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悪魔の契約
 ぺっく・ぴーす  - 16/1/8(金) 23:39 -
  
夏だ〜〜〜〜!!!

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 悪魔の契約


 ぼくは道を歩いている。じりじりあっついアスファルトの上を、蒸発しそうになりながらさ。ぼくはある明確な目的をもってこんな道を歩いているんだ。きょうは魔界へ続く扉の研究を続けているハルナールがとうとう悪魔との契約を果たしてしまう予定の日だ。ハルナールが悪魔との契約を果たしてしまうと、魔界へ続く扉が開いてしまう。つまりはそういうことだ。

 そう、ぼくらの町には魔界へ続く扉があった。丘の上公園(ああ安直なネーミングだ)の滑り台を滑って降りた先にある小さな茂みの裏のコンクリートの塀にある。そうそう、小さな茂みに隠れるくらいの魔界へ続く扉があるんだ。でも魔界へ続く扉は小さい。人間の頭は通ったとして、肩幅には足りないだろう。実際足りなかった。シロエトンが扉を開いて頭を突っ込んでみたことがある。みんなやめろといったがシロエトンはきかなかった。シロエトンは四つん這いになって、しましまズボンのおしりをみせながらみんなにいった。「魔界だ」。その日からあの扉は魔界へ続く扉だということになった。シロエトンはそれ以降ひとことも口をきかなくなったけれど。
そういうわけでみんなあの扉をひどく恐れて、もう丘の上公園の滑り台は利用しなくなった。うっかり勢いがついて茂みに飛び込み扉に頭が嵌ってしまったらこわいからだ。みんなブランコをゆるくこいだりしながらゲームボーイアドバンスをいじるのに夢中になってしまったしね。でもハルナールだけは違うことに夢中になった。ハルナールは毎日(なぜかわざわざ滑り台を経由して)茂みの中へ入っては扉の様子をレポートした。扉は別段変化をみせなかったが、ハルナールは毎日ノートに扉の様子を記してみんなに研究発表した。きょうは扉の前をカマキリが二匹通った、とか、そんなの。みんな聞いてなかった。でも、ハルナールのレポートは、いつのまにか、おかしな具体性を帯びていたんだ。ぼくだけがそれに気づいてしまった。ちょうど、観察日記をつけるためのアサガオの種を食べちゃった罰にゲームボーイアドバンスを没収されて、暇を持て余していたんだ。それでハルナールの報告をちょっとまじめに聞いてしまった。

 ハルナールは言った。
「魔界は悪魔の国だ」
まあ、『魔界』だからなあ。ハルナールは続けた。
「この前扉から『悪魔』が出て来たって話はしたよね」
いや、聞いてない。
「悪魔は言語的な規則性のあるコミュニケーション手段を持っていなくて、この前は意思の疎通ができなかった。悪魔は僕をみて驚いて逃げ帰ってしまったよ。でも悪魔は簡単なサインに応答することはできるんじゃないかとおもって、僕は毎日ここで張っていたのさ」
「毎日ここで張っているのは、悪魔が現れる前からなんじゃない?」
「そうだとも。はたして悪魔は再び扉の向こうから現れた。ああ、悪魔はちいさいんだ。ちいさな扉を通れるくらいだから。それで僕はノートに描いた家の絵と、扉の向こうを交互に指差して、『きみは扉の向こうに住んでいるのか?』と問うた。悪魔はどうしたと思う?」
「頷いた?」
「頷いたとも!ぼくら一般と彼のサインの意味するところが一致しているならあれはYESを示すジェスチャーだ。そしてぼくはたくさんの悪魔の絵を描いて、また扉と交互に指してみせた。それにも彼は頷いた。つまりむこうには悪魔がたくさんいる。扉の向こうは悪魔の国だってわけさ。」
ハルナールは表情に乏しいヤツだけれど、それでも異様に興奮しているのは明らかだった。ああハルナール、夏の日差しにとうとうおかしくなって、白昼夢をみてしまったんだね。
