●週刊チャオ サークル掲示板
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週刊チャオ鍛錬室 ろっど 11/4/23(土) 4:16

投稿コーナー ろっど 11/4/23(土) 4:24
探し物 斬守 11/4/28(木) 0:53
『生存報告』 冬木野 11/4/28(木) 3:33
黒いリストバンド スマッシュ 11/5/1(日) 23:26
チャオの実 ダーク 11/5/2(月) 23:11
彼女の病室 ホップスター 11/5/8(日) 3:12
The PERMANENT GARDEN : AM3時のおやつ それがし 11/5/10(火) 12:09
赤いチャオ ろっど 11/5/11(水) 23:36
おかしなはなし 冬木野 12/3/30(金) 22:21
リンゴに響くのは銃の声 ダーク 12/4/14(土) 17:08
チャオおとこ ダーク 12/6/1(金) 21:14
ヘヴンポップ・クリエイト だーく 18/9/27(木) 0:13

投稿コーナー
 ろっど  - 11/4/23(土) 4:24 -
  
条件つき小説を投稿するコーナーです。特に企画というわけではありませんが、みなさんもどうぞご自由に。
引用なし
パスワード
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探し物
 斬守 WEB  - 11/4/28(木) 0:53 -
  
 枯れ葉がひらひらと舞い散る季節。
 夕陽が空と雲をオレンジ色に染め、とても綺麗だ。

 僕と彼女は、公園の片隅にあるブランコに座っている。
 さっきから彼女はずっと口を閉ざしたまま、眉一つ動かさず、僕についてきていた。
 そんな彼女は、さっきからある生物に視線を向けている。
 それは、チャオと呼ばれる希少動物。
 数年前にこの星で発見され、清らかな自然と外敵の脅威がない環境でしか生きてはいけない生物だ。
 人の手によって、チャオの絶滅は回避され、現在は人間と過ごせるまでに復興を遂げていた。
 彼女が見つめるチャオは、小さなボールを持って、近くにいる少年の元へ走っていく。
 あの少年は、チャオの世話をしているのだろう。彼は近寄ってきたチャオの頭を撫でると、ボールを受け取る。
 そして少年が遠くにボールを投げると、チャオはそれを目で追いかけた。同時に飛んで行った方角へと足を向け、走り出す。
 チャオの走るスピードは、お世辞にも速いものとはいえなかった。亀の歩く速度よりも遅いわけじゃないが、あまり走るのが得意ではないようだ。
 やっと追いつくと、ボールを両手で持ち上げ、少年のいる所まで戻っていくのであった。
 少年もチャオもとても楽しそうだ。さっきから公園でずっとボール遊びをしている。
 まるで本当の親子のように、僕には眩しすぎる光景だった。
「……あの子達。楽しそうだね」
 唐突に彼女が呟いた。鈴虫の音で掻き消されそうな、か細い声で。
 急に話しかけられたから、少し反応が遅れてしまった。
 このまま無視するわけにもいかず、とりあえず「そうだね」っと、返事してみる。
 彼女はまだ、氷のような冷たい瞳で、チャオを観察していた。ピクリとすら動かないから、死んでしまったのではないかと思ってしまう。
 彼女はチャオと少年を見て何を思っているのだろうか。
 でもまぁ、想像していることは見当がついていた。僕も彼女と同じ人間だからだろうか。

 僕と彼女は今日、互いに家出してきたんだ。
 僕の家庭は最悪だった。毎日両親は喧嘩し、僕達を道具のように扱う親。
 何かうまくいかないことがあると、すぐ僕に暴力をふるった。今でも身体に痛々しい痣がいくつも残っている。
 彼女も同じような家庭に生まれていた。聞いた話によると、相当酷い仕打ちをうけていたようだ。
 彼女の全身に残っている傷……そして心の傷が、ただ深く、悲惨だった。
 でも、僕らは親に歯向かう勇気を持ち合わせていない。抵抗した所で、ただ傷が増えるだけだったんだ。
 それが嫌で、互いに相談しあった結果、僕らは家を抜け出すことにした。

「ねぇ」
 さっきよりもハッキリとした声で、僕を呼び掛けてくる彼女。
 それでも、彼女は僕を見ていない。
「幸せの家庭って……どんな感じなんだろうね」
「うん、僕も同じこと考えていた所」
「……何で、あの子はチャオに優しくしているんだろう。何で……何でなんだろうね」
「――それはきっと、僕らには分からない感情だよ。きっと、あれが幸せってやつなんじゃないのかな」
「幸せ……」
 ――幸せ。
 それは僕らの環境からでは、分からない感情。
 独りぼっちで逃げ場のない僕らには、分からないものなのだろう。
 けど、僕達はもう一人じゃない。
 僕は彼女と出会って、初めて心が生まれた気がしたんだ。
 上手くこの心を彼女に伝えられないけど。まだ、幸せってどんなものなのか分からないけど……。
「だからさ、探しに行こうよ。幸せってやつをさ」
 彼女と一緒に、感じとりたいと思ったんだ。幸せってやつを。
 どんなに辛いことだろうが、やって見せるって。そう決意したんだ。
 僕は彼女に手を伸ばして、エスコートしてみせる。
 それに対して、ここに来てから一度も動きを見せなかった彼女が、俯いてしまった。
 それから彼女は、もじもじと身体を動かしたり、スカートの裾を弄ったりしている。
 どうしたのだろう、気分でも損ねてしまったのかな……。
 そんな不安をよそに、彼女はいきなり僕の手を掴んで立ちあがったのであった。
「よ、よろしく……お願いします……」
 そして恥ずかしそうに、やっぱり小さな声で彼女は言う。どうやら気分を悪くしたわけではなかったようだ。
 お互い、気恥ずかしい気持ちを抱いているみたいである。こういうのは少し照れくさい。
「行こうか」
「うん」
 彼女は顔を上げて、はっきりと頷いてみせる。
 先程までの氷のような表情はどこにいったのやら。溶けてしまったのだろうか。
 僕を見る彼女の瞳は、泉のように透き通っていて綺麗だった。
 ――大丈夫、彼女とならやっていける。
 そんな願いを込めて、僕らはここから遥か遠くを目指して、歩き始めた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2.16) Gecko/20110319 Firef...@203-207-50-170.flets.tribe.ne.jp>

『生存報告』
 冬木野  - 11/4/28(木) 3:33 -
  
 12月30日。
 ようやくホワイトクリスマスを迎えることのできた今年。これはきっと、神様からの餞別なんだろうか。
「……寒いな」
 今日も、雪は降り積もっている。12月に入り始めてからずっと。
 孤独に凍える昼下がり、学校の屋上にて。外の道路を見ると、4匹のチャオが見えた。休日に公園へ遊びにいく子供のようにはしゃいでいる。
「誰だろうな、あれ」
 最近チャオを見る度に思う疑問がこれだ。いつの日か会わなくなったあの人や、昨日まで顔見知りでいたあの人の姿を、見かけるチャオに重ねる。無駄な事だとは、もちろんわかっているつもりで。
 それでも、そうでもしていないと、孤独で凍えてしまいそうになる。

 ふと、屋上のフェンスに体を預けてたそがれている僕のズボンを誰かが引っ張った。
 振り返ってみると、予想通りというかコドモチャオだった。もう見飽きた姿なだけに溜め息ばかりが出てくる。
「なんだい?」
 何気なく声をかけてみても、僕にはわからない言葉と、ジェスチャーが返ってくるだけ。それでもなんとか意味を汲み取ってみる。
 ……下に……誰かが、来ている、かな。
「自分でこっちに来ればいいのに」
 なんとなくそんな愚痴を漏らすと、それに答えるように屋上のドアが開いた。そこには僕の見知った姿があった。
「ゆうき!」
「くるみ、来てたんだ」
 よく知っている幼馴染の顔は、今月に入ってから悲壮感に彩られたような印象が強くなった気がする。ちょっと不謹慎かな。
「ゆうき、私の弟がどこに行ったか知らない? ねえ!」
「起きたらいなくなってたのかい?」
「う、うん……ねえゆうき、一緒に探して。多分まだどこかに」
「ねえ」
 捲し立てるくるみの言葉を遮り、僕はチャオの元へ近寄ってしゃがみ込んだ。目線を大体同じ高さにして話しかける。
「きみ、くるみの弟のこと、何か知らないかな」
 無論、何も喋らない。
 ただチャオは、徐にくるみの顔を見た。その動作だけでこの子が何を言わんとしているか、僕達は理解してしまった。
「……うそ」
 くるみはその場にへたり込んでしまった。チャオはそんなくるみの元へと駆け寄り、身を寄せてきた。くるみはそのチャオの頭を力無く撫でてやる。
「……ゆうき」
「なんだい?」
「ゆうきのご両親は? 今、どこにいるの?」
「さあ。出かける時、庭に2匹のチャオと会ったけど。いやに僕の身嗜みを気にしてたから、ひょっとするね」
「……そっか」
 それだけで意味を察したようで、くるみは口を閉ざした。

 何気なく、遠くを見渡す。一面の銀世界――というよりも、今の僕達には銀よりも灰色に見えるこの世界。ここから見える校庭には、沢山のチャオ達が駆け回っていた。そこに人間の姿はない。
 まるで、世界中に人間は、僕とくるみしかいないように見えた。ひょっとしたら、本当にそうなのかもしれない。


____


 その日の夜。家にいてもやることが無いと思った僕は、日が暮れてからもずっと学校にいた。
 別に学校にいたってやることなんかそうそうないわけだが――なんとなく、コンピュータ室にこもってあるサイトを見ていた。そのサイトの名前は実に単純明快。

『生存報告BBS』

 どういうサイトかは、特に説明するまでもない。呼んで字の如く、生存報告をする為の掲示板だ。僕はそこの掲示板に、前と同じような書き込みを繰り返した。

『○○県の中学生Yです。今日も生き残る事ができました』

 そんな単純な書き込みが、ここを見ているみんなの希望になります。掲示板の説明には、そんな事が書かれていた。だから、この掲示板が作られた時はうんざりするほどの書き込みがあったものだ。
 でも、それから数分経って返ってきた書き込みは、たったの一つだった。

『○○県中学、Kです。弟がチャオになってしまいました。家族内で残っているのは私のみです』

「……くるみ」
 この書き込みは、くるみ以外には考えられなかった。同じ境遇の人物という偶然の可能性すら、僕の中からは消え失せていた。


 今月に入った時、ある胡散臭い雑誌に妙な記事が掲載された。
 どこの誰だかは知らないが、未来予知能力を持っていると言う人物の言葉と、それについて編集部で考察したという記事だ。
 その人は、こんな未来を予知したという。
「聖誕祭から今年の終末にかけて、全人類は新しい生命に成り代わる」
 当時、こんな馬鹿げた予言が本当の事だと誰が想像しただろうか?
 ……聖誕祭の翌日、祖母から電話で連絡があった。祖父が姿を消して、代わりにチャオがいたという。
 新しい生命――即ち、チャオ。1月になるまでに、全人類はチャオに変わってしまうという。
 当然、どこの国の政府も対策なんて立てるわけなかったし、立てることもできなかった。ありえないのと、わからないという、実に簡単で絶対的な壁があったから。
 聖誕祭の12月23日から7日経った今日、少なくともこの町では僕とくるみ以外の人間は見かけなくなった。掲示板の生存報告だけではわからないが、少なくともこの国の8割以上の人間はチャオになってしまったのではないか……と、強ち否定できない予想を打ち立てていた。


「…………」
 もうそろそろ、今年も終わりが近い。
『Kさん、明日学校で会えないでしょうか?』
 画面の向こう側のKさんがくるみであると決め付けて、話を持ちかけてみた。ここはひとつ、別人であってほしいものだが……。
『わかりました。何時に会いましょうか?』
 ……どうやら淡い期待だったようだ。向こうも僕の事を知り合いだと思って話している。
『今、学校のコンピュータ室にいます。好きな時間に来てください』
『すぐに行きます』
「えっ」
 こんな真夜中に?
『今から?』
 ……返事は無かった。もう、パソコンから離れてしまったのだろう。
「やれやれ」
 何か言われそうだなと、くるみの来訪に些かの不安を覚えた。


