19:47 -
  
いきなりこう言うとあまりにも陳腐かもしれませんが、どうか言わせてください。
これは素晴らしい作品です。


用意されたプロットから伝わる意図をそのまま汲み取った、とにかく模範的で王道的な展開。
ユウキの心の丈には合わない、残酷なまでの大魔法。これだけの力を持つ彼は、どうしてあんなにも気弱なのだろう?
その伏線を鮮やかに回収したキャプチャの設定に、思わず膝を叩いてしまいました。これが企画一発目の小説で本当に良いのかよ!

今日まで自分、当時感想を書かずに消えた冬木野少年の首をへし折ってやりたいくらい後悔していたのですが、今は別の理由で冬木野少年の首をへし折ってやりたくなりました。
これの感想を書かずに消え去ってしまった当時の私は、間違いなく大馬鹿者です。


にしてもユウキくんは常に絶望の最前線に立ち続けて、さぞ辛い思いをしましたね。
序盤からいきなりヘビィな決断をしたり、マサヨシに糾弾されたり……

なんて酷いプロットだ。

それもこれも2012年の私のせいです。ユウキくんごめ〜ん許して〜〜。

ともあれ先陣を切るに相応しい、模範的な作品でした。
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長らくお待たせしました
 冬木野  - 18/12/28(金) 19:53 -
  
まずは「ぼうけん」の感想から。


「あっ」という間に終わりましたね。
こういう言い方だとまるで、拍子抜けだ、みたいな反応ですけど。
これはとても上手い作品です。

一文目の爪研ぎから始まり、同族、有翼族と称される登場人物達。
人間でないことは大いに伝わってきたけど、「これはいったいなんだ?」と物語に集中させられました。
そしてプロットを最高速で駆け抜けて行き、最後に抜け殻となった彼らの姿でオチる。

一言で纏めるなら「あっ、なるほど」。

これもまたキャプチャの設定を上手に使った、オチ重視の素晴らしい作品です。
途中のプロットをないがしろにし過ぎじゃないか、という見方もできますが、このオチの持つパワーを前にすれば何の問題もありません。
この作品はこれで正しいと思います。
むしろ「んん?」と思って読み進めてしまうようなトリックになってると思いますし。

最小限の手数で「あっ」と言わせる、テクニックの光る作品でした。


続いて「勇者とぼく」の感想です。


はじめの無難な旅立ちから、既に不穏な気配が漂ってくるものなので、これはなんだろうなと気になってしまいました。
敵と称されるチャオのどこか腑に落ちない行動や、仲間達とのイベント。数々の展開に、とにかく不穏の影を感じました。

ソウリョ死亡イベントは、地味にここまでの作品で初の死亡した味方になるでしょうか(抜け殻のアレは別として)
プロット段階では特に誰かの生死について指定するものはありませんでしたが、主人公消沈イベントの説得力としては最適解だと思います。
(むしろここまで、味方に犠牲者が出ないことを当たり前と思って読んでいる自分に驚く)

そして最後のシーン、彼らはいよいよ真実に辿り着く。

正直、このお話の全てを読み解くことは私にはできませんでした。
ショウという語り手はあまりにも淡々とし過ぎていて、私にはついていけない人だったのかもしれません。
しかしそんな彼の個性が納得できないというわけではありません。
ショウの視点から語られる物語、そこから伝わってくる不穏な気配は、あるべき結末に収束したと思います。
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長らくお待たせしました
 冬木野  - 18/12/28(金) 19:55 -
  
この感想を書いている今、私は作品を掲載された順にひとつずつ読んでいる最中ですが、その中でも実によく練られた作品だと思います。

殺人の前歴を持つ晶と怜、という二人の設定。想像とは違ったベクトルのヘビーさに少々面食らいましたが、読み進めるに連れて納得が深まります。
用意された設定の数々が、私の作ったプロットに良く馴染み、話がスムーズに進行していくではありませんか。
「いきなり大虐殺ってどうなんだ」と自分でツッコミを入れたくなる筋道が、こうも自然に展開されていくとは思いませんでした。
途中で展開される脇役達のストーリーも、柱となるダークさんの世界観に忠実に従い、物語に暗い色彩を添えています。
終幕もまた、しっとりとした話の雰囲気に合わせた“らしい”ハッピーエンドに満足です。


スタートダッシュを切ったスマッシュさんやろっどさんに遅れる形となった掲載ですが、納得の出来栄えだと思います。肉付けの妙、とでも評せばよろしいでしょうか。
淡白な感想かもしれませんが、本当によく出来ているんです。
奇抜なスタートからは想像もつかないほど、自然で合理的な物語でした。
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長らくお待たせしました
 冬木野  - 18/12/28(金) 20:26 -
  
混沌の石と純白の剣。これらを軸にした大作。
いえ、形式で言ったらこれは短編なんですけど、感じたスケールは大作のそれと似ていましたね。
なんというか、大作RPGを一冊の単行本に書籍化しました、みたいな感じ。
スマッシュさんの言う「昔々」のみならず、全体的にRPGチックな雰囲気で溢れていたと思います。