「じゃあその悪魔の絵はまだ残ってる?どんな格好かみてみたいな」
ぼくは好奇心半分、いじわる半分に聞いてみた。
「いいとも。ほら!」
ハルナールのさしだしたノートのページには、ヘッタクソな絵が描いてあった。二段重ねのおまんじゅう。それに小さな手足やつぶらな目がついているおかげで、なんとか生き物の絵なのがわかるレベルだ。そして背中からのぞく刺々しい羽、頭の上にはウニのようなトゲトゲしたボールが確認できる。なるほど、ちょっと間抜けだけれども、なかなか悪魔らしいかもしれない。ハルナールにしちゃあ上出来なキャラクターデザインのおかげでやや信憑性が増した。2ミリリットルくらいね。しかしたかが2ミリリットルだ。
「今日も、しばらく待てば、悪魔が出てくるのかい」
「さあね。悪魔は気まぐれだから・・・」
悪魔は気まぐれ・・・。ぼくは均一な温度の気体で満たされた2つの部屋をつなぐドアを開け閉めするような存在のことを思った。ハルナールの気まぐれさはきっとこういうたぐいの気まぐれさだ。動機はとても不必然で意味不明だけれど、それを行うことに関しては気まぐれなんてことはなくて、ルールを定めて真摯にあたっている。ぼくがこうしてからかい半分に悪魔のことを尋ねているのよりはずいぶんまともに聞こえるじゃないか。しかしぼくは現実に悪魔がいないことを知っているし、そして人間は気まぐれでいることこそがまともなんだということに気づいている。ぼくが人間らしく気まぐれであるなら、ハルナールの狂信的な気まぐれは悪魔らしいものなのだ。いまぼくはある意味本物の悪魔を目の当たりにしているのだから、ハルナールの言うこともあながち間違っちゃいないな。すると・・・人間と悪魔の気まぐれさの性質の比較のうえにぼくが人間らしいと決められるなら、悪魔の不在においては一体なにがぼくを人間たらしめるのだろうか?
というようなことが(もういくらか曖昧かつ小学生らしい文面で)5秒ほど頭をよぎった。そして、ぼくはついつい積極的な提案をしていまった。
「ぼくも悪魔をみてみたいな。また悪魔が現れたら、すぐに知らせてくれよ」
ハルナールはそれを聞いて、ちょっと困ったような顔をした後、しかしすぐに唇の右端を2ミリあげてみせた(これは玄人にしかわからないが、「満面の笑み」を意味する)。
「もちろんさ。よかったら君も扉の観察に参加しないかい?」
「いいや、それはきみだけでも十分だし・・・ぼくのゲームボーイアドバンスもじきに返ってくるだろうから」
ぼくはポケットに手を突っ込んで立ち去った。はたしてどこへ立ち去ろう?ゲームボーイアドバンスもないからみんなのところに戻るでもなし、しかしぼくはひとつ焦りとも恥ともつかない奇妙な感情に心を覆われて、ひとりで考え事がしたくなったのだ。

 今日は、新しいアサガオの花の種を買ってくる約束だった。そうすればお母さんはゲームボーイアドバンスを返してやろうと言っているのだ。さながら人質だ。でもぼくのなかでそれは瑣末な問題に成り下がった。忘れちゃったのだ。
ハルナールは公園に集まる連中のなかでただひとり、ゲームボーイアドバンスを持っていない。欲しそうにもしない。ケードロにもサッカーにも参加しない。必要としなかったからだ。ハルナールはいつでも自分の自由なことに時間と労力を割いていた。ある日の川遊びの誘いなんかはコンビニにたむろするヤンキーの人数の平均を曜日別にとっているからなどといって断った。そういうヤツだ。ぼくらはみんなハルナールを「周りに合わせられ"ない"」ヤツだと思って小馬鹿にしていた。ぼくらの愉快な生活には必要のないヤツ、まあよくてその奇行をエンターテイメントとして語り草にするためのファクターぐらいに思っていた。けれどもその一方で、ハルナールにとってもぼくらは必要のないヤツ、あるいは都合のいいファクターなのかもしれない。