____


「ゆうき!」
「あ、くるみ」
「なんで学校にいるの!」
「別に、大した理由はないけど」
「じゃあ大人しく家にっ」
「家にいる理由もないし」
「だからって……あーっ!」
 もう反論の言葉が無くなってしまったらしい。女の子の身分で頭をガリガリと掻き始めてしまった。髪は大切にするものだろう。
 と、くるみの後ろにコドモチャオが一匹いるのに気付いた。
「くるみ、その子は?」
「え? ああ、屋上のあの子。弟……だと思う」
 やっぱり。あのまま連れて帰っていたようだ。
「お姉ちゃんが、自分の弟の事がわからないなんてね」
「だって、しょうがないじゃ――」
 言い返そうとしたその言葉の勢いは、呆気なく失われてしまう。見るとくるみは俯いて溜め息を吐いている。
「……ほんとだよね」
「くるみ?」
「自分の弟がチャオになったってだけなのに、この子が弟なのかどうかわかんないだなんて。姉として情けないと思う」
 ……冗談が過ぎたみたいだ。ここまで落ち込ませてしまうだなんて。状況が状況なのに、軽率な発言をしてしまった。
「じゃあ、なんでその子と一緒にいるの?」
「この子が自分の弟であってほしいってだけ。もし違ってたら笑えないんだけどね」
「信じてあげようよ。お姉ちゃんなんだろ?」
「うん。ありがと」


 それから僕達は、晩御飯と称してコンビニのパンやおにぎりを食べ始めた。店員のいない店から適当に見繕ってきたものだ。そんな僕達の不正を止める店員や警察は、もちろんいない。
「……で、どうするの?」
「ん、何が?」
 突然に話を切り出したくるみ。言葉の意味がよくわからないままに聞き返してみると、くるみは呆れたような顔をした。
「何がって……ゆうきが私を呼んだんじゃない。何か用があったんじゃないの?」
「ああ、忘れてた」
「忘れ……もう、本当にゆうきって考え無しね」
 よく言われる台詞だ。そこまで天然なつもりはないんだけど。
「でも、今さらする事なんてないんだよね。やり残した事とか、そうそう思いつくもんじゃないし」
 いわゆる、明日世界が滅亡するのならという奴だ。曰く、おいしいものを食べまくる、遠いところへ旅行しにいく、エトセトラ。普段ならできない事を、我を忘れてやる。
 ……それなら、僕達もそうしてみようか?
「どこか、でかけてみないか?」
「でかけるって、どこに?」
「普段の僕達には行けない所だよ。どこかの施設に無断で入るとかさ」
「…………」
 睨まれてしまった。
「えっと、本音は人間探しだよ。遠いところまで行ってみれば、ひょっとして誰か見つかるんじゃないかって。それに」
「それに?」
「気になるんだ。人間がどうしてチャオになってしまったのか。例の預言者の住んでいた場所に行って手掛かりを見つけてみたいし」
 うーん、我ながらよくできた言い訳だ。全部その場凌ぎの建前である。本音は勿論、好奇心を満たす為でしかない。
「その預言者って、どこに住んでるのかわかるの?」
「ちゃんと調べたよ。東京にいたみたいだね」
「東京って……12月は明日でもう終わりだよ? たった1日でどうやって」
「車やバイクでも使えばいいじゃないか」
「運転できるの?」
「将来免許を取ろうと思って、運転の仕方だけは自分で勉強したから。交通法までは覚えきってないけど、今は問題ないでしょ」
 流石に呆れを通り越したか、くるみは何故かうんうんと頷きだした。どういった意味で受け取ればいいのかよくわからないけど、オッケーってことでいいのかな。
「じゃあ、車にしよ。この子も一緒に連れて行きたいから」
 そう言ってくるみは隣でやきそばパンを頬張っていたチャオを抱き上げた。条件反射なのか、ポヨをハートマークにして喜んでいる。
「わかった。車は僕の父さんのを使おう。出発は明日起きてすぐで」
「ガソリンは大丈夫?」
「ちゃんと入ってるはずだよ。足りなくなったら現地調達」
「犯罪者」
「法を振りかざしても、今は裁く人がいないよ」
「私がそのうち裁いてやる」
「おお、怖い怖い」

 そのまま他愛のない会話で眠気を誘い、僕達はそのまま学校で眠ることにした。


____


「……ゆうき」
「なんだい?」
「学校って、居眠りのホットスポットだけどさ」
「そうだね」
「就寝するのには全然向かないね」
「基本、布団なんかないからね」
「……本当にどうして学校にいたの?」
「さあね」
 朝っぱらからくるみに恨めしい視線をもらうことと相成ってしまった。おかげさまで体の節々が痛い。
 そういうわけで、12月31日。宿題を終わらせていない夏休みの終わりに似た緊張感も皆無な僕達の終末の日を迎えた。今日も雪だ。
 学校から帰る途中で寄ったコンビニで必要な食料を調達し、僕の家へ。父さんの部屋から車のキーを失敬し、僕達は車に乗り込んだ。運転席に僕、助手席にくるみ、後部座席にチャオ。僕の親らしきチャオの姿は家にはなかった。どこへ行ってしまったのか。
「それにしても、ゆうきのお父さんって凄い車持ってるんだね。スポーツカーって奴?」
「ラリーカーだよ。母さんにはお金の無駄遣いだって怒られてたけどね」
 キーを差し込んで捻り、甲高いエンジン音を響かせる。ギアはまだニュートラルにしたままアクセルを踏んでみると、その分の強さで車が唸る。これは病みつきになりそうだ。
「……親子」
「え?」
「顔に出てるよ。楽しいって」
「あはは」
 僕は苦笑いをしながら、クラッチペダルを踏んでギアを一速に入れた。サイドブレーキを下ろし、ゆっくりとアクセルを踏み込む。壁にぶつからないように細心の注意を払いながらハンドルを回す。一足先に心臓の鼓動が加速している。
 そうやってなんとか車庫から道路へと車を出して、一旦ブレーキを踏んで一息ついた。
「運転って楽じゃないね」
「言い出しっぺなんだから、ちゃんと頑張ってよね」
 当のくるみはと言うと、備え付けのカーナビを慣れた手つきでいじっていた。
「何してるの?」
「東京行くんでしょ? ちょっと設定をね……はい、できた」
「ありがと」
 ナビに表示された道順を横目で見ながら、僕は再びアクセルをゆっくりと踏み込んだ。


____


 それからどれくらいか経ってなんとか高速道路までやってきた僕は、直線的な道路を目の当たりにしてようやく肩肘を張っていた感覚から抜け出せた。
「やっとまっすぐな道路だ……」
「ゆうき、大丈夫?」
「なんとかね。まさか初ドライブが雪掻きもしていない道路の上になるとは思ってなかったけど。前もってタイヤを履き替えてくれててよかったよ」
 もしこれで他の車も走っていたとしたら、間違いなく高速道路に来る前に警察か病院に御厄介になってたろう。
 料金所を当たり前のように通り過ぎて、広くて緩やかにしか曲がらない高速道路に僕の心も幾分か開放感に包まれた感覚を覚える。
「今日の高速道路はUターンだってできるぞ」
「スリップの間違いじゃないの、それ」
 的確な注意を受け、改めてハンドルを握り直す。と言っても、今の高速道路に障害物なんか毛ほども――と、そう思った矢先だった。
「あれ……」
 高速道路の上に、僕達の乗っているもの以外の車を見つけた。と言っても、走っているわけではない。……見かけるほぼ全ての車が、ガードレールに突っ込んでいた。
「きっと、運転中にチャオになっちゃったんだな」
「お気の毒……」
 そう言ってくるみは一人黙祷を捧げ始めた。ふとバックミラーで後部座席を見ると、チャオが興味深そうに窓の外を流れる景色を眺めてはきゃっきゃとはしゃいでいた。この差と来たら……思わず溜め息が漏れた。

「それにしても、さ」
「ん?」
 さっきから窓の外――というよりも、ガードレールばかりを眺めているくるみが何気なく口を開いた。
「いないね、人間」
「高速に乗る前なら、道端にチャオはいたんだけどね。ここには流石にいないみたいだ」
 おかげさまで、必要以上に神経をすり減らしながら運転するハメになったんだけど。
「やっぱり、もういないのかなぁ。私達以外の人間」
「この世界には、僕達二人しかいないってことだね」
「うん……」
 そして、最後の僕達ですら消えてしまうのだろう。この世から人類は消え去り、全ては新生命に成り代わる。
 ――どうしてそうなってしまうのだろう? 僕達にはその理由を知る事はできるのだろうか? 今はまだ、何もわからないけど。
「って、バカぁっ!」
「えっ?」
 突然、くるみが凄い剣幕でこっちを向いた。一瞬スリップしてしまいそうになるのをなんとか堪える。
「ゆうきったら、なんてとんでもないこと言ってるの!?」
「え? え? 僕、何かおかしなこと言った?」
「言った!」
「な、なんて?」
「なんてって……い、言えるわけないじゃないっ」
「はあ?」
「もうっ、この考え無し! いいから運転! 事故るでしょ!」
 事故るも何も、いきなり怒鳴られるのが事故の元になりそうだったんだけど。
 結局、それっきりくるみはずっとそっぽを向いたままだった。顔が赤いのが少し気になったが、理由は聞けそうにない。


____


 高速道路を抜けた後、それなりに広い首都圏の道路を闊歩して見つけたのは、ある商店街の一角だった。空模様のせいかもしれないが、心なしか暗い印象がある。
「……家なんてどこにもないよ?」
 くるみの言うとおり、ここは少なくとも住宅街でないことは確かだ。しかし……。
「アパートもマンションもないんなら、家代わりにするところは沢山あるんじゃないかな」
 エンジンを止めてキーを抜き、運転席を降りた。くるみも車を降り、後部座席のチャオを抱えて僕の後につく。
「ねぇ、そもそもどうやって預言者さんの住所を調べたの?」
「件の預言者は過去に本を出版したみたいなんだ。委託出版にしようとしたんだけど、どこの出版社も首を横に振ったから自費出版にしたらしいけど。それで奇跡的にそこそこ名が売れたみたい」
「それで?」
「ホームページを作ってメールアドレスや住所、郵便番号を公開して、お便りを募ったりしたってわけ」
「その住所がここの事?」
「ううん、住所は別の所なんだ」
「ええ?」
 くるみが首を傾げる。それを見たチャオが、くるみと同じように首を傾げてポヨを疑問符に変えた。僕の言ってる言葉の意味がわかっているのか、それともただの真似っこか。
「郵便番号で住所検索をかけてみると、何故かこの辺りがヒットするんだ」
「どうして?」
「さあね。それをこれから調べるんだ」
 とは言ったものの、僕が知ってるのは大まかな位置だけだ。この辺り一帯を虱潰しに探すのは少し骨が折れそうだ。
 ……と、周囲の建物を見回しているとくるみがポカンとした表情で僕を見つめているのに気付いた。
「どうかした?」
「……あ、その。ゆうきって凄いなぁって」
「凄いって、何が?」
「だって、まるで探偵みたいなんだもん。そんな事を調べてるなんて」
「ああ、それなら僕が調べたわけじゃないよ。預言者の事をネットで調べたら、とっくにどこかの掲示板でその事に気付いた人が書き込みしてたんだ。その人も真相を暴く前にチャオになっちゃったんだろうけど」
「あ、なんだぁ。そうだよね、ゆうきみたいなのがそんな事に気付くわけないよね」
「……僕だって一応傷付くからね」
「あっ、ごめん。そういうつもりじゃ……ちょっとゆうき、待ってよ!」
 くるみの制止の声も無視して、僕はさっさと歩き出した。……さっき訳もわからずに怒鳴りつけたお返しなのはバレてないだろうな。


 その後、僕達がやってきたのはとある本屋さん――と、酒場。その間の路地裏。
「……なんでここなの?」
「勘」
「はあ?」
「自分の本が出されているであろう場所と、誰かと話す為の場がある都合の良い場所。路地裏なのは、人目を気にして隠れてるとか」
「預言者さん、怪しい人前提なんだね」
「これで怪しくなかったら、正真正銘の預言者でしかないからね」
 果たして、僕達はあたりかはずれか酒場に面した側の方の建物に扉を見つけた。それは地下への階段の場所に。
「如何にも、って感じ」
「ははあ、まさか本当にあるとは」
「え、何? あてずっぽう?」
「うん」
「……考え無し」
 考えも何も、普通あるわけないじゃないか。ご都合主義の領域だぞ。