それにしても、自分の冒険企画の小説であることを忘れる作品でした。
かなーり出来上がってる世界観を堪能しているうちに、自分のプロットのことをちょくちょく忘れてしまう。
企画としてはちゃんとプロット通りに作られていると思いますし、何の問題も無いんですけどね。というかプロットが邪魔まである。
そんなプロットに縛られず、スマッシュさんの個性が充分に発揮された作品だと思います。
この企画とは違うところで、この作品の姿を見てみたかったかもしれません。


しかしあのアニメってどのアニメじゃろ(情弱)
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おへんじ!
 スマッシュ  - 18/12/28(金) 21:13 -
  
>いきなりこう言うとあまりにも陳腐かもしれませんが、どうか言わせてください。
>これは素晴らしい作品です。

そうです。素晴らしい作品です。


>用意されたプロットから伝わる意図をそのまま汲み取った、とにかく模範的で王道的な展開。

極力ひねくれて返球したつもりだったのですが、
確かに後々の作品のひねくれっぷりに比べると随分と落ち着きがある気がします。
この頃の、ほどよいひねくれを忘れないでいたいものですね。


>その伏線を鮮やかに回収したキャプチャの設定に、思わず膝を叩いてしまいました。これが企画一発目の小説で本当に良いのかよ!

とにかく主人公を、ヒーローとして不適格なやつにしようと思ったので、敵の力の根源になってもらおうとか考えたんだったと思います。
そうやって理路整然と設定を考えていたのがこの頃ですね。


>今日まで自分、当時感想を書かずに消えた冬木野少年の首をへし折ってやりたいくらい後悔していたのですが、今は別の理由で冬木野少年の首をへし折ってやりたくなりました。
>これの感想を書かずに消え去ってしまった当時の私は、間違いなく大馬鹿者です。

でも感想書いてたら、ここまで作品増えなかったので、良し悪しといったところでしょうか。
いやー。感想来てよかったです。
もう書かなくていいよね!


>なんて酷いプロットだ。

苦労しました。
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おへんじへんじ
 スマッシュ  - 18/12/28(金) 21:24 -
  
>全体的にRPGチックな雰囲気で溢れていたと思います。

やっぱり四人で冒険するのでRPGっぽくなるんでしょうね。


>というかプロットが邪魔まである。

いかにプロットどおりという顔をしながら、
「普通はそうはならんだろ」ってことをするかという勝負なので、
このぐらいぎちぎちのプロットの方がやりごたえはありましたね。


>しかしあのアニメってどのアニメじゃろ(情弱)

少女革命ウテナです。超面白いです。
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長らくお待たせしました
 冬木野  - 18/12/31(月) 14:36 -
  
一言で感想を述べるなら、凄くカロリーの高い作品でしたね……。
そういえばこの人は冒険三本柱の一人だった、と再確認した一本です。

殺人鬼や転生など、ひとつひとつの要素が錆びたナイフと似通っていて、それらの拡張、または正当進化を目指したように感じます。またスマッシュさんのCrisscrossの要素もあり、当時のチャオ作家の交流の痕跡が反映されているのかなとも思います。
加えてプロットが霞むような圧倒的ボリューム。当時のダークさんがアウトプットできる限りの全てを惜しみなく投入したのではないでしょうか。あくまで私の推測ですけど。
没エンドでさえ掲載したその姿勢からも、出し惜しみはしないという意志を感じました。
出来上がったものだけ見れば、逆にプロットを振り回してやらんばかりの力強い作品です。

しかしそれ故に、今の私のコンディションでは飲み込みきれなかったというのが悔しい。
同じプロットの別作品を連続で読み漁っているという異常体験のせいもありますが、今の私にはこれだけ濃い肉付けがなされた文章を平らげるだけの体力が無い……。
(自分は70分動画作っといて何言ってんだって感じですけど)

つくづく当時のベストなコンディションでこの作品に目を通しておかなかったことを後悔します。
個性の体現という意味では、錆びたナイフと合わせてダークさんは本企画随一の物を持っていると思います。
(この先のスマさんラッシュを考えると、この評価も揺らぎそうで怖いですが!)
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長らくお待たせしました
 冬木野  - 18/12/31(月) 14:37 -
  
>あ け ま し て お め で と う ご ざ い ま す 
一日待つことを考えた(激遅返信)


「絵無しマンガだって!? 見るぅ〜〜!!」
というわけで、自分の冒険作品連続読破という奇行に疲れた私の逃避先として読ませて頂きました。不純な動機でゴメンナサイ。

しかしなんなんでしょうね。異様に面白かったです、これ。
俗に言うSS方式全開でこのプロットを辿らされると、何故か笑いが出てきてしまうのです。自分だけだろうか。
「MACHINERY-CHAO〈オモチャオ〉に過ぎない」はちょっとした飛び道具ですよ。

それでいて話の膨らませ方も良かった。他でも見たことのあるような王道とも言える展開が、それがしさんの手腕によってよりくっきりとしたハイライトのように作用していました。ラストの主人公とラスボスのそれは特に印象的です。
それがしさんがこの作品にどれくらいエネルギーを注いだのかはわかりませんが、いずれにしろ私のツボを浅めにさらっと突いていく作品でした。絶妙な力加減の持ち主だなぁ。