ハルナールは自分の好き勝手やった結果を整頓し、達成感を得るために研究発表という形でアウトプットする。相手が聞いていようが聞いていまいが関係ない。人に聞かせる体で語ることだけがハルナールにとって必要なだけで、ぼくらはたまたまそこに居合わせた人形でしかないのだ。ぼくらはハルナールの世界のなかでは、瑣末で代えのきく有象無象として利用されているだけ。そんな気がした。きっと今日、話を聞いてやったのがぼくでなくてもよかったのだ。それなのに、ハルナールはハルナールにしかできない話を語ってみせた。ハルナールがハルナールをハルナールたらしめているのに、ハルナールのなかのぼくにはなんのアイディもない。ああこれは、焦り、恥、そして悔しさだ。悪魔らしい狂信と気まぐれのハルナールより、まともな人間のぼくの実在性のほうがよっぽど危ういだなんて。

 ぼくは、どうすれば、ハルナールに、ぼくというぼくを認識させられるだろうか。

 ぼくは家に帰ると、仏壇の前に正座しチーンとやって、人間の生きる意味とか意義とかを考え尽くしたあげく勢い余って死んでしまった母方のおじいちゃんを召喚した。ぼくは目を閉じ、両手を合わせておじいちゃんに尋ねた。
「おじいちゃん。悪魔のように狂信的で強固な世界をもつ相手に、自分を「その他多数」とは別のものとして認識させるにはどうすればいいだろう」
「相手にに利益、もしくは害を成すのだ。むこうがこちらに利害を見出すのではなく、こちらから能動的にもたらすことが肝要である。たとえばその相手が悪魔、ひいては魔界について知りたがるなら、そのほう助、もしくは妨害を試みよ」
と、おじいちゃんが答えるだろうと想像した。
なるほど、ハルナールにぼく特有の利用価値を売り込む、もしくは、無視できない実害を及ぼすのか。しかし悪魔の研究のほう助、もしくは妨害とはなんだろう。
「じゃあ、悪魔は実在するの?」
「知能をもつものが非物質的存在に関する思案・記憶にリソースを割くことを実在と認めるならば「そう」だといえる。また悪魔=自身を破滅に導こうとするルーチンと定義したとき、悪魔はありとあらゆる事物に潜むだろう。それもできるだけ魅力的で、無視しがたい選択肢に化け、人々を効率的に陥れるのだ」
と、おじいちゃんが答えるだろうと想像した。
なるほど、おじいちゃんも研究に夢中なあまり、悪魔に呼ばれてイってしまったのかもしれない。ハルナールもいずれ、悪魔の研究に夢中になるうちに、呼ばれてイってしまうのだろうか。ハルナールはあんなやつ(具体例を挙げるなら、観察日記をつけるためのアサガオの植木鉢に近所の頑固ジジイの盆栽を転載する暴挙に出る等)だけれど、一応知人の死、発狂、失踪などはぼくの精神衛生のためにも避けたい事態だ。おや?すると、ぼくは、ぼく自身のために、悪魔と邂逅しようとするハルナールを妨害しなければならないのか。しかしぼくは、そのために悪魔について思案し、興味を引かれつつある自分に気がついた。これでは、ミイラとりがミイラだ。
ハルナールの研究の妨害・・・ぼくの精神衛生を保つための行為と、ほう助・・・ぼくの知的欲求を満たすための行為。ああ、前者はぼくのエゴ、そして後者もぼくのエゴだ。大きな違いは、ぼくとハルナールが人間の世界でまっとうに生きるのか、ぼくもハルナールも悪魔の底なし沼に踏み出してしまうのか、にあるのだろう。この時点で、ぼくはもうハルナールと運命を共にする運命にあるのだと気がついてしまった。