 中に入ってみると、そこは1LDKの小さな部屋だった。安いアパートのようなもので、電気は点けておらずに真っ暗だ。というより……。
「電気そのものがない、か」
 天井を見上げてみると、不思議な事にそもそもの照明器具が無かった。わざわざ取り外しているとは、いったいどういう事だろう?
 ただ、唯一明かりを点けていたものが一つあった。
「……パソコンだね」
「うん」
 極普通のノートパソコンだ。部屋の中央のちゃぶ台に置きっ放しにしてあり、画面は光を放っている。
 調べてみようと足を一歩踏み出した時、何かを踏んだ。気になって調べてみると、それは一冊の本だった。
「なにそれ?」
「暗くてよく見えないけど、えーと……フウライボウと、不思議な……」
「あ、それ知ってる! 有名だよね!」
「うん、僕も知ってるよ。チャオ関係の本、か」
 他にも本がないか、手探りで床を探す。するとちゃぶ台の下に積み上げてある本が崩れているのに気付く。
 そのいくつかを手に取ってみると、同じようにチャオに関係する本ばかりだった。
「全部チャオ関係なのかな」
「かもね」
 一応、背表紙に書かれた作者の名前もチェックする。さっきの本の作者に加え、どれも最近知られた人や、昔からいる有名な作家ばかり。それも、全員チャオに関する本を書いている人だ。
「預言者さん、チャオ好きだったのかな」
「さあ?」
 少なくとも、チャオという生命体との関係が密である事は確かだろう。
 ノートパソコンの方を見てみる。画面に映っていたのはあるメールサイトだ。しかも、恐らく僕達にとっては喜ばしくない画面だった。
「削除しました……だって」
 削除画面。僕はちゃぶ台の上にあるマウスを手に取り、ログインしたままのアドレスに関するメールを漁った。送受信問わず。……が、見事に何もなかった。
「……あーあ」
 途端にバカらしくなって、僕は床に寝転がった。
 探偵ごっこもここで終わりだ。無計画に探し、見つけたと思った真実は既に電波の海の藻屑だった。自己満足という欲求すら満たされないまま、全てが水の泡。
 それでもくるみは諦めきれないのか、僕の手放したマウスを手に取って何かを探し始めた。それにも興味が湧かない僕は、床に降ろされていたチャオが目についたので手を伸ばしてみる。チャオは「おいで」と解釈したか、僕のところへと駆け寄ってきた。そして何故か、僕の頭を撫でる。
「あはは、慰めかい?」
 チャオは心の鏡っていうけど、僕達みたいな一般人からすれば『心の安らぎ』みたいなものだ。一緒にいると、なんとなく落ち着く。それが、チャオって奴だと思う。……なんて、今はあんまり関係のない事をふと思ってみたり。
「……ねえ、おかしいよ」
「え?」
 そこへ急にくるみが怪訝な顔をして僕の頭をポンポンと叩いた。撫でられている最中に実に失礼だと思うのだが、特に何も文句を言わずに体を起こす。
 くるみがいじっていたのは、どうやらコントロールパネルのようだ。電源設定の画面だが……。
「これが、どうかしたの?」
「バカ、よく見て」
 言われるがまま、画面を見てみる。


「ディスプレイを暗くする:5分
 ディスプレイの電源を切る:10分
 コンピューターをスリープ状態にする:30分」


「へえ、割と早いなぁ」
「そういう事じゃなくて!」
「どういう事?」
「……ゆうき、わざと?」
 そうは言われても、何が何やら。肩を竦めてみせると、くるみが見るからに「だめだ」といった顔で首を振った。
「私達がこの部屋に入った時、このノートパソコンはどうなってた?」
「どうって、点けっぱなしで放置――あっ!」
「そう、スリープどころかスクリーンセーバーだって表示されてなかった。つまり、私達が来る前の5分の間、誰かがここにいたの」
「なるほど……凄いやくるみ、まるで探偵みたいだ」
「凄くない凄くない。むしろこんな簡単な事に気付けないゆうきが凄い」
 感心して褒めたつもりなのに、くるみはさっきと同じような顔でまた首を振った。僕ってそんなに鈍いかな。
「じゃあ、メールを消したのも?」
「多分、私達より先にここへ来た人。預言者さんか、それとも別の人」
「くるみ、まだ近くにいると思う?」
「……どうだろう。私はいない気がする」
「僕もだ」
 ここへの入り口は、僕達が入ってきたあの扉だけだ。路地裏は僕達が入ってきた側と反対側からしか入れなかったし、もし近くにいるなら鉢合わせくらいはしたかもしれない。だが5分という時間があれば、歩きでだって遠いところへ行けるだろう。仮にほとんどすれ違いも同然で、まだ遠くには行っていないのだとしても、僕達がここで潰した時間で十分離れられる。加えてここは広い都会、しかも今は雪の降る真っ只中。
「……探すのは難しいね」
「そっか、残念」
 お互いに笑いが込み上げてきた。喜ばしい笑いではないのは勿論だったのだが、不思議と嫌な笑いでもなかった。そんな僕達を見て、チャオはわけがわからなさそうに首を傾げ、ポヨを疑問符に変えていた。


____


 車に戻った僕達は、行きと同じ座席に座った。車のキーを差し込んで捻り、エンジンを再び起こす。それから――それから特に行き先もなくなってしまった事を再確認して、くるみの方を見た。
「どうしよっか」
「さあね」
 返ってきたのはメロンパンだった。もうご飯時だっけ。
「ご飯時どころじゃないでしょ」
 そう言ってくるみはフロントガラスの向こう側に映る空を見た。僕も同じ方向を見ると、なるほど確かにご飯時どころじゃないくらい暗くなろうとしていた。もうそんなに時間が経っていたわけか。
「……ねえ、ゆうき」
「なんだい?」
「仮にさ――仮にだよ? 今、本当に私達二人が最後の人間だとして」
「うん」
 なんとなく、言わんとしている事がわかってしまう。僕も同じように、不安がある。
「これから、どうしよう?」
「…………」
 これから、どうするか?
 そもそも僕達に『これから』はあるのだろうか? 別に死ぬわけではないから、きっと『これから』はあるのだろう。それがどんな形であれ。
 ……そう、どんな形であれ。しかしそれは、裏を返せば僕達にどうこうできる形のものではない。明日にでもなれば、僕達に待ち受ける『これから』は選択権の無いものとしてやってくる。今の僕達はその圧力に押し潰されそうになって、今の自由をどう使うべきかもわからない。
 恐らく、この先に自由はない。僕達は流されるままに生きる事になるのだろう。
「くるみは、行きたい場所はない?」
「え……」
 もう、僕のしたい事は無くなってしまった。だから僕は、選択権をくるみに譲った。当のくるみもなんと答えればいいのかわからずに視線を彷徨わせてしまうのだが――その視線は、一点に留まった。
「あれって、もうどれくらい完成してるんだっけ?」
「あれ?」
 僕の聞き返す『あれ』をくるみは指差す。それは運転席側の窓からもよく見える『あれ』だった。
「来年には開業予定だって聞いてたから、もうほとんど出来上がってるんじゃないかな」
「じゃあ、行ってみない? 私達が最初の入場客になれるよ」
 そして最後の――なんて事がないといいんだけど。
 くるみの提案を呑み、僕はサイドブレーキに手をかけ、


 そして、ある事を思い出した。それは、恐らく今を生きる僕達自体には生涯関係のない事だろうと思っていた知識。

「くるみ、ちょっとだけ待っててくれないかな」
「え? どうしたの?」
「大丈夫、すぐ戻るよ」
 エンジンをつけたまま車を降り、僕はさっきの部屋へと急いで戻った。
 必要な『文章』は、不思議な事にスラスラと思いついていた。


____


「ここのエレベーター、普通のより早い……」
 どことなく身を強張らせているように見えるくるみが、体の上昇している感覚を訴えてきた。
「さっきのが分速600mで、これが240mだったかな」
「基準がよくわかんないよ……」
「分速600mは時速で言えば34km、240mはおよそ14kmってとこだね。さっきのは普通に走っている車よりやや遅めだし、こっちはそれ以上に遅いよ」
「それでも十分早いってば……」
 どうもさっきから元気がない気がする。というより、やけにそわそわしている。後ろでぼーっと座っているチャオも、くるみのそんな様子が気になっているようだ。いったいどうしたんだろうかと考えてみて、くるみの苦手なものを一つ思い出す。
「ところでくるみ、知ってる?」
「な、なに?」
「これから行くところ、窓ガラスで覆われた空中回廊なんだって。まるで空中を散歩しているようとかなんとか」
「いやぁぁ、無理無理! ゆうき、やっぱり戻ろうよ!」
「なはは、自分で来たいって言ったんじゃんか」
「でも、空中回廊とかいうのは聞いてない!」
「そうじゃなかったら大丈夫だったの?」
「だって……下、見えないなら平気だろうし……」
 まぁ、尤もではあるが。下を見て落ちる事を想像するから怖いんだろう。
 というわけで、くるみは高所恐怖症であった。
「まあまあ大丈夫だって、落ちない落ちない」
「でもここ未完成なんでしょ? もし壊れたらどうするの?」
「確か高さは634mだったな……」
「ゆうきぃぃ!」
「あ、ごめん間違えた。展望台のとこまでは450mだった」
「それでも高いー! 死ぬー!」
 もはや泣きそうな顔になっているくるみがおかしくて、反対に笑いを堪えきれなくなってきた。
「うわあぁ、私もう死ぬんだぁ」
「はいはい、その時は僕も一緒だからね」
「なんの解決にもなってない!」
 なんてことを話している間にエレベーターが止まった。どうやら目的の階に着いたらしい。
「着いたよ、天国」
「バカ、変なこと――ぁわ、わわわ」
「あ、ちょっと」
 ドアが開き切る前に、くるみが急に腕に抱きついてきた。突然の事に僕も戸惑ってしまう。
 その横を通り抜け、チャオが一足先にエレベーターの外に出てしまう。僕達も急いでエレベーターから出て。
 そして、とてつもないものを見た。

「……なんだ、これ」
 僕達がやってきたのは、確かに『空の木』と呼ぶに相応しい場所――だったのかもしれない。
 でも今の『空の木』は、僕が想像したものとは遥かに違った様相だった。空の上にいるというよりも、曇った鏡の中にいるみたいだ。
「くるみ、見てみなよ」
「やだ、怖い」
「そうじゃないって。ほら」
「やだってば! ……あれ?」
 いやいやと首を振ったくるみが、偶然に床を目線に映した。どうやらくるみも気付いたようだ。
「え……ゆうき、なにこれ?」
「雪だよ」
「雪?」
 くるみがゆっくりと顔を上げる。そして普通とは違った窓ガラスを見て、その顔は驚きに染まった。
「す、凄い……」
 ――この塔の名前は、東京スカイツリー。デジタル放送用に作られた世界最『高』の電波塔。
 だが僕達には、この塔はもっと別のものに見えた。冬色に染め上げられた雪の木。東京スノウツリー、はたまたクリスマスツリーか。
「どうしてこんな風になってるの?」
「12月からずっと雪が降ってたからね。ガラスの周りが凍ったんじゃないかな」
 おかげさまでガラスの向こう側はやや見づらいものとなってしまっている。が、これはこれでかなり風情があるんじゃなかろうか。少なくとも僕の美的センスはこの光景を綺麗だと言っている。
「くるみ、どう?」
「…………」
 返事が無い。
 試しに僕の事をさっきまでガッシリと掴んでいたくるみの二の腕を引き剥がしてみた。するとくるみは慌て出す。
「わ、わわ、ちょっと!」
「うわっ」
 すぐさま僕の腕にまた抱きついてくる。
「は、離さないでよ!」
「離さないでって……困るんだけど」
「困るのは私よ!」
 それは怖いの間違いだろう。
「でも、恥ずかしいし」
「あっ……」
 それを指摘した途端、くるみの顔がみるみるうちに赤くなっていった。ひょっとして、それに気付かないで抱きついてきたのか? 高所恐怖症の身分でここに来た事といい、くるみも考え無しじゃないか。
 しかし、くるみも恥ずかしくなって僕の腕を離してくれるかと思ったら、そんな事はなかった。むしろさっきよりも腕に力が入る。
「く、くるみ?」
「いいよ。他に誰もいないし」
「い、いるよ。ほら、あそこに」
 空いた手で綺麗な光景を目の当たりにしてはしゃいでいるチャオを指差すが、くるみはお構いなしにこう言った。
「いいの。あんなのノーカン」
「おいおい、弟だろ」
「それでもいいの!」
 ……なんてこった。なんだか肩の辺りに頭まで寄せてきたし。何故か笑ってるし。
「あー、来て良かった」
 恐怖症はどこに行ってしまったんですか、くるみさん。


