●週刊チャオ サークル掲示板
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No.8
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:34 -
  
 写真の顔に似た人物とグレーのポロシャツを探し続けること何十分。植物園に我関せずと咲いた花々に見られながらあちこちをぐるっと一周二周して、とうとうそれらしき人物は見つからなかった。
 再び最初のベンチに舞い戻って、力強さすら感じる植物達を眺めて力無く溜め息。
「見間違いだったのかなあ」
 GUN警備隊の方には悪いが、私にはそう思えた。あるいは既に帰ってしまったとか。そっちの方が可能性が高いか。
 それにしたって植物園なんだからグレーなんて浮いて見えるだろうに、この植物園にはそんな色の服を着てる人も、そんな色をしたチャオもいなかった。まあこんな場所でそんな不景気な色した服を着てやってくる人なんてそうそういないということだろうか。
 流れ行く人波をぼーっと眺めながら、なんとなく灰色探しを続行する。のだが、笑顔を撒き散らしながら歩く子供達だのカップルだのを見ているとますます溜め息が止まらなくなる。一人でこんなとこまでやってきて、楽しそうな観光客に埋もれながら人探しだ。私ってなんてつまんない奴だろう。見知った顔が通るわけでもないし。
 そう思っていたせいか、その時私の目に映ったものは何かのドッキリにしか思えなかった。
 目の端に、石色の小さな誰かが映った。なんだと思ってそれを追ってみると、一匹のヒーローチャオで、しかもオヨギチャオだった。そんなはずあるかと思って横顔を捉えたら、お地蔵様も苦笑いするほど無表情だった。
 ミキがいる。一人で。しかも人混みに紛れて歩いてやがる。物凄いレアだった。あれから所長共々事務所に戻ってこないと思っていたらこんなところに。どうして。
 気付けば私は誘われるように立ち上がり、その背中を追いかけていた。他人でもないのにバレないよう心掛けながら。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 やがて私達は、人気の無い場所にまでやってきた。
 人混みの中にいる時は感じなかったが、こうして植物に囲まれてただ一人――というわけではないのだが、とにかく居心地の悪さを感じる。植物達の険悪な視線を体中に突き刺されているみたいだ。ジャングルあたりで迷子になったらこんな気持ちになるんだろうか。
 植物も結局はみんなバラみたいなものなんだなと思う。咲いた花は建前で、本音は茎だの蔓だのといった腹の中にある。人間と変わらないな……なんて勝手に決め付けてみたり。
 おなじみの詩人思考もそこそこに、私の足取りは十字路のかなり手前で止まった。ミキがそこを曲がった先に、私が探していたグレーのポロシャツ姿を見つけたからだ。リストラでもされたみたいな哀愁漂う背中をこちらに向けてベンチに座っている。まさかミキはあの男に用があるのか?
 なんとなく、バレちゃいけない、でも会話が聞きたいと思った私は手段を選ばなかった。周囲に誰もいないのを確認するなり、脇に生えていた背の高い草むらに入った。制服が汚れるのも厭わず、草と草が擦れ合う音を抑えながら匍匐前進。とにかく、声の聞こえるところまで。
「……本当に知っているのか?」
 酷く擦れたというかくたびれたというか、いつ泣き出してもおかしくないくらい情けない声が聞こえてくる。あの男の声だろう。匍匐前進をやめ、顔を上げて二人を視線の端に捉える。ミキの頷きが僅かだが見えた。
「会わせてくれ」
 切ないとすら思える声をかけられたミキは、残酷にも首を横に振ったのが見えた。そのせいか男はミキの肩を掴んでがくがくと揺らす。
「わかっているのか、僕はもうカズマと会えなくなって四年になるハルミの顔は二歳の時のも見ていないんだ!」
「まだ会わせられない」
「消えた妻は死んだ、子供達もみんな行方不明だ! また会える時をずっと待っていたんだぞ!」
 やはり、あの男はカズマ達の父親だったのか。ちらと見えた横顔は、なんと言ったらいいかよくわからないけど、まるで思春期にどうしようもない壁にぶち当たった少年みたいな印象を受けた。酷く……危うく見える。
「何故だ! 何故会わせてくれない!?」
「話がある」
 私はもう少しだけ前進し、これから行われる話に耳を澄ませようとする。
「クラミネサユキについて」
「お前も……妻の話を聞きたがるのか」
 サユキ。それが彼らの母親の名前か。倉見根一家の最初の歪み。
「警察にもGUNにも話した。僕は何も知らない。ハルミを連れていなくなってしまった。あのチャオのせいだ、そうだ全てはあのチャオの」
 ――マズい。私は本能で察した。ここからは見えないが、あの男の目が危うくなっているのがわかる。
「そうだ。お前らのせいだ。お前らの、お前らの」
 声が荒げた、と思った頃には既に彼の手が動いていた。ミキに掴みかかり、首を絞めだした。
「お前らのせいでサユキは、サユキは! うああああッ!」
 馬鹿、抵抗するんだこんな時に石像気取ってる場合じゃないぞわかってるのか!
 葛藤はほんの数秒だった。気付いた時には草むらから飛び出して男をミキから引き剥がし、頭と片腕を掴んで組み伏せていた。自分でもこの一連の流れに驚くぐらいあっという間のことだ。
「あ……が、な、に」
「あなたみたいな父親に会いたがる子供はいません」
 まるで私が私じゃないみたいだった。いや、それともこれが昔の私だったんだろうか? 言葉は意識せずとも咄嗟に出てきて、他人の父親を心身共々黙らせている私が、確かにここにいた。
「あなたの気持ちは痛いほどわかります。ですが父親として毅然としていなさい。今のあなたの背中は父親のものではありません、そんな背中に寄り添う子供はいません。あなたはただ自分の苦しみを他人に引っ被せたいだけだ」
 ガキが何を言ってんだ、と自分でも思ったが、とにかく男の強張った体から力が抜けていくのがわかって、私は男から離れた。
 ミキの顔を見ると、やはりというかそれほど驚いている様子はなかった。まるで最初からつけられているのを知っているみたいに。ミキのことだ、本当に知っていたのかもしれない。
 今まで何をしていたの?
 目で問いかけたけど、ミキは答えなかった。かわりにくたびれた一人の父親に視線を落とすだけ。