ぼくは仏壇の位牌の下の小さな引き出しを開けて、100円玉大で銀色のコインをとりだした。ぼくのとても小さな頃、おじいちゃんがこのコインをみせてくれた。なんのコインだかは知らないけれど。おもて面には何もないが、裏面には複雑な植物の文様が描かれている。そのテクスチャが、絵本に見開きで載っていた、燃え盛るような髭をたくわえた閻魔大王を彷彿とさせるので、幼いぼくはとても怖がった。それが、ぼくが憶えているなかで唯一の、おじいちゃんとの思い出だ。さすがにいまのぼくはもうコインを見た程度でビビったりはしないけれど、いまのぼくもさすがに、閻魔大王を目の当たりにすればビビっちゃうのだろうか。ぼくは親指の上にコインをのせて、ピン!とはじき上げた。宙を踊るコインを、祈るように見つめる。どんな結果が欲しいのかもわからないまま・・・。

 冴え冴えと朝がきた。ぼくはいつも渋々と、丘の上公園へラジオ体操に行く。でも今日のぼくの気分はきりりと濃い晴天に似合っている。早めに宿題を終わらせたごほうびに、今夜、おかあさんのタンスのどこかからゲームボーイアドバンスが返ってくる。でもそれだけじゃない。
 公園に着いた。ラジオ体操に集まった小学生たちが適当にばらけてわいわいとしている。シロエトンはブランコにすわってアサガオの種をぽりぽり食べていた。アレ以来シロエトンはアサガオの種しか食べなくなっちゃったのだ。そしてハルナールは普段通りドングリの木の下でぽつねんとしていた。ぼくはテケテケとそばに寄って行った。
テン・テーケテケテケ、テン・テーケテケテケ、テケテケテクテカテンテケテン・テン!とおなじみのイントロをラジオがうたう。ぼくもみんなもだらだらと腕を振る。一方でハルナールはいやにはきはきと踊っている。しかも耳をすませると小声でラジオにあわせて歌っている。歌詞付きで。「6月3日は金曜日〜、10月7日も金曜日〜」とか、そんなの。これまでも毎回歌っていたのだろうか。知らなかったぜ。
ラジオ体操が2番に入った。ぼくはしびれを切らして、「なあ、」と、ぴょんぴょん跳ねながら歌うハルナールに呼びかけた。
「昨日の電話さ、」
「うん」
ハルナールは足をパタパタして正面を見据えたまま返事をした。
「悪魔に会ったよ」
ぼくは唾を飲んだ。昨日の電話越しでは半信半疑だったけれど。これはマジなやつだ。

 ラジオ体操が終わって、ぼくらは例の扉のそばへこそこそと集合した。
「扉から出てきたの?」
「うん。そしてぼくは前回同様コンタクトをとろうとした。けれど逃げてしまったんだ、公園の外に」
「なんだって!?」
つまり、悪魔が街のどこかにいる? ぼくらの暮らすこの街に? ぼくは、野良猫のように路地に潜む悪魔の姿を想像した・・・。
いつのまにか、ハルナールはぼくをジッとみていた。
「昂揚しているね」
「え?」
瞬間、ぼくの脳裏にコインが舞った。薄暗い畳の部屋で、仏壇の燭台のろうそくを模したランプの光を反射して、コインはきらり、きらりと空を切る。時間の流れがゆるい。表、裏、表、裏、数えられるくらいのスピードで回転しながら、コインはぼくの掌めがけて降りてくる・・・。
パチン!ぼくは銀の小鳥を捕まえた。ぼくはそっと、左手にかぶせた右手を持ち上げた。かくして、コインの上面は、ニターッと笑う閻魔大王の顔を呈していた。
ジリリリリリ!廊下の電話が鳴っている。ぼくはコインを左手に握って、右手で受話器を取った。ハルナールは言った。「悪魔に会ったよ」・・・。
 そう、ぼくは、昂揚している。そんな自分に気がついていなかったはずはない。ぼくは朝からウキウキだったのだから。でも、ハルナールにそれを指摘されて、ぼくの心臓は確かに一瞬ギュッと縮こまった。
「そうだね・・・ぼく、わくわくしているよ」
答えると、ハルナールは唇の右端を2ミリあげて「満面の笑み」をやった。
「ところでね、この扉なんだけど、開かなくなってしまったんだ」
ハルナールは小さな扉をコツコツ叩きながら言った。ぼくはぱっとその手をひっぱりもどす。
「なんだって!?つまりきみは、扉を開けようとしたの?」
手を掴まれたままこくりと頷く。
「信じられないよ。シロエトンのことを忘れてしまったのかい?」