 いつの間にか僕達はガラス張りの床に腰を降ろして、一人でうろうろと歩いているチャオを眺めていた。
 もう真夜中ですっかり暗くなってしまった。床も雪のせいなのか冷たく、上着を座布団代わりにしている。そうすると今度は体の方が冷えてきてしまうのだが、そこはくるみが抱きついているせいかそれほど気にはならなかった。
「今年も終わりだね」
「うん」
「あけましておめでとうって、言えるかな」
「言えるんじゃないかな。チャオの姿かもしれないけど」
「そうだね」
 悲壮感こそは感じていたが、別に死ぬわけじゃないのでお互いそれほど思い詰めているわけではなかった。それでも、終わりというものを肌で感じている事に変わりはないのだが。
「くるみはやり残した事はない?」
「わかんない。もしあったら、チャオになってからやろうかな」
「僕はもうやり終えたけど」
「それって、ひょっとしてここに来る前の?」
「うん」
 そう、ここに来る前に必要な事は終えてきたつもりだ。
「ねえ、何してきたの?」
「そうだね……」
 一応、一から教えてあげる必要があるだろう。そう思った僕は、まず一つの問題を投げかけた。
「もし地球から人類がいなくなった時にずっと残り続けると言われている、人類の生きていた証。それがなんだかわかるかい?」
「人類の生きていた証? えっと、石碑とか?」
「残念。確かに大昔の石碑が見つかって博物館に展示される事はあるけど、それでも何億年も経ったりすればなくなってしまうよ」
「えー。じゃあいったい何?」
「電波さ」
「電波?」
「そう。人類がいなくなると、地球上は永い年月を経て大自然を取り戻す。そこに人間の痕跡は全くと言っていいほどなくなってしまうけど、人類が発した電波は宇宙をも彷徨い続けるって言われてるんだ」
「へえ、どうでもいいこと知ってるね」
「う」
 ……痛いところを突いてくるな。
「まあ、僕もどうでもいいことだとは思ってたんだけどね……。くるみがスカイツリーに行きたいって言った時にそれを思い出したんだ」
「あ、わかった。あの部屋に戻って、掲示板に何か書き残してきたんでしょ」
「正解」
 我ながら、雀の涙ほどの事をしたとは思っている。
 だけど、もしどこかの誰かがその電波を拾ってくれたら――なんて、自己満足にしかならない希望を乗せて、僕は電波を発した。それはIfに頼る人間の性に過ぎないのかもしれないけど。
 そんな僕の話を聞いたくるみは、何故か溜め息を漏らした。
「そっかぁ。人類の証って、電波にしか残らないんだ」
「くるみも何か残したかった?」
「うん。とっても大事なこと」
「僕がその電波を受信してあげるよ」
「本当? じゃあ、言うね」
「うん」


 耳を澄ませた。
 木の外では吹雪く程ではないが、雪が降っている音がする。そこには幻聴のようにベルや鈴に似た音、ソリを引っ張るような音も聞こえる。
 ひょっとしたら、これは電波なのかもしれない。
 ベルや鈴に似た音は、微かに聞こえるクリスマスソング。
 クリスマスも終わり、何処へと帰るサンタ。ソリを引っ張るトナカイの足音。
 どこかの国の時計塔が時間を刻んだ。鐘の音は鳴り響き、子供達の安らかな寝息、少年少女の願い、年老いた者達の平和を願う声が広がる。
 世界中の声が、世界最高のクリスマスツリーとすれ違う。その喧騒の中、僕は最も近しい場所にいる女の子と電波を交わした。

「ゆうき」
「くるみ」

「好きだよ」


____


 どこかにいる、誰かへ。
 僕達はアダムとイブの最後の子孫です。
 いよいよ人類は終末を迎え、その命は新しい生命へ転生するでしょう。
 願わくば、この声が誰かに届かん事を。
 これは、僕達がヒトとして生きた証を残したものです。
 今はきっと、僕達に自由はないのでしょうけど。
 叶うのならば、僕達に自由をお与えください。
 その自由をもって、僕達は再びの繁栄をお礼として送る事でしょう。
 そして、いつかお互いに手を取り合える日を迎えましょう。

 僕達はこの地球で生きた人間です。
 誰か、僕達の声が聞こえませんか?
引用なし
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黒いリストバンド
 スマッシュ WEB  - 11/5/1(日) 23:26 -
  
 チャオはまるで人の心をトレースして生きているようだ。
 ヒーローチャオ。優しいチャオ。
 それを飼っている人も、それが攻撃のように見えるほど優しい。
 ダークチャオ。いたずら好きなチャオ。
 悪意でやっているのか。それともただそれが楽しいのか。
 わからない。だから怖い。そんな飼い主。
 ヒーローかダークかはその人が善人かどうか判断するものではない。
 非道な犯罪者の飼っていたヒーローチャオが無邪気に遊んでいるのが報道されると、首を傾げる人がいるが。
 人に優しく、とかそういう善意に縛られていて歪んでしまったと考えれば、そういうものなのかもな、と納得できる。
 ただチャオをよく見れば飼い主の中身が見えるのは確かだった。

 チャオガーデンで見る人の顔は、どれも明るかった、と思う。
 無邪気な振る舞い。子どもがその動きを真似て楽しんだり、大人が微笑んで見つめたり。
 そういう顔ばかりを脳が選んでいたのかもしれない。
 しかしチャオガーデンはいつも愉快な声に包まれていて。
 どうしてチャオを飼っている人たちはあんなに幸せそうなのだろうと考えたことがある。
 チャオと一緒にいるから幸せなのか。それとも、幸せだからチャオと一緒にいるのか。
 幸せが先に決まっていた。
 そうでなければチャオなんかで楽しい生活を過ごせるはずがないのだ。
 チャオは有益な他人の代わりでしかないように思う。
 だから時間さえかければ、いつか彼女のような人に会えるとわかっていた。

 初めて見つけた時、黒いリストバンドの彼女はチャオに餌をやっていた。
 チャオは淡々と食べる。
 それを眺める少女は監視者のよう。肩まで届く墨色の川は止まったまま。目を離さないが何かを感じている風でもない。
 チャオの口を使って、木の実を減らす作業をしているように見えた。
 「何か違う」光景。釘付けになる。どんな微かな変化も見逃すまいと。
 食べ終わったチャオは置物のようになる。
 座ったまま空を見る、遠くを見る。目が合う。しかしこちらに関心があるように見えない。
 がらんどうの目。感情を表す球体も丸いまま漂っていて、動きものろい。
 空白のチャオ。
 主人もまた無表情でチャオを見ているだけ。
 何もない人間だからチャオも、と思うのだが違和感があった。
 そうではないように感じた。
 感情もないように振舞って、何かを隠しているような。
 光に晒されないように、頑丈な箱の中に入れて。
 それは飼っているチャオにすら気取られないほどに徹底しているのだ。
 きっとそうだと思った。

 右手首のリストバンドは目印のようなものだった。いつ見ても着けている。
 夏なのに露出しているのは首と腕くらいなもので、小ぢんまりとしたシルエット。
 ファッションのアクセントとして、綿のそれが手首にあるとは思えなかった。
 むしろそこだけが浮いているように見えるくらいで。
 じゃあどうして彼女はそれをいつも着けているのか。
 目星は簡単について、後はうまくやるだけだった。
「こんにちは」
 開かれた目。初めての表情。
 そこから言葉が返ってくるまでの秒数が長く感じられた。
 彼女は何を思って、どう考えて、五秒をどれくらいに感じたのだろうか。
「こん、に、ちは」
 尻すぼみ。いい子だ。
「不思議なチャオだね。何もしない」
「え……まあ」
「キャプチャ能力って知ってるでしょ?小動物を取り込んで、っていうやつ。まあそんな酷いことをさせる人はあんまいないけどさ。でも俺はチャオはいつだってキャプチャ能力を使っていると思ってる」
 目が合う。向こうが逸らす。無言だがこちらの話を遮ってはこない。続きを話してもいい、ということだろう。
「人の心をさ。食べ物にしているってわけじゃないけど。なんて言えばいいかな。えと、ああ、共有。うん、共有って感じでね」
 そこまで話して、どういう方向に話を持っていこうか悩む。
 どうにか彼女の抱えているものを吐露させたい。
 しかし初めて話した日にそこまでいくのは難しいだろう。
 時間をかけなければならない。
 ただ踏み込もうとする姿勢を維持するのは悪くない。
 話題の不足をそんな理屈で誤魔化して続けた。
「君のチャオは空っぽに見える。それは君の何もないというところを共有したわけじゃなくて、君がこのチャオに何も共有させなかったからなんじゃないかって思うんだ」
 眉が寄った。初対面の人間に変なことを言われれば当然こうなる。
 接近するのはここまでか。
 警戒を解かなくてはならない。
 相手の傷を見るために、自分の傷を見せなくてはならない。
 呼び水のように。
「俺のチャオも似たような感じだったよ。その後すぐ死んだけど」
 少しずつ。
 似た者同士のように演出していく。

 黒いリストバンドの彼女を見かける度に俺は話しかけた。
 踏み込むのは少しだけ。
 最近どう、なんて問いかけもほどほどにひたすら自分語りだ。
 不幸な少年なんです、と言わんばかりの独白を続けていたら、二週間も経たないうちに彼女は自分が不幸な少女であることを話し始めた。
 私、虐待されていて。
 実は親から。それも両方からで。
 学校でも一人で。
 服で隠れているけど、体中痣だらけ。本当に。
 じゃあ、ほら、脚のとこ見ていいよ。
 時間さえ惜しまなければ、いくらでも芋づる式に引き出せた。
 チャオが暗に示していた通りに、少女は傷を内面に隠していたのだ。
 まるで飼い主を暴くピッキングツール。
 口元が上がるのを抑えられなくなるのだった。

 両親は頼れない。学校では一人ぼっち。
 だけどチャオガーデンには友人がいる。
 たった一人だけの友達。
 それもお仲間で、さらに異性。
 そうなってしまえばもう意識されない理由はない。
 現実はそのように物事を運んだ。
 けどそれは恋愛という甘い蜜で偽装された依存だってことに、彼女は気づいていない。
 だから俺は黒いリストバンドの彼女に近づき続けた。
 食べ頃になるまで。
「ねえ、それってリスカだよね」
 彼女が自分から言わなければ、攻略の最後の鍵にすると決めていた。
 似合わないリストバンドの下。
 そこで自分を傷つけているに決まっていた。
「うん、そう」
 肯定。「見る?」と聞いてくる。
 心に触れるのだ。見ないわけがない。
 細い腕には縦に流れる血管が浮き出ていた。それに対してみみず腫れが横に線を引く。
「辛いから?」
「うん」
「チャオを飼っても、救われない?」
「そうだね。チャオを飼っても、駄目だったね」
 苦笑いしながらリストバンドを定位置に戻した。
「そう。チャオを飼っても駄目なんだよ。君も、俺も」
 チャオは人の心を映す鏡だ。
 ならばチャオとの触れ合いは、人とのそれの反復でしかない。
 いくらチャオと触れたところで幸せが生まれるはずがないのだ。
 人から得るのを諦めて、チャオから得ようとしたところで、無理が生じる。
「人じゃないと駄目なんだ。けれど、それにふさわしい相手がいない。だからこうなってしまう」
 手首の傷だって同じで。
 その傷は自分以外の誰かに付けてほしかったはずだ。
 言い争い。ちょっとした喧嘩。
 そういう明らかな行為だけでなく、日常の中に溢れる、互いに認めた上で作る心の軽傷を。
 だから彼女は傾く。今だって飢えているのだから。
「でも二人なら大丈夫だと思わない?」
「二人」
「そう、二人。ずっと一緒にいたいんだ」
 その告白に頷くのにそれほど時間はかからなかった。
「じゃあ行こうか」
「どこに?」
「どこにでも。二人で、ね」
 チャオを連れて行こうとした視線に言う。
「チャオはいらないよ。救ってくれない。必要なのは二人」
「ん」
 置き去りにして、チャオガーデンから去る。
 幸せそうな空気。
 でも事態は何も好転していないことにいつか気づくだろう。
 心の支えができたわけでなく、自分を食い物にする人間が増えただけ。
 お互いに依存をしようというつもりならいいけれど。
 そうでないなら、優しさを見失った者同士の関係にハッピーエンドはない。
 弱い方が酷い傷を負って終わる。あるいは両方の心にそれが残る。
 そうなった後、彼女はまだ依存するのか。それとも何もかも拒絶するのか。
 どちらに転んでも、嬉しい。
 黒いリストバンドの彼女はもっと歪んで美になるのだから。
 俺は満たされるだろう。
 一瞬後ろを振り返ると、彼女のチャオが白い繭に包まれつつあるように見えた。
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チャオの実
 ダーク  - 11/5/2(月) 23:11 -
  