 落ち着きをみせた彼がベンチに座り直すのに、たっぷり二分は掛かった。私は彼の隣に座り、ミキと二人で挟むような形に。
「未咲ユリと申します。さっきはとんだご迷惑を」
「気にしないでくれ、悪いのは僕さ。……倉見根ユキヒサだ」
 改めて見ても、生気も覇気も感じられない人だ。首を絞めたら三秒で死んでしまいそうなくらい切羽詰まったような顔をしている。そういったものを抜きにして見れば、確かにあの写真に写っていた人間のカズマと似ている。
「それで、ユリさんは何者なんだい? 制服なんか着ているが、どうも只者ではなさそうに見える。僕のことも知っているようだが……」
 さて、どこまで話していいのだろうか。探偵だってとこまでか? それともカズマとは同じ職場の付き合いだとでも言うか?
「えっと、探偵やってます」
「探偵? 何かの調査でも?」
「すみません、あまり大っぴらには言えないんですが……裏社会の組織について調査しています」
 あなたの子供達の関係者です、とは流石に言えなかった。やっぱり意味があって隠していることなんだろうから、勝手にカミングアウトしてしまうのは良くない。
「そうか、探偵か。そんなに若いのに」
「いえ」
 あまり深く聞いてくるわけではないらしい。何故裏組織の調査なんか、などと逐一聞かれては困りものだったから助かる。
「それで――非常に迷惑なのは承知ですが――お話を聞かせてもらいたいんです」
「……その為に、わざわざ僕に会いに?」
「はい。あなたを探していました」
 話すつもりはなかったけど。でも、話の流れからしてこう言っておくのがベストだ。
「何について聞きたい?」
「サユキさんについて……そうですね、いなくなってしまうまでの事を」
 とりあえず何を聞けばいいのかわからなかったので、彼とサユキさんについての話を聞くことにした。個人情報やその他は後で調べられるはずだ。
 視線を落としたままのユキヒサさんは、独り言でも漏らすかのようにぽつぽつと語り始めた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 ユキヒサさんがサユキさんと出会ったのは高校生の頃。その時はお互いにただの同級生だったらしい。なんとなく会話が多いというだけ。
 彼は彼女に気があったが、その想いを胸にしまったまま卒業してしまう。成績優秀だった彼女はそのまま進学するのに対し、自分は社会人。会おうと思えば会う事もできたであろうが、当然会いに行く機会なんてなかった。
 そんなわけで、二人が再会したのは四年後のことだ。街中でばったり再会し、高校時代の思い出話に花を咲かせ、勇気の一押しでまた会おうという約束を取り付けることに成功した。それからの二人はまるで恋人同士のような付き合いを始める。片想いと思っていた恋が、実は両想いだったということもあって関係は良好だった。
 それから一年と数ヶ月後に二人は結婚。間も無く子の命を授かり――と、ここまではよくある話だ。

 二人目の子供が一歳になった頃、倉見根一家に最悪の転機がやってきた。
 ある日、彼女は一匹の灰色のチャオを連れてきた。聞けば大学のOBに預かってほしいと頼まれたのだそうだ。その人物のことも含めて詳しい話はあまり聞けなかったが、何はともあれ妙なチャオだった。感情の起伏に乏しく、まるで人形のようだったという。かといって特に深刻な問題はなかった。子供達が話しかけてもまるで反応を見せないくらいなもので、ちゃんと食事も摂るし、深刻な病気を抱えているというわけでもなかった。
 深刻な問題が起きたのは、それをつれてきた彼女の方だった。
 チャオがやってきて一、二週間経った頃、彼女は部屋にこもって何かの資料を読んでいることが多くなった。なんの資料か聞いてみると、件の先輩から手伝ってほしいと頼まれたことがあって、それについての資料だと言われたそうだ。彼もそれで納得して、しばらくは何も言わなかったが――それから一ヶ月、二ヶ月と経っていき、事は単純ではなくなってしまう。
 だんだん人当たりが悪くなってきた彼女を見て、最初は先輩から頼まれた手伝いがはかどらないんだろうなと思って常々休むように言ってきた。だがそんな気遣いの言葉に彼女はやがて相槌すらも返さなくなった。これはおかしい。そう確信した頃には既に手遅れと言っても過言ではなくなってしまう。口数も少なくなり、見るからに衰弱し始める。慌てた彼はその先輩とやらに連絡を取り、今すぐ彼女に仕事の手伝いをやめさせ、チャオも引き取ってくれるように話す。
 結局チャオが倉見根家に居たのは半年程度だった。これで元に戻ってくれるだろうと彼が一安心したのも束の間。

 倉見根サユキは、娘を連れて消えてしまった。

引用なし
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小説事務所 「Misfortune Chain」 冬木野 11/10/4(火) 5:33
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