「忘れちゃいないさ。でもあれはきっと、手順を間違ったせいなんだよ」
振りほどいた手を口に当てて、ハルナールは右ナナメ上に滑り台を見上げた。
「悪魔の扉は悪魔しか通っちゃいけないのさ。だってあんなに小さいんだもの」
「じゃあ、悪魔にならなきゃってこと?」
「そうだよ」
こともなげにハルナールは言った。ぴゅーぴゅーと口笛を吹きながら、いつのまにか取り出した家の鍵(ハルナールの両親はパン屋だ。パン屋の朝は早いので、ハルナールは朝から鍵っ子なのだ)のキーホルダーの丸いわっかに指をかけてクルクルと回している。悪魔になる、だって!?どうやって?いや、それともハルナールはすでに悪魔なのだろうか?なんて、わけのわからないことを思う。
「ぼくはちょうど悪魔が出てきて、扉に鍵をかけたところで出くわしたんだ。悪魔はぼくを見て逃げ出した。もちろんぼくはおいかけたけれど、悪魔は飛んで行ってしまったんだよ。それで、扉を確認したら、やっぱり開かなくなっていた」
ぼくは混乱する頭で、何か整頓のつく言葉を繰り出そうとする。
「とにかく、その悪魔を見つけて、詳しいことを聞かなくちゃ」
それを聞いたハルナールはぱちんと手を打って、ぼくを指差した。
「そう。それだ。悪魔を捜そう!」

 かくして、ぼくらは悪魔を探して街をウロウロすることになった。なんてことだ。
ぼくとハルナールは役割を分担した。ハルナールはあのヘタクソな絵をコンビニでコピーして手配書をつくり、ぼくは聞き込み調査を行うことになった。はじめは逆だった。けれど、ハルナールが道行く人々に話しかけたりなんかしたら一体どうなるものかと戦慄したぼくはこの恥ずかしい役目を買って出たのだ。むしろ、できれば誰とも悪魔に関する会話をすることなく、直接見つけたいなあと思った。
ぼくはおうちでオムライスをたべながら、悪魔がどんなところにいそうか思案した。悪魔なのだから、わるいところにいるのだろう。わるいところとは?わるいやつがあつまるところだろうか。つまり悪魔がいるところがわるいところだ。んん?じりじりあっついアスファルトのうえでぼくの思考力はひからびていた。そして、わるいやつのあつまるところ・・・ヤンキーのたむろするゲームセンターを安直に思いついて、ぼくはふらふらとこの町唯一のふるい複合遊戯施設「七白川バッティングセンター」へ赴いた。
 七白川バッティングセンターは空いていた。プリクラを撮る女の子やガチくさい音ゲーマーがぱらぱらといるだけだ。ヤンキーがいっぱいいなくてよかった。悪魔もいないだろうけれど。ぼくはぶらぶらと1階のゲームコーナーを散策した。配管剥き出しの暗い部屋に、こうこうとひかるユーフォーキャッチャーが整列している。せっかく来たのだからなにか獲ってみようかな。ポケットからちっちゃなお財布を出して、なんかのぬいぐるみの台へ100円を入れてやった。喉を乾かせたユーフォーキャッチャーは嬉しそうにピロピロ鳴き出した。と、ぬいぐるみの山がもぞっと動いた。驚いたみたいに。なにか床面にしかけでもあるのかな。いや、それにしちゃ有機的な動きじゃないか。もぞもぞ。すると、山のてっぺんからぴょこっと赤いなにかが飛び出した。トゲトゲの、ウニみたいなボールだ。浮いている。浮いている!明らかにこの世のモノじゃないと主張するように。その下から、黒いおまんじゅうのようなものがぴょこんと現れて、あ、目がついてる、からだもついてきた、コウモリみたいな羽も、あれ、これって、
「悪魔?」
悪魔だ。ハルナールのらくがき(のくしゃくしゃな線をなめらかに修正したら)そっくりの、ぬいぐるみ大の悪魔だ。ほんとにいた。いるじゃないか。ぼくはまだ、この瞬間まで半信半疑だったことを自覚した。でももうこの目で見てしまったのだ。
「アクマ?わたしのことかね」
ガラス越しに日本語が聞こえる。どこから?悪魔からだ!