「わかるか。なくなるんだ」
 中年の男が言う。
「わかるさ。何も残らない」
 俺はグレープジュースを飲む。
「お前は何もわかっていない」
 中年の男は自らの腕を切り落とした。
「こういうことだ」
 中年の男の腕は床の上に横たわっている。
「お前はまだ何もわかっていないようだ」
 俺のチャオが灰色の繭に包まれた瞬間が思い出される。
「こういうことではない」
 俺の口に入っているグレープジュースの味がなくなった。
「そういうことだ」
 俺はグレープジュースを飲み込み、首を上げて中年の男の顔を見る。
「お前は何もわかっていない」
 俺の言葉に、中年の男の顔は紅潮した。
「実は取れたんだ」
「死ね」
 中年の男の言葉の後、俺はなくなった。
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彼女の病室
 ホップスター WEB  - 11/5/8(日) 3:12 -
  
…そういえばあれ、今度はいつにするかな。
学校の帰り道、僕はそんなことを考えながら坂道を下る。

「あれ」とは、お見舞い、である。
誰のお見舞いかといえば、知り合いの女の子。いわゆる幼馴染、というやつに近い。
周囲からは「病弱の幼馴染とか最高のシチュじゃねぇか」とよくからかわれるが、断じてその気はない。断じて。

彼女は、7歳の時に大病を患い、以降入退院を繰り返している。
入院する度に僕がお見舞いに行くのが恒例で、基本的に週1回。
一時は「なんで僕が行かなきゃいけないのさ」と拒否したこともあったが、どうも彼女が大泣きしたらしく、それ以来大きな用事がない限り欠かしたことはない。

結局のところ、彼女は「トモダチ」が欲しかったのだろう。
病気になって既に10年。当時の友人関係は既にバラけてしまい、残ってるのは僕ぐらいなものだから。
ずっと入院していた訳ではないのでたまに学校にも行ってたけど、入退院を繰り返す状況で友人を作るのも難しかったようだった。

そうそう。
「トモダチ」が欲しかった彼女は、5年ぐらい前からチャオを飼っている。
基本的に清潔な環境でしか住めないチャオは、普通の動物と違って病院へ連れて行くことも特別に許可されている。
彼女がペットとしてチャオを選んだのは、それが大きいらしい。
ただ、入院してるとずっと一緒、というのは無理なので、普段は彼女の家族が世話をしてるそうだ。

…とか何とか、読者さんに向けたテンプレ説明文章を考えながら、僕はやっぱり坂道を下る。


…決めた。
水曜の夕方にしよう。


「という訳で、現在時刻は水曜の午後4時半、ここは彼女の病室…」
「はいはい、厨二病も大概にね?」
…どうやら読者さんに向けた説明文が口をついて出てしまったらしい。彼女に厨二病だと笑われる。
正直、ちょっとどころかかなり恥ずかしいが、まぁいいか。娯楽が少ない病室って場所だし、笑ってもらうのが一番だろうしね。

で、どんな話題をするのか…といっても、他愛のない話題である。
病室にテレビはあるのでテレビの話、学校の話、あとは…そう、チャオの話。

「そういえば、あの子を飼い始めて、もう5年かぁ…あの子はあんなに成長したのに、私はずっと病院だよ」
「いや、なんだかんだで半分ぐらいは退院してるだろ?」
「そうだっけ?」
もちろん僕も正確な日数を数えている訳じゃないけども、およそ半分ぐらいのはずである。
ただ彼女にとって、その「半分」はどれだけ長くて、大きいのだろうか。それを考えると、少し胸が痛い。

彼女はベッドから出るのは難しいが、自分で食事をしたりするぐらいのことはできる。話すことも問題ない。
側にいたチャオを彼女は抱え上げ、よしよし、と頭をなでた。ポヨがハートマークになって、チャオが喜んでるのが分かる。

そこで僕は、あることに気がついた。
「そういえばさ」
「うん?」
「飼い始めて5年ってことは、そろそろ転生するんじゃない?」
「あ、そっか!」
「今度はどうするの?今はオヨギタイプだから、今度はヒコウとか?」
「そうね…ま、ゆっくり考えることにする」
そう言って、彼女はニコリと笑った。なんだかんだで、その笑顔は癒される。

「あ、そうだ」
今度は彼女が僕に話しかけてきた。
「ん?」
「退院、って訳じゃないんだけど、木曜の夜に家に一泊できることになったの」
「おー、おめでとう!」
「ありがと。この調子でいけば退院できるかもってお医者さんも言ってたし、頑張らないと」
「でも、無理はするなよ」
「うん」
そう軽く頷くと、また彼女は少し笑った。


(そういえば彼女、今は家なのかな?いやもう病院に戻ったか?)
金曜の放課後、やっぱり坂道を下りながら僕は考える。一泊だけだから、少なくとも今夜には病院に戻らなければいけないはずだ。
そんなことを考えていたら、突如携帯が震えた。着信元は…母親か。
「もしもし?」


…それから何時間が経っただろうか。既に深夜と呼べる時間。僕はまた、彼女の病室にいた。
でも、そこで寝ている彼女は目を閉じて、喋らない。呼吸器が繋がれ、電子音が響く。

母親の話をまとめるとこうだ。
今日の昼すぎ、彼女のチャオが繭に包まれた。
しかし、その繭からは、何も出てこなかった―――どうやら転生しなかったようなのだ。

冷静に考えれば当然である。入退院を繰り返す彼女に、チャオの世話が満足にできるはずがない。
彼女の家族が世話をするには限界があったのだろう。

…で、彼女は錯乱して、包丁を自らの胸に…そして、今に至る。
奇跡的に急所から外れたため、一命は取り留めたそうだが…それでも、彼女のこんな姿を見るのは辛い。


君が側にいてあげることが、彼女にとって何よりだから、と彼女の家族に言われ、僕は深夜の静かな病室で、喋らない彼女と2人きりの夜を過ごす。
一昨日はあんなに楽しそうに話してたのに、こんな…こんな…
僕の頭の中で、様々な思考がぐるぐると渦を巻いて、安定しない。

「こんなのって、ないよ」
つい、口から言葉が出てしまった。

僕は心の中で(やってしまった)と思いつつ、無意識に彼女の手に触れた。その時だった。
「…こん…な…の…?」
僕の声じゃない。別の声。彼女の声。そしてその瞬間、僕の左手に触れていた彼女の右手が、動いた。
驚いて言葉が出ない。彼女が、喋った。喋った!!

少し経って、やっと冷静になった僕は彼女の顔を覗くと、彼女はしっかり目を開けていた。
彼女も自分の顔を覗いてきた僕に気がついたらしく、小声でこう話しかけた。
「ごめんね…私が死んだら…悲しむ人が…また増えるのに…」

あぁそうだ。チャオが死んで彼女が悲しむように、彼女が死ねば僕は悲しむ。そうやって世界は繋がっている!
…死に掛けたとはいえ、ギリギリの所で彼女はそれに気がつくことが出来たんだから、きっとマシな方なんだろう。

僕はそっと、彼女の右手を握った。彼女も静かに、強く握り返した。


「…そういえばそんなこともあったねー。さすがにあれは三途の川が見えた。知ってる?あれってマジであるんだよ?3回ぐらい渡りかけた私が言うんだから間違いないって話よ!」

…あれから何年経ったろうか。とにかく、今は彼女も元気に暮らしている。

「おいおい、そんな話茶化していいのかよ」
と僕は苦笑いしながら返すが、彼女は笑いながらこう言い返した。
「過去にどんな不幸なことがあっても、それをネタにして笑って話せる…それが幸せってことでしょ?」

                        おしまい。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

どうも。
小説掲載は1年3ヶ月振りでしょうか。
はじめましてな人ははじめまして、お久しぶりの人はお久しぶり。ほっぷすたあです。
むかーしむかし週チャオの編集長なるものをやっていたような気がしますが、気のせいということにしておいてください。

以下、あとがきというか余談的なものになりますので、飛ばして頂いて結構です。


とりあえず、このお話を書くキッカケについて。

PSUでの友人だったとある姉妹がいたのですが、先日、2人とも亡くなったと知らされました。
元々病気がちだった妹が病死、そのわずか20分後に姉が作中の彼女と同じ形で後を追ったそうです。
後を追った、と聞いて納得してしまうぐらい本当に仲の良かった姉妹でした。
そういえば最近見ないなとは思っていましたが…正直、相当なショックを受けました。


このお話は、その悲しみという感情だけで一気に書き上げました。
文章としては間違いなく稚拙だと思います。ほとんど推敲してません。
読者の皆さんは「で、だから何だ」と思うかも知れません。

でも、(自分でこういうのを言うのもアレですけども)こういう純粋な感情こそが、小説を書くエネルギーになり、また作品を名作たらしめる要因だと思います。私が悲しみをキッカケに1年3ヶ月振りにキーボードを叩いたように。

つまるところ、長い前置きですが、「滅茶苦茶だけど勘弁してね」ってことを言いたいだけ、ということで。

それでは、またの機会に会いましょう。感想などなど、お待ちしています。
引用なし
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The PERMANENT GARDEN : AM3時のおやつ
 それがし  - 11/5/10(火) 12:09 -
  
:AM3時のおやつ

「兄ぃ、おでん食べたい」
眠たい目をこすり、ブルブルと震えるケータイを開けて、俺の耳に届いた第一声はそんな内容だった。
内心で『またか』と思いつつ、俺はケータイ片手にベッドに突っ伏す。
「良く聞き取れなかった、もう一度言ってくれ」
「おでん食べたい」
「おでん?」
「そ。おでんとかラーメンの屋台って4時までやってるって、兄ぃが前言ってたじゃん」
「……あぁ、屋台ね。確かに、以前、そんな事言ったな。――で、何?」
「なに、って……車で連れてってよ」
「……今から?」
「うん。だからさ、迎えに来てよー」
意味不明かつ破天荒、そして何の脈略もないワガママな要求。
なのに、いらついた感情が立ち消えになってしまう、どこか気が抜けた口調。
彼女――真花(マナカ)からの電話はいつもそんな感じである。
「……真花。今何時だと思う?」
「んぅ、3時ちょうどー」
「おめでとう、正解だ。けど、3時は3時でも〈おやつの時間〉じゃあないな。分かるか? カーテン開いてみろ、外は真っ暗だ」
「うん、暗いよ。夜中だもん」
「そうか。だったら、俺がすげぇ眠いことも分かるよな、おやすみ」
電話を切って、再び布団にもぐりこむ。
が、俺が枕に顔をうずめ目を閉じようとした瞬間、再びベッド上のケータイのバイブレーションが鳴り、布団越しに俺の頭を振動させる。
「……」
このまま無視してしまおうかとも思ったが。
(少なくとも数週間は機嫌を直さないのが目に見える……)
俺は、黙ってケータイを開き、耳元に当てる。
「兄ぃ、おでん食べたい。真夜中のおでん。屋台のおでん。味が染みたおでん。とにかくおでん。兄ぃ、おでん食べたい。真夜中の――」
「あぁもう、分かった分かった!」
どこか不満そうな態度を言葉にすることなく、さっきの欲求を呪詛のごとくエンドレスで言って押し切ろうとするあたり、俺の性格をよく知っているのかもしれない。
「今、着替えてそっちに行く。お前も外着に着替えておけよ」
「んぅ? もう着替えてるよー」
「……」
普通に遊びに行くときには色々と時間をかけて俺を待ちぼうけにするくせに、こういう時だけは腹が立つほどに用意周到である。
「ったく、夜中にお前みたいなちっこい奴が街中に出歩こうなんて、危ないとは思わないのか?」
「そこは兄ぃの出番だよー」
「あ?」
「怖い人から、あたしが身ぐるみはがされないように兄ぃがきちんとエスコートしてよね」
「……」
「結構、お高い服を着ちゃいましたのでー」
「ハァ、そうでいらっしゃいますか。後でお迎えに参上しますよッ」
ケータイを切って、横たえた身体に力を込めて、ベッドから上半身を起こす。
こういうのは勢いでやらないとすぐに夢へと引き戻されてしまうものだ。
「大学の課題がたまっているって言うのに、あいつは――」
寝がえりですっかり皺くちゃになった寝巻を床に投げ捨てる。昼の用事に着る予定だった私服を取り出し、身に纏う。
真夜中に外着への着替えをすると、何とも身体に違和感を感じるものだ。
「さむっ」
ドアを開けた瞬間、吹いてきた肌寒い風に思わず身を縮ませてしまう。
電気が全て消えていることを目で確認し、真っ暗になった部屋に背を向け、壁にかかった車のキーを手に取る。
やはり、空は『おやつの3時』とは程遠いくらい、闇色に染まっていた。