(関係無いけど今回初めてくぅ疲の元スレ読んで来ました。36レスで落ちたのにくぅ疲だけ引用されてるってある意味凄いな)
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はい!!!
 ダーク  - 19/1/1(火) 18:02 -
  
>「いきなり大虐殺ってどうなんだ」と自分でツッコミを入れたくなる筋道が、こうも自然に展開されていくとは思いませんでした。

まったくだ。

>途中で展開される脇役達のストーリーも、柱となるダークさんの世界観に忠実に従い、物語に暗い色彩を添えています。
>終幕もまた、しっとりとした話の雰囲気に合わせた“らしい”ハッピーエンドに満足です。

もう大量虐殺がある時点で、ファンタジーでもなければ殺伐とした雰囲気を避けられないと思いました。
ここでファンタジーを選ばなかったのは、当時僕が書いていた作品の文章は詩的な表現が多かったので(川上弘美辺りの影響ですね)、飽くまでそれを一要素として取り入れたストーリーを描こう、と思ったのが起因してます。
そもそもこのスレッドが立った経緯が、僕にこの作品を書かせたと言ってしまって良いと思います。

あと文学に影響を受けた作品で文章量が多い作品を書いて来なかったので、文章量への挑戦という意味も込めて頑張ったのですが、結局のところ錆びたナイフの執筆が今までの作品が作られるにあたって一番大きな経験になったのではないかと思っています。
だから、そういう意味でも冬きゅんには結構感謝しています。


冬きゅんが戻ってくるまで、あんまりこの作品を読み返したりしなかったんですけど、この頃からハッピーエンド使ってたんですね。正解だった。
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はい!!!!!
 ダーク  - 19/1/1(火) 18:21 -
  
> またスマッシュさんのCrisscrossの要素もあり、当時のチャオ作家の交流の痕跡が反映されているのかなとも思います。

その通りで、Crisscrossを見て、昔々の下りを作りました。
Crisscrossはウテナの影響を受けた作品なので、元を辿ればウテナの影響ってことになるんですかね。

>加えてプロットが霞むような圧倒的ボリューム。当時のダークさんがアウトプットできる限りの全てを惜しみなく投入したのではないでしょうか。あくまで私の推測ですけど。

僕はいつでも全力です!

>没エンドでさえ掲載したその姿勢からも、出し惜しみはしないという意志を感じました。

これは意図せずこうなってしまった、と言った方が正しいです。
僕は基本的に作品が完成していなくとも書き終えているところまで投稿していくスタイルなのですが(要は投稿してから本気の推敲をする)没エンドもその端くれです。
僕は、絶対に現実の範疇ではできないことを夢見る人を応援したかったんですよ。だから、なんとしてもナイチュが飛べる世界を肯定してあげたかったんです。
ですが、完全に僕の実力が至らなかったせいでテーマを捨てざるを得なくなり、完成度を取って別エンドとなりました。今となっては別エンドの方が好きなので結果オーライですが、当時はそこそこ悔やんでました。

>同じプロットの別作品を連続で読み漁っているという異常体験のせいもありますが、

まあ一気に読むもんではないですね。何年分の怨念が詰まってると思ってるんですか。
それはさておき、この作品の登場人物はシャド冒がベースになっているので、もしかしたらそれが本当にフェアな意見なのかもしれません。
登場人物への理解って読む側は結構エネルギー使うんですよね。そこを端折ったずるい作品なので、そこはあんまり気にしなくていいかもです。

>個性の体現という意味では、錆びたナイフと合わせてダークさんは本企画随一の物を持っていると思います。

本気でふざけるスタイルがハマってきたのもこの作品からだったかもなあ。
寧ろ個性が確立した作品なのかも。

ともあれ、このスレッドでは色々とありがとうございました。
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長らく待ちました
 ろっど  - 19/1/3(木) 20:26 -
  
>「あっ」という間に終わりましたね。
>こういう言い方だとまるで、拍子抜けだ、みたいな反応ですけど。
>これはとても上手い作品です。

狙い通りです。嘘です。
どんな作品だったか忘れたので読み直したけど、確か自分の冒険難しかったから最初は書くつもり全然なくて、スマさんに催促されて書いた結果がこれだった気がします。
力を抜いて書いたのでお正月の一発ネタっぽくなっていますね。

>ソウリョ死亡イベントは、地味にここまでの作品で初の死亡した味方になるでしょうか(抜け殻のアレは別として)

チャオ・ウォーカーでもひとり死んでいるので実は初じゃないですね。
まあ、ぼくもチャオ・ウォーカーでひとり死んでいることに気が付いたのつい最近なんですけど。

>そして最後のシーン、彼らはいよいよ真実に辿り着く。
>正直、このお話の全てを読み解くことは私にはできませんでした。

ぼくもまだ読み解くことが出来ていないので作者の解説を待ちましょう!
引用なし
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