「・・・話せるの?」
「話せるようになったのだ。地を這う細長い生き物がわたしに赤い実をくれた。それを食べたことでパラメータが上がったのだ」
はあ、どういうことなんだろう。ともかく、絵とジェスチャーでコミュニケーションをとらなくても済むならいいか。ぼくは近くに人がいないことを確認して、ひそひそ声で話しかけた。
「どうしてこんなところにいるの?」
「こちらはどこもかしこも明るい。わたしは暗いところを探してこの建物へ来た。存外明るい箱が多く並べられていて戸惑っているところを、きみと同種の、大型の生き物に捕まってここへ入れられたのだ」
ああ、店員さんにみつかって、ぬいぐるみと間違えられたんだな。いっしょに入ってるやつも黒いおまんじゅうみたいな頭しててちょっと似てるし、どうやら電動らしいから、動いてたってびっくりされないだろう。
「とにかく、ちょっとまって。そこから出してあげるから」
ぼくは矢印の描かれたボタンを長押しした。キャッチャーのアームがちょっとプルプルしながら動く。止めて、さらに奥に動かすボタンを押す。止める。アームが開きながらゆっくりおりていく。アクマは不思議そうにそれを見上げている。スカッ。見当違いのところでアームは空を切った。ぼくは財布の中からもうひとつ100円玉をとりだした。
「きみはわたしのことをアクマと呼んだな。きみと同種の、小型でモジャモジャ頭のやつもわたしをそう呼んだ。わたしのようなものがこちら側で一般にアクマと呼ばれているのか、それとも、きみと彼が知り合いで、アクマとはきみたちの間で共通の符号であるのか、どちらなのか知りたい」
「ええと、そのモジャモジャのやつがハルナールなら、ぼくとそいつは知り合いだよ。そして、きみは大体の人が「悪魔」というものを連想するような格好をしているんだよ。だからぼくもハルナールも、きみのことを悪魔って呼んだんだ」
「なるほど。すると、「アクマ」はわれわれの意味するところの「悪魔」とほとんど同義で間違いないな」
悪魔はまた近づいてくるアームを目で追いながら言った。コイツ、自分で掴まればいいのに。それどころか取り出し口を教えてやれば、自力で脱出できるじゃない、と今更気がついた。けれど、それはルール違反じゃあないか?ぼくは正攻法でこの悪魔をゲットしなければならない気がした。
「われわれはポータルを通じてこちらの視察に来ている。調査は極秘だ。こちらの生物に注目されてはいけない。ところがわたしの仲間が先日、おそらくそのハルナールと接触した。彼はわれわれに異常なまでに興味を示している」
アームはトゲトゲボールをかすっただけで戻ってきた。もうちょっと左か。
「だから今回から扉に鍵をかけていくことにした。しかし、彼に鍵をかけるところを見られてしまった。わたしは鍵を隠すことにした。持ち歩くのは危険だ。たとえばわたしが彼に捕まり軟禁されてしばらくすれば、退屈したわたしはあっさり鍵をとりだして遊び始めてしまうだろう。われわれは無邪気なので」
ぬいぐるみの山に埋もれながら、悪魔はたんたんとよく喋った。聞く手間が省けてたすかるけれど、どうして自分からこんなに詳しく話してくれるのだろう。極秘なんじゃないのか?