   *   *   *

「今日改めて思ったことは――」
「んぅ?」
「――俺はお前に対しては徹底的に甘いってことだ」
「んー……」
俺の言葉にいまいち理解が出来なかったのか、それとも食いっ気に毒され人の話なんぞハナから聞く気がないのか、真花はあいまいな返事だけをよこしてきた。
ま、どうせ後者だ。証拠に、その目はすっかりおでんの煮え立つ鍋の方へと向けられていた。
「午前3時35分、か」
「おやつの時間、遅刻しちゃったね」
「バカ。遅刻どころか、11時間25分のフライングだ」
「……人、結構いるんだね」
真夜中に出歩くのは初めてなのか、そんな事を俺に聞いてくる。
「あぁ。けれど、――いつもに比べりゃ、そうでもないがな」
話す人の声が聞こえないこともないが、もう流石に飲み会の締めの時刻も過ぎたのだろう、他の屋台にいる人の数もまばらである。休日から休日ということもあるのかもしれない。
実際、今、俺たちが居る屋台も二人だけの貸し切り状態だ。
「……」
おでん屋の店主と思われる親父さんが、隅からのそっと出てきて、使い古した細長い菜箸と金属製のお玉を、俺たちの真ん中に置く。
「ありがとーございます」
「……」
俺と真花の声に、彼は返答することなく、すぐに奥の方へ戻ってしまう。
おでんの数はだいぶ少なくなってきており、減った分もきちんと覚えられるのだろう。
当然、俺は変な小細工して代金を少なく支払おうとは思わない。
こんな真夜中におでん屋を営む人間に目などつけられたくないし、下手なことして関わり合いになるのも嫌である。
「(――ねぇ、あの人、無愛想)」
「(だな。お前の気持ちは分かるが、真夜中の屋台なんざそんなものだろう)」
「(そうなの?)」
「(俺も詳しくは知らん)」
親父さんは俺たちに接客する気はないのか、屋台の奥のベンチに腰かけ、ドラム缶で火を焚きながら、道を通るタクシーをじっと目で追いかけていた。
「むぅ……」
「まあまあ、そんな気にするな。で、真花、どれにするんだ?」
鍋の横に置かれた菜箸を手に取り、俺は真花の方に顔を向ける。
ほんの少しだけムスッとしていた彼女も、さらなる食いっ気に押されたのか、すぐに顔をほころばせて好物の入った鍋を探し始めた。
「決まったか」
「うん、そこの残っているロールキャベツ全部と、そこの卵と大根」
「あいよ」
彼女の要求通りのタネを鍋からつまみ出し、深皿に取って渡す。
「ありがとー」
ギシギシときしむ木の椅子に座りながら、湯気に包まれたおでんの皿を片手に真花は無邪気な笑顔を浮かべる。
上半身もリズムをとるみたく、等速で軽やかに揺れているのが分かる。
「すぐに機嫌良くなるのな」
「うん。あたしの取り柄」
「そうか、それは良い性格だ」
真夜中に無理矢理叩き起こされて目にくまも出来ているだろう俺とは対照的に、真花の目はぱっちりと開いて、髪もふんわりと整えられている。
ちなみに、俺はあまり食べる気もないし、お金もないので、一番安い大根だけを少しだけつまんでいる。
「からしはどうする?」
「ちょーだい」
「ん。……――ふわぁ。ところで、おまえまた生活リズム逆転したのか?」
欠伸を何度となく手で押さえながら、真花の方を見る。
「うぅん。今日はたまたま、夜更かしがしたい気分だっただけ」
「たまたまねぇ。そんなんで人を巻き込むか、普通」
「でも、兄ぃは付き合ってくれる」
「あのなぁ。そんな風に付き合わせるのは、俺だけにしとけよ?」
「んぅ、それって告白?」
「違う逆だ。おまえが彼氏にすぐ愛想尽かされないようにわざわざ忠告してやってんだ」
「でもそれって、お気に入りの女を『そくばく』したいってことじゃないのー?」
「いい加減にしろ、バカ」
彼女の頭にポンと左手を置いて、くしゃくしゃっと撫でる。
髪型が崩れる、と文句を言いつつも、軒先にいる三毛猫のごとく身体を揺らす所を見ると、撫でられること自体は彼女にとって心地の良いものらしい。
色素が少し抜けた、茶色の柔らかい髪の毛は、小さいときからずっと触り心地が良い。
俺も、何かと撫でる機会があればそれに便乗してしまう。
近所の老若男女から常に『変人』呼ばわりされ続けてきた俺の幼馴染の、数少ない美点でもある。
「……んぅ、もう、だめー」
「俺をこんな真夜中に引っ張ってきたんだ、もう少し撫でさせろ」
「むぅ、今食べてるの、終わりっ。次は、そこのちくわぶとハンペンでっ」
「……?」
「早くとってよっ」
「はいはい、ごめん」
赤い提灯が冷たい風に揺らされ、大通りをタクシーが規定速度以上のスピードで走り去っていく。
おでん屋の親父さんが、何とも言えない表情でこっちの方を見ている。
彼からしてみれば、それこそ真花の言うとおり、我儘な彼女と巻き込まれる彼氏というカップリングの新参客が真夜中にずかずか乗り込んできてやがる、と辟易しているのかもしれない。
時計を確認すると、4時を少し過ぎていた。もしかすると、4時で閉店なのだろうか。
「……」
俺はジェスチャーで『お金は少し多めで払う』と伝えるも、やっぱりこちらに何を考えているのか一切伝えずに、俺たちの方から目を反らした。
とりあえず、もう少しだけはここにいてもよさそうである。
「んぅ? なんか気になることでもあったのー?」
「いや、別に何でもない」
場の空気を基本的に読まない彼女は、くいっと首をかしげつつも、いつの間にか新たに皿の中に追加されたタネをどんどん消化していく。
「ああ。一つだけ気になることといえば」
「え? 何?」
「おでん代は誰が払うんだ」
「……んぅ」
「何だよその視線」
「あたし、お財布持って来ていない」
折角大根だけで済ませようと思ったのに、思わぬ出費がかさむことになった。
オゴリとは奢る側の行為であって、奢る側の義務ではない、と声高々に言いたい気分だ。
「――あぁ、もう」
ただ、一番俺が憎々しく思うことは、そんな事になるのを見越して財布に多めのお金を持って来ていた俺自身なのだが。
「兄ぃは人にお金貸したり、連帯保証人にはなったらだめだよー。あと、怪しい勧誘には絶対に乗っちゃだめだからねー」
「それを他ならぬお前が言うのか」
「兄ぃの妹分ですから」
「はいはい、わざわざ妹分のお前から心配されて、兄ぃは幸せですよ」
そうして、俺は自分の分で取った大根を全て腹の中に入れる。真花の方はまだもう少し時間がかかりそうだ。
「……」
暇を持て余し、おでん屋の店主が見ていたように、大通りの続く方をじっと見つめてみる。
等距離に植えられた人工の灯りに照らされ、灰色の道は人々の大半が眠るこの時間でもどこか排気ガス臭い。
速度違反など考えもしていないバイクやタクシーがたまに空気を引き裂きながら過ぎ去っていくことに、チリチリとした恐怖が脳裏をよぎる。
多種多様な人々が行きかい、喜怒哀楽を置き土産にして歩き続ける世界。
多種多様な人々が、喜怒哀楽を拾って自らの糧にする世界、とも言えるかもしれない。
それゆえに、この場所は多くの人をひきつけてやまないのか。
低い建物、高い建物。人がその場により長くとどまろうとする一手段。
ホテル、マンション、オフィスビル、商業ビル――
一見すると、何とも寒々しい無機質の塊。
しかし、そこから白やオレンジの光が漏れだし、そこにあたたかな人間の営みがあるのを確認させるや否や、人々はその塊に共感し、言いようもない親近感が湧いてくる。
あぁ、私は生きている。私は人間だ。この世界に存在する人間だ、と。
(――だが)
最近は、本当にそれは事実なのだろうか、とも思ってしまうのだ。
そこにいるのは――ここにいるのは、まぎれもない何千億という何かによって形作られた人間という生物なのだろうか、と。
もし、人間と全く同一の姿かたちなのに、人間でない〈何か〉が居るなら――
その存在は人にとって無害ということないだろう、人はそれぞれ色々なことを考えるものだ。
それが有益か。それとも有害か。または一生その存在に気が付くことがないか。
その3つに分かれるに違いない。
あの窓の向こうにいるであろう人々や〈何かたち〉は――
俺にとって、その存在は――

一体、どのように受け止められるものなのだろうか?

(――いや、もう、止めよう)

首を振り、現実に戻ろうと、目線を屋台の方へ戻す。
「お」
彼女の皿の上も、ようやくロールキャベツが残り二つのところまで到達していた。
その横にもっさり積んである何か――おそらく〈ロールキャベツを巻く白い帯〉だろう――がやけに存在感を示している。
(いち、に、……。おい、ロールキャベツだけで12個かよ)
彼女の皿に積まれたその数に驚愕しつつも、後で支払う金額を思うと湿ったため息が出てしまう。
「――ん?」
と、いつからこっちの方を見ていたのか、彼女が俺の顔をじっと見ながら、ツンツンと自分の皿を箸で指し示していた。
「なに?」
「……いっこ、食べる?」
「満腹なのか」
「んぅ、そゆことじゃない」
「……」
彼女なりの俺に対するお礼なのだろうか。
帯の取れたロールキャベツを一個、箸で器用に持ち上げてこちらに移そうとしてくれる。
「いや、いい」
「え?」
「お前が食べたければ、俺はいい」
「いらないの?」
「あぁ」
「そ。……――あぁ、そだ」
自分の皿に戻したそれを半分に割りながら、ふと何かを思い出したかのように真花は口を開いた。
「兄ぃ、また明日――じゃないや。今日もまた〈ガーデン〉に来るの?」
〈ガーデン〉と聞いて、一瞬何を聞こうとしているのか分からなかったが、今日が日曜日だったことを思いだす。
「多分行く」
「そ。ごめんだけど、明日は30分遅れてスタートするから」
「何かあったのか?」
「予約がね、入ったの」
「予約?」
「んまー、色々あるの。兄ぃは幼馴染割引きで料金安いんだから、それくらい我慢してよね」
「別に悪くはない。了解した」
「んぅ。――でも、あんな場所をデートの待ち合わせ場所にするなんて、兄ぃもモノ好きねぇ。いや、〈ブリーダー〉のあたしが言うのもなんだけどさー」
「俺が、というよりは、〈アイツ〉が、だけどな」
「兄ぃは嫌い?」
「……アレはアレで愛嬌がある、と思えるようになってきた」
「最初会った時は、へんてこなかたちー、とかバカにしていたくせに。……やっぱり、その〈アイツ〉効果?」
「そうかもな」
「ふうん、妬けちゃうねー」
「妬くな。ただの性格悪いクソガキだ」
俺の返答に、真花は軽く笑みを浮かべると、さっきのロールキャベツを自分の口の中に放り込む。そうして、ようやく右手に持ち続けていた箸を皿の上に置いた。
「ごちそうさまー」
「ん」
俺は財布から貴重な紙のお金を二枚と、硬貨をジャラジャラと出して、少し脂が染みたカウンターの上に置く。
さっきまで不機嫌な態度を示していた真花も腹が膨れて満足したのか、最初来た時のような調子で屋台の親父さんに声をかける。
「お金、置いておきますよー!」
「……」
返答こそなかったが、親父さんはその片手をぶっきらぼうに上げた。
「なんなんだろうねー」
そんなコトを言いつつも反応を得られたことが嬉しかったのか、俺の方を見た真花はクスクスと笑った。

『The PERMANENT GARDEN』

(あとがき)

続きは、次の鍛錬室の課題に従って書き進めていくつもりです。
『チャオ』は出ているかって? ……えぇ、出ていますよ、しっかりとね。そこらへんの話は後からのお楽しみです。
引用なし
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赤いチャオ
 ろっど  - 11/5/11(水) 23:36 -
  
 今日も雨だ。
 そういう時期だから仕方がない。だからといって出かける気にもならないし、ぼくの家をたずねる誰かもいないから、やはり今日もまた誰とも会わない。
 本を読む。目と頭がよくはたらく。体は椅子に固定されている。
 ヒロインが死ぬ。一貫して共感のできないヒロインだった。主人公が好きなのに主人公とは話さず、最後主人公に告白してひっそりと死んでいった。
 そういう人は世の中によくいるように思える。
 他人と関わりたい。けど怖い。距離を置く。壁を作る。
 たぶんそういう人は肝心なときにしか動けないのだ。このヒロインも。そして肝心なときにはいつも手遅れになっている。
 もしかしたら、チャオも人と同じなのかもしれない。
 ぼくのチャオは、いつも遠くからぼくを見てじっとしている。
 ぼくは自分のチャオとも会っていない。
 同じ場所にいるだけだった。
 インターホンが鳴る。
 ぼくは専用の受話器を取ったが、故障しているようだった。しばらくの間、対応すべきかそうでないか迷って、やや緊張しながら玄関に向かった。
 ドアはぼくが玄関に着くと同時に開いた。赤いチャオが立っていた。
 チャオが開けたのか。そういえばドアにチャオ用のノブがついているのをすっかり忘れていた。『チャオでも開けられるくらいの軽さ』をセールスされたことを思い出す。
「隣の部屋に引っ越してきました」
 細い声。チャオの後ろに女の子。
「これ、つまらないものですが」
 丁寧に包装された箱。
 少し間が空いた。
「どうも」
 また間が空く。
「じゃあ、すいません」
 ぼくの声は遠く感じた。
 こてん。音がする。ぼくの後ろでチャオが転げている。
「チャオ、飼ってるんですね」
 それが彼女とのファーストコンタクトだった。


 あたたかそうな桃色のシャツ。白いロングスカート。赤いチャオ。
 何度か顔を合わせるうちに、ぼくの中での彼女の印象はそれになっていた。
 引越しの挨拶以降、彼女は頻繁にぼくと話している。
 やってくる時間はきまって夕方だった。

 わたし、引っ越してきたばかりだからまわりに知り合いがいないんですよ。
 わたし、目をあわせてしゃべるのが苦手で。
 わたし、ほんとは男の人と話すの苦手なんですけど。

 彼女はずっと自分の話をしていた。だけどぼくがよくおぼえているのは、いつも赤いチャオだった。
 赤いチャオは笑わず、しゃべらず、ぼくから常に距離を置いている。まるでぼくのチャオのようだと思った。
 毎日、玄関での会話、十分。
 彼女は何か明確な目的をもって話をしているように感じた。
 会話ではなかった。一方的にぼくが話を聞いているだけだ。非常につまらないものであるはずだった。
 しかし彼女は飽きずに毎日やってきた。

 わたし、父親の都合で引っ越してきたんです。
 わたし、チャオが好きなんですよ。
 わたし、実は自傷癖があって。

 ぼくは淡々と相槌をうち続けた。
 さしずめ彼女の話を聞くためのロボットだ。
 そうなのかもしれない。
 彼女はぼくを使って話す練習をしているのか。
 そんなふうに彼女が自分の話をするだけの日々が続いて、しばらく経ったある日。
 彼女の話が変わった。


「わたし、学校でも友達がいなくて」
 彼女は最初のころの細い声がうそのようにはきはきと喋っていた。
「何を話したらいいかわからないんです」
 話の流れが変わったことに、ぼくはすぐ気がつけなかった。
「どうしたらいいと思いますか?」
 気軽に返答はできなかった。内容が内容であったし、ぼくも話が上手な方ではなかったからだ。
「よくわからない」
 正直な答えだった。
 ぼくは彼女の後ろ姿を黙って見つづけた。
 彼女もまた、あのヒロインと、ぼくたちのチャオと同じだった。
 そしてそれはぼくも同じだ。
 これだけ話されていながら、ぼくは彼女の心に踏み入れないでいる。他人と関わりたいと思っていながら恐怖が勝っている。
 その恐怖を乗り越えるのは『肝心なとき』になるのか。
 恐怖を乗り越えた先にあるものは何か。
 よくわからなかった。
 翌日から彼女は姿を見せなくなった。


 ぼくは彼女の話を聞いている中で、他人と関わりたいと思っている自分を自覚した。
 しかし恐怖を乗り越えるものが、もうひとつ足りないのだ。
 ぼくのチャオは未だにぼくから離れている。
 互いに同じ場所を共有しながら、一緒にいない。
 それでいいのか、と思う。
 壁を作るのが癖になっている。人と壁越しでしか関係できない。彼女は自分を変えようとしていた。それではぼくは?
 変えるべきなのか、そうでないのか。いや、そうではない。
 変えたいと思っているのか。
 ぼくのチャオがじっとぼくを見つめていた。


 夕方になった。
 ぼくは玄関へ向かう。しばらく歩いていなかったような感覚。
 ぼくはドアを開けた。
 赤いチャオが立っている。
 赤いチャオはぼくを一べつして隣の部屋へ向かって行った。
 彼女の部屋だ。
 ぼくの中で湧き上がるこれは緊張か、恐怖か。しかし今はそれがぼくに力を与えてくれているように感じた。
 インターホンを押す。
 応答はない。
 赤いチャオはドアの横でじっと立ってぼくを見ていた。
 もう一度インターホンを押す。
 応答はない。
 赤いチャオがぼくをじっと見る。
 この時間帯に彼女がいないのはおかしい、と思ったが、勝手に開けるのは気が引けた。
 でも、あえて開けてみるのもおもしろいかもしれない。
 いつものぼくなら開けないだろう。
 赤いチャオはぼくを見ている。
 ぼくはドアノブに手をかけた。
 
引用なし
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おかしなはなし
 冬木野  - 12/3/30(金) 22:21 -
  
 おかしな話をしよう。
 それはぼくが世間というものを知って、初めておかしいと思った話だ。


 先ず、ぼくには二人の親がいた。
 一人はお父さん。白衣と眼鏡という、特徴的だけどなんだか無個性な見た目の人だ。話し相手がたくさんいる。棚の本とか、机の上の紙とか。話し相手にはぼくも含まれていたが、返事を返してくるのはぼくだけだ。それでも特に不満はないらしい。
 一人はお母さん。同じく白衣に身を包み、切るのも面倒だと髪を無造作なポニーテールにするくらい大雑把な人だ。よく鼻歌を歌う。聴き手がぼくしかいないのだが、それでも歌うのをやめない。動きの一つ一つも踊っているように見える。でも別に楽しいわけじゃないんだとか。
 二人の仕事は、ぼくを知ることだそうだ。だからぼくもそのお手伝いをする。ぼくはお父さんもお母さんも好きだから、役に立てるのは嬉しかった。

 ぼくのすることは一つ。お父さんとお母さんの質問に答えることだ。
「私が何を考えているか、わかるかい?」
 一つ頷いて、ぼくは答える。
「おたばこ、なくなっちゃったなって」
 お父さんはぼくの頭をぽんぽんと撫でてくれた。正解みたい。
「わたしが何を考えてるか、わかる?」
 二つ頷いて、ぼくは答える。
「おめめ、つかれちゃったなって」
 お母さんはぼくの頭をゆっくりと撫でてくれた。これも正解。
 このやり取りを、思い出した頃に繰り返す。これがぼくたちのお仕事。これを繰り返せば、二人はぼくのことを知ることができるんだそうだ。
 思い返せば、実におかしな話である。

 ある日、お父さんとお母さんが喧嘩していた。
 何があったのがは教えてくれなかったが、話はなんとなく聞き取れた。お母さんが、結婚がどうの、とか言ったらしい。お父さんが、別にそういう関係のつもりはない、とハッキリ言うと、騒がしかったお母さんがぴたりと静かになった。
 そしてお母さんが、こんなことを聞いてくる。
「彼、わたしのことをどう思ってる?」
 ぼくはお父さんの目が泳いでいるのを尻目に見て答えた。
「どうしようっておもってる」
 それを聞いたお母さんは、不思議と悲しそうな素振りもなく立ち去った。お父さんは背を向け、椅子に腰を降ろした。
 相当おかしな話だけど、この時点で気付かなかったぼくも相当におかしかった。

 それが原因なのかはわからないけど、お父さんがある日、ぼくに一人部屋をくれた。
「今日からここがおまえの部屋だ」
 そこはいつも一緒だったお母さんの部屋とどこか似ていて、でもかなり違っていた。まず目についたのが、他の部屋と同じような、棚にみっちり詰まった本。お母さんの部屋のより小さめのベッド。やわらかいボール。積み木。エトセトラ、エトセトラ。
 ぼくは不意に胸が苦しくなったような気がして、お父さんにしがみ付いた。
「お母さんと一緒がいい」
 特におかしなことは言ってなかったつもりだが、お父さんは大層驚いた顔をした。それでもすぐにいつもの表情に戻り、ぼくに言い聞かせた。
「これも仕事だ」
 仕事。これをこなせばお父さんとお母さんが喜んでくれる。そう思うと、ぼくは少し決心が固まった。でも、初めて一人で寝るのは酷く不安だった。
 後に聞いた話なのだが、ぼくがお母さんのことを「お母さん」と呼んだのは、この時が初めてだったそうだ。

 それからも、ぼくはお仕事を続けた。
「私が何を考えているか、わかるかい?」
 ぼくはお父さんをじっくり眺めてから言った。
「……手、汚れちゃったなって」
 意表を突かれたような顔で、お父さんは鉛筆で汚れた手を見た。ぼくを撫でてはくれなかったけど、お父さんはどこか満足気だった。
「わたしが何を考えてるか、わかる?」
 ぼくはお母さんの目をじっと見つめて言った。
「……皺、増えてきたなって」
 後ずさるくらい驚いて、お母さんは顔に手を当てた。凄くショックを受けてたけど、お母さんはそれ以上に興奮していた。

 なにかおかしい。
 そう思ったぼくは、棚にあった本をとにかく読み漁った。人はこれを読んで頭がよくなるそうだから、ぼくもこれを読めば頭がよくなって、なにがおかしいのかわかるかもしれないと思った。
 ぼくが選んだのは、お仕事の本。お店の店員やレストランのコック、医者に警察に消防隊、いろんな仕事がたくさん載っていたけど、お父さんとお母さんがやっている仕事については何も書かれていなかった。わからないことが増えただけだった。
 ぼくはもっとたくさん本を読んだ。知識を蓄える為の本以外に、物語も読んだ。一番印象的だったのが、騎士とお姫様の話だ。お姫様がある日、魔王にさらわれてしまった。騎士は幾多の苦難を乗り越え、魔王を倒し、お姫様を助けた。やがて騎士とお姫様は結婚し、子供を生んだ。騎士とお姫様の家族は幸せな人生を過ごした。めでたしめでたし。
 そこでぼくは気付いた。確かお母さん、結婚がどうのって言ってて、お父さんに断られた風だった。つまり二人はまだ結婚してないんじゃないのか。それなのにぼくは二人の子供なのか。
 わからないことはたくさん増えたけど、お父さんにもお母さんにも聞くことはできなかった。今、ぼくたちは幸せなんだ。それをぼくが壊してしまうんじゃないかって気がして、怖くて聞けなかった。
 今にして思えば、結婚がどうとか、それどころの話ではなかったんだけど。

 そしてある日、ぼくに最後の仕事がやってきた。
「この子が何を考えているか、わかる?」
 そう言ってお父さんとお母さんが連れてきたのは、どういうわけか人形だった。
 なんて言ったらいいか、全然わからない人形だった。特徴というものがない。表情も無いし、派手な服を着ているわけでも無い。無い無い尽くしの無個性な人形だった。
 ぼくは悩んだ。必死に悩んだ。わからないじゃだめだ。何か答えないといけない。これはお仕事なんだ。これができないと、お父さんとお母さんは笑ってくれない。
 ぼくは考えた。必死に考えた。人形が何を考えているのか。ぼくは人形の目をじっと見つめた。人形もぼくの目をじっと見つめてくる。同じことをしてくる。
 悩んだ末、考えた末、出てきたのは今までで一番苦しい答えだった。
「……ぼくが何を考えてるのか、考えてる」
 お父さんは笑ってくれた。お母さんも笑ってくれた。
「ありがとう。お仕事はこれでおしまい」
 それを聞いたぼくは、その場にへたり込んでしまった。
 さっきまで泣きそうなくらい苦しかったのが嘘みたいに、空虚だった。