「なんの調査に来てるのか聞いてもいい?」
「われわれはきみたちの「個性」というものの観察・研究に訪れている。われわれの持つ「属性」との違いを探るのだ。はたしてきみたちの個性が、属性の多項化・複雑化したものであるのか、それともなにか別のところによるものなのか、そこが第一の焦点だ」
極秘なんじゃないのか。悪魔はその口ぶりのわりにいいかげんなアタマをしている。もしくは機械のように素直だ。
「属性ってなに?きみたちはどんな属性を持っているの?」
「われわれはわれわれの世界において「悪魔」の属性を持ちその役割を負っている。ほかの属性と役割を持つものもいる。それぞれがそれぞれの領域を担当しシステムを構成しているのだ」
ぼくはつぎつぎと100円玉を投入した。アームは徐々に的を射るようになったけれど、悪魔にはつかみどころがない。首元に引っかかったかと思うと、つるんと滑り落ちてしまう。それにぼくはあんまり集中できていなかった。悪魔の言うことが、わかるような、わからないような。どうでもいいような、重要なような。へんな気持ちだ。
「ともかくわれわれは、ハルナールを危険視している。きみが彼の知己であるなら、彼を止めてはくれまいか。彼の興味を逸らせて欲しい。きみたちはわれわれの世界に触れるべきではないのだ」
ああ、頼みごとがあるからいろいろ説明してくれたのかな。でもやっぱり、初対面のぼくに対して秘密を喋りすぎている。ぼくは・・・心の中に、ある疑念と、策略が、同時にふつふつと生じるのに気がついた。
「あのね・・・悪魔くん」
ぼくは最後の100円玉を入れながら言った。
「ハルナールは、きみが鍵を隠すところも見たと言っていたよ。魔界の旅の準備をしたら、こっそり鍵を取りに行くんだって。もう、いまにも鍵がとられてしまうかもしれない」
「なんだって?」
アームに掴まれた悪魔は、動揺した拍子にぽすんと途中で落っこちてしまった。ぼくは左手をズボンのポケットにつっこんで、まだ小銭が残っていないか探すふりをした・・・あっ!指先が何かに触れた。それが何だかすぐにわかった。でもぼくはそれをポケットの中で握ったまま取り出さなかった。
「ああ、もうお金がないや。きみをそこから出してあげられない。鍵の隠し場所を教えてくれないか?ハルナールがやってくる前に、ぼくが別のところへ隠しなおしておくよ」
なんでもないふうを装いながら、ぼくの心臓は手のひらの中でどくどくと震えていた。悪魔のつぶらな瞳はぼくをまっすぐ見据えている。もしや、悪魔はぼくの心のうちが読めたりしないだろうか。いや・・・。
「それは助かる。是非とも頼むよ」
悪魔の頭の上のウニボールがきゅんと形を変えた。まるまるとしたハートのクッションみたいだ。悪魔は喜んでいるみたいだった。

 5時の鐘が鳴ったので、ぼくは丘の上公園に戻ってきた。そういう約束だ。ハルナールは木を模したコンクリートのテーブルとベンチに陣取って、コピーした手配書を何部ずつかに分けて整頓していた。からすが砂場からふしぎそうにそれをしばらく眺めていたけれど、ぼくが走ってやってきたので飛び去ってしまった。
「ただいま、ハルナール」
「おかえり。なにか有力な情報はあったかい?」
悪魔に会ったよ。ついそう言ってしまいそうになるのを飲み込んだ。ぼくはあの疑念を頭から払拭できないでいるんだ。左手をポケットに入れる。ぼくは・・・
「いや・・・なにも、なかったよ。っていうか、途中でめんどくさくなってさ、ゲーセンで遊んで来ちゃった」
「そっか」
「あしたあたり、いっしょにどっか行こうよ。夏休みだしさ。ゲーセンでもいいし、あとぼく釣りとかやってみたいんだけど」
「・・・・・・」