 ――これがぼくのコドモ時代だ。


 その後、お父さんとお母さんは自分達の研究成果を学会で発表した。
 二人の仕事は、ぼくを知ること。というよりも、チャオを知ることだった。当時、チャオにはキャプチャ能力に加え、心を読む超常的な力があるのではないかと言われていたそうだ。二人はこれを研究する為、生まれたばかりのぼくを引き取った。
 二人が学会でどのように発表したのかは詳しく知らないけど、結論としてチャオに心を読む力はない、人間以上に観察力に長けているだけだということになったそうだ。
 でも、最後の実験であるあの人形の件については、どういう意味があったのかわからなかった。

 で、一番気になっていたことだけど、結局お父さんとお母さんは結婚していなかったんだそうだ。
 今にして思えば、結婚していなくても別になんらおかしいことはなかった。だってお父さんとお母さんは人間で、ぼくはチャオだ。ぼくが二人の子供であるはずがない。それをぼくは勝手に二人の子だと思い込み、結婚していない二人のことで勝手に悩んでいただけだった。
 それを知ったぼくの頭の中はもうぐちゃぐちゃで、本当のお父さんとお母さんの存在を知ってさらに混乱した。結局これからどうすればいいか答えを出せなかったぼくは、お父さん達とお母さん達の折衷案として、みんな一緒に暮らすことにした。
 今、ぼくには二人のお父さんと、二人のお母さんと――一人の兄弟がいる。

「きみは何を考えてるの?」

 人形は何も答えない。
引用なし
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リンゴに響くのは銃の声
 ダーク  - 12/4/14(土) 17:08 -
  
 チャオが外を眺めているのを、僕もまた眺めていた。休日の昼は暇だ。かといって無理に何かをする気も起きず、なんとなく一日を過ごすことがほとんどだ。今日もまた、そんな日だった。
 チャオがこちらを振り向いた。僕と目が合うが、なんとなくこちらを向いただけという風に、また外を向いた。そろそろ買い物にでも出かけようかな、と思った。
 近所のスーパーに出かけ、ピーマンと玉ねぎ、にんじんと豚肉を買い、家に帰る。夕飯の準備をしている間、チャオはまだ外を眺めていた。僕が夕飯を作り終わって、チャオの晩ご飯のリンゴをテーブルに置くと、動き始めた。僕は野菜炒めを食べ、チャオはリンゴを食べた。
 次の日の朝、僕はチャオと買い物に来ていた。チャオを連れてきたのは、チャオの食料が少なくなってきたので食料を選ばせるためだ。だが、実際はあまり意味がない。チャオは何でも食べるからだ。まさに一応連れてきただけなのだ。
 果物売り場で食料を買い物カゴに入れていると、向かいから声を掛けられた。
「お前もチャオのエサを買いに来たのか?」
 友人だった。彼もチャオを連れていた。ヒーローチャオだった。
「まあ」
 彼は僕の買い物カゴを見た。
「そんなに色々食えるのか」
「うん」
「俺のチャオは好き嫌い多くてさ。リンゴとバナナは大好きなんだけど、他のはあんまり食えないんだよ」
 そういって、僕のチャオを見ながらリンゴとバナナを自分の買い物カゴに入れた。少し驚いた顔をしながら、僕にいう。
「そいつ、大人か?」
「うん」
「そうか。そういえば、習い事はさせてるか?俺は自分がドラムやってるからドラムを教えてるんだけど」
「いや、特には」
「なんかやらせたほうがいいんじゃないか?つまんないぜ」
 そんなこといわれても、と思ったが口には出さなかった。僕はリンゴを手に取った。
「あ、ちょっと待て」
 彼は僕のリンゴを取ると、指で弾いた。そのリンゴを戻し、売り場にあるリンゴをいくつか弾いて、そのうちの一つを僕にくれた。
「これがいい。間違いない」
「そうなんだ」
 僕はそのリンゴをカゴに入れ、買い物を終えた。
 その日のチャオの昼ご飯は、彼が選んだリンゴだった。リンゴを食べ終わったのを見届けると、僕も昼ご飯を食べた。
 チャオを見ると、やはり外を眺めていた。
引用なし
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チャオおとこ
 ダーク  - 12/6/1(金) 21:14 -
  
 聞きなれない音がするので振り返ると、チャオおとこがキキョウの花を吸っていた。
 チャオおとこは、葉から落ちるしずくのような輪郭をしていて、あとは体も手も足も丸い。顔も丸とはいえなくないので、とにかく丸い。そして大きい。二メートルくらいはある。体はほとんど水色で、頭の先や手先、足先が少し黄色い。だが顔は人間のもののように見えた。中年の男の顔だ。
 チャオおとこはストローをいつもくわえている。実際に何かを吸っているところを見たのは初めてだった。キキョウは薄く小さくなっていき、そのうちに消えてしまった。チャオおとこはこちらを見ると、ゆっくりと近づいてきた。のそのそと近づいてきた。
「見られちゃったねぇ」
 ストローの先から聞こえる声はゆっくりとした調子だった。まぶたに響いて眠気が誘われた。なんとか眠らないように目をいっぱいに開いた。けれども目は閉じて、草が生い茂った地面に横たわりたくなって、横たわった。すぐに眠りについたけど、すぐに目も覚めた。深く眠った気もしたし、短い眠りであったような気もした。
 気がつくと隣にも男が倒れていて、その隣には犬もいた。変わらずチャオおとこもそこにいた。犬はひたすらに男の顔をなめていて、男はまったく反応しなかった。男の顔をよく見ると、チャオおとこと瓜二つであった。男の顔を眺めていたが、突然起き上がるような気がしたので、チャオおとこのほうを向いた。チャオおとこは犬にゆっくりと近づき、犬の体にぷすりとストローを刺してすうすうと吸った。犬も薄く小さくなって、消えた。起き上がってチャオおとこの顔を見る。寝ぼけているわけではないかもしれないけど、いつも寝ぼけ眼だ。
「これはねぇ、僕が転生する前の僕だよぉ」
 チャオおとこはストローを倒れている男に刺し、また吸い始めた。吸いながら、吸うと転生できるんだよぉ、と声を出した。男が消えると、ストローを差し出された。転生できるんだよぉ、と繰り返した。これだけそっくりであると、転生したというのも信じられそうだった。だがチャオおとこを見ていると、なんだか釈然としなくて、嘘だよ、見てないもの、と言った。チャオおとこは、本当だよぉ、と言って繭に包まれた。繭が消えると、中には何もいなかった。やっぱり転生なんてできないじゃないか、と口に出したところでいよいよ怖くなって走って逃げ出した。キキョウの匂いがどこまでも伸びていた。
引用なし
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ヘヴンポップ・クリエイト
 だーく  - 18/9/27(木) 0:13 -
  
 真織はカーペンターズの"Top Of The World"を口笛を吹いていたと思ったら、
「口笛みたいな夢を見たいな」
 そんなことを言った。
 突然そんなことを言うような彼女が僕は好きで、そんなことを言えない僕が嫌いだった。
 きっと彼女の言うことは僕にはわからないんだろうな、と思いながらも彼女と話を続けたくて、
「それって寝る方の夢?」と聞くけど、
「どっちでもいいの」と言われて、やっぱりわからなかった。彼女はサビを口笛で吹ききった。高音が掠れた、あんまり上手じゃない口笛だ。
「あのお」と彼女は続けた。
「誰が吹いても大体同じで、声ほど我が強くないっていうか」
 彼女はいつも思いついたことを口に出しては、その後で赤くなって言い訳するように説明する。僕は説明を聞いても全然しっくりこないことの方が多くて、今日も彼女の言いたいことをわかってあげられないんだろうな、と思うんだけど、諦めきれなくて悲しい。
「なのに、自分勝手? っていうのかな。口笛でどもることってないでしょ? 勝手に進んでいくみたいな。でも、確かに自分が吹いてる」
 もしかしたら彼女の言っていることはすごくそのままの言葉で、何も考えずに聞いたらすんと飲み込めてしまうようなことなのかもしれないけど、席替えをしたばかりの高揚感で乱れた教室の光景みたいに、僕は正しく飲み込めないのだった。
 できない返事の代わりに"I Need To Be In Love"を吹くと、真織も合わせて口笛を吹いた。ユニゾンと呼べないくらいに真織の勝手な口笛と僕の恋にまみれた口笛の間には決定的な差があるように思えた。真織は僕の顔を見ながら口笛を吹くけど、僕は真織が口笛を吹いてるときにうっすら浮かぶ首筋の魅力にしか目が行かなくて、それが悟られないようにするのに必死だった。
 サビを吹き終えたところで、
「喋るのとそんな変わらないかも」
 と僕は言った。
「うーん、それは勇気が口笛上手いからだね」
「そうなの?」
「そうなの」
 確かに僕の口笛は高音も掠れないし、細くてよく響く。真織の口笛は高音も掠れるし、たまに裏返ったような音を出す。真織は喋っているときもよく声が裏返るし、真織の口笛こそ喋っているのに近い気がする。
 真織のチャオのポップが、真織のベッドにもたれかかってあぐらをかいている僕のお腹に抱きついてくる。真織の家に初めて来て真織の部屋に入ったときは、まさかチャオがいるなんて思っていなかったから、扉の前まで迎えに来ているポップにすごく驚いたが、その驚いた僕を見てポップもすごく驚いていた。その光景を見て真織は大爆笑をした。笑っている真織を見て、ポップも嬉しそうに真織の足元で跳ねていた。僕だけが苦笑いで取り残されて、ああ、やっぱりヒーローチャオなんだ、とすごく冷静に思ったことが強く印象に残っている。
 夏が終わって涼しくなり始めた時期だったけど、今日は少し暑かった。エアコンはもう今年の夏の役目は終えたみたいでまったく動く気配はないし、窓も最近涼しくなってきたからという言い訳をするみたいに閉じていた。僕はお腹の辺りが少し汗で湿ってきたから、ポップを少しだけずらしてその部分を乾かそうとしたけど、ポップが不満そうな顔をしたので元の位置に戻した。僕は長袖Tシャツの袖を捲ってささやかな抵抗を示したけど、ポップはエアコンや窓と同じくらい頑固だった。
「勇気はどんな夢みたいの?」と真織が言う。
 口笛みたいな、と同じ類の言葉を僕は言えないから正直に、
「アニメみたいな」と言った。「あるいは」
「あるいは?」
「漫画みたいな」
「特撮みたいな、は?」
「あるいは、ね」
 僕はすごいスピードで飛び、地面を殴った衝撃で相手をひっくり返し、腕を突き出した勢いで山をえぐりたい。移動手段に電車が必要ないだとか、重いものも苦もなく持てるだとか、どんな仕事にも引っ張りだことか、そういうのじゃなくて、ただその能力を見せびらかしたい。その行為が僕のステータスとなって、他の人の認識に刷り込まれていくのがゴール。それが決定的に僕を良い方向へと変えてくれそうな気がする。
 でもそんなことができないことはわかっている。すごく残念だけど、僕は空を飛ぶどころか、絶対的にエアコンもつけることができないし、絶対的に窓を開けることもできないし、絶対的にポップをどかすこともできない。お腹の汗のぬるさが夢との隔絶を叫んでいて、現実はベッドに座って僕を見下ろす真織を受け入れていた。
 真織が急に立ち上がった。
「それなら、面白いの見せてあげる。ポップ、ぎゅーして」
 真織がそう言うと、ポップは僕の胸にしがみついて、顔を横に振った。キャプチャの動作だ。
 すると真織は東側の窓を開けて、ポップを手招いた。ポップはふわふわと真織の方へ飛んでいって、窓枠に立った。ポップが窓枠に着いたのを確認すると、今度はベッド側、北側の窓を開けた。
「よーい、どん!」
 と真織が叫ぶと、ポップが窓からすごいスピードで飛び立った。「ええ」と僕は声をあげていた。
 十秒くらいすると、北側の窓枠にポップが着地した。数えて待つ十秒間と同じ、本当の十秒間のようだった。
「世界一周」
 と真織は笑った。
「嘘だろ?」と驚いてみせると、
「うん、ホントは家一周」といたずらな笑顔を見せた。
 僕も諦めて笑う。
 窓枠からベッドに降りてきたポップを、真織が無邪気に抱きしめると、ポップも真織の首にしがみついて、顔を横に振った。
 真織とポップは口笛のユニゾンをしたと思ったら、ポップはふざけてベッドを殴って、ダチョウ倶楽部みたいに真織が跳ねる遊びを始めた。真織が跳ねる瞬間、口笛が裏返って間抜けな音を出すのがまた面白くて、二人ははしゃいでいた。口笛みたいな夢も、アニメみたいな夢も、もしかしたら同じようなものかもしれないと思って、僕は真織に告白しようと思った。
引用なし
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