ハルナールはついと視線をテーブルの上に戻した。ぼくは確信してしまった。ハルナールはぼくに露ほどの興味もない。ぼくが悪魔に興味を示したことに興味を示しただけだった。ぼくは、悪魔に興味があるという属性を獲得したがために、有象無象のなかからちょっと抜きん出ただけだ。ぼくからそれが剥離してしまったら、ハルナールにはぼくというぼくを評価する項目がなくなってしまうのだ。でもそんなものかもしれない。ぼくもみんなもハルナールも。ぼくらはそんなものなのかもしれない。ぼくを見つめる悪魔のまあるい目が視界に重なって見えた。悪魔はぼくのなにをみていたのだろう・・・。
 ぼくは、ポケットのなかから、握った左手を抜き出した。
「ハルナール、これ、あげるよ」
ハルナールは眉一つ動かさず、一応という感じで手のひらを差し出した。ぼくはそこへぱっとそれを放った。銀のコインはぽとりと手のひらに落ちて、閻魔大王の満面の笑みが夕日であかく光る。
「なんだい、これ」
「魔界のコインさ」
ハルナールはぱっと顔を上げてぼくをみた。
「件の悪魔の仲間に会って、もらったんだ。それでユーフォーキャッチャーをするんだよ」
ハルナールは怪訝そうな、でもきらきらした目でぼくをみた。
「ユーフォーキャッチャーの中件の悪魔が閉じ込められている。そのコインを機械に入れて悪魔を助け出せば、お礼に魔界の扉を開けてやるっていうんだ。コインは30枚くらいもらったんだけれど・・・ぼくはてんでだめだった。へたっぴなんだ。最後の1枚はきみに託すよ」
ハルナールはそれを聞いて、コインを両手で捧げ持った。表情が読めない。
「へんなの・・・悪魔のやることってわからないな。すごいや。つまりそれが、契約の儀式ってわけだね」
ハルナールはいままで見たことないくらいにこにことしてみせた。素直だ。ぼくはふーっと息を吐いた。ハルナールはポケットからハンカチを取り出して、コインを包むと、大事そうにポケットにしまいこんだ。
「さっそくあした挑戦してみるよ。でもコインは残り一枚だけだろ。ぼく、ユーフォーキャッチャーなんてしたことないし。先にほかの台で練習したいな。すると、お小遣いもたくさんもっていかなくちゃ。だから・・・」
ハルナールはぶつぶつと考え込み始めた。それがなんだかすごく、ハルナールに似合ってみえた。


 ぼくは道を歩いている。じりじりあっついアスファルトの上を、蒸発しそうになりながらさ。ぼくはある明確な目的をもってこんな道を歩いているんだ。ハルナールは今頃、七白川バッティングセンターに向かっていることだろう。あのコインを持って。ぼくのズボンのポケットには、コインのかわりに、鍵が入っている。ぼくは鍵っ子じゃない。けれども鍵が入っている。
 ぼくは丘の上公園について、滑り台に登って、滑って、茂みの前に着地した。茂みの裏のコンクリートの壁にはいつもどおり小さな扉があった。よくみればちゃんと鍵穴がある。うしろのほうでみんなのゲームボーイアドバンスがピロピロいうのを聞きながら、ぼくはポケットから銀の鍵を取り出した。そう、ぼくは悪魔になった。悪魔になったのだから、悪魔の役割を果たしにいくんだ。
鍵穴に鍵を差し込むと、ぼくの体がやわらかく、ちいさく、まるく、形を変えていくような気がした。そして燃え盛る炎に舌をひっこぬかれた。もう話せないな。さよならを言えなくなって、ぼくはとてもほっとした。

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引用なし
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